HOME 必読日替わりメモ ニュースフラッシュ 日本における航空機研究シリーズ 航空古典 various Fujiyama pictures  図書室 人生録(自己紹介)    リンク   

付属 航空史探検博物館目次

北海道 

東 北 

 関 東   千葉  東京 神奈川

会社別 機名別索引

甲信越

東 海

 北 陸  近 畿  中 国 未収録リスト

四 国

九 州

写真で見る東京国際空港の歴史  航空史探検博物館 特別保存


必読 日替わりメモ 
Author's DAILY MEMO

ヒコーキ雲に対するご意見、必読日替わりメモのご感想や質問回答をメール(sa@axisz.jp 冒頭にkをつける)でお寄せください。

勝手なお願い : インターネット航空雑誌ヒコーキ雲の更新作業は早朝半眠状態の時に行うことが多くミス多発です。気付いての修整がありますので数時間後にもう一度見ていただくようお願いします。 佐伯邦昭
 
日替わりメモ 更新 11月12日
A7101 航空史探検博物館 徳島県 松茂町 日本の風景 飛行場空撮  徳島飛行場
航空史探検博物館 徳島県 松茂町 海上自衛隊徳島航空基地 常設展示機の現状


〇 徳島航空基地

 徳島教育航空群の屋外展示機は丁寧に保管されています。グラマンS2F-1トラッカーの写真を見ると、主翼の折り畳みがスイッチを入れたら今にもガチャガチャと音を立てて動きそうな感じを受けます。着艦フックもそのままです。航空母艦が無くとも、折り畳みは屋内格納時の便に、フックは胴体着陸時のブレーキになるというので廃止されなかったとモノの本に書いてあります。(鹿屋史料館のS2F-1は主翼展張の形で展示)

 空自E-2も折り畳み姿を見たような気もしますが、記憶に残っているのは岩国での空母キティホークのC-2Aです。退場間近になって、あのでかい主翼が動き出しました。しかし、最終バスの時間が迫って追い出しが始まったので、横と縦に45度回転するところまで見られなかったのが実に残念でした。

2003/09/20 岩国航空基地祭にて 午前10時16分撮影 15時46分展張開始 最終バスの時間が迫り後の情景を見ていない

 艦載機の折り畳みと言えば、零戦だってそうだし、日米にたくさんありますが、零戦のように整備員が手で上げ下げするようなちゃちなものと違って、F4Fから始まったグラマンの折り畳み機構は常人ではとても思いつかないような奇抜な構造ですから、私なんぞは、折り畳みといえばグラマン海軍機を連想してしまうほどです。でも、E-2、C-2でこの奇抜な構造ともお別れなのでしょうか。そのなかでトラッカーは割と単純な方式ではありますが、機構が見られるのは徳島だけであり大切にしてほしいです。


〇 昨日の徹子の部屋の高橋 淳さんの話しは面白かったですねえ

 中味は「 淳さんのおおぞら人生、俺流。T43」の内容と変わりませんが、今もホームビルト機の試験飛行をしたきた老人がなんと89歳、一式陸攻とセスナの模型をもって、しゃんとして、しかもにこやかに ユーモアをもってヒコーキ人生を語る姿、そして 、老いてなおFLYINGCLUBの派手なジャンバーを見事に着こなしている男前。

 テーブルに拡げられたスクリプトを見ながら進行せざるを得ない超厚化粧の老黒柳徹子をも引き立ててやっているのですから大したもんです。

 思わず拍手を贈りましたよ。最高齢の現役パイロットなどという称号で祭り上げられるような雰囲気ではありませんね。まだまだ、飛ぶのでしょうね。 

テレビ朝日の宣伝から

89歳の今も小型飛行機の操縦を続ける現役最高齢のパイロットの高橋淳さん。見事な長身に特注の赤いジャンバーを着こなし、颯爽と登場する。子どもの頃から飛行機が大好きで、海軍の予科練に入隊した。以来70年、大空を飛び続けている高橋さん。健康の秘訣は?若さの秘訣は?ユーモアを交えた魅力的なトークにご期待を!

 

日替わりメモ 更新 11月11日
A4602 航空史探検博物館 愛知県 三菱重工業鰹ャ牧南工場史料室 三菱MU-2Bを追加
A3001 航空史探検博物館 茨城県 航空自衛隊百里基地 雄飛園の1989年の展示機写真を追加


〇  三菱小牧の史料室

 三菱小牧の史料室に社有機のMU-2Bが加わっていたのですね。MAVERICさんのホームページを見るまで全く知りませんでした。次はMU-300を展示する予定とか。史料室の職員さんは親切だそうですが、史料室への入館とか屋外の展示機の扱いとかに、どうも官営企業のような体質が匂ってきます。もっと朗らかに情報発信ができないものですかね。

〇  百里基地雄飛園の古い写真

 22年前、高校生の菱川さんは、友人に誘われて練馬駐屯地のノースアメリカンF-86Dを見に行って、そのあまりの汚い状況に気分を悪くしていたら、係員にきれいな機体を見たいのなら百里基地へ行ってみなさいとアドバイスされたそうです。

 それで、雄飛園の古い姿が記録として残りました。今朝は、それ以後の写真と対比して、各機体のマーキングが変化している状況を取り上げてみました。展示機は、できることならオリジナルで通してほしいというのが歴史派の願いですが、基地は博物館じゃないから、その時々の司令の思い付きで塗り替えられても仕方がないです。自衛隊に関係ないひどい描画でない限りは容認することにしましょう。

 よって、各展示機の貴重なオリジナルは我が航空史探検博物館でご確認を!


〇 日替わりメモ10日の佐伯さんの意見について  Zさんからメール

佐伯の意見
 そういえば、昨日のUS-2の洋上迷彩に関する防衛省の回答の件、私は何度読み返してみても、論理がおかしいと思うのですが、皆さんからの反応が一つもきていません。肯定・反論・批判なんでも結構ですから率直な感想を承りたいものです。

@ US-2の迷彩ですが、個人的には軍用救難機も迷彩にするのが当然だろうと思っています。救難機は見つけてもらうのではなく、見つけるのが仕事ですから。遭難者に見つけられやすいということは、敵の目にもつきやすいということですからね。僕が遭難者だとしても、有事ならば「あんな派手な機体できやがって、助けられる前にやられちまう」と不安になるかもしれません。

 電子センサーの発達した時代に迷彩にいかほどの効果があるのかということもあるかもしれませんが、僕が救難機のパイロットだとして、100回に1回でも迷彩のおかげで相手が見失ってくれることがあれば、自分の機体には迷彩をほどこします。現行のUS-1Aのような派手な色で飛べといわれたら、「立派に死んでこい」といわれたような気分になるでしょうね。

