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[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 15:47
最初に見たのはガラス越しに見える良く分からない機械が沢山敷き詰められ弱々しい光に照らされた部屋。

最初に聞いたのは『白き少女』を包む水の揺れる音。

呼吸をすれば自分の口から酸素が吐き出されコポコポという音と共に上の方へと浮かんでは消えていく…。

ゆらり、ゆらり、入れ物に満ちた水が彼女を揺らす…。

(…此処は何処?)

知らない場所だ。いや、そもそも自分が誰なのか。どうしてこのような場所に居るのか。何故存在しているのかすら彼女には分かっていなかった。

彼女はキョロキョロと辺りを見回し、ぺたぺたと自分を閉じ込めているガラスの壁を触れては不思議そうに白い髪を揺らし首を傾げる。

(わからない)

何度考えても、何度辺りを見回しても自分の置かれている状況に彼女は理解出来ないで居た。しかしそれは当然な事なのだろう。彼女にとって自分が何者なのかと言う記憶など最初から存在しないのだから…。

(…こわい)

心細い。寂しい。それが彼女にとって最初の感情だった。目覚めた場所が誰も居ない部屋で、しかも狭いポッドに閉じ込められればそう感じるのは当たり前なのかもしれない。閉じ込められた少女はガラスを叩き外に呼び掛けるもポッドの防音は完璧に機能しており少女の声は外には届く事は無かった…。







あれからどれ程の時が経過したのだろう。陽の光どころか常時薄暗いこの部屋には時間と言う概念から隔離されているのではと錯覚までしてしまう程だ。しかし幾ら時間が分からないと言っても延々と声を出し続けていれば当然体力も消費する。幼い少女となればなおさらだ。先程まではガラスを叩き大きな声で助けを呼んでいたその姿も今では疲れ果て膝を抱え込み眠たそうにうとうととした表情で液体の中を漂っている。このまま疲れて寝てしまうのだろうか。そう思われたその時だ。

「これが例の欠陥品かね?」

閉ざされた部屋の入口が開かれ、その入口から漏れた光が彼女を照らしたのは…。

開かれた扉からはぞろぞろと見知らぬ大人達が入ってきた少女が入っているポッドを囲んで行く。何人かは部屋に置いてある機械を操作していたが少女にはそれが何なのか子の大人達が誰なのかは分からない。

「はい。髪の色素もそうですが、肉体の強度も他の実験体と比べて大きく劣っています。とても計画に使えるとは…」

(…誰?)

部屋に入ってきた大人達はきっと科学者か何かなのだろう皆、白衣を身に纏っていた。そして白衣達はこの部屋にいきなり現れてはポッドを見上げて口々に「欠陥」だの「劣っている」だのと目の前に居る少女を馬鹿にするような言葉を吐き、汚らしい物を見る様な目で彼女を睨む。しかしそんな視線を向けられている当の本人は唯不思議そうに此方を見上げて来る人物達を眺めていた。その姿はまるで水族館でべったり水槽にへばりついて水の中を泳ぐ子供の様だったが、立場はまるで逆でそれに眺めて居る物も大勢の大人。余り見て心が和む光景では無い。寧ろ一般人から見れば不快極まりない物だろう。

「オリジナルや他のクローン達の髪の色は黒だと言うのに白とは…」

「何処かで問題が生じて…」

「髪だけでは無い。肉体の方もだ。これでは強化工程に耐えられん。これは明らかに失敗作だ」

(よく聞こえないや…)

額をガラスにくっつけて耳を凝らすも彼等の声は少女には届かない。

(…なに話してるんだろ?)

そんな彼女を他所に、少女の目の前で何やら討論を始める科学者らしき者達。科学者らしき者達の表情はどれも優れずに居た。その表情から察して彼女の存在は余りにも予定外の事であり大きな支障だったのだろう。これだけの設備だ相当の金額が動いているに違いない。

「では、この欠陥品は廃棄しますか?」

「馬鹿を言うな!これ一体作るのにどれだけの費用を使ったと思っている!?」

「しかしこれのパラメーターでは先程も申しましたように今後の計画に耐えられるか…」

「…刷り込みは出来ているのだろう?」

この中で一番立場が上の人物だろうか。今まで黙って少女を見上げていた男が初めて口を開き低い声を鳴らして隣に控えていた男に問う。

「はい。他のクローン同様。戦闘知識他、規定の教育課程の刷り込みは完了しています」

男はそうかと頷くと暫し考える仕草を取りもう一度少女を見上げ呟く。

「…ISのデータ取りに使う。少しでも元を取れ」

「しかし所長。これは他の実験体とは違い何時壊れても可笑しくない状態で「誰か手の空いている者にこれの傍に常に待機させ監視させろ」は、はぁ…」

「我々にはもう後が無い。失敗は許されんのだ。良いな?」

「は、はい!」

次は無いそう言い聞かせる様な冷たい目で睨まれ、男の部下と思われる男性はその眼に怯え、声を震わせながらも返事をする。男はその返事を聞くと同時に白衣を翻し入口の方へと戻っていきその場に居た全員が彼の後に続いてぞろぞろと部屋を出て行く。

(待って!いかないで!)

部屋を去っていく彼らを見て少女はまた一人ぼっちになってしまうと慌ててガラスを叩くが誰一人振り向きはせず、無情にも扉は閉まり再び薄暗い部屋で唯一人になってしまった…。

(此処から…出して…)

そう願う少女の声はポッドの中で虚しく響くだけだった…。








―――Side とある女性研究員




「は?私がですか」

突然の上司の辞令に私はコーヒーを飲む作業を止め間抜けな声を溢し私の肩に手を置いている上司を見上げる。どうでも良いが作業中に突然背後から肩を叩くのはやめていただけないだろうか。「明日から来なくて良いよ」とか「今までお疲れ様」とか言われそうで心臓に悪い。

「ああ、例の…3510号の監視員をやってくれとの上からの命令だ」

3510号…ああ、欠陥品っていうあの…。

その噂は下っ端である私にも届いていた。何でも一体だけでも一生遊んで暮せるほどの大金はたいて作った実験体の一体がまるで役に立たない程の欠陥品だったという話だ。髪の色素は抜け落ち真っ白。肌の方も白く、筋力の方も他の実験体と比べ全て劣っていると言う事らしい。他の実験体は全て強化工程に入っていると言うのにその欠陥品だけは今だ調整の段階も終了していないと聞いている。廃棄はされるだろうって皆も私も思っていたのだが…。

まさか私がその欠陥品の監視員を任されるとはなぁ。拒否権…無いんだろうなぁ…。

嫌な仕事を押しつけられた物だと思う。何が悲しくてそんな嫌な役を好き好んで任せられなければならないのだ。断れるのなら断りたいが勿論そんな事許されないのだろう。

「監視なんて必要なんですか?他の実験体は一纏めにしているそうじゃないですか」

「肉体が不安定でな。何時停止するか分からん」

うは、ホント嫌な仕事を押しつけられたわ…。

つまり24時間監視しろとの事だ。平社員は辛い物である。

「早急に頼むとの事でな。今日から監視に入ってくれ」

「き、今日からですか!?」

「うむ。調整も済んでいないからな。寿命が短い分、上の連中も少しでも多くのデータを取るためには時間が惜しいのだろうさ」

「はぁ…」

「まぁ、そう落ち込むな。一ヶ月かそこらで解放されるさ。そう長くは持たんよアレは」

「…」

幾らクローンで欠陥が生じているとしても実験体は生きている。それをどうとも思わない此処の連中は歪んでいるのだと私は思う。自分もその連中の一部なのだが…。

はぁ、慣れるってのも嫌な物ね…。

そう自分に嫌気が指しながらも椅子から立ち背筋を伸ばし与えられた事例を復唱する。

「…分かりました。現時刻から欠陥品の監視任務に入ります」

「うむ。愛玩動物を眺める気楽な仕事だと割り切って頑張りたまえ」

他人事のように…。

目の前で笑うおやじに苛立ちを覚えながらも上司から監視対象が待つ部屋のカードキーを受取り自分の職場を後にした。この職場とも一ヶ月ほどお別れとなるとどうも複雑な気分である。別に誇れる仕事でも無いし唯自分の才能を活かせると言うだけの場所。正直この場から離れられると聞いた時は少しだけほっとした気持ちが無いと言えば嘘になる。まぁ、あの上司の言う通り息抜きを与えられたと言う事で素直に喜んでおこう。息抜きの内容は人として最低の物だが…。

廊下を抜けエレベーターに乗り込むと目指す階のボタンを押す。目的の階はクローン培養区域の最深部だ。

あそこ薄暗くて気味が悪いのよねぇ…。

エレベーターに揺られながら私は心底嫌そうにうげぇ~と声を漏らす。

『最強のIS操者』のクローンを培養し優秀なIS操者を量産するこの計画も既に中盤にまで進んだ今ではクローン達の強化工程に入りクローンの培養は既に停止され殆どの者が培養区域には出入りする事は無くなった。その為か電力削減の一環で普段は必要最低限の明かりしかあそこは点けられていないのだ。量産段階に入るまでかなりの『人間の様な物』が廃棄されたからか研究員の間では出るって噂があるくらいだと言うのに…。自ら進んで出入りするのは相当のマッドサイエンティストだろう。

「あ…着いたってうわぁ…」

ドアが開いた瞬間私は早くも引き戻したくなった。視界に映るのは廊下の奥が見えない薄暗い空間。天井のライトは点いておらず足元のランプだけが辺りを弱々しく照らしていた…。

「あ~やだやだ。帰りたい…」

弱音を吐きながらも床の明かりを頼りに目的地へ進んで行く。計画開始当初はこのエリアも多くの研究員が往ったり来たりしていたと言うのに今は本当に寂しくなった物だ。

「『クローン培養区画』…『クローン計画』最重要エリアとも呼べる場所…か」

『クローン計画』とは我が国が立ち上げたIS開発プロジェクトの一つである。他国の国々が最新鋭のISを開発する中、我が国はISの乗り手に注目し、もっとも優れたIS操者の遺伝子を使ってクローンを培養。優秀なIS操者を量産しようと言うのがこの計画の最終目的だ。勿論、人としてではなく兵器として…。しかし、問題点が多くあり今だ成功に至ってはいない…。

そもそもクローン技術がまだ完成されていない技術なのだ。そんな状態でどうして優秀な操者を量産できると言うのだろう。それが理由で国もこの計画を切り捨てようと言う声が上がっており上の連中も最近焦り出している様だ。まぁ、下っ端の私にはあまり関係の無い話なのだが…。

しかも聞いた話ではドイツでも似たような研究が行われ結果を残しているらしいと言うのに、我が国ではこの有様だ。本当に駄目駄目な国である。

まぁ、あくまで噂話だけど…。

そんな非人道的な実験が口外されるとは思えない。この国だってこの計画は機密中の機密なのだから。それに、ドイツは第3世代の開発も形が纏まりつつあると言う。別に操者にこだわる必要も…と、どうやら着いたらしい。

「この部屋ね…」

歩く足を止め目的の部屋の前で立ち止まる。この部屋が例の欠陥品とやらが保管されている場所だ。何だかんだ言って莫大な金額が掛かっている所為かセキュリティーは完璧で分厚く頑丈な扉で閉ざされており爆弾でも持ってこない限りこじ開ける事は無理だろう。

私はポケットからカードキーを取り出すとカードリーダーに通しロックを解除する。

「これ、が…」

ロックが解除され開かれた扉を潜ると、私は思わず嘆声をもらし暗闇の部屋でおぼろげな光に照らされて生体ポッドの中で膝を抱えて眠っている白き少女を見上げた…。

私もオリジナルの写真をテレビや資料で見た事はあったが…。

「白い…髪…」

白だった。何もかもが。髪も肌も。オリジナルとは全て異なる色だった。それに、腕や足も簡単に折れてしまいそうな程細い。肉体の成長に必要な栄養素は常に生体ポットに満たされている培養液から送られていると言うのに、だ。

成程、確かにこれは欠陥品だ。

調整が済んでいないとは言えこれでは計画に使える見込みは0に近いだろう。それでも廃棄しないのはそれだけウチもヤバい状況にまで追い詰められていると言う証拠だ。

『パチクリ』

「…あら?」

考えに耽っているといつの間にか少女は眠りから覚ましポッドに張り付き此方を不思議そうに眺めていた。その姿を見て可愛いと感じたこの気持ちは何処かに捨ててしまおう。先の長く無い道具に感情移入などしてしまえば後が辛くなる。

…それにしても本当に似ていないわね。姿形は幼いとは言えオリジナルその物なのに雰囲気がまるで違う。髪の色で印象が変わったからかしら?

なんとなく手をポッドに触れてみる、すると彼女も私の手に重ねる様にしてポッド越しに手を合わせて来た。

好奇心旺盛な子供そのものね。他のクローン達も最初はこうだったのかしら?

私は下っ端だからクローンの開発まで深く関わってはいないが訓練中のクローンを何度か見た事はある。皆人形の様に表情が無く、唯命令を聞くだけの存在の様に見えた。一体何をすればこれからあの様な姿に変わり果てるのか…。

詳細は知りたくない。
きっとロクな内容ではないだろう。

「っと…眠り姫は我慢の限界みたいね」

気付けばポッドの中の少女はまるで催促するようにぺしぺしと割れる筈も無い防弾ガラスを叩いていた。どうやら出して欲しいらしい。そんな少女に私は苦笑するとポッドの足元にある端末を操作する。するとポッドの中の培養液が少しずつ抜け始めた。少女は突然の事に目を丸くして驚いたがその表情はだんだんと驚きから興味へと変わっていく。

…本当に子供なのね。

培養液の排水口をじっと興味津々に見つめている少女の姿に私はそう思わずにはいられなかった。これが自分達の目標としている兵器になり得ると言うのだろうか?とても信じ難い。実際計画の内容を聞いた時でさえ眉唾物だったと言うのに更にこんな物を見てしまえばこの計画が成功するのか当事者である筈の私自身でさえ疑いたくなると言う物だ。

『ポッドを開放します』

「…」

培養液が排出されると同時にシステムアナウンスが発する機械音と共に少女を閉じ込めていた防弾ガラスがゆっくりと昇っていく…。

『pi―…ポッドの開放を完了しました』

ポッドの開放が完了した事を知らせるアナウンスを聞き流しながら私はぺたりと隔てる物が無くなったポッドの底にぺたりと座りこんでいる少女に歩み寄る。

「調子はどう?3510号」

身体の状態については既に知らされてはいるが一応本人に確認した方が良いだろうと思い私は3510号に訊ねる。しかし返ってきたのは…。

「…?」

不思議そうに此方を見上げ首を傾けるという可愛いらしい少女の姿だった…。

言葉が通じない?報告によれば刷り込み作業は済んでるって話だけど…?

「あの…私の言ってる言葉が分かる?」

「こくり」

少女は黙って頷くと私はほっと胸を撫で下ろす。

良かった言葉が通じた。刷り込みまで失敗してたらどうしようかと思ったわ…。

「本日より貴女の監視員になったクリス・オリヴィアよ」

素っ気無く挨拶だけ済ますと、私は彼女に背を向けて入口へと向かう。しかし背後からは一向について来る気配が無い。私は面倒だと深く溜息を吐き立ち止まり振り返る。

「何をしているの?ついて来なさい」

「!」

私の言葉に反応してか3510号はポットから這い出ると…

コテッ

…こけた。

「…」

妙な静寂が部屋を支配する。

「!」

ガバッと起き上がる3510号。しかし起き上がった途端また…

コテッ

…こけた。

ちょっと…まさか…。

「~~~っ!」

何度も何度も3510号は起き上がろうとするもその度に転んでいく。そんな虚しく奮闘する3510号を見て私は嫌な可能性が頭を過ぎる…。

「歩く所から始めろっての…?」

最悪のスタート。どうやら私は本当に面倒な仕事を押しつけられてしまった様だ…。














あとがき

お久しぶりです。その所為で内容が薄いです。短いです。

原作開始までまだまだ掛かり話の内容がまだ把握し辛いでしょうがもうしばらくお付き合いください。今作の流れは

プロローグ(現在ココ)→観察日誌編(日記風で1~5話くらい使う予定)→原作スタートてな感じです。

今回は完結目指したいですね。学園黙示録は原作の方が完結するか分からないので…(--;



[26146] 3510号観察日誌1
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/21 14:36


―――3510号観察日誌



9月4日(晴れ)



今日から3510号の監視が始まった。これからずっと同じ部屋で一緒に生活しずっとアレにくっ付いて居なければならない。気が重い…。

上司から受取った辞令書を見てみるとISのデータ取りのために3510号を使うつもりらしい。確かにISなら適性が高ければ身体能力はさして問題は無いだろうが、それでも最低限の筋力をつけなければならないだろう。とりあえず最初は歩行練習からだ。


…その前に服を要請しておこう。何時までも裸と言うのはこちらも目のやり場に困る。




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9月5日(晴れ)



監視を開始してから二日目。マンツーマンで歩行練習に取り組んではいるがやはり一日で歩行が出来る筈が無い。このままではあっという間に彼女の肉体に限界が来てしまうだろう。上は別に3510号の観察記録を求めてはいないのだ。他の方法を考える必要があるのかもしれない。最低の場合、調整をしてもらい3510号の寿命を伸ばすことを申請するのも考えなければならない。余りにも時間が足りない。


計画とは関係無いが、前日記した様に3510号とは寝食を共にしている。食事も何でも興味深そうに食べるし、目に映る物全てに興味を示していた。まるでその姿は子供その物だ。非常に無口で何もしゃべらないが…。




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9月6日(晴れ)



調整の要請の返答はコンマ単位で直ぐに来た。返事は「NO」調整にどれだけの費用が掛かると思っていると長々と小言までおまけについて来た。人の苦労も知らないで…。

調整の申請を通すにはそれなりの結果を見せる必要があるだろう。なら、本来の目的であるISのデータだが…それも問題がある。ISの操縦に最も必要なのはイメージ。歩けない3510号にどうやってISを操作しろと言うのだ。


そう言えば歩行訓練のついでに地上にあるIS専用の訓練場まで連れて行ってみたのだが、3510号は珍しく目に映る物全てに興味を示していたと言うのにISには全く興味を示さずずっと空を眺めていた。何を見ていたのだろう?…空?





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9月11日(曇り)



ずっと地下生活だと時間の感覚が掴めなくなる物だ。監視の辞令を受けて一週間が経過した。歩行訓練の成果は好ましく無い…。

今度もう一度調整の申請を出す事にする。返答は変わらないだろうが…。


歩行訓練以外での3510号の生活だがこの一週間で私に懐いたのだろうか?ずっと私の後ろについて来ている。私がソファーに座っている時は私の足元でちょこんと座り。自室に備え付けられているキッチンで料理をしている時はずっと私の後ろでエプロンを握っていた。…正直落ち着かない。



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9月16日(雨)



最悪の事態だ。3510号が倒れた。どうやら身体の限界が近づいているらしい。これは一か八か賭けてみるしかないだろう。3510号の体調が回復次第ISに搭乗させる事を決意する。


今日は一日中彼女の看病をしていた。ベッドに苦しそうにして眠る彼女はずっと私の手を握り離そうとしなかった。不安なのだろうか?何故か私が子供の頃に風邪を引いて看病してくれた母の事を思い出してしまった。情が移ってしまったと言うのだろうか?有り得ない。




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9月17日(雨)



体調は一向に良くならない。まさかこのまま…地上では雨が続いているらしい。


彼女は熱にうなされてか何やらうわ言を呟いており、私は気になって口元に耳を寄せてみると微かにだが「閉じ込めないで」と聞き取れた。どうやらポッドの中がトラウマになっているのかもしれない。




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9月18日(雨)



体調は回復はしていないが熱はだんだん引いて来た。どうやらまだ大丈夫な様だ。明後日には健康な状態に戻っているだろう。体調が回復次第ISの訓練に入る。上にISの使用要請を出しておこう。


熱が引き余裕が出て来たのか珍しく「プリン食べたい」と喋った。まさか一番長い台詞がプリン食べたいとは…思わず笑ってしまった。




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9月19日(晴れ)



体調の方は問題無い様だ。ISの使用許可も通っている明日には万全の状態で望める事だろう。明日結果が出せなければそれで最後だ。せめて成功する事を願おう…。


何故か知らないが3510号が以前にも増して更に懐いている様な気がする。朝起きた時私のベッドの中に潜り込んでいた時はかなり驚いた。




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9月20日(晴れ)



今日が運命の日。今日結果が出せなければ恐らくこの子は…。今日の事が気になって昨日は眠れなかった。今現在も私を悩ませているアレは私のベッドで気持ち良さそうに寝ていると言うのに…呑気な物だ。さぁ、もう直ぐ時間だ。あの子を起こして訓練場に向かうとしよう。願わくば、この日誌に良き結果が記される事を祈って…。











パタン…

私は日誌を閉じデスクの引き出しにそれを仕舞い、座っている椅子にもたれ掛り大きく背伸びをする。結局眠れず仕舞いだった。何だかんだ言って私も3510号の今後が気になって仕方が無いのかもしれない。

「スゥ…スゥ…」

ふふ、呑気に寝ちゃって。

ベッドを覗いてみるとそこには今日が自分の運命を決める日だと言う事も知らずに安らかに寝る3510号の姿があった。

今日結果を出せなければ処分されちゃうって言うのに、本当にこの子は…。

「…3510号。起きなさい」

「…ぁぅ?」

優しく肩を揺らすと3510号はゆっくりと身体を起こし眠たそうに目を擦りこちらを見上げてまだ眠たいを視線で訴えて来る。その仕草はとても可愛らしい物だったが時間は限られている。私は心を鬼にして彼女を抱きかかえた。

「ぅ?」

「さぁ、行きましょう。貴女の運命を決めにね」

「?」

私はそう彼女に話しかけるが彼女はその言葉の意味を理解出来ずにまたいつもの様に首を傾げるだけだった。











あとがき


原作まで殆ど日記風にします。重要なイベントはちゃんと書きますがそれ以外も書くと原作までに10話まで使いそうなので;






[26146] 3510号観察日誌2
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 23:28

暗いのは嫌い。とてもこわいから。



一人は嫌いとても寂しくて寒いから…。



クリスが好き。優しくてずっと私の傍に居てくれるから。一人ぼっちにしないから。



お日様が好き。私を照らして優しく温めてくれるから。



風が好き。風が運ぶ色んな香りと私の髪を揺らし肌を撫でる感触がとても心地良いから。



空が好き。綺麗でとても広くて此処とは違って何処までも何処までも広くて私を閉じ込めないから。自由だから。



私も行ってみたい。あの空に…。



あの鳥の様に自由に何処までも飛んでいきたい…。



私は、空を飛べる事が出来るのだろうか?あの鳥の様に…。











――――Side クリス・オリヴィア





「3510号を連れて来ました」

3510号を抱きかかえ、私はISが収納されているハンガーへとやってくると、今日、訓練に使用するために上から借り受けたISの整備をしているメカニックに話し掛ける。

「ん?…あぁ、『欠陥品』か」

声を掛けられたメカニックは振り返ると私の腕の中で気持ち良さそうに抱えられている3510号を見て嫌な顔を隠そうともせずにこの子の目の前で「欠陥品」と吐き捨てる。この子を見て第一声がそれか…と、私は不快に思いながらも表情に出す事無く頭を下げた。私も人の事は言えないのだから。結局は私もこの男と同類なのだ。彼の態度に対して憤る資格など私には無い。

「…はい。今日はよろしくお願いします」

「時間の無駄だと思うがね。乗りこなすなんて出来やしないさ」

頭を下げる私に短く舌打ちをする男。どうやら余り3510号を快く思ってはいないらしい。しかもまだ試していないと言うのに結果まで決め付けてくると来た。

やってみないと分からないでしょう?

「これは上の決定でもあります」

彼の態度に苛立ちを隠しながら私は感情を見せない平坦な声でそう告げる。「上の決定に文句があるのか?研究員でも無くたかが整備員であるお前が?」と若干脅しながら。するとそれを聞いた男は表情に怯えを色を見せ咳払いをして逃げる様に視線をISに向けるのだった。

「…分かってるよ。そう凄みなさんな」

「…」

男はISに整備を再開すると、私もそれ以上何も言わないでいた。どうやら整備にはまだ時間が掛かる様だしもうしばらく此処で待っていようと考えていると、ふと私の腕の中でじっとしている3510号に視線が止まる。

「じぃ~~~…」

…また空を見てる。

以前もそうだ。この子は何も無い空を唯じっと眺めていた。歩行訓練もほっぽり出して何もする事無く唯空を眺めていた。私も彼女の視線を追って空を眺めるがやはり何も無い。あるのはゆっくりと流れる雲だけだ。

…?

この子をそこまで気を惹かせる物があの空にあると言うのだろうか?目を凝らしてみるがやはりあるのは青空だけ特に変わった物は無い。だと言うのにこの子は真剣にまるで憧れる様にじっと空を眺めていた…。

「…」

「じぃ~~…」

何もする事が無いので私もこの子と一緒に雲が流れて行くのを眺めている事にした。良い天気だ。今日は気持ち良い天気になる事だろう。出来る事なら今日はずっと外に居たいものだ。ずっと地下に居るとかびてしまいそうになってしまう。だがそれは許されないだろう。何処に目があるか分からない余りこの子を外に出すのは良く無いだろう。此処は本土から離れた無人島に建設された施設だが衛星で監視されている可能性だってある。訓練が無い時はクローン達は施設にしまっておく。それがウチの方針だ。

「…」

分かってる。この施設が行っている研究が公にされでもしたら自分も唯では済まないと言う事くらい。でも…。

未だ空を眺めている彼女を見て私は思う。未来の無いこの子には少し位自由を与えては良いのではないのかと…。

…いけない。情に流されるのは私の悪い癖ね。だから何時まで経っても万年平社員なんだわ。

どう足掻いた所で、どんなに科学が発展した所で、この子は…いや、この子達は長くは生きられない身体。死ねば誰も悲しまず世間に知られる事無く処分され、役立たずと判断されればまた処分される。道具同然の存在。そんな存在に情なんてあってはならない。仕事の邪魔になるだけだし辛くなるのは自分なのだ。

…でも、だからこそこの仕事になれない自分が居る。感情を捨てきれない自分が居る。

…駄目ね、私。

「おい。ISの準備は完了だ。何時でもいけるぞ」

「あっはい!……わぁ」

物思いに耽っていると男の整備が完了したと言う知らせに現実に引き戻され私は慌てて返事を返すと3510号を抱え直して整備されたISへと駈け寄ると思わず息を漏らしてしまった…。

黒に塗り染められた鋼鉄の巨兵。世界最強の兵器<インフィニット・ストラトス>。何時も遠目で眺めていたが間近で見るのは初めてで実際に見るとその迫力に圧されてしまう。

『打鉄』。オリジナルの故郷である日本の第2世代量産機。性能が安定しており扱い易いと評判で日本にあるIS学園以外でも多くの国々が訓練に使用している機体だ。この研究所でもこの打鉄で訓練が行われている。兵装がオリジナルのISと近いと言う理由が一番の理由なのだが…。

「おい何してんだ?早くそいつをコクピットに乗せろよ」

「あっ…すいません。ほら、じっとしてるのよ?

「…コクン」

男の急かす言葉に私は慌てて抱えている3510号を持ち上げコクピットに座らせた。既にインナー・スーツは部屋を出る前に着替えさせているので問題無い。しかしこうしてみると他のクローンは調整の際に肉体を強制的に成長させているため幼いにしても出る所は出ていると言うのにこの子は見た目9歳くらいで何て言うか残念である。何処がとかは言わないが。

「…?」

「な、何でも無いから。気にしないで」

じっと自分を見て来る私が気になったのか首を傾げる彼女に私は笑って誤魔化すと傍に居ると危険なのでISから離れる。

私が離れたるのと同時に、機体の至る所から空気が吐き出され開いていた装甲が3510号の身体に装着されていき彼女とISが『繋がった』。

起動は問題無いシステムも異常無し。コンソールに表示されているパラメーターも正常値だ。此処までは順調だろう。後は上の連中を納得させるだけの成果を出せれば…。

「まぁ、起動はな…」

っ!少し黙ってくれないかしら?

隣で見学している男を睨むと男は笑って口を閉ざす。私はそれに舌打ちしオペレー再開する。

「3510号。まずは歩いてみて。大丈夫、いつも通りにやれば出来るわ」

「コクリ」

私の指示に3510号は頷くとゆっくり、本当にゆっくりだが一歩また一歩と歩き出す。…しかし。

「っ!」

彼女は数歩目でバランスを崩し、大きな音を立てて盛大に転んでしまった…。

「っ!?何をしているの!?早く起き上がりなさいっ!ほら!歩いて!」

このままでは…このままでは3510号の廃棄が決定してしまう。ISもロクに操作出来ないと分かればあの子に価値なんて…。

「っ!…っ!?」

私の声に応える様に何度も何度も3510号は起き上がって歩こうとする。しかしその度に転倒してはハンガーを大きく揺らす。

「おいおいおい。勘弁してくれよ。誰が直すと思ってんだぁ?」

「黙って下さい!今は訓練中です!」

「…ちっ!すいませんねぇ」

派手に転倒している機体を見てそう文句をたれる男を声を荒げて鋭く睨み黙らせると、彼女の方へと視線を戻す。彼に当たった所で結果は変わらない。このままでは。このままでは…。

駄目…なの?

そもそも歩けない3510号にISの操縦なんて無理な話だったのだ。歩き方の分からないあの子にISを操縦させるなんて…。

「~~~~っ!」

もがく様に起き上がろうとする3510号の姿を見るのがとても辛く目を逸らす。いつもなら転んでは手を差し伸べてあげられると言うのに、今はそれが出来ない。例えそれが出来たとしてもそれは彼女を救う事にはならない。何も出来ない自分がただ無力で憎たらしかった…。

「~~っ!………」

「?」

「…お?諦めたか?」

ピタリと止む騒音。何かあぅたのだろうか?私は気になり逸らした視線を再び彼女へと戻す。するとそこには…。

「じぃ~…」

ハンガーを這い様に出たのだろう。ハンガーから出た所で覗かせた空を眺めている彼女の姿がそこにはあった…。

「じぃ~…」

眺めている。憧れる様に、羨む様に、愛おしむ様に。唯、空を眺めていた…。

また、何を見てるの…?

あの子の瞳には何が映っているの…?

何をそんなに、求めているの…?

わからない。わからない。わからない。わからない…。

「お~い。研究員さんよぉ。もう終わらせてくれねぇかぁ?午後には他のクローンの連中が使うんだからよぉ?」

バサッ

…え?

何かが、一瞬私から陽の光を遮った。私は自然と空を見上げると、光を遮った正体を見て目を見開く。

まさか…。

「じぃ~………んっ!」

あの子が眺めていたのは…。

「おい!」

見ていたのは…。

「おい!聞いてんの……んだぁああああああっ!?」

「きゃあっ!?」

衝撃が暴風が私達をハンガー全体を吹き抜ける。男は風に負け盛大に転び、私はコンソールに掴まりなんとか吹き飛ばされるのを間逃れる。一体何が起こったのだろう。私は辺りを見回すと風の正体を知り驚きを上回り、喜びで心が震えた。

「何だぁ?今のかぜ…は…」

違うこれは自然の風なんかじゃない。そんなんじゃない。これは、これは…。

そうこれは、小鳥が羽ばたいて生れた風だ…。

「んなぁああああああっ!?」

空を見て男は絶叫する中、私はその空を舞う小鳥を見て微笑んだ。そうか、彼女が見ていたのは空なんかじゃない。この檻の中で閉じ込められていた彼女が見ていたのは空を自由に飛ぶ鳥の姿だったのだ。自由を憧れて、自分もそうなりたいと願って…。

そっか。そうなのね…。

空を嬉しそうに自由に舞う彼女。その表情は今まで見た事が無い程幸せそうな物だった。あまり感情は表情に出さないあの子があんなにも幸せそうにしている。

…良かった、ね。

叶わぬ願いだ。私はそれを知っている。どんなに足掻こうとも、願おうとも彼女は使い捨てられる運命。でも、今の彼女を見て、短い時間だが共に過ごしてきて彼女を祝福せずにはいられなかった。

本当に、良かった…。

彼女はいつまでも空を舞い続けていた。今の気持ちを表すかの様に…。















「何?3510号の調整の申請?」

訓練の後、私は報告書をまとめて上司の許へとやって来ていた。再び3510号の調整を申請するために…。

「はい」

私は上司の言葉に頷く。

「馬鹿を言うな!調整にどれだけ金が掛かると思ってる!」

上司の返答は以前と同じ物だった。しかし、今度ばかりは引き下がる訳にはいかない。私は負けじと自分の意見を述べる。

「しかし、3510号のISの搭乗結果をご覧になった筈です。初搭乗でのあの飛行技術。他のクローン達でも不可能でした。時間を掛ければより有用なデータが得られると私は考えています」

「君の意見などどうでも良いんだよ!下っ端が口出しするなっ!」

「っ!」

机を殴る音にビクリと身体を震わす。

確かに彼の言う通りだ。下っ端の私が意見を述べるなどうぬ溺れにも程がある。下っ端は下っ端らしく言われた事だけをすれば良いのだ。だが、だとしてもだ…。

「他の実験体よりの良いデータ?結構じゃないか。予定通り死ぬまでISのデータを収集すればいい」

「しかし!」

「我々が目指しているのは最強の操者だ。ロクに歩けないISのデータ取りではない。そんな物に金を使う余裕なんて無い」

「ですが!3510号の寿命も長くはありません!ISのデータを収集するにも時間が無ければ!」

「なら眠らさず24時間ISに乗らせればいい」

何を馬鹿な事を!そんな事をすれば!

「それではあの子の体力がもちません!」

「構わんさ。所詮道具だ」

「っ!…しかし良きデータを得る為には万全な状況をっ!」

「何を騒いでいる」

私と上司の口論で騒がしかった室内がその低い声により一瞬にしてしんと静まり返った…。それに私の気のせいだろうか?その低い声が響いた瞬間、部屋の温度も急激に下がった様な錯覚まで感じてしまったのは…。

「っ!?」

「し、所長!?」

慌てて振り向いた先に居たのはゼル・グラン博士。この研究所の所長にしてクローン計画という非人道的な計画の発案者でもある人物…。

この研究所で最も恐ろしく狂った人間…。

クローン計画。この計画はISが世界に現れる以前から軍事運用出来ないか彼が発案していた。しかしクローン禁止国際条例。そしてその非道さにより今まで実行に移される事はなかった。だが、ISという兵器が現れ事態は急変した。各国とは比べ技術が劣る我が国はクローン計画に頼るしか方法は無くなったのだ。国の命運を握る彼は次第に力を蓄えていき、今では我が国でかなりの発言権を持つまでに到る。この国で彼に逆らう事は死を意味すると言っても過言ではないだろう。

まさか、こんな所に出て来るなんて…。

私の職場は地位が低い連中の集まりで上の連中が此処に足を運ぶなんて事はまず無い。だと言うのに何故この研究所のトップがこんな場所に…。

「…っ」

嫌な汗が私の背中を伝う。喉も乾いてカラカラだ。目の前の化け物に身体が怯えてガチガチ硬直している。上の命令に意見した私はこのまま殺されてしまうのではないだろうか?そういった恐怖に怯えて…。

「し、所長!?何故この様な所に!?」

「欠陥品の様子が気になってな。報告を聞きに来たのだが…何の騒ぎだ?」

「えっ!?いえっ…あの、これは…」

っ!?これはもしかしたらチャンスかもしれない!

聞けば廃棄される筈の3510号をISのデータ取りに使うと決めたのは所長らしい。ならもしかしたら3510号の調整も…。

「3510号の調整について話していたんです!」

「ちょっ!?君っ!?」

「…何?」

ピクリと所長の表情が動く。

「本日、始めて3510号をISに搭乗させたのですが、3510号の飛行操作には目を見張る物がありより良いデータを収拾するためには時間が必要と考え調整を申請した次第です」

そう報告すると、私は上司にデスクに並べてあった報告書を手に取ると所長に渡した。

「…ふむ」

所長は受取った報告書を目を通しあらかた報告書を読み終えると視線を此方に向けてくる。

「…ISは今日初めて乗せたと言ったな?随分遅い様だが?」

「は、はい。3510号は一人で歩行するのも困難なため、今までは歩行訓練に中心に行っていました」

「成程、確かに時間が足りんな…しかし何故もっと早く調整の申請を出さない?こんな事初日でも分かっていた事だろう?」

「あ、いえ…申請を求めたのですが…」

チラリと私は上司を見ると、上司は顔を真っ青にしてだらだらと汗を物凄い勢いで流し始めた…。

ちょ、独断だったのかよこのオヤジ…。

「聞いていないぞ。どう言う事だこれは」

「は、はい!結果を出せない欠陥品に予算を割けれないと思いまして!」

所長に睨まれ震えて応える上司だが、まったく答えになっていない。所長は何故報告しなかったのかと訊ねているのにどうして彼の意見なんて求めているだろう。

「現に結果を出している。私はそう言う事を聞いているんじゃない。何故報告しなかったんだと聞いているんだ」

「そ、それは…!」

「もういい。君は要らん」

「――――っ!?」

所長の言葉に絶句して既に顔を青を通り越して白に変えている元・上司。ご愁傷様ざまあみろである。

…あ、これ気を失ってるわね。

「君」

「あ、はい!?」

「調整の申請は承諾した。準備に時間が掛かるから明後日になるだろう。それと、今度からはそう言った話は私に直接通す様に」

「は、はい!ありがとうございます!」

要件を済ました所長はそれだけ言うとこの場から去っていき私は大きな声で返事をすると深々と頭を下げて所長を見送るのだった…。








「………まさかあの欠陥品がな。強化工程中の成果が出せていないクローンは廃棄するか」







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9月20日(晴れ)



勝った。あの子は賭けに勝ったのだ!これで調整が受けられる。あの子は僅かではあるが生き長らえる事が出来た。これで当面の心配は無くなった。所長とのコンタクトが取れるようになったのも大きい。これを利用しない手は無いだろう。


今日は御馳走にしよう。あの子にとって色々と記念すべき日だ。











「ふふ…」

「?」

私は向かいで不器用にフォークを使い服を汚しながら食事をしている3510号を頬杖を突いて微笑ましく見守る。彼女は不思議そうに首を傾げるが私は何でも無いから気にしないで食べなさいと食事を勧めた。

「…ねぇ」

「ぅ?」

「明日からも頑張ろう?」

「?…コクン」















あとがき


何気に日誌2回目にして重要イベント。原作までどれだけかかるんだろうね…。



[26146] 3510号観察日誌3
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/23 05:06
「は?成果が出せていないクローンを廃棄…ですか?」

「ああ」

「で、ですが。よろしいのですか?あの欠陥品すらも廃棄を惜しんでいたと言うのに肉体に問題の無い実験体を廃棄とは…」

調整を済ませ強化工程の段階に移っている実験体はあの少女と比べかなりの額が既に投資されている。それを廃棄するなど彼の部下である男には信じられない事だった。

「構わん。代わりのクローンはまだ数体ある。結果の出せない失敗作など邪魔なだけだ」

「は、はぁ…了解しました」

「…時間が無いのだ。私にはもう時間が…」

要件を済ませ去っていく途中、彼は誰も聞き取れないほど小さな声でそう呟いた。普段感情を感じさせないその口から焦りと言う感情を漏らして…。

…この日、数体のクローンが研究所から姿を消した。










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9月22日(晴れ)



先日、所長が言った通りに3510号の調整が行われた。3510号は最初は生体ポッドの中に入るのは嫌がっていたが私がずっと傍に居てあげるからと言ったら悩みはしたが素直にポッドの中に入ってくれた。暫くはこの暗い部屋の中で3510号と一緒に缶詰生活の様だ。世話の焼ける子供である。


しかし、こうやって生体ポッドの中で眠る彼女を見ていると最初に出会った時の事を思い出す。あれからまだ一ヶ月も経っていないと言うのに可笑しい物だ。私はそんな感傷浸る自分に苦笑すると、調整のため眠っている彼女をずっと見守っていた…。





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9月23日(曇り)



調整2日目。調整にはまだ暫く掛かるらしい。早くあの子をあそこから出してあげたいものだ。





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9月24日(雨)



…失敗した。まさかお手洗いに行っている間にあの子が目を覚ますなんて…。私がお手洗いから戻ってきたのを出迎えたのはポッドの中で泣きそうな(というか泣いていたが)な表情で頬を膨らませている3510号だった。私はポッドの中には声が届かないので手を合わせてごめんと謝るが彼女はそっぽを向いて機嫌を悪くしてしまった。これはご機嫌とるのに時間が掛かりそうだ…。





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9月25日(雨)



不快極まりない。今日の調整担当者が同期の友人だったのだが、その友人が3510号とじゃんけんで遊んでいた私にこんな忠告をしてきた。「可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?」と…。

…分かってる。そんな事は…。


その日の私はどうしても友人の言葉が頭から消えず気分が晴れる事はなかった…。


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9月26日(晴れ)



3510号の調整が完了した。これで、これでこの子はまだ生きられる。これで…。


ポッドから解放された途端。彼女は私に抱き着いて来た。心細かったのか、彼女は弱い握力で必死に私の服を掴み離れようとせず私はそんな彼女に苦笑すると濡れるのを構わず他の研究員の目を気にすることなく彼女を抱きしめた。




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9月28日(晴れ)



調整のおかげか3510号の歩行も物凄い速度で上達していっている。今ではもう私の補助無しでも一人で歩ける程だ。まだ歩ける距離は短いがこの調子ならそう遠くない内に一人で歩いて生活する事が出来るだろう。


歩けるようになった所為か3510号の好奇心が更に増した様な気がする。最近では私のする事成す事真似する様な仕草も見せている。子は親の背中を見て育つ、か。ふふふ。




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9月29日(晴れ)



今日は所長から直々に辞令が来た。内容は「ISを優先的に回してやる。結果を出せ」との事。どうやら3510号の報告書をちゃんと目を通してくれているらしい。期待されているのかそれとも他に何かあるのか。私にとって都合の良い事だが何か気に掛かった…。


先日記したように3510号の好奇心が増している。私が席を外した隙に私のPCを使ってネットサーフィンをしていた時は心臓が止まるかと思った。情報漏れなどしたらとんでも無い事になる。幸いそんな事は無かったが…。

私はきつく彼女を叱っておいたが、ネットで何か見たのだろうか?「…オワタ」とか何処の国の言葉か良く分からない単語を呟いていた。ネットは子供の教育に良くない。



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10月1日(晴れ)



外ではだんだんと気温が下がり始め私と3510号を撫でる心地良い風が秋を感じさせる。久々に外に出た所為か3510号もとても嬉しそうだ。今日はISの訓練のために外に出たのだがメカニックが呼びにくるまで暫く久しぶりの外を二人で楽しんでいた。


ISの搭乗訓練の方は…あれは訓練と呼べるのだろうか?私には唯空を飛びまわっていただけに見えたのだが…。まぁ飛行技術の方は伸びている様なので文句は言われる事はないだろう。




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10月2日(晴れ)



ISの搭乗訓練には専門の教導官が居る。勿論私では無い。私は唯の下っ端研究員だ。ISの知識なんて一般常識に毛の生えた程度しか知らない。何故そんな事を日誌に書いているかと言うと、今日のISの搭乗訓練が原因だ。

どうもあの子は初搭乗の時が原因でISは自分の遊び道具か何かと勘違いしているのかもしれない。初登場は大した結果が出る訳でもないと言う理由で教導官は不在。二回目もどれだけの技量があるかの確認で口出しはされなかった。だが今日は本格的な訓練のため教導官が直接3510号の教導を行っていた訳なのだが…。

「3510号が訓練中ずっと空を飛でいるだけで言う事を聞かない」

物凄い形相で訓練を見学していた私に苦情を言いに来たのだ。そんな事言われてもと困り果て、貴女もISの操者なんだから捕まえて地上に引き摺り下ろして叱れば良いじゃないかと提案したがすばしっこくて捕まえられないとの事。空で追いかけっこしていたのは飛行訓練では無かったのか…。

ウチの教導官は国の代表には選ばれてはいないが、IS操者としての能力は優秀だったはず。そんな彼女が捕まえられないとは…。普段はぼーっとしているのに空を飛ぶ事に関してはあの子に勝てる人なんていないんじゃないだろうか?ISの操作はイメージが大事ならば、空を誰よりも憧れるあの子は…。




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10月3日(雨)



今日は雨のためISの訓練は中止。3510号も心なしか灰色の雲に覆われた空を見上げて不満そうである。他のクローン達は室内でトレーニングをしている様だがこの子には無縁な話だろう。今日は二人でゆったりと過ごす事にする。


夕食準備中何やら視線を感じると思ったら3510号が私の作業をじっと真剣に眺めていた。今まで色んな物に興味を示していたが、今日のこれはまるで空を、いや鳥を眺めていた時と同じ物だった。料理に興味があるのだろうか?




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10月8日(雨)



季節の変わり目は天気が崩れやすい。此処の所ずっと雨だ。その所為で3510号の機嫌もずっとご機嫌斜めだ。さてどうした物か…。ISも一応室内で訓練する設備はあるがこの子を乗せると地盤をぶち抜いて空に飛び出しそうなので乗せないでおこう。それが賢明だ。うん、それが良い。


今日もあの子は私が食事の準備をしている時にじぃーっと真剣に此方を眺めていた。ふむ…?




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ぱたん…




「…ふぅ」

日誌を閉じると私は小さく息を吐く。この日誌を書くようになってもう一ヶ月が経つ。色々あったが本当にあっという間の日々だった。

最初は嫌な仕事を押しつけられたものだと思ったけど…。

「スゥ…スゥ…」

ふふっ…。

私のベッドの中で安らかに眠っている3510号を見て私は微笑む。

嫌な仕事だろう。それは今も変わらない。でも、悪くない。この子と過ごす日々は悪くない。例え、結末は決まっているとしても…。

「おやすみなさい」

私は眠っている彼女の髪をそっと撫でてそう優しく囁く。

この子には、まだ『明日』があるんだから…。











「…私の料理している所を妙に真剣に見てると思ったら…」

翌朝私は何かが焦げる臭いにより目を覚ますと目の前の惨状に頭を抱える。

別に悪くない。興味のある事を自ら進んで実践する事は悪くない。寧ろ良い事だろう。その経験は必ず糧となるのだから…しかし。

「だからってこれは酷過ぎるでしょーがぁ!?」

「…っ!?(ビクゥッ」

何かを焼いたのであろう最早それが何だったとか分からない程黒焦げに焦げた謎の物体X。そしてめちゃくちゃに散らかされたキッチン。そして色んな物が飛び散って汚れた床。酷い。余りにも酷い光景だった。

「もうっ!」

「…ぅぅ」

怒っている私に怯えて縮こまっている彼女。私はそんな彼女の姿を見てやえやれと溜息を吐くと、ポンと頭の上に手を置いて…。

「料理がしたいなら教えてあげるわよ…」

そう微笑んだ。

「!」

「料理。してみたいんでしょう?」

「コクコク!」

物凄い勢いで何度も首を上下に動かす彼女。

「なら、時間が空いた時に練習しましょうか?」

「コクコク!」

まったく…またやる事が増えちゃったじゃない。

そんな事を考える私だったが。その表情は全然嫌そうな物では無かった。









「……でも、まずはこれを片づけないとね」

「…コクン」













あとがき

日記風だから速いけど。原作が始まったら速度落ちるよ?絶対に!



[26146] 3510号観察日誌4
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/25 04:08
「3510号!指示通りに動けと何度言わせるんだっ!?」

今日も教官の怒声が訓練場全体を揺らす。最早日常的風景となりつつあるそれは本来ならこの施設この場所では別段可笑しい事では無い。他のクローン達の訓練にも彼女の怒声は毎日の様に響いている。しかし、今響いている怒声はベクトルが余りにも違い過ぎていた。

「~♪~♪」

「だから!今は飛行訓練では無く射撃訓練だと言っているだろうがっ!」

「はぁ…」

教官の怒声など聞こえていないと私達に伝えるかの様に笑顔でくるくると空に円を描いて舞い続ける3510号。それを見て頭を抱える私と怒声を響かせる教導官。

ISの訓練をする様になってもう一月が経つだろうか。その一月の間、何度もISに搭乗し訓練を行ってきたがそれは訓練と呼ぶには余りにも程遠い物だった。幾ら注意しても、幾ら叱っても3510号はISに搭乗すれば空しか飛ばないで、エネルギーが尽きるまで空を舞い続けるのだ。確かに本来の目的であるISのデータ収集は順調に行われている。飛行機動のデータのみだがそれだけでも3510号のデータはどのクローン達のデータより良い記録を残している。

「…」

確かに結果は残している。それでも私は心配でならなかった。命令を聞かない実験体を上の人間が生かしておくだろうかと。今直ぐにでも廃棄が決定するのではないかと不安でたまらなかった。

だって言うのにあの子は…。

「~♪」

「…もぅ」

私の悩みなど知らずに気持ち良さそうに空を舞う3510号。本当にどうした物か。何とかしなければいけない。そう分かってはいながらも、これと言った打開策が思い付かず空を自由に舞う彼女を眺める事しか出来なかった…。

「ったく!今日も無駄に時間を消費してしまった。おい研究員。いい加減に降りて来いとお前からも言ってくれ。お前以外の人間の言う事はろくに聞かんからな」

「…」

「おい。聞いているのか?」

「………え!?何ですか?」

考え事をしていると急に教導官に声を掛けられつい訊き返してしまう。

「何ですか?じゃない。他のクローン達もこの訓練場とISを使うんだ。早くアレをどうにかしてくれ」

もうそんなに時間が経ったのか。気付けばハンガーにはあの子の姉妹でもあるクローン達が綺麗に整列して待機している姿があった。ISは大変貴重で数が限られているためこうやって交代で使っていくしか訓練の方法が無い。しかし、訓練場を独占し長時間ISを乗れる3510号はこれでもかなり優遇なのだ。クローン達はISの倍以上の数はいる為ISに乗れるのは一日長くて1~2時間。しかし3510号は一日に6時間はISに搭乗している。

これも所長が優先的にISを回してくれているおかげだけど…。

一度は調整もせずISのデータ取りをして廃棄する予定だったあの子をどうしてあそこまで優遇するのか。私は気になって仕方が無かった。最近では上の人間の雰囲気に焦りといった物を感じるがそれが関係しているのだろうか?

そんな事を考えながらコンソールへ向かっていると、ふとある事に気付いた。ハンガーで待機しているクローン達の数が明らかに減っているのだ。この前までは20体はいた筈だ。だが今は15体しか居ない。別の場所で待機しているのか?だが、今までは一纏めで訓練していたと言うのに一体どうして…。

効率を考えて一部は他の訓練でもさせてるのかしら?でも今までそんなことしてなかったしそんな話は聞いてないけど…。

3510号の監視員になって、他のクローン達の訓練状況も一応は伝達は届くようになっている。しかし訓練内容が変更されたという伝達は私には届いてはいない。私の様な下っ端には伝える必要は無いだけかもしれないが…。

「…」

「おい何をしている。早くしないか」

「あっはい!…3510号。今日はもう終わりだから降りて来なさい」

『……ん』

私が指示すると同時にピタリと空で停止しゆっくりと降りて来る3510号。訓練の指示は言う事聞かないのにお終いだと伝えれば素直に降りて来るのは一体全体彼女の中ではどう言うルールが構築されているのだろう。まったく不思議でならない。

「やれやれ…」

「あの…」

「ん?」

漸く大人しくなった3510号に疲れ果て溜息を吐く教導官に、私は数の減ったクローン達の事を訊ねてみる事にした。研究の方は深く関わってはいないが訓練を担当する彼女なら何か理由を知っているかもしれないと思ったからだ。

「クローン達の人数が少ない様ですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、そんな事か。廃棄された」

彼女の口に出た言葉に全身の血の気が引き視界が揺らぐ…。

………ぇ?

「今…何て?」

彼女は一体今何と言ったのだろう?私の聞き間違いでなければ廃棄されたと言っていた様な気がするが。まさかそんな事ある筈が無い。欠陥品とまで言われていた3510号ですら廃棄されずにいたと言うのにまさかそんな事…。

「廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな」

「そん、な…」

あの子の…姉妹が…?

あの子達が互いに姉妹と認識しているのかは私には分からない。同じ母親から生まれて来たという訳でも無い。でも、だけど。あの少女達は確かにあの子の姉妹たちで…。

「まぁ、私から見たらどれも同じ顔だから誰が廃棄されたか分からんがな」

正直どうでも良いと言うと彼女は待機しているクローン達の方へと去っていき私は一人コンソールに呆然と立ち尽くす。『成果を残せなかったから』彼女の言葉が何度も何度も頭の中に響かせて…。









「………」

訓練が終わり自室へと戻った私は3510号を放ったらかしで机に突っ伏して自分に問い掛けていた。自分の所為なのか?と…。

―――廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな。

3510号が結果を出したからあの子の姉妹が…でも、そうしなければあの子が…。

一体何が間違っているのか。一体私はどうしていたら良かったのだろう。結果を出さなければあの子は死んでいた。でも結果を出したせいであの子の姉妹は廃棄されてしまった。命が失われてしまった…。

私が殺したのも同然だ…。

やってしまった自分の行いの重さに、命の重さに今になって漸く気付く。この研究に関わると言う事はこう言う事だと分かっていた筈だ。いずれあの子とも別れが来る事も以前から自分に言い聞かせて来たではないか。だと言うのに何故今になってその重圧に圧し潰されようとしているのだ自分は…。

くいっくいっ…

「っ!?」

突然スカートを引かれて驚いて振り向くとそこには心配そうに私を見上げる3510号の姿があった。

「……ぅ?」

…そうだ。この子に関わってから…。

元々この仕事は自分には合わないとは分かってはいた。だが仕事だと割り切ってはいたのだ。でもこうしてこの子と関わって。この子も生きているのだと知って以前の様な考え方がもう出来なくなっていた。

どうすればいいのよ…っ。

結果を出さねばこの子は廃棄される。結果を出せば他の子達が廃棄される。では、どうしろと言うのだ?

わからない…わからないっ!

ばんっ

「っ!?ビクゥッ」

何もかもが分からなくなり机に殴りつけてしまい、その音に3510号はビクリと身体を震わした。

「ぁ…」

しまった。この子を怖がらせてしまった…。

自分の見っとも無い姿に悔いると、私は怯える3510号の頭にそっと手を置いて頭を撫でる。

「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」

「…フルフル」

首を横に振っているのは気にするなと言う意味なのだろうか。どうやら気を使わせてしまったらしい。まったく、こんな小さな子に気を使わせるなんて本当に自分はなんて情けない…。

何が間違っているのか…そんなの決まっている。この研究。この計画こそ間違っているのだ。考えるまでも無いではないか。

それでも…。

それでも私は。研究を続けていくしかない。この子を長く生かすためにも。例えそれが他の命を犠牲にするとしても。それしか方法は無いのだから。無力こそが罪。きっとこれが何も出来ない私の罰なのだろう…。

…でも、本当にそれで良いの?

この子にとって長く生かすということが一番大事な事なのだろうか?他にもっと大事な事があるのではないだろうか?このまま唯『生かされている』だけの人生でこの子を終わらせてしまって良いのだろうか?

…良くない。

現在のクローンの寿命は約1~2年程とされている。とても短い時間だ。だからこそ、その短い人生を楽しんで貰いたい。後悔の無い様に。しかし、それは此処では叶わない願いだ。この檻の中に閉じ込められていたらこの子は何も知らずに生涯を終わらせてしまう。鳥かごの中の小鳥で終わってしまう…。

この子を此処から逃がす…何処に逃がす?何処に逃がしたところで必ず国は追って来る。証拠隠滅のために。この子を殺しに…。それに、この子を匿ってくれる人が存在するのだろうか?クローンで明らかに厄介に巻き込まれると分かっていると言うのに…。

…待って。

本当に無いのか?そう自分に問いかける。今自分は何に関わっている。何の所為でこうして非人道的な計画が始まったのか。

ある…。

私には心当たりがあった。

ある…一つだけ。あそこならきっと…。

あそこならきっとこの子を守ってくれるだろう。この子に沢山の物を与えてくれるだろう。どの国も関与できないあの場所なら。きっと…。

ぎゅっ…

「…オロオロ」

再び黙りこんでしまった私が心配でたまらないのか私の腰に抱き着いて来る3510号。私は彼女を安心させるように微笑む。

「…何でも無いから。心配しないで」

―――可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?

ええ、本当に…。

「何でも、無いから…」

そう言って微笑むが、心の内ではいずれ来るであろう結末と自分の無力さに泣きたくてたまらなかった…。
















――――Side ゼル・グラン





「何度も言っている。計画は順調だと」

『…』

「ISのデータは送った筈だ。それを見てその様な判断しか出来ないのか?だとしたら早々にその席を後任に譲るべきだろうな。まぁ、後任も大して変わらんだろうがな」

『…っ!』

私の見下した言葉に電話の相手は見苦しい程の反応を見せるが私はそれを鼻で笑いながら会話を続ける。

「結果は出している。文句はあるまい」

この一ヶ月間の成果は今までに無い程の物だったと言いえよう。我々の目的である「最強のIS操者」に偏ってはいるが近づいているのは確かだ。

その結果を出したのがあの欠陥品だったと言うのが意外ではあるがな…。

『…っ!』

「計画は続ける。文句は言わせんぞ」

『~~~っ…っ!』

乱暴に電話が切られるとそこで会話は終了してしまい私は受話器を相手とは反対にゆっくりと置きそのまま椅子に腰を下ろし深く溜息を吐いた。最近反対派の連中の活動が活発になっていると聞いたが上層部が計画からの撤退を執拗に要求して来るのはそれが原因か。

特別に解決策がある訳でもないと言うのに非人道的だの何だのと思考を常識に囚われる日和見主義者の馬鹿者共め。この計画が成功しなければ我が国に明日が無いのが分からないのか!

他国は次々に新型のISを開発していく中、我が国は他国が開発した量産型に頼るばかりで何ら進歩を遂げていない。今、我が国は他国に勝る技術を持たなければ破滅しか道は無い。そしてその技術がこのクローン計画なのだ。だと言うのに反対派の連中は未だに非人道的だとほざいている。

無能共め…。

人と人との競争に道徳など邪魔な物でしかない。そんな足枷捨て去ってしまえば良い。報告ではドイツでは遺伝子強化の研究が行われていると聞く。この分野でさえ他国に抜かれようとしていると言うのに…。

「馬鹿が…」

「荒れていますね、所長。本国からですか?」

書類の束を抱えている部下がそう訊ねて来るのに私は何も言わず無言で頷く。

「最近多いですね。また成果を出せとかそんなのでしょう?」

また無言で頷く。そんな下らない事で一々口に出して反応してやるのも馬鹿馬鹿しい。それだけ先程の会話の内容は下等な物だった。

「…何か報告でもあるのか?」

そんな下らない事を言う為に話し掛けて来た訳ではないのだろう。そんな事で時間を無駄に費やす無能者など私の部下には居ないし必要ない。

「はい。本国から送られた資料が此処に」

「本国から?どうせ下らない物なのだろう?」

「そうですね。どちらかと言えばそうなのかもしれません。どうぞ」

苦笑する彼は抱えていた書類を差し出すと、私はそれを受取り内容に目を通す。渡された書類に記されていたのは本国が開発中の新型のISについてのものだった。

IS…ああ、そう言えばそんな話も上がっていたな。まったく開発は進んでいない様だが。

「新型…第3世代か」

もし開発が成功すれば我が国も先進国と肩を並べられるのだがな…。

「新型と言うよりパーツの実験機ですね。武装なんてありませんし」

「何?どう言う事だ?」

彼の言葉に眉を顰め、資料を読むのを止める。

「EN兵器なんて開発出来る程我が国は進んでいませんからね。当然かと。完成しているのは新型のスラスターだけと言う酷いものですから」

デザインもアレですし…と言う部下の言葉は敢えて聞かなかった事にした。そもそも興味も無い。

「何でそんな物の資料が送られて来る?」

「新型スラスターのデータが欲しいそうです。理論上では現存するどの機体よりも複雑な機動が可能…らしいです」

なんと曖昧な…。

此方も時間が無いと言うのにそんな性能がはっきりしないガラクタの開発に付き合えと言うのか。馬鹿ばかしい。私は付き合ってられんと資料を破り捨てようと手に力を込めるがふとある事を思い付きピタリと手を止めた。

…待てよ?その新型。上手くすれば使えるかもしれん。

捨てようとしていた資料をもう一度読み直し、それを確信するとニヤリと笑みを浮かべある人物の顔を思い浮かべて心の中でこう呟いた。

「丁度良いのが居るではないか」

と…。










――――Side クリス・オリヴィア






「よっと…サラダはこれでいいわね。3510号!トーストは焼けたぁ~?」

「じぃ~…」

「ああ、まだみたいね…」

トーストが焼けるのを唯じっと眺めている3510号を見て人型のレンジかアンタはと苦笑すると、出来たサラダをテーブルに運びトーストが焼けるのを待つ事にする。

大切にしよう。今、この時間を…。

昨日から私はこの子と過ごす時間を今まで以上に大事に過ごしていた。後悔はするだろう。でも最悪の形で終わらしたくないから。だから私は…。

…チンッ

「っ!」

レンジのトースターが焼けたのを知らせる音と同時に3510号はこんがり黄金色に焼けたトースト二枚を皿に乗せてウキウキした表情で此方へと運んで来ると、テーブルに皿を置き自分の向かいの席に座った。

「はいご苦労様。それじゃあ頂きましょうか?」

「コクリ」

もぐもぐと美味しそうにトーストに噛り付く3510号。唯のトーストなのにとても幸せそうに食べる姿は見てるこっちまでも幸せにしてくれる。

「…」

「?」

私がじっと自分を見ているのが気になったのか食事を一旦中断して此方をじっと見つめて来る。

「何でも無いわ。ほら早く食べなさい。今日も訓練があるんだから」

「コクリ」

そう言うと、素直に頷き食事を再開する3510号。そしてそれをずっと眺めている私。

暖かな時間だ。ずっとこんな時間を過ごせたらどれだけ幸せだっただろう。それは叶わぬ願いだとしてもそう思わずにはいられなかった…。

「と、そうだ。今日から訓練の時間は少し留守にする事があると思うけどちゃんと教導官の言う事を聞くのよ?」

「…?」

「ちょっと用事がね…分かった?」

「…コクリ」

本当に分かっているのだろうか。私は彼女の事が気になったが、言っても無駄だろうと判断しこの話は終わりにして自分も食事にする事をした。

Pipipipi…

と、そんな時だ。部屋の通信端末の音が鳴り響いたのは。

…呼び出し?

席を立ち端末の画面を覗くと私は目を丸くする。画面に表示されていたのはなんと所長の名前だったのだ。なんてタイミングだ。私はまさか感づかれたのではないのかと慌てて端末を操作して通信を繋げる。

「な、何のご用でしょうか?」

『今日からISの訓練はこちらが用意した新型を使って貰う』

「…新型?」

突然来た所長からの通信の内容は、また急な物だった。

その時、私もあの所長すらも分からなかった。そのISがあの子に本当の翼を与える事になるなんて…。










あとがき

話の流れが早い?ですよね~



[26146] 3510号観察日誌5
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/28 02:01
「新型…ですか?」

余りにも突然の命令に思わず訊き返してしまった。だってそうだろう。新型を任せられるなんてエース級もしくは代表候補クラスの操者でないと有り得ない話だ。それを彼等にとって使い捨ての道具でしか無い3510号に任せる?一体どう言う事なのだ…。

「何故あの子…3510号なのですか?適任者なら本国にも幾らでも居るのではないでしょうか?実験体達の教導をしている教導官だって優秀な操者だと聞いています」

『生れて間も無く、そして搭乗経験の少ない3510号を捕えられない者等あてに出来ん』

「…チラリ」

私は後ろを振り向きあの子を見る。あの子は食事を終えコップに注がれたミルクをチョビチョビと飲む作業の最中だった。

…う、うう~ん。

それを本人の前で言えばどれだけプライドをズタズタにされるだろうか。科学者とIS操者など分野が余りに違い過ぎて科学者である彼に此処まで言われたら…。事実だとしても彼女に同情してしまう。

『それに、今回の新型は少々特殊でな』

「特殊、と言いますと?」

『IS開発のノウハウをロクに理解出来ていない馬鹿共が造ってしまったISと呼ぶには余りにもおこがましいガラクタ…と言えば理解出来るか?』

「…成程」

我が国は今まで海外からの輸入を頼りにしていたためISの開発など初めての試みだったのだろう。そしてそれよこれよと考えも無しに組み立ててしまったためISを造っていたつもりがISの様なモノが出来上がってしまったに違いない。そしてそれのデータ取りをウチが押しつけられてしまったと言う事か…。

クローン計画にしか興味の無い所長にとってこれ以上に迷惑で面倒な話は無いだろう。心なしか所長の声も苛立っている様に聞こえる。

『本国が此処に送って来たのも誰も扱えないからというのが一番の理由だ。でなければ此処に任せないだろう』

そうか。IS開発の連中は謂わばライバル同士の様な物。決して敵に塩を送る様な真似はしないだろう。此処に送られてきたのも「データ取りもロクに出来ない役立たず」と言うレッテル貼らせるためでもあるのかもしれない。まぁ、それはあっちの方も同じだろうが…。

『私から言う事は一つ、結果を示せ。それ以外は認めん』

そう言うと通信は途切れ端末からはそれっきり音は聞こえなくなってしまう。

結果を示せ。それ以外は認めない。つまり、結果が残せなかった場合は…。

「…っ」

何て勝手な…っ!

物言わなくなった端末を睨みつけ怒りに震える。あの男はあの子を特別視しているように思えたがそれは勘違いだった。あの男はこの子も、この子の姉妹達も道具としか見ていない。

…急がないといけないってのにっ!

決意したのは昨晩で、準備が整っていないと言う段階ですら無い。計画を実行に移すには色々な手回しと時間が必要になる。そんな時にまさかこんな邪魔が入るなんて…。今日を乗り切らなければその子が処分されてしまう。そんな事になれば元も子もないのだ。

どうする?理由を付けて今日は…いえ、そんな先延ばしにした所で何の解決にもなって無いじゃない。

「?」

「っ!?…ど、どうしたの?」

思考に耽っているといつの間にか彼女が私の傍に近づき此方の様子を上目遣いで伺っていた。

「ん」

トーストが乗った皿を差し出す彼女。そんな彼女の行動に困惑する。

「んっ」

「えっと…?」

どうしたのかしら?

「私が作った。食べる」

先程彼女がレンジと睨み合っていた光景を思い出す。そうか、確かに調理したとは言い難いが彼女が焼いたには違いない。成程、感想が聞きたいのか。私は皿に乗った既に冷たくなりかけているトーストを手に取るとそのまま一口齧る。

「…どう?」

「ふふ、美味しいわ。上手に焼けたわね」

「…ん♪」

満足そうに頷くと彼女は自分が座っていた椅子に戻ると、再びミルクをちょびちょびと飲み始める。

「…もぐ」

もう一口トーストを齧る。冷たいけどとても暖かな物を感じた。そう言えば誰かの手料理とか食べたのは何時ぶりだろうか?もう何年も食べて無い様な気がする。

「くすっ…手料理とは呼べないけどね」

そうあの子に聞こえない様に笑みを溢すともう一口トーストを齧る。

そう言えば、トーストを焼くのも最初は出来なかったっけ…。

最初の頃はよく丸焦げにして二人揃って苦い顔でトーストらしきモノを食べたものだ。それを今では成長して焦がさないで焼ける様になっていた。何度も何度も真剣に練習して…。

あの子に賭けよう。今までだってそうして来て此処まで来たんじゃない。頑張って来れたじゃない。

あの子が今生きているのも、私が今この手に持っているコレも。あの子が強く望んで、頑張って手に掴んだ物だ。私は何もやっていない。あの子自身が得た物なのだ。

何故だろう。今まで自分を苦しめていた不安が晴れ。この子ならきっとやれると大丈夫だと。私は手に持っているトーストを眺めていたらそんな事を思えるようになっていた。

「3510号」

「?」

自分の名を呼ばれてコップを置き此方を向いて来る彼女に私は微笑んでいつもの言葉を彼女に贈る。

「今日もがんばろ」

「コクリ」











朝食を済ませると直ぐにISスーツに着替えて訓練場に向かう私の3510号。

訓練場に続く廊下をこの子と歩くのはもう日課となっていた。しかし一月前とは違う部分がある。そう、もうこの子は私に抱えられて移動するなんて事は無い。私の隣に並んでちゃんと一緒に歩いている。まだ私が歩幅を考えてあげないと付いて来れないという部分はあるがそれでもこの子は一人でもう完璧に歩けるようにまで成長したのだ。これを喜ばずして何を喜べと言うのだろう。きっとこれが子の成長を喜ぶ親の気持ちなのだろう。私は子を産んだ事は無いが今の気持ちはきっと、実の子を持つ母親と同じものだと。私はそう思っている。

「…!…!」

「ふふっ」

隣で一生懸命に歩いている彼女を見て私は微笑む。速度を落として欲しいと言えば落としてあげるのに。とりあえず少しだけ速度を落としてあげよう。気付かれないようにこっそりと。

「…ふぅ」

速度が落ちた事で表情に余裕が出来る。このペースで行こう。そう急ぐ事も無い。それに…。

「この時間を大切にしたいから…」

「?」

「ふふ、気にしないで。独り言よ」

私の呟きに彼女は反応し此方を見上げて来るが私は微笑むだけでそれ以上は何も言わない。きっと私は最後まで真実を言う事は無いだろう。この子に重い物を背負わせないために、この子に足枷を付けさせないために。真実は私と共に…。

…やめよう。この事を考えるのは。

今はその時じゃない。私は頭の端に思考を仕舞い込む。

「…そう言えば、まだ今日の事について話して無かったわね」

「?」

「実はね、今日は貴女に本国から送られてきた新型の実験機に乗って貰う事になってるの」

「…?」

あはは…分からないかぁ。刷り込み作業が済んでるから大学に行ける程度の知識はある筈なんだけどなぁ…。

暫し考えるがやはり理解出来ないのか首を捻る彼女に私は苦笑するともっと分かりやすく説明してあげる事にした。それはもう色々と省略して。

「えっとね、新しい乗り物に乗るの。分かる?」

「!…コクリ」

理解出来たか。良かった。

色々と問題ありな説明だったが理解してくれたならそれで良いだろう。余計な事をこの子に教えて不安にさせる必要も無い。この子はいつも通りにしていれば過ごして貰えればそれで良いんだ。

「…そら」

「本当ね。良い天気」

彼女の言葉に私も視線を上げて太陽の眩しさに目を細める。見上げた先には何処までも続く青空が広がっていた。外部からの監視の目を逃れるために地下に存在する研究所で唯一空が見えて唯一空がある場所。それがこの訓練場である。そしてこの子が一番大好きな場所でもある。

「…♪」

…ほらね?

ちらりと彼女を見れば目を輝かせて空を眺めていた。ISの訓練をするようになってから、此処に来ればいつも彼女はこうして空を眺めては落ち着かない様子でまだかまだかとISに乗るのを待つ様になっていた。

さて、ハンガーに待機している整備の人やこの子を待たせるのも何だ。さっさとハンガーに向かうとしよう。

「ほらほら~何時までも空を眺めてないでさっさと行くわよ~?」

「うぅ~っ!」

ずるずるずる~…

いやいやと駄々をこねる彼女を無視して彼女を引き摺ってハンガーへ向かう。反抗している様だが彼女自身軽いし力も無く。この一ヶ月で私も彼女をおぶったりして力が付いているため易々と彼女を引っ張る事が出来た。

「はいはい我儘言わないの~」

「う゛ぅ~っ!!」

「…何やってんだお前ら?」

ハンガーに到着した私達を出迎えたのはメカニックの人達の呆れた様な視線と、もうこの子専属とも呼べるあのIS訓練初日にISの整備を担当していたあの男だった。

「気にしないで下さい」

「…ぅぅ」

向けられる視線を華麗にスルー。この一ヶ月間でそう言う変な物を見る様な視線には耐性がついているのだ。この研究所の人間にしてみればクローンであるこの子にこんな風に接する私は変人の様な物だろう。当然変な目で見られる。それを毎日人と出くわす度に向けられればそれは耐性が付くに決まっている。

「…まぁ、良いけどよ。お前さんがそれで良いのなら。俺には関係ねぇ」

意味有り気な言葉を呟き彼はハンガーの奥の方へと歩いて行く。私も新型の件が気になったので彼の後について行く事にした。此処で、待っていても向こうから運ばれて来るだろうが、この子の命が関わる以上、どうしても気になって仕方がなかったのだ。

「あの…新型は何処にあるんでしょうか?」

「あ?…ああ、あのガラクタの事か」

新型と言う単語に彼は一瞬何の事か悩むと、思い出したと頷き新型をガラクタと言い換えて口に出す。ISに関わるメカニックの人間にまでガラクタ扱いとは。一体どれだけ酷い物なのか…。

「もう搬入されてるよ。あのコンテナがそうだ」

そう言って彼が指差したのは頑丈な造りをした4メートルはあるであろう大きなコンテナだった。

彼はコンテナに近づくとコンテナの操作盤を操作すると、ガコンと重い音を立ててコンテナがゆっくりと開き始め中の機体が姿を現した。

「ウチの国が必死こいて開発した第3世代実験機」

「…ぇ?」

正直に言おう。私は新型の事を本国が何も考えずに別の国の機体のパーツをあれこれくっ付けたオリジナルと言うには余りにも酷い継接ぎだらけの機体だと思っていた。しかしどうだろう。私の目の前にあるのは私の予想を遥か上を越えたモノ…。

「開発名【イカロス・フテロ】。人が造り出した張りぼての翼だ」

翼そのものだったのだ…。

異形。このISを一言で現すとすればそれだろう。兵器としての物々しさは無く、装甲も極限にまで削られ、まるでそれは女性の理想的なフォルムを連想させる。そしてコクピットを覆う様にして畳まれた翼はまるで天使の様だ。美しい。そして美しいからこそ異形に見えた。これは兵器。人を傷つけ命を奪う兵器なのだ。なのに、何故こんなにも美しいのだろう?

「!…羽…」

実験機の翼を見てそうぽつりと呟く彼女だが、表情は無表情な物だと言うのに目は真剣そのものだった。どうやらビジュアルの所為か実験機に興味津々らしい。

「にしてもイカロスとは、開発部の連中も皮肉なもんを送ってきやがったなぁ」

「ギリシャ神話の話からきてるんですよね。この名前…」

イカロス・フテロと言うのは恐らくギリシャ神話の『イカロスの翼』からきたものだろう。名工ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。と言う物語だ。

「太陽は神、イカロスは俺ら。命を作り出す神の御業に手を出そうとしている俺達は地獄に落ちてしまえって意味なのかもな」

「…」

彼の言葉に私は目を伏せる。確かに彼の言う通りだろう。私達は地獄に落ちるべきなのかもしれない。でも、これに乗るのはこの子ではないか。そんな縁起でもない物を押し付けるなんて…。

「まぁこんなモン作り出すアイツ等も大概だけどな」

「え?」

「こいつぁ一度も飛行実験が行われていない機体なんだよ。いや、出来ないが正しいか」

「…は?」

飛行実験が行われていない?そんな物を押しつけて来たのか本国は?いやそれ以前に出来ないって何だ?それでは本当に唯のガラクタではないか。

「面倒だが説明してやろう。コイツの特徴は見ての通り翼だ。8枚の羽の先端全てにスラスターが付いていてそれが変則的な機動を可能にさせてるんだが…実はすべて手動操作でな。操作が複雑しすぎてまともに飛ぶ事すら出来ねぇんだわ。仮に飛ぶ事が出来たとしてもまず武器は使えねぇだろうな。操作で手一杯だろうさ」

「ちょ…駄目じゃないですかそれ」

ガラクタとかそれ以前の問題だ。飛ぶ事も戦う事も出来なければ何のためのISだと言うのだ。

「本来なら補助機能とかが付いてる筈なんだがな。ウチの国じゃあそんな大層なもんは造れねぇんだろ。付けれたとしてもコンピュータに任せている所為で本来の性能は発揮しきれないかもな」

「そんな物なんですか?」

私はISに関しては詳しく無いのでそう言う専門的な理論は理解出来ない所が多い。補助を付ければ操作が楽になり余裕が出来ると思うのだが違うのだろうか?

「補助がオートとなるとどうしても自分の意思とは反する行動や若干の誤差が出ちまうんだよ。その所為で性能も殺しちまう。そう言う意味でもこの新型は欠陥品なんだ」

「駄目駄目じゃないですか。そんなの設計段階で分かる筈でしょう?」

「だが使いこなせれば恐らく空戦では敵無しなんじゃね?とか考えてるんだろうなぁ。本国の連中は」

「馬鹿げてる…」

「それだけ大きな力が必要なのさ。今の現状を覆すには。アンタ等が研究しているのだってそうだろ?」

彼の言う通りだ。こんな禁忌に手を染める程にこの国は廃れ始めている。国民には知らされてはいないとは言え国のトップがそれを許す時点で…。

ぐいっぐいっ!

ん?

何やら必死に私の袖を引っ張っている彼女。何事かと思えばちらちらとあの実験機を見ている事から考えてあれが凄く気になるらしい。

「乗る!…乗る!」

手を万歳してコクピットに乗せてくれとせがむ彼女。背が小さい彼女では屈んだ状態の機体でも一人で乗る事は出来ないため私が持ち上げて乗せてあげなければならない。いつもそうして乗せてあげているのだが今日はいつも以上に興奮した様子でISに乗りたがっている。こんな彼女はこの一ヶ月で初めて見る。それだけこの機体が気に入ったらしい。

「クッククク…んじゃそろそろ始めるか。こっちのチビ鳥も我慢の限界の様だしな」

「…ですね」

いくら悩んだ所で意味が無い。とりあえず彼女を乗せてみない事にはと、私は彼女を抱き上げコクピットに座らせる。

『―――Access』

彼女が座ったと同時にシステムが起動。装甲が彼女に装着され彼女とISが『繋がる』。しかし様子が少しいつもと違う。画面が幾つも表示されシステムが自動的に作動している様だが…?

「あれはシステムがチビのリンクを最適化してるんだ」

「それってつまり…専用機!?」

「誰も使いこなせなかったって報告は聞いて無いのか?チビがあの機体のテストパイロットだ」

「テストパイロット…専用機…」

唖然として私はあの子を見上げる。

凄い。専用機なんてとても名誉なことではないか。専用機を任せられるのは国の代表か代表候補位しか居ないと言うのに…。

「チビ。さっきの話聞いてい…る訳ねぇか。もう一度言うがその機体は今までの機体とは違う。いつも通りに飛べるとは思うなよ?」

『…コクリ』

唖然とする私を他所に、いつの間にかコンソールにまで移動していた彼はコンソールを通して彼女に一言忠告をすると無言で問題無いとあの子は頷く。

…3510号。

不安な表情であの子を見上げる。この結果があの子の未来を決めるのだ。今回は前回以上に難しい条件かもしれない。彼女はこの試練を乗り越える事が出来るのだろうか…?

…お願い。

「おい!そこにいるとあぶねぇぞ!運べねぇだろうが!」

「…っ!?は、はい!」

すごい剣幕でそう怒鳴る彼に私は慌ててコンソールの方へ駆けていき、彼と入れ変わり管制を務めるとクレーンが外に3510号と実験機を運び終えた事を確認して通信を繋げる。

「3510号…やれる?」

『………………ん、飛ぶ!』

バサァッ!

暫し空をじっと見上げ眺めるのに満足したのか小さく呟くと、掛け声と共に折り畳まれた翼を大きく広げた。大空を飛ぶこの時を待ち望んでいたかの様に、喜びを表すかの様に、翼は目一杯に広げられ…そのままばっさばっさと翼を上下に大きく振り始めた。

は…はぁ?

あの子の予想外の行動にポカーンとしてしまう私。一体あの子は何を始めるつもりなのだろう?

「あの子…何を…?」

こう言っては何だがなんとまあ間抜けな光景だ。鋼鉄の翼を必死に上下に振る。その姿はまるで…。

「鳥の真似をしてるのか?あのチビ」

そう、雛鳥が巣から必死に飛ぼうとしている姿にそっくりなのだ。しかし、あの翼は鳥の翼とは違う。いくら振っても空を飛ぶ事は…。

『ん~っ!…ん~っ!』

しかし彼女は翼を振るのを止めようとはしない。一生懸命に飛べると信じて空を見上げながら必死に翼を振っている。

「今更なんだけどな…」

「はい?」

突然彼が口を開いて何か話し始めた。

「あれは一度も飛行実験が行われていないって言ったけどよ…あれは行われていないんじゃなくて誰も飛べなかったんだよ」

「!?」

驚愕の事実に私はあの子から視線を外し彼の方を見る。

「スラスターを吹かせばその衝撃で上に飛ぶんじゃ無く後ろに吹っ飛んで壁に激突。他のパイロットがやっても地面に激突とか似たような結果ばかりで誰一人飛ぶ所か宙に浮くことすら出来なかったって話だ」

そんな馬鹿な。じゃあ何故そんなものを此処に送って来たの?このままじゃあの子が…。

視線を彼女の方へと戻す。あの子はまだ翼を振り続けている。飛べると信じて…。

…3510号。

「こりゃ、駄目か?」

…そんな事無い。

「まだです」

まだだ。まだ終わっていない。

『ん~っ!ん~っ!』

だって、だってあの子は…。

「いや…だってよぉ?」

「まだあの子は…」

『っ!…ん~っ!!』

「諦めていません!」

その瞬間だった。地上に暴風が吹き荒れたのは…。






「ほう…」

「所長。これは一体…?」

「賭けに勝った、か…」

唖然とモニターを眺める部下を無視して、彼はニヤリ笑みを浮かべる。






「嘘だろ?おい…」

「3510号…」

誰もが空を見上げていた。私も、隣に居た彼も、他のISの整備をしていたメカニックの人達も、事情など目もくれず青空が広がる空を見上げていた。

そしてそこには…。

「3510号!」

翼を羽ばたかせて空を舞うあの子の姿があった…。

『ん♪気持ちいい…』

本当に気持ち良さそうにそう返事をするあの子に私はただ「そっか…」と笑ってこたえ。また空を見上げる。色々と不安が多かったが、彼女が喜んでいるのならそれで良いだろう。私はそう思い空を見上げる。

「成程、そう言う事か…」

「え?」

皆が唖然と空を眺める中、隣で空を眺めていた彼が突然そう呟くので私は驚いて彼に視線を向ける。すると彼はやはり皆同様に空を見上げていた…が、彼が眺めているのはあの子では無いらしい。眺めていたのは。そう、あの子に気を取られ気付かなかったが一緒に飛ぶ鳥の方を彼は見ていたのだ。

「まさかあの子。鳥の真似を…?」

あの時と同じように…。

最初のIS搭乗の際、あの子は空を飛ぶ鳥を見て初搭乗にも関わらず空を飛ぶ事が出来た。それは自分が憧れる空を自由に飛び回る鳥の様に飛びたいと願うイメージが強かったから。だが、今回はそのまんま鳥の真似をあの子はやってのけたのだ。

「本来ならどこの大昔の冒険家だよって笑う所なんだろうけどな」

確かに、本来なら有り得ないと笑う所なのだろう。しかし、ISだからこそそれを可能にした。彼女のイメージを忠実に再現できたのだろう。それも、彼女の純粋さ故に出来た事…。

「鳥…か」

…綺麗。

陽の光を反射して輝くその翼に、私は心の中でそうぽつりと呟くとあの子の姿を目に焼き付けていた…。










――――Side ゼル・グラン






「報告は聞いた。ご苦労だった」

『はい。ありがとうございます』

「今後も期待する。以上だ」

私は必要最低限の会話を済ませ通信を切ると、今日の出来事を思い出しニヤリと口の端を吊り上げる。これで本国の連中も少しは大人しくなるだろう。何せあの欠陥機を使いこなせるクローンが現れたのだ。反対派の連中も文句は言えまい。私の研究は証明されたのだ。

だが、まだ…。

そうだまだ終わってはいない。まだ問題は山積みだ。クローン研究はやっとスタート地点に立ったようなものだ。しかし、少しは時間に余裕が出来た事だろう。あの欠陥品の御蔭で…。

コンコンッ…

「所長。ご報告が…」

「何だ。人が良い気分に浸っている所に…」

私の言葉を返事と見なしたのかドアを開け部屋に入って来る。そんな少し強引な部下の行動に私は不審に思い眉を顰めた。

「何があった?」

「…本国の反対派の連中に動きがありました」

…何だと?

一瞬、我が耳を疑った。今彼は何を言った?

「新型のデータは送った筈だ。何処に不満がある?」

「不満は無い。だからこその行動でしょう。クローン計画の情報が各国に漏れた可能性があります」

馬鹿な…何て愚かな事を!?奴らめ、自滅するつもりか!?我々を巻き込んで!?

「その情報は確かなのか?」

「まだ確証は持てませんが…可能性は高いかと」

「…っ」

まだ本国から何も伝達は無い。本当に情報が漏れたのならこの研究所は証拠隠滅のため処分する事になり何らかの伝達が届く筈だ。

…我々事消すと言う可能性を除けば、だが。

「…研究は続ける。君は引き続き本国の動向を探りたまえ」

「了解です」

…。

礼をして去っていく彼を横目に、私は重苦しく息を吐く…。

急がねばならなくなった。余裕が出来たと思った矢先にこんな事になるとは。おのれ、反対派の連中め…。

やっと、やっと此処まで昇りつめたのだ。過去幾度と無く自分の研究を馬鹿にされそれでもなお私は研究を訴え続けた。そして悲願が叶おうとしているのだ。

「終わらせない。必ず私が正しかったと言う事を思い知らせるまで終わらせてなるものか…っ」

憎しみに満ちた呟きが部屋に響いた…。








――――Side クリス・オリヴィア



「これを、この操作盤の裏にくっつけて…と」

殆どの者が眠りについた深夜。私は通信管理室にこっそりと忍び込み、ジャミング装置を操作盤の裏に設置する。

「これで私の部屋からの通信履歴は残る事は無いわね…」

これで外と連絡が取れる。あとは連中と連携して…。

これは明らかな裏切り行為。だが、私は全てを敵に回してもあの子を助けなければならないのだ。そう、それがこの国であろうとも関係無い。絶対に私はあの子を助けてみせる。それが、私の命を引き換えにしたとしても…。














あとがき


やべぇ、原作始まらねぇ!(゜Д゜;

キャラクターイメージ

…は、どうやらアドレスは描きこめないようなので場所だけ教えときますね。

TINAMIというサイトの「金髪のグゥレイトゥ!」か「インフィニット・ストラトス」か「~あの鳥のように…~」と検索すれば出てくるはずです



[26146] 3510号観察日誌6
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/02 00:26


「どうした貴様ら!4対1だぞ!一撃ぐらい当ててみせろ!」

「「「「っ!」」」」

ISに搭乗した4人のクローン…いや、あの子の姉妹達が教官に罵声を浴びせられ空を飛びまわるあの子に襲い掛かるが、その猛攻はいとも容易くひらりひらりとさけられてしまう。

今日の訓練内容は3510号が乗る新型の戦闘データを取るための模擬戦と言う名の『鬼ごっこ』である。教官やあの姉妹達は模擬戦のつもりなのだろうが、4人に狙われているあの子本人はそうだとは思ってはいない。確かに何の兵装も持たないイカロス・フテロでは逃げる以外方法は無いが…良いのだろうかこれで?

データは取れるし今まで飛行データが取れなかった分、開発部の連中は嬉しいことこの上ないだろうが…こんな遊びに付き合わされる教導官の事を考えると気の毒でならない。私は楽しそうにしているあの子を見られて満足しているが。

しかし流石と言うべきか。あの新型の性能もあってか4人相手でも掠りもしない。あの4人は姉妹の中でも成績が優秀な方だと言うのに…。やはり第三世代と第二世代。そして専用機とではこんなにも差がある物なのだろうか。どの国も第三世代の研究、開発に苦戦している様だが、それ程第三世代の壁はとても高いらしい…。

開発部の連中も、開発したは良いけど乗れる人材があの子だけじゃ…ね?

乗る相手を選ぶ機体など欠陥機でしか無い。それは誰もが思う事だろう。事実、あの機体。イカロス・フテロも量産の目途が立っていないのだ。あの機体が誰にでも扱える物に仕上がるまで一体何年かかるのか専門外である私にはわからない。整備班の人間の言う話では今の我が国の技術では恐らく兵器として形になるのは不可能で他国の技術協力がなければまず無理だろうとの事。他国に無い物を造ろうとして完成には他国の協力が必要とは何とも情けない話である。

…にしても。

「はぁ…寒いわね」

白い息を吐いてそう呟くと、私はあの子達が舞う空を見上げる。秋と言う涼しい季節も終わり。この研究所にも冬の季節が訪れようとしていた。吹き抜ける風も冷たくなり始め空もいつも以上に澄み渡っていた。きっと空を飛んでいるあの子もさぞ喜んでいる事だろう。

さて、私は自分の成すべき事をするとしましょうか。

そろそろ約束の通信時間だ。あの子も問題無く訓練をこなしている様だし自分は自分の目的を果たそうと、こっそりと訓練場を後にする。









「以上が現状の研究成果です」

誰も居ない自室で、私は通信機を使い反対派に属しているある男と密談を交わしていた。その会話の内容は、本国にも送られていない研究所にある機密の情報に関する物だった…。

『成程、つまりその欠陥品である実験体3510号しか望ましい成果はあげていない…と?』

「……はい。その通りです」

通信相手の『欠陥品』と言う単語に、一瞬私は言葉を詰まらせたが彼の言葉を肯定する。反対派であるこの男がクローンを快く思っていないのは分かりきっていた事だ。あの子の事を人間として見てないのも今の言葉で容易に想像できる。

どいつもこいつも腐ってる…。

『どうかしたかね?』

「…いえ、何も。詳細のデータを送ります」

自分の権限で入手出来る情報を彼へと送信する。3510号監視員の仕事を任せられてからか、私も上の情報が幾らか公開される様になっていた。それでもまだ私が知らない情報など幾らでもあるだろうが反対派の彼等にとって私が渡す情報も十分な交渉カードとなるに違いない。

『…うむ。確かに受け取ったよ。これでかなりやりやすくなる。クローン計画の情報管理は厳重でね。こちらではなかなか手に入らないんだよ』

「そうですか」

正直相手の事情などどうでも良い。私は反対派の仲間では無いのだから。彼等と慣れ合うつもりなど毛頭ない。私の思う様に動いてくれればそれでいいのだ。それ以外の事は好きにすれば良い。

『今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する』

「…はい。よろしくお願いします」

彼の書いたシナリオはこうだ。世界にクローン計画の情報が漏洩。クローン禁止条約に違反したと疑いがかけられた我が国は、各国の追求を逃れるために証拠隠滅という建前で研究所ごとその関係者を全て排除。漏洩した情報は偽情報でクローン計画なんてものは最初から存在しなかった事にするという分かりやすい物だった。

無論、世界は納得しないだろうが証拠が無いのなら文句なんて言えず。クローン計画と言う真実は完全に闇の中に消えていく事になるだろう。要は結果さえよければそれでいいのだ。殺人事件も死体さえ見つからなければ事件にならない。つまりそう言う事だ。

「では、そろそろ。あまり仕事場を離れると疑われますので…」

『うむ。次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう」

「はい。では…」

要件を言い終えると早々に通信を切り、それと同時に緊張が解けたのかどっと疲れが私を襲い。ふぅ、と溜息を吐き天井を仰ぐ。

「…」

―――今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する。

…どうでもいい。

自分の命なんてどうでも良い。この研究所の人間がどうなろうがどうでも良い。この国がどうなろうがどうでも良い。何もかもがどうでも良かった。あの子さえ笑っていれば。それで…。

「…そろそろ訓練が終わるわね」

壁に架けられている時計を見れば、時計の針が12時を指そうとしていた。そろそろ午前の訓練が終わる時間である。急いであの子を迎えに行かなくては。

「…」

次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう。彼は確かにそう言っていた。終わりの日は近い。でもまさか反対派が此処まで焦っていたなんて…。

新型の件が影響している?

誰も使えなかった新型をクローンであるあの子が始めて使いこなす事が出来た。そのせいで研究の成果は証明され、反対派は不利になる事を予測してこの様な強行手段を取る事になったのだろう。あんな欠陥機を送って来る時点であれだが、何と短絡的思考の持ち主なんだ連中は…。

相手を何処まで信用して良いかは分からないけど。せめて此処で派手に暴れてくれる程度には働いて貰わないと…。

「って、本当に急がないと。あの子を待たせる訳にはいかないわね」

慌てて部屋を飛び出し訓練場へ向かう。廊下ですれ違う同僚達は走っている私を見て何事かと妙な視線を送って来るが気にせず私は廊下を駆けていった。









「はぁ、はぁ…ああ、やっぱり終わってる…」

息を切らして訓練場へ辿り着いてみれば、やはり訓練は既に終わっており訓練場にはぽつんとあの子だけが取り残されていた…。

失敗した~!?あの子ものスッゴイしょんぼりしてる!?

訓練場の端でしょんぼりと肩を落とし寂しそうにしているあの子を見てやってしまったと頭を抱える私。とりあえずあの子の所に行ってみよう。

「ごめんなさい!待たせちゃったよね!?ほんと~にごめんなさい!」

「…ぷいっ」

ああ!不貞腐れないで~!?

迎えに来て即頭を下げて必死に謝るがあの子は頬を膨らませてそっぽを向いて何も応えてくれない。これは相当怒っていらっしゃる様子。

まずい。これはものすっごく不味いですよ?この子がこんなに怒るなんて初めてじゃない?どうしよう?どうすればいいの~…?

こちとら独身で子育ての経験ゼロ。子供の機嫌の取り方なんて知る訳が無い。此処はセオリーで食べ物で釣ると言う方法で攻めてみる。

「そ、そうだ!今日の晩御飯は貴女の好きな料理にしましょ?ね?何が良い?もちろんデザートのプリン付きよ?」

「…ぷいっ」

ああ!?駄目!全然機嫌直してくれない!?

むしろ悪くなっている様にも見える。どうやら余計に気分を害してしまったらしい。物で釣ろうとしたのが悪かったのか…。

ああどうしたら…ってあら?

「…ぎゅっ」

腰の辺りに小さな衝撃を感じ何かぶつかったかと視線を下ろすと、なんとそこにはさっきまで不貞腐れてこちらを見ようともしなかったあの子が私の腰にしがみついているではないか。しかも涙目で。

「さ、3510号?」

さっきまでとはまるで反対の態度に一体何事かと私は戸惑ってしまう。

「ど、どうしたの?急に抱き着いたりして?」

「う~…」

いや、う~って言われても…。

そんな唸られても困ってしまう。せめて人語で話して貰わないと意思疎通が出来ないのだが…。

どうしたものかしら…。

未だに抱き着いて離れない彼女に私は頬を掻いて困り果てる。唯でさえ普段この子は言葉数が少なく表情が乏しいから扱いが難しいと言うのに…。

「………だ」

「え?何?」

ぽつりと彼女が微かに聞き取れる程の音量で何かを呟く。

「一人は…やだ」

「あ……」

…そっか、一人ぼっちになるのが怖かったのね。

調整の時も私が少しの間、居なくなっただけでアレなのだ。こんな広い訓練場で一人残されては…。

「ごめんなさい。寂しかったよね?」

「ん…コクリ」

ぼふっと私の胸に顔を埋める彼女に、私は優しく頭を撫でてあげる事で応える。しかし、彼女の頭を撫でている私の表情は悲しみに歪んでいた…。

ごめん、ごめんね…。

本当は今直ぐにでも口に出して謝りたかった。涙を流したかった。でも、それは出来ない。この子には何も知らずに飛び立って欲しいから…。

本当に、最低だよね…っ。

そんなの自分の勝手な都合ではないか。この子と面と向かって話す勇気が無いだけではないか。真実を知った時、この子がどれだけ辛い思いをするか分からない訳が無いと言うのに…。

ごめんね…っ。

心の中では涙を流し私は彼女を抱きしめる。見上げた冬の空は何処までも澄んでいた…。

別れの時は刻一刻と迫っている…。










――――Side ゼル・グラン






「どうやら情報の漏洩は確かなようです。そのため、本国も計画から撤退する考えが出始めている様ですね…」

「馬鹿な…っ」

部下から渡された報告書を床に叩きつける。

何故だ!?何故、こんな事に…

「この研究所の場所まで各国に漏れているとなると時間の問題かと…」

何がとは聞かない。そんなの決まっている。この計画が何の成果も出せずに終わってしまうと言う事だ。私の研究が…。

「本国の連中は何と言って来ている?」

「まだ、何も…」

何も、だと…?

有り得ない!ここまでの騒ぎになっていると言うのに何も無いだと!?各国に情報が漏れたという事実さえ部下に秘密裏に調べさせたと言うのにこちらには一切の情報が来ていないだと!?これは一体どう言う事だ!?

「ふざけるなっ!」

私は感情に任せて机を殴る。目の前の部下の事なんぞ知った事では無い。これが物に当たらずにいられるか。

「私がこの島から出られないと知っての情報規制か!」

「今、本国に戻ったとしても身柄を拘束されるのが目に見えていますね…」

部下が苦い表情でそう言うと、膝を折り床に叩きつけられた報告書を一枚一枚と拾っては纏めていく。

「…しかし、このやり方は強引過ぎはしませんか?今まで似たような事は幾度もありましたが今回は自分の首も締めている様な物ではないですか」

報告書を拾い終えた彼はそう私に疑問を訊ねて来る。

「我々を潰せるのなら自分の国の立場が危うくなろうとも関係無いと判断したのだろう。時間が解決してくれるとな!」

「…」

しかし、彼の言う通り今回の奴らの行動は少し妙だ。実験機の件が関係しているにしても強引と言うにも限度がある。連中も馬鹿では無い。このようなギャンブルに等しいやり方などしよう筈が無いのだ。何か原因がある筈だ。連中をこうも勢い付ける何かが…。

「反対派はともかくとして。上の連中がこうも簡単に計画を見切りをつけるというのは考えにくい。これまでどれ程の金を投資したと思っている?」

「…それについてなのですが」

「何だ?」

「我々が送っていない筈の情報を何故か本国が知ってしまっている様なのです」

「送っていない筈の情報…?」

「望ましい成果を上げているのは欠陥品…3510号のみ。と言う真実です」

馬鹿な…。その情報を上に知られたと言うのか!?

しかし、それならこの連中の行動も納得できる。国が計画から撤退する考えを持ち始めたのなら反対派の連中もこれだけ派手に好き勝手出来る訳だ。国外に情報が漏洩したとなれば国が計画から撤退する事を決定的な物にする事も容易い…。

だが、どうして情報が漏れた?情報は厳重に管理している筈だ。反対派がこの研究所内の情報を得るなど不可能に近い…。

「内通者…」

一番可能性が高いのはそれだ。いや、それしかないだろう。しかし何が目的だ?そんな事をして何の得になる?この計画が成功すれば地位は約束されると言うのに。

考えられるのは研究に耐えられなくなった臆病者か。或いは情に流された愚か者…。

情に流されたと言うのならそれは偽善でしか無い。長くて2年。早ければ一年未満で死んでしまうクローンだが。国がこの計画から撤退を決定してしまえばそのクローンも排除されてしまうのは目に見えている。ならばこのまま生かされている方が実験体達もまだ幸せだろうに。

…どのみち、この流れは止められんか。

流出してしまった情報をどうする事など不可能だ。国が取る行動も目に見えている。そして内通者を探すにしても今となってはもうどうでも良い事なのかもしれない。

「見当もついているしな…」

「はい?」

ぽつりと溢した言葉に部下は反応するが私は何でも無いと首を振りそれから口を閉ざした。

小娘が…。何を考えている?

小娘がアレに愛情を向けているのは報告で聞きそして私も実際に目にしている。しかし理解し難い。奴は何がしたいのだ?

ふん。何を考えているかは知らんが見せて貰おうじゃないか。どうせ反対派の味方と言う訳でも無いのだろう?

反対派はクローンの存在を嫌っている。非人道的だの何だの言っておいてクローンを人間として認めていないのだ。そんな連中の仲間にあの小娘がなる訳も無い。

我々を利用するか。まぁ、良いだろう。我々の破滅は決定してしまった様な物だ。なら、この国ごと巻き込んでやる。私の研究を認めなかった報いだ。

くっくくくくくっ!…私を切り捨てた事を後悔するが良い。貴様らもお終いだ。

内通者はそのまま放置しておいてやる。奴を消した所で今更何も得られる物も、失う物も有りはしない。どうせ奴も私がそうすると見込んでの行動だったのだろう。なら、とことん利用されてやろうではないか。恐らく、奴が企んでいるのは…。















それから一週間が過ぎた…。



この一週間は彼女にとっても、少女にとっても暖かな日々だった…。



一緒に遊んで、一緒に料理して、一緒に風呂に入って、一緒に寝て…。


少女にとって温もりに包まれた日々だった…。



こんな日々が何時までも続けばいい。彼女も、少女もそんな事を思っていた。



そんな日の夜の事。その日々の終わりを告げるメッセージが届く…。











――――Side クリス・オリヴィア





本国の計画撤退はほぼ確定していると言うのに今日も研究所の様子はいつもと変わらぬ物だった。情報が規制されているのだろう。隔離されたこの研究所内にいる研究員は外の情報を得るのは上からの伝達しか入手経路が無い。所長や上の連中が知らないなんて事は無いと思うが…。

恐らく、私の事も気付いているでしょうね。

所長は馬鹿では無い。寧ろその逆だろう。私の行動。思考。全て見通しているに違いない。私を放置しているのは私を殺した所で今更どうにもならないからと無駄な事をしたくないのと。この子、3510号の監視員として適任者が居ないから、と言った所か。

「もうすぐ…」

カレンダーはもう12月を示していた。あと2週間程すればあの子と二人でクリスマスパーティをしていたかもしれない。でも、そんな一時は決して来る事は無い…。

叶うなら、あの子と一緒にシンタグマ広場のツリーを見たかったなぁ。クリスマス一色で飾られた街を一緒に手を繋いで歩きたかった。メリーゴーランドにも乗せてあげたかった…。

他にも一杯してあげたいことがある。見せてあげたい物がある。伝えたい事がある。でも、それは叶わない願い…。

Pipipipi…

「!?」

PCにメールが届いた事を知らせる着信音が響き私は急いでメールの内容を確認する。内容は一言のみだった。

『明日、0400にて掃除を決行』

「…」

ついに明日か。

私は引き出しから紙とペンを取り出し、手紙を書き始める。今は安らかに眠っているあの子と、ある人物に向けて。

「…」

何と書こう?私はペンを持ったは良いものの、書く内容に悩み唯ずっと紙を眺めていた。そんな事をしている間に時間は止まる事無く進んでいると言うのに。焦る気持ちを抑えてペンに力を込めペンを走らせる。でも、どうしても伝えたい事が書けない。

「…っ」

ごめんなさい…。

書いては消し。書いては消しを繰り返す。何度も、何度も繰り返す…。

―――一人は…やだ。

「……ぐっ…」

ごめん、ね…。

ぽたっ…ぽたっ…

紙に何かが落ち滲む。それでも私はペンを走らせては書いてはまた消しと。作業を繰り返していた…。

「っ…ひぐっ…!」

ごめん…。

伝わらない。何を書いても。どんな言葉を並べても伝えられない…。

「ひっく…ぁ…ぐすっ…!」

こんな『ママ』で…。

時は無慈悲にも進んで行く。刻一刻と、指定された時間は迫り。結局、何度も書き直し涙でぐちゃぐちゃになった紙切れに私が書いたのはこの一言だけだった…。



―――この子を、守って…。















あとがき

次回、研究所編 最終回…。




[26146] 3510号観察日誌7
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:00

――――12月12日 AM03:57




「作戦3分前だ。各員、作戦内容は把握しているな?」

「「「「「はっ!」」」」」

「よし。0400に目標の真上を通過すると同時に降下。ハンガーを制圧しISを確保した後、研究所内『全て』の人間を排除する」

「「「「「了解!」」」」」

「ISを壊すなよ?『男』の俺達の命より貴重な物なんだからな」

「「「「「了解!」」」」」

「…ん?」

「どうした?何かあったのか?」

「あ、いえ。レーダーに一瞬何か映ったように見えたのですが…気のせいだったみたいです」

「そうか。目標はISを5機所持している。レーダーから目を離すな」

「はっ!」



03:58

カチッカチッカチッ…

「スゥ…スゥ…」

「…もう直ぐね」

安らかに眠るこの子を髪を愛おしそうに撫でながら私は時計を見ていた…。



03:59

カチッカチッカチッ…

「所長。少し休まれては?此処最近睡眠をとっていない様ですが・・」

「…」

「…所長?」

私は部下の言葉に耳を傾けずただじっとその時を待つ。胸に付き纏う妙なざわめき。きっと、今日がそうなのだろう…。




カチッカチッカチッ…

04:00




「さぁ時間だぞ!エアボーンだ!」





時計の針が4時を指した時。爆音が響き研究所全体を大きく揺らした…。










――――クリス・オリヴィア




「始まったわね…」

爆発が研究所を揺らした後、研究所の至る所から銃声や悲鳴が響き始める。どうやら時間通りに彼が言う『大掃除』が始まったらしい…。

急がないと…。

襲撃部隊の構成は伝えられてはいないが、ISを連れて来ていてもいなくても、ハンガーは既に押さえられている筈。本国もISは貴重なため可能なら無傷の状態で確保したい。なら、ISが保管されているハンガーを最優先に狙うのは当然と言えるだろう。

あの子をISに乗せれさえすれば、後はどうにでもなる。問題はどうやってハンガーまで行くか…。

エレベーターで行くのは無謀すぎる。非常階段も駄目だろう。なら残された通路は…。

視線を天井へ向けると、そこにあったのは通気口。気は引けるが此処しかないだろう…。幸い私でも通れるくらいの幅だ。通気口を通ってエレベータまで移動。そして上を目指そう。

ルートは決まったわね。

「3510号。起きて」

私はベッドで眠る彼女の肩をゆさゆさと揺らすと、彼女は眠たそうに目を擦りながらゆったりと身体を起こす。普段ならまだ寝ている時間だ。眠いのは仕方が無いだろう。しかし、今はそんな呑気にしている場合では無い。

「んぅ……」

「ごめんなさい。眠いのは分かるけど。我慢して」

テキパキと彼女をパジャマからISスーツに着替えさせ、此処から脱出する準備をする。大して時間は掛からない。何せ準備なんてこの子を着替えさせるだけなのだから。所要時間は1分。過去最短記録で彼女を着替えさせて準備は完了。後は引き出しにある手紙と…。

「…っ」

拳銃を懐に仕舞って部屋を出るだけだ。

銃なんて撃った事無いけど…。

当てる事も、牽制にすらもならないかもしれない。しかし持つのと持たないとでは全く違う物だろう。きっと…。

『う、うわああああああっ!?』

「っ!?」

「……?」

直ぐ近くで同僚の悲鳴が上がる。もう近くまで来ている様だ。今直ぐにもでも移動しなくては…。

「…さて、行きましょうか」

「?…コクリ」

今の状況が全く理解できていない彼女はとりあえず頷き私の手を握って来る。暖かかった。私の一番大好きな温もりだ。この温もりが後少しで失われると考えると辛かった。

しかし、今はそんな悲しみに浸る時すら許されず。私はこの子の手を引いて通気口のパネルを開いた…。










――――Side ゼル・グラン




「所長!逃げてくだ……がっ」

目の前に頭が弾け首から血を噴き出し血の噴水へと変わり果てた嘗ての部下に、私は今まで世話になった礼と共に静かに黙とうし、部下を殺めた侵入者を睨みつける。

「随分と手荒な事をするものだ。貴様等が同じ国の者だと思うと自分に流れる血が嫌で仕方が無い」

「貴方にだけは言われたくありませんね。抵抗は諦めていただこう。上からは研究員は全員殺せと命令されている」

「実験体はどうした?」

「全て排除した」

そうか。別に心痛むものではないが、連中に排除されたとなると気に食わないという気持ちもあるな。しかし…。

小娘。まさか殺されたなんて事はあるまいな?

もしもそうだとしたら期待はずれにも程がある。この私を利用したのだ。そんなつまらない結果は絶対に許されない。

「あれだけ金を掛けておいて馬鹿な連中だ。保身のためなら市民から巻きあげた金も溝に捨てるか」

「巻き上げたのは貴方でしょう。グラン博士」

「ふん。だが、選んだのは国のトップだ。違うか?」

「…」

目の前の男は何も言わない。男にとってはどうでも良い事なのだろう。マスクから覗かせるその眼には感情と言う物が見られなかった。

「答えんか。まぁ貴様の意見はどうでも良い。ところで、クリス・オリヴィアも殺す対象に含まれているのか?」

「全て殺せと命令されている。例外は無い」

…だろうな。連中が証拠を残すとは思えん。

「そうかそうか。で?勿論ハンガーは押さえたのだろうな?監視の者は?」

「無論居る。ISを使える実験体もそれを指導していた教導官も既に排除済みだ」

成程、だとするとあの小娘が目的を達成するのは難しいか。ISに乗り込めさえすればどうにかなるだろうが。それまでに死んでしまうだろう…ならば。

私はポケットからスイッチを取り出す。

さて…ならば私も国に痛手を負わせてやろうか…。

「!?動くなっ!」

「さらばだ」

私が何か企んでいる事に気付いたのか男は銃をの引き金を引くが遅い。男が引き金を引く前に、私はスイッチを押し何処かで響く爆音と共に頭を撃ち抜かれ鮮血を撒き散らし絶命した…。




「くっ!何処が爆発した!?各員!状況を知らせよ!何処が爆発した!?」












――――Side クリス・オリヴィア




「っ!また爆発の揺れ…随分と派手にやってるわね」

二度目の大きな揺れに、襲撃の激しさが増してきていると判断した私は。更に移動速度を上げていく。しかしこうも狭く匍匐前進での移動だと幾ら急ごうがそれは歩く速度より遅いのはどうしようもない事だった。

「う~…狭いのいや」

後ろでついて来ているあの子が涙声でそんな事を言うが我慢して貰う以外ない。廊下を通れば射殺される以外ないのだから。

「我慢して。もう少しでエレベーターに…ほら見えた!」

「…見えない」

私は見えて来た光と、出口から見えるエレベーターを吊るすワイヤーを指差すが、私が視界を遮っているため彼女には見えないでいた。考えても見れば当然である。

「あ、あはは…あ、良かった。運良くこの階で止まってる」

後は音を立てずに屋根に乗って中に誰も居ないか確認…うん誰も居ないわね。

耳を押し当て中から人の気配が無い事を確認すると、私は通気口で待っていたあの子を引っ張り出してエレベータに乗り込むと一階のボタンを押してまた屋根に登る。

「?…中」

「此処じゃないと危ないのよ」

「???」

上昇するエレベータの屋根の上で私はそう説明したが、彼女は全然分かっていない様子だった。

そんな中、数分すると一階へと到着しエレベーターが止まる。誰も入って来る様子も無い。今の内に移動しよう。

再び通気口の中へ。あの子は心底嫌そうにしていたが問答無用で引き摺り込もう…としたが、通気口内の様子がどうもおかしかった。

「うっ…けほっけほっ!煙?」

通気口から黒い煙が流れ込んできて耐えられずエレベータへと戻る私。何かが燃えているのだろうか通気口は煙で満たされ移動するのは不可能な状態だった…。

…何処かで爆発が起きてたからそれが原因かしら?

しかしどんな理由であれ、これでは通る事が出来ない。危険だが廊下を通るしか方法はないだろう…。

「下に降りましょう」

「コクコク」

随分と嬉しそうね…。

通気口に入らなくて良いと分かったのか嬉しそうに何度も首を上下に動かす彼女。今自分が置かれている状況を理解しているのならこんな反応はしない筈なのだが…考えるのはやめておこう。

中に降りると、私は入口の陰に隠れ彼女を私の後ろに押し込み開閉ボタンを押しドアを開ける。

…反応なし。

ゆっくりと開かれたドアに外からは何も音はしない。どうやら人はいない様だ。ほっと胸を撫で下ろし外を覗きこんだ。覗きこんだ私の目に映り込んだのは、いつもこの子と一緒に歩いていた廊下の変わり果てた光景だった…。

爆発の影響か、彼方此方で火災が発生し黒煙を上げ、廊下には嘗ての同僚と、襲撃してきた軍人と思われる男の死体が転がっていた…。

「…っ」

目の前に転がる死体と人の焼ける臭いで胃の中の物を戻しそうになるが、私はそれを必死に耐えて彼女の手を引き廊下を歩いて行く。

「…くさい」

彼女は鼻を押えてそう訴えて来るが私もそれは同じだ。しかし、私はそれを口にしない。これは私の招いた事なのだから。彼らを殺した張本人がそんな言葉を吐いて良い訳が無い。

…でも、何で襲撃してきた軍の人間まで?

死体の状況からみて死因は爆発によるもの。戦いのプロである彼等が自分の攻撃で死ぬとは考えにくい。では、誰が…?

第三の勢力でも介入してきたとでも言うのだろうか?此処には国の半分以上のISが存在する。そしてこの場所は公には出来ないとなると狙うには絶好の場所ではある。

「でも今はそんな事考えている場合じゃないわね。今の内に急いでハンガーに向かわないと…」

状況は把握できないが、どうやら先程の爆発で双方共に被害が及んでいる様だ。なら、敵が混乱しているであろう今がチャンス。今の内にハンガーに向かいISを奪ってこの子を…。

この子の手を引き変わり果てた廊下を走る。瓦礫や、死体を跨ぎながら。その中の幾つかはまだ息があり呻き声を漏らす者も居たが私は足を止める事無く進み続けた…。

「ぅ~…」

「ごめんね。もう少しの我慢だから」

次第に顔色まで悪くなって来る彼女に私は謝る事しか出来ない。せめて外にでさえすればこの臭いや煙も少し位は弱まると思ったのだが。どうもハンガーに近づくに連れて煙の勢いも増していっている様な気がする。

おかしい。彼方此方で火災は起こってるけど此処まで酷くは…まさか!?

