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ガムシロップ克治くんへ
投稿者:
河内平野
投稿日:2011年11月10日(木)11時23分52秒 zaqdb7314f7.zaq.ne.jp
返信・引用
話題を変えたくて仕方がないみたいやね♪
沖浦さん、おはようございます
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月10日(木)10時17分46秒 wb004proxy12.ezweb.ne.jp
返信・引用
いよいよ忙しくなって来たようですね。私は脂肪肝が完治致しました。肝臓の数値も全て正常になりました。
市丸さん
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)10時00分52秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
この当時貴方は
まともな教学を書いておられますね。
所が最近は全く大石寺派と同様に見られます。
何かあったんですか?
市丸さん、おはようございます
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)09時59分25秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
貴方のブログを引用致します
出世の本懐
2007-09-07 11:19:21 | Weblog 『あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。(阿仏房御書 1304頁)』
日蓮大聖人様五十一歳の時の御書です。
この時、大聖人様は佐渡流罪中の身でありました。竜の口の法難で、廃迹顕本された後の、末法の御本仏としての立場からのお言葉です。
この時、大聖人様は、具体的に御本尊を表されたものと考えられます。
『我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事是れ偏に過去の宿習なるか。(最蓮房御書 1340頁)』
大聖人様五十一歳の頃弟子となった最蓮房に与えられたお手紙です。
諸仏出世の本懐が、南無妙法蓮華経である、と仰せです。
そして大聖人様は三十二歳の時、すでに題目を唱え、立宗宣言をされています。
『仏は四十余年天台大師は三十余年伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。(聖人御難事 1189頁)』58歳
これが問題の箇所となる五十八歳の時に顕された御書です。
法華講は、これを持って、戒壇の゛大゛御本尊様が、大聖人様の出世の本懐である、と主張しているのです。
教学を習い始めの頃、大聖人様を宗祖としているほかの宗派では、この二十七年を、大聖人様が種々の難にあった期間、と解釈している、と聞いたことがありました。それを日蓮正宗では、立宗宣言から二十七年目に、一閻浮提総与の大御本尊様を顕し、出世の本懐を遂げる、と解釈している、と習ったのです。
しかしそう解釈すると、そこに時間的なずれが、確かに存在します。
日蓮正宗の説に従って行けば、この御書が書かれたのが十月一日です。大御本尊様が顕されたとされるのが、十月十二日です。この間、大聖人様は何をしていたのでしょうか? 大聖人様が、この間に御本尊様の相貌を練っていた、とでも言うのでしょうか?
ありえません。なぜなら、御本尊様はそれ以前にも顕されているし、五十六歳の時に女性信徒である日女御前に対して、御本尊様の相貌を詳しく説明した御書を送ってあるからです。
では、この間に板に彫ったのか? これも不可能でしょう。黒漆に金箔を押した、重量感のある曼荼羅を、こんな短期間で仕上げられるはずがないのです。
では、何を持って大聖人様は、この弘安二年の十月に、『出世の本懐を遂げ』ると言うことを仰ったのでしょうか?
以下は私見です。
大聖人様の出世の本懐は、題目にあった。その題目はすでに三十二歳の時に顕し、一番大事な目的は達成していた。
だがもう一つ、全民衆に受け入れられるためには、重要な要素が抜けていた。
それが、受け入れ側の機根ではなかったのか。
その意味において、熱原の法難は大聖人様の仏法においても、ターニングポイントではなかったか、と思うのです。
熱原の農民信徒は、大聖人様を知りません。御本尊様も知りません。ただ分かっているのは、日興上人から教えられた題目のみです。この題目の為に、命を捨てる信徒がいる。これが大聖人様の命を動かし、これでこの仏法が末法の遥かな時まで伝わっていく態勢が出来た、一期の目的は達せられた、と言うことではないでしょうか。
仏、と言えどもいつかは滅の相を顕します。それが何時であっても、もう大丈夫だ、この法は民衆によって伝えられていく、そして何時か、必ず広宣流布をする人たちの陣列が出来上がる。大聖人様は、最も厳しい内容の御書をしたためられながら、遠く未来に思いを馳せていたのかも知れません。
それは私たち凡夫には、うかがい知る事の出来ない、御本仏の境地だったのでしょうか。
某男子部員さん、おはようございます
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)09時54分27秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
御書をどう読んでも、一切衆生が南無妙法蓮華経如来です。
大石寺派は、大聖人だけが特別に仏で、興師に続く、嫡々一人だけがその仏を引き継いでいるとしないと、教義の根幹が崩れてしまいます。
ですので、自分たちの正当性の基である、大聖人特別論から、脱却出来ないのです。
これは、ネットで創価学会員を名乗る方の多くに見られる特徴でもあります。
大聖人が特別で、その本懐の戒壇本尊を拝む自分たちは、選ばれた人間なんだ。
現実社会での敗北の人生を、そう言う代償昇華でごまかすネット。
よくないですね。
黒川さん、おはようございます
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)09時48分46秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
聖教新聞ご購読なんですね。
ありがとうございます。
体験を読まれてのご所感は、同感致します。
73さん、おはようございます
