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[30195] 俺と彼女とあの日の約束(仮)【現代・恋愛ものもどき】
Name: アシェーリト◆37c6ec3c ID:f34575c7
Date: 2011/10/24 00:39
6年前、俺は一人の少女に出逢う。
夕暮れに照らされ、金色に輝く向日葵の園の中で交わした約束。
俺はまだ―――果たせずにいた。


これは、どこかで聞いた事のあるような。そして何処にでもあるような、そんな物語。



※調子にのり、日常描写の練習と銘打って投稿しました。完全オリジナルの恋愛物です。「もどき」と名づけたのは、まだまだ勉強不足故に。
拙い文章となるでしょうが、よろしくお願いします。

※この作品は、「小説家になろう」様でも投稿しております。



[30195] 序章
Name: アシェーリト◆37c6ec3c ID:f34575c7
Date: 2011/10/19 00:43
俺は、少女に手を引かれ走り回る。
 
 向日葵が辺り一面を覆い尽くすその様は、照らす夕陽も相まってまるで金色の絨毯を思わせた。香る花の匂いに酔いそうになりながら、俺は手を引かれるままに彼女を追う。やがて俺たちは、開けた場所に出る。

「すげぇ……」

 思わずそんな言葉が零れる。
円形に開けたその場所からは、360度全てを金色の向日葵が覆い尽くしていた。子供ながらに、俺はその光景に魅入っていた。

「ねぇ、『アキラ』」

 少女が俺を呼ぶ。その声に振り向き――――今度こそ、言葉を失った。

 落ちる夕陽を背に立つ、向日葵よりも尚美しい金色の髪の少女。呆ける俺をよそに、彼女はやわらかな笑みを浮かべた。

「約束して。いつか、いつかきっと――――」


 この光景を、俺は生涯忘れることはないだろう。












「有難う御座いました」

 また一人、店をあとにした客に頭を下げながら挨拶をする。この一連の動作にも、もう随分と慣れたものだ。お世辞にも接客に向かない無愛想な俺にしてみれば、これは格段の進歩と言えるだろう。

 レジカウンターを離れる前に、ザッと店内を見回す。元々それほど大きくはない店なので、店内の状況を把握する事は、それほど難しい事ではない。現に、テーブル席についているのは二組で計5人。どちらも常連さんだ。

(この分なら、あと10分もしないうちに帰るだろうな……)

 テーブルに置かれている食事の残りの量から、大体のあたりを付ける。
そうしている間にも、体は思考とは別にしっかりと動いており、先ほど去った客の座っていたテーブル席、そこに置かれたままの食器類を腕に乗せている。この動作も、最初に比べて様になったものだと思うし、これが一番難しかったかもしれない。
 今でも、当初何度か皿やらグラスやらを割ってしまった事を思い出し、軽く自己嫌悪。

(さっさと運んで、出来る仕事を片付けておくか)

 思いたったらすぐ行動。特に、他にも来客が来る可能性がある以上、スピードと正確さは重要になってくる。従業員自体、俺とお袋。それと大学の帰りや暇な時間に時々手伝ってくれる姉しかいないのだ。やる事はまだまだある。

 テーブルを清潔な布巾で丁寧且つ素早く拭き、メニューやらの位置を整え、次の来客に備える。ついでにと、側を通ったときに頼まれた珈琲のおかわりを注ぐ。この常連さんたちは帰る前に、必ずコーヒーを一杯飲んでいく。これも、見慣れた光景だ。

「お会計3170円です」

「はいよ。――――御馳走さん。また明日来るよ」

 お釣りを手渡した際に、笑顔でそう言ってくれる。最早見慣れた光景とはいえ、こうやって言ってもらえるのは素直に嬉しい。
 だから俺は、この無愛想な顔で出来る限りの笑顔浮かべ、誠意を込める。

「はい、有難うございます。明日も美味しい珈琲、用意して置きますから」

 常連さんを見送って、少し。この店の中には、俺と厨房で働いているお袋の二人しかいない。元々静かな店内は、すっかり静まりかえってしまった。その光景に、少しだけ。ほんの少しだけ、寂しさを覚えるのもまた、何時ものこと。