 いまは有事とはいえないでしょうが、それは戦争をしていないというだけであって、いつでも潜水艦や不審船はうろうろしているわけですし、小競り合いも絶えない。自衛隊としては有事に準じた備えた(塗装)をするのは当然と思います。もちろん、好き嫌いでいえばUS-1の派手な塗装は好きですけど。

A  またこの話題について読者の反応がないとしても、それはそれで仕方ないのでは。
 僕もあらためて拝読させていただきましたが、ヒコーキ雲は佐伯さんのホームページですから、佐伯さんが変だと思って意見を表明されるのはいいと思います。だけどそれに表立って反応するかどうかは、今度は読者の方の気分次第でいいのではないかと僕は思っています。

 雑誌の場合も、活発な反響がある記事と、ない記事とがあります。ないからといって、それに対してあえて意見をくださいとは言いません。反響がないということも、いわば間接的な意見の表明と、僕は受け取っています。WEB上の談話室でも、活発な議論が展開する話題とそうでないのがあるのは普通ですよね。さあ、これでどんどん議論してくださいといわれて盛り上がるようなものではないかと思っています。

 

佐伯から : おー、Zさんから詳しい反応がありました。ありがとうございます。
 @については、防衛省も、Zさんのように軍用救難機としての理論をもって答えてくれたら、違う対応になりました。「平時」という言葉を公式に用いているから論理的におかしくなっているのです。有事視認性を否定しながら、底の塗装に救難機視認性があるがごとき答えも噴飯ものです。

 岩国航空基地のホームページにあるように、現実には平時運用が100%であって、7機体制を有事で使うなんてあまり考えられないのが実態ですから、「平時から有事に至る幅広い運用環境」という説明には余程の説得力が必要です。防衛省の若い事務官に説明させるのは無理かもしれませんね。

 まあ、私の持論は、あっさり、海保所管のJAナンバー機にして、巡視船との連携を図る方がはるかに現実的だし、武器輸出三原則に触れずに輸出もできて新明和も助かるだろうということです。有事にはウエットで徴用できるように法律をこしらえておくとか。海自岩国の第71航空隊をそっくり海上保安庁岩国航空基地に変えて、厚木待機の機体は羽田待機にしてしまえ、なんて言ったら笑われますか。

 なお、石破元防衛相HPのご意見欄にも疑問をぶつけていますが、まだ答えがきません。必ず読みますと書いてあるので、読んではおられるとは思いますが、きっと困っているのでしょうね。

 Aについては、それが大人の見解というものでしょう。しかし、目に見える反応や手応えを求めるのはホモサピエンスの準本能であります。私の(物を欲しがる子どものように)表明するか、黙ってこらえているかの違いがあるだけだと思っております。ただ、日々約1千件のアクセスがあるのに、それ以上望むのは欲張りすぎダア!と喝破されるかも!!

 

日替わりメモ 更新 11月10日
A3002 航空史探検博物館 茨城県阿見町 陸上自衛隊土浦駐屯地 零戦もどきのSNJほか以前の展示機の写真を追加
A33-03
A33-01
航空史探検博物館 埼玉県 航空自衛隊入間基地 教育講堂(新修武台記念館)の外観
航空史探検博物館 埼玉県 航空自衛隊入間基地 参考としてナイキJの写真を追加


〇  土浦駐屯地

 土浦駐屯地では、航空関係の屋外展示物をきれいに片付けてしまってから数年経ちますが、AH-1Sを持ってくるという話などはどうなったのでしょうか。今朝は、まだ展示華やかなりし頃の写真を追加して往時を偲びます。

 予科練関係者が設置したと思われる零戦もどきのノースアメリカンSNJの経年写真をみますと、何とか零戦に似せようとされたものか、塗装が3回変わっています。しかし、結局は破棄され霞ヶ浦駐屯地へ運ばれてスクラップになってしまいました。塗装替えその他で皆さんの負担も大変だったでしょうに、なんとも涙ぐましい戦後日本の航空史の一端です。  

〇  入間基地

 入間基地関係の話題を2件アップしました。教育講堂につきましては、基地公式ホームページに航空に関わる歴史を航空機を通して普及したいという抱負が述べられていますが、その割には予告されている展示航空機の質量がとても貧弱な感じで、或いは、模型をずらっと並べるのかもしれませんが、浜松のエアパークの展示航空機の充実ぶりに対して、空自総本家たる入間のコンセプトがよく理解できませんね。

 先日は、中国北京の博物館のずさんな扱いや手抜きの説明のことを書きましたが、日本もあまり威張ってはいられませんよ。入間のナイキJの説明板、空自総本家がこれでは各基地の扱いも推して知るべしとなります。自衛隊は、どうも緻密な処理というか二重三重の点検が苦手のようで、イージミスがするっと通り抜けてしまう体質が蔓延しているみたいですね。

 外部から、注意してあげるしか手がないと思いますので、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲を通じてどんどん発言しようではありませんか。そういえば、昨日のUS-2の洋上迷彩に関する防衛省の回答の件、私は何度読み返してみても、論理がおかしいと思うのですが、皆さんからの反応が一つもきていません。肯定・反論・批判なんでも結構ですから率直な感想を承りたいものです。

 

日替わりメモ 更新 11月9日
R127 調査研究コーナー  防衛省に問う 救難機US-2の洋上迷彩塗装について 新 防衛省大臣官房広報課から回答            
HOME
N911
CONTRAIL PHOTO MUSEUM No.181 "The Main gear down in emergency"
ニュースフラッシュ ボーイング787就航  11/06 主脚トラブル発生  着陸時の写真を追加


〇  防衛省大臣官房広報課から回答 

 町内のじじばば相手の音楽コンサート、先日は昭和20年代の歌謡曲と題して、リンゴの唄などをオリジナル録音のCDで聴かせてあげました。その中のひとつ、平野愛子さんが歌った「君待てども」が特に印象に残っています。  2番 ♪あきらめましょう あきらめましょう ‥‥

 何故かというと、防衛省に質問メールを出したのに、いつまで待っても返事がこないので ♪あきらめましょう 々 ‥‥の心境になりかけていたのです。
 しかし、待つ甲斐はありました。26日も経て返事が来たからであります。その結果は、どうぞ当該ページをご覧ください。そして意見を下さい。

