チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26014] 竜皇騎士伝 ~勇者と同等に面倒な役割~ (異世界強制召喚ファンタジー) 承部20話目更新
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/11/07 00:09
初めましての皆さん、初めまして。
お馴染みの皆さん、また懲りずにやって参りました。

注意事項
1:展開はご都合主義優先
2:主人公、その他の設定はテンプレート気味
3:出演男女比は女性過多
4:主人公は早い段階で能力インフレを起こす
5:設定語りが鬱陶しいレベルかもしれない

前作の2次同様、『誰得? 作者得』仕様で進めてまいります。

前作はとらハ板「魔法少女リリカルなのはStS IF チンクの逃走劇」です。


投稿開始 2011/02/14
前書き追加変更 2011/03/05
板移動:チラシの裏→オリジナル 2011/3/27

作者:かみうみ 十夜



[26014] 第1話 唐突感。プロローグは意味不明に 起部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/13 00:03
「ちょ、何だよこれ!!」

 彼の背後から叫び声が聞こえた。

 丁度教室を出ようとして、出入り口の引き戸に手を掛けていたところだったが、思わず振り返ってしまった。

「……は?」

 彼の眼にも、それは映った。

 教室の中心部に何時の間にか現れていた幾何学模様と意味の解らない文字らしきもの。

 それが急速に拡大していく様が。

「え? 待てよちょっと!?」

 思わず叫ぶが、教室の中でそれに気付いているものは極僅かしか居ないようだった。更に、模様に触れたクラスメイトがその構成を解かれ、末端部から『分解』され虚空に解け出していった。見えている、いないに関係なく。

「洒落になんねぇだろ……!!」

 即座に逃げようと引き戸に向き直ったが、拡大速度が上がったのか取り込まれしまった。

「何なんだ――」

 指先や裾などの末端から体や衣服が解かれ、最後には頭が分解された。


 とある学年の一クラス、計45人が、白昼にも拘らず『神隠し』に遭った。




 濃密な緑の匂い。

 周囲は夜露に濡れ、芳しく放香する夜咲きの草花に囲まれていた。

「……ここ、は……?」

 背を大樹の幹に預ける形で座り込んでいた彼が、眼を覚ました。

「ふむ、人間共が『英雄召喚』を行った余波か。少年よ、運が無かったな」

 彼の前には一人の女性。長くウェーブした漆黒の髪を持ち、深い蒼の瞳で、羅紗の衣服から豊満な体躯と透けるほど白い肌が覗いている。

「どうする? ここで朽ちるか? 選ばせてやろう」

 言われ、彼は自分の首から下を見る。思考が回らないが、何故か腹部から出血していた。

「上空に召喚されたようだったからな。落下した時に何かが貫いたのだろう」

 女性は淡々と教える。

 彼の前に膝を折ってしゃがみ、その白磁の手を傷に当てる。

「幾つかの内臓を巻き込んでいるようだ。目覚めたのは僥倖だったな」

 その手が他人の血に穢れる事など全く意に介せず、暗にそのまま死んでいたかもしれないと言っている。

「さて、どうするか決まったか? 私ならば対価と引き換えにお前を救えるぞ?」

「……対価は……何……?」

「ほほう、言葉が通じるな。なるほど、お前の持つ玉(ぎょく)の一つは『意思疎通』か。

 ああ、対価だったな。何、少々人間ではなくなってもらうだけだ」

 ただでさえ上手く回らない彼の思考は瞬間的に停止した。

「そして、役目に就いてもらう。それだけだ。生命の対価としては安いものだろう?」

「……解った……。願う」

「……素早い決断だな。面白くない」

 此処が何処で、何故こんな目にあっているのか。全てが解らない状況で命の選択を迫られる。こんな極限状況で一体他にどんな選択肢が在ると言うのか。彼に言わせればそう言う事だ。それに、彼は人間と言う存在にもう固執する必要は無いと考えていた。

「ならば契約だ、盟約だ、そして、誓約だ。

 『我、暗黒を統べる竜が皇。此処に我が騎士の誕生を祝福す。彼の者は我が永遠の従者と成り、共に散る定めとなる』」

 彼女の虹彩が金色に変わり、瞳孔が縦に割ける。竜眼の発露だ。

「『竜騎士転生』」

 自らの牙で唇を切り、滴る鮮血と共に口付ける。

 竜血は彼の口腔に溜まり、自然と嚥下される。

「あ、言い忘れた。今から激痛があるが、自我を壊されないようにな。私の血は強烈なはずだ」

 その言葉の通りに、彼の内側から今までの彼を全て打ち壊すような激しい痛みが発生した。

「――――!!」

 言葉に成らない。

 全身を暴れさせようとするが筋肉の全てが痛みで萎縮し、身動きが取れない。

 痛みを紛らわす動きの一切が出来ない。

 何かが組み変わる凄まじい不快感と、自意識を押し流そうとする激しい痛み。長時間晒されたのならばどんなに強固な意志を持った人間でも間違い無く廃人となってしまうだろう。

「まぁ、お前なら耐えられるだろう。この状況下で即決できるような思考をしているんだ。精神力にも問題なかろう。

 期待しているぞ、我が騎士殿」


 期待している。


 その言葉一つで、彼は何が何でもこの痛みを乗り越える決意をする。

 彼女はそのまま彼を抱きかかえる。

 皮膚の感覚はこの痛みの中でも彼女の温かさを感じていた。

 この感覚を、二度と裏切りたくなかった。




[26014] 第2話 状況把握は不十分。それでも事態は進展す 起部2話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:41
 すぅ。と、眼を開く。

「ん、目覚めたか。

 どうだ? きちんと自我を残しているか?」

 彼が横を向くと、そこには美しい黒髪の、美貌の女性が一人。凛々しい雰囲気を滲ませて佇んでいた。

「貴女は……。

 ああ、俺は俺のままみたいだ」

「上々だ。私の竜血を受け切ったな。見事だ」

 そうして、彼女は彼の頭を撫でる。

「さて、色々と説明しなければならないんだが……。まずは名前を教えてもらおう」

「確か……華月(かづき)」

「カヅキ……。どんな意味を持つかは知らんが、響きだけでも大層な感じが在るな」

「まったくだ。何を考えてこんな合わない名前を付けたんだか」

 彼、華月は自分の容姿が盛大に名前負けしていると知っている。弛んだ眦に締りの無い造りの顔だ。とてもではないが字面のようなものにはなれない。

「ほぅ、何やら自分自身と釣り合わんと思っているのか」

「ああ。まぁ、それはいい。それで、貴女の名は?」

 言われて、自分も名乗っていないことを思い出したのか、彼女はぽん。と、手を打った。

「私の名はアルヴェルラ。ヴェルラと呼んでくれ」

「解った。

 それで、俺に何をさせたいんだ? 役目が在ると言っていただろ」

「お、覚えていたか。ならば話が早いな。

 カヅキには私だけの騎士に成ってもらう。まぁ、もう下準備は済んだからな。後はそれらしい格好と技術を身に付けてもらうだけだが」

「女皇陛下。いつまで説明に時間を掛けていらっしゃるのですか」

 そこまで話した所で、二人の間に割ってはいった声があった。

「む、何用だテレジア」

 そこにはヴェルラには及ばないものの美女と言って差し支えの無い女性が居た。

「何用だ、ではありません。昨日から公務も放り出して……いい加減陛下の印が必要なものが溜まってきているのですよ」

「七面倒な。そういうものは任せると言っただろう。私はこれからカヅキに色々教えねば――」

「それこそ我らにお任せください。新米竜騎士の教育は、陛下のお手を煩わせるまでも在りません」

 そこまではっきりと言われ、自分の旗色の悪さを悟ったヴェルラは、降参したようだ。

「解った。ならばカヅキに状況の説明と、その後の教育について、しっかり教えてやってくれ」

「任されました。このテレジア=アンバーライド、名に賭けまして」

 右手を胸に当て、しっかりとアルヴェルラを見据えて宣言した。

「では、残りの事はテレジアから聞いてくれ。またな、カヅキ」

 ヴェルラは華月の返事も待たずに出て行った。何だかんだと言っていたが、自分をテレジアが呼びにきたと言う事の重大さをきちんと解っているのだろう。

 残された華月はテレジアを見、どう声を掛けたものか迷った。

「初めまして。私はテレジア=アンバーライドと申します。先ほどの会話を聞き逃していなければお分かりかとは思いますが」

「いえ、初めまして。瀬木 華月(せぎ かづき)です」

「成る程、本当に『意思疎通』の玉を持っているのですね。何とも都合の良い話ですが。

 と、今の貴方には理解出来ませんね。その辺りも追々説明いたしますが、まずは今の状況を説明いたします」

 はきはきとした口調で言葉を連ねるテレジアに、華月は少し戸惑った。が、ついていけないほどではない。

「貴方は此処ではない世界から、この世界に強制召喚されました」

「……え?」

「理解できないのは、何処でしょうか」

 テレジアの眼が鋭くなる。華月を探っている。試している。

「ここが違う世界だっていうのは、現実みたいだから納得できないけど理解はする。強制召喚ってどういうことだ?」

「強制召喚とは、対象の意志を無視した状態での召喚を指します。大抵の召喚はこれに属します。今回、貴方に作用したのは広範囲型英雄召喚だと推測されます。資質を持つ者を一斉召喚し、召喚後にそこから絞り込む為の召喚魔法ですが。

 貴方は魔法効果範囲の端に居たのでしょう。途中で振り落とされたようです。貴方と同様に途中で落とされた人間も居るかもしれませんが、アルヴェルラ女皇陛下の治めるこのドラグ・ダルク国に現れたのは貴方一人でした。

 ここまでで何か?」

 テレジアの視線は鋭くなるばかりだ。以前の彼なら萎縮し、質問など出来なかっただろうが、ここは前の世界ではない。もう萎縮する必要は無い。

「と、言うことは、俺の他にも何処かに大量に召喚された人間が居るはずって事か?」

「その通りです。何の為にその召喚が行われたのかは、推測ですが魔王討伐の為に勇者を異世界から呼び寄せるためだと思われます」

「魔王に、勇者か」

 華月は少し頭痛がした。と、同時に自分がその選別に掛けられなくて良かったとも思った。勇者なんて冗談じゃない。冷静に考えれば責任は重いわ面倒くさいわ、苦労した挙句に死ぬか、何の得も無いまま元の世界に戻される可能性だって高い。そんなものにされなくて済んだのだ。華月には滅身奉仕の精神など、もう在りはしないし、「勇者? マジ俺凄くね!?」等と言う自己中思考も持ち合わせていなかった。

「何を考えているのか知りませんが、今の貴方はある意味勇者と同じほど面倒な立場に在ります」

「は?」

 まるで華月の思考を読んだかのようなテレジアの言葉に、思わず聞き返してしまった。

「一つ。今、貴方は女皇陛下と契約を交わし、竜騎士として此処に存在しています。その身体は最早、人ではなく竜になっています。最も、純竜種と違い、一度竜化したら戻れませんが。当然、元の世界には帰れなくなりました。その身にこの世界の理が上書きされましたので。

 話が逸れましたね。

 二つ、竜騎士とは主たる竜に仕える下僕です。主が死なない限り粉微塵になっても死ねず、逆に主が死ねば自身が健常だろうと死にます」

 華月が頭を抱えたくなったのは当然だろう。

 元の世界に未練は無い。だが、あのままならば確実に死んでいたし、仮に怪我もなくこの世界に来たところで訳が解らないまま殺されていた可能性が高い。女皇や魔法、魔王に勇者という単語と、明らかに文明レベルが彼の居た世界より低いと推測できるこの部屋の造り。結果として導き出されるのは完全にRPGのような夢とロマン溢れる幻想世界なのだろうという結論だ。

「その表情からすると割と理解が早いようですね。手間が省けて助かります。

 そして、此処からが重要です。

 三つ、貴方はドラグ・ダルクの女皇陛下が竜騎士です。これから体術、適正が在る武器の扱いは元より学術に適正が在れば魔法も覚えていただきます。それも人間レベルの温い物ではなく、半不死となったその身体の限界の無い訓練です」

「それって、始めは何回も死ぬような事になるって訳か」

「その通りです。本当に理解が早いですね。こちらとしては好都合ですが。ただ、貴方が早々に必要なものを身につければ済む話です」

 正直洒落にならない話だ。

「口頭での説明は以上です。以降の教育は基本的に私が行います。疑問が在れば気兼ねなく尋ねてくれて構いません」

「了解……。で、訓練ってもしかしなくても今からだよな」

「当然です。そこの服に着替え、向かいます」

 華月が寝ていたベッドの脇には、黒い布で作られた服があった。というか、既に着ている服が自分の物では無い事に今気づいた。が、深く気にすると色々終わる気がしたので華月はその事に触れるのを止めた。

「私は扉の外に居ます。一応言っておきますが――」

「逃げたりしないよ。朦朧としてたが『契約』を交わしたんだし、何より……」

「何です?」

「何でも無い」

 ヴェルラに、「期待している」と、言われたから。なんて、とても言えるわけが無かった。




[26014] 第3話 無謀と果敢。履き違えると惨事 起部3話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:41

 華月は周囲の風景に呆然となった。

「なんだ、ここ……」

「これがドラグ・ダルクの全容です」

 目の前には高々と聳え、周囲をぐるっと囲んでいる山脈があり、そこに出来た広大な盆地に幾つも街のようなものが作られていた。山脈の山にも小さい穴が幾つも穿たれていて、何か在ると解る。

 街のようと表現したのは建物の間に道が無く、緑で埋められている為で、建物の間が狭いところが集落の単位なのだろう。幾つか広場らしき場所も見えるが、自然に開いていた場所をそのまま使っているのだろうと思われる。

「四方をヴェネスド山脈に囲まれ、大陸と繋がっているのはごく僅か、おまけに山脈の向こうは海です。つまりドラグ・ダルクは半島にある国となります。

 ドラグ・ダルクには基本的に闇黒竜種(ダークネス・ドラゴン)のみが住み、山にドワーフと、森の一角にエルフが少数居ます。若干、竜騎士を従える竜が居ますが、圧倒的少数ですし、貴方を含み竜騎士は人間では在りません。したがって人間は皆無です」

 そこで、テレジアは鋭い視線を華月に向ける。

「我ら竜種、それも特にダークネス・ドラゴンは人間を嫌悪しています。私も人間が嫌いです、個人的に。しかしながら竜騎士の皆さんはそれぞれが才覚を見初められて、高潔な精神を持ち此処に居ます。貴方がそうなるか否かは貴方次第です」

 そしてふいっと顔を逸らす。何と言っていいか浮かばなかった華月は黙っている他無かった。

「行きますよ。まずは貴方の基礎身体能力を確認します」

 大人しく後をついて行くと、皇宮の下部には訓練施設らしき場所があった。

 天然石で囲われ、地面が剥き出しになっている。そこの中央にテレジアが佇み、華月を見ている。

「出来るものなら私に一撃入れてみてください。もう始まっていますので」

 そう言われ、華月は自分の身体を意識する。何かが変わっているのだろうか? それとも身体能力自体は以前と同じなのだろうか。既に馴染んでいるのか変わっていないのか、感覚で解る事は無かった。

 軽く囲いに使われている天然石を殴ってみる。以前なら間違いなく痛みを感じるだろう力で。

 だが、痛みは無く、むしろ石が若干ずれた。

「……」

 無言で重心を落とし、軽く前傾姿勢を取る。

 両脚で思いっきり地面を蹴る。

 今まで感じた事の無い風を切る感覚。

 急激に迫るテレジア。

「でやっ!」

「……」

 華月の右ストレートはテレジアの半身だけズラす見事なスウェーで回避された。

「あれっ!?」

 むしろ引き残したテレジアの足に躓かされ、派手に真正面から地面にダイブする羽目になる。

「……擦り傷も無い?」

 地面を盛大に転がったはずなのに、体には傷一つついていなかった。

 そうなると、無様に転がされた事実が華月の頭に染み渡り、怒りを巻き起こす燃焼源となる。

 羞恥と不甲斐無さで握り締められた拳が、華月の怒りの度合いを窺わせる。

 ゆらりと立ち上がり、自然体を装う。

 そしてあくまで自然に、前のめりに倒れこむ。

「?」

 テレジアがその動きを怪訝に思ったときにはもう華月は行動に移っていた。

 右足で思い切り地面を蹴り、全力で走り出す。

 移動速度が人間の枠を超えていた。

 顔を上げてテレジアの位置を確認し、彼女の間合いの外で鋭く方向転換。以前では考えられない鋭い動きで背後を取る。

 左足を軸にし、右の回し蹴りを放つ。

「甘いですよ」

 それはテレジアの右手で掴まれていた。

 そのまま足を持ち上げられ、上空に放り投げられた。軽く十メートル程飛ばされ、落下する。下ではテレジアが迎撃する様子も無く立っているが、何もしないわけは無いだろう。

「このままだと、一回殺されるな……」

 確実な死の予感を感じるが、最早怖いとは思わなかった。感じなかった。

 想ったのは――。

「やられっぱなしってのは、面白くないな」

 姿勢を変え、足を地面に向け蹴りの形を取り、空気抵抗を出来るだけ減らせると思われる体勢を取る。

 空気抵抗を抑え、急加速しながら降下する。これを強襲降下(パワーダイヴ)と言うのだが、当然華月はそんな事は知らない。最も、生身でそんな事をすれば地面との接地時に足を大々的に損傷し、良くて再起不能、普通なら死亡となるだろう。

 急に加速した華月の動きにもテレジアは見事に対応した。

 自分の脚技の間合いに華月の足の裏が入った瞬間、自らの右足の裏を突き出し華月の重力加速度まで完全に相殺した。

「取りあえず、見事と言っておきましょう」

 一瞬の停滞時間でそう告げ、再び重力に引かれた華月を今度は左足で蹴り飛ばした。飛ばした先は周囲を囲う天然石の側面だ。普通の人間なら骨折その他で生きているかも解らない状態になる速度が出ている。

「……痛く、ない?」

「当然です。貴方の身体は最早竜種のそれと同等。先ほど説明したとおり、主の祝福を受けた竜血には激痛と引き換えに人間を竜化する効力が在るのです。体験したでしょう。それにより人間を殺すには十分な力程度では痛みなど感じません。

 さぁ、きなさい。まだ終わりませんよ。次からは、その竜化した身体でも軋む私の普通の力で反撃します」

 挑発する。徹底的に実地で学ばせる気だ。

「上等だ!」

 華月は無謀――いや、果敢に挑んで行った。





[26014] 第4話 フルボッコの後は 起部4話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:42

 全身の打撲が収まり、骨折が治っていく。

「ふむ、この程度ですか。意気込みは十分でしたが、やはり実力が伴っていませんね」

「……悪かったな」

 結局反撃だけで散々にボコボコにされ、だらしなく地面にへたばっている。

 殴られ、蹴られ、投げられ、極められ、徐々にその力加減が強くなって、気がつけば無数の打撲と骨折を負っていた。竜化の影響か痛みなど無視できたが身体が動かなくなって降参したのだ。

「しかし、竜化は上手くいったようですね。あれだけやられても動いていましたし、傷の回復も随分速い。竜騎士としての基礎性能は十二分に在ります。その点は評価しましょう」

 言われても、華月はあまりうれしくなかった。褒められているのかどうか、微妙な言い回しだったからだ。

「しばらく休んでいなさい。開始からそれなりの時間が経過しています。そろそろ昼食です。私は陛下に報告と食事の準備をしてきます。私か、他の誰かが呼びに来るまでそうして大人しくしているといいでしょう」

 言うだけ言ってテレジアは階段を登っていく。

 それを見送った後、華月は身体を起こす。

「は、転がってられるか。あれだけやられ放題で悔しくないわけ……」

 少し軋む程度まで回復した身体を動かす。

 さっきのテレジアの動きは捉えられる範囲で観察していた。中には速すぎで掴みきれない動きもあったが、基本的な拳打、蹴打、身体の動かし方、そして――。

「こう、か……?」

 握った右手に意識を集中する。すると、右手から薄く陽炎が見えた。

「お……、上手くいったか?」

 時折テレジアが自分の手や足から陽炎を立ち上らせているのが見えた。それがどういうものなのか、理屈も何も解らなかったがテレジアの動きはこの現象が起きるとき一瞬のタメがあった。そこから意識の集中が重要なのだろうと当たりを付けた。

 何より、この状態で殴られ、蹴られると物凄く痛かったのだ。

「しかし、これ何だ?」

 試しにそのままの状態で天然石を最初と同じ力で殴ってみる。

 するとどうだ。天然石に皹が入った。さっきは動くだけだったにも拘らず、だ。

「破壊力? が上がったのか?」

 よくは解らないが、攻撃を強化できるのだろう。そう当たりをつけ、納得しておく。

 そのまま陽炎を出した状態を維持しながら、身体を動かす。

 中々にその状態を維持し続け、行動する事は困難で、身体を動かすことに意識を振ると途端に陽炎は消えてしまう。

「あはは。意識しないと魔力を纏えないようじゃぁまだまだ、だねぇ」

「……誰だ?」

 突然声をかけられ、動きを止めてしまった華月。声をかけたのは漆黒の真っ直ぐな長髪を揺らしながら薄い蒼の瞳を細めて微笑する少女。何時から居たのか華月には解らなかったが、彼が居る位置とは丁度真逆の岩の上に腰掛けていた。

「キミが陛下の新米竜騎士だよね」

「誰だと、聞いてるんだけど」

「あ、あたし? あたしはフェリシア。フェリシア=リステンス」

 ひょい。っと、非常に軽い身のこなしで岩から飛び降り、華月に近づいてくる。

「いや~、まだまだとは言ったけど、凄いね。成り立ての竜騎士でこの岩に皹入れたのあたし初めて見たよ」

「君は、竜か」

「そうだよ。成長が遅いみたいで小さいけど、これでも500年は生きてるよ」

 華月が皹を入れた岩の表面を撫でながら答える。

「一度も竜騎士なんて持った事が無いから他の人が訓練してるの見てただけだったけど。契約から目覚めて初日の訓練で魔力に気づいて、このドワーフも手古摺るヴェネスド岩に皹を入れる騎士は初めて見た。

 キミ、テレジアはあんな事言ってたけど素質は一番なんじゃないかな」

 165cmの華月。決して大柄とは言えないはずだが、その華月と比べても明らかに頭一つ分ほどフェリシアは小さかった。腕を伸ばして華月の肩を叩くが、とても500歳を過ぎているとは思えない。

 傍から見ると兄を背伸びして褒めている少々ませた妹にしか見えない。

「……フェリシア様、何をしてらっしゃるのですか?」

「あ、テレジア……。早かったね?」

 華月が皹を入れた岩の上に、テレジアが立っていた。その顔が若干怒っている様に見えたのは、華月の錯覚だろうか。

「本日は、倉庫の手入れをなさる筈ですが?」

「あ、あはは……。飽きちゃっ――」

 肉と骨を打つ鈍い嫌な音が響いた。

 神速で地面に降りたテレジアがフェリシアの頭頂部に、鋭い手刀をこれまた神速で打ち下ろしたのだ。それも華月を相手にしていた時以上に力を籠めて。

「……痛い……痛いよ、テレジア……」

「当然です。痛くなければ意味が在りません」

 涙目で頭を抑えるフェリシアを見て、少しだけ可哀想になった華月だったが、仕事を放り出してこんな所に来る方が悪いよな。と、思ったので同情はしなかった。

「割り振られた仕事は、きちんと消化してください」

「解ってるよ。でも、息抜きぐらいいいでしょ? あんな穴倉に篭りっ放しじゃ心が病気になっちゃうよ」

「ああ言えばこう言いますね。本当に、こればかりは血筋でしょうか」

「あたし、母様ほど適当じゃないよ。

 それに、テレジアが直々に教育する竜騎士がどんな者なのか見たかったし」

「テレジアが直々にってのは、珍しい事なのか?」

 思わず口を挟んだ華月だったが、テレジアの無表情とフェリシアの呆れ顔にちょっと拙い事を言ったかと後悔した。

「あ~、テレジアの役職知らないんだ。

 テレジアはね、女皇付侍従総纏役なんだよ。女皇に付いてる近衛も、従者も、全部最終的にはテレジアの指示で動くの」

「……何、それってかなり重要な役職じゃ?」

「一応はそうなっていますが、私の仕事などたいした事では在りません。適度に各部署を確認し、異常が無いか見回るだけです」

 謙遜も甚だしいが、やってる本人に言わせればどんな事もこんなものだろう。自分の就いている仕事が難しいと思うようでは一人前とは言えない。

「しかし、私の役職を大変だと思うのであれば、早く一人前の竜騎士になることです。そうすれば私から貴方の面倒を見ると言う仕事が無くなります」

「……出来る限り――いや、それ以上やってやるさ」

「本当に、気概だけならば立派なものです。さっさと実力を追いつかせなさい。

 ですが、飲まず食わずで身体が保てるものでは在りません。竜騎士は死にはしませんが飢餓感などは普通にあるので。今から食事です」

「あ、そんな時間なの?」

「はい。もう昼食の時間です」

 テレジアはそういうと背を向けて歩き出す。





[26014] 第5話 食後に座学は寝落ちフラグ? 起部5話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:42

 食事の内容は、華月が考えていたものとは色んな意味で違っていた。

 まず、きちんと調理がされていた事。

 次に豪華絢爛と言う事は無く、普通もしくは質素と言っていいものだった。

「……」

「何ですか? その予想を裏切られたと言うような顔は」

「あ、ああ……。俺の先入観が悪いんだ。気にしないでくれ」

 テレジアの不審げな言葉に、華月は思ったとおりの事を言った。

「大方の予想は付きますが、何も生肉を貪り喰らうのが竜種の食事だ。などと言う事はありません。少なくとも、この姿をしている時は」

 空いた食器を片付けながら、テレジアは淡々と答える。

「竜化した状態では家畜一頭程度では到底足りませんが、この人化している姿なら味覚から必要な食料まで人間と大差ありません。味覚が十全に機能していると言う点のみ面倒ですが、限られた敷地で多数が生存するにはこの姿の方が利便ですからね」

「そりゃ、そうだろうな」

 食料の消費から何から、人化している方が少なくて済むのだから。というよりも、竜という生物は一体どのぐらいの食料をどの程度の期間でどの程度消費しなければ生存できないのかということすら、華月には解らなかった。

「竜化した状態では魔力運用以外のあらゆる面で消費が激しすぎるので、余程の変わり者でもない限り、人化しているのが竜種の常識です。とは言え、勘違いしないでください。

 いいですか? 私たちが人間の姿を真似ているのではありません。人間とは我々先発種族の反省点を踏まえ、最も後に創造され――」

「食事時に講釈を垂れるものではないだろう、テレジア」

「陛下……」

 優雅に食後の茶を啜りながら、ヴェルラがテレジアを嗜める。

「カヅキが異世界の人間で、神やら何やらの概念すら違うかもしれないのに、それらを無視して言った所で納得しないだろう。そう言う事も含め、講義の時にしっかり教えてやれ」

「……はい」

 少ししょんぼりしてしまったように感じるテレジアの反応だが、表面上本人は顔色一つ変えていないように見えた。

「では、午後は座学になります。居眠りは『決して』許しませんので、覚悟して望んでください」

「……ぉう」

「気の抜けた返事ですね。しゃんとしてください」

「了解!」

「宜しい」

「何だか、テレジアにカヅキを盗られた感じがするな。やはり私自らが――」

「陛下は公務に集中してください。

 ……私は騎士を必要としていません。それは陛下もご存知のはずですが」

 毅然としていたテレジアの表情が少しだけ曇った。

「そうだったな。

 余計なことを言った。私は公務に戻る。カヅキ、しっかり励め」

「ああ」

 少しだけテレジアのことが気になったが、アレコレ詮索するのは得策ではないと判断し、華月は黙った。

「では、講義に移りましょう。付いて来てください」

 片付けが終わったのか、テレジアは華月にそう言うと歩き始めた。置いて行かれないよう華月もその後を追う。

「座学ってどの位掛かる予定だ?」

「時間の感覚が私たちと貴方とでどう違うのかも知らないので、答えようが無いのですが」

「じゃぁ、この世界の時間の概念を教えてくれ」

「そうですね。この世界の時間の計り方は日が昇って沈み、また昇るまでで一日。一日は昼間十二時間、夜十二時間で計二十四時間」

 何だ、一緒か。と、華月が言おうとした所で。

「一時間は百二十分、一分は六十秒です」

「……。何で一時間が百二十分なんだ?」

「六十進数で一分、その後百二十進数になっているからですが、何か?」

「何で六十進数の後が百二十進数になるんだ? 六十進数のままでいいじゃないか」

「それでは昼夜合わせて四十八時間になってしまいます。後になればなるほど、位が大きくなって言い難く扱い辛くなります」

「結構違うなぁ……。

 それじゃ、一年って?」

「百八十二日で、一年置きに一回百八十三日になります」

 何とも言い知れない奇妙な感覚に襲われた華月だった。

(一日の長さが違うだけで、後の計算は一緒か)

「まぁ、解った。一時間の数えだけが違うけど、慣れるだろ」

「そうですか。

 では、最初に質問された座学の予定される必要時間ですが、ざっと丸七日と言う所でしょうか」

「あ、その程度で済むの?」

 華月の反応は、テレジアにとって意外なようだった。視線だけ華月に向けてきた。

「そんな眼を向けないでくれるかな? これでも元の世界じゃ一般教育を受けてたんだから」

「一般教育、ですか?」

「語学、世界史、自国史、数学、物理、化学……。まぁそう言う教育機関に都合十年以上通ってたんだよ。だから、丸七日程度で終わるなんて思ってなかったんだ」

(それでも俺の感覚だと二週間分の時間はちょっとキツそうだなぁ)

「……驚きました。貴方の世界は随分と余裕があるのですね。そんな長期間、勉学に費やせるなど」

「働くにしても最低限、九年は教育機関通いだからなぁ。そこから先、更に三年から七年勉強し続ける奴も居る」

「話に聞く人間の学習院みたいなものですか」

「ああ、この世界にもあるんだ」

 結構共通点が多いことに驚く。

「詳しくは知りませんが、数年から十数年の学習期間を取る、一部の階級のみが通えるところらしいですが」

「その辺も含みで教えてくれるんだろ?」

「この世界の概念から種族の在り方、一般常識を中心に教育します。それ以上は自分で書物を紐解くことをお勧めします。

 その辺は、貴方の方が慣れているでしょうし、得意でしょうから」

 テレジアは視線を前に戻した。

(あれ? それってテレジア自身は勉強が嫌いだってことか?)

「着きました。この部屋です」

 重苦しそうな扉を開け、テレジアが中に入っていく。華月も続いて入る。




[26014] 第6話 座学前編、基礎知識と因縁 起部6話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:43
「へぇ……凄いな」

 華月は感心の声を漏らした。

 部屋の左右には高々と聳える書架が在り、その全てに本らしきものや巻物っぽい何かが収められている。

「ダークネス・ドラゴンが貯蔵する書物です。創世の時代を記す物もある、歴代の長老達が書き連ねたものから近代史まで無節操に存在しています。

 これらは基本的に下位竜種言語(ロー・ドラゴニア)で書かれていますが、その身に『意思疎通』の玉を持っている貴方なら普通に読めるはずです」

「ん、そうなのか? 便利なんだな」

「偶々、運が良かっただけです。発現率の低い玉なのですから。まぁ、そのお陰で私たちとも言葉を交わすことが出来ているわけですが。

 此処を使います」

 部屋の中を進み、たどり着いた先は一つのテーブル。椅子は一脚で、羊皮紙のような色合いをした用紙が数十枚と、インクの小瓶と羽ペンらしきものがあった。

「こりゃまた古風な筆記用具だな……」

「古風とは随分な言い草ですね。これが一般的な製紙とペンです」

 華月の物言いが気に障ったのか、テレジアの声に険が載った。

「元の世界だとちょっと違う物を使ってたから」

「色々と、こちらの世界とは違うと言うことですか。

 服の素材から違っているようでしたし、当然かもしれませんね」

 そこで自分の制服がどうなったのか、聞いていない事を思い出した。

「そうだ。俺の制服はどうしたんだ?」

「貴方が着ていた服なら、洗濯して保管してありますよ。なんとも貧弱な素材なので、破かないように随分気を使いました」

「……え? そんなに弱いもんじゃないと思うんだけど」

 ナイロンや綿などが主な素材だ。前の世界においては簡単に破れる様な軟弱な生地ではないはずなのだが。

「そう思うなら、今着ている服を破こうとしてみてください」

「ん?」

 言われて、華月は服の裾を両手で左右に引っ張ってみた。

「堅っ? 何だこれ!?」

「それが我々の使う基本的な素材です。ある昆虫の繭を紡いで作っています」

「へぇ~、随分頑丈なんだなぁ。着心地は変わらないのに」

「その位の強度がないと、扱い辛いのです。うっかり加減を間違えて破けるようなものでは日常生活に支障をきたします」

 随分と生活臭のする発言だが、その格好で生きていれば当然かもしれない。

「そういや、竜でも服を着るんだな」

「……それは、我々を馬鹿にしているんですか?

 そうでした。その辺りもきっちり理解していただきます。雑談はここまでで講義に入ります。着席してください」

 華月の発言は薮蛇だった。テレジアの額に薄ら血管が浮いたようにも感じる。

 言われたとおりに大人しく着席し、テレジアの話を聞く事にする。

「必要なら自分の読める文字でメモを取ってください。では、始めます。

 まず、我々の住むこの世界は、総括して『アードレスト』と呼称されます。原始の創造神は『クリミナ』と呼ばれ、彼の存在が今の世のあらゆるモノの原型を創造したとされ、唯一無二の存在とされています。

 そうして築かれた世界なのですが、後ほど世界地図を見せますが海に果ては無く、東西南北のどの方向でも同じ方向に進み続けると始めの位置に戻ってくることから、平坦なわけではなく球状をしていることが解っています。これは闇黒竜族と白光竜族が協力して突き止めた事実です。

 大陸は全部で四つ。我々が住む中央大陸『ウェルデシア』、北大陸『ヴァネスティア』、東大陸『ヴォーディシア』、西大陸『ウィデスティア』、南大陸『ウェンティア』です。

 島は大小合わせると多く、総数は把握できていません。所有国と所有者のいる島だけで現在三百四十二」

 そこまで話された時点で、華月は取り合えず世界名、大陸数と大陸名、島の総数、そして言及されてなかったが、どうやら方角も東西南北で変わり無いらしい事を日本語でメモしていた。

「随分と変わった文字を使いますね」

「俺の国の母国語がこれなんだよ」

「……どこかで似たような文字を見た記憶がありますが、まぁそれは後回しですね。続けます。

 アードレストに生息する生物は何々種何々族と区別しますが、把握されているもので六百八十九種。その内、言語を持つ種族は大別して六種。

 一つ、神魔種。一つ、純竜種。一つ、精霊種。一つ、妖精種。一つ、亜人種。一つ、人類種」

「案外少ないんだな」

「当然です。原始の創造神『クリミナ』は、無駄に種を増やすことを好みませんでした。

 まず、手足となり、世界を管理する者として神魔種を創造し、最初の住人として純竜種を。

 そして肉の器に囚われない者として精霊種を。

 両者の特徴を受けた妖精種を。
 
 獣の特徴を受けた亜人種を。

 最後に今までの集大成として万能の器である人類種を創造しました。

 その間に細かな、言語を持たない獣などを少数種創造しましたが、あれらは実験種だったためか世代交代と変容が著しく、多様の枝分かれをしていきました」

「……。じゃぁ、初期に創られた種族ほど長寿命で世代交代が少ないって事か?」

「人類種は当てはまりませんが、その通りです。神魔種はほぼ代替わりしないと言われています。通常は己らに与えられた神魔階に我等とは違った形態で存在し、この世界には殆ど干渉しません。一説では不死不滅の存在だとか。

 我等純竜種も代替わりは殆どしません。強靭な肉体と莫大な魔力を持ち、滅多な事では死にません。固体が何らかの形で減少した際、同族の中から新たに出現します。

 精霊種は個体数が限定されていますが、肉体を持たないが故に基本不滅です。何かの原因で存在が維持できなくなると、世界へ回帰し、新たに再構成されるという話です。

 妖精種もその寿命は数百年から数千年です。肉体強度や魔力量は族によりバラけます。彼らまでいくとその個体数は自身等で調整するようになります。

 亜人種はこれまでの族種に比べ短命といえます。肉体強度、魔力量共に妖精種と同じく族により差が激しいようです。寿命は十数年から数十年で、個体数も族によってまちまちとなり、一概には言い切れません。

 人類種は数十年の寿命で、その肉体は全体的に脆弱、魔力量も少量な部類になります。ただ、これは個体差が激しく、環境によっても大きく異なります。そして個体数は全種族中最多を誇ります。万能の器として創造されたことに起因しますが、環境適応能力や知識・知恵の蓄積、次代への引継ぎが円滑に行われ、様々な方向へその進路を取れるが故に目覚しく種として成長しています。

 が、同時に最も愚かで、細かな差違が発端となり、同族での同士討ちが絶えません」

 テレジアの説明は淡々と円滑に進むが、人類種の説明だけは何か感情が混じっていたようだった。

「何か質問は?」

「今のところは。内容についての質問は無いよ」

「そうですか。

 では、まだ続けます。

 種族により各大陸の各地に集落や国が作られています。基本的に長年の暗黙の了解で互いに不可侵となっているのですが、人類種にはそれが通用しません。空白地を占領するだけでは飽き足らず、他種族の領域を侵略し、その地を簒奪することが此処数百年で数え切れないほど起こっています。それにより数を減じたり、地を追われ、他種族の領域に逃げ込んでくる者達も少なくありません。下手をするとその地に住む一族が揃って移動することもあります。

 我がドラグ・ダルクにも、ヴェネスド山脈には一部の妖精種ドワーフ族が、領地の外れに一部の妖精種エルフ族が避難してきました。何れも人類族にその居住地を脅かされ、我等を頼ってきた者達です」

「どの世界でも、人間ってのは似たような性質を持ってんだな」

「……続けます。

 世界がそういった形で変容し始めた800年程前から、突如として今まで存在しなかった特異なモノが現れました。『異界人』と呼ばれる他世界からこの世界に現れた人間達です。

 始めは混乱がありましたが、彼らにはその身に高純度の魔力結晶であり、魔力精製器官として機能する『玉』と呼ばれるモノを必ず二つ宿しており、それらには様々な能力が秘められていました。その中の一つが貴方の持つ『意思疎通』であり、それを持つ者との交流により様々な事が発覚していきました」

「始めは勝手に現れてたんだ?」

「はい。意図せず、何らかの理由によりこの世界に現れてしまったという事でした。

 様々な世界からこの世界へ現れたらしく、統一性が無いのが特徴で、姿こそ酷似していましたが、思想から何から、合致しない方が多かったようです。

 そうして、ただでさえ面倒だった人類種の成長が、異界人を受け入れた事で階段を飛ばすような勢いで加速しました。様々な世界からの来訪者だったことが連中にとっては幸いし、我々にとっては災いでした」

 テレジアの表情が歪み始めた。口調も若干荒れ始める。

「文明的に発展した世界、この世界とは別方向に発展した世界、本当に様々な世界から色々な人間が現れたようでした。そのおかげで連中は異世界の知識を手にし、とんでもないものを造り上げ始めました。

 そして500年前、人類種は我等純竜種、その中でもダークネス・ドラゴンに忌み嫌われる事になります」

「それは、何でだ?」

 テレジアはその顔を歪めたまま、華月の質問に答えようとしなかった。嫌な沈黙の中、こんな言葉が聞こえてきた。

「殺したからだ」

 聞こえてきた声に反応して華月が振り返ると、そこにはアルヴェルラが腕を組んで立っていた。その表情からは、何も伺えない。





[26014] 第7話 座学後編。※最後は手抜きではありません 起部7話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/08 22:06
 アルヴェルラはそのままの格好で続ける。何かを思い出すように片目を閉じたままで。

「今まで手も足も出なかった、この地上で最強の種族である純竜種が一つ、闇黒竜族の強力な個体を。私の妹であり、皆に慕われるほど愛嬌があり、テレジアの唯一無二の親友だった皇女・イナティルを。友好の為、各竜族の代表たちと共に国外活動に勤しんでいた、心優しいあの子を。

 当時の己らの知識、技術、その粋を集結し造り上げた、対竜種特化兵装である忌まわしき竜滅の大剣『ドラゴン・アニヒレイター』を使って、な」

 悠々と二人に向かって近づいていく。

「ヴェルラ……?」

 華月の呼び掛けを無視し、その脇をすり抜けるとテレジアに近づいていく。そしてテレジアの頭に右手を乗せると、幼い子供にするように髪が乱れるのも構わず、くしゃくしゃと撫でた。

「テレジア、やはりここで詰まったな。世界の成り立ちからの説明なら、ここは通るだろうと思って、一応見に来たわけだ。

 言い難い部分は私が代弁したんだ、その顔を戻せ。カヅキはイナティルを殺した人間ではないんだ」

「……はい。理解しています。

 ――失礼しました。無様を晒した事をお詫びします」

「いや、それは別に謝られることじゃないから」

 華月はそこで言葉を切る。安易に「それだけ大切だったんだろ」とか「それなら人間が嫌いになっても仕方ない」とは言わない。そんなことを言った所でテレジアにはなんの慰めにもならないし、寧ろ不快感を与える公算の方が高い。というか、自分ならそんな事は言われたくなかったからと言うだけだが。