「……さっさと片さないとな」

 そんな気持ちを、また明日訪れる常連さん。それと、まだこれから来るかもしれない客をもてなす事を思い浮かべ、思考を切り替える。

 こんな俺でも、出来る限り最高の接客を。

 なら、今は感傷に浸るのではなく、快適な空間を作ることに全力を注がなければ。一連の動作でテーブルの上を素早く片付けた俺は、ふぅ、と短く一息を吐いた、その時。

 カロンカロン――――と、扉に付けられている鈴の音が鳴る。来店の合図だ。

「いらっしゃいま――――って、お前等。また来たのか」

 勝手知ったると言った様子で入ってきた学生五人組み。この街の中では一応一番頭の良い学校に通っている男子二人、女子二人の彼等は、中学時代の俺の友人でもある。もう一人の女子は――見覚えが無いな。

「何よ。随分と失礼な言い方ね」

「そうだぜー。一応、俺達は今客なんだからな」

 そう言って文句を垂れてくるのは、黒髪をそこそこ伸ばしツンツンにはねさせる、活発な印象を与える二枚目の『楠 明良(あきら)』。身長は168と大きくも無く小さすぎるわけでも無い。若干気にしているらしい。そして、肩ほどまで伸びる茶髪を後ろで小さくポニーテールに纏めるこれまた活発な印象を与える少女『飯塚 茜』。この面子の中では小学生からと一番長い付き合いになる、所謂幼馴染というやつだ。

「もう、二人とも失礼だよ」

「毎度の事とはいえ、スマンな。『ジン』さん」

 そういって苦笑を浮かべるのは、残る二人。明良とは対象的に、少し長めの黒髪にメガネをかけた理知的な雰囲気を与える『服部 琢磨』。明良よりも背は高く、大体175くらいはあるだろうか。その隣にいるのは、この面子の中では一番背の低い『西條 美耶子(みやこ)』。腰の辺りまで伸ばしたストレートの黒髪に大きな瞳をした少しおっとりとした少女。彼女は中学の頃、明良と琢磨が所属していたサッカー部のマネージャーを務めていた縁で知り合った。 

 初めの頃こそ、その性格の違いから反発しあっていたようだが、サッカーを通して次第に親しい仲に。プレーでチームの中心になる明良と、的確な判断で司令塔となる琢磨のコンビは、なかなかのものだった。今では、琢磨と美耶子の二人は、若干感情的になりやすい明良と茜のストッパー役が、すっかり板についている。ついでに言うと、琢磨と美耶子は付き合ってたりする。……リア充め。

「いいさ。何時ものことだし、気にしてない。それより――――後ろの彼女は?」

 先ほどからキョロキョロと店内を物珍しそうに見ている少女。その顔は良く窺えない。

「おお、そうだった!」

 ポンッと手を叩く明良を見て、思わず溜め息を吐きそうになる。コイツは時々どこまでが本気か分からないから、今も忘れていたのかどうか、正直判断を付け難い。

 そんな明良を放置して、琢磨と美耶子が説明してくれた。

「実は今日、内のクラスに転校生が来てな」

「折角だし、仲良くなるチャンスになるからって。それで連れて来たの」

 なるほど、と相槌を打つ。しかし惜しい事をしたな。

「事前に伝えておいてくれたら、歓迎の準備の一つも出来たんだが……」

「あー、その手があったかぁ……」

 あちゃー、と額に手を当てる茜。まぁ、過ぎたことだし、な。

「とりあえず、このまま立ち話もなんだし、そろそろ紹介してくれないか?」

「おうっ。『クリス』、見てるとこ悪いがこっちきてくれ」

「ん、なぁに?」

 鈴の音が鳴るような、というのはこういったのを言うのだろうか。それほどに高く澄んだ声で返した彼女が一歩前へ出る。

 ――――俺は、その姿を一目見て言葉を失う。

 日本人が染めたような色では決して出せない、艶やかな金髪を腰よりも少し短い位の位置まで伸ばし、その先を赤いリボンで結っている。顔立ちも非常に整っていて、小顔に大きな瞳、スッとした鼻筋、血色の良い唇をした掛け値無しの美少女。特に、瞳はアメジストを思わせる綺麗な薄紫で、吸い込まれるようだ。

