「Class 395」の開発で初めて取り組むことになったシミュレーションは定置試験だけにとどまらない。英国および欧州の鉄道車両の規格に挙げられている衝突時の規定も、日本の車両開発にはない項目だ。これは、信号システムなど鉄道システム全体の統一的な運用で衝突が起こらないように設計している日本と、鉄道システムの異なる複数の国の車両が相互乗り入れする欧州と、異なる歴史的な背景が生んだ車両設計思想の相違点と言える。しかも、英国の規格では車両単体の衝突時の衝撃吸収性能が規定されており、欧州の規格では車両編成全体が貨物列車や大型トラックと衝突した時の安全基準を規定している。それらの規定を満たすには、衝突時に車両の一部が計算通りに壊れることで、衝突の衝撃を吸収し、乗員や乗客の安全性を確保することが必要だ。
こうした衝突時の性能の検証は、シミュレーション技術の活躍の場の一つといえる。部分的な実物試験は可能だが、編成全体の衝突試験などは実物による実験が簡単には行えないからだ。日立にとって鉄道車両の衝突時のシミュレーション自体は、「Class 395」の開発で初めて経験するものだ。シミュレーションと実験による計測結果を突き合わせながら、シミュレーションの精度アップを図っていった。日立では原子力発電機器などの大型機器で培った高度なシミュレーション技術があり、これを応用することで短期間のうちに高い解析精度をもつシミュレーションが可能になった。
「Class 395」は、衝撃吸収の役割を果たすエネルギー吸収部分と乗員・乗客が乗る客室部分を別のモジュールとすることで、衝突時にも乗員・乗客の安全性が確保できる構造になっている。衝撃を吸収する先頭部分は素材と構造、製造技術の各面から工夫を凝らし、エネルギー吸収部材だけが変形する構造を実現した。この開発過程で行われたシミュレーション結果は、実物の車両先頭部分を使った実験結果と高い精度で一致している。
「複数の利害関係者に車両の安全性を理解してもらうには、シミュレーションが非常に高い精度であることを納得してもらうことが必要です。それには実験とシミュレーション結果の突き合わせで、精度を証明することが重要です。シミュレーション技術は、つねに実験・計測技術といっしょになって精度を上げていくプロセスが不可欠です」と鈴木は言う。
高速車両の開発で、もう一つ重要なポイントとなるのが、トンネルに車両が入る時に発生する圧力変動の問題だ。これは国内の新幹線などでもよく知られているが、車両が高速でトンネルに入るとトンネル内の空気を圧縮して、その圧力波がトンネル内を伝わり出口側から外に放射される際に騒音や振動をもたらす。この圧力波は、車両の先頭形状とトンネルの出入口の形状によって変化する。この先頭形状の開発で活躍するのが流体シミュレーション技術だ。トンネル内の空気の挙動を予測して圧力波が形成される状況を解析・評価する。
山あり谷ありという起伏に富んだ環境を走る日本の鉄道には、トンネルが数多くある。そのため、こうした鉄道における流体シミュレーションの適用は、世界をリードする水準にある。なかでも、日立は独自の解析プログラムを開発し、日立製のスーパーコンピュータを用いて、精度の高いシミュレーションを行うことができる。ここでも解析結果は30分の1のスケールの模型を使って行ったトンネル打ち込み実験による実測結果と、非常によく一致した。今回の「Class 395」でも、その車体設計に流体シミュレーションが活躍した。