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[30347] 【習作】全てを孕む深淵の幸【オリジナル】
Name: 溺内善武◆d1c39858 ID:ef78e215
Date: 2011/11/06 09:11
 季節の変わり目。
 肌の合わなかった騎士団長という役職からようやく退職して、ハンターになろうか真剣に悩んでいた頃。
 貯めていた金がそろそろ無くなろうとしていた俺は、街でそこそこ知られている、言い方を変えれば、街の人くらいしか知らないような近場のマイナーな迷宮に忍びこんでいた。日の沈んだ夜の空気は冷たくて、闇に呑まれた迷宮内は不気味なほど静寂に、その本性を潜めている。
 月の光すら届かない深い森の中に、まるで隠れ潜むように作られた迷宮の中、騎士団に所属していた頃から愛用していた剣を抜いて、あまり得意でない魔法で周囲を照らし、辺りを警戒しながらゆっくりと歩みを勧める。
 何でも、迷宮に何かが潜んでいるらしい。
 迷宮なんだから、魔物がいてあたりまえなのだが、実はこの迷宮、魔物が潜んでいないことで街の人に知られていたりする。それはとても珍しいことで、魔族研究者達の間では結構有名だったりするのだが、強大な力を持つ魔物を打ち倒すことを誇りとし、その果てに待つ財宝を得ることを喜びとするハンターの間では興味の範疇外なのである。
 だからこそ、その報告は無視ができないもので、報せを受けた駐屯兵は確認するしかなかった。
 大方何かの冗談か何かしらの理由で入り込んだ動物であろうと、生真面目な兵士は何の警戒もなく迷宮に向かいそれから帰ってくることはなかった。消息も掴めず確認に向かった兵士も同上、街の駐屯所は無人でもの悲しいもぬけの殻になり、その異常は騎士団に伝わるより早く街中に噂話として伝わった。田舎の特徴というのか、特権というのか、実に恐ろしいものである。
 そんな感じで、当然俺にもそのネタは尾びれのついた状態でお裾分けされた。魔王が住んでるとか、竜が潜んでいるとか、耳の痛くなる、肥大と誇張に、俺は愛想笑いで対応したものだが、賊にせよ、魔物にせよ、何かが潜んでいるのは間違いないようだ。
 そうして日の沈もうとしていた夕暮れ時、俺のところへ直接お願い――――というより、依頼が入った。相手は領主。礼儀として無礼のないように対応する。依頼は当然というか、それ以外あり得ないというか、これ以上ないほど簡潔で予測可能だった。

 ――――魔物を退治してほしい。相応に金は払う。

 申し訳なさそうな顔でそんなことを言われた。
 本音は断りたかったが、無視出来ない理由がいくつかある。
 一つは、俺が元騎士であるということ。元でも罪なき庶民の明日を守っていたものとして、もはや関係ないではあまりにも人してあれである。
 二つめは、金だ。退職以来、何もせずに惰性に生きてきた俺へのつけというか、そろそろ引きこもり生活に終止符をうたなければ、だらだらと引き延ばし続けてしまいそうなのである。そう考えると、縁を切るには絶好の機会なのかもしれない。
 だがしかし、久しぶりに持ってみた剣の感触は、昔を思い出して億劫だった。
 人を殺すことと、魔物を殺すこと。それの示す意味なんて、見当もつかない無解決な疑問のままなのだが。



 迷宮の中に漂う空気が徹底して人を拒み、踏み出す度に息が詰まる。
 大量の屍が転がった大戦後の戦地みたいだ。
 迷宮は別れ道もなく四角の通路が一直線に伸びている。魔物と遭遇する事もないまま、難なく進むことができた。それでも、奥に進むほど空気は濁り、足を踏み出すのが躊躇われる。
 しかしまあ、異常な空間なんてもはや馴れた不吉であることも確かだ。今更、純粋な恐怖とか、普通の感性を自分に求めるのはお門違いな注文だ。この先で待つ真打ちなんて、想像しても意味のないことをあれこれ考えている場合じゃない。これから殺す奴がどんなやつでどんな存在でも、恨みつらみのない殺す側からしたら、関係のない話だ。興味はあるが、それもじきにあかされる。
 踏み込んだ少し開けた空間には、黒いコート姿の男が床に腰を下ろしていた。
 ちょうど、お互いの姿を俺の灯りで確認することができる距離。
 目が合った。



