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[30253] 【チラ裏より】東方心舞踏(原作:東方Project×ペルソナ4)
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/11/02 15:39
この小説は東方プロジェクトとペルソナ4のクロスオーバーです。この作品には以下の注意事項があります。

・登場人物はほぼ東方side。ペルソナ4のごく一部のキャラの登場を除けばペルソナ4の設定を東方プロジェクトの世界に持ち込んだ、という形になります。
・東方側のあるキャラがペルソナ4に関わっているなどの設定もございます。
・霊夢がワイルドに覚醒します。
・霊夢のコミュは作者の独断と偏見で決定しています。
・霊夢の他にペルソナ使いとして覚醒する人もいます。
・時系列を弄っている為、ペルソナ4の本編終了後の半年後の秋頃に風神録が発生しています。
・そしてこの小説の時期は聖蓮船終了から少し経った後です。
・設定上、早苗は霊夢より1才年上の設定です。
以上の設定で構わない、という方は良ければ本編をお楽しみください。

尚、この作品はにじファン様にも投稿させていただいております。



[30253] Act.00 予兆
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/23 23:06
 私達は、常に願いながら生きている。
 生きること。目的を達成する事。存在の意味を見いだす事。
 私たちは生きる。過去を、故に今を。そして未来を。
 生きるという事は道を歩み続ける事他ならない。私たちの歩いた道が軌跡となり残る。…そして、その軌跡は物語となる。
 語りましょう。とある物語を。そしてどうかこれが過去の礎となり、今を思い、未来へ繋がらん事を切に祈る。
 彼女の、彼女たちの人生を共に見守ってきた彼女の友人としてこの書を残す。




 著者 パチュリー・ノーレッジ





 * * *





「――お目覚めですかな?」


 唐突に耳に届いた声。それと同時に一気に体の感覚が様々な情報を伝えてくる。
 鼓膜を震わせるのは何者かの声だけではない。水の音だろうか。他にも僅かに何かが揺れるような感覚がある。
 目を見開く。だがどこか薄暗い。…いいや、薄暗いというのは違うか。淡い光に照らされ視界に困る事はない。何とも言い難い幻想的な場所だ。内装はどうにも洋風で自分が視線を横に向ければ窓がある。大きな窓だ。外を見渡せるようだ。
 そこには何とも形容しがたい、闇とも言えない空間が広がっている。どうやらこれは船のようで、それはゆっくりと水を切りながら前へと進んでいるようであった。
 これで自分が今、どこにいるのかがなんとなくわかった。まるで船の中に洋風の酒場、と言い表すべきか。雰囲気と現状を鑑みるにそう称すのが正しいと思われる。
 そして自分は座っている。一人用の、そう、友人の吸血鬼の屋敷にあるような豪勢な椅子だ。自分はその椅子に背を預けて座っている。その間にはテーブルが1つ置かれていて、その向かいには一人の老人が座っている。


「ようこそ」
「……はぁ」


 歓迎しているだろう老人に対して私の反応は随分と淡泊したものだっただろう。その淡泊な反応に対して老人は表情を変える事はない。ただ笑っている。そう、笑っているだけだ。
 最初からそんな顔。まるでそう言わんばかりの表情。それがどうにも作り物に見えてしまうのは何故なのか。そしてだからといってそれが不愉快にならないのもまた不思議だ。知り合いの人形遣いの人形とは違うのにどうにも憎めない。好きにもならないが。
 そして何より一番気になるのが……。


「…随分立派な鼻ね」
「これは至極光栄でございます。これは私の自慢でもありますからな」


 従者からも高評価でございます、とその立派な鼻を僅かに撫でながら世間話をするように話題に乗る老人。僅かに、くすっ、と私の口から笑い声が零れる。


「…で? 貴方誰かしら? ここはどこ? …これ、私の”夢”で良いのよね?」
「おや? 今度のお客様は随分と勘が冴えていらっしゃると見える。
 えぇ。ここは貴方様の夢でございます。そしてここはベルベッドルーム。意識と無意識の狭間。故にご就寝の所、ここにお招きさせて頂きました。…失敬。名乗りを忘れていましたな。私の名はイゴール。このベルベッドルームの管理をさせて頂いております」
「…イゴール、ね。意識と無意識って、また地底のアイツが関わってたりするのかしら? それに招いた、って私に何の用よ?」
「ここはいずれ何らかの”契約”を結んだ方が本来訪れる場所。…貴方様にもそういった未来が近づいている、という事ですな」
「…契約?」
「はい。…占いは信じますかな?」


 ぱっ、とイゴールと名乗る老人がまるで手品のように何もないところから取り出したのはタロットカードだった。


「占い、ね。知識としてはただの迷信ばかりではない事は知っているけれども…」
「けれども?」
「どうでもいいわ。おいしいお茶が飲めればね」
「ほほ。これはこれは。…未来がどうであろうとも進み続ける。己の速さで、誰に何かを言われたとしても。豪胆なお方ですな。…そんな貴方様の未来、少々覗かせて頂いてもよろしいでしょうかな?」
「どうぞお好きに」


 では、とイゴールはタロットカードをシャッフルし、そして何かの意味があるのだろう。タロットを並べていく。ふむ、と1つ頷き、タロットを捲っていく。タロットの知識は無い為にどのような結果が出ているのかはわからない。
 なるほど、なるほど、と感心したように、関心したように、感慨深げにイゴールは頷いている。私はただそれを眺めるだけだ。


「貴方様の未来は、どうやら近々、試練の時が訪れるようですな」
「試練…?」
「試練の先は…この試練において貴方がどのような思いを抱き、悩み、答えを出すのかによって大きく変わるでしょう。所詮はたかが占い、と言われればそれまでですがな」
「…興味ないわ。それにその”契約”とやらもよくわからない」
「試練は貴方様の”役割”と”貴方自身”を試されるようだ。…そして試されるのは何も貴方だけではない」
「? それって、じゃあここにも私以外の奴が来るって事もあるの?」
「いいえ。それは恐らくないでしょう。貴方様はここの”契約”を必要とされる日が来る。それは間違いない。この場に貴方がいる事が何よりの証拠。そして貴方の試練に”契約”は必然なのでしょう。それは貴方様の役割に必要な力にして、貴方自身の試練に打ち勝つ為に不可欠な力となるでしょう」


 イゴールはそう告げると同時にタロットを手の中に戻す。…まるでタロットが自動的にイゴールの手の中に戻ったように見えた。まったくもって不可思議な老人だ、と思う。だがそれに特段驚いていない自分がいるのもなんともおかしな話だ。


「しかしまだ貴方はその時ではない。しかし、再会の日はいずれ来るでしょう。…今日はこの辺にいたしましょう。…あぁ、申し訳ありません。私とした事が重要な事を聞き忘れていました」


 失敬失敬、と言いながら、その瞳で彼は私を見つめてくる。


「貴方の名を、お伺いしてもよろしいですかな?」


 私の、名前。






「――…霊夢。博麗 霊夢よ」





 * * *





 目が覚めた。
 開いた目はまだ寝ぼけ目の事だろう。…何とも形容し難い、ただの夢とも思えぬ夢だったな、と思いながら体を起こした。


「…ねむ…」


 寝た気にならない。体は寝る事によって疲れは取れている筈だが、頭だけが嫌に覚醒しているような感覚だ。寝ていた、というのは意識もまた休める事なのだからもしもあれが夢の中で本当にあった事だと言うのならイゴールと名乗った老人には文句の1つも言ってやりたい。


「…はぁ。しかし、あれが本当なら…また異変が起きるのかしらね?」


 布団から這い出る。そのまま立ち上がり、外と内を遮っている障子の元へと向かう。障子を開いて外の景色を目に移す。外は朝霧が出ているようだ。どうにも霧の所為で遠くが見えない。
 ここまで深い霧は初めて見るな、という感想を抱きながら私は夢の内容に思いを馳せた。イゴールが言っていた言葉が本当ならば近々、異変が起きるのだろう。


「…しかし、契約って何なのよ。あんな得体の知れない奴に力を授からないと解決出来ない異変でも起きるっての…?」





 * * *





 何かが地に叩きつけられる音が響く。
 鈍く、生々しいその音は聞くだけで痛々しい。そして叩きつけられた者の惨状も見るからに酷い。それは女性。本来は美しい顔も泥や血によってその美貌を損なっている。全身に至る所に傷があり、身に纏っている衣装も泥と血で汚れ、見るも無惨なまでにぼろぼろとなっている。
 この光景を見る者がいれば目を見開く事だろう。そのぼろぼろにまで痛めつけられているのは……。


「ご、ほっ…! ぐ…は、ぁ…はぁ…!」
『無駄な抵抗はよせ』


 起き上がろうとした女性をまるで窘めるように声をかけるのは不気味な声音だった。その声に抗おうとするかのように女性は立ち上がろうとするも、既に彼女の体は限界なのだろう。起き上がる事は叶わず、再び地に伏せる。


『お前では私には勝てない…』
「ぐ…ぅ…! き、さ…ま…!」
『私の力はお前と同種。そして、私の力は単純にお前よりも上だ。そして…』


 霧が広がっていく。辺りを包み込むかのように。まるで世界を塗りつぶしていくかのように。


『この隙間の無い霧の中ではお前の力も半減しよう。隙間を開いて逃げるか? そんなことは出来ない。私は確かにお前の脅威であり、放置する事は出来ない。しかし挑んだ所でお前では私には勝てない。仲間を呼ぶか? 私が許さない。お前の未来は定められている』
「ふざけた…事を…!!」
『あまり傷つけさせるな。…楽にしてやろう』


 霧が、深くなっていく。


「…う、ぁ…」


 深くなっていくにつれて霧の他に黒い靄が溢れ出していく。それが女性の体にまとわりつくように寄っていく。何とか身を捩り、逃れようとするもその抵抗はあまりにも儚い抵抗にしかならない。


「…ごめ…ん…なさ…い…」


 何に対しての謝罪だったのか、女性は最後に心底悔しそうに、心底申し訳なさそうにその一言を零してゆっくりと崩れ落ちた。崩れ落ちた彼女を取り込むかのように黒い靄は広がっていく。





『忘れ去られた幻想の地よ。外たる世界は示した。人の可能性を。…停滞せしこの世界は価値があるのか? その存在を証明せし者は現れるのか…?』





 * * *





「…霧」


 ぽつりと、小さく呟く。
 手に持っていた箒の手は止まってしまった。やはり気になってしまうのだ。霧を見ると。昔を思い出してしまうから。


「…もうとうの昔に終わってる話でしょうに…」


 はぁ、と吐息を1つ吐き出して箒を抱える。箒をいつもの場所において家の中へと戻る。


「早苗。もう掃除が終わったのかい?」


 名を呼ばれて私は顔をあげる。そこには私の住まう家、守矢神社で祀られている神様である神奈子様がいらしゃった。どこか顔色を伺うように僅かに屈んで私を見ている。それに私は安心させるように笑みを浮かべて返す。


「えぇ」
「今日は霧が出ているから冷え込むな…風邪を退かないようにな?」
「大丈夫ですよ。神奈子様」


 小さく笑って私はそのまま歩を進めた。それに後ろで神奈子様が僅かに吐息を零した後、着いてくるのがわかった。
 さて、これから何をしようか、と私は今後の予定を考えながら今へと向かうのであった。





 * * *





 …全ては霧に沈む。
 彼女の旅路の果てに、どのような”答え”が待つのか。
 答えを知る者は…まだ誰もいない。


「…始まりますかな。試練の時ですな。幻想の民…かの者たちは試される。その存在の意義と証明をかけて…。手始めに目覚められるのは…やはり貴方ですか」


 手に握られたタロットカードが一枚。そこに握られていたのは……。





「…”愚者”でございますな」





 物語が、始まる。



[30253] Act.01 覚醒
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/23 23:08
※注意※
霊夢のペルソナは女神転生の方で名前が同じ神がいるようですがグラフィックは大きく異なります。これもまた作者の独断と偏見によるイメージから出来上がっています。





 * * *




「…今日の霧は随分と濃いわね」


 茶を啜りながら霊夢は今から外を見ながら小さく呟いた。掃除するにしてもこの霧の所為で視界を遮られる為になかなか捗らなかった。掃除を断念し、後はいつも通りに茶を啜っているのだが、どうにも引っ掛かる。


「…霧って言えば、レミリアの異変の時を思い出すけど…それともなんか違うな」


 気にしていなかったが、この霧は普通の霧ではない。だが害意がある霧ではない。ただ自然発生したというよりかは発生させられた霧、という感覚に近い。その力があまりにも朧気だから気づかなかったが、長いこと霧に触れている事によって霊夢の感覚はその差異を捉えていた。


「…参ったわね。あんな夢見るし。何かの前触れとでも言いたいのかしら?」
「何が前触れなんだ?」


 霊夢の独り言に答えるように声が響いた。よっ、と気軽に声をかけてきたのは黒い衣装に白いエプロンドレス、そして黒の三角帽子を被った少女だった。


「魔理沙」


 魔理沙、と呼ばれた少女はにっ、と笑みを浮かべている。この短いやり取りの間に二人の気さくな色が見える事から二人は旧知の仲だとわかるだろう。事実、この二人は旧知の友人なのだから。


「この霧、やっぱり変だよな? ここまで深い霧だとレミリアを思い出すぜ。色は違うけどな」
「そうね。これはごく自然発生した霧と何も変わらないわよ。…けど、何かの力が加わってる。直接的な害はないけど、あまりにも力が小さいから読み取れないし、どんな効能があるのかはわからないわ。今のところわかるのは見渡すのが少し不便なだけ、って話」
「だよな。参ったぜ、こんなに霧が深いと私も速度出して飛べないんだぜ」
「安全運転しろ」


 にべもなく霊夢は魔理沙を切って捨てる。たまにはな、と軽い調子で返す魔理沙はカラカラと笑っている。


「霊夢、私にもお茶」
「…本当に厚かましいわね。勝手に煎れなさい」
「許可は貰ったんだぜ」


 呆れたように溜息を吐き出す霊夢に魔理沙は気にした様子もなく自分の分のお茶を用意しだす。
 まったく、と呟きを零し、霊夢がお茶を啜ろうとした瞬間だった。霊夢は湯飲みを口に運ぼうとした手を止め、一度湯飲みをテーブルの上において立ち上がった。


「…魔理沙。茶は後よ」
「あん?」
「招かれざる客よ」


 魔理沙にそう声をかけた後、霊夢は縁側へと向けて歩を進めて外へと出る。霊夢が外へと出たと同時に霧の中から何かが浮かび上がってくる。それは仮面だ。そして仮面を被るように不定形の黒い何かが這い出てくる。


「…んだよ、あれ」
「知らないわよ。…でもわかるのは」


 霊夢の隣に並んだ魔理沙が怪しむようにその仮面と黒い何かを睨む。霊夢は懐からお払い棒と破魔札を手に握りながら黒い影を睨み付ける。


「友好的ではないって事ね」


 仮面を被るように黒い影は形を象った。それは鳥だった。腹に仮面を埋め込んだかのような鳥だ。鳥の足にはカンテラが握られ、ぶらぶらと不気味に揺れている。
 外見こそ鳥だが、その大きさがまるで異なる。通常の鳥の2、3倍はあろうかというサイズ。そしてまるで生物とは思えないような眼が霊夢と魔理沙を見ている。


「…妖怪、か? でも見たことないぜ、こんな奴ら?」
「知らないわよ。…来るわよっ!」


 霊夢の警告と共に魔理沙と霊夢は左右に飛ぶ。鳥がカンテラで二人を殴りつけるように飛翔したのだ。霊夢はそのまま手を振り抜く。霊夢の手より飛んだのは破魔札。それは巨鳥へと迫り、着弾。


「!? 効いて、ない!?」


 が、鳥はまるで意図していないかのように飛翔を続けている。霊夢に続いて魔理沙が懐から何かを取り出す。八角形の炉、魔理沙の魔法道具の1つ、八卦炉だ。八卦炉を握りしめ炉に魔力を込める。
 魔理沙が八卦炉を巨鳥へと向ける。そして放たれるのは色鮮やかな弾幕だ。降り注ぐように放たれた弾幕。幻想郷で一般的に広まっている”弾幕ごっこ”と呼ばれる決闘に使われる手段だ。


「!? 私のも、効かない!?」
「魔理沙、相手はこっちに害意があるとしか思えない! ルール無用よっ!」


 本来、弾幕ごっこは相手を殺す事を目的としていない為に威力の低減を決められている。それを相手に乗じて開放し、同じ弾幕でも強力な弾幕にする事も出来るのだが所詮は遊びのルールと言う事だろう。
 現在、謎の敵に明らかな害意を以て迫られては遊びなどとは言ってられない。霊夢は自らの意識を切り替える。弾幕を楽しむ弾幕少女としてではなく、幻想郷の安定を担う”博麗の巫女”としての自分へ。


「――ハァアッッ!!」


 迫った巨鳥にサマーソルトを遠慮無く叩き込む。首を折る勢いで蹴ったが、どうにも感触が重い。仰け反らせるのが限界と悟った霊夢はそのまま札を叩きつけるように投げつける。


「宝具「陰陽鬼神玉」!!」


 そのまま腕を上に振り抜くようにして懐から取り出した陰陽球を投げる。霊夢の霊力を受けて巨大化した陰陽球は巨鳥を押しつぶす勢いで向かっていく。それに鳥は吹っ飛ばされるも、すぐに羽ばたき態勢を取り戻し一声を高らかにあげる。
 ダメージが与えられていない訳ではない。このまま叩き込もうと霊夢が次なる攻勢に出ようとした瞬間だった。


「ッ!? 霊夢、増えたぞ!?」
「何ですって!?」


 同時に魔理沙から焦った声が響く。振り返ればそこには2体、3体と鳥が浮かび上がってきているのが見えた。思わず霊夢は舌打ちをする。すぐさま先程の1体を倒そうと先程の巨鳥へと戻す。


 ――”ラ ク ン ダ ”


 巨鳥と眼が合った瞬間、霊夢は言いようのない悪寒に襲われた。霊夢の第六感とも言うべき感覚が警告を知らせている。今、攻撃に当たる訳にはいかない――ッ!!
 だが、現実は非情だった。新たに現れた鳥が光を放っている。カンテラの中の火が強く燃え上がり、鳥が甲高く声を上げた。


 ――”マ ハ ラ ギ”


 そして、火炎が霊夢と魔理沙を襲った。霊夢は咄嗟に魔理沙と並ぶように立つ。


「夢符「二重結界」!!」


 霊夢のスペルカードによって展開された結界。それは霊夢と魔理沙を護る盾となる。が、重い。霊夢は歯を食いしばりながら結界の維持に意識を集中させる。火炎の直撃は防げたものの焼き付くかのような熱は消えず、霊夢の額に汗が浮かぶ。
 そして火炎が消え去るのと同時に魔理沙が八卦炉を構えた。霊夢が魔理沙の意図を察して一歩後ろへと下がる。八卦炉から眩いまでの光が放たれ、魔理沙が吼える。


「お返しだぜっ! 恋符「マスタースパーク」!!」


 魔理沙の八卦炉から放たれた閃光の奔流。それは先程火炎を放った巨鳥を飲み込んでいく。鳥は回避しようと左右に散ったが遅い。魔理沙のマスタースパークが直撃し、鳥はそのまま回転するように地に落ちる。


「やったか!?」
「…まだよっ!!」


 そう。まだだ。鳥は再び空へと舞い上がり、計三体に増えた巨鳥は霊夢と魔理沙を取り囲むかのように陣取る。霊夢と魔理沙は背中合わせに立ち、互いに死角を補いながら巨鳥と対峙する。


「…マスタースパークでも堪えてねぇのかよ」
「ノーダメージ、って訳じゃないけど…手応えがあまり感じられないわ」


 つぅ、と二人の頬を伝うように汗が浮かぶ。二人の緊張も無理ないだろう。一般的となっている決闘ルール、弾幕ごっこは命の危険が無い遊びではない。下手をすれば事故で死んでしまう可能性もある。
 だが、決して誰もが命を奪おうと弾幕ごっこをしている訳ではない。故に、今正に自身の命を狙ってくる強者との対峙は霊夢と魔理沙にとっても経験が少ないのだ。平和な時代に生まれた事による絶対的な経験不足。
 馴れぬ経験からの事柄は霊夢と魔理沙から集中力を削っていく。それは同時に体力の消耗でもあり、無言の対峙でもその間に霊夢と魔理沙は体力を削られている。
 そして、無言の膠着が解かれる。巨鳥達が一気に霊夢と魔理沙に突撃を始めたのだ。二人は互いに弾幕で反撃するも、止まる気配は見られない。


「くそっ、霊夢、飛べ!」


 魔理沙がその場から飛び退くように地を蹴った。霊夢も同時に地を蹴る。巨鳥はそれぞれ、霊夢と魔理沙をターゲットと定め向かってくる。霊夢に向かったのは2体。霊夢に向けてカンテラを叩きつけようと迫る。


「う、くっ!」


 左右、前後より迫る巨鳥に翻弄される霊夢。反撃しようにも機会が見えない。地を転がるように敵の滑空からの攻撃を回避する。だが、それも長くは続かなかった。突如、滑空から突撃へと動きを変えた巨鳥の動きに霊夢が着いていけなかったのだ。


「!? がっ、ぁっ…!?」


 突撃。並の鳥よりも大きい上に速度も上げられた攻撃だ。それが並の苦痛ではない事は覚悟していたが、それは霊夢の想定を超えていた。骨が軋む、内蔵にまでダメージが届いたのではないかという衝撃。
 まるで、自分の体が脆くなったのではないかという錯覚。そこで霊夢は先程から消えない悪寒の正体を悟った。


(まさか、此奴等…そんな呪いみたいな芸当まで…!)


