我という人の心は ただひとり われよりほかに しるひとはなし
(読者から送られた谷崎潤一郎の短歌より)
過ぎ去れば
あらゆる色も
鮮やかに
光抱(いだ)かれ
空(くう)の彼方へ
閑杳慈光比丘尼
(過去にあった良い事も、悪い事も、すべては、なくてはならない貴重な経験だったことに気づいた時、御仏の光に包まれて 空(くう)の境地に達する)
お釈迦様の悟りである縁起(因縁生起=縁によって生ずること)から空に通じる。慈光さんの言っていることの空はそういう意味です。慈光さんはそういう意味で「悟り」の啓示が天からあったのでしょう。
大乗仏教は自分以外の他のための幸せを願う教えで、小乗仏教は自分の幸せ利益を望む教え。慈光さんは言っていましたね「『自他不二 』ーーーあなたの幸せが、わたしの幸せです。」と。慈光さんは曹洞宗の僧侶でしたが出家のため今は禅僧です。 (僧侶は正しくはサンガ・僧伽・そうぎゃ)。
いろは歌の暗号
<参考> 拾遺和歌集 巻第九 雑下 526
なぞなぞ物語しける所に
我が事は えもいはしろの 結松 千とせをふとも 誰か解くべき 曾禰好忠
(我々の謎の答は、あなたがたにはとても言うことはできまい。岩代の結び松 ではないが、たとえ千年を経ても、誰が解くことができようか。)
ど素人ゆえに
『 囮の暗号「咎なくて死す」』
空海の残した「いろは歌の謎」
「われわれの生活に欠くべからざる思想はあるいは「いろは」短歌に尽きているかもしれない」侏儒の言葉 ・芥川龍之介
仏陀
悉達多 (しったるた)は王城を忍び出た後六年の間苦行した。六年の間苦行した所以(ゆえん)は勿論(もちろん)王城の生活の豪奢(ごうしゃ)を極めていた祟(たた)りであろう。その証拠にはナザレの大工の子は、四十日の断食しかしなかったようである。
又
悉達多は車匿(しゃのく)に馬轡(ばひ)を執(と)らせ、潜(ひそ)かに王城を後ろにした。が、彼の思弁癖は屡(しばしば)彼をメランコリアに沈ましめたと云うことである。すると王城を忍び出た後、ほっと一息ついたものは実際将来の釈迦無二仏(しゃかむにぶつ)だったか、それとも彼の妻の耶輸陀羅(やすだら)だったか、容易に断定は出来ないかも知れない。
又
悉達多は六年の苦行の後、菩提樹(ぼだいじゅ)下に正覚(しょうがく)に達した。彼の成道の伝説は如何に物質の精神を支配するかを語るものである。彼はまず水浴している。それから乳糜(にゅうび)を食している。最後に難陀婆羅(なんだばら)と伝えられる牧牛の少女と話している。
上記補足説明(龍之介の枕もとには聖書が置いてあったという。三島由紀夫も同じく『聖書の予定説 』のはきちがえから二人とも『発狂か死かの選択肢』しかなかった。)
釈尊は29歳で出家し、6年にもわたる苦行をかさねましたが、無益であることがわかり、断食を放棄しました。そして川で沐浴したのち、村娘スジャーターが捧げた乳粥により 体力を回復し、菩提樹の下に坐って瞑想にふけり、12月8日の未明に大悟されました。ときに35歳でした。悟りの内容は縁起(因縁生起=縁によって生ずること)の理であったといわれています。
或る阿呆の一生
(33)ヴォルテエルの家も夜になった後、彼は明るいランプの下にこう云う傾向詩を書いたりした。あの山道を登って行った、露西亜人の姿を思い出しながら。…… ――誰よりも十戒を守った君は誰よりも十戒を破った君だ。
曹洞宗の立場から「オーム真理教Q&A」
ここの文章をじっくり読んでほしい。どこの誰が書いたのかを 。
もともとは座禅の友好団体であったのがいつの間にやらテロリスト。9.11の予行演習としてあの事件後紛れ込んだカルトは雲の子を散らすように去っていった。絶対的悪を作り出すためテロという言葉はあらゆる人々の中枢神経にインプットされた。そしてアニメションのジェット機を突っ込ませるという9.11が起こり人々はそれを抵抗なく受け入れた。そして4000人のイスラエル国籍のユダヤ人が当日会社を欠勤したことをを報じた長谷川浩NHK解説委員は謎の死をとげた ことがもう忘れ去られようとしていた矢先3.11が起こった。株の仕込みの手口は同じである。
上座部の比丘尼311の戒律
仏教がインド北部に伝播すると、食慣習の違いから、正午以前に托鉢を済ませることが困難であった。午前中に托鉢・食事を済ませることは戒律の一つであったが、正午以降に昼食を取るものや、金銭を受け取って食べ物を買い正午までに昼食を済ませる出家者が現れた。戒律の変更に関して、釈迦は生前、重要でない戒律はサンガの同意によって改めることを許していた が戒律の修正が求められる。修行僧の死より戒律が大事な道理はない。
各宗派の教え
インド仏教の頂点に立つ日本人と言われるが
個人的には好きではないですね,こういうパフォーマンスは。禅僧は目立っちゃだめなんですよ。テレビや本でちやほやと.......財団でも作って第二,第三のガンディーを育てる努力をしているのでしょうか?ひっそりと目立たないで偉業を成し遂げることは難しいんでしょうね,きっと。
佐々井秀嶺は真言宗の五戒(パンチャ・シーラ) を誰よりも守った君は誰よりも五戒を破った君だろう。
五戒 (バンチャ・シーラ)
1 不殺生戒・ いかなる生き物も、故意に殺傷しない。
2 不偸盗戒・ 与えられていない物を、故意に我が物としない。
3 不淫戒 ・ 不適切な性関係を結ばない。不倫・売買春しない。
4 不妄語戒・ 偽りの言葉を語らない。
5 不飲酒戒 ・アルコール類を飲まない。
佐々木秀嶺質疑応答
■いつまでも健康でパワフルに活動しておられるが、その秘訣は?
といった質問に対して。
「私の体は健康ではなくボロボロである。けれども、強い信念と使命、自覚があるからこそ乗り越えていける」(医者には行かない。医者は嫌いだ(笑))
■日本の仏教や、日本の現況を変えるための助言をください。
というような質問に対して。
「人間は生きていくためには、何か信じるものが必要である。日本の仏教は、宗派を超えて一致団結して人々に生きる道を伝えていかなければならない」
■インドの仏教徒は、瞑想はしないのか?
といった質問に対して。
「アンベードカル は瞑想などしなかった。アンベードカルの仏教は闘争仏教。ひとりで瞑想しているだけでは、差別され、虐げられ、強姦され、殺されいる人々を救うことはできない」
「アンベードカルの仏教には小乗も大乗もない。徹底的な利他の心だけがある。アンベードカルは自分の内ではなく、常に外の苦しんでいる人々へ目を向けていた」
「座って瞑想するだけが禅ではなく、戦って行動し続けることそのものが禅 であり真言なのである」
上の写真は1983年2月12日プーラン・デヴィが投降した写真です。(女盗賊プーラン下巻より)プーラン・デヴィは言います。「ある意味では,みな,怯えながら生きているのだった。だから脅しが一番効く。相手が暴力に頼るなら,こちらも暴力的になればいい」,と。そして言う。「ものごとがよくわかった人たち,読み書きができて,英語がしゃべれる人たちに,わたしは法廷で哂われていた。彼らに比べれば,わたしは獣に等しかった。同じカーストの貧しい人たちがみなそうであるように,わからないことにぶつかるとただ驚き,怯えるだけだった。怖いこと,信じられないことから,ひたすら逃げて身を守ろうとする。無知というのは,飢餓と同じくらい残酷なことだと,わたしはこのとき思い知ったのだ 」,と。
「人間は生きていくためには、何か信じるものが必要である。日本の仏教は、宗派を超えて一致団結して人々に生きる道を伝えていかなければならない」とはけだし明言。その前に無知からの脱却が必要です。人が死んで「戒名代」を掠め取っているようじゃ駄目ですよ。糞坊主の諸君!恥を知りなさい。
ガンディー・アシュラム・インドな風景
10月2日はガンディー聖誕祭
サーバルマーティアシュラム(通称:ガンディーアシュラム)
『どこかに神様とか仏様がいて、救いに来てくれるということは、ないと思う。自分で、自分の意思と努力でもって、救われていくしかないと思う。』 閑杳慈光比丘尼
『見たいと思う世界の変化に あなた自身がなりなさい。』
(You must) be the change you want to see in the world.
マハトマ・ガンディー
『原始キリスト教のグノーシスでは全ての人間に神は内在する。「自分の意思と努力でもって、救われていくしかない」と慈光さんのいうように徳を積めばその神はあなたの背中を押してくれるしそうでない場合そういうことは絶対に起こらない』。管理人
『簡単に正解を与えられて満足する、一般人にはならないほうがいい。真実は・・・どんな答えであれ・・・あなたの出した答えこそが・・・正解なのだから。』 作者不明
『現実とはお金のことでありお金の悪口をいうことはタブー』 世阿弥の花伝書
『経営者の方へ ........才ある人には地位を貢ある人には録を。間違わないで下さい。昔のプロ野球の広岡監督は正解,長島監督は不正解......分かりますよね。逆命利君=君の命に背いても君(会社)のために利益を出そうとする社員......和を乱すといって(例え失敗しても)冷遇しちゃあ駄目ですよ。』
はじめに
クリストファーが暴露したテロリストの実態
クリストファーが受話器を取ると実弾の発射音は毎日のこと。そういう中で彼が書いた過去記事は一ヶ月4900万アクセスがあったされる
固定記事・「はじめに」は目次最上部へ移動しました 。
原発タブーと疑惑1〜6
三号機は核爆発だった
三回の爆発音の音は見事に消されている。イスラエルBSP社の内部に設置された三台の監視カメラの爆発であろうことは容易に想像できる。古代ヘブライ人の末裔がはるか昔日本に渡来し日本の基礎を築き,それに対しイスラエル(ユダ族)というヒッタイトの末裔でありオスマンのバーディシャーの末裔でもあるチュートンのアングロ人とサクソン人の集合体であるアングロ・サクソンである彼らが日本を破壊するため田布施の朝鮮人部落出身者を成りあがらせたのは偶然ではないのです(その辺のニュアンスはちょっと違いますので次の記事で説明。その中心にいたのが今も昔も「ロスチャイルド家」であったことは明らかです。その前に東インド会社の末裔である米国の2/3は破壊され尽くされるでしょう。もう目の前にきています。
このシナリオを書いているのは誰か その1
このシナリオを書いているのは誰か その2
記事にしましたが3月11日の翌日は12日土曜日(土曜日は自由研修日)松下政経塾前の中華料理店でスーツ姿の男女多数がビール10数本をあけさらに餃子や紹興酒を注文し祝杯を上げていたということを忘れてはならない。中華大新という店(住所:神奈川県茅ヶ崎市常盤町5-20)で彼らは松下政経塾の人間であることは確認した。その後彼らの一人が店を出るや塾の前をランニング中の生徒に「お〜い,こっち来い」と声を掛けまた中で祝杯を上げていた。政経塾へ入る条件は知りませんが田布施の朝鮮人部落の遠縁しか入れないということは考えられなくもない。こういうことに我々は今後注意しなくてはならないだろう。我々の選んだ政治家が日本国土を消滅させようとしていることに。毎日浮かれている場合ではない。幸之助さんは妾三人と浮かれていたようですが。
松下政経塾卒業生一覧
投稿者:teruさんより
2011/10/28 0:30
『11月9日に国家緊急警報システムテストの為に
全米のテレビとラジオをストップする様です
http://transition.fcc.gov/pshs/services/eas/
悪い意味での予行演習でしょうか・・・』
管理人より:まさにそうでしょう。11・9は9・11 のさかさま。数字を単数化すると6=六芒星(Hexagram)午後2時EST(東部時間)は要注意でしょう。FEMAも巻き込んでひょっとしてエレニン彗星の西海岸衝突 かも?ただストップする時間が書いてないのが不気味です。ひょっとして三日半かも。問題はこの彗星が20キロにも及ぶ大型であった場合,100〜150メートルの地球津波で全世界が沈没することを意味し小さなものでも震度9以上の地震が世界中で起こるということでしょう。(あの保守的なNHKが少し前「地球津波」をやっていましたね。一つ気になることなのですが米国海軍とやらの2012年度のカレンダーからは日本本土が消えていることです。
これは2012年12月21日マヤ暦の終わる時点での惑星の位置 。
『マーシャルマスターズ氏のプレゼン・エレニン彗星についての要約です:
エレニンについて、次のような情報が出回っています:
プラネットX 二ビルである
Brown Dwarf Star 褐色矮星である
ブラックホールである
地球外生命体の母船である
上の情報は全て、全て「すべて」 間違っております。 約30分以上にわたって、マスターズ氏が語っていることは:
アメリカのネイティブ・インディアン「ホピ」が代々語り継がれている彼らの予言に言われるいつ「カチーナ」(青い星)がこのエルニン彗星である 可能性が大きい。 ホピ族についてはこちら
平成23年9月1日〜平成24年1月16日まで、マスターズ氏が調べ上げた、エレニンが地球にもたらす影響度について。 特に9月の下旬から10月にかけてが危険期間になる由。 二ビルの本番まえ、予行練習になる。
他の彗星がもたらした影響について
今出来ること「アクションプラン」。 準備をして、もしかの事態に備えることが大切です。』(ニビルの本番前の予行演習より
もう一つのビデオは要注意。NASAが警告していたことです 。
このビデオの後半オバマのスピーチ で『She cannot be removed 』とありますがSheとはエレニン彗星のことを指していると思われる。NASAではスーパーコンピューターを駆使してその軌道を把握しているに違いありません。正確に西海岸を直撃すると。夢であればいいのですが。
またまたお星様きらきら参照
エレニン彗星はニビルの本番前 の予行演習?
