|
その日、バニラは山上大学の教授、桐山美奈子としての仕事に傾注をしていた。
「狐つきだとかなんだとかも結局はうつや落ち込みがなせるもの……そうさせる原因は脳のバグのようなものね……」
小さくため息をつき、こめかみを指先でつつく。
「結局は錯覚がなせる技……私達ソリティアンにそうした欠点がないか調べなければならないわね……」
パソコンから目を外し、椅子にもたれて天井を見上げる。
白いそれはバニラにとって、思考を空にしてリラックスするのにちょうどいいものであった。
「失礼します」
空白の心に純白の声が飛び込んでくる。バニラは気持ちを美奈子に切り換え、そちらの方を見た。
色白で線の細い体型。しかし、そこに詰め込まれている筋肉の張りと、ぷっくりと膨らんだ喉は男性であることを周囲に知ら
せていた。
「蔵前くん」
蔵前
翔。
美奈子の後輩の一人で、彼女が指揮を執る研究チームの一員だ。
同時に結成と同時に目を付けている逸材でもある。
「遅くなってすみません。生徒のレポートの添削が上手く進まなくて……」
こんな感じ。何でもかんでも一人でやろうとする。いろんなことをやろうとする気迫は素晴らしいし、何より一人でやろうとする意気はソリティアンの中でもエリートに成りう
る気質がある。
― 彼を取り込みたい。手篭めにしたい。
はやる気持ちを抑えこみ、人間を振る舞う。
「言ってくれれば手伝うのに」
「でも忙しい先輩の手を煩わせるのは……」
「専門分野は違っても私達はチームよ。独りで抱え込んじゃダメ」
もっともらしいことを言ってのける。
もちろん、本心じゃない。
翔くんは笑顔ながらも表情を曇らせる。
「それもそうですよね……」
私は優しい笑顔をつくろって、彼の方を観た。
「でもさ、そうやって独りの限界を越えようって気持ち、好きだな……」
そうして頭を撫でる。それどころか、自然とゆっくり顔を近づける。
「せ、先輩?」
ためらった所で、私は顔を赤らめさせた。
そして使い古された言葉をあえて使う。
「か、勘違いしないでね。蔵前くんみたいなフレッシュな人材はまだまだ仕事に傾注すべき!
職場恋愛なんて、今はお互い損するだけだし……」
「ですよね、……もっと頑張ります」
普通なら冗談だと受け取るだろうに、翔くんはバッチリ真面目に受け止めてくれた。
私は与えられた力を使ってこっそりと彼の心を覗いた。
出会った頃はくすぶっていた私への恋慕。それが今や情欲となり燃え盛っている。
言葉に出さないのは健全な青年って証拠だ。
恐らく彼はもし、私に裏切られたら心が一気に孤独に染まるだろう。
こちらでキッカケを作ってやるべきか。
それとも転機をもう少し待つか。
……だなんて、悩む必要はなかった。
転機の方からすぐに来てくれたのだ。
「うん……!?」
グラリ、と身を崩して床に倒れそうになる。
その細身を、私は尻餅をつきながら抱いた。
「大丈夫?」
正直、心底心配した。
けれども翔くんは笑みを絶やさずに答える。
「すみません……でもようやく限界がわかったんで、これを踏まえてペース配分するだけです」
そこに独り善がりを楽しむ濁った光を、私は見つけた。
唯我独尊というわけではないけれど、自分にこだわりすぎている。
……なんて美味しそう。
「……頑張る君に、とっておきのご褒美」
劣情に耐えかねた私は思わず唇を重ねた。
キスから感じる酷く熱い孤独。それは向上心故に生まれる孤独。
アルちゃんと同じ、上に立つ者としての矜持を持つからこそ秘めている味。
……私の右腕に相応しい孤独だ。
「……えっと、年上は好みじゃないかな」
私は純情ぶって訊ねた。
「い、いえ、なんというか……先輩なら、むしろ、その……」
言葉を必死に探している。