 6日付けの《 もの申します》 空自幹部候補生学校は厄介者払いをしたのか も奈良基地へ通報していますが、反応がありますかね。

 ついでに書くと、コスプレショーなどで自衛隊を貶(おと)しめた海自小月航空基地への抗議(10月26日参照)を自衛隊山口地協を通じて送ったら、山口地協から小月航空基地のアドレスが分らないので送れないとの断りが来ました。各地方協力本部に協力しない部隊もあるのですね!驚きです。


〇  続 ボーイング787の主脚トラブル発生

 幸運に恵まれたと言っては乗客と航空関係者に大変失礼ではありますが、たまたま、日曜日に岡山空港に出かけて、ボーイング787の主脚トラブルに遭遇して、着陸時の珍しい写真を撮ることができたtabi さんはマニア運がつよいです。 

 「珍しい写真」という表現は今朝の表紙絵を見て貰えば一目瞭然です。手動で降ろすと脚カバーが閉じない仕組みになっているのですね。

 

日替わりメモ 更新 11月8日
N912 ニュースフラッシュ 2011/11/06 中部国際空港セントレアのアントノフ
N911 ニュースフラッシュ ボーイング787就航  11/06 主脚トラブル発生


〇  ボーイング787の主脚トラブル発生

 航空機の泣き所のひとつである引込脚のトラブルが、ボーイング787でも発生しましたね。しかし、手動に切り替えて無事着陸し事故には至りませんでした。これを、やはりトラブルが起きたかと批判的に見るか、手動への切替安全対策が機能したことを好意的に見るかは自由です。

 2007年3月の高知空港でのボンバルディアQ400の顔面着陸では、部品取付に手抜きがあって手動でも脚が出ませんでした。それに比べたら、安全装置が機能したのだから上出来というべきかもしれません。

 ボーイング社では何故自動で降りなかったか原因追及が始まっていると思いますが、これは高知のQ400事例R59で書いている「バスターブ・カーブ」の「初期故障期」の範疇に入れてもいいのではないかと思うのです。それを引用しておきます。

バスターブ・カーブ  (にがうりさんの説から)
  常識として、航空機に故障はつきもの です。一般的に、新機種と新造機は就航後初期故障が多発して、これが「初期故障期」です。
 次に、飛行時間の経過とともに俗にいう「なじんでくる安定期」に入りトラブルが減少します。
 しかし、さらに飛行時間の累積増大に伴い各部に「ガタがくる劣化期」になり、またトラブルは増加傾向になります。
 これをバスターブ・カーブ(西洋風呂桶の構図)と言います。人間の一生と同じです。ヒコーキも安定期が長いほど良いヒコーキと言われるわけです。
 また、機体の大小による違いもあります。大きい機体は 多数の装備品(計器、油圧、電子電装品など)とそれら自体の部品数も多く作りも複雑ですから、小型機よりもトラブルは増えます。しかし大型機はバックアップ・システムが小型機よりは備わっているため 、大事に至らず安全性が高いのです。

 エアバスA380がしばしば欠航しているのも同じことです。発生しないのが一番いいですが、むしろ多く出て設計者が予想しえなかった故障が初期のうちに改善されてしまう方が航空機の安定のためには結構だという見方もあるでしょう。


〇 朝日新聞の変化

  北京政府の日本支局か言われていた朝日新聞がこのところ大々的な中国批判をはじめたので驚いています。当方は、大阪版なので東京版などと同じかどうかは知りませんが、例えば昨日の1面と2面で中国軍解剖と題して、将来電脳戦争で地球を支配してしまおうという大々的なサイバー攻撃の訓練施設や拠点を設けていることを詳細に書いています。執筆した記者自身に中国から危険なウイルス添付のメールが送られてきたというのですから真に迫ります。

 先日は、やはり1面と2面で、中国のすざまじい贈賄社会の状況を瀋陽特派員の実名で詳しく報道していました。入学許可も教室の席順も成績評価も一切が父母の賄賂の多寡によって決まるのが当たり前になっている、賄賂を贈らないと就職もできない、仕事も出世もすべて賄賂で決まりというのです。

 日本で教員資格を学んで帰国した人が、それなりの授業をしようとしたが、賄賂を受け取らなければ立場が危うくなるというので、金や物品はもとより性行為の提供まで甘受せざるを得ず、正常な教育はできていないと告白しているのです。

 中国全体を覆うこのような風潮に喘ぐ人民の苦境、苦衷のほどは如何許りでしょうか。それを苦衷と感じ無くなっている人々も増えているのかもしれません。洗脳社会の堕落ぶりは目に余ります。

 なのに、共産政府と中国軍は世界制覇の野望にまい進しています。というよりも、特権階級の安全を確保するためには、もはや人民一般を顧みる余裕はなく、世界制覇一本道から落ちないようにする道しか残されていないのでしょう。

 昔、大東亜戦争や教科書問題などで発言があると、朝日新聞はいち早く北京政府に通報して、その反応を紙面に大きく掲載していたものです。だから北京政府の日本支局だと皮肉っていたのですが、最近の紙面でこのような中国の実相を教えて貰うようになって、朝日に対する見方が変わりました。

 引き続き、このような当たり前の報道に徹してくれるよう祈りたい気持ちです。

             今朝もヒコーキに直接関係ない話しで失礼しました。これも毒舌佐伯節の一種です。

 

日替わりメモ 11月7日のページ更新
HOME
A33-01
CONTRAIL PHOTO MUSEUM No.180 "The white SAN-SAN"
航空史探検博物館 埼玉県 航空自衛隊入間基地  
保管されているロッキードT-33Aの中の残る1機


〇 入間のロッキードT-33A

  入間基地の東、滑走路とゴルフ場の間に保管されていたロッキードT-33Aが、いつの間にか1機になっていたとのレポートがあったのは5年前でしたが、その1機が、今年もPAPPYさんの望遠レンズで確認されました。Google Earthの位置で見ると1999年の事故によるT-33全機飛行停止よりもずっと前から置かれていた4機の中の1機と思われます。

 とすると、もう15年も野ざらしになっていることになります。タンクのディグローをはじめとして機体全体が真っ白と言っていいような状態で、ホワイト タイガーを連想するホワイトサンサンなる言葉が頭に浮かびました。面白いので表紙絵に採用です。

 もちろん、ノーズの3桁機番や日の丸の部分も真っ白です。想像するに、この機体のあった一群のT-33Aは米軍から直接供与されたもので、機番や日の丸を消去して返還に備えていたものが、何らかの理由でそのままになり、3機は処分されたものの、この1機だけが残されているのではないかと。

