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ふと思い立って書いてみました。不定期更新です。
プロローグ
全裸くの一の辿る道

 その少女、プレイヤーネーム『アヤメ』は必死に平原を走っていた。一糸まとわぬ裸体を躍動させ、小柄な美少女は頬を上気させながら駆けていた。彼女はネタ装備を愛好するという変わった嗜好を持ってはいるものの、落ち着きのない廃人たちの中では比較的冷静な人間である。そんな彼女は今、一糸まとわぬ裸体をさらけ出して必死に走っていた。
いや、一糸まとわぬというのは正確な表現ではないだろう。サーバーでもトップクラスのAGIを誇る彼女は、黒のニーソックスだけを履いていた。

このニーソックスこそが彼女がプレイヤーたちの集まるマツマエの街を捨てざるを得なくなった元凶であり、そして彼女の身を危険から守る、最後の砦である。

「全裸ニーソ」との異名をとるこのアイテムは、いわゆるネタ装備の中でも特にレアな部類に入る装備である。このニーソックスを装備すれば身体のほかの部位には防具を装備することが出来なくなるが、その代わりにAGIにすさまじいまでの補正がかかったり、武器の状態をいつでも新品同様に保ったり、バッドステータスのほとんどを防いだりとかなり高性能なのだ。もっとも、これを装備する宵は普通に全身をハイレベル装備に固めた方がステータスの合計値は高くなるため、実戦向きの装備ではない。



 平原を疾駆していると、前方から青鬼がこちらに迫ってくるのが見えた。筋骨隆々のモンスターは、棍棒を振り上げこちらに迫ってくる。

 アヤメは鍛えられた索敵スキルで他の敵がいないことを確認すると、両手に一本ずつ忍者刀を握った。異変後の実線は初めてだが、30分あまりの全力疾走によってこの体のスペックは嫌というほど思い知った。これならば鬼の1体や2体はノーダメージで屠れるだろうと確信し、姿勢を低くして鬼に迫る。

 鬼が棍棒を握り締め、アヤメを見据えて咆哮した。巨躯の怪物との距離は数十メートルはあるはずだが、その咆哮を聞いた途端アヤメはうなじの毛が逆立つのを感じ、立ち止まる。冷たい汗が背中を流れた。

 鬼の巨体に威圧されたわけではない。5年間のプレイを通じてもっと恐ろしい見た目の敵とも戦ってきたし、ステータスやスキル構成を考えれば、アヤメが青鬼程度に負けるはずはない。アヤメが足を止めたのは、鬼が自分の裸体を見る視線が淫靡な光を湛えており、なんともいえない寒気を感じたからだ。〈千里眼〉スキルを使ってみれば、鬼の腰布は異様に突っ張っている。それが何を意味するか、わからないアヤメではなかった。

 こんなことは今までは無かった。そもそもシステム上、装備とインナーを解除すればアバターにはモザイク処理がなされるはずなのだ。それが今ではアヤメの裸体は誰からも丸見えで、ただのプログラムにしか過ぎないはずのモンスターがアヤメの身体に欲情している。興奮した様子の鬼がねっとりと自分の身体を眺める様は、恋愛経験のないアヤメを混乱させるには充分だった。

(どういうことなの……? モザイクエフェクトも消えちゃったし、何が起きてるんだろう……?)
 

 アヤメが戸惑っている間にも、鬼は息を荒げてこちらに迫ってくる。鬼との距離がおよそ30mを切ると、アヤメは自分の裸体が怪物に見られていることを確信して怒りと羞恥で顔を赤くした。

 両手の忍者刀を握り締め、アヤメは使えるスキルを確認して戦術を考え始めた。
 筋力値こそ高くないものの、高いAGIと鍛えられた二刀流スキルによって手数の多さは人一倍だ。街を出てから一通り忍者刀を振り回して確認した限りでは、戦闘用のスキルも問題なく使用できる。となれば、俊敏性を生かして急所攻撃と離脱を繰り返すのが一番だろう、と彼女は判断した。


 一つ深呼吸をすると、アヤメは鬼に向って走り出した。

 
あっという間に距離がつまり、鬼はうなり声を上げて棍棒を振った。アヤメの頭上からすさまじい勢いで棍棒が振り下ろされる。風を切り、振り下ろされた棍棒はしかし、空を切った。

