BSオンライントップ > BSコラム > フィギュアスケート・NHK杯へようこそ! (2) (by 刈屋富士雄)

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フィギュアスケートのトップ選手が集うNHK杯では、男女シングル、ペア、アイスダンスの4種目で順位を争います。ペアは男女がひと組となって演ずるもので、リフトやジャンプなど失敗すると危険な要素も多く、フィギュアスケートの種目の中では最もアクロバティックかつダイナミックな競技といわれています。一方のアイスダンスは、男女がひと組となって演じるのは一緒ですが、ペアで多用される難易度の高い技より、ステップの技術や表現力に重きが置かれる「氷上の社交ダンス」と呼ばれる優雅な種目です。

残念ながら日本は、男女シングルには強豪選手がひしめいていますが、ペアやアイスダンスでは世界のトップクラスにまだ実力が届かず、今後の強化が課題となっています。その意味では、男女シングル、ペア、アイスダンスという4種目すべてで、強い選手がそろっているのはアメリカ、ロシア、カナダの3か国。現在、これがフィギュアスケートの総合力という点では、“世界の3強”といえるのではないでしょうか。

男女ともシングルでは、この3強に日本の複数の選手と、キム・ヨナ選手(韓国)などの各国の実力者が割って入り、熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げているというのが、いまの大まかな世界の勢力図です。シングルで現在のような隆盛を日本が誇るきっかけとなったのは、アルベールビルオリンピック(1992年)で銀メダルを獲得した伊藤みどり選手の活躍抜きには語れません。それまで欧米人しか通じないといわれたフィギュアスケートの世界で、本場の選手を初めて凌駕(りょうが)したのが伊藤選手の芸術品と称されたジャンプです。彼女は女子選手として史上初めてオリンピックで3回転半のトリプルアクセルを成功させる偉業を達成しました。しかし、それでも金メダルに届かず、無念の銀メダルで終わりました。技術力で欧米の選手を圧倒しても、フィギュアスケートのもうひとつの要素である表現力や芸術性では、まだ当時は差があったというのが正直な評価ではないでしょうか。
それ以降、悲願の金メダルを目指し、本格的な強化が日本で始まりました。その方法は有望な選手をジュニア時代から集中的に指導・育成するもので、その結果、トリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香選手を筆頭に、村主章枝選手、恩田美栄選手や安藤美姫選手、浅田真央選手、男子では本田武史選手(ソルトレイクシティオリンピック4位)や高橋大輔選手、小塚崇彦選手、織田信成選手などなど、世界に伍(ご)する選手が誕生したわけです。このように世界を舞台に活躍する選手が増えるにつれ、フィギュアスケート人気も高まり、ファンも定着しました。NHK杯もその一助となったのではないかと自負しています。
長年近くでフィギュアスケートを見てきた一ファンとしては、今後は強い選手を育てる、これまでのような“一点集中強化策”に加えて、競技人口を増やし、そのすそ野を広げることが、フィギュアスケートが日本のスポーツ文化の大きな柱になれるかどうかのポイントになると思っています。

フィギュアスケートという競技にとって、永遠の課題といえば、その採点基準をどうするかという点です。簡単にいえば、“技術力”と“芸術性”、どちらをより重視するのかということです。
フィギュアスケートの採点は、「技術点」と「演技構成点」に分けられ、評価されるシステムです。アイスダンスを除く男女シングルとペアでは、「技術点」に重きを置いて評価するショートプログラムと、逆に「演技構成点」の比率が高いフリースケーティングの2つの演技を行い、総得点を争います。
たとえば、シングルのショートプログラムでは、自由に選曲した曲を使い、2分50秒以内に「アクセルジャンプ」、「ステップからのジャンプ」、「ジャンプコンビネーション」などの7つの要素を行うことが義務付けられています。そこで技術力を採点するわけですが、もちろん演技の連動性や美しさが無視されるわけではありません。一方のフリースケーティングでも、女子4分前後、男子は4分30秒前後の演技の中で決められた要素を取り入れることが求められています。そこでは技と技とのつなぎや、振り付け、音楽との調和性などの、表現力や演技力という“芸術性”に重きを置いて採点されます。しかし、当然のことながらフリーで高得点を出すにも、そのベースにスケーティングやジャンプのしっかりとした技術がないといけないわけです。このようにフィギュアスケートにおいては、“技術力”と“芸術性”が切っても切れない関係で混在しています。それを生身の人間が採点するわけですから、どうしても採点に多少のブレや傾向が出てくるのは仕方ないことといえるでしょう。