 そうすると機番は51-56**(川崎製は-52**又は-53**)となります。下郷資料には供与機体中7機に「米へ返還入間基地で」と注釈がありますので、その中のものかもしれません。下郷さんなら必ず調べているはずですから、生前に聞いておくべきだったと悔やまれます。

 どなたか解明してくれませんかね。

 

日替わりメモ 11月6日のページ更新
A4603
 Z42
航空史探検博物館 愛知県 航空自衛隊小牧基地 幹部候補生学校のT-6を移設 掩体壕に展示
ヒコーキマニア人生録42 《 もの申します》 空自幹部候補生学校は厄介者払いをしたのか
N910 ニュースフラッシュ 2011/11/03 2011入間航空祭 写真を追加


〇 《 もの申します》 空自幹部候補生学校は厄介者払いをしたのか

 防府北基地の中庭に展示してあるロッキードF-104Jの腹ビレが、明らかに人間の仕業で壊れていたのを指摘して取り替えて貰ったことがあります。その壊れ方たるや、相当の力で叩いたり蹴ったりしたもののようで、多分、教官や上級生に恨みを持つ学生がストレス解消でやったのではないかと、同情したものです。

 奈良基地幹部候補生学校のノースアメリカンT-6のキャノピー天蓋の壊れ方も、明らかに人の手によるもので、幹部候補生のストレスもご同様かと勝手に想像しています。永年、修理もされずに来ているのは、学校当局が標的として叩くならこれだけにしてくれよ、他の機体は壊すなよという暖かい配慮なのかと‥‥。

 で、驚いたことに、このたび小牧基地が三つある掩体壕の一つにT-6を収容したいのでと所望して、奈良基地は「小牧できれいにお色直しをされるでしょう」と喜んで送りだしたというのです。

 初期空自パイロットを育てた歴史上由緒ある練習機を実地で学ぶことができた幹部候補生の目から、同じ航空自衛隊とはいえ他の基地に引き離してしまうという学校のすごい決断、そのはしゃぎぶり(公式ホームページ更新情報の23.9.16)、その歴史音痴ぶりには敬服いたします。

 百歩譲って、管理が難しいから手放したというのなら、入間に建設中の教育講堂(新修武台記念館)に送って生きた歴史の証人にしてやる‥‥とか、佐伯が基地司令ならそう考えますけどね。

                                          日曜日の毒舌、失礼しました。

 

日替わりメモ 11月5日のページ更新
N910 ニュースフラッシュ 2011/11/03 2011入間航空祭 写真を追加
CL-1946b 航空古典 日本軍人と日本陸軍機が育てた中国共産軍飛行士 東北老航校
 新 付 ・ 北京の日本軍用機展示 川崎キ48 九九式双発軽爆撃機   立川キ55 九九式高等練習機


〇  北京の日本軍用機展示

 中国航空博物館(北京市昌平区)の九九式双軽と九九式高練の今年10月現在の状況と、中国人民革命軍事博物館(北京市海淀区)の九九式高練をアップしました。

 中国航空博物館は、九八式直協を九九式高練に戻したり、九九式双軽のT型をU型に変えたりと試行錯誤をしているみたいですが、実態は、いろいろなスクラップを寄せ集めて組み立てたりしているので、オリジナル性は喪失しているものと見た方がいいでしょう。十分な資料もなく、担当者の気持ちとしては、日本機というよりも中国空軍機としての体裁が整えば結構だという程度のことでしょう。

 軍事博物館で正式展示を待っているらしい九九式高練は、見たところいい状態であり、今後の取り扱いを注目しましょう。ただ、この博物館も説明などに手抜きが多いそうですから、可能なら、日本へ返して貰って厳密な考証のもとで整備してやりたいですね。

 北京航空航天大学にあるとされている一式双発高練、もしくは十和田湖底の一式双発高練を引揚げて一緒に展示してやれば、世界水準にあった立川飛行機の練習機史が蘇ることでしょう。

 

日替わりメモ 11月4日のページ更新
N911 ニュースフラッシュ 2011/11/01 ボーイング787就航 
N910 ニュースフラッシュ 2011/11/03 2011入間航空祭 
N909 ニュースフラッシュ エバエアーの新ハローキティジェット 長胴型A330-300
N908 ニュースフラッシュ 2011/11/01 ベトナム首相特別機 ボーイング777-200ER


〇  ボーイング787就航 

 再び始まりました。何がって? 新幹線と航空機の大競争です。食いつくわれつの競争の歴史をもつ岡山と広島から東京への往復は、近年N700系のぞみの投入などで新幹線がややリードしています。そこへ全日空が787で殴り込みをかけてきました。大阪、福岡、千歳の幹線ルートを後回しにしてまで。

 今の便は、朝が岡山で夕方が広島ですが、来月中旬からは朝夕2便にして、日帰りのビジネス客を快適なる787で奪い返そうという訳です。対抗するJRも黙っては居ませんよ。全日空の往復27,370円の運賃を下回る26,000円のトクトク切符(広島の場合8820円安、ただし22日前に購入)を売り出しました。運行所要時間や駅と飛行場へのアクセスなど総合的に判断してどっちをとるか、当分は、物珍しさでボーイング787の満席は続くでしょうが、さて、勝敗の結末や如何に! どっちもがんばれ!

 

日替わりメモ 11月3日のページ更新
T74-1 写真で見る東京国際空港の歴史 1974年  エアバスA300B1 原型1号機の訪日
N907 ニュースフラッシュ 陸上自衛隊の新練習機エンストロムTH-480B  実験飛行隊でドアをはずしてテスト飛行など


〇  エアバスが初めて日本に姿を見せてから約40年の歳月が流れました。あの頃は大して関心がありませんでしたが、やがて東亜国内航空がA300B2を採用し、全日空もA320を購入しますが、ボーイング天下の日本ではそれほど普及しているとは言い難いです。その中でスカイマークがA380の契約を締結したというニュースには驚きました。ボーイング787で市場の寡占状態を維持していきたい全日空と日航の間にA380が割って入るし、格安航空会社はおおむねA300系を揃えるみたいですので、エアバスインダストリーが日本で幅を利かすようになるのでしょうか。

 9年前に出版された加藤寛一郎氏の「エアバスの真実 ボーイングを越えたハイテク操縦」を読んだ人は覚えていますか? ボーイング色に染まっている日本人にエアバスの技術が如何に優れているかを口を極めて説得しています。エアバスの接待のうまさが加味されての賞賛という面はありますが、コメットとコンコルドを曲がりなりにも成功させた基礎の上にたつエアバスは、なるほどボーイングの思想とは異なる新技術を開花させているなと感じさせます。