9.11も 9章11節の黙示録でした。今回も黙示録11章9節には....... 「さまざまの民族,種族,言葉の違う民,国民に属する人々は,三日半の間,彼らの死体を眺め,それを墓に葬ることは許さないであろう。
9.11のことをもう一度考えてみよう 。
肩を竦めるアトラス をやるか,予行演習のどっちかでしょうね,きっと。何もない場合2012年4月8〜15日が本番でしょう。そして15日には米国の要人が暗殺されFEMA発動となる段取りだろう。もちろん予想がはづれることを願っているが。ここで日本の果たす役割は大きいがイソギンチャク政治家は内に篭もったままだ。そんな政治家を選んだ民は毎日が浮かれ足で国から何か貰うことしか考えておらず今日もパチンコ屋や病院は痴呆症の老人であふれかえっている。はい,それまでよ〜んときたもんだ。国破れて山河在り 城春にして草木深し.......(杜甫・春望)
「われわれは、われわれが教え込んだことではあるけれども、ゴイムの若者たちに、 われわれには嘘と解っている主義や学説を注入することによって、かれらを翻弄し困惑させ堕落させてきた。 現行の法律については、内容的には変えることなく、単にねじ曲げて反対の解釈を することによって、結果としては大層な成果を挙げてきた。その成果は、第一に解釈 が法律を覆い隠すという事実に、次いで立法の錯綜した糸から何かを引き出すのは不 可能なために、政府の目から法が完全に姿を隠すという点に明かに見てとれる。 法律を文字に拘泥せずに解釈するという学説は、ここに起源がある。 諸兄の中には、来たるべき時が来ないうちに、もしもゴイムが真相を嗅ぎつけたら、 かれらは武器を手にして蜂起すると言われる方もおられるようが、それに備えるに西 欧においては、最も太い肝玉の持ち主をも戦慄させる恐怖作戦をもって対抗する・・ すなわち、決定的な瞬間が来る前にすべての首都に地下鉄道、大都市の地下通路が設 けられ、事到ればそれらの首都を建物や書類もろとも空中に吹き飛ばすのである」 。<シオンのプロトコール9より>
羊,山羊を飼育する畜産民は,子羊が生まれると,一年以内に雄は種付け用を少し残し,後は殺して食べる。ごくわずかの雄を去勢して群れの先導役にさせる。それを人間支配の技術に転用する のが去勢の意味。シオン長老の議定書(プロトコール)第18議定書より。(これこそがバーディシャー由来の人間家畜の管理術。)
日本のメーソンロッジに入る入会金は4万円也
モーツァルトのオペラ「魔笛」は、フリーメーソンリーの参入儀礼にもとづいて生み出された作品である−−。
ベートーヴェンの「第九」の一節、「喜びの歌 」の詩を書いたのはドイツの代表的詩人シラーだが、それはもともとメーソンリーのあるロッジの讃歌として書かれたものだった。
ベートーベンの第九とFEMA CAMP
今年の11月11日午後8時あなたから霊を抜き去る世界的な祈りの儀式「FIRE THE GRID」に注意=11・8・11
霊を抜き去られると意識レベルが低下し、意識の低いもの(フォース )を引き寄せることになります。イルミナティは精神波動を使いそういう操作もしているのです。皆さんが杓子定規に祈りを捧げている間に。
ここにFIRE THE GRIDのHPがあります。 内容は美しいことをいっていますがとんでもないペテンなのですよ。これはイルミナティ11位階の「暗黒の母」が中心になっていることは直接ご本人から聞いているわけです。
『世界中が一斉に祈ることによて、地球に張り巡らされたエネルギーグリッド網にエネルギー的点火がなされます。(グリッド=電気を伝える高圧送電線(パワーグリッド)に由来。』なんとまあいけしゃーしゃーと。
エネルギー的点火とはバフォメットの頭上にあるプロメテウスの灯に点火するということ。これでも分からなければあなたは知恵遅れ。認知症の一歩手前。2005年から人々の意識レベルは高まったでしょうか?その反対です。これは大変恐ろしいことなのです。
日本のエネルギーグリッドである龍脈 はもうすでに「猟奇儀式殺人」などによってずたずたに切断されています。これが日々不安を感じている理由の一つです。
これは何でしょうか。米国の学校で銃の乱射事件が起きた場所を線で結んだものです。これは米国のGRIDを殺人によりずたずたにしたものです。犯人はもちろんマインドコントロールを受けた人間によるものです。
これはバール神のブリッジスクエア(Baals Bridge Square)と呼ばれるものです。
勘ののいい人はすぐ分かるでしょ(笑)。
正義の味方「デヴィッド・アイク」666のハンドサイン
これまた正義の味方CIA「アレックス・ジョーンズ」のHPのバールブリッジスクエア。VICTORYとは正義の勝利では毛頭ない 。
地震を引き起こす兵器は存在する 。
3.11の一週間前に大量に仕込まれた建設株
津波兵器「Project SEAL」
チェルノブイリ100万人の犠牲者
注:現在のニューヨークダウは先日も説明いたしましたがヒラリーが持ち帰った天皇マネーのPromissory Note(約束手形)で8月15日の米国債の利子を払い株を買い支え,日本では日銀の9000億円にものぼる225ETF買いで裁定取引の買いを誘い上げているだけです。もうそろそろ9000億円は底をつきますがさらに予算は追加されるそうです。10月24〜28日までは公的資金のオンパレードでした。下げ相場の上げは倍下げでありニューヨークを上げるのは落とすためでもあるのです。
日本の証券取引所は3.11 前の不自然な建設株の取引を調べようともしません。どうしてでしょうか。管理人は過去の「日本カーボン」「兼松日産」などを詳細に調べましたが最大の仕手は「取引所」にあるのです。当時の加藤あきらの背後には一人の政治家がいました。今年取引所による最大の犯罪に近いある出来事がありました。ある日ある時東京電力は「法的整理が好ましい」との発言で後場148円まで売り叩かれました。殆どが追証発生による投げです。これをあるグループが拾っていたのです。
ある情報によるとこの人はその日の後場信用取引で151円で300万株の指値をし見事仕込に成功しその後600円台買い気配ですべて売り返済し630円で売ったようです。つまり630円で300万株売りますと1,890,000,000円......仕込が453,000,000円ですから儲けはざっと1,437,000,000円。その後東証は東京電力は「法的整理をするに値する事項はない」と発表している。
これがDemocracy=Demon(悪魔)+Cracy(支配)という悪魔の支配する民主主義なのです。富豪はさらに富豪になってゆく構図であり売らされた一般庶民はますます貧乏になって行くのですがどっちが莫迦か一目瞭然でしょう。『勝負一瞬修行千日 』
窓の外はイスラエル
私がBen-Gurionを訪ねるように言われ始めて面会した。しょっぱなから彼は私にこう言った。『まずひとつだけあなたに申し上げよう。世界がイスラエルや我々についてとやかく何を言おうが構わない。重要なことはただ一つである。それは,我々がここ祖先の地に生存できることである。そして我々はアラブに対してユダヤ人を殺戮するならば高い代償を払わなければならないということを示さなければ我々は存続できない』と。(ArielSharon)
この意味分かりますよね。小学生でも分かる言い方をして申し訳ないのですが幸せな家族が一家団欒をしている時突然何者かが家に入ってきて「神の神託によりここはもうお前たちの家ではない。我々のものだ。お前たちは庭の外に出てテントを張って生活しろ。文句をいうならお前らを殺す」と,まあこんな按配なんでしょうが実際にはヨシュア記によると有無を言わさず皆殺しをしちゃったということ。ペットもついでに。
聖書ものがたり・使徒言行録参照
人間を下僕とみなし逆らう人間は容赦なく皆殺し、と言う恐ろしい存在は、実は「神」ではなく、デミウルゴス(Demiurge)と言う堕落した天使にすぎない、と考えるのも間違ってはいない。グノーシス主義では、『旧約聖書』に登場するヤハウェと名乗っているデーミウルゴスを、固有名で「ヤルダバオート」と呼んでいる。『旧約聖書』において愚劣な行為を行い、悪しき行いや傲慢を誇示しているのは、「偽の神」「下級神」たるヤルダバオートであるとした。
聖書ものがたり・ヨシュア記参照
「彼らは,男も女も,若者も老人も,また牛,羊,ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけ(With the edge of the Sword)滅ぼし尽くした(Massacred)。(ヨシュア記第6章21節)
(管理人注 :Ben-Gurionは我々ユダヤ人と言っていますがイスラエル(ユダ族 )とヘブライ人の子孫のユダヤ人とは全く異なる人たちであるということを間違えないでください。ユダヤ人のタルムードというゾハールをすり替えユダヤ人を悪者にしている彼らは一体何者なのか。サンカとゴシェン その4にあります。次の記事は「サンカ((山窩))のルーツは創世記へテ人」です。)
Land OF JUDAH・聖書ものがたり・ルツ記
個人の最高に具体的な不平等を現実に生み出したのは,まさしく近代国家の偉大な発展と成熟であると言うべきである。
<へーゲル・法の哲学より>
これが今まさに我々の生きている社会です。
魔術とイルミナティ
悪魔や天使が実在しているかどうかは,魔術師にとってはさほど重要な問題ではない。重要なのは,そうしたものが,現に存在しているかのように働くという事実なのだ。
<ゴールデンドーン魔術師Bイネス>
世界的に名の知られる新興宗教家やスピリチュアル系はすべて『手品師』である。ちなみに写真のサイババはこのビバーチェ(聖灰)の手品だけで4000億円の遺産を残した。
信じる者は救われない!
・カリスマ的人間を仕立て上げる
・人間心理の弱点を脅(おど)す
・弱者の論理にあくまでも迎合し、なぐさめる
・現世利益をうたう
・超能力現象を見せる(手品でよい)
というような感じで出来上がるそうです。これは実際に、東京都下で勢力を伸ばしている中堅教団の教祖がその本の著者に、教団を開設するに当たっての信条を語った本音です。新興宗教とは、所詮はこういうものなのです。(管理人注 :船井幸雄が泳ぐ金魚を手かざしで止めたのも手品......好々爺のように善人ずらしているのが一番厄介なのだ。船井総研は上の五つがすべて当てはまる。)
騙されやすい人とは?
・心配性の人、取り越し苦労をする人
・こうでなければならないと思い込んでいる真面目な人
・孤独な人、話の合う人がいない人
・霊魂、生まれ変わり、超能力などが好きな人
・自分に不満を持って変わりたいと思っている人
京大卒の定年まじかの医師は2007年11月7日にこういいます。
ゲームの達人 サイトで影の政府の構造が開示された。よく虚心坦懐に検討してほしい。
彼の日本民族へ向けたメッセージである。http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/
いずれも実在する、3人の人物の証言によっている。
一人は行方不明でおそらく消された、一人は米国刑務所に拘留中、一名は一般人として暮らしている。
おそらくこれで終わりであろう。
構造はきわめて簡単である
結社の設計要求仕様は
#1 ステルス性を持つこと。
#2 オカルト性を持つこと。
の2つである................................
世界中、どこを旅行してもほぼ同じ原理で動いており 、世界文明の統一にほぼ成功しているように見える。
しかし弊害も顕著である。もっとも重大な矛盾は金融制度と農業がマッチしないことと、システム自身にフィードバックが効かないために、環境破壊が止まらないことである。
以下は2008年当時姉妹ブログ「達人回想録」へのコメントからです。
ラジオの周波数はなぜ「666」への答え
投稿者:ひさたか
2008/2/12 2:34
NHK大阪第1放送は666kHzです。
http://xn--u8jta4a0e.jp/
投稿者:賢
2008/1/27 20:22
達人さん、こんばんは。賢です。
ラジオの周波数は日本では全て9刻みだそうです。ということは周波数は必ず9の倍数ということになります。
掛け算九九で九の段は、9,18,27,36・・・81ですので、それぞれの桁を足すと必ず9になるという特別な性質があります。
インド人ならすぐ気づくのでしょうが、9×11=99、9×12=108、9×13=117ということで2桁目に入ると必ず18になります。
私は、女の子に生年月日の桁を全部掛け算して足してごらん、18になるでしょ?って遊びをよくしていました。1900年代の人は、西暦に9が入りますので、一定の確率で18が導き出せます。ただし、全てそうなるわけではありません。その確率が高いだけです。
ラジオの周波数が18になるように、あえて選択されているかどうかは分かりませんが、9の倍数はかなりの確率で18になることからするとあまり神経質になることもないような感じがします。
Please bear all this in mind, if you will, in the momentous days which lie close at hand.
胸に手をあててよく憶えておいてほしい,我々の目の前に大きな出来事が差し迫っているということを。(故クリストファー・ストーリーと管理人の共同宣言)
神の御用としてクリストファー遺族への寄付としての振込みは一口3000円から有難く申し受けいたします。。
スルガ銀行下田支店
普通2952838
クリストファー・ストーリー
5610
2011/11/5
連載はあと3,4回ほど続きます。非常に難解な内容です。でも理解するようにつとめてください。伊勢神宮を天皇家が避けているというようにイスラエル(ユダ族)とヘブライ人国家日本との根深い対立を理解するためにもなぜサンカを成り上がらせたのかを理解するまで。(ソロモン王の母親はヒッタイト人でサンカは古代ヒッタイトの先住民族......それがどうした,ですか?イスラエル(ユダ族)と田布施の朝鮮人部落の河原乞食呼ばわりされたサンカが明治以来一本の糸となりヘブライ人国家日本を崩壊させようとしていることを今記事にしているのですよ,はい。させようとしている........すでにそうなっていますね。すべて杓子定規な官僚制度が温もりのない社会の原因であり自殺者は南伊豆町と下田市が毎年毎年消えてなくなっているのと同じです。本当はもっと多いのでしょうね。)
七日前に仕込まれた地震関連株
途中で気持ち悪くなってやめたのですがこんなもんではないのでしょう。先物の売り,プット買い,コール売り,東電本体の空売りなどなど9.11当時と全く同じです。新潟や長野地震もそうでしたね。 管理人は阪神淡路のときは海外にいましたが当時の不動建設が事前に.........人の命と引きかえに一体全体いくら儲けたのでしょうか?もういいですよ,カネカネカネのratioは。老荘はいっているでしょ『利益というものを,人間の生き方の中心に置いた社会というものは必ず破滅する』と 。テレビをつけると韓国ドラマばかりでチャンネルを変えるとサクラが物を売っている。媚びた笑いをしながらね。日本人はこういうの本当にうまいですね。社会がかろうじてもっているのは体がボロボロヘロヘロになりながらも想像を絶する難行苦行をしている修行僧たちが祈っているからであることを忘れては駄目ですよ。
時近ければなり その8
伊勢神宮の八咫鏡(やたのかがみ)は天皇でも見ることはできない
三種の神器とは
三種の神器」とは「鏡」「玉」「剣」の三種を言い、皇位を保証する宝物として代々の天皇が継承してきた。一般には、
「八咫鏡」(やたのかがみ)「草薙の剣」(くさなぎのつるぎ)までは良く知られている。玉は「八坂瓊曲玉」(やさかにのまがたま)という。鏡と玉は天照大神の岩戸籠もりの時に造られ、剣は素戔嗚尊が山岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときその尾の中から出現し、霊剣故に素戔嗚が天照大神に献上したとされている。(古語拾遺)
やたのかがみは三種の神器」の一つ-..その本物は伊勢神宮に,レプリカは皇居にある 。
松岡正剛・千夜千冊「古語拾遺」より
天孫降臨とともに地上にもたらされた鏡は、その後の伝承によれば、第10代崇神天皇の時代までは天照大神として宮中に祀られていた。しかし神の勢いが強く、これを恐れた天皇は代替品を造ってこれを宮中に残し、現物は豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して宮中外へ運び出させやがて伊勢の地に落ち着いた。これが伊勢神宮(内宮)の起こりであり、八咫の鏡が御神体となった。
これを信用すれば現在皇居にある鏡はレプリカという事になる。
色が黒く黄色人種系の古代ヒッタイト人の末裔サンカ(本来は山家であるが「山窩」という蔑む言葉の意味の裏に真実がある。梵語(サンスクリット語)のSangahでもあり中国,半島を経由して日本に密入国した無国籍の僧伽・そうぎゃ)は出家者比丘集団でもあった。カーストのインドの頂点に座するものは「バラモン」であるが食事もままならない乞食みたいな身なりの人も多くいる。しかし身分は高く毅然としている。バラモン=サンカは共通するものがある。カーストは現在法律で禁止されてはいるものの「思考回路」を変えるのは容易なことではない。
『紀元前13世紀頃、西から移動して来たイラン系のアーリア人が原住民族のドラヴィダ人を支配するためにカーストを作り出した。そして自らを最高位の司祭・僧侶階級に置き、ブラーフマナ=バラモンと称したのが始まり――というのが昔の学説である。ただし、これはヴァルナ(四種姓)の起源を、神話上の宇宙論に求めるヒンドゥー教徒の考え方とは相容れない。』(Wiki)
「山窩」という蔑称を押し付けて、この人々の正体を公然と刻印するためでもあった。警察が動き、ジャーナリズムもこの蔑称を使う。』ポルトガルのイエズス会士,ホアン・ロドリの日本大文典には七乞食として河原乞食,猿楽乞食,田楽乞食,ささら説教乞食,青屋乞食,革屋乞食,鉢こくり乞食とあるが河原に追いやられたライ病患者とともに住んだ河原乞食という差別用語ははサンカを指しているようだ。(部落問題辞典)
カタカムナとは八鏡文字のことである。八は ハッティでもありヒッタイトでもある。三種の神器の八咫鏡も八であるのはなぜか。古代日本では「八」は神に使う神聖な数字とされ、他は七以下ですませた。「八雲立つ出雲八重垣つまごみに八重垣つくるその八重垣を」の“八雲”と“八重垣”がそれである。八百万の神、八重旗雲などもある。
サンカ文字で検索すると!
