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[17080] 【ネタ】フリーターと写本の仲間達のリリックな日々【リリなの×オリ】
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/06 22:02

初めまして。スピークです。
当作品は魔法少女リリカルなのはにオリジナル主人公と独自設定の介入です。
見切り発進ではないですが、いろいろ矛盾があるかもしれません。

その他、注意書きとして───


・男主人公

・無印途中から開始

・非シリアス

・戦闘描写少なし


駄文ですが、よろしければ見てやってください。





[17080] ゼロ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/06 22:04


それは、当時俺がまだ小学校低学年、歳で言う9歳の頃だった。

日々、楽しく友達と遊びまわり、悩みや嫌なことと言えば学校から出された宿題といった程度のもので、一日一日を何の憂いもなく過ごしていた。

その日は連休だった。その連休中は家族と旅行に行く予定で、その休みの始まる前日から俺は期待に胸を膨らませていた。子供らしく、あまり寝付けなかったのを覚えている。
だが、結局旅行は中止となった。親の勤めている会社でトラブルがあったらしく、急遽両親は休日出勤を命じられたためだ。
もちろん、俺はひどく落胆した。行くな、とわがままを言っていたような気もする。だた、頭の片隅では「無理なものは無理だろう」と、子供なりにきちんと理解はしていた。事実、無理だった。

予定がなくなった俺は、両親が会社へと向かったすぐ後、一人公園へと向かった。そこはもっぱら俺が友達とよく遊ぶ場所で、そこならこの沈んだ気持ちも晴れるだろうと思ったからだ。
公園にはブランコやジャングルジムや砂場、また誰かが忘れて帰ったのだろうサッカーボールがあった。しかし、そこに友達はおろか人一人いない。
世は連休の始まりの最初の日。朝から公園に向かう奴などいない。皆、家族で出かけるか、まだ家で寝ているのだろう。

俺は世界に一人取り残されたような感覚になり、1分も経たず公園を後にした。

しかしながら、だからといって他に行く当てなどない。
俺の行動範囲は今の公園と学校と家。
休日、学校に行くと言う選択肢はなし、その考えすら浮かばない。家に戻っても、取り残されたという感じが余計大きくなるだけ。

俺は歩いた。どこへとは決めず、何かを求めるつもりもなく、歩いた。反面、何分かおきに誰かが周りにいるか確認していたので、きっと自分以外の人が居る場所を求め、歩き続けていたのだろう。
歩いて、人通りの多い道に出て、それでもまだ足りず人混みの中に入るように歩き。

どれくらい歩いただろう。数分か、数時間か、明確な時間は覚えていないが、所詮子供の足だ。遠くまでいける事も、長時間歩く事も叶う筈がない。
町内の中で人通りに多いところをぐるぐると歩き回っていただけだと思う。

俺は空しさを感じ始め、足にも疲れが見え始めたので、もう家に帰ってふて寝でもしようかと思い始めた───その時。

ふと、目が一つの建物に釘付けとなった。

それは何処にでもある平凡普通な木造建築の建物。取り分け、何か目を引く所もない。
入り口の脇に字の書かれた立て看板が置いてあるので、そこは何かしらのお店だろう事は察せたが、それだけ。何を取り扱っているのかも外からでは分からない。

普通なら滅多に誰もが目に留めないだろうお店。その証拠に、自分以外の道行く人々は一瞥もしていない。まるでそんなところには何もないように。
だと言うのに、俺はいつの間にかそのお店の門をくぐっていた。何故かは分からないが、入らなければならないような、ある種の強制力のようなものが襲ったからだ。
理由は不明だし、その強制力云々自体がただの勘違いかもしれないが、もうお店の中に入ったので今更すぐには出れない。

果たして、お店は何屋でもなかった。強いて言うなら『なんでも屋』。
用途不明の機械。日用雑貨。宝石のような珠の数々。あまり見慣れない形の家具。

もしかしたらお店ですらないのかもしれない。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」


そんな声と共に、大きなテーブルの向こうから一人の男性が出てきた。

知的な眼鏡が印象の、20代後半から30代前半の男性。服装は一見してバーテンダーだが、部屋の中にお酒の類は見えないので、まさかここバーというわけではないはず。


「なにがご入用ですか?」


その男性の言い方から、やはりここは何かを取り扱っているお店なのだというのは分かった。
しかし、俺は言葉を返せなかった。それは特に要る物もないし、ましてやここには目的があって入った訳でもないからだ。

男性に「ここはなんのお店なんですか?」と、そう返すのがやっとだった。


「ここですか?ここは、あなたの求めるものがあるお店です」


そんな訳も分からない言われ方をされれば、9歳児の俺としては漠然と『はあ、そうですか』と頷くしかない。
いや、今言われてもきっとそう返すだろう。


「しかし…う~ん、妙ですね。君くらいの年齢でここに入れるなんて。何かすっごい欲しいものでもあるんですか?」


そう言われ、頭の中に浮かぶのは子供として当然の物。玩具などの遊戯物だった。


「玩具ですか?う~ん、ない事もないですが……さて」


何故か困った様子の店員(もしくは店主)。
俺はそんな店員をよそに店内を見回す。

本当に色々なものが置いてある。理科室なんかでよく見るフラスコやビーカー、服屋なんかでよく見るマネキン、その他動物の剥製や数台のテレビなどなど、この店は本当に一貫性がない。

そんな中、先ほど男性がいたテーブルの向こう側。そのさらに奥に一つのガラスケースが置いてあった。
そしてその中に何か入っている。目を凝らしてみれば、それは───一冊の本。

別段俺は読書かではないし、純粋に興味を引かれたというわけでもないのに、足は自然とそちらに向かっていた。
操られているように一歩を踏み出す足は我ながら何とも不気味であったが、何故か止まれとは思わなかった。

程なく、ガラスケースから30センチも離れていない位置で足が止まった。
さきほどは遠目だったため、それがただの本だとしか分からないかったが、近くで見たらそれは何とも異様な本だった。

電話帳なみの大きな本で、全体的にどこか古めかしい。だが、とても綺麗に装飾が施されており、特に表紙のど真ん中で自己主張している剣十字が存在感抜群だ。


「良い本でしょう?」


いつの間にか俺の背後に立っていた男性がそう言った。

続けて。


「それはですね、魔法の本なんですよ」


その男性の言葉に俺は笑った。同時に呆れた。いい大人が魔法などと、いくら相手が子供だからってそれはないだろう。そう思った。

しかし、男性はこちらが呆れているのも承知の上でまだ続けた。


「正確には魔法の本の写本なんですが。写本って分かります?ええっと、いわゆるコピー品というやつですね。私が正本を写したんですが、中身はほぼ同じです。まあ、私なりに付け足した所もありますがね」


そう言われ、俺は感心した。『魔法の本と偽るがために、ただの本一つにそんな設定をつけるなんて』と。我ながら素直に物事を捉えない奴だった。

男性は此方の胸中を分かっているのか、いないのか、判断のつかない笑みを浮かべ、しかし、次の瞬間には真剣な顔を見せた。


「しかし驚きましたね。まさか、君がここに何かを求めて入ったわけじゃなく、この子が君を求めてここに入れたとは」


また何か訳の分からん事言ってるよ、と思いながらも口には出さず。
そして男性は無造作にガラスケースを持ち上げ、中の古本を取り出した。次いで、その本を俺の前に差し出してきた。


「はい、どうぞ」


当然とばかりに男性が本を出してきたので、俺も自然と手を出し取ってしまった。その後、俺は適当にパラパラと中身を見て返そうとしたが何故か断られた。


「それ、上げます。もう既にその子があなたを持ち主と決めちゃったみたいですから」


本を『この子』呼ばわりするのはいいとして、持ち主をこの本が決めるというのは本気で言ったのだろうかう?これ、無機物なんだけど?

胸中でそんな事を思いながら、取り合えず俺は「お金を持ってません」と言った。


「いいですよ。もともと商売でここをやってるわけじゃありませんからね。お金なんていりません」


本当にいいのだろうかと思いながらも、俺は「そうですか」と曖昧な調子で頷いた。
貰えるなら、何でも貰うのが俺の小さい頃からの性分だった。

結局、俺はその古本を一つ貰って店を出た。


「またお会いしましょう」


そんな言葉が聞こえ、後ろを振り返ってみたが、扉はもう閉まっていた。
俺は立て看板に書いてある店名を一瞥すると、その場を後にした。

────翌日、店は姿を消していた。









次にその店を見つけたのが、俺が高校の修学旅行で京都に行った時だった。

古い町並みの中を友達と自由時間を使い散策していた時、偶然にも発見。俺は少し驚きつつも、友達に断りを入れ、一人店の中へと入った。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか。いらっしゃい」


そんな数年前とまったく同じ言葉と共に、あの男性が姿を見せた。その姿も数年前とまったく同じで、まるで歳を取ったように見えなかった。また、店内の様子もまったく変わりなく何屋か分からない。

何もかもが変わっていなかった。


「おやおや?誰かと思えば、君はいつぞやの。本は大事にされてますか?」


そう言うと男性は笑顔になり、片や俺はとても驚いた。

男性はともかく、俺は成長期を経てあの頃とはかなり見た目が違う。また、俺がこの店に入るのはまだ2度目。それなのに初見で俺と気づくなんて。

この店は客がほとんど来ないのだろうな、と思った。


「今日は何かご入用……と言うわけではなさそうですね。だと言うのにまたこの店を見つけるとは、よほど縁があるらしい。今は修学旅行中ですか?」


また訳の分からない言い回しが混じったが、俺は最後の言葉にだけ頷き返す。


「やはりそうでしたか。いやはや、初めて会ったときはあんなに小さかったのに。時の流れと言うのは、本当に不思議ですね」


感慨深げに一人頷く男性。


「ところであの魔法の本の事ですが……」


そう言いながら、男性はこちらを観察するような目で見る。

なんだろう、気持ち悪い人だな。失礼ながらそう思った。


「ふむ、どうやらまだ目覚めてはいないようですね。まあ、それはそれでいいでしょう」


一人何かを納得しているようだが、それが俺に関係しているだろう事は明白なので、出来れば俺にもその内容を教えて欲しい。

そう目で訴えてみたが、曖昧に笑って誤魔化された。


「なに。いずれ、もしその時が来たら分かりますよ。運命とは時に残酷でもありますが、君なら大丈夫。なんせあの子が選んだ主ですから」


ここまで要領の得ない、というより訳の分からないことを言われたらもう笑うしかない。

それから男性はまた少し取りとめのなく、訳の分からないことを話していたが最後に。


「また君に会えて嬉しかったですよ。修学旅行、楽しんでくださいね。では、いずれ、またお会いしましょう」


そして俺は店から出て、近くのお寺にいるであろう友達と合流すべく足を進めた。
最後にもう一度だけ振り返ってみれば、やはりそこには数年前と変わらず入り口の脇に立て看板。
そこに書かれてある文字も変わらない事から、店名もそのままなのだろう。

俺はなんでも屋(?)『アルハザード』を後にした。








そして現在。俺は22歳となり、2流大学を卒業。しがない…本当にしがないフリーター生活を送っている。

あの京都以降、例の店『アルハザード』は一度も見ていない。まあ、もう本当に用なんてないので、次見つけても果たして入るかどうかは分からないが。

そしてあの、男性曰く『魔法の本の写本』だが、未だに俺は持っている。持ってはいるが、多分、かなりホコリを被っていることだろう。
それもその筈。俺はあの本をまったく読んでいないのだから。理由は字が読めないからという、単純なもの。
日本語でも英語でも中国語でもフランス語でもイタリア語でもない、変な文字書かれた本。少しドイツ語に似てはいるが、経済学部卒のフリーターに翻訳できるわけがない。
よって、今は誰に読まれる事もなく棚の奥で眠っている。

さて、そんな就職も出来ず、日々をアルバイトのお金だけで過ごしている俺。鈴木 隼(すずき はやぶさ)。
平均的な一般人の人生の、少し下の人生を歩んでいるであろう自分だが、別に不満はない。将来が少し不安だが、現状には不満はない。

家賃3万5千のボロアパートで、時給1200円のパチンコ店員のバイト。空いた時間で職探し。時たま居酒屋に飲みに行く。
典型的なフリーターの生活だと思う。
これがずっと続いて欲しいとはいくらなんでも思わないが、今のこんな生活が心地よいのも事実。だから、もう少しだけ続いて欲しいと思ったし、続けるつもりでもあったのだ。こんな平凡な生活を。

────だと言うのに。


「大丈夫ですか?我が主」


只今、俺は見知らぬ女性にお姫様抱っこされるなんて行為を体験中だ。しかも、そんな見知らぬ奴が俺を囲むように、まだ4人もいる。さらに、周りを見渡せば何か知らんが街中木の根っこだらけ。

ハァ、もう訳分かんねーんだが?



[17080] イチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/20 20:56

本日は日曜日。
世間は休日で、俺もバイトのシフトが入っておらず一日休みだった。こんな日は本来なら職安に行くか、バイト先のパチンコ店に戦いに行くかするのだが、今日の俺は何を思ったのか家で読書。
朝10時に起き、近くのパン屋で大量購入しておいたパンの耳を朝食にし、11時頃から読み出したのだった。
小難しい本を読んでいるわけじゃない。主に漫画本、たまに就職についての教本をパラパラめくる程度。

そんな調子で時間を潰していたが、肩の凝りや目の疲れを感じた始めた午後2時頃に読書終了。
それから遅い昼飯を取り(パンの耳の卵とじ)、そのあとは……ああ、そうだ。何を思い立ってか掃除を始めたのだ。掃除機かけて、窓拭いて、溜まっていた洗い物を片付けて───そこで見つけたんだ。あのアルハザードとかいう店の人に貰った古本を。

本棚の中ではなく、その上に無造作に置いてあったそれ。尋常じゃないほどのホコリを被っている。
俺はぱんぱんと叩き、そのホコリを取ると、そこにはあの自己主張全開の剣十字が見て取れた。ただタバコのヤニによるせいか、全体的に黄色くなってしまっていた。

俺はタオルをぬらし、よく絞った後本の拭いた。見る見る内にタオルは汚れ、片や本は面白いように綺麗になった。まるで古本に見えない。

俺は綺麗になった古本を棚の中に戻す───ことはなく、それを鞄にいれた。また、もう読まなくなった漫画本も数冊入れていく。
向かう先は古本屋。売りに行こう。そう思った。
どうせ置いてても読まない本だし、本棚もすっきりする。さらに僅だろうけど金も出来る。まさに一石二鳥。

と言うわけで、古本屋に向かう道を自転車で走っていたのが大体3時すぎ。そして──街が木の根に覆われたのは丁度その時だった。








「………ふぅ~~」


それは突然のことだった。
俺が自転車を押して横断歩道を渡っていたとき、いきなり大きな木の根が道の下から一気にせり出してきたのだ。
俺はなすすべなどなく、運と位置が悪かったのか、その出てきた根っこの上に乗ってしまい地上から約30~40mくらいの所まで来てしまった。
周りを見渡せばこれまた木。木。木。
下を見下ろせば唖然としたり、泣いたり、逃げ惑う人々。そして突如出てきた木によって壊れた道や建物。

取り合えず俺はポケットに入れていたタバコを取り出し一服。空が近けぇなぁオイ。


「なんてしてるバヤイじゃねぇだろ!」


悠長に余裕ぶっこいてモク吹かしてる場合じゃない。ナニコレ?


「なんでコンクリートジャングルがいきなりマジモンのジャングルに様変わりすんだよ!?地球はそこまで酸素不足か!?」


なんなんだマジで?


「そういや俺の自転車は……うぉ!?木と融合してんぞ……」


古本が入った鞄は肩にかけていたので無事だったが、自転車はタイヤがとれて近くの木と融合していた。
最悪だ。まだ買ったばかりの新品だったのに。1万2000円もしたんだぞ。本を売りに行こうとしてこれか?古本たちがどれくらいの値段で買い取って貰えるかは分からんけど、絶対に損だ。

俺はため息一つを大きく溢し、改めて周りを見る。
街は文字通りコンクリートジャングルといった様変わりを遂げ、下々の人は慌てふためいている。唯一、この青い空だけが嫌味なほどいつも通り。


「ハァ……本当に何がどうなってるんだ。もう訳が分からん。取り合えず地面が恋しいので降りたいが……これは一人じゃ無理だな」


梯子も縄も階段もない木を降りられるほど、俺は田舎育ちではない。
ここは消防機関にでも電話して助けを呼ぶほかない。幸い、携帯がジャケットのポケットに入っている。

俺は携帯を取り出し119を押そうとし、そこで遠くの方で消防車のサイレンの音が鳴っているのが耳に入った。


「まあ、街がこんな有様になったら呼ばなくても出てくるよな。そんじゃ俺は落ちないよう気をつけながらこのまま待つか」


ロック(ウッド?)クライミングの経験なんてない俺が、こんな高い所から一人で降りられるわけもない。なら下手に動かないのが吉。
レスキューは先に大きな被害のある所に行くだろうが、数時間くらいしたら来てくれるだろう。また、もしかしたら下にいる一般人も何かしらの手段を講じてくれるかもしれないし。


(10時間経っても助けが来そうにない場合はこっちから動かないといけないだろうけど、それまでは気長に────ああ?)


と、俺が悠長に事を構えていたその時。視界の隅に桃色の細い光が何本か横切った。
信号弾?花火?発炎筒?それともただの見間違い?
そう思った瞬間、次は先ほどと同色ながら一回り以上図太くなった光の線が空を横切っていった。その光線は真っ直ぐ進み、少し遠くに見える一番太い木にぶち当たった。


(植物異常発生の次はスペシウム光線か?今日は一体どこまでふざけた日───)


次の瞬間、そんな余裕な感想を抱いている場合ではなくなった。
何か知らんが、いきなり根っこが動き出しやがった。見れば辺りの根っこもウネウネと動いている。───て言うか、消えていってる!?


「お、おい、待て待て待て!なんでそうなる!?それは不味いだろう!」


何故いきなり消え始めてしまったのかは分からんし、この際どうでもいい。問題は別のところにある。
ここは地上から30~40m地点。
もしこの木の根っこが消えたら、その上に乗っている俺はどうなる?


「ッ!?が、頑張ってくれ根っこ!お前は強い子だろう?出来る出来る、頑張れば出来るって!自分を信じろ。消えるな!」


そうやって根っこにエールを送ってやるが効くわけもなく。
数十秒の応援の末、なんの頑張りも見せず足元の根っこは消滅してしまった。自然、空中に投げ出されてしまった俺。
そうなった場合、人が何の補助もなしに浮遊できるわけがないのは誰もが知っていることなので、俺も順当な未来を辿った。
つまり落下。


「どぅおういやあああああああッ!?」


景色が流れていく。下から上へ。
近くの景色は素早く流れ、遠くの景色はほとんど動かない。
人は死に瀕すると走馬灯を見ると言うが、どうやら俺にそれを観賞する権利はなかったようだ。ただ、現実の景色が流れていくだけ。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬダーーーーイ!?)


死にたくない。重傷も御免被りたいが、やっぱり一番は死にたくない。

俺はまだ就職もしてないし、結婚もしてないんだぞ。遊び足りないし、両親への孝行だって碌にしていない。親より先に死ぬなど、最低の子供だ。せめて孫を両親に抱かせるまでは死ぬつもりはなかったんだがなぁ。ていうか俺が抱きたい!孫ではなく女性を!童貞で終わりたくねーぞ!

───ああ、もう!本当になんでこうなる!訳分からん!……死にたくないな。


《起動》


どこからか、そんな声が聞こえた気がした。







来たる地面への衝撃に歯を食いしばり、その怖さに目を瞑った俺。
しかし、根っこが消えてから数十秒の時が流れたはずだが、未だその衝撃が身体を襲わない。もう十分に落ちきる程の時間は経ったはずなのに。

なぜだ?案外死ぬほどの痛みってのは痛くないのか?それとも記憶が飛んで、もう俺は死後の世界に足を踏み入れた?……そうなのかも知れない。
きっと俺は呆気なく死んでしまったのだろう。せめて重傷でも生きたかったが、まあ、痛みがなかったのは僥倖だ。

それにしてもなんだ?この誰かに抱きかかえられているような感覚は?もしや、これがあの世に渡る船に乗った時の感覚なのだろうか?だとしたら何とも乗り心地に良い船だ。渡し賃を六文以上あげられる快適さだ。


「大丈夫ですか?我が主」


ふと、そんな声が俺の鼓膜を叩いた。俺は『は?』と思い、閉じていた目をおっ広げた。

───眼前に女性の顔があった。


「よかった、ご無事のようで。中々目を開けられないので心配しました」


俺はこの現状をどう理解すればいいのだろうか。

落下して死んだと思われた俺の目の前には、何故かこちらを気づかう眼差しで見つめる女性がいる。その女性は俺の首の後ろと膝の裏に腕を回し、俺はいわゆるお姫様抱っこをされた状態。さらに俺の脇腹に女性のお胸様が当たってらっしゃる。

どうなってる?俺、あの世へと船で向かってたんじゃ……。でもこの女性の温かさは凄く現実味がある。


「……もしかして、俺、生きてんのか?」

「はい。主の御身体も一切の無傷です」

「生きてる?ザ・生存?……そうか──そうか!」


初対面の女性の言葉を信じるのは普通なら危ないだろうが、今は別。死んだと思ったのに生きてると言われたんだ。この現実を信じないはずがない。
それに何故か……本当に何故かだが、この女性は俺には絶対に嘘を言わないと思った。


「ああ、生きてるってスンバらしいなー。よォ、あんたもそう思わないか?」

「はい。本当に御身がご無事でなによりです」


いやいや、ほんとーに死ななくてよかった。やり残した事なんて一杯あるし、ヤリたいこともあるんだからな。
ひとまず、命の危機は回避できた事に喜ぶ。───で、次だ。


「んで、あんた誰だ?そしてなんで俺抱えている?いやまあ、綺麗な姉ちゃんにボディタッチされんのは嬉しい限りだけど、流石にお姫様抱っこはなぁ……取り合えず降ろしてくれっか?」

「それは……あ!動かないで、どうかこのままで。落ちてしまいます!」

「は?」

そこで俺はようやく自分の現状を改めて把握した。

浮いてるのだ。この俺が。いや、正確に言えば浮いているのは俺を抱えたこの女性。
地上から約20m付近で俺共々この女性は浮いているのだ。なんの補助も支えもなしに。


(なんじゃこりゃあああああ!?)

「失礼」


胸中で叫び、混乱の極みに置かれる俺の耳にまたも女性の声が聞こえた。ただ、その声は俺の抱えている女性のものではない。聞いた事もない、第三者のもの。

俺はその声が聞こえた方に視線を向け、そこでまた図らずもまた頭が混乱してしまった。


(浮いてる人がまだ他に4人もいるぞ……人間びっくりショーか?)


そう。浮いているのは俺を抱えた女性だけでなく、なんとその周りにも成人女性2人、幼女1人、成人男性1人が宙に浮いていた。
もう本当に訳が分からない。て言うか、まずあんたら誰だ?


「主。いろいろとご質問はおありでしょうが、それは後ほど。今はこの場を離れるべきです」


そう言うと、その女性は先ほどスペシウム光線が発射された方向を睨みつけた。瞳には明らかな警戒の色が窺える。また、他の4人も同様に表情が険しい。

俺にはその5人の心情など分かる筈もないが、今すぐこの場を離れたほうが良いというのは賛成。なにせ、下の人々から驚きの目やどよめきが此方に向けられているから。


「行くぞ、お前達。主、しっかりと彼女につかまっていてください」


そう言って皆は俺の意見は聞かず、空を駆けていく。
俺は訳が分からなかったが、取り合えず言われたとおり、俺を抱えている女性の体にしがみ付いた。その際、いろいろと柔らかいものが当たったが、まあ、不可抗力だ。いちおう、ご馳走様と言っておこう。









俺はまず最初に礼が言いたかったのだ。銀髪の女性に。
あの地上3~40m地点からの落下。それも頭から。まず五体満足で助かる未来はなかった。だから俺もあの時、死ぬ事が目に見えていたから『死にたくない』と心の底から願ったのだ。そしてその願いを聞き届けてくれたのが件の銀髪の女性。

人として礼をするのは然るべき。それが例え空飛ぼうが、背中に人類ではありえないモノが付いていようが、ヘンテコな服着てようがまずは礼を───出来る訳がねーだろ!


「で、あんたら一体何モンだ?」


人気のない森の中、その開けた場所に降り立った俺たち。
そこで俺は降ろして貰い、礼を言うよりもまず開口一番にそう言った。そして初対面にも関わらず敬語もなし。こんな訳の分からない状況で言葉遣いに気を使えるほど、俺の適応能力は高くない。


「我ら夜天の写されし意思とその騎士──主を護りし徒花。此度、主の願いを聞き届けるためここに参上仕りました」


片膝つき頭を下げる5人。
訳の分からん言葉を言われ顔を顰める俺だが、続く言葉にさらに俺は混乱した。

曰く、魔法の本の写本の正式名称はデバイス・『夜天の写本』。機能はありとあらゆる魔法を蒐集し、保存する、いわゆる資料本。
曰く、5人はその本から出来た魔法生命体であり、守護騎士。うち一人、銀髪の女性は本自体の意思。
曰く、5人の目的は本の守護、及びその持ち主(つまり俺)に仕え、護る事。魔法の蒐集。
曰く、5人の総称は守護騎士『ブルーメ・リッター』
曰く、俺、魔導師(魔法使い)になっちゃった。

曰く曰く曰く曰く───。

5人による30分の事情説明を聞いた俺の感想は以下のものだった。


「いや、ふざけろよ」


なんだそれは?魔法、デバイス、騎士……どこの御伽噺だ?今は21世紀だぞ。
てか、主?魔導師?俺がいつそんな職業に就いた。履歴書なんて送ってないぞ?


「いえ、ふざけてなど。主が13年前、夜天の写本を手に取ったその時から、もうすでに契約は成っていたのです。そして今回の件でリンカーコアが覚醒し、正式に魔導師になられました」


13年前、あの店で本を手に取った?……正確にはあの男に持たされたんだ!
まあ、結局俺はそれを持って帰ってしまったので何とも言えないが、それにしたって滅茶苦茶だ。そこに俺の意思はないのか。


「……確かに俺はフリーターだ。仕事も今探している。だからって主とか魔導師とか、そんな訳の分からん職業に就く気はねー」

「は、はあ……いえ、別に主や魔導師が職種と言うわけでは」

「兎も角、俺はそんなものに就職する気はない。誰か他を当たってくれ」

「申し訳ありませんが、それは出来ません」


は?出来ない?なんでさ……ああ、そうか。口頭だけでは駄目という事か。


「後日、改めて辞表を出す。それでいいか?」

「そうではありません!」


じゃあ、何だと言うんだ。


「この契約はそう簡単に辞めることは出来ないのです。また他者への譲渡も然り。唯一の手段は主、もしくは書の消滅のみです」

「……文字通りの終身雇用というわけか」


なんて事だ。普通の会社ならその雇用は歓迎なんだが、この場合は死ぬまでと来たもんだ。
まさか俺が知らぬうちにそんなモノに就職してるなんてな。
職業・魔法使いでご主人様、てか?───頭いてー。


「だけどなぁ……仮に俺がその役職につく事を認めても、現実はそう簡単にはいかねーぞ?」


まず頭に浮かぶのはこいつらを置く場所。
俺の1DKのアパートは一部屋10畳くらい。そんな中で俺含め6人住むって……無理ではないが、少々無茶だ。こいつらが他の場所で住むと言ってくれるなら問題ないが、この様子じゃそれもない。5人から『ずっとお傍に』って感じの雰囲気が溢れている。
よしんば一緒に住むとなっても、次に挙がる問題は金。
しがないフリーターである俺の経済力など高が知れている。とても5人を養えるモンじゃない。

魔法とか主とか、正直そんな事はもうどうでもいい。結局、そんな非現実的な問題より現実の問題の方が大きいのだ。


(反面、利点もしっかりあるんだよな)


まず一つは女性と同棲出来る。
うん、これ、かなりデッケェよな?しかも女4人のうち3人は極上と来たもんだ。しかも俺を(義務だろうがなんだろうが)主と言って慕っている………ヤバくねーか?いろいろと。他2人は野生系細マッチョ風な美男子とちんちくりんなガキだが、この2人以外との同棲は正直惹かれる。……訂正、臓物の底から至極惹かれる。

で、次に金だ。
上で金がないと言ったが、それは俺だけの収入源しかないからだ。ガキは兎も角ほかは見た目成人。その4人にも働いて貰えばけっこう懐が潤うんじゃねーか?
俺合わせて5人でバイトするとして、一人頭月に最低10万。うち、もし誰か就職したらさらに増し。家賃3万5千で光熱費、食費、その他諸々合わせても5人でしっかり働けば…………おい、結構いけんじゃねーか?


(つーか、今よりいい暮らし出来んじゃねーか?)


魔法とか、騎士とか、主とか、そんな訳の分からんものはもう考えないで、この際単純に働き手が増えると考えよう。しかも、俺に従順なご様子。いろいろと拒否しないだろう。

ふ~ん……問題はいろいろあるだろうけど、まあ……。


「主。現実の問題やご自身の気持ちの問題もあるとは思いますが、どうか我々を……」


あまり感情の出ていない顔を俯かせ、片膝をついて俺に恭しく頭を垂れている5人。

俺はポケットからタバコ取り出すと火をつけ肺に思いっきり入れ、煙を吹き出す。赤毛のガキが眉をすぼめるのが見えたが、俺は全く構わない。
ワリーけど、ガキの前でも吸わせて貰う。こっちももう一応覚悟決めたんでね。こいつらとの間でもう遠慮はしない。


「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」

「!主……ッ」

「もちろん、いろいろと条件はあっけど、それさえ呑んでくれりゃあ取り合えずはドンと来いだ。ああ、そうそう。知ってっかもしんねーけど、俺の名前は鈴木隼な。鈴木でも隼でもハヤちゃんでも、好きに呼んでくれ」

「はっ。主ハヤちゃん」

「………よし、隼と呼べ」


てな訳で。
どこかの桃園で義兄弟の誓いした人々よろしく、俺たちもこの辺鄙な森の中で偽家族の誓いを果たしたとさ。

さってと、今後どうなることやら。





[17080] ニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/23 21:32

一週間が経った。何からかと言うと、言わずもがなあの古本娘たち(1名男だが)との出会いから。
当初の予定通り、あいつら5人は俺と共に1DKのクソ狭い部屋で寝食をしている。
ここで1人ずつ改めて紹介しておこう。

シグナム。
桃色の長い髪をポニーテールにしているメロン娘。性格は質実剛健、昔いたとされる武士のような女だ。若干堅苦しい奴だがメロンなので許す。5人のリーダー的存在で、故に一番従順。くどいようだが、それとメロンだ。

夜天。
俺を助けてくれた銀髪の女性。シグナム程ではないが彼女もメロン。そして形のいい桃の持ち主だ。性格はとても優しく、いつも一歩引いた所に立っているような感じ。あと時々羽が生えている。

シャマル。
淡い金髪の女性。彼女は……金柑くらいだな。性格はおっとりって感じで悪くない。あと料理が滅茶苦茶上手い。和洋仏中、なんでもござれの料理人だ。

ザフィーラ。
犬耳尻尾を有した細マッチョ。あまり喋らないが、無口というわけではなく、どっしりとした兄貴のような奴。守護獣というものみたいで、狼にもなれる不思議君。ちなみに彼には頻繁に獣形態で俺の枕になってもらっている。

ヴィータ。
クソガキ。

以上が俺の同居人の概要だ。

最初、こいつらには名前がついていなかった。なんでも、『正本の騎士にはきちんと名が付いていますが、我らは写本。やはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ……』との事。
それに対する俺の返答は『ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと合う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ』と温かい言葉をかけた。……ぶっちゃけ、考えるのが面倒だったのよ。
しかしながら、夜天だけはオリジナルにも名前がないらしく、結局俺が名づけ親になった。名前の由来は言わなくても分かっだろ?

それで、次にこの同居に関しての条件だが。
1.クソガキ以外はバイトすること。
2.家事は毎日交代制。
3.貧しくても文句たれんな。
と、こんな感じ。本当は『4.俺の夜の相手をしろ』も付けたい所だが………言える筈がない。もし言えてたら俺はとっくに脱童貞している。

この上の条件でちょっと厳しかったのが1のバイトだ。当初は誰か一人くらいは就職でもさせてやろうかと思っていたが、それが確実に無理なことが判明。戸籍がないのだ。よって住民票などの標本が貰えない。まったく世知辛い世の中だ。
そんな訳で4人の金策手段はアルバイトのみ。これなら履歴書の提出のみなので問題なし。多分に私文書偽造になってしまうかも知れないが、そこまで詳しく身元を調査するはずもなし。ただのアルバイト希望なら、面接でいい顔してたら大抵合格するもんだ。そしてその証拠に全員もうバイト先が決まった。シャマル以外は俺と同じパチンコ店、シャマルは翠屋という近くの人気喫茶店だ。

そんな感じで同居生活がスタートしてから1週間。なんとも慌しい1週間だった。
まずはアパートの管理人やご近所さんに大所帯になる事の報告。こいつらの服、及び日用品の調達………正直、かなり滅入った。特に服や日用品の調達だ。なにせ金がない。こいつらにバイトさせると言っても、それですぐ金が入るわけじゃない。故に当面の金は俺が出すしかない。
……ああ、そうさ、俺が出したさ、貯金崩したさ!お陰でこの前パチンコでの大勝6万発……約13万が一気に消えたよ!ハァ……なんで女物の服や下着ってあんな高いんだ?

俺は結構早まったかなーとも思ったが、もうここまでくれば腹を括った。
部屋がいくら手狭になろうが、貯金が少なくなろうが、なんでも来いだ。もうデメリットは考えん。メリットだけ見てれば幸せになれるんだから、もうこの際他のもんには目を瞑る。耳も閉じる。あーあー、見えない聞こえない。

ああ、それと俺が魔法使いになった事や魔法の蒐集の件はガン無視を決め込んだ。『ワリーけど、ほかの事に目ェ向けてる余裕ねーんだわ。あんたらもバイトにだけ集中しろ』、そう云っておいた。
それに対し5人は『はあ、まあ、主がそれでいいなら』という、何とも適当なものだったのでまあ良し。

まだまだ問題は山積みだが、まあ適当にやっていけば大丈夫だろう。









日曜日、朝。
ああ、あれからもう1週間かーと思いながら俺はベランダでタバコをふかしていた。
あいつらと同居して早一週間。最初は『女性と寝食共に出来るなんて、俺の人生キタねこれ』と思っていたが、そう単純なものではなかったと気づくまでそう時間は掛からなかった。
狭く感じる部屋。寝る場所は約10帖の洋室からDKに。食料や日用品の消費の早さ。ご近所の目。
唯一の救いとしては綺麗な女性に囲まれての生活なのだが、それも中々どうして、ハプニングが起こらない。例えばお風呂で、例えばトイレで、例えば寝室で……びっくりどっきりお色気イベント皆無だ。


(まあ、退屈しねーのはいいことだけどよ)


そう。退屈だけはしない。そりゃもう、ウザってーほどだ。特に───


「おい、いつまでタバコ吸ってんだよ。朝飯出来たっつってんだろ。早く来いよ、このクソ主」


これだよ、こいつだよ、このクソガキだよ!
長い赤毛をたなびかせてベランダに姿を見せたと思ったら、開口一番にこの毒舌。こいつは同居初日からこんな感じだった。なにかと俺に突っかかってきやがる。他の奴らは程度の差はあれ、俺に対してある種の敬意のようなものを出しているのに、このクソガキときたら!
別に主として敬えとは言わないが、それでもこうまでガンつけられたら俺の怒りメーターもMAXですよ?


