このページの位置情報
2011年10月31日(月)放送
ジャンル経済 生活・食糧 災害
(NO.3113)

どうなる福島のコメ

 ~安全宣言は出たものの~

【VTR】どうなる福島のコメ 翻弄される産地

東京都内のスーパーです。

「こちらがお米の売り場になるんですけれども。
新潟産これは秋田県産のあきたこまち。
これは山梨県産の武川米。
こちらが宮城県産の命あふれる田んぼのお米という…。」

福島のコメはありません。
毎年8トン仕入れていた福島県産のコメの販売をことしは見合わせているのです。

福島県は新潟、北海道、秋田に次ぐ日本有数の米どころです。

原発事故の影響が心配されたことし徹底した放射能の検査が行われました。
検査には収穫前の予備検査と収穫後の本検査があります。
さらに、一定以上の高い放射性物質が検出された場合重点検査が行われます。
これらをクリアして初めて出荷が認められます。
検査が行われたのは1700か所。
ここまで厳しい態勢が取られた農作物は、ほかにありません。
福島県産のコメの販売を手がける飯島成一さんです。

「ここからずっと福島の…。」

倉庫には今検査で安全とされたコメが大量に積まれています。
創業60年。
収穫が終わったこの時期にこれだけの新米が売れ残るのは初めてのことです。

飯島さんは去年まで福島県全体の10%近い4万トンのコメを扱っていました。
3000軒以上の農家からコメを仕入れスーパーや酒造会社、商社などに販売してきました。
取り引き先は全国500社に上っていました。
しかし、原発事故のあったことし仕入れと販売の状況は一変しました。
4月、飯島さんは仕入れ先の農家の説得から始めなくてはなりませんでした。
多くの農家が放射能の影響を心配して田植えを見合わせようとしていたからです。
飯島さんは農家の不安を取り除こうと取り引きしてきた3000軒の農家に手紙を出しました。
出荷制限の際には適切な補償が行われるよう万全を期すと国が発表しました。
秋の収穫時期における買い入れも例年どおり購入させていただく方針です。
この呼びかけにほとんどの農家が応じました。
一方、大口取り引き先からは夏までに次々と契約をキャンセルされていました。
9月上旬飯島さんは取り引き先の説得に走り回っていました。

この日、訪ねたのは10年近く取り引きしてきた関西の商社です。
全国のスーパーなどにコメを卸すこの商社は売り上げの20%近くを占める大口の取り引き先です。
話し合いで飯島さんは手応えを感じました。
検査で安全が確認されれば福島のコメを買うと約束してくれたのです。

「どうも、お疲れさまでした。」

ところが。
収穫前の予備検査で深刻な事態が起きました。
山あいにある水田のコメから国の暫定基準値と同じ1キログラムあたり500ベクレルの放射性物質が検出されたのです。
飯島さんは急きょ営業の担当者を集め会議を開きました。

高い数値が検出されたのは1か所のみでほかでは基準を大きく下回っている。
取り引き先にそう説明するよう伝えました。
不安は農家にも広がっていました。
この男性はコメは買い取るという飯島さんの手紙を信じて作付けに踏み切ったといいます。

「どうぞ。」

「どうもいつもお世話さまです。
ことしも、よろしくお願いします。」

収穫がむだにならないか。
心配する農家に約束どおりコメは買い取ると伝えました。

500ベクレルの検出を境に福島県のコメを敬遠する動きが広がっていました。
飯島さんの会社も厳しい状況に置かれていました。
当時の取り引きの状況です。

大手の酒造会社や飲食店から契約を打ち切られ取り引きが決まっていたのはコンビニなど2割ほどでした。
最大の取り引き先である商社とはまだ契約が結べていませんでした。

9月30日。
さらに追い打ちをかける事態が起きていました。
関西の米市場で公表された福島県産ひとめぼれの価格は60キロで1万3000円。
同じひとめぼれでもほかの県より大幅に安くなっていました。
このまま売れば赤字になってしまう値段です。

「はい、飯島です。
おはようございます。」

この日、福島のコメを買うと約束した関西の商社から電話がありました。

商社は相場を見て値引きを求めてきたのです。

提示されたのは輸送費を含めて1万2000円。
相場よりもさらに安い価格でした。

交渉を重ねて採算ぎりぎりの価格に持ち込みました。
しかし、これまでの年間契約には応じてもらえずひとつきだけの契約でした。
それでも飯島さんは銀行から5億円の融資を受けて地元農家からコメを買い続けています。
自分が買わなければ経営が立ち行かなくなる農家があるからです。

「それと、あと、それから…あとこれですね、これ、これと。
社長さん本当にありがとうございました。」

「いえいえ、とんでもない。
ごめんねちょっとしか出せなくて。」

「とんでもないです。
また、よろしくお願いします。
ありがとうございました。」

「気をつけて。」

「どうも失礼します。」

安全宣言は出たものの福島のコメが売れていない現状。
飯島さんはこれまで扱ったことのない産地のコメを急きょ、取り寄せました。

「北海道産きらら。
1等1トン20キロ。」

輸送コストが高く採算は取れませんが取り引き先をつなぎとめるための苦渋の選択です。
輸送するトラックも県外から手配しました。
福島ナンバーの車で配送して受け取りを断られたことがあったからです。

