本年9月16日、札幌談所にて御受戒を頂きました東京都在住の竹本良一と申します。
鳥本尊師より早々に講結成の内示を頂きました。これよりは帝都東京の広宣流布の大願を目指し先輩諸兄のお力をお借りして、日々精進して参る覚悟でございます。
さて、私自身といえば僅か1ケ月前まで『ヤスダ(保田)の万年キュウゴ(救護)の大本尊』と、大本山妙本寺に関する知識はこの程度でした(恥)。
二十代後半からの四半世紀以上を創価学会の第一線で活動(最終役職は支部長)、庶民の幸福実現と乖離した選挙運動の連続と、”永遠の指導者”さんの勲章の数だけを自画自賛する新聞の拡販等々、およそ『名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり』との宗祖の訓戒に反する創価に辟易、平成21年初頭、創価と決別するには、一番彼らの嫌がる所へ避難することだと判断、今や大石寺の広告塔としてネット上で人気?のT田君の縁で、御本仏と不二の尊体だと自称する早瀬日如(法主)の下に帰伏。
その年、炎天下に開催された立正安国論正義顕揚750周年の大会にも参加するも、既に創価が50年以上も前に提唱した折伏戦を後追いするだけの猊下の大号令(平成33年までに八十万体制を達成)を嘲笑する誠に不謹慎な信者でした。
その後も、昨日までの同志であった創価碩学の諸氏と口論(×法論)重ねるも、石山の偽装教義ではどうにも太刀打ち出来ず、彼らの吹聴する「大石寺を折伏したのは創価学会!」も、けだし名言と認めざるを得ない体たらく。
とりわけ大石寺のライフラインである「唯授一人血脈相承」は、どう足掻(あが)いても大聖人の御義に違背する「おとぎ話」にもならない邪義。
さりとて己心本尊を説きつつも、学会員が朝夕祈念する「一閻浮提総与、三大秘法の大御本尊」は、未だに大石寺在の本尊であることを肯定せざるを得ない創価の己義と矛盾にも賛同できずに暗澹たる日々を過ごしていました。
そんな中でも、毎月のように大石寺詣でをして「御開扉」と称されるエンターテイメントを鑑賞し、深夜には丑寅の苦行を重ねる模範?の信徒でもありました。
ところが、この7月に創価との公開法論を企図したものの、結果として石山側のエースを自認する弁士のT田君が完敗。その敗北の責任転嫁と、同時期に講中の仲間に不用意にも漏らした「戒壇本尊はニセかもしれない・・」という言質を取られ、8月末に所属寺院(長野県の妙相寺)の慶祝行事終了後、住職から一方的に役職解任の処分を言い渡され、実質上は「出て行け!」とばかりの破門を突きつけられました。
明けて9月2日、偶然にも知人の仲介で鳥本尊師と巡り会うことができました。
鳥本師のお話しは、大聖人の正法正義を理路整然と説かれ、また大石寺の偽装の本質を的確に破折されました。さらには大石寺をはじめとする他門の僧侶とは全く異なる潔いお振舞いに感銘を受け、即座に入信を決意しました。
大本山妙本寺に縁出来て1ケ月足らずにもかかわらず、十年、二十年以上にも匹敵する未曾有の感動と感謝の充実した日々を過ごしております。
余計な回り道と思えた創価も大石寺時代も、この会い難き正法に到達する為のロードマップ=いわゆる爾前権経の如き足場であったのでは?と感謝すらおぼえる今日この頃です。
まだまだ学ぶべきことも多い未熟者ですが、不思議な法縁で巡り会えた鳥本尊師を師として、皆さま方との異体同心の団結で、真の正法興隆への歩みを運んで参る決意であります。