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[30365] 【ネタ】キノコになった男【ナデシコ二次】
Name: 凡夫◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/11/02 13:33
 「キノコ」になった男












 トラックに轢かれて転生、そして優秀な軍人の息子に生まれ変わった男!



 しかし、彼が転生したのは…












 「よりにもよってムネタケかよ……。」




 機動戦艦ナデシコ 「キノコ」になった男 嘘予告篇





 時は2195年、物語は動き出す。



 
 「さて、お偉方はてきとーに詰め込んで逃がしたから、次は民間人積んで逃げるわよ。」
 「しょ、少佐!幾らなんでも麻酔をかけて適当に放りこんで発進させるのは…。」
 「何言ってんのよ。普段うざったいだけなんだから、こんな時位あんな扱いしても罰は当たらないわよ。ほら、さっさと逝くわよカザマ少尉。」
 「は、はい!」
 



 火星、シャングリラコロニー

 そこに彼はいた。
 



 「おーほっほっほ!無人機風情が人間を出し抜こうなんてするからこうなるのよ!」
 「あの、少佐。連中が集まってきたんですけど…。」
 「なぬ!?」
 




 這う這うの体で何とか地球に脱出したキノコ達。

 そこで彼らを待っていたものとは!




 「幾ら無茶したって言っても実戦証明済みの貴重な士官を書類仕事に回すかしらねーふつー。」
 「はっはっは。まぁ良かったじゃないか、休暇と思えば。」
 「そうは言ってもね、パパ。暇なものは暇なのよ。」




 そして半年後

 キノコはネルガルのスカウトを受けた。




 「お給料はこれこれこーでして。」
 「…これ、あたしの給料よりも高いんだけど。」




 更に半年後

 彼は花の名を持つ船にいた。




 「取り敢えず、副提督権限で緊急起動。水中を通ってドッグから出るわよ。」
 「艦長が持っているマスターキーがないので、起動できません。」
 「…プロスペクター、予備くらいないの?合い鍵とか常識でしょう?」
 「いや、その、一応機密でしたので……。」




 「こらヤマダ!あんた軍抜けて何やってんのよ!しかも足折って役立たず!」
 『っけ!菌糸類になんざ言われたくねーぜ!』
 「ぬわんですってぇーー!!!!」




 旅立つ船

 そして、そこに立ち塞がる恩師!




 『ゆううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』
 「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 

 「副提督、しっかりしてください!…あ、あれ?脈が止まって……。」
 「メディック、メディッーーーーク!!」


 早速死にかけている彼に、明日はあるのか!?







 
 機動戦艦ナデシコ 「キノコ」になった男

 始まらないよ!










[30365] 第一話 火星脱出編
Name: 凡夫◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/11/02 13:34


 第1話 これなんて無理ゲ―?





 トラックに轢かれて迎えた二度目の人生。


 優秀な軍人の父と良妻賢母な母。

 そして父に憧れて軍人を志した。
 士官学校から始まる権力闘争と派閥争い。
 それに参加せず、ひっそりと勉強と訓練を続け、少ないが友人も得た。

 しかし、しかしだ。

 「これは無いんじゃないかしら?」
 「少佐!独り言言う暇あったら撃ってください!」

 現在、部下と共に無人機から逃げてます。



 2192年、ムネタケサダアキ(の中の人)は火星駐留軍アルカディアコロニー所属部隊の少佐となった。
 体の良い左遷に見えるし、ムネタケ本人も見苦しい程に転任先の変更を願ったが、軍司令部からの正式な通達により、彼は火星へと向かう事となった。
 そして今年、2195年、遂に火星に木星蜥蜴、もとい木連の無人兵器艦隊がやってきた。


 ムネタケは一般人だ。
 本編の彼同様ごく普通の感性を持ち、チートオリ主を目指して理想に燃えた事もある。
 しかし、軍内部の腐敗やら同期同士の不毛な足の引っ張り合いを見ると早々に出世の道を諦めて、ゆっくりゆっくりと傍から見ると焦りたくなる程に功績を重ねて出世する事を選んだ。勿論、真面目に勉強する事も忘れない。
 同期の中の出世頭達が焦ってエリートコースから転落していくのを後方から眺め、時には拾い上げ、ゆっくりゆっくりと軍内部で味方を増やしていく。
 
勿論、焦りはあった。
 焦りはあったが、急ぎ過ぎた故に起きた史実の悲劇を彼は忘れてはいない。
 あの火星の後継者の乱すらも、史実のナデシコクルーが急ぎ過ぎた故の悲劇であるとも言えなくもない。少なくとも、地球圏全体の意思を統一しないと話にならない。

 回りからは「幕府でも開くつもりか?」等と軽口を言われながらも、ムネタケは本物の徳川家康ばりに忍耐の日々を送り続けた。
 




 「民間人は全員載せたわね!?」
 「はい!全員搭乗しました!」
 「よし、全車緊急発進!」

 所属基地から周辺の僅かな民間人を輸送用トラックやジープ、装甲車に乗せて急いで逃げ出す。総勢100人かそこらだが、これだけの大所帯だと何時無人機に見つかるか解らない。

 先程、ユートピアコロニーが吹き飛んだ。
 衛星軌道上から落下したチューリップにより、跡形も無く消し飛んだ。
 
しかし、もしチューリップの質量がもっと大きく、重力制御で可能な限り減速していなかったら地表の粉塵が広範囲に巻き上がり大被害を出す所だったのだが、フクベ提督はそこら辺の事を解っててやったのだろうか?
 人としては尊敬に値する人物であるのは間違いないのだが、ナデシコクル-の1人らしくちょっとアレは部分も見える気がする。

