11回、エスキベル(後方)からTKO勝ちを奪い喜ぶ山中慎介=東京・代々木第二体育館で(武藤健一撮影)
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◇WBC世界バンタム級王座決定戦
(6日・代々木第二体育館)
黄金のバンタム時代を継ぐのはこの男だ−。WBC世界バンタム級王者決定戦で、山中慎介=帝拳=がクリスチャン・エスキベル=メキシコ=に11回1分28秒でTKO勝ちし初挑戦で王座奪取に成功。無敗のまま世界の頂点に上り詰めた。足を生かして前後左右に動き回る戦いぶりは元世界バンタム級王者で本紙評論家のファイティング原田さんも高く評価。WBC世界スーパーフェザー級王者・粟生隆寛=帝拳=はデビス・ボスキエロ=イタリア=を2−1の判定で破り2度目の防衛に成功。これで日本のジムに所属する男子の現役世界王者は史上最多の8人となった。
まさに、ジャックナイフの切れ味だ。11回、山中の左がエスキベルの顔面にヒット。エスキベルは目のあたりを押さえながら後ろを向いてひざまずいた。もはや戦意喪失。なんとか立ち上がったが、山中は容赦しない。無慈悲な追撃を加え、ジ・エンド。セコンドに肩車にされると、歓喜の雄たけびをあげた。
「左が右目に当たった。おそらく裂けてるでしょう。ボクの左は強い。誰にでも当たる」
相手の顔面を切り裂いた感触に、新王者はニヤリと笑った。9連続KO勝利でたどり着いた世界の頂点。
ハプニングの連続だった。本番2日前、WBC世界バンタム級王者だったノニト・ドネアがタイトルを返上し、挑戦者決定戦が急きょ王座決定戦に格上げされた。試合は1回から山中のペース。相手は山中の左を恐れてなかなか踏み込んでこなかったが、そこに必殺の左を何度もヒットさせ、ぐらつかせた。6回終了間際、左でダウンを奪い、KOも時間の問題と思われた。7回も大攻勢に出て、駆け足のようなステップを踏んでノリノリのノーガードで突っ込んだ。ところが、右を食らい、よもやのダウン。この時だけは、会場が水を打ったように静まり返った。さらに、11回開始直後には会場の照明が消え、約2分間中断するアクシデント。だが、山中はどんな状況でも冷静さを失うことはなかった。
小中学校時代は野球少年。しかし、高校に進むと、一世を風靡(ふうび)した元世界王者・辰吉丈一郎にあこがれてボクシング部の門をたたいた。当時から左の強さは際立っていた。優勝した2000年の富山国体の準決勝で2歳年下の粟生に判定勝ちした。専大を経てプロデビューし、“粟生に勝った男”というキャッチフレーズは付いたものの、なかなかブレークし切れなかった。だが、キャリアを積み重ねるごとに精神面も成長。今年3月の日本バンタム級王座防衛戦では、若手のホープ岩佐亮佑との壮絶な打撃戦の末、8連続KOとなる10回TKO勝ち。年間最高試合の声も上がった。今、最も脂の乗った男が、舞い込んだビッグチャンスを見逃すわけがなかった。
厳しい戦いから解き放たれ、「揚げ物を食べたい。空揚げカレーなんか食べたいですね」と笑った新王者。「これからも、思い切りのいい、迫力のあるボクシングをしたい。そして、強いヤツとやっていきたい。そうすれば、もっと強くなれる」とキッパリ。切り裂き魔・山中が、黄金のバンタムで新たな歴史をつくる。 (竹下陽二)
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