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[30204] 怪談長屋騒動記(時代小説風伝奇もの/月に叢雲花に蟲)
Name: 痴れ者◆2356d78b ID:c84aebd0
Date: 2011/11/09 23:01
練習作です。
色々と勉強の成果の確認が目的その二。

時代小説風の伝奇ものです。
一応資料等を揃え、おっかなびっくりに江戸を描いておりますが、至らぬ点もあるかと思います。
もしよろしかったらそういった所も指摘して頂けると嬉しいです。

一応、短編全5~7話の予定。






[30204] 序.怪談長屋
Name: 痴れ者◆2356d78b ID:c84aebd0
Date: 2011/11/07 00:33



 今からおよそ数百年ほど前、十八世紀半ば程の話。

 時代は江戸期、宝暦十二年頃。
 徳川家治(とくがわ いえはる)が桃園天皇より将軍宣下を受け、江戸幕府第十代将軍に就いてより二年は経たぬ時分か。
 人の世は未だ夜の闇と近しい距離で流れ、理(ことわり)の外からの来訪者はどこにでも在った。
 この頃は文明ではなく文化が艶やかに色づき、身分差はあれど今ほど息苦しくは無かったかも知れない。
 戦を忘れた侍は士道を磨き、様々な娯楽に庶民は翻弄され、地主や天候への怨嗟を胸に押し込める農民は、祭りの夜に悦ぶ。

 そんな時代の、徳川将軍家の膝元である江戸の街。
 日本橋本町三丁目から鉄砲町を通って、両国町の方へ進んでゆくとその途中にある木戸の向こうに、少々変わった裏長屋があった。
 何が変わっていたかと言うと、ここの大家は中々の物好きで、なにかと妙な店子(たなこ・住人の意)ばかりを引き受けるのである。
 この大家、名を権六(ごんろく)と言い、百物語の類を好みそれが高じて、あやかしの類と遭遇した事のあると嘯く怪しげな店子を引き取っては酒の肴に話をさせるという悪癖があったのだ。
 勿論ここに住む住人達は大家の権六に話すように、本当に怪異と遭遇した事があるわけでは無い。
 大半は『怪談話を用意してここの大家に頼めば、格安で長屋に住むことができる』という噂話にかこつけて、転がり込んできたような者達ばかりであった。
 そのせいかこの裏長屋は近隣の住民達から時に話の種に、時に蔑みを込めて“怪談長屋”と呼ばれていたのである。

 閑話休題、とある初冬の夕刻。
 この“怪談長屋”に新しい店子がやって来る運びとなった。
 驚いた事にこの新しい店子とは町人ではなく、浪人者の侍であるという。
 “怪談長屋”では古株である、辻八卦(占い屋)の伝助が大家から仕入れた情報では、この浪人者、年の頃は三十路も半ばであり妻帯者らしい。


「このお侍ぇ様の御新造(妻の意)がこれまたえれぇ別嬪らしいってぇ話だ」
「ははん、それでお前さん、朝からソワソワしてたんだね?」
「ばっ、バカ言うな畜生め! 相手ぁ武家の妻だぞ! おらぁたたっ斬られるのはゴメンだぜ」
「誰が畜生だい?! この助平め!」
「ま、ま、ま、伝助どんにおはるさん、喧嘩は後にしねぇ。今日は新しい仲間が増える、目出てぇ日だしよ」
「そうだよう、おはるさん。朝から痴話喧嘩を聞かされる身にもなっとくれよ」
「ちげぇねえ。それにここの所、やれ辻斬りだ盗賊だと物騒だからねえ。その点、お侍様がこの長屋に住むようになればこんな心強い事は無ぇだろ」


 どうにも喧嘩っ早い伝助夫妻の口論を切っ掛けとして、“怪談長屋”の店子達は思い思いに言葉を交わし始めた。
 住人は親子、独り身の者、年老いた者、夫婦と様々である。
 ただ、表通りの日本橋通りからそこそこ引っ込んだ通りの裏長屋である為か、人数はそれ程多くは無い。
 また表長屋である水茶屋『かみなり屋』がこぢんまりとしたものであった為、必然、裏長屋の規模もそれほど大きくは無くむしろ他所よりも随分と狭い場所であった。


「おやおや、皆雁首揃えてどうしたね?」


 夢中になりつつあった会話を止め、瞬時に声の主へと振り向く住人達。
 集まった視線の先には、通りの方から木戸を潜ってきたばかりであろう、でっぷりとした大家の権六の姿。
 更にその背後には、二人の侍と一人の女が立っていた。
 侍は一人はキチンとした身だしなみであったが、もう一人は随分とよれて小汚い着流しを着ており、一目で浪人であるとわかる。
 女は頭巾をして居る為顔は見えないが、旅装束からどこか遠くからやって来たのだとわかった。

 また、長屋の面々には身なりが良い方には面識があった。
 彼は宇喜田宗虎という廻り同心で、恐らく傍らの浪人と女こそが今回この長屋に越してきた夫婦なのだろう。
 しかし、なぜ同心の宇喜田がこの場にいるのか?
 普通に考えて、浪人夫婦の引っ越しに役人が同席するなどただ事では無い。
 これがゆすりたかりや賄(まいない)を懐にいれんとする不逞な同心ならばまだ納得が行くが、宇喜田の人となりはそれとは真逆であるし、この場に居る誰もがそれを知っていた。
 そんな、いぶかしげる住人達の表情を読み取ってか、大家の権六は少し遠回りにこの夫婦の紹介を行う事にしたのである。


「なんだい、お前さん方、その顔は。宇喜田様がここにいらっしゃるのは、別に誰かを捕らえようとしているわけじゃないんだよ?」
「へぇ、そうなんで?」
「ああそうさ。宇喜田様はこちらの、立花様の店請(たなうけ・身元保証人)としていらしたんだ」
「そりゃすげえ! しかし、なんでまた同心の宇喜田様が?」
「実はこちらの立花殿と拙者は少々縁があってな。二月程前、立花殿が江戸に人を探しに出てくる旨の手紙を受け取った故、こうして世話を焼く事と相成ったのだ」


 半ば大家の権六を押しのけるように興味津々といった体で尋ねてきた伝助に、宇喜田はそう説明した。
 声は低く太く、彼を知らぬ者が聞けば親しみよりも先に恐怖を感じてしまうだろう。
 見た目も厳つい四角の輪郭である顔は愛想とは無縁で、戸板のような大きく幅のある体躯はまるで熊のような威圧感があるが、その実彼の肝は武士である割には小さく、甘党である事が知られている。
 加えて誠実な人柄である為、外面と内面の落差からかこの辺り一帯の住人からは非常に親しまれている同心であった。
 だからか、宇喜田に話しかける伝助の態度は分を弁えては居てもなれなれしく、気負いは見当たらない。


「成る程、そういう訳でしたか。おれぁ、てっきり、そこの怪談狂いの大家がえげつねぇ話と引き替えに罪人でも連れて込んだのかと」
「あんた! なんてこと言うんだい!」
「痛ぇ! な、殴るこたぁねえだろ!」
「いいや、伝助どん、いまのは口が過ぎてたぜ。おはるさん、俺が許す。もっと殴れ」
「あいよ!」
「痛ぇ! おはるっ、や、やめねえか! 大家まで何言いやがる!」


 再び、いつもの喧噪が“怪談長屋”に木霊する。
 伝助の失言には周囲の者達も止める義理など感じないのだろう、煽るばかりで騒動はしばらく収まりそうも無い。
 そんな様子に大家の権六と同心の宇喜田は目を合わせ、肩をすくめながらも傍らに立つ浪人とその背後の女性に目配せを送った。
 彼らは自己紹介をするよう促した訳では無かったが、先程宇喜田の説明の中で“立花”と呼ばれた浪人は一歩前に出て、大きく咳払いをした。
 その行為は“怪談長屋”の面々の興味を惹き付けるには十分であったらしい。
 幾度も拳骨をお見舞いされ蹲る伝助と、拳を振り上げるおはるもそのままの姿勢で浪人を注視していた。


「……俺は立花陣衛門(たちばなじんえもん)と申す。武士の身なれど浪人である故、皆遠慮無く接してくれ。こっちの妻共々、よろしく頼む」
「陣兵衛が妻、タキと申します。皆様、どうぞよろしく」


 先ず、立花陣衛門と名乗った浪人者の思いの外腰の低い挨拶に皆驚き、そして――
 その背後から被っていた手ぬぐいを外しながら現れた彼の女房に、皆目を剥いて絶句してしまったのである。
 身なりこそ商家の娘には遠く及ばぬ地味な着物であったが、肝心の容姿はどこぞの国許(くにもと)の姫君ではなかろうかと思えるほど美しく、また凛とした佇まいであったのだ。
 場は先程までの喧噪は何処へやら、日本橋の方から夕刻の喧噪が聞こえて来るほどすっかり静まりかえってしまった。
 立花の妻・タキはこの反応に怪訝な表情を浮かべ、大家の権六に何か不手際をしてしまったのかと視線を送る。
 どうやら彼女は見た目の通り、武家の、それも深窓の出なのであろう。
 あまり世間慣れしていない様子がありありとうかがえて、権六はこの若夫婦に早速助け船を出す事にしたのである。


「なんだいお前さん方。こうして立花様とそのご新造様が、こんなにも腰を低くして挨拶してんのに何ハトが豆鉄砲食ったような顔してんだい。ほら、伝助どん。呆けてないで、表通りに止めてある大八車から立花様の荷物を運んでやんな。ああ、特におタキさんの布団は大事に扱うんだよ? この方は病弱で、伏せる事が多いか――」


