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「節電アクション・サマータイムは健康に悪影響?」

 
   
井上:東日本大震災の原子力発電所の事故、停止の影響により、今年は「節電」の訴えをよく耳にしました。エアコンの設定温度を高めにしてクールビズを推奨したり、照明をLEDにしたり、サマータイム(夏の季節だけ標準時刻を進めて、日照時間を有効に使おうとする制度。昨今の日本の場合は、主に企業の始業時間を1時間ほど早くすることを指す)を導入したり休日を週末から週の真ん中に移動させた企業もありました。電力不足を乗り切るために個人や企業などがさまざまな行動をとったのですが、節電アクションは健康への悪影響はなかったのでしょうか。
   
岡野:節電アクションでエアコンの設定温度を上げるように言われています。私の研究室ではゼブラフィッシュという熱帯魚を飼育していますが、魚のいる水槽の水温を2度くらい変えるだけでも、魚の体調は著しく変化します。人間の場合だと、健康にはどのような影響を与えますか。
   
柴田:体温・室温などの温度も生活リズムと密接な関係があります。暑くても寒くても、不快を感じるくらいの温度設定の場合は新陳代謝に悪影響が出ます。
 いくらクールビズで薄着をしていても、暑いと思ったらエアコンを使った方がいいですね。睡眠時も適度な温度に設定するのなら悪いことではありません。睡眠するためには体温を下げる必要があり、暑いと寝苦しいと感じるのは自然なことです。暑いままだと睡眠不足になってしまいます。エアコンの設定温度など、人にとって調度いい気温というのは、人種や出身地、年齢や性別などその人によって変わります。みんながみんなこの温度が適温、というものはないのです。だから無理をしてエアコンを我慢するのではなく、各々の適した温度を保つことが健康上大切なことです。
   
井上:今年の夏は、サマータイムを実施している企業が増えていたようですね。それに伴い、寝不足を訴えるサラリーマンも増えていますね。サービス残業の時間が増えたりと、単純に早寝早起きをすれば解決するような問題ではないのは承知しているのですが、健康という観点ではどのような影響があるのでしょうか。
   
柴田:サマータイムは生活リズムを崩してしまいます。生活リズムを急に変えれば健康に悪いことはみなさんもご存知でしょう。
 サマータイムのために1時間早く会社に行くということは、元々早起きの人ではない限り、早起きを強要されるので、不規則な生活を送ることになってしまいます。一時間早くに会社に行かなければならないと言われても、急に一時間早く起きる生活に身体を合わせるのは困難で、睡眠に障害が生じたり精神にも悪影響が出ると言われています。不規則な生活はストレスも多く、様々な健康のリスクが伴うことは明白です。皆さんも経験があると思いますが、急に早く床に就くことはできても、早くには起きられませんよね。人の身体は平常時と異なる早起きが不向きに作られているからです。
 直接的な健康被害ではないのですが、サマータイムに関した報告で、事故、特に自動車事故が多発しています。これは、サマータイムで早く会社に行かなければならず、焦って運転ミスをしたからです。サマータイムの終了とともに、事故も減ったそうです。
   
岡野:いわゆるシフトワークのように、日によって起きる時間がずれてゆくというのは、かなり健康上問題が多いと言われていますね。むしろ、いつも早起きするとか、いつも寝坊するとか、その人に合ったリズムを保ちつづける方が、健康によいように思います。
   
柴田:これは、オープンキャンパスの講義でも話したサマータイムに対する提案なのですが、企業ごとに社員を一律で1時間早く出社させるのではなく、早起きできる人は1時間より早く出社させ、それ以外の人は逆にいつもの始業時間より遅く出社させるのです。つまりオフィスにいる人数を分散させるのです。その方が、電力の分散という観点からみると合理的です。
   
岡野:いっそのこと昼夜逆転した企業とかないのものかと思いますが、さすがに聞いたことはありませんね。工場単位ならあるかもしれませんが。
   
柴田:昼夜逆転といっても、逆に夜に働いていた人が、急に昼間働くのは困難でしょうね。それに、無理な早起きは血圧を上げるなど、循環器系への悪影響が見られます。統計を見ると、高血圧が原因で朝に起こる脳卒中は多いです。
   
岡野:労働のシステムというか労働に対する考え、働き方の改善はどうにかならないものでしょうか。
   
 
   
柴田:経済合理性を中心とした物の考え方では無理でしょうね。職場の改善、例えば2交代制などの仕事で、早番や遅番を各個人で固定して働かせるには、倍の数の人材が必要とされますから。
   
井上:時間と生活リズムの関係は、健康に大きな影響があるのですね。では、曜日はどうでしょうか。休日を土日から水曜や木曜日に移した企業もあるようですが、こういった場合も健康に何か影響はあるものでしょうか。
   
柴田:休日の曜日が変わっても、働く時間帯に変化がなければ、健康に大きな影響はありません。人の生活リズムの単位は一日の中の時間であって曜日ではありません。
   
  ―― 人の体内時計は25時間
   
井上:無理な早起きは健康に悪影響ということは分かりました。起床や睡眠を考えるにあたり体内時計も関わってくると思いますが、そもそも体内時計とはどんなもので、サイクルは1日何時間なのでしょうか。
   
