「都に、ですか?」 唐突に、都に行くと言い出したシトリーに、アンナは訝しげな表情を浮かべる。 「そうだ。ついでに、この村の人間には囮として本物の邪教徒になってもらう。お前にも手伝ってもらうぞ、アンナ。早速村人を集めてくれ」 「は、はいっ」 指示を受けてアンナが部屋を出ていく。 それを見送ると腕を組んで考え込み、具体的な手順を組み立てていくシトリー。 まず、調査隊が帰ってこないことを疑われる前に都にたどり着くことが、シトリーの思惑の大前提だ。 今の段階で、自分の手許にはアンナとエルフリーデというふたつの手駒がある。それを奇貨としない手はなかった。 邪教徒に支配された村から、エルフリーデが、多大な犠牲を払いながら閉じ込められていた村の司祭であるアンナを救出して戻って来る。そして、その時一緒に救出された村人としてシトリーたちが都に潜り込む。 それが、シトリーの考えたシナリオの大枠であった。 そこで、キエーザの村だが、村人には暗示をかけ直して完全に邪教徒として振る舞ってもらう。そのうちのひとりをその首謀者に仕立て上げておけばなお良い。 そうしておけば、都に潜入した後に、エルフリーデとアンナの報告を受けた都では邪教徒討伐に動くだろう。そうなれば、邪教徒騒動の隙にシトリーたちが都で活動しやすくなる。 だから、今まずやることは村人を邪教徒の集団に仕立て上げることだ。 「さてと、僕も仕事に取りかかるか」 シトリーが、そう言って立ち上がる。 「あ、私に何かすることはないのか?」 部屋を出ようとするその背後から、エルフリーデが声をかける。 「ふーん、下僕でもないのに僕のための働こうというのか?」 そう、からかうように言うと、エルフリーデは、しまった、という表情で唇を噛む。 その様子を見て、シトリーは、ふん、と鼻を鳴らす。 「まあ、今のところお前にできることはないさ。ああ、それと、アンナの仕事ぶりを見たいというのなら別に止めはしないぞ」 部屋から出る間際にそう言い残すと、シトリーは礼拝堂の方に歩いていく。 残されたエルフリーデはしばしの間躊躇していたが、ややあってその後を追うように礼拝堂へと向かっていった。 「シトリー様。ご命令通り連れて参りましたわ」 アンナが、ひとりの女を礼拝堂脇の小部屋に連れて入ってくる。 それは、まだ若く、この村一番の美人といわれている娘。だが、今のその女の格好はアンナと同じ、薄い布を胸と腰に当てただけの姿。 そして、その女の瞳からは光が失せ、虚ろな眼差しで、アンナの誘導するままにふらふらとシトリーの前に座る。 「ああ。では、始めるとするか」 シトリーが、女の額に指を当てて、瞳に力を込める。 「うっ、ううう」 すると、女が呻き声を上げて小さく体を震わせた。 「さあ、今日からお前は司祭だ」 「わたし、が、しさい?」 どこを見ているのかわからない、焦点の定まらない虚ろな目のまま、女が抑揚のない声で聞き返す。 「そうだ。もちろん、お前が仕えるのはこの国で広く信じられている神なんかではないよ」 そう言うと、シトリーは、女の頭の中に直接イメージを送り込む。 まずは、村人に信仰させる神のイメージから構築していく。 その姿は、そう、乳房をさらけ出し、肉棒を屹立させた両性具有の神。 それを信じる者は、その神の姿に近づこうと、男女で体を交わさせなければならない。そして、信者は、セックスを拒んではならない。 無差別に、そして無秩序に男女が交わり合い、体を重ね合う。それがこの神の教え。 「あ、ああ……」 力を込めてイメージを送り込むと、女の瞳孔が開き、小さく震える。 だが、構わずにシトリーはイメージを送り続ける。 次は、この村の教会の司祭との対決についてだ。 だが、そんな彼らの信仰を邪教として非難した者がいた。都から派遣されてきた女司祭だ。 彼女の信じる宗教は貞潔などという無意味なものを謳っている。そして、村人たちの真の信仰に気付くと、それを男女の交わりを奨める淫ら極まりない邪教として激しく攻撃してきた。 だから、自分は、おのれが信じる神に仕える司祭として、その女司祭と対決して彼女を捕らえ、閉じ込めた。 しかし、やはり都から来た騎士によってその女司祭は奪われてしまった。 おそらく、そう遠くないうちに、都から邪教討伐と称して軍勢が差し向けられてくることだろう。都の者たちはそういう奴らだ。数を恃み、力を恃み、自分たちの信仰を押さえ込もうとしてくる。 ならば、我々は徹底的に抗わねばならない、自分たちの信仰を守るために。 自分が、この村の信徒たちをまとめて、最後のひとりに至るまで抵抗する。 シトリーが、女の頭の中に送り込んだイメージをまとめると、おおよそそういうことになる。 少し顔立ちが綺麗なだけで、他には何の取り柄もない女だが、これで少しは役に立ってくれるだろう。 最後に、女の額に当てた指に力を込めてそのイメージを定着させると、女が、「ううっ」と呻いて目を見開かせる。 「ふう。よし、これで指導者はできたぞ、アンナ」 女から指を離すと、シトリーは大きく息をつく。 だが、依然として女の瞳は虚ろなままだ。 「後は、この女の言うことに従うよう村人たちに暗示を仕込む」 「はい。