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[28951] 【習作】ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/28 02:27
Arcadia初投稿です。

この小説は『にじファン』にも投稿しております。

なお独自設定・解釈がありますので、ご注意ください。

【追記】『にじファン』に投稿したものとは一部違うところがあります。★マークが目印です。

【さらに追記】某所の作品とタイトルが似ていますが、関係はまったくありません。完全なる別モノであり、別作者が書いた小説です。



[28951] 第一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:40












「ドラえも~~~~ん!!!」












すべてはこの少年、野比のび太の涙混じりの絶叫から始まる。

足音も荒く階段を駆け上がると、自室へと飛び込むように入り込んだ。



「聞いてよ聞いてよ!! スネ夫とジャイアンがさぁ、アーサー王なんてただの伝説でそんなのいる訳ないって! それにしずかちゃんも……ってあれ? なんだ、いないのか」



無人の六畳一間を見た途端落ち着いたのか、頬を掻き掻き、一人ごちるのび太。

事の起こりは数十分前、空き地での事。

いつもの四人でワイワイ話していた時、ふとした事からアーサー王伝説の話題が上った。

騎士の代名詞であり、いつの日か死から目覚めるとされる最強の剣士、アーサー王。

頭が致命的に残念なのび太でも、アーサー王だけはよく知っていた。

信じられないかもしれないが、伝記だって昔読破している。



「それで、アーサー王はねぇ……」



ここぞとばかりにうんちくをたれるのび太に対し、仲間の一人であるスネ夫が突如噛みついてきた。



「でもアーサー王って結局は架空の人物だよ。元になった人物が二人いて、それをモチーフに描かれたんじゃないかっていう説が今のところ有力だね」



「なんだそうなのか。あーあ、つまんねえの」



スネ夫の言葉に仲間の一人、ガキ大将のジャイアン(本名、剛田武)が座っていた土管に仰向けに寝転び、盛大に欠伸をする。

のび太はそれが信じられず、必死になって言葉を並べ立てる。



「そ、そんな事ないよ! アーサー王は実在してるよ! お墓だってイギリスにあるんだろ!?」



「のび太さん。お墓があるからって、その人がいたって証明にはならないのよ。遺品やお骨なんかがあれば別だけど、それが見つかったって話は今のところないみたいだし」



「し、しずかちゃんまで……!?」



仲間の一人である紅一点、源しずかの否定の言葉で固まるのび太。

確かにお墓があってもそれは存在の証明にはならない、厳密には。

勝手に誰かが建てて、それをアーサー王のお墓だと言ってしまえばそれまでだからだ。

『鰯の頭も信心』という言葉をのび太が知っているかどうかは知らないが、いや間違いなく知らないだろうが、世間でそう認知されていても実は偽物でした、という事も十分にあり得る。



「ううううう……! わかった! 見てろよ! アーサー王が実在の人物だって事、証明してやるからな!!」



敬愛するアーサー王の存在を否定され、怒りでブルブル震えていたのび太は、突如ビシッと指を突き付けて啖呵を切ると空き地を飛び出し、一目散に家へと駆け戻る。

空き地に取り残された三人は、普段ののび太からは想像もつかないようなその態度にしばらく呆然としていた。












―――ここで話は冒頭へと戻る。












「いなんじゃしょうがないか。よし! 今から“タイムマシン”でアーサー王の生きていた時代に行ってみよう! あ、でもアーサー王の時代って戦争してたんだよな……絶対危険だぞ。うーん……そうだ! ドラえもんには悪いけど、念のために“スペアポケット”を借りて行こう」



パチンと指を鳴らしてそう言うと押入れの戸を開き、何やらゴソゴソとしていたのび太だったが、やがて突っ込んでいた上半身を引っこ抜くとおもむろに右手をポケットに突っ込む。

そして戸を閉めると方向転換、サッと机の引き出しを開け、玄関から持ってきていた靴を履くとその中に身を投げ入れた。

22世紀からやってきたネコ型ロボットの親友、ドラえもんの所持品である“タイムマシン”はのび太の机の引き出しにセットされているのだ。



「よし、着地成功! さてと、アーサー王の時代は何年前だったかな……あれ? なんだろう、なんか変な感じがするな」



四角い板に機械が乗っかったような形の“タイムマシン”に飛び乗ったのび太。

計器を操作する傍ら、ふと疑問を感じて視線を上げる。

何かが……違う。

いや、どこがどう違うとははっきりと言えないのだが……やっぱり普段の雰囲気とは違っているのだ。

そこはかとなくイヤな気配が漂う……のだがそこは良くも悪くものび太である。



「ま、いっか! ……うん、よし! セット完了! それじゃ、アーサー王の時代のイギリスへ、出発~!!」



深く考えないまま思考を打ち切りデータを入力、発進スイッチをポチッとな。

『エイエイオー!』と腕を振り上げ、時空間の大海原へと漕ぎ出してしまった。





























唐突だが、ここに一枚の紙切れがある。

丁寧に折りたたまれたこの紙切れ、中には何か文字が書き込まれている。

そして……これはなんとのび太の机の隅に置かれているのだ。

中にはこう書かれている。










『のび太君へ


 ちょっとドラ焼きを買いに行ってきます。

 あとタイムマシンはぜったい使わないように。

 どういうわけか時空乱流が発生していて、まともに時空間航行出来ないんだ。

 さっきタイムパトロールから連絡がきたからホントの話だよ。

 わかったね!  
  
                             ドラえもんより』










果たしてのび太は漢字をすべて読めるのか!?












……どうかはさておいて、とにかくのび太はこれを見る事なく、時空の海へと旅立ってしまったのだ。

もう少し目立つところにメモが置かれていたら、せめて紙切れが折りたたまれていなかったら。

結果は自ずと違ってきていただろう。

だが自分の考えに集中するあまり、メモの存在にも危険の匂いにも気付かずのび太は自分から飛び込んでいってしまった。















―――――運命という名の、血と涙の雨が荒れ狂う生死を賭けた大航海へと。




[28951] 第二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:41



「ふんふ~ん♪ 一体アーサー王ってどんな顔してるんだろうな? 時代にもよるだろうけど、やっぱり出木杉くんみたいにかっこいいんだろうか? それとも渋いおじさんなのかな? いやいやそれとも……実は可愛い女の子だったりとか!? ……って、それはないよね」



鼻歌交じりで未だ見ぬアーサー王に思いを馳せるのび太。

今のところ時空間航行は順調に進んでいる、何の問題もない。

さっき僅かに感じた違和感も既に忘却の彼方だ。



「ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?」



『ピピッ、モウ、マモナクデス』



のび太の質問に電子音のような声で返答する“タイムマシン”。

“タイムマシン”には22世紀の高性能AIが組み込まれており、ガイドやコンピュータ管制をマルチタスクで行っている。

このように搭乗者と会話する機能も付加されているのだから、ある意味至れり尽くせりだ。

だから“タイムマシン”にお願いすればデータ入力や時空間検索などといった諸々を一手に引き受けてくれるのだが……のび太はなぜか全ての入力をマニュアルで行っていた。

そこは……うん、まあ、のび太という事でひとつ、理解してもらいたい。

ちなみにこれは当初から付属していたものではなく、後から組み込まれたものである。

これはドラえもんの“タイムマシン”が比較的型遅れの代物であるためだ。

新しいものを購入しようにも、タイムマシン自体かなり高額な代物であるため手っ取り早く、しかも安くグレードアップさせようと思ったら、必然的に改造に走らざるを得ない。

この辺りにドラえもんの財布の悲哀が見え隠れしているような気が……というか、ドラえもんの財布事情って一体どうなっているんだろうか?

少なくとも新しい型の“タイムマシン”を乗り回している彼の妹、ドラミよりも貧乏なのは確かだろうが……。















『モウ間モナク、目的地ニ到着シマス……ピッ!? ピピッ!!?』



「え、え!? タイムマシン、どうしたの!?」



と、もう少しでワープアウトするというところで突如“タイムマシン”が異音を発し始めた。

気になったのび太が声をかけると、機械らしからぬ切迫した電子音で回答する。



『警告! 警告!! 時空乱流ノ気配デス!! 急接近、急接近!! コノママデハ、巻キ込マレマス!!』



「えっ、時空乱流? 何それ? ……あ~、でもどっかで聞いたような気もするんだけど」



『ピピッ、時空間内ニ発生スル、台風のヨウナ物デス! 巻キ込マレレバ、最悪次元ノ狭間ニ放リ出サレ、永久ニ亜空間ヲ彷徨ウ事ニナリマス!!』



「な、なんだってーーーっ!!!?」



『運ガ良ケレバ、ドコカ別ノ空間ニ出ル事モアリマスガ』



「冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、何とかならないの!?」



かなりの危機的状況である事を悟ったのび太は、必死な顔で“タイムマシン”に打開策の伺いを立てるが、



『ピピッ、トニカク、機体ニシガミツイテイテクダサイ! 既ニ回避不可能ノルートニ入ッテイマス! 接触マデ、アト十秒!!』



帰ってきた答えはまさに最悪にして非情の物、のび太は涙目になりながらヒシと計器にしがみつく。



「うわーーーん! ドラえもーーーーーん!!!」



『3、2、1……突入!!』



瞬間、のび太の視界がブレ、凄まじい振動が全身を襲った。
















「うわわわわわわっ!!??」



時空間に吹き荒れる暴風に“タイムマシン”が振り回される。

ガクンガクン、と身体を揺すられ、のび太の身体のあちこちが計器に叩き付けられていた。

ぶつけた痛みがズキズキと襲い掛かってくるが、必死なのび太は泣きながらそれらをグッと堪え、全身全霊で以て身体を“タイムマシン”に張り付けた。

揺れる視界の先では稲光が轟音と共に幾条も走り、黒々とした風が唸りを上げて渦を巻いている。

まさにここは台風の中だ。

一瞬の気の緩みが、全てを終わらせる極限の牢獄。

だが。



「ううううぅぅぅ……もう、ダメだあああぁぁっ!!!」



そんなものがなくても、所詮は低の低スペックの身体能力しかないのび太。

拙い足掻きもアッサリと破られ、身体が虚空へと投げ出される。



「うわああああああぁぁぁーーーーーーーっ!!!!」



『アアッ……ノビ太サン!』



悲痛な叫びの余韻だけを置き去りに、のび太の姿はあっという間に漆黒の空間に飲み込まれ、そこから消えた。

後に残されたのは、今だ暴風と雷を的確な姿勢制御で耐え凌ぐ“タイムマシン”のみ。

感情を表さない筈の鋼鉄のボディに、僅かに悲しみと悔しさの色が滲み出ていた……ような気がした。






[28951] 第三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/21 22:48



「……う、うぅん」



何も見えない漆黒の空間。

のび太は僅かに意識を取り戻した。



(あれ? ぼくは……どうしたんだっけ? えーと……うん、その前に起きなきゃ)



目を開こうとするが、瞼が動かない。

まるで接着剤でガッチリと固定されているかのように。



(……おかしいな?)



それならばと身体を動かそうとするが、やはり動かない。

首も、肩も、腕も、脚も、口さえもだ。

辛うじて声だけは出るみたいだが、口が開かない以上は大して意味がない。

結局数度試行錯誤してみた後、のび太は全ての運動を放棄した。

諦めの極致で、ゆったりと全身を弛緩させその場に身を委ねる。



(はあ……それにしても、ここは一体どこなんだろう?)



目が開かないので確認の仕様がないが、幸いにも五感は生きていた。

使えない視覚と味覚はさておくとして、残った三つの感覚で今いるところを理解しようと試みる。










聴覚……何も聞こえない、完全な無音。



嗅覚……何も匂ってこない。完全な無臭の空間みたいだ。



触覚……身体には何も触れてないみたいだ。ただ感覚からすると、仰向けに浮いてるのかな?



現状把握……終了。





結論……何も解らない、どこだよここ。










(って、これじゃダメじゃん! もっと何か、他に……あれ? 何だこの感覚?)



自分で出した身も蓋もない結論に自分でダメ出しをした直後、のび太は突如奇妙な感覚に襲われた。

暖かいような冷たいような、明るいような暗いような、そんな矛盾した感触が全身を駆け巡る。



(うぅぅ……な、何この変な感触!?)



のび太はその気味悪さにゾワワと鳥肌を立たせていた。

すると今度は身体全体が異常なほどの圧迫感に襲われる。



(ぐえっ!? こ、今度は何だ!?)



まるで元からはまらない型に、力任せに無理矢理指で押し込んでいくような。

のび太の身体能力はスネ夫やジャイアンとは比べる方がかわいそうな程の開きがあり、実は女の子であるしずかよりも低い。

とどのつまり、同年代の女子平均よりも劣った身体能力しかのび太は持っていないのである。

……尤も、その割には129.3kgもあるドラえもんを抱え上げたり、犬に追いかけられた際、犬より速く走ったりしているのだが……まあそれは火事場の馬鹿力、という事だろう。

しかしそんな脆弱すぎるのび太にとってこれは堪らない。

必死に耐える傍らのび太の脳裏には、車に轢かれて潰れたカエルのイメージが浮かんでは消えていく。



(つ、潰れちゃう……! やめてやめてやめ……あ、あれ? 消えた!?)



と、始まった時と同様唐突に、フッとその感触が終わりを告げた。

あまりの展開の不可解さにのび太は内心で首を傾げる。

だがその疑問が解消されないうちに、状況は再び急展開を見せた。



(え? 何だこれ!? わ、わ、わ! 引っ張られる……いや、吸い寄せられてる!?)



何とのび太の身体がどこかに向かって動き始めたのだ。

未だ身体が思うように動かないのび太は、触覚からそれを感じ、ただ慌てる事しか出来ない。

やがて閉じた瞼の向こうに、光が見えたような気がした。

それと同時に身体がどこかに放り出される感覚が走る。

次の瞬間、のび太の身体は猛烈な勢いで急降下、垂直落下運動に入った。















「――――あああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」


既に声も出せるし、手も足も動かせる。

当然目も開けられるのだが、自分が空中から落下しているという実感に伴う恐怖のせいで目は開いていない、いや開けない。

手足をバタバタと動かして必死に身体を浮かせようとするが、そんな事が出来れば人類は飛行機など発明していないだろう。



「助けてーーーーー! ドラえもーーーーーーーん!!」



当然ながら、声の限り叫んだって件の本人が助けになど来る訳がない。

そのうち声も上ずり、声帯を震わせながらも声が出ない、無発声のような状態に陥る。

空中でもがきながら、叫びにならぬ叫びを上げて紐なしバンジーを強制敢行するのび太。

やがてそれも唐突に終わる。










「ああ、追って来るのなら構わんぞセイバー。ただし―――その時は、決死の覚悟を抱いて来―――ごふあぁぁぁっ!!?」





「ああぁぁ―――――ぐえっ!!?」











自分の身体の真下にいた、青い男の上に頭からダイブする事によって。






[28951] 第四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/23 00:41



「あいてててて……」



ドスン、と地面に尻餅をつき、ぶつけた頭をさすりながら涙目で呻くのび太。

頭には見事に大きなタンコブが出来ている。

ちなみに落下した距離はざっと換算して100mはあった。

普通だったら間違いなく、頭蓋がザクロのようにはじけ飛んで即死している筈だ。

だがどういう訳かのび太はコブひとつの負傷で済んでいた。

長い間ジャイアンに殴られ続けたせいで、異様なタフネスを身につけてしまったのか……?

こう見えて意外にのび太は頑丈であった。

もっとも、それだけでは説明がつかない気もするのだが……まあそれは今はさておく。



「はあああ、助かった……それにしてもここは一体「動くな」……ヒッ!?」



無事に助かった事に安堵する傍ら、周りを見渡そうとしたのび太だったが、突如首筋に感じた冷たい感触に背筋を硬直させる。

おそるおそる振り返ると、そこには……。



「痛っ、まだ頭が痛みやがる……あん? なんだ、ガキかぁ? なんでガキが空から俺の頭の上へ落ちてきたのかは知らねえが……しかしお前、運が悪かったな。見られたからには死んでもらわなきゃならねえんだ。せめてもの慈悲だ、苦しまないよう、一瞬で命を止めてやる」



青いボディスーツと銀の軽鎧を纏った、長身の男がいた。

そしてのび太の首筋に突き付けられているのは……血のように真っ赤な槍の穂先。

瞬時に命の危機だと悟ったのび太は顔を青く染め、へたり込んだままの姿勢で後退りする。



「あわわわわわ……な、なんで? どうしてさ!?」



唇を戦慄かせながら理由を問いただそうとするが、目の前の男はそれらをきっぱりと無視し、スッとのび太の首から引き戻した槍を再び構える。

その穂先は濃密な殺気と共に、ピッタリのび太の心臓に合わせられていた。

相手の目はどこまでも真剣そのもの、男の言葉は嘘や冗談などではない事をのび太は悟る。

いきなり自分の身に降りかかってきた死の気配に、のび太の歯がガチガチと音を鳴らし始めた。



(ああどうしてこんな事に)



(こんな事ならあんな大見得切るんじゃなかった)



と、頭の中ではこの不可解すぎる状況と今までの己が行動に、激しい疑問と後悔の念が渦を巻く。










―――だが。










「え……?」



事態は思わぬ推移を見せ、のび太の思考は更なる混乱の渦に放り込まれた。



「……どういうつもりだ。何故このガキを庇う?」



「く……っ、如何な理由があろうと、たとえ“聖杯戦争”の最中と言えども……」



突如のび太の眼前に何かが立ち塞がった。

まるでのび太を男から護るように。

頭を抱えて震えていたのび太はその凛とした声に、そっと顔を上げる。

そこにいたのは……。



「―――年端も行かぬ、無垢なる子供の命を徒に殺める事、騎士として、剣の英霊として……見過ごす事は出来ません!」



青のドレスに、銀の鎧。

月明かりを受けて輝く金砂の髪に、強い意志を秘めた深緑の瞳。



「その体たらくで言われてもな……チッ、面倒な事をしてくれる……セイバーよ」



左の胸を血潮で真っ赤に染めた……だがどこまでも気高く凛々しい、騎士の少女だった。



「セイ、バー……?」



のび太は恐怖も疑問も忘れ、ただただ目の前のその背中を呆然とした表情で見つめていた。















「どけ、セイバー。“魔術は秘匿するもの”ってのが魔術師の鉄則。ましてや“聖杯戦争”に関しては言わずもがなだ。それぐらい知ってるだろう? 後々のためにも消しておいた方が……」



「くどい。退くのならさっさと退きなさい、ランサー……ぐっ!?」



男を凄まじい眼力で睨みつけながら、男の言葉を真っ向両断。

セイバーと呼ばれた騎士の少女は、背後ののび太と眼前の敵に気を払いながらも、鮮血に染まった左胸を抑え低く呻き声を上げていた。



(うっ……! アレ、相当深いケガをしているんだなぁ)



生々しい紅に顔を顰めつつも、のび太はどこか他人事のように思う。

そして互いに睨み合う事しばし。

やがてランサーと呼ばれたその男はフウ、と溜息をひとつ漏らすと槍を降ろし、徐にクルリと踵を返す。



「……ふん。まあ、どう転ぼうが俺には大して関係ねえ事だしな、勝手にしやがれ。もっともそのガキは、“こっちの事情”に関しては何にも知らねえみたいだが、さてさてどうすんのかねぇ……ま、それこそ俺の知った事じゃねえがな」



そして一気に跳躍し、塀の上へと飛び乗るランサー。

その一連の動作で、のび太はここがどこかの家の庭なんだとようやく理解に至る。



「ああそうだ、もう一度言っておくが……追ってきても構わんぞセイバー。但し、その時は決死の覚悟を抱いてこい!」



そんな捨て台詞を残して、ランサーは再度跳躍。

民家の屋根から屋根へと次々飛び移り、そのまま夜の闇へと消えていった。



「―――な、なんなんだあれ!? 人間が屋根から屋根に飛び移った!?」



その一連の光景にのび太の頭は混乱の極みに達し、オーバーヒートを起こしかけていた。

あまりにもトンデモ展開がポンポンと続いたため、脳の処理能力が許容量を越えたのだ。

まあ、のび太の貧弱すぎるアレではそうなるのも無理はない。



「―――大丈夫でしたか?」



と、のび太の眼前にいた少女……セイバーが振り返るなり、そう尋ねてきた。

月明かりに照らされたセイバーの顔は、整いすぎている顔立ちと相まって、いっそ幻想的なまでの美しさを醸し出している。

一瞬、その美貌に見惚れていたのび太だったが、その心配そうな声音に思わずカクカクと首を上下に振っていた。



「は、はい! あの、その……ありがとうございました。えっと、ところでここは一体「―――お前、何者だ?」……え?」



お礼ついでに質問をしようとしたのび太だったが、横から響いてきた声に中断を余儀なくされる。

ふと横を見ると、そこには高校生くらいの少年が立っていた。

どこかの学校のものらしい制服を着込み、左胸はまたもどういう訳か赤い血でベッタリと染まっている。

その視線は一瞬だけのび太を捉え、次いで今度はセイバーの方にピタリと向けられた。

表情に疑問と猜疑、そして僅かの羞恥を滲ませて。



「何者も何も、セイバーのサーヴァントです。貴方が呼び出したのですから、確認をするまでもないでしょう?」



「セイバーのサーヴァント……?」



「はい。ですから私の事はセイバーと」



「そ、そうか。俺は衛宮士郎っていう。この家の人間……って、や、ゴメン。今のナシ。そうじゃなくてだな、ええと……」



「……成る程。貴方は偶発的に私を呼び出してしまった、と。そういう事なのですね」



「あ……!? え、えと……た、多分?」



「しかし、たとえそうだとしても貴方は私のマスターだ。貴方の左手にある令呪がその証拠。警戒する必要はありません」



「令呪……ってちょっと待て! その前にセイバー……だっけ? お前、さっき槍で突かれてただろ!? 左胸血塗れだし、大丈夫なのか!?」 



「既に表面の傷は修復されています。ですが、完全ではありません。マスター、治癒魔術が出来るのならばお願い……ッ!?」



「ど、どうしたんだ?」



呆然としているのび太を余所に語り合っていた二人だったが、突如セイバーの顔が厳しく引き締まった。

衛宮士郎と名乗った少年は、その様子に『?』マークを浮かべる。



「……外に新たなサーヴァントの気配が。マスター、迎撃の許可を」



「きょ、許可って……!? それにケガは完全に治ってないんだろ!? そんなもの……」



「ッ!? 動きが速い……! もう猶予がありません! 出ます!」



「あっ、お、おいセイバー! 待て!」



言い置いて身をかがめ、塀の外へと一気に跳躍するセイバー。

士郎は慌てて門へと走る。

その後しばらくして、







『止まれセイバー! 人を無暗に傷付けるのは止めるんだ!』






『マスター! 何を言っているのですか!? 敵がいるのなら即座に討ち果たすのが当然の事でしょう!?』





『事情が全然分かってないのに殺すなんて事、許可出来るか! それに敵って一体何なんだよ!?』





『―――そう、貴方がセイバーのマスターって訳。そんな寝ぼけた事を言っているところを見ると、本当に何も解ってないみたいね。 ……アーチャー、霊体化していなさい』





『……いいのか?』





『ええ』





『……了解だ』





『お、前……遠坂!?』





『こんばんは、衛宮くん』





そんな緊迫した一連の会話が、塀を通して展開されていた。















そして一人、庭にへたり込んだまま、蚊帳の外へと置き去りにされたのび太はというと。





「一体、何が、どうなってるのさ……!?」





ポカンとした表情を晒したまま、漆黒の天空に向かってそうぼやくしかなかった。





[28951] 第五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/24 22:46



「やあやあ、ゴメンゴメン、のび太君。買い置きのどら焼きが切れてたのをすっかり忘れてて……あれ? まだ帰ってないのか」



ここはのび太の部屋。

入ってきたのは青いタヌキのような形のロボット「誰がタヌキだ! ぼくはネコ型ロボット!」ゴメンナサイ……青いネコ型ロボット、ドラえもん。

手に好物のどら焼きの入った袋を携えて、たった今帰ってきたのだ。

早速袋からどら焼きを取り出し、幸せそうな顔で齧り付く。



「……それにしても、どこで油を売ってるんだろう? 学校はとっくに終わってる筈なのに」



ドラえもんは疑問混じりにそう言うと、机の方を見る。

机の横にはランドセルが掛けられており、のび太が一旦は帰ってきた事を示していた。



「空き地にでもいったのかな? それとも……まあいいか。それにしても、突発的な時空乱流が起こってるなんて……何かの前触れかなぁ?」



モグモグとどら焼きを頬張りながら、宙に視線を彷徨わせるドラえもん。

そのままふと“タイムマシン”のある机の引き出しに目をやった。

ほんの少しだが開いている。



「あれ? ちょっと開いてる……ま、まさか“タイムマシン”を使っちゃったとか!? ……なんて、それはないよね。使うなってメモを置いてたんだし。夕飯になれば帰ってくるでしょ」



頭をよぎった不吉な予想をあっさりと一蹴し、再びどら焼きに没頭するドラえもん。

その“まさか”が現実の物であるなどとは、露ほども思っていなかった。

机の上をよく見てみれば、ドラえもんが置いたメモの位置が置いた時と1mmも違っていない事に気づいただろうが……。

のび太が時空間で行方不明となった事実が露見するのは、まだまだ先のようだ……。










一方、その頃ののび太はというと……。










「せ、聖杯戦争!?」



「そう、七組のマスター・サーヴァント主従による聖杯を巡る殺し合い。最後の一組になった時、願いを叶える聖杯が与えられる」



「そんな、本当なのかセイバー?」



「……はい。聖杯を手に入れ、願いを叶えるために私は召喚に応じた。そして他の六騎のサーヴァントも。先程の槍の男がランサー……相手が宝具を用いたため真名が判明しましたが、ケルト神話の英雄『クー・フーリン』。そしてリンの隣にいた赤い外套の男が……」



「アーチャーのサーヴァントよ。いい、衛宮くん? 信じられないのは解るけど、認めなさい。貴方はもう逃げる事は許されない。殺し合いに勝ち抜いて聖杯を手にするか、他の主従に殺されるか。そのどちらかしか貴方の選択肢はないわ」



「そんな……」





「―――ねえ! 僕を忘れないでよ~~~!」










話の性急さと高度さと突飛さに、見事に置いてきぼりにされていた。










ここは衛宮邸。

文字通り士郎の家であり、のび太が落ちたのはこの家の庭先だった。

のび太は士郎の勧めでセイバー、それから先程まで外で何やら言い争いをしていた士郎と同い年くらいの少女と共に衛宮邸の居間に上がり込んでいた。

しかしいざその少女が話し始めると、次第に話についていけなくなったのび太は蚊帳の外となってしまったのである。

流石はのび太!

残念すぎる程のおツムの鈍さ!

そこに痺れる! 憧れぬ!



「うるさい! 余計なお世話だ! 痺れて欲しくなんかないし、そもそも憧れ“ぬ”ってどういう事さ!?」



「な、何だ!? いきなり叫び出したりして?」



「え!? あ~、いえいえ何でもないですよぉ~。ただちょっと腹の立つ電波が来たというか何というか……」



「「「?」」」



慌てるのび太の意味不明な誤魔化しに、そこにいた三人は首を傾げるしかなかった。

バツが悪そうに頭を掻きながらも、のび太はしめたとばかりにそのまま言葉を続ける。

両手の指先をツンツンとつつき合わせながら。



「あのぉ~、出来れば僕の事忘れないでほしいなぁ~、話を聞いてほしいなぁ~、なんて思ったり思わなかったり……エヘヘヘ」



「あー、うん、そう言えば自分の事ばっかりでまだお互い自己紹介もしてなかったな。ゴメンゴメン。じゃ、改めて。俺は衛宮士郎っていうんだ。君の名前は?」



「あ、はい。僕、野比です。野比のび太と言います。小学五年生です。それで、えっと……」



のび太は士郎から視線を外してそのすぐ横、テーブルについている二人を見やる。

二人はその意図に気づいたようで、すぐさま口を開いた。



「ああ、わたし? 遠坂凛よ」



「……知っているでしょうが、改めまして。セイバーです。さっきは危ないところでしたね」



「はい、あの時はありがとうございました」



「ところでのび太君……君はあの時、ランサーの頭の上に落ちてきたよな。どうして空から落ちてきたんだ?」



「えーと……あ、ちょっと待ってください。その前に……今は西暦何年ですか? それから、ここは何県ですか?」



「はあ?」



のび太が『ストップ』と手を出し、静止させられた士郎が質問の意図を図りかねて首を傾げる。

今のび太が何よりも知りたかったのは、現在が一体何年の、どの場所なのかという事だった。

時空乱流に巻き込まれて、運よく別の場所に放り出された事だけは解っていたが、ここが西暦何年なのかまでは当然ながら解らなかった。

僅かに理解出来るのは、目の前の相手が日本語を喋っている事からここが日本のどこかであるという事。

それから建物や家具、電化製品などが自分の時代の物とあまり変わっていない事から、自分がいた時代からそう遠くない未来の時間軸に放り出されたのだろうという事だった。

それならドラえもんと連絡を取って助けてもらう事も不可能ではないかもしれない。

のび太はそう考えていた。

頭の上に『?』マークを浮かべながらも、士郎は答えを口にする―――が。



「ええっ!? 十年以上も未来なの!? しかも東京じゃない!?」



「な、何だ? どうした?」



のび太はその答えに愕然とした。

なんとのび太のいた時代とは四半世紀ほども離れており、しかも場所は住んでいた東京・練馬とは大きく離れた西日本地域だと言うのだ。

後者はともかく、前者はのび太にとっては重すぎる事実。

この時代には未来の自分はともかく、ドラえもんはいないかもしれない。

のび太はドラえもんがいつか未来へ帰る事は知っていたが、いつ帰るのかまでは正確に知らないのだ。

だがのび太はそれでも一縷の望みを賭けて、更に言葉を重ねる。



「あ、あのもう一つ、お願いが! 電話を貸してもらえませんか!?」



「……? あ、ああいいけど」



のび太の必死な表情に気圧され、士郎は思わず首を縦に振る。

そして士郎の案内の下、廊下の電話の前に赴くとのび太は自宅の電話番号をプッシュする。

のび太の知る限りの数十年後の未来の情報の中で、唯一の光明があるとすればそこしかない。

『もしかしたら……! お願い!』と心の中で祈りを捧げながら受話器を耳に当てていると、



『―――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



のび太の希望を木っ端微塵に打ち砕く、無情の宣告が聞こえてきた。

電話がつながらないという事は、少なくとも自分の知る場所に未来の自分は……そして家族はおらず、行方が知れないという事。

こうなってはもはやドラえもんの存在どころの話ではなく、それ以前の問題だ。

仮にドラえもんがこの時代にいなかったとしても、未来の自分ならばあるいはドラえもんと連絡がつけられるかもしれないとのび太は踏んでいた。

かつて“タイムマシン”で未来の自分に会いに行った際、それらしい事を匂わせる発言をしていたからだ。

だが自分を含めた家族の行方が分からないとなると、その希望の前提条件が木っ端微塵に砕け散った事になる。

勿論、小学生であるのび太にとって行方を追う事などまず不可能、論外の極み。

それでも悪あがきとばかりにしずか、ジャイアン、スネ夫の自宅の電話番号をプッシュするが。



『―――お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません』



帰ってきたのはやはりその機械的な声だけ。

まともな手段で元の時代へ帰る事は、これで事実上不可能となったのだ。



「そ、そんな……」



のび太は呆然自失の体で受話器を取り落とし、その場にへたり込んでしまった。










――――次々と襲い来る不可解な状況に振り回され、ポケットの中の『可能性』をすっかり失念したまま。










だが、その『可能性』そのものに異常事態が起きている事など、神ならぬのび太には予想すら出来ないでいた。






[28951] 第六話 ★
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/28 02:27


「……落ち着いたか? のび太君」



「は……はい。すいませんでした」



場面は再び居間へ。

あの後、へたり込んだまま『どうしよう、どうしよう!?』と涙声で取り乱すのび太を士郎がどうにか宥めすかし、居間へと戻ってきたのだ。

僅かにしゃくり上げつつ、真っ赤に泣き腫らした目を擦りながらのび太は士郎に頭を下げる。

士郎は居たたまれなさそうにポリポリと頬を掻きながら、再び口を開いた。



「しかし、君はなんであんなに取り乱したんだ? さっきも変な事を聞いてきたし、何か訳があるんだろう?」



「それは……あの……」



言いよどむのび太に、士郎をはじめとする三人は疑問の表情を浮かべる。

のび太は戸惑っていた。

本当なら何もかも喋ってしまいたい。

喋って楽になりたいと心の中で考えていた。

しかし、いざどう説明するかというところになると、どうしてもそこで考えが止まってしまうのだ。

そもそも「アーサー王に会いに“タイムマシン”に乗ったら事故に遭って、ここに落ちてきてしまいました」などと説明したところで、信じてくれる人が果たしているだろうか?

まず間違いなく信じてもらえない、単なる子供の妄言だと切り捨てられるだろう。

もしくは所謂『厨二病』の一種かとも。

まあ、のび太の年齢からいえば後者はやや不適当なのでありえないのだが。

いずれにしても、ドラえもんのいる自分の時代と地域ならともかく、ここではそれを正直に説明したとしても常識的に通用しないだろうという事を、のび太はうっすらとだが理解していた。

流石に自分の周囲が甚だ異常であるという事を自覚してはいたようだ。

やがて見かねた士郎が、頭を掻きながら言葉を紡ぐ。



「どうした? 言いにくい事なのか?」



「いえ……その……言っても、信じてくれないと思うから……」



心細げに呟くのび太。

頼りにしているドラえもんの存在が隣どころかどこにもないと分かった事で、情緒が不安定になっている。

支えを失った心が、折れそうになっているのだ。

さながら知己も縁者もいない遠い異国の地に荷物もなく、突然置き去りにされた少年。

絶望的なまでの孤独感を、のび太は心の底で味わっていた。

曲がりなりにも今喋れているのは、単になけなしの勇気を振り絞っているからに過ぎない。

と、士郎の隣にいた凛がジロリとのび太を睨みつけながら、苛立ち混じりに言い放った。



「いいから、さっさと喋りなさい! 貴方もさっきこっちの話は聞いてたでしょう!? こっちは貴方一人に構っている程暇じゃないのよ!」



「ヒッ……!?」



あまりの剣幕にのび太の背筋は伸び切り、顔色は蒼白になる。

凛の形相はのび太に、テストで0点を取ったと知った時の母親の、あの鬼の形相を思い出させていた。



「お、おい遠坂!? そんな言い方はないだろう!? のび太君はまだ小学生なんだぞ! もうちょっと優しく……!」



トラウマを抉られたように縮みこむのび太を見かね、慌てて士郎が庇うが、



「……あのね衛宮くん。アナタ、人の事に気配り出来る程の余裕があるの? 聖杯戦争の何たるかもまだ理解出来ていないくせに、更に荷物を背負い込む気?」



「う……」



凛の的確すぎる鋭い舌鋒には何も反論出来なかった。

だがそれでも指摘を無視してのび太の方に向き直り、出来るだけ優しい声音で問いかける。



「えっと、まあとにかく……話してみてくれ。君は困っている。そうだろう?」



「は、はい……」



「困っている人を簡単に見捨てられるほど、俺は腐ってないつもりだ。だから、困ってるなら力になる。そのためにも、君の事情を知りたいんだ。たとえどんなに出鱈目な話だとしても。 ……無理に、とは言わないけどさ」



のび太はそっと顔を上げ、士郎の顔を見る。

その眼はどこまでも真剣で、嘘を言っているようには見えない。

のび太は、その眼を信じてみたくなった。

極限まで精神が削られて、気を張っているのも限界に近かったという事も要因の一つにはある。

だがとにかく、士郎の一言でのび太の意思は固まった。



(この人になら……話してみよう)



のび太はそう決意し、ひとつ力強く頷くと口を開いた。



「あの、最初に言っておきますね。今から話す事は、嘘みたいな話かもしれませんけど本当の事なんです。だから、とにかく最後まで話を聞いてください。実は僕……」










―――そして十数分の後。










「「「“タイムマシン”で過去から来た!?」」」



「は、はい……正確には時空間を移動していた時、『時空乱流』に巻き込まれて事故に遭って、偶然こっちの時代に来ちゃったんです」



のび太の説明に、士郎・セイバー・凛の三人は半ば呆れた表情を晒していた。

無理もないだろう。

この世界の常識では計り知れない事が、のび太の口から齎されたのだから。



「未来から来たロボットの持ってる“タイムマシン”……ねえ。信じられないわね」



「凛さんの言う事も分かります。僕も最初ドラえもんと会った時は信じられませんでした。でも本当の事なんです。信じてください!」



「と言われてもねえ……何か証拠はあるのかしら? アナタの言っている事が本当だという証拠は」



「しょ、証拠って言われても……」



そう言われてしまえばぐうの音も出ない。

既に“タイムマシン”の出口は閉じてしまっているだろうし、ドラえもんどころか未来の自分もどこにいるのか解らない始末。

のび太には自分の言葉を証明する手立てがまったく思いつかなかった。



「……うぅ」



諦めたように目を伏せ、座った体勢のまま何とはなしにポケットに手を突っ込む。

すると何故かハッとした表情で急に顔を上げた。

どうやらポケットに何かが入っているようだ。



「んん? なんだろう……あ! こ、これは!?」



首を傾げながらのび太はポケットからブツを取り出すと、先程までの表情とは打って変わって心底嬉しそうな表情をする。

その手には、何やら白い袋状の物が握られていた。



「そうだ! これを持ってきてたんだった! “スペアポケット”!!」



神器を振りかざす神官のように、のび太は“スペアポケット”を握った手を高々と宙に突き上げる。

さっきまでの意気消沈振りとは180度真逆の溌剌としたのび太、三人は一様に呆気にとられた表情を浮かべる。

その中にあって、いち早く再起動を果たしたセイバーがのび太に向かって尋ねた。



「あの……ノビタ。何ですか、それは?」



「ドラえもんが持ってる、未来の道具を入れているポケットのスペア、予備です。この中は四次元空間になっていて、いろいろな道具が入ってるんです。例えば……えーと」



のび太はそう言うと“スペアポケット”の中に手を突っ込み、ゴソゴソと漁る。



「うーん、室内だから“タケコプター”は危ないし、“ビッグライト”もそうだよなぁ。かといって“スモールライト”は……あっちで使っちゃったし(ボソ)。じゃあ……これだ!」



微妙に危険な発言を漏らしつつ、のび太が取り出したのは……。



「「ふ、ふろしき?」」



時計の柄がプリントされた、一枚の風呂敷だった。



「の、のび太君……な、何だ、それ?」



「これは“タイムふろしき”って言って、これに包んだものの時間を進めたり戻したり出来るんです」



「ものの時間を進めたり、戻したり……ですか?」



今ひとつ合点が行かなかったセイバーが首を傾げる。

隣の凛も似たり寄ったりの反応だ。



「えーと……実際にやってみた方が早いかな?」



頬を掻き掻きそう言うと、のび太はその場に“タイムふろしき”を広げる。

そしてキョロキョロと何かを探すように周囲に目をやっていたが、やがてセイバーの方に目を向けた。



「ねえセイバーさん。ちょっとこの上に座ってくれません?」



「はい?」



言葉の意図が解らずにセイバーは首を傾げる。

だがのび太は意に介さず、「いいからいいからっ」とセイバーの背中を押して“タイムふろしき”の上に立たせた。



「あ、でも鎧を着てるから、座れないかな?」



「それでしたら問題ありません。私の鎧は魔力で編まれたものですから」



セイバーはそう言うと目を閉じ、身に纏った銀の鎧を魔力に還元して武装を解除した。



「このように、即座に着脱出来ます」



今現在セイバーが身に着けているものは、鎧の下に着ていた青いドレスだけだ。

確かにこれなら容易に座れるだろう。



「ふえ~っ、スゴイなぁ……。じゃセイバーさん、座って座って」



感心したように目を丸くしていたのび太は気を取り直し、再びセイバーに催促する。

セイバーは言われるままに“タイムふろしき”の上に正座した。



「のび太君、一体何を……?」



「すぐ解りますよ、士郎さん。セイバーさん、今からセイバーさんをこれで包みますけど、ジッとしていてくださいね」



「はあ……」



セイバーの生返事もそこそこに、のび太はいそいそと“タイムふろしき”をまとめ、セイバーを風呂敷の中に包み込んでいく。

そして完全にセイバーが風呂敷に包まれると、「ワン・ツウー・スリー……」と何やらカウントし始めた。

ちなみに本来、カウントする必要など全くないし、それどころか対象を包む必要もなく、ただ上から被せただけでも効果は発揮される。

単に手品でもしているかのように見せかけるための、のび太の完全なお遊びである。

……そして数秒の後。



「……もういい頃かな? よし、じゃあ……行きますよ! それっ!」



掛け声とともに“タイムふろしき”をほどくのび太。

バサッ、と包みが開かれ、中から出てきたのは……。



「――――え!? ちょっと!? これって……!?」



「まさか、セイバー……なのか!?」



「は? シロウ、一体何を言って……っな!? 何ですかこれは!?」










―――胸元の開いた青いドレスを身に纏った、長身の金髪の美女であった。










「ノ、ノビタ。これは一体……!?」



「“タイムふろしき”で、セイバーさんの時間を進めたんです」



「セイバーの時間を!? それってつまり……成長させた、って事!? 不老の筈の英霊を!?」



「へ? まあ……そうです」



「不老?」と一部の言葉に首を傾げながらも断言するのび太。

ほどかれた“タイムふろしき”の上に立ち、自分の身体をペタペタ触りながら目を見開いているのは紛れもなく、士郎のサーヴァントであるセイバーだ。

ただし先程までの中学生程度の背格好ではなく、十八・九歳頃と思われる容姿をしているのだが。

今までは幼さのせいで美しさよりも可愛らしさが前面に出ていた訳だが、今のセイバーはこの世の物とは思えないほどの美貌と共に凛々しさが殊更際立っており、まさに絶世の美女と呼んで差し支えない。

頭の後ろで纏められていた髪は腰まで伸び、まるで金の絹のように艶やかな光沢を放ち、サラサラと柔らかく真っ直ぐ流れている。

背丈も欧州系であるためか士郎とほぼ同程度まで伸び、凛とのび太を見下ろすような形となっている。

そして何より特徴的……いや、衝撃的なのは。



「―――くっ、わたしより大きいなんて……!?」



「……う」



所謂『母性の象徴』である。

……あえてどこ、とは言わない。

しかしながら、上着の一部分を押さえて唇を噛みしめる凛の言からしてかなりのレベルにあるようだ。

微妙に前傾姿勢を取っている士郎の存在が、それをしっかりと裏付けている。

ハッキリ言って、その自己主張度が尋常ではない。

凛の、そして士郎の(哀しい)反応もむべなるかな、である。



「……成る程、私が仮に成長していたのならば、こうなる筈だった訳ですか。むぅ……一体どういう原理でこんな現象を引き起こしているのか。魔力を感じませんでしたから、明らかに魔術ではありませんしね……」



小声で何事かを呟きながら微に入り細を穿ち、己が身体を見渡し続けるセイバー。

自身の変貌ぶりがよほど衝撃的だったのだろう。

ちなみに視線を送る回数が一番多かった箇所は……まあ、察してほしい。

ヒントとしては、視線を下に落とすだけで容易に視認でき、且つドレスの布地が開かれた部位……あとは解るな?





