きょうのコラム「時鐘」 2011年10月30日

 南極をテーマにしたテレビドラマが話題だ。映画「武士の一分」主役の木村拓哉と「武士の家計簿」主役の堺雅人の「武士対決」も見どころだが、越冬隊員の妻もポイントだ

言語学者の金田一春彦氏の著書に、越冬隊員に届く家族からの定期便の話がある。新婚隊員に届いた若妻からの電報文は「あなた‥」の3文字。その短い言葉に万感の思いが込められていると紹介している

色々な言葉を並べたてた愛情表現があるが、心が伝わるのは、文字の多さや長さではないことをこのエピソードは示している。春彦氏の子息で、同じ言語学者の金田一秀穂さんが先日、金沢の講演で同じような話をした

能登の旅館ロビーで、のんびりと朝を過ごしていた。そろそろ観光に出かけようと仲居さんに「案内の人が迎えに来るんです」と話すと「あちらでお待ちです」との返事。くつろいでいる金田一さんを見て、あえて伝えなかったのだった

何も言わないのが、時には最高のもてなしになると、言葉の専門家も感心した。「言葉を尽くして」は「誠意を尽くす」にはかなわないという、ささやかな物語だった。