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「アクア、トドメや!」
「へばっ!ライジング・ジャジメント!」
「判定は……白や!人間に戻したる!
往生せいや!」
「うああああ!」
……こうして今日もまた、私の目の前でソリティアンが一人、人間にさせられた。
野生化したソリティアンを消すのが私の仕事だ。
それだけに、新しく現れたライジング・ハーツとの接触は多い。
アイアンブレイズと大きく違うのは野生化する前のソリティアンを嗅ぎ付けて行動することだ。正直なところ、非現実的な能力などは問題ではない。
何より……人間に戻されたというマイナスを除けば手に掛けるソリティアンの数が少なくなったことは素直に嬉しい。
人間に戻されると言うことは、野生化になる前兆。故に素質が備わっていないという判断材料になる。
そうした意味では、奴らは使える存在かもしれない。
「そう思わないか、アイ……いや、紅葉」
私は人間に擬態したソリティアンが集うカフェで、妹へその意見を投げかけた。
「同感。私も殺すのは好きじゃない。他のソリティアンにも害が及ぶから仕方なくやってるけど……」
氷の詰まったオレンジジュースをかき混ぜながら出した答えは私と同じものだった。
そうなのだ。
ソリティアンの野生化は他のソリティアンの野生化を引き起こし、更にはソリティアンへの迫害も強まる。疑心暗鬼からソリティアンも生まれる要素にもなるが、それだけに野生化へのサイクルも早まる。
すなわち、我々の種としての滅亡が早まる危険性。
他にもネガティブタイドで管理しきれないソリティアンが出てくるなどリスクの肥大化がついて回る。
「ルルはライジング・ハーツを上手いこと利用してふるいにかけてるらしいけど」
嬉しそうにアイが言う。
最近、アイとルルの仲が妙に良い。筆頭としては喜ばしいが、姉として悪い影響が受けないか心配ではある。
……ありきたりだが、アイに限ってそういった事はないだろうが。
「バニラはどうなの?
考えがないわけないでしょ」
「……どうだったかな」
私は呟くように答えた。
ルルの腹積もりは読めないが、少なくとも喜んで殺しをするような奴ではない。なにせ野生化しても抱きしめるくらいの気骨があるやつだ。
だが、バニラはどうか?
長いつきあいだが、時が進むほどわからなくなっていく。
なんというか、まるでもう一人、別のバニラがいるような……。
……うぐっ……!?
「姉さん?」
「すまない、急に頭痛が……」
なんだ、これは。
ソリティアンが頭痛だなど……!
いや、違う……!
この感覚はもっと人為的な……
―ぷつん
目が覚めた時、私は大きくため息をついた。
頭がぼんやりとして違和感がある。
何かこう、考えが回らない。
ふと、自分の姿に気付いて、私は思わず胸とへその下に腕を伸ばした。
「裸だなんて……いったいなにが……」
「おはよう、アルちゃん」
「バニラ!」
裸のバニラが、そこにいた。
よく見れば私の噛みついたあとが……これはまさか、またなのか……。
「昨日のこと、おぼえてない?」
「ああ……だが見たところ、激しい細胞交換を行っていたようだが……」
「獣種の悪い癖ね、スイッチが入ったら記憶がなくなるくらい激しくなるんだから」
「……面目ない」
私は小さくため息をついた。
まったく、これで何度目か。
胸が疼いたら最後、獣の感覚に支配されて目に付いた者へ細胞を放出したくなるのだ。
以前はルルが選別した人間を分けてもらっていたが……今ではバニラにそのだらしない情欲をぶつけている。
受け入れてくれるバニラの気持ちが嬉しかった。
反面、負担を掛けていないか気にもなる。
申しわけないというか、なんというか……。
「謝るなら、ライジング・ハーツを倒してきて」
「……いきなり何故だ」
唐突な意見であった。
「ソリティアンを人間に戻すあの力は私達にとって害でしかないの。いずれソリティアンが滅ぼされるわ」
私は思うよりも先に小さく頷いた。
そして体の動きに従って、言葉が生まれた。
「……やられる前にやらねばならないな」
そうだ。
そのとおりなのだ。
しかし、それとは別の考えがあった気がしないでもない。
例えばそう、奴らの能力を利用する手段が。
けれどもバニラの真摯な瞳をみた時、余計な思考は一切消え失せた。
そうだ、奴らを倒し、軍門に下す。
実にシンプルでいいじゃないか。
「戦いは私とアイに任せろ。お前は頭で我々をサポートしてくれ」
「……アルちゃん」
ホッとしたような笑顔に、私は少しばかり肩の力が抜けた。
「早速なんだけど、二人がいる日向大付属高への潜入からかな」
言われて資料を受け取ると、私は薄く笑った。
見るからに大人しそうな少女と、明らかに意志の強い少女の写真に、まず興味を惹かれた。
「関西弁の子は東大阪市出身のナコちゃんに東北弁は亘理町出身のゆーちゃん。……どっちも独り善がりな性格だったから元々は優秀なソリティアン候補だったけど、二人の出会いからいろいろこちらの思索が潰されてる感じ」
「ルルの動きは?」
「ノータッチ。クセのある人材は任せるって」
バニラはため息をつき、コメカミを指先でつついた。
「本当はシノちゃんとか下っ端に任せたいところなんだけど、見た目年齢だとアルちゃんが最適なのよね……」
道理だ。
私は高校生でソリティアンになり、そこで成長が止まっている。
高校生の身なりで
「ライジングハーツの詳細もチェックしたいところだが……」
「ごめんなさい、なにせの力が多すぎて解析しきれていないっていうか……」
