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[30378] 【習作】青に帰せず【HxH トリップ 女オリ主】
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/07 23:30

hxh 青に帰せず 1


  私が怒られるときに言われる言葉で、もっとも多いのは「ぼさっとするな」である。
  そして口汚く言うなら、「ぼさっとしてんじゃねーこのボケ!」となる。もちろんよく言われる。

  その時も、他人からすれば、ぼさっとしていたのだろう。そうでなければ、突然、別の世界に迷い込むなんてことは無かったかもしれない。

  肝心の時になぜ、ぼさっとしていた、なんて言われそうな状態にいたか。最近、思い出した。
   交差点の向こう側に、ものすごくもふもふしていてふわふわとした、真っ白な毛並みの大型犬がいたからだ。ついつい観察してしまった。

  四本の足への体重のかかり方。骨格と、それに沿うような筋肉。もふっとした毛の内側の体躯。
  3DCGで作られたモデリングをぐるぐると回すみたいに、私の頭の中にもふっとしてふわふわな犬を作っていたのだ。
  実際に彫刻作品として作るなら素材はウレタン樹脂だな、とか、サイズは3サイズくらい作って並べて展示したいとかまで考えていた。
  観察と脳内デッサンと妄想で、頭が一杯だった。いくら美大だからといって、もう卒業を半年後に控えている成人としては、確かに注意力散漫というか、盲目的過ぎたと思う。
  でも美大生の性ですと言い張るよ、私は。

  白くてもふっとしていてふわふわな犬が不意にいなくなったと思ったら、あれはたぶん、いなくなったのは私だった。

  脳裏にちらちらと真白いワンコが映る中で、あれ? とか、おや? とか、比較的冷静に驚いていた。
  そしてあまりにも早くにハイドさんが登場したので、脳内比率はもちろん、美形のおじさま>白いわんこ>ここはどこ? に成り代わった。仕方がない。素敵に美形で紳士っぽいおじさまが出現したら仕方がない。

  まだ名前を知らなかったハイドさんに問われるままに、あれこれと私は喋った。私の目はハイドさんに釘付けだったので、その時何を聞かれたかはよく覚えていない。
  ただ、しばらくのあとに、ふっとハイドさんが微笑んで(それはもう眼福でした)子供を育てるのも面白いかもしれないと言ったのは覚えている。
  ずいぶん背の高いおじさまだと思っていたから、子供と言われて驚いた。けれども確かに私は子供になっていたのだ。成人していたというのに、つるぺたぷにぷにになっているとは驚きだ。アンチエイジングもほどほどにすべきである。

  つるぺたとは言え、およそ10歳ほどの子供になった私をハイドさんは苦もなく抱き上げた。大人になってから萌えシチュになるために、体験することは非常に難しい子供抱っこだった。紳士が幼女(自分であることは目をつむる)を子供抱っこ。
  もちろん私が得意のぼさっとした状態になるのも仕方が無い。めくるめく幸せワールドだったことは断言する。

  そんな私だったせいで、あれよあれよという間に、ハイドさんことハイドレンジ・ブルーバック、40歳独身男性で美術商を営む素敵紳士の養女になった。
  戸籍はなにやら電話一本で作っていた。よく分からない世界だったように思う。



  さて、養女な幼女になって一年。この世界の常識と文字の読み書きをようやく覚えた頃だ。
  ハイドさんが一年経ったから誕生日プレゼントをやろうと言って、普段は入れて貰えない地下倉庫に連れて行ってくれた。ここにある物を一つだけ私にくれるのだと言う。
  よく選べと一言残して、ハイドさんは倉庫を出て行った。


  興奮した。

  そこにある物は全てがキラキラしていて、本物の芸術品だけが持つ圧倒的な存在感を放っていた。
  誇り高く鎮座する日本刀や、異様な空気を吐き出す謎の彫刻があった。全てが仄かにライトアップされていて、湿度と温度が適正に保たれた、彼らのためだけの空間だった。
  のめり込むように見て回っていた中で、それを目にした時、私の意識が丸ごと攫われた。

  それは真白く漂白された、何かの頭骨だった。上顎と下顎がセットになっていて、歯の間には丁寧に布地が挟まれていた。
  歯並びから考えるに、肉食動物のようだ。
  夜の海を思わせる濡れた黒色をした布団に載ったその頭骨は、モチーフとして見慣れたどの頭骨とも違う箇所があった。

  角だ。

  それはもう長く鋭く、ぞくぞくするほど美しい刃物のような真っ白な角だ。
  私の知っている頭骨は、骨と角との分かれ目がはっきりとしていて、決してなだらかな流れはなく、骨と同じ白さを持ってはいなかった。
  作り物のような不自然さと、失われた生命の残り香を同時に感じた。矛盾だ。けれど、同時に魅力だった。
  ふぅ、と微かに息をついた時、私は自分が呼吸を止めていたことに気付いた。ばくばくと心臓がうるさく鳴り響く。深呼吸を繰り返して、体を落ち着けようとする。

  ーーそれでも目は離さなかった。





  どれほどの時間を見つめ続けたのか。
  いつの間にか背後に立っていたハイドさんに声をかけられた時、足が棒のように固まり、握りしめていた手が冷たくなっていた。
  それが欲しいのかと聞かれた。息を詰めていた喉ではすぐに声を出せず、掠れた声で欲しいと言った。
  これがいい。そう、確かに伝えた。

  肩越しに伸ばされた手が、黒色の布団を柔らかく持ち上げた。光の角度が変わり、まろやかな光が反射する。
  目で追っていた私の手元に下ろされて、お前の物だと囁かれた。体が震えた。
  手のひらが汗ばんでいたから、ぎゅっぎゅっとズボンで拭ったのを覚えている。とてつもなく神聖なものを受け取る気持ちだった。
  手に取った布団は柔らかくて、そして軽やかだった。頭骨の重みを仄かに感じられた。
  捧げ持つようにして、真っ白に穴のあいた眼窩と見つめ合う。
  地下倉庫の片隅ではあったけれど、洗礼を受けるような厳かな雰囲気を感じていた。頭骨から受ける圧力は穏やかに私を包み込み、とても安らかだった。


  それからの私は、生活のほとんど全てを頭骨のために使った。
  ハイドさんに何という名前の生き物だったのかを聞くと、既に絶滅していると前置きして教えてくれた。

  もう脈動する姿を見れないということに、絶望にも似た気持ちだった。
  それでもその生き物について知りたくて、街の図書館や書店を回り、インターネットで注文してまで関連書籍を手に入れた。
  ハイドさんは私の執着に何も言わず、必要なものを先んじて用意してくれたことが有難かった。