 それはさて置き。
 
 『少佐来ました!』
 「全機に告ぐ!こちらの戦力はお前達だけ、不用意に打って出ずに迎撃に徹しなさい!」
 『『『『『『Yes,sir!』』』』』』

 虎の子の試作型エステバリス部隊二個小隊(一小隊あたり3機編成)に迎撃命令を下す。
 元々人型兵器という事で実用性に関しては疑問視されていたのだが、高い運動性と都市部やジャングルといった入り組んだ戦場における運動性や宇宙空間における高精度の作業能力などから運用試験が決まっており、ここ火星の一部にも配備されていたのだ。
 しかもパイロットは全員元はどこぞの特殊部隊だとかテストパイロットなのだが、色々訳ありで主流から外された所を引き抜いて来た者達だ。
 我ながら結構な無茶をしたとは思うが、それだけの価値はあったとこの光景を見れば断言できる。
 飛んでくるバッタは100にも満たないが、どれも既存戦闘機とは運動性が違う。
 重力制御と薄いながらもDフィールドの存在、何よりもその物量によって既存兵器の多くは太刀打ちできない。今の指揮系統が混乱している状況ではなおさらだ。
 しかし、パイロット達は的確にライフルで飛んでくるバッタ達を撃ち落としていく。
 実に見事な手際に民間人達が歓声を上げるが、専門職からすればこの状況はまずい。
 バッタに使われているAIのルーチンがどの程度かは知らないが、蜥蜴戦争初期のそれはかなりお粗末だった筈。もし『損耗した部隊にはテキトーに近場から戦力を引っ張ってくる』、それでなくても『ある程度組織的に反撃してくる所を集中的に狙う』なんて戦術ルーチンがあったらえらい事になるだろう。
 
 『少佐!敵無人機の増援、途切れました!』
 「よし!カザマ隊は旧シャトル発着場に先行して安全を確保!ヤマダ隊はこのまま車両部隊の護衛に徹しなさい!」
 『『『『『Yes,sir!』』』』』
 『オレはヤマダじゃねー!!』

 一人五月蠅いのがいるが非常事態なので無視無視。
 



 20分後、旧シャトル発着場。

 「急いでシャトルの整備を!カザマ隊は周辺の警備!ヤマダ隊は急ぎ補給!」
 
 ムネタケの命令で各々が一切の遅滞なく行動を開始する。
 
 「さぁて、間に合うかしらね?」

 自身もまた作業に加わりながら、ムネタケはぽつりと内心を口にした。




 史実においてナデシコが火星に訪れた時、既に火星全域が木連無人部隊によって制圧されていた。
 これはチューリップを用いた戦力の迅速な運用による所が大きいと思われる。
 普通に輸送していたら、如何に優秀な兵器と技術を持つ木連でも幾らなんでも惑星一つ制圧可能な戦力を派遣するには膨大な費用と時間が必要となる。
 木星から火星までは既にチューリップが到達しているため無人兵器なら即座に移動できるが、火星宙域内なら未だ自由に移動はできない。
 火星駐留艦隊の決死の抵抗もあるが、都市部の制圧と何より火星極冠遺跡の確保を優先しているため火星圏の完全制圧には未だ時間が必要となる。
 ムネタケはその間隙を突く形で、打ち捨てられた僻地にある旧シャトル発着場へと身を寄せたのである。




 作業が完了したのは発着場に到着してから8時間後だった。
 正直に言って、マズイ。
 以前からちょくちょく脱出ポイントとしてここに訪れていたのだが、予想以上に手間が掛かってしまった。
 幸いと言うべきか、避難民の全てが脱出しようとは思わず、地球に行こうというのは全体の7割程度しかいないので、食糧と水には余裕がある。
 しかし、いきなり大人数を乗せて地球に行くにはシャトルの旧式化が著しく、必要な整備に予想以上の時間を取られてしまった。
 
 「デコイとECMの準備はどうなってるの?」
 「そちらは既に完了しました。シャトルの準備が完了次第、即座に展開します。」

 無人機では有人機に勝てない。
 この最大の理由の一つに判断能力が挙げられる。
 無人機はレーダーやセンサーで情報を得て、CPUによって行動を判断する。
 そのため、一度情報収集を妨害されたり、データに無い突発的な事態などに脆弱である。
 今回の作戦はそれを突いたもので、幾つかのダミーやジャミングの展開とほぼ同時に宇宙港のカタパルトを利用して一気に火星圏を脱出するというものだ。
 
 だったのだが……



 ECMの展開と同時に、今日この日のために数年前からこの場所に持ちこんでいたデコイ(を搭載した無人偵察機)が飛び立っていく。
 それぞれ進路は全く別で、火星内外に向けてそれぞれが飛び立っていく。
 この時代、重力制御のおかげで航空機でも重力圏の突破自体は可能であったからこその荒業だ。
 無論、旧式の無人機であるからには途中で爆散なんて可能性もあるが、囮としては目立ってくれれば十分なのだ。
 
 で、何とか本命のカタパルトが発動、物資と人員を積めるだけ積んでシャトルに乗って逃げ出したのだが…(ちなみに空港でカタパルト操作を行ったのは残留を希望した一部の人間)
 