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)09時46分31秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
どっちでもいいですね、
貴方のご主張は所詮、大石寺派の考えにとどまっています。
私は創価の人間ですから、大石寺の教学には無興味です。
今出張から帰りました
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月10日(木)09時44分16秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
数名の方が、新管理人さんによって、アクセス禁止になっています。
管理をお願いした方の御決定ですから、尊重いたします。
端折ってしまいましたね
投稿者:
某男子部員
投稿日:2011年11月10日(木)06時50分12秒 i118-16-79-23.s10.a027.ap.plala.or.jp
返信・引用
凡そ妙法蓮華経とは我等衆生の仏性と
梵王・帝釈等の仏性と舎利弗・目連等の仏性と
文殊・弥勒等の仏性と
三世の諸仏の解の妙法と一体不二なる理を妙法蓮華経と名けたるなり、
故に一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞
一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天
一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり、
我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性
南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり
譬えば篭の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、
空とぶ鳥の集まれば篭の中の鳥も出でんとするが如し
口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、
梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、
仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ、
されば「若し暫くも持つ者は我れ則ち歓喜す諸仏も亦然なり」と説き給うは此の心なり、
されば三世の諸仏も妙法蓮華経の五字を以て仏に成り給いしなり
三世の諸仏の出世の本懐・一切衆生・皆成仏道の妙法と云うは是なり。
是等の趣きを能く能く心得て仏になる道には我慢偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり。
一切衆生の心中の仏性(南無妙法蓮華経)を唯一音(南無妙法蓮華経)で喚び顕すと。
「我が己心」とは一切衆生の主観に立った言い方ですね。
皆成仏道の妙法ですので誰か一人だけの妙法は有り得ないですね。
「仏性」と表現しているのは当時の人々の機根に合わせておられるのでしょう。
後世に公開すべき書では一切衆生が南無妙法蓮華経の全体であるとの仰せです。
Re: 破邪顕正
投稿者:
黒川和雄
投稿日:2011年11月10日(木)05時26分16秒 wb47proxy07.ezweb.ne.jp
返信・引用
>
No.18800[元記事へ]
73様へのお返事です。
> 「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性 南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」
御書は大聖人が書かれているのです。
その大聖人が 「我が己心」と言われているのですから、大聖人のこと以外にはありません。
正解です。
沖浦さん、おはようございます
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月10日(木)00時04分7秒 wb004proxy08.ezweb.ne.jp
返信・引用
沖浦さんは謗法がキツすぎる……。心配しています。
えっ? んっ? ほえ?
投稿者:
73
投稿日:2011年11月 9日(水)23時42分11秒 p2146-ipbf1702hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
そりゃ削除されるべな。
それにしてもドクター部の於保さんの
「海の文化と村の文化」 (2000年4月23日)、
村の文化を相当馬鹿にした内容だったね。
破邪顕正
投稿者:
73
投稿日:2011年11月 9日(水)23時25分34秒 p2146-ipbf1702hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
468 :某男子部員 ◆YQRBqpNuIQ:2011/11/06(日) 07:33:38 ID:lvTVpqGc0
法華初心成仏抄
「我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中の仏性 南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり」
己心の妙法、己心の本尊は日蓮大聖人の仰せですね
創価学会版御書を研鑽してこられた学会員の方々は知っておられますね
「我が己心」は大聖人様のことだね。
昨日の聖教より
投稿者:
黒川和雄
投稿日:2011年11月 9日(水)03時05分40秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
きょうの聖教5面に中々興味ある記事が載っていたので紹介する。
「〝黄金柱″は絶対に負けない」
「57歳の再就職 苦闘1年半」
友人とコンピューター会社を設立したのは30歳の時、そして46歳で独立したものの不況のあおりをもろに受け、契約会社から突然の契約打ち切り・・。ハローワークに行くが仕事はない。70枚の履歴書を書いた。そして学校に行き、数々の免許を取得。本年6月正社員として就職を果たす。
大勢の同志の激励の賜物・・・。
まぁ、大体要旨はこのような内容である。これぞ学会魂である!