 言い終わらぬ内に、伝助をはじめとした長屋の男衆達が表通りの方へ殺到する。
 同時に、長屋の女将衆が不釣り合いな夫婦を取り囲んで、空いた部屋に案内するがてら根掘り葉掘り質問を浴びせ始めた。
 “怪談長屋”に再びいつもの喧噪が戻った瞬間である。
 大家の権六はもう一度、同じく取り残された宇喜田とやれやれといった目配せを交わしあって、奪い合うように荷物を運ぶ男衆らを横目に今日はこの辺で、後は私がと言って宇喜田に頭を下げた。
 宇喜田は一言、わかったと言い残し“怪談長屋”を後にしたのである。

 表通りに出ると日はすでにかなり傾き、少し離れた所にある町木戸の自身番(町の自警団による交番兼売店のようなもの)では辻行灯に火を灯す所であった。
 吐く息は白く一杯引っかけたい気持ちになる宇喜田であったが、この後、日本橋周辺の自身番を回る役目が控えている為ままならない。
 特にこの界隈ではここの所立て続けに辻斬りが発生して、気の抜けぬ夜が続いていたのだから尚更である。
 いや、これがただの辻斬りならば、宇喜田も酒とつまみの団子が喉を通らぬほど悩む事も無かったであろう。
 この辻斬り、幾人か目撃者はいたのだが、皆口を揃えて奇妙な事を証言していたのである。
 曰く、辻斬りを行った下手人は、被害者を斬った後忽然と消えてしまった、と。
 曰く、刀を抜いたと思ったら、次の瞬間、被害者正面に立っていたはずが何時の間にか背の方に立ち、斬り伏せてしまった、と。
 目撃者はいずれも被害にあった者に同行していた供の者で、何故かこの下手人はこれらを斬る事はしなかった。
 にも関わらず、この下手人は目撃者の目の前で神出鬼没に姿を消すものだから、詮議もはかどらず町方への風当たりは日増しに強くなっていたのだ。
 また、殺害された者の中には本所の御家人も含まれており、与力達からの同心への圧力も相当なものとなっていた。


「江戸に着いたばかり故、今日位はゆっくりとして欲しかったが……。やはり今宵から、立花殿の助力を乞う事にした方がよいかもしれぬな」


 呟いて宇喜田は踵を返す。
 進む先は“怪談長屋”の入り口である、開け放たれたままの木戸である。

 丁度、暮れ六ツを知らせる鐘の音が鳴り響いていた刻であった。







 時刻は進み、夜八ツ時正刻(午前二時)の少し前、とある辻。
 宇喜田はすっかり人通りの少なくなった路地に、身を隠すようにして寒さに肩を上げていた。
 周辺の町には件の辻斬りを警戒して、廻り同心達が町木戸(夜、治安維持の為町ごと封鎖するための門)の内にそれぞれ数名ずつ配置されており、宇喜田も例外で無くある町で目を光らせていたである。

 しかし、この時宇喜田が待っていたのは辻斬りの下手人ではなく、一人の人物であった。
 秋から冬に差し掛かった季節では、夜はもうかなり寒い。
 ――やはり、立花殿の引越祝いに大家の権六が振る舞った、あの酒を飲めば良かったか。
 四ツも前の酒が今の体を温めるかは甚だ疑問に思えるが、宇喜田はそう後悔をして大きく息を吐く。
 息はまるで煙草ように、煌々と江戸の夜を照らしていた寝待月によって白く広がり輝いて消えた。
 同時に、どこか遠く夜八ツ時を告げる鐘の音が鳴り響いてくる。


「……そろそろか」


 呟いて宇喜田は身を潜めていた路地を出て、表通りに移動した。
 通りは先日辻斬りが発生した場所からはかなり遠い位置であったが、別に宇喜田は見張りの場所を移動する為に路地を出たのでは無い。
 この時刻、この場所で待ち合わせをしていた為である。
 待ち人とは彼が店請となり、“怪談長屋”に居を構える事を手伝った立花陣衛門その人だ。

 夜の江戸は各長屋や町ごとに木戸が設けられ、真っ当な者ならばおいそれと移動する事は不可能である。
 やむを得ず移動が必要な場合でも、身分在る町人による付添人が必要で、さらには木戸を通過する場合、番に当たる者が大声でどのような人物が何名通過するか、出口側の木戸番に伝える事が普通であった。
 よって今回の立花のように、特別な理由で公権による秘密裏の呼び出しを行う場合は事前に各木戸に話をつけ、声を上げられずに木戸を通過出来るよう根回しが必要となる。
 勿論辻斬りの下手人にいらぬ警戒を与えない為の処置であるが、宇喜田はまだ江戸に着たばかりの立花が道に迷ってしまう事態にならぬかと今更ながらに不安を覚えた。

 しかし、そんな不安も杞憂に終わったらしい。
 果たして、さほど時を置かずに人気の無い通りの向こう、淡い月明かりの中誰かがこちらにやってくる人影を認める事が出来た。
 影はもちろん武士の形をとっている。
 宇喜田はそちらの方を向いて、考えていたよりも寒い夜に呼び出してしまった事への詫びの言葉を考えながら、更に通りの中央へと移動した。
 大声でここだ、と呼べぬ為の行為である。
 が、何故か影は宇喜田を認めるとその場で足を止めてしまい――


「うぬ?!」


 瞬間、宇喜田はその巨躯を沈めて鮮やかに抜刀した。
 影がそれよりも早く白刃に月光を煌めかせて刀を抜いたからだ。
 その仕草一つとっても、相手が恐ろしい程の手練れだと宇喜田は見て取り、背に怖気を走らせた。
 いや、同心として、武士として、滅多に抜く事の無い刀を抜いた為の武者震いか。
 ――例の辻斬りか。
 宇喜田はそう判断しながら、息を大きく吸い、仲間に辻斬りが出現したと叫ぼうとした時。
 不意に、瞬き一つする間に、影が消え去ってしまった。


「な――」


 ――なんだ?!
 そう言おうとして、しかし体は確信も無く前のめりに飛ぶ。
 同時に右の肩口から左の腰に向かって、熱い感触が走った。
 宇喜田は無様に冷たい地面へと倒れ込みながら、激痛に変わりつつある熱さに歯がみして身を翻し、さっきまで背後を向けていた方へ顔を上げた。
 そこに立っていたのは、つい先程まで十間(20M弱)程先にいた、あの人影の姿があったのだ。


「……ほう、俺の一撃を避けるか」


 影は宇喜田を見下ろしながら、そう言った。
 いや、夜とは言え月明かりの下である。
 距離が縮まった為か既に影ではなく、その人物は着物からして御家人の類で在る事が伺えた。
 ただ、頭だけは頭巾をしており、その顔はいかなる貌なのかわからない。


「辻斬りか」
「如何にも。俺の初撃を躱したのは其処許(そこもと)は初めてだ」


 偶然では無い。
 宇喜田が辻斬りの斬撃を躱せたのは、要領を得ぬ目撃者の証言を知っていたからである。
 妖術の類などあり得ぬとして首を傾げていた同僚達であれば、一太刀の内に屠られていただろう。
 が、“そのような”事もあり得ると“知っていた”宇喜田は、辻斬りが視界から消えた瞬間、己の死角――つまり背後から斬撃が来る事を予測し身を投げ出したのだった。
 だがしかし。
 それでもその身は既に手負いで、刀を握り地に腰を置き、一文字に辻斬りへ向けるだけで精一杯である。
 傷は深手では無かったか、浅くも無い。
 もはや、この場では立ち上がれないだろう。
 辻斬りはそんな宇喜田を見下ろしたまま、止めの一撃を放つべく、再びその姿を消して――


「ぐむ!」


 うめき声は、宇喜田の物では無い。
 いきなり背後から得体の知れぬうめき声を聞き、振り返った宇喜田が見た者は、月下に立つ立花陣衛門の姿であった。
 否。
 宇喜田が“見ていた”ものは、待ち人ではなく、その向こう。
 まるで幽玄のように立つ、女の姿である。
 女は背の痛みも、死の恐怖も、命を繋げた安堵も全て履き消してしまう程、美しかった。
 立花陣衛門が妻、タキである。


「すまない、宇喜田殿。遅れた」
「う……、あ、いや。助太刀、かたじけない立花殿」
「“これ”か? タキ」
「……いや。“これ”ではない。“これ”は只のまがいもの、じゃな旦那様」


 昼間の、儚げで弱々しいタキとは似ても似つかぬ声である。
 タキはまるで本物の身分ある姫君のように、重苦しく傲岸な物言いで夫の問いに答えた。
 そんな二人が視線を送る先、突き飛ばされたか、それとも蹴り飛ばされたかは知る由も無いが、奇妙な技をつかう辻斬りが身を起こして剣を構えている。
 そして、怒気混じりの声で一言、おのれと口にした。
 先程宇喜田を斬った白刃は青眼の構え、月光を湛えて不吉に光る。
 そんな修羅場にあって、唯一似つかわしくないタキは恐ろしい白刃など気にも留めぬといった風情で何を思ったか、地に屈み一握り砂を持ち上げた。
 それから、ぱっと辺りに砂を投げ始める。
 目つぶし、にしてはあまりに量は少なく、そして辻斬りの元にも届いては居ない。