 霊夢が地に叩きつけられる。魔理沙が慌てた様子で霊夢を呼ぶ声がする。衝撃によって肺の空気が全て吐き出され、霊夢は噎せ返る。同時に、喉の奥から何かが込み上げてきてその何かを吐き出した。


(…血…)


 鉄の味が口内に広がっていく。それと同時に鮮明に死の恐怖が霊夢へと襲いかかった。魔理沙が自分の名を呼ぶのもどこか遠い。先程、火炎を放ったように巨鳥が光を蓄えている。
 死。死が、迫る。


(私が…死ぬ…?)


 死ぬ。死ぬってなんだろう、と霊夢の思考はまるでぼんやりとどうでも良いことを思った。
 死ねばどうなるんだろう。自分が死んだら博麗の巫女はどうなるんだろう。幻想郷はどうなるのだろう。ましてや自分自身はどうなるのだろう。
 見えない。まるで見えない。この世界を遮っている霧のように見えないのだ。今まで考えたことも無かった死の先。
 何も思いつかない。死んだ後の世界を霊夢は知っている。亡霊の姫を知っている。半人半霊の友人だっている。死神も見たこともあれば、死者を裁く閻魔とも知り合いだ。死について知らない訳じゃない。死後について知らない訳じゃない。
 だが、今、改めて立たされてどうだ。自分は何をわかっていたのだろうか。ただ表面的な事しかわかっていなかったんじゃないか、と。
 死とは―――何だ?


(…消え、る)


 死とは、喪失だ。
 喪失。無くなる。無くなってしまう。私が、私という存在が、私という命が。


(……あぁ……なんか……―――嫌だな)


 そう、思った。
 消えたくないと。
 死にたくないと。
 何か強く望んだ事、これほどまでに思ったこと、あったかな?
 そんなぼやけた思考の中、だが、滾る思いは強く、熱く。


「死に…たく…ない…」


 吐き出した言葉は、重く、響き。


 ――我は…汝。


 声が、聞こえた。


 ――汝は…我。


 それは強く鼓動を打たせる。


 ――汝…己が双眸を見開きて…。


 熱く、熱く。あぁ、熱い。体の奥から燃えるような。


 ――今こそ…。


 私は、生きてる。そして……!


 ――発せよ…!!


 生き抜いて見せる…!!
 故に、呼ぶべき名は”知っている”…!!




「…ペ…」


 …来い。


「…ル…」


 来い。


「…ソ…」


 来い…!


「…ナ…!!」


 ――来いッ!!





 * * *





 いつの間にか立ち上がっていた。自身から立ち上るのは青白い光だ。足下には何か模様が浮かび上がっている。魔理沙も、巨鳥達もまるで驚いたようにこちらを見ている。
 手と見た。掌の上でくるり、くるりと回る一枚のカードがある。それは0番。”愚者”を示すタロットカード。吐息を零す。その吐息が熱いのを感じる。私はきっと高揚しているのだろう。
 その熱く迸る衝動に任せるままに、私はその愚者のタロットカードを握りつぶした。
 言った。
 我は汝。汝は我と。
 ならば私は貴方で、貴方は私だ。
 故に名を、呼ぼう。その証だ。
 だから来い。ここに来たれ。いざ来たれ。
 来たれ…! 私の”力”にして”写し身”よ…!!


「――アラハバキ!!」


 霊夢の背後より光と伴って現れたのは古風な和装を纏う仮面をつけた女性。長い艶のある黒髪を靡かせ、仮面に隠されていない僅かに見える口元は笑みを浮かべている。
 ここに、”アラハバキ”と呼ばれた者は確かな力となって霊夢の呼びかけに答えた。


「…さぁ、行くわよ」


 ただ静かに。しかし確かな手応えと確信を以て霊夢は相対せし敵を睨み付けた。



[30253] Act.02 現人神
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/23 23:10
 霊夢の背後に佇む女性。人ならざる気配を放つそれは霊夢の背後に控えるようにしてただ佇んでいる。あろうことか、先程まで牙を剥いていた巨鳥達はまるでその女性に怯えるかのように霊夢を睨み付けている。
 威嚇するように鳥が吼えた。鳥は合計で三体、その全てが霊夢を警戒している事実に魔理沙は困惑していた。何が起きているのかがわからない。霊夢が出したアレは一体何なんだ? 魔理沙の疑問は尽きない。
一方、当の霊夢はというと涼しげな、いつもの佇まいで鳥達を見ていた。腰に手を当て、片目を瞑り、何かを見定めるかのようにだ。


 ――”ラ ク ン ダ”


 三匹の鳥の内、一匹が再び霊夢へと何かを差し向ける。霊夢はそれを受け、僅かに顔を顰める。それを好奇と見たのか、残りの二匹の鳥が霊夢へと襲いかからんと迫る。


「アラハバキ。”デクンダ”」


 霊夢が両目を開き、己の背後に佇む女性に告げる。女性は小さく頷くと同時に何かを呟くように口元を動かし、霊夢の周りに光を発する。迫る巨鳥に対し、霊夢は後ろ跳びで回避する。
 回避された鳥は滑空から突撃へ。霊夢へと鳥は一直線に迫ってくる。


「アラハバキッ!!」


 霊夢が再び彼女の名を呼ぶ。向かってくる鳥に対して女性も霊夢を護るように前へと出る。


「”シングルショット”ッ!!」


 そして霊夢が命ずるのと同時に女性が手を振った。瞬間、生ずるのは衝撃破。突撃し、向かってきた鳥とその衝撃破は真っ正面からぶつかり、互いに弾き合う。
 女性がそのまま反動を殺すように軽い身のこなしで地に着地する。その間に入れ替わるように霊夢が前へと出る。そして、態勢を立て直す前に鳥の首を掴むように手を伸ばす。その霊夢の背後には再び女性が並ぶ。霊夢が鳥を掴むその手に光が灯っていく。


「捕らえたわよッ! ”ハマ”ッ!!」


 霊夢が宣告するのと同時に光が迸る。その光は霊夢が掴む鳥を取り囲むように発し、そして巨鳥は悲鳴もなくその身を消滅させた。
 霊夢はそれが当たり前というように受け止め、残る2体へと視線を向ける。が、鳥達は既に背を向けて逃げていく。その姿を見送り、霊夢は自身の背後に控える女性と共に境内へと降りていく。


「お、おい霊夢! 大丈夫か!?」
「…なんとかね」
「っていうか、ソレなんだよ!? あんな奴らすぐに倒せるんだったら最初から…」
「…悪い、魔理沙」


 女性の姿がまるで無かったかのように消え、霊夢の体がふらついた。咄嗟に魔理沙が霊夢の体を支える。


「…少し…疲れたわ…」


 力が抜けていく感覚。最後の力で霊夢はそれだけ告げてその意識を闇の中へと放り投げた。心配げに自分の名を呼ぶ魔理沙の声をどこか遠く聞きながら。





 * * *





「――お目覚めですかな?」


 僅かに聞こえる水の音。気づけばまたあの船内だろうと思われる部屋の椅子に霊夢は腰掛けていた。そしてその向かいにはあの老人、イゴールが座っている。前回と会った時と変わらぬ表情でこちらを見ている。


「…それは”どっち”の意味よ」
「どちらも、と言えばよろしいでしょうか。しかし貴方が望むのは本題の方でしょう。…貴方は見事力を獲得なさった。無事、覚醒されたようですな」
「…”ペルソナ”」
「その通りでございます。よって、本日はこれを貴方にお渡しする為にお呼び立てしたのでございます」


 イゴールが告げるのと同時に霊夢の眼前に何かが振ってくる。それは霊夢の前でくるり、くるりと回っている。それはどうやら鍵のようだ。


「ここ、ベルベットルームの鍵でございます。今宵から貴方はここのお客人だ。ここで貴方は力を磨くとよろしいでしょう。これから現実に待ち受ける困難を乗り越える為に。既に体験なさったでしょう。貴方に迫る困難の片鱗を」


 イゴールに告げられ、霊夢が思い出すのはあの明確な死の誘い。そして生への渇望。ペルソナを発言した際に感じた生きる為の活力とその高揚感。思わず焼き付く程までに刻まれた感覚。


「貴方が支払うべき対価は1つ。…”契約”に従い、ご自身の選択に責任を持っていただく事でございます」
「…責任、ね」
「はい。責任でございます」


 イゴールは満足げに頷いて霊夢に答えを返す。


「そして貴方が手にいられた力…。それは貴方が貴方以外の事物と向き合った時に出でる貴方の”人格”でございます。様々な困難と相対する為の”覚悟の仮面”とも呼ぶべきでしょうかな」
「…覚悟の仮面」


 ”アラハバキ”。
 自らが召喚したあの女性を思い出す。死に面した時、生きる事を望んだ。そして彼女はそれに答えた。死に迫ったとき、自身が真っ先に求めたのは自分。
 あれこそ、自分を象る人格なのだろうか、と霊夢は思い馳せる。


「…そして貴方は珍しい力をお持ちだ。”ワイルド”。何者にもなれ、何にも属さぬ力」
「……ワイルド……」
「本日、貴方をお呼び立てしたのはその件についてでございます。ご紹介しましょう。マーガレット」


 イゴールが誰かの名を呼ぶ。それと同時に部屋の隅で控えていたのだろう女性が歩いてきた。何かの本を片手に、霊夢とイゴールの間、霊夢から見て右手側の椅子にその女性は腰掛けた。
 ブロンドの色の髪を後ろで束ね、身に纏うのは藍色の服装。美しい女性だ。だが、どこか作り物めいて感じられるのは気のせいなのかと霊夢は怪しむようにマーガレットと呼ばれた女性を見つめる。


「初めまして。新たなお客人。私はマーガレット。お客様の能力、ワイルドの手助けをさせていただく事になります」
「…手助け?」
「貴方は多くのペルソナを付け替えられる。それこそ、何にもなれ、何にも属さぬワイルドの力。ペルソナ能力は”心”を御するもの。そして心とは絆によって満ちるものです」「…絆」
「そしてワイルドの力とは絆によって満ちるもの。貴方には多くのご友人がいるようだ。その友人達と関わり、絆を育む事によって、貴方のペルソナ能力は更なる飛躍を遂げるでしょう…」
「無論、力の為だけに関わりを持っては絆は育まれません。…そのように単純ではないのですよ。霊夢さん」
「…む…」


 マーガレットの静かな言葉に霊夢は僅かに眉を寄せる。彼らの言い分を聞いているとそうとしか思えないのだが、一体それ以外にどのような意図があるのか、と霊夢は視線で訴える。


「貴方は実に完結している。そして発展がない。それは貴方自身の特性だ。何にも属さない。己は己である。故に貴方の仮面は強固なるものだ。しかし、何にもなれない。貴方はそのように人生を送ってきた」
「ですが、他者との関わりによって得るものもあるでしょう。無論、失うものもあります」
「しかし、言える事はただ1つ。世界は完結されてはいけないのですよ。道は遙か遠く、その旅路は未知数。死が終着ではなく、迫る審判の先にある悟りこそが真なる終わり。…そう、それこそイノチの答え…」
「イノチの…答え…?」
「そう。貴方の命の旅路の果てに待つ答え…。興味深いですな。これも一緒に見定めていきましょう。霊夢様…」
「それでは、またのお越しをお待ちしております。今度は貴方の足で来られる事を楽しみにして参ります」


 …意識がぼやけていく。どうやらこの世界が終わり、現実世界へと復帰するようだ。それはつまり目覚めるという事。
 …これから何が待ち受けているのだろうか。そんな不安を胸に、霊夢の意識は途切れていった。





 * * *





「――霊夢ッ! 気がついたのか!?」
「…起きがけにでかい声出すんじゃないわよ。魔理沙」


 眼を開いた霊夢の耳に真っ先に届いたのは魔理沙の心配げな声だった。…心配してくれたのはわかるが、それでも耳が痛かったので口から出たのは咎めの言葉だった。


「あ、あぁ。悪いな。急にお前が倒れるもんだから、つい、な…それにあんな見たこともない妖怪とは戦う羽目にはなるし、お前はなんか変なの呼び出すし…」


 魔理沙の言葉に霊夢は自身の体をそっとさする。まだ痛む箇所があるがまだそこまで酷い訳ではない。1日もゆっくりしていれば完治するだろう。…それほど軽い怪我ではなかったような気もするのだが。


(ペルソナの影響かしら?)


 思考を続けながらも体の調子を確かめるように手を握り、開きを繰り返しながら起き上がる。


「もう起き上がっても大丈夫なのか?」
「えぇ。…霧、薄くなったわね」


 魔理沙の質問に返答しながらも霊夢は外を見つめた。そして思わず零れた言葉に魔理沙は、あぁ、と頷いた。


「霊夢が倒れた後ぐらいから薄くなったんだよ。消えた訳じゃないけど…薄くなった」
「…あれが異変の元凶ではない、って事ね。まだ何かあるって事か」


 起き上がる。霧はまだ消えた訳ではない。まだ今日の内に何かが起きる可能性がある。ならばこのまま放置する訳にはいかない。あの異形達は今までの異変とは”訳”が違う。
 幻想郷内で収まる異変ではない気がする。そんな霊夢の勘。故にあのイゴール達は自分と接触し、自身は彼等との契約を結んだ。その契約が何をもたらすのか、そして何をしていかなければならないのかはわからないが、ここでジッとしているのが正しいとは思えない。


「…少し調べたいわね。特に人里が心配だわ」
「行くのか?」
「えぇ」
「じゃあ私も行くぜ」
「……」


 魔理沙はいつもの調子で言った。…霊夢は少なくとも魔理沙の事を嫌っている訳ではない。鬱陶しい、と思う事はあるし、何かと自分と競い合おうとするのを良しとはしていない。
 けど、だからこそ。魔理沙は霊夢にとって数少なく”友達”と呼べる存在だった。だからこそ、霊夢は告げた。…告げてしまったのだ。


「魔理沙。…今回の異変、アンタは関わるな」
「……は?」
「これは警告よ。今回の異変は今までの”弾幕ごっこ”による遊びのものじゃない。…きっと幻想郷の存続にまで関わってくる。今までとは違うわ。命の危険がある。…だから、貴方は…」
「……おい、霊夢。そりゃ私にもわかってる。今回の異変はただ事じゃない事ぐらいは。でも私だって…!」
「戦える? …無理よ。アンタじゃ」


 にべもなく、霊夢は魔理沙の訴えを斬り捨てた。魔理沙がそれに眼を見開き、喉を振るわせるように、唇を震わせるように、けどそれを悟らせぬように息を詰めた。
 そして代わりに出たのは絞り出すような苦渋の声だった。霊夢を睨み付けるように魔理沙は視線を送りながら問う。


「…なんだよ、それ」
「わかるのよ。あれは私の…”ペルソナ”と同じ所から力が来てる。幻想郷内の力じゃない。もっと別な…」
「”ペルソナ”って何だよ…お前が出したアレか? アレは何なんだよ」
「それが私もわかったら苦労しないわよ…」


 そう。こんな異常な事態に対応出来るのが今、自分しかいない。今はそう考えるべきだろう。恐らく自分の力しか決定打にならない。そんな気がしてならない。今まで感じてきたように自分の勘は恐らく外れない。
 だから魔理沙には首を突っ込んで欲しくない。だからこそ、霊夢は警告しようとした。危険だから近寄らないで欲しいと。


「……ょ……」
「…え?」
「……巫山戯るなよ」
「…魔理沙?」
「……」


 小さく、まるで呪詛を吐き出すような重い声で魔理沙は呟いた。視線を合わせないように俯き、何かを噛みしめるように。
 その姿に、何か嫌な予感を感じた。まるで言うべき言葉を間違ってしまったような、そんな錯覚。


「ちょっと、魔理沙。私はアンタを…」
「――はっ、優しいな霊夢は。お前は博麗の巫女だもんな。人を護るべき巫女だ。だから誰にも持ってない力を扱える。だから戦う。だから護る。流石だよ、お前は」
「魔理沙、ちょっと、人の話を…」
「ペルソナだったか? わかったよ。確かに私には使えない。だったら今回は退く。必要なんだろ? あの力が。それにお前もわからないって言うなら私も調べてやるぜ?」


 にっ、と、笑みを浮かべる魔理沙。けれど嫌な予感は消えない。


「ちょ、魔理沙ッ!」
「んだよ。大丈夫だって。無茶な事はしないんだぜ? じゃな、霊夢ッ!!」


 思わず魔理沙の手を掴もうとして、その手は空を切る。魔理沙が軽いステップを踏んで霊夢から離れ、そしてすぐに縁側に飛び出して箒に跨ってしまう。瞬きの間に魔理沙は霧の向こうへと飛んで消えていってしまう。


「待ちなさい、魔理沙ァッ!!」


 呼び止めるも時遅く、霊夢は魔理沙の背を見送る事しか出来ない。いくら薄くなったとはいえ霧は未だに健在。またあのバケモノが現れるか定かではない。


「…あの、馬鹿…」


 僅かに胸に残るような重み。けれど酷く気分が悪い。瞳を硬く瞑るように力を込め、しかし、ゆっくりと力を抜いて霊夢は深呼吸をする。


「……行かなきゃ」


 行かなければならない。魔理沙の言ったとおりだ。私は…。


「…巫女、なんだから」





 * * *





 ちくしょう。
 その言葉が浮かんでは消えていく。心の中にマグマが注ぎ込まれたかのように熱く煮えたぎっている。
 霊夢が関わるなと言った。今まで何度も異変を解決しようと肩を並べ、時に競い合ってきた。…だが、今回は違う。自分を蚊帳の外へと追いやろうとしたのだ。あの霊夢が。
 霊夢を追いかけてきた。幼い頃からずっと。その理由はもう遠く朧気だったが、魔理沙は確かに霊夢の背を追い続けてきた。その為に研鑽を積み、幻想郷でも有力者の一人として名を数えられてきた。
 それだけの自負もあった。だからこそ、だからこそ、許せなかった。


「…んだよ。ペルソナって」


 また、アイツが。アイツだけが。
 箒を握る力が強まる。僅かに軋む音が鳴るのが聞こえるも、それでも魔理沙は力を込めずにはいられなかった。
 悔しい。悔しいのだ。霊夢が自分を蚊帳の外にしようとした事実が魔理沙の心を蝕んでいた。悔しいと、悔しいんだと心は訴えている。
 だからこそ、魔理沙は気づかなかった。


 ――”マ ハ ラ ギ”


「――ッ!? うぁああっ!?」


 それは霊夢と魔理沙を襲った鳥と同じ鳥が魔理沙に迫っていたのだ。その鳥が火炎を解き放ち、魔理沙は咄嗟に回避するも、そのままバランスを崩して地に落ちていく。
 眼下には洩りが広がっている。その木の枝もクッション代わりにして速度が減退する。何とかその間に魔理沙は態勢を立て直して大地に着地する。そして視線を上げればあの鳥が再び魔理沙を見下ろしていたのだった。


「……上等だよ…! 私だってやれる、やれるんだ…!!」


 魔理沙は八卦炉を握りしめ、鳥を睨み付けた。そんな魔理沙の敵意を感じ取るかのように鳥は魔理沙へと向けて突撃した。魔理沙は怯むことなく弾幕を繰り出し鳥を迎撃しようと試みる。


「堕ちろ…! 堕ちろ…! 堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、堕ちろぉぉぉおお!!!!」


 魔理沙は退かない。ただ眼前の敵を睨み付け、自身に迫る脅威に臆することなく弾幕を解き放つ。だがそれでも鳥は揺るがず、そのまま魔理沙へとその巨体を叩きつけようと迫る。
 が、その巨鳥が魔理沙にぶつかる前に魔理沙とは異なる光の軌跡を描く弾幕が巨鳥へと迫った。魔理沙の眼前で弾幕を受けた巨鳥は吹っ飛んでいく。その光景に魔理沙が呆然と眺めているといきなり怒声が響いた。


「――何やってるんですか! 死にたいんですか!!」
「お、お前は…」


 茂みから飛び出した影と声に魔理沙は驚きの声をあげる。そこにいたのは緑色の髪を靡かせた幻想郷にもう一人存在する”巫女”である彼女の姿があったからだ。


「さ、早苗…?」
「下がってください」


 しかしいつもの雰囲気とは異なっていた。彼女が普段はつけていない眼鏡をつけているのもあるだろう。だが、身に纏う雰囲気も表情も今まで魔理沙が見てきた”東風谷早苗”とは異なるものだった。
 どこか苦労人で、誰かに振りまわされたりして、でも元気いっぱいで明るいのが早苗のイメージだ。どこか抜けているからそれをからかったりして遊んだりもした。そんな早苗がまるで別人のように鋭い空気を醸し出している。


 ――Aaaaaaaッ!!