「陛下。もう、大丈夫ですので」

「ああ。私は退散するよ。仕事を放り出してきたからな。

 また後でな、カヅキ」

 華月たちに背を向け、左手をひらひらさせながら軽い足取りでアルヴェルラは戻っていった。

「……見透かされていたとは、私も精進が足りませんね」

「さっきのが、テレジアたちが人間を嫌う一番の理由なのか?」

 華月の質問に、今度は一呼吸の間だけで簡潔に答えた。

「――その通りです」

「じゃぁ、そのイナティルって竜を殺した人間は、どうなったんだ?」

「……。

 先ず、人間の法には他種族を殺したからといって特に罰則があるわけではありません。ですので、その事実が発覚した時点で――」

 テレジアの瞳が真正面から華月を捉えた。華月の心胆を底冷えさせるほどの冷たさを宿した恐ろしい瞳だった。

「その人間を見つけ出し、八つ裂き、晒し、あの大剣を造った都市を丸ごと一つ灰燼に変えました。陛下と、私と、二人だけで。

 今ではその地は湖になっています。神魔種、純竜種、精霊種は特別な手順を踏まずとも魔法を行使することが出来ます。その威力を持ってすれば、地形を変えるなど造作も無いことです。

 如何に強力な剣を鍛えようが、その真価が発揮できない状態であれば消失させることなど容易いものです。あの大剣は、粉々に砕いて火山に撒いてやりました」

「なるほど。さすが、地上最強の種族って異名は伊達じゃないってことか。

 解った。それじゃ、その話はそこまでで、講義の続きを頼むよ」

 感心した風にそういうと、華月は講義の続きを促した。
テレジアが華月の顔を一度、奇妙な物を観る眼で凝視してから短く息を吐き、頭を左右に振ると、自分で自分の両頬を張った。

 軽快なパチンッ。と、いう音が響き、テレジアがいつもの顔に戻った。

「では、講義に戻ります。大まかな歴史の流れはここまでとします。今度は用語の解説を、貴方に関係のある部分から始めます。

 人類種の話の端々に出てきた『異界人』ですが、カヅキ。貴方も元々は異界人と言う事は理解できますね?」

「ああ。異世界からこの世界に来て、『意思疎通』の『玉』を持ってるんだからな」

「宜しい。では、それを踏まえ厄介な異界人について説明します。一部は貴方にも通じる部分があるので特に注意してください。

 異界人とは前述の通り、この世界に出現した時点で体内に『玉』を二つ宿します。これは異界人が死亡すると体外に排出され、手にしたモノの望むままに魔力を精製したり、特性を発揮します。ただ、特性を発揮させるには異界人が生きている内に一度、特性を発露させなければ意味がありません。発露されることがなかった特性は発揮されず、単なる魔力精製器としか機能しません。

 人間の身にしては莫大な魔力を精製する異界人ですが、その精製量は平均ではせいぜい下級神魔種程度で、我ら純竜種には到底敵いません。連中の真に厄介な点は、それらが保有する『知識』であり、『技術』なのです。現在用いられるようになっている殆どの単位が連中によって浸透されたものです。方角、距離、速度……。基準化、数値化されたものはそれこそ数知れません。

 おまけに異界人たちの中には、この世界とは時間の感覚から違う者がいたりするために、研究や労働に関する基準が違っていて、阿呆のようにそれらにのめり込む者も居ます。その結果が先述の対竜種武器を始めとする各種特化兵装であり、人々の生活を豊かにする各種技術であり、その発現分野は多岐に亘ります。
その全てが秘匿されている訳ではありませんが、他種族がその最先端の技術の恩恵に預かる事はあまりありません。人類種と交易を行っている場合や、奴隷として使役されている場合ぐらいでしょう。竜種に限って言えば絶無です」

 そう言うと、テレジアはポケットから一つの球体を取り出した。紫色のそれは、華月からすれば一見大きめの硝子玉にしか見えないものだった。

「……。それは?」

「一見、単なる色付きの硝子玉か、紫水晶のようですが、これは人類種が作りだした『擬似玉』と言い、異界人の玉に似せた魔力精製器です。本物には到底及びませんが、それでも連中にしたら画期的なものです。我らには全く必要ないものですが」

 ことり。と、その擬似玉をテーブルに置く。

「手に取って見て構いません。ただ、魔力を与えないようにしてください。迂闊に魔力を作用させると勝手に動き出してしまうので」

「そんな風に言われると、やりたくなる――」

「――」

 そこまで口にしたところで華月は冷ややかなテレジアの視線に気付き、軽口を叩くのを止めた。

「使用用途は多岐に渡りますが、魔力を少量与えてやると後は勝手に魔力を精製し続けるというものなので、基本的には魔力を消費して動く連中の発明品の動力源に使われます」

「随分詳しいんじゃないか?」

「敵を知れば百戦危うからず。どこの格言か知りませんが、正にその通りです。ある程度は知っていないと困る事になるのは自分たちです。それが世界中で版図を広げようと画策している相手なら尚更です」

 そこで、テレジアの右手が硬く握られ、バキンバキンと異音を発していた事に気付いた。

「このドラグ・ダルクには辿り着くまでに人間にとっては幾多の困難があるので、直接的に攻め込まれる事は無いはずですが、我等は友好関係にある妖精種の国や、亜人種の国、精霊種の顕現出来る地域を守護する事もあります。騎士を従える者が主ですが、私も赴くことがあります」

「友好関係にある他種族の国かぁ」

「妖精種であればドワーフ、エルフ、ピクシー等。亜人種であればラミア、スキュラ、ハーピィ、ケンタウロス等。精霊種はほぼ全てですね。

 ああ、ついでです。我ら闇黒竜族(ダークネス・ドラゴン)の他、純竜種には白光竜族(シャイニング・ドラゴン)、紅炎竜族(フレイム・ドラゴン)、蒼水竜族(アクア・ドラゴン)、緑樹竜族(フォレスト・ドラゴン)、黄地竜族(グランド・ドラゴン)が存在します。他に少数の混血種もありますが、勢力となるほどではありません。純竜種に及ばず、言語と知性を持たぬ者として亜竜種というものも存在します。

 純竜種の普段の姿はこの人型ですが、この姿は本来の姿を圧縮、更に各部を最適化した結果です。強大な力を振るう本来の姿に対し、世界に対する負担を減らし、合理的に生きる為の姿。それがこの姿です。我等は自在に姿を変えることが出来ますが、後の種族は出来ません。我らで出た結果がその後の種族にそれぞれ反映されたからです。

 純竜種の六族は相互同盟関係にあり、一定期間でそれぞれの代表が集まり合議する『六族会議』を開いたりします」

「仲が悪いわけじゃないんだな」

「当然です。

 我ら六竜族が本気で総力戦争などを起こしたら、この世界など三日と掛からず吹き飛びます。純竜種の六竜族の長、竜皇はそれぞれの種族で最強の個体が務めます。竜皇は単体で大陸を粉微塵にする事が出来るだけの実力を持っていると言われます」

 そこで、華月が奇妙な顔をした。

「ってことは、ヴェルラも一人で大陸を終わらせられるわけか?」

「当然です。陛下は闇黒竜族の歴代竜皇の中でも特に強大な力を持っています。もしかすると、単体でこの世界を滅ぼせるかもしれません」

 華月は口にしなかったが、「よくそんな奴の妹を手に掛けたな、当時の人間は」と、思った。示威行為にしても相手が悪すぎるだろう。下手をしたら自分たちのせいで世界が終わる所だったかもしれない。

 話が途切れたところで、テレジアが何やら華月の顔色を確認する。

「さて、今日の講義はここまでです」

「え? そんなに時間が経ったか?」

「そういうわけではありませんが、そろそろ貴方の頭が限界を迎えます。何せこの図書室の情報を片っ端から流し込んでいますから」

「は?」

 意味が理解できない。

 すると、テレジアは人の悪い笑顔でさらりと流す。

「あの程度の時間で済むのか。と、言われたので、その時間で最低限ではなく最大限、詰め込む事にしました。幸い、脳に直接情報を圧縮記録する魔法が存在しましたので、この図書室を管理する歴代の竜宝珠(カーヴァンクル)に協力して頂き、カヅキの頭部の玉に干渉していました」

「それって――」

 そこで、自分の頭の中に自分の知らない知識が渦を巻いている事を自覚した。それは洪水となって、華月の自意識を飲み込み始めた。

「あ――く、そ……」

「結果は良好です。全ての情報を転載出来ました。後は貴方がその情報を咀嚼出来れば万事問題ありません。

 ごゆっくり。恐らく酷く苦しいでしょうが、耐えてください」

「勝手な、事を……」

 身体は意識をシャットダウンし、情報の整理に全力を傾けようとしているらしい。急速に意識が遠のいていく。テレジアに文句を言うため、何とか最後の一線で踏み止まっている。

「陛下が期待すると言うカヅキ、私も貴方に期待してみたくなりました。

 一度しか言いませんが……頑張ってください、期待しています」

「……チッ、ずるい」

 意識を失う最後に、視界の橋に見えたテレジアは少し。ほんの少しだけ、微笑んでいた。





[26014] 第8話 休憩? いいえ、昏睡です 起部8話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:44

 様々な情報が駆け巡る。

 何かの数式だったり、化学式のような何かだったり、意味の分からない呪文だったり、幾何学模様だったり、紋章だったり、意匠だったり。


 溢れる情報の洪水が、自分の記憶と混ざっていく。


 それをただ眺めているわけにはいかなかった。一つ一つ、ラベルを付け何の情報だか分かるようにしておかなければならない。


 総数は一体どの程度になるのだろう。

 考えたくも無くなる。

 しかし、何の因果か、これら全てが理解できるし、何だか判ってしまう。

 相応に時間が掛かるが、出来ないことではない。


 華月はため息をつきたい所だったが、期待していると言ったアルヴェルラとテレジアの顔を思い出し、苦笑して作業に取り掛かった。



 ベッドで横になり、寝息を立てている華月の周りに、人垣が出来ていた。

「ねぇ、これが陛下の竜騎士なの?」

「そうです。

 というより、貴女たちは仕事に戻りなさい」

「今は休憩時間ですよ、纏め役」

 ベッドの脇にはテレジアが座っており、華月の様子を看ていたのだが、手隙になった皇宮に使える者たちが噂になった『女皇陛下の竜騎士』を見物にきたのだ。

「異界人の竜騎士って珍しいよね」

「確か二人目じゃない?」

「線が細いわね、大丈夫なの?」

 姦しくなっていく。

 直接的に人間を知らない大部分の同胞が大抵こんな反応をするのが、テレジアにしてみれば面白くないのだが。

「こうしてると、人間ってそんなに怖く無いわね」

「生物としたら、私たちより脆いんだよ? 怖がる事も無いじゃない」

「でも、ほら、変なもの使って色々するって話だし」

「いい加減にしなさい。

 彼は今、私が教育中の身です。全てが終わった後、陛下から全員に紹介があるでしょう。それまで待ちなさい」

『わ、解りました!』

 全員が声を揃えて返事し、そそくさと出て行った。こめかみに青筋を浮かせながらも何時も通りの口調で注意してきたテレジアが恐ろしかったのだろう。

「全く……」

「テレジアも大変だね」

 少し離れた窓枠に、一人の少女が座っていた。

「フェリシア様、今日は――」

「お休みだよ」

 窓枠から飛び降り、テレジアが座るのとは反対側に回り込む。

「あたしだってサボってばっかりってわけじゃないんだからね」

「解っています。貴女は優秀です」

 静かに目を瞑り、フェリシアに誰かの姿を重ねているようだった。

「あたしの事は、今はいいよ。

 それより、随分無茶したんじゃない?」

 寝ている華月の頬を突っつきながら、フェリシアはテレジアを見る。

「ほんの数日前まで唯の人間だった奴に、図書室の記述を全部転送するなんてさ」

「無茶ではありません。出来ると判断したから行ったまで、です」

「ふぅん。テレジアにしては、豪い高評価を付けたもんだね。異界人とは言え、人間にさ」

「能力的には問題ありません。人格もまずまずでしょう。胆力は十二分にあるようです。危うさはまだ見えませんが、大丈夫だと推測できます。

 交わした言葉の数、過ごした時間は私が一番長い物となっています。陛下より教育に関し全権を預かっている身です。その上で判断し、合理的な手段を取ったに過ぎません」

 フェリシアは意地の悪い笑顔を浮かべるだけで何も言わない。

 普段の、それこそ平常運転しているテレジアなら、まず言わない言葉が並んでいると分かっていながら黙っている。

「テレジアの人間嫌いは食わず嫌いと同じだったか」

「……どういう意味ですか? 私は変わらず人間が嫌いですよ。

 ただ、正当に評価しただけです」

 頑なに意見を曲げようとしないテレジアに、フェリシアは肩を竦めてため息をつく。

「まぁ、いいけどね。

 それで、今日で二日目の昏睡ってことになるけど、本当に大丈夫なの?」

「元々頭が良くない部類だったのでしょう。記録の整理に手間取っているだけのようですから、そんなに心配しなくても大丈夫です」

 テレジアはそんな質問に華月の額に左掌を乗せ、さらっと答える。

「竜宝珠(カーヴァンクル)使って干渉してるの?」

「一応の状態確認はして置きませんとなりませんから。こう言う時、異界人だと楽ですね」

「そりゃぁ、あたしら竜族のカーヴァンクルと異界人の玉は互換性があるからね」

 純竜種の竜族は、その身体のどこかに竜宝珠(カーヴァンクル)と呼ばれる属性色の宝珠を持つ。それらは竜の力が大きさを決め、竜の知識が色を深める。ダークネス・ドラゴンのカーヴァンクルは漆黒の宝珠だ。普段目にすることはできないが、それらは他の同色の宝石よりも美しいと言われる。

 カーヴァンクルは異界人の玉に干渉することができるが、異界人の玉はカーヴァンクルに干渉することはできない。保有魔力量の違いが大きすぎて、玉の方から干渉しようとすると弾かれてしまう。

「この調子だと、後三日ほどこのままでしょう」

「三日とか、長いね……。カヅキってそんなに頭悪かったんだ」

「……頭が悪いというより、これは要領が悪いというほうが正しそうですね。丁寧に一つ一つ片付けているようです」

 今も現在進行形で干渉中なのだろう。

「自分の判断でそうしちゃったから、カヅキにずっと憑いてるの? テレジアの仕事だってそんなに空けっ放しでいいもんじゃないでしょ。大丈夫だって思ってるなら放って置いていいんじゃないの?」

「確かに、放置していても問題ないでしょう。ですが、今後もこんな調子では困るので、今から強制介入を行います。変質した肉体の使い方に慣れてもらうには、やはり実践させないと駄目な様なので」

「え? ちょっと、まさかカヅキの中に意識を送るつもり!?」

「はい。一時間少々で戻ってきます」

「あ!」

 テレジアは目を閉じ、掌に意識を集中したかと思うと、寝息を立てていた。

「あ~あ……。テレジア、何だかんだ言って入れ込んでるじゃない。こんな無茶するの初めて見たよ」

 少しだけ呆れ顔になって、肩を竦めたフェリシアは窓に向かって歩き、おもむろに窓枠に足を掛けた後。

「まぁ、そういうテレジアも嫌いじゃないな」

 一度だけ眠るテレジアを見て、窓から外へ飛び出した。

 背中から皮膜の翼を一対生やし、皇宮の下へ滑空していく。




[26014] 第9話 楽しい昏睡学習 起部9話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:45
 360°の暗闇の世界。小さい無数の星が方向を問わずに薄蒼い心細い光で輝いている。

「カヅキの心象風景は、人間にしては我ら寄りですね……」

「へぇ、ダークネス・ドラゴンの意識の中も似たようなもんなのか」

「はい。基本的なダークネス・ドラゴンはこんな感じの心象風景をしています。暗闇は自らの属性、無数の星は記憶の塊です。

 カヅキ、何を手間取っているのですか。同時に幾つか仕分ければそんなに掛からないでしょう」

「簡単に言うけど、俺はそんな器用な真似出来な――」

「出来ます。下地はあるのです。竜騎士に変質したその身体は、無数の思考を同時に展開できます。人間が発動まで長い時間を使って呪文の詠唱をしないと魔法が使えないのは、無数の思考を同時展開し、連携演算できないからということも原因の一つです。竜族にはそれが出来ます。応用すれば記録の整理など手短に済ませられます」

「また無茶を……」

 だが、出来る事だと言われた以上、やってやれない筈は無い。

「具体的に、どんな感じで連携演算ってのをやればいいんだ?」

「他の竜騎士たちは口を揃えこう言います。『頭の中に、自分の他に無数の自分が居て、それらに何をするか指示を出す』感じらしいです。どの位別の自分が居るのかは個人差があるので貴方の中に何人居るかは知りません」

「そうですか……」

 なんとも参考にならない助言だ。だが、他の竜騎士たちがそう言うというなら、感覚としてはその通りなのだろう。

「自分の中に無数の自分ねぇ」

 軽く左目を閉じ、意識を凝らす。

 確かに、何か居る感覚がある。自分の周りに、自分と同じ何かが。

 すると、華月の目の前に華月そっくりの人型が一体現れた。

「なんだ、俺の場合はこれだけ――」

「では、無いようですね」

 華月の正面にいたテレジアは、華月の背後を見ながら呆れたような声を出した。

 華月も振り返って、空いた口が塞がらないというのを体感した。

「1、5、10……。どんだけ居るんだよ……」

「探知出来る範囲で35の分割意識体を確認できます。訓練無しでこれだけ分割出来るという事は、魔法適性も高いということになりますね」

 同時に、華月は覚えることが増えたことになり、テレジアは教えることが増えたことになる。

「ほら、カヅキ。この意識体たちに指示を出しなさい。総てが貴方なのですから、これらの作業結果も貴方の物になります」

「ぜ、全員でこの記録を記憶にする! 掛かれっ!!」

『おーっ!!』

 オリジナルと違って随分とノリが良い。

「……本来の貴方は快活な性格をしているのですね」

「さてな。これが俺の本質とは限らないだろう」

 華月は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「しかし便利だな、この分割思考は」

「統率する主体が脆弱だと破綻する事もあるんですが。貴方は大丈夫でしたね」

「テレジアの訓練を受けて思うんだけどさ……」

「何でしょう」

 華月が凄い微妙な顔をしながら呟いた。

「テレジア、俺が壊れたらどうするつもりだ?」

「さて。壊れる事など考慮していません」

「は? ――な?」

 何を馬鹿な事を。と、言う様な調子で返され、華月は流石に何も意味ある言葉を返せなくなった。何か言おうとするのだが、纏まってくれず、喘ぐように単音を発するのが限界だった。

 テレジアは両目を伏せ、事実勧告を開始した。

「私には、貴方が壊れることを、考慮する必要が、在りません」

「だ、だから、何で!? 理由は!!」

「理由、ですか」

 そこで半分だけ目を開いた。

「貴方がアルヴェルラ女皇陛下の竜騎士だからです」

「意味が解らないって!」

 女皇の騎士というなら、それこそ壊れないように教育するものではないか? そんな疑問が華月に芽生えるが、自らそれを問うほど華月は自己中心的な性格はしていなかった。だからそれの回答が聞けるように誘導する。

「何故竜皇の竜騎士が壊れる心配をしないのか。その答えは非常に簡単です」

 テレジアの目が完全に開いた。

「壊れないからです」

 言い切った。完全無欠に断言した。

「竜騎士についての説明も十分ではありませんでしたが、ここで少し教えましょう。

 竜皇の祝福を受けた竜血の作用は、同種のものよりも数倍……いえ、数十倍の効力を持ちます。それだけ、その血を享ける竜騎士候補に強い資質を要求します。今まで1000年間、陛下の血を享けた候補7名の中で、自我を残し、変質段階で崩壊しなかったのは貴方を除いて他に居ません。言い方は悪いですが、それ以下の資質で務まる竜騎士たちが同様の訓練で壊れることがそもそも稀です。

 故に、この程度の基礎訓練で壊れる心配など不要なのです。要らない事を考慮する必要は無いでしょう」

「……マテ、俺はヴェルラの血に耐えられなかったら、どうなってたんだ?」

「竜血の力に意識を喰い潰された場合、肉体が崩壊します。皮膚が剥げ、肉が腐り、血液が沸騰し、神経が爆ぜ、骨格が塵芥になります。

 一説には魂にまで傷を負い、取り返しがつかなくなるとかならないとか」

 これが本当だとすれば、文字通り『命懸け』だったわけだ。

「まぁ、そんな過ぎ去った事はどうでもいいのです。これから、その拾った命で陛下の為に頑張ってくれればいいのですから」

 このセリフだけを抜き出すと、トンデモなくアクどい奴の吐く最高に下衆な類のものだ。

「その為に必要な知識――は、揃いましたね。技術も何もかも、私が教えます。陛下に対し、私はこのテレジア=アンバーライドという『名』を懸けて約束しました」

 自分の胸に右手を当て、テレジアは華月を見据える。

「今、私たちはお互いの意識と意識で直に触れています。少し集中すればお互いの思考も筒抜けになるような状態です。そんな状態で、私は貴方にこう言います。

 セギ カヅキ、私は貴方を一人前の竜騎士にします。同時に、私の人間に対する志向を変えるべきかどうかの指針とします。

 どうか、強く在ってください。一番大きな期待は陛下ですが、その他にも貴方に期待する者が居ることを、忘れずにいてください」

「え――?」

 また、唐突に華月の意識は遠くへ行こうとし始める。

「整理が終了しましたね。現実へ戻る時です。私も自分の身体へ戻ります。

 今の話、努々忘れないように。戻ったら食事を摂って訓練です。今日からしばらくは体術をみっちり、文字通りに叩き込みます」

 今までのシリアスな顔を台無しにする素晴らしい笑顔で、テレジアは微笑んだ。





[26014] 第10話 竜なのに鬼教官 起部10話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:45

 全身が戦うことを拒否しようとする。

 竦む。

 ただ只管に敵わないと思う。実感する。

 放たれる見えない圧力がビリビリと皮膚と感覚を刺す。

「掛かってこないのですか? ならば――」

 すぅ。と、華月と対峙するテレジアが、涼しい顔で滑らかに、自然に重心を移動する。両足に魔力が纏われ、陽炎のように立ち上る。

「こちらからいきます」

 テレジアの踏みだした地面が爆ぜ、姿がかき消える。

 プレッシャーが一時的に消失したように感じられるが、それは違った。

 華月の右の脇腹に異様な衝撃。テレジアの左フックが深々と突き刺さっている。

「衝撃は徹しません。吹き飛びなさい」

 衝撃を対象の内部に浸透・拡散させず、わざと表面で炸裂させ、作用と反作用を生み出し華月の体を吹き飛ばす。

 上半身と下半身に分かれてしまいそうな威力を堪え、華月は衝撃に逆らわずに自ら跳ぶ。

「ほぅ?」

 領域を区切っているヴェネスド岩にぶつかりながら、華月は倒れることだけは避けた。

「理屈は、解ってんだけどなぁ」

 だが、やはり理解しているだけでは身体がついてこない。タイミング、その他の要素が掴めず上手く機能しない。

「二つにならないだけマシですね。ですが、いつまでもそのまま成長しないようでは仕方がないのですが」

 テレジアが変わらない無表情で淡々と喋る。これが華月の回復を待っている無駄な間だということは、間を与えられている華月も理解している。だが、悲しいかな。その与えられた間を使うしかない。正直、さっき食べた食事を逆流させないように堪えるだけでも一苦労なのだ。

 人前で反吐を吐くなど、華月にしたらそれこそ耐えがたい屈辱だ。華月の意識に潜ったテレジアは、華月のそういった部分だけ浚い、そこに漬け込むような手段をとっていた。

「さて、一発一発でそのザマでは――」

 また、テレジアの姿が消えた。

「私の連撃に、耐えられるのですか?」

 華月の正面に現れ、右のアッパーカット。

 寸前で何とか首を反らし回避。

 だが、伸びきった姿勢では、

「これは、どうします?」

 振り抜いた右腕が若干たわめられ、今度は全身の荷重が一点に集中された右肘が、魔力を纏った状態で肋骨の中心に炸裂する。

 今度は後ろに逃げるわけにはいかない。後ろは岩で塞がれている。

「がっ!!」

 今度は徹された衝撃が肋骨を圧し折り、

「まだ、ですよ」

 右足を軸に鋭く時計回りの回転。魔力を纏った左足が良く撓る鞭のように華月の右太腿を打ち据える。たったそれだけで大腿骨が砕かれ、姿勢が崩れる。

 下に少し落ちた華月の右頬にテレジアの魔力+の左拳がクリーンヒット。

「今の拳ぐらい、避けてもらいませんと」

 左足でローキックを放って、足を引き戻してから左拳で殴った。そこには一拍の間があった。少しでも反応できていれば多少は防御できたものだったのだが。

「まだ、無理でしたか」

 テレジアが追撃を止めた。

「ッメんじゃねぇ!!」

 華月は崩れるままに任せ、体勢がある形に変化したところで怒声を上げ、左のショルダータックルを敢行する。

「っ!」

「どぉだッ!?」

「まだ反撃を諦めなかった点は評価します。ですが」

 両腕をクロスし、完璧に防ぎきった後、華月の身体を跳ね飛ばし、

「詰めが甘い!」

 華月の首を左脇に抱え込み、そのまま後ろに飛んだ。

 結果、華月の頭は硬い筈の地面に見事にめり込んだ。

「まだまだ、児戯のレベルを脱しませんね」

 溜息でもつきそうな感じで、テレジアが起き上がる。

「テレジア、鬼だねぇ」

 その様子を岩の上から見学していたフェリシアが引き攣った笑いを浮かべていた。

「私は鬼ではなく竜ですよ」

「いや、そこに突っ込まれても……。よっと」

 軽い身のこなしで岩から飛び降り、顔の半分まで地面に埋まっている華月に近づく。

「カヅキ~? 生きてる~?」

「……あっ!? 糞っ!! 何だこりゃ!?」

 意識が飛んでいたらしく、反応までに少し間があったが、華月は大丈夫だったようだ。

「フェリシア様。カヅキは死にませんから、生きているかと問うのは間違っています」

「いや、解っているけどね? さすがにこんな恰好で地面に突き刺さってたらそう言いたくなるって」

「くっ! ぬ・け・ろぉ~っ!!」

 ばごん! と、いう奇妙な音と共に周囲の土をひっくり返しながら華月の頭が地面から抜けた。

「……うわっ、血みどろ……」

「さすがに一度、頭が割れましたか。まぁ、この辺の土は踏み固められていますから、滅多な事では割れたりしませんし。そんな処に頭をめり込ませれば割れもしますね」

 やっておいてテレジアは涼しい物言いだ。

「あ? 血がなんだ! まだ終わってねぇ!!」

「一方的にやられて悔しいのは解りました。気付くかと思ったのですが、気付かないようなので教えますから少し落ち着きなさい」

 ずどごん! と、これまた奇妙な音を立てながらテレジアの手刀が華月の脳天に叩きつけられた。

「……ぉふぅ……」

「あ~……痛いんだよねぇ、あれ」

 同情するような視線を向けるフェリシア。

「さて、カヅキ。初日の運動と先ほどの訓練で私が時々魔力を纏って攻撃していたことには気付いていましたね」

「……あの、陽炎みたいなののことか?」

「そうです。それが視認できるなら、魔力を扱うことができるということです」

「ああ、確かに集中すれば同じような事は出来るみたいだけど。でも、そんな状態じゃ戦えるわけが――」

「集中しないとダメというのは、分割意識体のどれかがその作業をしていれば済むでしょう。分割した思考も貴方なのですから」

 華月の悩みをテレジアがさらりと解決してしまった。

「……ああああっ!?」

「……まさか、そんな事にも気付かずに愚直に身体能力だけでどうにかしようと思っていたのですか? さすがの私も武術の心得も無さそうな貴方に、いきなりそんな無謀な事は言いませんよ。

 更に言うなら、戦うこと自体を分割した思考に任せて主体は総括すれば戦闘中に魔法を使ったり、スムーズな連携を簡単に行うことだってできます。慣れるまではそうすると思っていたのですが」

 またもさらりと簡単な戦い方を示唆され、華月は頭を抱えたくなった。

「おおおおっ!?」

「……何のために分割思考のやり方と総括するという方法を、貴方の意識に潜ってまで実践して教えたと思っていたのですか。あれは私なりのヒントのつもりだったのですが。評価マイナスですね」

 こんどこそ溜息をついて、テレジアが明後日の方向を見た。

「か、カヅキ、あんまり落ち込まないでね? 普通、これって実践の前に理屈で説明することだから」

「フェリシア様、甘やかさないでください。その為の知識はもう全部、カヅキの頭の中にあります。自己努力が足りないだけです」

「テレジアは意地悪だよ! 実践で教えるのも大事だけど、まずはやり方とか使い方とか、ちゃんと説明してあげないと!」

「全ての理屈はカヅキの知識として入っています。事前に何が必要か、その知識を浚えば全て揃います」

 頑として意見を曲げないテレジア。対してフェリシアも意固地になり始めている。

「それとも、フェリシア様は私の教育方針に何か文句がお有りですか?」

「有るよ! 何も丁寧に一から教えろって言ってるんじゃないんだから、取っ掛かり位は始める前に言ってあげたっていいじゃないって言ってるの!」

「平行線ですね。

 解りました。文句があるというのなら、陛下に直談判してください。私に命令できるのは陛下だけです」

「~~っ! 解った!!

 カヅキ、行くよ!!」

「え?」

 フェリシアは華月の手をとって、走り出した。

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ドップラー効果で引き延ばされる声を残し、華月はフェリシアに連れ去られた。

「……」

 残されたテレジアは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。




[26014] 第11話 信頼と実績。纏め役の実力(の、一部) 起部11話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 22:08


 皇宮の執務室は、とても質素なものだった。

「……」

「……」

「……」

 一通りの説明を終えたフェリシアは鼻息も荒く、興奮状態であることが容易に推測できる。

 一方、アルヴェルラはフェリシアの様子に一瞥もせず、淡々と書類を黙読していた。

「で、テレジアにそう言われ、言われた通り私の所へ来たわけか」

「そう!」

 女皇に対し、普段と同じ口調というのはいかがなものかと思う華月だったが、そんなことを一々口にすることもないかと思いなおし、テレジアの言葉を反芻しながら分割思考を連携させながら同時に幾つも色々と考え込んでいた。

「それで、フェリシア。お前は私にどうして欲しいんだ?」

「え?」

「テレジアを叱りつけ、もっと手緩く教えるように言って欲しいのか?」

「そ、それは――」

 そこでアルヴェルラが書類から目を離し、フェリシアを見据える。いつもと変わらないように見えるが、どこかが決定的に違っていた。

「テレジアにはカヅキの教育を全面的に一任した。テレジアはそれに対し、最敬礼で『名』を懸けてと答えた。どういう意味か、理解できるな?」

「……最敬礼での『名』を懸けるという答えは、己の総てを懸けてということ……」

「そうだ。その答えをもって引き受けた竜騎士の教育で、テレジア=アンバーライドは個人的な感情を挟んで効率を落とすような不真面目な奴か?」

「……」

 アルヴェルラにそう言われ、フェリシアは答えに窮する。その様子に少しだけ溜息をつき、アルヴェルラは傍からはボケっと話を聞いているようにしか見えない華月に矛先を変える。

「カヅキ、お前もテレジアがわざと回りくどく教えていると思うか?」

「ああ、いや。そうじゃないような気がする。

 さっきから考えてたんだけど、あの訓練の中には色々ヒントがあったんだよな。俺が分割思考の使い方に気付いていれば、それこそあっという間に身につけられるよう、わざと見せつけてたような」

 まだどこか上の空っぽい状態で華月が答える。どうやら主体ごと考え事に集中しているようだ。答えているのは問われた時用に空けてあった分割意識体の一つなのだろう。

「今現在も分割思考の自主訓練か。カヅキは頑張るな」

「ちょ、ちょっと待って! それってどういうこと!?」

 華月の襟首にとりついて、ガクガクと揺すりながらフェリシアが問い詰める。

「分割思考に気付いていれば、陽炎みたいに見えてた、魔力を攻撃に使う事について、テレジアの攻撃を凌ぎながら考えられたし、記憶を引っ張り出すこともできた。知識は詰め込まれたおかげでいくらでも引き出せるから……。

 ああ、そうか。今日の訓練は俺が教えられたことをちゃんと使えてれば、階段を飛ばすように幾つか上の段階へ上がってたんだな」

「そうだな。本来なら知識をある程度仕込んでから、分割思考を教え、魔力の在り方について実感させ、巧い身体の動かし方を教えるという、段階と手順を踏む。それだけでまともにやっていたら体術の訓練に漕ぎ着けるまでに半月程度は掛かるだろう。

 感覚さえ掴めれば、後は本人の才覚次第だが順調に慣れていくだろう。それは早ければ早いほど時間の短縮になる」

「それって――」

「そうだ。テレジアは決して不親切でもなければ理不尽でもない。下地を作り、本人が自覚すれば直ぐに動けるようにしていた」

 アルヴェルラが静かに結ぶ。

「『名』を懸けるとは、こういうことだ」

 立ち上がり、フェリシアに近づいていく。

「さぁ、フェリシア。お前がするべき事は何だ?」

「……」

 顔を背けるフェリシアの頭に手を載せ、くしゃくしゃと撫でる。そのアルヴェルラの顔は仕方がない奴だなぁ。と、言わんばかりだ。

「……カヅキ、戻るよ!」

「ん? ああ――あぁぁぁぁぁ」

 また、来るときと同じようにドップラー効果の音声を響かせながら、華月はフェリシアに引っ張られていった。

 執務室に残されたアルヴェルラは、右手を額に当て、苦笑していた。

「全く、誰に似たのやら」

 ひとしきり笑ってから、公務の続きに取り掛かった。




 こそこそと修練場に戻ってきた二人は、そこでえらいモノを見た。

 修練場に残されていたテレジアが直立不動で目を瞑り、魔力を高密度で全身に纏わせ、その圧力を高め続けていた。次第にそれは陽炎のように立ち上るのではなく、鱗の様に形を整えていった。

「うわ、凄い……」

「ん? 何だ、あれ?」

「あれは、人型のまま防御力を本来の姿並みに高める『竜楯』(りゅうじゅん)って技だよ。纏身(てんしん)防御系の技でも習得が難しくて、使い手が少ないんだ」

「へぇ……。あの状態だとどうなるんだ?」

「物理攻撃は一切通らないよ。通るのは高位魔力付与攻撃とか、中級以上の魔法攻撃ぐらいかな。恒常的に打撃の魔力付与効果もあるから、打撃力も高いよ」

「ふぅん。

 だったら丁度良いや」

 華月はフェリシアを残し、修練場に躍り出た。

「――戻りましたか。フェリシア様はどうしました?」

「ちょっとバツが悪いらしい。出てくるまで少し時間をやってくれないか?」

「そうですか。構いません。

 それで、その間どうします?」

「俺はテレジアのやり方に文句もなければ不満もない。さっきの続きといこう。ただ、もう簡単にはやられない」

 ぐっと拳を突き出し、ニヤリと笑う。

「さて、その言葉……どこまで信用したものか――」

 テレジアの姿が前触れもなく消失した。

「考え物ですね」

 華月の背中に強力な前蹴りが直撃した。

「これは――」

「見様見真似、でも、多少は何とかなるもんだな」

 華月は吹き飛ばされもせず、そこに立っていた。しかし、かなりの衝撃があったようで少し息苦しそうだ。

「竜楯程ではないですが、魔力を纏いましたか。一つ、階段を登りましたね」

「これで、多少は勝負になるか?」

「さて、どうでしょう。何も馬鹿正直に――」

 次の瞬間、華月は空中で縦回転していた。

「殴り合うだけが、体術ではありませんよ」

 テレジアに両足を片足で掬い上げられ、簡単に回されたのだ。一回転して地面に落ちる。

「ふっ――ははは! やっぱりまだ敵わねぇな!」

「当然です。私がどれだけの年月、月日を費やして修練に励んでいたと思っているのですか。文字通り年季が違います」

「そりゃそうだ。なら俺の教育はテレジアにやってもらうのがいい。この圧倒的な差を覆す瞬間が堪らなく気持ち良さそうだ」

「陛下が変えない限り、私が貴方の教育係です。

 それで、いつまで寝ているつもりですか」

 言われ、華月はひょいっと起き上がる。魔力を使った纏身防御の真似をしていた為か、殆どノーダメージ。今すぐにでも続きをやれる。

「まぁ、そろそろだろ。

 フェリシア、言う事言ったらどうだ?」

 華月の声に後押しされて、フェリシアが修練場に現れた。

「あの、テレジア……」

 言い辛そうに言葉に詰まる。テレジアは何も言わず、フェリシアを見ていた。

「生意気な事言ってごめんなさい!」

「はい。気にしていません。私が言いたい事は陛下が言ってくれたのでしょうから」

「私も、自分の騎士を持つ時は、テレジアみたいに教えるよ」

「いや、それはやめたほうがいいと思うぞ……」

 若干の悲壮感を漂わせる華月の呟きは、どうやら二人には聞こえなかったようだ。





[26014] 第12話 閑話休題1 起部12話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/03 22:30


 その日、結局ボコボコにされ続け、夜になってようやく解放された華月は、風呂に入っていた。

「くぅ~、このドラグ・ダルクはどっかに火山でもあるのか? 随分良い温泉が出てるな」

「小さい火山が海側にあるぞ。今は殆ど活動を停止している休火山だがな」

「へぇ、そうなん……だ?」

 自然に出来たらしい湯溜りに浸かっていた華月は、呟いた一言に答えが返ってくるとは思っていなかった。

 思わず振り返ると、威風堂々とアルヴェルラが全裸で立っていた。

「ぶはっ!?」

「ん? どうした」

 華月の奇妙な反応に首を傾げてから、何の躊躇もなく同じ湯に浸かった。

「ん~、最近少し温くなってきたか。そろそろ活を入れる時期か」

「な、な、な――」

「さっきからどうした?」

「いや、俺男なんだけど!」

「そうだな。その形で女という事はないな。それがどうかしたか?」

 一向に伝わらないのか、解っていても関係ないと思っているのか。

「いや人間の生態について理解があれば俺が慌ててる理由も解るんじゃないか!?」

「あ~……? ああ、女の裸体に発情するんだったか?

 細かい事は気にするな。純竜種は基本的に女しかしないんだ。その内慣れる」

「……は?」

「ん? テレジアに聞かなかったか?

 純竜種は個体数が減った時に同族から一人、一時的に雄体に変化して子を成すんだ。それ以外の時は全員が雌体だ」

「そこまで詳しくは説明されてない。今確認したよ……」

 同時にその辺りの風俗的な部分も検索し、様式の違いに溜息をつきたくなった。

「そうか。何ならこの体、抱いてみるか? 人間の様に反応するかどうかは解らんが」

「っ……。ご、ご主人様にそんな事はぁ、出来ないね」

「おや、そうか。少し興味があったんだがな」

 アルヴェルラがニヤニヤしながら華月に近づいてくる。華月としては非常に目のやり場に困る事になるのだが、どうやらアルヴェルラにそんな事は関係無いようだ。

「ちょっと、何で寄ってくるんだよ!」

「あんまり騒ぐな。知識を浚ったのなら解っているだろう? ダークネス・ドラゴンは、熱い湯に浸かるのを好むと。この時間帯のこの場所は私が使うと知っているから、他の者はあまり来ないが、時折誰かが来ることもあるんだ。私は困らないが、カヅキはどうだ?」

「ぐっ……!」

 伸ばされた右手が華月の頬を撫でる。見方によっては明らかに煽られているのだが。

「お、面白半分にからかわないでくれ!」

 たまらず、華月は湯から出てそそくさとその場を後にした。

「ふふっ、少し遊びすぎたか。

 テレジアの教育は順調なようだし、カヅキも頑張っている。見返りに少しぐらい。と、本気で思ったんだがなぁ」

 少し残念そうに、アルヴェルラは呟く。

「まぁ、もう少し時間が必要か」

 肩まで湯に浸かり、目を細める。




 宛がわれている部屋に戻り、華月はベッドに身を投げる。

「っは~……。ああいうからかわれ方は苦手だ……」

 さっきのアルヴェルラの悪ふざけが相当効いているようだ。

「に、しても……。ヴェルラもテレジアもフェリシアも、美人やら美少女なんだよなぁ。竜種ってみんなああなのか?」

 記憶を検索しても、容姿や容貌については何も出てこない。華月の頭に入っている知識が全てダークネス・ドラゴンの書き残した書物なら、それはそうだろう。わざわざ人間の価値観で『我らは美形揃いである』なんて書くことはないだろう。

「そういえば、こっちに来てから他の竜には一回も会ってないな……何でだ?」

 実は昏睡している間に見物されていたのだが、テレジアの一喝で華月に近づいたら拙いという空気が流れ、皆自粛している――というより、あえて避けているという状態だ。

「まぁ、いいか。どうせしばらくはテレジアの直下で訓練三昧――」

 そこまで呟いて、少しだけ気が重くなった。

「……こっちの時間は地球の二倍有るんだったな」

 思い直し、目を閉じ、意識を閉じ、心象風景の見える自意識の中へ埋没する。

「さて、時間は余計にあるわけだし、予習と復習はやっておくか」

 まず、分割意識体を三つ準備する。

「復習だ。この分割意識体は主体がなく、俺の指示で与えられた題目に対し、俺と同じ能力で思考・肉体の操作をする事が出来る。言葉での指示は本来要らない」

 この心象世界に来なければ、考えるだけでいいわけだ。

「そして、この分割意識体に思考を任せれば、少し前では考えられない身体の動かし方も簡単にできる」

 複雑なコンビネーションも複数に一つずつ行動させれば難無く行える。

「さらに、魔力を纏う集中も任せられる」

 そこまで復習し、どうにも気持ち悪い感覚に襲われる。分割意識体を、手を振る動作で消す。

「……揃い過ぎ、だな。技法じゃなく、俺に、要素が……」

 胡坐をかき、ふん、と、鼻息を荒くする。

「それで、体術を覚えて、武器の扱いを覚えて、さらに魔法か? 全部習得出来たら、何か裏があるって思ったほうがいいなぁ、こりゃ」

 都合がよすぎる。さすがに色々と疑いたくなるだろう。

「まぁ、おかげでこの世界ではやりたいようにやれるわけだ。裏があるとしても、それにだけは感謝するか」

 前の世界の記憶の一部がフラッシュバックし、顔を顰める。

「……ハッ、下らないな。もう関係無い世界の事だ。俺はここでやれる事を、やるだけだな。期待してくれる人が増えたからなぁ。それには、答えたいからな」

 自分で頭をガシガシとかき回し、立ち上がる。

「さて、それじゃ今度は予習といきますか。まずは体術関連の技術事項を――」

 思い直し、知識から引っ張り出した体術とそれに関係する技術の情報を片っ端から読みこんでいく。





[26014] 第13話 華月の努力、テレジアの本気(五分の一) 起部13話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/08 22:11


 翌日の早朝。

「随分と気合が入っていますね」

「ま、一日の時間が地球の倍あるからな。十分すぎるほど休めたわけだ」

「そうですか。

 では、始めましょうか。まずは魔力強化無し、単純な素の力です」

「おお!」

 テレジアが動き出した。その速度は華月に何とか捉えきれるものだった。

(強化無しでギリギリとか、悪い冗談だ!)