「……女。気でも触れたか?」
「ほほ、そう思えるよな? だが、のう。お主、その“憑き物刀”、どれ程知っておるかや?」
「……」
「答えぬか。まぁ、よい。時を留める事ができるその妖刀、存分に振るうが良い」


 挑発するようなタキの言葉は、姫君というよりも妖婦のそれに近い。
 だがそれ故にか、清廉とした美しさと反するおぞましい妖艶さが聞く者の耳を舐め上げた。
 そんなタキの凄艶とした雰囲気に一瞬飲まれたのか。
 辻斬りの侍は一拍間を置いて、その場から消え去る。
 狙うのは手負いの宇喜田か、それとも未だに刀を抜いて折らぬ立花陣衛門か、それとも――


「ぬ?! おのれ!」


 怨嗟の声はタキより少しはなれた場所から。
 声の方へ振り向くと、そこには尻餅を突き、何やら慌てる辻斬りの姿が見えた。


「ふふ、驚いたであろう? お主の持つその妖刀に憑いた“それ”はの、“刻留め”とゆうてな。時を止め己と扱う者を狭間の中自由に動けるようにするが、時を止めた物体にも干渉できぬ“怪”じゃ」
「何故それを!」
「さぁ、の。ついでにお主は知らんようじゃが、“刻留め”はこれこのように、な。砂粒が舞えばそれその様じゃ。宙に浮いたままの砂を退ける事も叶わず、近寄る事も出来なくなり、無理に通り抜けようとすれば壁のようになって動かぬ綱粒に押し返される始末よ」


 タキは楽しげにそう言って、口に手を当てながら可可と笑った。
 その脇で、立花陣衛門は言葉も無く静かに鯉口を切る。
 辻斬りが目にしたそんな夫婦の姿は、どこか人間離れした恐ろしさを纏っていた。

 ――おのれ。なんだ、この女は! ……いやこの場は不利か。
 二人に得体の知れぬ恐ろしさを感じたのも束の間。
 怒りに滾る思考と暴走しそうな感情をなんとか押しとどめ、辻斬りは逃げる算段を始め手にした妖刀“刻留め”の柄に力を籠める。
 そうすると、先程タキが言ったように、己と己が身に付けて居る物以外の時が止まるのである。
 時を止める事ができる“時間”はそれ程長くは無いが、その間に逃げ失せるだけの時は稼げるはずであった。

 そして、全ての音が消え去り時間は止まる。
 辻斬りは急いで立ち上がり、走ろうとしたのだが。
 足が、動かない。
 何故? と思い己の足を見てぎょっとする。
 なんと、己の足がまるで枯れ木のように、あるいは木乃伊のように細くひび割れていたのだ。
 辻斬りは思わず悲鳴を上げ、そこで止めていた時が動き始めた。


「うわ、ああああ!」
「お、時が動き始めたようじゃ」
「き、貴様! 貴様か!」
「いや。“それ”をしたのは、旦那様じゃ。のう?」


 楽しげな、華やかな笑顔を夫に向けたタキであったが、陣衛門の反応は薄かった。
 当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、剣を抜くにあたりあまり饒舌には語らぬ口らしい。


「ほ、つれないのぅ。そこがまた、いいのじゃが」
「貴様! おのれ、貴様か!」
「――“傾国”という。俺が其処元と同じように憑かれている、妖刀の名だよ」


 言って、纏わり付くようなタキを他所に陣衛門は一歩前に出た。
 その手には何時の間に抜き放ったのか、一振りの刀。


「その妖刀、殺すぞ」


 台詞と同時に辻斬りが握る刀の柄へと陣衛門の剣閃が走る。
 次の瞬間、月夜の下に辻斬りの指とともに妖刀が舞った。
 辻斬りの手を離れた妖刀はすぐに地に落ちてきて、後を追うようにくぐもった声があたりに転がる。
 苦悶は剣を握る指を鮮やかに飛ばされた、辻斬りのものだ。


「立花殿!」
「心配召されるな、宇喜田殿。殺すのは刀の方であって、この者は生きておる」
「そう、旦那様の言うとおりですよ、宇喜田様。妾(わらわ)が“喰うた”のは、“刻留め”とそこな男の脚、それに指を五本。ひひ、命は確かに残しておりまするに、安心してたも」


 辻斬りを殺したのかと慌てる宇喜田に、陣衛門は静かに応えた。
 対照的にタキは、地に落ちた妖刀を拾いあげ楽しそうに笑いながらそう応える。
 細い手の内に握られた妖刀は、相も変わらず月光に照らし出されしかしそのまま見る間に朽ちて、土に帰ってしまった。
 ――どうやら、大勢は決したらしい。
 宇喜田は安堵に背の痛みを思い出しながらも、五指を失い地に倒れ込む辻斬りを睨みながら、懐から笛を取り出した。
 仲間を呼び、改めて彼を捕縛するためだ。
 程なく、夜空に甲高い笛の音が鳴り響き、騒動は一段落を迎えた。
 夜八ツ時の鐘が鳴ってから、四半時(約一時間)も経たぬ内の出来事である。
 やがて宇喜田の同僚である同心や岡引、捕方人足の者達が駆けつけてきたのだが。


 その場にはタキの姿は無く、手負いの侍が二人とみすぼらしい浪人が一人、居るだけであったという。





[30204] 一.松屋の絵怪
Name: 痴れ者◆2356d78b ID:c84aebd0
Date: 2011/11/07 00:26



 廻り同心・宇喜田宗虎の家は、日本橋から更に北、寛永寺の門前町である下谷にあった。

 辻斬りの一件により負傷した宇喜田は流石に役に就く事も出来ずこの自宅で療養しており、その日の朝も床から離れる事が出来ずにいた。
 傷は背を斬られる不覚傷であったが、辻斬りを捕らえるという汚名をそそぐ活躍は、彼の評判を悪くするものではない。
 逆に庶民達からは諸手を挙げて讃えられ、治療を受けて床に伏せってからしばらくは、付け届け(贈りもの)をもって訪れる者が後を絶たなかった。
 しかしそれも十日もすればなりを潜め、ここ数日は暇を持てあますようになった宇喜田である。
 唯一出来る慰みと言えば、妻・ハツが開け放った戸の向こうに見える庭を床の中からぼんやりと眺める位か。
 未だ痛む背に難儀しながらも朝餉を食し、再び伏せったばかりであった宇喜田は暗澹として取り留めの無い思考を始めた時。
 ととと、と足音が聞こえて来て、妻が視界に入ってきた。


「旦那様。客人がお見えになりましたが……」
「む。通せ」
「……誰かも聞かずにそのような事」
「誰でもいい。こう、暇を持てあましてはたまった物では無いからな」
「まぁ」
「ハツ、茶の用意を。すこしでも長居してもらわなきゃならん。この際町人でも構わんからこの場に通せ」
「……客人は浪人者といった風体で、立花陣衛門と名乗られました」
「おお、立花殿か。では尚更ここへ。はよう」
「もう、旦那様ったら。ではお通しします。……体を起こす事は出来ますでしょうか?」
「うむ」


 言って、宇喜田は上体を起こした。
 背に激痛が走ったが、妻の手前呻くわけにも行かず、しかしその顔は苦痛に歪む。
 ハツはそんな宇喜田の表情を見なかった事にしながら、立ち上がりしゅるしゅると衣擦れの音を残してその場を後にした。
 程なく、ハツに案内され見覚えのある浪人が宇喜田の伏せる部屋に案内されてくる。
 浪人はハツが伝えたとおり、立花陣衛門であった。


「では、ごゆるりと」


 ハツは陣衛門が座るのを見届けた後そう言い残し、茶の用意をすべく去って行く。
 陣衛門はその後ろ姿を見送った後、改めて床に伏せ上体を起こした宇喜田を見た。


「傷の具合は……良くも悪くも、無いようだな」
「ああ。だが、最初の数日よりかはマシだ。熱がでるわ、塗られる軟膏が痛いわで散々であった」
「医者はなんと?」
「命に別状はないが大怪我には間違いない。一月は体を動かさぬように、と言っておった」
「それは良かった」
「良くあるものか。あの藪医者め、二両も金をせびった割に痛み一つなくすことも出来ぬのだぞ」
「二両……“乗物医者(人気のある高級な医者)”を呼んだのか?」
「与力の斉藤様が呼んで下さったのだ。勿論、金も斉藤様もちでな」
「ほう?」
「……今回の件、下手人の“アレ”を見て斉藤様も立花殿の事を信用する事にしたらしい。いや、どこまで信用して頂けたのかはわからぬが」


 “アレ”とは、どうやったのか木乃伊のようになった辻斬りの脚の事であろう。
 表向きには辻斬りは宇喜田が仕留めた事として処理されたが、唯一宇喜田から真相を報告されていたのが斉藤真之介という与力である。


「信用など……何でしたら一晩、妾が“あの”斉藤某の所へ赴き骨抜きにして差し上げましょうかや?」


 突如割り入って来たのは、艶めかしい女の声であった。
 宇喜田はぎょっとして声の方へ視線を移動させると、何時そこに座ったのか、陣衛門の隣には妻であるタキの姿が見て取れる。
 タキは長屋で見た地味な服装では無く、豪商の娘でも身に纏ってはおらぬ艶やかな着物を纏っており、一瞬目を奪われてしまった宇喜田であった。


「必要無い、タキ」
「うふ、それは嫉妬でしょうや?」
「宇喜田殿の前だぞ。控えろ」
「ほんに、つれないのぅ。……じゃが、そこがいいのだけども。宇喜田様も命の恩人である妾の粗相くらい、目を瞑ってくれましょうや?」