  毎日、リス毛のブラシで手入れしたあと、頭骨を必ず視界に入れながら読んだ。離れたくなかった。寝る時は枕元に置いた。
  図鑑や研究書を読んではそれをノートにまとめ、読む本が無くなればひたすらにデッサンした。
  上顎と下顎を個別に描き、あらゆる方向から観察した。想像上の断面図も描いた。研究書を参考に生きていた状態を思い浮かべて描いた。

  模型も作った。木彫でも塑像でも石膏でも作った。針金でも作った。ペーパークラフトも自分で展開図を作って、自分で組み立てた。
  夢にまで詳細に出てくるほど、観察し理解し、作った。それでも息遣いは無かったし、脈を打つことも大地を駆けることも無かった。
  ーーそして、この種族の最たる特徴が輝かなかった。
  体組織を自在に操り、角や鞭のような触手を出し入れできたという。イヌ科の最強種であり、魔獣として誇り高く君臨していた姿。

  見てみたかった。触りたかった。体を変形させるメカニズムを知りたかった。
  それは恋だった。叶うことなど望むべくもない、焦がれるばかりの恋だった。

  真っ白な獣へ馳せていた想いは存外に強く、日に日に形を成していくようだった。頭骨を撫でれば柔らかな毛並みを感じ、枕元では微かな呼吸音が聞こえる。幻覚、幻聴が続いた。
  さすがに良くないかと思いハイドさんに相談したら、片眉を上げただけで、大丈夫だ不安がることは無い、と言われた。
  ついでに頭を撫でられた。





  ある朝目が覚めて、癖になっていた、頭骨を撫でようと伸ばした手が、もふっとしてふわふわで、指通りのいい温もりに触れた。びっくりして手元を見ると、私の顔なんて一飲みできそうなオオカミがいた。
  真っ白な被毛に覆われた、精悍な顔立ちのように思う。きらきらとこちらを見つめる黒い瞳。宝石のような輝きは虹彩だろうか。
  目を合わせて、理解した。
  これは、あの頭骨である。あの美しい頭骨を持つ生き物が、今まさに目の前で、息づいている。
  
  起き上がって、その耳のあたりをぐしぐしと撫でながら疑問が浮かんだ。意味のないことだけれど、つい口に出してオオカミに問いかけてしまう。

「お前、角は?」

  問いかけを理解したとでも言うように、撫でていた私の手から離れていく。
  ぶるりと体を震わせるような動きをした後、大きく首を振った。たぶんその瞬間だったんだろう。
  頭骨だった時よりも更に長く、攻撃性を増したような、真っ白な角が眉間から生えていた。
  刀とでも言うべきその角は滑らかな石膏のような輝きを見せる。きっと軽く振るうだけで、私を袈裟斬りにできる。
  美しい恐怖だった。

「体組織を操るってやつ?」
「うん」

ーーうん?

「喋った?」
「喋るよ?」
「何で?」
「何でって何で?」
「え?」
「え?」

  何やら食い違っている気がする。もしかしたら夢を見ているのかもしれない。
  もやもやとした思いを抱え、けれど夢ではないことには気づいている。とりあえずは、ハイドさんに報告せねばならないだろうと思う。

  角を納めた真白いオオカミの頭をするりと撫でて立ち上がる。普段着のワンピースに着替えて、リビングへと階段を降りる。
  オオカミは尻尾を振りながらついてきた。150cmほどの身長の私の、腰あたりに頭があるオオカミだ。ぶんぶんと振られる尻尾は壁に当たり、軽快な音を立てている。
  微笑ましいやら苦笑すべきやら。

「おはよう、リノ」
「おはようございます、ハイドさん」
「後ろのは……ルールークウルフだね?」
「やっぱり、そうですよね? 朝起きたら……」
「混乱しているか。ーーちゃんと説明しよう」

  食卓へ促されて、自分の席に座った。オオカミがするりと私の横に腰を降ろした。
  胸の高さにある鼻先を撫でてやったら、満足そうな鼻息が私の髪先を揺らす。

「食べながらでいい。聞きなさい」

 ほこほことしたベーコンエッグと、蜂蜜のかかったフレンチトースト。そして茹でられたブロッコリーが乗ったお皿が並ぶ。
  ハイドさんはコーヒーの入ったマグだけを持ち、私の正面に座った。

 とてもリラックスした、いつも通りの朝だった。突然肉体を持った頭骨の存在は、その日常を壊すようなものではなかったのだ。
  大丈夫なことなんだと感じた安心が、ふわりと体を温める。緊張していたんだなとそこで気付いた。
  
「いただきます」

  朝食を食べながら聞いた話は、あまりにもファンタジーが過ぎていて、逆にしっくりきてしまった。

  念という技術の存在を知り、傍らに座るルールークウルフが私の能力であることを理解した。具現化系と呼ばれる一系統の、天然物と呼ばれる能力者。
  念の篭った頭骨を得て、元々素質のあったらしい私の能力が開花したのだそうな。

  頭骨が持っていた残留オーラと、私自身のオーラが混ざり合い、ルールークウルフの具現化が成り立っているらしい。
  それにより通常では難しい、自立した意識、自我を持つ生物の具現化を成し得ている。僥倖だ。
  私のオーラは、頭骨の残留オーラの影響を受けて目覚めたようで、どこか獣じみているとハイドさんは笑った。
  私は笑えない。念能力者と出会ったとき、何だこの野生児と思われるなんて悲しいじゃないか。
  これを機に念の修行をつけてくれるらしいので、そこで矯正していこうと思う。

「今のお前なら見えるはずだ。指先をよく観察してみなさい」

  そう言ってハイドさんは、one for allとでも示すように人差し指を立てる。
  よく分からないながらもじっと集中してその指先を見つめると、もやもやとしたものが花丸を描いているのが見えた。
  そして、何故今まで見えなかったのか驚くほど、あちこちにその湯気が見える。

  ハイドさんの体はもちろん、私自身の体を包み込み、手に持っている銀食器にも、壁にかかった絵のサインにも、店に繋がるドアノブにも、その湯気がくっついていた。

「その湯気のようなものがオーラだ。能力者の体を包み、非能力者は垂れ流している。才能のある者が無意識にオーラを込めている場合もある」

  オーラの篭った作品が、逸品の芸術品であることが多いらしい。
  部屋に戻ったら自分の作品にオーラが宿ってないか見てみようかな。

「具現化されたルールークウルフはリノの能力だ。名前をつけてやるといい」
「名前、ですか? ペットみたいに?」
「それでもいいが、確固たる存在にするという意思を持って考えなさい。それがそいつの名前になり、能力としての名前になる」

