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焦点/沿岸観光の再開着々/宮城
 | 石巻市の観光再開を宣言した会合で「金華寿司」を試食する関係者。地元の食材も味わえるようになりつつある=1日、石巻市の飲食施設「竹の浦・飛翔閣」 |
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 | ボランティアの体験観光メニューに加えようと、「浮き玉」作りの練習をする気仙沼大島観光協会のスタッフたち=10月31日、気仙沼市大島の亀山レストハウス |
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東日本大震災の津波で大きな打撃を受けた被災地で、観光客らの受け入れ態勢づくりが進んでいる。石巻市では官民でつくる推進組織が1日、観光再開を宣言し、来訪者を歓迎する姿勢を鮮明にした。住民が震災体験を語る活動も広がる。心の傷が癒えない被災者に配慮しつつ、視察、研修などの人の流れを復興につなげようとの取り組みが本格化してきた。 (佐藤崇、田村賢心、田柳暁)
◎「語り部」活動、被災地の情報発信
<厳しい雇用> 「石巻市の観光の再開を宣言したい。生かされた者としての使命を全うし、再興に一歩ずつ力を尽くしていく」。石巻観光協会の後藤宗徳会長(53)が力強く述べると、集まった観光関係者から拍手が起こった。 宣言の背景には、金華山沖の旬の素材を使うすし店共同メニュー「金華寿司」などが提供され始め、「食のまち」をアピールできるようになったことがある。地元魚市場でも一定の水揚げが確保されつつある。 市は震災後、「十分なもてなしができない」と積極的な観光PRを自粛してきた。西村洋一産業部長は「主要産業は回復もままならず、雇用も厳しい。観光再開には議論もあるが、踏ん切りをつけなければならないと判断した」と説明する。 石巻市は、死者・行方不明者が3966人(2日現在)と被災自治体で最も多い。関係者が観光推進で特に注意を払ったのは住民感情だった。 「人の不幸を見せ物にするのか」。市中心部を一望できる日和山で、来訪者にガイドをする石巻観光ボランティア協会会長の斎藤敏子さん(70)は、活動を始めた7月初め、市民から厳しい言葉を掛けられた。 「ただ眺めるだけでなく、被災状況を十分に理解してもらうことが重要。防災に役立つし、石巻への支援の輪が広がる」と斎藤さんは活動の意義を強調する。趣旨を説明すると、ほとんどの市民は理解を示すという。 9月には、石巻を訪れる団体などに同行し、被災実態を説明したり体験を話したりする活動も開始。約20団体、400人以上を受け入れた。
<受け皿整備へ> 震災体験の語り伝えは、宮城県南三陸町の住民グループが先駆け。「語り部」として5月から、毎月1回開かれる復興イベント「福興市」に集まる人たち向けに始めた。これをモデルに各地で同様の動きが出ている。 被災地支援のボランティアツアーを展開してきた旅行各社も、現地の受け皿が整うのに伴い、「何らかの形で役立ちたい」「現地で学びたい」という企業・団体や教育機関に対し、旅行プランの提案を強化している。
<ニーズ橋渡し> 宮城県は10月、学習プログラムやボランティアの被災地情報を旅行会社などに発信する「みやぎ観光復興支援センター」を仙台市に開設した。緊急雇用創出事業で採用した15人のスタッフが、市町村を回って情報を収集し、ニーズの橋渡し役を目指す。 津波被害が深刻な地域では、復旧関連の需要で満室状態の宿泊施設も多い一方、再開できない観光施設も目立つ。 観光ボランティアが10月から始動した気仙沼市は「復興の過程を見てもらうことにも意義がある。観光産業が本格復活する将来をにらみ、多くの人が訪れるよう情報発信に努めたい」と話す。
◎支援・防災で人招く 多彩なツアー、被災講話や漁具作り