 タキはそう言いながら陣衛門にしなだれかかり、宇喜田に悪戯っぽい視線を投げた。
 たまらないのは宇喜田である。
 その、甘くねっとりと纏わり付くような視線に思わず背を伸ばしてしまい、結果激痛が全身に走る。


「ほほ、いまだ少々痛むようじゃの。あな口惜しや、あの侍をもう少し妾に喰らわせて頂ければ、そのような傷立ち所に直してしまえたのに」
「い、いや。タキ殿、そのお心だけで十分でござる。下手人を殺してしまうのはあまり褒められた物では無い故」
「どうせ死罪であろ?」
「それはそうであるが……陣衛門?」


 助けを求めるように、それまでとは違い名を呼んできた宇喜田に陣衛門は思わず苦笑いを浮かべた。
 若かりし頃、まだお互いに立場を意識していなかった時分には名で呼び合う仲であった二人である。
 先日十数年ぶりの再開を果たしていた二人であったが、生真面目な宇喜田は同心という立場上、陣衛門にも他人行儀で接していたのだった。
 そんな宇喜田に合わせ陣衛門も距離を置いた接し方をしてきたが、この一言により己も再び歩み寄ろうと受け取ったのであろう。
 固く言葉少ない口調は、やや氷解してゆくのである。


「タキ。宇喜田をからかうな」
「あーいー」
「拗ねるな。……宇喜田の痛みを消してやれるか?」
「うふ、旦那様次第では、痛みどころか傷さえ如何様にも……」
「そうか。ならば頼む」
「おい! 陣衛門、それは――」
「かまわん。実はここへ来る前、お忍びの斉藤様と会ってきてな」
「斉藤様と?」
「ああ。昨日の事だ。俺の“素性”はお主から聞いたと言っておられてな。まあ、俺を一応は信用して下さったのは本当のようだ。ただ――」
「ただ?」
「もう少し俺の人となりを見定めたいと仰られてな。一仕事、請け負ったのだよ」
「それは、どのような――」
「のぅ、旦那様。妾は待っておるのだけども?」


 相変わらず、人目を憚らず陣衛門にしなだれかかっていたタキが、少しふて腐れたように会話に割り入ってきた。
 何を期待しているかわからないが、どこかそわそわとして唇をとがらせている。
 そんなタキに陣衛門はもう少し待てと目配せを行い、再び宇喜田の顔をみやった。


「斉藤様から請けた仕事は、日本橋室町三丁目の、三井越後屋の前を過ぎた辺りにある書物問屋の一件だ。知っておるのだろう?」
「ああ、まあ、そうだが。しかしあの件は――」
「確かに聞いた話によれば、単なる噂話に過ぎんような話だ。が、紛れもなく事実でもあるらしい。その書物問屋もほとほと困り果てて、連日祈祷師を呼んでは胡麻を焚かせているのだとか」
「それは拙者も知っておる。だが、書物問屋の件は幾人も真相を確かめようとして何も起こらなかった故、たんなる噂話だと思っていたが」
「その辺の経緯は俺にはわからん。ただ、斉藤様の口ぶりからはあまり良くはないらしい」
「そうか……」
「だから、宇喜田。気にするな。今回の一件を解決できればタキには後で“返して”貰えるからな」
「しかしだな。いくら何でも……拙者の方は時間はかかろうが、その内傷も癒えるであろうし、陣衛門もこのような場所で身を削る必要はあるまい?」
「いいや。いくら斉藤様の紹介とは言え、得体の知れぬ浪人者を大店がそうそうに信用するものかよ。お主にも付き合って貰いたいのでな、今日は“そのつもりで”来たのだ」
「旦那様、そろそろ、いいかや?」


 頃合いと見て取ったのか、先程よりも更に甘くさえずる様にタキが再び割り入ってきた。
 陣衛門は今度は咎めもせず、徐に腕を捲ってタキへと差し出す。
 タキは差し出された腕をウットリと見つめ、しばし愛おしげに白い両の手でさすっていたかと思うと、ついと舌を這わせ始めた。
 赤い蛭のように滑る舌は腕から手の甲、指へと伝い、やがてぴちゃぴちゃと卑猥な音を立て指先をねぶり始めるタキ。
 表情は恍惚として、端から見る宇喜田などは身の置き場が無くなるほど淫靡な光景であったが、それも束の間の事。
 心ゆくまで陣衛門の指を舐め上げたタキは、再び舌を腕に這わせて次の瞬間、勢いよくその腕にゾブリと噛みついたのである。
 女の小さな口に噛みつかれた腕は、まるで桃を囓るかのようにあっさりと肉が噛み千切られ、半月状にそぎ落とされて見える傷口からは白い骨が顔を覗かせていた。
 ほどなく、囓り取った肉をタキは二度三度咀嚼した後、こくりと喉を鳴らして呑み込んでしまう。


「ふふ、なんと甘露な……」
「旨いか? タキ」
「ええ、旦那様。とても」
「――そうか。なれば、宇喜田を頼む」
「あーいー」


 異様な光景である。
 男は女に肉を食いちぎられるほど強く噛みつかれたにもかかわらず、平静を保ち続けている。
 また女は口の端から己の物で無い血を垂らしながらも、男の肉を咀嚼しながらウットリとしていた。
 目にするのは二度目の宇喜田でさえ、おぞましさに身を凍らせる光景だ。
 タキは口に含んだ肉の味を反芻しながら陣衛門の腕を放し、しばしそのまま夫の肩にしなだれてウットリとしていたが、徐に腕を上げて宇喜田の方へしっしと何かを払うような仕草をする。
 刹那、宇喜田は背から痛みは消えてゆくのを感じ取った。
 陣衛門も宇喜田の表情からそれを読み取ったのだろう。
 徐に脇に置いてあった刀を手に取り、再びしなだれてくるタキなど無視するかのように立ち上がって剣を腰に差した。


「一週間後、また伺う事にしよう。昨日の今日で、いきなり連れ出しては御内儀(おないぎ・他人の妻)に要らぬ詮索をされようからな」
「あ、ああ。しかし、陣衛門。前回も不思議に思ったのだが……その腕は本当に大丈夫、なのか?」
「心配はいらん。些か体に虚脱感が出るが、傷は一時の見てくれ以上では無い。そらこの通り」


 陣衛門はそう言って、先程タキに食いつかれた腕を差しだして見せた。
 腕にはぽっかりと半月状にそぎ落とされた傷は見当たらず、逞しいがすこし青白い腕が見えるばかりである。
 そこへ宇喜田の妻・ハツが茶と茶請けを持って現れた。
 が、しかし彼女は目を白黒させるや否や、そそくさとその場を引き返してしまう。
 確かに一人案内した筈の客人が、もう一人増えていたからだ。
 それも“居る筈の無い客人”が高貴な身なりの凄艶な婦人であった為、強い混乱を来して誰か問いただすより前に、もう一人分の茶を用意しに戻ったのである。
 陣衛門と宇喜田はそんなハツを見て互いの顔を合わせ、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「これは早く帰った方がよさそうだな」


 そう、共通した認識を確認するように陣衛門は言って部屋を後にした。
 見送る宇喜田はそこではじめて、タキの姿が跡形も無く消えて居る事に気がついたのである。







 書物問屋の『松屋』には、一人娘がいた。

 名はおかる。
 歳は十四程になり、快活で近所でも評判の娘であった。
 そのおかるが病に伏せてしまったのが半年ほど前での事。
 始めは風邪か何かと思って居た両親であったが、ある夜、“とんでもない”物を見てしまう。
 夜中、父親である善兵衛が尿意を催し、厠から自室へ戻ろうといった折。
 途中通った娘が伏せっている部屋から、うめき声が聞こえて来たのだ。
 あわれ、愛娘がうなされて居るのだろうと思い、様子を見る為障子を開け放った善兵衛であるが。
 彼が見た物とは、病に苦しむ娘の姿では無く、あられも無く男と睦む女の痴態であった。
 当時の価値観から言えば、十四になる娘が性行為を行う事自体は問題は無い。
 また、夜這いの風習が残るこの時代から言えば、娘が何者かを“呼ばう”事も決して異常な行為では無い。
 だが、そうであっても善兵衛もまた人の親である。
 そもそも、おかるはいまだ未通女であり、夜這いなど言語道断であるとして善兵衛は娘に近寄る男には常に目を光らせていた。

 その善兵衛が見てしまったのは、娘の裸体を組み伏せる、とある役者の姿。
 男は間違いなく、最近売り出しの道外方(笑いを誘う役所の役者)・鶴屋与一であった。
 鶴屋与一は舞台に上がれば道外方として観客を沸き立たせ、一度舞台から降りればその美貌から数多の婦女子の好意を受ける優男として有名な役者で通っていた。
 善兵衛の娘・おかるも鶴屋与一に熱を上げる娘の一人で、彼の役者絵を購入し肌身離さぬほどの入れ込みようである。
 その為姿を一目みてわかる程、善兵衛は幾度となく鶴屋与一の姿を確認し、娘に近付かないかやきもきとしていたのだが。
 この夜、善兵衛の悪い予感は見事に的中し、あまつさえその現場まで目撃してしまう。
 善兵衛は見てしまった娘の痴態に我を忘れ、夜中にもかかわらず大声を上げて男に殴りかかった。
 が、男は善兵衛の拳骨をひらりと躱すと、不気味に笑いながら一言、“また来るよ、おかる”と言い残して夜風の如く闇が広がる庭へ走り去ってしまったのだった。