「おうおう、わーったよ。つうか朝からぴーちくぱーちく喧しいんだよ、クソガキ。それとガンくれてんじゃねーぞ、超クソガキ」

「へッ、そりゃ悪かったな。どこかの誰かは耳が遠いのか、呼んでも中々来ねーからよ。なあ、ド級クソ主?」


お互い、子供のように汚い言葉を交わす。そしてお互いの口角がひくひく。
いつものやりとり。そしていつもの生意気なクソガキだ。


「ああ、シグナムか夜天かシャマルかザフィーラの声ならよく聞こえんだけどなぁ。どうにもどっかの誰かの声だけは中々聞こえねーんだわ。不思議だろ?」

「あ、ああ、そうだな。一度病院行った方がいいんじゃねーか?耳じゃなく頭の。で、手術して貰え。ショッカーの改造手術」

「「……………」」


沈黙が場を満たす。しかし、次の瞬間には不愉快な事に全く同じ言葉がお互いの口から発せられた。


「「上等だ!コラ!」」

「今日と言う今日は頭キたぞ、クサレロリータ!てめーの鉄槌を痛デバイスにしてやんよぉ!」

「こいてんじゃねーぞ、ろくでなしフリーター主がぁ!てめぇの血でアイゼンを新色に模様替えしてやっからよぉ!」


俺はベランダに置いてあった植木鉢を、ヴィータは首から提げていた待機状態のデバイスを手にそれぞれ構えた。

一気に場は緊張し、近くの電線にとまっていた小鳥がピーピー鳴きながら飛んでいった。そしてお互いが見つめ合い数分、俺の咥えているタバコの灰が下に落ちたその時─────。


「またですか、主」

「ヴィータもいい加減にしろ」


部屋の中で成り行きを見ていたシグナムと夜天がとうとう痺れを切らしてやってきた。
俺とヴィータが争って、主にこの2人が仲裁に入る。
もうパターンになりつつある流れだ。


「夜天、ワリーのはこのクソガキだ。だから文句ならヴィータに───」

「シグナム、ワリーのはこのクソ主だ。だから文句は隼に───」

「「ンだとコラ!?ヤんのか、てめぇ!」」

「「………ハァ」」


俺の朝起きてから朝食までの時間はだいたいいつもこうやって過ぎていく。

正直、ヴィータに腹は滅茶苦茶立つが…………まあ、嫌いなやつではない。不思議な事にな。







「ああ、やっぱうめーな、シャマルの料理は」

「ふふ、ありがとうございます」


日課となりつつある朝のヴィータとのやり取りから少し、今は朝食の最中。
今日はシャマルが料理当番という事で、より一層食が進む。もちろん、他の皆も料理は出来るがシャマルだけは最初から別格だった。ホント、美味いんだよ。


「シャマルはあれだな、料理の騎士だな。ホント、料理で癒される。ああ、やっぱ主になって良かったわ」


実は本当に一番主になって良かったと思ったのはこの料理を食べれた事だった。
適当なスーパーで、適当な材料を使い、適当な器具を使ってこの美味さ。ハッキリ言って、そこいらの店の料理など霞んで見えるぞ?て言うか、どうやって俺んちのお袋の味まで再現してるんだろうか?いや、ホント凄い。

ただ……聞いた話では正本のシャマルはどうやら料理が下手らしい。それも破滅的に。
それで、そのままでは不味いと思い、生みの親(あのアルハザードの店主)が写す時にいろいろと調整したとの事。
いや、いい仕事したよ店主。もし今度また会えたらお礼を言っておこうと心に誓ったくらいだ。


「おかわり~」

「わっ、もう食べちゃったんですか?ちょっと待っててくださいね」


そう言って俺の手から小鉢を取り、おかわりを入れてきてくれるシャマル。

ああ、何かこういうのいいなぁ。やべ、なんか夫婦って感じじゃね?……いや、どちらかと言うと親子?いやいや、そこは夫婦にしとこうぜ!
なんて事を思いながらおかわりを待っていると、ふと横から視線を感じた。そちらに目を向けてみればヴィータがジト目でこちらを見ていた。


「ンだよ?」

「………別に」


そう言ってそっぽを向くヴィータ。
一体なんなんだと思い、追求しようと思ったらヴィータが何かぶつぶつ言っているのに気づいた。


「んだよ……あたしの料理当番の時はそんなにガツガツ食べねーくせに、シャマルの時だけあんな一杯食べてさ……ふん」


………ったく、これだから嫌いになれねーんだよな、このお子様は。


「おい、ヴィータ。口開けろ」

「あん?───むぐ!?」


俺は食べかけの卵焼きをヴィータの口に突っ込んだ。


「い、いきなりなにすん───」

「これくらい美味いの作れ。ならガツガツ食べてやんよ」

「お、おおおまっ…、人の独り言聞いてんじゃねーよ!」

「声がでけーんだよ、アホたれ」


ホント、こいつってあれだな、ツンデレだな。いや、デレてはねぇか。けど素直な奴じゃない事は確か。それに喧嘩もよくする…てか、毎日するが、こいつも俺をきちんの主として認めてはくれてんだよな。……まるで敬意はないが。
けど、だからって俺はこいつが好きじゃない。嫌いじゃないのは確かだが、好きでもない。てか、ムカつく!いくら素直じゃないっつっても限度があんだろ?こいつ、毎日最低でも2回は俺にアイゼン向けてくんだもんな。


「べ、べべ別にお前にガツガツ食って欲しい訳じゃねーかんな!ただの純粋な感想で、だから変な勘違いすんなよ!」


……まっ、やっぱ嫌いにはなれねーな。ナイチチは嫌いだけどツンデレは好きだし。








朝飯を食い終わって一段落後、それぞれが行動を開始した。
シグナムとザフィーラはバイト先であるパチンコ屋へ勤労へ。シャマルもバイト先である喫茶店へ。ヴィータはゲームをしている。で、残った俺はと言うと───。


「そう、その調子です。そのまま魔力を維持して」


今日はバイトがオフの夜天に魔法を習っている。


「もう飛行と浮遊の魔法はかなりモノにしましたね」

「当然だ。俺を誰だと───いでっ!?」


言った傍から魔力の制御を誤り、頭が天井に激突。かなりの勢いで思いっきりぶつけてしまった。これ、頭が変形したんじゃね?ってほどだ。


「おおおおおおおおおおっっっ!?」

「あ、主!?ご無事ですか!」

「ぎっっのおおおおおおお!?」

「で、ですから、外で練習しましょうとあれほど言ったのに……」


そう。何を隠そう、俺は部屋の中で魔法の練習をしている。何故って?ンなの、万一にも人目についたらまじぃだろ。多少……いや、かなり狭いがこれはしょうがない処置だ。

最初に言ったように、当初は本当に魔法の事なんてどうでもよかった。別に魔法使いになりたいわけでもないし、魔法が使えるからっていい会社に就職出来るわけでもない。趣味でやってもいいが、そんな事に時間割いている余裕があるならバイトする。
そう思っていたし、今も思っている。
だが、何事にも例外はある。そう、ある2つの魔法に関しては例外的に練習する事に決めたのだ。
そのまず1つが『飛行』の魔法。その理由は……って、説明いる?空飛べるんだぞ?舞空術だぞ?生身でブーンだぞ?練習しないわけねーじゃんよ。
で、2つ目の魔法は『手から魔力弾を出す』魔法。その理由は……って、これも説明いる?俺、男の子よ?DBZとストリートファイター大好きよ?ガキん頃、一度はあのポーズ取って何か出そうとしなかった?それのマジモンが出来るんだぞ?やらいでか。


「魔法の構築はほぼ問題なく行われていますが、緻密な制御がまだ不十分のようです。けれど、ただ空を飛ぶだけなら、なんら問題はありません」


ようやく痛みが納まり、脇に抱えていた夜天の写本を壁に投げて八つ当たりした後、時を見計らって夜天がそう言った。


「お、マジ?練習開始たった5日で夜天のお墨付き?」

「はい。これもひとえに主の修練、努力、才能の賜物です」

「よせよせ。全部夜天のお陰だ。いや、ホント、ありがとな」


ギャルゲならここで俺が撫で撫ででもしてやる場面なんだろうが、生憎とここ現実。
以前、ためしに赤毛の獰猛なクソガキを『ニコポするかな~』って感じで頭を撫でたところ、アイゼンの一振りが返ってきたのは記憶に新しい。


「よし、これで今日からバイトの行き帰りが楽になった!」


今までチャリで行ってたかんなぁ。今日もバイトに行ったシグナム達が当初は羨ましかったもんだ。あいつら、バイト行くときは超高度超スピードで空飛んで行ってたかんな。片や俺はチャリで地道にえっさほいさだ。


「おい、ヴィータヴィータ。ほら見てみ?秘技・空中犬神家」


飛行許可が降りてテンション上がった俺。そんな俺を見てテレビゲームをしていたヴィータが此方を振り向いて一言───。


「死ねば?」

「よしその喧嘩買った」


本日2回目の衝突は夜天が仲裁に入るよりも早く、クソガキのアイゼンと俺の飛鳥文化アタックが激突した。










「やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇやべーーーーーー!」


俺は今、空をモノスゴイ速度で翔けている。その速度たるや、風圧で目が開けられないほどだ。これも練習の成果………つうか目痛ぇ!今度ゴーグル買っておこう。

で、何がヤバイのかというと時間。で、何の時間かと言うとバイトのシフトの時間。
そう、俺今遅刻しそうなんよ。
シグナムたちは午前中からだったが、俺は午後からのシフト。それをすっかり忘れていた俺はのん気に昼飯を食べ、その後一服。気づいた時には5分前。


「クソ!1分でも遅れると次長の奴うっせーってのに……もっとだ、もっと羽ばたけ俺の翼!」


俺の背には夜天と同じ漆黒の翼が付いている。ただ彼女は2対4枚に対し、俺は平凡な1対。第一印象は『うわ、カラスじゃねーか』だ。また、騎士甲冑なんて専用のコスチュームもあるらしいが、形を考えるのが面倒なため作っていない。よって、今の俺の格好はジャージに翼という超アンバランスなもの。


「メロスになるんだ自分!セリヌンティウスが待ってんぞ!」


俺はまだシグナムたちのように雲の上なんていう超高度を飛べないため、街の景色が流れるのがよく見て取れる。そこには1週間前のあの木の根による被害はもう窺えない。


(そういや何でああなったんだろうな?それにあのスペシウム光線も結局分からずじまいだし)


まあ、別にどうでもいいか。街はもうほぼ元通りだし、あの光線も詮索したってだからどうするって話だ。それにあの事件のお陰で俺は今なんちゃってハーレム体験中だし。
結果だけみれば、まあ良い方の割合が高い。


「今の状況は極悪だがな!こんな事なら飛行より瞬間移動とかワープ教えてもらやぁ良かったな。あるか知んねーけど────」

「ニャーーー」

「猫ひろし!?」


んなわけもなく。
いきなり大音量で猫の鳴き声が鼓膜を叩いた。それの発生源だろう方角を見てみれば、なんとそこには猫がいた。いや、普通の猫じゃねーよ?なんていうか……ああ、でけぇ。
その猫のいる場所は確かどっかの金持ちの森の中。なんだ?金持ちの道楽で遺伝子組み換え実験でもしたのか?
つうか、先週に引き続きまたびっくりどっきりかよ。ここ最近訳の分からん事づくしだったから、ただのデカ猫くらいじゃ驚かねぇぞ?……鳴き声を聞いて魔力制御を誤り落ちかけたが、決して驚いたわけじゃねぇ。


「一体全体なにがなんだか……取り合えず写メっとこ」


カシャカシャっと……うし。帰って皆に自慢しよう。あ、ついでにムービーも撮っとくか。

携帯の画面越しにあの巨体を見る。と、そこでようやくく気づいたが足元に何かあるのか、猫はずっと下を向いて前足を動かしている。


「ンだぁ?一体なにが……まさか人じゃねーだろうな……」


肯定する要素もないが、否定する要素もない。ここからでは何も見えないのだ。しかし、もし人だった場合かなりヤバくね?あの大きさの猫にじゃれ付かれて無事ですむ人なんて、たぶんムツゴロウさんくらいのもんだぞ。

正義の心を持って様子を見に行くか、大半の一般人がよくする見て見ぬ振りを決め込むか。
さて、どうしよう?
と、悩んでいたらまた状況は変な展開を見せた。なんか幾つかの変な黄色い光が猫にぶち当たった。その衝撃で猫が断末魔の叫びを上げながらぶっ倒れた。


「オイオイオイオイ!?ありゃ死んだんじゃねーか?」


少なくとも無傷ですむモンじゃないような気がする。なんか爆発してたし。煙出てるし。
動物愛護法って知ってっか?俺は言葉だけなら知ってる。
ともあれ、もうムービー撮影は止めとこう。こんな動物虐待シーンを撮るために撮影していたわけじゃない。ついでにショッキングシーンのデータも消しておこう。


「ハァ、やれやれ。面白可笑しいモンが撮れたと思ったんだけどな。まっ、写メだけでも十分にあいつらに自慢でき─────ああ?」


携帯を操作し終わり、顔を上げてもう一度猫が居た所に目を向けてみると、なんといつの間にかあのデカ猫は忽然と姿を消していた。
何故?え、もしかして白昼夢?……しかし、片手に持った携帯のフォトフォルダを見ればしっかりと画像が。

また訳の分からん事に、と頭を捻る俺の視界にまたも変な物が入った。それが今度は近づいてくる。そしてそれは俺の目の前でびたっと止まり、5mくらい間を空けて対峙する形となった。
それは物ではなく者だった。
金髪をツインテールにし、レオタードみたいな変な服にマント。年の頃は10歳前後とヴィータくらい。そして右手にはこれまた変な棒。

まあ、格好で言えばこちらも右手に古本持った羽根付きジャージ男だが。


(なんだ、このガキ?つうか、なんかガンつけてねぇか?)


めっちゃ睨まれてんだけど。てか、なんで初対面のガキにこんな警戒されてんだ俺?
会った事……ねーよな?こんなガイジンで可愛らしい顔のガキなら、一度見たら忘れんと思うし。…………あれ?ちょっと待て。


(なんでこのガキも浮いてんの?)


今更ながら気づいた衝撃の真実。俺と同じように浮いてる。てか、ここまで飛んできたよ?
────ああ、まさか?


「また魔導師……なんで管理外世界に2人も……」


少女、初発言。そしてその発言で俺の予想は的中。
こいつ、魔法使いだわ。
でなければ、こんなガキの口から魔導師なんて言葉でないし、なにより浮いてるし………間違いないっつうか、もう決め付けた。こいつは魔法使い!はい、決定。
て訳でまずは第一コンタクト。


「よう。いやぁ、今日はあちぃなー。最近調子はどうよ?あ、はじめまして。おれぁ鈴木隼な」

「……へ?」


同じ魔導師同士なのでフランクに接してみたが、なんかガキの方は拍子抜けしたような顔になった。
何故だろうか?おかしな事は言ってないはずだが。


「お前も魔法使い……ああ、魔導師っつうんだっけ?俺んとこの奴以外の魔導師って初めて見たわ。よろしくな」

「え、あ、あの……」

「いやぁ、いきなりガンつけてきやがったから喧嘩売ってんのかと思ったけど、まあ、初対面だしガキだからな。今回は見逃してやるわ。あ、ところでお前って魔導師歴どんくらい?ちなみに俺はまだ若葉マークな1週間だ」

「え、えっと、その……」


こちらの矢継ぎ早な言葉について来れないのか、狼狽しているガキ。
対して俺は初めてシグナムたち以外の魔導師に会えたので興味深々だ。テンションあげあげ。


「なんかよぉ、いきなり訳の分からん内に夜天の主なんてモンになってたわけよ。ところで、お前のデバイスってその杖?杖型デバイス?」

「ええっと……杖じゃなて戦斧で……あ、でも鎌にもなります」

「斧に鎌?おいおい、イカすじゃねーか。俺なんてこんな古本だぞ?シグナムもゴツイ剣だし。……なあ、これとそのデバイス交換しね?」

「そ、それはちょっと……」

「だよなー。でも男といったら剣とかだろ?それが本って……まあ、別に魔法にそこまで執着はないからいいけどよぉ」

「はぁ……」

「ああ、それから聞いてくれよ。うちにさ、ヴィータっつうクサレ赤毛がいんだけど─────」

「あ、あの!」


人が話している最中にいきなり大声を出して割って入るガキ。その顔からはかなりの戸惑いの色が見て取れた。


「あの……あなたは魔導師ですよね?ジュエルシードを狙った……」

「ああ?ンだよ、そりゃ?」

「え?ち、違うの?」


じゅえるしーど?察するにこのガキはそれを求めているらしいが、その言葉自体初耳な俺が求めているはずもない。
もしかして魔導師ってそのじゅえるしーどを求める義務があるのか?初心者魔導師の俺にそんな事知るはずもないが……まあ、たとえ義務でも求めるつもりはない。
俺が魔導師やってるのは、極論すれば自分の欲のため。こうやって空飛んでみたり、かめはめ波や波動拳撃ってみたりしたいだけ。それ以外はノーサンキュー。


「全然ちげぇよ。ジョイフルシードだかアップルシードだか知らんが、そんなモン狙ってねぇ」

「そ、そうなんだ」

「ンなことより、まあ聞けよ。ええっと、どこまで話したっけ?……ああ、そうそう。あのどクサレ赤毛。あいつがさぁ────」


と、そんな感じで。
このガキが聞き上手なのか、それとも俺の愚痴やストレスが溜まりに溜まっていたからなのか、それからかなりの長い間空中でガキと駄弁っていた。
ガキも最初の方は狼狽するばかりでつまらん反応だったが、途中から普通に笑うようになった。その笑みがまた子供らしくて可愛いこと。俺に幼女趣味はないので今はどうも思わないが、あと5年したらこのガキはやべぇな。モテまくるぞ。俺もアタックするぞ。

と、そんな事を思いながら楽しく談笑していた。出会ってまだ1時間も経っていないが、中々いいガキだ。少なくともヴィータよりは平和的な空気が築ける。

しかし、そんな楽しいひと時を邪魔するように、俺の携帯が音を出して振るえた。


「ンだよ……わりぃ、ちょっとタイムな」

「うん」


俺は空気を読まない携帯をポケットから出した。このまま電話に出ずに切ったろうかと思い────液晶画面を見て血の気が引いた。
画面にはバイト先のパチンコ店の電話番号。


「へあーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


や、やべぇ!すっかり忘れてたバイト!いや、これマジで冗談抜きでやべぇ!
時計を見れば軽く1時間の遅刻。


「ど、どうしたの?」

「やべぇよ、どうしたもこうしたもねーよ!ただでさえ勤務態度がわりぃのにこれじゃあ……ッ」


俺の頭からガキに構っている余裕はなくなった。俺は反転すると、まだ何か言っているガキはガン無視してバイト先まで最高速で飛んだ。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!セリヌンティウスーーーーーー!!」


結局、俺は次長にしこたま怒られたがクビだけは何とか回避することが出来たのだった。





[17080] サン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/25 21:23

現在時刻は夜の12時。バイトが終わり、疲れた身体をどざえもんの様に漂わせながら帰ってきたのが今から約30分前。
そして今、俺は風呂にも入らず10畳の狭い部屋で同居人共と顔を合わせて座っている。


「えー、んじゃあ今から第5兆2回鈴木家魔法会議を始める」

「そんなに回数やってねーだろ!てか、初めてだ!」

「ノリだよノリ。あ~あ、空気読めねぇガキはこれだから」

「て、てめ……!」


事の発端は俺が昼撮ったあのデカ猫の写メだ。それを帰ってきてそうそう皆に自慢げに見せたまでは良かったが、そのあとあの金髪のガキ魔導師に会った事まで喋ったのがいけなかった。
『なにかされなかったか』『怪我は無いか』『具合は悪くないか』などなど、うざってぇほど心配されたあげく、こんな話し合いの場まで設ける羽目になった。風呂、入らせろよ。


「つまり、その魔導師はジュエルシードなるモノを求めていたわけですね」

「ああ、確かンなこと言ってた気がする」


リーダー格のシグナムが質問や確認を一手に行い、俺がそれに答える形で話し合いが進んでいる。


「そのジュエルシードってどんなのか知ってっか?デカ猫もだが、先週のあのでっかい木。あれもジュエルシードってモンに関係してんじゃねーのか?」


完全に推測だが、あながち読み違えてもないような気がする。ほら、2つとも『異常にデカい』って共通点もあるし。
もしかしてジュエルシードって物をデカくするモンなんじゃ?で、あのガキはそれを求めてるっつう事はきっと大きくなりてぇんだよ。でも、ガキなんだからそんな焦って大きくなる必要ねぇと思うんだけどな。まあ、確かにシグナム並みのメロンを目指すなら必要かも知んねーけど。


「どうでしょうか……関連性はあるかも知れませんが。しかし、主からの情報を聞く限りでは、その金髪の魔導師は管理局員ではないでしょう。犯罪者でもないようですが、どちらにしろはぐれの魔導師。そのような者が求めているものとなれば、あまり良いモノではないでしょう」

「あん?ちょい待て。その管理局員ってなんだよ?」


なんだその単語。俺、聞いたことねぇぞ?それに何か俺にとってあまり良い響きを感じない。


「管理局員とは時空管理局に所属する魔導師で……そうですね、この世界で言うところの警察でしょうか」

「ああ、警察ね………サツだああぁぁぁ?!」


はあ!?なにそれ、聞いてねぇぞ!そんな組織があんのかよ。
………いや、まあ、考えてみりゃああっても不思議じゃねーがよ。ふ~ん、管理局ねぇ。


「ちなみに聞くんだが、俺、しょっぴかれねーよな?」

「ええ。ここは管理外世界といって、滅多に管理局員の来ない所です。悪事を働かず、ただ暮らしているだけなら問題ないです。……………………たぶん」

「うぉい!?たぶんってなんだよ!ブタ箱にぶち込まれんのは勘弁だぞ!」

「大丈夫です。…………………きっと」

「だからいちいち最後に不穏な言葉くっ付けんなよ!」


……ったく、ホント大丈夫だろうな?果てしなく怖ぇんだけど。こちとら善良な一般市民だぞ?


「ハァ…まあいい。なるようになるか。で、話を戻すけどよぉ、そのジュエルシードってのが何か知らねーの?この夜天の写本に載ってねーわけ?資料本なんだしさ」


俺は本を呼び出し適当にパラパラめくる。そこにはやはり変な文字がびっしりと書かれており、俺には一文字も読めない。


「書の中には残念ながら」


答えたのはシグナムではなく夜天だった。


「そもそも書は魔法の蒐集に限るもので、ジュエルシードというものがマジックアイテムだった場合は記載できないのです。もしもジュエルシードが魔法のプログラム名だったとしても、それが最近作られた魔法だった場合はほぼ100%載っていません」

「あん?なんでよ?」

「正本から写されたのが遥か昔だからです。そして初めて目覚め、主を持ったのがつい先週の事」


つまり俺が初主っつう訳か。てか、写されたのが遥か昔?確かあの店の男は自分が書いたっつってたよな……え?店長、何歳っすか?

ともあれ、情報はなしか。


「……お役に立てず申し訳ありません、主」

「ん?ああ、いいよ別に。んな悲しそうな顔すんなって。ほれ、ビール飲むか?」


夜天は騎士ん中で一番優しいんだが、どうも繊細すぎなんだよな。ヴィータくらいバカタレでもいいのに。……いや、それは嫌だな。


「まっ、魔法関係は飛行とかめはめ波以外は無視するって決めたし、どうでもいいよ。あの金髪のガキにしても無害そうな奴だったし、向こうから何かしてくる事もねーだろ」


楽観視が過ぎるかも知んねーけど、俺ぁいちいち何かに警戒して日々を過ごすなんて嫌だかんな。てけとーにやるさ。
結局、話し合おうが何かを知ろうが今まで通り過ごしていくだけだ。


「ンじゃ、俺は風呂入ってくるわ。ザフィーラ、わりぃけど布団敷いといて。あと今日も枕な」

「……主、いい加減私を抱き枕にするのはやめて頂きたいのですが」

「いや、だってよ、お前ふかふかのもふもふで気持ちいいだわ。今日で最後にすっから」

「……御意」


そんなやり取りを挿み、ようやく風呂へと向かう俺。時刻はもう1時近い。明日は朝からバイトだってーのにやれやれだ。

俺はよっこらしょっと立ち上がり、狭い部屋を出る────その数歩手前で呼び止められた。


「主、最後によろしいでしょうか?知らせておきたい事が」

「知らせる事?どうしたよ、夜天」


少し神妙な顔つきで俺を見上げている夜天。
彼女はもうすでに風呂に入っており、その服装はパジャマだ。そのパジャマはつい先日俺が買ってあげた物だが、少しサイズが合っていなかったようで、胸元のボタンを上から2つほど開けている。
つまり上から見下ろす格好になっている俺の目には、夜天のシグナム以下シャマル以上のお胸様の谷間が!


(ありがたや、ありがたや)


胸中でついつい拝んでしまう。
そんな俺の視線に気づいた風もなく、夜天は言葉を続けた。


「私の融合型デバイス、融合騎としての能力です」

「あん?融合騎?」

「はい。主は極力魔法に関わりなく、普通に過ごす事がお望みのようでしたので知らせる必要なしと思っていましたが、今回の件で事情が変わりました。……万一、主にもしもの事があれば……」


万一、もしも……それはつまり、魔法関係のいざこざに本格的に巻き込まれた場合の事を指しているのだろう。
それが具体的には何なのか……漫画やラノベを参考にすっなら『戦い』ってところだろうな。ホントのとこはどうだか知んねーけど。


「万一、ね……まっ、んな事にゃあならねーとは思うが、備えあれば憂いなしっつうしな。で、その融合騎ってのはなんなんだ?どんな事が出来んだ?」

「はい。簡単に言えば私と主が融合し、魔導師としての強さを底上げする術です。主の力が最高で10、私を5とした時、融合すればその力が15……いえ、それ以上になります。また───」


と、まだ夜天のやつはまだ何か説明しているが、生憎と俺と耳には入ってこない。最初の言葉だけが頭の中をリフレインしている。

───私と主が融合し───


(私と主が融合……私は夜天、主は俺……夜天は女で俺は男……そんな2人が融合って、それつまり?)


フェ…フェ…フェ…フェ…ッ


「フェェェェェェド・イン!」

「あ、主?」


オイオイオイオイオイ!マジかよ!?融合型!?なに、夜天ってそんな存在だったのかよ!やべぇ、主と融合って……え?それつまりアレだよな、合体って事だよな?えーっと、確か財布の中に大切に温めておいたコンドーさんが。


「なんだよ、それならそうと早く言ってくれれば。夜天ってダッチワイフ型デバイ──じゃなくて、融合型デバイスだったのか」

「は、はあ……ええっと主、正しく理解されていますか?」

「勿論だ。抜かりはない。時に夜天よ、俺が初主って事はやっぱり合体も初めて?」

「合体ではなく融合ですが……はい、恥ずかしながら私も初体験です」


頬を染め、恥ずかしがる夜天。レアな表情だ。


「だが、それがいい。その恥じらいこそが、何よりの馳走です」

「は、はあ…」


まさかそんなデバイスがあったとは。てっきりデバイスっつうモンはただの武器なのかと思ってたわ。
合体して強くなるってのはある意味お約束だが、こりゃたまんねぇな。
夜天の写本、恐るべし!
初めての相手が人じゃないっつうのは少し考えモンだが、夜天ならオールOK!ばっち来いや!

……いや、待てよ?俺は勿論OKなんだが、夜天の方はホントにいいのか?そういう存在なんだとは言え、それを仕方なく渋々行われるなんて俺ぁイヤだぞ。愛はいるぞ、愛は。


「よぉ、夜天。俺は全然構わないっつうか、むしろカマーンなんだがお前はいいわけ?俺が初めての相手で」

「私も構いません。……いえ、この言い方は適切ではありませんね。……主が良いのです。初めても、そしてこれからもただ一人の相手です」

「ッ!」


ここまで言われて、男として引き下がれるか?ノン!ありえねぇ!漢ならイクっきゃねーだろ!全・速・前・進だ!


「散れ、テメーら!金やるから今晩はどこか行ってろ!しっしっ!」

「は?いきなり何言ってんだよ?」


はッ!今の会話を聞いてて分からんとは、これだからお子ちゃまは!

と思っていたが、どうやら分かっていないのはヴィータだけではない様子。てか、当人である夜天も疑問顔だ。


「あの、主隼。今日はもう遅いのでユニゾンを試すなら明日でも遅くはないかと」

「なに!シグナム、なにをそんな悠長な………いや、確かにそうかもな」


考えてみれば明日は朝からバイト。それに今日はいろいろあって疲れたからな。
これからもたっぷり時間はあるし、急いては事を仕損じるとも言う。

男は余裕を持ってこそカッコイイ。


「ンじゃ、明日の夜だ!夜天、延期も中止もなしだかんな!絶対だぞ!もしやっぱ止めなんて言ったら俺泣くかんな!」


……童貞に余裕なんてあっかよ!
俺は鼻息を荒くし、風呂に入ったあとすぐに床に就いた。明日が待ち遠しい!


────翌日、改めて融合の真意を聞かされた俺は絶望したのだった。








《あ、あの、主?どうかされたのですか?》


俺の頭の中に声が響く。その声は紛れもなく夜天のそれで、彼女の存在も自分の内側に感じ取ることが出来る。

姿見の前に立てば、そこにはいつもの俺とは違う俺が映っている。
V系アーティストのような灰色の髪の毛と赤茶色の瞳。ちょっと美白な肌。2枚増えて4対になった羽。スウェット……これは一緒か。

これが俺と夜天のユニゾンした姿だった。……こんなモンが融合の真実だった!


「ハァ……確かによ、俺が勝手に早とちりして勘違いしただけさ。だからって融合が手を繋いで「ユニゾン・イン!」って言うだけって……ガッカリだ」

《えっと、よく分からないのですが……申し訳ありません》

「よせ、夜天は謝るな。余計俺が滑稽だ」


昨日の俺、馬鹿じゃね?なに舞い上がっちゃってたわけ?あー、恥ずかしい。……マジで恥ずかしいよ!


「よぉ、ヴィータ。一発アイゼンで殴ってくれや。横っ面をガツンとよ?」

「は?な、なに言ってんだよっ」

「いやよ、馬鹿な自分にオシオキみないな?さあ、遠慮なく来いや!」

「で、出来っかよ!」


ンだよ。いつもは景気良く振り回してくるくせに。あー、もういいや。


「じゃ、シグナムでもシャマルでもザフィーラでも誰でもいい。ちょっと現実見てなかった馬鹿に一発かましてくれ」

「いえ、主を殴るなど私にはとても……」

「い、いくらハヤちゃんの頼みでもそれはちょっと……」

「………」


ヴィータと同じく渋る3人。
その主を大切にする心は素晴らしいが、今はむしょうに誰かに叩いて欲しいだが。


《あの、主はなにをどう勘違いなされていたのですか?》


そんな夜天の疑問に答えられるわけがない。もし馬鹿正直に答えてみろ。いくら主と言えどぜってぇ軽蔑されんぞ。


「ハァ……もういい。後で空気椅子30分の刑を自分に科そう。しっかし、これがユニゾンねぇ……なんか変な感じだな」

《私もです。………ですが、主に包まれているようで凄く心地いいです》

「………夜天、そういう物言いは反則な。また馬鹿な俺が勘違いすっから」

《?》


右手を動かしてみる。……普通に動くけど、なんかもう1本内側に腕があるような感じで違和感がある。同じく左手、右足、左足も動かしてみるがやはり違和感。ただ何故か羽だけ違和感なく動かせる。パタパタっと。
まっ、初めてのユニゾンなんだ。違和感があって当然なんだろう。


「それでこれが俺の、いわゆる魔法の杖か」


左手に持っている杖を掲げてみる。本の表紙にある剣十字と形が似ていて、そしてとても軽い。ためしにヴィータの頭をコンコン叩いてみたが強度もバッチリのようで、鈍器としても使えるようだ。


「喧嘩売ったんだよな?そうだよな?買ってやんよぉ!表に出ろや!」


ぎゃあぎゃあ喚く赤毛は無視し、今度は飛行の魔法を試してみる。
問題なく浮いた。


「お?なんかいつもより簡単に浮いた。しかもスイスイ飛べんぞ?」

《それは私とユニゾンしたことにより、主の魔導師としての質があがったからかと。私も補助してますし》


おお、そりゃ便利だ。今度から夜天と同じシフトん時はユニゾンしてバイトに行こう。


「おい、ヴィータヴィータ」

「あ゛あ゛?」

「お前の真似───らけーてん・はんま~。ぐるぐるぐる~」

「よし殺す」


本日の締めの衝突は俺in夜天のシュツルム・ウント・ドランクとヴィータの本家ラケーテン・ハンマーの回転対決だった。
もちろん、シグナムとザフィーラに仲裁に入られたのは言うまでもない。









数日後には連休が控えている平日の午後。
今日はバイトもオフだったので朝から遠見市にあるパチンコ店に行っていた。いつもは海鳴市内にあるバイト先に打ちに行くのだが、今日はそこが新代入替の日だったのでわざわざ赴いたのだ。
他のやつらはバイトのため一緒には来なかった。ヴィータはバイトはしてないが、流石にパチンコ店には連れて入れねーし。
昼の3時くらいまで打って戦果はプラスマイナス0。
まっ、遊べたからいいかぁと思い、俺は店を出るとすぐに家には帰らず、近くのファミレスで遅い昼食を取った。その後、人気のない所から飛び立って帰るかと思ってぶらぶら歩いていた時、意外な人物に出会った。


「お?」

「あっ」


横断歩道を渡ろうとした時、こっち側と向こう側で視線が合い、お互いが少し驚き顔で立ち止まった。程なく、どちらがともなく歩み寄る。


「よう。奇遇だな」

「あ、あの、こんにちわ」


以前はツインテールにしていた金髪を降ろし、ハイグレアーマーではなく黒のワンピースに身を包んだ少女。
あのかっけぇデバイスを持っていた魔導師のガキだ。


「今日は魔導師してねぇんだな。買い物か?」

「はい。ええっと、鈴木さんは……」

「俺ぁ今戦ってきたとこだ。つうか隼でいいし敬語もいらん。ガキが畏まんなよ、気持ち悪ぃ」

「う、うん」


そう言いながら俺はガキと並んで歩く。行き先はガキの向かう方。どうせ暇だし、適当について行く。


「えっと、今戦ってきたって言ったけど……」

「あ?ああ、約6時間にも及ぶ激闘をな」

「6時間!?そ、そんなに戦い続けてたの?」

「おうよ!まっ、ホントはもっとやるつもりだったんだけどな。当初の予定では帰る時間は9時くらいだった」

「9時!?わぁ~、すごいね隼。そんなに魔力持ってるんだ?」

「あん?魔力?……なんの話だ?」

「え?何ってだから戦ってたんだよね?」


なーんか話が噛み合ってねーな。いや、まあ、こいつがどう勘違いしてんのかは何となく分かるけどよ。
俺がいう戦いはパチンコ。こいつのいう戦いは純粋に戦闘行為。
馬鹿?てか、戦いっつうのを一つの表現じゃなくて文字通りの意味に捉えるか、フツー?このガキ、どんな人生歩んでんだよ。それともただの天然なアホの子か?