それはともかく。





明らかに常軌を逸しているこの現象。

魔術という、科学とは真逆のベクトルの力と関わりを持つこの三人でも事態をよく呑み込めないでいた。

こんな現象、大魔術に類する魔術でも実現出来るかどうか解らない……いや、不可能かもしれない。



「どうですか! これで僕の言った事が本当だって事、信じてくれますよね!」



三人の葛藤(一部違うが)を知ってか知らずか、勝ち誇ったように凛に詰め寄るのび太。

凛はしばらくの間、難しい表情をしていたが、徐に息を一つ吐くと。



「……そうね、解ったわ。信じてあげる。流石に今のを見たら、ね」



渋々といった表情ながらも、のび太の言葉を認めた。










―――ただし、視線だけはセイバーの格段にレベルアップした『女性らしさを表す部位』に険しく突き刺さったままだったのだが。




















あと士郎、いい加減背筋を伸ばせ。






[28951] 第七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/29 22:35



その後。



セイバーの『富める部位』についに堪忍袋の緒が切れた凛が嫉妬心剥き出しで「わたしにも貸しなさい!」と“タイムふろしき”をのび太から強奪したものの、



「―――へっ!? っな、なんでこどもになってるの!?」



つい『うっかり』逆に被って成長どころか三歳くらいの姿まで幼児化したり。

混乱する凛を一旦脇に置いたのび太がセイバーの時間を元に戻そうとして、



「あ、やりすぎちゃった……」



「―――な、なー!」



タイミングを誤ってセイバーまで幼児化したり。



「「の、のびた! はやくもとのしゅがたにもどしなしゃい!!」」



「え!? い、いや、あのその、いっぺんに言われても……!?」



エライ舌足らずなこどもセイバー・凛のコンビがのび太に涙目で喰ってかかったり。



「―――――……、ぐっ」



混乱の陰で鼻を押さえて蹲る士郎がいたりと。

まあ悲喜こもごもあった訳なのだが……甚だどうでもいい些末事である。










なんのかんので諸々が元に落ち着くまで十数分の時間を要し。




状況は再開される。










「―――コホン! ま、まあ、おおよその事情は解ったけど……それで、のび太君はこれからどうするんだ?」



「出来れば元の時代に帰りたいんですけど……」



「アテはあるの?」



「それが……思いつかないんです」



その問いにしょんぼりとするのび太。

一頻りの事情を納得してもらったのはいいが、これからどうすればいいのかまではさっぱり判断がつかなかった。

当初の目的はアーサー王に会う事だったが、それもおじゃんになってしまっている。

これ以上、この時代にとどまっていても意味はなく、かといって帰る手段もない。

“タイムマシン”を使う以外に時間を遡れる方法について、のび太は思い当たる事が出来なかった。



「君の持ってる未来の道具で何とか出来ないのか?」



「と言われても……確かに魔法みたいな効果のある道具がたくさんありますけど、僕はドラえもんじゃないから道具の全部を知ってるわけじゃないし……あれ?」



と、唐突にのび太は疑問を感じて首を傾げた。

聖杯戦争の話を聞いた時から頭の片隅に引っ掛かっていた事が、ふと自分の言葉で形になったのである。



「どうしたんだ?」



「あの、士郎さん。士郎さんは、あと凛さんもですけど、魔法使い……じゃなかった、魔術師なんですよね?」



「え? あ、ああ。遠坂はともかく、俺は半人前の魔術使いだけどな」



「魔術使い? 違いがよく解らないんですけど、どう違うんですか?」



「え、そうだな……まあ、ちょっとややこしい話だから、それはまたいずれな。それで?」



「あ、そうだった。えっと、僕のいた時代には魔術とか魔法とか、そういったものはなかったんです」



そう、のび太はその点が不可解だった。

かつてのび太はドラえもんの道具“もしもボックス”を使って、魔法があって、且つ科学ではなく魔法が発達した『もしもの世界』を創り出したことがあった。

それはまさしくパラレルワールド……平行世界を創り出し、行き来していたという事。

所謂『第二魔法』を科学の力で実現していた事になるのだが、その点はまた別の話なのでさておく。

ここで大事な点は、のび太のいた所には魔法・魔術といったものが存在していなかったから、“もしもボックス”を使ってパラレルワールドを創り出したのだという、この前提である。

そもそもそんなものがあったのなら、ドラえもんがその存在を認知していなかったとは思えない、とのび太は考えていた。

普段はあんなでも、22世紀の万能(と言える程のひみつ道具を持っている)ネコ型ロボットなのだ。

あらゆる可能性を○と×で100%判断する“○×占い”や、この世の森羅万象を全て網羅している『宇宙完全大百科』に繋ぐ端末“宇宙完全大百科端末機”といった、魔術や魔法の実在を証明出来る道具も持っている。

その上でドラえもんは存在を否定していたのだから、魔法は存在しなかったと判断していい。

いくつかそれっぽいものはあったが、大半はドラえもんの道具によって発生したものだからそれは科学の延長線上にあると考えていいし、そうではないものも魔術とか魔法とかのカテゴリに当てはめて考えるにはちょっと首を捻ってしまう。

仮にあったとしたならば“もしもボックス”を使用する事もなく、直に探しに行った筈だろう。

魔術がたとえ“秘匿するもの”であったとしても、ドラえもんの道具から完全に隠しきれるとは思えない。

のび太の時代でないとされていた魔法あるいは魔術が、地続きの時間軸上……数十年後の未来である筈のここでは昔から秘密にされながらも存在しているという。

この違いが示す物は一体何なのか、のび太の疑問はそこに尽きた。

のび太は学校の成績等に関しては底辺を這う程の頭脳レベルだが、決して頭が悪いという訳ではなく、むしろ意外な程のひらめき力を有している。

そのため僅かの疑問点からここまで考える事が出来たのであった。





……仮に納得がいかなくても、疑問を感じてはいけない―――主にのび太の名誉のために。





「どういう事なんでしょうか? 魔術が存在してるのなら、過去の僕の時代にあってもおかしくはない筈です。でもドラえもんはそんな事全然言ってなかったし……」



「う、うーん……と言われてもな。正直、俺にもよく解らん。さっきも言ったけど、俺は半人前の魔術使いでな。その辺の知識は欠片も持ってないんだ。遠坂、何か解るか?」



のび太の疑問に答えられなかった士郎は、さっきから瞑目したまま黙っている凛に水を向ける。

数秒の沈黙の後、徐に人差し指をピンと立てて目を開き、言葉を発した。



「―――考えられる可能性がひとつだけ、あるわ。……正直、かなり腹が立つけどね」



「……あ、あの。その可能性って、な、何です?」



苛立ち、剣呑な雰囲気を醸し出す凛に、のび太は士郎の背中に隠れながらおそるおそる尋ねてみる。

どうやら凛に対して苦手意識が芽生えたようである。

相変わらずの臆病さ……やはりのび太はどこまで行ってものび太であった。

まあ、最初の対応が対応だったので、これも致し方ないところではあるだろう。










「のび太、アナタ……平行世界へ迷い込んだのよ。少なくとも、わたしではそれくらいしか考えつかないわ」


















「―――それで、なんで目の前にホワイトボード?」



「う……さ、さあ? 俺に聞かれてもなぁ……というか、どこから持ってきたんだこれ? ウチにはこんな物ないぞ?」



居間の中、目の前にデン、と置かれたホワイトボードに疑問を投げかけあうのび太と士郎。

頭の上には、大量の『?』マークが盛大にラインダンスを踊っている。



「ほらそこ。何をごちゃごちゃ言ってるの? 解説を始めるから、無駄口叩いてないでこっちを向きなさい」



そしてホワイトボードの横には、どこから取り出したのか黒縁の伊達眼鏡を掛けている凛。

服装は赤の上着に黒のスカートのままだが、雰囲気はさながら女教師か、やり手の塾の講師のようだ。

何かが彼女の琴線に触れてしまったのか……とりあえず『触らぬ神に祟りなし』と疑問を封殺して、二人は正面に向き直った。

ちなみにセイバーは既に居間のテーブルに坐して、行儀よく続きを待っている。



「いい? まず平行世界の概念を説明するわね」



そう言って凛はペンでホワイトボードに一本の縦線を描く。



「この線を今、わたし達のいる世界だとしましょう。そして時間の流れは下から上へ、過去から未来へと流れている」



線の横に、下から上へ向けて矢印が書かれた。



「そして未来に向かうに連れて、この線はいくつも枝分かれするの。まあ運命の分岐、とも言い換えてもいいけれどね。例えばどこかで地震が起きた・起きなかった、誰かが死んだ・死ななかった、といった可能性が枝分かれする。それがこれ。未来は不定形で、どう分岐するかは誰にも解らない。ちなみに未来を見通せる能力者……偽物は除くけど……そういった人達はこのいずれかのうちの一つを見る事が出来る、というのが大半ね。ここまでは分かる?」



線の上の部分に、枝分かれした幾つもの線を描いた凛は生徒陣三人に視線を送る。



「ん……まあ大体は。説明が解りやすいからな」



「ええ」



視線を受けて士郎とセイバーは素直に頷いている。

―――だが。



「す、すみません……よく解らないです」



肝心要ののび太はというと目をグルグルと回し、頭から煙を噴き上げていた。

放っておくと知恵熱で脳がオーバーヒートしそうな勢いだ。

どうものび太が理解するには高度すぎる話だったようである。

凛はピクピクとするこめかみを抑えながらも、もっと解りやすいように噛み砕いて説明を始めた。

そして数分の後。



「―――そして、枝分かれした未来は先では決して交わる事はなく、互いに平行線のまま続いていく。これが平行世界って訳。解ったかしら、のび太?」



「……は、はい。何とか。自分の世界を中心にして、同じのようでいて何かが決定的に違う世界のひとつひとつが平行世界だっていうのは解りました……」



ヘロヘロになりながらも、凛先生の言わんとする事をのび太はようやく理解する事が出来た。

頭の上からは、いまだ煙がブスブスと燻りながら立ち上っている。

某首相の名言を借りれば、『よく頑張った、感動した!』と評したいほどの苦労をしたようだ。

……もっとも、あくまでのび太基準の、ではあるが。



「ま、上出来ね。じゃ、次のステップに移るけど……」



だが凛はのび太がやっと話を理解したと見るや、すぐさま次の話題へと切り替えた。

のび太にとってこれは堪らない。

まさに死人に鞭打つかのような苦行……いや拷問である。



「ええ~!? ちょっとぐらい休ませてくれても……」



「却下よ却下! 言ったでしょう、こっちは暇じゃないって! わざわざ貴重な時間を割いて説明してあげてるんだから、むしろ感謝してほしいくらいよ! ここからが本題なんだから、少しくらい堪えなさい!」



「……は、は~い……ガクッ」



凛にバッサリと斬り捨てられたのび太は意気消沈しながらも、渋々静聴する姿勢を整えた。

士郎がポンポンと慰めるように頭を撫でているが、ちょっと……いや、えらく情けない光景である。



「それで、最初に言ったようにのび太は平行世界に迷い込んだ、というのがわたしの見解。その根拠の一つが魔術の存在の有無。のび太のいた世界では存在しておらず、わたし達の世界では秘匿されながらも厳然として存在している。同じのようでいて何かが決定的に違うという、平行世界の定義に当て嵌まっている」



「はい、それは解ります」



「そしてのび太の言っていた『時空乱流』、だったかしら? それに巻き込まれたっていうのが二つ目の根拠。“タイムマシン”のナビゲーターの話だと、巻き込まれた場合、運が良ければどこか別の場所に出るかもしれないという話だったわね」



「はい」



「その“どこか別の場所”が、ある地点から地続きでない、平行世界である可能性は捨てきれない。本来なら平行世界の移動なんてのは『第二魔法』の領域で普通ならまず不可能なんだけど、そもそも“タイムマシン”って、のび太の話の通りなら“時空間”っていう超空間を通ってる訳でしょう? そんなトンデモ空間なら台風が起きれば平行世界の壁を簡単に越えられるかもしれないからね。我が家系の悲願のひとつをあっさり達成してる事には……まあ、百歩譲って許してあげるわ」



「え、それはその……どうも、ってちょっと待ってください!? 普通ならまず不可能って……どういう事ですか!?」



凛の言葉の示すものに勘付いたのび太が凛に詰め寄る。

凛はそれを一瞥すると事もなげにこう告げた。



「言葉の通りよ。結論として、アナタは元の世界に帰れない。移動も含めた『平行世界の運営』は、魔術では到底為し得ない事。まさに奇跡の業なのよ。無限に存在する平行世界、その中の繋がりのない二つの世界の座標をピンポイントで特定し、無理矢理風穴を開けて行き来するなんて、どれだけの対価を支払っても実現不可能。酷なようだけど、あなたの持ってる未来の道具でもおそらくは……」



「そ、そんな……嘘だ、嘘だ! そんな事……あってたまるもんか!」



突き付けられた残酷な結論が受け入れられず、頭を掻き毟りながら慟哭するのび太。

元の時代、いや世界に帰る方法はない。

そう宣言されて平静を保てるような図太い神経を、のび太はしていなかった。

一頻り喚いていたのび太だったが、突如ハッとした様子で抱えていた頭を上げる。

ショックのおかげで、天啓が浮かんだのだ。



「そ、そうだ思い出した! “スペアポケット”はドラえもんのポケットに繋がってたんだ! これなら……!」



かつてのび太は“スペアポケット”の四次元空間を通って、ドラえもんのお腹にあるポケットから出てきた事がある。

悲壮感を背負った必死の表情で、のび太はポケットから“スペアポケット”を取り出すと“スペアポケット”の中に無理矢理頭を突っ込んだ。

あぁ、書いていてややこしい。



「お、おいのび太君!? そんな事して大丈夫なのか!?」



既に“スペアポケット”の中に上半身が消えてしまっているのび太に向かって、士郎が心配そうな表情で声を掛ける。

だがのび太は士郎の声など聞こえていないかのように、一心不乱に“スペアポケット”の中へと潜り込んでいく。

やがて足首の辺りまで潜り込んだところで、“スペアポケット”の隙間から怪訝そうな声が聞こえてきた。



「おかしいな……? もう向こうに出ていてもいい筈なのに……ま、まさか!? この四次元空間は、もうドラえもんのポケットと繋がってないの!?」



くぐもった、だが絶望的な声が居間に響き渡る。

“スペアポケット”の四次元空間と、ドラえもんのポケットの四次元空間の繋がりは寸断されていた。

向こう側は存在しておらず、あちこちに道具が浮かぶ漆黒の空間だけがただ広がっている。

無理もない。

この世界と、のび太のいた世界とは何の繋がりもなく互いに平行線……つまり完全に断絶しているのだ。

いつ、どのタイミングで分岐したのかも皆目解らないし、解りようもない。

四次元空間同士がリアルタイムで繋がるのは同一世界に、ホワイトボードの線に例えるなら同一線上に二つが同時に存在している時のみ。

いかに“四次元ポケット”といえども、存在する世界……線が異なってしまってはもうどうしようもない。

そもそも“次元”が違うのだから。

“四次元ポケット”とのリンクが切られ、完全にスタンドアローンPCのような状態と化した“スペアポケット”……ここに今、ドラえもんをはじめとする『のび太のいた世界』との縁は絶対的に断ち切られた。





「そんな……こんな事ってないよ!! ドラえもーーーーーーーん!!!」





頭を抜き出し、瞳に溢れんばかりの涙を浮かべながら親友の名を叫ぶのび太。

居場所と希望を失った少年の悲痛すぎる絶叫は、居間に立つ三人の表情を暗く沈み込ませた……。




















――――だが、“スペアポケット”の異常はこれだけで終わっている訳ではなかった。



その詳細が判明するには、今少しの時間を要する事になる。





[28951] 第八話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/07/31 11:41



「…………」



「…………」



「…………」



「…………」



のっけから三点リーダ四行では誰が誰だか解らないだろう。

上からのび太、士郎、セイバー、凛の順である。

四人は今、夜の新都の郊外を徒歩にて移動中。

新都郊外の丘の上にある教会へ向かっているのだ。

そこには聖杯戦争を監督している神父がいるとの事。

聖杯戦争について無知である士郎に、聖杯戦争についての諸々を知ってもらうため凛がそこへ向かうよう勧めたのである。

一応凛が一通り説明したのだが、それだけでは士郎の覚悟を決めるには不足だった。

だからこそ、そこへ連れて行って士郎にこの戦争についての心構えを着けさせようというのが凛の狙いだ。

しかし今、この四人の間に会話はなく、まるでお通夜のように静まり返っていた。

原因は言わずもがな、のび太である。

三人が出払った衛宮邸に一人居残って留守番はさせられないため、一緒に連れてきたのだ。



「うぅ……ドラえもん……しずかちゃん……ジャイアン、スネ夫、パパ、ママ……」



「のび太……」



ベソをかきながら、トボトボと足取り重く歩くのび太。

ションボリと意気消沈したのび太の放つ暗い雰囲気が、四人の周囲の空気を息苦しいまでに重苦しくしていた。

勝気な凛すらも、この雰囲気に呑まれてしまっている。

なんだかんだ言ってものび太は小学五年生。

よく言えば繊細且つ純粋、悪く言えば幼稚且つ惰弱なのび太の精神構造、情け容赦なく降りかかる絶望に耐えきれる筈もなかった。

時折士郎が慰めてはいるものの、はっきり言って効果の程は薄い。

やがて坂道を登りきると、四人の前に荘厳な雰囲気を醸し出す教会が現れた。



「着いたわよ……ここに聖杯戦争の監督役、似非神父・言峰綺礼がいるわ」



「似非神父って何だよ、遠坂」



「似非で十分なのよ、あれは。性質が真反対の“聖堂教会”と“魔術教会”の二束草鞋なんだから。行くわよ、衛宮くん」



「あ、ああ……あれ? セイバーは行かないのか?」



「はい。いかに監督役とはいえこの身を徒に晒す必要性も、そのつもりありませんし、何よりノビタ一人をここに残す訳にもいきませんから」



「そうか……なら頼む。じゃ、のび太君。行ってくる」



そう言葉を残して士郎と凛が教会の中へと消えると、後にはセイバーとのび太の二人だけが残された。















「……ノビタ。そろそろ泣くのはお止めなさい。気持ちは分からなくもありませんが……」



「…………うぅ」



セイバーの言葉にも沈黙と嗚咽でしか返答を返せないのび太。

ドンヨリと暗い影を背負ったその惨めったらしい姿は、のび太が精神的に相当疲弊している事を物語っている。

セイバーはただただその様をじっと見つめるのみ。

この年頃の子供と接した経験があまりないのだろう。

何一つ思いつかない様子で立ち竦み、狼狽こそしていないものの顔には「私、困っています」とはっきりと書かれていた。



「……ふぅ。ん……そういえば、ノビタは“タイムマシン”でどこに行こうとしたのですか?」



と、このままでは埒が明かないと思ったのか、意を決したようにセイバーが口を開いた。

のび太は「友達とちょっとした事で口論になって、見返すために“タイムマシン”で時を遡ろうとした」と大雑把にしか説明しておらず、何のために“タイムマシン”に乗ったのかまでは説明してはいなかったのだ。

士郎達も、“タイムマシン”のくだりに喰いついてしまったためその点に関しては突っ込んで聞いてはいない。



「え……と……実は、アーサー王に会いたくて……」



「……アーサー、王?」



悄然と呟かれたのび太の返答に、セイバーは僅かに目を見開いていた。

だがのび太はその様子に気づく事なく、視線を下に落としたまま言葉を続ける。



「皆が……アーサー王なんてただの伝説で……いないって言うから……だから、僕は……」



「アーサー王が実在の人物だと証明するために……アーサー王の生きていた時代へ向かって時をを遡ろうとした、と?」



「うん……でも事故に遭って……それでここに……」



コクリ、と頷くのび太を見て、セイバーはほんの微か、表情を歪めた。

その瞳には、何とも言いようのない不可思議な感情の光が瞬いている。

だがやはりのび太はそれに気づかない。

それだけの精神的余裕がないのである。



「貴方は……アーサー王が、好きなのですか?」



「……昔、アーサー王のお話を読んで。こんな風になれたらなぁって、憧れてた。僕は、臆病で、弱虫だから……」



滲んだ涙を拭い、そして再び溢れ出してくる涙を堪えながらのび太は呟く。

臆病で、非力で、何事からもすぐに逃げ出し、困った事が起これば即座にドラえもんへ泣きつく。

胸を張って人に自慢出来るような事など一つとしてない。

テストはいつも0点、野球をすれば三振にエラーの山。

かけっこだってビリの常連で、ケンカでジャイアンにボコボコにされた回数は数えるのもウンザリする程。

カッコ悪すぎて、情けなさすぎて涙が出てくる。

だからこそ、自分とは真逆の存在に、かつて伝記で読んだアーサー王に憧れた。

強く、気高く、聡明で、勇敢な最高の騎士。

のび太ではどう足掻いてもなる事の出来ない、崇高なる存在。

アーサー王は、のび太の理想だった。



「だから、僕は見返したかった。アーサー王はホントにいたんだぞ、って。いないって言われて、悔しかった。アーサー王は、僕にとって、ヒーローだから……」



「……そう、ですか」



セイバーはそれだけ言うと、サッと踵を返してのび太に背を向け、言葉を切った。

絞り出すように出された声……その訳は、本人のみが知っている。

だがのび太はそのセイバーらしからぬ様子に終始気づかぬまま、近くの植え込みのブロック部分に力なく腰を下ろした。

するとその時、



「―――ふん。少年、そう気を落とすな。諦めるのはまだ早い」



「―――ッ!? だ、誰!?」



虚空から低い、男の声が聞こえてきた。

驚いたのび太は顔を上げ、周囲に目を配るが男など影も形もない。



「事情は大方聞き知っている。にわかには信じがたいが……まあそれはいい。ともかく、自らが持っている手段での帰還が不可能になったのだろう? それこそ奇跡でも起きない限りは。ならば奇跡を願い、起こせばいい。幸い、君は参加者ではないとはいえ、その奇跡が降臨する現場の只中にいるのだからな」



再び男の声が木霊したかと思うと、近くの木の陰から長身の男が闇から滲み出るように姿を現した。















褐色の肌に白い短髪。

赤い外套と黒のボディアーマーを着込み悠然と、だが油断なく自然体で佇んでいる。

だが何より特徴的なのがその鈍色の眼。



「ヒッ……!?」



獰猛な鷹を思わせるような眼差しで見据えられたのび太は、金縛りにあったかのように身を固くした。

まるで蛇に睨まれたカエルのように、顔が見事に恐怖で彩られている。



「アーチャー、いたいけな子供を怯えさせるような真似をしないでください。ましてノビタは傷心中ですので」



「……む、そんなつもりはなかったのだが……何故だ?」



「顔が怖かったからではないですか?」



「……そうなのか?」



セイバーからの指摘を受け、首を傾げつつのび太に視線を移す赤い男……凛のサーヴァント・アーチャー。

若干だが柔らかくなった眼差しにのび太は僅かに硬直を解くと、何故か土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。












「あの……その……ご、ごめんなさい! おじさんが、いきなり怖い目で睨みつけてきたからつい……」












「お、おじ……っ!?」



物凄く失礼にすぎる、のび太の率直な発言。

哀れアーチャー、初対面早々に『怖いおじさん』という不名誉極まりない認定をもらってしまった。

子供は良くも悪くも素直で、正直である。

だがそれ故にタチが悪い、ともいえるのだが……。



「……い、いや、すまない。睨んだ訳ではなかったのだ。この通り、謝るからどうか許してほしい」



アーチャーは表情を強張らせながら、こちらも土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

見かけ二十代かそこらで『おじさん』……しかも枕詞に『怖い』などと、英霊とはいえそんな評価はゴメンなのだろう。

精悍な顔つきと屈強な体躯とは裏腹に、心は硝子の如く繊細なアーチャーであった。




















―――――ちなみに、のび太の中でのランサーの第一印象は『怖いお兄さん』である。






[28951] 第九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/01 23:40



「それでおじさん。諦めるのはまだ早いってどういう意味ですか?」



「……すまんが、出来れば“お兄さん”と呼んではくれまいか? これでも一応肉体年齢は二十代なのでね」



「―――え、ええええぇぇぇ~っ!? 嘘でしょ!?」



のび太の驚愕の声が周囲に木霊する。

偽らざる、本心からの叫びだった。

それを聞いた途端、アーチャーの背中が黒く煤け始める。

そして肩が重くなりそうなほどの哀愁がその背中を覆っていた。



「…………、なあセイバー。私はこんな時、どうすればいいのだろうな?」



「私に振らないで欲しいのですが……そうですね、事実をありのまま、受け入れるしかないのではないですか? “おじさん”」



「君までそう呼ぶのか!? ……くっ、爺さん。今まで“爺さん”と呼んでいた事、今この場で誠心誠意、心から謝罪したい! 年齢以上の呼称で呼ばれる事が、まさかここまで堪えるものだったとは……!」



『ブルータス、お前もか』ばりの絶望感。

アーチャーは遂に膝をつき、天を仰いで二人の与り知らない人物に祈りを捧げ始めた。

訳の解らない事態の展開に、のび太はただただ目を丸くするだけだ。



「……ねえセイバーさん。この人一体どうしちゃったの?」



「私の事はセイバーで構いませんよ。まあ……とりあえず、ご希望通り“お兄さん”と呼んであげてはどうですか? このままでは話が進みませんので」



自分がトドメを差した事を見事に棚に上げ、素知らぬ顔で言ってのけるセイバー。

果たして故意か天然か……真意の程は解らないが、いずれにしろ性質(タチ)が悪い事に変わりはない。








閑話休題。








「……つまり、この戦争でその、『聖杯』……でしたっけ? を手に入れれば元の世界に帰れるんですか? おじ……じゃなかった、お兄さん?」



「ま……まあ、そういう事だ。願いを叶える聖杯ならば、平行世界の壁など物ともせずに帰還する事も可能だろう。数ある伝説にもあるように、元来聖杯とは万能の杯。そういう代物なのだからな。それから……あー、何だ。呼びにくければアーチャーでいいぞ? のび太少年」



気を取りなおしたアーチャーからの説明に、のび太の表情は少しだけ熱を取り戻す。

だが話にはまだ続きがあった。



「―――しかし、君はあくまで迷い人であり、参加者ではない。当然、令呪もサーヴァントも持ってはいない。であるからして、君が聖杯を手に入れる事は不可能だ……本来ならばな」



「えっ!? それじゃ意味ないじゃないですか!?」



期待を持たされたところで逆方向に話を覆されたのび太はアーチャーに食って掛かる。

しかしアーチャーは落ち着き払ったまま、手でのび太を制した。

アーチャーの話はまだ終わっていない。



「落ち着けのび太少年。“本来ならば”と私は言ったぞ? 要は、君が手に入れられなければ誰かに手に入れてもらうまでの話だ。そら、その人物に一人、心当たりがあるだろう?」



「……シロウ、と言いたいのですか? アーチャー。……しかし、首尾よく聖杯を手に入れたとして、シロウがノビタのためにすんなりと聖杯を明け渡しますか?」



「明け渡すさ。間違いなく―――――躊躇いなくな」



断言するアーチャー。

その迷いなく言い切る様に、セイバーは訝しげに眉根を寄せる。

それに気づいたのか、アーチャーは瞑目しつつ、腕組みをして言葉を続けた。



「私もそれなりに人生経験を積んでいるのだ。人を見る目は多少なりともあると自認している。そして、あの小僧は極度のお人よしだ……いっそ病的なまでにな。少年が助かるのならば聖杯ひとつ、安いものだと思うだろうさ」



アーチャーの言葉は、まるで揺るぎない確信を得ているかのように自信に満ち満ちている。

セイバーは何故こうも断言出来るのかが腑に落ちないという様子で、頻りに首を捻っていた。















それから待つ事数十分、教会の扉が開き士郎と凛が姿を現す。

そしてのび太の前に立つと開口一番、こう宣言した。



「のび太君、俺は聖杯戦争に参加する。そして聖杯を手に入れたら……君を元の世界に返してあげるよ」



「…………え?」



のび太の目が点になる。

それは士郎の言葉が意外だったからではなく、アーチャーの宣告通りの発言を士郎がしたからに他ならない。

そしてセイバーとてそれは例外ではなかった。



「シロウ、貴方は……それでいいのですか? あらゆる願いが叶うのですよ? いえそれ以前に、先程まで貴方は参加したくない素振りでしたが……」



「……いいも何も、俺には叶えたい願い事なんてないし、そもそもこの聖杯戦争、偶然とはいえセイバーを召喚してしまった時点で逃げ出せるようなものじゃなかった。そして、勝ち上がっていくしか選択肢がない事も、よく解ったよ。……それに、あの言峰って神父の話じゃ俺にとって、この戦争は因縁のあるものらしいからな」



「因縁……ですか?」



「ああ……ん、いや、何でもない。とにかく、他のろくでもない魔術師(マスター)が聖杯を手に入れたら大変な事になる可能性があるし……なら、そうならない様にこっちが手に入れればいい。それに聖杯なら、のび太君を元の世界に返す事だって可能な筈だ」



「……そうですか。貴方がそう決めたのなら、私からは何も言う事はありません。貴方の左手の令呪がある限り、貴方の剣として戦う事を誓いましょう」



そう宣言し、セイバーは士郎に右手を差し出す。

共に聖杯戦争を戦う主従としての意志、互いのそれを改めて確認するため。



「よろしくな、セイバー……ハハ、頼りない主(マスター)だけど」



士郎はしっかりとセイバーを見据え、同じく右手でその手を固く握り返した。

そして握手を終えると、今度はのび太に向かって右手を差し出す。



「そういう訳だから、少しの間だけ辛抱してくれるかな? なに、大丈夫だよ。きっと元の世界に返してみせるから」



そう言って、実に頼りなさそうな笑みを浮かべる士郎。

それはあまりにも儚い、蜘蛛の糸の如き希望の光。



「士郎さん……あ、ありがとうございます!」



だがそれは確かにのび太の目に光を取り戻させた。

失った道が再び照らしだされ、感極まったのび太。

震える両手で士郎の手を握り返すと、その眼から大粒の涙が零れ落ちた。




















その様子を、ジッと見つめる者が一人。

無機質なような、それでいて熱が籠ったような不可解な視線が一行に注がれている。

それは、つい先程士郎と凛が出てきた扉の陰から送られていた。



「―――ク。始まりの鐘は鳴った。さて、今回の聖杯戦争は一体どのような様相を見せてくれるのか……興味は尽きんよ。なあ、衛宮士郎」



微かに笑みを含んだ声。

ただそれだけを漏らすとサッとカソックの裾を翻し、戦争の監督役たる神父は自らの聖なる堂の闇へと消えていった。




















希望と絶望が入り混じる、凄惨且つ高貴な五度目の争いは、こうして幕を開ける。




















―――――しかし、この『黒幕』の予想をも上回る『闇』がこの戦争において跳梁跋扈しよう事など、誰の推測にも埒外の事であった。





[28951] 第十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/02 22:57










「はっ、はっ、はあっ………!!」










走る、走る。

ただ必死に、ただ只管夜の街並をひた走る。

その顔には色濃い恐怖がありありと描かれ、息せき切って全力疾走するその姿はある種の焦燥感すら漂っていた。

それも仕方がない。

およそ平和な世界で生きてきた平凡な人間であればアレを見た瞬間、一つの猛烈な予感に苛まれるのはむしろ自然な事だ。








“死”。








アレならば誰もがそれを感じ、そして思わず後退りする。

人間に限らず、生物ならば自らの生命に危険を感じれば、すぐさま逃走を図る。

それは生存本能の為せる業……一つしかない自らの生命を守るという、ごく当たり前の衝動であり行動。

夜の街を駆けるその少年は、ただそれに忠実に従っているにすぎない。

誰も責めはしない、誰も非難はしない。

当たり前の衝動を、当たり前の行動を本能の赴くまま、素直に実行に移しただけなのだから。








「――――っ、うっ……くっ!」








だが、少年は誰よりも責めていた。

己自身を。

表情が歪んでいるのは恐怖の感情だけではない。

情けなかったのだ、恐怖に負けた自分自身が。

許せなかったのだ、あの場から逃げ出した自分自身を。

それでも脚は勝手に動き続ける。

自身の生命を守るために、たった一つしかない何よりも大事な物を護るために。

……だからこそ、少年は己自身を責めるのだ。

眼鏡の奥のその眼には、じんわりと透明な雫が浮かんでいた。















「はっ、はっ……う、うわっ!!?」



と、少年はアスファルトに猛烈な勢いでキスをする。

そしてその一瞬後に、カランカランと乾いた金属音が鳴り響いた。

どうやら道端に落ちていた空き缶を踏み付けたようだ。

固いアスファルトに四肢をしたたか打ち付け、ゴロゴロとその上を無様に転がってゆく。

やがて数メートルほど進んだところで、ようやく少年の全力疾走にピリオドが打たれた。



「う……うぅ……グスッ」



後には静かにすすり泣く声。

ペタンとその場に座り込み、両の膝から僅かに赤い液体を滲ませて。

力なく頭を垂れたその姿は、まるで生きる気力を失った癌の末期患者のようだ。



「ドラえもん……」



蹲る少年―――のび太は呟く。

自分の傍らにいない、親友の名を。

ただそれだけしか、出来なかった。

ほんの束の間、微かな嗚咽のみが夜の闇を支配する。















「――――はっ、随分辛気臭ぇツラしてんなぁ、クソガキ」
















「――――ッ!? だっ、誰!?」



唐突に響き渡る、その声。

思わず溢れ出る涙を止め、パッと顔を上げたのび太。

慌ただしくキョロキョロと周囲を見渡す……が、どこもかしこも闇、闇、闇。

月が雲間に隠れた闇夜、人並みにしか夜目のきかないのび太では声の主を見つける事は出来ない。



「―――ったく、いいキッカケが落っこちてきたと思ったらどうしてどうして、このザマかよ。期待外れ、とは言わねぇが……ちっと情けなさすぎやしねぇか? ま、オレが言えた義理じゃねえし、ある意味正しい判断だけどよ。ケケケ!」



再び木霊する、その声。

まるで人を小馬鹿にしたような、ひどく乱暴な物言い。

某真っ白になったボクサー同然の燃えカスになっていたのび太も、流石にこれにはムッときた。



「うるさい! クソガキって言うな! 姿を見せないで話しかけてくるヤツよりマシだろ!? コソコソしてないで、ここに出てきて話せよ!」



「あーあー、うっせえのはどっちだよ、声を荒げんじゃねえよ。近所迷惑だぜ? 今何時だと思ってやがんだ。草木も眠る丑三つ時、子供はもう寝る時間……ってそりゃ無理か! 今寝たら、絶対あのバケモンが夢に出てくるだろうしなぁ。朝になったら布団の中で大洪水は確実かぁ! カカカカカカ!」



「―――――ッ!!?」



下品に嗤う声の主とは対照的に、のび太の顔はサッと蒼白に染まる。

あの身も凍るような恐怖の発端を思い出してしまったのだ。

元の燃えカスへと再び変じたのび太は、瞳に涙を滲ませ力なく項垂れる。

だが声の主は一切の容赦なく、再び悪口雑言を並べ立て始めた。



「しっかしよぉクソガキ、テメェも大したヤツだよなぁ。『仲間を見捨てて逃げる』。ハッ、滑稽すぎて涙が出てくらぁ! ハライタと呼吸困難も一緒にな! ……お~っと、そう怖いカオすんじゃねぇよ。アレじゃ無理ねぇって。オレでもケツ捲って逃げるね、120%。テメェの判断は間違ってねぇよ。褒めてやらぁ、よく逃げたなクソガキ!」



パチパチパチ、と乾いた音が夜の闇に木霊する。

両の手を打ち鳴らす、拍手の音だ。

しかもそれは明らかにのび太を賞賛するもので。





「―――――ッ!!!!」





そのあまりの無神経さに、ついにのび太の堪忍袋の緒が切れた。

血を流す手足もなんのその、ダンッ、と足を踏み鳴らし、勢いよく立ちあがったのび太は虚空に向かって大声を張り上げる。





「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!! 姿を見せろ卑怯者! 一発ぶん殴ってやる!! 僕の気も知らないでさっきから好き勝手……!!!」





顔を真っ赤にし、爪が食い込まんばかりに握りしめられた拳をブルブルと震わせながらとんでもない事を口走るのび太。

ちょっと考えればそんな大それた事、のび太に出来よう筈もないのだが……。

湧きあがる怒りの感情に、どっぷり身を任せている今の状態では冷静になどなれる道理もなかった。

だがそんな怒り心頭ののび太に対し、知った事かと言わんばかりの盛大な溜息がその場に響き渡る。





「ハァァア、殴られるのが解ってて誰が出ていくかよ、バカが。そもそもクソガキ、テメェが俺の姿を拝むなんざまだまだ早ぇんだよ」





「な―――な、何だとぉ!!?」





「いちいちキレんなや、クソガキ。ま、何だ。こっちにも事情ってモンがあるんでな。どうしてもオレを殴りたいってんなら……」















――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。















「――――え?」



その言葉で、のび太の怒りが急速に冷却された。

真っ赤に歪んでいた顔がポカンと間抜けな表情を晒し、握り込まれた拳がフッと力を失って垂れ下がる。

その軽薄且つ粗野な物言いの中に、一筋の真剣味を感じ取ったからだ。



「ほれ、落としモンだ。テメェのだろ?」



と、いつの間にか目の前の地面に白い何かが落ちていた。

まだ精神と表情が元に戻りきっていないのび太だったが、言葉に突き動かされ何とはなしにそれを拾い上げる。

すると今度は、あっと何かに気づいたかのように目を見開いた。



「こ、これっ、僕の“スペアポケット”!? 走ってた時にポケットから落ちてたんだ……!?」



「まあぶっちゃけ、そこのドブに捨ててもよかったんだけどなぁ。それを“ワザワザ”拾って届けてやったんだ。オレってば親切だろ?」



『それ、絶対違うでしょ……』とのび太は心の中でツッコミを入れる。

だが内心はどうあれ、拾ってくれたのは事実だ。

物凄くイヤそうな表情をしながらも、のび太はその場で頭を下げる。



「あ、ありがとう……」



「全然『ありがとう』って表情じゃねぇぞ、クソガキ。まあ、とりあえず受け取っといてやるけどよ――――――テメェ、戻るんだろ? あのバケモンのところに」



「―――――――――」



ピタリ、とのび太の動きが一瞬止まる。

身体の揺らぎも、表情も、呼吸すらも。

それを知ってか知らずか、声の主はそのまま言葉を続ける。










「戻るんだったら一つだけ、予言をしておくぜ。これから先、テメェは強大で、しかも懐かしい『悪』達に出会う。そしてその『悪』を全て越えたその果てに、『この世全ての悪』と対峙する事になる。途中でおっ死んだりしねえよう、せいぜい気を付けるこった! ケケケケケケ……!!」










最後まで人の心を不快にさせるような言動のまま、嗤い声が遠ざかってゆく。

闇から生まれ、そして闇に溶けるようにそれは夜の帳に飲まれ、消えた。

後に残されたのは、のび太ただ一人だけ。



「―――――いったい……何だったんだろう?」



最後の予言とやらもさることながら、最初から最後まで全てが唐突すぎた邂逅。

姿も見せず、顔も解らず、なし崩しに行われた語らい。

のび太の頭では、到底全てを飲み込むには至らなかった。

ただポカンと間抜けな表情を晒したまま、呆然とその場に立ち尽くしている。

しかし、たった一つ。

その身を苛んでいたものはいつの間にか鳴りを潜めていた。



「……、――――――」



と、徐にクルリ、と体を反転させるのび太。

ギュッ、と右手に持った“スペアポケット”を強く握りしめながらキッと視線を上げる。

まだあの恐怖は色濃く残り、身体は小刻みに震えて素直に言う事を聞いてくれない。

だがそれ以上の何かが双眸に宿り、絶対なる恐怖の感情を越えてその身を突き動かしていた。










「―――――――いっ、行くぞっ!」










そして駆け出す。

身体を突き動かす衝動のままに、のび太は元来た道へと足を進めていた。

そのあまりにも頼りない、小さな背には恐怖も、不安もズッシリと重くのしかかっている。

……しかしそれでも尚、迷いだけは、綺麗さっぱり消え失せていた。
































のそり、と黒いナニカが影から飛び出す。

それはスタスタと道の真ん中へと歩を進め、やがてある地点でピタリと歩みを止める。

そこはつい先程までのび太が立っていた場所。

血のように赤いバンダナと腰巻のみを身に纏い、タトゥーのような紋様が全身に刻み込まれた、黒髪黒目のその男。

不気味にすぎる佇まい、気の弱い人間ならばすぐさま卒倒する事間違いなしだ。

しかし……もしのび太がその男を見たならば、驚きのあまりその場に尻餅をついていた事であろう。

男……いやいっそ少年とも呼べるその“モノ”は、のび太の記憶に新しいその“誰か”に瓜二つという程似ていたのだから。




「――――――――」





男は視線をのび太の去っていった方へと向ける。

そしてゆっくりと、ニイィと口の両端を斜め上へと吊り上げた。

それは見る者に恐怖と怖気を呼び起こさせる、ある種凄絶なまでの狂気の笑みだった。












「ハッ……やっと行きやがったか。せいぜい気張りやがれ、“野比のび太”。オレの『目的』のためによぉ。これ以上、クサレ神父や蟲ジジイ達の思惑の“ダシ”にされんのはゴメンなんでなぁ――――――――ヒャアアアアアアアアアハハハハハハハハ……!!!!」












狂ったように高笑いする、その男。

その哄笑は、不可思議なまでに淀みなく、そして“どす黒く”澄んでいた。











―――――月は、まだ雲の中だ。





[28951] 第十一話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/06 15:41








「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」







「くっ……風圧が離れてるここまで来るってどんな怪力だよ!? セイバー、大丈夫か!?」




「シロウ! そのまま離れていてください! はあああぁっ!!」




「ちっ……手持ちの宝石はこれだけか。たったこれっぽっちで現状を打破出来るかどうか……。アーチャー、弾幕薄いわよ! 何やってんの!?」




「凛、その言い方は色々と……いや、了解だ。しかし……全く通用せぬ弾幕に果たして意味があるのか? 目眩まし程度にはなるかもしれんが……はてさて」








「―――ふふふっ……無駄よ。わたしのバーサーカーには誰も勝てない。そして、ここにいる誰一人として逃がさない」








夜の闇の中で繰り広げられる死闘。

青と銀の騎士は目に見えない不可視の剣を振るい、赤い弓兵はその場所から遠く離れた位置に立ち文字通り、矢継ぎ早に鏃の弾幕を浴びせる。

しかし、“それ”は己が身に降りかかるそれらの脅威にいささかも揺らぎを見せる事なく、ただただ死の猛威を振り撒いていく。

振り回されるのは岩の剣。

しかしただの岩の剣ではない。

確実に2メートル以上はあると思われる、鋸のようにささくれ立った刃をした片刃の斧剣。

それをいとも容易く振り回し、士郎やセイバー、凛、アーチャーの命を刈り取りに来ている。

死を振りまく斧剣の担い手は鉛色の巨人。

2メートル強はあろうかという上背、発達した筋肉に鎧われた体躯。

何より特徴的なのがまるで知性というものを感じさせない、光を失ったその異様な双眸。




狂戦士、サーヴァント・バーサーカー。




その怪物を使役するは、雪の精を思わせるような10歳前後の可憐な少女。

腰まで伸びた純白の髪と、ルビーのように紅い瞳を持ちし、ある種歪なまでに純粋な心を持つマスター。




イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。




この互いに正反対の主従が齎す苛烈な死の匂いに、“四人”は晒されていた。



「……しかし、こう言っちゃ何だけど―――のび太君が逃げ出してくれていて助かったな」



「そうね。あの子がいたところで足手まといにしかならなかったし、他を気にしなくてよくなった分セイバーもアーチャーも戦闘に集中出来る。もう一つ言うなら衛宮君、ついでにアナタも逃げ出してほしかったんだけどね」



