第二話 地球休暇編
奇跡!火星からの脱出者!
ある日、地球全土に脅威的なニュースが届けられた。
なんと全滅したと言われる火星から、生存者が自力で脱出してきたのだ。
シャトルの乗員は全員合わせて121名。
健康状態はやや衰弱しているものの、火星脱出から地球到達まで欠員が出る事はなかったが、それでも半年も狭い空間に押しこまれるのは辛いものがあった。
途中宙域にある資源衛星に通信が入るようになった時、シャトル内では歓声が上がった程だ。
数時間としない内に資源衛星内に入港したものの、旧式なのに酷使し続けた事もあり、シャトルはそこで寿命を迎えてしまった。
一週間後、地球から軍籍のシャトルが到着、全員を乗せて地球に出発した。
途中、ムネタケ以下軍人達は途中立ち寄ったステーションから別行動となったが、これは彼らが地球連合軍本部への報告義務から来るものだ。
だが、どちらにしても彼らの扱いは変わらなかった。
何せ、彼らの生存が知られた時点で既に彼らは「英雄」だったのだから…。
「暇ねぇ…。」
ムネタケは参謀本部で書類の山を片付けながら、そんな愚痴を零していた。
「ははは、休暇だと思って素直に喜んだらどうだい?」
「そうは言ってもねパパ、暇なものは暇なのよ。」
墓参りにも行ったしお礼参りも済んだし顔だしも済んだしー、とか言って数カ月先の書類まで片付け始める息子に、ヨシサダは目を細める。
正直、死んだかと思った。
忌憚無く意見を言えば、既にヨシサダは息子の生存を絶望視していた。
優秀ながらも何処か冷めて、同時に何処か諦めていた息子の性格上、何時か何処かで人知れず野垂れ死んでいても不思議ではなかった。
正直、半年前に息子の生還を聞いた時は耳と脳を疑ったものだ。
「あぁ、遂に私も年かな」と。
それが事実だと実感したのは、漸く息子と再開した時だった。
だから、先日久しぶりの酒の席で息子に聞いてみた。(ムネタケはべろべろに酔払っていたため記憶無し)
『この私にねぇ、「妻子を頼む」なんて言う奴がいたからよぉう。』
それで解った。
報告にあった火星駐留軍の旧式巡洋艦「クローバー」、それの艦長を務めていた息子の悪友の事を。
士官学校の頃に手紙には何時も「あの田中の(ピー)野郎がまた…」という文章がよくあり、それだけ息子に近い存在だと言う事がとてもよく伝わってきた。
だからこそ、あの息子は生きられたのだろう。
目前に迫った無人兵器から、何処か諦観した自分から。
(感謝してもしたりないね。)
既に田中の妻子に関しては、サダアキの頼みで裏から手を回している。
彼らがマスコミの餌食になる事も、軍のプロパガンタになる事もないだろう。
ただ
(えらく美人の奥さんだったねぇ。)
田中の最後を報告してから、ちょくちょく田中妻子の様子を見に行っている最近の息子に、ヨシサダは愉快な気持ちが隠せなかった。
「結構よくある事なんだよね、実は。」
親友に助けられた軍人が、親友の残した家族の世話をしていく内に家族に惹かれ合うっていうのは。
「ん?どったのパパ?」
「いや、何でもないよ。」
はっはっはっは、と朗らかに笑うヨシサダにサダアキは怪訝そうに見つめるが、やがて書類の山の処理(と言う名の暇つぶし)へと没頭していく。
(最近は色々と手広くやっている様だし、今後が楽しみだね。)
カリカリ、カタカタ…。
ヨシサダの執務室内では、サダアキの作業音だけが響いていた。
ムネタケが地球に帰還後、真っ先に見たのはカメラのフラッシュだった。
「ムネタケ大佐!今回の脱出劇について」
「大佐!昇進おめでとうございます!」
「エステバリスと言われる人型兵器を使用したとの事ですが」
「大佐!」
「大佐!」
「大佐!」
ムネタケは毅然とした表情で、一切返答をせず、その足で参謀本部に出頭、報告を行った。
参謀本から通達されたのは部隊人員の昇進とねぎらいの言葉だった。
ムネタケを除く各パイロットや整備兵、歩兵、通信士は一階級昇進、ムネタケ本人は二階級特進となった。
先程のマスコミの様子から、これがプロパガンタであると言う事は直ぐに解るが……正直、これはひどい。
流石に士官学校で揉まれただけあって表情に出す事は無くキリリと顔を引き締めていたが、内心ではげんなりとしていた。