もう、村人は礼拝堂に集まっております」 「よし、早速始めるか」 「かしこまりました、シトリー様。さ、あなたもこちらへ」 アンナが声をかけると、女も無表情のままふらりと立ち上がり、ふたりの後についていく。 しかし、部屋を出たところで、アンナはエルフリーデとぶつかりそうになる。 「あっ。エル?こんなところで何をしているの?」 「あ、いや、その、アンナがこれからどういうことをするのか見てみようと思って」 少し俯き加減で、どこか恥ずかしそうに言うエルフリーデ。 「ふふっ、いいわよ、エル」 そう言うと、口に手を当てて笑うアンナ。 「本当に?」 「ええ。でも、私がこれから言うことはよく聞いてちょうだい」 「う、うん」 「私がこれから礼拝堂で言うことは、村の人たちに対して言うことなの。だから、この村の人間でないエルは、私が礼拝堂で言うことを守らなくていいの」 「村の人たちに?」 「そう、この後、私が言うことは、村の人たちに対してであって、エルに対してではないんだから。いい、エル?」 「ええ、わかったわ」 アンナが真剣な顔で念を押すと、エルフリーデも真剣な顔で頷く。 「私がエルを導くときは、ちゃんとエルの目を見て話をするからね」 「うん」 そうでないと、あなたも私の言葉を信じて邪教徒になってしまうから。 そうなってしまうと、シトリー様にとって少し都合が悪いのよね。 アンナは、胸の内でそう呟く。 「わかったら、私がこれからする仕事を見てもいいわ」 「アンナの仕事?」 「そう、司祭としての仕事よ。じゃあ、ついてきて、エル」 そう言うと、アンナは礼拝堂に向かって歩いていく。 その少し先では、シトリーが笑みを浮かべながら、ふたりの様子を眺めていた。 数分後。 礼拝堂の中。 薄暗い建物の中に村人たちが座っている。 皆、同じように光の失せた瞳で、呆けたように口を開き、どこかしら恍惚としたような表情を浮かべていた。 そして、村人たちの前にはアンナとシトリー、そして先程の女が立っている。 「と、そういうことだ、アンナ」 「はい、わかりました、シトリー様」 耳打ちして、女に送り込んだ暗示の内容を説明していたシトリーの言葉に、アンナが頷く。 そして、アンナはひとつ大きな深呼吸をすると、村人たちの方を向く。 その時、その両肩にシトリーが軽く手を置いた。 「え、シトリー様?」 「この人数相手に一度で暗示をかけるのは大変だろう。僕も力を貸すよ」 そう言ったシトリーの手から、魔の気が送り込まれて来るのをアンナは感じた。 もともと、アンナに与えられた力は、その体内に注がれたシトリーの魔の気に由来している。 だから、それを受け取ることによってアンナの力は強化される。 「ありがとうございます、シトリー様」 少し頬を紅潮させて、アンナが礼を言う。 体中に漲っていくシトリーの気を感じて、アンナは気分が高揚していた。 そして、改めて村人たちに向き直ると、ゆっくりと口を開く。 「皆さん、よく聞いて下さい。今日から皆さんの指導者はこの方です。いえ、ずっと前から彼女は皆さんの指導者でした」 そう言うと、アンナは傍らに立っていた女を自分の前に引き出す。 「皆さんは、これまで自分の信ずる神の教えに従って、互いに体を重ね合ってきました。自分たちの中にある肉欲に素直に従うことが、神の御心に沿っていたからです。そして、肉欲のままに体を重ねることで、より神に近しい存在になり、救われることができるのです。それを導くのが、彼女、皆さんの真の司祭です。だから、皆さんは彼女の言うことだけを信じ、彼女の言葉に従えばいいのです」 相変わらず、虚ろな瞳のまま、うっとりとした表情の村人たちの前でアンナは話を続ける。 「そして、今、皆さんは大きな危機に直面しています。これまで、表向きは信徒を装ってごまかしてきた教会の女司祭に、あなた方の真の信仰のことが知られてしまったのです。その女司祭は、皆さんの信仰を邪教と決めつけ、非難しました。だから、都の教会に報告される前に皆さんはその女司祭を捕らえ、閉じ込めました。しかし、その女司祭は、都から派遣された騎士に奪われてしまいました。だから、まもなく皆さんのことは都に知られてしまい、邪教徒討伐と称して軍勢が送られてくることでしょう」 アンナは淡々とシトリーの書いた筋書に沿って、村人たちの記憶を書き替えていく。 「都から派遣された軍勢は、皆さんにとって最大の敵です。都の教会は、博愛を唱え、貞潔などというくだらないものを説いてきました。いったい、体を交じり合わせない博愛などに何の意味があるでしょう。そして、彼らは、自分たちの考えに従わない者に対しては数を恃み、力で抑え込もうとしてくるのです。それのいったいどこが博愛でしょうか?だから、教会の教えなど信じられないのです。そして、彼らに屈するということは、あなた方が真に救われる道が閉ざされるということです。それ故、皆さんは徹底的に抗わなければなりません。彼らに屈するくらいなら、自ら命を絶った方が救われるのですから。だから、あなた方は最後のひとりまで抗い、そして死ぬのです」 無論、アンナに言われるまでもなく、本格的な討伐軍が来たらこの小さな村などひとたまりもない。 