「それは無理だ。俺はセイバーのマスターだからな」















話は少し前に遡る。















「―――ねえ、お話は終わり?」



あの教会からの帰り道。

突然女の子特有の柔らかく、高い声が聞こえてきたかと思うといきなりそれは現れた。

天にも届けと言わんばかりの巨躯を誇る、鉛色の怪物を引き連れた白の少女。



「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」



「アインツベルン……!? それって御三家の!?」



「あ、あわわわ、あああ、あわ、あぁあ……!?」



「お、おいのび太君、大丈夫か!?」



名乗ったその少女は持ち上げていたスカートの裾を降ろし、自己紹介を終えると、



「―――じゃあ殺すね。やっちゃえバーサーカー」



まるで目に付いた羽虫をいじるかのような無邪気さで、士郎達の殺害を巨人に命じた。





「う……う、うわああああぁぁぁぁっ!!??」





その瞬間、のび太は脱兎の如く駆け出した。

バーサーカーとは正反対の方向、衛宮邸へと続く道筋へと。

その青白く染まった幼い顔に、絶対なる恐怖の感情を貼り付けて。

短時間ながらも濃厚な『死の気配』に晒された結果、のび太の精神はパニックを通り越して恐慌状態に陥ってしまったのだ。

士郎達は引き留める事も、追う事もせずただそのまま行かせた。

あの怪物ならば子供が恐怖に駆られて逃げ出したくなるのはごく当然の事、逃げ出す事で少しでも危険から遠ざかれるのならそれでいいと判断したのだ。

来た道を逆に辿っていけば衛宮邸まで真っ直ぐ帰れるだろうし、何より殺し合いの現場に魔術師でもない、ただの小学生の子供を留めておく訳にもいかない。



「―――シッ!」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



そしてそのまま戦闘へ突入。

セイバーがバーサーカーへと肉薄し、不可視の剣で以て白兵戦を仕掛ける。

アーチャーはその場から即座に離脱、やや離れた位置から弓による援護射撃を開始した。

始まって数分、既に切り結んだ回数は数十合、浴びせた鏃も三ケタに届く。

だが、それでも尚巨人は力の衰えを見せない。

不可視の刃がその身に触れようとも、目にもとまらぬ速度で飛来する幾条もの鏃に晒されながらも、その悉くを肉体が弾き飛ばしている。

未だ傷一つ負っていない、比類なき耐久力を誇る強靭なボディ。

巨大な岩の塊を棒切れのように振り回す膂力もさることながら、何よりそれが四人をして苦戦を強いらせていた。















「―――くっ! セイバーがここまで手こずるとはね。攻撃が通じない上にあんなナタのお化けみたいなの振り回されたら、懐にも潜り込めない!」



悔しげや表情を浮かべながら唇を噛む凛。

状況は千日手に陥ってしまっている。

アーチャーの矢は堅牢なボディに無効化され、セイバーは狂ったように振るわれる斧剣に斬撃を悉く弾かれ何度もたたらを踏む。

凛も手持ちの宝石で魔術を行使し、バーサーカーを狙うがそれもやはり無駄に終わり、へっぽこ魔術使いの士郎は何も出来ず、悔しげに顔を歪めるだけで論外。

決め手に欠ける命のやり取り。

今のところ、均衡状態が続いているがどちらが優勢かは火を見るよりも明らかだ。

さながら果物ナイフとチェーンソーのぶつかり合い。

どちらが先に砕けるかは自明の理、早く勝負をつけなくては四人揃って物言わぬ屍と化す。

士郎と凛は焦り始めていた。



「―――凛。少し離れていろ。一発デカイのをぶつける」



「―――ッ! 士郎、セイバー! すぐにここから離れて! それから対ショック!」



アーチャーからの念話が凛に届き、凛は淀みなくその真意を汲み取るとすぐさま隣の士郎に指示を飛ばす。

セイバーはその直感で即座に状況を理解し後退、士郎は訝しみながらもその剣幕に圧され、粛々と指示に従う。

全てが終わったその瞬間、ヒュッと風切り音が聞こえたかと思うとバーサーカーが突如爆発を起こした。



「ぐうっ!?」



「うぅっ!」



撒き散らされる衝撃波と閃光に対し、腕で身体を庇いながら耐え凌ぐ士郎と凛。



「――――――!」



セイバーは目を細くし、不可視の剣をかざして光と爆風を防御している。

体勢を低くしてやりすごす、その華奢にすぎる姿はやはり年相応の少女のそれだった。

しかしその凄烈な意志を宿す眼差しだけは唯一、少女としての一線を画している。



「―――チッ。まったく、呆れるな。どこまでタフなヤツだ」



「……えっ?」



と、アーチャーの舌打ちが念話を通じて伝わってき、凛は僅かに首を傾げる。

しかし爆発で生じた煙が晴れると、その意味が実感を伴って理解出来たようで、秀麗な眉根を寄せながら吐き捨てるように毒づいた。



「―――ホント、どこまでタフなのかしら」



「……冗談だろ、あれで無傷なのかよ!?」



「流石に……悪夢ですねこれは……」



三人……いや四人の目に映ったモノ。

それは掠り傷一つ負っていない、威風堂々と爆心地に佇むバーサーカーの姿だった。





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





己が健在ぶりを示すかのように、虚空に向かって思うさま雄叫びを上げる鉛色の巨人。

セイバーの呟き通り、まさに悪夢のような光景だろう。

先程放たれたアーチャーの矢の威力は、今までバーサーカーに向けて放たれたどの攻撃より強力だった。

しかし、バーサーカーはそれにすら全く堪えた様子を見せず、むしろ怒りによって闘志が増しているときた。

必殺の一矢が、ただバーサーカーの怒りを買っただけの結果に終わったなどと、誰だって信じたくはないだろう。



「フフフ……惜しかったわねリン。中々の威力だったけど、私のバーサーカーに傷をつけるにはまだ力が足りない。バーサーカー、ここからは遠慮はなしよ。徹底的に……潰しなさい」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



歌うように告げる己がマスターの言葉に、咆哮で以て応えるバーサーカー。

斧剣を振り上げ、先程まで対峙していたセイバーへと凄まじいスピードで吶喊していく。



「―――くっ!」



素早く剣を構え、迎撃するセイバー。

しかし結果は先程のリプレイ……とはやや違った。





「―――あぁあっ!」





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





二合、三合、四合、五合と火花を散らして切り結ぶうち、セイバーの体がたたらを踏むどころか右に左にと、まるで嵐に揉まれる帆船の如く大きく揺さぶられる。

剣の技量ではセイバーが明らかに上。

だがバーサーカーはそれをも上回る金剛力で以て力任せにその優位性をひっくり返し、逆にセイバーを圧倒している。

そしてもう一つ、バーサーカーがセイバーを圧倒たらしめている要素がある。

それは“質量差”だ。



「くそっ、セイバーが圧されてる! さっきは互角の戦いだったのに!」



「当然よお兄ちゃん。技はともかく、体格が違いすぎるもの。むしろ本気になったバーサーカーが相手でよくここまで保ってるわね、アナタのサーヴァント」



悔しげに表情を歪める士郎と、それとは対照に余裕の笑みを湛えて言葉を返すイリヤスフィール。

セイバーは身長154センチ、体重42キロとごくごく平均的な思春期の少女のそれ。

対するバーサーカーは身長253センチ、体重311キロという、通常ではありえない体躯を誇る。

身長はセイバーの約1.5倍強、体重は実にセイバーの約8倍という目を疑いたくなるような開きがあるのだ。

物理の法則上、質量の小さいものと大きいものがぶつかり合えば後者が前者に打ち勝つ。

軽トラックと10tトラックが正面衝突すれば、軽トラックは原形を留める事なくグシャグシャにひしゃげてしまう。

この場合、どちらが軽トラックかは言うまでもないだろう。

むしろ純粋な技量のみで絶望的なまでの質量差を凌いでいる、セイバーの剣技こそ神掛かっていると言わざるを得ない。



「くぅ……! アーチャー、援護!」



「……無理だ。事が一対一の状況に至ってしまえば援護など、セイバーの邪魔にしかならん。逆にバーサーカーの怒りを煽るだけの結果に終わる」



力ないアーチャーからの応答に、凛の眉根が皺を刻む。

マスター二人とサーヴァント一体が何も出来ぬまま、騎士と狂戦士による一対一の剣戟が月光の射さぬ宵闇の中、ただ延々と繰り広げられる。

そして、遂に終幕が訪れた。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



「があっ!?」



バーサーカーの横薙ぎの一閃に、セイバーがゴムまりのように弾き飛ばされた。

地面に強かに叩き付けられ、一瞬セイバーの息が止まる。

幸い目立った外傷は見当たらないものの、体勢が完全に崩れてしまったこれは致命的。

バーサーカーは当然、その決定的な隙を見逃さない。

戦術眼などといった大層なものではなく、理性を奪われ、狂わされても尚……いや、だからこそ残存する、ただただ闘争に身を置く者の『本能』に従って。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



見る見るうちに接近するバーサーカー。

セイバーの呼吸は今だ乱れたまま、体勢を立て直す事もままならず膝立ちで相手を見据えるのが精々だ。

目に宿る鋭い光はそのまま、しかし状況は絶望的。

思わず悔しさに顔を歪めるセイバー。

それでも剣を握る手に力を籠め、絶望へと文字通り刃向おうと膝立ちのまま構えを取る。




「くっ……!」





「セイバー!」





「アーチャー、構わないから弾幕を……!」





「終わりね」





四者四様の言葉が紡がれ、バーサーカーの斧剣がセイバー目掛け振り下ろされる。




















―――その、瞬間だった。




















『――――ドッカーーーーーーン!!!』




















そんな声が聞こえてきたと同時、バーサーカーが突如横殴りに吹っ飛ばされた。




















「―――は?」





「―――え?」





「―――ウソ!?」





「―――どうして!?」





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





バーサーカーは突進の勢いそのままに、セイバーの脇をかすめると民家の壁へと頭から突っ込んだ。

ブロック塀がガラガラと崩れ落ち、バーサーカーの巨体は粉々に砕けたコンクリート片に埋れていく。

一同、そのあまりに異様な事態に思考が追いつかない。

セイバーの斬撃を受けても、アーチャーのあの矢を喰らってもビクともしなかった怪物が、何をされたかどこかのギャグマンガのように壁に突っ込むなど、ここにいる誰もが想像だに出来なかった。










「―――ふぅ~っ。ま、間に合ったぁ……」











と、道の向こう側から声変わり前の、それでいてどこか気の抜けた声が響く。

この場にいる全員の視線が、バッと一斉にそこに向けられた。

そして一同が、同時に驚愕の表情を浮かべる。















「な……なんで君がここに……!?」



「そ、その……士郎さん達がやっぱり心配で……戻ってきちゃいました」















小柄な体躯と、幾分気の弱そうなその声。















「きちゃいました……って、アンタ状況解ってるの!? 下手したら死ぬかもしれないのよ!? アンタはあのまま逃げるのが正解だったの!」



「は、はい……でも、僕は……」















黄色の上着に紺の半ズボン、水色のスニーカーを履き丸い眼鏡を掛けた、その小柄な出で立ち。















「―――どうして戻ってきたのですか? 貴方は……バーサーカーの恐怖に駆られて逃げ出した。貴方の判断はそれでよかったのです。私達は貴方を肯定こそすれ、責めたりはしない。そのまま逃げていれば安全だったのに……何故? 怖くは、ないのですか?」



「……正直、怖いよ。それに死んじゃったら元の世界に帰れないし、今も足が震えてる。でも……嫌だったんだ、セイバー」



「嫌? 何がですか?」



「……自分達とはまったく関係のない僕なんかを、助けるって言ってくれた。そんな人達を……怖いから、死にたくないからって、見捨てて逃げるのが。だから……」















身体のあちこちに擦り傷を作り、足は痙攣を起こしたかのように細かい振動を刻み、眼鏡の奥の瞳には恐怖の影がチラついている。

しかしそれ以上の確かな何かが、その少年の小さな身体から揺らめいているのを、この場にいる全員が感じ取っていた。

それは絶望的な逆境に立ち向かう事の出来る、この弱者が唯一つだけ持つ絶対なる武器。















「アナタは……確か最初に逃げちゃった子よね? この後追いかけて殺すつもりだったから、手間が省けてよかったわ。何で戻ってきたかはよく解らないけど……最後に名前くらいは聞いてあげる。アナタのお名前は?」



「僕は……ぼっ、僕は!」















見た目同い年の白の少女の言いようのない気配にたじろぎながらも、キッと少年は視線をぶつける。

前方に突き出された左手には、銀に輝く丸い筒。

頭には、小さい竹トンボのようなプロペラ。

左の腰には、鞘に収まった日本刀が一振り。

右のポケットには、細身のピストル状の物が一丁。

そして眼鏡の奥の双眸に宿るは――――恐怖を塗り潰すほどに迸る、“勇気”。















「―――通りすがりの、正義の味方っ!! 野比、のび太だ!!!」















高らかに名乗りを上げる少年――――野比のび太。




恐怖を乗り越え、迷いを振り切って……今ここにのび太は聖杯戦争へと、真の意味で一歩足を踏み入れた。









――――雲間から、月が頭をもたげた。





[28951] 第十二話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/10 23:39



「のびちゃ~ん、ちょっとお願いが……あらドラちゃんだけ?」



「あれ、ママ? どうかしたんですか?」



都合三つ目のどら焼きを頬張っていたドラえもんであったが、突然部屋の戸が開かれたかと思うと、その奥の廊下に佇む一人の女性と目が合った。

入ってきた女性は野比玉子。

野比のび太の母親であり、どこに出しても恥ずかしいほど胡散臭い青ダヌキ「誰が青ダヌキだ! 僕はネコ型ロボットだって言ってるだろ!?」……ハイハイ、自称未来から来たネコ型ロボットをすんなりと我が家に迎え入れた、ある意味で大物すぎる女傑である。

そしてのび太にとって頭の上がらない存在であり、野比家の実質的ボスでもある。



「ドラちゃん、のびちゃんがどこにいるか知らない?」



「一旦は帰ってきたみたいなんですけど、またどこかに出掛けちゃったみたいです。多分空き地かなぁ? ムグムグ……」



「あら、そう……お使いを頼みたかったんだけど、いないんじゃしょうがないわね。ドラちゃん、代わりに行ってきてくれないかしら?」



「はむ、ムグムグ……ング、はいはい解りました。買う物は……ああメモがありますね」



食べかけのドラ焼きを大口を開けて放り込むと、差し出された買い物カゴを受け取るドラえもん。

中に入っていたメモ用紙を取り出し、ふむふむと内容を覚えていく。



「お願いねドラちゃん。それから、もし途中でのびちゃんに会ったらさっさと宿題を片づけるように言っておいてちょうだい」



玉子はそう言い置いて踵を返すと、パタンと襖を閉めて一階へと戻っていった。



「……はぁあ、やれやれ。また外に出る事になるのかぁ。なんて間の悪い……ま、いいか。買い物のついでにのび太君を探してみよう」



溜息混じりにそう呟くと、ドラえもんはお腹に装着された“四次元ポケット”に両手を突っ込みゴソゴソと漁る。

やがて目的の物を取り出すと、それを頭のてっぺんにカチャリと取り付けた。

黄色い竹トンボのようなその物体は、まごう事なきひみつ道具の定番、“タケコプター”。



「さて、まずはスーパーへ、と……」



そして部屋の窓を開けると徐にそこから一歩を踏み出し、窓の外の晴れ渡る大空へと飛び立っていった。








「……あ、お~いミーちゃ~ん!」



「みゃ~」








……途中、空から見つけたガールフレンドの猫、ミーちゃんに頬をだらしなく緩めながらパタパタと手を振って。




















―――今日も、のび太の世界は平和だった。










のび太の窮状を知るのは、まだまだ先の事のようだ。




















「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



ムクリと瓦礫の中から巨体を持ち上げたバーサーカーは、自らを吹き飛ばした張本人であるのび太に向かって疾駆する。

本能的に、この場での脅威になると悟ったからだ。

斧剣を振り上げ、その場に佇むのび太目掛け凄まじい勢いで凶器を振り下ろす。

―――が。





「のび太く―――んんっ!?」



「い、いない!?」





一瞬、士郎と凛は我が目を疑う。

斬撃の直前、いつの間にかのび太の姿がその場から煙のように消え失せていた。

忽然と、まるで最初からそこにいなかったかのように。

当然、狂戦士の斧剣は無人の空間をただ薙ぎ払う結果に終わる。

しかし空振った斧剣は空間を切り裂き、大気を掻き回しその衝撃波によって瓦礫を勢いよく巻き上げた。

振っただけでこれでは、当たればただでは済まない……しかし、当たらなければ意味はない。

果たしてのび太は一体どこに……。






「―――うはぁあ! お、おっかな~い……! セイバー、大丈夫!?」



「―――え!? ノ、ノビタ!?」



「「「はあっ!?」」」





少年少女の驚愕の声が夜の闇に響き渡る。

何とのび太はいつの間にか、セイバーの横に立っていた。

先程のび太が立っていた場所からそこまで、実に数十メートルはある。

それを一瞬で、バーサーカーの神速の剣撃すらあっさりと潜り抜けて踏破して来たのだ。

まさに電光石火、目にも止まらぬ早業。

マスター陣はあまりの衝撃に思考が追いつかず、ただ口をパクパクと動かすだけでセイバーに至ってはギシリとその場で硬直する始末。

しかしのび太はそんな様子を知ってか知らずか、上着の袖で冷や汗を拭いながらひどく心配そうな表情でセイバーに声をかけていた。

目を白黒させつつも、セイバーはアワアワと疑問をやっと口にする。



「ノ、ノビタいつの間に、こちらに!? 最速を誇るランサーでもあるまいし、貴方は、一体、どうやって……!?」



「お、落ち着いてセイバー!? 説明は後でするから! とにかく、今はアイツを何とかしないと!」



取り乱すセイバーを揺さぶってどうどうと宥めながら、のび太はスッと左腕をバーサーカーに向ける。

左腕の先には月光を反射して銀に輝く、円筒形の筒が填められていた。

本来、彼の親友であるドラえもんの持つ22世紀は未来のひみつ道具、“空気砲”。

高密度の空気の塊を撃ち出す、小型・短銃身の大砲であり、最大出力ならば、実に数百キロもある鋼鉄製のロボットすら木っ端微塵に破壊するという代物だ。

先程バーサーカーを吹き飛ばしたのはこれである。

のび太はそれ以外にも、道すがら“スペアポケット”から自分が知りうる限りのひみつ道具で武装を固めてきた。

頭につけたプロペラは、空を自由に飛ぶ事の出来る定番のひみつ道具、“タケコプター”。

腰に佩いた日本刀は、レーダー内蔵で自動反応、たとえド素人がただ振り回しても剣の達人と互角に渡り合えるひみつ道具、“名刀・電光丸”。

ポケットに忍ばせたピストルは、相手を殺傷する事なく気絶させる事の出来るひみつ道具、“ショックガン”。

そしてのび太は、実は足にもひみつ道具を仕掛けていた。

塗れば目にも止まらぬ速さで走る事の出来るひみつ道具、“チータローション”を塗っていたのだ。

これの効果でバーサーカーの剣撃を寸前で掻い潜り、セイバーのところまで一瞬で移動した、という訳である。

しかし……。



(……困ったなぁ。あそこからここまで走ってきたから“チータローション”の効果がさっきので切れちゃった……それに改めてあのバーサーカーってヤツを見てると“空気砲”はともかく、“名刀・電光丸”と“ショックガン”は通用しなさそうだなぁ)



そう、のび太の不安はまさにそこにあった。

“チータローション”のデメリット、それは効果時間が非常に短いという事。

あの謎の声の主と会話した場所からこの薬を使用していたせいで、セイバーの位置への移動を最後に効果限界が来てしまったのだ。

さらに問題なのはセイバーの剣を弾き、アーチャーの矢を物ともしないその強靭な鉛色の巨体。

勿論途中参加であるのび太はそんな事を知る由もないのだが、手当たり次第装備してきた武器の中で、“名刀・電光丸”と“ショックガン”からは既にある程度見切りをつけていた。

“ショックガン”は“空気砲”よりも純粋な破壊力がないからそこまで効果が期待出来そうにない上、“名刀・電光丸”で接近戦でも挑もうものなら、地力の差と何より質量差であっという間に潰れたトマトが一つ出来上がる。

如何に理不尽な力を持つひみつ道具とはいえ、扱う本人と相手の情報を抜きにして単純に計算する訳にはいかない。

……それに加えてもう一つ、非常に重い不安要素が。



(なんか、“スペアポケット”の中の四次元空間がどうもおかしいんだよね。あんなに道具、少なかったっけ?)



“スペアポケット”を漁った時に感じた違和感。

頭を突っ込んだ時にはいっぱいいっぱいでそこまでよく見ていた訳ではなかったのだが、改めて手を入れてみて解った。

明らかにひみつ道具の数が減っているのだ。



(……多分、ドラえもんのポケットとのつながりが切れちゃったから、半分くらいが向こうに行って、あとの半分がこっちに残っちゃったんだと思うけど。でも、このバーサーカーってヤツが相手じゃ、たとえひみつ道具の助けがあってもきっと……。―――――よし、それなら……)



ゴクリ、と唾を飲み込む音がのび太の喉から鳴る。

仮に“スペアポケット”の中身がどうであれ、のび太は最初から自分一人であの化け物を何とかしよう、などという自惚れた事は欠片も思っていなかった。

これまで劣等生として生きてきたのび太は、自分自身の身の丈というものをよく知っている。

もっともそれは多少……どころか多分に卑屈な物ではあるのだが。

その上でのび太は考える。

自分自身が出来る事を……そして、この場において状況を打開し得るキーマンが一体誰であるのかを。



(……うん、これだ! これしかない!)



僅か数秒の沈黙の後、のび太は決断を下す。

そして視線を―――自らの隣に立つ、剣の英霊に向けた。



「セイバー!」



「は、はい!?」



「僕が援護するから、セイバーはアイツと思う存分、戦って! さっきまでアイツと戦ってたの、セイバーなんでしょ? 僕が到着する寸前に吹っ飛ばされてたみたいだけど」



「あ、貴方が援護……ですか!?」



「そう!……って、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ、僕はしゃ「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」……えっ!?」



突然の提案に面食らうセイバーを説得にかかるのび太だったが、再び接近するバーサーカーの咆哮に言葉を強引に断ち切られた。



「ッ!? バーサーカー、もう……って、ノ、ノビタ!?」



「うぅ、もうちょっとだけこっちを見失ってて欲しかったのに……! ええい、もう! ドッカーーーン!」



咄嗟に不可視の剣を構えるセイバーだったが、その眼前にスッと躍り出たのび太に出端を挫かれる。

のび太は焦りを封殺したしかめっ面で“空気砲”を構えると、ヤケ気味に引き鉄となる言葉を発した。

超高密度に圧縮された空気塊が掛け声通り『ドカン!』と勢いよく発射され、地響きを上げながらのび太達の方へ真っ直ぐ突進してくるバーサーカーへと向かう。

―――が。





「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」





「……え!? そ、そんな!? さっきは効いたのに、どうして!?」



まるであの初撃が嘘のように吹き飛びもしなければグラつきもしない。

“空気砲”の直撃をドテッ腹に受けたにも拘らず、バーサーカーの疾走が止まる事はなかった。

むしろ「そんな物が効くか!」と言わんばかりに、盛大な咆哮を上げながら斧剣を振り上げ、更に疾駆スピードが増す。



「くそっ! ドッカーーーン! ドッカーーーン!! ドッカーーーン!!!」



目の前で起きた異常事態に目を見開くのび太、動揺を押し殺しながらも再び“空気砲”を、今度は三点バーストでぶっ放す。

だが今度はその空気塊がバーサーカーの身に触れる事すらなかった。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



何とバーサーカーは疾走スピードを維持したまま、振り上げた斧剣を縦横無尽に振り回し、猛然と迫る邪魔な三つの空気塊を悉く切り払った。

その常軌を逸した光景に、のび太はただただ唖然とするばかり。

常識の通用しない相手である事は承知していたが、まさかここまでとは思わなかったのだ。

何しろのび太は戦闘開始直前に一度逃げ出したため、直後のサーヴァント同士の死闘を直に見ていない。

実感の欠如、その一点こそが致命的であった。

勢いを駆って僅か数秒で肉薄、その巨大にすぎる斧剣を、のび太達目掛けて振り下ろさんとするバーサーカー。





「ノビタ! 退がっ「くぅ……! セイバー、“飛ぶよ”!!」―――え!?」





一瞬の逡巡、のび太は即断する。

そしてセイバーの真横にスッと下がると―――セイバーの腰に手を回した。





「と、飛ぶ!? 一体何の……う、うわああぁっ!?」





「え!? の、のび太君が……」





「と、飛んだ!?」





士郎と凛の再びの驚愕。

のび太は大地を蹴り、月の浮かぶ漆黒の夜空へと勢いよく飛翔する。

右腕の中に、混乱と動揺の坩堝に叩き込まれたセイバーを抱え込んで。

そしてそれは間一髪の差、スレスレでロープを切られた断頭台の如く振り下ろされた斧剣から逃れる事に成功した。



「―――ふぅっ、危なかったぁ~っ。まったく……こんなのばっかりだよ、もう」



「ノ、ノビタ……空を、空を飛んでいる……!?」



ブチブチと愚痴を漏らすのび太、それに対して絶え間のない驚愕と混乱ですっかりキャラクターの変わってしまったセイバー。

きっと生身で空を飛んだ経験が皆無なのだろう……あの凛々しい姿がまるで嘘のようだ。

のび太の身体に両腕を回し、決して落ちまいと必死の表情でしがみついている。

普通だったら男として狂喜すべきシチュエーションではあるのだが生憎今は非常事態、おまけにセイバーの身体は重厚な銀の鎧で覆われている。

気分が高揚するどころの状況ではないし、女性特有の柔らかい感触も何もあったモノではない。

もっとも“あの”成長した姿ならいざ知らず、仮に鎧を着ていなくとも今のセイバーの場合であれば、そうは変わらな「―――コロシますよ?」……コホン、ともかく。

カタカタカタカタ、とのび太の頭の上で軽い機械音を鳴らす“タケコプター”。

こんなチャチなプロペラ一つで空を飛ぶなど誰が想像出来よう。

想像の斜め上の効果を齎す不可思議かつ不条理な道具、それがひみつ道具の真骨頂。

体勢を整えるバーサーカーを眼下に見下ろしつつ、のび太は再びセイバーを説き伏せにかかる。



「セイバー、もう一回言うけど僕が援護するから、セイバーはアイツに思いっきりぶつかっていって」



「し、しかし貴方が戦うなどと……貴方自身は何の力もない、子供ではないですか! いくら不可思議な未来の道具を使っているとはいえ、殺し合いの場に立つのは危険すぎる……!」



首を振り、のび太の提案を一蹴するセイバー。

一応“タケコプター”の衝撃からは脱却出来たようで、ある種無茶苦茶な提案に憤りはしていても先程の混乱は微塵も感じられない。

しかしセイバーの反対に対し、のび太は普段ののび太からは想像もつかない不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。



「大丈夫だよ。見たところバーサーカーは飛べないみたいだし、僕は空からこの“空気砲”で援護しかしない。それに……僕って射撃だけは得意なんだ」



あとあやとりかな、と銀に輝く左手のそれを持ち上げつつ軽い調子でのたまうのび太。

だがそれとは裏腹に目に宿る光は凄烈そのものであり、炯々とした輝きを放っている。

ある一線を越えるとのび太は途端に肝が据わり、普段とはうってかわってどんな逆境にも立ち向かう勇気と度胸を持つ。

今ののび太は己に対する自信と確信に満ち満ちており、歴戦の古強者然とした、ある種の風格すら漂わせていた。

その子供の戯言と切り捨てられるような軽い口調と言葉に、ズシリと重い真実味を持たせるほどに。



「しかし! それでも「セイバー」……ッ!?」



それを受けて尚抗議しようとするセイバーに対し、のび太はセイバーの深緑の瞳に己が目を向け、名前を呼ぶ。

互いの視線の交錯……それだけでセイバーの声は封殺された。















「僕を――――信じて」















決意を秘めた、瞳と言葉。















(――――ッ!?)















その瞬間、セイバーは奇妙な感触に襲われた。















(な、何ですか、この感覚は?)



ザワリ、と全身を駆け巡る、その感覚。

身体の芯が熱くなるような、心の奥にニトロでも放り込まれたかのような、不思議な高揚感が湧き上がる。

いや、それだけではない。

全身に言いようのない力が漲ってくるかのような、熱き血潮の昂り。



(この感じ……!? まるで自分自身の何かが、吼え狂っているような……!? いったい私の身に何が起こって……!?)



自らの変化に戸惑うセイバー。

ひみつ道具を持っているとはいえのび太はただの子供であり、魔術師でもなくましてや己のマスターですらない。

だからこそ、自身の身に影響を及ぼす事など出来よう筈がないのだ……本来ならば。

だが現実として、己の力が荒れ狂い、増加……いや“増幅”しているのが解る、解ってしまう。

そしてその高揚感は、もしやこのままバーサーカーを討ち倒せるのではないかという、一種過剰なまでの自信をセイバーに与えていた。



(理由は……皆目解らない。―――でも、これなら!)



のび太から片腕を離し、不可視の剣を顕してグッと握り込む。

そのまま眼下のバーサーカーを見下ろしつつ、自らの変化を押し隠し溜息を一つ吐くとセイバーは告げた。



「……まったく、強情ですね、貴方は。……私の負けです、ノビタ。貴方に背中を任せます。ですが、くれぐれも無茶はしないように」



「セイバーもね。武器はあるの?」



「私の剣は不可視の剣……ですから傍目からは視認出来ないのです。見えないでしょうが、もう右手に掴んでいますよ? それから……既に解っているかと思いますが、バーサーカーのボディに並の攻撃は通用しません。須らく無力化されてしまいます」



「うん、みたいだね。“空気砲”も通じたのは最初だけで、後は効かなくなってたし。……でも大丈夫。僕の役目はあの化け物を倒す事じゃなくて、化け物を倒すセイバーを援護する事だから。それに、それならそれでやりようはあるんだよ? さっき思いついたんだけどね、具体的には―――」



セイバーの耳元にそっと顔を近づけるのび太。

囁かれた内容にほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべたセイバーだったが、それも一瞬の事。

のび太の方を振り返ると、揺るぎない瞳で厳かに告げた。





「……信じていますよ? 子供とはいえ、一人の男として背中を預けろと言った以上、そして啖呵を切った以上は……責任を持ってくださいね?」





「任せて! じゃ……行くよ!」





顔を見合わせ、頷きあう。

そしてのび太が手を放すと、セイバーは眼下の狂戦士目掛け空から吶喊していった。




















―――しかしこの時、当事者であるのび太も、セイバーも、士郎も、凛も、イリヤスフィールも、況やアーチャーですら気づいていなかった。










いくら未来で製作された超科学兵器であるひみつ道具とはいえ、神秘も魔力も宿らぬ“ただの兵器”である事に変わりはない。










サーヴァントを傷付けられるのはサーヴァントの所持する、神秘を内包する『宝具』か、余程の魔力を持つ代物のみ。










だが最初の一撃だけとはいえ、“空気砲”はバーサーカーの身体を傷付けこそしなかったものの、数十メートルの距離を吹き飛ばし得た。










“サーヴァントへの干渉”の前に立ち塞がる絶対的前提を、完全に無視し飛び越えているという、この事実が示すものを。










気づいていたのは――――――闘争における『本能』で以てその茫漠とした危険性を感じ取る事の出来た狂戦士・バーサーカー。















……そして。




















「――――はぁぁん、クソガキは援護に回ったか。ま、この戦争のデビュー戦、んであのバケモン相手の立ち回り方としちゃ悪かねぇ選択だなぁ。さぁて、結果はどう転ぶのかねぇ―――――ケケケケケ!」




















いずこからかこの場の様子を窺っている、この戦争の『闇』だけであった。




[28951] 第十三話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/29 22:38






「嘘……何よこれ……」






狂戦士のマスターである、白の少女はその光景に呆然とした。

あり得ない、こんな事はあり得ないと。

頭の中でそんな取りとめのない言葉がただただ堂々巡りする。

しかし目を逸らしたところで、目の前の現実が覆る訳もない。

白の少女は、ただただそれに目を奪われているしかなかった。










――――勢いよく噴き上がる鮮血の、鮮やかすぎるそのアカに。










そして己が従者の――――に。




















「――――――はあっ!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



互いに追突するように刃を振るう、剣の英霊と狂戦士。

前者は自由落下からの唐竹割り、後者は上空へ向けての薙ぎ払い。

しかしその剣戟の様相は、先ほどまでのものとは全く違っていた。



「ぅぐッ! ……うおおああああぁぁっ!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



接触する、不可視の剣と長大な石斧剣。

吼える騎士と猛る狂戦士。

大上段から渾身の力で以て振るわれた剣を防ぎにかかったその斧剣は。





「――――があっ!!」





――――次の瞬間、金剛力を誇る右腕ごと弾かれていた。




「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」




バットの真芯で捉えられた硬式球の如く、凄まじいスピードで軌道を180度逆の方向へと強制的に変更させられる。



「どういう事……!? セイバーがバーサーカーに力負けしてない……いえ、むしろ圧してる!?」



驚愕の声を漏らす凛。

いささか興奮気味に口を突いて出たその言葉は、現状を実に的確に表している。

そして彼女の隣で呆然と立ち尽くしている騎士のマスター。



「凄ぇ……」



その魂でも抜かれたかのようにボンヤリと見開かれた目が、彼女の言葉に一層の真実味を持たせていた。



「―――――、ク」



昂ぶる闘志を隠しもせず、ニヤリと口の端を吊り上げるセイバー。

セイバーの剣戟は、ほんの僅かの間で確実にワンランク上の威力へと昇華していた。

そのあまりにも唐突すぎるパワーアップぶりに、ここにいる一同は皆ハンマーで後頭部を強打されたかのような衝撃を受けている。

セイバーの劣勢だった鍔迫り合いが、ここに来て五分の状況にまで持ち込まれた。

しかし、五分という事は当然――――バーサーカーからの反撃も来る訳で。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



弾かれた斧剣をその膂力で以て強引に軌道修正、そして力強い踏込み。

大気を切り裂かんばかりの勢いで横薙ぎの一閃が放たれる。

当然、それに気づかぬセイバーではない……筈なのだが。



「――――――――」



どういう訳か剣を正眼に構えたまま、ジッとその様子を見据え微動だにしない。

このままでは確実に弾けたザクロだ。

しかし動かない。

その代わりに――――唇が、小さく動いた。















――――信じていますよ。















『ドッカーーーーーン!!!!』















突如空から飛翔してきた空気塊が、空間を滑る斧剣の腹を直撃する。

その衝撃によりバーサーカーの横薙ぎはベクトルを強制変更され地面へとめり込み、轟音と共にセイバーの左真横のアスファルトに、ビシリと亀裂を走らせた。

当然、凶刃は届くどころか掠りもせず、したがってセイバーは無傷である。

空気塊の正体は……語るまでもないだろう。

“空気砲”による、上空からの精密射撃。

そして狙撃手(スナイパー)はといえばこれまた言わずもがな、








「今だ、セイバー! 攻撃!」








――――“タケコプター”で滞空している、のび太だ。

“空気砲”を装着した左手に右手を添え、叫ぶ。

“空気砲”の筒の先、銃口からは硝煙のような煙が一筋、ユラユラと立ち上っていた。




















「のび太少年……キミは一体、何者だ?」


のび太のバーサーカーへの精密射撃、その一部始終を『鷹の目』で捉えていた男が一人、呆然と呟く。

弓兵のサーヴァントであり凛の相棒、アーチャーだ。

現場から数キロ離れたポイントに陣取り、いつでも狙撃出来るよう弓を構えていたアーチャーであったが、空中でのび太とセイバーの間で交わされた何らかのやりとりからこっち、状況を静観していた。

勿論狙撃姿勢は崩さぬまま。

数キロ先の歩道のタイルも一枚一枚視認出来る『千里眼』で以て、アーチャーは戦況を大局から観察出来る立場にある。

そして一から十まで見ていた。

のび太の、バーサーカーへ放った“空気砲”の一撃を。

その一連の過程すべてを、余すところなくつぶさに。





――――鳥肌が立った。





余人にはいざ知らず、末席とはいえ、弓の英霊としてこの場にいるアーチャーには理解出来る。

地上から遠く離れた上空数十メートルの位置に滞空し、神速で薙ぎ払われるバーサーカーの“斧剣”に直撃させた、その一撃の難解さを。

バーサーカーを狙ったのではない、のび太は明らかに振るわれる斧剣を狙っていた。



(もはや、少年の持つひみつ道具とやらがどうのこうのといったレベルを完全に超越しているな……)



アーチャーは乾いた唇を湿らせながら思う。

アーチャーの認識出来る限りでは、のび太の使用しているひみつ道具は“タケコプター”と“空気砲”のみ(無論、アーチャーは名称など知りはしないが)。

“タケコプター”には姿勢制御装置はともかくとして、射撃の補助機能などは一切ない。

“空気砲”に関しても、スコープといった精密射撃補助ツールもなければ自動追尾機能……所謂ホーミング機能も付加されておらず、砲弾である空気塊はただ直進するだけのもの。

つまりのび太は、純粋な自分自身の技量のみで砲弾を斧剣に命中せしめたのだ。



(……異常だ、異常すぎる。何だそれは? 本当にただの小学五年生の出来得る事か?)



考えてもみて欲しい。

どれだけ射撃の腕に自信があろうとも、時速数百キロで振るわれる斧剣の腹に、ああもタイミングよく砲弾を直撃させる事が果たして可能なのだろうか?

例えるなら、蛇行しながらマッハの最大スピードで稼働する新幹線の窓から身を乗り出して、数百メートル先に立てられた的の中央を銃で撃ち抜くようなものだ。

しかも一発の撃ち漏らしもなく延々と、そして一センチのズレも許されないという極限の縛り付き。

そんなハイレベルな流鏑馬もどきの結果など、実に解りきってしまっている。

不可能だ、そんな事は。

もはやそれは人間業ではない。

仮にそんな事が出来る人間がいたとすればそれは――――。





(少年――――君の射撃の腕は、英霊の域にまで至れる可能性を持っている)





もしも、本当にもしもの話だが……仮にこの聖杯戦争で彼がサーヴァントとして召喚されるような事があったとすれば、間違いなくアーチャーのサーヴァントとして召喚されただろう。

それほどまでに、のび太の射撃は神懸かっていた。





放つ弾丸の角度と弾速、動く目標の軌道と相対距離、風などの自然条件……それらすべてを理解し数秒先の未来を詳らかにする脊髄反射の高速思考。





諸々の位置関係を瞬時に掌握する高い空間把握能力。





そして自らの判断に躊躇いなくGOサインを下せる、並外れた自身の腕への信頼と勝負度胸。





のび太の力は――――間違いなく、本物だっだ。





事実、のび太をただの子供と見ていた士郎と凛は、鮮やかすぎるのび太の手並に開いた口が塞がっていない。

もっとも、それはアーチャーとて認識の上では同じ穴の狢(むじな)であった訳だが。



「―――凛」



「ッ……何よ、アーチャー」



突然のアーチャーからの念話に、凛は少しだけ驚いた。



「見違えたセイバーと少年の支援に見惚れているところ悪いが、ひとつ提案がある」



「……この戦いについての作戦?」



「無論」



「……勝算は?」



「少なくとも、バーサーカーの攻撃力を大幅に削ぐ事が可能だ。あわよくばセイバーがアレを仕留める絶好の機会を作れるかもしれん。今のセイバーならば、ともすればあの怪物の命に刃が届くだろう」



「……詳しく話しなさい」



「了解だ。といっても実に簡単な事なのだがな。要は――――」



そして主従の間で交わされる、作戦会議。

数秒の後。



「……成る程ね、盲点だったわ。それならいけるかも。でも―――出来るの?」



「私の予測が当たっているのならばな。もっとも九分九厘、間違ってはいない筈だ。そうであれば、私と彼なら―――可能だ」



溢れんばかりの自信を込めて言い放たれた、アーチャーの言葉。

そう、可能だ。

共に最高且つ極上の狙撃手(スナイパー)である、アーチャーと、のび太。

弓と空気の大砲という獲物の違いこそあれど、この二人ならば。

狂戦士の牙を、へし折る事が。



「―――――、フ」



確信に満ち満ちた弓兵の表情が、獲物を狩らんとする獣のように笑み崩れた。




















「のび太!」



「ドッカーーーン! ド……ってはい!?」



凛に急に大声で名前を呼ばれ、空中で“空気砲”を連射していたのび太はほぼ条件反射的に返答してしまっていた。

しかしだからといって己が進んで請け負った仕事を忘れてはいない。

視線だけはそちらの方に固定したままだ。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



「くっ……こちらが圧しているとはいえ、それでも凌ぎますか!」



のび太が斧剣を逸らした回数は既に十回を数える。

その都度セイバーは攻勢に転じようとするのだが敵もさる者、斧剣を握っていない方の剛腕で以て迎撃してくるものだから未だ彼の身に一撃も入れてはいない。

防御のために無理矢理振るわれた斧剣を数合弾き飛ばしたりはしているが如何せん斧剣、敵の肉体ではない以上、さして意味のない事だ。

同時にセイバーの攻撃が悉く防がれている事も如実に表している。



「凛さん!? 何ですか急に!? こっちは忙しいんですけど!?」



「いいからそのまま聞くっ! 今アーチャーをこっちに呼び戻しているから、貴方はそのままアーチャーと合流しなさい!!」



「えっ!? おじ……じゃなかった、アーチャーさんと!? どうしてですかぁ!?」



「作戦があるのよ! 詳しい事はアーチャーから聞きなさい! 今更だけど、自分からここに飛び込んできた以上、覚悟はいいわね!?」



「ホントに今更ですよ、それ! それで、アーチャーさんはどこにいるん……ですっ!?」



突如、飛来してきた数条の光芒がバーサーカーに降り注ぐ。

次いで着弾したそれらが次々と爆発を起こし、爆風と閃光がその巨体を覆い隠した。

のび太の声が不自然に途切れたのはそのせいだ。

その隙にセイバーは一旦その場から距離を取り、そして光芒は未だ止む事を知らない。

流星群の如き光のシャワーが雨霰とバーサーカーを飲み込み、遂には発生した衝撃波と爆炎がキノコ雲を作り上げた。



「り、凛さん……まさか、こ、これってアーチャーさんが……!?」



「その“まさか”よ! 矢が来た方向は解るわね!? 距離はそうない筈だから、今のうちにさっさと行きなさい!! ……ちょっと、いつまで固まってるの!? 時間がないのよ、グズグズしてないでとっとと行く!! バーサーカーがあの程度でくたばるタマかっ!!?」



「はっ、はいっ!?」



爆発の光景に気を取られ、放心していたのび太だったがその様に焦れた凛の一喝でビクッと身を竦ませ、慌てて矢の来た方向へと飛翔する。

勿論バーサーカーの方へ“空気砲”の筒先を向けるのも忘れずに。















「来たか、少年」



「おじさ……じゃない、アーチャーさ……って、ええっ!?」



現場からそう遠くない位置に、弓兵はいた。

幅の狭い電信柱の上に直立し、黒塗りの西洋弓を構えている。

のび太はどうしてそんなところで弓を構えていられるのかと目を見張ったが、サーヴァントの異常さは今更であるしそれよりも優先すべき事があったため、すぐさま気を取り直すとそのままアーチャーのすぐ横に滞空状態で並んだ。



「何に驚いたのかは知らんし、状況が状況故にあえて何も聞かんが……これから行う作戦に君の力が必要なのでな。すまんが力を貸してくれるか?」



「それは別にいいですけど……僕はどうすればいいんですか?」



「基本的には先程まで君がやっていた事と同じ事だ。正直、君の射撃には度肝を抜かれたが……いや、今はそれはいい。とにかく、君は私が矢を放った直後にその空気の大砲をバーサーカーの斧剣に命中させてほしい」



「アーチャーさんの矢の後に……?」



その真意が理解出来ず、のび太は首を傾げる。

だが「いずれ解る」と既に矢を番えているアーチャーに言われ、疑問符を頭に浮かべたまま“空気砲”を構えた。

“空気砲”の射程ギリギリのこの位置、難易度は先程の比ではない。

更に今度はアーチャーの射の直後に斧剣に命中させろという、縛りがついている。

そのおかげで最早神業レベルの技量を要求されてしまっている……のだが、のび太の目は揺らがない。

のび太の射撃に対する自負はそんなレベルの難易度で投げ出したくなるような、軟な代物ではない。



「私の矢では構造上、面制圧には向かんのでな……それに威力も僅かに足りん。加えて、今はまだ僅かの手の内も晒したくはない」



「え? 何ですか?」



「いや……とにかく、行くぞ。準備はいいかな?」



「えっ、はっ、はい!」



獲物を一方向に向ける、両狙撃手(スナイパー)。

二人の視線の先には油断なく不可視の剣を構えるセイバーと、








「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」








いまだ燃え盛る爆炎の中で衰えを知らぬ雄叫びを上げる、バーサーカーがいた。









































オマケ


のび太の恐怖意識度ランキンク(ドラ主要メンバー+これまで出会ったFateキャラ)




士郎≒セイバー<ドラえもん≒スネ夫≒パパ<<ジャイアン<<しずか≒イリヤ<謎の声の主<<アーチャー<ランサー<<<<<(克服不可の壁)<<<バーサーカー<<<<<<<凛≒ママ




