グランセル地方編(7/20 第37話修正)
第四十六話 楽園都市の終焉
<中枢塔最上階 聖堂の間>
リース達と分かれたエステルとヨシュア、ケビンの3人は上への螺旋階段を全力で駆け昇る。
チェスでの最高の駒であるキングとクイーンを倒したとなると、この先で待ち受けるのはこの悪魔のようなゲームの仕掛け人だろう。
エステル達は《マスター》を倒してゲームを終わらせる闘志を燃やしていた。
下の階で追撃を食い止めている仲間達のためにも負けるわけにはいかない。
「ここは……」
「王都グランセルの大聖堂に匹敵するほどの大きな所やな」
部屋の様子を見たヨシュアとケビンは感心した様子でため息をついた。
静けさに満ちていた部屋でエステル達の来訪を歓迎するかのようにパイプオルガンの演奏が始まった。
「あ、あそこに誰かが居る!」
エステルが指差した先には、背を向けてパイプオルガンを弾くシスターの姿があった。
「あんたがこの中枢塔の《マスター》か?」
「いいえ、私は《マスター》に仕えるしもべに過ぎませぬ」
ケビンがシスターの背中に声を掛けると、シスターは演奏の手を止めて振り返った。
シスターはエステル達が息を飲むほど若く美しい女性の風貌をしていた。
「……最後の試練を乗り越えたようですね、《マスター》もはなはだお喜びです」
「試練!? アホ抜かせ、悪趣味なゲームやないか!」
ケビンはシスターをにらみつけてそう言い放った。
しかしシスターは表情を変えずにケビンに言い返す。
「《マスター》は《輝く環》の力を用いてこのリベル=アークを統治する《管理者》なのです、そのような事をなさるはずはありません」
「《管理者》やと、支配者の間違いやないのか?」
「支配など俗欲にまみれた愚か者のする事、《マスター》は人を越えた存在として管理をしているのです」
「何を勝手な事を言ってるのよ、街のみんなの自由を一方的に奪って置いて!」
シスターの話を黙って聞いていたエステルだったが、ついに耐えきれずに思い切り叫んだ。
「僕も人間を家畜のように扱うのは行き過ぎだと思います」
「嘆かわしい事です、貴方達は自分の感情で物事を推し量るから人の本質が見えてこないのです」
エステルとヨシュアの言葉を聞いたシスターは深いため息をついた。
しかし、ケビンは落ち着いた様子で言い放つ。
「そうとも言い切れんで、人は歴史を通じて冷静に過ちまで振り返る事が出来る」
「歴史など、人の意思が介入し時の支配者の都合の良いように折り曲げられたものに過ぎません。その証拠に貴方達はこの都市の真実を理解していないのです」
シスターはそう言うと、この空中楽園都市と言われたリベル=アークがどのように堕落して行ったのか話し始めた。
神から授けられた秘宝《輝く環》によって望むままの欲望が叶えられるこの都市は、争いの無い平和な都市として繁栄し、その評判を聞き付けた多くの人々が移り住んだ。
移民を受け入れるため、居住区が高層化し高密度化した事によって、陽の当たらない室内に閉じこもったままの市民を産み出した。
市民達は自分達の《輝く環》の提供するサービスを受けていたので、特に不満は上がらなかった。
しかし、《輝く環》に依存し過ぎた市民達は向上心を失い晩婚化、少子高齢化などの社会問題を引き起こす。
そして市民同士のコミュニケーションの低下により犯罪が増加、治安を維持するために管理機構軍が結成された。
「この都市で何が起こったかぐらい、あたし達も分かってるわよ!」
「ええ、僕達は中枢塔に来るまで都市のあちこちを見て来ましたから」
エステルとヨシュアはそう言って、シスターの説明を途中でさえぎった。
「それならば貴方達は素直に《輝く環》の管理を受け入れなさい、永き封印から目覚めた《輝く環》の力はやがて世界を覆い、世の中からありとあらゆる争いを取り除くでしょう」
「悪いが、そないな事はさせられへんな」
「そうよ、あんた達の思い通りにさせてなるもんですか!」
「下の階で敵を食い止めている兄さん達のためにも、そんな誘いに乗るわけには行きません」
シスターの言葉を突っぱねたケビンとエステルとヨシュアがそう言って武器を構えると、交渉決裂と見たシスターは2体の悪魔を呼び出してエステル達に戦いを挑んで来た!