  無意識にオオカミと目を合わせていた。
  この強くて美しい、気高い獣が私のものなのだという。私が作った生き物。私と一つの命を分け合っている存在。たった一つの命。
  オーラの存在を感じ取れる今なら、確かにオオカミと私が繋がっていることが分かる。

  この湧き上がる感情は何だろう?
  優越感? 独占欲? 充足感?
  何にせよ、歓喜だ! 間違うこともないほどの喜び!
  畏怖とも思慕ともとれるこの感情が呼び起こした閃きを、私はそのまま口に出した。

「ルク。お前の名前はルクだよ」
「なまえ? ルクのなまえ、ルク?」
「そう、お前の名前」
「わかった、ルクの名前!」

  私よりも大きそうな体躯だと言うのに、言動は幼く。ルクは、千切れんばかりに尻尾を振り、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
  ふふっと笑い声を上げながらその頭を撫でてやった。

「神話からか?」
「はい。大袈裟でした?」
「いや、よく合っているんじゃないかな」

  微笑んでくれたハイドさんに、照れ笑いのままありがとうを告げる。


  慈しんでくれるハイドさんがいる。
  そして、唯一無二、私が居なければ成り立たない、愛おしい存在のルクがいる。

  今、私は幸せだ。




_____________________


大神(ルク)
具現化系能力者、リノ・ブルーバックの能力。
絶滅したルールークウルフの頭骨を媒介に具現化する。
頭骨の残留オーラ(死者の念に近い)も取り込んでいるため、確立した自我を持っている。
リノとは深層心理、もしくは第六感に近い部分で意識を共有しており、無意識下での意思疎通が出来ている。
誓約と制約:唯一無二と決めたため、この能力以外の発を持てない。


____________________


hxhが再熱したので、発掘したものに手を加えました。
わんこもふもふと、庇護者に依存気味少女がやりたい。
のんびりいきます。

20111103


誤字修正しました。
ご指摘ありがとうございます^^*

20111104



[30378] 青に帰せず 2
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/04 20:33



青に帰せず 2



  ハイドさんの営む店舗兼自宅は、訪れる客層が特殊なため、市街地から少し離れた所にある。歩いて30分くらいの距離だ。

  ルクと出会って以来、ハイドさんは私を伴って街まで出かけることが減った。この地域は女子供が一人で出歩くには、多少の危険があるらしい。
  そんな中でルクは、威嚇にも実力でも最適な護衛だった。

  ルクと出かけるようになってから、私はあるものを作った。一頭引き荷車(御者台付き)である。
  ノーパンクタイヤを四輪付け、薄い鉄板と合板を組み合わせた作りだ。
  見た目はフランダースの犬に出てくるものを弄くって、手すりと足場を付けた感じ。
リアカーよりは重いけれど、さすがはルールークウルフとでも言えばいいのか、ルクにとって荷車を引くのは何の苦でもないらしい。散歩感覚で引いてくれる。

  今日もルクに引いてもらっての買い物に出ていた。
  最近は料理を任せてもらっていて、食料の買い出しは私の仕事になっている。
  ルクに引かれて20分ほど、木々に囲まれた家が見えてきた辺りで、私とルクが同時にそれを感じた。

「リノ、どうする?」
「ちょっと怖いね。でもハイドさん居るし、大丈夫だと思う」
「うん、わかった」

  店舗から、とても大きくて力強いオーラが三つ、隠す気を感じられないくらい放たれている。
  私はルクの鼻を通してオーラを感じ取れるようになった。初めて"円"で探知するのと近い効果を得た時、ハイドさんのオーラの"匂い"を覚えた。柔らかくても圧倒されるようなオーラだ。

  今、店から感じられるのは、ハイドさん以外のオーラは、理知的でありながらも暴力の片鱗を見せていて、少し怖い。
  大丈夫とは言ったものの、ルクは警戒を緩めない。
  自我はあるけれど、私の無意識とリンクしているようで、きっと今も私の怖いという気持ちに反応しているのだろう。

  荷車を自宅側の裏口に止め、ルクを繋ぎから外す。荷物を手に玄関に行くと、中からハイドさんが開けてくれた。
  まだ店舗に客のオーラがあるのに。

「おかえり、リノ」
「ありがとうハイドさん。ただいま」
「今、客が来ているんだが、お前に見せたいものがある。荷物を置いてからでいいから、店側に来てくれ」
「はーい…?」
「奴ら、バカみたいなオーラだが、俺の領域内での一方的な暴力行為は禁止させてる。安心していい」
「なるほど、分かりました。すぐ行きます」

  今までならば、客がいる時は自室か書斎にいるようにと言い含められていて、普段からも店側には近づかないようにしていた。
  来いと言われたからにはもちろん行くけれど、それでも戸惑いはある。
  ハイドさんがいる限りはほとんど絶対的に安心しているので、店から感じる激烈なオーラにもさほど怖がっているわけではなかった。
  けれどハイドさんは私の戸惑いを不安と捉えたらしく、去り際に柔らかく頭を撫でて行った。
  ちょっとだけ店側へ続く戸を見つめ、溜息を吐いた。ハイドさんは私を子供扱いしすぎる。
  頭ぽんぽんされて落ち着いてしまう私も私だけど、精神年齢が成人してることを伝えたはずなのに、どうもちびっことしか思っていなさそうだ。

  荷物を改めて持ち上げて、冷蔵庫の横の作業台に乗せる。
  後ろを着いて来ていたルクが咥えていた袋も乗せ、卵やら牛乳やら、痛みやすいものだけさっさと冷蔵庫にしまう。

「ありがとね、ルク。行こうか」

  ルクの返事は、するりと頭を擦りつけるだけだった。まだまだ私の中には不安が燻ぶっているらしい。
  そっと戸を開けて、向こうを覗き込む。カウンターの後ろの棚裏に繋がるので、すぐにハイドさんの背が見えた。

  振り向いたハイドさんに手招かれた。近くまで行くと、カウンター向こうにお客さんが見える。
  男二人と女一人で、全員が素晴らしいオーラの持ち主だ。
  姿が見えないうちは恐ろしいほどの圧迫感だったのに、いざ目の前にすると、洗練されたオーラが満ちていて圧倒的な強者に膝を折りたくなる。
  ルールークウルフのイヌとしての感覚のようだ。