 「ほーほっほっほ!無人機風情が人間様に知恵で敵う訳がないでしょう!」
 「あの、少佐?連中が集まってきたんですけど…?」
 「なぬ!?」

 事実、火星重力圏から脱出したシャトルに向けて、20機近い黄色の虫型機動兵器が向かってきていた。
 
 「ぐぐぐ…!カザマ、このシャトルに武器は!?」
 「ありません!エステも皆下に置いてきましたし、そもそもこれは民間機です!」
 
 最悪の事態であった。
 可能な限りレーダーに映らない様に工夫を凝らしてあったが、このシャトルは元々民間用機。戦闘能力は0、防御も0。
 被弾した瞬間に撃墜される事は間違いない。

 「…………………仕方ないわね。」
 「おお!何か策があるのかキノコ!」
 「うっさいわよ山田!……祈るしかないわね。」
 「「「「アホかーーーーー!!?!?!」」」」

 シャトル内の全員から総突っ込みが入るが、どうにもならないものはならないのだ。

 「くっそー!まだオレのエステにゲキガンシール張ってなかったのによー!」
 「まだ私結婚してませんよぅ!!」
 「くっそ、こんな事なら冷蔵庫のプリン食べとくんだった…。」
 「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経…。」
 「主よ、我らを救い給え…。」
 「お母さーーん!」
 「大丈夫、大丈夫だからね…。」
 「ううう…まだオレ童貞卒業してないのに…。」
 「あそこのオカマなんてどうだ?」
 「私にだって選ぶ権利位あるわよ!?」

 わいわいぎゃーぎゃーきーきーうえええええん!!

 カオスに包まれるシャトル内。
 だがしかし、彼らの運はまだ尽きていなかった。

 「ッ!少佐!付近の友軍が無人機部隊と戦闘を開始しました!」
 「何!?」

 管制官の言葉にムネタケは即座にレーダーに目を走らせる。
 見れば、旧式の巡洋艦が一隻、無人機を惹きつける様に戦闘していた。

 「巡洋艦『クローバー』じゃないの!?あれは田中の乗艦じゃない!?」
 「クローバーから通信来ます!」
『久しぶりだな、ムネタケ。』

 備え付けの画面に映ったのは、ニヤリとした笑みを浮かべる狐の様な細面の男だった。

 「田中!あんな何やってんのよ!お偉方と一緒に逃げたんじゃ…!?」
 『ボロ舟に乗ってたせいでな、機関の一部が被弾と共におねんねだ。』

 つまり、もう彼らは逃げ出せないという事だ。
 脱出は…壊乱したであろう火星駐留艦隊の中では難しかったという事だろう。

 『民間機が取り残されていた様だったのでな、最後くらいは軍人として本懐を果たそうと思ったまでだ。』

 田中は、ムネタケを毛嫌いしていた。
 参謀を父に持ち、幾らでも出世街道を走れるであろうものを、態々遠回りする様なムネタケは、出世を求め続ける田中とは相いれない存在だった。(単にオカマが嫌いなだけかもしれないが…)
 それでも、互いが互いに相手の能力だけは認めていた事だけは事実だった。
 
 『ったく、貴様の乗艦と知っていたら見捨てたものを、どうしてくれる!』
 「こっちだってあんたなんぞに助けてもらいたかないわよ!!」
 
 何時も顔を合わせる度にする口論。
 戦時にも関わらずに行われるそれに、シャトル内には少々呆れた雰囲気が漂うが、そのためか混乱の気配は収まった。

 『そら、さっさと行け。行かねばこっちが沈めるぞ?』
 「言われなくても行くわよ!航路を地球へ向け、全速力で宙域を離脱しなさい!」
 「は、はいぃ!」
 
 即座にシャトルは加速していく。
 背後に火星の大地と、沈みゆくクローバーを残して。
 クローバーも必死に応戦するが、兵装が光学兵器主体のクローバーでは無人機のDFを突破する事はできない。
 それでも、誰も銃座から、ブリッジから、配置から離れようとはしない。
 脱出しても殺されるだけと解っているのもある。
 だがその他にも、彼らが自身の職分に忠実だという事もあった。

 『地球には私の妻子もいる。頼んだぞ。』
 「……解った。」

 最後に教本に載る様な敬礼を残し、クローバーからの通信は途絶えた。
 
 「馬鹿野郎め…。」

 歯を食いしばり、帽子を目深に被って呟く。
 
田中秀人はその名の通り優秀だった。
 軍部の腐敗を嘆き、しかし、自らも出世しなければ変えられぬと悟り、出世街道をひた走った男だ。
 ムネタケの様に、とっとと見切りを付ける様な何処かで冷めた男ではない。
 十分な時間と人員さえあれば、それこそ艦隊司令官に任命されてもおかしくはない男だった。

 「馬鹿野郎め…!」





 シャトルは静かな宇宙の中を進み続ける。
 目的地は、地球。
 その身の内に怯える火星の住民達と、雪辱を誓った軍人達を抱え、灰色の舟は青い星へ飛んでいく。


 地球に到達後、彼らが「奇跡の脱出劇」の立役者として世間をにぎわすのは、実に半年後の事だった。











[30365] 第二話 地球にて
Name: 凡夫◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/11/07 19:41
第二話 地球休暇編




 奇跡!火星からの脱出者!