「ハンガーもさっきの爆発の被害にあってるんじゃ!?」

誤算だった。ISは本国も無傷で確保したい筈と確信していた為ISが破壊されるなんて事は考えていなかった。もし、ISが破壊されていたとしたら、もうこの子を逃がす事が不可能になる。

「…っ」

「あぅ!?」

私は彼女を抱えて廊下を走る。もう廊下に転がる死体を意識する事は無かった。いや、そんな余裕も無くなったと言うべきなのだろう。

息を切らしながら私は願う。無事であってくれと。しかしハンガーに辿り着いて私が目にしたのは残酷な現実だった…。

「そ、そんな…」

ガクリと膝をつく。私の目にしたのは最強の兵器の残骸。爆発の所為であろう。機体は黒く焦げ腕や脚はバラバラに散らばっていた…。それも一機だけでは無い全ての機体がそうなっていたのだ。

まさか、本当にISを破壊するだなんて…。

「どうすればいいの…?」

力無く誰も答えてくれる筈も無い問いを呟く。当然返って来る筈も無い。私の耳に届くのはパチパチと火が弾ける音だけだ。

頼りのISは鉄屑に変わり果て脱出手段は失われた。どうすればいい?どうすればここからこの子を脱出させる事が出来る?どうすれば…。

くいっくいっ…

…?

「何?どうかしたの?」

作り笑いで服を引っ張って来る彼女に微笑みかけると、彼女はすっとハンガーの奥の方を指差した。

「イカロス・フテロ…壊れてない」

「えっ!?」

バッと彼女の指差す場所を見る。すると、そこにはこの子の専用機であるイカロス・フテロが無傷で佇んでいた。

ど、どう言う事?どうしてこの機体だけ?

慌てて立ち上がって機体に近づいて行く。そして近づいてみて更に疑問が思い浮かぶ。妙なのだ。この機体の周辺だけは爆発の形跡がない。むしろこの機体に影響が無い様に爆発した様にも見る。まるでそうなる様に爆弾を設置して爆破したかのように…。

偶然とは考え辛いわね。他の機体は見事に破壊されてるのに…。

ともあれ、この子の機体が無事で良かった。何故この機体だけ無事だったかと言うのはこの際置いておこう。考えている時間は残されていないのだから。

「さぁ、機体に乗りなさい3510号」

そう言って彼女を持ち上げる。もう慣れてしまった彼女をコクピットに運ぶこの作業。これで最後だ。

「…?まだ空暗い」

「今日は特別なの」

いつもの訓練だと勘違いしているのか。そんなこの子に私はそう誤魔化すとこの子をコクピットに乗せてISを起動させ目的の座標を登録する。これで迷わずに真っ直ぐ目的地に向かえる筈だ。

「………」

…ついに来ちゃったかぁ。

来なければ良いと思っていた。ずっと続けばいいと、この子の傍に居たいと。でもそれは許されない。別れの時間がやってきてしまったから…。

「3510号」

私は最後に微笑んで話し掛ける。お別れは笑ってしようとそう決めていたから…。

「?」

「ハイパーセンサーの指示する場所に向かって飛ぶのよ?良いわね?」

「ん」

「あと、此処には戻って来ちゃ駄目。分かった?」

戻ってきた頃にはきっとこの場所は更地に変わって誰も居ないだろうから…。

「!……フルフル」

「駄目」

「や」

「言う事聞きなさい」

「いや!」

「きゃっ!?」

激しく首を横に振りあの子は私の言葉を拒絶すると、彼女はISに強化された肉体で私を軽々と持ち上げる。一緒に連れて行こうと考えているのだろう。一人ぼっちになるのは嫌だから。この子は孤独が嫌いだから。きっと誰かが傍に居てあげないとこの子は生きていけない。でも、此処から逃げなければ今死んでしまう。それだけは私が阻止しなければならない。この子を愛する者として…。

「…大丈夫。迎えに行くから」

彼女の頬に手をそっと触れて優しく語りかける。子供をあやす様に優しく…。

そう、必ず迎えに行く。

「…」

「絶対に、絶対に迎えに行くから。それまで待ってて、ね?」

例えこの身が朽ち果てようとも、必ず迎えに行く。貴女が全てを終えた時に絶対に迎えに行く。そしたらまた一緒にくらそ?またあの暖かな日々を…。

「一人は…いや」

「一人じゃないわ。貴女が行く所は人が一杯居るの。きっと友達も出来る。寂しいなんて事は絶対にない」

「…何処?」

「学校よ。知識にはあるわよね?」

「コクリ…勉強するところ」

「そう。あと、友達を作る所」

「ともだち…」

「そうよ。此処では絶対に作る事が出来ないもの…だから、作っていらっしゃい。きっと掛け替えのない宝物になるから」

その存在は、きっと貴女の人生をより暖かな物へと変えてくれる。貴女を孤独から守ってくれる。もう、私は貴女を守れないけどその友達がきっと貴女を守ってくれるから…。

「…………行ってくる」

「良い子ね」

長い沈黙後、渋々ではあるが友達と言う物に興味が出たのだろう。私の言う事にあの子は従ってくれた。

…そうだ。大事な物をあげるの忘れていた。

「ミコト…」

ぽつりとそう呟く。

「?」

「貴女の名前よ。何時までも3510号だと友達出来ないからね。ミコト・オリヴィア。それが貴女の名前」

番号じゃなく。貴女が貴女だと証明する名前。貴女だけの名前。私が最後に送ってあげられるもの…。

「ミコト…ミコト…」

そう何度も繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。心に刻みつけるように。ミコトは何度も呟く…。

「ん…」

「気に入って貰えたかしら?」

「コクリ…クリスがくれたから」

「…そう」

ああ、卑怯な子だ。もう覚悟していたつもりなのに。そんな言葉を滅多に見せない笑顔と共に言われたら覚悟が揺らいでしまうではないか…。

「っ…これ!『織斑 千冬』と言う人に渡してちょうだい。きっと力になってくれる筈だから」

こみ上げて来る涙をぐっと堪え、手紙を取り出すとミコトに渡す。力になってくれるなんて何の根拠のない出まかせだ。これは唯の私の願望でしか無い。しかし私には彼女にしか頼れる人物なんて居ないのだ。

「ん…」

バサァ…

「ミコト」

翼を広げ飛び立とうとする彼女の背中に私は呼び掛ける。

「?」

「いってらっしゃい」

「…いってきます」

最後の、本当に最後の言葉を交わし、彼女は鳥かごから抜け出し翼を羽ばたかせて大空へと旅立った…。

いってらっしゃい…そして、さようなら。私の愛しい娘…。

娘が飛び去っていった空を眺めながら私はこの数ヶ月間を振り返った。短くも長い日々だった。満たされた日々だった。愛おしい日々だった。

最初の頃は、面倒な仕事を押し付けられたと愚痴を吐いていたと言うのに。いつの間にか、あの子と過ごす日々が楽しくなって。掛け替えのないものになって…。

気付けば、あの子の事を我が子の様に想っていた…。

私の部屋にはあの子との暮した思い出が詰まっており、あの子の写真も沢山保管されている。あの子との思い出。あの子との過ごした日々。それは、私にとって宝物だった…。

どうか、あの子の行く先にも温もりが在りますよう…。私はそう願い天を仰ぐ…。

嗚呼…どうやら終わりみたいね。

後ろの通路から聞こえて来る大勢の足音。きっと軍の人間だろう。私の人生も此処で幕閉じだ。

「ミコト…さようなら」

そう呟いた瞬間、私の視界は紅く染まり。意識はそこで途絶えた…。











――――Side ???






「研究所が所有するIS5機奪取が目的だったんだけど…」

バイザー型のハイパーセンサーが映し出すのは黒煙を上げる研究所と、ハンガーに転がる4機のISの残骸。まさかこっちが襲撃する前に自爆するなんて思いも因らない事が起きてしまった。

面倒な事を…。

自決するのは勝手だがそんな事は私が関与していない所でやって貰いたい。スコールにどう報告すれば良いのやら…。

「ん…?」

センサーに反応が在りセンサーが指す方向を見ると、ハンガーからISが物凄い勢いで飛び出して来る。あの特徴的な翼。報告で聞いたギリシャが開発した第三世代か…。

「せめて1機だけでも確保しないと言い訳も出来ないわね」

何せ、何処ぞの『お構いなしの雨』はこっちの事情など考慮してくれないのだから。

内心そう愚痴を溢すと『サイレント・ゼフィルス』奔らせ、飛び去った新型の後を追う。しかし流石は新型と言った所か、高速機動型なだけはあってこの機体では追い付けそうに無い。接近して取り押さえようと考えたが無理そうだ。なら自慢の羽を千切って落としてしまおう。そう判断した私は『スターブレイカー』を構えて照準を定めて撃ち放つ。

ビュンッ…

『…?』

「避けたか」

易々と回避され少しイラっとしながらも再度狙って銃を撃ち放つ。しかし結果は同じだ。何度撃っても奴には掠りさえしなかった。

「ちっ…ちょこまかとっ!」

『???』

「いい加減落ちろっ!……なっ!?」

苛立ちの籠った声でそう叫ぶ。しかし叫んだ瞬間センサーから新型の姿が消える。

「何処に消えた!…あそこかっ!?」

センサーが再スキャンした結果。新型は私が居る場所とはかなり離れた場所を飛んでいた。一瞬にしてあんなに距離を離されるとは。私は信じられない物を目にしている気分だった…。

『エル。作戦は失敗よ。戻りなさい』

急に響くISのプライベート・チャンネルの作戦失敗を意味する声。

「まだ終わって無い」

『いいえ。貴女のそのサイレント・ゼフィルスではあの新型には追い付けないわ。それに、随分とエネルギーを使ったんじゃない?』

声の主の言う通りゲージがかなり減っていた。このまま撃ち続ければ帰りのエネルギーまで使ってしまう事になるだろう。

『戻りなさい。良いわね?』

「っ…了解」

小さく舌打ちすると、私は方向変えて、新型とは違う方へと飛び去って行く。心に苛立ちを残して…。

『そう苛立たないでよ。どうせまた会うことになるんだから。その時に奪えば良いわ。あの機体が完成している状態で…ね』

励ましている…つもりなど毛頭ないのだろう。唯、声の主は好き勝手に話しているだけ。こちらの都合など関係無しに…。

それに、私が苛立っているのは落とせなかったという悔しさから来るものではなかった。あれは…。

…苛々する。まるで遊ばれているみたいだった。

そう、あれは。まるで遊びに付き合わされているようで。私など眼中に無かったと言った雰囲気で…。

「次は…必ず…」






















―――Side 織斑 千冬
     IS学園




「今日の授業はこれで終了とする。解散!」

「「「「有難うございました!」」」」

もう今年も終わりか。毎年毎年、喧しい馬鹿者共が集まって来るが如何にか物になりつつあるな。まぁ、まだまだひよっこ以前だが…。

全員が礼をするとキャッキャッと騒ぎながら校舎へと戻っていくのを眺めつつそんな事を思っていると、キラリと何かが空で光った様に見えた。

む?何か光ったか?

陽の光で何かが反射して光った様に見えたが…気のせいだろうか?

目を細めじっと空を眺めると、やはり空でまた何かが光った。飛行機かとも思ったが明らかに小さい。それにこの速度…ISか!?

「山田君!今直ぐ生徒達を避難させろ!」

「え?な、何でですか?」

「いいから急げ!」

「は、はいぃ!?み、皆さ~ん!急いで校舎に戻って下さぁ~い!」

私の怒声に涙目になりながらも彼女は慌てて生徒達を校舎へと誘導する。どうにか生徒の避難は間に合いそうだが…しかし何処の馬鹿だ。白昼堂々とこの学園にISで乗り込んで来る奴は。

空を睨み待ち構える事10秒。小さな点だった機影も今ではハッキリと視認出来る。目立つ翼とシルエットから察して高機動特化機と言った所か?

良い度胸だ。捻り潰して委員会に叩きだしてやる。

そう後の事を考えながらも演習で使用していた打鉄に乗り込み。さあ、相手になってやろう。と、勢い良くスラスターを噴かせ向かってくる未確認機体と接触…する筈だった。

「…何?」

余りにも予想外の結果に、呆然と後ろを振り向く。

なんと、接触すると思われたソレは。私など見向きもせずに横をすり抜け、そのまま校舎の方にも向かう事無く大きな爆音と共にグランドにクレータを作り停止したのだった…。

「んきゃあああああっ!?」

…どうやら爆風に巻き込まれた馬鹿者がいるらしい。聞きなれた同僚の間抜けな声に、私は頭を押さえやれやれと溜息を吐いた…。











「この機体。酷く破損してますね。よくこんな状態で…」

グランドに墜落してきた機体は酷い状態だった。両足は千切れかけ、本来なら美しかったであろうその大きな翼も表面が剥げ、無残な物だった。

「攻撃による物では無いな。機体の方が耐えられなくて自壊したのか…」

一体何処から飛んできたかは知らないがとんだ欠陥品だな。この機体は…。

長距離飛行に耐えられず自壊するとは。ISと呼ぶには余りにも酷い出来だ。元々ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。現在は軍事転用されているが、それでも攻撃されたのなら兎も角として。飛行しただけでこうはならないだろう。

「何処の機体でしょう?見た事無いですね」

私の記憶にもこんなISは存在しない。こんな余りにも特徴的な機体を見れば忘れる事はないだろう。

「どこぞの国が鉄砲玉として送り込んで来たかとも思ったが…どうやら違うらしい」

「て、鉄砲玉って…」

そんな馬鹿な事を考える連中がこんな間抜けな事をする訳も無いだろうし、それにこの機体。どうやら武装もしていないらしい。

「と、とりあえず!パイロットを助けましょう!…ってええ!?」

「…っ」

これは…どう言う事だ?

クレータを滑り降り、半壊した機体からパイロットを引き摺り下ろそうとコクピットに近づいた私と山田君はパイロットの顔を見て言葉を失う。何故ならそのパイロットは…。

「お、織斑先生…?」

私と瓜二つの少女だったのだから…。









あの後、私と山田君は急いでこの少女を保健室に運んだ。幸いな事に、シールドはちゃんと機能していたため彼女の身体に怪我は存在しなかった。

「疲労で眠っているだけで、命には別状はないそうです」

「そうか…」

夕陽に照らされて茜色に染まる保健室のベッドで白い少女は眠っていた。彼女の言う通り本当に疲れていただけなのだろう。その表情はとても安らかな物だった。

「あの、この子は一体何者なんでしょうか?えっと、その…何て言うか…」

「私に似ている、と?」

「あ、はい…」

言葉に困っていた彼女に私はハッキリと発言すると彼女は目を逸らして頷く。確かに聞き辛い事なのかもしれないが、真実を先程知ってしまった私にとっては何を今更と言った感じが強く。特にコレと言って気にする様な事は無い。

不快極まりない事は変わらないがな…。

ポケットから封筒を取り出すとそれを睨みながらそう思う。この少女を保健室に運んだ後。私はこの封筒の中身を確認したが。本当に不快極まりない内容だった。

「あの…?その封筒は?」

「別に中身を見ても構わないですよ」

「え?あ、はい。えっと、手紙…ですね?なになに……これは」

手紙の内容に彼女の表情が困惑から一気に眉がつり上がり真剣な物へと変わる。唯事では無いと判断したのだろう。まぁ、この学園に居る以上、こう言う事は表に見えないだけで裏では日常茶飯事なのだが。今回はかなり特殊な例だ。

「この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…」

「…」

この手紙を書いた本人はこの少女とどんな関係で、どんな気持ちだったのだろうか。私にそれを知る術は無いがきっと悔しい気持ちで一杯だったに違いない。この少女を手放す不甲斐無さ。この少女を守れない自分の無力さで…。もし、自分もこの書き手と同じ状況だったらどうしただろう。一瞬、弟の顔が頭を過ぎったが直ぐに私はそれを振り払う。

私は、決して手放したりなどしない。守ってみせる…。

「…あとは、データディスク?」

封筒から出て来たのはデータディスク。私を不快にさせた原因がそのディスクの中に入っている…。

「何が入ってるんでしょう」

「『クローン計画』とやらの情報だよ」

「クローン…計画…ですか?」

「さっきも君は言っただろう?私にそっくりだと。つまりそう言う事だよ」

クローン計画。私の遺伝子でクローンを培養。私と同じ能力を持ったIS操者を量産すると言うふざけた計画だ。まさか私が知らぬ所でそんなものが行われていようとは…。

「そんな…だ、だって!人間のクローンは!」

「国際条約で禁止されている。だが、これは事実だ」

目の前の少女は紛れも無く私のクローンだ。肌と髪の色は異なるがな…。

「…この子どうするんですか?」

「…」

―――この子を、守って…。

守って…か。何と身勝手な事を言ってくれる。

IS学園特記事項。本学園に於ける生徒は、その在学中に於いて、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。この学園の生徒になれば少なくとも3年は身の安全が保障される。そして、この少女なら生涯安全が保障されるだろう。その寿命故に…。

だが、それは学園側が受け入れればの話だ。こんな厄介事受け入れるとは考え辛い。特に、この子の出生を知れば尚更だ。

「この子を守ってって…この手紙を書いた人はどうしたんでしょうか?」

「…さあな。最悪、死んでいるかもしれんな」

「そんな…だったら何でこの子と一緒に逃げなかったんですか!?」

「この少女個人なら学園が受け入れる可能性が高くなるからだ。この手紙の主が一緒に居れば学園の性質から考えて確実に受け入れを拒否しただろう。少しでもこの子供が助かる確率を高める為、自分の命を切り捨てたか。別の意味でもな…」

あの機体の破損状況。一人だから此処まで辿り着いたものの、もし二人なら途中で墜落していた。

そして、この学園でなければ延々と逃亡生活をしなければいけなくなる。死と隣り合わせの…。国は絶対に逃がしはしないだろう。ならせめてこの子だけは…と、そう言う事だ。

やれやれ…。

がしがしと頭を掻く。望んでも居ないと言うのにどうして厄介事とは立て続けにやって来るのか。それに…。

「…盗み聞きとは良い度胸だな。更識 楯無」

「えっ?」

「あらら…ばれてましたか」

ぱちんと扇を閉じる音を響かせひょこりと保健室の入口から顔を覗かせると、奴は悪びれる様子も無く部屋に入ってくる。

「何の用だ?まぁ、聞かなくても分かるが」

「はい♪生徒会長としてのお勤めを♪あとそのディスク下さいな♪」

「ほざけ。暗躍する生徒会長なんて居るものか。あとやらん」

どうせ遅かれ早かれ自力で情報を入手するだろうが。

「人聞きが悪いですね。せめて警護って呼んで下さいよ」

扇で口元を隠して優雅に笑う更識だったが。その笑顔を向けられた私はまったく笑ってはいなかった。寧ろその笑顔を見て唯でさえ苛立ってると言うのに更に苛立ちが増し、隣に居る山田君ががくがくと震えていた。

まったく、とことんイラつかせる奴だ…。

「ああ、あと。あの機体の解析が終わりまたよ」

何故それを貴様が知っているなどとは聞かない。もう質問するのも疲れる…。

「機体名は【イカロス・フテロ】何て言うか、名は体を表すって感じですね」

「イカロスの翼、ですか…ギリシャ語ですね」

「皮肉な名前を付けたものだ。由来した物語と同じ結末になるとはな。笑えん」

「機体の方も欠陥も欠陥ですからねぇ…どうするんです?このイカロス少女」

…。

「…貴様はどうして欲しいんだ?『生徒会長』殿?」

「私としては厄介事を持ち込まれるのは困りますけど、このIS学園に厄介事なんて日常茶飯事ですし。今更って感じですね」

否定出来ん…。

くすくすと笑う更識に頭を押さえる。本当に彼女の言う通りなのだから困る。だからこそ持ち込みたくないのだが…。

「私は『委員会』の決定に従うだけですよ。それが仕事ですから」

「ふん、狗が」

「酷いですね。生徒会長と言う責務を果しているだけじゃないですか」

黙れ女狐め。

「それで、どうするんです?」

「…さて、な」

安らかな寝息をたてている少女を見る。

―――この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…。

…まったく。

助けてやる義理は無い。寧ろ自業自得とも言えるだろう。しかしあの手紙の事を思い出すと、どうしても良心がズキズキと痛む。あの一言は無駄に言葉を並べるよりも遥かに重みがある物だった。

「はぁ、面倒事が増えたな…」

今からやらなけれならない山積みの仕事の事を考えると、溜息を吐かずにはいられなかった…。



















あとがき

会長が出る5巻はまだ読んで無いからキャラが書けないと言う(゜Д゜;

早く6巻まで読み進めないと…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:03

桜舞う春の空。暖かな風は花も甘い香りを運び学園の桜の樹を揺らす。

「ん~~♪」

今日の気分は気分は絶好調。この良い天気と暖かな気温は空を飛ぶのにもってこいのコンディションだろう。私は屋上で空を眺めてそんな事を考える。しかし何故だろう。何か忘れている様な気がする…。

「………ん」

ん、まぁいい…。

忘れると言う事はきっとどうでも良い事なのだろう。私は引っ掛かる事を記憶の奥の方に仕舞い込んで空を眺める事に集中する。本当にいい天気だ。千冬や真耶にイカロスを使っては駄目と言われているから使わないが、本当なら今直ぐにでも飛んでいきたい気分だ。でも、飛んだら千冬が怒るからやめておく。千冬は怒ると叩くから苦手だ。

「むぅ…」

早く飛びたい。真耶が言うにはもう少し我慢したら好きなだけ飛んで良いよと言っていたが、何時まで我慢すればいいのだろう?

「ん~~…」

もう少し我慢する。今はこのぽかぽかで暖かな日差しの中で空を眺めて、お昼寝でもしよう。

「すぅ…」

そうして、私は今日もいつも通りお日様に見守られながら眠りについた…。

クリス…。

優しい母に包まれて眠る夢を見ながら…。














第一話「白き少女」













――――Side 織斑 一夏





「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」

にっこりと笑顔で微笑み黒板の前でそう告げるのは俺のクラス副担任である山田真耶先生。身長は低めで外見も生徒に混じっても違和感ない程だというのにこれで先生だと言うのだから世の中分からないものだ。

しかも着ている服も少し大き目でサイズが合って無く。なんだかその姿は背伸びをする子供を連想させる。本人に言ったら怒りそうだが…。

これもこの学園だからこそ、なのか?な訳無いか。

入学式で他の教員を見たが別にそう言う訳でもなかったし。まぁ、それでも他の学校と比べれば若い先生も多くて皆女性教員だったけど。

「それでは皆さん。一年間よろしくお願いします」

『…………』

し~ん…

柔らかな笑顔での挨拶。本来なら見惚れても良い程のその笑顔もこの教室を包む変な緊張感の中では何の意味もなさない。誰一人山田先生の挨拶に無反応なのだ。まぁ、その変な緊張感というのは多分、自分が原因だろう。絶対。だってこの教室に入った時からずっと背中に視線が突き刺さって痛いんだもん…。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で…」

ああ、可哀そうな山田先生。まさか無反応だなんて思わなかっただろうに…。

でもスイマセン。反応してあげたいんですけど突き刺さる視線で金縛り状態なんです。動かないんです。むしろ俺を助けて下さい。何故?何故って、お前…。

俺以外のクラスメイトが全員女子だからだ!

そう、此処は女性にしか動かす事が出来ない兵器。IS(インフィニット・ストラトス)の操縦者を育成するための学校。つまり、女性しか入学出来ない訳である。本来なら…。

突き刺さる視線の理由は当然クラスにぽつんと男子が一人だけ居るから。しかも目立つ『真ん中の前から二列目の席』。そりゃ目に入るし気にならない訳が無いし視線も集まる。しかもこの学園に来る前に、ニュースで大々的に世界に自分の存在を放送されたのだからちょっとした有名人だ。自分は望んでなんていないし有名になっても嬉しくもないが。何故なら現在の様に見世物状態になるのだから…。

何でこんな事になったんだっけ…。

思い起こせば今年の2月。俺、織斑一夏が試験会場を間違ってISを起動させてしまったのが原因だ。女性にしか動かせない筈が何故か男の俺が動かしてしまって俺の意思に関係無く強制的に入学させられてしまったのだ。まぁ、ぶっちゃけると誰が悪いか問われれば会場間違えた自分が悪いですすいませんでした。って話になる訳だが…。

弾ならハーレム最高!とか言って喜ぶんだろうけどなぁ。

実際に男一人で女に囲まれるという体験している身から言わせてもらえれば、男子校行きたいです。マジで…。

ちらり

「………」

救いを求めて窓側の席に視線を向けるのだが、その視線の先に座っていた無慈悲な幼馴染 篠ノ之 箒は視線を送っても顔を逸らすだけ。箒さんや、それが6年ぶりに再会した幼馴染に対する態度でしょうか?もしかして俺嫌われてる?俺何かした?なんにも記憶にないのですが…。

「……くん。織斑 一夏くん!」

「は、はいっ!?」

目の前から聞こえる自分の名を呼ぶ大きな声によって逃避していた魂を現実へと引き戻され、はっとして裏返った声で返事をしてしまう。

「あっあの、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!自己紹介、『あ』から始まってい今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、駄目かな?」

掛けているメガネがずり落ちそうになる程ペコペコと頭を下げる山田先生。何て言うか、その、先生としての威厳が全く無い…。生徒にそんなに頭を下げるのはまずいんじゃないだろうか?それに今日は入学初日であって生徒に舐められる様な事はしない方が…。

「いや、あの、そんなに謝らなくても…っていうか、自己紹介しますから、先生も落ち着いてください」

「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ?絶対ですよ!」

がばっと顔をあげて、俺の手を取り熱心にそう聞いて来る山田先生。

いや、そんな熱心に言わなくても…。ていうか皆自己紹介してるのに俺だけやらないって言うのは不味いでしょ。雰囲気悪くなるし。てか近い、近いって!

何にしても、自己紹介は入学初日のイベントみたいなものだからやるしかないだろう。やると言ってしまったしやってやろうではないか。何事もはじめが肝心だ。最初の印象が交友関係を大きく左右させる。

さてと、何と喋るべきか…ん?

自己紹介を始めようと席を立ったは良いものの。俺の意識は自分の前の席に集中する。

空席…?

そう、空席である。入学初日に。別に珍しいと言う訳ではないだろう。風邪かもしれないし家の都合かもしない。でも、俺は前の空席が妙に気になった。さっきまで現実逃避して気付かなかったくせにとは言わないで貰いたい。色々と一杯一杯なのだ俺も。

「あの…」

気になったので山田先生に聞いてみる事にする。副担なんだしこの空席の生徒の事も知ってるだろう。

「はい?何ですか?」

「いや、どうでも良い事なんですけど。前の席の人はどうしたんです?」

「え?ミコトちゃ…こほん。オリヴィアさんですか?さ、さぁ、どうしたんでしょう?入学式にも居なかったですし…あわわ!もしかして事故に遭ったんでしょうか!?」

いや、俺に聞かれても…。

大丈夫なのかこの先生は?涙目でうろたえている山田先生にそう思わずにはいられなかった。とりあえず分かった事は前の生徒の名前はオリヴィアさんって事と、先生も理由が知らないって事だ。

まあ、知らないならしかたないし。ただ単に気まぐれで気になっただけでそこまでして知る事でもないから良いか。

「山田君。オリヴィアは学園で暮らしてるのだから事故に遭う訳無いだろう」

…え?

沈黙の教室に凛として聞きなれた声が響いた途端、教室中がざわめき出す。だが、俺はそんなざわめきなど耳に入って来ない程に混乱していた。何故なら、突然現れて俺の目の前に立っていたのは…。

「あ、織斑先生。会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」

世界で唯一人の家族で姉である織斑 千冬だったのだから…。

職業不詳で家にろくに帰ってこないで危ない仕事でもやってるんじゃないかと思ってたらまさかIS学園で教師をしてただなんて…。

「そ、そんなことより大変なんですよ織斑先生!オリヴィアさんが!」

「どうせまた自由気ままに散歩でもしているんだろう。入試の時だって…」

「あの時は心配しましたよ~!試験会場に来ていないって連絡を聞いた時は授業ほっぽりだして飛び出しちゃいましたもん!」

おい教師!

「まぁ、結局は学園の屋上でぼーっと空を眺めてただけというオチだったがな」

そいつも随分とフリーダムですね!?

今の会話を聞いていると随分とアレな奴だと言うのが分かる。て言うか良く合格できたな。フリーパスで此処に来ている俺が言うのも何だが。

「まぁ、アイツの事はどうでも良い。どうせふらっと此処に来るだろう」

良いのか。それにしても珍しい。あの厳しい千冬姉が規則違反を許すなんて…。

一体どんな人物なのだろう?千冬姉がそんな自由気ままな行動を許すなんて束さん位しか思い浮かばない。まぁあの人は色んな意味で規格外なので参考にすらならないけど。それに千冬姉も許していると言うより諦めていると言った方が正しい。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らっても良いが私の言う事は聞け。良いな」

何と言う暴君。流石は千冬姉だ…。

無茶苦茶な暴力発言に批判の声が上がるかと俺は思った。しかし、教室にはそんな声はまったく無く、それどころか喜びに満ちた黄色い声が響いた。

「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

お姉様って…いや、何も言うまい。

元々此処は女子高みたいなもんだし、そう言う物なんだろう。そうに違いない。そう自分に言い聞かせる。

「あの千冬様にご指導していただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

有名なんだなぁ千冬姉は。でも最後の人は落ち着こうな。

きゃーきゃー騒ぐ女子生徒達。まるで人気アイドルを前にして騒ぐファン達の様だ。たぶん間違ってはいないのだろうが騒がれている千冬姉本人はかなりうっとうしそうにしている。

「毎年、よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも私のクラスだけ集中させているのか?」

頭を押さえて本当にうっとうしそうに溜息を吐く千冬姉。毎年これなら気持ちは分からなくもないが、しかし愛想良くしても罰は…。

「きゃあああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾して~!」

前言撤回。今のままで宜しいかと存じます。むしろ毎年良く我慢できるね。流石、千冬姉である。

「やれやれ…まぁいい。織斑続けろ」

「え?…あっ、ああ!」

自己紹介ね。忘れてたよ。場の空気に流されて…。

濁流だったけども。

「えっと………織斑一夏です。よろしくお願いします」

名乗り終えると、頭を下げそして上げる。はい終了これで終わり!と言うつもりで頭を上げたのだが…目の前の女子生徒達は『もっと色々喋ってよ』的な視線を送って来る。そして『これで終わりじゃないよね』と言う場の空気。すいません終わりです。別に話す事なんて特にありませんし自慢する程の趣味や特技もありません…。

『………』

し~~~~ん…

…えーと。

どうする?どうするよこの空気。頼む助けてくれ幼馴染!と視線を箒に向けるがやはり逸らされる。薄情者め…。

い、いかん。このままじゃ『暗い奴』のレッテルを貼られてしまう。

考えろ。考えろ俺。まだ何か方法がある筈だ。俺は脳をフル稼働し思考を巡らせ、そして…。

「以上!」

大きな声で堂々と自己紹介の終了を告げる。それを聞いた途端、一斉にずっこける女子生徒達。彼女達は一体俺に何を期待していたのだろうか…。

パァンッ!

「いっ―――!?」

無駄にでかい音と共に後頭部に衝撃と激痛。後ろを振り向けば千冬姉が出席簿を片手に俺の真後ろに立っていた。あの出席簿で叩いたのかそりゃ痛い訳だ。

「挨拶も満足に出来んのかお前は」

「いや千冬姉…俺は…」

「学校では織斑先生と呼べ」

パァンッ!

よ、容赦ねぇ…。

二度目の衝撃に「うおおおお…」と呻き声を上げながら頭を抱えて縮こまる。

「え?織斑くんって、あの千冬様の弟…?」

「それじゃあ、世界で唯一ISが使えるのも、それが関係して…」

しまった。今のやり取りで俺と千冬姉が姉弟だと言う事がクラスの皆にばれてしまったようだ。まぁ、遅かれ早かればれる事だから問題無いだろう。

「無駄な事に時間を使ってしまったな。では次の生徒自己紹介を……まったく、漸く来たか。馬鹿者め」

え?誰がだ?

俺の自己紹介が終えて次の生徒の番に移ろうとした時、突然千冬姉が妙な事を言いだした。漸く来たか。確かに千冬姉はそう言った。しかし、教室には誰もやって来てはいない。俺を含めて千冬姉を除く教室の全員が困惑するが千冬姉本人はそんな俺達の事を気にもしないでその『誰か』が来るのを待つ。

ガラッ

ホントに来た!?

すると、驚くべき事に千冬姉の言う通り黒板側のドアが開いて前の空白の席の主であろう生徒が入って来たのだ。しかし本当に驚くべき事はそれでは無かった。その生徒が入ってきた途端。再び教室中がざわめき出し、誰もが自分の目を疑った。俺も、今まで我関せずだった箒も目の前にある光景に言葉を失う。何故なら…。

「遅刻だ。何をしていた馬鹿者」

「空…みてた」

教室に入ってきた千冬姉と並ぶ白い少女は背や髪、肌の色は異なるものの、千冬姉と瓜二つだったのだから…。

「え?千冬様の妹?」

「そっくり…」

「でもオリヴィアって名字だよね?」

そんな訳が無い。俺に妹なんていないし俺は彼女を知らない。全くの初対面だ。

え?ど、どう言う事だよ!?

他の生徒達は千冬姉の小さい頃を知らないから似てる程度にしか思わないだろうが俺は千冬姉が小さい頃から知ってるから分かる。そっくりとかそう言うレベルでは無い。同じなのだ。まったく。千冬姉の黒とそっくりさんの白でまるでコントラストを見ている気分だ…。

パァンッ!

千冬姉にそっくりな少女に千冬姉は俺と同様に容赦無く出席簿を少女の頭に叩き込む。

「あぅ…」

頭の痛みに叩かれた所を両手で押さえる白い少女。先程俺も叩かれたから分かる。あれ、痛いよね。

「馬鹿者が。いい加減自由放漫な態度は直せと言っているだろう。…まぁ良い。自己紹介をしろオリヴィア」

「…ん」

若干恨めしげに視線を送りながら頷くオリヴィアと呼ばれた少女。そして千冬姉の指示通りに戸惑う俺達を前に自己紹介を始める。

「…ミコト・オリヴィア」

『………』

し~~~~ん…

あれ?デジャヴ?

静まり返る教室にそして名前を言った後、黙りこむオリヴィアさん。この光景さっきにもあった様な気がするのは気のせいでは無いだろう。だって当事者は俺な訳だし。

「(え?それだけ?)」

「(他にも言うべき事あるよね!?)」

「(千冬姉様の関係とかほら!)」

何やら期待やら好奇心に満ちた視線を送る生徒達だが、その視線を向けられる当のオリヴィアさんはまったく気にしていないというより気付いていない様子。たぶんこのまま放置すれば自己紹介は終わるだろう。俺みたいに。

「あ、あの~、オリヴィアさん?他にも色々ありますよね?昨日練習したよね?ね!?」

「?」

何故か山田先生が必死になって訊ねるがオリヴィアさんは唯首を傾げるだけ。しかし昨日練習したと言うのはどう言う事だろう。山田先生とオリヴィアさんは私生活でも親しい間柄なのか?

「す、好きな物とか苦手な物とか~!」

涙目でそう訴える山田先生。何て言うか見てるこっちが辛くなって来る。生徒を不安にさせる教師ってどうなんだろう?

『(だから何故先生がそんなに必死になってるんですか…)』

恐らく、慌てふためく山田先生を見て教室に居る生徒全員がそう思っただろう。

「…好きな物は空と鳥。嫌いな物は暗いところ。狭いところ」

後半のやつは物じゃなくて場所だな。

「あと、専用機持ち…」

専用機と聞いてざわっと教室中がざわめく。

ん?専用機?

専用機と言う単語は俺には良く分からないのだが、周りの生徒の反応から察するに随分と凄い事のようだ。良く分からんが…。

「…おわり」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑と言いお前と言い…もう少しマシな挨拶があるだろう」

「…苦手な物は千冬」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑先生と呼べ。馬鹿者」

容赦ねぇ…。

しかし今の会話で千冬姉もオリヴィアさんと知り合いだと言う事が分かった。オリヴィアさんが千冬姉に似ているのはやっぱりそれと関係しているのだろうか?

ま、まさか!?顔も知らぬ親の隠し子!?

可能性は0じゃない。寧ろその可能性がかなり高―――。

パァンッ!

「な訳あるか」

何故俺の考えた事が分かるんだ…。

と、そこんな事をしている間にチャイムが鳴る。

「さぁ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えて貰う。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、良いなら返事をしろ。良く無くとも返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

選択肢が無いじゃないか…。

何と言う鬼教官。千冬姉が厳しいのは承知しているがこれは俺が知っている家に居る千冬姉の比じゃない。実はこの人、千冬姉に変装した別人では無いだろうか。そっくりさんが目の前に居る訳だしもう一人くらいそっくりさんが居てももう俺は驚かないぞたぶん…。

それにしても…サプライズ満載な入学初日だ。女子生徒だけの教室に実の姉が担任で、しかもその姉のそっくりさんまでいると言う。俺はこんなんでこの先やっていけるのだろうか?不安である。

「何時まで呆けている。馬鹿者」

パァンッ!

…本当に、不安である。

「…ジィ~」

「な、何だよ?」

自分の席にやってきたオリヴィアは、そのまま席に座るかと思いきや何故かじっと俺の方を見つめて来ては一向に座る気配が無い。

「…同じ?…違う…少し違う」

「は?何を言って…」

突然、意味深な言葉を言い出すオリヴィアに俺はどう言う意味か気になり、訊ねようとしたのだが、それは千冬姉の出席簿により阻まれてしまう。

パァンッ!

「あぅ…」

「早く席に着け」

叱られて素直に席に座るオリヴィア。しかし俺は今の言葉がどうしても気になってしまう。『…同じ?…違う…少し違う』あの言葉はどう言う意味なのだろう?同じとは何だ?何を指しているんだ?それに、彼女の纏う雰囲気。どうしても俺は彼女と他人の様な気がしなかった…。


















あとがき

祝!原作開始!

てか主人公なのに登場シーン短いなおい!?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/16 03:10
―――一夏達がIS学園に入学する前のある日…。




「ふんふ~ん♪ふんふんふ~ん♪」

そこは奇妙な空間であった。部屋は薄暗く詳細不明な機材で埋め尽くされ地面を埋めつくすケーブルはまるで木々の根っこ。そんな不思議空間に響くのは若い女性の鼻歌とキーボードの叩く音のみ。キーボードをまるで楽器のようにタイピングして歌う女性の名は篠ノ之 束。ISの開発者である。

ぱらりろぱらりらぺろ~♪

「お?きたきた~♪」

まるで電話が鳴ると予想していたかのように独特な着信音を鳴らす携帯を見てにんまりと笑みを浮かべる束。その独特な着信音を鳴らす携帯をダイブしながら手に掴むと、すかさず携帯を開くと耳に当てた。

「もすもす~終日♪待ってたよ~♪ち~ちゃん♪」

『…まるで私が電話を掛けて来ると予測していたみたいだな』

電話の相手は織斑千冬であった。篠ノ之 束と織斑 千冬。その出会いは小学生から始まり。以来ずっと同じ学校同じクラスという。切っても切れない腐れ縁の仲である。まぁ、切れなくしているのは束本人が色々と細工をしているからであるのだが…。

「愛で繋がってるから…って待って待ってぇ!切らないでぇ~!」

受話器から電話を切ろうとする気配に気付き慌てて引き止めようとする束。二人の電話での会話はいつもこんな感じだ。

『気色の悪い事を言うからだ』

「もう、照れ屋さん♪…まってまってぇ!ちーちゃぁん!」

『…はぁ、まぁいい。今日は二つ頼みたい事が合って電話を掛けた』

「んん~?何かな何かな?ちーちゃんの頼みなら何だって聞いちゃうよ~?」

実際に篠ノ之 束に不可能は無いのだろう。ISを生み出した誰も匹敵する事が出来ないその頭脳。その気になれば世界だって征服できるかもしれない。だからこそ世界各国は篠ノ之 束を必死で探しており、自分達で保護したいと企んでいるのだ。

『クローン計画とやらに関わっていたクリス・オリヴィアの安否を知りたい。此方で調べても戸籍が抹消されていて調べようが無くてな』

「お安い御用だよ~。ちょちょいのちょ~いっと~!」

軽いノリで返事をすると、束は軍のデータベースを楽々とハッキングしてしまう。その掛かった時間は僅か3秒。軍のセキュリティーは涙目である。幾ら天才でも限度を超えている。

「ん~…残念だけどその人死んじゃってるよ?ギリシャに住んでたみたいだけど」

『…そうか』

「二つ目は~?」

人が死んだと言うのに軽い気持ちで次の話題に移る。束にとって千冬を入れた3人以外は興味の対象外で死のうが生きようがどうでも良い事なのだ。先程、残念と口にしてはいたがあれも本心ではないのだろう。

『ああ、実は直して貰いたい機体があってな…』













第2話「ともだち」












――――Side 織斑 一夏




「あー……」

まずい。耐えられん…。

一時間目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。なのだが、この教室内の異様な雰囲気の所為で俺は気が休まる事が無く。今にもその重圧で押しつぶされそうだ…。しかも世界でニュースになった所為で廊下には俺の姿を見る為に他のクラスからも新入生や在校生が詰めかけている。本当に動物園の動物の気分だ。これはSHRも時よりもひどい…。

そりゃ、女子高に男子が入学してきたと聞けば好奇心が湧くのは当然なのだろうが休み時間もこれだと本当に身が持たない。誰か助けてくれる人物はいないのだろうか?居ないだろうなぁ…。

「…ちょっと良いか」

「え?」

助けを求めていた所に、空気を呼んだかのように話し掛けてくる女性の声。俺は慌てて顔を上げると、そこに居たのはあれだけ我関せずの態度を取っていた六年ぶりの再会になる幼馴染の篠ノ之 箒だった。

六年も経つが髪型は今も昔も変わらずのポニーテール。雰囲気も昔のまま。いや、六年前よりも更に鋭さを増したようにも思える。例えるなら日本刀の様だ。

「廊下で…は無理だな」

廊下を見れば女子で埋め尽くされており、視線も気になって落ちついて話も出来そうに無い。とりあえず人の目が無く落ちつける場所が俺としては好ましい。もっとも、此処以上に人の目がある場所なんてそうそう無いだろうが…。

「早くしろ」

「お、おう」

自分について来いと言わんばかりに廊下へ出て行ってしまう箒。そして箒がやって来ると廊下に居た女子達一斉にざあっと道を空ける。まるでその光景はモーゼの海渡りだ。

まぁ、そんなこんなで移動に苦労せず屋上にやって来れた俺と箒。屋上は授業を挟む短い休憩もあってか、人の姿は見られなかった。勿論俺達の後を付いて来て屋上の入口には教室の時同様に女子達で溢れていたが。まぁ、教室よりは幾倍もマシだろう。

しかし屋上にやって来たは良いのだが、話し掛けて来た箒は一向に話し掛けて来ようとしない。屋上まで連れて来て置いて何も話さないとはどう言う事なんだ?あの場から抜け出せただけでも俺は助かるがこれはこれで辛いぞ。

「そういえば」

「何だ?」

何時までも無言でいるのも気まずいのでふと思い出した事もあり俺から話を切り出す。

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

「………」

俺の言葉を聞いて顔を赤らめる箒。いかん。どうやら気に障る様な事を言ってしまったみたいだ。何か表情が険しい…。

「何でそんな事知ってるんだ」

「何でって新聞で見たし…」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ!」

何を言ってるんだ箒は。意味が分からないし言っている事が無茶苦茶過ぎる。まさかこんな所まで連れて来られて新聞読むな何て言われるとは思わなかった。まぁ、無茶苦茶言われたが相変わらずの男っぽさに安心した。元気そうでなによりだ。

「まぁ、その、何だ…」

まずこれは言っておくべきだろう。久々にあったのにまだ済ませて無いし。

「何だっ!?」

少しは落ち着け…。

「久しぶり。六年ぶりだけど、箒ってすぐ分かったぞ」

漸くこの言葉を言う事が出来た。拙宅再会したのに挨拶無しは寂しいもんな。

「え…」

「ほら、髪型一緒だし」

やはり箒にはポニーテールが良く似合う。サムライってイメージだし。

「よ、良くも覚えているものだな…」

「いや、忘れないだろ。幼馴染の事くらい」

「………」

ギロリ

いや、そこで睨む。怒る。不機嫌になる!?

キーンコーンカーンコーン

どうやら休憩時間も終わりらしい。二時間目を告げるチャイムにそれまで入口を埋めつくしていた女子達も授業に遅れる訳にもいかないので自然に教室へと戻っていく。

「さて、俺達も戻る…あれ?」

戻るか。と言い掛けた所で俺は屋上の片隅に視線が止まり。言い掛けていた言葉も疑問へと変わる。

「どうした?」

「いや…あれ」

俺は視線を先を指差す。指された場所にはあの千冬姉に瓜二つの少女。ミコト・オリヴィアがチャイムが鳴ったと言うのに教室に戻ろうともせず空を眺めている姿があった…。

「あいつは…」

やはり箒も気になるのだろう。箒も千冬姉とは小さい頃からの付き合いだ。それに箒の姉である束さんは千冬姉に親友でもある。気にならない方がおかしいだろう。

「あいつ、チャイムが鳴ったのに戻ろうとしないみたいだけど。大丈夫か?」

流石に入学式、SHR、そして授業までその日の内に3回遅刻したなんて笑い事じゃ済まされないぞ。千冬姉もそろそろ堪忍袋の緒が切れるかもしれない。唯でさえ怒って無いのが不思議なくらいなのだから…。

「声掛けた方が良いよな?やっぱり…」

「え、あ、ああ…そうだな…」

気が進まないのか、箒から返ってきた返事はハッキリしない物だった。まぁ、気持ちは分かる。身内にそっくりな人に出逢ったんだ。戸惑うのも無理は無い。俺だってそうだ。

でもだからって放置する訳にもいかない。という訳で急いでオリヴィアの居る場所に掛けて行き話し掛けてみた。

「お~い!オリヴィア!もう授業始まるぞ~!」

「…?」

声を掛けられたオリヴィアはこちらに気付くと視線を空から外し俺達の方を見て不思議そうな表情を浮かべる。

…いかん。やっぱり何度見ても千冬姉にしか見えない。

ぽわわんとした雰囲気は本人とは全くの別人なのだが。やはり顔立ちは本人その物で身内である俺には何度見ても戸惑ってしまい。今、感じているこの何とも言え無い気分は慣れそうに無い。

「…じぃ~」

また見つめられてるよ…。

SHRの時もそうだったが何故この子は俺をこんなに興味深そうに見つめるんだ?いや、他の女子も眺めてはいたがこの子の送って来る視線は他の女子の好奇心で向けて来る視線とは何か違う様な気がする

「やっぱり…ちがう…」

まただ。一体何が違うって言うんだ?

「違うって…何がだよ?」

「『私達』と少しちがう…」

…私達?

わ、分からん。この子が何を言いたいのか全く分からん。言葉が足りなさ過ぎる。

ちらっ…

「………」

箒に視線を送るが箒も何を言っているのか分からない様子で唯首を左右に振るだけ。困り果てた俺はとりあえず授業が始める事を伝える事にした。

「ええっと…とりあえず教室に戻ろうぜ?授業が始めるし」

「?」

いや、そんな不思議そうにされても困るんだが…。

話題を切り替え様としたが返って来たのは首を傾げて不思議そうにしているオリヴィアの表情のみ。そして俺は確信した。この少女は千冬姉でとは別人であると。何故なら千冬姉がこんなに可愛い仕草をする訳が無い。俺の姉がこんなに可愛いワケが無い!

「一夏。今何を考えた…?」

「イヤ、ナニモカンガエテナイゾ…?」

隣にある物凄いオーラを感じてだらだらを汗を流しながら俺は必死に誤魔化す。あれ?隣を見ていないのに鬼の姿が脳内に映ってルゾ?

「と、とにかく!早く教室に戻ろうぜ?千冬姉…じゃなくて、織斑先生にまた叩かれるぞ?今度は割と本気で…」

唯でさえ出席簿で叩かれるのは痛いのだ。それに千冬姉の怒りが加わればまさに鬼に金棒状態になる訳で。…ん?何か違うか?

「?…どうして?」

「どうしてって…授業があるからだろ?勉強するために学校来てる訳だし」

まぁ、授業の大半を理解できていない俺が言うのも何なんだが…。

「…勉強?」

「そうだな。勉強だ」

「勉強…学問や技芸を学ぶこと。学習する事」

「え?まぁ、そうだな。それで間違って無いと思う」

勉強の意味なんて普段普通に使っている言葉だから考えた事は無かったが、オリヴィアが今言った事で間違いないだろう。

「ん…なら、必要ない」

「え?」

「全部おぼえてる」

「ええ゛!?」

今何と言いましたかこの子は!?全部と言うのは学校で習う事全部と言う意味か!?一時間目の基礎知識でさえ俺には意味不明だったと言うのに全部覚えてるだと!?

アホの子っぽい雰囲気を漂わせていると言うのにこのギャップ。俺は自分の耳を疑い慌てて箒の方を見るが箒も俺同様に目を丸くしていた。

「専用機を持っている事から優秀なのだろうとは思ってはいたが…」

専用機持ちって凄いんだなぁ…。

箒の言葉にほへぇ~と息を漏らすと自分が入学した学校の凄さを改めて思い知らされる。超エリート校の名は伊達じゃない。俺なんてISの事が無ければこんな学校に入学出来る筈が無いのだ。成績なんてあんまり良い方でも無いし。

しかし、だからと言って授業を受けなくて良いと言う事にはならないだろう。此処は学校で俺達はこの学校の生徒だ。ならこの学校のルールに従う義務がある。

「でも、サボりはいけないだろ?」

「?…サボリ?」

「サボタージュの略だな」

「破壊活動…してない」

…うん。言葉って難しいね。鎖国状態の俺の頭に国際化が訪れるのは当分先になりそうだ。

「学生の本分は学業だ。学業を怠るなんて事はあってはならない。違うか?オリヴィア」

おお!そうだ箒!もっと言ってやれ!

「?」

しかし言われた本人は理解していない表情で首を傾げるばかり。そんな様子を見て箒は疲れたように溜息を吐く。小さく『まるで姉と会話している気分だ』と呟いていた様な気もするが聞かなかったと事にしておこう。

「はぁ…では問うが。お前は何のためにこの学園に来たんだ?」

「…ともだち」

「む?」

「友達?」

ぽつりと呟かれたその言葉に俺と箒はきょとんとしてしまう。まさか此処で『友達』と言う単語が出て来るとは俺も箒も思わなかったのだ。

「クリスに友達をつくって来いって言われたから…」

クリスというのが誰かは知らないがきっとオリヴィアの家族か何かなのだろう。海外では兄妹でも呼び捨てにする所もあるらしいし。

「学校はともだちを作るところってクリスが言ってた…」

「むぅ…」

「友達を作る所、か…間違ってはいないよな。うん」

まるで小学生に対して教える様な内容だが間違っては無いだろう。一人ぼっちの学園生活なんて最悪としか言いようが無い。一人で学園生活を送った所で思い出なんて一つも作れないのだから。

「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人」

さっきの勉強の事もそうだけど。まるで辞書に書いてる事をそのまんま声に出しただけみたいな言い方をしてるな。まるで知識をそのまんま暗記してるみたいだ。

「…よくわからない」

「え?いま自分で意味言ったじゃんか」

「…フルフル」

あ~…どうも会話が噛み合っていない様な気がする。何て言うか互いの主観と言う物が違うのかもしれない。

「良く分からないのに友達が欲しいのか?」

「ん…コクリ」

子供の好奇心みたいなもんか?

「なら、俺がオリヴィアの友達になってやるよ。俺も箒も友達だ」

「…ともだち?」

「ああ!」

「なっ!?一夏!?私は一言も!」

「良いだろ?別に友達になるくらい」

「し、しかしだな!」

箒はちらちらとオリヴィアの方を見る。

ああ、成程。やっぱ千冬姉に似てるから気になるんだな?

俺もまったく気にならないって訳じゃないが、実際に話してみて千冬姉とまったく違うってのは分かった。それに、外見で人を判断したらいけない事だろ?

「じゃあ、改めて自己紹介するな!俺は織斑 一夏!よろしくなオリヴィア!」

「…だから勝手に話を進めるな「ほら、箒も自己紹介しろよ」~~~~っ!…篠ノ之 箒だ!」

「…ミコト・オリヴィア」

「じゃあ、ミコトだな!よろしくな!」

「ん…一夏」

「あ~もうっ!勝手にしろっ!」

ははは、何照れてんだよ箒の奴。

顔を紅く染めてぷいっとそっぽを向く箒。相変わらず素直じゃないな箒の奴は。

「それじゃあ友達も出来た事だし、教室に戻ろうぜ?」

「ん」

満足そうに頷くミコト。表情はあいかわらずの無表情で読み取り辛い物ではあったが、何となくだその表情は笑っている様に俺には見えた。

「んじゃ急ぐぞ!大遅刻だ!」

「コクリ」

「こ、こら!一夏!て、ててて手!手を引っ張るなっ!?」

箒とミコトの手を引いて俺は走り出す。箒が何か大声で叫んでいるみたいだったが俺は気にせず走る。だってもう授業は半分くらい終わってる頃だしこれ以上遅れると本当にサボりになるだろ?流石に入学初日でそれはまずい。俺は唯でさえ授業について行けてないんだからサボリなんてする余裕は無いんだ。

そう言う訳で俺は全力で走る。遅刻はもうどうしようもないが走って教室に飛び込めば誠意は伝わる筈!駄目な時は道に迷いましたって謝ろう!

そんな事を願って俺達は教室に飛び込む。そして、そんな俺達を待っていたのは…。

「入学初日でサボりとは良い度胸だな。グランド5周今直ぐ行って来い!授業を遅れた分は放課後補習だからな!」

鬼の様な形相の織斑先生だったとさ…。

「「ば、馬鹿なっ!?」」

「…オワタ」

入学初日に3人揃って補習が確定。

ちーん…











「んだぁ~…しぬぅ~…」

二時間目が終わり休み時間になると同時に俺は自分の机にぐてーっと倒れ込む。まさか入学初日でグランドを25キロも走らされるとは思いもしなかった。箒も流石に堪えているみたいで眠そうにしてるしミコトなんてもう死ぬ寸前の状態だ。…てか大丈夫かミコト!?真っ白に…って、これは元からか。口から魂が出てるぞ!?

「ちょっとよろしくて?」

何だこんな時に!?今はミコトの一大事なんだぞっ!?

死にかけ(?)のミコトを見て慌てて駈け寄ろうとした俺を邪魔するように誰かが声を掛けて来る。俺は振り返るとそこに立っていたのはロールのかかった綺麗な金髪で白人特有のブルーの瞳をした女子だった。ややつり上がった状態の瞳で『私は偉いんですよ』的なオーラを全開に出して俺を見ているソレは、今時の女子をそのまんまに体現しているかのようだ。

今の世の中、ISを使えると理由だけで女性が優遇される。まぁ、優遇されるだけなら構わない。大昔の男が偉いという考えが逆になって再来しただけなのだから。しかし、その優遇の度が過ぎてしまったのが今の現状だ。女=偉いの構図が一般的な認識になり。男の立場が完全に奴隷、労働力になってしまっている。町中ですれ違っただけの女にパシリをさせられる男の姿も珍しくは無い。

まぁ、身に纏っている気品から察するに、実際に良いところの身分なのだろう。俺には関係の無い事だが。

「訊いてます?お返事は?」

「訊いてるけど…どう言う用件だ?」

前の席のミコトを気にしつつそう答えると、声を掛けて来た女子はかなりわざとらしい声を上げる。

「まぁ!なんですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「…」

あ~めんどくせぇ…。

ISが使えるからってそんなに偉いのか?確かに今現在、国の抑止力の要となっているのはISだ。だからIS操縦者は偉い。そしてISを使えるのは女性しか使えない。だからといって全ての女性が偉いというのは可笑しいだろう。偉いのはIS操縦者であって女性では無い。そして仮に操縦者であったとしてもだ。限度と言う物がある。

「悪いな。俺、君の事知らないし」

自己紹介で名乗っていたのかもしれないが、あの時俺は余裕もなかったし千冬姉やミコトの事で頭が一杯で他人の自己紹介なんて聞いてなんていなかった。だから目の前の女子の名前も当然知らない。

しかしその答えがよろしく無かったらしい。それを聞いた途端、目の前の女子の目が更につり上がり目を細めると、男を見下したような口調で話を続ける。

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試次席のわたくしを!?」

次席かよ。いや、次席も凄いけどさ。何か微妙だな…。

代表候補生と言う聞きなれぬ肩書がどんなものか気になったが次席の方に気がいってしまって訊ねる事はしなかった。

「次席かよ」

あ、やばっ!?口に出ちまった!?

慌てて口を塞ぐが時既に遅し。

「な、なんですって…?」

あ~…やっぱりまずかったか。かなり怒ってるよ。

低い声で呟きぷるぷると拳を震わすセシリア。顔に影が落ちている所為で今どんな表情をしているかまったく把握出来ないが。まぁ、表情が見えなくても彼女から溢れ出る怒りオーラでお怒りなのは余裕で分かる。

「本来なら…本来なら!わたくしが主席になる筈でしたのに!それなのに!」

いや、悔しいのは分かるけどさ。認めようよ現実を。凄いと思うぞ?次席なんて大したもんだよまったく。頭の悪い俺には真似できない事だよ。

「そちらの方さえ居なければわたくしが主席でしたのに!」

「そちらの方?」

「そこでのびているオリヴィアさんの事ですわ!」

『ええええええええええええええ!?』

セシリアの声が大きかったためか教室にいた全員が衝撃の事実に驚きの声を上がった。勿論、その中に俺も含まれている。

ナンダッテ…?

ミコトが主席?HAHAHAHA!おもしろい事を言うなセシリアは。ミコトが主席な訳無いじゃないか。ほら、箒だって信じられないって顔してるだろ?きっとあれだよ。何かの間違いだよ。それか同じクラスにオリヴィアって名字の子が居るに違いない。うん、きっとそうだ。アハハハハ…。

「ヘー凄い奴がいたもんダナ。それで?そのオリヴィアって子は何処に居るんダ?」

「貴方の前に居るでしょう!?」

「ハハハハ…何言ってるんダヨ?こいつはミコトだぞ?」

「ミコト・『オリヴィア』さんでしょう!?貴方こそ何を言ってらっしゃいますの!?」

凄い剣幕だ。これ以上怒らせる前に俺も現実から逃避するのはやめておこう。

「えっと……マジで?」

「さっきからそう言っているでしょうに!」

そうか。マジなのか。と言う事は屋上でミコトが言ってたのも本当なんだな。すげぇなミコト。疑ってごめん。

当の本人は疲れで眠っているが心の中で謝っておく。

「そうか…でもそれはミコトの実力だろ?悔しいのは分かるけどさ、さっきの言い方はどうかと思うぞ?」

まるでそれはミコトが居なかった方が良いみたいな言い方で気に喰わない。そんなに嫌なら別の学校に行けば良いだろう。IS学習を組み入れている学校は世界各地にあるだろうに。

「…ふんっ、まぁ良いですわ。代表候補生でも無いオリヴィアさんと比べるのも馬鹿馬鹿しいですし」

「だからその言い方を止めろって言ってるだろ。さっきから代表候補生代表候補生って…そんなにそれが偉いのかよ?」

寝ている本人の目の前で悪口言いやがって。ふざけるんじゃねぇよ。嫌いなんだよ。そう言うの…。

「国家代表IS操縦者、その候補生として選出されるエリートが偉くないとでも言いますの?」

成程、代表候補生ってのはそう言う物なのか。言われてみればそのまんまだな。でも、だからどうしたんだ?それがミコトと何の関係がある?何も関係が無いじゃないか。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡…幸運なのよ。お分かりかしら?」

「分からないな。俺はお前と同じクラスになっても別に幸運でも何でもねぇし。寧ろ『友達』のミコトと一緒のクラスになれた事の方が100倍は嬉しいね」

「…何ですって?」

どうやら聞こえていなかったらしい。ならもう一度顔をひきつかせている代表候補生のセシリアに言ってやろう。

「聞こえなかったのか?俺はお前よりミコトと一緒のクラスの方が嬉しいって言ったんだ」

「んな!?なななななななっ!?」

白い肌を真っ赤にしてあまりの怒りで言葉にならないといった様子のセシリアを見て俺はニヤリと笑みを浮かべる。ははっ、友達を馬鹿にした奴を言い負かす事が出来て胸がスッとしたぜ。口喧嘩で女相手に勝つ事が出来るなんて俺もやれば出来るもんだな。

「一夏。いい過ぎだ」

「箒?」

今まで此方の様子を見ているだけだった箒が此方にやって来て仲裁に入って来る。何だよ?まさか箒はあっちの味方をするつもりなのか?

「友の悪口を言われて怒るのは無理もないが少し冷静になれ。初日で問題を起こすのは不味いだろう?」

箒にそう言われた瞬間。千冬姉の顔が脳裏に過ぎった。そうだ。もし俺が問題を起こせば千冬姉に迷惑が掛かるんだ…。

「そうだけど…」

「…まぁ、ミコトは私の『友人』でもある。不快に思わないでも無い。…しかし代表候補生殿。確かにお前は候補生に選ばれる程のエリートだが、それを言うのならミコトも専用機を持つエリートになる訳だがどうだろうか?」

「ぐっ…」

おお、箒の援護攻撃だ。

「エリート同士、互いに認め合い、競い合い、高め合うのがエリートらしい対応なのではないか?」

「っ…そうですわね。その通りですわ」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて箒の言葉に同意するセシリア。此処まで言われて反論すれば自らの立場を危うくするのが分かっているのだろう。俺もこれ以上は絡むつもりはない。

キーンコーンカーンコーン

すると、そこに空気を呼んだかのように鳴り響く三時間目の開始を告げるチャイム。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす教室に居た女子一同。なんて言うか皆には悪い事をしたな。全然休めなかったろうな。すまん…。

「ふんっ…」

鼻を鳴らして不機嫌な表情のまま自分の席に戻っていくセシリアに俺はやれやれと溜息を吐く。こりゃ、面倒な因縁を付けたれたかもな…。

「全員席に着け。授業を始めるぞ」

全員が席に座り終わった頃にタイミングを合わせたかのように千冬姉と山田先生が教室に入って来た。

さて、気を取り直して勉学に励みますか。

「すぅ…すぅ…」

…とりあえずミコトを起こそう。三時間目が居眠りとかそろそろ本気で笑えないから。千冬姉が修羅になっちまう。







「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

一、二時間目とは違い三時間目は山田先生では無く千冬姉が教卓の前に立つ様にして授業を始まる。まぁ、担任は千冬姉何だし何ら不思議ではないか。一、二時間目を山田先生に任せたのは経験を積ませる為とかじゃないだろうか?だって色々とテンパる事が多いし…。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

思い出したように聞きなれない言葉を口にする千冬姉。クラス対抗?何だ?もう体育祭か何かか?随分と早いなIS学園。

「クラス代表者と言うのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、クラス長だな。ちなみに対抗戦は、入学時点で各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更は無いからそのつもりで」

…うん。何を言っているのかチンプンカンプンだ。事前知識0の俺はまったく会話の内容に理解出来ず置いてけぼり状態。教室中がざわざわと騒がしいが何か重要な事らしい。何だか責任重大そうだぞ?選ばれた奴はご愁傷さまである。

「はいっ!織斑君が良いと思います!」

…はい?

「では候補者は織斑一夏…他に居ないか?自薦他薦は問わないぞ」

いやいやいや!?何勝手に俺が候補者に上がってるんだ!?

「ちょっと待った!俺はやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟しろ」

いやいやいやいや!?本人の意思も大事だろ!?何これ!?最近こんなのばっかなんですが!?

IS学園に強制入学させられて今度はクラス長?冗談じゃない。俺の自由と意思は何処へ消え―――。

「待って下さい!納得いきませんわ!」

バンッと机を叩いて立ち上がったのは、俺とミコトに因縁を付けて来たセシリアなんとか?名字の方は忘れたがこの際なんでも良い。あいつの事はあまり好きにはなれないが今の状況を何とかしてくれるのならどんな奴でもどんとこいだ。

「その様な選出は認められません!大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

そうだそうだ!…って、ちょっと待て。今何か酷い事言われなかったか?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

サーカスって…俺は猿扱いかよ。て言うかイギリスだって島国だろうが。

「いいですか!?クラス代表には実力があるものがなるべき、そして、それは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

普通此処まで行ったら頭にのぼった血も下がるもんだが、どうやらアイツは違うらしい。それどころかますますヒートアップし始めている。クラス代表になんてなりたくは無いがここまで言われるとちょっと癪だ…。

「大体、文化として後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

あ…駄目だ。堪えられそうにない。

何かプッチンと頭の中で切れた様な音がした。もう何て言うかミコトの件もあって色々と我慢の限界だ。

「イギリスだって大してお国自慢はないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ…!?」

「何だよ?言い返せないのか?はっ他人の国の事笑えないじゃないか」

「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えばそんなことかよまったく…。

「先に侮辱してきたのはそっちだろ?」

「決闘ですわ!」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。で?勝負の内容は?」

「此処はIS学園だと言う事をお忘れではなくて?」

成程…ISを使っての勝負か。セシリアの言う事は間違ってない。寧ろ道理と言っても良いだろう。

「わかった。じゃあ勝負はISで「少しお待ちなさいな」…何だよ?」

「イギリス代表候補生のわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会。なら、オリヴィアさんもこの決闘に参加して貰いましょう」

「ちょっと待てよ。ミコトは関係無いだろ」

「大ありですわ。同じクラスに専用機持ちが二人。どちらがISで優れているか証明させなければなりませんわ」

それはお前の都合だろ…。

どうやらまださっきの事で根に持っているらしい。まったく、これだからプライドの高い人間は…。それもセシリアは典型的な今時の女子だから更に手に負えない。

「別に誰が代表になろうとどうでも良いが。オリヴィアは誰にも推薦されていないぞ?」

そうだ。千冬姉の言う通りミコトは誰にも推薦されていないし自ら立候補した訳でも無い。ならこの決闘に参加する義務なんてミコトは無いんだ。

「あっ、じゃあ私がオリヴィアさんを推薦します!私としてはオリヴィアさんの方が気になってたし!」

「あ~!わたしもわたしも~!」

ちょっ!?空気読んでくれそこの女子!?

「ふむ。これで問題は無くなったな。それではオリヴィアとオルコットの勝負は三日後の木曜。織斑は一週間後の月曜。第三アリーナで行う。各自それぞれ用意をしておくように」

「ちょっ!?待ってくれ千冬姉!」

パァンッ!

いっつ~~…。

「織斑先生と呼べ。自薦他薦は問わんと何度言わせるんだ。馬鹿者」

「で、でも!ミコトはどちらかと言えば巻き込まれただけで…ほら!ミコトも何か言ってやれ!」

「…ぐ~…」

がたたっ。女子全員が一斉にずっこける。

ってうお~いっ!?

「さっきから何の反応も無いと思ったら寝てたんかいっ!?」

パシ~ンッ!

「……おぉ?」

俺にツッコミを入れられ目を覚ましてむくりと起き上がるミコト。きょろきょろと辺りを見回して状況を自分なりに把握しているのだろう暫く考え込むような仕草を見せて口を開く。

「…おひるごはん?」

「いやまだ三時間目だから!?」

まさかそんな言葉が来るとは俺も予想外だよ。

「はぁ…オリヴィア。三日後にオルコットと模擬戦をして貰う。良いな?」

「…んコクリ」

寝ぼけた表情で頷くミコト。あれは絶対理解していない。断言できる。

「うむ。それでは授業を始める」

ぱんっと手を叩いて話を締める千冬姉。俺の反論の余地も無く。決闘は決まってしまった…。

ミコトの奴、大丈夫なのか?いやそれよりも俺の方が大丈夫なのか?ISの操縦なんて入試の時が最初で最後だってのに…。

対戦まで後一週間の猶予がある。それまで基礎をマスターしておかなければ。その為に、とりあえず俺は基礎知識を身につけるべく授業に集中するのであった…。

まぁ…何とかなるだろ。たぶん。










あとがき

…一夏が主人公?

てか不味いですよ。5巻を読み終えたんだけどエムって千冬姉のクローンでない?少し話考え直す必要がありそうだ。









[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/13 15:58






第3話「この翼に賭けて…」








「うぅ……」

誰も居なくなった放課後の教室で俺は机の上で一人ぐったりとうなだれていた。

箒もミコトも補習が終わり次第それぞれさっさと帰ってしまい。教室には俺一人が取り残され勉強に励んでいる。唯でさえ俺は皆とは遅れているんだ少しでも早く追いつかなければと言う思いで今此処に居るのだが…。

「駄目だぁ…全然わからねぇ!」

専門用語の羅列で辞書か何かでもなければ勉強にすらならない状況。しかし悲しい事ISの辞書なんて存在せず、手探りしながら自力でやっていくしか方法が無い。こんな事なら箒かミコトをひき止めておけば良かった。一時間程前の俺が恨めしい…。

教えてくれそうな人材は沢山居るんだけどな…。

ちらっと廊下に視線を向ければ、やはり廊下には休み時間同様に他の学年やクラスの女子が俺の事を見に押し掛けていた。あの中の誰か一人に教えてくれって頼めば教えてくれるんだろうが今の俺にそんな勇気と気力は無い。

でもまずいよなぁこの調子じゃあ。勝負まで一週間しか無いのに。

決闘を申し込まれた時は『まだ一週間ある』と言う考えが、今では『一週間しかない』と言う物に変わっていた。それだけ今の状況はピンチなのだ。さてどうしたもんか…。

「ああ、織斑君。まだ教室に居たんですね。良かったです」

「はい?」

俺が悩んでいる所に副担任の山田先生が書類を抱えて教室へとやって来る。今の口ぶりからするに俺に用事があるみたいだけど何だろう?

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

そう言って差し出されたのは部屋のキーと部屋の番号が書かれた紙きれ。

ここIS学園は全寮制で全ての生徒が寮での生活を義務付けられている。国防の要となるIS操縦者となると、学生とはいえ将来有望であれば学生の頃からあれこれ勧誘しようとする国がいてもおかしくない。最悪、誘拐されたり命を狙われたりする可能性だってある。この全寮制はそう言った危険から護るための物でもある。

しかしその寮も当然俺を除けば女子しか居ない。そして全員が相部屋。だから俺はそう言った関係で準備が整うまで一週間程は自宅からの通学という予定の筈だんたんだけど…。

「俺の部屋って決まってないんじゃなかったんですか?」

「それが色々と事情がありまして。一時的ですが部屋割を無理やり変更したらしいんです。それに、織斑君もいやでしょ?家に帰ってテレビ局の人に詰め寄られるのも」

ああ、確かに。多分今日は玄関の前で『入学初日はどうでしたか?』とか『IS学園に入学した今のお気持ちは?』とか質問されるんだろうなぁ。

そう思うと家に帰りたくなくなってきた…。

「そう言う訳で、一ヶ月もすれば個室が用意されますから、しばらくは相部屋で我慢して下さい」

「そうですか。仕方ないですね。でも荷物とかの準備とかありますんで今日は帰っていいですか?」

流石に着替えも無しとかは辛い。それに色々と必要な物だってある。携帯電話とか、歯ブラシとか後ゴニョゴニョとか…。言わせんな恥ずかしい。

「あっ、荷物なら―――」

「私が手配しておいてやった。有り難く思え」

突然現れる千冬姉。今日は何発も叩かれた所為か声を聞くだけでビクリと身体が反応してしまう。

「ど、どうもありがとうございます…」

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

なんて大雑把な。確かに学園内に不必要な物は持って来ちゃいけないしその通りだけど。俺もお年頃な訳で潤いや娯楽が必要だと思うのですよ…。

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さいね。夕食は6時から7時、寮の一年生用の食堂で取って下さい。ちなみに各部屋にシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど…えっと、その、織斑君は今の所使えません」

「え?なんでですか?」

俺も大浴場に入りたい。

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に入りたいのか?」

「あー…」

そうだった。ここ女子しか居ないんだった。なら男子用の大浴場なんて必要ないよな…。

「おっ、織斑くんっ。女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、駄目ですよっ!」

「い、いや入りたくないです」

どんな目に遭うか分かったものではない。そりゃ、男として興味は無いのかと聞かれれば当然あると答えるが、その代償が命となるとやはりNOと答える。一瞬の幸せのために今後の人生を使いきるなんて御免だ。

「ええっ?女の子に興味無いんですか!?そ、それはそれで問題の様な…」

どうしよう。この人結構他人の話を聞いてない。

ここは、俺は女の子が大好きだー!と大声で断言するべきか?…やめておこう。

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。織斑君。ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃ駄目ですよ」

校舎から寮まで50メートル位しかないと言うのにどう道草をくえというのだこの人は。確かに各種部活動、ISアリーナ、IS開発室など様々な施設・設備があるこの学園だが、今はもう日が暮れるしそんな体力は残ってはいない。今は直ぐにでも休みたい気分だ。

「あっ、あと…ミコトちゃ…オリヴィアさん知りませんか?」

「ミコトですか?」

「ミコト…そうですか。仲良くしてくれてるんですね。良かったぁ…」

俺がミコトとの事をそう呼んでいる事を知るとそう自分の事のように微笑む山田先生。その表情は子を思う母のようなそれに似ていた。俺は両親に捨てられているのでそう言うのは良く分からない。でも、この人にとってミコトはそれ程大切な存在なのだろう。

「山田君」

「あっと!そうでした!コホン…えっと、部屋のキーを渡すから教室に残る様に言ってたんですけど。知りませんか?」

「いえ。ミコトの奴、補習が終わったら直ぐに何処かに行っちゃいましたし…」

「そうですかぁ…うぅ…どうしよぉ~?」

涙目で困り果てる山田先生。これから会議だって言ってたし。これから探す訳にもいかないだろう。仕方ない。

「俺が渡しときますよ。流石に暗くなったら寮に戻るだろうし」

「ほ、本当ですか!?嘘じゃないですよね!?嘘だって言ったら泣いちゃいますよ!?」

がばっと両手で俺の手を掴みそう訊いて来る山田先生。ていうか、既に半分泣いちゃってるじゃないですか…。

「本当ですよ。部屋の番号は何番ですか?」

「1024です♪お隣さんですよ♪あの子のことよろしくお願いしますね♪」

おお、何という偶然。これなら寮で鉢合わせにならなくても渡せるかもな。まぁ、ミコトが見当違いな場所にいかなければと言うのが前提だけど…。

…難しいなぁ。

ミコトの行動なんて予測不能だし。付き合いが長いであろう千冬姉や山田先生でさえ手に負えないのに俺がどうこう出来る問題か?これ?

千冬姉と山田先生が出て行くのを見送ってから、俺も荷物をまとめて教室を出る。周囲から視線が纏わりついて来るが、それをスルーして廊下を早歩きで逃げるように突っ切る。

さて、寮に戻るのは良いけど。やっぱ一応探すべきだよな?

約束してしまった以上、責任を持って届けねばなるまい。せめて心当たりのある場所は見て回っておくべきだろう。

…って言っても、心当たりのある場所なんてあそこしか無いんだよな。

そう心の中で呟いた俺は、あいつと友達になったあの場所に向かう為に階段を駆け登った…。







「ほらな。やっぱり此処に居た」

屋上に辿り着くと、そこにはその白い髪を夕陽の茜色に染めて一人ポツンと空を眺めているミコトの姿があった。

「…?」

俺の声に反応してミコトが此方へと振り向く。振り向く際に揺れるその髪は夕陽の光できらきらと輝きとても綺麗でついつい見惚れてしまった。

…っと、いけね。要件忘れるとこだった。

呆けている意識を引き締めるとミコトに近づきぽむっと軽く叩くような感じで手を置いて笑いかける。

「おいこらミコト。駄目だろ教室にいなきゃ。山田先生が困ってたぞ?」

「?…まや?」

頭に手を置かれ少しくすぐったそうにしながら首を傾げるミコト。友達になっても相変わらずの無口で口足らずだ。まぁ、そう言う所も込みでミコトなんだろうな。

「部屋のキーを渡すから教室に残る様に言われてただろ?」

「………………ぉ~」

凄く長い沈黙の後、漸く思い出したのか妙な鳴き声と共に何度も頷くミコト。何て言うか可愛いなチクショウ。

「こ、これがミコトの部屋のキー。部屋の番号は1024な」

「ん…コクリ」

俺はポケットからミコトの部屋のキーを渡すと、ミコトも理解したのか小さく頷くと、ちょこんと手を出してキーを受取る。

「それじゃあ、寮に行こうぜ。ミコトも今日はくたくただろ?」

「ん…コクリ」

「いや~、それにしても入学初日でこんなに疲れるとは思わなかったぜ。グランド走らされたり、決闘申し込まれたりで」

「コクリ」

「ミコトもゴメンな。俺が口喧嘩なんかしたから関係無いミコトまで巻き込んで…」

もし、あの時セシリアに反発せず適当に聞き流しておけばミコトも巻き込まれずに済んだ筈だ。だから決闘の件は全て俺が悪い。だからちゃんと謝っておきたかった。巻き込んでごめんって…。

「フルフル」

「ミコト?」

俺の謝罪にミコトは小さく首を左右に振る。そんな事ないと俺に伝える様に…。

「一夏、わるくない」

「だけど…」

ISは兵器だ。最強の。そんな物を使った模擬戦が絶対に安全だとは言い切れない。怪我だってするかもしれない。もしそんな事になったら俺は自分を許せないだろう。こんな小さな身体をしたミコトを傷つけた自分を絶対に…。

「大丈夫」

ぎゅっ…

ミコトは裾をぎゅっと握って俺を見上げて来ると、俺を安心させるように小さく笑う。分かり辛くはあったがその表情は確かに微笑んでいた。

「私とイカロス、墜ちない。ぜったい」

「勝てるのか?」

俺は専用機とか代表候補生とか良く分からないがセシリアのあの自信、そしてクラスの女子達の反応でセシリアが強いと言う事が何となくだが理解している。それにミコトは勝てると言うのか?

「フルフル」

「…へ?」

勝算があるから、自信があるからの発言だろ?今の…。

「私は、飛ぶだけ」

「飛ぶ?」

「ん…空、飛ぶ。誰にも邪魔させない」

ミコトは空を見上げていた。茜色に染まっている空を…。俺もつられて空を見る。空は何処までも何処までも広かった。

空を飛ぶ、か…。

ミコトは自己紹介で空が好きと言っていた。ミコトにとって空がどう言うものか、何故そんなにこだわるのかは分からない。でも、きっとそれはミコトから見ればとても掛け替えのない物で、譲れない物なのだろう。勝つとか負けるとかミコトにはどうでも良い事なんんだ。きっと…。

「…じゃあ捕まるまで逃げ続けるか?」

「ん、おにごっこ。すき」

「ぷっ、あははっ、そうか」

これはセシリアも苦労しそうだ。何たってあの千冬姉も手を焼くミコトなんだからな。

何だか気が楽になった。胸につっかえてた物が無くなった気分だ。さて、じゃあ帰るとするか!腹も減ったしな!







「でも千冬とやるおにごっこはきらい。あれ、ごっこじゃない…」

命がけなんですね。わかります…。







「え~っと…この部屋だな」

「んコクリ」

それぞれ自分の部屋の番号を確認してキーを差し込む。と、妙な手ごたえ。どうやら何故か鍵が開いているらしい。

あれ?開いてる?…まぁいいか。

「それじゃ、また明日な。ミコト」

「ん…バイバイ」

「そう言う時は『またね』って言うんだぞ?」

「…またね?」

「おう!またな!ミコト」

「ん…またね」

ミコトと別れを済ませて部屋に入ると、まず目に入ったのは大きめなベッド。それが二つ並んでいた。そこいらのビジネスホテルより遥かに良い代物なのは一目見ただけでも分かる。流石は世界の国から生徒が集まると言うだけはある。この国も世界に良い顔するのに必死と言う訳か。

荷物をとりあえず床に置き、俺は早速ベッドに飛び込む。そしてその弾力に俺は驚愕する。

…おおお、何と言うモフモフ感。これは間違いなく高いべッドと毛布布団。ああ、今日の疲れと合わさって言葉に表し様の無いこの極楽…。

「誰か居るのか?」

突然、奥の方から声が聞こえて来る。声に妙な曇りがあることからドア越しなのだろう。しかしこの声には聞き覚えが…。

いやちょっと待て…。

今、奥の方で響いている音はなにかな?一夏君?はい。シャワーの音です!そうだね。正解だ。

つまり何が言いたいかと言うと。このままだと非常にヤバいんじゃないかと言う事だ。何かもうさっきからすっごく嫌な予感がするんだよ…。

このままだと不味い。そう本能が告げ、俺はこの場から逃げ出そうとベッドから起き上がるが時は既に遅し。無情にもシャワー室のドアは開かれシャワーを使用していたであろう人物が出て来る。そしてその人物とは…。

「こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之―――」

「―――箒」

今日再会を果たしたバスタオル一枚巻いただけの幼馴染だった…。

…あれ?俺死んだ?









――――Side ミコト・オリヴィア





一夏と別れた後、私は部屋に入ったところで大きなネズミと遭遇していた。

「…ピ○チュウ?」

ベッドの上で丸まる黄色くて大きなネズミに私は首を傾げて訊ねてみる。するとそのネズミはぴょんと置き上げって…。

「ぴか~♪一緒にポケ○ンマスターを目指してがんばろ~♪」

と、冒険のお誘いをしてきた。とりあえず話に合わせよう。

「…めざせ151匹」

真耶が言ってた。友達を作る秘訣は相手の話に合わせる事だって。ん。大丈夫。私良い子だから。ちゃんと出来る。

「おー、みこちーは初代派だったか~通だねー」

「みこちー…?」

聞いたことのない名前。でも、この部屋にはわたしと目の前の人しかいない。つまり『みこちー』は私のことになる。

「ミコトだからみこちーだよー」

「???」

何でミコトがみこちーになるんだろう?

私の名前はミコトで彼女は私のことをみこちーと呼ぶ。でも、少しだけ文字が違う。どうして『ト』がなくなって『ちー』が来るんだろう?

「えっとねー。あだ名ってやつだよー」

「あだな?」

「仲の良い友達が付けてくれる名前のことー」

仲の良い…ともだち…。

「ともだち…ともだち?」

目の前の子を指さし首を傾ける。あだ名はともだちがつけてくれる名前のこと。ならあだ名をつけてくれた目の前の子はともだちってこと?

「そうだよー♪私はみこちーの友達だよー♪」

ともだち…。

3人目のともだち。今日は最初の日なのに3人もともだちが出来た。

…ん♪

一夏と箒。あと…あと?誰だろう?ともだちなのに名前しらない…。

私のことをともだちと呼ぶこの子。でも、私はこの子のことをしらない。なまえを教えてもらってない。ん。これはいけない…。

「なまえ…」

「ん?なにかなー?」

「なまえ、しらない」

「あっ、そうだよねー。わすれてたよー。私は布仏 本音。よろしくねー」

「ん、本音。ほんね」

私はミコトでみこちーだから。本音は…。

「…ほんちー?」

「あはははー。語呂悪いし無理に言わなくても良いよー?」

むぅ…あだ名むずかしい。

「本音?」

言いなおしてみる。すると本音はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。

「うん、それでいこっか」

「ん」

ん。これで本音ともともだち。3人目のだいじなともだち。

「じゃあ友達になった記念に…これをプレゼントするよ~♪」

本音はがさごそ大きな鞄を「これじゃない~」「こっちでもない~」とあさり、取り出したのは少し大き目な箱。私はその箱をを受取り箱の中身を確認すると、なかに入っていたのは私の着ている制服とは少しちがう袖がだぼだぼな制服だった。

だぼだぼ…?

「?」

「みこちーちっちゃいからこれ似合うって思うんだー。私お手製だよー。お揃いだね~♪」

「…ぉ~」

おそろい。本音とおんなじ。

「サイズとか直さないといけないから後で着てみようねー」

「ん」

たのしみ…。

私は本音からもらった制服をだいじに両手で抱きしめる。ともだちからはじめて貰ったプレゼント。私の宝物。

「えへー。気に入って貰えたみたいで嬉しいよー」

「ん、だいじにする」

「ありがと~♪」

ぴょんぴょん飛び跳ねてよろこぶ本音。ん。私もうれしい。

『って!本気で殺す気か!今のかわさなかったら死んでるぞ!』

…?この声…。

外が騒がしい。それにこの声を私は知ってる。

「あれれ?何か騒がしいね?」

「…一夏?」

声の事が気になり私は外へと向かう。あの声は間違いない。一夏の声だ。とっても大きな声だった。何かあったのだろうか?

「あれ?みこちー?何処行くのー?」

「外」

「あっ、じゃあ私も行くよー」

「ん」

断る理由も無いので私は頷くと本音と一緒に廊下に出た。すると私達が目にしたのはぼこぼこに穴が開いた一夏の部屋のドアと、そのドアに向かって頭を下げて謝っている一夏の姿だった。

一夏、ドアとお話しできる。すごい…。

「お隣織斑君の部屋だったんだー♪ラッキーだよー♪」

「えっ!?なになに!?織斑君!?」

「えーっ、あそこって織斑君の部屋なんだ!良い情報ゲット!」

本音の声を聞きつけたのか、それとも一夏が騒いでいるのを聞きつけたのか、だんだん此処に集まって来る他の人達。ん。一夏は人気者。ともだちたくさんつくれる。

「…箒、箒さん、部屋に入れて下さい。すぐに。まずいとこになるので。と言うか謝るので。頼みます。頼む。この通り」

…箒?

ドアと話してるのにどうして箒の名前が出てくるのだろう?とりあえず一夏に話し掛けてみることにする。

「一夏?」

「ミコトか!?頼む!一緒に箒を説得してくれ!」

「…箒?」

「ああっ!ちょっと不幸な事故に遭遇しちまって…謝ってるんだが許してくれないんだ」

事故…。

「怪我?」

「え?あ、ああ、危うく死にそうだったけどこの通り無傷だ」

「ん…コクリ」

怪我がなくて安心した。ともだちが怪我するのは嫌だ。

「いや、そうでもないんだ。箒に部屋から追い出されて部屋に入れて貰えないんだよ」

「喧嘩?」

「…まぁ、そうなの、かなぁ?」

「喧嘩、よくない。仲直り」

私は、ともだちの一夏と箒に喧嘩して欲しくない…。

「いや、したいんだけどな…。聞く耳もたずでさ」

「ん、まかせる」

「え?」

「箒、説得する」

「まじか?それは助かる!」

「んっコクリ」

嬉しそうにする一夏に私は小さく頷き自分にまかせろと胸を張ると、穴だらけのドアをノックして中に居る箒に話し掛ける。

「箒」

「む、ミコトか?」

ドア越しで箒の声が聞こえてくる。

「喧嘩、だめ」

「け、喧嘩なんてしていないっ!」

「ん?」

じゃあ、なんで一夏を追い出したんだろう?

「じゃあ、なんで追い出す?」

「あっ、当たり前だろう!何を言っているんだお前は!」

「???」

よくわからない…。

「ねぇねぇおりむ~。不幸な事故って言ってたけど何したの~?」

「お、おりむ~?いや、何て言うか、そのぉ…箒の奴が丁度シャワーを使ってて…」

「あーなるほどー…」

後ろで本音と一夏が話してるけど、やっぱりよく分からない。何処におこる理由があるのだろう?

「それはおりむ―が悪いよー。女の子の裸を見るなんてだめだよー」

「ふ、不可抗力だ!わざとじゃないんだ!それに裸を見た訳じゃっ!?」

裸見られたからおこるの?なんで?

「箒、何でおこる?」

「そ、それは…その…」

「一夏、きらい?」

だから喧嘩するの?

「そ、そういうわけじゃ…」

「なら、仲直り」

「いや、だからな?」

「仲直り」

友達で喧嘩、よくない。

「だ、だから…」

「仲直り」

「~っ………はぁ、一夏。入れ」

「ほ、箒?許してくれるのか?」

溜息と共に開かれる穴だらけのドア。そして開かれたドアの隙間から出てくる箒。

「わぁ…篠ノ之さん、大たーん」

「抜け駆けしちゃダメだからね?」

集まって来た人達が良くわからない事を言ってまた騒ぎ出す。

「…見世物になりたくないだけだ!とっとと入れ!」

「はっ、はいっ!えっと!ありがとな!ミコト!」

「んコクリ」

「早くせんかっ!恥ずかしいっ!」

「いてっ!いってててぇ!?耳ひっぱんなってっ!?いてぇよ!?」

箒に耳をひっぱられて部屋の中へと引きずられていく一夏。

…仲直りできたのかな?

パタンと閉められてドアを眺めて首を傾げる私。中に入れてもらえたと言う事は仲直り出来たのだろう。きっと。

「みこちーはすごいねー」

「?」

何が?

突然私のことを褒めてくれる本音。でも、私には何が凄いのかわからない。

一夏が居なくなったので集まっていた人達も自分の部屋へと帰っていき、私も結局何が凄いのかわからないまま部屋に戻る事になった。その後はご飯を食べて、本音とプリン食べて、お風呂に入って。あと、千冬に教室に残ってなかったから怒られた。叩かれて痛かった…。

いろいろあって、今はまた部屋に戻って本音とお話してる。

「そっかーみこちーもお菓子好きなんだー?」

「んコクリ」

でも、クリスも真耶も千冬も食べ過ぎちゃダメって言う。だからお腹いっぱい食べられない。

「私も大好きなんだー。今度休みの日にでも一緒に食べに出掛けよーね?」

「コクンコクン!」

本音だいすき。今度の休みたのしみ。

「…ねーねーみこちー」

「?」

急に表情が暗くなった本音。どうしたのだろう?

「3日後の決闘。だいじょうぶ?」

「?」

「えっとね。相手のオルコットさんは代表候補生だし。実は推薦したの私なんだー…だから、ね?」

「問題、ない」

「ホントに?大丈夫?」

一夏も本音も心配性。相手がどんなにつよいとか。私には関係ない。私はただ…。

「ただ、飛ぶだけ」

あの鳥のように…。自由に空を…。

「飛ぶ…そっか」

「ん」

「みこちーが飛ぶところ。楽しみにしてるね!」

「んコクリ」

「それじゃあ、寝よっかー」

「ん」

「おやすみ。みこちー」

「おやすみ…」

本音におやすみの挨拶を済ませて布団に潜り瞼を閉じる。今日は良い事が沢山あった。明日も良い事がありますように。

クリス、おやすみ…。

最愛の母におやすみをして、私は眠りについた…。










『ぎゃあああああああっ!?』

ミコトが眠りについた後、ドゴスッという爆音と一夏の悲鳴が隣のミコトの部屋どころか寮全体に響いた事をすやすやと眠るミコトが気付く事は無かったとさ。










あとがき


地震が凄いですが皆さんご無事ですか?大丈夫ですか?それだけが心配です…。

あとがきにいっぱい何か書こうとしたんですが地震の事で全て吹っ飛んでしまいました…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/17 00:59



第4話「私は私」








――――Side 織斑 一夏




「もきゅもきゅ…」

「なぁ…」

「…………」

「もぐもぐ…」

「なぁって、いつまで怒ってるんだよ」

「怒ってなどいない」

「ごっくん」

「顔が不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ」

「…ふぅ」

どうしろってんだよまったく…。

今現在、俺達が居るのは一年生寮の食堂。俺と箒、ミコトで同じテーブルで朝食をとっている訳なのだがこの通り気まずい空気が漂っている。昨夜から箒とは何もしゃべってはいない。一体何がいけなかったのか。ミコトが仲裁に入ってくれた後は許してくれたのにまた少ししたらまた怒って口をきいてくれなくなってしまったのだ。

何がいけなかったんだぁ…?

やっぱりあれか?あれだよなぁ…たぶん。でもアレは事故だって。

昨日、ミコトと分かれた後に俺と箒はミコトのおかげもあって仲直り出来た。でも、色々と不幸が重なって箒の下着を見てしまったと言うか鷲掴みしてしまったというか…。

いや、別に俺もわざと箒の下着を掴んだ訳じゃないんだってば…。

またミコトが助けてくれるかと期待してはみたがどうやらミコトはこの空気に気付いていない様子で黙々と朝食を食べているので助けてくれる見込みはゼロだろう。偶に視線が合う事があってもミコトは首を傾げて「?」と不思議そうにするだけだ。

「………」

「………」

「もきゅもきゅ…」

あ゛~気まずいい。なんて気まずい朝食なんだ。しかもまた周りの女子の視線が気になるし…。

「ねぇねぇ、噂の男子だって~」

「千冬お姉様の弟らしいわよ」

「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり強いのかな?」

…はぁ。

周りから聞こえてくる女子の話声に溜息を溢し、ご飯をつまむ。…うん。美味しい。

ちなみに俺のメニューは和食セット。ご飯に納豆。鮭の切れ身と味噌汁。そして浅漬け。まさに日本の朝食だ。箒も同じメニューだし日本人ならやっぱり白いご飯に限る。パン食も嫌いじゃないけどな。ミコトはパン食派みたいだ。トーストにベーコンエッグとサラダ。それに牛乳か。少し少なくないか?まぁミコトの小さな身体なら丁度良いのか?

「ミコトはそれで足りるのか?」

「もぐもぐ…コクリ」

口をもぐもぐさせて無言で頷くミコト。

「そうか。あっ、そういえば制服が変わってるな」

ミコトの制服は昨日の正規の制服とは違って、袖がダボダボなやつに変わっていた。そう言えばうちのクラスで同じような制服を着てた女子いたな。思い返してみればミコトのルームメイトじゃないか。

「ん。プレゼント」

プレゼントって事はあの子に貰ったのかな?

「そうか、良かったな。似合ってるぞ?」

「…ん♪」

おお、貴重なミコトの笑顔だ。

「…あれ?ルームメイトの子は一緒じゃないのか?」

話題に上がっていた本人が居ない。ミコトのルームメイトなら一緒に居る筈なのに食堂に来た時はミコト一人だったよな?

「ん。まだねむいからねかせてって」

「え゛っ?」

うぉーい。それは不味いんじゃないですかー?

あと五分、あと五分…が永眠になってしまうではないか。何でも相手の望み通りにしてあげる事がその人にとって良い事に繋がるとは限らないんだぞミコト。とりあえずのほほんさん(仮)は遅刻確定で地獄行きだ。ご冥福をお祈りします。南無…。

「………」

無関心、か…。

何て言うか箒は他人に関心を持とうとしないよな。何か壁を作ってると言うか。昨日から俺とミコト以外の人に話してる所なんて見た事無いし。

「箒?」

「…何だ?」

ミコトには反応するのかよ。

俺にはろくに顔を向けない癖にミコトには反応をする箒。何だこの違いは?差別反対…って今の時代そんな事言ってられないか。生きにくい時代だなまったく…。

「怒ってる?」

「…怒ってなどいない」

「でも、一夏…」

「女の敵の言う事など気にするな!」

ひでぇ…。幼馴染から女の敵にランクダウンしたぞ…。

「ん…コクリ」

強い口調で言われて流石のミコトも黙りこんでしまう。流石に今のは言い過ぎだろ。ミコトは箒を心配して言ったのに…。

心なしかミコトの表情も沈んでいる様に見える。まずいな。これは良くない。周りを巻き込むのは駄目だろ。箒が人づきあいが苦手なのは昔から相変わらずみたいだけどさ…。

「おい、箒」

「………」

「ミコトは悪くないだろ。違うか?」

「っ!……ミコト、すまない」

「?」

箒に謝られて不思議そうに首を傾げるミコト。

「その…今のはきつく言い過ぎた」

「ん…フルフル」

気にするな。そう言うかの様にミコトは首を振ると食事を再開する。相変わらずの口足らずだが、でも俺には分かる。ミコトの表情が少しだけ明るくなったのを。

ふぅ…。

友達になって次の日に喧嘩なんて嫌だよな。俺と箒のことでミコトを巻き込まれる必要も無い。そのためには早く箒の機嫌を直さないと…。

「なぁ、箒―――」

「な、名前で呼ぶなっ」

なんと、名前で呼ぶことすら禁止されてしまった。どうしろってんだ。どんどん状況が悪化する一方だぞ?

「ごちそう、さま」

「お、もう食べ終わったのか?」

「んコクリ」

いつの間にか朝食を食べ終えて御馳走様をするミコトは席を立ちトレーを持ってこの場から去っていく。朝食が終わったら直ぐにSHRが始まるからな。流石にミコトも昨日の今日で反省してるだろ。たぶん…。

「あ…」

ん?

「………」

箒がミコトが去っていくのに何やらぽつりと声を漏らす。俺は何事かと箒を見たが箒は慌てて顔を伏せて再び口を閉じた。

「………」

「………」

き、気まずい…。

巻き込まないと決めたばかりなのに早くもミコトに助けを求めそうになる俺。ミコトと言う名の中和剤がこの場に居なくなった事で更に気まずさを増したこの空間。互いの耳に聞こえるのは箸の音のみでそれ以外の周囲の雑音は俺達には聞こえていなかった。

かちゃかちゃ…

無言の為か食事のペースが早い。俺も箒ももう殆ど食べ終わっており完食するのもあと数分も要らないだろう。どうする?このまま終わらせていい物なのか?この状態を引き摺るのは余りよろしく無い気がする。ここはどうにかしないと…そうだ!

「な、なぁ。ほうk…篠ノ之さん」

ギロッ

何で睨むんだよ!?名前で呼ぶなって言ったの箒じゃないかっ!?

「え、えっとさ…俺、決闘する事になっただろ?でも、ISの事全然分からなくてさ。このままじゃ何も出来ずに負けそうなんだ」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

その通りなんだけどさ…。

「うぅ…だ、だからさ?教えてくれないか?ほら、俺より箒の方が詳しいだろ?」

負けじと話を続ける。此処で引いたらそれまでだ。何も進展しない。

「ミコトに頼めば良いだろう。ミコトは自分の専用機を持っている。実力は保証できる」

「駄目なんだよミコトは。箒でなきゃ」

「っ!?そ、そそそれは!どう言う意味だっ!?」

ん?何で顔を真っ赤にするんだ?

突然顔を真っ赤にして箒は何やら興奮した様子で訳を訊ねてくる。鼻息を荒くして睨んでくるその眼は真剣そのものでまるで昔、箒と剣道で打ち合ってた時の事を思い出す。何をそんなに真剣になってるんだ?いや、だってミコトが他人に物を教える光景を想像出来るか?出来ないだろ?少なくとも俺は無理だ。想像出来ない。

「そりゃあ、教えてくれるなら親しい奴の方が教わりやすくて良いだろ?」

「し、親しいっ!?」

素っ頓狂な声を上げる箒。何ださっきから。様子が変だぞ?それに頭から湯気出てるし…。

「幼馴染だかな。そうだろ?」

「………」

幼馴染と聞いてガクリと肩を落とす。何だよ今度は落ち込んだりして。忙しい奴だな。こんなに感情の凹凸が激しい奴だったっけ?

「箒…?」

「名前で呼ぶなっ!ふんっ!」

「ちょっ!?箒!?待てよっ!?」

ガタッと大きな音をたてて立ちあがったと思ったら、箒はトレーを持ってカウンターへと言ってしまった。何だよ?急にまた怒りだして…。

「何時まで食べている!食事は迅速に効率よくとれ!遅刻したらグランド10周させるぞ!」

先に帰ってしまった箒と入れ替わる様に千冬姉が食堂に入って来ると、大きな声を張り上げてはそんな恐ろしい事を言ってきた。千冬姉の声を聞いた途端食堂に居た全員が食事の速度を上げる。昨日グランドで走らされた本人にしてみれば今の千冬姉の脅しはとんでもなく効果的なものだと分かる。俺も早く済ませるか。

ひょいぱくひょいぱくと残りの朝食を口に放り込むとトレーを持ち返却口に向かった。

結局、何がいけなかったんだ…?









「うえ~ん!みこちー酷いよ~!朝から死にそうだったよ~!」

「?」

案の定、遅刻したのほほんさんはグランド10周の刑に処されてたとさ。でもミコトがとっておいてくれたパンのおかげで空腹は免れたようだ。その優しさを別の方に生かせたら良かったのにな。ミコト…。

泣き喚くのほほんさんに、訳が分からず首を傾げてパンを渡すミコトの姿が妙な不思議空間を作り出していたのは印象的だった…。

「あぐあぐっ…おいしいよ~…えぐっえぐっ…」

「んコクリ」

何だよこの光景…。









「う゛ぅ~…」

唸り声を上げならが教科書と睨めっこをする俺。傍から見れば気味の悪い光景だろう。しかし俺にとっては周りの視線など気にしてる状況では無かった。

わ、わからん…。

単語は分かるのだ。昨日放課後残ったおかげかある程度の単語は理解出来る。しかし、根本的に理解不明な箇所がいくつもある。まるでそれは数学の数式を覚えないと解けない問題の様。まずい。このままでは授業に置いてかれてしまう…。

「うぅ~ん…」

パァンッ

「あいてっ!?」

教科書と苦闘していると、乾いた音と共に俺の視界に星が散る。当然その原因は千冬姉の出席簿だ。もうお決まりになってないかこれ?

「黙って授業を受けれないのかお前は」

流石の千冬姉も呆れている。

「すいません…」

「はぁ…まぁ良い。ところで織斑。お前のISだが準備まで時間がかかる」

「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「専用機?」

専用機。ミコトが持ってる奴の事だよな?何度もその単語を聞いたけど未だに理解して無いんだよなぁ。

「お前は…まさか専用機が何なのか理解していないのか?」

「はい」

パァンッ

いてぇ…。

本日二発目頂きました…。

「教科書6ページ。音読しろ」

「え、えーと…『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ乃博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」

「な、なんとなく…」

つまりミコトは本当に凄いって事だよな?467機しか無いのにそれを与えられてるんだから。それが俺に与えられるって事か。実験体としてだけど…。

俺の場合は名誉とかじゃなくモルモット気分で嬉しくないんだが。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者何でしょうか…?」

女子の一人がおずおずと千冬姉に質問する。まぁ、篠ノ之なんて名字そうそうないからいつかはバレルとは思ったが随分と早かったな。そう、篠ノ之束。ISを一人で開発させた稀代の天才。千冬姉の同級生で、箒の姉だ。

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

あっさりと答える千冬姉。良いのだろうか?教師が生徒の個人情報をばらしたりなんかして…。

現在、束さんは指名手配中の人物。別に犯罪を起こした訳ではない。しかし、IS技術の全てを把握している人間が行方不明と言うのは各国政府、機関関係者とも心中穏やかではないだろう。もし、自分の知らない所でISを大量生産されて組織なんて造られたら…想像しただけで恐ろしいだろう?

まぁ、本人はどうでもいいんだろうなぁ…。

あの人は世間なんて興味は無い。自分に身内以外はどうでも良いのだ。つまり世界征服なんて考える筈も無い。世界なんて興味ないだろうし。

「ええええーっ!す、すごいっ!このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!?今度IS操縦教えてよっ」

授業中だというのに箒の机にわらわらと女子達が群がっていく。それはまるでお菓子に群がる蟻のよう…って本当に授業中なのに良いのか?これ?自由すぎるだろ。

「あの人は関係無い!」

教室中に響く突然の大声。その声に呑まれて箒に群がっていた女子も、そして俺も何がおこったのか分からない様子でぱちくりと瞬きをしていた…。

「ん…箒は箒」

いや、訂正しておく。ミコトを除いて、だ。ミコトは今の大声に動じることなくすぐ傍に居る俺に微かに聞こえる程の小さな声でそう呟いていた。「箒は箒」か、確かにその通りだよな。

俺も千冬姉っていう有名人の身内だけど、やっぱり関係ないんだよな。俺は俺。箒は箒だ。

「…突然大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

苦痛な表情でそう告げると皆から目を背けてしまう。盛り上がっていた女子からしてみれば冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ自分の席に戻る女子達の表情は困惑や不快といった感じの物を浮かべていた。

しかし、今の箒の表情。まるで束さんを憎んでいる様な…。

箒って束さんのこと嫌いだったか…?

昔の記憶を探ってみるがどうしても箒と束さんが一緒にいる光景が出て来ない。そう言えばいつも束さんの事を訊ねたらそこで会話が終わってたような気がする。まさか本当に仲が悪いのか?

知り合いの、それも幼馴染が家族との関係が悪いのはあまり良い気分がしない。箒の親御さんとは道場に通ってた時に世話になったし、束さんとも何度もあった事がある。どうしても他人事には思えない。

あとで箒に聞いてみるか…。

余計なお世話かもしれないし、聞かれたくない事かもしれないが俺にとって箒は大切な友達だからな。

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」

だから、授業中だってのに…。

いつの間にか俺の席の前にやって来ていたセシリアは、相変わらずの強気な態度でそう言い放って来た。

「まぁ?一応勝負は見えてますけど?さすがにフェアじゃありませんものね」

「? なんで?」

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生…」

いや、それはもう何度も聞いたから。

「つまり、現時点で専用機を持っていますの」

「へー」

専用機ならミコトも持ってるし、寧ろ俺はミコトが主席だって言う事実の方が衝撃的だったな。あれ以上に驚く事なんてそうそう無いぞ。

「…馬鹿にしてますの?」

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが」

「それを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」

ババン!両手で机を叩かれる。あのな?授業中何だぜ今…。

「…こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう?世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

「そ、そうなのか…」

「そうですわ」

「人類って六十億超えてたのか…」

マジ知らなかったぜ…。

「そこは重要じゃないでしょう!?」

ババン!だから授業中だと(ry

「あなた!本当にばかにしてますの!?」

「いや、そんなことはない…」

「だったらなぜ棒読みなのかしら…?」

なんでだろうね?

「なんでだろうな、箒」

私に振るな!と突き刺さりそうな視線で睨みながら告げてくる。すいませんでした。

「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」

こいつは馬鹿か?それとも空気が読めないのか?さっきの箒の反応見ただろ。それは禁句ワードなんだって…。

案の定、俺に向けられていた鋭い視線はセシリアへと矛先を変える。

「妹と言うだけだ…」

物凄い剣幕でセシリアを睨む箒。その怒気を含んだ視線に流石のセシリアの怯んでしまう。と、その時だ。険悪なムードで静まり返っていた教室にその声が響いたのは…。

「箒は箒…」

また、ミコトがそう呟く。今度は他の皆にもそれが届いたらしく皆の視線がミコトへと集中した。セシリアもまた箒の視線から逃れる為にミコトへと振り返る。

「オ、オリヴィアさん?何か言いまして?」

箒にビビって若干顔が引き攣ってるぞセシリア…。

「箒は箒…」

「はい?」

「他の、だれでもない」

無表情だが瞳には何か強い意志の様な物を籠めてミコトはセシリアと向き合いそう告げる。そして、それを聞いていた箒は目を丸くしていた。正直、俺も今のミコトの行動には驚いている。ミコトは余り周りに自ら干渉する方では無いと思っていたから。周りに余り興味が無いと思っていたから。

でも、今日の朝食や昨日の夜だって自ら進んで俺達の仲裁に入って来てくれた。もしかしたらミコトは束さんの様なタイプで、更に何か自分のルールに基づいて行動しているのかもしれない。今の発言が俺にはそう思えたから…。

「一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う」

織斑千冬の弟だとか。篠ノ之束の妹だとか。…織斑千冬に瓜二つだとか関係無い。言葉足らずだが、きっとミコトはそう言いたいのだろう。

「セシリアは代表候補生だからセシリア?」

「え?」

突然の質問にきょとんしてしまうセシリア。

「代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?」

「そ、そんな事ありませんわ!この肩書はセシリア・オルコットの名に付いて来たもの!代表候補の名の御蔭でわたくしがある訳ではありませんわ!」

「ん、箒も同じ」

「ミコト…」

箒が不器用に照れながら笑っている。箒だけでは無い。俺達の様子を眺めていた千冬姉もそうだ。山田先生なんて涙まで浮かべてるし…。

「そうだねーみこちーの言う通りだよー」

「そうね。篠ノ之さんの気持ち考えて無かったかな…」

「私もわるい事しちゃった…」

「わたしもー…」

「やっぱり身内が有名人だと苦労するんだろうね」

空気を読んだのか、それとも狙っていたのか、ナイスなタイミングののほほんさんの言葉に次々と女子達の反省の言葉が聞こえてくる。それを聞いてミコトは満足そうに頷く。

「ん…つかれた」

普段話さない所為か疲れたのだろう。表情が寝むそう…っておいまさかっ!?

「おやすm「誰が許すか馬鹿者」あぅ…」

寝ようとしたミコトの頭に出席簿が炸裂する。千冬姉の目の前で居眠り宣言するなんて勇気あり過ぎだろ。

「ふ、ふんっ!いいですわ!ならこのセシリア・オルコットを証明して差し上げましょう!明後日の勝負で私の実力を見せてご覧に入れますわ!」

ずびしっと指をさして高々と宣言してくる。何て言うか、段々噛ませ犬っぽくなってきてるな。

…あれ?そう言えば。

「あのさ、もしミコトが勝ったらどうなるんだ?」

セシリアが負けたらそこまでって訳じゃないだろう。一応、クラス代表を決める勝負でもある訳だし…。

「はぁ!?何を言ってますの!?そんな事ありえませんわ!」

あのさ…この世に絶対ってないんだぜ?

自分の力に自信を持つ事は良い事だが、そう言う慢心は自分を滅ぼすと俺は思う。ほら、漫画やアニメだってそう言う奴は負けたり罠にはまったりしてるだろ?

「もしオルコットがオリヴィアに敗北した場合、その時は織斑とオリヴィアが対戦する事になるな。喜べ、シード権はお前の物だ」

嬉しくないんですけど…。

別に俺はクラス代表になりたい訳じゃないし、ミコトと勝負したい訳じゃない。そんな権利を貰っても全然嬉しくないんだが…。

「織斑先生!わたくしが負ける筈「黙れ馬鹿者」アイタっ!?」

千冬姉に反論しようするがそれはセシリアの頭に出席簿が振り下ろされた事により中断させられてしまう。流石の代表候補生様でもあれは痛い様だ。

「いい加減席につけ馬鹿者が。授業が進まん」

「す、すいません…」

頭を押さえてとぼとぼと自分の席に戻っていくセシリア。流石のセシリアも千冬姉には逆らえないか。

「まったく…餓鬼は喋り出したら止まらんから困る。授業の続きをするぞ」

『は、はい…』

かなりご立腹の千冬姉のギロリとした視線に震えあがる俺ら一同(ミコト除く)は、今日は一切私語無く授業を受けるのだった…。









キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン

「箒」

びくっ

授業も終わって昼休憩になったので箒を誘おうと思ったのだが、さっきの一件を気にしてるのか俺が話しかけるとビクリと身体を跳ね上がらせる箒。何をそんなにビビらせるのか…。

「飯食いに行こうぜ」

「…私は、いい」

「まぁ、そう言うなって。ミコトも一緒に行こうぜ?」

「ん」

「っ!?ミコト!?」

だから何をそんなに意識してるんだよ?

「本音も一緒、いい?」

ん?本音…?

知らない名前に首を傾げるとミコトは俺達から離れて行くと、教室の隅の方で雑談している仲良し3人グル―プから一人だぼだぼの制服を着た女子を連れてくる。ああ、のほほんさんか。本音って言うんだ。まぁ、いきなり呼び捨ては不味いから今後ものほほんさんでいくとしよう。

「んー?みこちーどうしたのー?」

訳も分からず連れて来られたのほほんさん。ミコトよ。こう言う時はちゃんと要件を伝えて連れてくるもんだ。意思疎通は大事だぞ?

「お昼、たべる」

「おりむーと!?いいよー!喜んでご一緒するよー!」

ぴょんぴょんと跳ねながらOKするのほほんさん。何て言うか雰囲気的にミコトと良いコンビかもな。

「ま~ち~な~さ~い!」

「抜け駆け禁止!」

「むぎゅ~!?」

のほほんさんと一緒だった二人がぐわしとのほほんさんの頭を掴む。ちょっ!?首しまってるしまってる!?

「織斑くん。私達ちょっとOHANASIがあるからこの子借りるね?」

「じゃあ!そう言う事で!」

「おりむ~!みこち~!たすけてぇ~!?」

…強く生きろ。

「お~…?」

ずるずると何処かへ連れ去られていくのほほんさんを俺とミコトは唯見送る事しか出来なかった…。くっ!無力な俺達を許してくれのほほんさん!

…まぁ、それは置いといてとりあえず飯にしよう。

「じゃあ、いくか」

「ま、待て!私は行かないと―――」

「箒?」

箒の袖をちょこんと握って箒を見上げるミコト。そんなミコトを見て箒はたじろくと…。

「ぐっ…仕方ない。ミコトには借りがあるからな」

簡単に折れて照れ隠しをしながら昼食を一緒に取る事を了承した。まったく昔から素直じゃないな箒は。まぁ拒否しても強引に連れて行ったけどな。

「それじゃ行こうぜ」

「だ、だから手を握るなと言っているだろうっ!?」

「そう言うなって。昔は良くこうしてただろ?」

「今と昔は違っ…こ、こら離せ!?」

箒が何か言ってるが俺は気にせず箒の手を引っ張って食堂に向かう。別に恥ずかしがる事は無いだろ幼馴染なんだし。ミコトが気になり後ろを振り向けば騒いでいる俺達のあとをちょこちょこと付いて来ているみたいだ。なかなか良いトリオじゃないか俺達。性格が見事にばらばらで。







学食に到着。しかし出遅れた所為か殆どの席が埋まっている。まぁ3人程度ならなんとか席は確保できると思うけどそれも早くした方が良いな。誰か一人に席をとっておいて貰わないと。

「ミコト」

「ん?」

「3人分の席確保しといてくれないか?3人で食券買いに行くと全部埋まっちまいそうだから」

「んコクリ」

「何食べるんだ?俺が持って行ってやるから」

「サンドイッチ」

「サンドイッチセットか。分かった。んじゃ、席の方頼んだぞ?」

「んコクリ」

ミコトは頷くと生徒で混み合っている渦の中へと消えて行った。頼んだ俺が言うのも何だが大丈夫だろうか?ミコトは背が小さいからあの中に居るのは危ないかもしれないぞ。もう見えなくなってどうしようもないが…。

「…大丈夫なのか?」

お、流石の箒も心配か。そうだよな。人選間違えたかもしれん。

「大丈夫…だといいなぁ」

俺はミコトが消えた人混みを眺めてそう呟く。正直自信ない。

「何を他人事のように!…こほん」

「ん?何だ?心配なのか?」

「なっ!?決してそのような事は…」

にやにやと笑みを浮かべてそう訊ねるが箒は顔を紅くして顔を逸らす。はは、何を照れてるんだか。

「嬉しかったんだろ?ミコトにあんな事言われて」

「…何のことだ」

「箒は箒ってやつだよ。その通りだよな。束さんあっての箒じゃないもんな」

「………」

箒は俺の隣で顔を俯いて何も言わない。きっと箒にもこの6年間で色々あったのだろう。それがどんな事か俺には分からないがきっと辛い経験があったに違いない。なんたって自分の姉である束さんの事を聞かれただけであんな態度をとるのだから、それだけの事があったのだろう。

「…さて、何を食おうかな。箒はどうする?俺と一緒で良いか?」

朝食も俺と同じだったし食事の好みは俺と一緒だろう。

「か、勝手に決めるな」

「じゃあ何にするんだよ?後がつかえてるんだか早く決めろよ。俺は日替わりにするぞ。鯖の塩焼き定食」

「む…じゃあ私もそれを…」

結局同じか。まぁ良いけどな別に。日替わり二つとサンドイッチセットの食券を買うと、販売機の列から離れてカウンターへと向かい食券をおばちゃんに渡した。

「おばちゃん。日替わり二つにサンドイッチセット一つね」

「はいよ。アンタが噂の男子生徒かい?流石は男の子。沢山食べるねぇ」

「いやいやそんな訳無いよ。ただ友達の分も頼まれてるだけだよ」

やっぱりIS学園の関係者なら例えどんな職業でも俺を知ってるんだな。まぁニュースでもやってたし別に可笑しくはないか。

「はい、日替わり二つにサンドイッチセットお待ち」

「ありがとう、おばちゃん。おお、旨そうだ」

「旨そうだじゃないよ、旨いんだよ」

そう言っておばちゃんはニカッと笑う。うん。このおばちゃんはいい人だ。たぶんこの学園内の女性で一番心が許せる人かもしれない。懐が広いって意味で。

さて、じゃあミコトの居る場所に行くとするか…ん?