 9年過ぎて、787も実用に供されました。さて、両社の技術の優劣はどのようになっているでしょうか。加藤さんの判断を聞きたいところですが、最高のディナーに招待されたからと言って惑わされないように。

 

日替わりメモ 11月2日のページ更新
A3617-1 航空古典  岸一太氏の赤羽飛行機工場とつるぎ号
航空史探検博物館 東京都北区飛鳥山博物館
 第三つるぎ号 赤羽飛行機工場 の姿


〇 赤羽飛行機工場

 東京都北区飛鳥山博物館 から赤羽飛行機工場関連の資料の掲載許可を頂きました。お礼を申し上げます。特に当時発行の工場通覧 船舶車輌製造業の中に、例えば、隆盛を極めていた大阪木津川河畔の造船会社などと共に堂々と飛行機会社として肩を並べいる資料、一流の専用辞令書や、まるで木工所のような機体工場に「たばこのめぬ」「たんつば(痰と唾を吐く容器があるという意味か?)」の貼紙がみえることなど、大正時代の貴重な史料を公開できたことは意義深いです。

 ドイツ留学で博士号までとった耳鼻咽喉科岸一太医師は、そのまま築地明石町の病院で医者を通していれば名医の誉も付いていたでしょうに、ドイツで開眼したのか、医者、山師、飛行機屋、おまけに女好きの四足のわらじを履いてしまいました。これじゃあ応援者も次第に離れて行くでしょうね。同時期の中島知久平は一意専心航空を心がけたので大成しました。もっとも女好きは共通らしいですが。

 しかし、大正ロマン時代(定義ははっきしませんが)のこのような成功や挫折の物語は、ほんとうにロマンを感じます。参考として引用した古谷さんの本にある長岡外士国民飛行協会会長による初の協会行事である第一つるぎ号の披露飛行も、いろいろ理由はありますが、彼が二宮忠八看護兵の航空機上申を退けてしまった過去の負い目を一掃したかったのではないかと考えたりします。

 いやあ 航空史って面白いですね! 

 

日替わりメモ 11月1日のページ更新
N906 ニュースフラッシュ 2011/10/30 明野駐屯地開設56周年・航空学校創立59周年航空祭


〇 エンストロームTH‐480   N907へ転記

 

日替わりメモ 10月31日のページ更新
HOME CONTRAIL PHOTO MUSEUM No.178 F-2 showed performance at the KOMAKI AIR SHOW, and returned to MISAWA.
N904 ニュースフラッシュ 2011/10/23 小牧基地航空祭に飛行展示の写真など更に追加


〇  「たるみが出たか防衛省と自衛隊 」に反論 を取り消しました 

 30日本欄のTSさんの意見は、航空祭にはぜんぜん関係の無い部署の人が、想像を膨らませて投稿してきたものであり、「国のトップが無理にやらせた」等は根拠のないものでした。本人から軽率な発言として謝罪がありましたので、すべてを取り消します。 

 

日替わりメモ 10月30日のページ更新
N904 ニュースフラッシュ 2011/10/23 小牧基地航空祭に飛行展示の写真など追加


〇  無謀な登山者のための危険な救助活動が必要か   かかしさんからメール

運輸安全委員会の事故報告から抜粋
 
平成21年9月11日15時22分ごろ北アルプス奥穂高岳付近で岐阜県防災航空隊ベル式412EP JA96GFが、訓練や出動実績のない北アルプス山岳局地の救助活動中において、
ロバの耳頂上付近でのホバリング中に高度が下がり、後方に移動したため、MRBが付近の岩壁に接触し、墜落し、同機に搭乗していた5名のうち、救助現場にて同機から降下した2名を除く、機長、整備士及び消防吏員の計3名が死亡した。

 痛ましい事故です。私は、多額の税金を投じた防災ヘリを、危険な山岳救助に出動させることが、適切かどうか疑問に思います。

 私自身、時々山歩きに行きますが、山に行けば風が吹こうが雪が降ろうが、どんな場合も「自己責任」です。ケータイ電話1本で、安易に救助されることが、気の緩みを生み、鍛錬を怠る下地となっているような気がします。天気図が読めない登山家がかなりいると聞いたことがあります。そんな人たちを危険を冒して助ける必要があるんでしょうか?

佐伯から : 全く同感です。 アメリカで車や軽飛行機の免許が簡単に取得できる裏には「自己責任」の徹底があります。狩猟民族の特質だとは思います。
 農耕民族の日本でも、近年談合(相互扶助)の特質が失われてきて個人主義が横溢し、なのに安易に助けを求める、何事も行政が手を差し伸べなければ納まらないという「自己責任回避」の甘えがはびこっています。この事例は、10人の登山ツアーの中の66歳の男が心肺停止になったのですが、山で死ねば本望という強い気持ちで参加したのかどうか。荒天の中を危険を冒してまで救けに行く必要はなかったと思いたいです。

 既に言われているように岐阜県防災ヘリの機長も、弁解の余地がありません。県警航空隊が危険だから行くなと説得しているのに、何やら軽い気持ちで飛ばしてしまったというのです。遺族にはお気の毒ですが、自己責任で償(つぐな)って貰うしかないですね。 


〇  「たるみが出たか防衛省と自衛隊 」に反論   TSさんからメール 10/31本人申出により取消

 浜松と小牧の件ですが、今年度は不可抗力によるものです。当初は観閲式は中止して観閲式の日に浜松翌週が小牧で計画されました。しかし国のトップ(当時)が観閲式を無理やりやらせたため日程をずらすはめになりました。現地部隊への統制が乱れていませんし、たるんでもいません。松島の復旧を優先すべきと部隊は反対していました。
 航空観閲式のリハーサル飛行などは、これまでに比べて手抜きが多かったと言われていますが、これについては観閲式の日程が急きょ組まれたことや予算の大幅削減等が原因で規模が縮小されました。手を抜いているわけではありません。やりたくても予算がないそれが現実です。
 本来ならすべてのイベントを中止すべきですが、規模縮小でも良いから開催してほしいという声が多数寄せられたため実施されています。

佐伯から : TSさんは、防衛省内部に詳しい方とお見受けします。 「規模縮小でも良いから開催してほしいという声が多数寄せられた」というのは本当でしょうか? 政治家や業者が言っているのですか? 
 
 お説によれば、現地部隊は松島応援で航空祭開催に反対であったが、本省の方から無理にやらせたというように受け取れます。それなら、なおさら適切な日程を企画すべきであったと反論したくなります。10月中に観閲式、小牧航空祭、浜松航空祭、小松航空祭の四つを無理に集中させなければならない不可抗力(必然性)
というのは、いったい何なのでしょうか?

