2011年5月5日14時54分
201X年7月。激しい揺れの瞬間、頭上からビルが倒壊してくる。食料や水が不足し、道路は寸断された。無事脱出できるか――。
大地震を疑似体験するテレビゲーム「絶体絶命都市4」。震災直前、ゲーム会社アイレムソフトウェアエンジニアリング(本社・東京)で、「今春発売」と発表した新作ソフトの開発が追い込みに入っていた。
舞台は東京。監修として加わった防災・危機管理ジャーナリスト渡辺実さん(60)が提案した。首都直下地震を見据えて、「若い世代の防災力を高めたい」と考えた。
3月14日、担当役員が石川県白山市の親会社にいた実盛(じつもり)祥隆社長(67)に報告した。「担当者と話し合いました。中止でいきます」
実盛社長は「わかった」と一言答えた。過去3作で約26万本(エンターブレイン調べ)が売れた人気シリーズ第4作の発売中止が決まった。
「開発が遅れ気味だったうえ、被災者の気持ちを考えると議論の余地はなかった。賛否両論が起きるソフトは出せない」と実盛社長は話す。
野球、マージャン、すごろく……。ゲーム業界では様々なソフトの発売中止や延期が続いた。
ある東京のゲーム会社の担当者が打ち明けた。「各社が一斉に自粛に動いた。それに合わせたのは事実」
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「絶体絶命都市4」が発売中止となった同じ日、東京・神田の出版社で漫画連載の中断が決まった。
暴力団幹部が企業や組織の矛盾に切り込む、「週刊漫画ゴラク」の人気連載「白竜LEGEND」。出版元は日本文芸社。
2月4日に始まった「原子力マフィア」編は、原子力発電所作業員の大量被曝(ひばく)疑惑を追う主人公と、抑え込もうとする「東都電力」社長の攻防を描いていた。
漫画で東都電力社長が「事故の不安はないという安全神話を築き続けなければならない」と語る場面がある。現実の世界で3月12日、東京電力の福島第一原発で水素爆発が起きた。
編集部内では「連載をやめる必要があるのか」との意見も出たが、大勢は中断やむなしに傾いた。14日午後の幹部会議で編集部長が「『白竜』を中断すべきだとの声が部内にもある」と報告した。異論は出ず、そのまま方針が決まった。
原作者の天王寺大さん(55)は時事問題を娯楽作品に仕立ててきた。今回のシリーズには「地震多発国に原発が立地する現状に一言投げかけたい」という思いもあった。それでも「少しでも被災者の気持ちを逆なでするのならやむを得ない」と反対しなかった。
友田満社長(60)は言う。「出版の自由以前に、人間として考えた末の結論だ」
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震災直後から「自粛」の空気が列島に広がった。
日本のヘビーメタルバンドの先駆け「ラウドネス」のボーカル二井原実さん(51)は3月12日、自身のブログに「人のために歌う」と書き込んだ。翌日、東京都八王子市のバーで有志のミュージシャンを集めた小さなライブを予定していた。
書き込みが殺到した。
「節電を呼びかけている中ライブを行うクズミュージシャン」「空気が読めないやつ」。会場にも直前まで「こんな日にやるのか」と電話がかかってきた。
気持ちが揺れた。記述を削除し、「ごめんなさい」と書き込んだ。
「義援のためにもライブをやらなあかんやろ」。悩む二井原さんの姿を見て、ライブ会場のバーを経営するファンキー末吉さん(51)が言った。ロックバンド「爆風スランプ」の元ドラマー。
自身の苦い思い出が重なる。1989年1月7日に昭和天皇が死去したころの「自粛」の波だ。当時、爆風スランプは代表曲「ランナー」が爆発的にヒットし、勢いに乗っていた。だが、1月上旬に予定していた東京・武道館での3日間連続ライブは1日に短縮され、曲を提供したCMはテレビ画面から消えた。
「あのとき、生業である音楽を奪われた。自粛の強要は暴力に等しい」
二井原さんは3月13日夜、ライブを予定通り開いた。いったん削除した書き込みもブログに復活させた。
「負けないでください」「音楽でみんなを元気にしてください」。いま、応援の書き込みが相次ぐ。
(この連載は、武田肇、白木琢歩、山田優、神田大介、成沢解語、羽根和人が担当しました)
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■震災後の自粛をめぐる主な動き
3月12日 九州新幹線の全線開通を祝う行事の中止が相次ぐ
14日 松竹が中国映画「唐山大地震」の公開延期を発表
18日 第83回選抜高校野球大会の開催が決定
20日 東京・浅草の三社祭の中止が決定
24日 統一地方選前半告示。マイクの音量を絞ったり、選挙カーの使用を見送ったりする動きが広がる
29日 石原慎太郎・東京都知事が会見で「夜間、明かりをつけての花見なんて自粛すべきだ」と発言
4月4日 大阪・道頓堀の名物「グリコ」のネオン看板が24日ぶりに再点灯
8日 村井嘉浩・宮城県知事が菅直人首相に「過度な自粛をしないで消費を促してほしい」と要望