………まっ、おもしれーからこのまま話しを進めちまおう。


「そうそう。千切っては投げ、千切っては投げでもう俺大活躍よ!ただな、途中から分が悪くなっちまってよぉ。諭吉っつう隊長さんや一葉副隊長、それに漱石上等兵が何人も敵に捕まっちまったんだよ」

「えっ……そんな……」

「だがそこで諦める俺じゃねえ!なんと4人目の諭吉を前線に投入してすぐに大爆発!一気に戦況がひっくり返ったわけだ。そして捕虜だった仲間達が次々に戻ってきたわけよ」

「すごい!」

「けど、こっちも被害が大きくてな。これ以上の深追いは危険と判断し、撤退。最終的には痛み分けで今日の戦いは終わったんだ」


そう言い終わりガキの様子を窺うと、ガキはまるで英雄譚を聞かされた時ような興奮した顔でこちらを見ていた。しかも、その英雄譚の主役はどうやら俺らしい。『隼、すごい!』と顔に書いてある。

純粋というか、馬鹿というか……何か将来が心配になるな。
おもしれーからネタバレはしねぇけどよ。


「お、そうだ。お前にこれやんよ」


そう言って俺はポケットからお菓子を2~3個取り出した。
これはパチンコの玉が換金には僅かに足らず、よってお菓子と交換したのだが……ちょっと面白おかしく脚色して渡す。


「え、これ、貰っていいの…?」

「ああ、だが大事に食べてくれよ?これはな、散っていった仲間の遺留品なんだ」

「え!?」

「本当はな、もう一人漱石上等兵が帰ってくるはずだったんだよ。けど物資が僅かに足らず、結局こんな形でしか………」

「そんな……」

「だからせめてお前がそれを食べてやってくれ。お前みてぇな可愛い子に食べて貰えれば、帰ってこなかった漱石上等兵もきっと浮かばれるだろうさ」

「うん……うんっ!」


なんか涙ぐんでいるガキ。
純度100%の天然ミネラル水か、お前は。どれだけ心が綺麗なんだよ。やべぇ、流石に罪悪感が…………まあ、いいか。


「おっと、もうこんな時間か。わりぃけど、次のミッションの時間が迫ってっからここでお別れだ!」

「あ、うん。頑張ってね、隼!」

「おうよ!」


いやぁ、なかなか愉快な時間を過ごせたな。さて、次は帰ってヴィータで遊ぶとするか。

……あ、そういやあのガキの名前まだ聞いてねーや。



[17080] ヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/03/26 21:05


「シャ~マ~ル~ちゃ~ん、今なんて言いました~?」

「ええっと…ね?」


3日後から始まる連休を前に、今日、この日。俺はバイトから帰ってきて早々怒りメーターがフルスロットルしてしまう自体に陥った。
その原因はシャマルの一言。


「皆で旅行に行きたいな~……なんて」

「シャ~マルッ、今なにをほざいた~?」

「あう……」


一体全体なにを思ったかシャマル、今朝まではそんな事微塵も言ってなかったのにバイトから帰ってきてみればこれだ。
普段からあまり要望という要望が出ないこいつらに対して(ヴィータ以外)、それはあまりにも意外な要望、お願い。
俺だっていつも美味い飯を作ってくれるシャマルの願いとくれば無下にはしたくない。叶えてやりたいさ。

だが物には限度っつうもんがあんだろ!


「シャマル?あんま調子ぶっこいてっと、クラールヴィントで亀甲縛りしてベランダから吊るすぞ?」

「うわ~んっ、だってぇ!」

「だってもクソもあっか!うちの経済状況知ってんだろ!エンゲル係数の跳ね上がり方知ってんだろ!寝言は布団の中か俺の腕の中で言え!」

「うぅ~っ……」


ったく、そんな恨めしそうな目で見んなよ。マジでどうした?シャマルってこんな我が侭な子だったっけ?

そんな俺とシャマルのやり取りを横で見ていた他の騎士たち。その中で見かねたシグナムがシャマルに注意した。


「シャマル、主隼が困っているだろう。無理を言うな」

「だってだって!高町さんが家族で今度の連休に温泉旅行行くっていうんだもん!それを凄く楽しみにしてるみたいで。私もどんなのだろうって、パンフレット見せて貰ったり話を聞かせてもらったりしたら行きたくなって、それで………」


高町さんとはシャマルがバイトをしている喫茶翠屋の店長夫婦。シャマルがバイトを始める際に一度ご挨拶に行ったのだが、すごく人の良い夫妻だったのを覚えている。しかも、俺くらいの息子さんがいるらしいが見た目が異様に若い。普通に20代で通るくらいだ。
まあ、それはさておき。
シャマルの弁は分かったが、だがそれだけの理由にしては今回強情すぎるような気がする。そしてそれは他の者も思ったのか、今度は夜天が口を挿んだ。


「シャマル、理由は本当にそれだけなのか?」

「…………そういう経験がないから」


あん?


「私達、ずっと本の中で眠ってたでしょ?そしてついこの前起きたばかりで……だから、家族で遊ぶとかそういうの経験してみたくて……そんな中でハヤちゃんも楽しんでくれたらなーって……最近夜と朝しか一緒にいられないし……」

「……………」


ンだよ、それ。……あークソッ、めんどくせぇな!理由なんて聞くんじゃなかった!自分勝手な我が侭だって事で済ませとくんだった!
ハァ……こんな事言われたら頭ごなしに駄目とは言えねーじゃんよ。

俺は頭をガシガシ搔くとシャマルを見る。彼女は俯いてシュンとなっていた。


「あー…シャマル?お前の気持ちは分かるし、俺の事も考えてくれてんのは嬉しいけどよ……やっぱ現実問題として旅行は厳しいわ。な?分かんだろ?」

「はい……」

「………ワリーな」


俺は立ち上がるとベランダに向かい、そこでタバコをふかした。部屋の中を見れば未だ俯いているシャマルが見える。
……タバコ、あんま美味くねぇな。


(旅行ね……まっ、確かに行けるなら行きてぇけどさ)


だが現実はなかなかに厳しい。その証拠に未だにお色気ハプニングの一つも起こっていないんだからな。お風呂入ってたらとか、トイレの扉開けたらとか、お着替えシーンとか!

連休は3日後から始まる。温泉旅館の1泊の料金は安くても一人2万くらいだろう。交通費は飛んでいけば掛からねーけど、諸々の雑費含めれば3~4万。6人で20万前後。
俺の現在の全財産が約5万。
仮に旅行に行くなら、あと約15万を連休が終わるまでの数日の間に作らにゃならん。


(無茶、無謀、厳しすぎ。どだい叶うはずない望みだ)


だと言うのに、そんな俺の意思に反するように手がポケットの携帯に伸びるのだった。










時間は流れて世間は連休入り。高町家も予定では今日旅行へと出発したはずだ。

世間が連休ならうちも例に洩れず連休……とはいかず、連休初日の今日もばっちりとバイトが入っていた。俺、シグナム、夜天、ザフィーラがパチンコ屋に。シャマルは高町さんのいない翠屋へ。ヴィータは最近マイブームらしい野球をしに。

連休だろうと鈴木家はいつもと変わりない1日が過ぎていった。シャマルも次の日にはもういつもの彼女に戻っていた。我が侭、文句を言わず美味い料理を作り、笑顔でバイトへ。
旅行はきっと今でも行きたいと思っているだろう。だが、主の俺に強硬な姿勢をいつまでも取れる彼女じゃない。それに家の懐事情も分かっている。だから、旅行なんて考えは忘れようとしている。
それが賢明だ。
望んでも手に入らないものなんて、素直に諦めるか忘れるかするしかない。

よく言うだろう?人間、諦めが肝心ってな。

だから俺はこの日の晩、飯を食い終わった皆の前で高らかと宣言した。


「明日から1泊2日で海鳴温泉に行っからな。各々準備しとけや」


はッ!人間、諦めが肝心?わりぃけど、俺そんな物分り良くねーんだわ。それに無茶で無謀で厳しいけど、無理じゃあなかった。
学生時代の友人、バイト先の先輩・同輩・後輩に金を借りまくったんだよ。バイト終わりにあっちへ飛んでこっちへ飛んで。時には頭を下げ、時には脅し。

いや、マジ苦労したわ。15万だぞ、15万!フリーターに15万は大金だ。それ持ってパチンコに行きたい衝動抑えるのに苦労したぜ。

あ~あ、ホントこいつらと住むようになってから金がアホのように消えていく。


「旅館は4人部屋でちっとばかし狭いけど、それくらい我慢しろよ?ああ、それとバイトのシフトは俺が勝手に電話して変えといたから心配すんな」


ホント、めんどかった。金借りたついでに後輩にはさらに代わりにシフトに入って貰ったり、シャマルが世話んなってる翠屋にも無理言って休みのお願いしたし。旅館も4人部屋とはいえ、そこが取れただけで奇跡なんだぞ?


「いいか?こんな贅沢すんのもこれが最後だかんな?もうマジで金が───って、おい、お前らなんか反応しろよ」


見れば5人は口や目を見開いてポカンと固まっている。誰も一言も発しない。

ンだよ、反応わりぃなー。今回、俺結構がんばったんだぞ?労いの言葉とか、せめて嬉しがるとかしろよ。


「おいおい、何よそのリアクション?もっとさ、ヒャッホーイって感じで嬉しがるとかしねぇ?それか主に対してお褒めの言葉とかさ。いや、まあ頑張ったっつってもダチから金借りただけだけどよぉ」


皆の喜ぶ反応を期待してただけにちょっと拍子抜けだった。……まっ、別にいいけどよ。

俺は一つため息をつくと、ビールを取りに行くため立ち上がった────その時。


「ハヤちゃんっっ!」

「ぐべぇ!?」


いきなりシャマルに抱きつかれ、俺は突然の事だったため支えきれずシャマル諸共後ろに倒れた。しかもその際、後頭部に机の脚の鋭角な部分がクリーンヒット。


「うわ~ん、ありがとうございます~っ」

「あ、おおおおああああっっ!?」


喜びを体全体で表現してきてくれた事はとても嬉しい。こういう反応が欲しかったのは事実だ。そして、さらにシャマルの体の柔っこさを味わえるのもGOOD。いい匂いもするしよ。

ただそれ以上に頭の痛さが尋常じゃねー!!


「ハヤちゃんハヤちゃんハヤちゃん!!」


俺の名を連呼しハグしてくれるのは大変嬉しいが、こちとらそれを楽しむ余裕のある状況じゃねー!頭がぁぁぁぁ!!


「シャマル、落ち着け。……このっ、いつまでも主に引っ付くな!!」


シグナムの一喝とその行動により、ようやく俺の上からシャマルが退いてくれた。そうなった事で俺も余裕を取り戻し、改めて後頭部を確認。
……よかった、血ぃ出てねーや。


「おーイテ。ぱっくりザクロになってっかと思ったぜ」

「うぅ~、ごめんなさい、ハヤちゃん……」


シャマルも落ち着きを取り戻したようで、とても申し訳なさそうな顔で謝って来た。


「ああ、気にすんな。部分的に気持ちいい所もあったしよ。それよか旅行だよ旅行。改めて聞くけど、嬉しいか?」

「はい!」


ん、そりゃ良かった。そんな花の咲いたような笑顔を貰えりゃ、俺も頑張った甲斐があるってもんだ。


「うし!ンじゃあ、明日は朝の8時に出発だ。って訳で今日はもう全員風呂入って寝ろ。明日7時までに起きなかった奴ぁシバキまわすぞ!」


あ~あ、それにしても借金が15万か……ガッツリバイトしても返済は軽く1月以上かかるな。あ、いや来月にはシグナムたちのバイト代も入るから何とかなるか?……なったらいいなぁ。
取り合えず今は笑っとけ。わははははははははははははははははは~~~ん!!









翌日、空は快晴の一言。天にはサンサンと輝く太陽、眼下にはクソ虫のような群集や建物。
ここは地上数百メートル地点の空。時刻は朝の7時過ぎ。

今日は朝の6時に起きた俺。流石に早く起きすぎたかと思っていたら、なんと他の者はもうすでに着替えを済ませ、いつでも行ける状態になっていた。
そして意外だったのはシグナムが特に行く気マンマンだったのには驚いた。昨夜、温泉に入った事のない皆に俺が「温泉は気持ちいいぞ?うちの小っせぇ風呂なんて水溜りに等しい。生きて極楽味わえんぞ」なんて事を言ったのだが、それでかなり楽しみになったらしい。シグナムの奴、今日の起床時間は午前4時とのこと。どんだけ楽しみにしてんだよ。

また、シグナムほどじゃねーけど皆もかなり楽しみにしていたらしい。
早く行こうとせがまれた為、朝飯もそこそこに家を出たのが7時と予定より1時間も早まってしまった。


「はい、ちゅうもーく。こっちガン見しろー。いいか、今から俺たちの行く旅館はここ。で、今俺たちのいる場所はこの辺りだ。頭ん入れたか?」


俺は持ってきていた地図を広げ、皆に見えるように掲げながら場所を指す。


「そんな確認なんてどうでもいいから早く行こうぜ!」


逸るなよヴィータ。話はここからだ。


「ただ飛んで行くだけじゃおもしんねーだろ?だからここは一つ、競争でもしようじゃねーか。誰が一番早く着くかってな」


俺、勝負事って好きなんだよな。……特に勝ちの見えてる勝負が!


「へっ、おもしれぇ」


やはりノッてきたヴィータ。他の者もやれやれという顔だが、別段イヤそうではない。


「よし、ンじゃあ一列に並べ。いいか?俺が『よーい、どん!』って言ったらスタートだかんな」

「ハヤちゃん、1番になったら何か賞品って出るんですか?」


お、シャマルものりのり?いいね~。

賞品ねぇ、まっ、俺が勝つからなんでもいいんだけど……よし。


「1番じゃなくても俺に勝つことが出来たら、その勝った奴の言う事を何でも一つだけ聞いてやんよ」

「「「!!」」」


俺がある種お約束な賞品を言った瞬間、シグナムとヴィータとシャマルの目の色が変わった。超やる気マンマンだ。

おいおい、いいのかよ、騎士がそんな欲だして?
まっ、こいつらがどれだけ頑張ろうが俺にはぜってぇ勝てねーけどな!我に秘策あり、だ。


「位置についたか?ンじゃ、行くぜ───」


…………………ッ!


「よどん!」

「よどんって何だよテメーーーーーーーー!!」


スタートの合図と同時に飛び出した俺。後方でヴィータがなんか叫んでいる。

よどんってのは『よーい、どん!』の略だよ略。え、ずるいって?ンなの知ったこっちゃねーよ。


「まてやコラーーーーー!!」


怒声を上げながら追走してくるヴィータ。たぶん、他の奴らも少なからず怒っているだろう。だがな、勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ!

それに俺のターンはまだ終わっちゃいねえ!


《夜天、やれ!》


俺が夜天に念話を送る。それと同時にまたも後ろからヴィータ達の声が俺の耳に届いた。


「なっ、バインド!?」

「これはっ……夜天、あなた!?」

「夜天、テメーこのやろう!お前、隼とグルだったか!」

「ぐぬっ…!」

「すまない、お前達。主にお願いされて……」


はははっ、馬鹿め!俺は勝ちに行くためなら何でもすんだよ!夜天には事前に裏工作済みだ!
そしてさらにそこから夜天とユニゾンすることで飛行速度を向上。他を突き放す!


《主、心が痛いのですが……》

「気にすんな!俺は気にしない!」


あとはこのまま速度を維持しつつ、ゴール直前でユニゾンを解除。俺が一番にゴール。

───そんな未来が俺には見えたのだが、どうやら世の中は……てか、あの騎士共はそんなに甘ぇ奴らじゃなかった。


「んごっっハァァアア!!??」

《ぐッ!?》


突如、何か大きな衝撃が背中を襲った。まるでゴルフボールが3~4発ぶち当たった時のような衝撃と痛さが背中に奔り、おもわず空中でもんどりうってしまった俺。
何かが飛んできたであろう後ろを見てみれば、バインドを解いたヴィータがアイゼンを構えていた。その手には鉄球。


「あ、あ、あんのクサレロリータァァァアアア!」

《ま、まさかシュワルベフリーゲンを撃ってくるなんて…それにいつの間にか結界まで》


今までアイゼンで殴ってくる事はあっても魔法までは使ってなかったヴィータ。それをとうとう使いやがったよ!

やってくれんじゃねーか、どちくしょうが!あとで覚えて──────オイ?


「なあ、夜天。なんか隣にいるシグナムも物騒な構えとってねぇか?」

《さらに言うならシャマルも鏡を出しています……》


次の瞬間、シグナムが空牙を放ち、顔の横からはシャマルの綺麗な手が出てきた。それを間一髪で避けるも、今度はまたヴィータから鉄球が。
どの攻撃も本気ではないようだが、それでも当たったら確実にイテーぞ!

唯一、ザフィーラだけが疲れたような顔をして傍観している。ただ止める気はさらさらないようだ。


「主隼。私としてもとても遺憾ではありますが、少しばかりお灸を据えさせて頂きます」

「夜天もちょっとヤンチャが過ぎますよ?」

「隼も夜天も一回グチャグチャにしてやんよ!」


どうやら相当怒っているらしい。まあ、確かに主らしくない行いだったからな。騎士のあいつらにとっては卑怯な行為というのは騎士道精神に反するんだろう。

だがな?だからって大人しく攻撃される俺じゃねーぞ!その喧嘩、買ってやんよ!


「下僕の分際で上等くれてんじゃねーぞコラァ!全員まとめて相手してやんよぉ!かかって来いやオラァ!!」

《ああ、もう、また主は……》


右手に杖を持ち、ブンブン振って挑発。
左手にエネルギー弾もとい魔力弾を作り出して相手に突き出すように向ける。

相手も攻撃の構えを取った。


「ビックバン──」

「飛龍──」

「シュワルベ──」

「脳漿を──」


………いっぺん死にさらせや!


「アタック!」

「一閃!」

「フリーゲン!」

「ブチ撒けろ!」


結局、競争は無効となり旅館への到着は軽く昼過ぎとなった。










「あ~~~、疲れたぁぁぁぁ」


旅館にチェックインした俺たちは部屋に案内してもらい、中ですぐさまぶっ倒れた俺。
その原因はさっきまでどんぱちやってたせいだ。この精神から来るような疲れがきっと魔力がなくなったということなんだろう。

そう、俺の魔力は先の喧嘩で空っぽになった。夜天とユニゾンしていたとは言え、魔力の制御が下手糞な事には変わりがない。夜天の忠告も聞かず、ムキになって魔力弾撃ちまくったらこのザマだ。魔法戦なんてやったことがなかったとは言え、情けねぇ限りだ。
一方、俺の喧嘩相手の3人はというと……。


「主隼、大丈夫ですか…?」

「ごめんなさい、ハヤちゃん。私もおふざけがすぎました」

「………ふん、自業自得だ」


と、疲れを全く見せず、逆に俺が気づかわれる始末。
流石はブルーメリッターとかいう騎士だ。結構な戦闘行為だったはずなんだが、まるで平気なご様子。伊達で騎士名乗ってんじゃねーんだなと関心。


「ああ、気にすんなよ。ちょっと癪だがヴィータの言う通り自業自得。俺に構わず温泉入って来いよ」


そう言ってみたが3人はまだ心配顔で此方を見てきたので、俺は再度行けと強く言うと渋々ながらようやく温泉に向かって行った。また夜天とザフィーラも俺の傍を離れるのを渋ったが、これも俺が半ば命令で温泉に行かせた。
残った俺はというと旅館の冷蔵庫に入っている高いビールを飲み、一服したあと温泉街へと繰り出した。精神は疲れているが肉体はそうでもないので歩くのは苦ではなかった。

温泉街はよくも悪くもありきたりなものだった。
饅頭、お茶、キーホルダーといった定番な土産を置くお店とお食事処。宿泊客らしい浴衣を着た人も数名窺えた。
結局、俺はアイスクリームを一つ買っただけで温泉街を後にすることにした。やっぱり俺も温泉入っときゃあ良かったと思いながら踵を返し、旅館へと戻る道を歩いた。

────その店を見つけたのはそんな時だった。


「あれから何年ぶりだぁ?前は京都にあったのに今度はこんな所に……相変わらず神出鬼没な店だなぁオイ」


変わらず古めかしい木造建築。人の寄り付きそうにない店構え。扉の横には申し訳なさそうに立ててある店名が書かれた看板。


「さて、見つけちまったからには入らねぇわけにはいかねーな。あんな古本渡しやがったんだ、文句の一つも言わねぇとよォ!」


なんでも屋『アルハザード』。

数年ぶりに見たその店はやはり不気味なほど変わり映えしていなかった。





[17080] ゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/04/13 03:44

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」


数年前とまったく変わらない言葉と共に店の奥から姿を見せた男性は、案の定その容姿も数年前と変わりがなかった。
知的な眼鏡とバーテンダー風な服装の男性。皺のまったくない潤いを持っている顔は20代後半に見え、やはりそれも数年前と変わりない。

本当に気持ち悪いほど変わっていない。数年前から……いや、初めて会った時からか。


「おやおや?……ふふ、またまた君ですか。どうもお久しぶりです」


数年前と同じようにやはり俺の事は覚えていたようだ。

男性は笑顔で近寄ってくるとまたいつかの観察するような目つきになり、少しして眼鏡をクイっと押し上げてその笑みをより濃くした。


「どうやらあの子は起きたようですね。お疲れ様です」

「……あんた、ホントに一体何モンなんだよ?」


男は小さく声に出して笑うと奥へと引っ込み、やがて二つのティーカップを持って戻ってきた。


「どうぞ、そこの椅子に掛けて下さい」


そう言うと男は勧めた椅子の対面に位置する椅子に座り、それぞれの前に紅茶の入ったカップを置いた。


「まずはお礼を言っておきましょうか。あの子たちを受け入れてくれてありがとうございます」

「よく言うよ。ガキん頃の無垢な俺にあんな得体の知れん古本を寄こしといて」


俺の言葉に可笑しそうな笑みを浮かべる男性。
以前から思ってたが、ホントなに考えてんのか分かりずれぇ奴だ。


「あんた、何モンだ?」


先ほど答えが返ってこなかった問いをもう一度ぶつける。しかし、また男性は口を意味深な笑みの形にするだけ。

やりずれー……。


「魔導師、なんだろ?夜天の写本なんてモンを作れるくらいなんだから」

「そうですね、間違ってはいません」

「あん?合ってもねぇのか?それとも何か足りない?」

「ふふ。さて、どうでしょう?」


こ、こいつ、マジでやりずれー!飄々としてのらりくらりと言及をかわしやがる。

男性の言動に少しイラっとなる俺。気を落ち着かせるため紅茶に手を伸ばそうとした時、また図ったように男性が唐突に言葉を発した。


「アルハザード」

「?」

「それが答えです」

「は?」


いや、答えって……それここの店名じゃん。それともその言葉自体になんか意味あんのか?
どっちにしろわかんねーよ。

もう俺は本や男性についての追求はやめる。知ったところでどうなるってわけじゃねーし、今更写本も返すつもりはねぇからな。ありゃあ、もう俺のモンだ。
というわけで、今からはレッツ愚痴&文句タイム!


「よぉ、店長さん。あんたなら察してるかもしんねーけど、かなり大変だったんだぜ?つうか現在進行形で大変なんだよ。金が馬鹿みたいにかかるし、一人クソ生意気なガキはいるし」

「ふふ。ええ、お察ししますよ。でも、実はそれ以上に嬉しいでしょう?美人の女性3人や幼女と同棲出来て」

「まぁな……って、そうじゃねーよ!苦労してんだよ!」


いや、実際はあんたの言う通りなんだけどよ!でもここでその流れは違くねぇか?てか、店長もやっぱ男だなオイ!


「良かったじゃないですか。苦労は苦労でも原因が女性なら、男としては本望でしょう。それで不満の声をあげるなんて贅沢ですよ?」

「あんたのその考え方に不満の声をあげる!」

「とっても大きな子、大きな子、ほどよく大きな子、ぺったんこな子、よりどりみどりじゃないですか。さらに獣耳な男の子まで……どんな趣味でもばっち来いじゃないですか」

「あ、あんたなぁ……」


この人、こんなキャラだったか?数年前はもっとミステリアスな印象だったぞ?


「魔法生命体とはいえ身体の作りは人間のそれ。しかも皆君を慕っているでしょう?一体何が不満……あ、もしかして不能ですか?」

「全開だよ!」

「では一体なにが……」

「だからっ……あークソ!」


ホントに調子狂うな。なにをどう言って、どこから突っ込めばいいか……。

頭を抱える俺を他所に男性は何かを考え込み、少ししてポンっと手を打った。その顔は人が何かを閃いた時のそれだ。
………なんか嫌な予感が。


「不能ではなく全開…つまり絶倫!なるほど、不満だったのは数ですね!」

「オイ、ちょっと待てやコラ」

「女性の守護騎士4人では足りないと、なるほど。いいですね~、若いって。しかし、それが分かれば解決は簡単!女性の数が足りないなら増やせばいい!ちょっと待っててくださいね」

「待てっつってんだろうがぁぁ!」


俺の訴えも空しく、男性は俺を色魔か何かと勘違いして奥に引っ込んでいった。
つうか、増やすってなんだよ?数を増やす?おいおいおい、あんまいい予感がしねーぞコラ!まさか女性をつれて戻ってくるなんて事は……。

しかし、その予感は外れ。
程なく戻ってきた男性の手には薄っぺらの紙が1枚だけ。女性はいない。………少しだけがっかりしたのは秘密だ。


「ンだよ、それ」

「これはですね、君にあげた写本の1ページです。写本を作る時、安全装置代わりに予め数枚抜き取っておいたんです」

「安全装置?」

「はい。私の書いた写本が悪用されて害を及ぼすものになったら嫌ですからね。この抜き取ったページを燃やせば、写本本体も消滅するようにしておいたんです」


おいおい……過激っつうか、用意周到っつうか。てか、そんな心配すんならハナっから渡すなよ。それも今更だけどよぉ!


「それで?なんで今そんなモン出すんだよ」

「ところで君は『王様みたいな傍若無人な子』『天然でアホのボクっ子』『丁寧で落ち着いた物腰だけど、ちょっと物騒な子』、この3つの中で選ぶならどんな子がいいですか?」


人の質問には答えず、逆にそんな事をいきなり質問された。

聞けよ俺の言葉。それにあんたの質問は意味も意図も分からん。


「おい、いきなり何を──」

「どれです?」

「………なんだっつうの。ンじゃ、3番目」


訳分からんが答えにゃ先に進みそうにないので、特に考えず適当にそう言った。

俺の言葉を聞くと男性は一つ頷き、持ってきた紙に懐から出した変な形のペンであのまったく解読不能な文字をサラサラと書き出した。


「なに書いてんだ?つうか、それってどこの文字?」

「…………」


返事なし。集中しているようで、俺の声などまったく耳に入っていない様子。ホントなんなんだ?
手持ち無沙汰になった俺は紅茶を飲みながら待つこととにした。

それから約10分後、いい加減もう帰ろうかと思っていた時ようやく男性に反応が見られた。


「───うん、完成。どうです?」


そう言って紙を俺に見せてくる男性。しかしながら、その書いてある文字の読めない俺。どうだい、と聞かれても答えられるはずがない。よって適当に返す。


「ふーん。で、結局それはなんなんだよ?」

「さっきも言ったようにこれは夜天の写本の1ページ。白紙のまま抜き取ったとはいえ、その在り方は変わりません。そこに私がまた新たに魔導を書き込んだんですよ。だから、そうですね……いわばこれは夜天の写本の断章」

「はあ、断章ね」


正直よく分からん。数を増やすとかなんとか言っていたけど、まさかそれはその断章を写本にくっつけてページ数を増やすって事か?


「で、その断章をどうすんだよ?」

「もちろん、改めて写本に入れてきちんとした章にします。ああ、ちなみにこの章は『理』を司ってます」


ああ、やっぱページ数を増やすだけか。女性を増やすとかどうのこうの言ってたけど、それはどうやら俺の勘違いだったようだ。
つうかさ、もうそうしたら写本じゃなくね?その断章って完璧オリジナルだろ?それとも正本にもちゃんと理の断章ってのがあんの?………まっ、どうでもいいけどよぉ。

俺はその断章についての詳しい説明も聞かず、写本を呼び出しさっさと新しいページを入れた。そして一言挨拶すると踵を返して出口に向かう。
もういい加減帰りてぇんだ、本当にこの男性の相手は疲れるから。


「ンじゃ、もう行くわ。茶ァありがと。もうこの店見つけても入らねーからよ」


そう言って出て行く俺は、しかしドアを開けたところで男性に呼び止められた。続けて言われた言葉はやっぱり訳が分かんねーモンだった。


「近いうちに写本に魔力を与えてみてください。面白いことがおきますから。あ、でも与える魔力は君や騎士たち以外じゃないとダメですからね。それとその魔力の持ち主は女性の方がいいですよ?───では、またお会いしましょう」


俺はもう会いたくねーよ。つうか会わねー。
男性の存在を背中の向こうに感じながら、俺はなんでも屋『アルハザード』後にした。


───俺はこの時取り返しのつかない間違いを犯していたのだ。

───その断章はなんなのか?その能力は?……きちんと詳細を聞いておくべきだった。そして決して断章を写本に追加するべきではなかったのだ。

───後悔先に立たずという言葉を俺は後に体験することとなる。









アルハザードを出て温泉街を抜け、旅館に戻ってきた俺。この後は温泉に入った後、夕食までビール片手に部屋でゆっくりするかと考えていた。
シグナムたちはまだ温泉に入っているのか、それとも散歩にでも行ったのか、部屋には誰もいなかった。俺は鞄から着替えを取り出そうとしてここの浴衣があるのを思い出し、どっちを着ようか少し悩んだ後やっぱり浴衣を手に取った。
『やっぱ温泉と言えば浴衣か』、そう思いながら部屋を出て大浴場に向かおうとした時、ちょうどシグナムたちが帰ってきた。


「あ、ハヤちゃん、まだ温泉に行ってなかったんですか?とても気持ちよかったですよ」

「主の言う通り、温泉とはとても素晴らしいものでした。はい、もう本当に」

「ふふ、将は何度も露天と中の風呂を行ったり来たりしていたな」

「うちの小っせぇ風呂もいいけど、デカいのはやっぱいいな!泳げるし」

「風呂上りの牛乳が格別だった」


上からシャマル、シグナム、夜天、ヴィータ、ザフィーラの弁。
どうやら5人は温泉をいたく気に入った様子。顔を火照らせ満足げに笑っている。いつもは寡黙なザフィーラも小さく微笑んでいる。

俺もそんな皆の嬉しそうな様子を見て、温泉に来て良かったと改めて思った。


(浴衣姿万歳!!)


本当に来て良かった!

まずはシグナム。あの浴衣を押し上げているメガデス級メロン!浴衣という薄い生地な上、さらに胸部のみサイズが合っていないのでそこだけパッツンパッツンのピッタリフィット。お胸様の形が手に取るように分かる!───ああ、実に素晴らしい!!

次に夜天。いつもはリボンもなにも着けず、ただ降ろしているだけのストレートな髪形の彼女。それが今はどうだ!長い髪をアップにし、いつもはその髪で隠れている可愛い耳がちょこんと出ている。極めつけは儚げな色気を放っているう・な・じ!───ああ、むしゃぶりつきてぇ!!

3人目シャマル。健康的な白い肌が今はほんのり赤くなり、ホゥと吐息を吐く様はまさに艶の一言!さらに髪が数本僅かに顔に張り付いており、その色っぽさは倍率ドン、さらに倍!───ああ、めちゃくちゃにしてぇ!

4人目ザフィーラ。胸板!

5人目ヴィータ。特に見るとこ無し!


「いい……いいよ、お前ら!最高だ!俺の最高の騎士たちだ!!」


眼福すぎるぞコノヤロウ!しかも風呂上りだからいい香り付きだしよぉ!VIVA、VIVA、VIVA!!


「あの、主にそう言っていただけるのは光栄の至りですが、いきなりどうしたのですか?」

「なんでもねぇ、なんでもねぇぞ夜天。ただ俺の迸るハートと高ぶるビートのままに叫んでみただけだ」

「なに言ってんだか、コイツは」


ぺったんこのガキが呆れた目で見てくるが、どうぞ好きなだけ呆れろって話だ。今の俺はいろいろMAXだ!


