「外交は内政の延長」という言葉には、2つの含意がある。国内で足元がガタガタしていては外交もできないということ、政治家は国内で得点を稼ぐため外交を利用する、ということだ。
とすれば、来年2012年の世界を展望するのはいささか憂鬱である。米国、ロシア、韓国の大統領選に中国の指導部交代、台湾の総統選と、日本を取り巻く主要国・地域でトップを選ぶ選挙がある。こういう時の指導者は内向きになる傾向があるし、対外的に強く出た方が世論受けする、と思いがちだ。
その意味で、野田佳彦首相が「権力の交代時期には、とかく波風が立ちやすい」(月刊『Voice』10月号の論文「わが政治哲学」)と警戒するのはまっとうな認識である。ただ、毎年のように首相交代で混迷する日本も12年の波乱要因に加えるべきだろう。内向き化しかねないリスクは日本も同じだからだ。
日本外交の当面の舵取りは、こうした大きな文脈で考えざるを得ない。すなわち、外交をこなしていくため国内で敵をつくらず、政権基盤を安定させる努力を怠らない。相手国が内向きになるのを見越し、2国間に余計な波風を立たせないよう神経を配る──。野田外交の要諦は結局、これに尽きる。
野田外交を読み解くポイントは3つある。1つ目は外交当局と一体化した官邸外交の展開だ。
鳩山由紀夫、菅直人と2代続いた民主党政権の外交は、戦後最低といっていいほど統率力と求心力を欠いていた。理念の具体化への覚悟も肉付けもなく「対等な日米関係」「東アジア共同体」、果ては「普天間飛行場の県外、国外移設」を打ち出した鳩山元首相に、外務省も米国も沖縄もただ振り回された。
菅前首相に至っては、外交への興味すら示さなかった。
菅政権下の外交停滞には、東日本大震災後の非常時という同情の余地はある。だが、退陣までの数カ月、外交当局のトップと定期的な情報交換の場すら持たなかったとされるのは異常である。そもそも菅氏の外交への不熱心さは、震災前も変わらなかった。日本と違って外国は元日が終われば通常業務が始まるので、国会もなく正月休みの日本から首相が訪問するのにこれほどいいタイミングはない。歴代首相はこの機会をとらえて重要な外遊日程を組んだものだが、菅氏は特別な理由もなく今年初めの外遊を計画しなかった。外交当局の士気も阻喪した。
野田政権になってからは、2国間外交がほとんどできなかった前2代の状況に変化が起きた。
外遊の段取りはまず、外相が訪問して首相訪問へとつなげるのが伝統的なパターンだ。10月には玄葉光一郎外相がまず訪韓し、野田首相の韓国訪問につなげた。今後は玄葉外相の中国、米国訪問が予定されているが、これは野田首相の年内訪中、年明け訪米の地ならしだ。
2つ目は、政権基盤安定を優先し持論を封印したことだ。
就任後の野田首相は外交で目立った発言はしていない。財務相しか経験がないので外交哲学には無縁と思われがちだが、例えば2年前に出版した著書『民主の敵』(新潮新書)では、次のような思い切った主張を垣間見ることもできる。
「アメリカは時折、人権や民主主義といった自国の価値観を普遍化しようとして、他国にちょっかいを出します」「今中東で起きていることは(2年前の時点=筆者注)、まさにアメリカの寛容性の欠如の象徴だと思うわけです」「アメリカだからと言って遠慮せずに、どんどん言わなければだめです」「(集団的自衛権は)原則としては、やはり認めるべきだと思います」。前述の月刊誌では「わが国の固有の領土を守り抜くために、主張することは主張し、行動することは行動しなければならない」とも言っている。
字面だけから判断すれば、戦後保守の一方の旗頭でもある対米自主路線、自民党右派の国家主義と軌を一にしている印象がある。
だが首相には米国への直言も、集団自衛権の容認も、中国や韓国に対する領土問題での強い主張も、表立って発信する様子はうかがえない。国内、国外で波風立てない外交、いわば「韜晦(とうかい)の外交」をしばらくは続けるつもりなのだろう。
3つ目は、政策選択を対米関係の戦略的な再構築に活用しようとの意図が背景にあることだ。その試金石となるのが環太平洋パートナーシップ協定(TPP)である。もともとTPP参加は菅前首相が言い出したものだが、その後、菅政権が中国、韓国との自由貿易協定(FTA)に傾斜する姿勢を見せると米国は嫌悪感をあらわにした。普天間問題に続く対民主党不信である。
野田政権がTPP交渉への参加を表明しない選択肢はない。それはこの問題が、単なる経済・通商問題の次元を超え、台頭する中国に対する日米主軸の経済安全保障ネットワーク構築の核心を担っているからであり、過去2年間で深く傷ついた日米同盟修復の政治的起爆剤だと野田政権が考えているからだ。
TPPに関して前原誠司・民主党政調会長は、米国との安全保障を重視している日本として「世界のルールや秩序作りで誰と組むかを戦略的に考えないといけない」との考えを述べた。日米安保条約の根幹は米国の日本防衛義務を定めた5条と、極東における平和のため米軍が活動できるとした6条だが、2条には日米双方が「その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、両国の間の経済的協力を促進する」との規定がある。いわゆる「安保の経済条項」と呼ばれるものだ。TPP安保論もここから来ている。
だが、これは野田政権にとって両刃の剣だ。自民党内から「日米の経済連携は同盟国だから当然あった。そういう基本的な構図は必要だろうと思う」(谷垣禎一総裁)との声が上がる一方、民主党内では「何でもアメリカの言いなりにすればこの国が良くなるのか」(鳩山元首相)との反発が出ている。
新たな対米追随外交か、中国をにらんだ同盟強化の一環か。TPPで問われるのは野田外交が戦略的な目的を明確に説明し、国民を説得できるかどうかだ。発信しない手堅さだけでは隘路に入り込む。
2011年10月31日
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