 すでに勝負はついていた。



 否、この迷宮に踏み込んだ時点で、俺の狩りは終わっていたのだ。始まる間もなく、終わってて、気づきすらせず、死にに来た。
 呆気なく手も足もでないとはこのことで、実に静かな終わりだった。
 反抗すら許されず、命乞いすら言わせてもらえなかった。
 騎士としての誇りとか、意地とか、滑稽すぎて無意味すぎた。
 結局のところ。
 自分が狩る側だと思い上がりもいいとこの、狩られる側の勘違いだった。笑える。なんて愚かだったんだ、俺は。
 なんてことはない、人間社会において強者と位置付けられた俺は、魔族にとってはとるにたらないただの弱者だったのだ。俺は人間で。いくら強いとはいえ、人間を越えたわけではないわけで。どこまでも人間で。しょせん人間に人間は越えられず、今までの人生の頑張りも虚しく、結局俺はまっとうに狩られる側としての人生を歩んできただけだったらしい。
 不思議と悲しくはなかったけれど、だったら人間の生きる意味が全てそうなのかと思うと、かなり切なくて、意味もなく泣いてしまいそうだった。
 底抜けに真っ暗な闇が俺を引きずり込む。そこに光が入り込む余地はない。
 抵抗など無意味であることも知っていた。
 ただ俺は、底の無い闇を見つめ、ぐしゃ。


      ▽


「ここももうだめだな」

 一切の光ない、闇の中に潜む生き物。
 残念そうな言葉は闇に残響する。

「おいしいもの食べたし、そろそろ戻るか」

 再び迷宮に生き物は消えて、誰もいなくなった。
 残ったものは、床一面に広がった、闇に染まった血痕と、誰かの剣だった。



[30347] 孤独愛惜~1~
Name: 溺内善武◆8cdbf203 ID:ef78e215
Date: 2011/11/04 12:57
 鮮やかな装飾の施されたその広間には二人の人影があった。外光の無い暗い室内を、床に刻まれた大きな魔法陣から灯る青白い光が照らしていて、まるで夜空を魅せる月光みたいだった。
 ただっ広いその居間に二人というのもずいぶんともの悲しいものであるが違和感は感じられず、まるでそれがあたりまえみたいに、自然で二人でいることが当然でそれだけで十分満たされているみたいだ。
 さしずめ王のようにその居間の奥の椅子に腰掛ける黒髪の女は、人とは思えない完璧すぎる容姿に柔かな笑顔を浮かべている。まるで最高の技量を持った職人がその能力を最大限に生かし、何年もの歳月を削って作り上げられた最高傑作と言われても納得できる、なんとも説明できない、言葉では何も伝えられないくらいの美しさと優雅さと、とにかく神は一体どれだけの犠牲を払って彼女を作り上げたのだろうか。故に彼女の容姿を語ることは不可能であり、絶世の美女も裸足で逃げ出すような、とそんな簡単で陳腐な解説をしたところでそれは何の答えにも適当していないため、当然間違った解釈をする相手に失礼であり、何より彼女にたいしての侮辱であろう。
 言葉では何も伝わらない。彼女ほどその言葉の似合う存在もいないだろう。
 想像を超える神の最高傑作たる美女は、所詮人間の作り出した言葉なんかで語ることなんてできやしないのだ。
 彼女は真っ白なまるでウエディングドレスのような装飾の施されたドレスを着て、そこからのぞく白い人肌は判断がつきづらい。線の細い華奢な体つきはどこまでも女性らしく、守ってあげたくなるか弱さと、それでも頼りたくなるのは彼女の強さか。全てを見透かすような綺麗な黒い瞳は、見ているだけでどこかに墜ちてしまいそうだ。
 そんな一目惚れをすること間違いなしの彼女の和やかな笑みの先にいるのは、黒いコートに身を包んだ黒い髪と黒い瞳を持った男だった。
 その瞳はさしずめ夜空のように透き通った透明で、であればこそそこから見出だせる無感情は闇みたいな黒色で、嘘みたいに綺麗であるけれど、見たくもないほど悲しくなる。物事の全てを何とも思わないような目。人を人とも思っていないような目。女性の目が全てを見透かす目だとするのなら、彼の目は見ることを止めた目と言えた。
 彼の華奢な体躯はまるで女性のような弱々しさなのだが、人並みより長身なため多くの人間は自然と見下される形になる。
 彼らを取り巻く空気は一言、異質につきる。
 女は満足しているように微笑むが、男は何とも思ってないようにニコリともせず。女は幸せですといわんばかりの雰囲気で、男は何とも思えない雰囲気で。
 男は無表情で何とも思っていないように口を開いた。

