防衛省各幕僚監部の協力により、自衛隊の略称「JSDF」(Japan Self Defense Force)を冠した腕時計が発売されたのは2005年。それは、まるで雲をつかむような手探りから始まった。陸海空それぞれのエンブレムと日の丸が刻印されたJSDFモデルの誕生に至るまでには、中堅時計メーカー、ケンテックスジャパンと防衛省との丸1年に渡る粘り強い交渉があった。
自衛隊の陸海空が足並みそろえて何かを商品化するということは、実は簡単なことではない。しかも、防衛省とのコネクションは全くなかった。同社営業部の丹羽忍さん(35)は、「単純にこちらからアプローチをかけたのが始まりでした」と当時を振り返る。
実際、わからないことだらけだった。相手はもの作りにもビジネスにも興味がないお役所で、しかも大組織。理解してもらいたくとも、担当窓口は一つではない。「私自身、防衛省イコール自衛隊と思い込んでいましたが、それはあくまで組織の一部で、スーツを着ている防衛省のお役人さんもいれば自衛隊の隊員さんもいる。かつ、陸海空と別々の組織。例えば空さんがOKだからといって陸さんもOKとは限らず、担当者も変わってしまう。そこをうまく引き継いでいただき、バランスをとりながら手探りでなんとか商品の完成にこぎつけることができたという感じです」
そんな中、丹羽さんがこだわったのは、正式に防衛省公認といえるようなお墨付きをもらうこと。しかし、現実には「正式」とか「公式」という言葉はどこであれ使用することはできない。かといって、どこまでが正式でどこからが正式ではないという線引きもない。なんとも歯がゆい限りだったが、そこにこだわっていると話が前に進まなくなる。オフィシャルに限りなく近づくための模索の中、丹羽さんは「防衛省本部契約商品」への登録という方法にたどりつく。防衛省本部契約商品とは、主に共済組合を通じて全国260カ所にある基地の隊員から注文を受け付ける福利厚生商品。「ここに登録することで全国の自衛官に事実上、認知してもらえることになる」と丹羽さんは考えた。
さらに、時計に使用するエンブレムなどあくまで提供されたものしか使わないというこだわりも。ホームページなどから取るのではなく、「いただいた物でないと僕らは動けません」ということを切実に訴えた。
こうした粘り強い努力と丹羽さんの熱意が伝わり、今では「JSDFシリーズ」として展開するに至っている。自衛隊には装備品としての時計はないが、災害救助や海外派遣など現場で活躍する隊員や事務方など現役隊員の中には自ら買い求めて愛用する人も少なくない。また、退任時のお祝い品として使われたり、統合幕僚監部の報道官が海外への手土産として持参することもあるという。
試行錯誤の中から生まれた「JSDFシリーズ」。追随してアプローチをかける同業社もあるが、自衛隊はパイオニアとして模索したKentexに一目置き、腕時計では唯一の本部契約商品としての位置づけを開発時から継続している。
kentexはセイコーインスツル(旧第二精工舎)で長年、腕時計の製造、技術開発に携わった橋本憲治代表のもと、1989年に創業。「時計本来の機能を重視しながら高いデザイン性と高品質の時計を適性価格で提供すること」をモットーに、消費者が本当に満足できる時計をめざして商品作りに取り組んでいる。高級ブランドのOEM製造も多く手がけ、その中で培った時計作りの高い技術がオリジナルブランドの「ケンテックス」に活かされている。スイスで開催される時計の国際見本市、バーゼルフェアに1998年より出展。世界的にも高い評価を得ている。また、日本の時計雑誌でも多数紹介され、「本物をめざした高品質な時計をリーズナブルな価格で手に入れられる」と時計マニアのみならず多くのファンに支持されている。2001年には陸、海、空の各シーンで最適なパフォーマンスを発揮するプロスポーツシリーズを発売。「LANDMAN」「MARINEMAN」「SKYMAN」と名付けられたこれらの時計が自衛隊モデルの発想につながっている。