サンカ文字と豊国文字
豊国文字で検索すると!
中国で豊国文字発見!
謎の竹内文書―日本は世界の支配者だった! (徳間文庫)・佐治 芳彦 (著) という本がありますが「竹内文書」の数々の発刊に関してある条件が付けられた。それは信憑性を疑わせるに充分な偽資料を文中に挿入するというもので例えば「イスキリ文字」「青森のキリストの墓」などである。そして「竹内文書」はとんでも本になったが管理人はそうではないと思っています。
神社に潜む謎の勢力参照
シュメ一ル文明の最後の華を咲かせたウル第三王朝がBC2004年に滅びますと、スメル人は忽然として姿を消します。彼らは一体何処へ行ったでしょうか。岩田 明は前掲書において、スメル人が海と陸の二手に分かれて移動したのではないかと推理しています。海に逃れた人々は得意の船団を組んでインド洋、南太平洋、南支那海を通って日本列島に到達したと見ています。この説によると、彼らは「天孫族」と称し(管理人注 :下記神々の系図参照)、第1団は山陰地方の丹後に天下った(海下った)のが、アマテラスオオミカミの孫ホアカリノミコトで、丹波から大和に至る大丹波王国を建てました.....竹内文書の著者竹内巨麿が鞍馬山で修行していたとき、大烏から竹内文書の中に荒唐無稽の要素を織り込まなければ発表をゆるさないと規制され、やむなく、誰が見てもわかるウソを織り交ぜたと記されています (飛鳥昭雄前掲書pp.294〜300)。この大烏とは飛鳥氏によれば、日本の神道界はもとより、天皇、宗教、政治、経済、その他各界を裏から支配している蛇と龍の勢力の代表的人物であると言われます。大烏はすでにAD8世紀に作られた古事記(AD712)、日本書記(AD720)にも深くかかわっていました。彼らは竹内文書を材料にして記紀を作ったので、もし本来の竹内文書が発表されれば、記紀の偽書性が暴露されるから、竹内文書を偽歴史書とするために、竹内巨麿を脅したのです。ところで、竹内文書は神武天皇を日本最初の天皇としてはおりません。
古代史の謎にせまる
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古代サンカ文字は封印された古代ヒッタイト文字(原ハッティ語や象形文字ヒッタイト語は完全に封印されている )と恐らく瓜二つなのではないか。楔文字が一致してしまえば困る勢力がいたことは事実であろう。明治政府や学者がサンカを蔑み古代神代文字を封印した理由がそうであろう。河原乞食の言葉などだれも研究する学者などいるわけがない。そうしてすべて闇に葬られてきた。
写真は漢字が流入する前の【古代日本文字】山窩(サンカ)文字
http://bit.ly/rqcqPb
ルーツは縄文時代から日本に存在した原日本人であるようで、渡来人によるとされる
弥生文明、大和朝廷による中央集権の軍事的敗者なのかも知れません。
(上のURLをクリックすると)研究者によって明らかにされている日本の古代文字は20種を超えています。
・アイヌ(アイノ)文字
・アジチ文字
・アソヤマ文字
・アナイチ文字
・アヒル文字
・アヒル草文字
・阿波文字
・イスキリス文字
・出雲岩窟文字
・伊代(秀真〜ホツマ)文字
・イムベ文字
・カズガ文字
・カタカムナ(カミツ)文字
・越文字
・サンカ文字
・モリツネ文字
・惟足(コレタリ)文字
・タネマキ文字
・桃木文字
・対馬文字
・・・
歴史を専門に勉強した方はご存知なのかも知れませんが、こんなにたくさんの文字がある事を私を含めた殆どの日本人が知りません。
この中で興味を持った幾つかについて調べてみて思ったのは、一体私達は何者なんだ、という事。
高度な技術と崇高な精神文明を持っていた縄文人=原日本人を、一体誰が、文字を持たない野蛮で原始的な人々にしてしまったのか。
画像をクリックするとフェニキア文字がきれいに見れます。
ヘブライ文字
ハングル文字の子音字母参照
ハングル文字の画像
読者からのコメントで ニュートン2008年5月号「アルファベット4000年のルーツ)によると『サンカ文字はフェニキア文字に雰囲気が近い気がします。そして、古ヘブライ文字も、フェニキア文字にそっくりです。アラム文字草書体は、古い聖書の文字、方形ヘブライ文字そっくりです。このアラム文字草書体も、サンカ文字に似ています。』とのことでアマゾンに発注しました。3円で買われたそうですが50円で買えました。
フェニキア文字を検索すると!
原カナン文字とフェニキア文字の比較
ハッティ語で検索すると肝心なところは封印されている 。
それもそうだろう。サンカ文字とハッティ語が一致すれば明治天皇から今日にいたる一本の糸のすべてばれてしまうということだ(笑)。
ウガリット文字がヒッタイト文字と考えるのは性急か。
国際都市だったウガリットで発見された粘土板に使用されている言語は、この地で初めて見つかったウガリット語、メソポタミアの古典に用いられたシュメール語、当時のオリエントで外交などに広く用いられたアッカド語のほか、フルリ語、ヒッタイト語、古代エジプト語、象形文字ルウィ語、ミノア語などであった。使用された文字はアッカド楔形文字が最も多いが、古代エジプト語やヒッタイト語の象形文字、エーゲ海域に由来する音節文字なども見られる。
アッカド楔形文字
アッカド語文献は、シュメール語の音節を表す音節文字と一語にまるごと対応する表語文字を含んでいる。楔形文字の多くの文字が、音節と意味の両価を示している(en:polyvalent)。楔形文字がヒッタイト語を書くのに借用されたとき、アッカド語の表語文字的な書き方が加えられ、その結果多くのヒッタイト語の単語が表語文字的に書かれたため、その音価を今日推定することはもはやできなくなった
ヒッタイト語の解読
ヒッタイト語
ヒッタイト語は20世紀初頭に解読され始めた。1902年にヨルゲン・クヌートソン(en:Jørgen A. Knudtzon、ノルウェー)が、ヒッタイト領で発見された粘土板の多くがアッカド式楔形文字 で書かれていることを指摘した。これらは音節文字で書かれていたため解読が進んだ。1916年にベドジフ・フロズニー(en:Bedřich Hrozný、チェコ)が、この言語は印欧語に属すると結論し、それによってさらに解読が進んだ。
ヒッタイト=オスマン=バーディシャー=トルコ =イルミナティ=イスラエル(ユダ族)とサンカの連携プレー=明治から現在にいたる日本
ヒッタイト語以外にもヒッタイト帝国やその後のアナトリアで用いられた同系と思われる言語(ルウィ語、パラ語、いわゆる象形文字ヒッタイト語、リディア語、リュキア語)があり、まとめてアナトリア語派 と呼ばれる。
楔形文字を使っていた言語
ペルシャ古代楔文字
メソポタミア古代楔文字
ヒッタイトという名称がよく知られるが、これは、英語読みで原音はハッティ。現在の小アジア・シリア地方の古代帝国で、紀元前1500年前後の数世紀に繁栄していた。鉄を生産し、武器や戦車に用いた。エジプトの記録ではヘタ、創世記にはヘテ人と記された民族で、インド・ヨーロッパ語族に属する。 (管理人注:ヨシュア記一章四節、士師記一章二十六節、列王紀上十章二十九節、列王紀下七章六節その他聖書の各所に記されてある)
時近ければなり その9
丁度兄のエサウが弟のヤコブに駆け寄り抱擁したようにこの二人のべドウインは抱擁している。「エサウは走ってきてヤコブを迎え,抱きしめ,首を抱えて口づけし,供に泣いた(創世記第33章4節)
聖書ものがたり・創世記参照
「もしガリラヤの埃っぽい日ざしを浴びて,塵にまみれ,旅に疲れた師イエスをよく知り,これに従っていた真面目なナザレ人の誰かが,突然この世界に戻ってきて,例えばローマの聖ペテロ教会のミサに参加して,その聖壇のうえにおかれた聖餅(せいべい)が,十字架にかけられたかれの師そのものに他ならないと知ったら,これもまた驚くであろう。釈迦がチベットに再来して,ラッサにおける自身の偶像が礼拝されているのを見たら驚くように」とHG・ウエルズは世界文化史の中で述べているように冷めた見方もある。ですから理解しようとはせず感覚的な何かがつかめたらそれで充分です。しかし現在の聖書は原始キリスト教グノーシスとは似ても似つかない体たらくで拙稿:「ヨブへの答え」教会の原理と精霊の原理 に答えられる牧師はおそらくいないであろう。恥を知るといい 。
ラケルの墓
創世記 35:1-29
1 そののち神はヤコブにこう言われた。「立ってベテルに上り,そこに住みなさい。そして,あなたの兄弟エサウから逃げて行くときあなたに現われた[まことの]神のため,そこに祭壇を造りなさい」。
2 そこでヤコブは自分の家の者また自分と一緒にいるすべての者にこう言った。「あなた方の中にある異国の神々を捨て去り,身を清めてマントを取り替えなさい。 3 わたしたちは立って,ベテルに上って行こう。そして,わたしの進んだ道でわたしと共にいて苦難の日にわたしに答えてくださった[まことの]神のため,わたしはそこに祭壇を造ることにする」。 4 それで彼らは自分たちの手にあった異国の神々すべてを,またその耳にあった耳輪をヤコブに渡し,ヤコブはそれをシェケムのすぐ近くにあった大木の下に隠した。
5 そののち彼らはそこをたったが,その周辺の諸都市に神からの恐怖が臨んだため,人々はヤコブの子らの跡を追わなかった。 6 やがてヤコブ,すなわち彼および共にいたすべての民は,カナンの地のルズ,つまりベテルに来た。 7 次いで彼はそこに祭壇を築き,その場所をエル・ベテルと呼ぶことにした。彼が自分の兄弟のところから逃げて行くさい[まことの]神がそこで彼にご自分を現わされたからであった。 8 後にリベカの乳母デボラが死に,ベテルのふもとの巨木の下に葬られた。そのため彼はその[木]の名をアッロン・バクトと呼んだ。
9 さて神はパダン・アラムから帰る途中のヤコブにもう一度現われて,これを祝福された。 10 そうして神は彼にこう言われた。「あなたの名はヤコブであるが,もはやあなたの名はヤコブとは呼ばれない。あなたは,イスラエルととなえられることになる」。こうして[神]は彼の名をイスラエルと呼ばれるようになった。 11 そして神はさらにこう言われた。「わたしは全能の神である。あなたは子を生んで多くなるように。もろもろの国民,もろもろの国民の会衆があなたから生じ,王たちがあなたの腰から出る。 12 わたしがアブラハムとイサクに与えた地,わたしはそれをあなたに与え,後に来るあなたの胤にその地を与える」。 13 そののち神は,彼と話をされた場所で,彼の上から上方に去って行かれた。
14 そこでヤコブは,[神]が自分と話をされたその場所に柱すなわち石の柱を据え,その上に飲み物の捧げ物を注ぎ,また油をその上に注いだ。 15 そしてヤコブは,神が自分と話をされたその場所の名をその後もベテルと呼んだ。
16 そののち彼らはベテルをたった。さて,エフラトに着くにはまだかなり地のへだたりのある所でラケルは産気づき,しかもそれが難産であった。 17 しかし,彼女が難産で苦しんでいたときのこと,産婆が彼女に言った,「恐れてはいけません。これもあなたの子となるのです」。 18 そしてついに,その魂が去り行こうとするとき(彼女は死んだのである),彼女はその[子の]名をベン・オニ(管理人注:苦しみの子)と呼んだ。しかしその父はこれをベニヤミン(注:幸いの子)と呼んだ。 (管理人注 :南のユダ王国はユダ族とベニヤミン族から構成されており、北のイスラエル王国はそれ以外の十部族からなっていた。) 19 こうしてラケルは死に,エフラトつまりベツレヘムに至る道の途中に葬られた。 20 それでヤコブは彼女の墓の上に柱を立てた。これが今日までラケルの墓にある柱である。
「だが塔が倒れ、人々の言葉がばらばらになったとき、死すべき者たちで全地は満ち、王たちによって分かたれた」
(『シビュラの託宣 』第3巻)。バベルの塔への言及。
『バビロンあるいは,バビロニアはバグダッドの南方約90キロの地点にユーフラテスをまたいで広がる。長谷川三千子氏はこう指摘している。「カナンの地」は,イスラエルの民にとって,故郷と呼ぶべき類の地ではなく,そもそも,それは事実の上から言っても,彼らの故郷ではなく,それは,カナンの人々(注:現在のパレスティナ)が住みつき,根づいた土地なのである。
イスラエルの民の「カナンの地」との関係は,徹頭徹尾ヤハウエ神に依っている。この地はヤハウェ神によって示され,命じられ、約束されたことによってのみイスラエルの民と結びついているのであり,それ以外の形で結びついてはならないのである。......ヤハウイストの生きていた時代と推定される起源前十世紀頃という時代は,ティグリス川上流の二ムロデやコルサバードに発掘されたジグラドは,ちょうど紀元前十世紀,九世紀ごろに新築または再興されている。広い意味では,ヤハウイストはまさにジグラトと同時代の人間だったのである』と。
古代のイデオロギー
前置きが長くなってしまいましたがイスラエル(ユダ族)はこの間違いに気づいている。 古代ヒッタイトの祖先であるサンカの住み着いたこの日本こそが彼らの祖国でありそれは何としてでも2039年までに自分たちの国土にしなくてはならない。そのためにはカナンの地を殺戮して奪ったように日本も殺戮して奪う必要がある。その前に東インド会社の末裔である米国を壊滅させる必要がある。そして物語はここから始まる。その手始めが3.11であった。
カ(ハ)ザール王国のユダヤ人の謎
サンカの学術的考察は.....その3,あるいは.....その4に譲るとして今回は本の出版後謎の死をとげたアーサー・ケストラーの『カザール王国の謎(第13支族)』から要約・解説していこう。サンカとイスラエル(ユダ族)を結びつけるのは無謀であるという方がおられるならば戊辰戦争から「現在に至るまでの一本の線」のその深層を管理人に説明してほしい。
いろいろ提示された証拠は「現代のユダヤ民族の大部分はパレスティナ人ではなく,コーカサス人を起源にしている」とする歴史学者たち......オーストラリア人であれ,イスラエル人であれ,ポーランド人であれ..........の意見の正しさを充分の裏付けている。ユダヤ民族の主流は,地中海からフランス,ドイツを越え東に行き,再び西へ戻ったのではないか。流れは常に西へ西へと向かっていた。コーカサスからウクライナを横切りポーランドへ,そしてそこからヨーロッパの中心へと。ポーランドに空前の数の移民コミュニティができ始めていた頃,西ヨーロッパにはもはや語るに足るほどの数のユダヤ人がいなかったのである。ところが東では,一つの国全体が新しいフロンティアを目指して移動しようとしていたのであった。
もっとも,現在のユダヤ民族の中にこれ以外の起源を持つユダヤ人がいない,と言い切ってしまうのは愚かなことである。セム族やその他の系統に対するカザール系の比率を数字で表すのも不可能である。しかし,これまでの証拠に鑑みて,ポーランドの歴史学者が言うところの,「初期には大部分がカザールから来た」.....したがってユダヤ人の民族形成におけるカザールの果たした役割は根底的であり,またおそらく最有力なものだという共通理解に同意せざるをえないだろう。
今日のユダヤ人は,スファラディと呼ばれるスペイン・ポルトガル系と,アシュケナージ系と呼ばれる中北部ヨーロッパ系の二つのグループに大別される。スファラディは古代からスペインに住んでいたユダヤ人の子孫で,15世紀末,スペインを追放され,地中海沿岸諸国,バルカン諸国,および西ヨーロッパの一部に移住した。彼らはヘブライ語の方言であるラディノ語を話し,独自の伝統と宗教儀式を守っていた。1960年代におけるスファラディの数は,約50万人と推定されている。