「気持ち悪ぃな、へらへらして。さっさと風呂入って来いよ。……そんでゆっくり身体休めろ」


OK、ツンデレ。確かにそろそろ気を落ち着かせねぇと風呂入る前にのぼせちまう。

俺は最後に今一度3人を見た後、興奮冷めやらぬまま大浴場へと向かった。







大浴場にはおおよそ10名の男たちがいた。それが多いのか少ないのかは分からないが、温泉は広いのであと10名増えても狭くは感じないだろう。
俺は桶で湯をかけ、タオルが湯に浸からないよう温泉に入った。この温泉の効能がどんなものかは知らないが、やはり大きな風呂というのはそれだけで気持ちいい。外には露天も見えるので後で行ってみよう。


「おや?……もしかして鈴木さんですか?」


肩まで温泉に浸かり目を瞑っていた時、ふと俺を呼ぶ声が聞こえた。そちらに目を向けてみればそこには古傷だらけの引き締まった体をもつ男性が一人。

シャマルのバイト先の喫茶店の店長、高町士郎さんがそこにいた。


「あ、高町さん。どうもこんにちは」

「どうも。いやぁ、どこかで見た顔だと思いましたがやっぱり。今日はどうしてここに?」


言いながら高町さんは俺の隣に入ってきた。


「ええ、ちょっとシャマルのやつに旅行に行きたいとせがまれて……あ、シャマルがいつもお世話になっています」

「いえいえ。シャマルさんは人当たりがいい上料理も上手ですからね、こちらも助かっていますよ」

「それは何よりです。どんどんこき使ってやってください」


一度挨拶に行ってそれっきりなのに、まさか俺の事を覚えているとは驚きだ。それにガキの俺に対しても丁寧な物腰で……こういう人がきっとデキた大人というやつなんだろうな。俺にはなれそうにない。


「それにしてもいいですねぇ、彼女と旅行なんて。俺もたまには家内とふたりっきりで旅行にいきたいですよ」

「はは、いいじゃないですか、家族で旅行も。それとシャマルは彼女じゃないですよ。姉…いや、妹?まあ、家族のようなモンです」

「家族……?あ、いや、そうですか、彼女さんじゃなかったんですか。これは失礼」


高町さんは俺とシャマルが家族だというのを少しだけ訝しんだようだ。まあ、そりゃそうだな。明らかに血が繋がっているように見えないし。ただそこで詮索してこない高町さんはやっぱり大人だ。


「そちらは今日はご家族で?」

「ええ。うちとうちの息子の彼女の家族と娘の友達で」

「はあ…それはなんとまぁ大人数ですね。お疲れ様です」

「ハハ、いや疲れている暇もありませんよ」


日ごろは喫茶店の経営に休日はこうやって家族サービス。お父さんという立場は中々大変だよな。

それから俺と高町さんは雑談しながら一緒に風呂に入り一緒にあがった。

俺はシャマルがお世話になっているお礼とお疲れ様の意を込めて、売店で瓶ビール2本とおつまみを買い、近くの休憩スペースにある椅子に座って高町さんと軽く飲み合うことにした。


「フリーターか。いや、でもこのご時勢それもしょうがないさ。どこでもいいから就職したいっていうならともかく、隼君はきちんとした企業に就きたいんだろう?ならゆっくり時間をかければいいさ」

「そう言ってもらえるとありがたいッス。うちの親は早く仕事に就けの一点張りで」

「ハハ。それも君を思っての事、親心さ」


軽い酒宴に入って1時間。俺と高町さんの口調は少し砕けたものとなり、お互い酔いが回ってきたのか歳の差を気にしないで話し合っている。

ちなみにテーブルの上を見れば空のビール瓶がすでに5本。……あ、これで6本目。
あん?軽い酒宴じゃないって?気にすんなよ。


「あれ?もうねぇや。ちょっと買ってきますね」

「ああ、いいよいいよ、俺が買ってこよう」

「いえいえ、俺が」

「まてまて、俺が」

「それじゃあ俺は待ってますよ」

「いや、やっぱり俺が待とう」

「ンじゃあ、俺が──」

「それじゃあ、俺が──」


財布片手にお互いが行く・待つを交互に譲り合い。俺ら一体なにしてんだろうね?この場が3人ならダチョウさんのお家芸が出来んのに。
つうか俺も高町さんも結構酔ってんな。

そんな調子で10回くらいやり取りを繰り返していた時、いつまでも続くんじゃないかと思われていたコントは一人の少女の登場によって唐突に終わりを迎えた。


「お父さん、なにしてるの?」


歳は10歳前後、少し湿った茶色い髪と浴衣姿からどうやら風呂上りの様子。高町さんのほうを向いて「お父さん」といった事から、どうやらこのガキは高町さんの娘さんのようだ。その証拠に高町さんがそのガキの姿を見てだらしない笑顔になった。


「ん?おお、愛しのマイドーターなのは!」

「うっ…お酒臭い…」


高町さん、酒が相当キてんな。テンションが明らかにおかしい。


「隼君、これが俺の末の娘のなのはだ。で、なのは、この人は鈴木隼君。立派なフリーターだ」

「あ、えっと、高町なのはです!」


ちょこんと頭を下げたなのは。その顔からは若干の緊張が見て取れるが、それでもきちんと目をみて元気良く挨拶してきた。
流石は高町さんの娘、デキたガキだ。ヴィータにも見習わせてぇよ。


「おう、よろしくな。高町さんのガ──娘さんだ、親愛を込めてなのはと呼ぼせてもらう。なのはも俺んことは好きに呼べや。そうだな…『ハヤさん』なんかがオススメだぞ」

「ハヤさん?」

「おうよ。で、敬語とかもいらねぇからな。ガキはガキらしくだ!わぁったか?」

「えっと…うん。よろしくね、ハヤさん」


なんとも素直な奴だ。ガキらしい無垢な奴。

俺はなのはの頭をガシガシと大根を摩り下ろす感じで撫でる。それを受けたなのはは「きゃ~~」とか言って喜んでる。
いいね~、こういうガキらしいガキは大好きだ。


「突然だがなのは。これでビール1本買ってきてくんねーか?釣りはやっからよ?」

「隼君、なのはじゃ売ってもらえないよ」

「んあ?ああ、確かにそうっすね。……よし、ンじゃ一緒に行こうぜ、なのは!」

「え、でも飲みすぎなんじゃ……」

「ダイジョブ、ダイジョブ。ついでに菓子も買ってやっから、ほら行くぞぅ!」

「わわっ…!」


俺は渋るなのはの背を押し、おぼつかない足取りで売店へと向かった。そこでビール数本となのはのお菓子を買ってすぐに戻り、また酒宴開始。


「ほら、なのは。隼君に注いであげなさい」

「お?ワリーね!よし、お兄さんがお小遣いをあげよう!」


と、そんな感じで飲み続けることさらに30分。酒によりテンションあげあげ状態。気づけば何か知らんガキが2名増えていたが、それも特に気にせず俺と高町さんはさらに飲み続けた。


「お、お父さん、飲みすぎだよ」

「は、隼さんももう止めた方が……」

「ちょっと隼!臭い息吹きかけんじゃないわよ!」


なのはとその友達らしき少女A・Bに注意されるも、アルコールが回り完全にデキあがった俺と高町さんが聞くはずがない。ぐらぐらと揺れる視界をもって「ダイジョブダイジョブ」と答えた。

てか、少女A・Bはなんで俺の名前知ってんだぁ?つうか誰?いつの間に友好を築いたっけ?それより何よりいつからここにいる?………どうでもいっか!酒も美味いし。


「はい、ちゅうも~く!いきなりだけどここで一つ手品をしま~す!」

「お、いいね~。やっぱり酒の席には余興がなくちゃな!やれやれ!」

「………この酔いどれ共め」

「ア、アリサちゃんっ!」

「にゃはは……」


俺は持っていたコップを置き、椅子から立つと柏手を一つ。……その拍手に特に意味はねー。強いて言えば今からやりますよー的な?


「今、俺はなにも持ってませんよね?もちろん浴衣の中にも何もありませ~ん」


俺は手をぷらぷらし、浴衣の中にも何も隠し持っていないと証明するため上半身だけ浴衣を脱ぐ。そこで高町さんから「よっ、ナイス筋肉!」なんて言葉を貰ったので、調子づいた俺はポーズまでとってみた。


「えー、では今から俺が何をするかと言うと。何もない所から一冊の本を取り出してみたいと思いま~す!」

「よぉっ!待ってました!」

「「あ、あははは……」」

「ハァ……」


テンションMAXな俺と高町さんを尻目に苦笑しているなのはと少女B、少女Aは呆れているようだ。

まあ、見てろやお前ら。その苦笑や呆れを感嘆の吐息に変えてやっからよぉ!


「では、刮目せよ!んんんんんん…………はい!」


俺は4人の目の前に夜天の写本を呼び出した。──そう、これが俺の手品。

もちろん、これを見ている観客が魔導師なら写本を呼び出す時の魔力の発生でタネが分かるだろう。それ魔法じゃねーか!ってね。
でも今目の前にいるのは喫茶店経営者とそのお子さん、そして名も知らぬ少女A・B。俺が魔導師なんて事が分かるはずがねぇ。


「おお!隼君、すごいじゃないか!てっきりチャチなものだろうと思っていたが、なかなか本格的!」

「ふはははは!でしょでしょ?」


いい反応をしてくれるな、高町さんは。なのはも先ほどまで浮かべていた苦笑いが消え、そこには驚きの表情しかない。少女A・Bもなのはほどじゃねーけど驚いている。

いいね~、そういう反応期待してました!


「よし、ノッてきた!次は魔法の杖を出しましょう!んんんんんん…………はぁいい!」

「おお!!」


今度はあの剣十字をデカくしたような杖を出した。それを見て高町さんは拍手喝采。少女Bからも小さくパチパチと可愛らしい拍手が。少女Aからは『なかなかやるじゃない』的な雰囲気が。なのはに至っては驚きで声も出ていない様子。

やっべ、たっのし!そういう反応されるとやりがいあんぜ!
4人は魔法ではなくちゃんとタネのある手品と思ってるし、もうこうなりゃやるとこまでやってやんよぉ!


「次!空中浮遊します!んんんんんん…………とぅりゃああ!」

「うおおお!!」


酒をしこたま飲んだため、あまり上手く魔力の制御が出来ず1メートルくらいしか浮けなかったが、それでも拍手喝采な高町さん。少女Aもさきほどと同じような反応で、少女Bの方は「すごい、すごい!」と先ほど以上に喜んでいる。なのはなんて驚き通り越してただただ呆然としてるようだ。

やべぇよ、注目されるのって気分いいじゃねーか。もう止まんねーぞ?みんなの驚く顔がもっと見てぇ!


「よーし!ンじゃ、次はとっておきのかめはめ波を────」


そう言いながら構えを取ろうとしたその時……。


「おのれは何やってんだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

「ぐぼアっっ!?!?」


いきなり横っ腹にでっかい衝撃が襲い、浮遊していたその場から数メートル吹っ飛ばされた。

俺は咳き込みながらも気力をもって立ち上がると、アルコールと今の衝撃で尋常じゃないほど視界が揺れているのも気にせず殴った犯人に詰め寄る。


「テメェこの残念まな板!なにいきなりアイゼンを横っ腹にブチかましてくれてんだ!?あやうく飲んだ酒リバースするとこだったじゃねーか、このタコ!」

「タコはテメーだ!中々帰ってこねぇと思ったら、なにこんなトコでデバイス出して魔法使ってんだよ!」

「違う!手品だ!!」

「意味わかんねーよ!」


結局、このクサレとぎゃあぎゃあ騒いでたら旅館の人に注意され(つうか注意してくんの遅くねーか?)、俺はクサレに引きずられながら部屋へと戻っていった。

戻り際、高町さんとはまた飲む約束をしておき、ガキ達にもまた手品見せてやるからと言っておいた。ただその時のなのはの表情が少しぎこちない笑みだったのはどうしてだ?




[17080] ロク話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/04/25 01:12


「うヴぉえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」


訳分からん奇声から始まってわりーな。今、どんな状況かというと部屋で盛大にゲロってんのよ。原因は言わずもがな先ほどまでやってた高町さんとの酒宴───だけではない。あの後、部屋に戻ってからもシグナムたちの静止の声も聞かず、一人で飲んだのだ。焼酎をロックで。

いんや~、まいったね。ちょい飲みすぎたわ。


「主、大丈夫ですか?」


そう言って俺の身を安じてくれているのはやっぱり優しい夜天。ちょっと前から俺の背中をさすってくれている。その優しい手つきは秘め事中の愛撫にも似て(経験はないが何となく)、艶かしささえ漂っているようだ。
そんな手つきで撫でられれば、いつもの俺なら狂喜乱舞でもしているだろうが、生憎と状態が状態。気持ち悪さで死ねる。


「ああ、私が代わってあげられたら……」

「夜、天……、お前は……本当に……、優し───う゛ッ!?」


言い終わらないうちにまたリバース。もう胃液しか出ない。

辛すぎる。二日酔いした時の朝に比べればまだ幾分マシだが、それでもこりゃ地獄だ。ホント、飲みすぎたわ。

仮家族での初めての旅行、高町さんとの語らい、可愛いなのはとの出会い……羽目外すのには十分な要因だ。


「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ~。少し落ち着いた」

「主、お水飲みますか?」

「いい。……今はなにを胃に入れても吐く自信がある」


俺はガンガンする頭を抱え、背中を夜天にさすられながら洗面所を出た。が、すぐまた洗面所に戻りたくなった。洗面所の扉を開けたら部屋に充満している食い物の匂い。
テーブルにはいつの間にか運ばれていた料理がずらりと並んでいた。


「大丈夫ですか、主隼」


そう言って近寄ってきた心配顔のシグナムに、しかし俺は笑みを持って答えられなかった。

料理の匂いでまたリバースしそうだ……。


「ったく。だからあれほどもう飲むなっていったじゃねーかよ」

「主はもう少し加減というものを覚えるべきかと」


耳が痛いヴィータとザフィーラの言葉。夜天とシグナムからの「おいたわしい」という視線もなかなか堪える。
ただそんな騎士たちの中で唯一、こちらに声を掛けることはおろか視線も寄こさない者がいる。


「……よォ、シャマル、生きてっか?」

「ハヤちゃんのばか~~……」


そんな唯一の者……シャマルは今現在うつ伏せでぶっ倒れている。
声に元気がなく、ここからじゃ窺えないが、たぶん顔を見れば俺のように血の気もないことだろう。

シャマルがなぜそんな状態なのか……それは最初、夜天ではなく彼女が俺の背中をさすってくれていたから。……いや、その言い方は正確じゃない。正しくは俺の背中をさすりながら俺の嘔吐する様を見ていたから。

簡単に言おう。彼女は所謂『もらいゲロ』をしたのだ。数分前まで仲良く並んでゲロってたぜ!


「いや~、なんつうか悪ぃな。でも主のゲロ見て気持ち悪くなる騎士もどうかと思うぞ。あれだ、俺のゲロは聖水だと思え」

「絶対無理ですっ!」

「ンじゃ、もんじゃ焼きあたりで」

「ゲロももんじゃ焼きも一緒です!」

「いや、ちげーよ」


もんじゃ焼きマニアに謝れ。まあ、確かに見た目は似てっけどよ。

それは兎も角、守護騎士がゲロ如きでいつまでもダウンしてんじゃねーよ。


「おら、全員席に着け。飯食うぞ」

「……あの、ハヤちゃん、私は今はあまりいらない───」

「うるせえ。多少気分が悪かろうが食え。こちとら相応の金払ってんだよ」


俺だってまだ気分は最悪だ。頭痛いし咽喉はヒリヒリするしな。しかし食う!残すなんて言語道断だ!吐くにしても一度は味わう!使った金無駄にはせん。


「いいか、全部平らげろよ。米粒一つ残すな。特にヴィータ、野菜残すんじゃねーぞ!」

「……わかってんよ」

「ザフィーラにあげるのも無しだかんな。テメェの分はテメェで食えよ」

「う゛っ……」


やはりいらない物はザフィーラにあげる心算だったようだ。ったく、これだからお子ちゃまは。そんなんじゃシグナムみたいになれねーぞ?………果たして人間のように成長すんのかは知んねーけど。


「そんじゃ手ぇ合わせて────いただきます!」

「「「「「いただきます」」」」」









人とは学習する生き物なんだが、それ以上に欲求にはかなり忠実。特に俺は。
例えばパチンコ。いくら負けても「次こそは」といって次の日にまた勝負に行く。
例えばタバコ。体に悪いと知っているがどうしても止められない。禁煙なんて1日続かない。

で、あるからして。

夕食に付いてきた酒を俺が飲まないはずがない。いくらさっきまでゲロっていて気分最悪の身でも「飲まない」という選択肢はなかった。
で、飲んだ結果が──


「気持ち悪ぃぃぃ、頭痛ぇぇぇ……」

「馬鹿だろ、お前」


頭を押さえ、だるい体を畳の上に横たえてる俺。ヴィータの言葉に反論する気力も起きん。
飯食ったらもう1回温泉入りたかったんだが、今はあまり動きたくない。


「なあ、シャマルよぉ。お前回復魔法って得意だったよな?この飲みすぎ、頭痛、胃のもたれ、吐き気って治せねぇ?」

「ええっと、体の負傷とか体力回復なら出来るけど内面はちょっと難しいです。ていうか、それが出来れば自分に使ってます」

「そうか……まあ、魔法も万能じゃ───うっ!?」


─────ごくん。

あ、あぶねぇ…もう少しでブチ撒けるところだった。……ハァ、だりー。


「主隼、もう寝たほうが良いのでは?」

「んあ?ああ、そうだなぁ……」


シグナムの言う通りにするか……いや、でも温泉にも入りてーしな。気分も良くなりそうだし。


「シャマル、旅の鏡とかいうやつで俺を温泉まで転送出来ね?」

「それもちょっと………。腕一本くらいなら兎も角、体全部は多分無理です。それにあれは元々対象を『取り寄せる』魔法ですから」


そうかよ。ハァ、儘ならないねーな。しゃあねぇ、テメーの足で行くか。

俺はゆっくりと起き上がりタオルなどを手に取る。その際シグナムが体を支えてくれ、さらにその際メロンが体に密着したのでちょっと気分が楽になった。


「ンじゃ、ちょい行って来るわ。お前らはどうする?」


そう聞いた俺にまずはシグナムと夜天が「お供します」と反応、次にヴィータとシャマルは「ここでゆっくりテレビを見ている」と言い、最後にザフィーラは「散歩に行く」と。
出来れば話し相手としてザフィーラと一緒に風呂に入りたかったが折角の旅行だ、各々自由でいいだろう。
取り合えず1時間後にはこの部屋に戻っているように皆に言い、俺達はそれぞれの行動を開始した。

俺はシグナム、夜天を連れ立って大浴場へ。その道中、2人から簡単な魔法講座のような物を聞かされたのだが、俺はそれを右から左だった。だって興味ねーし。
しかし、ただ1点。とてもとても良いことを聞いた。


「ユニゾンは主である者の肉体が表に出るのが通常ですが、反対に融合騎である私が表に出る事も可能です。ただ主の負担は通常のそれに比べて大きくなってしまいますが」


との事。

これ、使えね?夜天の体に入る、つまり極論すれば俺は女の体になるってことだろ?……女風呂、覗き放題じゃね?
流石にそんな考えは言えないのでまだ実行できないが、これはきちんと覚えておく必要があんな。

と、そんな不埒な考えをしながらつつがなく大浴場に到着。


「では主、私たちはこちらですので」

「多分長居すると思うので、主は先に戻っておいてください」


そう言って女風呂の方へと姿を消した2人。いつかあの先を見てみたいもんだ。つうかシグナムの奴は相当温泉が気に入ったらしいな。あの目の輝きを見るに多分1時間たっぷり入浴するつもりだ。


「ンじゃ俺もむさ苦しい男だらけの風呂に入るとしますかね」


そういやヴィータくらいの見かけの歳って男湯OKだっけ?チッ、あいつ連れてくるんだったな。あいつのロリ体系に興味は微塵もないが、一緒に入れば話し相手になって暇潰せただろうし。

そんな事を考えながら男と書かれた暖簾を潜ろうとした時、視界の隅にちっこい影が映った。まさかヴィータかと思ってそちらを向いて見れば、そこにいたのはつい数時間前に知り合ったばかりのガキがいた。そのガキは俺を見ると驚き顔で立ち止まり、少ししてこちらに歩いて来た。その顔は何故か緊張気味。


「……こ、こんばんわ、ハヤさん」

「よぉ、お前も今から風呂か?なのは」


そのガキ、高町なのはは、しかし俺の質問には答えず何か戸惑っている様子。

おいおい、何よそのどう接していいか分からないって感じは?俺ぁ結構コイツの事は気に入ってんのに、そんな奴からそういう反応されんのは寂しいぞ?


「んだよ?どうした、なんか言いたい事でもあんのか?」


その言葉を聞いたなのはは何か覚悟を決めたような顔になり、少し身を乗り出すように口を開いた。


「ハ、ハヤさんっ、あの手品って言って見せた本や杖だけど───」

「ああ?何かと思えば手品の事かよ。教えて欲しいのか?」


こんな神妙な顔つきして出てきた言葉がそれとは……拍子抜けというか何というか。
まっ、なのはくらいの歳ならあんな魔法みないな手品(事実、魔法なんだが)には興味が湧くんだろうな。すっげぇ驚いてたし。可愛いやつだ。


「けどな、俺の手品は生憎と教えられるモンじゃねーんだわ。選ばれた者にしか出来ねぇ技法だかんな」

「え?あ、えっと手品を教えて欲しいんじゃなくて───」

「まっ、でもなのはの頼みだかんなぁ……よし、代わりと言っちゃなんだがまた今から違う手品見せてやんよ」


そう言って俺はなのはの肩を押して歩みを促す。進む先は男湯。


「いやぁ、ちょうど風呂入ってる間の暇つぶしの相手が欲しかった所だ。行こうぜ」

「にゃ!?い、一緒に入るの!?男湯の方に!!?」


先ほどの神妙な顔つきはどこへやら、あわあわと狼狽し赤くなるなのは。ヴィータにゃ期待出来ない反応だ。


「なーにガキが一丁前に恥ずかしがってんだよ。なのはくらいの歳の奴なら男湯でも普通に入れんだから。超絶手品も見せてやっから、オラ行くぞー」

「にゃあああ!?」


しかし結局なのはは俺との混浴を断り、女風呂へ逃走してしまった。今度会った時少しイジメてやろうと心に決めつつ、俺はヴィータを念話で呼び出したのだった。理由は言わずもがな。
もちろんヴィータは嫌がったが主権限を発動して無理やり入れた。











家族で来た旅行の夜というのは中々やる事がないモンだ。テレビ見るか、ただ駄弁るかくらいしかない。これが友達と来た場合だったなら温泉街に繰り出したりして遊んだろするだろう。

そしてそれは俺たちも例に洩れず暇を持て余していた。先ほど1度だけヴィータとど突き合ったくらいで他には何もイベントなし。
こうなるともうやることなど限られてくる。


「寝るか」


これしかない。
時間はまだ早いが今日は色々あって疲れたので俺はすぐにでも寝られる。そしてそれは皆も同じだったのか、俺の提案に特に異を唱えず就寝の準備に取り掛かった。


「明日の朝飯は8時だかんな。7時には起きろよ」


そう言いながら俺は部屋の電気を消した。そして布団に潜り込みさっさと眠りに就く………わけねーだろ。

先ほども言ったように確かに家族での旅行の夜というのはやる事がない。その考えは間違っていない。間違っているのは『家族』の部分。
俺たちは本当の意味で家族ではない。血のつながりのない、ぶっちゃけ他人だ。だが、だからこそなのだ!つまり………他人=欲情OK!


(夜天とシグナムとシャマルの寝顔がついに拝めんぞ!しかも運が良ければ浴衣が捲くれ上がったあられもない姿も!?)


家では当たり前に別室で男女別れて寝ているが今日は違う。皆同じ部屋に雑魚寝。
このまま俺は静かに起き続け、皆が寝静まった頃合を見計らって行動。寝顔覗きみたり、写メ撮ったり、その他いろいろ見たり!もしかしたら何かの拍子に触っちゃたりなんかりしちゃったりして!?


(さらに寝息や寝言も聞き放題!今夜はフィーバーだッッ!!)


……待て待て、落ち着け俺。夜は長いんだ。1時間、いや30分の辛抱だ。30分もすれば皆寝るだろう。そうなれば後は俺のターン!思う存分視姦してやんぜ!


──────しかし、そんな俺のささやかな夢の叶う時は訪れなかった。


「「「「「ッ!!」」」」」


それは突然だった。
皆が布団に入って10分くらい経った頃、突然なんの前触れもなく5人が布団から上半身を起こしたのだ。その視線は5人ともが同じ方角を見つめている。
対して俺はただただ驚いていた。何せ俺は来る眼福の時を夢見て興奮していたのだ。その対象がいきなりこんな反応を見せたので、そんな訳ないのにまさか俺の思惑がバレたんじゃないかとドキドキ。


「どどどうしたよお前ら。俺ぁまだ何もしてねーぞ!ほら、早くおやすみしろ」

「この反応は……」

「魔力?いや、しかし…」

「魔導師、って感じじゃない……」

「なんだよ、これ?」

「………」


俺の言葉をガン無視で何か思案している5人。

一体なんなんだよ?何でそんな険しい表情してるわけ?ンな事より早くオネムしろよ。そんで俺にあられもない姿を見せてくれ!


「お~い、お前らマジでどした?」

「……主はお気づきになりませんか?」


シグナムがとても険しい表情で見てくる。しかし俺の方はそんな彼女に付いていけない。

は?気づくって何によ?そんな重大な事あった?


「詳しい位置は分かりませんが、ここからそんなに離れていない所に魔力反応があります」

「あん?魔力反応?………魔導師でもいんのか?」


俺ら以外の魔導師で思い浮かぶのはあの金髪のガキ。あいつが近くにいんのか?それともまた別の奴?
てか、俺魔力反応なんて感じねぇんだけど?アルコール入ってっからそういう感覚が鈍ってんのか?


「いえ、多分魔導師ではありません。何というか、もっと純粋で無機質な感じがします」


いや、意味分かんねーよ。つまりどういう事だよ?

頭を捻る俺に今度はいつの間にかクラールヴィントを出しているシャマルが険しい顔で言葉を発した。


「小さいけどまた魔力反応、……こっちは魔導師だわ」


マジで一体全体どうなってんだよ?展開が急過ぎて付いていけねーんだけど。つうかさ、ンな事より俺の視姦タイムは?お前ら早く寝ろや。

一人今の状況に付いていけず呆然と布団の中で寝そべっている俺。そんな俺を他所に5人はこれまた突然立ち上がり、それぞれが部屋にある窓の方へ。


「って、オイオイ待て待て!どこ行く気よ!?」

「主隼は先にお休みになられて下さい。我らは少し様子を見てきます。──ザフィーラはここに残って主の守護を」

「ああ、了解した」


そういうとシグナムを先頭に今にも窓から飛び出さん勢いだ。もちろん俺はこいつ等を行かす気はない。折角の視姦タイムが無くなっちまうからな!


「ストップストップ、行かなくていいって!ンな反応ほっといてもう寝ようぜ!」

「いえ、そういう訳にもいきません。魔法関係は無視する主の意向には賛成ですが、情報収集や事態の把握はしておいて損はありません。後々危機回避の役に立つかもしれませんから」


そうかも知んねーけどよぉ!………俺の視姦タイムがああああぁぁぁぁぁ!!


「マジで行くの?」

「はい」


………ガッデム!!俺の夜のお楽しみがぁぁぁ!?

あああっ、もうどこのクソッタレだ!俺のお楽しみを邪魔してくれやがってよぉぉ!!あの金髪のクソガキか!?それとも管理局員とかいう奴らか!?

許せねぇ……。


「───ろして来い」

「はい?」

「行くならきっちりぶち殺して来い!中に金髪のガキが居たらそいつは5分の1殺し、後の奴らは証拠も残さず全殺しだ!ついでに蒐集とかいうのもしろ!見敵必殺ッ!!」

「ハ、ハヤちゃん、いきなりどうしたの!?」

「あと数十分で訪れたであろう、俺の至福の時間を奪った奴らなど生かすべからず!」


豹変した俺の態度に戸惑い気味の5人。そんな5人に俺は夜天の写本を渡して布団に潜り込んだ。
不貞寝だ不貞寝!やってられっかよクソ!


「あ、あの主、時空管理局の事を考えると様子見だけで済ませ、戦闘行為は避けるべきかと……」

「管理局?ハッ!管理局だァ!?ンなの知るか!なんなら魔法使わずその辺の鉄パイプで撲殺しろ!なら管理局もチャチャ入れねぇだろうよ」

「……お前、なんでそんな怒ってんだよ?」


怒る?俺が?たかが至福の時間を邪魔されたくらいで?ハハハ───ぶちギレだよ!!

確かに「殺すなんてやり過ぎなんじゃ?」なんて思われても仕方ないかもしれない。だが今一度よく考えろ。夜天、シグナム、シャマルの寝顔だぞ?その辺の女優なんて鼻クソに見えるくらいの美女の寝顔、それを見れる機会を失ったんだぞ?いち男として、こんな大事はねぇぞ!
想像してみ?彼女たちの寝顔を、───想像したか?それが見れなくなったんだ!だから邪魔した奴は死んで当然!!否、死ぬ義務がある!!!


「いいから、行くんならさっさと行って来いや!おらザフィーラ寝るぞ、枕になれ」


俺は無理やりザフィーラに獣形態を取らせ、彼の腹を枕に不貞寝を決め込んだ。
……主である俺は行かねぇのかって?行かねぇよ、めんどくせぇ。

騎士たちはそんな主を見てどうしようか少し悩んだようだが、結局窓から出て空の彼方へと消えていった。


「あ~あ……ザフィーラ、せめてお前が女性体だったらなぁ」

「……無理を言わないで頂きたいです」

「ハァ……俺の計画が」


本当にどこのどいつだ?やっぱ管理局か?うざってぇ。シグナムたちには殺せと言ったが、俺も流石に本気でそう言った訳じゃない。そんな事すれば普通にサツに捕まっちまうしな。でもそれくらい怒っているのは確か。

───ああ、でもやっぱ死んでくんねーかなぁ。

そんな事を考え、さらにそれからも思考の紆余曲折があり、最後は「せめてエロい夢が見れますように」と考えながら眠りに就いた。






[17080] ナナ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/02 22:33

日が変わってすぐの時間。深夜、丑三つ時。

現在、そんな真夜中にも関わらず俺こと鈴木隼は部屋でタバコを吹かしている。

何故?と思われるかも知れない。なにせ約1時間前にザフィーラを枕に床に就いたばかりなのだから。
寝付けなかったのか?急にタバコが吸いたくなったのか?シグナムたちが帰ってくるのを起きて待っていたのか?ただの気まぐれ?………どれも違う。

答え───帰ってきたシグナム達に叩き起こされた。

では何故叩き起こされたのか?それを話す前にもう一つ知ってもらおう。今の俺の心境、気分を。
タバコはこの数分で既に何本も吸っている。足は残像が見えるほど貧乏揺すり。眉間には皺が刻まれている。
つまり今の気分は最低最悪。イライラ全開。

別にこれは睡眠を妨害されたからイラついている訳ではない。そんな些細なことじゃない。原因は起こされた内容によるもの。

さて、では話そう。何故叩き起こされたのか、その理由を、その内容を。
と言っても俺も訳が分からん状態なので、取り合えず一言で要約すると……。


「もう一度言うぞ?───なに幼女誘拐して来てんだよ!!」

「だからこれは違うのです!」

「なにがどう違うっつうんだよ!じゃあそこに居る黒いガキはなんなんだよ、あぁん!?」

「そ、それは……」


出て行った時の人数4人、戻ってきた時の人数5人。

そう。起こされてみれば何故か一人増えてたのだ。これがボインで綺麗なお姉さまならオールOKなんだが、生憎と正反対。絶望的にクソガキ。
そのガキはヒラヒラがいっぱい付いている黒い服を着、顔は一見してあの高町なのはにそっくりなのだが、それは顔だけ。髪の長さや纏う雰囲気がまるで違う。無表情だし。瞳に光ないし。

そんな高町なのは似のガキは先ほどから一言も喋らず、俺たちのやり取りを黙って窺っている。


「俺は全殺しにしろって言ったがお前らはしないだろう事は分かってた。偵察くらいで済ますだろうと思ってた。なのに蓋を開けてみればよりにもよって誘拐かよ!?管理局じゃなくて普通にサツにしょっぴかれんじゃねーか!」

「ですからこれは誘拐では……、どう説明すればいいのか我々もよく分からないのですが……」


どうもガキを連れてきたこいつら自身も混乱している様子。しかしだからと言って「ならしょうがない」で済むはずがない。
兎に角1から話して貰わない事には何も進まないようだ。

そう思い、取り合えず俺は再度説明の要求をしようとし、しかしその前に別の所から声が上がった。


「誘拐ではありません」


冷たい……いや、無機質なただ文章を読んだかのような口調。感情の乗っていない声。
そんな声を発したのが今まで沈黙していた黒いガキと分かるのに少し時間を要した。


「誘拐ではありません。私は自分の意思でここにいます」


意思の感じない声でそんな事を言われても信じられないが、取り合えずシグナム達に詰問するよりこのガキ自身から聞いたほうが早そうだ。


「じゃあ聞く。お前は何モンだ?」


一応俺も20数年生きてんだ。人を見る目はある程度持っていると思う。だから分かる………こいつぁ絶対カタギじゃねぇ。


「申し遅れました。私は夜天の書、その中の理の章から発生した魔導生命体です」


そう言った黒いガキに次の瞬間待ったの声を掛けたのは夜天だった。


「ちょっと待て、それはおかしい。騎士は我ら5人しか存在しないはずだ」

「私は自分が騎士だとは一言も言っていませんが?」

「むっ。では一体……」

「ですから理の章の魔導生命体です。それ以上でもそれ以下でもありません」

「……つまりお前は騎士としての役割は無いと」

「はい。ですが戦闘は行えます。その辺に転がっている有象無象の魔導師なら数瞬で灰燼に出来ます。そしてあなた達にとって鈴木隼が主のように、私にとっても鈴木隼は主です。そこは変わりません」


なんか淡々とした奴だな。見かけはなのはそっくりなのに、実にガキらしくない。可愛げがまるでない奴。俺、ガキらしくないガキってあんま好きじゃねーんだよなぁ。

そんな事を思いながらこいつらの会話を聞いていたが、ちょーっと聞き逃せない所があったな。出来れば聞き間違いであって欲しいが……。


「小難しい話してるとこ悪ぃがちょい待てや。黒ロリ、今お前何つった?」

「?その辺に湧いているクソ虫程度の魔導師なら一瞬で消し飛ばせます、と」

「ちっげぇよ!そうじゃなくて誰が誰の主だって?」

「あなたが、わたしの」


…………まぁよ、実はだいたい最初から予想は付いてたさ。シグナムたちが黒ロリを俺の下へ連れて来た時からさ。シグナムたちが正体不明の奴を主である俺に近づけるとは思えねぇから、きっと本能的(プログラム的?)にこのガキは夜天の写本の同志だって思ってたってことだろう?事実、同じような存在らしいし。て事はシグナムたちの主である俺は、そんな彼女達と同存在である黒ロリの主でもあると?なるほどな………。

────ふざけんな!


「ダメ、断る、無理、却下、不可、拒否!」

「何故です」


俺の否の言葉にいささか眉をしかめる黒ロリ。それはこいつが示した初めての人間らしい感情だが、問題はそこじゃない。

何故?何故と聞くか?


「金だよ金!金金マネー!世の中な、99%金なんだよ!金あっての人生なんだよ!金がなきゃ生きていけねぇんだ。そしてうちにはお前を養えるほどの貯えはねぇ」

「………世知辛いですね。ただそれが事実であれ、その様な『金が全て』といった物言いは止めた方がいいです。人としての、主としての、男としての価値を下げてしまいます」

「ハン!そんな目に見えねぇ価値なんていらねーよ」


現実の厳しさを知った黒ロリ。表情はあまり変化がなくほぼ無表情だが、それでも幾分かその瞳に悲しみの色が宿ったような気がする。
いや、それは気がするではなく、本当に悲しいらしい事が次の発言で分かった。


「私としては主の御傍で生を謳歌し、時々気晴らしに戦闘を行う事が望みですが、それのせいで主の迷惑になるのはとても不本意であり、大変心苦しい事です。……はい、分かりました。至極残念ではありますが、望まれぬ者は消えるが定め。追加したページを切り取って下さい。そうすれば私は消えますから」

「…………」


さてここで問題です。
見た目10歳前後のガキにこんな事を言われた22歳男性。果たしてここでこのガキを消した場合、俺は善い人?それとも悪い人?

答え。極悪人。


「あのよぉ、そういう言い方は卑怯じゃね?つうかさ、やっぱお前ってあのなんちゃらって断章から生まれたわけ?て事は極論すれば俺がお前を生んだって事?」

「そうなります。主が私を勝手に生み、また勝手に殺すのです」

「だからそういう言い方すんなやボケ」


確かに俺は店主から碌な説明も聞かず勝手に写本の中に断章を追加したがよ?なんも知らなかったんだって……って、それはそれで罪か。まさに無知は罪。
諸悪の根源はあの店主なんだろうけど、結局それも責任転換といえばそうだしなぁ。


「あの主、その断章とは一体……?」

「ん?ああ、そういや説明してなかったな」


よく考えれば俺はシグナムたちにあの店主にあった事をまだ喋っていなかったので、今更ながら簡単に説明しておいた。
その説明を聞いた皆は俺の軽率な行動に若干の呆れを見せたが、そんな反応も事が起こっては今更だ。


「しかしな、現実問題厳しいんだよな。お前の見た目じゃバイトなんて出来ねぇだろうしよ」


今でさえ結構ギリギリの生活だかんな。せめて数ヵ月後に出てきてくれりゃあ、ちったぁ生活も安定してギリ養えたかもしれんが。


「まあ住むだけなら何とかならん事もない。ガキ一人くらいならまだ何とか置けるだろうし、服とか日用品は使い回せばいい。しかし肝心の食費がもう無理。ホント無理」


今も俺が一日に飲む酒、タバコを抑え、さらに本の購入を止めてやっと6人が食える状態だからな。そんな中でさらに一人増えるとなると……うぅむ、インターネット解約すっかな─────って、待て俺。なに黒ロリを住まわせる方向で考えてんだよ?そうじゃないだろう!ここは断固として拒否の姿勢を………


「食費なら問題ありません」


………あん?どういう事よ?