「終焉の悪魔アスタルテとロストルムか……」
「あの七耀教会の聖典に記された暗黒時代に現れたと言う悪魔ですか」
ケビンのつぶやきを聞いてヨシュアが思い出したように確認した。
シスターは無表情でエステル達に不敵に言い放つ。
「この悪魔に葬られた魂は黄泉の世界に行く事が出来ず、永遠に苦しみながらこの世をさまようです」
「しゃらくさい、行くで!」
ケビンはシスターの言葉を鼻で笑い、エステルとヨシュアに戦闘開始の合図を送った。
2匹の悪魔は強く準遊撃士のエステルとヨシュアが相手をするのには荷が重かったが、ケビンがクロックダウンのアーツを掛けて動きを鈍らせると、なんとか渡り合う事が出来た。
そして、ケビンがボウガンでシスターに矢を放つと、シスターはうめき声を上げて表情を歪める。
「うっ!」
「ちょっと、あの人の雰囲気が変わったように見えるんだけど?」
「エステル、倒すべき相手に何を言っているのさ」
ヨシュアは厳しい表情でエステルに注意を促した。
「もしかして、あのシスターは《マスター》に操られているのかも知れへんな」
「じゃあ、助けてあげられるかもしれないの?」
「さあ、それは分からんけどな」
ケビンの言葉を聞いてエステルとヨシュアは悪魔との戦いに集中したが、悪魔はしぶとくエステル達の攻撃に耐えなかなか倒れる様子はなかった。
受けた傷を回復させたシスターも無表情に戻りアーツなどを使って来たため、次第にエステル達は追いつめられる。
「こうなったら、聖痕の力を解放するしかないようやな……」
ケビンはそうつぶやくと、ボウガンを乱射してシスターの動きを止めた。
シスターは受けた傷を回復させようとしているので時間稼ぎにはなったが、他の2体の悪魔は迫って来る。
そしてケビンはエステル達に自分の後ろに下がっているように指示した。
接近戦用の武器を持たないケビンが敵の攻撃の矢面に立つのは自殺行為に等しく思えた。
「ちょっとケビンさん!?」
「ええから、下がっとき!」
「エステル、邪魔しちゃダメだよ」
止めようとするエステルをヨシュアが強引に引き止めて下がらせた。
「はああっ!」
ケビンが大声で叫び気合を入れると、ケビンの体の正面に白く光輝く紋章のようなものが浮かび上がり、その光はケビンが頭上に掲げるボウガンの先に集った!
そして、その光の球は無数の光の矢弾に分かれて目の前に迫った2匹の悪魔に突き刺さる!
光の矢の洗礼を受けた2匹の悪魔は断末魔の叫び声を上げながら消滅した。
「凄い……」
エステルとヨシュアはぼう然と悪魔が消滅して行く様子を見つめていた。
苦しそうな表情で胸を押さえたケビンにエステルとヨシュアが駆け寄る。
「大丈夫、ケビンさん?」
「平気や、ちょっとばかり苦しかっただけや」
心配するエステルにケビンは笑顔を作って答えた。
これで相手はシスターだけとなった。
重い体を動かしてケビンは星杯騎士団のシンボルをシスターに向かって掲げると白い光が発せられ、シスターの体を貫いた。
だがシスターが変わらぬ無表情で立っているのを見て、ケビンは悲しそうな表情で首を横に振る。
「あかん、闇の力が強すぎて解呪はできそうにあらへん」
「じゃあ、あのシスターさんを助ける事はできないの?」
「こうなったら、これ以上罪を重ね無いようにさせる事しかできへんな」
ケビンの言葉を聞いて泣き出しそうになったエステルの手をヨシュアがしっかりと握った。
「すぐに終わらせたるからな、頼んだで……」
そう言うとケビンは、シスターに向かってボウガンでたくさんの矢を叩き込んだ。
ハリネズミのようになったシスターは、もはや回復は不可能だと目に見えて分かった。
シスターの被っていた帽子が床に落ち、隠されていた顔が見える。
その姿はどことなくクローゼに似ていて、エステル達は驚いた。
「ごめんなさい……姉さん……私が悪かったんです、私があの人の事を諦めきれなかったから……姉さんのせいじゃ……」
シスターの女性に人間らしい表情が戻ったが、その視線はエステル達ではなく虚空を見つめていた。
そしてシスターの体は床にドサリと倒れて動かなくなった。
「シスターさん、優しそうな感じだったよね。それでとても悲しそうだった……」
「そうだね、悪い人では無かったみたいだ」
エステルのつぶやきにヨシュアも同意してうなずいた。
ケビンも疲れた表情でため息をつく。
「きっと何かのきっかけで闇へと堕ちてしもうたんやろな……」