 異形の巨鳥から声が響き渡る。起き上がり、再び空へと舞い上がりながら早苗と魔理沙を睨み付ける巨鳥。それを見据えながら早苗は左手をそっと顔の傍まで持ち上げる。


「…な…っ!?」


 それに魔理沙は驚いた。いつの間にか早苗の左手の指にはカードが挟まれていた。そのカードを魔理沙は見たことがあった。それも、ついさっき。本当に先程の事。


「…おいでませ」


 早苗が左手のカードを離す。そのまま右手に持っていた霊夢とは異なるお払い棒でそのカードを打ち払う。瞬間、早苗の周囲から光が迸る。


「―――”ペルソナ”ッ!!」


 そして早苗の背後に現れるのは見たことのある馴染みの姿に良く似ていた。だが違うのはその姿は仮面をつけ、顔が隠されている。衣装も普段身に纏っているものから比べれば荒々しく、そして勇ましいものだ。
 だが確かに現れているのは”八坂神奈子”の姿を象った女性だった。女性が現れた瞬間、早苗から力の奔流が迸り、風が巻き起こる。


「――タケミナカタッ!! ”ガル”ッ!!」


 その風が早苗の声と共に蠢き、巨鳥へと迫っていく。風に揉まれ、その身を切り裂かれていく巨鳥は苦悶の悲鳴をあげる。早苗はそれを意に介した様子もなく地を駆ける。お払い棒で敵を打ち払い叩き落とす、態勢が崩れたところを勢いよく蹴り上げ、左手を翳す。


「これで終わりですっ!! 秘術「グレイソーマタージ」!!」


 早苗から放たれた弾幕が巨鳥を飲み込み、そして消滅させていく。その一連の事を魔理沙はただ呆然と見つめる事しか出来なかった。





 * * *





「…ふむ。”刑死者”でございますか。懐かしいものですな。彼女もこの地に来ていたのでしたな」


 イゴールの手の中には二枚のカードが浮かび、独りでに宙でくるり、くるり回っている。
 それは”愚者”と”刑死者”の二枚のカードだ。それを見つめていたイゴールはタロットの束から一枚のカードを引き抜いた。
 それは逆位置のカードだった。そのカードは一人でにくるり、くるりと回り出す。その位置を正位置に、逆位置に変えながら。


「…次なるカード。その運命は未だ決まらず…さてはて。どうなる事やら」



[30253] Act.03 友達
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/24 06:55
※この小説のペルソナ獲得の流れは漫画版を参考にしています。




 * * *





 博麗神社より飛び立った霊夢は霧を掻き分けるように前へと進んでいた。飛び出してしまった魔理沙を探す為だ。何か魔理沙の様子がおかしかった。
 確かに魔理沙が拘るのもわかる。だが、その理由がわからない。魔理沙が自身に対抗しようとしているのはわかるが、それが何なのか霊夢はわからない。
 それを鬱陶しいと思った事がない訳ではないが、それでもだからこそ魔理沙と繋がりが出来たのだと言う事を今更ながら悟ったのだ。そこで霊夢はイゴールとエリザベスとの会話を思い出すのだ。


「完結してる…か」


 確かに自分は他人に余り興味が沸かない。昔から博麗の巫女として生きてきた。ただそれだけだ。その為にあそこにいて、そして今もその為に生きている。それは完結された人生だろう。


「それが、悪いって言うの…?」


 別に他者を拒んでいる訳ではない。そして自分は好きに生きている。相手もその筈だ。なら、それで良いんじゃないかと。


「――ッ!? 弾幕の光!?」


 不意に、霊夢は眼に届いた光を見た。その方向を探るようにして霊夢は先へと進む。言いようのない焦燥に襲われながら霊夢は速度を上げた。





 * * *





「…ふぅ。大丈夫ですか? 魔理沙さん」


 巨鳥が消滅したのを確認した後、早苗は魔理沙へと振り返って問いかける。魔理沙は早苗を呆然と見つめている。


「…お、お前…それ…」
「…まぁ、その。何ですか…あー…これは、その」


 魔理沙が何を問いかけようと察したのか、早苗はどこか言い難そうに言葉を探そうとする。だが、そんな早苗の思考も遮るように魔理沙は叫んだ。



「お前も、ペルソナ使えるのかよッ!?」
「…私”も”?」
「何だよ。ペルソナってのは巫女の力か何なのか? 何だよ。そうだったのかよ」


 ははっ、と魔理沙は笑った。早苗が使えた、という事は霊夢も使えるのも道理だ。つまり”巫女”に伝わる何かの技法なのだと魔理沙は思ったのだ。あの霊夢の事だ。あの天才は理論など理解しないで何でもこなしてしまうのだから。


「…それって、霊夢さんも”使える”んですか?」
「おう。さっき呼び出してたぜ? なぁ、早苗。それって何なんだよ? 霊夢もよくわかってないみたいだから私にも教えて…」
「…魔理沙さん」


 どこか辛そうに早苗は魔理沙を呼ぶ。魔理沙の話を遮るようにだ。魔理沙は早苗? と首を傾げるように早苗を覗き込むように見る。早苗は何かを迷うように視線を彷徨わせた後、はぁ、と溜息を吐いた。


「…すいません。”ペルソナ”は常人には使えないんです」
「…使えない?」
「はい。…今回の異変は”ペルソナ”を使える人間じゃないと解決が難しいです。…というよりきっと無理です。だから、その…」
「………お前も、そう言うのかよ」
「…霊夢さん…はぁ、本当にあの人は規格外なんだから…」


 魔理沙の呟きを聞き取ったのか、頭が痛い、と言うように早苗は頭を抑えた。早苗は何かを振り払うように頭を左右に振って、息を整えた後、魔理沙と向き合う。


「…魔理沙さん、聞いてください」
「…何をだよ。私に関わるなってお前も言うのかよ」
「関わりたいなら好きにしてください。”自分”と向き合う覚悟があるなら」
「…? 何だよ、それ」
「自分の目を逸らしたい事、それと正面切って向き合えますか?」
「…だから、何だよ。それ。それが今の事態とどう関係して…」
「―――魔理沙ッ!!」


 魔理沙が早苗の言葉の意図が掴めずに問いかけを重ねようとした所に声が響く。霊夢だった。霊夢は怒り心頭、という表情で魔理沙に詰め寄る。咄嗟に早苗が霊夢を止めるまでに鬼気迫った表情で魔理沙に迫ろうとしたのだ。


「ちょっ、霊夢さんっ!? 落ち着いてくださいッ!」
「早苗…? アンタ、何でここにいんのよ…。まぁ、良いけど。とにかく魔理沙ッ! アンタ、人の話聞いてけって言うのよっ!! 勝手に飛び出して! さっきの弾幕見たわよ、また襲われたんでしょう!?」
「…霊夢…」


 早苗に押しとどめられた事によって今にも掴みかからんとした霊夢はそこで一度落ち着いたのか、詰め寄るのは止めた。だが、それでも魔理沙への怒りは消えないのか魔理沙へと怒声を叩きつける。
 息を荒らげながら霊夢は魔理沙を睨み付ける。伝わらないもどかしさ、わかってくれない苛立ち、それをない交ぜにして霊夢は前髪を掻き上げるように掴み握りしめる。そんな霊夢の姿を見て魔理沙は俯き、拳を握りしめた。


「ペルソナが無いとアイツ等は倒せない。頼むからわかってよ、魔理沙…」
「……だから、引っ込んでろ、って言うのかよ」
「……そうよ」


 そして、二人の間に沈黙が流れる。互いに何も言わず、互いに互いを見ようとしない。


「…すいません。二人に聞きたい事があるんですが、良いですか?」


 その二人の空気を打ち破ったのは早苗だった。早苗はどこか気まずげな表情を浮かべながらも、だがそれでも確かな意志を以て霊夢と魔理沙に声をかける。


「…そういや早苗。あんた何でここにいるのよ」
「霊夢さんに用事があったんですけど…本来は警告しようと思ったんですけど、霊夢さんも”使える”って聞きましたから」
「……え? ……使えるって……?」
「えぇ。これを」


 そう言って早苗が指の間に挟むようにして見せたのは”刑死者”を示すタロットカードだった。それを見て霊夢が驚いたように表情を変える。


「…どういう事? アンタも”ペルソナ”を…?」
「私こそ聞きたいですよ…。何で霊夢さんが”ペルソナ”を?」
「アンタもイゴールに会ったの?」
「? 誰ですか、それ」


 互いに首を傾げる。どうにも話が噛み合わない。互いに”ペルソナ”を使えるのにどうしてこうも話が噛み合わないのかと。


「…早苗、まずはアンタの用件から聞くわ。本来、私にどのような用件で会いに来たのよ?」
「今回の異変は”ペルソナ”使いじゃないと恐らく解決出来ません。霧から発生する異形…それは”シャドウ”と呼ばれるものです」
「シャドウ?」
「はい。”シャドウ”とは、抑圧された心から生み出される存在です」
「…抑圧された心? …成る程ね。ペルソナは心を御する力。じゃああれは制御を失った心そのもの…?」
「…霊夢さんはどこでペルソナを知ったんですか? …それに覚醒したって事は霊夢さんも”向き合った”んですか?」
「向き合う?」
「……霊夢さんは会わなかったんですか? ”もう一人の自分”と」


 早苗の言葉の意図が読めず、霊夢が首を傾げながら問いかける。それに早苗が困惑したように霊夢に問い返す。とは言われても、霊夢はさっぱりわからない。


「…そのもう一人の自分と向き合うってのって何なんだ? 霊夢はそんな事無かったぜ?」


 魔理沙も二人の話の噛み合わなさに疑問を覚えたのか、問いかけを投げかける。


「それに早苗。お前、さっき言ったよな。自分と向き合えるか、って。それってペルソナと使えるかどうかとどう関係するんだよ?」
「…それは…」




 ――それはテメェ自身の本心と向き合えるかどうか、って事なんだぜ?





 早苗が何かを言いよどむように言葉を濁らせるのとほぼ同時にその声は響いた。その場にいた三人は驚いたように振り返る。その中で特に衝撃が大きかったのは―――魔理沙だった。
 まるで見てはいけないものを見てしまったように魔理沙は眼を見開いてその”声”の主を見ていた。そこにいたのは――己とまったく同じ姿を持つ”自分自身”だったのだから。唯一の差異と言えばその瞳が金色に妖しく輝いている事か。


「…な…だ、誰だよ、テメェッ!! 誰の許可得て私の姿を真似てやがる!?」


 魔理沙が困惑と驚愕を振り払うように怒声を叩きつける。それに魔理沙の姿を象った”魔理沙”は嘲笑うかのように口元を釣り上げ、肩を竦めるように身を揺らせた。


『許可ぁ? んなもんいるかよ。だって”私”は私だ。私は霧雨魔理沙だ。姿を真似るも何も、これが私だっつーの』
「巫山戯るな! 霧雨魔理沙は私だッ!!」
『本当に自分の事ながら、馬鹿は困るなぁ、私も魔理沙だって言ってんだよ、私!』


 きゃはははははっ! と”魔理沙”が愉快そうに笑う。その”魔理沙”の姿に魔理沙は嫌悪感と恐怖を覚えて一歩足を引いた。
 霊夢は”魔理沙”を警戒するように睨み付けながら隣に並ぶ早苗へと声をかけた。同じく警戒の視線を見せていた早苗もまたそれに応える。


「…早苗、どういう事?」
「…あれも、シャドウです。魔理沙さん、落ち着いてください」
「シャドウ!? シャドウってのはあのバケモノだろう!? じゃあ何で私の姿を真似てるんだよっ!?」
『おいおい、耳までいかれてんのか? さっき言っただろ? シャドウってのは人の抑圧された心から生まれるんだよ。私はお前で、お前から生まれたから霧雨魔理沙なんだぜ?』
「私から、生まれた…?」
『そうだぜ。…本当に霊夢は凄いよなぁ。いつだって天才で、何でもこなせて、何でも上手くいって、流石は博麗の巫女だッ!! 本当に尊敬に値するぜッ!!』


 ”魔理沙”は軽いステップを踏むように霊夢へと歩み寄っていく。あまりにも無防備によって来る”魔理沙”に不意をつかれ、霊夢は”魔理沙”に抱きつかれた。眼を白黒とさせる霊夢だったが、すぐに”魔理沙”を押しのけ、距離を取る。


『おっと。私なんかに抱きつかれたくないってか? そりゃそうだよなぁ。天下の博麗の巫女様ともあろうものが、こんなドブネズミみたいな私に触れられたら汚れちまうよなぁ?』
「な、何言ってやがる!? 私の姿で勝手な事を言うんじゃねぇっ!!」
『勝手な事じゃねぇよっ! 卑しいドブネズミさんよぉっ!! ちょっと魔法が使えるぐらいで天下の博麗の巫女様と肩を並べられてるとでも思ったのか? 友達だと思ってたのか? 対等だと思ってたのか?』
「な…っ…」
『対等なんかじゃない! 霊夢は何の努力もしないで私よりも先に行く! 私なんかじゃ対等なんかじゃない! 物を盗んで、誰の目も気にせず、ただ自由気ままに横暴に! そんな人間が、天下の博麗の巫女様たる霊夢と対等? 笑わせるぜ!!』


 吐き捨てるように”魔理沙”は魔理沙に言い放つ。そのまま堪った唾を吐き出し、”魔理沙”は蔑むように魔理沙を見据えた。


『努力しても、何をしても、私は霊夢に勝てない…。みっともない存在だなぁ? 誰よりも肩を並べたい相手に何も相手にされてないってのは…寂しいよなぁ…霊夢だけじゃない。アリスにだって、パチュリーにだって私は勝てない…勝てないから諦めて魔法使いにもならない。そうだよな? だって、条件が違うから、って言い訳出来るもんな。まだ、アリスとパチュリーにはさ』
「で…」
『出鱈目? 違うなぁっ!! 違う違う違うッ!! 出鱈目なんかじゃねぇよッ!! 認めろよ霧雨魔理沙!! 私を見ろッ!! こんな卑しくて、他人に嫉妬して、逃げまどう憐れなドブネズミが私の本当の姿だッ!! ほら、見ろよッ!! 今なら素直に何でも言ってやるぜッ!!』


 両手を広げ、”魔理沙”は愉快に言い放つ。その姿に魔理沙は歯を震わせ、後ろに倒れ込むように尻をついた。霊夢が魔理沙の名を呼びながら魔理沙に駆け寄ろうとするが、霊夢の差し伸べた手を魔理沙が振り払う。


「…ッ…ぁ…」
「…魔理、沙…アンタ…」
「ち…違う…違う、違う…」
「ッ! 魔理沙さんッ! ダメッ!!」


 早苗が叫ぶ。だが、魔理沙は霊夢から視線を逸らさない。霊夢もまた魔理沙から視線を逸らせない。そして…―――。


「違う…違う…あれは…私じゃない」
『んん? 聞こえねぇぜ? 今、”なんて言った”?』
「…違う…お前は…私じゃないッ!!』
『あぁんっ!?』
「お前は、私じゃなぁいっ!!!!』





『―――そうだよ。私はお前じゃない』





 そして、変化は突然だった。
 皮肉下に笑っていた”魔理沙”は突如笑みを消した。そしてその瞳から流れるのは涙だ。
 風が巻き起こる。周囲の霧を取り込むように”魔理沙”の元へと集っていく。


『こんな惨めな存在、認めちゃいけねぇな。誰かに迷惑をかける。生きてるだけで迷惑。誰かに必要とされないドブネズミなんて…駆除しねぇとなぁっ!!』


 そして、霧を取り込み”魔理沙”はその姿を変えていく。それは人を巨大にさせたような黒い影だった。マントを纏うように、その手に杖を持っている。被るのは三角帽子。まるで象ったのは魔女のような風貌だ。
 顔は仮面によって隠され、全身は黒い布で巻かれたように肌は見えない。身に纏った魔女の服はぼろぼろで見る影もないまでに惨め。異形へと変わり果てた”魔理沙”は、ふわり、と宙に浮かびあがる。


『――…我は影…真なる我…』


 ”魔理沙”は何かを噛みしめるように呟き、そして手に持っていた杖を魔理沙へと差し向けた。


『誰にも役に立てない、誰の為にもならない、害にしかならない害虫駆除の時間だぜっ!! さっさと消えなぁっ!! 社会のゴミィッ!! ”ジオ”!!』


 魔理沙へと迫った雷光。魔理沙は動けない。ただ呆然と”魔理沙”が放った雷光を呆然と見つめ―――その間に霊夢が割って入る。


「夢符「二重結界」!!」


 霊夢の展開した結界が魔理沙を護る。だが雷撃は結界を浸食し、霊夢に僅かながらでもダメージを与えていく。刺すような痺れからの痛みに霊夢は歯を食いしばるように耐えながら結界を維持する。


「れ、霊夢…」
『はっ!! 泣かせるねぇっ!! そんなどうでもいい塵屑に体を張ってまで護るか!! 流石、博麗の巫女様だよっ!! でもなぁ、今の私の力なら、お前だってぶち壊してやれるぜ、霊夢ぅッ!!!!』
「が、ぁぁあああああっ!?!?」


 結界を超え、雷撃が遂に霊夢を直撃する。雷撃の直撃を受けた霊夢は悲鳴をあげてその場に膝をつく。
 その霊夢に再び雷撃を放とうと”魔理沙”が杖を振り上げる。魔理沙が霊夢の名を呼びながら霊夢へと手を伸ばす。


「タケミナカタッ!! ”突撃”ッ!!」


 が、その”魔理沙”の動きを食い止めたのは早苗のペルソナであるタケミナカタだ。タケミナカタは肩からぶつかるように”魔理沙”へと突撃し、”魔理沙”を大地に抑え付けるように押さえ込む。


「…さ…なえ…」
「霊夢さん、大丈夫ですか?」
「ッ…大丈夫よ!」


 体の痺れを振り払うように霊夢は立ち上がる。魔理沙がそんな霊夢の姿に何か言いたげに見つめる。だが、その前に状況が動く。抑え付けられていた”魔理沙”がタケミナカタに対し雷撃を放ったのだ。
 タケミナカタは俊敏な動きで”魔理沙”から距離を取り、早苗の背後に控えるように戻る。早苗は眼鏡の位置を整えながら”魔理沙”を見据える。


「…霊夢さん。ごめんなさい。”今”の私じゃ雷に弱いです」
「…そう言えばあんた静電気とかダメだっけ?」
「まぁ、それもどうかとは思うんですけど……でも、事実なんで」
「…わかったわ。私は特に何もないから私が前衛ね。後衛は?」
「そっちの方が本分です。タケミナカタ! ”スクカジャ”!」


 早苗がタケミナカタに命じ、タケミナカタがそれに答える。タケミナカタが霊夢に手を翳し、何かの光が霊夢に寄り添うように集まっていく。それは徐々に霊夢の体の中に取り込まれていく。
 霊夢は体の感覚を確かめるように頷く。呪いのようなものもあれば祝福もあるか、と言えば納得。効果を把握した霊夢もまた己の”ペルソナ”を呼ぶために手にカードを召喚する。


「ペル…ソナッ!」


 そしてカードを握りつぶす。そして霊夢の背後に現れるのは黒髪の女性だ。口元から笑みは消え、引き締められている。それは霊夢の心を現しているのか。


「行くわよっ!!」


 そして霊夢は”魔理沙”へと向けて突撃する。それに伴い、アラハバキもまた霊夢を護るように従う。”魔理沙”は霊夢に対し雷撃を打つ。霊夢はそれを巧みに回避しながら”魔理沙”との距離を詰めていく。
 距離を詰めたアラハバキがそのまま地を蹴り、”魔理沙”へとサマーソルトを叩き込む。それに怯んだ隙に霊夢が懐から取り出した封魔針を”魔理沙”へと投げつける。


『がぁぁあああっ!?!?』


 封魔の力か、それともペルソナに目覚めた故にか、その力によって”魔理沙”は苦悶の声をあげ、身悶えをする。その復讐と言わんばかりに杖を振るい、霊夢を殴りつけようと”魔理沙”が迫る。


「タケミナカタッ! ”ガル”!!」


 が、それを早苗が許さない。タケミナカタが手を振り抜き、集められた風が”魔理沙”へと襲いかかる。風によって動きを止められた魔理沙は風を振り払うように藻掻き出す。
 …その戦いを魔理沙は呆然と見ていた。ただ、呆然と。そこに早苗がそっと歩み寄り、魔理沙の肩を叩いた。


「…魔理沙さん」
「………」
「…さっき、言いましたよね? 自分と向き合う覚悟、ありますか? って」
「…この事、なのか。だからって何だよッ! あんなの…私じゃ…」
「…シャドウは訳もなく出てきません。あれは間違いなく魔理沙さんの本心です。…本音、隠しておきたい事、知られたくない事、認められたくない事、そうやって捨てられた心がシャドウなんです。ずっと押し込めてた向き合いたくない本当の自分…。もう、気づいてるんじゃないですか?」