それを承知でアンナは、村人たちを絶望的な戦いを行い、玉砕するように仕向ける。 それはまさに悪魔の囁き。 だが、礼拝堂の隅からその姿を眺めていたエルフリーデは、アンナに司祭の姿を見出す。ただし、それは神に仕える司祭ではなくて、悪魔に仕える闇の女司祭の姿。 ああ、本当に悪魔の司祭になったのね、アンナ……。 そんなことを思うエルフリーデには、アンナに対する蔑みや嫌悪といった感情はない。 むしろ、アンナの成長した姿を見ることができたという感慨のようなものすらあった。 シトリーに肩を抱かれるようにして話をしているアンナを眺めるその視線に、羨望の色が混じっていることに、当の本人は気付いてすらいない。 「いいですか、もう一度言います。都の教会の人間は、どんなに卑劣でおぞましいことをするかわかったものではありません。だから、彼らに捕らえられる前に自ら命を絶つのです」 自分たちへの死の勧告を聞いているというのに、村人たちは笑みすら浮かべている。 「では、これから私が合図をしたら、皆さんで交わり合うのです。そのことが、皆さんの信仰をより深めていくでしょう。そして、その快楽が極みに達すると皆さんは眠ってしまいます。そして、目覚めたときには、今まであなた方を導いていた私の姿は、皆さんの中から消えています。なぜなら、今まで皆さんを導いてきたのは、彼女、あなた方の真の司祭なのですから」 アンナは、話の最後に、村人たちに対して、彼らを肉欲に堕としてきた自分に関する記憶を消し、自分の隣に立つ新たな女司祭に、これまで自分のやってきた役割を置き換えるように暗示を仕込む。 「皆さんが次に目覚めたときには、私は、憎むべき都の教会の女司祭にり、彼女こそが皆さんを真に導く司祭になっているのです。そして、皆さんはこの村で討伐軍を迎え撃ち、死ぬことによってあなた方の神の国へと行くことになります。さあ、では、そのためにこれから互いに体を交じり合わせるのです」 アンナのその言葉に、村人たちがゆっくりと動き始めた。 ある者は服を脱ぎ、またある者は服を着たまま、ふたりで、あるいは3人、4人で体を絡め合わせていく。 礼拝堂のあちこちから、聞こえてくる、熱のこもった吐息と気怠げな声。それに、ピチャ、とかグチュ、という淫猥な湿った音が混じる。 「そうやって体を重ね合っていると、どんどん気持ちよくなっていきます。その快感にすべてを委ねなさい。それこそが神の思し召しに叶うのです」 村人たちの動きが、アンナの言葉に従って次第に激しくなっていく。 「ああっ」 「んっ」 「はうっ」 「くううっ」 そこここから聞こえる喘ぎ声が大きくなっていき、建物の中の温度が一気に跳ね上がったかのように感じられる。 アンナの目の前で繰り広げられる淫らな宴は、まさに邪教の儀式そのものであった。 礼拝堂に集まった全ての村人が、アンナの言葉に従って乱れ狂う。 互いに体を絡め合う大勢の男女の前で、さながら指揮者のように立ち、その快感を高めていくアンナ。 すでに、快感に喘ぐ声は、巨大なひとつの声のように建物の中全体に響き、淫猥な合唱のようであった。 「さあ、皆さんの快感はこれ以上ないくらいに高まります。そして、頂点に昇りつめたら、天にも昇る心地で眠るのです。夢の中であなた方の魂は神の国を漂うことでしょう。そして、次に目が覚めた時から、あなた方の聖なる戦いが始まるのです」 アンナが絶頂へと導くと、建物が震えるほどに卑猥な声が高まり、全員が一斉に達する。 そして、それまでの狂乱が嘘のように、礼拝堂の中に静寂が訪れた。 いまだ熱気の残る中、立っているのはアンナとシトリー、新たな邪教の女司祭に選ばれた女と、それを陰から見ていたエルフリーデのみ。 「さあ、あなたも眠りなさい。そして、目覚めたら、村人を快感と肉欲に導くのですよ」 アンナがそう言うと、傍らに立っていた女も崩れるように倒れて眠りに落ちる。 「ふうう」 全てが終わり、大きく息をついたアンナの足下がふらつく。 よろめいたその体を、シトリーが自分にもたれ掛けさせて支えた。 「おっと」 「あ、ありがとうございます、シトリー様」 「いや。よく頑張ったね、アンナ」 「アンナ!大丈夫!?」 アンナのもとに、それまでその様子を黙って見ていたエルフリーデが駆け寄ってくる。 「大丈夫よ、エル。それより、支度をしなくちゃ」 「支度?何の?」 「もちろん、都に行くための支度よ。急がないと、村の人たちの目が覚めたら、一番危険なのは私とエルなんだからね」 そう言って微笑むと、アンナはすたすたと司祭館の方に歩いていく。 「あ、待ってよ、アンナ!」 エルフリーデも、置いて行かれまいと小走りにその後を追う。 「さてと、僕たちも準備をしないとね」 ふたりの様子を微笑みながら眺めていたシトリーが、最後に悠然と礼拝堂を後にした。 その晩。 ここは、キエーザから少し離れた森。 雪に覆われた中に、こんもりとした草叢があった。 人の背丈よりも少し高く、草叢としては少し大きめだが、この深い森の中ではそのくらいの大きさのものがあってもそう不思議はない。 