「この世界の野生動物、また他次元の野生動物や魔法生物をハントしてそれを食せば食費は0です。また魔法生物の素材などは魔法世界の商人にでも売れば多少の金になると思われます」


またも見かけに反したアグレッシヴな事言ってんぞコイツ?物騒っつうよりぶっ飛んでんな。だが、そういう考えもアリっちゃアリだな。
しかし、それだって一時の凌ぎだろう。当面はいけるかも知んねぇけど、先の事を考えるとな………。


「……主」


無表情な、しかしどこか期待している顔をしている黒ロリ。そんなガキを見て俺の頭を過ぎるのは甘々な思考。


───先の事を考えて過ぎて、今目の前にいるガキの存在を疎かにすんのかよ俺?本当にそれでいいのか?


(それでいい、と簡単に言えれば俺はとうの昔に童貞捨てれてんな)


……え?関連性が分からないって?なんとなくだよ、なんとなく。


「ハァ………」


俺はため息を一つ零し、沈黙を保っているほかの奴らに視線を向ける。俺と目が合った5人はそれだけで俺の言いたい事を察せたのか、それぞれが一つの意思の下喋り出す。


「主の今思われている通りにすれば良いかと」

「こいつも我らと同じ夜天より生まれし存在。出来れば同じ道を歩ませたいです」

「ハヤちゃんならきっと大丈夫ですよ」

「なるようになんだろ」

「主の御心のままに」


………OKOK。もういい、もう分かった。俺は誇り高き日本人だ!義理、人情、仁義、友愛の精神を溢れさせてやんよォ!男ならやってやれだ!!


「チッ!……わぁったよ。今更ガキが一人二人増えたとこでなんも変わらん……わけねぇが、それでもお前が生まれたのは半分くらいはテメェの不始末だ。ハイハイ、面倒見てやんよ。せいぜい感謝し、敬い、崇めろや」

「………主」


俺の言葉に感動と尊敬の目で今にも『ご立派です』と言いかねない雰囲気を醸し出している夜天たち。黒ロリも少し目を見開いた後、小さく微笑みまで浮かべやがった。

俺も流石にそんな反応をされるのは恥ずかしい。


「べ、別にあんた達のためじゃないんだからね!」


恥ずかしさを紛らわすためツンデレを装ってみたが、シグナム達はそれでも『ええ、ええ、分かってますよ』的な視線を送ってくる。ただ、その中で唯一……いや二つ、正直な反応を示した奴がいた。


「おえ、キモッ。死ねばいいのに」

「壊滅的に主に女言葉は似合いませんね。端的に言うと気持ち悪いです。劣悪です」

「よぉし、ヴィータ、黒ロリ、表ん出ろや。てめぇらの口をもっと気持ち悪いもので塞いで調教してやんよ!」


本日、家族と喧嘩相手が一人増えましたとさ。







さて、紆余曲折あったがまたも家族が一人増えてしまった。それが良い事なのか悪い事なのかはこの先暮らしていかなければ正確には分からないだろうが、今の俺の気持ち的には最悪だ。
この黒ガキがもしシグナム級のメロンの持ち主のお姉さんだったならキタコレなんだが、生憎と現実はヴィータレベルの残念さ。さらにガキらしくない言動なのもマイナスだ。

それにしてもこれからはあの狭いアパートで総勢7人暮らしか。ハァ……また管理人に報告しなくちゃな。それにご近所さんにも。ああ、また変な噂が立つぞ。つうか、もし親が来たらこいつらの事どう説明するよ?フリーターの身で同棲してますって正直に?ハハ……親父は微妙だが、クソババアには確実に殺されるな。

これから先の事を考えると本当に憂鬱になってしまう。俺は本当に平凡な人生を歩んでたんだけどな、もうこりゃ軌道修正は無理だ。せめてもうこの先は厄介事が無いよう祈るばかり。

────しかしそんな祈りもすぐに絶たれてしまった。


「高町なのはは魔導師だったと。で、なのはの魔力を写本が取り込んで結果生まれたのがコイツと」


翌朝の朝飯時、昨晩の詳しい経緯を聞いた俺は頭を抱えた。

曰く、昨晩偵察に行ったところ金髪のガキとなのはが魔法戦をしていた。離れて様子を窺っていたシグナム達だが、なのはの魔法が運悪く流れ弾のように向かってきた。避けるのは間に合わず、魔法を使って防げばこちらの存在がバレるので咄嗟に写本で流れ弾を叩き落そうとした所、写本がその魔法を吸収。結果、黒ガキ爆誕!


「マジかよ……そりゃまじぃな。俺、なのはの前で普通に魔法使っちまったぞ?」


昨日の手品を披露した時を思い出す。
そう言えばなのはの反応だけ他とちょっと違ったような?


「……何をしてらっしゃるのですか、主隼」

「いや、だってよ、やっぱ酒の席には何か芸が必要だろ?手品代わりにモノホンのマジック披露ってすげぇじゃん?」

「……断章の件もそうでしたが、次からは軽率な行動は控えてください」


むっ、シグナムに怒られてしまった。ンだよ、ホント真面目な奴だなぁ。たかだか魔法の一つや二つ、ぶっちゃけてもいいだろ。それに相手はあのなのはなんだ、そんな大事にゃならねーよ。

俺は適当に「あいよ」と返事をし、呆れているシグナムを尻目に次は黒ロリを見た。彼女はポリポリと沢庵を齧っていた。


「よぉ、黒ロリ、ちょっといいか?」

「ポリッ───はい、なんでしょう?」

「お前ってさ、なのはのコピー、偽者みたいなモンだろ?……それにしちゃあ随分と感じが違うが」


顔の作りや体系はなのはとまんま同じなんだが、それ以外は全然違う。髪短ぇし、声はちょっと低いし、物騒だし、ムカつくし。


「………主には配慮というものが足りないですね」

「あぁん?配慮だァ?」

「普通、面と向かって人に偽者と言いますか?確かに事実ですが………プログラムの魔法生命体とはいえ傷つきますよ?」

「傷つく?お前が?………ぶわはははははははははははははははははははははははははッッッッ!!!!」

「……カチ~ン」


わざわざ声に出してご立腹を表す黒ロリ。こう素直に反応するところはガキっぽくていいな。


「はははは、はぁ~腹イテ。お前、中々ユーモアのセンスあんじゃねーか」

「半分ほど殺していいですか?」

「まあ落ち着け。そもそもコピーと言われて傷つく意味が分からん。お前は人間でもねぇんだから、それくらい別に聞いてもいいだろ」

「………面と向かって人間も否定しますか。そこは『真実はどうあれお前は人間と同じだ』とでも言うのが人としての優しさでは?事実私は作りは人間のそれで、意志もあります」

「何言ってんだか。お前プログラム、俺人間、これが事実。お前は決して人間じゃねーし、決してなれもしねぇ」


それを聞いた黒ロリは憮然とした顔になった。それに目も冷たい。
そんな目を見て思い出した。シグナムたちとも出会った当初にこういうデリケートな話をし、そして同じような冷たい反応が返ってきたもんだ。

やれやれ、どうしてこう魔法生命体ってのは人間扱いされたいのかね?


「ったく………誤解無きように言っとくがな、俺はお前の存在が人間より格下とは思っちゃいねーぞ」

「……え?」

「人間じゃない?魔法生命体?プログラム?コピー?それになんか問題でもあんのかよ?どういう存在だとか関係ねぇだろ。そんなモンに重きを置くなよ。そんな面倒臭ぇ生き方しようとすんな。あのな、俺が思うにいっちゃん重要なのはよぉ、テメェはテメェだと胸を張って生きる事が出来るかどうかだ」

「………傲慢ですね」

「それが俺だ」


胸を張る。

そんな俺を黒ロリは呆然と見、そんな黒ロリを見て夜天が苦笑しながら声をかけた。


「お前も分かっただろう?主は素晴らしいお方だ。主は今まで一度も我らをプログラム``風情``などと言う言い回しをしたりして見下したりはしなかった。人ではない私でも、きちんと一人の『私』として見て下さる」


相変わらず夜天は俺に対して優しいというか過保護というか。
それにだ……きちんと見るに決まってんだろ!寧ろガン見だ!!こんな美人でボインな夜天を人間じゃないからといって見ないなんて選択肢はない!顔が良くて、スタイル良くて、男女の営みが出来る相手ならどんな存在でもバッチ来いやぁぁぁ!!

とまぁ、そんな俺の溢れる情熱は置いといて。


「ンで?お前はなのはのコピーなんだろ?」


話を戻した俺に黒ロリは先ほどのように突っかかる事もなく、普通に答えた。


「確かに高町なのはの魔力情報からこの身体が作られましたが………ええ、ただそれだけです。『私は私』なのですから」

「ハッ!ガキが一丁前に言う」


小さく胸を張る黒ロリ。いつもならガキのクセに生意気なとでも思うが……まあ、今回に限って言えば上々な態度だ。

と、黒ロリの私は私という言葉ででピンと来たが、そう言えばまだコイツに名前付けてなかったな。


「お前、確か理の章から生まれたんだよな?」

「はあ、そうですが……?」


俺の藪から棒な言葉に怪訝な顔をする黒ロリ。


「ンじゃ、今日からお前は『理』だ。そう名乗れ」


夜天の時と同じくそのままストレートにした。いちいち考えんのメンドーだしな。

そんな超適当な名づけに、しかし黒ロリ───理は意外な反応を見せた。


「ことわり……私の名……、主、ありがとうございます」


そう言って淡く微笑む理。

夜天の奴もそうだったが、どうやら主である俺から名前を貰える事は相当嬉しい事らしい。微笑とは言え、まさかコイツが笑顔になるとは驚きだ。そしてやっぱりなのはコピー、その笑顔は中々可愛らしい。


「………ハァ、せめてお前がシャマルくらいあればな」

「身長ですか?それは現状如何ともし難いです」


俺は胸の事を言ったんだが、まあ確かに身長もだな。理が同年代ならなとしみじみ思う。


「あの主、よろしいですか?」

「あん?どうしたよシグナム。そんな真面目くさった顔して?おら、スマイルスマイル」


難しい顔をしながら声を掛けてきたシグナム。それじゃあ折角の美顔が台無しだ。

俺はシグナムの顔に手をやり、両端の口角を『むにっ』と掴み上げた。


「ふぁ、ふぁるふぃ!?」

「いいか、シグナムよぉ?お前の生真面目さは俺ぁ嫌いじゃねーが、もっと表情崩そうぜ?女のしかめっ面ほど見ててうぜぇモンはねーかんな」


まっ、シグナムみてぇな美人はどんな顔してもそそるモンがあるけどよ?


「ンで?なんか話でもあんのか?長くなるようなら聞かねぇぞ」


俺はシグナムの顔から手を離し、ポケットに入れていたタバコに手を伸ばす。

シグナムは今の俺の言葉を受けて少し改まったようで、その顔が若干柔らかい表情になった。ただどこか呆れの色も含まれているが。


「あのですね……高町なのはの件はどうなさるのですか?十中八九、主が魔導師だというのはバレているかと」


………あ、忘れてた。そうだよなぁ、なのはの前で思いっきり魔法使っちまったからな。あいつの様子も今思えば変だったし……。
確実に俺が魔導師だってバレて────ん?いや待てよ……。


「どうかなされたのですか?」


いきなり俯き、考えに没頭しだした俺を訝しむ5人。理は相も変わらず無表情だが、黙って俺を見ている。

そんな6人を尻目に俺は少しばかり考え込み、程なく一つの結論を出した。


「俺は魔導師じゃない」

「は?」

「だから俺は魔導師じゃない」

「頭は大丈夫ですか?」


なんとも不敬な理の発言だが、他騎士5名も同じように「いきなり何言っちゃってんだ?」という感じを醸し出している。

まあ、話は最後まで聞けよ。


「いいか?俺は確かになのはの前で魔法を使った。だがしかし、俺は自分が魔導師だと言った訳じゃない。なのはは俺を魔導師だと疑っているだろうが、俺はそんな事一言も言ってはいない。つまりなのはは俺を勝手に魔導師だと思い込み、決め付けているだけ。そこに証拠はない。なにせそれは言ってしまえばなのはの推測だからな」

「………それは、」

「俺は魔導師だと公言していない。故に俺は魔導師じゃない。つまり───」


そこまでの俺の言葉に驚きと呆れの顔を半々に浮かべている6人。この様子だと俺の続く言葉も予想が付いていることだろう。ならばその予想通りの言葉を送ろう!


「一言で要約すると……………白を切る!!」

「「「「「無理です(無理があります)!!」」」」」


無理じゃねーよ。
なのはが俺を魔導師だと思い込んだのは、俺がデバイスを出した時や空中浮遊する時生じた魔力が原因だろ?けれど、それだって何かしらの媒体に記録として残っているわけじゃない。ただ自分が『魔力が発生した』と感じただけ。ンな自己申告、大きな証拠にはならない。


「なのははな、きっと勘違いしたんだよ。俺から魔力が発生した、ってな。そりゃ妄想だ。ただ俺は手品をやっただけなんだから。魔導師?ナニソレ、美味しいの?」

「ほ、本気でそれで通すつもりかよ……」

「犯罪も証拠がなけりゃ無罪、それと同じ」


仮になのはが「この人、魔法使いです!」なんて周りに言った所でどれだけの人がそれを信じる?そんなガキ特有の戯言、誰も信じねぇよ。なら後は俺がばっくれればいいだけ。

これ以上、魔法関係でゴタゴタに巻き込まれんのは御免だからな。無理がある?ハンッ!無理を通して道理を蹴っ飛ばす!ってどっかのアニキが言ってた。成せば成る!!

そんな俺の滅茶苦茶な考えに、しかし意外にも一人だけ肯定の声を上げた。


「良いのではないですか?」


そう言ったのは憮然とした顔をしている理。


「主の考えの全てに是と言うわけではないですが、しかし結局の所最後は主の決定一つです。それにもし高町なのはや管理局が主の前に立ち塞がろうとも、その時は我が力を持って掃討すればいいだけの話」


物騒だが頼もしいことを事も無げに言い放つ理。そんな理に他の騎士たちは渋い顔をするが、それでもその言い分に真っ向から反対しないのは皆根底では同じ考えだからか。


「鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。理(わたし)の理、ここに在り。です」

「流石にそこまでいくと物騒すぎるぞ?しかしそうなると対する管理局の方は『世に鬼あらば鬼を断つ、世に悪あらば悪を断つ』って感じなのか?」

「言い得て妙ですね」

「うわぁお、正義~」


まっ、それは兎も角。
そんな物騒な事態にはならねぇだろ。なのはに白を切り通せなかったとしても別に不都合がある訳でもなし、管理局にバレたとしても別に魔法使ってワリーことをしてる訳じゃねぇから堂々としてりゃいい。

結局の所何も変わらない。……考えが甘いって?俺、酒飲みのクセに甘党なんだわ。




[17080] ハチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/09 00:34

頭上に目を向ける。そこには雲一つない青空とサンサンと光を発する暑苦しい太陽。正に快晴と呼ぶに相応しい空だ。
目を前へと戻す。そこには太陽の光を反射し、煌びやかに波打つ大海。正に母なる海と呼ぶに相応しい光景だ。
頭を傾け目を下に向ける。そこにはきめ細かい砂粒や小さな貝殻が敷き詰められた砂浜。正に…………思いつかねぇからもう砂でいいや。

つまりだ、俺が今どこにいるかと言うと察する通り海辺だ。

ただ生憎とここは地球ではない。そう、地球ではないのだ。ならば何処なのかと言うと、第……えー……ウン十管理外世界。
て訳で、頭上に輝くあの太陽もこの海も砂浜も、果たして本当に地球のそれと一緒なのかは知らん。ただ見た目がクリソツなので取り合えず地球のと一緒の名称で観察した次第。

まあ、それはどうでもいいな。重要なのはそんな事じゃねぇのは分かってっから。『俺が何故こんな所にいるのか?』、これが重要なんだろ?悪ぃが別に面白い訳もなけりゃ小難しい訳もない。ただの一言で言い表せられる。

───狩り。

んな?簡単だろ?狩りだぜ、狩り!現代っ子の俺が、原人のようにその日の飯を確保するため狩りを行いにこんなとこまで来たんだよ。豊かな日本に住んでる俺がよ?娯楽じゃなく生活のためによ?ウケるだろ?笑えよ、うわははははははははははは!!!


「集え、明け星」


ははははははははは………


「全てを焼き消す焔となれ」


…………ははははは。


「ルシフェリオン・ブレイカー!!」


ハァ~~………。


「はいはい、ぶれいか~ぶれいか~。ったく、なんとも嬉しそうに景気よくぶっ放してんな。てか、なんだあの出鱈目な砲撃は?俺のかめはめ波の何十倍威力あんだ?しかも、あのナリで戦闘狂ってのも厄介だよな。シグナムの奴も結構戦いが好きなようだけどよォ、あいつぁ確実にシグナム以上だわ」


一定以上の年齢に達した奴が言えば、即哀れみの視線を向けられるであろうイタい言葉(詠唱?呪文?)を紡ぎながらデッカい光を撃ち出す理。
そんな理に矛先を向けられたのは『蛸』だ。しかしただの蛸じゃない。怪獣といっても差し支えないほどの巨体を有している蛸。


「魔法世界っつうのは本当ファンタジーだ。なんだあの蛸?あれでたこ焼き作ったら何人前になんだ?つうかあんなモンしとめても食い終わる前に腐るぞ。理の奴はその辺分かってんのか?分かってねぇんだろうなー、あのクールロリは戦闘になるとクレイジーロリになるかんなぁ」


思い出すのは数日前、初めて狩りに出た時のこと。あの時の獲物は熊だった。4、5メートルはありそうな化け物熊。四肢は丸太のように太く、額の部分に角があり、グルオアアアアアなんて雄たけびを上げていたな…………熊か?

まぁ、兎も角よ。そんな熊(?)と対面したときは流石の俺もビビったね。平凡な都会育ちの俺は熊なんて動物園でしか見たことねぇし、さらにそんな化け物級ともなれば皆無。
俺は飛んだね、ソッコーで空に避難したよ。人間相手なら多少の体格差でもヤリ合えるが、ありゃあ無理ってもんだ。俺、まだ死にたくねーし。

けれど、そんな俺を尻目に理はいつものようにどこまでも冷静だったな。「ルベライト」とか呟くと光の輪みたいなので熊をあっちゅう間に拘束だ。熊はもがくもそのルベライトはビクともしない。俺のバインドとは大違いだ。
まぁ、それはいい。問題はそこからだ。


『主、今夜は熊鍋です』


そう言うと理はおもむろに熊に近づいて行った。しかし、いくら身動きの取れねぇとは言え相手は凶暴な熊。流石に俺は理を止めようとしたよ。いくらあのガキの事があまり好きじゃないとはいえ、怪我でもされちゃ俺もすごく心苦しい。紳士だかんな。


『おいガキ、あんま不用意に近づ───』


俺は言葉を最後まで言えなかったね。何故かって?俺が止める前にあいつが先に行動に移ったからだ。
何をしたと思う?こうな、自分のデバイスを右斜め上から左下に振り下ろしたのよ。で、その通過点には熊の頭。

そう、つまりあのクレイジーちゃんは自分のデバイスで熊の頭をぶん殴ったんだよ。


『ガァ!?』

『小うるさい下等生物ですね。精精光栄に思う事です、我が主の糧となれる事を。それがあなたの生まれた来た意味であり、最初で最後の幸せです』


そこからは何つうか凄惨だったな。殴るわ撃つわの大盤振る舞い。周囲は熊の呻き声と攻撃の音と血の臭いで満たされたね。

俺はそんな光景を呆然と見ながら自然と口が動いてた。


「女って歳に因らず怖ぇな……」

「失礼ですね。先日も言いましたが、私のどこが怖いと言うのですか?」


回想に耽っていた俺の目の前にいつの間にか理が。その遥か背後の海の上には身を浮かべた哀れな蛸の姿が。


「ああ、終わったのか」

「はい。今ひとつ、燃えたりませんが」

「ったく、お前って奴は。帰ったらシグナムにでも相手して貰え」

「ええ、そのつもりです」


俺ぁこのガキの将来が心配だよ。

一応俺も大人と呼ばれる歳の人間だ。したがってこんなクレイジーちゃんでも、ガキにはきちんとした道を歩ませたいという心はある………と思うけれどもやっぱりないように見せかけてあるような気がする。
まあ、兎も角。
何が言いたいのかと言うと、ガキはガキらしく在れって事だ。ガキらしくってのは人によって捉え方が違うだろうが、少なくとも俺は血を浴びながら熊を撲殺するような奴をガキらしいとは思わない。


「理よぉ、お前もうちょっとガキらしくなんねぇ?こんな狩りに参加しなくていいから、ゲームしたり外に遊びに行ったりしろよ。なんなら友達とか作ったりしてよぉ」

「非生産的です。時間は有限なので無駄には出来ません」

「有限?お前プログラムなんだから、写本本体さえどうかならなけりゃ半不老不死だろ?少なくとも俺よりは長生き出来んじゃねーか、羨ましい。………なぁ、俺もプログラムになれねぇかな?」


長生き出来るって事はそれだけ楽しむ機会が増えるって事だ。しかもプログラムってんなら老いにも負けずいつまでも色々元気!!


「相変わらず主はご自分に正直ですね。普通の人間だったら………と、それは今更ですね」


そう言って困ったような笑みを浮かべる理。それは小さな表情の変化だが、それでも最近は普通に感情を表に出すようになったのでいい事だ。


「まっ、取り合えず今は俺の事はいいか。問題はお前。なんかよ、ガキらしい趣味を持とうとか思わねぇのか?」

「そう言われましても……ああ、一つだけ。映画というのは中々面白いものでしたね」

「お、映画か」


そう言えばシャマルと一緒にDVDレンタルしてたな。シャマルの奴は韓流ばっか見てるが、こいつは一体なにを見てんだろうか?アニメ……は絶望的に似合わねぇな。


「特にSAWと言うのは目を見張るものがありました。実に参考になる」

「シャマルの奴はガキに何てモン借りさせてんだぁぁぁ!」


つうか参考になるってなんだよ!SAWの中で日常生活の参考になる所なんてねぇぞ!!


「ハァ………もういい、もうわぁーったよ。そうだよな、テメェはテメェだよな。俺が胸張れって言ったしよ。例えお前がクレイジーのイカれポンチのどクサレ鬼畜黒ロリだったとしても、いや事実そうだけれども、お前はお前だ。成長の望めない、涙を誘う程の無い胸を張れ」

「………カチ~ン」


チャキッ、とルシフェリオンを構える理。
沸点の低い奴だ。ほんの少しだけの悪口でこれだ。こういうとこだけガキなんだからタチが悪ぃ。


「お前って冷静で理知的で合理的なキャラじゃなかったっけ?」

「どこからの情報かは知りませんが安心してください。こんな直情的な姿を見せるのは主の前だけですから」

「時と場合に因ればかなりクる台詞だな。つっても相手がロリのお前じゃ時も場合も関係なく萎えるが」

「ことごとく失礼な主ですね」

「ことごとく残念なガキだ」


結局、そこからは魔法訓練と言う名のガチ喧嘩が始まったのだった。









波乱万丈の初旅行から帰ってきたのが数日前。振り返れば本当にいろいろあった。
3度目のアルハザード入店、魔導師高町なのはとの出会い、クレイジーロリ理の誕生、シグナム・夜天・シャマルの浴衣姿。良い事もあれば悪い事もあり、比率としては後者の方が多かったが、それでもかねがね良い旅行だったと言える………とは正直言えないが、もう過去の事なのでどうしようもないし、どうでもいい。

さて、そんなやるせない旅行だったが、最後に後日談として語っておかなければならない事がある。
高町なのはの事だ。
知っての通り、なのはには俺が魔導師だという事がバレた。それに対し、俺のとった対策は『白を切る』という何とも稚拙なもの。理意外の奴らには「絶対無理がある」と太鼓判を押された案。しかし俺はマジで白を切り通すつもりだったし、その自信もあった。
で、結果はどうなったと思う?まぁ、語るまでもないだろう。なんせ俺はやると言ったらやる男だからな、ハハハハハ!…………

────世の中そんなに甘く無かったよ!!!

なのはのデバイス、レイジングハートつったか?そのデバイスがよォ、あの手品の時、魔力を発した俺の事をガッツリ映像に保存してやがったのよ!優秀なデバイスなこって。流石に物証があっちゃあ白を切り通せねぇ。


『ハヤさん、やっぱり魔導師だったんですね』


映像を突きつけられ、真剣な顔でそんな事言われちゃあもうこれは首を縦に振るしかない。

まっ、ぶっちゃける事になる可能性も考えてたかんな。そこまではいい、問題はその後のなのはの言葉だった。


『一緒にジュエルシードを探してください!』


調子ぶっこくなよ?俺に頼みごとなんて11年早ぇ。成人してナイスバディになってから出直して来いや!………と言いたかったが、相手は可愛いなのはだ。流石の俺もそんな正直に言い返せなかった。

あの時は参ったね。俺はなのはの事は好きだが、魔法関係にもうこれ以上関わるなんてゼッテェ御免だからな。
だから俺は一つの可愛い嘘をつかせて貰った。


『すまん、なのは。手伝ってやりたいのは山々なんだけどよぉ………実は俺の体はボロボロなんだ』

『え……』

『魔法を使うとよ、頭痛がして鼻血やら耳血やら……えーと……その他、穴と言う穴から何か変な液体がドゥヴァって出んだよ。そう、拒絶反応ってやつ?』

『そ、そんな……あれ?でもあの時は手品って言って魔法を──』

『あのくらいなら問題ないんだ。それにあれはなのはを楽しませたかったという思いがあったかんな。多少の無茶は出来た。けど、それ以上となると…………すまん』

『う、ううん、ハヤさんは悪くないよ!私の方こそ、いきなり自分勝手な頼みしちゃって……』


普通、こんな嘘はある程度人生歩んでる奴か賢い奴なら通じない。けどそこはガキで純情ななのは、あっさりと信じちまってやんの。
さらに俺はついでとばかりに自分の事を誰にも喋らないよう口止めしておいた。

汚ぇ利己的な大人なら兎も角、なのはは良いガキだ。ここまで言っとけば俺を魔導師として頼ることもないだろうし、他言もしないだろう。
出来れば俺だってなのはを手伝ってやりたいとは毛ほどくらいなら思っている。ただなぁ、手伝う内容が魔法関係とあっちゃあ、その毛も遥か彼方に飛んで行くってもんだ。

それにだ、よく考えれば俺は今回の件は手伝わない方がいいと思うんだよな。

その理由はあの金髪のガキ魔導師。あいつも確かジュエルシードってのを探してたよな?そしてシグナムたちの弁を自分なりに解釈するば、どうやら2人はそれを賭けてぶつかっていた様子。そんな2人は多分同い年くらい。
これが何を意味するか分かるだろ?ファンタジーとかよ、アニメとかの物語でお約束。

そう───ライバルだ!

なのはと金髪、あの2人は一つのものを巡って争っている。そんな争いを経てお互い成長し、終には友情が芽生え、最終的には仲間になってラスボスに挑む!これ正に王道!!
さて、そんな王道に俺やシグナム達のような濃いキャラが突然乱入したらどうなる?面白くねぇだろ?空気読めって話だろ?だからな、ひっそりと見守ってやんのがいいんだよ。

まっ、一番の理由は厄介事と面倒臭ぇ事が嫌いなだけだけどよ。

兎も角、何度も言うように俺はもうこれ以上厄介事には首を突っ込まん。俺自身に直接被害があるか、もしくは喧嘩を売られた場合は考えるが、それ以外の要因で俺が魔法関係のゴタゴタに介入するなどあり得ん事をここに宣言する!!












「ちょっと待て、今何つった?」


理との異世界ハンティングを終え、地球にある我が家に戻ってきた俺たち。向こうの世界はまだ昼と呼べるような明るさだったが、地球はすでに真っ暗な夜。
取り合えず俺と理は持てるだけの蛸の足(つうか肉片?)を持ち、今日は蛸料理だ~と揚々と帰宅したのだが、そこで待っていたのは何とも頭の痛くなる言葉だった。


「あのね、ハヤちゃんと理が帰ってくる少し前に旅行の時の同じいくつかの魔力反応があってね、それでそのぅ………情報収集してくるってシグナムが飛び出して行っちゃった」

「あんのメロンはああああ!!」


俺が非介入宣言したと思ったらこれか!旅行の時と同じ魔力って事はジュエルシードとなのはと金髪か?つうか情報収集?あの理に次いで戦闘好きのシグナムがそれだけで終わっかよ!
旅行の時はストッパーの夜天やシャマルも一緒に行ったが、今回はどうやら一人で戦地に向かった様子。やべぇぞ、6割強くらいの確率で参戦しそうだ。


「なんで止めねぇ!今更情報収集とか要らんだろ!てか、あいつが一人で情報収集?カチコミの間違いだろ!」

「あ、主、落ち着いてください。将も主の為を思っての行動ですから」

「だからって、だからってなぁ!………ああ、もう!!」


せめて夜天かシャマルがついて行ってたらまだ安心してたよ?けど、シグナム一人じゃ果てしなく不安だ!!


「主、私が連れ戻して来ましょうか?」

「理、テメxは絶対ここを動くな。ミイラ取りがミイラになる事は目に見えてんだよ」


このクレイジーロリまで行かせて見ろ、喜び勇んで戦場に躍り出る様が容易く思い浮かぶ。
第一、今から行っても間に合うかどうか。既にヤり合ってても不思議じゃない。

取り合えず俺は今出来る事で最速の手段、念話をシグナムに飛ばす。


《シグナァァァァァァァァァムッッッ!!!》

《ひゃっ!?あ、主隼!?》


いきなりの大音量の俺からの念話に驚いた様子のシグナム。しかしそんな反応が出来るという事はどうやら見つからないよう大人しく観戦していたらしい。最悪の事態になってはいなかったが、それでもまだ現地にいるのは危ない。


《テメェは何しくさっとんじゃ!今すぐ、可及的速やかに戻ってこいや!さもねぇと卑猥な地獄に叩き落とすぞ!!》

《あ、主、しかし……》

《しかしも犯しもねぇ!いいか、10秒以内に戻って来なけりゃテメェは今日から烈火の将改め焚き火の将だかんな!》

《た、焚き火!?い、いえ、しかし10秒は流石に無理が……》

《つべこべ言ってる暇があるなら今すぐカムバック!ハリー、ハリー、ハリー、ハリィィィイイイ》

《わ、分かりました!今す──────》


と、そこでシグマムの言葉が不自然に途絶えた。
俺は最初シグナムが慌てるあまり念話を途中で切ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。回線はきちんと繋がっている。

……………まさか?


《オイ……オイオイオイ、何よその不気味な沈黙は!?止めろよオイ。待て、それはやっぱりもしかしてなのか………もしかしてなのか!?》

《────すみません、10分程帰宅が遅れそうです》

《もしかしちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!》


つまりなのはか金髪に見つかったと、そういう事だろう。

あの2人に顔が割れてんのは俺とヴィータとシャマルくらいだから、例えシグナムが2人と対峙しても俺との関係性は知られる事はない。そこだけは不幸中の幸いだが………でも、やっぱ最悪だ!


「なぁ、夜天。シグナムと言いロリーズと言い何で大人しくしてくんねぇんだろうな?お前だけだよ、いつも俺の傍にいてくれんのは」

「将たちも主を思ってこその行いです、どうか多めに見てあげてください。それに………はい、私はいつでも主のお傍にいます」


何このお母さんのような妻のような慈愛キャラ?もうさ、俺ガチで夜天を彼女にしたいわ。

本当に優しい夜天、その優しさを見習って俺も少しシグナムに優しい言葉を送っとくか。


《おい、シグナム》

《────はい》


もう既に戦闘をしているのだろう、返事が遅かった。


《見つかったモンはしゃあねぇ。だがいいか、絶対無傷で帰って来いや。今お前の前にいる奴がどんな奴かは知らん。なのはかも知れん、金髪かも知れん、管理局かも知れん、その他の誰かかも知れん。だがな?俺はそんな有象無象よりはお前の方が大切な存在だ》


これは事実、俺の本心だ。
確かに俺はなのはは好きだし、金髪のガキも嫌いじゃない。けどそれは見ず知らずの他人と比べてだ。シグナムと天秤にかけた時、そんなモンは比べられるレベルじゃない。仮に全くの他人1億人とシグナム、助けるならどっちと言われたら勿論……………訂正、100人くらいとシグナムだったら勿論シグナムを取る!


《女だろうがガキだろうが老人だろうが、お前の柔肌メロンを傷つようとする奴がいたら逆に傷つけろ。それでも傷つけられそうなら迷わず逃げろ。騎士のプライドとかあっかもしんねぇけどよ、そんな不確かなモンより俺ぁお前の体のほうが何十倍も大切だかんな?もう一度言うぞ────無傷で帰って来い》

《………はいっ!》


ああ、なんて優しい俺。けれどこれがロリーズやザフィーラだったらこんな言葉も出なかっただろう。ひとえにシグナムのメロンの成せる業だな。


《あっ、訂正。やっぱ一番大事なのは俺との繋がりがバレないようにする事だな。その為なら多少傷つくことになっても構わねぇや》

《あ、主………》


いや、当たり前だろ?何だかんだ言って人間一番大切なのはテメェなんだ。自分とシグナムを天秤にかけたら……否、そんな前提無く無条件で俺の方が大切だ。


《まっ、取り合えず五体満足で帰って来いや。多少怪我しても俺が舐めて治してやっからよ?》

《それはとても魅力的ではありますが、心配御無用です。私は主隼の騎士───烈火の将シグナム。完全勝利意外あり得ません》

《そうかよ。ンじゃ、怪我一つでも負って帰ってきたら問答無用で焚き火の将な》

《……………翔けよ、隼ッッ!!!》


翔けよ、俺?

とまぁ、そんな台詞を最後にシグナムからの念話が途絶えた。その言葉の意味は知らんが、気合の入りようから見て魔法か何かだろう。相当改名が嫌なようだ。


(それにしても結局戦闘か……まぁ、喧嘩売られたなら落とし前は付けるべきだがよぉ……)


なんか最近頻繁に魔法関係に関わってねぇか?あれかね、よく言う「一度魔に触れたら惹かれ易くなる」とかそんな感じ?小説とかアニメなら兎も角、まさか現実でそれを体感するとはな。

しかし、もうこれっきり願いたい。願いたいが………ハァ、なんかドツボに嵌りそうな予感が……。


(だが……だが!それでも俺は俺の未来を薔薇色にするッ!!)