※あくまで作者主観による。




[28951] 第十四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/29 23:01











「いいか、タイミングを合わせろ、少年!」



「はっ、はい!」











ギリギリと弓を引き絞る音。

番えられた矢が、今か今かと放たれる時を待っている。

その矢は先程まで放っていた物とは少々違っていた。

何というか……武骨なのだ。

強いて言うなら釘をそのまま矢にしたような、どこまでも剥き出しといった印象を見る者に抱かせる。

その矢を射んとするは弓の英霊ことアーチャー。

アーチャーは待っていた。

この矢を放つ、絶好の好機を。

おそらく数回は必要だろう。

だがそれで確実に目的は達成される。

この矢と……彼の隣で滞空しつつ“空気砲”を構える、のび太の力を合わせれば。



「はあああぁぁぁっ!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



今だ荒れ狂う爆炎から抜け出してきたバーサーカーをセイバーは強襲する。

だがそれを予想していたかのようにバーサーカーは斧剣を振るい、突き出された剣を弾く。



「ちっ!」



セイバーは小柄さを生かし、すぐさま体勢を整え直すとバーサーカーを上回るスピードで再び仕掛ける。

しかしバーサーカーは無理に反撃に出ようとせず、ほんの一歩身を引くと片足を軸に前方へ向かって猛烈な薙ぎ払いを放った。

決して覆す事の出来ないバーサーカーの優位性、あり得ない程の質量差を生かした防御方法。

如何に力が増したセイバーとはいえ、これを貰えばひとたまりもない。

やむなく攻撃を中断し、セイバーはバーサーカーの間合いから離れて下段に構え、機を窺う。

そして攻撃から防御優先に意識をシフトし始めたバーサーカー。

片手で斧剣を中段に構え、こちらもセイバーの様子をジッと窺っている。

張りつめた糸のような緊張状態。

互いに力量が互角だと理解しているからこその、この睨み合いの状況。










―――そこにつけ入らない理由はなかった。















「……疾ッ!」



「ドッカーーーーーン!」















彼方から飛来する、矢と空気塊の二点バースト。

その二つの音速の弾丸は、前方に突き出されていたバーサーカーの斧剣の腹側に、見事に命中した。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



最初に矢が斧剣に食い込み、その直後に空気塊が矢の上から超高密度のハンマーを叩き付ける。

まさに絶妙のタイミングだった。

斧剣に二度の……いや、二重の衝撃を受けたバーサーカーは堪らない。

斧剣を掴んでいた右腕が外側に大きく吹き飛ばされ、無防備な身体を思うさまセイバーに晒すような格好になってしまう。



「もらった……ッ、え!?」



その隙を逃すまいと一歩を踏み出そうとしたセイバーだったが、バーサーカーの取った行動に動きを止められた。

バーサーカーは衝撃を受けた勢いそのまま、右足を軸にその場でグルリと身体を回転させ、衝撃を逃がしつつ再度防御体勢を整えたのだ。

その動きは、今までのバーサーカーらしからぬものだった。

金剛力に物を言わせ、全てを力任せに打ち砕いてゆく『剛』の戦い方ではない。

相手から受ける力をも利用し小器用に、だが的確に立ち振る舞う『柔』の戦い方。



「……手強くなりましたね」



理性を失って尚戦いのレベルを一つ上げたバーサーカー。

乾いた唇を舌で湿らせつつ、セイバーは唸るように呟いた。




















「……手強くなったな」



その感想は、赤い弓兵にとっても同じであった。

……しかし、違う点がたった一つ。



「だが、おそらくあと一発か。如何に神秘の籠った頑強な代物だとはいえ、鍔迫り合いで大分消耗していたのだろうな。好都合だ」



「あと一発? あの、何の事ですか?」



『射礼八節』の最後の項、“残心”。

矢を放ち終えた姿勢を崩さぬまま、鷹のような鋭い目でバーサーカーを見ていたアーチャーの呟きに、隣ののび太は首を傾げた。

アーチャーの視線の先には、刀身の半ばに深々と矢の突き刺さった斧剣がある。

まるで楔のように突き立つそれ……“空気砲”の圧力に押され、岩で出来た斧剣の柄側刀身ド真ん中を見事に貫通している。



「……少年、君はバーサーカーの剣に私の矢が突き刺さっているのは見えるか?」



「えっ……と、あ、はい一応は。月が出てますし、何とか」



眼鏡の奥の目を細めて答えるのび太。

アーチャーのように『千里眼』を持っていないのび太ではあるが、月明かりがあって尚且つ夜闇に慣れたのび太の目には、およそ二百メートルは離れた現場がどうにか見えていた。

だからこそバーサーカーの斧剣を狙えた訳なのだが、のび太は肝心のアーチャーの意図が未だに解らないでいた。



「私の矢を楔、君の大砲を金槌と置き換えてみたまえ。それで解る筈だ」



「クサビ、と金槌……? え? あの、クサビって何ですか?」



ズルッ、と電柱から片足を滑らせるアーチャー。

慌てて落ちそうになる身体を立て直し、再びバランスよく直立体勢をとるとフウ、と溜息を一つ漏らした。



「……そこからなのか。そういえば君はまだ小学生だったな」



「あ、あの……その、ごめんなさい。何も知らなくて」



「いや、謝られても困るのだが……何やら君を苛めているような気分になってしまう」



ションボリと呟くのび太に対し、アーチャーはバツが悪そうに顔を顰める。

小学生の物の知らなさをあげつらって悦に入るなど英霊として……いや、彼自身の性格からして決して許される事ではない。

たとえのび太があまりに無知で無学で無教養で学力レベルが残念すぎるという、動かしがたい純然たる事実があったとしてもだ。

……しかしながら、のび太は決して察しの悪い方ではない。



「つまりだ、君はハンマーで私の置いた釘をバーサーカーの剣に突き立てた。そして、石に切れ目を入れるにはもう一か所……あとは解るな?」



「んん?? え~と……っあ!」










「「そ、そういう事かぁ!!」」










“二人分”の「物凄く納得がいった」と言わんばかりの声が、月の佇む漆黒の夜空に吸い込まれた。

一つは当然のび太のもの。

そしてもう一つは……。




















「そういう事よ……まったく、じっと観察していたのに気づかないなんて、士郎も大概ね。小学生ののび太並なんじゃないの? アナタのおツム」



「うぐ……っそ、そこまで言う事ないだろ、まったく……」



しかめっ面で、だが力なく凛に言い返している士郎。

そう、もう一つの声はこの男だった。

凛がポツリと漏らした「アーチャーの作戦」という言葉に興味をひかれ、凛に尋ねてみたところ、



「見てれば解るわ」



と言われたのでジッと事態の推移を観察していたのだが、





「……??」





首を傾げるアホの子よろしく、士郎は見事に皆目解らなかった。

その様子を察した凛が呆れを堪えながら答えを開示すると、まさに目からウロコといったように手をポンと打って納得の声を上げたのだった。

そんな士郎へ対する凛の辛辣な言葉は心底からのもので、士郎の心は鋭利な言葉の刃で容赦なく刺し貫かれていく。








「……このへっぽこ」



「ぐはっ!!」








それはもうグサグサと。

いっそ清々しいほどのメッタ刺しである。

さながら某樽にナイフを次々突き刺していく、黒いヒゲのゲームの如く。





……だがそんな軽いやり取りとは裏腹に、二人の目は眼前の攻防に釘付けになっている。












「――――――――」



「――――――――」












セイバーとバーサーカー。

互いに獲物を構えたまま、ピクリとも動かない……いや、動けないのだ。

現状、セイバーとバーサーカーの地力は諸々の要素を鑑みてまさに伯仲している。

そんな状況下で迂闊に仕掛けようものなら、仕掛けた自らの死を以て勝負の幕があっさりと下りてしまう。

だからこそ、互いに微動だにせず機先を制し合っているのだ。

そしてそれが故にバーサーカーは、彼方の狙撃手達(スナイパー)をどうする事も出来ない。

そちらに意識を割いてしまえばたちまち窮地に追いやられてしまう以上、捨てて置くしか選択肢は存在しない。

それに狙撃手達(スナイパー)の攻撃は、振るう斧剣の軌道を強制変更させ得るほどの精密性と威力を備えてこそいるものの、その頑健な肉体に傷を付けるには如何せん火力不足である。

攻撃を悉く妨害されるのは業腹だが、自らを脅かすリスクが相対するセイバーよりも低い。

ならば放置しておく方が無難であると、バーサーカーはその本能で判断していた。

しかし―――。





「―――――はあっ!」





機先を読んだか、セイバーがアスファルトの大地を蹴り、仕掛ける。

こと『読み』に関しては、Aランクの『直感』スキルを持つセイバーがバーサーカーよりも一歩抜きんでている。

研ぎ澄まされた第六感で以て先の先を取り、その鉛色の肉体を両断せんと不可視の剣を閃かせ、狂戦士へと迫る。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



当然、バーサーカーはそれを迎撃にかかる。

機先を取られたとはいえ、守勢を維持する事に重点を割いた以上、対応出来ない事などない。

すぐさま右手の斧剣を振り翳し、迫る刃を叩き潰しに掛かる――――が。





「……これで終わりだ!」



「ドッカーーーーーン!」





またしても唸りを上げて襲い来る、二筋の流星。

当然、それに対してバーサーカーは迎撃も防御も行う事は出来ない。

今意識をそちらに移してしまえば、接近するセイバーに決定的なチャンスを与えてしまう事になる。

堅牢な肉体を頼みに凶弾の対処に移る事も可能といえば可能だが、セイバーの太刀を喰らって尚肉体が傷を負わないという保証は既にどこにもない。

セイバーの力が上がっている事はこの場の誰もが認識している事、打ち合いのパワーにおいて今やセイバーはバーサーカーと拮抗している。

下手をすればバーサーカーの上半身と下半身は一刀の下に泣き別れだ。

バーサーカーはその事を『戦士の本能』で察している……故にそちらに意識を割くという選択肢はこの狂戦士にはない。



「アーチャー、のび太、ナイスタイミング! ……これで!」



「――――いける!」



結果、徹甲弾の直撃でも受けたかの如き衝撃が斧剣を襲い、次いで鋭利な鉄の楔が圧縮空気の破城鎚で深々と打ち込まれる。

指を鳴らす凛と片手でガッツポーズをする士郎の視線の先には、柄よりやや上の細い刀身部分に二本の矢が見事に喰い込んだ、狂戦士の斧剣。

そして彼方のアーチャーは『千里眼』で以てその様子を確認するや刹那の間も置かず、最後の仕上げに取り掛かった。










「――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」




「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」










爆発。

バーサーカーの右手の斧剣から突如爆炎と閃光が迸り、次いで一拍遅れてバーサーカーの足元でドズゥンッ、と重たげな音が響く。

アスファルトを砕き、深々と突き立ったそれは――――。



「よし! 武器破壊成功ね!!」



根元からへし折られた、バーサーカーの斧剣だった。



「今だ、セイバー! 行けぇ!!」



『武器破壊』。



詰まるところ、アーチャーの立てた作戦はそれだった。

確かにアーチャーの矢ではバーサーカーに傷を付けられない。

だがバーサーカーの持つ斧剣に関してだけはきっと違う。

アーチャーはその仮定を基に作戦を考案、念話で凛に作戦を伝え見事に狙い通りの結果を実現させた。

作戦のヒントとなったのは、のび太がバーサーカーの斧剣目掛けて放った“空気砲”の一撃。

バーサーカーのボディはあの超圧縮空気の圧力を受けて揺るぎもしなかった……にも拘らず、斧剣に当てた時だけはあっさりと弾き飛ばされていた。

しかも何度もだ――――この事実が示すもの、それはつまり……。








(―――バーサーカーのボディ……おそらく何らかの加護がある……はある一定の威力以下の、もしくは一度喰らった攻撃を無力化する。……だがそれは、あの岩の剣に関しては適用されていないという事だ!)








果たして結果はご覧の通り。

無残に粉砕され、アスファルトの地面に亀裂を走らせている岩の刀身が、それが正解であると如実に物語っている。

バーサーカーの数少ないウィークポイント……それは手数の少なさ。

その比類なき膂力を生かし、獲物である大岩の斧剣を振り回してセイバーと鎬を削っていたバーサーカーであったが、ここに来て唯一無二の武器を失ってしまった。

迎撃姿勢を矢と“空気砲”の衝撃で完全に崩され、しかも武器まで破壊されてしまってはもはや堀のない裸城同然。

決定的な、好機。






「―――ぁぁぁあああああっ!!」






駆けるセイバーの周囲が、突如陽炎のように揺らめき始める。

セイバーの持つスキル、『魔力放出』。

ジェット推進機関のように高圧縮の魔力を身体から放出する事で瞬間的に、だが爆発的に己が力を上昇させるこのスキル。

絶好の好機が到来したこの瞬間を逃すまいと、セイバーは切り札の一枚を迷わず切った。

身体中で猛り狂う魔力をブースターに、セイバーは一気に狂戦士へと間合いを詰める。

そして完全にバーサーカーの間合いを侵し切り、刃を鋼の肉体へと振り下ろそうとしたその瞬間。








―――狂戦士は思わぬ行動に出た。















「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」















「ッなに!?」





「体当たり!? いえ、吶喊!!」





「クッ……詰めが甘かったか!」





「まさか捨て身かよ! セイバー!!」















『死中に活あり』。



あろう事かバーサーカーは役立たずと化した斧剣を即座に投げ捨て、全体重を乗せて前に踏み出してきたのだ。

手に武器がなければ、己が身体を武器とするのみ。

身の危険を顧みず、両の手を握り込み鋼の拳へと変貌させ、セイバーの華奢な身体を砕かんとする。

バーサーカーは薄々とだか気づいていたのだ。

アーチャーとのび太のコンビが放っていた攻撃が、一体何を狙ってのものだったのかを。

バーサーカーは距離的問題からアーチャー・のび太を優先順位から捨ててかかっていたが、されど決して油断はしていなかった。

既に予兆はあったのだ。

幾度目かのび太に斧剣を逸らされた時、バーサーカーは躊躇いなく斧剣を掴む手とは逆の腕で反撃を行っていた。

明らかに斧剣を失った状況を予期しての動きである……流石にこれはアーチャーの失点と言わざるを得ない。

結果として、バーサーカーは一か八かのクロスカウンターを敢行。

そして相手が攻撃に移るその瞬間こそが、カウンターが威力を発揮する好機なのである。





「――――くっ!」





歯噛みするセイバー。

もう躱せない、捌けない、防げない。

ライフルから発射された弾丸が、決して進路を変える事が出来ないように。

己の頭蓋がザクロのように弾け飛ぶ、そのビジョンが脳裏を掠める。

体勢は既に攻撃段階、今更防御や回避に切り替えられる余裕など残されていない。

そして今まさにセイバーの側頭部にその凶悪なハンマーを叩き付けんと――――。















「セイバーッ!? ……ええいっ、間に合えええぇぇぇっ!!」















――――したところで突如、バーサーカーの動きが止まった。















「「「「……え?」」」」





四者四様の呆けた声。

どういう訳かその場にピタリと停止したバーサーカー、よく見ると果たして意識があるのかどうか。

あの重油のように重苦しく、強烈な殺気が嘘のように鳴りを潜めていた。

……だがそれも一瞬。



「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」



ビデオの一時停止を解除したかのように、もののゼロコンマ数秒で再起動を果たしたバーサーカーが再び猛り狂い、拳を叩き付けんとする。

しかし悲しいかな、既に形勢は逆転していた。

セイバーにとっては、その降って湧いたような刹那の間で十分だったのだ。





「――――はあああぁぁぁぁっ!!!!!!」





瞬時に足の裏に魔力を圧縮、そして起爆。

体勢を低くし、その推進力で以てセイバーはバーサーカーの剛腕を紙一重で掻い潜る。

カウンターという技術は決まれば強いが、逆に不発に終わればその瞬間、致命的な隙が生まれてしまう。

まさに諸刃の業なのだ。

尋常でない拳圧を全身で感じながらも、セイバーは大岩のようなバーサーカーの身体を踏み台に駆け上っていく。

そして頭頂部……バーサーカーの頭の高さまで身体を浮かせたその時、セイバーは見た。

バーサーカーの向こう側、距離にしておよそ百メートルは離れたその位置に。








(……やはり、貴方だったのですか)








知らず、セイバーの唇が半月状に吊り上がる。

セイバーの視線の先にいた者、それは……。















(咄嗟に出た、刹那の“早撃ち”……ですか。まったく、これではどちらが英雄(ヒーロー)か解りませんね……ノビタ)















―――右腰の“ショックガン”を抜き放ったまま滞空する、のび太の姿であった。















その表情は焦りのためか蒼白に染まり、だがそれでいながらどこかしら安堵の笑みを浮かべている。

最初の読みの通り威力が足りず、ほんの一瞬だけしかバーサーカーに通用しなかったものの、“ショックガン”はここ一番で見事大仕事を果たしてくれた。










「――――せいっ!!」










そして一撃。





バーサーカーに向けて不可視の剣が振るわれる。





その一閃はあやまたずバーサーカーの首元に吸い込まれ……。




















―――――夥しいほどの赤い鮮血と共に、その首を中空に刎ね飛ばしせしめた。




















「お~お~、ド派手なこって。あのバケモンを斬首刑かよ。ケケ、実質三人がかりとはいえ、やるじゃねぇか。けどま、あのバケモンがこれで終わりたぁ思えねぇけどなぁ……あん? ッ、クハッ! おいおい、あのクソガキ生首見て気絶しちまいやがったよ! やっぱ根本はヘタレだね、あのガキは……ま、お子様には刺激の強すぎる光景だわなぁ、ヒヒヒヒ……!」







『ケケケケケ!』と心底面白そうな嗤いが暗闇に響き渡る。

だがそれも束の間。

ピタリと嗤い声が止み、今度は幾分か落ち着いたような低い声に変わった。








「……さて、締めが気になるが見物はここまでにしとくか。宿題は早めに片づける、ってね。……とりあえず、今日はあのクソムシだな。放っとくとイロイロとメンドくせぇからなぁ、あのヤローは……ま、気分もイイし、ちゃっちゃと引導を渡しに行ってやるとしますかねぇ……ヒャァァァァァアアアアアハハハハハハハハハハ!!!」








まさしく狂ったかのような哄笑。

その狂気を合図に、この戦争の闇はその在り様よろしく、文字通り闇に溶けるようにこの場から退場した。















――――漆黒の空の中天で、月が燦然と輝いていた。





[28951] 閑話1
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/30 22:07










「よぉジジイ、お楽しみのところワリィんだけどよぉ……さっさとこの世から消えてくんねぇか?」










薄暗い……いや、文字通り闇に染まった石造りの地下室。

中には独特の湿っぽい空気、そして鼻が曲がりそうな凄まじい臭気が漂っている。

死体でも腐っているかのような、それはもう凄絶な腐乱臭。

一般人なら即座に鼻をつまみ、嫌な予感に苛まれ脱兎の如くそこから退避するだろう。

だがソレだけは違った。

鼻を覆う様子もなく超然と石畳の上に佇み、挙句嘲り笑いを浮かべ不遜な言葉を闇に向かって投げかける。

いったいどんな神経をしているのか……決してまともなものではないだろう。

あるいは、これこそがソレにとっての『正常』なのかもしれないが。





「――――カカ、イキナリ失礼じゃのヌシは? 最近の若者は他人の家の尋ね方も知らんのか?」





もう一つ、今度はしゃがれた低い声が闇の石室に木霊する。

まるで百を超えた老人のような声……この地下室の異様な雰囲気と相まって壮絶な怖気を誘われる。

だがソレはまるで怯えた様子を見せず、むしろ愉快そうにニタリ、と凄絶で凶悪な笑みを浮かべた。





「あん? 知るかんなモン。第一こんな地下室に玄関なんてあるわきゃねぇだろうが。で、返事は? 『はい』か? 『Yes』か?」





あくまで挑発する姿勢を崩さない、どこまでも傲岸不遜な言動。

哄笑を浮かべ続けるソレに対し、しゃがれ声は今度は震えるような嗤い声を漏らす。



「クカカカ! 遠慮のない物の言いようじゃの、若いの……ま、姿を隠したままなのも何じゃ。ひとつ顔を合わせて話すとしようかの」



「オレはさして見たかねぇんだけどなぁ、テメェの小汚ぇツラなんざ。まあ折角こんな薄汚ぇトコまで来たんだ、好きにしやがれ」



そしてその言葉を合図として闇の中からユラリと、一人の小柄な老人が浮かび上がってきた。

杖をつき、着物を身に纏ったこぢんまりとした体躯。

それだけならまだ普通の老爺なのだが、しかし明らかにこの老人は異様であった。










落ち窪んだ両の目。



光を宿さぬ濁りきった瞳。



髪も髭も、眉すら一筋もない、まるで骸骨のような顔つき。



そして何よりその全身に纏った、不吉な気配。










老人の姿をしたナニカが、そこにいた。




















「さて妖怪ジジィ、返事はどうした?」



「カカ、言うまでもなかろうて。何故儂が死んでやらねばならん?」



「こっちの面倒事が減る。それにいたらいたでオレの宿題をポンポン増やしてくれそうだからな、テメェは」



「ふむ? 意味はよく解らんが、随分と自己中心的な理由じゃの」



「人の事が言えたクチかよ。数百年ムリヤリ生きてきたせいで耄碌してんじゃねぇかジジィ? 完全にボケて醜態晒す前にとっとと地獄へ行ってきやがれ」



六文銭は自腹でな、と挑発に挑発を重ねるソレ。

対して老人は終始笑みを浮かべてそれらを受け流している。

だがこの老人の“嗤い顔”など不気味以外の何物でもない。

どこぞの眼鏡の小学生が見れば一発で逃げ出してしまうだろう……涙目で。



「……そういえば、まだヌシの名前を聞いておらなんだのう?」



「それこそどうでもいいんだよ、クサレジジィが。テメェは今この時、ここで死ぬ。それは決定事項だ。オレの名前なんざ聞いたところで大した意味はねぇんだよ。第一もったいねぇしな。という訳で、さっさと死ぬかくたばるかしろ」



一刀両断。

老人の要求をバッサリと斬って捨てると、老人に向かって最後通牒を突き付ける。





「……フン」





と、その時老人の目が怪しく輝く。

そして右手についていた杖を持ち上げ、カツンと床を軽く鳴らした。



「……あん?」



首を傾げるソレ。

だがその一瞬の後、なんとも怖気を誘う光景がその場に出来上がっていた。










「お~お、シュミのワリィこって。だからテメェは気にいらねぇんだよなぁ。まさに『ムシが好かねぇ』っての? ケケケケケ!!」










蟲、蟲、蟲。

数えるのも億劫なほどの大量の蟲が、老人の周囲に広がっていた。

だがその蟲はただの蟲ではない。

『刻印虫』と呼ばれる、人間を喰らって己が血肉とする外道魔術の蟲なのである。

そしてその見た目はまるで男性器のよう……女性やお子様には間違っても見せられない。



「生憎と、儂はまだ死ぬ訳にはいかんのでな。蟲どもは女が好みなんじゃが、まあヌシでも構わんじゃろう。何者かは知らんが、存外に力があるようじゃしの」



ザザザザザ、とさざ波のように蟲がざわめいたかと思うと、今度はあっという間にソレの周囲を隙間なく取り囲む。

数の暴力。

如何に親指大の小さな蟲とはいえ、それが何百何千と集まればそれだけでかなりの脅威となりうる。

老人の自信はこの数の優位性から来ていた。



「ハッ、これが回答って事かよ。まあ予想してたけどなぁ――――だが蟲ジジィよぉ。いくらなんでもナメすぎじゃねぇか? こんなクソムシどもの栄養になっちまうほど、オレは弱かぁねぇぞぉ?」



嘲笑う、嘲笑う。

これでもかとばかりに嘲笑う。

狂気の嗤いを顔に貼り付け、老人の浅慮を嘲笑う。



「それになぁ……」



「―――カカッ」



カツン、と響く杖の音。

それを合図に数百匹はあろうかという『刻印虫』がソレ目掛けて飛びかかる。

砂糖に群がるアリの大群のように。

――――だが。















「――――オレが手ぶらで来てるとでも思ってんのか?」















瞬間、飛びかかった全ての蟲が真っ二つに切り裂かれ、冷たい石の床へベチャベチャと臭気漂う体液を撒き散らした。










「ぬ!?」










一瞬瞠目する老人。

その視線は無残に切り刻まれた蟲ではなく。










――――徒手であった筈のソレの右手に握られた、一振りの日本刀に注がれていた。











「あん? 何だジジィ。斬られたクソムシよりコイツがそんなに気になるかよ? まあ、コイツはオレの本来の獲物じゃあねぇんだが、なかなかに使い勝手がよくてよぉ。なんせオレみたいな剣の素人がただ振ったって、百戦錬磨の達人と渡り合えるってバケモン刀だからなぁ。ケケケ……」



一歩踏み出し、右手の刀を血振りの要領で軽く一閃。

足元でグチャグチャと、粘性のある何かが潰れる音が響き周囲に反響する。

まさにおぞましい事この上ない光景。

だがソレは眉を顰める事もなく『刻印虫だったモノ』を踏み潰しながら、クックッと心底楽しげに咽喉を鳴らして嗤う。



「ヌシは……もしや、サーヴァントか?」



「だ~いせ~いか~い……って言いてぇところだけとちょっと違うんだな、これが。でも教えてやらねぇよ。これからくたばるヤツに説明しても無駄だからな」



「ホッ……言いおるわ、御主人様(マスター)の飼い犬風情が」



再び響く、杖の音。

今度は先程の倍の量の『刻印虫』が襲い掛かってくる。

ソレの前方、後方、左右から迫る様は、さながら津波のようだ。



「ちっ……メンドくせぇ。やっぱ最初からコレ使っとくべきだったかぁ。遊びがすぎちまったぜ。ま、わざわざこんな魔窟くんだりまで来てる事自体お遊びみたいなモンだけどよ」



反省反省、とまるで反省してそうもないような軽い口調で呟くと右手の刀を肩に担ぎ、徐に左手をグッと握り込む。

そして視線を上げ、冷めた目で眼前の蟲の大群を見やり静かに告げた。















「――――消えな、クソムシども」















カチリ、とソレの握り締めた手の中で軽い音が鳴る。















その一瞬の後、圧倒的物量を以てソレを包囲していた『刻印虫』が一匹残らず、ソレの周囲から忽然と消え去った。




















「ぬぅっ!? ……ヌシ、一体何をした!?」



またしても起こった予想外の出来事に、遂に老人の表情から余裕が消え失せた。

疑問と焦燥、驚愕と……そしてほんの僅かの恐怖。

初手は頼みとしていた蟲を日本刀で細切れにされ、今度は武器すらも一切触れる事なく蟲の存在を、まるで霞のように綺麗さっぱりと消し去られたのだ。

老獪にすぎる老人の鉄面皮が剥がれ落ち始めたのも、無理からぬ事と言えなくもない。



「何をも何も、見て解んねぇかジジィ? 鬱陶しかったからクソムシどもを消したんだよ。ここに来て遂にボケが始まったか?」



「消した……じゃと!?」



「だからそう言ってんだろ。繰り返し言わせんなよボケジジィ」



「バ、バカな……何故そんな事がおヌシに出来る!?」



「あぁん? ……ハン、まあそれぐらいならいいか。ケケケケ、種はコイツだよ」



薄ら嗤いを浮かべながら、ソレは左手の中にあったモノをポンポンと放り投げて弄ぶ。

狼狽を露わにした老人の目がそれを捉えると、更に疑問に包まれたような表情になった。



「それは……」



「コイツもまあ借りモンなんだけどなぁ、なんかオレの色に染まっちまったのよ。だから機能の多少の改竄は出来るワケ。本来ならコイツで消された対象は消した本人……つまりオレ以外は覚えてねぇ筈なんだが、なんか勿体ねぇしよ。折角だから覚えていられるようにしたってこった。ついでに言やぁ消されたら二度と戻って来る事はねぇぞ?」



「う……ぬ?」



朗々と語る目の前のソレの言葉に、老人の疑問は増すばかり。

話の内容に脈絡がないため、ソレが何を言っているのかさっぱり理解が追いつかないのだ。

だがそんな様子を知ってか知らずか、ソレは唐突に説明を打ち切る。



「さて、質問には答えたやったぜ。オレって親切だろ? まあ、テメェが理解出来たかどうかは知らねぇけどなぁ、ヒャハハハ! ……さぁて、いい加減冥土へ旅立つ覚悟は出来たか?」



「……ぬうぅ」



グチャリ、グチャリと刀で捌かれた『刻印虫』の死骸を踏み越え、ソレは老人へとゆっくりゆっくり迫っていく。

その表情は嗜虐心がこれでもかとばかりに溢れる、どこまでも暗い嗤い顔。

見る者に狂気と絶望を抱かせる、どす黒い瘴気を華奢な全身から迸らせ。

漆黒よりもなお深く、果てしなく黒く濁りし双眸から放たれる異常な威圧感は、老人のそれの比では断じてない。















―――――右手に『白刃』を、左手に『絶対抹消の理』を携え、この戦争の『闇』は聖杯戦争を興せし『御三家』の当主の一……間桐臓硯を、この戦争から抹殺(デリート)しにかかる。















「儂は……儂はまだ死ぬ訳にはいかん! いかんのだ!! 聖杯をこの手にするまで、死ぬ訳には……!」





老人……間桐臓硯がカッと目を見開き、叫ぶ。

それを合図に再び『刻印虫』が地下室の奥からわんさと湧き出し、ガサガサと蠢きながら臓硯の周りに集い始めた。

この自分以上のバケモノに目を付けられた……仮にこの場から逃げおおせても、このバケモノは自分を闇に葬るまでどこまでも追いかけてくる。

ならばこの場で何が何でも消すしかないと、臓硯は焦燥の中でも冷静に判断していた。

そしてその判断はどこまでも正しい。



「クハッ! まだそんなに残ってやがったか! まあ抹消(デリート)の対象はオレの周りにいたクソムシどもだけだったからなぁ。あぶれたヤツらがいるのも当然か!」



足の下の『刻印虫だったモノ』をビチャリと蹴り上げ、ソレ……この戦争の『闇』は嗤いながら担いでいた白刃を構える。

その一方で左手を握り締め、新たに湧き出した数百匹の『刻印虫』と臓硯を諸共に消し去ろうとするが、



「クカカ! させはせんぞ、若いの!」



それより一瞬早く、臓硯が『刻印虫』を『闇』目掛けて一斉にけしかけた。



「ちっ! ……だが、無駄無駄ムダムダむだぁ!! ヒィァァアアアハハハハハハ!!!」



斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。

右手の白刃が閃き、雪崩のように押し寄せる『刻印虫』を一匹一匹、あるいは数匹纏めて確実に屠っていく。

もはや刃の動きは肉眼で追う事は不可能。

刃が大気を切り裂く音だけが、刀が振られているのだという事を示す唯一の証明となっている。

神速の太刀捌きで以て生み出される『闇』の前面の空白地帯は、さながら『剣の結界』だ。

細切れにされた『刻印虫』のなれの果てが、汚物の雨となってグチャグチャと石畳に水溜りならぬ肉溜りを作り上げていく。



「ハハハハハハ――――あぁん? あのジジィ、ドコ行きやがった?」



『刻印虫』の虐殺に精を出していた『闇』であったが、ふと視界の中からいつの間にか臓硯が消えている事に気づき、僅かに首を傾げた。

ついさっきまで視界の片隅に捉えていたのである。

その時の表情は、『闇』をして思わず腹を抱えて嗤い出したくなるような、それはそれは悲壮感漂うものだった。

しかし、いない。



「クソムシどもを囮に逃げ出したか……? いや、あの表情を見る限りじゃその可能性は低い。ってえ事は、だ……」



ニタァ、と『闇』の表情が歪む。





「――――死角からの強襲か」





そう呟いた次の瞬間、『闇』の背後と頭上から大量の蟲が躍りかかって来た。

さっきの攻防では正面からしか来なかったため、後背と頭上に隙が生じていたのだ。





『カアアアアアア!!!』





臓硯は五百年の時を生きてきた魔術師である。

だがヒトの身ではせいぜい百年程度しか生きられない。

そのため臓硯は遥か昔にヒトである事を止め、己が肉体の在り様を変貌させた。

『刻印虫』が喰らう人間の血肉を己が肉体として蟲諸共再構成し、常時肉体を新しい物へと再生させる。

そうして臓硯はヒトではなく『刻印虫』の群体として、五百年の歳月を生き永らえていたのである。

故に臓硯は『刻印虫』を目晦ましにしつつ己が肉体を夥しい数の『刻印虫』へと戻し、『闇』が襲い掛かる『刻印虫』を屠っている隙にそれとなく『刻印虫』の群れに己を紛れ込ませ、素早く死角へと回り込んだ。

ある意味では『肉を切らせて骨を断つ』戦法。

己が眷属である『刻印虫』を犠牲にし、乾坤一擲の奇襲で以て捕食、目の前の脅威を葬り去る。

その目論見通り、臓硯は死角から『闇』へ喰らいつかんと仕掛けた……が。





「目の付け所は良かったが……生憎だったなぁ。コイツは自動追尾なんだよ、しかも前後左右関係なしになぁ!」





『闇』は振り返りもせず、頭上を仰ぎもせずにただ出鱈目に白刃を振るう。

その斬撃は前面後背上下左右、三百六十度すべての間合いをカバーしきっていた。

―――『闇』の意図するしないに拘らず、白刃は縦横無尽に襲い来るそのすべてを切り裂き、薙ぎ払い、突き穿つ。

まるでそのすべてが見えているかのように、まるで刀自体に意思があるかのように。

果たして刀を振るっているのか刀に振り回されているのか……もはやその真実は担い手にしか解らない。





『グオッ!?』





眷属諸共に屠られる『肉体』。

対処など不可能と思っていた筈のものがひっくり返され、瞬く間に『刻印虫』の数が減らされていく。

既に半数近くがあの白刃の餌食となり、このままでは臓硯の肉体の構成にも支障が生じるレベルにまで陥ってしまう。

そうなる前に、臓硯は一旦身を引いた。



「ぬ……ぐぅ!」



『闇』から幾分離れた場所で、臓硯は歯軋りしながらけしかけていた『刻印虫』を寄せ集め、ズブズブと肉体の再構成を開始する。

だがそれは下策も下策。

必要に迫られていたとはいえ、臓硯の選択は単に『闇』に十分すぎる好機を与えただけにすぎなかった。





「おいおいジジィよぉ。オレから距離取っていいのかよ? テメェ、コイツの存在を忘れてんじゃねぇか? やっぱもう耄碌してやがんな、ケケ!」





溜息交じりに言い放ち、臓硯に向かって左手を開く『闇』。

掌の上には、何かのスイッチのような物が一つ存在していた。

そして狂笑のまま刀を一振りし、こびりついた蟲の血肉を振り落すとグッと左手を閉じる。





「カッ!? 待……ッ「てやらねぇ。ケケケ、あばよクソジジィ。この地下の全クソムシ諸共、とっととオレの目の前から失せやがれ」ガアアアア!!」





カチリ、と乾いた音が手の中で鳴る。

絶望の叫びの余韻だけを残し、醜悪な蟲の老人は『闇』の視界から消え去った。




















「……ふん、こんなモンか。何つーか……あっさり終わりすぎて、面白くねぇな。直にあの世に送った方が面白そうだからわざわざ足運んだっつうのに」



鼻を鳴らし、『闇』は周囲をグルリと見渡す。

白刃の餌食となった『刻印虫』の骸がそこかしこに、それこそ足の踏み場もないほど散らばっている。

加えてそこから何とも言えない悪臭が立ち上り、この空間の淀んだ空気をさらに悪化させている。



「……邪魔くせぇな」



ポツリと言い放った『闇』。

そして刀を掴んだままの右手を前方に突き出し、人差し指を眼前の遺骸の山へと向けると。















「―――――『チン・カラ・ホイ』」















呟く。

すると指先にあった『刻印虫』の遺骸が黒い炎に包まれ、瞬く間に黒い消し炭にされていった。



「―――チッ。やっぱパクリの呪文と“即興で創った魔法”じゃこんなモンか? 思ったより威力がねぇ。便利なんだがメンドくせぇな、あの“事典”。こちとら教育なんざマトモに受けちゃいねぇんだぞ、ハッキリ言ってあのクソガキよりも……あ~、まあいいか」



黒髪を掻き毟り、“何か”についてブツクサと毒づく『闇』。

だがその間もその手は止めず、辺りに散乱している『刻印虫』の遺骸に次々と黒い炎を灯していく。

やがて周囲には真っ黒に炭化し、もうもうとした煙を上げる“遺骸だったモノ”と、タンパクの焼けついた鼻を突く臭気だけが残された。



「……はぁぁ、や~っと終わったぜ。あのクソジジィ、どんだけクソムシ飼ってたんだよ。―――まったく、くたばってまで手間取らせんじゃねぇよハゲが!」



悪態混じりに手近にあった消し炭を荒々しく蹴り飛ばす。

ボフッ、と黒い灰が舞い上がり、石畳に地下室の奥へと続く一筋の路が出来上がる。



「けっ! ……さあて、と」



一通り鬱憤を晴らし終えると、『闇』はスタスタと地下室の奥へと歩き出す。

そこは『刻印虫』が湧き出してきた場所……臓硯が使役していた蟲達の巣穴。

ただでさえ薄暗い地下室の中にあって、さらに深い闇を湛えたその場所。










「……おい、さっさと起きやがれ“女”。じゃねぇと犯すぞ?」










そこに一人の少女がいた。

学生服を身に纏ったまま冷たい床に横たわり、ピクリとも動かない……いや、動こうともしない。

だが微かに身体が震えているところを見ると、どうやら死んではいないようだ。



「チッ。ったく、テメェまで手間とらせんじゃねぇよ。おら、起きろっつってんだろ!」



その華奢な身体を容赦なく蹴り飛ばす。

力なくゴロリとその場で転がり、少女は強制的に仰向けにされる。

青く長い髪が振り乱され、石畳の上にバサリと散らばる。

そしてその少女の表情はというと……。



「あん? なんだテメェ、死んだ魚みたいな目ぇしてやがんな。あの蟲ジジィにさんざん可愛がられたからか?」



「……ッ」



「図星か、ケケ」



キュッ、と唇を噛みしめる少女。

ゆるゆると顔を自分を睥睨する『闇』へ向け、ただジッと視線を送り続ける。

もっとも、この地下室の暗さのせいで顔など視認出来ようもないだろうが。



「なんだ? 気に障ったか? ハッ、テメェなんぞに凄まれたって別に何とも――――――――――――――――――あぁん?」



一転、『闇』の視線が鋭くなる。

その視線は、少女のふくよかな胸元に注がれていた。

といっても、別段よからぬ感情に突き動かされたという訳ではない。

『闇』のある点において図抜けた尋常ならざる感覚が、この少女の内に潜む『何か』を感じ取ったのだ。



「――――――――」



「……?」



急に静かになった『闇』に、少女は仰向けの状態のまま僅かに首を傾げる。

すると『闇』は徐に身に着けている紅い腰巻から“何か”を引っ張り出した。

何やらどす黒く漆黒に染まった袋状の“それ”……その中に『闇』は手を突っ込むと、やがて中から何かを取り出す。

人差し指を突きだした巨大な手が付いた、円盤状の奇妙な帽子を。



「――――――――」



頭にそれを乗せ、尚少女にジッと視線を送り続ける『闇』。

傍から見れば甚だ違和感の漂う光景だが、やがて『闇』の表情が険しく歪められた。




「……チッ。やけにあっさり終わったと思ったら――――こういうカラクリがあったとはなぁ、クソジジィが!」




パチン、と指を一つ鳴らす。

次の瞬間、『刻印虫』に酷似した小さな蟲が何の前触れもなくその場に出現し、『闇』と少女の間の空間にフワフワと浮かび上がっていた。










『ゥヌ!? こ、これは一体……!?』





「まさか魂を二つに『株分け』して、この女の体内に隠してやがったとはなぁ……。随分と狡いマネしやがるじゃねぇか小悪党が。おかげで見逃すトコだったぜ」










キーキーと甲高い声を上げる蟲。

それはあの時消え去ったと思われていた間桐臓硯の魂の分身、スペアとも呼べる存在であった。

万一に備え、臓硯は魔術で以て己の魂を二つに『株分け』し、その片方をこの小さな蟲に宿して少女の体内に隠匿していたのだ。



『ば、馬鹿な!? なぜ儂の存在を……!? それにどうやってこ奴から儂を摘出した!? 儂はこ奴の心臓と完全に……!?』



「癒着していた、だろ? ハッ、透視(クレヤボヤンス)で見たら一発で心臓にいるって解ったぜ。他にもなんかヤケに覚えのある“ブツ”をクソムシに仕込んで、コイツに突っ込んでるコトとか粗方な。もっとも、オレ相手にクソムシ特有のミョ~な気配を消せていなかった時点でテメェは“詰み”だったワケだがよ」



『ク、透視(クレヤボヤンス)……じゃと!?』



「そ。で、瞬間移動(テレポーテーション)でテメェを心臓から引っこ抜いたってワケ。そもそも癒着してたら取り出しにくいだろうって考えたんたろうが、そりゃあくまで“外科的に”ってコトだろ? 瞬間移動(テレポーテーション)なら癒着してようがなんだろうが、んなモンま~ったく関係ねぇしな」



『……その妙な帽子が手品のタネか?』



「お~、百点満点。だいせ~いかい! ちなみにテメェがこの場に浮いてるのは念力(テレキネシス)で浮かせてるんだがな」



『…………』



もはや言葉すら出てこない臓硯。

透視(クレヤボヤンス)、瞬間移動(テレポーテーション)、念力(テレキネシス)。

これほど多彩な能力を扱え、しかも発動するのに一秒と掛からない。

先程振るわれた“刀”といい、己が片割れと『刻印虫』を根こそぎ消し去ったあの得体の知れない“スイッチ”といい……目の前の、己以上の“バケモノ”は一体どれほどの力を秘めているのかと。



『…………ッ』



臓硯は、心の底から畏怖と……そして『恐怖』を感じた。

もしかしたら、それはこの老人にとって、初めての事だったかもしれない。





『―――儂は、儂は! ここで死ぬ訳にはいかぬのだ! 聖杯をこの手に、そして不老不死に……不老不死にならずして、死ぬ訳には……!!」





もはや金切り音に近い絶叫を上げ、蟲の身体をくねらせる臓硯。

その矮小な、だが甚だ異質な外見からしてその悪あがきはかなり醜悪に映る。



「ギャーギャーウルセェなジジィ、この期に及んで喚くんじゃねぇよ。ったく……そもそもジジィよぉ、不老不死とやらになって―――――」















―――結局何がしてぇんだよ。















「―――――――!?」















その言葉を聞いた瞬間、蟲の身体がピタリと動きを止めた。





「何が……したい? “不老不死となって、何がしたい”? ―――――そうか、そうだった。儂は……いや、儂が目指していたモノは……もっと、もっと……! その実現のために、費やされる永い時を生きるために、儂は、不死を……!」





か細く漏れる、述懐。

何か大切なものを思い出したかのような、妙な響きがその声に滲み出ていた。



「ユスティー「―――さて、懺悔は終わったか?」ッ!?」



だが唐突に終わりが告げられる。

再び狂笑を漲らせた『闇』が、左手の“ソレ”にグッと力を込めた。















「テメェが何を思い出したかは知らねぇし、興味もねぇが……ま、とっとと逝けや。これ以上、オレの時間と労力を割かせんじゃねぇ。この女の中の全クソムシともども――――間桐臓硯、この世から消え失せろ」















――――――カチリ、と刑執行の音が鳴る。















『ア、アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――――!!』















そして、間桐臓硯はこの世から完全にその肉体と魂を抹消された。




















「……ケッ、やっと終わったか。ったく、やっぱ遠隔でサクッと殺っとくべきだったかなぁ、今なら出来る事だし。……まあ、それだと面白さは半減以下だけどな」



『白刃』と『絶対抹消の理』、それから『指付き帽子』を黒い『袋』の中に仕舞い込み、その『袋』を腰巻へと突っ込む。

そしてもうここには用はないとばかりに、サッと踵を返した。

……が。





「ぅう……」





唐突に、その足がピタリと止まる。

『闇』が振り返ったその視線の先には、上半身を無理矢理起こした少女がいた。

いまだ視線が茫洋としているが、意識は先程よりもあるようだ。



「……どうして、わ、たしを「殺さないのか、ってか?」……ッ」



疑問を言い当てられ、口を噤む少女。

『闇』はそれを気にする事もなく、心の底から面倒そうな表情で口を開いた。



「お前、オレがジジィ始末した時「自分も殺してくれ」って思っただろ」



「…………」



「だからだよ」



「……ッ?」



意図が汲み取れず、少女は僅かに首を傾げる。

そして『闇』はさらに言葉を重ねた。










「生憎、死にたいと思ってるヤツにワザワザ引導を渡してやるほどオレは慈悲深くねぇの。んなメンドくせぇコト誰がするかよ。死にたきゃ勝手に死ねっての。そもそも殺りに来たのはジジィだけであって、テメェは勘定に入ってねぇんだよ」