それに引き換え、このような学会員もいる。
投稿日:2011年 9月29日(木)16時04分5秒
ちなみに私は日雇いじゃありませんよ(笑)
無職で家族を養いつつ余裕綽々で毎日パソコンで情報を調べられるのなら、
それもまた創価学会の信心のたまものでしょう。
所詮エセ学会員であろうことは間違いがなさそうだね。
沖浦さん、おはようございます
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月 9日(水)01時36分39秒 wb004proxy02.ezweb.ne.jp
返信・引用
沖浦さんは謗法がキツすぎる。心配しています。
達磨さん転んだ、痛かった。
投稿者:
73
投稿日:2011年11月 8日(火)19時46分23秒 p2146-ipbf1702hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
投稿者:沖浦克治 投稿日:2011年11月 8日(火)12時08分9秒
会則から戒壇本尊の名前は消えています。
そして、祈念文には、
一閻浮提総与の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます
となっています。
この一閻浮提総与の大御本尊について、ドクター部の於保さんが(略)
戒壇本尊は本懐ではなく、変わって登場した一閻浮提総与の大御本尊が、私共自身の命だとするなら、
戒壇本尊にこだわる意味がなくなります。
【破折】
ドクター部の於保さんとやらの話は、
法華経迹門で説かれている当たり前の話です。
が創価学会の会則には明確に「大御本尊に南無し奉り・・」とあり、
この義が理解できてないというのがうら悲しい。
何十年信仰してきたんだというレベル。
大聖人様は
「南無と申すは天竺のことばにて候。漢土日本には帰命と申す。
帰命と申すは、我が命を仏に奉ると申す事なり」
と仰せであり、
大聖人様の御指南通り
「南無」とは一番大事な我が命を仏様に捧げること。
ということは、
創価学会では明らかに大御本尊様を「仏」と奉っており、
それはどういうことかといえば、
明らかに法華経本門義を唱えているということであり、
今更爾前迹門の「大御本尊が、私共自身の命だとするなら」
の仮定話など、大聖人様の仏法では謗法ということである。
座禅でも組んで達磨さんにでもなりますか?
沖浦さん
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月 8日(火)15時57分23秒 wb004proxy01.ezweb.ne.jp
返信・引用
沖浦さんは謗法がキツ過ぎる。心配しています。
ともさんさん、今日は
投稿者:
沖浦克治
投稿日:2011年11月 8日(火)15時46分32秒 softbank221104080129.bbtec.net
返信・引用
説明に無理があろうがなかろうが、於保さんは創価学会内部では有力な方なんですよ。
ですので、そう言う人が正式の会合でああ言う話をされたら、それを素直に受け入れるのが創価学会員です。
無論、貴方は於保さんの話に納得出来ませんでしょうね。
しかし、それは貴方の問題で、私共が貴方のご納得を得ねばならない理由はありません。
ですので、貴方が取るべき道は、
ああ、創価学会と言う所は沖浦が言う通りに、戒壇本尊本懐否定に向かっているんだ。
こう言う認識を先ず最初に持つことなんです。
それを、とんでもないと思うか、仕方がないと思うか、この点は貴方の自由なんですよ。
沖浦さん、今日は。
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月 8日(火)12時28分34秒 wb004proxy07.ezweb.ne.jp
返信・引用
その説明には無理がありますね。明らかに大御本尊と謳っているじゃないですか。
Re: ともさんさん、今日は
投稿者:
ともさん
投稿日:2011年11月 8日(火)12時26分56秒 wb004proxy07.ezweb.ne.jp
返信・引用
>
No.18778[元記事へ]
沖浦克治様へのお返事です。
> 会則から戒壇本尊の名前は消えています。
> そして、祈念文には、
>
> 一閻浮提総与の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます
>
> となっています。
> この一閻浮提総与の大御本尊について、ドクター部の於保さんが
>
> 海の文化と村の文化 (2000年4月23日)
>
> と称して講演をされています。
> (第5総県ドクター部・白樺・医療技術部会合同部員会 厚木平和会館より、抜粋引用)
>
> 私たちは、朝晩勤行します。二座の御観念文は本尊供養です。「一閻浮提総与三大秘法の大御本尊に南無し奉り報恩感謝申し上げます」。この二座の本尊供養のときに、この本尊を自分のことと思ってやっていますか?みなさん「仏壇の中の御本尊」だと思っていませんか? そういう人を指して大聖人は、「若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書P384)とおっしゃられている。すなわち、法華経じゃないんです。
> また別の御書でも、「此の御本尊全く余所に求る事なかれ只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」(御書P1244)。此の御本尊は「胸中の肉団に」、自分の生命に、「おはしますなり」
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