回避盾として長く戦ってきた彼女にとって、鬼の攻撃はあまりにも遅い。鬼が棍棒を振り下ろした時には、既にアヤメは鬼の左手に回りこんでいた。

小柄な彼女には鬼の一番の急所である首筋は狙えない。だが、アヤメの振るった忍者刀は鬼の脇腹を切り裂き、鬼は苦痛にうめき声を上げた。棍棒を握っていない左手で彼女を殴ろうとするが、アヤメは素早い足捌きで鬼の拳を避けた。

アヤメは自分の動きを完全にコントロールできていることに驚いていた。敵の攻撃を見切り、素早い足捌きで敵を翻弄する動きは確かに彼女が得意としていたものだ。しかし、システムの補助なしで完璧な動きが出来るという事実は彼女にとって予想外のことだった。

再び鬼の正面に回りこんだ彼女は、2本の忍者刀をふるって鬼の左足に切りつけた。鬼は激怒し、すさまじい力で棍棒を叩き付ける。

アヤメは一歩後退し、紙一重のところで棍棒を避ける。鼻先を棍棒が通ったが、彼女は取り乱しはしなかった。持ち前の集中力が発揮され、研ぎ澄まされた思考がアヤメの全身を制御する。

足が傷ついたことでバランスを取りそこない、鬼がふらつく。その隙を見逃さず、アヤメは攻撃に転じた。

忍者刀が鬼の両足を切り裂き、腹をざっくりと裂いた。鬼は棍棒を振り回して全裸の少女を追い払おうとするが、アヤメは調和の取れた動きで棍棒をかわし、お返しとばかりに鬼の腕に切りつける。

弱った鬼があとずさるのを見て、アヤメは鬼が以前ほど強くないことに気付いた。確かに、リアルになった五感によって鬼の迫力は増したかもしれない。だが、以前とは違って鬼はアヤメの攻撃にひるみ、その力を充分に振るえないでいるのだ。その事実に気付いたアヤメは、これまで以上の苛烈さで鬼を攻め始めた。

稲妻のような剣捌きが、鬼を容赦なく攻め立てる。左右から襲いくる忍者刀に全身を切り裂かれ、鬼は防戦一方に追い詰められていた。死に物狂いで振るう棍棒も空を切るばかりで、身体を動かすたびに全身の傷が悲鳴を上げる。



とうとう鬼が棍棒から手を離し、地面に膝を着いた。すかさず、アヤメは鬼の左胸に忍者刀を突き立てる。忍者刀がずぶりと埋まり、鬼の心臓を貫いた。鬼は全身を痙攣させ、やがてアヤメが忍者刀を引き抜くと地面に倒れ伏した。

 アヤメの履いたニーソックスの特殊効果は遺憾なく発揮されており、彼女の美しい裸体には返り血は一滴たりともついていない。忍者刀も新品同様の輝きを放っており、血の跡はどこにも残っていなかった。


無事にモンスターを倒せたことに安堵のため息を着き、再び彼女は走り始めた。
「全裸ニーソ」を装備している間はアイテムを収納している〈無限巾着〉を使うことは出来ない。課金アイテムであるがゆえにニーソ自体は三ヶ月経てば消滅するが、それまでの間全裸で過ごさなければならないのだ。

 マツマエの街に行くことも考えたが、全裸で大都市を訪問するのは絶対に避けたい。というかそもそも、巾着が使えなければ店も利用できないし、三ヶ月経たなければ衣類を身につけることは出来ないのだ。ならば三ヶ月は人里からはなれた場所で過ごし、服を着られるようになってからマツマエに行こう、と彼女は心に決めた。

 山の中では食用肉をドロップする猪型のモンスターも出現していたことだし、戦闘能力が万全であれば生きていくことは可能だろう。ニーソのおかげで汚れはつかないようだし、とにかく三ヶ月の間は誰にも見つからないように過ごさなければならない。そう決意して、彼女は近くにあるマツマエ山脈のふもとに広がる森を目指して、全速力で走り始めた。
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