 早苗の言葉に魔理沙は視線を逸らした。そして拳を握りしめ、肩を震わせた。


「……私は……」
『アァァアアアアッ!!!!』


 魔理沙が何かを告げようとした瞬間、”魔理沙”の悲鳴が響き渡る。霊夢が放った陰陽球が”魔理沙”を吹き飛ばしたのだ。そこにだめ押しのアラハバキの衝撃破が追撃で加えられる。
 大地にその巨体を倒れ込ませる”魔理沙”。”魔理沙”は何とか体を起こそうと大地に手を付き、そして霊夢を仮面の奥の瞳で見据えた。


『…はは、やっぱりお前は凄いよなぁ、霊夢。強いよなぁ、いつだって特別で…私なんかとは違う…』
「…そうよ。私はあんたなんかと同じじゃない」


 霊夢は”魔理沙”を見据えながら言葉を紡いだ。それに”魔理沙”が狂ったように笑い出す。


『そうだよなぁっ!! 私なんかこんなドブネズミとお前は違うよっ!!』
「そうね。――魔理沙は、ドブネズミなんかじゃない」
『…あぁん?』
「…霊夢…?」
「確かに、”魔理沙”。アンタの言う事は1つの事実なのかもしれない。けどね、1つ間違ってるわ。それが例え認めなきゃいけない事実なのだとしても魔理沙はドブネズミなんかじゃない。魔理沙は諦めなかった。諦めないから強くなった。ずっと、ずっと諦めなかったから今、ここにいる。それは凄いと思う。私には出来ないわ」


 霊夢は、ゆっくりと自分の心を確かめるようにそっと胸に手を触れた。瞳を閉じて思いを馳せるように。


「…気づこうとしなかった。考えようともしなかった。…私は私。ただそうだと思ってた。それで良いと思ってた。…そうじゃないのね。私も、変わらなきゃね。魔理沙」
「……霊夢……?」
「ごめん。アンタにそんな思いをさせたい訳じゃないのよ。でも、これが私。それでもアンタはさ、私を受け入れてくれる?」


 霊夢は魔理沙に振り返りながら問いかける。真っ直ぐに霊夢は魔理沙を見つめながら。その視線を魔理沙はただ、見つめ返す事しか出来ない。


「今なら見れる。見ていける。見ていきたいと、思う。思えるわ。―――だって霧雨魔理沙は…博麗霊夢の数少ない”友人”だと胸を張って言える人で、これからもずっとそう言い合いたい奴なんだから」


 霊夢は、そう言って笑った。


「…でも、どうしてアンタは私を構うのよ。魔理沙」


 本当に不思議そうに、訳がわからないというように霊夢は魔理沙へと問いかけた。が、その問いかけの答えを魔理沙が返す暇は無かった。起き上がった”魔理沙”が霊夢へと雷撃を放ったからだ。
 霊夢はその場から跳び、再び”魔理沙”と対峙する。その姿を見て、魔理沙は呆然としていた表情を引き締めていく。俯き、強く土を握りしめる。その瞳からこぼれ落ちていくのは涙だった。


「…魔理沙さん」
「……早苗……お前もこうだったのか?」
「………」
「……悔しいぜ……ものすっごく悔しい…情けねぇし、みっともねぇ…!」


 でもな、と。
 その声は強く。
 その声は高く。
 その声は響き。


「でも、それでも眼は逸らせない。もう、逸らしたくない。もう逸らさねぇッ!!」


 強く大地を叩くように拳を叩きつけ、魔理沙は勢いよく立ち上がり前を見据えた。そこには霊夢が”魔理沙”と対峙し、飛び回り、互いに隙を縫うかのように攻撃を繰り返す。


「霊夢!!」


 魔理沙は叫ぶ。


「覚えてるか!! 私たちが最初に出会ったときの事だッ!! 本当に一番最初に出会ったとき、私はお前が嫌いだったんだッ!!」


 それは、遠い過去の記憶。切欠は何だったのかわからないほど、もう思い出せない遠い過去。
 魔理沙は霊夢と出会った。その頃は何でもない人里の子供の一人だった魔理沙はよく覚えている。初めてであった自分を護るという”博麗の巫女様”と出会ったのは。
 それは自分とは年の頃も変わらない少女だった。それが―――魔理沙には衝撃だったのだ。


「人形みたいな顔して、一人で寂しくないっていう顔して、遊ばないで、修行してて、そんなお前が大嫌いだった!! ―――私は笑わせてみたかったんだよッ!! お前を!!」


 魔理沙は走り出す。お気に入りの三角帽子が勢いに負けて飛んでしまったがそんなのどうでも良い。
 お気に入りだったのはそれが象徴だったからだ。自分が魔法使いであるというアイデンティティーを示すもの。けれど、今はいらない。魔法使いの魔理沙じゃなくて良い。


「遊んでみたかった! 笑ったお前が見たかった! お前が知りたかった! 特別とか関係なくて、ただ、ただ、私は―――ッ!!」
『ごちゃごちゃうるせぇんだよぉぉおおっ!!!!』


 叫びながら叫ぶ魔理沙に対し、”魔理沙”は雷撃を魔理沙に放つ。それを霊夢が魔理沙を庇うように結界を張る。今度はアラハバキの補助も入ったのか完全に”魔理沙”の雷撃は防がれる。
 魔理沙は霊夢の隣に並ぶ。真っ直ぐ”魔理沙”を、もう一人の”自分自身”を見据えて。


「――友達になりたかったんだよ。お前と」
「――そう」


 魔理沙の告白に、霊夢はふっ、と笑みを浮かべた。


「じゃあ、友達で良いわよね。私たち」


 だから魔理沙も笑った。涙の浮かぶ瞳を拭って。それでも確かに前を見据えた。


「こんなのでも、かよ」
「こんなもんじゃないでしょ?」
「マジか?」
「やってみせなさいよ。ほら、私が出来てるんだし」
「言ってくれるぜ」
「出来ないの? それとも…やらないの?」


 霊夢の問いかけに答えず、魔理沙は前を向く。そして向き合った。己から生まれた異形たる”魔理沙”と。
 魔理沙は手を翳す。それがまるで自然であるように。そしてその掌に光が宿る。それは形を整えていき、魔理沙はそれを親指と人差し指で挟み込むように持つ。


「―――これから、やるんだぜっ!!」


 挟み込むように持ったそれを、擦り合わせるような要領で破る。
 瞬間、魔理沙の周囲に光が灯っていく。その光は集束していき、1つの姿を象っていく。
 それは黒いマントを纏った異形だった。人の形をし、顔を仮面で隠し、三角帽子を被った人型。手には杖を持ち、全身は黒と白の衣装を纏っている。全身を覆い隠すような風貌をしているので性別は見て取れないが、魔法使いを思わせる風貌。
 異形は杖を振るう。そこに光が溜まっていく。それは”魔理沙”へと向けられる。


「…認めてやるよ。お前は私だ。霊夢に嫉妬して、いつも憧れて、背中しか追いかけられなかった。アリスやパチュリーの事もそう思ってたのは、確かにそうなんだろうな。情けねぇけど、それも私なんだよな。でも、その上で言ってやるぜ。私は、変わっていける。変わっていくさ」


 だって、なぁ、と。


「私には―――友達がいるからな」


 一人じゃないから、強くなれるさ。
 そして杖より解き放たれた焔が”魔理沙”を飲み込んでいく。”魔理沙”は静かにそれを受け入れるように焔の中に飲み込まれていき、そして消えていった。
 それを見届けた後、魔理沙は振り返った。そこには魔理沙が呼び出した魔法使い風貌の異形が佇んでいた。


「…ゾロアスター」


 魔理沙の呼びかけに対し、異形は小さく頷き、そしてその姿を静かに消していった。代わりに魔理沙の手に残ったのは”皇帝”が描かれたタロットカードだった。



 




[30253] Act.04 道標
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/25 10:12
 その日、幻想郷の人里で寺子屋の教師を務めている慧音は自らの業務をこなしていた。子供達への教材を用意し、子供達への宿題などを用意する。その他にも彼女自身の能力を駆使した歴史の編纂などもあり、彼女は多忙な身だ。
 そんな時、慧音の自宅に来客がやってきた。誰だ? と思いつつ慧音が入り口へと向かう。慧音が開いた扉の先、そこにいた面々を見て慧音はやや驚いたように眼を丸くさせた。


「霊夢。それに早苗に…魔理沙?」


 その三人が揃って慧音の家に訪ねる事などこれが初めてだ。異変解決を積極的にやっているという接点はあれどこの三人が揃って、それも自分の家にやってくるなど今までにない事だった。
 それに更におかしいのは魔理沙だ。どうにも疲労した様子で早苗の背に背負われているのだ。普段の彼女ならば考えられないだろう。早苗の背を借りるなど。それ程までに魔理沙は弱っているようだ。


「…とにかく布団を用意しよう。中に入れ」
「突然悪いわね」
「良い。…しかし、お前達が揃っている上に魔理沙がこんなにも疲労しているということは…何か異変か?」
「そうね。異変よ。…とびっきり面倒くさそうなね。…ところで慧音?」
「ん?」
「…今日、随分と”天気”良さそうね」
「? あぁ。今日は快晴だな。…それがどうかしたか?」
「霧出てなかった?」
「…霧?」


 何のことだ? と言わんばかりに慧音は霊夢を見据える。それに霊夢は、そう、と呟き、何かを思案するかのように顎に手を当てる。


「…後で纏めて説明するわ。それより、魔理沙を休ませたいの。悪いけど布団、頼めるかしら?」
「あぁ。わかった。霊夢は先に居間に行ってくれ。早苗、こっちだ」
「すいません。慧音さん」


 早苗が一言、謝罪を告げながら慧音の後を追っていく。早苗と魔理沙、慧音が廊下の奥に消えていくのを見送ってから霊夢は慧音の自宅の居間へと向かう為に歩を進めるのであった。





 * * *





 魔理沙を寝かせた後、慧音と早苗は霊夢の待つ居間へとやってきた。霊夢は居間の机の前に座り、口元に手を当てながら思案顔でそこにいた。慧音が傍にいくとようやく気づいた、と言うように慧音と早苗を見た。


「魔理沙は?」
「寝てしまったようだ。余程消耗していたようだったが…」
「無理もないです」


 慧音の心配げな声に返答を返したのは早苗だった。そして早苗は失礼します、と霊夢の対面に座るように机の前に座った。対面に座った早苗へと霊夢は視線を向ける。どこか張り詰めた空気に慧音は眉を寄せながら自身も二人の間に座るように机の前に座る。


「…今回の異変はどんな異変なんだ?」
「霧が発生して、その霧からバケモノが出てくる。弾幕ごっこのルールは無視。しかも敵は正体不明。…名称は”シャドウ”って言うらしいけど」
「…なんだそれは。しかし正体がわからないのに何故名前だけわかっているんだ?」
「早苗が知ってた」


 霊夢は早苗から視線を外さすに言葉を続けた。霊夢の返答に慧音の視線も自然と早苗へと向いていった。早苗は眉を寄せた、まるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


「…早苗。何でアレ、アンタ知ってるの?」
「見たの、初めてじゃありませんから」
「早苗。君は異変について何か知っているのか?」
「…はい。知ってるも何も、私が幻想郷に来る前に私はアイツ等と戦ってた事があるんですよ」
「…そういやアンタは”ペルソナ”を使えるのよね。それも外の世界で?」
「”ペルソナ”とは何だ?」
「…ペルソナはもう一人の自分自身、と言うべきなんですかね」
「…すまない。よくわからないな。私にわかるように最初から説明してくれないか?」


 説明を求めた慧音に霊夢が今日、ここに至るまでの事を話した。博麗神社での戦闘。自身に目覚めた”ペルソナ”という力。シャドウという敵との接触。もう一人の魔理沙を自称する”魔理沙”との戦い。そして魔理沙が発現させたペルソナの事…。
 霊夢から説明を受けた慧音は腕を組んでうなり声をあげた。これは今までの異変とは何かが違う。まず前提として弾幕ごっこが適用されない”殺し合い”が前提とされる異変だ。それだけでも頭が痛くなりそうなのに、敵がどうにも単純な存在ではないという事も付け加えられている。


「…人の抑圧された心より生まれる”シャドウ”。それを御する事によって”ペルソナ”という力に変わる、か。しかしシャドウは見たくない自分自身なのだろう?」
「はい。…自分が気づかないだけで持っている欲望だったり、己自身が忘れたい自分自身だったり、とにかく眼を逸らしたいものが具現化したのがシャドウと言えます」
「それは…厄介だな。自分自身に負い目がない人間などいない。何かしら自分の中に何かを抱えているだろう。それが大小なり。そしてそれを受け入れられなければ自分のシャドウに殺される…」


 対処の仕様がない、と慧音は首を振る。心の病は体の傷とは違って簡単には直せない。病とは言わずとも人には劣等感や恨みや妬みなどと言った負の心は消える事はない。それが実体化し、しかも自分自身に牙を剥いてくるなど悪夢としか言いようがない。
 魔理沙とて霊夢がいたからこそ、何とかなったようなものだ。だがそう上手くいくばかりが世の中ではない。それが人の難しさだろう。故にこの異変の厄介さを慧音は理解した。故に難しい顔になってしまう。


「救いなのは、どうにも霧が発生するのは今の所、”限定的”みたいね。博麗神社の周辺と、守矢神社の方にも出たんだっけ?」
「…出ましたね。でもきっと薄いだけで人里にも出た可能性はあります。もしも今回の異変の首謀者が私の知る”奴”ならきっとこの幻想郷に霧を広げている可能性があります」
「…その心当たりって?」
「…アメノサギリです」
「…アメノサギリ? …まさか”天之狭霧神”の事か?」
「確か…霧と境界の神でしょう? まだ存在出来てたの? しかも外の世界でここで起きた異変と同じような異変を起こすだけの力を持ってたの?」
「えぇ。……私がまだ幻想入りする前、アメノサギリが起こした事件に関わって、その過程で私は”ペルソナ”を得ました」


 そう言って早苗が取り出したのは”刑死者”のタロットカードだ。それを見た慧音が早苗の取り出したタロットカードを興味深げに見つめる。


「ほぅ…? スペルカードのようにも思えるが、力の質が異なるな。強い力を感じるな。それになんと言うべきか…濃い、というべきか」
「もう一人の自分自身が具現化した存在ですからね」
「アメノサギリの目的は何だったの? というか、解決したのよね。その事件」
「えぇ。…ちょっと長くなりますけど、説明しますね」
「…長話になりそうだな。お茶を用意しよう」
「あ、すいません。助かります」
「んじゃ、お茶が用意出来たら話してもらうわよ」
「では、少し席を外させて貰おう」


 慧音が席を立ち、今に残されたのは早苗と霊夢の二人になる。そこで霊夢は慧音を待つまで先程も事を思い返していたが、不意に早苗が視線を注いでくるのに気づいて早苗に声をかけた。


「…何よ」
「…霊夢さん。霊夢さんは、魔理沙さんみたいに”自分自身”と向き合った訳じゃないんですよね? 確か…えーと、イゴールさん、でしたっけ?」
「えぇ。何でもそいつが”契約”だの何だのって言ってたわ。…私はさっぱりよくわかってないんだけどね」
「…そっか。もしかして霊夢さんって”ペルソナ”を付け替えられたり出来ます?」
「え? ……あー、そういやなんか言われたかも。何にも属さず、そして何にでもなれる、とか…」
「…そう、ですか」


 霊夢の返答に早苗は何かを思うように言葉を呟いた。それはまるで懐かしむような声だった。その早苗が浮かべた表情に霊夢は思わず見とれてしまった。
 そっと胸に手を当てるようにして、僅かに頬を緩ませた笑み。本当に優しい笑みを浮かべているのだ。何かに思いを馳せているように見える事からか、きっと何か大切な思い出があるんだろう。…でも、その姿はどこか儚げにも見えるのは何故なのか。


「…それが、どうかしたの?」
「…あ…い、いえ。べ、別に…」
「…別に、って顔じゃないけど…」
「ちょ、ちょっと昔の事を思い出してたんですよ。…私だけじゃなかったんですよ。外で”ペルソナ”に目覚めたのは。その一人で、霊夢さんと同じように覚醒した人がいて…」
「え?」
「…その人のこと、ちょっと思い出しただけですよ」


 僅かに頬を朱に染め、本当に懐かしそうに、本当に大事にするように、なのに儚げに見えてしまう。
 …早苗が言う自分と同じように覚醒した人。それが早苗にとってとても大切な人なんじゃないか、と霊夢は思う。


”我は汝……。汝は我…”


 その瞬間だった。不意に脳裏に女性の声が響いた。それは自分を呼んだペルソナの声だ。


”汝、新たなる絆を見出したり…。
 絆は即ち、まことを知る一歩なり…。
 汝、“刑死者”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん…”


 そして言うだけ言ってその声は消えていく。一体何なんだ、と思うも、何故か体の奥から僅かに何かの力が浸透していくような感覚を得た。
 その感覚が無性に暖かい。それが優しいような、包むような、本当に暖かいと感じて霊夢はぼんやり、としてしまった。


「霊夢さん?」
「…え…?」
「どうしたんですか? 急にぼんやりして?」
「…んー…いや。早苗の言うその人ってどんな人なのかちょっと考えてただけよ。私みたいな覚醒したって事はその人もイゴールに会ったのかもしれないし」
「…そう言えば、たまに訳のわからない事言ってたりもしてたしなぁ…」
「好きだったの? その人のこと」
「ふぇぁっ!?」
「ふぇぁ?」
「な、なな、い、いき、いきなりそんな、ち、ちがいますよ! あくまで先輩は先輩として尊敬してて、料理は美味しいし、格好良いし、頭は良いし、優しいし、変な所もあるけど面白い事も言えるけど、凄いクールで頼り甲斐あって……」
「あー、ごめん。ご馳走様」


 霊夢は両手を合わせて早苗に頭を下げる。それに早苗が、あぅあぅ、と言葉を無くしたように眼をぐるぐるとさせている。そんな早苗の様子を見て霊夢は思わず、ふっ、と笑みが零れてしまう。
 そこに戻ってきた慧音が不思議そうに霊夢と早苗を見る事になるのであった。





 * * * 





 …ごほん。
 まぁ、改めて話をさせて貰う訳なんですけど…お二人が聞きたいのはアメノサギリの目的ですよね? 目的、というと言うのは簡単なんですけど理解して貰うとなると…。
 だから、最初からお話しますね。ちょっと本当に長くなっちゃいますし、私の身の上を話したりする事にもなるんですけどちょっと聞いてくださいね。
 私はご存じの通り、神奈子様と諏訪子様、守矢の二柱を祀る神社の風祝、まぁ巫女なんですけどね。私は事故で早くに両親を亡くしているので私にとって親というのはまぁ神奈子様達って言えばそうなんですけどね。
 まぁ、それは重要じゃないんであまり気にしないでくださいお二人とも。で、重要なのは私はまだ両親が存命の頃、小さい頃からお世話になってる老婆旅館があったんですよ。お互い長い伝統を守る、という意味では話が通じる所があったのかその老婆旅館の女将と私の両親は仲が良かったんですよ。
 私もそこの娘さんと仲が良くて、私も姉のように慕ってたんですよね。親が死んだ後も何度か養子に誘ってくれるくらいには仲が良かったですよ。私は神奈子様達がいましたし、神社の仕事もしなきゃいけなかったんで断りましたけど。

 …そして…もう2年前になるんですかね。
 その仲良くしていた旅館の娘さんが行方不明になったんですよ。それを知った私はすぐさま行方不明になった彼女を捜しに行ったんですよ。
 それが全ての始まりでした。
 外の世界には”テレビ”って言って、多くの人が情報を得る為に使う道具があるんです。四角い箱の形で、まぁ、今では薄型テレビってのがありますけど…まぁ、それは置いておいて、そのテレビの中に私たちが住む世界、そして幻想郷とも違う世界が出来たんですよ。
 その中には今、幻想郷に発生した霧を生み出した”アメノサギリ”が潜んでいました。その世界は言うならば”シャドウ”の世界です。だからその世界に人が入り込むその世界に色んな影響を与えちゃうみたいで…まぁ、それも良いですね。
 ここで重要なのが、ここで私も魔理沙さんと同じ経験してるんですよ。見たくない自分、自分の”シャドウ”と向き合って…まぁそれに至るまでの経緯も色々あるんですけど…。
 纏めると、”シャドウの世界”に人間を放り込む犯人がいたんです。私は私を助けてくれた人達、私以外の”ペルソナ使い”の人達と一緒に犯人を捜す為に戦っていたんです。そしてそれに関わっていたのが”アメノサギリ”でした。
 アメノサギリの目的は外の世界にも霧を溢れさせて人を全てシャドウに変える、というのが目的でした。シャドウ、抑圧された自分自身との境界線を無くして世界を全てシャドウに変えてしまい、世界を霧に閉ざそうとした、と言えば良いんですかね。それがアメノサギリの目的です。私たちはそれを阻止するために戦いました。
 勿論、勝ちましたよ。だから私はここにいますし。それにアメノサギリを生み出した元の元凶もちゃんと倒しましたしね。
 え? まだ元凶がいるのかって? いたんですよ。えぇ。それも神様だったんですけどもういないですよ。名前はイザナミ、って言えばわかりますかね?