日々を平穏無事に過ごし、就職し、いっぱい金を稼ぎ、彼女を作り、童貞を卒業し、妻を迎え、子を抱き、家族に看取られて逝く。そこに魔法という厄介な存在はいらん!
…………まぁ、例外として夜天たちだけなら俺の未来に加わってもいい。お世辞にも長いとは言えない付き合いだが、それでも一緒に生活していれば米粒くらいの情は湧く。それに総合的に見てもこいつらの事は嫌いじゃねぇしな。

と、なんとも優しさ溢れる俺。しかし、そんな俺に降ってきた言葉はなんとも腹の立つものだった。


「どうしたのでしょう?主が気持ち悪い顔をなさっています」

「ん?……うげっ、なんだあの慈愛に満ちた顔。また変な妄想でもしてんじゃねーの?あ~あ、キモ」

「なぁ、夜天。あのロリーズ殺していいか?いいよな?よし、そうしよう。ぐちゃぐちゃにして下水溝に流そう」

「お、落ち着いてください主。2人も主になんて事を……!」


理が1回、ヴィータが1回、2人合わせて1回。計3回。
それが俺の1日の平均喧嘩回数だ。







[17080] キュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/17 01:56

鈴木家居間、約10畳の部屋に7人の男と女と犬が輪になって座っている。浮かべている表情は皆それぞれだが、どこか気まずい空気が流れているのは多分俺のせいだ。

俺は先ほどまでロリーズと喧嘩をしていた。髪を引っ張ったり合ったり、頬を捻り上げ合ったり、鼻の穴に指を突っ込み合ったり等など、地味な喧嘩を狭い部屋の中で繰り広げていた。夜天の静止の声は勿論無視。シャマル、ザフィーラに到ってはもう既に仲裁は諦めているようで何も言ってこなかった。

そんな楽しい一時の終わりを告げたのはシグナムの帰還。情報収集という名のカチコミを終え、ようやく帰ってきたシグナムに俺は取り合えず拳骨をかまし、もう勝手な行動をしないよう厳重注意しておいた。
しかし、そんな注意もシグナムが持って帰った『ある物』を見せられた時に手遅れな事に気づいた。


「さてテメェら、今更確認する必要もねぇだろうがよぉ、俺ぁな、女とは付き合いたいが魔法関係のゴタゴタとは付き合いたくねーんだわ」


片手でタバコをふかし、残った片手でザフィーラを撫でながら全員を見回す。ロリーズはどうでもいいような顔をし、夜天とシャマルは苦笑い、シグナムは申し訳なさそうな顔をしている。

俺はタバコをもみ消すと、シグナムが持って帰った『ある物』を手に取る。


「それなのによ?世の中ってのはどうも俺にはあんま優しくねぇんだわ。もう一度言うぞ?俺は、魔法関係には、関わりたくない。………さぁ、それを踏まえてザフィーラ、これ何だか分かるか?」

「………青く輝く石、です」

「然り。けどそれだけじゃねぇだろ?なに、遠慮することは無い。ぶっちゃけてみ?」

「はい………ジュエルシードかと。主の言うところの魔法関係です」

「だよな。俺が、関わりたくない、魔法関係の物。それが何故かここにあんだよな~」


ピンっと指でジュエルシードを弾く。電気の光を浴びてキラキラ輝くそれは一見したらただの宝石。しかし真実は魔法の産物。


「不思議だよなぁ。なんでこんなモンをシグナムが持って帰んだ?確か情報収集が目的だったよな?結果的にカチコミになっちまったけどよぉ」

「あ、あの、ですからですね……」

「あぁん?」

「……申し訳ありませんっ」

「ハァ……」


シグナムが金髪の使い魔らしき奴に見つかってやむなく戦闘。実力さは圧倒的で戦況は有利だったが、封印処理されていたジュエルシードが突然次元震を起こすほどのエネルギーを発し、暴走。なのはと金髪が急いで抑えようとしたが結果は失敗、双方のデバイスが中破。よって唯一デバイスを所持しているシグナムが再封印。で、そのまま持って帰っちゃいました。

と、それが帰ってきたシグナムに聞かされた簡単な事の顛末だ。


「どうすんだよ、これ。ガキ共が集めてる理由は知らんが、どう考えても良さげなモンじゃねーぞ」


もう怒る気にもならん。いや、怒って事態が好転するならぶちギレるが、生憎とそんなことじゃどうにもならない。


「どうするんです?ハヤちゃんとシグナムの関係性は知られてないと思うけど、それでもこのままジュエルシードを持ってたらいづれは……」


だよなぁ。
でもどうすりゃいいんだ?つうか、結局の所ジュエルシードってのは一体どんなモンなんだ?


「こんな訳分かんねーモンを手元に置いとくのもあれだしな………質屋にでも持ってくか?」

「さ、流石にそれはやめた方が……」


じゃあどうすんだよ。なのはか金髪に渡す?それもなぁ、自分のモンを誰かにタダでやるのってのは癪なんだよな。仮に物々交換するとなっても相手はガキだ、期待できねぇ。


「ジュエルシードねぇ……一体なんなんだろうな、コレ」


詳細が分かれば使い方も分かるだろうけど、現段階じゃ分かってるのはせいぜい名前だけ。
マジでどうするよ?いっその事捨てちまうか……でもそれも勿体無ぇな。

ジュエルシードを手の中でコロコロと転がして悩む。そんな時にロリーズの片方、生意気ツン子がポツリと呟いた。


「もしかしてあれじゃね?それって7つ揃えれば龍が出て願いを叶えてくれる、みたいな」


なん……だと……


「あはは。ヴィータちゃん、それは漫画の中だけで現実じゃ─────ハヤちゃん?」


そう、あれは漫画の世界。『何でも願いを叶えてくれる』なんてのはフィクションの特産物だ。現実にはあるわけがねぇ。
しかし、しかしだ!
ならば魔法はどうなる?プログラムの生命体はどうなる?どちらも空想ではなく、現実に確固として在るんだぞ?なら神龍だって居ても不思議じゃねぇ!


「ヴィータ、よく気づいた!ナイス発想!!流石は鉄槌の騎士、的確に物事の急所を付いてくんな。俺ぁ今日ほどお前を可愛く思った事はねぇぞ」

「な、なんだよ突然!?お、お前にそんな事言われても嬉しくねーっつうの!」


とか何とか言って頬が緩んでんぞ、このツンデレ。

それにしても願い事か~。やっぱまず最初の願いは『願い事の回数を無制限にしろ』だよな。そんで次が『世界一の金持ちにしろ』だろ?さらに『極上の女性をくれ』で、さらにさらに『イケメンにしろ』で………おお、夢と欲が広がるぜ!!


「ふははははっ、こりゃ未来は薔薇色だな!よし、今日は飲むぞ。俺の素晴らしき人生とヴィータに乾杯!!」


─────と、そんな感じで酒を飲み続けたのが昨晩の事。

夜が明けた翌日。俺は早速ジュエルシードの捜索に入った……………訳がねぇ。一晩経って冷静になれたよ。

神龍?願いが何でも叶う?
ハッ、いくら何でもそりゃねーよ。ご都合過ぎ。魔法が存在するからって=何でも存在するってのは間違ってんよ。第一、もしそんなモンがあるならなのはや金髪のガキだけじゃなくて、他の魔導師も躍起になって求めるだろ。欲深ぇ大人は特によ?
ああ、やっぱねぇわ。そんなマジックアイテム。

つう訳で、結局俺はジュエルシード探索などは行わず、この日は職安へと赴いた。胡散臭いマジックアイテム探しより何とも現実的で、それ故に実りある行動だろう。

ちなみにシグナムが持って帰ったジュエルシードはデバイスの中に入れて保管している。持ってると色々と危険かもしれんが、もしかしたら後々使えるかもしれん。………それに本当に本物の願望機という可能性もあるしな。








「あんのクソオヤジが!人が折角楽しく打ってるときに呼び出しやがってッ!」


俺は今、悪態をつきながら夕日が沈む空をかッ飛んでいる。


「やっと2確引いたってのに……ああ、クソッ!豚ダルマめ!!」


職安に行き、その後パチ屋で戦っていた居た時、バイト先の次長からTELがあった。内容は『人手が足りないから来い』というふざけたもの。
勿論、俺は断った。だが、俺が断ることは予測していたのだろう。次長の次の言葉がこうだった。


『来ないと借金5割増しで返して貰うよ?』


………ファック!!


「いつか見てろよ、あのクソ野郎。いづれ肥溜めに突き落としてやる!」


先日の旅行、その旅費として次長から借りた金額は5万。………是非も無く、もう行くしかなかった。
シグナムやザフィーラを代わりに行かせるという手段は使えない。なぜなら2人とも今日は元からシフトで入っているから。


「ったく、最近厄介事ばかりだ。なんかここいらで一発良い事でも──────あん?」


愚痴を言いながらもバイト先へと急いで飛んでいた時、その飛行経路、つまりは俺の眼前に人の姿が見えた。人数は2人。どちらも女で、一人がもう一人の体を支えるようにふわふわと飛んでいる。


「つうか片方はあの金髪のガキじゃねぇか」


まだハッキリと顔を確認出来る距離じゃねぇが、それでもマントを棚引かせて空飛んでる金髪とくればあのガキしかいないだろう。

案の定、顔が視認出来る距離まで来たらやっぱりあのガキだ。………と同時に俺は眉を顰めた。


(なんだ、あいつ具合でも悪ぃのか?)


一人がもう一人を支えるように飛んでいるように見えたのは間違いなく、さらに言うと支えられている金髪のガキの顔色が優れない。

そんな金髪のガキも漸く俺に気づいたようで、苦しげに顔を上げた。
てか、顔色が優れない所じゃねぇぞ?ぶっちゃけ土色だ。しかも服も所々汚れてるし、この前会った時には手に包帯も巻いてなかったはず。


「はや、ぶさ……?」

「よぉ、久々だな。どうした、具合悪そうじゃねぇか?いや、そんな事たぁどうでもいいな。それよりそのお姉さんを紹介願えねぇか?」


満身創痍って感じのガキから視線を少し横にずらせば、そこには素晴らしいモノを胸部に備えた女性が。おお、実に結構なお手前で。

………ん?ガキの心配はしないのかって?ははは、常識的(俺的)に考えてンな事よりまずは隣の女性だろ!
少し釣り上がった目と整った顔は間違いなく美人な部類。さらに少し覗いている八重歯がまた何ともGOOD!胸部がたわわに実っているのも良し!犬耳尻尾が生えているので、多分昨夜シグナムが戦ったという使い魔なんだろうけど、美顔でボインだったら人間じゃなくても一向に構わねぇ!!

そんな女性は最初俺を警戒しているような目で睨んでいたが、ガキと顔見知りと分かると今度は訝しんだ目で見てきた。


「あんた、何モンだい?それになんでフェイトの事を………」


これはまた、喋り方も声もいいねぇ~。今まで周りにいないタイプだ。つうか何よ、その服装?いろいろやべぇぞ?

なんて事を頭の片隅で考えながらも俺はきちんと返答する。第一印象は大事だかんな。


「ああ、俺は鈴木隼ってもんだ。そのガキとは以前話し相手に付き合ってもらってな。言うなれば………ダチ公?いや、それも何か違ぇが、まぁ、心配するような関係じゃない」

「ダチって……あんた魔導師だろ?………ほんとかい、フェイト?」

「えっと、よく分からないけど、でも隼は善い人────っ!」

「フェイト!?」


顔を顰めて苦痛を示すガキ。それを見て慌てる美人さん。
どうやらガキは具合が悪いのではなく、どこか怪我をしているらしい。それもこの痛がり様から見て浅いとは思えない。


「おい、ガキ。一体なにがあったよ?大丈夫か?」


美人さんにだけ注目していた俺も、流石にガキの苦しそうな顔と声を聞いたら心配の一つもしてしまう。
しかし、そんな俺の心配を遠慮するように、もしくは心配させないようにガキは小さく笑い、次いで「大丈夫です」と小さく呟いた。
その何ともガキらしくない対応に少しムッとしていまう俺。


「ンの馬鹿ガキが。まったく大丈夫そうに見えねぇん────ちょいタイム」


文句を言う前にポケットに入っている携帯が震えた。

ンだよ、話の腰を折りやがって……そう思いながら携帯を取り出すのだが、なんか前にもこんな感じでガキの前で携帯取り出さなかったか?デジャヴ?

手に取った携帯の画面を見れば────『次長』。

デジャヴじゃなかった。


「セリヌンティウス!?やべぇ、バイトォォォォォォォォォォ!!!」


いつかの焼き増しのように、俺はガキと美人から踵を返して翔けた。向かうはバイト先。


「お、おい、ちょっと……!?」


背後で美人さんの声が聞こえる。いつもの俺ならすぐにでも急停止し、応答するんだがこっちもやる事があっからな。応えてる場合じゃない。……ただ、一方でガキの声が聞こえなかったのは気になった。


(あのガキ、怪我相当酷ぇんじゃねーか?)


辛そうな、てかモロ辛いですって顔してたしな。出血はなかったように見えたけど、黒い服着てたからそれも果たしてどうだか─────って、どうでもいい事だな。


(俺にゃあ関係のねぇ事だ)


あの服は多分バリアジャケットだ。という事は怪我を負った原因は魔法絡みだろう。なら俺は関わりたくない。下手な情見せて厄介事に首突っ込むのは御免だ。
もし魔法絡みじゃなくても、俺はこれからバイトがある。よって何も出来ないし、やらねぇ。俺は他人より自分の事情の方を大事にする男だ。自分優先!


(………ハッ、関係ねぇよ)


ガキの痛みに歪んだ顔が脳裏を過ぎる中、俺はバイト先に真っ直ぐ飛んだ。









「クソッ、クソッ、クソッ、ドチクチョウが!なんで……ああ、もう!!クソッタレの大ヴォケのイカれ野郎が!!救いようがねぇ、てかいっそ死ね!!!」


俺は今、悪態をつきながら夕日が沈んだ空をカッ飛んでいる。

ただ今回悪態をつく対象は次長じゃない。それはおろか他人でもない。………自分だ。


「あ、あの、隼、やっぱり戻った方が……」

「うるせぇ、黙れ、喋るな、舌引っこ抜くぞ」

「あんた、フェイトの言う通り良い奴だね」

「うるせぇ、、黙れ、喋るな、揉みしだくぞ」


そう……俺はあろう事かバイトをサボり、ガキの元まで戻って来たのだ。その理由は単純明快、心配だったから。

ハハハッ、笑えるだろ?この俺が、たかがガキが怪我したってだけで、自分の事を後回しとは。
確かに俺ぁガキや女には優しいよ?ガキらしいガキや美人な姉ちゃんだったら特にな。けど、だからって今回のこれは過剰な優しさだ。このガキの面倒見てなんか俺に得があるわけでもなし。

自分の事ながらあり得ない。自分らしくない。確かに俺は紳士で優しいと自称しているが、これは完璧に馬鹿のする事だ。対価もなしに人助けなど。


「ああ、クソ!ホントにツいてねぇ。厄介事のバーゲンセールだ!しかも半ば押し売り状態!」

「あの、ごめんなさい……」

「謝るくらいなら怪我すんな!」

「あぅ……」


背中に背負ったガキから申し訳なさそうな雰囲気が漂っているが、もう俺はこれ以上優しさをあげるつもりはない。俺の半分は厳しさで出来てんだよ。


「隼って変な奴だね。優しいのか乱暴なのか」

「うるせぇよ」

「でも良い奴だね」

「だから、うっせぇっつってんだろ」


つうかこの獣娘は態度変わりすぎだ。俺が戻ってくる前までは敵意までは無かったとしても警戒はしてたはずなのに、俺がガキの身を按じて戻ったらコレだ。
それほどまでにガキが大事なのかね。使い魔とその主ってのは、俺と夜天たちみたいな関係なのか?

それからも俺たちは適当に会話しながら、それでも飛ぶ速さは最速でガキの治療が出来る場所へと向かった。


「おいおい」


飛ぶ事十数分。俺たちは一つのマンションの屋上へと降り立った。一体何階建てかは知らんが、部屋は確実に俺のアパートより広いだろう。外観だけ見てもリッチ感が漂っている。
そんな高級マンションだが、この中の一部屋がガキの治療をする場所…………つまりガキの家だ。


「マジかよ……お前ら、こんないいとこに住んでんのか?」


外から見た印象もさることながら、中に入った時の驚きはさらに上をいった。


「リビングにダイニングにキッチンが完備!?おおい、ロフトまであんぞ!?部屋数は4……5か!?それにあっちは全面ガラス張り!こっちはトイレ……ってトイレ広ぇなオイ!お前ら、こんなとこをマジで2人だけで使ってんのか?」

「そうだよ」


獣娘がガキをソファに寝かせながら事も無げに答えた。

道中でこいつらが2人だけでここに住んでいるというのは聞いた。ガキの母親はきちんと生きているが一緒には住んでいないらしい。どのような事情があるかは知らんが、詮索する気はない。厄介事や面倒事に巻き込まれたくねぇのは元より、今回のその原因となったこのガキの事情なんてこれ以上知りたくもねぇ。

だから、もう目の前のガキの怪我の治療という事だけに専念することにした。


「ええっと、包帯にティッシュに消毒液……お、赤チン」


怪我の治療なんてまともにしたことねぇけど、まっ、なんとかなんだろ。本当はきちんとした病院に行ったほうがいいんだが、ガキはそれはどうしてもダメだと抜かしやがるからな。その理由を聞いても何故か話さねぇし。


「よし、ンじゃ適当に治療すっからよ。そんじゃ、まずは服脱げ」

「え……ええええぇぇぇ!?」


喧しいんだよ。いきなりデケェ声だすなや。


「怪我してんのは主に背中だろ?しかも察するに一部じゃなく全域だ。なら治療すんのに服は邪魔。分かったなら、オラ、脱げや」

「あ、ああの、でも、その……」


ガキはソファの上に寝そべりながら、赤い顔でこちらを見てくる。

チッ、ガキがなに一丁前に恥ずかしがってんだか。……いや、もしかしたらこれが普通なのか?ん~、そう言えば旅行でもなのはを風呂に誘った時、あいつ恥ずかしがってたしな。……ん?でも理のやつは普通に俺と一緒に風呂に……って、あいつは見た目どおりの歳じゃねぇのか?生まれたばっかだし。


「わーったよ。ンじゃ、脱がなくていいから、せめて捲り上げろ」

「で、でも……あ、ならアルフにやってもら───」

「彼女には晩飯買いに行かせた。よって今居ない。て訳で、おら、いい加減観念しろや。これじゃいつまでたっても手当てが出来ねぇよ」


俺は半ば無理やりガキの服を捲った。いや、無理やりという程でもないが……それでも第三者から見たらちっとばかしヤバイ光景だろう。まぁ、室内には俺とガキだけなんでそんな心配もいらんけどよ。


「ったく、いらん手間取らせん───────」


ガキの体を見た瞬間、俺はそこから先の言葉が紡げなかった。
断っておくが、別に俺はガキの体に情欲が湧いたわけじゃねぇ。こんなちんちくりんな体みて誰が欲情するかよ。問題はその体についている傷だ。


「………おい、ガキ。お前、確か管理局の魔導師にやられたって言ったよな?」

「…………」


返答はないが、ここに来るまでに俺は確かにそう聞いた。管理局の魔導師に魔法で背中を撃たれたと。撃たれた、という事は魔法弾か砲撃が当たったという事のはず。

それなのに。


「確かにそれらしい傷もある。けどよ……それだけにしちゃあ、傷の種類が多い」


ガキの体には痣、擦り傷、切り傷、さらには裂傷にまで至っていたであろう傷跡もある。

そう、傷跡だ。明らかに以前から何かしらの暴力を受けている証。それも非殺傷設定のある魔法ではなく、凶器による悪意のある力でやられているのは確実だ。でなければ、背中なんかにそう簡単にここまで傷跡や生傷はつかない。
事故と言う可能性もあるが、俺は別の可能性を口にした。


「ガキ、お前、虐待受けてんな?」


そう考えると合点がいく。
母親の事を喋った時のガキと獣娘の反応も、治療するにも病院には行かないと言ったのも、俺に体を見せるのを渋るのも。


「ち、違う!虐待なんかじゃ……!私が母さんの期待に応えられなくて、それで……」


必死の顔で母を擁護するガキ。相当母親の事が好きなのだろう。しかし、その慌てようと傷ついた体を見れば真実はどうなのかなど一目瞭然。

俺はさらに追及しようとして、後ろから聞こえてきた声でその必要がなくなった。


「そうだよ。あいつはフェイトを虐待してるんだ」

「ア、アルフ!」


いつの間にか帰ってきた獣娘。その顔には怒りと悲しみが窺える。どちらの感情がどちらに向けられているかは言うまでもないだろう。


「別にフェイトは悪くないのに、あいつは自分の思い通りにならないとすぐにフェイトに手を上げるんだ!叩いたり、蹴ったり、今じゃ鞭なんてものまで使って……ッ!」

「アルフ……それは違うよ?悪いのは私。隼も誤解しないで。母さんはホントはとても優しいんだ」

「フェイト……」


ガキを見る獣娘の目には悲しみと、少しばかりの哀れみがある。


「………取り合えず話は後だ。今は怪我の手当てをする」


厄介事には関わりたくない。ガキの事情なんて知りたくは無い。

しかし、流石にこれは「どうでもいい」と言って見過ごせない。人として、大人として、何より俺として。







全てを聞いた、のだと思う。少なくともフェイトとアルフは『自分の知っている事を全て話した』と言った。

俺がフェイトの傷の手当をしたので信用し、自分達の事を話したのか。それとも俺が魔法には極力関わらない、ある種中立の立場だと言うのを聞いて安心して話したのか。
どうであれ、俺は2人の事情を知った。そこには勿論、フェイトの母親である『プレシア・テスタロッサ』という奴の事も入っている。

プレシア・テスタロッサ……フェイトの母親で、自身もかなり凄い魔導師。ジュエルシードを求めている理由は知らないが、アルフの弁によればその執念には鬼気迫るものがあるらしい。それどころかフェイトへの虐待(フェイト自身は最後まで否定)を考えれば、狂気さえ孕んでいるだろう。

正直に言って俺は聞かされたプレシアの人物像だけを見れば、決して嫌いな奴じゃない。寧ろ好感さえ持てた。特にその手段を選ばない、独善とさえ言える性格は素晴らしい。さらに大そうな美人らしいのも良し。
きっと俺とフェイトの母親は仲良くなれるだろうし、仲良くなりたい。

───ある一点さえ除けばな。


「気に入らねぇな」


手段を選ばないってのはいいさ。俺もそれは大いに賛成だ。……けどよ?超えちゃいけねぇ一線ってのは何にでもあんだろ。
その一線ってのは人によって各々違うだろうけどよ、少なくとも俺が俺の中で定めているそれをフェイトの母親は踏み越えている。

───それが気に入らない。


「なぁ、お前んちによ、木刀かバット、もしくはチャリのチェーンはあるか?」

「え?えっと……無い、かな。何に使うの?」


フェイトの母親が許せない、なんていうつもりは無い。元よりそんな気持ちを抱くことなんてお門違いだ。許す、許さないなんてのは当事者同士が決めることであって、部外者である俺が決める事じゃない。

───ただ気に入らない。


「何にって、決まってんだろ。カチコミにだよ」

「「かちこみ?」」

「あーっと、魔法世界出身じゃ分からねぇか。簡単に言やぁ────」


これは別にフェイトの為にする訳じゃない。これは誰の為でもない、自分の為に。ただの自己満足。理由を挙げるとしたら、そう───


「殴り込みだよ。お前の母親んとこによ?」


───気に入らねぇからだ!!





[17080] ジュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/05/26 20:55

フェイトが住んでいるマンション、その屋上に今俺はいる。
隣にはフェイトがおり、目を瞑ってデバイス片手に先ほどから延々と訳の分からん言葉を紡いでいる。その言葉に呼応しているのか、足元のでっかい魔方陣が黄色い輝きを見せている。
またガキの使い魔アルフも俺の隣にいるが、彼女は特に何もせず佇んでいる。それでも強いて言うなら……ああ、素敵なパイパイだ。

ンで、最後に俺だが、そんな2人に挟まれる形で立っている。
ただ格好が少々特殊だ。服装は半袖のカットソーとデニムという至って普通のモンだが、持ちモンがヤバげ。
街外れにある廃工場から拝借して来た鉄パイプと鎖。手には石を握りこんで包帯を巻き巻きなど。

あまり時間もなかったから用意も満足に出来なかったが、まあ、これだけでも十分喧嘩は出来るな。


(マトイでもありゃあ、もうちっと気合入るんだがな)


まっ、無いもんねだりしても始まんねぇし。それに知らねぇ奴との喧嘩は久しぶりだかんな、それだけでワクワクだ。

そんな男独自の高揚感に包まれている俺に、隣のアルフが面白そうに声をかけてきた。


「隼ってやっぱり変な奴だよね」

「何回も聞いた。そしてその都度言ってっけど、俺は変じゃない。至ってマトモで、至って誠実な紳士君。これほどの真面目人間、どこを探したっていねぇぞ?」

「よく言うよ。ただ自分が喧嘩したいだけで、持ってたジュエルシードを手放すなんて」


そう、俺はジュエルシードを手放した。正確にはフェイトにやった。その理由は単純明快で、いわゆる交換条件ってやつだ。

俺はフェイトの母親がいる場所を知らない。だから手段はフェイトに案内してもらうしかない。………だが、フェイトは猛反発。
まあ、当たり前だな。誰が好き好んで自分の母親の所に殴りこみに行くっていう男を案内する?さらに言うと虐待されているだろうフェイトだが、それでも母親は大好きらしい。そんなマザコンが暴力男を案内する事なんてまず無い。

だが、俺は一度やると決めたらやる男だ!
確かにジュエルシードを手放すのは少々惜しいが、持ってても使い道わかんねぇ。なら俺の欲を満たすために有効活用するべきだ。

案内してもらう代わりに、俺の持っているジュエルシードを渡す。

最初フェイトは俺がジュエルシードを持っていた事に驚き、次にどうするか悩んだ。
母親に危害を加えようとする男を連れて行っていいものか、でも隼だし、それにジュエルシードは欲しいし─────ってな具合に。
最終的には、こうやって屋上で転移魔法を発動させようとしている事からも分かる通り許可が降りた。


『分かった分かった。ンじゃ、話し合いだけにすっから』


といって最後に納得させた訳だが、勿論そんなのは嘘。カチコミする気満々。持ち物がそれを証明しているだろ?
ガキは俺の持ち物を訝しんでいたが、俺は「護身用だよ。世の中物騒だからな」と言って無理やり納得させた。これで納得するガキもガキだな。

ともあれ、これですべては整った。あとは…………


「開け、誘いの扉。テスタロッサの主の下へ!」


喧嘩だ、喧嘩!
ガキの親だからって加減しねぇ。最低でも1発、最高でグチャグチャにしてやる!管理局とか魔法関係とかバイトとかその他諸々とか、今は知った事か!

俺は俺のやりたいようにやる!自分の欲を満たす事が最優先だ!!











周りに広がる景色は一言で言うと暗い。黒ってか紫ってかそんな感じで。空間っつうの?それもなんか歪んでんしよ。
しかし、そんなクソ辛気臭ぇ景色も目の前の建物を見て眼中に入らなくなった。


「…………なんちゅう豪邸だよ、オイ」


つうか、もうこれ城?俺みたいな貧乏人への当て付けか?
また喧嘩する理由が増えた。


「金持ちは死ねばいい」


フェイトのマンションといい、この実家といい………もうなんかね、やるせねぇよ。ホント、死ねよ。あ~あ、この世にいる金持ち全員死なねぇかな。ついでにイケメンも絶滅しねぇかな。……後者は特に。


「あの、隼………」

「ん?なんだよ?」

「………ホントに母さんに暴力振るわないよね?」


不安そうな顔でそう言うフェイト。
ここに来る前にあれだけ「危害は加えない」と言っておいたのに。心配性というか、優しすぎるというか。


「大丈夫っつたろ?お前の母親なんだ、話せば分かってくれるだろ。マジで暴力沙汰にはならねぇよ。俺を信用しろ」


俺は鉄パイクを素振りしながら言う。


「そっか……そうだよね。隼は優しいもんね」


分かった。こいつ馬鹿なんだ。
今の俺の姿を見てそんな言葉が出せるのは、多分このガキだけだな。

まあ、いい。馬鹿だろうが素直だろうが、良い印象を持たれる事に越したことは無いしな。

そんな思い共に体操のお兄さん顔負けのナイススマイルを浮かべて、俺はフェイトに案内を促した。
フェイトは今度こそ安心したのか、しっかりとした足取りで家に向かって進んだ。その背後に続く形で俺は黒い笑みを、アルフは複雑な表情を浮かべながら歩いていった。









「隼、どうしたの?」

「なんで機嫌悪いのさ?」


フェイトとアルフが疑問顔でそう言う通り、俺の機嫌はこのデッカイ家に入ってから加速的に急降下している。

上に目を向けてみれば、なんか高そうな電灯(シャンデリア?)。
下に目を向けてみれば、なんか高そうな絨毯(ペルシャ?)。
周りに目を向けてみれば、なんかよく分からん絵画やら壷やら。

ザ・金持ち。


「ちっ……忌々しい」


金持ちってのはどうしてこう自己顕示欲ってのが強いのかね?
帰る時、なんかその辺にある高そうな物ガメて帰ろ。

さて、それから歩く事数分、…………つうか数分ってなんだよ!?家の中歩くのになんで分単位かかるんだ!ああっ、ホント忌々しい!!
………話が逸れたな。兎に角、数分後、俺たちは一つの扉の前で立ち止まった。
俺がフェイトに頼んだ案内先は母親の部屋……つまりはこの扉の奥の部屋にバイオレンス・ママが居るって訳だ。


「さて、じゃあお前のママと『お話』してくるわ」


と、俺が部屋に入ろうとすると、後からフェイトが付いて来ようとしたので軽くチョップして止める。


「い、いたいよ、隼……」

「ココから先はR18のディ~プな世界だ。お子ちゃまはここまで。犬も入っちゃ駄目な。下手すると発情期に移行しちまうからよ?」

「R18?」

「ハツジョーキ?」

「分からなくていいから、さっさと消えろ。自室に戻っとけ。そうだな……15分くらいで『お話』は終わるだろうから、それくらいたったらまたココに来いや」


そう言って二人の背中を押し、どこかに行くよう促す俺。
それに対しフェイトもアルフも渋々ながら背を向けて廊下の先へと消えていった。

それを見届けた後、俺はポケットからタバコを取り出し火をつけ一吸い。そして………


「ちわ~、カチコミでーす。────拳をお届けに参りましたぁぁああ!!!」


俺は扉を蹴り破り中へと入った。









その部屋もまた大きなモノだった。まるで俺のアパートの一室が豚小屋に成り下がるくらいの、それくらい大きな部屋。
一方でとても殺風景な部屋だ。まず目に入ったのが大きな机と大きな椅子。そしてその椅子にこちらに背を向けて座る女性。………それだけ。
『まず』とは言ったが、もうそれ以上目に入るものが無い。それほどの殺風景さだ。


(辛気臭ぇ部屋だな。……見たとこあれがフェイトの母親か)


この広い部屋に人は女性が一人。間違いなくあれがフェイトの母親だろう。
俺が部屋に入ったのは分かっているだろうに、その人は未だ無関心にこちらに背を向け椅子に座っている。

つうかシカトこいてんじゃねぇぞ?フェイトママ、第一印象は最悪な女性だな。


「よォ、人様が訪ねて来てんのになにシカトぶっこいて─────」


俺は文句をいいながら一歩踏み出し、2歩目を踏み出そうとした所で、その歩みと文句の言葉が止まった。
ふいに俺の視界の隅に紫色の光が入ったからだ。

─────同時に俺の視界がブレ、また次の瞬間には体だ吹き飛んだ。


「んどぅヴァッッ!?!?」


一回転、二回転、三回転。
景色が流れ、体が床に叩き付けられ痛みが襲い、頭はそれを上回る激痛が奔っている。

これつまり。


(俺、攻撃された?)


それに思い立った瞬間、俺の体は壁に叩き付けられた。そしてそのまま壁際で体を横たえる羽目になった。


「あの出来損ないはどういうつもりなのかしら。満足に仕事もこなせないどころか、こんなゴミをこの庭園に招き入れるなんて」


そんな淡々として冷たい声が、床に身を横たえた俺の耳に入ってきた。その声の聞こえる方に何とか目を向けてみれば、そこには先ほどまで椅子に座りこちらに背を向けていたはずの女性が立ち、俺を無様とでも言いたげに見下していた。

俺はその態度が気に入らず、すぐさま立ち上がり────またすぐ床に倒れ伏した。

体イテェ!頭イテェ!つうかなんか頭から血がダクダク出ちまってんじゃねーか!?


「ふん、今ので逝かないのね。ゴミというより虫ね」


そう言ってまた一つの魔力弾を浮かべた。その目には慈悲も何もなく、ただ文字通りゴミか虫を処理するような、そんな無感情さが窺えた。

そんな視線を向けられ、今にも魔力弾を撃ってきそうな女性に俺は身が震えた────訳がねぇ。


「………あ゛ぁん?今、なんつったよ」


この俺をゴミ?虫?……上等だよ、このクソババァ。

俺は痛む体と滴り落ちる血を無視し、立ち上がった。ここで立たなかったら俺じゃねぇ!


「まだ立てる元気もあるのね」


ババァは少し意外だったのか、眉を寄せ不快感を示した。


「ハッ!あんなちょっせぇ攻撃が効くかよ」


勿論、効いていない訳がない。だが、ここで弱みを見せてたまっかよ。未だに頭から流血してっけど無視。

俺は余裕を表すようにタバコを出し、ババァの目の前でぷはぁ~と景気良く吹かす。
それを見てまたババァの眉間に皺が寄った。


「………不愉快ね」

「おいおい、そりゃ俺の台詞だ」


こっちからカチコミしといてこのザマだ。まさかいきなりこんなジョートーかまされるとは思いもしなかったかんな。
不愉快っつうより無様だ。


「ハァ、俺もヤキが回ったかな。最近、本気喧嘩なんてしてなかったかんなぁ。しかも、その相手が女って事でどこか油断も────」


と、そこで俺はある重大な事に気づいた。いつもは一目見て気づくであろうくらいの重大な事に。


(あれ?このババァ、極上じゃね?)


何が、と言うまでも無いとは思う。特にどこが、と言うまでもないとは思う。


(そうだよなぁ。ガキがあんなに可愛いんだ、だったら親も結構美人………ってか、実際美人だ)


ちっとばっかし化粧がエグくて服装にセンスねぇが、それでもこの顔とお胸さまですべてが帳消しになるほどのレベル。

……んん~。


「喜べ、ババァ。俺ぁ少しだけ愉快になったぞ。これであんたにグチャグチャな未来は訪れない。ぶん殴ってはやるがな」

「……威勢のいい虫ね。でも賢くない」


そう言うとババァは浮かべていた魔力弾を俺に向けて放った。

俺も日頃伊達でヴィータと喧嘩している訳ではない。不意打ちなら兎も角、ただ真っ直ぐ飛んでくる魔力弾など避けるのは容易い。

そう思っていたんだが……


「ぎょべッ!?」


現実は厳しい。
俺の腹に魔力弾が当たり、めり込み、爆ぜた。そしてまた壁に激突。咥えていたタバコが落ち、滴った血で火が消えた。


「ゴホッ……あ~あ、タバコが。勿体無ぇ、いつもは根元まで吸うっつうのに」


見当違いの事を呟きながらも、心中ではちょっと焦っていた。

出鱈目な魔力弾だ。
威力は耐えられないほどじゃない。ヴィータのアイゼンに比べたら屁だ。しかし問題はその速度。とても放たれてから避けられるモンじゃない。200kmくらい出てんじゃね?