 ある日、地球全土に脅威的なニュースが届けられた。
 なんと全滅したと言われる火星から、生存者が自力で脱出してきたのだ。
 シャトルの乗員は全員合わせて121名。
 健康状態はやや衰弱しているものの、火星脱出から地球到達まで欠員が出る事はなかったが、それでも半年も狭い空間に押しこまれるのは辛いものがあった。
 途中宙域にある資源衛星に通信が入るようになった時、シャトル内では歓声が上がった程だ。
 数時間としない内に資源衛星内に入港したものの、旧式なのに酷使し続けた事もあり、シャトルはそこで寿命を迎えてしまった。
 一週間後、地球から軍籍のシャトルが到着、全員を乗せて地球に出発した。
 途中、ムネタケ以下軍人達は途中立ち寄ったステーションから別行動となったが、これは彼らが地球連合軍本部への報告義務から来るものだ。
 だが、どちらにしても彼らの扱いは変わらなかった。

 何せ、彼らの生存が知られた時点で既に彼らは「英雄」だったのだから…。
 
 




 「暇ねぇ…。」

 ムネタケは参謀本部で書類の山を片付けながら、そんな愚痴を零していた。
 
 「ははは、休暇だと思って素直に喜んだらどうだい?」
 「そうは言ってもねパパ、暇なものは暇なのよ。」

 墓参りにも行ったしお礼参りも済んだし顔だしも済んだしー、とか言って数カ月先の書類まで片付け始める息子に、ヨシサダは目を細める。
 
 正直、死んだかと思った。

 忌憚無く意見を言えば、既にヨシサダは息子の生存を絶望視していた。
 優秀ながらも何処か冷めて、同時に何処か諦めていた息子の性格上、何時か何処かで人知れず野垂れ死んでいても不思議ではなかった。
 正直、半年前に息子の生還を聞いた時は耳と脳を疑ったものだ。
 「あぁ、遂に私も年かな」と。
 それが事実だと実感したのは、漸く息子と再開した時だった。
 だから、先日久しぶりの酒の席で息子に聞いてみた。(ムネタケはべろべろに酔払っていたため記憶無し)
 
 『この私にねぇ、「妻子を頼む」なんて言う奴がいたからよぉう。』

 それで解った。
 報告にあった火星駐留軍の旧式巡洋艦「クローバー」、それの艦長を務めていた息子の悪友の事を。
 士官学校の頃に手紙には何時も「あの田中の(ピー)野郎がまた…」という文章がよくあり、それだけ息子に近い存在だと言う事がとてもよく伝わってきた。
 だからこそ、あの息子は生きられたのだろう。
 目前に迫った無人兵器から、何処か諦観した自分から。

 (感謝してもしたりないね。)

 既に田中の妻子に関しては、サダアキの頼みで裏から手を回している。
 彼らがマスコミの餌食になる事も、軍のプロパガンタになる事もないだろう。
 
 ただ

 (えらく美人の奥さんだったねぇ。)

 田中の最後を報告してから、ちょくちょく田中妻子の様子を見に行っている最近の息子に、ヨシサダは愉快な気持ちが隠せなかった。
 
 「結構よくある事なんだよね、実は。」

 親友に助けられた軍人が、親友の残した家族の世話をしていく内に家族に惹かれ合うっていうのは。

 「ん?どったのパパ?」
 「いや、何でもないよ。」

 はっはっはっは、と朗らかに笑うヨシサダにサダアキは怪訝そうに見つめるが、やがて書類の山の処理(と言う名の暇つぶし)へと没頭していく。

 (最近は色々と手広くやっている様だし、今後が楽しみだね。)

 カリカリ、カタカタ…。
 ヨシサダの執務室内では、サダアキの作業音だけが響いていた。






 ムネタケが地球に帰還後、真っ先に見たのはカメラのフラッシュだった。
 
 「ムネタケ大佐!今回の脱出劇について」
 「大佐!昇進おめでとうございます!」
 「エステバリスと言われる人型兵器を使用したとの事ですが」
 「大佐!」
 「大佐!」
 「大佐!」

 ムネタケは毅然とした表情で、一切返答をせず、その足で参謀本部に出頭、報告を行った。
 参謀本から通達されたのは部隊人員の昇進とねぎらいの言葉だった。
 ムネタケを除く各パイロットや整備兵、歩兵、通信士は一階級昇進、ムネタケ本人は二階級特進となった。
 先程のマスコミの様子から、これがプロパガンタであると言う事は直ぐに解るが……正直、これはひどい。
 流石に士官学校で揉まれただけあって表情に出す事は無くキリリと顔を引き締めていたが、内心ではげんなりとしていた。
 
 ムネタケが今の暇な書類仕事に浸れるようになったのは、実に地球到着から六カ月近く経過してからだった。

 最初は報告書の作成を始め、式典への傘下やマスコミに対する政府広報への出演、ニュースのインタビューへの受け答え、ネルガルのプロトエステバリスに関する実働データの提供と報告、対木星蜥蜴向けの戦術の構築など、実に多岐に渡る仕事をこなす破目になった。
 一番の大事である新設のエステバリス部隊の手続きに関しては、その手間のあまりの煩雑さについ父に縋る事になったのは、ムネタケとしては火星での件に引き続き、またもや己の未熟さを突き付けられる事態だったが、背に腹は代えられない。