「………」

「どうかしたのか?箒」

ミコトのサンドイッチと日替わりが乗ったトレーを両手に持ちミコトが待っている場所に向かおうとすると、何故か唖然と立ち尽くしている箒の姿が。俺はどうしたんだと訊ねたら無言で自分が見ている方向を指差す。俺はその指差す方を視線で辿っていくと…。

なんじゃありゃ!?

箒の指差した方角には沢山の人だかりが。しかし俺が驚いたのはそんなものじゃない。俺や箒を驚かせている原因は、その人だかりを阻むようにして中央に陣取っている鋼鉄の翼。そしてその翼はよく見てみれば一つのテーブルを守る様に翼を折り畳んでいる。置物か何かかと思いはしたが俺達が来た時にはそんなものは無かったし、第一あんな所に置いたらテーブルが使えない。つまりは置き物じゃないってことだ。

「な、なんだよあれ…?」

「ISだ…」

「IS!?あの翼がか?」

「恐らくな。だが、一体誰がこんな所で…」

確かISは特定の場所でしか使用は許可されて無いらしく。それ以外の場所での使用は厳しく処罰される。これは入学初日の授業で教えられた事だ。俺もそれは覚えているし他の連中だって知らない筈は無い。

まさか、なぁ…?

気のせいだろうか。あの翼、あのテーブルを誰にも使わせない様にしているのに見えるのは…。

―――3人分の席確保しといてくれないか?

先程ミコトに頼んだ事を脳内でリピートする。まさか。まさか…。

「「………」」

ダラダラと嫌な汗を掻いている俺と箒は顔を互いに見合わせるとその翼の方へと近づいて行く。頼むからそうで無いでくれと祈りながら。

…しかし、その祈りはどうやら届かなかったらしい。

「ん。きた」

「ミ、ミコト…」

「お前と言う奴は…」

俺達が見たのは満足そうにテーブルを陣取っている翼を生やしたミコト姿。それを見て頭を抱える俺と箒だったが、頭を悩ませている張本人のミコトは俺達の気持ちを知らずに首を傾げているだけだった…。

その後、勿論説教が待ち受けていた。今回は初犯と言う理由で許して貰えたが次は罰を受けて貰うときつく注意されて開放。そして今現在に昼食をとる俺達に至る。

「あのな、ミコト。もう少し考えてから行動しような?」

すっかり冷めてしまった味噌汁を啜りながら俺はミコトに言い聞かせるように注意する。まるで子供に躾けする親の気分だ。

「?」

いや、そんなに不思議そうにされても…。

「ミコト。学園内でのISの無断使用は禁止されている。今後はさっきの様な事はやめろ。良いな?」

「んコクン」

本当に分かってるのか不安だが、まぁ良しとしよう。それより飯だ飯。

「そういえば、さっきの翼何なんだ?」

「ISだ。専用機は部分的に展開する事が可能なんだ。さっきのあれはミコトが翼を部分展開したものだろう」

部分展開。また分からない単語が出て来たぞ…。

「えっと…つまりあの翼はミコトのISの一部って事か?」

「ん」

「そう言う事だ」

へぇ…そんな事が可能なのか、ISって…。

「やっぱり全然だ。よく分からん」

どう言う原理でそんなの事が可能なのか、どう言う仕組みなのか、俺の頭では到底理解出来そうに無い。

「なぁ、朝の話の続きなんだけどさ。頼むから教えてくれよ」

「…またその話か」

「?」

「頼む!頼むよ!箒だけが頼りなんだ!」

「………私だって特別に詳しい訳じゃない。お前に教えれる事なんて大して…」

「それでも俺より圧倒的にマシだろ?俺なんて基礎知識すら駄目なんだし。だからさ!このとおりだ!」

手を合わせて箒を拝む。本当に箒が頼みの綱なんだ。これで断られたら俺はもうどうしようもなくなる。何も出来ないままあいつに負けるなんて絶対に嫌なのだ。

「………今日の放課後」

「え?」

「今日の放課後。剣道場に来い。一度、腕がなまってないか見てやる」

「いや、俺はISのことを―――」

「付け焼刃の知識でどうにかなる相手だと思ってるのか?」

「ぐっ…」

箒の言う通りだ。セシリアは国に認められたからこそ専用機を任せられている。それに比べて俺は素人も素人。今更どう頑張った所でこの差は覆す事は不可能だろう。

「なら、無様な戦いをしない様に身体に戦い方を刻みつけてやる。ISの性能は操縦者の実力にも左右される。これぐらいは常識だ」

「むぅ…」

一度ISに乗った事のあるから箒の言いたい事は分かる。ISに乗れば操縦者とISは『繋がる』。つまり自分が思う通りに動かせるのだ。だから操縦者の実力にも大きく左右するのは理解出来る。

「分かったら放課後剣道場に来い。良いな?」

「はい…」

有無言わさずの言葉に俺は唯黙って従うしか無かった。情けなく箒に頭を下げる俺。そして俺の隣ではもぐもぐと無表情でサンドイッチを頬張るミコトの姿があったとさ…。











「どういうことだ」

「いや、どう言うことって言われても…」

俺と箒は約束通り放課後に剣道場へ来ていた。

また大勢のギャラリーが剣道場の外から俺を見に来ており、俺はそんな中で箒に怒られていた…。

「どうしてこんなに弱くなっている!?」

手合わせを開始してから10分。結果は俺の一本負け。その結果に不満なのか面具を外した箒は目尻を吊り上げて俺を叱る。

「受験勉強してたから、かな?」

「…中学では何部に所属していた?」

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

まぁ、それには理由があるのだが。実際は家計を助ける為にバイトをしてたり、あと家事とかが大変で、部活とかそれどころでは無かったのだ。千冬姉は家事は全然だから俺がしっかりしないと家はゴミ屋敷と化してしまう。

「―――なおす」

「はい?」

「鍛え直す!何だそのていたらくは!?情けない!それでも男子か!?これから毎日、放課後三時間、私が稽古をつけてやる!」

「え゛!?」

「ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど…悔しくは無いのか、一夏!」

「そりゃ、まぁ・・・・格好悪いとは思うけど」

「格好?格好を気にする事が出来る立場か!それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

「楽しいわけあるか!珍動物扱いじゃねぇか!その上、女子と同居までさせられるんだぞ!何が悲しくてこんなってうわぁ!?」

俺の頭目掛けて振り降ろされる竹刀をぎりぎりのタイミングで竹刀で受け止める。馬鹿お前!?防具を外してる状態で打ち込んでくるんじゃねぇよ!?殺す気か!?

「わ、私と暮らすのが不服だと言うのか!」

「お、落ち着け箒!?俺はまだ死にたくない!?」

「女に命乞いとは情けない!この軟弱者め!男ならやり返してみせろ!」

無茶言うな!全国大会優勝者相手に出来る訳無いだろうが!?何年ブランクがあると思ってるんだ!?

受け止めるだけで精一杯だと言うのにやり返すなんて到底無理な話。今の一撃だって生存本能が働いて奇跡的に受け止められた様な物だ。

「…今日は此処までだ」

死の危険から解放されたが、向けられたのは軽蔑の眼差し。そして箒は今日の稽古の終了を告げるとそのまま更衣室へと消えてしまった…。

「はぁ…」

俺は箒が去ったのを確認して大きなはめ息を吐く。それは命が助かった事による安堵か、それとも自分の情けなさによるものなのか、それとも両方からか…。

両方、だよな…。

自分の手を見てみれば稽古の際に打たれた小手で、手が赤くなっていた。これは痛い…。

強くなったよなぁ。箒。

昔は俺の圧勝だったのに今では真逆だ。それ程箒は努力して、俺は怠けてたって事なのか…。

「織斑君ってさぁ」

「結構弱い?」

「本当にIS動かせるのかなー」

ひそひそと聞こえてくるギャラリーの落胆の声。勝手に期待したのはあっちの方だが、それでも男が女に負けるのは惨めで、そして、それ以上に悔しい。

この悔しさは久しぶりの感情だ。自分の無力感。それが許せない。守られてばかりの自分が…。

こんなんじゃ誰にも勝てない。誰も守れやしない…。

「………トレーニング、再開するか」

やると決めたのだ。ならやるだけの事。投げ出すなんて俺は許せない!












――――Side 篠ノ之 箒





少しきつく言い過ぎただろうか…。

道着から制服に着替え終えた私は、ふらふらと校内を歩きながらさっきの事を引き摺ってずっと同じ事を考えていた。六年ぶりに再会した幼馴染。変わっていない子供の部分や変わった大人の部分。それに私は嬉しくもあったし落胆することもあった。あと、ドキドキしたとこも…。

な、何を考えてるんだ私は!?あんな軟弱者の何処に胸が高鳴る要素がある!?

…まぁ、そう言う所も含んでの一夏だとは思う。相変わらずの女たらしの様だし…。

大体、全てあの軟弱者が悪いのではないか!何を私が悔やむ所がある!

六年前の一夏は強かった。私が勝てない程に…。だというのにあのていたらく。思い出しただけでも腹が立つ!

あれは一年以上は剣を握っていない証拠だ。一体この六年間で何をしていたと言うんだ。あれだけ打ち込んでいた剣道を棄てるなど。私は、剣道と言う一夏との繋がりを信じて続けて来たというのに。あいつはそれを簡単に棄てた。私はそれを許せなかった。

でも…。

風がそよぎ、私の長い髪を揺らす。

私を覚えていてくれたんだな…。

6年も経つんだ。顔を忘れもするし成長してあの頃とは別人と思えるくらいに変わっている。それでも一夏は私だと直ぐに気付いてくれた。私はニュースで一夏の顔を見ていたから分かったと言うのに。一夏の私だと直ぐに気付いたと言う言葉を思い出せば…。

「……ふふ」

嬉しくて、先程まで怒りも何処かに言ってしまったではないか。ほんと、腹が立って、それにずるい奴だ。一夏は…。

で、でも!あの軟弱さは許した訳ではない!明日からもっと厳しくせねば!特訓だ特訓!私が鍛え直してやる!

そうだ。私が一夏と二人っきりで…ふふふ♪

「…・・・・…はっ!?」

い、今私は何を考えていた!?ち、違うぞ!?私は不埒な事を考えていた訳ではない!そうだ下心などある筈が無い。これは正当な理由。同門の不出来を嘆き鍛え直す義務があるからだな!

「って、誰に言い聞かせているんだ私は…」

少し落ち着こう。とりあえず風に当たりながら散歩でもしよう。

「…む?」

ふと、私は立ち止まる。私の視線の先にはグランドの端で空を眺めているミコトの姿があった。相変わらずミコトは空を眺めている。何をするでもなく、唯ぼ~っと空を眺めている…。

まったく、アイツは…。

苦笑すると私はミコトへと歩み寄る。

「また空を眺めているのか?」

「…箒?」

「ミコトはいつも空を眺めているな」

「ん」

初めて話しかけた時もそうだったか。ミコトはこうして空を眺めていた。空に焦がれる様に…。何をミコトをそうさせるのかは分からない。でも、ミコトにとって空はそれ程大切な物なのだろう。

「箒」

「ん?」

「訓練、は?」

ああ、そう言えばミコトは剣道場には付いて来ていなかったな。

「終わった。まったく、一夏の軟弱ぶりには情けなさ過ぎて腹が立ったぞ」

「?」

私は一夏の情けなさに怒りを露わにするが、ミコトは何の事か分からない様子で首を傾げるだけだった。まったく…まぁ、ミコトらしいか。

私も随分と毒されたものだ。最初は千冬さんに瓜二つで戸惑いもしたが、今は何ら抵抗も無く話す事が出来る。それに、今日の事で私はミコトに大きな恩が出来てしまった。「箒は箒」そんな言葉今まで誰も言ってはくれなかった。篠ノ之束の妹という肩書は必ず私に付き纏う。だからいつも私は姉さんの妹として見られていた。篠ノ之箒としてではなく。無論、一夏はそんな目で見た事は無かったが殆どがそうだった。だから、ミコトの言葉は本当に嬉しかったし救われた気持ちにもなった。

「ミコト、ありがとう」

「?」

「お前が私が私と言ってくれたおかげで私は救われた。これからもずっとそんな風に見られる事は変わらない事だろう。でも、ミコトの言葉で私は私だと自信持てるようになった…少しだけな」

私が姉を拒絶する理由は別にある。でも、姉の名が重圧になっていたのも事実。だからミコトの言葉は本当に嬉しかった。だから…

「改めて言うぞ。ミコト、私の友達になってくれないか?」

今度は流れでとかではなく、ちゃんと自分の言葉でそう告げる。ちゃんとミコトを目を見て。

「ん。箒、ともだち」

「…ありがとう」

ミコトの言葉が心に染み渡る。嬉しかった。本当に嬉しかった。これでミコトは本当に友達だ。私の大切な二人目の友達だ…。

「明後日の勝負。頑張れ」

「ん。がんばって、飛ぶ」

私とミコトは空を見上げる。茜色に染まった空はとても、とても美しかった…。












―――そして、ミコトとセシリアの対決の日…。







第三アリーナのAピットには一夏と箒がミコトを応援するために駆け付けていた。観客席にはクラスの生徒達や二人の専用機に興味がある生徒達で賑わい、勝負の開始を今か今かと待っている。

「ミコト!頑張れよ!」

「全力を尽くせ。良いな?」

「んコクリ」

ミコトは二人の言葉に頷くと二人から離れてISを展開する。光に包まれるミコトの身体。それはまるで卵の様でその輝く卵からは翼が飛び出し鋼鉄の翼を持つIS『イカロス・フテロ』の姿を現した…。

「凄げぇ…これが、ミコトのISか」

「綺麗だな…」

一夏と箒はその美しいISを目にして呆然と立ち尽くす。

ISを見る機会の少ない二人にとっても、やはりこの『イカロス・フテロ』は異形。
殆どの装甲を取り払い兵器としての無骨さが無いソレは。不自然で、そして美しかった。

「ん…飛ぶ」

小さな呟きと共にピット内を風が吹き抜け、イカロス・フテロは宙を舞い。ゲートを潜り空へと飛び出していく。

対戦相手のセシリアが居る空へと…。
















あとがき

まだアニメでいうと2話の半分くらいですぜ…。

そんな事より、感想を見て本当に安心しました!良かった。本当に皆さんが無事で良かった!

そして、亡くなった方。そして家族や友達を亡くした方々。心よりご冥福をお祈りいたします。希望を捨てないで下さい。私も出来る限りの事をしますから…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/20 14:46
重力と言う枷から解放されたこの感覚。身に感じる浮遊感は私の感情を興奮させもっと、もっととそれを求めてる。

ん…。

気持ちいい。なんて気持ちいいのだろう。この解放感。この高揚感。言葉に表し様が無い…。

いつもより近く感じる青き空。白き雲。そして太陽。此処はそれが出来る者のみが許された場所。私が大好き場所。

飛んでる…。

そう、飛んでいる。私は今飛んでいる。自由に、鳥のように、この空を飛んでいる。空と言う広大で自由な世界を。そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

ん、ひさしぶり…。

空を飛ぶ鳥にそう心の中で呟く。本当に久しぶりだ。二ヶ月程だろうか?此処に来てからは毎日のように乗っていたイカロスも自由に乗れなくなり、乗るには千冬の許可が必要になった。許可無く乗れば千冬が飛んできて拳骨が私の頭に落とされる。だから私はちゃんと言う事を聞いて飛ばなかった。痛いのは嫌だし千冬が怖いから。

でも、今日は飛んでいいって言われた。思う存分好きなように飛んでいいって。

「…ん♪」

なら、思う存分に飛ぼう。好きなだけ。この時間を楽しもう。このイカロス・フテロと一緒に。

ん。この子も喜んでる。

この子と私は同じ。空が大好き。飛びたがっている。どこまでもどこまでも。ずっと、ずっと遠くまで飛びたがっている。だから…。

だから、一緒に飛ぼ?

その問い掛けに応えるように翼のスラスターの出力が一瞬だが上昇したのをセンサーが表示していた。

ん。いい子…。

この子もその気の様だ。なら、する事はただ一つ…。











「うふふ、やっと来ましたわね」

セシリアが笑う。いつも通り気品を漂わせ上品に振舞いながら。しかしその上品な頬笑みとは逆にセシリアの眼はまるで獲物を狙う狩人のそれとまったく同じものだった。だがミコトはその視線に動じない。いつも通り。自然体でセシリアの前で無表情のまま翼をばたつかせて空中に停止し、合図が来るのを待つだけ。

「むっ…」

それがセシリアには気に喰わなかったのだろう。自分の言葉に無反応のミコト。それはまるで自分など眼中に無いように見えたのかもしれない。まぁそれは間違いではないのかもしれない。ミコトはセシリアなど見ていない。考えてもいない。今、彼女の頭にあるのは『空を飛ぶ』という事だけなのだから。昂ぶる気持ちを抑えて、我慢して、ただ待つスタートの合図を。もし今の彼女を他の動物で表すのなら、餌を前に待ての状態で待機している犬。尻尾をブンブン振ってよしの合図が出るまで餌を見続ける犬。まさにそれだろう。

「手加減はしません!捻り潰して差し上げますわ!」

ずびしっと指をミコトに向けてさすと高々にそう宣言する。自信に満ちた言葉で。負けるなど有り得ないと、勝利は自分の物だとその眼は語っていた。

そして、その熱意に応じてかミコトもやっと反応らしい反応を見せる。ミコト本人は何の事か分かっていない様子だったが、付き合いの短いセシリアはそれに気付いていない様だった。

「?…コクリ」

「ふふっ…覚悟なさい!このセシリア・オルコットがその翼をもぎ取って地上に這い蹲らせてご覧にいれましょう!」

セシリアはライフル構え即座にミコトの登場するイカロス・フテロを照準に合わせてトリガーを引く。キュインッと耳をつくエネルギー兵器独特の発砲音。そして、それが開幕の合図となった…。













第5話「その翼は…」











――――Side ミコト・オリヴィア





嫌な音と共に光が走る。イカロスが避けろと言うから翼を羽ばたかせてくるりと身体を回転させてその光を避けた。光は私を横ぎり空の彼方へと消える…。

…お~。

初めて。あんな速い弾…。

今まで見て来た弾はあんなに眩しくないし速くもなかった。弾が走るときに発生する風にのれば簡単に避ける事が出来た。でも、あの光は違う。そんなのが無かった。

ん?初めて?

何処かで同じもの見た気がする。何処だっけ…?

ん。まあいい。

思い出せないってことはどうでも良いって事。そんな事より空を飛ぶ事が優先。久しぶりの空。思い存分楽しむ。

「ん」

私はそう自己解決して頷くと、大きく翼を羽ばたかせて一気に急上昇する。すると一瞬にして自分がさっきまでいたアリーナが遥か地上へと離れていた。そして此処は私のお庭。さぁ、お散歩の時間の始まり。

「ん。お散歩…お散飛?」

歩かないからお散飛?どっちなんだろう?今度真耶に聞こう。

うんと頷き私はくるくると空を回る。風をきる感覚が気持ちいい。この感覚は好きだ。でも…。

またイカロスが避けろと言ってくる。ひゅんっと地上から向かってくる幾つもの光。翼を動かしてふわりと風に乗りそれを避ける。

これ、嫌い。

散歩を邪魔するこれは嫌い。当たったらイタそう。イカロスも怯えてる。これは駄目だって…。

また光が来た。くるりと避ける。また来た。また避ける。

くるくるくるくるくるくる…。あ。目が回りそう。

「む~…」

うるさい…。

さっきから何なのだろう?ひゅんひゅんうるさい。この光好きじゃない。そういえば前の時もしつこかった気がする。やっぱりこれ嫌い。

「っ!逃げ回ってないで戦いなさいな!」

「?」

地上から追っかけて来たセシリアが何か言ってる。何で怒ってるんだろう?

「そっちがその気なら…ブルー・ティアーズ!お行きなさいっ!」

…ん?

何か四角い変なのが沢山飛んできた。何か先端が光ってこっち向いて…あっ、これって。

「これで決まりですわっ!」

やっぱり。

セシリアが大きく腕を振ると四角いのからさっきとは違う細い光が一斉に私目掛けて走って来る。ん。でもこれなら避けられる。

ばさっと翼を羽ばたかせて更に上へと上昇する。私が居たところを通り抜ける4つの光。でも、四角いのはそのまま私について来る。次々と放たれる光にバク宙で避けたり急降下して避けたりとぐるぐる飛び回りながら逃げる。ん。これ楽しいかも。

「逃がしませんわよ!」

セシリアが逃がさないと私を四角いので追いかけてくる。これってつまり…。

おにごっこ…?

「ん。おにごっこ好き」

千冬以外につかまったこと無い。私の自慢。真耶も凄いって褒めてくれた。

「おにごっこじゃないですわ!?…っ!エネルギー残量が心許無いですわね。いい加減落ちなさいなっ!」

「いや」

まだ飛び足りない。全然足りない。ずっと我慢してたんだからもっと飛びたい。ずっとずっと飛んでいたい。だって…。

私は空を見て微笑む。

「私もこの子も空が大好きだから…」











――――Side 織斑 一夏




ISの戦闘。それはド派手なものだと俺は今の今までそう思っていた。ドでかい爆発や発砲音。ブレードとブレードのぶつかり合い。飛び散る火花。そんな感じの物だと。そもそも俺はIS同士の戦闘なんてゲームでしか見た事が無い。つまりフィクションだ。実物なんて今日が初めて。だがら…。

俺は目の前の想像していた物とは全く異なる光景に言葉を失っていた…。

空には空を自由に優雅に舞う鳥…いや、ミコトが居た。セシリアの攻撃をひらひらと避けてはセシリアの攻撃など興味も示さず自由に空を飛び続けている。ミコトは言っていた。空を飛ぶだけだと。成程、まさにその言葉の通りだ。

「……すげぇ」

目の前にの光景に思わず息を漏らす。綺麗だった。唯只管に美しかった。今行われているのが戦闘とは思えないくらいに。くさいかもしれないが『空に描かれたアート』そんな言葉が思い浮かんだ。観客席の生徒達も口々に『綺麗…』と漏らしているのをイカロスのセンサーが拾い通信機を通して聞こえる。

まぁ、戦闘をしている気でいるのはセシリアだけなんだろうな。

必死にミコトに当てようとしているセシリアとは反対に、ミコトは楽しそうに笑っていた。まるで見た目相応にはしゃぐ子供のように。この数日ミコトと接してきたがあんな楽しそうにしているミコトを見るのは初めてだ。

『~♪』

通信機を通してミコトの鼻歌が聞こえてくる。それはあまりにも場違いな歌声。観客席の生徒達は皆呆れた様な表情を浮かべている。しかしピット内にいる俺と箒は別だった。それぞれ苦笑を浮かべてこう思っていた。ミコトらしい、と…。

「まったく、あいつらしい」

何時の間にピットに来て居たのだろう。千冬姉が呆れたように呟いてスクリーンを眺めていた。

「千ふy…織斑先生?」

「どうして此処に?管制室にいらしたのでは?」

千冬姉と呼ぼうとしたが物凄い睨まれたので言いなおす。それしてもどうして千冬姉が此処に居るのだろう?箒の言う通り管制室で見ているものかと思ったんだが。

「管制は山田先生に任せた。此処に来たのはお前に伝える事があったからだ」

「俺に?」

はて、俺に?何だろう?とくに思い当たる事は無いのだが。

「オルコットの戦闘を良く見ておけ。次にお前が対戦する相手なのだからな」

「何を言ってるんだ…ですか。どう見てもミコトが優勢なのに」

そうだ。戦闘を開始してからミコトはセシリアの攻撃を一度も被弾していない。それどころか掠りもしていないのだ。そしてそれとは反対にセシリアは段々と焦りの表情を浮かべはじめている。この状況でどう転べばミコトが敗れると言うのだろう。

「…攻撃をしないから、ですか?」

「うむ。そうだ」

真剣な表情でそう呟く箒に千冬姉は頷く。どう言う事だ?なんで攻撃しないから負けるんだ?

「アリーナの使用時間にも制限がある。そして今日使用できるのは一時間。それまでにオリヴィアが何もせずオルコットを撃墜出来なった場合、戦闘の意思無しと判断して判定負けになるだろう」

「はぁっ!?」

判定負け?普通こう言うのってエネルギー残量とかで勝敗を判定するんじゃないのか?

「その事はミコトは知っているのですか?」

「知っているかはしらんが、どちらでも結果は同じだろう」

「それは何故です?」

「あれには、イカロス・フテロには武装が無い」

「「なっ!?」」

武装が無い?じゃあどうやって戦えって言うんだよっ!?

「そもそもあれは戦闘用に造られたものじゃない。いや、造られたものだったかもしれないが結局は欠陥機で完成する事は無かった」

…欠陥機?

俺はスクリーンを見る。そこには今だ優勢のまま空を舞うミコトが映し出されていた。セシリアの機体を喰いつかせない機動を持つあの機体が欠陥機?信じられない…。

「PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)。これは知っているな?」

「えっと…確かISの基本システムで、ISの浮遊・加減速に必要なもの。だよな?」

覚えたての知識を自信なさげに答えると、千冬姉は頷く。どうやら正解らしい。勉強した甲斐があったたと言うものだ。しかしPICがどうしたのだろう?

「オリヴィアの機体イカロス・フテロはとある国が開発した物だ。しかしその国はISの開発など初の試みで設計の何もかもが酷い物だった。耐久性、操作性、効率性。そして致命的だったのがPICだ。あの機体に搭載されているPICは重力制御の出来ないPICもどきだった」

「ISとして機能していないと同義ではないですか!?」

「そ、そうなのか?」

箒が驚愕の表情でそう声を上げるが俺にはそれがどう言う意味なのか、何がいけないのか全く理解出来ていなかった。だから俺は基礎知識ですら危ういのだと何度言えば分かるんだ…。

「PICはISの基礎中の基礎だぞ!?」

「そ、そうなのか…」

勉強不足ですまん…。

「織斑。戦闘が始まる前のオルコットとオリヴィアの機体の違いに何か気付かなかったか?」

機体の違い?デザイン…な訳無いよな。そんなのは当たり前なんだから。だったら…。あっ、まさか!

「セシリアは空中で停止したな。でもミコトは空中で停止するんじゃなくてこう、羽をばたつかせてその場に居ようとしたと言うか…」

鳥も飛行機も空中で停止するなんて不可能。ミコトはだから何度も羽をばたつかせてその場に居ようとしていたのに対してセシリアは何もせず空中で停止していた。つまりそう言う事か?

「そうだ。空中での停止。それを可能としているのがPICだ。しかしイカロス・フテロに搭載されているPICは加減速の機能しか果たせていない。それが決定的な違いであり、欠陥でもある」

「しかし、PICはどの機体でも同じものが使われている筈です。何故ミコトの機体だけ…」

「既存のPICではあの機体の性能を活かしきれないと言う理由もあるが、一番の理由は国のプライド…だろうな」

つまり他の国が作った物なんて使いたくないですって意味か?おいおいおい。それで欠陥機を作ったんじゃ意味無いだろうに。

…あれ?でもミコトは普通に飛んでるよな?

ミコトは楽しそうに飛んでいる。千冬姉の話を聞けば操縦するのにも難しそうなのにミコトは辛そうな表情なんて一つも浮かべていない。どういう事だ?

そして、俺がそんな疑問を浮かべている最中も、ミコトはまた危うい攻撃を難なくかわして優雅に飛ぶ。バク宙、急降下、急上昇。変則的なその機動は俺は勿論セシリアにさえ読めていなかった。そして更に俺の疑問は深まるばかり。あれは本当に欠陥機なのか?と…。

「欠陥機…には見えないけどなぁ」

「ああ。とてもそうには思えない」

空を飛んでいるのは完成された芸術。翼を広げるその姿は誰をも魅了させるそれは欠陥と言う言葉を思い浮かべるにはあまりにも美し過ぎた…。

「そう見えるのはオルコットとオリヴィアの技量の差だ。機動だけを見るならオリヴィアはこの学園内でトップクラスの実力だろう」

「ミコトが、ですか?」

ミコトが学園内でトップクラス!?一年生なのにか!?

育った環境や国。それに組織や機関など色々あるだろうが、ISの実力は搭乗時間にも関係する。なら学年での実力差は歴然したものがあるのは当然だろう。それをミコトは覆すと言うのか。

「専用機を持つものは国や機関に従属するため搭乗時間は普通の生徒より長い。3学年より長い者も居るだろう。オルコットも2学年の生徒なら問題無くあしらう程の技量、そして機体を有している」

「専用機持ちだと言うのでそれ相応の実力を持っているとは分かってはいましたが…」

専用機持ち。代表候補生とはそう言う物だと箒と千冬姉は言う。そして俺は改めてセシリアの言っていた事を思い知らされる。これがエリートの、専用機持ちの実力を。そして、さらに驚くのはミコトの実力。普段はぼんやりして何を考えているのか分からないミコトの実力はセシリアでは相手にならない程だと言う事…。

「しかしさっきも言った通り機動だけだ。武装も無ければ戦えん」

「体当たりとか…」

「神風でもさせる気か?どちらにせよ機体が耐えられん。あの機体の装甲は極限まで削られているからな。それが自分より頑丈に造られている機体とぶつかればどうなる?」

「当然ミコトの機体が大破しますね」

紙飛行機が鉄の飛行機とぶつかり合うようなものだもんな。

「武装を搭載しようにも、機体の性能を殺すうえに、戦闘を想定して造られていない所為かまともに武装も機能しない」

「では、あの機体は…」

「そうだ。『ただ飛ぶためだけに造られた機体』それがオリヴィアの専用機イカロス・フテロだ」

ただ飛ぶだけに、か…。

―――私は、飛ぶだけ。

ミコトはそう言った。空を飛ぶだけと…。

なら…。

―――ん…空、飛ぶ。誰にも邪魔させない。

それで良いのかもしれないな…。

武装なんて無粋な物なんて要らない。空を飛べればそれで良いんだ。ミコトは。だって…。

俺はスクリーンを見上げる。そこにはミコトが笑っていた。笑って空を飛んでいた。あの普段は感情はあまり表に出さない無表情なミコトがだ。なら、それで十分じゃないか。

勝ち負けとか騒いでた自分が馬鹿みたいだった。何で忘れていた?ミコトは言っていたじゃないか。おにごっこが好きだって。

「ははっ…」

「い、一夏?どうした急に笑い出して…」

「いや、ミコトが楽しそうだなってな」

ホント、ミコトはおにごっこがつえぇや。

俺には敵いそうに無い。あれは無理だ。

「楽しそう…?」

「だって見ろよ。楽しそうに鬼ごっこしてるだろ?」

「一夏!何を呑気な事を言っている!?あれは戦闘だぞ!?」

ああ、そう言えばあの時、箒は居なかったんだっけ?なら知らないよな。

「ミコトがな、言ってたんだよ」

「む?何をだ?」

「鬼ごっこが好きだってな」

「…………は?」

間抜けな声を溢す箒を放置して俺はスクリーンから目を離さない。タイムリミットまであと少し。それまで楽しめよ。ミコト。











――――Side セシリア・オルコット





どうして!どうして!どうしてですの!?

わたくしの狙いは正確な筈。だというのにどうして当たらない?何故目の前の機体は墜ちない?まだ相手は一度も此方に攻撃を仕掛けて居ないと言うのに何故自分がが追い詰められる?ありえない。有り得てたまるものか!

「~♪」

また避けられた。舞う様に翼を羽ばたかせて。わたくしの攻撃などものともせずに…。

何なんですのあの機動は!?どうしてそんな機動が出来ますの!?まるで、この動きはまるで…。

鳥のよう…。

―――警告。エネルギー残量、120。

ハイパ―センサーが告げてくる警告に目を丸くする。

「っ!…何時の間にこんなっ!」

そんな事は分かりきっている。自分の目の前で優雅に空を飛びまわっている見た目幼き少女に良い様に弄ばれていたから。このまま攻撃を続ければエネルギー切れでこちらからでは何もできなくなり確実に此方が敗北する。唯一の実弾兵装であるミサイルの遠の昔に使いきっている。

「…なら!」

接近戦に持ち込む!

スラスターを噴かせて彼女が乗るイカロス・フテロ目掛けて突進する。接近戦は好きではないがこの際そんな事は関係ない。インターセプターの展開には時間がかかるが完了するまでに機体に取り付いてあの翼を削ぎ落とす!

しかし、そう事は進まない様子…。

「くぅ!」

ブルー・ティアーズで接近するもひらりと避けられ弄ばれるわたくしとブルー・ティアーズ。まただ。何度、何度繰り返しても此方からの攻撃は掠りもしない。

認めない。認めませんわ…。

「こんな、こんな醜態…認められる筈がありませんわっ!」

品も無く声を上げて漸く展開されてたインターセプターを振いながら再び突進するわたくしとブルー・ティアーズ。この際気品なんて関係ない。あの機体に一太刀入れられるのならそれで!

「はぁっ!せぇいっ!」

縦振り横払いでの二段攻撃。しかし、接近戦は不慣れとはいえその攻撃さえも身体をくねらせてブレードを振った際に生れた風に乗る様に避けられてしまう。だから何なのだその機動は?何故そんな機動が出来るの?その翼は造り物。鳥の翼を真似して造っただけの紛いもの。なのに、何でそんな機動が出来ますの!?

「貴女は一体なんですのっ!?」

思わずそう問いかける。そして返って来たのは…。

「ん。ミコト・オリヴィア」

既に知っている少女の名前と…あの無表情の少女とは同一人物とは思えない程に楽しそうに笑う笑顔だった。

「………ぁ」

一瞬、ほんの一瞬だけ。目の前の少女が天使のように見えてしまった。陽の光で翼が、彼女の乗るISが輝いている様に見えて、神々しくそして美しく思えて…。

っ!?何を馬鹿な事をっ!

はっとしてわたくしは頭を振って意識をはっきりさせる。あれは作り物の翼。そしてISは兵器。神々しくあってたまるものか。わたくしも自分の愛機であるブルー・ティアーズを美しく思う。しかしそれは兵器としての美しさ。洗礼されたその輝きはまるで刃の様。だが目の前のアレは違う。美しいというベクトルが違う。あれは異形だ。兵器としての美しさでは無い。あれは…。

「兵器じゃない…」

「ん。イカロスは翼」

彼女は自慢する様に胸を張る。

「兵器とか、戦うとか、そんなのじゃない。ただ、飛ぶ」

「…飛ぶ?」

「ん。飛ぶ」

何を言って…。

「貴女は、ISが何なのか知ってますの?ISは兵器。貴女が思っている様な物ではありませんわ」

「『他の子』はしらない。でも、この子はそう願ってる。私もそう願ってる。ん。問題ない」

周りの認識なんてどうでも良い。自分がそうあればそれで良い。そう居られればそれで良い。そんな言葉を耳にしてふとつい先日の彼女が言った言葉が脳裏に蘇る。

―――一夏は一夏。箒は箒。私は私。みんな、違う。

つまり、そう言う事ですの?

―――代表候補生じゃないとセシリアじゃなくなる?

違う。代表候補生なんていう肩書はわたくしがわたくしであるために、両親が残してくれたものを守るのに利用できるから受け入れているだけ。そうでなければどうでもいい物だ。なろうとも思わなかっただろう。

「だから、飛ぶ。私がそうしたいから」

わたくしがISに乗るのはオルコット家を守るため、そしてこの子がISに乗るのは空を飛びたいから。

―――みんな、違う。

そう…。

「なら、わたくしが邪魔をすると言ったら?」

「関係無い。飛ぶだけ」

「ふふ、ふふふふふっ…なら全身全霊で!セシリア・オルコットがお相手して差し上げますわ!」

貴女が自分の為にするように、わたくしもわたくしであるために貴女をトリガーを引く!

――――自動補助機能、解除。手動操作に移行。

一斉に4基のブルー・ティアーズが一斉にイカロス・フテロに向かって奔る。

もう出し惜しみは抜きだ。残りの全てを賭けてミコト・オリヴィアに勝負を仕掛ける。

「直線的な機動が駄目なら…これでどうですっ!?」

「っ!」

先程とは違うブルー・ティアーズの機動に今まで余裕だった彼女の表情が僅かに動く。

直線的な機動は彼女には通用しない。しかしブルー・ティアーズはAIに殆どの操作を任せておりどうしてもその動きは機械的になり直線的な機動になってしまう。なら、全て自分で操作してしまえば良い。4基のスラスターも攻撃も全て。

勿論そんな事をすれば相手からの攻撃には反応なんて出来ず直撃すること間違いなしだろう。今、行っている行動は愚行以外になんでもない。この戦闘データを本国に送るなんて事をすればお叱りを受ける事間違い無しだろう。でも、相手が攻撃を仕掛けて来ないなら話は別だ。これは、相手があのミコト・オリヴィアとイカロス・フテロだから出来る事。他の相手に同じ事をすれば即撃墜されるだろう。

「そこっ!」

ぐにゃりと方向を転回させてイカロスを追尾する4基のブルー・ティアーズ達。あの変則機動について行っていると言うには程遠いが、それでも先程とは比べられない程に彼女の余裕は無くなっている…と言うより、更に楽しそうに逃げ回っている。

ああ、もうっ!こっちは死に物狂いで操作していると言うのに!

完全に手動操作なため、操作の難易度は格段に上昇しており4基の操作以外に気配る余裕など一切ない。今自分が居る場所から移動しようなど以ての外だ。そんな事をすればブルー・ティアーズ達の動きを止めてしまう事になる。だから全く動けない。今の自分はただの的と化しているのだ。だと言うのに…。

「むふ~♪」

本当に楽しそうに逃げ回りますわね…。

飛び交う弾幕のなかをくるくると踊る様に回っている。これではブルー・ティアーズのレーザーがスポットライトでわたくしは引き立て役ではないか。

―――警告。エネルギー残量、50。

ですが、何時までも振りまわされるわたくしではございませんことよ!

「!」

いつの間にか上下左右からブルー・ティアーズに囲まれてきょろきょろと辺りを見回すオリヴィアさん。当然こうなるようにわたくしが狙って誘導した結果だ。

これで!

「チェック、ですわ!」

振り下ろされた腕と同時に、4基のブルー・ティアーズの銃口からレーザーが発射される。すると、その時だ。この辺り一体に暴風が吹き荒れたのは…。

「なぁっ!?」

余りの風の強さにバランスを崩すわたくしと、4基のブルー・ティアーズ達。レーザーの照準は逸れてイカロス・フテロに当たる事無く在らぬ方向へと消えて行く。そして、その風の発生源は当然、音速のスピードでこちらへ突進して来る少女。

「い、瞬間加速(イグニッションブースト)!?」

この暴風の正体は瞬間加速による超絶な加速により発生した風。しかし発生地点から随分と離れた場所にいる此処でも此処までの衝撃が来る加速なんて…。

彼女は止まらない。一直線に此方へ向かって突進して来る。

まずいですわ!?反撃なんてこないと思ってましたのに!?

「ん!」

「っ!?」

一瞬にして距離を詰められ、彼女は手を振り上げる。反撃できない。わたくしは思わず目を瞑ると、やって来たのは…。

「タッチ」

「…………………………………は?」

可愛らしい声と共にぺたっと私の頬に触れた柔らかな手だった…。

『試合終了。ミコト・オリヴィアの交戦の意思無しとみなし。勝者―――セシリア・オルコット」

決着を告げるブザーと共に、聞こえて来たのはわたくしが勝利したと言う結果とその結果を聞いて『え?どう言う事?』と、ざわめき出す観客席の方々の声。そして後に響いたのはそんなざわめきを消し去る様なわたくしの…。

「えええええええええええええええええええぇ!?」

わたくしの、大きな悲鳴だった…。

「おぉ~?」

どう言う事ですの~~~っ!?









「納得いきませんわ!」

戦闘を終え自分のピットに戻ったわたくしはすぐさま着替え終えて反対側、つまりオリヴィアさんが居るピットに品も無く怒鳴り込む。

「うおっ!?何だよ急に!?」

「何だよではありませんわ!何ですかあの結果は!納得いきません!再戦を要求します!」

「再戦したところでまた同じ事の繰り返しだ」

やれやれと椅子に座って溜息を吐いている織斑先生。しかしわたくしの不満は収まらない。寧ろ今の言葉でヒートアップしてしまう。

「いいえ!今度こそオリヴィアさんを倒してみせますわ!」

「最後の一撃。決まらなかっただろう?あのまま続けていればエネルギー切れでお前もオリヴィア同様に攻撃不能となり戦闘どころではなかった」

「うぅ…」

図星だ。織斑先生の言う通りあのまま戦闘を続けていれば確実にエネルギー切れで手も足も出ない状態になっていただろう。…でも!

「でも!あんな勝利いりませんわ!だったらオリヴィアさんに差し上げますわよ!」

「タイムオーバーで判定負けだ」

「納得いきませんわーっ!?」

ピット内で虚しく響くわたくしの悲鳴。その後、何度も再戦を要請したが返ってきたのはいい加減に切れた織斑先生の拳骨だった…。

な、なっとくいきませんわぁ…。











あとがき

(ノ`Д´)ノ彡┻━┻ <戦闘シーンなんて書けるか!

後先不安になった回だったとさ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~ 幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/28 15:33



「『ミコト』さん!もう一度勝負ですわ!」

「お~?」

ババンッ!両手で机を叩きミコトに再戦を申し込むセシリア。その大きな音と声を聞いて一斉に教室中の視線が二人に集まるがそれは「またか…」と呆れや苦笑と共に散っていく。

ミコトとセシリアの勝負から一日が経つ訳だが、あれからセシリアはこの調子だ。千冬姉のげんこつを喰らってもなお、時間があれば直ぐにミコトに再戦を要求している。それ程勝負の結果が気に喰わなかったのか、再戦を申し込まれているミコト本人は何の事か分かっていない様で不思議そうに変な声を漏らしているだけで、セシリアの要求には全く飲もうとしない。そんなミコトにセシリアは「あ~もうっ!」と声を荒げると…。

「お~、ではありません!あんな勝利納得いきませんわ!もう一度勝負して下さいまし!」

「ん?」

「ん、でも…ああ、もうっ!ふざけていますのっ!?」

気持ちは分かるけど落ちつけよ…。

ミコトとまともな会話が出来る人物なんて殆どいないって。もしかしたら束さんならいけるかもしれないが…。想像してみたけどとんでもないカオスが繰り広げられそうだ。

っと、そんなことはどうでも良いか。それより目の前の状況を何とかしないと。セシリアとは仲が良くないと言っても、このまま放置してまた出席簿と言う名の体罰を見せられるのは気持ち良い物じゃないし。

「そろそろやめとけって、授業始まるぞ?」

「黙ってて下さいます!?今重要な話をしているのですから!」

くわっと振り向いて俺を威嚇して来るセシリア。人が折角気遣ってやっているというのにこいつときたら…。

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…

ああ、ほら。授業が始まった。そろそろ本気で止めないと千冬姉が来る…あ。

「お、おい。いい加減に…」

「だ~か~ら!少し黙っててと「黙るのはお前だ馬鹿者」…ほぇ?」

だから言ったのに…。

ギギギギ…と錆びた人形のように首を後ろへと向けるセシリア。そしてそこに居たのはもちろん千冬姉だ。しかも出席簿を振り上げている体勢で…。

「お、織斑先生?これには深い訳がございまして…」

「関係無い」

パァンッ!

聞く耳もたずと、容赦無く振り下ろされる出席簿ともう聞きなれた甲高い音。叩かれた本人であるセシリアは頭を抑えてしゃがみ込んでいるがこれは自業自得だろう。

「~~~っ…」

いつ見てもイタそうだよな。あれ。

まぁ、俺も実際に何度も叩かれているから痛いのは分かってるんだけどさ。やっぱり見てる方でもこれはそう思わずにはいられない訳で。

「では授業を始めるぞ。号令」

そして目の前で悶え苦しんでいるセシリアを無視して何事も無かったかのように授業を始める千冬姉。鬼だこの人…。

「あ、あきらめませんわよぉ…」

まだ言ってるのかよこいつは…。

弱々しく呟かれたその言葉に呆れる俺とその周りでくすくすと諦めの悪いセシリアの姿を見て苦笑を漏らす女子達。そして、何時まで経っても自分の席に戻らない諦め知らずな愚か者にまた出席簿と言う天罰が下るのだった。











幕間「休日の過ごし方」










――――Side 織斑 一夏





「ねえねえみこちー。明日はお待ちかねのお休みだよー」

「! お~…」

帰りのSHRが終わった途端、のほほんさんがミコトの席にやって来たかと思うと突然そんな事を言い出した。しかもミコトは無表情ながらも目がキラキラと輝かせている。どうやら何か約束でもしているらしい。まぁ、二人はルームメイトだし寝食共にしているのだから休日に一緒に出掛けるのは別に不思議でも無いか。それにしてもお待ちかねと言うのは大いに同意できる。この一週間色々あり過ぎで身も心もクタクタだ。休みの日ぐらいゆっくり落ち着きたいもんだ。

だけどなぁ…。

ちらりと箒の方を視線を向けると、箒ものほほんさんとミコトの会話を聞いていたのか俺の視線に気付くと、ムッとした表情で竹刀の入った袋を持ち「休めると思ってんのかゴルァ」と言う感じの視線を送って来て下さった。グッバイ休日…。

来る事のない休日に俺はがくりと肩を落とすのだった。

「どうしたのおりむー?元気ないよー?」

「一夏、風邪?」

「ん、いや。そんなんじゃないさ。気にすんな。それより二人は休みの日に何処か出掛けるのか?」

休日は学園から外出する事は許可されている。勿論、申請は必要だがそう難しい書類を何枚も書く訳でも無いし、この辺りは治安も良いから許可をとるのは簡単だろう。俺も家の掃除とか色々あるから定期的に家に戻るつもりで居る。それに、今の荷物だけじゃ少々心許無いし…。

「そうだよー♪一日掛けてスイーツ巡りだよー♪ねー?みこちー?」

「ん~♪」

スイ~ツとは…流石女の子。俺なんてそれを聞いただけで胸焼けしてしまいそうだ。

「おりむーも一緒にいくー?」

「結構です」

きっぱりとお断りする。箒との特訓と天秤にかけるのは厳しいが、胸焼けと戦うスイ~ツ巡りと地獄の特訓なら特訓を選ぶ。一応得る物もある訳だし、箒だって俺の為に休日を使ってくれてるんだから。それが幼馴染に対する礼儀と言う物だろう。

「えー?なんでー?」

「休み明けの勝負に向けての特訓があるからな」

「むー、何だか誤魔化された気がするよー」

ぐっ、のほほんとしてる癖に鋭いなこの子。

「本音。一夏、頑張ってる。邪魔しちゃダメ」

ぐおおおおっ…罪悪感が。罪悪感で心がイタイ。汚れた自分にはミコトが眩し過ぎるよ…。

頑張っているのも事実だが、誤魔化しも何割かはいっている訳で。そんな純粋な目で言われると心が痛む訳で…。

ゴスッ

「いてぇ!?」

心を痛めている所に本当に物理的な痛みが後頭部を襲う。何事かと頭の痛みで涙目になりながらも後ろを睨むとそこには竹刀を持った箒の立っていた。今の痛みは竹刀で殴ったものだろう。容赦無さ過ぎだ。

「何すんだ箒っ!?」

「どこぞの馬鹿が腑抜ていた様なんでな。気合を入れてやっただけだ」

何その横暴。それに何でそんなに不機嫌そうなんだ?

「ほら、授業は終わったんだ。剣道場に向かうぞ」

「お、おう」

有無言わさずの威圧に俺は反抗せずに素直に従う。目の前の箒と言う名の鬼に刃向かう程俺は馬鹿じゃない。というかそんな度胸は無い。

「箒」

「む?何だミコト」

「頑張る」

「…うむ!」

「ミコト。そこは俺に頑張ってと応援を送るべきじゃ無いか?」

「ん。でも、箒も色々頑張ってる」

そうなのか。俺はそんな風には見えなかったけど…。

「へ~、例えばどんな?」

「一夏と「わあああっ!?ミコト!それ以上言うなっ!?」むぐっ…」

ミコトが何か言おうとしてそれを慌てて口を塞いで止める箒。顔を真っ赤にしてるが何だ一体?俺の名前が聞こえた様な気がしたけど…?

「何だ?俺がどうかしたのか?」

「な、何でもないっ!そ、それより!剣道場に行くぞ!時間は貴重なんだ!」

「うわっ!?分かった!分かったから!引っ張るな引っ張るなって!?」

此方の訴えなど耳を傾けず、箒は問答無用で俺の襟を引っ掴みぐいぐいと引っ張っていく。おいやめろ。これは新品なんだぞ!?入学一週間も経ってないのに駄目にするつもりかっ!?

「一夏、頑張る」

「お、おう!明日楽しんで来るんだぞ~!」

「ん」

「じゃ~ね~おりむ~」

「おう!またなー!」

引き摺られながら二人に挨拶をすると教室を後にする。にしても休日かぁ。

「なぁ、箒」

「何だ?」

「お前は良いのか?俺なんかのために休日潰して」

「そう思うのならさっさと強くなれ」

「おう…悪いな」

「ふ、ふんっ!まったくだ!」

後ろ向きで引き摺られている体勢なので箒の顔は見えないが、きっと照れているのだろう。俺は内心相変わらず素直じゃないなと笑うとそのまま剣道場まで引き摺られるのだった。


―――追伸、今日は一段と厳しかったです。何故だ?










そして、翌日…。








――――Side セシリア・オルコット





今日は休日。つまり生徒は一日予定が空いていると言う事。ならば織斑先生が邪魔に入らない今日こそミコトさんと決着をつける絶好の機会ですわ!

と言う訳で…。

「ミコトさん!今日こそ勝負をしてもらいますわよ!?」

ばばんっ!とノックもせずに大きな音を立てて開かれたドアと同時に大きな声で再戦を求めるわたくし。ふふん!今日は休日ですし此処なら織斑先生も来る筈もない。今日は逃げられませんわよ!?

「えー?みこちー私服ないのー?」

「ん」

しかし、派手に登場したにもかかわらず。お二人はわたくしの存在など興味も示さずに何やら楽しそうに洋服選びを続ける。とりあえず着替えがを見られない様にドアを閉めておきましょうか。

「―――って!無視しないでくださいまし!?」

「じゃあー、出掛ける時は今までどうしてたのー?」

「真耶が服持って来てくれる」

「山田せんせー?」

「ん コクリ」

へぇ、仲が宜しいんですのねぇって!そんな事どうでも良いですわ!

「だから!無視しないでください!」

「もー、セシリアはうるさいなー」

やれやれと大袈裟な仕草で溜息を吐く布仏さん。というかやっぱりわたくしに気付いていたんですわね!?

「わざとですの!?わざとわたくしを無視していましたの!?」

見かけによらず恐ろしい子達ですわね…。

「だってさー。私とみこちーは今日は出掛ける予定だしー。セシリアに構ってあげる余裕はないのだー」

「じ、時間はとらせませんから!」

「うそだねー」

「…何故言いきれますの?」

「私もみこちーとセシリアの勝負は勿論見てたけど、もし制限時間が無ければどうなってたかなー?多分一時間とかじゃすまないと思うなー?」

「ぐっ…」

確かに布仏さんの言う通りですわ…。

実際にあのまま戦闘が続いていれば互いのエネルギーが尽きるまで延々と追いかけっこが続いていたでしょう。ミコトさんの機体は武装を一切積んでいない奇妙な機体。エネルギーの尽きかけたわたくしの機体では精々格闘戦に持ち込むのが精一杯。しかもミコトさんの機動に追い付けないのであれば正に手も足も出ない状況。とても短時間で終わるとは思えない…。

「こ、今度はちゃんと即効終わらせますから!」

「ほんとにー?」

苦し紛れにそう言った物の、返って来たのは布仏さんのじと~っとした疑いの眼差し。うぅ、本当ですわよぉ…。

「でもねーセシリア」

「はい?なんですの?」

「折角の休みの日なんだからISの事なんて忘れて楽しむべきだと私は思うなー」

「そ、それは…そうですけど…」

布仏さんのもっともな意見に思わずたじろぐ。

で、でも!わたくしはIS技術の修練の為にこの学園に来ているのですからやはりISに専念するのは当然の事です!ええ!わたくしは間違っていませんわ!

「IS学園の生徒なのですから!ISに専念するのは当然ですわ!」

「えー私は年頃の女の子らしく青春を謳歌したいよー」

「学生の本分は学業!なら、ここIS学園の学生ならばISに励むのは当然義務であって―――」

「みこちーレッツゴーだよー♪」

「おー♪」

「―――って!?わたくしを無視して出て行こうとしないで下さい!?」

わたくしが学生としての行いを説いていると言うのに、わたくしを無視してお二人はわたくしの脇を通り抜けていき、わたくしは慌てて追いかけるのであった…。









…そして、お二人を追いかけてたわたくしは。

「もー、セシリアも一緒に行きたいならそう言えば良いのにー」

「モグモグ」

「そんな訳ないでしょう!?」

何故かお二人と一緒にクレープを片手に街中を歩いていた…。

どうしてこうなりましたの…?

追い付いたと思ったらバスに乗っていて、戻ろうとしたのにいつの間にか電車に乗っていて、そのまま街を回る事になって…。

わかりません。どうしてこうなったのかわかりませんわ…。

「どうみこちー?このクレープ美味しいでしょー?この辺りで人気のお店なんだよー?」

「コクリコクリ!」

必死に、そして美味しそうにクレープにかぶり付いているミコトさんの姿は、口いっぱいに食べ物を詰めるなんてマナーとはかけ離れた物でしたがとても可愛らしくまるでそれはリスのようでした。ああ、何て可愛らしい…って、私は今何を考えていたのでしょう?

そもそも、歩き食い自体マナー違反であり淑女としてはしたない行為。何故このわたくしがこんな事を…。

「あ、歩き食いなんてはしたない真似を…」

「セシリアはいつの時代の人だよー」

「モグモグ」

「ま、マナーと言う物はいつの時代でも変わらない物ですわ!」

それを証拠に、古くからの作法が今もこうして形を殆ど変えず伝えられています。言うなれば引き継がれていく美しき伝統の様な物ですわ。

「古臭いよーもっと未来に生きよーよー。時代はつねに加速してるんだよー」

「で・す・か・ら!マナーに時代遅れも何も…って!ミコトさん!?口の周りがよごれて。あぁ、もう。お洋服の袖で拭おうとしては駄目ですわ…」

「? ケプッ」

クレープを平らげて満足そうにしているミコトさんの口の周りにはクリームやらチョコレートやらがべったりと付いており、わたくしがそれを教えると何と彼女は制服の袖でそれを拭おうとするではないですか。わたくしは慌ててがしっとミコトさんの腕を掴んでそれを阻止。う~っと呻くミコトさんを無視して持って来ていたハンカチで彼女の口の周りのクリームを拭き取る。

「じっとしていて下さい。今拭いてあげますから」

「ん~…」

そう言うと、驚いた事に先程まで嫌そうにしていたのをピタリと止めて急に大人しくなってしまう。突然の反応の変化に若干戸惑いましたがあのまま嫌がられて暴れられるよりマシでしたのでそんなに気にせず拭き取る作業を再開。そしてそんなわたくし達の様子を見て布仏さんはと言うと…。

「なんだか、親子みたいだねー」

「なっ!?」

「ん~?」

そんな事を言ってくれやがりました。

ピタリとハンカチを止めると、キッと振り返り布仏さんを睨みますが布仏さんは「たは~♪」とか言いながら笑うだけ。本当に調子が狂う方ですわね!それにわたくしが母親!?こんな大きな子を持つ程老けてるとでも言いたいのですか!?まだ花も恥じらう15歳ですわよ!

「何を言っているんですか貴女はっ!」

「でもでもー絶対いいお母さんになると思うよー?厳しそうだけど」

「それは、まぁ…お母様は厳しくも優しい人でしたし。子は親を見て育つも申しますし…。だ、だからって!今のこれとは関係ないでしょう!?」

「そう言いながらも嬉しそうなセシリアであったー」

「嬉しくありませんわ!」

少しは、その…嬉しかったですけど…。

「………お母様、ですか」

母はわたくしの憧れだった。強い人で、社会が女尊男卑の風潮に染まる前からずっと。女の身でありながらいくつもの会社を経営して成功を収めた人だった。わたくしにはとても厳しかったけれど…それでも、成績が良かったり、頑張ったりしたら褒めてくれたり優しいところもあった。だからわたくしもそうなりたいと思った。でも、3年前に母は…。

「……っ」

越境鉄道の横転事故。死傷者は百人を超える大規模な事故が3年前に起きて、わたくしの父と母は一緒に死んだ…。莫大な財産とわたくしを一人置き去りにして二人は居なくなってしまった…。

ぎゅっ手を握り締めて唇を噛む。どうして。どうしてあんな事に…どうして死んでしまいましたの?

二人はいつも別々に居た。父は名家の婿入りのせいか、いつも母の機嫌を窺いオドオドしていて、そんな父を母は鬱陶しそうにして一緒に居る時間は殆どなかったと言うのに、その日に限って何故か一緒に居て。そして一緒にわたくしの前から居なくなった…。

「セシリア?」

「!…ミコトさん?どうかしましたか?」

「ん…セシリア、かなしそう」

ミコトさんの急な指摘にどくんと心臓が大きく脈打つ。ミコトさんはじっと私を見上げている。今だ幼さを残すその無垢な瞳が何もかも見通している様に私を捉えていた。

「そ、そんなことありませんわ」

弱さは見せまいとわたくしは意地を張る。そう、弱さを見せてはいけない。わたくしはオルコット家を主。二人が残した物を守らなければいけないのだから。弱さは許されないのだから…。

「ほんと?」

「ええ、本当ですわ」

「ならいい。でも、かなしかったら言う。ともだちだから」

「友達?わたくしとミコトさんがですか?」

わたくしは驚き目を丸くする。何時の間にそんな関係になったのだろう。今までの会話ややり取りで『友達』と言う言葉は到底思い浮かびそうに無いのですが…。

「ともだちは一緒に遊んだり出かけたりする」

「た、確かに一緒に出掛けてはいますけど…それに、遊んだ覚えは…」

「鬼ごっこした」

「あ、あれは鬼ごっこをしていた訳ではありませんわよ!?」

「ん?」

ん?って…まさか本当に鬼ごっこのつもりだったんですの…?

「はぁ…」

落胆と深い溜息と共にガクリ肩を落とす。勝負する気は無いのは戦っていて分かってはいた。でも、まさか鬼ごっこをしているつもりだったなんて…。

嗚呼、そう言えば戦闘中にも『鬼ごっこ』と言う単語が出てましたわねぇ…。まさか、本人がその気だったとは思いませんでしたが…。

「だから、セシリアともだち」

「もう好きにしてくださいな…」

鬼ごっこの事もありますが、朝から張り切っていた所為で反論する気力もありませんわ…。

「ん♪セシリアともだち。4人目♪」

そう言って嬉しそうに表情を弛ませると、ミコトさんはわたくしの手をとるとぎゅっと握って来る。

本当に幼い子供の様ですわね。見た目も勿論ですが、心の方も未発達で…。本当に同い年ですの?IS学園なら色々と特例があって15歳未満でも入学なんて有り得そうですけど。ミコトさんならISの方は勿論の事、成績だって問題無いのですから。

性格の方はやや問題ありですが。

「ですが、よろしいんですの?わたくしは貴女の友達であるあの男と戦うんですのよ?」

「ん。問題無い」

「何故?」

「ともだちは喧嘩するもの」

「ともだちじゃありませんわよ!何故わたくしが男なんかと友達にならなければならないんです!?」

「おとことおんな。関係無い」

「そうだよー。さー手を繋いで輪になっておどろー♪」

「意味が分かりません!」

って、そこ!手を繋ごうとしないで下さいなっ!?輪になろうとしない!街中で何をしようとしてるんですの!?

「と、とにかく!わたくしは友達は勿論のですが、勝負も手加減しませんからね!」

「必要無い。一夏はつよい」

「あら?専用のISは未だ到着していない様ですけど?それでわたくしに勝てると思って?」

わたくしだって相当の訓練を積んでいる。あの方がどれ程の時間をISに搭乗しているかは存じませんがあの様子では素人も同然。しかも専用機だと言っても搭乗時間が短ければ意味も持たない。到底わたくしに勝てるとは思えませんわ。

「一夏にもゆずれない物がある。だから、きっと『一夏の子』も応えてくれる」

ISのコアは未だ解明されておらずその可能性は未知数とは言え彼女の言う事は何ら根拠も無く推測の域を出ていなかった。そんな不確定な物にわたくしが負ける筈が無い。それに、わたくしにだって譲れない物があるのだから。前回は無様な醜態を晒しましたが今回はそうはいきません。絶対に勝利をこの手に掴んでみせます。

「わたくしにも譲れない物はあります。負けられませんわ。全力で潰させてもらいますわよ?」

「ん コクリ」

あら?良いんですの?

「なら、お互いに全力を出し合ってぶつかれば良いって言いたいんじゃないかなー?拳の語りあいー。くろすかうんたー」

そう言って布仏さんは握りこぶしを「とりゃー」と間の抜けた掛け声とともに突き出す。何とも迫力の無いパンチですこと…。

「まぁ、良いですわ。そんな事は。勝負はわたくしの勝ちに決まっていますから」

「そう言ってみこちーに手も足も出なかったくせにー」

「あ、あれはその!ミコトさんの妙な機動に戸惑っただけですわよ!」

「いいわけいくない」

「良い訳ではございませんわ!?やっぱり再戦を要求します!ミコトさん!今直ぐ勝負ですわ!」

「はいはい落ち着こうねー此処だと流石にまずいからー」

「くっ……そうですわね」

確かに許可無くしかもこんな街中でISを展開するのは不味いですわね。流石に冗談では済まされません。わたくしとした事が冷静さを失ってしまいましたわ。

「そんなことよりさー。食い倒れ…じゃなかった。食べ歩きツアーの続行だよー」

いま食い倒れっておっしゃりませんでした?

余りにも優雅さの欠片も無いその言葉にサーッと血の気が引く。まさかわたくしにそんな真似をさせるつもりでは無いでしょうね…。

「じゃあまずは『DXジャンボパフェ30分で完食したらタダ』から攻めて行こうかー」

「おぉ~♪」

食べ歩きではありませんわよねソレ!?明らかに目的が違ってますわよ!?

食べ歩きと言うのは食べ物を食べながら歩き回る事を言う筈。それは明らかに店に留まっているではありませんか!?と言うよりそんなものを食べたらカロリーが…。

ガシッ

「ひぃ!?」

両サイドから腕を拘束されて逃げられなくなるわたくし。そして腕を掴んでいるミコトさんと布仏さんはにっこり悪魔の様な笑みを浮かべると…。

「じゃあ、逝こうか~♪」

死刑宣告を告げたのでした…。

「い~~~やぁ~~~~~っ!?」









…そして、ミコトと本音は数ある猛者達を見事に食べつくし。後日、セシリアは体重計を見て絶望したとさ。チャンチャン♪



「チャンチャン♪ではありませんわーっ!!!!」















あとがき

ミコトのキャラクターソングは「夢想歌」かな。

アニメではセシリアはあんな扱いですが、原作を読むと悲しい過去があるんですよね。あれはカットしてはいかんだろ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/04 05:06

休日が明け、ついにこの日がやって来た。セシリアと決闘する事が決まって一週間。俺は箒に剣道の稽古をみっちりと付けられて昔の剣道を習っていた頃の感覚を少しだけだが取り戻す事が出来た。しかし、所詮は付け焼刃。箒には一本も取れた事は無いし肝心のISの方は勝負当日だと言うのにまだ到着して無いときたものだ。

嫌な予感はしてたんだ。週末を迎えた時点でISが到着していない事で。しかし、だからって本当にこんな事態になるとは…。

おいおい。どうするんだよ一体?まさかぶっつけ本番で如何にかしろってのか?冗談じゃないぞ…。

セシリアが乗る『ブルー・ティアーズ』の情報はある程度知る事は出来た。箒とも対策は話し合い済みだ。しかしだ。予定なんて狂うのが当然とはいえ、ぶっつけ本番となると話は変わって来る。作戦なんてあった物じゃない。

「―――なぁ、箒」

「なんだ、一夏」

俺の隣で壁に寄り掛かって一緒に待機している箒が目を閉じたまま返事を返してくる。

「……やばくないか?」

「何戦う前から弱気になっているんだ。しゃきっとしろ!」

いや、そう言うけどさ…。と、心の中の弱音を口に出そうとしたがまた叱られるのがオチだろうと思いソレは口に出さず心の中にしまっておく事にした。

「…………」

「…………」

黙りこんでしまう俺と箒。俺達が居るピット内の空気も重い。試合前でこの気の持ちようは最悪のコンディションだろう。勝負する前にこんな沈んだ気持ちでは勝てる勝負も負けてしまう。まぁ、今回の勝負に関しては全て俺が不利な状況での戦いな訳なのだが。

…と、そんな時だ。沈黙を破る様にピットの入口のドアが静かに音を立てて開いたのは。

「「っ!?」」

音に反応して一緒にドアの方へと視線を向ける俺と箒。しかし、そこに居たのは俺達の予想とは大きく外れ。いつも通りのだぼだぼな制服を着て、無表情なミコトの姿だった。

「ミコトか…」

「?」

俺の残念そうな反応を見て不思議そうにミコトは首を傾げると、ちょこちょこと歩いて此方へとやって来る。

「…元気?」

俺の雰囲気が暗いのを見て体調でも悪いのかと考えたのだろう。首を傾げ此方を見上げてそうミコトは訊ねてきた。そんなミコトに俺は苦笑して首を左右に振る。

「あ、ああ。元気だぞ?」

体調の方は問題無い。昨日はぐっすり寝たし朝食だってしっかり食べてきた。体調の方は万全の状況だ。まぁ、体調だけなんだけどな…。

体調は良いと言うのに暗い表情を浮かべる俺にミコトは不思議に感じたのか、その原因を探そうときょろきょろと辺りを見回すとある事に気付いたのだろう首を傾げて此方を見上げると、今日最も必要である筈のISが見当たらないのでミコトは俺に訊ねてくる。

「…IS」

「まだ、来てないみたいだ。その所為でろくに練習も出来てない…」

はぁ…と苦しい溜息が漏れる。そんな沈んでいる俺にミコトはと言うと。

「セシリア。今日は全力で行くって言ってた」

そんな嬉しくも無い情報を提供してくれた。弱っている俺に止めを刺す様な事を今言わなくても良いだろうに…。

しかし、ミコトの言葉にはまだ続きがあった。

「だいじょうぶ」

真剣な眼差しで俺を見上げてそう告げる。始めの落ち込ませる言葉とは打って変わって、今度は俺を励ます様な言葉。根拠も無く短いその言葉だが何故か安心出来る何かがあった。だから俺は聞いてしまったのだろう。何故そんな事が言えるのかと。

「ミコトがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ。どうしてそんな事が言えるんだ?」

勿論負けるつもりで勝負を挑むなんて事はしない。やるからには勝つつもりでやる。負けても良いやなんてそんな情けない考えを俺は持ち合わせてはいないしそんな軟弱な男に育ったつもりも無い。まぁ、箒には軟弱者と何度も罵られて挫けそうになったけどさ…。

「一夏は一夏のしたい様にすれば良い。そうすれば『一夏の子』も応えてくれる」

「俺の子?ISの事か?」

そう訊ねるとミコトは頷く。俺の専用機だから俺の子ってことか。

「ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる」

そう言う物なのだろうか?そう言えばISコアの深層には独自の意識があるってこの間山田先生が授業で言ってたな。ISをパートナーのように接しろって。そう言う事なのか?

「んしょ…一夏の願い、想い、意思。それが本当なら『一夏の子』に必ず伝わるから」

懸命につま先立ちで背伸びをしてその小さい手を俺の胸に押し付けると、ミコトはそう言い聞かせてくる。外見は子供その物なのに、たまに見た目とは一致しない行動をとる時があるよなミコトは。

「だから、だいじょうぶ」

「…そっか、ありがとなミコト。少し気が楽になったよ」

問題は何一つ解決はしてないが胸に圧し掛かっていた不安と言う名の重圧はだいぶ取り除かれて楽になったような気がする。

「ん。ともだちだから」

「おう!サンキュー!」

がしがしとミコトの頭を撫でると、擽ったそうに目を細めてされるがままにそれを受け入れている。何だか友達って言うより父親になった気分だな。いや、こんな大きな子供は年齢的に有り得ないから妹か?

「ん~…」

なでなで…

なでなでなで…

うむ、癒される。まるで愛玩動物の様だ。

「………いつまでそうしてるつもりだ?」

「ぬおっ!?」

振り向けば箒がゴゴゴゴ…と言う擬音と共に何やらどす黒い怒りオーラを放出しながら俺を睨んでいた。殺意剥き出しで…。

「気安く女子の頭を撫でるとはな…不埒者」

「い、いや!その…あの…ですね」

何か反論しようと口を開くももの、箒の気迫は尋常では無く虚しくも口は閉ざされ俺はたじたじ。だらだらを嫌な汗を流しそのまま縮こまっていると、丁度良いタイミングで救いの手が。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

慌ただしく第3アリーナ・Aピットに飛び込んで来たのは、もう落ち着きが無い先生と定着しつつある副担任の山田先生。あいかわらず生徒を不安にさせてくれるが今日はいつも以上にあたふたしてて不安になる所かこっちが先生の事を心配になってしまう。

「山田先生、落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

「ひっひっふぅ~…」

ミコト。それは深呼吸やない。ラマーズ呼吸や。意外な所でボケ入れなくて良いから。一体何処でどんなボケを覚えてくるのやら…。

「ヒッヒッフー…ってこれはラマーズ呼吸法じゃないですかぁ!?」

やってから気付くとか先生も大概天然ですね。俺、本当に先生が副坦としてこれからやっていけるのか少し不安になってきましたよ。

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

パァンッ!パァンッ!俺とミコトとでまさかの二連撃。痛ぅ…最近はセシリアが餌食になっていたので油断してたなぁ。にしても相変わらずの威力だ。これだけは絶対に慣れない気がするぞ俺は。痛みに慣れるなんてのも嫌だけど。

「うぅ…」

「千冬姉…」

パァンッ!

…そうか。今日は俺が叩かれる係なんだな。ちくしょう。

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

聞きましたか皆さん?教育者とは思えないお言葉。美人なのに彼氏がいないのはこの性格だからだぞきっと。

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐにできる」

心でも読めうるのか我が姉は…。

「お前は直ぐに顔に出すし思考も単純過ぎて考えている事が手に取る様にわかるだけだ。馬鹿者」

まじか…。

「そ、それより!織斑君!来ました!織斑くんの専用IS!」

―――え?

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナの使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

―――はい?

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ、一夏」

―――あの?

「ちょっ、ま…」

「「「早く!」」」

山田先生、箒、千冬姉の声が重なる。何だよ何だよ。そっちは散々遅れたくせに俺にはゆっくりする時間すら許してくれないのかよ。チクショウ…。

本当に、最近俺の自由権とか人権とかそんな物が無くなっている気がする。

しかしそんな黄昏ている時間すら許される事は無く、ゴゴンッと音をたててピット搬入口が開かれる。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。そして、扉の先には…。

――――『白』が、いた。











第6話「その白の名は」









白。真っ白。飾り気も無く穢れも無く。眩しい程の純白を纏ったISが、俺の目の前で佇んでいた。自分と共にする操縦者を待って…。

「これが…」

「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」

白式…。

俺は引き寄せられるようにして白式と呼ばれたISに近づいて行く。真っ白で無機質なそれは。生きている筈も無いと言うのに、けれど俺を待っている様に見えた。そう、こうなることをずっと前から待っていた。この時を、ただこの時を。

―――ん。一夏が心からそうしたいって願えば『一夏の子』はきっと応えてくれる。

ミコトが言いたかった事が今なら分かるかもしれない。ISがどう言う物なのか、この白式を見て何となくだが分かった気がするから…。

すっと純白のそれに触れてみる。

「あれ…?」

予想とは違う感触に俺は違和感を覚える。試験の時に、初めてISを触れた時に感じた電撃のような感覚がない。むしろその逆。ただ、馴染む。理解出来る。これが何なのか。何のためにあるのか。ミコトのイカロス・フテロとは違う。イカロス・フテロが『翼』なら、これは…。

「背中を預ける様に、ああそうだ。座る感じで良い。後はシステムが最適化する」

コクピットに乗り込むと、千冬姉の指示通りに白式に身を任せる。受け止める様な感覚の直後、開いた装甲が俺の身体に合わせて閉じて行く。

かしゅっ、かしゅっ、という空気の抜く音が響く。そして言葉にするには難しい妙な感覚がやってくる。これは鎧を身に纏うような覆っているという感覚ではくて…そうだ、混ざる。ISと混ざる様な感じだ。まるでISが自分の身体のような一体感。融合するように、適合するように、俺だけの為にあったかのように、白式が『繋がる』。

解像度を一気に上げた様なクリアな感覚が視界を中心に広がって、全身に行き渡る。これがハイパーセンサーと言う物らしい。各種センサーが告げてくる値は、どれも普段から見ている様に理解出来る。これも、ISコアがそうしてくれている違いない。ミコトのISが応えてくれると言ったのはこの事だったのか?まるで、ISが手伝ってくれているように思えた。

「あ」

―――戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備あり―――。

システムナビゲーターが独りでに外のアリーナで待機しているであろうセシリアの機体の情報を提示して来る。まったく、頼んでも無いのに大した相棒だよ。

「ISのハイパーセンサーは正常に動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

今、一夏って…そうか。心配してくれてるんだな。姉として。ありがとう。千冬姉…。

「大丈夫。千冬姉。いける」

「そうか」

安心させるために笑みを浮かべてそう答えると、千冬姉はほっとした様な声を漏らした。ハイパーセンサーでしか分からない程の違いではあったが、学園内に居るのに俺を一夏と呼んでくれたのはきっと心配してくれたからだろう。

さて、と…。

「箒。ミコト」

「な、なんだ?」

「ん?」

視線を向ける事無く後ろに居る二人に話し掛ける。振り向く必要なんて無い。ハイパーセンサーで俺はは360度全方位が『見えている』のだから。

ははっ、箒の奴急に声かけられて驚いてら。

驚く箒に俺は可笑しくてつい笑いそうになるのをぐっと耐えると、一言だけ、短い言葉だが力強く、そして意思の籠った声を二人に送る。

「行ってくる」

「あ…ああ。勝ってこい」

「いってらっしゃい」

二人の言葉に俺は言葉ではなく黙って頷く事で応えると、ピット・ゲートに進む。僅かに前に身体を傾けただけで、白式はまるで俺がどうしたいのかを分かっているかのようにふわりと機体を浮かせて前へと動く。

ちきちきちきちき

白式が膨大な量の情報を処理している。俺の身体に合わせて最適化処理を行う、その全段階の初期化を行っているのだ。今こうしている一秒間の間にも、白式は表面装甲を変化・成形させている。見た事の無い人間の脳では到底計算不可能な桁の数値が俺の意識内で次々と切り替わっていく。

しかし、今はこの意識内にある数値を気にしている場合では無い。敵は、目の前に居るのだから…。



「あら、逃げずに来ましたのね」

セシリアがふふんと鼻を鳴らす。セシリアから発せられる高飛車オーラは相変わらずだ。

けれど俺の関心はそんなところにはない。俺が関心を向けているのはハイパーセンサーが提示するセシリアの機体の情報のみだ。

鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』。その機体の特徴はBT兵装の4枚のフィン・アーマーと2メートルを超す長大な銃器―――六七口径特殊レーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫。アリーナ・ステージは直径200メートル。つまりアリーナ全体があの機体の射程範囲内だ。遮蔽物の無いこのアリーナで距離を離すのは無謀だろう。これは箒と話し合って考えた結果だ。

―――ブルー・ティアーズは展開が遅いショートブレード以外全て射撃兵装。そして、あの厄介なBT兵器を使用する際は無防備になる。なら、懐に入ればこちらのものだ。

箒の言葉を思い出す。作戦の内容は簡単。相手との距離を詰めて攻撃手段を封じ、速攻でケリをつける。実にシンプルで言葉にするのは簡単だが…。

「わたくしの手の内は全て明かしてしまいましたから最初から全力でいかせて頂きますわ。まさか、卑怯とは言いませんわよね?」

俺の企みなど既にお見通しのようだ。だよなぁ。そううまく事が運ぶ訳無いか…。

「言わねえよ…」

「ならよろしいですわ。ですが、チャンスをあげましょう」

「チャンスって?」

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今此処で謝るというのなら。許してあげないこともなくってよ」

そう言って目を細めると余裕の笑みを浮かべる。舐められてるな。完璧に…。

―――警告。敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認。

ISが情報を告げてくる。おそらくこの受け答えが終われば直ぐに戦いは始まりセシリアはトリガーを引くだろう。勿論銃口を俺に向けて。俺はごくりと唾を飲むと…。

「そう言うのはチャンスとは言わないな」

ニヤリと笑みを浮かべて宣戦布告した。

「そう?残念ですわ。それなら―――」

―――警告!敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

「お別れですわね!」

キュインッ!耳をつんざくような独特の音。それと同時に走る閃光。しかし幾ら早くても一度その攻撃はミコトとセシリアの戦闘で目にしている。ISの性能なら回避も可能だ。

「ぐぅ!」

Gに押し付けられる様な感覚に襲われながらも、俺はスラスターを吹かせて横に飛びレーザーを避ける。よし、初弾はかわした。次は…俺の番だ!

―――現在使用可能装備・近接ブレード

ISが現在使用可能な装備の一覧を提示してくる。そして、表示された武装は一つのみ。本来なら何だそれと驚く所だろが、寧ろ好都合だ。この一週間、剣道の稽古しかしていない。今更慣れていない装備を持ち出されてもあたふたするだけ。ブレード一つのみ…上等だ!

こちとら一週間ひたすらに箒にしごかれて来たんだ。その成果をみせてやるぜ!

「うおおおおおおおおおおおっ!」

ブレードを展開しスラスター吹かしセシリアに吶喊する。セシリアとの距離は随分と離れている。接近戦に持ち込むのは難しいだろう。しかし、このまま距離を開ければそれだけセシリアに攻撃の機会を与えてしまう事になる。なら、前進あるのみだ!

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて…笑止ですわ!」

「ちぃっ!」

セシリアのISの特殊兵装『ブルー・ティアーズ』が動く。4基のBTがセシリアを守る様に俺とセシリアの道を塞ぐように展開し、俺に目掛けて一斉にレーザーを発射する。

流石にあれを全て喰らったらまずい。俺はすぐさま直進していた進路を真上に変更し回避行動をとる。しかし一発のレーザーが足に直撃したようだ。つま先の部分が見事に砕け散っている。

ちっ!避け切れなかったかっ!?

足を撃ち抜かれ、神経情報として痛みが俺まで伝わり表情を歪める。繋がっている以上は当然痛みも此方に届くのは当然か。…しかし作戦通りに、しかもぶっつけ本番でうまく行く訳が無いらしい。

―――実体・右脚部にダメージ。戦闘の継続に支障無し。

見た目は派手に壊れているが何ら問題は無い様だ。まぁ、空中で歩く事なんて無いしな。

「良い反応ですわね。一度見たからと言って、今日初めて乗った機体でその反応は感心しますわ…ですが」

すっと右手を持ち上げると、その右手に反応するように4基のBTが俺を包囲する。勿論、銃口は既に俺に向けられており何時でも射撃できる状態だ。逃げ場が無い。無傷で済ますにはまず無理だろう。

「これで、チェックですわね」

パチンッ!と、セシリアの指の弾く音が響くと同時に、4基のBTの銃口から閃光が走る。逃げ道は無く回避は不可能。なら…。

「それは―――」

スラスターを全開に吹かし、4基の内1基のBTへと正面から特攻する。

「どうかなぁあああああああああっ!」

逃げ道を作るだけだ!

包囲された状態で4基の攻撃を回避するのは無理だ。しかし、包囲網を突き破り逃げ道を作りさえすれば回避する事は可能。そのために多少のダメージを負うのは許容範囲内。後先考えない一点突破だ。

3方向からのレーザーを潜りぬけたところで正面のBTから走ったレーザーが肩の装甲を砕く。―――バリア貫通。左肩部破損。

全身に駆け巡る痛みとレーザーの衝撃波によりバランスを崩しそうになるが意地でそれを立てなおしBTへ向かって駆ける。全力で、何も考えず。そして、BTとの距離を詰めると握っているブレードを振り下ろし…。

「おらあああああっ!」

BTを切り裂く事に成功する。二つに割れて火花を散らしながら地上へと落ちて行くBTのなれのはては、地上に着く前に空中で爆散。よしっ!4基の内1基を壊したぞ!このまま邪魔なBT共を一気に他のも叩き落とす!

「無茶苦茶しますわね!ですが、させませんわよ!」

セシリアが腕を横に振うと、残りのBT達はその号令に呼応して俺から逃げる様に散開する。この勢いで残りのBTを破壊しようと俺が振ったブレードは虚しくも空を斬ると、その手応えの無さに俺は舌打ちをする。

「ちっ!」

「ふふっ、わたくしのブルー・ティアーズが落とされるとは予想外でしたが。まぐれはもう続きませんわよ?」

「まぐれかどうかは自分の目で確かめるんだな!」

吶喊。

身近なBT目掛けて突進するも、その直線的な機動はひらりとかわされまたも空振りする。

「クスッ、ハエでも追っていますの?」

小馬鹿にしたような笑い声に、苛立ちながらも迎撃警戒してBTに意識を集中する。落ち着け。挑発に乗るな。此処で冷静さを失えば相手の思うつぼだぞ。

「わたくしの懐に入ってくるつもりだったのでしょうけど。させると思いまして?」

ヴンッ―――。

セシリアの腰部にあるスカート状のアーマー。その突起が外れ、動いた。あれは…ミサイルか!?

「これは完全自立型ですから…さぁ、レーザーとの同時攻撃。どう舞って頂けるのかしら?」

ニヤリと冷たい笑みを浮かべ、セシリアはミサイルを放つ。そして、それと同時にレーザーを俺に目掛けて発射された。

「くっ!うおおおおおおおおおおおっ!」

最大出力でがむしゃらな機動で初弾のレーザーをかわし撹乱するもミサイルは目標を見失う事無く俺目掛けて飛んでくる。BTもまたそうだ。ミサイル発射と同時にセシリアはBTの操作に意識を切り替えたのだろう。俺から喰いついて離れようとしない。

「ふふふ、あはははは!さぁ!もっと足掻きなさい!虫けららしく!」

くそっ!調子に乗りやがって!

だが、逃げ回るしか今俺に出来る事は無い。レーザーとミサイルのコンボなんて直撃すればとんでもない被害を被ってしまうだろう。最悪そこで勝負が着いてしまう可能性も…。

「くっ…!」

「あらあら。さっきの威勢はどうしましたの?やはり先程のはまぐれ?」

「っ……るな…」

「?」

「舐めるなあああああああああああっ!」

咆哮を上げ進路を加速した状態で俺を追うミサイルの方へと転換する。無理な機動の所為で身体の負荷は尋常では無く内臓がひっくり返る様な感覚に襲われ吐きそうになるが必死に耐え、そのまま向かってくるBT3基をすれ違い様に切り裂き撃墜する。

「なっ!?」

セシリアは驚愕の表情を浮かべる。しかし、俺の逆転劇もそこまでだった…。

BTまでは破壊出来た。だが、ミサイルまでは破壊出来なかった。俺の突発的な行動にセシリアが戸惑ってBTの動きが一瞬鈍くなったためBTの方は撃墜する事は出来た。しかし、完全自立しているミサイルは動きを鈍らせる事無くただ一直線に俺へと向かい、ブレードを振れない距離まで迫っていたのだ…。

「しまっ――――」

た。と言い終える前にミサイルは着弾。強烈な閃光と爆発は俺の視界を覆い。そして俺自身をも呑み込んだ…。









――――Side 篠ノ之 箒




「一夏っ」

爆炎に包まれる一夏を見て、私は堪らず悲鳴を上げる。

この場に居る織斑先生と山田先生も真剣な面持ちでモニターを注視している。しかし、一人だけそうでない人物がいた。そう、ミコトだ。

「だいじょうぶ」

「…え?」

ミコトは無表情ではあるが落ち着いた声でそう告げる。焦りなど微塵も無い。寧ろ余裕すら感じるその声で、ミコトはモニターをじっと見つめて…そして、小さく微笑んだ。

「…ん。少しお寝坊さん」

ミコトがモニターに視線を向けたまま何やら聞き取れないほどの小さな声で呟いた。私も視線をモニターへと戻すと、モニターには未だ黒煙がたちこめ一夏の姿を確認出来ない。アリーナの観客席の生徒も私達も黙ってその黒煙が晴れるのを唯待っていた…。

「―――ふん」

黒煙が晴れた時、織斑先生が鼻を鳴らす。けれど、私の気のせいだろうか?織斑先生の表情にはどこか安堵の色が感じられた。

「機体に救われたな、馬鹿者め」

まだ微かに残っていた煙が、弾ける様に吹き飛ばされる。

そして、その中心にはあの純白の機体があった。そう、真の姿で―――。

「おはよう」

モニターに浮かぶ純白に、ミコトはそう告げるのだった…。










――――Side 織斑 一夏





俺は自分が置かれている状況に理解出来ないでいた。ミサイルが直撃したと思った。いや、確かに直撃した筈だ。だと言うのに衝撃も痛みも来ない。それどころか。これは―――。

―――フォーマットとフィッテングが終了しました。完了ボタンを押してください。

フォーマット?フィッテング?

意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンが…。

訳も分からず言われるがままにそのボタンを押す。すると、更なる膨大なデータが意識に流れ込んでいた。

そして、異変はそれだけでは止まらなかった。キュィィィィンと響く高周波な金属音。俺を全身を包んでいるISの装甲が光の粒子へと変わり、弾けて消え、そしてまた物質へと形成する。そう、新しく別の物へと…。

「これは…」

新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化して…。

「ま、まさか…一次移行≪ファースト・シフト≫!?あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言うの!?」

ウインドウに書かれていた『初期化』と『最適化』がそうなのならそう言う事だろう。

「なるほど、つまりこれでやっとこの機体は俺の専用機になった訳だ」

改めて機体を見る。最初の無骨な外見は消え、ミコトの機体とは程遠いが滑らかな曲線とシャープなライン。何処か中世的な鎧を思わせるデザインへと変わっていた。そして…。

俺は握っていたブレードを太陽に翳す。

―――近接特化型ブレード・≪雪片弐型≫。

生まれ変わったその刀身は、まるで日本刀を思わせる。所々にある溝や繋ぎ目から光が漏れ出している事からこれがISの装備として造られているのが分かる。しかし、重要なのはその名前だ。

―――雪片。それは嘗て千冬姉が振っていた専用IS装備の名称。世界を制した最強の武器にして称号。

…まったく、つくづく思い知らさせるよ。

いつも俺は守られてばかりだ。3年前も、6年前も。そして今もこうしてこんな形で守られてる。本当に俺は―――。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

でも駄目だ。もう守られるのは終わりだ。何時までも守られてばかりじゃいられない。これからは―――。

「これからは…俺も。俺の家族を守る」

「…は?貴方何を言って―――」

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

元日本代表の弟。その弟が不出来では格好がつかない。それにこの刀を、雪片を引き継いだ以上、無様な戦いなんて出来る訳が無い。そんなの許される訳が無いじゃないか。

俺には守りたい物があるんだ。そのためにこんな戦い。乗り越えられないでどうする?こんな所で立ち止まってたんじゃ俺は何も守れない。守れやしない。

「…この一撃で決める」

雪片を下段に構え、そう告げると。雪片はそれに応える様に機動音を響かせて全身に巡るエネルギーが雪片へと集まってゆく。

エネルギーが満ち溢れ輝き始める刀身。そして分かる。伝わる。この一撃が当たりさえすればこの戦いは終わると言う事が。

「ッ!…出来るとお思いですのっ!?」

ライフルの構えトリガーを引くセシリア。だが遅い。セシリアがトリガーを引く前に俺は最適化する前とは比では無い程の超加速でセシリアとの距離を詰める。

「――――っ!?」

斬ッ―――。

閃光の斬撃がライフルごとセシリアのISを切り裂くと同時に、試合終了を告げるブザーがアリーナに鳴り響いた。

『試合終了。勝者―――織斑 一夏』

「…いよっしゃあああああああああああああああっ!!!!」

俺の勝利を喜ぶ叫びと共にアリーナに黄色い歓声がドッと湧き上がる。誰もが予想しなかったであろうこの結果に席から立ち上がり拍手を俺に贈ってくれていた。

「そんな…嘘ですわ…」

放心状態でそう呟くセシリアに右手を差し出すと握手を求めてニカリと笑みを浮かべる。

「…え?」

突然の握手に戸惑うセシリア。だが俺はそんなセシリアを気にせず強引にセシリアの右手を握ると、こう告げた。

「男だってやるもんだろ?」

「え?あっ…その…」

「いい勝負だったな!またしような!」

「あ…は、はい!」

ほんのり頬をピンク色に染めて俺の手を握り返してくる。それに合わせて歓声が更に大きく湧き上がるのだった…。












――――Side 篠ノ之 箒






歓声を浴びる一夏を私はじっと眺める。

凄かった。興奮がおさまらなかった。まさか、ぶっつけ本番で本当に勝つなんて…。

まだ雑が多く見える戦闘だったがそれを意地で補いひたすらに前に突き進むその姿に胸が熱くなった。その凛々しい横顔にときめ…な、何を言ってるんだ私はっ!?

「…箒?」

「な、何だ!?」

「顔、あかい」

「き、気のせいだ!気のせい!」

「…?」

不思議そうに此方を窺うミコトから顔を逸らして私はモニターに視線を戻す。

頑張ったな。一夏。

モニターに映る一夏の表情は、とても誇らしげだった。













あとがき


この物語はミコトと一夏が主人公です。

にしても短いね。1週間も待たせてこの短さかよ…。

あともう少し一夏も主人公らしいところを見せて欲しかったです。雪片の出番殆どねぇ…。まともな出番がラウラの救出シーンだけだなんて…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/12 18:05
セシリアの勝負の翌日、朝のSHRでだらだらと汗を流し俺は真っ青な顔で自分の席に座っていた。

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりで丁度良いですね♪」

『織斑くんクラス代表おめでとう♪』とデカでかと書かれた黒板の前で山田先生が明るい声で喋っており、その先生の言葉にクラスの女子が盛大に盛り上がっている。暗い表情をしているのは俺だけ。そう、勝負の勝者がクラス代表になるという事を忘れていた俺だけだ。

わ・す・れ・て・たぁ~…!

特訓やらなんやらで勝負の後の事なんてすっかり頭の中からすっぽ抜けていた。そうだよ。そう言えばそれが原因で決闘する羽目になったんだよ…。

クラスの拍手を浴びながら俺は頭を抱えて突っ伏する。馬鹿だ。本当に馬鹿だ俺。何忘れてんだよ大事な事…。

「じ、辞退は…?」

「認められません♪」

力無く挙手しそう訊ねてみたが、山田先生に笑顔で却下される。まぁ、分かってたけどさ…。

「なってしまったものはどうにもならん。諦めろ。寧ろ経験が積める良い機会と思え」

千冬姉がいつも通りの厳しいお言葉をピシャリと言ってくる。ああそうか。クラス代表って事は対抗戦とか行事とかクラスの代表として出るんだよな。対戦相手は同じクラス代表で優秀な生徒。確かに経験を積むには持って来いの仕事だろうけど…。

セシリアのはミコトのおかげでもあるからなぁ…。

俺がセシリアに勝てたのはミコトがセシリアの手札を全て明かせてくれたからであって、ミコトとの戦闘を見ていなかったらおそらくセシリアとの勝負は負けていたかもしれない。いや、負ける可能性がかなり高いだろう。それなのに他のクラス代表って…まじか。

「おめでとう!織斑くん!」

「織斑くんおめでとー!」

「がんばれ~!」

「おりむー!ふぁいとだよー!」

「クラスの連中も異論は無い様だぞ?」

ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる千冬姉とクラスメイト達からの祝福の声。うわぁ、祝われてるのにぜんっぜん嬉しくないなんて初めての経験だぞぉ?涙が出てきそうだぁ。

「クラス対抗戦の優勝賞品は学食デザートの半年フリーパスだからね!しかもクラス全員分の!」

絶対俺の為に応援してるんじゃなくてデザートの為に応援してるだろお前等!?しかもその賞品俺にとってあんまし嬉しくねぇし!?

「! ピクリ」

がしっ!

「っと!?…ミ、ミコト?どうしたんだ?」

突然、前の席に座っていたミコトが此方を振り向いてきたと思ったら、俺の両肩をがしっと掴んでくる。しかもその表情は今までに見た事の無い程真剣な面持ちで…。

「一夏。がんばる」

「え゛…」

「デザート。食べ放題…ジュルリ」

お・ま・え・も・か!

輝かせんな。目を輝かせるなって。分かったから。出来る限り頑張ってみるから。だから離せってば…。

「まぁ、精々頑張れ。お前が頑張れば私も豪華な食事にありつける。タダで食べれる食事ほど美味いものは無いからな」

「ですね♪」

あんた等も賭けとんのかい!?教師に有るまじき行為だろ!?生徒の模範となる行動を見せろよっ!?

「ご安心ください一夏さん」

がたんと音を立てて立ち上がるセシリア。ん?今一夏って呼ばなかったか…?

「わたくしに勝てたのは此方の手札を全て明かしてしまったからではありますが、華麗にしてパーフェクトなこのわたくしが教えて差し上げればどんな相手にだって負けはしませんわ!」

何気に手札さえ明かさなければ負けていなかったって言ってるよなそれって。まぁ、その通りだけどさ。

しかしセシリアに教えてもらう、か。確かにセシリアは代表候補生だしその方が良いのかも…。

と、俺が考えていた時だった。バンッ!と机の叩く音が響いたのは。

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

『私が』の部分をやけに強調して発言する箒は、物凄い殺気だった鋭い眼つきでセシリアを睨む。その眼に入学初日同様にまたセシリアは怯えるかと思ったのだが…。

「あら、ISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何か御用かしら?」

全然そんな事無かった。寧ろ堂々と胸を張り箒を視線をぶつけて火花を散らしている。おい何で火花が出てるんだ?これもISの力なのか?おっそろしいなIS…。

「ラ、ランクは関係無い!頼まれたのは私だ!」

ちなみに俺のランクはBらしい。といっても、これは試験機で出した最初の格付けだからあんまり意味は無いって千冬姉が言っていた。ISは乗った時間…稼働時間によって上達も比例する。なら、専用機を持つセシリアは当然ISの稼働時間も長く試験時の結果が良いのは当然と言えば当然だ。余り自慢できる事ではないだろう。まぁ専用機持ちってだけで十分に自慢できる事なんだろうけど。

…って、俺も専用機持ちなんだっけ。

視線を右腕へと落とす。腕にあるのは光を反射して輝く白いガントレット。俺の専用ISである『白式』の待機状態の姿だ。何でも、ISそのものが量子化出来る為、普段は俺のようにアクセサリーとして形を変えて持ち運びが可能らしい。何でもありだなIS。もう魔法の世界だぞ。こんなもの使った束さんは本当にすげぇよ。

「座れ、馬鹿者ども。お前達のランクなどゴミだ。まだ殻も破れていないひよっこが優劣をつけようなどするな」

「「う゛…」」

流石の二人も、元日本代表にして世界大会の覇者である千冬姉に言い返す事なんて出来ないだろう。実際、千冬姉からみたら本当に俺たちなんて相手にすらならないだろうし。

「え~と…そ、それでは、連絡事項も終わったので授業に入りますねぇ?」

静かになった教室に、山田先生は空気を読んでか、それとも居た堪れなくなったのかSHRを終わらせて授業を始めるのであった。

もう、どうにでもなれ…。












第7話「思い出は宝物」











「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実戦してもらう。織斑、オルコット、オリヴィア。試しに飛んでみせろ」

4月も中旬に入った頃、ISの授業は座学から実習へと移ろうとしていた。千冬姉の入学初日に言っていた『ISの基礎知識を半月で覚えてもらう』と言う発言通りに行われ。まさに今日、初の実習で俺達はISスーツを着てグランドに出ていた。

「早く展開しろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒と掛からないぞ」

自分、ISに乗り始めて一日目です。何て口答えしたら叩かれるだろうから絶対に言わない。

集中。集中…。

右腕のガントレットを掴みI。Sを、白式を身に纏うイメージを思い浮かべる。

…来い。白式!

心の中でそう呼び掛ける。その瞬間、右腕のガントレットから光の粒子が俺を包み、光の球体だったそれは形を変えて光の粒子から実体化し白式に形成する。

ISを展開した瞬間世界が変わる。身体はまるで飛んでいるかの様に軽くなり、各種センサーに意識が繋がっているため視界もクリアーになる。隣を見てみればセシリアとミコトは既に展開が終了しており待機していた。

…と思ったのだが。

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

千冬姉の指示無しに勝手にバシュンッ!と周囲に風を起こし空高くへと舞い上がるミコトと『イカロス・フテロ』。その速度は凄まじくたった数秒にして空に浮かぶ点となってしまった。

「「………チラッ」」

俺とセシリアは何も言わずにハイパーセンサーを使って視線を向けずに千冬姉の表情を窺う。当然、千冬姉は青筋立てて肩をプルプルと震わしてご立腹である。なんて事してくれてんだミコト…。

千冬姉のご機嫌を損ねれば当然授業を受けている俺達にまでソレは返ってくる。もし千冬姉を怒らせ様な事をしたら…。

「織斑、オルコット。お前達に課題だ。あの馬鹿を引き摺り下ろして来い。出来なかったら…分かるな?」

こうなる。

「「(あんまりだ!?(ですわ!?))」」

あんまりだと批難の視線を送るがそんなもの鬼にギロリと睨まれたら何の意味も無く。俺とセシリアは顔を真っ青にして慌ててミコトが居る空へと一気に上昇するのだった。急上昇と急降下なんて昨日の戦闘で無我夢中でやったから出来るかどうか不安だったが千冬姉の脅しも影響して問題無く成功。しかし、上昇速度はセシリアと比べるとかなり遅い。

「何をやっている!スペック上の出力では白式の方が上だぞ!?」

通信回線を通して千冬姉のお叱りの声を受ける。やっぱり昨日の今日で上達する筈も無い。昨日は無我夢中だったし…。今も身の危険に晒されているのは変わらないけど…。

「どうした!?なにをのろのろしている!?」

やってるってば。えぇっと…『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』だったよな。ううむ…いまいち感覚が掴めないぞ。

「一夏さん。イメージは所詮イメージ。自分がやりやすいイメージを模索するのが建設的ですわよ」

のろのろと遅れている俺を気遣ってかセシリアが速度を落とし俺の隣へとやってきてアドバイスをしてくれる。

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。その原理も良く分からないし。PICってのが関係してるんだよな?」

ISに翼なんて殆ど関係無い。念じればその求めた方向に飛んでくれるのだから。ミコトの『イカロス・フテロ』と言う例外もあるが。あれは普通のISとは逸脱した存在らしいからこの話題に挙げること自体が論外だ。

「あら、ご存知でしたのね?」

「正直言うと、ミコトとセシリアの戦いを見て無かったら知らないままだったな」

「うふふ、確かにミコトさんの機体は色々な意味で規格外ですからね」

良い意味でも悪い意味でもな。

「今の口ぶりからするとセシリアもミコトの機体の事は知ってるのか?」

「はい。存じてますわ。ですが、どんな欠陥機であろうと物は使い様。良い物であろうと悪い物であろうとそれは使う人物によって変わりますから」

「だな。ミコトはすげぇよ」

遥か遠くで優雅に空の散歩をしているミコトを俺は眩しそうに目を細めて見上げる。今の俺とミコトのいる位置が現在の実力差のように思える。けど、何時までもこの場所で甘んじるつもりはない。いつか俺もミコトの居る高みに昇ってみせる。

…ん?

隣を見ればセシリアも同じようにミコトを見上げていた。俺と少し異なるのはその表情に僅かに慈愛の色を見えたことだろうか。すると、俺の視線に気付いたセシリアは慌てて今の表情を隠すとこほんと咳払いをして誤魔化す。

「ど、どうかしまして?」

「いや…何かミコトと仲良くなったよな。前はあんなにライバル視してたのに」

「あ、あら?ライバル視しているのは今も変わりませんわよ?いつか決着をつけてみせますから」

「にしては、今のは…」

「と、友達ですから!それだけですわ!それより急ぎましてよ!もたもたしてると織斑先生にどんな目に遭わされるかわかりませんわ!」

そう言って加速して加速するセシリアだったが、今のはどう見ても誤魔化しているのが丸分かりだった。俺はそんなセシリアに苦笑すると俺もゆっりとだが加速を開始して二人の後を追う。







かくして始まったミコトとの鬼ごっこだが。やはりと言うべきかミコトに触れることすら出来ずにいた。

「こらミコト!いい加減捕まれ!」

「や」

「良い子ですから!捕まって下さいな!」

「や~」

「「お願いだから捕まって!(涙)」」

「~♪」

涙目な俺達の事情など知った事かと言わんばかりに鼻歌を歌いながらそよそよと空を泳ぐミコト。可愛らしい羽の生えたその姿は今の俺達にとって死神か悪魔にしか見えなかった。

ハイパーセンサーで千冬姉の表情を窺おうとその恐ろしい光景に直ぐその映像を遮断した。センサーが見たのはがくがくと震える山田先生と女子達。そしてジャージ姿の鬼だった。もう何て言うか本当に泣きそうだ。マジで角が生えてたよあの人…。

まずい。まずいですよこれは…。

早くしないと俺達の命がマッハでやばい。セシリアもそれに気付いているのか真っ青な顔で死に物狂いでミコトを追い掛けていた。

―――しかし、タイムリミットである。

「もう、良い…」

ゾクリ…

世界が停止し、気温が一気に下がる様な錯覚が襲い、凍りつくような冷たい声が耳に響いた。追いかけっこの終わりを告げる声が…。

「二人掛かりで捕まえられないとはな…」

あ、あれぇ?此処は空なのに何で後ろから声が聞こえるのかなぁ?

「どうした?何故こちらを見ない」

振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない振り向きたくない。振り向けば絶対にそこには鬼が居る。だから振り向きたくないっ!

「…まぁ、良い。どのみちお前達には後で罰が待っている」

「「(神は死んだっ!?)」」

死刑宣告を言い渡し俺達の横を打鉄で全身を纏った千冬姉がすり抜けて飛んでいってしまうのを眺めながら、俺とセシリアは近い将来降りかかるであろうであろう災難に絶望し、力無く降下もとい墜落するのだった…。










――――Side ミコト・オリヴィア





「ん~♪」

良い天気。良いお散歩日和。

暖かい日差しとこれは花の香り?ん。とっても良い香り。これ、好き。クリスが言ってた。春になったら色んな命が芽吹くんだって。これが春なんだ。

…クリスも同じものを見てるのかな?

空を見上げて想う。クリスもこの春の空を眺めているのだろうかと。遠く離れていてもこの空は何処でも一緒だから…。

会いたい。一緒にこの空を眺めたい。でも、それは出来ない。約束だから。クリスが迎えに来るまで待ってるって約束だから。だから、我慢。

…ん。クリスが迎えに来てくれたら見れば良い。

―――警告!離脱!警告!離脱!

穏やかな空気を引き裂く様に響き渡るセンサーの警告音。

…この子が怯えてる?

怯える様に何度も警告をしてくるイカロス・フテロに私は首を傾げてセンサーに視線を向ける。

「――――…ぁ」

そして、センサーの示す先に『ソレ』はいた。

来る。あの怖い存在が迫って来る。

ぃゃ…いやぁっ…。

ぶんぶんとソレを拒むように首を振る。しかしソレは止まる事無く此方へと向かってくる。私は翼を大きく羽ばたかせて一気にもっと高く飛び上がる。でも、それは離れる所か距離は縮まるばかりで逃げるなんて到底出来るものではなった…。

「…ぅっ!?」

怖い。怖い怖い怖いっ!

伸ばしてくる腕に怯え私は更に高く飛ぶ。高く。高く。もっと高く。でも…。

「どうした?逃げないのか?」

「っ!?」

さっきまで離れた場所に居た筈のそれは、とても近くにあった。耳もとで呟かれて身体がカチンと固まる。震える身体で振り向いたらそこには…。

「授業の間は私の言う事に従って貰うと約束したよな?ミコト…?」

あ…ああ…ぁ。

「さぁ、お仕置きの時間だ」

千冬がすごく怖い顔で私の腕を掴みこっちを見ていた…。

「っ!!」

ジタバタと手と足をばたつかせて逃れようとしたが捕まれたその腕はピクリとも動かす事が出来ない。

「お前の軟弱な機体で私の拘束から逃れられると思っているのか?諦めろ」

腕だけだった拘束の手は腰まで伸びていて。っ!?この体勢…っ!?

サーッと血の気が引く。この体勢は覚えてる。此処に来てから何度も、何度も経験があるから。千冬が本当に怒った時にする行為の準備態勢だ。

これ!嫌い!

「うーっ!うーっ!」

必死に千冬から逃れようとする。でも逃げられない。千冬の逃げようともがく私を拘束している左手とは別に、空いている右手ゆっくりと持ち上げられると…。

ぺしーんっ!

「あうっ!」

お尻に走った激痛と同時に、甲高い音と悲鳴が空に響いた…。













――――Side 織斑 一夏




「えー…」

俺は、いや、俺達クラス一同は唖然と空に浮かぶ光景を眺めていた。

空に響き渡る柔らかい肌を叩く音。そしてミコトの泣き声。何が起こっているかと言うと『おしりぺんぺん』である。もう一度言うがお尻ぺんぺんだ。ISで、IS同士で。その異様な光景に皆あんぐり状態で空を見上げていた。

ミコトを捕まえた千冬姉の操縦技術に驚くべきか。それとも目の前の光景に驚くべきか…。ISでお尻ぺんぺんとか誰が考えるよ?

恐らく誰も考えないだろう。だって、相手が生身だったらお尻が赤く腫れあがる程度じゃすまないし…。

「うっ…」

「あれは…流石に…」

箒とセシリアが顔を紅く染めて視線を逸らす。他のクラスの女子達も同様だ。一部羨ましそうに頬を染めて息を荒げてる奴もいたが無視だ。あれに関わってはいけない。本能がそう告げている。

まぁ、クラスの女子のアレな性癖は置いとくとして…。

「幾らなんでも公衆の面前でこれはまずいだろ…」

ISでのお仕置きという妙な光景と言うのもあるが、飛んでいる所為で全校生徒の注目の的だ。どんな公開処刑だよまったく…。

流石にお尻を晒すなんて事は千冬姉もしないが、それでも十分恥ずかしい。あんな恥ずかしい姿を晒されたんじゃ登校拒否ものだぞあれは。

「ごめ゛んなざいっ!ごめんなざいっ!」

あぁ~、泣いてるよ…。

空から聞こえてくるな泣きを含んだミコトの悲鳴が痛々しい。

「あわわ…あわわわ!ど、どどどっ!どうしましょう!どうしましょう!?」

あっちこっちを行ったり来たりとしながら、顔を真っ赤にして落ち着きの『お』の字も無い我等が副担任山田先生。…先生、あたふたしてないで止めて下さい。この場で千冬姉を止められるのは山田先生しかいないんですから…。

ていうか俺も他人事じゃないんだよな。ミコトのお仕置きが終わったら次は俺達の番な訳だし…。一体何が待ち受けているのか想像したくも無い。唯、これだけは言える。俺達に待っているのは地獄だと言う事だ。

「お前はいつもいつも!何度言えば分かるんだ!馬鹿者!」

「う゛ぅ~~っ!」

…何て言うか。教師と言うか親が子供を躾けてる光景だよなこれ。

少なくとも、俺は教師が生徒にお尻ペンペンなんてする所なんて見た事が無い。ましてや俺達は高校生だ。小学生の低学年ならともかく、高校生でお尻ペンペンなんて流石に無い。女子にやったらセクハラで訴えられるしな。

「…まさか、わたくしにもアレを」

「無いから。絶対に無いから」

セシリアの疑問にキッパリと否定する。あれはミコト限定だろ。千冬姉とミコトはプライベートでも知り合いみたいだし。

くいっくいっ…。

ん…?

袖…と言うかISの腕を引かれる感覚に俺は振り向いて見下ろすと、そこには普段のぽや~っとした表情とは違い心配そうに表情を歪めているのほほんさんがいた。

「ねぇねぇおりむー。みこちーを助けてあげてよー」

何を言い出すんだこの子は。俺に死ねと言うのか?

「いや、でも、な?ミコトにも悪い部分もあった訳だし…」

だらだらと汗を流しながら視線を逸らしながら逃げようと試みるも腕はがっちりホールドされているため逃げる事が出来ない。ISを装着しているので振る解くのは簡単だが生身の相手にそれは危ないし、何より感じが悪い。

「お願い!みこちーすっごく泣いてるよ!」

「あ゛う゛~~~っ!」

「ぐっ…」

未だに聞こえてくる悲鳴に俺はとんでもない罪悪感に襲われて言葉を詰まらせる。見た目幼い少女が泣いているのを見るのは余り気持ち良いものではない。

確かに千冬姉にもやり過ぎな部分もある。皆の前であれは無いだろう。それに俺だってミコトが泣いてるところなんて見たくは無い。でも、でもしかしだ!

怖ぇもんは怖ぇんだよっ!?

「おりむー。おねがい!」

「ぐぐぐぐ…っ」

ミコトを助けると言う事はだ、つまり千冬姉をどうにかしろって事だ。言葉が通じる相手じゃない。て事は力尽くでと言う事になる。力尽く?千冬姉を?そうか。やっぱり死ねと言うんだな俺に…。ちくしょうめ…。

しかし、いつの間にか周りの連中は俺がミコトを助けに行くと言う事になってるらしく期待の眼差しが俺に集中している事に俺は気付く。おいおい勘弁して下さいよ。相手が悪すぎるだろ相手が。元世界最強だぞ?しかも自分の姉に手を上げろと?いや、姉の方には何度も叩かれてはいるけどさ…。

「おりむーGOーGO-!みこちー救出みっしょんすたーとだよ!」

謀ったな!のほほん!?

のほほんさんの掛け声で周囲の眼差しが一斉に応援の声と変わってしまう。こうなってしまったらもうどうにもならない。残された道は一つ…『玉砕』だ。

「う゛っ…う、うおおおおおおおっ!やらなきゃならねぇ時があんだよぉ!男の子にはあああああああっ!」

やけくそにスラスターを全開に吹かして一気に千冬姉へと向かってぶっ飛ぶ。先手必勝。不意打ち万歳。幾ら千冬姉でも背後から不意打ちされたらどうにもならない―――。

「…ほぅ?教師に手を上げるか。見あげた度胸だな。織斑?」

どうにもなりませんでした。

「ぎゃあああああああああああああああっ!?」

「馬鹿かアイツは…」

「はぁ…世界覇者を甘く見過ぎですわよ一夏さん」

なら最初から止めてくれよ…がくっ。

この日、俺は世界チャンピオンの恐ろしさを身を持って知る事になり、もう絶対に千冬姉には逆らわないと心から誓った。









「ふぅん、此処がIS学園か…」

夕暮れ時、IS学園の正面ゲートに小柄の少女がボストンバッグを地面に置き無駄に大きな校舎を眺めていた。

「ふふんっ!待ってなさいよ一夏!」

少女は笑って少年の名を口にするとゲートをくぐる。その足取りは軽やかなものだった。

そして、少女に名を呼ばれた当の本人はというと…。









―――本日のお勤めが終わり。現在、夕食を終えて自由時間。寮の食堂にて。


「というわけで!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

『おめでとう!』

クラスメイト一同からの祝福の声と同時にクラッカーが咲き乱れて色鮮やかな紙が宙を舞う。華やかなに飾り付けされた会場ではクラスメイト達が賑やかに騒いでおり盛大に盛り上がっているがそれとは反対に俺は盛り下がっていた。

壁にはでかでかと『織斑一夏クラス代表就任パーティ』と書かれた紙がかけられている。そう、このパーティの主役…もとい生贄は俺で、名前の通り俺のクラス代表就任を祝うパーティだ。当の本人は全然めでたくもなんともないが。

「はぁ………」

重い溜息を吐きジュースの入ったコップを呷る。

「一夏。つまらない?」

お菓子を一杯に抱えてトコトコとこっちへやって来るミコト。お前はハムスターかリスか何かか。

「ん?いや…どうだろ。祝ってくれるのは嬉しいけどさ」

本心は全然嬉しくない。正直言うといい迷惑だ。しかしこの場でそんな事を言えばこの空気をぶち壊す事になるし仮にもクラス代表がクラスの雰囲気を悪くするのは良くない事だろう。望んでなった訳で無いにしてもだ。

「良かったではないか。クラスの女子にちやほやされて」

「箒。この状況でどうしてそんな風に見えるんだ?」

嫌味か嫌味なのか?