ムネタケが今の暇な書類仕事に浸れるようになったのは、実に地球到着から六カ月近く経過してからだった。
最初は報告書の作成を始め、式典への傘下やマスコミに対する政府広報への出演、ニュースのインタビューへの受け答え、ネルガルのプロトエステバリスに関する実働データの提供と報告、対木星蜥蜴向けの戦術の構築など、実に多岐に渡る仕事をこなす破目になった。
一番の大事である新設のエステバリス部隊の手続きに関しては、その手間のあまりの煩雑さについ父に縋る事になったのは、ムネタケとしては火星での件に引き続き、またもや己の未熟さを突き付けられる事態だったが、背に腹は代えられない。
ムネタケが新設を主張したエステバリス部隊だが、現在唯一木星蜥蜴と呼称される無人兵器群に対抗できるものであるとして、軍内部でも制式採用が内部で進められていた。
しかし、様々な利権争いの関係上、何処の派閥も手を出せず、かといって他の派閥にはやれないという事態に陥っていた。
何せ十中八九戦果を挙げられるのだ、誰もが挙手するだろう。
しかし、運用経験が地球連合軍内部でも殆ど無い。
IFSを持った一部のモノ好きなパイロットは火星なら兎も角地球にはほんの一握りしかいないのだ。
所が、ムネタケの存在がその状況を覆す。
前線での運用経験がある指揮官と部隊、更に実戦データの存在は大きな影響が出た。
また、ムネタケが優秀で知られるムネタケ・ヨシサダ参謀の息子となれば、大抵の派閥は異議を唱える事ができない。
更にはエステバリスの開発元であるネルガルが未だ火星への意欲を失っておらず、火星奪還のための援助の一つとしてエステバリス制式採用及び増産を決定していた事から部隊創設は時間の問題となっていた事も大きい。
かくして火星脱出の奇跡を起こした面々は、今度は地球で奇跡を起こすべく各地を転戦する事となった。
となったのだが
「暇ねぇ…。」
なんでこうなったかと言うと簡単なのだが……ムネタケがついついやり過ぎちゃったのである。
ムネタケは頑張った。それはもう頑張った。
具体的にはエステバリス一個中隊で小規模艦隊なら壊滅させる位に。
事情を知らない者にとっては「え?」である。
何せエステバリスが有効な兵器とは言え、それはあくまで無人機に対してに過ぎない。
まさか開戦からこっち、連合軍の艦艇が負け続けている無人戦艦群が撃沈されるとは思っていなかったのだ。
それもこれも地球各地に展開を始めた木星蜥蜴にまともに対応できていない連合軍に対し、キノコが業を煮やしたのが始まりだった。
「テメェら大層な兵器持ってるんだからちったぁ粘れよ!」
火星駐留艦隊は旧式艦が主体で奇襲だった事もあって無理もない事だったが、地球には新式艦艇の割合が多い。
しかし、長らく平和な時代が続いたために軍縮と実戦経験の少なさは否定できず、地球連合軍は月防衛も失敗し陥落、現在は辛うじて地球降下を試みるチューリップを構築した防衛ラインで水際で撃墜しているに過ぎない。
しかも度々突破されるものだから、地球各所には既に50近いチューリップが存在していた。
そして、そこから出現する無人兵器群を相手取るには、今の連合軍では物量という点で大きく劣り、地球連合軍は明らかに追い詰められていた。
重力兵器対策として実弾兵器への移行と新型兵器の開発・配備は進めているものの、それが実を結ぶにはもう少しの時間が必要だった。
で、そこにムネタケ指揮下のエステバリス部隊にお鉢が回った。
少数ながらも精鋭であるため、あちこちの大規模作戦に火消し役・切り込み役で呼ばれ、ボロボロになっても優先的に補給がなされるために後方に下がる事もできない。
プロパガンタの役目も相まって、常に戦線をたらい回しにされたのだ。
「やばい…このままじゃパパに孫の顔を見せる事ができない!」
そしてキノコはキノコなりに頑張った。
部隊の指揮は元々特殊部隊出身だった元大尉(現少佐)に任せてあるが、後方とのやり取りや周辺部隊との連携などの裏方に対してキノコは遺憾なく実力を発揮し続けた。
補給物資は常に満タンにしつつ、ネルガルから試験運用を任された試作対艦兵装を使用したり、兵糧部門の連中からギッてきた小型気化爆弾。果てには廃艦予定の旧式戦艦を敵艦隊に特攻、一斉射撃と共に盛大に自爆させるなど手段を問わずに戦果を拡大させ続けた。