(眼が私の動きに反応していますね。これなら何とかなるわけですか)

 地面を蹴り、テレジアの右ストレートが華月の真芯を捉えようとする。

 華月はその動きに合わせ、左腕でそれを逸らす。

(ただ逸らすだけじゃねぇぞ!)

 そのまま左腕を捻りテレジアの右腕を右手で掴み、重心を落として背負い、全力で投げる。

 投げられたテレジアは空中で体勢を整え、華麗に着地する。

「少しは使い方が解ったようですね」

「まぁな!」

「では、ここは飛ばし、魔力付与状態での訓練に移りましょう。速度、破壊力、その他が跳ね上がりますから、気を抜かないように」

「ドンと来い!」

「では、纏身防御『竜楯』。加速『瞬足』」

 一気に速度が上がった。視認不可。

「纏身防御『壁楯』(へきじゅん)」

 竜楯に少々劣る纏身防御の技。だが、今の華月にはそれが限界だ。

(研ぎ澄ませ。魔力を纏って動いて、魔力を使って加速しているんだ。そこには大きな魔力の流れが、必ずある!)

 視覚を封じず、分割意識体の一つに感覚を使った探知をさせる。

 連動して防御か攻撃か、身体を動かすためにその為に分割意識体を一つ待機させている。

「そこかっ!」

「っ!?」

 華月の身体が反応し、虚空に蹴りを放つ。

「視覚ではなく、感覚で探知しましたか」

 腰溜めの姿勢で華月の足を両手で捕まえていた。攻撃に移った瞬間、華月の足の裏に円錐状の魔力の塊が形成され、あたかも千枚通しのようにテレジアを穿とうとしたからだ。

「纏身攻撃系『竜爪』(りゅうそう)……。不完全で一本のみでしたが、防御よりも攻撃を取ったという事ですか」

「いや、単に防御系は苦手みたいだ」

 軸足を半回転させ、その捻転力を蹴り足に伝播させ、テレジアの手から足を外す。

「……一晩で随分器用になりましたね」

「ん? テレジアのおかげだ。色々ヒントをくれるから、テレジアの言う自己努力ってもんをやってみただけだ」

「……貴方を甘く見ていたようですね。どうやら、戦闘技術については普通のペースを完全に無視しても問題なさそうです」

 テレジアが竜楯を解除した。

「ならば、段階を一気に繰り上げます。

 魅せましょう、純竜種の本当の姿を」

 言うなり、テレジアから膨大な魔力が溢れた。

 虹彩が金に輝き、瞳孔が縦に割ける。

 五指が節くれだち、爪が伸びる。

 肌の表面に金属光沢の様な輝きを持つ漆黒の鱗が生える。

 背中から一対の皮膜のある翼が展開される。

「お、おいおい……」

 身体自体が膨れ上がり衣服を破って膨張していく。

 見る間に、華月の知識にある西洋の竜、すなわち翼を持った巨大な蜥蜴のような姿へ変わっていく。

『どうですか。これが我ら純竜種の本来の姿。の、1/5です』

「いや、何というか……。1/5でも、圧巻です……」

 体長は7メートル程だろうか。前足の幅は直径60センチもあるだろうか。これで本来のサイズの1/5だというのだから文字通りスケールが違う。

『では、掛かってきなさい』

「……いやいやいや、さすがにこれは無理だろ!? その鉤爪で撫でられただけでスプラッタな惨殺死体の出来上がりだろ!?」

『出来ます。これは体術訓練の最終試験です。貴方なら、今日中にこれを終えると判断しました』

「幾らなんでも買いかぶり過ぎだ!」

『いいえ、出来ます。自らの可能性を否定する事は止めなさい。カヅキ、貴方の可能性こそ未知数なのです』

 と、ここまで言われ、テレジアの期待でもかなり大きいモノだという事をここでようやく悟った。

(……ヴェルラの期待はこれ以上だったな。ははは――)

「上等じゃねぇか! やれるだけやってやる!!」

(浚い出した体術関連の技術だけじゃ足りない。もっと多方面に、あらゆるジャンルから引っ張って来ないと!)

 普通の竜騎士とは素体の出来が違っている。なら、並の竜騎士がそれなりの期間で習得できる技術は簡単に習得できないと嘘だ。

(驕りだって言われたって構うもんか。そうでも言って無理でも通さなきゃ!)

「期待に応えたっていわねぇよな!!」

 華月が全身に纏っていた壁楯が変質し、鱗状に固定された。一気に竜楯へステップアップした。魔力の密度が上昇し、制御が緻密になったからだ。

(頭の玉が意思疎通なら、もう一個の玉はまだ覚醒してない。こいつは一体何の玉だ!?)

 華月の心臓にある玉が、明確に覚醒の意志を叩きこまれ、膨大な魔力を『生成』していた。

『この感覚……。まさか、カヅキ、貴方のもう一つの玉は――!!』

「ご託は後だ! 往くぜ!!」

 華月は今、使える能力を全て投入し、テレジアに挑みかかっていった。



 修練場の方から普段聞く事のない同朋の咆哮がとても大きく響いてきた。

「え? これ、テレジアの声……」

 皇宮の屋根の補修をしていたフェリシアは、慌てて修練場を覗く。そこには暴れる竜と豆粒みたいな華月っぽい何かが戦っている様子が見えた。

「ちょっと、何でテレジアが小竜化してるの!? まだ体術の訓練始めたばかりなのに!?」

 道具を放り出し、肩甲骨に意識を集中し、部分的に竜化する。一対の飛翼が展開される。

「ああ! ブレスまで吐いてる!! 少し本気出し過ぎじゃないの!?」

 飛翼の先端まで魔力が行き渡り、その華奢な作りに見合わない強度と揚力効果を発揮する。

 一気に踏み切り、宙へ身を躍らせる。

「幾らなんでも手順を省略しすぎだよ!?」

 あえて加速しながら滑空していく。



 執務室から、修練場の様子を見るアルヴェルラは落ち着いていた。

「昨日の今日で、体術の最終訓練か。テレジアも思い切った事をするな」

 絶対的な信頼をテレジアに置いているアルヴェルラは冷静そのものだ。判断に誤りはないと確信している。それに、どう転んでも華月は死なない。

「ま、私が無事ならカヅキは幾らでも復元されるからな。寧ろ死ぬのが何回で済むのか」

 と、修練場に向かって一直線に飛んでいくフェリシアに気付いた。

「はぁ、あの子も心配性だな。本当に誰に似たんだか」

 今現在、ついさっきまで頑張っていたおかげで公務は区切りが付いている。半日以上一日未満なら空けても問題はない。

「やれやれ、様子を見に行くか。まさかとは思うが、テレジアが殺されたりしたら洒落にならないからな」

 アルヴェルラは窓から飛んだりせず、歩いて修練場へ向かった。



 テレジアの後頭部に回し蹴り。

 直後に振られた翼に弾かれ、地面を転がる華月。即座に身を起こしそこから移動する。一瞬でも遅れればテレジアの尻尾が唸りをあげて襲ってくるからだ。既に何発か喰らい、肋骨が何か所も粉砕骨折した。

(デカイ図体で機敏に動きやがる!!)

 内心華月は焦っていたし辟易していた。可動範囲が狭いのかと思えば、予想以上に柔軟に動く竜の身体。視界も狭いだろうと思っていたらかなりの視野を持っていた。このあたりは知識に記載がない。

(対竜種戦闘は想定されてないってか! だったら今組み上げるしかないな!!)

 分割意識体は限界数で事態の対処と対策の模索を行っている。少しでも効率が落ちれば即座にミンチになるだろう。事実、攻撃を避けきれずに右腕は肉を三割以上持っていかれたし、引っ掛けられた左目とその周辺はまだ修復されていない。
丁寧に経験を積み上げていればここまで限界ギリギリのラインで動かなくても済んだのだろうが、ただでさえ平和ボケした国の出身である華月は、ここまで徹底的にやられてようやく、本物の恐怖を感じていた。

『――――――!!』

「ぐっ!?」

 さっき炎のブレスを左腕に喰らい、腕を一度炭化させてから、あのテレジアの腹に響く咆哮が恐ろしくて仕方がない。だが、動きを止めれば間違いなく終わる。

(大丈夫だ。まだいける!)

 折れそうになる心を奮い立たせ、必死に対策を考える。足にダメージがないのが唯一の救いで、足を止められたら即座に詰む。

(右腕が治ってきたし、左腕もそろそろ使えるか……。左目はまだかかる……)

 粉砕骨折はとっくに治っていたが、元が無くなっているものを復元するのは時間がかかるようだ。

(竜楯は維持できてる、加速の瞬足も大丈夫。反撃といくか!)

 華月が動きを変える。

 一瞬で切り返し、テレジアの身体の下に滑り込む。一気に反対側まで抜け、後ろ足の膝、腰、と跳ね上がり、右の翼の付け根に爪先で全力の蹴りを入れる。

 脱臼したのか力なく垂れ下がる。

『――――!!』

 大口を開けテレジアが華月を噛み砕こうとする。

「っとぉ!!」

 何とか避け、ついでとばかりに横っ面にこれまた全力で拳を叩きつける。大きく首を撓らせダメージを回避される。

 ここで華月の負った今までのダメージが完全に回復する。

 それに気を取られ、テレジアが竜のツラで器用に笑った事に気付かなかった。

 
 ばちこーん!


と、尻尾の強烈な一撃で背中から弾き飛ばされ、修練場を囲う岩に激突。中々砕けない事で定評のあるヴェネスド岩を粉々に砕いた、粉塵が巻き上がる。そこにテレジアの炎のブレスが放射される。

 黒焦げになったか、それとも芯まで焼けて消し炭になったか、どちらか。

『っ!?』

「おらぁっ!!」

 テレジアが上を向く前に、華月が強襲降下し、テレジアの脳天に右肘を叩き込んでいた。どうやら粉塵が巻き上がった直後に上に跳んでいたらしい。

(これで倒れなかったら、俺の負けだな!)

 出来る限りの纏身防御と纏身攻撃、それを合わせて叩き込んだ。

『合格です。ですが――』

 テレジアの首が捻られ、華月の身体を銜えた。

『一遍、死になさい』

 鋭い牙が華月の身体を貫通していく。

 そのままテレジアに噛み千切られ、華月の右上半身と、その他は泣き別れになった。






[26014] 第14話 殺された理由、散歩の誘い 起部14話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/10 15:04


 華月が意識を取り戻した時、すぐ近くにフェリシアとアルヴェルラの顔があった。

「あ! カヅキ、大丈夫!?」

「竜騎士となって初の死亡だ。何か違和感はないか?」

「……テレジアは?」

「ここに居ます」

 華月が身を起こすと、布を一枚羽織った、人型のテレジアがいた。……口元に生乾きの血液が大量に付着している以外はいつもと変わらない。

「俺、合格だったんだよな?」

「はい。合格です」

「……何で一回殺されたワケ?」

「痛かったからです」

「は?」

 しれっ。と、答えたテレジアだったが、理由が本当ならあまりにも酷いだろう。

「冗談です。確かに最後の一撃で私の頭蓋に罅が入りましたが、そんな事で殺したりしません。ただ、竜騎士は一度、必ずあの場で死を体験することになっているのです」

「そうなのか?」

 華月はアルヴェルラに確認を取る。

「ああ。それは確かだ。というより、体術の最終訓練を一回も死なずに切り抜ける奴が滅多にいないから説明しなかっただけだろう」

「何故陛下に確認を取ったのかは聞かないで置きます。

 竜騎士の不死不滅を、一度は身を持って体験しておいてもらうためです。有事の際に慌てたりしないように」

 一応筋は通っている。ように、聞こえる。聞こえなくも無い。

「確かに、滅茶苦茶痛くて、意識が途絶えた瞬間と、気が付いた瞬間は凄く焦った。

 でもな、これこそ事前に説明して ク レ ナ イ カ ? 」

「私相手に凄んでも仕方ないですよ。私の教育方針に文句も何も無いのでしたね」

「ははは、そう言ったな。確かに。

 でもな、心構えぐらいさせてくれ!」

「戦場において心構えなど……。何時死ぬか解らないのですから、自己満足以外の何物でもないでしょう。そんなもの、私が育てる竜騎士には不要です。常時戦場と心得てください」

 テレジアは暗に常に死ぬ覚悟をしていろと言った。こう言われては華月としては何も言い返せない。自分の発言を少々後悔した。

「まぁ、蘇生直後の硬直が解けるまでの時間も短かったし、成績は上々だろう?」

「そうですね。まぁ、及第点でしょう」

「テレジアは辛口だな。少しぐらい褒めたって良いだろう?」

「陛下。貴女の騎士はこの程度で満足していいものではありません。この国に居るどの竜騎士より強く、高潔に、魅力あるものでなければなりません」

 テレジアの理想の高さに、華月はさすがに辟易しかけた。そんなものに自分がな
れるなど、微塵も思えないからだ。

「ぷっ、あっはっは!

 それは高望みし過ぎだ! 我等六竜族の各竜皇と言えど、強く、高潔に、魅力ある皇が居るかと言えば答えは否だ。そんな絵に描いたような聖人が居るとすれば、それは創世神ぐらいだろう!

 人は、それぞれ何所かが欠けているからこそ味が在る。絵に描いた聖人など、無味乾燥のセースと同義だ!」

 アルヴェルラが腹を抱えて盛大に爆笑する。

(無味乾燥のセース……? ああ、味のしないガムのことか)

 浚った知識からセースが何か引っ張り出した。地球で言うところのガムのようなものだった。

「それじゃ、カヅキには一体何を求めてるの?」

「んん? 私がカヅキに望む事は強く在る事、心を亡くさない事。カヅキの人格なら、その二つを守れれば、後は特に求めない。むしろ、俗物なぐらいでも構わないな」

 最後の部分を流し目で言う。

「……何でそこまで――」

「竜騎士について知識を浚ってみるんだな。主と竜騎士の関係について」

「…………、畜生、そう言う事か!

 俺の人となりは最初に意識を取り戻した時に筒抜けだったのか!!」

「だから、私は最初に自我を残しているか確認したんだ。カヅキの性格は私好みだ。ならば、望む事はそう多くない」

 人の悪い笑顔でアルヴェルラが笑う。

 竜騎士として変質した後、主と触れた竜騎士は変質前の記憶以外の全てが主たる竜に把握される。作り上げられた人格から、身体の性能まで、全て。

「まぁ、お前が悪人でなくて良かった。どんな性格をしているかは、私とカヅキの秘密だから言わないが、な」

「……陛下好みの性格ということは結構ぐむっ!?」

「テレジア、言葉にしてはいけない事というものもある。そこは黙っていろ」

 アルヴェルラがテレジアの口を塞いだ。多少力が入っているのか、テレジアの頬にアルヴェルラの指が食い込んでいる様に見える。

 しかし一方で、フェリシアが首を傾げている。

 華月が項垂れる。

「さて、基礎体術の最終訓練が呆気なく終了したわけだが。テレジア、これからはどうするんだ?」

「私が個人で教育できるのは体術の基礎を叩き込む辺りまでです。武器の扱いと魔法についてはそれぞれ適任者を選出し、教育を要請します。

 あ、発展体術の技巧教育は引き続き私が担当します。教育工程を決めますので、今日のところはここまでとしましょう。私も纏め役としての職務を、いい加減に消化しないといけないぐらい溜めているので。

 と、言うことで今日は残り、自由にしてください。カヅキにしてみれば、随分密度のある数日だったでしょうし」

 そう言うと、テレジアは皇宮の方へ向かって歩き出した。

「さて。それじゃカヅキ、私と一緒にドラグ・ダルクを一周してみよう」

「は? いや、一周するのは構わないけど、時間が足りないだろ?」

「ん? 私が飛んで、カヅキをぶら下げて運べばいいだけだ」

「あ、あたしも――」

「フェリシアは、屋根の修理を終わらせること」

「……はぁい……」

 ばっさりと斬られ、フェリシアは涙目で飛翼を広げ、飛び立った。

「……ヴェルラ、飛ぶのってあの格好でか?」

「ああ。足でも腕でも腰だろうが摑まっていればいい」

 そこでまた、流し目で微笑む。

「何なら、ギュッと抱きついていても構わないぞ?」

「……腕に摑まるから」

「そうか」

 華月で遊んでいるような感じがするが、アルヴェルラは簡単に引き下がって飛翼を展開した。フェリシアよりも大きく、立派な翼だった。

「もしかして、テレジアもフェリシアもヴェルラも服の背中が大きく開いてるのはそういう風に翼を出すからか?」

「ああ、その通りだ。基本的に六竜族の服はこのような構造をしている。解りやすい特徴の一つだな。人間の男の感覚的には露出が大きくて役得だろう?」

「答えたくない」

「無理強いはしない。だが、その反応で解るが」

 やっぱり華月の反応を楽しんでいる。人の悪い笑顔がそこにあった。

「まぁ、カヅキはその前に風呂だな。その血糊と埃とその他諸々を洗い流して来い。

 私も飛ぶのは久しぶりだから、少し感覚を取り戻しておく」

「ああ。それじゃ行って――」

 アルヴェルラは一度の羽ばたきで一気に上昇していった。それを見送った華月は、呟いた。

「……加速度で、俺……千切れるんじゃねぇか?」

 次の瞬間に、華月はアルヴェルラの姿を見失っていたからだ。





[26014] 第15話 華月の乱入、この世の絶景 起部15話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/10 22:14


 部屋から着替えを取り、複数在る浴場の一つに向かう。

「そうか、俺の着替えってわざわざ仕立ててもらってたんだなぁ」

 代えの服に、一枚のメモが挟まっていた。

 『替えが少ないので、大事に使うこと。一々仕立てるのは面倒です』

 だったらこんな大穴空けないで欲しい。と、華月は少し溜息が漏れそうになった。と、同時に何だかんだと言いながら、代えの服にそういう注意事項のメモを挟んでおいてくれたテレジアは、やっぱり面倒見がいいんだなぁ。とも、思った。

 浴場の手前の脱衣所らしき場所で服を脱ぎ、浴場に入る。

 岩場をそのまま少し細工して作ったらしい浴室は、言わば半天然の露天風呂のような造りだ。

 湯船のようになっている場所にも流れている源泉の一部をその手前に引いてあり、打たせ湯のように流している場所もある。華月はまず血糊やら埃やらをそこで洗い流した。こびり付いた血糊は中々取れなかったりするが、軽石のようなものも置いてあったのでそれで擦り落とした。

 綺麗さっぱり汚れを落とし、湯に浸かってから行こうと思ったのが運の尽きだった。

「あ~……はぁ~――」

「気の抜けた声ですね」

「は、ぁ?」

 華月が脇を見れば、そこにはテレジアが居た。

(今度はこのパターンか!!)

 この間はアルヴェルラと遭遇し、今度はテレジアの入浴中に乱入をしでかした。

「カヅキ、どうしました?」

「え!? いや、別にどうもしてない!」

 テレジアは全く動じていない。

「? 十分、挙動不審のようですが――ああ、そうですか」

「何納得してんだ!?」

「いえ、若い人間の男なら仕方の無い事かと」

「濁さなくていい! ってか何で、一発で解るんだよ!!

 ああ、もう出るから!」

「別に構いませんよ。その事についてこれ以上何か言うつもりはありません。見られて困ることなど、一切ありませんから」

 やはりテレジアも泰然としていた。やはり根本的に違うのだろう。

(なんか悔しいなぁ)

 臍を噛むのはやはり華月で、仕方の無い事だった。他者に裸体を見られようとも何とも思わない種族が相手では分が悪すぎる。

「それよりも、カヅキには少々質問に答えてもらいます」

「は?」

 テレジアはいつも通りの感情が読み取りにくい真顔で、こんな事を聞いてきた。

「カヅキは、私や陛下、フェリシア様に欲情しますか?」

「何臆面も無く聞いてんだよっ!?」

 華月は思わずテレジアの頭に手刀を落としてしまった。それも加減せずに。

「カヅキ。技術が上達することは私としても嬉しい限りですが、こういう事をする場合、魔力を篭めないのが、我ら闇黒竜族流です」

「……突っ込み魔力を篭める竜族も居るのか?」

「黄地竜族は篭めますね」

 篭めるの居るんかい……。ゲンナリしたが、主題がズレていってしまっている事に、二人は同時に気がついた。

「それで、さっきの質問に対する答えを」

「……答えたくない」

「陛下はそれで許したかもしれませんが、私は許しませんよ」

 華月は内心ドキッとした。

「何の事だよ!?」

「陛下にも、同じような事を聞かれましたね。その時は答えなかったのでしょうが」

「み、見てたのか? 聞いてたのか!?」

「いいえ」

 テレジアのポーカーフェイスが怖い。と、華月は心底思った。

「ですが、カヅキと陛下の入浴時間が被った事は知っています。あの陛下の事ですから、この手の質問を半分冗談、半分本気で聞いたでしょうことは容易に想像できます。そして、その質問に対しカヅキが答えに詰まり、無言か無回答という選択をしたことは更に容易に予想できます」

「……その通りだけど、俺はその質問には答えないからな!」

 ざっ! と、湯から上がり、さっ!! と、逃げ出す。

「やれやれ。この調子で私たち以外の竜とやっていけると思っているのですかね……」

 止めもしなかったテレジアは、そう呟いて目を閉じる。

「入浴は、命の洗濯です――」

 心底心地よさそうに、柔らかく表情を崩す。



 華月が髪も乾かさずに服だけ着込んで修練場に戻ると、アルヴェルラが暇そうに豪快な欠伸をしていた。

「ま、待たせた……?」

「ん? そんなに待ってはいないが、こう、ゆとりのある時間はカヅキを拾った晩以来なんだ。少し気が緩んだ」

 テレジア以外にも煩いのが居てな。とは、アルヴェルラの弁だ。

「まぁ、気にするな。

 さ、では行こうか」

「ああ」

 ゆったりと羽ばたき、ふわっと浮いたアルヴェルラの両腕に摑まり、華月はそのまま吊り上げられていく。

「良し。カヅキ、人の身では叶わない空の散歩だ。楽しめ?」

「何故に疑問け――」

 華月は言葉を続けられなかった。

 恐ろしい加速度でアルヴェルラが飛んだからだ。

 瞬間的に魔力を纏い、千切れる事だけは回避した。

「あっはっは! 飛ぶぞ!! 飛ばすぞッ!!!!」

 一直線に飛び上り、あっという間に周囲の空気は肌寒さを超え、刺さるような凍てつき方をしていた。

「息苦し……耳イテェ……」

「ん~、やりすぎたか?」

 急激な変化に身体がついていけず、華月は凄まじい不快感に襲われるが、直ぐにそれらは治まっていった。竜騎士化した華月の適応能力は恐ろしい変化を遂げていた。高山病に罹る素振りすら無い。

「ヴェルラ、いきなり飛びすぎだろ……」

「済まんな。空を駆けるのは私にとって至高の楽しみなんだ。誰よりも速く、誰よりも華麗に、誰よりも遠くへ。それが私の矜持だ」

「そうかい……。

 で、何でこんな上空に?」

 問いかけると、アルヴェルラはゆったりとこう言った。

「ここは、我ら純竜種でも限界の高さ。周りを見ろ、カヅキ」

 華月が周囲の様子を改めて観ると、成程。

「成層圏か。もう直ぐ宇宙……。はは、これは絶景だな」

 緩く弧を描き、丸く見える地平と水平。少し視線を上げればそこには無数の星の煌きすら見える。

「少し上がりすぎたが、丁度直下にある大陸、これが我らの住む中央大陸『ウェルデシア』。

 その上に半分だけ見えるのが北大陸『ヴァネスティア』、右側が東大陸『ヴォーディシア』、左側が西大陸『ウィデスティア』、下が南大陸『ウェンティア』だ。

 壮観だろう?」

「文句は無いな」

 その風景は確かに壮観だった。人の身では簡単には御目に掛かれない。

「さて、世界の後は国の紹介だ。降りるぞ」

「それなりの速度で頼む」

「ああ」

 今度は行きのような阿呆な速度ではなく、高々秒速500メートル程度の速度で降りていく。それは徐々に緩くなる。

 芥子粒のようだった山が、森が、その姿をはっきりとさせてくる。

「皇宮は目立つな」

「あれはドラグ・ダルク最大の建築物だからな。初代がドワーフの職人を数百単位で呼び寄せ、百数十数年の時を掛け築き上げた芸術でもある。ノーブル・ダルクと言う名もあるぞ」

「へぇ、それはまた御大層な御名前で」

「ふむ、そうだな。その関連ついでに用もある。ドワーフ達の居住に行ってみようか」

 ぎゅんッ! と、急激な加速と方向転換。華月の三半規管が悲鳴を上げる。

「おおぅ、込み上げる……」

「戻すなよ。そして慣れろ」

「俺のご主人様は厳しいね」

「私の期待に、見事に答えてくれる可愛い騎士だからな。もっと期待してしまう」

 からからと笑いながら、アルヴェルラはヴェネスド山脈のある一角に向かっているようだ。

「おい、ヴェルラ……。あの山の噴火口っぽいところに突っ込む気か?」

「ああ。あ、安心しろ。あれはもう死火山だ。地中深くに降りないと溶岩流すら見る事が出来ない」

「いや、何でそんな所に突っ込むんだ?」

「ドワーフ達はあの山の中を刳り抜いて住居にしている。一番大きく、入りやすいのが採光口に使われているあの噴火口跡というわけだ」

 一旦火口よりも50メートルほど上昇し、そして噴火口跡に降下突入。



[26014] 第16話 穴倉の鍛冶小人、尊大に付き注意 起部16話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/15 23:20

 入ってすぐに無数の横穴が目につく。

「上の階層には誰も居ないな。

 下の鍛冶場まで行ってみるか」

 アルヴェルラはそのまま下へ下へと降っていく。

 どのぐらい降りたのか、それすらあやふやになりそうになった頃、ようやく足場が見えた。

「俺の眼がこんな薄暗さでもきっちり使える事に改めて驚くわけだが……。何だここ?」

「最下層、『アーズの鍛冶場』だ」

 熱気がある。湿度があるわけではないので単純にカラッと熱い。

 華月がアルヴェルラから手を離し、地面に降り立つ。

「随分と熱いな?」

「この岩盤を五十メートルも砕けば溶岩流だ。熱源はそれだ」

 アルヴェルラがさらっと、トンデモナイ事を言う。

「危険じゃないのか?」

「ドワーフは妖精種でも火と地の属性を持つ。その二つを備える溶岩は目に見える命こそないものの、彼らからすれば同類のようなものらしい。変調はすぐに判るし、滅多な事では脅かされることは無いらしい。

 まぁ、我らの住むこの大地も一つの生命だとすれば、納得できる話だな」

「こんな所でガイア論を聞くとは思わなかった」

 華月が溜息をつきながら周囲を見渡す。すると、暗闇からこちらを窺っていたらしい二対四つの瞳を見つける。

「ヴェルラ、誰か居るようだ」

「ん?

 ああ、久しいな。ドレン=ド=アーズ、ヴィシュル=アーズ」

 アルヴェルラが気安く声を掛けると、暗闇から名を呼ばれた二人が出てきた。

「確かに久しぶりだな、アルヴェルラ=ダ=ダルク」

「ご無沙汰しています、アルヴェルラ女皇陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 現れたのは小柄で、しかし筋肉の詰まった体躯の男性と、やはり小柄で女性的だが筋肉質な体躯の女性。どちらも身長が小さい上に童顔で、暗闇だと年齢が読み難い。が、華月の美的感覚で言うと、それなりの美少年と美少女のように見える。

「二人が揃ってこんな所に居るのは珍しいな?」

「ああ、少し前に溶岩流が厄介なモンを運んできてな。それの処理中だ。俺一人じゃ手に負えねぇから、ようやく使えるようになってきたコイツの実習を兼ねて潜ってんだ」

「ほう? ヴィシュルもようやく認めてもらえたのか」

「お恥ずかしながら、まだ仮免許の身です。アーズ流鍛冶の皆伝とまでは、とても」

「それでも十分進歩している。依然会った時は鎚を握ることすら許されていなかっただろう」

 アルヴェルラの言葉に、女性=ヴィシュルは苦笑する。

「もう十年も前の事です。流石に牛歩の速度では父に叩き潰されてしまいます」

「ああ、それもそうだな。ドレンは身内にも厳しいからな」

「ハン。アルヴェルラ、そりゃテメェもだろうが。未だに嬢ちゃんを認めてねぇじゃねぇか」

「さて、何の事だか。

 ああ、ドレンが居るなら丁度良い。仕事があるんだ」

「アン? 何だ、気色ワリィ……。何時も使いを寄越す癖に、直接か?」

「ああ、コレは他人任せに出来る事ではないからな。

 ドレン、私の騎士に、武器を創ってくれ」

 アルヴェルラがそう言って華月の肩を叩くと、少年=ドレンは、その言葉に「ハァ?」な、顔をする。

「騎士?

 俺の耳が腐ったか? この青瓢箪みたいな軟弱そうな兄ちゃんがお前の騎士だ。そう、聞こえたような気がするんだが」

「随分な言い様だな。聞こえた通りだ。このカヅキが私の騎士だ。そして、カヅキの為に武器を創ってくれ」

 アルヴェルラは、まだ笑っていられる。頼む側、下手に出るべきだと理解しているから。

「オイオイ、冗談は程々にしてくれ。この兄ちゃんに俺の鍛えた武器を? ハッ、幾らアルヴェルラ直々の頼みとはいえ、受けられねぇな」

 にべも無く拒絶される。アルヴェルラの雰囲気が変わる。

「冷たいな、ドレン。当時、お前たちの同朋を受け入れる。と、決めた私の判断は、間違えだったか?」

「……テメェ、解って言ってんのか?」

 吐き捨てるようなアルヴェルラのセリフに、ドレンの顔が凄まじく険しいものになる。見た目は少年の様だが、積み重ねた時間と経験は本物で、ドスが効いている。

「ああ、当然だ。ようやく見出した私の騎士にケチをつけ、軽い態度で頼みを断るような恩知らずには、丁度良いだろう?」

 二人の間で火花が散る。

「ヴェルラ、そこまでだ。どうやら俺は彼のお眼鏡に適わないらしい。またにしよう」

「カヅキ? お前が見縊られて――」

「ハハッ! よく弁えてるじゃねぇか!

 アルヴェルラ、この兄ちゃんの方が自分の『程度』が良く解ってるようだな!!」

 ドレンの嘲笑にアルヴェルラの言葉が搔き消される。

「そう、俺はまだ騎士に成り切れて無い。訓練中の未熟な身だ。どんな武器が使えるのかもこれから試すところだ」

 アルヴェルラとドレンの間に立ち、華月はドレンを真正面から見下ろす。いや、睨みつける。

「だから、『今』は、引く」

 華月の身体が魔力を纏い、それは竜楯に変わる。

「でもな、『次』は、どうなるか解らない。

 それと――」

 一歩踏み出す。

 それだけで、踏まれた岩盤は罅が入り、少し窪んだ。

 ドレンの後ろでずっと黙り、成り行きを見ているヴィシュルの顔が引き攣った。

「アルヴェルラを、俺の主を馬鹿にするのは許さない。アンタがどれだけ偉かろうが関係無い。

 それだけは忘れないし、絶対に赦さない」

 華月は怒っていた。ドレンがアルヴェルラを小馬鹿にした。よりにもよって、華月を出汁にして。

 アルヴェルラに見る目が無い。と、そう言われた事を。

「因縁の付け方だけは一人前ってか。

 アーズ流鍛冶の頭領、ナメんじゃねぇぞ、小僧」

「どれだけ偉かろうが関係無いって言っただろ。聞こえなかったか? オッサン」

 一触即発。この分だとドレンの方が先に手を出しそうだ。

「お、お父さん! ダメ!!」

 ヴィシュルがドレンを後ろから羽交い絞めにする。

「何しやがる! 離せ、馬鹿娘!!」

「ば、馬鹿娘!? ナンだとこのクソ親父!!」

 素が出た。

 ハッ! として、そのままドレンを持ち上げヴィシュルが反転。

「頭に血が上っちゃったみたいなので、後日私がお話を伺います! 本日はこれにて失礼します!!」

 ダッ! と、駆け出し、暗い洞穴の中に消えていった。反響する怒鳴りあう声。

「ふぅ、カヅキ」

「……」

 アルヴェルラが溜息を一つ。華月に声を掛ける。

「私の為に怒ってくれた事には礼を言う。だが、あれではお前の印象が悪くなるだろう」

「……そんな事はどうでもいい。

 頑固一徹のオッサンは、いくら口で言ったとこで無駄だ」

 肩を竦めて竜楯を解く。

「で、次は?」

「そうだな。次はエルフの所にでも行くか。あちらにも用事がある」

 アルヴェルラと華月は、次を目指して飛翔する。





[26014] 第17話 美貌のエルフ、性別不明 起部17話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/17 23:55

 盆地の北の方に広がる原生林。それは中央に大木群を有する森になっている。

「スゲェでかい樹だな~」

「セフィールという種類の樹だ。滅多なことでは枯れず、寿命も無いと言って差し支えない。我らが祖先と同時期に芽を出して以来この地に置いて枯れたのは数本だ」

 上空から近づくと、幾つもの巨木が固まり、一本の大樹のように見えていた事が解った。そして、その幹、枝に何か出来ていることも。

「もしかして、あれが?」

「ああ、エルフたちの住居などだ」

 大樹セフィールの主な枝は、人間が横並びで10人並んで歩いても余裕があるほどに太い。様々な位置に家っぽいものがある。

「さて、誰か捕まえないと」

「ん?」

「ああ、ここのセフィールの内部を歩くときは案内が要るんだ。施された迷宮の魔法で私でも迷う。それと」

「それと?」

「ドワーフ達に先に会っている事は言うな。大部分がかなり仲が悪いんだ」

 微妙な顔で、アルヴェルラが告げる。

「本当は、この領地においては種族間の揉め事は置いておいて欲しいんだがな。両者共に事情があって、近い場所に居を構えているのだから。

 しかし、何事も上手くいくとは限らないということだ」

 華月は知識から、火と地の属性を持つドワーフ族と、水と樹の属性を持つエルフ族は属性の反発があり、本能的に反りが合わない。と、言う事を理解する。

「属性って、そんなところにも影響するんだな」

「そうだな。織り成す四要素の属性は反発するもの同士は仲違いする事が多い。太極であり、完結する陰陽の光闇はそんな事は無いんだが」

 六竜族も、フレイム、アクア、フォレスト、グランドの四つのドラゴンたちは属性の影響を若干受け、フレイムとアクア、フォレストとグランドは微妙な関係だ。表立って罵り合ったりはしないが、あまり干渉しあったりはしない。

「まぁ、少し注意してくれ。

 お、誰か居たな」

 アルヴェルラが迷う前に見つかって良かったと一息つき、一本上の枝に腰掛け、布に刺繍をしているエルフに声を掛ける。

「セフィールのエルフよ、我が声に答えよ」

「――これは、闇黒竜族がアルヴェルラ殿」

 すっと視線を向け、刺繍していた布を手早く纏め、軽やかにこちらに降り立ったエルフ。

「なんだ、フィーリアスだったか。畏まって声を掛けた私が馬鹿みたいだな」

「何だ。とは、少々酷い物言いですね。私でなければ傷付いているところです。我等エルフは繊細なのですよ」

 口元に手を当て、くすり。と、柔らかく笑う。そして、その視線はアルヴェルラの半歩後ろに居た華月に向く。

「おや、人間……ではありませんね。貴方は竜騎士ですね」

「そうだ。カヅキと言う。私の可愛い騎士だ」

「ついに貴女の血を享けられる竜騎士が現れましたか……。おめでとうございます」

「有り難う? 随分と素直に祝ってくれるんだな」

 拍子抜けしたようにアルヴェルラがそう言うと、フィーリアスと呼ばれたエルフは首を傾げ、納得したように頷いた。

「竜騎士の実力は外見で決まるものではないと重々承知していますから。

 ああ、先にアーズ殿にでも会いましたか」

「……そう簡単に見透かさないでくれ。まぁ、その通りなんだが」

 バツが悪そうに、アルヴェルラが左手で左目の辺りを隠す。その顔には苦笑が浮かんでいた。

「あの方が言いそうな事は簡単に想像出来ますよ。おそらくは、彼を見て『これがお前の竜騎士か? 悪い冗談だ』とでも、言ったのではないですか?」

「お前には勝てないな。その通りだ」

 アルヴェルラの苦笑が深くなる。

 一方華月は、フィーリアスを注意深く視察する。

(このエルフは……男か? 女か?)

