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2011年11月7日(月)付

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政治を鍛える〈序論〉―民主主義の技量を磨く改革を

 政治を変える願いを込めて、有権者がみずからの一票で選んだ政権交代だった。

 なのに2年を過ぎても、政治はふがいないままだ。

 民主党のマニフェストは、多くが空手形だった。沖縄の普天間問題のように、言葉は踊るが成果を出せない政権の無力さも目を覆うばかりだ。

 大震災への対応そっちのけで展開された内閣不信任決議案をめぐる抗争は、政治への失望感を深く刻みこんだ。

 なぜ、政治はこれほどの機能不全に陥っているのか。問題の根源を見さだめ、処方箋(せん)を探らねばならない。

■だれの代表なのか

 経済産業省前に10月末、「原発いらない福島の女たち」が座り込んだ。福島県川俣町の佐藤幸子さん(53)は「子どもたちを炎の海に放置したままなのは、命を未来につなぐ母性が許しません」と訴えた。むろん「炎」とは放射能のことだ。

 なぜ、政府は脱原発依存といいながら再稼働を急ぎ、輸出も進めるのか。なぜ、民主党や自民党の原発政策は煮え切らないのか――。こうした思いを抱く人々が、3日間で延べ2371人、詰めかけた。

 米国では、ウォール街を占拠した人々が、グローバル社会の「格差」を問う。

 世界規模の競争を勝ち抜いた一握りの成功者が、富を独占する。雇用は人件費の安い国外に流出し、街には失業者があふれる。なぜ、政治は「99%」の庶民の側に立たないのか。だれの代表なのか――。

 世界中で「反格差」が叫ばれた10月、東京・新宿のデモでフリーター園良太さん(30)は各地との連帯を唱えた。「権力は生活や命より経済体制を守ることばかり考える。日本は民主主義にみえるが、まったく違う」

 原発でも格差でも「生きる権利を脅かされているのに、政治に声が届かない」と憤る人々が増えている。まさに「民主主義の欠乏」への異議申し立てだ。その思いは「アラブの春」の民主化要求とも通じる。

■選挙めあての甘言

 一方で、いまの政治のていたらくは「民主主義の結果」であることも間違いない。

 日本はすでに少子高齢社会に突入し、グローバル化の荒波にもまれている。そのうえ原発事故が未知の領域に入ってしまった。右肩上がりで経済が成長した時代の余裕はもうない。

 もし、子ども向けの支出を増やすなら、高齢者向けなど別の支出を削るか、増税か、いずれにしても痛みを伴う厳しい選択が避けられない。しかし、選挙で有権者にそっぽを向かれるのを恐れる議員が多く、負担を求める決断ができない。

 どの予算にも担当省庁があり受益者がいる。こんな既得権の構造を見直すことこそ政治の力仕事だが、それができない。

 とりわけ民主党が罪深いのは何を削るのかを示さずに、「むだを削れば財源はできる」と言い張ったことだ。難しい現実を解決するために汗をかくよりも、選挙めあてに甘言を弄(ろう)する。そんな浅薄な民主主義観の表れに見えてならない。

 民主主義国で、有権者に痛みを求めることがいかに難しいかは、ギリシャを見ればわかる。国境を超えて即決を迫る経済のスピードに、民意を束ねる政治がついていけない。

 危機の足音は、主要7カ国の一角、イタリアにまで迫る。日本も、政治の鍛え直しを急がねばならない。

■聞く、選ぶ、説く

 金権腐敗批判と冷戦の終結を機に本格化した90年代の政治改革は、2大政党を生み、政権交代をもたらした。ただ、その中身は選挙制度の手直しや政党への税金投入にとどまった。

 いま必要なのは、政治の機能不全をただす「次なる政治改革」だ。このままでは、政治不信の嵐が政治への冷笑や、強力な指導者の待望論に変質する危険すらある。

 痛みを分かち合わなければならない厳しい時代には、すべての政治家にこれまでより高度な民主主義の技量が求められる。

 まず、聞く力だ。票や金を出す支援組織だけでなく、政治に届きにくい声にこそ耳を傾けねばならない。もちろん、多数意見に流されてもいけない。

 つぎに選ぶ力だ。真に必要な政策に優先順位をつけるのは難しい。だが、ひとつの判断基準として「生きる権利」を守り、将来を担う子どもたちへの投資を手厚くするのは当然だろう。

 そして説く力だ。政策決定の透明性を高め、甘い幻想の代わりに苦い現実を正直に語る。それなしに痛みを引き受けてもらえるはずがない。

 時代にふさわしい民主主義を築くために、何をすべきか。次回から具体策を提言していく。

      ◇

 「提言 政治を鍛える」は来週から日曜日に掲載します。

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