「ここまでは良くある話なのですが、ここからはそうはいかないわけでして」


 善兵衛はそう言って、ほとほとこまったといった風に深くため息をついた。
 彼の目の前には廻り同心の宇喜田と浪人・立花陣衛門が座している。
 陣衛門が宇喜田邸を訪ねてより丁度一週間後、昼四ツ(午前十時頃)の時分であろうか。
 二人の前には茶が供されて、特に宇喜田の前には彼が好きな甘い饅頭菓子がうずたかく置かれていた。


「私とて人の親でございます。確かに未通女であった娘を傷物にされ、だまってはおれませんでしたし、早速次の日に采女ヶ原の馬場の、芝居小屋まで怒鳴り込んだのでございます」
「それは、鶴屋与一に会うため、ですな?」
「ええ」
「見間違いであったとは?」
「いえ。当時は、間違いなくあの者だと思うておりました。見間違えようも無い程顔は幾度も見ておりましたし……いや、いまとなってはあの者であった方がどれだけ救われたか」
「……それで?」
「はあ、それでですな、当然と言いますか、鶴屋与一は知らぬ存ぜぬと申しまして。恥ずかしながら、それはもう、一騒動起こしてしまいました」
「その折にこの善兵衛と鶴屋与一を仲裁したのが拙者と斉藤様でな、立花殿。後日、ある女の証言により鶴屋与一の無実は証明されたのだ」
「その話を宇喜田様から伺った時は、それはもう信じられぬ心地でした。なにせ、あの夜、確かに私は鶴屋与一を見たのです」


 項垂れ、茶をすする善兵衛。
 一方、いかめしい表情を保ったまま、小ぶりな饅頭を一つ摘み上げ囓る宇喜田である。
 陣衛門は二人の話に耳を傾けながらも、うむ、と喉の奥で唸った。


「大体の経緯は分かり申した。つまり、善兵衛殿は何かの拍子で鶴屋与一……いやこの場合は偽者の鶴屋与一か。これの正体に気が付いたと言う事ですな?」
「はい。お恥ずかしい話となりますが、その後も幾度か娘と“アレ”の密通を目撃してしまいまして」
「ふむ」
「ある時、断腸の思いでこれの邪魔をせず、偽の鶴屋与一の後をつけた事がございましてな。そうしたら、驚いた事に娘の部屋に入っていくではありませんか」
「む? 娘御の部屋は別にあるのですかな?」
「はい。何分、年頃の娘でございます。伏せってからは医者や祈祷師に診せる事も多うございましたので、別室で寝かせていたのです」
「成る程」
「……結局、偽の鶴屋与一は、娘が持っておった“役者絵の怪”であるとわかりはしたのですが……」


 善兵衛は其処で言葉を切った。
 それから、先程からいかめしくおおきな図体の割に乙女のようにちびちびと饅頭を囓り舌鼓を打つ、宇喜田に目配せを送る。
 どうやらそこから先を陣衛門に話すに当たり、少々躊躇をおぼえているらしい。
 そんな善兵衛の様子に気が付いた宇喜田は、名残惜しそうに饅頭を置いて、姿勢を正して咳払いを一つ。


「大丈夫だ、善兵衛。この陣衛……立花殿は身なりこそ小汚い浪人者であるが、この手の怪異には滅法強い武士であるからな」
「む……宇喜田、俺はそんなに臭いか? 風呂には三日前に行ったばかりだが」
「そうではない。言葉のあやというものだ」
「そうか。……タキ。ややこしくなるから今は出てくるな」
「はい?」
「いや、こちらの話だ。それで?」
「はい。最初は半信半疑ではありましたが、とりあえず気味が悪いのでこの絵を処分してしまおうと思いまして」
「うむ」
「最初はその場で破りました。その次は台所で燃やし、その次は寺で供養して貰ったり、名のある祈祷師や陰陽師を呼んで拝んで貰いもしました」
「それは……なんというか、節操のない話だな」
「こちらも必死だったのでございます。なにせ、燃やそうが捨てようが埋めようが、次の日にはちゃんと娘の部屋の小物入れの中に戻って来ておる始末で」
「その小物入れは?」
「勿論、小物入れごと始末してみましたが、これも駄目でした。娘を遠く江戸の端に移そうとした事もありましたがやはり……」
「その絵怪がついてきた、と?」
「ええ。娘の世間体もありますので、そのような化生に魅入られた等と噂が立っても困ります。祈祷に関わった者には金子を増して渡し、『何も起こらなかった』という話にしましたが、それでも現実はかわりません。ほとほと困り果てて居る所に、宇喜田様が立花様を伴ってお見えになった、と言うわけでございます」


 善兵衛はそう言って、深くため息をついた。
 聞いてみれば成る程、不可解な話である。
 陣衛門はしばし無言の内に何やら考え込み、やおら刀を手にとって立ち上がった。


「宇喜田、悪いが道案内を頼めるか?」
「む、それはよいが何処へ行く? 娘や件の絵を確かめたりはせぬのか?」


 陣衛門の台詞は宇喜田にとっても予想外であるらしい。
 いや、半ばはいまだ殆ど手をつけてはいない饅頭に、未練を残しての台詞とも聞こえた。
 善兵衛もまた、宇喜田と同じく驚いた表情を浮かべて、立ち上がった陣衛門を見上げている。
 何はともあれ、疑問は抱けど陣衛門の行動に口を挟むつもりは無い宇喜田は、慌てて饅頭を懐に入れ始めた。
 そんな宇喜田に陣衛門は苦笑いを浮かべながらも、絵怪を見ぬその理由を口にして、事情を知らぬ善兵衛を甚だ不安にさせるのである。


「先程の暴言を黙認する代わりにその鶴屋与一を見に行きたい、とタキが言っておってな」
「は?」
「すまぬが、宇喜田。言う事をきかねばおさまりそうにない。それに俺も話を聞いてみたくなってな。ああ、勿論、宇喜田持ちでの芝居見物だ」


 そう言ってニヤリとした陣衛門は、いぶかしげる善兵衛に心配するなと言い残し、まごつく宇喜田を他所にその場を後にしたのである。
 勿論、善兵衛の不安は消え去る所か大きくなっていた。





[30204] 二.道外方と女幽霊
Name: 痴れ者◆2356d78b ID:c84aebd0
Date: 2011/11/07 00:27


 立花陣衛門と宇喜田宗虎が向かった先、采女ヶ原(うねめがはら)の馬場は、火除け地を兼ねた武士が馬術を磨く場所である。

 江戸にはこうした馬場が点在し、庶民もこの様子を見物する事が出来るには出来たのだが、あまり人気のある場所とは言えない。
 もっぱら人気であったのは、馬場周辺にある芝居小屋や音曲の小屋であった。
 道外方・鶴屋与一という優男もこの芝居小屋に出入りする役者の一人で、この界隈ではなかなかの人気を誇っていたようだ。
 だが最近はなぜか舞台に上がる事がめっきり減ってしまった、と語るのは鶴屋与一が通う芝居小屋の座長である。
 昼八ツ(午後一時頃)の鐘が鳴ってより随分経った頃。
 陣衛門と宇喜田、それに何時からか姿を現し二人に同行していた陣衛門の妻・タキは、心ゆくまで芝居を見物した後、芝居小屋の座長から話を聞くために役者が詰める楽屋に押しかけた折、そう聞かされたのであった。


「――では親爺。今日は鶴屋与一はここに来ておらぬというわけか」
「へぇ、お役人様。与一の野郎、ここの所どうもおかしな事をわめいては、家に引き篭もりっぱなしになってやして」
「おかしな事?」
「なんでも、『女の幽霊に祟られたぁ』とかなんとかいってやした」
「ほほ、その鶴屋与一という役者、余程の色男と見えるな」
「黙っていろ、タキ。宇喜田の邪魔をしてはならぬ」


 芝居小屋の裏手、雑然として狭苦しい楽屋の中。
 やけに艶めかしい女の声に中に居る者達の視線が集まる。
 生唾を呑み込む音が聞こえて来そうな刹那の静寂の中、只一人、陣衛門を除く男達の視線を捕らえていたのはタキである。
 身なりは何時の間に着替えたのか、宇喜田の家で来ていた絢爛な着物では無く、町娘が着るような少し明るめの色をした振袖であった。
 本来陣衛門が妻と口にするタキは、歯黒をし夫の身分相応に庶民とそれ程変わらぬ地味な服装で在るべきで、振袖などもっての他な立場であるのだったが。
 しかし当の本人にはその当たりの常識は持ち合わせてはいないらしく、言動も服装も貴人のように思うがまま振る舞う事が多く見られた。
 また、陣衛門も口の上ではそのようなタキを窘めるのではあるが、強く出るわけでもなく、どちらかと言えばあまり興味が無いような態度である。
 だからか、そんな夫婦の在り様は非常に目立ち、しかしタキの美貌はそれらを帳消しにして見る者の思考を奪う代物でもあった。


「“女の幽霊”、か。……親爺、与一の家はこの近くか?」
「――、あ! へぇ。その、よろしかったらその、あたしが案内いたしやすが?」
「良いのか? まだ演目が残っておるのではないのか?」
「いえいえ、とんでもございやせん。お上あっての芝居小屋でありますし。それに、そこのお嬢様とそちらのお侍様もご同行するのでしょう?」
「うむ、まあ、な」
「特に、そこの美しいお嬢様が与一の野郎の家に行こうってもんなら、何されるかわかりやせんので。あたしもご同行いたしやす、はい」
「うふ、心配せんでも、妾は優男の役者などには心惑わされたりはせぬよ。とうの昔に心を捧げた殿方がおる故」