一方,アシュケナージは同じ時期に,約1100万人と言われている。つまり俗に言えば「ユダヤ人」という言葉は「アシュケナージ・ユダヤ人」と実際的には同義語なのである。ただ,アシケナズ(Ashkenaz)というヘブライ語は,中世のラビ文献中では「ドイツ」の意味に使われており,一般に誤った印象を与える恐れのある語である。この後のイメージが,現代ユダヤ人の祖先はライン川から興ったとする伝説を生み出す原因ともなったのであろう。しかし,この現代の多数派である非スファラディ・ユダヤ人を指す他の名称は存在しないのである。
聖書ものがたり・列王記・歴代誌参照
言葉そのものの興味の領域に多少深入りをしてみると,聖書で「アシケナズ」というのはアララット山(写真),アルメニア近辺に住む人々を指している。創世記第10章3節と歴代誌(上)1章6節で,「アシナケズ」はヤペテの子ゴメルの息子の一人として登場する。彼はマゴグの甥であり,トガルマと兄弟である。カザールのヨセフ王によると,このトガルマ をカザール人は自分たちの祖先だとしているという。さらにエレミア書を見ると,預言者エレミアはイスラエルの民に,立ってバビロンを滅ぼせと語りかける。
『ゴグとは イスラエルから北の方角にいる者です。メセクとはモスクワもトバルはトボルスク。この都市のある国が
イスラエルと戦うと言う事で、その国は、、、。
その国に従っているのが、ペルシャ、クシュ、プテ、ゴメルとそのすべての軍隊、北の果のベテ・トガルマです。ペルシャはイラン、クシュはエチオピア、プテはリビア、ゴメルとベト・トガルマはその国に近い同盟国です。エゼキエル書三十八章二節〜三節』
ゴグとマゴグ
「キリスト教・ユダヤ教、イスラム教の3大一神教の経典である聖書には旧約と新約両方に『ユーラシアのハートランド地域に相当する』最終的に世界を脅かし破滅させる『悪の軍勢』として、『ゴグ』と『マゴグ』というなぞめいた存在が執拗に登場します。 マゴグは黒海とカスピ海の間に位する地。なおラビ伝説においては、この二つの地名は常に神の敵の代表者として出てくる。」
聖書ものがたり・エゼキエル書参照
エゼキエル書38−39章にはロシアのことが
メシェク はモスクワをゴグ はロシアを表している。なぜ米国にロシア兵が数十万人駐屯しているかの理由はそれです。ソノトキガキタトキ聖書は焼き払ってもいいのですがそれまでは聖書の知識は必要です。
バイブルコードに現れたハルマゲドン
バルク黙示録
ユダヤ人の故国のユダ(ヤコブの子であったユダの名前に由来) はシリア文明社会の一地方国家であって,ヘブライ,フェニキア,アラム,ペリシテ等いくつかの民族共同体の一つであった。 ユダの姉妹共同体が,シリア文明社会が隣接のバビロン文明ならびにヘレニック文明とあいついで衝突し,致命的な痛手を受けたのに対し,ユダ民族は新たな集団生活の形式を造りだし,国家と国土を失ったにもかかわらず,多数を占める異民族の間に混じり,異民族の支配のもとで「ディアスポラ 」としてその独自性を保ってきた。
ヘレニック文明社会が同時代の東方諸文明に対して加えた圧力は,その応答としてキュベレ崇拝,イシス崇拝,ミトラ教,キリスト教,および大乗仏教を出現させた。また,バビロン文明社会に対する軍事的圧力は,ユダヤ教とゾロアスター教を出現させた。イスラム社会は,コーランの原典の中に示されている指示にもとづき,イスラム以外のいくつかの宗教を宗教的真理を部分的に示す真正の啓示として認める態度を継承したが元来ユダヤ教徒とキリスト教徒とに与えられていたこの承認が,のちにゾロアスター教徒とヒンズー教徒にも拡張されるようになった。
聖書ものがたり・エレミア書参照
「アララテ,ミンニ,アシケナズの国々をまねいて,それを攻め......」(エレミア書51章27節)。この箇所は10世紀の東方ユダヤ民族の指導者であったサアディア・ガオンによって,彼の時代への預言であると解釈されていた。すなわち,バビロンはバグダードを象徴し,それを撃つべき「アシケナズ」はカザール人自信かその同盟国であるというものである。そこで,このガオンの解釈を耳にしたカザールのインテリ達は,ポーランドへ移住した後,自分たちのことを「アシュケナージ」と称した。
このラビ・ガオンというのをどこかで聞いたことがあるでしょ。
闇の組織総合スレ
882 : 忍法帖【Lv=2,xxxPT】 : 2011/06/01(水) 11:39:56.55 ID:N22PrGQB0 [1回発言]
民主党の前原を始めて知ったのは、オカルト板のメイソンスレだった。
京都で神戸のユダヤ教シナゴーグ の主席ラビ・ガオン氏が参加した秘密会がありそれに出席したのが、民主党の前原と自民党の谷垣って報告があった。
その後、前原が民主党の代表になって驚いたよ。
376 :憂國の輩 :04/06/13 21:51 ID:aPfPn9Kc
昨日、京都・下鴨神社において 「蛍石の茶会」というのが開かれたそうです。
茶席の主人は千玄室・前裏千家家元。客人は下鴨神社宮司を上席にして、宮沢
喜一・元首相、白井丈二・神社本庁元総長・鶴岡八幡宮宮司、広瀬祐也(当時20代で32位階)、西高辻・太宰府天満宮宮司、ゴアンという名の外人(正体は調査中)、前原誠司…以上 だったようです。
その中には谷垣禎一財務相や京都市長もふくまれていたそうです。
(サンヘドリン)ラビ・ガオンで検索すると五件出てきます 。
聖書に書かれていることを見てみると,イスラエル民族はその成立の頃から,すでに様々な人種的要素が交じり合っていた。当時の小アジア,シリア,パレスティナには多くの異なった人種が住んでいた。例えば,ブロンドで長頭長身のアモリ人,色が黒く黄色人種系のヒッタイト人,黒人のクシート人など多種多様であった。聖書の各所に見いだされるように,古代ヘブライ人はこれらの人々との通婚を行っていたのである。古代の預言者たちは「異国の神の娘たちとの結婚」には大声で反対を唱えたが,元来,性関係にルーズなイスラエル人を思いとどまらせることは出来なかった。指導者達が先頭に立って悪いお手本を示したとさえいえるのである。イスラエル人最初の家長であったアブラハムはエジプト人ハガルと同棲していたし,ヨセフはエジプト人祭司の娘だったアセナテと結婚した。モーゼはミディアン人のチッポラと結婚,ユダヤ民族の英雄とされているサムソンはペリシテ人であった。ダビデ王の母親はモアブ人であったし,彼自身ゲシュル人の王女をめとっている。ソロモン王(彼の母はヒッタイト人) ときては「多くの外国の女を愛した。すなわち,パロの娘,モアブの人々,アンモン人,エドム人,シドン人,ヘテ人 ,の女を愛した........」(列王記(上)11章1節から)と,醜聞録はえんえんと続く。
ソドムとゴモラ
ソドムとゴモラの遺跡
サンカとゴシェン その1参照
もう一つの重要な混血の原因は,ユダヤ教に改宗した人の数の多さと,人種の多様さである。初期の頃のユダヤ人の布教への熱意は,アビシニア(エチオピア)の黒い肌をしたファラシャ,開封の中国・ユダヤ人,濃いオリーブ色の肌をしたイエメン・ユダヤ人,サハラ砂漠のトワレグ人のようなベルベル族ユダヤ人,それに問題のカザール人にまで及んでいる。
一般人の常識とは異なって,自然人類学の調査によると,ユダヤ人種というものは存在しないそうだ。
日本に来たユダヤの民
物部氏はフリーメーソンか
1861
2011/11/1
エデン(Garden of Eden)から一つの川が流れ出ていた。園を潤し,そこで分かれて,四つの川となっていた。第一の川の名はピションでハビラ地方全域を巡っていた。第二の川の名はギボンでクシュ地方全域を巡っていた。第三の川の名はチグリスでアシュルの東の方を流れており,第四の河はユーフラテスであった。<創世記・Genesis2:10〜14>
その日,主はアブラハムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで,カイン人,ケナズ人,カドモニ人,へテ人 ,ぺリジ人,レファイム人,アモリ人,カナン人,ギルガン人,エブス人の土地を与える」<創世記・Genesis15:18>
サンカ(山窩)とゴシェン その1
サンカ(山窩)とゴシェン その2
サンカ(山窩)とゴシェン その3
サンカ(山窩)とゴシェン その4
サンカ(山窩)のルーツは創世記36章1〜43に登場するヘテ人であったに関して今回は長い連載になります。サンカ(山窩)とゴシェン その1〜4を読まれた前提で話を進めてゆきます。後日古代文字など学術的な解説をいれる前にその聖書的な意味から説明しましょう。イスラエル(ユダ族)とヘブライ人の子孫である(モーゼは架空の人物ですからモーゼの子孫=ユダヤ人は間違いです)ユダヤ人とは全く別の人種であり驚くべきことにイスラエルのユダ族がユダヤ人を虐待していることは事実です。上の「その4」を詳しく読まれますとサンカの祖先は古代ヒッタイトの祖先であることがはっきりと浮かび上がってきます。
BLOOD UPON THE LINTEL.出入り口の上の横木は羊の血で塗られる 。「これが主の過越(すぎこし)である。その夜,わたしはエジプトの国を巡り,人であれ,家畜であれ,エジプトの国のすべての初子を撃つ。また,エジプトのすべての神々に裁きを行なう。わたしは主である。あなたたちのいる家に塗った血は,あなたたちの徴(しるし)となる。血を見たならば,わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき,滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。(出エジプト記第12章11〜13章)
聖書ものがたり・出エジプト記参照
モーセは、玄関口の二本の柱と鴨居に羊の血を塗らせ、“殺戮の天使 ”が静かに通り過ぎるまで家の中で待つように指示した。この有名な「出エジプト記」が、鳥居のルーツであり、年越し(過越し=べサハ)のルーツであるという。(英語ではPASSOVER)
「トリイ」はヘブライ語アラム方言で「門」という意味である。赤以外の色もある。皆さんは正月にこの鳥居の門をくぐって神社へお参りをするでしょ。四人の殺戮の天使からあなたを守ってくれているのですよ。(日本とヘブライの共通点から一部字句編集)
四人の殺戮の天使
メルカバー(Merkabah)とは『神の戦車』、『天の車』、あるいは『聖なる神の玉座』ともいわれる。エゼキエルのエゼキエル書第一章4-26にメルカバーの4つの翼がある戦車の男性、ライオン、雄牛、およびワシの4つの顔について言及されている。
「4人の天使は人間の三分の一を殺すために解き放たれた。この天使たちは、この年、この月、この日の為に用意されていた」
(「ヨハネの黙示録」第9章15節)
この4人の殺戮の天使「メルカバー」は、四神を象徴する。十字架が指す四方向も、実は東西南北の四神を示している。
エゼキエル書による神殿の図 (画像をクリックするときれいに見れます)
拙稿:ユーフラテスの畔の四人の天使
日本とヘブライの共通点参照
聖書ものがたり・エゼキエル書参照
南北朝秘史 その1
南北朝秘史 その2
管理人の知りたかったことは一貫してつながっている糸の一点のみ......戊辰戦争から現在にいたるまでなぜロスチャイルド家がサンカにこだわってきたのか,ということです。(小学校の低学年にも分かるようなものの言い方をすれば)ロスチャイルド家のルーツがヒッタイト であることは疑いようのない事実であり,中国のペルシャ人(イランの古代名)=秦人が日本に渡来して秦となり6世紀後半から7世紀半ばにかけて秦河勝 のことはよく知られている。実は秦氏はヘブライ人(ユダヤ人)であり現在多くの共通点が日本とユダヤの間ではある。
日本人の知らない日本
ここの記事は何回も紹介しましたが日本とロスチャイルド家との関係が大変簡潔にうまくまとめられております。
京都御所で発見されたロスチャイルド家の紋章とそっくりな紋章
京都御所 清涼殿の一角獣と獅子 2011年4月撮影(リンクトップにあるrenaissanceさんのHPより)
『平安時代の内裏では、天皇の日常生活の場として使われた御殿が清涼殿であります。この一角獣と獅子の組み合わせは、古代イスラエルがソロモン王が亡くなり、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂しますが、北イスラエル十支族のリーダーであるヨシュアのシンボルマークが一角獣 、そして南ユダ王国ニ支族のリーダーであるユダのシンボルマークが獅子 であります。』
すなわち、この一角獣と獅子の組み合わせは、古代イスラエルを表すもので、ユダヤ系国際金融財閥のロスチャイルドの家紋も、一角獣と獅子の組み合わせであります。
イスラエル12支族
旧約聖書の12支族の謎を解く
秦河勝の謎
歴史に秘められた謎
歴代イスラエル王の系図
イスラエルの失われた10支族(Wiki)
今サンカに関しての謎の詳しい説明は後日に譲るとして「成りすましの明治天皇・大室寅之祐はサンカであり田布施の朝鮮部落出身であることはくどいほど記事にした。サンカは朝鮮人ではなく朝鮮部落が暖かく迎えてくれたといったほうが早いだろう。熊本や山口の田布施に詳しい人から先日話を伺いましたがいずれも田布施はサンカの好む山岳地帯と共通している。ですから田布施の朝鮮人部落出身といっても正確には田布施の朝鮮人部落で一緒に暮らすサンカといったほうが分かりやすいだろう。例えば戦後の総理大臣岸信介もサンカの末裔であったと言えば話は早い。
「僧(そう)は三宝の1つで、「仏教の戒律を守る、男性の出家者(比丘)・女性の出家者(比丘尼・ビクニ) の集団」を言う。サンスクリット語ではサンガ(saṃgha संघ)であり、それを音写したのが「僧伽」である 。今日では個人を「僧」と呼ぶことが多いが、原義として、僧とは具足戒を受け、これを守る出家修行者たちの集団をいう。」これはWikiの説明でありますがサンスクリット語でサンガというように古代ヒッタイト人の祖先ヘテ人がたどりついたのは中国や半島でありそこで「僧侶」をし多くの尊敬を集めある一団が日本に来て山岳に住み着いたと考えた方が正解かも知れない。そして田布施の朝鮮人部落はサンカの僧侶たちを心から喜んで受け入れたということでしょう。サンカ(山窩)は本来サンガの音訳の「僧伽」 であった。日本では出家した者を僧,あるいは僧侶と呼びますが正しくは「僧伽・そうぎゃ」 なんでしょうね。
僧伽(サンガ)比丘達の集い
『僧伽(サンガ)とは、あくまで「比丘または比丘尼の集い」を指して言うもので、在家信者を含まない、あくまで出家者集団を指す言葉です。これを特に「比丘僧伽」・「比丘尼僧伽」と言うことがあります。また、これはある一定の区域にある比丘・比丘尼について言うことで、以下に詳説していますが、僧伽とは、比丘あるいは比丘尼それぞれが、同一区域内に、最低四人そろって初めて成立するものです。』
日ユ同祖論 にかんしてこれは正論であろうと思われる。ヘブライ人であるユダヤ人が渡来して築き上げた日本をイスラエル(ユダ族)が快く思うわけがない。それがヘブライ人の末裔を日本のリーダーから排除したのは至極当然であったかもしれない。イスラエルは彼らと血のつながりのある民族に対する考察は非凡なところがある。サンカは古代ヒッタイトの祖先であることをロスチャイルドは見逃さなかった。なぜならサンカはロスチャイルド家にとって祖先のそのまた祖先なのである。つまり遠い親戚にあたるということだ。そうでなかったら戊辰戦争から3.11までつながった糸はとっくに切れていたであろう。
前の記事の繰り返しになりますが「ヒッタイト文明は(宗教は非シュメール的),シュメール社会の教会のすぐ外側のカッパドキアで紀元前1500年以前,世界国家:紀元前15世紀頃にはその地域一帯の支配的文明になっていた;紀元前1352年以後,紀元前1278年に平和にいたる間,エジプトと数回交戦;紀元前1200−1190年の民族移動の波に圧倒される。詩 ホメロス叙事詩 宗教 オリュンポス諸神崇拝 蛮族:東北:ガスガ族 西北:フリュギア族 西南:アカイア族
ロスチャイルドの祖先ヒッタイトの正体はバーディシャーにあり.......