 * * *





「…なんだか途方もない話を聞かされた気分だわ。何よ。意外と幻想郷無くたって自由にやってる神様だっているんじゃない」


 早苗の話をある程度聞き終わった霊夢はそうぼやいた。イザナミの名前を出した辺りから慧音の信じられない! という反応が続き、話が区切り良い所で一息入れたが、今でも慧音自身も落ち着く為にお茶を飲んでいる。
 平然としているようにも見えるが、霊夢は大分機嫌が悪くなっていた。聞けば聞くほど胸くその悪い話だ。確かに目を背ける事は悪い事ではないだろう。だがそれにしたってイザナミやアメノサギリのやりようには納得はいかないと霊夢は思ったのだ。
 しかしイザナミとは…、と霊夢の心には驚きと畏れがあったのも事実だ。伝承に語られる数多の神々を生み出した母なる神。まさかそんな大物までもがこの異変に関わりを持っていたとは。


「彼らの目的としてはそんな所です。…もしも本当に”アメノサギリ”と”イザナミ”が犯人なら姿を現しません。きっと何か特定の条件を持った者に”シャドウ”を差し向けて、見極めをするんじゃないんでしょうかね」
「この事件の元凶が仮に”アメノサギリ”と”イザナミ”とすると、目的は”幻想郷の人間がシャドウに負けない、希望の可能性を持っている”事を示せば良い。そうすればあっちから試しにやってくる。仮に”アメノサギリ”と”イザナミ”が関わっていなくても起きている事象からして放っておく事は出来ない…」
「今は霧が多く出る場所に注意を配って、シャドウが現れるようなら霧に取り込まれた誰かがいる筈です。今回で言うならば魔理沙さんのように。シャドウを倒せるのはペルソナが最も効率が良いです。互いに心の力ですからね」
「…在る意味、妖怪とは相性が悪いかもしれないな。妖怪は肉体的には強固でも精神を傷つけられると脆いものがある。概念から生まれた妖怪ならば更にだ。その概念の弱点をつけられては人間よりも脆いだろう」
「例をあげればチルノに火、その属性と概念と相反するものをぶつけられちゃ溜まったものじゃないわね」
「ペルソナに目覚めると自分自身もその形質が現れますからね。そのものではないにしろ、私たちでそうなんですから妖怪とシャドウは下手したら最悪です。シャドウは己の存在の否定要素でもありますし、下手にシャドウと対面してしまえば…」


 …話を纏めていく内にだんだんと話が重たくなっていく。思ったよりも幻想郷の状況は不味いのかもしれない。本当に自分たちにこの異変が解決が出来るのだろうか? そんな思考が三人を襲った時だった。


「んなもん、信じるしかねぇだろ…」


 不意に聞こえた声がそれを否定した。三人は驚いたように振り返った。そこには魔理沙がいた。まだ顔色はあまり良くないが、それでもいつものように笑みを浮かべている。
 よっ、と軽い調子で声をかけながら慧音の対面に座るように魔理沙も腰を下ろす。そんな魔理沙を霊夢は心配げに見つめる。


「ちょっと。あんたもう起き上がって大丈夫なの?」
「まだ本調子じゃねぇがな。…だけどよ、霊夢。確かに状況はやばいかもしれない。ていうかやばい。体験した私が言うんだし、話は途中から聞いてたけど早苗の言ってる事が間違ってないなら本当に幻想郷の存続に関わる話だ。今回はそれぐらいヤベェ」
「…そうね」
「でも、お前は私を助けてくれた。それに早苗、外の世界のペルソナ使いの”リーダー”と霊夢は同じ力を持ってるんだろ?」
「え? そう、みたいですけど…」
「だったら私は信じるぜ。博麗の巫女だからな。私たちの”リーダー”って言っても間違ってないだろ。だって異変解決は”博麗の巫女”の仕事だもんな。…私たちもそれを助ける。そうだろ? ならやれない事はない。霊夢が外の連中に劣るなんて思えないし、私ももう負けないって決めた。早苗だって一度打ち勝ってるんだろ?」
「…魔理沙」
「弱気になるなんて霊夢らしくないぜ。…確かに今までにない異変だ。でも、だからこそ”自分らしく”あるべきなんだろ。ならどーんと構えていつものように手当たり次第で行ったりばったりやったら解決するぜ、きっとな」


 にっ、といつものように笑みを浮かべて魔理沙が告げる。
 …言われてみればそうか、と霊夢は考える。きっと自分が”ワイルド”に目覚めたのもきっと自分が博麗の巫女だからだ。自他共に認める”博麗の巫女”だからだ。
 ならきっと自分にしか為せない事がある。それが何なのかはわからないけれどきっとそれは自分で答えを出さないといけないのだろう。…そう、それこそがきっとイゴール達が行っていた”イノチの答え”…。


「…そうね。弱気になって解決する訳じゃないもんね。私らしく、私たちらしくね」
「いつか笑い話になるようにな。最後は宴会で笑って終わる。それで全部終わりだ。最後にぱーっ、と楽しくやって終わる為に。私たちはいつも通り、馬鹿やってる連中をどついて説教かまして、そんで最後には酒を飲んでどんちゃん騒ぎだぜ」


 それが私たちだろ? と魔理沙が問うように見つめてくる。霊夢はそれに笑って頷いた。それもそうね、と言うようにだ。


”我は汝……。汝は我…”


 脳裏に”ペルソナ”の声が響く。


”汝、新たなる絆を見出したり…。
 絆は即ち、まことを知る一歩なり…。
 汝、“愚者”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん…”


 …絆がまた紡がれたようだ。暖かな力が胸に宿るのを感じながら霊夢は確信出来る。自分は間違っていない。”愚者”はきっと己自身、もしくは己自身が関わる何かに纏わる絆だろう。それが紡がれる事に間違いはない。


「…霊夢?」
「…護りましょう。絶対に。私たちの手で」


 きっといつか答えの日は来るだろうから。今はまだ霧に閉ざされても、絶対に。
 確かな決意を胸に。霊夢は胸の中で静かに誓いを立てた。





 * * *





「…”皇帝”は正位置に。無事試練は乗り越えられたようです。今度のお客様も大変良い絆をお持ちのようですね」
「そのようで……おや? 次なるカードも試練の時が近いようですな。…次なるカードは……”戦車”ですな。しかし運命は既に傾きつつある…。さてはて、これを覆す事は出来ますかな?」




 * * *




霊夢コミュニティ現状

”愚者”
異変の調停者達
Rank:1

”刑死者”
東風谷早苗
Rank:1





[30253] Act.05 危機
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/26 13:21
 その日、霊夢達は慧音の家に泊まる事になった。博麗神社にも霧が出ていたこと、そして現状一人で行動するのは危険との判断で霊夢達は慧音の家へと泊まる事になったのだ。
 慧音と共に夕食を食べた後、霊夢は何をする訳でもなく庭に出ていた。既に夜の時間が訪れていて空には星が瞬きを帯びている。
 浮かぶ月もまた綺麗に光を放っている。それを眺めながら霊夢は今日一日の事を振り返っていた。今までの異変とは異なる異変。対峙した敵、覚醒した能力。そして魔理沙や早苗の新たな一面や事実を知った。


(…今日だけで随分と色々な事があったわね)


 ふぅ、と吐息を1つ吐き出す。季節は春になったばかり。だがそれでも夜は僅かにまだ肌寒く霊夢は腕をさすった。霊夢が纏っている服は普段の巫女服ではなく慧音から借りた寝間着だ。
 流石に普段着のままで寝かせるのも気が引ける上に、今日は色々あって衣服も汚れていた為に一度慧音に預ける事になったのだ。気が引けたのもあるが、やるといったら慧音はてこでも動かないのだからもういっそ任せる事にした。
 普段はリボンで結んでいる黒髪を無造作に霊夢は下ろしている。僅かに吹く夜風によって霊夢の髪が僅かに揺れる。


「おぉ。今日は星が綺麗だな」
「魔理沙」


 庭に出てきたのは魔理沙だった。普段の白黒の衣装ではなく霊夢と同じく慧音から借りた寝間着だ。慧音が長身の部類に入る為に僅かにだぼっ、としてしまっているのは仕様がないだろう。自分もそうなのだし、と霊夢は思う。


「……」
「……」


 そのまま互いに無言で空を見上げる。星が瞬く空、それを見上げている間、二人はただ無言だった。だが、互いに互いを意識している。そもそも魔理沙はわざわざ外に出てきたのだから用があるんじゃないか、と霊夢は思ってしまう。


「…何か用でもあんの?」
「ん…。…まぁ、ちょっとな」
「…今日の事?」
「あぁ…。いや、…なんていうのかな」


 片手で頭を掻きながら魔理沙は言葉を探すように難しい表情を浮かべる。あー、と魔理沙が小さくうなり声を上げる。しかしそれでも言葉は見つからないようで二人の間に再び沈黙が生まれる。
 どれだけ沈黙の時間が過ぎただろうか。ようやく言葉が纏まったのか、魔理沙が霊夢へと視線を向ける。


「…色々、見せると、こうも話せなくなるもんなんだな」
「…そう、ね」


 なまじ長い付き合いだ。それも互いに言わなかった事を言ったのだ。それも思い出せば恥ずかしい事この上ない。風が吹く度、頬の熱を自覚させられるようで霊夢も気まずげに頬を掻いた。
 そして霊夢が伺うように魔理沙を見ると魔理沙と視線が合う。それもまた気恥ずかしくて互いに視線を逸らしてしまう。何やってるんだか、と霊夢は自分の事ながら思ってしまう。


「…なぁ、霊夢」
「…何よ」
「…そのさ。…多分、不安になってるだけだ」
「不安?」
「あぁ。…見たくない、見ないようにしてきた面を見るようにすると色々と納得がいくんだ。私は多分きっと焦ってたんだ。不安に襲われてるんだって気づかないようにしててさ。研究に没頭してたらそれだけ考えてればいいし、結果が出ればそれで良かったしな」


 霊夢を見ずに、空を見上げながら魔理沙は呟くように言う。それが魔理沙の本心で魔理沙が向き合った事によって魔理沙自身にも見えてきたものなのだろう。


「…でもいけないな。忘れちゃいけねぇ事まで忘れてた。初心を忘れるべからず、って言うけど本当だな。…そりゃ魔法を学ぶ、研究するのが純粋に楽しかったってのもあるんだけどさ。…焦りすぎだよな。私」


 はは、とおどけるように笑って魔理沙は言う。そんな魔理沙を霊夢は見つめる。未だに霊夢と視線を合わせない魔理沙に対し、霊夢は小さく吐息を零す。


「…でも、だからアンタは異変解決に首つっこめるだけの実力も得た。…全部が全部マイナスって訳じゃないでしょ」
「そりゃな。それを間違ってるとは思えないさ。…ただ、もうただがむしゃらには出来なくなるとは思うんだ。今までの私は目的が入れ違ってたさ。何のために魔法を覚えようと思ったのか。私はそれを忘れてた」


 魔理沙の最初の切欠。”魔理沙”を前にして魔理沙が叫んだ言葉を思い出して霊夢は、そういえば、と疑問を覚えた。


「……魔理沙。聞いて良い?」
「…ん?」
「……どうして私と友達になろうと思ったの? 昔から変わったつもりないけど、でも嫌いな奴だったんでしょ?」
「…ぁー…その、何だ…。嫌いだったから放っておけなかったっていうか…気にはしてたんだと思う。しかも”博麗の巫女様”だったからな。…正直吃驚したんだ。自分と変わらないような女の子が私達を護ってくれるなんて信じられなかったしな。けど、実際お前は強かったし、昔は修行に熱心だったじゃないか」
「…昔は、ね。それぐらいしかやる事無かったし」


 そうだ。昔はもっと真面目だった筈だ。自分でも覚えてるぐらい、あの修行に明け暮れていた、今思い出せばまるで灰色の日々…。


「…あ、そうか」


 そして、霊夢は気づいたのだ。


(…全部、魔理沙が切欠だったんだ)


 修行に見切りをつけて怠ける事を覚えたのも。お茶の味も、お菓子の味も。
 昔、修行の邪魔をして喧嘩した少女がいた。幾つもの喧嘩を重ねてそれが当たり前になっていった。
 言い合いは次第に軽口の応酬になった。罵り合いはいつか小言に変わっていった。邪険に扱っていたものはいつしか些細な事になっていった。
 今の日常があるのは、全ての切欠は魔理沙だったのだ、と。


”我は汝……。汝は我…”


 脳裏に”ペルソナ”の声が響く。


”汝、新たなる絆を見出したり…。
 絆は即ち、まことを知る一歩なり…。
 汝、“皇帝”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん…”


 暖かさが胸に宿っていく。何とも言えない無図痒い暖かさだ。絆が目に見えてわかるというのも良し悪しがあるものだ。これでは魔理沙の顔を直視出来ないではないか、と。


「どうかしたか? 霊夢」
「…別に。まぁ、良いわ。何にせよアンタの力も必要になるんだから早く良くなりなさいよ」
「お、おぅ。……ありがとな」
「…ふんっ」





 * * *





 息が荒れる。その息を必死に殺して潜める。少しでも小さくなるように。悟られないようにと。それはまるで逃亡者。事実、彼女は逃亡者だった。彼女の半身たる半霊が心配げに辺りを漂っている。


「…くそっ」


 忌々しそうに舌打ちを零す。その呟きに篭もっているは怨嗟であり、憎悪であり、不甲斐なさであり、そして後悔であった。
 胸を刺す痛みは気を抜いてしまうと涙を零してしまいそうになる。だがそれを歯を食いしばる事によってなんとか堪える。泣いてはいけない、と言うように。
 彼女は辺りの様子を伺うように視線を向けた。だが見える景色は霧に包まれていて良く見えない。そもそもここはどこなのだろうか。がむしゃらに逃げてきたが、まったくここがわからない。全てはこの忌々しい霧の所為だ。


「…早く…連れて行かなきゃ…」


 焦燥した声で呟きを零す。そして彼女は振り返る。自分の傍に横たえられているのは女性だった。どこか儚げな美しさを持つ女性。だが、女性の表情は苦悶に歪み、息は荒く見るからに痛々しい。
 そしてその体には応急処置と言うように衣服が巻かれていた。そこから血が滲み出ているのか包帯の代わりに巻いている服は変色してどす黒い色へと変わり始めていた。それを見る度に焦ってしまうのにこの霧の所為で居場所がわからない。


『苦しそうだ…。もういっそ楽にしてあげた方が楽になるんじゃないか…?』


 不意に響いた声に彼女は表情を変えた。焦燥と驚愕が混じり合ったような表情で、すぐに女性を背に抱えて空を舞う。逃げるように。ただ逃げるように。
 だが、それでも声は響いてくる。自分を追うように。まるでぴったりと自分の傍についてくる様に。


『ほら、苦しそうだ…。助かるかもわかりはしない…。なら、ここで楽にしてあげるのが忠義じゃないのか?』
「――黙れッ!! 貴様…必ず殺してやる!! 必ずだッ!!」


 ありったけの憎しみを叩きつけるように彼女は叫んだ。その背に背負う女性をしっかりと支えながら霧の中へと消えていく。
 …そして彼女と彼女が背負う女性と腰を下ろしていた場所に一人の少女が浮かび上がる。それは驚く程に”彼女”と同じ姿だった。
 銀色の髪、幼さの残る顔立ち。背に背負うのは二本の刀、その瞳は金色に淡く輝いていて彼女たちが消えていった方向を見据えて、歪な笑みを浮かべる。


『…無駄な事を。…ここは自身の世界。自身の内から逃れるなど無理。本当に強情だな。我ながら』


 ククッ、とおかしそうに喉を鳴らして笑う。そして刺していた二本の内の一刀を抜き、それに手を這わせる。そっと刃を撫でる度に恍惚とした表情で体を震わせる。
 はぁ、と漏れ出した吐息は艶と熱が篭もり、僅かに覗かせた舌がちろりと動く。その表情と相まって艶めかしい仕草だ。だが幼さが残るその表情がそれと相反する。逆にそれが妖しさを際だてる。


『…あぁ、諦めて斬らせてくれないかな…。斬りたいなぁ…気持ちよかったなぁ。また斬りたいな、何度でも何度でも…ねぇ…―――幽々子様…?』


 けたけた、と。歪な笑い声は霧中に消えていく。ただその妖しく輝く金色の瞳を輝かせて。笑い声はいつまでも消えない…。





 * * *





「…本当にこっちは天気良いのね…」
「みたいですね」


 朝。鶏の鳴き声と共に眼を覚ました霊夢と早苗は身支度を調えながら空を見上げていた。そこには雲一つ無い快晴だった。それに昨日の深い霧とのギャップが相まって何とも不思議な感慨に二人は耽っていた。


「にしても、霧の発生の原因って何なのかしらね?」
「わかりません…。犯人がもしかしたら”アメノサギリ”か”イザナミ”かもしれないって話ですから。今回はどんな条件下でこの異変が起きているのか流石に私でもわかりませんし…」
「なんか法則性でも掴めれば良いんだけどね…人里に寄りつかないのは何でなのかしらね?」
「んー…幻想郷の人達って無いとは言いませんけど、外の世界よりも気楽ですからね」
「気楽?」
「人里っていう人間が集まるコミュニティが1つしかないのも関わってるのかもしれないですけど、基本結束力が高いですよ。確かに個人の不仲はあっても集団として見るとまとまりが良いですし。だから互いに不満や妬み、嫉妬はきっと外の世界よりも感じにくい」
「…それって”シャドウ”を生み出す要因が減るって事」
「減る、とは言いませんけど…強い”シャドウ”を生み出すにはちょっと…って所ですかね。余程のトラウマとか劣等感とか持ってるなら別ですけどね」
「ふーん」


 井戸から組み上げた水を掌にすくって霊夢は勢いよく顔を洗う。顔を拭うためにタオルに手を伸ばそうとするが見つからない。それに早苗が小さく笑ってから霊夢にタオルを差し出す。
 霊夢はそれに礼を返して早苗から受け取ったタオルで顔を拭う。ふぅ、と一息吐いた瞬間だった。何やら玄関の方が騒がしい事に気づいて霊夢と早苗は騒ぎの方へと視線を向けた。


「何かしら?」
「…もしかして何かあったんんじゃ?」


 互いに視線を交わして霊夢と早苗はすぐに駆けだした。入り口の方へと向かうと里の青年と思わしき者が慧音と何か言葉を交わしている。互いの表情を見る限り引き締められていて、何かが起きたのだと言うのを悟った。


「慧音! 何事!?」
「霊夢、早苗。…実はどうにも幽霊達が里の方に寄ってきているようなんだ」
「幽霊? なんでまた…」
「わかりません。何でも何かから逃れるように人里によって来てるみたいなんです…何でも普段、中有の道にいる幽霊達も冥界から逃げてきたっていう幽霊に巻き込まれて混乱して…」


 青年が慌てた様子で言う。青年が言う中有の道というのは三途の川へと繋がる為の道だ。普段は幽霊向けの屋台が開かれていたりするのだが、今はそこも混乱が起きている状態との事だ。


「冥界からって…冥界でなんかあったって事? なんか冥界から逃げてきたって幽霊は言ってなかったの?」
「へ、へぇ…何でも”自分じゃなくされる”とか”仲間がバケモノになった”とか…」
「…早苗?」
「幽霊は気質の具現です…。”影”は抑圧された感情や願望が実体化したものです。肉体がないから抵抗力が私たちより弱い…。やられました…! 冥界が抑えられたら冥界の幽霊の数だけシャドウが生み出されたっておかしくない…!!」
「…被害者が増える前になんとかするわよ。最悪結界でも張って道を塞ぐなりなんなりでもしないと不味いわ! 慧音! 私と早苗は行くわ!」
「あぁ、任せろ!」
「魔理沙はまだ体調が治ってないし、最悪ここの守りも必要だわ。魔理沙にはここを任せて」
「わかった!」
「早苗。さっさと準備するわよ!」
「はいっ!」


 そして二人はすぐさま慧音の家の中へと戻り、いつもの服を身に纏い装備を確認する。そのまま慧音の家を飛び出そうとした時、魔理沙も起きてきた。


「異変か!?」
「魔理沙、アンタまだ体調悪いでしょ? 大事を取ってここに残って頂戴。もしかしたら人里にシャドウが沸くかもしれないからその時はあんたが頼みよ。私たちは行くわ」
「……わかったぜ。確かに体調はまだ万全じゃないし、今すぐに人里が襲われる訳じゃないんだな?」
「シャドウは基本、存在するだけなら無害ですから。……確かな事は言えないですけど、私の知るシャドウの性質ならその筈です。下手に”ペルソナ使い”である私たちが刺激しなければ」
「…わかった。二人とも、気をつけろよ」
「あんたもね」


 霊夢と魔理沙は視線を交わし、互いに無事を祈りながらすれ違った。早苗も僅かに頭を下げた後、霊夢の後を追っていく。その背を魔理沙は拳を握りしめながら見送るのであった。