どもるバニラ。スラスラと答える普段からは考えられないくらい、らしくない姿だ。
「ならば片割れでも捕らえてこようじゃないか」
と、決意をしかけたその時であった。
『アイ・バタリスカよりネガティブタイド構成員へ直送。現在、ライジングハーツと交戦開始。青い方の捕獲を試みています』
妹からアジトへ緊急入電が迸った。
アイツも同じ考えか。
ならば、答えは一つだ。
「私も出よう」
「待って。このままアイちゃんに……」
悪魔的な意見を、バニラはサラリと言おうとした。
それ以上に冷たい声で、私は切り返した。
「妹に囮になれと言うのなら、自慢の髪を首ごと切り落としてやる」
その言葉に偽りはない。
そしてバニラは聡い。押し黙るだろう。
事実、バニラは黙って頷いた。
そしてニッコリと笑い、私が出ていくまで一言も発さずに私を見送った。
まったく。
そうやられては、やるしかないじゃないか。
ライジング・ハーツを、捕獲する。
◇
◇
◇
日向大学にほど近い河川敷。
アイはマリンと共に空中戦を繰り広げていた。
それもただの空中戦ではない。
羽根を持つアイに対抗出来るように、水を操って土台を作り、……マリンとやらは水を操り、アイと空中戦を広げている。
アイ、馬鹿正直すぎるぞ。
ほら、背後から黒い方が狙っているじゃないか。
私はアイの背後を狙う片割れに容赦無く襲いかかった。
「なんや、あんた……あいつと同じ、他のソリティアンとは雰囲気違うな……」
……荒ぶっている青い方とは違い、ずいぶんと物静かだ。
ちっ、出来るってヤツだな。
「察しがいいな。ソリティアン筆頭、アル・ハングだ」
その実力に敬意を表して、私は戦斧を構えた。
「進化を正す天罰の影、ライジング・シャドーや」
相手も同じ気持なのか、死神のような鎌をこちらに向ける。
……ルルが「死神」と称していたが、なるほど、黒衣といい、冷静な眼差しといい、正確だ。
死神と呼ばれるバニラ以上に、冷酷な面構えをしている。
自らの力を過信せず、しかし使いこなしているかのような、歴戦の戦士……。
……ただの高校生ではない、か。
「自ら天罰を名乗るとは、ずいぶんと大きく出たものだ」
私はそれを確かめるためにジャブを放った。
返ってきた言葉は、鋼の意志だった。
「最初はうちもそう思てたよ。せやけど……あんたら見てるうちに使命感に燃えてきてん。治してやりたいなって」
「……思い上がりだな」
真っ直ぐな言葉に、私は辛うじて応える。
同時に、震える。
まだこんなにも、誇り高き旧人が残っていたのだな、と。
「お前とは友になれそうだな、ソリティアンになってくれれば」
「人間に戻ってくれたらええんちゃいます?」
「やらせん」
冗談めかした本気に、私は笑いを含んだ。
そして、飛び出した。
奴の胸を目がけて。
何も考えず、一太刀。
戦斧を短く持って、狭い円周を描く。
リーチを敢えて殺す意表……お前はどう応える、ライジング・シャドー!
「ほい」
「!」
なっ……!
……柄で軽々と受け止めた、だと……!
「力押しは通用せんで、なにせ神秘の力やし」
「……ふっ」
面白い!
「ならばその神秘を、打ち砕く!」
そう宣言した瞬間だった。
耳が上空で爆発音を捉えた。
「アイ!」
すかさず河原の意志を蹴り上げ、シャドーの顔面に浴びせる。
そして……やはり墜ちたか……妹を受け止め、シャドーと距離を取る。
すると……まるで狙っていたかのように、青い方がシャドーの隣に舞い降りた。
くそ!
分断して戦いたかったのに……やつら、これを狙っていたな!
「計算どおりや。アクア、やったれ!」
「へばっ!」
あの金棒をつきだした構え、間違いない。
あれを食らう。
あの掛け声の数瞬後に、破滅の光はやってくる……!
「ライジング!」
せめて、その瞬間の間にできることを!
「ジャジメントぉおおおおああああ!」
「アイ!」
「姉さん!?」
……そうだ、私にできること。
こんな状況に追い込まれて、唯一できること……!
「アイ……ルル達をたのむぞ……!」
「姉さん……!!」
やがて私の意識は光に飲まれ、堕ちた。
光りの先の、色のない世界に。
◇
◇
◇
それからどれくらい経ったのか。
目を覚ました時、私の思考は疑問に満ちていた。
「ここはどこだ……お前たちは、なんなんだ……!?」
緑色のタイツ女。
黒衣の悪魔。
そして、黒い巫女。
仮装大会にしては地味すぎるし、ハロウィンにしては遅すぎる。
なにか言っているが、はっきり言って聞いている余裕はなかった。
ただ一つ。
黒衣の悪魔がじっとほくそ笑んでいた。
ゾッとするような顔から、私は何故か悪意を感じた。
「アル様、とりあえずは御自分の部屋で休みましょう。ここではストレスが溜まる一方です」
視界の外から現れたピエロのカッコをした女に連れられて、私は自分の部屋とされる場所へ移動した。
……ベッドと、椅子と、それとは別に椅子と、机。
あとは……冷蔵庫。
むき出しのコンクリートといい、まるでロボットが生活しているような雰囲気だ。
「これが私の部屋……?」
「お気に召さなければ直ぐに手を入れますが……」
そういうことじゃない……!
こんな部屋、あってたまるか!
「……しばらく一人にさせてくれ」
恐らく私は泣いていたのだろう。
道化師は何も言わずにその場を立ち去ってくれた。
「……私の本当は、どこに消えたんだ」
嘆きに応える者は、コンクリートの壁だけだった。
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初版:2011/11/06 |