「ハイドレンジ、この子供は?」
「俺の子だ。拾った子だが、戸籍は実子として登録してもらった」
「もしかしてシャルに依頼したのってそれかよ」
「そうだ。よく覚えてるな」
「そりゃあな。あんたが名指しで、しかも興味の無さそうな分野で頼んでたしよ」
「なるほどな」

  じっとこちらを見つめる理知的な男の隣に立っている、髪の長い痩身の男が、真っ先に私のことをハイドさんに尋ねた。
  いつもハイドさんと呼んでいたせいか、ハイドレンジと呼び捨てられた名前が新鮮だ。
  後ろの方で棚の商品を眺めていた女性も、ちらりと目を向けてきた。きっと彼らはハイドさんと長い付き合いなんだろう。
  そして私のことは知らされておらず、興味があるといった様子。

「これはリノという。才能がありそうだったんでお膳立てしたら、半年ほど前に精孔が開いた。同時に能力にも目覚めたんだが、まださほどの鍛錬はさせていない。身体も出来てないしな」

  あまり饒舌ではないハイドさんが、私の念について話し始めた。
  念については、ほぼ他言無用と教えてもらったのに、いったいどういうことなのか、想像がつかない。

「それを俺たちに言って、何がしたいんだ?」
「前提を知らせた上で、依頼したいことがある。特にクロロの場合、必要以上の興味を持たせたくないからな」
「……念か」
「そうだ。他言できない」
「厄介な能力だな」
「褒め言葉だな。ーーそれで? 話は聞いてくれるのか?」
「いいだろう。だが、依頼を受けるかは聞いてからだ」

  クロロと呼ばれた男は、カリスマと知性を感じさせるオーラを持っていて、信仰してしまいたくなるような魅力がある。
  厄介だと呟いた時のピリピリとした殺気が心地良かった。
  どうしようもない程の実力差が明白で、イヌの本性が、支配されている感覚に喜びを感じている。
  ルクを見ると、神妙な顔で彼を見上げていた。

「リノの能力である"大神(ルク)"は、絶滅したルールークウルフの頭骨と残留オーラを元に、消滅した体躯を再現し具現化する。そのオオカミがそれだ」
「ほぉ……魔獣の中でも最強種だな。具現化してるとはいえ、自我はあるのか?」
「ある。おそらく残留オーラを使っているからだろうな。具現化系の中でも特質に近い。ーー制約は"この能力しか持てない"、だ。分かったなクロロ」
「そうか、残念だな」
「ここからは俺の想像だ。ーーおそらくリノは、ルールークウルフの骨を使って、能力を底上げできる。これはルールークウルフの細胞操作を考えてのことでもあるんだが、残留オーラを持つルールークウルフの骨であれば、ルクに取り込めるだろう」

  静かな声が解説し、仮定する話は、私でさえぼんやりとしか感じていなかった事だ。ルクについていくつも質問された覚えがあるので、それらを受けてハイドさんが考えたんだろう。
  落ち着かない様子のルクが、掌に頭を擦り寄せる。そのままゆるゆると撫でれば落ち着いていった。
  私とルクは、精神的に繋がっている。お互いでお互いを癒す。

ーー落ち着いたのは、私だ。

「ノブナガ、それを貸してくれ。うまくいったら買い取る」
「だからこれは後で交渉するっつったのか。……ほらよ」

  ロン毛男はノブナガと言うらしい。ホトトギスの姿が頭に浮かんだけれど、まあ関係ないんだろうな。
  ノブナガがカウンターに置いた物は、濃い紫色の上等な布で包まれていた。
  細長く、置いた時の音からすれば、それなりの重さがありそうだ。
  ハイドさんがその布に手をかけ、丁寧に中身を取り出した。包まれていたのは、日本刀だ。
  ざわっと背筋が粟立つ。ルクは毛が膨らみ、警戒しているような戸惑うような様子を見せている。
  私たちの困惑を余所に、刀を手に取ったハイドさんはゆっくりと鞘から刀身を引き出した。

  その真っ白な刃に見覚えがある。
  脳裏にちらつくのは、ルクが伸ばした角。まさしくアレと似通っている。

  じっと刀を見つめていた私は、周囲の人間から観察されていることになかなか気付かなかった。
  むしろ、刀に囚われるあまり、人がいることを忘れていた。

  ハイドさんが刀を渡してくれたことでようやく我に返り、はっと周りを見れば、お客さん各々が私を興味深そうに見ていることに気付いた。
   気恥ずかしくて、すぐに刀に目を向ける。

「その様子なら、取り込めそうだな」
「……たぶん、できると思います。でも、この、刃の部分以外が邪魔というか、やりにくいような気がします」
「外してやるよ。寄越しな」
「お願いしますノブナガさん」
「……お、おぉ」

  一瞬、ノブナガさんが戸惑うような空気があった。それでもすぐに差し出した刀を手に取り、何やら弄り始めた。

「紹介が遅れたな。リノ、こいつらは幻影旅団のメンバーで、リーダーのクロロとノブナガ、後ろのがマチだ。うちは盗品も歓迎してるから、上客中の上客だ。これから会う機会も多いだろうから覚えておけ」
「はい。私はリノ・ブルーバックです。どうぞよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」

  クロロさんを始め、ノブナガさんもマチさんも言葉少なに挨拶をしてくれた。
  幻影旅団といえば、相当ランクの高い指名手配だった気がするので、ハイドさんの意外な後ろ暗さに驚いた。
  テレビやら新聞やらからの社会勉強で、この世界が危険で、犯罪が溢れ、裏の世界が広いようだと知っていて良かった。忌避感はそれほどない。

「契約に、これにも手を出さないことを加えるがいいか?」
「いいだろう。面白そうだ」
「助かる。マチ、他の奴らにも伝えておいてくれるか」
「ああ、いいよ。伝えておく」

  何かを手に取っていたマチさんが、ひらりと手を振った。メンバー間の情報の伝達を任されているのだろうか。
  ふっと意識が引かれた。
  ノブナガさんが刀身を柄から外したところだった。
  ふわりとした、暖かい匂いが流れてくる。いい匂いだ。