 いずれにしても、多くの国民は、今年は非常時であり自衛隊の華やかな行事が中止になったとしても、むしろそのことの方に納得するのではありませんか。インターネット航空雑誌ヒコーキ雲発行人としても声を 大にして賛成します。

 市ヶ谷のお役人さんは、少ない予算ならばより効果的に使おうという原則を見失っているようにお見受けします。

 例えば、今年だけは、空自航空祭予算を松島基地に一点集中して速やかな復旧をはかり、同時に東北の人々を激励する祭りを行うというような発想が出てこなかったでしょうか。非現実的なことだと一笑に付されるかもしれませんが、こういう発想は戦時における柔軟な作戦行動にも通じることではありませんか。

 幕僚(参謀)たちの頭が震災疲れで硬直していない、たるんでいない証拠をみせてもらいたいものです。

 なお、TSさんのご通告をけなすつもりは毛頭ありません。少々、立場を変えて別次元から佐伯の考えを述べました。


〇  番 外 

 ニュース が配信されてきましたので、そのまま掲載します。

ニュース・リリース 20111023

太平洋航空博物館パールハーバーにて 人類初の音速突破を果たしたチャック・イェーガー将軍の
特別講演を113日に開催 

 

 【ハワイ州ホノルル発】太平洋航空博物館パールハーバーが、来る2011113日(木)午後6時から8時半まで、同館本館(格納庫37)にて、人類初の音速突破を果たしたチャック・イェーガー将軍を招き、特別講演会をすると発表した。この講演会は、現在修復作業が進められている管制塔の修復資金を募るため行われる。
 
太平洋航空博物館パールハーバーの館長、ケネス・デホフは次のように語っている。「同博物館を長年ご支援して下さっているチャック・イェーガー将軍を迎えることができ、とても光栄に思います。イェーガー将軍は、彼が実際に体験した飛行について語ってくれることでしょう」
 
1947
1014日、人類初の有人超音速飛行を達成したチャック・イェーガー将軍は、航空界の生ける伝説である。音速の壁を突破するという航空界への大胆な功績は、世界中のパイロットへのハードルを確立するとともに、世界の航空宇宙技術の分野における米国の地位上昇に貢献し、米国は今日もその地位を堅持している。
 
講演会は6時に開始され、その後カクテル&ププのレセプションが行われる。料金はメンバーひとりにつき$25、メンバー以外はひとり$35となっている。要予約。予約は、電話またはEメールで受付けている。(808)441-1007 / SpecialEvents@PacificAviationMuseum.orgまで。
 チャック・イェーガー将軍関連ウェブサイト:
www.ChuckYeager.com, www.ChuckYeager.net , www.VictoriaYeager.net

太平洋航空博物館パールハーバー(Hangars 37 & 79, 319 Lexington Boulevard, Ford Island, Pearl Harbor, Oahu, Hawaii 96818)は、アメリカの内国歳入法(IRC)の501(c)号の第3項に規定されている非営利団体です。
 
太平洋航空博物館パールハーバーのミッションは、歴史の深いフォードアイランドに国際的に認知される航空博物館を開発・管理し、あらゆる人々へ学びを提供すること、太平洋地域の自由を守るために戦った航空士やその支援者を称えること、太平洋の航空史を守ることです。寄付のお問い合わせは、www.PacificAviationMuseum.org/jp まで。

<太平洋航空博物館パールハーバー>
・開館時間:午前9時 〜 午後5
・一般入館料:大人$20、子供(412歳)$10 
 格納庫37(本館)と格納庫79(第2展示場)の2つの格納庫への見学を含む
 
・ガイド付き日本語「飛行士ツアー」:大人/子供ともに一人$10 (入館料別)
日本人ガイドが2つの格納庫をご案内し、太平洋における航空界の歴史のエピソードと共に、第二次世界大戦および朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦で実際に使われた航空機を紹介。飛行士ツアーでしか見学できない海軍大尉テッド・シーリー復元工房では、修復中の航空機を間近で見学できる。
・ガイド付きツアー実施時間:午前10時 〜 午後330分、所要時間:1時間半 〜 2時間
・ご予約/お問合せ (808) 441- 1000 www.PacificAviationMuseum.org/jp(ご予約フォーム
  またはToursJapan@PacificAviationMuseum.org

 

日替わりメモ 10月29日のページ更新
N905 ニュースフラッシュ 2011/10/24 浜松基地 ブルーインパルスの立寄りとがんばろう日本塗装の救難機


〇  日替わりメモ10/27「たるみが出たか防衛省と自衛隊 」に反論  金しゃち 

 浜松基地と隣の小牧基地の航空祭が重なっているのは、何も今回が初めてではなく、昔から小牧と岐阜、小牧と浜松が同じ日に開催されることが多いです。

 これは自衛隊の怠慢でもなく、小牧基地(セントレア管制圏)と岐阜基地、浜松基地の管制圏が重なっており、旅客機が多数飛行する空域上、毎週空域制限するのは困難なためできるだけまとめて行うか、日程を離すという話を以前聞いたことがあります。

(この話を聞いたのはセントレアができる前なので、今はセントレアが開港して調整しなければいけない空域が広がり、一段と難しくなっていると思われます)。

 また浜松、小牧の両航空祭に岐阜基地のF-2が飛行展示で参加しており、午前中に岐阜から浜松にリモートでデモフライト、午後に岐阜から小牧にリモートでデモフライトを行っていることから、毎週日曜休みを取り上げられないよう、隊員の負担も考えているのではないでしょうか?

佐伯から : なるほどそういう事情がありましたか。ただ、次のようなメールも来ています。 

 果たしてこれだけの数の航空祭が必要なのでしょうか。館山と木更津、浜松と小牧と岐阜と小松、海自岩国と防府北と小月、築城と新田原等々。米軍基地は別として自衛隊の航空祭はどうも形骸化しているような気もします。隊員たちも大変でしょうし、1年おきとか、回数を定めて基地の持ち回りとかにしたらどうなんでしょう。

 賛成ですね。マニアとしても毎年腹いっぱいのご馳走を与えられるよりも、数年に一度めぐりくるご馳走の方により価値があることは確かです。

 しかし、各基地には表に出すことのできない必然的な理由があって、マンネリであろうが隊員が疲れようがどうしても実施しなければならない事情があるのかもしれません。協賛金とか広告料とか出店料とかのお金‥ 企業招待者らの寄付をあてにするとか‥ 以前は、自由になる金を獲得してくるツワモノがどこの組織にもいたものですが、もう、隠し金が許される時代ではありません。