「お客様をつなぎとめる方法の一つですよね。
寂しいかぎりですよ。
福島にいながら、なんで他県産扱わなくちゃなんないのっていう。
そういった心の中のジレンマっていうかそういったのは本当にこう、ことしほど感じたことないですよね。」

【スタジオ】福島のコメ 流通をどう守る
新山陽子さん(京都大学教授)
中川記者(福島放送局)

新山さん:(次々に契約が打ち切られる現状は)大変厳しい状態だと思います。
このようにして一度、取り引き先を失ってしまいますと、その回復はとても困難です。
また生産農家の方も同時に追い詰められますし、これは一時的な賠償ではなかなか取り戻せないことだと思います。
このようなことは京都で鳥インフルエンザが発生したときにも起こっていまして、なかなか回復ができない状態でした。

一回失われてしまいますと、そういうふうになってしまいます。 またそういう状態になりますと、農家の方々はふだんでも農業生産なかなか大変ですし、利益もなかなか上がらない状態でやっていますので、精神的な打撃のほうが大きく、なかなか生産を再開できなくなってしまうんではないかと思います。

●産地のコメ どうなる賠償

中川記者:農家、流通業者それぞれ打撃を受けてるんですけれども、特にネットなどを使って、消費者に直接コメを販売していた直売農家といわれる人たちが大きな打撃を受けています。
福島県は農協だけにコメを卸すんじゃなくて、そういった形で直売をする農家さんが多いというふうにされているんですね。
こうした農家は有機栽培に力を入れたり、改良を重ねたりして、安心でおいしい米作りに努めてきました。
今も自分たちで放射能の検査機器を買ったりして、なんとか消費者に受け入れてもらおうとしています。
ただその一方で、長年工夫をして作り続けてきたコメが消費者に買ってもらえないという現実に、ある農家は身を切られるようにつらいと、米作りが続けていけるか不安だと話しています。

●損害に対する東京電力の賠償

中川記者:こちらで説明します。

東京電力に取材しますと、農業被害の賠償については、こちらの原則に沿っている、4つの原則だというふうに話しているんですね。
その中には作付け断念、つまり作付けができなかったケースとか、出荷・全返品、収穫して出荷したんだけれども、返品されたとか、そういったものがあるんですけれども、先ほどのVTRにあったようなコメの値段が下がってしまったというケースはこの4つのどれにも当てはまりません。
さらに売れ残ったとしても、米の場合保存が利くので今後売れる可能性がないとまではいえないということで、どの段階で損害といえるかということもはっきりしてないというようなこともあるんですね。

もちろん福島県にとっては、稲作が最も重要な産業の一つです。
安全宣言を出したということで、福島県はまずは福島のコメを消費者に買ってもらおうということで、安全性のアピールに力を入れているんです。
福島県は売れないことを前提にした対策については、まだ考える段階ではないとしています。
国も基本的には同じ姿勢なんです。

●福島のコメ 情報をどう伝える

新山さん:今回はやはり本来だったらもっと早い時期に提供されないといけない科学的な情報が、全く欠けていたことが原因ではないかと思います。
つまり放射性物質とはそもそもどんなものか、それが健康に影響を与えるというのはどんなふうなメカニズムで影響を与えるのか、そういうふうな科学的な情報ですね、それがないと消費者は判断のよりどころになるものを持てませんので、よりどころがなかったということが原因ではないかと思います。
その結果、私たち調査をやったわけですが、6月と10月末に東北・北関東産のコメについて消費者に調査をしましたけれども、買いたくないと答えた人が関東で15%から32%に増えてしまっています。

ですからその間、それを解消する情報を十分得られなかったということによって、不安が増幅したんだと思うんです。

●払拭されない消費者からの不安

新山さん:まずはやはり国からの情報提供ではないかと思います。
確かに今回、国に対しても消費者も大きな不信も持っていますけれども、やはり正確な情報は何よりも国から欲しいと思っています。
ただその際には、丁寧に分かりやすい情報であると同時に、誰もが目にできるような情報手段を取るべきだと思います。

現在、農林水産省や厚生労働省のホームページには詳しいデータなどが出ていますけれども、ホームページというのは誰でもアクセスできるものではありませんので。

●伝わらない正確な情報

中川記者:福島県も詳しいデータを公表はしてるんですね。
例えば今回の検査、県内の1724か所で行われました。
その結果、基準を超えた所は1か所もありませんでした。
しかも80%以上は放射性物質は検出されませんでした。
残りの検出された所ですね、画面緑で出ていますけれども、検出されたところでも基準の5分の1に当たる100ベクレルを超えた所はごく僅かで、結果的には検出されなかった所も含めて、99%で100ベクレル以下だったという、このへんのデータすべてホームページで公開しているんですけれども、確かに十分伝わっていないというところはあるんじゃないかと思います。

●消費者と農家 信頼をどう回復するか

新山さん:遠回りのようですけれども、生産者と消費者の方が相互にコミュニケーションを深めていく以外にないんではないかと思います。
その際も何かもとになるものが必要だと思いますので、やはり体系的な、科学的な情報を研究者なりが提供し、それをもとにお互い、どうそれについて感じているのか、どこまでなら歩み寄れるのか、そういうことを繰り返し、丁寧に、意見交換していく以外にないのではないかと思います。