「幸せそうだな、姉さん」

「当然じゃないそんなこと。今日も貴方と会えたことに感謝して、貴方と会話できることに歓喜して、何より貴方と共に同じ場所に生きているんだから。私はとっても幸せよ、デイド」

 まるでありふれた言葉みたいにそんなふうに口にして彼女は笑う。誰でも言えること。けれど彼女ほど本心から言える者は一体この世に何人いるのか。だとすれば、そういうことも彼女の幸せの一つなのかもしれない。
 だが、男――――デイドはどうでもいいようにどうでもなかった。
 目付きの悪いその瞳の奥すら覗けてしまいそうで、何もなく何もせずに何も感じていない。

「それはとっても幸せなことだな。それで、何のようだ姉さん。ただ会いたかったってだけじゃねぇだろ」

「あら、いけないかしら?」

「帰るぞ?」

「半分冗談よ、半分冗談。怒らないで」

「だったら、その半分を早く話してくれ」

「せっかちねぇ、誰に似たのかしら?」

「さあな。姉さん以外の誰かだろ」

「好きよ、デイド」

「俺もだよ、姉さん」

 突然すぎる告白に即答するデイドに、女性は満足そうに微笑んだ。

「じゃあ愛すべき人に恋するが故の本題を語ろうかしら」

 王座に背もたれながら、彼女は語る。
 それは命令という告白でありながら、愛という願い。

「北の街ライトスノーの迷宮に潜む白雪のフラントを堕としてきて」

 ピクリと、デイドの眉が動いた。

「孤独な巨人――――確か、そんなふうに聞いたことがあるな」

「その通り。魔族血族のいない、唯一孤高にして魔王を除けば最強とも誉れる雪国の巨人よ」

 何か楽しそうな声が居間に響く。

「けど、所詮孤独じゃあいくら強くても哀れなだけ。だとしたら、もったいないじゃない?使えるものを使わずに、腐敗していくそれを見て見ぬふりをするなんて、私にはできない。使えるものは使います。それが他人の全てでも。卑しい私の為に、愛しい貴方の為に。だからこそ、貴方に食らってほしいの」

 そこに優しさの色は皆無で。可哀想ではなく、もったいないと。まるで食事みたいな扱いで彼女は語る。残したらもったいない、ちゃんと食べないと。まるでご飯みたいに。彼女にとっては、巨人なんてそんな程度でしかないのだろう。
 ただ、哀れ。どこまでも高みから、どこまでも見下して、まるで世界は二人のためにあるみたいなそんな錯覚をおぼえてしまう無敵さ。

「……………知らねぇけど、姉さんがそう言うんならそうなんだろうな」

 それでも彼は何ともないようで、けれどどこか呆れたように言った。

「頼まれてくれるのね?お姉さん嬉しいわ」

「そもそも拒否権がねぇだろ。姉さんの頼みなら聞くさ。あんたが姉さんであるかぎりはな」

「そう、それはよかったわ。何か、出発するのに必要なものはあるかしら?」

「何も。セツナを連れていく。それで十分だ」

「そう、あの女を」

 それで初めて、今まで温かかった彼女の笑みが冷たいものに変わった。
 口元は歪んでいるものの、細められた瞳は笑っておらず、やがて手元にあった白い扇子を開いてその口元を隠した。口元が隠され、その冷たく細い瞳だけではもはや怒っているとしかとらえられないのであるが、その視線の先にいるデイドは何ともないようにその瞳を無感情に見つめ返していた。冷たく剣呑な視線と、何もなく何もない視線。今にも破裂しそうな緊張が張り詰め、そして根負けしたのは美しい彼女だった。
 扇子を音を立てて閉じて、剣呑な雰囲気も四散した。

「いいわ。許します。彼女は貴方の一部。ならば、共に行動しないのも可笑しな話。普通なくらいどこまでも普通。そういうことにしておくわ」

 一切納得していないように不服そうに、まるで自分に言い聞かせるように彼女はそう言った。

「寛容な計らい感謝するよ姉さん。じゃあ、俺行くから」

 力なく手を振って、彼はその場から消えた。床に刻まれた転送魔方陣が、卑しく光っていた。
 彼女はただ一人、その名残を見つめていた。泣きそうな表情で、悲しげに目を伏せて。
 その美しさは、やはり語ることもできずに。


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