「紹介するよ。彼女はクリスティナ=ラグレーン。フランスからこっちに住んでる親戚のうちにきたんだと。 クリス。こっちは『陣(じんの)ノ原(ばる) 燦(あきら)』。俺等の親友で、ここの店員。俺等はジンさんって呼んでる」

「初めまして。私はクリスティナ=ラグレーン。宜しく。クリスって呼んでね?」

 彼女――クリスは眩しい笑顔を浮かべ、手を差し伸べてくれる。だが、俺はほんの一瞬だけその手を掴むのを躊躇ってしまう。

 彼女の声が。笑顔が。その仕草が。俺の、恐らく初恋の少女に、あまりにも似ていたから。チクリ、と胸の奥が疼く様な気がした。


「……陣ノ原燦だ。俺のことはジンで構わない。宜しく、クリス」







 逡巡も束の間。俺は、この感情を読み取られないように、出来る限りの笑顔でその手を握り返した。













■後書きのようなもの■



どうも、アシェーリトです。
現在、「その他」板にて「.hack//SAO 剣闘牢獄~二人の双剣士~」を投稿しているものです。
今回、日常描写の練習と、恋愛描写の練習として投稿することとしました。拙い文章となるでしょうが、宜しくお願いします。



[30195] 一話
Name: アシェーリト◆37c6ec3c ID:f34575c7
Date: 2011/10/24 00:38
時刻は五時を少し過ぎた頃。五月に入ってから少し経ったとはいえ、未だ早朝の肌寒さは抜けそうもない。朝露に濡れる草花も少なくない中、川沿いの道を俺は走る。

 中学の頃からの習慣である早朝ランニングを、中学卒業後も毎日続けている。こうして走ることは、俺にとってはもう意味をなさないこと。そのはずだった。
 けれど、今の俺にとってこうして目的もなくただただ走ることは、それ自体が意味のある行為になっていた。

 何かに悩んだとき、自分の中で感情をもてあましそうになった時。こうして息が切れるまで走ることで、俺は自然とそういった悩みが晴れていくことを感じていた。勿論、そういったストレス解消のためにいつも走っている訳ではないのだが。しかし、ここ一週間ほどは訳が違い、中々解消出来ない悩みをかかえたまま、けれども明確な答えを出せないでいる。

 そうして、息も切れるほどにたっぷりと走り込み、腕時計にちらりと視線をやれば、既に時刻は五時半頃。軽く流しながら、俺は家路を目指す。



 ――――今日も又、悩みは晴れないままだった。








 俺こと陣ノ原燦(あきら)が住む星群(ほしむら)市は、それなりに近くに海が、隣接する市には山がある、自然を残しつつも近代化の煽りをしっかりと受けている市だ。その証拠として、嘗て広がっていた一部の田畑は殆どがなりを潜めており、開拓されている。これは、第二次大戦後の高度経済成長が背景にある。

 こうして開拓された場所を”新市街地”、今も変わらず昔の趣を残している街並みを”旧市街地”と名目上は呼んでいるが、かといって双方にいざこざがあるわけでもなく、概ね関係は良好と言える。もっともこの背景に、海が近いことを生かした水族館の建設、隣接する夕暮市に大型の遊園地が建設されたことによる観光客増加による恩恵があるのだが、殆どの市民にとっては大した争いがなければそれでいい、自然の景観を損なわない程度なら街が潤えばまたそれもよし、程度の認識でしかなかった。

 さて。そんな星群市で生活している俺の家は、限りなく旧市街地よりの新市街地と隣接する場所にあったりするため、旧市街の住民からは慣れ親しんだ場所として。新市街の住民からは図らずも隠れた名店的な存在として、それなりに忙しい毎日を送っている。