ただ、不自然なのは、それがまったく雪を被っていないことだ。 「村人にあそこまですることなかったんじゃない、シトリー?」 その、草叢の中。エミリアが首を傾げながらシトリーに訊ねる。 この草叢は、メリッサの能力で作った植物のテントとでも言うべきものだ。 火を焚くことはできないが、内側は柔らかくふかふかの草で覆われて保温性も高く、その中で毛布を被っていればそれなりに快適にすごせる。 上から吊されたランプが照らす下で、シトリーたち6人は車座になっていた。 「まあ、証拠湮滅といったところだね」 「証拠湮滅?」 「うん。ああして、僕たち、特にアンナに関する記憶を消しておけば、あいつらが捕まっても僕たちとのことがばれる可能性は低い。こういう時は、中途半端にコントロール下に置いておくよりも、完全にこちらの手から切り離した方がいい。どのみち、村人があの女の指導のもとで邪教として活動すれば、それだけで陽動になる。だったら、僕たちがいた痕跡を残すよりも、ああした方がいいんだ」 「ふーん、そんなもんなんだ」 「ああ。そういうものだよ。それよりも、アンナ」 「え?は、はい?」 シトリーが、不意にアンナの方を向く。 「都に着くまでにいくつか聞いておきたいことがあるんだけどね。まず、君のいた組織についてだけど、都の大司教は確か男だったね?」 「ええ、そうです」 「まあ、たいていそういうのは、くたばりかけの爺さんか脂ぎった中年男ってのが相場なんだけど?」 「ええと、前者、ですね」 シトリーの問いに、素直に答えていくアンナ。 その格好は、キエーザの村で着ていた踊り子のような薄い布だけのものではなく、かつての、教会の司祭衣に着替えていた。 「なるほどね。で、教会の幹部は男ばかりなのか?」 「6人いる高位の聖職者のうち、5人は男ですが」 「すると、あとひとりは女なんだな?」 「はい」 「まあ、シトリーは男には興味ないもんね」 アンナとシトリーの会話に、エミリアが茶々を入れてくる。 「いや、そんなことはない。邪魔な男はどうやって消すかには興味があるぞ。足下をすくって追放するのがいいのか、それとも殺すのがいいか」 冷淡な笑みを浮かべながら、楽しそうに指を二本立てるシトリー。 「それで、殺すんだったら、陥れて処刑されるのをじっくり眺めるのもいいし、信じていた相手に裏切られた絶望感を感じさせながら殺すのもいいしな……」 「もういい!もういいって!もうわかったから!」 猫耳をペタンと寝かせてエミリアがあっさり引き下がると、シトリーは何事もなかったかのようにアンナとの話を続ける。 「そうか。じゃ、話を戻すぞ。アンナ」 「はい。その、ただひとりの女性幹部、シンシア様は、高い学識と識見が夙に知られていて、私も教会に入ってからずっとシンシア様の教えを受けていました」 「なんか、話を聞く分には、その女、かなり年がいってそうだけど」 「いいえ。シンシア様は今年でまだ32歳のはずです」 「その年齢で教会の幹部とは、よほどできる女なんだな」 「ええ、シンシア様は聖職者として修行してきただけではなく、広く学問を修め、今の女王陛下の教育係をしていたこともあります。それだけではなく、公明正大で曲がったことが嫌いな人柄でもあります。しかし、堅い雰囲気は全くなくて、私たちにとっては優しいお姉様みたいな存在でした。教会では、シンシア様は女性聖職者を監督する立場にあり、また、医療の心得もあるので、教会の付属診療所の責任者でもあります」 教会の狙い目はその女だな。 シトリーは、アンナの話を聞きながらどうやってそのシンシアとかいう幹部につけ入るか考えを巡らせる。 「さっき、お前はシンシアの指導を受けていたといっていたが、今でも親しいのか?」 「もちろんです。私は、教会に入った時からシンシア様の指導を受けていましたし、ずっとシンシア様の指導を受けてきた女性聖職者の中で最初に司祭に叙せられたので、今でも私に目をかけてくれています」 うん、決まりだ。その女はアンナに任せよう。 「よし。ありがとう、アンナ。参考になったよ。で、次は、エルフリーデ」 「な、なんだ?」 「王国騎士団長も男だったな」 「ああ、そうだ。騎士団長のマクシミリアン様は、人となりは豪放磊落。ひとたび剣を抜けば並ぶ者なき勇者で、まさに当代一の豪傑とでもいうべき人だ。また、誰とでも分け隔てなく接する方で、配下の騎士からの信頼も厚い」 「ふん。まあ、お飾りでもない限り、騎士団長なんだからある程度は強いんだろうけどね。そう言えば、騎士団長はお前のことを買っていると言っていたな。それは、お前のことを女として気に入っているということか?」 「ちっ、違う!マクシミリアン様は私の騎士としての実力を評価して下さっているのだ。それに、マクシミリアン様にはフィアンセがいらっしゃる」 「ほう、それは?」 「フレデガンド様。昨年まで王国騎士団の副長をしておられた方だ。今は親衛隊長をしていらっしゃる」 「親衛隊長?」 「ああ。女王陛下を警護するために。フレデガンド様は、その美しさといい、強さといい、われわれ女性騎士の憧れだ。