 全体的に線が細く、長身で、ゆったりとした服を着ており、肩までの金髪、エメラルドのような碧の瞳、顔の造詣も中性的に美しく、声も澄んでいて、どうにも性別が判断し辛い。というより、判断できない。

「おや、竜騎士殿? 私に自己紹介をして頂けないのですか?」

 じっと観察していたエルフに、首を傾げながら声を掛けられ、華月は戸惑った。

「――え? あ、ああ、失礼しました。

 自分は瀬木 華月と言います。少し前から主・アルヴェルラに仕えています。現在は侍従総纏役・テレジアに教えを請う立場にある、竜騎士見習いです」

 アルヴェルラの竜騎士として、失礼にならないよう、精一杯気を付けて、右手を胸に当てながら自己紹介をする。

「はい、有り難うございます。

 私はフィーリアス=ラ=セフィールです。ここ、大樹セフィールに暮らすエルフ族の族長を勤めています」

 にっこり笑顔で、やはり優雅に自己紹介される。

「テレジア殿に教えを受けているのですか。それは、その、随分と――」

 が、よくよく見てみればフィーリアスの笑顔は微妙に引き攣っていた。

「随分と、買われているのですね」

「テレジアの教えは嵌れば効率が良いが、合わない奴はとことん駄目だからな。カヅキは良くやっているぞ」

「でしょうね。彼女はある意味一途ですから」

 微妙な顔でテレジアをそう評価するフィーリアス。何か過去にあったのだろうか。

「さて、挨拶はこのくらいで。

 フィーリアス、実は頼みがあるんだ」

「おや、アルヴェルラ殿から直接そんな事を言われるのは、随分久しぶりですね。

 はい、ここで構わないのであれば、今伺いますよ」

「カヅキの為に、竜騎士細工と儀礼正装を作って欲しい。後、これは出来れば。で、構わないが、デルラン糸の黒染めで男物の普段着を十着」

「デルラン糸の黒染めで男物の普段着十着は何時もの通りで良いのですか?」

「ああ。カヅキの着れる大きさならな」

「それなら直ぐにでもお渡し出来ますが、竜騎士細工と儀礼正装を、となると……」

 フィーリアスの顔が少し困った顔になる。

「私が改めて言う必要は無いと思いますが……。

 アルヴェルラ殿、貴女はカヅキ君が、竜騎士としてそれらを纏う事が許される力量を持っていると、第三者の立場から見ても適うと、そう判断したのですね?」

「ああ、そうだ。その点については竜騎士契約の初期に確認済みだ。資質は十二分にあると、私が太鼓判を押す。教育係のテレジアも、筋は悪くないと判断している」

「では問います。彼は今現在、テレジア殿の教育でどの段階にありますか?」

「体術の基礎課程が修了している。これから武器と魔法、発展体術に入る」

「ここまでの訓練期間は?」

「知識を詰めるのに無茶をして、数日昏睡したが、それを含めて一週間ほどだ」

 それを聞き、フィーリアスが目を丸くする。

「テレジア殿の教育で、実質四日程で体術の基礎課程を修了しているのですか!?」

「ああ。私としても予想以上の速度で育っている事に若干驚いている。資質があることは解っていても、な」

「……アーズ殿に先に会われたのでしたね。彼には何か頼んだのですか?」

 フィーリアスに問われ、言うべきか瞬間的に悩んだアルヴェルラだったが、素直に話ことにした。

「無碍に断られたが、武器の製作を依頼した」

「その時、この話は?」

「していない。その前にカヅキを馬鹿にされて、私も少し大人気無い事を言ってしまってな。売り言葉に買い言葉だったんだが」

 後ろ頭を掻きながら、明後日の方を向きながらアルヴェルラが喋る。さっきの一件は自分にも非が有ると解ってはいるようだ。

「まぁ、一見頼り無さそうな青年ですからね。彼の性格からすれば仕方ないかもしれませんが……。

 解りました。アルヴェルラ=ダ=ダルクの依頼、引き受けましょう。フィーリアス=ラ=セフィールの名に懸けて」

 右手を胸に、フィーリアスがアルヴェルラに告げる。

「そうか。助かる。魔銀細工と服飾はエルフに頼むのが一番だからな」

「フィーリアスさん、有り難う御座います」

「お礼は出来上がった時にお願いします。

 では、採寸しましょう。工房へ案内します」

 フィーリアスが先頭となり、大樹セフィールの内部へと進んでいく。





[26014] 第18話 フィーリアスの解説、新手登場 起部18話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/24 22:36

 セフィールの中は驚くような構造をしていた。

「壁面に水路か? どうなってんだ……」

「フィーリアス、解説してくれるか?」

「構いませんよ。

 カヅキ君、我等が住処とするこのセフィールの大樹は、何本もの樹が寄り合い、絡み、共生して構成されています。そして、セフィールには流水管という水の通り道が目に見える形で存在し、それらは時々この様に内部構造の表面に露出するのです。自然発生するものなので、我々にも干渉できませんが、利用する事は出来るというわけです」

「はぁ~……」

「セフィールが濾過し、汲み上げているこの水は、文字通に無味無臭です。しかし、この水は調理に用いれば旨味を増し、武器鍛造に用いれば切れ味を増します。万能水の別名も付いているほどのものですよ。ダークネス・ドラゴンやアーズ一族も時折水汲みに現れます」

「群生しているセフィールは他の大陸を見ても数少なく、このドラグ・ダルクのセフィールの大樹が今現在、世界一だ」

 何故かアルヴェルラが得意気だった。

「この地に住むエルフがセフィール一族とダークネス・ドラゴンとの関係は、後でアルヴェルラ殿かテレジア殿に聞いてください。そこでドワーフのアーズ一族の事も解るかと思います」

 つまり、この三つの種族はそれぞれが此処に居る経緯が連動しているということだ。

「特に、セフィール一族はアルヴェルラ殿の先代の竜皇、リーディアル殿には感謝してもしきれない恩があるのです。路頭に迷う所だった一族を此処に受け入れてもらいましたから」

 フィーリアスの言葉を聞き、華月はアルヴェルラに確認する。

「先代竜皇は、人格者だったのか?」

「いいや、私と同じような性格をしていたぞ。先代は何を隠そう、私の母だからな」

「……そ、そうか……」

 何とも言えない微妙な答えに華月はそれだけ返して黙る。

「私と母は似ていたんだが……。何から何まで似るというわけではないらしい。特にイナティルは外から中まであまり似ていなかったな」

「そんなものか?」

「さぁ? 竜の世代交代自体、まだ数代分しか蓄積が無いからな。あまり解っていない」

「そういった面の話なら、最初期の種族にして地上最強の純竜種より、我々や、それ以降の後発種族の方が蓄積が多いですよ。といっても、エルフ族は参考になるほどの蓄積はありませんが」

 苦笑するフィーリアス。

(まぁ、エルフも寿命が半端無く長いらしいし、当然か)

「さて、もうすぐ着きますよ。

 ああ、と……。カヅキ君」

「はい?」

「工房の責任者のことなのですが、若輩者で思慮が足りないというか、慇懃無礼というか、こう、何とも言い難い性格をしているので、ご容赦を願います」

「は、はぁ……」

「ん~? お前にそこまで言わせるような奴が居たか? 責任者は誰だ?」

 アルヴェルラが首を捻る。思い当たる相手が居ないらしい。

「着けば解るかと思います。まぁ、アレもアルヴェルラ殿には敬意を払うでしょうから貴女には解らないかもしれませんが」

 随分と含みを持たせ、フィーリアスは言葉を切った。

 目の前に大きく開いた出口が見えた。

「この先です。セフィール一族最大の構造物をご覧ください」

 外に出ると、目の前に塔のように加工された一本の大きな枝が聳えていた。

「構造物って、真っ直ぐに突っ立ってる枝じゃないのか?」

「エルフの属性、水と樹。その二つを作用させ、植物に干渉し、ある程度自在に変形成長させる事で、この形を作りました。とは言っても、セフィールたちは中々に頑固で、説得するのに時間が掛かりました」

 疲労感を滲ませるフィーリアス。彼が時間が掛かったということは数年程度ではないのだろう。セフィールの成長速度がどんなものか、華月はその横顔を見るだけで調べる気にもならなかった。

「ここに来て早々に説得を始めて、完成したのはつい最近だったな」

「ええ、文字通り長い時間が必要でした」

「……」

 ますます記憶を浚う気にならなかった。

「ともかく、中へ」

 先へ進むフィーリアス。と、ここで華月はアルヴェルラに小声で聞いてみた。

「なぁ、フィーリアスさんって男なのか、女なのか?」

「フィーリアスの性別? 変なことを気にするな?」

「いいじゃないか、気になったんだ。今まで話してみても全く解らないし」

 アルヴェルラは、華月に人の悪い微笑を向けた。

「教えないほうが面白そうだ。教えてやらない」

「……そうかい」

 追求を諦め、フィーリアスの後を追う。


 その枝の中へ入ると、またも華月は驚いた。

「何だ、コリャ……」

「今現在の位置は、丁度工房の真ん中の階層です。地下まで合わせ、全二百六十五層になります」

「二百六十五層!?」

「最下層は殆ど素材の貯蔵庫になっています。染色やら金属加工が下層、中層に最も歩留まりの悪い縫製などの中間工程、上層で仕上げ等の最終工程です」

「ん? そんな構造になってたのか。しかし、染色なんかは風通しのいい上層の方が向いてるんじゃないのか?」

「アルヴェルラ殿、染料の中には乾燥に非常に時間が掛かるものがあります。それらを完全に乾かす為に、下層で染め上げ、上層まで一旦引き上げ、折り返して下層で巻き取るのです」

「ああ、この窓から見える細い紐は染色中の糸か」

「ええ。そちらから見えるのが染色した糸で、反対側から見えるのが乾燥が終わり、下層が巻き取っている糸です」

 二箇所の窓からそれぞれ何かが垂れていることが解る。目を凝らせば、それは正に糸のカーテンだ。

「しかし、一回の染色でどのくらいの長さを染めるんだ?」

「この時期はデルラン糸の染色時期ですからね、デルラン糸なら一回に5000メートルと言った所でしょうか」

「5000メートルもか」

「一番の収め先が貴女の所なのですが」

「う……。無茶をする連中がしょっちゅう服を燃やしたりしてくるからなぁ」

 アルヴェルラは居心地が悪そうだった。

「まぁ、我々はそれでも構わないのですが。何もせずにこの寿命と付き合うのは時々うんざりする事もありますから。時間に縛られず、ゆっくりやれる縫製は我々の性に合っています」

「……この糸って最初どうやって上まで上げるんですか?」

「ああ、いい質問ですね。

 我々エルフは、自慢ではありませんが非力です。その分、身軽さには自負がありますが、最上部が1500メートルの工房の上まで人手で上げるわけにはいきませんから、矢に結び付けて撃ち上げます」

「1500メートルも上に撃てるんですか?」

「エルフは目が良いですから」

「いえ、非力だって言ったじゃないですか」

「そこは魔法です。エアリス・アロウと言う魔法で射出した矢を風力加速させます。本来は長距離を高威力の状態で飛ばすための魔法なのですが」

 肝心な部分はアナログに地味だった。

「そこ! ここはお喋りする場所ではありません!!」

 上の階から鋭い声が降ってきた。

「全く、どこに無駄話をしている余裕があるというのです?」

 降りてきたのは金髪碧眼のエルフ。身長が低いが顔はフィーリアスに似ている。微妙に造りこみが違うのと、髪が腰まであること、声が幾分高いこと以外、大きな違いは無い。

(うわ、また性別不明なのが……)

「族長、アナタが率先して喋るとは、どういう了見ですか?」

「工房長、この場に居るのは私だけではありませんよ」

「……。

 闇黒竜族、アルヴェルラ陛下。ご無沙汰しております」

「ああ、リフェルア=セフィールか。久しぶりだな。益々親に似てきたようだな」

「……それは褒められているのでしょうか?」

「一応、な」

 リフェルアと呼ばれたエルフは微妙な顔をしたが、アルヴェルラはウィンクしてみせる。

「それでは。有り難うございます、陛下」

「その態度は昔っから変わらないな――。

 ああ、フィーリアス。そう言う事か」

「ええ、そう言う事です」

 何やら納得したアルヴェルラと、相槌を打つフィーリアス。

「さて。と、言うことは、私がすることはこれだな。

 リフェルア=セフィール、紹介しよう。私の竜騎士、カヅキだ」

「陛下の竜騎士? この少年が?」

 華月を前に引き出し、リフェルアと対面させる。二人の身長差はほとんど無く、若干華月の方が高い程度だった。

「主・アルヴェルラに仕える騎士見習い、瀬木 華月です」

「……フィーリアス=ラ=セフィールが一子、リフェルア=セフィールと申します。以後お見知りおきを」

 華月の挨拶に型に嵌った形式通り、丁寧に返すリフェルアだったが、その表情は微妙に胡散臭いものを見るものだった。

「それで、だ。リフェルアに依頼がある」

「解りました。リフェルア=セフィールの名に懸けて引き受けます」

「……内容とか聞かないのか?」

「竜騎士を連れた竜が、態々直接依頼に来るということで大体予想が付きます。そして、既に族長を連れているということは、了承されているということ。私に拒む理由は在りません。

 大方、竜騎士細工と儀礼正装一式の依頼なのでしょう」

「察しが良すぎて手間が省けるが……。そこも親譲りだな」

 あっさり済んでしまったことで、アルヴェルラの方は拍子抜けしているようだ。

「ただ、後日そちらに伺わせていただきます。私としても、実力の程度も知らない者の為に働くのは納得できませんので」

「ああ、構わない」

「では、今回は採寸だけさせていただきます。

 さ、カヅキ。脱いでください」

「は!?」

 真顔であっさり、観衆の前で脱げと告げるリフェルア。一方華月はアルヴェルラ、フィーリアス、リフェルアへと視線を行ったり来たりさせ、挙動不審になる。

「リーフェ、いくら何でもアルヴェルラ殿と貴女の前で、いきなり男に脱げというのは酷でしょう。せめて別室で測ってあげなさい」

「解りました。ならばカヅキ、貴方の裸に興味など欠片もありませんが、着いてきてください」

 リフェルアが踵を返して歩き出す。どうやら上の階に行くようだ。華月も置いていかれないよう素直に着いていく。

(……ん? ヴェルラとリフェルアの前で男に脱げは酷? と、言うことは、二人は女。フィーリアスさんの前は問題無い? ……フィーリアスさん、もしかして男なのか!?)

 内心、驚愕の事実が垣間見えたことに、かなりの衝撃を受けていた華月だった。







[26014] 第19話 華月を測量、明かされる性別 起部19話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/03 00:33
 別室に連れ込まれ、あっさり剥かれた華月だった。

「……エルフより筋肉質ね」

「そっちが華奢なんだろ。こっちの人間がどうかは知らないが、元の世界ならこのぐらい普通より下だ」

「……貴方、異界人なの?」

「こんな名前の人間、こっちの世界には居ないだろ?」

 流石に下着は勘弁してもらえたのか、下着姿だった。

 雑談しながら首周り、腕の長さ、肩幅、等等、隈なく数値を測られている。

「最近はそうでもないらしいわ。響きが独特だから、異界人風の名前を付ける事も多くなっているらしいの」

「へぇ、人間に詳しいのか?」

「まさか。他の国に材料の買い付けに行ったりする時に、人間と交流のある妖精種や亜人種に聞いた分だけよ」

 リフェルアは顔色一つ変えず、淡々と数値を測っていく。言葉遣いがアルヴェルラとフィーリアスが居たときより砕けているようだ。

「それじゃ、リフェルアも人間が嫌いな口か?」

「別に。人間について個人的な好悪は無いわ。そう在るから、そう有るだけでしょう。直接話した人間は、この世界のでも異界人でも、貴方が初めてだもの。私個人の意見として述べるには、実体験が無さ過ぎるわ」

「そうか。そいつは光栄だな」

「何が光栄なのか、解らないんだけど」

「記念すべき、かどうかは解らないが、初めて会話した人間が俺なんだろ。初めての人になれてって意味なんだけど」

「……貴方、馬鹿?」

 半眼で華月を見るリフェルア。

「……少し気を使ったつもりだったんだけど、悪かった。要らないお世話だったみたいだな」

「そんな気遣いは無用よ。私、とりあえず種族に関係なく、本人の容姿と性格で付き合いを決めることにしているの。貴方はギリギリ合格よ」

 さり気に基準に容姿が入っている辺り、リフェルアの性格が読める気がした華月だった。ただ、華月がギリギリ合格のラインなら、その線引きは随分緩いものだとも思った。

「後は、貴方の竜騎士としての実力が本物なら、私は貴方の為だけに、最高の竜騎士細工と儀礼正装を仕立てて魅せるわ」

「その、竜騎士細工と儀礼正装ってどういうものなんだ? 記録を探っても具体的な絵が見えないんだ」

「説明されなかった? 族長でもアルヴェルラ陛下でも」

「二人とも何も」

 華月の答えに、少し頭痛を覚えたらしい。左手を額に当て、はぁ。と、ため息をついた。

「仕方ない、教えてあげるわ。

 竜騎士細工は、土台を魔銀――魔法練成銀(ミスリル)で作り、どの竜族の竜騎士かを宝飾輝石で明示するの。形状は一定せず、指輪、腕輪、足輪、額飾り、首飾り、耳飾り、中には首輪っていうのもあったわ。そこはご主人様の趣味ってわけね」

「ヴェルラの趣味で決まるのか……厭な予感がするな」

「儀礼正装は、多種の魔法付与を施した竜騎士の戦装束でもある、最上級の正装ね。これも何竜族かで基本色が異なるわ。特殊素材も多いから、作るのは大変なんだけど、着心地や性能は他の追従を許さない。基本色が黒の闇黒竜族でも結構派手だから、普段着には向かないわ」

「……派手、なのか?」

「私たちエルフの感覚からすれば。の、話よ。貴方が派手と感じるかどうかは解らないわ」

「エルフの服って、大体そんな感じなのか?」

「そうね。私のこの作業着は機能性重視だから装飾は最低限で控えめだけど、どれも大差無いわ」

 華月はリフェルアの服を見て、確かに控えめというか装飾がほとんど無いと思った。

上下共に無地の若草色で、上着には無数の収納が付けられ、腰にはいくつものポーチをぶら下げている。ロングスカートは飾り気はゼロに等しい。

「良し、測り終わったから服を着ていいわ」

「ああ、解った」

 華月は服を着なおし、深く息をつく。人間ではなくとも美少女に裸を見られることに、少なからず緊張していたようだ。

「竜騎士になったら肉体の大幅な変化は無いから、消滅するその時まで着られる様、頑丈に作ってあげるわ」

「そいつは助かる」

「でも、やっぱり人間の男となると色々違ってくるわね。肩幅は広いし、腕周りや足周りの太さも私とはぜんぜん違うわ。身長は大差ないのに」

「下らない事を聞いても良いか?」

「程度によるわ。まぁ、聞いてみなさい」

 華月の数値をメモした紙を見ながら、頭の中で色々と生地の裁断の図形を考えているのだろう。若干上の空になっている。

「君は男か女か?」

「……私が男に見えるの? それはある意味侮辱なのかしら」

「いや、そういう意味じゃない。リフェルアは女だと思った。確信が無かっただけだ。フィーリアスさんが良く解らなかったから」

「族長ね。我が親ながら、あの性別不詳っぷりはある種の詐欺ね。正しく性別を一発で当てたのは私の母と、アルヴェルラ陛下、ドレン頭領ぐらいだもの」

「やっぱり、俺の感覚がおかしいんじゃなくて、解りにくいのか」

「そうね。ちなみに、カヅキはどっちだと思ったのかしら?」

「初めは本当に解らなかった。本人には聞き辛いし、ヴェルラは教えてくれないし。さっきのやり取りと、リフェルアの台詞でようやく男かと解ったところだ」

 華月の言葉に、リフェルアは目を細める。

「私の台詞に、族長の性別を判断させる材料があったかしら?」

「フィーリアスさんに関して話しているときに、別の人を指して私の母。と、言っただろ。ということは、フィーリアスさんは父親ってことになる」

「成る程、頭は悪くないのね」

「意外か?」

「外見からは、もっと抜けてそうに見えるわね」

「そのぐらいじゃないと、あの生活には耐えられなかったんだよ」

「何の話か、あんまり察したくないのだけれど。

 まぁいいわ。下に戻りましょう」

 華月の返事を待たずに、リフェルアは下に向かう。

 華月もその後ろを歩き、アルヴェルラたちと合流する。

「採寸は終ったようですね。

 リーフェ、やれますか?」

「お父様、誰に聞いているのですか?
 ここの工房長を任されているのは私、貴方の娘・リフェルア=セフィールです。私が出来なければ、誰がやるというのです。

 当然、やれるに決まっています」

 自信満々に言い切った。

「そいつは頼もしいな。期待しているぞ、リフェルア」

「お任せください、陛下。

 心配するべきはむしろ、彼の実力の程だと思います」

 一礼し、軽く冗談を言うリフェルア。

「ははは! 言ってくれるな。それは約束通り、後日確認してもらうさ。

 さて、今日のところはこれを貰って帰ることにする」

 アルヴェルラは腰の後ろに何かを括りつけていた。

「それは?」

「アルヴェルラ殿に頼まれた普段着十着ですよ。背中に背負わせる訳にはいかないので腰裏に括らせてもらいました」

「流石に背中だと邪魔になるからな。両手はカヅキを掴むから塞がってるし」

 そこでリフェルアが華月の脇腹に肘鉄を入れた。

「ぐぅ……」

 鋭く突き刺さり、竜騎士として強固な肉体になっているはずの華月が、思わず呻いた。

「な、何するんだ……」

「貴方、馬鹿なのかしら? 何で陛下に荷物持たせてるのよ。騎士で下僕なら、貴方が持つべきでしょう」

 小声でやり取りをするが、アルヴェルラとフィーリアスにはしっかり聞こえていた。ドラゴンとエルフの五感を甘く見てはいけない。

「ヴェルラ、荷物なら俺が――」

「気遣いは無用だ。それに、カヅキに持たせて途中で落とされでもしたら面倒だからな」

「そ、そうか……」

「さぁ、次に行くぞカヅキ」

「え? ドラグ・ダルクに住んでる他の種族ってエルフとドワーフだけじゃないのか?」

「今度は、一風変わった場所だ」

 アルヴェルラは華月の腕を掴んで歩き出した。

「フィーリアス、またな。枝から飛ぶから許可してくれ。リフェルア、後日皇宮で会おう」

「お邪魔しました」

 そのままアルヴェルラは華月を引っ張って出て行った。

「お二人とも、また会いましょう」

「では後日に」

 エルフ二人は見送り、アルヴェルラは枝から華月を吊り下げて飛び立った。




[26014] 第20話 闇黒竜国、最後の異種族 起部20話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/04 21:54

 風を切るアルヴェルラは、放たれた矢のように一直線に東の方へ翔けていく。

 目下には緑、翠、碧。

 色彩豊かな自然が広がる。

 人工物は殆ど無い。

「緑豊かだな」

「当然だ。悪戯に何かを造るような真似はしない。自然を切り開き、自らが都合によって建造物を築くのは人間ぐらいだ。我らも多少は居住などを作るが、それらは元から空いていた平地などを利用する。

 世界は、在るがまま。それが一番だ」

 当たり前だな。と結ぶアルヴェルラ。彼女らからしたら本当に当然のことなのだろう。

 そうして、辿り着いたのは、切り立った絶壁から滝が無数に落ちる、そう大きくも無く小さくも無い湖だった。

 辺に降り立ったアルヴェルラと華月。

「ここは?」

「水鏡の湖だ。ドラグ・ダルクに生息する他種族はエルフとドワーフだが、存在するのは他にも居る。

 例えば――」

「あらぁ? アルちゃん」

「……私をアルと呼ぶなと言っているだろう、ロミニア」

 水面が波打ち、水が形を作っていく。水は徐々に形を整え、美しい女性の姿に成る。元は透明なはずなのに、女性の形を取った水は蒼く染まっている。

「え~? アルちゃんはアルちゃんよ」

「呼ぶならヴェルラにしてくれと、会う度に言っているんだがな」

 苦笑して、女性の形に整った水に対し、アルヴェルラはぼやく。

「あらぁ、その子からアルちゃんの力を感じるわねぇ。もしかして、アルちゃんの竜騎士さんかしら?」

「初めまして。主・アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月です」

「まあまあ、異界人さんだったの。

 私はロミニア。水精霊ロミニアよ。

 おめでとう、アルヴェルラ」

 そこで、徐々にロミニアの雰囲気、纏う空気が変質していく。アルヴェルラは意に介していないのか、意図的に無視しているのか、表立っては現さない。むしろ華月の方が顔に出ていた。

「彼女は四属性が水の精霊種だ。意志を持つ中級精霊で、私より古い存在だ」

「も~、アルちゃんだって私をロミィって呼んでくれないじゃない? 昔は呼んでくれたのに」

「礼儀を知らなかった頃を引き合いに出さないでくれ」

 昔話をされたくないのか、アルヴェルラはたんたんと足を踏み鳴らす。

「あら、そんなに苛々しないで。そう言う所もリディにそっくりね」

「……」

 アルヴェルラは物凄く何か言いたげだが、このほんわりした水精霊ロミニアには何を言っても勝てないと思い出したのか、黙っている。

「それにしても、リディに引き続き貴女も異界人を竜騎士に選んだのね」

「先代に習ったわけではない。私と契約できる人間が異界人のカヅキだっただけだ」

「そうね。この世界に資質を持つ者は数居れど、竜皇の血を享けられる者は本当に極々一部だけ」

 意味有りげな独白が始まった。

「そして、異界人はどういう基準か不明なまま、未だこの世界に出現し続ける。人類種に多大な影響を与え続けながら」

 華月に水が絡み付いてきた。華月は慌てず騒がず、動かない。

「この子、この間の大規模召喚魔法で呼ばれた一人でしょう?」

「そのようだ。途中で零れて、此処に――」

「零れた。本当にそうかしら?」

「――何が言いたいんだ、ロミニア」

「この子の裡の水の流れ、とても見事よ。例え竜騎士とならなくても、このアードレストでなら、何かしらの分野で一角の存在に成っていたはず。

 零れたのではなく、貴女が『呼んだ』――」

「私が?

 異世界への干渉が出来るほどの召喚魔法は大規模儀式級だ。それも複数の存在を同時召喚するなんて、竜種でも三人以上必要だ。魔力も莫大な量を必要とする。私がこの国でそんなものを使えば、同族は元より、精霊種も、妖精種も黙ってないだろう」

 そこでロミニアは意味深な笑顔を作る。

「そうね。あの召喚魔法はもっと大陸中央部の方で行使されていたわ。あの辺りは私たちが出現できる場所が無いから確認は出来なかったのだけれど。

 でもね、アルヴェルラ。その中から、偶々貴女の騎士に成れる人間が、都合良く零れてくるのかしら」

「……それこそ運命というものだろう」

「この世界に満ちるのは、偶然という名の必然だけよ。そう在るから、そう有るだけ。意識しているにしろ、いないにしろ」

「哲学で勝てるわけも無いな。発生より数千年、途切れていない貴女には」

「ごめんねぇ。アルちゃんが来るとついついからかいたくなるの。

 此処へ来たということの目的は解っているから、私は退散するわ」

 そう言うと、華月に纏わり憑いていた水を引き上げ、一時的に身体を構成させていた水を解放し、姿を散逸させていく。

 完全に元の湖面に戻ったところで、アルヴェルラが盛大に溜息をついた。

「未だもって、私は小娘扱いか。敵わないな、全く」

「ヴェルラより古い存在だったのか」

「彼女らは発生からこっち、一度も代替わりしていない。六属性全ての精霊種は、肉体を持たない代わりに文字通り不滅の存在だからな。人類種が気付かないのが幸いだが」

 アルヴェルラの言葉に何か引っかかるものを感じた華月だったが、本題が進まなくなりそうだったのであえて触れずに置いた。

「まぁ、その辺りはテレジアか、魔法の講師にでも聞いてくれ。彼女らの方が詳しいからな」

「ヴェルラは何が得意なんだ?」

「速く飛ぶ以外に得意というほどの得意は無いぞ。竜皇として、何でも他の者以上に出来て当たり前だからな」

「逆に言えば、出来ないことは何も無い。と?」

「ある意味では、な」

 その事では多少苦労したのか、アルヴェルラの顔色が悪くなる。

「先代――母は、強大な力を持って生まれた私が竜皇を継ぐと読んでいたのだろう。その教育に手加減など無かった。ありとあらゆる事を文字通り叩き込まれたな。自由に色々やっていた妹が羨ましく、妬ましい時も有ったが……」

 アルヴェルラが独白の途中で歩き出した。

「付いて来い、カヅキ。先達たちに紹介しよう」

「は?」

 言われた通りアルヴェルラについていくが、言われた内容の後半部分が理解できなかった。





[26014] 第21話 闇黒竜の先達たち 起部21話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/05 20:10


 アルヴェルラは湖の端から、湖に雪崩れ込む滝の裏を歩いていく。岩の足場は悪く、濡れていて滑りやすく、状態は最低だ。

「っと、ヴェルラ?」

「……」

 アルヴェルラから返事が無い。

 そうして丁度、湖の真ん中辺りの滝の裏に来たとき、アルヴェルラが足を止めた。

「『開門。我・血を継ぐ者』」

 アルヴェルラがそう言った途端、壁だと思っていた岩が消え、洞窟の入り口が姿を現した。

「行くぞ」

「ああ」

 光源が無い洞窟の中は深淵の闇が満ちているかのような暗さだった。華月の眼でも五メートル以上先が見えない。そんな中、アルヴェルラは危なげも無く進んでいく。

「何か、凄く暗くないか? 殆ど見えないんだけど」

「普通の闇ではないからな。カヅキ、私の手を掴め」

「え? ああ……」

 華月がアルヴェルラの手を握る。その直後、闇の濃度とでも言うべきものが上昇し、正に一寸先が闇になった。

「此処に満ちる闇は、我らダークネス・ドラゴンが創り出した闇黒だ。我らは竜族として闇の属性を持っている。その属性を発揮すると、この様に普通とは違う、永続する闇を生み出すことが出来る」

「何で、それがこんな所に?」

「此処が……。いや、この先がダークネス・ドラゴンにとって『聖域』であり『終着点』だからだ。他の存在に、無闇に踏み入られないようにこうして入り口の封印と迷宮構造と暗黙の闇の三重苦を仕掛けてある」

「迷宮構造?」

「普通に踏み入ると、ここは迷宮になっている。一直線に抜けるには条件がある。今はそれを満たしているから……ほら、抜けるぞ」

 闇を掻き分けるように開けた空間に出た。

 周囲は水晶のような結晶体が自発光しているらしく十分な明かりがあった。

「ここって……」

「先達たちの眠る場所。人間に言わせれば墓場と言う事になるか」

 一枚の黒い石版のようなものが中央にあり、他は光る結晶があるだけの、何も無い場所。ただ、空気だけが普通ではなかった。

 いや、石版の周囲には無数の武器が突き立っている。剣であり槍であり、形状に合致するカテゴリーが無いものもある。

「武器……?」

 主を失って久しいのか、朽ちてはいないが大半が苔生しているようだった。

「先達たちの竜騎士の武器だ。形状は千差万別だが、どれもミスリルやオリハルコンなどを筆頭とする希少な不朽金属製だ。だから数百、数千の時を経て尚、朽ちる事も無く在り続けている。

 墓標のようになっているのは、その竜騎士専用に創られている為、他の者に扱えず保管するしかないからだ。触るなよ、武器に拒絶されて怪我をする」

 触りそうになっていた華月は慌てて手を引っ込めた。アルヴェルラが怪我をすると忠告するぐらいだ、激しい拒絶があるのだろう。

「触るならその石版にしろ。というか、その石版に触れ」

「え? 触ればいいのか?」

「左掌で、な」

 変な条件をつけられたが、華月は言われた通りに左掌を石版に押し付けた。

「――っ!」

 その瞬間、意識が身体から引っ張り出され、石版の中に引き込まれた。

(な、何だっ!?)

【慌てるな、若き騎士よ】

【我らは、お前に害有るものではない】

【現在を生きる闇黒竜の親たちというわけだ】

 四方から様々な意識が触れてくる。

【肉体が滅んだ後、我らが竜宝珠はこの場で一つとなる】

【こうなれば何の力も無い。ただ、行く末を見守り、世界と同調する】

【精霊に近いものといえよう】

【む? お前は異界人か】

 その数はそんなに多くない。それに一斉に雪崩れ込んでこない。華月を確かめるように、優しく触れてくる。

【リーディアルの騎士以来だな】

【アルヴェルラも変わり者だな】

(ヴェルラが俺を選んだことに異論でもあるのか?)

 自分を確かめられることに何の感慨も無いが、アルヴェルラを誰かと比べられたり、揶揄されるのは我慢出来ない。

【ふ、気骨があるな。だが、猛るな】

【アルヴェルラの選択に間違いは無いだろう】

【あの者は現時点での我らが種族の最高の竜だ】

【性格に難が有るが】

(今、性格に難が有ると言った貴女、ヴェルラの母親ですね)

 華月は目の前に感じた意識がアルヴェルラの母、先代竜皇のリーディアルだと感じた。アルヴェルラから感じる感覚と似たものがあった。

【この領域で個を感じることは出来ないはず】

(ん? さっきから個別に俺に触れてるじゃないか。声も随分差が有るし)

【……《声》まで聴き分けるか】

【これは面白い者を騎士にしたものだ】

【知覚領域が人間の枠を超えている。成る程……】

(先達たちよ、あまり我が騎士で遊ばないで頂きたい)

【遊ぶなど、人聞きが悪い】

【少しばかり、確かめていただけよ】

(ヴェルラか?)

(ああ。お前が戻ってこないから、どうしたのかと思ってな。普通なら、もう戻ってくる頃なんだが)

 華月に寄り添うように一つの意識が現れた。どうやらアルヴェルラのようだ。

【少し掛けすぎたか】

【アルヴェルラ、良い騎士を見つけたな】

【竜騎士細工に精霊石を使え。この者なら六属性全ての精霊石と感応するだろう】

【入手は困難だろうが、それだけの価値がある】

【精霊石は加工が難しい。エルフによく頼むことだ】

(助言に感謝します。カヅキ、戻るぞ)

(あ、ああ……。ダークネス・ドラゴンの先達が皆様。自己紹介が遅れたこと、お詫び申し上げます。アルヴェルラが騎士、瀬木 華月です)

【アルヴェルラの良き助けとなれ】

【励め、若き騎士よ】

 そうして幾つもの意識が離れていくなか、一つだけ残っている意識があった。

【……】

(どうした? 戻るぞ)

(少し待ってくれ。

 総てを掛け、主・アルヴェルラの助けとなる事を誓います)

【娘を宜しく頼むぞ】

(か、母様か!?)

【……】

 アルヴェルラの問いかけには答えず、最後まで残っていたリーディアルの意識も去っていった。

 そして、弾かれるように二人の意識も身体へ戻された。

「……」

「……」

 戻ってみれば、華月の背後からアルヴェルラが覆い被さるように立っていて、左手を華月の左手に重ねていた。

「答えてくれなかったが、あれは母様だな……」

「ああ。ヴェルラと同じ感じがした」

 アルヴェルラは華月を右腕でそのまま抱きしめる。

「死して尚、私は心配されるほど未熟なのか」

「……竜の考え方は俺にはまだよく解らない。ヴェルラは本当にそう思うのか?」

 華月は右手をアルヴェルラの右手に重ねる。

「いや、違うな。そこまで未熟なら意識体をどつかれている。

 ……そうか。ああ、解った」

「人間なら、親が子供を心配するのは、どれだけ子供が成長しても変わらないもんだ」

「そう、だな。私だってそうだろう」

 アルヴェルラは華月を放し、背を向ける。

「皇宮に帰るぞ。もうそろそろ日が暮れる」

「え? もうそんな時間か?」

「あの中は時間の概念が少し可笑しい。数時間も放置された私は退屈で仕方なかったぞ」

「わ、悪い。此処について少し記憶を浚ってから入ればよかったな」

 少し拗ねたような声を出したアルヴェルラに、華月は詫びを入れた。

「だが、これで主要な他種族への一通りの紹介と、先達たちへのお目通しは済んだな。

 後は、お前が一人前になった時、同族にお披露目をするだけだ」

「順番が違うような気もするけど」

「これも考えての事だ。知識だけでなく、実際に見て、感じて欲しかった。

 それと――」

 アルヴェルラが振り返り、いつもの顔で笑う。

「こうした方が、カヅキには効果的だろう? 色々な意味でな」

「……性格を把握されてるってのは、こういう時に不利だな」

 華月は肩を竦めて、苦笑する。

「ふふっ。本当に、お前が私の騎士でよかったよ、カヅキ」

 アルヴェルラが華月の手を取って、歩き出す。

「さぁて、飛ばして帰るぞ」

「加減してくれよ」

 振り回されるのにも慣れてきて、こういうのも悪くないと思い始めている華月だった。







[26014] 第22話 女皇陛下の憂鬱、纏め役の素顔 起部22話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/08 22:06


 その日の深夜、最早虫の音も絶えた頃。自室で物思いに耽っていたアルヴェルラの元に来訪者が現れた。

「テレジアか」

「はい。お邪魔しても宜しいでしょうか」

 無表情でいつもの通りだ。

「二人だけの時は敬語は止めろ。と、言ってるだろう。お前に敬語を使われるとむず痒いんだ。本当に慣れないな」

「変わらないわね、いい加減慣れて欲しいわ」

 テレジアの口調が一変する。表情も苦笑の形になっている。

「お前の豹変振りのほうが変わらないがな。昔から自分を偽るのが巧い」

「無表情で動じない、礼儀正しく教本通りに見える方が、纏め役はやり易いのよ。カヅキの教育も、ね」

 実に表情豊かだ。普段のアレは何なのだろうと思うほど。

「そうだ、カヅキはどうだ? 直接テレジアからは聞いていなかったな」

「カヅキの前では辛口で言っているけど、正直驚いているわ。焚き付ければ焚き付けるだけ激しく燃え上がって成長していく。通常の何倍の速度よ? 信じられないわ」

 テレジアが肩を竦める。

「……今日、妖精種たちに会ってきた。ロミニアに先達たちにもな」

「随分気が早いわね。その段階にはまだ――」

「こちらの予想を遥かに超える成長を見せているんだ。先に色々済ませておかないと後でつっかえそうだったからな」

「まぁ、一理あるわね」

 テレジアはポケットから何かビンを取り出し、栓を銜えてキュッポンと引き抜いたと思ったら、口から栓を取るとビンの口に自分の口をつけて中身をラッパ飲みし始めた。

「……本当に豹変だな」

「ふぅ、飲む? 倉庫の奥で酢になりかけてた葡萄酒のケースに、何本か無事だったのがあったのよ。あの子に掃除させて正解だったわ」

「……。おいおい、何年物の葡萄酒だ?」

「さぁ? ラベルも霞んで全く読めないのよ」

「百年単位のものみたいだな。寄越せ」

 アルヴェルラもラッパ飲みで飲む。

「……はぁ、これは何とも言えない味になってるな」

 顰め面でテレジアにビンを返す。

「ま、管理もしなかったらこんなものでしょうよ。

 で? その様子だとロミニアと先達様たちに何か言われたみたいね」

「……お前のそう言うところが嫌いだ」

 楽しそうなテレジアに、アルヴェルラはぶすっとした顔になる。

「ロミニアに、カヅキは私が呼んだのではないかと言われた。この世にあるのは、偶然という名の必然だけだと」

「あの古精霊の言いそうなことね。それについては、私も同じ意見よ。昔聞いたっていう《声》を信じて、異界人を竜騎士にってずっと頑張ってたものね。無意識にあの召喚魔法に干渉していても不思議じゃないわ。都合よく、あの召喚魔法は資質者を一斉召喚する英雄召喚だったみたいだし」

 また葡萄酒をラッパする。

「同族で最強の貴女が干渉すれば、大規模儀式級とは言え、人間の召喚魔法から対象の一人を引っ張り出すことも余裕でしょうよ? まぁ、それでカヅキは死に掛けちゃったわけだけど。あ、それも好都合だったわね」

 くすくす。と、テレジアが笑う。普段のギャップと相まって非常に魅力的に見えるが、何処となく悪女の雰囲気がある。

「まぁ、そんなのどうでもいいじゃない。結果として、カヅキは貴女の騎士として変性し、慣れない世界で健気に頑張って急成長! 人柄から何から、貴女好み! 文句のつけようがないじゃない。何か気に入らないの?」

「カヅキに文句? 気に入らない? そんな事は何もない。ただ、ロミニアにカヅキは竜騎士に成らなくても、この世界で一角の存在になっていただろう。とか、私はカヅキを竜騎士にしてよかっ――」

「そんなものこそ予測でしかないじゃない。例えば竜騎士に成らず、私たちと知り合わなかったら、敵として相対していたかもしれない。そんな未来も、確かにあったかもしれないわ。

 でもね、アル? そんな事気にしてもしようがないわ。そんな未来は潰え、今があるのだから。貴女が呼んだかもしれない? 上等じゃない。貴女の問い掛けに、カヅキは即答したのよね。限られた状態であれど、彼は自分で選んだ。それについては与えられた状況かもしれないけど、そこに選択肢を出したのは貴女、選んだのは彼。そうして創った今」

 流暢に喋りながら、テレジアはアルヴェルラの口にビンの口を突っ込んだ。

「現在の結果に胸を張りなさい。貴女は最高の騎士を得たと思うのなら、その主人に相応しい者に成りなさいよ。普段の立ち振る舞いを地にしなさい。普段は自信満々にしている癖に、ちょっと不安になると途端に陰でウジウジするのは貴女の悪癖よ」

「好き勝手に言ってくれるな」

「反論できるなら聞くわよ」

「……ちっ」

 ビンを引っこ抜いて言い返すが、反論できない自分の性質だと理解しているのか、アルヴェルラは苦虫を噛んだような顔で舌打ちをする。

「まぁ、そのちょっと弱い所も、昔のアルを知っている私からすれば、変わらない可愛いところなんだけどね。

 泣きながらリーディアル様に扱かれていた頃が懐かしいわ」

「何時の話をしている」

「二千と百……細かい数字は忘れたわ」

「それだけ覚えていれば十分だろう。この性悪め」

「あら、品行方正な侍従総纏め役に向かって、それは酷いわね」

 テレジアはアルヴェルラの頬に手を添える。

「その弱った顔、カヅキに見せればもっと頑張るかもしれないわよ?」

「……」

「そんなことは出来ない? カヅキの前では、カヅキが誇れる主でありたい?」

「……」

「そんな調子だと、私かあの子がカヅキのこと盗っちゃうわよ?」

「なっ!? テレジアは竜騎士なんて要らないといっていただろう!」

「そうね。イナティルの一件で人間には絶望していたし、一生要らないかとも思ってたんだけど、カヅキみたいなのだったら居てもいいかな。何て、思い始めてるわ。本当に私も期待してるのよ、カヅキには」

「あの話の時は珍しく神妙な顔をしているかと思ったら!」

「あの時はアルが着てくれるって思ってたもの。カヅキの前であの性格を演じるなら、あそこはああしないとね」

 華月にダークネス・ドラゴンと人類種の確執を話していた時の事だろう。確かに今とは立場が逆転している。

「計算ずくか……」

「自分が知っている範囲なら、読めないことなんて無いわ」

「お前もロミニアと同類だな」

「あの天然の毒吐きと同類は言いすぎじゃない?」

「口が過ぎるのはどちらも同じだろう。いや、計算している分、テレジアの方が性質が悪いな」

 そこまで言われると、テレジアは肩を竦めるほかなかった。

「まぁいいわ。

 あ、そうそう。今日此処に来たのは、カヅキの教育で魔法担当と武器術担当を決めたから報告に来たのよ」

「ん、だったら最初からそれを言え」

「その前に文句を言ったのは貴女じゃない。

 カヅキの魔法担当はディーネ、武器術担当はトレイア。もう話は通してあるわ」

「……何で教え方に癖のあるヤツばかり選ぶんだ?」

「癖はあっても、どっちも国一番の使い手でしょう?」

 テレジアの言うことは正しいのだろう。アルヴェルラが反論しない。

「しかしなぁ、閉じ篭りのディーネと壊し屋トレイアか……」

「どこかの言葉に可愛い子には旅をさせろ。って、あるじゃない。少しぐらい手荒に扱ったほうがカヅキは伸びるわよ」

「その手荒さが悪い方向に両極端な気がするんだが」

「心配性ね、アルは。大丈夫よ、カヅキはちょっとやそっとじゃ壊れないわ。あの子の精神構造、馬鹿みたいに頑丈だったもの」

「観たのか?」

「昏睡させたときにちょっとね。本人には言ってないけど、あの頑強さと自己保持の構造は一線を画すわ。一体どんな環境で暮らしてたんだか……知りたいような、知りたくないような」

「お互いをもっと知れば、見えてくるだろう。

 もう解った。話を通したのなら彼女らに任せよう。責任はテレジアが持つのだろう?」

 テレジアは伸びをして、軽い感じで言った。

「そこは任せてもらうわ。貴女に誓ったのは私だしね。

 さて、話は済んだし、明日からまた忙しくなるわ。今日は戻るわね」

「そうだな。

 お休み、テレジア」

 アルヴェルラの言葉に、テレジアは一礼し。

「お休みなさいませ、陛下」

 あの顔に戻り、去っていった。

「……やっぱり違和感が拭えないな……」

 溜息をついて、ベッドに身を投げ、眠ることにする。テレジアのおかげで、悩んでいたことが馬鹿らしくなり、眠る気にようやくなったのだった。






[26014] 第23話 物臭魔法講師 承部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/13 22:29

 テレジアに案内され、辿り着いたのは妙な空間だった。

「ディーネ、連れてきました」

「……んあ~? 何を~?」

「……起きなさい」

 皇宮から少し歩いた岩山に空いた洞窟の奥、だだっ広い空間。半分以上の空間が書籍が詰まった本棚で埋められている。

 声の主は本棚の手前にある大きなテーブルに突っ伏していた。

 テレジアが近づき、その後頭部にいつもの手刀が叩き込まれる。

「のぅっ!?