 * * *




霊夢コミュニティ現状

”愚者”
異変の調停者達
Rank:1

”皇帝”
霧雨魔理沙
Rank:1

”刑死者”
東風谷早苗
Rank:1 



[30253] Act.06 守護
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/30 15:34
 人里から中有の道へと繋がる道は大混乱に陥っていた。冥界から逃げてきたのだろう幽霊達と元々中有の道に留まっていた幽霊達がもう見るからに酷い程に混乱している。このままでは暴動も起きかねないが、それを調停している暇も霊夢と早苗にはない。


「誰かが霧に深く囚われてる可能性?」
「はい。シャドウが生じるのは霧が原因ですけども、きっと霧の発生している原因は”より強いシャドウ”が発生している可能性があります。ならそのシャドウを起点に霧が発生している可能性があります。シャドウが騒ぐのは大型のシャドウに呼応する例もありますし。…私の経験則からすればですけど」
「その経験が当て嵌まるとすれば、誰か余程欲求を溜め込んでいたって事?」
「可能性はあります。シャドウの強さはどれだけその欲求を溜め込んでいたかにも左右されるみたいですし」
「チッ…まったくはた迷惑も良いところよ」


 早苗と情報を交わし合いながら霊夢は舌打ちする。口では責めるような口調ではあるが仕方ないのだろう、という諦念もある。心を持つ以上、仕方ない事なのだ。心を持つ者の定めなのだろう。自分の影と戦っていかなければならないのは。
 だが、それがこんなはた迷惑な規模にまでなって欲しくはないが、と霊夢は思う。…しかしこうでもしないと表に出る事も、ましてや心の闇を解決する事も出来ないのだとこの霧の首謀者は言いたいのかもしれない。


「…霧が濃くなってきましたね」


 早苗が呟くと同時に眼鏡を懐から取り出してかける。早苗が眼鏡をつけたのを見て霊夢は僅かに眉を寄せる。


「その眼鏡、何?」
「昔、友人から貰った眼鏡ですよ。…アメノサギリの発生させる霧ならこれで見渡せます。でもやっぱり自然発生の霧もありますから、そこまで良くもならないんですけど…」
「…でも薄くなってる?」
「えぇ。…つまり、近いですね」


 そして霧の奥へ、奥へと進んでいくと辺りの景色が変わっていく事に霊夢は気づいた。同時に霧が薄れている。遠くまで見渡す事は出来ないが自分の眼下や周囲を確認出来るぐらいには視界が開けた。


「…ここ、冥界、よね?」


 霊夢は小さく呟く。霊夢は以前、冥界に足を運んだ事がある。しかし霧を抜けた先に広がっていたのは以前見た冥界とは異なる。
 まるで庭園。それも枯山水。見事なまでに整えられた風景が霧の向こうまで広がっている。まるで巨大な庭園に迷い込んでしまったかのようなそんな錯覚。


「外だったら、テレビに入れられた人によって、その人にとっての”現実”が具現化するみたいなんですけど…」
「……現実が具現化…? じゃあこの風景は霧に囚われた奴の現実って事? ………」
「霊夢さん?」
「……ここで悩んでも答えは出ないわね。…それに、お出ましみたいだし?」


 何かを考え込む霊夢に早苗が訝しげに問いかけるも、霊夢は僅かに首を振ってから細めた眼を霧の向こうへと向けた。霊夢が視線を向けるのと同時に霧の奥から現れ出でるのは仮面をつけた異形、シャドウ達だ。その種類は多種多様で一様にこちらを警戒している。


「…チッ、色んな幽霊を取り込んでる所為か数も並じゃないわね。それも姿も一定しない…」
「全部相手にしている暇はありません。突破口を開いてこのまま抜けましょう」
「えぇ。じゃあ、やるわよッ!!」
「委細承知!!」


 二人はタロットカードを呼び出す。霊夢は”愚者”のカードを、早苗は”刑死者”のカードを。霊夢はそれを握りつぶし、早苗はお払い棒で打ち払う。


「アラハバキッ!!」
「タケミナカタッ!!」


 互いの背後に出で現れるペルソナ。それにシャドウ達が警戒を露わにする。武器を持つ者は武器を構え、牙を持つものは威嚇するようにうなり声を上げる。それに意図せずに霊夢と早苗は僅かに態勢を屈ませる。


「私が突破口を開きますんで、そのまま駆け抜けますよ」
「了解。塞ごうとする奴は私が」
「それじゃ」
「行くわよッ!!」


 同時に地を蹴ってシャドウの群れへと突っ込む。早苗が先行し、それに続くようにタケミナカタが後を追う。


「今の力じゃ厳しいですけど…道を空けて貰いますよ!! ”ガルーラ”!!」


 早苗の叫びに対し、タケミナカタが両腕を振るう。瞬間、進路を塞いでいたシャドウを蹴散らすように剛風が吹き荒れる。僅かに出来た道を霊夢と早苗は疾走していく。
 霊夢は早苗の風によって開いた道を更に広げるように札と封魔針、そしてアラハバキの物理攻撃ではじき飛ばしながら進んでいく。
 道を塞がれそうになれば早苗が間髪入れずに剛風を吹かせ、霊夢がその道を押し開けて抜けていく。どれだけそれを繰り返し、奥へと進んでいったか。不意にシャドウ達の気配が薄れていった。


「…? シャドウ達がいなくなってきたわね」
「! 霊夢さん、上ッ!!」
「ッ!?」


 周囲に気を取られた霊夢に早苗の警告の声が響き渡る。それに霊夢は咄嗟に札を投げ、即席の結界を展開する。スペルカードに比べれば弱い結界だが、それでも不意打ちの攻撃を止めるには十分だった。
 そして攻撃を仕掛けてきた”姿”を見て霊夢は己の推測が当たっていた事を悟る。チッ、と舌打ちを零しながら自身に攻撃をしかけてきた”彼女”に叫ぶ。


「――妖夢ッ!!」


 金色の瞳を爛々と輝かせて笑みを浮かべている妖夢。それは普段の彼女と比べればまるで似ても似つかない姿だ。身に纏っている服もぼろぼろの漆黒の袴だ。しかも唯の黒ではなく赤黒い。


『ははっ! 霊夢さん、霊夢さんじゃないですか! どうしたんですか? そんな切羽詰まった表情で?』
「いきなり、攻撃しかけて来る奴の台詞かぁっ!! アラハバキッ!!」


 霊夢が結界を維持している間にアラハバキが横合いから”妖夢”に蹴りを叩き込もうとする。妖夢はそれを受けているが明らかに防御の姿勢を取っていた。ダメージはさほど内だろう。 
 それを証明するかのように”妖夢”はすぐさま起き上がってくる。けらけらと何がおかしいのか、と言わんばかりに笑いながら。


『ははは! 痛い、痛いじゃないですか霊夢さん! でもそれ何ですか? 凄く、あぁ、凄く…――斬ってみたい…!』


 恍惚とした笑みで”妖夢”は霊夢へと視線を注ぐ。霊夢の背筋に悪寒が走る。気持ち悪さと気味の悪さで一気に霊夢の腕には鳥肌が立つ。淫靡な表情を浮かべる妖夢は艶めかしい息を吐きながら身をくねらせた。


『そっちのお客人も……斬り堪えありそうですが…でも今はまだダメですね。お・あ・ず・け、です。先にやらない事があるんで。でも挨拶はしないと失礼ですからね』
「今のが挨拶たぁ、アンタ、随分捻くれてるわ!!」
『それでは、また後ほど。ふふふっ!』


 歪な笑い声を響かせながら”妖夢”は駆け出す。霧の奥へと消えていこうとするその姿を霊夢は追い出す。


「霊夢さん! 恐らく、やらなきゃいけないって事は…!」
「わかってる! でも逆に言えば妖夢は無事って事よ!! さっさと追うわよ! アイツを追えばきっと妖夢の所に行ける!!」


 早苗も後を追いながら霊夢に告げる。それに霊夢も自身の推測を確信しながら言葉に変える。そして”妖夢”が駆けていった後を霊夢と早苗は追っていく。
 道中、シャドウ達は霊夢達に危害を加える事はなかった。いや、出来なかったと言うべきか。出会うシャドウがシャドウ、皆、切り刻まれているのだから。


「…完全に辻斬りね。しかもそれに快楽を見いだしてる。…あれがアイツの抑圧された心?」
「…私はあまり知りませんけど、妖夢さんって結構真面目な人ですよね?」
「だからこそ鬱憤抱えてたのかもしれないわよ? 真面目すぎてね」
「……かも、しれないですね」
「…ったくっ! 胸糞悪い、急ぐわよッ!!」


 斬り捨てられたシャドウの残骸を眼にして、霊夢は苛立ちを隠さぬままに叫んで速度を上げた。それに早苗は何も言わずに霊夢に合わせるように速度を上げた。





 * * *





 どれだけ飛んだだろうか。もう体力は限界に近い。その場に膝をつく。背負った幽々子の重みは一体どれだけ彼女に負担となっているのだろうか。
 汗が浮かび、疲労によってもう目の前は霞んでいる。だがそれでも霧の向こうを睨むように見据え、前へと進もうとするも動かない足に妖夢はそのまま幽々子を優しく地に下ろすようにして今度は手をついた。


「…ゥァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 悔しさを吐き出すように妖夢は吼えた。喉よ裂けろと言わんばかりだ。大地に拳を叩きつけて自身の不甲斐なさを責める。霧によって方向は惑わされ、ここから出る事は叶わない。永遠に続くのではないかと思う程、変わらない景色に妖夢は遂に膝を折ったのだ。


『――ふふふっ』


 そこに響いた笑い声。妖夢は勢いよく顔を上げた。霧の向こうからゆっくりと現れるのは”妖夢”だ。自身の姿を真似、そして―――幽々子を傷つけた張本人に妖夢は牙を剥いた。


「キ、サマ…ッ!!」
『召し物を替えてみたんだけど、似合う? ちょっと汚れても気づかないんだ。ほら、返り血でいっぱいだけどさ』


 くるり、と自分の姿を見せつけるかのように”妖夢”は一回転してみせる。そして妖夢の頬に冷たい何かがつく。何だと思って手を伸ばせばそれは血のようだった。


『良いでしょ? でも、白もいいかなぁ、そしたら綺麗に紅く染まるから…』
「ふざ、けるなぁっ!! 私の姿で…巫山戯た事を抜かすな!! 正体を現せ!!」
『正体? ……ふふっ、私の正体は”魂魄妖夢”だよ。…私は私。そして私はお前だよ』
「な…っ…? 何を、巫山戯たことを!!」
『斬りたいんだ! もっと、もっと、たくさん! そして殺したいんだ! 返り血が浴びたい! その人の色を浴びて、その人を殺して、自身の血肉の糧にしたら…あぁ、どれだけ甘美なんだろう! そう思ってただろう? ずっと気づかなかっただけだ。君はもっとたくさんのものを斬りたい。肉の感触も、血の香りも、全てが快感だと思っただろう?』


 両腕を広げ、”妖夢”は声高らかに告げる。それが正しいと言うように。


「ち、違う! そんなこと、誰が思うものか!!」
『違う…? いいや、違わないね。お前は斬りたいんだ。斬るなら強い奴が良い。命のやり取りがしたい。自身の剣士としての実力を試したい。弾幕ごっこなんて生ぬるい…。もっと血を欲しているだろう!?』
「私は、そんな事思ってないッ!!」
『命を削る戦いがしたい! その上で殺したい! そうすれば、あぁ、強くなったと実感出来る。斬ればわかる。そう、全てがわかる…! だから斬りたい! だから、幽々子様を斬った』
「斬ったのはお前だろう!!』
『お前は私だよ。…それとも、認めたくないのか? ずっと斬りたいと、斬りたいと望んでただろう…?』
「違う…違う…!」


 ”妖夢”の言葉を振り払うように妖夢は耳を塞いで蹲る。その言葉を否定したい。否定するべきだ。そんな事は思っていないと。…だが、心の中で鈍く響くものがある。否定の言葉を口にする度に苦みとも、痛みとも取れるような感覚が心の中に広がっていく。


「違う! そんな筈ない!! 違う…違う…!」
「――妖夢ッ!!」
「ぇ…? …霊夢、さん…?」


 不意に聞こえた声に妖夢は顔をあげた。そこには息を荒くさせた霊夢と、そして守矢神社の巫女である早苗がいるのを妖夢は悟った。どうしてここに? と疑問が浮かび、半ば呆然と二人の顔を妖夢は眺める。
 ”妖夢”は何も言わない。ただ霊夢達を見つめるだけだ。”妖夢”を警戒するように霊夢と早苗は妖夢と幽々子の傍に寄っていく。


「妖夢、無事ね?」
「霊夢さん…何で…?」
「異変だからよ…。…幽々子はどうしたのよ? なんでこんなに弱ってるのよ?」


 霊夢は”妖夢”を警戒しながら妖夢に問いかけを投げかける。早苗は膝をついて幽々子の容態を確認している。妖夢の服だろう、血で滲んだ服を見て早苗は痛ましげに眉を寄せた。


『私が斬ったんだ…。中途半端だったから殺せなかったけど。やっぱり今のままじゃ力が足りない…これじゃ斬れないじゃないか…』
「…いい加減にしろ! 妄言はもうたくさんだッ!!」
『はははっ!! 霊夢さん、覚えていますか霊夢さん! いつぞや辻斬りしていた私が”斬りたくない”って言ってますよ? 滑稽だと思いませんか?』
「…妖夢。耳を貸すんじゃないわ。黙ってなさい。何を思っても…」
『…ふん。じゃあ、貴方から斬らせていただきますかねぇ、霊夢さんッ!!』
「早苗、二人を頼んだッ!!」


 霊夢は地を蹴って”妖夢”と対峙する。それに応じるように”妖夢”も地を蹴り、刀を抜いて霊夢へと襲いかかる。
 妖夢は始まってしまった霊夢と”妖夢”の戦いを呆然と見やる事しか出来ない。


「…傷は浅くない…手当てしなきゃ」
「! で、出来るんですか!?」
「…多分。…タケミナカタッ! ”ディア”!!」


 早苗はタケミナカタを召喚する。召喚に応じたタケミナカタは掌を幽々子へと向け、そこから淡い光が幽々子を包んでいく。その光を浴びる事によって幽々子の荒らかった息がだんだんと落ち着いてくるのがわかった。
 妖夢はその光景を驚愕と安堵の感情が入り交じった表情で見つめた。思わず幽々子の名を呼んで彼女の頬に手を伸ばした。まだここにいる事、苦悶の表情が和らいだ事によって妖夢は泣きそうになる。


「…でもまだ油断出来ません。…タケミナカタ、もう一度…!」


 早苗は額に汗を浮かべながら再びタケミナカタに命ずる。此処までに来る道中、早苗は霊夢の道を切り開く為に大分力を消費していた。だがここで倒れる訳にはいかないと早苗は意識を集中させる。
 淡い光が再び幽々子に照らされる。妖夢は幽々子の手を握りながら幽々子を心配げな瞳で見つめる。


「ッが、ァァアアアッ!?」


 が、そこに早苗と妖夢の意識を奪う悲鳴が響き渡った。霊夢の悲鳴だった。霊夢は大地に倒され、その肩を肩によって貫かれていた。大地に縫い止めるように”妖夢”が霊夢を踏みつけながら霊夢を見下ろす。


「霊夢さんっ!?」
「…ぐ、くぅ…ッ…が…ッ!」
『疲労してたのは霊夢さんも同じみたいですね…動きが悪いですよ? それにさっきのはどうしたんですか? 呼ばないんですか…?』
「…っ…はっ…! 別に、必要ないと思っただけよ…ッ…!」


 ”妖夢”を睨み付けながら霊夢は言う。…実際は呼び出したくても反応が鈍いだけだ。呼び出せない訳じゃないが力を奪われるのだ。そんな状態で召喚しても制御出来るとは思えなかったのだ。
 疲労していたのは何も早苗だけじゃない。霊夢とて、まだペルソナを用いての実戦は馴れていないのだ。なのに冥界での連戦。霊夢も未だにペース配分の掴めない力に振りまわされていた。


『あぁ、早苗さんでしたっけ? 霊夢さんにもそれ、かけてくださいよ? そしたらもっと斬れますよね? もっともっと頑張ってくださいよ…霊夢さん』


 屈んで霊夢を覗き込むように”妖夢”が霊夢を見る。そして霊夢の肩に突き刺さっている刃の根本に舌を這わせて血を舐め取る。霊夢が身じろぎしようとするも、刀を突き刺されている為か、体が硬直して動かない。
 霊夢の血を舐め取った”妖夢”は恍惚とした笑みを浮かべ、霊夢に突き刺していた刀を勢いよく引き抜いた。その痛みに霊夢が声にならぬ悲鳴をあげる。そんな霊夢に対し”妖夢”は容赦なく蹴りを叩き込み、妖夢と早苗の場所まで蹴り飛ばした。


「霊夢さんっ!! っ、タケミナカタッ!! ”ディアラマ”ッ!!」


 呻き声をあげながら刀に突き刺された肩を押さえつける霊夢に駈け寄り、早苗は精神力を振り絞るように叫ぶ。今の早苗ではきつい術だが、霊夢の傷を見ては使わざるを得なかった。
 幽々子に与えた時よりも強い光が霊夢を包んでいく、苦痛に呻いた霊夢も呼吸を荒くさせるに留まり、血も止まって傷は塞がる。だが痛みもそのショックも残っているだろう。すぐには霊夢も立ち上がれないようだった。


「霊夢さん…っ、大丈夫、ですか…?」
「…くっ…づぅ…」


 肩を押さえながら霊夢が呻く。早苗の問いかけに返答するのも難しそうだ。早苗も息が絶え絶えだ。そんな二人の姿を見て妖夢は”妖夢”を睨み付けながら刀を抜いた。


『…あれ? 何のつもり?』
「…これ以上…傷つけさせはしない…!」
『はぁ…? まだ認めないつもり? これは”お前”が抑え付けてきた願望だよ…?』
「妖夢…ダメ…ッ!」


 ”妖夢”の嘲りに対し、妖夢が歯軋りを奏でる。その様子に霊夢は不味い気配を感じて妖夢を咎めようと声を張り上げる。


「――黙れッ!! 私はそんな事を望んではいないッ!! お前など…私じゃないッ!!」


 そして、引き金は引かれてしまった。


『…あは、あはは、アハハハハハハッ!! そうだよ、私はお前じゃない、お前みたいに軟弱なんかじゃない!! 証明するんだ!! 私は強いって事をォォォオオッ!!!!』


 ”妖夢”の周囲に影が集っていく。それは”妖夢”を包み込んで行くように姿を変えていく。漆黒のぼろぼろの外套を纏い、黒い編み笠を被る。顔は仮面によって隠され、手に持っていた太刀は巨大化し、漆黒に染まっていく。
 その体も少女の体躯ではなく成人女性ほどまでに成長し、刀を振り抜いて仮面の奥の瞳で妖夢を睨み付けた。


『だから、殺してやるッ!! 皆、皆、全て斬ってやる!!』


 変貌した”妖夢”は狂気を孕んだ声を張り上げながら妖夢へと向かっていく。”妖夢”の変貌に驚いていた妖夢だったが、すぐに気を取り直して斬り結ぶ。
 …幾度も刀を交差させる音が響く。だが明らかに押されているのは妖夢だ。斥力で負けている。気迫で負けている。ここに来るまでの道中、妖夢も疲労困憊なのだ。変貌した”妖夢”に勝てる筈もない。


「…ぐ…がぁ…ぁぁああっ!!」


 その光景を見ていた霊夢は痛みを堪えるように吼える。大地を足に付き、ショックで硬直していた体を無理矢理動かしていく。


「れ、霊夢さん!」
「巫山戯るんじゃないわよ…! 見てて、不愉快なのよ…!!」


 早苗は息を呑んだ。霊夢は、怒っていた。霊夢は確かに今まで怒りを露わにした事はあった。だが、ここまで怒りを露わにした事はない。”背筋が凍る”と感じるまでの怒りを。
 霊夢の心の高まりによってタロットカードが浮かび上がる。霊夢はそれを握ろうとして気づく。


”我は汝…”


 声が、聞こえる。
 その声に従うように霊夢はゆっくりと力を手に込めていく。


「来なさい…! ペルソナァッ!!」





 * * *





 ”妖夢”と斬り合いながら妖夢は思った。この相手は強い、と。そして斬り合いながら気づいてしまった。あぁ、この太刀筋は自分のものだ、と。刀を合わせてもう認めざるを得なかった。
 これは自分自身だ。それを妖夢は否定出来なくなっていた。だからこそ心に影が生まれていた。ならばこれがやっていた事は、全て本当に自分が望んでいた事だったんじゃないか、と。
 強者を斬りたい。確かに強くなりたいとは望んでいた。もういなくなってしまった剣の師である祖父に恥じないようにと。ただ一心に強くなりたいと思ってきた。
 その為に”斬ればわかる”という言葉を実践して辻斬り紛いの事もした。けれど心の底から辻斬りがしたいとは思っていなかった。…そう、思っていた。