 ムネタケが新設を主張したエステバリス部隊だが、現在唯一木星蜥蜴と呼称される無人兵器群に対抗できるものであるとして、軍内部でも制式採用が内部で進められていた。
 しかし、様々な利権争いの関係上、何処の派閥も手を出せず、かといって他の派閥にはやれないという事態に陥っていた。
 何せ十中八九戦果を挙げられるのだ、誰もが挙手するだろう。
 しかし、運用経験が地球連合軍内部でも殆ど無い。
 IFSを持った一部のモノ好きなパイロットは火星なら兎も角地球にはほんの一握りしかいないのだ。
 所が、ムネタケの存在がその状況を覆す。
 前線での運用経験がある指揮官と部隊、更に実戦データの存在は大きな影響が出た。
 また、ムネタケが優秀で知られるムネタケ・ヨシサダ参謀の息子となれば、大抵の派閥は異議を唱える事ができない。
 更にはエステバリスの開発元であるネルガルが未だ火星への意欲を失っておらず、火星奪還のための援助の一つとしてエステバリス制式採用及び増産を決定していた事から部隊創設は時間の問題となっていた事も大きい。

 かくして火星脱出の奇跡を起こした面々は、今度は地球で奇跡を起こすべく各地を転戦する事となった。






 となったのだが


 「暇ねぇ…。」


 なんでこうなったかと言うと簡単なのだが……ムネタケがついついやり過ぎちゃったのである。
 ムネタケは頑張った。それはもう頑張った。

 具体的にはエステバリス一個中隊で小規模艦隊なら壊滅させる位に。

 事情を知らない者にとっては「え?」である。
 何せエステバリスが有効な兵器とは言え、それはあくまで無人機に対してに過ぎない。
 まさか開戦からこっち、連合軍の艦艇が負け続けている無人戦艦群が撃沈されるとは思っていなかったのだ。
 それもこれも地球各地に展開を始めた木星蜥蜴にまともに対応できていない連合軍に対し、キノコが業を煮やしたのが始まりだった。
 
 「テメェら大層な兵器持ってるんだからちったぁ粘れよ!」

 火星駐留艦隊は旧式艦が主体で奇襲だった事もあって無理もない事だったが、地球には新式艦艇の割合が多い。
 しかし、長らく平和な時代が続いたために軍縮と実戦経験の少なさは否定できず、地球連合軍は月防衛も失敗し陥落、現在は辛うじて地球降下を試みるチューリップを構築した防衛ラインで水際で撃墜しているに過ぎない。
 しかも度々突破されるものだから、地球各所には既に50近いチューリップが存在していた。
 そして、そこから出現する無人兵器群を相手取るには、今の連合軍では物量という点で大きく劣り、地球連合軍は明らかに追い詰められていた。
 重力兵器対策として実弾兵器への移行と新型兵器の開発・配備は進めているものの、それが実を結ぶにはもう少しの時間が必要だった。
 で、そこにムネタケ指揮下のエステバリス部隊にお鉢が回った。
 少数ながらも精鋭であるため、あちこちの大規模作戦に火消し役・切り込み役で呼ばれ、ボロボロになっても優先的に補給がなされるために後方に下がる事もできない。
 プロパガンタの役目も相まって、常に戦線をたらい回しにされたのだ。
 
 「やばい…このままじゃパパに孫の顔を見せる事ができない!」

 そしてキノコはキノコなりに頑張った。
 部隊の指揮は元々特殊部隊出身だった元大尉(現少佐)に任せてあるが、後方とのやり取りや周辺部隊との連携などの裏方に対してキノコは遺憾なく実力を発揮し続けた。
 補給物資は常に満タンにしつつ、ネルガルから試験運用を任された試作対艦兵装を使用したり、兵糧部門の連中からギッてきた小型気化爆弾。果てには廃艦予定の旧式戦艦を敵艦隊に特攻、一斉射撃と共に盛大に自爆させるなど手段を問わずに戦果を拡大させ続けた。
 しかもエステバリスだけではなく最近では戦車や自走対空迎撃車両も充実して、砲撃支援も後方の司令部の防衛も満足にこなしている状況だったりする。

 無論、ここまでお膳立てをしても普通なら無理である。
 しかし、キノコの部隊はほぼ全員問題児だが、錬度に関しては一流所が揃っている「準ナデシコ」的な連中だった。(流石に民間で戦艦操舵のライセンス持ち程ではない)
 中には米国特殊部隊出身だとか、対テロ特務部隊だとか、マンハンター部隊だとか「なんでこんなのがいるんだ!?」とか叫びたくなるよう経歴の面々がゴロゴロいるのだ。
 彼らは自分達の能力を最大限にこなし、しかしナデシコの面々と違って「戦場」を知る古兵だ。
 しかもキノコ自身は効率的なエステバリスによる戦艦の撃沈法を原作から知っている。
 これで戦果が上がらない方がおかしい。
 そして最大の要因がやはり主力のエステバリス部隊だろう。

 エステバリス大気圏内仕様・先行量産型
 火星に配備されていたプロトエステバリスのデータを元に実戦向けに改良を施した機体。
 アサルトピット、DF、ジェネレーター非搭載などの特徴的なシステムはそのままであるものの各フレームへの換装システムのオミットと空戦フレームへの固定など、大気圏内での使用に用途を絞っている。
 複雑かつ効果な換装システムを排除したため機体剛性と整備性、コスト面においては本来開発予定の機体を上回っている。
 性能・外観においては史実の空戦フレームそのままであり、武装もそれに準じる。

 これに要重力波ビーム発振器を積んだ車両(ないし戦艦)、更には試作品の対艦兵装を組み合わせる事で小規模艦隊(トンボ級5隻程度)を壊滅させるなどの大戦果を挙げたのだ。
 ちなみに対艦兵装は以下の通り。

