和田幹男神父様への書簡
「1」に添えた書簡
† 主の平安
和田幹男神父様
突然お手紙を差し上げる失礼をお許し下さい。
そして、手書きでなくワープロ打ちであることもお許し頂ければと思います、字が下手なので・・・(というのは言い訳です。本当は、既に手書きにこだわる文化に生きていないつもりでいるのです。自己中心ですが。)
私は札幌の信者で松谷(まつたに)と申します。
手短に申し上げます。
神父様の教会に中曽千鶴子という信者がおられると思います。
最近、インターネットを通じてこの人のカトリック信者として些か逸脱した姿を見ましたので、ご報告させて頂きたいと思いました。
神父様にそれをお伝えするために、本来なら当然新たに文章を書くのが筋だとは思いますが・・・何だかエネルギーがありません。
それで、大変横着で失礼なのですが、先日自分のホームページで書いたものを印刷し、ここに同封させて頂きます。
そこにあるのはかなり「あからさま」な表現です。
「何もこのような形で人のアラを衆目にさらさなくても」とお思いかと思いますが・・・あえてそうしました。(彼女自身、そのような自分の姿を隠していません。)
お伝えしました。
失礼いたします。
お返事はお気になさらないで下さい。
2011年10月8日(土)
松谷 裕(まつたに ゆたか)
ホームページ: http://gokyo.tuzikaze.com/
なお、このような手紙が来たことを中曽さんに言ってもかまいません。
「2」に添えた書簡
和田神父様、私のホームページからもう一つの記事を送らせて頂きます。
その中で私は中曽氏の2011年6月24日(金)の言葉を引用しています。
「チーム関西、西村斉さんが京都の区議会議員になれば京都の闇が浄化されると思う」
そして、下の写真は2011年9月19日(月)のものです。
ですから、神父様、彼女は今でもこれらの悪しき者ら(特に西村と荒巻)と交流しているでしょう。
たとえ何らかの加減でそうでなかったとしても(特にそう推測する理由はありませんが)、彼女がこれらの者らを「人間として何ら問題ないもの」と見ていることは、そして更に「尊敬」すらしていることは、今も全く変わりないことでしょう。
そして、彼女がそのように思うことを可能にしている理由はただ「彼らはカトリック教徒ではない」という一点にあるのです。そして、彼女はそのような自分のものの見方・捉え方を「寛容」と思っているようです。
しかし、そのような単純過ぎるものの見方は、彼女の霊魂に悪いものを運ぶでしょう。私はそう思います。
私は今回と前回の書簡の中に彼らの言行を含んだビデオを含めることができませんでした。けれども、神父様はPCにお慣れでしょうか、もしそうでなければどなたかの手をお借りになり、彼らがどのような人間であるかを実際にご自分の目でご覧になってみて下さい。私のホームページ(http://gokyo.tuzikaze.com/)の「日記」でも少し案内しています。
2011年10月10日(月) 松谷 裕
斯くの如く、私は和田神父様にお伝えした。
加えて、余計な事を言えば、このような情報をもとに和田神父様が中曽氏に何らかの働きかけをなさるもなさらないも、天主様の御目の下において和田神父様の御自由である。
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