「ほらよ。気をつけて持て」
「ありがとうございます」

  そっと手に取り、刃に手を滑らせる。
  おい、と誰かの声がするけれど、もう私の意識はルクに向いていた。
  すっぱりと切れた掌からポタポタと血が滴り、真っ白な刃を赤く伝う。
  不思議と心落ち着く光景だった。
  無意識に念を使ったのか、血は滴ること無く刃を赤く包み、染め上げられていた。
  その真っ赤な刃をルクに向ける。
  何の指示もしていないのに、私を見上げていたルクが口を開けた。喉の奥に向けて、ゆっくりと刃を差し込む。
  赤い刃が赤い咥内へ侵入していく様は妙に綺麗で、高揚にも似た興奮が湧き上がる。少し、気持ちがいい。
  ルクが刃の全てを飲み込んだとき、不意に身体が熱を帯びた。関節が痛む。
  顔を顰めつつもルクの様子を見れば、ぐっと身体を縮め、何かに耐えていた。ルクもまた痛むのだろうか。
  そっと頭を撫でてやり、お互い詰めていた息を吐き出した。ぶるりと大きく身体を震わせたルクが、ぐぐぐと力強く伸びをした。
  背中の毛が大きく膨らんでいる。
  そして深呼吸をするように、穏やかに力を抜いた。

「リノ、僕、ちょっと大きくなったよ」

  ルクが私を見上げて、嬉しそうに言った。
  え、と驚いて見てみれば、確かに少しだけ大きい。お座りしている状態で頭に手を置くと、さっきよりもちょっとだけ背が高いのが分かる。

「ほんとだ。ちょっとだけ大きくなってる……」
「予想通りだな。良くやったリノ、ルク」
「なんか……嬉しい」
「嬉しいね!」

  ハイドさんのお褒めの言葉が嬉しい。
  ルクがちょっと大きくなって嬉しい。
  私の能力が成長できて嬉しい。
  嬉しい嬉しい。
  にへら、と顔が緩んだ。

「あんた、手ぇ痛くないのかい?」

  凛とした声に引きずられるようにして、掌の痛みを思い出した。紙で切るようにすっぱりと切ったため、背筋がぞわぞわするような痛みだ。

「え、あ……ぅ、うわあああい、い、痛いよー! いたーい!」
「手、出しな」
「治してくれるのか?」
「面白いもの見たからね。ちょっと興味出てきた。ほら、手、貸して」
「う、う、いたい」
「分かったから。そして、こっち見るんじゃないよ」
「いたい、こわい、ハイドさぁん」
「大丈夫だ、信用していい」
「ははっ、蜘蛛を"信用していい"なんて、ここでしか言えない言葉だぜ」
「確かにな。ハイドレンジの恐ろしいところだ」
「う、う、」

  ハイドさんの胸元に頭を寄せて、軽く抱き締められた状態で聞く軽口の応酬に、彼らとの付き合いの長さを感じた。
  ピリピリと強いオーラが密集してるわりに、この空間はリラックスしている。旧知の仲とはこのことか。
  切った左手を握るマチの手はほんのりと冷えていて、じくじくと熱を持っている手には気持ちいい。
  何かがシュッシュッと音を立てていて、その度に止血されたり、掌を掠められたりしている。
  きっと念能力なんだろうとは思うけれど、他人の能力を積極的に知りたいとは思わないので見ないようにする。
  ぎゅっとハイドさんの胸に顔を押し付け、右手はルクの首に回す。痛いけれど、二人の体温と頭上の軽口に意識を逸らしていれば、耐えられないことは無かった。

「もういいよ。手を拭える物、借りれないかい?」
「持ってこよう」

  マチさんの声に応えたハイドさんは、私の肩を撫でて、家へと続く戸へと向かった。
  そぅ、とマチさんの方を向けば、切れ長な目が私を見ていた。

「今日中は痛むだろうけど、二三日もすればすぐに治るよ。そういう風に縫ったし、切れ方も綺麗だったからね」
「あ、ありがとうございます。さっきより痛くないです。すごい」
「動かないようにしておきな。動かすと痛いよ」
「うっ、う、動かしません!」


  痛いよ、と言った時のマチさんの顔が怖かった。
  でも、にやりと笑った顔はかっこよかった。姉御だ。

「もうあの刀のオーラが感じられない。溶け込んだのか。リノのオーラも上昇してるし、全く興味深いな」
「あ、ほんとだ。気が付きませんでした。クロロさんすごい」
「お前、刃を飲み込ませるまでの手順は、何か元があるのか?」
「いえ、刀を見て、手に取った時になんとなく……えっと、無意識です」
「直感か。ーーやはり念能力だからな。だが、今後も同じ様なやり方では駄目だ。次が来る前に、もっと効率的な取り込み方を考えておけ」
「次、ですか? というか、あれは何だったんでしょう? 話の流れからすると、ルールークウルフの遺骨だとは思ったんですけど」
「その通りだ。ーーあれは半月ほど前に、パルム公国の美術館から盗んだ物の一つで、ルールークウルフの骨から作ったものらしい。刀を踏襲した形状だったんで、ノブナガが持ち出したんだがな。使えなかった」
「ちっげえよ! 使えなかったんじゃなくて、相性が悪かったんだよ!」
「相性なんてあるんですか?」
「ある。特にオーラを持つ物に関しては、強い影響がある。おそらくルールークウルフは特質系の能力を持つんだろうな。具現化系と操作系のメンバーはある程度の斬れ味を出せたんだが、強化系の連中はてんで使いこなせなかった」
「盗んだのも、刀使うのも俺しかいねぇからよ。俺が使えないなら売っちまうことになったわけだ。ま、面白いもん見れたし、盗んで正解だったな」
「自分が使えないって分かった時は折ろうとしてなかったっけ?」
「うるせえよマチ! いいじゃねえか!」

  ノブナガのぶわりと膨れたオーラが肌を撫でていく。
  ざわざわと自分のオーラが乱れたのが分かる。ルクを見れば、大人しく座ってはいるものの、全身の毛がもわりと膨らんでいた。

「うるさいのはお前だノブナガ。リノが怯える」
「え、あ、ハイドさん。いや、怯えてなんか……」
「過保護だねえハイドレンジ。わざわざタオルあっためてさ。ついでに私のもあっためてくれちゃって」
「治療してくれたからな」
「過保護だなあ、おい」
「猫可愛がりというやつか」

  温めたタオルを持ってきてくれたハイドさんにお礼を言う間もなく、そうなんですよ過保護なんですよとマチさんに同意する間もなく、にやにやとした大人たちの楽しげな雰囲気に閉口した。
  それにハイドさんが優しく血を拭ってくれている手前、気恥ずかしくて何も言えない。
  
  念能力を使いこなすための鍛錬を始めてから分かったけれど、始めて会った時の"子供育てるのも面白いか"というのは、犬猫を拾って飼ってみるのも楽しそうだというようなニュアンスだった。
  静物の美しさに魅了されていたハイドさんが、成長し動き回るものへ興味を持っただけのことに過ぎなかった。
  それが今では立派な親バカである。子は恥ずかしいのです。(嬉しいけど)(言わない)