 何するのよ~……」

「この時間に来ますと昨日言ったはずですが」

「ん~? ああ、もう時間なの。

 面倒ねぇ~……」

 懐中時計で時間を確認すると、こきこきと首を鳴らす。

「陛下の竜騎士の教育です。つべこべ言わないでください」

「私よりも適任が居ると思うのよ。私、誰かに教えるのって下手なのよ?」

 起き上がったのはテレジアより少し身長が小さい女性だった。前髪が眼を完全に遮っていて人相が良く解らない。輪郭は丸めであることは見て取れる。無造作に伸ばしているらしい黒髪はぼさぼさで、手入れなどされているようには見えない。

 着ているものもボロボロの黒いワンピースとフードつきのマントのようだ。体格も良く解らない。

「カヅキ、彼女が国一番のあらゆる魔法の使い手、ディーネです」

「ディーネ=アレイドよ」

「瀬木 華月です。宜しくお願いします」

「礼儀は問題なさそうね。私が引っ張り出されたってことは、相当の魔法資質があるってことなのね」

「そうですね。訓練無しで三十以上の分割意識体を統括していました」

「……へぇ~、面白いわね。ん~、少しやる気になってきたわ」

 テレジアの言葉に、ディーネの隠れた眼が光ったように見えた。

「魔法に関する知識は?」

「皇宮の図書室の総て。それと自己魔力による纏身系が使えます」

「テレジアの最終工程を突破するには纏身系は必須だけど、何よ? 図書室の総てって」

 訝しむ様なディーネの視線に、テレジアはいつもどおりに答える。

「彼の頭にあの図書室の全情報を流し込みました」

「……は? そりゃ、随分無茶したわね。

 でも、それでも平然と此処に居るコレ、本当に元人間?」

「酷い言われようだなぁ……」

 苦笑する華月。それもそうだろう。

「まぁ、昏睡されましたが。それでも一般的な魔法については説明不要かと」

「手間が省けるのは良い事だけど。

 じゃぁ、理屈は抜きで実践しますか。纏身防御系で身体強化して」

 そう言うと、ディーネは右手を前に突き出す。

「フレイム・スフィア」

「うわぁっ!?」

 でかい火の玉が華月に向かって飛んできた。竜楯を展開してそれの直撃に備える。

「耐えたわね。あら、竜楯? ふ~ん」

「いきなり何すんだ!!」

「五月蝿いわよ。次~。

 ダーク・ジャベリン」

 今度は槍のような闇の塊が華月を直撃する。

「いってぇ!!」

「防御力は平均的な竜楯ね。

 どう? 魔法攻撃の痛みは」

「いてぇよ!」

「……竜楯を抜かれて痛い程度って……あ~、竜皇の竜騎士は出来が違うわねぇ」

 華月の頑丈さに呆れているらしいディーネ。

「くそ……」

 華月は知識から魔法関連の情報を浚いだす。主に使い方についてだ。事前に調べてはいたものの、どうも巧いきっかけが掴めず、結局独力では使えなかったのだ。

 だが、二度ほど実際に魔法を見て、魔力の変異や何やらから自分の推察も付け加え、仮説を立てていく。

(全身から魔力が適量、手に集中していた。それをどうしてかあれらの形に変化させて撃ち出している)

 魔力を右手に集中。

(テレジアは同時演算がどうのって言ってた。頭の中で何か思考するはずだ。それについての記述は――)

「んあ? 少年、使い方も知らないのに魔法を使おうとしないほうがいいよ?」

 華月の様子に気付いたディーネが忠告めいたことを言う。

(魔法使用条件は、魔力集束、魔力変換? 標的設定、発動意志、宣言!)

 魔力変換が良く解らない。

(思い出せ、思い出せ! 魔法になる瞬間、魔力がどう変化したか?)

「……少年、果敢と無謀を履き違えないほうが良い。君の魔力で魔法を失敗すると、身体が一回消し飛ぶぞ」

「あ~、その手の台詞は逆効果になりますよ」

「は? なに、そんなに負けん気の強い子なの?」

 シリアスな顔で台詞を言ったディーネが、テレジアの呟きで元に戻る。

(変換、変換、変換? 魔力を何かに作り変える? AからBに変性する?)

 そこまで思考すると、頭の中で何かの式と紋様が浮かんできた。

(変性陣? 変性式?)

「あ……まさか、見つけたの!?」

 変性式によって魔力が編纂可能な状態に移り行く。

「案外早かったですね」

 変性陣が魔力を魔法へと作り変える。今現在、変性陣は華月自身の属性になっている。

 右手に闇の塊が出来始める。

(目標設定、ディーネ。発動意志、固定)

「ダーク・ジャベリン!」

 右手に集まってた闇の塊が、ディーネが見せたように槍の形になって――飛んだ。

 が、反動があったのか、華月は右腕を反対方向に弾かれただけでは済まず、体ごと後ろに吹っ飛んだ。

「ちっ、強固に創りやがって!」

「お任せを」

「ここ、壊すなよ!」

「善処します」

 テレジアが槍に向かって走り、

「『竜爪・一指』」

 右手に錐のような魔力の円錐が一本。

「はっ!」

 華月の放った魔法とテレジアの竜爪付の拳が正面衝突。

 華月の魔法が先端から徐々に欠けていく。同時に、テレジアの竜爪も欠けていく。

(硬いっ!?)

 が、テレジアは華月の魔法を見事打ち消した。

「あ~、いってぇ……」

 華月が右肩を抑えながら立ち上がる。右腕がぷらんぷらんしているので脱臼でもしているのだろう。

「バカねぇ。魔法を使うときでも作用と反作用が多少は働くのよ。それを考えも無しに矢鱈滅多らガッチガチに練り上げた魔力でぶっ放しちゃってまぁ……」

 呆れが入ったディーネの台詞に、テレジアは右手が痛いのか開いてぷらぷらさせている。

「魔法強度は十分でした。単純に発動だけさせれば上出来かと思っていたのですが」

 華月に近づき、華月の右手を取り上にあげる。

 がごん。

「っっっっ!?」

「肩を嵌めただけで大げさな」

「ふぅ。じゃぁ、今日のところはここの知識を流し込むだけにしておきましょうか。そうすれば明日以降、今日のような無様は晒さない様になると思うけど? どうする、カヅキくん?」

「え、いや、今日はこの後武器術担当のトレイアさんにも会う予定だって」

「分割意識体の統括が出来るんでしょ? ちゃんとやれば昏睡したりしないわよ。まぁ、その分トレイアの教えに対応できる意識体が減るわけだけど」

「……お願いします」

「決断早いわね。少しは悩みなさいよ。

 まぁ、いいわ。いくわよ」

 ディーネの右手の先に変性陣が現れた。

「トランス・メモリ」

「いっ!?」

 久々に感じる違和感。頭の中に情報の濁流が渦を巻く。

「ほらほら、もう取り掛からないと溢れるわよ」

「うっ、ぐっ!」

 華月は総力を挙げ、情報の仕分けを開始する。

「後一時間でこの部屋の情報全部流し込んであげるから、しっかり耐えなさい」

「一時間でこの量は、流石に無謀では?」

「テレジアに無謀とか言われたくないわね。鏡を見ることをお勧めするわよ。どうせ似たようなことを続けてきたんでしょ?」

「否定はしません」

 涼しい顔のテレジアに抜かりはない。あらゆる方向からの攻めの言葉に対し、素晴らしい受け流しの準備がされている。

「まぁ、今回は下地がありますし、何とかなるでしょう」

 珍しく楽観的なテレジアだった。





[26014] 第24話 正統派武器術講師 承部2話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/15 21:32


 鈍い頭の痛みを堪えながら、華月とテレジアは皇宮近くにあったディーネの住処を後にし、次に会う予定のトレイアの元へ向かった。

 トレイアの住処はディーネの住処よりも遠くにあるらしく、結構な距離を歩いていた。辺りは緑が深くなり始めている。

「なぁ、テレジア?」

「何でしょう」

「二人で歩くよりテレジアが飛んだほうが早くないか?」

「確かにそのほうが早いですよ。ですが、いまだボーっとしているそんな状態でトレイアの教えを受けられるのですか?」

「あ~、ちょっと無理だ」

 つまり、テレジアはわざと時間を掛けて歩いていることになる。勿論華月の為に。

「……苦労を掛けて――」

「それが仕事です。余計なことは考えず、貴方は貴方の務めを果たし、さっさと一人前と成ることを考えていてください」

 すっぱりと切る。

「そんな事より、まだ掛かりますか? もうそろそろ引き伸ばすのも限界です。トレイアに私たちの事を気取られました」

「え? ああ、もう大体片付いた。多分大丈夫だ」

 情報の渦は解体され、殆ど整理されている。しかし、自分の頭にこれだけの情報が詰め込めるのかと華月は驚いていた。

「着きました」

「……」

 森の中の開けた一角。その中央に仁王立ちする誰かが見えた。

「随分遅かったな」

「申し訳ありません。少々手間取りました」

「まぁ、いい。で、そいつがカヅキってヤツか?」

 こちらに近づいてくる女性。

 短い濃紫色の髪、少し釣り上がった切れ長の金の眼、全体的に鋭い顔つきで、やはり美人なのだが凄まれたら一発でビビる自信が華月にはあった。

「おい、挨拶も無しか?」

「お、遅れました。

 竜騎士見習い、瀬木 華月です」

 華月より頭一つほど背が高い。身体もテレジアたちより鍛えているらしく女性的な輪郭に硬質な雰囲気が滲んでいる。

「……。テレジア、本当に大丈夫なのか? あたしが撫でたら壊れそうなんだが」

「これでも私の基礎課程を突破しています」

「あ~、個別訓練に入ってんだからそりゃそうなんだがよ。あたしが言いたいのは――」

「見た目に惑わされないことです。こう見えて優秀ですよ」

 テレジアの口おから優秀などといわれ、華月が眼を丸くする。

「……。まぁ、竜騎士なら身体がどれだけ壊れても問題無いし、いいか。

 よし。あたしはトレイア=デネロだ。お前に武器の扱いを教える。ただ、あたしの教え方は優しくない事だけは覚えておけ」

「手荒いやり方には慣れています」

「ほぅ? 言うじゃねぇか。

 まぁ、基礎教育担当がテレジアの時点で手緩い教えは受けられねぇだろうがな」

「心外ですね。私は懇切丁寧に教えていますよ」

「けっ、どの口でほざきやがる。

 おいカヅキ」

「はいっ」

 顔を覗き込まれ、思わずビクッとする華月。

「お前、今まで何か武器を使ったことは?」

「特にありません」

「全くのド素人か。まぁ、真っ白な方が変な癖もつかなくて済むと考えるか」

「体術の基礎は私から盗み取っています。纏身系の身体強化も使えます」

「はぁん、そうか」

 そう言うと、トレイアは腰の裏から何か取り出した。二十センチぐらいの何かの金属の円筒だ。

「伸展」

 金属の円筒が伸び、長さ一メートルほどになる。

「ほれ」

「おっと」

 放り投げられた円筒を華月はキャッチする。見た目の割りにずっしりとした重量感。受け取った金属円筒は華月の予想より重かった。

「これは?」

「訓練用の汎用打棒・改だ。その長さなら剣としてでも棍としてでも槍としてでもある程度使えるだろ。形に囚われずまず使ってみろ」

 トレイアは少し離れ、地面に右手を向ける。

「あたしはこれを使う。展開、グラン・グレイヴ」

 唱え、右手を引き上げると地面に変性陣が描かれ、そこから槍が生えてきた。

「まぁ、とりあえず纏身系で強化しとけ。直撃するとその部分が吹っ飛ぶぜ?」

 槍を手に、トレイアが構える。淀みの無い熟練した動き。自然体のような風情で槍の穂先を華月に向ける。

 華月は言われた通りに纏身防御・竜楯を纏う。

「始めるぞ、せやぁっ!!」

 トレイアに魔力での身体強化の形跡無し。素の力のみで華月に襲い掛かる。

「うわっ!」

 最上段から打ち付けられる槍の穂先。頭上に翳した打棒は軋みすらせずそれを受けたが、華月の両肩が外れそうになるほど重く、両足が少し地面に沈みこんだ。

「グラン・グレイヴとその打棒は超密度のグラヴィ鋼で出来てる。あたしらの力でも壊れないから、このままだと圧し潰しちまうぞ?」

「う、ぐ……っ」

 ギリギリと地面に向け押し付けられていく。

「ち、くしょっ!」

 地面と平行にしている打棒を、握っていない左手側を沈ませ少し傾ける。

「お?」

 トレイアの槍、グラン・グレイヴが横に滑っていく。

 だが、華月は滑り落としきる前に、その状態から右手だけでトレイア目掛け打ち出す。

「おっと」

 呆気無くトレイアが跳ね上げた柄尻に打ち払われ、逆に大きくバランスを崩す華月。

 いつの間にかトレイアは持ち手の握りを入れ替えており、今度は穂先を華月に向けて切り上げる。

「えっ!?」

 華月の竜楯が易々と切り裂かれ、腹部から胸部にかけて鋭い裂傷を負った。血が飛沫く。

「このグラン・グレイヴは斬撃強化の高位魔力付与をされてる。掠っただけで深々と切り裂かれるぞ」

「先に言えよっ!」

 華月が打棒を両手で握って真っ直ぐに打ち込む。トレイアは回避。

 次、薙ぎ払い。トレイアは防御。

 切り返し、逆袈裟。トレイアはバックステップで間合いを取る。

「……緩い反り、中幅、両刃、両手持ち……」

 華月の打棒の扱いを見て、トレイアがブツブツと呟く。

 すると、打棒の形状が徐々に変化し始めた。華月は気付かない。トレイアに打ち込み、グラン・グレイヴの攻撃を回避し、防御する事に総ての意識を集中している。

 足の位置から身体の角度、重心の移動に至るまで細かく、最適だと思われる位置に持っていくことと、トレイアの動きを見定め、知覚し、先読みすることに全神経を集中している。

「初めてにしては良く動きますね。まともに喰らった一撃はあの一発のみですか。まぁ、武器を使っての攻防に慣れないせいか、矢鱈と動きが渋いですが」

 側から観ているテレジアも感心する。当然トレイアは相当手を抜いているのだろうが、それでも素人に対しては必要以上の攻勢を保っている。その状態で華月は巧く立ち回り、反撃のチャンスを狙っている。

「……ここにきて動きの淀みが減りましたね。一連の動作が連動し始めています……」

 テレジアは華月の動きが変化し始めていることに気づいた。一個一個確認するように動いていたぎこちなさが薄れ、どこかの動きに全体が追従するように連動して動き出し始めている。

(分割意識体、いくつか空いてきたな。そろそろ反撃に移るか!)

 華月がそう意識したとき、グラン・グレイヴが突き込まれた。

 手にしている元打棒を使い軌道を逸らし、引き戻されるタイミングに合わせ、間合いを詰める。

「おっ!?」

「だりゃぁっ!!」

 踏み込んで思いきり切り上げる。

 トレイアは冷静に刃先と塚尻を入れ替え、身体を後ろに逃がしつつ華月の切り上げの軌道を後追いし、下から更に弾き上げ、おまけに軌道を少し逸らした。

 急に加速させられた打棒は華月の手を離れ、宙へ弾き出された。回転しながら頭上へ飛んでいく。

「……案外、使えるじゃねぇか」

「……どうも」

 切っ先を喉元に突きつけられながら、華月が答える。

 トレイアは華月の喉元から切っ先を引き、落ちてきた打棒を軽々とキャッチ。

「どうやら、カヅキにはこの形の武器が合うようだな」

「……?」

 ずん。と、地面に突き立てられた打棒は、緩い曲線を持つ、少し幅のある両刃の形になっていた。柄に当たる部分は両手で持って多少余る程度。華月の知識には似たような武器は一つしか無かった。

「サーベル? か?」

「両刃の曲刀、刀身部分の形状だけなら一般にはサーベルって呼ばれる形状だな。柄が両手持ちでこんだけ刀身が長いのは、あんまり無いが。
お前の打棒の扱い方から推察した、お前が使い易い形状だ」

 と、言われ、華月は突き立てられた打棒を地面から引き抜いて何度か振ってみる。

「とりあえず形状だけ推察しただけだ。そのままじゃバランスが悪くて馴染まねぇよ。後でドワーフにでもその形状で注文するんだな」

 ドワーフに。というキーワードに華月は渋い顔になる。

「ん? 何だ?」

「ドワーフかぁ……」

「武器、防具ならドワーフの鍛冶師に頼むのが一番確かだ。問題でもあるのか?」

 華月の反応に戸惑うトレイア。華月はウンザリした調子で。

「頭領に喧嘩を売ってきた」

「はぁ? 一体どんなことで?」

「……ヴェルラが俺を騎士にした理由が解らない、見る眼がないんじゃないか。って、ヴェルラを馬鹿にされたから」

「……あ~、それは怒っていいな。でもなぁ、ドレンのおっさんに喧嘩売っちまったのか……。こりゃぁちょっと拙いな。

 テレジア、カヅキの武器はどうするつもりだ?」

「ドワーフに依頼します」

 さらっと告げるテレジアに、トレイアは「はぁ?」な、顔になる。

「何も、ドレン頭領だけがドワーフの鍛冶師ではありませんよ」

 ニヤッと笑うテレジア。何だかその顔が、凄く様になっているように華月には見えた。





[26014] 第25話 次世代を担う娘たち、参上・1 承部3話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/22 22:00

 トレイアの武器術訓練も今日は顔合わせが目的だったので早めに切り上げ、昼食時と言うこともあり皇宮に戻る。華月は先ず服を着替えた。

 そして昼食を腹に収め、午後はテレジアの発展体術だったのだが。

「……」

「……」

「……」

 技法などを実地で訓練中、華月とテレジアは物陰から伺うような視線を感じ、同じタイミングで動くのを止め、そちらを観る。

「ひぅっ!?」

 岩陰にさっ! と、隠れる小柄な人影。

「テレジア、睨むなよ」

「睨んでなどいませんよ。ただ、見ただけです」

 と、言いつつ、テレジアの視線は物凄く鋭かった。

「誰ですか? 居るのは判っているのです、出てきなさい」

「……」

 そう言われても、何故か出てこない人影。


 そのまま一分が経過。


「……ちっ!」

 イィィィィィィィ! と、何やら凄く耳障りな音がした。

「うぇっ!?」

 人影が隠れていた岩が、粉微塵に砕けた。

「えぇ~……何コレ……」

「少し岩に衝撃を与えてみました」

「衝撃ってレベルか? どうみても音波攻撃……。ヴェネスド岩だろ、あれ」

 涼しい顔のテレジアだが、その実舌打ちで発生した音波を口腔内で反響・増幅し、特定方向へ指向を持たせ放ったのだった。どういう原理か華月には理解できなかった。

「うぅぅ……」

 岩に隠れていた人影は、ドワーフのヴィシュルだった。可哀想にも突然目の前の岩が砕けたことでうろたえている。

「あれ? ドワーフの……」

「こ、こんにちわ! ドワーフのアーズ一族、ヴィシュルです!!」

「貴女でしたか。……珍しいですね、鍛冶場から出てくるというのは」

 そういわれると、ヴィシュルは物凄く申し訳なさそうな顔になった。

「昨日はウチの頭領が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 華月に向かって深く頭を下げる。

「……あぁ、別にいいよ。言われた事が全く当たってないわけじゃないし。

 謝るなら俺じゃなくて、ヴェルラの所に行って――」

「いいえ! 貴方にも謝らないと気が済みません!!

 初対面であんな態度を取る親父が悪いんです!」

 声を荒げて自分の親を非難するヴィシュル。何か不満があるのだろうか。

「大体です、何かにつけ高圧的な態度になるのはどうかと思うんです! 私の事だって何時まで経っても半人前扱いで!」

 どうやらヴィシュルはそこに特大の不満を抱えているようだった。

 それを見て取ったテレジアが、堪えきれないらしい邪悪な笑顔を一瞬見せた。

「ヴィシュル。実は、カヅキの武器について相談があるのですが」

「え? 何ですか?」

「形状が決まったので、正式に依頼を。と、思っていたのですが、どうやらドレン頭領はカヅキが気に入らないようです。

 そこで、貴女がカヅキの武器を造り上げ、ドレン頭領の鼻を明かせてやりませんか?」

「……」

 テレジアの言葉に、ぽかんとなったヴィシュルだったが、ドレンの鼻を明かすということに非常に共感したらしい。

「やります! 私がやります!!

 カヅキさん! 私に任せてくれませんか!?」

「え? ああ、うん……。俺は構わないけど……」

「ありがとうございます! では、アルヴェルラ女皇陛下にお詫びと報告をしてきます!!」

 だっ! と、非常に興奮した様子で駆け出したヴィシュルを、華月とテレジアは見送るだけだった。

「……あんなに焚き付けて、いいのか?」

「問題ありません。彼女はいずれアーズ流を継ぎます。それだけの実力を秘めている子です。ここらで荒く揉まれて一皮剥ければ化けるはずです」

「テレジアの分析か?」

「そうです。事実、彼女が鍛えた武具は近年質を上げてきています。ドレン頭領はいまだに彼女を半人前扱いしますが」

「へぇ、そうなん――」

「そこっ! 退きなさい!!」

 鋭い声が掛けられ、華月は言葉も途中でバックステップを刻んで一気に後退した。

 華月の立っていた所へ、一つの人型が降り立った。

「ふぅ、避けてくれてありがとう」

「ぶつかる様な下手は打ちたくないからな」

 肩を竦める華月。

 降り立ったのはリフェルアだった。ただ、服装が違っており、髪も一括りにされている。幾つかの宝飾品も身に付けているようだ。

「上からの登場とは、些か慎みが足りないようですね。

 リフェルア=セフィール」

「こんにちは、テレジア総纏役。

 少し遅れたので急いだだけです。お気になさらないよう」

 テレジアとリフェルアの間で火花が散っているようだ。お互いがお互いを気に入らないと思っていると、脇に居る華月にも読み取れるほどに。

「何だ? 二人は仲が悪いのか?」

「いいえ、そんな事はありません」

「そんな事無いわ」

 華月の質問に揃って即答で否定した。

(……仲、悪いんだな……)

 どうも同族嫌悪な雰囲気だが、華月はそれ以上を口にするのを止めた。藪蛇になる恐れが大だからだ。

 ここは華月が話題を提供して場の空気を変える必要がある。

「それで、リフェルアはどうしてここへ?」

「昨日、後日伺いますって言ったでしょう。今日にしたのよ」

「ああ、話は聞いています。カヅキを視察するのでしたね。

 でしたら、先ず陛下のところへ」

「言われるまでも無いわ。では、失礼」

 先ほどのヴィシュルに続き、リフェルアも皇宮の中へ入っていった。

「……テレジア、ヴィシュルとリフェルアって仲悪いのか?」

「属性的には反発します」

「それは知ってる」

「……まぁ、あの二人も例に漏れません」

「解っててリフェルアを行かせたな?」

「何のことでしょう。私はきちんと手順を踏むように言っただけですが」

「……」

 しれっ。と、答えるテレジアに、華月は深いため息をついた。

「俺も行ってくる。いいだろ?」

「構いませんよ。小休止としましょう」

 言うなり、テレジアは砕いたものとは違う岩に腰を下ろし、眼を閉じる。

「先ほどまでの組み手で、解ったことがあるので。それについての考えを纏めていますから、あちらを優先してください」

「助かる」

 テレジアの言葉に感謝して、華月も二人の後を追って皇宮に入っていく。

「……やれやれ。自分から面倒に首を突っ込こまなくてもいいのに」

(さて、カヅキには私が教えられることが無くなってきたわね。私はそろそろお役御免かしら)

 テレジアに一抹の寂寥感があった。過去に教育を頼まれたどの竜騎士より早く、華月はテレジアの手を離れようとしている。練度や行動の選択肢、経験がものを言う部分に関してはまだまだ未熟ではあるが、技術・技巧的な部分に関してはテレジアの持っている七割以上を吸収している。

「……優秀すぎる教え子というのも、面白くないものね」

 最終的に自分が持っている総てを教えるか否か、テレジアは静かに考え始めた。





[26014] 第26話 次世代を担う娘たち・2 承部4話 
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/05 22:15

 基本的に、女皇の仕事には密度にムラがあるものだ。

「今日は平和だな」

 数枚の書類を片付け、今日はもう基本的にやる事が無くなったアルヴェルラは、執務室で茶を飲みながら一息ついていた。

「ん~、やはりデジネア茶が一番だな」

 ゆっくりとお気に入りの茶を啜っていると、聞き馴染みの無い足音が近づいてくることに気付いた。

(……歩幅が小さいな。このリズムはフェリシアでは無いようだが……。誰かと約束があったか?)

 足音は執務室の前で止まり、ドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

(ん? この声は――)

 ドアが開き、執務室にヴィシュルが入ってきた。

「ヴィシュルか。どうした?」

「先日のお詫びと、報告に上がりました」

 一礼し、ヴィシュルが来訪理由を述べる。

「先日の詫び?」

「はい。父が陛下の騎士に対し、大変な暴言を吐いたことへの謝罪です。

 誠に申し訳ありませんでした」

「……ああ、そのことか。いや、私も大人気ないことを言ってしまったからな。その事に関してはお互い様だろう。

 謝るなら、私ではなくカヅキに謝ってやって――」

「カヅキさんには陛下に謝るように言われました」

「ん、そうなのか?」

「はい」

 ヴィシュルは苦笑する。アルヴェルラも同様に苦笑する。

「なら、その件については手打ちだ。気に病む必要はない。

 それで、報告とは何だ?」

「竜騎士カヅキの武器、製作は私が担当させて頂きたく思います」

「ヴィシュルが、か?」

「はい。頭領からは未だ半人前と扱われている身ですが、是非私に」

 ヴィシュルの言葉から、強い意志を感じるアルヴェルラだったが、今一つ煮え切らなかった。

(確かに、ヴィシュルの腕が上がってきているということは聞いているし、普通の金属を扱わせれば十分な腕前になっているのだろうが……)

 一つの懸念があったからだ。

 竜騎士の武器には不朽金属を使うことが原則になっている。不朽金属に類するものは扱いが非常に難しく、アーズ流ならば上級鍛冶師以上の力量が要求される。ヴィシュルがそのレベルに達しているのか、そこが引っかかっている。

「ヴィシュル。一つ聞きたいんだが、構わないか?」

「私にお答えできることならば」

「不朽金属類を、扱えるのか?」

 アルヴェルラの言葉に、ヴィシュルの体が強張っていく。

「……まだ、精製法の修練段階です」

「それで、任せても大丈夫だと言えるのか?」

「……」

 真っ直ぐにアルヴェルラを見ていたヴィシュルが、視線を外した。

「職人とは、職種に係らず自らの仕事に確かな自信を持つと聞く。

 ヴィシュル、敢えて聞こう。

 
 ――任せても、大丈夫だ。と、答えられるか?」

 
 アルヴェルラから、異様な圧力が掛けられる。

 半端な答えで中途な仕事は許さない。と、全身が言っている。

 その圧力に、ヴィシュルは息を呑む。

(竜騎士の武器が不朽金属で作られるには、理由がある。主たる竜種の加護を享け、尋常ではない力を発揮する。それらに耐え、遺憾無く機能する必要があるからだ。

 生かな代物では役に立たないどころか、所有者を危険に晒す)

 その事があるから、アルヴェルラは確かな腕を持つドレンに頼もうとした。そして、それはヴィシュルも理解している。

 だが、それでも、ヴィシュルはテレジアに言われたあの言葉、「ドレンの鼻を明かす」という自分を最大限に燃やす燃焼剤で、燻っていた何もかもが燃えようとしていた。

 視線をアルヴェルラに戻し、決意を言葉にしようとした。

 そこで、ドアがノックされる。

「誰だ? 今は少し取り込んでいるのだが。急ぎでないのなら後にしてもらえるか?」

「セフィール一族のリフェルアです。お手間は取らせません。許可をいただきに参上しただけですので」

「リフェルア? 珍しい客が続くな。入れ」

「失礼致します」

 ドアを開け、リフェルアが入ってきた。

 室内に満ちる異様な雰囲気に一瞬繭を顰めるが、直ぐ何時もの顔に戻し、優雅に一礼した。

「陛下に置かれましては、本日もご機嫌麗しく――は、無いようですね」

「ん? そんな事は無いぞ。私が不機嫌だったら誰もこの部屋に入れたりしない。

 それで、どうした?」

「カヅキの視察を許可していただきたく思いまして。彼の儀礼正装の制作担当としましては、実力の程を確かめたく思います」

「ああ、今日にしたのか。

 いいぞ。好きに見ていってくれ。私も後で行く」

 リフェルアとアルヴェルラのやり取りに眼を丸くするヴィシュル。その内心に、父親に対するものとは別種の炎が盛ろうとしていた。

「はい。ありがとうございます。

 では、お取り込みのようなので、私はこれで失礼します」

 ちらり。と、ヴィシュルを一瞥し、アルヴェルラに一礼して、リフェルアは退室した。

「さて。それで――」

「陛下、儀礼正装と竜騎士細工はリフェルアさんが作るんですか?」

「ん? ああ。彼女が今、工房長をしているらしい。フィーリアスのお墨付きだからな。本人も自信満々で、むしろカヅキに不安があるというぐらいだ」

「……そう、なんですか……」

 ヴィシュルの裡で、悔しさと対抗意識、自身に対する不甲斐無さ等も追加で燃える。

「陛下、自分が未熟な身であることは重々承知の上です。

 ですが! 私にお任せください……!! 必ず、必ず自信を持って献上できる武器を鍛え上げてご覧にいれます!」

 最早アルヴェルラを睨む勢いだ。

「その言葉、後で後悔するなよ?」

「はい!!」

「なら、成し遂げて魅せろ。

 名に恥じない仕上がりに期待する。ヴィシュル=アーズ」

 そう結び、退室を促す。

「失礼します」

 最敬礼で一礼し、ヴィシュルも退室する。

「はは、若い者たちは元気だな。しかし、二人とも親によく似たなぁ」

 昔を思い出し、アルヴェルラはこみ上げる笑いを必死に堪えた。今でこそ涼しい顔で接するようになっているフィーリアスも、昔はリフェルアのような態度だったし、若い頃のドレンもヴィシュルのように真っ直ぐに熱い奴だった。

「やれやれ。こんな感覚を覚えるようになるとは、私も歳を取ったということか?」

 種族に違いからくる寿命の違い、思考の変化速度の違い、その辺りがそろそろ如実に出始める頃になっていた。

「フィーリアスとは千余年、ドレンとももう百数年の付き合いか。そう考えると、まぁ、仕方の無いことか」

 アルヴェルラは、冷めてしまった茶を淹れ直す事にした。





[26014] 第27話 次世代を担う娘たち・3 承部5話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/05 22:19

 華月が二人の後を追って皇宮内を歩いていると、前からリフェルアが歩いてきた。

「あら、どうしたの?」

「二人が気になったから追いかけてきたんだ」

「何が気になったのよ」

「いや、ほら、二人の属性の相性は――」

「属性の相性……ああ、あの子は火と土で、私が水と樹だってこと?」

「反発するだろ?」

 華月の言葉を、リフェルアは鼻先で笑った。

「そんなの、自分の意志一つでどうとでもなるわ。私は、だけどね」

「そうなのか?」

 不思議そうな顔になる華月に、リフェルアは勝ち誇ったような表情で返す。

「属性の相性は本能に作用するの。だから、反発する相手とは会話したりすると何と無く苛立ったりするわ。でも、それは属性の特徴が性格に現れたりするからで、それを踏まえていればそこまで引き摺られたりしないわ。

 私が飄々と手応えのない性格をしているのも、水の属性の影響よ」

 水は掴もうとしても手応えが無いでしょう。と、言われ、華月は納得した。が、納得したのは属性と性格の関係性の部分で、リフェルアの性格については認められなかった。

(リフェルアの性格はどう考えても絡み付く蔦だよ……間違いなく樹の属性が影響してるよ)

「まぁ、解説はこのくらいでいいわね。

 テレジアさんのところに戻るわよ」

「え?」

 華月の脇をすり抜け、先に進むリフェルアに、戸惑った。

「え? じゃ、無いわよ。私は貴方の訓練風景を見に来たの。貴方が、私が儀礼正装を作るに相応しい相手かどうか確認するために」

「あ、今日なのか」

「都合が悪かったかしら?」

「いや、いつでも変わらないな」

 リフェルアの脇に並んで歩く。ついつい華月の視線はリフェルアの横顔に向けられる。

「何?」

「え、いや、別に何も……」

「そう」

 君の横顔が綺麗だから。などと歯の浮くようなセリフは決して言えない。その手の言葉がリフェルアの気に障ると学習済みだからだ。同じ轍を踏み、失敗するのはもう御免だった。

(しかし、本当に凄い造形だよなぁ。このバランスは)

 つい、平々凡々な自分の容姿と比べて、軽く凹む華月だった。

(ヴェルラとテレジア、フェリシアにトレイア、ディーネ……は、よく見えなかったけど、ダークネス・ドラゴンも今のところ美人ばっかりだしなぁ……。エルフはまぁ、当然として。あの頭領とヴィシュルを基準にすると、この世界だとドワーフも美形が多いのか?)

「本当に何もないのかしら?」

「あ、悪い。不躾だったな」

「じっと観られると気になるのよ」

「いや、この世界の竜種や妖精種ってみんな美形なのか? って、気になってな」

「貴方の美意識の価値観が解らないから何とも言えないわ。どんなものが美しいとか思うの?」

「ヴェルラ、テレジア、フェリシア、トレイア、リフェルア、ヴィシュル……。俺が会った全員がそうだな」

 華月の言葉に、リフェルアは眉根を寄せた難しい顔になった。

「見慣れた名前ばかりだけど……まぁ、基準をそこに置くのなら、美形が多いということになるでしょうね。

 でも、それだと亜人種の全般には嫌悪感を感じそうね」

「は?」

「亜人種には、獣の特徴があるって知っているわね?

 オークやゴブリン、コボルト、オーガ、トロール、ケンタウロス……人間たちがモンスターなんて呼んでる種族は外観が異形よ。

 そして、注意しないといけないのが人類種の試作品として創られた、最低最悪の亜人種のニルダ族。他の種族に物凄く嫌悪されているのだけど、まぁ、気が向いたら調べてみるといいわ。多分、ダークネス・ドラゴンの蔵書には記載されていないと思うけど」

「そ、そうなのか?」

「亜人種の中にももっと人型に近いのも居るわ。詳しくは列挙するのが面倒だから人類種が括ってる呼び方で言うけど、俗に獣人族って呼ばれる、身体の一部にだけ――耳とか尻尾とか、手足ね。そこに獣の特徴を持って、それに応じた身体能力を発揮する亜人種がそうね。

 ……外見が人類種に近い種族は、何かと人類種相手に苦労しているのだけど」
最後は、苦虫を噛み潰した様な顔を一瞬見せ、声音に怨嗟が乗った。

「お話はここまでね。

 さぁ、魅せて。貴方の力を」

 リフェルアが指す先には、仁王立ちするトレイアとテレジアが居た。



 修練場に、何とも威圧感のある二人が揃っていた。

「テレジア、何でトレイアが居るんだ?」

「丁度ヴィシュルが来ましたから、あの原型を持ってきてもらいました」

 近づいてみれば、トレイアのこめかみにはちょっとだけ青筋が浮いていた。

「……昼寝してる最中に、大声で呼びつけられたんだよ……。共鳴音叉なんて使いやがって」

「共鳴音叉?」

「あの岩を砕いた技法の本来の使い方です。離れた相手に声を届かせるために使います」

「糞ウルセェからみんな使わねぇんだけどな。コイツはお構いなしに使いやがる」

 余程響くのだろう。トレイアは明らかに苛立っている。

「更に丁度良いので、二対一で訓練します。ああ、トレイアは素手でも強いので心配要りませんよ」

「心配すんな。加減なんかしねぇから」

「……そんな心配してない」

 華月が思わず溜息をつきたくなった時、テレジアとトレイアは同時に華月から距離を取った。

 空気が変わり、華月は反射的に二人に意識を向ける。

「ああ、一つ忠告します。

 眼は二つで、焦点は一つです。それでは全周囲を把握することはできません」

「あ? 当たり前――」

 華月はそこで言葉を止め、思考を廻す。含みと裏がありすぎる忠告だからだ。

「……了解。始めようか」

「結構。

 トレイア、行きますよ」

「あいよ。

 カヅキ、簡単に砕けんじゃねぇぞ」

 自然体のテレジアと、構えるトレイア。対照的な静と動だ。

(なら、先に仕掛けてくるのは、トレイアだ)

 と、判断し、トレイアに意識を集中し、竜楯を纏った華月だったが――。

「油断大敵、ですよ」

 聞こえたその声が、華月に空を仰がせた。

 下顎に峻烈なアッパーカットが綺麗に決まり、茫然としたまま宙に殴りあげられた。

「決まっちまうぞ」

 華月の飛ぶ高度に達したトレイアが右の回し蹴りを華月の腹に直撃させる。

 踏み固められているはずの修練場の地面に大きなクレーターが出来上がる。

 その中心から、華月が起き上がる。

「……」

「これ以上は教えませんよ」

「……解ってる」

(二人とも纏身系は使ってない。魔力を感知するのは無理、と……)

(竜楯でダメージは無し。全然動ける)

(習い始めの魔法は隙が大きすぎる。実戦での使用は不可……)

 同時にいくつも思考しながら、テレジアのヒントも合わせて考える。

(全体を確認するためには焦点を増やす? 構造的に無理だな。焦点を遠くに置く、のか? でも、それだけじゃ背後までカバーできない……)

 纏身防御を解き、全速でテレジアの背後を取る。

(ん?)

「甘いぜ」

 テレジアの背後に着いた瞬間、微妙な違和感を肌で感じた華月は、一瞬動きが鈍った。そこをトレイアに狙われ、横っ面に左ストレートをクリーンヒットされてしまった。

 通常あり得ない縦回転をしてから地面を滑る華月。

 起き上がり、纏身防御をまた纏い、二人に掛かっていく。

 答えが出るまで体を動かして体感するようだ。



 様子を見ながら、リフェルアは思考する。

(未知の状況に対する対応力が低いわね。基礎能力が高いから、それに頼ってる節が目立つ。気づけば一気に学習、応用するタイプね。

 だから、結果として評価が高くなるわけか……)

 現時点での戦闘能力は、正直リフェルア以下と言わざるを得ない。総合的にはリフェルアの方が経験値が高い。

(まぁ、竜騎士になって二週間程度でこの段階というのは、確かに凄い事だけど、速成な分熟練度で劣るわね。

 ああ、そこはその避け方じゃ――)

 また華月が宙を舞う。下に打ち下ろされる。真横に飛んでいく。岩に激突して何かが華月から剥離して周囲に散った。

「うわぁ……。悲惨に飛散……」

「ん? ああ、今のは肋骨ね。正面から殴られて広範囲で砕けた肋骨が、岩に背中から激突して、衝撃で弾け飛んだんでしょう」

「か、解説ありがとう……」

「いいえ。礼には及ばないわ。

 それより、許可は貰えたのかしら?」

 そこで、リフェルアが顔を横に来ていたヴィシュルに向ける。

「まぁ、条件を付けられたけどね。一応」

「そう。まぁ、頑張りなさい」

「リフェルアさんも――」

「私は私に出来るだけの事をするのよ。全力でね」

 冷たく感じる返し方だが、リフェルアが本気になっている。と、それが読み取れたヴィシュルは何も言わなかった。

「あ、リーフェとヴィシェだ。珍しいね?」

 上から、フェリシアがふわりと降りてきた。

「久し振り、元気だったかしら?」

「こんにちは。お邪魔してるよ」

「なんで二人がカヅキの訓練を――。あ! 華月の儀礼正装と武器、二人が作るの?」

「そうよ」

「一応、ね」

 普段通りのリフェルアと、少し決まりの悪いヴィシュル。自信の有り無しの差だろう。

 三人がそんなやり取りをやっている間にも、華月はどんどん削られていっていた。

「おらおら、そろそろ左腕をモグぞ!」

「右足は、要らないようですね」

 左上腕がトレイアに鷲掴みにされ、肉を千切り取られた。

 右脹脛がテレジアのローキックで吹き飛ばされる。

「うわ、グロい……」

「竜騎士の身体で竜楯を纏っていても、純竜には、今のままだと力比べで負けるわね。それに、早く気付かないかしら。知覚域に」

「か、カヅキ~……」

 三者三様にその様を観る。




 華月の内心の焦りは限界近くにまで高まっていた。

(突破口がっ! 見えないっ!?)

 分割意識体は戦闘に振っていない分が臨界速度で思考を廻している。

(テレジアに近づいた時の違和感、あれは――)

(二人の背後を取っても、まるで知っているように対処された)

(行動予測や先読みじゃない。パターンから外れた動きや、即興の動きも完全に捌かれた)

 今度は右胸部にテレジアの貫手が突き刺さる。

 構わず右手で殴ろうとすると、右腕を背後からトレイアに捻られ、肘関節を折られる。

「おいおい、いい加減学習しろよ」

「これは難しかったですか?」

 流石に動けないと判断したのか、二人が攻撃の手を止めた。

 テレジアが右手を抜き、トレイアが右手を放すと、竜楯の維持も出来なくなった華月が地面に倒れ伏す。

(……なん、だ? この違和感は――?)

 やはり感じる周囲の違和感。目には見えない何かが、薄く二人を囲んでいるように感じる。

(なぁ、やっぱり無理だったんじゃねぇか? コレをあれだけのヒントで体得させんのは)

(出来る筈です。認識できるよう隠蔽せず、こうしてやっているのですから。これでカヅキは予想外にも魔力察知を出来るようになりました。)

 華月の頭に、《声》が、幽かに聴こえた。

(とは言え、コレは本来気配察知が自然に出来るようになってから教えるもんだろ。拙速すぎるって)

(華月は魔力察知が出来ているのです。難易度の高い方が自然に出来ていて、より単純な気配察知が出来ないわけがありません)

 意識すると、声ははっきりと聴こえるようになってきた。

(拗ねてねぇといいけどな。普通、ここまで一方的に嬲られたら心が折れるぞ?)