隣で不機嫌そうにお茶を飲んでいた箒がそんな事を言って来るがもし俺が喜んでいる様に見えたのなら眼科に行く事をお勧めするぞ。

「箒。一夏。お菓子」

適当にお菓子を一つ取り出してミコトはそれを俺達に渡してくる。お、饅頭か。和菓子は好きだぜ。まぁ、量にも限度があると思うけどな?ミコト。その大量のお菓子一人で食うつもりか?

ミコトの抱えられたお菓子の量はハンパではなかった。俺達に渡して来た饅頭も含めて多くの種類のお菓子がミコトの腕に抱えられている。一体何処からそんなに持って来たんだろうか。この学園にも売店はあるがどれも売店には無いお菓子だぞ?

「あ、ありがとな。それにしてもすげぇ数だな。どうしたんだそのお菓子?」

「ん。休みの日に本音と一緒に買いだめした」

ああ、スイーツ巡りとするとか言ってたな。そのついでに買ったのか。納得…。

「おかげで酷い目に遭いましたわ…」

「え?セシリアも一緒に行ったのか?」

「そうだよー。一緒に食べ歩きしたんだー」

ぴょんことミコトの後ろから顔を出して説明するのほほんさん。へぇ、意外だ。あれだけミコトに勝負だなんだの言ってたのに一緒に出掛けるなんて。

「おかげで体重が…ブツブツ」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でもありませんわ」

そうには見えなかったけどな。ものすっごく深刻そうな表情してたぞ?

「おりむー。その質問はタブーだよー?」

「は?」

何だ?何の事だ?

さっぱりわからないのほほんさんの言葉に首を捻る俺はどう言う意味か訊ねようとしたがそれは突然やって来た乱入者によって阻まれてしまう。

「はいはーい!新聞部でーす!話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューをしに来ました~!」

おーっと盛り上がる一同。そして俺は更にクールダウン…。

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部の副部長やってまーす。はいこれ名刺」

ずいっと差し出された名刺を受取る。そして名刺を受取るとずずいと今度はボイスレコーダーが迫って来た。

うわー…この学園に来てもインタビューされるとは思わなかったぞ。

「ではではずばり織斑くん!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

「え~っと…皆の期待に応えて頑張ろうと思います」

「え~。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触るとヤケドするぜ!』とか!」

既にクラス代表云々関係無いよねそれ?それに随分ネタが古いな。今時漫画でもそんな台詞使う奴いねぇよ。

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

アンタにだけは言われてくない。

「じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして」

いやいやよくないよ?情報を管理する人は責任を持って正しい情報を提供する義務があると俺は思うのですが?

「じゃあ、セシリアちゃんとミコトちゃんもコメントちょうだい」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

とかいって満更でもなさそうだぞ。俺がインタビューしてた時には既にスタンばってたみたいだし。

「コホン、ではわたくしと一夏さんが何故決闘することになったか話を―――」

「ああ、長そうだから良いや。写真だけ貰うね。じゃあ次、ミコトちゃん」

「ん?」

「さ、最後まで聞きなさい!」

「ミコトちゃんのインタビューは二度目だね~。元気してた?」

「ん。薫子も元気?」

「うん!私はいつでも元気だよ!いつどんな特ダネがあるか分からないからね!」

「あれ?二度目って…」

ミコトは以前にも一度インタビューを受けたのか?何時の間に…。

「うん?ああ。織斑くん達一年生は知らないよね。ミコトちゃんはね、入学する前からこのIS学園に住んでるんだよ。丁度去年の終わりくらいだったかな?」

住んでた?IS学園に?関係者以外は入れないって有名なのに…。

IS学園は関係者と生徒しか入る事は許されてはいない。それは生徒を守るためでもあるし、IS学園内にはISと重要な機密情報も存在するからだ。学園祭等には限定的に一般公開されてはいるがそれも少数に限られている。学生でも教師でもない人物が寝泊まりできるなんて事は本来有り得ないのだ。

「ミコトちゃん。セシリアちゃんと勝負してどうだった?」

「ん。楽しかった」

「相変わらずだねーミコトちゃんは。もうミコトちゃんは2、3年には有名で人となりが知られてるからねつ造し様がないよ」

だからねつ造するなって。てかねつ造前提になってないか!?

「じゃあ、専用機持ちで写真撮ろうか!並んで並んで~!」

「薫子。薫子」

「ん?なぁに?」

「箒も一緒。駄目?」

「え?」

突然自分の名が上がって驚く箒。そんな箒など気にもせずミコトは箒の手を引いて俺達の所まで戻って来る。

「箒ちゃんも?うん良いよ!」

「ん♪」

「ま、待て。私は…」

「別に良いだろ写真くらい。写ってやれよ。ミコトも一緒に写りたがってるんだから」

「う、うむ…」

「本音。本音も一緒」

「もうじゃんじゃんきなさ~い♪」

「やったー♪」

ぴょんと跳ねてミコトに抱き着きカメラに向かってピースするのほほんさん。もうクラス代表とか専用機持ちとか関係無いな。

「まったく…仕方がありませんわね」

何がっかりしてるんだ?セシリアの奴…?


「それじゃあ、撮るよー。35×51÷24は~?」

「74.375」

「正解~♪」

すげぇ!?ミコトの奴速攻で答えた!?てか2じゃねぇのかよ!?写真撮るのに全然関係ねぇじゃねぇか!?

パシャッとデジカメのシャッターが切られる。…って、オイ。

「なんで全員入ってるんだ?」

シャッターが下りる前は確かに皆俺達から離れていた。これは確かだ。コンマ単位で移動したと言うのか?恐るべしIS学園の生徒達…。

「クラスの思い出になっていいじゃん!」

「ねー!」

そう言うのはいつものほほんさんと一緒に居る二人組。まぁ、別に俺は良いけどさ。ミコトも嬉しそうだし。

「薫子。写真。ちょうだい」

「任せときなさい!ちゃんとクラス全員の分用意しとくから!」

「…ん♪」

それを聞いてミコトは頬を染めて微笑む。その瞬間シャッターがまた切られた。

「貴重なミコトちゃんの笑顔シーン!GET!これは売れる!」

売るな!

「あ~!せんぱい。私の貴重なみこちーの寝顔写真あげるからそれちょうだい!」

なにしてんののほほんさん!?

「な、なんと!?勿論OKだよ!むふふ…これは新しい機材を買えるかも♪」

嗚呼…折角ミコトの笑顔で心が癒されたのに台無しの気分だ…。

新聞部の訪問の後もパーティは続いた。終了したのは何と10時過ぎ。この学園消灯時間とか規律が緩くないか?何はともあれ疲れた。まさか女子のパワーがあんなに凄いとは…。

パーティが終了したあと俺は重い身体を引き摺って部屋へと戻りベッドへ身体を沈める。

「ふぅ…」

疲れた。本当に疲れた。千冬姉に絞られたあとであのパーティはキツイなぁ…。

「今日は楽しかっただろ。良かったな」

「どこがだよ。疲れただけで楽しくなんかねぇよ」

「どうだかな」

何で箒はこう突っかかるんだ?ミコトといる時はそうでもないのに他の女子が来ると妙に機嫌が悪くなるし。

「……なぁ」

「何だ?」

「ミコトの奴。入学する前から此処に住んでるって言ってたよな?」

「…ああ」

「有り得るのか?そんなの事?」

「…此処は世界中から多くの生徒が集まっている。それだけ特殊な人物も集まる。そう言う事だろう」

「入学する前に学園に住む必要がある理由って?」

「知らん。私に聞くな」

確かに箒に聞いても分かる筈も無いよな。寧ろ箒だって気になってるだろうし。

考えても仕方ないか。寝よ寝よ!

「んじゃ、寝るとするか」

「な、なに?まだ十時過ぎではないか」

「疲れたんだよ。千冬姉に絞られた後にあのパーティだぞ?」

「む…ま、まぁ、そうだが…」

「分かったなら寝かしてくれ。おやすみ」

そう言うと俺は布団を被り瞼を閉じる。視界が闇で覆われると、かなり疲れていたのだろう意識はそのまま闇に呑まれて俺は眠りにつくのだった…。









――――Side ミコト・オリヴィア





「~♪」

私はイカロス・フテロに保存された映像を眺めながらごろごろとベットの上で転がる。

「みこちー嬉しそうだね」

「ん♪嬉しい」

ともだちと一緒に映った写真。私の宝物。

「そっかー。どんどん写真が増えるといいね?」

「ん♪」

私の思い出。いっぱい作る。クリスが迎えに来たらこれ見せる。楽しみ。

「むふ~♪」

クリス。どんな反応するかな?

きっと褒めてくれる。笑ってくれる。約束通りともだち作った。がんばったからきっと褒めてくれる。

「クリス。早くむかえに…くる…いい…な」

やって来る眠気が心地良い。このままその眠気に身を任せて私は眠りについた…。

「みこちー?…寝ちゃったかー」



「迎えに…か。ごめんね。みこちー…」














あとがき


本当は鈴の登場まで行きたかったけど区切りが良いので此処で終わり。

鈴の見せ場は学園祭だと思う。あのお尻と腋。そしてチャイナ服は胸を熱くするね!

…まぁ、私はオルコッ党ですが。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第八話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/10/03 17:20
「織斑くん、おはよー。ねぇ、転校生の噂聞いた?」

は?何だ突然?

朝。席に着くなりクラスメイトに聞き覚えの無い話題を訊ねられてきょとんとしてしまう。残念ながら俺の薄っぺらな情報網にそんな情報は存在しない。この数週間でクラスの女子達とも話せるようになってはいるが、相変わらず女子同士の会話やテンションについて行けない時もある。転校生の話を知らないのも噂話が好きな女子達の話について行けないからだろう。たぶん。

「転校生?今の時期に?」

何故に入学じゃなくて転入?まだ4月だぞ?

確か聞いた話では、このIS学園の転入の条件はかなり厳しかった筈だ。頭が良いってだけじゃまず無理。国の推薦が無ければできない様になっている。と言う事はつまり―――。

「転校生は代表候補生?」

「ピンポ~ン♪正解!中国の代表候補生なんだって!」

やっぱりか。国の推薦となれば十中八九代表候補生だろうとは思ってたけど。

「へぇ~」

代表候補生、ねぇ…。

ちらりと俺の机の横に立っている同じ代表候補生であるセシリアを見てみる。

「あら、わたくしの存在を今更ながら危ぶんでの転入かしら」

相変わらずの気品を漂わせて自信満々なその態度。一体その自信は何処からやってくるのだろう。最近、ミコトに振り回されて良いところ無しなのに…って、俺もそうか。

「入学早々、専用機持ち二人に勝負を申し込んで。片や手も足も出せず、片や素人同然の操縦者に負けた者の言う言葉では無いな」

ふっと鼻で笑う箒。

ちょっ、箒。そんな事言ったら―――。

「な ん で す っ て ぇ?」

セシリアが喰いつくって…ああホラ喰いついて来たじゃないか。

険悪なムードに突入しばちばちと火花を散らす箒とセシリア。箒もセシリアは無駄にプライドが高い事は知ってるんだからこうなるのは予想できた筈なのに何で喧嘩を売る様な事を言うのやら…。

それにしてどうしたんだ?箒の奴?いや、この場合はセシリアも含めてか。セシリアとの勝負からやけに二人とも喧嘩が絶えないけどさ。

「ぐぐぐぐ…っ」

「むむむむ…っ」

睨みあう二人。朝から元気だな本当。どうでもいいが俺の頭上で火花を散らし合うのはやめてくれ。

「はぁ…」

俺は深い溜息を吐いて頭を抱えて机に突っ伏する。もうこうなったら俺には止められないので嵐が去るのを待つだけだ。それに、俺が止めなくたってとっておきがどうにかしてくれる筈だ。ほら、とことこと歩いて二人の間に割り込んで来たぞ。

「喧嘩。いくない」

「「うっ…」」

な?

幾ら箒やセシリアであろうと。ミコトの仲裁には逆らえないのだ。ミコトの『みんな仲よし』の法則は絶対である。二人が喧嘩しればミコトが仲裁に入る。。それがもうこのクラスにとってお決まりになっているのだ。

とまあ、もう見慣れた日常的な光景は置いておくとしてだ。代表候補生かぁ…。

「どんなやつなんだろうな」

代表候補生って言うとどうしてもエリートってイメージが定着している所為でセシリアみたいなプライドの高い奴を想像してしまう。まぁ、プライドを持つ事は悪い事じゃないし、当の本人であるセシリアもあの勝負からはだんだん雰囲気が柔らかくなって人を見下す様な態度はしない様になったし、何だかんだ言って優秀だから色々教えてもらって助かっている。その転校生とやらもそうだといいんだけどな。何にせよ、別のクラスなんだからあまり関係ないか。

「む…気になるのか?」

「ん?ああ、そうだな」

今までの経験上からして専用機持ちはミコトやセシリアの様に個性豊かな連中ばかりだし、気にするなっていうのは無理だろう。それに、来月行われるクラス対抗戦の相手になるかもしれないとなると尚更だ。代表候補生と言うのならまず優秀なのは間違いない。

「ふん…」

どう言う訳か不機嫌になってしまった箒。はて、今の会話の何処に不機嫌になる要素があったのか…。気付けばセシリアも何やら不満そうな表情をしている。もう何が何やら…。

「今のお前に女子を気にしている余裕はあるのか?来月にはクラス対抗があると言うのに!」

「そうですわ一夏さん!一夏さんはこのクラスの代表なのですからしっかりして頂かないといけませんわ!」

「いや、だからだよ。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うだろ?」

情報を知っていればそれだけ有利になる訳だし。それに、俺は唯でさえ素人同然なんだからそう言うこまめな事で地道に実力の差を埋めしていかないといけない。

「でしたら、わたくしがご指導してさしあげますわ!わたくしに任せれば万事問題ありません!」

むんっと自信一杯に胸を張るセシリア。ううん。確かに経験を積むならセシリアに頼んだ方が良いのかもな。他の子に頼んでたら訓練機の申請と許可とか色々面倒そうだし…。

代表候補生でない一般生徒は専用機なんて物は勿論持っていないため、学園が所有している訓練機を使って日々鍛錬している。しかし、放課後などの自主練習で使用する場合。学園に申請書を提出し、許可を貰わなければならないのだ。そしてISは貴重で整備にも時間やお金が掛かるためそう簡単には下りない。それに、数が足りないため予約は常に一杯なのだ。

「まぁ、やるだけやってみるか」

「やるだけでは困ります!一夏さんには勝手いただきませんと!」

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

そう言われてもな。此処最近はISの基礎操縦で躓いていてとてもじゃないが自信に満ちた返答は出来ない。初めて白式に乗った時は凄く身体に馴染んだあの感覚。今ではその感覚がまったく無いのだ。本番に実力を発揮するタイプじゃないんだけどなぁ。俺は…。

「一夏。がんばる」

「…デザートのためにか?」

「ん」

俺の問いにミコトは負い目を感じる事無く素直に頷く。まったく。ミコトらしいと言えばらしいけどさ…。

「デザート。いっぱい」

「食べ過ぎると虫歯になるぞ?」

まるで親が子供に言い聞かせる台詞だ。ミコトの外見の所為で更にそう思えてしまうじゃないか。

「歯磨きする」

ダボダボな袖を探り歯磨きセットを取り出してずいっと俺の方に突き出しキラーンッと目を光らせる。一体その袖はどういう構造になってるんだ?

「それでも、だ」

正直、家の家事を全て任されている俺からしてみればミコトの食生活は感心できない。周りの女子は可愛いからと言ってお菓子をあげたりしているが此処は厳しくするべきだろう。

「むぅ…一夏。クリスみたい」

クリス…ミコトの保護者か。やっぱミコトは家でもお菓子ばっかり食べてたんだな。なら、保護者が居ない寮だと俺が見てやらないと好き勝手にバクバクお菓子を食べてしまいそうだ。ルームメイトがのほほんさんだし。

「お菓子ばっかり食べると身体に悪いぞ?それに太る」

『ぐっ…』

俺の指摘にミコトではなくクラスの女子が呻き声を上げる。

「うぅ~、おりむーはデリカシーがなさ過ぎるよ」

「事実だろ?」

へにゃ~とした顔で話にのほほんさんが加わって来るが容赦無しに現実を突き付ける。現実から目を逸らすなって。よくテレビでストレスの所為でお菓子をやけ食いとかやってるシーンを見るけど身体に悪いじゃないか。ああ言うのはイカン。見過ごせん。

「主夫かお前は…」

「良く分かったな。家では俺が家事担当だ」

「本当に主夫なのか…」

箒の呆れてものを言っていたその表情はすぐさま驚きへと変わる。何だ?何かおかしい事言ったか?しょうがないじゃないか。千冬姉に家事何か任せたら一週間もせずにゴミ屋敷だぞ?

「一夏さんの私生活にはとても興味はありますが。今はクラス対抗戦が優先ですわ!」

「ちゃっかり本音言ってるねー。セシリア」

「く、クラス代表として規律正しい私生活をちゃんと送っているか気になっただけですわっ!?」

クラス代表ってだけで私生活も制限されるのは流石に嫌なんだけど…。

「ま、まぁ幸いな事に専用機を持っているクラス代表はわたくし達一組と四組だけですからそんな深刻に考える事はありませんわ」

「噂じゃその候補生の専用機も未完成の状態らしいしね」

「………そうだねー」

「未完成?」

「このIS学園は絶好の試験場ですから。代表候補生の殆どが専用機が第三世代でデータを取るために此処に来ているんです。此処は世界各国からISが集まりますからね。そして、どの国も第三世代は未だ実験機の段階を出ていませんの。それだけ第三世代の開発は難しいのですわ」

「へぇ…」

「ですから、未完成の機体なんて脅威ではありませんわ。一夏さんが油断しなければ、ですけど。腐っても第三世代なので」

「き、肝に銘じます」

あ、危ない。絶対セシリアの忠告がなかったら油断してたぞ…。

「………」

「本音?」

「あ、ううん。なんでもないよー」

「…ともだち」

「分かってるよみこちー。本当になにかあったら相談するよ」

ん?何話してるんだ二人とも?

いつの間にかグループの輪から離れて何やら話しているミコトとのほほんさんが気になり俺は二人に声を掛けようと手を伸ばしたが、クラスの女子達が俺の前に立ち視界を遮ってしまう。

「ということで!頑張ってね!織斑くん!」

「相手が未完成の専用機や訓練機なら余裕だよ!」

「え?あ、ああ…」

二人の事が気に掛かったが、せっかく俺を応援してくれているクラスメイトを無視する事は出来ず伸ばした手を引っ込めて苦笑いでそれに応える。

「―――その情報、古いよ」

教室の入口の方から声が聞こえてくる。しかし、この声。何処かで聞き覚えが…。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれ掛っていたのは―――。

え?まさか…。

聞いた事のあるその明るい声。そして特徴的な揺れるツインテール。そうだ。この声は。この声の主は俺の二人目の幼馴染…。

「鈴?……お前、鈴か?」

「そうよ。中国の代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」











第八話「おさななじみ」









「(ふっ、決まったわ……ん?)」

「…」

いつの間にか鈴の目の前にやって来ていたミコトは興味深そうにじーっと鈴を見上げていた。

「ひゃああああああああ!?出たああああああああああっ!?」

「?」

何やら良く分からないが折角かっこ良く登場したのにひょこりと顔を覗かして見上げてくるミコトに驚いて悲鳴をあげて今の登場を台無しする鈴。そして、千冬姉に見間違われたミコトは首を傾げていた。

「なっなななななっ!?千冬さんっ!?何で小さくなってるの!?てか白っ!?」

凄いテンパリっぷりだな。鈴が千冬姉が苦手なのは知ってるけど驚き過ぎだろ。まぁ、さっきの気取った鈴より今の鈴の方が鈴らしけどな。

「落ち着け鈴。目の前に居るのは千冬姉じゃないぞ」

「………へ?」

「ん。千冬じゃない」

「ば、馬鹿言わないでよ!あたしが恐怖する相手なんて千冬さんぐらいしか「ほう。良い度胸だな、凰」……」

はい終了。短い付き合いだったな。鈴。

ドッと汗を浮かべる鈴。もうあいつも気付いているだろう。今の声の主に。でなければあんな青い顔して後ろを振り向こうとしない訳がない。

「SHRが始まると言うのに自分の教室に戻らないうえ、教師の悪口か…覚悟は出来ているな?」

「こ、ここここ!これには訳が…っ」

パァンッ!如何にか弁解を試みようとする鈴だが千冬姉がそんなに優しい訳がない。問答無用で出席簿が鈴の頭に振り下ろされた。

「SHRの時間だ。教室に戻れ」

「痛~っ…ま、また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!」

何で俺が逃げるんだよ。

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

ぴんと背筋を伸ばして返事をすると、そのまま振り向いて自分のクラスである2組へ猛ダッシュで逃げて行く。

「鈴の奴。ISの操縦者になってたのか。初めて知った」

二年前はそういう風には見えなかったけどな。と言う事は転校した後に?どちらにしてもエリートってイメージじゃないよな鈴は。

頭の中でセシリアな鈴を想像してみる…止めよう。明らかに不自然すぎる。『おーほっほっほ!』とか腰に手を当てて高笑いしている鈴を思い浮かべた瞬間鳥肌がたったぞ。

「…一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で―――」

パァンパァンッ!

「席に着け、馬鹿ども」

「「はい…」」

お前等もいい加減懲りないよな。人の事言えないけどさ…。







「コア・ネットワークとはISのコアに内蔵されているデータ通信ネットワークのことだ。ISが宇宙空間での活動を想定して開発されたのは以前にも説明したな?広大な宇宙間での相互位置確認・情報共有のために開発されたシステム。それがコア・ネットワークだ。現在は宇宙進出への開発は停滞しているが軍事的にもこのシステムは有用であり操縦者同士の会話として使用されているオープン・チャンネルとプライベート・チャンネルは操縦者同士の連携に欠かせないものとなっている。無論、IS同士で無くても通常の通信は可能だ」

『実践』

「うおっ!?」

授業中、突然頭の中でミコトの声が響いて素っ頓狂な声を出してしまった。

「…何だ織斑?」

「い、いえ。何でもありません」

「なら黙って授業を受けろ、馬鹿者」

「す、すいません…」

クスクスとクラスメイト達に笑われ、その恥ずかしさに顔を伏せる。しかし何だ今のは?誰もミコトの声には気付いてないみたいだったけど…。

『ごめん』

ま、またか!?

再び聞こえてくるミコトの声。幻聴じゃない。周りの皆は聞こえて無いみたいだが確かに俺には聞こえる。一体何なんだこの声は?

『コア・ネットワークのプライベート・チャンネルやってみた。ん。初めてだけどうまくいった』

コア・ネットワークっていま千冬姉が言ってた奴か?実践て…急にやるなよ。しかも授業中に。

『一夏もやってみる。一人じゃつまらない』

ってもなぁ。やり方分からないし…。

『話したい人を思って伝えたい言葉をイメージする』

またイメージか。ISってそういうのばっかりだな。伝いえたい人物を思って言葉をイメージ。イメージ…。

『………こうか?』

『ん。聞こえる』

どうやら上手くいったみたいだ。

『で?なんだよ突然こんなことして。何か用事か?』

『あの子の事』

『あの子?』

『凰鈴音』

『ああ、鈴の事か』

何だよ。ミコトもか。まぁ、ミコトは唯の好奇心からだと思うけどさ。

『鈴は幼馴染なんだよ。箒が引っ越してからからな。知り合ったのは』

『おさななじみ?』

『知らないのか?』

『ん。知識にはある』

知識にはある、か。これまた妙な言い方だな。知ってるのとは違う。でも知らない訳じゃない。一体ミコトは今までどう言う教育を受けて来たんだろう。友達と言う言葉は知っているのにそれがどう言う物なのか理解していなかった。人間誰も生きていれば知っていて当然の言葉なのに、だ。

『私も一夏の幼馴染になれる?』

『こればかりはなぁ。子供の頃から知り合ってないと…』

『むぅ…』

明らかに不満そうな声。しかしこればかりはどうしようもない。タイムマシーンでも使わない限りは幼馴染なんて今更なれません。

『そんなにむくれるなって。幼馴染じゃなくても俺とミコトは友達だろ?』

『…ん』

『なら、それでいいじゃないか』

『…ん』

まだ不満そうだが納得はしてくれた様子。

『話は終わりか?』

『ん。まだ。あのね…』







「お花見?」

「ああ、ミコトが突然やりたいって言い出してな」

「ん」

あの後、ミコトが口にしたのは『お花見がしたい』と言う突拍子の無いものだった。何故したいかと理由訊ねれば『テレビで見て楽しそうだったから』とこれまた好奇心満載なミコトらしい理由だ。

「何時の間にそんな話をしたんだお前達は…」

こらこらジト目で睨んで来るな。

「お花見ですか。桜は今週いっぱいで見納めでしょうからやるなら今週中ですわね」

既に四月の中旬、校庭の桜からは緑の葉が覗かせて花弁は散り始めていた。セシリアの言う通りこのままいけば来週には桜は完全に散ってしまうだろう。それに確か明後日は…。

「天気予報では確か、明後日から雨だった筈だが…」

そう、明後日から数日続けて雨が降ると天気予報で言っていたのを覚えている。雨なんて降ったら桜の花なんて一日で散ってしまうだろう。そうなってしまえば花見はもう来年までお預けだ。

「う~…」

ミコトはどうしても我慢出来ない様子。とても来年までなんて待ってくれそうにないぞれは。

「ならさ!今日のお昼休みを使ってお花見しようよー!食堂のおばちゃんに頼んでお弁当作って貰ってさ!」

「だね!たぶん事前に頼んでおけば作ってくれると思うよ?」

「中庭ならベンチとかもあるし場所にも困らないし!」

話に加わってそう提案してきたのは、のほほんさんといつも彼女と一緒に居る二人組確か名前は谷本さんと夜竹さんだっけか。何も言ってないのに参加する気まんまんだ。しかし昼休みか。時間は少し短い気がするけどなんとかなるか?

「私があとで梅さんにお弁当お願いする」

「梅さん?」

「食堂のおばちゃんの名前だよおりむー。みこちーは食堂のおばちゃん達の人気者だから」

なる程、確かにミコトは見た目幼いからおばちゃん達には人気がありそうだ。それに俺達より早く学園に住んでる訳だしおばちゃん達とも付き合いは長いだろう。なら、此処はミコトに頼んだ方が得策か?

「うし!頼んだぞミコト!」

「ん。たくさん用意して貰う」

「ほ、ほどほどで良いぞ?」

沢山用意されて残してしまうなんて事になったら、我儘言ったのに作ってくれたおばちゃん達に失礼だからな。

しかし何故だろう。何か忘れている気がする。こう、何かが記憶の端に引っ掛かっている様な感覚が…。う~ん…思い出せない。まぁ、良いか。思い出せないって事はどうでも良い内容って事だからな!

そんなこんなで急に決まったお花見。相変わらずのミコトに振りまわされての事だったが俺は何処か花見が楽しみで心が躍っていた。最近は特訓やら決闘やらで心が休まる時が無かったからこういう風な純粋に友達と楽しむイベントは嬉しく思う。クラス代表の件のパーティーは楽しめる物じゃ無かったからな。

こうして、時間は過ぎて行き…。









お待ちかねの昼休みとなった。

「待ちに待った!」

「昼休憩!」

「だよー!」

三人組の無駄に元気な声を合図に授業で静まり返っていた教室が見間違えるほどに騒がしくなる。やる事は人それぞれで、ある生徒は我先にと食堂へと向かい、ある生徒は友達と雑談を楽しんでいた。

「んじゃ、食堂に行って弁当貰いに行くか」

「ん。梅さんおいしいの作ってくれるって」

「そりゃ楽しみだ」

お世辞でも嘘でも無い。此処の食堂の飯はどれも美味しいからな。期待して良いし本当に楽しみだ。

「本来、花見と言うのは場所取りから始まるものだが…」

「その心配は要らないだろ。花見をしようなんてもの好きは俺たちくらいなもんだって」

「確かにそうだな」

箒が心配する理由も分かる。場所取りの激闘は尋常じゃないからな。絶好のスポットは前日から場所取りしないといけないし。でも学園内ならその心配な無用だ。長くない昼休憩を使って花見をしようなんていう連中もそうそう居ないだろう。放課後とかならともかく。

―――っと、時間は限られているんだ。何時までも此処でのんびりしちゃいられない。食堂に行って弁当を貰いに行くか。

休み時間は30分程度しか無い。早く中庭に向かわなくては…。

「お花見なんて初めてですわね」

食堂へと向かう途中、ふとセシリアがそんな事を呟く。

「セシリアの国じゃそういう習慣は無いのか?」

「どうなのでしょう?少なくともわたくしはした事はありませんわね」

「そうかーセシリアは友達居ないから…」

「しっ!本音。そう言うのは口にしちゃダメだよ…」

「そう言う意味じゃありませんわよ!そんな哀れむ様な目で見るのはやめて頂けませんっ!?」

何やってるんだコイツ等は。花見の話は何処行った。

いつの間にか花見の話題が何処かへ行ってしまいぎゃーぎゃーと騒ぎ出すセシリアと三人組を見て呆れる俺と箒は、騒いでいる連中を放置してミコトの手を引きさっさと食堂へとむかう。

食堂に着いてみればそこは相変わらずの混みよう。出遅れたとはいえ4時間目が終わって数分しかやってないと言うのにこの混み具合だ。恐るべき食堂の席争奪戦。だが今日は食券の販売機に並ぶ事も席を探す必要も無い。そう俺は一人心の中で優越感に浸っていると…。

「待ってたわよ、一夏!」

どーん、と俺達の前に鈴がラーメンの乗ったトレーを持って立ち塞がって来た。ああそうだ。何か忘れてたと思ったら鈴の事だったのか。しかし鈴よ。逃げるなと言っておいて教室に来ず先に食堂に待ち伏せするのはこれいかに。

しかも随分待っていたのだろう。トレーのラーメンは既にのびておりとても美味しく頂ける状態ではなかった。それを見て申し訳ない気持ちにもなったが…まぁ、ラーメン好きの鈴ならそれでも美味しいと言って食べるだろう。しかし問題はそこじゃない。俺が本当に申し訳なく思うのは別にある。

「あー…もしかして一緒に食べようと思って待っててくれたのか?」

「そ、そうよ!感謝しなさいよね!」

あちゃー、やっぱりかぁ…。

何とタイミングが悪い事か。もう既に弁当まで用意して貰っているのだから今更花見を中止する事は出来ない。ラーメンがのびるまで待っててくれた鈴には悪いけど此処はお引き取り願おう。

「悪い。俺達今日は外で桜を見ながら食べる予定なんだ」

「……………は?」

俺の言葉に間抜けな声を出して立ち尽くす鈴。

「予め言ってくれれば誘ったんだけどな。すまん」

「あ、あの…ちょっと…え?」

「じゃ、また今度一緒に食べような」

「ちょっ!ちょっと待ちなさいよ!」

「な、なんだよ?」

詫びを入れて立ち去ろうとすると、また鈴に呼び止められる。

「あたしも一緒に花見する!」

「いや、お前ラーメ「持って行くから良いの!」…おまえ」

花見でラーメンって初めて聞いたぞ。お前どれだけラーメンが好きなんだよ?

「おばちゃん!器外に持っていっていーよね!?」

「はいよ。割らない様に気を付けるんだよ?」

カウンターのおばちゃんが快い了承を得て鈴が「これで文句ある?」と勝ち誇った様にふんっと鼻息を荒げる。俺は別に構わないけど他のメンバーが…。

チラリと箒とセシリアを見る。

「「………」」

…すっごく不機嫌オーラを放ってるんですが?それでもお前は参加させろと言うのか?

さて、どうしたものか。ミコトはお弁当を貰いに行ってるし、のほほんさん達も皆の分のジュースを買いに行って此処に居ない。つまり決断するのは俺って事になる訳だが…。

どちらを選んでも良い結果が見えないのは何故だ!?

「梅さん。お弁当」

「ああミコトちゃんかい!はい。落とすんじゃないよ?」

「ん」

ミコトの身長の3分の1程の大きさの重箱をおばちゃんから受取ると、ミコトが危なっかしい足取りであっちへよろよろ、こっちへよろよろとしながら此方へとやって来る。

「一夏。お弁当もらってきた」

「げっ…」

良いのか悪いのか分からないタイミングで、気まずい雰囲気を漂わせるこの輪にミコトが加わると、ミコトの姿を見た鈴は明らかに嫌そうな声を漏らした。外見は千冬姉の瓜二つだからどうしても苦手意識が働くんだろうな。

「お、おう。だいじょうぶか?弁当代わりに持つぞ?」

弁当を代わりに持とうかと訊ねるがミコトは首を左右に振り拒絶する。

「私のわがまま。私が持つ」

「そうか。落とさない様に気を付けるんだぞ?」

「梅さんにも同じ事言われた」

うん。それはしょうがないと思う。傍から見れば凄く危なっかしい。とりあえず落っことしそうになったら何時でも反応できるように傍らで待機しておく様にしよう。

「…どうしたの?」

気まずい雰囲気に気付いたのかそうミコトが俺に訊ねてくる。

「えっとな…鈴が花見に参加したいって言い出してな」

「参加すればいい」

「えっ、良いのか?」

「みんなで食べた方がごはんおいしい」

そう言ってくれると本当に助かる。断る理由も無いし、断らなかったら断らなかったで箒達が何だか怒りそうだから困ってたんだ。ミコトの言う事なら二人も納得してくれるだろう。

「…まぁ、ミコトが言うのなら仕方がない」

「提案者はミコトさんですからね…」

はぁ…良かった…。

何とか最悪の事態は回避できたようだ。ミコト様さまである。

「ジュース買ってきたよー…って、あれれ?何で2組の子がいるのー?」

遅れて戻って来たのほほんさん達は、知らぬ間に増えていた花見メンバーに目を丸くすると、俺に訊ねてくる。

「鈴も花見に参加したいんだってさ」

「そうなんだー」

「私は別に構わないよ?寧ろ、そっちの方が面白そうだし」

「うんうん!それに色々聞きたい事あったし!」

何か気に掛かる部分もあるがのほほんさん達も快く了承してくれたようだ。これで満場一致と言う訳だ。一部不満はありそうだけどな。

予定外の事もあったが何ら問題無く準備は整い中庭へと移動。桜の木の傍にあるベンチを陣取りさあいよいよお花見の開始だ。







「しかし、相変わらずラーメン好きだな鈴は」

「何よ?文句ある?」

「いや別にないけどさ」

鈴と遊びにいく時は絶対と言って良い程に飯はラーメンと決まっていた。だから今更どうこう言うつもりはないし好き嫌いは人それぞれだと俺は思う。しかし花見にラーメンと言うのは少しシュールだぞ?しかももう汁ないじゃないかそれ。それをおいしそうに喰うお前はすげぇよ…。

「それにしても鈴が代表候補生かぁ…ははっ!全然想像出来ねぇ!」

「むっ!それどう言う意味よ!?」

だって鈴はエリートってイメージじゃないし…ってこれは言わない方が良いか。

「悪い悪い。それにしてもいつ日本に帰って来たんだ?おばさんは元気か?」

「うん。まあ、ね…」

…ん?何だ?

おばさんの事を訪ねた時に鈴の表情が一瞬暗くなった様な気がしたが今は笑っている。見間違いだろうか?

「それより!アンタこそなにISなんか使っちゃってるのよ。テレビ見たときビックリしたじゃない」

ああ~…鈴も見たのかニュース。まぁ代表候補生なら嫌でも耳にするだろうなぁ。セシリアだって入学前から俺の事知ってたみたいだし、他の生徒だってそうだ。俺は全然嬉しくないけど…。

「流れに流されこの状況だよ。好きでテレビに出るか」

「いやー。アンタの間抜けな顔をニュースで見て爆笑したわよ。何、あの状況に着いて行けなくて戸惑ってる情けない顔!あはははっ!思い出しただけで笑えてきた!」

「んなっ!?酷過ぎだろそれっ!?」

こっちは必死でそれどころじゃなかったんだぞ?俺の意思に関係無く周りが盛り上がって、毎日家に押し掛けられてマスコミとか大っ嫌いになったわ!

「ふふん。さっきのお返しよ」

「ったく…」

鼻で笑われ何も言い返す事が出来ず俺は肩を落とす。男が女に口で勝てる訳ない。

「一夏。そろそろどう言う関係か説明して欲しいのだが」

「そうですわ!一夏さん、まさかこちらの方と付き合っていらっしゃるの!?」

疎開感を感じてか、箒とセシリアが多少刺のある声でそう訊ねてくる。他の三人組もそれが気になってたらしく目を輝かせて耳を大きくしていた。

「べ、べべ、別に付き合ってる訳じゃ…」

「おさななじみ」

「へっ!?」

黙々とお団子を頬張ってたミコトがぽつりと呟く。

「幼馴染…?」

「ん」

怪訝そうに聞き返す箒にミコトは頷くと、もう一本とお団子に手を伸ばす。ミコトは花より団子か…。

「ああ、幼馴染みだよ。箒が引っ越したのが小四の終わりだったろ?鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。丁度入れ替わる様な感じだから箒は面識ないよな…って、何で不機嫌そうなんだ?鈴」

「別に不機嫌じゃないわよ!」

いやいや、見るからに私は不機嫌ですってオーラを醸し出してるぞ?

「じゃあ紹介した方が良いよな。こいつは箒。話した事があるだろ?小学校からの幼馴染で、俺が通ってた剣術道場の娘」

「へぇ~アンタがそうなんだ…」

鈴はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴を見返していた。

「初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

そう言って挨拶を交わす二人の間にはバチバチと火花が散っていた。何だこの近づき難い二人を中心にしたこの空間は。しかし、何処の世にも空気を読めない馬鹿は居るものだ。

「ンンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」

何故あの場面で混ざろうなんて考えられるのだろう?俺には到底理解出来ない。

「…誰?」

「なっ!?わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないの?」

あれ?なんかデジャヴ…。

「ごめん。あたしそう言うの興味ないから。特に他の国の事とかどうでも良いし」

「な、な、なっ……」

鈴の言葉に、言葉を詰まらせるセシリア。明らかに怒ってる。口にはしていないが顔を赤くして凄く怒ってる。鈴は別にセシリアを怒らせようとも馬鹿にしようとしている訳じゃない。唯、本気で興味がないのだ。

「興味と言えば喰う事ばかりで放置してたけど…ねぇ、アンタ誰?」

「もご?」

急に話を振られて餡子を口の周りにくっ付けて、もごもごとながら顔を上げるミコト。

「口を拭きなさいよ…って、そんな事どうでも良いわ。アンタ、何者?何で千冬さんにそっくりなの?」

「っ!」

「貴女!」

「おい鈴!」

「だって気になるでしょ?」

確かにそうだけど…。

確かに気になる。でも聞いてはいけない気がして誰も聞けずにいたんだ。それなのに…。

「ごくん…ミコト」

「ミコト?」

「ミコト・オリヴィア」

「いや、名前を聞きたいんじゃなくて」

「私は私。他の誰でも無い。私がそう願い続ける限り。私は私であり続ける」

「…それが答え?」

「ん」

鈴はじっとミコトを睨みつけ、そしてミコトも動じることなく無表情のままその視線を受け止める。

「…そっ、なら良いわ」

威圧するのを止めてメンマを口の中へポイっと放り込む。

「鈴?」

「気になる事は多々あるけど…少なくともこいつは千冬さんじゃないって事は分かったわ。こんな口の周りを餡子でべったりにしている千冬さんなんて想像出来ないし」

…確かに。

だらしないところは共通しているが、千冬姉もこんなにだらしなくは無い。そして何より鈴の言う通り想像も出来ない。

「またこんなに汚して…ミコトさん。じっとしててくださいね」

「ん~」

「流石はみこちーの世話係。手慣れてるねー」

「嫌な役割ですわ…。というか、勝手に決めないでくださいな」

そう言いながらもセシリアはテキパキとミコトの口の周りを綺麗にしていく。しかし本当に手慣れてるな。まるで本当の親子みたいだったぞ。

「でも本当に似てるわね。背格好はまったく違うけど…」

「むに~…」

ふにふにとミコトの頬をつっつく鈴に対しミコトは少し嫌そうに眉を八の字にする。

「やめなさいな。ミコトさんが嫌がっているでしょう?」

「むぐっ」

がばっとミコトを守る様に抱きかかえて鈴から奪い取るセシリアに鈴はちぇーと口を尖らせる。

「別に良いじゃない。可愛いし」

「訳が分かりませんわ!」

「アンタ頭固いわねー。禿げるわよ?」

「なっ!?」

今確信した。セシリアと鈴は相性が悪いって事に。二人は性格が正反対すぎる。だから口を開けば必ずと言って良い程に喧嘩に発展してしまうのだろう。

「あーやめやめ!折角お花見してるのに喧嘩するなって!」

再び険悪なムードに…と言うかセシリアの一方的な物だったが、それでもこの場の空気を悪くしそうだったので俺は二人の間に割って入る。こう言う時に頼りになるミコトはセシリアの胸の中でむーむーもがいているので今はあてにできない。少しミコトが羨ましいとか思ってないんだからな?

「一夏。何処を見ている?」

何故ばれた!?

じとりと睨んで来る箒にあははは…っと額に汗を流しながら笑って誤魔化して視線を逸らす。
仕方ないだろ?俺だって健全な男の子なんだから…。

「あたしは別に喧嘩なんてするつもりないけど」

そりゃお前はそうだろうよ。悪気もなく無意識で言ってるんだろうからな。

「あとどうでも良いけどさ。そのちびっ子…放っておいていいの?」

「ん?…うわっ!?セシリア!ミコトがヤバイ!」

鈴が指差した方を見ると、セシリアの胸に埋まって力無く手をプランプランさせているミコトの姿があった。

「はい?きゃあああ!?ミコトさん!?大丈夫ですの!?」

「いいから放せ!ミコト!だいじょうぶかミコト!?」

「わー!?みこちー!?」

「何やってんだか…」







あれからミコトは数分後に復活し、今は何事も無かったかのように黙々とお団子を食べる作業を再開している。

そんなミコトを横目に俺達も花見を楽しんでいると、突然鈴がこんな事を言い出した。

「そういえばアンタ、クラス代表なんだって?」

「成り行きでな」

「ふーん…」

鈴は食後のデザートに団子を一つかぶりつく。他の皆の既にお昼を済ませてデザートであるお団子を楽しんでいるが俺はミコトのおはぎ早食いを見て胸焼けして食べる気が起きない。

朝にあれだけお菓子を食い過ぎるなって言ったのに。まったく…。

「な、なら。あたしが操縦見てあげよっか?」

「そりゃ助か―――」

「一夏に教えるのは私の役目だ!頼まれたのは、私だ!」

「貴女は二組でしょう!?敵の施しは受けませんわ!」

―――る。と言い終わる前に箒とセシリアがガタンッと音を立てて急に立ちあがりそれを遮る。急に立ち上がるもんだから重箱に入った団子が衝撃で宙に浮き…。

「あむ」

「あ~ん♪」

ミコトとのほほんさんの口の中に収まった。何この芸当。すごい。

二人の芸に感心するが箒達はそんなの気にも止めずバチバチと火花を散らしていた。それほどまでにクラス対抗に燃えてるのか。俺もクラス代表として見習わないとな。

「あたしは一夏に言ってんの。関係無い人は引っ込んでてよ」

「か、関係ならあるぞ。私は一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

どうしてもとまで言っただろうか…?

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ!貴女こそ、あとから出て来て何を図々しい事―――」

「あとからじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

「だ、だったら私の方が先だ!」

「一緒に教えればいい」

「「「…えっ?」」」

「もぐもぐ…」

ぽつりと呟かれたその言葉に一斉に視線がその声の発生源に集まると、発生源の主は自分に向けられている視線など気にする事も無く黙々とお団子を食べ続ける。しかし、このお団子を食べる少女の何気ない一言が俺の運命を決めたのはこの時俺は気付かなかった。そして俺は後に後悔する事になる。この時はっきり鈴の提案を…いや、ちゃんと誰に教えてもらうか決めていればあんな事にはならなかっただろうと…。







「一夏!何この程度でへたっている!立てっ!」

「一夏さん!そこはそうでは無く身体を傾けさせながら後退と何度―――」

「今のは一気に攻める場面でしょうが!何距離を開かせてんのっ!?」

「ちょっ、そんないっぺんに言われても…って!?ぎゃあああああああああああっ!?」

流れに身を任せているとこうなると、改めて思い知った夕焼けの放課後だったとさ…。













あとがき

命を、燃やせええええええええええええええ!(挨拶

正直、鈴とミコトは絡ませ難いです。いやホント。今後何かイベントを考えなくては…。

まだ七巻購入してないのに四組の候補生のネタだしちゃったよ。どうするよオイ…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/04/23 02:46



「では、今日はこのあたりでおわる事にしましょう」

「お、おう…」

ぜぇぜぇと息をを切らして大の字になって倒れている俺に対して、セシリアは汗一つ掻かずにけろりとした表情で俺を見下ろしてそう告げる。流石は代表候補生…っと言うとでも思ったか!3対1とか苛め以外何でもないだろうがっ!

ミコトの一言が原因で行われる事となった特訓と言う名の地獄。3対1での模擬戦闘。しかもその内二人は代表候補生。これを苛めと言わずして何と言うのだろう。

「ふん。鍛えてないからそうなるのだ」

「同じく。アンタもっとしっかりしなさいよ」

「ふぅ…まったくですわね。これでは先が思いやられますわ」

蔑む様に見下してくる箒とニヤニヤ笑っている鈴、そして呆れたように溜息を吐くセシリアに寄ってたかってフルボッコにした奴が何を言うかと言ってやりたい。が、今の俺には立つ気力さえ残っていない。しばらくはこうして空でも眺めていよう…。

「どうした?さっさとピットに戻るぞ」

「俺はもう少しこうしてるよ」

ISの補助がある状態でこれだ。今、展開解除すれば恐らくその瞬間に身体に掛かる疲労で倒れてしまうだろう。しばらくこうして居た方が自分の身のためだ。

「その…大丈夫か?」

流石にやり過ぎたと分かったのか、箒が気まずそうに訊ねてくる。その気遣いをもっと早くしてれたら…。

「少し休憩すれば大丈夫だ。先に戻っててくれ」

男としてのプライドか少し見栄を張ってみる。正直大丈夫じゃないが模擬戦では良いとこ無しだったのでこれ位の見栄を張らないと男としての立場が無い。

「む、そうか…」

「では、お先に失礼しますわ」

そう一言言い残していくと、箒とセシリアはピットへと戻っていった。戻る途中、箒が此方をちらちらと心配そうに振り向いて来るのでとりあえず笑って心配するなと手をひらひらさせる。そんなに心配するなら最初からあんな事しなきゃいいのにな…。

しかし、他の二人は行ってしまったというのに何故か未だピットに戻ろうとしない鈴。どうしたのかと不思議に思い鈴と、鈴の専用機である『甲龍』を見上げる。セシリアの専用機であるブルー・ティアーズ同様。第三世代のIS。ブルー・ティアーズとは違って俺と同じ接近戦特化の機体らしい。まぁ、クラス対抗で戦うからまだ隠し玉があるんだろうけど。

「ふふっ、強がっちゃって。アンタらしいわ」

しゃがんで俺の顔を覗きこむと、面白そうにつんつんと俺の頬をつついてくる。止めろ擽ったい。

「分かってるなら気を利かして戻ってくれればいいのによ」

「馬鹿。立てないアンタを放って置ける訳無いでしょうが。途中で倒れられたら目覚めが悪いじゃない」

「…いや、その言い方はまるで俺が死ぬみたいに聞こえるぞ?」

「あははは♪」

「いや笑い事じゃないって!?」

「んまぁ、本当にヤバくなったらISが独自で判断して機能停止するでしょ」

「なんだ。脅かすなよ…」

「基礎知識でしょうが」

ぺしんと叩かれる。面目無い。知りませんでした…。

「「………」」

俺と鈴は無言で日が落ちて暗くなり始めている空を見上げる。特訓で火照った身体に冷たい風が心地良い。こうしてると、剣道に明け暮れていた子供の頃を思い出すなぁ…。

あの頃は俺の方が強かったのに、今じゃ箒の方が格段に上だもんな。はははっ…。

「…ねぇ、一つ聞いて良い?」

「ん?」

先程までのあっけらかんとした軽い雰囲気とは違い、急に鈴は真剣な表情へと変貌する。その表情は感情があまり感じられず、鈴と数年間一緒に遊んで過ごした中で一度も見た事の無い俺の知らない表情で、冷たくて、まるで仮面を被っている様だった…。

「お昼ではあれ以上空気を悪くしたくなかったから聞かなかったけどさ。本当にあのチビっ子の事千冬さんから何も聞いてないの?」

チビっ子…ミコトの事か。

「またその話か。いい加減にしてくれよ」

気分の良いものではない。友達の事を疑われるのも疑うのも。そして、その疑っている人物が友達なら尚更だ。

「偶然とは思えないのよ。アンタの居る、しかも千冬さんが担当するクラスに千冬さんにそっくりなアイツが居る。しかも此処はIS学園…」

「…」

「アタシも一応軍に所属してるからさ。機密に触れないにしても世界各国の噂を耳にしたりする訳。その中には正直胸糞悪い話もあるわ。非合法な実体実験とかね」

だからなんだって言うんだ。それがミコトに何の関係がある?止めてくれ。これ以上は…。

唯でさえ疲れているんだ。疲れの所為で苛立ちやすい。久しぶりに再会した幼馴染を怒って怒鳴りたくなんてないんだ。だから、それ以上はやめてくれ。

「もしかしたら―――」

「鈴」

「…何?」

「怒るぞ」

「…………分かった。もう言わない」

怒気の籠ったその声に、鈴は口を閉ざしそれ以上は何も言わなくなる。俺も鈴に目を合わせない。唯、空を見上げるだけだ。アイツが、ミコトが大好きなこの空を…。

気にならないと言えば嘘になる。千冬姉と個人でも関係を持っているミコト。何か俺達に言えない秘密があるのは確かなのだろう。でも…。

―――…ともだち。

ふと、ミコトの顔が思い浮かんだ。頭が良いのに何も知らないミコト。何を考えてるか分からないけど、突然の行動に驚かされる事もあるけど、アイツは自分らしく生きてるだけなんだ。何者にも縛られず、ありのままの自分で…。

関係無い。関係無いんだよ。鈴。

ミコトは俺の、俺達の友達なんだ。知らない事は沢山あるかもしれないけど、そんなの関係無い。友達だって事だけで十分なんだ。

「ミコトと話してみろよ。鈴」

「え?」

話せば分かる。ミコトは千冬姉じゃないって。それに、きっと話せばお前も―――。

「友達になれるからさ。きっと…」

「友達、か…正直苦手なのよね。あの子」

「千冬姉にそっくりだからか?」

鈴は本当に千冬姉が苦手だからな。どうしてかは知らんが。

「それもあるけど…まぁ、可愛いっちゃ可愛いけど?こう、苛めたくなるって言うか抱きしめたくなると言うか」

何かを引っ張る様なジェスチャーを見せる鈴。おいおい…。またセシリアと喧嘩するつもりか?

何だかんだ言ってセシリアはミコトにたいして過保護だ。口では自分は保護者じゃないとか、あまり面倒掛けるなとか言ってるけど常にミコトを気に留めてる様だしあまりミコトにちょっかい出すのはおすすめしない。それに、先輩や職員にもファンが居るみたいだし…。

「まっ、一夏がそう言うんだったら今度ゆっくり話してみるわ」

「おう」

「あの柔らかいほっぺがどれだけ伸びるか実験しちゃる」

「それはやめとけ…」

セシリアどころか箒も激怒するぞ?いやマジで…。

「そう言えば、肝心のそのちびっ子は何処に行ったの?」

「ああ、ミコトならきっと…」











第九話「ミコトの放課後」











――――Side ミコト・オリヴィア






「最近、体調は悪くなったりしてないか?」

「ん」

私が居るのは職員室。コーヒーの臭いでいっぱいであまり好きじゃない。私の目の前で椅子座っている千冬の机はいつも紙や本でごちゃごちゃしてる。忙しいのは分かるけど整理すべき。

「そうか。体調に悪くなったら直ぐに私か山田君に言うんだぞ?」

「ん」

千冬は怖いけど私を見ててくれる。もしかしたら真耶より私を見ててくれてるかもしれない。だから怖いけど好き。でも少しは優しくしてくれたら嬉しい。真耶や他の先生は優しくしてくれるのに…。

「…学校は楽しいか?」

「うん」

学校、楽しい。色んな人と話せる。自由に外に出られる。ともだちがいる。一夏が居る。箒が居る。本音が居る。セシリアが居る。だから、楽しい。

「そうか」

千冬が笑った。千冬はたまにしか笑わないけど、笑う時はいつも優しく見える。

「一夏と友達になったんだってな?」

「ん。一夏、箒、本音、セシリア。ともだち」

「良かったな」

「ん。クリスに自慢する」

クリス、驚く。えへへ、楽しみ…。

「………」

「千冬?」

何だか怒ってる?ううん。違う。悲しそう…。

「…織斑先生だ。今は放課後だが此処は職員室だ。先生と呼べ」

「ん」

「はい、だ。まったく…」

どしりと椅子に身体を預ける千冬。何だか疲れてるみたいだけど大丈夫かな?心配…。

「今日はもう良いぞ。また来週体調の報告に来るように」

「ん。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

おやすみの挨拶をして私は職員室を出る。これからどうしよう?用事は終わったけどまだ夕食まで時間はある。お散歩しようかな?

ん…。何処行こうかな?一夏は箒達と特訓するって言ってた。邪魔しちゃいけない。んー…。

お空を眺めるのも良いけど…。

いつもならお空を眺めてる。でも、今日は誰かとお話したい気分。どうしようかな…。

「ん。決めた」

行先を決めると、くるりと方向転換して階段を昇る。本音に会いに行こう。たぶん生徒会室でお菓子食べてる。

「お菓子♪お菓子♪お菓…ぁ」

―――お菓子ばかり食べてちゃダメだぞ?

一夏が言ってた事を思い出してぴたりと足を止めて考える。どうしよう?お菓子駄目って言われた。お昼もいっぱいお団子食べちゃった…。

「……本音に会いに行くだけにする」

「あ♪ミコトちゃん!部活でクッキー焼いたんだけど、食べる?」

「ぅ…今日はいい」

決心したその直前に誘惑がやって来た。クッキーの良い匂い。とても美味しそう…。でも、だめ。

「そっか。でも食べたくなったらいつでも家庭科室に来てね?御馳走するから♪」

「ん。またね」

先輩のお姉さんに手を振ってさよならする。でも、その後も色んなお姉さんに声を掛けられてお菓子を勧められた。何で…?

「ミコトちゃん!飴玉食べる?」

「キャー!ミコトちゃ~ん!」

「お菓子あるよ~?いる~?」

「あぅ…食べちゃ、ダメ」

我慢。我慢…。

そう自分に言い聞かせながら廊下を歩く。途中で何度も誘惑に負けそうになったけど頑張った。一夏は私を褒めるべき。

そんなこんなで生徒会室に着いた。

「おじゃまします」

「あら?」

「おやおや?これは珍しいお客さんだね♪」

「たっちゃん。虚。こんばんわ」

生徒会室に入ったらたっちゃんと虚がお出迎えしてくれた。たっちゃんはこの学園最強の生徒会長。私をおにごっこで捕まえた二人目の人。いつも会うとくすぐったりしてくる。虚は本音のお姉さん。めがねでくーる。あと優しい。でも本音には厳しい。

「こんばんわ。ミコトちゃん」

「はいこんばんわ♪何か御用?」

「本音」

「ああ、本音ちゃんに用事?あそこで寝てるわよ?」

「ぐぅ~…」

ピッと扇子で指した方を見たらそこにはテーブルにぐてーとしてぐーすか寝てる本音が居た。

「本音。寝てる…」

どうしよう?起こしたら悪い…。

「まったく、この子は…」

「んー…。起こしても良いと思うけど?」

私は首を振る。駄目。本音、気持ち良さそう。

「なら、この子が起きるまで此処でゆっくりしていけば?」

「そうですね。わざわざ御足労して頂いたのですから是非そうして下さい」

と、虚は言うといつの間にかココアの入ったティーカップを持って来てくれてた。いつも頼んでいないのに持って来てくれる虚はとてもすごく気がきいてる。

「ん。おじゃまする」

「く~!可愛い奴め!このこのっ!」

「くすぐったい…たっちゃん」

がばっと私に抱き着いて来るたっちゃん。ん。たっちゃんはくすぐり上手。

「どう?IS学園に入学してみて。学園生活を楽しんでる?」

「ん。毎日楽しい」

たっちゃんに抱きかかえられた状態で、今日二度目の質問に私は頷く。

「そっか♪生徒会長として嬉しい限りね♪」

「充実な学園生活を楽しんでおられる様でなによりですね」

「ん。でも、それはたっちゃんや虚。千冬達のおかげ」

「こらこら~。あんまりお姉さんを煽てると攫っちゃうぞ~?」

「もう、お嬢様」

「?」

…私を攫ってどうするんだろう?たっちゃんは時々、よく分からないことを言う。

「そう言えば、もうすぐクラス対抗ね。確かミコトちゃんのクラス代表はあの噂の織斑一夏くんだったかしら?」

「ん。だから一夏は特訓中」

今頃きっと箒達とアリーナで頑張ってる。

「おぉ~。青春してるわねぇ~」

「努力する事は良い事ですよね」

「ん」

がんばる事は悪い事じゃない。がんばればいずれ必ず良い事がある。クリスはそう言っていた。何もせず、最初から無理だってあきらめるのが一番いけない事だって。

「それでそれで?ミコトちゃんから見てその織斑くんのISの才能はどんな感じなの?」

「私はそう言うのは分からない」

「あらそんな事言っちゃう?武器使用ならともかくとして、機動戦のみのキャノンボール・ファストでは私に勝ち越してるミコトちゃんが?」

「むぅ…」

わからないものはわからない…。

「会長。あまりミコトちゃんを困らせないで下さい」

「あはは、ごめんごめん♪だってミコトちゃんの反応見てると飽きないんだもん♪」

「まったく…」

「それにしても、クラス対抗かぁ…どうするんだろね。あの子は…」

「あの子…?」

誰の事だろう?

「え?ああ、こっちの話♪ミコトちゃんは気にしなくても良いわ」

「ん。…たっちゃん」

「何かな?」

「困った時は言う。私はたっちゃんにいっぱい貰ってる。次は私が返す番」

「…ええ。その時が来たらお願いしちゃおっかな?」

「ん。任せる」

胸を張って頷く。たっちゃんが困った時は私が助けてあげる。約束。

「ふわぁ~…お昼いっぱい食べたからねむいよぉ~…」

丁度たっちゃんとの話が終わり。良いタイミングで本音が目を覚ます。ん。本音の気持ちは良く分かる。私も少し眠い。

「…あれ?みこちー?どうしてここにいるの~?」

「おはよう。でも、もう夕方」

「あ…ほんとだぁー…」

お空はもう赤く染まってお日様がもう沈もうとしてる。たぶん、あと一時間もしない内に日が暮れて夜になると思う。カラスが鳴くからかえろ?

「ミコトちゃん。ずっと貴女が起きるの待ってたのよ?」

「えぇ~!?ごめんねー?みこちー」

「気にしない」

ぼーっとしてるの好きだから。空を眺めてるとなおいい。ずっといい。でも、今日はもう帰る。

「本音。寮に戻る」

「そだねー。かえろっか…うぅ、寝起きはくらくらするよぉ」

「ん。虚。ココアごちそうさま」

虚から貰ったココアを飲み干すと私はティーカップを虚に返してお礼を言う。ん。とても美味しかった。またごちそうになる。

「お粗末さまでした。また何時でも来て下さいね?」

「ばいばい♪ミコトちゃん」

「ん。また今度来る」

二人は忙しいからあまりお邪魔出来ないけど…。

私は二人にさよならすると、本音の手を引いて生徒会室を出る。

「ごめんねーみこちー。待ったよねぇ?」

「だいじょうぶ。たいくつじゃなかった」

一人だったら寂しかったけど、たっちゃんや虚が居てくれたから寂しくも無かった。だから気にしない。

「ほんとー?」

「ん」

顔を覗きこんでくる本音に私は頷く。

「ありがとね。みこちー」

「?…ん」

お礼を言われる事なんて何もしてないのに。変な本音。

校舎を出るともう空は茜色から藍色へと染まり始めていた。もう夕食の時間だし早く戻らないと。

「おぉ~。夕陽が街に沈んで綺麗だねぇ」

「ん」

夕陽と街が重なって、まるで街自身が輝いてるみたい。凄く綺麗…。

空は時と場所で姿を変える。太陽もそう。だから見ていて飽きない。そして何処までも広くて遠くて届かないから憧れる。いつかあの場所に届きたいって。今の私は、届いたのかな?ねえ、イカロス・フテロ。

「おっ!いたいた!おーい!」

「一夏?」

「あ、おりむーだぁ」

アリーナの方から一夏が手を振ってこっちに歩いてくる。特訓は終わったのかな?

「な?俺の言った通り空を見てただろ?」

「はいはい。何でそう自慢げに言うのよ…」

ん?何の話?

私が一夏の言っている事が分からなくて首を傾げる。

「えっとな。ミコトはいつも暇さえあれば空を見てるだろ?だからグランドか屋上に行けばミコトは見つかるって言ってたんだよ」

ん。間違ってない。

「残念でしたおりむー。さっきまではみこちーは生徒会室にいたんだー。今空を見てたのはたまたまおりむ―が立ち止まってるところで声を掛けただけー」

「あれ?そうなのか?」

「ん」

今日はもう帰る予定だったから。

「なぁんだ。見つかったのは唯のまぐれじゃない」

「私に用事?」

今の言い方だと、私を探してるみたいだった。

「えっとな。用があるのは俺じゃなくてだな」

「アタシよ」

凰 鈴音?

「むむっ…」

一夏を押し退けて前に出てくる凰 鈴音。それに対して本音が何だか警戒してる。仲悪いのかな?凰 鈴音は一夏のおさななじみだから本音とは喧嘩して欲しくないな…。

「なに?」

「これで本当に最後。もう一度聞くわ。アンタは何?」

「ちょっとちょっとぉ!少ししつこいんじゃないかなー?」

ぷくーと膨れる本音。でも私は本音の袖を引っ張って本音を引き止める。

「…みこちー?」

首を振って本音に下がってとお願いする。これはこたえないといけないから。ゆずれないから。

「ミコト・オリヴィア」

何度問われようと、この事実は変わらない。変わるつもりも無い。この名前はクリスが私にくれたもの。私であることの証明。私が私である限り。ミコト・オリヴィアはミコト・オリヴィアであり続ける。ずっと…。

「…そう」

「………」

「………」

私と凰 鈴音。それに私達の居るこの場に沈黙が流れる。まるで時が止まった様に…そして、その停止を崩したのは凰 鈴音のほうだった。凰 鈴音はすっと私に手を伸ばすと…。

ふにー…

「ふにゅ!?」

私のほっぺをぐにーって引っ張って来た。とってもイタイ。

「にゅーっ!?」

「何これ!やわらかーい♪マシュマロみたい。まるで赤ちゃんの肌ね!」

赤ちゃんの肌はあながち間違ってない。でも引っ張るのはやめて。のびて戻らなくなっちゃう!

「ふにゅー!にゅうー!」

「あわわ!?みこちー!?このー!なにをするだー!?」

「お、おい鈴!嫌がってるだろ?止めてやれって!」

「ぷっ、今日はこの辺で勘弁しといてあげるわ」

ぱっと手をほっぺから放されるとヒリヒリするほっぺを擦る。何を勘弁されるんだろう。すっごく不服。私何もしてないのに…。

「う~…」

「あたしの事は鈴って呼びなさい。あたしもミコトって呼ぶから」

「う?」

突然の申し出にきょとんとしてしまう。どう言う事?引っ張ったり名前を呼べって言ったりよく分からない。鈴は苦手…。

「あ、でも友達については保留ね」

「なんだよそりゃ…」

「いいじゃない。私だって選ぶ権利はあるでしょ?まだこの子を知った訳じゃないんだし急に友達になるってのも変な話じゃない」

「俺と箒は直ぐに友達になったぞ?」

ん。一夏と箒はすぐに友達になってくれた。

「アンタがおかしいのよ。…それで?なんか文句ある?」

「ミコト?」

「ん…ない」

少し残念だけど、ともだちになって貰えるように私が頑張ればいいんだ。ん。頑張る。

「むむむ~…みこちーが良いのなら私はかまわないけどさぁ」

「そっ、なら寮に戻りましょ。もう真っ暗だしお腹も空いたわ」

「だな。もう腹がペコペコだ…」

運動するとお腹空く。一夏が頑張った証拠。きっとごはんも美味しいと思う。

「箒も部屋で待ってる。早く帰る」

いつまでも待たせたら箒に悪い。

「そうだな」

「え?箒も部屋で…?」

「ん。箒は一夏と同じ部屋」

「あ゛…ミコト、それを言っちゃ…」

「…どういうこと?一夏?」

「いや、俺の入学が特殊だったから、学園も部屋を準備できなくてだな…その…」

「それって、あの子と寝食を共にしてるって事よね…?」

「そ、そういうことだな…い、いやー、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足に―――」

「……だったら、いいわけね?」

「うん?どうした?」

「だから!幼馴染ならいいわけね!?」

「うおっ!?」

「っ!?」

急に大きな声を出さないで欲しい。びっくりする…。

「わかった。わかったわ。ええ、ええ、よくわかりましたとも」

何がわかったんだろう?鈴は何度も何度も頷いている。今の会話で何か悩む事でもあったかな?

「一夏!」

「お、おう!」

「幼馴染が二人いる事を覚えておきなさいよ!」

「別に言われなくても忘れてないが…」

「うっさい!この馬鹿っ!」

「ぐほぉっ!?」

一夏…凄く綺麗に飛んだ。IS無しで飛べるなんて一夏は凄い。

「じゃあ後でね!逃げるんじゃないわよ!」

ずんずんと大きな足音を立てながら寮へと入っていく鈴。まるで怪獣みたい。でも何で怒ってたんだろう?どうしてだろうね?一夏。

「わ、わけわかんねぇ…」

「ん」

私もそう思う。

「…これはおりむーが悪いよー」

え?どうして?よく分からない。

首を捻る私に本音は「みこちーにはまだ早いよー」と頭を撫でてくる。本当によく分からない…。

















あとがき


ミコト視点は書き辛い。本当に書き辛い…。そして進展がない。テンポ悪いなぁホント。

書きたい事沢山あるのに。パジャマ騒動とか、水着?イベントとかミコトのためだけに考えたイベントが…ヒロイン全員登場しなきゃかけねぇ…orz

TINAMIとpixivにてミコトのイラストをうpしました。よろしかったらそちらも見てやって下さい^^



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/10/03 17:20
「ふ、ふざけるなっ!」

「な、なんだぁ?」

痛む身体を引き摺ってやっとこさ部屋に戻って来たと思ったら、ドアノブに手が触れたところで部屋の中から鼓膜を突く程の箒の怒鳴り声が聞こえてビクリと身体を震わせて咄嗟に手をドアノブから離してしまう。まだ中にも入っていないと言うのに怒鳴り声で迎えてくるとか少し酷すぎやしないか?此処まで戻ってくるのに結構苦労したんだぞ?

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ?気も遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

と、思っていた所。箒とは別の女性の声が聞こえてきた。どうやら客人がいるらしい。しかもこの声は…。

「…鈴か?」

そう、鈴だ。忘れようとて忘れられない。俺が苦労して身体を引き摺りながら部屋に戻る原因となった張本人。というか加害者。先に戻ったと思ったら俺達の部屋で何してんだアイツ?幼馴染の奇行に訳が分からなくなりながらも、俺はどう言う理由で騒がしくなっている自分の部屋へと踏み入れるのだった。

「べ、別に嫌だとは言っていない…。それにだ!これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくない!」

「大丈夫。あたし幼馴染だから」

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

俺が帰って来たというのに反応するどころか口論はますます激しさを増す一方。一体何を言い争っているんだコイツ等は…。聞こえてきた会話から察するに部屋を代われとかどうとか言ってるみたいだが会話が噛み合ってない。徹底的に噛み合って無い。鈴は我を通す正確だし、箒は箒で人一倍に頑固だ。こんな二人が言い争って互いが納得いく結果が得られるのは絶望的だろう。それを決定付けるのが鈴の足元にあるバッグ。恐らく鈴の荷物なのだろうが、既に鈴はこの部屋に移る気満々だ。鈴は譲るつもりはない。箒も何故か譲るつもりは無いらしい。つまりそういう事。それにしてもさっき鈴が言っていた幼馴染が二人いる事を覚えとけってのはこう言う事だったのか…。

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

「ふざけるなっ!出ていけ!此処は私の部屋だ!」

このままじゃいつまで経っても堂々巡りだな。いい加減止めないと…。そう思い、俺は二人の間に割って入る。

「お前ら、とりあえず落ち着けって」

「い、いいいい、一夏!?」

「何。いつ帰って来たの?」

突然現れた…と思っているのだろう。間に割って入った俺に顔を真っ赤にして慌てる箒と鈴はあっけらかんとしていつ戻ったか訊ねてくる。さっきから居たよ。お前等が気付かなかっただけだろ…。

「さっきから居た。鈴。あんまり箒に迷惑掛けるなよな?」

鈴は周りの人の事を考えずに突っ走る事が多いからな。主な被害者は俺と弾だけど。

「なに?一夏はその子の肩を持つの?」

「いや、そういうのじゃなくてだな…」

「では私ではなくその無礼者の味方をするのかっ!?」

「おれにどうしろってんだ!?」

まさにあっちを立てればこっちが立たず状態だ。

「今はそう言う話をしてるんじゃない。常識面での話だ」

幾らなんでも無理やりすぎるだろ。箒の都合も無視してのこの行動は。何か理由があるにしてもだ。ちゃんと箒に了承を得てからにするべきである。

「俺にとっても箒にとっても突然過ぎるし、ましてや箒は代わりたくないって言ってる。それを一方的に代われって言うのは駄目だろ?」

「そ、そうだそうだ!」

「むっ…」

俺の言葉とこの勢いを見逃さんとする箒の小物臭漂う追撃に流石の鈴も何も反論できなくなる。正論なだけに言い返し様がないのだろう。

「それにここは学園の寮だ。部屋替えにも学園の許可がいる。勝手に代えちゃいけないだろ?」

「わかった…わよ」

振り絞る様な声でそう答える鈴だったが表情は全くと言っていい程納得して無かった。何をそんなに拘る必要があるんだ?どの部屋も同じ作りの筈なのにな。

「同じ部屋に拘らなくたって、寮は同じなんだし直ぐに近くだろ?遊びたくなったらいつでも来いよ。歓迎するから」

「なっ!?私は許して無いぞ!?」

折れろよそこは。ややこしくなるから。

「それじゃ駄目なのよ。馬鹿…」

「ん?何か言ったか?」

「何でもない!」

「そ、そうか…」

確かに何か呟いてた気がするんだけどな。気のせいか?

「と、とりあえず今日はひとまず自分の部屋に帰れって。な?」

「……分かった。そうする」

鈴はしぶしぶと頷くとドアへと歩いて行く。そしてそのまま出て行くと思ったが、ドアノブに手が触れたところで鈴はピタリと立ち止まってしまう。どうしたのだろう?見送っていた俺は怪訝そうに突然立ち止まってしまった鈴の背中を見守っていると、鈴は此方を振り向かず背を向けたまま俺に問い掛けてくる。

「…ねぇ、一夏。あの約束覚えてる?」

「…約束?」

『約束』その単語に俺は首を捻る。はて、俺はどんな約束を鈴としただろうか?小学生の頃かそれとも中学の頃か。いろいろと記憶を漁っている内に一つだけ思い当たるものを見つけた。確か―――。

「確か、鈴が料理の腕が上がったら毎日酢豚を―――」

「覚えててくれたんだ!?」

ぱぁっと表情を明るくして振り返った鈴は―――。

「―――奢ってくれるってやつか?」

そのまま表情をぴしりと音をたてて固まらせてしまう。

「………はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

しかもタダである。こんなに有り難い物は無い。持つべき物は幼馴染だな。

「いやぁ、俺は自分の記憶力に関し「ふざけんなぁあああああっ!」ぐふっ!?」

鈴の雄叫びと共に俺の腹に突き刺さるドロップキック。しかしその勢いはそこで止まる事は無く俺は本日二回目の宙に舞う事になる。唯一の救いなのは落下地点がベッドだったと言う事か…。

「最っっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴!犬に噛まれて死ね!」

バタンとこの階全体に響き渡ったのではないかという位の大きな音を響かせてドアを開けると、そのまま鈴は自分の部屋へと帰ってしまった。

何がいけなかったか。分からない。だが、完全に俺が悪かったのだろう。あの怒りようは尋常ではない。しかし男の風上にも置けないと言うのはちょっとカチンときた。そこまで言われる程の約束だったか?

…でも、鈴の声。震えてたな。

もしかしたら泣いていたのかもしれない。顔は見えなかったけど。だとしたら、やっぱり悪いのは俺か…。

「一夏」

「お、おう。なんだ箒」

「馬に蹴られて死ね」

箒。お前もか…。

俺はそのままベッドにガクリと力尽きるのだった…。













第十話「言葉の意味。その重さ」











「…ってなことがあってな」

「もぐもぐ…」

俺は食堂で朝食を食べながら昨夜の事をミコトに話していた。鈴と箒は此処には居ない。誘ったのだが昨日の事で怒っているらしく話し掛ける前にプイッと顔を逸らして何処かへ行ってしまった。のほほんさんはいつも通り寝坊らしく此処には居ない。

「何がいけなかったのかなぁ?」

あれから何度も考えてはみたが全然わからない。何をそんなに鈴は怒っていたんだ?何がいけなかったんだ?

「ごくん…ん。一夏は、たぶんわかってない」

口の中のスクランブルエッグをちゃんと飲み込んでからミコトは喋り出す。ミコトはこう言うマナーに対してはしっかりしている。たぶん親がそう言うのに厳しかったのだろう。

「わかってないって?」

「料理。むずかしい。私はいっぱい練習した。クリスにいっぱいおしえてもらった。それでも作れるのはこれだけ」

そう言ってスプーンでスクランブルエッグを指した。ミコトは料理が苦手なのか。意外…所か自然だな。むしろ勉強出来ること自体が不自然だから。

「それを、鈴は毎日つくってくれるって言ってる。すごく大変」

まぁ、確かに大変だよな。俺だってたまにはインスタントとか食べてるし。毎日は料理を作るのは面倒だと思うし疲れる。

「何で、大変なのに食べさせる?料理をつくると思う?」

「そりゃ、食べて貰いたいからだろ?頑張って料理を作れるようになった訳だし」

「ん。食べてほしいから。褒めてもらいたいから作るでも…ちがう」

最初は俺の言葉に肯定していたと言うのに後からそれは違うと言って首を振り否定する。違う?何が違うんだ?

「あってるけど、ちがう。それに、一夏は大事な事を忘れてる」

「大事な事?」

何だ?何の事だ?

「毎日食べさせる。これは傍にいなきゃできない事。一緒にいなきゃできない事」

「あ…」

毎日、一緒…?

「一緒にいないと食べられない。離れてると食べられない。だから、クリスのつくってくれたごはんも食べられない…」

「ミコト…」

ミコトが寂しそうに語る。今直ぐにでも泣きだしてしまいそうな程に…。

ホームシック病という奴だろうか?ミコトが何処の国の出身かは知らないが少なくとも名前からして海外だと言うのは明らか。故郷ははるか遠くだ。気軽に戻れる距離でも無いのだろう。例えどれだけ会いたいにしても…。

ずっと一緒、か…。

「ごちそうさま」

そう言うとトレーを持ってミコトは席を立つ。気付けばトレーの上に乗ってある食器は全て空になっていた。何時の間に食べ終えたのだろう。

「一夏」

「え?」

「がんばる」

「……おう!」

小さく微笑んで応援してくれるミコトに俺は笑顔で応える。

「ん」

それを見て満足したのか、ミコトは小さく頷くとカウンターへ食器を返してのほほんさんの朝食だろうか?おばちゃんから菓子パンを受取ると自分の部屋に戻っていった。俺も残りの朝食を口の中へとかけ込み味噌汁で流し込むとカウンターに食器を返却して校舎へと向かう。

とりあえず謝ろう。

あの約束にどんな意味が込められていたのかは分からない。でも、きっと鈴にとって大切な物だったのだろう。だから謝ろう。ちゃんと…。

そして、丁度良いところに生徒玄関前で鈴の奴を発見。俺は慌てて鈴に声を掛ける。

「おい!鈴!」

「…何?」

明らかに不機嫌な顔にもう挫けそうになったが負けずに俺は話を続ける。

「昨日は悪かった。すまん!」

俺は素直に頭を下げる。何で怒ったのかは分からないけどちゃんと頭を下げれば許してくれる筈だ。

…しかし、そんなに都合良く行く訳がなかった。

「……何で謝るの?」

頭を上げた時見えたのは更に不機嫌さが増した鈴の顔だった。その顔を見た瞬間、俺は血の気が引いたのが分かった…。やってしまったと…。

「いや…だって、俺が悪かったんだろ?」

「だから、何で謝るのよ」

「でも俺が―――」

パァン!

乾いた音が校庭に響く。一瞬、何をされたのか分からなかった。でも、頬に走る痛みと熱で自分が叩かれたんだと気付くとはっとして鈴を見る。鈴は…泣いていた。

ざわめき出す野次馬達。しかし俺と鈴はそんなものは気にして無かった。いや、視界にすら存在すら気づいてなかった。

「訳も分からないのに謝らないでよ!あの約束は…そんなに軽い物じゃないんだから!」

「…悪い。最悪だな。俺…」

とりあえず謝ろうなんて考えが甘えだったか…。

本当に最悪だ。ミコトの期待にも裏切って。また鈴を泣かせて…。男の風上にも置けないってその通りだよな…。

「ぐすっ…いいわよ。アンタがそんな性格だって忘れてたあたしが馬鹿だったんだし」

鈴はツインテールを揺らして俺の目の前から立ち去ろうとする。俺は慌てて立ち去ろうとする鈴の手を掴んだ。

「待て!鈴!」

「離してよ…」

「まだ、まだ俺は謝ってない!」

「分からんないの!?謝っても意味無いんだって!」

「それでも!俺は鈴を泣かせた!」

このまま鈴を放置するなんて俺は俺が許せない。たぶん、一生…。

「教えてくれ!どうしたら鈴は許してくれるんだ?」

「普通それをあたしに聞く?」

分かってる。本当なら俺が自力でその答えに辿り着かないといけないだって事は。でも、分からないんだ。ならこうするしかないだろ!?

「頼む!」

俺は頭を下げる。男が何度も頭を下げるのは情けないことこの上ない事だろうが鈴が教えてくれるまで何度だって下げてやる。だから…。

「…」

「頼む…」

「…いいわ。今度のクラス対抗戦で、あたしに勝ったらあたしが怒った訳を教えてあげる」

「ほんとか!?」

「ええ、でもあたしが勝ったら理由は教えてあげないし、あと、何でも言う事。これが条件」

「ああ!それでいい!」

可能性があるだけで十分だ。それだけで希望が見えてくる。

「…それじゃあね。逃げるんじゃないわよ?」

「ああ!当たり前だ!」

これ以上、鈴を泣かせたくないからな!

俺は立ち去っていく鈴の背中にそう答えると、鈴が消えて行った校舎へ続く様にして歩いていく。その足取りはかるく。先程の暗い気持ちは嘘のように晴れやかだった。










――――Side 篠ノ之 箒





「…」

私は野次馬の中に紛れて二人の様子を黙って眺めていた。何度も乱入したい気持ちを爪が喰い込む程強く握り締める事で耐えながら…。

一夏は分かっているのだろうか?あの言葉の意味が。その結果が意味する事が…。どれ程重みのある事か…。

「っ…一夏」

嫌だ。そんなの嫌だ…。

認めたくない。認められる筈がない。私だって幼馴染だ。幼い頃から一夏を想って来たんだ。ずっと、ずっと。それなのに…。

「それなのに…」

目頭が熱い。でも耐える。人前で涙なんて見せたくないから。そして思う。もし、私も彼女のように涙を流せば一夏も私を見てくれるのか、と。そんな馬鹿な事を…。

「一夏…っ」

何故、私はこんなにも駄目なのだ…。

素直になれば。もっと素直になれば気持ちを伝えられるのに…。

「いち…か…」

また、離れ離れになってしまうのか…?















あとがき


今回はすごく短いです。その理由はまぁ、無理に詰めるとごっちゃごちゃになってタイトルかんがえるのが難しくなるからですけどね!(オイ

にしても原作読んでいて思うのです。何で皆一夏に惚れるんだろう?弾は「鈴も気の毒に」とか言ってますが人が出来過ぎてるだろ。普通ならぶん殴られてるぞw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/07 03:00


「…ISの操縦?」

サンドイッチを口に運ぼうとしていた手を止めてミコトは視線をサンドイッチから俺へと移す。

「ああ、頼むよ」

「箒とセシリア」

口足らずで分かり辛いが、きっと箒とセシリアはどうしたんだと言いたいのだろう。

「確かに二人には教えてもらってる。でもあの二人には悪いけど、今のままじゃ駄目なんだ。鈴に勝つには」

セシリアはそもそも戦闘タイプからして違うし、箒の訓練方法も間違ってはいないけど今回は相手が悪い。同じ近接格闘特化である鈴の機体相手では今の訓練はあまり効果望めない。地道な日々の鍛錬は必要だが今はそんな時間は無いのだ。…それに、箒の様子が昨日からおかしい。訓練に身が入って無い様にも見えた。どうかしたのかと訊ねても何も答えてはくれず表情を曇らすだけ。もしかしたら体調が悪いもかもしれない。そんな箒に訓練に付き合って貰うのは気が引けた。

「…私は、教えるの得意じゃない。しゃべるの苦手。たぶん、一夏に伝わらない」

俺の頼みに返って来たのは拒絶。確かに、ミコトの性格では人にものを教えるのは向いていないのかもしれない。それでも、俺には残された選択肢はこれしかない。白式の高スペックな特性を生かした高機動戦。それしか鈴に勝つ方法は無い。そして、俺の知り合いで一番機動で優れているのはミコトしかいないんだ。

「頼む!このとおりだ!なんだったら好きなだけお菓子買ってあげるから!」

「!」

お前この間ミコトを叱ったばかりだろうがと自分に言いたくなったが、この際手段を選んではいられない。俺は必死な思いでミコトに手を合わせて頼み込む。すると、『お菓子』というキーワードに反応したのかピコンと先っちょのくせ毛が動いたのを俺は見逃さない。もうひと押しだ。

「頼む!頼むよミコト!」

「…何で、そんなに勝ちたい?」

「鈴と仲直りをするためさ」

「戦う必要、ない」

お話すればいい。セシリアの時と違う。そう小さくミコトは付け加える。ミコトは友達同士の喧嘩は肯定派だが、ミコトにとって今回の件は違うらしい。だからこそか、教えるのを渋っているのは…。

「そうかもしれない。でも、俺が幾ら考えたって答えにはたどり着けそうに無いんだ…」

確かに戦う必要なんて本当なら無い筈だ。俺が鈴の言葉の意味をしっかりと理解していたらこんなの事にはならなかったんだから。でも、こうなってしまった。俺の所為でだ。そして今も俺は鈴と交わしたあの約束の意味を分からないでいる。なら…。

「…ん。わかった」

「教えてくれるのか!?」

ミコトが頷いてくれた事に俺は思わずテーブルに身を乗り出す。

「ん。でも、私が教えるのは一つだけ。あとは一夏ががんばる」

「ひとつだけ?」

「基本動作はセシリアの方がじょうずに教えられる。私が教えるのは私のとっておき」

ピンと可愛らしく指を俺に突き出す。ミコトのとっておき。何だか凄そうだ。わくわくする気持ちが治まらない。まるで子供に戻った気分だ。やっぱり男である以上必殺技とかには憧れてしまうもんだ。一体どんなのだろう?

「瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫」













第十一話「もうひとつの翼」










試合当日、第二アリーナ第一試合。相手はまさかの鈴だった。これは運命の悪戯か。余りに出来過ぎた展開に何かあるんじゃないかと思ってしまうが俺にとって鈴と最初に戦えるこの展開は願っても無い事だった。

噂の新入生。そして専用機同士の戦いとあってアリーナは全席満員。それどころか通路も立って観戦する生徒で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者はリアルタイムでモニターで観賞しているらしい。でも、俺にはそんな事はどうでも良かった。観客席から聞こえてくる声援も背景でしかなく俺には届いていない。俺が意識を向けているのは目の前に居る…。

「………」

…そう、鈴だけだ。

視線の先では鈴のISである『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている。そして、その操縦者である鈴も普段のあの喧しい雰囲気を消し去って俺を見据えていた…。

『甲龍』俺の白式と同じ近接格闘型。しかし同じ土俵に立てば経験の差で間違いなく叩き潰される。そして、アレは何かまだ隠しダネを持っている筈だ。鈴が訓練中に手札を全て明かしたとは思えない。注意しないとな…。

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

アナウンスに促されて、俺と鈴は空中で向かい合う。その距離は5メートル。ISなら一瞬で距離を詰めれる距離だ。一瞬たりとも油断できない距離。この5メートルの空間に居るだけでやけにピリピリとした空気や緊張感が圧し掛かって来るのが分かる。

「………本気でいくわよ?」

「望む所だ」

この勝負は、全力でやらなければ意味がないのだから。

「知ってる?ISの絶対防御も完璧じゃないの。シールドエネルギーを突破する攻撃力さえあれば、本体のダメージも貫通させられるわ」

それは脅しでも何でも無く事実だった。以前、ミコトが千冬姉にお仕置きされた時にミコト自身にダメージが伝わっていたのがその例だ。それでも武器も何も使わず打撃だけでシールドを突破する千冬姉の技量もやはり異常だが…。噂では、IS操縦者に直接ダメージを与える“ためだけ”の装備も存在するらしい。勿論、それは競技規定違反だし、何より人命に危険が及ぶ。ISは兵器だがあくまで競う為だけの機体だ。殺し合いに使う為にあるんじゃない。けれど―――。

『殺さない程度にいたぶることは可能である』

どんなに綺麗事を並べようと兵器は兵器。人を傷つける物という現実も逃れられない現実。そして、それを俺は何度も身に纏い、そして戦っているのだ。セシリアに勝てたのは事前にセシリアの機体の情報を得て、セシリアが俺の機体との相性が悪かったからたまたま勝てた。偶然と偶然が重なっての勝利だ。でも、今回は違う。技量もセシリアと同等で、戦闘タイプも俺と同じ。完全に対等な条件での戦闘だ。もしかしたら、鈴の忠告通りなるのかもしれない…。

だけど…俺は負けられない!

そうだ。負けられない。負ける訳にはいかないんだ。俺は鈴にまだ謝れていないんだから。

『それでは両者、試合を開始して下さい』

「せいっ!」

「っ!?」

試合を開始を告げるブザーが張り響いたと同時に鈴が動き先手を取られてしまう。

「ぐぁっ!?」

一歩遅れて俺も雪片弐型を展開し応戦。火花を散らしぶつかり合う刃と刃。青龍刀と呼ぶにはあまりにもそれにはかけ離れている形状の両先端に刃を持つ鈴の得物は見た目通りの重みのある一撃を繰り出し俺は雪片ごと弾き飛ばされてしまう。

駄目だ!やっぱり接近戦では鈴方が一枚も二枚も上手だ!あれを使うか?…いや、駄目だ。

雪片弐型の特殊能力を使用すれば一撃の威力ならまず鈴に負ける事は無いだろう。千冬姉曰くこの一撃は現存するどの兵器よりも遥かに上回る威力も持っているらしい。でも、それを代償に自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。そう何度も使う事は出来ない。

どう動くべきか俺は悩やむ。しかし、鈴がそれを許してくれる筈も無く容赦無く追撃しかけてくる。両端についたその刃を利用し自在に角度を変えてくる斬撃は、俺に応戦する隙すら与えず絶えず俺に襲い掛かってくる。

「くそっ!」

一撃を捌けばその隙にもう一撃が俺の機体を翳めて装甲を削っていく。このままでは消耗戦だ。一旦距離を取って体勢を整えなければ。そう判断し、飛び退こうとした。しかし―――。

「そんなみえみえな戦い方でっ!」

パカッと鈴の肩。非固定浮遊部位の装甲がスライドして開く。装甲が開かれて中心の球体が姿を晒すとその球体は輝き始め、その光は極限にまで強く輝いた瞬間、俺は見えない衝撃に『殴り』飛ばされた。

あまりの衝撃に一瞬意識を失いかけるも気合で何とか意識を保つ。しかし、体勢を立て直した所で鈴も二発目の準備を済ませていた。両肩の球体が先程と同じように強く輝いている。

―――来る!

そう思ったと同時にスラスターを全力で吹かせて横に飛び。見えない何かも同時に放たれた。

「ぐあっ!?」

避けたと思った。確かに全開で回避した筈だった。しかし現に俺は足に受けた衝撃に吹き飛ばされ地表に叩きつけられている。ずきんと痛む身体。これはつまりシールドバリアを貫通した証拠だ。そしてセンサーで機体の状態を確認してみると機体の所々がイエローで表示され不味い状況を示していた…。

何だ?何なんだあの攻撃は!?








――――Side 篠ノ之 箒





「何だあれは…?」

ピットからリアルタイムモニターを見て私はつぶやく。そして、その疑問に答えたのは同じモニターを見つめるセシリアだった。

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出すブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

「見えない。へんなの」

「それがあの兵器の一番の強みですから。見えない攻撃を対処するのは難しいでしょう?」

「んー…?」

「…まぁ、ミコトさんの機体とではあの機体は相性が悪いのかもしれませんわね。衝撃を砲弾にしているのですから、その衝撃を利用して避けてしまうミコトさんにとって脅威ではないでしょう」

「風に乗ってるだけ」

「言っておきますけど。そんなに簡単な事ではありませんからね?それ…」

セシリアとミコトが何やら漫才をしている様だったが私の耳には届いてはいなかった。モニターには苦戦しながらも懸命に戦っている一夏の姿が映し出されている。

攻撃を受けても諦めようとしない一夏の姿にずきりと胸が痛む。この戦いに勝てば一夏は約束の意味を知る事になる。負けてもあの女の命令を聞くと言う条件だった。どちらの結果になっても一夏はあの女の想いを知る事になる。それが何よりも辛かった。そして、一夏が頑張っていると言うのに応援もせずに自分の事ばかりしか考えている自分の醜い姿にも許せないでいた…。

モニターには一夏の苦戦する姿が映っている。戦況は未だ芳しくない…。










――――Side 織斑 一夏






「驚いたわ。衝撃砲≪龍砲≫をこうも避け続けるなんて。砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

鈴の言う通りだ。砲弾が見えないのはまだしも、砲身までもが見えないのはきつい。しかもどうやらこの衝撃砲、砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようだった。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃ってくる。弾は銃口から飛び出してくる物だと言う概念に囚われている俺には全方位に撃つ事が出来る砲身に警戒して避け続ける事しか出来ず、反撃の糸口を見つけられないでいた。

ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせているが、これじゃ遅い。撃たれてからわかっているようなものだ。何処かで先手を打たなければ…。

ぎゅっと右手に持つ雪片弐型を握り締める。雪片弐型が持つ『バリアー無効化攻撃』。やはり今回もこれに頼るしかないのか…。

問題はあの衝撃砲。見えない所為で迂闊に近づく事さえ出来ない。射線は直角なため慣れさえすれば回避する事は不可能ではない。現に最初の時と比べて被弾は少なくなっている。でも、それは回避を優先にしたからであって、こっちから攻めるとなると話は変わってくる。攻めながら回避できる程あれは優しい物じゃない。隙があるとすれば次の弾を充填する時間ぐらいだろう。

…なら、『とっておき』を使うしかないか。

次の充填のタイミングに備えて、俺は加速体勢に入る。

―――私のとっておき。瞬間加速≪いぐにっしょん・ぶーすと≫すっごく速い。

瞬間加速。ミコトに教えてもらったミコトのとっておき。一瞬にして相手との距離を詰める技術だ。かなりのエネルギーを消費するが使い所さえ間違わなければ、雪片弐型との相性も良いため組み合わせれば一撃必殺のコンボと言えるだろう。

「…」

ごくりと固唾を飲みタイミングを見計らう。また肩の装甲が光り出す。

まだ…。

光が強くなる。

まだだ…。

光が極限にまで強くなり。そして…。

まだ、あと少し…。

弾けた。

今だっ!

カッと目を見開いて必要最低限の動作で見えない弾を回避して加速した。完全にかわしきれず装甲が砕けるが構いやしないそのまま突き進む。急激なGに意識がブラックアウトするのを、ISの操縦者保護機能が防ぐがそれでも身体に掛かる負担はかなりのものだ。しかし、どのみちこれが外れればもう終わりだ。あとは衝撃砲でじわじわと削られていくのがオチだろう。だからこそここで―――――。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

「嘘っ!?」

鈴は俺の奇襲に驚くがもう遅い。雪片弐型の能力を解放。これで終わりにするっ!

ズドオオオオオオンッ!

「な、なんだ!?」

鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体を揺らす。鈴の衝撃砲―――ではない。範囲も威力も桁違いだ。しかもステージの中央はもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入って来た衝撃波らしい。

「何が起こって…」

一体何が起こっていんだ?今の衝撃は一体…。事故か?いや、遮断シールドを貫く程の威力がある何かが発生する程の事故って何だ?状況も分からず混乱する俺に、鈴からプライベート・チャンネルが繋がる。

『一夏、試合は中止よ!すぐピットに戻って!』

何をいきなり言い出すのか。そう思った瞬間、ISのハイパーセンサーが緊急通告を行ってきた。

―――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

「なっ―――」

アリーナの遮断シールドはISと同じ物で作られている。それを貫通するだけの攻撃力を持った機体が乱入し、しかも此方をロックしてきている。混乱する頭で漸くそれを理解するとぶわっと嫌な汗が噴き出る。冗談では無い。唯でさえ鈴との戦闘で消耗していると言うのに遮断シールドを貫通する程の攻撃を受ければひとたまりも無い。

「お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「逃げるって…女を置いてそんな事出来るか!」

「馬鹿!アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

遠慮ないの言葉に俺は挫けそうになる。事実だからと言ってそんなにはっきり言わなくたって…。


別に、あたしも最後までやり合うつもりは無いわよ。こんな異常事態。すぐに学園の先生達がやって来て事態を収拾――」

―――警告!敵ISから高エネルギーを確認

ハイパーセンサーからの警告にはっとして所属不明のISを見る。すると、所属不明のISはエネルギーを充填して紫に輝く右手を持ち上げて鈴を狙っているのに漸く気付く。そして、鈴はそれに気付いていない。

「あぶねぇっ!」

間一髪、鈴の体を抱きかかえて回避。その直後にさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

「ビーム兵器かよ……しかもセシリアのISより出力が上だ」

ハイパーセンサーの簡易解説でその熱量を知った俺は、もし避けずにあのままあの場に居たらと想像してぶるりと身体を震わしてしまう。

あれはヤバイ。あんなの喰らえば一撃でシールドエネルギーが切れてしまう。しかも、この場にエネルギーが切れたりなんかしたら…。

『死』その言葉が頭を過ぎった…。

「―――っ!」

ビビるな!気持ちで負ければそれこそ死んじまうんだぞ!?

歯を食いしばり弱気を振り払うとそのまま奴を睨みつける。奴は微動だにもせずにこちらを見上げていた。

「ち、ちょっと…離しなさいよ…」

「ん、ああ!悪い。怪我無いか?」

俺は腕を離すと、何だか恥ずかしそうにして俺から離れる鈴。何だよ?

「だ、だいじょうぶ。…アンタが守ってくれたし」

「当たり前だろ。それくらい」

「ど、どうして?」

「そりゃ、あんな攻撃受ければ危ないのは分かりきってるからだろ?自分だけ助かろうなんて薄情な真似できるかよ」

「こ、こいつは……はぁ、アンタらしいわ(そこはお前が傷付くと所を見たくないからだ!とか言いなさいよ!)」

…何だよ一体?

―――警告!敵ISからエネルギー充填を確認。

またかっ!?

「来るぞ!避けろっ!」

「言われなくても分かってるわよ!」

再び放たれるビーム。それをどうにかかわすと、ビームを撃って来たISがふわりと浮かび上がって来た…。

「なんなんだ、こいつ…」

姿からして異形だった。いや、異形と言う意味ではミコトの機体もそうなのだが、こいつはベクトルが違う。そう、禍々しい。深い灰色をしたそのISの手が異常に長くつま先よりも下まで伸びている。しかも首という物がない。肩と頭が一体化している様な形になっている。そして、何より特異なのは、その『全身装甲』だった。

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。何故か。必要無いからだ。防御は殆どはシールドエネルギーによって行われている。もちろん防御特化型ISで、物理シールドを搭載している機体もあるが、それにしたって1ミリも露出していないISなんて聞いたことが無い。

そしてその巨体も異常だ。腕を入れると恐らく2メートルはするであろうその巨体は。姿勢を保持する為なのか全身にスラスター口が見える。頭部には剥き出しの無秩序に並ぶ複数のセンサーレンズ。腕には先程のビーム砲口が左右合計4つあった…。

「お前、何者だよ」

「………」

当然、返事は返って来ない。謎の乱入者はこちらをただ黙って見てくるだけだ。

『織斑くん!凰さん!今直ぐアリーナから脱出して下さい!すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

突然プライベート・チャンネルで割り込んで来たのは山田先生だった。心なしかいつもより声に威厳がある。こんな事本人の前で言ったら泣いちゃうんだろうな。

山田先生の脱出しろという言葉は俺達の身を心配しての事なんだろうけど。先生には悪いがそれは出来ない理由があった。

「―――いや、先生達が来るまで俺達で食い止めます」

あのISは遮断シールドを突破してきた。という事はつまり、今ここで誰かが相手をしなくては観客席に居る人間に被害が及ぶ可能性があるという事だ。

「いいな、鈴」

「誰に言ってんのよ」

ニヤリと余裕の笑みを浮かべる鈴。ああ、お前はそう言う奴だよ。俺もニヤリと笑みを浮かべる。

『お、織斑くん!?だ、駄目ですよ!生徒さんにもしものことがあったら―――』

山田先生の言葉は敵ISの攻撃のよって最後まで聞く事無く終わってしまう。身体を傾けての突進を俺と鈴は左右に分かれて回避。

「ふん、向こうはやる気満々みたいね」

「みたいだな」

俺と鈴の横並びになってそれぞれの得物を構える。

「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしか無いんでしょ?」

「その通りだ。じゃあ、それでいくか」

近接武器しか持たない俺とでは、鈴の役割はどうしてもそうなってしまうだろう。これは責任重大だな。

「じゃあ――」

「いくぞっ!」

俺と鈴を引き割く様に飛んできたビームを避けて俺と鈴は異形のISに目掛けて飛び出した。











――――Side セシリア・オルコット





「先生!わたくしにIS使用許可を!すぐに出撃出来ますわ!」

二人は試合での戦闘でエネルギーを消費している。そんな状態であの機体と戦うのは余りにも危険。だからこそわたくしは織斑先生にISの使用許可を求める。あの場に出て戦う為に。

「そうしたいところなのだが、―――これを見ろ」

ブック型端末の画面を数回叩き、表示される画面を切り替える。画面に表示されたのは第二アリーナのステータスチェックの画面だった。

「遮断シールドがレベル4に設定…?しかも、扉が全てロックされて―――あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かう事も出来ないな」

何を呑気な事を―――と言おうとしたがわたくしはそれを止める。良く見れば先生の手は苛立ちを抑え切れないとばかりにせわしなく画面を叩いた。明らかに動揺、もしくは焦っている。そんな織斑先生を見て呑気などと言える筈も無い。

「で、でしたら!緊急事態として政府に助勢を―――」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、すぐに部隊を突入させる」

そう言いながらも織斑先生の苛立ちは益々募るばかり。これ以上何か言って先生の機嫌を損ねたらまずいと本能で悟ると私はベンチへ腰を下ろした。

「はぁぁ…。結局、待っている事しか出来ないのですね」

一夏さんの危機だと言うのにわたくしともあろう者が何と情けない。申し訳ございません。一夏さん。わたくしは無力ですわ…。

「何、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、なんですって!?」

いくら先生であってもその様な屈辱的な暴言は許しませんわよ!?

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「そんなことありませんわ!このわたくしが邪魔などと―――」

「では連携訓練はしたか?その時のお前の役割は?ビットをどういう風に使う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定している?連続稼働時間―――」

「わ、わかりました!もう結構です!」

「ふん。分かればいい」

「はぁ…言い返せない自分が悔しいですわ…」

何も言い返す事が出来ず、余りにも無力すぎる自分が嫌になり重い溜息を吐く。そして、ふとある事に気付いた。先程まで居た筈も人間が2名程居ない事を…。

「…箒さん?ミコトさん?………まさかっ!?」

「あわわわ…篠ノ之さん!?ミコトちゃん!?」

「…」

居なくなってしまった二人に最悪な事態を想像してわたくしと山田先生は顔を青くし。そして、織斑先生は鋭い視線で入口のドアを睨んでいた…。








――――Side 篠ノ之 箒





「むきゅ…狭い…暗い…」

通気口の中をミコトが泣きそうな声で呟きながら進んで行く。

「だからお前は来なくて良いと言ったんだ…」

通気口を使おうと提案したのはミコトだった。しかし私は自己紹介の時に嫌いな物は暗い所と狭い所言っていたのを覚えていた為、ついて来なくて良いと何度も言ったのにも関わらずミコトは絶対について行くと断固として自分の意思を曲げる事無くこうしてついて来てしまった。そして、泣きそうになっている今に至る訳だ。

「でも、ライトが無いと暗くて分からない」

む。たしかにそうだが…。

懐中電灯など持ち歩いている筈も無く、ミコトのISが展開してくれているライト無しで暗い通気口を移動するのはまず無理だっただろう。だがしかし、私の我儘でミコトに嫌な思いをさせるのは…。

「だいじょうぶ。がんばる」

「…すまない」

「ともだちが困ってるなら助ける。あたりまえ。あやまるの、ダメ」

「すまな…ありがとう」

またもすまないと言い掛けて慌てて私はその言葉を飲み込むと、感謝の言葉を言い直す。本当に、私は良き友を持った。私には勿体無い程の…。

「箒」

「っ!?な、なんだ?」

ネガティブに沈んでいたところに突然、声を掛けられてびくりと情けない反応を見せてしまう。

「箒は、どうしてこんなことする?」

「…何故、そんな事を聞くんだ?」

質問を質問で返す。これは失礼な行為だ。感心できるものでは無い。

「さっきは一夏を応援してなかったから」

見られていたのか。ずっとセシリアと話していた様に見えたんだが…。

「どうして一夏の所にいく?」

「わからない。わからないんだ…」

「う?」

自分が何をしたいのか。どうしてこんな行動をとっているのか。自分でも分からない。唯、気付いたらこうしていたのだ。


「一夏を応援していなかったんじゃない。出来なかったんだ。一夏が勝ったら、あの約束の意味を知ってしまう。でも、負けても一夏は…そんな事を考えていると、どうしても応援できなかった」

「約束のこと、私知らない……でも、箒が一夏の所に行こうとしてるのは応援するため」

「分かってる。矛盾しているのは」

だから、分からないんだ…。

償いのつもりなのか?だから直接応援に?何を馬鹿な。私が応援しようとしまいと一夏には関係ないではないか。何を自惚れているのだ私は。自分が特別な存在だとでも言いたいのか?馬鹿馬鹿しい…。

「私は、何をしたいんだろうな…?」

思わず嗤ってしまう。自分の馬鹿げた行動に。こんな埃まみれになって何がしたいんだ。まるで道化だ。

「箒のしたい様にする」

「ミコト?」

「箒が何をしたいのか私はわからない。でも箒がこんな事するのは箒がそうしたいと思ってるから」

「…」

そうしたいと思ってるから…。

「だいじょうぶ。私が箒をつれていってあげる。あとは、箒ががんばる」

「頑張る…か。ミコト」

「ん?」

「ありがとう」

「ん」

まだ、自分が何をしたいのかは分からない。自分の胸の底で蠢く醜い部分のざわめきも治まってはいない。でも―――。

少しだけ。勇気が湧いたよ…。









――――Side 織斑 一夏





「くっ……!」

一撃必殺の間合い。けれど、俺の斬撃はするりとかわされてしまう。これで何度目だろうか?絶好のチャンスを逃してしまったのは。

「一夏っ、馬鹿!ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっつーの!」

それでも避けられてしまうのだ。普通では避けられる筈も無い速度と角度での攻撃を。おそらくあの全身に付けられたスラスターがそれを可能としているのだろう。あれのおかげで何処からの奇襲でも対処出来ているのだ。そして、そのスラスターの出力もまた尋常ではない。零距離から離脱するのに一秒もかからないとかどんだけ化け物なんだあれは…。

まずい。シールドエネルギー残量が60を切ってる。バリアー無効化攻撃を出せるのは、よくてあと一回か…。

「一夏っ!離脱!」

「お、おうっ!」

敵は攻撃を避けた後、必ず反撃に転じてくる。しかもその方法が無茶苦茶だ。でたらめに長い腕をぶんまわして此方に接近して来るのだ。まるでコマのように。しかも高速回転の状態からビームを撃ってくるのだから手に負えない。本当に何から何まで無茶苦茶だ。

「ああもうっ!めんどくさいわねコイツ!」

鈴は焦れたように衝撃砲を放つ―――が、しかし、敵の腕が見えない砲撃を叩き落とした。これも俺と同様に何度も同じ結果となっている。普段なら、『お前も外してんじゃんか』とか言う所だがそんな余裕は微塵も存在しない。俺も、鈴も、この状況をどう切り抜けるかという事だけしか頭に無かった…。

どうする?どうする!?

鈴との戦闘のダメージ、そして奴にかわされ続けて消費したエネルギーの事を考えると…。

「…鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

「180ってところね」

やっぱそんなところか。だいぶ削られてるな。まぁ、俺と比べると大分マシなんだろうけど。俺の場合、攻撃するだけでシールドエネルギーを使うからなぁ…。

「…かなり厳しい状況ね。今のあたし達の火力でアイツのシールドを突破して機能停止させるのは確率的に一桁いくんじゃない?」

「ゼロじゃないならいいさ」

希望があるかな。僅かな数字でも。

「あっきれた。確率はデカイ方が良いに決まってるじゃない。アンタって良く分からないところで健康第一っていうかジジ臭いけど、根本的には宝くじ買うタイプよね」

「うっせーな…。俺は宝くじ買わねぇよ!俺はくじ運弱いんだ!」

「うわっ!やめてよ。疫病神。こっち近づいてくんな」

しっしと近づいて来るなと言ってくる鈴。ヒデェ…。それが共に闘う戦友に対する言葉か?

「ふざけるのはこの辺にして…どうするの?」

「逃げたければ逃げて良いんだぜ?責めたりしないし逃げ切れるまで守ってやる」

女を守るのは男の役目だからな。まぁ、鈴がこのままやられっぱなしで逃げる様なタマじゃないって事は知ってるけどな。

「なっ!?馬鹿にしないでくれる!?あたしはこれでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」

やっぱりな。だと思ったよ。

「そうか。じゃあ、お前の背中くらいは守らせてくれ」

「え?あ。う、うん…ありが「鈴!避けろ!」ひゃあ!?」

再び鈴目掛けて放たれたビームに、鈴は慌てて回避行動をとる。会話中は攻撃してこないから油断してたな…ん?会話中は攻撃してこない?どうしてだ?絶好の攻撃する機会なのに…。

「…なぁ、鈴。あいつの動きって何かに似てないか?」

「何かって何よ?コマとか言うんじゃないでしょうね?」

「それは見たまんまだろうが。何て言えばいーのかな………ロボットって言えばいいのか?機械ぽいっていうか」

「ISは機械じゃない。何言ってんのアンタ?」

そのあんたバカぁ?みたいな顔はやめろ。茶髪に染めるぞ。

「そう言うんじゃなくてだな。えーと…あれって本当に人が乗ってるのか?」

「は?人が乗らないとISは動かな―――」

とそこまで言って鈴の言葉は止まる。

「―――そう言えばアレ、さっきからあたし達が会話してるときってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があって聞いてるような……ううん。でも無人機なんてありえない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういう物だもの」

『ISは人が乗らないと絶対に動かない』

俺もそれは教科書で読んだ。ISは人が乗らないと絶対に動かない。しかしそれは本当なのだろうか?ISは今だ不明な所が多い存在。絶対なんて言いきれる筈がない。まだ解明されてないその部分に、それを可能とする物があるかもしれないのだから。そして、それを公表しなければ誰もその存在を知らないまま。つまり、そう言う事じゃないのか?

「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」

「なに?無人機だったら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦無く全力で攻撃しても大丈夫だしな」

『雪片弐型』の威力は、単一仕様能力である零落白夜を含めて高すぎる。訓練や学内対戦で全力を使う訳にはいかないが、無人機なら最悪の事態を想定しなくてもいい。

それに、一つ策がある。

「全力も何も、その攻撃が当たらなきゃ意味無いじゃない。分かってるの?今まだアンタ一度も攻撃を当てて無いのよ?」

「次は当てる」

俺にはその自信があった。策が上手くいけばきっと奴に必殺の一撃で斬り伏せる自信が。

「言い切ったわね。じゃあ、そんな事絶対に有り得ないけど、アレが無人機だと仮定して攻めましょうか。で?何を企んでるの?」

「ありゃ、バレてたか」

「何年アンタの幼馴染やってると思ってんのよ。アンタが何か企んでることくらいお見通しよ。あたしは何をすればいいの?あたしはこれと言って策なんて考えてないし、とことん付き合ってあげるわよ」

流石幼馴染。話が早くて助かる。

「俺が合図したらアイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大威力で」

「? いいけど、当たらないわよ?」

「いいんだよ。当たらなくても」

目的は別にあるんだからな。

「じゃあ、早速―――」

敵に向かって突撃しようとしたその瞬間だった、アリーナに此処に居る筈の無い人物が響いたのは…。

「一夏ぁっ!」

ハイパーセンサーが拾った箒の声に俺はハッとしてセンサーが示す方角を見る。するとそこには息を切らして肩で息をしている箒の姿があった。

「馬鹿!何やってんだっ!?危ないから逃げろっ!」

しかし、俺の言葉に箒は逃げようとしない。辛そうな、迷っているような、そんな表情で何だか言葉を選んでいる様子で口をぱくぱくとさせているだけ。そして、意を決したかのように目を瞑ると、大きく息を吸って―――。

「―――すまないっ!」

突然、俺に対して謝ってきた。

「何をわけの分からんことを!いいから逃げろぉっ!」

今は戦闘中で、しかもピット・ゲートは遮断シールドで守られていないんだぞ!?攻撃されたら怪我ですまないんだぞ!?

俺は必死に訴える。逃げろと、しかし箒の言葉はまた続いていた…。

「勝て!負けるな!一夏ぁっ!!!」

俺の訴えに勝るとも劣らない気迫での訴え。そして、その時だった。奴が動いたのは…。

『………』

―――まずいっ!今ので敵が箒に興味を持ったのか、俺達からセンサーレンズを逸らし、じっと箒を見ている。そして、ゆっくりと砲口がついた腕を箒に向けて持ち上げる。

ドクンッ…

死の恐怖とは違う何かが俺を襲い急激に体温が低下するのが分かる。そして、言葉に表し様の無い感情が爆発する。

「鈴!やれええええええっ!」

「わ、わかった!」

俺の気迫に圧されてながらも鈴は衝撃砲を構えて射撃体勢に入る。そして、俺はその射線に躍り出た。

「ち、ちょっと馬鹿!何してんのよ!?どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「ああもうっ…どうなっても知らないわよ!」

高エネルギー反応を背中に受け、俺は『瞬間加速』を作動させる。

『瞬間加速』の原理はミコト曰くこうだ。『後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する。ん。イメージはパッとして、ぎゅっとして、ドンッ!』

最後のは余分だったか。まぁ、つまりだ、外部エネルギーからでもいいということだ。そして、『瞬間加速』の速度はエネルギー量に比例する。

背中に大きな衝撃。衝撃砲の弾丸が俺の背中に直撃したのだろう。みしみしと身体が軋む音を聞きながら、俺は歯を食いしばり―――加速した。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」

俺の咆哮に呼応して、右手に持つ雪片弐型が強い光を放ち始める。そして、セシリアの時と同様に光は刃を形成すると―――。

―――【零落白夜】の使用可能。エネルギー転換率90%オーバー。

ハイパーセンサーがそう告げた。

その瞬間、世界が変わる。クリアーになる五感。全身に湧き上がるような力。その力に俺は身を任せると、雪片弐型を両手に掴み上段に振りあげ―――。

「俺の幼馴染に―――」

俺は…千冬姉を、箒を、鈴を、ミコトを、関わる人すべてを―――守る!

「手を出すんじゃねええええええええええっ!」

必殺の一撃のもと、敵ISを両断した。

その一撃は絶大。敵ISどころか、敵ISごと遮断シールドも破壊してしまうほどだった。これを有人機に対して使ったらと思うとゾッとする。

「終わった…はぁ…」

「つっかれたぁ…ギリギリだったわねぇ…」

本当にな。俺なんて残りエネルギーが一桁だ。でも箒も無事みたいだし良かった…。しかし、何だったんだ一体?

既に物言わぬ鉄屑と化してしまった残骸を見下ろす。やはり人は乗っていなかった。両断された断面からは機械が覗かせて時々ぱちぱちと放電させている。何故、この機体は学園に襲撃してきたのだろう?何が目的でこんな事を?無意識に残骸に触れようと手を伸ばした―――その時だった。

―――警告!上空より熱源。所属不明のISと断定。

「「っ!?」」

ハイパーセンサーの緊急勧告に俺と鈴は一斉にその場から飛び退く。その瞬間、俺達が先程までいた居た地面が上空から降って来た『何か』の衝撃によって爆ぜる。

ズドオオオオオンッ!