「依頼したいことは分かるな?」
「ああ、ルールークウルフの骨は優先的に盗ろう」
「骨に限定しない。ルールークウルフに関する物なら何でもいい」
「そうか。……いくつか、本ならあるが必要か?」
「タイトルは?」
「"魔獣は居住を移住する"、"かの国の王、統べる獣"、"大いなる神に屈する歓びと畏怖"だな。あとは、レッドデータシリーズの初版で、まだ絶滅危惧種だった時のものがある」

  ハイドさんが尋ねたというのに、私に目を向けるクロロさん。
  どうだ、と問うような目線を受けて、今まで読んだタイトルを思い出して言った。

「"大いなる神に屈する歓びと畏怖"は読んだこと無いです。レッドデータシリーズも」
「そうか。それなら、今度貸してやろう。俺のお気に入りだから、汚すなよ」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
「お前が貸すだなんて珍しいな」
「俺は長いこと、ルールークウルフが気になっていたんだ。魔獣の中でも特に強く、知性と暴力を併せ持ち、念能力としか思えない伝承が多く残っている。それがどんな能力だったか、知りたいと思うのは当然だろう?」
「強欲だな。まあ、いい。クロロたちがルールークウルフに関するものを集めれば集めるほど、リノの能力で本物が復活する。興味があるなら、頑張ってくれよ」
「楽しみだ」

  クロロさんの不敵な笑い方が、少しばかり怖かった。
  これはもう死ぬ気でルクの強化、引いては念能力の鍛錬に勤しまなければならない。頑張ろう。

  ルールークウルフの骨の収集と提供、そして関連する書籍の貸与という内容で契約を結ぶらしい。
  いちいち文書にしたためて念字での署名をするなんて、面倒臭そうだけど仕方ないのだろう。

  ハイドさんの念能力は、端的に言えば嘘をつかないこと、つかせないことだ。
  それによっての利益は両者に存在し、デメリットは少ない。
  その分ハイドさん自身の制約がいろいろあるらしいけれど、あまり苦にはなっていないようだ。

「リノ」

  念書を書き終えたクロロさんが、不意に私を呼んだ。

「今度来るまでに3週間はあるだろう。それまでに今現在でいいからルクの生態のレポートを書いておけ」
「宿題ですね! 頑張ります!」
「ふむ、宿題か。ならば採点しなければな」
「ーーえ、」
「ちゃんと書けよ。俺は辛口だぞ」
「はははっ墓穴掘ったなぁ、リノ」
「う、ううぅ頑張りますぅー……」

  まさか宿題なんて単語にここまで反応されるとは思ってもみなかった。
  ハイドさんも文字の練習になると言って、止めようとしない。どうせ読み書きできても幼児レベルですよ……。
  楽しげに帰っていくお三方を見送ったあと、すぐに自室で机に向かったのは言うまでもない。
  まずは、クロロさんの目を汚さないような字を書かねばならないのだ。


  不肖リノ・ブルーバック、頑張ります。




____________________


「閻魔の御前(ラライラライラライ)」
ハイドレンジ・ブルーバックの念能力。特質系。
指定した領域内で「嘘」をつけなくなる。口に出すことも、行動で示すこともできない。
最大領域はハイドレンジの円の範囲内で、基本的には店兼自宅の敷地内。念書による契約を結んでいなければ、敷地に入った時点で「絶」になる。
誓約と制約:能力に関係なく、言動全てにおいて"嘘"をつけない。破った場合、能力は消える。

誠実に、信念のもと、偽ることのない行動が必要とされるため、精神的に強い制約となる。
ゆえに、引きこもり気味である。


____________________


旅団とフラグは立てたんですけど、リノの最愛はハイドさんなのでオリキャラxオリキャラかよとか思ったら正解です。たぶん。
夢小説的なご都合主義展開をするつもりですが、恋愛フラグは立ちません! リノには無理です! わんこですから!

感想&誤字報告ありがとうございます!
のんびり行きますが、お付き合い頂ければ嬉しいです^^*
とりあえず年内にプロットの出来上がっている分(原作直前まで)だけでも、お目にかけられればと思っています。

20111104




[30378] 青に帰せず 3
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/07 23:31


hxh 青に帰せず 3



クロロさんへの何度目かの宿題となるレポートを仕上げたある日。
夕食の席でハイドさんが私に声をかけた。

「明日、おつかいに行って欲しい」
「急に改まって、なんです? 今までおつかいなんていっぱいやってきたのに」
「修行も兼ねて、レベルアップだ」

口端をニヤリと上げた意地悪な(それでいて眼福な)顔で、おつかい内容を教えてくれた。

お得意様のご自宅に、注文の入っていた品を届けに行くこと。届けた先で代金を受け取って帰ってくること。
そして、移動手段はルクの足のみ。期限は行って帰ってくるまでで三週間。

聞くだけならとても簡単そうだったけれど、夕食の後、自室で地図を確認してからは、とてもじゃないけれどそうは思えなかった。
山を一つ超え、大河を渡り、国を二つ超え、辿り着く街の外れの山。
本当に行って帰ってくるので精一杯の距離だ。それも、日のある間ずっと、ルクの全速力で走り続けてようやく、だ。
そんな無茶な、なんて思ったけれど、やれなくはない。やってやれなくはないなら、とりあえずやってみようと、念の修行やらで身についた根性が勝った。

ハイドさんは明日と言ったので、早速準備に取り掛かる。
床にごろりと寝そべったルクを踏まないように、あれこれと動き回った。
防寒を重視した着替え。マッチとライター。使い慣れたナイフ。水筒。買い置きの保存食あれこれ。調味料少々。小さな自由帳と鉛筆と消しゴム。
未熟な動きの邪魔にならない、小さなリュックに詰め込んだ。
台所の棚に見知らぬ保存食が用意されていたあたり、ハイドさんは思いつきだとかでおつかいを言い出した訳ではなさそうだ。
勉強机にリュックを置き、もう一度、地図を確認する。まっすぐまっすぐ、南へ向かえばいい。日の出を左に、夕焼けを右に。

「ルク、明日から頑張ってもらうね」
「もちろん! リノの今のオーラ量なら、きっと大丈夫だよ」
「ありがとうルク。頑張ろうね、頼りにしてるよ」

長距離の移動、しかもスピードも求められる今回のおつかい。
何の修行になるかというと、予想するに、オーラの運用精度の向上だろうか。

オートで具現化され、残留オーラによって一個の生命体のように存在するルクは、その生命活動のためにオーラを必要とする。
リノのオーラが枯渇すると、ルクも同様に飢える。逆に、リノが十分にオーラを持っていると、ルクは本来のルールークウルフとしての能力を見せることができる。
ルクが体組織を操作し、念能力を用いた動きをするためには、リノのオーラ=栄養が必要なのだ。

