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社説:TPP参加表明 日本が協議リードせよ

 反対論が渦巻くなか、野田佳彦首相が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の参加に向け関係国と協議に入る考えを表明した。少子高齢化が進み経済活力を失った日本は、何としてもアジア太平洋地域の成長力をわがものとする必要がある。TPPはそのための有力な手段だ。首相の決断を評価したい。

 国を二分する激論も当然だ。関税の原則撤廃などハードルが高いうえに、交渉分野は21にものぼる。農協が「日本農業が壊滅する」と強く反発。医師会も「健康保険制度が崩壊する」と反対に回った。

 ◇大きな消費者利益

 しかし、貿易自由化による消費者利益は生産者のマイナスを上回る。多くの経済学者の一致した見解だ。ただ、その利益は薄く広い。一方、被害は局所的だが具体的だ。反対論が広がった理由だろう。

 その典型がコメ。食糧安全保障とからんで懸念が集中した。だが、TPPに参加しなければ日本の米作は再生できるのか。先の多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)の代償措置として、約6兆円もの巨額の補助金が支出されたが、衰退は止まっていない。減反で埼玉県に匹敵する広さの耕作放棄地が生まれた。食糧安保に反する事態だ。

 TPPで米価が下落しても、戸別所得補償をばらまきから農地集約の方向に転換すれば、日本のコメ農家は保護できる。競争力が強化され本格的なコメ輸出も展望できる。

 また、米国は豪州産の砂糖を輸入自由化の例外としており、TPPでも譲る気配がない。日本も国益と判断すれば、あらゆるものを自由化の例外に留保する権利がある。交渉する前からカゲにおびえず、主張すべきは主張すればよいのだ。

 TPPへの反対論がここまで勢いをえたのは、米国への不信と恐怖心があったからだろう。確かに米国はこれまでさまざまの機会をとらえ、米国産品の市場参入を求め各国政府に注文をつけてきた。

 例えば健康保険の制約で米国の医薬品が売れないとか、たばこの箱のデザインが害毒を強調しすぎているのが貿易障壁だとか、安全と認定された遺伝子組み換え食品ならば、遺伝子組み換え食品であるとの表示は不要、などと要求した例がある。

 米国がTPPでこうした要求をしてこないとは言い切れない。だが、不都合ならば拒否すればよいだけの話だ。対米警戒感はTPP参加国に共通している。ニュージーランドや豪州では、米国の医薬品業界の圧力に屈して健康保険制度を改悪することはありえない、と国民に向け政府が声明している。TPPは2国間協議でなく多国間協議だから共闘が可能である。米国も勝手なことができない。大きなメリットだ。

 投資分野では、進出企業が投資先政府の措置で損害を受けた場合、仲裁機関に訴えることができる投資家対国家紛争処理条項(ISDS)が各国で問題になっている。

 日本はこれまで経済連携協定(EPA)でこの条項を入れるように努めてきた。日本企業の海外進出は拡大する一方であり、途上国に対しては投資保護に不可欠という位置づけだ。ところが、TPPにからんでは「治外法権」などと論難する声が強かった。的外れではないか。

 ◇自信失った日本人

 貿易立国を国是とするはずの日本で、TPPへの反対がこれだけ支持を集めたのはなぜだったのだろう。いわゆる「失われた20年」を経験する中で、日本人は自信を失い、競争をおそれるようになったようだ。その意味は重い。しかし、停滞を脱するには打って出るしかない。

 かつて欧州から焼酎が目の敵にされた。酒税がウイスキーは半減、焼酎は3倍になって存立の危機をむかえたが、焼酎業界は品質の向上、ブランド化で需要を喚起し、滅びるどころか売り上げを急増させた。競争から逃げていたら焼酎業界の発展はなかった。

 アジア太平洋地域は世界の成長センターであり、日本の未来はこの地域にかかっている。地域全体をカバーするアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を早くつくりたい。この大枠の戦略で、日本は米国と利害をともにする。TPPを拡大してFTAAPに育て上げるねらいだ。とりわけ中国の取りこみが、TPPの大きな目標である。

 一方で中国は中国主導の経済秩序作りを構想している。アジア太平洋地域の経済統合がTPPで行われるか、中国主導で進むかの競争が始まっている。日本のTPPへの参加は日米同盟から自然なだけでなく、市場の透明性、公平性を重視する国として当然の選択であろう。

 日本はTPPだけでなく中国が呼びかけている日中韓の自由貿易協定構想にも積極的に参加すればよい。日本がTPPへの参加を示唆しただけで中国や欧州が自由貿易協定(FTA)を打診してきた。TPPは日本の交渉力を非常に高めている。

 TPPは日本再生の魔法のツエではないが、日本を陥れようとするワナでもない。農業再生を力強く進めつつ、TPPに積極参加し、日本の国益を実現するため、その交渉をリードしていこう。

毎日新聞 2011年11月12日 2時30分

 

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