オスマンリ:かれらの最大の挑戦は,遊牧社会を異質的な環境へ移動させ,そこで動物でなしに,異種の人間社会を支配するという,新しい問題ととりくまなければならないことであった。その離れ業はオトマン奴隷家族であった。つまり,バーディシャー(解説:オスマン帝国はパーディシャーを元首号とし、しばしば皇帝とされますが、ガージャール朝ではバーディシャーは地方領主の号)の人間家畜を管理する人間番犬を選び訓練することであった。かれらは出来るだけ人間性を捨てて動物性を身につけたり,単線的な本能的行動にもっぱら心を向けるという,驚くべきことをやってのけた。
羊,山羊を飼育する畜産民は,子羊が生まれると,一年以内に雄は種付け用を少し残し,後は殺して食べる。ごくわずかの雄を去勢して群れの先導役にさせる。それを人間支配の技術に転用するのが去勢の意味。シオン長老の議定書(プロトコール)第18議定書より。これこそがバーディシャー由来の人間家畜の管理術。
『キリスト教は,シリア社会に属していた人々を先祖とする民俗からきたものである。シリア世界の一半を形づくっていたイランは,ミトラ教を提供した。イシス崇拝は,エジプト世界の征服された北半分から来たものである。アナトリアの大母神キュペレの崇拝は,多分,当時,宗教を除く他のすべての社会的活動の面において,死滅してからすでに久しい時を経ていた,ヒッタイト(Hittite)社会からもたらされたものとみなされる』
これが高利貸しロートシルトの祖先だ。
名古屋地方のサンカは『八』と呼ばれていたという(八鏡文字?)。恐らくはハッティ(管理人注:紀元前2500年-紀元前2000年頃にアナトリア半島に居住していた民族で、ヒッタイトの先住民。「原ハッティ」「ハッティ人」などと呼ばれる。)のことであろう。つまりサンカ(山窩)=ヒッタイトの先住民=創世記ヘテ人が祖先ということであろう。
ヒッタイトという名称がよく知られるが、これは、英語読みで原音はハッティ。 現在の小アジア・シリア地方の古代帝国で、紀元前1500年前後の数世紀に繁栄していた。鉄を生産し、武器や戦車に用いた。エジプトの記録ではヘタ、創世記にはヘテ人と記された民族 で、インド・ヨーロッパ語族に属する。(管理人注:ヨシュア記一章四節、士師記一章二十六節、列王紀上十章二十九節、列王紀下七章六節その他聖書の各所に記されてある)
ハッティ帝国の首都ハットウシャシュ
エサウは何人もの妻を持つ。ヘテ人の娘アダ 。ヒビ人の娘オホリバマ、イシュマエルの娘バセマトです。この事情は創世記26章34節〜35節にも書かれていますが、全く名前が異なっている。
ベツレヘム(Bethlehem)とへブロン(Hebron)の間にはKing Solomonの池と呼ばれる三つの池がある。これはその池の最大のもの。池のポンプはスエズ運河を横切ってナイルから引いた。「池をいくつも掘らせ,木の茂る林に水を引かせた」(コへレトの言葉:第2章6節)
ヘテ人 は申命記7章1節によるとカナンの地の七つの原住民の筆頭民族である。アブラハムはサラが死んだとき、この「ヘテ人」からヘブロンにあるマクべラの洞窟 を買い取った。ヘテ人は北方から来た先住の民族であり、文明は進んでいた。エサウは原住民ヘテ人の娘と結婚することによって原住民と協調して過ごすことが出来ました。また、最も東に住むイシュマエルの娘を娶ることによって、東の民(アラビア)との友好関係を築いた。そのためエドムは広い地域を安定して確保できたといえる。
へブロンにあるマクべラの洞窟
ヒッタイト帝国の概要から引用
『(原)ハッティ語を使っていたハッティ族こそが、本来のアナトリア高原の現住民族でした。旧約聖書に出てくるヘテ人、もしくは、アッカド語のハッティも本来はこの民族とその言語のことだったのです。すなわち、この言語こそが、ヒッタイト語と呼ばれるべきだったのです。
しかし、多くの人々(学者さん達)は、すでに名付けられてしまっているヒッタイト族やヒッタイト語を変更する事による混乱を恐れ、この原住民とその言語に、ハッティもしくは原ヒッタイト(プロト・ヒッタイト)と名付けることを選びました。このハッティ語については、今のところ、系統も不明で、若干の単語の意味が知られているだけです。
フルリ族とフルリ語は、近年研究が活発になって来ています。フルリ族はヒッタイトの東南に当たるコーカサス山地の原住民ですが、早い時期からアッシリアを介してシュメール・アッカドの都市文明に接しており、また前2000年紀のオリエント世界、とくにその北部に広く分布し、政治的にも文化的にも多大な影響力を持っていました。ヒッタイト人が楔形文字を使うようになった のも、フルリ族がメソポタミア文明をヒッタイトへ媒介したためといわれています。
また、ヒッタイト帝国と一時期覇を競ったミタンニ王国は、フルリ系の人々が打ち立てたもので、ヒッタイトは、この国からも各種の影響を受けているようです。
フルリ語は、膠着語であり、言語系統としてはコーカサス語族に属しているそうです』
シュメール語のペトログラフ
サンカ文字
(クリックするときれいに見れます)カタカムナ文献基礎資料、第五首、第六首。カタカムナとは八鏡文字のこと。ヒッタイトという名称がよく知られるが、これは、英語読みで原音はハッティ=八=名古屋地方のサンカは『八』と呼ばれていたという。丸と十字が見られますね。
丸と十字
カタカムナ辞典
古代神代文字総覧
日本とヘブライの共通点
伊予文字......伊予城下ハ幡社(愛媛県)より伝承。後に丹後国の熊野郡鹿野村の旧家に伝わる「神事記」にも用いられている。また、近江の散所村「三尾神技士」には『秀真伝』が所蔵されているが、そこで用いられている“秀真文字”と書体は全く同じ物であるが、「秀真伝」を発見した小笠原家の子孫は、伊予の出身であることから何らかの因果関係があることは否定できない。
書体の形式は、決められた図象を組み合わすことによって作られ「秀真伝」によれば母音となる五つの図象は、宇宙を構成するというものである。
カタカムナ図象文字 .......
昭和25年頃、科学技術研究家「楢崎皐月」が兵庫県 六甲山のふもと金鳥山で「平十字」(ひらとうじ)と名のる力タカムナ神社の宮司と遭遇し、彼から“力タカムナのウタヒ”て書かれた巻物を筆写することを許される。楢崎は、これを解読し力タカムナ文献として伝える。書体は字とゆうよりは、丸と十字を基本 (ヤタノカガミ 、オクタント図象)として、それをとり囲むハつの小丸で構成された書体で表記される。また図象を複数組み合わせて、意味を持つ言葉となる。
カタカムナってな〜に?
カ・感じる タ・確かに カ・感じる ム・見えない ナ・何か
『カタカムナではこの世はたった二つのモノから成り立っているといっています。それはアマとカムであると 。アマとはあらゆるマを発生する要素。これが自然科学が対象とする物質現象の元になります。それに対してカムとは形を伴わない要素。これが宗教の対象となる実態のない世界、これを現象に対して潜んでいるかたち・潜象 といいます。しかもアマ・カムは単独で存在しているのではなく、偶構造、つまりくっついてるといっています。アマとカムは正反対の性質でアマどうし、カムどうしは反発し合い、アマとカムは親和するともいっています。この基本的な性質により森羅万象が発生する原理を解き明かしているのがカタカムナなのです。』
潜象と日本人の使命
八咫鏡(やたのかがみ)の裏面にはヘブライ語が
「
神聖不可侵」の八咫鏡- その鏡は,天皇陛下でも見ることはできない
当時,文部大臣であった森 有礼(もり ありのり)氏が,伊勢神宮の「八咫鏡(やたのかがみ)」(つまり,皇居にあるレプリカではなく,本物)の裏面に,ヘブライ文字(ヘブル文字)で,
ヘブライ語「エヘイェ・アシェル・エヘイェ」我は有りて在る者なり)
“'Ehyeh 'Asher 'Ehyeh”
「エフエ ・アシェル・エフエ」
と刻まれているのを,自分の目で見たというのである。(脚注10へ)
この,森 有礼(もり ありのり)氏が伊勢神宮の「八咫鏡(やたのかがみ)」(本物)の裏面に見たというヘブライ語の文字は,実は,聖書の二番目の書「出(しゅつ)エジプト記」の3章14節に出てくる非常に有名な言葉である。
森 大臣が生きていた明治時代に訳された聖書翻訳は,そのヘブライ語を次のように訳している。
「神モーセにいひ給ひけるは 我(われ)は有(あ)りて在(あ)る者なり(“I AM THAT I AM”欽定訳聖書。脚注11へ) 又(また)いひ給ひけるは 汝かくイスラエルの子孫(ひとびと)にいふべし 我有(われ あ)り(“I AM”欽定訳聖書)といふ者 我を汝らに遣はし給ふと
神またモーセにいひ給ひけるは 汝かくイスラエルの子孫(ひとびと)にいふべし 汝らの先祖等(たち)の神アブラハムの神イサクの神ヤコブの神エホバ われを汝らにつかはし給ふと 是(これ)は永遠(とこしなへ)にわが名となり 世々にわが誌(しるし)となるべし」
-出エジプト記3:14,15。[文語訳聖書]
これは,モーセが神(創造者)に対して,
「我(われ)イスラエルの子孫(ひとびと)の所にゆきて 汝らの先祖等(たち)の神 我(われ)を汝らに遣はし給ふと言はんに 彼等(かれら)もし其(その)名(な)は何(なに)と我(われ)に言はば 何(なに)とかれらに言ふべきや」
-出エジプト記3:13。[文語訳聖書]
と尋ねた際,神が自らお答えになったものである。
(M・トケイヤー著「ユダヤと日本 謎の古代史」産能大学出版部,昭和50年(1975年)。126ページ。).............
この,神自らがモーセに話し,聖書に記されている言葉が,日本の伊勢神宮にある「八咫鏡(やたのかがみ)」(本物)の裏面に ,しかも,「ヘブライ文字で」記されているというのである!