「うわああああっ!?」

「きゃあああああっ!」

「一夏っ!?」

アリーナを揺らす衝撃。巻きあがる土煙。飛んでいる俺達を吹き飛ばすほどの爆風がアリーナに吹き荒れた。

そして、爆風は土煙を吹き飛ばし、爆風の発生源から『ソレ』は姿を現した…。

そう、もう一つの翼を持ったISが…。

「なっ!?イカロス・フテロ?いや、違う…」

翼は確かにミコトの乗るイカロス・フテロと共通する部分が多い。だが、それ以外は殆どが別物だ。さっきの敵ISと同じで胴体に繋がる首の部分が無い。いや、それどころか人型ですら無かった。鳥。そう、イカロス・フテロと違い、アレは完全に鳥の形をしていたのだ。

「なんなんだよあれ…?」

あれも無人機なのか?いや、恐らくそうなのだろう。あれに人が乗れる筈がない。

「そんな事どうでもいいわよ今は!どうすんの!?あたしは戦うだけのエネルギーは無いわよ!?それにどうしてこのタイミングで…まさか!?」

「…俺が遮断シールドを破壊するのを待っていた?」

奴の武装は不明だが、今のは攻撃は遮断シールドを破壊できる程の威力があるようには見えなかった。それでも、もう戦う余力が無い俺達にとってはあの翼は死神の翼に見えてしまう。

「と、とにかく逃げるわよ!遮断シールドが破壊された今なら先生達が―――きゃあっ!?」

「鈴っ!?くそっ!―――ぐああっ!?」

退避しようとした鈴に、鳥型の敵ISは信じられない速さで鈴に接近し、足に装備しているその鋭い爪で鈴を切りつけると、ピタリと空中で停止して反転して鈴に駈け寄ろうとした俺に対しても攻撃を繰り出して来た。

尋常なスピードじゃない。もしかしたらイカロス・フテロよりも速いのではないだろうか?それにあの動き。PICが完全に機動してるのか!?

とんでもない速度が合わさった爪の攻撃を受け、その衝撃により吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。そして、最悪な事に今の攻撃によって白式のシールドエネルギーは尽きてしまった。

「がっ―――」

散らばり散開する粒子。無防備となった俺は受けた攻撃の勢いを殺す事が出来ず、全身を強打しながらごろごろと地面を転がり、勢いが止まる頃には身体はズタボロに変わり果て、脳震盪を起こし動けない状態になっていた…。

「う…ぁ…」

全身が痛い。動こうとすれば全身に駆け巡る激痛がそれを拒み。意識すらも保つことを放棄しようとしている。

あ…やば…。

上空で停止している敵ISが俺を狙っているのをかすむ視界で確認する。このままアレを喰らえばその鋭い爪で俺は肉塊と化すだろう。

しかし、俺は立ちあがることすら出来ない。視界はだんだん黒い靄で覆われていき意識も失われようとしていた。

「一夏ぁっ!」

「逃げてえええええっ!」

薄れゆく意識の中、箒と鈴の悲鳴が遠くの方で聞こえる。そして、俺に向かって来ている奴の鋭い爪…。

情けねぇ…。守るって言った傍からこれかよ…。

自分の情けなさに涙すると、とうとう俺は意識を完全に手放してしまう。

ふわっ…

意識が闇に沈むなか、最後に感じたのは柔らかな風が吹き抜けふわりと宙に浮かぶ感覚が。そして、2年前のあの時に感じた千冬姉の腕の中の温もりだった…。

千冬、姉…。












ミコトは一夏を抱きかかえて敵と対峙する。己と同じ翼を持つ敵と。初めて敵意を持った相手と…。

「一夏、泣かせた」

ボロボロになった一夏の頬に伝う涙を見てミコトは怒る。自分の知らない自分に戸惑う余裕すら無く込み上げてくる初めての感情。

「一夏。がんばった。でも、お前のせいで傷ついた…」

ミコトは知っている。一夏が放課後遅くまで訓練した事を。一夏がどんな思いで訓練をしていたのかを…。

『………』

しかし、もう一つの翼は何も応えない。凶鳥はただ得物を狩ることしか考えなていないのだから。

ミコトは睨む。無表情の仮面を歪めて。無機質な翼を。自分のとは異なる感情の無い翼を。

「お前…嫌い…」

そう呟いた瞬間。アリーナ全体に爆風が吹き荒れた…。

















ゴーレム ≪機体名:イピリス・フテロ≫


一夏と鈴の戦闘に乱入した謎の機体。そして、イカロス・フテロの完成された姿でもある。ミコトの専用機であるイカロス・フテロとは違いこの機体は接近戦特化機体となっており、足には鋭い鉤爪が装備され耐久性は勿論の事、機動性も向上されている。形状は無人機のためか人型では無く完全な鳥の姿をしている。この機体用のPICも搭載されているがそれを代償にミコトの様な変則的な機動は不可能となっている。しかし直進での最高速度は機動力特化型のイカロス・フテロをも上回り。驚異的な高機動力を持つ機体である。製作者は不明。

※イメージはガンダムヘブンズソード・アタックモード















あとがき


俺はそろそろ死ぬべきだと思う。いい加減進展しろよゴルァ(゜Д゜#

次回、ミコトちゃん
怒り爆発!やはり千冬さんのブラコン遺伝子はミコトにも存在してましたとさ。

でも、戦闘は出来ないのよね。ミコトの攻撃スキル発動は原作で言う6巻だろうから…。まだ未定ですけどね?


ミコトのイラスト第二弾!『Pixiv』と『TINAMI』にて公開中♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/07 15:53

アリーナ上空で二つの翼が緑と紅の粒子を撒き散らしアーチを描く。


片や優雅に美しく―――。


片や乱暴で凶悪―――。


全く正反対の翼を持つ者達。


「わぁ……」


その光景を学園内で誰よりも一番近くで眺めていたセシリアは我知らず嘆息する。自分の知らないISの美しさに。そして思う。まるで―――。


「まるで、天使のワルツ…」


―――と…。












第12話「喧嘩の後はごめんなさい」















――――Side ???






「お前…嫌い…」

一夏を大事そうに抱えるミコトさんを中心にして、アリーナに爆風が吹き荒れる。その風は全てを吹き飛ばす。敵も、その場に居た凰さんも。全て―――。

幸いな事にその爆風には殺傷能力は有りはせず、凰さんを吹き飛ばすだけで済んだ。生身の人間がいれば大惨事だったかもしれないが、唯一の生身である一夏さんはミコトさんの腕の中で守られている。箒さんもミコトさんの様子を察してかピット内に一度退避した様で危険は無さそうだ。

「いつつ…ちょっと!少しは加減しなさいよ!」

暴風に吹き飛ばされ愉快な恰好で地面に転がっていた凰さんはガバっと起き上がると、置きあがって早々に空を見上げて猛抗議。確かに、吹き飛ばされる側にとっては堪った物じゃない。

「ごめん」

「ごめんって、アンタねぇ…」

隣に着陸してくるミコトさんに凰さんは痛む頭を押さえて溜息を吐く。気持ちは分かる。彼女は色々とずれてるから一般的な思考で付き合うと常に頭痛の種と共に過ごさなければならない。自分も慣れるまで今の凰さんのように頭を悩まされたものだ。

「鈴。まだ動ける?」

「動くだけならね。戦うのは無理」

実質三連戦をしているのだ。エネルギーは既に底を尽きかけているだろう。出来る事と言ったら逃げ回る程度。それも持って数分と言った所か。とても戦闘を継続出来る状態ではない。

「十分。一夏。おねがい」

そう言って一夏さんを凰さんに預けると、凰さんはミコトさんの行動の意味を理解して慌てて引き止める。おそらくミコトさんの機体の情報を彼女も聞いているのだろう。何も武器を持たずあれに戦いを挑む等自殺を志願する様なもの。

「ち、ちょっと!?アンタはどうすんのよ!?」

「戦う」

………。

意外だ。あの少女の口から『戦う』という単語が出て来るなんて。戦いとは無縁そうなあの子から。それも自ら戦おうとしている。あの時は、戦っている自覚さえ無かったというのに。

…それだけ、怒ってるという事。

あの子にとって『ともだち』という物はそれだけ大切な物。傷つけられたくない物。それを知ると何だか嬉しくなり不意に笑みを溢してしまう。もし、自分も同じようになれば彼女は一夏さんと同じように怒ってくれるのだろうか、と…。

「アンタ馬鹿!?たった一人でアレを相手にするつもり!?」

「だいじょうぶ。もんだいない」

キリッと口で擬音を付け加える。さて、今度は何処で変な知識を身につけた事やら。

「それに、『ひとりじゃない』」

その呟きにドキリと心臓が高く跳ね上がる。もしかして気付いている?此方に?流石にこれは驚きだった。欠陥機とは言ってもイカロス・フテロのハイパーセンサーはちゃんと機能しているからちゃんと索敵すれば此方を捕捉することは可能だろうが、それでも此処はかなりの距離だ。普通なら索敵に集中していない限り此方に気付く筈もないと言うのに…。

「だから、いく」

「はぁ…わかった。無茶するんじゃないわよ?」

「ん」

何を言っても無駄だと観念したのか。一夏さんを抱え直すとミコトさんに背を向ける。そして、離脱する前に振り向くと…。

「…これは借りにしといてあげる」

「? 何も貸してない」

物の貸し借りという意味じゃないのだけれど。彼女には分からないのだろうきっと。

「あ~もう!アンタと会話してると疲れるわね!?いいから!今度借りを返すから覚悟しておきなさいよね!?」

何、その脅し文句…。

「?…ん」

ミコトさんは訳も分からず頷くのを確認して「よろしい」と満足そうに凰さんはピット・ゲートの中へ退避して行った。これで、『アリーナの中では』ミコトさんと所属不明の鳥型ISだけとなった。

『………』

敵ISは空中で停止しミコトさんの様子を窺っている。先程から攻撃をしてこなかったのは鈴さんを完全に興味対象として除外しミコトさんに興味を示したから?一夏さん達が破壊したISも二人の会話を興味深そうに窺っていた。この共通部分は一体何を意味するのだろう?

ハイパーセンサーを拡大して残骸を見る。『無人機』本来、有り得ない筈の技術。感情を持たない人形…の筈。しかし、あの行動は?

学習しようとしてる…?

となれば恐ろしい話だ。あれ程の…専用機2機で苦戦するほどの性能で、更に知能まで向上されたりなどしたら。そして、この技術が広まりなどすれば…。

恐ろしい。ISコアの構造が解明されて無いにしてもあの技術は恐ろしい物だ。もし、ISコアが解明されあのような無人機が量産される様な事にでもなったら…。想像するだけで全身の身の毛がよだつのを感じる。

…いや、見えぬ未来の事より今。先程から互いに睨みを合っていた二つの翼がついに動きを見せる様だ。先に動いたのは意外にも武装を持たないイカロス・フテロ。

不謹慎ながらも自分はこの戦いに興味が湧いていた。彼女がどのような戦いを見せてくれるのかを。一度彼女と戦った身としては、今まで遊戯でしか無かった彼女が本気で戦闘するところを見てみたかった。

始まる…。

「ん!」

その翼を羽ばたかせ、爆風で土を巻き上げながら宙に舞い上がると同時に、一気に上昇し敵IS頭を抑え。先程まで見上げていたのが見下す方へと逆転する。

空戦において相手より上を取るのは基本中の基本である。接近戦なればなおのこと。特に、あの所属不明のISは上空から急降下することでその爪の真価を発揮する様だ。アリーナに出来た二つ目のクレーターがその威力を物語っている。単純な突進であれだけの威力。それを可能としているのはあの鋭い爪では無く驚異的な加速力。

『………』

「むっ」

簡単に頭上を取られたことによるプライドか。いや、そもそも機械に感情は在りはしないから効率性のためだろう。ミコトさんに突進しひらりとかさわれ、そのまま再びミコトさんの頭上を取ると。ミコトさんはそれに対しむっと不満そうな表情を浮かべた。

…さて、今のは互いに挨拶の様なもの。これからどう動くのか。此方はしばらく見学させて貰うとしよう。

どちらにせよ、一撃で決めなければ意味が無いのだ。あの機動は厄介極まりない。彼女のようにのらりくらりとした変則的な機動をしないのが唯一の救いか。しかし、此方を捕捉されれば当てる事は難しくなるだろう。撃つなら確実に仕留められるタイミングで…。

一瞬のタイミングを逃さぬように常にトリガー指を掛けておく。スコープの中心に高速で動き回る的を捉えながら…。

「はやい。でも―――」

振れる者全てを壊すその翼を、ミコトさんはひらりとかわす。幾ら速くともイカロス・フテロには当たる事は無い。弾が速ければ速い程。動くエネルギーが大きければ大きい程。それは大きな波となりイカロス・フテロの乗る風となるのだから。

『………』

避ける。避ける。唯ひたすらに…。

「―――お前のは、翼じゃない」

トンッ…

『―――!?』

…え?

一瞬、何が起こったかの理解出来ず呆然としてしまう。攻撃…いや、そんな物では無い。あれはただ踏んだだけだ。かわす際に軽く触れる程度に。それだけで、敵の突進はあらぬ方向へと軌道を逸らし土煙を上げながら地面へ激突してしまった。

一体…何が?

「…出る力進む力が強い物は横からの力に弱い」


自分の疑問に答える様にミコトさんがぽつりと呟く。『出る力進む力が強い物は横からの力に弱い』なんと無茶苦茶な理論。確かに前進する乗り物が横の衝撃に弱いのは事実だが…。

しかし、まだ言葉は続いていた。

「お前は翼じゃない。真似てるだけ。この子とはちがう。だから…」

クレーターからゆっくりと起き上がる敵ISを見下すと、指をさして告げる。

「お前には負けない」

消耗していたとは言え、専用機2機を相手にしたあの化け物に対してまさかの勝利宣言。勝ち負けとか拘らないあの子が、だ。同じ翼を持つIS同士。譲れない物があるのかもしれない。一夏さんの事をあれば尚更。

『………』

瞬間加速による衝撃でクレーターを更に抉りミコトさんに突進する。これまでに無い程の速度だ。もし、自分が相手だったのなら懐に入られて撃墜されていただろう。しかしそんなものミコトさんに通用する訳が無い。『瞬間加速』はもっとも彼女が得意とする技なのだから。例え、幾ら速かろうとも…。

「むだ」

くるりと宙を回転し今度はおしりを蹴りあげると遥か上空へと飛んでいってしまう哀れな敵IS。先程の様な機動の逸れ方をしなかったのは、彼女の理論道理に横から力を与えなかったからか。しかしこれでは…。

高高度からの攻撃を許してしまうのでは?

あの敵ISの攻撃は高度が高ければ高い程威力が倍増する。そして、現在あのISが居る場所はミコトさんの遥か上空。そこから繰り出される攻撃の威力は、最初の一撃と同等かそれ以上…。どちらにせよ。直撃すれば唯では済まない。しかし、それは攻撃する側も同じ筈なのだが…。

本来、あの攻撃はミコトさんのイカロス・フテロも可能。でも、それをしないのは機体の方が耐えられないから。例え、耐久性が改良されているにしてもあの衝撃は当然自身にも返って来てる筈。その負荷は相当なものの筈だ。

『つぎ。ちゃんす』

――――っ!?ふふ、そう言う事ですか。

急に繋げられたプライベート・チャンネルでの言葉に、『わたくし』は笑みを浮かべるとトリガーを強く握り直す。まさか、これを狙っていたなんて。意外も意外。ミコトさんがこんな作戦を考えるなんて思いませんでしたわ!

そう、彼女はわたくしが一撃で仕留められるようにあの機体を消耗させていたのだ。『地面に激突させる事によって』。自身に力が無いのなら相手の力を利用すればいい。何とあの機体らしい戦い方だ。

では、わたくしもわたくしの仕事をしましょう。あの子がわたくしのためにお膳立てしてくれたのですから。

敵ISが威嚇するようにその翼を大きく広げ爪の先端を標的に向ける。あの急降下攻撃の準備態勢だ。

スタンバイ…。

ごくりと固唾を飲んでタイミングを待つ。撃つのは地面に衝突し動きが止まった瞬間…。

『くるよ?』

ふふ、わかってますわ。ご心配なく。

ミコトさんの気遣いに小さく笑みを溢す。そして、その瞬間。空から光が地上に向けて奔った。

ドゴオオオオオオンッ!!!!

地上どころか空を揺らす衝撃。そして衝撃に抉られて空にまで昇る土。間違いなく本日一番の衝撃だった。しかし、ミコトさんは健在。難なくあの攻撃をかわし。そして、アリーナの観客席の方も被害は見られない。そして―――。

――――敵は無防備!!

『セシリア』

「狙い撃ちますわっ!!!」

ミコトさんの呼び掛けにわたくしはトリガーを引いた。

先程の衝突でダメージを負ったのだろう。動きが鈍く巨大なクレーターから這い上がろうとする敵ISは、レーザーの存在に気付く事も避ける事も出来ずに撃ち抜かれて爆散した。

―――所属不明ISの機能停止を確認。

『おしまい』

「ですわね」

ハイパーセンサーが告げてくる情報に、ほっと息を吐く。とんだアクシデントでしたわね。それにしても…。

「ミコトさん」

『ん?』

「何時、わたくしの事をお気づきに?」

わたくしはミコトさんに何も教えてはいなかった。しかし、彼女はわたくしの存在に気付いていた。何時頃から気付いていたのだろう?それがどうしても気になっていた。

『しらない』

「え?」

わたくしは思いも因らぬ答えにポカーンとしてしまう。知らない?それって、わたくしの存在に気付いていなかったって事ですの?

だとしたら、なんて無謀な。わたくしが居なかったらどうするつもりだったのだろうこの子は…。

『でも、セシリアならたすけてくれるって信じてた』

…もう、この子は。嬉しい事言ってくれるじゃありませんの。

信頼して貰えるのは嬉しい事だ。それが、友達からならなおさら。

「ふふ、当然ですわよ。わたくしを誰だと思って?」

『ん。セシリア。私のともだち』

「ええ♪」

そして、貴女も私の自慢の友達ですわ。










…そして、クラス対抗戦襲撃事件は。死傷者は0という最善とは言い難いが最小の被害で終わりを告げた。










――――Side 織斑 一夏





「う……?」

全身の痛みに呼び起されて俺は目を覚ます。

状況が分からず周囲を見回すと、どうやら此処は保健室らしい。俺を囲う白いカーテンの隙間から覗かせている窓から見える景色は見覚えがあった。俺が寝ていたのは保健室のベッドか…。

ふぅ…と安堵の息が漏れる。どうやら俺は生きてるらしい。しかし、何があったんだ?確か俺は敵の新手に…!?

ガバッとベットから飛び起きる。

「っ!?鈴は!?箒はどうなったんだ!?それに皆は!?敵は!?」

「五月蠅いぞ。保健室で静かにしろ馬鹿者」

シャッとカーテンが引かれて現れたのは千冬姉だった。

「千冬姉!皆は!敵はどうなったんだ!?」

「織斑先生だ。少し落ち着け」

「これが落ち着いていられる「落ち着け」…はい」

『黙らなければ黙らせてやろうか?力尽くで』と語るその眼に、俺は素直に口を閉ざしコクコクと頭を上下に動かす。。まじだった。目がまじだった。しかし怪我人になんて脅しをするんだこの姉は…。

「さて、あの後どうなったか…だったな。安心しろ。怪我人はお前を除けば0だ。まったく、あれだけ大口叩いておいて怪我をするとはな。馬鹿者が」

ぐ…面目無い。

でも良かった。誰も怪我して無いんだな。それだけが心配だったんだ。しかしあの後何があったんだろう?俺が覚えているのは意識が失われる直後に感じた千冬姉の温もり。もしかしたら千冬姉が助けてくれたのか?

「俺が気を失う直前。助けてくれたのはちふ…織斑先生ですか?」

「私が?…違うな。お前を救出したのはオリヴィアだ。そして、あの所属不明機を撃墜したのもな。正確には、オリヴィアとオルコットの二人だが」

「ミコトが!?」

「信じられないか?まぁ、それは私も同じだがな。初めてだよ。あれがあんなに怒ってみせたのは」

「怒った?ミコトが…」

信じられない。あのミコトが怒るだなんて…。

「あれは『からっぽ』だからな」

「からっぽ?」

「ああ、あれは何も持ってない。だからこそ自分にある数少ない大事な物を大切にする。空の憧れ。夢。家族。そして友人…そう、お前達だ」

むぅ、何だかくすぐったいな…。

「何だ?照れてるのか?」

「て、照れてねぇ」

「ふっ、そう言う事にしておこう。だがしかし、それだけ想われているんだ。今回のような無茶は程々にしておけよ?私も家族に死なれたら目覚めが悪い」

そう告げる千冬姉の表情は、いつもよりずっと柔らかだった。世界で二人だけの家族。その俺にしか見せない顔だった。

「ごめん」

「謝るな。お前のおかげで怪我人は出なかった。お前を除いてな。それに、謝るなら他の連中にするんだな。随分と心配していたぞ?」

もしかして箒達の事か?だったら悪い事したなぁ。

「まぁそれは後にして今はゆっくり休め。命に別状は無いにしても全身に軽い打撲だ。数日は地獄だぞ?まぁ、無茶する餓鬼には良い薬だな」

「げぇ…」

何故地獄に叩き落とす様な事言うんだよ我が姉は…。

俺に止めを刺すと千冬姉はまだ仕事があるからと言い残し保健室を出て行く。仕事やあの襲撃の事後処理とか色々忙しいだろうに。俺は去っていく姉の背中に心の中でありがとうと感謝するとドアが閉まるのを見届けてボフンと枕に頭を沈めた。

「一夏っ!」

千冬姉と入れ替わる様にしてドアを蹴り破る勢いで保健室に入って来たのは箒だった。保健室ではお静かに頼むぜ。

「よう、ほうk「馬鹿者!心配させおって!軽い怪我で済んだからいいものの!ミコトが助けてくれなかったらどうなっていたと思ってる!?死んでいたのだぞ!?過剰な自信は身を滅ぼすという言葉を知らんのか!」あー…」

入って来て早々まさかの怒涛のマシンガントークに、よっ!と持ち上げようとしていた右手は箒の気迫に負けてそのまま下へとリターン。

あー…相当心配させたみたいだなぁ。

これ程箒が取り乱すなんて滅多に―――いや、結構あるな。入学初日の寮の時とか。あと色々あったな。

「えっとな…ごめんな。心配掛けて」

「べ、別にお前の心配なんぞしてないぞ!」

いや、さっき心配させおって!とかいってたじゃん。痴呆か?んな馬鹿な。数秒前だぞ?まぁ、それはさて置いて、だ。

「ミコトは一緒じゃないのか?」

「む。悪かったな!一人で」

いや悪くは無いけどさ。お礼も言いたかったし千冬姉に聞きそびれた事があったからついでに聞こうと思ったんだけど…。

「何で怒るんだよ?助けてもらったんだからお礼を言いたいのは当然だろ?」

「ふ、ふむ。その通りだ」

さっきから感情の凹凸が激し過ぎだろお前。

「それに、俺が気を失ったあとの事が気になったからな」

「む?織斑先生に聞いていなかったのか?」

「結果を聞いただけで詳しい話は聞きそびれた」

「お前は…まぁいい。ミコトとセシリアが敵の新手を撃破したのは聞いたか?」

「ああ、そこまでは聞いた」

俺が聞きたいのはその詳細だ。

「ミコトが囮となってセシリアが動きを止めた敵ISを撃墜。だが、セシリアの止めの一撃は単なる追い打ちで、撃墜にまで追い込んだのはミコト本人だと私は思う。セシリアもそれについては同意見だろう」

ミコトが?何も武装もないのにか?

「私も避難して見たのはモニター越しだったが凄まじい戦いだった。相手の力をそのまま相手に返す…軌道を逸らさせて地面に激突させるなんて誰が考える?」

「確かに、誰も考えないな」

そんなめんどくさい事するくらいなら攻撃した方が早いし。武装を持たないイカロス・フテロだからこその戦い方だろう。相手の力を利用する、か…。

「まるで別人かと思った。そう、あの時のミコトはまるで……」

「箒?」

どうしたんだ?急に黙りこんで?

「…いや、何でも無い」

箒はそう言って俺から視線を逸らす。そして誤魔化すかのように話題を変えてきた。

「そ、そういえば!怪我の方はどうなのだ?」

「ん?ああ、全身痛いけど問題無い」

この痛みと一緒にしばらくは生活しないといけないと考えると気が滅入るけどな。まあ、千冬姉の言う通り皆を心配させた罰だと考えよう。

「そうか。その程度ですんだのは日々の鍛錬の賜物だな。お前もこれで訓練の有難味が分かっただろう。これからも続けていくぞ。いいな?」

「あーわかったわかった」

「返事は一回だ!」

「分かったよ」

「うむ。そ、それでだな…」

「ん?」

「今回の勝負の結果。どうなるのだ?」

勝負?…………ああ!鈴の勝負の事か!

「…どうなるんだろうな」

アイツ等の乱入で勝負もうやむやになったし。再試合するのかな?と、思っていると箒が俺の疑問に答える様に教えてくれた。

「クラス対抗は中止だそうだ。アリーナがあれではな」

「あれ?」

「クレーターで穴だらけだ。今思うと観客席に被害が及ばないで本当に良かったと思うぞ」

箒が窓の方に視線を向ける。視線の先はアリーナか。何だか業者のトラックが沢山止まってるな。

どんだけだよ…。てか本当に俺が気を失ってる間何があったんだ?すっげぇ気になるんですけど?

「て、ことは…勝負は?」

「し、知らん!それに聞いてるのは私の方だ!」

…何で怒るんだよ?

でも、だったら約束はどうなるんだろう?再試合が無いんじゃ…。

「ひたすら土下座するしかないよなぁ…」

「そ、そうか!そうかそうか!…ははは!情けない奴め!」

何でそんなに嬉しそうなんだよ?薄情とかそんなレベルじゃないぞ?てかあれ?なんだか泣きそうだ…。

「うむ!では私は先に部屋に戻るとするか!」

しかも待ってくれねぇのかよ。鬼だ…。

「…一夏」

「ん?」

何だ?まだ言い足りないのか?そろそろ俺のガラスのハートも粉砕寸前なんだけど。

「その、だな。戦っているお前は…か、かか、かっ」

「???」

「格好良か…な、何でもない!」

最初の方が聞き取れなかった。まぁ、本人が何でも無いって言ってるんだから何でも無いんだろ。そう自己完結すると、箒は逃げる様に顔を真っ赤にして保健室を出ていってしまう。どうでもいいがせめてドアは閉めて行こうぜ?開けたら閉める。これは常識だろ?今は放課後だから人通りは少ないけど寝ているところを人に見られるのはあまり気持ちい物じゃないんだが…。

「ぐ……。だめだ。まだ身体がいう事きかない」

置きあがろうとすれば全身に痛みが走りすぐに俺は断念する。当分これと付き合って行くのか。はぁ…。

「…………寝よ」

暫しどうするか考えるとやる事ないし寝る事にする。どうにも疲労がヤバイ。さっきから身体が重いのは怪我だけが原因では無いらしい。瞼を閉じただけで意識は暗闇の中に引き摺りこまれていき、俺はそれに抵抗する事無く眠りについた…。







………。

「………」

ん?何だ?人の気配を感じるぞ?それも何だか顔の間近に感じる。誰だ?ていうか俺はどれくらい寝てたんだ?

「一夏…」

「鈴?」

「っ!?」

声で鈴だと分かると目を開ける。すると驚いた事に開いた目に映ったのは鈴の顔がドアップだった。新手のドッキリか?かなりビビった。

「…何してんの、お前」

「お、お、おっ、起きてたの?」

「お前の声で起きたんだよ。どうした?何をそんなに焦ってるんだ?」

まさか…俺が寝てるのをいいことに顔に落書きしようとしたな!?恐ろしい。何て奴だ。俺の周りにはこんなのにしかいないのか!?

「あ、焦ってないわよ!勝手な事言わないでよ、馬鹿!」

今日はよく馬鹿って言われるな。確かに成績は一番下だけども。

「そ、それより!怪我は大丈夫なの?」

「ああ、まぁな。全身が痛むけど」

「そ、そう。弱いのに無茶するからよ」

心配するか貶すかどっちかにしてくれよ頼むから。反応に困る。

「…なぁ、鈴」

「ん?何?」

「すまん!」

痛む身体に鞭を打って動かすと、ベッドの上で土下座をする。

「な、何よ突然!?」

「勝負は有耶無耶になっただろ?鈴の怒った理由は教えて貰えない。だから、せめてお前を泣かせた事だけでも謝りたいんだ」

「だ、だからって土下座はやり過ぎでしょうが!」

「いや、こうでもしないと俺の気が済まない」

とりあえず謝ると言うやり方は相手にとって不愉快極まりない事なのかもしれない。でも、俺に非があり鈴を泣かせたのは事実。こればかりは頭を下げないと気が済まない。例え、鈴がそれを拒んでもだ。

「それはアンタの都合でしょうが!土下座される身にもなってよね!」

「でも…」

「あーんもう!許す!許すから!土下座するのやめなさい!」

「…本当か?」

「いいわよ、もう。あたしもアンタの性格を考えてなかったっていうか。ムキになってたって言うか…」

良かった。許してくれるのか…。

「ありがとう。鈴。それとごめんな」

「いいってば!たくっ………でも、少し勿体なかったかな?」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でも無い!?」

このやり取りは本日で2回目だぞ。何だ?幼馴染で何か通じるものでもあるのか?俺は無いけど。

まぁ、何はともあれ鈴が許してくれてよかった。これで約束について思いだそうと頭を悩ませる日々を送らなくて済むぜ。

「そう言えばさ」

「何?」

「約束で『料理は上達したら』って言ってだろ?てことは上達したのか?料理」

「え?ま、まぁ。人に食べさせ恥ずかしくない程度には…」

「おお!そうか!じゃあ今度食べさせてくれよ!」

「へ?え、ええ!良いわよ。有り難く思いなさいよ?あたしの作った酢豚が食べられるんだから!」

酢豚限定なのか?まぁ酢豚好きだからかまわないけど。そういえば酢豚にパイナップルを入れるのは邪道だって言ってたっけな。酢豚には拘りがあるのかもしれない。

「じゃあ今度鈴の店に遊びに行く時に奢ってくれよ。こっちに戻って来たって事はまたお店やるんだろ?鈴の親父さんの料理美味いもんな。また食べたいぜ」

「あ…。その、お店は…しないんだ」

「え?なんで?」

「あたしの両親。離婚しちゃったから…」

「……………え?」

一瞬、鈴が何を言ったのか理解出来なった。離婚?鈴の両親が?

何かの冗談かと思ったが鈴の暗く沈んだ表情を見てそうでは無いと悟る。そして、俺は言葉に迷った。何を言えば良いのだろうと。励ませばいいのか?何て?下手な言葉を言えば逆に鈴を傷つけるだけだ。そんなことしたくは無い。

「あたしが国に帰る事になったのも、そのせいなんだよね」

「そう、だったのか…」

今にして思えば、あの頃の鈴はひどく不安定だった。何かを隠す様に明るく振る舞う事が多かった。当時の俺はそれが妙に気になっていたんだけど。そうか、そうい言う事だったのか…。

「一応、お母さんの方の親権なのよ。ほら、今は何処でも女の方が立場が上だし、待遇も良いしね。だから…」

ぱっと明るく喋ったかと思うと、また声のトーンが沈む。俺に気を使っての事なんだろうけど…。馬鹿。お前が一番辛いのに気をつかってんじゃねぇよ。

「父さんとは一年会ってないの。たぶん、元気だと思うけど…」

俺は鈴にどう声を掛けたら良いか分からなかった。鈴の両親の離婚。その事実は俺にとっても衝撃的なものだったから…。

気前の良い親父さんの顔を思い出す。活動的なおばさんの顔を思い出す。どうしてだ?どうして離婚なんて。あれだけ仲良さそうだったのに…。

けれど、鈴に訊くことはできない。何よりつらいのは鈴自身なのだから。鈴の心の傷を抉る様なことは俺にはできない。

「家族って、難しいよね…」

俺は…両親を知らない。千冬姉だけが家族の俺にとって、鈴の言葉の深さは実感が湧かないものだった。

鈴を励ます言葉なんて俺には到底思い浮かばないだろう。だから…。

「あ…」

痛む腕を持ち上げて、そっと鈴の頭に手を置いて撫でた。

「………」

言葉なんて見つからない。だから、せめてこれ位はさせてくれよ。

優しく頭を撫でる。手を動かす度に痛みが走るがそんなの気にしない。

「ひっぐ…ぐす…」

鈴の泣き顔を見ない様に気を遣い天井を見上げる。保健室にはいつまでも鈴の泣く声が哀しく響いていた…。














――――Side 織斑 千冬





学園の地下50メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間がある。

機能停止…いや、鉄屑と変わり果てたISはすぐさま此処へと運ばれ、解析が開始された。それから2時間、私は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。

「………」

これは…やはり…。

「織斑先生?」

ディスプレイに割り込みでウィンドウが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った山田先生だった。

「どうぞ」

許可を出すとドアが開かれ、山田先生はきびきびとした動作で入室してくる。事が深刻なためか、普段の落ち着きのない彼女はそこにはいなかった。

「あのISの解析結果が出ましたよ」

「ああ。どうだった?」

「はい。あれは―――無人機です」

世界中で開発が進むISの、そのまだ完成していない技術。遠隔操作と独立稼働。そのどちらか、あるいは両方の技術があのISには使われている。その事実は、すぐさま学園関係者に緘口令が敷かれる程だった。当然だ。その様な存在が知られればとんでもない事が起きる。各国の手が伸びないこの学園内で起こったのが幸いだった。それとも、それも計算していたのか?

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんが撃破した方は最後の一撃で機能中枢が完全に破壊されていました。修復は不可能です」

だろうな。あれだけ最大出力でやればな。

「ミコトちゃんとオルコットさんが撃破した方のコアは無事でした。そして、解析の結果。イカロス・フテロの構造と共通する部分が多く見られたとの事です」

「………」

「あの、これはやはり…」

「あの国がこれ程の技術を有するとは思えん。それに、唯でさえ現在立場が危ういと言うのに学園に喧嘩を売ると思うか?」

最悪、戦争が起きてしまう可能性もある。彼等もそれは望んではいないだろう。

「そうです、よね…」

まったく。オリヴィアの事で判断が鈍っているな。可愛がるのは良いが自分の立場をしっかり自覚してくれ。

「ああ、そうだ。鳥型の方はばらしてイカロス・フテロの予備パーツに回しておけ」

思いだしたかのように私はそう伝える。唯でさえイカロス・フテロのパーツは入手困難だからな。丁度良いから使わせて貰うとしよう。殆どがあの戦闘で使い物にはならなくなっているがな。

「はい。そう伝えておきます」

「コアはどうだった?」

「………それが、登録されていないコアでした」

「そうか」

やはりな、と続ける。すると、私の確信じみた言葉に山田先生が怪訝そうな顔を浮かべる。

「何か心当たりがあるんですか?」

「いや、ない。今はまだ―――な」

あくまで『今は』だが…。






――――同時刻





「ありゃりゃ、負けちゃったかぁ。まぁ、発想自体が馬鹿が考えた欠陥だからねぇー仕方ないねぇー」

真っ暗な機械が敷き詰められた不思議空間で、『GAME OVER』と表示された画面に女は微塵も悔しさを感じられない声を漏らしグテ~とだらしなく身体を預けると、理解出来ない事でもあるのか、あれれ~?と不思議そうに首を傾げる。

「んん~?なんで、第二形態移行しなかったんだろう?経験も『ちびちーちゃん』とイカロス・フテロとのシンクロも十分の筈なのにねぇ~?」

ミコトとイカロス・フテロの願いは共通。故にISとの相性は世界でもおそらく五指に入るだろう。少なくとも女そう思っている。けれど、あの機体は第二形態に移行しなかった。何故だ?

「いやいやいや。それより単一仕様能力だよ」

『単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫』。ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力。通常は第二形態から発現するが、それでも能力が発現しない場合が多い。だが、ミコトとイカロス・フテロの相性から考えると逆に発言しない方が不自然なのだ。

「ふむぅ?ISの方が拒んでる?あの子怖がりだからなぁ。それとも何かが足りないのかな?怒り?悲しみ?憎しみ?喜び?敵意?殺意?それとも―――」

ぴんっとこの間暇つぶしで造ったISの模型を女は指で弾くと模型は音を立てて崩れ落ちる…。

「絶望、かな?」

女は崩れた模型を感情を感じさせない瞳で眺めながら思う。イカロスは自身が敬愛した太陽の女神によって蝋で作られた翼をもがれ命を落とした。なら、ミコト・オリヴィアが愛したモノとは?信じたモノとは?心の支えとは一体何なのだろう?と…。

そして、真実を知った時。あの幼き少女はどうなるのだろうか………?

「…ま、どうでも良いけどさ♪」

ポイっとガラクタと化した模型の残骸を自作のお掃除ロボ『お掃除四太郎』の口の中へと放り込むと、鼻歌を歌い出し再び自分の趣味に没頭する。

所詮、あの白き少女は『準・興味対象』。女には失うのは少し惜しい壊れやすい玩具程度の価値でしか無い。そして、それ以上興味を示す事もないだろう。あれは『偽物』でしかないのだから。

「ふんふんふんふ~ん♪」

鼻歌が響く暗い部屋の中、女は興味に没頭する。ピポパピポパとキーボードの奏でる伴奏と鼻歌を響かせて。次はどんな暇つぶしをしようか考えながら…。













あとがき


バキのとんちは信じない事。だってとんちだもの。

俺が戦闘なんて書ける訳ねぇ!!ラウラが登場するのは次回の最後かその次か…。

束さんが嫌な人に見えるかもしれませんが…アニメだけ見た人!これが束さんです!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十三話 最後の部分少し追加
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/16 00:17
「むぅ~!覚悟はしてたけどIS学園はGWが短いよぉ~!全然遊べなかったよ~!」

「一般での必修カリキュラムと、IS関連のカリキュラムを両立させるとなると、休日を削られるのは致し方ありませんわ。諦めなさいな」

何せ、入学式早々授業が始めるのですから。全寮制が義務付けられているのは生徒の安全のためだけでは無く、遅くまで授業をするためでもありますし。大体、あらゆる機関・組織が介入する事が許されない此処IS学園は、日本であって日本でないのですよ?本来なら祝日がある事さえおかしいですのに。

「ぶ~ぶ~!」

「はぁ…やれやれですわ」

…しかし、何故わたくしはこの部屋に居るのでしょう?

クラス対抗もという学校行事が終わり。慌ただしかった学園の空気も落ち着き始めていたある日の夜。夕食を済ませたわたくしは自室へと戻ろうと廊下を歩いていたら廊下の角で布仏さんに捕まり彼女の部屋まで連行されてしまった。なんでも、明日の休日何処かに出掛けるから一緒に考えようとの事。そして、何故か既にわたくしは同行する事は決定済みらしい。

はぁ…まったく。布仏さんはミコトさんと同じく掴みづらい方ですわね。

「だいたい、前にも言いましたでしょう?学生の本分は学業。なら、ここIS学園の学生ならばISに励むのは当然義務ですわ」

代表候補生ならなおのこと。わたくしは国の代表として此処に来ているのですから。勉強は勿論のこと、ISでも他国に後れをとる訳にはいかないのです!ですが…―――。

ちらりと視線を向ける。

「あむ……ん?」

美味しそうに食堂から貰ってきたプリンを頬張ると、わたくしが見ている事に気が付き「何か用?」と首を傾げるミコトさん。

「はぁ…」

既に勉学も、ISの実力もこの子に敗れているのですけどね…。所詮、わたくしは『次席』ですわよ。『主席』のミコトさんより劣ってますわ。うふ、うふふふふ…。

「?」

くっ、可愛く装ったって騙されませんわよ。ああもうっ!また口を周りを汚して!

とりあえずハンカチでミコトさんのお口の周りを綺麗に拭う。レディーなら身だしなみをキチンとしないといけませんわよ?

「…うん。セシりんは立派なママだよ。異論は認めない」

「セシりんはやめなさい!あと、ママではありませんわ!」

誇り高いセシリア・オルコットの名が台無しですわ!それに!わたくしはこんな大きな子を持つ程歳をとっていませんわよ!何度言わせるんです!

「え~?セシりん可愛いのに…」

「可愛いとか可愛くないとかの問題ではありません!威厳が損なわれてしまいますわ!」

「元々ないのに…」

「何か言いまして?」

「べつに~?」

わざとらしく口笛を吹いて誤魔化さない!まったくもうこの子達はお行儀がなってませんわ。良いですわ。こうなったら今夜はとことんお二人にレディーの心得という物を―――。

『ま、まっ、待って下さい!』

「はい?」

「なになに~?」

「?」

隣の部屋から大きな声が響いて来た。この凛のした声は箒さん?壁越しでもハッキリと良く聞こえる程の大きな声を出してどうしたのでしょうか?声色からして随分と慌てたご様子ですが…?

「修羅場?修羅場かな~?」

「しゅらば?」

「会った女の子にかたっぱしから手を出すおりむーについに切れたしののんが『お前を殺して私も死ぬ!』って包丁をブスリ♪」

『ぶすっ♪』と可愛らしい仕草とは正反対で物騒な内容なこと…。

「っ!?…箒!一夏!」

「お、おおおお待ちなさいミコトさん!本気にしないでください!?」

それを聞いて顔を真っ青にして飛び出そうとするミコトさんを慌てて引き止める。いくら箒さんでもそれはないでしょう。竹刀で9割殺し程度で止める筈です。…それでもやり過ぎですわね。

―――っと言うより、今の箒さんの台詞は不自然でしょう?一夏さん相手なら敬語なんて使わない筈ですわ。

たぶん、目上の人が部屋に訪れたのだろう。恐らく先生でしょう。別に先生が生徒の部屋に訪れるのは珍しい事では無い。きっと、何か連絡する事があったのでしょう。

「ん~?良く聞こえないね~?」

「盗み聞きなんてはしたな―――」

「これ…」

すっと何処から持って来たのかガラスのコップを差し出すミコトさん。それを使って隣の会話を盗み聞きしようと言う事だろう。

「お~!みこちー分かってるねぇ~!」

「ミコトさんまで!?」

何と言う事でしょう。やはり、このわたくしがしっかりと責任を持ってミコトさんを教育しなくては…。

「セシリアも、一緒にする」

そう言って、ミコトさんがわたくしにもコップを差し出してくる。

「わ、わたくしはそんなはしたない真似…」

「仲間はずれ。ダメ」

「いやいやいや!そうではなくてですね!?」

「だめ」

「いや、そのですね?」

「一緒」

「うー…」

ごめんなさい。お母様。セシリアは駄目な子です…。

押しの弱い自分に涙しつつわたくしはミコトさんからコップを受取り壁にコップを当てて耳を澄まします。すると、箒さんと…これは恐らく山田先生ですわね。二人の声が聞こえた。

『そんな急に部屋替えと言われても…今すぐでないといけませんか?』

あら、部屋の調整が付いたんですのね。満室の状態で学園の方も苦労したでしょうに。

一夏さんは世界で唯一の男性でISを操縦できる人間。そして、IS学園初の男子生徒。今まで女性しか居なかったこの学園は男性を考慮した設備は無く。そのため、お、お手洗いもそうですが。浴場、そして部屋などいろいろと調整する必要があった。

『それは、まぁ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題がありますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?』

「まぁ、そうだよねぇ~」

「まったくですわ!なんてうらやまし…こほん。殿方と同棲なんて淑女にあるまじき行為ですわ!」

山田先生の言葉にうんうんとわたくしと布仏さんが頷く。でも、分かっていない人がいた。

「? なんで?」

「みこちーにはまだ早いかな~?」

「ミコトさんは知らなくていいんですのよ?」

ミコトさんはそのままでいてくださいな。

「む~…」

そう不満そうな顔をしないでくださいな。わたくし達もミコトさんを思っての事ですのよ?情操教育に非常に悪いですわ。

と、そんな事はさて置いて。盗み聞き…では無く偵察を続けましょうか。そうです。これはあくまで偵察なのです。箒さんに後れをとらないための。

『そんな気を遣うなって、俺の事なら心配するなよ。箒が居なくてもちゃんと起きられるし歯も磨くぞ』

「おりむーは鈍感である」

「同感ですわ」

「?」

『先生、今すぐ部屋を移動します!』

『は、はいっ!じゃあ始めましょうっ』

そう言って、箒さんは出ていってしまった。

「「あぁ~…」」

箒さん。恋敵ながら同情いたしますわ。ですが、これで大きなハンデが無くなりましたわね。ふふふふ…。

同室となると、どうしても一夏さんと共に出来る時間に差が出てしまう。しかも寝食を共にしてる訳なのだから何かの間違いが起きてしまう事も絶対に無いとは言い切れない。なんてうらやまし…じゃない。そんなの不公平ですわ!諦めきれませんわ!

…こほん。熱くなりすぎてしまいましたわね。

「箒、お引っ越し?」

「そうですわね」

立ち退きという名のお引っ越しですわ。まぁ、遅かれ早かれこうなるのは決まっていたのですけどね。箒さんとの同室はあくまで部屋の調整が済むまで、との事でしたし。その時が来ただけですわね。

「さて、話は済んだ様ですし。今日はもうお開きに―――」

ドンドンッ!

隣から聞こえるドアを叩く音に反応して、壁から離しかけたコップを再び元に戻して耳を当てる。

「セシりんの方がノリノリな件について」

お黙りなさい!それに!セシりんではありませんわ!

『なんだ?忘れ物か?」

一夏さんの言葉から推測すると、どうやら出て行った箒さんが戻って来たようですわね。

『どうかしたのか?まぁ、とりあえず部屋に入れよ』

『いや、ここで良い』

『そうか』

『そうだ』

『………』

『………』

…なんですの?この沈黙?

態々部屋に戻って来たのは用事があるからでは?少なくとも聞いてる方も気まずくなるような沈黙を作るために戻って来たのでは無いとは思うのですが…。

『…箒、用が無いなら俺は寝るぞ』

『よ、用ならある!』

急に大声を出されてびくりと跳ねあがるミコトさん。まったく、こんな夜遅くに廊下で大声を出すのはどうかと思いますわよ?

『ら、来月の、学年別個人トーナメントだが…』

学年別個人トーナメント。6月末に行われる行事で、クラス対抗戦とは違い完全に自主参加の個人戦。ついこの間クラス対抗戦をしたばかりだと思われるかもしれませんが、このIS学園では生徒の向上意識を高める為かこう言った行事が多い。ですが、今年は専用機持ちが多き事から参加人数は少ないでしょうね。

『わ、私が優勝したら…つ、付き合ってもらう!』

なっ!?なななななっ!?

「なんですっt、モゴモゴっ!?」

「あは~♪これは面白くなってきたよ~♪」

「???(つきあう?一緒にお散歩するのかな?)」

「モゴ~ッ!モゴモゴ~~ッ!?」

わたくしは、わたくしは認めませんわよー!?










第13話「五反田食堂」










「何で、わたくしは此処に居ますの…?」

わたくしは、ミコトさん達と共にあの悪夢が蘇る街を歩いていた。本音さんを先頭にミコトさんが迷子にならない様にと間に挟み最後尾がわたくしとしたこの構成。先頭の布仏さんは既に獲物を探してすぴすぴと鼻を鳴らし、わたくしはどんよりと肩を落としてそれについて行く。

うぅ…思いだしただけでも鳥肌が立ちますわ…。

前回は酷かった。ミコトさん達に付き合ったせいで一日にしてわたくしの体重が、体重が…。あれからどれだけ苦労した事か。しくしくしく…。

「わたくしは個人トーナメントに向けて特訓しなければなりませんのに…」

そう、わたくしはこんな所で遊んでいる場合では無いのです。個人トーナメント優勝を目指して特訓しなければならないのです!箒さんに負けるだなんて万が一にも有り得ない事ですが、慢心は敗北に繋がると一夏さんに教えられましたからね!

「まだ言ってるの~?いい加減諦めなよ~」

「諦められるものですか!箒さんが優勝すれば一夏さんとお付き合いすることになるんですのよ!?」

ずるいです!ずるいですわ!箒さんだけ!そんな事でしたらわたくしだって一夏さんと約束を交わしたいです!必ず優勝してみせますわ!そして一夏さんと…ふふ、ふふふふ♪

「セシリア。笑ってる。よだれ。よだれ。ふきふき」

「不気味だねぇ」

―――はっ!?ジュルリ…わたくしとした事がなんてはしたない。

慣れない手つきでわたくしの口の周りをハンカチで拭こうとするミコトさんのおかげで正気に戻る。危なかった。醜態を晒すところでしたわ。

「こほん…ですから、わたくしは今直ぐにでも学園に戻って鍛錬に励みたいのです」

くっ!もっと早く部屋を出ていれば!逃げましたわね箒さん!自分だけ特訓しようだなんて卑怯ですわ!

「え~?せっかくの休日なんだから楽しもうよー?学生の特権だよー?」

「前にも言いましたわよねその台詞!?大事な行事を控えている今、遊んでいる暇は無いでしょう!?遊びになんていつでもいけるのですから!」

「先が見えない明日より、此処にある今を私は懸命に生きたい(キリッ」

「キリッじゃありませんわ!なんですかキリッて!?」

本当にこの方と話をしていると疲れますわ。はぁ…。

だからこそなのだろうか。布仏さんがミコトさんと一番仲が良いのは。ミコトさんはクラスの方達だけではなく、先輩方そして学園の関係者の方達と交流は多いがその中でも布仏さんは群を抜いてミコトさんと仲が良い。波長が合ってるからかしら?類は友を呼ぶとこの国にはそんな言葉がありましたわね。まさにこの二人がその通りではありませんか。

「それにね、セシリア」

「なんですの?」

「明日が来るなんて保証は無いんだから今を楽しむべきでしょー?」

はぁ?何を言って…。

一瞬、何故か布仏さんの表情に暗いものが差した様な気がしたが、今はもういつもののほほんとした雰囲気を振りまいている。気のせい?でも…。

「というわけでー!みこちー!どこいこっかー?」

「おー?」

…気のせい、ですわよね?

「この前は東を中心に回ったからぁ…次は西を攻めようか!」

「ちょっ!?お待ちなさいっ!また食べ歩くおつもりですの!?」

悪夢再来。布仏さんの言葉を聞いてサーッと顔を真っ青にしえ布仏さんに訊ねると、布仏さんはにんまりと笑って「もちろん♪」と頷く。そんな、体重を減らすのにどれだけ苦労したと…。

「も、もっと他にする事は沢山あるでしょう!?お洋服を買ったり!」

「私の趣味にあったお洋服はこの辺りには無いのだー」

ああ、そうでしょうとも。貴女の服は色々と独特ですものねっ!

何度も布仏さんのパジャマや私服を目にしているが色々とアレだった。私服はまぁ流石にまともなのもあったがパジャマは酷かった。パジャマというか着ぐるみでは?と思えるほどに…。つまり、彼女のセンスは一般的なセンスとズレが生じており、普通のお店では彼女を満足させるお洋服は存在しないのだ。余程特殊なお店でない限り…。

「嗚呼、何故こんな事に…。どうせなら一夏さんも誘ってくだされば少しはマシでしたのに…」

「誘ったんだけどねー」

「一夏。ともだちのお店いくって」

「友達!?また女性の方ですの!?」

と、そんなわたくしの疑問を答えてくれたのはこの場に先程まで居なかった声だった。

「違うわよ。お店って言ったらたぶん弾…五反田っていう男子よ。一夏の知り合いに実家で営業してるのはアイツくらいだし」

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには何処かで買い物をして来たのだろうか?ビニール袋を片手呆れ顔で立っている鈴さんがいた。

「鈴さん!?どうして此処に?」

「それはこっちの台詞よ。なにか聞き覚えのある声が聞こえたから来てみれば…何してんの?」

「何って…何をしているのでしょうね?」

そんなの、わたくしが聞きたいくらいですわ。

「あたしに訊いてどうすんのよ…」

「う゛…そ、そんなことよりも!鈴さんはその一夏さんのお友達の事をご存じで?」

「まぁ、よく一緒に遊んでたしね。五反田 弾って言うんだけど、男子の中で一番一夏と仲良いんじゃない?親友ってやつ?」

ほっ…良かった。男性の方なら心配ありませんわね…って、どうしましたの?鈴さん?不機嫌そうな顔をして…まさか!?

「まぁ…そいつには一個下の妹が居るんだけどね」

「大問題じゃありませんの!?」

やっぱり一夏さんは一夏さんでしたわ!

鈴さんの表情から察するにきっとその方の妹さんも一夏さんに想いを寄せている筈。本当に一夏さんは節操がなさ過ぎですわ!?

「まぁ、おりむーだし?」

「ん?」

「確かに納得ですが納得出来ませんわ!」

「それについては同意見だけど…もうあたしは諦めたわよ」

「一夏だしね」と疲れたように肩を落とす鈴さん。彼女も幼馴染なだけあって、流石に付き合いが長いからか、そういった光景を何度も見せられ続けて慣れ…もとい諦めてしまったのでしょう。

「りんりんも大変だねぇ」

「りんりん言うな!」

わたくしの『セシりん』といい、布仏さんは変なあだ名をつける癖でもあるのでしょうか?それとも趣味?どちらにせよセンスは壊滅的ですわね…。

「まったく…で?もう一度聞くけど何してたの?こんな所で騒いで」

「好きで騒いでたんじゃありませんわよ」

「お出掛け。お買いもの」

「買い物?」

「お菓子。食べる」

「何で片言なのよ…」

いつもの事じゃありませんの。わたくしはもう慣れましたわ。寧ろ言葉を口に出す方が珍しいですわよ?ミコトさんの会話の反応は殆ど「ん」で済ましますから。

「鈴さんはどう言った御用件で?」

「あたし?あたしは生活用品とかその他色々を買いにね。急な転入だったから必要最低限の物しか用意してこなかったのよね」

そういってビニール袋を持ち上げる。

「購買でそう言ったものは揃えてあったと記憶してるのですが?」

「使い慣れた物の方が良いでしょ?値段よりそっち優先」

成程、確かにそうの通りですわね。自分にあった物が一番ですわ。わたくしも購買で売ってない物は本国から取り寄せていますし。というより、わたくしの場合は殆どが本国からの物ですが。

「では、もうお帰りで?」

「んー、どうしよっかなぁ?せっかく街に出て来たんだしテキトーにぶらぶらしようかなって思ってたんだけど…」

「だけど?」

「アンタ達、その五反田食堂に行きたくはない?」

ニヤリと明らかに悪巧みを考えている笑みを浮かべて鈴さんはそう訊ねてくる。確かに興味はありますが…。

「一夏さんの個人の時間をお邪魔すると言うのは気が引けますわ…」

「一夏。楽しそうだった。邪魔するの、だめ」

唯でさえ自分以外は女子だけという特殊な環境で精神に負担が掛かっていると言うのに、休日くらいは気楽に楽しんでもらいたい。

「違うわね。間違っているわよ!セシリア!ミコト!」

「う?」

「間違ってる?どういうことですの?」

「あたしは五反田食堂に行きたくはないかと聞いたのよ?丁度今は昼時。グッドタイミングじゃない!」

「別にそこで食べなくても…」

「あたしは日本に帰って来たって顔を出しておきたいし、アンタだってその妹の方に興味あるんじゃない?」

「ぐっ…」

否定出来ませんわね。ですが、う~ん…。

その妹さんには興味がある。敵の情報を知るのも戦いには重要な事だ。ですが、一夏さんの休日を台無しにする訳には―――。

「こうしてる間にも、おりむーのその子に対する好感度が上昇中~♪『この料理、美味しいな♪』『あん♪一夏さんへの愛情を込めましたから♪』」

「往きますわ!是非に!」

―――やはり敵情偵察は何よりも重要ですわよね!

「(ちょろいなぁ)」

「(ちょろいわね)」

む?何ですの?この生温かくも不愉快な視線は…?

まぁ、それはともかくとして。わたくし達は鈴さんに案内されて、一夏さんのご友人の家が経営している『五反田食堂』へと向かう事に。密かにデザート巡りが無くなっていた事は嬉しい誤算である。









「ここが『五反田食堂』ですか」

「おー」

入口には大きく看板に『五反田食堂』と書かれているから間違いないでしょう。お世辞にも大きい店とは言えませんが、中から漂ってくる料理の匂いはとても食欲をそそりますわね。空腹なら尚更。

「そっ、ボロイけど料理は美味いわよ」

「こらこらこらこらっ、ひとの店の前で何て失礼な事言いやがる」

鈴さんのあんまりな言葉に反応したのはわたくし達でなく、後ろから声を掛けてきた頭にバンダナを巻いた長髪の男性だった。もしかして、この方が一夏さんの…?

「あら、弾。生きてたの?」

「生きてたっておい!久しぶりなのに酷すぎやしないか?普通こういう時は『元気だった?』の一声ぐらいあるべきだろう」

やっぱり、一夏さんのお友達の五反田 弾さんでしたか。

「なに?買い出しか何か?」

そう言って鈴さんは五反田さんの持っているビニール袋を指さして訊ねる。

「無視か…ああ、ダチが遊びに来てるのに野菜がきれそうだから買いに行ってこいだとさ。ったく、あの爺は…」

「あはは、厳さんらしいわ」

「笑えねぇっての…で?そこの可愛い子達はお前と一夏の知り合いか?」

「同じIS学園の生徒よ。あと一夏のクラスメイトでもあるわね」

鈴さんの紹介に乗じて自らも名乗り出る。

「わたくしは、イギリス代表候補生セシリア・オルコットですわ」

「布仏 本音だよー」

「布仏さんと…オルコットさんでいいのかな?俺、外人さんは初めてだからさ」

「ええ、それで間違いありませんわよ?」

「代表候補生かぁ…一夏が言うにはエリートなんだよな?」

「ええ!勿論ですわ!」

「凄いなぁ…」

「ちょっと!あたしだって中国人で代表候補生でしょうが!」

「あ?居たのか鈴?」

「…ふんっ!!」

「ぐふぉあっ!?」

見事な回し蹴りが五反田さんの顔面を打ち抜き、五反田さんは綺麗な曲線を描いてコンクリートに沈む。

…仲良しですのね。

「ミコト・オリヴィア」

「うおっ!?千冬さんっ!?…てか白!?」

「?」

ミコトさんをも見た瞬間飛び跳ねて驚く五反田さん。その反応は何処かで見た事がありますわね。というより、先程から居ましたのに気付きませんでしたの?確かに、ミコトさんは無口な上に存在が希薄ですから気付かないのも無理はないかもしれませんが…。

「…って、そうか。一夏が言ってたそっくりさんのオリヴィアちゃんか」

そっくりさん…まぁその通りですけど。そんな芸能人のそっくりさんじゃないのですから…いえ、ある意味千冬さんは芸能人より有名ですわね。

「一夏のともだち?」

「ああ、五反田 弾って言うんだ。よろしくな?オリヴィアちゃん」

ミコトさんだけちゃん付けなのはきっと容姿のせいだろう。

「ん。ミコトで、良い」

「おう。ミコトちゃん」

そういって挨拶を済ませるとがしがしとミコトさんの頭を撫でる。完全に子供として認識されてますわね。気持ちは分かりますが。

「それで?何だよ急に?食いに来たのか?」

「ええ。ついでに戻って来たって報告をしにね」

「そうか。入れ入れ。奢ってやるよ。まかないだけどな」

「ほんと?やった~♪」

「お~」

ぴょんこぴょんこと喜ぶ布仏さんととりあえずそれに合わせて喜ぶミコトさんでしたが、流石に今日初めて会った方にご馳走になるのは少し気が引けた。

「あの、急にお邪魔したうえにご馳走になるのは…」

「いいっていいって、今ちょうど一夏の奴も来てるからさ。一人や二人増えた所で変わらないって」

「そうそう、気にしない気にしない!」

「いやお前は少しはオルコットさんを見習えよ」

「うっさいわね!ほら入るわよ!」

「何でお前がしきってんだよ…」

そう言って鈴さんを先頭にのれん?だったでしょうか?それを潜り店の中へと入っていく。そして店の中に入るといち早く一夏さんがわたくし達に気付き声を掛けてきた。

「あれ?セシリア達じゃんか?何で此処に…って、なんだ。鈴も居たのか」

「なんだとは何よ?まぁ良いわ…厳さん!ただいま~!」

「おう!こっちに戻って来てたのか!餓鬼どもをぞろぞろと連れて来やがって!待ってな!飯を用意してやっからよ!」

「ありがとー!」

な、何て言うか、凄く大胆と言うかパワフルなお爺様ですわね。織斑先生とは違う威圧感を持っていましたわ…。

「それでどうしたんだよ?セシリア達を連れて来て」

「別にいいじゃない。買い物のついでよついで。あ、蘭。久しぶりね」

「…はい。お久しぶりです。お元気そうでなにより」

鈴さんのなんだか挑発的な挨拶に、五反田さんと同じようにバンダナをした女性が表情を固くして少しと刺を含んだ挨拶を返す。彼女が五反田さんの妹さんでしょうか?恐らくそうでしょう。髪の色も目元もお兄さんに似てますし。

「セシリア達は蘭を知らないよな?五反田 蘭。弾の妹だ」

「…は、はじめまして」

一夏さんが紹介してくれた途端表情が柔らかくなる。成程、やはり彼女もわたくし達と同じですか…。

「イギリス代表候補生。セシリア・オルコットですわ!よろしく、五反田 蘭さん」

「よ、よろしくお願いします。あ、あと、蘭で良いですよ?」

「何威圧してんだよ…」

あら?最初の挨拶は重要ですわよ?この人には敵わないと印象を植え付けるのがコツですわ。

「布仏 本音だよー!よろしくねー!らんらん!」

「ら、らんらん?」

「あー…あんまり気にするな。のほほんさんはいつもこうだから」

「は、はぁ…」

布仏さんの自己紹介も終え、次はミコトさんの番となりミコトさんは布仏さんの後ろからひょこりと顔を出す。

「きゃっ!?ち、千冬さん!?…し、白くなってる!?」

「それ、俺と同じ反応な」

本当に織斑先生の知り合いは皆同じ反応をしますわね…。

「ミコト・オリヴィア」

「え?…が、外国の方ですか?」

「ん?」

「いえ、首を傾げられても…」

蘭さんが一夏さんに助けを求める様に視線を向けるが一夏さんは首を振るだけ。実際、わたくし達もミコトさんの素性は殆ど知らないのですから答えようが無いですわ。

そして、一通り自己紹介が済んだ頃にタイミング良く料理が運ばれてくる。

「おう餓鬼共!食え!」

「わ~い♪いただいま~す♪」

「いただきます!」

「いただきますわ」

「ん。いただきます」

「おう。ゆっくりしていきな!」








――――Side 織斑 一夏






「でも驚いたよ。まさかセシリア達と此処で会うとはな」

「わたくしは止めたのですが…」

「嘘言うんじゃないわよ。アンタだって乗り気だったじゃない」

「り、鈴さん!」

何をそんなに慌ててるんだ?あと気をつけろよ?あんまり大きな声出すと厳さんが中華鍋を飛ばしてくるぞ?まぁ、さすがに女の子にそんな事までしないと思うけど…。たぶんいってしゃもじくらいか?

「でも皆揃ってると思ったら箒はいないんだな?」

このメンバーだとてっきり、箒も一緒だと思ったんだけどな。

「箒。特訓中」

「特訓?ああ、そうか。個人トーナメントに向けてか。頑張るなぁ」

昨日の夜の事が関係してるのか?凄く真剣な表情だったけど。

「ホウキ?誰ですか?」

ああ、そうか。蘭は知らないんだよな。

「幼馴染だよ。ファースト幼馴染」

「まだ増えるんですか…」

ん?増えるって何が?

「唯でさえ年下で不利なのに、これじゃあ…」

年下で不利?何の事だ?

蘭はセシリア達を悔しそうに見ていた。いや、正確には胸か。

…蘭。お前もきっと大きくなるって。まぁ、鈴という例外がいるけ―――ブルッ!?なんだ!?今の寒気はっ!?

「…決めました」

な、何を?

「私、来年IS学園を受験します」

がたたっ!

「お、お前、何言って―――」

ビュンッ―――ガッ!

大きな音を立てて弾が立ち上がった瞬間、厨房から飛んできたおたまが見事弾の頭に直撃する。な?言った通りになっただろ?

「お~…」

「わぁ~痛そう~」

うん。痛いぞ?経験者は語るからな?アレは痛い。冗談抜きで痛い。

「受験するって…何でだ?蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

いや、答えになってないし。

「IS学園は推薦ないぞ…」

よろよろと立ち上がる弾。体力は無いが復活は早い。弾の隠れた特徴だ。あまり意味のない性能だけども。

「お兄と違って、私は筆記で余裕です」

「いや、でも…な、なあ、一夏!あそこって実技あるよな!?」

「ん?ああ、あるな。IS起動試験っていうのがあって、適正が全くない奴はそれで落とされるらしい」

ちなみにその起動試験そのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしい。

「………」

無言でポケットから何やら紙を取り出す蘭。それを身を乗り出して覗きこむ俺達。

「へぇ~、やるじゃん」

「これは…」

「すご~い!代表候補生になれるかもよ!らんらん!」

IS学園の生徒であるセシリア達が口々に嘆声をもらす。蘭が取り出した紙に書かれていたのは。

IS簡易適正試験 判定A

「げぇ!?」

「問題は既に解決済みです」

ふふん鼻で笑い勝ち誇る蘭。成程、確かにこの成績は凄い。勿論、これは『簡易』適正審査であってちゃんと試験をした訳ではないが代表候補生であるセシリアと鈴が驚いているのだからこの好成績は凄いのだろう。

「それって希望者が無料で受けれる奴だよねー?政府がIS操縦者を募集する一環でー」

ISは女性の憧れでありしかも無料で受けらる為希望者は多いと聞いた事がある。政府としてもそれで優秀な人材が見つけられるのだから両者としても利点はあるのだろう。

「はい。そうです布仏先輩」

「先輩はいらないよぉ~」

くすぐったいよぉと顔を赤くするのほほんさん。うん。可愛い。

「で、ですので…」

こほんと咳払い。

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を「ちょっと待ちなさい蘭」…」

鈴が蘭の言葉に割り込む。一斉に鈴へと視線が集まるが鈴は珍しく真剣な表情を浮かべて蘭を見ていた。

「…なんですか?鈴さん」

うわ、明らかに不機嫌そう何ですが?

「蘭。アンタ、ISをアクセサリーか何かと勘違いして無い?」

「どういう意味ですか?」

「ISは、兵器よ。遊びの道具じゃないわ。この国、平和ボケしてるから分かってないかもしれないけど」

『………』

しんと、食堂が静まり返る。

「弾が必死に反対しようとしてるのはアンタが危険な目に遭って欲しくないから…分かる?」

「それは…っ」

「…」

鈴の言葉に蘭は言葉を詰まらせ、弾はそれを何も言わず聞いている。俺もそうだ。既に軍属している鈴の言葉は、蘭だけではなく俺にも重く圧し掛かっているのだから。現に、俺はつい先日死にかけている。ミコトが助けてくれなかったら恐らく今頃あの世に居たことだろう。

「アンタがIS学園に入学したい気持ちはよく分かるわよ?別にそれを覚悟で入学してくるのなら文句は無い。あたしは正々堂々と対等に相手してあげるわよ。でもね、ただ誰かがIS学園に居るからとかそんな理由なら反対。アンタのその成績だと尚更ね。きっと政府も既にマークしてる」

「…確かに、鈴さんの言う通りですわね。この国の方達は少々認識が誤っていますわ」

鈴に続いてセシリアも反対の意見を述べ始める。

「あの人がいる学園に…その気持ちは素敵なものだとわたくしも思いますわ。ですが、わたくしや鈴さんはそんな理由でISの道を選んだ訳ではなくってよ?」

「そうするしかなかった」そう二人は言う。二人が向こうでどんな経験をしたのか俺は詳しくは知らない。でも、それだけの事があったのだろう。国の代表というのは聞こえは良いが言いかえれば最強の兵士もとい兵器なのだから。その代表候補と言うのも結局は…。

…そう言えば、のほほんさんはどうなんだろう?ちらりと彼女の方を見れば、彼女は困ったかのように笑みを浮かべて。

「あははー。私の家は代々そう言う家系だからー」

そうだったのか。意外、と言うのは失礼か。

「蘭…あのな?」

がたっ!

「ら、蘭?」

突然立ち上がる蘭。その表情は影が降りており窺う事は出来ない。でも、きゅっと握られて震える拳を見れば蘭の心境など容易に見てとれた…。

「わ、私は…私はっ!」

…まずい。皆少し言い過ぎだ。他に言い様があっただろうに。

「ら「別に、いいと思う」…ミコト?」

今まで何も言わず、唯黙ってそこに座って会話を聞いていたミコトが急に口を開く。

「私は空が好きだらかISに乗ってる。なら、蘭もそうすればいい」

おお、出たぞミコトカウンセラー。此処はミコトに任せてみよう。

「あ、あのなミコトちゃん。そういうんじゃなくてだな?」

「?」

「いや、そんな不思議そうにされても…」

弾、止めとけ。ミコトに俺達の常識なんて通用しない。常にミコトルールの下に生きてるからな。授業放棄して散歩なんてよくある事だぜ?その度に山田先生が泣いてセシリアと箒が探し回って千冬姉に怒られてるけど。

今思うと大丈夫なのか?うちのクラス…。

「蘭は。どうしたい?」

吸い込まれそうな程に澄んだその無垢な瞳は蘭を映して問い掛ける。

「わ、私は…私はIS学園にいきたいです」

言葉が詰まりそうになりながらも、蘭はミコトから目を逸らそうとせず自分の本心をありのままに告げる。すると、ミコトはそれを聞いて満足そうに頷く。

「ん。蘭はそうしたい。ならそうする」

こくりこくりと何度も頷きながら言うミコトの仕草が可愛らしい。言っている本人は真剣なのだろうけど自然に表情が緩んでしまう。

「蘭の夢。否定する。誰にも出来ない」

「オリヴィア先輩…」

「ん。だから、がんばる」

「は、はい!ありがとうございます!オリヴィア先輩!」

「…ちがう」

がばっと物凄い勢いで頭を下げて感謝の言葉を述べる蘭に、ふるふるとミコトは首を振る。

「ミコト。先輩。いらない」

「………はい!ミコトさん!」

「ん」

…お、問題は解決したのか?ちらりと鈴達の様子を窺うと、ミコトに毒気を抜かれたのかやれやれと首を振って苦笑しているだけで、どうやらもう何も言うつもりは無いらしい。

「まぁ…ミコトだしね?」

「ミコトさんが出て来られたらどうしようもありませんわね」

「だねー♪」

「う?」

そんな笑い声に囲まれて、何故笑われているのか理解出来ず不思議そうにミコトは傾げると更に笑い声は大きくなる。ミコト本人は無意識での発言だから自分の言った事の重大さが分かってないんだよなぁ。まぁ、ミコトらしいけどさ。

「いやいやいや!何この流れ!?何で一件落着的な雰囲気になってんだよ!?」

うるさいなぁ弾は。気持ちは分かるが空気読めよ。

「じーちゃんも何か言ってやってくれよ!」

「蘭の自分で決めたんだ。そこの譲ちゃん言う通りどうこう言う筋合いじゃねぇわな」

本当、蘭には甘いなぁこの人…。

「でも―――」

「なんだ弾、お前文句あるのか?」

「…ないです」

弱いなぁ。俺は身内でもビシッと言うぞ?言う時は―――。

『ほう?お前まさか姉に勝てるとでも思っているのか?良い度胸だ…』

―――…はい。調子乗りましたすいません。前言撤回させて頂きます…。

「私!頑張って合格しますね!一夏さん!」

「おう、頑張れ」

未来のかわいい後輩だ。俺も出来る事はしてやろうじゃないか。でも気になったんだけどさ…。

「ところで、蘭が言う学園の知り合いって誰なんだ?」

『………』

…あれ?何で俺をそんな冷たい目で見るんだよ?

「はぁ…」

「全くこの方は…」

なぜ溜息を吐かれなければいけない。少し感じ悪いぞお前ら。

「ん…いt「わー!ミコトさん!ダメぇ!」おー?」

ミコトが何か言い掛けて慌てて蘭がそれを止める。何だなんだ?何なんだ一体?

「…おい一夏」

「ん?なんだ?弾」

「いつか刺されるぞ」

は?何でだよ?









五反田食堂を出た頃にはすっかり空は茜色に染まり陽が傾きかけていた。久しぶりに弾と会ったせいか話し込んじまったなぁ。

「じゃあまたな、弾」

「おう。また来いよ」

弾と別れて俺達は学園への道を歩く。そう言えばこの面子で遊びに行くのは初めてだよな。箒も来ればよかったのに。今度は箒も連れて出掛けるか。

「お~…」

「すっかり夕方だよぉ」

「ですわね。随分と長い時間お邪魔してしまいましたわ」

「気にすんなよ。マナーさえ守れば怒鳴られる事は無いから」

まぁ、あの後、数回おたまが俺と弾の頭に飛んで来たけどな。女には手を上げない。流石厳さん男だぜ。頭イテェ…。

「厳さんもまだまだ現役ねぇ。何時引退するのやら」

たぶんあと20年はやってるんじゃないか?あの厳さんなら普通にバリバリの現役してそうなんだけど。

「あ…」

「ん?どうした?ミコト」

急に立ち止まってじ~っと何かを眺めているミコト。俺はその視線を先を追うと、此処から道路を挟んで随分と離れた公園にたい焼きの屋台があった。ミコトが見てるのは恐らくあれだろう。

よく見つけたな。普通は気付かないぞ。

「なんだ?食いたいのか?たい焼き」

「ん」

こくりと頷くミコト。

「はぁ…待っててやるから買ってこい。お金はあるのか?」

「ん」

そう頷くとミコトは財布を取り出して中身を見せてくる。すると中には万札が少なくとも10枚以上詰めてあった。随分と金持ちでいらっしゃいますねミコトさん…。

聞いた話では専用機持ちは機体のデータ取りする報酬としてお金が貰えるらしいが…俺は無いぞ?

「車に気を付けるんですのよ?」

セシリアが前屈みになりミコトに視線を合わせると優しくそう言い聞かせる。まるで本当の母親の様だった。本人は否定してるけどその行動はどう見たって母親そのものだぞ?セシリア。

「転んで落とすんじゃないわよ?アンタとろいから」

「ん」

何だかんだ言ってセシリアは勿論だが鈴も面倒見が良いよな。

「いってらっしゃいみこちー」

「皆の分。買ってくる」

そう言うと、ミコトはとことこと屋台目指して小走りで駆けて行き、俺達はその背中を見送るのだった。













一夏達と分かれて屋台に辿り着いたミコトは人数分のたい焼きを買い戻うと人気のない夕方の公園をひとりとことこと歩いて行く。

「ん~…いい匂い」

袋から漏れ出すたい焼きの甘い香りに頬を緩ませる。その所為かスキップとまではいかないが足取りも随分軽い。

「見つけたぞ…」

「?」

凛とした声が響き。ミコトは足を止めた。そして、目線をたい焼きから前へと移すと、そこにはその美しい銀髪を夕陽で煌めかせ立ちはだかる少女の姿があった…。

身長はミコトより少し大きいくらいだろうか。左目には眼帯がありそして何より特徴的なのは。純白の制服。そう、ミコトと同じIS学園の制服を身に纏ってた。所々違うのはIS学園が制服のカスタマイズを許可しているからである。

(…誰?)

銀髪の少女はミコトを知っている様な口ぶりではあったがミコト本人は彼女とは面識は無く何故自分の事を知っているのか不思議そうに首を傾げるだけ。しかし、銀髪の少女はそんなことは気にする事無く言葉を続ける。

「全て処分されたと聞いていたが…まさか生き残りがいたとはな。報告を聞いた時は怒りで如何にかなってしまいそうだったぞ」

銀髪の少女は眼帯の無い目で鋭くミコトを睨む。そして凍える様な冷たい声でこう告げた。

「贋作が…この顔…いや、お前の様な存在があること自体が許されない」

そういって取り出されたのは鈍い光を放つ黒い物体。拳銃だ。その銃口はミコトにへと向けられている。

「死ね」

そう呟かれたと同時にパァンッと乾いた銃声が公園に響き渡り。袋に詰めてあったたい焼きが地面に散らばった…。













あとがき

はい。ラウラの登場です。前回と続いぜシリアスな終わり方です。らしくないね!

ISについての認識は日本人は甘いと私は思っています。原作でもラウラがそう言っていましたし。ですので、原作ではあの場に居なかった代表候補生達がもしいたら…と考えて書いてみました。

てか親は止めろよ。凶器だよ?殺し合いの道具何だよ?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十四話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/05/24 07:31

全ての始まりは、きっと此処からだったと私は思う。

それは、IS学園の合格通知が届いたその日。合格を祝って、お嬢さまやお姉ちゃんそして私だけで開かれた小さなパーティーでの事だった。

『本音ちゃ~ん。来年からIS学園の一員だね!おめでと~!』
『おめでとう。本音』
『わ~い!ありがと~!』

いっぱいいっぱいかんちゃんと一緒に勉強したもんね~♪

『そんな君に仕事をプレゼントだよ♪』
『わ~い。さよ~なら~』

コドモノワタシニハスコシハヤイトオモウ…。

逃走を試みようとしたけどガシッとお嬢さまに腕を掴まれて逃走失敗。無念だよ…。かんちゃんのお祝いをせずこっちに来たのはそう言う理由だったんだね…。本当はかんちゃんも含めて4人でパーティーしたかったんだけど私達は使用人だからねー。仕方ないかー。
本当はかんちゃん本人がパーティーを拒否したんだけどね。残念無念。

『こらこら逃げるな使用人♪』
『私はかんちゃん専属だよ~』
『関係ありません。当主の命令です。布仏家の役目を果たしなさい』
『鬼~』

合格祝いで仕事を押し付けるなんてどうなのさ~?

『あはは、そう脹れない脹れない。別に難しい仕事を押し付ける訳じゃないんだから』
『ほんとかな~?』
『ホントホント♪それで、仕事の話に戻るんだけど―――』

これが始まり。みこちーに出会う切っ掛け。

…そう、私、布仏本音がみこちーことミコト・オリヴィアと出会ったのは偶然では無くそうなる様に仕組まれてたものである。クラスや部屋割りもそう。全てが学園の、そしてお嬢さまの指示で私はミコト・オリヴィアと接触した。
私の与えられた役目は3つ。一つは対象の監視、二つ目は対象の護衛、三つ目は対象の良き友であること。この3つが私の役目。
でも、これだけは言える。例え、それが命令だからと言っても、みこちーは私の大切な友達であり掛け替えのない人だってこと。この想いに嘘偽りは決してない。断言できる。だから、私はみこちーの友達であり続ける。それが、悲しい結末しか待ってないと分かっていても。私はみこちーの友達なんだから…。
最後まで笑って、そしてお別れしたい。それが私の願いだから…。











第14話「鳥籠」











「だ、大丈夫でしょうか?うまくお店の方に伝えられるでしょうか?あの子人と話すの得意ではありませんのに…」

とことこと駆けて行ったみこちーを見送って数分経過した頃、セシりんがみこちーが向かった先を背伸びをして見ようとしたり、目を細めてじーっと眺めたり、そわそわしたりと、落ち着きのない行動をし始める。本当にセシりんは心配性だねー。なんか昔テレビで見た『初めてのおつかい』っていう番組を思い出すよー。
そんなセシりんを皆は生暖かい目で見守ってる。もう周りからセシりんは母親として定着してるね。うんうん。良い事だよ。あ、でもそれだと山田せんせーがヤキモチ焼いちゃうかもだよ。罪作りだねみこちー。

「アンタはミコトの母親かっての」
「で・す・か・ら!わたくしはミコトさんの母親ではありませんわよ!」

ンガ~!と両手を上げて威嚇して来るセシりんに対してりんりんは「は?何言ってんのこいつ?」みたいな顔をする。

「今のアンタの行動を照らし合わせてみなさいよ」

うんうんと皆が頷く。説得力無いよねー。

「そんな、一夏さんまで…」
「ははは、でもセシリアだって嫌じゃないだろ?」
「な、ななな何を言ってるんですの?そんな訳ある筈ないじゃないですか。まったく、何を言い出すかと思えば。大体、あんな大きな子供をこの歳で持っていたら周りからどう思われるとお思いですの?冗談ではありませんわ」

口ではキツイ事言ってるけど明らかに動揺してる。図星だね?やれやれ、素直じゃないねぇ~。

「そんなに心配なら見に言ってきたら?こう電柱に隠れて心配そうに見守る母親みたいに」
「鈴さん。そろそろ決着をつけるべきでしょうか?」
「あらやるの?受けてたつわよ?」
「はいは~い。こんな街中で喧嘩しないの~」

一気に緊迫した空気となりバチバチと火花を散らし始める二人の間に私は割って入り今にも激突しそうだった二人を止める。ていうか熱い!?この火花本物だよぉ!?
代表候補生は無駄にプライド高くて何かと喧嘩早いから面倒だね。何かとISで解決しようとするのはどうかと思うよ~?

「心配なら追いかければ良いじゃん。別に悩む必要も喧嘩する必要もないよね?」
「わ、わたくしは心配でありませんわよ!ふんっ!」
「どの口が言うのよ…」
「まったくだ」

強がってそっぽを向くセシりんに皆呆れたてやれやれと首を振る。本当に素直じゃないよセシりん。まぁ、おりむーの周りに居る女の子は皆同じ事言えるよねこれって。あっ、勿論私やみこちーは除くよ?

Pruuuuuuu…

「あっ、私の携帯だー」

セシりんが素直じゃないと言う事を再確認したところで、携帯の着信音がポケットから鳴り響き、誰からだろうと携帯を取り出して相手を確認すると画面に表示されている名前にうげ~と顰め面になる。画面にはこう表示されていた【お姉ちゃん】と。つまり私のお姉ちゃんだ。なになに?今日はお仕事は嫌だよ~?

「もしも~し。本日は生徒会はお休みで『本音!今ミコトちゃんと一緒にいる!?』…え?」

私の呑気な声とは逆に、お姉ちゃんの声は切羽詰まるものだった。身体全体に流れる血がまるで冷水に変わったかのように冷たくなるような錯覚に陥る。お姉ちゃんはみこちーの名前を出した。つまりそれはみこちーに関わること。お姉ちゃんの声からは余裕を感じられず緊急の事態だと理解するのに時間は数秒も必要は無かった。そしてそれと同時に嫌な予感が胸の中をざわめき始める。

「…みこちーがどうかしたの?」
「ん?ミコトがどうしたって?」

おりむーがそう聞いて来るけどそれを無視して携帯に意識を集中する。おりむーには悪いけどそんな場合じゃないのごめんね。

『ちょっと気になる報告があって、思い過ごしだと良いのだけど…あのね――――』

ドクン…

『先日、急な転入があって、その所為もあって生徒会も対応に遅れたのだけど…その生徒の経歴を調べた結果―――昔、織斑先生の教え子で―――もしかしたら、ミコトちゃんに危害を――――』

ドクン…

『…本音?聞いてるの?本音?本―――ッ』

「……………っ!」

話を最後まで聞かず私は携帯を切り駆け出した。みこちーの後を追って…。

「お、おい!どうしたんだよ!?」

「布仏さん!?」

おりむー達が突然走り出した私に驚くが構っている暇は無い。今は一刻も早くみこちーの所に行かないといけないんだ。

「はぁ…はぁ…っ」

自分が運動が苦手だという事に構わず息を切らしながら必死で走る。一秒でも早くみこちーのもとに着く様に。嫌な予感がするの。とっても嫌な…。歩道橋を渡り階段を駆け降りると公園に飛び込んだ。公園は夕方だという事もあって人気が無く不気味なまでに静けさに更に私の不安が駆り立てられる。

「…っ!いた!」

見つけた!あの色素が抜けきった白い髪を見間違える筈が無い。良かった、無事だった。お姉ちゃんの言う通り思い過ごしだったのかと胸を撫で下ろすと走っていた足を止める。いやいや私に走らせるなんてみこちーも罪作りな女の子だよー。私は走るの苦手なのにさー。

「みこち…?」

紙袋を大事そうに抱えて此方に歩いてくるみこちーに声をかけようと手を伸ばしたがそれはピタリと止まる。何処からか現れた銀髪の少女がみこちーの道を遮り私の視界からもみこちーの姿が隠れてしまったから。

「…誰?」

あんな子私は知らない。みこちーも学園内での交流は広いけどあんな子知り合いにいた?あの制服はカスタマイズされてるけどIS学園の物だし…え?

…IS学園の制服?

学園外で何で制服を?みこちーはただ私服がないから制服を着て出かける事は多いけど、他の生徒は皆年頃の女の子ばかりで制服で出掛けるなんて滅多にない。全寮制ならなおの事。じゃあ、何であの子は制服を着てるの?

―――先日、急な転入があって…。

まさか…。

つい先ほどお姉ちゃんが言ったいた言葉が脳裏に過ぎりはっとして銀髪の少女を見る。此処からでは彼女の顔は見えない。でも、その異様な殺気は此処からでも感じ取るには容易で、まるでそれはナイフを連想させる程鋭くて…。

まさか…あの女の子が…?

お姉ちゃんの言う転校生?と、疑問に思ったその時だった。銀髪の少女が動いたのは。少女は何かをポケットから取り出す。大きさは携帯よりもう少し大きめで色は黒?それにあれは金属製?陽の光が鈍く反射して…っ!?

―――拳銃っ!

そして漸く私は彼女が何を取り出したのかを理解すると地面を蹴り、自分の有らん限りの力を振り絞ってみこちーに向かって走り出す。世界がスローモーションで動いている。私も風に揺れる木々も、街も、全て…。一歩また一歩と走りみこちーへと駈け寄るけど銀髪の少女に取り出した拳銃の銃口は既にみこちーへと向けられている。私は手を伸ばす。間に合え。そう願いながら…。でも、そんな私も願いを嘲笑うかの如く。無慈悲に紡がれた少女の『死ね』と言う呟きと共に引き金は引かれ。私はそれに絶望しながらも最後の希望に縋りみこちーに向かって飛び込む。
パァンッ!乾いた銃声が響き弾丸が放たれる。奇跡。そう言った方が良いかもしれない。ううん。本当に奇跡だった。一か八かに賭けて飛び込んだ私はみこちーを押し倒してみこちーに向けて放たれた弾丸を避ける事に成功する。私の頭を翳めて頭上を通り過ぎていく。そして、弾丸が当たったのか髪留めが砕け散り纏めてあった髪がファサリと広がる…。

「チッ……邪魔が入ったか」

倒れる私とみこちーを見て少女は忌々しそうに私達を見下ろしてくる。

「…君。何をするのかな?私の友達に何をするのかな!?」

銀髪の少女から目を離さない様にして、みこちーを見て、そしてみこちの視線の先にある地面に無惨に散らばるたい焼きを視線を移す。

―――皆の分。買ってくる。

許せなかった。何が許せないかって。みこちーを傷つけようとした事は勿論だけど、みこちーが私たちのために買って来てくれたたい焼きの事についてもだ。どう償いをさせてやろうか?そんな自分には似つかわしくないと自分でも自覚できるどす黒い感情が胸の中で蠢いていた。

「………」

「なんとかいいなよ!」

キッと睨みつけて怒鳴り散らすも目の前の少女は何も言わない。唯、みこちーを蔑む様な目で見下すだけ。その目が私にとって何よりも不快だった。…何、その目?そんな目で見るな。そんな目でみこちーを見るな!

「お~い!何かすごい音が聞こえたけどどうしたんだ~?」

「ほう…」

突然走り出した私を心配してか、私の後を追いじかけておりむー達が遅れて公園へとやって来る。すると、何か因縁でもあるのだろうか?少女は先頭を走るおりむーを見て小さく声を漏らし目を鋭くさせた。まるで、獲物を見る獣の様に…。

「…なんだ?どうしたんだ!?」

やって来たおりむーが倒れている私達を見て唯事では無いと察したのか慌てて私達に駈け寄り、険しい顔をしたセシりんとりんりんが私達を守る様にして私と彼女の間に割って入って立ちはだかる。既に二人は状況を理解したみたいだ。

「穏やかではありませんわね。街中で発砲?正気の沙汰とは思えませんわ」

「まったくね。銃刀法違反?それとも殺人未遂?どちらでも良いけど、こんな事してタダで済むとは思って無いでしょうね?」

既に戦闘態勢に入っている二人は敵意を隠す事無く少女にぶつける。友達、そして知り合いが殺されかければ怒るななんて無理な話だけど…。

「殺人、か…クッ…クククククッ…アハハハハハ!」

突然笑い出した彼女に私達は戸惑う。

「何が可笑しいのよ!」
「ハハハッ…何が可笑しいかだと?これがどうして笑わずにいられる。この国では犬畜生を殺しても罪に問われるのか?…ああ、そう言えば動物愛護法とやらがあったな。まぁ、そこに転がっているのは畜生にも劣るがな」
「…なんですって?」

皆の雰囲気が一気に変わる。おりむーも、セシりんも、りんりんも、もちろん私も…。あの子、今何て言った?みこちーが何って…?ああ、ダメだ。全然思考が定まらない。何も考えられない。怒りで如何にかなってしまいそう。でも怒りに任せて動く事は無い。何故なら、まだ彼女の銃口はこちらを向いているから。

「っ!てめぇ!!」
「一夏っ!ダメ!」

でも、おりむーだけは違った。りんりんの制止を無視して、向けられる銃口に臆することなく銀髪の少女に掴みかかろうと前へと飛び出し手を伸ばす。しかし…。

「ふっ…」
「っ!?…がぁっ!」

その手は少女に届く事無く手首を掴まれて少女の冷笑の下、地面に叩き踏められてしまう。

「げほっ…ごほっ…っ!」
「一夏!大丈夫!?」
「一夏さん!」
「っ!…一夏!」
「おりむー!」

地面に打ちつけられ身体を丸めて呻くおりむーにセシりんや倒れていたみこちーも慌てて起き上がっておりむーに駈け寄る。

「なんと情けない。これがあの人の弟だと?やはり、貴様にあの人の弟である資格など無い」
「ごほっ…何…言って」
「チッ…時間切れか」

おりむーの疑問に耳も傾けず、騒がしくなり始めた周りを見て少女は忌々しそうに舌打ちをする。流石にこれだけの人の目がある中でこれ以上の違法行為をする程彼女も愚かじゃないのか、拳銃を懐に仕舞い、此処立ち去ろうと私達に背を向けて歩き出す。

「お待ちなさい!これ程の事をしておいて何も無かったで済むとお思いですの!?その制服。IS学園の物ですわね。まさか、学園が匿ってくれると思って!?」

ピタリと足を止め、少女はこちら向こうとせずにそのままセシりんの問いに答えた。

「問題無い。この件について国は一切関与しないだろうからな。そして、貴様達にも私を拘束する権限は無い」

信じられない言葉にこの場に居る全員が自分の耳を疑った。国が…一切関与しない?つまり、殺人未遂を見逃すってこと?

「なっ…」
「馬鹿言うんじゃないわよっ!公衆の面前で拳銃ぶっ放しておいて無罪ですむ訳ないでしょうがっ!」
「そうですわ!そんな馬鹿げたことっ!」

有り得ない。仮にIS学園の生徒だからと言っても犯罪が許される訳が無い。いくらあらゆる機関・組織が干渉出来ないIS学園でも犯罪を犯した生徒を匿う事も、入園を認めることも絶対にある筈が無いんだ。

「貴様らが認め様が認めまいがどうでも良い。ああ、しかし銃刀法とやらは該当するな。まぁ揉み消す事など容易いが」

悪びれる様子など全く見せないその姿が、更にみこちーを除く全員を苛立たせる。みこちーを殺す事に罪の意識すら無いどころか殺す事が当然と思ったいるんだ。あの子は…。
少女は憤る私達の顔を見て満足したのか口の端を吊り上げて笑うと、再び歩き出す。

「待ち…やがれ…っ!」

立ち去ろうとするその背に、おりむーが這い蹲る身体を無理やり起こし振り絞る様な声で呼び止めた。

「………」

再び少女は立ち止まる。

「もう、一度…ミコトに手を出してみろ…その時は…俺はお前を…絶対にゆるさねぇっ!」
「そうか、楽しみだ」

怒りと言う感情がぎらついた瞳で彼女を睨みつけそう叫ぶと、その言葉に少女は小さくそう呟き、今度こそこの場から立ち去り、私達はその背をただ見送る事しか出来なかった…。

「く…そ…っ!」

彼女が見えなくなると、おりむーは握り締めた拳を振り下ろし地面を叩く。鈍く響いた音が虚しかった…。

「一夏…だいじょうぶ?」

不安そうにそっと触れておりむーを気遣うみこちー。自分の命を狙われたというのに他人の事を気遣えるなんてみこちーらしいね。

「いつつ…ああ、平気だ。ミコトは怪我無いか?」
「ん?」

何でそんな事聞くの?とでも言いたいかの様に不思議そうに首を傾けるみこちー。いやいや、さっきまで命狙われてたんだよ?鉄砲撃たれたんだよ?

「…まさか、自分が襲われたって言う自覚ないのか?」

頬を引き攣らせながらそう訊ねるおりむーにみこちーは「ん」と頷くと、皆が一斉にズッコケル。そりゃないよみこちー…。危機感が無いというか。お菓子あげるからついておいでって言われたらホイホイついて行きそうで本当に放っておけないよー…。

「はぁ~…」
「ア、アンタねぇ…」
「危機感がなさ過ぎですわ…」
「?」

へにゃりとへたりこんで脱力する私達に、みこちーはただ首を傾げるだけ。本当に分かってないんだね。一瞬、ほんの一瞬私が遅れてたらみこちーは死んでたかもしれないんだよ?

「あ…」

みこちーは何かに気付いて私に寄って来るとペタリとしゃがみ込んで私の顔をじーっと覗きこんでくる。はて?どうしたんだろう?

「どうかしたの?みこちー」
「髪…」

そう言って、そっと手を伸ばすと、髪留めが無くなったためにツインテールの片方の束がばらけてしまった髪に触れてくる。ああ、何を気にしているのかと思ったらこの事だったんだ。

「あー…さっきので切れちゃったんだねぇ」

お気に入りだったんだけどなぁ。まぁ仕方ないよぉー。みこちーの命には代えられないからね。むしろ、あの髪止めもみこちーを助けられて喜んでると思うよ?

「んー………」

じーっと私の髪を眺めていたみこちーは何か考える仕草を見せると、私とお揃いの長い袖に手を突っ込んで探り始めた。

「これ…違う。これも…だめ」

あれも違うこれも違うと、次から次に袖の中からポイポイと色々な物を取り出してくるみこちーにおりむー達が唖然とそれを眺めている。

「それ…そう言う仕組みなんだ?」
「ん?」
「いや、ん?じゃなくてさ…」
「駄目だよーおりむー。乙女の秘密を聞くのはー」
「何だよ、乙女の秘密って…」

秘密は秘密だよー。訊くのはマナーに反するよ?

「むー…無い」

どうやらお探しの物は見つからなかったみたいだ。長い袖を探るのを止めて不満そうにぷくりと頬を膨らませるみこちー。一体何を探してるんだろう?気になったので訊ねてみる。

「何が無いの?みこちー?」
「本音の髪飾りの代わり…」

あー…そう言う事かー…。

「気にしなくていいのにー。でも、ありがとね。みこちー」
「だめ。それ、私のせい。私が代わり、用意する」

一度決めたら曲げないからなー。みこちーは。本当に気にしなくても良いのに…。

自分の義務の事もある。でも、それ以上に友達を助けるのは当然の事だから、みこちーは気負う必要ないんだから。

「んー…あ、これがある」

暫し考えた後、みこちーは自分の制服のリボンをしゅるりと解き私の髪を纏めるとリボンでそれを固定して満足そうに微笑んだ。

「ん♪これでいい。今度、代わりの買いに行く」
「みこちー…ありがとね!でも、これで十分だよ!」
「? でも、これ…」
「ううん!これでいいの♪」

例え、どんなものだろうと、みこちーが私にくれたプレゼントだから…。

「…ん。本音が、それでいいなら」
「うん♪」

みこちーが結んでくれたリボンを触れる。これは私の宝物。大事な大事な宝物。ずっと、ず~~~っと大切にするよ。

「お二人さん。仲睦ましいのは結構だけど、時と場所を考えなさい。のんびりしてる場合じゃないわよ?」
「へ?」
「?」

ファンファンファンファンッ!

遠くの方からサイレンの音か此方へと近づいて来る。あれ?もしかしてこれって…。

「パ、パトカーの音か!?」

あ、あわわわわわ!?どうしよ~!?

「これに捕まったら今日は帰れませんわよ。確実に…」
「でしょうね」

罰を受ける事は無いだろうが事情聴取で時間を取られるのは間違い無しだね。ここはやっぱり…。

「に、逃げるぞ!?」

やっぱり、そうなるよねぇ…。

私達はサイレンの音に追われながら死ぬ物狂いでこの場から逃げ出すのだった。






――――Side 篠ノ之 箒




「ミコトが殺されかけただとっ!?」

珍しくセシリアや鈴と言ったメンバーが私達の部屋にやって来たと思ったら信じられない事を伝えられた。そう、ミコトが命を狙われたというのだ。しかも公衆の面前で堂々と!

「どういう事だ!?なにがあった!?」
「落ち着け、箒」
「これが落ち着いて居られるか!」

バシンッ!と竹刀で地面を叩く。友達が殺されそうになったのだぞ!?これがどうして落ち着いて居られる!?
まさか私が鍛錬に励んでいる時にそんな事が起こっているとは思いもしなかった。こんな事なら、こんな事が起きると分かっていたらな鍛錬なんて放り出してミコトの傍にいたというのに…!

「落ち着きなさいよ。怒る気持ちは分かるけど」
「ええ、そのお気持ちは痛いほどに…」

表情を歪め、唇を噛む二人を見て私はそれ以上は何も言えなくなってしまう。考えてみれば、すぐ傍に居たというのに何も出来なかったと言う悔しさや怒りは、一夏達の方が私なんかよりも遥かに上の筈なのだから。そんな一夏達を責め立てる事は私には出来ない。

「…ミコトはどうしているのだ?」
「自分の部屋で落ち込んでるよ」
「そうか…」

命を狙われたのだ。相当ショックだっただろうに…。

「皆にあげるたい焼きを駄目にしたって」
「…………は?」

思わず間抜けな声を出してしまった。たい焼き?何でたい焼き?

「…け、怪我とかショックは受けていないのか?」
「全然大丈夫だ。心配ない」
「そ、そうか…」

それなら、良いのだが…。

「…って!全然良くないぞ!問題はそこでは無いではないか!?」
「アンタが勝手に突っ走ってるだけでしょうが…」
「ぐぬっ…ぬぬぬぬっ!」

悔しいが正にその通りなので言い返す事が出来ずに言葉を詰まらせてしまう。仕方ないではないか。友が殺されかけたのだぞ?冷静な思考で居られるのがおかしいのだ。

「…ですが、箒さんの言う通りですわ。問題はそこではありません。これからです」
「そうね。近々、アイツがIS学園に転入してくるのは間違いないんだから…」
「しかし、本当なのか?その襲撃者がIS学園に転入して来るとは?」

一夏を疑う訳でも、現実から目を背ける訳でもないが、正直信じられない。それだけの事をして学園側が受け入れるというのだろうか?学園としてもそんな問題を起こすような人物を生徒とするのは避けたいと思う筈だが…。

「あたしも信じられないけどね。現にニュースになってないんじゃ…ね」

全員の表情が曇る。街中で発砲、それだけの事をしてニュースに報道されて無いとなると、情報を規制されたと考えるべきだろう。だとすればやはり、そう言う事なのか?

「事実にしても、学園内では幾ら彼女でもあのような行為は出来ないでしょう。忘れまして?どのような組織・機関もIS学園には干渉できない。学園内で問題を起こせば国際問題になりかねないのですから」
「そんな事関係無い」
「一夏?」
「どんな理由があったって、ミコトは友達だ。絶対に守ってみせる!」
「…ああ、そうだな」

理由なんて必要ない。友達だからそれだけで十分だ。

「そうですわ。あの様な方にミコトさんを傷つけることも、悲しませる事もさせません」
「あのちびっ子には借りがある事だしね。まぁ守ってあげるわよ」

一体、私達が知らぬところでどんな事が起こっているのかは知らない。だが、来るなら来るが良い。絶対に、絶対にミコトは傷つけさせはしない!








――――Side 織斑 千冬







「…そうですか。わかりました。では」

要件を済ませると早々に通信を切り、通信相手が映らなくなったディスプレイに苛立ちを隠そうともせずに壁を殴る。…遅かったか。こうなる事は予測できた筈なのに未然に防ぐ事が出来なかったとは自分の詰めの甘さに嫌気がさす。

「織斑先生!大変です!ミコトちゃんが!」

部屋の主に許可もなく飛び込んでくる嘗ての教え子に頭痛を覚えながらも彼女の言おうとした言葉を自分が先に言い終える。

「校外で襲われたのだろう?既に報告を受けている」

本来、生徒を守る立ち場である筈の『守護者』から直接な。

無論、彼女に非がある訳ではない。今回は私の、そして学園側のミスだろう。急な事で報告が遅れたとは言え、ちゃんと伝達が行き届いていれば彼女も対応できていた筈なのだから。恐らくそれも計画の内だったのだろうが。

「何でそんなに落ち着いて居られるんですか!?ミコトちゃんが殺されそうになったんですよっ!?」
「落ち着け山田君。私達がどう取り乱した所でどうしようもない」

今回の件はそう単純な物ではないのだから。

「ですが!」

口で言っても分からない彼女を睨み目でこう語る「いいから黙れ」と。すると、分かってくれたのか、恐怖に歪んだ表情のままこくこくと首を壊れた人形の様に何度も動かす。…少し脅し過ぎたか。

「…既に、学園側からドイツに抗議を送った。まぁ、逆に『言い掛かりをつけるなと』抗議されたがな…」
「な、何故ですか!?現にミコトちゃんは襲われたんですよ!?」

確かに山田君の言う通りなのだが…。私は先程通信で聞かされた言葉を思い出し一語一句間違えずにそのまま彼女に伝えた。

「『ミコト・オリヴィアと言う人間はどの国のデータベースにも存在しない。その為、そちらの言う事件が起こりうる筈が無い』だそうだ」
「は、はあ!?」

気持ちは分かるよ山田君。現にこのような事態が起きているというのに、まさかこんな下らない返答が返ってくるとは私も思わなんだ。餓鬼の会話じゃないのだぞ?

「入学を拒否しようにも『貴校に我が国の人員の受け入れを拒否する権限は無い』の一点張りだ。ふふ、本当に良い度胸をしているよ…」

確かに、IS学園にはその様な義務は存在するがあれだけ好き勝手しておいてよくもそんな事を言えるものだ。今回の事件の主犯の独断だったにせよ、それ相応の責任を負うべきだというのに。

「この国も自分の領内で好き勝手されたというのに国際問題や何だので何も言えないらしい。まったく、我が国の事ながら情けないことこの上ない」

心底この国に失望する。IS学園の設立理由もそうだったが、今回の事もそうだ。この国は何時から他国の奴隷になったんだ?人一人の命が奪われそうになったというのに黙認するとは。

「そんな…」
「…ああ、もう一つ不愉快極まりない事があるが聞くか?」

むしろ、これが本題なのだが。今回の話をややこしくした原因は…。

「あまり聞きたくないです…」
「オリヴィアに関わる事なのだが」
「聞きます!」

オリヴィアに関わると言うだけで態度を一変させる山田先生に苦笑したくなったがやめておく。これから言う内容はまったく笑えない物だったからだ。本当に、虫唾が奔る程に…。

「『我が国はミコト・オリヴィアが関わる全てに一切関与しない』先程、政府から送られてきた通達だ」

つまりオリヴィアが誰に殺され様が日本は関わらないし、警察が動く事も法で裁く事もしないという事だ。まさに、この国はオリヴィアにとって無法地帯となったと言う事になる。これではオリヴィアにとってIS学園は鳥籠だな。

「お、おかしいですよ!何ですかそれ!?」
「ああ、明らかにおかしい。幾らなんでも今回の件は不自然すぎる。裏で何者かがそうなる様に仕向けたと考えた方が自然だろう」

殺人を公認する程この国が腐っているとも思えない。恐らく、オリヴィアが死んで得する何者かが今回の件を企んだに違いない。オリヴィアが生きていると都合の悪い者。もしくは、オリヴィア個人が所有しているISを狙う者。前者にしても後者しても私には心当たりがある。どちらもたった一人の少女にこれだけの事を起こすとは考え辛いが。しかし、後者だとすればこれだけの事をするのも可能だろう。

「ギリシャ…でしょうか?」

確かに、その可能性もある。しかしそれはかなり低いだろう。

「ドイツにオリヴィアの情報が漏れていた事でそれも考えられるが、そこまでしてオリヴィアを消す必要は無いだろう。寧ろ、何もせずIS学園に押し込めていた方があの国にとって一番安全だ。自ら手を下さずとも勝手に死んでくれるのだからな」

死ぬという言葉に山田君は表情を曇らせる。

「っ…では、誰が?」

ふむ…。

「…一つだけ、心当たりがある」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ…」

出来れば、外れていて欲しいのだがな…。そう思いながら、私は口を開いて告げる。

「―――『亡国機業』。この名に聞き覚えはあるだろう?」

私達姉弟にとっても因縁のある存在の名を…。












あとがき

少し書き方を変更してみました。どうでしょう?

今作でも勿論そうなのですが、原作でも良く仲直り出来たよね。昨日の敵は今日の友って奴なのか…。

まぁ、この作品にはミコトが居るから問題無いのですがね!(爆



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十五話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/06/10 14:38

『それで、思わぬ妨害が入りミコト・オリヴィアの殺害に失敗した、と?』
「…ああ」

通信機越しから聞こえてくる上官である女の声に私は静かに返答する。

『困るわね。なるべく学園外で仕留めて欲しかったわ。学園内で殺害するのは難しいし…。どのみち、今回の失敗で確実にターゲットには警戒される』
「わかっている」
『だと、良いのだけど』

私はある命を受けていた。『ミコト・オルヴィアの暗殺。そしてそれが所有するISコアの回収』それが私の任務だ。しかし、任務には不審な個所が幾つかあった。それは条約違反であるISコアの強奪。後の事も考えずに国の立場を危うくしてまで行う精練さの欠片の無く本当に軍の人間が考えたのかと疑う程の幼稚で大胆な計画。そして、日本の殺人を認知するこの対応。他国に頭が上がらず何処にも良い顔をしようとするのはこの国らしいと言えばらしいが…。裏で何かが動いている。いや、動かされている?そう考えた方が良いだろう。

『それでどうだったかしら?同じ境遇の子を見た感想は?』
「………」

同じ境遇。確かにその通りなのだろう。奴は私と同じように人の手によって生み出され試験官の中で育った。それに思うところが無いと言えば嘘になる。しかし、そんな事がどうでも思える様にあの存在が憎くかった…。
あの人の…織斑千冬のクローン。アレはあってはいけない物だ。存在するだけであの人に対する侮辱だ。私はアレを認めない。絶対に。だが、何だ?私の中に憎しみとは違うこのどす黒い感情は…?
一目見たとき、私は奴を見て確信した。奴は、織斑千冬のクローンではなく、あの人に拘るのではなく。確固とした自分を確立している事に。それが、そらがどうしても私は…。

憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…憎い!

何故、あんな瞳が出来る?何故私の様にならない?私と同じ筈なのに。失敗作で、未完成で、私より劣っている筈なのに。どうして自分のオリジナルが傍に居るというのに自分で居られる?分からない。私には分からない。何故だ。何故なんだ…。

『ふふふ』
「! …何がおかしい!?」
『同族嫌悪』
「っ!?」

嘲笑うかのような女の声にビクリと身体を強張った。そんな私の様子を見えもしないのに見通しているかのように女はくすくすと嗤う。とても楽しそうに。それが、私の癪に障った。

「何がおかしいと聞いている!」
『あら?上官に向かってその言葉遣いはなぁに?』
「…くっ!」

笑みをピタリと止め、急に凍りつく様な冷たい声に思わず圧されてしまう。何だ?今のは…。声色は先程と同じだというのにまるで違う…。

『まぁ、良いわ。それじゃあ引き続き任務を継続。今度はミスしない様にね?ドイツとしても騒ぎは起こしたくないでしょうし』
「…了解」

通信を終えて、プライベート・チャンネルを遮断する。

…しかし、今のはまるで他人事のようにも聞こえるが。気のせいか?

報告を済ませ、通信を終えても、どうしても私にはあの女の最後の言葉が引っ掛かるのだった…。








第15話「敵?味方?もう一人の転校生」







――――Side 織斑 一夏



「今日は、転校生を2人紹介します」

いつもののんびりと言うか、ふんわりと言うか、そんな雰囲気を一切感じさせない山田先生のその言葉に、教室中がざわつく。最初はいつもと様子が違う表情の硬い山田先生に戸惑っていたクラスメイト達も、転校生の話を聞いて一気にテンションが急上々だ。『あいつ』知るを俺達を除いては…。

やっぱり、アイツなのか?でも二人って…。

アイツの仲間か、はたまた唯の偶然か。後者であってくれると俺達としても嬉しいのだが…。どちらにせよ、片方は恐らくあいつで間違いないだろう。山田先生の表情を見れば分かる。IS学園の教師として公私を弁えないといけないからと言って、山田先生はミコトを溺愛している。そのミコトが命を狙われた奴がIS学園に、しかも自分の担当するクラスに転入してくるとなればいつも通りに装う事なんて無理な話だ。特に山田先生は演技とかそう言うの苦手そうだから…。

「転校生?こんな時期に?」
「もう一学期後半だよ?」
「しかも同じクラスに二人って…ありえなくない?」

そうだ、有り得ない。普通は全クラスの生徒の数が均等になる様に調整される筈だ。でもそうはならなずにこうして二人も同じクラスに転入してきた。

『陰謀の臭いがしますわね…』

プライベート・チャンネルで繋いでくるセシリアの言葉に俺は頷く。偶然の筈が無い。一人ならともかく、二人となれば尚更…。

『やっぱり、これって誰かが仕組んだ事なんだよな?』
『おそらくそうでしょう。でなければこの時期に、しかも二人も同じクラスに転入してくるなんてありえませんわ』
『つまり、二人ともミコトを狙って…?』
『どうでしょう。少なくとも片方は確実として、もう片方は偶然。という可能性もなくは無いです。可能性は低いに等しいですが…』

用心にこした事は無いってことか。

「…では、二人とも入って来て下さい」

山田先生の呼び掛けに応えドアが開かれると、さっきまでざわついていた教室はピタリと静かになる。最初に入って来たのはやはりアイツだった。アイツの顔。見間違える訳が無い。伸ばしっぱなしという印象を持つ銀髪。そして、左目の眼帯と異端の風貌した、あの公園でミコトの命を狙ったアイツを…。

「…っ」

敵意を籠めてアイツを睨みつけるがアイツは俺の事なんて眼中に無いとでも言うかのようにその冷たい仮面の様な表情をピクリとも動かさず教卓の横…ミコトの席の前に立ち止まる。それを見て俺は焦るが、流石にIS学園で、しかも皆の前でミコトを狙うなんて事は無いだろうと自分を落ち着かせる。
しかし、その落ち着かせた感情はすぐに乱れる事になる。もう一人の転校生によって…。
アイツに向けられていた俺達の意識は、アイツの後から入って来た転校生へと無意識に移ってしまう。ドアから入って来る二人目の転校生の姿を見て俺を含めたクラス全員が目を丸くして驚いた。だけど無理もない。何故なら、二人目の転校生は―――。

「…え?」
「うそ…?」
「お、男!?」

そう、俺と同じ『男』だったんだから。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

もう一人の転校生、シャルルはにこやかにそう告げて一礼する。
礼儀正しい立ち振るまいと中性的な顔立ち。髪は濃い金髪で、首ろ後ろに丁寧に束ねられている。身体の方は華奢と思えるくらいスマートで、ガッチリとは言えないが、日頃箒に鍛えられている俺の身体とは全然違う。いや、そもそも骨格レベルで違うんじゃないか?女のそれに近いぞ。印象は誇張じゃなく『貴公子』と言った感じで、けれど嫌味を感じさせないその笑顔がシャルルの正確の良さを教えてくれる。悪い奴では無さそうだけど…。

…シャルルはフランスから来たって言ってたけど、アイツの関係者じゃないのか?

