2011年11月8日03時00分
お歳暮に福島産のコメを。老舗デパートの提案を、消費者はどう受け止めるだろう。
熟れたアケビが枝に揺れる。沢沿いの道を上ると、黄金色の田んぼが現れた。
「どうぞ籾(もみ)を取って、そのまま食べてみて」
農家の古川勝幸さん(54)に促され、東京からのツアー客が稲穂をつまみ、粒を口に含む。記者も試すとほんのり甘い味がした。
10月下旬に出かけた福島県天栄村は、福島第一原発から南西60キロほどにある。日本橋高島屋(東京都中央区)が募った産地見学バスツアーに同乗して訪れた。
■震災直後に助太刀名乗り
原発事故を機に、「福島産」が敬遠されるなか、高島屋はこの冬、全国の20店舗で、お歳暮商品に福島のコメを採用する。
「まずはお客さまに現地を見てもらい、安心を実感してほしい」(中村充・広報担当部長)。ツアーは生産者と消費者との間に顔の見える関係を築く試みだ。
古川さんは全国コンクールで金賞を連続受賞した実力派の農家。農薬や化学肥料を使わない農法にこだわり、昨年もお歳暮に選ばれた。5キロで5300円と値も張る特別の品だった。
だが、震災で一変する。
「もう福島のコメは終わりだな」。長年、ひいきにしてくれた客にそう言われた。独自の放射線量検査で安全を確認しても、注文は昨年の半分しかない。
一方で取引の縁を守り、支えてくれる声もあった。その一つが高島屋だった。
「何かお手伝いすることはありませんか」。震災直後の3月末、担当者が古川さんに電話をしたのがきっかけだった。東北出身の販促責任者が中心となり、9月に「大東北展」を企画。古川さんを招いて講演会を開き、その場でバスツアーの参加者を募った。
田んぼ見学の後、ツアー客は、古川さん宅で新米のおにぎりや芋煮、ヤギの乳をふるまわれた。いずれも地元産だ。大学生の娘と参加した東京都千代田区の長谷川恵美さん(46)は明るく頑張る農家の姿を「想像と違っていた」と感じた。「地元の人が普通に暮らし、コメや野菜を大切に作っていることが分かった」
■ボールは消費者側へ
ただ、最終的に消費者が「福島産」をギフトに選んでくれるのか、高島屋側も不安を残す。
参加した江東区の松田百合子さん(64)は普段から積極的に福島産の野菜を買うが、近所で孫2人を育てる長女(29)は口にしない。「私はよくても受け取って驚く人はいると思う。相手を選び、ちゃんと意図を伝えないとダメかな」
生産者から販売者へ、贈り手から受け手へ。つながりのリレーが、漠然とした不安を超える鍵になる。高島屋はギフト発送の際、被災地応援の気持ちを込めた贈り物であることを説明するステッカーを添える。
福島産の農産物は、苦境にある。福島県農林水産部によると、キュウリやインゲンなどの福島産夏野菜は平年より2、3割安い値で取引された。特産のモモは半値に。これから取引が本格化するコメについては、「業者も、消費者の反応を様子見している段階」(農産物流通課)という。
福島産を応援する取り組みはほかにもある。通信販売会社「カタログハウス」の東京・新橋の路面店も、数百万円の放射線量測定器を導入し、以前から取引のある福島の生産者団体から農作物を仕入れて販売を続ける。だが、もともと食品や製品の安全安心に敏感な利用者が多いため、いくら数値で示しても「買う」「買わない」の判断は分かれるのが実情という。
日本橋高島屋で、お歳暮商戦が始まるのは今月10日。店側が投げたボールを受け取るかどうか、決めるのは私たち消費者だ。期待と不安を抱え、福島から古川さんも売り場に駆け付け、自分のコメへの信頼を直接訴える。(西本秀)