天皇家が避ける伊勢神宮
神道で神社の頂点に君臨するのは天照大神を祀る伊勢神宮ですが、表裏一体となって同じくらい力を持っているのが京都の下鴨神社です。 その証拠に、天皇の即位の儀礼や最も重要な「大嘗祭」を主催し、そのすべてを取り仕切っているのは、宮内庁でも伊勢神宮でもなく、京都の下鴨神社なのです。
下鴨神社
八咫烏・神武天皇とアレキサンダー大王
『エジプトに勝利したアレキサンダーは、自らファラオになる事を決意しますが、エジプトにおけるファラオとは、太陽神アメンの子供を意味し、ファラオに即位するには、太陽神の息子として認められる必要がありました。そこで、アレキサンダーはリビア砂漠のオアシスにあるシヴァに向かいます。 シヴァにはアメン神殿があり、ここで託宣を受ける必要があったのです。 しかしながら、途中ですさまじい砂嵐に巻き込まれ、ついにアレキサンダーの一行は道を失い、立ち往生してしまします。そこに天空から一羽のカラスが現れ 、アレキサンダーをシヴァのオアシス(管理人注 :シヴァというのはリビア砂漠のオアシスの中にある)まで導き、無事アメンの託宣(あるいはアマンの託宣) を受け、ファラオとして即位できました。
このように、太陽神、カラス、大王というワンセットの話は、ユーラシア大陸全般に存在しており、アレクサンダー大王の話が各地に伝わったのだと考えられます。』
Gorge of THE CHERITH(ケリト渓谷)。エリヤ(ELIJAH)が大カラスにエサを与えられた聖書的な場所として知られる 。近くにはエルサレムからエリコに通じる旧道がある。.......主の言葉がエリヤに臨んだ。「ここを去り,東に向かい,ヨルダン川の東にあるケリトの川のほとりに身を隠せ。その水を飲むがよい。わたしはカラスに命じて,そこであなたを養わせる。」エリヤは主が言われたように直ちに行動し,ヨルダン川の東にあるケリトの川のほとりに行き,そこにとどまった。数羽のカラスが彼に,朝,パンと肉を,また夕べにも,パンと肉を運んできた 。水はその河から飲んだ。しばらくたって,その川も涸れてしまった。雨がこの地方に降らなかったからだ。(列王記T大17章2〜7節)
聖書ものがたり・列王記参照
天皇家が伊勢神宮を避けている.......は天皇ではなくイスラエルの盟主である英国のご本尊が避けているということでしょう。イスラエル(ユダ族)とヘブライ族の子孫ユダヤ人との対立は根が深いのです。
伊勢神宮の灯篭の謎
八咫烏(やたからす)
八咫鏡〜八咫烏〜八鏡文字(カタカムナ)〜カタカムナウタヒ
遠い古代エジプトで「12黄道宮のモザイク」が発見されましたが「丸と十字」の原型とはこれではなかったのでしょうか。
創造性のネメシス(むくい)参照
紀元前2400年ごろに描かれたバビロニアの太陽神シャマッシュ。シャマッシュの神は一年を司る。船で空を渡る月の神シンの息子で,シャマッシュとシンはカルデアの神話の中心をなしている。ちなみに,バビロニア神話においては,イシュタルは月の神シンの娘です。
エジプトのラメス二世(紀元前1300〜1236年)は,黄道12宮のうちの基本となる4宮,すなわち牡羊座,天秤座,かに座,山羊座の確立に大きく貢献しました。墳墓の飾りに,占星学の符号を刻み込むことによって彼が占星学に感心を抱いていたことが後々まで伝えられました。カーナックにあるアモンの神殿に見られるこの浮き彫りでは,ラメスが空の女神アーソーと手をつないでいる。
昔の人は,かなりぼんやりして星を眺めていたと思っていたとしたら大間違い。夜通し見ていたんですね。偉いです。というか,暇だったんでしょうかね。
「私たちは特定の時間に特定の場所で生まれている。そして製造年代がものをいうワインと同様に,生誕した年や季節でそれぞれ特性をそなえることになる。このことこそ,占星学の拠り所にほかならない」<C・Gユング>
紀元前8000年,古代メソポタミア地方では,人間は常に空の脅威にさらされて生活していました。人間の精神は,計り知れない要素に満ちた宇宙に支配され,天体は,人間にはどうすることもできない壮大かつ破壊的で予知不可能な攻撃〜雷,稲妻,灼熱,日食,月食〜を仕掛けてきたのです。こうしてすぐに,天体優位の考え,すなわち,導き手を求めて空を見上げる姿勢が日常生活の一部になったのです。
原始時代の人間には,偶発事の可能性を考慮に入れることはできませんでした。起こったすべての現象は,ある目的を持つ力によって起こされたものだと考えられていました。なぜなら,狭い経験の範囲内では説明のつかない現象に対しては,それを巻き起こした物理的な力を見つけ出し,名づけなければならなかった。それは人間の弱さを補強する手段でもあったのです。
そこから神話が生まれ,叙事詩が生まれ,宗教が生まれたと考えてなんの不思議もないでしょう。星はシュメール族にとって,神聖なものの象徴でした。この地方の空に満ちていた星こそ,占星学を最初に生み出したものといえます。今日では,私たちは太陽と月が私たちにたいして物理的な影響を与えていることを知っていますが,原始人にとっては,この影響はかなり重大なものであったに違いありません。太陽は人間に暖を与え,昼と夜があり,海には潮の満干があります。成長と衰微の神秘的な過程,自然秩序の満干に取り囲まれていた原始人が,宇宙を物理的に説明する方向へと向かっていったのはごく普通の自然なことだったのでしょう。
地球から見れば,星は毎年殆ど変わりない位置を保って私たちの周囲を回っています。勿論,変化はつねに起こっていますが,原始人には観察できないほどのわずかのものです。彼らは,七つの主要な天体の背景をなしている星の,比較的早い動きには気づいていました。いわゆる,可視惑星です。もっとも古い記録には,太陽,月,そして惑星は人間の生活に介入し導く力をもった神を象徴している,という考えがみられます。バビロニアにおいて天体観測がされるようになったころには,神々の座がはっきりと確立され,それぞれの神に,人間生活の各部分を司る力を与えた。これが,すべての始まり。
最古の暦は,アッシリアのアシューバニーパル王の時代,紀元前7世紀の中ごろに書かれたものです。いわゆるカルディア人のころです。また話はとんで,ストーンヘンジのオーブリー穴も有名です。メキシコのチェチェン・イッチャ市にある古代マヤの回転式天文台も有名です。コロンブス以前のマヤ文明がいかに高度な天文学的,占星学的な技術をもっていたかがわかります。貝の形に似た内部の螺旋階段は,いくつかの窓に通じています。その窓は,季節ごとに観察する惑星の位置に合うようにつけられている。
五木寛之著「風の王国」
『こうして意外なことが次々に露わになってくる。まずケンシはセケンシの略で、世間師であるらしい。山の世界の彼岸と里の世界の此岸との間の世間を動く民のことである。そうだとすると、この集団はサンカ(山窩)のことだということになる。
ところが、ここからこそ五木寛之がこの作品を通して強く主張しているところになるのだが、この集団は「誤ってサンカと名指された一群」 であって、実はそこにはこの一群・一族の「正体」をめぐる苛酷な歴史があったのである。
この物語の主人公たちは、明治維新に廃藩置県があったとき、葛城山系 に住んでいた箕作り の一族の末裔たちだったのだ..... .
写真は「パピルスの籠 」。ファラオは全国民に命じた。「生まれた男の子は,一人残さずナイル川に放り込め。女の子は皆,生かしておけ」......しかし,もはや隠しきれなくなったので,パピルスの籠を用意し,アスファルトとピッチで防水し,その中に男の子を入れ,ナイル河畔の葦の茂みの間に隠した。(出エジプト記第2章1〜3節).......箕作りと共通する造り方なのであろうか?(管理人注 :箕作りは主にフジ、シノダケ、ヨツドミなどを使う)
聖書ものがたり・出エジプト記参照
この物語の最初にしきりに竹内街道の話が出てくるのは、この街道をはじめとする大阪・奈良の連結開削開発工事にも、そのような目的がひそんでいたことの伏線だったのである。そして、それと抱き合わされるようにして、明治10年には最初の大和・和泉・河内での「サンカ狩り」がおこなわれたのだった。
これは「山窩」という蔑称を押し付けて、この人々の正体を公然と刻印するためでもあった。警察が動き、ジャーナリズムもこの蔑称を使う。』ポルトガルのイエズス会士,ホアン・ロドリの日本大文典には七乞食として河原乞食,猿楽乞食,田楽乞食,ささら説教 乞食,青屋乞食,革屋乞食,鉢こくり 乞食とあるが河原に追いやられたライ病患者とともに住んだ河原乞食という差別用語ははサンカを指しているようだ 。(部落問題辞典)
しかし,ここにトリックがある。伊藤博文が光明天皇とその皇子を殺害した後の16歳の成りすまし明治天皇「大室寅之祐」は田布施の朝鮮部落出身のサンカ「山窩」であった。その背後にはネイサン・ロスチャイルドの子ライオネル・ロスチャイルドがいた。明治政府は徹底的に「古代神代文字」を封印しサンカを蔑むのである。サンカが古代ヒッタイトの先住民族でありロスチャイルド家と遠縁であることを隠すためでもあった。
消えたシュメール人
ソロモン王の知恵
アレキサンダーの帝国
2262
2011/10/23
ヤズルカヤ
ポアズカレ(Bogazkale)は、トルコの首都アンカラの東150kmにあり(アナトリアの大母神キュペレの崇拝の地)アナトリア高原のほぼ中央部 である。ポアズカレが紀元前16 - 14世紀の古代ヒッタイト帝国の首都、ハットウシャ と確認されたのは、1906年のことであり、以来90年余り発掘はゆっくり続けられている。大神殿跡、突撃門や上の街神殿群跡、獅子門 などが発掘されている。
ヒッタイト(英:Hittites)は、インド・ヨーロッパ語族のヒッタイト語を話しアナトリア半島に王国を築いた民族。
(フリー百科事典:ウィキペディア (Wikipedia)」より引用)
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「「神聖不可侵」の八咫鏡 (やたの かがみ)」と御名(み名)
(やた‐の‐かがみ【八咫鏡】
「(巨大な鏡の意) 三種の神器の一。記紀神話で天照大神が天の岩戸に隠れた 時,石凝姥命イシコリドメノミコトが作ったという鏡。天照大神が瓊瓊杵尊ニニギノミコトに授けたといわれる。伊勢神宮の内宮に天照大神の御魂代として奉斎され,その模造の神鏡は宮中の賢所カシコドコロに奉安される。まふつのかがみ。やたかがみ。神代紀上「中つ枝には―を懸トリカけ」
「広辞苑」第五版。岩波書店,1998年。)
(ヤズルカヤの話ではありませんが)龍はいずれも無意識・混沌を示す円環的時間 (進歩のない歴史 ) の隠喩であり,ギリシアではみずからの尾をかむ龍ウロボロスで表された。(荒俣 宏・平凡社世界大百科事典より)
ヤズルカヤ
ここにある遺跡は紀元前1500年前にさかのぼるものもあるが、有名なレリーフや神殿跡は紀元前13世紀以降のものと考えられている。ヤズルカヤの遺跡のメインはヒッタイトの神々などが描かれているレリーフ。
レリーフがある2つの谷のうち大きいほうへは神殿跡の左後方から入ることができる。左側には神々が、右側には女神の像が並んでいて、女神は円錐状の被り物をかぶっており、長いドレスをまとっている。神々の側では12の戦いの神や月の神クスフが特に目を引く。神々と女神は谷の奥で出会い、ここでは山々にまたがったヘブトが豹の上に立っている女神ヘブトと向かい合っている。ヘブトの後方には彼らの息子シャッルマも豹の上に立っており、そばにはほかの女神たちが描かれている。女神側のレリーフのなかにはトゥドハリヤ4世(紀元前1250年―1220年)が王旗と太陽を握っているレリーフが谷の入口近くに描かれている。トゥドハリヤ4世はこの神殿を建てた王と考えられている。この大きい谷は初春に行われていた新年のお祝いに使われていたと考えられている。
もうひとつの小さい谷の入口には2つのスフィンクスが描かれているが、風化していて見分けるのが困難。また12の人物像があるが、これは大きい谷に描かれている12の戦いの神々に似ているが、保存状態はこちらのほうがよい。向かい側には「剣の神」のレリーフがある。人間の胴体が刀として描かれている一方、柄の部分は頭となっている風変わりなレリーフである。これはヒッタイトの下界の王ネアルガルを表現している。その隣にはトゥドハリヤ4世を抱えているシャッルマのレリーフがある。この場所はヒッタイト王の葬儀の際使われていたと考えられている。
(http://www.torukomania.com/%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B3/%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%B7%E3%83%A5 より引用)
蛮族戦闘団体と文明 その2参照
ヒッタイト文明:シュメール文明の子かも?(宗教は非シュメール的),シュメール社会の教会のすぐ外側のカッパドキアで紀元前1500年以前,世界国家:紀元前15世紀頃にはその地域一帯の支配的文明になっていた;紀元前1352年以後,紀元前1278年に平和にいたる間,エジプトと数回交戦;紀元前1200−1190年の民族移動の波に圧倒される。詩 ホメロス叙事詩 宗教 オリュンポス諸神崇拝 蛮族:東北:ガスガ族 西北:フリュギア族 西南:アカイア族
管理人のパラノイアによるとヒッタイトの正体はバーディシャーにあり.......