後ろの席に座るセシリアを見るが、セシリアも困惑した表情で首を振るだけ。箒もそうだし、のほほんさんもじーっとシャルルを見つめて何だか考え事をしてるみたいだった。やっぱり分からないか…。
国が違うから協力者とは考えにくいけど…本当に偶然なのか?だとしたら肩身の狭い男の立場である俺としては大歓迎だけど。今この状況だと両手をあげて喜べる気分じゃないな。友達が常に銃を付きつけられている状態なんだから…。

「質問質問!シャルル君は男の子なの!?」

シャルルが着ているのは正真正銘男子の制服なのだが、IS学園は制服のカスタマイズが認められているので念のために生徒の一人がはい!はい!喧しく手を上げて質問する。そんな質問にシャルルは人懐っこい笑みを浮かべて頷く。

「はい。此方に僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を―――」
「きゃ…」
「え?」
「きゃああああああああ―――っ!」
「えぇっ!?なになにっ!?」

女子の歓声が爆発して教室を揺らし、その突然のことに今度はシャルルの方がビクリと身体を震わせて驚いてみせる。

懐かしいなぁ。俺も似たような事があったなぁ…。

この時期に転入って言うのは何かありそうだけど、とりあえずクラスの女子の反応に慌てふためいているあの様子から見てアイツの仲間では無いみたいだ。

「男子!二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!守ってあげたくなる系の!」
「地球に生れて良かった~~~!」

いやいや最後のは大袈裟すぎだろ。しかも今ので完璧にシャルルの存在が知れ渡ったな。確実に隣のクラス…もしかしたらこの階全体に響き渡ってるかもしれない。どちらにせよ女子の異常な程の伝達速度によって学園全体に知れ渡る事になるだろうけどな。これはHRの後、廊下が転校生を身に来た生徒で埋め尽くされる事になるぞ…。

「騒ぐな。静かにしろ」

若干、苛立ちを感じさせる声でそう制すると、教室はシンと静まり返る。流石に一ヶ月以上も授業を受けていると、クラスメイト達も千冬姉の機嫌を察する事くらい出来るようになるか。まぁ、山田先生の様子が可笑しい時点で分かりきった事だけだけども。
ちらりと山田先生の方を見てみれば相変わらずの固い表情。普段なら『あわわ!?皆さん静かにして下さい~!』とか言っておどおどしてるであろう筈が、今はそんな様子を微塵も感じさせないでいた。こんな山田先生を見れば流石の皆も静かにせざる負えないだろう。

「皆さんお静かに。まだ自己紹介を終えていない生徒がいるんですから」
「…………」

一瞬、山田先生の視線は明らかに生徒に向ける視線ではなかったが、それでも向けられた本人であるアイツは一切動じずに無言を突き通し、腕を組んだ状態でじっとミコトを睨んでいる。しかし、それは僅かの事で――。

「…挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」

千冬姉の一声で、すぐに佇まいを直して素直に返事をするアイツ―――ラウラに、俺を含めたクラス全員が唖然とする。アイツがあんなに素直に従うなんて…千冬姉はアイツの知り合いなのか?そう言えばあの時アイツは俺があの人の弟である事を認めないとか言っていたよな。だとしたらやっぱり二人は知り合い?
…駄目だ。分からない事だらけで考えが纏まらない。もう頭の中がぐちゃぐちゃでわけわかんねぇよ…。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官では無いし、ここではお前は一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」

そう答えるラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足のかかとを合わせて背筋を伸ばす。あの立ち振る舞い、拳銃の所有、それに国の裏側の情報を知っていた事といい、やっぱりアイツは軍人なんだろう。教官…アイツは千冬姉をそう呼んでいた。だとしたら間違いなくドイツ。
とある事情で千冬姉は一年程ドイツで軍の教官して働いた事がある。そのあと一年くらいの空白期間を置いてIS学園教員になったらしい。
しかしこの情報はつい最近山田先生や他の学園関係者に教えてもらった事で、千冬姉からはその件について一切教えてもらってはいない。もしかしたら、アイツがミコトを狙う事も千冬姉は知っていたのかもしれないんだ。

…どうして、何も教えてくれないんだよ。千冬姉。

千冬姉は仕事の話は一切俺には教えてくれない。ISの事だって入試試験以前は遠ざけようとさえしていた。それほど千冬姉には謎な部分が多い。家族だって言うのに…。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………」

クラスメイト達の沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた口を閉ざしてしまう。

「………」
「………」
「………」

し~~~ん…

物凄い気まずい沈黙が教室に流れる。

「(ちょっ!どうするのよこの空気!?)」
「(知らないわよ!普段なら真耶ちゃんがクッションになってくれるのに)」
「(まやまやの様子が変だし、期待できないわよ!?)」

この空気に耐えられなくなったクラスメイト達がひそひそと話し声が教室にざわめき出し、収拾がつきそうにないと思われた頃に、やれやれと肩を竦めた千冬姉が漸く動きを見せる。

「以上か、ラウラ?」
「はい、以上です」
「そうか。なら自分の席に行け。デュノアもだ」
「了解」
「は、はい!(い、いいの?アレで…)」

千冬姉に促されてラウラとシャルルは空いている席へと歩いていき着席すると。それを確認した千冬姉は連絡事項も済ませて早々にHRを終わらせるのであった。

「では、HRを終わる。各人すぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組との合同演習だ。遅れるなよ?遅れたら…分かってるな?」

コクコクと激しく上下に首を動かすクラスメイト達。誰も好んでフルマラソンなんてしたくないだろう。勿論俺だってそうだ。

「織斑。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ?」

そう、なるよな。やっぱり…。

「君が織斑くん?初めまして、僕は―――」
「ああ、良いから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」
「え?ひゃあっ!?」

気になる事は沢山あるがとりあえず今は移動しよう。俺はセシリア達に視線を送る。俺がいない間はミコトを頼むという意味を込めて、するとセシリア達も了解したと頷き俺はそれを確認してからシャルルの手を引っ張って走り出した。
女子は教室で着替えれば良いけど男子はそうはいかず、アリーナの更衣室をつかわなければいけない。その為か時間的になかなかハードで、ゆっくり説明している余裕も、歩いて移動してる余裕はないのだ。

「とりあえず男子は空いているアリーナの更衣室で着替え。これから実習のたびに移動だから、早めに慣れてくれ」
「う、うん…あ、あの手「悪い!話してる余裕はなさそうだ!」ええ!?」

ぐんと走る速度を上げて階段を駆け降りる。ゆっくりなんてしてられない。止まるなんて以ての外だ。なぜなら―――。

「ああっ!転校生発見!」
「しかも織斑くんと一緒!」

そうHRは終わったのだ。早速各学年各クラスから情報を得る為に生徒達が動き出している。彼女達に捕まれば最後、質問攻めのあげく授業に遅刻、鬼教師の特別カリキュラムが待っているのだ。絶対に阻止しなければならない。

てか伝達速度早すぎだろ!?HRが終わって一分も経過して無いんだぞ!?どうやって転校生の事を知ったんだよ!?

「いたっ!こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」

此処は何時から城になったんだ!?俺は曲者かよっ!

「織斑くんの黒髪も良いけど、金髪っていうのもいいわね!」
「しかも瞳はエメラルド!」
「きゃああっ!見て見て!ふたり!手!手繋いでる!」
「どっちが受け!?どっちが攻めなの!?やっぱり織斑くん!?」
「いえ!ここは意外性を突いてあの押しの弱そうな金髪君って可能性も!」
「普段は気弱そうに見えてベッドの上では…きゃあああああ♪」

何の話だ!?てか滅茶苦茶怖いんですけど!?飢えた獣の目をしてるんですけど!?

「な、なに?何で皆騒いでるの?」

今の状況をまったく飲み込めていないシャルルが困惑した表情で俺に訊いてくる。何でって決まってるだろ―――。

「そりゃ、男子は俺達だけだからだろ」
「…?」

? なんで意味が分からないって顔するんだ?こうなるのは分かりきった事だろ?

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺達しか居ないんだろ?」
「あっ!ああ、うん。そうだね」

今気付いたとばかりに納得したシャルルだったがまさか本当に今気付いたんじゃないよな?学園じゃなくてもマスコミとかが家に押し寄せて大騒ぎに…ってあれ?そう言えば俺の場合、ニュースで世界に報道された筈なのにシャルルはそうじゃないよな。何でだ?報道規制とかか?だったら俺の時も何でそうしてくれなかった。

「…まぁ、助かったけどさ」
「え?何が?」
「いや、学園に男一人はつらいからな。何かと気遣うし。一人でも男がいてくれるってのいうのは心強いもんだ」

シャルルは悪い奴でもなさそうだし、友達としてもやっていけそうだしな!

「そうなの?」

そうなのって…こいつはそうじゃないのか?うーん、よく分からん。
何処か他人事みたいな言い草に俺は不思議に思うがとりあえず今は置いておこう。それどころじゃないし。

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

そう挨拶すると、今シャルルの手を握っている手に少しだけ力を込める。すると、シャルルもそれに応えて握り返してくると、ほんのり頬を赤く染めて微笑んで頷き、自分もと挨拶を返した。……男同士なのにシャルルの笑顔を見てドキリとしたのは俺だけの秘密だ。俺はそっちの気は無い。断じて無い。

「うん。よろしく一夏。僕の事はシャルルでいいよ」
「お、おう。シャルル」

その眩しい笑顔に顔を背けて頬を掻きながら照れ隠しをする。何て言うか。同性でもその笑顔は反則だと思う。
まぁ、そんなこんなで馬鹿なことを考えながら走っていると、群衆に捕まる事無く、無事にアリーナの更衣室に辿り着く事に成功する。

「到着!」

圧縮空気が抜ける音を響かせて開いたドアを潜る。

「うわ!時間がヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」

壁にかけられている時計を見ればかなりギリギリの時間だった。慌てて俺は制服のボタンを一気に外してベンチに放り投げる。マナーが如何とか言われそうだが今使ってるのは俺とシャルルだけだから問題ないだろ。

「わぁ!?」
「?」

なんだなんだ?

「荷物でも忘れたのか?って、おいおい。何で着替えて無いんだ?早く着替えないと遅れるぞ」

突然奇声を発するから何事かと思って振り向いえ見れば。何で着替えて無いんだよ。まさか遅れても大丈夫だとか思ってないだろうな?甘いぞ。甘すぎるぞシャルル。あの鬼教官がそんな事許してくれる訳無いだろう。

「シャルルは今日きたばかりだから知らないだろうけどな。うちの担任は時間にうるさいから急いだ方が良いぞ?」

でないと、地獄を見るはめになるからな。転入初日から痛い目みるのは嫌だろ?

「う、うんっ?き、着替えるよ?でも、その、あっち向いてて…ね?」
「? いや、別に男の着替えをジロジロ見る気は無いけどさ」

野郎の着替えを観賞する趣味なんて俺は持ち合わせていない。確かにシャルは中性的ではあるが、だからって男には変わりないのだ。何が悲しくてジロジロと…って―――。

「…そう言う割にはシャルルはジロジロ見てるな」
「み、見てない!別に見てないよ!?」

いや、そんなに慌てなくても…。ていうか顔を赤く染めるなって。まさか本当にそっち側じゃないよな?

「ま、まあ、本当に急げよ?初日から遅刻なんて洒落にならないだろ?そう言う俺は入学初日で遅刻したけど」
「プッ…あはは!な、なにそれ?」
「む、笑い事じゃないぞ?あの後あの馬鹿デカイグラウンドを走らされたんだからな。酷い目にあったんだぞ全く…」
「あはは…ごめんごめん。でもどうして遅刻したの?」
「ミコトに構ってたら巻き込まれて仲良く遅刻した。あの時はきつかったなぁ」

そういえば、アレがミコトと友達になった切っ掛けなんだよな。ほんの2ヶ月くらい前なのに凄く懐かしく感じる。充実と言うか無駄に濃厚な毎日だったからな。

「ミコト?」
「俺の前の席に座ってるやつだよ」
「えっと…ああ!あの真っ白くて小さい子だよね?」

真っ白…まぁ、その通りだけどな。

「何て言うか、一人だけ雰囲気が違うって言うか目立つから印象に残ってるよ。二人は家族か親戚か何かなの?」
「なんでそんな事訊くんだ?」
「え?だって織斑先生と似てるから…」

千冬姉に似てる、か。そうだよな…。

俺だってミコトを見た時はそう思った。いや、誰もが最初はそう思った事だろう。あれは似ているとかそう言うレベルじゃない。千冬姉とまったく『同じ』でそのまま小さくしたようなもんなんだから。

でも…違う。ミコトはミコトだ。ミコト自身もそう言ってる。

「家族でも親戚でもないよ」
「え?そうなの?それにしても似すぎてるような…」
「世の中には自分にそっくりな人間が3人はいるらしいからな。偶然じゃないのか?」
「そうなんだ。たしかに織斑先生と全然違うね。ちっちゃくて可愛いし!」

…へぇ~。可愛いとな?

妙にはしゃいでみせるシャルルのミコトに対する評価を訊いて俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。なるほどなるほど。そうかそうか…。

「え?な、なに?」
「何でも無い。気にすんな」
「いや気になるよ!?何!?なんなのその笑みは!?」
「いいから。分かってるって」
「何が!?勘違いしてる!一夏絶対に勘違いしてるよね!?」
「照れるなよ」

真っ赤な顔して否定しても説得力無いって。俺は応援するぜ?まぁ、障害は沢山あるだろうけどな。セシリアとかセシリアとかセシリアとか、あとセシリアとかさ。

「その分かってるからって笑顔がムカツクよぉーっ!?」

失敬な。俺はシャルルを応援してるだけだぜ?


「騒ぐなって、それより早く着替えないとマジでヤバイぜ?」

一時間目の授業が始まるまでもう5分もない。此処からグランドまで全力で走ってチャイムと同時にゴールってくらいか?

「僕は大丈夫だもん!ISスーツの上に制服着てるから脱ぐだけでいいもん!」
「あっ!ずりぃ!」

妙に余裕があるのはそう言う事だったのか!下にスーツを着ておくのは熱いし蒸れるからしたくないんだよなぁ。

「くそ!こうなったら10秒で着替えてやる!見てろ!」
「え?う、うわあああああああああああっ!?」
「…へ?」

パシーーーンッ!

突如襲う頬の衝撃に暗転する思考の中、最後に訊いたのはシャルルの悲鳴耳を突く乾いた音だった…。









「それで、気絶した織斑を介抱していたら遅刻した、と?」
「「はい…」」

燃え盛る炎をバックに仁王立ちする千冬姉を前にして正座をする俺とシャルル。ヤベェ。プレッシャーがマジヤベェ…。土の上で正座とか痛いなんて言える状況じゃないぞこれ。まぁ、言える立場じゃないのは分かりきってるしそんな事を言えば『死』が確定するんで口が裂けても言えないけどさ…。

「私も舐められたものだな。こうも毎度遅刻されるとは…」
「いや千冬姉。別にわざとやっている訳じゃ…」
「織斑先生だ。潰すぞ」
「はい…」

こ、殺される…っ!?

機嫌が悪い所為か殺気がいつも以上にヤバイ。隣で一緒に座っているシャルルなんてガタガタ震えて口から魂が抜けかけてるぞ。

「…さて、貴様ら覚悟は出来てるな?」
「「ぎゃああああすっ!?」」

「馬鹿者が…」
「何をしてますの。こんな時にまったく…」
「馬鹿じゃないの?遊んでる場合じゃないでしょーが」
「ありゃりゃ~…おりむーどんまーい」
「お~…?」

少数の呆れと多数の同情の視線を背に受けながら、俺とシャルルはグラウンドを泣く泣く走るのだった。俺達がグラウンドを走っている最中に授業ではISに搭乗した山田先生と代表候補生二人組で模擬戦闘が行われ、セシリアや鈴の流れ弾がこっちまで飛んできて死と隣り合わせのデスマラソンになったけどな!マジで殺す気かよあの鬼教師!シャルルマジ泣きしてただろが!?俺も背後の土が爆ぜた時はちびりそうになったわっ!

「ぜぇ…ぜぇ…っ!」
「ひぐっ…ぐす…」
「「死ぬかと思った(よぉ)…っ!」」

デスマラソンを完走し、緊張と疲労でぐったりと力無く地面に倒れ込む俺とシャルル。いやマジで死ぬかと思った。今回はマジで死を覚悟した。何回か走馬灯がチラついたしさ…。
すると、精根尽きたとばかりに疲れ果てている俺達のもとに千冬姉がやって来ると―――。

「いつまで休んでいる。さっさと列に戻れ」

―――と、無情な言葉を告げてきた。休ませるつもりなんて一切無し。本当に我が姉は容赦が無い…。

「専用機持ちは織斑、オリヴィア、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では6人グループになって演習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ」

「「「「えぇ!?」」」」

千冬姉の指示に転校生2人を除いた専用機持ち組が驚きの声を上げる。

ちょっ!?ミコトにもやらせるのか!?

口足らずなミコトにそんな大役務まるのだろうか?明らかに人選ミスだと思われるんだが…。
クラス対抗の時にミコトに教えを乞いた事はあるが、ミコトは知識の説明は大丈夫な方だが、いざ実践となるとそれは駄目駄目へと変わってしまう。仮にミコトがリーダー役をしたとして、その光景を想像してみる。グループ内で気まずい沈黙が漂い、その沈黙の中行われる演習。時折聞こえてくるのは口足らずなグループリーダーの「ん…」のみの教導。なにこのカオス?

「何をそんなに驚く?」
「いや、だって…」
「う?」

ちらりとミコトを見ると、ミコトは俺の視線に気付くと不思議そうに首を傾ける。その仕草はまるで小動物の様で可愛らしい。
どうやらミコト自身はグループリーダーを任せられることについては何の不満は無いようだ。話を理解していないだけかもしれないが。

「これもオリヴィアにとって良い経験だ。やれるな?オリヴィア」
「? …ん」

千冬姉の問いに少し間を置いて頷くミコト。とりあえず頷いてみた感が拭えない。多分理解してないな、あれ。

「これで問題無いな?わかったらさっさとグループに分かれろ。時間は有限だ。無駄に使うな」

反論する余地も無いその言葉に、俺は渋々了解する。まぁ、ミコトが良いならそれで良いけどさ。

「織斑くん!いっしょにがんばろ~!」
「わからないところ教えてよ~!」
「うわぁっ!?な、なんだぁ!?」

千冬姉との会話が終るや否や、それを待っていたかのように俺に一斉に二クラス分の女子が詰め寄ってくる。シャルルの方は既に取り囲まれており、女子達の群れの中心で困り果てている様子が確認出来る。後ろの方がやけに騒がしいと思っていたらあんな事になってたの。他人事じゃないけどな。でもどうしよう?各グループに分かれろって言われた時点でこうなる事は予測は出来たけど想像以上だ。こんなのスーパーのタイムセールで見た以来だ。向こうはおばさん達が殺気立って戦場と化したりして温度差が圧倒的に違うけど。
そんな女子達を前に、俺とシャルルはどうしたらいいか立ち尽くしていると。その状況を見かねた千冬姉が面倒くさそうに頭を指で押さえながら救いの手を差し伸べてくる。

「この馬鹿者どもが…。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」

とんでもない重量を持つISを背負ってグラウンド100週なんて冗談では無い。千冬姉の脅迫にそれまでわらわらと群がっていた女子達は、クモの子を散らすが如く移動して、2分もかからずに6つのグループが出来上がった。
そんなこんなで決まった6グループ。パッと見渡してみるとこんな感じ―――。

織斑グループ

「やったぁ!織斑くんと同じ班♪生れて来て自分の名字にこれ程感謝した事は無いわ!」
「………よしっ!(やった。一夏と同じ班だ!)」
まぁ、何て言うかいつも通りだよな。普段と何ら変わりない。箒も同じ班になったみたいだけどなんか小さくガッツポーズとってるがどうしたんだ?

オリヴィアグループ

「やったぁ~!みこちーの班だぁ!友情ぱぅわぁ~は私とみこちーを強く引き寄せるんだよぉ~!」
「ん♪」
ハイタッチをするミコトとのほほんさん。のほほんさんは運よくミコトの班に入れたらしい。ホント二人は仲良いよなぁ。いつも一緒に居るしな。

オルコットグループ

「ハズレ引いちゃったなぁ~…」
「ちょっとお待ちなさいな!本人の目の前で言う事ではないのではなくて!?
残念そうにする女子達にムキィ~!と両手を挙げて抗議をするセシリア。うん。流石にそれは無いんじゃないかな?

デュノアグループ

「デュノア君!分からない事があったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!」
…何が?それに教える立場なのはシャルルの方だろうに。向こうも大変そうだな。頑張れシャルル。

凰グループ

「凰さん、よろしくね。あとで織斑くんのお話聞かせてよ!」
こっちはセシリアの班と違ってわりとテンションは高めだな。女特有の噂好きの習性のためだろうか?ていうか余計な事教えるなよ?絶対に教えるなよ?

…そして最後にアイツのグループだが…。

「………」

他の班と誰一人口を開かず沈んだ空気を漂わせている。それもその筈。その班の班長である筈のアイツが張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラを放ち。口を一度も開くこと無く同じ班の生徒達に向かって軽視を込めた眼差しで睨んでるんだから。アイツの班の皆も、少し俯き加減で押し黙っている。あの班の人達には同情する。可哀そうに…。

「いいですか皆さん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は『打鉄』が3機、『リヴァイヴ』が3機です。どれも操作しやすい機体ですが、班で話しあって自分の相性にあった機体を選んでくださいね。あと、数は限られていますので早い者勝ちですよ?」

『リヴァイヴ』正式名は『ラファール・リヴァイヴ』だったか。第二世代最後期の機体で、そのスペックは初期第三世代型にも劣らない。安定した高い汎用性、豊富な後付武装特徴の機体で、その操縦しやすい汎用性のためか『打鉄』同様に多くの国が訓練に使用している傑作機だ。でも、今回の実習では装着、起動、歩行までしかやらないからどっちを選んでも変わらないだろうけどな。

「機体は選びましたか?では各班長は訓練機の装着を手伝ってあげて下さい。全員にやってもらうので、設定でフィッテングとパーソナルライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね」

丁度各グループが機体を選び終わった頃にISのオープン・チャンネルで山田先生が連絡して来る。人に教えるなんて初めての経験だが、班長である以上やるしかないか。

「それじゃあ出席番号順にISの装着と起動、あのあと歩行までやろう。一番目は―――」
「はいはいはーいっ!」

すっごく元気な返事が返って来た。やる気があって大変よろしい。教える身としてはそのほうが教え甲斐があるな。思えば箒に特訓してくれって頼んだ時はどうもやる気を感じさせないって感じだったなぁ。悪い事した。

「出席番号一番!相川清香!ハンドボール部!趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」
「お、おう。ていうか何故自己紹介を…」

そう言うのは入学式で済ませてるだろ。記憶に無いけど…。
しょうがない。あの時は他人の自己紹介所じゃなかったんだし。今はちゃんとクラス全員の名前は覚えてるんだぜ?

「よろしくお願いします!」

腰を追って深く礼をすると、そのまま右手を差し出してくる。なんだ?この手は?握手でもするのか?何故に?

「ああっ、ずるい!」
「私も!」
「第一印象から決めてました!」

何故か他の女子も一列に並んで同じようにお辞儀をして右手を突き出してくる。だからなんなのさ?

「あ、あのな?状況がまったく理解出来ないんだが―――」
「「「お願いします!」」」

訊けよ―――っと、思ったらこれが別の班からか。声のした方を見てみればシャルルが同じようにお辞儀&握手待ちの手を並べられて困っているのが見えた。

「え、えっと…?」

向こうも状況が呑み込めないって感じだった。奇遇だな、俺もだよ。

スパーンッ!

「「「いったあああ!」」」

見事なハモリを見せる女子達。感心すべきは彼女達のチームワークかそれとも眼にも止まらぬ速さで叩いた千冬姉の神技か。どちらにせよ死んだなアイツ等…。

「やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?」
「あ、いえ、その…」
「わ、私達はデュノア君がいいかな~……なんて」
「せ、先生のお手を煩わせるわけには…」
「なに、遠慮するな。将来有望な奴らには相応のレベルの訓練が必要だろう。…ああ、出席番号順で始めるか」

「「「ひぃ~~~!?」」」

鬼教官から死刑を宣告されて悲鳴を上げる女子一同。安らかに眠れ。
しかし、そんな尊い犠牲もあってかシャルルの班の惨状を見て我が身の危険を感じた俺の班の女子は流れる様に列を解散。相川さんなんていつの間にかISに乗り込んでコンソールを開きステータスを確認している。いつも思うけど皆行動早すぎだろ。そりゃ目の前に死神が鎌持って待機してりゃそうなるかもしれないけどさ。

「…じゃあ、はじめようか。相川さん。ISには何回か乗ったよな」
「あ、うん。授業だけだけど」
「じゃあ大丈夫かな。とりあえず装着して起動までやろう。時間をはみ出すと放課後居残りだし」
「そ、それはまずいわね!よし、真面目にやろう!」

それはつまり今までは真面目じゃなかったと受け取れるんだがどうだろう?しかしそういうのは言わない方が良いぞ。今はたまたま千冬姉が訊いて無かったから良いけどもし聞いてたらさっきの連中の仲間入りをはたしてただろうし。
まぁそれは置いておくとそて。とりあえず一人目は装着、起動、歩行の順番で問題無く進んで言ったのだが…一人目の作業を終えて二人目に入れ替わる際に問題が起きた。

「あ、あれ?あ、あの~、織斑くん。コックピットに届かないんだけど…?」
「あ!あ~…」

やってしまったと頭を押さえる。自分は専用機持ちだからすっかり忘れていたが、訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまないといけないんだ。立ったままISの装着解除すると、当然ISは立ったままの状態なので、次に乗り込む際にコックピットに届かないため乗れなくなってしまうのだ。

「どうしました?」

俺達が困っていると、実習が止まっている俺達を気にして山田先生がやって来た。先程までISを装着していた為、今の先生の服装は胸のラインを大きく解放したISスーツのままだ。故に、健全な男子である俺は当然目のやり場に困ってしまうわけで…。

「え、えーと、ISをしゃがませるのを忘れていまして…」
「あー、毎年誰かがやるんですよねぇ。今年は織斑くん達でしたか。それじゃあ、仕方ないので織斑くんが乗せてあげてください」

「……………………は?」








――――Side 篠ノ之 箒



「もうっ!織斑君のえっち♪何処触ってるの~?」
「わ、悪い!わざとじゃないんだって!?」
「いいないいな~!」
「次!私!私もやって!」
「だ・か・ら!わざとじゃないんだってば!?誤解される様な事言うなよ!?」

ああっ、もう腹立たしい!

見た目こそ腕を組んで目を閉じ表情を隠す事で冷静を装ってはいたが、その心中は穏やかでは無く今も心の中で地団駄を踏んでいた。

大体、分かっているのかあいつは。今は女子に現を抜かしている場合ではないというのに!ミコトの命が狙われているのだぞ!?そんな時にあんな情けない顔をしおって!第一、抱きかかえる必要が何処にある!?踏み台になればいいのだ!踏み台に!

とは言う物の、実際に他の女子が一夏を踏んづけるというのは、それはそれで面白くな……いやいやいや、そんな問題では無い。何を考えているんだ私は。これもそれも、全部一夏のせいだ。あいつがしゃんとすれば私もこんな事で悩まずに済むんだから。そうだ。全部一夏が悪いんだ。

「まったく……む?」

ふと、とある班が私の視界に入る。ミコトの班だ。
ミコトは、自らISを装着し指導している女子の手を取って一歩、また一歩とゆっくりと丁寧に親身になって指導していた。

「いっち、に、いっち、に…」
「うんしょ、よっこいしょ…」
「ゆっくりでいい。焦らず、自分のペースで歩く」
「う、うん!」
「怖がる必要無い。私が手を持ってる」
「て、手離しちゃダメだからね?絶対に駄目だからね!?」
「大丈夫だ、問題無い」
「それフラグだから~!?」

「何をやっているんだアイツは…ふふっ」

楽しそうに教えているミコトを見て自然と笑みが零れる。お姉さんぶって背伸びをして一生懸命に教える姿はとても微笑ましく、訓練という殺伐とした雰囲気の中、ミコトの班の周辺にだけほんわかとした空気が漂っていた。
しかし驚いた。6グループの中で一番に遅れるであろうと思われたミコトの班がああもスムーズに進むとは。見た目のんびりとしている様に見えるが丁寧に教えているおかげか班のメンバーの熟練も速い。それに、何だか指導も手慣れている様にも思える。経験でもあるのだろうか?

存外、こういうのが向いているのかもしれないな。

「だとしても、色々足りない物があるがな」

例えば『常識』。身内に「常識?何それ美味しいの?」と暴言を吐きそうな人間がいるがミコトがそうならないように祈る。心から祈る。

「う、うわああ!?離さないでっていったのに~!?」
「何時までも手を持ってたら成長しない」
「で、でも!……って、あれ?歩ける?てか全然余裕?」
「ん。おめでとう」

「………」

ISを開発した篠ノ之 束の家族である私にとって、常に身に危険が付きまとい心が安らぐ居場所と言う物は存在しなった。身の安全のために点々と引っ越しを繰り返す日々。そんな中、友人など出来る筈も無く、次第に私は心を閉ざし人と関わることさせ拒む様になり、自分にある物は一夏と一緒にやっていた剣術のみとなっていた。剣を握っていると、それだけで一夏が傍に居る様な気がして、だから、それ以外に興味を持てなくなっていた。…でも、今は違う。ミコトが笑っている。皆に囲まれて、幸せそうに…。それを見ている私も笑っていて、心が暖かくて…。

…守ろう、必ず。一夏が居て、ミコトが居て、皆が居るこの―――。

「箒?どうしたんだ?」
「うわぁ!?」「

突然、一夏に話し掛けられてビクンと身体が跳び上がる。

「な、何だ!?突然話しかけてくるな!」
「い、いや。だって次、箒の番だし…」

そう言って一夏が指を差した先には、また立ったまま放置された『打鉄』があった。ということはつまり…。

ちょっ、ちょっと待て!?こ、これはもしや―――!?