「美人に責められるってのも悪かぁないが、俺もどっちかってとSだかんな。いや、たとえSじゃなくても今回はダメだ。言いたい事分かるか?」

「虫の言いたい事が分かるとでも?」

「さらに上等だよ。いいか?俺ぁな、キてんだよ。それも相当。そもそもここに来る前から………フェイトにお前が何をしているか聞いた時からよぉ」

「……ふふ、そういう事。虫かと思っていたけど、どうやら正義のヒーロー気取りの偽善者だったようね」


ババァの顔に笑みが浮かぶ。ただそれは見ていて気持ちいいモンじゃない。なんとも腹の立つ笑みだ。

俺も同じように笑って返す。
ついでにここに来て3本目のタバコに着火。あ~あ、節約してんのによ。でもしゃあねーわな、ムカつくとどうもすぐ手が伸びちまう。


「そんな大層なモンじゃねぇが……まぁ、似たようなモンだよな。こっちとしてはただ気に入らねぇってのが理由だけど、周りから見たら『善い奴』に映るんだろうよ」


周りの奴には正義を行ってる奴の動機はいらない。純粋でも不純でもいい。結局最後に残るのは行ったあとの結果とそれがどう見られるか。
つまり今回は、虐待されているガキのために怒る正義感溢れる男。

うえっ……自分的には反吐が出る。


「ただ気に入らない?」

「『子供は子供らしく在れ』、それをあんたはさせてやれていない」


これは子供だけの問題じゃない。子供らしく振舞えるようにさせてやるのは親の義務。

虐待されているガキがガキらしいとは思えない。よしんば今はガキらしくても、いずれどこかで歪んでしまう。


「子供が自分の意思で子供らしくしないのは……まあ、それも気に食わねぇがまだいいさ。だがな、親の行いでそう在れないのは俺は気に入らん」

「それで?」


ババァは鼻で笑い、関心があるのかないのかの顔で先を促す。


「それだけ」

「………なに?」

「それだけだよ、あんたが気に入らない理由は。つうか、その理由も正直あまり重大じゃなくなったよ。ここに来てな」


ふはぁ~とタバコを吐き出し、正面のババァを見つめる。


「誤算だった。あんたがあまりに美人だったからな。フェイトに対する態度は気に入らねぇが、あとは
パーペキなんだよ」


性格から見た目まで俺的にはかなり好印象。
俺はガキにも優しいが美人にも優しいからな。気に入らない理由に気に入る理由が合わさって、天秤の傾きがかなり平行になっちまった。………虐待と美人で天秤が平行になる俺も俺だがよ。


「だからな、問題はそこじゃねぇ」


だが、最終的に俺の天秤は決して均衡を保たない。


「俺があんたに喧嘩を売った。そしてあんたはそれに応えて上等くれた。今、この場ではそれが全てだ」


結局の所コレだよ。
確かにここには義憤紛いの感情を持ってきた。
確かに俺はババァを見て好感を抱いた。

だが、そんなモンはどうでもいい。優先順位として言うなら『子供には優しく』は3番、『美人には優しく』が2番。

そして1番は───


「俺に喧嘩売った奴は殺す。俺が喧嘩売った奴は殺す。ヤられたら俺の気の済むまでヤり返す。───つまり自分が1番って事だ。だから俺はあんたをブチのめす」

「………………」


ババァは誰でも見て分かるくらいの大きな変化を顔に浮かべた。それが呆れなのか、驚きなのか、惚れた、それともその全部なのかまでは分からんが。…………3つ目はねぇか。


「本気、で言ってるようね。何の恥も外聞もなく、後ろめたさもない。………自分の欲を優先し、意思を優先し、望みを優先する」

「世間ではそんな奴らを利己主義、エゴイズムなんて言ってやがるが、人間一皮剥けば誰もがそんなモンだ。だが大抵の奴は人目や常識を気にし、一生を皮被りの包茎で過ごす。……ハッ!俺ぁそんなの御免だ。俺が俺として生きて何が悪い?言うなれば俺は究極の正直者なんだよ」


なんて似非カッコイイ事言ってみるが、俺だって突き詰めていけばただの人。人の目を気にする事もあれば常識でモノを考えることだってある。
だが、それでもその他大勢と比べたらとびきりの独善者だろう。


「……普通なら聞いて呆れるわね」

「普通なら、だろ?あんたはどうだ?」


俺には分かる。こいつも俺と同じ、極上の独善者だと。その証拠にババァから返ってきたのは意味深な笑み。


「面白い男ね。あなた、名前は?」

「鈴木隼。ハヤブサ・スズキって言った方がいいか?」

「そう。……ハヤブサ、今すぐこの庭園を出て行くなら殺さないであげるわ」

「人様の顔を血まみれにしておいて調子ぶっこいてんじゃねぇぞ?テメェこそ今すぐ泣いて詫び入れりゃあ、鼻エンピツは勘弁してやんよ。もしくはこの豪邸か金寄こせ」


俺とババァはそこでお互い小さく声を出して笑った。さも愉快そうに、さも不愉快そうに。


「そう、じゃあ────」

「ンじゃ、やっぱ────」


ババァは持っていた杖を構え、背後に数えるのが面倒な程の魔力弾を出した。
俺はタバコを投げ捨て、杖を出した。どっかいった鉄パイプの代わりだ。もう一方の手には鎖を。

そして………


「「死ね!」」


お互いがSだと結局こうなるんだよな。






[17080] ジュウイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:acd0ba9a
Date: 2010/06/06 00:42

目の前に映る光景は今まで見た事もないものだった。

黒い弾、弾、弾、弾、弾─────弾幕。

俺ぁいつから幻想郷に足を踏み入れたんだ?弾幕ごっこなんてする気はねぇぞ。………圧倒とはまさにこういう事を言うんだろうよ。なんかよ、こう肌にビシビシくる感じ?あれ全部当たったら痛ぇだろうな。
でも俺に退く気はない。それはなぜか?

目の前で、サディスティックで余裕の笑みを浮かべているババァが癪に障るからだ!!

とまぁ、憤慨はするものの、現実は厳しいもんだ。それはもう常日頃から感じているようにな。
キレて潜在能力が開花、戦いに勝利………なんてのはフィクションの中だけでありえるご都合だ。実力が明白なら、結果も当然分かりきったものになるのは必然。怒った程度で喧嘩に勝てるなら苦労しない。

────ああ、そうだよ。つまり俺ぁボコボコにされちまったんだよ!クソッタレ!!

避けても当たる、避けないでも当たる。
あの魔法弾の物量と速度はありえない。避ける場所も時間もない。それに防御魔法も無理。夜天から習ってねぇし。

まさか俺が『フルボッコ』という状態を味わう事になるとは思いもしなかったぜ。壁にぶち当たるわ、床に叩き付けられるわ、天井まで打ち上げられるわ、もう散々。結局最後は廊下にぶっ飛ばされ、そこで俺の意識は断ち切れたんだよなぁ。


(………で、ここ何処よ?)


目覚めれば俺は殺風景な部屋、そこにあるベッドの上にいた。
現状がよく分からないが、取り合えずここは定番の「知らない天井だ……」という台詞を言う絶好の機会だろう。
では────


「知───ハがッ!?」


言おうとして失敗した。口の中に激痛が奔ったからだ。確実に切れてる。それも相当に。
つうかよく見りゃ体も包帯だらけで、鈍痛を感じる。

頭の上から足の先まで至る所が痛い。正直、泣き叫びたいほどに。

だが、生憎とそんな事はしない。この傷が事故かなんかで出来たモノだったなら、迷わず泣き喚いていただろうが、コレはそうじゃない。


(……あんのクソババァ)


俺に上等かまし、俺にこんな傷を作りやがったババァ。プレシア・テスタロッサ。

自分の傷の具合なんかよりも、まず俺はあいつに完膚なきまでにヤられた事に腹が立った。そして見逃されたことにも。


(あの年増がぁっ!ああ、むかつく!!)


何がむかつくって、一番むかつくのは女にここまでヤられた自分自身がむかつく!つうか情けない。……………俺、こんなに弱かったか?


(────ハッ!ふざけろよ)


俺が弱い?そりゃ在り得ねぇよ。いくら何でもそりゃあ無ぇ。

確かに俺はババァにヤられた。だが、誰かにヤられたってのは今回だけに限ったことじゃねぇ。今までだって何度かヤられたことはある。だが、最終的に勝ったのはいつも俺だ。
そう、喧嘩ってのは最後に勝てばいいんだよ。どれだけヤられてもそこで折れず、最後の最後でグゥの音も出さないほど叩きのめしゃあいい。諦めた時が本当の負けだ。


(俺はそんなヘタレじゃねぇ!)


ヤられたら気の済むまでヤり返す!それが俺だ!!

このままじゃ終わらねぇぞ?










さて、そんなババァへの迸る情熱で胸の内が一杯だった俺だが、ふと我に帰ればまだここがどこだか分からない事に今更ながら気づいた。


「俺んちじゃねぇな。さらに今まで一度も入った事なし」


口の中の痛みに慣れるため、俺は声に出して現状を確認。

だいたい6畳の小さな部屋。あるのは俺が今横たわっているベッドと机、そしてその上にスタンドライト一つ。
酷く寂しい部屋。

ただその中でも一つだけ、俺の心を刺激する要素がある。


「ここ、女の部屋じゃねぇか?」


それに思い当たった理由はただ一つ───俺の入っているベッドから女特有の良い匂いが漂っているから。


「………よし」


一人で一度頷き、布団の中に潜り込む。体の痛みは無視だ。
そして俺は肺一杯にその良い空気を吸い込む。

つまりベッドに残っている女性の残り香を嗅ぐ。


「う~ん、マンダム」


あん?変態?違ぇよ。言ったろ?正直者なんだよ!主に欲望にな!!………まぁ、流石にやっちゃならねぇ事はしねぇよ?無理ヤりとかさ。でもこんくらいは誰でもやるだろ?寧ろ俺は積極的に嗅ぐ!!

と、そんな男の下品な本心丸出しな俺の耳に扉の開く音が聞こえた。それに反応し、潜っていた布団の中から顔を出せば、扉の傍には俺の見知ったガキの顔が。


「あ?フェイト?」

「は、隼……」


呆然と、まるで幽霊でも見たかのように呆けているフェイト。

なるほど、フェイトがいるって事はここはフェイトの実家かマンションだろう。そして部屋の作りから見てここは多分後者。…………そして、もしそうだった場合、ここで一つの問題が挙がる。


(ま、ましゃか、このベッドはフェイトの?って事は、この匂いも…………)


………なんてこったぁぁぁぁ!
つまり俺ぁ乳臭ぇガキの匂いに興奮しちまったって事か!?痛ぇ、いろいろ痛ぇぞ俺!


「最悪……。お前な、ちゃんと毎日洗濯しろよ。ならこんな乳臭ぇ残り香なんて嗅がずに────」

「隼ッ!」


ガキは人の話を最後まで聞かず、俺の名を叫びながらゆっくりと駆けて来やがった。瞳が潤み、顔が微笑みな事からガキがどういう心境なのかが手に取るように分かる。
要は嬉しいのだろう。大怪我して気を失っていた俺が目覚めた事が。

相変わらずなんとも純粋なガキだ。ここまで来ると微笑ましくさえある。
だがな?俺ぁ凹凸もないガキに抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇんだよ。第一、俺は今全身怪我だらけ。そんな状態で抱きつかれた日にゃあお前、ガキだろうと思わずマジで殴り倒しちまうぞ?

て訳で、俺は突っ込んでくるフェイトの顔に枕を投げ、その暴挙を止めた。


「わぷっ!?」

「落ち着け、馬鹿ガキ。なに怪我人に飛びつこうとしてんだよ」

「あぅ……だって隼苦しそうに寝てて、でもやっと目が覚めて、それで嬉しくて……」

「心配だったってか?ふん、ガキはテメェの心配だけしてりゃいいんだよ。ましてや俺を心配するなんて何様だ?俺ぁ誰かに心配されるような弱いタマじゃねぇぞ」

「…………」


怪我の痛みによるせいか、それともババァにヤられた為のフラストレーションによるせいか、はたまたガキの匂いに興奮しちまった情けなさからか、俺の言葉は少し辛らつなものになってしまった。その為、ガキは落ち着きはしたが今度は目に見えて落ち込んじまった。
そんなガキを見て流石の俺も自分の大人気なさを自覚。

俺はなにガキに八つ当たりをしてんだ?しかもこの状況を察せば、俺の体の治療をしてくれたのはガキだ。さらに自分のベッドにまで寝かせ、看病までしてくれたのだろう。

そんな恩人とも言えるガキに八つ当たりしていい身分じゃねぇよなぁ。元よりガキには優しい俺だ。…………ちっ、面倒臭ぇ。


「………フェイト」

「?」

「しょげた顔すんな、ガキはガキらしく笑ってろ。それが俺には一番の薬になる。それとこの怪我の手当て、サンキューな」

「!う、うんっ!」


つっても、本心を言えば一番の薬は美女か金なんだけどよ。

兎も角、このままいつまでも寝ている訳にはいかない。目が覚めて、意思があり、体が動くなら後は行動────俺を虚仮にしくさったクソババァへのリベンジあるのみだ!












さてババァへのリベンジを決め込もうと意気込む俺だが、そう簡単にいかないのが世の中の常。
まず最初に噛み付いてきたのがフェイト。
俺を今すぐまた実家連れて行けつったら猛反発。

『隼、母さんに暴力振らないって言ったのに!』とか『こんな大怪我してるのに動いちゃダメだよ!』とか。

兎に角、ぎゃあぎゃあと喧しいのなんのって。

俺も最初は穏便に説得しようとしたさ。直球で『頼む、もう一度連れて行ってくれ』とか、搦め手で『お前の母さんに御呼ばれされたんだ』とか言ってよ?
けど、それでもガキは首を縦に振らなかった。この俺が下手に出てるってのにだぞ?つう訳で、結局最後は『連れてかなきゃ管理局にお前の居場所チクる。ついでに怪我しない程度にイジメてやるぞ?』つって半ば脅す形でなんとか了承を得た。

そんで一難去ってまた一難。次に噛み付いてきたのが夜天以下6名の偽家族。

ガキに聞いた所によると、何でも俺がババァの所に行ってから、このガキのマンションに戻ってくるまで丸一日掛かったらしい。つまり俺は無断外泊したことになる。
ロリーズは兎も角、過保護とも言える夜天やシグナムは確実に心配していることだろう。彼女らの事だから昨日たぶん念話もしてきたんだろうが、生憎とガキの実家は圏外。こっちに帰ってきてからは寝てたし。

俺も喧嘩が出来る事に夢中で、昨日はあいつらに連絡すんの忘れてた。なので俺は改めて夜天たち全員に念話を繋いだんだが、そこからが色々と凄かった。


『主、今何処にいるのですか!?』とか『局に捕まったのですか!?』とか『御身体は大丈夫ですか!?』とか『バイト、クビになっちゃいましたよ!?』とか。


バイトの件はまぁ予想通りだったが、彼女らの心配振りは俺の予想以上だった。その余りの慌てぶりに俺も思わず正直に自分の状態を皆に伝えた………伝えてしまったんだ。喧嘩の事も、結構な怪我をしてしまった事も。


『そ、そんなっ!?いいいい今、今すぐ御傍に行きます!!』とは夜天。

『申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにッ……ああ、なんて事!!』とはシグナム。

『ハ、ハヤちゃん、今何処にいるの!?す、すぐに治しますから!それまで死なないで!!』とはシャマル。

『御傍に居なかったとはいえ、主に怪我を負わせてしまうとは………くっ、なにが守護獣だ!』とはザフィーラ。


もう何つうかよ、こうまで心配されると逆に恥ずい。俺、もう22よ?……ああ、いや、それはいい。心配してくれるだけならまだいい。
俺のさらに予想外だったのがロリーズの反応だ。てっきりいつもの毒舌や罵詈雑言が返ってくると思っていたが、ところがドッコイだった。
どのようだったかというと────


『お前に怪我負わせた奴、お前に痛い思いさせた奴、ソイツどこに居んだ?………ぶっ殺してやるから。お前を傷つける奴なんて、あたしがキッチリぶっ殺してやっからよ?』とはヴィータ。

『斬死、轢死、圧死、爆死、頓死……主に害を成したモノにそんな選択権すら与えません。爪を一つずつ剥がし、指を一本ずつ折り、四肢を切り抜き、耳を切り取り、鼻を削ぎ、歯を砕き、髪を毟り、目を抉り、臓物を搔き出し、首を捻じ切り────殺し尽くします』とは理。


とまぁ、このように2人はブチギレだった。これが冗談で言ってるなら笑い話で済むが、2人の口調から見て大真面目。俺の心配するなんて、この2人にしちゃあ意外な反応だな~、なんて悠長な事言ってられなかったよ。


『まぁ、落ち着けよお前ら。怪我したつっても動けないほどじゃねぇしよ。それにこれは俺の喧嘩だ。外野が手ェ出すなんて、そんな無粋な事すんなよ?て訳で、そっちにはまだ帰れねぇから。今からまたリベンジかますんでな。お前らは家で大人しくしてろ』


夜天たちは勿論大反対したが、俺はここぞとばかりに主権を行使して無理やり言う事を聞かせた。
帰ったらうるさそうだが、それもしょうがない。

しかし、さてこれでガキと夜天たちには話が付いた。という訳で、俺はさっそくリベンジに行こうとしたわけだが………その直前、またしてもそこで一つの問題が挙がった。いや、それは問題が挙がったというより、大変な事に気づいたというのが正確か。

何が大変なのか………それは俺の持ち物だ。俺はババァに喧嘩売ったとき、ポケットの中にある物を入れていた。そして俺はその状態で喧嘩をし、フルボッコにされた。体はボロボロなのは今更言うまでもないが、ならポケットの中に入れていた物はどうなる?
無傷で済むはずがなかった。


「お、おおおおお俺の携帯とiPodがぁぁぁぁぁあああああっっっ!?!?」


機種変してまだ数ヶ月しか経っていない最新の携帯。何千曲も入っていたiPod。それがコナゴナ。
見るも無残とはこの事だ。普通に泣ける。


「あ、あの隼?」

「どうしたのさ?」


事の重大さが分かっておらず、ただ俺の様子を訝しんでいるガキと犬。まぁ、妥当な反応だとは思う。俺だってこれが他人の事なら同情するどころか笑い飛ばしているだろう。だが、今回は生憎と自分事。
笑う?……無理。
泣く?……涙出ない。
怒る?……これしかない。


「…………おい、フェイト」

「は、はい!」


俺のドスの効いた声と怒り心頭な表情にびびるフェイト。
ガキを無闇に怯えさすのは趣味じゃねぇが、今はそんな些細な事をいちいち気に出来るほどの余裕が無い。
こちとら、もうすでに軽く沸点超えてんだよ。


「さっさとお前んち行くぞ」

「え、あ、でも、もう少し……せめて後1日ゆっくり休んで───」

「あ゛ぁん!?」

「や、やっぱりすぐに行った方がいいよね!」


厄介事覚悟で喧嘩ふっかけたっつうのにボコられ、さらには物的被害。俺のプライドと体と懐が大打撃だ。
こりゃもう一発殴るだけじゃ済ませねぇぞ。








そうして漸くやってきた約1日ぶりのフェイトの実家。そこは相変わらずの豪邸ぶりだった。

これはもう貧乏人に喧嘩売ってるレベルだな。いっその事俺の全力魔法で吹っ飛ばしてやろうかとさえ思ってくる。てかマジで破壊してやろうか?勿論、その前に金目の物は頂いて。


(って、俺ぁなにガチ犯罪者な考えしてんだ………)


我ながらあまりにも思考が物騒過ぎる。怒りがヒートし過ぎて冷静な判断が出来ていないのだろうか?
確かに悪い考えじゃないが、そりゃ流石に実行出来ない。いくら俺がちょっとだけ悪い奴なのだとしても、家を破壊したり、人様の物を盗むなんてそんな……………


「隼、壷なんて布に包んでどうするの?」

「ん?いや、こりゃ磨いてんだよ」

「じゃ、なんでそれを背負うのさ?」

「帰ってもっと綺麗にしてやろうと思ってな」


壷と……お、あの絵もなんか高そうだな。あっちのちっさい絨毯も中々良さそうだ。

そんな風に物を吟味する俺をガキは『?』な顔で見つめている。一方アルフは呆れ顔で俺の傍に寄り、ガキに聞こえないよう耳打ちしていきた。


「あんた、盗む気マンマンじゃないか」

「慰謝料だ」

「はぁ………、どうでもいいけど、フェイトの前で悪い事して幻滅させないでおくれよ?フェイト、隼の事尊敬っていうか、気に入ってるみたいだから」

「はァ?ンだよ、そりゃ?」


俺を尊敬?気に入る?
確かに俺ぁガキには優しいが、フェイトにそんな面はあんま見せてないと思うんだが?母親に喧嘩売ったし、キツイ言葉も投げかけたし………どう転んでも尊敬されたり気に入られたりされる俺じゃないと思う。


「そんな訳ねーだろ?お前の思い違いだ」

「そうかね?少なくともフェイトはよく笑うようになったよ?隼の事を話している時は特に」

「ハッ!ガキなんてほっといても笑うもんさ」

「他の子なんて知らない。────フェイトはほとんど笑わなかった」

「…………」


まぁ、確かに親から虐待されてたらそうなっちまうかも知んねぇけど、だからってそこで俺が持ち上げられてもな。
俺はそんな上等な男じゃない。少なくともガキの心のケアなんて、そんな繊細な事は出来ない。それでもアルフが感じたように、フェイトがよく笑うようになったと言うなら、それは良い事だ。そうなった理由はどうでもいい。ガキは笑ってナンボだ。


「まっ、お前がどう思おうと勝手だ。そしてガキがどう思っていようと勝手だ。ただ俺は俺の思うようにやる、それだけ。そこに他の奴の思いなんていらんし、関係ない」

「………ははっ!どこまでも自分勝手な男だね、隼は。でも、大きな男だ。─────あんたみたいな雄と番になったら毎日飽きないだろうね」


そう言うとアルフはまたフェイトの傍へと帰って行った。

まったく、ガキを幻滅させるなだの、自分勝手などと好き放題ぬかしやがって。もしアルフがボインで美人な奴じゃなかったらぶっ飛ばしてるとこだぞ?しかも人様を雄とか言いやがっ───────ん?


(『あんたみたいな雄と番になったら』って………あれ?これ、もしかして遠まわしな告白じゃないでせうか?)


え、嘘、俺、さっき告白された?え、だってそう取れる文句だよなコレ?………………イエア゛ァァァァァアアアアア!!!!

俺の時代キタコレ!!


「おーい、そこの素敵な獣お嬢さん。暗がりでベッドがある部屋で、ちょっと2人っきりで話さ────」


と、そこまで言ってハッとなった。前にもこんな期待した事なかったか?、と。

頭を過ぎったのはいつかの夜天とのユニゾンの一件。あの時も俺は『キタ、脱童貞!!』とハイパー期待して、蓋を開けてみればただの情けない自分の勘違い。

あの時の絶望と羞恥はよく覚えている。


(そうだよなぁ~、そんな上手い話がそうそうある訳ねぇよな。第一、アルフとは会ってまだ全然時間経ってねぇんだもんな)


一目惚れ、恋するのに時間は関係ない、とはよく言うが、それは対象がイケメンに限る。俺のような平凡なツラの奴にはまず在り得ない事だ。
で、あるからして、さきほどのアルフの言葉も告白ではなく、ただの一般的な意見なのだろう。もしくはお世辞。

ハァ……喧嘩する前だってのにテンションがた落ちだ。


「どうしたの、隼?」

「どうしたんだい、隼?」


現実の厳しさを再認識し、絶望する俺に2人から向けられる無垢で綺麗な瞳。
居た堪れない。何がどうと言うわけじゃないが、もう何か居た堪れない。


「………俺は、俺たちは(非イケメン)、お前らのような美人には分からない苦悩を日々抱えて生きてんだよ」

「「?」」


童貞よ、お前とは長い付き合いになりそうだ。

自分の股間に優しい眼差しを向けながら、俺は痛む体でババァの元へと静かに歩みを進めるのだった。




[17080] ジュウニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/06/27 20:54

薄暗い廊下を粛々と歩く事数分、俺たちはババァへの部屋へと繋がっている扉へとやってきた。

こんな短時間でまたこの大きな扉を見ることになるとは思わなかった。1度目の時に蹴破って入ったそれだが、今はまた重圧感バツグンでそこにある。魔法で直したのか、手作業で直したのか、初めて見たときの綺麗なままだ。

まぁ、そんな事はどうでもいい。重要なのはこの扉の先に喧嘩相手がいるという事。


「さってと、これから楽しい楽しいパーティータイムなわけだが…………お前、マジで着いて来んの?」

「うん」


そう言って頑なに首を縦に振るのはガキ。

ここに来るまでに、俺はガキに今回もまた部屋に戻っているよう言ったのだが、ガキの答えはNO。母親が心配だ、俺が心配だとか言ってずっと傍にいるとかぬかしやがったのだ。
俺は何回か説得したのだが、もう聞きやしねぇ。それなら口で言っても分からねぇなら行動、軽く拳骨をくれてやったんだが、それでも答えはNO。

ガキの聞き分けの無さは知ってるが、中でもフェイトは取り分け頑固モンのようだ。


「ちっ………もう勝手にしろ。けど一つだけ言っとくぞ?手出しすんな、口出しすんな、大人しく黙って見てろ。仮にお前が口出ししても無視するし、手出しして邪魔しようモンなら例えお前でも容赦しねぇかんな」

「……私は──」

「返答はいらん。お前の意見は関係ない。ただ、今の忠告を覚えときゃあいい」


道中、俺はガキに事の経緯……つまり俺が何故こんなに怪我を負ったのかを教えておいた。そして今回またここに来た理由も。
ガキは全てを聞き、驚き、怒り、悲しんだが、だからと言って俺の意思は変わらん。喧嘩あるのみ。
そんな俺の意思を察したのか、ガキはいろいろ言っては来たが止めはしなかった。ただ、上記のように頑なに『ついて行く』という意思を示しただけ。


「さてと、ンじゃそろそろヤっか」


何か言いたそうなガキは無視し、俺は写本と杖を出した。

いつもの俺ならここで扉をぶち破って突貫するんだが、それじゃあ前回の焼き増しで面白くない。それにこのままいけば、この後の展開までも前回の焼き増しになってしまうだろう。それじゃあダメだ。もうフルボッコは御免だ。

てな訳で、俺は一つの手段を講じる。


「俺──」


前回、俺がフルボッコにされてしまったのは一重に自分の頑丈さの無さだ、きっと。要は防御力ってのが足りなかったんだよ。
例え魔力弾が当たろうと、そこで止まらず、退かず、前進出来ていれば絶対に殴れた。だから今回はそれを踏まえ、自身の防御力を上げる。その一番手っ取り早い方法はバリアジャケットと呼ばれる防御服の装着だ。


「──セットアップ!!」


今までバリアジャケットなんて作ってなかったが、作り方だけは聞いていた。頭の中でそれをイメージすればいいだけ。後は勝手にデバイスがやってくれるらしい。
なので、俺は頭の中でデザイン思い浮かべ、そう宣言した。

果たして。

自分が白い光に包まれて数秒後、俺の姿は様変わりしていた。
靴はつま先が鉄製になっているモノに。ズボンは黒いデニムから少し大きめの白い学生ズボンのようなモノに。上半身は服が無くなり裸だが腹周りにだけサラシが巻かれ、その上から裾が長く白いコートのような上着を。

─────古き良き日本の伝統……特攻服。暴走族ファッション。


「ん~、やっぱマトイはいいわぁ。気合が入んぜ!!」


マトイの背中部分、その中央には大きな剣十字の文様。腕の部分には片方に『天上天下唯我独尊』、もう一方には『無双の徒花咲かせてみせよう。我、夜天の主也』の文字。そして長く棚引く裾部分には夜天達騎士の名前が刺繍されている。ついでに言うと今は魔導師状態なので、背中にはチャーミングな黒い翼が一対。

まさしく俺の思い描いた通りのデキだった。もう負ける気がしねぇ!


「うわっ、なんだかスゴイね」

「派手なバリアジャケットだね~」


驚く二人を尻目に俺は至って満足顔。やっぱ本気喧嘩する時はこうじゃねぇとな。マトイの有無で気合の入りようが違う。

………まぁ、でも少しだけ考えてしまう事もある。それはこの歳になってマトイを着て喧嘩しようとしている俺自身。
22歳のいい大人が何してんだ、と思わなくもない。


(まっ、それもどうでもいい事か)


気持ち高ぶる格好が出来て、心躍る喧嘩が出来る。

男にとって『女』と『金』と『喧嘩』ってのは、いくら年食っても欲するモンだ。少なくとも俺は。


「うっし、準備万全。ンじゃ、まずは─────ド派手な挨拶かましてやっか?」


杖を天に掲げ目を瞑り、書から魔力を引き出し、さらに自分の中の魔力を練り上げる。放つは自身が使える中でも最強の魔法。
と言っても、夜天とユニゾンしていない状態では完全なモンなんて出来ない。さらに言うと、例えユニゾンしていたとしても威力は理の『ルシフェリオン・ブレイカー』の数分の一だろう。

魔導師としては俺ぁヘッポコだかんな。


「ちょっ、隼!?」

「い、いきなり何しようと……!?」

「うっせぇぞ?集中してんだから話しかけんな」


ただ、いくらヘッポコだろうと俺の中での最強魔法。目の前の扉はおろか、その先の部屋までぶち抜く自信はある。魔力はかなり持ってかれるだろうけど、喧嘩は拳でやるから無問題!!


「こん前は部屋に入った早々上等かまされたかんなぁ………今度ぁこっちの番だ!」

「ま、待って、隼────」


今回は俺から上等くれてやんよォ!!!


「響け、終焉の笛─────ラグナロクッ(極弱)!!!」


前面に展開された大きな三角形の魔方陣、そこから放たれる白い魔砲撃。それに伴う衝撃と光が周囲を包み、そして次の瞬間には大きな破壊音が木霊す。

すべてが収まった時、俺の眼前の光景は一変していた。扉はコナゴナ、破片が散らばりホコリが舞う。フェイトとアルフは目を回していた。


「おお、派手に模様替えしてしまった。流石の俺もここまで人んち壊したのは初めてだなぁ」


少しやりすぎた感はあるが、いい先制パンチにはなっただろう。











「ハヤ、ブサ……まさか……」

「よぅ、プレシア・テスタロッサ。超会いたかったぜ、オイ。会いたくて会いたくて仕方ねぇからよ、勝手に来ちまったぜ?ああ、ちゃんと手土産もある。文字通り『手』土産……いや、この場合『拳』土産か?遠慮せず受け取ってくれや」


一歩足を踏み入れた部屋は先の砲撃によりこれまた凄惨な有様になっていた。特に酷いのはラグナロクが通ったその直線上。床がひび割れ、抉れ、吹き飛んでいる。さらに向こう側の壁にはデッカイ大穴。

この部屋で唯一無事なのは、部屋の主であるババァのみ。咄嗟に防御魔法でも使ったか?
ただそのババァも呆然自失。まぁ、そりゃそうだろう。いきなり部屋が吹き飛び、さらにそれを行ったのは昨日立てない程痛めつけた相手とくれば呆けない方がおかしい。


「───驚いた、本当に驚いたわ。あなたの性格ならいづれはまた来るだろうとは思ってたけど、まさか翌日とはね。……その体でよく動けるものね、骨の1本くらいイッてるはずよ?」


忌々しさと愉快さと可笑しさ驚きを会わせた顔でババァは俺を見て言った。その様子からどうやら大怪我負った俺が即日ここに来たのが本当に意外だったのだろう。その証拠に俺の奇襲やそれによる部屋の有様はまるで気にしている様子が無い。ついでに言うと俺の隣にいるフェイトとアルフの事もガン無視だ。

………あれ?てか、俺骨折してんのか?………そう言えばさっきくしゃみした時はやたら胸部が痛かったような?ついでに何か呼吸もし難いんだよなぁ。


「え!?隼、骨折してるの!?」

「ホントかい!?」


そう言って声を上げたのは隣にいるフェイトとアルフ。

喧しいな。だから俺を心配すんなっつうの。たかだか骨の1本や2本どうって事……あるけど、今は気にしている時じゃない。

俺は2人を無視し、ババァへと言葉を返す。


「なんだ、心配してくれんのか?だったら10発ほど殴らせてくれ。なら大人しく帰ってやっからよ?」

「それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫ね。………でも、そうね、あまり動かない方が身のためよ?」

「あん?」


なんだ、その優しさを僅かに醸し出している言は?顔も心配してるって感じじゃないが、どこか渋面。
らしくないってか、気持ち悪いな。ババァのキャラじゃねぇよ。

オロオロしているガキ、心配顔のアルフ、なんかよく分からんが難しい顔をしているババァ。

喧嘩の空気じゃない。調子が狂う。
いやいや、これは不味いですよ?俺は喧嘩をしたくてしたくて堪らねぇんだ。それなのに……………うし!

俺はこの場違いな空気を払拭すべく、一つの行動に出る。片足を上げ、右手に持っている杖を振りかぶり───


「うらぁっ!!」

「っ!?」


ババアに向かってぶん投げた。

ババアは俺の突然な行動に驚きはしたが、冷静に防御魔法を展開。難なく防いだ。
まぁ、俺も当たるとは思っていない。ただこれは今から喧嘩するぞっていう、いわば切欠だ。


「俺ぁここにくっちゃべりに来たわけじゃねぇんだぞ?やる事は一つ……喧嘩だ!!」


そう言って俺は威嚇するように指の骨をポキポキと鳴らす。
それに応えるようにババアの顔も一転した。


「懲りない男ね。それに魔導師のクセにデバイスを投げるなんて、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

「いらねぇよ、そんな棒。俺はこの拳と、そしてコレがあれば十分」


拳を掲げ、次いでマトイをトントンと叩いた。


「前回との違いはバリアジャケット一つ。それだけでどうにかなるとでも思っているの?だとしたら本当の馬鹿よ?」


ババアは侮蔑の笑みを浮かべた。それはそうだろう。バリアジャケットといっても、それは防御力が少しだけ上がる程度の性能。相手との力の差が実力伯仲なら兎も角、ババアと俺の実力差は明白。たとえバリアジャケットを纏っても、それだけで勝敗が変わるほどじゃない。

────俺がそこいらにいる普通の魔導師だったらな。


「分かっちゃねぇな。前とは決定的な違いがあんだよ」

「なに?」


俺は身を翻し、ババアに背を向けた。マトイに刻まれている文字を見せるため。


「───背負ってんだよ。俺は夜天に咲き誇る花をよ。これで負けられるか?無様晒せるか?もしそうなったら下のモンに示しつかねぇだろ。『覚悟』………マトイを着るってのはな、そういう事なんだよ」


あいつらの事は今でも好きじゃない。嫌いってわけでもないが、それでも厄介な奴らだ。でも俺は一度あいつらに『夜天の主になる』と言った。なら、やっぱ背負ってやんねぇとな。


「ついでにあんたは勘違いしてる」

「勘違い?」

「そっ。俺はここに『魔法戦』をしに来たわけじゃねぇし、ましてや『魔導師』でもねぇ」


バリアジャケットによる防御アップはただの付加価値。ただ、マトイであればいい。それによる『覚悟』と、この『拳』があれば十全。

だって俺は────


「俺はな、『喧嘩』をしに来た『鈴木隼』なんだよ!」


言い終わらぬうちに俺は駆けた。目指すは勿論ババア、その横っ面をぶん殴る!

さあ、喧嘩だ喧嘩ァ!!











