「お前達は、なんなんだ……!?」

 ネガティブタイド アジトのラウンジに響いたその言葉。
 それは私達に大きな影を残す一言だった。
 私の姉であり、ソリティアンの筆頭であるアル・ハングが消えた瞬間とも言える。
 いや、もっと早く消えていたのかもしれない。
 原因はライジング・ハーツとかいうふざけた連中に掛けられた呪いだ。
 ソリティアン随一の天才、バニラに言わせでもってソリティアンを人間に戻すという魔法のようなものだとの一点張りで、元に戻す方法さえも分からないと言う。
 ……ふざけないでほしい。
 本当は知っている。
 この一件は、こいつが、この悪魔が仕組んだ罠だということを。
「とにかく私はアルちゃんを元に戻す方法を調査するわ。アイ、あなたはアルちゃんの分まで野生化ソリティアンの処分を。ただし、ライジング・ハーツとの交戦はNGね」
「……」
 私は黙って頷きながら、言葉の節々から感じた悪意にストレスを感じた。
 なるほど、こうやって私達を支配下に置くつもりね。
「バニラ、あたしは?」
「私の分まで大学の方をお願い」
 ルルも黙ってうなずく。
 けれども表情は怪訝だ。
 それを知ってか知らずか、妙に不自然な笑顔でバニラはラウンジから出て行った。
「ルル」
 私は蔓女に視線を送り、片目を軽く瞑った。
「なーに、誘ってるの?」
「いろいろショックが大きくて」
 わざらとらしいため息をついてみせる。
 するとルルはニンマリと笑いながら、私の肩に手を回した。
 普段ならやんわりとはねのけていたろうけど、こういう気分の時は逆にありがたい。
「そんじゃ、今日はアイちゃんの部屋でも見せてもらいましょか」
 私はコクリと頷き、ゆっくりとラウンジを後にした。

