世界貿易機関(WTO)の自由化交渉が難航する中、環太平洋連携協定(TPP)の焦点は新しい貿易ルールづくりだ。日本も正面から取り組まねば…。
民主党がTPP参加の是非をめぐる政府への提言について協議した。推進派と慎重派が党内を二分したため、しこりが残るのを恐れたのだろう。「交渉入り」をめぐる明確な結論は避け、最終判断は野田佳彦首相に委ねられた。
これを受けて首相は十日、交渉入りの姿勢を表明する。
難航する多国間の交渉
首相はこれまで「早急に結論を出す」と言うばかりで、なぜTPPに参加するのか、その理由について発信を怠ってきた。
それどころか市場参入規制をめぐって、日本郵政グループに民間の保険会社より有利な商品を認めている扱いについて米議会関係者が議題にするよう求めてきたのに政府はその事実を隠してきた。
交渉が生活にどんな影響を及ぼすのか、国民は心配している。こうした説明を避ける姿勢は政府への不信を募らせるだけだ。
貿易交渉の潮流は大きく変わってきた。TPP交渉を主導する米国のお家の事情もある。そこに目を向けなければならない。
自由貿易のルールづくりは一九四八年、関税貿易一般協定(ガット)を舞台に始まり、WTOに引き継がれた。ところが、百五十に上る国・地域が加盟しているWTOでの交渉は難航し、新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は開始から十年たった今も合意のめどが立っていない。
WTO閣僚会合では、中国とインドが農産品輸出大国の米国に対して、セーフガード(緊急輸入制限)の発動条件を緩めなければ交渉には応じられないと牽制(けんせい)した。新興国の発言力が強まって、当初の交渉日程は大きく後にずれこんでいる。
主役は自由貿易協定に
そこで登場したのが、二カ国以上が互いに関税などの削減・撤廃を約束する自由貿易協定(FTA)だ。多国間交渉を補完する狙いで八〇年代から締結国が現れ、九〇年代以降、一気に増加した。WTOの機能低下が背景にある。
世界には二百近いFTAが存在している。二国間にとどまらず北米自由貿易協定など複数国にまたがるFTAも実現し、重層的な貿易網が形成され始めた。
TPPもFTAの一種だ。チリなど四カ国で二〇〇六年に発効した当初のTPPに米国が参加を表明し、拡大交渉を主導している。それは互いに自国に有利なルールをつくることが目的だ。
ルールづくりの主役が世界規模のWTOからTPPを含めたFTAに移っている現実を日本もしっかりと直視しなければならない。
カーク米通商代表は「アジア太平洋地域は米国の輸出、雇用を増やす」「TPP参加国は最高水準の拘束力のある協定を手に入れるだろう」「影響を及ぼす場所はアジア太平洋経済協力会議(APEC)だ」と語った。米国の通商戦略を端的に言い表している。
オバマ米大統領は今後五年間で輸出を倍増して二百万人の雇用を生み出すと表明した。米国の照準は成長著しいアジアに向かっている。例外なき関税撤廃などのルールを強化しつつ、ゆくゆくは二十一カ国・地域で構成するAPECを土台にして、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を実現するもくろみだ。
リーマン・ショックで米国の金融資本主義は大きく揺らいだ。世界の国内総生産(GDP)の約六割、貿易量も半分を占めるまでに膨らんだアジア太平洋の成長を吸い上げ、高水準にある失業率を低下させたい。それには自国に都合のよい貿易ルールづくりが早道と腹を固めている。
米国とすれば、自分たちが主導して新しいルールを広め、豊かな成長を達成することによって、やがては中国もひきつけたい。そんな狙いがある。
貿易交渉はルールづくりの戦いだ。その行方は日本経済の浮沈も決定づける。WTOの全加盟国が合意したルールを一律に適用する従来の方式から、FTAがより高い水準のルールを決めて自由化を先導していく。そんな現実から目をそらしていいのだろうか。
日本が腰を据えた交渉をためらっていては、不都合な貿易ルールを強いられかねない。コメの例外扱いも交渉の中で実現していく道を探るべきではないか。
日本が米中の橋渡しも
日本の最大貿易相手国は中国だ。TPPがゴールではない。たとえば「東南アジア諸国連合+日中韓FTA」を視野に入れながら、日中韓の交渉を加速する。米中の橋渡し役を務めるような攻めの外交も必要だ。
戦わずして有利なルールを獲得する選択肢はあり得ない。
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