それに気付いたのは、やはりハイドとクロロだった。
リノはまだぼんやりとした感覚を持っていたに過ぎないが、レポートを読んだクロロがハイドと話し、いくつかの実験の結果、確定したことだった。

真っ先にリノの修行に組み込まれたのは、寝る前の練。意識を失うまで練を続け、それを繰り返すことでオーラの総量を増やすことだった。
すでに15分の堅が可能となり、これを続ければ、数年後には年齢に見合わぬオーラ量になるだろう。
リノのオーラ量が増えるほど、ルクは魔獣の最強種たる力を発揮する。ルクという獣が、強大な力を持つことになるのだ。

これは、リノが既に四大行をマスターしているために可能となった修行内容である。
別にリノが才能溢れる希少な人間な訳ではない。具現化系としては抜群の素質を持っていたけれど、所詮、天然物として目覚める可能性があった程度だ。

幸運だったのは、ルールークウルフという種が高いレベルで念能力を使っていたこと。
そして、その頭骨を媒介にしたこと。

この二つの点によって、リノは驚異的な早さで念能力をマスターしていっている。
頭骨の残留オーラには記憶が残されていた。
自身のオーラと残留オーラが混ざってしまっているリノは、経験したこともない念能力の記憶を、感覚として得ることができたのだ。
感覚を知っていれば、あとはそれをなぞるだけ。簡単なことだった。

とは言え、頭でっかちであることは否めない。
ゆえに、今回のおつかいで実践としての経験を積ませるつもりなんだろう。

そんな展望を掲げる修行なので、今回のおつかいはおそらく、効率よく、無駄無く、不足無く、オーラをコントロールする術を身に付けるのが目的だ。
身に付けるまでいかなくとも、せめて感覚を正しく理解するまではいきたい。

目標が分かればやる気も出るというもの。
むん、と気合を入れて、今日の練を始める。いつ倒れてもいいように、ベッドの上に胡座をかいてやっている。
美しいフォルムを描けるように、練りこんだオーラを放出するイメージ。思い描くのは、憤怒の表情の仏像の後ろのアレ。
私の集中力は、基本的に興味のあることにしか向かない。主に美術とか芸術とか制作とか鑑賞とか、まあ、その辺り。
ハイドさんもそこは分かってくれていて、修行方法やら、その教え方やらがとっても分かりやすい。本当に良い人に拾われたものだ。

散漫に考えことをしていても、私のオーラは憤怒の形で噴き出している。







気付いたら、朝になっていた。
練の修行を始めてからはいつものことである。記憶はないけれど、きちんと肩まで布団に入っているあたりがステキだと思う。

暖かい季節ではあるものの、山中を猛スピードで進むことを考慮し、服装を選ぶ。

黒いタートルネックは丈夫で暖かく、着替えにも用意したものだ。
青いラインの入った、これまた黒いショートパンツにサスペンダーを付ける。パッチンではなく、きらきらした青いリングで留めるお洒落サスペンダーなのがお気に入り。
そして黒タイツ。肌が透けないくらいの厚みがちょうど良くて、これも替えを持った。
更にオシャレ感アップなアイテム。ルールークウルフの毛皮とやらを使って作ってもらった、オーダーメイドのブーツをはく。ルクとお揃いの足元だ。
ライダースジャケットも同じくオーダーメイド。襟元と袖口にファーがついていて、真っ黒くろすけな格好をしても、真白いファーが目立って可愛いという、グッドアイテムである。

ジャケットとリュックを持って一階に降りる。
食卓にほこほこと湯気を立てるパンケーキが用意されていた。とろけるバターとメープルシロップ! 大好き!

「おはよう、リノ。ルク」
「おはようハイドさん! パンケーキ嬉しい!」
「僕も骨付肉嬉しい! おはよう!」
「元気に出かけられるようにと思ったんだが……まあ、喜んでもらえて何より」

私は席についてテーブルでパンケーキ。ルクはその足元に座って骨付肉。向かいには相変わらず一杯のコーヒーをすするハイドさん。
この幸せな朝ご飯が3週間も頂けないという現実は見ないふりをして、パンケーキで飲み込んでしまおう。
修行は修行。朝ご飯は朝ご飯。
この美味しさに集中して、英気を養う朝でした。

「じゃあいってきます!」
「ああ、気をつけて」

ルクに特製の鞍をつけ、背負ったリュックと、その中のお届けものをしっかり確認して、ハイドさんに挨拶をした。
見送りの言葉に笑顔で応え、いざ出発。
ひらりとルクに跨って、すぐにトップスピードに乗せた。ゴーグル越しの風景は3倍速なんて目じゃない速度で流れていく。



山を超えて隣の国へ、川を渡ってもう一つ国を超え、パドキア共和国へ入った。
ここまでの距離を10日かけて走り抜いてきた。途中、宿に泊まるのと野宿は半々。
ルクがいれば肉と魚には困らなかったし、山菜や果物も見つけられた。実に快適な野宿だ。
今日は一つ二つ街を超えて、夕方には、目的のククルーマウンテンに到着できると思う。ハイドさんに電話でそう伝え、先方にも連絡しておいてもらうようお願いした。

ククルーマウンテンにはお得意様のゾルディックさんのお宅しか無いらしい。
門から家まで遠いぞーとハイドさんが笑っていたけれど、美術商でお得意様になるようなお金持ちということだ。
ちょっとでもきちんとした格好をすべきかと思って、今日はキュロットをはいてみた。和風テイストで可愛いやつ。

風を切って走り、けもの道を通ること半日。
ゾルディックさん家の門前に到着した。
ぐっと見上げなければ全体が目に入らないような門があり、ちょうどその門扉が開くくらいの広さの空間で草地になっていた。
物々しい雰囲気にちょっとだけ気圧されそうになる。
ルクから降りて鞍を外す。袋に入れて片付け、代わりに、リュックからお届けもののケースを取り出した。
パチリと開けて中身を確認し、手提げの袋に入れ直す。身だしなみをチェックして、いざ参らん!