 ◇

 ◇

 ◇

 部屋に招き入れ、私はすぐに鍵を掛けた。
 もちろん、バニラを警戒してのことだ。
「あらやだ、アイちゃん、積極的」
 と言うかと思いきや、ルルは部屋の隅に備え付けた座敷に寝転んで私の方をじっと見た。
 そこに普段のお気楽さは無く、むしろ哀愁さえ感じられた。
「ありがと、アイちゃん。多分、独りきりになってたら、バニラのこと刺してた」
 突然の告白に、私は目を丸くした。
「なんでまたそんな」
「アルちゃんの一件、どう考えてもバニラが仕組んだ気がしてならないのよね」
 そう言い、畳の上で大の字になる。
 私は傍に行き、正座をしてルルの顔を覗き込んだ。
「奇遇ね、私もなんとなくそう感じてる」
 根拠はない。
 けれども匂わせる要素がいくつかあった。
 例えばバニラとの細胞交換。
 私たちソリティアンに取って大人の娯楽であるそれを、姉さんは最近、いろんなソリティアンとやっているのだ。
 別に悪いことではない。
 ただ、やたらバニラの香りが強い事が気にかかっていた。
「なんとなくなんだけど」
 私は口を開いた。
「ルル、あなたは姉さんと細胞交換した経験は?」
「ないよ。だってアルちゃんと細胞交換やってもこっちに旨味ないもん。気持ち良くなるだけならセックスでいいし」
 冗談なのか本当なのか……どちらにしろ、答えはしっかり帰ってきたのはありがたい。
 それどころか新しい発見もあった。
「旨味がないって、どういうこと?」
 訊ねると、ルルは間髪入れずに答えてくれた。
「規格の違いってやつ? アルちゃんとバニラって、相手から細胞を一方的に吸い上げるだけなのよね」
「なにそれ、初耳」
 私は浅く唇を噛んだ。
「試してみる?」
 そう言い、ルルは首に蔦を絡めて強引に顔を引き寄せた。
 そして花びらのようにやらしく膨らませた唇で私の口を塞いだ。
「んー……」
 ……しかも舌が入り込んできた。
 しかも甘い。頭がおかしくなるくらい甘い。
 いつももらっているルルの蜜より、甘い……?
「むはっ……」
 顔を離すと、ルルはにんまりと笑って、私の口から赤い溢れたよだれを舐めあげた。どうやら私の細胞を上手いこと吸い上げたようだ。
 しかも、よく見ればルルの緑色の唇が赤に染まっている。
 毒々しいそれを指差しながら、ルルは言う。
「こういうこと。今、私はアイちゃんの細胞交換を通して新しい力を手に入れたの。より美味しい蜜を出せるように、ね」
 そう言い、私に息を吹きかける。
 吸い込まれそうな甘さが顔を覆った。
 ダメ、頭の中が、呼吸が、落ちつかない……!
「あたしは元々薔薇のソリティアンだったけど、細胞交換を通していろんな力を手に入れたのよね。……アイちゃんがまだ人間の味方だった頃に発見して、こっそり練りあげてたんだけど……」
 な……いま、なんて……。
 考える間もなく、ルルは私を押し倒し、太ももで顔を挟み込んできた。
「こんなのもあったりするのよ」
 と、指先で臍から下の緑葉スーツをペリリと縦に裂く。
「えっ……!」
 私は思わず乙女のように声を出してしまった。
 傘が緑色の茸が姿を現したのだ。
「こないだ取り込んだ子からゲットした能力。ここからソリティアン細胞を放出出来るようになるの」
「なによ、それ……それってまるで……!」
「男みたいでしょ」
 ルルはニヤリと笑い、私の口に茸を押し入れた。
「ふあ……!」
「んん、こりゃ溜まりませんなぁ」
 むぐっ……くっ、甘ったるいエキスが、流れ込んでくる……!
「人間の頃はヤられるばっかだったけど、いざやってみると、なるほど、男がヤりたがるわけだわ」
 そう言い、茸を喉の奥へ押し込んでくる……しかも、中で膨らんで……!
「ふぁぐっ」
「んー、アイちゃんのノド、やわらかい……」
 うっとりした声でルルが言う。
 やだ、こいつ、完全に陶酔してる……!
 思っていたら、何かを放出してきた!
 液体、じゃない。
 何かこう、大きめの錠剤のようなものが、喉を撫でて体の中へ流れこんでいった。
「ふう、ちょっと強引でゴメンね。バニラが動く以上、あたしも対策練らなきゃこっちがヤられるからさ」
「いったい私に何を……!」
「それはこれからのお楽しみ。さっ、次はあたしの童貞をプレゼント」
 そう言い、ルルは私の服を強引に脱がし始めた。
 やだ、私、初めてなのに……!
「アイちゃん、私が孤独に至ったキッカケ、受け止めて?」
 どんよりとしたひとみで緋袴を緩めて股を割るルル。
 その時初めて、彼女の笑みが作りものであるということに気づいた。
「ルル、あなたまさか……」
「……なかなかいいもんよ。薬で強引に濡らされて、同意もなしに突っ込まれるのも」
 自虐色に満ちた言葉が耳に届いた瞬間、私の純潔は散った。
 けれども、悪い気分はしなかった。
 なんとなく、ルルの孤独を理解してあげられたから。