(そんな軟弱になるような教育はしていません。この程度で折れるなど、論外です)

(この程度って……おいおい、どんな教え方してんだよ……)

(もっと削って、砕いても、カヅキは小竜化した私に挑んできました。この程度で音を上げる筈はありません)

 断言される絶対的なテレジアの信頼の言葉。これを聞いて裏切れる奴は、人でなしのレッテルを貼られても仕方ないだろう。

 身体は直った。もう動ける。

 華月は一挙動で撥ね起き、二人から距離を取る。

「お、もう動けるのか。まだ寝ててもいいぞ?」

「無理はしない事です。少し手加減しましょうか?」

 挑発ともとれる二人の言葉。だが、華月は怒ったりしない。

「……」

 静かに息を整え、二人を良く『視る』。視覚は元より、その他の部分でも。

(魔力察知と同じ……なら、気付けば視える筈だ。そのチャンネルが解れば――)

 一点集中し、意識を凝らすのではなく、二人を眺める感じに視点を遠く、焦点をあやふやに。

 自分を周囲と馴染ませ、知覚領域を拡大する。

 出身国の独自武道に通じる、静の状態に置ける観察術。相手の動きの総てを察知する、自身の背後すら見通す。

 その内に分割意識体の一つが、自然と身体から解放され、自分の周囲に広がる。その領域は次第に広がり、終に――。

(お~? これは……気付いたか)

(カヅキ、聴こえますね? 知覚域の展開が出来ましたか)

「な、何だ、これ?」

「自身の周囲を察知する、知覚域という領域です。それは自分の意識を周囲に薄く展開することで形成します。慣れれば意識せずとも常時展開していられます」

「基本的に視認不可。同じく知覚域の展開が出来る奴にも見えなくすることもできる。あたしらはお前に解り易いよう隠蔽も遮断もしていない状態だ」

 広がった華月の知覚域は、傍で見ている三人にも届いた。



 気付いたのはリフェルアだった。

「カヅキが知覚域の展開に成功したわね。これで二人と勝負になるわ」

「え、これ知覚域の訓練だったの? 二人が憂さ晴らししてるだけだと思ってた……」

「いくらあの二人でも、そんな事しないよ。

 でも、そっか……。テレジアの手を離れるのも、もうすぐだね」

 やはり三者三様の感想が出た。

「さ、再開みたいよ」

 リフェルアが自分の知覚域を不可視状態で広げる。遠くの目標を狙撃するリフェルアの知覚域の広さは、最大で華月が広げた三十倍以上にもなる。

 テレジアとトレイアの二人が同時に動く。華月は動かない。が、今度は正面から繰り出される攻撃、死角からの攻撃、フェイント有りの攻撃までも何とか避けられるようになっていた。

「応用力は高いのよね……だからテレジアさんも体感させて体得させる」

「一見単なる虐めだけど」

「あたしもそう勘違いしたんだよね。でも、もう解ってるから」

 そうして華月の訓練風景を見ている内、リフェルアの顔付きが普段よりも真面目なものになっていく。

(いまだに発展途上。でも、速成でも着実に進歩している。認めないわけにはいかないわね。戻ったら、地下に潜るとしましょうか)

 リフェルアは決めた。自分が華月の儀礼正装を、きっちりと作り上げると。

 ヴィシュルも神妙な顔つきになる。

(ぶっつけ本番で、あそこまでやられても諦めない……。私だって、負けられないね!)

 新たな領域に踏み込み、必ず約束を果たすと、心に刻む。

(カヅキがどんどん一人前に近づいていく……でも、あたしは――)

 一人、小さな孤独感を感じ始めたフェリシア。華月が眩しく見えてきていた。

 華月の訓練は、日が暮れるまで続いた。





[26014] 第28話 不具合発生 承部6話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/13 00:08


 日が傾き、山々の稜線に差し掛かる頃、ようやく華月の訓練は終わりとなった。

 訓練が終わる随分前に、リフェルアとヴィシュルはそれぞれの住処に帰っていった。フェリシアも割り振られている仕事を終わらせに戻った。

「ふぅ。久々に素手ってのも、悪くなかったな」

「お疲れ様です。

 カヅキ、知覚域の使い方は解りましたね」

「……お、おぅ……」

 まだ欠損箇所が復元されておらず、仰向けに倒れたまま喘ぐ様に返事する。

「なぁ、カヅキ? お前いつもこんな風に教えられてたのか?」

「だ、大体は……」

 ようやく機能を取り戻した両手で、腹部の裂傷から零れた腸を押し戻しながら、華月は覗き込んでくるトレイアに答える。

「……ここまでボロクソにされてる見習いは、ここ五百年は見たことねぇな。まぁ、大体が戦える連中だったからなぁ。ド素人がテレジアに扱かれちゃ、こうなるか」

「安心してください。今日で私の教える発展体術は、お仕舞いです」

 テレジアの何気ない一言に、華月は思わず頭を持ち上げてテレジアを見る。

「何を驚いているのです? 基礎固めから無手の戦闘技法は粗方、文字通りに叩き込みました。私の動きも十分に見ていたでしょう。ここから先は武器の扱いと魔法の訓練に集中してもらいます」

「え、でも……」

 釈然としない。まだまだ足りない気がした。

「貴方の成長速度が速すぎました。調子に乗って前倒しで教えた結果です。これ以降は自身で研鑽し、適した技を身に付けなさい。望めば、時々相手をして上げます。

 今日まで私の訓練に付いて来れた事、賞賛します」

「あ……」

 テレジアが反転し、皇宮へと消えていく。

「お~、あのテレジアがあんな事を言うとはねぇ」

「……」

「何だ? 嬉しくないのか?」

「いや、何だ? すっきりしない……。本当に、これで終わりなのか?」

「ん~、正直に言うとな。お前が知覚域を習得してからの攻撃はあたしもテレジアも随分やり方を変えてたんだ。それこそ人間が数十年修練してようやく体現できるような技も使ってた。お前は朧気にもそれらを自分の動きに取り込んでやってたんだよ。まぁ、あの集中っぷりだと無意識だろうがな」

 修復が終わっても立ち上がらない華月を、トレイアが引き起こす。

「ま、テレジアの言葉に嘘は無い。ここから先は自分で何とかする領域だ。これまでテレジアがお前につぎ込んだモンは、相当な価値がある。何せあいつがこの千年、磨き上げた身体操作の共通基礎なんだからな。

 さて、あたしも帰るわ。さっきヴィシュルにあの形状で一般的な金属で何振りか作ってくれるよう頼んどいたから、それが届くまであたしも教えられねぇから、しばらくはディーネに魔法でも教わってな」

 言い終わると、一気に飛翼を展開し、トレイアは飛び去った。

 その場に残された華月は、突然の終了宣言に呆然としてしまって、動けない。

「カヅキ? どうした」

「……ヴェルラ?」

 声を掛けられ、振り返るとアルヴェルラが近づいてきていた。

「済まないな、今日の訓練には顔を出そうと思っていたんだが、途中で急用が入ってしまった」

「そうか……」

「心此処に在らず、か。どうしたんだ?」

「テレジアに、もう教えることは無いって言われた」

「……そう、か。私の予想よりも早かったな。後三、四日は掛かると踏んでいたんだが」

「ヴェルラも早々にテレジアが教育を終わりにするって読んでたのか?」

 何故? と、言わんばかりの華月。

「聞いているだけで、実際に目にした回数こそ少ないが、カヅキの成長速度は異常だ。技術の吸収速度が可笑しい。まるで最初から知っていることを思い出しているだけのようだ。

 そんな風に思える程の成長ぶりだ。だから、何かで躓かない限り早い内にテレジアはお前に教えることがなくなるだろうと思っていた」

「そう、なのか……? いや、そうか……。

 ……そうだよな。前の世界で、こんなに上手く行ったことなんてなかったもんな……あれ?」

「そこの所は解らないが、ここではカヅキはどんな英雄譚に出てくる英傑より、速い速度で成長している。

 目下、魔法と武器術が終われば、私の竜騎士として、皆に披露するからな」

「……ああ」

 華月がどこか気の無い返事を返すと、アルヴェルラの表情が少し翳った。

「嬉しくないのか?」

「それは嬉しいんだ。でも何だか、昔、『期待』が凄く重くて、俺は――」

「カヅキ? どうしたんだ?」

 華月が右手を頭に当て、俯く。

「いや、今更だけど、混乱してる……。言われた通りに訓練してきたけど、本当に、今更……、何で、俺は――」

「あ~、陛下。この子ちょっと預かるわ」

「その声はディーネか?」

 アルヴェルラと向かい合っていた華月の背後に、黒い霧状の塊が現れたと思えば、それからはディーネの声が聞こえてきた。

「こんな格好で失礼するけど、大目に見て欲しいわ。ちょっと急を要するから。
この子に魔法の関連知識を流し込んだとき、ちょっと触ったんだけど、気になってね。精神構造の頑健さと、過去の記憶との接続が途切れすぎてたのが引っかかってたの。

 何かの拍子でそれらが繋がった場合、もしかしたら酷い混乱と、最悪は人格が破綻する危険があるって思って観てたんだけど、このタイミングで繋がりかけてるみたい。他人の精神に干渉するのが得意なの、皇宮内に居ないでしょう? だから私が預かるわ」

「確かに居ないが、カヅキは私の騎士だ。私が――」

「廃人になられたら、陛下を含めドラグ・ダルクの全員が困るのよ。失敗は許されないわ。

 明日、様子を見に来て」

 黒い霧が華月を取り込み、小さくなっていく。

「待て! 許可していな――」

「後で幾らでも叱られるから、一旦任せなさい。いいわね、アル」

「ディーネ!?」

 霧が完全に消失すると、そこにはアルヴェルラだけが取り残された。

「ディーネに姉面されるのは久しぶりだが、カヅキは私の騎士だ! テレジアもディーネも、揃って私から取り上げる!」

 テレジアはアルヴェルラよりほんの五十年ほど早く生まれ、ディーネは二百年ほど早く生まれている。竜の時間概念からすれば些細な差でしかない。

「自分の騎士の危機を、苦手だからと言って他人に丸投げる主が居ていいはずが無いだろう!」

 叫ぶと、アルヴェルラは飛翼を一気に展開する。

(私には黒霧転移は使えないが、飛翔速度は!)

 ディーネが使った空間転移の魔法は闇属性高位の魔法だ。万能型のアルヴェルラは魔法をそこまで使えない。

 一回の羽ばたきで周囲の木々の若干上まで飛び上がり、二回目の羽ばたきで剛弓から放たれた矢のように一直線に飛んでいく。

 ついに日は完全に山の向こうに沈みきり、紅い空が濃紺を経て漆黒に染まる。

 冷えた空気を裂きながら、アルヴェルラは目標地点手前で大減速し、飛翼を格納しながら地面に降り立つ。そしてディーネの住処である洞窟へ駆け込む。

「ディーネ!」

「……明日って言ったでしょう? 相変わらず言うことを聞かない子ねぇ。

 おねーさんの言うことは聞くものよ?」

「ほんの二百年程度で姉面しないでくれ。これも何度も言っていると思うが。

 大体、カヅキは私の騎士だ。自分の騎士の危機を他人に投げるわけには――」

「普通の竜の騎士なら、私だってこんな世話焼かないわ。でもね、貴女はこの国の女皇なの。その女皇の騎士が使い物にならなくなりました。何て、洒落になりはしないわ。

 冗談混じりに遊んだりすることもあるだろうけど、無視できない一線って物は護らないとね」

 テーブルの上に横たえた華月の頭に両手を翳しながら、ディーネは淡々と答える。華月に魔法を仕掛けていた時とは纏う雰囲気が違う。

「それに、記憶の整合性を取っておくって、これは目覚めた後の顔合わせの段階で調整しておくことよ。心に傷を負っていた人間を騎士にすると、竜騎士化した後で記憶の混乱や忘却が起こるって知らなかった?」

「……それは……」

 勿論、アルヴェルラはそれを知っていた。竜騎士についての知識は枝葉の記述まで読んで記憶していた。

「まぁ、この子の場合は過去に囚われたくないって想いが強すぎて、昔の記憶を殆ど思い出せなくても気にしなかったんでしょうけど。私も触れてみて初めて気付いたもの。『自分』の立脚点をアルの騎士に成った、あの時に固定したんでしょうね。

 と、仕方ないからアルもこっちに来なさい。私と同じように手を翳して」

「……私をアルと呼ばないでくれ」

「自分から逃げ道を奪ってでも『女皇』やってるのは凄いけど、意識して『演じて』いるようじゃぁ、私にアルと呼ばれ続けるわよ。

 自分で何とかするって気概が本物なら、さっさとしなさい。魔法で昏睡状態にして記憶の結合を遅延してるけど、眠ってたって記憶は整理されるものなんだから、余裕は無いのよ」

 アルヴェルラは言われたとおり、華月の頭に両手を翳す。

「アルも一緒に引っ張っていくから、逆らうんじゃないわよ。精神操作系の魔法は精密制御が必要なんだから」

「解っている」

「ならいいわ」

 ディーネの両手と華月の頭の間に変性陣が描かれる。同じものがアルヴェルラの側にも現れる。

「何を観ても、騒がないでね。記憶に干渉して変化させると、人格まで歪むから」

「声をかけるのも駄目なのか?」

「冷静に、この子が昔を受け入れられるように、囁く程度ならまぁ、いいでしょ。強い感情だけは、出さないように。この子がそっちに引っ張られるから。意識の全てがアルに吸収されちゃうわ」

「注意事項はそれだけか?」

「そうねぇ。ああ、私は記憶の結合順を調整したり、色々やってるからアルに構ってる余裕は無いからね。

 じゃ、始めるわ。インターセプト」

 二人の意識の主体が華月の裡へ入っていく。いつかのテレジアよりももっと深くへ。




[26014] 第29話 精神(ココロ)重ねて 承部7話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/18 22:41


 漆黒に無数の星。

 華月の心象世界。

「……私たちと同じような風景だな」

「基本属性は、元から闇だったみたいねぇ……。年季が入ってるわ」

 普通の格好のアルヴェルラに対し、その脇に居るディーネは随分と縮尺が縮んでいた。

「ディーネ、随分縮んでいるようだが?」

「この私はお目付け用よ。心配だから付けることにしたの。と言っても、最低限の分割意識体だから特に何か出来るわけじゃないわ。本体と他はカヅキ君の記憶をどうするか検討、処理中よ」

 SDディーネが指差した先に、あちこちが解け掛け、目を閉じた華月と、それの背後にいつものディーネ、周囲にはSDディーネが無数に動き回っていた。

「カヅキ……? 何であんなに欠けているんだ?」

「繋がった記憶に対しての防御反応よ。自分でも受け入れようとしたみたいだけど、受け入れる前に破綻しちゃったわけね。

 本人にとっては、それだけ重い過去ってことでしょ」

「本人にとっては。か」

「そう、本人にとっては。他人からすれば全然大したことないかもしれないし、何で受け入れたくないのか理解出来ないかもしれない。でも、この反応をするってことは、本人にとっては、拒否したいことなのよ。意識的、もしくは無意識的にね」

 SDディーネが腕を組んで告げる。

「まぁ、異世界の人間の生活様式や文化はほとんど知らないけど、根底は似たり寄ったりでしょ。

 ……あ~、あんまりコレ観せられないわねぇ」

「なんだ?」

「アルが知らない感情よ。残念な事に完璧な万能型だった貴女には理解できないわ」

「どういうことだ?」

 勿体ぶった会話に嫌気がさしてきたアルヴェルラは、苛立ちを隠さずぶつけた。

「ここで強い感情を出さないで。って、言ったでしょ。弾き出すわよ?

 要点だけ教えるわ。残念な事に、カヅキ君は向こうの世界で、何度も期待を掛けられ、いつも望まれた結果までは出せずに終わって、終わって、終わり続けてきたみたいね。ここまでの堅牢な精神構造体は、何度も心が折れて、それでも組み直してきた結果というわけ。期待の度合いは、そりゃ向こうの基準だから解らないけど」

「その時の言葉とか、聴けないのか?」

「深く心を削ったり抉ったりしたものは幾つか聴けるわよ。どういう感情を抱くかは保障しないけど」

「やってくれ」

「カヅキ君に知られたら、拒絶されるかもしれないわよ?」

「……構わない。ここでお前に任せっぱなしにはしたくない。独善だといわれても」

「アルがここまで入れ込むなんて思わなかったわ。何かあるの?」

 ディーネに言われ、アルヴェルラは考える。が、明確な答えは出なかった。

「解らない。だが、何か……。そう、何かが私と繋がっている気がするんだ。初めて逢った時から、強く、そう感じた」

「……カヅキ君の前世に、アルと係わりがあったのかもしれないわね。この世界じゃ、他の種族には稀にあることだけど」

「それもまた、憶測の域を出ないが」

「まぁね。

 それじゃ、少し流してみましょ」

 SDディーネが両腕を広げると、華月の背後にいるディーネの口から、ディーネでは無い声が流れ出した。

『華月……何で悠月(ゆづき)みたいに出来ないの? あの子はやれるのに……』

『華月、お前には失望したぞ。こんな点数を取ってくるなんて』

『華月、せめて、さ? あたしと同じぐらいに出来ないの? コレじゃあたしも恥ずかしいじゃない』

「なんだ? 女と男と、少女か?」

「どうやらカヅキ君の両親と、双子の姉みたいね。家族からの言葉が最深部にまで刺さってるわ」

「そんな……。一方的に責める様な、これが家族の言うことか!?」

「……怒らないの。他にも似たような、色々な関係の人間からの叱責と失望の声が色んな場所に刺さってる」

 SDディーネが華月に向かって左腕を突き出し、左手を開く。そして何かを掴むように手を握り、腕を引く。すると、華月の意識体から、虫に食われた林檎の様な、ボコボコに穴の開いた球体が引き抜かれるように現れた。

「これは華月の『心』よ。貫通するような傷こそ無いけど、核に至るような深いものが幾つか。記憶の再結合に、この傷が反応したのね」

「何故、直っていないんだ?」

「心の傷って、直るものじゃないでしょ。別の何かで埋めるか、忘れた振りして無視し続けるだけ。アルだって、昔の事を言われるのは嫌でも、過去を忘れていないでしょ」

「……」

「カヅキ君は、忘れた振りをしてた。こっちに来て、一時的に本当に忘れてた」

 SDディーネが華月とアルヴェルラの間に浮かび、アルヴェルラを見据える。

「さ、どうする? このまま記憶を繋ぐと、カヅキ君はこの世界でも失敗を恐れ、消極的になるでしょうね。掛けられている期待は経験したことの無い特大のものだし。もし、それで何かしくじれば、完全に壊れるかも」

「……教えてくれ。私に何が出来る」

「私を頼るのかしら?」

「……頼る。どうにかできる手段があるのなら、誰にだって頭を下げる。教えてくれ」

 アルヴェルラが深くSDディーネに頭を下げる。

「……はぁ。アルヴェルラに真摯に頭を下げられたら、教えないわけにはいかないわね。

 いいわ、教えてあげる」

 SDディーネが諦めた様に呟く。

「じゃ、服のイメージを消しなさい」



 心が痛んでいた。

 思い出してしまった。理由はまだ思い出せないが、自分が散々失敗を積み重ね、期待を裏切り続け、その結果として、係わったほとんどの人間から突き刺さる『失望』を告げられてきたこと。

その事実だけを思い出し、心がジクジクと、ズキズキと、痛んでいた――。

(痛い、なぁ……)

 考えたくない。

 思い出したくない。

 何もしたくない。

 失敗に身が竦み、失望に恐怖する。

 いっその事、このまま無意識の深淵に解けてしまえれば――。

「カヅキ……?」

「……ヴェルラ?」

 ふ、と。華月は自分に触れる暖かな感覚と声を聞いた。以前にも感じた、あの温もり。

「消えるな。大丈夫だ」

 触れていた温もりは、いつの間にか『華月』を完全に包み込んでいた。

「……大丈夫じゃない。いつも、俺は足りなくて――」

「足りない分は私が補ってやる。お前の中には私の血という『私の一部』がある。解けて混ざり、お前と一つになっている。お前はいつだって私と共に在る。

 この地上で最強の竜が一緒なんだ。何を恐れる必要がある?」

「でも、それはヴェルラの力で――」

「カヅキ自身の力だって、着実に増している。元の世界での価値基準がどうだかは知らないし、必要ない。この世界で、私が必要としている力が確実にカヅキに在るんだ」

「……」

 自分を包む温もりが、少しずつ、心の痛みを和らげていた。

「カヅキ。もう一度選べ。

 我が騎士として生きるか、死ぬか」

 自分を包んでいるものが、アルヴェルラの『心』だとようやく気付く。

「私の期待は大きいし、テレジアだって、他の誰かもこれからお前に期待する。だが、常に『私』が居る。カヅキを見限らない私が。それだけじゃ、お前の不安と恐怖は消せないか?」

 直に触れるこの状態で、虚勢も虚偽も意味を成さない。お互いに筒抜けになっているのだから。

 だから、華月には伝わった。言葉にしてないアルヴェルラの気持ちも。

 だから、アルヴェルラは理解する。華月の裡に巣食う不安と恐怖感を。

「ありがとう、ヴェルラ。

 ここまでしてもらわないと駄目とか、どうしようもないよな」

「私の方こそ、今まで気付いてやれなくて済まない」

「いや、大丈夫だ。もう大丈夫だ。

 もう一度誓う。

 俺は、アルヴェルラ=ダ=ダルクの騎士に成る」

「ああ、期待しているぞ。我が騎士殿」

 華月の心の傷は、『アルヴェルラ』が塞いだ。

『今から順に記憶を繋ぐわ。アルヴェルラ、離れなさい。カヅキ君、自分を保つことに全力を傾けなさい』

 華月の忘却していた記憶が繋がれていく。





[26014] 第30話 目覚めと休息。フェリシアの誘い 承部8話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/26 23:54


 華月の目覚めは、今までに無い気持ちで迎えられた。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「記憶の混乱は無いわね? ちゃんと『セギ カヅキ』のままかしら?」

「ディーネ? ああ、大丈夫だ。俺は俺のままだ」

 ゆっくりと上半身を起こし、しっかりとアルヴェルラとディーネを見据える。

 そして、頭を垂れた。

「迷惑を掛けた。助かった。ありがとう」

「気にするな。自分の騎士の為だ。この位苦労の内に入らない」

「竜皇の騎士が廃人じゃ、話にならないからね。

 ああ、記憶は繋いだけど、直ぐには繋がらないわ。何か切っ掛けがあれば思い出すと思うけど。

 さて、私は帰るわ。私に魔法を教わるつもりがあるのなら、また着なさい」

 ディーネが黒い霧の塊になって、消えていく。

「闇系の上位魔法、黒霧転移(ミスト・シフト)だ。使えれば便利な魔法なんだがな」

「ヴェルラ」

「ん? なんだ、カヅキ」

 アルヴェルラの手を取り、華月は真っ直ぐアルヴェルラの眼を見る。

「本当にありがとう。こんな俺を必要としてくれて」

「礼を言われることじゃない。それに、そう思うなら自分を卑下するな」

 アルヴェルラは華月に優しい笑顔を見せる。

「お前は私のモノだ。誰にもやらない」

 アルヴェルラは華月の唇に口付ける。

「私は何故か、お前がいいんだ。他の誰でも無い、カヅキが」

 華月の頭を撫でつけながら、アルヴェルラははっきりと告げる。

「私の為にも、簡単に自分を放棄しないでくれ」

「ああ」

 華月はアルヴェルラの手に自分の手を重ね、少しずらして立ち上がる。

「思い出せていれば、ヴェルラとちょっと話したいところだけど、ディーネが言った通り、思い出せてない。

 しばらくは――」

「カヅキ、落ち着くまでしばらく休め」

「そうも言ってられないだろ? 圧倒的に技術も何も足りないんだ。

 俺が、この世界でアルヴェルラの『求め』に応える為には」

「それは、確かにまだ予定している水準には達していないが……」

(その到達予定は本来はまだ、半年以上先の話だ)

「まぁ、今日の所は休むよ。少し、頭を空にしていたいから」

「そうしろ。短い間に身体を酷使しすぎだ。いくら死なないとはいえ、感覚は人間の頃のままだからな。少し精神の方を休ませろ。

 ついていてやりたいが、女皇の立場というものはままならない。済まないな」

「十分居てもらったよ。大丈夫だ。

 ヴェルラはしっかり、自分の務めを果たしてくれ」

 名残惜しそうなアルヴェルラを送り出し、華月は窓から外の風景を見据える。

 吸い込む空気の匂いも、感じる風の感覚も、差し込む日差しの眩しさも、世界の色付きさえ、少し前とは違っているように感じた。

「こっちの世界は、眩しすぎるな……」

 華月の思い出せた記憶は、全体量からすれば極、僅かなものなのだろうが、その全てが色彩を欠いていた。モノクロの、モノトーンの風景だった。

「俺は、本当に前の俺と同じなのか?」

 自分に自信が無くなってきていた。昔の自分と今の自分が、同一のものだという自信が。

「基幹は変わらないんだろうが、細かい部分で変わっているだろうな……。

 まぁ、いいか。

 何か不都合があるわけじゃないし、むしろ良い方向へ変わったんだろ」

 窓枠に腰掛け、静かに目を閉じる。

(しかし、この世界に着てから、他の連中に対してあまり関心が湧かなかったのは、こう言う訳だったか。

 ……俺は薄情なのか?)

 自問に自答できない。いや、今の自分の価値基準なら、否と言える。だが、それは昔の殆ど全てを思い出せないでいるからで、何か事情や理由があったらと思うと、断言できない。

(まぁ、考え込んでいても仕方ないか)

 頭を空にしたいと言ったのは自分だ。考え込むのは止めることにする。

「ん?」

 華月の耳に何か、聞こえてきた。

「これは、風切り音か……?」

 甲高いような、何かが高速で飛んでいる音がする。

 それは、段々近づいているようで――。

「カ~ヅキッ!!」

 窓から飛び込んだ何かが華月を直撃。人間だった頃なら胴体に穴が開きかねない速度で突っ込んできたソレを、華月は後ろに押されながらも難なく受け止めていた。

「危ないぞ、フェリシア」

「あはは、今のカヅキなら余裕でしょ?」

 華月の腕から抜け出たフェリシア。床に降り立つと、窓枠に腰掛ける。

「昨日は大変だったみたいだね」

「誰かに何か聞いたのか?」

「ううん、近くの木の上に居たから知ってるだけ。で、様子を見に来たの」

「そうか。まぁ、もう大丈夫だ」

「うん。大丈夫そうで安心したよ。

 で、さすがに今日はお休み?」

「まぁ、な。ディーネにも迷惑をかけたし、今日教えを乞うのもどうかと思った。武器が無いからトレイアの所も行っても意味が無いしな。テレジアには教えることが無いって言われてるし」

 華月がそう言うと、フェリシアは呆れ半分という様子で苦笑する。

「それじゃ、あたしにちょっと付き合ってよ」

「ん? どこか出かけるのか?」

「まぁね~。ヴィシェに頼まれたから森で薬草取り」

「ヴィシェ? 誰だ?」

「ドワーフのヴィシュルだよ。愛称ってやつ」

 フェリシアは窓枠から降りると、華月の背後に回る。おもむろに華月の両脇に腕を通すと、そのまま窓枠に向かって一気に走り出す。

「おいっ!?」

「いいから!」

 窓枠から窓の外へと出てしまった。華月の個室は皇宮でも上の方に在るので、地面までは相当距離があり――。

「お、落ちる!」

「大丈夫だよ~」

 小さいながらも飛翼を展開したフェリシアは、華月を抱えたまま飛び始めた。

「いくらあたしが小さいって言っても、人間一人ぐらい抱えて飛べるよ。闇黒竜族舐めちゃ困るなぁ」

 そのまま上空から森へと入っていく。

「よし、この辺にデジネ草とフェグラの花があるんだよね~」

 フェリシアは適当な所に降りると、華月を放して木の根元を丹念に探し始めた。

 華月はその様子を見ながら、周囲の風景を観察する。

(まぁ、気分転換にはなるか)

 部屋に篭っていてもしかないと、頭を切り替え薬草採集に付き合うことにする。

「フェリシア、見本を見せてくれ。手伝うから」

「あ、本当? じゃ、この形の花と草を集めて!」

 そう言ってフェリシアが華月に見せたフェグラの花は、小さいラフレシアの様で、デジネ草はドクダミの形と臭いがした。


 



[26014] 第31話 襲い掛かる影 承部9話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/02 02:58

 小一時間掛けて、採り集めた量は相当なものになっていた。

「ちょっと調子に乗っちゃったかな?」

「……これ、持っていけるのか?」

 ちょっとした山になっている、採集されたフェグラの花とデジネ草。それが放つ臭いもまた、相当なものになっている。特に、デジネ草の独特のドクダミ臭が堪らない。

「ん~、多分入ると思うけど……」

 フェリシアは懐から一枚の布を取り出した。黒い生地の、特別何の変哲も無いハンカチ程度の大きさだ。

「拡大っ」

 掛け声とともに振られた布が、一瞬で十倍程度にまで広がった。

「格納!」

 山になっていた薬草の上に被せ、さっと引き戻すと、不思議と全て消えていた。

「縮小」

 また掛け声とともに大きくなった布を振ると、今度は元通りの大きさに戻った。

「それ、収納布か?」

「そうだよ~。コレはあんまり容量は大きくないけどね」

「知識で知ってても、実物を見ると驚くな」

 目の前であれだけの量が一瞬に消失する様は確かに驚愕ものだろう。

「声に反応して自身の大きさを変え、内部に対象を格納する。便利だな」

「現象魔法が人間に使えない時代に、人間が自分の身体に紋章を刻んで使ってた魔法が起源らしいけどね~。まぁ、詳しくはディーネに聞いたらイイと思うよ」

「そうだな。

 さて、これで終わりか?」

「後は、セフィールの水が50リットルと樹液10リットル!」

「……何に使うんだ?」

「ヴィシェが言うには鍛造に必要なんだって」

 そう言われると、華月は何も言えない。鍛冶ついては無知に等しい。専門職の言葉だ。確かに必要なのだろう。使い道はさて置き。

「そうか。じゃぁ、さっさと――!?」

「カヅッ!?」

 華月がフェリシアを突き飛ばす。

 だが、突き飛ばしたはずの華月が、フェリシアを追い越して樹の幹に激突する。

「か、カヅキ……?」

 地面に尻もちをついたフェリシアは、自分から10数メートルも吹き飛んだ華月を見た後、反対側を向いて驚いた。

 そこには、ツルっ禿の緑色の巨漢が居た。腰に襤褸布の様な腰巻をしている以外、素っ裸と大差無い。手にはフェリシアの胴より太い棍棒を持っている。

「と、トロール!? ウソ、何でこんな所に!?」

 この国にトロールは存在しない。居る筈が無いのだ。

 だが、現にトロールが実在し、手にした巨大な棍棒で華月を吹き飛ばした、いや、本当ならフェリシアが吹き飛ばされていたのだろう。

「こちらに攻撃の意志は無いよ!」

「グ、ガァーーーーッ!!!!」

 巨大な棍棒が唸りを上げて振り抜かれる。何とか回避したフェリシアは思考する。

(言葉が通じない筈ないのに! 何かに操られてる? 反撃するべき!?)

 亜人種のトロール族には共通言語が通じる筈なのだ。フェリシアは共通言語で語りかけたが、返ってきたのは雄叫びのみ。

 あの棍棒の直撃を喰らった所で死にはしないが、昏倒してしまう可能性が高い。フェリシアは反撃に打って出るべきか悩んでいた。

(あたし、加減が下手だから……殺しちゃうよ!)

 平常時ならまだしも、こういった状況で気が昂った場合は、力加減や出力加減が極端に下手糞になる。

(せめて、武器だけでも!)

 大きく息を吸い、主肺も副肺も空気で満たす。

 口を閉じ、吸った空気にある特性を付与する。

 その間も振るわれる棍棒はかわし続ける。

「ーーっ!!」

 音にならない空気の解放。外気と触れた瞬間、爆発的に燃焼し、火線となってトロールに殺到する。

 知能まで低下しているのか、そのドラゴンの炎のブレスに棍棒で対抗しようとする。が、当然棍棒はドラゴンのブレスに耐えられるわけも無く、一瞬で消し炭になる。

「や、やった!」

「グルアァァァァ!!」

「えっ!?」

 持ち手だけになった棍棒を投げ捨て、トロールはフェリシアを掴みにきた。突然のことに反応できず、フェリシアは簡単にトロールに掴み上げられた。

「く、は、放せっ!」

「ギハッ!」

「くぅぅぅぅっ!?」

 ギリギリと握る力が強くなり、フェリシアの細い体躯を絞りあげていく。ドラゴンとは言えフェリシアは成体のドラゴンではない。まだ、ドラゴン本来の力を持たない。それに、竜化していない普通の姿では耐えられる限界が違いすぎる。纏身防御系も使えないフェリシアには、致命的な状況だ。

「か、カヅキ……助け――」

 ミシミシと聞きたくない音が体から聞こえ始め、フェリシアが泣き言を漏らした。

「何してんだ!!」

 怒号とともに華月の回し蹴りがトロールの手の甲を痛打した。

「グアァァァァ!?!?」

 華月の蹴りで手が麻痺したのか、トロールがフェリシアを取り落とす。

 難なくフェリシアを抱えた華月は一旦トロールから距離を取る。

「大丈夫か!?」

「う、うん……。何とか……」

「アレは、ブッ倒していいのか?」

 華月の眼が鋭くなっていく。戦(や)る気だ。

 フェリシアを降ろし、竜楯を纏う。

「出来れば、気絶させて」

「やってみる」

 訓練ではない戦いは初めてだが、華月は不思議と何の感慨も覚えなかった。冷静に相手の状態を観、全意識が今までの経験を引き出し、動きを決めていく。

「ふっ!」

 高速で正面から特攻。カウンターで繰り出される拳を跳躍して回避。その振りぬかれた腕を足場に使いもう一段ジャンプ。トロールの下顎を殴り上げる。

 打ち切ったらトロールの胸部を蹴り後方に退避。

「打たれ強いヤツだな」

「グフゥゥゥ」

 華月の一撃を受けても意識が残っていた。流石はトロールといったところだろう。

「だったら、もう少し強めに行く!」

 華月が今度は一瞬でトロールの背後を取る。そのまま左足の踵を蹴り抜く。トロールは突然ハイキックを打ったような状態になり、バランスを崩して仰向けに倒れてくる。

「その意識、刈り盗る!」

 本気で背中を足の裏で蹴り上げる。

 トロールの巨躯が地面から離れ、浮き上がる。

 華月は一回のバックステップでトロールの下から抜け出し、その側頭部に向け跳ぶ。

 そのままの勢いで蹴り抜く。

「墜ちろ!」

 おまけとばかりに反対の足でトロールの胸板を地面に向け蹴り落とす。

 急加速をつけられたトロールは地響きを立てて地面に落ち、しっかり白目を剥いていた。

「ふぅ、知能が無いヤツで楽だったな」

 読み合いも駆け引きも無い、単なる殴り合いだ。この程度なら華月には何てことは無い。もう慣れていた。

「カヅキ、一応耳塞いでて」

「ん? ああ」

 言われた通りに両手で耳を塞ぐ。

 フェリシアは大きく口を開け、皇宮に向け共鳴音叉を放つ。

「こんな所から届くのか?」

「竜の使う技、舐めちゃいけないなぁ……?」

 ふらり。と、揺れるフェリシアをさっと抱え、抱き上げる。どうやらまだダメージが抜け切っていないようだ。

「みっともないなぁ」

「いいから、大人しくしろ」

 ぼやくフェリシア。華月はそんなフェリシアに苦笑し、誰か来るのを待った。



[26014] 第32話 速度勝負、実感は大切 承部10話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/14 20:33


 フェリシアの『声』を聴き、真っ先に現れたのはテレジアだった。手にしている極太の鎖が何だか物々しさを放っている。

「……カヅキ、事の次第を」

「突然、そこで伸びてるトロールが襲いかかってきた。俺が初撃を喰らって動けなかった間、フェリシアが応戦してくれたが、荷が重かったらしい。復調した俺が気絶させた」

「殺してはいませんか、上出来です。

 フェリシア様、大丈夫ですか?」

「何とかね……成竜になってないのがこんな所で徒になるとは思わなかったけど」

 強烈に圧迫されていた両腕と胸が鈍く痛むのか、返事をしている最中にもフェリシアは顔を顰める。

「それは……。まぁ、纏身系の修練をしなかった己の不出来を憾む事です。

 さて――」

 テレジアが竜眼を発露し、トロールの全身を見据える。

「……額に変性陣……。この記述は……どうやら人間に操られていたようですね。忌々しい」

 テレジアは眉を顰めると手にしていた極太の鎖の一端を、自分が立つ位置からトロールの体の向こう側に投げた。

「何をするんだ?」

「拘束するに決まっているでしょう。私は魔法に明るくありません。この遠隔操作の変性陣を消せません。目を覚ましてまた暴れられる訳にはいきませんから」

「だったら、俺も手伝――」

「不要です」

 テレジアは華月の申し出をさらりと断ると、非常に軽い動作でひょいっとトロールの体を右腕一本で頭上まで持ち上げた。

 しかも縦に、だ。

 そして垂れている鎖を左手で何度も放り投げ、トロールの体に巻き付けていく。

 巻きつけ終わるとトロールの体を地面に降ろし、鎖の両端を持って絞り上げてから、自分の両手ぐらいありそうな錠前を懐から取り出して鎖を連結する。

「コレで良し。このトロールがどれだけ怪力であろうとも、この鎖は切れませんし、錠前は壊れません。

 カヅキはフェリシア様を運んでください。皇宮に戻ります」

「あ、ああ……」

 華月がフェリシアをお嬢様扱いでお姫様抱っこするのとは対照的に、テレジアはトロールを肩に担いで荷物扱いだ。

 しかし何より、華月はよくもまぁあんなデカブツをそんなに軽々と担ぐことが出来るものだと感心していた。

「さ、行きますよ」

 そのままテレジアが走り出した。華月も置いて行かれないようその速度で追いかける。

「やっぱり成竜になると扱える力が違うなぁ」

「早く成竜になる方法を見つける事です。条件が揃えば自然となれます。と、言うよりも、五百年も幼生体のままと言う方が珍しいのですが」

「うぐっ……」

 華月の腕の中でぼやいたフェリシアは、ちらりと裏を振り返ったテレジアの軽い一言で強制的に沈黙させられた。

「ね、ねぇテレジア。あたしの両親は、どんな条件付けをしたのか知ってる?」

「存じません。仮に知っていても周囲がそれを漏らすことはありませんし、在り得ません。それは本人の為になりませんから」

 テレジアの正論にやはり黙るしかないフェリシアだった。

「テレジア、少し急ぐか?」

「ついてこられますか?」

「ついていくさ」

「なら、少し速度を上げます」

 テレジアの走る速度が増した。ぐん。と、一気に加速される。

(あの荷物を担いでその速度は反則――!!)

 負けじとその後を必死で追いかける。

 だが、速度が上がれば上がるほど、樹木や岩塊などの障害物の回避が難しくなる。難しくなるはずなのだが。

「何でそんなにひょいひょい避けられるんだよ!?」

「慣れです」

 にべも無い。

 テレジアは目の前に現れる総てを最適な位置取り、角度で避け続けている。一方華月は危なっかしく、時々障害物に蹴りを入れながら何とか避けている状態が続く。そうしているとテレジアとの距離が徐々に空き始める。

「もう少しでこの森を抜けます。そうすれば皇宮までは一直線です。……根性を魅せなさい」

「ヴェルラみたいな事を言うな! 恨畜生!!」

 木々を蹴りながら、華月は半分ぐらい忍者のような動きになっていた。下を走るより枝を跳んで進んだ方が速かった。

 最後の枝を踏み越え、森を抜ける。

「加速勝負と行きましょう。私よりも先に皇宮に辿り着いたら、今晩の夕食は少々色を付けてあげます」

「言ったな!? 後悔すんなよ!」

 着地と同時に華月は両脚に魔力を纏わせる。森を抜けたテレジアも同様に魔力を纏う。

 二人が踏み出した地面が爆ぜる。跳ねるように前に進んでいく。加速度は互角。本来ならテレジアの方が速いのだろうが、背負っているウェイトが違いすぎる為、互角なだけだ。

(ハンデがコレで互角とか、話にならねぇだろ!)

 何とか先に進もうと、華月は自分の体を必死に動かす。

(味はともかく、ヘルシーすぎで物足んねぇんだよ!)

 食事の質素さが少々物寂しいらしい。

(もっと回れ、廻れ!)

 華月が意識を集中すると、脚を覆い強化していた魔力の他に、体内を流れる魔力が変化した。全身の隅々まで魔力が流れ込み、内側から身体を強化していく。

 骨格や筋肉、神経などが通常よりも出力や感度を上げていく。

 動作速度が跳ね上がる。

 加速度が増し、テレジアを置き去りにする速度で走り出す。

(な、何だコレ!?)

