記者の目

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記者の目:危機にひんするギリシャの「緩さ」=藤原章生

 ◇貸した方が悪いと笑う人々

 借りる側と貸す側のどちらが悪いのか。ギリシャでそんなことを考えた。欧州債務危機の震源地ギリシャの首都アテネで、こんな話をよく聞くからだ。「もちろん貸した方の問題だ。仏独の銀行やブリュッセル(欧州連合=EU)は、ギリシャがつぶれたら困るから必死。だから貸し続けるよ」(小学校教諭兼宅配業のコスタスさん、47歳)

 ◇経済専門家にも財政は謎だらけ

 経済の専門家も、言うことは似たり寄ったりだ。この国の主要銀行の一つ、アルファバンクのチーフエコノミスト、マスウラキスさん(55)はこう語る。「ギリシャが債務の元本の50%を削減してもらい、事実上、国家破綻に陥っても、EUの基金でギリシャの主要6行は国有化され、救済される。つぶれて困るのは欧州の中枢だしね」

 ギリシャ政府の今年の財政赤字予測は国内総生産(GDP)比8.5%で、この銀行の予測より2%も高い。政府の立場から良く解釈すれば「来年に年内の税収の一部を回して成績を良く見せる算段」。つまり、よみがえったギリシャの“V字回復”を演出するための布石だ。8.5%に相当する額が、毎年汚職や不正で国庫からなくなるお金に匹敵するとみられるから、「単に消える(た)」とも言えるが、汚職閣僚が逮捕されない国では、真相はやぶの中だ。

 マスウラキスさんは会うたびにくだけた物言いになる。私が「財務相は10月半ばに国庫が底をつくと言っていたのに、今度は11月半ばと言いだした。なぜ?」と聞くと、大笑いした。「知らないよ。そんなこと俺に聞くなよ。謎だらけだ」とニヤニヤする。「あんたも、むちゃくちゃなギリシャという国が分かってきたな」と言わんばかりだ。

 要は、見識あるはずのエコノミストにさえ理解しがたい謎をはらむのが、この国の「持ち味」ということだ。それを知らずに金を貸したのなら貸した方が悪いと言われても仕方がない。しかし、金を貸せばすぐに使い果たすと知っていたのではないだろうか。

 2000年代、ギリシャは独高級車ポルシェの購入台数が人口当たり世界一。昨年の自動車ローン総額は80億ユーロ(今のレートで約8500億円)に上る。この額は昨年6月以降、ギリシャに対して3カ月ごとにユーロ加盟国がしているつなぎ融資と同規模だ。

 ユーロ圏(99年にスタート)に01年に加盟したギリシャの特徴は、公務員優遇など放漫財政だけではない。借金に借金を重ねて消費し、経済を伸ばしてきた。米国の著名な経済学者ジョゼフ・スティグリッツ氏の言葉を借りれば、「成長経済は債務なしにはあり得ない」。だが、いったん財政危機に陥ると、「債務のコストは利益と同様、不平等に配分され貧困と格差を助長する」。実際、ギリシャの福祉は削られ、貧困、格差、社会不安が広がっている。

 09年10月、財政赤字の粉飾を首相が暴露し、この国の国際的な評価は地に落ち、長期国債を買ってもらえなくなった。つまり市場から見限られた。そして世界はその時、初めて悟ったかのように「ダメなギリシャ」批判を始める。怠惰、早い引退、高い給与と年金(格差があり大半の国民は月収10万円以下)、脱税、闇経済と「南(欧)の持ち味」を改めろと迫られる。

 しかし、何を今さら、と私は思う。オスマン帝国の植民地だったギリシャは英仏独のような市民社会形成、近代化を経ていない。「俺たちは欧州人じゃない」と言う人がかなりいるように、「西欧」のイメージとは違う国なのだ。

 ◇欧州=先進国のブランド壊す?

 この国には懐かしい感じがある。まだ銀行や流通などが米国に買われる前の80年代のメキシコのような緩さ、社会主義的なムードがある。多くの途上国は90年代以降、世界銀行や国際通貨基金(IMF)の指導で経済データをそろえ、緩んだ空気は霧散した。ギリシャは途上国なのに、「西欧」「ユーロ圏」というビニールハウスの中で緩い空気を保ってきた。ドイツなど欧州の中の「北」の人々がこの国を訪れるのは、エーゲ海のさざ波と太陽ばかりでなく、自分たちがとうに失った「緩さ」にひかれるからだろう。

 私も南欧を知る前は、欧州全体が洗練され、きちっとしているというイメージを抱いていた。「ギリシャ国債は盤石」と言われれば、つい買ってしまいそうな確かさで。

 金を貸す時は、イメージやデータよりも相手を知ることが肝心だ。ギリシャ危機は先進国という「欧州ブランド」の一面である、隠された素顔が暴露されつつある過程と思える。冒頭のマスウラキスさんは「俺たちは借金もうまいけど、倹約もうまい」と言う。私は今、ギリシャがどううまく、賢く落ちていくかに注目している。

毎日新聞 2011年11月4日 0時40分

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