(…これが私の本心なら…これが私なら…私が、いたから…幽々子様も傷つけられたんじゃ…霊夢さんもあんなに酷い怪我させられたんじゃ…)


 私が、いたから。
 その思考が刀を握っていた手の力を緩めた。”妖夢”はその隙を見逃さず妖夢の刀を弾き飛ばした。


「…ぁ…」
『…死ね。軟弱者』


 諦念が死に繋がる。あ、死んだな、と妖夢は確かに死を覚悟した。そして最後に走馬燈のように記憶が流れる。…浮かんだ思いはただ1つ。ただ、幽々子様に謝りたかった、と。


(幽々子様…ごめんなさい―――)


 そして、妖夢は諦めのままに瞳を閉じようとした。





「――させる、かぁぁああ!!」





 しかし妖夢の瞳は閉じられなかった。”妖夢”の刀の持ちてに向けて膝蹴りを繰り出し、妖夢を貫こうとした刀の軌道を逸らしたのは間違いなく―――霊夢だった。
 そのまま霊夢はスペルカードを発動する。霊夢の十八番である”夢想封印”が”妖夢”へと叩きつけられ、妖夢が態勢を崩す。そこにだめ押しの”鬼神陰陽球”の追撃が決まり、”妖夢”は吹き飛ばされる。
 ”妖夢”を吹き飛ばした霊夢はそのまま地に足をつけ、僅かに屈むようにして着地する。妖夢はそんな霊夢を呆然と見つめながら、その場にへたり込んでしまう。


「霊夢、さん?」
「軟弱者ってのには同意するけどね。――妖夢、あんたは死んでも良い存在じゃないわよ。アレがアンタの一部なんだとしても、それが全てじゃないでしょうが」


 膝をついた妖夢を護るように霊夢が前に出て”妖夢”の前に立ち塞がる。


「魔理沙ん時もそうだったけど…妖夢!」
「ひっ!?」
「良いのよ。駄目な所が1つや2つぐらいあって。人が斬りたい? んなもんあんた剣士なんだからそういうのもあるんじゃないの? 強くなりたいってのも、間違ってないじゃないの。ただそれが歪んだのは、それを抑え付けてるからでしょ? そうなりたくなかったから抑え付けてたんでしょ?」
「……霊夢さん…」
「でも気づいたなら見ない振りはもう出来ないわ。…なら、どうすんのよ? どうしたいのよ? アンタは」


 霊夢の問いかけに妖夢ははっ、とした表情で霊夢を見上げた。霊夢はただ静かに妖夢を見せる。が、すぐに視線は”妖夢”へと向けられる。


「…本当に気に入らないわね。あぁ、気に入らない…! こんな形で急に突きつけて…誰かを傷つけて、自分も傷つくようなこんな馬鹿げた異変…本当に頭来るわ」


 だから、と。静かにそう告げる霊夢の背後に浮かび上がるのはペルソナだ。だが、そこに現れたのはアラハバキではない。


「こんなの…ここの流儀じゃないのよ。だから私は認めない…認めてなんかやるもんか。だから…潰せ、オベロンッ!!」


 それは蝶の羽根を持つ男性だった。魔理沙との絆によって生まれた”皇帝”のペルソナ。それは確かに霊夢の力となってここに顕現した。
 オベロンはその手に持った剣で”妖夢”へと向かっていく。オベロンと”妖夢”は激しく斬り合い、互いの体に傷をつけていく。そしてそのまま鍔迫り合いへとオベロンが持ち込んでいく。


「オベロンッ!! ”ジオ”ッ!!」


 その状態で霊夢は雷撃を放った。自身にもダメージが着ているが構わない。その気迫は並ならぬものだ。その姿を見て妖夢は思う。
 霊夢の強さは認めているつもりだった。だが、普段の霊夢の姿もあったのかどうにも尊敬するなどの念は覚えなかったが、今の霊夢の姿に妖夢は敬意を抱かざるを得なかった。
 彼女は幻想郷の巫女。幻想郷を護る巫女。それは彼女にとってのただの使命ではない。彼女に改めて問えば、知らない、等といってはぐらかされるだろうが、確かに妖夢は感じ取ったのだ。霊夢が抱く幻想郷への思いを。
 あぁ、憧れざるを得ないじゃないか。そんな風に護りたいと思うもの為に胸を張って脅威に挑むその姿に。…自分もそうなれればいいな、と思うぐらいに。


(…強くなりたい…そうだ。私が強くなりたいのは…!)


 はじき飛ばされた刀の下へと妖夢は走る。


(教えがあった。強くなれる為の教えがあった…! そしてそれを護りたい者に使いたかったから! あの人を…幽々子様を護れるだけ強くなりたかったから!!)


 だから幽々子様より強くなりたかった。お祖父様よりも強くなりたかった。誰よりも強く。そう、その全ては―――護る為に。


(確かに強くなりたい。だから斬りたいのかもしれない。―――でも、ただ斬りたいんじゃない。戦いから教えてくれるんだ。その人も思いも、強さも。これが、斬ればわかるという事…!)


 きっと、そうなのだと強く思うから。正解じゃなくて良い。―――ただそれでも、信じると決めたなら。それが真実だと思えるのなら。


「私は、その上でもう見失わない…! 絶対に、だからッ!!」


 刀を手に取る。そして、感じ取った。それは奇しくも魔理沙の時と同じように。妖夢の掌に浮かぶのはタロットカード。
 ”妖夢”と対峙していた霊夢が、ふと、妖夢へと視線を送った。そしてどこか困ったような、どこか責めるようなそんな顔を浮かべた。そして、妖夢と”妖夢”の間から飛び退いた。
 あぁ、本当に彼女は凄い。どうしてあんなに強いんだろう。これが全部終わったら色々と聞いてみよう。守護者として言うのならばきっと彼女の方がきっと何倍も上なんだろうから。だから―――。


「今こそ、私に全てを断つ力を…―――ッ!!」


 そして妖夢はタロットカードを斬り捨てた。瞬間、妖夢の背後に何かが出で現れる。
 それは仮面をつけた青年だった。正に侍と言うべき姿の仮面をつけた青年は両手に二本の刀を振りかざし、妖夢と共に駆けだした。
 妖夢の接近に気づいたのか”妖夢”が妖夢と青年を撃退する為に構えを取る。だが、今は恐ろしくない。むしろ”知る”が故に何をすれば良いのか妖夢は悟っていた。だからこそ最低限の動きで”妖夢”の振り抜いた刀を交わし、懐へと飛び込む。


「斬り捨て―――ご免ッ!! ”スラッシュ”ッ!!」


 妖夢と青年が交差させるかのように刀を振り抜いた。その一撃は”妖夢”を両断し、”妖夢”であった影はゆっくりとその姿を消していく。
 その消えていく姿を眼にしながら、妖夢は荒く肩で息を吐き出しながら見下ろす。そして一度息を吸い、確かな意志と共に告げた。


「…お前は私だ。けど間違った私だ。――だから、ここで正す。私の力はただ斬る為じゃない。斬るべき者を斬る為の力だ」


 受け入れた上での否定。その言葉を最後に”妖夢”の崩壊は早まっていき、その姿は跡形もなく消えていった。そして妖夢は自らの背後に佇む青年を見た。


「…ジュウベエ…」


 名を呼ばれた青年、妖夢のペルソナ、”ジュウベエ”は小さく頷くと共にその姿を消していった。そして妖夢の手の中に残ったのは”戦車”を示すタロットカード。それを妖夢は感慨深げに見つめる。


「…お疲れ。妖夢」


 そこに霊夢が寄ってくる。僅かに足下がふらついていて明らかに疲労しているのが見える。先程、貫かれた肩の事もある。霊夢のダメージは並のものじゃないだろう。それを心配して妖夢が心配げに声をかける。


「…霊夢さん、大丈夫ですか!?」
「……ちょい、もう無理」


 それが本当に限界だったのか、霊夢は妖夢へと倒れ込むようにふらつき、妖夢が慌ててそれを受け止めた。”妖夢”と対峙したのが本当に最後の気力だったのだろう。そのまま霊夢は襲い来る眠気に堪える事が出来ず、そのまま意識を闇に落とすのであった。





 * * *





霊夢コミュニティ現状

”愚者”
異変の調停者達
Rank:1

”皇帝”
霧雨魔理沙
Rank:1

”刑死者”
東風谷早苗
Rank:1 
   



[30253] Act.07 対策
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/10/31 11:20
 瞼が重い。
 開くのも億劫な瞼を開く。余程疲れているのだろう。…はて?
 何でこんなに疲れているのだろうか? と考える。まだ頭が働いていないのか思考がぼやけたままだ。


「――お目覚め、かしら?」


 …誰だっけ? 聞き覚えある声だ。その声の主を思い出せば自然と口は名を呼んでいた。


「…永琳?」
「…意識ははっきりしてそうね。どうかしら? 体の調子は」
「………ぁー。怠い」
「そう」


 そのままの感想を告げると永琳は手元に持っていたボードに、正確に言えばボードに貼られている紙だろうが、何かを記し始める。それをどこかぼんやりと眺めながらどうして永琳がいるのかを考え――全てを思い出した。


「……ここ、永遠亭?」
「そうよ」
「…他の連中は?」
「貴方ほど重傷ではないわ。あぁ、魔理沙も同じ力に目覚めたって言うもんだからこっちに呼び出したわよ。全員揃って診断したわ」
「…そう…」
「起きられる?」
「…起きるわ。皆は?」
「そう。ならここで休んでなさい。ここに連れてくるわ。…貴方が一番消耗してるのよ? 付け替えられるのが原因なのか、それとも受けた傷が一番酷かったのかは定かではないけれどね。ちょっと待ってなさい」


 告げるだけ告げれば永琳は病室を後にした。永琳が去っていく足音を聞きながら私は布団の中から手を出して、天井に翳すように掲げた。
 不意に、手の中にタロットカードが現れる。そのタロットカードは自分を示す”愚者”の絵柄。けれどくるり、とタロットカードが回転するとその絵柄が”皇帝”の絵柄へと変わる。
 手品などではなく、カードが変化したのを確認した私はふぅ、と吐息を吐いて前髪を掻き上げた。





 * * *





 霊夢が目を覚ました、と聞いて永琳に次いで病室に入ってきたのは妖夢だった。切羽詰まった様子で布団の上で上半身だけ起こした霊夢に飛びつかんばかりの勢いで迫ったのだ。


「霊夢さん! もう大丈夫なんですか!?」
「近い。鬱陶しい」


 霊夢が心底鬱陶しそうな表情で妖夢の額に手刀を叩き込む。それに妖夢は「みょんっ!?」と小さな悲鳴を上げて額を抑えて唸っている。次いで入ってきた早苗は苦笑を浮かべ、魔理沙はけらけらと笑っている。


「おう、霊夢。もう大丈夫か?」
「すっごい怠い」
「よし。なら元気だな」
「どこが元気に見えるのよ?」
「いつものお前だからだ。なら元気だろ。怠いのはいつのも事だろ?」
「人が年中怠い怠い言ってると思ってんの?」
「おっと、そうとは、言ってないぜ?」


 霊夢が魔理沙を睨み付けるも、魔理沙はどこ吹く風だ。からかうような口調に霊夢は眉を寄せている。そんな二人の間に割って入ったのは早苗だった。


「はいはい。そこまでにしましょう。…霊夢さん、まだ完全には休みきれてないでしょう? でも状況を確認しないと、って思ってるから無理してませんか?」
「……」
「無言は肯定と取りますからね。…それじゃ、永琳さんお願いします」
「えぇ。それじゃあ色々と長くはなるけれど話をしましょうか」


 魔理沙を諫めつつ、霊夢にも気遣うように声をかける早苗。そして早苗が魔理沙を押しながら一歩退き、代わりに永琳が前に出る。


「まずは…何から聞きたい?」
「…冥界はどうなったのよ?」
「その報告は私からしましょう。霊夢」
「…映姫…?」


 病室へと足を新たに足を踏み入れてきたのは映姫だった。映姫はいつもの表情よりも険しい表情を浮かべていて、その顔にはやや疲れが見えていた。


「ちなみに、貴方をここまで運んできたのは閻魔様とここにはいない死神よ」
「…そうなの?」
「正確には小町だけです。私は事態の詳細を伺う為に同行したに過ぎません。…冥界は霧に満ちています。報告を受けましたが、妖夢が形成した世界が未だに残っています。そこにシャドウが住み着き、霧の向こうから出てくる等の報告は現状報告されていません」
「…私がここに担ぎ込まれてから何日経った?」
「丸1日ですね。今は小町が霧の外側から警戒をして貰っています。霧は冥界から出る気配がないですね」
「…今の所、直接幻想郷に被害が出るような事はない、と?」
「今の所は、ですが」


 そっか、と霊夢は息を吐き出す。目を閉じ、額にかかる前髪を掻き上げるように持ち上げ、再度、重たく息を吐き出す。


「…それと幽々子は?」
「…幽々子様は…まだ意識が戻っていません。峠は越えましたが…」
「そう。……映姫。貴方がここに直接来ているという事は彼岸の機能は?」
「冥界が機能不全になった影響で大混乱です。だからこそ、現状を把握しに来たのです。冥界は隔離。しかし霧事態の浸食がいつ始まるのかも定かでない現状、死者の魂達を裁くのも不可能。問答無用で地獄に送る訳にもいきませんからね。かといって天界は飽和状態ですしね」
「そもそもそれで冥界が圧迫されたってのもあるんでしょう? …なら、行き所のない死者が増える。それが転じてシャドウになる。…最悪の悪循環が思い浮かんだわね」
「最悪ですよ。…解決しろ、と上からも命令が下りました、現状では私や小町では直接的な解決は出来ない…そもそも私たちの存在は本来では彼岸の存在。小町はともかく、私までここに長期滞在するのは良くない。…かといって今の彼岸は機能停止していますし…」


 頭を抱える映姫。事の深刻さは最早今までの異変の比ではない事を悟り、誰もが表情を厳しいものへ変えている。


「今は彼岸はどうしているの?」
「対策として他の閻魔に裁きをしてもらって振り分けて貰っていますが、そもそも受け入れ先が困っているのは他の閻魔達とて同じなのです。幻想郷の外では医療技術の発展もあって尚の事です。人口そのものが増えてしまったから受け入れ先の拡大も財政難から苦しくて…」
「早期解決が必要、とせっつかれてる訳ね? …けど、現状打つ手無しよ。犯人の目的どころか、犯人がアメノサギリかイザナミかもしれないっていう段階だしね」
「…そうですか…」
「…けど何も出来ない事じゃない。…早苗」
「…雛に協力を頼めないかしら? 在る意味、この異変も厄が関わる事。人に降りかかる事そのものは防げなくても発生そのものを関知・回避は出来るかもしれないわ。後、天狗。彼奴等に記事をこちらと協議した上でこの異変に対する対策を里に広めて貰うってのは?」
「…それは確かに悪くないですけど、雛さんも協力して貰えるでしょうけど、山から下りてきて貰うつもりですか? 天狗だったら文さんがいるからまだ大丈夫な気もしますけど、雛さんは…」
「…でも、関わって貰うわ。嫌でもね。最悪、アイツの厄は私が禊ぐわ」
「禊ぐって…そんな無茶なッ! 雛さんの厄は可視化出来る程の濃度なんですよ!? そんな量を禊ぐなんて、正気じゃない!」
「無茶じゃないわよ。…今の私には”ペルソナ”があるわよ。アンタが”タケミナカタ”を召喚出来るように私にだって出来る筈。…私はペルソナを付け替えられるしね。だから雛に会って見るわ。可能性はゼロじゃないならやるべきよ」
「あ…そっか。霊夢さんも先輩と同じだから…」
「その為には雛と会う必要があるわね。天狗…まぁ、文か。文に頼むのにも直接彼奴等に会った方が良いだろうし。…それと永琳?」
「何かしら?」
「外の世界には、カウンセラー、という言葉があるというのを聞いた事があるんだけど、永琳、それについて知ってる?」
「精神のケア、ね。…成る程。シャドウとは心より出でるもの。その発生そのものを防ごう、って腹ね?」


 永琳の言葉に対し、霊夢は頷きを見せる。


「原因の排除は出来なくても対処ならある。今はそれをやるしか私たちには出来ない。だからこそ頼みたい。…これは博麗の巫女としての要請でもあるわ」
「…成る程」


 博麗の巫女の要請。
 幻想郷を維持する為に守護と結界の維持を担当する博麗の巫女直々の要請は多くの意味を孕む。今までほぼ前例がないまでの要請に永琳は小さく頷いた。


「…博麗の巫女としての要請なら断る訳にはいかないわね。追い出される訳にはいかないから」
「今の私に追い出す権限は無いわよ。けど、古の取り決めでもあるわ」
「……やはり、貴方はそこまで予測しているのね。だからこそ手が今は無いことを悟っている」
「…? どういう事だ?」


 魔理沙と妖夢、そして早苗が霊夢と永琳の会話の意味を捉えられず首を傾げている。それに永琳は霊夢へと視線を送る。まるで何かを確認するかのようにだ。
 それに対し、霊夢は永琳に頷きを返す。その霊夢の頷きを見れば永琳は一度瞳を閉じ、息を整えるように吐き出した後、訳が掴めていない面々の顔を見渡した。


「博麗の巫女は幻想郷の維持と守護を担う者。けれど巫女が幻想郷の事柄に対して全てを決めている訳ではない。言うなれば「人間側」ね」
「人間側…って」
「人間が決めた法に妖怪が従う義理はない。だからこそ、守護者と管理者は博麗のみならず。その役目を担う者こそ…」
「…紫だよな? そういや、アイツ異変が起こってるって言うのに何で出てこないんだ?」
「出てこれない、のだとしたら? …いいえ。そもそも…この異変が起きているのは…――」
「―――まさか、そんな」


 永琳の言葉に魔理沙が首を傾げる。脳裏に浮かぶのはあの胡散臭い女性の姿だ。そして疑問を抱く魔理沙の隣で妖夢と早苗が同時に顔を青ざめさせた。それに僅かに遅れるように魔理沙もはっ、とした表情で霊夢を見た。


「…おい、霊夢。お前、まさか紫は…」
「…さぁ? 結界が消えた様子は無さそうだから生きてるみたいだけど…ただ生きているだけなのか、それとも…アイツ自身が首謀者なのか、どっちかだけどね」
「そんなっ!! 紫さんがこの異変を起こしてるって…そんな事ある筈が!!」


 早苗が信じられない、と言うように叫ぶ。妖夢も同感だ、と言うように霊夢を細い目で見据えている。


「紫とて妖怪よ? …それも、”境界”を操る妖怪。…早苗、下手したら世界を滅ぼす事が出来る神と紫、どっちが今、力を持っているのかわかるでしょう?」
「…紫さんが…抑えられている、もしくは操られている?」
「…可能性はゼロじゃない」
「そして故に有事こそ、博麗の巫女こそが幻想郷の権利を担う事になる。妖怪を抑えられる力を持ち、人々の守護者の象徴である霊夢こそがね」
「…そしてそこから推測出来る事がある。今日明日、幻想郷が滅びる事はない。…緩やかな滅びはあったとしてもね。そして犯人の目的が不明だけど今すぐ幻想郷を滅ぼす事ではない事は確か。それが今の状況を示しているわ。滅ぼすなら滅ぼす術がある。幻想郷はそれだけバランスだけ見ればそれだけ綱渡りな世界なんだから。けれど実際起きているのはまるで”心の影”があるものを狙ったように霧が発生して霧の中に異世界とシャドウを生み出しているだけ…これが私たちの足掻きようを趣味趣向として楽しんでいるのか、それとも何か別の目的があるのかはわからないけれど」
「…状況は厳しい。諦めるな、って事か」
「その為に今、出来る事をしろ、と」
「そしてそれをやる為には…」
「幻想郷の意志を統一する必要があるわ。……だからこそ、皆にも改めて助力を頼みたい。博麗の巫女として。この世界を護る為に。…そして、私個人からも、貴方達に力を貸して欲しい」


 霊夢は真っ直ぐにそこにいる面々を見渡して言葉を紡ぐ。それに対し、皆は一度何かを思うように視線を伏せるが、すぐに顔をあげて頷いた。


「やるぜ。幻想郷が滅ぶなんて認められないしな」
「ここは、私たちの住む世界ですから。私が選んだ世界です」
「だからこそ私たちが護る。私たちの手で」


 …不意に、”ペルソナ”の声が響く…。


”我は汝…汝は我…。
 汝、絆に新たな力を紡いだり…。
 汝、新たに「愚者」の力を行使するとき、我等、新たな力の加護を汝に与えん…”


 魔理沙が、早苗が、妖夢が、各々の思いを口にする。その言葉を受けた霊夢は胸に沸き上がる暖かな力を感じた。そっと胸を撫でるように霊夢は吐息する。


「勿論私たちも協力するわよ。ここに住む者として。それに患者を治すのが私たちの仕事だしね」
「私もです。…私は正確には幻想郷の住人ではありませんが、この世界に関わり、共に歩む者です。協力は惜しみません」
「…そう。ありがとう」