 ◇

 ◇

 ◇

 ……やがて私はコーヒーの香りを合図に目を覚ました。
 先刻の情事のせいか服が乱れていたものの、やけにすっきりとした気分であった。
「ゴメンね、勝手に豆使わせてもらっちゃった」
 と、ルルがコーヒーをプレートに乗せて運んでくる。
「コスタリカなんて、なかなか通じゃん」
 褒めているのか、それともイヤミか。
 ……まあ、ゲームの影響なんだけどね。
 それはそれとして……。
「そういうルルこそ、よくもまあ、きっちり焙煎からやってくれたわね……」
 そう言い、一口。
 ほどよい酸味がふわりと口の中で広がった。
 まあ、早い話が……美味しい。
香りで目を覚ました時点で気づくべきだった。
「こう見えて人間の頃は喫茶店の娘だったの」
 それがどうしてこんなアバズレに。
「……さて、裸の付き合いもしたところで、アイちゃんにはきっちり伝えておかなきゃいけないことがあります」
「改まってなに?」
「アイちゃんがバニラの暴走に巻き込まれないように、アイちゃんの体にいろいろ仕込んでおきました」
「えっ」
 私は思わず呆然とした。
 確かに何か入れられた記憶はある。
 けれども、それが私のためだなんて……思ってもみなかった。
「アルちゃんは手遅れだったけど、アイちゃんは守ってみせる」
「ルル、どうして……」
 いつになく真摯な表情に、私は思わず疑問符を漏らした。
「……あたしを救ってくれた大好きなアルちゃんの妹だし、守らないわけにいかないじゃん」
 恥ずかしそうにそう言い、ルルはぐいっと私を引き寄せて、上を向きながらコーヒーを飲み干した。
 とても苦そうな顔をしていたのが、なんだか安心した。
 でも、バニラがどうして姉さんを……。
 なんて思っていたら、扉をノックする音が聞こえた。
 私は思わずドキリとした。
「まさか、バニラ……?」
「いんや、今の音は……」
 ルルがにんまりと笑い、不安を払ってくれるように私の頭を撫でる。
「シノちゃん、待ってたわよ」
 そう言い、ドアに駆け寄って鍵を開ける。
 ……私の部屋なんだけど、まあ、いいか……。
「おまたせしました」
 入ってきたのは、三毛猫型のソリティアン……シノ・フールンだ。
 元々は山上市の名士、篠宮財閥のお嬢様。
 ほわほわしているように見えて、アイアンブレイズだった私やDフォースの情報を横流しにして内部から崩した、知性派ソリティアンだ。何よりルルに従順なのが……今となっては頼もしい。
「シノ、バニラの動きはどう?」
 ルルは鍵を閉めてから訊ねた。
「姉様の予想通りです。自分の研究室へ入れたがってました。察したリオさんがアル様のガードについたことで、なんとかなりそうです」
 シノの報告に私はほっとした。
 姉さん直属のリオも動いてくれた。
 これでしばらくバニラも手が出せないだろう……。
「じゃあ、後は予定通り日向大付属高に通わせて、ライジング・ハーツと接触してもらいましょ―か」
 ……は?
「手続きもバッチリです」
 えっ?
 ちょっと待って。
「ルル、どういうこと?」
「どういうことって、アルちゃんをバニラの魔の手から守るための最善の策を取っただけだけど」
 まるで当然のように言い放つ。
 その回答に、私はポカンとするほかなかった。
「心配ですか?」
 シノが訊ねる。
 私は小さく頷いた。
「普通の高校生としてライジング・ハーツの側に置けばバニラも手が出しにくくなるし、彼女たちについていろいろと調べられるじゃん」
 なんて大胆な……。
 でも、よくよく考えてみればそれでいて繊細だ。
 ライジング・ハーツの情報収集をしつつ、バニラを牽制出来る。
 それは姉さんを守ることにつながり、同時にライジング・ハーツへの対策も練ることが出来る。
 相変わらず本心は見えてこないけれど……現状、誰も損しない、かな……。
「フォローは私達に任せて下さい。アイさんはアル様の代わりを務めて頂ければ、今は十分です」
 そう言い、シノはさりげなくコーヒーの入っていたカップを下げてくれた。
「本当に信じていいものかしら」
 私は半分冗談めかして訊ねた。
 それに対して、ルルは笑いを含ませて答えた。
「信じられなくなったら、バニラにチクってもいいよ」
「ルル……」
 それは本気の声。
 そして本気の眼差し。
 私は観念して、ルルの策に乗ることにした。
「チクるだけじゃすまさないから」
 私はそう言い、ルルの背中をひっぱたいてやった。
「にしし」
 と、笑ったルルの顔に裏は感じられなかった。
 少なくとも今は信じてやろうと、私は誓った。
 ……姉さんを取り戻すためにも。


もどる
初版:2011/11/10

inserted by FC2 system