 本人が一番驚いていた。

「外環の纏身系と、内環の流身系の同時使用ですか。やりますね」

「る、流身系?」

 テレジアも速度を上げ、華月の横を並走していた。

「体内の魔力の流れを操作し、内側の機能を引き上げる技術です。森羅万象に魔力が宿るからこそ、意志を持つ存在が可能とする魔力の使用法です」

「そんなの知識になかったぞ!」

「当然です。純竜種ならこれは本能的に使いますから」

「何だよ、それ……」

 そうこうしている内に皇宮が近づいてくる。

「そろそろ減速しないと止まれませんよ」

 テレジアが速度を緩め始める。

「勝負だからな、ギリギリまで引っ張らせてもらう!」

「ご自由に。

 ああ、フェリシア様に怪我をさせないでください。カヅキとは違いますから」

 言われて華月は自分一人ではなかったことを思い出した。皇宮の入口へ続く大階段まで後約500m程。速度を緩めるには遅い。

「ち、畜生っ!」

 左足を前に、右足を後ろにし、全体重を両足に掛ける。

 地面を盛大に削りながらスライドしていく。

「と、止まれっ!!」

 速度は急激に落ちていくが、どう考えても間に合わない。

「うらぁっ!」

 ぶつかる寸前で大階段の三段目に左足の裏を使って蹴りを入れ、残っていた速度を完全に殺した。

「いっ……てぇ……」

 流石に無理が祟ったのか、左足全体にジンジンとした痺れに似た鈍痛が起こった。だが、これで華月の勝ちだ。

「負けてしまいましたね」

 少し遅れてテレジアが悠々と到着した。何だかどっちが本当の勝者か解り難い状況になっている。

「その余裕がムカつく……」

「ムカつく? どういう意味でしょう」

「腹が立つって意味だよ」

「何故です? カヅキの勝ちですよ」

「何だよその余裕! 勝った気がしない!」

 華月の完全な八つ当たりだが、何故だろう。理不尽という感じが全くしない。

「まぁ、カヅキの勝ちに間違いはありませんから。夕食は期待しているといいでしょう。

 私はこのトロールの処遇を決めるので、方々に連絡を入れてきます。

 カヅキは医務室にフェリシア様を連れて行ってください。失礼」

 テレジアは大階段を上らず、そのまま脇の方へ向って行った。

「医務室なんて知らないんだけど」

「……皇宮の一階、一番奥だよ」

「ああ、フェリシアは知ってるよな。案内宜しく」

「う、うん……任せて」

 黙っていたフェリシアは、何だか表情が硬かった。





[26014] 第33話 巨木のエルフ 承部11話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/21 20:13


 フェリシアの案内で医務室に着き、誰もいなかったのでフェリシアをベッドへ寝かせ、収納布を預かり、今度は一人でセフィールの大樹に向け走っていた。

 さっきの流身系の色々な実験をしながら、目的地までひた走った。

「……おお、あっさり着いたな」

 目の前には馬鹿デカイ巨木。

 しかし、ここで困った事があることを思い出した。

「エルフに案内してもらわないといけないんだったな……」

 そう、単身で乗り込もうものならこの中を彷徨う事になる。そう言う仕掛けがしてある。

「……あ、馬鹿正直に樹の中に入らなけりゃいいか」

 華月は上を見上げ、適当な凹凸を見つけると、セフィールをよじ登り始めた。常識的に考えればそれこそ馬鹿のすることだが、それを平然とやってのけるだけの力があるから性質が悪い。もっとも、そんな風に使うべき力ではないのだが。

「……」

 何かを引き絞る音。続いて鋭い風切り音。

「……え?」

 華月の後頭部に何かが刺さる。腕や足が動かなくなって、セフィールから落下し、地面に激突した。

「……この、馬鹿者は……」

 華月の身体をひっくり返し、後頭部から生えている何か――矢羽までつけられた、ものの見事に矢だった――の脇に足を置き、一気に引っこ抜き、溜息をつく一人のエルフ。

「……はっ!?」

 撥ね起き、左右を見て、自分の脇に誰かが居る事に気付く。

「あら、目が覚めたかしら」

「……さっきのはその矢か?」

「そうよ」

 涼しい顔で返事をするのは、リフェルアだった。

「な、何すんだよ! 一回死んだだ――」

「何すんだ。は、こっちのセリフよ。私だから一本で済んだけど、他のみんなに見つかったらその身体、矢で埋め尽くされてるわよ」

「……もしかして、アレって拙かったか?」

「もしかしなくても拙いわよ。常識で考えなさいよ、この馬鹿」

 容赦無く治りかけの華月の頭を引っ叩く。

「だったらどうやって中に入ればいいんだよ」

「は? エルフの静鈴は持ってきてないの?」

「……ああ、そういう便利なものがあったのか」

 華月は言われたものを脳内検索すると、エルフにしか聞こえない音を出す鈴があることを自覚した。

「仕方ないわね……。取り敢えず私についてきなさい」

「助かる」

 リフェルアは背負っていた矢筒に矢を戻すと、先を歩いてセフィールの中に向かう。華月もその後を追ってセフィールの中に入る。

「それで? 何をしにきたの?」

「セフィールの水を50リットルと、樹液を10リットル貰いにきた」

「……ヴィシュルのお使いかしら?」

「良く解るな。まぁ、本当はフェリシアが頼まれてるものだけど」

「そんなに大量の水と樹液を使うのは、縫製以外じゃこの辺だと鍛冶ぐらいしかないわ。

 でも、ちょっと多いわね。持てるの?」

「一応収納布は預かってるんだけど、中にフェグラの花とデジネ草が大量に入ってるんだ」

 華月は預かっている収納布を見せた。リフェルアは収納布に手を当てると、溜息をついた。

「もう入らないわね。というより、入れすぎよ」

 もう一度溜息をつくと、歩き出した。

「遅れないで。仕方ないから、準備を手伝ってあげるわ」

「あ、ああ。手間を掛けさせて悪い、な……?」

「気にしないで。どうせカヅキにはその内素材の採集に行ってもらうことになるから、その時に使う道具を先に渡すだけだもの」

「……え?」

 先を行くリフェルアは少しだけ華月に視線を向け、ニヤッと笑う。

「貴方の儀礼正装の材料だもの、一部は自分で採ってきてもらうわ。その時に渡す分の収納布とエルフの静鈴を今準備するわ」

「そういう事か。解った」

「あら、素直ね?

 ここよ」

 セフィールの中をそれなりに移動し、ついた先は何か、保管庫というか倉庫というか、非常に線引きが難しい混沌とした物置だった。

 棚はある。竜語とはまた違う文字でラベリングされてもいる。

 ただ、その場所に収まっておらずはみ出したり、垂れ下がったりしている。

「……」

「何か言いたそうね」

「いや、これが一番使い勝手がいい配置なんだろ、そうに決まってる」

「いいえ。単にきっちり収納されていないからよ」

「整理整頓清潔清掃躾しろよ……」

「なによ、それ」

「俺の居た世界で5Sって言うんだよ。親父が管理職に就いてて、部下を教育するみたいに口煩く言ってたんだ。『常日頃から判り易いよう整理、整頓し、清潔に保つため清掃し、これを躾ける』んだそうだ。新人に徹底して叩き込むことらしい」

 うんざりした口調で華月が語る。現職の管理職なら当然のことだろう。もっとも、華月の居た世界の事などは、リフェルアたちにはまったく関係が無いわけだが。

「ここがこんなになってるのは、族長が時々荒らすからよ。探し物が致命的に下手なのよね」

 リフェルアはひょいひょいと通り道の分だけ規定の位置に戻しながら先に進んでいく。どうやら手前が原料で、奥に完成品や道具が置いてあるようだ。

「フィーリアスさんが……?」

「そうよ。何か始めると夢中になっちゃう気質と相まって、ご覧の有様にしていくの。前はその度に戻してたんだけど、最近は面倒になってきて……。

 って、そんなのはどうでもいいわ。これよ、これ」

 一番奥の棚から収納布を四枚、小さい鈴を一つ。そして腰と太股にベルトを巻きつけて固定するポーチを二つ出してきた。

「精霊石と竜の皮膜、ケイスラーの樹皮とヴェネディクト鉱石……それ用の収納布。エルフの静鈴。亜竜・ロッキンの鞣革で作ったベルトとポーチのセット。

 ……普通に捌けば二十五万セイスは固い……。いいえ。先行投資よ、リフェルア」

 出してきた物を確かめ、一回盛大にため息をついた後に呟いた。が、割り切ったように華月に渡す。

「亜竜ロッキンの特徴として、非常に破れにくい外皮が上げられるわ。それを使った、まさに竜に引っ張られても破れないポーチよ。特別縫製で糸も強靭なものを使ってるから縫い目から裂けるなんて事も在り得ないわ。ベルトも同じ。コレは貴方に譲るわ。

 その鈴は持ち主が鳴らそうと思わないと鳴らないわ。そういう風に魔法が掛けられてるから。コレも譲るわね。

 収納布は後で返してもらうことになるけど、今回はその四枚を使わないと運べない量だから、貸してあげる」

「あ、ありがとう」

 華月はきっちり収納布を折りたたんでポーチの片方に納め、静鈴もポーチの中にあった二重ポケットに入れる。その時、ポーチがやけに固いことに気付いた。破れない鞣革なら柔軟性に富んでいると思っていただけに少し驚いた。それを察したリフェルアが補足をしてくれた。

「鞣革を二重に使って、間に軽量の不朽金属のアルヴェ鋼板を入れてあるのよ。大竜が踏んでも壊れないわ」

「小竜じゃなくて、本当に本来の姿になった竜が踏んでも、なのか?」

「そうよ。それ、エルフの耐性魔法も付与もされてるから、一般流通なんてしない最高級品よ。

 ……本当に、大損よ」

「最後になんか言ったか?」

「いいえ。何でもないわ。

 次は水と樹液だったわね。ちょうどドワーフに返す容器があるからそれに入れればいいわね」

 今度は反対方向へ動き出した。反対側は棚が無く、天井から管が何本か降りていた。先端にはコックが付いている。

「……。もしかして、ここで汲むのか?」

「そうよ。……っと、これね。本当にちょうどいいわ。100リットルと50リットルの圧縮容器がある」

「圧縮容器?」

「原理は収納布と同じよ。大きさで記載されてる容量があるの」

 リフェルアが両手に持っているポットみたいな容器にはでかでかと50と100の数字が刻まれている。

「あ、こっちでもこの数字なんだ、本当に」

「ん? ああ、この文字はカヅキの世界のものだったの? 何で使われてるか、私は説明しないわよ」

「大丈夫。もう習ってる」

 リフェルアはそれぞれ別の管のところに圧縮容器を置いた。そして蓋を開け、コックを捻る。

「さて、溜まるまで採ってきてもらう素材について話すわね」

「ああ、頼む。特に精霊石について教えてくれ」

 華月は自分の知識と照合するため、不確実な記述の多かった精霊石について聞くことにした。

「精霊石は別名、精霊核とも言うわ。中級以上の精霊に認められた者のみが手にすることの出来る、精霊の力の結晶。それと共鳴することで属性魔法の威力を底上げしてくれる。言わば魔法の増幅器ね。カヅキには六属性全ての精霊石を集めてもらうわ」

「……ハードル高いんじゃないのか?」

「言っている意味が解らないのだけど?」

「難しいんじゃないのか? って意味だよ」

「ああ、難易度? 五段階評価で私なら五を付けるわ」

 さらっと流された。

「世界の終わりみたいな顔をするんじゃないわよ。精霊たちの出す課題を乗り越えればいいだけだから」

「その課題が難しいんじゃないのか?」

「……精霊によるわ。中級でも下級に近い力の弱い精霊なら割と簡単よ。まぁ、竜皇の騎士が軟弱な結果では陛下の評価まで下げかねないけど。あの主にしてこの騎士在り、ね」

 宥めておいて最後に落とすリフェルアはサドだろう。

「まぁ、詳しくは陛下に聞くことね。とりあえず、今は届け物の事を優先しなさい」

 リフェルアは溜まり具合を確認しながらそれ以降の精霊石についての説明を放棄した。泣き言を聞かされるのは御免なのだろう。

 誰だって好き好んで他人の愚痴を聞く気にはならないだろう。

 華月も諦め、届け物を持って行く為にどうやってドワーフの住処へ『普通』に入るのか聞くことにした。





[26014] 第34話 洞窟のドワーフ 承部12話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/22 21:33


 またもひた走ってドワーフの住処であるとある死火山の麓に居た。

「……ここが、入り口なのか?」

 華月の目の前には、ヒュコォォ。と、不気味な空気の流れる音を立てる洞穴があった。

「確か、罠が仕掛けられてるんだったな」

 探知能力や察知能力を全開にして、華月は一歩を踏み出した。

「……え?」

 バコン。と、軽快な音と共に足元が消失した。

「初っ端から落とし穴かよっ!?」

 華月の体が自由落下を始める。

「くっそ! 何所にも届かねぇ!!」

 華月が落ちていく穴は五メートル四方の正方形をしていた。どこにも手も足も届かないし捕まれない。

 自由落下の時間はそう長くないはずだ。ならば、華月が取る手段はそう多くない。

(流身系、纏身系の同時使用!)

 肉体の内外を魔力が奔り、包み込む。

 夜目を最大限に使用し、底を見通す。

(保ってくれよ!)

 体勢を変え、見えた底にぶつかる前に両足で着地する。

 底から更に下にいってしまうような衝撃に耐え、華月の両足はそこに在った。しっかり底をぶち抜く感じに脛の半ばまで埋まっているが。

「し、死なずに済んだ……」

 へたり込んで、ほっと一息。

 しかしまさか、最初の一歩目から落とし穴に嵌るとは思ってもいなかった。しかもその落とし穴が深い事。

「リフェルアのヤツ……何が『入り口に隠されてる梯子を使えば直ぐ』だよ……」

「おい、そこの! 動くんじゃねぇぞ!!」

「動かないで!!」

 華月は、周辺から合計10対の眼に取り囲まれていた。

「……こちらはダークネス・ドラゴンの竜騎士見習い、瀬木 華月だ。フェリシアの代理でヴィシュル=アーズへ荷物を届けにきた」

「え? カヅキさんですか!?」

 夜目の利いている華月は、声の方に顔を向ける。そこには、大きな金鎚――仕事道具でも在るヴィシュルの戦鎚――を構えたヴィシュル本人が立っていた。

「よぉ。頼まれてた薬草二種、水と樹液を持ってきたよ」

 埋まっていた足を引っこ抜き、ヴィシュルの方へ歩くと――。

「動くなっつってんだろ!」

 戦鎚が振り下ろされた。

 華月は何の苦も無く、それを片手で受け止める。

「今回は、貴方に用は無いんだ。

 ヴィシュル。動くなって事らしいから、こっちに来てくれるか?」

「あ、はい」

 寄ってきたヴィシュルに、収納布を渡し、水と樹液は取り出してもらった。四枚だけ収納布を返してもらう。

「これで用は済んだな。帰り道を教えてくれるか?」

「あ、えっと……。

 頭領、いい加減にしてください。カヅキさんは私の『お客さん』です!」

「……ちっ」

「みんなも、お騒がせしました。仕事に戻ってください」

 周囲を取り囲んでいたドワーフたちが散っていく。ドレンも華月に一瞥くれて去っていった。

「物々しい歓迎になっちゃってご免なさい」

「いや、別に構わないけどさ」

「ちょっと一緒に来てもらえますか? カヅキさんが居ないと困ることがあるんです」

「解った」

 ヴィシュルの後に続いてドワーフの住処の奥へと進んでいく。

 上がったり下がったりしながら目的地に着いた。

 そこはこじんまりした鍛冶場だった。

「ここは?」

「私個人の鍛冶場です。中級鍛冶師になると自分で鍛冶場を構えるんです。

 それで、ですね……」

 ヴィシュルは圧縮容器をテーブルに置くと、金床の上に置いてあったものを華月に差し出す。それは銀一色の剣だった。

「刀身と握りだけですけど、頼まれていた形の試作品です。バランスは取ってありますけど、ちょっと実際に持って振ってもらえますか?」

「ああ、成る程ね」

 握りを掴み、持ち上げ、二、三回振ってみる。特に違和感も無く、実にスムーズに振れる。

「……」

「どうですか?」

「悪くないんじゃないかな? 本格的な武器を持ったのは初めてだけど、特に扱いづらいとか、そういう感じはしないな」

 華月がそれなりの速度で振り抜くと、小気味いい風切り音がした。

「うん。あの形だけのヤツより断然いい」

「良かった。形状の作りこみは成功ですね。じゃぁ、残りの部品も付けちゃいますね」

 華月から試作品を返されると、ヴィシュルはぱぱっと準備してあったナックルガードとグリップを取り付け、塚尻に留め具を付けると鞘に収めて華月にもう一度、差し出す。

「これは、現段階で私が扱える最硬度の金属で出来ています。ですが、とても竜や竜騎士の全力に耐えられる代物じゃありません。言わば間に合わせの急造品です。

 必ず、私が、カヅキさんの為だけの剣を作りますから、それまで待っていてください」

 確固たる決意を秘めた真っ直ぐな目をするヴィシュルに、華月は真摯に答えた。

「ああ、待ってる。俺も、それまでには一人前の竜騎士に成ってやる。ヴィシュルが作る剣、リフェルアが作る儀礼正装に恥じない騎士に」

「じゃぁ、約束です」

「ああ。約束だ」

 ヴィシュルが華月の右手を取る。華月もそれに答える。

「にしても、良く短い時間でこれを準備できたな?」

「あ、私、他の人より打つのだけは早いんです。他の人の……約三倍ですね。細く見えますけど、結構力持ちなんですよ」

 力瘤を作って笑うヴィシュル。小さい体躯と性別に似合わない、素晴らしい筋肉だ。

「人間のままだったら、ヴィシュルに殴られただけで死ねたかもしれないな」

「カヅキさんが細いんですよ」

 それは否定できない。華月のほうが身長が高いが、明らかに細身だ。

「竜騎士は体型がそんなに変わらないらしいからなぁ。もうちょっと筋肉質なほうが見栄えたんだろうけど」

「まぁ、そんな見かけでも私より膂力がありますからね。さすが竜騎士ですよ。普通、あの入り口の上から落ちたらドワーフだって大怪我するんですから」

 笑っているヴィシュルが気になることを言った。

「ちょっと待った。

 俺が落ちたのは、落とし穴じゃないのか?」

「え? 梯子から手を滑らせたんじゃないんですか? あれがここへの直通路ですよ。リフェルアさんに教わったから使ったと思ってたんですけど」

「いや、聞いてた。それを探そうと一歩踏み出したら、突然口が開いて落ちたんだ」

「……もしかして、ギアが壊れた? ……カヅキさん、手伝ってください!」

「え? あ、ああ!」

 ヴィシュルが道具箱を抱えて走り出した。華月も剣を左の腰のベルトに通してヴィシュルの後を追う。

 来た道を戻り、今度は梯子を使って上まで一気に登り上がる。

 すると、蓋が開きっぱなしになっていた。

「あ~、やっぱり……ギアが一個壊れてる……。だから蓋は円形にしようって言ったのに……。後で作り直さないと。

 カヅキさん、この蓋をこの位置で固定しててくれます?」

「解った」

 ヴィシュルに言われた角度で蓋を保持する。ヴィシュルは命綱を結んでから穴に半身を乗り出してギアの交換修理をし始めた。

 ものの五分程度で修理は終わった。

「済みませんでした。ここ、壊れてたみたいです」

「だから俺は落ちたのか」

「はい。二枚の扉で、本当は片方が上に上がって、片方が下に下がるんですけど、跳ね上げるためのギアが一個砕けてたみたいで。不朽金属で作ればいいのに、頭領が手抜きするから……。

 ともあれ、これでしばらくは大丈夫です」

「そっか。じゃぁ、届けるものも渡したし、受け取るものも受け取った。今日のところはこれで引き上げるよ」

「はい。次に剣を渡すときは吃驚させてみせますね」

「楽しみにしてる」

 華月はヴィシュルに別れを告げると、来た時同様に走り去った。

 それを見送ったヴィシュルは、生暖かい眼で遠くを見ながら呟いた。

「……まさか、カヅキさん走ってきたの? ノーブル・ダルクの近くにこことセフィールの所への直通の転移門があるのに……」

 知らぬが仏という内容だった。





[26014] 第35話 上級水精霊 承部13話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/08/15 01:29

 翌日、華月はアルヴェルラの執務室に居た。

 アルヴェルラは仕事の真っ最中だったらしく、資料を見ながら書類に何やら書き込んでいた。

「それで、直接私のところへ来るなんて、どうした?」

「精霊石はどうやって集めればいいか教えてほしいんだ」

 華月の言葉でアルヴェルラは書類を書くのを止め、顔を上げる。

「精霊石か。リフェルアに持ってくるように言われたのか?」

「今すぐって感じじゃないけど、必要になるんだろ?」

「そうだな。先達たちにも六属性の精霊石を集めるよう言われているしな。魔法の使えるカヅキの竜騎士細工の宝飾には必須の素材だ」

 カチッ。と、軽い音を立て、アルヴェルラは手にしていた羽ペンをペン立てに収める。

「精霊石がどういうものかは知識と、リフェルアから聞いているだろうから説明は省く。

 そして、カヅキに望むのは上級精霊からの精霊石の取得だ。今までの訓練などとは勝手が違うだろう。おそらくお前でも苦戦する」

「望むところ。って、粋がっておくよ。で、どうすればいい?」

「テレジア」

 パンッ。と、アルヴェルラが手を打ち鳴らすと、扉の影からテレジアが姿を見せる。

「はい、陛下。

 では、カヅキ。覚悟してください」

 テレジアは華月に軽い足取りで近づくと、首を掴む。

「な、何すん――」

「逝ってきなさい」

 テレジアは華月の足を払い、体が浮いたところで一歩踏み出し、窓の外へアンダースローで投げる。時速200Km/hほどの速度でかっ飛んでいった

「方角、角度、良し。速度も十分。目標地点は水精の湖」

「後はロミニアに任せよう。精霊のことは精霊に任せるのが一番だ。テレジア、ついでに茶を一杯頼む」

「はい、陛下」

 テレジアは言われたとおり茶の準備を始めた。



 水精の湖は今日も静かに水面を光らせていた。

 そこへ――。

「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」

 入射角度50°、速度160Km/h。ド派手な着水音と同時に湖面に見事な水柱が立った。

「ぶぁっ!? な、何なんだよ!!」

「あらぁ? お客さんかしら?」

 華月の身体に水が纏わりつく。華月には覚えがある。これは水精霊の仕業だ。

「ろ、ロミニアさんか?」

「あらあら、こんにちは。アルちゃんの竜騎士の……アヅキくん?」

 華月の目の前で水が女性の形を取っていく。前回より精巧に、緻密に。

「華月です!」

「そうそう、カヅキくんだったわね。

 一人でここに何しに来たのかしら?」

 纏わりつく水の感じが変わる。答え一つで致命的な事になりそうだ。

「上級精霊たちから精霊石を譲り受けたい。ついてはその方法を教授していただきたく」

「そんな畏まって話さなくていいわよ? 私はそんなに凄い精霊でもないし?」

「あ、はぁ……」

 ロミニアは華月を持ち上げると、陸へと降ろす。

「タメ口でいいわよ。古い精霊はその辺に拘るのが多いけど、私は畏まられるのは嫌いなのよ。

 で、精霊石だったわね。上級精霊じゃないとダメなの?」

「ヴェルラからは上級精霊から精霊石を享けてこいと言われて」

「随分難しい事を要求するわね~、あの子は」

 ロミニアは呆れているのか、体の輪郭が少し甘くなった。

「俺がここに放り込まれたってことは、先ずは水の上級精霊から精霊石を譲ってもらってこいって事だと思うんだけど。水の上級精霊はどこに?」

「ん~……、仕方ないわねぇ。上級精霊は俗世に現れるのを嫌うのよ。位相をズラした特異空間――闇黒竜族の墓所の石版の中みたいなところに引き篭もってるの。

 だから、ちょっと体を置いていってもらうわ」

「え――?」

 次の瞬間、華月の意識はロミニアによって引き抜かれ、此処ではない何処かへ誘われた。




 虹色の空間。

 巡り廻る色彩が落ち着きなく、一瞬一瞬で全ての配色が変化していく。

「な、何だここ……」

「一枚の空間という壁を越えた先の空間。多分アルちゃんもきたことないわよ」

 華月の意識が横に居る何かを認識した。人の形をしたそれは、ドラゴンたちとはまた違った美を持っていた。

「あ……すげぇ美人だ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」

 華月の意識が何かに包まれる。この感覚には覚えがある。これは――。

「ろ、ロミニアさん……?」

「そうよ? ああ、あの仮の器じゃここまではっきりと形を取らなかったわね。

 さて、同朋・ミルドリィス」

「……騒がしいな。私は静かな平穏が好きなんだ」

 華月の前にもう一つ、ロミニアと同じような気配を持ち、それ以上の存在感を持ったモノが現れた。だが、華月の意識が認識したそれの姿は、まるで少女のような大きさだった。

「ほら、カヅキくん? お目当ての水の上級精霊よ」

「お目通り願えて光栄です。私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します」

「ふん? 一応の礼儀は弁えてるな、坊。ヴェルラ嬢の竜騎士見習いといったか?

 我が名はミルドリィス。

 して、何用だ? わざわざロミニアがこっちに連れてくるほど重要な用件か?」

「一人前の竜騎士となる為、上級精霊から精霊石を譲り享けてくる様、主より申し付かっています。つきましては、ミルドリィス様よりご享受願えれば、と」

「……ふん。ロミニア?」

「私で間に合うんなら、私はあげちゃうわよ」

「……運が良いな、坊。私、水の上級精霊・ミルドリィスはお前を試さない。無条件で精霊石をやろう」

 華月の意識体をロミニアと少し違うものが包む。

「享け取れ、これが精霊石だ。向こうに戻れば石となる」

 華月の意識体に何かが浸透してくる。物凄い圧力と勢いで。

「抗うな、享け入れろ。我が一部だ。お前を濾過器とし、結晶化する。それがお前だけの精霊石となる」

 自分の裡へと入り込んでくるミルドリィスの一部。アルヴェルラの血を享けた時とは違った異物感が全身から隈なく感じられる。それもやけに冷たく、透徹していく。

 それが末端から中を進んで、自分の鳩尾あたりに集中していくのも解る。

 だが、華月は苦悶の声を上げようとしなかった。

「ふん、竜血を享ける事に比べれば大した事でも無いか。一つも喚かないとは」

「……こちらから無理を言ってお願いしたこと、です。

 それに、力を分けてくれる方の一部を、苦悶の声で迎えては失礼でしょう。もう、そのような礼を欠く行為を、私はしないと決めているのです」

「……なんだか無性に虐めたくなるな」

「あら、ミルドリィス? 意地悪しちゃ駄目よ?」

「解っている。コレはヴェルラ嬢のモノだろう? 私が手を出すのはここまでだ」

 華月の鳩尾で、ミルドリィスの一部が凝結する。

「精製を経た。水の精霊石、確かに与えたぞ」

「感謝します」

 華月から意識を逸らし、冷たく告げる。

「用が済んだらさっさと去れ。ロミニア」

「はいは~い。カヅキくん、帰るわよ~」

「いずれ、改めてお礼に――」

「来なくていい。我が一部は常にお前と共に在る。わざわざ来る必要は無い」

 ミルドリィスが明後日の方を見たまま、華月たちに向かって腕を振る。巻き起こった圧力に押され、華月とロミニアは現実に吹き飛ばされた。




 湖畔で目を覚ました華月は、戻って早々に咳き込んでいた。

「ゲホッ!」

 すると、親指の爪程度の大きさの蒼い結晶体が出てきた。

「こ、これ……?」

「それが精霊石よ。

 やっぱりミルドリィスの精霊石は鮮やかに蒼いわね~。私のはちょっと濁るのよねぇ」

「う……そ、そうですか……」

 華月は湖の水で精霊石を洗ってから収納布に収め、ポーチに仕舞う。

「あの、他の精霊にはどうすれば会えますか?」

「他って、水以外の五属性の精霊?」

「はい」

「そうねぇ……火と土の精霊はドワーフの洞窟の最下層でなら顕現してくれるし、樹の精霊はセフィールの中でなら顕現してくれるはずよ。光と闇の精霊は……ちょっと変わってるから、私には教えられないわ」

 ちょっと変わっているという一言が気になったが、あえて追求せず、次の目標へ向かう事にする。次は――。

「解りました。次はドワーフの洞窟へ向かいます」

「そう? じゃぁ、そこの転移門を使うと早いわよ~。ノーブル・ダルクの近くに設えてある転移門に繋がっていて、そこからは――」

「もしかして、ドワーフやエルフの所に一瞬だったり?」

「そうよ? あら、知らなかった?」

「……はい」

 ちょっとだけ、涙が滲みそうになった華月だった。





[26014] 第36話 火と土の上級精霊 承部14話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/02 00:32


 転移門の使い方も教えてもらい、華月は昨日も訪れたドワーフの洞窟を歩いていた。

(とは言え、ヒカリゴケっぽいコレがあるから歩けるんだよなぁ)

 さすがに華月の眼は光源が無ければ何も見えない。完全な闇の中で動けるほどの万能性は有していない。

(え~っと、昨日の道だとそろそろヴィシュルの鍛冶場に着くはず……)

「だーっ!! 上手くいかない!」

 やけくそに金属を叩いているような音と、絶叫が響いてきた。声はヴィシュルのもののようだった。

「第一段階の抽出に間違いは無い……第二段階の粗精製も大丈夫……最終段階の錬成に失敗があるっていうの……?」

 一際大きく金属を打ち鳴らす音、そして床に幾つもの金属が落ちる音が聞こえる。どうやら鍛錬中の金属を叩き砕いたようだ。

 華月は気にせず鍛冶場に入る。

「ヴィシュル、ちょっといいか?」

「うぇっ!? か、カヅキさん?

 ……っ! あ、きっ、聞こえ、ました?」

 引き攣った笑顔でさっきの独り言などが聞こえたのか確認するヴィシュル。確かにアレを誰かに聞かれれば恥ずかしいだろう。

「まぁ、聞かなかった事にする。

 それで、忙しそうにしているところ、勝手な頼みで悪いんだが……」

「どうしたんですか?」

「火と土の精霊に会いたいんだ。最下層のどこに行けばいいのか教えてくれないか?」

「その格好で、ですか?」

「ああ。全身ずぶ濡れなのはさっきまで水の上級精霊に会ってたからだ。上級精霊から精霊石を享けてこいって主の指示でな」

「もしかして、あの湖に投げ込まれたんですか?」

「よく解るな。その通りだ」

 尤も、二人の認識には大きなズレがある。華月は大遠投され、湖に叩き込まれた。だが、ヴィシュルは湖の近くから普通に投げ込まれたと思っている。この違いは大きい。

「それで、ここに来たという事は、水の精霊石は享けられたんですね?」

「ああ。次は火と土の上級精霊にから精霊石を享けようと思ってな」

「……案内するのは構いませんよ。丁度、上手く行かなくて腐っていたところですし、気分転換がてらにそれぞれの精霊の顕現所にお連れします」

 ことり。と、小さい金槌(相槌)を置いて立ち上がって伸びをするヴィシュル。

「じゃ、地下十五階層のここから、最下層の地下三十六層まで降りましょう」

「随分下にあるんじゃないか?」

「大丈夫です。十階層毎に直通の縦穴が隠されているんですよ」

 出入り口と同じようなものらしい。外部からの侵入者除けのために隠されて作られているという話だ。通路を歩きながらヴィシュルが教えてくれる。

「そもそも、この鍛冶場とか生活空間自体が隠し部屋なんですけどね。普通に入ると迷宮構造ですから」

 外敵が入り込む事はほぼ無い闇黒竜族の治めるドラグ・ダルクだが、この地に移り住んだアーズ一族とセフィール一族はあえて住処にこういった構造を付帯した。

「まぁ、住処を追われたが故の防衛策と思ってください。

 さ、一気に降りていきますよ」

 行き止まりだと思った岩肌をヴィシュルが押すと、滑らかに壁が動き、下へ降りる縦穴が現れた。

「螺旋階段か」

「出入り口と同じに作ると、この中では面倒ですから」

 そして先ず五階層分降り、また少し移動して十階層分降る。同じくしてドン詰まりまで降る。

「最下層、第三十六階層です」

「……熱いな……」

「溶岩流がすぐ傍を流れてますからね。だからこそ、火の精霊と土の精霊が同時に顕現できる場所があるわけですよ。

 あ、溶岩流には落ちないでくださいね。回収できませんから」

「き、気を付けるよ」

 そんな事を言っていると、溶岩流の脇を通る道に出た。

「ぐ……、あ、アツっ!」

「大げさですよぉ、このくらいで~」

 汗がにじみ始めた華月に対し、余裕綽々のヴィシュル。この時、摂氏55℃だった。

「まぁ、少し我慢してくださいね」

「ん~……? ああ、大丈夫だ。もう慣れた」

「へっ!? あ、竜騎士の適応能力……。に、しても、ちょっと早すぎません?」

「まぁ、深く気にしちゃダメだな」

 溶岩流の脇を通り抜け、更に一段下がる。そこは大きな熔岩溜があり、中心の小島に一本橋が掛かっているような凄まじい場所だった。

「あの中心部が火と土の精霊が顕現できる場所です。ただ、出てきてくれるかは保証できませんが」

「まぁ、なるようになるだろ」

 華月は軽い足取りで一本橋を渡っていく。ほんの数十㎝下で、溶岩が煮えたぎりボコボコと音を立てているにも拘らず。

 そして中心部に辿りつく。

 知覚域を展開し、近くに何かの存在が無いか探りを入れる。

(魔力を持ってはいるだろうけど、それよりも精霊は存在を感じた方が早い)

 二度に渡りロミニアに接し、上級精霊であるミルドリィスの一部を享け入れたからこそ真に理解した、精霊の本質。

 精霊とは、物質の器を持たず、存在のそのものをこの世界に固定している、一種の高次生命。他の種族が昇華し、次の段階へ移った時の姿だ。この世界を創り上げた神は、そんな先の事まで見通して生命を創り上げたらしい。

(俺の頭の知識と、体感と、想像力が合っているなら、応えてくれるだろ?

 俺は求める! 火と、土の精霊よ!!)

 知覚域内だけで響く華月の呼び掛け。

 大きくはないが、芯が在る真摯な叫びは、確かに何かに届いた。


 溶岩から立ち昇る熱気が密度を増し、陽炎となり、次第に紅い人影となった。

 華月の傍らの地面が隆起し、人型に固まっていく。


 精霊の顕現の瞬間だ。


「火の精霊、ヴェルセア。顕参」

「土の精霊、ガトレア。此処に在り」

 やはり女性型だった二体の精霊は、名乗りを上げる。

「「我等に何用か?」」

「お初にお目に掛かります。私は瀬木 華月と申す、ダークネス・ドラゴンが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士見習いです。主の命により、上級精霊の方々より精霊石を享ける様にと申し付かっています。

 どうか、火と土の上級精霊にお目通り願えないでしょうか?」

 深く一礼し、華月はただ願った。

「「……」」

 それに対し、ヴェルセアとガトレアは互いに顔を見合わせ、何か悩んでいるようだった。

「カヅキと言ったな、幾つか聞こう。我等の前にどの精霊に会った?」

「は、水の精霊、ロミニアとミルドリィスに」

「……精霊石はミルドリィスからか?」

「は」

 華月がそこまで答えると、ヴェルゼア、ガトレアは互いに顔(?)を見合わせる。

「そうか。だから我等が呼び出されたのだな」

「ミルドリィスの仕業か。味な真似をしてくれる」

「……?」

 華月が首を傾げたくなったとき、脇から声が聞こえてきた。

「カヅキさん、この精霊たちは中級じゃなくて上級の火精霊と土精霊ですよ」

「え?」

「存在の輝きが違います。本当なら上級の精霊はこっちには顕現しないのに」

 何時の間にか華月の横にヴィシュルが居た。

「やれやれ、ロミニアに甘いのは相変わらずか」

「仕方ない。呼ばれてしまった以上、我等が試すしかない」

「「竜騎士見習い、我等の力を享けられるか、その身で示せ」」

 精霊たちが言うが早いか、華月の両足が盛り上がった地面に呑まれる。

 次は、溶岩から高熱だけが抜け出し、その熱が華月を包み込んだ。

 次第に足から下半身、腹部と、熱と土・岩が競り上がってくる。

「そのまま放置すれば、お前は溶岩が一部となるぞ」

「さぁ、我等の力、見事享けてみせろ」

 しかし、華月は反応せず、そのまま頭まで呑み込まれてしまった。

「カッ!? カヅキさん!!」

「……無理だったか」

「仕方な――」

 ガトレアが諦めの言葉を吐こうとしたとき、人型になった土と熱気の塊が、音も無く崩れ、先ほどと寸分違わぬ華月が居た。

「……ゲホッ!」

 一度咳き込むと、紅と黄金(こがね)の精霊石を自分の掌に吐き出した。

「御二方の力、確かに享け取りました」

「「我等、常に汝と供に」」

 ヴェルゼアとガトレアは顕現を解き、元の空間へ戻ったようだ。現身が崩れる。

「……ふぅ、これで半分か……。

 ヴィシュル、案内有難うな」

「い、一瞬死んだのかと思いましたよ……」

「竜騎士はある意味不死だろ? 精霊の力を享けるには、全身から取り込むのが一番みたいだったから、覆われるのを待ったんだ。

 無事、目標の半分を達成できた。後半分だ」

 華月は手にした二つの精霊石を仕舞い、ついでのようにヴィシュルに尋ねた。

「ところで、ヴェネディクト鉱石ってここで手に入る物だったりする?」





[26014] 第37話 樹の上級精霊 承部15話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/16 07:26

 今度はセフィールの大樹がある北の森林地帯に現れた。

「……ホント、こういう便利なものがあるなら教えておいて欲しいもんだな」

 転移門の便利さに改めてため息をついて、華月は天を突くほどの伸びているセフィールに向けて歩き出す。

 どうも顕現地点が確定しているのは六属性の精霊の内、四素精霊と別けられる火・水・土・樹の精霊だけで、闇と光の精霊は闇黒竜族と白光竜族しか顕現地点を知らないらしい。華月の頭に押し込まれている知識にも精霊の顕現地点の正確な位置は記されておらず、その二つの精霊は最後に回さないとならない。

 森を歩いていると、今までの木とは違った木が群生しているところに差し掛かった。

「……あ、これか。ケイスラーの木は」

 華月にはどうみても百日紅(さるすべり)にしか見えない木だったが、それがこの世界ではケイスラーと呼ばれる特殊な性質を持っている木だと解った。

「え~っと、30センチ×40センチの生皮が要るんだったな」

 華月は腰にぶら下げっぱなしだった剣を抜き、その大きさの生皮を剥げそうな太さの木を探し、切れ込みを入れる。

「簡単に剥がれてくれよ?」

 切っ先を切れ込みの端に差し込み、手首を捻って捲る。捲り上げた突端を摘み、少しずつ剥き始める。

「おぉ~? 簡単に剥がれるんだ」

 綺麗に剥けた表皮を仕舞い込み、今度こそセフィールに向け歩き出す。



「つまり、樹の精霊の顕現地点まで私に案内しろってことかしら?」

 これまでの経緯を簡単に説明すると、リフェルアは物凄く迷惑そうな顔をしながらコップを差し出してきた。

 コップを受け取って中身を飲むと、思わず噎せ返りそうになるほどの甘味に華月の思考が一瞬停止した。

 リフェルアは澄まし顔で自分が持っているコップの中身を飲んでいる。



「ん? 何よ」

「いや、何でも……。

 まぁ、簡単に言えばその通りなんだけど」

「自力であちこち回って、解る相手に協力を求めるのは悪くないわ。ただ、私に限っていえば、迷惑なのよね。素材の殆どは倉庫にあるけど、動いて調達しないといけないものが無いわけじゃない。今日もこれから出掛けるところだったのだけど」

「何を採りに行くんだ?」

「教えないわ。一族の秘儀に関わる材料だから」

「そ、そうか……」

 さて、どうしたものかと華月が考えていると。

「工房長、少し時間いいか?」

「構わないわ。何?」

 一人のエルフが入ってきた。例に漏れず美形で性別不詳だった。

「……来客中だったか」

「別にいいわ。大した者じゃないから」

「そうか。なら本題に入る……。

 例の儀礼正装の材料だが、使えなくなっているものがそれなりに出ている」

「……何ですって?」

 リフェルアの顔が険しくなる。

「保存期間に問題は無かったはずね。私が引き継いでからそういった品質面は殊更注意していたはずよ」

「ああ。工房長の管理には問題無かった。担当者が保管状況の確認を怠っていたせいだ。担当者には無駄にした分を補填させる。連帯責任で直属の上司と同僚を動員して集めさせるが、一つだけそうもいかないものがある」

「……予想できるけど、一応確認するわ」

「ああ、間違いなくそれだ。一株だけだったファルシルが枯れていた」

「やっぱりね……これは参ったわ。

 カヅキ、私は貴方を精霊の元へは絶対に案内できなくなったわ」

「そんなに重要なものが駄目になったのか?」

「ええ。アレの新鮮な葉と花弁が必要だったのよ。重要な染料になるの。

 ……族長に案内してもらうことにするわ。私はファルシルの採集に向かう。レツゥフィン、緊急で第一採集班に招集を掛けて」

「了解した、工房長」

 レツゥフィンと呼ばれたエルフが出て行った。リフェルアは自分の装備を一通り確かめ、不足していたらしい幾つかのものを部屋のあちこちから取り出すと、収納布に収めて仕舞い込んだ。

「それじゃ、私たちも行きましょう」

「ああ」



 セフィールの大樹の最上部、時折強い風が吹き抜ける。

「さて、ここが一番近い樹の精霊の顕現場所です」

「案内に感謝します、フィーリアスさん」

「いえいえ、礼には及びませんよ。いずれ来るであろう事は、予想していましたし。しかし、上級精霊の精霊石とは……難易度の高い注文ですね」

「フィーリアスさん的には、何段階でどの程度の難易度ですか?」

 華月の問いに、意味深な微笑を浮かべると、フィーリアスはさらりと言った。

「私的には十段階中八の難易度を付けます」

「……そ、そうですか」

 華月はやはり高難易度なんだな。と、内心肩を落とす。

「まぁ、その難易度になってしまう殆どの理由が、上級精霊の召喚に失敗するからなのですがね。

 その点、カヅキ君は優位です。何せ、盟友に樹の上級精霊を持つ私が居るのですから」

「え?」

「お節介かもしれませんが、樹の上級精霊を呼んであげましょう。

 来たれ、華憐なる神樹の精。盟約の元、フィーリアス=ラ=セフィールが御名を唱える。

 シュリゼリア」

 華月にウィンクしながらフィーリアスが朗々と紡ぐ。

 瞬間、周囲の空気が変わった。

 華月とフィーリアスの間に蔦が這い出し、見る間に質量を増していく。それはあっと言う間に華月の身長と同じ高さに増え、表面が滑らかになり、次第に女性の形を取り始める。

「ふむ、盟友に呼ばれて久方振りに現界したが、何用かな?」

「お久しぶりです、シュリゼリア。実は貴女に折り入ってお願いがありまして。

 ほら、カヅキ君」

「あ、はい。

 お初にお目にかかります。闇黒竜族がアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木華月と申します」

「アルヴェルラの竜騎士見習い? あの子が竜騎士を……。

 私は樹の上級精霊、シュリゼリア。それで、私に用とは何かな? フィーリアスの呼び出しだ。下らない事では無いとは解っているつもりだが」

 他の上級精霊達より話易いと感じた華月だったが、油断は禁物だと自分に言い聞かせ、失礼が無いように努める。

「実は、上級精霊の方々より精霊石を享けるよう主から下命され、実行している最中なのです。ここに辿り着くまでに、水のミルドリィス殿、火のヴェルセア殿、土のガトレア殿より精霊石を享け、ここで樹の上級精霊の方から精霊石を享けようと参上した次第です」