 時刻は六時と少し過ぎ。自宅へと戻った俺は、庭先で軽くストレッチをしたあと、シャワーを浴びる。
熱いシャワーの湯が、僅かばかりベトついた肌に心地よい。

 黒のチノパンと清潔な白のワイシャツに着替えたあと、リビングへと向かう。ヤカンを水をくべ火にかけ、冷蔵庫の中から、昨夜のうちに用意しておいたBLTサンドで軽く腹を満たす。シャキシャキと触感のいいキャベツの歯ごたえと、トマトの果汁にベーコンの香りと味が口内にフワリと広がる。簡単なものとは言え、我ながら良いできだと感心する。

 三切れほどを腹に収めた頃に、ちょうど良くお湯が沸く。コーヒーメーカーに自分でひいた珈琲豆を用意し、お湯を注いでいく。そうして珈琲が出来上がるまでの間に、一日の流れを確認しておく。

 予約客の有無や珈琲豆、食材の在庫の確認。そうこうしている間に出来上がった珈琲を淹れる。それらを一通り済ませ、続いて新聞を手に取る。少し前に姉から、珈琲を飲みながら新聞を読むなど傍から見れば出勤前のサラリーマンなのだが、何故かその様子が異様に様になっている。アンタ本当に16歳か?などと呆れ半分に言われたのだが、何だか納得がいかない。第一、姉の言うように俺はまだ16でそこまで老け込んだ覚えは無い。

 ちらりと壁にかけてある時計に目を向ければ、時刻は六時三十五分を指している。カップに残った珈琲を一息に飲みこみ、後片付けをしたのちに、身支度を済ませ家をあとにする。向かう先は当然、喫茶店だ。








 我が家から100mもしないで辿り着ける、喫茶『aire de repos』。それが我が陣ノ原家が経営する喫茶店の名前だ。フランス語で書かれたこの店名は、直訳すると意味は日本語で『休憩所』を表すのだが、今は亡き親父は『安らぎの場所』という名で看板を出した。
 元々は俺の父方の祖父が営業を始めた喫茶店がベースとなっており、イギリスやフランスなど諸外国で本場の経験を積んだ父が後にリフォームし、現在の形に落ち着いている。

 そんな店の外観は、少し大きめのログハウスを思わせる木造建築。扉は取っ手から窓枠まで木製で出来ており、一見古ぼったい印象を与えるも、内装は洒落た造りになっていて、何処か懐かしい雰囲気を漂わせている。
 店内には最大四人掛けのテーブル席が6つに、カウンター席が6つ。テーブル席のほうは非固定式なので、団体客がきた場合席を合わせる事が出来るようになっている。
 ちなみに明良たちが来店したときも、当然のように席を移動させて思い思いに寛いでいる。

 正面の入り口の鍵を開け、店内に入る。カロンカロン、と鈴の音が静まり返った店内に響く。次いで、窓を開き新鮮な空気を取り込む。室内に響く鈴の音と、フワリと吹き抜ける風が肌に心地よい。この、誰もいない静まり返った時間が、俺の密かなお気に入りだったりもする。だがそれも、あと十分もしないうちにぶち壊されるだろう。別にそれが嫌いな訳では無いのだが、そう思うと何時もの事とはいえ少しだけ気落ちする。

 気持ちを切り替え、俺は愛用の黒いエプロンを着用し、手を丁寧に洗う。続いて、清潔な布巾でカウンター席を丁寧に拭く。続いて、食器棚から五つのカップとコースターを用意する。他のカップと違い、同じ食器棚の中に入ってはいるが、専用と分かるように仕切りで区別してあるそれらを、さっと水で洗う。

 次に、家でさきほどもやったように、ヤカンに水をくべ火にかける。そうしている間に、キッチンとカウンターに幾つかの珈琲豆と紅茶の茶葉、冷蔵庫からは贔屓になっている近くのパン屋でかった普通の食パンとライ麦の食パン。それからベーコン、レタス、タマゴ、トマトなどの具材を幾つか取り出す。

 普通の食パンのほうは、パンのみみを切り取る。ライ麦パンのほうは、本人達の要望でそのままに。それから素早くマーガリンを塗る。冷水で野菜をさっと洗い流し、レタスは手でちぎっていく。この時は、それほど小さくしなくてもいいのが、俺流だ。そのまま同様にベーコン、トマトを切り、タマゴは溶いて置く。