東日本大震災の被災地で観光と復興支援のボランティアや防災教育を結び付け、人を呼び込む取り組みが広がっている。「復興を待っていては他の観光地に後れを取る」(被災地の観光協会)との危機感があり、防災などの視点も組み込む「新たな観光」を探りながら、観光再生へ一歩踏み出した。 津波の爪痕が生々しく残る気仙沼市の離島・大島。気仙沼大島観光協会は観光と被災地支援の両方を体験できるメニューを用意し、ボランティアを受け入れている。 メニューにはがれきの片付けや泥かきなどのボランティアのほか、島民の被災体験の講話や島の景勝地見学などが用意されている。 ボランティアや体験の指導役は、同協会が宮城県の緊急雇用創出基金事業で雇った作業スタッフの島民14人。10月31日には、体験メニューに追加する「浮き玉作り」講習会があった。島で暮らす元マグロ漁船員を招き、スタッフは漁具の浮き玉に巻き付けるロープの結び方を学んだ。結び方を習得したスタッフが観光客に教え、漁師の仕事の一端を体験してもらう。 スタッフの一人、村上大輔さん(32)は「交流人口が増えれば、復旧にとどまらず活性化にもつながる」と期待する。 同協会の白幡昇一会長(59)は「観光はまだ早いとの声もあるが、将来を見据えて受け入れ態勢を築かないといけない。復興を待っていては他の地域に立ち遅れてしまう」と危機感を募らせる。 気仙沼市中心部では市民団体「観光ボランティアガイド気仙沼」も10月に始動。魚市場などを巡るコースではこれまで、関東、関西地方から訪れた約50人を案内した。 被災者が「語り部」として、震災体験を語り伝える活動の先駆けとなった宮城県南三陸町。担い手は観光ボランティアを務めていた町民のサークル「地域ガイド汐風(しおかぜ)」だ。 メンバーは、視察などで訪れるツアーバスのガイドを務める。月1回開かれる「福興市」に5月から設けられている語り部コーナーでも、それぞれの体験や津波の恐ろしさを来場者に語る。 汐風の鴻巣修治代表(66)は「町外から多くの人に足を運んでもらい、現状を知ってほしい。町の復興にも各地の防災にもつながる」と語る。 人の流れは消費や雇用といった効果だけでなく、町の元気も生む。佐藤仁町長は「防災教育に視点を据えた新しい観光を探っていきたい」と話している。
◎内陸部の温泉など、客足本格回復へ懸命
東日本大震災で深刻な打撃を受けた東北の観光。津波被害がなかったり、被害が比較的小さかったりした地域では、早くから観光復活への取り組みが進み、観光客数も回復傾向が見られる。ただ福島第1原発事故による風評被害もあり、客足が完全に戻った観光施設はまだわずか。関係者は「東北に来てもらうことが復興につながる」と懸命のPRを続ける。 「宿泊客は戻りつつあるが、にぎわいは例年と比べるとまだまだ」。周辺の山々の紅葉が見頃となり、書き入れ時を迎えた大崎市の鳴子温泉。鳴子温泉郷観光協会の菊地武信会長は現状を冷静に分析する。 入湯税の状況で見ると、データがある8月までに宿泊者数は前年を上回る水準に回復した。「平泉の文化遺産」の世界遺産登録で増えた岩手県平泉町への観光客が、宿泊拠点の一つにしているとみられる。宿泊客の内訳まで見ると復旧関連で沿岸部を訪れる人も多く、先行きがどうなるかは不透明だ。 宮城県の松島も宿泊者数は底を脱しているが、「観光施設の入り込みだけを見ると、9月で例年の5割程度。本格回復には時間がかかる」(松島観光協会)と言う。 宮城県などは15日、首都圏で食と観光をPRする600人規模のキャラバンを出す予定で、各県とも観光再生は復興に不可欠として取り組みを強めている。 官民でつくる東北観光推進機構の三浦丈志推進本部副本部長は「自粛ムードは解消しつつあるが、課題は原発事故の影響。正確な情報を発信しながら、東北に行くことが支援になると呼び掛けていきたい」と話す。
2011年11月06日日曜日
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