 数年おき開催などで予算を多くとって、密度の濃い航空祭にすれば、見学者も隊員も航空管制当局も喜んで三方めでたしめでたしになるのではありませんか。

 

日替わりメモ 10月28日のページ更新
A3632-01 航空史探検博物館 東京都 陸上自衛隊立川駐屯地 御殿場市へ貸与したUH-1Hの代替を新展示
A3632-5 いしぶみ 立川駅北口空中デッキ 赤川ボンズ作 “風にむかって”


〇  ますます活動が狭くなる

 羽田のタワー勤務の公務員が大統領専用機の飛行計画などをブログに載せたという行動のために停職3か月の処分を食らいました。本気で情報を得ようとすれば抜け道はいくらでもあるんだから、この程度のことは許容範囲だとでも思っていたのでしょうかね。全く、つまらんことをしてくれたものです。マニアサイドからすれば、各方面のガードがますます厳しくなって善意で情報を取る手段が狭くなりますからね。

 ヒゲの隊長佐藤参議が、福島原発事故の当初にすべてのテレビに専門家と称する学者などが出てきて、詳細な図解を示しながら解説していたが、あれはテロ集団などに格好の情報を与えてしまったのだと話していました。なるほどという思いと、テロ集団というのはその程度の情報でも貴重なのかなという思いが交錯して聞いていました。

 今では、あの時の専門家と称する連中の解説が甚だしい認識不足だったことが一般に知られてしまいましたが、悪いことに原子炉の構造だけは広く行き渡りました。怖いテロ集団が手を下さずとも、ちょっとした不満分子が原発を襲うようになるのではないかという恐怖を感じます。

 あの時は、むしろ、原子炉が溶融するような重大事故にはならんだろうという気休め解説が主流でしたが、最近は、放射能汚染の心配を増幅させるような解説が氾濫していますね。

 管制塔の専門家と同じように、自分の得た知識を知らしめたいという安易な行動が、かえって世の中を窮屈にしてしまっている典型のように見えます。公務員は停職3か月になるのに、勝手な解説をした連中には何のお咎めも無いというのは、不公平だよねえ。

                                                      佐伯邦昭

 

日替わりメモ 10月27日のページ更新
N904 ニュースフラッシュ 2011/10/23 平成23年度 航空自衛隊小牧基地航空祭


〇  たるみが出たか防衛省と自衛隊

 ”この日は浜松基地も公開されましたが、このようなパッティングは避けてスケジュールを組んで貰いたいです”

 これは、小牧基地航空祭を見学した田中昭則さんの手紙の末尾の言葉です。10月23日(日曜日)、東から立川防災航空祭、浜松基地航空祭、小牧基地航空祭、小月航空基地航空祭と自衛隊の飛行場を会場とするビッグイベントが開催されました。陸自立川と海自小月は別として、県を隣り合わせの浜松と小牧で同時開催とは、田中さんならずとも楽しみにしている人々への配慮を著しく欠いていたと言わざるを得ません。

 周辺地域の人たちに理解してもらうためという狭義の言い訳はあるかもしれませんが、それぞれ特性をもった基地を全国民にアピールするという認識が欠如しています。いずこの航空祭でも他県ナンバーの車が多数詰めかけているのは自衛隊でも十分にご存知のはずです。

・ 東日本大震災に際しては、国防との兼ね合いで極めて難しい救助救援出動に十分な采配を振るった防衛省でした。しかし、その後は、お疲れによるものか現地部隊への統制が乱れているのではありませんか。たるみが出ているとしか思えないからです。

 第一に、統制調整機能の問題。浜松と小牧の同時開催に何の手も打っていません。昨日抗議した小月航空基地のコスプレピクニックような、一部少数の人の低俗な趣味に迎合し自衛隊に著しく偏見を抱かせるような内容をチェックしていません。

 第二に、未曽有の体験をして心身ともに疲労している隊員を、この秋くらいは休ませてやるという配慮はできなかったのでしょうか。
 例えば、百里からのレポートを読みますと航空観閲式のリハーサル飛行などは、これまでに比べて手抜きが多かったと言います。各航空祭でも多かれ少なかれそういう気配があったようです。
 日常の訓練を怠れというのではありません。イベントのために余計な仕事に忙殺される手間を今年だけは控えさせるという決断があっても、国民は文句を言わないと思うのです。

・  以上、現象面だけで批判をするなと言われるかもしれませんが、現地部隊が好き勝手な行動をとって、中央がそれを統制する機能が無かったら国は破滅するしかありません。国防というものは一分の隙も許されないからです。防衛省(特に統合幕僚会議と三自衛隊幕僚監部)は震災疲れから早く立ち直ってください。 

 

〇  返す刀でUS-2の洋上迷彩問題について  

 (調査研究コーナー R127 質問   防衛省に問う 救難機US-2の洋上迷彩塗装について  参照)

 US-2の洋上迷彩問題について、率直な疑問を防衛省にぶつけてみました。1週間たって返事がないので「このまま無視されるなら、貴省もUS-2の洋上迷彩は間違いと認めていると解する」と通告しましたが、回答がありません。

 よって、US-2の洋上迷彩は、防衛省自体が間違いであったと認めていることが確定しました。
 とは言うものの、皆さんの受け取り方は、このような単純な断定ばかりではないと思います。それぞれ自由に解釈していただき、できれば海自や新明和に伝手(つて)がある方は、その辺りの事情を探って頂きたいと存じます。

                                                      佐伯邦昭

 

日替わりメモ 10月26日のページ更新
N903 ニュースフラッシュ 2011/10/23 大空と大地のカーニバル2011 笠岡農道空港


〇  大空と大地のカーニバル

 岡山県笠岡農道空港のイベントは、2003年8月から(06年を除き)”大空と大地のひまわりカーニバル”として載せてきましたが、今年は10月の開催でひまわりの文字が抜けましたね。20周年記念と銘打ったにしては例年と同じようなもので、HAWKさんはマンネリを感じたようです。

 贅沢な話ではありますが、ニュースフラッシュを扱う当方も各地の航空イベント情報にかってのような興奮を覚えなくなってきています。イベントが多すぎるせいもありますね。展示航空機などが少しずつ変化してきているとはいうものの毎年似たような内容で、主催者も気が重いのではないかと同情したりします。

