微笑禅の会専用掲示板
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(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年11月 1日(火)23時55分52秒
返信・引用
私の父は63歳のときに私が最初の子供として生まれたので、本当に溺愛してくれた。殴られたことは一度もない。どういうわけか小6のときに従姉とお喋りしていたら、突然怒って腹を踏まれた。理由は全く分からない。
父の長兄は日露戦争のときに乃木の下手な戦術により戦死した。村で唯一の戦死者ということで、県知事をはじめ葬儀に出席し、墓は県道の横に慰霊碑のような形で作られた。
私の死んだ従姉の養子さんが、ずうっと那田家の墓を守ってくれているが、その慰霊碑を県道の拡張工事のときに山の上のほうに動かす(放棄する)というのでノイローゼになったが、何しろ戦後の公務員は戦死の重さが理解できない。結局は維持されたようだが。
私は昭和31年生まれなので、小学中学高校のときは高度成長の時代だったので当時の風景は良く覚えている。自営業者(商人)は、100万単位、1000万単位でお金を動かして、公務員は貧乏の代名詞。農家も豊かだった。公務員は徐々にお手盛りして、いつの間には町の貴族階級になり、生産しない、流通しない、ただ事務仕事をするだけの連中が高給取りになった。お手盛りで自分たちの給料を上げるのだから犯罪に等しい。それもほとんどコネで決まる。
だから私は昔から「役所の公務員を民営化しろ」と主張している。罰則はそのままにして、ドイツのようにボランティア精神のある人々を集め、給与を半分以下にすればよい。土曜営業、日曜半ドン、月曜は希望者は出勤、ということにすればどんなに便利だろう。銀行をはじめとする大企業も同じく。
私が微笑禅の会を作ったのは、そういうことも含めた世直し運動です。
(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月31日(月)17時58分20秒
返信・引用
私が大学院を終了して10年近く郷里に戻り、自然に塾が生まれたとき、「上手に教えればどんなに才能のない子供でも成績が上がる」と思い込んでいた。が、それは大間違いで、1を聞いて100を知る子もいれば、100を聞いて1も分からない子がいる、という現実に直面した。だいたいそういう出来ない子は、向上心がない、目つきが悪い、小動物をいじめる、等々共通点があった。
私はスパルタと同時に我慢強いので、切れると平気でビンタを張った。が、やめさせた生徒はいるが、やめた生徒はいなかった。現西予市野村中学のトップ10のうち8人が私の塾の生徒だった(一学年150人ほど)。
そのときに思ったことがある。結局は才能と向上心です。
そういえば同窓会に出てないな。私は高校時代、担任の教師をホームルームで批判しまくって、その教師を1週間登校拒否させたことがあります。
後日彼は校長になりました。「那田よ、あの時俺は本気で教師を辞めようと思った」と言われました。
新聞に「山の中の進学校」と紹介された高校です。
ま、疲れたので今日はこんなとこでおしまい。
(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月26日(水)14時26分2秒
返信・引用
私が大学院のときに英語を教わった野中先生は、朝起きて布団の中でボンヤリまどろんでいる時間が一番楽しい、と言われました。羨ましいなぁ、と思います。
眠っているときさえ悪夢に苦しむのに、ましてその時間は様々な苦痛の種が頭をよぎり、自分ひとりでは解決不可能なケースが多いので、なるべくすぐに起き上がりPCに向かいます。
見性してもその程度なの?と思われるでしょうが、痛いものは痛い。ただ、サッと逸らす技術を身につけているので、どうにか鬱にもならずもっているだけのことです。
なるべく体を休めて、お昼近くまで寝て(そうだまだご飯を食べていない)、食欲が出てくるのを待って、一つ一つ仕事を片付け、軽く晩酌をして・・・なるべくPCを消して、と思うのですが、こればかりは仕方ないですね。
文章を書くにしても、昔のように毛筆で書くと熟慮された内容のものになりますが、チャットをしたら分かりますが、一行ぐらいの短さでやり取りしていると思考に深みが出ませんね。でも中高生と話していると楽しいですよ。中年は6人も集まると3グループぐらいに分かれてそれぞれ別のテーマでチャットするから訳がわからなくなるけど、中高生はひとつの話題で長持ちします。ああ純粋だなぁ、と感動しますね。大半はナンパ小僧の集まりですが、中には実に感動する子供たちもいて、逆にアドバイスを受けるときもあります。男の子供を猫可愛がりすると、口を利かなかったり怒ったりするのは「はずい(恥ずかしい)」からだそうです。なるほどね。そんな感情、忘れていました。
また赤ちゃんのときに実の父親が死んで、母が再婚した相手に虐待を受け、離婚して母子家庭になった中学生が、「今は安定しているけど父親が欲しい」なんて書いてるとホロっとします。