エステル達はしばらく言葉を発する事はできなかった。
しかしその静寂を打ち破るかのように低い老人のような声が聖堂に響き渡る。
「まさか《聖痕》の力を操る事が出来るとはな、お前なら《超人》の域に達する事ができるかもしれぬ。根源区画の私の元へ来るが良い、究極の《管理者》の姿を見せてやろう」
すると、聖堂の真ん中にある床の紋章が光り始めた。
それはエステル達を招いているようだった。
「……ワナでしょうか?」
「ワナでも行くしかあらへんやろ」
「そうよ、こんなひどい事をする《マスター》を許しちゃおけないわ!」
エステル達は覚悟を決めて光る紋章の上に乗ると、周辺の床がエレベータのように下降を始めた。
それは中枢塔の1階よりさらに底に潜って行くような長さだった。
<中枢塔最下層 根源区画>
床が根源区画に向けて動いている時、ヨシュアはケビンに向かって質問をする。
「ケビンさん、《マスター》が言っていた《聖痕》とは何ですか?」
「《聖痕》は簡単に言うと持ち主に特別な力を与える、体に浮かび上がった紋章のような模様なんや」
「あの2匹の悪魔を倒したのも《聖痕》の力を使った技よね?」
エステルが尋ねると、ケビンはだまってうなずいて《聖痕》についての説明を始める。
七耀教会によれば《聖痕》とは誰にでも現れる可能性があるとされているが、実際に現れた人間はそれほど多い割合ではない。
強い意志で力を欲した時に体に浮かび上がる事が多いので、女神が人に与えた奇跡とまで呼ばれている。
ケビンも詳細は話さなかったが、《聖痕》が背中に出るような事件を経験したのだと語った。
《聖痕》が現れた人間はその力を制御できずに暴走させてしまい事件を起こす事も多いので、《聖痕》が出た事が知られると七耀教会の星杯騎士団に保護されてそのまま団員になってしまう事もある。
ルフィナは《聖痕》の出ていない従騎士だったのだが《聖痕》の力を暴走させたケビンを抑え、弟として引き取ったのだと話す。
ケビンを引き取ったルフィナはケビンが《聖痕》の力を使いこなせるように訓練にも付き合い、ケビンは聖痕の闇と光の面の力を引き出した《魔槍ロア》と《聖槍ウル》の戦技を使えるようになった。
あの2匹の悪魔を倒したのは《聖槍ウル》の方だった。
しかし《聖痕》の力は使用者の体力と精神力を大きく消耗するため、連発は出来ないのだと言う。
「本当、銃弾から守ってもらった時もそうだけどケビンさんにはお世話になりっぱなしね」
「ありがとうございます」
エステルとヨシュアに深々と頭を下げられると、ケビンは手を軽く振って否定する。
「ええって、人から授かった力は人を助けるために使うんやてルフィナ姉さんに教わったしな。それが人のつながりってもんやろ」
「そうですね」
ケビンの言葉にヨシュアはうなずいた。
「それにまだお礼は早すぎるで、2人の結婚式の神父役が終わってからにしてくれへんかな」
「えっ!?」
ケビンが冷やかすと、エステルは顔を真っ赤にして驚きの声を上げた。
「なんや、神父役はやらしてくれへんのか?」
「そんな、結婚だなんてからかわないでよ」
エステルは恥じらうようにモジモジとしながらボソボソとした声でケビンに答えた。
「そういうケビンさんの方はリースさんとどうなんですか」
「せやな、もうそろそろ完全に姉離れする時かもしれへんな」
ヨシュアがやり返すと、ケビンはしみじみとそうつぶやいてため息をついた。
エステルが不思議に思って尋ねようとした所で、床の下降が止まった。
どうやら根源区画に到着してしまったようだった。
正面の部屋のドアは開け放たれており、これは《マスター》の挑発とも言える行為だった。
エステル達は黙って顔を見合わせてうなずき、薄暗い部屋の中へ足を踏み入れた。
すると中枢塔の1階にもあった光る液体に満たされた水路に覆われた浮島の中央に神殿の祭壇のようなものがあり、祭壇の真ん中に金色に光輝く環のようなものが浮かんでいた。
「もしかして、これが《輝く環》なの?」
「いかにも、神より我々に授けられた人間に無限の幸福を与えるとされる秘宝だ。そしてこの都市の人間が堕落した最大の原因でもある」
エステルのつぶやきにあの聖堂で聞いた低い老人の声が部屋に響き渡った。
「こらっ《マスター》、居るなら姿を現しなさい!」
「お前達の目の前にいるではないか」
エステルが叫ぶと再び老人の声が聞こえ、空中に浮かんでいた《輝く環》が巨大魔獣のような容貌へと姿を変えた!