 俺は何時ものように、ベーコン、レタス、タマゴのBLTサンドから作ることにする。溶いたタマゴを油を適量ひいたフライパンで手早く焼いていく。そうして出来上がるのは、半熟のスクランブルエッグ。アツアツのそれをレタスやベーコンと一緒に丁寧に挟み、パンで閉じたあとは、食べやすい大きさにする為に四等分にする。
 具がこぼれないようにするので、なかなか力加減が難しい。これも、最初の頃は何度も失敗をしたものだ。もっとも、今では手馴れたものだが。

 続いて、トマトを入れたライ麦パンのBLTサンドに取り掛かる。トマトとタマゴの二種類にしているのも、パンの味の違いから組み合わせを変えたほうが味が引き立つからだ。まぁ、要望があれば変えることも当然あるのだが。
 さきほどと同じような手順で準備を進め、ライ麦パンのBLTサンドも出来上がった。三セット出来たそれを四等分にするので、合わせて二十四個。小さいとはいえ、これならば多少は腹の足しになるだろう、と考えていた時。
 カロンカロン、と来店を告げる鈴の音が鳴る。……どうやら時間に間に合ったようだ。

「よぅし、一番乗りぃ!」

「あぁ!?また先越されたぁ……」

 まだ時間は六時四十分ほどだというのに、やたらと元気のある声で入ってきたのは明良だ。続いて、やや気落ちしたような声で入ってくるのが茜だ。この二人は何時の頃からか、こうやってどちらが最初に来店するかを競っているらしく、今のところ勝率は明良に分配が上がっている。二人はじゃれあいながら、カウンター席に座る。

「なんというか……」

「毎度毎度申し訳ありません」

 そんな二人のあとに、呆れたように額に手をあてている琢磨と、申し訳なさそうに苦笑する美耶子。こっちの二人は毎度明良と茜(馬鹿二人)を抑える役に回っているのだが、どうやらこの朝の恒例行事ばかりは止められないらしい。まぁ、無理もないだろう。これもまた、いつもの光景だ。ただ、ほんの少しだが、しかし大きな変化が訪れた。

「二人が謝ることじゃないさ。それと……おはよう、クリス。やっぱりまだ慣れないか?」

 最後に、少しばかり呆然とした様子で入ってくるのは転校生のクリスティナことクリス。彼女がこうして朝の恒例行事につきあうようになってから既に一週間は経つのだが、まだ明良と茜(馬鹿二人)のハイテンションにはついていけていないようだ。

「あ、あはは……。おはよう、ジンさん。まだちょっと、ね」

 あの日以来、彼女はこうして四人とつるんでこの店を訪れるようになった。普通の高校生ならば、漸く朝食を終えるか身支度を終えているかの時間帯のため、初めの三日ほどまでは、彼女は重い瞼を擦るようにして四人の後をついてきたものだ。
 だがそれも少しはマシになってきたのか、多少寝むそうにはしているものの慣れ親しんだように、琢磨と美耶子に続いてカウンター席へと腰を落ち着ける。

「それでも、最初に比べれば大分マシになったほうじゃないか?初日みたいに目を擦ってないし」

「も、もうっ。恥ずかしいんだから、もう忘れてよね?」

 そう指摘すると、彼女は僅かに頬を朱に染め、ツンと顔を逸らす。時々こうして初日のことをネタにからかうのも、そんな彼女に謝罪の意味を込めて紅茶を淹れるのもまた、今の俺達の日常となっている。

「お詫び、って訳じゃないんだが……。アレ、用意が出来たよ」

「ほ、本当っ?」

 御機嫌斜めな彼女の機嫌を取るため、ではないが、俺はふと話題を切り替える。すると先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。どこか期待に満ちた表情を向けてくる。そんな彼女を宥めながら、俺は五人の目の前のカウンターにそれぞれコースターとカップを置いて行く。