(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月23日(日)19時12分28秒
返信・引用
今日は寒かったね。焼酎の野菜ジュース割を1杯飲んでやっと体がポカポカしてきました。
しかし、日本はもうだめかも。匿名の投稿者から、大企業まで次々と妨害してくるし、当然ヤクザも来た。が、法曹界を創価が抑えているのだから、結局どうにもならない。普通の人は鬱病か自殺でしょうね。矢野元公明党委員長が裁判で勝ったのは日本一の切れ者、といわれている弁護士に大金を積んだのと、高裁の裁判長が非常に立派な人だったから。歴史に残る名判決で、金の力、運の力ともに矢野に味方したのでしょう。
私の母は、昭和32年に入信したから、矢野や竹入と一緒に四国を開拓した創価の草分けです。でも純粋すぎるというか、役職は愛媛一ぐらい高かったのに、宗教で金儲けをする気がさらさらなかった。自宅を座談会の場所に提供して、毎日折伏、公明党の選挙応援ばかりしていました。確かにあの頃は、貧乏人と病人(当然、在日、ヤクザ、同和などが多い)ばかりで、「創価学会に入るほど私はオチブレてない」と言って拒む人が多かったそうです。そういうことをしてきたのだから、今更創価学会を批判せず、罪障消滅から、と私は言うのですが、確かに当時の戸田会長から池田になって、巧妙に教義が真逆になりましたからね。その巧妙ににすぐ気づいたから私は創価中学3年の夏、第一号の自主退学をしたわけです。そして愛媛の家に帰り、仏壇の偽曼荼羅を破って母を脱会させました(これも嘘だ、別のやましい理由があるはずだ、という馬鹿もいます。「必死なだ」のムーチョです。調べもせず全否定ですからね。いい度胸してます)。
昔の日本人は偉かった。が、今はどうだろう。「「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」と寺山は歌った。今の日本のために、私が命を捨てるとして、何をすればいいのだろうと思う。ちなみに、寺山の映画と文章を研究すればすぐに分かることだが、上の短歌は朝鮮人を褒めることと表裏一体になっているので、私は嫌いです。
近々、ネット会報の10月号を書かないとね。ではまた。
(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月19日(水)15時52分21秒
返信・引用
あれ、日曜日から更新していないね。
「必死なだ」の工作員が、那田が今日も激務だったと書いているが何もしていないじゃないか、と書いてたけど、自分の背丈に合わせて邪推するんだね、あるいは猛烈なライバル心。「見性体験記」も読んでいるそうだが、肝心なところをすっ飛ばして、悪口のねたを探している。これではお釈迦様でも救えません。
91才で認知症の母を介護しながら、一つ一つ不法な請求や八王子市役所との交渉を繰返して、ストレスの種が大分減ったところです。
以前私は「眠りながらでも丹田呼吸している」と書きましたが、本当です。私は飲んで寝るせいか、あるいは糖尿病から来る頻尿(正確には多尿)のせいか、寝ててもトイレに2~3回は目が覚めます。そのときに、こんな時間に何故目をさめるのか、尿意が分からないときが多いので膀胱に手を当てます。すると見事に丹田呼吸をしてますね。いまもそうです。ハアハアゼイゼイと肺呼吸をするようになるとダメですね。入院していたときはそうでしたから。ヘルパーさんに酔狂で「密息」を5分ほどやったらビックリしていました。自分でも分からないですけど、感覚的には皮膚呼吸、科学的には思い切り細い呼気をしているのでしょう。江戸時代の日本人は大抵この密息が出来たらしいです。
そうそう、私は父が63歳のときに生まれたので、父とお爺ちゃんの中間みたいな存在でした。戦前の名士だから今の人は知らないけれど地元に銅像が出来てもいいほど業績を残しています。それで私は不良なのに高校2年まで父の布団にもぐりこんで一緒に寝ました。それで夜中に目覚め、ふと寂しくなり、父親に声をかけるとすぐ返事がありました。母も不思議がっていましたが、あんな浅い眠りでどうして体が持つのでしょう。あくまでも私の推測ですが、父のお爺ちゃんは紀州和歌山の武士なので(武士ということは兵隊でいつ敵が襲ってくるか常に油断しない訓練をつんでいます)、「密眠」(私が勝手に名づけます)が身についていたのではないでしょうか? 浅い睡眠だけど疲労回復には十分な眠り方があったのでしょう。
催眠術など
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月16日(日)14時36分57秒
返信・引用
私は中学生のときに趣味のひとつとして催眠術にも凝っていた。歩いている友人に、「足が動かない」と声をかけると本当に足が止まって、手から前のめりに転んだりして、教員に注意されたこともある。洗脳は暴力、レイプ、ドラッグなど違法な方法で意識を変容するもの、オウム真理教が使っていた方法です。もっと巧妙なのは所謂マインドコントロールで例えば佐藤さんを取り囲む職場、自治体、交友関係が悪の連携を組んでいて、微笑みながら近づいて、彼らの利益になる行動をとれば過剰に褒めたり持ち上げたりする。反対の行動をとると交流を消すなどして、いわばソフトに時間をかけて意識を変容させます。