「じゃあ、抱えるぞ」
「ちょっ…待っ」

此方の言葉など訊こうともせず、一夏の腕は私の腰に回されあっというまに一夏の腕なのかへと抱きかかえられてしまった。俗にいう『お姫様だっこ』。一夏の顔が目の前にあり、ドクンドクン心臓が激しく脈を打ち、体温が上昇する。顔が物凄く熱い。きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。

~~~~~~っ!?

「こっ、ここここここっ!」
「こここ?」
「き、急に女子を抱きかかえるなどと!この!この不埒者~~~っ!」
「ぐふぅっ!?」

ぱし~んっ!

「…お?」
「なにやってるんだろうねぇ?あれ」

――――この、日常を…。







――――Side 織斑 一夏



「いててて…何なんだよ一体…」

午前の授業が終わり、痛む頬を手で押さえながらシャルルと二人で廊下を歩いている。一体何だっていうんだまったく…。

「だ、大丈夫?一夏?」

大丈夫じゃない。同じ日に2度も頬を引っ叩かれるとは思いも因らなかった。しかも一発目は意識を刈り取る程の平手、二発目はグーだ。痣になって無いだろうな?

「でも、あれは一夏が悪いと思うよ?」
「は?何でだよ?」

シャルルも俺が箒に殴られたところを見ていたらしく、俺を咎めてくる。俺は班長としての仕事を果しただけだぞ?確かにおんぶだっこが班長の仕事なのかと問われれば言葉を詰まらせてしまうけど、コックピットに運んであげたのに殴られるなんてあんまりだろ。感謝される事はあっても批難される良い我は無いっての。ったく…。

「デリカシーがなさすぎ」

意味が分からん。

「そう言えばさ、気になった事があるんだけど訊いて良いかな?」
「ん?なんだ?」

今の話題を変えてくれるなら何だって答えるぞ。何で殴られたかは分からず仕舞いだったが。

「何だか、先生や一部の人がピリピリしてたけど…何かあったの?一夏も何だか何か気にしてたみたいだし。あの、僕を見る時とかさ。何だか怒ってるみたいだった」

うわ、顔に出してたのか?だったらまずい事したなぁ。

「いや、何て言うかさ。誤解だって!別にシャルルを警戒してるとかじゃなくて」
「え?警戒?」

…俺は馬鹿か?なに口を滑らせてんだよ!?

「いやいやいやいや!違うんだ!そうじゃなくてだな!」

あ゛~~~っ!何言ってんだ俺は!?これじゃ隠し事してるのがバレバレじゃないか!?

ガシガシと頭を掻き馬鹿すぎる自分の言動が嫌になってしまう。と、そんな時だ。見苦しく呻いている俺の隣で可愛らしい笑い声が聞こえてきたのは。隣を見てみれば、やはり肩を震わせてお腹を抱え笑っているシャルルが居た。

「プッ、アハハハ…一夏ってば嘘吐くのが下手だね?」
「情けながら否定出来ねぇ…」

笑い過ぎて目尻に涙を溜めて言うシャルルに、俺は反論できずガクリと肩を落とす。

「あはは、はぁ~…うん。一夏が、ううん。一夏達が、かな?何か隠し事をしているのは分かったよ。でも、あの緊迫感はいき過ぎな気がするんだけどな?クラスの皆も戸惑ってたみたいだし」

今日転入してきたばかりだというのにそこまで気付いてたのか。いや、それだけ皆も先生達の様子に戸惑ってたんだろうな。もし、俺が何も知らずにあの山田先生を見てたら同じ反応を見せただろう。

「やっぱり、教えてくれない?あっ、でも、別に言いたくないのなら言わなくていいよ?言いたくない事かもしれないもんね?」
「いや、その、な…」

どうする?話していいのか?ミコトの事を。シャルルは悪いやつではないと思う。でも、まだシャルルがミコトを狙っていないなんて確証は無い。

「あっ、気にしなくても良いんだよ!?ホント!」

深刻な表情を浮かべている俺を見て、慌てて両手を振るシャルル。そんなシャルルを見てあのラウラと同じでミコトの命を狙っている人間とは考え難い。だからだろうか。ふと、訊ねてしまったのは…。

「いや。シャルルは悪くないって。質問に答えるのは良いけどさ、一つ聞いて良いか?」
「え?何かな?」



「シャルルは、ミコトの『味方』なのか?それとも、『敵』なのか?」









あとがき

積んであったゲームを消費していたら更新に時間が掛かりました。すいません。つよきす三学期は詐欺過ぎた…。

今月は戦極姫3が発売するんで更に更新は遅くなるかもです><

ら、ラウラが登場して感想コメとんでも無く増えたけどどういうことだってばよ…?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十六話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/07/03 05:35

「何故、こんな面倒な事をするんだ?」

高層マンションの最上階。豪華な飾りで溢れかえっているその部屋から一望できる都市の夜景をワイングラスに注がれた血の様に真っ赤なワインを優雅に揺らしながら眺めて楽しんでいると、突然オータムがそんな事を訪ねてきた。

「面倒な事?」

突然の質問にはて?と首を傾げる。彼女の言う面倒とは何を指す言葉なのだろう。生憎と、私は面倒事と共にするような生活を送っているので心当たりが多すぎて何の事か伝えてくれないと分からない。

「例の出来そこないの人形の事だよ。何故さっさと殺さない?別にドイツを利用する必要も無いだろう。さっさと殺してしまえばいいじゃないか。何なら私が…」
「確かに、貴女の言う通りではあるわね。でも…」

そう付け加えて私は小さく笑みを浮かべてワイングラスを窓から見える夜景と重ねる。グラスから見える街並みは、その赤い液体によってまるで燃えている様に美しかった…。

「ただ、殺すだけなんて芸が無いでしょ?」

彼女のいう通り、殺すだけなら簡単に出来る。ドイツのあの少女を使わなくとも何ら問題無く寧ろ確実に…。でも、私が本当に求めているのはそんなんじゃない。私が求めているのは『火種』だ。大きな炎を生み出すための火種。今回の件がその火種を生み出す事はまず無いだろうが、国同士の捻じれを生み出すための切っ掛けには使えるだろう。そのためにドイツに潜ませていた構成員を動かしたのだから。あの少女には精々派手に暴れてもらいたいものだ。

その為に、『アレ』を仕込んでおいたのだからね。フフフ…。

あの子の部下も此方に気付き掛けている。流石はドイツが誇る特殊部隊と言った所か、隊長が駄目ならしっかりと部下がサポートに回っている。予定より少し早いけど、幸いなことに植えられた種が芽吹くのは近い。強い執着は水となり肥やしとなって…。その歪んだ『忠義』と『愛』は、どんな花を咲かせるのでしょうね?

「…また、私に隠し事をしてないか?」
「ふふ、どうかしら?」
「むぅ…」

明らかに不満そうな表情を浮かべるオータムを見て私はくすくすと笑うと、手に持っているグラスをテーブルに置いてオータムをベッドに押し倒すのだった。








第16話「セシリア・クッキング!」









――――Side 織斑 一夏





「味方か敵かって…えっと…オリヴィアさんは苛めとかにあってるの?だとしたら僕はそんなことしないよ!」

心底心外だと眉を吊り上げ、今にもぷんぷんと擬音が聞こえて来そうな程に怒りだしそうになるシャルル。

「違うって、そういうんじゃなくてだな…」

シャルルが怒る気持ちも分かる。自分が他人を苛める様な人間と思われれば誰だって不愉快に感じるだろう。でも、俺が言いたいのはそんな事じゃない。ミコトの周りの人達との関係は円満で苛めなんて起こる筈も無い。仮に起こったとしても俺達が見過ごす筈ないし、ミコトを可愛がっている先輩達や一部の教師が黙ってはいない。だから、苛めなんて有り得ない。俺が訊きたいのは…―――。

―――…待て。此処で言うのは流石にまずいだろ。

周りには沢山の生徒が居る。しかも俺達は目立つからどうしても周りの生徒達の意識は俺達に向けられてしまい、俺達が話す内容も訊かれてしまう可能性が高い。こんな所で話してしまえばミコトの事が全校に知れ渡り大変なことになってしまう。千冬姉や山田先生が何も言わないのは、この話を秘密にしなければいけない理由があるから。だとしたら、此処で話すのはまずいだろう。

…どうしよう?

今の反応からシャルルがミコトを狙っている可能性は低い。此処は適当に誤魔化すのが得策か?それとも、事情を説明して協力して貰うか…後者は無いな。今日初めて会った人間を巻き込むなんてどうかしてる。

「そうじゃなくて…何?」
「わぁっ!?」

顔を覗き込んできたシャルルの顔と仄かに香る甘い香りに思わずドキリとしながらも驚いて後ずさる俺。な、何でだ?何でドキッてなってんだ俺!?相手は男だぞ!?

「うわっ、ビックリしたなぁ。突然大声出さないでよ」
「わ、悪い…」

先に驚かされたのはこっちだけどな。

「それで?そういうんじゃなくてどういう訳かな?」
「…すまん。やっぱりさっきのは忘れてくれ」

それがシャルルにとっても一番いい事だろう。危険な目に遭わせるなんて友達のする事じゃないしな。

「…うん。分かった。気にならないって言えば嘘になるけど、一夏が言いたくないならそれで良いよ。ゴメンね?嫌なこと訊いて」
「すまん」
「でも、これだけは訊いて良いかな?」
「ん?何だ?」
「一夏は、オリヴィアさんの『味方』なの?」
「ああ、勿論さ。ミコトは俺の、俺達の大切な友達だ」
「そっか。僕もそうなれると良いなぁ…」

そう言って羨まむ視線に、俺ははて?首を傾げた後に、ああ成程と納得して頷く。

「ミコトが好きだからか?」
「だから違うってばっ!?」

必死にそう否定するシャルルは、がしっと俺の襟を掴みブンブンと物凄い勢いで揺さぶる。おいこら止めろ。さっきの演習で疲れてるんだから。酔う。酔っちゃうから…。うぷっ…。

「違うんだよ!?違うんだからねっ!?」
「わ゛、わ゛がっだがら…て、手を放ぜ…」
「え?わっ!?ごめん!?」

脳をシェイクされて顔色が青に染まり始めたぐらいにシャルルがそれに気付いて慌てて手を放し、ようやく解放される。まさか日常会話で死にかけるなんて思いもしなかったぜ。

「で、でも一夏が悪いんだからね!勝手に僕がオリヴィアさんの事が好きだなんて決め付けるから」
「悪かった。悪かったって。でも、そんなに羨むもんか?シャルルだって故郷に友達くらいいるだろ?」

天才博士の妹や代表候補生とかそんな特殊なメンツではあるけど、それ以外は別に一般的な交友関係だと俺は思っている。シャルルが羨むものでもないと思うんだが。

「………」

ピタリと、シャルルの表情が固まる。そして、硬直から回復すればその表情は悲しみへと変わっていた…。

「僕ね…友達、居ないんだ。正確にいうと『今は』だけど…」
「…何だって?」

誤魔化す様にシャルルは笑うがそれは全然誤魔化しになっていない。見ているこっちの方が辛く思える程に痛々しくて…。それはまるで、継接ぎだらけの笑みだった。

「…デュノア社は知ってるよね?」
「ああ」

量産機ISのシェアが世界第3位を誇る大企業だ。さっき演習で使用された量産型ISのラファール・リヴァイヴも、デュノア社が製造した…待て。デュノアって…。

「まさか、デュノア社ってシャルルの…」
「うん。僕の父が経営してる企業なんだ。だからね。それが関係して僕も手伝いとかで友達と遊んでる時間とかなかったんだ」

…そうだったのか。そうだよな。今はIS学園に居るけど、俺の場合一般家庭だったから入学するまでは普通の生活を送る事が出来たんだ。でも、シャルルの場合は父親がIS関連の大企業を経営していたから、普通の生活を送れないよな…。

「だから。だからね?一夏達を見てるとすごく羨ましいんだ」
「シャルル…」

そう言って微笑むシャルルに、俺は何と言ってやればいいのか言葉を迷い。結局、何も言えぬまま教室に辿り着いてしまい。心に蟠りを残したまま会話を終えてしまったのだった…。







「この時間はISの整備についてのおさらいだ。午後からは先程実技演習で使った訓練機で整備を行うのでしっかりと聞いておく様に」
「むぅ…」

千冬姉が講義している最中、俺は先程の事が頭から離れないでいた。

――― 一夏達を見てるとすごく羨ましいんだ。

羨ましい。友達と楽しく会話する光景が、ごく普通の誰でもしているであろうその光景が羨ましい。彼はそう言った。
シャルルの事を気にかけてる場合では無い。それは分かってる。でも、どうしてもシャルルがさっき言った言葉が何度も何度も頭の中で再生されて気になってしょうがなかった。だから悩む。如何にかならないか、と…。

「―――ぃ…むら…」

……いや、悩む事なのか?これって。

よくよく考えてみれば、何を悩む必要がある?何ら難しい問題は無い。俺自身がシャルルの友達になればいいだけの事じゃないか。何よりシャルルはこの学園で俺のを除いて唯一の男子生徒。必然的にこれからも行動を共にする事になったり、助け合ったりするだろう。もうそれは友達同然じゃないか。
シャルルに対する疑いは晴れた訳じゃない。でも、あの笑みを見た俺にはもうシャルルを疑う気持ちなんて何処かにへと消え去ってしまっていた。

「ぃて…か?…織…ら…」

よし!そうと決まればさっそく昼飯でも誘って…―――。

「聞いているのか。馬鹿者」

メキッ

「ぐおぉおおお~…」

骨が軋む嫌な音と頭部にめり込む固い何かが、考える事に没頭していた俺の意識を強制的に現実へと引き戻し頭部に奔る激痛に俺は頭を抱え机に突っ伏する。目に涙を溜めて見上げて見ればそこには出席簿を角を此方に向けて構え、こめかみに青筋を立てて怒りのオーラを絶賛放出中の千冬姉の姿が…。冗談抜きで怖い。身体が震えてやがる…。

「私の授業中に考え事とは良い度胸だな?織斑」
「い、いや!これは授業に集中し過ぎてですね!考える事に没頭してたんですよ!はい!」
「ほう。ならこれから言う質問に答える事は出来るな?何、そんなに難しい物じゃない。授業を私の声が届かない程集中して受けているお前なら簡単な質問だ。勿論、答えられるよな?」
「い、いや俺は「答えろ」はい…」

迫力に負けて言い訳も出来ずに屈する俺。勿論、馬鹿みたいに難しい質問には答えられず拳骨が俺の脳天に叩き込まれ頭蓋骨が陥没しましたとさ。







「あ~やべ…確実に頭蓋骨変形してるよこれ…ん?」
「じぃー…」
「…な、何だ?ミコト?」

確かに違和感を感じる頭を擦りながらぐったりと椅子の背もたれに身体を預けていると、興味深そうにじーっと俺の頭を眺めているミコトに嫌な予感を覚え、恐る恐る訊ねてみる。すると、ミコトは俺の頭に指をさして。

「たんこぶ…すごい」
「…そりゃあ、あんな威力のある打撃を2回も喰らえばな」

しかも1ミリもずれずに同じ場所にだ。我ながら何て石頭だと感心する。たぶん、やわな人間が喰らえば頭かち割れてたと思う。あれはそれだけの威力はあった。喰らった本人がそう言ってるんだ。間違いない。

「おぉ~…」

今度はキラキラと目を輝かせて感嘆の声を漏らすミコト。ますます嫌な予感が増す。何だ?何を企んでるんだ?このチビっ子は?

「触って、いい?」
「駄目だよっ!?」

期待に満ちた眼差しで止めを刺そうとするとは末恐ろしい子である。無垢とは時に邪悪よりも恐ろしいもんだ。平然とした顔で惨い事をしてきやがる。
ちゃっかりたんこぶを触ろうと伸ばされた手を「やめなさい」と窘め、「むー」と不安そうに拗ねるミコトから逃げるように席を立つと俺はシャルルの席へと向かう。

「あっ、一夏。さっきは大変だったね。大丈夫?すごい音してたけど…」
「大丈夫じゃない。千冬姉は俺の限界を知ってるからな。さっきのはギリギリの所までキテた」
「あ、あははは…ご愁傷様」

シャルルは笑っているが俺にとっては笑い事じゃない。姉弟だから互いの事を理解していると言うのは聞こえはいいが、今回みたいなのは御免だ。身体がもたん。生かさず殺さず限界ギリギリの所まで痛めつけられるなんて質が悪い。…まぁ、そんなことは今はどうでも良い。過去より今を生きようぜ!ってことで…。

「シャルル。飯食いに行こうぜ」
「ごはん?あ、そう言えば今は昼休憩だね」
「そういうこと。食堂ははじめてだろ?一緒に行こうぜ」
「ほんと?ありがとう…でも良いの?」
「ん?何がだ?」
「だって、一夏も僕なんかより仲の良い友達と一緒と食べた方がいいでしょ?」

なんだ、そう言う事か。だったら何も問題無い。

「ああ、その事なんだけどさ。言うの忘れてたけど他の連中も一緒だけど良いか?」
「僕はかまわないけど…無理しなくていいんだよ?食堂の場所くらい他の子達について行けばわかるし」

この時間、生徒達が集まるとすれば必然的に食堂になる。シャルルの言う通り他の生徒達について行けば食堂に辿り着く事は出来るかもしれないがそう容易な物じゃないと思う。この学園内ではシャルルは歩く誘蛾灯そのものだ。転校初日で無闇に一人で行動してると大変なことになるぞ。

「無理なんてしてないって!俺がシャルルと飯が食べたいだけなんだし」
「一夏…ありがとう。優しいんだね」

そう言ってやわらかに微笑むシャルルにドキリとすると、それを誤魔化す様にシャルルから俺は顔を逸らしてあははと笑いながら頬を掻く。やめろ。面と向かっていわれると流石に照れるじゃないか。

「そ、それじゃあ、皆連れてくるから少し待っててくれ」
「うん!」

柔らかな笑顔に見送られ、俺は箒達のもとへと向かうと、そこにはシャルルの笑顔とは対照的にジト目で不満一杯の表情を浮かべた箒達が俺を迎えてくれた。とんでもない温度差である。ていうか何時の間に来てたんだ鈴。

「えっと…あの…」

俺に向けられてくる複数の視線に尻込みをしてしまう俺。第三者から見れば何とも情けなく見えていることだろう。箒達から視線を逸らし周りを見てみれば此方を見て苦笑を浮かべるクラスメイト達がちらほらと見える。うん。恥ずかしい。

「随分仲が宜しい様ですわね。一夏さん?…所で、今の状況を分かっていらっしゃる?」
「先程の授業もそうだったが。気が緩んでいるのではないか?」
「アンタって本当に…呆れて何も言えないわ」
「おりむ~。ダメダメだよぉ~…」
「うぐっ…」
「???」

箒達の情け容赦ない言葉がぐさぐさとガラスのハートに突き刺さってきやがる。ミコトの不思議そうに首を傾げるだけで良かった。ミコトにまで蔑む様な目で見られたら俺は完全に折れてた。心が…。

「はぁ…それで?どうしたのだ?何かデュノアと話をしていた様だが?」
「あ、ああ!えっとな。シャルルと一緒に食堂で飯を食う事になったんだけどさ。皆も良いよな?」
「「「「はぁ!?」」」」
「別に、いい。たくさん居た方がごはんおいしい、から」
「そうか?ありがとな!ミコト!」

俺の突然の提案に驚く箒達。そしてどんな箒達とは違って隣で座っていたミコトはこくこくと頷いて賛同してくれた。そう言ってくれると助かる。誘っておいてやっぱり駄目でしたなんて言えないもんな。

「お、お待ちなさいな!一夏さん!本気で言っていますの!?」
「おう。別に驚く事は無いだろ?友達同士で一緒に飯を食べるくらい。セシリアだっていつも一緒に食べてるじゃないか」

箒、セシリア、鈴、のほほんさん、ミコト、そして俺。これがいつもの昼食タイムのメンバーだ。傍から見ればとんでもないメンツではある。朝食や夕食は食べるタイミングがずれたりして一緒に食べる機会は少ないが、昼食は特別な用事が無い限りほとんど一緒にする事が多かった。今日だってそうだ。

「そういう問題ではございませんわ!一体何を考えて―――「セシリア?何で、ダメ?」っ…ミコトさん」

俺に詰め寄ろうとしていたセシリアの袖を引いたのはミコトだった。何故こんな言い争っているのかミコトは理解できていないのだろう。ミコトの瞳は何処までも無垢で、その澄んだ瞳はセシリアを映し、その見つめられたセシリア本人も言葉を詰まらせてしまう。狙われてる本人がこれでは怒るに怒れないっと言った所か…。

「仲間はずれ。かわいそう。みんな、一緒が…いい」
「でもこれは、うぅ…箒さん!」

ミコトの縋る様な視線を向けられ居た堪れなくなりセシリアは隣に立っていた箒に助けを求める。勿論、箒は自分に振られるとは思っても居なかったのでセシリア同じ反応を見せることになる。

「わ、私に振るなっ!?えっと…ミコト?その、だなぁ…り、鈴!『たまには』中国代表候補の威厳を見せてやれ!」
「アンタら、都合の悪い時だけ持ち上げるとか良い度胸してるわね。ていうか喧嘩売ってる?売ってるわよね?よし買った。買うわよアタシ」

ぷるぷると拳を震わせて頭に怒りマークを浮かべる鈴。待て待てISを展開しようとするな。落ち着け落ち着けって。

「りんり~ん。どうど~う」
「あたしは馬か!」

じゃじゃ馬なのは違いないな。HAHA!ウマイ事言ッタ☆…自分で言っておいてなんだが、すごくウゼェ…。

「鈴稟の事は置いておいてー。おりむー本気なのー?デュノッちとお昼ご飯食べるのー」

間の伸びた声でそう言ってくるが目は真剣そのもの。流石にそんなのほほんさんを相手に冗談とか言える程、俺もふざけるなんて精神なんて持ち合わせてはいない。ミコトを思う気持ちは多分、この中ではのほほんさんが一番だと思うから。

「ああ、本気だ。大丈夫。シャルルは敵じゃない。断言できる」
「んー…?」

じっとのほほんさんは俺の目を見つめてくる。そして、俺もその視線を逸らさずに受け止めると数秒見つめ合う状態が続いた。

「んー、わかったよー。おりむーがそう言うんならわたしは信じるよー」
「ほ、本音?本気なのか?」
「本気だよー?おりむーだって実際に話してみて大丈夫だと思ったから一緒にお昼を食べようって提案したんだよねー?」
「ああ、シャルルは良い奴だ。俺が保障する」
「何の根拠にもなりませんわよ…」
「そうかなー?私はおりむーの人を見る目は確かだと思うよー?だってー」

俺達を見回してにこりと笑うのほほんさん。

「現にこうやっておりむーのおかげで良い友達に巡り合えたんだもん♪」
「良い友達…か」

箒、鈴、セシリア。皆、最初は喧嘩はしたけど今はこうして話をしたりしている。でも、今思えばなんだかんだいってそのきっかけは全部俺にあるんだよなぁ。俺がセシリアの決闘を受けなければ、きっとセシリアとは友達にはなれなかったし、箒や鈴だってそうだ。今の様な関係になれなかっただろう。

「おりむーのおかげで皆出会えたんだよー?そんなおりむーだもん。人を見る目は確かだよー」
「ん。皆と友達になれたのは一夏のおかげ」
「う…む。そうだな」
「…そうですわね。ええ、そのとおりですわ」
「まっ、一夏が手当たり次第に女の子に手を出してるのは間違いないわね」

折角感動の場面だったというのに…鈴。お前のせいで台無しだ。それに俺はそんな軟派な男じゃないし手当たり次第に女の子に手を出した思えは無い。ん?何だ?何処からか嘘言うなって弾の声が聞こえてきた様な…気のせいだよな。

「はぁ…わかりましたわ。一夏さんがそこまで言うのでしたら信じましょう」
「一夏のお人好しは今に始まった訳ではないしな」
「それもそうね。言うだけ無駄ってカンジ?」

暫し悩んだ後、もう諦めたと肩を落とし溜息を吐く。でも、その表情は一見不満そうではあったが何処か穏やかな物が感じられた。しかし何故だろう?何か馬鹿にされている様な気がしてならないのは…?

「じゃあ、良いんだな?シャルルも一緒で!」
「どうせダメって言っても意志を曲げる気ないんでしょ?だったら口論するだけ無駄じゃない」
「まったくだ。随分と時間を掛けてしまった。これでは食堂の席どころか食券を買うことすら容易ではないぞ」
「うげっ…そういやそうだ。どうしよう?」

随分の遅れてしまったスタートダッシュ。今頃食堂では食券を買う為に長い行列が出来ている事だろう。箒の言う通り食券を買うだけでも一苦労しそうだ。それに、食券を買ったしてもそれをカウンターに持って行って食事がこの手に運ばれてくる時間を考えるとゆっくり食事を楽しんでいられる時間もなさそうだ。午後の授業も実習だって言ってたからその準備もしないといけないし…。

「その事ならご安心を!わたくしに良い考えがございますわ!」
「良い案?」

何だろう。すごく嫌な予感がする。物凄い失敗フラグが…。

「こんな事もあろうかと!お弁当を用意してきましたの!沢山ありますから皆さんも食べられましてよ?」

そう言うと鞄から大きめのバスケットを取り出すと目の前の机に置くセシリア。今朝から妙に大荷物だなと思っていたがそんな物を用意してたのか。しかし何故だろう?あのバスケットから危険なオーラが漏れ出してきてるのは俺の気のせいか?

「おぉ~…」
「セシりんナイスだよー!」
「ふふんっ!ですわ!」
「―――なん…だと?くっ、卑怯な!こんな状況で一夏の評価を上げようなどと考えているとは…っ」
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもない!」
「そ、そうか?」

明らかに何か言ってた気がするんだけどな。評価が如何とかって。

「…何故かしら。すごく嫌な予感がするのはあたしだけ?」

額に汗を浮かべ、目の前のバスケットを凝視する鈴。お前だけじゃないぞ、俺もだ。弁当を用意した本人の前だから口に出してはいないけどさ。

「何を無駄話をしているんですの!?さぁ!昼休憩が終わってしまいます!早く行きましょう!」
「あ、ああ…おーい!シャルルー!」
「あっ、OK貰えたのかな?」
「あ、ああ…うん。良いってさ」
「そっか♪ありがとう♪」
「………」

俺の呼び掛けにニコニコと笑顔を浮かべて近づいて来るシャルルに何故か罪悪感を感じてしまう。昼食を共にする許可は得られたというのに、何だこの気持ちは?まるで、地獄へと道連れにする様な気分何だが…。

「シャルル」
「ん?何?一夏」
「…すまん」
「え?」







場所を変えて此処は屋上。本来なら食堂へ向かい筈だったのだが今朝の事を考えると食堂に向かうのは無謀と判断し屋上で昼食を食べることになった。誰だって食事をするときくらいは落ち着いて食べたいだろう。女子達の視線を浴びながら食べるのはご遠慮したい。幸い、中身はどうであれセシリアがお弁当を用意してくれたのだこれを活かさない手はないだろう。中身はどうであれ。

「ごめんね。皆。僕の我儘聞いて貰って…」

俺の隣にすわるシャルルが未だにそんな事を言っていた。これで何度目だろう?さっきから何度も何度も似たようなことばかり言っている気がするが…。遠慮深いのも考えものである。

「男同士遠慮するなって。こんなの我儘の内にもはいらないから」
「ん」
「ありがとう。一夏。それにオリヴィアさん」
「ミコトでいい」
「! う、うん!じゃあ!僕はシャルルって呼んでね!」
「ん。シャルル」
「うん♪(かわいいなぁ、もぉ…)」

名前を呼ばれ、ぱぁっと表情を明るくして嬉しそうに笑うシャルル。どうやら二人は早くも打ち解ける事が出来たようだ。まぁ、ミコトならすぐに仲良くなるであろうことは予測済みだったけどな。シャルルも何だかミコトの事を気にしてたみたいだし。…何がとは言わないけどナ?口は災いのもと。食事前にまた脳をシェイクされるのは勘弁だ。
…しかし、二人が仲良くするのを快く思っていない人物が約2名程いた。

「むぅ~!」
「むむむ…ですわ」

ミコトの親友であるのほほんさんと、ミコトのお母さんことセシリアだ。

「何ですの?あの二人は?あんなに仲睦ましそうに」
「危険だよ。危険だよみこちー。男の子は皆オオカミさんなんだよ?気をつけないといけないんだよ?」

いつの間にか俺も危険人物になってる。俺、狼なのか…。これでも耐えてる方だと自負してるよ?こんな女の子しか居ない学園で男子一人で。それでも俺を狼だと言うのかい?のほほんさんよ。寧ろ褒めてくれよ。胸張って威張る事でも無いかもしれないけどさ…。

「あたしには別に異性として見てる様には見えないんだけど」
「む?そうなのか?私は良く分からんが…」
「あれはどちらかと言えば小動物を見てる目でしょ。どうみても」
「…ああ、成程」

反対に此方の二人はセシリア達とは違って冷静の様子。それより鈴はシャルル達の事よりバスケットの中身の方を気にしてるらしい。先程からちらちらと警戒するように視線を向けているのを俺は知っている。代表候補生を恐れさせるほど危険なモノなのか。これは…。
しかし意外だな。あののほほんさんがああも敵意を剥き出しにするなんて。まぁ言葉にすれば物々しいけど実際はぷく~っと頬を風船みたいに膨らませて可愛らしく威嚇しているだけだけども。それでものほほんさんがあんな態度を取るのは珍しい。いつもののほほんさんなら誰でもフレンドリーな接し方をするのに。俺も箒も最初から変なあだ名で呼ばれたりとかされたしな。

「…いけませんわ。乱れた男女の交友はミコトさんの教育に悪影響を及ぼしかねません」
「そうだそうだー!」
「お前達の認識とその存在がまさにミコトに悪影響だと思うのは私だけか?」
「右の同じく」

俺もそう思う。

「そこ!うるさいですわよ!と・に・か・く!わたくしは認めませんわよ!」
「みとめないぞ~!」
「え、え?何?何の話?」
「セシリアと本音…へん?」

二人だけのまったりしていた所に突然セシリアとのほほんさんにズビシ!と指を差されてきょとんとする二人。そりゃ急にそんな事言われればそんな顔になるわな。それにしても今日もセシリアは絶賛暴走中である。

「どうしてもミコトさんとお付き合いしたいと言うのでしたらこのわたくしを倒し………い、いえ!ブリュンヒルデになってからになさいな!」
「え、えええええっ!?」

一体何を言い出すんだこの金髪ロールは…。よりにもよって『ブリュンヒルデ』。世界最強になれってのか。壁が高すぎるだろ…。

「一夏に負けたから言い直したな。というか無理だろう性別的に…」
「男がモンド・グロッソに出場できる訳無いでしょうが」

あー…男が『ヴァルキリー<戦乙女>』って呼ばれるのは変だしなぁ。

「それぐらいの器を持つ方でないとと言う意味ですわっ!」
「あ、あの、別に僕はミコトをそんな風に思って…―――」
「まぁ!?ミコトさんに魅力が無いとおっしゃいますの!?確かに身形は幼く殿方にとって物足りない体型ではありますがまだ希望はあります!それに性格は素晴らしくてよ!何処に不満があると言うのです!?」
「むしろそれが良いんだよ!貧乳はステータスだよ!希少価値だよ!抱きしめたいよみこちー!」
「僕にどうしろって言うの!?わけがわからないよ!」
「何気に今サイテーに下品な事言ったわよねこの自称淑女(笑)」
「もはや病気だなこれは…」

理不尽な事ばかり吐いて暴走する二人に困り果てるシャルル。また厄介なのに絡まれたなぁ。同情するよ。というか良いのか時間の方は?昼休憩だってそう長くはないんだぞー?

「そ、そろそろ昼飯にしないか?昼休憩終わっちまうぞ?」

時間的にもヤバいので暴走する二人を止めに入る。流石に飯抜きで午後の授業を受けるのは自殺行為に等し過ぎる。それを二人も理解しているのか俺の言葉に大人しく引き下がる二人であった。

「む。確かにそうですわね。今回は見逃してさしあげますわ」
「え?次回もあるの…?」
「何かおっしゃいまして?」
「い、いえ!なんでもないですぅ!」
「いやもうそう言うのは良いから。はやく食べない?ほんとーに時間無いわよ?」
「そうがっつかなくてもお弁当は逃げはしませんわよ。鈴さんはお行儀がなっていませんわね」
「その言葉をそっくりそのままアンタに返すわよ」

全くだ。先程の自分を振り返ってみろと言ってやりたい。

「お腹を空かせた方がうるさいのでお昼にしましょうか。さぁ、たんと召し上がってくださいな」

そう言って膝の上に乗せてあったバスケットの蓋を開けて俺達の中央にそれを置く。バスケットの中身は一見普通のサンドイッチだ。具も豊富で見た目も綺麗だしまずそうというよりも寧ろとても美味しそうに見えた。これは俺の思い過ごしだったか?

「サンドイッチ…」
「はい。ミコトさんはお好きでしたわよね?」
「ん」

いつもサンドイッチとかパン系ばかり食べてるもんなミコトは。好きと言うよりただ小食で和食セットとかそういう量が沢山あるメニューが食べられないだけだけど。以前、一度だけミコトが俺の真似をして同じ和食セットを頼んだけど半分も食べ切れずに残った分を箒と俺とで分けあって食べたこともあったし。

「美味しそうだね~♪」
「ん。びっくり…」
「そ、そうですか?ま、まぁ!このセシリア・オルコットが作ったのですから当然ですわね!」

そう言って胸を張るセシリアだったが明らかに照れ隠ししているのが丸分かりだ。素直じゃないなぁ。意地を張らずに素直に褒められたことを喜べばいいのに…。

「パンも自分でカットしてるんだな。綺麗に切り揃えられてる」
「ホント、彩りも綺麗だし本当に美味しそうだね」
「むぅ…洋食は好かんのだが…」
「見た目は美味しそうよね…見た目は」

俺を含めた他の連中も感想はそれぞれだが評価は上々のようだ。鈴は未だに警戒してるみたいだけど多分考え過ぎだろう。こんなに美味しそうなんだ。不味い筈ないじゃないか。そんな漫画みたいなオチ実際にありはしないって。

「さぁ、召しあげれ♪」

「「「「「「いただきます」」」」」」

食事前の挨拶を済ませて一斉にサンドイッチ手を伸ばす俺達。そして、手に取ったサンドイッチを一口齧り。このまま硬直した…――――。

「ぐっ!?」
「みゅっ!?」
「むぐっ!?」
「~~~~っ!?」
「「!」」

「「「「(あ、甘~いっ!?)」」」」

鼻に侵攻して来る甘い香り。そして舌を刺激する異常な甘み。可笑しい。俺が食べている物は『たまごサンド』の筈。それなのにどうしてバニラエッセンスの香りがするんだ?何でこんなに甘いんだ?何だ?何だこれは?可笑しいだろ常識的に考えて!
箒達を見てみれば箒達も俺と同様に一口目を食べた状態のまま硬直して表情を歪めている。そうか。他のサンドイッチも同じだったか…。
…しかし、俺達とは異なる反応を見せる異端者が居た。

「美味しいね~♪このサンドイッチ♪」

「「「「はぁっ!?」」」」

手を頬に押し当てへにゃ~と表情を緩ませているのほほんさんの反応を見て俺達は信じられないと言った感じで驚きの声をあげる。しかし、驚きはこれだけではなった。…そう、居たのだ。のほほんさんと同等の異端者がまだ…。

「新しい世界が開けた…セシリアは天才」

「「「「ミコトも!?」」」」

何か訳の分からない事を言って驚いてるみたいだけどお兄ちゃんはもっとびっくりだよ。ミコトやのほほんさんもセシリア同様に壊滅的な味覚の持ち主だったんだな…。

「喜んでいただけて何よりですわ♪さぁ、一夏さん達もどんどん食べて下さいまし♪」
「あ、ああ…」

そう言ってセシリアが差し出して来たのは沢山のサンドイッチ?が入ったバスケット。正直一口目で胸焼けや色々な理由で一杯一杯なんだが…。
しかし、目の前のセシリアの期待に満ちた眼差しを向けられると断るに断れない。何だこの拷問は…。

…ど、どうするっ!?このサンドイッチ?を食べずに午後の授業を受けるかっ!?
「(だ、だが、午後の授業は夕方まである。補給する暇さえなければしかも午後は実習だ。体力は激しく消耗する。昼食を抜くと言うのは自殺行為…)」
「(我慢してこれを食べるか。それとも空腹のまま千冬さんの授業を受けるか…)」
「(選択は二つ。あ、あれ?でもこれって選択肢は無い様な…あれれ?)」
「((((生か死…いやどちらも死っ!どうすればいいんだ(の)っ!?))))」

異様なオーラを放ち目の前に鎮座するサンドイッチ?を見て究極の選択に頭を悩ませる俺達。ごくりと固唾を呑み下し、意を決して手を伸ばしてみたものの、その手はすぐに引っ込められ、また手を伸ばしては引っ込めとその動作を繰り返しては時間を浪費していた。しかし、悩んでいる時間は無い。時計の針は止まることなく昼休憩の終わりは刻一刻と迫っているのだから…。

「あ、あたし、実はお腹一杯で…」
「っ!?逃げるとは卑怯だぞ鈴!」
「何とでも言いなさい!あたしはまだ死にたくないのよっ!」
「折角セシリアが作ってくれたんだぞ?それを食べないと言うのは失礼じゃないか。とりあえず座れ。(※訳 お前だけ逃げてんじゃねぇよ」

立ち上がろうとした鈴の両腕を俺と箒でガッチリと拘束して無理やり元の位置に座らせる。一人だけ逃げようなんてそうはいかない。一人欠ければその分このサンドイッチ?食べなければいけなくなるではないか。

「押し付けの善意なんて悪意と同じよ!やり掛けのRPGを自分が居ない間に「代わりにクリアしてあげたよ♪」とか言ってクリアされるのと同義じゃない!」
「何をわけのわからない事を。とりあえず喰え!貴様だけ逃げようなど認めんぞ!」

顔を青くして
セシリアに聞こえない様にヒソヒソと醜く言い争う二人。まるで地獄に吊るされたクモの糸を取り合っている様だ。どれだけ足掻こうとも待っているのは地獄だけなのにな…。

「ぼ、ぼぼぼぼ僕は無理を言って混ぜてもらった様なものだからこれ一つでいいよ。うん!ありがとね!ご馳走様でした!」

そうは問屋がおろさねぇ…。

「何言ってるんだ?シャルル。此処まできたら一蓮托生だろ?ほらほらまだこんなに沢山あるんだし」
「い、いいいいいいよ!僕は!あとは一夏達が食べて!ね?」
「あら?そんなに遠慮しなくてもよろしいんですのよ?沢山作りましたからご遠慮せずデュノアさんも召し上がってくださいな」
「だってさ♪ほらセシリアもああ言ってるんだから遠慮せず食えって♪」
「(神は死んだ!?)」

俺はシャルルの肩に手を回しニヤリと笑うとシャルルは絶望した表情を浮かべる。

「何をしてますの?早く食べないと次の授業に遅れますわよ?」
「「うまうま♪」」

ソレを平然とした表情で食べているセシリアの尤もな言葉に、俺達は意を決してというか、何か色々な事を諦めてサンドイッチ?を口に含むのであった…。
…追伸。この日、普段は飲む事のないブラックコーヒーがやけに美味しく思えたのはきっと気のせいでは無いだろう。そして苦いコーヒーを飲みながら俺達は誓った。絶対にセシリアの料理はもう食べないと…。









美味しい美味しい夕食を終えて、俺とシャルルは部屋に戻って来た。やはりと言うか当然と言うか。予想通りシャルルと俺は同室となった。まぁ学園で二人だけの男性だしこれは必然と言えるだろう。そして現在、俺達は未だ舌に感じる昼の『アレ』の甘みを紛らわせるために俺の淹れた日本茶を飲んでいる。

「嗚呼…生き返るなぁ。やっぱり俺は甘いのよりこっちの方が好きだ」
「うん。紅茶以外のお茶を飲むのは初めてだけど美味しいね、これ。何だか落ち着く」
「おおそうか。シャルルも日本茶の素晴らしさを理解してくれるか。うん。日本茶は良いよな」
「何より、甘くないのが良いね」
「だな」

俺とシャルルは笑い合う。

「色々酷い目に遭ったけど、楽しかったよ。ありがとね?一夏」
「おう。今度は皆でどっか遊びに行こうぜ。出来れば甘いものが無い所に」
「あはは、そうだね。僕もしばらくは甘い物は見たくないや…」

と、言った物の。ミコトとのほほんさんは食後のデザートを楽しんでたけどな。俺や箒達は昼間の甘みが残って見てて吐きそうになったよ。

「それにしてもすごいね。ミコトに布仏さん。あれ食べたのに夕食後にデザートまで食べて」
「きっと今頃は部屋に貯蔵してあるお菓子を食べてる頃だろうな」
「ほ、本当に凄いね…」

ああ、ミコトとのほほんさんは『お菓子だけ』は物凄い量でも完食するからな。一体何処にあの量が入るんだか。

「あれで専用機持ちで機動じゃあ学園のトップクラスだってんだから信じられないよな」
「ええ!?そうなの!?」
「ああ。俺もセシリアもミコトに追いかけっこで捕まえた事は一度も無いんだよ。ミコトの奴ひょいひょい楽しそうに避けてさ。そのたんびに俺とセシリアが千冬姉に怒られるんだよ」

ホント、理不尽だよな。

「ぷっ、大変だね?」
「む、他人事じゃないぞ?シャルルだって専用機持ち何だからシャルルも追いかけっこに参加だ」
「え、ええ~…」

ふふん。俺達に痛みを貴様も味わうが良い!

「うぅ、嫌だなぁ…」
「お前の大好きなミコトと追いかけっこだぞ。もっと喜べ」
「だからそんなんじゃないってばぁ…ただ僕は小さくて可愛いなって思っただけだよぉ」
「なるほどシャルルはロリコンっと…」
「いやな誤解をしないでよ!?」

…いや。今のは誰だって誤解すると思うぞ?

「まったく…何で一夏はそんな勘違いするかなぁ」
「お年頃なもので」
「ただ僕で遊んでるだけでしょ?もー!」
「何だ、バレてたか」
「一夏~?」

悪かった悪かった。謝るから怖い顔で襟を掴むのはよせ。今あれをやられると確実に吐くから。昼の物がリバースするから。そう言うと、シャルルはものすっごく嫌な顔をして俺を放してくれた。

「とにかく!そう言うんじゃないんだからねっ!?」
「はいはい。分かったよ。そうムキになる事でもないだろ」
「一夏がしつこいからだよ!もう!」

そういう面白い反応するからからかわれるんだって。でも良いな。こういうのって。こんな気楽に話したのはどれくらいぶりだ?昨日弾と話したばかりだけどあれは学園外だったし、今は学園の中だ。学園生活中にこんなに気楽に会話が出来るなんて思っても居なかった。だからシャルルが来てくれたのは本当に嬉しいぞ。

「なぁ、シャルル」
「ん?何?」
「これからよろしくな?」
「へ?………うん。よろしくね?一夏」

一瞬、きょとんとするシャルルだったが、すぐに笑顔になりよろしくと返してくれた。うん。今日は何だか安心してぐっすりと寝れそうだ…。











あとがき

どうも、更新遅れて申し訳ないですm(__;)m。
戦極姫3やってました。とても面白かったです。ええ。足利は凌辱シーンさえなければ…ね。

時間開け過ぎた所為で物を書く感覚を忘れてて妙に大変でした…

あっ、お詫びと言っては何ですが。ミコトのメタルキーホルダー水着ver?をTINAMIとpixivにて投稿しました。是非ご覧下さいw



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十七話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/07/23 13:37

「完全に私の失態ね。何が最強の生徒会長なんだか…ったく」

完全に私のミスだ。学園の生徒を安全を守るのが私も務めだと言うのにまさかこんな素人がする様な失態を侵してしまうとは、自分の迂闊さが嫌になる。

―――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』
ドイツの代表候補生でドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長。階級は少佐。過去に織斑千冬に教導を受けた事があり、その事もあってか織斑千冬を尊敬…いや、いきすぎたソレは最早信仰と言うべきだろうか。件のミコト・オリヴィア暗殺もそれが原因だろう。織斑千冬のクローンであるあの少女が余程許せなかったのか…。真意は不明にしても、やはり彼女の行動は異常でしかないが。

報告書を読み終え、それを拒む様にして机へと放り投げる。報告書が投げられた先には丁度『生徒会長』と書かれたプレートが置かれており、報告書にぶつかりカタンと音を立てて倒れてしまいそれを見て思わずむっとなってしまう。何だろうこのタイミングは?まるで本当に私が生徒会長失格みたいではないか。
とりあえずプレートは元に戻しておく。

「お嬢様。あまり気負い過ぎては…」

私の斜め後ろで待機していた虚ちゃんにはそれ程私が落ち込んでいる様に見えたのか、本当に不安そうに私を心配してくれる。ダメだなぁ。ご主人様が従者に心配かけちゃ…こりゃホントに堪えてるっぽいわ。
任務での失敗。親しい友達を危険な目に遭わせてしまったこと。どれも今回の件は私のプライドにも心にも結構なダメージを受けてしまっていた。
本音ちゃんが居て本当に良かった。私は、本音ちゃんに護衛の方はまったく期待はしていなかった。妹のついでにあの子の面倒を見てくれればそれだけで良い程度にしか思っていなかった。それがまさかこんなに仲良しになってあの子を大事に想いやるなんて…これは嬉しい誤算。その結果、あの子は救われたと言っても良いのだから。

その件についても、やっぱダメダメよね。わたし…。

「気負うに決まってるじゃない…あと、お嬢様はやめてよぉ」
「失礼しました。今、『生徒会長』と呼ばれるのはお辛いと思いましたので…」

あぁ~…出来た従者だなぁホントに。その優しさが身に沁みるわね。しかもいつの間にかお茶も淹れられてるし。ホントに虚ちゃんの従者っぷりには頭が下がるわ~。

「しかし参ったわねぇ、ホント…」

差し出されたティーカップを受け取りながらそう愚痴る。まさかこんな大胆な行動を取ってくるとは思わなんだ。注意すべきはギリシャの行動のみと決めつけていたのがいけなかったかしら。その怠慢な思考が此方の対応を遅らせ今回の失態を招いた。振り返れば振り返る程情けない失敗だ。しかし、どうしても気にかかる事があった。そう、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』のあの異常な行動についてだ。彼女は軍人でなおかつ特殊部隊の隊長を任される程のエリートだ。それなのに、街中で堂々と拳銃を発砲するなど考え辛い。私はその行動には何か他に理由がある様に思えた。

「…裏で色々と動いてそうよね。これ」
「まず間違いないかと」

私の意見に虚ちゃんも静かに同意してくれる。やっぱりそう考えるべきよね。だとすれば勿論それは連中しかないか…。

「亡国機業…か」

『亡国機業』。その名を聞いて流石のクールでポーカーフェイスな虚ちゃんも表情を険しくなる。国を、世界を動かす程の影響力を持つ組織。連中からしてみれば此処は極上の餌が集まる場所。いずれIS学園も標的にされるのは分かっていたけれど、ついにIS学園にもその影を忍ばせて来たってワケね。これから忙しくなりそう。

「学園内の警護はどうしましょうか?本音だけと言うのも少し不安の様な気が…」

その心配は恐らく不要だろう。この学園内に居る限り彼女も派手な行動を起こせない。もし、起こしたりなどすればそれこそ今度こそ国際問題になる。そうなればもう言い訳なんて出来ない。学園側もそれ相応の対処が取れるでしょうね。

「それは心配ないでしょ。何かあっても例の男の子や代表候補生も傍に居てくれてるみたいだし。もし、何かあったとしても…ねぇ?」
「はぁ…上級生や学園関係者が黙っていないでしょうね」
「いやぁ~皆に愛されてるわ~。次期生徒会長に推薦したいわよねホント」

『親衛隊』とか私でも持ってないのに。末恐ろしいわねあの子…。
このIS学園で密かに存在する組織『ミコトちゃんを見守る会』。その組織の中には各国の代表候補生が複数所属しているというトンデモ勢力である。もし、あの少女に何か起これば彼女達が黙ってはいないだろう。正直、私でも関わりたくない連中である。だって怖いもの。私ロシア代表だけど上級生の代表候補生達を一度に相手して確実に勝てるって自信はないわよ。









第17話「動き出す黒」









「最近、模擬戦で負け続けなんだよなぁ。どうしてだろ?」
「一夏は戦い方がワンパターン過ぎなんだよ。それじゃあ、幾ら強力な武器を持っていても宝の持ち腐れ」
「当たらなければどうという事は無いってか」
「…3倍?つの、生えてるの?」
「最近ミコトの知識が偏り始めてるのにお父さんは心配です。誰が紅い彗星か」

一体何処からそんな知識を仕入れてくるのやら。のほほんさんだろうなぁ。きっとそうだ。そうに違いない。あの人はどちらかと言えば束さん側に分類されるタイプだから。流石に束さんまではアレじゃないけど。

「二人とも何の話してるの?」

誰も居なくなった昼下がりの教室。今日は土曜日なので授業は午前中で終わり午後は完全に自由時間のため、殆どの生徒は部活動や寮に戻ったりなどして教室には俺やシャルルとミコト以外誰も居ない。まぁ、用事も無いのに折角の自由時間を教室で費やす物好きなんて居やしないだろう。俺が残ってるのも学年別トーナメントに向けて勉強をするためだし。教室で復習、アリーナで実践、そして実際やってみてちゃんと実践できていたかどうかの反省。これが本日の俺の予定だ。

「もう、学年別トーナメントまで日数ないんだから真面目にしてよね?」
「すいませんでした」
「ん。でした」


素直に頭を下げる。シャルルにも自分の都合があるって言うのにわざわざ付き合って貰ってるんだから真面目にしないとな。しかし、何でミコトも俺の真似をして謝ってるんだよ。口足らずな謝罪が無駄に可愛いじゃないか。なんかシャルルが鼻を押さえてプルプル震えてるし…。

「っ……こ、こほんっ!分かってくれればいいんだよ?さ、さあ!続けようか!」
「わかりましたーシャルルせんせー」
「せんせー」
「先生って…もう!真面目にやってよぉ!それにミコトも教える側でしょ!」
「…お~」

シャルルに指摘されそういえばそうだったと思い出したという様に妙な声を出して何度もコクコクと頷くミコト。気をまったくシャルルのいう通りだ。俺と一緒に「はーい」って手を上げてる側じゃないだろうに。しっかりしてくれよミコト先生。
そして、再びシャルルがこほんと咳払いをして気を取り直し授業を再開。

「一夏は何で勝てないと思う?何でもいいから意見を言ってみて」
「え?何でってそりゃあ…パターンを読まれてるからだろ?武器が一つしか無いんだから攻撃パターンも限られてくる訳だし」
「確かにそうだね。でも、それだと織斑先生はどうなるの?」
「あ…」

確かにそうだ。千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。世界各国の代表が集まる大会で『雪片』一つで我武者羅に戦って優勝できる程モンド・グロッソは甘くない。武器が一つしか無いから仕方が無いっていうのはただの言い訳でしかない。

「『技量が天と地と差』もある織斑先生と比べてもしょうがないけど、一夏は『色々未熟』な点が多すぎるんだと思う。あ、でも勘違いしないでね?全部『一夏が悪い』って言ってる訳じゃないから。白式の偏ったコンセプトのせいでもあるんだし」

一言一言シャルルの遠慮ない指摘が俺のガラスのハートに突き刺さる。シャルルもフォローしてくれてるようだけど既にオーバキル状態なので何を言おうがもう俺のハートは滅茶苦茶です…。
と、そんな項垂れる俺にシャルルは慌てはじめる。まさか自分の言葉が止めを刺すとは思いもしなかったらしい。意外と天然なんだな。恐ろしい奴だ。

「だ、大丈夫だよ!これからきっとうまくなるから!その為の訓練なんだし、ね?」
「だといいんだけどなぁ…」

伸び悩みって言うのかな?最近全然成長してる気がしないんだよな。セシリアや鈴、箒にだって放課後の練習に付き合って貰ってるんだが…。

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんという感じだ!』

『なんとなく分かるでしょ?感覚よ感覚。…はぁ?何で分かんないのよバカ』

『防御の時は右半身斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ』

以上が3人の教導内容な訳だが…。うん。ハッキリ言ってわからん。言い訳に聞こえるかも知ればいが俺が成長しないのはこの3人にも問題があるのは間違いないと思うんだ。付き合って貰ってこんな事言える立場じゃないのは重々承知してるつもりだけどさ。分かりにくいんだもん!しょうがないだろ!?
自分でも分かる出来るのだから他人が出来ても当然。そう思っているんだろうなアイツ等。初心を忘れちゃいかんですよ?

「あ、あははは…。まぁISの操縦にはイメージも関わってくるからまちがってはないんじゃない…かなぁ?」

そこは自信を持って間違いじゃないって言って欲しかった。

「は、話を戻そうか?」
「…だな」

落ち込んでたってしょうがない。それで上達する訳でも無いんだし。

「それでね?操縦に関しては時間を掛けてくしか無い。だから、一夏がまず学習すべきポイントは2つ。射撃武器の特性と接近戦での間合いの把握かな」
「射撃部の特性と間合いの把握?」

どういう事だ?言葉だけを並べられてもいまいち良く分からんのだが。

「一夏は単純に射撃武器の特性を理解していないから相手との間合いを詰めることも攻撃を避けることも出来ないんだと思う」
「そんな事無いと思うんだが…」
「そんなことあるの。この一週間、一夏の訓練を見てきたけど殆ど僕やセシリアの間合いを詰められなかったじゃない。それに、『瞬間加速』からの攻撃は白式のスペックだと確かに効果的ではあるけど、そう何度も見せられれば対処するのはそう難しくないよ?特に一夏の『瞬間加速』は直線的だから」
「確かに、最近じゃセシリア達にも通用しなくなってきたなぁ…」

ワンパターンだから読まれてたのか。確かに一直線に突っ込んでくるのが分かってるんだから避けるのに苦労はしないだろうな。

「軌道を変えながら加速するって言うのは?」
「それはあまりお勧めできないね。瞬間加速中に無理な軌道変更をすると機体に負荷が掛かるし、操縦者にもそれがいくから…最悪、骨折とか大けがする場合もあるんだ」

良かったぁ。実行する前に訊いておいて。ん?でも待てよ?

「シャルル?ミコトのイカロス・フテロはどうなるんだよ?凄い加速で複雑な軌道をとってるのに大丈夫なのか?」
「ん?」

急に自分の名前を呼ばれてぼーっと空を眺めていたミコトが反応する。てか真面目にやってくれよ。

「別にミコトは瞬間加速によってあの加速を出してる訳じゃないよ?確かに凄い複雑な軌道で凄い加速をする時はあるけど、イカロス・フテロはそれに特化した機体な訳だしそういうのは考えて設計されてる。特にあの翼。あれはビジュアルのためだけの翼じゃない。空気抵抗・圧力・軌道変更っていった沢山の技術を詰め込んだとんでもないものなんだよ?」

空気抵抗や云々の話は千冬姉に訊いたけど最後の初耳だな。千冬姉は欠陥機って言ってたのに。

「操作が複雑すぎるのが問題なんだよ。操作が簡易化されて、尚且つあの機動が誰でも実現可能になればあの機体は化けるかもしれないね」
「ふ~ん…」

やや興奮気味で熱く語るシャルルに俺は唯々頷く。うん。正直言うと良く分からん。シャルルの様子からして凄い事なんだろうけど。

「―――っと、また話が逸れちゃったね。それで、一夏は射撃武器の特性って何だと思う?」
「何だって…間合いっていうか、射程距離だろ?」
「そうだね。それが近接武器と射撃武器の圧倒的な違いだね。…他には?」
「他に?え?それだけだろ?」
「ううん。もう一つあるよ。重要なのが」

もう一つ?他にまだあるのか?俺には間合いくらいしか思い浮かばないんだが…。

「はい時間切れ。答えは『速さ』」
「『速さ』?」

速さ…射撃武器に速さって単語を関連付けるって考えすら俺の頭にはなかった。まさかそんな言葉が出てこようとは…。

「うん、速さ。一夏の瞬間加速も速いけど、弾丸の面積は小さい分より速い。だから、軌道予測さえ合っていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏の瞬間加速は一回に凄い量のエネルギーを消費するけど実弾の場合は弾がある限り同じ速度で何回でも撃てるしね」
「成程…つまり俺は燃費の悪い鉄砲玉って訳だな?」
「あはは、酷い言い方だけどその通り。でも、弾には感情が無い。だから唯只管にブレーキを掛ける事無く一直線に飛んでいく。一夏の場合は玉砕覚悟で特攻しても心の何処かでブレーキをかけちゃうんだ。人間だからね」
「それが間合いを詰められない原因?」
「の一つだね。他にも色々と理由はあるけどね。間合いの差を埋めるのにはそれなりの技量が求められるから」

『剣道三倍段』って奴か。無手の人間と剣を持った間合いの差。一見、そんなに差は無いように見えてもその距離には絶対の間合いが存在する。無手の人間は間合いが狭いため当然踏み込まなければ相手に当たらない。でも、間合いの広い剣を持つ相手がそれを許す筈が無い。踏み込もうとすれば自身の間合いに入った瞬間に打ち込まれてしまうだろう。それだけ間合いというのは難しいのだ。

「…で、今も出てきたけど。二つ目のポイントは接近戦での『間合い』の把握」
「これは把握してるつもりだぞ?」

これでも一応は子供の頃に剣道を習ってたし、今も箒にしごかれてる。剣の間合いについては把握してるつもりだ。

「そうだね。『攻撃が当たる距離』は把握してると思う。でも、『確実に当たる距離』までは把握してない」
「確実に、当たる距離?」
「うん。白式の単一仕様能力『零落白夜』は大量のシールドエネルギーを消費するのは知ってるよね?」
「ああ」

自分自身の事だ。その事は良く知ってる。

「『肉を斬らせて骨を断つ』まさにそれを具現化した様な武器だけど。それは本来必殺でないといけない。でも一夏は簡単に避けられて自分から不利な方へと追い詰めてるんだ」
「ぐっ…」

確かにいつも一発逆転一か八かの賭けの気持ちで攻撃してる様なもんだよな…。

「自分からシールドエネルギーを消費するなんて本来有り得ないよ?しかも簡単に避けられちゃうし一夏は相手の攻撃をかわさないで受けちゃうし。そんなの勝てる訳無いよね?」
「ぐっ!おおおおっ…」

こ、心が…俺のガラスのハートが…っ!先程接着剤で直したばかりのガラスのハートが砕けてしまう…っ!

「だから、確実に当たる距離を覚えてもらうの。身体にね?」
「覚えるってどうやってだよ?」
「うん♪ミコトと『おにごっこ』をしてもらいます♪」
「オウ、イエ~イ」
「なん…だと…?」

今、何とおっしゃいましたかシャルルさん?俺の耳が確かならミコトとおにごっことかおっしゃいませんでした?それにダブルピースっていう妙な反応を見せてるミコト…まさかミコトが此処に居るのはそう言う事なのか!?だとしたらなんてこった!マジでやばい!

「逃げるミコトをこの新聞紙を丸めて作った剣で叩いてね♪ミコトに当てれるようになればもう誰にだって避けられないよ♪」

その理屈おかしい。絶対におかしい!

「と言う訳で♪アリーナに行こうか♪」
「レッツゴー」
「い~や~だあああああああああぁぁぁ…―――」

そして、俺の抵抗も虚しく。シャルルとミコトに襟を掴まれた状態でズルズルと引きずられ、すれ違う女子生徒達に奇妙な物を見る様な視線を浴びながら俺の悲痛な悲鳴はムカつく程澄んだ青空の彼方へと吸い込まれて消えて行くのだった…。
どうしてこうなった!








――――Side 織斑 千冬
 




「―――…はい。ではその通りに。はい。失礼します」

通信を切りディスプレイを閉じるとふぅ、と疲れの籠った溜息をひとつ吐く。別に尊敬もしてもいない相手に使いたくも無い敬語を使ったせいか凝りに凝った身体をボキボキと鳴らす。やはりこういうのはどうしても慣れないものだな。老害どもに媚を売ると言うのは。まぁ、弱みをチラつかせてお話(脅迫)したら泣きながら喜んでこちらの要求を呑んでくれたが…。
しかし、完全に後手に回り対処が遅れたとはいえこれで漸く一息吐ける。こちらが睨みを利かせている内は各国の欲深い馬鹿共も手を出そうとは考えまい。残る問題と言えば―――。

「ボーデヴィッヒ、か―――」

篠ノ之といいオルコットといい、どうして私のもとには問題児しか集まって来ないのかとつくづく思う。しかし意外だ。一夏やオリヴィアが関わっているとはいえあのボーデヴィッヒが軍規に違反する行動を取るとは。ドイツの方にも改めて問い詰めてみたが、彼等も今回の件は本当に関与していないらしい。それどころかボーデヴィッヒからは定時連絡すら無いとの事だ。あの軍に忠実なボーデヴィッヒが定時連絡を怠るとは思えない。アレが独断で行動しているか、もしくは何者かがアレを利用しているのか…。これはいよいよもってキナ臭くなってきた。もしや、今回の件も大掛かりな囮でしか無いのかもしれんな。だとすれば、この影に居るのはやはり…。

「ちっ、面倒なことだな。まったく」

厄介事が次から次へと…。胸糞悪いにも程がある。奴らめ、この落とし前はどうつけてくれようか?楽には死なせん。自ら殺してくれと乞う様にじっくりと…――――。

「む?」

連中をどう血祭りにあげるか浸っている所を横槍の通信が入る。楽しんでいる所を邪魔されて小さく舌打ちすると思考を切り替え端末を操作しディスプレイを開く。そして、通信相手を確認し私は意外な人物の名を見て驚いた。何故なら、その人物の名は―――。

『―――お久しぶりですね。教官』
「…ああ、まさか貴様の方から連絡をくれるとはな。クラリッサ・ハルフォーフ。それと、私はもう教官では無い」

クラリッサ・ハルフォーフ。嘗ての私の教え子であり、今問題となっているラウラ・ボーデヴィッヒの副官を務める者の名だったのだから…。








――――Side 織斑 一夏




「ゼェ…ゼェ…し、しぬぅ!」

ミコトと鬼ごっこをはじめて3時間は経過しただろうか。休憩を入れず3時間をぶっ通しでミコトを棒を当てようと必死に頑張っては見たものの、やはりと言うべきか。当たるどころか掠りもせずに現在こうして俺は体力切れを起こして情けなくダウンしていた。
地面に大の字で寝そべって空を見上げると、鬼ごっこの最中は気にする余裕も無かったからか、陽も沈み始めて空もだんだんと茜色に染まって行っているのにこの時漸く俺は気付く。
随分と集中してたんだなぁ…。それだけ余裕が無かったって事だろうけど。
ミコトを簡単に息を切らす事無く捕まえる千冬姉と、必死な俺とは反対に楽しんでいるミコトとは違い、俺はこんなに必死で体力を使い果たしているというのに結局触れることすら出来なかった。これがミコトと俺の力量差かと、今さらだと分かりきった事実だと言うのにどうしても悔しくて拳を強く握り締めてしまう。

「一夏、お疲れ様」

バテている俺にシャルルは駈け寄ってくるとミネラルウォーターが入ったペットボトルを渡してくる。有り難い。もう喉がカラカラだったんだ。俺は「サンキュ」と感謝を述べてペットボトルと受け取ると一気に水を飲み干した。

「ぷはぁっ…水が滅茶苦茶うめぇ!」
「あはは。それだけ頑張ったって事だよね。お疲れさまでした」

本当にお疲れだよ。この歳でおにごっこでクタクタになるとは思わなんだ。見た目お子様なミコトはまだ空で飛び回ってるけど…。
空を見上げれば茜色の光を輝かせて悠々と空の散歩を楽しむミコトの姿が。ホント、子供は疲れ知らずと言うか…って、ミコトも同い年か。同い年…だよな?見た目小学生くらいだけど。あっ、胸は鈴と同じくらいか。


ばきぃっ!

「ど、どうかしましたかっ!?突然壁に穴を開けたりしてっ!?」
「いや、急に殺意が湧いて」
「…は、はぁ?」


―――はっ!?何か寒気が。6月だからってまだ冷える時は冷えるからな。その所為か?

「どうかした?」
「い、いや…なんでもない」
「そう?まぁいいけど。それでどう?何かコツ掴めた?」
「掴めたかって…掠る事さえできなかったしな」

コツを掴む以前の問題だと思うが…。

「そうでもないよ?一夏は気付いてないかもしれないけど。だんだん時間が経つに連れて動きに無駄が無くなっていってたもん。多分無意識でやってたんだろうね。凄い上達速度だと思う」
「それでも、成果が出なけりゃ意味無いよ」
「武器が一つだけってなるとそれだけ難しくなるからね。そう簡単にはいかないよ」
「せめて飛び道具さえあればなぁ…」
「そう言えば、一夏の白式には『後付武装≪イコライザ≫』がないんだっけ?」

『後付武装≪イコライザ≫』とは、名前の通りその機体の基本武装以外での追加武装の事だ。機体にはそれぞれ拡張領域≪バススロット≫と言う物が存在し、その容量を許す限り武装を量子変換≪インストール≫し、そこに格納しておくことが出来る。本来なら機体の欠点や基本武装の補助をするためにあるのだが…何故か俺の白式には拡張領域既に満タンな状態で空いていないらしいのだ。

「ああ、何回か調べて貰ったけど、拡張領域は空いてないらしいんだよ。だから量子変換は無理だって言われた」

まぁ、出来たからって俺がそれを使いこなせるかどうかは分からないけどな。雪片弐型だけでも手こずってるってのに。やっぱり、俺には沢山の武器を使うより一つの武器に集中するのが性に合ってる。なんたって千冬姉の弟なんだからな。

「んー…たぶんだけど、それって単一仕様能力≪ワンオフ・アビリティー≫の方に容量を使っているからかな」
「えーっと…ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する固有の特殊能力だっけ?」
「そう。でも普通は第二形態から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間に使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズ。凰さんの衝撃砲。それにミコトの可変翼もそうだよ」
「へぇ~…、白式も零落白夜も単一仕様能力なんだよな?」

エネルギー性質のものであればそれが何であれ無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力、それが『零落白夜』。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自分のライフを削るという対価を求められる。威力は絶大だが対価も絶大。文字通り諸刃の刃であり、先程シャルルが言っていた様に『肉を斬らせて骨を断つ』と言う言葉を具現化した様な武器なのだ。

「うん。でも凄い機体だね。第一形態でアビリティーが使用できるなんて前例が無いよ」
「それって凄い事なのか?」
「勿論、武装が一つしか無いってデメリットがあって十分お釣りが来るくらい。言ったでしょ?滅多に発現しないって。それだけワンオフ・アビリティーは価値があるものなんだ。発現させれば代表にだってなれるよきっと」

成程、それ相応の物は貰ってるってことなのか。ならこれ以上望むって言うのも贅沢だよな。怠慢も良い所だ。あとは俺の努力次第ってことか。…うん!シャルルの話を聞いてたら急にやる気が出て来たぞ!

「…よし!もうひと頑張りするか!」
「あれ?急に元気になったね?」
「これだけ良い機体を使ってるんだ。それに、千冬姉も同じ条件でモンド・グロッソを戦い抜いたんだ。俺が弱音吐いてちゃ駄目だろ?」
「一夏…うん!そうだね!頑張ろ!一夏!」
「おう!」
「(…あれ?そう言えば織斑先生も同じ能力だったよね?同じ能力が発現するなんて本来有り得ない筈なのに…)」
「ほらシャルル!なにボケっとしてるんだよ!もう時間ねぇんだから早く始めようぜ!」
「あっ!うん!(偶然、なのかな…?)」







空はもうすっかり藍色に染まってしまい。周りに居たアリーナを使用する女子生徒達も既に寮へと帰ってしまった。今アリーナに居るのは俺とシャルル、ミコトの三人のみ。あれからもう一度ミコトに再戦を挑んでみたがやはり惨敗。気持ちだけで如何にかなるもんじゃないってのを実感した。

「だーっ!やっぱり駄目かぁ!!」
「ん。でも一夏。すごく頑張った。いいこいいこ」

もうすっかり満足したのか、漸く地上に降りてきたミコトがISを解除して、白式によじ登り俺の頭をいいこいいこと撫でてくる。…なんだこれは。妙にくすぐったいぞ。

「いいなぁ…」
「何か言ったか?シャルル」
「な、なんでもない!?」

何でも無いわけあるか。そんな物欲しそうにこっちを見てからに。何が言いたいのか丸分かりだぞ。

「そ、それじゃあ!最後に射撃武器の練習でもしてみようか!射撃武器が一体どんな感じか実際に使ってみないと分かんない事もあるだろうし!」

誤魔化したな…。
明らかに誤魔化しているのがバレバレなシャルルは自身の武器、五五口径アサルトライフル≪ヴェント≫を俺に渡して…否、押し付けて来た。わかったから。追求しないから押し付けるのはやめろ。それ、凶器だから。あと地味に肌に食い込んで痛いから!

「イテテテッ!?…ってか、他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」
「普通はね。でも所有者が使用承諾≪アンロック≫すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。えっと―――よし、今一夏と白式に使用承諾を発行したからもう使える筈だよ。試しに撃ってみて」
「お、おう…」

初めて銃器を持った事もあってか妙な重さを感じる。ISのエネルギーフォールドがあるので重たくは無い筈なのに…。やはり、銃は代表的な凶器であり、人の命を奪う物と言う印象が強い為だろうか?精神的にその重みと言う物が伝わってくるんだろう。
ごくりと唾を呑み俺は慣れない手つきで銃を構える。たぶん、今の俺はガチガチで不格好で情けない姿を晒している事だろう。銃を持つなんて初めての経験だからどんな構え方をすればいいのか分からないのだ。

「こ、こんな感じで構えればいいのか?」
「…一夏。肩に力入れすぎ。もっと楽にして。そう。それで脇も締めて。そこに左腕じゃなくてココ」

俺の後ろに回って次々と俺の姿勢を正していく。うん。俺からは確認する事は出来ないけど何だかまともな感じになった様な気がするぞ。

「オルコットさんのスターライトmkIIIと違ってこれは実弾だから瞬間的に大きな反動が出るけど、ほとんどISが自動で相殺するから心配しなくていいよ。センサー・リンクは出来てる?」
「銃器を使う時のやつだよな?さっきから探してるんだけど見当たらないんだよ」



ISでの戦闘は互いに高速状態での戦闘となる。そんな状態で人間の動体視力など付いて行ける筈も無く当然、ハイパーセンサーとの連携が必要となってくる。ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送るために武器とハイパーセンサーを接続するのだが、さっきから探しているのだが白式のメニューにはそれが無いのだ。

「格闘専用の機体でも普通は入ってる筈なんだけどなぁ…」
「欠陥機らしいからな。白式も」
「100%格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

目測かぁ。エアガンすら使った事が無い俺に出来るんだろうか?実際にやってみない事には分からんか。…よし!

「じゃあ、いくぞ」
「うん。最初は的に中てる事に拘らないで撃つことだけ考えて。それから撃つ感覚に慣れていこ」

感覚というのはやってみなければ絶対に分からないものだから、シャルルの言う通りなんだろう。とりあえず俺は一度深呼吸してから、的に狙いを定めてぐっと引き金に力を込めた。

バンッ!

「うおっ!?」

物凄い火薬の炸裂音に驚いてしまう。今まで何度も銃声を聞いて来た筈なのに、自分撃ってみるのとではこうも違う物なのか…。
ISが相殺してくれてるとはいっても手に残る反動と妙な感覚。これが銃を使った感覚なんだな。雪片しか使った事が無い俺にとっては新鮮な感覚だ。

「どう?実際に撃ってみて」
「あ、ああ…なんだか凄いな」

『トリガーハッピー』という言葉を聞いた事があるが…成程、気持ちが分かるかもしれない。楽しいっていうかわくわくって言うか、よく分からない高揚感が凄いのだ。

「あはは。銃を始めて撃った人は皆同じ事を思うんじゃないかな?僕もそうだったし。あ、そのまま続けて。一マガジン使い切っていいから」
「おお!サンキュ!」

学園が管理しているISの弾薬費と修理費は学園が負担してくれるが、専用機持ちはその所属する国が負担するのでそう無駄遣いは出来ないって言うのになんて良い奴なんだ。
シャルルの心遣いに感謝して、もう一度的に狙いを定めて二発三発と撃ちこみながら銃の特徴を把握しつつ、どのように銃の間合いを詰めるべきか考えていた。
動かぬ的を自分の姿に重ね合わせてみる。成程、相手が近接武器しかもっていないと分かっていてこんなに距離が離れていれば慌てず落ち着いて相手の動きを把握して対処する事が出来るだろう。自分がどれだけ不利な状況かと言う事が良く分かる。この距離、どう詰めれば良いのだろう。動き回って相手を錯乱…いや、それだと此方のエネルギーの消費が激しくて結局は追い詰められてしまうだろう。なら逆に突っ込んで…これだと今までと同じじゃないか。

「う~ん…」
「考え事しながら撃っても当るものも当らないよ?一夏」
「あ、悪い…」

弾薬も馬鹿にならないってのに無駄遣いするのは悪いよな。集中しないと…。よし、中った。

「そういえばさ、シャルルのISってリヴァイヴだよな?」
「うん。そうだよ。それがどうかした?」
「いや、何か山田先生が操縦してたのとだいぶ違う様に見えたからさ。本当に同じ機体なのか?」

山田先生が使っていたIS『ラファール・リヴァイヴ』は、ネイビーカラーに四枚の多方向加速推進翼が特徴的なシルエットをしていた。それに比べてシャルルのISはカラーだけでなく全体のフォルムからして違う。機動性を向上させるために追加された推進翼。削れるところは削ったと言った感じのスマートなフォルム。そして他のリヴァイヴの武装には無い左腕に固定されたシールド。どれも通常のリヴァイヴとは異なるものだった。

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備をいくつか外して、その上で拡張領域を倍にしてあるんだ」
「倍!?そりゃまたすごいな…てことは武器の数も凄い数になるんだろう?」
「そうだね。今量子変換してある武装だけでも二十くらいはあるかな」
「凄いな…ホントに」

そんな数の武器使いこなせるのだろうか?俺だったら絶対に無理だな。戦闘中にその膨大な量の武器の中からその状況にあった武器を選択する余裕俺には絶対ないだろうから。きっと武器を選んでいる最中に隙を突かれて撃墜されるのがオチだ。

「ラファール・リヴァイヴの特徴はその汎用性と多種多様な後付武装を組み合わせることが出来るパフォーマンスの高さ。だから、ラファール・リヴァイヴは第二世代型ISで完成に近いISと言っても良い」

射撃練習をしている時からちゃっかり俺の背中に張り付いてたミコトがそんな事を説明して来る。真面目な話をしてるのに今やっている行動のせいで台無しだぞ?ミコト…。

「おお、ミコト辞典が始まった。…というか、いい加減降りれ」

いつまで張り付いてんだまったく。年頃の女の子がはしたない真似するんじゃありません。自分が今何を着てるか分かってるのか?
ISスーツは肌を隠す面積は水着と殆ど変らない。そんな格好で密着されてみろ。色々と困るだろうが。何がとは俺の尊厳に関わるから言わないけどな。

「ミ、ミコト辞典?なにそれ?」
「ミコトの台詞、なんだか辞典をそのまんま読んだ感じがするだろ?だからミコト辞典」
「そ、そうなんだ…」
「んー?」

シャルルが頬を引くつかせてると言うのに、辞典呼ばわりされてるミコト本人は何の事か分からないといっや感じで首を傾げるだけである。まあシャルルの驚く気持ちは分かる。俺たちだって最初はミコトの知識の量には驚かされたものだ。でも今では「まあミコトだから」の一言で解決してしまうくらいに慣れてしまったけどな。人間の適応能力って凄い。

「しかしミコトの説明を訊くと凄い機体なんだなリヴァイヴ」

授業でも聞いたけど改めてその凄さを実感する。戦争なんて数ですよ数。武器が豊富なだけ色んなタイプの相手にも対応できるしな。

「凄いものか。武器の数しか取り柄のない時代遅れのアンティークなだけだろう?」

まるでナイフの様に鋭く冷たい声が、静まり返ったアリーナにまるで水たまりの波紋のように静かに響く。その聞き覚えのある声を訊くとまるで刃物を首筋に当てられたかのような錯覚を感じぞくりと背筋を凍らせる。隠そうともしない明らかな殺気。獣は獲物を狩るとき気配を潜ませるものだが、この声の主はそんなものは一切しない。堂々と、まるで今かお前達を殺すぞと死を告げるかの様に殺気を放つのだ。
まずい。俺はそう思った。今、此処には箒もセシリアも鈴ものほほんさんも居ない。箒は珍しく部活に顔を出しており、セシリアと鈴は何か急に機体の調整とやらで上司に呼び出されたらしく午後から学園を留守にしている。のほほんさんは何か用事があるとかで午後から会っていない。この状況で襲われたら俺はミコトを守りきれるのか?
ゆっくりとその声が聞こえて来た方へと振り向く。やはりそこには銀髪の少女。ラウラ・ボーデヴィッヒがその小さな身体とは不釣り合いな左肩に大型のレール砲を装備した漆黒のISを身に纏い、美しい銀髪を靡かせて、ギラついた獣の様な瞳で此方を睨みつけていた…。
殺される。本能がそう告げていた。このまま動かないで待っていたら確実に殺される、と…。それだけ、ラウラの殺気は異常だった。何が彼女をそうさせるのか俺には分からない。でも、アレは普通じゃない。普段の、学園に来る前の彼女を俺は知らないがまるで何かが取り付いた様にも見える。幽霊だの何だの、この世界最先端の技術が集まるIS学園で言うのも可笑しい話だが。

「どうした?睨まれただけで竦んでいるのか?情けない。それでもあの人の弟なのか?」
「くっ…」

図星を突かれて俺は何も言えなくなる。実際、この上なく情けない姿を晒してる。自分より背の小さい女に睨まれてビビってるなんてよ。

「やはり貴様はあの人の弟に相応しくない」

またそれかよ…。
ミコトが襲われたあの日、あの公園でもラウラは同じ事を言っていた。ああ、なんとなく気付いてるよ。お前が何を言いたいのか。お前が千冬姉を『教官』って呼んだ時から大体は想像はついてたんだ…。
お前が俺を憎む理由。それは…。

「貴様がいなければ…お前が誘拐なんてされなければ、教官は大会二連覇という偉業を成し得たというのに…」

そうだ。二年前、モンド・グロッソの決勝戦のその日。俺は謎の組織に誘拐された。どういう目的で何故俺が攫われたのかは未だ不明だが、俺は拘束され真っ暗な部屋に閉じ込められた。そこに助けに現れたのがISを纏った千冬姉だったのだ。決勝戦の会場から俺が誘拐されたという報せを受けて文字通り飛んで来たらしい。
今も忘れない。あの時の千冬姉の姿を。凛々しく、力強く、そして美しい、その姿を…。
しかし、それが原因で決勝戦は千冬姉の不戦敗となり、大会二連覇も果せなかった。誰もが千冬姉の優勝を確信していただけに、決勝戦棄権という事態に大きな騒動を呼んだ。
俺の誘拐事件に関しては世間的に一般公表されなかったのだが、事件発生時に独自の情報網から俺の監禁場所に関する情報を手に入れていたドイツ軍関係者は全容を大体把握している。そして千冬姉はそのドイツ軍の情報によって俺を助けたという『借り』があったため、大会終了後に一年程ドイツ軍IS部隊で教官をしていた。ラウラが千冬姉を『教官』と呼ぶのはそのIS部隊にラウラが所属していたから。だからだろうか、千冬姉をこんなにも信仰するのは…。

「私は、貴様の存在を―――『貴様達』の存在を認めない!」

貴様『達』か…ミコトの事を言っているんだろう。

「ミコトは関係ないだろうが!何処にミコトの命を狙う理由があるっ!?」
「…え?…命?」

一人話について行けていなかったシャルルがミコトがラウラに命を狙われているという事実を知り驚愕する。しかし、そんな驚くシャルルを無視して話は進行する。何故ミコトの命を狙うのか?その問いにラウラは大方公園の時と同じ反応を見せると思っていた俺の予想とは大きく異なる反応を見せた。

「何だ。貴様、知らないのか?ソレの出生を」
「…?」

ラウラの言葉に眉を顰める。ミコトの出生?何の事だ…?

「…ふっ、どうやら本当に知らないらしいな。それでよく友と呼べたものだ。まぁ、出来損ないの人形には『友達ごっこ』がお似合いだがな」
「友達ごっこ…だとっ!?」

俺達とミコトの関係がごっこだと、こいつはそう言いたいのか!?
ふざけるな。何でお前なんかにそんな事を言われなければならない。ミコトを命を狙うお前なんかに何で…。

「それについて何も知らない。なのに友達を語る。それをごっこ言わずして何と言うんだ?」
「うるせぇっ!お前に…お前にミコトの何を知ってるっていうんだっ!?」
「貴様達よりかは知っているつもりだがな。…ふむ、そのつもりは無かったが気が変わった。喜べ、特別に話してやろう」

暫し考える仕草を見せ、何かを思い付いたのかゾクリとする程の暗い笑みを浮かべてラウラはそう告げる。

「…?」
「気になるのだろう?ソレの秘密を。なら教えてやろうと言うのだ」
「…」

…確かに、ミコトの事を知りたい気持ちはある。でもいいのか?こんな奴の口から聞いても?こういうのはミコト本人から聞くべきじゃないのか?
どうするべきなのだろう?俺にはどちらが正解なのか分からなかった。知りたいという気持ちとそれを引き止める気持ちが天秤に吊るされてゆらゆらと左右に揺れている。そして、何時までも悩んでいる俺に時間切れだと言うかのようにラウラが口を開いた――――その瞬間、アリーナにもう一つの声が現れ、ラウラの言葉を中断させた。

「その件については口外は禁止すると言った筈だ。ボーデヴィッヒ」
「教官…」

ラウラと同様に鋭さはあるものの、その声には理性と静かな力強さを感じさせる凛とした女性の声。その声を聞いた瞬間、俺はほっと安堵し、その声の主を見た。千冬姉だ。

「もし、それ口外すると言うのであれば。IS学園ひいては委員会の決定を逆らうと見なすが?」
「…」
「だんまりか。…織斑」
「は、はいっ!?」

急に呼ばれ、咄嗟敵にびしっと背筋を伸ばしてしまう。

「お前…いや、正確にはお前達か。お前達もミコトについての詮索は一切禁ずる。いいな?」
「な、何で…」
「探索は禁ずると言った筈だぞ?」
「…はい」

鋭い眼光に射抜かれ、俺は何も言えなくなり小さく返事をして俯く。

「…もうアリーナの閉館時間は過ぎている。さっさと寮に戻れ」

「ん」
「「…はい」」
「了解しました」

そう告げると千冬姉は立ち去り、ラウラも千冬姉の指示だからか、それ以降は一切口を開く事は無くちらりと俺を見て馬鹿にしたような笑みを漏らしこの場から去っていってしまった…。
この場に残るのは俺達と気まずい空気のみ。俺はただ黙りこみラウラの去って行った方を眺めていた…。

―――それでよく友と呼べたものだ。

「…っ!」

アイツの言葉が頭に響き、ぎゅっと拳を握りしめる。
悔しかった。アイツの言葉が。アイツの言っている事が事実だって言う事が。俺達が何もミコトの事を知らないって言う事が…。

「一夏?」
「…ミコト?」

気付けば俺の背中に張り付いていたミコトが、俺から降りてそっと俺の拳をその小さな手で包む様に握って此方を見上げていた。

「わたし、自分の事教えられない。千冬に言うなって言われてる」
「…そうか」

やっぱりそうなんだな。千冬姉が言わない訳無いもんな…。

「でも、一夏はともだち。本音も、箒も、セシリアも、鈴も、シャルルもともだち。ごっこ、じゃない。わたしの宝物。誰にも、否定させない」
「ミコト…」

その幼い少女の瞳には強く揺るがぬ意志が灯っていた。何人たりとも絶やす事が出来ない意志が。
…そうだよな。誰が何といようと、ミコトの事を知らなくても、ミコトは俺の友達だよな。
何をうじうじと悩んでいたんだ俺は。何処に悩む要素がある?そんなの分かりきってた事じゃないか。それだと言うのに俺って奴は本当に馬鹿だな…。

「…悪い。ありがとな。ミコト」
「ん」

気にするな。そう様に首を左右に振るミコト。本当に必要以上の事は口にしない奴である。伝える事言ったら直ぐに言葉足らずに戻ってしまった。でも、ミコトらしい。俺はそう思い苦笑する。

「あの…僕だけ置いてけぼりなんだけど?」
「あ…」
「おー」

そう言えば忘れてた…。
すっかりと風景と化してしまったシャルルに漸く気付いた俺達だった…。









「成程ね。そう言う事だったんだ…」

更衣室で着替え終えた俺達は、寮に戻りシャルルに全ての事情を説明した。ミコトの命が狙われている事をした以上黙っている必要は無いと判断したからだ。あと、ミコトはこの場にはいない。自分の部屋に戻って貰った。

「一夏が僕に敵か味方か聞いて来た意味がようやく分かったよ。それは疑いたくもなるよね。ボーデヴィッヒさんと同じ日に転校してくれば疑うなって言うのも無理があるから」

苦笑してそんな事をいうシャルル。なんていうか、あの時は疑って申し訳無かった。あの時はあんな事があった翌日で余裕がなかったんだよ。

「…でも、殺すなんて物騒な話」
「ああ、普通じゃない」

シャルルは先程の笑みを消し去り真剣な表情へと変え、俺もシャルルに同意し頷く。確かに物騒極まりない話だ。他人の命を奪おうとするなんて正気の沙汰とは到底思えない。何より…。
人を殺そうと言う時に笑うなんて普通な訳が無い…。

「それで、どうするの?一夏」
「どうするもない。俺はミコトを守るだけだ」
「そっか…ねぇ、僕も仲間に加わらせてくれないかな?」
「え?」

急なシャルルの提案に俺は目を丸くして驚いた。

「だって、僕もミコトの友達なんだよ?」
「…そっか。そうだよな」

シャルルだってミコトの友達なんだ。友達を守りたいって気持ちは同じなんだ。きっと…。

「ありがとな。シャルル」
「お礼を言われることじゃないよ。友達を助けるのは当たり前の事でしょ?」
「…ああ!そうだな!当たり前だよな!」

シャルルの裏を感じさせない言葉と笑顔を見て俺はとても嬉しかった。シャルルが本当にミコトを大切に思ってくれているのだと知って嬉しくて仕方が無かった。

「ふぅ、何だか安心したら腹減ったな!食堂で飯にするか!」
「あっ、僕は先にシャワーを浴びてからそっちに行くよ。あ、一夏も汗流して無いよね?一夏が先にシャワー使う?」
「いや、俺は飯食ってからでいいよ。じゃ、また後でな」
「うん。いってらっしゃい」

シャルルに見送られて部屋を出ると、俺は食堂へと向かう。
しかし本当に良かった。シャルルが俺達に協力してくれて。正直に言うと、アリーナでラウラと対峙した時俺はアイツの異常さに恐怖した。自分が知らない人間の闇の部分を見せられたような気がして…。あんな物からミコトを守れるのかとも思った。だから、あの場に居てアレを見たというのにそれでも一緒にミコトを守ってくれると言ってくれた時は本当に嬉しかったのだ。心強い仲間が出来たような気がして…。

「あ、そういえば…」

ふと、ある事を思い出し足を止める。

「ボディーソープ切らしてたんだっけ?シャルル予備の場所知らないよな。教えてやらないと…」

再び自分の部屋へと戻る。部屋に戻って来てみるとシャルルの姿が無い。もう既にシャワールームに入ってしまったようだ。
仕方が無い。ボディーソープが無いとシャルルも困るだろうし持って行ってやろう。そう思ってクローゼットから予備をボディーソープを手に取ると、洗面所のドアを開けた。すると同じタイミングで脱衣所のドアが開いた。おそらく、ボディーソープが無い事に気付いて探しに来たのだろう。

「ああ、シャルル。ボディーソープ切れてただろ?これよ…び…」
「い、いち…か…?」

俺は目の前の状況に言葉を失う。何故なら、脱衣所から出て来たのは見た事のない、裸の『女子』だったのだから…。



















あとがき

戦極姫3をクリアしたら次はマブラヴだぜ!まさかルルーシュが出てくるとは。流石age。ネタにいきるメーカーだぜw
てなわけでまた更新遅れました。申し訳無い。
しかし今回の話を書いていて一夏に殺意を覚えた。スクみずもといISスーツのミコトに密着させる…だと?一夏もげろ!



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十八話 ※最後のシャルルの性別バレ修正
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/08/06 00:21
「い、いち…か…?」
「……………」

あまりの事態に思考が停止する。
何だ?何だこの状況は?何故俺の部屋に、しかもシャワールームから『女の子』が出てくるんだ?しかも裸で…。
部屋を間違えたか?寮の部屋は全て見取りが同じなので有り得ない事は無いがだからってボディーソープの予備も同じ所にあると言うのは可能性が0でないにしても可笑しいだろう。じゃあやっぱり此処は俺の部屋?だったら何で見知らぬ女の子がシャワールームから出てくる?幾ら考えたところで混乱する頭ではまともに考える事はできない。

しかし頭は混乱していたとしても男の性と言うのは逆らえないものらしい。俺の視線は無意識に目の前の裸体へと向けられる。
濡れた髪はわずかにウェーブがかかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えている。すらりとした身体は脚が長く、腰のくびれが本来の大きさ以上に胸を強調して見せている。まさに理想のプロポーションと言えるだろう。
しかもシャワーを浴び終えたと後だけあって妙にその姿が色っぽい。上気する肌に伝う水滴が胸に落ちるそれなんてもう…。

ごくり…。

固唾を呑み込み、頭の中では駄目だと分かっていても目の前のその二つの山を凝視してしまう。しかし流石に時間も経過したことで俺も冷静さを取り戻し始めると今自分のしている事がたいへんな…否。へんたいな事であると気が付き、慌ててぶんぶんと頭を振りまわし煩悩を退散させて目の前の女の子に背を向けた。

「え、えっと…どちらさんで?」

何とも間抜けな問い掛けだがこれ以外に俺には言葉が思い浮かばなかった。それに今現状で俺が一番知りたい事でもある。

「え?……あっ!きゃあッ!?」

何を思ったのか最初は不思議そうな声を漏らした少女だったが暫し間を置くとハッと我に返って悲鳴を上げた後ドアの閉まる音が響く。どうやらシャワールームに逃げ込んだらしい。
あの…俺の質問の答えは?シャワールームに引っ込む気持ちはよーく分かるけどさ。俺も目のやり所とか困るけどさ。それだけは答えて欲しかったな…。

「………」
「………」

気まずい沈黙がこの場を漂う。きっとドアの向こうでは俺同様に混乱している事だろう。そうだ。ここはとりあえず時間を置こう。そして落ち着こう。うん。それがいい。
人それを現実逃避と呼ぶ。

「ぼ、ボディソープ、ここに置いとくから…」
「う、うん…」

シャワールームから返事が返ってくるのを確認すると、俺はシャワールームのドアの前にボトルを置き、本来の目的を終えるとぎこちない動きで脱衣所を出た。

「………………はぁ~」

緊張が解け、ドアに背中を預けぐて~とその場にへたり込む。
まったく、何がどうなってんだか。結局あの子は誰なんだ?此処、俺の部屋だよな?だったらあのシャワールームにはシャルルが居る筈なのに――――って、まさか…。
あのブロンドの髪。何処か見覚えがあると思ったらシャルルも同じブロンドじゃないか!
言われてみればシャルルに見えなくもない。普段縛っている髪を解くと大体あんな感じになるだろう。いや、問題はそこじゃない…。

おかしいだろ。何でシャルルに胸があるんだ?男なのに。何で胸が…。

もう一度、さっきの光景を思い浮かべる。
大きすぎず小さすぎず、形の良い美乳だっt…って!違うだろ俺!?
もう何が何だか分からなくなり頭を抱えてごろごろと地面を転がり出す俺。今、この光景を誰かに見られたりしたらどうなるだろう?きっと、俺は恥ずかしさの余り自殺したくなるに違いない。
…と、俺が奇妙な行動をしているそんな時、脱衣室のドアの開く音がして俺は慌てて身を起こす。

「あ、上がったよ…」
「お、おう」

背後から聞こえる遠慮がちにかけられた声はやはりシャルルのもの。ならさっきの女の子はやっぱりシャルルなのか?
一度、俺は深呼吸をして自分を落ち着かせてからゆっくりとシャルルの方へと振り向いた。

「――――」

振り向いた先には、やはり先程の女の子がジャージ姿でそこに立っていた…。








第18話「シャルル・デュノア」






「………」
「………」

互いのベットに腰を掛けて向かい合い、何も言葉を発する事無く沈黙することかれこれ一時間。未だ俺は事態の究明する事が出来ないでいた。
だってそうだろ?今まで男だと思っていたルームメイトが実は女の子でしただなんて、どう話しかければ良いのか分からないってば。
しかし何時までも黙りこんでていてもらちがあかん。ここは男である俺から切り出すべきだろう。

「あの、さ…」

思い切って声を掛けてみると、シャルルはビクッと身を震わせる。何故だろう?別に俺は何もしていないのにこんなに怯えられたら罪悪感を感じてしまうではないか…。

「シャルル…なんだよな?」
「………っ」

分かりきったことをもう一度訊ねると、シャルルは俯き表情を隠したまま無言で頷く。やっぱりそうなのか…。
逆に、目の前の女の子がシャルルじゃなかった場合。俺は見ず知らずの女の子の裸を見てしまった事になる訳だが…そんな事は今はどうでもいいか。いや、シャルルの裸を見てしまったのは良くないけどさ。

「あー…うん。何で男のフリなんてしてたんだ?」

とりあえず一番疑問に思っていたことを訊ねてみる。これを訊いておかないと話を始める事だって出来やしない。

「それは…実家の方からそうしろって言われて…」

実家から?何のために?いや待って。シャルルの実家って確か…。

「…デュノア社?」

頭に思い浮かんだ単語を口に出してみるとシャルルは黙って頷く。つまりデュノア社から男装してIS学園に入学しろって言われたのか?でも何のために…。
俺がそう疑問に思っていると、それを察してくれたのかシャルルが語り始める。

「僕の父の…社長から直接の命令なんだよ」

命令…親子だって言うのに穏やかじゃない言い方だな。
それに、なんだかシャルルの様子が実家の話を始めてから可笑しい。『父』と言う言葉を発する時妙に温度が低いというか感情が籠って無いというか…。

「命令って…親子だろう?なんでそんな―――」

まるで自分の子供を駒みたいな…。

「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」

シャルルから告げられた事実に俺は絶句する。俺だって普通に世間を知る15歳だ。『愛人の子』と言う意味を分からない程に世間に疎くも無ければ純情でもない。そして、『愛人の子』という立場は世間からどう見られるのかも。きっと、シャルルも辛い人生を歩んで来たのだろう。

「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々検査する過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

テストパイロット…つまりセシリアと鈴と同じ代表候補生なのか。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。いま大事なのはシャルルの事だ。シャルルも言いたくないである話だというのに健気に俺に話してくれている。だったら俺は、ただ黙ってそれを聞き洩らす事無く真剣に訊く事だ一番の礼儀だろう。

「父にあったのは2回くらい。会話は数回かな。普段は別邸で生活してるんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

あはは、と愛想笑いを浮かべるシャルルだったが、俺はまったく笑えなかった。笑える訳が無い。そんな話を聞かされて…。
ただ俺は拳を握りしめる。沸々と湧き上がるやり場のない怒りを堪える為に、爪が喰い込むほど強く…。

「それから少し経って、デュノア社は経済危機に陥ったの」
「え?何でだよ?デュノア社っていえば量産機ISのシェアが第三位の大企業だろ?」
「うん、そうだね。でもそれは第三世代ISが出て来る前までの話。デュノア社のリヴァイヴは第二世代型IS。簡単に言えば時代遅れの機体なんだよ」

そう言えばラウラも言ってたな。アンティークがどうのこうのって…。

「それにね。デュノア社のリヴァイヴが他の第二世代型より優れてるって言うのはある意味当たり前の事なんだよ。もともと遅れに遅れて開発された第二世代型だからね。他の企業よりも優れてるのは当然。リヴァイヴが開発された頃には他の企業はもう第三世代の開発に移ってたから。第二世代の開発なんて見向きもしなかったんだから。その間にデュノア社はリヴァイヴを大量に売りさばいて今の地位に立てた訳だけど。それも今だけだね…」
「どうして?」
「ISの開発にはね。すごいお金がかかるんだ。ほとんどの企業が国の支援があってやっと成り立っている所ばかりなんだよ。勿論、父の会社もそう。デュノア社も第三世代型を開発してはいたんだけど、上手くいかなくてなかなか形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカット、ますます追い込まれていって第三世代型の開発なんてする余力なんて無くなっちゃった…」

成程、第三世代型が完成し量産化が進めば、次は第三世代型での競争が始まる。第二世代型のリヴァイヴで稼いでいるデュノア社は生存競争に生き残れないって訳か。そりゃそうだよな。古くて性能の悪い商品より、新型で高性能の商品の方が売れるのは当然だろう。

「それで何時までも良い成果を出せないデュノア社に、ついに政府も痺れを切らせてね。次のトライアルに選ばれなかった場合は援助を全面的にカット、ISの開発許可も剥奪するって話になったの」

ISの開発許可も剥奪。IS開発で稼いでいるデュノア社にとっては死刑宣告でしか無い。手段を選んでいる場合じゃないってのは分かる。分かるけどさ。

「それがどうして男装に繋がるんだ?まさか『歌って戦えるアイドル』でデビューさせようなんて考えてる訳でもあるまいし」
「あ、あはは。まぁ、ある意味正解かも。注目を集める為の広告塔だから。それに―――」

なるほどな。確かに注目は浴びるよな。現に俺もそれで大変な目に遭った訳だし…。
しかしシャルルの言葉にはまだ続きがあった。シャルルは俺から視線を逸らし、苛立ちの含んだ声で言葉を続ける。

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう…ってね」
「それってつまり―――」
「そう、白式のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね」
「………」

訊けば訊く程その父親はシャルルの事を利用価値のある道具のようにしか考えていないのではないかと思えてくる。いや、事実そうなのだろう。たまたまIS適応があった、それなら使おうと…。
今の話を聞いていてシャルルの様子が妙なのは理解出来た。こんな扱いを受ければ嫌うのも無理はない。むしろ良くこんな扱いを受けて我慢してきたシャルルを俺は凄いと思う。

「とまぁ、そんなところかな。でも一夏にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ…潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にか行かないだろうけど、僕にはどうでもいいかな。…あっ、でもごめんね?一夏達の仲間になるっていったのに力になれなくて…」

馬鹿、他人の事より自分の心配をしろよ…。
何で潔く諦めるんだ?足掻けよ。父親が嫌いなんだろ?だったら抗えよ。このまま父親の所為で自分の人生終わらせるのかよ!?

「ゴメンね。嘘吐いちゃって。性別の事も、ミコトの事も…」
「ざけんなっ!」

俺はベッドから立ち上がると、頭を下げようとするシャルルの肩を乱暴に掴んで頭を上げさせる。
シャルルが悪い事をしたから頭を下げるのならまだ分かる。だが、シャルルは何も悪い事はしていないのに頭を下げて俺に謝ってくるのは許せない。そんなの許せる筈が無い。

「痛っ…」
「良いのかよそれで!?良い筈ないだろ!親に良い様に利用されて!親の所為で人生をめちゃくちゃにされて!それでお前は幸せなのかよ!?そこの何処にお前の幸せがあるんだよ!?抗えよ!受け入れるなよ!幸せになりたいだろ!?」

どうでもいい訳無いだろ。もっと自分の事を大切にしろよ!

「い、一夏…?」
「親が居なけりゃ子供は生まれない。けどよ!子供の未来を親が踏みにじって言い訳ないだろ!生きる権利を奪っていい訳無いだろ!」

ふざけんじゃねぇよ。どいつもこいつも。子供を何だと思ってるんだよ…。

「いたい。いたいよ。一夏…」

シャルルの怯える表情と痛みを訴える声に俺はハッとして無意識に力が籠った手をシャルルの肩から離した。

「わ、わりぃ…つい熱くなっちまって…」
「う、ううん。僕のために怒ってくれてるのは分かってるから。でも、どうしたの?何か変だよ?」

変、か。そうだよな。自分でも冷静じゃ無いってのは分かってる。でも、シャルルが俺達に重なって見えてしまってどうしても冷静でいられなかったんだ。

「…一夏?」
「俺―――俺と千冬姉。両親に捨てられたんだ」
「あ…」

驚いている、といった感じでは無い。どうやら知っていたらしい。おそらくこちらに来る前に資料か何かで知らされていたんだろう。

「両親の顔なんて覚えてないんだけどな。…ずっと、千冬姉が面倒見ててくれた。まだ千冬姉だって子供なのに、それでも俺を養って…。きっと俺の知らないところで辛い思いをしてたと思う。だから、俺にとって千冬姉が母親で、目標で、憧れだった」

俺の今度は千冬姉の守るんだっていう誓いはそれが原因でもある。ずっと守られてきた。だから今度は俺が千冬姉を守るんだって。…まぁ、今も守られてばかりだけどな。

「その…ごめんね?」
「何で謝るんだよ。憎いって感情はない訳じゃないけど、今更両親なんてどうでも良いしな」

だって、本当に顔だって覚えていないのだ。今更出てきたってアンタ誰?って感じである。

「それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」
「…どうするもないよ。きっと、今回の件が政府に知れたら黙って無いだろうし。僕は代表候補から下ろされて、良くて牢屋じゃないかな」
「それでいいのか?」
「良いも悪いも無い。選ぶ権利なんて無いから…」

そう言ってシャルルは笑う。その頬笑みはとても痛々しく、もうどうしようもないんだって諦めている笑みがそこにはあって…。俺はそんなそんな表情をさせる理不尽が許せなかった。同時に、そんな友達を救えない、何も出来ない無力な自分の不甲斐無さにも…。

「だったらここにいろ!」
「え?で、でも…」
「いいから!俺が何とかしてやる!」

考えなんて何もありはしない。後先考えずに言ったしまっただけだ。でも、何もせずに友達を見捨てるより何百倍もマシだ。きっと、きっと何か手はある筈なんだから。

「何とかって?」
「ぐっ…そ、それは…何とかだ!」
「プッ…なにそれ。へんなの」
「笑うなっ!」

後先考えない俺の馬鹿みたい発言に、シャルルはくすくすと可笑しそうに笑う。まったく、酷い奴だ。これでも大真面目なんだぞ?

「クス…でも良いよ。一夏に迷惑はかけられないから」
「迷惑なんかじゃない!それに!友達なら迷惑を掛けるのは当たり前だろうが!」

迷惑を掛けられないで何が友達だ!そんなの友達じゃないだろう!

「でも本当に迷惑を掛けるから。一夏の人生を駄目にしてしまうくらい。だから、ね?良いんだ…」
「シャル…ル…」

まだ断ろうとするシャルルに詰め寄ろうとすると、ぐいっと両腕を押し当てられて押し返されてしまった。明らかな拒絶。表情は伏せていて窺えないが。その震えている肩で泣いているのは容易に理解出来た。
…くそっ!俺は何もしてやれねぇのかよ!?
目の前で友達が泣いている。なのに何もしてやれない。不甲斐無い自分が情けなくて。本当に悔しさ泣きたくなる程情けなくて…。

「特記事項第二十一、本学園における生徒はその在学中においれありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人が同意しない場合、それら外的介入は原則として許可されないものとする」

「「―――え?」」

此処に居る筈のない聞き覚えのある幼い少女の声に俺とシャルルは驚くと、その声のした方、つまり地面の方へと視線を落とした。そこには、やはり白く美しい髪を伸ばした少女が此方を見上げる様な形で俺達を眺めていたのだった。
何故ミコトが此処に?そう疑問に思うと、その疑問はミコトの方から答えてくれた。

「ん。ご飯の時間なのに来ないから迎えに来た。でも、部屋から一夏の大きな声が聞こえたからこっそり入った」

「「(こっそり入る必要性はどこに!?)」」

大きな声って事はあれだな。俺がシャルルの親父に対して怒ってた時の頃に入って来たんだな。あの時は俺も冷静さに欠けてたしシャルルもそれどころじゃなっただろうから、ミコトが部屋に入ってきてたのに気付かなかったんだろう。

「え、えっと…つまり、すくなくとも3年間は大丈夫って事か?ミコト?」

俺の質問にミコトは「ん」いつも通り小さく返事をすると頷いた。
三年か…それくらい時間があればなんとかなる方法だって見つけられるな。すくなくとも今直ぐ国に帰る必要はないって訳だ。それにしてもミコトの記憶力には相変わらず驚かされる。特記事項って確か50個以上はあったはずなのに…。
IS学園に入学した時、千冬姉に役に立つだろうから覚えておけと言われたけどあまりの数にすぐに生徒手帳ごと放り出したんだよな。覚えれる訳ないっての。

「あとは、シャルルの決めること」
「ミコト…」
「シャルル、友達。私はさよならしたくない」

シャルル次第と言っておきながら自分の願望を言うのは実にミコトらしい。
じっと無表情ではあるが真剣さを感じさせるその瞳でミコトはシャルルを見つめる。シャルルはその瞳を見つめ返し、そして暫し目を瞑って何かを考え込むと、漸く何かを決心したのか力強く頷いて目を開き俺達を見てくる。

「たくさん迷惑掛けるよ?いいの?」
「当たり前だろ?な?ミコト」

そう訊ねるとミコトは躊躇うことなく俺同様に当たり前だと言わんばかりに頷く。

「ん。友達は、助け合うものだから。一夏が言ってた」

あー…そう言えばそんな事言ったっけな。
ミコトはそう言う一般常識はてんで駄目だからなぁ…。

「ありがとう…一夏。ミコト」

瞳に涙をいっぱいに溜めてシャルル嬉しそうに微笑んだ。今度は無理なんてしていない。諦めとかそんなんじゃなくて心底嬉しそうに。俺は初めて、本当のシャルルの笑顔を見た様な気がした…。









「で?もう一度聞くけどこれからどうするんだ?」
「うん、しばらくはこのまま男子生徒として通していこうと思うんだ」

これは予想外の返答だ。どうせ国からは手出しは出来ないんだから女子生徒としてIS学園に通えばいいのに。一体どういう事だろう?

「何でだよ?もう男子とか女子とか気にする必要はないだろ?」
「いや、だって…部屋替えとかされちゃうだろうし…」
「ん?なんだって?」

顔を紅くして何かぼそぼそと言うシャルルに、声が小さくてはっきり聞き取れなかった俺はもう一度訊き返してみる。部屋がどうのこうのって言ってた様に聞こえたが…。

「な、なんでもないよ!と、とにかく!今はこのままでいいの!」
「そ、そうか。まぁ、シャルルの事だから何か理由がるんだろう。俺からは何も言わないよ。ミコトも良いよな?」
「ん。誰にも言わない。3人だけの秘密」
「3人だけの…うん!」

やれやれ。一件落着とは言い難いが、辛気臭い話はどうやら終わったみたいだな。
部屋を覆っていた先程までのしんみりとした空気も今は柔らかな物へと変わっていて、暗い雰囲気は何処かへと消え去っていた。
問題が解決した訳じゃない。先送りしただけでしかない。でも、とりあえず今は喜んでおこう。

「あ、あのね?さっそくお願いがあるんだけど良いかな?」

もじもじと言い辛そうに頬を赤く染めて上目遣いでそう訊ねてくるシャルル。どうでもいいがその上目遣いは反則だ。男と思っていた時だってドキリとする時があったのに、女と分かった今は比べられないくらいにヤバいから、ソレ…。

「な、何だ?遠慮すんなよ。俺達が出来る事なら何だってしてやるぞ?」
「ほんと!?ホントに!?」
「あ、ああ…」

俺がそんな事を言った途端、目をキラキラと輝かせるシャルル。いかん。地雷踏んだか俺…?
そう言えば弾が言ってたな。ショッピング街でもの欲しそうな顔をしている女に話し掛けない方が良いぞ、絞り取られるからって…。

「じゃ、じゃあさ。ミコトのこと、ぎゅって抱きしめても良いかな?」
「……………What?」

今、何ておっしゃいました?俺の耳が正常ならミコトを抱きしめていいかって訊かれた様な気がしたんだが…。いや、気のせいだよな。うん。

「一目見た時から思ってたの!お人形みたいでかわいいなぁって。一度ぎゅって抱きしめたかったの。ね、良いかな?」

気のせいじゃなかった!?
両手を合わせてじーっと子供が玩具を強請る時のあの穢れた大人達には天敵の最終手段で、シャルルが俺を見つめてくる。あざとい。このシャルルあざとい。

「…ミコト?」

ちらりとミコトへと視線を送り訊ねてみる事に。するとミコトは相変わらずの無表情でこう告げた。

「大丈夫、問題ない」

気に入ってるんだなその台詞。てかその元ネタは何なんだ?俺も何だか気になって来たぞ…。

「良いの!?ありがとう!」
「う゛っ…」

ミコトの返答を聞いてパァっとまるで花を咲いたかのような笑顔を浮かべた途端、目に見えぬ速度でミコトを捕獲すると自分の大きいとは言えないが小さいとも言えない母性の詰まったその胸に捕まえたミコトの顔を埋めた。

「はう~♪可愛いよ~♪」
「う~…」

だれてる。めっちゃだれてるぞ表情が…。
なんていうか、見るに堪えない。

「実家で徹底的に男子の仕草や言葉遣いを覚えさせられたから可愛い物とか無縁だったんだぁ~。お洋服は勿論、ぬいぐるみや女の子がもってそうな物と全て捨てられちゃったから…はぁ~、幸せ♪」
「う~…う~…」

ぐりぐりとミコトを胸に抱えて頬ずりするシャルル。ミコトも少し苦しそうである。女の子としての自由を奪われてたシャルルは災難だが、ミコトもそのストレス解消のために使われて災難だな…。

「お、おい。シャルル?ミコトが苦しそう…」
「かあいいよぅ。かあいいよぅ~♪」

駄目だ。今まで可愛い物を禁止されていたシャルルにミコトと言う愛玩動物を与えてしまった今、ストッパーを外してしまったシャルルをもう誰にも止めることなんて出来やしない。
すまん、ミコト。少しだけ耐えてくれ。
此方へ伸ばされた手と視線が俺に助けを求めてるけど、そんなミコトに対して俺は両手を合わせてごめんのポーズ。不甲斐無い俺にはただ見守る事しか出来ないんだ。

「あ、あが~…」

力無くプランと垂れ下がる手。ミコトも諦めたらしい。シャルルにされるがままにされているその後ろ姿は何とも言えない哀愁が漂っており涙を誘う。

「お持ち帰りしたいよ~♪」
「いや、此処お前の部屋だから」
「実家にって事だよ~」

流石にそれは洒落にならんがな。
学園に出るまでに有り得ない程の妨害と障害がありそうだ。ミコトは先輩方のマスコットだからなぁ。最悪ISが出張ってくるぞ。

「というかそろそろ開放してやれよ。ミコトの顔が真っ青になって―――」
「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食を取られてないと他の方達から聞いたのですけど、よろしかったらご一緒にどうでしょう………か?」

ちょ、待っ…。
いきなり部屋に乱入してくるセシリアだったが、にこやかに部屋に入って来たセシリアの表情はミコトを抱きしめているシャルルを見てピシリと音を立てて固まった…。
何と言う最悪なタイミング。セシリアから見ればシャルルの膨らんだ胸はミコトの頭で隠れて見える筈も無く。どう考えても男であるシャルルがミコトを抱きしめているようにしか見えない。それはシャルルも理解しているようで顔を青くしてダラダラと物凄い勢いで汗を流している。それでもミコトを放さないのは自分が女であることをバレない様にするためだろうが、それがセシリアを激怒させる原因となった…。

ぷつん…。

「………………………………………ブルー・ティアーズ」

ぽつりと呟かれた言葉と共に光の粒子がセシリアの周辺に集まりISが展開される。その展開速度は今までに無い程速かった。
展開を終えたセシリアは虚ろな瞳でゆっくりとライフルの銃口を此方へと向けてくる。

何寮内で発砲しようとしてんだ!?

「お、落ち着けセシリア!?流石にそれはまずい!?」

慌ててライフルを持つセシリアを羽交い絞めで止めようとする俺だったが、暴走するセシリアにそんな常識は通用しない。生身の俺の力ではISを展開したセシリアの腕はビクともせずに未だシャルルの頭を捉えている。

「放して下さいな一夏さん。今、わたくし何かに目覚めそうですの。きっと単一仕様能力か何かが目覚めようとしているんですわ…」
「それ違うから!目覚めちゃいけない何かが目覚めようとしてるから!?」
「あ、あわわわわ…」

事情が事情で動くに動けないシャルルは涙目で顔を真っ青にしてガクガクと震えていた。何だか震えてる姿がチワワみたいで可愛かったが今はそれ所じゃない。

「何々?何の騒ぎ…って!?セシリア!?アンタ何してんのよ!?」

騒ぎを聞きつけてやって来た鈴が目の前の事態にぎょっと目を見開いて驚く。て言うか鈴も学園に戻って来てたんだな。

「邪魔しないで下さいます?今、ミコトさんに纏わりつく害虫を排除する最中ですから」
「なに訳の分からない事言って……え?何この状況?」

部屋の中の状況を見て困惑する鈴。そして、次第に騒ぎは広がっていき…。

「騒がしいなぁ。どうしたのー?」
「え?何?織斑くん達の部屋で何かあったの?」
「ちょっ、押さないでよ!危ないじゃない!」
「う~部屋の中の様子が見えない~!」

鈴と同じく騒ぎを聞きつけた女子生徒達が騒ぎ原因である俺達の部屋にへと集まり始め、あっという間に廊下が人で埋め尽くされてしまう。
どうすんだよこれ…。
どう収拾をつけるべきか、いやそれ以前に収拾を付ける事が出来るのか?そんな事を溢れかえっている女子生徒達を眺めながら考えていると、人混みを割って出て来た小柄な少女の影が…のほほんさんだ。
その時、俺は「助かった。のほほんさんならこの事態を何とかしてくれる」。そんな甘い考えを持っていた
。そう、彼女の浮かべる笑みを見るまでは…。

「おりむー。デュノっち」

ゾクッ…

その声を聞いた瞬間、ブワッと全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、頭の中でレッドアラートが喧しく鳴り響き、本能がこう警告している。

―――この場から早く逃げろ。

と…。

「何してるのかなー?」
「いや何って…」
「え?なになにー?聞こえないよー?」

にこやかな表情を浮かべながら一歩また一歩と近づいて来るのほほんさんに連動して、俺やシャルルも一歩ずつ後ずさる。
人間本気で怒れば笑顔になると言う。つまり、今ののほほんさんがそれだ。

「デュノっちは何でみこちーを抱きしめてるのかなー?何でおりむーはそれを止めないで見てたのかなー?ねぇー何で何でー?」
「いや、それには事情が…」
「まさか。まさかとは思うんだけどねー?もしかしたら二人でみこちーにえっちぃーな事しようしてたー?」

ぶんぶんぶんぶんっ!×2

必死に首を横に振る俺とシャルル。言いがかりも良い所である。

「そんな邪なこと考えたことないっす!はい!」

しかし、そんな必死の弁明も虚しく。判決は無慈悲に下されるのだった…。

「死刑♪」

「「NO~~~~!?」」

寮中に響き渡る俺達の悲鳴…。その後の事は思い出したくも無い。ただ俺が言える事は。普段大人しそうな奴ほど怒ったらやばいって事だけだ…。





「…あれ?私の出番は?」
箒さんまじ空気。









おまけ


「あ、言い忘れてたけど。さっき一夏が言ってた『歌って戦えるアイドル』って実在するからね?オルコットさんと凰さんに訊いてみるといいよ。二人ともきっとファッション雑誌とかに出てる筈だから」

なん…だと…?

ある意味シャルルの話より衝撃的なIS社会の実体に驚愕する俺だった。













あとがき

今回は短めです。
シャルルの話はこれでお終い、かな?次はラウラで次かその次の話で戦闘。それでラウラの話も終わる予定。その次が幕間挟んで海イベントの予定。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第十九話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/08/13 05:49
「あら?一夏さん達はまだ夕食を済ませていらっしゃらないんですの?」

本国からのIS開発担当者に呼び出され、折角の土曜日の午後を潰されたわたくしはようやくIS学園に戻ってくると、急な用事だったために昼食も抜いていたのでまず一番に食堂へと訪れていた。するとどうだろう。一夏さんはまだ食堂に訪れていないと言うではないか。これは嬉しい情報。午後はずっと一夏さんと会っていないので夕食時くらいは一緒に居たいと言うのは惚れてしまった女としては当然の事だろう。

「みたいだよ?皆、食堂では見て無いって言ってるし部屋に居るんじゃない?」

一夏さんは学園内で唯一の男性…最近では二人に増えたがそれでも十分に目立つ。それで誰も食堂で見ていないとなればそれはもう決定的。是非とも夕食を誘って共にしなければ!
ふんっと意気込み食堂の出口へとUターンするわたくしに先程まで話していたクラスメイトの方は頭上に「?」を浮かべてわたくしを見送るのでした。

「うふふ♪一夏さん。待っていて下さいませ♪」

今わたくしがお迎えに向かいますわ~♪
舞う様に軽やかな足取りで寮の廊下を進むわたくし。そんなわたくしの前にうんざりとした表情を浮かべた鈴さんが食堂に向かう途中だろうか?のろのろと疲れた様な足取りで歩いて来ていた。
確か、鈴さんもわたくしと同じで本国の人間に呼び出されてたんでしたわよね?
成程、鈴さんも散々小言を言われてきたようだ。わたくしも『修理費の負担が大きい』だとか『もっとデータサンプルを寄越せ』だとか、此方の都合など全く無視した小言ばかり言われましたから。あの方の気持ちは良く分かりますわ。

「鈴さん。今御戻りに?」
「ん?…ああ、セシリア。アンタ先に戻ってたんだ。…うん。ちょうど今戻ってきたとこ。まったく、あの頭でっかち。こっちの都合も知らないで無理難題押し付けてくれちゃってさぁ。だから彼氏も出来ないで毎年独り身なのよったく…」

…これはまた随分と言われてきたようですわね。
後半から担当の方の悪口が始まったのであえて聞き流しておく。付き合ってたら物凄い時間がかかりそうでしたから。

「随分とお疲れのご様子で…。これから夕食を誘いに一夏さんの部屋に向かうのですがご一緒にいかが?」

本来なら鈴さんとはライバル同士で夕食を共にしよう何て思いもしないのだろうが、目の前の疲れ切った彼女を見て同情したのか、それとも同じ境遇の者同士通じる物があったのか。何故か自然とそれが当り前のようにわたくしは彼女を夕食に誘っていたのでした。

「あー…今回はパス。お昼抜いてるから正直キツイのよ。先に食堂行って食べてるわ」
「そうですの。まぁご自愛なさいな」
「んー…お先ぃ…」

ふらふらと呪詛を唱えながら食堂へ去っていく鈴さん。本当に大丈夫でしょうか…?

「まぁ、死にはしないでしょう。代表候補生がそんな事では務まりませんわ」

そんなことより早く一夏さんの部屋に向かうとしましょう。入れ違いにでもなったら面倒ですわ。唯でさえ空腹の上疲れた体に鞭を打って居るのですから、無駄足というのは御免ですもの。
歩みを速くして一夏さんの部屋へ急ぐ。それにしても本当に疲れている様だ。心なしか足だっていつもより重く感じる。今日は食事を済ませたら早めに休む事にしようう。本当に本国の頭の固い方達の所為で踏んだり蹴ったりだ。せめて一夏さんと夕食を共にしないと本当に今日一日を無駄にしてしまう。
そんな事を考えている内に目的地に到着。一夏さんの部屋のドアの前に立つと一旦深呼吸をしてからドアノブに手を掛け―――。

「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食を取られてないと他の方達から聞いたのですけど、よろしかったらご一緒にどうでしょう………か?」

扉を開ける瞬間に視界に飛び込んで来た部屋の中で繰り広げられている光景を目にして、わたくしは音を立てて固まってしまった…。

…ナンデスノコレハ?

え?なに?どういう状況ですの?デュノアさんがミコトさんを抱きしめて。つまりそいうことですの?そういうことですのね?ええわかりましたわ。わかりましたとも。ならわたくしがするべき事はひとつですわね。

悪い虫は駆除してしまいましょう♪

「………………………………………ブルー・ティアーズ」

気が付けばごく自然に、まるで呼吸をするかの様にわたくしはわたくしの半身であるブルー・ティアーズを展開していた。その展開し終わるまでにかかった時間は一秒も満たない今までの最短記録。しかし、本来なら自身の成長を意味している喜ばしい筈のそれも、今のわたくしにとってはどうでも良い事であり、わたくしはライフルを静かに構えて不埒者の頭に照準を合わせた。
戦車の装甲も貫く威力を持つこのスターライトmkIII。生身の人間に当たれば一溜まりも無い。当たった後に色んな物が弾けて部屋がスプラッタな事にはなりそうですが…。まぁ、小さな事ですわね。

せめてもの慈悲ですわ。痛みも感じる暇も無く一瞬で―――。

「お、落ち着けセシリア!?流石にそれはまずい!?」

羽交い絞めでわたくしが引き金を引こうとするのを阻害する一夏さんですがそんなものではISを装着したわたくしを止められる筈がありません。

「放して下さいな一夏さん。今、わたくし何かに目覚めそうですの。きっと単一仕様能力か何かが目覚めようとしているんですわ…」

そう、今のわたくしは最強。もう何も怖くありませんわ!

「それ違うから!目覚めちゃいけない何かが目覚めようとしてるから!?」
「あ、あわわわわ…」

あらあら子犬のように震えて。安心なさいな痛くしませんから。

「何々?何の騒ぎ…って!?セシリア!?アンタ何してんのよ!?」

鈴さん。先に食堂で夕食を摂るのではありませんでしたの?…ああ、どうやら済ませて部屋に帰る所でしたのね。表情に疲れは残っていますけど空腹感は満たされている様ですし。

「邪魔しないで下さいます?今、ミコトさんに纏わりつく害虫を排除する最中ですから」
「なに訳の分からない事言って……え?何この状況?」

わたくしが知りたいですわよ。

結局、この騒ぎが寮中に広まってしまい。寮中の生徒達が騒ぎを聞きつけ集まり収拾がつかなくなり、不埒者の処刑は保留となってしまいました。
―――…まぁ、本来保留なんてありえないのですけど、それ以上に重大ことが発覚してしまったから仕方ありませんわね。









第19話「激突」








簡潔に言う。シャルルが女だって事がばれた。以上。
…いや、ふざけるなとか手抜きって言われそうだけども、あの状況で秘密を突き通すってのは無理がある。寮中の女子がこの部屋に集まって来た上にその時のシャルルは男装していないから隠し様がなかったのだ。
その結果、結局廊下に群がっていた女子達には帰って頂いてセシリア達にこうして事情を説明している訳なのだが…。

「成程、そういうことでしたの♪オホホホ♪」
「そうならそうって言ってくれればいいのに~♪」

ミコトを抱きしめてモフモフしながら二人は満面の笑みでそんな事を言って下さいますが、こちらの弁解を聞かずに問答無用だったじゃないですか。ていうか、笑って済ますなよ本当に…。
しかし文句を言う勇気は俺には無く、セシリア達の前でシャルルと仲良く並んで床に正座している。

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ。結構重大な事よこれは」

誠に御尤もな意見。ミコトの事でもそうだったが、鈴は軍属なだけに今回の件の重大さが理解出来ているらしい。無論セシリアも分かってはいるだろうけど…。
ちらりとセシリアを見ると、視線があった途端にさっと視線を逸らしてミコトをモフる作業を再開する。さっきの件でシリアスになりたくてもなれないらしい。だったら最初からするなよと。

「…いきなり呼び出されて
話が読めないんだが?私のざるそば返せ」

いきなり訳も分からず呼び出されて状況に全く付いて行けてない箒。自分が何でこの部屋に居るのかすらも理解していない様だ。そのうえ、夕食を取り上げられた所為で未練がましいオーラを放っているが此処に居る全員がスルー。箒、今お前は怒っていい。

「簡単に言えば、デュノアは実は女だったって話よ」

本当に簡単だな。しかし鈴よ。そんなこと言ったら箒が…。

「…ほう。一夏、少しツラを貸せ」

ほら!こう言った事になるだろ!?漸くさっきの物騒な雰囲気からおさらばしたと思ったのにまた振り出しかよ!?

「その件については同意だけど、それ後にしましょ。今はデュノアの事が先決。これからどうするか決めなくちゃ」

どうするかって…。

「まさか!シャルルが女だって事バラすのかよっ!?」
「あれだけの騒ぎ起こしておいて何言ってるのよ。隠し通せるわけないでしょうが」

確かに鈴の言う通りだ。シャルルが女だって説明したのはこの場に居る人間だけだが、あれだけの人数に見られているんだ。無理な言い訳で説得してあの場から解散させたといっても、説明中に胸を隠す様にしていたシャルルに疑問を抱いた生徒だってきっといるに違いない。
だけど、だからって…。

「だ、だからってバラす必要はないだろ?俺達が黙ってれば別に…」
「学園側に黙っている時間が長いぶんだけ自分の立場を危うくするわよ?早ければ早い方が良い。その分弁解が出来るってものよ」
「鈴さんのおっしゃる通りですわね。黙っていてもなんの得はございませんわよ。むしろ自分の首を絞めるだけですわ」
「…っ」

学園を敵に回すのは避けたい。二人はそう意見を述べる。おそらくミコトの件も踏まえての考えだろう。ラウラの事もあるのにこれ以上の問題は避けたいと二人は思っているらしい。しかし俺はその考えが気に喰わなかった。確かにシャルルはこのメンバーの中では一番付き合いは短いかもしれない。ほんの一週間程度だ。でも、俺にとっては大切な友達なんだ。切り捨てるなんて考えは嫌だ。
すると、俺の考えている事が顔に出ていたのだろうか。セシリアは苦笑して言葉を捕捉した。

「ご安心を。何もデュノアさんを追い出そうと言う事ではありませんのよ?」
「…え?」

どういう事だ?今の話の内容からしてシャルルを学園に居られなくなるって事だと思うだけど。

「ふふ、やはり勘違いをしてましたのね一夏さん。わたくしだってデュノアさんの友人でしてよ?そんな見捨てる様な真似いたしませんわ」

「「(さっき貴女に殺されかけたんですが…?)」」

俺とシャルルは心の中でそうぼやいたが決して口には出さなかった。

「個人情報を改竄されてたとはいえ、正式な手続きのもとにIS学園に転入してきたのですからこの学園に留まる事は何ら問題はないと思いますわ。別に試験やISの適応値に不正は無いのでしょう?」
「え?う、うん。ちゃんと編入試験は受けたし、ISの適応値も学園が測定したから…」
「なら、学園側としても優秀な人材は大歓迎でしょう。優秀な生徒がいるだけそれだけ有益なデータも得られるのですから。まぁ、何かしらのペナルティーはあるかもしれませんが…」
「あと、デュノア社の信頼はガタ落ちでしょうね。でもデュノアには関係のない事なのでしょう?」
「…うん。そうだね」

シャルルは表情を曇らせたものの、後悔といったものは感じさせられなかった。さっき俺と二人っきりで話した時も言っていたが本当に実家がどうなるとシャルルにはどうでも良いのだろう。もしかしたらこれはシャルルなりの復讐…いや、こんな事を考えるのはやめよう。

「そ、なら問題ないわね。明後日にでも職員室に行って千冬さんにでも暴露しちゃいなさい。あの人なら悪い様にはしないでしょ」

確かに千冬姉は厳しいけど生徒からの信頼は厚いからな。
無論、それは千冬姉がモンド・グロッソで優勝して、女子からの憧れだからではない。それもあるだろうが、教師としての面の方が強い。千冬姉は一度面倒見ると決めたからには相手がそれを拒絶しない限り最後まで面倒を見るという考え方を持っているからだ。表も裏も無い教師としての態度の結果、今の生徒達の信頼がある。

「あはー。でもまやまや可哀そうかも。転校生が同時に転校してきて手続きとか大変なのにー」

のほほんさんの言葉に、ミコトを除いた全員が「確かに」と頷く。そう言えば俺みたいな異例の場合、書類作成とか手続きもかなり面倒だって千冬姉が言ってたなぁ。涙目でてんやわんやしている山田先生の姿が頭に浮かんで申し訳無くて頭が下がる。

「真耶。最近お仕事忙しいって言ってた」

そう言えば書類整理とかそう言う面倒な仕事は山田先生に押し付けてるって千冬姉が言ってたな。止めを刺す事にならなければ良いんだが…。

「過労で倒れなければいいのだがな…」
「ん。がんばったねっていいこいいこしてあげる。そしたら真耶元気になる」

もう何も問うまい。そうだ、これは日常的な風景。日常的な風景なんだ……………もうやだこの学園。

「まぁ山田先生の尊い犠牲は置いておくとして」

置いとくのか。それはそれで酷いな。

「もうあたし部屋に戻っていい?今日は色々あってクタクタなのよ」

げんなりと疲れた表情を見せる鈴。

「そう言えばセシリアと鈴は本国の人に呼び出されたんだっけ。何かあったのか?」
「別に何も。ただ一言で言うんだったら婚期を逃しそうな女の愚痴に付き合わされただけ…」
「わたくしも似た様なものですわね」
「うわぁ…」

よく分からんが途轍もなく面倒そうで関わりたくないのは理解出来たよ。

「ふ、二人ともつかれてるみたいだし。今日はもう話はもうお終いにしようぜ?」
「何を言っている。まだ重要な話が残っているだろ」
「へ?」

がしっと肩を掴んでくる箒の手。気が付けばもう一方の肩も鈴によって掴まれていた。

「そういえばそうだったわね」
「一夏さん。少しお付き合い頂けるかしら?」
「ちょ、え?まっ…」

退路を塞ぐかのように入口の前に立ち塞がるセシリア。何と言う包囲陣だ。逃げ場が無い。何でお前らはこういう時に限って連携がうまいんd―――――。

「みこちーは部屋に戻ってようねー♪」
「? ん」
「デュノっちも私達の部屋にしばらくお泊まりだよー」
「え、でも一夏が…」
「男の子と一緒の部屋はまずいでしょー?あと、おりむーはこれから強制おねむだからいいのー」
「え、ええっ!?それってどういう…い、一夏ー!?」

ずるずると引き摺られていくシャルルは俺の名を叫ぶが俺は何も反応しない。何故なら―――。

「…………(返事が無い。ただの屍のようだ」

とうの昔に俺の意識なんてこっちの世界に留まっている訳が無いのだから…。









「(…し、しかし不味い事になりましたわ。まさかデュノアさんが女性の方だったなんて…学年別トーナメントの障害がまた一つ増えてしまいましたわね)」

一夏のお仕置きを終えて部屋に戻ると、思いもよらぬ乱入者の登場に一人焦るセシリアなのであった。しかしこの少女。一夏と箒だけの約束をちゃっかり自分にも成立させて漁夫の利を得る気満々である。









――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ




暗い。暗い夜空の下、私は誰も居ない屋上から光を灯す一つの窓を、奴の部屋の窓を唯じっと睨み見下ろしていた。
市街地から切り離されたメガフロートに建設されているIS学園の夜はあの遠くの方でチカチカと鬱陶しく光を放つ市街地と比べると暗い。しかし私にとってこの暗闇は心地良くもあった。何故なら私は生れた時から闇と共にあったのだから。闇によって育まれ、影の中で生まれた。それが私ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、か…」

自分の名前だと言うのにそうだと言う実感が湧かない。どちらかと言えば『記号』。そう、私にとって何の意味も持たない『記号』だ。この名前は。誰にこの名を呼ばれても、自分が呼ばれている様に思えなかった。雑音が聞こえるその程度でしかなかった。何故ならこの名は『記号』でしか無いから…。
けれど、唯一例外はある。教官に―――織斑千冬に呼ばれるときだけはその名は『記号』ではなく特別な何かになった様な気がして、そのたびに私はからっぽの心が満たされる様なそんな感覚を感じていた。

あの人の存在が…その強さが、私の目標であり、存在理由…。

それは、闇の殻に籠る私にとってまさに光の様な存在だった。出会ったとき一目でその強さに震えた。恐怖と感動と、歓喜に。心が震えた。身体が熱くなった。そして願った。

―――ああ、こうなりたい。

これに私もなりたい、と。これが、何も持たない私の初めての願いだった。空っぽだった場所が急激に埋まり、そしてそれが私にとっての全てとなった。自らの師であり、絶対的な力であり、理想の姿。唯一自らが重ね合わせてみたいと感じた存在。ならばそれが完全な存在でない事が許せない…。

織斑一夏。教官に汚点を残させた張本人。そして…。

あの人の模造品である奴を…出来そこないである奴を…殺し―――。

ザザッ―――。

「…………?」

ふと、私の中で疑問の様な物が残る。

何故…何故私は奴を憎むのだったか…。奴の存在があの人対する侮辱だから…。そう、そうだ。だから私は奴を…。いや待て。どうしてそうなる?だって奴は所詮あの人の遺伝子を使って作られた別のξё!se$#■■ザザッー――――。

「ぐっ…!?」

急に頭の中でノイズが奔り頭が割れる様な激しい痛みで思考が停止する。
何だ?この痛みは…?まるで、何かを考えようとするとそれを邪魔してきているようnξRoё!$#■■ザザッー――――。

「ぎ…がぁ!?」

―――せ!(’#”UY$'#AAFD}*=|~Q#*coSDA=MZCXCZA=”JM-#'(QkoroSSSアLSD02QJnsend+;A--■--A0L2'Jas+m!&bbbnc=)!――――

脳を鷲掴みされた様な激痛に立ていられなくなりその場に膝を着く。

「ぐっ…ぐああああああああああ゛っ!?」

CZA=”JM-#'(QSろせ■--A0L2'JaUY$'#AAFD}*殺#”UY$'#AAFD}nd+;A--■--Kろせ!A0L2'Jas+m!&bbbnc=)殺せ!cn――――

ノイズに混じり何か声が私に訴え掛けてくる。まるで呪いのように、何度も、何度も、何度も…。

CZA=”JM-#'(QSKオろせ!コロセ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!―――。

殺す?誰を…?

その疑問に答える様に頭の中の声に言葉が追加される。

ミコト・オリヴィアを殺せ!あの人を侮辱する存在を殺せ!

「ミコト・オリヴィアを…殺す?……なzぐあっ!?」

何故?そんな疑問を持とうとすればまた激しい痛みが頭を奔る。そしてまた何度も何度もあの声が響く…。

殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺s…――――。

「…………ぁ――――」

まるで頭の中が書き変えられていく感覚。そしてだんだん思考が薄れていき頭の中で繰り返される声が聞けなくなる頃にはもう私は何も考えてはいなかった。いや、自分が先程まで何を考えていたかすら覚えていなかった。覚えているのは機会があれば奴を狙撃しようという理由で屋上に出て来たという事だけ。そして奴の部屋の窓を見てみれば既に灯は消えてカーテンが閉められていた後だった…。

「? ………機会を逃したか」

違和感の残る本来なら有り得ない筈の自分の失態に疑問を感じながらも、私はまだ冷える夜の風に吹かれて屋上を後にするのだった…。











――――Side 織斑一夏



週の初めの月曜日、朝のホームルームにシャルルの姿は無かった。俺は昨晩から別れてそれっきりだが、のほほんさんも朝早くから職員室に行ったっきりシャルルとは会っていないらしい。大丈夫とは思うがとても心配だ。

「み、みなさ~ん…おはようございま…す…」

『(う、うわぁ…)』

教室に入ってきた干からびたミイラの様になった山田先生を見てクラスの全員が唖然として言葉を失ってしまう。一体、何があったらあんな変わり果てた姿になれるんだ…。

「一週間…たった一週間ですよ?やっと昨日手続きとか全部終わったと思ったのにまた転入手続きって…何ですか?実は女の子でしたって…」

やばい。これは重症だ…。
一人ぶつぶつと愚痴を溢し始めた山田先生が放つどよどよとしたオーラにクラスの全員が引いてしまっている。しかし流石はIS学園の教師と言った所か、そんな今直ぐに病院に連れて行った方が良い状態のまま話の続きを始めた。

「今日はですねぇ…みなさんに転校生を紹介します。まぁ転校生と言いますが既に紹介は済んでるんですけどね、ふふふふ…」

先生、その力の無い笑みはやめて下さい…。

「じゃあ、入ってくださぃ…」
「失礼します」

弱りきった山田先生の声に促され、一人の少女が教室の中へと入ってくる。そして入ってきた人物に教室中がざわめきだした。無理もない。何故なら、昨日まで男子生徒として学園に通っていたシャルルが女子の制服を来て教室に入って来たのだから。

「『シャルロット』・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

初めて聞くシャルロットと言う名前。そうか。それが本当のシャルルの…いや、シャルロットの名前なのか。

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。ふふふ…寮の部屋割り組むの大変なのになぁ…もう嫌だよぉ…嗚呼、空が霞んで見えます…」

…もう、手遅れかもしれない。

「え?デュノア君って女……?」
「やっぱりそうだったんだぁ。昨晩ので何か変だなぁって思ってたんだよねぇ」
「男装して転校か…何だか似た様な漫画読んだ事あるかも…なんだったかなぁ」
「どうでもいいわよそんな事。嗚呼、私の初恋がぁ…」

驚きや嘆きのざわめきがヒートアップしていく教室。しかしそんな騒がしい教室にパンパンと手を叩いて山田先生が黙らせる。

「はいはい皆さんお静かに~…一番叫びたいのも泣きたいのも私ですよ~…」

『…………』

本来ならこんな細々そとした声にこのヒートアップした女子達を止められる筈もないが今は違う。哀愁漂う山田先生の表情を見て黙らずにいられる奴はいるだろうか?いや、いない。そんな奴人間じゃねぇ。お前の血は何色だと問いたい。
…しかし、何事にも例外はいるものだ。

「山田先生。生徒達の前で情けない姿を晒すのは控えろとあれ程言っているだろう」

遅れて教室へとやって来た千冬姉が弱った山田先生に容赦のない言葉を投げかける。

「…そう言うんだったら手伝って下さいよぉ」
「事務処理は君の担当だろう?役割分担で決めたじゃないか。私は忠告もしたぞ。今年は例年通りだとおもうなよ、と」
「…ぐすん…うぅ…」

『(お、鬼だ…)』

ニヤリと口の端を吊り上げてまるで悪魔を連想させる笑みを浮かべる千冬姉に、山田先生は力無く崩れ落ち涙を零し、俺達は自分の担任の恐ろしさに改めて恐怖するのであった…。










――――Side セシリア・オルコット





現在の時間は放課後。教室から誰にも気づかれない様こっそりと抜け出したわたくしは第三アリーナにやってきていた。

「デュノアさんという強敵が現れた今、優勝を狙う為にはさらに特訓を重ねなければなりませんわ!」

唯でさえ今年の一年生は、例年と比べて代表候補生が多いと言われている。なら、トーナメントが激しい戦いになるのはまず避けられないだろう。実力が劣ればすぐに弱者は蹴落とされる。自分が他者より劣っているとは思わない。しかし、実際にわたくしはこのIS学園に来て一度破れている。素人同然であるはずのあの方に…。

もう、わたくしは負けられないのですわ!

そう、負けられない。わたくしのプライドに賭けて。そして、優勝した暁には…。

「…ふふふふ♪」

夢の様な未来を思い描きにへらぁ、とだらしなく緩みまくりな笑みを浮かべてしまうわたくし。

「…ハッ!?いけないですわ。わたくしとした事が!こんなところ誰かに見られたり何てしたら…」
「………(゚д゚)」

正面には何故かタイミングを見計らったかのように鈴さんが立っており。わたくしと鈴さんは互いに身体が硬直した状態で視線が交わった。

「………」
「………」
「………」
「………」

片や自分の恥ずかしい所を見られてしまい、片や友人のアレな場面をみてしまい。何とも言えない気まずい沈黙が二人の間に流れる…。

「………」
「………サッ(゚д゚;)」

鈴さんがわたくしから逃げる様に視線を逸らす。

「ちょっ!?何で視線を逸らすんですの!?」
「え、いや、その……」
「こっちをみて話して下さいな!」
「いや、それは無理(キッパリ」
「何でこういう時だけキッパリと言い切りますの!?」
「気持ち悪い笑顔を直視しろっての?無理言わないでよ」
「今は笑ってませんわ!」
「気持ち悪いのは自分でも認めるのね…」
「ぐっ…」

確かに、自分でもだらしないとは思いましたわ。ですが!気持ち悪いとは思って無くてよ!?

「それで?何をそんなに嬉しそう?にしてたの?アンタの奇行は別に珍しくもないけど」
「わたくしを何だと思っていますの!?わたくしはただ今月末の学年別トーナメントに優勝して一夏さんと―――はっ!?」

慌てて口を塞ぐが時既に遅し。鈴さんを見てみればジト目で疑うような眼差しをわたくしに向けて来ていた。

「へぇ…一夏と何だって?」
「な、何でもありませんわ。オ、オホホホ…ちょ、首!首締ま゛っでまずから!」
「吐け♪」

その小柄とも言える身体から想像も出来ない物凄い力で襟元を締められ身長差はそれなりにある筈なのに足がプランプランと吊るされてしまう。更にそのうえ虚ろな瞳で迫られたわたくしには白状する事以外にこの状況から脱する術は残されてはいなかった…。







「綺麗な小川の向こうでお父様とお母様が手を振っている夢を見ましたわ…」
「それは良かったわね」

全然良くありませんわよ。仲睦ましい二人を見て複雑な気分になりましたわ…。

「それにしてもトーナメントに優勝すれば一夏と付き合えるんだ。ふふ♪良いこと聞いちゃった♪あのおばさんのご機嫌取りにある程度本気でやるつもりではあったけど、これは全力で優勝を狙わなきゃね♪」
「お、お待ちなさいな!これはあくまで一夏さんと箒さんの間で交わされた約束であってですね!」
「優勝賞品を横取りしようとしてた奴の言う台詞じゃないわね、それ」

う゛、それを言われると図星なだけに何も言い返せなくなりますわね。

「ゆ、優勝は譲らなくてよ?」
「上等、返り討ちにしてあげるわよ」
「むっ…言ってくれますわね。わたくしを甘く見ていなくて?その言葉そのまま貴女にお返しいたしますわ」

「「………」」

わたくし達の間に火花が散る。

「……丁度良いわ。ここはアリーナだし、どちらが上かこの際はっきりさせとく?わざわざトーナメント当日まで待つ必要なんてないし」
「あら、珍しく意見が合いましたわね。丁度わたくしも同じことを考えてましたの」

気付けば互いにISを展開し終えており、いつでも戦闘が始められる状態で対峙していた…。

「ふふ、そう言えばこうして戦うのは初めてでしたわね?」
「そうね。放課後のアリーナじゃ人が多くて戦えたもんじゃないし。それに、候補生同士の戦闘は色々と問題があるしね」

候補生同士の戦闘が禁止されているという訳ではない。しかし戦闘の際にもし致命的な損傷が発生した場合、それが国際問題に発展しかねないのだ。だからこそ、問題事を避けるために学園行事以外での候補生同士の戦闘はなるべく控える様に学園側から指示されている。

「では―――」

いきますわよ、と言い掛けた時。突如わたくしの声を遮って超音速の砲弾がわたくし達の間の地面に着弾した。

「「!?」」

ハンパ―センサーからの警告に、緊急回避行動をとると、わたくしと鈴さんは揃って砲弾が飛んできた方向を睨んだ。そこにあるのはあの漆黒の機体が佇んでいた…。
機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者―――。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…」

表情が憎しみに歪む。わたくしの大切な友達の命を狙う存在。許せざる存在…。

「…そういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

連結した≪双天牙月≫を肩に置き鈴さんはいきなりの襲撃者にそう訊ねる。口ではまるで友人と話しかける様な明るさを感じさせてはいるが、衝撃砲は既に発射準備の体勢で、彼女から発せられる敵意は私の肌にぴりぴりと伝わってきていた。かくいうわたくしも既に殺る気マンマンな訳ですが。

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。…ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

予告も無しの砲撃に続いていきなりの挑発に、わたくしも鈴さんもプツンと何かが切れた。それと同時に何とか衝突するのを踏みとどまっていた理性もこの瞬間吹き飛ぶ。
OK。そんなに痛い目に遭いたいのでしたらお望み通りにしてさしあげますわ。別に学園生活が送れられなくなって本国に送り返される程の怪我を負わせてもよろしいですわよね?ISは兵器なのですからそれくらいの大怪我をするのは珍しい事ではないでしょう?

「何?やるの?わざわざドイツからやって来てまでボコられたいなんて大したマゾっぷりね?」
「あらあら鈴さん?こちらの方は暴力の事しか頭にない蛮族なのですからそんな事をおっしゃったら失礼ですわよ?」
「はっ、口だけは達者だな。ふたりがかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ貴様達にはその無駄に動く口はお似合いかもしれんがな」

…ふふ。
怒りを通り越して笑みが浮かぶ。

「ああ、ああ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みな訳ね。―――セシリア、どっちが先やるかジャンケンしよ」
「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでも良いのですが―――」
「はっ!ふたりがかりで来たらどうだ?雑魚が群れても所詮は雑魚だ。お人形遊びに夢中な餓鬼に私が負けるものか」

ブツン…

切れた。いや、そんな生易しい物では無い。堪忍袋の緒は遠の昔に切れているのだから。今切れたのは人としての理性。人が人である為の理性だ。それが切れてしまえばそれはもう衝動にただ身を任せるだけの獣になり下がるだけだ。現に今のわたくしが考えているのは―――。

―――嗚呼…もう…何と言うか…殺してしまいたい。

と、目の前のアレをめちゃくちゃにしてしまいたいと言う殺意だけ…。
彼女が言う『人形』と言う意味。わたくしには何となくだがその意味が理解出来ていた。たぶん、一夏さんや箒さんそれに本音さんは分かってはいないかもしれないだろうが、わたくしや鈴さんは世間の黒い部分もこの目で見て来たから。だから、彼女の言う言葉の意味は理解出来た。けど…それが何?ミコトさんは『人形』なんかじゃない。わたくしの大切な友達だ。決して彼女が言う『人形』何かじゃないのだ。

「―――セシリアごめん。あれ、アタシに譲ってくれない?大丈夫。アンタの分までボコってあげるから」
「あらあらあら、面白い事をおっしゃるのね鈴さん。痛めつけるだけでは済ませませんわ。もう二度とISに乗れない身体にして差し上げませんと」

腕の1本や2本3本や4本…五体満足でこの学園から出られるとは思わない事ですわ…。

「とっとと来い」

「「上等!」」

その瞬間、三色の色が激突した。








――――Side 織斑一夏




「一夏。今日も特訓するよね?」
「ああ、もちろんだ。ミコトもいいよな?」
「ん。だいじょうぶ。今日も一夏と鬼ごっこする

「あはは…そうだな。一緒に鬼ごっこしような…」

楽しんでるのはミコトだけで鬼である俺にとってはものすっごいハードなトレーニングなんだけども…。
しかしミコトが喜んでくれて自分自身も鍛えられて一石二鳥と考えよう。

「あはは!なんだか一夏。休日の子供の遊びに付き合わされるパパみたい」
「むぅ、そんなに老けてないぞ」

ぴちぴちの15歳なんという言い草だ。ぴちぴちは死語か…?

「そ、それで僕がミコトのママに…」

―――そこはわたくしの立ち位置でしてよ?

「…ビクゥッ!?」
「どした?」
「う、ううん。なんでもない…?」
「? そうか…」

にしては顔が真っ青だけど。本当に大丈夫か?」


「一夏。アリーナに行くのか?」

俺達に話し掛けて来たのは箒だった。竹刀袋も持っていないから今日は部活は休みなのか?まぁ幽霊部員状態だから気分で顔を出してるんだろうけど。

「おう。今日は部活はいかないのか?」
「ああ、今日はISの特訓をしようと思ってな。い、一緒に付いて行っても良いか?」
「目的地は一緒なんだから聞く必要ないだろ?」
「そ、そうか。うむ!そうだな!うむうむ!ほら!さっさと行くぞ!今日は第三アリーナが空いてるそうだからそこを使おう!」

…なんで急に元気になるんだ?
まぁ、急いでに行くのにこしたことは無い。幾ら空いているとは言っても時間が経てば人も増えるだろうし。早めに言って少しでも広くアリーナを使いたいもんな。

「お、おりむー!大変だよー!?」

と、そんな時。のほほんさんが慌てた様子で教室へ飛び込んで来た。

「ど、どうしたんだよ?そんなに慌てて?」
「た、たいへんなんだよー!第三アリーナでセシりんとりんりんの二人がアイツとISで私闘してるんだよー!?」

「「「なっ!?」」」

のほほんさんの口から告げられたのは、とんでもない事態だった…。













あとがき

扇風機が煙吹いてぶっこわれ、涼む物が無くなったとですたい…。
今年の夏は乗り切れない…バタン
次回かその次でラウラ編は終了。たぶん…。


Pixivにてカルキ氏がイカロス・フテロを描いて下さいました♪
素晴らしい…。
『ミコト・オリヴィア』で検索すると出てきます♪



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/03 17:18





第20話「醜悪な芽」






――――Side 凰 鈴音



「くっ!いい加減吹っ飛びなさいよっ!?」

これで何度目になるのだろう。並みの量産機のアーマーなら直撃すれば一撃で沈められる威力を誇る、甲龍の両肩に搭載されている第三世代型空間圧作用兵器・衝撃砲≪龍咆≫が最大出力で放たれるのは。

「―――同じことを繰り返すとは。芸が無いな?」

放たれた不可視の弾丸。でもアイツはそれに臆する事もなく、ただ冷笑を浮かべ右手を突き出すのみ。それだけ。たったそれだけで、戦車の装甲を紙切れの様に粉々に粉砕する衝撃砲が防がれてしまった…。
まただ。シールドとも、絶対防御とも違う正体不明の何かがあたしの衝撃砲を無効化している。
…一体何が?あの機体の特殊兵装?あたしの≪龍咆≫やセシリアの≪ブルー・ティアーズ≫と同じ様なドイツが開発した新兵器か何かだろうか?しかし、アレの正体がどうであれ。あたし達との相性は最悪で、手も足も出せずに抗う事の出来ないのが今の現状だ。

「相性が悪いとか悪くないとかそんなレベルじゃないでしょ!これ!?」

目の前で起こっている理不尽な事態にあたしは悪態づく。幾らなんでもこれは反則でしょ。こっちの攻撃が一切通用しないなんて。
射撃では無理か。そう判断して≪双天牙月≫を構えるがこれも通用するかどうか…。

「フッ、どうした?怖気づいたか?」

警戒してなかなか攻撃してこないあたしにラウラ・ボーデヴィッヒは馬鹿にした様に鼻で笑う。
…とことん癪に障る奴だ。人を見下すその態度。その目。その台詞。そして、ミコトの件についても。全てにおいて癪に障る。

…と言っても、どうしようも無いんだけど。

幾らアイツが憎かろうが怒ろうが勝機を見出す事なんて出来やしない。感情に任せて冷静さを失えばそれこそアイツの思う壺だ。感情や勢いに任せてだなんてあの馬鹿じゃあるまいし。
だったらどうする?衝撃砲の多様でエネルギーもそうだが、シールドエネルギーも心許無い状態だ。装甲も損傷が激しい。まさか二対一でこうまで押されるだなんて。あの見えない壁の所為でもあるがそれだけじゃない。悔しいけどアイツの実力は学園内で上位に位置するだろう。流石は軍人と言うだけはある。

あたしも一応軍属なんだけどなぁ…。

所詮あたしはIS専用のテストパイロットに過ぎない。正規の訓練を受けた訳じゃないから一般人より多少武芸の心得がある程度で所詮は軍の関係者でしかない。そしてアイツは骨の髄まで軍人。これがあたしとアイツの決定的な差…。

『セシリア。エネルギーはあとどれくらい?』
『3割と言った所でしょうか。シールドエネルギーも半分を切っています。…そう長くはもちませんわね』

プライベート・チャンネルから聞こえてくる苦虫を噛み潰したようなセシリアの声にあたしも同意する。このままジリ貧じゃああたしたちに勝ち目は無い。しかしどうすればいい?活路は何処かにある筈だ。完璧な存在なんてある筈が無い。あの鉄壁の守りにも必ず綻びがある筈だ。
問題は、それをどう見破るかだけど…。

『セシリア。アンタこの状況を打破する何かいい案は無い?』
『いきなりの無茶ぶりですわね。突然そんなことを言われたって何も思い浮かぶ筈ないでしょう?』
『こういう時くらいしかその頭役に立たないんだからしっかりしなさいよ『次席』』
『なぁっ!?喧嘩売ってますの!?アレが一体何なのか分からない状況で何を考えろというのです!材料が足りませんわよ材料が!』

まぁ、確かにセシリアの言う通りか。判断材料が無ければどんな名軍師でも策を練れはしない。戦いにおいて最も重要なのは情報なのだから。

「話し合いは終わったか?」

「「!?」」

まるで今の会話が聞こえていたかのようなアイツの台詞に心臓が跳ね上がる。まさか、プライベート・チャンネルを傍受したと言うのか?ありえない。そんな事…。

「な、何で…」
「ふん。別に通信を傍受した訳ではない。貴様らの表情の動きを見て通信をしていると予想しただけだ。しかし、やはり無能過ぎる。仮にも軍属だろうに。こんなにも容易く表情に出すとはな」

うっさいわね!あたしはあくまでテストパイロットであって軍人じゃないんだからそんなの当たり前じゃない!アンタみたいになりたくなんて無いわよ!
人を殺すのを何とも思わない。しかも殺しを楽しむあんな人間になんてなりたくも無い。軍に属している身でそんなのは甘えだと言うのは分かっている。でも、人としての最後の一線だけは超えたくなんて…無い!
意を決してアイツに向かって飛び込むと、その加速した勢いを≪双天牙月≫に乗せてアイツ目掛けて振り下ろした。しかし―――。

その渾身の思いで振り下ろされた≪双天牙月≫の切先も、指一本で受け止められてしまった…。

「愚かしい。接近戦に持ち込めば勝てるとでも思ったのか?長物を持った自分が有利だと?寧ろ逆だ。この間合いは私の間合い。私だけの独擅場だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの『停止結界』の前には全ての攻撃は無意味に等しい」

停止…結界…?

「鈴さんを放しなさいっ!」
「そんなに返して欲しければ返してやるさ。私もいらんからな」
「えっ?――――きゃあっ!?」

アイツの背後に回り込んでいたセシリアが『停止結界』とやらに捕まって動けなくなったあたしを助けようとアイツに照準を合わせてトリガーを引こうとしたその瞬間、止められていた≪双天牙月≫の刃を掴み、それごとあたしをセシリアの方へとぶん投げた。

「――――なんっ!?」
「ですってぇ!?」

ひっくり返る視界と強制的な浮遊感。そして瞬く間も無く襲ってくるのは強い衝撃と金属のぶつかる音だった…。
衝突しそのまま空中でもみくちゃになり地面へと墜落するあたしとセシリア。何たる醜態。またこんな情けない姿を他人に、しかもアイツに見られるだなんて…。

「あ、貴女はぁ…っ!」
「あたしの所為じゃないでしょうがぁっ。アンタが避けなさいよっ!…いたたぁ」

シールドで守られているとは言っても、痛みは直に伝わってくる。しかもこの程度の衝撃ならハイパーセンサーも命の危険なしと判断してシールド保護も最低限の出力でしか展開しなかったのだろう。無駄に痛い…。