 対艦ブレード
 エステバリスの全長に匹敵する片刃の実体ブレードであり、機能・使用方法は史実フィールドランサーに準じる。
 
 対艦ミサイル
 大型対艦ミサイル2発を手持ち式にした代物。基本的に使い捨て。

 対艦ロケット
 外観はRPG。対艦ミサイル程ではない威力だが、軽量で使い勝手の良い使い捨て兵器。しかし命中させるには慣れが必要。

 対艦ライフル
 エステ版対戦車ライフルとも言うべき長物。通常携行するライフル程の連射は効かないが、大口径弾により高い貫通力を誇る。


 これらを使った戦術は主に以下の通り。
 1、先制打撃として対艦ミサイル・ロケット一斉発射
 2、接近しつつバッタなどを排除。
 3、敵艦DFに対し入射角を浅くしつつ対艦ブレード、ナイフ、対艦ライフルの順に敵艦側面に沿って攻撃。

 ※対艦兵装の多くは重量があり、機動が低下するため全機装備する訳ではなく、あくまで一部の機が装備する形になる。
 

 そして火星陥落から半年後の三ヶ月間、彼らは驚異的な戦果を挙げ続けた。
 その時間は連合内部に量産型エステバリスが一定数揃うには、十分な時間だった。


 これ以上戦果を挙げられてたまるか!!
 人類として無人機と菌糸類に負けていられるか!
 こんな思いがあったのかは定かではないが、キノコ部隊はエステバリスが一定数揃うと同時に即座に後方へと送られた。
 彼らの次なる任務は「教導」。
 重要かつ中々のポストだが、キノコ達として退屈な任務の始まりだった。



 「暇ねぇ…。」
 「平和でいいじゃないか。」



 外見が良く似た父子は束の間の平和を謳歌していた。









 小ネタ

 「っち、押し切られるな。」
 『少佐、どうします!』
 「ミフネ機は一旦後退して兵装Dを持って行け。上空から接近し、敵艦隊中央に花火を挙げろ。僚機はミフネ機のカバーに入れ。ヤマダ・カザマ両小隊はそのまま戦闘を続行。」
 『『『yes,sir!』』』
 『オレはダイコウジだと言っとろーがぁぁ!!!』

 1分後、敵艦隊中央にて気化爆弾が炸裂。
 強烈な爆風と閃光の後、巨大なキノコ雲が上がった。

 『今月で二回目とは…流石はキノコ部隊。』
 『実はあれが楽しみなんじゃないのか?』

 この部隊、あまりの気化爆弾の使用回数と最高指揮官の特徴的過ぎる髪型から、前線部隊からは親愛、後方部隊(主に兵糧部門)からは侮蔑を込めて「キノコ部隊」と呼ばれている事を本人達だけが知らない。





[30365] 第三話 準備編
Name: 凡夫◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/11/07 18:18
 第3話 準備編



 
 「スカウトぉ?あたしを?」


 教導部隊、通称「キノコ部隊」の駐在する基地の応接室にそんな声が響き渡った。
 





 その日、キノコの執務室に来客を告げる通信が届いた。

 「今日は特にアポは無かったわね?何処のどいつよ?」
 『は、それがこの様な名刺を出してきまして…。』

 成る程。キノコはその名刺に書かれた所属を見て納得した。

 「解ったわ。応接室に案内して頂戴。くれぐれも丁重にね。」
 『は、了解しました。』
 「…ふぅ、やれやれ…。」

 通信の終了と共に、キノコは重たげな溜息をついた。

 「全く、神様は残酷だわ。」

 よっこらせ、とキノコは執務室に置かれた安物の椅子から腰を上げた。
 そして、応接室にて待っていたネルガルからの使いに挨拶もそこそこに切り出されたのが話題に冒頭の様な声を上げたのだ。





 
 「はい。私どもネルガルとしては是非とも大佐にやって頂きたい事業があるのです。」
 「…………………。」
 
 邪気の無い笑みを絶やさない赤いベストにちょび髭の中年、プロスぺクター。
 筋骨隆々の、ヤの付く自営業の方々に勝るとも劣らない強面の男、ゴート・ホーリー。

 「用件は解ったけど……それ、今の私の状況よりも重要な事なの?」

 じろり、と会社員(一応)をねめつける。

 「私は戦争初期からぶっ続けで戦い続けた部隊の隊長で、今は教導隊司令官よ。それを止めさせる程のもんなの?」

 派閥間の動きもあったものの、今の自分の立場は軍内の多くから必要とされたものだ。
 例え指揮官を交換したとしてもかなり常識的なカザマ小隊の面々なら兎も角、ヤマダ小隊やミフネ小隊を始めとした灰汁が強い所か灰汁10割の面々を御せる指揮官など早々いない。
 
 (いたとしても、寧ろ帰化するわね…。)

 後任の指揮官は胃に穴が開くか、帰化してしまうかのどちらかだろう。
 キノコはどの道仕事が増えそうでいやだなぁ、と内心で顔をしかめた。
 
 「内容は?先ずそこから詳しく話しなさい。」
 「はい。では先ずこちらの資料からなのですが…。」




 プロスぺクターの話は、確かに興味深いものだった。
 原作の始まり。それはキノコにとって大きな意味を持つものだった。




 「如何でしょうか?我が社の企画した『スキャバレリ・プロジェクト』は?」
 「ふーん……。」

 ペラペラと、キノコは渡された資料を再度流し読む。
 最新鋭の機動戦艦による単独での火星住民の救出作戦。
 勿論、企業として火星支社のデータ回収も目的の内に入っているのだろうが…

 (本命はそこじゃないわよねぇ?)