「あの三柱からは既に精霊石を享けていると? そんな話は聞いていないが」

「本日より始めましたので」

「立て続けに上級精霊の力を取り込んできたのか? また無茶をする竜騎士だ。よく中毒にならなかったな」

 呆れた様な雰囲気でシュリゼリアが言う。そこへ、フィーリアスが補足をしてくれた。

「精霊の持つ力は一度に大量に体内に取り込むと、結晶化するほか非常に危険な中毒症状を引き起こします。カヅキ君は運が良かったんですよ」

「……」

 詳しく精霊の力について調べなかった自分の迂闊さを呪った華月だった。

「フィーリアスの頼みだ。無碍に断るつもりは無いが……カヅキと言ったな、耐える自身はあるか? 結晶化するほどの力、短い間にそう何度も与えられるものではない」

「……体調に変化はありません。大丈夫です、見事耐えてご覧に入れます」

「よく言った。ならば与えよう。我が力、易いと思うな」

 シュリゼリアが右腕を模している部位を持ち上げると、四方八方から蔦が伸び、華月の全身に絡み付く。締め付ける力は非常に強く、完全に身動きを封じられた。

「暴れられても面倒なのでな」

「構いません」

「では、行くぞ」

 蔦を伝ってシュリゼリアの力が華月に流れ込む。

「……!!!!」

 ミルドリィスの力以上の刺激。これならヴェルゼアとガトレアの方が刺激が少なかった。

 だが、やはり華月は悲鳴を上げることも無ければ暴れることも無い。粛々と力を
享け入れて行く。

「ふむ、予想以上に優秀な竜騎士のようだな。アルヴェルラは人を視る眼が鋭いな」

「あれでも竜皇ですから」

 必死に耐える華月を脇目に、のほほんと会話するシュリゼリアとフィーリアス。

「これなら、少し時間短縮をしても問題無いな。

 圧力を上げるぞ」

 告げられた途端、華月が感じる刺激と不快感が増大した。が、同時に結晶化していく速度も増大した。

「ふ、完了だ」

 華月が蔦の拘束から開放される。

「ゲホッ」

 咳き込んで結晶化した精霊石を手に落とす。

「樹の精霊石、確かに享けました」

「我、常に汝と共に」

 シュリゼリアが実体化を解いて去っていった。

「さて、これで四素精霊は完了ですね。一旦戻った方がいいと思いますよ」

「はい、そうします。

 ありがとうございました」

「いえいえ。頑張って一人前の竜騎士になってくださいね」

 フィーリアスさんに激励され、華月は皇宮に戻ることにした。





[26014] 第38話 襲撃者の末路、理不尽に 承部16話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/09/23 19:39

 皇宮に戻ると、いつもの無表情の眉間に皺を刻んだテレジアが食堂の隅っこに座っていた。手には黒い液体の入った透明なコップが握られている。

「テレジア? どうしたんだ、難しい顔をして」

「……カヅキですか。いえ、あの捕獲したトロールなのですが……」

「何か問題が?」

 華月が尋ねると、テレジアの手の中でコップがピシッと悲鳴を上げる。

「ディーネに診てもらいましたが……どうやらあの変性陣は異界人の玉の『魔物使い』の特性で使われる特殊なもののようでした。術者が未熟だったのでしょう。制御を失い、結果、暴走」

「そうか……」

 何とも言えない華月。テレジアはコップの中身を一気に飲み干し、華月に鋭い目を向ける。

「私が難しい顔をしているのは、トロールが最早生きる屍になってしまったという事に対してです」

「俺が、加減を失敗してたのか?」

「いいえ。カヅキに手落ちはありませんでした。異界人の術者が未熟だったせいです。いきなり強制的に意識に割り込みを掛けられたトロールの脳は、その負荷に耐えきれず、脳機能を破壊されているとの事です。

 私たちは、あのトロールを故郷に帰す事すら出来なくなりました」

 テレジアの手の中でコップが微塵に砕け散る。

「もう、どうしようもない事ですが……。せめて、属性にあった土地に葬ろうと思います。

 カヅキ、手伝ってもらいますよ」

「ああ」

 テレジアは食堂の担当者に話し、砕いたコップの後始末を頼み、華月を連れてディーネの洞窟に向かった。

「ディーネ、処置は終わりましたか?」

「終わっているわよ。可哀想な事をしたと思うけどね」

 ディーネはテーブルの上にトロールを横たえ、その脇で椅子に座って腕を組んでいた。表情は前髪で窺えないが、声からテレジアと同じような憤りを感じる。

「ここまで見事に中身を壊されちゃ、私でも手が出せないからね。仕方ないと言ったらそこまでだけど」

「嫌な役を任せて――」

「謝らなくていいわよ。どうせ誰かがやるんだし。寧ろ私で良かったわ。ただ、後でアルヴェルラには報告してね」

「解っています。では、後は私とカヅキが」

「お願いね」

 テレジアはテーブルのトロールを担ぐと、来た道を引き返し、今度は転移門を使ってセフィールの大樹の近くに来た。

「何処に行くんだ?」

「樹と、土の属性が調和しているところです」

 テレジアが足を止めたのは、花も樹も生えず、ただ丈の短い草が生えるだけの草原だった。

「ここか?」

「はい。

 さ、カヅキ。深さ五メートル、長さ三メートル、幅二メートルの穴を掘ってください」

「え? 道具も無しにか?」

「『竜爪・一指』の応用技で掘れます。地面に竜爪を突き立てた後、何も考えずに魔力を周囲に開放してみれば解ります」

 言われたとおりに実行してみると――。

「ぶはっ!?」

 解放された魔力が周囲の土を巻き込んで派手に炸裂した。確かに言われた通りのサイズに近い円形の穴が空いたが。

「……これでいいのか?」

「上出来です」

 テレジアは穴の中へ降り、底にトロールを横たえると、跳躍一回で出てくる。

「さ、埋めますよ」

「え? まだ生きて――」

「ディーネに生命活動を停止してもらい、魂は解放済みです。アレは最早抜け殻です」

 テレジアが言った嫌な役とはトロールを『殺す』ことだった。何を持って死を定義するかで解釈は違ってくるだろうが、生命活動を停止させる事は間違いなく死ぬ事だ。その状態を死と定義するなら、その状態にする事は殺す事になる。

「……黙って埋めますよ」

 テレジアが竜爪を片手に三本、両手で六本発生させる。それで縁の土を崩してトロールの亡骸を埋めていく。華月もそれに倣い、テレジアとは逆回りで埋めていく。

 終われば周囲より一段低い窪地が出来た。

「カヅキ、土の上級精霊と樹の上級精霊から精霊石は享けられましたか?」

「あ、ああ。土のガトレア、樹のシュリゼリアから」

「なら、精霊石を媒介に精霊を呼び出してください」

 華月は二つの精霊石を取り出すと、呼びかけた。

「来たれ、豊饒を司る大地の精、華憐なる神樹の精。盟約の元、瀬木 華月が御名を唱える。

 ガトレア、シュリゼリア」

 精霊石に淡い光が漏れ、地面が隆起し、蔓草が集まりだした。

「盟約を結んでその日の内に呼ばれるとは思っていなかった」

「同感だな」

「「して、何用だ?」」

 顕現したガトレアとシュリゼリア。

「ガトレア様、シュリゼリア様、お久しぶりです」

「ん? ああ、テレジア殿」

「私たちに用があったのは、貴殿だったか」

「この地にトロールを葬りました。お二方、二柱の力でその亡骸を」

「地に還元しろ、そういう事だな?」

「事情があるようだな。いいだろう、ガトレア」

「応とも、シュリゼリア」

 二柱の写し身から優しい力が放たれ、掘り返した後の生々しい地面に変化が現れる。

「萌えよ、若草」

「広がれ、要素」

 地肌を露出させていた地面はすっかり草が生え、周囲と溶け込んだ。

「分解・還元完了」

「周囲との同化も完了だ」

「ご協力に感謝します」

「ありがとうございました」

「気にするな」

「この程度なら易いものだ。では、私たちは去るぞ」

 ガトレアとシュリゼリアは去って行った。

「これで、完了です。カヅキが上級精霊から精霊石を享けていてくれたおかげで早く済みました」

「いや、役に立ったならそれでいいよ」

「それでは、戻りましょう」

 華月とテレジアも皇宮に帰る。





[26014] 第39話 また混浴、図られた華月 承部17話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/23 19:43


 その日の夜、浮かぶ月を見ながら華月は風呂に入っていた。

「ふゅいぃぃぃ~……」

 どうやら自覚がなかっただけで身体には随分無理をさせていたらしい。リラックスした瞬間、身体が「動きたくないでござる」と言わんばかりに気だるさを訴えてきた。

「うぁ~……何だこのだるさ……」

「四柱もの上級精霊の力を一日で立て続けに享ければ当然だろう。私の竜血を享けた時はどれだけ苦しんでいたか忘れたのか?」

「……何でわざわざここに来るんだ? ヴェルラ」

「健気に頑張る自分の騎士を、主が労いに来るのが可笑しいか?」

 華月の左隣にいつの間にかヴェルラがいた。隠行でも使ったのだろうか。

 そもそもがアルヴェルラを含め他の者と風呂で会わないように常に人気のない、小さいところを見つけたのだ。なのに、華月の居所は簡単にアルヴェルラにバレていた。

「そう拗ねるな。自分の一部が混ざった者が何処に居るかなど、この国の中位の範囲なら感知できる」

 アルヴェルラは苦笑しながら華月の頭をぽんぽんと撫でる。

「別に拗ねてなんかいない」

「そうか? まぁ、そこは重要なところではないしな」

 アルヴェルラが言葉を切り、華月の正面に回り込む。更に華月の頭を両手で押さえ、顔の向きを自分の方へ固定する。

「カヅキ、頑張ってくれるのは嬉しい。だが、無理をするな。身体は幾らでも直る。私が存在す(い)れば。だが、魂や心と言った別次元に関する部分はそうもいかない」

「……」

「上級精霊から精霊石を享けろとは言ったが、一日で四柱も一気に済ますなんて無茶は止めてくれ……。下手をしたら、冗談抜きで――」

「壊れていたかもしれない、か?」

「そうだ」

 自分のやったことに文句を付けられる。これは面白くない事だ。

 だが、自分の迂闊さが招いている事で、アルヴェルラの叱責は当然で、心配はありがたいことだ。

「ゆっくりでいい。本当に、少しずつでいいから」

 ぎゅっと抱かれる。

「解った。心配性のご主人様に、負担を掛けたくないからな。適度にやる事にするよ」

「本当に解ってくれているか? 前にも似たような事を言っていなかったか?」

「今度こそ解った。解ったから――」

 鋼鉄の自制心も、欲情の熱で融解寸前だ。

「離れてくれ。我慢にも限界があるんだから……!」

「おや、何が限界なのですか?」

「えっ!?」

 華月の右脇にテレジアが居た。それこそ何時の間にか。吃驚して縮みあがった。

「い、何時の間に?」

「さっきですが、何か?」

「テレジア、私とカヅキの時間に何の用だ?」

 アルヴェルラの顔に若干険が乗る。

「別段用などありません。そもそも、ここは私が主に使っている場所なのですが」

「ここの使用頻度の低い事は、俺がそれなりに時間を掛けて調べたんだぞ?」

「カヅキが寝ている時間に使っていましたから」

 さらっとテレジアに言われ、華月は、諦めた。色々と。

「はぁ、もういい。

 じゃぁ、色々知ってそうな二人が居るから聞くけど、光と闇の精霊に会うにはどうすればいい?」

「……さっき言ったばかりだろう。立て続けに――」

「闇の精霊はこの国ならどこでも会えますよ。光の精霊は白光竜族の住処に向かわないとなりません」

「テレジア!」

 涼しい顔で教えてしまったテレジアをアルヴェルラが非難する。

「闇の精霊については放って置いても明日には気付かれたでしょう。口では無理をしないと言って無理をするのがカヅキの様です。そこは許容するところでしょう。

 保険は掛けてあります」

「くっ……。凄く面白くないな」

「拗ねないでください、陛下」

「拗ねてなんかいない」

「そうですか。まぁ、別に構いませんが」

 テレジアとアルヴェルラのやりとりを聞いていて、華月はつい噴き出した。

「何ですか、突然」

「いや、さっきの俺とヴェルラのやりとりと同じだな。と、思って」

「~~っ! カヅキ、上がるぞ! テレジアはゆっくりしていろ!!」

 上がったアルヴェルラに腕を掴まれ、湯船から引っこ抜かれた華月。そのまま連行されていく。

「湯冷めして体調を崩さないようにしてください」

「そんなに軟じゃない!」

 その姿を見送ったテレジアは、

「……アルって、意外と嫉妬深かったのね」

 小さく、仮面を外したテレジアは笑っていた。




 部屋に連れ込まれた華月は、

(さて、どうしたもんかな。ヴェルラの機嫌がすっごく悪い事は解るんだけど)

 見るからにイライラしているアルヴェルラは、戸棚から一本の瓶を取り出すと、そのまま、所謂ラッパ飲みを始めた。

「ヴェルラ、それは何の瓶だ?」

「ん? 蒸留酒だ」

 答えるアルヴェルラの呼気から強いアルコールの匂いがする。呼気に混じっただけだというのに、その香りは豊潤で、如何にも良質の酒だという事が窺える。

「酒か……。ドラゴンって酒に酔うのか?」

「一定量を飲めば酔うぞ。まぁ、よっぽどの下戸でもない限り正気を失くしたりしないが」

 またグイッと呑む。

「その酒はどのくらい強いんだ?」

「そんなに強くはない。火を近づけると燃える程度だ」

「大体40%って所か」

 華月は同じ戸棚からグラスを二つ取り出した。

「せめてグラスを使おう。それ、割りと良い酒だろ? 匂いが違う」

「……」

 アルヴェルラは素直にグラスを受け取り、窓を開け放って窓枠に腰掛ける。

「カヅキは椅子を持ってこい。まさか、そのグラスは私と呑むために出したんだろう?」

「え……。あ、はい……」

 正直酒を呑むつもりはなかったが、アルヴェルラの機嫌が若干とはいえ良くなったようだから、言われた通りにする。

(俺、そんなに強くなかったんだよな……。伯父さんとかによく潰されてたっけ)

 昔を少し思い出し、微妙な気分になった。

 アルヴェルラの対面位に椅子を置き、座ってグラスを出す。

 アルヴェルラはそのグラスに瓶の中身を注ぐ。月明かり越しに見る色は、薄ら蒼みが掛かっていた。

「原料は何なんだ?」

「詳しくは知らん。これはドワーフの火酒とか言うらしい。エルフの葡萄酒も悪くはないが、酔いたい時に呑むならこっちだな」

「自分たちでは作らないのか?」

「無論作っている。が、私が満足できるような味の物は中々出来なくてな。自分で醸してもみたが、上手くいかなかった」

「ひと段落したら、その辺をやってみるのも面白そうだな」

 華月が少し呑んでみると、強いアルコールの感覚に翻弄されそうになる。含んだ口はもとより、食道から最終的に広がった胃の形まで解りそうになるほどだ。

 香りと呑み口が悪くないだけに性質が悪い。

「……キッツい」

「酒好きのドワーフが一瓶空けられずに昏倒する程度だ」

 アルヴェルラは華月の様子を慈しむように見る。

「美味いけど……」

 アルヴェルラもグラスで呑み始める。

「俺が注ごうか?」

「今日は気にするな。今度はカヅキに注いでもらう」

「解った」

 そのまま一瓶空けるまで、華月はアルヴェルラに付き合った。




 視聴BGM 東方ヴォーカルアレンジ「オリエンタル夢紀行」より「紀行」
 視聴BGM 東方ヴォーカルアレンジ「月‐TSUKI‐」より「Sense your E-Motion」



[26014] 第40話 お酒は程々に。飛行速度は何m/s? 承部18話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/30 21:06


 少し、吐き気がしていた。

「……二日酔い?」

 眼を覚ました華月は何とも言えない吐き気と胸焼けと格闘する事になった。

 そこへ、扉をノックする音が聞こえた。

「開いてるよ」

「失礼します。

 カヅキ、朝食の時間は過ぎていますよ?」

 入ってきたのはテレジアだった。いつも通りの顔で近づいてくる。

「……テレジア」

「……二日酔いですか」

 華月から情けない声が出た。

 その様子と、華月から漂ってくる昨夜の酒の残り香で、華月の変調に当たりを付ける。

「みたいだ……」

「陛下の晩酌なんかに付き合うからです。あの方は酒精に対する強さも闇黒竜族一ですから」

「体感したよ……。

 何か、コレに対する特効薬みたいなの無い?」

 華月が泣きを入れると、テレジアは華月の前では珍しく、柔らかい顔で溜息をついた。

「仕方ありませんね、食堂に来てください。朝食の前に準備しておきましょう」

「ありがとう……」

 テレジアが出て行ったあと、華月は着替えて食堂に向かう。

 どうやら吐き気と胸焼けだけでは済んでいなかったらしい。歩き出すと世界が回り始めた。

 フラフラと幽鬼のように歩きながら、食堂を目指す。

 途中でフェリシアと会った。

「あ、カヅキ~……?

 お酒臭いよ?」

「悪い、昨夜少し呑み過ぎてて、な」

「仕方ないなぁ」

 フラフラする華月の横にきて手を引く。

「食堂でしょ? 一緒に行ってあげる」

「悪いな」

「そう思うなら、次からこんな事にならないようにしてね」

 ウィンクしながらフェリシアが窘める。やはり彼女も華月以上に長い時を生きていると、こういう時に実感させられる華月だった。

「来ましたね」

「あ、テレジア?」

「フェリシア様、おはようございます。

 カヅキ、これを一気に飲みなさい」

 テレジアが差し出してきたのはコップ一杯の濃緑色の液体だった。

「テレジア、それって……」

「お察しの通りです」

「う、うわぁ~……。カヅキ、頑張って」

 フェリシアが顔を引き攣らせながら華月から離れ距離を取る。この液体について詳しいようだ。

「いいですね、一気に飲みなさい。途中で止まったりしてはいけません」

 テレジアも注意を言い、華月から距離を取る。

「お、おう……」

 華月は言われた通りコップの中身を一気に飲み下した。

 瞬間、華月の世界は「ピシッ」っと言う音と共に、ネガポジ反転した。

「……グハッ!? ゲ、ゲフッ!? ガハッ!」

 滅茶苦茶な噎せ方をする華月。

「吐かないでください」

「た、耐えてね……」

 微妙に顔が笑っているフェリシアと、一応ポーカーフェイスのテレジア。ただ、口元が微妙にピクピクと引き攣っているのはご愛敬だろう。

「~~っ! な、何だお、コレわっ!?」

「テレジア特製の酔い覚まし。数種類の薬草を配合してるんだけど、物凄くニガ不味いの」

「ニガ不味いとかいう次元じゃねぇ! 死んでたって蘇りそうだぞこの味!」

「死んでいては飲めませ――」

「例えだ! 真顔で返すな!!」

 だが、効果は覿面だったようで吐き気も胸焼けもすっきり収まっていた。

「……効果は抜群かっ」

「当然です。私の特製酔い覚ましです。効かないわけがありません」

 少し悔しくなる華月を尻目に、テレジアは自信に充ち溢れた様子で胸を張る。結構自己主張が強かった。

「さて、朝食を摂りながらで構いませんから、今日はどうするのか教えてもらえますか?」

「あ、ああ……」

 華月は食堂に入り朝食を食べながらテレジアに今日はどうするつもりだったのか告げる。

「それでは、今日は闇の精霊と会うつもりでしたか」

「ああ。光の精霊は明日に――」

「予定変更を提案します。本日光の精霊に会いに行きましょう。今日なら私が白光竜族の国まで連れて行ってあげます」

「あっ!? テレジア! 何それ!!」

 さらりと予定変更を強要してくるテレジア。そしてそれに対し非難を浴びせるフェリシア。

「陛下は公務、フェリシア様は皇宮の補修、手が空いていない事は把握済みです。そして、それは明日以降もしばらく続く事も解っています。ならば、私が手隙の時に連れていくのが順当でしょう」

「ぬぐっ……。へ、陛下に教えてく――」

「させません」

 さっとフェリシアの口元にハンカチを押しつけるテレジア。

いきなりの事で目を白黒させながらテレジアの腕を掴んだフェリシアだったが、突然脱力して椅子に凭れかかった。

「竜も一吸いで昏睡させる……。ああ、私の作った睡眠薬は強力ですね」

「自画自賛……じゃなくて、いいのか? こんな事して」

「ものの三十分程度で起きます。流石に竜にこの手の薬は効果が薄いですから」

 ガタッと椅子から立ち上がると、食べ終えていた華月の食器を手早く片付ける。

「さ、行きますよ。ドラグ・シャインまで長距離飛行です」

「え? 遠かったのか?」

「ここから二千キロほど先です」

 その一言で、華月のやる気は挫けそうになっていた。

「四の五の言わずに行きますよ。明日以降に延ばしても変わらないのですから」

「そりゃそうか」

 華月は諦め、一旦部屋に戻って両脚にポーチを取り付け、腰に剣を下げる。

 皇宮の入口で待っていたテレジアと合流し、抱き抱えられての移動が始まった。

 テレジアが飛翼を広げ、羽ばたく。

 一定の高度に達すると速度をゆっくり上げていく。

「どのくらいで着くんだ?」

「ざっと二十分というところですか。ただ、ドラグ・ダルクよりもドラグ・シャインの方が標高の高い位置にあります。

 ……聞かずとも知ってるはずですが?」

「一々情報を検索するのが面倒でな。聞いた方が早いし」

「……何のためにあんな手間を掛けたと――」

「いいじゃないか。テレジアだって、教えるのが嫌ってわけじゃないだろ?」

「その聞き方は卑怯ですよ」

 テレジアが一気に速度を上げた。

「そういえば陛下の速度でも平気だったのでしたね。私程度では遅いと感じるかもしれませんが」

「十分速いから」

 眼下をの景色は新幹線など目ではない勢いで流れていく。

「どのくらいの速度が出てるんだ?」

「現在は大体音よりも少し遅い程度だと思います」

「……亜音速……」

「音の壁を越えてみましょう」

 言うなり、テレジアは更に加速した。人間が生身で突破してはいけない壁を突き破り、ペーパーコーンを残して。

 華月は無意識に纏身防御を巡らせ、その衝撃に対応していた。

(ドラゴンの飛行方法ってどんな理屈でこんな速度を出すんだ?)

 ついでに知識を浚ってみるが、詳しい原理は記述されていなかった。ただ、どうも飛翼に魔力が作用する事でこの驚異的な加速を生み出しているらしい事だけが解った。

「別に纏身防御など展開しなくても、何の影響もありません。外部からの影響を受けないようにするために防御力場を全周囲に展開していますから」

「さ、流石に音の速度を超えると影響を受けるのか?」

「いいえ、今回は貴方の為ですよ。我々はこの程度の変化では影響を受けません。

 さて、少々陛下の速度へ挑んでみましょうか。更に加速しますよ」

 華月の耳に高周波の様な甲高い音が聞こえてきた。

「な、何だか不穏な音がするんだけど!」

「飛翼に魔力を集中しているからでしょう」

「なんでそんな――」

 華月は知識を浚って仮説を立てた。

(ま、まさか……ドラゴンは超高速飛行するときはジェットエンジンみたいに魔力を燃料に見立てて推進力に変換するって言うのか!?)

「さぁ、逝きますよ!」

「待て!? 今意味合いが――」

 華月の声も置き去りに、テレジアはアルヴェルラの最高速度へ挑むという言葉の通りに加速していった。




 視聴BGM 東方ヴォーカルアレンジ「スーパーシャッターガール」より「最速最高シャッターガール」

 



[26014] 第41話 疑惑の白光竜族竜皇 承部19話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/10/03 00:41


 超高速の曲芸飛行までやられ、三半規管が狂いそうになりながら、華月は何とかドラグ・シャインの近くまで到着した。

「……これが、ドラグ・シャイン……?」

「の、入口の一つです」

 二人の眼の前に現れたのは超巨大な高山の登山口だった。降り立ってみれば、すぐ近くに一枚の立て看板がり、何やら書いてある。

「標高一万六百三十七メートル、普通に登れば、まぁ、到着に三日ほど必要になりますか」

『警告! これより先はシャイニング・ドラゴンの領域。許可なく立ち入る者は死を覚悟するべし!』

 やたらと解りやすい注意書きだった。

「……何だか、入ったら殺すって書いてあるんだけど」

「ああ、お決まりの文句です。ドラグ・ダルクへの入り口にも同様の文句が書いてあります。

 まぁ、それは今回は関係ありません。私……他族の竜が居ますから、向こうから――」

「出向かざるを得ないというわけだ」

 華月とテレジアの眼の前に、何かが着地した。

「事前の連絡も無しに来るとは、ダークネス・ドラゴンは何時からこんなに浅慮になったんだ? テレジア」

「相変わらず小さい事を気にしますね、ファルア陛下」

 現れたのはダークネス・ドラゴンとは相対的な白を基調とした服に身を包み、銀髪を不機嫌そうに揺らしている、やはり美女。

「面倒な正式な祭儀の際には連絡してくる癖に、こういう時は好き勝手して」

「直ぐに現れたという事は、どうせ公務も放り出して――」

「……」

「何か?」

 三白眼でテレジアを睨みつける銀髪の美人は、そこでようやく華月の存在が眼に入ったらしい。

「ん? 何だ、この人間……ヴェルラの匂いが混じってるな」

「匂いって……相変わらず野性を捨てきれない方ですね。

 カヅキ、自己紹介を。言わずもがな、最敬礼でお願いします」

 華月は言われた通り、左膝を地面につき、右手を左胸に当てながら首を垂れる。
「私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。以後、お見知りおきを」

「……顔を上げろ。

 私はシャイニング・ドラゴンが竜皇、ファルアネイラ=シィ=シャインだ」

「……」

 華月の顔は、「マジでこれが竜皇?」という、何とも失礼極まりない表情で固まっていた。

「……ふぅ、『え? これが竜皇?』みたいな顔をするな。

 済まんな、私はヴェルラほど真面目な竜皇では無いのでね」

「カヅキ……。不敬罪で永久封印されたいのですか?」

 華月の後頭部をテレジアの拳が叩く。気配から怒りが滲んでいる。

「も、申し訳ありません」

「まぁ、ヴェルラの好きそうな素直な奴の様だな。今回は不問にしてやる。

 で、わざわざこっちに来た理由は何だ?」

「光の上級精霊に御目通り願いたく、参上いたしました」

「は? 光の上級精霊に? ダークネス・ドラゴンの竜騎士が、か?」

「不思議でしょうか?」

「いや、まぁ、属性が正反対だしなぁ。最悪、光の精霊自体が出てこないかもしれないぞ」

 過去の事例を思い出しながら、ファルアネイラは思考する。

「……まぁ、いいか。

 入国を許可する。セギ=カヅキ、テレジア=アンバーライド。両名を、ドラグ・シャインは歓迎する」

 入国の許可を口にしながら、ファルアネイラ=シィ=シャインはニヤリと笑った。


 テレジアに抱えられて宙を行く華月を見て、ファルアネイラはテレジアに聞いた。

「まだコレは単独飛行できないのか?」

「はい。私の基礎体術は突破しましたが、そこから先はまだですので」

「……コレがお前の試験を抜いたと? 冗談――では、無いな。

 見かけに依らぬ実力者なのか」

「素質だけなら、ですが」

 そうこうしている内に、先が霞んで見えなかった高山の上層部が見えてきた。

 周囲に幾つも浮島の様な巨大な岩塊が浮び、高山本体と、お互いとがとても太い鎖で連結されている。正直、華月には異様としか言いようのない光景だ。

「どうだ、面白い場所だろう」

「岩が浮いているんですか」

「浮き岩と言う。あの岩塊には魔力に反応して質量を無視して浮かび上がる性質があるラビテ鉱石が高密度に含有されている。この高山、レルフェグネ高山は、ドラグ・ダルクとはまた違った魔力の集中地でな、結果こうなっているわけだ」

「風で動いたりしないんですか?」

「良い着眼点だ。解説してやると、質量は無視されて浮いているが、質量が存在しないわけではない。あの質量を動かすほどの突風は、この高度では吹かんよ。と、言うより……そろそろか。纏身防御を纏え」

「え? はい」

 華月が言われた通り素直に纏身防御で自身を覆った瞬間。

「ぶっ!?」

 何かにぶつかって、テレジアにより強引に突破させられた。

「恒常的な広範囲に及ぶ魔力防護壁、所謂魔法結界というやつだな。これは物理現象もある程度以上の物は遮蔽する。そんな突風や暴風はこれで遮断されるわけだ。これを抜けられるのは竜族と、中級以上の纏身防御が出来る者のみだ」

「テレジア……知ってたんなら――」

「ファルア陛下とのお喋りで忙しそうでしたので」

 華月の視線をふいっと顔を逸らして避ける。

「そんな詰まらん事で仲違するな。

 ほら、そろそろ着地するぞ」

 ついに頂上に辿りつく。

 半径五キロ程だろうか。すり鉢状になっており、高山植物なのだろうが、それなりに草木が茂り水源まであるようだった。中央には、何やら大きな建物がある。

 三人はすり鉢の淵に降り立った。

「水源があるんですね」

「ああ。このレルフェグネ高山も火山だったからな。死火山となった今でも地下に溶岩溜は無いが溶岩流が存在する。そこで温められ、蒸気になった水分がこの山頂近くで湧き出している。

 鉱水で、ドラゴンすら中毒を起こすから濾過しないと飲めたものではない。ドワーフとエルフに頼んで細工をしてもらって、ようやく飲める水になっている」

  解説しながらファルアネイラは建物に向かって歩き出す。すり鉢の淵には全周の所々に階段が設けられ、降りられるようになっている。

「他のシャイニング・ドラゴンは何処に居るんですか?」

「周囲の浮き岩に住居を設けている。色々と細工を施してあるから、浮き岩での生活は中々快適だぞ。

 私も普段は一番大きい……あの浮き岩に居る」

 指された先には一際大きい……というより、山が一つ余計に浮いているような超巨大な岩塊があり、そこに荘厳な石造りの皇宮の様なものが建っているのが見て取れる。

「ノーブル・ダルクと双璧を成す、アーデル・シャインだ。まぁ、現物を知っている者は他の種族では数少ないがな」

 地上の植物とは一風変わった高山植物たちを脇目に建物を目指す。

「あの、あの建物は何ですか?」

「我々、シャイニング・ドラゴンの墓だ。お歴々が鎮睡する白色の石板がある。ダークネス・ドラゴンのは黒色石板だったな」

「石かどうか、怪しいモノですが」

「ははは。幾多の竜宝珠(カーヴァンクル)を呑み込んでいる正体不明の板っぱちだからな。創造神もよく解らないものを創っていかれたものだ。

 まぁ、ともあれ。光の精霊はそこに出現しやすい。このアードレストの中でも一・二を争う光源だからな」

「でも、いいんですか? 確かその場所は簡単に他の種族を入れないって――」

「属性は違えど、我ら純竜種は生物的にはあまり違わない」

 溜めを作り、ファルアネイラが華月に流し眼を送る。

「何より、竜皇から半権限を委譲されている特別代行者が付いているんだ。無碍に断るわけにもいくまい?」

 更にテレジアを流し眼で見る。一方のテレジアは涼しい顔でその眼を黙殺する。

「まぁ、今の君はそんな事を気にする必要はない。何せ未だ『見習い』だ。そういった部分を深く気するのは正騎士になってからにするんだな」

 華月の額を人差し指で突っつきながらからからと笑う。

「あまり弄らないでください。我が皇は嫉妬深いので」

「知っているさ。程々にさせてもらう」

 そうして三人は目的の場所に到着する。




 視聴BGM 東方アレンジヴォーカル「宴~Utage~」より「砂鉄の国のアリス」



[26014] 第42話 光の上級精霊、白光竜族の飽き性 承部20話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/11/07 00:18

 闇黒竜族のそことは雰囲気が全然違う。

「……何か、本当に何も感じない?」

「この世界に飽いたお歴々が進んで眠りについているからな。余程の事がない限りなにも感じないだろう」

「飽いたって……飽きたから?」

「そうだ。我らシャイニング・ドラゴンは大抵天寿やらを全うする前に自ら眠りにつく。ダークネス・ドラゴンと違って閉鎖的だからな、他の種族との摩擦もほぼ無い。この世界が恙無く廻っていれば我ら竜種も、神魔種も要らない。時々騒がしくもなるが、適度な刺激も必要というものだ」

 華月にはファルアが言っている意味が良く解らない。

「ここも気にするな。次第に解るだろう。

 さ、精霊を呼ぶなら試してみるといい」

 ファルアネイラは壁に背を預け、腕を組むと目を閉じた。華月の手助けをするつもりは全く無いようだ。

(本当に何も感じない……でも、俺にはやり遂げる必要がある)

 存在感を放つのはファルアネイラとテレジア、そして華月のみ。白色石版は沈黙を保ち、空間は静謐を保つ。

 華月は知覚域を広げるが、光の精霊の端すら掴む事が出来ない。

 必死に光の精霊の存在を探る華月を、薄く空けた片目で視察するファルアネイラ。

(無駄な努力――とは、『まだ』言わないでおこうか。同属性が呼び掛ければ容易く出てくるだろう。精霊とはそういうものだ。四属性の精霊は他の属性の者でも出現可能な土地ならば呼び掛けに応じてくれるしな。だが、光と闇の精霊が特殊と言われる由縁はその出現条件に在る。土地だけではない。

 さて、カヅキは自分のその裡側から滲む非常に強い闇の気配……。果たして巧く利用する事に気付くか?)

 光在る処に闇が在り、闇が在る故に光が意味を持つ。相剋するこの二つは、常にお互いを引き合い、弾き合う。

 大きな矛盾孕む表裏一体。

 同じく華月を見守るテレジア。

(闇が其処に在れば、光は自らの意味を示そうとする。

 カヅキ、発想の転換が必要なのですよ)

 決して言葉で助けない。

 助力は願われていない。

 思考停止し、容易に他者を頼るような者では、竜皇の騎士など務まらない。華月に求められるものは地力の発露で、自力の向上だ。

 華月の額に汗が浮いてきた。集中の持続と、焦りと、それらから滲む脂汗だ。

(……。

 見つからない、感じられない。俺の呼び掛けには応じない? いや、ヴェルラとファルアネイラ陛下が徒労に終わる事をさせるとは思えない。テレジアだって無謀な事に挑めとはまだ言わないはずだ。だったら、俺が何かを見落としているか、勘違いしているってことだ)

 華月は頭を切り替え、分割意識体を最大限利用し、あらゆる可能性の模索に入る。

(他の精霊とは違って特殊だと言われていた事)

(『何』が『特殊』なのか、問題はそこだろう)

(火、地、水、樹の精霊は呼び掛けに応じた。俺の基本属性が闇だったのにも関わらず――?)

 華月は頭の中でこの世界の属性相関図を描く。

(この四つはそれぞれが影響し合って、四角相剋を描く……光と闇は……?)

 そこに含まれない。

 火は樹を燃やし、樹は水を吸う。水は地に滲み、地は火で結晶化する。
ならば、光と闇は?

(四属性がそれで完結する四連完結なら、光と闇は二連完結になる。それは俺の世界の陰陽五行に似て、それより要素が省かれた形に……。確か、五行よりも古いのが陰陽の捉え方で――。

 っ!? だったら、俺が闇属性だから出てこないんじゃない! 『俺』が『闇』を発現出来ていないからだ!)

 陰陽は太極。どちらか一方のみが存在する事は在り得無い。

 此処に光の精霊を顕現させたいのであれば、同等の闇が必要になるという事だ。

(だったら!)

 華月の全身から漆黒の『闇』が眼に見える密度で滲み出してきた。

(お? 気付いたか)

(気付きましたね、応用力も順調に伸びているようですね)

 華月から滲み出す闇――それは、闇黒竜族が扱うモノと同じ。ナニカを消費して生み出すモノではなく、自分が存在するから在るモノだ。

 白色石板から、光の塊がすぅっ。と、現れ、人型を取っていく。

『闇が在る故に意味を持つ、我ら光の精霊に何の用だ?』

「おお、珍しいな? お前が現れるとは驚きだ、盟友」

『ふん。竜皇と同質の闇が現れて、私以外の誰が相応しいと言うんだ?

 我が名はセアルティス。もう一度問う、我ら光の精霊に何用だ?』

「自分は闇黒竜族が竜皇、アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。

 光の上級精霊とお見受けしますが、相違無いでしょうか」

 片膝を着き、頭を下げて華月が名乗る。

『相違無い。

 話を進めよう。何用だ?』

「はい。闇黒竜族竜皇、我が主より上級精霊の方々より精霊石を享ける様申しつかっております。ついては、セアルティス様より精霊石を賜りたいと愚考する所存です」

『名を聞いて察しはしたが、耐えられるのか? 他の属性精霊から立て続けに精霊石を享けて回っていると聞いているが。

 言っておくが、対極属性はその反発で、最悪魂まで消し飛ぶぞ』

「覚悟の上で、お願い申し上げます」

『良し、ならば最大級の力を与えてやる。セアルティスが全力、享けてみろ!』

 華月が溢れさせる闇を押し退け、セアルティスが放った光が華月に沁み込んでいく。

 変化は、直ぐに起こった。


 先ず、全身の神経に針を刺されたような鋭い痛みが襲う。


 次いで、内側から外へ向かって圧力が高まっていく。


 ここまではいつも通りだ。これを乗り越えればいいのだが。

 しかし、光の精霊の力は一味違っていた。


 華月自身の精神が、心が、漂白されていくように真っ更になっていくような感覚に悩まされる。

(あ――? 俺、オレ? おれ、お・れ……)

 華月の持つ闇と、入ってきた光が拮抗する。

(だめ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 俺はここで消えるわけにはいかないん、だっ!)

 自らの内に意識を埋没させ、思考を全力全開で回転させる。


 考えるのはこの光の力を如何に自分へと摂り込み、精製し、精霊石へと結晶化させるか。


 悠長に構えていると華月自身が喪失しそうだ。

(抗いきれそうもない。俺が漂白される……。いや、諦めるわけにはいかない。

 だったら即行でコレを消化するしかない!)

(光の力と俺の闇が反発するのなら、俺の闇を抑えるか?)

(そんな事をすれば俺が漂白される)

(なら、闇をもっと盛るか?)

(光の力が消失する可能性がある)

《ならば、如何するのが最上の一手だ?》

 華月の思考がドン詰る瞬間、華月の奥底でナニカが動いた。

『濃い闇に呼ばれて来てみれば、光だけを享け入れようとする無謀な若者に遭遇したものだ。

 ……盟友の僕を見殺しにするのは義に反するな』

 聞いた事が在るようで、無い声がする。

 華月の意識に直接触れてくる。

『光と闇は表裏一体。精霊石を享ける時は、この二属性は[同時]が原則だ。

 まぁ、それを知っているのは光と闇の上級精霊だけだが』

 漂白されかけている華月に優しく触れる。

『しかし、セアルティスも意地が悪い。教えてやればいいものを。

 ……セギ=カヅキか。刻むと良い。お前の属性を司る上級精霊、ヴァルナルアの名を。我が力と主に』

 華月の中に、強大な闇の力が浸透する。

 異質二種の力が華月の中で渦を巻き、相剋螺旋の軌跡を描く。


 混ざり合うが、混じり合わない。


 巡り廻る力の渦が、華月の中で密度を上げ、縮小して行き、終に結晶として凝結する。

(ありが、とう……ございます!)

『礼は、また会った時に聞く事にする。今は表に戻れ。心配そうにしている者が居るぞ』

 ナニカ――闇の上級精霊であるヴァルナルア――は華月の内から去った。

 華月は言われた通りに意識を表へ浮上させる。


 戻って驚いたのは、自分の身体が倒れていたと、セアルティスが既に去っていた事だ。

 起き上がると、やはり吐き気を感じて結晶を吐きだした。

「……あれ? 白と黒の結晶?」

「……闇の上級精霊が手助けをしたか。命拾いしたな」

「ファルア陛下? 一体何を――」

「ああ、何でもない。なぁ? カヅキ」

 上手く思考が回らない華月だったが、ファルアネイラの一言には頷いた。

「……ああ、何でもない。

 さ、目的も果たしたし、帰ろう。テレジア。

 ファルアネイラ陛下、ありがとうございました」

 結晶二つを回収し、仕舞い、深く一礼し、華月はテレジアの手を取って歩き出した。

「くっくっくっ、そうだな。

 カヅキ、私をファルアと呼ぶ事を許そう。そして、次は正騎士としてヴェルラの隣に立っている時にでも会おう。お前なら――」

 ファルアネイラの言葉を最後まで聞かずに、華月はテレジアを引っ張って白光竜族の墓所から出て行った。

「ふははっ! 嫌われたか?

 しかし、連絡なしの不作法に対するお仕置き代わりに必要な事を教えなかったんだが、まさか切り抜けられるとはな。随分と強運じゃないか。

 あれは面白い騎士に成りそうだ」

 ファルアネイラの笑い声が、墓所に響いた。しかし、華月の無礼に対する憤りは全く無く、心から面白がっているようだ。

「飽きかけていた世界だが、もうしばらく粘ってみるか」

 ファルアネイラも墓所を後にする。その顔には喜悦が浮かんでいた。


 

 視聴BGM 東方ヴォーカルアレンジ「sally」より「min~眠~」


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.783951997757