トルコはかつてオスマントルコと呼ばれた 。
オスマンリ:かれらの最大の挑戦は,遊牧社会を異質的な環境へ移動させ,そこで動物でなしに,異種の人間社会を支配するという,新しい問題ととりくまなければならないことであった。その離れ業はオトマン奴隷家族であった。つまり,バーディシャー(解説:オスマン帝国はパーディシャーを元首号とし、しばしば皇帝とされますが、ガージャール朝ではバーディシャーは地方領主の号)の人間家畜を管理する人間番犬を選び訓練することであった。かれらは出来るだけ人間性を捨てて動物性を身につけたり,単線的な本能的行動にもっぱら心を向けるという,驚くべきことをやってのけた。
羊,山羊を飼育する畜産民は,子羊が生まれると,一年以内に雄は種付け用を少し残し,後は殺して食べる。ごくわずかの雄を去勢して群れの先導役にさせる。それを人間支配の技術に転用するのが去勢の意味。シオン長老の議定書(プロトコール)第18議定書より。これこそがバーディシャー由来の人間家畜の管理術。
『キリスト教は,シリア社会に属していた人々を先祖とする民俗からきたものである。シリア世界の一半を形づくっていたイランは,ミトラ教を提供した。イシス崇拝は,エジプト世界の征服された北半分から来たものである。アナトリアの大母神キュペレの崇拝 は,多分,当時,宗教を除く他のすべての社会的活動の面において,死滅してからすでに久しい時を経ていた,ヒッタイト(Hittite)社会からもたらされたものとみなされる 』
等身大のHittite Priest-King.紀元前1600年頃の北シリアの聖職者か王を指すのだろう。
馬はエジプトから輸入し,イスラエル人はおそらく戦車の使い方をヒッタイト人より学んだと思われる。ダヴィデ統治の時代,最も信頼できる戦士はUriahとAhimelechであったが両名ともヒッタイト人であった。「その後アブサロム(ABSALOM)は戦車と馬,ならびに50人の護衛兵を自分のために調えた。」(サミュエル記U第15章1節)
聖書ものがたり・サミュエル記参照
ここにある遺跡は紀元前1500年前にさかのぼるものもあるが、有名なレリーフや神殿跡は紀元前13世紀以降のものと考えられている。ヤズルカヤの遺跡のメインはヒッタイトの神々などが描かれているレリーフ。
シャッルマとトゥドハリヤ四世
レリーフがある2つの谷のうち大きいほうへは神殿跡の左後方から入ることができる。左側には神々が、右側には女神の像が並んでいて、女神は円錐状の被り物をかぶっており、長いドレスをまとっている。神々の側では12の戦いの神や月の神クスフが特に目を引く。神々と女神は谷の奥で出会い、ここでは山々にまたがったヘブトが豹の上に立っている女神ヘブトと向かい合っている。ヘブトの後方には彼らの息子シャッルマも豹の上に立っており、そばにはほかの女神たちが描かれている。女神側のレリーフのなかにはトゥドハリヤ4世(紀元前1250年―1220年)が王旗と太陽を握っているレリーフが谷の入口近くに描かれている。トゥドハリヤ4世はこの神殿を建てた王と考えられている。この大きい谷は初春に行われていた新年のお祝いに使われていたと考えられている。
もうひとつの小さい谷の入口には2つのスフィンクスが描かれているが、風化していて見分けるのが困難。また12の人物像があるが、これは大きい谷に描かれている12の戦いの神々に似ているが、保存状態はこちらのほうがよい。向かい側には「剣の神」のレリーフがある。人間の胴体が刀として描かれている一方、柄の部分は頭となっている風変わりなレリーフである。これはヒッタイトの下界の王ネアルガルを表現している。その隣にはトゥドハリヤ4世を抱えているシャッルマのレリーフがある。この場所はヒッタイト王の葬儀の際使われていたと考えられている。
ヤズルカヤ岩神殿のレリーフは、この場面を現していると水上氏は推測する。
この解釈が正しいのならば、私達の神話にヒッタイトの神話が入り込んでいる証拠となるだろう。
太陽神が女神であるとする神話は世界にも余り類がないように思うが、ヒッタイトも日本も太陽神は女神なのである。紀元前1300年頃のヒッタイト王の太陽神に対する祈祷文には太陽が海から昇るとある。
白人の学者がこの祈祷文と自分達の説の辻褄を合わせ尚且つ、ヒッタイトがアーリア人の帝国であると証明する為に、コーカサス山脈を越えてメソポタミアやトルコへ向かったとする苦しい説明を展開していることは見苦しくさえある。
太陽信仰は何もヒッタイトや日本の専売特許ではないが、白人が主張するようにアーリア人、しかもドイツ人がヒッタイトであるとすれば、彼らの何処に朝日を礼拝し、元旦に初日の出を拝む人がいるのか、太陽を女神とする慣わしは存在するのか?そんな事実は一切ない。
やはりヨーロッパ系の白人種は、ヒッタイト帝国の主役には成り得ないのだ。
烏帽子の存在や神話に加え、ここに面白いエピソードがある。
名古屋地方出身の学者が、アッカドの遺跡を調査する際に訪れた地でアジア人に風貌の似た人々に出会った。しかし言葉が通じず、つい漏らした名古屋弁のボヤキが驚くことに通じたというのだ。
そこからこの研究者はシュメール人の子孫は、日本人とアラブ人だという発想を得たのだという。この人物は奇遇にもサンカ(定住せず漂泊して暮らしている人々)の子孫で、そのサンカはスサノオを穴抜けの神として信仰しているという。
これは恐らく、洞穴などの穴式住居から抜け出した遠い祖先の記憶が反映されたものであろう。この学者はスサノオ信仰については知らないとされているが、それでも名古屋地方のサンカは『八』と呼ばれていたという(八鏡文字? ) 。恐らくはハッティ(管理人注:紀元前2500年-紀元前2000年頃にアナトリア半島に居住していた民族で、ヒッタイトの先住民。「原ハッティ」「ハッティ人」などと呼ばれる。)のことであろう。だいたい出てきましたね結論が........サンカ(山窩)=ヒッタイトの先住民=創世記ヘテ人が祖先 。
ハッティの神話
八鏡文字(カタカムナ ) とサンカ(山窩)文字と古代ヒッタイトでの文字が一致すれば謎はとける であろう。
八咫鏡(やたのかがみ)の裏面にはヘブライ語(へブル語)が
ヒッタイトという名称がよく知られるが、これは、英語読みで原音はハッティ 。現在の小アジア・シリア地方の古代帝国で、紀元前1500年前後の数世紀に繁栄していた。鉄を生産し、武器や戦車に用いた。エジプトの記録ではヘタ、創世記にはヘテ人 と記された民族で、インド・ヨーロッパ語族に属する。(管理人注 :ヨシュア記一章四節、士師記一章二十六節、列王紀上十章二十九節、列王紀下七章六節その他聖書の各所に記されてある)
創世記36章1〜43参照
紀元前1286〜85年にはパレスチナ地方のカデシュで、エジプトのラーメス2世の軍と交戦。互いの記録でそれぞれ自軍が勝ったとしている記録が残っている。また、アンカラから数十キロ離れたボアズケイの古代廃虚から多数の粘土版が発見され、ここがハッティ帝国の首都ハットウシャシュ と判明した。
神話はシュメール、バビロニア等の影響を受けている。ギルガメシュ叙事詩のハッティ語訳も存在する。また、系統不明のフルリ起源のもの、ヘレネス神話 と類似するものも見られる。
テスブやウルリクムミなどはフルリ民族の神がハッティの中にとりいれられたものだという。フルリ民族は紀元前2300年頃、カスピ海南方の山岳地域 から南や西に移動し、ミタンニ、ハッティなどで重要な成員になっていたようだ。
カタカムナってな〜に?
カタカムナ辞典
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封印された神代文字参照
このサンカには女尊男卑の思想がある 。
そして女尊男卑の思想は太陽神が女神である民族にとっては、自然なことなのであろう。
日本では妻のことを『山の神』などと表現する ことがあるが,(管理人注;山の女神=大地の化身であるアナトリアの地母神キュベレから来ているかも)これは怒らせたら怖い存在のことであり尊ばざるを得ない。こんな所にも女尊男卑の伝統が見え隠れする。
その昔、大原女と呼ばれた人々には、極端な女尊男卑の習慣がみられたと伝わる。
それは外観の良い男だけを床にはべらし、後の男は土間で寝かせ、働きの悪い男は売り飛ばした。そして声を掛ける時は猫でも呼ぶように舌で「チョ、チョ」と音を出して呼んだというのだ。だとすれば、この人々はペルシャ系であったのかも知れない。(女尊男卑=カカーデンカは聖書の男尊女卑とは正反対で愉快ではあ〜りませんか )
さてヒッタイト帝国から見て、太陽が昇る海はペルシャ湾しかない。彼らは良質な鉄鉱の鉱床を求めて各地に散ったのだろう。そしてトルコの首都アンカラから150キロ程度はなれた場所に良質な鉄鉱を発見したのだ。
そこに居たのは原ハッティ人であったが、彼らはヒッタイトと契約しその労働力を供給したのであろう。それは契約により成されたことであり、決して力による支配下での強制などではなかった。
それが神々の契約、つまりスサノオとアマテラスの誓約の神話に反映され、今に至っているのかも知れない。
その神話を携えた人々が既に日本に居り、そこへ同系列の秦氏が遅れて渡来して来たのであれば、今日の私達が外国人に対して抱く感情とは異なった想いで受け入れられたとしても不思議ではないのである。
そして、後の秦氏の隆盛を考えると、秦氏とはイスラエル化されたヒッタイトとでも呼ぶべき存在であったのかも知れない。
神話のスサノオは荒ぶる神として恐れられ嫌われ、姉のアマテラスさえも彼に対して武装して身構えるという事態を呼んでいる。
スサノオが忌み嫌われるのは農耕社会から見たスサノオの働きに対する評価であり、その本来の仕事はタタラ製鉄に於いて重要な風の神なのである。
これを農耕という一面的な見地から捉えたならば、農耕に天候は重要な要素であり天候の神を祭るのは当然であると、成るであろうが、これだとスサノオが別名牛頭天王といわれ牛を象徴とすることに対する説明が付かない。
もっとも私見では農耕に於ける労働力としての牛の存在を考えると、根拠の無いものだとも言えないかも知れない。
しかしスサノオは荒ぶる神であり、天候を穏やかにする神ではない。
現在でも製鉄関係の人々の信仰を集める神社では、祭礼の時に天候が荒れるほど良いとされているという。
ともあれスサノオは本来、農耕よりも製鉄に関係する神であり、タタラに風を送る『フイゴ』は牛の皮を用いて作られた。タタラ製鉄に欠かせない風は、農耕とは相反する要素でもある。しかも強く吹けばより喜ばれる風の神であり、フイゴに用いた牛皮からその象徴を牛とするのである。
私達が古代国家の形成を考える時、同一の民族あるいは幾つかの民族の集合の中で農耕民と支配層とに自然に別れて社会の階層が形成されると考え勝ちであるが、実はそうでもないようだ。
本当のところ支配層と農耕を行う人々とでは、民族が異なっていたらしいのだ。
ヒッタイトは鍛冶師を頂点に製鉄技術を使い、武器と農具を生産する支配階級と、農耕民とに分かれていたらしい。
これと同様に、その当時の多くの国々でも同じ様であったのだろう。
その頃のヒッタイトの支配層が信仰するのは勿論、スサノオである。スサノオのスサとは古代ペルシャに在った地名で、スサノオとは『スサの男』という意味の名前であるらしい。
我々の先祖の中でスサから来たペルシャ人が、スサノオ信仰をもたらしたのであろう。
しかし農耕が盛んになり、作物の豊凶に人々の関心がシフトするに従い荒ぶる風の神は次第に疎まれていく。
記紀神話でも誓約をしたのは良いが、スサノオは悪戯を繰り返す。
神聖な場所に粗相をしたり、建物の屋根を剥がしたり、田の畦(あぜ)を壊したりと高天原で縦横に暴れまわる。
最初は何かと擁護していたアマテラスも、スサノオの悪戯で死者まで出るに及んで、怒り心頭に達して岩屋にこもってしまう。
元来のスサノオは荒ぶる神であり、強風を吹かせることを期待されている神である。
従って大人しくして居たのでは仕事に成らないから、暴れるのは当たり前なのである。
とにかく、スサノオの悪さが元でアマテラスは岩屋に入り、世界は暗黒に閉ざされてしまった。後は一連の神話のごとく、手力男命(たじからおのみこと)に岩戸をこじ開けられ、アマテラスが引き出されて世界に光が戻ったというストーリーへと続くのである。
この神話のストーリーの背景には、製鉄を頂点とした価値観が徐々に農耕重視の価値観へとシフトしていく様子が伺えると感じるのは私だけであろうか。
もう随分と前になるが、某自称コンタクティーという人と会う機会があった。その時に私の住所を尋ねられたので答えたら、そこは聖徳太子の荘園の在った場所で、どうしてそれを地域振興に役立てないのか不思議だと言われた。
それはさておき、昔の人のバイタリティーには驚かされることばかりだ。
戦国時代の武将は何百キロも徒や馬で平気で移動して戦を行っていたし、私の住む市の山奥には平安時代ころに都から旅して来たとされる『猿丸太夫』なる人物の墓がある。
そこは越中の古史では、日本海から越中岩瀬(えっちゅう・いわせ)の港への目印として使用された夫婦山(めおとやま)の麓である。
とにかく歴史を振り返れば、現代人の私でも驚くほどの遥かな距離を古代人たちは自在に移動している。
古代日本には大海原や広大な大陸を踏破し、東洋の端の島国へと辿り付いた民族が幾つもひしめき、互いに覇を競っていたのである。
彼らは各々の伝統と文化、習慣、信仰を携え、異民族と出会う度にそれを取り込んだり排除したりしながら、日本という島の中で次第に融合していったのだろう。
その中にはヒッタイト帝国を築いた民族がおり、イスラエル王国やユダ王国の流れを汲む人々がおり、南洋系や北方系の人々が居たのであろう。
現在のアメリカのように人種の坩堝(るつぼ)の様な状況を呈していたのかも知れない。
その多くの人種の中でもヒッタイト系の人々が最初に支配権を握っていたのかも知れないが、その覇権は転々と各部族の間で移動したのだろう。
聖徳太子と呼ばれる人物も、恐らくはその中の一人であったろうと思われる。
つまり伝承を見る限りは、蘇我氏と結託して旧勢力であった物部氏を急襲して滅ぼしてしまう。そして、その時に物部氏に伝わっていたであろう多くの史書を焼き捨てたのだ。
そして恐らく彼はユダヤ系の人物であり、それ故に出生のエピソードをキリストと似たものにしたのかも知れない。水上氏の予測では聖徳太子とは仏教をイデオロギーとするユダ族の人物であり、蘇我氏(そがのうじ) とはペルシャ系のサカ族 (釈迦の出身部族か?)であろうとしている。 今日に伝えられ様な聖人では決してなかったであろうこの聖徳太子と呼ばれている人物は、政治権力の象徴として実在の誰かを様々なエピソードで飾りたてたものであろう。
研究者の木村鷹太郎氏はキリストの名、イムマニエルを『神とともにある』と聖書学者が解釈しているのは間違いであるという。その真実の意味は厩戸(うまやど)であるという。
つまり『厩戸皇子』の別名を持つ聖徳太子と同様の意味であるという。
貧しい女性が旅の途中の厩で出産するというのは、それ程に不自然ではないかも知れないが、仮にも皇子と呼ばれる子供を産んだ女性が厩などで出産するはずもなく、どう解釈しても作為的なエピソードとしか思えない。
では何故に馬小屋なのか、恐らくイスラエルでは馬は権力や富の象徴として捉えられていたのだろう。
イムマニエルも聖徳太子も、その出生のエピソードは作為的に創作されたと予想されるが、そのベースは同じ古代文明に求められるのかも知れない。
ペルシャ古代王朝の降盛
受験用の歴史はこれが限界
本ブログの読者はすでに上で述べられているモーゼの十戒がどこからのパクリであるかは周知のことでしょう。受験でこれが出た場合エジプトの「死者の書」からのパクリなどと書いたら合格は出来ないということ。
前述の木村氏はペルシャの王朝 に『オムヤマド』があり、それもまた同様の伝説に関連していると言っている。浅草の厩橋を地元では『おんまやばし』と呼んでいることから、正しくは『うまやど』ではなく『おんまやど』と呼ばねば成らないのかも知れない。
その聖徳太子がまず行ったことはヒッタイト神話のヤズルカヤ遺跡の風神と太陽女神の誓約のシーンを日本の伝説に持ち込むことだった。
物部氏を滅ぼし、その史書を隠滅し新たな歴史を書き綴る元を作った。その行動は特に聖徳太子に限らず、ユダヤには昔から歴史を改ざんするプロ集団が存在し普通に行われていたことらしい。
古事記も例外なく新たに創り出された神話や歴史なのであり、それはヒッタイトの伝承やユダヤ、ペルシャなどの神話を元に捏造されたものであろう。
では、その伝承や神話は何処から、どのようにして西暦700年代の日本人が知り得たのであろう。少なくとも交易などで得られる文物ばかりではなく、人的交流も行われており、日本に定住した渡来人も多数いたのであろう。
古代の日本で神話や歴史の主体となったのは、その渡来人であったのだ。
興味深いことに神話の国譲りのシーンは、伝説でなく実際の出来事であると主張する人々が日本に実在するという。それは出雲王朝の子孫と名乗る一族で、改ざんを恐れて文字では記録せずに口伝でその史実を伝えているらしい。
富氏の人々は、遥かな国譲りの時代の出来事を昨日の事のように怒りに肩を震わせて語るというのである。出雲はエドム人の築いた国であったと言われるが、その子孫と名乗る一族は富氏を名乗っているから、部族の名はトミだったのかも知れない。
エドム人 は聖書に書かれているごとく長子の権利と父の祝福を奪われたが、日本では王権を奪われたのである。しかし富氏をエドム人とするのは、不自然な気もする。
エドム人であれば他の名を名乗るだろう。他にもダン族は壇・団・段・團などと名乗っていることを見れば、やはり富氏の部族はトミであったと考えるのが自然だ。
エドム人としたのは、聖書に合わせたのであり、勝者の意図的な改ざんであろう。
聖書でエドムに敵対して憎しみを持っているのはユダ族であり、日本でもユダ族はそれを再現してみせたのであろう。
エドム人はここに住んでいた 。
聖書ものがたり・民数記参照
民数記21:29,士師記3章・モアブ王の殺害参照
熊襲征服 のときに、女装したヤマトタケルは、女だと思って油断した熊襲カワカミタケルをナイフで刺して殺害した。
このくだりと、旧約聖書の士師紀3章・民数紀21章29 ケモシュのモアブ王殺害は、とても似ているのだ。モアブ人 は,ケモシという神を信じた民だった。
写真はここから
牧師さんがよく聖壇で口にすることば・(ウリヤの妻の)パテシェバも悪かったんだとは?なんじゃらほい。
写真はペトラ(Petra=ギリシャ語で岩)の山。この南約50マイル先に死海がある。聖書的なペトラの呼び名はSelaという。左側に見える赤いレンガのような(Sandstone)寺院はエサウ(注;エドム人の祖でヤコブの兄 )の子孫であるエドミテ人によって建てられた (エドムはその継ぐべき地となり敵対するセイル(注:Arabian Mountain of Seir)は継ぐべき地となり.....民数記24〜18)。「彼はカイン人を見渡して,この託宣を述べた。お前の住む所は確かであり お前は巣(ケン)を岩の上に置く。しかし,アシュルがお前をとりこにするとき,カインは必ず,焼き滅ぼされる。(民数記第24章21〜22節)
ダヴィデはアラムを討って帰る途中,塩の谷でエドム人一万八千人を討ち殺し,名声を得た。(サムエル記第8章13節)
モーゼの十戒(YouTube映画)
モーゼでブログ内検索をすると52件出てきます。
古代のイデオロギー
歴史は偶然に繰り返したように見えるが、本当は意図的に繰り返されたのかも知れない。
古代の天皇家(ユダ族)が、日本にいたエドム族から奪ったものは王権の他にも有るという。それは勾玉(まがたま) であるというのだが、三種の神器の一つである勾玉とは本来は出雲の王族だけが身に付けることを許されたものであると前述の富氏は主張する。
アイデルバーグによれば、勾玉の形はヘブライ文字の信仰を意味する という。
八尺瓊勾玉
三種の神器とは何か?
