今、全国で店舗今を急速に増やしているファミレスチェーンが「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」だ。
不景気が叫ばれるこのご時世に、なぜ好調な経営ができるのか? その秘密を探るため、「けん」を中心に展開するエムグラントフードサービスの井戸実社長を直撃した!
■居抜きで出店、設備投資は10分の1
―今年9月で創業丸5年。その間、店舗数280店、年間売上高165億円を突破(ともにグループ全体で)。絶好調ですね!
「ありがとうございます。(『日経流通新聞』の統計によれば)2010年度の外食企業の店舗売上高伸び率では、ウチが前年比230%で1位。しかも2位の会社が約30%なので、ウチが断トツでした」
―ここ数年は外食不況で、どのファミレスも正直、ジリ貧。井戸さんの会社だけなぜ儲(もう)かるの?
「実は、われわれが出店を始めた5年前は外食大手の閉店数が今までで一番多かった年なんです。名だたる外食チェーンの店が郊外の街道沿いからバタバタと撤退していきました。われわれはそこに目をつけ、退店跡に居抜きで入ること(店舗などに、設備や家具などそのままの状態で入ること)に特化したんです。テーブルや椅子、壁の色や照明も前のチェーンそのまま。変えるのは厨房をステーキ店仕様にし、サラダバーを新設することくらい。僕の異名“ロードサイドのハイエナ”は、この手法から名づけられたものです。
居抜き出店の最大のメリットは、ゼロから店をつくるのに比べて10分の1の設備投資で済む点。退店する側も物件の原状回復のコストがかからないから『どうぞ』と譲ってくれるんです」
―でも、立地が悪いから前の店はつぶれたわけです。居抜きだけでお店を再生させるなんて可能でしょうか?
「立地は関係ありません。郊外の奥地で野良猫しか歩いていない所でもわれわれは出店する。理由は明白、家賃が安いから。そこで浮いた経費を商品に還元するんです。すると、逆にお客さんが店を目指して来てくれるようになる。要は、来店してくれるお客さんに感動を与えられるかどうかです」
―なるほど。「うまい!」とうならせる料理を店で出せばいい、ということですね?
「全然違います。『けん』のウリはハンバーグだけど、正直、あんまりおいしくないですし(苦笑)」
―ええっ!? 社長がそんなこと言っていいんですか!
「跳び上がるほどうまくなくてもいいということです。味は『特別うまくないけど、マズくもないよね』で十分。それよりもわれわれがメニュー開発でこだわっているのは“満腹感”です。だからウチのメニューの基本はサラダ、ドリンク、カレー、デザートの食べ飲み放題付きのハンバーグセット。人間は、ある程度おいしいものを食べておなかいっぱいになれれば十分に幸せなんです」
―筋は通っていますが、型破りすぎます(苦笑)。それともう一点、業界の慣例を否定する手法を取っているそうですが。
「常識的な飲食チェーンの経営者って、売上額が200億円を超えるとセントラルキッチンと自社物流を持ちたがります。確かに工場で加工して店に運んでチンするだけだと、商品のクオリティを均一に保てるメリットはある。これは今や業界のスタンダードかもしれない。ですが、僕はこれを真っ向から否定します。自社のセントラルキッチンで食中毒が起きたら、チェーン全体が全滅するでしょう。だから食材の製造・加工はノウハウのある取引先の工場に細かく任せています。
さらに言うと、店ごとの味も均一じゃなくていい。実際、店によって“うまい「けん」”と“マズい「けん」”がある。そして“マズい「けん」”なんてつぶれてしまえばいいんです。そうやって、売り上げ不振店の店長には脅しをかけています」
■「すかいらーく」を怒らせて、光栄です
―そんな井戸社長にとって、ライバルチェーンはどこですか?
「ライバルはあくまでも自分と思ってますが、現実には、すかいらーくさんですね。昨年あたりから『けん』と同じ業態の『ステーキガスト』の新規出店を急加速させていて、現時点で約130店まで増やしてきました。最近では1週間で10店以上の週もあり、出店ペースは増すばかり……。ものすごい勢いで追われてます」
―ファミレス業界の〝巨人?に猛追される今の気持ちは?
「正直、怖いです。でも同時に『憎(に)っくき、ステーキガスト』という思いもあるんです。ウチより後発の『ステーキガスト』は『けん』とほぼ同じメニューラインで価格を10円、20円安く設定しています。そんな店を売り上げが好調な『けん』のすぐそばに出店してくる。その正確さたるや、ウチの売り上げ情報を全部持っているんじゃないかと疑いたくなるほどで、もうライバル心むき出しなんですね(苦笑)。
(すかいらーくグループの)ガストなどを退店させる際、内装をわざわざスケルトン(骨組みだけの状態)にしてわれわれの居抜き出店をブロックしている節もありますからね。でも、逆に考えれば、こんなポッと出のベンチャー企業が日本一のファミレスチェーンを本気で怒らせたのだから光栄です。確かに、すかいらーくさんはこの30年間で一時代を築き上げたファミレス業界の巨人かもしれません。でも、長らくヒット業態を生み出せないでいます。久しぶりに当たったのがわれわれの“パクリ業態”ですよ。なので個人的には、世代交代の時期はもうすぐそこまできていると感じています」
―井戸さん個人の夢は?
「会社を後進に任せ、銀座ですし屋をやりたいと思っています。看板のないカウンターだけの店で、毎晩、お世話になった人だけを招き、無料ですしと酒を振る舞う。そんな夢を持っていますよ。
でも、ファミレス業界でまだやり残していることがたくさんあります。とりあえず、店舗数が400店に達したら“爆弾”を落とすつもり。あるモノを食べ放題メニューに加えたら、競合他社に対してものすごい破壊力を持つんです。爆弾投下の予定はおそらく2年後。楽しみにしておいてください」
(取材・文/興山英雄)
■井戸 実 IDO MINORU
1978年生まれ、神奈川県出身。高校卒業後、「築地すし好」で3年、板前修業を積んだ後、レインズインターナショナルに入社し、立地開発に従事。その後、テレビ番組『マネーの虎』への出演歴のある実業家・小林敬氏のもとで業態開発を、リース会社で財務を学び、28歳でエムグラントフードサービス設立。「けん」をオープンさせた。ブログは『ロードサイドのハイエナ』【http://ameblo.jp/mgrant/】