「―――――…………」



開いた口が塞がらない、とはこの事だろう。

あまりにもな言葉の数々に、少女の表情と身体が石膏像のように硬直する。

どうも予想していた言葉と遥かにかけ離れていたため、相当な衝撃であったようだ。

もっとも、これまでの言動を考えてみれば予想もついた筈なのだが……。



「テメェ一人で自殺する度胸もねぇクセによ、だから他人に頼んで殺して貰おうってか? ムシが良すぎんだよ。つーワケで、せいぜい絶望を抱えたまんま残りの人生を生きてくこったな。ケケ」



最後に嗜虐に歪んだ嗤い顔を残し、今度こそ『闇』は踵を返した。



「あ、そういやテメェの中からジジィが仕込んだ“ブツ”を取り出すの忘れてた。……んー、でもまあいいか。テメェの中のクソムシは全部消えてるし、よっぽどの事でもなければ変な暴走もしないだろ。ま、したらしたで面白そうだけどよ」



なんか親和性高いからパニックはさぞ見モノだろうしなぁ、とケタケタ嗤いながら『闇』はゆっくりと地下室の隅へと歩いてゆく。

呆然としたまま、少女はその背中を見つめるだけ。

……いや。



「あな、たは……誰、なん、ですか?」



辛うじて、その疑問だけが口からこぼれ出た。

『闇』はもう一度だけ足を止め、今度は首だけを後ろに倒して少女と視線を合わせた。

交錯する互いの視線……少女はビクッと肩を震わせる。

それを見た『闇』はニイィと唇を吊り上げ、



「あん? オレか? オレはなぁ―――――」



こう告げた。















――――――『悪』のカミサマだよ。















「『チン・カラ・ホイ』」





紡がれる呪文。

それを合図に足元から漆黒の炎が立ち上り、それに取り巻かれた『闇』はこの地下室から忽然とその姿を消した。










「―――ま、個人的都合で『悪』にとっての『悪』もやってるけどな」










最後に呟かれたその余韻が、地下室の湿った空気を通じて部屋中に木霊した。















「――――セン……パイ?」















炎の揺らめきで、僅かに浮かび上がったその顔貌。

少女……間桐桜はその言葉を呟いた直後、肉体と精神の疲労から再び意識を失った。

























「―――――さて、しばらくは静観だな。とりあえずは、あのクソガキのウォッチングと洒落込みますかねぇ……ポケットのリンクがブチ切れて、ついでにオレにパチられてひみつ道具の大半がなくなってるこの究極縛りの状況下で、果たしてテメェはどう動くよ? ま、強力なブツの粗方がないとはいえコピッただけのヤツも結構あるし、ワビ代わりに別のモンをニ、三アイツにブチ込んであるからどうとでもするだろうがよ。せいぜい気張って生き延びやがれやクソガキ! ケケケケケケケケケケ……!!」






[28951] 第十五話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/08/31 23:20










「―――――――――し、しずかちゃん!? なんでそんなムキムキに……それにどうして僕を追いかけてくるのさ!? って足速ッ―――――っ、はっ!?」










ガバッと跳ね起きると同時に、その目が開く。



「……ゆ、夢?」



上半身を起こした体勢で呟くのは――――のび太。



「――――――――」



スッ、と視線を下に落とせばそこには布団があり。

枕元には見慣れた丸メガネ。



「―――えっと……」



横に目を移せば壁と、襖と障子。

そしてほのかに香るは畳の匂い。

―――間違いなく、ここはどこかの家の一室。



「―――は、はあああぁぁぁぁよかったぁぁぁぁ……しずかちゃんがマッチョになって追いかけてくるなんて、そんな事ある筈ないよね。ホント、夢でよかったぁ。いや、追いかけてくれるのは嬉しいんだけどさ、流石にアレはちょっと……」



額の汗を手で拭い、盛大に安堵の溜息を吐く。

というか、いったい何という夢を見ているのか。

あえて深くは言及しないが、乙女の尊厳もへったくれもあったモノではない。

マッチョなガールフレンドに全速全開で追いかけ回されるなど、まさに双方にとってとびっきりの悪夢である。

……まあ、これまでの経緯を考えればある意味仕方がない事なのかもしれない。

きっと色々と一杯一杯で、脳の中の情報が錯綜した結果こうなってしまったのだろう……それでもコレはあんまりすぎるが。



「ふぅ。……それにしても、ここは一体「ん? のび太君、起きたのか?」っ? 士郎さん?」



襖の向こう側から響く声。

メガネを装着したのび太が反応すると同時にスッと開かれ、その先の廊下には士郎が立っていた。



「やっぱり士郎さんだ! じゃあここは……やっぱり士郎さんの家なのかぁ」



「よかった、あの時いきなり気絶するもんだから心配してたんだが、その分だと大丈夫みたいだな」



「あの時……?」



「……ん? もしかして……覚えてないのか、のび太君?」



「はぁ。えーと、確か……」



「い、いや! 無理に思い出さなくていい! と、とにかく起きたんなら居間へ行こう! お腹、減ってるだろ?」



思い出そうと腕組みするのび太を、士郎は慌てて制止する。

昨夜のアレではそれも当然、その気遣いはどこまでも正解だ。



「え? はい、まあ……っ!? う、ぅうう、意識し始めたら急に……お、おなか空いたぁ」



腹を押さえて呻くのび太。

昨夜から何も口にしていないので、胃の中はすっかりカラッポである。

『グゥ~、ググゥ~ッ』と遅れを取り戻さんとばかりに、盛大に腹の虫が鳴る。



「はは、これはまた凄いな。じゃあ行こうか。朝食用意してあるから」



「あ、はい……あれ? そういえば、今何時なんですか?」



「ん? ちょうど朝の九時だよ。俺達はもう朝飯済ませちゃったから、あとはのび太君だけだ」



「俺……“達”? あの、もしかして凛さん達も?」



「ああ。まあ、色々あってね。とりあえず、詳しい事は朝飯の後にしよう。まずはその喧しい腹の虫を鎮めないとな」










――――ちなみに、布団は一片たりとも湿ってはいなかった事をここに記しておく。















(―――チッ、漏らさなかったかぁ。夢が“アレ”だったからかねぇ? まあ“アレ”も悪夢っちゃあ悪夢だろうが……にしたってつまんねぇの。やっぱ夢を操作しときゃ良かったか? ケケケ……!)















……どこかで誰かがそんな事を嗤いながら言っていたとか、いなかったとか。




















「あ、これおいしい! ん、これもうまいや! これ全部士郎さんが作ったんですか?」



「ん? そうだな、今日は藤ねえも、どういう訳か桜も来なかったから俺一人で全部作ったよ。一人暮らしだから、これくらいはね」



目玉焼き、サラダ、味噌汁、炊き立てのご飯と次から次へ口の中に放り込んでいくのび太。

幸い……と言っていいのかどうか、のび太の嫌いな物がメニューになかった事からのび太の箸はシャカシャカと躊躇いなく動いていく。

居間には士郎とのび太の二人きり。

空腹も手伝い行儀悪く食事を続けるのび太を、士郎が対面からお茶を啜りながら眺めている。

と、不意にのび太が首を傾げた。



「一人暮らし? ……そういえば、士郎さんのお父さんとお母さんは?」



「あー、俺は養子……貰われっ子なんだ。それで俺を引き取ってくれた爺さん、いや養父(オヤジ)も数年前に……ね」



「あ―――」



忙しなく動いていたのび太の箸がピタリと止まる。

その表情は『しまった……!』と言わんばかりのしかめっ面だ。



「その……ご、こめんなさい」



「いいって。気にしてないからさ。それより早く食べちゃいな、味噌汁冷めるよ」



「あ……はい、すいません」



その言葉にもう一度頭を下げ、気を取り直して今度は幾分落ち着いた様子で食事を再開するのび太。

そんなのび太を眺める士郎の目は、どこまでも穏やかで優しいものであった。



(……あれ? そういえば士郎さん、『爺さん』って……う~ん、これどこかで聞いたような?)



チラッと脳裏に疑問がよぎったのび太であったが、良質の食事に没頭するあまりものの三秒ほどでスポッと頭の中から抜け落ちてしまった。















「あら、のび太起きたの?」



『ごちそうさまでした』『ほい、お粗末さま』とのび太が食事を終えた直後、凛が居間に入ってきた。

寝不足なのか、目の下には微かにクマが出来ており昨夜のような覇気も薄れている。

そしてその後ろには、



「おや、もういいのですか」



白のシャツに青いスカート、黒のタイツを身に纏ったセイバーがいた。

あの野暮ったい服のままではなかった事に、のび太は少しだけ目を見張った。



「セイバー、その服……」



「ああ、リンがくれたものです。流石にずっとあのままではマズイという事ですので」



「それはそうでしょ。セイバーは他のサーヴァントみたいに霊体化出来ないんだから、せめて普通の服を着て一般人の目を誤魔化す必要があるの」



「霊体化……? ああ、そういえば昨日そんな事言ってましたっけ。でもセイバー、その服似合ってるよ」



「……あ、その……どう、も?」



歯切れ悪く返答をするセイバー。

どうもこういう事にあまり慣れていないようで、どう反応すればいいのか解らないらしい。

そして士郎が人数分のお茶を用意し、四人で居間のテーブルを囲む形となった。

これから状況確認と今後についての話し合いが始まる。





「……あれ? おじさ……じゃなかった、アーチャーさんは?」





「アーチャーなら霊体化して屋根の上で見張り番よ。というかのび太、いい加減アーチャーを“おじさん”って呼ぼうとするの止めなさい。ああ見えて結構繊細みたいだから、今度それ聞いたら多分アイツ泣くわよ?」















――――泣くだけで済めばいいね。




















「さて、まずは昨夜の事から……って、なによ士郎?」



凛が話を切り出そうとした時、隣の士郎がクイクイとその袖を引き、ついでにセイバーに向かって手招きをした。



「はい?」



首を傾げながらも腰を上げ、士郎と凛のところに向かうセイバー。

のっけから三人で固まりだしたその光景に、のび太は狐につままれたような表情になる。



「あの、どうかしたんですか?」



「ん、いやちょっと……ちなみにのび太君。昨日の事、どこまで覚えてる?」



「え? え~っと……確かアーチャーさんと一緒にバーサーカーの剣をへし折って、それからパンチでセイバーに攻撃してきたバーサーカーに“ショックガン”を撃ったら一瞬だけ効いて、あとは……あれ? それからどうなったんだっけ?」



「はいそこでストップ。今からその後の事を説明するから、そこからは思い出さなくていいよ」



「は? はぁ……」



頭に『?』マークを浮かべるのび太を尻目に、士郎は凛とセイバーにボソボソと小声で耳打ちする。



(という訳なんだ二人とも)



(何が『という訳』よ。今のやり取りだけで解る訳ないでしょ。ちゃんと説明しなさい)



(いや、つまりな……どうものび太君、セイバーがバーサーカーの首を刎ねたところの記憶“だけ”スッポリ抜け落ちてるみたいなんだ)



(は? まさかそんな事が……しかし、確かにあの様子では覚えていなさそうですね。でなければ十歳かそこらの子供が、これほど落ち着いていられるとは思えませんし)



横目でのび太に視線を送りつつ、これまた小声でヒソヒソ会話を交わす三人。

人間の脳には『自己防衛機能』が備わっている。

これは例えばショッキングな出来事や耐えがたい恐怖に晒された際、過度のストレスから脳を護るため、無意識的にその記憶を改竄ないしは抹消してストレスをやり過ごすという物だ。

バーサーカーの首が大量の血潮と共に空中にすっ飛ぶなどというスプラッタを、じっくり生でガン見してしまったのび太。

いまだ小学五年生というメンタリティの弱さを考慮すれば、自己防衛のために記憶が跳んでしまったとしても不思議な話ではない。

……しかし逆に考えれば、“あの”バーサーカーを相手取った代償が一瞬に近い一場面の記憶の忘却(+気絶)という、たったこれっぽっちで済んでいるという事でもある。

普通ならトラウマになってもおかしくはないし、それ以前に小学生がバーサーカーという怪物に立ち向かう事などまずもって狂気の沙汰であろう。

そののび太の思いの外図太い一面に、果たしてこの三人は気づいているのかどうか……。



(とにかく、そこのところだけには触れない事にしよう。下手に思い出させるのもアレだし、忘れてるのならそれはそれで問題ない事だし)



(そうねぇ……ま、そうしましょうか。もっとも、これじゃあこれから先がかなり思いやられるけど)



(下手に心に傷を負われるよりマシですから、私もそれに異存はありません)



コクリ、と三人が同時に頷いたところで状況が再開。

終始疑問符を浮かべていたのび太だったが、結局密談の内容を知る事もなく、首を傾げながら出されたお茶を啜っているだけであった。















「えっ!? 結局バーサーカーは倒せなかったんですか!?」



「まあ、結論から言えばそうよ。のび太のアシストで何とかセイバーが“一太刀入れて”倒したんだけど、その後に蘇生……復活しちゃったのよ」



細々した描写を省きながら、凛はのび太の途切れた記憶の先を語る。

だが“復活”というくだり部分を聞いた瞬間、のび太は思わずテーブルから身を乗り出していた。



「ふ、復活って……!? アレ、ゾンビか何かだったんですか!?」



「だったらどれだけよかった事か……ハァ、あのねのび太。一応言っとくけど、サーヴァントっていうのは基本的に神話とか伝説とかの、名のある英雄が召喚されるのよ。マスターが誰であれ、ゾンビなんて間違っても呼び出さないわよ。それにあんな強力なゾンビがいる訳ないでしょ。モノにもよるかもしれないけど」



ずずず、とお茶を啜りつつ溜息を漏らす凛。

しかしそんな落ち着き払った凛とは対照的に、のび太は混乱の坩堝にはまり込んでいた。

勿体ぶった語りのせいで、まるで事情の理解が追いつかないのだ。

倒したはずなのに復活した……その事実が示すものを、凛は未だ提示していない。

おそらく凛の性格が無意識的にそうさせているのだろうが……とはいえ、小学生相手に意地の悪い事ではある。



「じゃ、どうして……!?」



「結論から言うとね……アイツ、命を“十二個”持ってたのよ」



凛がズバリと告げた瞬間、のび太の顎が面白いくらいに『カクーン!』と落ちた。



「い、命が……十二個!?」



「そうです。あのバーサーカーの持つ宝具……『十二の試練(ゴッド・ハンド)』によって、確実に絶った筈の命が蘇りました」



「宝具……って、セイバーの持ってる見えない剣みたいなアレの事?」



「ええ。サーヴァントはそれぞれ最低一つ……あるいは多くて複数個、『宝具』と呼ばれる強力な攻撃手段を持っています。私は不可視の剣、あの晩いたランサーはあの紅い槍というように。そしてバーサーカーの宝具はその肉体……正確にはその中にある十二個の命だったという訳です」



「オマケにある一定水準以下の攻撃は全部無効化……それ以上の攻撃でも一度受けたものに対しては耐性がつく、つまり効かなくなるっていうデタラメなものよ。もっと正確に言うなら、たとえ死んでも十一回自動的に生き返るようになってるって事なんだけど」



「な、何ですかそれ……」



もはや言葉も出てこない。

そんな規格外すぎる相手と命のやり取りをしていたのかと思うと、改めて背筋に冷たい物が走る。

ゴクリと唾を飲み込むのび太であったが、士郎の漏らした言葉が何より大きい衝撃をこの少年に齎した。



「で、バーサーカーの正体なんだけどな、イリヤ……あのバーサーカーのマスターの女の子の話によると、『ヘラクレス』らしいんだ」



「……へ、『ヘラクレス』? そ、それって……」



「うん……神話で出てくる、“あの”『ヘラクレス』だよ。のび太君が気を失った後、あの子が声高々に宣言していた。宝具の事も含めてな」





『ヘラクレス』





ギリシャ神話最大級の英雄で、最高神ゼウスの息子。

自分の妻と子を自ら殺した罪を償うために十二の難業を為し、不死身の肉体を得た。

ゼウスの妻であるヘラによって謀殺された後はオリュンポスの神々の末席に加えられたという。

のび太でも知っている超ビッグネームだ。

度肝を抜かれたのび太は乗り出していた身体を引っ込め、放心したようにペタンと元の場所に座り込んでしまう。



「そ、そんな……それじゃ僕たち、『ヘラクレス』と戦ってたの?」



「そういう事よ。しかも狂戦士と化した『ヘラクレス』とね。元々バーサーカーというのは、力の弱い英霊を狂わせる事で英霊自身をパワーアップさせるクラスなんだけど、それが『ヘラクレス』なんて……“鬼に金棒”どころの話じゃないわ」



「しかもな、のび太君……これは心して聞いてくれよ。どうやらのび太君は――――――」















―――――バーサーカーに目を付けられたらしいんだ。















「―――――、え?」



ユルユルと、士郎と目を合わせるのび太。

士郎の表情は、とても冗談を言っているような物ではなかった。

それどころか、眉をこれでもかとばかりに顰めたかなり厳しい物だ。










―――ふうん……やるじゃない、バーサーカーを一度だけとはいえ殺すなんて。ご褒美として、今日はここで退いてあげる。










―――あ、それから……バーサーカー、お兄ちゃんが抱えてる気絶しちゃった男の子が気になってるみたい。クスクス、起きたらよろしく言っておいてね。わたしも興味あるし。










「……そう、言ってたんですか? あの女の子が?」



「ああ。口調は冗談を言ってるみたいだったけど、目は本気だった」



「その後、士郎がアナタを背負って全員でここまで戻ってきたって訳。これが昨夜の顛末よ。……のび太」



「は、はいっ!?」



突如、凛から真面目な視線を向けられたのび太はビクッと背筋を伸ばして反応する。

だが凛はそれを気にする風でもなく、射抜くような眼光をのび太に突き刺しながら厳かに告げた。





「改めて言うわね。もう、アナタは後戻り出来ない。たとえ『嫌だ』と言っても逃げる事は許されない。アナタに与えられた選択肢はたった一つだけ。この狂った戦争の真っただ中で、力の限り『生き延びる』事よ。この意味、解るわね?」





「――――!?」















――――このイカれた戦争のただ中で、誰よりも生き延びてみな。















フラッシュバックする、あの夜の見知らぬ“誰か”の言葉。

うすら寒いモノがのび太の背中に覆いかぶさり、全身がゾワリと粟立つ。

心臓が狂ったように早鐘を打ち始め、咽喉がカラカラに干上がっていく。

ジワジワと実感を伴って顕れてくる“死と隣り合わせの世界”に、のび太は逃げたしたいほどの恐怖を覚えた。

昨夜の精神状態ならばいざ知らず、今ののび太は平常運転。

自らが選んだ運命の過酷さを突き付けられて、底冷えするような怖気に苛まれるのも無理はない。

……が。





「……はい、解ります。それに僕はもうあの時、決めましたから。僕を『助ける』って言ってくれた、士郎さん達の力になりたいって。だから……元の世界に帰るために士郎さん達と、この戦争の真っただ中を力の限り『生き延びて』みます」





それでも眼の輝きだけは色褪せず、のび太の決意は揺らがない。

誰よりも臆病で、弱虫で……しかし誰よりも優しい心を持つのがのび太。

自分自身の危機よりも、士郎達の危機こそがのび太にとって何よりの恐怖なのだ。

その恐怖を払拭するためならば、のび太はどんな困難でも……たとえ足が震え、怖気づいたとしても、なけなしの勇気を振り絞ってそこへ飛び込んでいくつもりだ。



(……それに、あの人)



脳裏をよぎる、あの晩の邂逅。

顔も姿も見せず、言いたい事だけ言い放って何もかもを煙に巻いて風のように去った、謎の人物。

言葉の真意を理解するには至らなかったが、きっと大切な事なのだという事だけは呑み込めた。

だからこそ、のび太は知りたかった。

あの声の主が告げた言葉が指し示すものを。

ドラえもん達のいる自分の世界への道のり、その行く手に待ち受けるものを。

そのためにも、逃げ出すつもりは毛頭なかった。





「―――ふぅん。のび太……アンタホントに小学生?」





「え? はい、そうですけど……あの、僕、何か変ですか?」



「ん? ああいや、そういう事じゃなくてね……セイバー、アナタなら解るでしょ?」



「ええ」



凛の言葉に、深々と目を閉じ頷くセイバー。

しかしのび太は訳が解らない。

疑問符を頭上に浮かべたまま、視線を横へとズラす。



「士郎さん。あの、どういう事なんです?」



「うん? ん~、まあ……のび太君は凄いなって事だよ。いっそ羨ましいくらいにさ」



「???」



頻りに首を捻るのび太に対し、三人はただただ薄い笑みを湛えてそれを見やっているだけ。















(昨日といい、今といい……まったく、本当に君は勇気があるな。……いや、それどころじゃ済まないか。俺なんて最初から状況に流されるだけで、単に泡喰ってただけだったし……。でも君は、一度は逃げながらも戻ってきて、俺達のためにバーサーカーに立ち向かった。それだけでも常人離れしてるっていうのに……この歳で、あれだけの眼が出来るなんて、な。……“通りすがりの、正義の味方”、か)















「……ホント、眩しいくらいに羨ましいよ。のび太君」





ポツリと漏れ出た士郎の言葉は、この場にいる誰の耳にも届く事はなかった。






[28951] 第十六話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/09/11 23:20




「――――それで、士郎さんと凛さんは協力する事になったんですか」



「そ。成行き上仕方なく、ね。ま、仮にアンタがいなかったら多分敵対してたでしょうけど」



「え? それじゃあ……僕のため、なんですか?」



「……ふぅ、有体に言えばそうよ。まったく、我ながら甘い事だとは思うわ。正直、魔術師としては論外の結論よ。ただ、人として論外にはなりたくないだけ。どういう訳かアーチャーは若干乗り気だったけど、それが意外といえば意外ね」



「アーチャーさんが……?」



お茶を啜りながら語り続ける凛。

ちなみにお茶は二杯目である。

対象が小学生であるのび太のため、解りやすく語るのにここまで相当な時間が費やされているという事だ。

現に口を全くつけられていない士郎のお茶はすっかり冷めきってしまっている。

そして話は、ここにいるメンバー構成員の現状況へとシフトしていた。



「何でも『この際は、敗れた夢に再び挑むのも悪くはない。状況的にまだ融通も効くしな』とか何とか言ってたわ」



「『敗れた夢』? 遠坂、アーチャーの夢って何なんだ?」



「さあね。聞いてはみたんだけど、はぐらかされたわ。ま、半分はどうでもいい些事だから、それ以上は追及しなかったけど」



「は~。サーヴァントにも夢ってあるんですね。あのバーサーカーにもあるのかな?」



妙な感心の仕方をするのび太。

と、その時セイバーが口から湯呑を離してのび太に視線を向け、口を開いた。



「ノビタ。前にも言ったかと思いますが、聖杯戦争に参加するサーヴァントには、基本的にそれぞれ目的があります。その目的を達成するため、召喚に応じるのです。正確には願いを叶える聖杯を手に入れ、目的を達成する訳なのですが」



「へぇ~。じゃあセイバーにも何か目的があるの?」



「……、ええ」



肯定の返事を返したその一瞬、セイバーは僅かに顔を歪める。

それに気づいたのび太はどうかしたのかと声を掛けようとするが、



「あ~、もう論点が思いっきりズレちゃってるわね、とりあえず軌道修正! のび太への状況説明は終わったから、今重要なのはこれからどう動くべきなのかって事! まずそれを詰めてしまいましょ!」



凛からの横槍によって切っ掛けを折られ、結局何も言い出せずに終わってしまった。















「今の段階で接触したサーヴァントはランサーとバーサーカー。ここにいるセイバーとアーチャーを除けば残りはライダー、キャスター、アサシンね。ま、コイツらに関してはまだどうするもこうするも言えないか。全然接触もしてない訳だしね」



士郎が冷え切ったお茶を入れ替えた後、話は次のステップへと進む。

目下の議題は、敵サーヴァントの情報まとめだ。



「って事は、今は交戦したランサーとバーサーカーに焦点を絞るべきか。バーサーカーの正体は『ヘラクレス』って解ってるし、ランサーは宝具が『ゲイ・ボルク』だという事が判明してる。一度セイバーに対して使ったしな。そういえばセイバー。あの時の傷、大丈夫か? 胸、貫かれてただろ?」



「ええ。既に修復は完了しています。バーサーカーとの戦いの時はまだ完治していなかったのですが、どういう訳か交戦後間もなくしてあっという間に治癒してしまいました。原因は何となく見当がついているのですが……理由が判然としません」



「―――え? えぇ? あ、あの、どうしてそこで僕の方を見るの?」



いきなりセイバーから視線を向けられたのび太は面食らってしまう。

……セイバーの傷が恐ろしい速度で完治した原因は、あの謎のパワーアップにあった。

急激な肉体の活性化と爆発的に高められた魔力……それらが槍によって付けられた傷にまで影響を与えた。

セイバーはそれを持ち前の常人離れした『直感』で本能的に悟っていたのだ。

しかし“原因”には思い当たっても、そもそも何故そんな事が起こったのかという“理由”までは見通せない。

戸惑うのび太の様子を見れば、本人としては思い当たる節などまったくないと判断していいだろう。

のび太から視線を外しフゥ、とセイバーは息を一つ漏らすと、自分から話のベクトルを変更した。



「……いえ、まあそれは置いておきましょう。ここで大事なのは、宝具を使った事でランサーの正体が判明したという事です」



「正体……宝具が『ゲイ・ボルク』だというのなら、間違いなくアイツは『クー・フーリン』ね」



「え? く、く~ふーりん? って、誰なんです?」



「って、そこで俺を見るなよのび太君……俺もよく知らないんだから。遠坂、『クー・フーリン』って?」



士郎・のび太の疑問の声に、凛は呆れたように息を吐きながらも口を開いた。

『この二人、妙に息があってるわね……』と頭の片隅で半ば投げやりに思いながら。



「『クー・フーリン』っていうのはケルト神話に出てくる英雄よ。日本ではマイナーな神話だから二人が知らないのも無理ないけど、ヨーロッパじゃ知らない人間はまずいないと言っていいわね」



「そして彼の代名詞ともいうべき物が『ゲイ・ボルク』。放てば必ず心臓を貫くと謳われた、呪いの魔槍です」



「呪いの……そうか。セイバーが胸を突かれたのは、あの槍が“そういうものだった”からなのか」



「はい。もっとも、ギリギリのところで心臓を貫かれるのは避けられました。その点は幸運でしたね。おかげで本当の名……“真名”も判明した訳ですし。ですが……相手が『クー・フーリン』とは、宝具を別にしたとしても厄介ですね」



眉間に皺を寄せ、唸るように呟くセイバー。



「そうねぇ……はぁ」



それに追随するかのように、凛が瞑目しながら相槌を打った。



「あの……厄介って?」



それらの意味するところが解らなかったのび太。

疑問をそのまま二人にぶつけると、今度は二人そろって渋面になった。

のび太の問いは、頭の痛い問題をこれでもかとばかりに、さらにドンと鼻先に押し付けるようなものだったからだ。



「『クー・フーリン』という英雄はケルト神話において最も代表的な英雄です。つまり、その強さは折り紙つき……申し分ないものであるという事」



「そ。それもおそらくは、日本での知名度の低さを補って有り余るほどにね」



「はぁ。 ……ん? 知名度の低さ……って何なんです?」



「簡単に言えば召喚された場所……この場合は日本ですが……そこでどれだけ有名であるかどうかがサーヴァントの強さに関わってくるのです。あくまである程度の範囲で、でしかありませんが。ギリシャ神話の英雄である『ヘラクレス』は日本でも有名ですから、強さも相応のものになっていると思われます。対して……」



「ケルト神話の英雄、『クー・フーリン』は日本ではドマイナーな存在よ。アンタ達二人が知らなかったのがいい例ね。つまりその分だけ力が弱くなってる筈なんだけど……あの様子じゃ、正直なところ微々たる物でしょうね。なんせケルト神話においては押しも押されぬ、言ってしまえば『ヘラクレス』クラスの大英雄だもの。元々の強さが並外れてるのよ。まったく、頭の痛い事ね」



つまり元々の強さ1000の相手が900になって現れているようなものである。

たかが10%強さが落ちたくらいでは、例えば200の強さしかない弱者が相手取る場合、大差ないに等しい。

この10%が活きてくるのは組み合うのが強者、加えて互いの実力がほぼ拮抗しているという条件が付いてくる。

もっとも強さをすべてひっくるめ、単純に数値に直して比較するという事は出来ない訳だが。

格下の相手に何の因果か、いともアッサリと敗れ去る……などという事も珍しくないのが勝負事の、ひいては聖杯戦争の常なのだから。

とはいえ、相手が油断の出来ない強敵であるという点は疑いようのない事実である。



「まさか大英雄クラスと一夜のうちに二回も戦っちゃうなんてねぇ……それとまともに渡り合うセイバーも大概だけど。実はセイバーも相当名の売れた英傑だったりするの?」



「禁則事項です」



さりげなく振られた追及をこれまたさりげなく躱すセイバー。

そしてそのまま話を自然に元の流れへと戻す。



「とにかく、ランサーこと『クー・フーリン』とバーサーカーこと『ヘラクレス』。この二名に対してどういう対処をすべきか、という事ですが……正体と宝具が判明しているという点で見ればこちらがアドバンテージを取れています」



「戦力の絶対数でもそうね……セイバーにアーチャー、あと条件付きでのび太、と」



「え? 僕も!?」



ごく自然に自分が戦力の頭数に数えられている事に驚くのび太。

凛はそれを見て『やれやれ……』と言わんばかりに頭を抱え、やがて徐にジト目でのび太を見据え口を開く。



「あのね、アンタ昨日自分が何したか解って言ってるの? いくらトンデモアイテム使ってたからといっても、人間がサーヴァントと共同戦線張れるなんてはっきり言って前代未聞よ? へっぽこ士郎はともかく、わたしですら何も出来なかったっていうのに……。こっちにはあまり余裕がないの。だからたとえ小学生であれ、使える者は躊躇なく使う。この戦争に勝ち抜くため、生き残るために……少なくともわたしはそのつもり。それとも何かしら? あの時の啖呵は嘘だった、とでも?」



「い、いやそういう訳じゃ……」



凛のあまりの押しの強さにタジタジになるのび太。

別に士郎達と共にサーヴァントに立ち向かう事に否やはない。

ないのだが……凛のオブラートに包まない、どこまでも単刀直入で剥き出しの物言いにはどうしても戸惑ってしまうのだ。

しかも凛の醸し出す、のび太にとってある意味で苦手な雰囲気がそれに拍車をかけてしまっている。

これが士郎かセイバーの言葉ならば配慮が行き届く分、また態度も違ったのだろうが……。



「……ま、安心しなさいな。あなたの手を汚れさせるつもりはないから。とどめを差す時は、わたし達でやるわ」



「???」



と、凛はやがてツ、とのび太から視線を逸らし、口元に湯呑を傾けながらそんな事を呟いた。

先程言った『条件付き』とは……つまりはそういう事だ。

のび太に“殺し”という重い十字架を背負わせるつもりは、いかに凛といえども毛頭なかった。

たとえそれが偽善で、罪の意識を誤魔化すためのものであったとしても。

無理矢理にでものび太を除外する事も出来なくはないが、緊迫した状況と何よりのび太の打ち立てた実績が不誠実ながらも期待を抱かせてしまい、それを許さない。

ならばせめて――――。










『いよいよの時は自分達の手で、のび太を血には染めさせない』










セイバーも士郎も、そしてこの場にいないアーチャーも元よりそのつもりであった事は言うまでもない。

……もっとも、自らが望んだ事とはいえ、のび太を殺し合いに駆り立てる事に内心、忸怩たる思いを噛みしめている事も言うまでもない。

隣に座る士郎の、隠そうとしても完全には隠し切れていない、その恐ろしく険しい表情が何よりの証左だ……。



「……ただ、どっちにしろそう簡単に勝てるような相手じゃない。特にバーサーカーはな。まあそれ以前に、正体が解ってても居場所が解ってないから戦いを仕掛けようもない訳なんだが……」



決して内心を見せまいと無理矢理に無表情の仮面を被り、士郎は重苦しく言葉を紡ぐ。

確かにアドバンテージがあっても、それを能動的に活かしきれなければ価値も半減してしまう。

先手必勝が全てにおいて有利とは必ずしも言えないが、主導権を握る事自体は有効ではある。



「そうねぇ……バーサーカーに関してはまったくアテがない訳でもないけど、それも確実という保証はないし……ランサーに至っては完全にお手上げ。結局悉く受けに回るしかないのが現状なのよねぇ……」



溜息交じりに愚痴る凛。

セイバーも難しい顔をして黙り込んでいる。

まさに状況は八方塞がり、……なのだが。










「えっと、居場所が解ればいいんですか?」





「「「は?」」」










のび太の何気なく呟かれた言葉で、風向きが急に変わった。



「……まさか……出来るの?」



「はい、多分。なんでかだいぶ中身が減っちゃってるけど、たぶんあるハズ……」



呆然と呟く凛を尻目にのび太はポケットから“スペアポケット”を引っ張り出すと、ゴソゴソと掻き回すように漁る。



「えーと……あ、あった!」



やがて歓声と共に、ズボッと“スペアポケット”から何かを引っ張り出した。

その手に握られていたモノは……。










「……杖、ですか?」










柄の部分に機械がくっついた、一本の杖であった。















「それでのび太君、その杖を……一体どうするんだ? 言われるがまま庭に出てきた訳だけど……」



所変わって衛宮邸の庭先。

そこには今まで居間にいた四人の姿があった。

のび太を中心に、士郎・凛・セイバーの三人がその周りを囲んでいる。

そしてのび太は右手に持った杖を持ち上げ、徐に説明を始めた。



「これは“たずね人ステッキ”って言って、これを地面に突き立てて離せば、探している人のいる方向に倒れるんです。これで他のサーヴァントの居所を探せます!」



「へえ……こんな杖が?」



疑わしげな表情でのび太から“たずね人ステッキ”を取り上げ、矯めつ眇めつ眺める凛。

機械をはじめとした科学とトコトン相性の悪い凛である。

昨夜のアレコレでひみつ道具の効力が実証されているとはいえ、やはり胡散臭さはぬぐえないのだろう。



「あ、もしかして疑ってるんですか?」



「……少しね」



「む~……確かにドラえもんの道具の中には役に立たない道具もいっぱいありますけど……“夢たしかめ機”とか……でもこれはちゃんと役に立ちますよ! ホントに!」



凛の様子に不満を露わにするのび太。

それでも凛は眉根を寄せたままの表情を崩そうとしない。

そんな凛を見て、ならばとのび太は身を乗り出し、こう口を開いた。



「解りました! じゃあ一回試してみてください! それで解るハズです!」



「試せ、って言われてもねぇ……。うーん、ならとりあえず……対象はアーチャーでいってみましょうか。今霊体化してるから、試すには丁度いいかもしれないわね。……アーチャー、聞こえる?」



顔を上げた凛は虚空に向かって叫び、ついでに片耳を抑える。

霊体化し、見張り番をしているアーチャーと念話で会話しているのだ。



「アーチャー、今から霊体化したまま、そこから移動して。場所はこの家の敷地内ならどこでもいいわ。…………何故って? まあ言ってみれば実験よ。話は聞いて……なかったのね。もう、いいからとりあえず動いてさっさと隠れる! 三秒以内に!」



「遠坂……それ、短すぎないか?」



士郎の思わずこぼれ出たツッコミは華麗にスルーされ、“たずね人ステッキ”の効果実証実験が開始された。



「なんか凛さん、ジャイアンみたい……」



いや、まったく。















「……まさかホントに当たるなんて」



結果だけ言えば、一発的中。

庭の地面に“たずね人ステッキ”を突き立て手を離し、重力のなすがままに任せて倒す。

その先端の指し示した方向に、実体化して姿を現したアーチャーがいた。

……が。





「……なんでよりによって台所なんだよ、アーチャー。隠れるならもっと他に場所があっただろうに……土蔵とか、床下とかさ」



「……三秒で行けとの指示だったからな。元いた場所から遠くなく、且つ咄嗟に思い浮かんだ場所がここだった。それだけの事だ」



「律儀ですね……何とも。しかし妙ですね? 何故貴方が台所に立っても、そう違和感を感じないのですか? むしろそこにいるのが当然のように……」



「……何とでも言いたまえ。重ねて言うが、他意はない。偶々、ここしかなかっただけだ」



苦虫を噛み潰したかのような苦りきった表情。

どうやら言いたい放題言われて不貞腐れているようだ。

しかし下手に言い訳なんぞするから余計にその怪しさに拍車がかかっているのだ。

真に受けずにさらっと聞き流せばいいものを……。



「……ま、とにかくこの杖がのび太の言った通りのシロモノだという事は解ったわ。これならまあ……使えるかもね」



凛の降参宣言に、のび太は「どうだ! 言った通りだっただろう!」とばかりに破顔する。

しかしそれも一瞬、話にはまだ続きがあった。



「もっとも、偶々当たった可能性も捨てきれないけど。なんせ試したのが一回だけなんだしね。一応聞くけど、これの当たる確率って何%くらい?」



「え!? えっと……うーん、70%くらい……かな? 偶にハズれるコトあったし」



笑顔から一転、今度は戸惑いがちに答えるのび太。

数値としてはかなり心許ない。



「七割……か。うーん、悩みどころね。七割の確率をアテにして探し回るのもまだちょっとリスクと釣り合わない……それにこれはあくまで人物の方角だけだし……」



答えを聞いた凛はまた思案気な顔になる。

現状が現状なだけに、全てにおいて万全を期したいのだ。

確かにこの杖は役に立つ。

しかしはっきり言って、この杖だけでは片手落ちだと言わざるを得ない。

敵の方角だけが解っても仕方がないし、それ以前に成功確率が七割だ。

もう一つ、確実性を増加させる別のファクターがなければ、折角の“たずね人ステッキ”もただのヘンテコな杖でしかない。



「―――あ、そっか! ……つまり100%の保障があればいいんですよね? 凛さん」



「え? ……まあ、そうね。欲を言えばここから動かずに特定出来るのなら言う事はないんだけど」



「そうですか! ……よし、じゃあ“たずね人ステッキ”と併せて……あるかな?……あ、あった!」



頭の上に豆電球を点灯させたのび太はポケットから“スペアポケット”を取り出すと勢いよく手を突っ込み、やがて二つの物体を取り出した。

果たしてその物体とは……。










「薄型テレビと……マルとバツ?」





「はい! “○×占い”と、“タイムテレビ”です!!」










ニッと笑顔を浮かべながら道具の名前を告げるのび太。

しかしそれとは対照的に、残る四名は皆一斉に『?』マークを頭に掲げるのだった。





[28951] 第十七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/09/13 17:16



場所を再び居間へと移し、テーブルの上に置かれた三つの物体を前に顔を突き合わせる四人……ではなく五人。

どうして再度庭へと出ずにここへ戻ってきたのかというと……実はのび太、今が二月であるという事をすっかり失念していたのだ。

当然の事ながら、二月の風は身も凍るほどに冷たい。

巷では“子供は風の子”とよく言われる……しかしながら、慣れない環境に放り出された小学生であるのび太の身にはやはりかなり堪える。

それでいながらのび太は事もあろうに“たずね人ステッキ”の実演のために、わざわざ寒風吹き荒ぶ庭へと出て行ってしまった。

そしてアーチャーのいる場所である母屋へと入った時には、のび太の頬と耳と指先は真っ赤に霜焼けしてしまっていたのだ。



「……ズズッ」



オマケに鼻水まで垂らす体たらく。

……それを目ざとく見つけてしまった士郎の一言。





「なあ……わざわざ寒い庭で扱う事、なかったんじゃないか? 家の中であったかいお茶飲みながらでもよかったんじゃ……」




「………………………………………………………………、あ」





と、まあこういう訳なのである。

大方杖は屋外で使う物で、建物の中では使わないから庭でやろうとか考えたのだろうが、んなモン先を拭えばいいだけの話である。

アホかと言いたい。










閑話休題。










「それで少年。その三つの道具でどうするつもりなのだ?」



「その前にさっき出した道具の説明をしますね。その方が解りやすいし。こっちの“○×占い”は質問した内容を○か×かで100%判断してくれるんです」



「100%? 確実にですか?」



「はい。例えば……うーんと、あ~……」



悩むのび太。

そしてその末に『あ、思いついた!』とばかりにポンと手を打つと……一言。










「『士郎さんは将来ハゲる』!」










ビシッとのび太が指を立ててそう告げた瞬間、○印がひとりでにフワッと浮き上がり『ピンポンピンポーン!』と機械音が甲高く鳴り響いた。

“大正解”のファンファーレ……つまり100%士郎は将来ハゲるという事だ。

……まあなんだ、ご愁傷様である。

というかのび太よ、言うに事欠いて命題がそれか……。





「ちょっと待った! それは何かのイヤガラセかのび太君!? 俺なにか悪い事したかい!?」





「アッハハハハハ!! ナルホドねぇ~、士郎ってば将来ハゲちゃうんだ! アハハハハ……あ~、お腹痛い!」





「やかましい! 笑うなそこぉ! っていうかそれはきっとお前のせいだ、遠坂ァ!!」





ちゃぶ台をバンバン拳で叩きながら笑い転げる凛。

余程可笑しいのだろう、その眼には明らかに哀しみ以外の涙が滲みまくっている。

そして横のセイバーはと言えば。





「……、クッ!」





口元を手で押さえて顔を後ろに背け、プルプルと何かを堪えるように震えている。

どうやら笑いのツボにハマったらしい。





「……そうか。危ないところだったのだな」





だが一人だけ。

自分の髪の毛を大事そうに手で押さえながら、何やら意味不明な言葉を呟く長身の男がいた事は、このカオスと化した空気のせいで全員の視界の隅へと追いやられていた。










ちなみにこの後、流石に失言だったと悟ったのび太の『今から気を付ければ将来、士郎さんはハゲない』との命題に、二度目の“大正解”のファンファーレが鳴った事で状況は程なく沈静化した。

どうもこのままだったらケアが足りずに“終わった”未来に100%分岐していたようである。

未来は常に不定形、“今”の行い次第でどうとでも転んでしまう……故に、救いの道はまだ残されている。

“二重に”聞こえた安堵の溜息が、何とも痛々しく居間に響き渡るのであった……。















「あ~、笑った笑った……くっ、くくっ! そ、それでのび太、“○×占い”については解ったけどもう一つのそのテレビは何なの?」



湧き出る笑いを無理矢理押さえつけつつ、凛はのび太に続きを促す。

その横で士郎がジト目で凛を睨みつけているが暖簾に腕押し。

直接的な原因はトンデモない命題を口走ったのび太だが、散々に大笑いして精神に鉋(かんな)をかけてくれやがったのは目の前の“アカイアクマ”なのだ、睨むのも無理はない。