『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は八咫鏡・天叢雲剣と共に三種の神器(みくさのかむだから・さんしゅのじんぎ)の1つ。八坂瓊曲玉とも書く。
大きな勾玉とも、長い緒に繋いだ勾玉ともされ、また昭和天皇の大喪の礼時に八尺瓊勾玉が入った箱を持った従者は「子供の頭くらいの丸い物が入っている様に感じた」と証言している。
「さか」は尺の字が宛てられているが上代の長さの単位の咫(あた 円周で径約0.8尺)のことである。ただし、ここでいう「八尺」は文字通りの「8尺」(漢代1尺約23·9センチ計算で約1.8メートル)ではなく、通常よりも大きいまたは長いという意味である。また、「弥栄」(いやさか)が転じたものとする説もある。
「瓊」は赤色の玉のことであり、古くは瑪瑙(メノウ)のことである。璽と呼ぶこともあり、やはり三種の神器のひとつである剣とあわせて「剣璽」と称される。その存在について、「日(陽)」を表す八咫鏡に対して「月(陰)」を表しているのではないかという説がある。
現在は、御所の中の天皇の寝室の横に剣璽の間があり、そこに剣とともに安置されているとされる。
日本神話では、岩戸隠れ の際に後に玉造連の祖神となる玉祖命が作り、八咫鏡とともに太玉命が捧げ持つ榊の木に掛けられた。後に天孫降臨に際して瓊瓊杵尊(ニ二ギのこと ) に授けられたとする。』
さて、アイデルバーグによると日本武尊(ヤマトタケル)の物語は、エホデが衣に隠した剣でエモシの首領を殺した物語と同じであるという。それがヤマトタケルの場合は少女に変装して熊襲(クマソ)の首領を殺す。
またヤマトタケルの活躍した伊吹の山はヤボク山、死んだノボの荒野をネボの荒野とみなしている。この神話時代の英雄の物語ですらも、ユダヤと関連しているとの指摘は日ユの異常なまでの緊密性をうかがわせるに十分だ。
しかしアイデルバーグは、これ以外にも文字という視点からもより深い日ユの共通点をも指摘している。
それは日本人が発明したひらかなとカタカナという二種類の文字についての指摘で、ひらかなはヘブライ文字の草書とカタカナは楷書とよく似ているという。
カタカナはひらがなと異なり、日本の歴史上で余り使われていない印象だが古くからカタカナを主に使う人々が商業都市『堺』に存在していた事実を発見した人物がいる。
それはごく自然なことで、帳簿付けには楷書が必要となる。
これを発見したのは八切止夫氏で、氏によると堺はエビス島と呼ばれ住んでいたのは日本人ではなく、エブス人であったという。
大阪からはエジプト式の船が発掘されているし、大阪を代表する神の名前も彼らが何者であるかを示している。
大阪人の神『エベス様』は、彼らの民族の名前そのものだ。
しかし、本国エルサレムのエベス人が謎めいた存在であり、現在は明白でなくなっている理由はその存在をユダヤ人が徹底的に隠したかららしい。
古史古伝には漢字伝来以前にも日本に文字があったと伝えるものがある。神代文字がそれであるが、現在では一切を偽書として片付けられてしまっている。
しかし、古史古伝の主張が本当ならば、ヘブライ文字であるひらかなとカタカナが日本の歴史に及ぼした影響は非常に大きいと言わざるを得ない。
その神代文字のひとつにアビル文字がある が、アビルとは古代エジプト人がイブリと呼んでいた人々ではないのか、そのイブリこそがヘブライの語源なのであり、そうだとすればアビル文字こそヘブライ文字なのではないか。
阿比留(アビル)文字とは?
これはサンカ文字
これはアビル文字 。一致する文字は果たしてあるだろうか?
これは桃木文字。アビル文字と共通す文字は確かにある。願わくば出エジプト記のはるか以前のゴシェンの地でセム語を話していた民族がサンカのルーツであることを確認するためにはセム語の資料がほしいところだ。
アビル文字一覧
神代文字総覧
また、イスラエル人がヘブライ文字と呼ぶものはエブス文字 である。
聖書に登場するのはヘブライ人なのであり、そのことでイスラエル人はヘブライ人に深い劣等感を抱いたのではないかと、水上氏は推察する。
エジプト脱出後にユダヤ人をヘブライ人と呼んだのは異邦人であり、ユダヤ人は自分たちをヘブライ人であるとは言っていない様だ。
この事実から恐らくはユダヤ人にはエジプトでの体験が無く、聖書の編纂者にとって極めて面白くない隠蔽すべき事実であったろう。
かつてイスラエル十二部族をイスラエル王国とユダ王国とに分裂させた要因と同様の原因が、十四世紀の日本に動乱をもたらした。場所と時を変え、再びこの対立が発生したのだ。
その動乱の記録『太平記 』には、ユダヤ教の兜巾(ときん=山伏や天狗が頭に着けている )を身に付けた天狗が動乱の始まりを予見する。
それは王権の実質的な性質についてのイデオロギーの違いによる争いであった。
後醍醐天皇の肖像(管理人注 :96代後醍醐天皇の肖像は…清浄光寺所蔵)には、ユダ族のシンボルであるライオンが描かれている(管理人注 :アナトリアのキュベレ信仰か ) 。後醍醐は幕府から実質的な権力を奪おうと画策したが、結局は上手く行かなかった。
後醍醐を権力闘争に駆り立てたものは、遠祖から伝えられているダビデ王の如くに政治と軍隊の両面での実権支配であったろう。政治は幕府に、軍隊は幕府と地方豪族に握られている状況を後醍醐は苦々しく思っていたに違いない。
天皇制とは本来エジプトのファラオをモデルとしているのであり、古のダビデ王のように総ての実権が天皇に無くてはならなかったのだ。
しかし勝利を収めたのは本来のヘブライ型天皇制であった。
この様に考えてみれば、ヘブライ人に対するイスラエル人の強い嫉妬や攻撃性の根っこが何処にあるのか想像がつく。
すべての元凶は聖書なのであり、歪んだ信仰の結果なのである 。それ故に長い時を経て、大いなる大陸と海原を隔てても尚、イスラエル人(特にユダ族)のヘブライ系民族への攻撃が続くのである。
そしてそれが日本の歴史を歪め、真実を闇へと屠り新たに出鱈目な歴史を綴ったユダ族の数々の所業となってあらわれたのだ。
十四世紀、後醍醐の試みもまたその一つであったし、古くは出雲の国譲り、記紀のみを正史とし、他を排除したことも同様の意味があるのだろう。
伊勢の国はイセツヒコとイセツヒメという兄妹の神が、平和に統治していたが突然に天日鷲命が現れて強制的に国譲りを迫る。兄妹はその夜に風を呼び、大波に乗って光に包まれながら東へ旅立ったという。彼らは信濃の国へ行ったと伝説は語る。
水上氏はイセツヒコとイセツヒメが象徴的に単純化されているとすれば、国譲りを迫った天日鷲命の名もまた、そうであろうと予測する。
氏はこの神の名から、有翼日輪 という水平に翼を伸ばした日輪の紋章が連想されるとしている。
有翼日輪は古代エジプトの王権の象徴であり、ツタンカーメンの玉座の背板にも刻まれている。天文学者は日食の時の赤道型コロナが原型と予測しているが、同じ紋章はヒッタイトやペルシャの美術にも見られるのだという。
有翼日輪の謎
ホルス神の有翼日輪の天井画(ホルスまたはホロスは父オシリス母イシスの子どもで弟はセト)
イシスとホロス(ホルス) マリアとイエス
でもですね.......本当は元々教祖ゾロアスターはペルシア北東部の牧畜部族で また有翼日輪は最高神アフラ・マヅダーの象徴です。
ミトラ教とゾロアスター
『ミトラ教のルーツは、古代ペルシア人(アーリア民族)のミトラ信仰にある。ミトラ神は契約神・戦神・太陽神などの多彩な顔を持ち、古くからイラン・インド両民衆の間に絶大な人気を誇ってきたのであった。
紀元前7世紀頃に実施されたゾロアスターの宗教改革によって、一時期、ミトラ信仰の熱は下火になったが、ゾロアスターが世を去ると、彼の後継者たちは民衆のミトラ人気に抗えず、すぐさまミトラ神をゾロアスター教に取り込んだ。』
4世紀のローマ帝国の皇帝で、キリスト教への優遇を止めミトラ教を優遇したユリアヌスは「背教者ユリアヌス 」とも呼ばれる。
この連想は強引に過ぎると想えるが、これは長い伊勢神宮 の歴史では普通に度々に起こっていたことである。その時代ごとの支配者たちは常に最新の秘儀を持ち込んだが、その一方で古い秘儀を破壊することも出来なかった。
その結果として一見して伊勢神宮には不似合いな習慣や、文物が現代に伝えられることになったのであろう。
吉野裕子氏の研究では一時期、中国占星術の影響で北極星が『太一』(たいいつ)として祭られていた時期もあったという。
二十年に一度の皇大神宮の御遷宮では、様々な御装束が用意される。
中でも千年くらい前の記録に残る装束は男性用であったとされ、ここから天照大神は男性ではないのかとの議論が持ち上がった。
今となっては不明であるが、それはもしかしたら太一の衣装であったかも知れないとの予測もできる。
遠い神代のベールの向こうで、入れ替わり立ち代わり時代の覇者がやって来て思い思いのイデオロギーで伊勢神宮を席巻した 。しかし、その覇者たる者たちも遥かな古より連綿と続く神宮の威厳には叶わず、その歴史の重みを完全に払拭するには到らなかったのであろう。
天皇家が避ける伊勢神宮
それでは下鴨神社はどうか?
それが結果として天照と北極星を習合するような、強引な形式となったのだろう。
それにしてもシュメール、ヒッタイト、ペルシャ、エジプトと古代に潸然と輝きを放った総ての文明の痕跡を現代に残す日本とは、日本人とは何者であろうか。
それは単に日ユ同祖論 を凌駕して、人類史の大海原へと私達の眼を向けさせずにはおかない大きなロマンとして、また深い謎となって私の眼前に屹立する結果となった。
過日友人のFが大本教の唱えた日本は世界の雛形だとする論について、具体的に日本の何処が世界のどの場所に対応するかの資料を持参してくれた。
一読しただけではピンと来ないが、こと細かく世界との対応が記されている。
それは日本が地形だけでなく、気候までも世界のミニチュア版として捉え得ることを示している。
最終的な結論は決して見えないが、ユダヤはイスラエル人を含む多民族が渾然一体となって形成されていた。そこには、それ以前のシュメールやヒッタイトといった古代帝国が多民族で形成されたのと同様に、様々な民族がひしめいていたに違いない。
日本が世界の雛形であれば、気候、地形ばかりでなく人種的にも様々な民族の集合体であったとしても不思議ではない。
現在の日本人の無限ともいえる顔の特徴は、そんな人種の坩堝(るつぼ)から産み出されたものであろう。人がそうであれば、人間生活に必要だった宗教もまた世界の各地から持ち寄られたことだろう。
古代世界でも現代と同様に他の事柄と異なり、各々の民族が己の信仰だけは護ろうとしたのかも知れない。それは各々の民族にとって、祖先と繫がる最も重要な儀式として、精神的な糧となり民族のイデオロギーを保つ重要なアイテムであったろう。
太古、日本へ渡って来たユダヤ人もまた、そうしようとしたに違いない。
しかし日本には既に大きな文明の基盤を持った人々が先住しており、ユダヤ人は苦労の末にその中でも一大勢力として中央に座ることに成功したのだろう。
だが前述のように彼らユダヤの狡猾な戦略と戦術を用いても、多くの先住民が根付かせた伝統と歴史の重みを完全には払拭できなかったのだ。
それが現代に伝わる祭や習慣の中に多くのユダヤ的なものを見出しながら、同時にユダヤ的とは言い難い事柄が存在する理由であろう。
現在のイスラエル(ユダ族)とヘブライ人には平和がない。
過去ログ:ユダヤの聖地はアラビア半島?
ユダヤ人にとっての約束の地とは、本当は中東ではなかったのかも知れない。
彼らは東洋の島国に真実の約束の地を見出し、そこで努力し成功を勝ち取り真実のエルサレムを築きあげてきたのだ。
私達の歴史とは古代の渡来人による主導権争いであり、最終的に最もユダヤ系渡来人がより多くの勝利を重ねた結果が、今日の状況なのである。
日ユの不思議な共通点は、記紀神話以前の古き時代から徐々に変質しながらも、醸し出されたものであり決して日ユの専売特許ではない。
それを生活や慣習の中に近代までより強く残したのがユダヤと日本であり、その基盤はより古い文明のカケラであったのだろう。
またそれが、世界の雛形とも呼ばれる日本列島で自然な形で保管されているのは、決して偶然では在り得ない。
聖書的な事柄がイスラエル世界では、強引な手法で残されている様に感じさせるのとは対照的である。やはりそこには、私達には想像の付かない何かのパワーが作用しているのかも知れない。
曲がりなりにも世界的な先進国として発展し、経済力でも軍事力でも一流の国を築いている日本人、しかし自分達の真実の歴史を知らず、自分達が何者であるかさえ知らない。
それが今日の日本人の頼りなさ、優柔不断さに繫がっているのかも知れないと感じる。
だがそれも裏を返せば、無類の柔軟性ともいえる。良い意味で、日本人は世界の民族の中で最も中道を歩む資質を持っているのである。
混迷の極みともいえる現代で、日本人の果たすべき役割は重い。
この時代に備えて、何者かが東洋の端に文明のエッセンスを集め、密かに保管してきたのかも知れない。もしかしたら、その何者かは『真実の神』であるのだろうか。(この連載は「日本とユダヤの不思議な関係」 より許可を得て編集・要約・加筆・写真挿入・解説しています)
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