今は、親衛隊長として王宮詰めだが、マクシミリアン様と肩を並べて戦うのは、本来あの方の役目だ」 なるほど、騎士団長の恋人の腕利きの女騎士ね。 男の方はどうでもいいが、女の方は役に立ちそうだ。 まあ、とりあえず騎士団には邪教討伐に行ってもらわなければならないから、ここに手を出すのはその後か。 シトリーは、ふたりの話を聞きながら段取りを組み立てていく。 「ところで、お前ら、魔導院について知っていることがあったら、なんでもいいから話してくれ。とりあえず、今の魔導長は女という話だが」 「はい。魔導長のピュラ様は間違いなくこの国最高の魔導師です」 まず、口を開いたのはアンナだ。 「そいつの歳は?」 「わかりません。見た目には30代半ばから40くらいに見えますけど、ピュラ様の実際の年齢は誰も知らないのではないでしょうか」 ……まあ、見た目が婆さんよりかは全然ましだな。 そんなことを考えながらシトリーはアンナを促す。 「それで、その魔導長の得意な魔法は?」 「それは、詳しくはわかりませんが、魔法王国と呼ばれるヘルウェティアの魔導長ですから、あらゆる魔法に精通しているのではないでしょうか」 「この国には、他では残っていない古い魔法がいくつか残っているというけど?」 「申し訳ありません。詳しいことはなにも。ただ、都に大規模な結界を張っているのはピュラ様だと聞いたことがあります」 「結界だと?」 「はい、ヘルウェティアの都であるフローレンスには、邪悪な者を入れないために町を覆う結界が張ってあるという話です」 町全体を覆う結界か……。 実際に見てみないとどうとも言えないが、結構やっかいな代物だな。その結界を打ち消すか無効化しないと、都の中には入れないってことか。 「まあいい。それで、魔導長について他に知っていることはないか?」 「私は何度かピュラ様の警護の任務に就いたことがある。それまでは、気難しい方だと想像していたのだが、優しい方で、私のような者にも気さくに声をかけて下さった」 今度はエルフリーデが口を開く。 「そういえば、動物たちを可愛がられておられるという話です。私も、ピュラ様が小鳥や子猫を愛でておられる姿をお見かけしたことが何度かあります」 と、アンナもそれに同調する。 「お前らな、もう少し役に立ちそうな話はないのか?」 「はいはい〜!子猫を可愛がるんなら、私なんかどう?」 いきなり、その猫耳をピクピク動かしながらエミリアが手を挙げる。 「お前は子猫と言うには規格外だろ」 「ええーっ!!」 「だから、話に茶々を入れんでくれ。ん?いや、まてよ」 エミリアの能力は変身。 自分の姿を好きなように変えることができ、それだけでなく、他人の姿も変化させることができる。ただ、自分が変身する時とは違って他人を変身させる時にはその容姿や性別を変える程度で、エミリア自身が変身する時みたいに別な生物に変身させるようなことはできないのだが。 ことに、普段のその容姿からも窺えるようにエミリアは猫に変身するのが得意だ。さらには、多少なら猫やその仲間の動物を操ることもできたはずだった。 だから、エミリア自身が実際に子猫に変身することはできるが、それだけではどうにもならない。せいぜい、偵察用が関の山だ。ましてや、エミリアの性格だと、あまり細かい任務を任せるのは不安だし。 シトリーが、自分の姿を猫か何かに変えて魔導長に近づくことができればいいのだが、エミリアの能力ではそれができない。 「ああ、やっぱりだめだ」 「なにひとりで自己完結してるの、シトリー?」 「いや、こっちの話だって」 やっぱり、魔導長をいきなりどうこうするのは避けて、その下から堕としていくか。 「じゃあ、アンナでもエルフリーデでもいいが、魔導長の次に実力のある魔導師は誰かわかるか?」 「あ、それは」 「やはり」 シトリーに質問されたふたりが互いに目配せし合う。 「なんだ、心当たりがあるんじゃないのか?」 「それはやっぱり、女王陛下であらせられるクラウディア様ではないでしょうか」 「な、なんだと?」 アンナのその言葉に、さすがのシトリーも少し驚く。 「ええ。クラウディア様は、ピュラ様の高弟で、幼いときからその才能を謳われた天才魔導師です」 「いや、幼いときからって言っても、女王って、確かまだ」 「はい。今年で17になるはずです。クラウディア様は、ゆくゆくは魔法王国ヘルウェティアの女王の名に恥じない大魔法使いになることでしょう」 なんてこった。事前に下調べはしたはずなのに、後から後から課題が出てきやがる。 これは、都に着くまでの間にだいぶ計画を修正しないといけないな。 「うん、まあ、女王のことはいい。他に、魔導院で実力者は?」 「それは、ヘルウェティアには実力のある魔導師など掃いて捨てるほどいるが」 「そうね、でも、リディアちゃんはピュラ様の信任がかなり厚いはずよ」 「その、リディアというのは?」 「クラウディア様と同い年の女の子です。やはり、ピュラ様の高弟で、クラウディア様とともに、幼い頃からその天才ぶりを知られていました。シンシア様のところに学問を学びに来ていましたので、私は彼女のことをよく知っています。