「どうだ、これが《輝く環》と融合し人を超えた存在となった《管理者》の姿だ」
「なんや、派手で不細工な魔獣みたいな感じやな」
ケビンはウンザリとした顔でため息をついて老人の声に応えた。
エステルは武器を構えて魔獣の姿になった《輝く環》をにらみつける。
「あんたのせいでたくさんの人が酷い目にあって……あのシスターさんも……」
「元はと言えばあの娘が《輝く環》の力に堕ちたのが管理の必要性が論じられた始まりなのだ。《輝く環》の制御を司る巫女に選ばれながら、恋愛などと言う愚かな感情に流された。あの娘は《輝く環》を使って人の心を支配しようとしたのだ」
「なるほど、聖堂であのシスターが事切れる前につぶやいた謝罪の言葉はそう言う意味やったんやな」
事情を理解したケビンは悲しげな眼をしてつぶやいた。
「だからこそ人の感情を排斥し理性を律する存在が秩序を維持するためには必要なのだ」
「いや、人は理性のみで生きるにあらずや、本能や感情を無くしたらそれは生きているとは言えへん。……ルフィナ姉さんからチョコレートをもらった時の気持ちが忘れられへんようにな」
「そうよ、誰かを好きになるって事は否定しちゃいけないと思うわ!」
「エステル……」
《マスター》の意見を否定したケビンの言葉に同意したエステルの叫びを聞いたヨシュアは、拳をぐっと握り締めてつぶやいた。
「神のしもべとなる機会を逃すとは愚かな……お前達も死んで行った者達と同じ運命を辿るが良い!」
すると《マスター》の詠唱した最上位のアーツがエステル達を襲った!
驚くエステル達にさらに何発も強力なアーツによる攻撃が加えられる。
「この高濃度の魔力に満たされた水槽がある限り、私は無尽蔵にアーツを詠唱する事が出来るのだ」
「くっ、中枢塔が妙な液体で満たされていたのはこのためやったんか!」
《マスター》の言葉を聞いたケビンは表情を歪めて叫んだ。
ケビンの戦技であるグラールスフィアで防ぎ回復の時間は作る事は出来たが、今までの敵と比べて強さはケタ違いだった。
「このーっ!」
「えいっ!」
「せやっ!」
エステル達も反撃を試みたが、光る壁に跳ね返されてしまい攻撃は届かなかった。
それを見た《マスター》の勝ち誇った声が響き渡る。
「これは《輝く環》の力による絶対障壁、生半可な攻撃では破る事は出来まい。《聖痕》の力を使えるのであれば分からないがな」
「くっ、ケビンさんが疲れている事を知っていて……」
エステルはそう言って《マスター》をにらみつけた。
「どうやら、切り札を使うしか無さそうやな」
「ケビンさん、無理はしないで下さい!」
またケビンが《聖痕》の力を使おうとしていると思ったヨシュアは叫んでケビンを止めた。
しかしケビンは笑顔で首を横に振って否定する。
「ちゃうわ、使うのはもう1つ残っている秘密兵器の方やで」
ケビンはそう言ってとても小さなビンを取り出すと、ボウガンに取り付けて《マスター》に向かって放った!
「なんだ、その蚊の刺すような攻撃は!」
ボウガンによる攻撃は光の壁にあっさりと阻まれ、《マスター》は笑い飛ばした。
しかし次の瞬間、光の壁は音を立てて白く変色し始めた!
「これがもう1つの切り札『塩の杭』が入ったビン、触れた物は全て塩と化してしまう禁断の武器や。これであんさんも終わりやな」
「おのれええっ!」
光の壁からの侵食はついに《マスター》の本体にまで達したように見えた。
《マスター》の恨みを込めた低い大きな叫び声が響き渡った!