 甘えるように言って、タキは当たり前のように陣衛門の肩にしなだれ、座長に視線を流した。
 仕草は吉原の花魁もかくやと思えるほど洗練され、何より妖艶である。
 一方、喧嘩早く気風の良い役者ばかりが集まる楽屋であったが、男の役者“など”と聞きようによっては嘲るような物言いに、怒りを現す者はいない。
 いや、ある種怒気のようなものは渦巻き始めていたが、それはどちらかというとタキに甘えられる陣衛門への嫉妬に近いのかもしれない。
 そんな中、既に老人の域に達しようかという年齢の座長であったが、妖しく淫靡な眼差しを投げかけられ、年甲斐も無くドギマギとして声を上ずらせタキの言葉を否定した。


「いえいえいえ、そうじゃねぇんで。与一の野郎、“女の幽霊”がどうだかしらねえが、ここの所若ぇ女とみるや誰彼構わず喧嘩をふっかけるんでさ」
「どういう事だ? 鶴屋与一は女を怖れるようになってしまったというのか?」
「……わかりやせん。あたしや仲の良い役者仲間が側にいりゃ、流石に見境が無くなる事は無いんでやすが……一度、奴の贔屓だって言ってた娘さんが何処の誰に聞いたのか、与一の家に押しかけた事がありやしてね。――あ、お侍様。悪いですが、こっから先は」
「心配するな。ここだけの話にしておく。拙者も同心だ、その手の約束は守らねば町も歩けぬようになる事位、心得ておる」
「へぇ。――で、そのここだけの話って奴ですが、野郎何をトチ狂ったのか、包丁持ち出してこの娘さんを追い回そうとした事がありやして。いや、その時は偶々世話を焼きにあたしが訪ねて行った所、鉢合わせたんで大事にはならなかったんですがね」
「成る程な。タキ殿を連れて行けば平静さを失いかねん、というわけか」
「そういう事で。ですので、あたしが同行して――」
「――いや、その必要は無い。タキ、お前はついてくるな。長屋に帰っておれ」
「そんな後生な!」
「わはは、枯れた爺ぃが色気付いてやがるぞ」


 笑い声がどっと楽屋の中に満ちる。
 どうやら座長の親爺は、タキ目当てに案内を申し出ていたらしい。
 親爺は色などとうの昔に枯れ果てたかにみえる年齢に見えたが、盛大に笑う役者達に怒って見せるその様子から、まだまだ現役である事が伺えた。
 いや、かといって盛んであるとははやり見えず、むしろそのような老人でさえ血迷わせるような、怪しげな魅力をタキが振りまいていた為であろう。

 果たしてタキは、陣衛門の言いつけを守るでもなく、座長の案内で鶴屋与一が住む長屋まで着いてきたのである。
 鶴屋与一の住む長屋は芝居小屋からそう遠くない場所にあり、特に是と言って特別変わった場所ではなかった。
 日はまだ高かったが訪れた長屋の一室は薄暗く、床には酒が入った徳利と猪口が転がっており、煙草盆までもが倒れ灰をぶちまけたままなのが見て取れる。
 室内はとても人気の役者が住まう部屋とは到底思えぬ程荒れ果てており、陣衛門らは与一の名を呼びながら奥へと上がり込んでゆく親爺の背を眺め、互いに肩を竦めあった。
 不意に。
 室内にぱっと日光が満ちて、宇喜田とタキはう、と呻き手で目を覆った。
 どうやら鶴屋与一の住まう長屋はそこそこに上等な物件であるらしく、奥に縁側が設えられているらしい。
 光は与一の部屋に上がり込んだ親爺が、締め切られていた戸を開け放ったが為のものであった。


「ああああ!」


 ほぼ同時に、奇声があがる。
 何事かと眩しさに思わず目を瞑っていた宇喜田が見た物は、隣りにいたタキの目と鼻先に浮く、包丁の刃先である。
 ぎょっとして思わず刀の柄に手を伸ばしながら視線を更に移動させると、随分とやつれた男が包丁を握り、タキの美しい顔に刃を突き立てんとしてしかし、陣衛門に腕を掴まれ制止させられている姿が確認できた。
 どうやら男は薄暗い部屋のどこかに潜み、不意打ちに襲いかかって来ていたらしい。


「うふ、あなうれしや旦那様。このタキめを助けて下さったのじゃなぁ?」
「……宇喜田、少し不用心だぞ。お主を狙われていたら斬るより他なかった」
「う……む、す、すまん。面目ない。いや、拙者の不覚であった。タキ殿、怪我は……」
「旦那様が側におるのじゃ。するわけがなかろ? ほほ」
「タキ。下がっておれ。――親爺。こいつが鶴屋与一か?」


 あわやという所で助かったとは思えぬ、品のある女の笑い声が落ちる中、一人落ち着いた物言いの陣衛門に問われ、奥であまりの出来事に呆然としていた座長がやっと我に返った。
 座長は慌てて陣衛門に包丁を握る腕を掴まれもがく与一に駆け寄り、その包丁を奪い取ろうとしながらへぇ、と返事をする。


「与一! て、てめえ、なんて事を!」
「ほほ、よい、よい。お陰で妾は中々良い目に逢うた。ここの所旦那様に庇われるなど、とんとなかったしのぅ」
「ああああ! くそ! 畜生! 離せ!」
「こらてめぇ、聞いてんのか与一!」
「すまぬが宇喜田。今のも“見なかった事”にして貰えるか?」
「それはいいが……陣衛門。見たところその男、とてもではないが話を聞ける状態には見えぬが……」
「離せ! 離せってんだ!」
「てめえが包丁を離すんだよ与一! 野郎、この……そこのお侍様は北町奉行の同心だぞ! そんなにしょっ引かれてぇのか!」


 北町奉行の同心、という言葉に与一はやっと我に返ったらしい。
 陣衛門からまるで鬼の様な力で腕を掴まれたまま、与一は突如として大人しくなり、そのまま包丁を落としながらもがっくりと脱力したのであった。
 そんな様子から観念したと見て取った陣衛門は、やっと与一の腕を解放してその場に座らせる。
 与一は先程の威勢はどこへやら、陣衛門達が居た土間に力無くへたり込んで項垂れてしまった。
 それから、力無く小さな声で一言、すまねぇと口にし、やがてう、う、と嗚咽を上げ始めたのである。


「与一! てめえ、泣いて済まされる事をしでかしたんじゃねぇんだぞこの野郎! もう少しで」
「親爺、そう怒るな。与一に話を聞くため訪れたのは、我々の方だ。それに拙者も陣衛門も、タキ殿も不問に処すると言ったでは無いか」
「はぁ。しかし、ですな」
「何かわけあっての事だろう。なぁ、親爺? ここはこの同心・宇喜田の顔に免じて怒らないでやってくれないか?」
「そうよな。妾としてはむしろ褒めてやりたいが」
「そんな勿体ねえ! この野郎は――」
「親爺、すこし黙っていてくれ。……鶴屋与一、だな? 話を聞かせて欲しい。“女の幽霊”についてだ」


 宇喜田やタキ、座長のやり取りを尻目に陣衛門は跪き、土間に胡座をかいて泣きじゃくる与一に語りかけた。
 その声は素っ気なくも、どこか優しげである。
 与一は“女の幽霊”という言葉にびくりとして泣くのを辞め、涙と鼻水でドロドロになった顔を上げ、まじまじと陣衛門の目を見つめた。


「それは――」
「今日訪ねて来たのは、その“女の幽霊”事を聞きに来たのだ」
「……聞いてどうしようっていうんですかい?」
「なに。ある仕事を引き受けておってな。手がかりがお主の言う“女の幽霊”にありそうなんで、そいつをどうにかしようと思ってな」
「ほ、本当かい?!」
「ああ、本当だ。こちらの経緯を話してやらん事は無いが、日が暮れそうな上時間が無い。手短に質問に答えて貰えるな?」
「あ、ああ! ありがてぇ! なんでも聞いてくれ!」
「では、まずは“女の幽霊”について知っている事を話してくれ」


 与一はそれまでの様子とは打って変わり、陣衛門の言葉に表情を明るくした。
 それから、ぽつりぽつりと“女の幽霊”の事を話し始めたのである。
 話の内容はこうだ。

 ある時、そう遠くはない夜での事。
 住処である長屋の一室でその日の疲れを癒すべく寝ていた与一は、いきなり全身に痛みを感じて飛び起きた事があった。
 痛みは体を切り裂かれるかのようなもので、だが瓦灯(小さな陶器製の照明具)に火を灯し体を確認するも、特に異変は無い。
 はて、と首を傾げながらもその夜は再び就寝した与一であったが、以後夜な夜なに様々な苦痛が襲い来るようになり、精神を削られて行くのである。
 なにせ毎夜のように、ある晩は炎に身を焼くような、またある晩は息が出来なくなるような苦痛に襲われるのだ。
 それどころか苦痛は徐々に変化していき、最近では念仏が一晩中聞こえたり、奇天烈な呪文と共に殴られたかのような衝撃が体を襲って、幾日も寝られぬ夜を過ごすようになる。
 最近では妙な女の幽霊が出るようになって、あろう事か与一に求愛の言葉を投げかけ、断ろうが承諾しようが関係無く強く噛みつかれ、血を啜られるのだと与一は説明した。