…ていうかさぁ。さっきからアンタは何処に乗ってんのよ!?
現在、セシリアが尻餅付いているのはあたしの背中。まさに尻に敷かれている状態。

「さっさとあたしの上から退きなさいよっ!このデカ尻っ!」
「デカっ!?淑女に向かってなんて失礼な!?これでもお尻には自信があってよ!?」

何を言い出すんだコイツは…。流石に引くわよ…。
とにかくこの重い尻を退かせよう。このままでいるとあの馬鹿デカイ砲弾で二人まとめて吹き飛ばされてしまう。とりあえずこの尻は…。

「えいっ」

げしっ

「んきゃぁ!?何しますの!?」

鬱陶しいので蹴飛ばしとく。

「あたしは尻に敷かれて喜ぶ性癖は持ち合わせてないっての。しかも同性に」
「わ、わたくしだってありませんわよっ!?」

当たり前よ。あったら今後の関係を考えさせて貰うから。
邪魔な尻が居なくなったので置きあがって体勢を整え直す。本当なら今頃吹き飛ばされていても可笑しくないのだけど、そうでないのは完全に舐められているからか…。

「まったく…『御ふざけはここまでにして…直に止められて何か気付いた事はありますの?』
『アイツ、停止結界って言ってたわね。たぶんPICの応用兵器だと思うんだけど…』
『それはあまりこの現状を打破する情報ではありませんわね…。基本的に第3世代型ISじゃ貴女の≪龍咆≫のようにPICを応用して作られてますし…』

セシリアの言う通りで、あたしの≪龍咆≫だけでなく基本的に第3世代型ISの全てはPICの技術を応用して開発されている。それを今更言われても確かにだから何?って言う感じだ。活路を見出すにはこの情報はあまりにも無意味に等しい。

『…でも、きっと何かある筈』
『わかってますわ。必ずあの横っ面に一発いれて差し上げますわ』
『…アンタは中距離支援型でしょうに』
『最近、常識を捨てる事にしましたの♪』

周りに非常識が沢山いるからってそれは無いでしょうに…。あ、あたしもその仲間になるのかな?どうなんだろ?

「また不毛な話し合いか?残念だがもう付き合ってやるつもりは…無いっ!」

「っ!?散開!」
「言われずともっ!」

言葉なんかよりも先に身体が先に動く。そして数瞬遅れて先程まで自分達がいた地面が大きな衝撃音と共に爆ぜた。

―――速いっ!

自分の予想を流行るかに上回る弾速とその速度によって生じた余波にたらりと冷や汗を流す。あの馬鹿デカイ砲身…電磁投射砲≪レールガン≫か!
実弾での速度では≪龍咆≫のほうが速いだろう。しかし、厄介な代物には変わりは無い。あんなものまともに喰らったら、消耗したあたし達にはひとたまりも無い。一撃でも喰らえば即戦闘不能に陥る。

「セシリアっ!」
「ええ!撃たせる間なんて与えませんわっ!」

空中に浮遊した≪ブルー・ティアーズ≫一斉にアイツ目掛けて飛びかかる。
翻弄ようにクルクルとアイツの周辺を巡廻する数基のビット。しかしアイツからは余裕の笑みは消えない。寧ろ人差し指をクイクイっと立てて挑発してくる。

「っ!いきなさい!ブルー・ティアーズ!」
「フッ…お前が逝け」

肩に搭載された刃が左右一対で射出され、ワイヤーで本体と接続されているソレは複雑な軌道を描き、まるで獲物を狩る蛇のように周囲を浮遊していたビット達を次々と串刺しにし、瞬く間にアイツの周囲に居たビット達は全て破壊されてしまう。

「―――――なっ」

あまりの出来事に目を剥くセシリア。だけどセシリアは気付いていない。まだアイツの攻撃が終わっていない事に。
唖然と空中で停止するセシリアにあたしは叫ぶ、

「馬鹿!セシリア!逃げなさいっ!」
「…え?」

あたしの警告にセシリアは遅れて反応を示すが、セシリアが逃れようとしたときには既に刃はセシリアの足を捕えていた。
ブレードとワイヤー。攻撃と拘束を目的とした兵装か。

「―――しまっ!?ガッ!?」
「そこから引きずり落としてやる」

捕えられたワイヤーに引き摺り込まれ、強制的に地面へと叩きつけられるセシリア。だが、また攻撃の手は止まない。レールガンが地面に叩きつけられて身動きのとれないセシリアを狙う…。

「さけるかあああっ!!!」
「見事に釣られたな?」
「ッ!?駄目ですわ鈴さん!」
「―――――へ?」

何故か目前にあるのはレールガンの銃口。痛みなんて感じる暇も無い。次の瞬間頭の中で火花が散って、視界を真っ白な世界が覆い。気付いたらあたしは地面に大の字になって倒れていたのだから…。

多分…気を失ってたのは数秒かな?
ISの補助もある。長い時間気を失う事はないと思う。戦闘中気を失えばISの展開も解除されるだろうし…。それにしても随分と飛ばされたもんだ…。
首だけを動かして周りを見てみればアリーナの壁が自分の頭上にあり、先程まで自分が見ていた景色とは大分違っていた。それだけ遠く吹き飛ばされてたのだろう。たぶん100mは吹き飛ばされてる。

「――……ぐっ」

朦朧とする意識の中、ISの補助もあってなんとか上半身だけを起き上がらせる。

…あー、かなりきいたわね。全然身体が言う事きいてくれないわ。

身体が動く事を拒絶するかの様に鉛のように重いわ頭の中で鐘を鳴らされてるみたいでぐわんぐわんするわで相当のダメージを負ったみたいだ。このまま戦闘を続行するのは少しキツイかもしれない…。

――――警告!シールドエネルギ残量40。機体ダメージ致命的。各部に重大なシステムエラー。衝撃砲≪龍咆≫の使用不可能。戦闘継続―――可能。

「あ゛ー………」

ハイパーセンサーからを情報を見て、まだ動けるのが奇跡的だとは分かっているにしても、これはボロボロにも程があるとあたしは空を仰ぐ。
機体のステータスを見ればどの箇所も赤く表示され、何時壊れても可笑しくない状態だ。エネルギーも渇々で使える兵装も≪双天牙月≫のみ。ミコト風に言えば『オワタ』状態だ。

でも…。

「負けられるかっての…」

アイツはミコトを馬鹿にした。そして、アタシ達がミコトの友達であることを馬鹿にした。それを、許すことなんて出来やしない…。

「友達…か。あはは…」

―――いいじゃない。私だって選ぶ権利はあるでしょ?まだこの子を知った訳じゃないんだし急に友達になるってのも変な話じゃない。

「いつからだっけ…?」

思えば、こうして口に出したのは始めでだった気がする。そして、今まで口出さなかったのはそれが当り前の事で別に言わなくても良いと思えるくらいにミコトの存在があたしの中で大きくなっていたから…。

「………ははっ!」

地面に地面に≪双天牙月≫を突き立てそれを杖代わりにして大地を踏締め立ち上がる。
まだ動く。まだ立てる。まだ戦える!あたしはまだ戦える!

「…まだ動けるのか、しぶとい奴だ。これだから羽虫は鬱陶しくて敵わん」

言ってろ…。
面倒臭そうにするラウラに対して、あたしはニヤリと笑みで返すと≪双天牙月≫を大きく振りかぶり―――。

『セシリア…』
『鈴さん?』
『あたしが合図を送ったら撃ちなさいっ!』
『は?ち、ちょっと!?』
「だああああああああああああああありゃあああああああああああああっ!!!!」

ラウラに目掛けて全力で放り投げた。

「…つまらん攻撃だ」

回転しながら円を描いてアイツに向かって一直線に飛んでいく≪双天牙月≫それにラウラはつまらなそうに向かってくる攻撃を見ると。セシリアを拘束しているワイヤーを掴む。

「―――またあれを!?させませんわっ!」
「ふっ」

さっきのあたしみたいにまた放り投げるつもりだと気付いたセシリアはレーザーライフルを放つが、身体を横に逸らしただけで容易く回避される。

…あれ?そう言えばさっきも…もしかしたらあれって…。

「おとなしく、私の盾になれ」
「またしてもこんなっ!―――きゃあっ!?」

抵抗も虚しく、セシリアは≪双天牙月≫の射線上へと放り投げられてしまう。だが―――。

そんなの…あたしが考えてないとでも思ったのっ!?

「分かれろおおおおおおおっ!!」

―――その瞬間。あたしの叫びに応えるかのように。≪双天牙月≫が…。

パキンッ…

「何っ!?」

―――二つに分離した…。

分離して二つに分かれた≪双天牙月≫はセシリアに直撃することなく左右を通り抜け、曲線を描いてその名の通り獲物を喰らう牙となって双方からラウラを襲う。

「ちぃっ!こんな小細工っ!」
「セシリアッ!」
「この体勢から無茶をおっしゃいますわねっ!」

投げられた状態で無理やり身体を捻りレーザーライフル≪スターライトmkIII≫を構えて乱射。しかしその射撃は乱暴ながらも正確にラウラを捉えていた。

「くっ!?」

予想外の敵の援護に反応が遅れたラウラの装甲を、レーザーが撃ち砕く。しかし、まだ攻撃の手は止まない。あたしの牙はまだ獲物に喰らっていない!

「噛み砕けえええええええっ!」
「舐めるなぁっ!」

両手を伸ばし双方から迫ってくる刃を止めようとするラウラだったがそれをセシリアは許さない。まだレーザーは止んではいないのだから。

「そう何度もっ!」
「っ!?」

レーザーが雨の如くラウラに降り注ぎ停止結界の発動を妨害する。そして、あたしはそれを見て先ほどから『もしかして』が確信へと変わった。
やっぱりそうだ。レーザーでの攻撃は停止結界で防ごうとしない。セシリアの≪ブルー・ティアーズ≫を停止結界で止めずに破壊した時は、その方がアイツにとってこっちの戦力が減って都合が良いからだと思っていた。でも、さっきのセシリアの攻撃も受け止めずに避けた。前者は偶然で済まされるけど後者はどうも可笑しい。恐らく、エネルギー兵器での攻撃は停止結界じゃ防げないんだろう。
それと、たぶんもう一つ。あの停止結界には弱点がある。あたしの勘が正しければそれは―――。

「あの停止結界は…」

ザシュッ!

今までその装甲に触れることさえ出来なかった≪双天牙月≫の刃が―――。

「がっ!?」

「『停止させる対象に意識を集中させなければ停止出来ない』…そうでしょ?」

――――両肩の装甲を噛み砕いた。

「あはは…ざまぁみそけぷっ!?」
「あうちっ!?」

憎たらしいアイツに一撃与えた事で優越感に浸っていると、そう言えばセシリアが此方に向かって投げ飛ばされていた事をすっかり忘れてしまっており飛んできたセシリアに盛大に衝突。再びセシリアの下敷きに…。

「~~~ア・ン・タねぇっ!?」
「そこは貴女が受け止めるべきでしょうっ!?なにどや顔で突っ立ってますの!?」
「どや顔!?あたしそんな顔してたの!?」

たしかにアイツの苦痛に歪む顔を見てスカってしたのは認めるけどさ…。しかし何時まであたしの上に乗っかっているつもりだこの尻女。
まだ戦闘中だと言うのに口喧嘩を始めるあたし達。しかし…。

「貴様ら…よくも私のシュヴァルツェア・レーゲンに傷をつけたな…っ!」

地獄の底から這い出て来たような悪魔の声が静かにアリーナに響いた…。
その声にあたしもセシリアもげんなりとするが直ぐに表情を引き締めて立ち上がり再び戦闘態勢をとる。こんなの分かりきっていた事だ。

「…まぁ、あれで終わる訳無いわよね」
「それはそうでしょう」

あれで終わる筈が無い。あの程度でISが壊れるのならあたしは最初の一撃でもう既に戦闘不能になっている。一撃で敵を斬り伏せる。そんな非常識な事が出来るのは現状で白式の単一使用能力≪零落白夜≫だけだ。

「…で、どうするの?もうあたしは戦う余力はこれっぽっちも残って無いわよ?」
「わたくしだって貴女よりかはまし程度ですわよ…」

見ればセシリアの装甲もズタボロ。あたしが気を失っていたあの数秒の間にやられたのかしら?まぁワイヤーで拘束されてる状態じゃボコボコにされても仕方ないかもだけど。確かにその状態じゃ厳しいわね。さっきの乱発でエネルギーも底を尽きかけてるだろうし…。
あたしも唯一の攻撃手段である≪双天牙月≫はラウラの足元に突き刺さってる。流石に拾うのを待ってくれる程お人好しじゃないだろう。それに、今のアイツは何処か様子もおかしい。表情も、雰囲気も…。

「殺す…殺してやる…殺してやるぞ!」

…どう考えたってやばいでしょアレ。目が逝ってるし殺意も今まで無いくらいに絶賛発生中なんですけど…?
まともな精神を持ち合わせて無いとは前々から思っていたけど、どうも可笑しい。心でも患っているのアイツは?いやそんなレベルじゃないあれは。先程の冷静な態度とは一変した感情に身を任せるこの変わりよう。普通とは思えないわね…。

「ふざけるな…貴様ら如きに…私はあの人に…あの出来そこないじゃなく…奴がじゃない…私ガ…あのひとに…っ!」

一体、何がアイツをあそこまでさせるのか…。
あたしにはそれはを分からない。唯言えるのはアレは異常だと言う事。あれは決意とか執念とかそんなんじゃない。そんな真っ当な物なんかじゃ決してない。あれは…呪いだ。
まるでとり憑かれたように、ラウラを操っている様にすらあたしには見えた。幽霊なんてそんな馬鹿馬鹿しい事有り得ないと思うけど…。

「わタ…ワタシハ―――」

…何か様子がおかしい。

「…鈴さん」
「分かってる」

セシリアもラウラの異変に気付いたようだ。いや、誰だってあれを見れば一目で様子がおかしい事ぐらい分かる。
焦点の定まらない視線。可笑しな言動。そして何より異常なのは先程から急激に上昇を続け始めているシュヴァルツェア・レーゲンのエネルギー反応。
…嫌な予感がする。

「セシリア!急いで離だ―――――」

離脱しよう。そう言おうとしたその瞬間だった。強い衝撃が身体を揺らし黒い影が視界を覆ったのは…。

――――…………………………あれ?なんであたし。飛んでるんだろ?

何が起こったのか分からなかった。気付けばあたしは宙を舞っていた。さっきまで隣にはセシリアがいた筈なのに…。

「鈴さんっ!?」

遠くからあたしを呼ぶセシリアの声がする…。
…ああ、何だ。ちゃんと近く居るじゃない。なんか声が遠く聞こえるけど…。ていうか何でアンタ逆さまなのよ?それになんでそんなに泣きそうな…あれ?あれれ?
なんであたしの手…真っ赤なんだろ?それより装甲は?これ、あたしの手だよね?あたしISを装着してたのになんでだろ…?

…あれ?目の前が何だか暗くなって…。

寒いよ…。

いち…か…。









――――Side ???


「ふふ、どうやら芽が出たようね…」

女は楽しそうに嗤う。

「どうなるかしら?あれだけお膳立てしてあげたのだから何かしらの成果は出して貰いたいのだけど」

半ば押し付けの様な物なのだけどね?ふふ…。
まぁ、どう転ぼうが私にはどうでも良い事。私には損は無いし、死人が出てくれさえすればさぞ面白い事になるでしょうし…ね。

「…ふふふ」

さぁ、楽しい楽しいゲームの始まりよ?












あとがき


書いておいて何だけど…収拾つかなくね?(汗)
にしても最近長い文が書けなくなってきました。まずいなぁ。本当にスランプだ。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/13 16:44


第三アリーナの観客席に着いた俺達の目に飛び込んで来たのは信じられない光景…。

異様な速度でアリーナを疾走する鋭い爪を持った黒い化け物。

まるでペンキでも溢したかのように赤く染められた地面。

蒼い装甲を赤く染め上げ何かを護る様にボロボロになりながらもライフルを肩腕が負傷しても、もう片方の腕だけでトリガーを引き続けるセシリアの姿。

そして、俺は見てしまう…。

その後ろで横たわる全身を血に染めた…―――。

「あ……ああ…」

――――腹部を引き裂かれ虚ろな瞳で空を仰いでいる鈴の姿を…。

俺は千冬姉を箒を、鈴を、ミコトを―――。

「…ああああっ」

関わる人すべてを―――。

「…………あああああああああっ」

―――守る。

その誓いが…音を立てて崩れ落ち…。

プツンッ…

頭の中で何かが切れた…。

「――――――――――――――――っ!!!!!!」

誰かが人の物とは思えない叫び声を上げている。理性の欠片も無い怒りの咆哮。それが俺自身が発していた叫び声だと分かったのは、既に俺が白式を展開しアリーナと観客席を隔てるバリアを『零落白夜』で切り裂いた後の事だった。












第21話『Berserker system ―A― 』








後の事など一切考えてなんていやしない。機体の負荷を考慮しないでの最大速度ので瞬間加速。当然、すぐに機体が悲鳴を上げだした。それでも俺は構う事無く目の前の敵に喰らいつこうとスラスターを全開に吹かす。
無茶な行動だった。最初のバリアを切り裂いた時に消費したシールドエネルギーは少なくは無い。シールドエネルギーの3割は最初の一撃で消費した。そして、今にも奴に目掛けてしようとしている二発目の『零落白夜』を発動させようとしている。それも瞬間加速をしている状態でだ。これは機体に更に負荷を掛ける事になる。
それでも、そんな無茶な事をしてでも俺は―――。

「てめええええええええええええっ!!!」

―――目の前のアイツを斬らずにはいられなかった。

「い、一夏さんっ!?」

いきなり乱入してきた俺にセシリアは驚きと何処か安堵するような声を上げる。だが、俺はそんな事一切気に止めない。俺が全意識を集中させているのは目前に迫っているアイツだけだ。

「があああああああああああああっ!!!」
『―――!』

プライドとかそう言った綺麗な物は一切有りはしない。この一振りに籠められているのは憎悪、そして殺意だけ。
しかし、そんな渾身の思いで振り下ろされた刃の先にあるのは残像のみで、刃は虚しくも空を斬るだけだった。かわされた。掠りもせずにこんなにもいとも容易く…。

「ちぃっ!」
「一夏さん!何をボケっとしてますのっ!?カウンターに備えなさいっ!」
「―――しまっ!?」

血の昇りきった頭で冷静な判断が出来る筈も無い。ましてやカウンターの警戒なんてまず無理だ。
だから、セシリアの警告にハッとした時には血塗られた爪が俺の目の前に迫っていて…―――。

ザンッ

ガツンと頭を鉄バットで殴られた様な衝撃に視界が火花を散らす。

「がっ―――っ!?」

身体を仰け反らせ空へと吹き飛ばされ無防備な姿を晒す俺と白式。そんな絶好のチャンス奴が見逃す筈が無い。気が付けばアイツはピッタリと俺の上に張り付き追撃の爪は容赦無く振り下ろした。
そして、再び衝撃が全身に奔る。

「ぐぁっ!?」

鋭い爪は容易くシールドを突破して絶対防御を発動させシールドエネルギーがガリガリと削り、そのまま衝撃によって地面に叩きつけられ地面に陥没する。
たった数秒。戦闘が始まってたった数秒で半数以下にまでシールドエネルギーが削られた…。

ば、化け物かよ…っ!?

信じられない現実に俺は驚愕し、そして目の前の化け物に恐怖した。
何なんだ?何なんだこの化け物は?本当にアイツなのか?こんな人を止めた様な動きをする化け物が…。
原形なんて残ってはいやしない。ラウラ・ボーデヴィッヒが使用していた機体の共通点なんて全身を覆う黒だけだ。それ以外はもう何も残っていやしない。理性も、人の姿さえも…。俺の目の前にあるのは。巨大な手から伸びる鋭い爪。全身覆う漆黒の装甲。今のアイツの姿は漫画何かで出てくる悪魔その物だった。

『コロス!コロシテヤル!』
「……っ!?」

機体から聞こえるのは確かにアイツの声だった。以前の冷徹な雰囲気とはまったく異なってはいたが…。

「何がどうなって…」
『一夏さん!大丈夫ですかっ!?』
「っ!セシリア!鈴!鈴はっ!?」

プライベート・チャンネルから聞こえる俺の身を心配してくれるセシリアの言葉を無視して鈴の安否を確認する。

『無事…とは言い難いですが絶対防御がギリギリまで堪えてくれたおかげでしょうか。奇蹟的に致命傷には到りませんでしたわ』
「そ、そうか!鈴は生きてるんだな!?」

良かった。生きててくれた。本当に良かった!

『最後までお聞きなさいな一夏さん。今はまだというだけです。出血が激しいので今直ぐにでも治療しないと…』
「っ!ならセシリアは鈴を連れて今直ぐ離脱しろ!ここは俺が抑える!」
『…本来ならあんなものを一夏さん一人で相手にさせるのはあってはならない事なのですが…仕方ありませんわね』
『大丈夫。一人じゃないから』
『ん』

プライベート・チャンネルに二つの声が割り込んでくると、遅れてシャルロットとミコトがISを展開した状態でやってきてセシリアと鈴を護る様にして地面に着陸すると、負傷した二人に近づけまいと、シャルロットが重機関銃を乱射する。

『貴女達も来てくれましたの』
『うん。流石に篠ノ之さんと布仏さんは置いて来たけどね。今は先生を呼びに行って貰ってる』
『その判断は正解ですわね。不慣れなうえに練習機ではアレを相手するには厳し過ぎますわ』
『そう、だね。心苦しくはあったんだけど…』

実質、足手纏いだと言っている様なものだからな…。

『それより今は凰さん。怪我はどうなの?』

的確に射撃をしながら視線だけを横たわる鈴に向けるシャルロットに、セシリアは首をふるふると左右に振る。

『あまりよろしいとは言えませんわ。出血もそうですが地面に落ちる際に全身を強くうったみたいで…』
『…酷いね。女の子にこんな怪我をさせるだなんて』

爪で引き裂かれた傷口を見てシャルロットは悲しそうに表情を歪めた。

『傷跡…残っちゃうかな…?』
『………』

銃の発砲音が響くなか、俺達の間に重苦しい沈黙が流れる…。
男の俺が傷跡を残しても傷跡は男の勲章という感じで終わらせれるけど、女の場合はそんな簡単な物じゃない。それは男の俺でも分かる。これは、決して…決して許される事じゃない。
俺達が悲痛な表情を浮かべるそんななか、幼い少女の声が重い沈黙を破る。
…そう、ミコトだ。

「鈴…だいじょうぶ?痛くない?」

ミコトは鈴に近寄ると、心配そうにして鈴を覗きこむ。しかし返ってくるのは辛そうな呻き声だけ。その声を聞いてミコトの表情は更に不安の色を濃くする。

「うー…いたいのいたいのとんでけー。いたいのいたいのとんでけー」
「…」
「ミコトさん…」

痛々しいその光景に俺も、セシリアも、シャルロットも表情を歪める。
何も出来ない。そんなことはミコトだって分かっている。だから、気持ちだけでも楽になる様に鈴の頭を撫でて何度も、何度もおまじないを呟く。目を涙で滲ませながら、声を震わせて…。

…くそっ!

叫びたい気持ちをぐっと堪えるために拳を強く握り締める。
辛かった。ミコトの声を聞いているのが。自分の無力さを思い知らされてるようで…。

『セシリア。鈴を頼む』
『お任せ下さい。そちらもお気をつけて。あの機体、普通ではありませんわ』
『…ああ、分かってる』

それは先程自分の身を持って思い知らされたばかりだ。アレを甘く見ようなんて俺はそんなうぬ溺れでもなければ自殺志願者でも無い。

「セシリア。鈴。おねがい」
「はい。ミコトさんも無理をしないで下さいね?貴方が傷つけば鈴さんも、わたくしも、皆さんも悲しいですから」
「ん。私は墜ちない。だいじょうぶ」
「…はい。そうですわね」

それを聞いてセシリアも少しはホッとしたのか、緊張を少し和らげるともう一度「お気をつけて」と告げて鈴を抱えてピットゲートへと飛び去っていく。

『―――っ!』

そして、セシリアが背を向けた途端。奴がセシリアに襲いかかろうと2mはあろうその巨体を黒い風に変えて加速する。が、そんな事は俺達が許す筈が無い。

「いかせないよ!」
「てめぇの相手は俺達だっ!」
『グゥ―――ッ!』

セシリアを襲おうとしていたラウラを俺の雪片弐型とシャルロットのシールドで迎え撃つ。流石に二対一でのぶつかり合いでは勝てなかったのか盛大に吹き飛ばされたラウラ。しかし、ごろごろと物凄い勢いで地面に転がりながらもラウラはすぐさま身体を起こすと身体を低くして再び突入する体勢に入る。まるで獣そのものだ。

「…人とは思えない動き。いや、戦い方だね。実はあの子狼に育てられてたりするのかな?」
「狼少女って…何時の時代の話だよ。気持ちは分かるけどさ」

あれは人の戦い方とは違う。獣同士が噛みつき合うそれに似ていた。

「信じられないパワーとスピードだけど動きは単純。冷静に対処すれば…」
「ああ、やれる」

あのスピードとパワーは確かに脅威だがあの単調的な動きなら避ける事はそう難しくない。成程、俺って傍から見ればあんな風なのか。こうして体験してみると確かに動きが読みやすいな。

「私は…どうすればいい?」

一向に自分に指示が来ないので待てなくなったのかミコトがそう訊ねてくる。
ああそうか。ミコトは武装が無いから戦闘に参加出来ないんだよな。

「私も手伝う。手伝いたい」
「ミコト。お前…」

いつも通りの無表情、しかし、ミコトの瞳に宿るのは明らかな怒り。俺は初めて見るミコトに唖然とする。
友達を傷つけられて怒る気持ちは分かる。俺だってそうだ。でも、俺はミコトに戦ってほしく無い。ミコトにと言ってイカロス・フテロは兵器では無く翼でありずっとそうであってほしいと俺は思っている。俺だけじゃない。皆だって…。

「…うん。ミコトの役割もちゃんとあるよ」
「シャルロット!?」
「一夏。気持ちは分かるよ?…でも、ほらあれ」
「あれ?」

シャルロットの視線を追うと、そこにはミコトにじっと見ているラウラが居た。

『ミ…ト・オ…ヴィ…ミコト…ミコト・オリヴィア………グゥッ!?ウゥゥ…ア゛アアアアアアアアアアァ゛ッ!!』

ミコトを視界にとらえた途端、何かのスイッチが入ったかのように雄叫びを上げるラウラ。今のアイツにはもうミコトしか見えていない様だった。その鋭い矛先をミコトへと向けて今にも飛びかからんと姿勢を低くして準備態勢に入っている。
…だけど、一瞬アイツが苦しむ様な呻き声を上げた様な気がしたが俺の気のせいか?

「…ね?もうあの子ミコトに夢中みたい。ならこれを利用しない手は無いでしょ?」
「だからって…」

ミコトを戦わせるのはやはり気が引けてしまう。
それに、唯でさえイカロス・フテロは装甲が薄いと言うのに、もしもアレの攻撃を一回でも直撃でもしたらミコトは…。
先程の鈴の血塗れの光景が脳裏に過ぎる…。
そうだ。戦わせれる訳が無い。ミコトを。あの鈴をあんな酷い目に遭わせる危険な奴を相手にさせるだなんて…。

「そんなの認められる訳―――」
「そうしないといけないのは僕達が弱いからだよ?」
「っ!?」

『俺達が弱いから』その言葉が胸に突き刺さり、がりっと歯軋りで奥歯が鳴る。
俺達が…いや、俺がもっと強ければミコトがこの場に残る必要はなかったんだ。アイツくらいどうとでもなる位に強ければ…。クラス対抗戦の時だってそうだ。それに今この瞬間も。俺がしっかりしてればミコトを、友達を傷つける事なんてなかったんだ…。

「凰さんとオルコットさん二人掛かりで相手して負けるんだよ?僕達二人だけで如何にかなるとは思えない」

それは遠まわしに俺達が劣っているという事。いや、正確には『俺が』だ。シャルロットのISの技術は二人に勝っているだろう。それをマイナスしているのは…俺だ。それを正直に言わないのはシャルロットの気遣いなのだろう。

…くそっ。

「それに、ミコトの気持ちも分かってあげなよ。一夏だけじゃないんだ。怒ってるのは…」
「ん。私も一夏とシャルロットの役に立ちたい」

自身の胸に手を当て、目を逸らさず俺の目を見るとミコトはそう語る。

―――そうしないといけないのは僕達が弱いからだよ?

また、逃れようのない事実が脳裏に響く…。
ああ、その通りだよ。そんなの嫌になるくらいに分かってる。俺をぶん殴ってやりたいくらいにな。

―――ミコトの気持ちも分かってあげなよ。一夏だけじゃないんだ。怒ってるのは…。

それも分かってる。俺だけじゃなくてミコトにとっても鈴は大切な友達なんだ。鈴が大怪我を負わされて何とも思わない訳が無い。クラス対抗の時だって俺の事で怒ってくれたんだから…。

「一夏…」

ミコトの瞳は今も俺を映し、その根気に負けた俺はついに―――。

「………………っ。分かった」

長く苦悩した後、漸くミコトが戦闘に参加する事に賛成するのだった…。










――――Side 織斑 千冬




今日の業務を終え、私は自分に宛がわれた整理されていないデスクで久々の安息の時間を寛いでいた。
…しかし、我ながら散らかった机だ。一夏がこれを見ればすぐさま片付けを始めるだろうなと一人苦笑する。本当に私はこう言った物は弟に頼りっきりだと改めて思う。
と、そんな時だ。同僚の先生がコーヒーカップを二つ手に持って話し掛けて来たのは。

「織斑先生。コーヒーを淹れたのでどうぞ」
「ん?ああ、ありがとう………ふぅ、此処の所のんびりとコーヒーを楽しんだ記憶が無いな」
「ふふ、織斑先生のクラスには特殊な生徒集まってますから。あの天才と呼ばれている篠ノ之博士の妹に世界唯一の男性でISを使える生徒。授業だけでは無く外部の対応にも気を回さないといけませんもんね」

しかも問題ばかり起こすと来る。その問題の中心人物は私の愚弟なのだがな。
その問題の原因は別の馬鹿の可能性もあるのだが…これはまだ確証が取れて無いので置いておくとする。

「まぁ、面倒な書類云々の片づけは全て山田先生に押し付けているので問題無いが」

嗚呼…山田君の苦労でコーヒが美味い。他人の不幸と言うのは最高のスパイスである。これを彼女の前で口にすればさぞ良い反応をしてくれるだろう。…今度してみるか?
と、そんな事を考えながら意地悪な笑みを浮かべていたら同僚の先生も何を考えているのか察したらしく渇いた笑い声を漏らす。

「あ、あははは…(山田先生超頑張れ)。で、でも最近は静かなものですよね?ドイツの代表候補生が来てから色々と慌ただしい日々が続いてましたけど」
「いや、そうでもないさ。ついこの間も放課後で私闘を始めようとしていたしな。たまたま私が通りかかって止めたから良かったものの」
「それはまた…ご苦労様です」

心中ご察ししますと言いた気に深々と頭を下げられてしまった。この先生もこの学園に務めて長い。代表候補生が起こす問題は色々と面倒だと理解しているのだろう。何て言ったってバックには国家が控えているのだ。IS学園は完全に中立でどのような組織・機関も干渉は不可能だがやはり面倒事は避けたい。だからこそ代表候補生の扱いには神経を使うのだ。正直、胃に与えるダメージはかなりの物。山田君なんて常にポケットには胃薬がある程だ。…誰だ?私が仕事を押し付けてる所為だと言った奴は?ちょっとツラ貸せ。

「この程度ならまだ良い。問題は今月末の学年別トーナメントさ」
「山田先生に押し付けてる癖に…」
「何か言ったか?」
「い、いえ別に!?そ、それで学年別トーナメントがどうかしたんですか?」
「いや何、前回の事もあるからな」
「考え過ぎですよ。そう何度もあんな事起きやしませんって。あの事件以降IS学園のセキュリティーは更に強化されたんですよ?」

セキュリティー…か。『あの馬鹿』が関わっているというのならこの学園のセキュリティーなんて無いも同然なのだが。それに、私にとっては寧ろ…。

「…問題が起きてくれた方が都合が良いんだがな」
「何物騒な事を言い出すんですか貴女は…」

私の発言に同僚の先生はどん引きだったがこれにはちゃんとした理由がある。というか私だって好きでトラブルを望んでいる訳じゃない。出来る事ならトラブルなんて起こって欲しくは無い。しかし今回は別だ。

「前回のクラス対抗は各国の訪問者は少なかった。入学して間もないからな。態々見に来る物でも無い。だが、今回は違う。入学して数カ月が経ち生徒達も少なからず成長し始めている。今月末の学年別トーナメントで有能な人材をチェックしておきたいだろう。今回はかなりの人数の訪問者が来ると考えられる」
「それに何の問題が?毎年そうじゃないですか」
「ミコト・オリヴィアの件があるからな」
「…彼女ですか」
「ああ、例の件でオリヴィアは悪い意味で世界から注目を集めている。あまり人目に晒したくは無い。出来る事なら参加させたくは無いのだが…」
「無理、でしょうね。委員会のISを提供されているという名目でイカロス・フテロを所有する立場である彼女がこの行事を参加しないというのは…」

そう、無理がある。機体が戦闘が出来ない程破損したというのなら別だが、生憎と束の修理から返って来てからイカロス・フテロはピカピカの無傷だ。嘘を提示して参加を辞退してもそんな嘘は直ぐにばれる。なら、残された方法は学年別トーナメント自体を中止させる事なのだが、各国のお偉い方が集まるこのイベントをそう簡単に中止に出来る筈が無い。またそれにもそれ相応の理由が必要になってくる。

「だから問題が起きて欲しいと?」
「そう言う事だな」

そう都合良く事が進む訳が無いが…。何て言ったって最近は都合の悪い事ばかりが立て続けに起こっている。此方が望んで起こってくれるほど親切じゃないだろう。

「それだとまた始末書やなんやらが大変そうですね」
「そうだな。山田先生がな」
「山田先生…(今度何か奢ってあげよう)」

何やら目を潤ませているがとりあえず言っておくぞ?これは職務放棄では無い。正当な役割分担だ。本人もそれを了承してるし、その時の言葉もボイスレコーダーに録音してある。
そんな馬鹿な事を考えながら久々ののんびりとした時間は流れていく。そう、彼女が来るまでは…。

「織斑先生っ!」

―――のんびりと休憩時間を過ごしていたその時、外の廊下からどたばたとした足音が聞こえて来たと思いきやバンッ!と大きな音をたてて顔を真っ青にさせて息を切らせた山田君が職員室に飛び込んで来たのだ。何事かと職員室に居た全ての教員達の目が出入口の山田君に集中する。

「…どうしたんだ山田先生?」

山田君の表情を見て唯事では無いと判断した私は表情を強張らせてそう訊ねると、山田君は息を切らせた状態で声を絶え絶えにしながらも言葉を紡いでいく。

「はぁ…はぁっ!凰さんとオルコットさんと…ボーデヴィッヒさんが…第三アリーナで戦闘を始めて…凰さんが…大怪我をっ!」

山田君の言葉に職員室の温度が急激に下がるのを感じた…。

「医療班の手配を…急げっ!」
「は、はいっ!」

私の急かすような言葉に先程まで一緒に話していた先生が慌てて電話を取り出してIS学園の医療担当に連絡を繋げる。他の職員達も第三アリーナ周辺の封鎖。放送などで生徒達を第三アリーナに近づけない様に呼び掛けをしたりなどして騒ぎを最小限に収拾するためにそれぞれ動き始めた。

「…それで、肝心の加害者であるボーデヴィッヒはどうした?」
「だ、第三アリーナで…今も織斑くん、オリヴィアさん、デュノアさんの三名と…戦闘中です!」

それを聞いて更に職員室はざわめきが増した。それはそうだ。ボーデヴィッヒの噂はIS学園の教員全てに知れ渡っている。ボーデヴィッヒがオリヴィアを快く思っていない事も、暗殺しかけた事も…。

あの馬鹿者が!

心の中で軽率な行動を起こした愚弟に対してそう罵倒する。友人が傷つけられて怒るのは分かるが実力では自分より上の凰が負ける程の相手に敵う筈が無いと分かっているだろうに。幸いな事にデュノアが一緒にいる。しかしオリヴィアが関わるとボーデヴィッヒが何を仕出かすか分からん。ハルフォーフから聞いた例の件もある…。
…しかし、心の中では都合が良いと考えている自分がいた。これは使える。死人が出れば問題だが凰は死んでいない。なら問題無い。好都合だ。これを理由に学年別トーナメントを中止にしてしまえば、と…。
そして同時に、そんな自分に対して嫌になってしまう。生徒が、しかも弟の友人が重傷だと言うのにそれすら好都合だと思ってしまった自分に…。

…罪悪感に浸る時ではないな。

そう言い聞かせて気持ちを切り替える。とにかく今は状況を把握しなければ。

「何故こんな事態になったか確認は取れているのか?」
「けほっ…は、はい!オルコットさんから事情を聞いたところ。ボーデヴィッヒさんが突然予告も無しにオルコットさんと凰さんに向けて発砲。二人はそれに応戦して戦闘が始まったそうです。最初はボーデヴィッヒさんが優勢だった様ですが、二人が機体の特性に気付きだんだんと劣勢になり、そしたら突然…」
「…どうした?」
「あ、はい…突然、機体の形が変わって暴走を始めたそうなんです。それで、凰さんは不意を突かれて…」
「暴走…」

『暴走』。その言葉を聞いて私はこの間のハルフォーフとの会話が脳裏を過ぎった…。







「公式整備記録には存在しないプログラムがシュヴァルツェア・レーゲンのログに残っていた?」
『はい。整備担当者に確認したところ、そんなプログラムはインストールした記憶は無いと…』
「ボーデヴィッヒには確認したのか?」
『いえ、それが…。それを気付いたのは隊長が発たれた後でしたので…本国を発たれた時を最後に隊長とは一切の連絡を取れていません』

あのボーデヴィッヒが定時連絡を怠る。老害共が嘘をほざいているとも考えてはいたのだが…やはり。
ボーデヴィッヒの独断とは考え辛い。第三者の介入があったと考えるべきだろうな。目的はやはりオリヴィアか…?

「…プログラムの中身は確認出来たのか?一体何が組み込まれていた?」
『申し訳ありません。内容までは…肝心の機体も操縦者である隊長もこちらには居ませんので確認のしようが無いのです』

本人との連絡が繋がらなければ確認のしようも無いか。IS学園に居るのなら尚更…。学園の方で確認しても良いがそれだと色々と問題が起きそうでもあるが…ふむ。
しかし、あのボーデヴィッヒが素直にそれに応じるかどうか。私が直接言えば従うだろうが無闇にボーデヴィッヒを刺激するのも危険か。プログラムがどのような代物か分からない現段階では慎重に行動するべきだろう

「…分かった。私からも気には止めておく。どのみち無視できる状況でもないのでな」

市街地での発砲。委員会の保護下にあるオリヴィアの暗殺未遂。こんな問題を日本に来てまとめてしでかした問題児を無視するほど私も学園も無責任では無い。

『ありがとうございます』
「しかし本当に何も分からないのか?出来るだけ情報が欲しいだが…」
『申し訳ありません。分かるのはそのプログラムの名称と思われる文字だけで…』
「それだけでも良い。教えろ」
『はっ、【Berserker system】。それがプログラムの名称です』







バーサーカー≪狂戦士≫。暴走。…成程、まさに名前の通りと言う訳だ。胸糞悪い。

「ちっ…」
「あ、あの!織斑先生!ど、どどどどうしましょう!?」

重傷者が出た事に冷静さを失い掛けている状態で私に指示を乞う山田先生。

どうするべき、か…。

教師としては今直ぐにでも現場に急行し事態を収拾するべきなのだろうが…。
規模はデカイが仮にも生徒間での問題。生徒によって解決させた方が後の憂いも少しは解消出来るかもしれん。アイツ等の亀裂はそんな浅い物でも簡単な物でもないが…まぁ、それはオリヴィア次第か。アレなら何ら問題無いだろう。

「織斑先生?」
「ボーデヴィッヒの対処は織斑達に任せる」
「………ぇ?」

突放す様な私の言葉に山田君の表情を歪める。その表情から読み取れるのは絶望…いや、失望か。

「な…どうして!?」
「生徒間で発生した問題だ。なら生徒に解決させるのが無難だろう?」
「重傷者が出ているんですよっ!?」
「ISは餓鬼の玩具じゃない。怪我をするのは当たり前だろう?」
「矛盾しています!なら何故大人である教師が止めに入らないんですか!?」

彼女の言う事も尤もだ。私も自分が無茶苦茶な事を言っているのは分かっている。だが、発言を撤回するつもりは無い。誰が何と言おうとボーデヴィッヒの相手は一夏達にさせる。例え、生徒を見捨てた無責任で非道な教師と呼ばれようとも…。

「………」
「彼女はミコトちゃんを狙ってるんですよ!?凰さんを重症を負わせて…正気とは思えませんっ!今直ぐ止めるべきです!織斑くんだって危険―――」
「山田先生。黙れ」
「っ!?」

私の感情を一切感じさせない声に、山田先生はびくりと身体を震わせて今にも私に掴みかかりそうだった勢いだったのが一気に大人しくなってしまう。

「さっきから聞いていれば何だその個人的な感情は?IS学園の教師でありながら私情に流され自らの役目を務めきれていないその体たらく。ふざけるのもいい加減にしろ」
「で、でもミコトちゃんは!」
「IS学園は中立でなければならない。それはこの学園に務める教師とて同じ事。一人を贔屓する事など出来ん」

無論、一夏の様な特異ケースとなれば話も変わっては来るが…。

「……っ」

正論なだけに何も言えなくなり下唇を噛み力一杯に握りしめられた拳はぷるぷると震えている。瞳には涙を滲ませて…。
そんな彼女を見て心底面倒だと溜息を溢す。

…山田君にオリヴィアを任せたのは失敗だったのかもしれんな。彼女は情に流されやすい。

これはオリヴィアの為でもあると言うのにまったく…。しかしオリヴィアも信用が無いな。ボーデヴィッヒ程度でアイツをどうにか出来る訳が無いだろうに。アイツは機動だけなら『代表クラス』だぞ?

「言いたい事はそれだけか?」
「………」

返ってくるのは沈黙。それを私は肯定と見なしてこれでこの何の得にもならない無駄な口論を終える事にする。

「なら話はこれで終わりだ。山田先生は凰の容態を見に行ってくれ。本国への報告は…そうだな。『演習中の事故』と言う事にしろ。あの国は口だけは達者だ。下手に連中に付け込まれたくないからな」
「…織斑先生はどうするんです?」
「第三アリーナへ向かう」
「…え?」

俯いていた顔が物凄い勢いで此方へと向く。何だ?その信じられないって言う表情は?

「え、だって…織斑先生はさっき…」
「私は対処は織斑達に任せると言ったが放置するとは言っていない。これ以上問題を起こされても敵わないしな。危険そうならば私がどうにかするさ。危険そうならば、な」

それを聞いた途端山田君はパァっと表情を明るくし良い大人が子供と変わらない反応を見せる。やれやれ、そんなんだから生徒達に甘くみられるんだ。それが彼女の良い所でもあるのだろうが…。

「もう良いだろう?早く行け。馬鹿者」
「は、はい!ありがとうございます!」
「礼を言われる事ではないのだが…」

だから言っているだろう。オリヴィアを贔屓するなと、まったく…。
…さて、どう転ぶことやら。願わくばボーデヴィッヒの件はこれでお終いにしたいのだがな。









――――Side 織斑 一夏



「っ!―――ええいっ!またかっ!」
「一夏!深追いはせずに一撃離脱に徹して!近づかない限り彼女はミコト以外標的にしないから!」

猛進するラウラを囮であるミコトがひらりひらりと回避し、その時に出来た隙を突いて背後から雪片二型を振う。しかしそれを紙一重でかわされると俺は続けて攻撃したい気持ちを抑えてすぐさまラウラから距離を取る。
…先程からずっとこれの繰り返しだ。効果は出てる。少しずつだがラウラを消耗させている。ソレは確かなんだ。でも、俺のイライラは治まらない。何故なら―――。

「大丈夫!避けた場所を僕が…そこ!」
『―――っ!?』

俺の攻撃を避ける先を予測しシャルロットがそこを狙い撃ちラウラに着弾させる。

―――…何故なら、ラウラに当てて消耗させているのはシャルロットだけで、俺は一撃もアイツに当てられていないのだから。
俺が当てられれば、『零落白夜』が使えれば、一撃で終わらせられるのに。そんな焦る気持ちが如何しても抑えられない。鈴をあんな目に遭わせたアイツを目の前にすれば尚更だ。

「くそっ!」
「一夏!焦らないで落ち着いていこう!一夏の攻撃は無駄じゃないんだから!ね!?」
「…っ!わかってる!」

分かってる。分かっちゃいるが…っ!

アイツに捕まれば一貫の終わり。慎重に行動すべきだ。そう頭では分かっているのに脳裏で鈴の血塗れの姿が過ぎって判断を鈍らせる。あの光景を思い出す度に、アイツが許せない、アイツをぶっ潰したい、そんな黒い感情が俺の中で蠢いて、今にもさっきみたいな感情に任せて襲い掛かってしまいそうなんだ。

「………ちぃっ!」
「(まずいかな。一夏が焦り始めてる。このままじゃいつミスをするか…しょうがない)…一夏!ミコト!ちょっと聞いて!」
『ん?』
「何だよ突然。何かあったのか?」

ミコトは逃げ回りながら、俺はラウラを警戒しながらシャルロットの言葉に耳を傾ける。

「そのままの状態を維持したまま聞いてね。…えっと、少し攻め方を変えようと思うんだ」
『?』
「攻め方を?」
「うん。少し大胆に攻めようと思うんだ。一夏も苛々し始めて見てて危なっかしいし」
「う゛…」

シャルロットの少し刺のある言葉に俺は小さく呻く。

「今までは一夏が先行してたけど今度は逆に僕がラウラに先行して攻撃を仕掛けてみようと思うの」
「シャルロットが?ていうかそれだと唯さっきまでの戦法の役割を入れ替えただけじゃないか」
『ん、ん』

ミコトもラウラの猛撃を難なく避けながら、俺に同感だとコクコクと頷く。
今のままでも確実にダメージは与えられている。悔しいが俺がサポート側に回っても美味くやれる自信は無い。だったら現状を維持した方が良いんじゃないか?

「全然違うよ。言ったでしょ?大胆に攻めるって。これからするのは一夏にピッタリな面倒な事は一切取っ払って後先考えずの一か八かの戦法だから」

シャルロットの俺に対する印象ってそうなのか…。いや、間違っては無いけどさ。てか慎重に行こうって言ったのは何処の誰だっけ…?

「一か八かの戦法って…博打じゃないか!?危ないだろっ!?」
「うん、危ないね。でもこのまま順調に行くとも限らない。相手が相手だし。でね?一夏の残りのシールドエネルギーはあとどれくらい?」
「シールドエネルギー?まさか『零落白夜』を使う気なのか?」
「いいから、ほら早く」

バリアを切り裂くのに3分の一は使用し、ラウラの攻撃をもろに受けた状態の白式の現在のシールドエネルギーの残量は20%って所か…。全て使い切って落せれるかどうかってってレベルだな…。

「だいたい20%位だな。『零落白夜』がなんとか使えるレベルだ」
「そう。それであの機体を落とせる?」
「微妙だな。落とせるかもしれないし落とせないかもしれない」
「本当に博打だね…」

賭け金は自分の命ってか?まったく笑えないな。

「何をするつもりかは知らないけどやっぱりこのまま続けようぜ?その方が良いって」

たとえ俺達がアレをどうこう出来なくても箒が先生達を呼んで来てくれてる訳だし…アイツを思いっ切りぶん殴れないのは癪だけどな。
大事な友達があんな目に遭わされたんだ。当然この手でアイツをブッ飛ばしたい。でも、それで無茶をしてミコトやシャルロット…また大事な友達が傷つくのはもっと嫌なんだ。

「確かにそうなんだけどね。でも、それで一夏の気は済むの?オルコットさんは?篠ノ之さんや布仏さん、ミコト、それに凰さんだって」
「そんなの…気が済まないに決まってるだろ!」
「ん…」
「そうだね。僕も気が済まない。だから、僕はアレを自分達の手で落としたい。凰さんは僕の友達だから、友達の僕の手で。どんなに危険な賭けでもそれを成し遂げたい。他人を巻き込んでまでする自己満足だけどね…」
「シャルロット…」

―――…何が友達が傷つくのはもっと嫌なんだ、だ。

俺は馬鹿か?こんなの分かりきってた事じゃないか。鈴を傷つけられて許せないのは皆同じだって事は…。それなのに俺は一方的に皆を心配しているつもりになって皆の気持ちを無視して…。

「…分かった。作戦を聞かせてくれないか?」
「ありがとう、一夏…。作戦って大層な物じゃないけどね。一夏は止まっている的に対して確実に攻撃を当てられる?」

シャルロットから見ての俺の評価って一体…。

「馬鹿にすんな!?いくら未熟な俺でもそれくらい当てられるぞ!?」
「うん。じゃあ問題無いね」

俺の抗議を笑顔で軽く受け流すシャルロットに何故か敗北感を感じてがっくりと肩を落とすのだった。

「…で?何をする気だよ?」
「僕がラウラに張り付いて動きを止めるからその隙に一夏が今できる最大の出力で叩き切って。どう?シンプルで分かりやすいでしょ?」
「―――なっ!?」

何を言い出すんだコイツは!?
取り付かれれば一瞬でシールドが削られるって言うのに自らアレに取り付きいくだなんて自殺行為としか言いようが無いじゃないか!

「却下だ却下!危険すぎる!」
「危険なのは分かりきった事だよ。でもこれが一番確実。一夏の機体と違って僕はダメージを一切受けて無いし、ミコトの機体と違って防御力にも自信がある。あの子の機動性能も凄まじいけどミコトがうまく誘導してくれれば如何にかなる。ね?確実でしょ?」
「だからって…捨身過ぎるだろう!」
「言ったでしょ。どんなに危険な賭けでもそれを成し遂げたいって。あはは、きっと今のあの子でも凄く驚くだろうね」

そう悪戯な笑みを浮かべて笑うシャルロットだったがこっちは全然笑えない。寧ろ背中の辺りに寒気を感じた。エガオガコワイデス…。

「ミ、ミコトも何か言ってやれ!」

頼みの綱であるミコトに振ると、ラウラから逃げ回っているミコトは俺の声に反応して首を傾げて暫し考え込むと…。

『んー………ん。私は手伝うって決めた。だから、シャルロットがそうしたいなら。私はそれを手伝う』

駄目だ。ミコトは基本人任せだった…。
2対1で多数決の結果この作戦で決定ってことか?どのみち俺に良い案は無いし二人も意見を曲げるつもりは無いだろうし…。

「はぁ………ま、俺が無茶だ何や言う資格は無いか」

今までの戦闘で無茶以外した記憶は無いしなぁ。

セシリアの時も、鈴の時も、一か八かの賭け尽くしだ。箒達が此処に居れば「お前が言うな!」って怒鳴られた事だろう。

「あ、自覚あったんだ?」
「うっせ」

自分で分かっていても他人に言われたら傷つくぞ。

『でも、一夏らしい。ん。やっといつもの一夏に戻った』
「………だな!」

ミコトの言葉にニカリと笑う。
鈴の事での怒りはまだ治まってはいない。でも、あの黒い感情は既に無く。気付けばいつもの調子に俺は戻っていた。

「じゃあ……いっちょやるか!」
『ん』
「うん!」

俺の掛け声にミコトとシャルロットの元気の良い返事が返ってくる。俺はそれを聞いて更に笑みを深めると一斉に動き出した。


―――さぁ、此処からが本番だ!











あとがき

鈴は死なん!何度でも蘇るさ!

身体の弱い私にはこの季節の変わり目は一番きついですね。直ぐ風邪をこじらせてしまいます。
皆さまお待たせしました。なんとか更新できました。やはり戦闘シーンは難しい。本編でもかなり略してます。それでも何度書き直した事か…。消して書いての繰り返し。精神的にきますね…。
後何話で終わるのかな?次回で終わらせられたら…って感じです。

さて、皆さまは『ミコトバニー』を見ましたか?見て無いのならpixivに行って『ミコト・オリヴィア』で検索だ!きっと幸せになります。(私が



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/13 23:43

「…わからない」

襲ってくる黒い暴風。私はその風に乗ってくるりと避けながら、如何してかあの時の言葉を思い出していた。

―――贋作が…この顔…いや、お前の様な存在があること自体が許されない。

あの子がどうして私が嫌いなのだろう?わからない。わからない…。
あの子は『私の事を知っている』。私がどういう存在かを知っている。でも、どうしても私を嫌う理由がわからない。

「…どうして?」

どうして私を嫌うの?
答えは返って来ない。向かってくるのは尖った爪だけ。私はそれは避ける。痛いのは嫌い。怖いのも嫌い。あの子も好きじゃない。鈴をいじめたから。でも…目の前に居る黒い奴。嫌な感じがして怖い奴。アレは、あの子じゃない。

じゃあ…あの子は何処に居るの?

目の前に居るのはあの子だ。でも、違う…。

「…わからない」

分からない事だらけ。頭ぐるぐる…。

『ミコト…オリヴィアーッ!!!』

私の名前を呼び続けるあの子を見る。顔は装甲で覆われて表情は見えない。でも、私には泣いている様に見えた。振り下ろされる腕はまるで助けを求めて手を此方に伸ばして来てる様…。

「…苦しいの?」
『ア゛アアアアアアァアアアアァァァァッ!!』

どうしてかは分からない。ただまた分からない事が増えただけ。
何だろう?何なんだろう?
ぐるぐるぐるぐる頭の中が回ってる。

「お話すればわかるのかな?」

そういえば、あの子と一度もお話してない。一夏達が危ないからってさせてくれなかった。私はあの子のこと何にも知らない。

「…お話ししたい」

クリスは話さないと伝わらない事だってあるって言ってた。だったらお話ししてみたい。あの子と…。
そしたら分かるかもしれない。このもやもやの原因が。

「ん…でも」

それにはまずやらないといけない事がある。これは大事。とても大事なこと。

「鈴に『ごめんなさい』させる。ん」

喧嘩をしたら『ごめんなさい』しないといけないから…―――。









第22話「Berserker system ―B―」








―――Side シャルロット・デュノア





「スゥー…ハァー…」

鋼鉄の腕を自身の胸に当て、深く深呼吸をして気を落ち着かせる。
次なんて無い。失敗すれば全て終わりの一回限りの大勝負。自分から言い出したものの緊張しない筈も無い。さっきから心臓がバクバク鳴ってるし、脳裏には失敗した場合の悲惨な光景がチラついている。

「落ち着け…落ち着け…。大丈夫。作戦通りにすれば問題無いから…」

何度も自分にそう言い聞かせて自分の出番が来るのを待つ。タイミングは一瞬。ミコトがギリギリまでラウラを引き付けラウラに大振りの攻撃を行わせる。そして、その大きな隙を突いて僕が背後に回り込みラウラに取り付き動きを封じる。あとは一夏に任せれば良い。

「大丈夫…」

僕は余所見をしているラウラを捕まえれば良い。それだけだ。

「………っ」

手が震えてる…っ。

それだけ…そんな一言で済ませれる筈がなかった。アレがそう簡単に捕まってくれるとは思えない。あの鋭い爪は勿論の事、あの怪力で抵抗されればこちらも唯では済まないだろう。無傷でアレを捕まえるのはまず無理だ。つまり、どう足掻こうともそれ相応の代償を支払う事になる。
リヴァイヴは防御特化機ではないがそれなりに防御力は優れている。そう易々と装甲を破られるとは思えないけど…。

ははっ…大見得切っておいて情けないなぁ。今更になって臆病風吹かせるだなんて…。

「シャルロット?大丈夫か?」
「一夏…」

一夏の気遣う声が聞こえる。横に振り向けば心配そうにしている一夏の顔がそこにあった。
…何故だろう。一夏の顔を見た途端、何だか押しつぶされそうな重圧がスッと軽くなった様な気がした。僕の正体を知っても庇ってくれようとしてくれた一夏。そんな彼が傍に居てくれるとなんだかとても安心出来た。そんな彼は未だ僕を心配そうに見ている。僕はそんな彼を見て苦笑すると、先程の弱気を振り払って一夏に力強い笑顔を向けて大きく頷く。

「…うん!大丈夫!始めよう!」
「ああ!ミコト!頼む!」
『………ん!』

一夏の声にミコトがコクリと頷き、大きく旋回してラウラへと進路を変えて翼を羽ばたかせ始めた。

『っ!?ガアアアアアアアアッ!』

逃げの戦法からまったく逆の行動に一瞬戸惑いを見せたもののすぐさま襲い掛かるラウラ。しかし―――。

「くるり…」

腕を振った風圧に乗り宙でくるり回転し攻撃を回避。そのままミコトはラウラの頭上を通り過ぎる。
その瞬間。確かに攻撃の後に隙が出来た。出来たのだが…。

…浅い!

ミコトの突然の行動に警戒したのか、攻撃する際の踏み込みが浅すぎる。今飛びこめば確実に体勢を立て直されて返り討ちに遭うだろう。狙うならもっと、もっと大振りで大きな隙が出来た時。

「ミコト!もっと引きつけて!ギリギリまで!」

自分でも無茶を言ってる事くらい分かってる。でもこうでもしないと…。
申し訳無い気持ちで一杯になっていると、そんな僕に返って来たのは批難では無く自信に満ちた声だった。

『ん。やってみる。大丈夫、問題無い。私とイカロスは墜ちないから』
『グッ!ウ゛ウウウゥッ!…ガアアアアッ!!!」

ミコトはそう告げて翼を大きく広げる。己を誇示するように。しかしそれが癇に障ったのか、ラウラは悠々と空を舞うミコト目掛けて地面を深く抉って飛び上がるとその鋭い爪を陽の光で輝かせて大きく振りかぶった。後の事を考えない全ての力を前面に出しきった渾身の一撃。もし当たりでもすれば唯では済まされないだろう。しかしそれは、自分達にとっては絶好の―――。

「! 今だ!」

―――チャンスだった。
振り下ろされた爪。しかしそれはまたもひらりとかわされ行き場の無くなった勢いはそのまま前面に押し出されラウラは盛大にバランスを崩す。その絶好のチャンスを僕は見逃す筈が無い。『瞬間加速』を用いて一瞬で間合いを詰めラウラに取り付いた。

『――――っ!?アアアアァッ!!』
「くぅ!?なんて馬鹿力っ!それにこれって!?」

拘束から逃れようと驚異的な怪力で暴れるラウラを放すまいと必死でしがみ付く。
我武者羅にただ振り回されているだけ。それだけの筈なのにリヴァイヴの装甲は掠った爪の先に触れただけで物凄い速度で削られて行き、更にはその装甲すらも貫き絶対防御にまで達しようとしていた。
それだけの攻撃力をあの爪は有しているのか。それともあの馬鹿力がそれを可能としているのか。それとも両方か。どちらにしても異常だ。このままでは…。

…本当に長くもたない!

「一夏!」
「おう!白式!出し惜しみなく全部出しきれえええええええっ!!!」

一夏の叫びに応じ雪片弐型の刀身が『零落白夜』の発動と共に強い光を発して輝き始める。今ある全てを籠めた輝きを握り締め、一夏はこちらに向かって吶喊してくる。

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

咆哮と共に振り下ろされる雪片弐型。動けないラウラ。何も抵抗出来ずその漆黒の装甲は切り裂かれた。それで僕は確信した。勝った、と。でも…―――。

『―――――…』

確かに一夏の刃は届いた。ラウラの装甲を切り裂き機能も確かに停止させたのだ。それは僕も確認した。でも…。

―――この機体はまだ動いている。

「う、うそ…」

本能が危険を察したのか僕は思わずラウラから離れる。すると、機能停止した筈の機体の中から黒くおぞましい何かが蠢いているのを見た…。








―――Side ???



「強制的に第二形態移行?」

オータムが首を傾げる。

「そう、まだ実験段階なのだけれど。データ収拾のためにプログラムに組み込んでおいたの」

唯、本当にまだ実験段階で本当に作動するかも怪しい状態だ。更にアレが作動している状態で起動すればどうなるか分からない。と言うのが開発担当者達からの意見だった。
本来、第二形態移行と言うのは、IS全ての経験を蓄積することでIS自らが考え操縦者に合わせて変化するもの。感情を捻じ曲げられた操縦者が暴走した状態でそれを行えばどうなるか…。私の予想では膨張と変化を繰り返し、形を留める事が出来ず醜い存在へと変わり果てると考えているのだが。どちらにせよデータは欲しい所である。

「えげつない…」
「あら?そんな事言う口はどの口かしら?」
「むぐ~!?」

生意気な口をきくオータムを自分自身の口で塞ぐと、私はそのままベッドに押し倒し第二ラウンドを始めるのだった。







―――Side 織斑 一夏






何だ?何が起こってるんだ?

シールドエネルギーを完全に使い果たした俺はISを強制的に解除され、生身の状態でアリーナに立ち尽くし、膨張し膨れ上がった10mはあるであろう蠢くソレを見上げていた…。
くろ。黒。黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。黒に埋め尽くされた何かが目の前で蠢いている。斬り口から覗かせていたラウラもその黒に覆われまた姿が見えなくなってしまった。しかし、さっきまでとは違い今はもう人の形ですらもう無い。うねうねと触手のような物体に覆われた黒い塊。それが今のアレの姿だ。異形。まさにその言葉がアレには相応しいだろう。もうあれは人が乗るためのISとは別の何かに変わり果てていた…。

「ホント、何なんだよ一体…」

暴走に次ぐ暴走。獣から今度は巨大の怪獣か?もう訳が分からなくなって――――。

「一夏!何ぼさっとしてるの!?逃げてっ!!」
「…え?」

シャルロットの警告に漸く俺は自分が今は丸腰の状態だって事を思い出した。しかし、その時にはもう物凄い物量を持った黒い塊が目の前に迫っていたんだった。
視界が黒で埋め尽くされた時俺はふと思った。俺死んだなっと…。

―――だが、そうはならなかった。

ふわっ…

ISを見に纏っている時とは違う浮遊感を感じると、俺はいつの間にか青い空を見上げていた。
風に乗った甘い香りが鼻を擽る。そしてやっと俺は現状を理解し苦笑を浮かべてこう思う。嗚呼、また助けられたのか、と――――。

「わりぃ。ミコト」
「ん」

ミコトは小さく頷き地上へと視線を向ける。視線の先にあるのは当然あの黒い塊。

「何なんだ?アレ…」
「わからない。でも放っておいたらダメ」

んな事は分かりきっている。あんなものを放置したらどれだけの被害が及ぶか分かったものじゃない。

…でも、どうにか出来るのか?

完全に戦う力が残っていない俺と、ラウラを無理に拘束してボロボロの状態のシャルロット、そして攻撃の手段を持ち合わせていないミコト。このメンバーでどうやって…。
幾ら無い頭をフルに稼働させても、何度考えなおしても、導き出される答えは『戦力不足』。この場での最良の選択は今直ぐに離脱する事だろう。もう意地を張っている場合じゃない。俺達に戦える力なんてもう殆ど残されていないんだから。
…でも、俺達が此処から逃げればどうなる?アレがアリーナの外に出ればどうなる?そんなの考えるまでも無かった。箒達はまだ戻って来ない。俺達だけで此処を抑えるしかなかった。







ありったけの弾丸を目の前に聳え立つ黒い塊にぶちまける。黒い塊に沈む弾丸。しかしその銃痕も瞬く間に黒に埋め尽くされ無かったものされてしまう。
『自己修復能力』。ISに備わっている機能の一つではあるが、こんな速度での修復はまずありえない。この正体不明の暴走はこんな事すらも可能にしてしまうものなのか?

『…駄目。幾ら撃ち込んでもすぐに再生しちゃう。これじゃ弾の無駄だよ』

触手の脅威が及ばぬ離れた場所から射撃していたシャルロットが一旦手を止める。無暗矢鱈に攻撃を続けるのは非効率的だと判断したのだろう。地上からプライベート・チャンネルでそうぼやいてきた。
そりゃあれだけ撃って無傷だってんだからやる気無くなるよな…。

「だからってこれしか方法が無いだろ。俺もISは使えないしミコトは武器なんて持ってないんだから」

シールドエネルギーが底を尽きて強制解除された俺はミコトの腕の中で見てるだけしか出来ない。今この場で唯一戦える事が出来るのはシャルロットしかいない。そしてシャルロットの武装は銃器がメインだ。一つだけ例外はあるのだが、それもある理由で使用出来ないでいた。

『『盾殺し≪シールド・ピアス≫』を使えばあの分厚い壁を貫く事は出来るかもしれないけど、あの触手が邪魔して近づけない。ダメージを無視して強行突破しようにも損傷が激しいから辿り着ける前に落とされるだろうね…』

またミコトを囮にしてと言う案が出たがそれも直ぐに駄目になった。あの触手、無差別に攻撃するため近づけば誰であろうと構わず攻撃してくるのだ。あの触手攻撃の嵐の中を進んで飛んでいけるのはミコトくらいなものだ。

『仮に射程距離まで辿り着けたとしても多分無理。シールド・ピアスじゃ決定打にはならないと思う。壁は貫けてもコア…ラウラまでは届かない。絶望的なまでに火力不足。そもそもアレに絶対防御はあるのかな。あるとしたらもうお手上げだね。あの壁を突破して絶対防御も突破しないといけないだなんてもう一夏の『零落白夜』だけしか無理だよ』

分厚い壁を突破しても絶対防御があるかもしれない、か。だとしたら本当にお手上げだな。

『ラウラをISから引き剥がさないとアレは何時までも自己再生をし続けるよ。地道に削るってのはやめておいた方が良いかも』
「一体何処からそんなエネルギーが生まれてくるんだか…」
『さぁ?光合成でもしてるんじゃない?』

見た目が植物っぽいもんな…。

半ば投げやりになっているのかそんな馬鹿な会話を始め出す俺とシャルロット。しかし、そんな俺達のハイパーセンサーにまた一段と間の抜けた声が響いた。

『戻って来たら触手プレイの最中だったでござるの巻きー。なになにー?何なのこの状況ー?』

「…のほほんさんか?」
『そだよー。管制室の通信機を使って話し掛けてるんだー。えっとね!りんりんは大丈夫だよ!手術は無事終了。容態は安定してて今は眠ってるー!』
「!? ほ、本当か!?」
『うん!もちのロンだよー!』
「良かったね。一夏」
「ああ!本当にな!ミコト!鈴、無事だってよ!」
「ん。良かった」

のほほんさんの話を聞いて皆表情を明るくする。戦っている最中、皆それだけが気に掛かっていた。本当に無事で良かった…。

『ところでこれどんな状況ー?みこちー。かくかくしかじかー?』
「かくかくうまうま」
『成程ー。さらに暴走して此処までに到るってわけだねー?』

通じた…だと!?

『まぁ、アリーナの監視カメラの映像を見ただけなんだけどねー』

それなら聞くなよと言いたいがこの少女に言っても無駄なんだろうなぁ…。

『本音。ふざけている場合じゃないだろう!?』

新たに加わる声。これは箒の声か?

「箒もそこに居るのか?」
『う、うむ。無事か?一夏』
「何とかな。ミコトが居なけりゃ今ごろミンチになってたけど」

こう触手に潰されてグチャっと…。

『なぁ!?また無茶をしたのかお前は!?』
「おうふ…」
「う゛ー…」

箒の怒鳴り声に耳がキーンとなり視界が揺れた。もうちょっと声抑えてくれ頼むから。ミコトなんてハイパーセンサーが調整してくれてるとは言っても聴覚が何倍にも上がってるんだからそんな大声を出されたらやばい。ほら、目がぐるぐる回してるだろ。あーあ可哀そうに…。

『お前はいつもいつも…少しは心配するこっちの身にもなれ!大体お前は…』
「あー…のほほんさん。先生を呼んできてくれたんじゃなかったのか?」

説教が長引きそうなので話を逸らす。というか今はそれ所じゃないっての、真下じゃ化け物が絶賛活動中なんだぞ。

『連れて来たよー?一人だけだけど』

一人だけ?おいおいおい。いくらIS学園が誇る教師でもアレを一人で相手にするのは無理だろ!?それに、何で此処に居ないんだ?連れて来たって言うんなら此処に現れている筈なのに。

『一体どういう事?説明してよ。監視カメラを通して映像を見てたならアレがそれだけ危険なものか分かる筈だよね?』

流石のシャルロットも学園側の予想外の対応に困惑してのほほんさんに訊ねる。しかし、その疑問に答えたのは別の人物だった。

『それは私が説明する』
「千冬姉!?」

箒達が呼んで来た先生ってのは千冬姉のだったのか。確かに千冬姉なら一人だけでも対処できそうではあるけど…。でも、何で此処にじゃなく管制室に居るんだ?

『先生と呼べ。いい加減この台詞にも飽きて来たぞ』
『天丼も過ぎると白けちゃうよー?おりむー』

もうシリアスな空気も白けちゃったよ…。

『ふざけるのはこれが終わってからにしろ。…話を戻すぞ。この事態に学園側は一切手を出さない。自分達でなんとかしろ』
『…え?』
「な、何言いだすんだよ!?」
『そうです!アレを異常さが分からないんですか!?生徒で対処出来るレベルじゃありませんよ!』

千冬姉のとんでもない発言にすぐさま俺とシャルロットは喰いつく。自分達で何とかしろだなんて、消耗しきった俺達に出来る訳が無い。

『…言い方を変えよう。手を出せない、だ。並みの火力ではアレの壁は通らん。やり様は幾らでもあるがそれでは効率が悪すぎる。だからお前達に任せる事にした』

他にも理由があるがなと最後に小さく呟いていたがそれを誰も気には止めはしなかった。いや、それどころじゃ無かった。

『並みの火力…やっぱり『零落白夜』ですか?』

シャルロットと同じ考えな訳か。でもそれは…。

「無理だよ。白式のシールドエネルギーはもう底を尽きてるんだぜ?」
『なら別の所から持ってこい』

無茶をおっしゃる…。

「いや、無理言うなよ…」
「無理じゃないよ。一夏」

いつの間にか此方へやって来ていたシャルロットはそう言うと隣に並んでくる。

「…出来るのか?」
「うん。可能だよ。他のISじゃ無理だろうけど、僕のリヴァイヴならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」
『説明は不要か。手間が省けて助かる』

そう言うのは教師である千冬姉がするべきだと思うけどな。

「でも問題がある。どうやってアレに近づくんです?僕のエネルギーを使っても精々部分的にしかISは展開できません。その状態で近づこうとすれば即触手の餌食ですよ?」
「だよなぁ…」

あの触手の中を丸腰同然の状態で走って近づこうなんて自殺行為でしかない。

『それなら運んで貰えばいいだろう。最高の足なら既にそこに居る事だしな』
「まさか…」

シャルロットは千冬姉の言葉にはっとしてミコトの方を見ると俺もシャルロットの視線を追う様な形でミコトを見てミコトに視線が集まる状態となる。

「…ん?」

視線が自分に集まっている事に不思議そうに首を傾げるミコト。
『最高の足』。成程、確かにこれ以上に無い程に適任だろう。

『オリヴィア。織斑を抱えた状態であそこまで連れて行けるか?』
「んー………ん。大丈夫」

千冬姉の問いにミコトは考える仕草をして小さく頷いて見せた。本当、こいつの凄さをとことん思い知らされる。アレの中を飛べるのかよ…。

「でも、武器を出した状態じゃダメ。重たい」
『ふむ。ならば待機状態の接近し直前で展開するしかないか。…織斑。少しでも展開が遅れればお終いだぞ?いいな?』

作戦の要である筈の俺を置いてけぼりしてどんどんと話が進んで行く。拒否権も拒否するつもりも最初からないにしてもこれはあんまりだろうに。

でもまぁ…やるしかないよな。

アレをどうにか出来るのが俺しかいないっていうのならしかたがない。いや寧ろ望む所だ。俺のこの手で決着をつけれる。これほど嬉しい事は無い。

「ああ!任せてくれよ千冬姉!」
『…さっさとゲテモノを掻っ捌いてあの馬鹿を引きずり出して来い。お前達には言いたい事が山ほどあるのだからな』

こんな事態になっても嘗ての教え子の心配をするのか。千冬姉らしいと言えばらしいけど俺達にとっては複雑な気分だ。アイツが来なければこんな事態にはならなかったっていうのに…。

『不満そうだな織斑?』
「…正直に言えば」
『気持ちは分からないでもないがな。こんな事態になったのは全てで無いにしてもあの馬鹿が原因ではある。『捻じ曲げられた』にしても少なからずそう言う考えを持っていたのは確かのようだしな』
「捻じ曲げられた?」

聞いていて全然良いイメージの湧かない言葉だ。捻じ曲げられた…か。もしかしたらあの暴走に関係しているのかもしれない。

『…それについて触れる程度には教えてやってもいいだろう。だからさっさと終わらせて戻って来い』

全ては話せないのか。そう思いはしたが口には出さなかった。千冬姉にも色々あるのだろう。少なくとも餓鬼の俺には到底理解出来ない事が…。

『い、一夏!…無茶するな。必ず返ってくるんだぞっ!?」
『みこちーもだよー?もう誰も怪我するのは嫌だからねー?』
「ん」
「おう!心配すんな!…シャルロット!よろしく頼む!」
「OK。じゃあ、始めるよ」

シャルロットはリヴァイヴから伸びたケーブルを篭手状態の白式に繋げる。

「接続確認。リヴァイヴのコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可。…うん。問題は無いみたいだね。一夏、そっちからもバイパスを開放して」
「わかった」

シャルロットに従い指示通りにするとそれと同時にエネルギーが流れ込んでくる。枯渇したエネルギーが満たされる感覚を感じながら、それと同時に俺は何処か懐かしい感覚を受け止めていた。

これは…初めてISを動かした時と同じ感じだ…。

まるでずっと昔から知っている様な不思議な一体感と懐かしさ。これは一体…。

「? どうかしたの?」
「…いや、何でも無い」

…とりあえず、この不思議な感覚については置いておこう。そんなことよりも今は目の前のことだ。

「そう、ならいいんだけど…。―――よし、完了。よっと…!リヴァイヴのエネルギーは残量全部渡したよ」

それを証明するようにシャルロットのリヴァイヴが光の粒子となって消え去り、ISが無くなった事で重力法則に従い地上へと落ちそうになるのをミコトに掴まる事でそれを防いだ。

「ふぅ…あぶないあぶない。一夏、白式の一極限定にして。それで『零落白夜』が使えるようになる筈だから」
「ああ、ありがとな。シャルロット」

これでまた俺は戦える。待機状態の篭手に視線を落とし満たされたエネルギーを感じながらそれを喜んだ。

「ふふ、どういたしまして。それじゃ、僕の役目は此処までだね。ミコト降ろして貰えるかな?」
「ん」

ミコトは頷き安全な観客席へ着地するとゆっくりとシャルロット地上へ降ろす。

「よいしょっ!…ありがとね。ミコト」
「ん。シャルロットはあぶないからさがってて」
「そうするよ。一夏。勝ってね、絶対」
「当然だ!」

俺はニカリと笑い力強く頷いた。皆に此処まで応援されて期待を裏切れる筈が無い。
俺達は空高く舞い上がる。今度はさっきとは違う。逃げる為じゃなく戦う為に、だ。

「んじゃ、よろしく頼むぞ。ミコト」
「任せる。一夏をしっかり送り届ける」

相変わらずの無愛想で返してくるが今はとても心強い。そのいつも通りの態度が気を楽にしてくれる。

大した奴だよ本当に…。

アレを前にしていつも通りに居られるんだから。

「―――…よし!行け!ミコト!」
「ん!」

俺の言葉を合図にミコトは黒い塊へと突っ込んだ。
四方八方から襲ってくる触手をひらりひらりと掻い潜り、前へ前へ進んで行く。

これがミコトから見た世界なのか…。

ミコトの腕の中で俺は唖然とそれを眺めていた。俺が白式に乗って攻撃を避けるのとは違う。いやそもそも目の前の光景は避けるという表現が当て嵌まらなかった。
あれは避けているんじゃない。身を任せているんだ。風に…。

…見るだけと体験するのとじゃ全然違う!

この言葉に言い表せない不思議な感覚。白式では再現するのは到底無理な機動。これがイカロス・フテロ。これがミコト・オリヴィア…。

「…凄いな」

率直な感想。でもそれしか言いようが無かった。そして心躍ずにいられなかった。これがミコトが飛んでいる世界なのか、と…。
そしてその世界は終わりを告げる。もう目的地へ到達しようとしていたのだ。

「一夏。いく」
「おう!来い!白式ぃいいいいいいいっ!!!!」

俺はミコトの腕から飛び降りて自分の相棒の名を叫んだ。
俺の呼ぶ声に応えて光の粒子が俺の右手を覆い装甲と雪片弐型が形成される。シャルロットの言う通り一部しか展開されない。だが、十分だった。もう間合いは十分に近づいてある。必要なのは―――。

―――雪片弐型が光を発する。今度こそ最後の、本当に最後の力を振り絞った輝き…。

「これで…終わりだああああああああああああっ!!!!!!!!!」

一閃。全てを籠めて振り下ろされた刃は厚い壁を斬り裂きパカリと開かれた切り口から気を失ったラウラが現れた。俺はすかさず変わり果てた機体から引き剥がすと、最早は名ばかりの操縦者を失った黒い塊は光の粒子となって消えて行く…。

「終わった、な…」
「ん。おつかれさま」

空中でミコトに拾われ空に消えていく光を眺めながらそう呟くと、笑顔のミコトがそう労わりの言葉を掛けてくれたのだった。









―――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ



「クローン計画?」

その存在を知ったのは半年ほど前の事だった。

「はっ、ギリシャで秘密裏に行われている計画だとか。ですが、成果は見込めずという理由で計画は打ち切り。クローンを研究していた施設も既に証拠隠滅のため存在しません」
「だろうな」

国際条約で禁止されているクローンの研究。その証拠を残す程その国も馬鹿じゃないだろう。

「それで?誰のクローンを製作していたのだ?」

クラリッサに訊ねる。国が極秘で動いてまで開発しようとしていたクローン体。興味が無いと言えば嘘になる。ほんのちょっとした好奇心。そのつもりだった。その名を聞くまでは…。

「…織斑千冬です」
「なっ……!?」

その名を聞いた瞬間、全身の血液が凍りつく様な感覚を覚えた。そして、すぐさまそれは怒りと共に沸騰する。

「…っ!」

しかし、その感情を私は抑え込む。

「隊長。お気持ちはご察しします。ですが…」
「…分かっている」

クローンとて所詮は模造品。あの人とは全く別の存在だ。怒りを向けるにしてもそれはクローンでは無くそれを作った人間に向けるべきだろう。何より私も似た様な境遇だ。そのクローンにどうこう言ってもその言葉は全て自分に返ってくる事になる。

「そうだ。私だって変わらないのだ…」

あの人になりと願う私と何ら変わりない。
縛られた存在。そうある様に作られた存在。その時はそう思っていた。しかし実際は違っていた。アイツに会うまでは。ミコト・オリヴィアに会うまでは…。



そして、それから半年が経った。丁度その頃だろうか。上官が入れ替わったのは。その頃から記憶が曖昧になったのは…。










「ぁ………」

光に照らされているのを感じ目を覚ますと、私は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた…。

「ここ、は…?…グッ!」

身を起こそうとすると身体の彼方此方が悲鳴を上げ、またベッドへ身を任せる。
何だこの全身の痛みは?何処だ此処は?何で私は此処で寝ている?疑問は尽きる事は無かった。しかし…。

「…妙にスッキリとした気分だ」

身体はこんなにも痛むと言うのに心の方は安らかだ。まるで悪い夢から覚めた様な…。

「気がついたか」

この声は…。そうだ。あの人の声だ。私が敬愛する師の…。

「教官…」
「先生と呼べ。まったく、うちの問題児はどいつもこいつも…」

問題児というのは誰の事なのかは聞かないでおく。それよりも私には気になる事があった。

「何が…あったのですか?」

上半身を起こす。少し動かすだけで全身に痛みが走った。けれど私はその痛みに耐え教官と向き合いまっすぐに見つめる。

「その質問に答えるためにはまず聞かなければならない事がある。…何処まで覚えている?」

何処まで覚えている…か。

「本国を発つ後からはもう…」

正確にはそれより少し前から記憶は曖昧になり始めていた。日本に来てからはまるで覚えていない。いや、覚えていないというのは間違いか。頭の中にあるのはこんな事があった様な気がするが覚えていない。まるで夢から醒めて時間が経つと思えだせなくなる。そんな感じだ。

「成程な。では最初から話すとしよう。お前が日本に来て何をしでかしたのかを…」







「私がそんな事を…それに、暴走…?」

信じられないという気持ちではあったが何処かで否定出来ないでいる自分がいた。

「…良い様に利用された訳ですか」

悔しさで声を震わせてそう漏らす。
私の出生。ミコト・オリヴィアに対して抱いていた感情。それを利用された。そう言う事なのだろう…。

「………」

教官は何も言わない。その沈黙は肯定を意味していた。

「『Berserker system』。あれは操縦者をパーツとする物だ。操縦者と共に成長するISの本来のあり方とは相容れないシステムだ。しかしISの能力向上に大きく関わる物がそのシステムにはあった」
「感情の昂り、ですね。感情を捻じ曲げ強制的に能力を向上させる。あの暴走は暴走ではなく、なるべくしてなった訳ですか」

Berserker≪狂戦士≫。まさにその名の通りだ。
微かに残っている記憶。その記憶の中でもあの時の私は破壊する事しか考えていなかった。本能の成すがままに…。

「…私はこれからどうなるのですか?」

学園内ので無断の私闘。そのうえ他国の代表候補生に重症を負わせてしまった。許される筈が無い。恐らく私は国にとって不要な存在として切り捨てられるだろう。今度こそ失敗作として…。

「その件だがな。安心しろ。お前にお咎めは無い」
「……………は?」

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。あれだけのことを仕出かしたというのにお咎めは無い?そんな馬鹿な事があってたまるものか。

「な、何故…」

信じられない。私はあの国のやり方を知っている。私の様な不利益な存在は即刻処分されても可笑しくない筈なのに…。

「ああ、何。『何も無かった事にしてやるからそっちも何も無かった事にしろ』と言ってやったら簡単に了承してくれたよ。事を荒立てさせず、そのうえ施設の修理費や賠償金を払わないで済んだ方があっちとしても得と判断したのだろう」
「で、ですが!中国の方は黙っていない筈です!」

大事な人材に怪我を負わされてあの国が黙っている筈も無い。唯でさえあの国はそう言う話にはうるさいと言うのに。

「それも問題無い。とある事情で破壊されたISコアがあってな。それをくれてやったら喜んで許してくれたよ」

た、確かに破損しているとはいえISコア。研究材料にも使えるだろうしもし修理が出来たのなら新たにISコアが得られる事になる。中国としたら喉から手が出る程欲しいだろう。

「よ、良いのですか?勝手にそのような交渉を…」
「かまわん。…アレは正規で開発されたものでもないしな」
「は?」
「気にするな。忘れろ」
「は、はぁ…」

有無言わさずの気迫に負けて頷く。何かとんでもない事を口にしていた様な気がしたが…。気のせいか?

しかし、今の話を聞くからにどうやら本当に私にお咎めは無いらしい。教官が根回ししてくれたのだろう。これほど嬉しい事は無い。けれど、その心遣いを受け取る訳にはいかなかった…。

「…やはり、そう言う訳にはいきません」
「…何故だ?」
「私は彼等を傷つけてしまった。私が居る事で問題も起きるでしょう。此処に居る資格はありません。ですから…」
「知るか。そんな餓鬼の都合は餓鬼同士で解決しろ。一々私を巻き込むな。面倒臭い」
「な―――」

何を言い出すんだこの人は…。
此処までしておいて後は勝手にしろなどとそれはあまりにもあんまりだ。スパルタにも程がある。

「ではな。こっちは後始末や何やらで色々忙しいんだ。後は餓鬼同士好きにしろ。…もう入っていいぞ」
『ん…』

ドア越しに聞こえる幼い少女の声。そして、ドアが開くと教官と入れ替わる様な形でその声の主が白い髪を揺らして入って来たのだ。

「ミコト…オリヴィア…」
「ん」

自分の名を呼ばれて少女は頷く。
…何を考えている?自分を殺そうとした相手に態々一人で会いに来るとは。こいつには危機感と言う物は無いのか?

「…何の用だ?恨み事でも言いに来たのか?貴様の友人を傷つけたのだからな。さぞ恨んでいるのだろう?」

ギロリと私の目の前に立つミコト・オリヴィアを睨みつけてそう悪態づくと、少女は私の問いを否定するように間の伸びた声を出しながらふるふると首を振る。

「んーん…」
「~~~~っ!では何だ!?」

どうも調子が狂う。あの人の同じ顔でこんな反応をされたら。

「聞きたい事、あったから…」

聞きたい事…?私に?

「…その聞きたい事とは?」
「ん。何で、私のこと嫌い?」
「――――!?」

あまりにも直球過ぎるそして突拍子の無い質問に私は言葉を失う。

「…何故そのような事を聞く?」
「ん…。気になったから」

気になったからと言ってその嫌っている本人に面と向かってソレを聞くのか?やはりこいつはやり辛い…。

「………私は教官を、織斑千冬を敬愛している。そんな人のクローンであるお前が憎いのは当然だろう?」

何を分かりきった事をと吐き捨てる。しかし、目の前の少女は不思議そうに首を傾げるだけだった。

「?…何で?」

何でって…。

「貴様が贋作だからだ!失敗作だからだ!お前の存在があの人を侮辱しているからだ!」

声を荒げて少女の存在を否定する。けれど、この言葉は私にとっても…―――。

「違う」
「っ!?何が違う!?」

まただ。またこいつは…。

「私は『織斑千冬』じゃない」

こいつは――――!

「私は『ミコト・オリヴィア』。クリス・オリヴィアの娘。誰にも否定はさせない」

無表情で、しかし意志も籠った声でそう少女は宣言した。自分は誰でも無い。自分は自分なのだと。クローンでありながら…。

「っ!…嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ…貴様など大嫌いだ!」

作られた存在の癖に。私の同じ癖に。どうして…どうして!

「だい…きら…い…だ…」

…違う。そうじゃない。そんなんじゃない。分かってる。分かってるんだ。自分でもそうじゃなって事くらい…。

「私は………」

―――嗚呼…そうだ…。

私は、こいつが嫌いなんかじゃない。ましてや憎いとも思ってはいなかった。私はこいつが…。

「私は………お前が………羨ましかったっ!」

あの人と同じだからと言う理由じゃない。
自分と同じで戦う為に生れてきた存在。人形。その筈なのに一人の人間として確立できていたのが羨ましかった…。

どうして?どうしてだ!?同じ目的で生れて来ている筈なのにどうして違う!?

「どうして…貴様は…何が違うんだ…私と貴様はっ!?」

同じ筈なのに…何故。どうして…。
子供のように見っともなく泣き叫ぶ。シーツが涙で汚れようがお構い無しだ。ただ、感情に任せて全てを吐き出す。

「違う。私もあなたも。違う。同じ人なんて居ない。みんな違う」
「違わ…ない…違うもの…かっ」

少女は否定する。しかし私もそれを否定する。だが、また少女は首を振ってそれを否定するのだった。

「んーん。違う。ここ、違う」

そう言って少女は胸に手を当てる。

「ここ、違う。心、違う」
「心…」
「泣くのも笑うのも怒るのも。それはあなたがそう思ったから。そう感じたから。それはあなた自身の物。他の人とは違う」

そう言うと少女は私の頬に手を伸ばすと指で涙を拭ってそれを私に見せる。

「こうして泣いてるのも。それはあなたが、ラウラ・ボーデヴィッヒが悲しんだから」
「わたしが…」
「私を羨ましがる必要なんてない。だって、あなたはラウラ・ボーデヴィッヒでしょう?」

少女は微笑む。その笑顔はあの人とは同じ顔なのに、まったく別の物だった…。

「う、うああ…あああっ」
「ん。泣いていい。それもあなただから」

少女は私抱きしめる。泣く子をあやす母親のように…。
卑怯だ。そんな事言われたら、そんな事をされたら堪えられなくなるじゃないか。

「ああああああああっ!うあああああああああああああああっ!」

夕陽で茜色に染まる部屋に私の泣き声だけが響いていた…。










「…やれやれ。世話の焼ける」

千冬はドア越しから聞こえる少女の泣き声を聞いて笑みを溢し、静かにこの場を立ち去るのだった…。












あとがき

最後の暴走体のイメージはバイオ5のウロボロスもしくはもののけ姫の祟り神でw

ラウラ編終了。次回はラウラ編後日談的な話です。ラウラの変化に戸惑う一夏達。そんなラウラに納得いかないのほほんさん。そして照れてミコトに素直になりきれないラウラ。そしてそれを見て嫉妬するのほほんさん。そんなお話…を書けれたらいいなぁ。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~幕間
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/21 06:02


「え、えーっとですねぇ。皆さん昨日第三アリーナで事故が発生したのは知ってますよね?その事故を理由にトーナメントは中止になってしまいました」

『えーーーー!?』

朝のHR。日に日に窶れて行く山田先生から告げられた『トーナメント中止』のお知らせにクラス全員が騒然となった。
今回の行事は各国からお偉いさん方が来る学園側としてもとても大切な物だ。そして前回のクラス対抗も中止に続いて今回もと言うのは学園が創立して以来初めての事らしい。

…まぁ、襲撃者が来て行事が中止なんて普通ありえないよなぁ。

クラスが騒然としている中、俺は冷めた様子で頬杖をつきながらそんなことを考えていた。我ながら慣れてしまったものである。
まぁ、それは置いておくとして。他の生徒からしてみれば堪ったものじゃない。部活動の時間や自由時間を削ってまで自主練に励んだ生徒だって少なくはないのだ。それなのに中止となっては落ち込む所か今後の学習態度にも影響がでかねない。

「設備が壊れてしまって仕方が無いんですよぅ…」
「他のアリーナを使えばいいじゃないですかー!」

確かにな。第三があるのなら第一・第二も勿論ある訳だ。それを使えばいい。

「怪我人も出てますし…あ、怪我人の名前は伏せておきますね。プライバシー保護のために」

怪我人と言うのは鈴の事だ。と言っても、医療技術の凄まじい進歩のおかげか本人はとても元気で一週間もすれば復帰できるらしい。今朝、携帯を確認してみるとメールで『病院食まずい。ラーメン食べたい』と送ってきやがってた。病人がラーメンを喰おうとするなよと。

ヴーッ!ヴーッ!

と、そこにタイミングよくポケットの携帯が震えだした。
む?また鈴からメールだ。えーっと、なになに?『担当者が見舞いにきたなう(;ω;』………これから授業だし携帯の電源切っとかないとな、うん。

すまん、鈴。俺にはどうにもできない。

『ぶーぶーぶー!』

山田先生の必死な説明も虚しく教室にブーイングの嵐が吹き荒れ、そんな状況に山田先生は涙目になってしまう…。

「うぅ…私だって辛いんですよぉ?織斑先生に後始末だとか言って書類の手続きや偉い人との対応やら押しつけられてぇ…ぐすん」

『(う、うわぁ…)』

今にも泣き出しそうな山田先生を見て静まり返るクラスメイト達。流石と言うべきか。最早恒例となりつつあるため、このクラス引き際を理解している。……いや別に褒められたものじゃないしそれはそれでどうかと思うけどな?嫌な言い方をすれば『生かさず殺さず』だしこれ。

「いやぁ!同情の目で私を見ないで下さい!同情するなら休暇を下さい!いえ!休暇なんて贅沢言いません!睡眠時間を下さい!びええええええん!」
「ちょっ!?まやまやが乱心したー!?」
「殿中でござる!殿中でござるぞ!?」
「皆!取り押さえて!?」
「放して下さい!私は自由になるんですっ!」
「窓の方に逝ってナニするつもりですか!?絶対に放しませんからねっ!?」

ぎゃーぎゃーぎゃー!

騒ぎ出すクラスメイト達。もう皆からは事件の関心は薄れ、目の前の副担任の事でそれどころではなくなってしまったのだった。

「おー…」
「ははは、なんだかなぁ…」

クラスメイト達に取り押さえられる山田先生。その様子を最前席のミコトは何なのか理解していない表情で興味深そうにそれを眺め、俺はそんなミコトを見て苦笑を浮かべ昨日の事を思い出す。







あの騒動の後、俺達は鈴の運ばれた病室で、ミコトを除いたあの場に居た全員で千冬姉からあの事件の真相を聞いた。真相と言っても、本当に触れる程度で今回の事件の根の部分までは話しては貰えず、真実は闇の中。
『Berserkersystem』。それによる洗脳。ラウラもまた利用されたにすぎないと言う事。唯これだけだった。俺達が知る事が出来たのは…。

「洗脳されていた。だから許せと織斑先生は言うんですの!?」

御淑やかさなど微塵も感じさせない今の感情をそのままに出したセシリアの怒鳴り声が茜色に染まった病室に響く。

「そんな事は一言も言っていないだろう?私は事実を述べただけだ。それを聞いてお前達がどうこうするかなど私の管轄外だ好きにしろ。ただし、面倒は起こすなよ?此方とてもう今回ので手一杯だ」

完全な中立な立場である教師らしい言葉を千冬姉は返す。

「ただしこれだけは言っておく。お前達の一方的な感情でオリヴィアの行動を制限するな。これは絶対だ。いいな?」
「…どういう事ですかー?」

のほほんさんがいつもの間伸びした声で、しかし表情は真剣そのもので千冬姉に質問する。

「オリヴィアの意思を無視するなと言う意味だ。そもそもこれはオリヴィアの問題だ。あいつのやりたいようにさせろ」
「無関係の人間は黙ってろって事?…あたし、大怪我負わされたんですけど?」
「自業自得だろう?お前はISを玩具か何かと勘違いしていないか?引き金を引いた以上その責任はお前の責任だ」
「………」

鈴は不満げに口を閉じそれっきり何も言わなくなる。

「で、ですが!命を狙われたのですよ!ミコトさんは!?そんな輩を放置するなんて…そもそも!どうしてこの学園に居られますの!?本来なら強制送還させるべきでしょう!?」
「本人にちゃんと確認した訳ではないが、奴も学園に残りたそうなのでな。ならば、学園はボーデヴィッヒを保護するだけだ。現に同じ様に保護されている奴も居るしな」
「そ、それは…」

自分の事だと自覚しているシャルロットは気まずそうに顔を伏せる。自分が此処に居られるのは学園のおかげだ。つまりラウラがこの学園の生徒で有り続ける事を拒絶すれば、傍から見れば自分の事を棚に上げてと思われるだろう。

「あの子の処遇は置いておくとしてー。Berserkersystemでしたっけー?それってもともとあった感情を増幅もしくは捻じ曲げる物なんですよねー?ということはですよ、あの子は少なからずみこちーを憎んでいたって事ですよねー?先生はみこちーの行動を制限するなって言いましたけど、もしそんな危険な子にみこちーが近づこうとしたら止めちゃいけないって言うんですかー?」
「そう言う事だ」

信じられない。そんなの飢えた肉食獣が居る檻の中に兎を放り込む様な物じゃないか。

「…問題を起こすなと言っているのに矛盾してませんか?」

箒の言う通りだ。千冬姉の言う事は明らかに矛盾している。これ以上トラブルを起こすなと言うのなら、ラウラを学園から追放とまではいかないにしても、ミコトとラウラは隔離するべきだ。接触をさせようものなら確実にトラブルが起きるのは目に見えている。

「矛盾はしていないさ。問題など起きはしないだろうからな」
「何を根拠に!?」
「私が起きないと言っている。それで信用出来んか?」
「出来るわけありません!ミコトの命を狙った奴なんですよ!?」

箒は眉間に皺を寄せテーブルを殴り声を荒げて反発する。
俺も、俺達も箒と同じ意見だ。理由はどうあれミコトの命を狙った奴を信用するなんて出来ない。

「…それがオリヴィアの望まない事でもか?」
「ミコトが…?」

何でミコトが…。だって、自分の命を狙われたんだぞ?鈴が傷つけられたんだぞ?そんなの…有り得ないだろ?

「まぁ良いさ。とにかく私は言ったからな。オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?」
「先生ー」

立ち去ろうとする千冬姉をのほほんさんが呼び止める。

「…何だ?」
「こうするのもみこちーのため?」
「………」

千冬姉は何も答えずに病室を去り、俺達はその背中を黙って見送る事しか出来なかった…。







あの後も色々と考えたが千冬姉が何をしたいのか結局分からず仕舞い。のほほんさんは何やら納得してたようなしてないような複雑な表情を浮かべてたが、その理由を聞いても笑って誤魔化されてるだけだった。そんなこんなで頭を悩ませて眠れない夜が明け。いつもと変わらない…と言うには目の前の光景は悲惨で気の毒だが、相変わらずの騒がしい一日の始まる。

―――…と、思っていた。

ガラッ!

急に教室のドアが大きな音を立てて開く。その途端、騒がしかった教室が一瞬にして静まり返り、クラスメイト達の視線は入口へと集中する。その視線の先に立っていたのは…。

「………」

銀髪の少女。昨日俺たちと激戦を繰り広げたラウラ・ボーデヴィッヒだった…。

「あいつ…!」

敵意を隠そうともしない俺の視線にラウラは真っ向から受け止めると、ちらりとミコトの方を見て何故か深呼吸をした後に俺の方へ一直線にやってくると俺が座る席の前で立ち止まった。

「………」
「な、なんだよ?」

ゴゴゴゴ…。

何やら背景に擬音を背負って凄い迫力で睨んで来るので負けじと睨み返す。すると、ラウラは口を開き―――。

「ご………」
「ご?」

ご…何だ?

「ご…ごめんなさい…」

「…………………………は?」

「はい?」
「え?」
「なん、だと…?」
「…どうしてー?」

フリーズした思考が再起動すると同時に間抜けな声がポカンと開いた口から零れた。
他の皆も言葉は違えど同じ反応。信じられないと言った面持ちだ。満足そうに頷くミコトを除いてはだが…。

「ん♪」
「~~~~っ!」

ラウラは自分に集まる視線に顔を真っ赤にして早歩きで自分の席へ行き席へ着くと、それっきり顔を伏せて面を上げる事はなかった。
何がなんだかさっぱり分からない。ただ俺が今言える事はただ一つ。

「…どうしてこうなった?」










幕間「事件のあと/複雑な心」








―――Side 布仏本音



「どうしてこうなった♪どうしてこうなった♪」
「お、落ち着けのほほんさん。とりあえずその変な踊りは止めろ!?」
「そうだよ。周りから注目を浴びて恥ずかしいよ…」

これが踊らずしていられないよおりむー!デュノッち!私の滾るリビドーが私に訴え掛けてくるんだよ!とにかく踊れって!感情に任せて!

「本音さんは放っておくとして、一体どうしたと言うんですの?昨日の今日であの変わり様は…」

酷いよー。放置しないでよー。
セシりん冷たい。私がこんなにメダパニ状態なのに無視するなんて。ありえないよ。白状だよ。ぷんぷんだよ。

「驚くのはそれだけじゃないぞ…ほら」

おりむーが携帯を取り出して画面をこっちに向けてくると私達は画面を覗き込む。携帯の内容はこうだった。

『あの銀髪が病室に乗り込んできて謝罪してきたんだけど!?何これ!?どういう事!?』

りんりんの方にも来てたんだー。
これはますます訳が分からなくなってきたなぁ。一体どういう心境の変化なんだろー?

「鈴の所にも来ていたのか。本当にどうなっているんだ?洗脳と言うのは人格や性格まで捻じ曲げるものなのか?」
「どうでしょうか…。ですが、織斑先生の話ではミコトさんを憎んでいたのは確かなのでしょう?でなければ殺…こほん。危害を加えるなんて有り得ませんし」
「なら、どうやったらあんなになるんだよ?」

そう言っておりむーは指差す。指の先にあるのは…。

「ど、どうだ謝ったぞ!?これで満足だろう!?」
「ん。悪いことしたら『ごめんなさい』する。ラウラ、いい子」
「ふ、ふん!」

なんか仲良さそうに話してるみこちーとあの子だった。

「むー!むーむーむー!」
「だから落ち着けって…」

これが落ち着いていられるかー!

納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得いかない納得出来る訳ない!!

―――オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?

…むーーーー!!!

卑怯だ。こんな事言われたら逆らえる筈ないのに。みこちーを縛る事なんて私が出来る筈なのじゃないかー…。
もう一度みこちーを見る。とても、とても楽しそうにしていた。それを邪魔するなんて私には出来ない。それは、友達がする事じゃない。あの子の事はお姉ちゃんから聞いてる。きっと似た様な境遇で引かれ合う物もきっとあるんだと思う。二人にしか分からない事もあるんだと思う。でも…。

なんだろう…この気持ち。

この、胸の辺りあるもやもやした物。これはきっと嫉妬と何だと思う。でも何で?みこちーとあの子が仲良くしてるから?でもおかしい。セシりんやデュノっちがみこちーと仲良くしてる時はこんな気持ちにはならなかったのに…。
何が違うの?セシりん達とあの子との違いは何?やってる事はセシりん達と同じなのにこの感情の原因は…あ―――。

そして私は漸くそれに気付く。

知ってるんだ。あの子は…。

この中で私だけが知っている事をあの子は知っている。だからだ。みこちーと私だけの秘密がそうで無くなったから。だから私はあの子に…。

嫌な女だ。私…。

一人優越感に浸ってたんだ。知らない内に。私が一番みこちーの事を理解してるんだって。でも、あの子が現れた事でそうじゃなくなった事で私は不機嫌になってるんだ。お気に入りの玩具を独占しようとするみっともない子供みたいに…。

「………」

罪悪感に苛まれ先程までの怒りは何処かへ行ってしまった。残っているのは自分がまさかこんな人間だったのかという事実とその嫌悪感のみ…。

「どうかしたの?急に大人しくなって」
「なんでもないよー。あははー」
「? 忙しない方ですわね。怒ったり急に大人しくなったり」
「あははー。ごめんねー?」

本当の事なんて言える筈が無い。自分の醜い部分を晒す事なんて勇気は私には無いよ…。
でも、きっとその内ばれる時は来るんだろうね。そう遠くない未来にきっと…。その時、私達は今の関係で居られるのかな?みこちーって言う核でなりたってるこのグループは…。

…止めよう。こんなこと考えるのは。

暗い事ばかり考えてると笑えなくなっちゃう。私は笑ってなくちゃいけない。みこちーが笑って居られるように笑ってなくちゃいけないんだ。

「…のほほんさん?」
「なーにー?」

心の内を見せない様に、悟られない様に、いつもの変わらない笑顔をおりむーに振り撒く。

「あ、いや…何でも無い」
「変なおりむーだねー。そんな事よりそんな事より!今はみこちーの事だよー。どうするのー?」
「うむ。織斑先生に言われた矢先、あれを邪魔するのはやめておいた方が良いだろう。しばらくは様子見で良いのではないか?」
「…ですわね。とても遺憾ではありますが」
「だねだね♪みこちーを縛りたくないし先生の言うとお「こ、こら!?眼帯を外そうとするな!」り…」

「うー。だって綺麗な目みたい」
「き、綺麗!?……ハッ!?いやいやいや!これには事情があるのだ!?外したままだと生活に支障が出てだな!?」
「むー…」
「いや不満そうにされても…だから外そうとするな!?眼帯にさわるなー!?」

…うん。ム・リ♪

もう何て言うか。色々と我慢の限界だった。

「ぶぅー!何なんだよーあれはー!?」

ズビシっ!と二人を指差す。今も絶賛仲良しタイム中だよ妬むぞこんちくしょー!
何かなアレ!?ぎこちなく必死にみこちーと話そうとして!アピールか?アピールのつもりなのかー!?

「い、いや。それは俺だって知りた「ありえないよありえないよ!何が如何してああなったー!?」話を聞いて下さいよ本当に…」

お話?そんなの聞いてる暇なんて無いよ。いやそんなことよりOHANASIしてこよう。うんそうしよう。

「突撃します!」
「いやするな!?ちょ!?すげえ力だ!?こんな小さい体の何処にそんな力を隠してるんだよ!?皆!手伝え!押さえろ!」
「お、落ち着きなさいな!?本音さん!?」
「うぅ…皆の視線が…」
「何故私がこの様な目に…」

はーなーせー!!!天丼はいらん!天丼はいらんのだー!





…一方その頃鈴は。


「いやー病室は平和だわぁ」

一人優雅に茶を呑んでいた。







―――Side 織斑一夏




「つ、疲れたぁ…」

今日一日の学生としての務めを終え、上着を床に放り投げるとそのまま俺はベッドにダイブして身を沈める。
昨日の事件に続いて今日のアレは正直精神的に辛過ぎる。本当に疲れた…。こういう肉体的じゃなく精神的な疲労感は入学当初以来だ。

「何だってんだよ一体…」

今日一日。ラウラの様子を見ていたがこれと言っておかしな点は無く、以前の様な触れただけで怪我しそうな険悪な雰囲気は感じられなかった。いや、おかしな点と言えばあるにはあった。ずっとミコトにべったりだったという点だ。以前のラウラでは想像も出来ない事だ。…そのおかげでのほほんさんを抑えるのに苦労したけど。

「…もしかして、これから毎日これ?」

死んだな。俺…。
正直入学当初の方がずっと楽だわ。

「ふわぁ…少し寝よ」

30分くらい寝てそのあと飯食ってシャワー浴びてまた寝よ…。

コンコン…

「…んぁ?」

ドアを叩く軽い音が眠りかけていた俺の意識をまた現実へと引き戻す。

「誰だよ…はーい!」

眠りを妨げられて若干苛立ちつつもベッドから身を起こして入口へと向かい、ノックに応じてドアを開く。すると、ドアの向こう側に立っていたのは気まずそうな表情を浮かべた箒だった。

「箒?どうしたんだ?何か用事か?」
「いや、その…う、うむ」

何だ?ハッキリしないな。

「まぁ、立ち話もなんだし中に入れよ」
「う、うむ」

そう促すと、箒はぎこちなく頷き。身体をかちんこちんにしながら部屋へ入る。…おいおい。足と手が同時に出てるぞ。何だか知らんがリラックスしろよ。まぁ指摘するのも可哀そうなので言わないが。
結局、最後まで手足同時出し歩行で椅子に辿り着きちょこんと着席。

「…で?何があったんだ?」
「あ…いや…その…そ、そうだ!今日は大変だったな!うむ!」

そうだって…明らかに今思いついたよな。それ。

「ああ。ラウラの変わりようだけでも大混乱なのにのほほんさんの暴走で更に大変だったな」
「ははは…おかげで人前で醜態を晒してしまったよ…」

ちょ…そんな暗い顔されてもフォローできねぇよ…。

「し、しかしすげぇ変わり様だったな!ラウラの奴!何がどうなってああなったんだか!」
「始終ミコトにべったりだったな。今までの奴からは想像も出来ん。しかし逆に私達がミコトの傍に居ると奴は近づいて来なかった」
「あー…そう言えばそうかもな」

思い返してみるとそうかもしれない。殆どべったりだったから気付かなかったな。何か意味があるのか?それともやっぱり気まずいと思ってるんだろうな。あれだけの事をしたんだし。まぁ、俺達もいきなり話しかけられても反応に困るが…。
ミコトの件。鈴の怪我の件。意識しない訳が無い。いきなり謝られてはいそれで仲良くしましょうなんて出来る訳が無いんだ。例え狙われたミコト本人が許したとしてもやっぱり俺にはそう簡単に許せそうにない。

「…なぁ、箒はどう思ってるんだ?」
「む?いきなり何だ?」

ああ、言葉が足りなかったか。

「ラウラの事だよ」
「ボーデヴィッヒの?そう、だな…。やはり許せるかと言えば嘘になる。いや、今でも憎いと思う気持ちが強い」

やっぱりそうか…。

「だが…それ以上に自分が憎い」
「え?」

流石に今の質問でその返答は予想外だった。自分が憎い?どういう事だ?

「あの時、私はただ一夏達が戦っているのを見ているしかなかった。友達が必死で戦っているのに、自分だけ安全な場所で戦わず見ているだけだった…」
「いや、それはしょうがないだろ。だって…」

あの場面で箒が出てきたって。そう言おうとしてすぐにそれを止める。その言葉はあまりにも残酷だ。

「だからだ。だから憎いのだ。無力な自分が…」
「…それだったらのほほんさんだって」
「本音は身を挺してミコトを守っただろう?」
「………」

あの公園の時か。その時に壊れた髪留めの代わりは、今も誇らしそうにのほほんさんの髪留めの役割を果たしている。

「セシリアも、鈴もミコトを馬鹿にされて怒り戦って負傷した、私だけが何もしていない。私だけ…」
「…何かしないと友達の資格は無いってのか?ミコトがそれを望んでるって?」
「そんな訳が無い!」
「だろうな。ミコトが一番望んでるのは箒が友達で有り続けてくれることだ。勿論、友達なら友達を守るのは当然だろうさ。でも、守るってのは色々あるんじゃないか?」
「………」

まぁ、これは俺にも言える事なんだろうけどな。今回の件で改めてそう思い知らされたよ。

―――オリヴィアをお前達の感情で縛るなよ?

そう言う事、なんだろうなぁ…。

「色々とがんばらないとな」
「…うむ」

努力をしよう。強くなるだけじゃない。アイツを、ラウラを認める努力をしよう。時間は掛かるだろう。凄く、とても凄い時間を費やすと思う。でも…。

何時までも喧嘩してたんじゃ。ミコトが悲しむからな。

臨海学校も近い。それを機に少しだけでも仲良くする努力はしてみよう。努力は…してみよう。あ゛ー始める前から気が重いぞこれは…。

「はぁ…って、そう言えば結局何の用事だったんだ?用事ってこの事じゃないんだろ?」
「ほぇ!?」

ほぇって…また奇怪な声だな。

「ば、ばれてたのか?」
「余裕で」
「な、何でこういう時だけ堪が働くんだ!」

ものすっごい失礼な奴だなお前…。
人が気を掛けてあげた途端これだ。泣けるぜ。

「それで?何だよ?出来れば早く言ってくれ。眠いんだよ俺」
「む。私の要件より睡眠の方が大事なのか?」
「内容によるだろ」

これでお茶っ葉が切れたんでくれとかだった流石に怒るぞ。回りくど過ぎるだろうが。

「ふ、ふん!一夏。先月のあの約束を覚えているか?」
「約束?…ああ、あれか。トーナメントで優勝したらってやつな」

そう言えばそんな約束してたな。

「あ、ああ。しかし…その。トーナメントは中止になってしまったから…その…」
「付き合っても良いぞ」
「……………………なんだと?」
「だから、付き合っても良いって」
「な、何故だ!?私は優勝して無いぞ!?」
「い、いや…別にそんな大層なことしなくても買い物くらい付き合ってやるよ」

ぴしりと、箒の表情が固まる。

「買い…物…?」
「え?違うのか?」
「………この………」
「へ…?」

何か俺不味い事言ったか?何か箒の様子が可笑しい―――。

「馬鹿者ーーーーー!!!!」
「ぐはあああああああああっ!?」

ちょっ…おま…何故…?あ、でも眠るには丁度い…い…か…。

「死ね!女の敵っ!」

何か箒が俺を罵倒してる様にも聞こえたがそんなの俺の耳には届いていなかった…。











あとがき

短いです。でも次回は更に短い短編書く予定です。まぁあくまで予定ですが。
TINAMIとpixivにてミコトの水着の立ち絵を投稿しました。是非よろしければご覧になってください。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~外伝
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/10/31 00:25




外伝「怪奇!学生寮に彷徨う少女の幽霊!?」





七月。季節は夏へと変わり日が経つ毎にだんだんと気温が増していき涼しくなる物が恋しくなってくる今日この頃。だからだろうか、このIS学園の女子生徒達の間でこんな噂が流れ始めたのは…。

「学生寮の幽霊ぃ?」

俺は心底胡散臭そうな物を見る目でまた胡散臭そうなキーワードを口に出した。
だってそうだろ?この世界の最新鋭の技術が集うこのIS学園で幽霊だのそんなオカルトチックな話有り得ないって。

「ほんとほんとホントだってば!沢山の女子生徒が目撃してるって話だもん!」
「このクラスの子も見たって子が居るんだよ?これは間違いないって!」

久々のご登場である相川さんや谷本さんがそう自信有り気に断言して来るが、一部を除いた代表候補生面々も俺と似た様な表情を浮かべていた。多分考えてる事は同じなんだろう。
しかしやっぱり女子はこう言った噂話が好きなんだな。普通少し考えればそんなの有り得ないって分かるだろうに。それも女子であるゆえの性なのか?

「ないない、有り得ないって。第一この学園が創建して何年だと思ってるんだよ?」
「おりむーはロマンが無いなー」
「現実でのホラーにロマンを求めたくありません」

ぷくーと膨れるのほほんさんにずいっと手を突き出してお断りする。
幽霊とか信じないって訳じゃないが身近に居て良い気分では無いのは確かだ。それが自分に近しい人の幽霊なら話は別だけどさ。悪霊やらなんやらは御免被る。

「ま、ピカピカの校舎で幽霊って言われてもねぇ?」
「だね。信憑性が無いって言うか」
「はぁ…馬鹿馬鹿しい」
「そ、そうですわ!馬鹿馬鹿しいにも程があります!」

セシリアよ、何もそうムキにならんでも…。

「ぶーぶー!あっ!ねぇねぇ!みこちーは?みこちーは信じてくれるよねー?」
「ん?」

信じて貰えないのほほんさんはつまらなそうにすると、今まで黙って話を聞いていたミコトにターゲットをロックオンにして話を振る。しかし突然話を振られたミコトはそもそも話の内容すらも理解していないのか、こてんと首を傾けるだけ。のほほんさんの望む反応では無かった。

「うー…みこちーは話を理解してもいないしー」
「そりゃ、なぁ…?」
「?」

ちらりとミコトを見るが、ミコトは不思議そうにきょとんとするだけだ。
そういう話題でミコトに他の女子同様の反応を期待するのは間違いだろ。それとも斜め上の反応が欲しかったのか?だとしたらこれ以上可笑しな方向に話が流れるのはちょっと…。

「つまんないつまんなーい!折角久々の出番なのに!」
「そうだそうだ!ちょい役にはロクに出番は回って来ないんだよ!?」

メタ言うな。

「あーわかったわかった…。で?その学生寮の幽霊ってどんな話なんだよ?」

正直、厄介事に巻き込まれる予感がビンビンで関わりたくないんだが、無視したらしたらでまた五月蠅そうなんで話を聞く事に。

「えっとねー。昔、この学園にある頑張り屋の女子生徒が居たの。その女の子は他のクラスメイト達とはIS適正が低くてね。どうしても皆と成績が差が出来ちゃった。だから、少しでもその差を埋めようとその子は毎日放課後にアリーナに籠ってISの特訓をしてたんだ。毎日毎日、一生懸命練習した。次の学園行事で自分だってやれば出来るんだって事を皆に見て貰いたかったから。…でも、その本番前日にね。アリーナでいつもの様に練習していたその女子生徒がその日の練習を終えてISを解除すると、アリーナで練習していた他の生徒の撃った流れ弾が、生身のままの女子生徒に当たってその女子生徒は死んじゃったんだって…。それでその事故があった日から女子生徒の幽霊が皆が寝静まった深夜の寮に出るっていうの。何でも自分が死んだ事に気付いて無くて今も夜な夜な寮を彷徨ってるんだって。ほら、ISの武器ってどれも人に当たれば即死級の威力でしょ?たぶんその女子生徒もそれに当たって死んだ事に気付く間もなく死んじゃったんじゃないかなぁ?」

成程な。前半は何ともありきたりなというか何処にでもありそうな定番な怪談話で嘘臭いけど最後のは全く同感だな。あんなの当たれば死体なんてミンチより酷い状態になるだろう。何度も事故に巻き込まれてる俺が言うんだから間違いない!…言ってて虚しくなるなこれ。

「くだらない」
「えっ?」

話が盛り上がっている中、凛とした声が俺達の間に静かに響いた。俺達は自然と視線をその声のした方へと向ける。するとそこには話の輪から少し離れた席で、ぴしりと背筋を伸ばして綺麗な姿勢で椅子に座るラウラがあった。ラウラは呆れた表情を此方を見ると、席を立ち此方へと歩いて来る。

「ラウラ。くだらないって今の怪談話がか?」

先程までの軽い雰囲気は何処へやら。今あるのは重い空気だけ。鈴達は勿論だが相川さんや谷本さんもラウラの事はどうも苦手らしい。
あの事件から2週間程過ぎたがやはり俺達とラウラの関係の修繕はそう上手くはいってはいなかった。箒はまず話しかけようとはしないし、セシリアや鈴もどうしても喧嘩腰な態度になってしまう。のほほんさんは何か対抗意識を燃やして話にもなんないし…。俺も努力はしてるけどどうしても意識しちゃうんだよなぁ。まともな関係を築けてるのはこのクラスでミコト位じゃないのか?

「そうだ。幽霊などと存在しない物の話で盛り上がるなど理解に苦しむ。そもそも考えてもみろ。そんな大きな事故記録に残るに決まっている。私の知る限りこのIS学園が創設されてこれまでの間に死者は一人として存在しない」
「も、もしかしたら秘密にされてるとか…」
「ありえない。それだけの事態を隠蔽するのはまず不可能だ。データに何かしらの痕跡が残る」
「あ、うぅ~…」

反論しようのないラウラの言葉と、現役軍人が発するその迫力に縮こまってしまう相川さんと谷本さん。流石に見ていて気の毒なので俺が間に割って入る。このまま放置してまた喧嘩になったりしたらアレだしな。

「おいラウラ。もう少し言い方があるだろ?」
「私は事実を述べただけだが?」

さも当然の様にそう返してくる。ラウラも悪気があってやってるんじゃないだろうけど、何かこう固いんだよなぁ。…まぁ、ミコトと話してる時はそのカチンカチンな鉄壁も簡単に壊されてしまうんだけど。
だけど、俺達には一度たりともミコトの話している時の様な態度は取った事は無い。仲良くなる道は遠く険しそうだ。

「はぁ…もういい。無駄に問答すると喧嘩に発展しかねない」
「そうか。よく分からんが私も無駄な争いはしたくはないな」

「お前には言われたくない!」とか「お前が原因なんだけどな!」とか、色々ツッコミたいが我慢する。こいつも天然か…。こいつには『天然』+『毒』のコンボスキルだけどな!

「だけど珍しいな?いつもなら俺達の会話になんか混ざって来ないのに」
「ま、混ざって来られても困りますけどね?」
「セシリア…」
「ふんっ!」

俺の非難の目にセシリアはそっぽを向く。やれやれ、本当に何か切っ掛けでも無いとどうにもならないぞ千冬姉…。

「何、少し気になった事があったのでな」

しかし、ラウラはセシリアのキツイ態度にも一切気にした様子も無く話を続ける。

「気になる事?」
「うむ。私は此処に来て短いが、それでも最近まではそんな話は耳にはしていなかった。しかし今はどこにいってもその噂話で持ちきりになっている。妙だと思ってな」

そう言われるとそうだな。でも…。

「怪談話ってそんなんじゃないのか?夏と言えば怪談だろ?」
「そうね。夏になればテレビ番組はそんなんばっかりだし」
「そ、そそそそ!そうなんですの!?」

鈴の話を聞いてセシリアが顔を真っ青にして「迂闊にテレビが点けられませんわ…」とか言ってるけど。まさかセシリア…。

「…なぁ。セシリアって幽霊とか苦手なのか?」
「ばっ!?ば、ばばっばば馬鹿な事言わないで下さいまし!?わたくしが幽霊という不確かな物を怖がるわけありませんわっ!?」
「あー…うん。そうだな」
「本当ですからね!?本当なんですから!?」
「何と言うか…」
「うん…」
「分かりやすい奴だ…」

分かってる。分かってるから…。

「皆さんそんな優しい目で見ないで下さいまし!?」
「セシりんは可愛いなぁー」
「「うんうん」」
「そこの三人組も…あー!もう!これもそれも貴女のせいですわよ!?」
「私は何もしていないが…」

うん。ラウラは何も悪くないと思うぞ?

「?」

そして話について行けてないミコト。この場で彼女だけがセシリアの唯一の味方であり癒しであるのは間違いないだろう。

「…話を戻して良いか?」
「あ、うん」

すっかり話が逸れてしまった。

「私はそういう俗な事は詳しくないがだとしても不自然だ。その噂、廊下を歩いているたびに耳にするがやけに目撃者が多すぎる。しかも目撃したのは皆一年の学生寮だ」
「あ、あの…それのどこがおかしいの?」

相川さんが恐る恐るそう訊ねる。

「幽霊とは季節限定に現れる物なのか?」
「あ……」

確かにそうだ。噂話だけならともかくとして、本当に幽霊だと言うのなら何故今までにそう言った話が出て来なかったんだ?俺が入学してからもう数カ月も経つが、そんな話を耳にしたのは今日が初めてだ。だと言うのに最近になって目撃者が多発するのはおかしい。

「相川。その噂は去年のこの季節でも騒ぎになったのか?」
「え?え、えっと…ど、どうなんだろ?先輩達からそんな話は聞かなかったし…。たぶん今年が初めてじゃないかな?」
「今年になって初めて。それに此処最近になって起こった…か。少しズレは生じるが日本があれを公表した時期と重なるか?」

日本があれを公表した時期?何の事を言っているんだ?

「えっと…?何の話をしてるの?」
「相川。その幽霊とやらの話をもっと詳しく聞かせては貰えないだろうか?出来れば目撃された時間。その幽霊の姿とかが良い」
「へ?い、良いけど。えっと…目撃者の時間はバラバラだけど大体1~2時くらいかな?」
「ふむ。消灯時間はとうに過ぎて生徒は全員寝ている筈の時間だな」
「そ、そうね…」
「で?格好は?」
「か、格好?格好は知らないけど多いな目を光らせてたって皆言ってる。あと、大きな口でその口の中に女の子の生首が…」

もう学生寮の幽霊じゃなくて学生寮のエイリアンに改名しようぜ。他の学校ならギャグだけどこのIS学園なら何ら不自然じゃないから。むしろピッタシだから。
俺達は皆呆れるがラウラはそうじゃなかった。口に手を当てて何やら真剣に考えている様子だった。

「光る目はゴーグルライトの光か?しかしなんでそんな目立つような…」

何ぶつぶつ言ってるんだコイツは?傍から見て怪しさMAXだぞ。

「ふむ。その行動に何の理由があるのかは分からないが…。了解だ。情報の提供に感謝する」
「あ、うん…」

ラウラは何やら納得した様子だったが感謝された方は全然訳が分からんようだ。まぁ無理も無い。俺達も全然わからんならな。

「何か分かったのか?ラウラ?」
「む?ああ、大凡はな。後は行動あるのみだ」

一体何をするつもりなんだこいつは…。
結局、ラウラはそれ以上何も言う事は無く満足した様子で自分の席へと帰って行ってしまう。それを呆然と見送る俺達。

「…何?あれ?」
「知らん。私に訊くな」
「あれかな?科学者が幽霊なんて存在しない!全てはプラズマが引き起こした現象だ!とか言って科学で無理やり証明しようとするアレ」
「ああ、何か似てますわね……え?それが言いたくて混ざって来たんですの?」
「変な子だね。ボーデヴィッヒさんって…」
「うん…」

『………』

まるで嵐が通り過ぎたみたいだな。残ったのは妙な静寂だけだ。

「―――…はっ!?何の話してたんだっけ?」
「一瞬本気で思考が停止していたな…」
「僕もだよ…。えっと、学生寮の幽霊の話だよね?」
「一年の学生寮限定で出現する女子生徒の幽霊ねぇ…」
「な、なんでよりにもよってわたくしが居る寮に…」
「諦めが肝心だぜ?セシリア」

しかしラウラのあの言葉が気になるな。『日本があれを公表した時期』か。何の事なんだろうな。
と、そんな事を考えていると。突然のほほんさんが大きな声を上げた。

「よーし!なら幽霊の噂が本当なのか確かめてみようよー!」

『………はぁ?』
「?」

突拍子の無いいきなりののほほんさんの提案に一同が同じ反応を示す。一体全体なにがどうしてそんな発想になるのか…。

「あそこまで言われたら黙って引き下がれないよ!こうなったら何が何でも幽霊を見つけてやるんだからー!………皆で!」

おいこら待て。最後聞き捨てならない事言わなかったか?

「…皆で?」
「うん!皆で♪」
「私達の事…だよな?」
「うん!勿論♪」
「何故わたくしがその様な事をしなければにゃらないですの!?」
「私達はブラザーだよ♪死ぬ時は一緒さ~♪」
「げぇ!?質が悪いですわこの人っ!?」
「セシリア少し下品だよ…」
「好奇心で巻き込むとかなんてはた迷惑な…」
「あはー♪」

『あは♪じゃない!』
「きゃいん!?」

こうして俺達は強制的に夜の肝試しを決行する事が決まったのだった…。









―――そして夜になり…。


「えー…ただいま午前2時を廻ったところです。御覧の通り廊下は真っ暗。生徒は誰も起きていません」
「何故レポーター風なんだ?一夏」

雰囲気作りだよ。あと愚痴だよ。言わせんな恥ずかしい。
まぁ、何だ。予定通りに幽霊探しに来た訳だが…。メンバーは俺を含めて箒、鈴、セシリア、シャルロット、のほほんさんの6人のミコトを除いた状態でのいつものメンバーだ。相川さんと谷本さんが居ません。あの二人逃げやがりました。

「い、一夏さん?ライトをマイクの様に持つのはやめていただけません?こ、怖いですわ…」
「………」
「…一夏さん?」

「んばぁ~…」

ライトアップした俺の顔をセシリアにズームイン!

「ヒィっ!?」

怖がるセシリアを見てついちょっとした出来心でふざけてみると、セシリアが可愛らしい悲鳴を洩らした。ヤバイ。これ楽しい…。

パシィン!

「遊ぶな」
「すんません…」

箒からの鉄拳…いや竹刀制裁を貰い悪ふざけは終了。

「んじゃ、さっさと終わらせちゃいましょうか?」
「そうだね。明日も早いし。…あっ!そういえばミコトはどうしたの?」

それは俺もさっきから気になっていた。まさかミコトが相川さんや谷本さんと同じ理由なんてことは有り得ないし。

「みこちーはもうおねんねの時間だよー?」

『ああ、そう…』

何当たり前な事言ってんの?的なのほほんさんにこの場に居る全員が納得したが、それと同時にイラッとしたのは黙っておく。出来れば俺達も寝かせて頂きたいんですがね?
明日は…いやもう今日だが、朝から実技演習だって言うのに夜更かしとか自殺行為以外になんでもないんだが…。

「ああ、うん。アンタはそんな奴だったわね。忘れてたわ…」
「? 変なりんりんだなー」
「アンタにだけは言われたくないわよ!」
「ほぇー?なんでー?」
「はぁ…もういい。なんか疲れた…」
「そーおー?ならさっそく!幽霊探しにゴーゴー!だよー!」
「あ、あのね?本音。皆寝てるから静かにね?寮長の先生に見つかったら怒られるし」
「一年寮の寮長は織斑先生だ。見つかったら唯では済まん。早々に終わらせよう」
「だな。見つかって朝まで説教なんて事になったらそれこそ死亡確定だ」
「うぅ…何でわたくしがこんなことぉ…」
「アンタもいい加減諦めなさいよ…」

何時までもうじうじしているセシリアに呆れてながら鈴はセシリアの首根っこを掴みずるずると引き摺って行く。普段のセシリアからは想像も出来ない光景だ…。

「あ~う~…」
「いいからさっさと歩きなさいよ!まったく…」

仲良いなお前ら。

「で、何処から探す?一年寮と言っても広いぞ」
「そうだなぁ…。のほほんさん、だいたいどの辺りで目撃されたか知らないか?」

闇雲に探すのは避けたい。主に睡眠時間のために。

「んーとねぇ?聞いた話だと私達の部屋のある階だよー。トイレの帰りや行く途中で見たって子がいっぱい居るんだぁ」

トイレか。俺には無縁だな。俺は職員用のトイレを使ってるからまずこの階のトイレに近づく事は無い。

「ト、トイレと言ったら怖い話の定番じゃありませんの?やっぱりやめた方が…」
「貴重な睡眠時間を使ってるんだ。今更引き返せるかっての」
「そうね。此処まできたら絶対に見つけてやるんだから」
「何だかんだ言ってやる気だなお前達…」
「あはは…単純だから二人とも」
「うんうん♪その調子で頑張ろうねー♪」
「いぃーやぁー…」

ずるずるずる…







「…皆、ちょっと止まって」

急にシャルロットが立ち止まり俺達もそれにつられて足を止める。

「どうしたんだよ?シャルロット」
「しぃー…静かに。ほら、何か聞こえるよ?」

人差し指を口に当て小声でそうシャルロットは言うと、皆は口を閉じ耳を傾ける。すると…。

コツ…コツ…

「これは…足音?」
「だね」
「あ、あわわわわ…」
「アンタは少し落ち着きなさいって…」

おいおい。セシリアの顔が面白いくらいに真っ青だぞ…。

「どれだけ幽霊が怖いのよ…」
「だ、だだだだ誰が幽霊が怖いと言いましたの!?」
「いや、怖がってるのバレバレだから」
「あのね?二人とも静かにしてくれない?」

シャルロットは笑ってるが眉がぴくぴくと動いてるのは怒りを抑えてるからか。すぐさま二人も口を閉じる。本能で逆らうのは危険だと判断したんだろうな。俺も静かにしておこう。

コツ…コツ…

そんな事してる間に足音も近くなって来ていた。音から推測してあそこの曲がり角を曲がった先くらいに足音の主が居るのかもしれない。

コツ…コツ…

「…来るぞ」

箒が竹刀を構える。幽霊に物理攻撃なんて聞くのかと俺は思ったがちゃっかり竹刀にお札が貼ってある。準備が良いなぁ。

コツ…コツ…

そしてついにその足音の主が曲がり角から姿を覗かせた。その時、俺達が見た物は…―――。

「なっ!?」
「へ?」
「…あれ?」
「ヒッ…」
「えー…」
「な……にやってんだよラウラ?」

―――何やら完全装備で今にでも戦争をおっぱじめそうなラウラ・ボーデヴィッヒだった…。

「む?何やら聞き覚えのある声だと思ったがお前達だったか。何をしているんだこんな所で?もう消灯時間もう過ぎてるぞ?」
「いやいやそれは俺達の台詞だから」

なんて恰好してるんだよお前は…。

「私か?見回りだが?」
「見回り?」
「ああ、噂の犯人を捕まえる為にな」
「犯人って…幽霊をか?」
「幽霊なものか。私が推測するに噂の人物は侵入者か何かだ」

侵入者って…また物騒な言葉が出てきたな…。

「何を根拠にそんな話になったんだ?」
「ふむ…まぁ、お前達は関係者だから良いだろう。昼間の私が言った事を覚えているか?」

昼間…ああ、アレか。

「日本があれを公表した時期がなんたらこうたらって奴か?」
「そうだ。この噂を聞く様になったのはごく最近だ。そして目撃者が多発したのも最近で今年が初めて…」
「何が言いたい?回りくどい言い方をするな」
「そうだそうだー分かりやすく言えー」
「…シャルロット。のほほんさんを抑えてて」
「うん」
「わー!?なにをするだー!?」

しばらく大人しくしてなさい。

「ミコトが入学したこの年。そして最近と言えば私もこの学園に転校してきた。日本があれを公表したのもその時期だしな」

またそれか…。いい加減それの意味を教えて欲しいんだが。

「…なぁ、ラウラ。その『日本があれを公表した時期』ってなんの事を言ってるんだ?」
「忘れたのか?私があの日公園で言った事を」
「公園?…あっ!?」

―――問題無い。この件について国は一切関与しないだろうからな。そして、貴様達にも私を拘束する権限は無い。

あの時か!?

「あの日、日本は全世界に『我が国はミコト・オリヴィアが関わる全てに一切関与しない』と公表した。勿論秘密裏にだがな」
「そ、そんなことがありましたのっ!?」
「そうだ。教官が早急に手を打ち各国が手を出せない様にしたが…絶対とは言えん」
「つまり、アンタはこう言いたい訳ね?アンタとは別の人間がミコトの命を狙ってると…」
「うむ。あくまで可能性があるというレベルの話だがな。確証は持てん」
「何でだ?」
「私が来た時にはそんな噂は耳にしなかった。噂を聞く様になったのは6月末になってからだ。仮に噂の人物が侵入者だとして、その侵入者は6月末から今日までに2週間の期間を潜伏していたと言う事になる」

まぁ、そうなるよな。

「それが何かおかしな点でも?」
「おかし過ぎる。何故その2週間の間にその侵入者はミコトを消さなかった?チャンスは幾らでもあっただろうに。それに、目立つ行動を取り過ぎている。とてもプロとは思えん。以上の点であくまで可能性のレベルと言う訳だ」
「成程…」

確かにラウラの言う通りミコトの命を狙う奴だったとしたら不自然な点が多すぎるか…。

「それじゃあ、ラウラが今こうしているのは…」
「噂の正体を突き止めるためだ。少なくとも幽霊などありえない」

そうラウラは断言する。とてつもない現実主義者だなコイツ。絶対に幽霊の存在を認めないつもりだ。

「そうか。ラウラには感謝しておくべきなのか?」

ミコトを守ろうとしてくれた訳だしな。

「ふ、ふん!気まぐれだ!気まぐれ!教官の手を煩わせるのも何だと思っただけだ!べ、別にミコト守りたいとか恩返しがしたいとかそんなこと思ってないんだからな!?」
「うわぁ…」
「なんていうか…」
「ツンデレ乙」

のほほんさんが何やらジト目でそんな言葉を洩らす。…ツンデレって何だ?まぁ良く分からんが素直じゃないなコイツ。

「う、うるさいうるさいうるさい!それで!?お前達は何故ここに居る!?」

誤魔化したな…。

「いや…俺達は幽霊を探しに…」
「くだらない…もう少し時間を有益に使え」

うわ、心底くだらないって顔されたぞ。しかも言い返したくても俺もそう思うから言い返せねぇ…。

「ふーんだ!余計なお世話だよーだ!幽霊を見つけほえ面掻かせてせてやるんだからー!」
「期待しないで待っておく。では、私は此処で……どうやら本命か」
「え?」

ぺた…ぺた…

「これは…足音?」
「裸足…かな?この足音」
「暗殺者が裸足で行動するとは思えんが…しかし、この足音は裸足とは違うぞ」

ぺた…ぺた…

…確かに、裸足の様な足音にも聞こえるが少し違うな。これは…スリッパか何かか?でも珍しいな。皆部屋以外の移動は殆ど靴とかなのに。

「あ、灯りだ。それも二つ…」

振り向いた先には、暗い廊下から二つの小さな光が灯っていた…。
あれが相川さんが言っていた光る目か?

「こ、これは!?当たりかな!?」
「がくがくがくがく…」
「ちょっと…アタシに抱き着くのやめてくれない?胸押し当てんな腹立つ」

いや、あの光は人工物の光だろ。でもちょっと不自然だな。何でだろ。何か違和感を感じる。

「いちいち光がぶれているな。恐らく手に持っているのではなく頭に固定してるのだろう。ヘッドライトかゴーグルか何かか」
「ああ、成程。それでか」

ラウラが口に出してもいないのに俺の疑問を解いてくれた。

「…此方へやって来るな」

箒が竹刀の柄を持つ手に力を籠める。間合いに入ればすぐにでも箒は竹刀を振るだろう。

ぺた…ぺた…

だんだん。だんだん。二つの光が近づいて来る…。

「ひぃいぃいいぃいいっ!」
「嫌味か?その押し当ててくる胸は嫌味か?」

…こっちもカオスになってきたな。

ぺた…ぺた…

「………」

流石に緊張してきた。俺は唾を呑む…。

ぺた…ぺた…

もう目前だ。あと数歩進めばその姿を目視できる距離になる。俺達はどんなことが起きても対処できるように身構えた…。
そして、その二つ光を発する物体がついにはっきり目視できる距離に踏みこんで来る。そして――――。

―――俺達の前に現れたのはなんと巨大なペンギンだった。

…いや、ちょっと待て。

「ひぃいいいいあああああああああっ!?――――…ガクッ」
「ちょっ!?ちょっと!セシリア!?あー…駄目だ。気失ってる」

セシリアは色々と精神的に限界だったのか悲鳴を上げて気を失ってしまう。でもな。でもなセシリア。お前が悲鳴を上げたのは…。

「おー?」

ペンギンのパジャマを着た…ミコトだぞ?

「ミコト…?」
「ん。一夏達…どうしたの?」

いや、それは聞きたい訳で…。

「あの…ミコト?」
「ん?」
「それ…なに?」

シャルロットがミコトが着てるペンギンを指差して訊ねる。

「パジャマ。本音がプレゼントしてくれた。宝物」

なるほど。動物が違うだけでそれ以外のデザインは何処となくのほほんさんのパジャマと似てるな。

「そのライトは?」
「あーそれパジャマについてる機能だよー。みこちー暗いの苦手だから目の所ライトにしたんだー」
「紛らわしい事を…」

本当だよ…。

「でもみこちー。何で此処に居たのー?」
「トイレ。ジュース。飲み過ぎた」

夏は冷たい物が飲みたくなるからな…ああつまりそう言う事か。

「最近は暑くなってきたからな。ジュース沢山飲んだろミコト?」
「みこちー。だから飲み過ぎちゃ駄目って言ったのにー」
「うー…」
「つまり噂の正体はこれか。光る目はこのライトで。大きな口はペンギンの口。生首はペンギンを着たミコトの頭って訳か…」
「そして、最近になって噂が立つようになったのは暑くなりはじめてジュースを頻繁に飲む様になったから…か」

なんていうか…。

『く、くだらない…』

本当にラウラの言った通りだったな。正体は予想外過ぎたが…。

「まったく…。何て人騒がせな…」
「もうみこちー。何で私に声かけてくれないの?トイレくらい一緒にいってあげるのにー」
「本音、気持ち良さそうだったから。それに本音、寝たら絶対に起きない」

『じぃ~…』

「あ、あははー…ごめんねー?」
「ん」
「ミコト。今度から僕に声かけてよ。しばらくは一緒の部屋なんだからさ」

そう言えばシャルロットは今ミコト達の部屋にお世話になってるんだったな。

「…いいの?」
「うん。全然構わないよ?」
「…ありがと」
「うん♪」

ミコトに感謝され嬉しかったのかシャルロットが笑顔で頷く。

「ミ、ミコト。私も構わんぞ?プライベート・チャンネルで何時でも駆けつけてやる!」
「ん。ラウラもありがと」
「あ、ああ!」

照れ隠しのつもり顔を伏せるラウラ。暗くて見えないがきっと今のラウラの顔はリンゴの様に真っ赤な事だろう。

「やれやれ…これで事件解決か?」
「釈然としないがな…」
「ま、いいんじゃない。それよりさ…」

「きゅ~…」

「これ…どうする?」

鈴は未だに床でノビてるセシリアを指差す。

「…とりあえず運ぶか」
「誰の部屋に運ぶ?流石にセシリアの部屋に運ぶのはルームメイトの子に迷惑でしょ?こんな大勢で…」
「じゃあ私達の部屋かなー?」
「そうだね。一番迷惑掛けなくて済むし…ベッドが狭くなるけど」

確かにな。唯でさえシャルロットがお邪魔してる状態なのにここでセシリアも追加となるとな。

「その心配は無いぞ?」

『!?』

聞きなれたこの場で一番聞きたくない声が廊下に響いた…。

「何故ならこれから陽が昇るまで貴様らは此処で説教される訳なんだからな…」

『ま、まさか…?』

一同恐る恐る後ろへ振り向く…。

「騒がしいと思えば…また貴様らか…」

するとやはりそこには鬼が仁王立ちで此方を睨んでいた。しかも睡眠を邪魔された所為かいつもよりも怒りのゲージがヤバイ。

「ミコト。お前は部屋に帰っていいぞ。さっさと寝ろ」
「ん?ん…」

ぺたんぺたんと足音を立てながらペンギン姿のミコトは部屋へと戻って行く。そして、残された俺達はと言うと…。

「さて…覚悟は良いな?」

『ぎゃーす!?』
「きゅ~…」

深夜の学生寮に俺達の悲鳴が響いたのだった…。
もう怪談話はこりごりだ…。













あとがき

これ夏の内に投稿したかったんだけどね…。




[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二十三話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:17036de8
Date: 2011/11/09 04:11



放課後の鍛錬を終え寮の自室に戻ると、私はルームメイトがまだ帰って来ていないのを確認してから今着ている制服を脱ぎ自室に備え付けてあるシャワー室に入り蛇口をひねる。

「………ふぅ」

シャワーから出てくるお湯が鍛錬で掻いた汗を流していく。その心地良さに私は目を細めた。
やはり、鍛錬の後のシャワーと言うのは良い物だ。疲れた時に入る風呂もまた格別だが、やはり私は鍛錬の後のシャワーが好きだ。頑張った自分へのご褒美にも思えてくる。

「頑張った自分への…か」

ぽつりと、言葉を溢す。

―――色々とがんばらないとな。

あの時の、一夏の言葉が脳裏に蘇る。『頑張る』あの時の言葉には言葉にとおり色々な意味が含まれていたのだろう。強くなるのは当然の事、そしてそれ以外にも…。

―――ミコトが一番望んでるのは箒が友達で有り続けてくれることだ。勿論、友達なら友達を守るのは当然だろうさ。でも、守るってのは色々あるんじゃないか?

「色々…か」

あの馬鹿者め。言うだけいって何も具体案は出してくれなかったではないか。無論、それは自分自身で考えなければならないのは私とて分かっている。私もこれから時間を掛けて自分なりに考えていくつもりだ。あの後だって考えはしたんだ。だが…。

「結局、考え付くのは…」

自分の掌に視線を落とし、ぎゅっと握りしめる。
私には、結局これしかないのだ。ずっと、一夏の繋がりを信じて振って来たこの『剣』しか私は誇る物は何も…。

「なら、行き着く先は結局これしかないのか…」

本来ならこんな手段はとりたくは無かった。クラスの皆にはあの人とは関係無いと公言した手前、気が引ける以前にあんまりな自分勝手さに己に嫌気がさしさえした。それでも。それでも私は…。
蛇口を閉めシャワー室を出ると、髪の水気を取り、タオルを身体を巻きベッドに腰を落とし携帯を手に取ると、鋭くそれを睨みつけた。

「本当はかけたくは無いのだが…」

本当に。可能ならばあの人に電話なんてかけたくは無い。というか関わりたくも無い。今後関わるのはこれっきりにしたいと言う程に…。
親族に向けるべき感情では無い。それは分かっている。だが、私にとってあの人は家族と言うよりも…。

「…っ!ええい!」

意を決して携帯のボタンを押す。スピーカから響いて来るコール音。
そして、その音が数回響いてから電話を掛けた相手は喧しい声で応えるのだった。

『やあやあやあ!久しぶりだねぇ!ずっとず――――っと待ってたよ!』

耳を突く能天気で甲高い声に顔を顰める。

「―――。…姉さん」
『うんうんうん!言わなくても用件は分かってるよ理解してるよ!箒ちゃんのことなら!』
「………」

まただ。いつもこの人は私の話を聞かない。自由気ままで、自分勝手で…。
思わす怒鳴りたくもなったがそれをぐっと我慢する。姉の気分を害する可能性もあるし、どっちにしろこの人にこちらの意思など通じる筈も無いのだから無意味なのだ。

『欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、代用無きもの、篠ノ之箒の専用機が。モチロン用意してあるよ。最高性能にして規格外仕様。そして、白と並び立つもの。その機体の名前は

『紅椿』―――』

「紅椿…」

無意識に、自分の専用機になるであろうその名を復唱する。

『うんうん!もう直ぐ箒ちゃんの誕生日だしね!誕生日プレゼントだよ♪』
「誕生日…」

そう言えばもう7月。もうすぐ私の誕生日だ…。

『でねでね!この機体の凄い所はね―――』
「………」

携帯電話の向こう側で何やら姉が熱く語っている様だがそれは私の耳には届いていない。私が今気にしているのは別の事で、もっと大切な事だった。

あいつは…覚えてくれているのだろうか?

そんな、不安と期待が含まれた疑問を心の中で抱いていた…。








第22話「よろしい。ならば買い物だ ―前篇―」







――――Side ミコト・オリヴィア



「もきゅもきゅ……ごくん」

ん。ミルクにサンドイッチは至高。今日はお休みだからゆっくり味わって食べる。

「おっ、ミコト。今日は早いんだな。感心感心」
「あむあむ……ん?」

一夏が朝ごはんを持ってこっちに来た。今日も和食。一夏はいつも朝ごはんは和食。おみそ汁とまっしろなご飯が好きって言ってたけど私は少し苦手。

「ごくん……一夏は少し遅い?」
「休みの日だからなぁ。部活に入ってる訳でも無し。朝はゆっくりしたいだろ」

ん。その気持ち分かるかも。お布団気持ちいいから。
でも最近暑いからいつもより早く起きちゃった。

「ん。本音も今日はいつもよりゆっくり寝てる」
「ははは、のほほんさんらしいな」

うん。本音、生徒会室に居ても寝てる。夜更かししないで寝てればいいのに…。
昨日も夜遅くまでパソコンでねっとさーふぃんしてた。たぶん、私が寝た後もしてたんだと思う。寝たのは何時なんだろう?

「むー…ちゃんと睡眠を取らないと身体に悪いってクリスが言ってた」

特に私の場合は正しい生活バランスを保たないと身体の状態が保てなくなるってクリスから言われた。よく、わからないけど…。

「そうか、クリスさんがなー。まぁ、その通りかもな。ちゃんと睡眠を取らないと寿命が減るとか聞いたことがあるし」
「! 今度から本音を寝かせる。ぜったい」

本音は大切な友達。ずっと元気でいてほしい。

「おう。頑張れ」
「ん。がんばる」

ぎゅって両手を握り締めて意気込む。いま、私の両肩に本音の運命がたくされた…気がする。

「のほほんさんはまぁ平常運転としてだ。休日にしては結構起きてきてるな?皆部活って訳じゃなさそうだし。いつもならこの時間帯結構がら空きだろ?」

一夏は味噌汁を啜りながら周りを見渡す。私もそれを真似して周りを見る。…確かに一夏の言う通りで今日は少しううん。いつものお休みの朝より多い気がする。なんでだろ?

「来週から臨海学校だからじゃないかな?」
「シャルロット…」

一夏に続いてシャルロットも来た。朝起きた時は居なかったけど。何処いってたの?

「おはよう」
「うん。おはようミコト。一夏もおはよう。もう起きてたんだ?」
「せっかくの休みだし、ダラダラ時間を潰すのも勿体ないしな」

ん。私は空を眺めてる予定。とっても有意義。

「でだシャルロット。今の状況と来週の臨海学校が何の関係があるんだ?」
「それはあるでしょ。臨海学校の準備とかしないといけないし。皆街に買い物に行く予定なんだよきっと」
「買い物…歯ブラシやタオルとかか?」
「何でそうなるのかな…いや、それもあるかもだけど…」

「「?」」

シャルロットの言いたい事がよくわからない。配られたプリントに持って行く物で書いてあったよ?歯ブラシ。

「臨海学校と言ったら海でしょもう。皆水着を買う予定なの!」

「「お~…何で?」」

「この二人は…女の子は皆そうなの!ていうかミコト一夏以上に無頓着すぎ!」
「???」

シャルロットが何を言いたいのか本当にわからない。

「いやだって。水着なんて皆一緒だろ?そんな新しいの買わなくたってさ」
「男の子と一緒にしないで下さい!」
「oh…」

水着。あったかな…?
確か真耶にどうするの?って聞かれて、それを本音に話したら本音が用意してくれるって言ってた気がする。おーだーめいど?だったかな?ん。じゃあ別に私は買わなくていい。

「しかし買い物か…丁度良いや。俺も街に出ようかな」
「一夏も水着買うの?」
「ミコトよ。それは本気で言っているのかね?」
「? 違うの?」
「本気なのか…。まぁミコトだからな…」

一夏も良く分からない事言う。私は私。当たり前。

「何か買う物あるの?」
「まあな。買ってやらないと後が怖いし。それに、久しぶりだしな」
「久しぶり?」
「ま、気にすんな。こっちの話だよ」
「…まぁ、一夏がそう言うなら」

んー…。少し気になる。でも一夏が言いたくないのなら聞かない。

「おう。シャルロットはどうするんだ?なんなら一緒に行くか?」
「ええ!?い、一緒にっ!?一夏と!?」

うぅ…急に大きな声出さないでほしい。耳がきーんってなってる…。

「あ、ああ。一人で街を歩くのは寂しいしな」
「本当!?行くよ!絶対に!」
「そ、そうか…。あ、ミコトはどうするんだ?」
「ん?んー………」

行きたい。でも…。

「…いい。本音が起きるの待つ」
「そうか、じゃあまた今度な」
「ん。約束」
「ああ、約束だ」
「……ん♪」
「それじゃシャルロット。朝飯食べたらさっそく行こうぜ」
「うん♪…ミコトありがとね?」
「?」

…何で感謝されるんだろ?私何かしたかな?

「何でミコトに感謝するんだ?」
「う、ううん!?何でも無いよ!?気にしないで!?」
「? まぁ、言いたくないなら良いけどさ」

そう言って一夏は食事を再開してお魚を箸で摘まんで口の中に運ぶ。私はこの一個で最後。うまうま。

「もきゅもきゅ…んく。ごちそうさまでした」

朝ごはんを食べ終わったから私は空になった皿が載ったトレーを持って席を立つ。もう本音は起きたかな?片づけて部屋に帰らないと…。

「あれ?もう部屋に戻るのか?」
「ん。本音が起きてるかもしれないから」

起きて無くてもそろそろ起こしてあげないと。朝ごはんの時間過ぎちゃう。

「そうか。じゃあまたな」
「またね。ミコト」
「ん。またね…」

一夏達とさよならして私は部屋に戻った。







「ただいま。本音起きてる?」
「ぐぅ………」

部屋に戻って来たけどまだ本音は寝てるみたい。どうしよう?朝ごはんの時間終わっちゃう。起こした方が良いよね?

ゆさゆさ…

「本音、起きる。朝だよ?」
「むにゅ~…今日はお休みだよぉ~…もっと寝かせてぇ~…」

掛け布団を被って丸くなる本音。むぅ…。

「朝ごはん食べられなくなるよ?」
「いいよぅ…お昼と一緒にするからぁ…」

む。朝ごはんはちゃんと食べないといけないってクリスも真耶も言ってた。それはゆずれない。

「ダメ。起きる」
「うぅ~…昨日は遅くまでネットしてたんだよぉ~…寝かせてよぉ~…」
「ダメ。皆起きてる。本音も起きる」
「他所は他所、うちはうち。だよぉ~…」

最強の呪文を使ってきた。手ごわい…。

「皆買い物に行くって。本音は良いの?」
「…………買い物?」

本音がピクリと反応してもそもそと布団から顔を出してくる。

「買い物って?」
「臨海学校があるから皆街に行くってシャルロットが言ってた」
「臨海学校…買い物……………あーーーーーーっ!?」

ガバッと起き上がるのと一緒に急に大きな声をあげる本音。

「びっくりした…」

急に起き上がるんだもん。

「そうだよそうだったよー!来週から臨海学校だったんだー!すっかり忘れてたー!」

ドタバタ!

ちゃんと真耶が昨日のSHRで言ってたのに…。
そんな私の気持ちも知らない本音は慌ててパジャマを脱ぎ散らかしてクローゼットから自分のお洋服をこれじゃないこれでもないとぽいぽい放り投げていく。…後でお片付け大変そう。シャルロットが帰ってきたら怒るだろうなぁ。

「あうあうあうー!出遅れた出遅れたー!別に競争とかしてないけど出遅れたー!」
「……あー…」

次々と宙を舞う色とりどりのお洋服達。部屋の床はあっと言う間にお洋服で埋め尽くされ身動き取れない状態になっちゃった。これどうしよう…。シャルロットの激怒は必至…。

「持って行くお菓子も厳選して買わなきゃだしー!水着も受け取りに行かなきゃだしー!あーもー!何で忘れてたかなー!?」

そう言えば私も荷物の準備をしてない。あとでしとかなきゃ…あっ、真耶がしてくれてもう荷物は先に送ってくれてたんだった。真耶も先にあっちにいってるんだっけ?
…海。こっちに来る途中に海の上通って見たことはあるけど触ったこと無い。普通の水とは違うんだよね?

「みこちー!みこちー!」
「ん?」

お洋服を着替え終えた本音が床のお洋服を蹴飛ばしているのを気にも止めずにこっちにやってきて私の手を握ってくる。

「街にいくよ!」
「? どうして?」

いきなりの本音の提案に私は首を傾げた。

「臨海学校の準備だよー!みこちーに見せた物があるのだー!」

みせたいもの…。

「………ん」

少し考えて私は頷く。よくわからないけど、本音が街に行きたいって言うなら私も一緒に行く。

「よーし!それじゃあ、レッツGOだよー!」
「おー」

そういえば学園の外に出るのひさしぶり。ん。たのしみ。
ノリノリで部屋を出る私と本音。でもそんな私達の歩みは一歩目にして止まってしまう。

「あら?ミコトさんに本音さんではありませんの。今からお出掛けですの?」

廊下に出てすぐにセシリアと鈴に遭遇。凄いタイミング。びっくり。

「ん。おはよう」

朝の挨拶は大事。ちゃんと二人に挨拶をする。

「ふふ、おはようございます」
「ハイおはよう。相変わらず仲が良いわねアンタ達」

ん。本音は友達だから。でもセシリアと鈴も友達。

「もちろんなのだー♪二人も仲良いよねー?」
「いやアタシは偶然廊下で一緒になっただけだから」
「そうですわ。いっつも一緒に居る様な言い方はやめて下さいな」
「…でも仲良いよ?」

最近、いつも一緒に居るもん。

「「仲良くない(ですわ)!」」
「ん。息もピッタリ」
「だねー」

照れ隠し…なのかな?仲が良いのは悪い事じゃないのに何で照れるんだろ?不思議…。

「だから別に……こほん!ま、まぁ、それはそれとして。ミコトさん達もお出かけで?」
「そーだよー♪街にお出かけするんだー♪」
「あらそうなんですの?そう言えばミコトさんは久しぶりの外出でしたわね?」
「ん。すごく楽しみ。本音と出掛けるの久しぶりだから」
「みこちー…えへ、えへへへぇ…」
「…本音。顔がヤバイから。凄くだれてるから。人に見せられない状態になってるから」
「おおう!?危ない危ない…溶けちゃうところだったよー。ホント、みこちーは私に対して常にクリティカル攻撃だねー。私のハートがダイレクトアタックだよー」

本音が何を言ってるのかわからない。

「セシリア達はどうするの?」
「わたくしですか?わたくしは別段欲しい物はありませんし…」
「アタシも。水着も買っちゃってるし街行ってもする事ないわね」

そっか、一緒に行こうって誘おうと思ったけど。残念…。

「…りんりんは大丈夫なの?傷、残ってるよねー?」
「え?…ああ大丈夫。隠れる様に水着選んだから。それにそんな目立つ傷跡じゃないしね。いやー現代医療の進歩は偉大だわ」
「そっかー、それなら安心だよー。あっ、でもでも!りんりんは胸が小さいからビキニとかそういう露出が多いのは選ばないよねー!」
「OK。その喧嘩買ったわ。表でろ」
「やめなさいな、はしたない…」

笑ってるのに凄く怖い鈴をセシリアが抑える。

「くっ、悪気が無いぶん質が悪いわね。天然って怖いわ…」
「ほえー?」

…天然?資源のことかな?それとも災害?ん。自然って怖いよね。気まぐれだし。天候の状態でイカロスの性能も変わっちゃうから。

「はいはいもう良いわよ。疲れるし…。それよりもさ、アンタ達一夏知らない?さっき部屋に行ってみたんだけど留守みたいなのよね。食堂にも居なかったし」
「えー?わたしは知らないよー?」

…ん?一夏?

「そっか。何処にいったんだろアイツ」
「困りましたわね…」

二人とも困ってる。何か大事な用事でもあるのかな?

「…私、一夏が何処にいったか知ってる」
「本当ですのミコトさん!?」
「でかしたわチビすけ!正直アンタが知ってるとか予想外だったけど。それで?一夏は何処に行ったの?」
「ん。シャルロットと一緒に街に行った」

「「………え?」」

二人が固まる。

「あの…今なんと?」
「? 一夏はシャルロットと一緒に街に行ったって言った」

うー。いったいった言いにくい…。

「ぬぅわぁんですってぇえええええええっ!?」

おおふ…。
耳が。セシリアの奇声で耳がマッハであぶない…。

「出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた出遅れた…」

鈴もよくわからないけどあぶない…。
近づいちゃいけないオーラ?みたいなのが出てる。

「くっ!油断してましたわ!まさかシャルロットさんに出し抜かれるとは!?」
「…ダシ?」

カツオだしコンブだしetc…。

「うん♪みこちーそれ違う♪」
「………ん」

違うんだ…。

「急がなければ!今ならまだ追い付ける筈!行きますわよ鈴さん!何時までも塞ぎこんでるんじゃありませんわ!」
「ブツブツ……ハッ!?そ、そうね!後をつけなきゃ!」
「後をつけるんであって合流するわけじゃないんだ。うん、まぁらしいといえばらしいよ二人とも…」

尾行…あっ!良い物がある。
私は慌てて部屋に戻りある物を持って来る。

「みこちー?どうしたのー…って、何で段ボール?」

部屋から私が持って来たのはだんぼーる。しかも『愛○みかん』って書かれてある上質のだんぼーる。これがあればどんな場所でも自然に溶け込めるあの蛇のひとならきっとよだれを垂らして欲しがるほどのレアな優れもの。

「ダンボールはスニーキングミッションの必需品って蛇のひとが言ってた」
「あの人が言うなら絶対だねー♪」
「訳が分かりませんわ!?何故ダンボールが必要になるんですの!?どう使うおつもりで!?」

セシリア何で分からないの?これ常識。そう思いながら私は段ボールをかぶった。うん。完璧。

「かぶる(ドヤ」
「かぶるんですの!?」
「何でかぶるのよ…」

何で?何でってそれは…。

「わからない。でもこの箱を見ていたら無性に被りたくなった。ううん、被らなければならないという使命感を感じた、と言う方が正しいかもしれない 」

「「し、使命感?」」

「ん。そしてこうして被ってみると、これが妙に落ち着く。うまく言えないけど、いるべきところにいる安心感というか、人間はこうあるべきだとう確信に満ちた安らぎのようなものを感じる」

ダンボール。それはリリンの生み出した文化の極み。

「駄目だこの子はやく何とかしないと…」
「ほ、ほほほ本音さん!?貴女がしっかりしないからミコトさんがこんな風になってしまいましたのよ!?」
「…え?私の所為なの?」

むぅー…皆うるさい。もうみっしょんは始まってる…。

「こちらミコト。これよりみっしょんを開始する」
「よろしい。ならば買い物だ」

ガポッとダンボールをかぶる本音。ん。さすが本音は分かってる。

ごーごー…。

「「わけがわからないよ!?」」

えー…。


結局、ダンボールは取り上げられちゃった。なんで…?








あとがき

あー…駄目だわ。熱で視界が歪む。死ねる。SSなんて書けた状態じゃないのでとりあえずここで区切りますごめんなさい。あ゛~…。
感想の返事は次回にまとめてやりますね…。思考が働かないのでまともな返事を書けそうにありません。


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