けれども見つける前に、私は抱きついた。
「今日はゆっくり休みましょう」
「……あ、でも今日中に終わらせなきゃいけないことが……」
「私も手伝うから。私もなんか、疲れた……」
こうお堅いタイプのはこっちから攻めるに限る。
私はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に備えてあるソファへ案内した。
そして二人してだらりと横たわる。
鍵は閉めているし、問題はない。
仮に突破されても、「男性心理の研究中です」と暗示をかければそれまでだ。
「……私さ、実は男の人と話すの、苦手なの。高校の時に酷い男に捕まっちゃって……」
しおらしく、たおやかな声と仕草で迫る。
そして彼のことをぎうっと抱きしめてやった。
「なのにどうして僕にこんな……」
当然の答えに、私は純情を上塗りするように涙を流した。
「乗り越えなきゃって思って……その、ゴメンナサイ、あなたのこと、私、利用してた」
その言葉に、翔くんの優しい声が降り注ぐ。
「いいですよ。これからも先輩の為になるなら……」
「ありがと……」
正直、胸がきゅんとなった。
神様、もし初恋がやり直せるなら、ここから再度、スタートしたいです……。
けれども、純情な私よりも野望に道溢れた私が彼を狙っている。
手荒な真似はしたくない。だから最高の気分でソリティアンにしてあげたい。
……ふふっ、うふふ……。
ソリティアンタイムの始まりね。
私は手だけをバニラのものへ変化させ、のびた爪を彼の喉へ差し込んだ。
「うぐ……先輩、なにを……!?」
「ちょっとしたワクチンよ」
爪から入り込んでいった細胞は血流に逆らい、一直線に翔くんの頭の中へ染みこんでいった。
同時にまき散らした毒素は彼から意識を奪い、人形よりも無抵抗な彼を創り上げた。
◇
◇
◇
やがて彼は目を覚ました。
容赦のない現実への回帰に、眩しそうにしている。
今、いるのは私がネガティブタイドから支給された部屋だ。
その把持にある調整椅子に、私は彼を座らせていた。
「せん……ぱい……?
ここは……」
「私の部屋」
「え!?」
目を丸くして私を見る。
白衣で髪をアップにまとめた姿は、恐らくいつもどおりの姿だろう。
「……あれっ」
彼は自分の姿を見るなり、素っ頓狂な声をあげた。
「どうかした?」
「いえ、ボク、こんな服を持ってたっけかなって……」
自分の服を見て戸惑う蔵前くん。
チュニックにスカートとひらひらとした服装はどう考えても彼の趣味ではない。
それどころか性別が違う?
いいえ、彼は女性。ついさっきまでずっと男の子にして夢を見せてあげていたのだ。
彼女は男性になり、女性としての限界を越えて活躍をするために、男になることを望んだのだ。
けれども、限界が性別の問題ではないことに気づいた。その時、私は夢を終わらせてあげた。
男性としての体力も、気質も、たくましい男根さえも、ソリティアン細胞を駆使して与えてあげたのだ。
並の男性よりも活躍する女性は居る。その逆もまた然り。
問題はどれだけ自分のキャパシティをどれだけ生かせるかどうか。
残念ながら、人間として才能は発揮出来なかったのだ。
「ご苦労様、私の実験に付き合ってくれて」
そう言い、私は白衣をゆるゆると脱いで胸に力を溜める。
瞬間、私の姿はソリティアンのものへと変化した。
緋桜の堕天使と呼ばれる、黒衣のソリティアンへ。
桜色の髪に黒い瞳をマトモに視た彼女は、口をパクパクとさせながら小さく震えていた。
「そんな、先輩がソリティ……はあうっ!」
ようやく声を出したかと思えば、体をのけぞらせる。
四肢は動けない。調整椅子が固定をしているからだ。
「私の正体を知ったことがトリガーになったみたいね」