「ううむ……なんとも妙な話だな」
「嘘じゃねえ! 本当だよお役人様! 喰い付かれた時の傷なんて残らねえが、確かに本当なんだ!」
「して、番所に届出は……いや流石に無理か。与一、祈祷師や坊主に相談はしたのか?」
「したさ。だけども、おいらはこう見えても役者だ。妙な噂が立っちまったらおしまいだし……」
「は、もう立ってら! 優男・鶴屋与一がとうとう女の幽霊にまで手ぇ出してえれぇ目に逢ってるってな!」
「う、浮き名はいいんだよ親爺! それに江戸っ子が幽霊なんかを怖がってちゃ、馬鹿にされちまうじゃねえか!」
「何いってんだよ、てめぇ、さっきまでびーびー泣いてたじゃねえか!」
「何を!」
「やめないか二人とも。陣衛門、さっさと聞く事を聞いてくれ。どうにも、纏まらない」
「承知した。親爺、少し黙っててくれ。なぁ、与一。俺が聞きたいのはあと一つだ。その一つで多分“終わる”。いいか?」
「あ、ああ! なんでも聞いておくれよ! おいら、知っている事ならなんでも話すよ!」


 一時、罵声を浴びせてきていた親爺に見せた威勢は何処へやら、鶴屋与一は縋るように改めて陣衛門へと向き直った。
 当然と言えば当然であろうが、余程夜な夜なに起こる怪異に参っているらしい。
 そんな与一に、陣衛門は酷く気の抜ける質問を投げかけ、タキは白い目をじとりと、宇喜田や親爺、与一からは丸く拍子抜けをした目を向けられてしまうのである。


「与一。その“女の幽霊”なのだが……美人であったか?」





[30204] 三.妖婦の酌
Name: 痴れ者◆2356d78b ID:c84aebd0
Date: 2011/11/09 02:12



 陣衛門の問いに、鶴屋与一は美人であると答えた。

 宇喜田には陣衛門の質問に込められた意図が理解できよう筈は無かったが、その答えは陣衛門にとって予想を裏付けるものであったらしい。
 面食らったかのような表情を浮かべ質問に答えた与一を尻目に、陣衛門は満足げに頷いて一言そうか、と言葉を残した。
 それから何事も無く踵を返し、開け放たれたままであった入り口を潜る。
 どうやら用事はそれで終えたのであろう、陣衛門はそのままこの場を後にするつもりのようだ。
 そんな彼の背に、まったく理解が及ばない宇喜田の焦ったような質問が飛ぶ。


「おい?! 陣衛門?」
「大体、見当は付いた。『松屋』へ戻るぞ、宇喜田」
「おや、旦那様。何やら、やけにやる気でございますなぁ」
「妙な思い込みはお前の悪い癖だ、タキ。行くぞ」
「へ? もう、用事はお済みで? お役人様?」
「む……いや、親爺。拙者にもなにがなんだか……」
「ま、まってくだせぇお侍ぇ様! “女の幽霊”は……」
「宇喜田、詳しくは戻る道すがら話す。――与一、もしかしたら今日は“出る”やもしれんが、明日からはもう大丈夫だろうから、安心して良いぞ」
「本当ですかい?!」
「ほほ、嘘など旦那様がつくものか。――、ちょ、旦那様? タキめを置いて一人行かないで下さいまし」


 厳ついながらも怪訝な表情を浮かべる宇喜田と縋るような与一に、陣衛門は背を向けたままうむ、と短く答えた。
 そのまま長屋を後にした陣衛門が向かった先は、再び日本橋室町三丁目にある書物問屋『松屋』である。
 時刻は暮れ六ツ、日も傾いた頃。
 本来ならば日も高い時分に戻って来られた筈であったが、与一の長屋を後にした後からタキの機嫌が悪くなった為、しばし周辺の寺社や通りを巡る江戸見物を行い道草を食ったが為に、このような時刻となってしまったのだ。
 果たして『松屋』の主・善兵衛は、昼前に来訪した時には居なかった陣衛門の美しい連れに戸惑いながらも、自ら三人を出迎えていた。


「お帰りなさいまし、宇喜田様、立花様。――あの、そちらの美しい女性(にょしょう)は……」
「立花殿の妻でタキ殿と申す。今宵の“怪退治”の手伝いとして必要なのでな、同行願ったのだ」
「宇喜田様! それでは……」
「善兵衛、喜べ。件の“絵怪”をどうにかする目処が立った」


 宇喜田の言葉は善兵衛を大いに感激させたらしい。
 善兵衛は喜色を満面に浮かべ、宇喜田と側に立つ陣衛門、そしてタキの手を交互にとりまるで念仏のように何度も礼を口にしながら頭を下げた。
 それから『松屋』の主は詳しい話を聞くべく、早速三人を客間に通したのである。
 陣衛門は鶴屋与一の長屋から『松屋』に戻る道中、宇喜田に説明してやった内容をそこで改めて一通りの説明を善兵衛に話してやった。
 程なく弾むような女中を呼ぶ善兵衛の声が屋敷の中に響いて、店じまいも早々に、奉公人達は慌ただしく蔵と屋敷を行き来するようになる。
 その様はまるで大晦日の掃除のようであり、唯一客間に在った宇喜田と陣衛門、そしてタキは、悠然と善兵衛の指示により供された豪華な夕餉の膳に向かって箸を立てていた。


「む。これは鰹か。……善兵衛め、気が利く」
「ほほ、良いのかえ? 宇喜田様。武士に青魚は御法度でしょうに」
「そうは言うが……そら、陣衛門も食うておるではないか」
「旦那様は宮仕えをしておられぬ身。好きな物を食い、好きな時に寝て、おなごだけはタキめを愛でておれば良いのだから」
「勘弁してくれ、タキ殿。武士とて日頃食いたいが食えぬものの一つや二つ、あるのだ」
「タキ、そう宇喜田を苛めてやるな」
「まぁ、旦那様。これでもタキはまだ、旦那様の事を『小汚い浪人者』と申しました、宇喜田様を許してはいないのじゃが?」
「タキ殿、拙者が芝居見物代を出した事、お忘れか?」
「うふ、そのような事、とうに忘れてしもうた」


 言ってタキは楽しげに妖しく笑い、陣衛門にしなだれながら手にしていた猪口に手酌で酒を注いだ。
 当然陣衛門と宇喜田の膳にも猪口は設えられていたが、伏せられたままである。
 白い頬はほんのりと桜色に染まり、赤く薄い唇へ猪口を運ぶ仕草は思わず見とれてしまうほど凄艶だ。
 いや、目に見えるのでは無いかと思えるほど匂い立つ色香は、着崩れした着物から首筋から鎖骨にかけて覗く白い肩とはだけたふくらはぎのせいなのだろう。
 タキの振る舞いはまるで遊女のようであり、宇喜田は甚だ目のやり場に困り、タキとのやり取りも心ここに在らずといった調子で助けを求めるかのように陣衛門へ視線を送ったのだが。
 陣衛門はそんな宇喜田の窮状に気が付かず、あまつさえ勘違いしてしまう。


「あまり宇喜田を困らせるな、タキ。鰹位、目を瞑ってやれ」
「まぁ。タキめは鰹が好物である旦那様の為に、宇喜田様を責め立てているのじゃが?」
「またそのような浅ましい真似を。猫じゃあるまいし」
「良いではないですか、猫で。妾はいつも、こうして、猫撫で声で、旦那様に、お情けを強請っているというのに」
「わ、わ、わかった! タキ殿! いや、陣衛門! これを其処元に進ぜよう! な?! タキ殿!」
「あら。うふ、中々、気が利くの、宇喜田様」


 酒が入っているからか。
 タキは何時にも増して大胆に、宇喜田の目の前で文字通り猫なで声を上げ、寄りかかる陣衛門の耳に甘く囁きはじめていた。
 途端、淫靡な空気が『松屋』の客間に満ちて、たまりかねた宇喜田は向かい合う形で膳を並べていた陣衛門に、皿ごと炙り鰹を差しだしたのだ。
 それまで無愛想にタキをあしらっていた陣衛門は、そこで初めて宇喜田の戸惑いの正体に気が付き、困ったような表情を浮かべたのである。

 宇喜田とて一応は妻帯者である為、決して初心ではない。
 が、吉原の花魁も及び付かぬと思える妖婦が、目の前でしなを作り、蛇のようにねっとりと男に絡む様を目の当たりにしたのだ。
 およそ“正常”な男ならば、赤い唇からちろりと見え隠れして蠢く深紅の舌に、どれ程理性を保てようか。
 この場合、そのような状況下で平然としている陣衛門の方がどうかしていると言えただろう。


「……すまぬ、宇喜田。思い違いをしてしまった。タキ、少し控えろ」
「あら、つれない旦那様」
「いや、こちらこそすまぬな、陣衛門。いくらお主の事を知る拙者とて、流石にタキ殿の“ソレ”は落ち着かぬ」
「ほほ、これ位、吉原で身をひさぐ女共ならば朝飯前であろ」
「いやいや、タキ殿の“ソレ”はそのような代物とは比べようもない」
「おんやぁ? 宇喜田様、随分とまぁ、断定した物言いじゃなぁ? くふ、堅物に見えて中々、おなご遊びもいける口じゃったとは」
「な?! い、いや。いやいやいや、タキ殿! それは違う! 違うぞタキ殿!」
「何が違うのかや? なに、あわてなくとも、あの怒ると恐ろしげな御内儀には話はせぬ故。ねぇ、旦那様? 今宵は無礼講といきましょうぞ」
「いや! だから――、陣衛門!」
「……タキ。宇喜田をあまりからかうな。それに宇喜田。鰹はいらんし、食った事を誰にも言うつもりも無い。だから安心して早く引っ込めろ。さっさと食ってしまえ」
「あーいー」
「う、む。かたじけない」