魔導師らしくないというか、一本気な性格の可愛らしい子で、ピュラ様のことを心底慕っているのが窺えて微笑ましかったです」 「よく知っているということは、得意な魔法とかも知っているのか?」 「ええ。確か彼女は幻術が得意で、その分野では魔導院でも随一だとのことです」 「そうか」 まあ、実力のある魔導師が女ばかりなのは幸いと言うべきか? とにかく、とりあえずはそのアンナと旧知の女魔導師に狙いを絞って作戦を立てるか はあ、この分だと、都に着くまでの間に考えておかなくてはならないことが山積じゃないか。 まずは、結界をどうするかだ。これは、都に着くまでには対策を考えて置かなくてはいけないな。 ふむ、それにしても、魔力のある者に反応する結界なら都にいる魔導師にも反応するはずだ。 仮に、邪気や悪意に反応するものだとしても、神聖魔法ならともかく、多くの魔法は邪悪や混沌の要素を含んでいる。 なら、その結界は魔法には反応しないのか?いや、それでも召喚魔法で魔獣などを呼び出せば反応してしまうに違いない。 魔導院のエリアだけ結界の対象外としているという可能性もあるが、なにせ、魔法王国と呼ばれるところだ。魔導師のいる場所が魔導院だけとは限らないだろう。だいいち、そうやって穴をつくってしまったら結界の意味がなくなる。 だとすると、魔力や邪気を完全に遮断するタイプの結界ではないんだろうな。 あと考えられるのは、反応する魔力や邪気のレベルの下限が設定されている可能性か……。 「あの、シトリー様?」 「黙りこくってどうしちゃったの、シトリー?」 気付けば、全員が不安げにシトリーの方を見ていた。 どうやら、よほど長い時間考え込んでいたらしい。 「ああ、ちょっとな。今の情報を整理していたんだ」 「それで、考えはまとまりましたか、シトリー様?」 「うん、まあ、だいたいはな」 まだ少し思案しながらシトリーは、エミリア、ニーナ、メリッサの順に顔を見回す。 「そうか、妖魔を召喚できる奴はいないか。仕方ないな、ニーナ」 「はい?」 「ちょっと魔界に行ってインプを何匹か調達してきてくれ」 「え?それは構わないですけど?」 「とりあえず、都の近くで落ち合おう。お前なら僕たちの気を感知して合流できるはずだな」 「ええ。それはもちろん。夜だったらアンナちゃんの夢の気配でもわかりますし」 「じゃあ、とりあえず急ぎで頼む」 「はい、かしこまりました〜。じゃ、魔界への道を開けるから外に出してちょうだい、メリッサ」 「はいはい」 シトリーに軽く一礼すると、ニーナはメリッサが開けた出口から外に出ていく。 「まあ、とりあえず今できるのはこれくらいだな。じゃあ、今日はこれで休むとするか」 「ふふっ、じゃあ早速」 思案が一段落したとみて、エミリアがシトリーに体をすり寄せてくる。 「何をやってるんだ、エミリア?」 「むふふふ〜!だから、これからがお楽しみの時間でしょ」 目尻を下げて、体を押しつけてくるエミリア。 「そんなこと言ったか?」 「まさか、本当にこのまま休むんじゃないんでしょうね!?」 「と、言ったら」 「何言ってんのよ、今日はチャンスなんだから!」 「チャンス?」 「ニーナがいなくて、ひとり少ない分美味しい思いができるでしょ!」 「アホ」 「アホってなによっ!下僕を飼っておくんだったら、それなりのエサはちょうだいよねっ!」 「だから、普通は下僕が自分からそんなこと言うかっての」 そこまで言ったところで、シトリーは、自分に注がれているメリッサとアンナの熱い視線に気付く。 まあ、それを主人に向かって口にするかどうかはともかく、確かにエミリアの言い分ももっともだな。 手駒として使うだけではなくて、そういうために下僕にしているのも事実だし。 それに。 シトリーは、ひとりだけ視線を逸らすように下を向いているエルフリーデの方を見遣る。 とりあえずはこいつを除け者にして、見せつけてやるってのも面白そうだしな。 「ねっ、シトリーったら!」 「しょうがないな。ほら、お前たちもこっちに来い」 「やたっ!」 「かしこまりました」 「はい、シトリー様」 エミリアが、がばっとシトリーに抱きつき、メリッサとアンナも艶めかしい笑みを浮かべながら這い寄ってくる。 一瞬、エルフリーデがはっとした表情で顔を上げたが、すぐにまた唇を噛んで俯き、膝を抱えた。 それを見てシトリーは、ふっ、と軽く鼻を鳴らすとエミリアのあごを持ち上げ、その唇を吸う。 「んんっ、んっ、んふっ、ぷはぁ。やん、シトリーったら、なんだかんだ言って結構その気じゃん」 「どうせやるなら何事もとことんやるのが僕の主義だからね」 そう答えながら、その手がエミリアの股間に伸びていく。 「あっ!やんっ、いきなりそんなとこっ!もう、シトリーのえっち!」 「お前は、いやらしいことをして欲しいのかして欲しくないのかどっちなんだ?」 「いや、こういう時はそう言った方が気分が出るでしょ。って、ひっ、ひゃああああんっ!」 「お前な、自分の敏感なところが僕に反応しやすくなってるのわかって言ってる?」 「いああああああっ!そっ、そこっ、感じちゃううっ!」 シトリーが、その肉芽を指先で挟むと、エミリアは、涎を垂らし、尻尾をピクピク震わせながら派手に悶える。 