ちなみにセイバーは既に平静を取り戻し平常運転、アーチャーはただ腕組みしてむっつりと押し黙っている。



「あ、ああ、はい。これは“タイムテレビ”です。過去や未来を見るためのテレビで、どんな時代や場所でも見る事が出来るんです」



のび太はそう言うと徐に“タイムテレビ”の土台部分に設置された計器に手を伸ばし、ガチャガチャいじり始めた。



「試しにちょっと画面に映像を出してみますね。どこか映して欲しいところとかないですか?」



「そうだな……じゃあ、桜の様子は見れるかな? 今日家に来なかったらちょっと心配なんだ。いや、来てくれなくて助かったといえばそうなんだけど」



「桜……って士郎さん、それ誰なんですか? なんか朝ごはんの時にそんな名前聞いたような気がするんですけど」



疑問符を頭上に浮かべたのび太が士郎を振り返る。



「ああ、桜は……フルネームは間桐桜っていうんだけど……俺の学校の後輩だよ。数年前から朝と夕方、家に飯を作りに来てくれてるんだ」



「へえ~……士郎さんの彼女さんですか?」



「アハハハ……。桜は妹みたいなもんだよ、そんな大層な間柄じゃないさ」



のび太の疑問に手をパタパタと横に振りながら笑顔で答える士郎。

その横では、



「あ~あ、桜も可哀そうに……」



と嘆息する凛がいたのだが、その小さな呟きは誰にも聞き取られる事はなかった。



「えーと、じゃあその桜さんの家を目標にして……あ。あの、住所とか解ります? あと出来れば地図とか……」



「ん、ああそれなら……」



と、不意に士郎は席を立ち、奥へ引っ込むとやがて冬木全体のマップが乗った冊子を引っ掴んで戻ってきた。

そしてページを開き、地図のある一点を指さして件の住所を教えると、のび太は“タイムテレビ”のダイヤルをいじって、画面に映し出された冬木のマップ上のその場所に正確に焦点を当てた。

“タイムテレビ”の使い方は、ドラえもんが使用した際のその計器のいじり方を見て既に習得しているようで、そつのない手慣れたものだ。

こういう事に関しては無駄に学習能力のあるのび太であった。

その英知をもっと別方面に活かせと言いたい……。



「よし、座標設定はこれでOK……士郎さん、時間はどうしますか?」



「ん~……とりあえず七時から八時くらい?」



「じゃあ……間を取って七時半、っと。よし、じゃあいきますよ。それっ!」



すべての設定が入力し終わり、一同が“タイムテレビ”の画面へと釘づけになる中、のび太が映像ボタンをポチッとな。

一瞬ノイズが走ったかと思うと、コンマ数秒もせずに画面に映像が浮かび上がった。





『……いってらっしゃい、兄さん』



『……ふん』





画面の中でそう呟くのは紫の長い髪をした、どこか儚げな凛と同じ年頃の少女。

どうやら画面の舞台は対象の家の玄関先のようで、普段着でサンダル履きのその少女は青いクセ毛のこれまた士郎と同い年くらいの少年の見送りをしている。

しかしどこかの学校の制服を着たその少年の顔はひどく無愛想だ。



「士郎さん、この人が桜さんですか?」



「ああ、そうだよ。で、もう一人の男の方が間桐慎二……俺と同じクラスの友人で、桜の兄貴だ。これは……慎二が学校へ行くところみたいだな。けど、桜は学校へ行かないのか? 制服じゃないし……それに顔色がちょっと悪いような?」



「……あの娘も学校を休んでるのかしら?」



それぞれの述懐を余所に、場面は進む。

妹の『いってらっしゃい』にもすげない反応のまま、通学鞄を抱えた慎二は玄関のドアノブを捻り、扉を開く。

そしていざ家を出ようとしたところで、急に慎二が妹の方を振り返った。





『……おい、桜』



『……はい?』



『お前、どうして今日は衛宮のところへ行かなかった?』



『……その、少し具合が悪くて。先輩に迷惑はかけたくないから……学校にも今日はちょっと……』



『……チッ、悪くなかったら結局は行くつもりだったのかよ。まあ今日はいい……それから、ジーサンはどうした? 今朝から姿を見てないんだけど』



『ッ!? ……い、いえ、私もよく。部屋に行ったらなぜか姿がなくて。それでまたどこかにフラッと出掛けられたのかなと……』



『……ふぅん。前も何回か似たような事があったな。じゃあ放っといていいか。……いっそそのまま帰って来なきゃいいんだけど。あんな気味の悪い妖怪ジジィが居座ってたんじゃ、タダでさえ辛気臭いこの家がもっと辛気臭くなるし』



『…………』





その言葉を最後にバタンと閉じられるドア。

結局妹に『いってきます』の一言もなく、言いたい事だけ言い放って慎二は学校へと足を進めた。





「ちょっと、何なんですかあれ!? 士郎さん、いくら兄妹でもあれはひどいですよ!? どうして具合が悪いって言ってる桜さんを心配してあげないんです!? それにあんなにおじいさんの悪口を言って……!」



「お、落ち着けのび太君! し、慎二も悪いヤツじゃないんだ。ただ、昔から色々と難しいヤツでさ……!!」



このあまりにそっけない兄妹のやり取りにいち早く憤慨したのはのび太だ。

そもそものび太の周りにいた兄妹間の仲は比較的円満なものが多い。

代表格なのはジャイアンとジャイ子の兄妹だが、すわジャイ子に何かあった時のジャイアンのパワーといったら、それはもう凄まじいものがあった。

それにのび太はのび太の祖母が存命の頃は、かなりのおばあちゃんっ子だった。

故にお年寄りに対する敬老精神もそれなりに持ちあわせている。

そんなのび太の目からすれば、今の慎二と桜のやり取りに怒りを覚えても不思議はないのかもしれない。



「どうどう……まあ、兄妹にも色々あるんだろうさ。正直言ってアイツの場合は日常からしてああだから、俺もどうかとは思ってるんだけど……ここで怒ったってどうにもならないだろ? 慎二には今度ちゃんと言っとくからさ」



「う~……それはそうですけど……って、あれ? 桜さんがいない?」



士郎が宥めすかした事でどうにか平静を取り戻したのび太であったが、ふと視線を画面に戻すといつの間にか玄関から桜の姿か消えているのに気が付いた。

それに答えたのは、お茶と茶菓子のどら焼きを片手に画面に見入っていたセイバーだった。



「ああ、もう奥へと引っ込みました。どこへ行ったのかまでは解りませんが……しかし、本当にのび太の出す道具には驚かされますね。今更ですけど」



「えっ、そうなの? あ、設定が場所を固定するモードになってる……それでなのか。うーん、一応これで試した事は試した訳だし……士郎さん、どうします?」



「あー、やっぱりまだちょっと心配だからもう少し見ていたいんだけど……それにしても桜はどこ行ったんだ? ……まさかいきなり倒れたりはしてないよな?」



顎に手を当てて思案気に答える士郎。

何というか、実の兄よりも実に兄らしい反応である。



「画面か時間を切り替えてみたらどう? 出来るんでしょのび太?」



「え? はい出来ますけど……じゃあ、三十分時間を進めて……桜さんを追うような形で映像を出すようにして……と。よし、いけっ!」



チキチキと計器をいじったのび太が再びスイッチを押す。

……が、



「あ、あれっ!? いきなり画面が真っ白になった!?」



「んんっ? どうしたんだこれ。故障……って訳じゃないんだよな、のび太君?」



「待ってください。ええと……うん、故障はしてないみたいだ。おっかしいなぁ……?」



何故か白一色となった画面にのび太は首を傾げる。

素人見立てだが“タイムテレビ”には取り立てて故障個所など見当たらなかった。

特に変なボタンを押した訳でもない……というか、そんなのび太の与り知らないようなボタンは“タイムテレビ”にはない。

疑問符を溢れさせながらも、どうにかならないものかとのび太は計器をガチャガチャと操作してみる。

やがてそれが功を奏したのか、キリキリとダイヤルをいじっているうちにパッとその全貌が画面に映し出された。










……だが次の瞬間、この場は再びのカオスへと変貌する。










「あっ!? し、士郎、見るなあああぁぁぁぁ!!!」





「えっ……ぐあああああっ!? 目が、目があああああああぁぁぁぁぁっ!!? な、なんて事するんだ遠坂あああぁぁぁぁ!!?」





「うるさい! とにかくアンタはしばらく目を開けたらダメ! 理由は聞くな! いいわねっ!!?」





「いきなり両目に指突っ込まれて見える訳ないだろ!? というか理由は聞くなって、なんでさああああぁぁぁぁぁ!?」





「やかましい!! 乙女の尊厳のためよ!! これ以上はなし!! ……セイバー!?」





「大丈夫です。ノビタの目は即座に塞ぎました。そしてアーチャーは映像が映る直前に剣で叩き伏せました。まさか私の『直感』がこんな形で役に立つとは……何とも複雑です」





「……わたしも迂闊だったわ。“タイムテレビ”がこういう代物だともう前の段階で解ってたんだから、こうなる可能性もあるって予測出来た筈なのに……まあ、拠点探索にこれ以上もってこいの物もないけどね」





「え? え? あの、結局いったい何が映ってたんですか?」





「のび太……ハァ、アンタねぇ。まさかこういう犯罪行為を日常的にやってた訳?」





「はぁ???」





セイバーに両手で目隠しをされているのび太。

両目を押さえて悶絶しながら畳の上を転げ回る士郎。

頭のてっぺんから煙を一筋立ち上らせ、うつ伏せで轟沈しているアーチャー。

小学生であるのび太に対しては手心が加えられているが、他二名にはトコトンまで容赦がない。

それも致し方ないであろう、なにせ映ったモノがモノだ。

凛・セイバーが再び視線を向けた“タイムテレビ”の画面には……。





『はぁ……』





桜の艶めかしいシャワーシーンがこれでもかとばかりにクローズアップされていた。

年端のいかないのび太はともかく、男二名は撃墜されて当然である。

“タイムテレビ”の画面が真っ白になったのは、風呂場にもうもうと漂う濃い湯気のせいであった。





『……ん』





シミ一つない瑞々しい肌の上を熱いお湯が抵抗なく流れていく。

そのほんのり紅く染まった様には、たとえ同性であろうとこう……グッと惹きつけられるモノがあるに違いない。

それに時折漏れる悩ましげな吐息は、男としての本能に何かしらを訴えかけてくるような妙な響きがある。

加えて凛やセイバーにはない、女性らしい豊かな肉付きが何とも扇情て「「余計な事言うな!!」」……ハイ。

ともかく、ピンポイントでこのシーンを探り当てたのび太のこの妙な強運はいったい何なのだろうか。

ある意味では、のび太は女性の敵であると言えるかもしれない。

一見見逃されそうになるが、この行為は明らかに覗き……すなわち犯罪である。

しかも頭に“性”が付く方の、だ。

その線でいえば、のび太が過去に重ねた罪はいったいどれほどの物になるのだろうか……まあ法律上、小学生に犯罪も何もないのではあるが。

第一バレたり、問題として具体的に取り上げられなければ犯罪になりようがないのだし。





「もう! とにかく検証はここでお終い!! さっさと他のサーヴァントの居場所を探るわよ! のび太、この三つをどう……って、アンタらいい加減起きなさい!」





滾る激情のまま“タイムテレビ”の電源をブチッと落とす傍ら、未だ再起動を果たせていない男二人に凛は容赦のない言葉を叩き付ける。

きっと凛の中では、乙女の肌をタダで拝もうとした不埒者(×2)なのであろう。

……いやまあ、思いっきり事故か巻き添えなのが実情ではあるのだが。

実際は不用意に“タイムテレビ”を操作をしたのび太こそ真の元凶である……がしかし、生憎と小学生に慈悲なく天誅を喰らわせられるような神経を凛はしていない。

それにそんな事をしようものなら、せっかく守った乙女の尊厳を再び持ち出さなければならなくなる可能性も出てくる。

故に怒りの矛先は逸らされ、手負いの男二人は更なるとばっちりを喰らう事となったのだった……この二人、いったいどこまで幸が薄いのだろうか?



「ぅ……ぅあ……あ、ああ~、やっと視力が戻ってきた。ふぅ、まったく……いきなりなんて事するんだよ」



両目を真っ赤にした士郎が、滲んだ涙を拭いながらブチブチと文句を垂れる。

しかし凛はそれには答えず、セイバーの目隠しから解放されたのび太に向かって口を開く。



「で、のび太。改めて聞くけどこの三つの道具でどうやって居場所を探るつもりかしら? まあ、大方の予想はつくけどね」



「そうですね。あれだけの前振りがあれば大体は……とりあえず、聞かせて貰えますか?」



「え? あ、はい。えっと、まず最初に……」



いったいどういう状況なのかチンプンカンプンなのび太であったが、二人の要請に疑問符をとりあえず打ち捨てて自分の考え付いた手立てについて説明し始めた。

どうにか回復した士郎も、時折目頭を押さえながら耳を傾けている。















「……む、爺さん。久しいな、こんなところにいたのか……ああ、そう必死に手を振らずとも、今そっちへ行く。色々話したい事もあるしな……」















―――残りの一名は回復どころかむしろ退場しかかっていたが。

というか、サーヴァントがその手の幻を見るってどうなんだ……?





[28951] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!!
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/09/26 00:56



“たずね人ステッキ”で方角を特定して拠点の見当を付け、“タイムテレビ”でその様子を観察し、確認と疑問点を“○×占い”で洗い出し100%丸裸にする。





のび太の作戦は、つまりはそういう事だった。

“たずね人ステッキ”だけでは片手落ちだが、新たなファクターを組み込む事で確実性と範囲を劇的に広げた。

これならば居ながらにして敵の居場所と詳しい情報、そして様子を探る事が出来る。

それもこれも、魔術に真っ向からケンカを売っていそうな非常識の塊たるひみつ道具のなせる業(わざ)……いや、業(ごう)か?

そして何より道具の扱いに対して固定観念に囚われない、のび太の柔軟な発想によるものも大きい。

下手をすれば道具の本来の持ち主よりも道具の運用に長けているくらいなのだ。



「成る程ね……わたしの予想とほぼ同じ、か。というか、よくそんな運用法思いつけるわね」



「ええ。こういった強力な代物を扱う者は得てして応用を効かせるのが苦手なものです。なまじ強力であるが故にどうしても運用に対して“思い込み”が発生してしまいがちですから。その点でいえば、ノビタの拘りのない想像力は一線を画していますね」



「え、そ、そうかな? エヘヘヘ」



珍しく褒められた事で照れるのび太。

顔を赤く染めながらモジモジとするその様子は、はっきり言って大人であったら通報モノである。

のび太がまだ子供だから微笑ましく映りもするが、これをやっているのが例えばアーチャーであったならば果たして……いや、まあそれはいい。

とにかく、こうして『サーヴァント探索作戦(仮)』の幕は切って落とされた。

言うまでもなくターゲットはランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの五人だ。















まずは“たずね人ステッキ”を立てて倒す。

その後に“○×占い”を使用して、その方角に確実にいるのかどうかを断定する。

この方法ならば的中率70%(のび太談)の隙間を埋める事が出来る。

そうしてターゲットの現在地点の方角を特定したら、今度は冬木の地図を広げそこから当たりをつける。

これは現地住民であり、冬木の地理に詳しい士郎と凛が担当する。

特に凛は冬木のセカンドオーナーであるため、敵主従が拠点にしそうな魔術的要素の強い場所を誰よりも熟知しているので頼りになる。

しかし必ずしもそういった場所にいるとは限らないので、比較的表側の地理に明るい士郎もやはり重要であったりする。

そして場所を絞り込んだら再び“○×占い”でいるかいないかを判断し、その後にいよいよ“タイムテレビ”でピーピング・ト……つまりのぞ……もとい、遠距離からの敵情視察を行う。

時間を巻き戻してここ数日の時間軸を調べるだけで、ただでさえ良くも悪くも目立つサーヴァントの事、対象はかなり絞り込める。

流石に霊体化していたのなら発見は難しいが、しかしながらまったく実体化しないという事はないだろう。

霊体化は隠密行動には適しているが、代わりに物理的干渉能力が失われてしまうのでずっとそのままでは色々と不都合が生じやすい。

だから少なくともくつろぎやすい拠点では多少なり姿を現す……筈。

そして対象が確実にサーヴァントであるかどうかを三たび“○×占い”で判断する。

ただ“○×占い”は『Yes』か『No』の判断しか出来ないので、質問内容はよく考えなければならないのがネックといえばネックだが、それくらいならどうとでもなる。



「それじゃ、どこから当たるんだ?」



「そうね……とりあえずサーヴァント順通りに、まずはランサーからいきましょうか。のび太、ステッキ」



「あ、はい。どうぞ」



『トン、……カラァン』と凛はステッキを立てて倒し、“たずね人ステッキ”はその身で以て方角を指し示す。

それを受けたのび太達はすぐさまテーブルに広げた冬木市の地図と向かいあう。



「この方角は……隣の新都方面ね」



「ただ中央部から大分ズレてるな……これは、海方面か?」



「みたいね……という事は、港にいるのかしら?」



「“○×占い”で確かめた方が早かろう、凛。『ランサーは今現在、港に存在する』」



アーチャーの声にすぐさま反応する“○×占い”。

丸印がヒュンと宙に浮き、『ピンポンピンポーン!!』と正解のファンファーレが鳴る。



「え、ホントに? あそこは特に何かある訳でもない……のに、いったいどうして港になんて……うーん?」



「リン、まずは様子を確認してみましょう。悩むのはそれからでも遅くはありません」



「……そうね。のび太、お願い」



「はい、それじゃ港に位置を合わせて……時間設定は特にしないで……と。よし、いけっ!」



“タイムテレビ”の設定をし終えたのび太が、勢い込んでスイッチを押す。





……が。










『―――よっしゃ、キタアアァァァ!! ……って、またサバかよ!? もうサバは間に合ってんだよ! ええい、クソ!』



『あらぁ、お兄さん、いいの? せっかく釣り上げたのに海に返しちゃって。しかしそんな勢いよく放り投げなくてもいいんじゃないの? サバが可哀想よ?』



『サバはもう見飽きたんだよ! そもそも釣りを始めてからこっち、釣り上げるのがサバ、サバ、サバ……サバしかいねぇって明らかにおかしいだろ!?』



『いやぁ、そう言われてもねぇ……まあ、ボウズじゃないんだから別にいいじゃないの。お兄さん、もう三十匹くらい釣ってるじゃないのぉ、大漁よ?』



『サバだけをな! 漁ならともかく、釣りでサバだけってのは面白みがねぇよ! おっさんはタイにヒラメにタコに……うげ、ブリまでいやがる!? というか、この港いったいどうなってんだ!? 釣れる魚が節操ねぇし、季節感とか色々メチャクチャだぞ!?』



『聞いた話だと冬木港は大体いつもこんなカンジらしいよぉ? 春夏秋冬全部通して。そういえば前回来た時はヤマメ釣ったねぇ』



『そりゃ川魚だろ!? 変だって思わねぇのかよ!?』



『冬木港だしねぇ。ココ、かなりの穴場よぉ?』



『それで納得すんな!?』










「……何だ、これは?」



「えっと……ランサーのお兄さん……ですよね? なんかあの時と全然イメージが違いますけど」



「いや、うん……あー、その、なんだ。『クー・フーリン』って、こんなヤツだったのか?」



「まあ、彼の武勇伝や逸話は数多いのですが……流石にこれは……」



「……イメージぶち壊しね、ある意味で」



あまりの予想外の光景に呆気にとられる一同。

“タイムテレビ”の画面には、普段着姿のランサーが港に面した海をバックに気炎、いや奇声を上げていた。

その手にはリールのない釣竿が、足元には数個のバケツと缶コーヒーが置かれている。

そしてランサーの隣にいるのは、下っ腹のでっぷりと肥えた丸顔の中年オヤジ。

かなりのベテランなのか、竿を操る一挙一動にそつがなくキャップにサングラス、釣り用ジャケットといったアングラーファッションもエラくサマになっている。

穏やかで人のよさそうな笑みが印象的だ。





そう、誰がどう見ても一寸の狂いもなく……槍の英霊たるランサーは、冬木の港で釣りに興じていた。





しかも偶々居合わせたと思われるおっさんと一緒に、どういう訳か意気投合しながら。

とても初対面とは思えない、掛け合いのコンビネーションがなんとも秀逸である。



「「「「「…………」」」」」



今この瞬間、ここにいる五人の心は一つになった。

すなわち……。





『なにやってんだコイツは?』





ズルルと脱力する五人を余所に、“タイムテレビ”からの中継は続く。










『……おっさん、釣りはベテランか?』



『んんっ? まあ随分やってきたねぇ……フフフ、日本中色んなところに釣りに行ったモンよぉ。今偶々会社の出張で東京からこっちに来ててねぇ、空いた時間があったからこっちまで足を伸ばしたみたのよぉ。こっちに来たのは今日で三回目かなぁ?』



『そうか―――頼む! 俺に釣りを教えてくれ!』



『え、えぇっ? いきなりどうしたのぉ?』



『このままサバばっかり釣ってたんじゃ面白くねぇんだよ! おっさん、俺に一つ釣りの極意を伝授してくれ! この通りだ!!』



『いやいやいや、土下座はやりすぎだよぉ。うん、まあこれも何かの縁だし、時間もあるから“デンワ~ッ! デンワ~ッ! デンワ~ッ! デンワ~ッ!”あらら? ちょっと待ってね……はいもしもし』



『ああ、ケータイか。“アイツ”も確か持ってやがったな……デザインは成金趣味全開だったけどな。正直、アレはないわ』



『あー、どうもお疲れ様です……はい? え、あの時間は確か二時からだと……え? その前に集合? スー……じゃなかった、社長ももうそちらに? ああ! これはどうも大変申し訳ございません! すぐそちらに向かいますので……はい。もうドモドモ、誠にすみません。それと、あの~……ワタクシの名前なのですが、『――ザ―』ではなく『――サ―』と申します。……はい、『ザ』ではなくて『サ』です。はい、よろしくお願い致します……はい、失礼致しま~す……ふぅ』



『どうしたんだ?』



『ゴメンね~、時間間違えててさぁ。急に戻らなきゃならなくなっちゃったのよぉ。仕事の予定がねぇ』



『……あー、そうか。おっさん、勤め人だったか。仕事じゃしょうがねぇな』



『いやホントゴメンねぇ~。あ、そうだ。教えられないお詫びと言ったら何だけど、ココでの釣りのコツをちょっとメモに書いておくからさぁ、それで一回やってみなよ。ちょっと待っててね……はいコレ』



『おお! すまねぇおっさん、恩に着る!』



『お兄さん中々スジがいいから、ちょっとやったらすぐ身に付くと思うよぉ。ま、頑張ってね』



『おう! 絶対サバ以外のヤツを釣り上げてみせるぜ! おっさんも仕事頑張れよ!』



釣り道具とクーラーボックスを抱え、サムズアップしながら去りゆくおっさん。

その背後には、「よっしゃああ! 待ってろよタイにヒラメにタコオオオォォ!!」と威勢よく釣竿を振り下ろすランサー。

……ケルト神話の大英雄としての威厳など微塵もない、ただの釣りバカ兄(アン)ちゃんと化したランサーの姿がそこにはあった。










「……次、いきましょうか?」



「……そう、ですね」



「……ああ」



「……はい」



「……うむ」



先日とは違う、ランサーのあまりのアレさに芯から呑まれてしまった五人。

脱力の極みに達して本拠地を探る事もマスターを特定する事も頭から完全にすっ飛び、状況判断もままならないままフラフラと次の標的への移行を決定してしまった。

勢い込んだ初っ端がこれでは無理もない。

……“タイムテレビ”の時間を巻き戻せば、根城もマスターもすぐさま判明していたのだが。

幸か不幸か、本人の与り知らぬところでランサー(+そのマスター)はひみつ道具の魔の手から辛くも脱出していたのであった。















とにもかくにも、次の標的は騎乗兵のサーヴァント……ライダーだ。

“たずね人ステッキ”を立ててカラリと倒すと、とある方向を指し示す。

即座に“○×占い”でこの方角であっているかどうかを確認、そして正解と出たので再度五人は地図へと向かい合う。



「これは……新都じゃなくて深山方面ね」



「でも商店街からは少しだけズレてるし……あれ? 待てよ……これって、まさか!」



突然、弾かれたように地図から顔を離した士郎。

四人が訝しむのも構わず、士郎は“○×占い”に飛びついて命題を口にする。



「『ライダーは……今、穂群原にいる』!」



そして鳴り響く大正解のファンファーレ。

途端、士郎の顔がサッと蒼白に染まった。



「やっぱりか!? のび太君、今すぐ穂群原学園を映してくれ!」



「え、えっ!?」



「早く!!」



「は、はいっ!? え、と場所は「ここっ!」あ、はい!!」



鬼気迫る表情をした士郎からの矢の催促に、のび太は内心焦りながらも“タイムテレビ”を操作する。

やがて“タイムテレビ”の画面に白亜の校舎と、いつもと変わりない教室での授業風景が映し出された。

その瞬間、士郎の口から大きな溜息が漏れる。



「よ、よかった……まだ何にも起きてないみたいだな。これは、リアルタイムか?」



「はい、いきなりだったもので……でも、本当にここにサーヴァントがいるんですか? それらしい人は見当たらないんですけど……」



各教室を次々と流し見るように移行する映像を眺めながら、のび太は疑問を口にする。

教室内では教師が黒板にカツカツと板書をし、生徒はそれを受け、粛々とノートにペンを走らせている。



「“○×占い”によるとそのようですから、きっと今は霊体化しているのでしょう。こうなると発見は困難ですね」



顎に手を当てたセイバーが唸るように呟く。

セイバーの言葉は的を得ている。

いかに“タイムテレビ”といえども、姿の見えない相手まで映し出す事は不可能である。

そもそもサーヴァントは特性としては幽霊に近い。

霊体化するという事はつまるところ幽霊状態になるという事とほぼ同義であり、当然ながらテレビが幽霊など映し出せる筈もない。

仮に映ったとしてもそれは精々、どこぞのホラー番組レベルが関の山であろう……どことなくぞっとしない話だ。

オマケに……。



「誰がマスターかも特定出来ないな……人の数が多いし、そもそも学校の中にいるのかどうか……可能性はなくはないけどさ」



『木を隠すなら森の中』

人間を隠すのなら人間の中に隠す方がより見つかりにくくなる。

そこに目当ての人間がいようといまいと、だ。

教職員、生徒、事務員、用務員、その他諸々……とにかく学校という場所は人が大勢存在し、更に離合集散も頻繁に起こるため探索するにはかなりの難所だ。

何か一つヒントでもなければ、状況を打開出来そうにない。



「いえ、多分……いるわ」



「「え?」」



と、唐突に口を開いたのは凛だった。

“タイムテレビ”の画面から視線を外し、二人して首を傾げつつ顔を見合わせあうのび太と士郎。

固い表情で画面を睨む凛から発せられたその言葉は、まるで確信があるかのように凛とした響きを持っていたからだ。

そしてそれに疑問を感じたのは傍らのセイバーも同じであった。



「リン、何故そうだと言い切れるのですか?」



「アテがあるのよ……確証はないし、可能性に過ぎないけれど。アーチャーには前に話した事があったかしらね?」



「いや、特に覚えはないが……ちなみに、その根拠はどこから?」



「冬木のセカンドオーナー……いえ、『始まりの御三家』からの物よ……」



凛はそっと瞑目すると、“○×占い”に向かってこう呟いた。





「『ライダーのマスターは、間桐慎二である』」




直後、肯定のファンファーレと共に丸印が浮かび上がる。

それを受けた凛は「やっぱりね……」と深々と溜息を吐いた。



「そ、そんな……慎二が……!?」



「え、えっ? あ、あのワカメみたいな頭のお兄さんが!?」



「―――ブフッ!?」



と、思ったらのび太の言葉で盛大に吹き出した。

押さえた手の隙間から漏れた飛沫がキラキラと宙に舞う。

のび太の表現が的確すぎたのか、どうやらツボにハマったらしい。

プルプル震えながら必死に込み上げるモノを噛み殺すその様、口元の手を離せば大爆笑のフルコーラスであろう事は想像に難くない。



「……おーい。遠坂、帰ってこーい」



悶える凛を前に驚愕の体もどこへやら、呆れすら混じった士郎からの呼びかけに、喘ぎ喘ぎながらも凛は姿勢を整える。

しかしまだ時折ピクッ、ピクッと肩が上下している……そこまでか。

なんかもう、色々と台無しである。



「……くっ、くっ……ふ……はぁぁ」



「落ち着いたか遠坂。で、どうして慎二がマスターだと解ったんだ?」



「あ、ああ……それはね、慎二が間桐家の人間だからよ」



「は?」



士郎の目が点になる。

凛の言わんとしている事が解らないのだろう。

のび太やセイバーもおおよそ似たり寄ったりの反応である。

その反応を半ば予想していたのか、凛はさらに自らを落ち着かせるように一つ息を漏らすと、徐に説明の口火を切った。



「間桐家はね、代々続く魔術師の一族なの。そして、この聖杯戦争を作り上げた一族の一つでもある」



「えっ……聖杯戦争を?」



「作り上げた?」



ポカンとする士郎とのび太に一つ頷いてから、凛は言葉を続ける。



「『始まりの御三家』っていってね、今から二百年ほど昔に魔術師の大家である三つの家系の人間がそれぞれ協力して聖杯戦争を作り上げた。間桐家はそのうちの一つよ」



「……成る程、つまりはあの少年が主催者の家系の人間だからサーヴァントの……ライダーのマスターである可能性があった、と」



「そ。もっとも、間桐家は代を重ねる毎に魔術回路が枯れていっちゃって、とうとう慎二には魔術回路が発現しなかった。つまり魔術師として完全に終わっちゃった訳なんだけど……」



「サーヴァントを召喚出来る下地くらいは残っているかも、という事か」



「アーチャー正解。腐っても『始まりの御三家』の一よ。没落したところで門外不出の魔術資料や希少な魔術具ぐらいは存在してるだろうしね」



凛の言葉に互いに頷き合う一同。

“○×占い”の結果を鑑みれば、実に納得のいく話である。



「……あ、そういえば」



と、ふとのび太が思い出したようにポンと膝を打つと、凛の方に向き直った。



「あの、さっき凛さん『始まりの御三家』って言いましたよね? という事は、あと二つ家があるハズですけど……それってどこなんです?」



「ああ、それ? 一つはアインツベルン……昨日戦ったバーサーカーのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの実家よ」



「え? あの娘のか?」



「そうよ。で、最後の一つが……わたしの家よ」



「……、は? 凛さんの?」



「遠坂家は、冬木の霊地を代々管理してきた魔術師の家系……だからこその名家であり、冬木のセカンドオーナーなのよ」



人差し指を立て、したり顔で告げる凛。

明かされた意外な事実にのび太も士郎も、感心と驚きでポカンと間の抜けた表情を晒している。

それに対し、セイバーとアーチャーだけは特に変わった反応も見せず、平静を保ったままであった。















「ま、それはともかくとして……問題はもう一つあるわね」



「もう一つ?」



「……士郎、まさかアナタ、学校で何も感じなかったのかしら?」



「はあ?」



眉間に皺を寄せた凛からそっと目を逸らすと、士郎は虚空に視線を彷徨わせる。

つい昨日まで自分がいた学校について、果たしていったい何を感じろというのだろうか。

そんな思考を脳裏に巡らせながらしばらくボンヤリとしていた士郎であったが、不意に視線を戻すとやや自信なさ気に呟いた。



「ええと……なんか、皆元気がなかったような……?」



至って普通の回答。

あまりにもありきたりすぎるそれ、絶対合っていないなと士郎は心の中で自嘲する。

しかし士郎には他に心当たりなどないのだ。



「士郎さん、それってすごい普通じゃないですか?」



「まあ、そうだよな……合ってる訳ないよなぁ」



のび太のツッコミにうんうんと頷く士郎。

だが。





「……正解。よく解ったわねアナタ」





「「アラララララッ!?」」





予想を裏切るまさかの正解であった。



「合ってたのかよ……」



「まあ半分だけ、だけどね。率直に言うと、学校に結界が張られているの。そのせいで学校にいる人間は生気がなくなっていっているって訳」



「けっ……かい?」



首を傾げ、疑問符混じりに復唱するのび太。

凛は頷きを一つだけ返すと、そのままスッと“タイムテレビ”を指差した。



「そんなものを張った犯人は……もう見当がつくわ。“○×占い”を使うまでもない。のび太、今からわたしが言う場所の映像を、高速で時間を巻き戻しながら映してちょうだい。百聞は一見に如かずよ」



「は、はぁ……?」



疑問は尽きぬも、のび太は凛の指示通り“タイムテレビ”を操作する。

やがて画面に映し出されたのは、とある教室の一角であった。

……そして映ってから一秒と経たずに、今度はその映像が物凄い勢いで時の流れを逆走し始める。

ビデオの巻き戻しなどというチンタラしたものではない。

スロットマシーンの高速回転並みの勢いである。

昼夜の明暗の切り替えもほんの一瞬だけ、人の移動などまさに刹那の間。

そんな具合に映像は目まぐるしく一日、二日、三日と時間を遡ってゆく。

そうして映像の中で何日間か巻き戻された頃に、



「ここっ! のび太、止めて!」



「はっ、はい!」



画面を食い入るように見つめていた凛からの指示でのび太が巻き戻しをストップさせ、映像の流れが通常時に戻された。

ここにいる全員がかぶりつくようにテーブル上のモニター前に集合。

操作するのび太を中心に、身を寄せ合うようにしながら画面に釘づけとなる。



「……やっぱりね。ビンゴか」



場面は今より数日前の黄昏時。

そこに佇んでいるのはたった二人の男女。

一人は先程、間桐邸の玄関先で見た間桐慎二。

そしてもう一人、女の方はというと……。



『……チッ、ここもか。ここまで基点を壊してくれちゃってまあ……腹が立つなぁ。まあ、どうせやったのは遠坂辺りだろうけど……直せ、ライダー』



『……。はい、シンジ』



足元まで届く紫の髪。

黒いボディコンシャスな衣装。

女性にしては高い上背と、それに見合った女性らしい豊満な体躯。

何より異質なのがその両の目を覆う、禍々しい眼帯。

極め付きはその身に纏う、どことなく常人とは隔絶した雰囲気……明らかに人間の放てるモノではない。



――――彼女こそが騎兵の英霊、ライダーのサーヴァントである。





『―――他者封印(ブラッドフォート)・鮮血神殿(アンドロメダ)』





一歩進み出し、右手の人差し指を高々と天に掲げながら言葉を紡ぐライダー。

その瞬間、空間がほんの一瞬だけ瞬きを見せ、次いでコンクリートの床の上に奇妙な光る紋様がボンヤリと浮かび上がった。

……だがやがてそれも徐々に消えてゆき、後には元のひっそりとした静寂のみが残る。



『……終わりました』



『これでここは三回目か……まったく、余計な仕事を増やしてくれるよ遠坂は。それで、破壊された基点はこれで全部か?』



『はい。しかしこれで結界の完成にはさらに日数が必要になりました』



『……ふん。発動自体は可能なんだろう?』



『……一応は。ただし効率は激減する上に時間もかかる事になりますが』



『まあ、今はそれで構わないさ……使う必要がないのならそれはそれでいいし、あくまでコイツは保険だからね。さて、用は済んだし……ライダー、霊体に戻れ』



『はい』



淡々と、唯々諾々と従う彼女。

やがてスウッとその姿が見えなくなったかと思うと、慎二は踵を返して教室から音もなく立ち去って行った。










「……あぁ、予想通りの展開とはいえ、何となく後味が悪くなるわね。知人がこんな事してるのを直に見ると」



画面から目を離し、溜息交じりに呟く凛。



「慎二が……本当に……」



その横では、士郎がいまだ呆然とモニターに映る教室を見つめている。

そしてさらにその横ではセイバーとアーチャーが顎に手をやり、思索に耽っていた。



「あれがライダー……ですか。女性で、しかも眼帯をしている……むぅ。正体は、なんなのでしょうか……」



「……あれだけタチの悪い結界を仕掛けている以上は、十中八九『反英雄』だろう」



「タチの悪い……ですか?」



のび太の疑問の言葉にアーチャーはうむ、とひとつ頷いてから説明を始めた。

曰く、ライダーが張った結界は『吸収型』の結界であるという事。

曰く、『吸収型』の結界は軌道したが最後、結界内のあらゆる生物を魔力に還元してしまうものであるという事。

曰く、凛たち主従は数日前から結界の基点の一部を見つけてはこれを破壊し、結界の完成を妨害してきたという事。



「はぁ……でも生物を魔力にするっていったい……? うーん、時間を進めたらどんなのか解るかな?」



今ひとつ理解の及ばなかったのび太が実際の物を見てみようと“タイムテレビ”の計器に手を伸ばす。

だがダイヤルに手が届こうとしたところで、アーチャーの腕がそれをガッシリと抑えた。



「止めておきたまえ少年、君には刺激が強すぎるだろう。賛同しかねる」



ゆっくりと首を横に振りながら諌めるアーチャー。

凛はそれを見て僅かに首肯する。



「夜中に魘されても知らないわよ? いえ、それで済めばいいけどね」



「え……?」



「ドロドロにただれた皮膚、死んだ魚のような目、苦しみの絶叫と怨嗟の呻き……それが校舎のあちらこちらで。未完成で発動させたとしてもこれぐらいにはなるでしょうね。まさに地獄よ。挙句、数分後には学校内の全員が完全に溶かされて消化される……完全な物だと人間が一瞬で蒸発するわ。アナタそんなモノ見て平気?」



「い、いやややややや!? 無理です、無理ですそんなの!」



首をブンブンと高速で横に振りながら否定するのび太。

そんなB級ホラーも真っ青の場面を見せられれば、トラウマどころでは済まないだろう。

なにせのび太はホラー物に対しててんで耐性がないのである。

その必死な様子に凛は僅かに苦笑を漏らし、『それでいいのよ』とばかりに何度も頷きを返す。



「なら止めておきなさい。無駄にトラウマを作る事はないわ……もう既にバクダン一個こさえちゃってるんだし。それから一応言っとくけどこれから先、過去はともかく、未来の事はなるべく見ないようにするわ」



「え? どうしてだ遠坂?」



凛の発言の意図が解らず、士郎はつい尋ね返してしまう。

あらゆる時間軸を見通す“タイムテレビ”ならば、未来を見る事などダイヤルを捻るだけで事足りる。

そして未来の情報は、間違いなくこちらを有利にしてくれる筈なのだ。

敵の情報は勿論、この戦争におけるターニングポイント、この先どのような危険が待ち構えているか、相手がどんな事を仕掛けてくるのか、ありとあらゆるすべてが詳らかにされる。

それはつまり常に相手に先んじて先手を取り続けられるという事と同義。

しかし凛はそれを敢えてしないと言い切った。

この言葉の示す真意とは一体……。



「前にも言ったかもしれないけど、未来は不定形……定まっていないの。私見だけど、“タイムテレビ”は現時点で最も行きつく可能性の高い未来を映し出すシロモノなんでしょうね。確かに未来を覗く事によって得られるアドバンテージは計り知れない……でもね、デメリットもあるのよ」



「デメリット?」



「そう。一つは、言ってしまえば『思い込み』による弊害よ。例えば“タイムテレビ”で見たある事柄……それが自分達に都合のいいものであって、その未来に沿うように自分達が動いたとする。けれど仮に一連の流れが“タイムテレビ”で見たものと僅かでも違っていた場合、多分『これはこうじゃなかった筈』、『あれはああだった筈なのに』と混乱するでしょうね……そうなると下手すれば全部がおじゃんになるわ。未来に振り回されるようになる可能性があるのよ。未来の分岐点はどこにあるのか誰にも解らないんだから、分岐予測なんてまず不可能。それならいっそ知らない方がいい」



「……む、う」



「まだ理由はあるわ。“タイムテレビ”がもし自分達にとって最悪の未来……例えばこの中の誰かが死ぬとか……そういった物を目にして『こうならないように何とかしよう!』と思えるならまだいい。でも、思えなかったら? 絶望に押し潰されたら? ……先に心が折れたら間違いなく終わりよ。どれだけ身体が無事でもね。この過酷な状況下で心が折れる事はすなわち“敗北”と同じ。特にそうなりそうな人間がこっちにはいるしね」



「…………」



次々放たれる凛の言葉に士郎は何も言えなくなった。

確かにメリットの方にばかり目が行っていて、デメリットの方にはまったく考えが及んでいなかった事を士郎は今更ながら自覚する。

未来を知るという事は、『未来の情報』という固定観念が入り込むという事。

それを上手く扱いこなせれば問題はないが、それが出来るかと言えば全員首を横に振らざるを得ないだろう。

アドバンテージが大きすぎる故に、ついついそちらに意識を引き込まれてしまうのだ。

のび太も、士郎もまさにそうであった。

ある意味では、メリットそのものがデメリットであるとも言えるのである。



「解った? 未来を知るという事は何もいい事ばかりじゃないの、むしろメリットが大きければ大きいほど潜在的なデメリットも増す。未来を見ないと言ったのはつまりはそういう事よ」



「……むぅ。言われてみれば、筋は通ってる」



「それに、過去だけでもアドバンテージはそれなりにあるわ。過去は未来と違って既に固定されているからね。覆しようがないもの。そこから得られる情報だけでもこっちは断然有利に立てる。勿論相手を丸裸に、とまではいかないだろうけれど、警戒の指針を立てる事と能力確認、相手の真名を推測するくらいは出来る」



「成る、程……解った。のび太君も、セイバーも、アーチャーもそれでいいか?」



二度三度と納得したように首を上下させた士郎が三人を振り仰ぐ。



「私はそれで構いません」



「余程の無謀でない限りは、主の方針に従う。それに私も同意見ではある。吝かではない」



「僕もそれでいいです……あんまり意味は解らなかったですけど」



そうしてひみつ道具による探索は続く。

凛の警告により未来を覗かない事にした一同ではあったが……それは幸か不幸か、正解であった。

何故ならば“タイムテレビ”の影には……。




















『ほぉお、未来は見ねぇときたか……ハッ、オレの事がバレねえよう、道具パチった時にわざわざテレビの機能いじって返してやったってのに、大半がムダになっちまったじゃねぇか。まあ、仮に未来に時間軸を合わせたところで、改竄された欺瞞情報しか映らねぇようになってっから、いいカンしてやがるぜあの小娘! ――――オレがスポットを浴びるには、まだまだ時期が早すぎるからなぁ。ケケケケケケ……!!』




















この『闇』の暗躍があったのだから。




[28951] 第十九話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/02 17:07





ライダーの探索に一区切りをつけ、さて次の標的はキャスターである。

“たずね人ステッキ”を倒し、方角を見て“○×占い”を使用したところ、肯定のファンファーレが鳴った。

そして地図へと向かい合う……最早パターンである。



「この方角は……お山の方だな」



「もしかして……柳洞寺!?」



ハッとしたような凛の声。

その顔にはどうしようもない危機感と焦燥感がありありと浮かんでいる。



「遠坂、どうした?」



「どうした、じゃないわよ! ええと……っ! 『キャスターは柳洞寺を拠点にしている』!』



何かに急き立てられるように、凛はやや早口に“○×占い”に命題を告げる。

果たしてその答えは……予想に違わず、肯定。



「ッ!? ……くっ、やられた。これは……ちょっとマズイわね」



ファンファーレが鳴り終わると同時、凛はどっと疲れたように肩を落とした。



「? マズイって……何がまずいんですか?」



不思議そうに尋ねてくるのび太に、ユラリとやや億劫そうに顔を上げ、口を開きかける凛。

だが予想に反して、疑問に答えたのは発信源の傍らにいたセイバーであった。



「……柳洞寺はこの冬木の地の龍脈の終着点。つまり、魔術師にとってはこれ以上なく重要な場所という事です、ノビタ」



「はあ……龍脈? えっと、セイバー、重要ってどういう風に?」



「そうですね……順を追って説明するなら、この冬木の街一帯には自然界の魔力の通り道がいくつか走っています。下水道をイメージして貰えれば解りやすいかと。それらが最後に行きつく場所がここ、柳洞寺なのです」



地図の一点、冬木市の最西端にある山の頂上に建てられた柳洞寺を指さしながらセイバーが訥々と語る。

のび太と、ついでに士郎は時折ふむふむと頷きながら説明を粛々と聞いている。

アーチャーは相変わらずの腕組みをしての瞑目……どうやらこの事情は凛から聞いたかしておおよそ知っているようだ。



「…………」



しかしながら……凛だけは一人、違っていた。

聞き入るでもなく、聞き流すでもなく――――その表情は、ただただ訝しげに歪められていたのだ。



「魔力の通り道が最後に集まる場所……それはつまり、そこに莫大な量の魔力が集まる事を意味しています。そして魔術師は魔力を操り、力を振るう……もう解りますね?」



「……えっと?」



「成る程。上手くすれば魔力切れを気にする事なく、魔術を行使出来るって事か……」



首を捻るのび太に代わって、士郎がポツリと答えを口にする。

セイバーはそれに首肯する事で答えを返した。



「はい。特にキャスターは魔術師の英霊、こと魔力や魔術の扱いに長けています。鬼に金棒どころの話ではありません。さらに言えば柳洞寺一帯には自然霊以外を遮断する結界が張られています。唯一潜れるのは正門からのみ。サーヴァントにとってある種の鬼門なのです」