意識は氷山の一角で、無意識はその下の部分、とフロイトが言ったように、無意識の底まで正義感が浸透していないと、人間は簡単に別人になります。
皆さんもどうか工夫して、見性、大悟徹底、大死一番を体験して頂きたい。これが私の願いです。
そうそう、面白いサイトがありました。
http://www.youtube.com/watch?v=fcwG1f2fqMI
を見てください。私は全くこの催眠術にはかかりませんでした。もしこんな単純な方法でOKならテレビや新聞しか見ていない民衆の大半はすでに催眠術にかかっていることになりますね。
記憶と理解し実践すること
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月15日(土)17時02分5秒
返信・引用
私は子供のころから30代まで、とにかく風邪に弱かった。インフルエンザにしても一冬2種類が流行ったとしたら両方にかかる。2ヶ月に一度は風邪を引き、40度以上の熱が出て1週間は寝込んでいる。大学生のころ、「あなたみたいな病弱な人とは付き合えない」と言って去った、あるいは去ろうとした女性がいる。
ところが、大学院を出て郷里に帰ったとき、物凄く大事にしていた美形ネコが道路ではねられ死んでから、所謂ペットロスになり、内科でもらっていた睡眠薬(ハルシオン)が効かなくなった。それで隣町に出来た心療内科に行ったら、問診もろくにせずに「鬱病です」といわれた。プロになると表情を見ただけで、鬱なのか統合失調症なのか分かるらしい。それで2週間に一度、カウンセリングも受けることになった。それが4年続いた。
いろんな方法を試されたが、基本は「貴方は100点満点を取らないと自分を責めてしまう。50点でハナマルの合格点を出して自分をほめなさい」「え、50点ですか?せめて80点出ないと納得いきません」「だめです。50点です」という問答の繰り返しだった。それで、「先生、同じことの繰り返しだからカウンセリングを止めませんか?」といったら、「繰返すことが大事なんです。頭で分かっていることと体全体で理解し行動できることとは違います。本当に理解するまで何度もやりましょう」と言われた。
この人は名カウンセラーでしたね。4年ほど経って少しずつ分かってきた。対人恐怖症もあったが行動療法で治っていった。
それで、これが落ちですが、私の教え子や知り合いで、私が何か言うと「分かった、分かった。100回聞いた」と遮って、持論ばかり繰返す愚かな人間がいる。分かってないから繰返している、ということが分かっていない。私はそういう人間を教化するのが菩薩道と思っていましたが、時間の無駄なので縁を切ることにしました。ミカンもリンゴも摘果しないと優れた実が育ちません。1を聞いて100を知る人間もいれば、100回聞いても根本が分かっていない人物がいます。
前にも書きましたが、来るものは選び、去るものは追わず、です。
(無題)
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月15日(土)14時12分36秒
返信・引用
編集済
そういえば沢木興道師が「悟ろう、悟ろうとしたって、人より先に自分が悟ろうというなら偽者じゃ」「悟るときには一緒に全てが悟る」「何もかも一枚続きの悟りじゃないといけない」というようなことをやっていた。この人はテレビに出て脳波検査して、当時は素朴な機械だったでしょうが、私と同じ覚醒シータ波が出ましたね。高橋新吉などはそういうテレビに出て行く沢木師を罵倒していましたが。覚醒シータ派というのは、熟睡状態や女性がアクメに達して気絶しているときの脳波が、目覚めているのに出る、というもので、私の場合これと、ローアルファー波が同時に出て、測定器の限界を振り切ったので研究者が「生まれてはじめて見た」と言っていました。
それはともかく、日蓮正宗のある住職が、木や石ころにしたって上手に加工すれば、お曼荼羅、仏壇仏具になる。これが草木成仏だ、と解釈していました。沢木師の言っていることや私の体験とはズレていますが、これも分かりやすい喩えではある。
注意
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月14日(金)18時40分49秒
返信・引用
草木、というのは植物に限定したものではありません。石ころも、という意味です。
草木成仏
投稿者:
那田尚史
投稿日:2011年10月14日(金)17時02分51秒
返信・引用
これは一念三千にも関わっている日蓮教学で、もっとも難しいものの一つだろう。
人の心は仏にもなれば鬼にでもなる、というのなら分かる。が、心が無いと思われている草木でも成仏するというのだ。
直接解説するのは疲れるし、馬鹿らしいから、喩えをする。
ある地方ではマムシが現れると逃げるし、ある地方では女性でさえマムシが現れると大喜びする。さて何故でしょう。
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