 純白の側面と縁に金の装飾があしらわれたティーカップ。その小洒落たカップの持ち手の部分が、それぞれ異なる色の装飾が施されている。
 明良、茜、クリス、美耶子、琢磨の順に、紺、赤、紫、青、緑の色で並んでいるそれらは、彼等専用のカップであることを表す証。それは、コースターも同様だ。

 彼女が待ち望んでいたのは、自分専用のティーカップだ。初めてこの店を訪れたその時、クリスは自分が使っている物と明良たちが使っている物が僅かに違うことに気付いた。そして理由を話すと、何処か物欲しそうな表情をするので、こうして彼女専用のカップを用意する事となった。

 専用、といっても、これは元々ウチで扱っているカップに俺が少しだけ手を加えたものだ。その昔、俺は祖父からちょっとした細工や彫刻の扱いの手ほどきを受けた事があり、それを知った茜がせがんできたのが、そもそもの始まり。
 持ち手の部分の縁を僅かに削り、塗料で色づけを繰り返す。仕事の関係もあるので、一つ出来上がるのに大体一週間くらいかかるそれを、俺は少しばかりの徹夜をすることで四日に短縮させた。

「カップの底も見てみるといい」

 にやけそうになる顔を必死で堪えている彼女に、やんわりと促す。まるで、というか割れ物を扱うような手つきでカップを手に取った彼女は、その底を見てあっと小さな声を漏らす。

「これって……」

「クリスの頭文字を刻んだ」

「俺達のもな。ホレ」

 そういって笑う明良に続き各々カップを持ち上げると、それぞれの色でイニシャルが刻まれている。コイツ等のを作るのに二日貫徹させられたのは良い思い出だ。そう思わないとやってられんだけなのだが。

 そうして暫くしげしげとカップを見つめていたクリスは、やがて満面の笑みを浮かべる。花が咲くような笑み、というのはこういうのをいうのだろうな、などと柄にも無い事を頭の隅で考えた。

「ありがとう、ジンさん。凄く嬉しいよ!」


 ……まぁ、この笑顔が見れただけでも徹夜をした価値があるというものだ。






[30195] 二話
Name: アシェーリト◆87e08047 ID:f34575c7
Date: 2011/11/03 00:44
 俺は、既に出来上がっているサンドウィッチをそれぞれ小分けして配ぜんする。それと同時に、一度クリスからカップを返してもらい、五つのカップに沸いたばかりのお湯を注ぐ。
 そうしている間に、ちらりと時計に目をやる。五人が来店してから6分ほどが経っている。そろそろ頃合いだろう。

 二つの透明のポットのうち、手前にあるほうを手に取る。オレンジ色をしたそれはダージリンティー。ストレートで飲むのに適しており、明良と茜はこれをよく好んで飲む。
 カップを手に取り、静かに注いでいく。マスカットフレーバーの香るそれを、二人の前に差し出す。

 続いて手に取るのは、澄んだ濃いめの紅色をしたアッサムティー。ミルクティーに適し癖の少ないこちらは、美耶子とクリスのお気に入りだ。こちらも同じように二人に差し出した。勿論、好みの量を入れられる様に、ミルクをつけるのも忘れない。

 本当なら、紅茶は自分の好みの茶葉の量と抽出時間でこそ、美味く感じる。簡単にいえば、自分の好み時間、茶葉の量で淹れ、好みの飲み方のほうがその人にとって最も上手い紅茶になる。だからこの五人には自分で淹れてほしいと思っているんだが、面倒なのかそれとも多少の本音があるのかは分らんが、俺の淹れたもののほうがいいと言ってくれる。こう言われてしまえば、こちらとしてもそれ以上強く言い出すことはできないしな。

 ちなみに琢磨はその日の気分で飲むものを変える。今日は珈琲の気分らしく、俺自身も飲むつもりだったので、紅茶と並行してマキネッタで準備をしていたブルーマウンテンを用意した。琢磨のものには小さじ一杯分の砂糖を。俺はブラックのままで飲むのも、互いに理解しているところだ。