武器弾薬等の補給の必要などない要塞に立て籠もられたようなものである。

加えて防御に回ればおそらく鉄壁であるが故に踏み込むのも容易ではなく、不用意に突っ込めばあっという間に全滅であろう。

無尽蔵に近い潤沢な魔力エネルギーというのは、魔術師にとってそれだけで垂涎ものの価値のあるシロモノなのだ。

勿論、制御するのは並大抵の事ではないが、キャスターならば難なくやってのけるだろう。



「うーん、“無敵砲台”に立て籠もったスネ夫みたいなもんかな?」



「はい……? まあ、そんな感じかと」



「いやセイバー、それ意味解って言ってるの「ちょっといいかしら?」……遠坂?」



と、突然会話の流れを遮って割って入ったのは凛。

眉間に皺をこれでもかと寄せ、セイバーにやや不躾な視線をぶつける。



「セイバー、アナタ……どうしてそんな事を知ってるの?」



「……そんな事、とは?」



「龍脈とか、結界の事よ。聖杯からの知識じゃないわね。アーチャーはわたしが話すまで知らなかったから。納得のいく説明、して貰えるかしら?」



「…………」



ほんの少しだけ、セイバーは逡巡した様子を見せる。

しかしそれも一瞬の事、やがてスッと視線を上げると、こう口を開いた。



「……私がこの時代に召喚されたのはこれが初めてではありません」



「え……? セイバー、それって「故に、記憶の中にその知識がありました。それだけの事です」……成る程。それ以上は話さない……いえ、話せないという事かしら?」



「……、はい」



凛の追及を無理矢理に遮り、語りを終えたセイバー。

その表情は鉄仮面でも被ったかのような無表情……内心を探り取らんとするにはいささか強固に過ぎる。

凛はしばらくの間、突き刺すような視線をセイバーに送り続けていたが……、



「……ふぅ。いいわ、今はそれで納得してあげる」



これ以上は無意味と判断したのか、溜息交じりに矛を収めた。

そんな凛に対し、セイバーは軽く頭を下げる。



「助かります」



「言っとくけど、いつかは話してもらうからね。利息として、アナタの真名も込みで」



「後半は承諾しかねますが……ともかく、語るには今は時期が悪い。時が満ちれば、必ずお話しする事を約束します」



「……そう、期待しないで待つ事にするわ」



そして僅かの沈黙。

シンと静まり返った居間の空気は、どこか居心地が悪い。



「……さて、変なところで脱線しちゃったから話を戻すわよ。のび太、柳洞寺の映像を出してくれる? ……って、アンタらいつまで呆けてるの?」



凛はそんな空気を振り払うように視線を再び元へと戻したが、いまだポカンとしたままの士郎とのび太を視界に収めると呆れたような声を上げた。



「いや、だって……ねぇ、士郎さん?」



「あぁ……いきなり話が別の方向に行っちゃったし、元はと言えば遠坂が脱線させたんじゃ……まあ、いいけどさ」



顔を見合わせあい、ブチブチと何事かを言い合う二人。

しかし時間ももうそれなりに経っているのでそれ以上は何も言う事はなく、のび太は“タイムテレビ”を操作するため、画面と向かい合う。



「えーと……柳洞寺に座標を合わせて……時間設定はどうします?」



「……そうね。とりあえず、今現在の柳洞寺を映してくれる?」



「解りました……よし。これで……いけっ!」



のび太がスイッチを入れると、“タイムテレビ”の画面に荘厳な雰囲気のお堂と境内が映し出された。

真冬の平日という事もあり、これといった参拝客もおらず閑散としている。

そしてお坊さんの姿も特に見受けられない。

お堂の中に篭っているようだ。



「うわぁ、大きなお寺だなぁ……」



「結構な歴史のある寺だからな。……うーん、パッと見る限りじゃ特に異常はないみたいだな」



「いえ、キャスターなら人知れず何らかの処置を施す事も可能でしょう。中がどうなっているのか、まだ解りません」



「そうね……むしろ変わりがなさすぎるのが不気味ね」



「ふむ……少し時間を巻き戻してみてはどうだ? まずはその辺りから探りを入れてみない事には始まらん」



「そうですね……じゃあ「なぁ、のび太君」……はい?」



と、のび太が計器に手を伸ばそうとしたところで隣の士郎から声がかかる。



「ちょっと、俺がいじってみてもいいかな? “タイムテレビ”」



「え?」



好奇心の混じった声で“タイムテレビ”を操作させてほしいと頼み込む士郎。

実を言うと、未来の道具を触ってみたいと士郎は今朝からずっと考えていたのだ。

その証拠に、視線はさっきから“タイムテレビ”の計器部分へとジッと注がれたままとなっている。

とりわけ士郎は機械いじりを趣味としているため、未知の機械に触れるという誘惑には抗いがたいものがあるのだろう。

気持ちは解らなくもない。



「あ、はい。いいですよ」



そんな興味感心丸出しの様子を見て取ったか、のび太はスッと立ち上がって、快く“タイムテレビ”の前を空ける。

士郎はのび太に『ありがとう』と軽く頭を下げると、“タイムテレビ”の前に腰を下ろした。



「操作の方法を教えますね。まずこのボタンは……」



「ふんふん」



のび太の説明に逐一頷きを返しつつ、士郎はテキパキと計器を操作して映像の時間を巻き戻していく。

そしてついでに視点も境内から別の場所へと変え、時間的に今日の早朝あたりになった頃に巻き戻し操作をストップさせた。

意外な事にのび太の教え方が的確で、要点をしっかり押さえていたものであったため、特に操作に混乱するような事もなく終始スムーズであった。



「えーと……ここは離れの辺りだな」



映し出されたのは柳洞寺の奥まった場所、住人の生活する居住区画の傍にある井戸端。

昇りかけの朝日が薄明かりを射し始める時刻。

そこでは、今しがた起床したばかりと思われるお坊さんの姿がチラホラと垣間見られた。

歯を磨く者。

顔を洗う者。

ラジオ体操を行う者。

『ハッハッハッハ! 今日も清々しい朝だ!』と諸肌脱ぎで快活に笑いながら物凄い勢いで乾布摩擦に取り組んでいる者……様々である。



「――――って零観さん、アナタ朝っぱらから何やってんですか……。いや、まあ朝の行動として間違ってはいませんけど、スゲェジジくさい……まだ二十代なのに」



「あの、このお坊さんとお知り合いなんですか?」



「クラスメイトのお兄さんなんだよ……あ、一成だ」



「……うげ」



と、画面横から新たに現れた眼鏡の少年に士郎と凛が反応する。

しかし、その声音と含まれるものについては随分と対照的ではあるが。

普段着姿で現れたその少年は縁側の石段にあった草履を履くと、井戸端へと近づいて水を汲み、口を濯ぎ始めた。



「この人が士郎さんのクラスメイトの人ですか?」



「ああ。フルネームは柳洞一成って言ってな、全てにおいて真面目なヤツで穂群原の生徒会長も務めてる。ついでに言えば……あー、大きな声じゃ言えないけど……遠坂の天敵だ。顔を合わせる度によく喧嘩してる。今の遠坂の反応、聞いただろ?」



「凛さんとケンカ……?」



「ん。と言っても特に殴り合いとかはしないけどな。ただお互いに皮肉のマシンガンだよ。一成、遠坂の事を“女狐”だとか色々言ってるし……見てるこっちの肝が冷えるなぁ、あれは」



「はぁ……なんか意外ですね。この人、人の悪口を言いそうなタイプには見えないし……」



「本人達が言うには、お互いにムシが好かないらしい……っとと、いや悪い。だからそんな睨むなって、遠坂」



ジトっと刺すような視線を感じた士郎、慌てて振り返ると眉間に盛大に皺を寄せた凛がいた。

『黙りなさい』とその据わった眼が訴えて……いや、命令している。

おそらく“タイムテレビ”越しとはいえ不倶戴天の仇敵の姿を目にした事で、無意識的に気が立っているのだろう。

下手すれば殺気すら籠っていそうな、不機嫌の極みに達したそれ……士郎の背筋に、人知れず冷たい物が流れた。

『どうやって機嫌を戻したものだろう……』と士郎が頭の片隅で割と必死に思案していると、



「――――あっ!? ちょ、ちょっとこれ見てください!!」



唐突にのび太の声が上がった事で、ジワジワと冷たくなっていた空気が一瞬で吹き散らされた。



「どうしたのび太君?」



「何か見つけたのですか?」



「あの、ここ! この人!!」



皆が一斉にのび太の指差した方へと注目する。

視線が向かうは“タイムテレビ”の画面左側、そこに新たに映っていたのは……。





『――――おはようございます』



『『『『おはようございます!!』』』』





紫のローブを身に纏った、妙齢の異国の美女であった。

縁側から楚々と井戸端に降りるその女、その場にいた僧達が一斉に挨拶をする。

女は軽く手を挙げる事でそれに応えると、井戸から水を汲みあげ始めた。



「……この女の人、怪しくないですか?」



のび太が振り返ると、皆一様に頷きを返した。



「……確かに、お寺にはミスマッチだよな。この人」



「修行僧や尼さんって訳でもなさそうだしね……」



「そもそも顔立ちが西洋系、髪の色も耳の形も特徴的ですし……何より纏う雰囲気が異質です。少なくとも一般人ではないようですね……おそらく、この女性が――――」



「――――キャスターのサーヴァント、か。……む、一成とやらが女に近づいていく……」



アーチャーの指摘に映像が二人を対象にクローズアップされ、再び皆の視線が“タイムテレビ”の画面へと集まる。

全員が一言一句聞き漏らすまい、一挙手一投足すら見逃すまいとでも言わんばかりの気の傾けよう。

画面に穴が開くのではと思ってしまう程だ。





『おはようございます』



『あら、おはようございます。……お早いですのね』



『いえ、いつもこの時間には起床しています。寺住まいですので、自然と朝が早くなるのです。零観兄などはああして皆より少し早く起床して、冬の日課である乾布摩擦をやっています』



『……そ、そうなのですか。健康的ですわね』





「あれって日課だったのかよ……」



深々と脱力する士郎。

画面に映る女性……キャスターもやや表情が引き気味である。

画面から外れた遠くの方から『うむ、もう一セットいくか! ハッハッハッハ!』と威勢のいい声が聞こえてくるのが更なる脱力を誘う。

しかし、そんな些事にも一切頓着する事なく、映像は淡々と流れ続ける。





『……そういえば、宗一郎兄はまだ起床されていないのですか?』



『いえ、宗一郎様は既に起きていらっしゃいます。何やら学校関係の書きかけの書類があるとかで、三十分ほど前に起床されて文机に向かっておられます』



『そうですか……ふむ、今は何かと忙しい時期ですからね。宗一郎兄は生徒会顧問を務められておりますから、仕事が中々に片付かないのでしょう。生徒会長として、何か手伝える事があればよいのですが……』






「生徒会顧問? って事は、一成の言ってる『宗一郎兄』って……」



「――――倫理の葛木先生でしょうね。他に該当者がいないもの。……でも意外。あの人柳洞寺に住んでたのね」



「……えっ、と、士郎さんと凛さんの知ってる人なんですか?」



「ん? ああ、うちの学校の教師だよ」



士郎と凛の通う穂群原に務める倫理担当教諭、葛木宗一郎。

寡黙で朴訥、何事においても生真面目すぎるくらいに真面目にこなす、ある意味穂群原の名物教師である。

その固い為人(ひととなり)から変わった逸話も多く、代表的な物では試験中にも拘らず、プリントに不備が見つかったので試験を突如中止にしてそれを回収した、といったものがある。



「ふわぁ~、変わった先生なんですねぇ。僕の担任の先生も真面目でカタブツだけど、こうはいかないや。……でも、試験を中止にするなんて……なんていい先生なんだろう!」



士郎の説明を聞き、まだ見ぬ葛木教諭に尊敬の念を送るのび太。

どうも『テストを中止にした』のくだりがのび太の琴線に触れたようだ。

何しろのび太の担任の先生をして試験を中止にさせるには、真面目にひみつ道具の力を借りなければならないほどなのだから。

それと比べれば多少の不備程度で試験を中止にする葛木の方が、のび太にとってよほど理想的に映ったとしてもおかしくはない。

別にのび太も担任を嫌っている訳ではないのだけれども……なんだかんだでいい先生なのだから。

おいおい、と苦笑する士郎。

しかし次の瞬間、その微妙に緩んだ空気が一変した。















『――――いいえ、心配には及びません。宗一郎様が無理をされないよう、私が常に目を光らせておりますので。何しろ――――――――私の、愛する婚約者なのですから』















「「「「「――――――!?」」」」」





ギシリ、と場の空気が固まる。

『婚約者』と……『愛する婚約者』だと、確かに聞こえた。

これの意味するところ……まともに受け取れば何の変哲もない惚気であるが、この女がサーヴァントであるのならば……それは、一つの可能性を示唆する物となる。

皆を代表するかのように凛が“○×占い”の方に顔を向けると、一言呟いた。



「『キャスターのマスターは……葛木宗一郎である』」



浮き上がる○印、そして響くファンファーレ。

……ここに一つの結論が出た。



「葛木先生が……マスター」



呆然と呟く士郎。

何の因果か顔見知りが次々と己が敵になっていく、その事実に打ちのめされた表情を晒けだす。

……しかし、傍らの凛の反応はやや違っていた。

やや訝しげに、何かおかしいとでも言うように画面をジッと見据えている。

彼女の勘にピンと引っ掛かるものがあったのだ。



「……、でもおかしいわね。葛木は魔術師じゃない。偶然魔術回路が発現した訳でもなさそう。なのにキャスターを従えている……どういう事?」



「え? あの、それって何か変なんですか?」



のび太の問いに対し、凛は渋い顔で頷く。



「サーヴァントを召喚出来るのは魔術師だけなのよ。召喚術自体が魔術……それも大魔術に分類されるものだから。逆に言えば、魔術師でなければ召喚を行えない。その点から言えば慎二も魔術師じゃないから本当は不可能なんだけど、家が家だもの。低確率ながらも可能性を持ってるし、実際にそれを拾ってるみたいだから、これは例外ね」



「へぇ……あれ? でも葛木先生って魔術師じゃないんですよね? じゃあどうやってマスターになったんですか?」



「それが解らないから悩んでるのよ……いえ、実は一つだけ、見当はついてるんだけどね」



「へ? それっていったい……」



『何なんです?』とのび太が言おうとしたが、その言葉が続く事はなかった。

キャスターの発言を聞いてからこっち、沈黙を保っていたアーチャーが閉じていた目を開き、口を開いたからだ。



「……『はぐれサーヴァント』、という事か。凛」



「……、でしょうね」



「はぐれ……サーヴァント?」



聞き慣れない言葉に首を傾げ、聞き返してしまうのび太。

それに対し凛は呆れの溜息を押し殺しつつ……表情には僅かに滲み出てしまうが……説明のために口を開く。

この短いスパンで、この手のやり取りも鉄板と化してしまっている。

あとは士郎がチラホラ似たような反応を返す……両者共に知識に乏しいので、仕方ないと言えば仕方のない事ではある。

とはいえ事ある毎にこれでは、説明役たる凛にとってツラいものがあるのかもしれない。



「『はぐれサーヴァント』っていうのは、簡単に言えばマスターのいないサーヴァントの事よ。何らかの理由があってサーヴァントとマスターの繋がりが切れてしまった場合、そこには主のいないサーヴァントが一人出来上がる。本当ならそのまま消える筈なんだけど、ほんの少しだけ自前の魔力で存在する事が出来るの。これが『はぐれサーヴァント』って訳。サーヴァントが存在するには依代となる人間が必要だから、『はぐれサーヴァント』は自分が完全に消える前に新しいマスターを探す事となる。この場合は……」



「キャスターが『はぐれサーヴァント』となっていて、どういった経緯でかは解りませんが魔術師でないクズキと新たに契約を交わし、主従となった……という事でしょうね」



セイバーの合いの手に同意するように凛は頷く。

そして今度は“タイムテレビ”の方へサッと視線を送る。

場面は丁度一成との会話を終えた女性が屋内へと戻ろうとしている最中であった。

すると凛は突然キシシ、と底意地の悪そうな笑みを浮かべた。



「折角だから、“タイムテレビ”でその経緯までジックリと見てみましょうか。さっきの様子を見る限りじゃ、あの言葉も満更嘘って訳でもなさそうだしね」



「おい、遠坂……それ、無茶苦茶シュミが悪いぞ」



「あら何よ、これは立派な諜報活動よ。相手の内情に探りを入れる事は謀の定石だし、考えつく限りの打てる手は打っておくべきだしね」



しれっと言い返す凛に、士郎はゲンナリとする。

しかし言っている事自体は間違っていないので、“タイムテレビ”で内情調査を行う事に否やはない。

ただ、言いだしっぺたる凛のその下心丸出しの魂胆と態度がいただけないだけだ。



「とはいえ……そうなると場所はどこを映せばいいんだ?」



「……柳洞寺の正門辺りがいいかと。柳洞寺を囲む結界の張られていない唯一の場所がそこですから。キャスターが柳洞寺内にまともに入ったとすれば、侵入口はそこでしょう」



「そうか……じゃあそこに視点をセットして、と。ボタンはこれでよかったんだっけ?」



「はい。あ、いやそこはそうじゃなくてこのボタン。で、ダイヤルを……」



のび太のアドバイスを受けつつ、士郎は“タイムテレビ”の計器を操作し、目的の場所に焦点を当てる。

そしてライダーの時より高速で巻き戻し操作を行い、ほんの数瞬で昼夜が入れ替わる山門の映像を食い入るように観察していた。





「「……む?」」





と、画面を注視していたセイバーとアーチャーが突然、二人そろって怪訝な表情となった。

何事かと同じく画面を見つめていた残り三人が振り返るが、二人は一瞬だけ顔を見合わせると、後でいいと巻き戻し作業を促した。

そうして画面内の時間で十日近くが経ったある地点で巻き戻し作業をストップ。

通常スピードに戻った“タイムテレビ”の映像には、目あての光景が克明に映し出されていた。





『……ぅぅ……ぁ』



『………………』





微かに呻き声を上げる女を両の手に抱え上げ、山門へと続く石段を登る長身の男が一人。

深緑のスーツを着たその男……葛木宗一郎はこちら側に背を向けており、どういった表情なのかは判別出来ない。

一方、頭のフードが外れ外気に晒されたその女の顔は見るからに蒼白で、血の気がすっかり失せきってしまっている。

目も虚ろであり、その身に纏う紫のローブはどういう訳かベッタリと赤黒い血潮に染まり、まるで血のシャワーでも被って来たかのようだ。

そしてダラリと下げられたその手には異様な形の短剣が一振り、握られていた。

短剣としてまともに機能し得ないだろうその稲妻状の歪な刃も、やはり紅い血潮に濡れていた。

この尋常ではない有様から連想出来る事はただ一つ。

この女、キャスターは……今しがた、人を殺めたばかりだ。



「ヒィ……ッ!?」



凄惨な女の姿に尋常でない怖気を覚えるのび太。

見かねたセイバーはフウ、とひとつ溜息を吐くと、その両の眼にそっと自分の手を当て、のび太の視界を遮った。

丁度その直後に、女は糸が切れたかの如く目を閉じ、男にその脱力しきった身体を完全に委ねる事となった。





『………………』





曇っていた空が関を切ったように泣きだし、冷たい水の滴が身体を容赦なく叩くが男はそれを気にする風もなく、ただ僅かに身じろぎし、そのまま石段を登り続ける。

やがて男は山門へと辿り着き、いまだ開かれていたその門を潜ろうとする。

だがその直前、男は徐にその場に足を止めると、雲と雨の支配する虚空へ視線を送りポツリと、こう呟いた。





『――――命を奪いこそしたこの身だが、まさか命乞いをされるとはな。解らんものだ……渇ききったこの私に、施せる物などありはしないというのに』





その言葉に何が込められているのか、この場の誰にも理解する事は出来ない。

しかしながら、その言葉は男の全てを語っているように感じられた。

そして男はそのまま止めていた足を進め、柳洞寺の中へと消えて行った。



「……もういいわよ。目隠しを外しても」



「はい。……大丈夫ですか?」



凛の指示を受けたセイバーはスッとのび太の両目から手を放す。

いまだ恐怖の抜け切れていないのび太であったが、画面に件の女の姿がない事を認めるとあからさまに安堵の溜息を漏らした。



「は……、はぁぁぁぁぁ怖かったああぁぁ……。ううぅ、夢に出てきそう……」



「まあ……気持ちは解るよ。血塗れでナイフを持った女なんて確かにゾッとしないよなぁ……」



士郎もそれに同意するように頷きを返し、背中をポンポンと叩く。

そんな二人の横では凛とセイバー、アーチャーが今の映像から得た情報を基に、推測を働かせていた。



「映像から察するにキャスターは前のマスターを殺した後当て所もなく彷徨い歩き、偶然クズキに拾われたようですね」



「そうね、その線が濃厚か。――――なぜ前マスターを殺したのか、は……まあ、正直なところ、どうでもいいわね」



「同感だな。少なくとも、自ら召喚したサーヴァントに殺意を抱かれたような人間だ。理由も大方見当がつく。……そしてキャスターは主(マスター)殺しを行い死にかけた結果、偶然とはいえ柳洞寺という霊地と葛木宗一郎という愛しの主(マスター)を手に入れたという事か」



「向こうはそれでハッピーでしょうけど、こっちにとってはアンハッピーよ。よりによって、どうしてこんな穴だらけの大バクチに勝つのかしら……幸薄そうな顔してるクセに」



ブスッとした顔で愚痴る凛。

あまりにド直球な物言いにセイバーもアーチャーも苦笑を漏らす。

しかしそれも一瞬の事。

すぐにセイバーとアーチャーの表情は一変し、眉根を寄せた険しいものへと変化する。



「とはいえ……マスターであるクズキも油断なりません。確かに魔術師ではありませんが……かといって一般人でもありません」



「え? セイバー、それってどういう事?」



意表を突かれたように凛がパッと視線をセイバーへと移す。

セイバーはそれには応じず、確認を取るようにそのままアーチャーへと視線を移した。



「……アーチャー、貴方も感じ取れたと思いますが」



「ああ……。あの男、かなりの手練れだ。歩法から推察するに、おそらくは徒手……拳法か? とにかく、相当に使う。あの言葉も、まんざら嘘という訳でもなさそうだ」



「……“命を奪いこそした”、っていう?」



「うむ……」



重々しく、アーチャーは頷きを返すとそのまま目を閉じる。

顔見知りである凛の手前、敢えて断言はしなかったが、アーチャーはあの言葉が真実であるという確信を抱いていた。

葛木の背中から、明らかに命を奪った者特有の“何か”が滲み出ているのを見て取ったからだ。

そしてそれはセイバーも同じであり……無論アーチャーも同じである。

英霊とは、基本的に他者の命を糧として、己が身を一段上の高みへと昇華させている。

“色”や立場こそ違えど、その背に背負うものは同じなのだ。

ある意味で、二人は葛木と同類なのである……故に感じ取れた、そういう事だ。

そして……アーチャーには気になる点がもう一つ、ある。

あのキャスターの手に握られていた短剣だ。










(……“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”。魔術的なつながりを打ち消す破戒の短剣、だと?)










自身の持てる“能力”により、アーチャーはあれがキャスターの切り札……『宝具』である事を見抜いていた。

その名称から、特性、効果……その細部に至るまで。

契約だけに留まらず、あらゆる魔術的効果を初期化(キャンセル)する。

マスターとの魔術的契約によって現界するサーヴァントにとって天敵である『宝具』。

この情報を知るのと知らないのとでは天と地だ。

無論、危険を減らすためにもこの事実をアーチャーは報告するべきなのだが……。










(……いや、まだだ。まだ、告げるべき時ではない。当初の目的を捨て去った訳ではないのだからな)










アーチャーは敢えてそれを行わなかった。

あらゆる要素を鑑み、熟慮した末での結論である。

アーチャーにはある“目的”がある。

英霊となって尚抱く……いや、英霊となったからこそ、抱いた“目的”。

アーチャーがこの戦争での召喚に応じたのも、全てはそれに集約される。

アーチャーはその“目的”に対し、並々ならぬ執念を抱き続けてきた。

たとえ英霊として過ごしてきた膨大な年月によって、己自身がすり減ろうともそれが摩耗する事はなかった。

この事実を告げるという事は、すなわちその絶対の“目的”が潰える覚悟をしなければならないという事なのだ。

それだけは、何としても避けたかった。

だからこそ、アーチャーは沈黙を保つ。

魔術師のサーヴァントの警戒レベルを引き上げ、常に注意を配る事のみを肝に銘じつつ。

まだ、この中の誰も欠けてもらっては困るのだから。







[28951] 第二十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/11 00:01





「……そういえばさ」



「はい? なんでしょうかシロウ?」



「いや、“タイムテレビ”巻き戻してた時、なんか言おうとしてなかったか?」



恐怖状態であったのび太の震えが収まってきたところで、士郎はたった今思い出した事をセイバーに尋ねてみる。

セイバーはふむ、と宙に視線をやったかと思うと、何かに思い至ったかのようにああ、と二度三度頷いた。



「いえ、途中で妙な物が映り込んでいたように感じましたので。といっても、ゼロコンマ一秒ほどもないノイズのような物でしたが」



「ノイズ? どういう具合に?」



「む、そうですね……」



セイバーは顎に手を当てると目を閉じ、記憶の奥底からその時の光景を引っ張り出すかの如くほんの少しだけ、眉根を寄せる。



「シロウは巻き戻しの際、ノビタが操作した時よりさらに高速で行いましたね? 後の方で緩めていましたが。件の物が映り込んだ時のスピードは大体一日およそ0.8秒くらい……ですか。映る映像は人の往来が大半だったのですが、その中の夜の時間帯に、ほんの少しだけ引っ掛かる色……と言うべきでしょうか? そんなものが掠めたのです。アーチャーにも見えていたようですので、私の勘違いではないと思います」



セイバーが隣のアーチャーに視線を向けると、アーチャーは先程からの瞑目を保ったまま、同意するように首を縦に振った。

士郎はうーん、と唸りながら頬をカリカリ掻くと、もう一度“タイムテレビ”の前に鎮座する。



「0.8秒って……よく見つけられるなそんなモン。……で、それはどの辺りなんだ?」



「そうですね……四日ほど前でしょうか」



「四日前だな」



復唱し、キリキリと“タイムテレビ”のダイヤルをいじる。

巻き戻る映像、ただしスピードは先程とはうってかわってラットローラー並に緩やかである。

やがて士郎達の眼前に、その四日前の夜の山門が映し出された……その瞬間。





「……え!?」





「ちょっと、これって!?」





「え? これっ、バーサーカーと……誰?」





俄かにざわめきが広がった。










『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』



『……ふむ。鈍く、拙い剣筋だな。しかしながら――――中々どうして、速い』










スピーカーから聞こえてくるのは甲高い金属音と鼓膜が破れんばかりの咆哮……そして、感心するような涼やかな声。

柳洞寺の山門の前、石段の上段と下段にそれぞれ人の姿があった。

下段の方にいる一人は……果たして“一人”と換算していいのかどうかは疑問だが……狂戦士のサーヴァント、バーサーカー。

相も変わらずの理性の輝きのない瞳で、大気を突き破らんばかりの雄叫びを上げながら滅多矢鱈に岩の大剣を振り回している。

そしてもう一人……上段に位置し、山門の前に立ち塞がるように存在しているのは、





『……惜しいな。そなたが狂わず、理性を保ったままであったのなら、もう少し心躍る戦舞を演じられたものを』





「……侍?」





群青の着物を身に纏い、己が背丈ほどもあろうかという長物を振るう優男であった。

のび太の口から漏れ出た言葉は、まさにこの謎の男を端的に言い表している。

膝まで達しようかという青い長髪を一つに束ね、袴を靡かせながら草鞋履きの足で的確に立ち回る。

右手一つで操るは、目測でも百五十センチは下らないだろう鍔のない日本刀。

鈍い光を湛えながら宵闇の空間を自由自在に、目まぐるしく駆けまわり、瀑布のように迫り来る武骨な神速の凶刃を右へ左へ、時折火花を散らしながら的確に捌いていく。

線香花火のようなその光が両者の顔を一瞬照らしだす……その様子はどこか幻想的で、儚いものであるかのように感じられた。





『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!』



『……フッ。だが、これはこれで悪くない。少なくとも、刹那の戯れにはなろうという物だ』





しかし浮かび上がるその表情は、決して儚げなものなどではない。

一方は阿修羅の如き狂相、もう一方は叫び出しそうなほどの昂ぶりを秘めた薄い微笑み。

その両者の間で交わされるのは、まごう事なき刃と刃の鎬の削り合い。

まさしくこれは……死闘であった。



「凄い……バーサーカーの攻撃をあんな刀で全部捌いてる。並の技量じゃないわ」



「……ああ。一体何者なんだ? この侍」



呆然と画面に見入る一同。

士郎と凛の呟きは、この場の全員の心境を余すところなく代弁していた。

セイバー・アーチャー・のび太の連携で漸く渡り合っていたバーサーカーと、互角に剣を交えているのだ。

舞台が山門前の石段の上であるという事、バーサーカーが階下にいるという事を差し引いても、十二分以上のお釣りが返ってくる。

侍の尋常でない力量の程が嫌でも伝わってくるというものだ。



「……疑いの余地なく、サーヴァントでしょうね」



画面の侍を見据えつつ、呟くセイバー。

その深緑の瞳の奥には静謐に、だが迸らんばかりに猛る炎が陽炎のように揺らめいている。

獲物と剣技こそ違うが、同じ剣を扱う士として意識しているのだろう。



「……とするならば、該当するのは残りの一席……アサシンか。だが、随分アサシンらしからぬアサシンだな。それに何故アサシンが柳洞寺にいる?」



訝しげに首を捻るアーチャー。

確かにおかしな事ではある。

ここ柳洞寺はキャスターのテリトリー。

戦闘が行われるとしたら、一方は必然的にキャスターとなる筈だ。

しかし戦っているのはキャスターではなく、アサシンとバーサーカー。

階下にいる事から見ても、バーサーカーは侵入者であろう。

マスターである白の少女は映っていないものの、戦闘の邪魔にならないよう近くに潜んでいるものだと思われる。

一方柳洞寺の門前に陣取っているアサシンは……侵入者であるとは到底思えない。

むしろバーサーカーの侵入をその身で防いでいるようにさえ見受けられる。

そう……まるで柳洞寺の門を守護する、番人のように。



「……もしかして、キャスターとアサシンは、裏で繋がってる?」



「え? 遠坂、それって……?」



ポツリと漏れ出た凛の予測に、残る四人が一斉に振り返る。



「この状況、どう見ても山門の防衛戦よ。バーサーカーが柳洞寺に無理矢理踏み入ろうとしていて、アサシンがそれを防ごうとしている。そしてお膝元の騒ぎにも拘らず、キャスターが姿を見せていない。つまり、キャスターとアサシンは敵対しておらず、互いに協力し合っているって事よ。もっとも、この場合はマスター同士が協力し合っていると言った方が正しいんでしょうけれど」



そう考えれば納得がいくわ、という凛の言葉には説得力があった。

確かに、むしろそうとしか考えられない状況ではある。



「ま、とりあえず確認してみましょうか。……『キャスターとアサシンのマスターは互いに協力関係にある』!」



自信満々といった感じで凛は“○×占い”に向かって命題を告げる。

しかし返ってきたのは……、



「――――え!? ま、間違い!?」



使用後初となる、命題の否定を示すNG音。

『ブッブー!!』と×印が空中に浮かび上がり点滅、凛の予想に真っ向から『間違いである』の返答を突き付けた。



「な、なんで……!? 一番可能性があるのはそれなんだし……いったいどういう……?」



まさかの回答に凛は唖然とするもすぐに頭を切り替え、思考に没頭し始める。



「おい、遠坂……?」



と、やや心配そうに覗き込む士郎の存在もアウト・オブ・眼中だ。

キャスターとアサシンは繋がっている。

それはきっと間違っていないだろう。

しかしそうなるといったい如何なる関係で繋がっているというのだろうか?

最も可能性が高いのはマスター同士の同盟による協力関係。

魔術師の英霊であるキャスターは直接戦闘能力が他サーヴァントより低いというのが相場であるので、それを補うため同盟を組むというのは理に適っている。

実際、自分達も同盟を組んでいるのだし……しかしそれは否定された。

ならいったい……、と思考がループしかけたところで、



「――――あ! もしかして……」



突然のび太が何かに気づいたように声を上げた。

その声に思考の腰を折られた凛は一旦考えるのを止めると、やや不機嫌な眼差しでのび太を見やる。



「……なに、のび太?」



「あの、ちょっとその前に確認、というかちょっと質問が……。“キャスター”って魔術師のサーヴァント、ですよね?」



「……そうよ」



『何を今更』といった感じで凛は億劫そうに首肯する。

のび太はそうですか、と頷きを返した後、



「で、魔術師だけがサーヴァントを召喚出来る……んでしたよね。さっきの話だと」



更にもう一つ質問を重ねた。

またしてもの今更な質問。

本格的に面倒くさく感じてしまい、凛は声で返答しない代わりに首を縦に振ろうと……





「――――――――ん?」





して、ピタリと動きを止めた。

ループしかけていた思考ルーチンに、何かが引っ掛かった。

そしてまるで新しい歯車がはめ込まれたかのように、ガチリガチリと枠が広がっていく。

それは固定観念の柵を破壊し、袋小路に嵌まり込んだ思考の迷路に新たな道を創り出す。

そうして凛の頭脳は再び高速で回転を始めた。





(キャスター……魔術師……サーヴァントを召喚し、使役するのは魔術師……魔術師のサーヴァント……、ッ!?)





――――繋がった。

もう一つ、あり得る可能性が……あまり考えたくはない可能性ではあるが……凛の脳裏に浮かび上がる。

チラリ、と一度だけのび太に視線を送ると、凛は“○×占い”に再度向かい合い、命題を口にした。





「――――『アサシンはキャスターが召喚したサーヴァントである』」





瞬間、○印が宙に浮き、点滅するとともに景気よくファンファーレを鳴らす。



「――――……はぁぁぁぁぁ」



と、その時凛は肺の中の空気を空にするかの如き、大きな吐息を漏らした。



「成る程……盲点だったわ。考えてみればそっちの方が可能性、あったかぁ。同盟なんてある意味保障があってないような約束、相手がその気になれば即座に破棄され、最悪の場合は裏切られて背後からブスリ。それなら自分がマスターとして、枠がすべて埋まる前にサーヴァントを召喚してしまえばまったく問題ない。魔術師の英霊であるキャスターなら裏ワザ的に可能だろうし、多分時期的に都合が良かったから……にしても、まさかのび太が真っ先に気づくなんてねぇ」



脱力しきりの状態のまま首だけを動かし、のび太の方を見やる。

のび太は恐縮そうに頬を掻きながら、



「え、あの……だって、凛さんが『サーヴァントを召喚出来るのは魔術師だけ』だって言ってたから……じゃあキャスターも出来るのかなぁ、って」



実に単純な論理に基づいた推測であった事を告げた。

のび太の考え方はその手の知識に乏しいせいで、凛のそれと比べて果てしなく短絡的である。

しかし今回の場合は逆にそれが幸いした。

下手な先入観がなかったおかげで、正解をすんなりと導き出す事が出来たのだ。



「何という暴論だ……だが、今回に限って言えば僥倖か。しかしキャスターめ、平然とルールを破るとは……」



アーチャーの顔が苦々しげに歪む。

いくら非常識や不条理がまかり通る聖杯戦争とはいえ、全くルールがないという訳ではない。

アーチャーは割に秩序を守るタイプであるようだ。

殺気混じりのその視線は部屋の壁を越え、その向こうの柳洞寺へと叩き付けられていた。



「今更言っても仕方のない事です。大事なのはこの状況を踏まえ、どう動くべきなのか。それのみです」



そんなアーチャーを窘めるセイバーであったが、目だけはいまだ画面内で続く命の削り合いを食い入るように見つめ続けている。

おそらくアサシンの剣筋を読んでいるのだろう。

足の運びから腕の振り、重心の位置、体捌き……セイバーはその一挙一動を余すところなく、脳裏に転写していく。

と、そこで画面内部に動きがあった。





『――――バーサーカー、もういいわ。戻りなさい』





山門に響き渡る、ソプラノの声。

バーサーカーのマスターである、イリヤスフィールのものだ。

その命に従い、バーサーカーがアサシンの剣を大きく弾くとすぐさま階下へ後退し、距離を取る。

そしてその巨躯が陽炎のように歪み始めたかと思うと、やがて画面から忽然と消え去った。

霊体化したのだ。



『――――ふむ、バーサーカーの主殿か。声からして随分と幼い童のようだが。それはさておき、急に退くとは……はてさて、如何なる腹積もりか?』



相手が消え去り、手持無沙汰にダラリと下げていた長刀を肩に担ぎつつ問うアサシン。

つい先程まで死闘を演じていたとは思えない程の涼しげな笑顔で。

しかも驚くべき事に、汗の一筋すら流れていないときている。



『別に。用が済んだから帰るだけ。ここに来たのは単なる様子見のつもりだったのよ。深入りする気は最初からなかったわ』



『……成る程。この地はあの女狐が狂喜する程の霊地。解らぬでもない……しかしながら、こちらとしてはいささかつまらぬ幕引き。まさにこれから、という時におあずけを喰らわされたのでは堪らぬよ』



『アナタの都合なんて知らないわよ。それじゃ、アナタの飼い主……キャスターによろしく言っておいてちょうだい』



『――――、まあよかろう。そなたが事、確と伝えおく。……ああ、そうだ。まだそこにバーサーカーは存在するか、否か?』



『……いるわよ、それが何?』



イリヤスフィールの返答にアサシンはク、と口の端を吊り上げる。

そしてクルリと踵を返し、山門の方へと身体を向けると徐に視線を空へと投げ朗々と、まるで歌うように口を開いた。





『水を差されたとはいえ、剣を交わした縁(えにし)。このようにしこりを残したまま去られては、私の沽券に係わる……故に』





一瞬、アサシンは口を閉ざす。

そしてちょうど一呼吸分の間を置いて、微かに歓喜の混じった声音でこう告げた。





『――――せめて仮初の役柄などではなく、我が真の名を名乗ろう。我はアサシンのサーヴァント……“佐々木小次郎”』





そしてバーサーカーと同じように、アサシン……佐々木小次郎はその場から姿を消した。

イリヤスフィールの気配も、既にない。

後には、僅かにそよぐ風に揺られる山の木々と、ひっそりと佇む山門のみが残されていた。










「佐々木……小次郎?」


無人となった画面をいまだ見つめ続ける一同。

その表情は、一人の例外もなく呆気に取られたものとなっていた。

『佐々木小次郎』。

二天一流の開祖、宮本武蔵と巌流島で決闘を行ったとされる、日本ではあまりにも有名な剣豪である。

『佐々木小次郎』の特徴として挙げられるのは、何といってもその身の丈ほどもある長刀と、代名詞たる秘剣『燕返し』。

後者はともかく、前者はアサシンと見事合致している。



「この人が……ホントに? あの『佐々木小次郎』……なの?」



「……おそらく、真実でしょう。バーサーカーの斧剣を悉くいなしていた、あの技量は相当な物。加えて、己が剣と名に懸けるプライドも高い。だからこそ、剣を交えたバーサーカーに敬意を表し、名乗りを上げた……」



「それは解るけど、まさか自分から真名をバラすなんて……」



「アサシン……佐々木小次郎にとって、自らの名を告げる事は名を隠す事以上のものだという事です。そして、真名を明かした程度で揺らぐ実力ではない……あの宣言はその自負の表明、という事でしょう。そんな男が、キャスターの僕(しもべ)とは……」




固い表情で言い切るセイバー。

その背中には、ほんの微かな焦燥の念が影のように揺らめくのであった……。















さて、残るはいよいよ最後の一人、バーサーカーの居所だけとなった……の、だが。





「……ところでのび太君」





急に真面目くさった表情で、士郎はのび太に語りかける。





「はい? どうかしたんですか、士郎さん?」





探査を始めてからこれまで結構な時間が経っている。

小休止とばかりに用意されていたお茶とどら焼きに齧り付いていたのび太が顔を上げた。

それをを感じ取った士郎はスッ、と指をある一点へと向け、










「――――これを見てくれ。コイツをどう思う?」










まさに切れ味鋭い真剣のような眼差しをのび太に送り、そう問うた。

思わず身構えたのび太であったが、士郎の指の先にある“モノ”を見た途端、










「――――――――!」










爛々と瞳の輝きが増し、眼鏡の奥の両の目が段々と大きく見開かれていった。










「すごく……大きいです……」










どこか陶然とした声で、のび太は答える。





その威風堂々とした風格。



そのズシリ、と擬音が響き渡るかのような重厚感。



その度肝を抜かんばかりの迫力。










そして何より――――――――ある種の幻想的な美しさまでをも兼ね備えた、その巨大な佇まい。










のび太は、降って湧いたような感動に全身を打ち震わせていた。




















「―――――――、一応聞くけど……城が、よね?」










「「え?」」





やや表情の強張った凛からの指摘に、二人は同時に振り返る。

何を隠そう、士郎が指の先にあるのは……面前に鎮座する“タイムテレビ”。

その中に映し出された、白亜の古城であった。

まるでヨーロッパからはるばる海を越えて直接日本に持ってきたかのような、石造りの西洋城……鬱蒼とした森の中にひっそりと、だが厳然と佇むその様は、まさに『壮観』の一言。

この城こそが、アインツベルンが聖杯戦争の際に使用する冬木での拠点……通称“アインツベルン城”である。

冬木の郊外にある森。

そこにある城をアインツベルンのマスターは代々拠点として使用しているらしい、という凛からの情報の下、士郎は“タイムテレビ”でそれを発見。

画面に投影されたその非現実的な威容を目の当たりにし、のび太と二人して息を呑んでしまったという訳である。

現に凛に向き直った二人の表情は『それ以外に何があるの?』と言わんばかりだ。





「……はぁ」





凛は溜息を吐いた。

そして数瞬の間も置かず、





「「いだっ!!?」」





振りかぶりざま二人の頭長部目掛け、実に流麗な正拳を叩き込んでしまった事を誰が責められよう。





「……あの、リンは何故あのような事を?」





「……、解らんのならそれでいい。君はそのままの君でいてくれたまえ、セイバー」





「はあ……?」





――――そもそも二人の『アッー!』など、いったい誰得であろうか。










閑話休題。










『ただいま。セラ、リズ』



『おかえりなさいませ、お嬢様』



『おかえり、イリヤ』



シャンデリアが明々と照る、異様な程だだっ広い玄関ホールに三つの声が木霊する。

一人はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン……言うまでもなく、この城の主。

一人は白青基調の本格的なメイド衣装に身を包んだ、生真面目な雰囲気の女性。

一人は白黒基調の同じデザインのメイド衣装を纏った、ややつかみどころのなさそうな印象の女性。

服装と一連のやり取りからして、イリヤスフィールの付き人なのだと解る。



『どうでしたか? エミヤシロウは』



『そうね……最初から最後までオタオタしてただけだったわね、お兄ちゃんは』



『やはり……』



『セラ』と呼ばれたメイドが、これ見よがしに溜息を漏らす。

どういう訳か、魔術師として半人前以下である士郎の実力を知っていたようだ。

改めて落胆した、といったような吐息であった。



『でもイリヤ、嬉しそう。なにかあった?』



と、もう一人の『リズ』と呼ばれたメイドが片言で尋ねてくる。

セラとは違う、まるで表情を作る事を知らないような無表情で尋ねるその様には、どことなく違和感を感じてしまう。

しかしイリヤスフィールはそれを気にした風もなく、



『ちょっとね。なんでか知らないけどリンとお兄ちゃんが協力体制を組んでて、セイバーとアーチャーと……あと一人、知らない男の子と三人がかりでバーサーカーに立ち向かってきたの。それで、バーサーカーが一回殺されちゃった』



さらりと、何でもない事のようにのたまった。

その瞬間、二人のメイドの眉がピクリと跳ねあがる。

もっとも興味の対象は、それぞれ別であったようだが。



『バーサーカーが……殺された?』



『ええ。武器を破壊されて、セイバーが首に一撃。ほぼ即死だったわね』



そこまで聞いてセラの顔が俄かに驚愕に彩られる。

『ヘラクレス』であるバーサーカーを一度とはいえ仕留めた、その事実はやはり重いのであろう。

たとえサーヴァント複数人がかりであったとしても、命があと二ケタ残っていたとしてもだ。



『男の子……って、誰?』



『え? ……うーん、名前は確か、『ノビ・ノビタ』って言ったかしら? 眼鏡の、あんまりパッとしない感じの子だったんだけど……一回逃げて、でも戻ってきて、バーサーカーを吹き飛ばしたり、空を飛んだり、動きを止めたり……』



『……スーパーマン?』



無表情のまま、抑揚のない声で呟くリズ。

……あながち間違ってはいない点がスゴいと言えばスゴい。



『まあ、色々ヘンな道具を使ってたから。小さい銀色の大砲とか、プロペラとか……そのまま立ち向かってきた訳じゃないわよ。見た目はわたしと同じくらいだったかしら? 中身も年相応ぽかったけど……度胸と、射撃の腕前だけは英霊並ね。アーチャーも真っ青』



足震えてたけど、とイリヤスフィールはクスクス笑いながら述懐する。

その言葉に、セラはますます表情を険しくした。



『……いったい何者なのですか、その子供は?』



『さあね。『通りすがりの正義の味方』とか言ってたけど、よく解らない。でもセイバー、アーチャーとそれぞれタッグでバーサーカーを悉く邪魔してきた。バーサーカーを殺した一撃をアシストしたのもその子。そのせいか、バーサーカーがその子に御執心みたい』



『そう……。イリヤ、これからどうするの?』



『とりあえず今日はもう休むわ。バーサーカーの話だと、なくなった命が元に戻るにはちょっと時間がかかるみたい。セイバーの一撃がかなり効いたんでしょうね。二十四時間は必要だそうよ。これからの事は……そうね、起きてから考えるわ』



『そうですか……かしこまりました。寝室の用意は既に出来ております』



『ありがとうセラ。それじゃ、行きましょうか』



『うん、イリヤ』



主の下知に頷く二人のメイド。

イリヤスフィールはやや後方をついて歩く二人を引き連れ、そのまま城の奥へと消えていった。















画面から人影が完全に消え去ったところで、全員が“タイムテレビ”から視線を外し、互いに顔を突き合わせる。

いよいよ大詰めの段階、これからの方針決めに状況がシフトした。



「……成る程ね。さて、各サーヴァント事情のおおよそが掴めた訳だけど……」



「ええ。まだ欠けている部分はありますが、現時点では我々の方が敵の誰よりも情報のカードを持っていると考えていいでしょう」



「まあ、そのアドバンテージを有効に扱えねば話にならんがな。とりあえず、私からは“先手必勝”を提案するが……」



「えっ? それって相手のところに乗り込むって事ですか?」



「そうだ。受けに回らず、逆にこちらから相手を攻める。要は殴り込みだ。敵の大半が情報を揃えきれていないだろう今なら、先手を打つ事が出来る。もっとも、仕掛けるにしてもそれは夜になってからだが」



「ちょっと待てよアーチャー。言ってる事は解るし正論だけど、いったい誰に? どいつもこいつも一筋縄じゃいかないようなヤツらばっかりだぞ?」



「あら、そんなの決まってるじゃない」



「「え……?」」



あっさりと言い放った凛に思わず向き直るのび太と士郎。

凛の顔に浮かぶのは、何とも大胆不敵な微笑み。

その表情の下にある意図が皆目読めない二人は、つい互いに顔を見合わせてしまう。



「確かに……。現段階で先手を打って仕掛けるのならば、選択肢はほぼ一つに絞られますね」



「うむ。居所も判明していて、尚且つ情報のカードがほぼ出揃っている。骨は折れるが、それ以外になかろう」



「「……え、えっ?」」



首肯混じりに呟かれた英霊二人の言葉に、のび太と士郎はますます訳が解らなくなる。

混乱の坩堝に嵌まり込んだ二人に、凛は何度目になるか解らない溜息をそっと吐くと、



「……解らないなら教えてあげるわ」



チラリと英霊二人に視線を送り、答えを提示した。















「――――――――バーサーカーよ」












[28951] 第二十一話 ★
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7
Date: 2011/10/28 02:27




「――――お、ドラえもんだ。お~い、ドラえも~ん!!」



「にゅふふふ、ミィちゃん……ん?」



お使いからの帰り道、空き地の前を通りかかったドラえもんは誰かに呼び止められ、声のした方に首を向ける。



「お~い、こっちだこっち!」



空き地の土管の上にどっかと腰を降ろし、手を振っているのはジャイアン。

その横にはしずかとスネ夫が立っていた。



(ああ、もうこんなところまで来てたのか)



ドラえもんはカリカリと頭を掻く。

つい今の今までミィちゃんとのひと時を思い返していたせいで、空き地辺りまで進んでいた事も、いつものメンツの存在にも気づかなかったのだ。

このままなのも何だ、とドラえもんはスタスタと空地へと入っていく。

そして皆の下へと辿り着いた時、しずかが口を開いた。



「ドラちゃん、何かいい事でもあったの? 笑ってたみたいだけど……」



「大方ガールフレンドのネコの事でも考えてたんじゃないの?」



「――――え!? べ、別にぃ!?」



スネ夫の言葉に思わずどもってしまうドラえもん。

そんな反応を返してしまっては、『その通りです』と自ら白状しているようなものである。

図星だと悟ったスネ夫は浮かべていたニヤニヤ笑いをますます深くした。



「やっぱりそうなんだ! わっかりやすいなぁ、ドラえもんは!」



「だからオレ達に気づかなかったのか! こ~んな近くに来てたのにさぁあ!」



ワハハハハ、と大爆笑するジャイアンとスネ夫。

「笑っちゃダメよ二人とも」と窘めるしずかも、やや口元がヒクついている。



(ああ、穴があったら入りたい……)



つい数秒前の自分を蹴り飛ばしてやりたい衝動を堪えつつ、ドラえもんはただ只管、バツが悪そうに小さくなっているしかなかった。

と、そんな時。



(……あれ?)