 火星極冠遺跡。
 古代火星人が開発したとされるそれはボソンジャンプの演算装置だけでなく、様々な機能を持つ。
 それは地球・木連双方に大き過ぎる技術的躍進を齎した。

 (でも、きっとそれ以上の混沌が巻き起こるでしょうね。)

 ボソンジャンプという、事実上「規制」が不可能な時空間移動技術。
 これがテロリズムに使用されたのが「火星の後継者の乱」だった。
 
 (CCさえあれば時間すら跳躍可能な技術なんて冗談じゃないわよ。んな技術が広がったら、社会そのものが崩壊するわよ。)

 良くてA以上のジャンパーの迫害どころか殺害指定が下される。
 悪くて人工ジャンパー全てに対する殺害指定。
 最悪の場合は遺跡の取り合いの再燃による、蜥蜴戦争を超えるハルマゲドン。
 そうなったらもう誰にも止められない。
 全てが焼き尽くされ、人類の滅亡か文明の衰退かの二択となってしまう。

 (ったく、何で私がこんな事を考えなくちゃいけないのよ。)

 目下の問題としては、この営業スマイルのちょび髭に一言物申す事から始めなければならない。



 「泥船ね。帰って頂戴。」
 「はい?」



 百戦錬磨の交渉人にしてNSS(ネルガルシークレットサービス)の長を務めるプロスぺクターにとって、目の前の特徴的過ぎる髪型のオカマ口調の軍人は自社にとってかなりのお得意様である。
 火星で失われたプロトエステバリスの実戦データに留まらず、最新の先行量産型の実戦データや試作兵器群の運用データなど、ネルガルの機動兵器開発部門における功績は大きい。
 そのためネルガルとしても優先的かつやや安価に装備を供給する形で応える形を取っている。所謂暗黙の了解と言う奴だ。向こうもそれを解っているので、敢えて何も言わないし、継続的にデータを提出してくれている。
 そんな人物が理由も無く「泥船」と言う筈はない。
 帰れと呼ばれたが、ここで帰ったらそれは交渉人としての矜持を捨てるに等しい。
 言われた通りにするだけなら、子供でも構わないのだ。
本番はここからだと、プロスぺクターは営業スマイルを敢えて崩してから反撃を開始した。

 「聞き捨てなりませんね。我が社の『商品』が欠陥だと?」
 「あら、気に障った?」

 ふん、と鼻で笑うキノコ。
 プロスぺクターが脳裏で「この菌糸類が…ッ!」とか思ったかどうかは定かではない。
 定かではないが、プロスぺクターは口を止めても意味は無いと話を続ける。

 「DFにGB、相転移エンジン。どれも今まで木星蜥蜴しか使用していなかった技術。現状、地球では最強の戦艦と言っても過言ではありません。」
 「試作艦の分際でよく言うわ。確かにカタログスペックでは優秀な様ね…。」

 でもね。
 人差し指をピンと立て、まるで大人が子供を叱る様に告げる。

 「戦闘経験の無い民間人のクルー。正面にしか向けられない主砲。主砲以外の兵装がミサイルのみ。艦載機も予定では4機。これだけでも普通の軍隊なら問題だらけよ。それにねぇ…」

 バン!
 キノコが叩き付けた資料の一部。そこには新造艦の大まかな見取り図があった。

 「『火星住民救出のため』?まともに避難民を乗せられるだけのスペースも無いのに?ふざけるのも大概にしろッ!!」

 部屋中が衝撃でビリビリ震える程の一喝に、流石のプロスぺクターも少々驚く。
 現実を知る文官よりの人間だと、何処かで高を括っていた。
 しかし、やはりかの名参謀ムネタケ・ヨシサダの息子と言うべきか、身の内にしっかりと芯を隠し持っていた。

 (これは、私とした事が見誤りましたか。)

 普段のキノコを知る者なら裸足で逃げ出しそうな雰囲気にも、しかしプロスぺクターは動じない。
 何せ、漸く「こちらの望んだ状況」に成りつつあるのだ。
 
 「では、これらの問題点を解決すれば協力してくださると?」
 「そこだけ直した所で意味無いわ。そもそも、単艦で火星行くってのが無謀…いえ、この場合は自殺志願ね。」
 「そこまですか…。」
 「火星支部の研究データとかって、結構な量なんでしょ?それらを回収するにはどうしても大気圏内に降下せざるを得ない。私ならそれを狙うわ。」
 「DFがありますが…。」
 「大気圏内で出力落ちてるなら数で押すだけよ。そもそも、漸く同じ土俵に立ち始めただけでしょ。」
 
 少し位は軍事の専門家に相談しなさいよ…。
 溜息と共に呆れた言葉を送るキノコに、プロスぺクターは「はっはっはっ」と言うだけで誤魔化す。
 
 「取り敢えず、単艦でなく同型艦或いは既存艦の改良品と小艦隊を組む事は前提ね。対空砲・副砲の搭載も同様。後は…」

 そこまで言って、キノコはぴたりと口を噤んだ。
 次いでじろりと営業スマイルを崩さないプロスぺクターを睨みつける。

 「プロスぺクター、やってくれたわね?」
 「いえいえ、大佐は素人に色々とご教授してくれただけの事です。」

 こんな簡単な粗探し、現在押され気味だというネルガル社長派が見逃すだろうか?