私は思わず胸が高なった。ほんの少ししか入れてないのに、ここまで顕著にソリティアン細胞が成長するだなんて、よっぽど独り善がりだったと言うかなんというか……。
「……頭が……熱い……!」
「脳に直接作用しているのね。……あら?」
私は彼女の太ももを観た。やけにもぞもぞしている。
まさかと思い、私はそこに手を伸ばした。
女性ではありえない熱いものが膨らんでいた。
「ひっ」
「興味深いわね。ソリティアン細胞は人間の欲望を形にするけれども、まさか男根を生やすほど憧れていただなんて……」
言いながら、胸に視線を差す。
恐らく私の知るソリティアンの中でも最も膨らみがあるのではないのだろうか。
「それでも女性の部分も残っている……あなたという存在を見事に象徴しているわね……」
けれども、ソリティアンとしてはまだまだ不足している……。
私は薄く笑って、彼女のスカートをたくし上げた。
そしてはみ出た肉棒へ舌を伸ばし、ぱっくりと割れた先端へ桜色の唾を流し込んだ。
……ソリティアン細胞たっぷりのよだれを。
「ひぃあああああ!?」
よだれはこぼれず、意志を持ったかのように、彼女の新しい器に入り込んでいく。
赤黒い肉棒は桜色に染まっていった。
「あなたはこれから私の武器になる。この大学の上層部を支配するための大切な武器……」
「ひあ……先輩……ダメです……!」
声が震えて抵抗しているのに、顔はだらしなくとろけちゃって……。
唇の端からこぼれた唾を舌ですくい、味を確かめる。
……なんて素晴らしい。早くもソリティアン細胞を分泌出来るようになっているだなんて……。
「その可愛い顔に潜めたたくましいこれで活躍してもらうわよ……?」
「いやです……!
ソリティアンになんて、なりたくない……!」
「残念だけど、もうなっているわ」
囁き、桜色の男根をさすってやる。
人間の姿でありながらソリティアン……判別するにも苦労するでしょうね……。
「ひぐっ……!」
ぴゅっと漏れたエキスを、私は軽く舐めた。
予想通り、おいしいソリティアン細胞がここからもあふれていた。
「じっくり育てて、最高のソリティアンにしてあげる」
そう言い、私はやんわりと彼女に跨り、目を見つめて微笑んだ。
もう逃げられない、逃さない。
私の全てが染みこむまでは。
ほら、白くて健康な眼の色がだんだんと黒に満ちてきた。
清楚なショートヘアも深い桃色に染まっていく。
少しだけ日に焼けた肌も青白くなって……。
「んッ―……っ」
しかも私の奥に届くなんて……。
ホント、いい武器になりそう。
「せ、せんぱいぃ……ボクは……ソリティアンに、なりたくないです……!」
「命令するのは私。あなたは演じるだけでいいの」
―
そう、意志なんて関係ない。
あなたは私の人形。
「さあ、あなたの細胞をちょうだい。そして私になるのよ、最初のスレイブ・ソリティアンとして」
「いや、いやあ……!」
意志に反して、彼女は私の中へ細胞を放出した。
私はそれを吸収し、彼女を操作するための回路を脳に作り上げる。
それはすでに何度もシミュレートしたプロトコル。
やがて彼女は私の下僕へと進化を果たす。
私が命じた時、私の言葉に想いに従う人形へ。
「あ……はあ……」
とろけた声をよだれと一緒にダラしなく垂らす彼女の顔を、私は見つめた。
……本当の名前?
そんなの、覚えていない。
下僕にそんなものは必要ない。
私の触手として動いてくれればいいだけ。
「さあ、あなたのように自分に囚われた人間を探してきて。そして誘惑して、私のところへ連れてきなさい」
そう命じると、彼女はコクリと頷いた。
そう、私の役割はここから始まる。
ここから始めて、そして、広げる。
ネガティブタイドの領土を、ね……。
もどる
初版:2011/10/19 |