唐突に、目の前の違和感を覚えた。

何かが足りないような、そんな違和感を。

そしてそれがいったい何なのか、すぐに思い至った。



「……そういえばのび太君は?」



そう、のび太の姿が見当たらないのだ。

のび太は基本的にしずか、ジャイアン、スネ夫と一緒に行動する事が多い。

まあ、後者二人の場合は理由がマイナス方面である割合が大半なのだが、今はそれはさておく。

とにかく、この面子ならばのび太がいなければおかしい。

ただでさえこの空き地はのび太の行動範囲であるのだし、あまりにも不自然だ。



「ああ、それがさぁ……」



ドラえもんの疑問に答えたのはジャイアン。

何となくバツが悪いのだろう。

後頭部をバリバリ掻き毟りながらポツリポツリと、つい数十分前の出来事を掻い摘んで説明し始めた。

……そしておよそ一分後。



「――――アーサー王!?」



「そうなんだよ。スネ夫が『アーサー王は存在しない』って言ったら急にのび太が怒りだしてさぁ、『アーサー王がいたって証明してやる!』って言って飛び出して行っちまったんだよ」



「多分家に戻ったと思うんだけど……ドラちゃん知らない?」



「ううん、全然。僕がどら焼きを買って帰ってきた時、のび太君、部屋にいなかったもの……入れ違いになった、なんて事はなさそうだし……う~ん」



「そういえばドラえもん、買い物カゴ持ってるけどそれってお使い?」



「うん、のび太君の代わりにね。ママさんものび太君を見てなかったから、代わりに僕にお使いを頼んだんだろうし……何かイヤな予感がする。とりあえず、急いで戻ろう」



そう言うとドラえもんは即座に踵を返し、駆け足で空き地の入口へと向かう。

まるで言い知れぬ“不安”に突き動かされるように。



「待ってドラちゃん、あたしも行くわ!」



その後を追いかけるようにしずかが続く。



「スネ夫、オレ達も行ってみようぜ!」



「あっ、待ってよジャイアン!」



そして残った二人も、当然のように後をついていく。

果たして四人は、真実に辿り着く事が出来るのか……。















さて、その頃ののび太はというと。















「凛さん……これ、なんですか? 割れたビー玉……かな? みたいですけど」





「……昨日、わたしが使った宝石。その残骸よ」





衛宮邸の一室で凛と二人、膝を突き合わせていた。










のび太達が方針を決め終えた頃には、時計の針はちょうど十二時を指していた。

腹の虫も、士郎とセイバーを筆頭にいい感じに泣き始めていたので、流れが昼食へと傾いていったのもごく自然な事であった。



『じゃ、今から昼飯準備するから。三十分くらいかな? それまで奥で待っててくれ』



士郎のその言葉を合図にめいめい居間から発っていく中、さて何をしようかなと思ったのび太であったが、





『――――のび太、ちょっとわたしの部屋に来てくれる?』



『え?』





唐突に凛からお誘いの声がかかった事で、今の状況が作られたという訳である。

そして向かい合わせで鎮座する二人の膝の間にあるのは、傷だらけで三分の二ほどが砕けてしまっている宝石。

どうやらサファイアのようだが、知識のないのび太ではそれが何なのか解る筈もなかった。



「宝石……って確か凛さん、『宝石魔術』っていうのを使うんでしたっけ? それをバーサーカーにぶつけたんですか?」



「そ。結局効かなくて、無駄に終わっちゃった訳なんだけどね」



凛の使う魔術は『宝石魔術』と呼ばれる。

代々続く遠坂家のお家芸であり、『力の転換』によって己が魔力を長年かけて蓄積させた宝石を媒体とする魔術だ。

『宝石魔術』のメリットとしては宝石は魔力を籠め易く、時間が経てば気化してしまう魔力を封じ込めるのに都合がいいという事と、魔術をほぼ一工程(シングルアクション)で行使出来るという点にある。

なにしろ中の魔力を解放してやるだけでいいのだから手間が少なく、使い勝手が非常によい。

反面、一度封入した魔力は性質が固定されてしまうというデメリットもあるものの、総合的にはかなり強力で、しかも珍しい魔術体系である。



「はぁ。で、これをどうするんですか?」



「回りくどく言うのもアレだからはっきり言うけど……のび太、これ直せる?」



「へ?」



のび太の目が点になった。

なんだそんな事か、と拍子抜けしたような表情である。

その時、凛の片眉がピクリと吊り上った。



「なによその顔は?」



「い、いや。なんか、もうちょっとこう……すごく真面目な話なのかなぁって思ってて、思わず気が抜けちゃったというか……」



「……十分真面目な話よ。あのねのび太、これは宝石なのよ。『宝石魔術』の最大の特徴って何か、アナタ解る?」



「え? えっと……すごく強力な魔術、とか?」



「……ハァ。ま、それでも間違ってはいないけどね。使う宝石によってピンキリだけど。結論は……ズバリ『お金がかかる』という事よ」



「……はい?」



のび太の目が再び点に。

如何にも高尚そうな『宝石魔術』の最大の特徴が『お金がかかる』という、あまりに即物的すぎるそれに思わず呆気に取られてしまう。

しかし凛の表情は至って深刻そのものである。



「再三言うけど、『宝石魔術』で使うのは宝石なのよ。しかも使い捨て同然でね。おかげで魔術を行使する度にウチの家計簿は火の車、見るのもウンザリするくらい。だからつい拾ってきちゃったのよ、これ。砕けてる上に魔力もなくなってるから、魔術的にはほとんどガラクタ同然なんだけど、もったいなくてね」



「…………そ、そうなんですか」



のび太としてはそう返すのが精一杯である。

そういえばママもよく家計簿見て溜息吐いてたなぁ、と頭の片隅で思いながら凛の言わんとしている事を読み取ろうと試みる。



「えーと、つまりこの宝石を元通りにして、上手く使い回したいって事ですか?」



「そう。これから戦いに挑むんだから、手持ちの宝石は一つでも多い方がいいのよ。バーサーカーを相手にするなら尚更ね。リサイクル出来るならそれに越した事はないわ。……それでね、実はこれと同じヤツがあと数個あるんだけど」



これ全部アナタの道具で何とかならないかしら、と凛はポケットから五個、二人の間にある宝石と同じような物を引っ張り出した。

どうやらこれらも現場から回収して来た物らしい。

アイデア自体は悪くないのだが、どこかしらみみっちく感じてしまうのは流石ビンボー貴族というこ「うっさい、黙れ!」……イエス・マム。



「う、うーん……多分、出来なくはないかも。確か……」



ポケットから“スペアポケット”を引っ張り出し、中を漁るのび太。

そして取り出したのは、



「――――あった! “復元光線”!!」



小型の懐中電灯のような形状のひみつ道具、“復元光線”であった。



「……名前からして何となく効果は解るけど、それで直せるの? 欠けてる部分はないんだけど」



「大丈夫です。じゃ、行きますよ!」



砕けた宝石群へ向け、のび太は“復元光線”のスイッチを入れる。

“復元光線”は壊れた物体に光を浴びせると、壊れる前の状態に戻してくれるという道具である。

それはパーツの破片が紛失していようとも関係なく、なくなったパーツごと纏めて復元してしまうという甚だ常識外れなシロモノだ。

そして光を照射された宝石は見る見るうちに元の形を取り戻していき、最終的に砕ける前の状態へと完璧に修復を果たしていた。



「はい、直りました」



「……うん。自分で頼んでおいてなんだけど、物理法則っていったいどうなってるのかしら? ……ともあれ、結局直ってるんだし、別に文句はないけど……ん?」



ブツブツ独り言を呟きながら元通りになった宝石をつまみ上げた凛であったが、何かに気づいたように眉根を寄せる。

確かに元通りに復元されている、されているのだが……。



「……魔力が込められてない。空っぽのまま」



封入されていた魔力だけは、復元されていなかった。



「……ハァ」



アテが外れた事に、凛はガックリと肩を落とす。

直った事自体は喜ばしいが、しかしこれでは片手落ちだ。

魔力の籠っていない宝石など、現段階では復元前の砕けていた状態の宝石と同じくらいの価値しかない。

すなわち、ガラクタ同然である。

聖杯戦争はあと二週間足らずで、結果がどう転ぼうが期間満了で終幕してしまう。

それまでに十分な量の魔力を封入する事は到底不可能である。

発動に必要な最小限度の魔力くらいならいけるかもしれないが、そんな物を新たに作り直したところでなんの意味があろう。

凛が求めるのはバーサーカーにぶつける前の、魔力が十分に込められていた状態の宝石である。



「あの、どうかしたんですか?」



「これね……魔力が入ってないのよ。これじゃなんの役にも立たないわ。言ってみれば“形だけ”直ってる状態で、中身がない……」



「……あ、そっか。“復元光線”じゃ、壊れた部分だけしか直せなかったのかぁ。宝石の中にある魔力まで元に戻した訳じゃないんだ……」



凛の不満に納得がいったのび太、じゃあどうしようかと腕組みする。



「うぅ~ん…………」



“復元光線”では凛の望むような元の状態には戻せない、ならばいったいどうすればいいのか。

他のひみつ道具で使えそうな物といえば……。



「……あ! あれなら!」



ピン、とのび太に天啓がひらめく。

“復元光線”でダメなら、残る手は一つ。

『復元』ではなく、『回帰』。

つまり、“形”を戻してやるのではなく――――“時間”を戻してやればいい。



「――――“タイムふろしき”だっ!」



“スペアポケット”に勢い込んで手を突っ込み、中からアナログ時計の文字盤の絵柄が散りばめられた風呂敷を引っ張り出す。

そして復元させた宝石の上にサッと風呂敷を被せ、適当な時間が経ったところで風呂敷をひっぺがした。



「どうですかっ、これで!?」



意気揚々と宝石を凛に手渡すのび太。

見た目はまったく変わった様子が見られない宝石だが、“タイムふろしき”で以て時間を巻き戻されているため確実に変化は起きている。

凛はしげしげと手の中の宝石を眺めていたが、やがて満足したようにうん、と一つ頷いた。



「上出来。完全に元に戻ってるわ……」



「やった! これでバーサーカーにも「無理ね」……えっ?」



対抗出来ますよね、と言おうとしたところで凛の一言によりそれは封殺された。

凛は元に戻った宝石を手の中でジャラジャラと弄びながら、言葉を続ける。



「バーサーカーにぶつけたのは六個、つまりこの宝石全部まとめて。それでかすり傷一つ付けられなかったのよ。完全に火力不足なの、あのバーサーカー相手じゃね」



「え、それなら……元に戻しても意味ないんじゃあ……」



「いえ、意味はあるわ。実は宝石を元に戻してもらったのは前置きみたいなものなのよ。本題はここから」



凛はそう言って居住まいを正すと、再び手の中の宝石をのび太の前に置く。



「バーサーカーは防御力は桁違いだけど、対魔力は高くない……つまりセイバーみたいに魔術が効きづらいという訳じゃない。だから、威力さえ十分ならわたしでもバーサーカーにダメージを与えられる」



「はあ。それで?」



「威力を底上げするための方法は概ね二つ。一つはもっと内在魔力の高い宝石を使う事。ただ、この場合だと長い目で見たらこっちの首を絞める事になりかねないから却下。バーサーカーを倒したら聖杯戦争は終わり、って訳じゃないからね。切り札は出来るだけ温存しておくのがベスト。そこでもう一つの手段」



凛はそこで一旦言葉を区切り、軽く息を整える。

のび太はただ黙って耳を傾けたまま、言葉の続きを待っている。

そしておよそ一呼吸分の間を置いて、凛の口から言葉が紡ぎだされた。




「――――単純にぶつける宝石の量を多くすればいいのよ」



「――――え、ええーっ!!? そ、そんな事でいいんですか!?」





物凄くアッサリした結論にのび太は面食らった。

質でなければ量、実に効果的かつ単純明快な論理である。



「という訳で、のび太にもう一つお願いがあるの。この六つの宝石、どうにかして増やす事って出来ない?」



ずいっと身を乗り出してくる凛。



「ふ、増やすって……えっと」



あまりに距離が近すぎたので、のび太は思わずたじろいでしまう。

目の前の凛からは異様な気配が漂ってきており、知らず全身が粟立ってくる。

さながらスーパーでタイムサービスの特売品を奪い合う主婦達の、あの妙にギラついた気迫に近い。



「簡単そうに言ったけど、実際はこっちの方がむしろ難しいのよ。主に籠める魔力の問題と経済的理由と金銭的事情と、マネー・サプライ上の問題で。だから手っ取り早く、それこそ乾燥ワカメみたいに宝石水に浸したら何倍にも増える、みたいな道具……あるかしら?」



凛の爛々と輝く双眸に圧し負け、のび太は、





「あ、と……い、一応ある事は……あり、ます」





不用意にも、ポロッとそんな事を漏らしてしまった。



「え、ホント!?」



更にずずいっと身を乗り出す凛。

もはや互いの距離は鼻先数ミリでほぼゼロ距離の密着状態、しかも眼光は五割増しと来ている。

見ようによっては、凛がのび太を押し倒しているようにさえ見えてしまう体勢である。

仮にこの相手が士郎ならば今の状態に頬を紅潮させ、慌てふためくのだろうが……生憎のび太では、単に言い知れぬ恐怖を感じるだけだ。

事実、その表情はヘビに睨まれたカエルの如く青ざめ、額には珠のような冷や汗が浮かんでいる。



「ええと……えと、こっ、これとか!」



背中に密着している壁が汗で湿っていく感触を感じつつ、これ以上耐えきれなくなったのび太は、“スペアポケット”の中を掻き回すように探ると中からプラスチック製っぽい見た目のアンプル容器を取り出した。



「……これが?」



「これ……えっと、これは、バ、“バイバイン”って言って……これを、一滴落とした物は五分経ったら倍……さらに五分経ったらそのまた倍、っていう風に……ご、五分毎に、増えていくん、ですっ!」



未だ衰えぬ凛の迫力に所々どもりながらも、のび太は説明する。

凛はのび太の身体の上に半ば跨ったような体勢のまま、のび太の手の中の“バイバイン”をジッと見つめていた。



「ど、どうぞ……使ってみて、ください。あと、近いので、ちょっと離れて欲しいかなぁ、なんて……ア、アハハハ、ハハ」



供物を捧げるように“バイバイン”を差し出すのび太。



「……じゃ、遠慮なく。一つにつき一滴でいいのね?」



凛はのび太から身体を離すと“バイバイン”を受け取り、蓋を開けて六個の宝石すべてに液体をポタリ、ポタリと落としていく。

その一方、やっとの事で自由の身となったのび太はというと、



「……はふうぅぅぅ~っ。こ、怖かったぁあ」



大きな安堵の吐息を漏らし、右手で額の汗を拭っていた。

ちなみに降ろした右手の袖は、まるで水を張ったバケツに落とした雑巾のようにグッショリと湿っていた……。















「…………」



まんじりともせず、ただ只管にまっすぐ宝石を見つめ続ける凛。

心なしか、瞳に『$』や『¥』のマークが浮かび上がっているような気がするのは、漲る異様な気迫の所為であろうか。

それとも……いや、何も言うまい。

やがてそのまま五分が経過。



「――――あっ!?」



六個の宝石が細胞分裂するかのようにパッと一つが二つにそれぞれ増殖し、合計で十二個の宝石が目の前に現れた。

増える瞬間を目の当たりにした凛は、その予想に違わぬ光景と成果に『ヨッシャ!』と小さくガッツポーズ。

グッと拳を強く握り締めた。



「この調子で増やしていけば、たとえバーサーカー相手でも闘り合える……! しかもタダ同然で!! のび太、いいモノを出してくれたわ! 褒めてあげる!」



「イタッ!? い、痛いですよ凛さん! もう……イタタ」



背中をバシバシと思い切り叩(はた)かれ、のび太は痛みに顔を顰める。

しかし上機嫌な凛に水を差すのも何だと思い、背中をさすりつつも涙を拭って唇をキュッと固く結び、それ以上の事は何も言わなかった。

小学生とはいえ、のび太だって男なのだ。

文句を堪えるくらいの“気概”はある……まあ、頭に『なけなしの』が付いてしまうというのが何とも悲しいところだが。

そうこうしているうちにさらに五分が経過。

今度は二つが四つに分裂し、『6×4』の合計二十四個の宝石が出現した。



「来た来た来たぁぁぁ!! もっとよ! もっと増えなさい!」



「…………」



もはや凛のテンションはウナギ登りの右肩上がり。

『ヒャッハー!』とか言い出しそうな勢いである。

そんな凛の姿に流石ののび太もやや引き気味だ。

と、その時。





『おーい、遠坂? メシ準備出来たぞ。居間に来てくれ』





ドアの向こう側からノックと共に士郎の声が聞こえてきた。

その瞬間、凛のテンションがレッドラインから正常値へと恐ろしい勢いで急変動する。



「……了解。すぐ行くわ」



玩具を買い与えられた子供のように大はしゃぎしていたのが嘘のように、ごくごく冷静に応対する凛に対して、のび太は目を丸くする。

まさに電光石火の猫かぶり。

いくらなんでも急に変わりすぎだろう、とのび太が訝しげに視線を送ると、凛はバツが悪そうにツツ、と視線を逸らしてコホンと一つ咳払い。



「さて、行くわよのび太。戻ってくる頃には十分な数になってる筈だしね」



「は、はあ……」



士郎が遠ざかっていく足音を聞きながら、のび太は呆けたように返答するのが精一杯であった。

そして二人は連れ立って部屋を発ち、居間へと向かう。















――――この後巻き起こる、惨劇と大混乱。





それを予見出来ぬまま、部屋を後にしてしまった。















「ふう……」



「はぁあ、お腹一杯……あふぅ、ちょっと眠いや」



昼食を終え、スタスタと廊下を歩く凛とのび太。

上質の食事に空腹と食欲が満たされ、気持ちが弛緩しているのか共に表情が緩んでおり、のび太など欠伸を噛み殺している。

士郎の料理の腕が標準以上なのは既に周知の事であるし、食卓の雰囲気も概ね穏やかであった。

まあ実際のところ、昼食の席でちょっとした悶着があったりしたのだが、それはまた“別のところ”ででも。



「さて、宝石はどうなってるかしらね?」



「大分時間が経ってるからもう十分……あれ? なんか、大事な事を忘れてるような気が……う~ん、なんだったっけ?」



そうこうしているうちに、二人は凛の私室の前へと辿り着く。

そして凛が内側開きのドアに手を掛けて……。



「……あら?」



開けようとしたが、どういう訳か開かなかった。



「凛さん、どうして開けないんですか?」



「いや、開けようとしたんだけど……開かないのよ」



「はい?」



疑問に思ったのび太は凛に近寄ると、代わりにドアを押してみる。

だが、やはり開かない。



「ホントだ、開かないや……なんでだろ? よし、なら……ぐうぅぅぅっ!!」



試しに身体をぶつけるようにして力を籠めて押してみるも、バリケードでも立てられているかのようにピクリとも動かなかった。



「「…………??」」



互いに視線を交わし、揃って首を傾げる。

一体全体どうなっているのか、と二人して考えていると、





「「……ん?」」





何やらヘンな音が耳に飛び込んできた。

『ギリギリ……』とか『ミキミキ……』とかいう、いわば普通の物音とは違う、異音である。

そしてそれはドアの蝶番辺りから聞こえてきており、よくよく観察してみると平面である筈のドアが微妙に外に向かって歪曲しているように感じられた。



「……ねえ、のび太」



「は、はい?」



「気のせいかしら……いや気のせいであって欲しいんだけど……物凄くイヤな予感がね、こう……するのよ」



「…………あぁああああ!!!??」



先程から頭の片隅で引っ掛かっていた事が氷解し、のび太は顔色は心底から『しまった!』と言わんばかりの深刻なものへと変貌した。

鬼気迫る表情の凛に気圧され、のび太は咄嗟に“バイバイン”を引っ張り出した訳だが、お陰で肝心な事をスポンと忘れてしまっていたのだ。

そう……“バイバイン”使用に際してのドラえもんの忠告と、それを無視したがための、あの“悲劇”を。










そして、その時が訪れた。










「「う―――――あああああぁぁぁぁぁ!!???」」










木っ端微塵に吹き飛ぶドア、そして濁流。

まるで津波のようにドアのなくなった長方形の空間から色とりどりの宝石が大量に押し寄せ、二人を押し流した。

それだけでは飽き足らず、宝石の暴流は二人の身体を完全に飲み込み、洗濯機に放り込んだようにもみくちゃに掻き回した後、ドアの向こう側の壁に強か叩き付けた。



「――――ぶはっ!? の、のび太! これはいったいどういう事なの!?」



宝石の中からズボッと顔だけを出した凛がのび太を問いただす。



「――――ぷはっ!? バ、“バイバイン”で宝石が増えすぎちゃったんです!」



続いて頭だけを突き出したのび太がそう返答を返した。



「はぁ!? あれってしばらくしたら効果が切れるんじゃないの!?」



「そんな事一言も言ってませんよ! “バイバイン”の効き目はずっと続きます! 多分、永久に!」



「な、なんですってえええええぇぇ!?」



“バイバイン”は五分毎に倍、倍と物を増殖させていくシロモノだが、この倍々算効果を甘く見てはいけない。

五分、十分くらいならまだいいが、これが例えば増殖に一時間、時間を掛けたとしよう。

五分毎に増える訳だから計算式は『2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2×2』……端的に表すなら2の12乗。

この計算の答えは……なんと4,096となる。

なお、現時点で“バイバイン”を使用して経過した時間は、長めの昼食を挟んでしまったのでたっぷり一時間半近く……正確には一時間二十五分と少々。

この時点でさらに『2×2×2×2×2』を追加して2の十七乗……131,072となる。

そして凛は“バイバイン”を復元した宝石六個すべてに使用したので、最終的にその六倍……すなわち786,432個。

これだけ増えればそこまで広くない部屋の事、飽和状態でパンクしてしまったとしてもまったくおかしな話ではない。

その証拠に、宝石は次から次へと間欠泉のように溢れ出している。



「な、なんで今まで言わなかったのよ!? というか、なんでそんなモノ出したのよ!?」



「い、いやだって凛さんがこわ……え!? う、うわぁっ!?」



「え、きゃっ!?」



その時、宝石の海がうねりを伴って膨れ上がった。

どうやら最後に増殖した時からさらに五分が経過したようだ。

つまり“バイバイン”使用から一時間半が経過したという事……すなわち2の十八乗で262,114。

その六倍で……しめて1,572,864個。

悪夢すら生ぬるいくらいの、文字通り“桁違い”の数である。



「な、流されるっ!!? り、凛さぁぁぁん!?」



「――――やっ!? ちょ、ちょっとのび太、どこ触ってるのよ!?」



「イタッ!? ご、ごめんなさあぁぁぁああい、ってうわあああぁぁぁ!!?」



「あ、しまった……っていやああああぁぁぁっ!?」



いったい凛のどこに触れてしまったのかはさておいて、百五十万を超える宝石の奔流に二人は物の見事に洗い流されてしまう。

増殖の勢いを駆ってその波は衛宮邸のあらゆる部分にまで押し寄せ、すべてを飲み込まんとする。





「ん……うわっ!? な、何だこれ宝せ……だあぁぁぁぁっ!?」





「むぅ……せっかく気分よく眠っていたというのに、何やら騒がしいですね……ってなあああぁぁぁっ!!?」





「ぬ、何かあった……ぬおおおぉぉぉっ!?」





いたる所で上がる、宝石の津波に巻き込まれた被害者達の悲鳴。

バリバリと何かが破れ砕けるような音が響き、ガシャアンとガラスが割れる音があちらこちらで木霊する。

まさにここは阿鼻叫喚の地獄絵図。

衛宮邸の命運は二人の“逆”ファインプレーによってもはや風前の灯である。



「の、のび太、何とかしなさい!」



「な、何とかったって……!?」



「何か増殖を止める方法はないの!?」



「えーと、えぇと……確か栗まんじゅうに使った時は、食べれは増殖は止まったんだっけ!?」



「これ宝石よ!? 食べられるワケないでしょ!?」



そりゃそうである。

本来“バイバイン”は食べ物以外に使用する事はない。

何故なら増殖を止める条件は、対象物体を原形を留めないほどに形を変えてしまう事……つまり食べ物なら食べてしまえばいいからである。

しかし増殖しているブツは宝石……ならば現状で採れる方法は、一つだけ。



「じゃあ……えっと、砕けばいいと思います!」



「成る程! ……って、ちょっと待った! これ、魔力が籠ってるのよ!? 迂闊に壊したら暴発しかねない!?」



頷きかけた凛であったが、慌ててその案にストップをかける。

いいところ二線級であるとはいえ、目の前にあるのは魔力を内包した宝石なのだ。

百五十万個を超えるC4爆弾に埋もれながらハンマーを振り回すバカはいないだろう。

下手すれば自爆どころでは済まないのだ。

だが放っておけば、無限に増殖する宝石が地球を飲み込み、その重量でいずれ重力崩壊を起こして地球を中心にブラックホールが形成されてしまう。

そうなったら聖杯戦争関係なしに『DEAD END』である。



「でもそれしか方法は……ッ? 待てよ……そうだっ!」



突如、のび太に天啓がひらめいた。

これならうまくいく、という確信と共に。



「え、なに? どうしたの!?」



「ここで砕くのがダメなら、別の場所に全部移動させてから砕けばいいんですっ!」



のび太は宝石の海の中で必死にもがいて、“スペアポケット”をポケットから引っ張り出すと、中から一本のペンと拡声器のようなメガホンを取り出した。

そしてペンを使って自分の右手にあった壁に、何事かをブツブツ呟きながら無理矢理身体を動かして大きな円を描いていった。

すると、円の真ん中がポッカリと開いて真っ暗な空間が音もなく、形成された。

のび太はそれを確認すると、今度はメガホンを口元に持ってくる。

そして最大ボリュームに音量を調節し、思いっきり息を吸い込んで『聞く者すべてに届け!』とばかりにこう叫んだ。










「“バイバイン”の影響を受けた宝石達! 君達は『聞き分けのいい、賢い犬』だっ! 今すぐ“ワープペン”で描いた穴の中へ飛び込めっ!!」










その言葉を皮切りに、宝石群が一斉に穴の方へとうねり出した。



「ちょっ!? のび太、何をしたの!?」



「凛さんっ、しばらく堪えててくださいっ!」



波に巻き込まれまいと体勢を低くし、壁と床に張り付くようにして踏ん張る二人。

宝石は土石流さながらの勢いで以て、“ワープペン”で描かれた穴の中へと殺到する。



「イタッ!? め、眼鏡が割れるっ!?」



「アイタッ!? く、くうぅぅ……っ!」



「痛ッ!? い、いきなり宝石が引いていくなんてどうし……え!? ちょ、アッーーー!」



大部分が穴の中へ入り、徐々に密度の低くなった宝石の流れはショットガンの掃射のようにのび太達の身体を叩く。

痛みに涙が出そうになるが各々グッとそれを堪え、宝石がなくなるのをひたすらジッと待つ。

やがてすべての宝石が穴へと飛び込んでしまったのか、穴へと向かってくる宝石の雨がピタリと止んだ。



「凛さん、今ですっ! 『宝石魔術』を使って宝石を爆発させてくださいっ!」



穴の手前で踏ん張っていたのび太は穴に首を突っ込み、近くで身を低くしていた凛にそう指示を出す。

意図が読めずに首を傾げた凛であったが、「早くっ!」と急かすのび太の表情に慌ててキーとなるスペルを紡ぐ。



「Set―――――」



「――――今だっ! それっ!」



のび太は穴からサッと首を引っ込めると、踏ん張っている間に“スペアポケット”から取り出していた消しゴムで穴の線の一部を素早く消した。

すると円でなくなったために穴が瞬時に消失、ただの壁へと戻る。

のび太は数秒間、冷や汗混じりにその壁をジッと見つめていたが、やがて力を抜くと大きな吐息を漏らした。



「お、終わったぁ……」



その場にへたり込むのび太。

凛は膝立ちの姿勢から立ち上がると、のび太の方へと歩み寄った。



「のび太、宝石はどうなったの?」



「太平洋のド真ん中で爆発しました……たぶん、全部なくなったと思います」



「はぁっ? 太平洋?」



素っ頓狂な声を上げる凛にのび太は「はい」と答えると、凛の前に使った道具を並べて説明を始める。



「このペンは“ワープペン”って言って、これを使って目的地を言いながら円を描くとそこに通じる穴が出来るんです。これで太平洋のド真ん中に繋がる道を作って、この“無生物さいみんメガホン”で宝石に催眠術を掛けたんです」



「……この際だから突っ込むのは止めておくけど、催眠術っていうと『聞き分けのいい、賢い犬』ってアレ? それで穴に飛び込むように命令して、宝石が全部なくなったらそれを壊すためにわたしに爆発させたって事?」



「そうです。そしてこっちにまで爆発が来ないように“ワープ消しゴム”で穴を消したんです。ホント、上手くいってよかったです……」



「成る程ね……はぁあ」



納得がいったと同時に、今までの時間がムダに終わってしまった事に脱力感を覚える凛。

元手が壊れた宝石六個なので損こそしなかったものの、このぬか喜び感は尋常ではない。



「まったく……アンタがあんなモノ出すから……」



「だって凛さんが……」



二人が文句をぶつけ合っていると、



「……やはり大元はリンの部屋でしたか」



「あ……セイバー。えと、大丈夫だった?」



「……まあ、怪我はありませんが」



廊下の奥からセイバーが顔を出してきた。

巻き込まれたせいであちこちヨレヨレになっているものの、傷は負っていないようだ。



「いったい何があったのですか?」



「ああ……実はね……」



かくかくしかじか、と凛はセイバーに事の経緯を説明する。

すべてを聞き終えたセイバーは、何とも微妙な表情を形作った。



「いえ、まあ……事情は解りました。理由も一応納得がいきますが……しかしノビタ、何故そんな危険なシロモノをリンに渡したのですか?」



「だって……凛さんが凄い勢いで迫ってきて……壁際に押さえ付けられちゃって……目も血走ってたし」



弱々しく呟くのび太の言葉に、セイバーの表情はさらに微妙な物へと変わった。

そしてそのまま凛を見やるがその目は……どういう訳か、何とも気まずそうに細められている。








「リン……好みは人それぞれですし、それに口を出すつもりもないのですが……老婆心ながら一つだけ。いくらなんでもノビタは――――犯罪ですよ?」








「……え? ――――――はあ!?」



はじめはセイバーが何を言っているのか解らなかった凛であったが、やがて理解が及んだのか顔を真っ赤にしてセイバーに食って掛かった。



「な、なにを勘違いしてるのよ!?」



「……違うのですか?」



「違うわよ! というか、何がどうなったらそんな結論に辿り着くのよ!?」



「いえ、のび太の言葉から察するに、貴女は若いツバメが……」



「そんなワケないでしょ、このボケセイバー! 流石にのび太は守備範囲外よ!」



「……あ、あの~。いったい何の話なのか解らな「アンタは解らなくていいっ!」は、はい……」



凛の剣幕に気圧され、のび太はそれ以上は何も言えなくなった。

こうなったのも、元をただせばのび太の言い回しが甚だアレだったからなのだが……実際にほぼ合っているとはいえ。



「おーい、遠坂……」



「何よ!? って、士郎と……アーチャー」



続いて廊下の陰から現れたのは、士郎とアーチャーであった。

こちらもセイバーと同様ヨレヨレの体だが、むしろセイバーよりもひどいと言えるかもしれない。

アーチャーはオールバックの髪の毛がバサバサにほつれているし、外套の裾のところどころに穴が開いており、ほぼズタズタの状態である。

士郎も服のあちこちが擦り切れており……そしてなぜか右手で尻を押さえている。



「士郎、アンタそれどうかしたの?」



「ん、いや……台所で洗い物してたんだけど、なんか、宝石が一個、スゴイ勢いで飛び込んできてさ。ジーンズの後ろ、突き破られそうだった……」



「そ、そう……」



……どうやら宝石の中に一匹、駄犬が混じっていたようである。

それはさておき。



「いったい何があったのだ? 宝石の波に飲まれたと思ったらいきなり引いていったのだが……」



「ああ、それね……って、二回も説明するの面倒ね。セイバー、説明お願い」



「あ、はあ……」



セイバーは凛から受けた説明をそっくりそのまま、二人に説明する。

そして。





「――――いや……まあ何というか……」



「アイデア自体は悪くないのだが……もう少し物事はよく考えるべきだぞ凛。短慮にも程がある」





話を聞き終えた二人はセイバーと同じような微妙な表情を形作り、凛の方を見やった。



「……もう何とでも言いなさいよ」



先のセイバーとのやり取りで反論する気力も失せたのか、凛はそれだけ呟くと、そのままあらぬ方に目を逸らしているだけであった……。















「……しかしまあ、随分とメチャクチャになっちゃったなぁ」



「ごめんなさい……」



ボロボロになった廊下や部屋を見て回りつつ、半ば感心するように呟く士郎。

その横で、のび太は只管平身低頭していた。

士郎はポンポンとのび太の頭を優しく撫でると、励ますように告げた。



「やっちゃったモノは仕方ないさ。大半は遠坂のせいなんだし、壊れたんならまた直せばいいんだからさ」



「直す……そうだ!」



士郎の言葉にのび太は何かを思いついたように顔を上げると、“スペアポケット”を引っ張り出して中から“復元光線”を取り出した。



「これを使えば簡単に元通りに出来ますよ!」



「……ああ、これが“復元光線”ってヤツか。確かこれで宝石を元通りに復元したんだっけ。……でもこれってバッテリー式じゃないのか? 見た目それっぽいけど、家の中全部直すまで持つのか?」



「あ、そっか……」



士郎の言う事にも一理ある。

衛宮邸は武家屋敷だけあって結構な広さがあり、宝石の津波は内側だけとはいえその大半を破壊していった。

たった一丁の“復元光線”では、全てを復元しきる前にバッテリー切れを起こしてしまうだろう。

かといって手作業で修復や片づけをやっていたのでは、日が暮れるどころの話ではない事も事実である。



「じゃあ……よし、“アレ”で!」



のび太は一つ頷くと再び“スペアポケット”に手を突っ込み、今度は姿鏡のような大きめの鏡を取り出した。

そして下部にあるスイッチを押し、“復元光線”を鏡の前に差し出して姿を映し出すと、





――――鏡の中に手を差し入れ、鏡の中の“復元光線”を外に引っ張り出した。





「「「「――――!?」」」」



揃って唖然とする四人。

が、のび太はそれに気付いた様子もなく、事もなげに鏡から取り出した方の“復元光線”を士郎に手渡す。



「はい、士郎さん」



「……あ、ああ。な、なあのび太君」



「はい?」



「その鏡って……」



「ああ、これですか? これは“フエルミラー”って言って、この鏡に映した物を二つに増やす事が出来るんです。さっきみたいに。これでバッテリー切れの心配もないですよね?」



「え、いやまあ……そうだけど。いや、そうじゃなくてさ」



「へ? ……ああ、やっぱり二つだけじゃ時間掛かっちゃいますもんね。ここは人数分出して、みんなで手分けすれば早く終わりますよね!」



「あ、ああ……いや、そうだけど!」



士郎がさらに何かを言い募ろうとしたが、のび太は既に“復元光線”の映った“フエルミラー”に手を突っ込んでいる最中であったため結局尻すぼみに途切れてしまった。

そして残りの人数分の“復元光線”が複製し終わり、のび太はそれぞれに一つずつ“復元光線”を手渡していった。



「よし、と! それじゃあ手分けして「――――ちょっと待ちなさい!」……はい?」



歩き出そうとしたのび太であったが、急に呼び止められたため足を止め、振り返る。

すると目の前には……。





「――――のぉぉぉびぃぃぃ太ぁぁぁぁぁぁ?」



「――――ヒィ!?」





事の元凶たる凛が、それはもう凄まじい形相でのび太に詰め寄ってきていた。

瞬時にのび太の顔が蒼白に染まり、ガタガタと震え始める。

凛はそんな怯えるのび太の両肩を、まるで万力のような力で以て無造作に掴み上げると、



「どうしてアレを最初から出さなかったのよ!? おかげで貴重な時間が丸々潰れちゃったじゃない!! ええい、わたしの時間と夢と期待を返せええぇぇぇ!!!」



「ぐええええぇぇぇっ!? り、凛さん目がっ、目が回る!? あと肩っ、痛い痛いぃぃいい!!」



ガクガクと物凄い勢いで揺さぶり、不満の丈をぶちまけ始めた。

やられるのび太はたまったものではないが、しかし……傍から見れば恐ろしく大人げない光景である。





「……きっと、リンが“こんな”だったから、でしょうね」


「うむ……」





その横では、セイバーとアーチャーの英霊二人が何かが腑に落ちたように互いに頷き合っていた。










その後、“お詫び”と称して強引にのび太から“フエルミラー”を借り受けた凛が……きっと色々ありすぎて、魔が差してしまったのだろう……事もあろうにお金を複製しようとして、





「あ、言い忘れてましたけど……増やしたものって“鏡に映った状態”で出てきますから……」



「な、なん……ですって……」





“鏡写し”の状態で出てきた一万円札を前に絶望する姿があったとか。

ちなみに“復元光線”は元々左右対称なので、その点ではまったく問題はなかった。





(その“鏡写し”の札をもう一度、鏡に映せば……などとは、告げぬ方がいいのだろうな。為にならんし、凛にはいい薬だろう)





膝を突いて崩れ落ちる己が主を見やりながら、ぼんやりとそんな事を思う弓の英霊であった。










なお、衛宮邸が完全に修復されたのはそれから三時間後であった。















余談であるが、翌日の各社の新聞には、





『太平洋沖で謎の巨大キノコ雲! 某国の核実験か!?』



『国連緊急総会招集! IAEA(国際原子力機関)、調査のため現地へ』



『海底火山の爆発か!? 太平洋沖巨大爆発のナゾに迫る!』






一面大見出しでこんなフレーズの記事が躍り、数週間に渡ってマスメディアを大いに賑わす事となるのだが、





「えっと……元気出してください、凛さん」



「どの口がそんな事言うのよ……」





張本人達はそんな事など知る由もない……。




















――――そして今宵。










五人は、狂戦士へと戦いを挑む。






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