「もう、シトリー様ぁ、エミリアさんとふたりだけの世界に入らないで下さい」 「そうですよ、シトリー様」 エミリアを愛撫しながら軽口を叩いているシトリーに、服を脱いだアンナとメリッサが絡みついてくる。 「くあああああっ!大きいっ、シトリーのが凄いのっ!」 「あふ、ん、シトリーさまぁ」 「ん、んふ、ちゅ。んんっ!」 やがて、その、草と木でできた野営の中に、3人の女の艶めかしい声が響き始める。 それから、どのくらい時間が経っただろうか。 「はううっ、ああっ!シトリー様っ!」 股をいっぱいに開き、肉棒を奥深くまで飲み込んだメリッサが、シトリーの体を掻き抱きながら切なげに喘ぐ。 そのふたりにアンナとエミリアが体を絡みつかせ、思い思いに舌と指を這わせている。 だが、その快楽の宴からひとり外れて、膝を抱えて蹲っているエルフリーデ。 視線を下に落とし、関心がない風を装ってはいるが、時々、もぞもぞと足を動かしている。 その時、誰かが近づいてきた気配を感じて顔を上げると、自分の方を覗き込んでいるエミリアと目が合った。 「ねえねえ、エルちんも一緒にえっちしようよ!」 「おっ、おかしな呼び方をするな!そもそも、私はお前にエルと呼ばれる筋合いなどない!」 「きゃっ、エルちんったら怖〜い!」 「だから!」 「ほらほら、怒るのもそれくらいにして、エルもこっちにいらっしゃい」 シトリーにしがみついて腰をくねらせているメリッサの背後から、その長い髪をいじり、耳を舐めていたアンナが声をかけてきた。 「アンナ……。う、うん」 その言葉に素直に頷くと、エルフリーデはシトリーの側に寄っていく。 「んもう、アンナちゃんの言うことは素直に聞くのね」 「当然だ。私がお前たちと一緒にいるのはアンナがここにいるからなのだからな」 エミリアの言葉にいちいちムキになって答えるエルフリーデ。 「ほら、そんなことしていないでこっちに来て、エル」 「え、う、うん。きゃっ!」 「もう、こんなに濡らしているじゃないの」 腕を取って抱き寄せ、アンナが触れたその秘所は、それとわかるくらいしとどに濡れていた。 「うっ、そ、それはっ」 「そう、エルもここを満たして欲しかったのね。でも、そうしてくれる方はここにはひとりしかいないのよ」 「えっ、アンナ?」 エルフリーデの体を後ろから抱きかかえるアンナ。 そして、その目の前にはシトリーの肉棒が。 「ふふっ、そんなに僕のものが欲しかったのかい?」 「いやっ、そんなことはっ」 「じゃあ、お前のここから溢れてきているものはなんなんだ?」 シトリーが両手でエルフリーデの股を広げると、その裂け目からトロトロと蜜が流れ出してくる。 「こ、これはっ、そのっ」 「これは。すごいな。もう準備万端じゃないか」 「はうううっ!」 その中に、からかうように指を突っ込んで弄り回すシトリー。それだけで、エルフリーデは体を大きく跳ねさせる。 しばらくそうやって弄ぶと、シトリーはやにわにその裂け目に自分の肉棒を押し当てる。 「はうっ、いあああああっ!」 肉棒が裂け目の中に沈んでいくと、後ろからアンナに羽交い締めにされたまま、エルフリーデの体が弓のように反る。 「ふ、気持ちよさそうだな。やっぱり体は正直っていうことか?」 「そっ、そんなっ!あんっ!」 「そんなに僕の下僕になりたかったのか?」 「ちっ、違うっ!私はお前の下僕になりたくなんかっ!くっ、くううっ!」 頬を真っ赤に紅潮させ、瞳を潤ませながら、意固地になってシトリーの言葉を否定するのもいつも通りだ。 「ああもう、エルちんったら、そんな可愛らしい顔して喘いじゃって」 「ふあああっ!だっ、だからっ、そんな呼び方をするなっ!」 「でも、本当に気持ちよさそうですよ、エルフリーデさん」 「いやっ、これはっ!ああああっ!」 肉棒を挿れられながら、寄ってきたエミリアとメリッサに思い思いに体を弄られているエルフリーデ。 その体を後ろから抱きかかえ、無言のまま微笑んでいるアンナ。 「あああっ、そんなに深くっ!」 シトリーが力強く肉棒を打ち込むと、その体がまた大きく反り返る。 まあ、都に着くまではしばらくこいつをからかって遊ぶか。 後々のことを考えるとこいつにももう少し精を放っておく必要もあるしな。 そんなことを考えながら、固定された体をよじらせるようにして喘ぐエルフリーデに向かってシトリーは抽挿を繰り返し続けた。 数日後、夜。 「お待たせしました〜、シトリー様。注文の品持ってきました〜!」 「お、早かったな、ニーナ。そんなに待たなかったぞ」 「それはもう、シトリー様のご命令ですもの。大急ぎで行ってきましたよ〜」 ここは、ヘルウェティアの都、フローレンスをすぐ近くに見下ろす丘の上。 シトリーたち一行がそこに到着してからほぼ半日後に、魔界に戻っていたニーナが合流してきた。 「へえ〜、あれがフローレンスの町ですか」 「ああ、そうだ」 「確かに、この距離でもものすごい魔力をビリビリ感じますね」 ニーナの言葉にエミリアとメリッサも頷く。 彼女の言う通り、シトリーたち悪魔には、この距離からでも強力な結界が張られているのを感じることができる。 