その採点する基準を統一するため、ISU(国際スケート連盟)は毎シーズン、その指針を発表しています。たとえば前回のバンクーバーオリンピックではジャンプの回転不足を厳しく採点に反映したため、「4回転ジャンプに挑戦するより、質のいい3回転を飛んだ方がいい」と判断し、無難な演技を志向する選手が増えました。その象徴が男子シングルの表彰台で、4回転ジャンプを回避したライサチェック選手(アメリカ)が金メダル。果敢に4回転に挑戦し成功したにも関わらず、プルシェンコ選手(ロシア)はその出来が今ひとつと判断され、銀メダルに終わってしまいました。
この結果に対して、「果たしてこれでいいのか?」という疑問の声が沸き起こったのはある意味、当然のことかもしれません。その反省もあって、昨シーズンからジャンプに関して「完全に回転し切れていなくても、ある程度評価する」という形に採点基準が変更されました。その結果、早速昨シーズンは男子の4回転と、女子の3回転3回転のコンビネーションジャンプが劇的に増えました。

今季のフィギュアスケートでも、大きな採点基準の変更がありました。それは音楽との調和性をより重視し、採点に反映するということです。これを口で説明するのはなかなか難しいのですが、たとえば、バンクーバーオリンピックで金メダルに輝いた、キム・ヨナ選手のショートプログラムの演技を思い浮かべてもらえればわかりやすいのではないでしょうか。あのお馴染みの「007シリーズ」のテーマ曲に乗って展開されたキム・ヨナ選手のすばらしい演技は、一挙手一投足の体の動きだけでなく、眉の上げ下げ、目線の取り方といった表情のひとつひとつまでが音楽にピタリと調和していました。それは、音楽をBGMとしてそれに合わせて滑るという次元ではなく、「キム・ヨナ選手の体から音が発せられているのではないか」と錯覚するほどの見事な演技だったといえます。
これをフィギュアスケートの世界では、「音を取る」という言い方で表現することがよくあります。日本選手でこれがうまいのが高橋大輔選手です。普通の選手はだいたいが連続ジャンプなどの大技の前には、その準備のために「音を取る」ことをないがしろにしがちです。ところが、高橋選手はちゃんとその部分も音を取って、演技を途絶えさせることなく表現し切っています。それが、高橋選手が表現力では世界のトップといわれる最大の所以(ゆえん)なのです。
このような以前とは違う採点基準の変更も頭に入れて、NHK杯を観戦していただければ、さらにその勝負の行方が興味深くご覧いただけると思います。

次回は、今年のNHK杯で一番の注目点といえる女子シングル・浅田選手の見どころをご紹介しましょう。バンクーバーオリンピックでキム・ヨナ選手に敗れた背景も含め、浅田選手の復活はなるのか!? じっくりと検証してみたいと思います。ご期待ください。

 

(取材:大平 裕之)

刈屋富士雄(かりや・ふじお)

1983年NHK入局。“大相撲中継の顔”として知られるが、実はフィギュアスケートの実況歴も長く、オリンピックなどで数々の名シーンを伝えてきた。NHK杯の名物コーナー『ようこそ豊の部屋へ』での軽妙な進行役も見どころ。

刈屋富士雄(かりや・ふじお)

投稿時間:12:00 | カテゴリ:BSスポーツ

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