見上げるほど大きな門の横の、こじんまりとした守衛室に声をかけた。

「こんにちはー。ハイドレンジ・ブルーバックの使いで、リノ・ブルーバックです。ハイドレンジからシルバ様にご連絡がいってるかと思うんですが、お邪魔しても宜しいですか?」
「……えっ!? シルバ様、ですか? お嬢さんが?」
「はい、そうですが?」
「えええええと、ちょっと、本邸と連絡を取りますので、お待ち下さい」
「お願いします」

守衛さんは面白いほど挙動不審だった。
一応11才ということになっていて、まあ見た目もそのくらいなので、おつかいなんて珍しいものでも無いだろうに。
電話であれこれと確認を取っているらしい守衛さんは、ちらちらと私を見ているようだった。
素知らぬふりでルクを撫でて待っていると、そんなに時間をおかずに声がかかる。

「お待たせしました、リノ・ブルーバック様。本邸にて旦那様がお会いになるそうです。道なりに少し行ったところで執事の者がおりますので、その者がご案内いたします。どうぞ、門より、お入りください」

丁寧な案内に、家の格を見た気がする。
ありがとうございますと声をかけてから門へ向かった。

「1」と彫られた扉に手をかけ、とりあえず素で押してみる。私の足が滑っていくだけだった。
半笑いになりながらも、今度はハイドさんに教わった通り練を行い、力一杯押してみた。
びっくりするほど簡単に開いてしまい、驚いて手を離してしまった。ギギギと音を立てて戻る扉。

「リノ、2の扉まで開いたよー」
「ほんとに? わーい、ハイドさんに教えてあげようねー」

何トンだったか聞いたけれど忘れてしまったので、家に戻ったらまた教えてもらおう。

「じゃあもっかい開けるから、ルク、先に入ってね」
「わかったー」

もう一度開けた扉から、スルリと入っていくルク。続くように私も中へと滑り込んだ。
重たい音を響かせて閉まった扉が、砂埃を立てる。

鬱蒼とした森。遠くの山に豪勢なお屋敷が見えた。
眺めていられたのはほんの少しの時間だった。
ルクがサッと身を伏せて戦闘用の警戒を見せ、続けて自分もその気配を捉えた。

なんて恐ろしい気配なんだろう。
強烈な暴力を秘めていながらも、無機物のように静かな生き物だ。念獣たるルクよりも、もっと作り物のように感じる。
音の無い歩きで近寄ってきたその生き物は、私とルクの前でゆっくりと腰を下ろした。

大きな大きな、ハウンドドッグ。

真っ黒な瞳が私たちを捉え、二回、深く息を吸った。

「ーーリノ、たぶん、大丈夫」
「ルク……?」

不意にルクが臨戦体勢を解いた。
まだ警戒はしているようだけれど、それは目の前の恐ろしい生き物への本能的なもの。

「今、リノの匂いを覚えてた。きっと番犬なんだよ。僕らはゲストだって覚えたんだ。……だから、進んでも大丈夫だと思う」
「これが、番犬……?」
「うん。このお家は怖いね」
「そうだね。ーー怖いね」

こちらを見つめる真っ黒な瞳から目を逸らし、そっと足を進める。
道は、森の中へ。

ルクの嗅覚を利用した、広範囲をカバーできる簡易的な円を展開。更に、目一杯の円を広げながら歩く。
ひどく緊張してる。掌にじっとりと汗をかいているのが分かった。
その極度の警戒が功を奏したのか、普段なら感知できない距離に立つ存在に気付いた。
背筋を伸ばし、両手を前で重ねた立ち姿は、どこにも隙を感じない。

敵か、味方か。
おそらくは案内役の執事だろうけれど、思い出すのも恐ろしい番犬を用意している家だ。
何が起こるか、何をされるか分からない。
きっと、私は試されている。
恐慌に陥って無謀な攻撃をしないか、恐怖に逃げ出さないか。
今度はいったい何だ。

目視できる距離まで来た時、小さなゲートの向こうで執事が深くお辞儀をした。
その動きに思わず反応してしまい、ルクの額から角が伸びた。身を守るために攻撃する意思を乗せる。
そんな私たちの警戒など取るに足らないとでもいうように、執事は頭を上げて背筋を正す。

「お待ちしておりました、リノ・ブルーバッグ様。本邸までご案内致しますので、どうぞこちらへ」

奥へと誘う執事はどこまでも静かで、柔らかく微笑んでいる。
けれど、凝をしていれば分かる。
引いた右手と、手前の左足にオーラが集まっている。それはつまり、一歩の踏み出しでその暴力が届くということ。

「私は、正統な、ハイドレンジ・ブルーバックの使いです」
「はい、存じております」
「……では、何故、その右手にオーラを集中させているんですか」
「はい、そちらの念獣からの攻撃に備えてのことです」

震える声で問いかけたというのに、執事は淀みなく返答した。
まだ恐ろしいけれど、こちらの攻撃体制を解かない限り、あちらも迎撃の用意をし続けるのだろう。
ひとつ、深呼吸。

「ルク」

額の角が消える。同時に、執事のオーラも纏に戻った。
彼は本当に執事なんだろうか。
不動の攻防があったというのに、一切の乱れなく収まっている。
重く静かな纏は、クロロさんに近い。

「では、どうぞこちらへ」

執事は私に背を向けて歩き始めた。
先へ、進まなければならない。

試されている緊張と、自棄になった時の最悪の予想が私の胸を潰してしまいそうだ。




______________________


プロットの段落名では「リノとルクの掘り下げ、ゾルにフラグ」でした。前後編。
別にシリアスな展開にしたいわけじゃないです。
残留オーラと混ざっていたから、イヌの本能がリノにも影響しているよー、ビビりだよーっていうつもり。
ダンディー叔父様になでなでわしわしされる予定なので、一気に台無しになりますすいません。

ルクについてご意見があったので、さっさとバラしてしまいますが、ルールークウルフにはモデルとしている漫画があります。
外薗さんの犬神という、割と古いやつです。それには人語で会話し、角を出し入れして、体から鞭を伸ばして戦う犬がいて、超かっこいいな! と、いつまでも印象に残っていました。
更にA美U子のワイルドハーフ。喋って変身して戦うわんこやらにゃんこやら……しかも主従。パートナー!
あともののけ姫の山犬。乗れるわ喋るわ。白いしもふもふだし。いいですねあれ。
そんなこんなで出来上がっておりますので、ルクは喋る仕様となっています。リノとパートナーとなる存在でもあるので。
俺TUEEEでは無いんですが、犬TUEEEEEする気です。犬チートです。
骨が集まれば、ルクも成長するので、幼い喋り方は今だけです。おじさまと幼女。青年と少女。むふふ。

止まらないので黙ります。
ご感想ありがとうございます。

20111108



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