柴田:体内時計とは、体の働きを効率よく動かすための時間情報を知らせる仕組みだと考えられており、睡眠覚醒リズム、体温リズム、ホルモン分泌リズムなどを作り上げています。
 実は人の体内時計は24時間ぴったりではありません。24時間より長いサイクルになっています。また、動物の中には人と同じように24時間より長い体内時計で動くものもいれば、逆に24時間より短いものもいます。
   
岡野:ヒトの体内時計は24時間より長く25時間だと言われています。だから、どうしても夜更かしは得意だが、早起きが苦手になってしまう。これはもちろんヒトの遺伝子によって規定されているものですが、どうも社会生活の影響によって、25時間になってしまっているのかもしれないと言われています。つまり、照明器具の発達により、人は夕方になっても明るいところで生活することができる。その影響で、体内時計が影響をうけているともいわれています。平安時代にロウソクが使われるようになってから、人々は夜更かしするようになったといわれています。特に人工的な明かり、テレビやパソコンの光などは人を覚醒させる効果があることが研究からわかっています。
   
井上:LEDなど様々な照明が開発されていますが、眠くなるような光はあるのでしょうか。
   
岡野:夜になると眠くなるのは体内時計の自然な働きですが、光は一般的に目を覚まさせる働きがあります。しかし、目を覚まさせる作用を弱く調節することで、同じ明るさでも相対的に眠くなるような光はそのうち開発されるかもしれません。LEDなら光の波長が変えやすいので、リラックスさせるメラトニンという脳内物質を増やすことができるかもしれません。暗い方がメラトニンが出やすいので、現状では就寝前は部屋を暗めにした方がよいですね。太陽と共に生活するのは確かに理想でしょうが、実際は難しいですね。
 
柴田:深夜まで起きて活動している人も多いですからね。健康に大事なことは生活リズムを変えないことです。朝型生活の人は深夜に活動をしない。夜型生活の人は朝早くから活動しないこと。朝型でも夜型でも規則正しい生活を心がけること。食事も何時でも構わないので、毎日決まった時間に取る方が健康的です。ですから本来節電とは体内時計に無理がかからない範囲で、つまり健康を害しないためにも生活リズムを大きく変えない範囲で実行すべきであると思われます。
   
井上:医療の現場にとって怖いのは、停電ですね。医療用機器を使って自宅療養している方はまず対応できないので、病院に頼らざるをえません。病院によっては自家発電機を用意して対策を考えていますが、すべての機材が自家発電で賄えるかというと不安はあります。
   
柴田:一時的な停電はそれほどの被害はないでしょうが、長期化すると被害は大きいでしょう。現在、電力消費のピーク時の手術をなるべく避けている傾向が病院にはありますね。
 病院以外にも、製薬工場がストップすることは考えられます。薬のストックも限りがあるので、底をつくこともあるでしょう。
   
岡野:もちろん停電は避けたいものですが、目先の節電アクションで、体調を壊すのは避けたいですね。これからの季節に特に気になるのは、節電で照明を暗くした時などに感情障害がおこらないかということです。高緯度地域では、冬季にみられるうつ症状や過食などは日照時間の不足が主要因だと考えられています。昼間の室内照明を暗くしすぎると、日照時間の少ない冬場には、悪影響があるかもしれません。
   
柴田:不必要な消費、過剰消費にはブレーキをかける必要はありますが、現在では、電力消費は人が活動している証といっても過言ではなくなりました。高度経済成長から国を挙げて大量生産・大量消費を推奨しました。その中には当然電気も含まれます。その大量生産・大量消費がもう当たり前の時代になっているのに、いきなり節約するというのは大変難しいのです。経済活動を度外視しても、個人の生活や企業のあり方を考え直し、行動できるほどの寛容さが日本に求められている時代になりました。

 


柴田 重信 教授
担当科目:生理学、薬理学、神経薬理学、細胞生物学
学歴
1976年 九州大学薬学部薬学科卒業
1981年 九州大学大学院薬学研究科博士課程修了、薬学博士
略歴
九州大学薬学部助手、助教授、早稲田大学人間科学部助教授、教授を経て、2003年より現職
柴田研究室:http://www.eb.waseda.ac.jp/shibata/

岡野 俊行 教授
担当科目:細胞生物学、分子進化学、免疫学、フォトバイオロジー
学歴
1988年 京都大学理学部生物物理学科卒業
1993年 京都大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)
略歴
日本学術振興会特別研究員、東京大学教養学部助手、東京大学大学院理学系研究科助手、講師、早稲田大学理工学術院准教授を経て、2011年より現職
岡野研究室:http://www.eb.waseda.ac.jp/okano/


井上 真郷 准教授
担当科目:プログラミング、情報理論、計算機アーキテクチャ
学歴
1997年 京都大学医学部医学科卒業
2003年 京都大学大学院医学研究科博士課程修了、博士(医学)
略歴
理化学研究所脳科学総合研究センター特定協力研究員、東京工業大学大学院綜合理工学研究科助手、早稲田大学理工学部専任講師を経て、2007年より現職。
2010年5月、東京女子医科大学総合医科学研究所客員教授に就任
井上研究室:http://www.eb.waseda.ac.jp/m_inoue/



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