しかもエステバリスだけではなく最近では戦車や自走対空迎撃車両も充実して、砲撃支援も後方の司令部の防衛も満足にこなしている状況だったりする。
無論、ここまでお膳立てをしても普通なら無理である。
しかし、キノコの部隊はほぼ全員問題児だが、錬度に関しては一流所が揃っている「準ナデシコ」的な連中だった。(流石に民間で戦艦操舵のライセンス持ち程ではない)
中には米国特殊部隊出身だとか、対テロ特務部隊だとか、マンハンター部隊だとか「なんでこんなのがいるんだ!?」とか叫びたくなるよう経歴の面々がゴロゴロいるのだ。
彼らは自分達の能力を最大限にこなし、しかしナデシコの面々と違って「戦場」を知る古兵だ。
しかもキノコ自身は効率的なエステバリスによる戦艦の撃沈法を原作から知っている。
これで戦果が上がらない方がおかしい。
そして最大の要因がやはり主力のエステバリス部隊だろう。
エステバリス大気圏内仕様・先行量産型
火星に配備されていたプロトエステバリスのデータを元に実戦向けに改良を施した機体。
アサルトピット、DF、ジェネレーター非搭載などの特徴的なシステムはそのままであるものの各フレームへの換装システムのオミットと空戦フレームへの固定など、大気圏内での使用に用途を絞っている。
複雑かつ効果な換装システムを排除したため機体剛性と整備性、コスト面においては本来開発予定の機体を上回っている。
性能・外観においては史実の空戦フレームそのままであり、武装もそれに準じる。
これに要重力波ビーム発振器を積んだ車両(ないし戦艦)、更には試作品の対艦兵装を組み合わせる事で小規模艦隊(トンボ級5隻程度)を壊滅させるなどの大戦果を挙げたのだ。
ちなみに対艦兵装は以下の通り。
対艦ブレード
エステバリスの全長に匹敵する片刃の実体ブレードであり、機能・使用方法は史実フィールドランサーに準じる。
対艦ミサイル
大型対艦ミサイル2発を手持ち式にした代物。基本的に使い捨て。
対艦ロケット
外観はRPG。対艦ミサイル程ではない威力だが、軽量で使い勝手の良い使い捨て兵器。しかし命中させるには慣れが必要。
対艦ライフル
エステ版対戦車ライフルとも言うべき長物。通常携行するライフル程の連射は効かないが、大口径弾により高い貫通力を誇る。
これらを使った戦術は主に以下の通り。
1、先制打撃として対艦ミサイル・ロケット一斉発射
2、接近しつつバッタなどを排除。
3、敵艦DFに対し入射角を浅くしつつ対艦ブレード、ナイフ、対艦ライフルの順に敵艦側面に沿って攻撃。
※対艦兵装の多くは重量があり、機動が低下するため全機装備する訳ではなく、あくまで一部の機が装備する形になる。
そして火星陥落から半年後の三ヶ月間、彼らは驚異的な戦果を挙げ続けた。
その時間は連合内部に量産型エステバリスが一定数揃うには、十分な時間だった。
これ以上戦果を挙げられてたまるか!!
人類として無人機と菌糸類に負けていられるか!
こんな思いがあったのかは定かではないが、キノコ部隊はエステバリスが一定数揃うと同時に即座に後方へと送られた。
彼らの次なる任務は「教導」。
重要かつ中々のポストだが、キノコ達として退屈な任務の始まりだった。
「暇ねぇ…。」
「平和でいいじゃないか。」
外見が良く似た父子は束の間の平和を謳歌していた。
小ネタ
「っち、押し切られるな。」
『少佐、どうします!』
「ミフネ機は一旦後退して兵装Dを持って行け。上空から接近し、敵艦隊中央に花火を挙げろ。僚機はミフネ機のカバーに入れ。ヤマダ・カザマ両小隊はそのまま戦闘を続行。」
『『『yes,sir!』』』
『オレはダイコウジだと言っとろーがぁぁ!!!』
1分後、敵艦隊中央にて気化爆弾が炸裂。
強烈な爆風と閃光の後、巨大なキノコ雲が上がった。
『今月で二回目とは…流石はキノコ部隊。』
『実はあれが楽しみなんじゃないのか?』
この部隊、あまりの気化爆弾の使用回数と最高指揮官の特徴的過ぎる髪型から、前線部隊からは親愛、後方部隊(主に兵糧部門)からは侮蔑を込めて「キノコ部隊」と呼ばれている事を本人達だけが知らない。