 ですから、低俗な芸能人など呼んだりしてマンネリ開催に変化を付けたい気持ちは分かります。しかし、度を越してはいけません。特に自衛隊において。


・ 許すことができない海上自衛隊小月航空基地のコスプレ行事許可

 コスプレピクニック実行委員会なる団体が、あらかじめ希望者を募集して、航空祭当日に教室で着替えさせ、展示会場などを自由に歩かせました。学生が血のにじむような訓練を重ねている航空機のそばに、女装の男などが誇らしげにまとわりついていて、常識ある人々は吐き気をもようしたと言います。

コスプレピクニック実行委員会ホームページから
イベントの主催は「海上自衛隊小月航空基地」ではなく、コスプレイベント団体「コスプレピクニック実行委員会」です。厳密には「小月航空基地祭」で行われる様々な協力イベントのひとつとして「コスプレピクニック」が行われるものです。〜 イベントのルール策定につきましては、「海上自衛隊小月教育航空群」と協議を行い設定したものです。

 明らかに基地が深く関与し、許可を与えていたことが分ります。隊員に抗議したら、一様に上が決めたことですからと吐き捨てるように答えていたそうです。

 隊員の多くが苦々しく思っているらしい証拠は、同基地公式ホームページの「小月航空基地祭/スウェルフェスタ2011」のページにコスプレのコの字もなく、それを匂わせる写真も一切出していないことで分ります。 http://www.mod.go.jp/msdf/oz-atg/

 東日本大震災で国民の認識が一挙に深まった自衛隊の姿を、こんな眉をひそめるようなイベントで貶(おとし)めた当事者は責任をとってやめていただきたい。もちろん基地司令の責任も重大です。

 コスプレ趣味の彼らには、送別会で学生の仮装行列でも見せたうえで、基地から放り出してしまいなさい!  

                                                      佐伯邦昭

 

日替わりメモ 10月25日のページ更新
N902 ニュースフラッシュ ドイツ連邦共和国大統領特別機A340ほか 
N901 ニュースフラッシュ JAL嵐JETとANA共同募金協賛50年記念ステッカー 


〇  サイバー攻撃対策 やられたらやり返せ!

 ・  三菱重工業の戦闘機情報が盗まれたとか、衆議院議員のパスワードが盗まれたとか、サイバー攻撃は止むところを知りません。組織的かつ大々的に研究し実行しているのが中国であることは公然の秘密となっているようです。

 その防衛には大変なお金がかかるのでしょう。でも、やらなければなりませんが、発想を転換して、日本も公然とサイバー攻撃を仕掛けたら如何なものか。守るばかりが能じゃない。盗まれたら盗み返して、倍返しをしてやれ。

 ヒコーキマニアなら、みんな知っています。旧ソ連の新鋭航空機の殆んどが欧米のコピーであったことを。それは、クレムリンに雇われたスパイが巧妙に技術を盗み出していたから可能であったことを。

 後を継ぐ中国が、ステレス機まで造れるようになったのは、共産党幹部子弟がアメリカ留学もしくはアメリカ人になって技術情報をどんどん祖国へ送っていたのが花を咲かせているのだと。

 三菱にしろ川崎にしろ、サイバー攻撃を受けたと青くなって震えているのは、戦後60年アメリカに守られてのうのうと平和を謳歌してきてきた付けが回ってきたのであって、同情の余地はありません。日本の官民挙げて、大東亜戦争の敗戦の大きな要因の中に諜報能力の欠如があったことをきれいに忘れているのです。

 ・ アメリカに民主主義があるとすれば、それは強大な軍事力によって守られてきています。中国の共産主義は軍事力と強烈な洗脳によって確固たるものにしてきています。

 では、日本の国体は何によって守られるのでしょうか。民主主義という形而上は守ってくれませんね。

 以上のようなことを考える格好の本が出版されました。

 宮脇淳子著 「真実の中国 1840-1949」 李白社11月3日発行 1600円+税

 毛沢東によって都合の良いように書き換えられた中国史の嘘が次々に壊されていく記述は、痛快ですらありますが、それ以上に日本という国を原点に返って見直し、西欧文化を崇拝する歴史風潮の愚を思い知らされて、目から鱗がどんどん落ちていきます。

 左の方も右の方も、皆さんに是非とも読んで頂きたく推薦いたします。  佐伯邦昭 


 
日替わりメモ 4月2日のページ更新


〇 続けてきましたYahoo緊急災害募金による義援金の寄付は、既に閲覧者の皆さんのご協力を十分に頂いているものと思いますので、本日をもって打ち切ります。更にご厚志を言う方は、日赤や地方公共団体の窓口をご利用ください。

緊急災害募金

緊急災害募金
募金テーマ
緊急災害募金
募金先団体
Yahoo!基金
内容
2011年3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」などの被害に対して、Yah...[続きを読む]

  

日替わりメモ 2011年1月1日のページ更新 
 表紙絵 創刊10周年


2001/01/01から2011/01/01午前零時までに
2095695アクセス 

 ありがとうございます。創刊の原点であるダグラスDC-3をバックに入れて頂いているのがとてもうれしいです。この極東航空機をはじめとして、ダグラスDC-3は全国の航空路線の地歩固めに大きく貢献しました。同じようにインターネット航空雑誌ヒコーキ雲もDC-3からスタートして今日の姿に到達いたしました。

 振り返れば、皆さんからの情報提供が年々加速度的に増えてきて、DC-3研究に没頭することなど到底許されなくなって久しいです 。それもDC-3が築いた路線網の拡大成長と同じことであって、 質量ともに多様なジャンルに広がったインターネット航空雑誌ヒコーキ雲にDC-3も喜んでいるに違いありません。

 我が国の航空マニアサイトは、今や満天の星のごとしです。
 当方の存在など小さなものですが、日々更新を続けていることと、 埋もれていた古い写真や展示機やいしぶみなどが次々に陽の当たる場所に出てくるという意味では、どこにも負けていません。
 失われつつある航空史の隙間を埋める資料館として日々新たなりです。毎日の入館をお待ちしています。

 今年も及ばずながら努力します。高齢のためいつ廃刊するか分からないという危険はありますが、各地の航空祭、世界のVIP機など珍しい航空機、富士山の移り変わりなどで頭を活性化させながら、
   ・ 航空史探検博物館の充実
   ・ 日本登録記号の*100番台までの全機収録
   ・ DC-3、ダブ、ヘロン、コンベア、初期ビーチクラフト、YS-11、T-1その他の歴史研究
等々をやり遂げて死にたいと思っております。どうか、日本の正しい航空史確立のためにご協力あらんことを!


 例によりまして、多忙のため皆さんの情報提供メールには、掲載したことをもってお礼の返事にかえさせて頂いていること、 また、ストレス解消のため、時に日替わりメモで独断毒舌を吐くことを今年もお許しください。