 タキは陣衛門に少し強い声色で咎められ、おざなりに返事をしながら頬をぷっくり膨らませて、やや拗ねてしまった。
 一方、ようやくタキの責めから解放された宇喜田はほっとした表情を浮かべて、差しだしていた皿を自身の膳に戻すのである。
 が、それでも宇喜田はふて腐れて手酌を始めるタキをちらりと盗み見してしまう当たり、安堵はしていないようであった。
 宇喜田はどうにもタキに弱いらしい。
 否、妻が居るとは言え、宇喜田も男である。
 美女に逆らえず、意識を向けてしまうのが男の性なのかもしれない。


「失礼します。熱燗のおかわりと、水菓子(果物の意)をお持ち致しました」


 少しだけ気まずい空気の中、締め切られていた客間の障子の向こうから女中が声を掛けてきた。
 どうやら頃合いと見て、酒の追加と食後の菓子を運んで来たらしい。
 水菓子、という言葉に宇喜田は厳つい顔をぱっと明るくしかけたが、タキの悪戯っぽい視線に気が付いて慌ててしかめ面に戻り、咳払いを一つ。
 それから、背筋を伸ばし入れ、と低く言ったのだった。


「……蜜柑か」
「へぇ。紀州の蜜柑です。大旦那様から宇喜田様は甘味が好物だと聞いて、番頭さんが用意しました。あと、こちらは――」
「おお、金時(大角豆を甘く煮た菓子)か! それも、この包み紙、『山屋』ではないか!」
「へぇ。よくご存じで」
「知っておるもなにも、『山屋』の金時と言えばなかなかには手に入らぬ人気の品であるからな」
「あ、俺はいらん。金時は苦手でな。胸が焼けて仕方無い。俺の分は宇喜田にやってくれ」
「へぇ、かしこまりました」


 柄に無く興奮を隠さぬ宇喜田とは対照的に、陣衛門は至って冷静にそう言った。
 そんな陣衛門に宇喜田は喜色と驚愕をその厳めしい顔に張り付かせて、本当か?! といわんばかりにじっと見つめてくる。
 いや、その表情はどちらかと言えば、真偽を問うのではなくもはや正気すら疑ってかかるものであると見て取れた。
 彼にとって『山屋』の金時はそれ程の品であるようだ。
 ――武士であるならば、他者からの施しは恥である。
 が、宇喜田のような下級武士でそれも庶民に近しい同心である場合、往々にして誇りと実利の折り合いはつくものであった。
 先程の鰹もそうであるように、宇喜田の驚愕は決して、誇りを傷つけられたとかそういった類の物では無い。
 只純粋に、彼自身の価値観でもって『山屋』の金時を他人に譲るという行為が信じられぬのである。


「良いのか?! 陣衛門! 『山屋』だぞ?! “金時一粒豆板銀”の『山屋』の金時なんだぞ?!」
「いらぬよ。如何に高価であろうと、また美味であろうと、苦手なものは苦手だ。それにこの後、俺は働かねばならん。焼けた胸が原因で不覚をとっては叶わんからな」
「む、そうか。いや、それもそうだな……。そういう事ならば、拙者も」


 とはいえ、宇喜田もまたやはり武士である。
 陣衛門が酒を断ち、これから“何”に挑むのか、そこに思いを馳せると自分だけ舌鼓を打つわけにもいかなくなるのである。
 しかし、未練は確実に残って、宇喜田は目の前に盛られた蜜柑と金時を見下ろして、巨躯を小さく折りたたんだ。
 その様はお預けを食った野良犬のようで、哀愁が目に見えて陣太郎とタキ、そして給仕に来た女中ですら笑いを誘った。
 先程とは違い、只一人宇喜田だけが哀しみを抱いてはいるが、声にならぬ笑いが『松屋』の客間に満ちる。
 そんな雰囲気は日頃無愛想な陣衛門にとって、たまらないものであるらしい。
 珍しく肩から指先まで震わせながら陣衛門は宇喜田に二度目の助け船を出した。


「い、いや。きにするな、宇喜田。恐らく今夜は宇喜田には出番が来ないだろう。従って、存分に美味を味わうといい」
「ほ、本当か陣衛門?!」


 がば、と勢いよく顔を上げ、縋るような顔。
 表情はいかつい、仏頂面である同心の物では無い。
 どちらかと言えば、白州に引き出され詮議を受け慈悲を請う咎人のそれに近いものだ。
 喜色よりも不安が色濃く見て取れるのは、降って湧いた言葉に縋るには幸福が大きすぎるのだろう。
 そのような様子の宇喜田に、陣衛門は笑みを殺しながらもつい、意地悪な悪戯をしてみたくなってしまった。


「本当だとも。なんだったら酒も飲んで構わんぞ? タキ、酌をしてやれ」
「あーいー」
「あ、いや。タキ殿の酌は……」
「ほほ、何を焦っておるのかや? 心配せんでも、旦那様以外には媚びたりせぬ故。よもや、御内儀は千里眼の持ち主であるとは言うまいなぁ?」
「いや、そうではなくてだな――」


 果たして陣衛門の予想通りに慌てる宇喜田である。
 タキも陣衛門の意図を良くくみ取り、そそくさに宇喜田の隣へと移動し、言葉とは裏腹にいつも陣衛門にそうするようにして宇喜田の大きな体によりかかった。
 たまらないのは宇喜田で、好物の菓子とは違う、なんともいえぬ甘い芳香が鼻をくすぐり体を強ばらせてしまう。
 二の腕に感じるタキの頭の重さはなんとももどかしく、良き夫であるはずの宇喜田を大いに惑わせた。
 また、あまい芳香だけではなく隣から聞こえる衣擦れの音、くく、という愛らしい笑い声、何よりぞっとするほど整った女の顔は宇喜田の“男”を知れず刺激し始めていた。

 妖婦。
 正にその言葉が似合う、立花陣衛門の妻・タキである。
 宇喜田は早い頃からタキの妖しい色香に抗うべく、必死で妻・ハツの顔を思い起こしていた。
 が、それも逆効果でタキの芳香がそうさせるのか、脳裏に浮かべた妻の顔はすぐにあられも無く、寝物語に乱れた時のそれに変じて逆効果となった。
 ――陣衛門の奴、よく、こんな状況で冷静で居られたな。……よもや、あ奴、男色か不具なのか?
 友に心中でそう呪詛を吐きながら、宇喜田はやおら目の前にあった蜜柑を手にとって、皮ごと齧り付く。
 折角の甘味は渋い皮の味により台無しとなったが、見た目以上にもはやそれどころでは無くなった宇喜田であった。


「それでは、失礼致します」
「ああ、まて。善兵衛殿は?」


 そんな宇喜田とタキの痴態をどう見てか、女中は口元を押さえ笑いを隠しつつ退室しようとした所、陣衛門は女中を呼び止めた。
 口ぶりから、いくつか聞きたい事があるらしい。
 あるいは、女中にものを尋ねるにあたり、嫉妬深いタキをあえて宇喜田にけしかけたのかも知れない。
 その証拠と言えるのかどうかは定かではないが、鼠を嬲る猫のように、タキは半ば夢中で宇喜田の痴態を楽しんでいるようである。
 陣衛門の真意は何処に在るにせよ、事実としてゆっくり女中と会話をしても邪魔は入らない状況となっていた。


「はい、番頭さんや奉公人達に指示を出して、屋敷中から絵を集めておいでです」
「そうか。どの位かかりそうだ?」
「そうですねぇ……。うちはなにせ書物問屋ですから。美人画だけでも、蔵を開いて漁ってさあ、どうでしょう。あと一刻(二時間程)はゆうにかかるかと」
「わかった。ああ、娘御はもう移動させたか?」
「へぇ。真っ先に。広い庭に面した部屋ということでしたので、大旦那様夫婦の部屋に移動しています」
「問題はなさそうだな。いや、引き留めて悪かった」
「それでは、ごゆっくり」


 会話はつつがなく終わり、女中は客間の障子を締めて去って行く。
 僅かに早い足音は、面白い見世物を見て早速誰かに話す為なのだろう。
 ――あと一刻か。
 その間、どうするか。
 酒を飲む訳にはいかぬし、飯や菓子を食うにも限度がある。
 かといって、宇喜田と将棋を指すには……気が猛りすぎであろう。
 ……まいった。

 眼前でタキにからかわれ困る宇喜田を尻目に、陣衛門もまた、些か暢気な雰囲気ではあるが困り果てていた。
 陣衛門が説明し、屋敷総出で取りかかっている“絵怪”をどうにかする準備はまだ終わりそうに無い。
 にもかかわらず、時間を潰す手段が見当たらないのだ。
 ――まいった。
 もう一度、今度は小さく呟いた陣衛門であった。
 唯一、有効に時間を潰せそうなのは宇喜田との会話であったが、生憎先程鎌首をもたげた悪戯心によって、妖婦の生け贄にしてしまっている。
 陣衛門は己の軽率を後悔しながらも、タキに優しい声を掛ける事にした。
 それはそれでまた別の後悔を呼び起こす結果となるのだが、背に腹は替えられぬ陣衛門である。


 この日、こうして夜は更けて、怪異と対峙する三名であった。




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