 こうして、僅かな時間ながらも朝の時間を楽しむのが、俺たちの日常だ。











 そもそもこんな朝早くに彼等が訪れるのには、明確な理由があってのことだ。
青春を謳歌する高校生の例に漏れず、彼等は部活に精を出している。とどのつまり、朝練に向かうのだ。そして、運動に差し支えない程度に腹を満たすために、四人が通う星群第一高校に比較的近い位置に立地している我が喫茶へと、足を運ぶ。つまりはそういうことだ。そして当然の事ながら、先ほどまで作っていたサンドウィッチは、彼等のために用意したものと言うわけである。
 
 因みに現在の時間は6時55分。ここから学校まではだいたい10分くらいかかるので、そろそろ頃合だ。もともとそれほど量を作っていなかったことと成長期であることから、ぺロリと平らげてしまった五人は、席を立つ。

「ごっそさん!今日も美味かったぜ、ジンさん」

 明良がパンッ、と手を合わせて礼を言う。他の四人も同じように口々に礼を言う中、茜が何かを思い出した様に声をあげ、明良達に先に行くように声をかけた。

「あ、そうそう。ねぇ燦(あきら)、今週の日曜日って時間取れる?」

「……突然如何したんだ?」

 訝しげに訪ねる燦に、茜はニカッと笑う。

「ほら。クリスってば親御さんの転勤で日本に来た訳で、まだまだこのあたりに慣れていないじゃない?だ・か・ら~。案内も兼ねて皆で遊びに行こうかなって!……ダメ?」

 上目遣いに訪ねる茜に、燦は少しだけ思案する。

「正直、突然のことだから即答は出来ないが……。一応お袋に相談してみる。どうせ日曜日のこの辺りは、殆ど客なんてこないし、な。とりあえず、後で連絡いれる」

「え~。何よ、随分曖昧な返事ねー……ぅわっ」

「これでも真剣に考えてるんだ。一応姉貴にも話してみるから、勘弁してくれ。それと、もう行かないと朝練間に合わなくなるぞ?」

 ブツブツ文句を言う茜を宥めるように、燦は彼女の頭をワシャワシャと撫でる。一頻り撫でた後、時間を告げる事で茜が更に文句を言う暇を失くす。これも、良くある光景だ。

「やっば!あーもー、髪もグシャグシャだし!これで遅れたら燦のせいだからね!」

「はいはい」

「何よその態度!って、ああ!?と、兎に角、おばさんにちゃんと聞いておいてよね!それと、帰りに寄るからそん時になんか奢る事!」

 プリプリ怒る茜の態度がひどく子供っぽく見え、思わず燦は笑みを零す。その表情は、仲の良い五人の前でも滅多に見せる事の無い、柔らかな笑み。

「分かった分かった。――――気をつけてな。それと勉強頑張れよ」

「――――うん!行ってきます!燦も頑張ってね!」

 それが何だか堪らなく嬉しくて。茜は最高の笑みを返すことで答えた。








 茜が店を出て、シンと静まり返った店内に鈴の音が響く。先ほどまでの賑やかさが嘘のような、まるで世界に自分独りしかいないようなその空間で、燦はそれまであった時の余韻に浸る。


「――――片付け、するか……」


 少しして、時間を取り戻したかのように燦が動き始める。燦はカウンターの奥へ向かうと、備え付けられている古びたレコードを回し始める。これは、燦の祖父が開店当初に用意したものだ。
 音楽などトンと詳しく無い燦ではあるが、幼い頃から祖父に良くクラシックを聞かせてもらっていたために、今でもこの店ではレコードで音楽を流している。

 流れるのは、彼のお気に入りの一つである、パッヘルベルの【カノン】。

 店内を優しいヴァイオリンの音が満たす中、先ほどまで明良達が使っていた皿やカップを、丁寧に下げていく。決して傷つけないよう、丁寧にカップを洗い、水で泡を流していく。

 テーブルを拭き、茶葉や豆、食材の確認を再び済ませる。
この店の本来の開店時間は10時から。母がこちらに来るのは、9時半頃。それまでの時間、誰も邪魔されないまま静かな時間を過ごす。

 こうして今日も又、新しい一日が始まっていく。




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