 思いの力を確かめるようにそっと胸を撫でながら霊夢は僅かに微笑みを浮かべた。





 * * * 





 本格的な活動は明日から。今日は1日ゆっくり休む事。
 その条件を出された霊夢は眠っていた。だが、目を覚ましたのは月が浮かぶ夜の時間だった。


「…変に寝過ぎたわね…さて。どうしたものかしら」


 軽くぼやけたままの頭を掻きながら霊夢は病室を後にした。もう身体の調子は良い。問題なく動くし疲労は感じない。精々寝過ぎた所為で身体が多少鈍っているくらいだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると縁側に誰かが座っているのが見えた。縁側に座っている影は霊夢に気づいたのか、霊夢へと振り返った。


「あら。霊夢じゃない」
「輝夜。何してるのよ?」
「んー? あれ」


 つい、と輝夜が指を向けた先。その先には誰かがいる。月光の光を反射させる刃、それを振り抜く一人の少女がいる。それは妖夢だ。額に汗が浮かび、息が荒くなるまで型の稽古だろうか。一人、熱心に刀を振っている。


「…いつからやってんのよ。あれ」
「さぁ? 気づいたらやってたわよ。で、ぼー、としてたらずっとね」
「…どれくらい?」
「さぁ? でも、退屈になるぐらいには見てるわね」


 ふぁ、と欠伸をしながら輝夜はゆっくりと起き上がった。そして霊夢とすれ違うように歩いていく。


「…ありがとう。輝夜」
「…別に。感謝されるような事なんかしてないわよ。ただ暇つぶしに見てただけ」


 ひらり、と手を振って輝夜は去っていく。…きっと妖夢を見ていてくれていたのだろう。けれど輝夜と妖夢の接点は少ない。そして妖夢は今、幽々子を傷つけ、更には冥界の異変の主な原因となっている。
 …あの妖夢がどんな思いをするのか、考えるのは容易い。彼女は本当にわかりやすい性格をしているのだから。だから輝夜は見ていてくれていたのだろう。彼女を見ている為に。
 そして自分が来たから彼女は去った。…ありがたい事だ。確かに彼女を止めるのならば自分が良いだろう。そしてきっと自分がしなきゃいけない、と霊夢は思いながら庭へと下り、妖夢の下へと向かった。


「…妖夢」
「――は、ぁっ…? …霊夢さん…」


 荒い息を吐き出し、妖夢は汗を拭いながら霊夢に気づいたように視線をあげる。本当に一体どれだけ稽古を続けていたのか、霊夢はやや眉を寄せて妖夢を睨んだ。
 何かを言いかけるように口にしかけ、しかし、それは言葉にならない。もごもごと口を動かす事しか出来ず、霊夢は視線を逸らしてしまった。


「……すいません。心配、かけましたね」


 霊夢の仕草に妖夢は何かを悟ったように表情を暗くさせて呟いた。鞘へ刀を戻し、霊夢に縁側に戻るように促し、妖夢も縁側へと座る。霊夢もそれに合わせて妖夢の隣に座るが、妖夢に視線を向けられず空を仰いだ。


「……落ち着いてられなくて」
「……」
「…あんな自分もいるんだ、って。わかって、認めてしまったから、余計に怖くなって。でも、これしか無くて。…これが私だから。これが無いと、ダメになる。何をしていいかわからなくなる」


 そっと鞘に収めた刀を握りしめながら妖夢は告げる。言葉を絞り出すように、荒れる胸を押さえつけるように。


「…何のために斬るのか。それが見えたのに。それが、わかったのは…本当に、遅くて…どうして、もっと、もっと、早く…気づけなかったのかって…」


 声が、震えていた。


「…一人でいると、怖いんです。でも誰かといるのも嫌で、でも、そうしていると顔が見たくなって…名前を…呼んで…欲しくて…っ…!」
「…妖夢」
「…ぁ…っ…! 泣いちゃ…ダメ、なのに…っ…! 自分の所為なのに…っ…! でも、どうして、いいか、わかん…なくて…っ!」


 歯を噛みしめて、刀を握った手を額に押し当てるように小突く。震える手が額を擦り、そのまま服の袖で涙を拭う。
 幽々子への罪悪感。自身の内に秘めていた危険性。突きつけられたもの、気づくのには遅く、傷つけたものは遙かに大きい。…そして妖夢の性格だ。気にしていた筈だ。そしてそれに拍車をかけたのは…きっと状況であり、でも自分なのだろう、と霊夢は思う。


「…そうね。泣いてる暇は無いわ。妖夢」
「…は、い…っ」
「だから、さっさと全部吐き出しなさい」


 無理に妖夢の頭を手で掴み、自分の胸に抱き寄せる。突然の事に妖夢は目を白黒とさせ、霊夢から離れようとするも霊夢がそれを許さず、妖夢を胸に押し当てる。


「…足を止めてしまうぐらいなら、いっそ泣きなさい。全部吐き出して、それで軽くなって歩いていけば良い。悲しみも、情けなさも、何もかも捨てて良いのよ。それが足を止めるなら。だから、泣け」
「…霊夢、さん」
「アンタは強くなんかない。…それは力の強さじゃない。どれだけ力を持っててもそれが強さとは限らないんだから。だから、今のアンタは弱い。それじゃ困るんだから。だから、良いわ。胸も貸してあげる。わかってあげるわ。話を聞いてあげる。だから…頑張りなさい」


 時間はない。妖夢には立ち直って貰わなきゃいけない。自分の不甲斐なさ故に起こしてしまった事でも飲み込んで貰わなければならない。幻想郷の為にも。…それがきっと妖夢の為になると信じている。
 今の彼女は不安定だ。いつ、また折れてしまうかわからない。痛みを知って、自己を知ってしまった彼女はいつか自滅の道を辿ってしまうかもしれない。そうはさせられないし、したくもない。
 …だから、卑怯な言葉でも良い。今、彼女には立って貰わなきゃいけないんだから。


「じゃないと、幽々子が悲しむわ」
「…っ…ぅ…っ…ぁ…!」
「幽々子の為にも…戦って。妖夢」
「―――ッ、わぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 きっとこの言葉は、最も過酷で、最も甘美な言葉だろう。
 言葉の残酷さに霊夢は自身に反吐さえ覚えた。声をあげて泣き声をあげる妖夢に対し、霊夢はただその髪を梳くように撫でながら静かに音がならないように歯を噛みしめた。
 その胸に灯る力を感じながらも、これで良いのかを問い続けながら。答えは出ないと知りながらも己に問いながら霊夢はただ、ただ静かに妖夢を慰め続けた。





”我は汝…汝は我…。
 汝、新たなる絆を見出したり…。
 絆は即ち、まことを知る一歩なり…。
 汝、“戦車”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん…”





 * * *





霊夢コミュニティ現状

”愚者”
異変の調停者達
Rank:2

”皇帝”
霧雨魔理沙
Rank:1

”戦車”
魂魄妖夢
Rank:1

”刑死者”
東風谷早苗
Rank:1



[30253] Act.08 疑念
Name: 愚者のタロットカード◆e716780a ID:45b05c2c
Date: 2011/11/02 15:39
 朝、永遠亭の門の前では支度を調えた霊夢が身体の調子を確かめるように手足を伸ばしている。特に不調に感じる事はなく、問題ない事を確認する。


「霊夢。身体の調子大丈夫?」


 後ろからかけられた声に霊夢は振り返る。そこにはやたらと大荷物を抱えた人影がある。その容姿は長い紫色の髪に頭部につけられた兎耳に黒のブレザーに白のプリッツスカートに兎の尻尾。
永遠亭に住まう月の兎、鈴仙・優曇華・イナバだ。永琳の弟子でもある彼女は、よいしょ、と声を出しながら荷物を下ろす。ふぅ、と吐息を零しながら手の汚れを払うように手を打ち合わせて払う。


「鈴仙。…どうしたのよ? その大荷物」
「師匠の命令。…今度の異変で永遠亭で手当をするにはロスが存在するから拠点を一時的に人里に移すのよ。その為の下準備」
「場所はどうするつもりよ?」
「それは稗田の家に頼もうと思っています」
「映姫」


 鈴仙の後ろから顔を出したのは映姫だった。


「稗田の屋敷は大きいですし、とりあえず間借りさせてもらうつもりです。それに人里は幻想郷の維持においても重要な場所ですし、なにより中心ですしね。ですからやはりあそこが活動の拠点地となるでしょう」
「それはそうね。…じゃあ、一度映姫と鈴仙を人里に送ってからにするべきか」
「? どっか行くつもりなの?」
「一度神社に戻ろうと思ってね。装備の補充、とりあえず神社に貯蓄してるのを出してしまおうと思って。後は神社を開けるつもりだから結界を強化しておくわ」
「その後、私の家を経由してから山の方へ行くつもりだぜ」


 話しに混ざったのは魔理沙だった。魔理沙の後ろには早苗と妖夢がいる。どうやらこれで移動する面々は全員揃ったようだ。霊夢はそれを確認して、ぱん、と軽く手を鳴らし、自分に注目を集める。


「んじゃ。行くわよ」





 * * *





 人里への道中に特に問題は無かった。人里近辺まで鈴仙と映姫を送り届けた後、霊夢達はまず博麗神社を訪れる。
 博麗神社に戻った霊夢は結界を強化し、いつでも家を空けられるように準備を整える。その間に早苗達は神社の居間で休む事にした。各々、時間を潰していると霊夢が戻ってくる。


「待たせたわね」
「随分かかったな」
「ちょっとね。蔵の中で昔作った札をどこに仕舞ったのかわかんなくなっちゃって…。おかげで埃まみれよ。昔の武芸書とかごろごろ出てくるし」
「武芸書? なんで神社にそんなものが?」
「博麗の巫女は妖怪に対抗する為に結構色んな武芸の書物も残してるのよ。まぁ、昔の役柄なんでしょうけどね。博麗の巫女だけじゃないにしても、やっぱり博麗の巫女が中心だからその関係でここに集められたんでしょうけど」


 霊夢の言葉に早苗も確かに、と納得するように頷いている。同じく妖夢も得心がいったように頷いている。その言葉に魔理沙が何かを考え込むように顎を手を当てて何かを考え出す。
 そんな魔理沙をよそに霊夢はそうだ、と声を出して早苗を見た。早苗はそんな霊夢に首を傾げて霊夢を見返す。


「早苗、早苗の持ってた眼鏡ってスペアとかないの? あれば助かるんだけど…」
「うーん…私もよくわからないんですよね。あれ。とりあえず一度にとりさんに預けようかと思ってますけど。妖怪の山に行ったついでに」
「にとりなら何かわかるかもね。スペアが出来れば御の字だし」


 そうですね、と早苗が返す。霊夢は改めて装備を確認し、不備がないかどうかを確かめる。すると何かを考え込んでいた魔理沙が不意に顔をあげて、霊夢、と呼ぶ。


「頼みがある」
「? 何よ、改まって」
「その武芸の書物、何点か借りて良いか? 後、出来れば実戦に使えそうな術とか記したものとか、そういうのもあればそれも借りたいんだが」
「…え? 別に良いけど…。急にどうしたのよ?」
「私の魔法はまだ発展途上だ。正直、完全に実戦用として使うなら全然洗練されてないんだ。私の魔法の前提は弾幕ごっこでもあったしな。けどこれは遊びじゃない。だったら遊びが入っていない”技術”を私は手に入れたいんだ。…純粋な魔法だったら私はパチュリーには勝てないし、魔力の運用とか操作ならアリスが上手いしな。私は確かに力をひねり出すのは得意だがそれだけだ。そこからの技術がまだまだ足りない。結局力押しだからな。だから先人達の、それも人間が築き上げた技術を学びたい。そのまま転用出来なくても私なりにアレンジを加えればいいしな」


 魔理沙にはパチュリーほどの魔力や知識も無ければ、アリスのようなセンスがある訳ではない。魔理沙が魔法使いとして不出来、と言う訳ではないが、それでも魔法使いとして彼女たちに比べれば日の浅い魔理沙では見劣りする事は多いだろう。
 弾幕ごっこであればそのパワーから上位に食い込む事は出来るが、実戦となればパチュリーもアリスも戦い方を変えるだろう。二人には余裕があるのだ。それぞれ未だ、奥の手は残しているだろうと魔理沙は考える。
 それが力一辺倒である魔理沙と二人の差だ。魔理沙もその差を埋めるべく数々の研究を行っている。それを続けていけばいつかは実るのかもしれないが、今は時間がない。自身が”魔法使い”である事に拘ってはいられない、と思う故の申し出だった。


「わかったわ。じゃあ、片付けてくれるなら好きに見て良いわ。特に危険なものは置いてないから」
「わかったぜ。…じゃあ、悪いがもうちょっと時間を貰うぜ。ありがとうな。霊夢」
「気にしないで良いわよ。それにちょっと片付けてくれるならこっちも嬉しいしね」
「見物料がてら、少しぐらい掃除してやるよ」


 魔理沙は霊夢の返答に、にっ、と笑みを浮かべて軽く霊夢の肩を叩いて通り過ぎる。その際に”ペルソナ”の声が響いた。


”我は汝…汝は我…。
 汝、絆に新たな力を紡いだり…。
 汝、新たに「皇帝」の力を行使するとき、我等、新たな力の加護を汝に与えん…”


 …どうやら魔理沙の感謝の気持ちが更なる絆へと変わったようだった。霊夢はそれに僅かに頬を緩める。これが魔理沙にも良い転機になってくれれば良いと。この異変に対しても、この後の彼女の人生においてもそう願わずにはいられない。
 蔵へと向かった魔理沙の背を見送り、その姿が見えなくなったのを確認して霊夢は居間へと入る。先に座っていた妖夢と早苗の対面に座るように腰を下ろしてから早苗と妖夢へと視線を移す。


「もうちょっと待っててあげましょう。…あいつなりに悩んでるみたいだし、ちょっと力になってあげたいし」
「別に構いませんよ」
「私もです。…けど、確かに魔理沙さんの悩みもわからない訳じゃないですね…。私も…」


 妖夢は拳を作りながら小さく呟きを零す。思うところがあるのは妖夢も同じなのだろう。それに霊夢はふむ、と小さく呟きを零す。


「…実戦経験を積むなら私が付き合うわよ? 妖夢」
「え?」
「まぁ、私も実際ここまで命のやりとりを経験する異変ってのは経験がないからね。やれる事は尽くしておきたいのよ。だから妖夢がもし稽古の相手必要だって言うなら私が相手するわよ?」
「…良いんですか?」
「こちらこそお願いしたいのよ。どうかしら?」
「霊夢さんが言ってくれるなら…是非お願いします」


 霊夢の申し出を妖夢は嬉しそうに笑みを浮かべて返す。…すると先程と同じく”ペルソナ”の声が響く。


”我は汝…汝は我…。
 汝、絆に新たな力を紡いだり…。
 汝、新たに「戦車」の力を行使するとき、我等、新たな力の加護を汝に与えん…”


 …妖夢は余程、この事に悩んでいるようだ。霊夢からすれば何でもない頼み事のように思えるが、魔理沙と同じように妖夢も”力”について悩んでいるのだろう。
 となると、魔理沙とは一度そういった術式の書物を読んだときに自分も何か意見してみるのも良いかもしれないな、と霊夢は思う。何にせよ、二人の悩みはシャドウを通じて理解している。


(…力になれれば良いわね)


 そこで霊夢はそう思う自分に気がついた。…昔は大して気にかけなかった事をかけている自分がいる事に。…そう思うとまるで力の為に魔理沙と妖夢と絆を結んでいるような気がして、思わずゾッ、とした。


「……霊夢さん?」
「……ごめん、ちょっと席を外すわ」


 早苗が心配げに声をかけるが、霊夢はすぐさま立ち上がってその場を後にした。背筋に寒気が走るのが止められない。一度過ぎった想像を振り切りたいが、頭に残ってしまう。思わず吐き気が込み上げてくる程だ。
 そのまま霊夢はただ適当にその場から逃げ去りたくて歩いていく。そしていつの間にか境内の前まで来てしまっていた。そこまで来て、自分は何をしているんだか、と思い、顔を手で覆うように抑えて左右に振る。
 そこで霊夢はふと、鳥居の横辺りに光る何かを見つけた。目を凝らしてみるとそれは扉だった。光を帯びた扉、それに霊夢は目を丸くする。すると懐から同じような光が漏れている事に気づき、霊夢は懐に手を伸ばす。


「…これ」


 霊夢の手の中で輝きを帯びているのはイゴールから手渡された鍵だ。あの扉と何か関係があるのか、と霊夢は鍵と扉を見比べる。そして僅かな逡巡の後、霊夢は胃を決して鳥居の横まで歩いていく。
 そして鍵を扉の方に向ける。すると鍵が浮かび上がり、扉の鍵穴へと差し込まれた。瞬間、霊夢の意識は現実より飛んだ。





 * * *





「…ようこそ。ベルベットルームへ。霊夢様」


 …気づけばあの船室の中だった。やはり対面にはイゴールが座っていて、同じようにマーガレットが座っている。あの扉はやはりこの空間に繋がっていたのだろう。


「あれがここの入り口、って訳ね」
「ここだけではありませんが。しかしご利用なされるのは貴方だけだ。他の人には”扉”の存在を認識する事はありません」
「…どうでも良いわ」
「結構。…それよりも、どうやら疑いをお持ちのようですな? 己が絆に」
「……」


 イゴールの言葉に霊夢は苛立ちを隠さずに眉を寄せ、睨み付けるように表情を変えた。今にも殴りかからん勢いの霊夢にイゴールとマーガレットもどこ吹く風、と言わんばかりに平然としている。


「確かに。絆を力に変えるのが貴方に目覚め、我等が手助けする力でございます。それが何らかの形で感じ取れる。それは疑心暗鬼を呼び起こすのもまた致し方ない。…霊夢様が築いたコミュは現在4つ。…1つは貴方自身を示す”愚者”、そして”皇帝”、”戦車”、”刑死者”でございますな」


 イゴールが掌を返し翳す。するとそこには愚者、皇帝、戦車、刑死者を示すタロットカードが浮かび、くるくると回りだす。


「貴方は彼女たちを己の力の為の糧、とするのに酷く嫌悪感をお持ちのようだ」
「………」
「正しい。それは実に正しい」
「…え?」
「それは貴方自身の成長の証です。完結せし楽園の素敵な巫女殿。貴方は自身のみで完結なさっていた。誰かに与えられた者も、与えられたが故にただ受け止め、当たり前としていた。しかし今の貴方は違う。誰に何を与えられ、何を得たのかを自覚し、故に感謝の念を抱き、情を抱き、思いを馳せている。…それこそ貴方の成長の証であり、それこそが貴方様の力でございます。霊夢殿」
「疑念がある絆に力は宿りません。互いに真摯に向き合う故にコミュはその力をもたらします。…疑うな、とは言いません。されど貴方が惑わされては絆もまた成長しない。ただそれが他人よりわかりやすくなった。されど、絆を作り上げる為にそれが何ら弊害を及ぼすものではありません」
「左様。それはあくまで結果だ。心を繋ぎ、互いに思い、思われ、繋がっていく絆こそが貴方の力だ。貴方がそれを可視出来ようとも、それに何の意味がございましょうか? …貴方自身が既に理解していらっしゃる筈だ。”力”の為に利用しているなど思いたくない”仲間”なのでしょう?」


 イゴールとマーガレットの言葉に霊夢は視線を俯かせた。片手で頭が痛い、と言うかのように顔を押さえる。だが、その頬が朱に染まっているのが見えるものだからマーガレットは微笑み、イゴールは小さく笑みを浮かべた。


「…さて、ではお時間のようです。またのお越しをお待ちしておりますよ。貴方が新たに生み出した力、その力を使いこなす事を望まれるその日まで…」
「それでは、ごきげんよう…」





 * * *





「――霊夢さん?」


 霊夢は僅かに身体を跳ねさせた。声をかけてきたのは早苗だった。早苗は不思議そうな顔で霊夢を見ている。


「どうしたんですか? こんな所でぼーっとして」
「え? …あ、いや、うん。ちょっと、ね」
「何やってるんだか…」


 早苗の隣には魔理沙がいる。袋を抱えている所を見ると物色は終わったようだった。その隣には妖夢がいて、霊夢を心配げに見つめている。


「ほら。行こうぜ。次は私の家に寄って妖怪の山だ」
「……えぇ。行きましょう」


 魔理沙の誘いの言葉に霊夢は僅かな間を置いて頷く。そして四人は空へと舞い上がる。先に行く魔理沙、早苗、妖夢の背を見ながら霊夢は思う。
 そして思い出すのはイゴールに告げられた言葉だ。彼の言葉が否定が出来ないが故に、どこかもどかしい感覚を覚える。…それが満たされていく感覚なのだと悟り、僅かに霊夢は唇を持ち上げた。





”我は汝…汝は我…。
 汝、絆に新たな力を紡いだり…。
 汝、新たに「愚者」の力を行使するとき、我等、新たな力の加護を汝に与えん…”





 * * *





霊夢コミュニティ現状

”愚者”
異変の調停者達
Rank:3

”皇帝”
霧雨魔理沙
Rank:2

”戦車”
魂魄妖夢
Rank:2

”刑死者”
東風谷早苗
Rank:1


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