残虐か合憲か 裁判員は考えた

大阪のパチンコ店が放火され、5人が死亡した事件で、大阪地方裁判所は、現在の絞首刑による死刑の執行について「最善の方法かどうかは議論があり、裁判員の意見も聞いたうえで検討したが、憲法には違反しない」と判断し、被告の男に死刑を言い渡しました。
裁判員裁判では最も長い60日の日程が取られた今回の裁判の審理と、死刑の執行方法を巡る議論について解説します。

“裁判員の意見も聞いて判断”

この事件は、おととし7月、大阪・此花区のパチンコ店にガソリンがまかれて放火され、客と従業員合わせて5人が死亡し、10人が重軽傷を負ったもので、無職の高見素直被告(43)が殺人などの罪に問われました。

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裁判員裁判では最も長い60日の日程が取られ、被告の責任能力と、絞首刑による死刑の執行が残虐な刑罰を禁止した憲法に違反するかどうかの2つが大きな争点になりました。
判決で大阪地方裁判所の和田真裁判長は、被告の責任能力について、「精神鑑定の結果などから完全な責任能力があったのは明らかだ」と述べ、弁護側の主張を退けました。
さらに、現在の死刑の執行について和田裁判長は「死刑という制度に、ある程度のむごたらしさを伴うことは避けられず、絞首刑が最善の方法かどうかは議論がある。しかし、死刑を受ける人はそれだけの罪を犯しているのだから、多少の精神的、肉体的な苦痛は受け入れるべきだ」として、憲法に違反しないという判断を示しました。

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憲法判断は、通常、プロの裁判官だけで行われますが、裁判長は判決の中で、「裁判員の意見を聞いたうえで判断した」と述べ、裁判員の意見を反映させたことをうかがわせました。
そのうえで、和田裁判長は「被告は生活に行き詰まったあげく、世間に復しゅうしようと無差別に5人を殺害したもので、まれに見る悲惨な事件だ。遺族や被害者の気持ちなども考えると極刑しかない」と結論づけ、高見被告に死刑を言い渡しました。

憲法判断 裁判員も審理に参加

今回の裁判では、弁護側が「絞首刑による死刑は、残虐な刑罰を禁止した憲法に違反する」と主張し、2日間にわたって専門家の証人尋問が行われました。

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このうち、今月11日に出廷した、オーストリアの法医学者、バルテル・ラブル氏は「絞首刑は瞬間的に意識を失うことはなく、苦痛を感じるのは明らかだ」と述べて、弁護側の主張に沿う証言をしました。
また、翌12日には、最高検察庁の元検事で、死刑の執行に立ち会った経験のある筑波大学の土本武司名誉教授が証言し、「死刑制度そのものは憲法に違反しないが、絞首刑については残虐な刑罰で、個人的には憲法に抵触すると思う。日本では多くの国民が死刑制度に賛成しているが、執行の状況まで理解しているかは、かなり疑問だ」と述べました。

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裁判員裁判では、こうした憲法判断は裁判官だけで行われるため、裁判員の出席は任意とされましたが、2日間の審理には裁判員の多くが参加し、関心の高さをうかがわせました。
一方で、弁護側の主張に対し、検察は「死刑の執行が憲法に違反しないことは、最高裁判所の過去の判決で示されている」と反論していました。

裁判員 “実態を知る必要”

判決後、6人の裁判員と3人の補充裁判員の全員が記者会見に応じました。
死刑の執行を巡る審理に加わったことについて、裁判員の60代の女性は「絞首刑の詳しい内容を知らなかったので、実態を知る必要があると思い、審理に参加しました」と話しました。
補充裁判員の1人は「悲惨な事件と『絞首刑』という憲法上の問題を、同じテーブルで議論するのは違うのではないかと思いました」と話していました。

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男性の裁判員は「死刑は国が決めた刑であり、国会で議論するべきだ。裁判員に求められても、難しい問題だと思う」と話しました。また、この男性は、長期間となった裁判の日程について、「3日連続という審理があったが、サラリーマンには限界だったと思う」と話していました。
補充裁判員を務めた40代の会社員の男性は「今まで積極的に議論されてこなかった死刑を巡る議論の流れが、裁判員裁判を通じて変わるような気もする。しかし、裁判員だけで決める問題ではないので、専門家の意見なども聞きながら、国全体で議論を進めてほしい」と話していました。

死刑制度の議論 まとまる時期未定

死刑制度を巡っては、おととし12月に行われた内閣府の調査で、「場合によっては死刑もやむをえない」と考えている人が、これまでで最も多い85%余りに上り、国民のほとんどが死刑の存続を肯定する状況が続いています。
一方、死刑に反対する市民団体「アムネスティ・インターナショナル日本」によりますと、世界では139か国が死刑制度を廃止しているか、事実上、廃止していて、死刑制度があるのは日本やアメリカなど58か国となっています。
特に、1980年代以降は死刑を廃止する国が急速に増えているということです。

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こうしたなか、法務省は、死刑制度について国民的な議論を喚起したいとして、去年7月、死刑制度の在り方を検討する勉強会を設置して、これまでに8回の勉強会が開かれました。
しかし、死刑の存続を求める立場と廃止を求める立場のそれぞれの意見を聞くことが中心で、議論をまとめる時期も決まっていません。
一方、死刑の執行は、去年の7月以降、一度も行われず、全国の拘置所にいる死刑囚はこれまでで最も多い124人に上っています。

(10月31日 20:30更新)

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