「2人ともこの島を出るんや、巻き込まれてしまうで!」
「はい!」
ケビンの言葉にヨシュアは返事をしてエステルの手を引いて走り出した。
そして橋を渡り終えて向こう岸に着くとケビンはエステル達に掛かっている橋を全力で破壊するように指示する。
エステル達が橋を壊している間にも、《輝く環》と融合した《マスター》の塩化は進んでいるようで、苦悩の声が聞こえ続けていた。
「これでとりあえず安心やな、塩の杭は液体に触れるまで周囲の物を全て塩に変えてしまう効果があるんや」
橋を破壊し終わったケビンはホッとした表情で息をついた。
今まで必死に武器を振り回していたエステルも汗をふいて息を吐き出す。
「まったくとんでもない武器ね」
「せやから滅多に使う事は出来へんし、使う場合も被害が拡がらないように水のアーツで水の幕を張ったりして大変なんやで。今回は周囲が液体に囲まれていたからためらい無く使う事ができたんやけどな」
「取り扱いが大変そうですね」
先ほどから続いていた《マスター》のうなり声がついに途絶えた。
エステル達が《マスター》の方を見上げるとその巨体は完全に塩の固まりと変化し、祭壇のあった島まで巻き込み始めていた。
その迫力にエステルとヨシュアは圧倒されていた。
「でも《輝く環》の力を抑え込んでしまうなんて凄いですね」
「《塩の杭》も神が与えし秘宝の1つやからな、それに《輝く環》も《マスター》のと融合して物質化していたから《塩の杭》も干渉できたんや」
ヨシュアの疑問にケビンはそう答えた。
《マスター》を巻き込んで巨大な塩の固まりとなった浮島は周囲の液体に溶かされ始めた。
すると浮遊都市全体が揺れているのではないかと思うほどの激しい振動がエステル達を襲った。
「多分、《輝く環》の力が失われて都市の浮遊能力に異常が生じたんやろうな」
「それでは、この都市は湖に墜落してしまうと言う事ですか?」
「ちょっと、こんな地下深くであたし達はどうすればいいのよ!?」
ケビンとヨシュアの話を聞いて、エステルはあわてて叫んだ。
「乗って来たエレベータへ戻りましょう!」
ヨシュアも必死な表情になりエステルの手をつかんで部屋の入口へと駆け出した。
しかしエステル達を地下へと運んだ床は動かない。
ケビンは真剣な表情になって暗い声でつぶやく。
「こうなったら覚悟を決めるしかあらへんな、湖に墜落すれば水位が上がって入って来た穴から出られるかもしれへん」
「えっ、そんな……!」
ケビンの言葉を聞いたエステルは真っ青な顔になった。
「大丈夫、もし死んだとしても2人の魂は女神様が救ってくれるで」
「エステル、ごめん!」
ヨシュアは強い力でエステルの体をグッと抱き寄せた。
エステルが驚いた顔でヨシュアを見つめる。
そしてヨシュアは自分の唇をエステルの唇に重ねた……。
<中枢塔第1階層 玄関ホール>
ヨシュアとエステルは口づけを交わした直後、自分達の体が浮遊している感覚を感じた。
「ちょっとあんた達、何をしているのさ!」
ジョゼットの大きな叫び声が聞こえた事に驚いて体を離すと、エステル達は中枢塔の玄関ホールに居る事に気が付いた。
他に中枢塔の途中で別れたジン達も集まっていた。
「《ワプの翼》って言う教会の秘密アイテムがあるんやけど、これが短い距離なら記憶した場所に一瞬で移動できる便利な物なんや」
ケビンが笑顔でエステル達に言うと、エステルが顔を真っ赤にして怒り出す。
「ケビンさん、あたし達をからかったのね!」
エステルがケビンに殴りかかるために近寄ろうとすると、その前にリースが割り込んでケビンに抱き付いて叫ぶ。
「バカっ、どうしてすぐに《ワプの翼》を使って戻って来てくれなかったの! 心配したんだから!」
「おいおい、泣く事はないやろ」
タイミングを奪われたエステルは振りかざしていた拳を下げた。
そんな騒動を見てジョゼットはウンザリした顔でため息を吐き出す。
「ほらほら全員揃ったなら、とっとと脱出するよ! 山猫号をこの塔の前の広場に止めてあるんだからさ」
ジョゼットの言葉に従ってその場に集まっていたメンバーは移動を始めた。
ヨシュアはエステルに対して強引にキスをしてしまった気まずさから、エステルの顔を直視できないでいた。
そんなヨシュアの手をエステルの方から握るとヨシュアは驚いて伏せていた顔を上げる。
「エステル、僕は君の気持ちも聞かないであんな事をしてしまって本当にごめん」
「さっきは驚いちゃったけど、あたしもヨシュアが相手で良かったよ」
エステルは笑顔でそう言って、ヨシュアと手を繋ぎながら山猫号へと向かった。
そして浮力を完全に失い墜落するリベル=アークからアルセイユと山猫号、カシウス達を乗せたレグナートは無事に飛び立った……。
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