2011年10月29日03時00分
人気トップの公営国民宿舎で不正が発覚した。料理の「盛りすぎ」が問題というのだが。
「お荷物、お持ちいたします」。宿のはるか手前で職員に声をかけられた。フロントの女性は皆、控えめな化粧で清潔感が漂う。
1泊2食で大人8524円から泊まれるが、夕食はちょっとぜいたくに最上級を。タラバガニの土佐酢あえなど前菜3品、5点盛りのお造り、ウニやカニの湯葉巻き、ヒラメのワイン蒸し。アワビや常陸牛が目の前で音を立てて焼き上がる。気のせいか、刺し身のツマまでおいしい。
うーん、満足……。
いや、旅行ガイドを書いているのではない。この宿、公営国民宿舎の中で宿泊利用率が22年続けて1位という「鵜(う)の岬」(茨城県日立市)。食材費を実際よりも低く見せるため、在庫量を過大に報告する、という不正が発覚したのだ。
どういうことなのか。記者が実際に宿泊し、他の客にも話を聞いてみた。2泊したという東京都内の女性(70)は「料理はどれも丁寧」と満足顔。茨城県の飲食業の男性(37)も「おいしいし量も十分」。不満の声はまったくない。
だが、この料理、実は、不正が発覚した8月から量が減らされている。
鵜の岬は2008年度、施設修繕費の増加を見越した経費削減で、食材費を前年度より2%(約800万円)削る目標を立てた。調理長は、複数の業者から食材の見積もりをとったり、形の悪い野菜を使ったりして工夫した。だが「量が減った」という客の声を無視できず、忘年会シーズンの12月は予算オーバーに。
そのとき、使った食材の量を実際より少なかったことにして、食材費を予算内に収める帳簿処理が行われた。経理担当の前管理課長(44)の独断という。
予算オーバーは翌月以降も続いた。そして不適切な帳簿処理も。塙吉七(はなわ・きちしち)総支配人(62)が気づいた時、900キロあるはずの肉は60キロ、2千キロあるはずの魚は100キロしかなかった。消えた分はみな、宿泊客の胃袋におさまったらしい。
「プレッシャーを感じすぎたのかもしれない」と塙総支配人は肩を落とす。着服などは見つからなかったが、運営する茨城県開発公社は9月末、前管理課長を停職1カ月、塙総支配人ら3人を厳重注意にするなど、計7人を処分した。
宿泊客を喜ばせたいために大盛りし過ぎた「不正」だったとは。その心意気はけなげですらある。そのかいあってか、昨年度、公営国民宿舎の約3分の2が赤字となったなかで、鵜の岬は健全経営を続けている。
この宿、40年前のオープン直後から大入りだったわけではない。当初の10年の宿泊利用率はおおむね40%前後だった。82年に支配人になった塙氏は、客の靴を磨き、客の具合が悪くなれば病院まで付き添う丁寧な接客でファンを増やした。
昨年度の宿泊者数は6万3千人余で利用率92%。2位以下を20ポイント以上引き離した。塙総支配人は「お客様の期待にこたえ続けられるよう頑張りたい」と語る。
その答えは、宿泊客が出すことになる。(松井望美、茂木克信)
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〈公営国民宿舎〉 地方自治体や第三セクターが国立・国定公園などの自然豊かな土地に建設、運営する。利用料金は1泊2食で7千〜1万円ほど。1957年に鳥取県に第1号がオープンし、ピークの82年には345施設あったが、民業圧迫批判や施設の老朽化を受けて廃止が相次ぎ、今では122施設に減った。公営とは別に、民営の国民宿舎も全国に68施設ある。