 「あんたは会長派だったわね…社長派からの突き上げ?」
 「はっはっはっ。」

 笑って誤魔化しにかかるプロスぺクターを、キノコは睨みつけるしかない。
 今言った事は軍事を少しでも齧っている者なら簡単に指摘できる内容だ。
 しかし、それを言ったのが英雄であるのなら、どうだろうか?
 間違いなく一介の軍人の言葉よりも、その意味は重くなるだろう。
 新造艦を注文されたからでなく、自前で建造・運用するとなればその予算は天井知らず。
 いわんやそれが最新鋭の実験艦ともなれば、その予算は更に跳ねあがる。
 何せ今後建造するであろうにしても、今暫くは殆どワンオフの様なものだ。
 予備パーツ一つにしても相当なものになる事だろう。

 「こうして会長派は新造艦に改良のために更なる予算を出せるし、軍部の意見も取り入れられる。社長派にしても社のお得意の言葉はそれなりに重く、下手に無視すれば軍部との繋がりにも亀裂が入りかねない……と思わせる位はできるわよねぇ?」

 実際の所、自分は軍部中枢には遠い位置にいるのだが、この男が会長派にいるのなら情報工作くらいはどうとでもなりそうだ。
 一切笑顔を曇らせず、営業スマイルを持続させるプロスぺクターに、キノコは内心で舌を巻いた。

 「むぅ………。」

 ついでに未だ無言のままのゴート・ホーリーにもちょっと感心した。

 「…詳細な報告書は後で纏めてあげるから、今日の所はここまでにしましょ。」
 「はい、ではまた後日という事で。」

 キノコとしては軍内での今後の事を考えたいし、プロスぺクターにしても今日はこれ以上は難しいと互いに判断を下したが故の事だった。






 「ふぅ……。」
 「あら?お茶が不味かったでしょうか?」
 「いえ、そう言う訳ではありません。」
 「そうですか?」

 のほほんと頬に手を当ててそう言う見目麗しい御婦人の姿に、サダアキの毛の生えた心臓は柄にも無くドキン!と跳ねた……チョットダケダヨ?
 艶やかな黒髪を背の中程で青いリボンで束ねている優しげな風貌の女性、その名を田中美紀子。
 嘗て火星にてサダアキ達を救った「クローバー」艦長、田中秀人の奥方である。
 実は3歳になる息子がいるのだが、その子は今奥の部屋で昼寝している最中だ。

 「あまり頻繁に来られなくても良いんですよ?」
 「おや、迷惑でしたかな?」
 「いえ!そう言う事でなく!…あの人は、貴方が暇な様でいて実際は忙しないと言っていたものですから。それに、今のあなたは地球では有名人ですし。」
 「構いませんとも。それに、こうして軍から離れる機会があるのは息抜きにもなります。」

 正直、誰てめぇ?と言いたくなる光景が展開していた。
 え、こいつマジであの菌糸類?
 普段のオカマでキノコヘアーで金やら何やらに口うるさく喧しいキノコを知る人間がいれば、即座に現実を疑う事だろう。
 
 「それもこれも、彼のお陰です。」
 
 そう言って窓の外に目を向けるサダアキ。
 思うのは、火星で消えた田中を始めとした多くの同僚・同期達。
 当時、火星駐留艦隊勤務は士官学校出のエリートコースのためのキャリア作りに使われており、必然的にムネタケの同期も結構な人数が勤務していた。
 しかし、その過半数が帰らぬ人となった。

 「ここはまだ大丈夫ですが……。」
 「そうですか……。」

 この辺り、極東方面は未だ木星蜥蜴の侵攻が殆ど無いために、一応戦時であるのだが特有のギスギスとした雰囲気が無い。
 侵攻があったとしても、ムネタケ参謀やミスマル提督といった優秀な軍人の手本となる様な人物が多い極東方面軍は士気が高く、ネルガル本社が存在する事からもエステバリス配備数が多く、生半可な戦力では落とせない。
 その分、ネルガルの仇敵で知られるクリムゾン本社のある欧州方面軍では未だ配備数が少なく、欧州戦線は既に泥沼の様相を呈しているという。

 「私は、逃げません。あの人が残してくれたものがここにありますから。」

 そう言って寂しげに微笑む女性に、サダアキは何も言わず茶を啜った。
 惜しい人間を失った。キノコの胸中には、未だに後悔の念が燻っていた。

 「お茶、御馳走様でした。また今度お願いします。」
 「いえ、これ位でしたら喜んで。」

 罵倒したいだろう。どうしてお前だけが、と言いたいだろう。
 だが、目の前の女性はそういったものを全て飲み込んだ。
 半年前、玄関先で土下座した自分を家に上げ、茶を出した彼女は果たしてどんな胸中だったのか。
 サダアキには、決して彼女の想いは解らない。
 解らないが、悪友の遺した人を守るのは、きっと代償行為なのだろう。

 田中邸から出て、軍帽を被り直す。
 意識を軍人としてのそれに切り替える。
 口調はいつもの神経を逆撫でするオカマ口調に、価値観を限り無く非模範的な軍人のそれへと切り替える。
 そうすれば、できたのは多くの人が知るであろう菌糸類が出来上がる。


 「さーて行こうかしら。」


 基地に帰れば事務仕事とネルガルへのレポート作成の他、軍内部への根回しが待っている。

 今を生きる人間として、火星会戦を生き延びた軍人として、一部隊の司令官として、連合軍の英雄として彼は立ち止る訳にはいかなかった。






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