いや、むしろ彼らが力のある悪魔だからこそ、と言った方がいいかもしれない。 あれは、一種の抑止力だな。 実際にその結界を間近に見て、シトリーは確信する。 ただでさえ魔法王国の名前が轟いているところに、この結界を見せつけられては、魔や闇、混沌に属する者はそうおいそれとは手を出せない。 だから、この結界を張った目的は、それによって外敵の侵入を阻むことよりも、その存在を見せつけて手を引かせることの方が主眼なのだろう。 しかし、こんな強力な結界がもし、魔に関わる者を完全に排除するものなら、その中では魔導師すら活動できなくなるはずだ。この結界には、きっと何かからくりがある。 「どうだ、ニーナ。ここから町の人間の夢の気配を感じ取れるか?」 「ええ。感じられますね。なんか、結界が張ってある割には、すぐに夢の中に入れそうな感じですけど」 「だとすると、やっぱり外部と内部を完全に遮断するタイプじゃないな」 「じゃあ、私たちも入れるってこと、シトリー?」 「いや。たぶん僕たちは無理だろう」 「どういうことですか、シトリー様?」 「その前に、確認作業だ」 訳が分からないといった風に首を傾げているエミリアとメリッサの前で、シトリーはニーナが魔界から連れてきたインプに対して力を使い、完全に支配下に置いた。 そして、それを町の方に飛んで行かせる。 だが、結界の中に入ってもインプには何も起こらない。 「あらら?あんなに強力な結界なのに?」 不思議そうに目を丸くするエミリア。 「やっぱり、僕の予想通りだ」 「え?なになに?どういうことなの、シトリー?」 「あの結界は、言ってみれば目の大きなザルみたいなものだ。あの結界に引っ掛かるのは、かなり大きな魔力、邪気を持った者だけってことだな。つまり、あの程度の魔物には反応しないってことだ。だいいち、考えてもみろ、魔や闇に属する者を消したり中に入れないタイプの結界だったら、あの中で魔法を使ったりする度に反応するから魔導師も存在できない。特に、召喚魔法なんかもってのほかだ」 「ふんふん、なるほど〜」 都の結界の中を飛び交っているインプたちを眺めながら、エミリアはうんうんと大きく頷く。 「うん、これだけの時間が経っても何もないということは、センサータイプの結界でもないんだろうな。おそらく、あの結界は僕らみたいな上級悪魔クラスや、少なくとも中級悪魔クラス以上の者を対象にしてるんだろう。言いかえれば、あの結界に引っ掛からない程度の者なら、侵入を許しても簡単に対処できるってことだ」 「でも、それでしたら私たちは?」 メリッサが、不安げにシトリーを見る。 「うん、あれだけ強力な結界だ。消されてしまうか、体を縛られるか、そもそも中に入れないか。入った瞬間、魔導院に感づかれて総攻撃を受けるって可能性もあるな」 そう。結局のところ、シトリーたちにとってあの結界は脅し以前に、結界として機能してしまうことに変わりはない。 結果的に、あの中には入れないということだ。 「さて、どうしたものかな」 シトリーは腕を組んで考え込む。 一番妥当なのは、今手許にある人間ふたりを先行させることだが……。 エルフリーデはまだ駒として単独で動かすには不安があるし、アンナも、力を使った時にはたして感づかれないかどうかはシトリーにも自信がない。 「じゃ、やっぱりあたしの出番だね!」 そう言ってエミリアが身を翻すと、一匹の黒猫の姿になる。 「て、おい、エミリア?」 「あたしは、姿を変えられるだけじゃなくて、魔力にリミッターをかけて制御できるの知ってるでしょ。少なくとも、あのインプくんたち程度にまで魔力を抑えれば中で行動できるし。完全に魔力を抑えてしまえば、ただの猫と一緒なんだよ、だから気付かれないって」 「そりゃ、お前の能力のことは知ってるけど、魔力を低く抑えた状態で何ができるんだよ?」 「もしかしたら、猫好きの魔導長さんに気に入られて、何か突破口ができるかもしれないよ〜」 魔導長のピュラが動物好きだという情報以外に何の根拠もないが、エミリアは気楽そうにそう言い放つ。 「頼むから無茶はせんでくれ。ここでばれたら元も子もない」 「でも、いつまでもここでボーっとしてるわけにもいかないでしょ!」 そう言うと、黒猫姿のエミリアは都の方に駆けていく。 「おい!こら、待て!」 「大丈夫だって!もうちょっとあたしの力を信用しなよ〜」 シトリーの制止も聞かず、エミリアはそのままどんどん城壁に近づいていく。 「おいっ!絶対に無理はするな!情報収集程度にしておくんだぞ!」 その声が届いているのかいないのか、エミリアは巧みに足場を見つけながら軽やかに城壁を駆け上がる。 いや、信用できないのはお前の力の方じゃなくて性格なんだけどな。 黒猫が城壁を越えたあたりを見つめながら、シトリーはくしゃくしゃと頭を掻く。 まあ、あいつも普段馬鹿やってるのはほとんどが確信犯だし、本当はそんなに馬鹿じゃないか。 まだ、一抹の不安が残るがシトリーはそう考え直すことにする。 もう、だいぶ夜も更けようとしていた。
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