『戦い』という行為に関して、日本人はどれほどの知識を持っているだろう?そして、その知識をどれほど実践出来るだろう?
知識なら、結構の奴らが持っているかと思う。テレビ、漫画、映画……今のご時勢、『戦闘物』『アクション』というジャンルなど腐るほど溢れているのだから。
しかし、それを実践出来る奴がいるかというとまず居ない。魔法戦というフィクション特有の戦闘は勿論、白兵戦と呼ばれる肉弾戦だって、出来る奴など日本ではそうそう居ない。自衛隊員や武道に携わっている人だって怪しいもんだ。ましてや一般人なら皆無と言っていいだろう。
俺とて例外ではない。
戦争も経験していない、ただのフリーターの俺が戦闘行為?その場の空気で臨機応変に対応?戦略を立てる?
ハッ!出来る訳ねーじゃん。一般人の俺がいくら背伸びして『戦い』をしようたって、そう成るわけがない。

で、あるからして。

俺は俺のやり方でやるしかない。今まで何度も行ってきて慣れ親しんでいた、俺を含め多くの一般人が経験しているであろう、日常的戦闘行為……『喧嘩』。
それには知識もいらない。考えもいらない。戦略もいらない。経験さえ、もしかしたらいらないのかもしれない。
ただ、敵に向かって進み、相手を打ち倒す体と、それを成せる根性があればいい。

だから、俺は愚直に駆けた。なんの策も無く、ただ一直線に最短の距離を。一刻も早くババアを殴り倒したいから。


「前と同じね。馬鹿のように、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るなんて。学習する知能もないのかしら?………ああ、そう言えばあなたは馬鹿だったわね」


何とも腹のたつババアの言葉。
奴はため息を一つ吐くと、なんの動作もなく人の頭2つ分くらいの大きさの魔法弾を5つ出した。明らかに前の時より大きい。俺のバリアジャケットの防御力を考慮したのだろう。その辺が、やはり俺とは違い『戦闘者』だ。


「『覚悟』なんてご大層な事を言った所で、現実は変わらない事を知るがいいわ」


その言葉が引き金になって放たれた5つの魔法弾。次の瞬間にはもう視界にはその魔法弾しか見えなくなった。
狙われた場所は顔、両肩、両足。
避けるという考え、防御するという考えが浮かぶ前に被弾。


「本当に馬鹿な男。一体なにを考えて────」

「ナンボのもんぢゃぁぁぁああああ!!!」

「!?」


ババアが驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだろう。前は魔法弾5つも食らえばぶっ倒れていた俺だ。今回もまた、そうなるだろうと思っていたんだろう。
だが、結果は真逆。
両肩はふざける程痛ぇし、両足も今すぐ座りたいほど痛ぇ。顔なんて、バリアジャケットの無い部分なので豪快に血だらけ。額は割れ、口は切れ、鼻血がドバドバ。

それでも今回は止まらなかった。

激痛には心の中で大泣きし、表面上では歯を食いしばって耐える。
結果、驚きで硬直したババアとの距離は約4mまで縮まった。そして3mまで来た時、漸くババア迎撃の動きを見せたがもう遅い。
俺は走る勢いそのままに前方に跳躍。ライダーキックも真っ青なとび蹴りをかます。


「くっ!」


ババアは迎撃は間に合わないと正しく判断、杖を盾にしるように前に掲げた。
俺はその盾代わりの杖ごとババアの胸を蹴った。足の裏に硬い杖とその向こう側にある柔らかい胸の感触が伝わる。


「ぐ、はっ……!!」


藁のように数m転がるババア。それを心配するようにガキが「お母さん!!」とか叫んでいるが、俺はそんな声をBGMに爽快感を感じていた。
ようやく一矢報えた!


「おら、どうしたよ。大魔導師様がそんな無様に転がっちゃってよ?油断大敵って言葉しってか?」

「う、くっ……やってくれるわね。まさかアレで止まらないなんて」


ババアがよろよろと立ち上がるのを、俺はポケットからタバコを出して火をつけながら、余裕綽々の態度で見ている。



「俺の覚悟を甘く見すぎなんだよ。人間な、強い想いがあると痛みなんてのは無視出来んだよ」

「………そう、正しくそうね。目的の為なら、自分の体など二の次。ええ、本当にそう。…………でも、何故かしらね、ハヤブサ、あなたを見てると凄く腹立たしいわ」


ババアは忌々しそうな顔で魔法を発動させた。しかし、今度は魔力弾ではない。形状はもっと攻撃的な、さしずめ剣のような形をしている。数も優に20は下らない。

「おいおい、そんな事も出来んのかよ?器用な奴」なんて胸中でため息を吐きながらも、焦りは皆無だった。それはもう覚悟を決めていたから。
なので、俺はそれよりも今のババアの言葉と態度を訝しんだ。


「な~んか妙な言い草だなぁ。まるで同属嫌悪してるように聞こえんぞ?あんたにも、何か大層な目的でも今あんのか?」


と、そう言えばジュエルシードを集めてんだったな。それだったら納得はいく………ん?でも、自分の体は二の次ってことは、ババア、怪我でもしてんのか?いや、そもそもジュエルシードは目的じゃなく手段って可能性も……。

そんな思考の渦からババアの声を聞いて抜け出した。


「同属嫌悪……確かにそうかもしれないわね。差し詰め、私が私を邪魔しているようで気に食わないといった所かしら」

「なるほど、哲学だな」

「………やっぱりあなた馬鹿ね」

「馬鹿って言う奴が馬鹿なんだよ、バ~カバ~カ」

「それじゃあ、今言ってるあなたもそうじゃない?………ふふ、バ~カ」

「あ、また言いやがったな!へっ、バ~カ!」


お互い「バ~カバ~カ」言い合っている俺たち。そこには喧嘩しているとは思えない空気が漂っている。
そんな俺たちを、特にババアのほうを見て驚きの顔を浮かべているガキ。なんか『え?あれ、誰?』って感じの表情だ。

ババアはふと我に返ったのか、らしくない自分を戒めるように咳払いを一つして雰囲気を戻そうとした。


「ゴホン……、今日はもう早々と終わらせる────」


ふいに、ババアの言葉が途切れた。次の瞬間、顔をしかめ、咳払いを何度も繰り返した。何度も、何度も。
その咳払いは、先ほどの空気を変えようとする技とらしい咳ではなく、深く、体の中の全てを吐き出すような咳き込みようだ。


(あれ?これ、殴り倒せる絶好のチャンスじゃね?)


体をくの字に折って咳き込むババアの姿は素人見でも隙だらけ。
こりゃ今の内に……。

俺はタバコを放り投げ、激しく痛む体で慎重にババアに近づいていく。迎撃の気配、無し。
ついに手の届く距離。
苦しそうに咳き込むババアだが、構うこたぁねー。せめて一発、ババアの顔に入れなきゃ気が収まんねぇかんな。


「息止めて歯ぁ食いしばれや!」


拳を振り上げる。
ここまでくればもうどんな事をしようとも俺の拳の方が速い。
拳を振り下ろす。────────その瞬間、俺は目を驚きで見開いた。

ババアの咳を抑えようと口を塞いでいた手、それが真っ赤に染まっていた。


「……………は?」


どうみてもそれは血だ。
ババアが咳をする度に、手は血に染まり、手の中に収まり切らなかった血が床にポツポツと滴っている。

先ほどのババアの言葉が脳裏を過ぎる───────『目的の為なら、自分の体など二の次』

今のババアの状態とその言葉を照らし合わせれば、ババアが何故こうなっているのかがある程度予想できた。


「お母さんっっ!!」


ガキが必死な様子で駆け寄って来るが、俺はその場で何もせず呆然と佇んでいた。
胸の内を占めるのは……苛立ち。


(ふざ……けんなっ!)


ババアの苦しむ姿を見たかったという気持ちはあった。けど、なんだよこりゃ?
ガキでも、アルフでも、ましてや俺の手で苦しんでるわけじゃねぇ。
病(予想だけど)なんていうクソふざけたもんに膝を折った。そんなカスが俺の喧嘩に水を差した。


「隼、お母さんが……っ!」

「うっせぇ。見りゃ分かってんよ」


……仕方ねぇ。この喧嘩はまた次に見送りだ。
結果的にはババアの苦しく姿が見れたけど、しかし、いくら結果を大事にする俺でも、自分の手でババアをこんなザマにしなけりゃ意味が無いかんな。


「取り合えず横になれるとこまで運ぶぞ」

「お母さん!お母さんっ!!」

「落ち着け、フェイト!あと、うざってぇから泣くな!大丈夫、ババアはすぐに良くなる」

「で、でも……」

「俺んちに自称『風の癒し手』っつう胡散臭いお医者さん魔導師がいっからよ、ソイツに診せれば一発よ」


実際はどうなっか分かんねぇけどな。つうか、シャマルの事だから多分応急処置くらしか出来ねぇだろうな。まっ、無いよりマシって程度に考えとくのが正解だな。
ああ、あとついでに俺の体も診て貰うか。そろそろ痩せ我慢も限界なほど胸部の痛みが凄い事になってきてっからな。


(ハァ………厄介事のオンパレードだ)


どんどん深みに嵌って行ってるような?
どこで選択を間違えたのだろうか…………ああ、考えるまでも無く、写本を手に取った時からだな。




[17080] ジュウサン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/07/16 00:58

今、俺の目の前のベッドで静かな寝息を立てているババア、プレシア・テスタロッサ。
その小さく可愛い寝息と歳のわりにあどけない寝顔だけ見れば写真の一枚でも撮りたくなってしまう。てか、襲っちまうぞ。………童貞にそんな度胸ねぇけど。

今でこそこのように大人しく寝てはいるが、僅か一時間前まではベッドの上でもがいていた。
苦しそうに胸を押さえ、血を口から撒き散らし、そして滝のように湧き出る汗。
俺は思ったね。こいつ、死ぬんじゃね?ってよ。
まぁ、その後なんとか容態も安定してくれたんだが、あれは流石に焦ったね。目の前で人が死んでいく様なんて見たことねぇかんな。しかも、それが喧嘩相手となっちゃあ、「あれ?これって殺人になんの?」とか思ってマジびびったよ。
流石の俺も人を殺すなんて覚悟までは持てない。人殺しとか、マジ怖ぇっての。

しかし、さて、ババアは結局病またはそれに類するものなんだろうけど、生憎と俺に医療の心得なんてもんは無いので、本当のところババアの今の詳しい容態は分からない。
またガキや犬もババアの体のことについては何も知らなかった。ガキはただただ涙を流し、犬は戸惑いの表情をあらわにするだけだった。


(あ~あ。ホント、参ったね)


ババアとその傍で心配そうな顔をしているガキと犬を残し、俺はその部屋を後にした。そして適当な部屋へと一人で入り、俺は自分の怪我の応急処置を始めた。


「つうか、こんな見るからに使われてなさそうな部屋もやっぱ豪華なんだな。こういうとこに一度でいいから住んでみてぇもんだ」


俺はベッドの上に腰掛け、そのベッドのシーツを剥ぐと適当な大きさに引き裂き、自分の胸に巻きつける。
胸部骨折の応急処置、簡易のバストバンド。医療の心得がなくとも、これくらいの知識は持ってる。
上手くいけば、胸部・肋骨の骨折ならこれで自然治癒するらしい。


「いだだだだだっっ!おー、痛。クソ、今度この痛みを不可思議倍にして返しちゃる!」


それにはまず自分の傷を治し、ババアの病(暫定)を治さにゃならん。全快のあいつをぶっ飛ばさなきゃ意味がねぇかんな。


「ふぅ、取り合えず一回帰ってシャマルを連れて来っか」


俺は上着を着直し、部屋から出てまたババアやガキのいる部屋へと向かう。自分一人じゃ転移なんて出来ねぇからよ。ガキに頼んで連れてってもらうしかない。

しかし、部屋へと向かう途中、そこでふと人間の本能というか男の悪い癖というか、一つの欲求が生まれた。
簡単に言えば、所謂探検心。
冒険、探検の類はどんな世代も心クるものがあるだろう?しかも、場所がこんな豪邸とくれば、そりゃあ探検したくなって当たり前だろう。


(ババアの容態も安定してっし、ちっとばかしシャマル連れ来るのが遅れても大丈夫だろ)


てか、例え容態が悪化したとしても、それが命に別状なさそうなら俺は探検を優先する。自分の欲望最優先。


「ンじゃ、レッツ探検!!」


小さくて高級そうで無くなっても気づかねぇモンはどこかな~?










探検開始して10分。俺は格差社会の現実を体験した。
部屋数の多さ、調度品の品の良さ、高級感………怒り、呆れ、驚きを通り越して、もう疲れさえ感じてきたよ。


「しかも、やたら広いもんだから現在地が曖昧だ」


右から来たのは分かるが、その後どっちから来たかがもう分からん。家で迷うってすげぇレアな体験だよな。俺んちなんて目ぇ瞑ってでも歩けるぞ?


「ここが地下ってのは分かってんだが……」


階段、何回も降りたしな。………自宅に地下って。
いざとなったら腹いせに天井ぶち抜いてやる!!


「取り合えず適当に歩いて階段を探──────お?」


そこで、ふと目に入った一つの扉。
今まで入った部屋のそれと違い、どこか威圧感があり、とても頑丈そう。『あの扉の奥には裏ボスがいる』『伝説の剣がある』と言われても信じてしまいそうな、そんな雰囲気ばっちりの扉。

開ける?開けない?


「勿論、開・け・る、ってね」


開けない、なんて選択をするわけがない。仮に、俺にとって善からぬモノが扉の奥にあるとあると分かっていても、絶対に開ける。それこそが探検の醍醐味だろ。

俺はトントンっとリズム良く扉に近寄ると、何の躊躇いもなく扉に手をかける。鍵は掛かっていないようで、少し重くはあったが、少しずつ確実に扉は開いていった。
果たして。
開けた先には細い通路と、それを挟むようにゴチャゴチャと敷き詰められた意味不な機械。天井を見上げれば電気もなく、唯一の光源は部屋の奥にあるでっかいガラスの筒から発せられている緑の光。


「こりゃまた、暗~いトコだな。機械室かなんかか?」


家に機械室ってのもおかしいが、何にしろ、期待はずれだ。こんな狭く、暗い部屋に高級なモンが置いてあるとは思えない。
それでも、俺は一縷の望みをかけて、ガラスの筒が置いてある奥へと足を進める。

──────そして足を進める毎に、そのガラスの筒に近寄る毎に、俺の顔は驚きに染まっていた。

最初に分かったのは、そのでかいガラスの筒は何かの液体に満たされているという事。
次に分かったのは、その中に『何か』が入っているという事。
次に分かったのは、その『何か』が『人間』だという事。
次に分かったのは、その『人間』が『何も身に纏っていない金髪の少女』だという事。

そして最後に分かったのは………


「………フェイト?」


変な液体の中、目を閉じて漂っている素っ裸の少女……紛れも無く、フェイト・テスタロッサだった。
間違いない、間違いようが無い。どう見てもガキだ。
しかし、反面ガキである筈が無い。あいつは今、ババアの傍にいる。あの優しいガキが、あんな状態のババアの傍を離れるとは思えない。仮にアルフに任せて離れたとしても、ここに居る理由はないはず。
訳が分からねぇ。ガキで間違いないのに、ガキである筈が無い。
酷い矛盾だ。


「つうか、酸素ボンベもなんもつけてねぇのに息は大丈夫なのか?………お~い、大丈夫か~?」


コンコン、と俺はそのガラスの筒を叩く。
反応なし。
ま、まさか死体……


「いやいや、ねーよ。大方蝋人形かなんかだろ」


もしくはフェイトのクローン、なんてな。ほら、あのエヴァの綾波レイみたいな?で、この液体はさしずめLCL?…………在り得ねぇー。
確かに魔法なんてふざけたモンは存在したが、いくら何でも人間、命の創造までは出来ねぇだろ。………あ、いや、でも夜天たちはどうなんだ?『魔法生命体』って言うくらいだから、ちゃんと命があんだよな。なら、魔法ってのは命も創り出せるのか?それとも夜天たち、ひいてはあいつらのオリジナルが特別なのか?


「だとしたら、それをコピーできるあのアルハザードの店主はどんだけ~」


話が逸れたが、さて、未だ疑問は氷解していない。
この目の前のフェイトそっくりさんはなんなのか?
普通に考えるなら双子ってのが妥当だが、それじゃあ何でこんな液体の中に?やっぱり蝋人形?クローン?………………やっぱ死体?もしかして、この変な液体で満たされたガラスの筒って、魔法世界の棺桶なんじゃねーの?

改めて俺は目の前のフェイトそっくりさんへと目を向ける。
金髪に幼い顔立ちとぺったんボディ。どこからどう見てもフェイトくりそつ……………ん?いや、良く見ると一つ決定的に違うとこがあった。


「………幼すぎる」


フェイトもガキなのはガキなんだが、それ以上に目の前のそっくりさんは幼い。フェイトは十歳手前くらいだろうけど、このそっくりさんは5歳前後くらいの体型だ。

ますます分からん。


「ハァ………戻るか」


考えたところで分かんねぇし、それに何か今にも動き出しそうで気味悪ぃ。
ババアが起きたら聞きゃあいいや。

フェイトそっくりさんに多大の興味はあるものの、俺はそれを一時保留にし部屋を出た。

結局宝はなかった。なら、さっさと戻ってフェイトに頼んで家に帰ろう。まあ、あのガキが寝込んでるババアを置いて素直に転移してくれっかは分かんねぇけど、そん時は無理やり転移させよ。ンで、シャマル連れて来てババアを治して、それで色々と吐いて貰おう。ンで、喧嘩の続きして、それが済んだら…………


「アルハザードに行って、一度あの店主をぶん殴っとくか?」


俺の厄介事の始まりの地、俺を厄介事に放り込んだ張本人。
ああ、やっぱ殴っとくべきだな。まだあの温泉街に店を構えてるかは分からんが。


「………あ、その前にバイト探さにゃ」


ああ、それに携帯も新しいのを買わにゃならんな。

うわぁ……だるっ。









地下から何とか元いた部屋へと戻り、「母さんの傍に居たい」と我が侭ぬかすガキを半ば無理やり連れ出し地球へと転移させた。
地球へと戻ってきた俺達は休む間もなく、その足で俺の自宅へと向った。
フェイトとアルフの二人にはマンションで待ってろと言ったんだが、終ぞ首を縦に振る事無く、強情なまでに「着いて行く」の一点張り。理由を聞けば、曰く「大怪我してるのに1人で歩くなんて危険」だそうだ。少し前まで我が侭言ってたくせに、いざ地球についたらこれだ。
まあ、その気持ちは嬉しいし、ガキの優しさってのも悪くはないが、それ以上にちっとばかしウザったい。それにフェイト本人も結構な怪我してんだから、出来ればマンションで大人しくさせてやりたかったってのもある。無理やり連れて着きといてあれだがな。
そして何より、俺、人から心配されんのって嫌いだし。

しかし、結局最後にはフェイトとアルフの同伴を許した俺。我ながらなんて優しいんだ。女性の気持ちを無碍にしない男、鈴木隼とは俺のこと。
紳士と呼んでくれ。


「ちょっと隼、そんなに引っ付くなって……っ!」

「しゃ~ねぇだろ?しがみつかなきゃ落っこちちまうんだから」

「そりゃそうだけどさ……う゛~~、なんか変な感じだね」

「こっちは素敵な感触だ」


いいか?俺は怪我人だ。歩くのも一苦労な程のな。さらに魔力切れで空も飛べない。
とすれば、残る手段は他の奴の手を借りての移動。つまり、この場合はアルフにおんぶしてもらって自宅へ続く空を飛んでいる訳よ。
で、そうすると勿論俺はアルフにしがみ付かなければならない。落ちたら大変だからな。そして、その結果アルフとの接着面に性欲そそられる感触が生まれても不思議ではない、謂わば不可抗力という奴だろう?


「ひゃわ!?ちょ、み、耳に息を吹きかけるな!」

「ああ、悪ぃ、くしゃみ出た」

「そんな、くすぐる様な甘い微風のくしゃみがあるかい!」

「なら、欠伸」

「『なら』ってなんだい!そんなに眠いなら寝てな!ならこっちもやりやすい」

「……………中々積極的だな」

「何をどう解釈したのさ!?」


改めて言うが、俺は変態じゃない。紳士だ。
であるからして、同伴を許した真の理由が決して『アルフの体を背後から思う存分弄れ、堪能出来る』なんて、そんな邪なモンじゃねぇからな?

まあ、仮に変態だとしても、変態という名の紳士だ。


「二人とも、仲良いね」

「お?なんだ、フェイトも交ざりたいか?しかし残念。俺ぁガキには欠片も興味ねぇからよ、お前入れてアルフと3Pすんなら最低でも後10年は必要だな。さらに、その時メロン級に成長してたら尚良し!」

「?」


さて、そんな楽しい会話と素敵な感触を味わえる空の旅ももう終わり、体感時間にすればものの数十秒だったように思う。
自宅、現着。
当たり前だが、数日前最後に見たボロアパートと寸分変わらない姿でそこにある。フェイトの実家の、あの豪邸ぶりを見た後だと本当にやるせねぇ。


(久々……って程でもねぇが、それでも数日振りの我が家か)


以前は1日や2日家に帰らない時などザラにあった。友人宅、公園、その辺の路地裏などなど、寝る場所を選り好みしない俺にとって「帰宅」というのは行為は、日常生活においてさほど重要なことじゃなかった。バイトに行くにしろ、遊びにいくにしろ、少しばかり街外れにある俺んちから目的の場所への移動を考えると、むしろそれは面倒ですらあった
それが今はどうだ?
家に帰ることが当たり前の日常になり、ある種家主としての義務感まで出て来ている始末だ。
昔からの俺を知っている奴が今の俺を見たら、どのような反応をするだろう?笑い飛ばすか、はたまた呆れ返るか……。どちらにしろ、俺は明らかに丸くなった。それが良い事なのか、悪い事なのかは知らんが……いや、世間からみたらこういうのを『大人になった』というのかもしれない。なら、少なくとも悪くはないのだろう。


(思えば、あいつらと暮らし始めて、顔を合わせなかった日はなかったな)


数日振りの帰宅に対して、あいつらはどんな顔をするだろう?ガキんちに行く前の念話での様子から、たぶん心配はしてんだろうな。夜天の奴なんて泣くんじゃねぇか?もしかしたら、あの物騒ロリーズも泣いて俺の帰宅を喜ぶかもしれん。


(あいつら、俺がいなくてもちゃんと生活出来てんだろうな?)


こういう心配まで出来る程、俺はいつの間にか大人になっていたようだ。
我ながら怖いほどの成長とそれに伴う紳士ぶりだ。


(そうだよな。もう俺も成人はとうに過ぎてんだ。そろそろ落ちつかねぇとよ)


喧嘩とか言ってる場合じゃないのかもしれない。ド腐れ生意気ロリーズに対しても、寛大な心で大人としての対応を見せるべきだろう。

俺は仏も真っ青な澄んだ顔で、微笑みさえ浮かべながら自宅の扉を開けた。


「ただいま、皆!心機一転、大人の階段踏破中、NEW俺が帰って来たぞー!」


爽やかに、ニコやかに、俺は自らの帰宅を大きな声で伝えた。
さあ、ブッダな俺の帰還だ。暖かく迎えろ、そして俺もお前らを暖かく包み込んでやる!


──────────そんな俺に返って来たのは暖かい家族愛ではなく、冷たい2つのデバイスだった。


「ぶげらっっ!!??」

「「隼ーーーッ!?」」


フェイトとアルフの声を聞きながら、俺は10mくらいぶっ飛ばされた。

いやぁ~、俺んちがアパートの1階にあって良かったぜ。もし、これが2階とか3階だったら落ちて死んでんぞ?まぁ、既に大怪我してっから瀕死には変わりねぇけどよ。アハハハハハ…………………。


俺はこの瞬間もって、大人への階段を駆け降りた。


「何しくさっとんじゃ、ええゴラァァアア!?殊勝な気持ちで帰ってきた主様に対してジョートーで返すたぁいい度胸じゃねぇか!ぶっ殺されてぇのか、クソロリども!!!」


俺は頭からの流血を拭いながら起き上がり、いきなり魔法を放ってきた、扉の先にいる二人、ヴィータと理を睨み付けた。
2人は玄関の前でデバイスを持ち、怒髪天な感じの顔で仁王立ちしている。目つきも俺に負けず劣らず凶悪。


「るっせぇ、このウスラボケ主が!人の気も知らねぇで陽気に帰ってきやがって!」

「此度ばかりは、流石に腹が立ちました」


そう言ってデバイスを構える二人からは並ならぬ怒気。


「大怪我してる主を気づかえねぇテメェの気なんて知った事か!」


視界が不自然に揺れる中、俺も負けじと激昂する。


「何が大怪我してるだ、ピンピンしてんじゃねぇか!しかも、なんでその金髪がいんだよ!それも、仲良さげによぉ!」

「どこをほっつき歩いてたかは知りませんが、人を心配させるだけさせといて、戻って来たと思ったら女連れですか?いいご身分ですね?死にたいのですか?」


ヴィータと理は視線を俺からフェイトとアルフへと向けた。そんな、視線だけで人が殺せそうな目を向けられた二人は訳が分からなくも、恐怖で自然と体が一歩後ろに下がっていた。


「ああ!?意味分かんねー事ほざいてんじゃねぇぞ!どこで何しようと俺の勝手だろうが!つうか、フェイト連れて来て何が悪ぃ!?テメェらよかよっぽど可愛いガキだぜ!アルフにしたって文句の付け所もねぇしよ!」

「あぅ……っ」

「て、照れるね」


俺の言葉にフェイトとアルフは素直に照れを見せ、逆にその言葉と二人の反応を見たヴィータと理の顔には多量の青筋が。


「いいご身分?ハッ!テメェらこそ俺に意見するなんて何様だァ!?家族だからってちょづいてんじゃねーぞ!夜天やシグナムなら兎も角、ちんちくりんでぺったんこで態度デケェお子ちゃまな奴の意見なんて誰が聞くか!心配?クソほども可愛くねぇガキに心配されても1ミリも嬉しくねーんだよ。そのぱーぷりんなオツム治して出直して来いや!」


最後に俺は右手を前に突き出し、その中指だけをおっ立てた。


「…………カチ~ン」

「…………潰す」


それから俺達はマンションの前でド突き合った。ご近所さんの目が気になりだしたら、次は場所を移動して家の中でド突き合った。
その間、フェイトとアルフはただただ呆然としていたように思うが、あまりそっちに気が回らなかったので正確な所は知らん。ただ、1度フェイトが仲裁に入ってきたのは覚えてるが、「「「引っ込んでろ!」」」という俺達3人の容赦ない言葉を受け、半ベソ掻きながらあっけなく退場していった。


「誰が上なのか、テメェらの頭かち割って直接叩き込んでやんよぉ!!」

「テメェなんかの為に六銭払うのも勿体無ぇ!すり潰して直接三途の川に流してやる!」

「綺麗に殺してあげましょう。汚く殺してあげましょう。美しく殺してあげましょう。醜く殺してあげましょう。─────一切合財、殺し尽くしてあげましょう」

「「「…………上等ッッ!!」」」


久々のロリーズとの喧嘩は数時間、夜天たちがバイトから帰ってくるまで続いたのだった。





[17080] ジュウヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/07/24 20:51
雷が落ちた。それも特大の。

勿論、これは比喩であり、実際にそんな特大雷が落ちてきたわけじゃない。今日も空は晴天だ、青々と輝いている。ついでに俺の顔も血が足りず青々だ。
さて、少し逸れたが、では俺が何を持ってそう比喩したのか……たぶん、多くの人々はもう分かっている事だろう。『雷が落ちる』なんて表現する時なんて限られてるだろう?───そう、つまり怒られたわけよ。誰にかっつうと、夜天に。
まあ、それもしょうがねーわな。
主である俺と短い間とは言え顔を合わせず、さらにその間、自分の与り知らぬ所で主が喧嘩をし怪我をした。
心配したことだろう。優しい夜天は殊更。
なのに、バイトから帰って来てみれば、当の俺は何食わぬ顔で帰って来ていて、さらにロリーズと威勢よく喧嘩している始末。それも怪我しているのにも関わらずにだ。しかも、自分と同じ、主を守らなければならない立場のはずのロリーズは、俺が怪我しているのもお構いなしにヴィータは腕十字固め、理は頭にガジガジと齧り付き。

いつもだったら、この程度の喧嘩くらい呆れるか笑って仲裁に入る夜天なんだが、今回は俺への心配や苛立ち、怪我など様々な要因が絡んだんだろうな。
俺、初めて夜天に本気で怒られちゃいました。
いんやぁ~、まいったね。これがロリーズとかだったら「何様じゃ、ボケ。晒すぞ」とでも言って反論するんだが、相手が夜天じゃあんま強く出れねぇ。しかも、それが俺を心配していた為の怒りで、さらに普段は菩薩のような夜天が怒るなんて、よほど心配だったのだろう。
これじゃあ、言い返せねーわ。

まあ、でも、夜天が思いっきし怒りを露わにした分、他の騎士たちからのお咎めの言葉が少なくなったのは僥倖だった。夜天のあまりの形相にあのシグナムさえもびびってたし。そして、そんな形相を向けられた俺とロリーズはガクブル状態。ちびりそうだった。

ホント、普段怒らないような奴を怒らせると怖いね。それが女だと特に。
以後は夜天だけは怒らせないようにしよう。



────────しかしこの時、俺はまだ夜天の事をキチンと理解していなかったのだ。彼女の本気ぶちギレ状態の半端無さをこの数時間後知る事となる。











「それで、ハヤちゃんは私達の心配を他所に、その子、テスタロッサちゃんの母親と楽しくキャッキャウフフしてたんですか」

「まあな。正確には喧嘩だけどよ?」

「同じ事です!!」

「いや、違ぇよ」


シャマルに俺とガキの怪我の治療をしてもらう傍ら、皆に俺が居ない間の、その経緯を話したんだが、それぞれの反応は辛辣なものだった。特にシャマルっこは唾を飛ばす勢いでガーっと吠えた。てか、実際唾飛んでるし!ばっちぃな、おい。


「そのうえ、その母親の病を私に治せって………なにそれ、当て付けですか!?」

「意味分かんねー事ぶっこいてんじゃねーよ」

「ふんだ!どちらにしろ、私は気が乗りませんもん」


ンだぁ?シャマルの奴、いつになく頑固だな?まあ、こいつがどれだけゴネようと無視して連れて行くがよ。

しかし、そんな俺の思いとは裏腹にまたも別のところから異を唱える声が上がった。


「主隼、私もそれには賛同致しかねます」

「シグナム?」


それもシグナムだけではなかった。見れば他の騎士たち全員が渋い顔をしている。
どういう事だ?こいつら、そんなに非情なやつらだったっけ?


「………そのババア、このままじゃもしかしたらおッ死ぬかも知んねーんだぞ?」


俺がそう言った時のフェイトの悲しそうな顔、世の絶望を一身に受けたような顔を見ても、しかし、シグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、無情な一言を放った。


「敵に情けは無用です」

「敵?」

「シグナムの言う通りだよ。敵を助けて何の意味があんだよ?それに魔法関係には関わりたくねーんだろうが。だったら、ほっとくに越した事はねぇ。寧ろ、その金髪と犬も口封じでここで潰しとくべきだ」


スチャッとデバイスの切っ先をフェイトに向けるヴィータ。その瞳に冗談の色は無く、俺の命令一つでマジでここでヤるだろう。
対して、いつの間にか軽く命の危機に晒されたフェイトとアルフだが、アルフの方は牙を剥き出しにして警戒の様子を見せたが、フェイトのほうは意気消沈の様子。まあ、「母を救わない」と言われたようなモンだからな。それもしょうがないか。
だが、その「母を救わない」という意見はあくまで騎士どもの意見。俺の意見じゃねぇ。だから、そこまで気落ちすることもねーわけだけど、フェイトは俺たちの上下関係を知らないから、まあ当然の反応か。多数決での採決なら大差だからな。

取り合えず、俺は血気盛んなロリに拳骨を落とした。


「イだっ!?テメッ、何すんだ!」

「アホんだら、デバイスしまえや。それとガンつけんな。見ろ、フェイトがあまりの恐ろしさで小便ぶち撒けちまったじゃんか」

「し、してないよ!!」

「冗談だよ。おら、お前もあんま心配すんなや。大丈夫、ババアは必ず治してやっから」


俺はフェイトの頭をポンポン叩き、口角を上げて強気の笑みを見せて安心を促す。その効果かは知らんが、一転してフェイトの表情に笑みが戻った。一方でそれを見ていた騎士共の視線は何故かさらに禍々しいモンになったが。


「主………!!」

「うっせぇ!黙れ!死ね!そして聞け!いいか、ババアを治すってのはもうすでに決定事項だ。お前らの意見なんて関係ねぇんだよ。俺がそうしたいと思ったその時が全ての決定であり、つまりは実行されなければならない事なんだよ!俺の意思がなによりも最・優・先ッッ!!歯向かうな、文句垂れんな、さもなきゃヤっちまうぞゴラァ!」

「相変わらずの自己中心的思考ですね。素敵過ぎて涙が出ます」


なんて理は言うが、その顔には『面白い』とでも言いたげな笑みを浮かべている。
ただ、そんな反応を見せたのは理だけで、他のやつらは相変わらずの渋面。


「人の命が掛かっているのは分かりますが、しかし……」

「主隼を害した者を救済するのは……」

「……あまり気が進みません」

「むぅ……」


ハァ…………自分で言うのもアレだが、結局、こいつらは俺中心なんだな。個々で善し悪しの意見は持ってるものの、それが全部俺を基点にしている。いや、どちらかと言うと、俺が基点になればその善し悪しの境界が無くなるといったほうが正しいか?

俺を傷つけた者は死んでいい、むしろ殺す。その行為が悪い事と分かっていても、俺を害する者はそれ以上の悪。
極論すればこうか。…………ヤンデレ?

そんな中、先ほどの拳骨が効いたのか、意外にもヴィータが冷静な意見を見せた。


「おい、隼。仮にその金髪の親の病を治したとして、お前は何か得するのか?そんな怪我を負った事をさっ引いても御釣りが来るくらいの得がよ?」


得?おいおい、そりゃ今更だろ?


「ヴィータ、お前、俺を誰だと思ってやがる?俺が何の利益もなく人助けをするとでも?慈善事業大好き君に見えんのか?あんま馬鹿な事ぬかすと、その節穴な目ェ抉って目玉焼きにすんぞ?」

「……く、くくく、あははは!そりゃそうだよな!愚問だった」


愉快愉快とでも言いたげに笑うヴィータ。
それに続くように理が言った。


「そう、結局このような問答など最初から無用なのです。いくら私達が気に食わないと言っても、それによって主に益が齎されるのなら、私達は己が最大力を持ってそれを叶えるだけなのですから」


その言葉を聞いた他の者達は一つため息を吐くと、『困ったものです』と言った感じで疲れたように小さく笑みを浮かべた。
たぶん、こいつら全員最初から分かってはいたはずだ。どう意見しようとも、結局最後は首を縦に振ることになるだろう事を。ただ、分かってはいても今回はそう簡単に折れる事は出来なかったのだろう。なにせ、相手が主である俺に大怪我させたという要素があったのだから。


(そうだな……まっ、今回だけはちゃんと礼の一つでもしとくか)


自分の身勝手さや我が侭を悔いるなんて事ぁしねーけど、たまにゃあ礼の言葉でも言っといた方がいいだろう。愛想尽かされちゃ堪んねぇかんな。特に夜天、シグナムからはよ?


(っと、その前にもう一つ)


俺はフェイトの方を向きコツンと彼女の頭を叩き、顎をしゃくって合図した。しかし、フェイトはいきなりな事で目を瞬かせ、ただ疑問顔を見せるのみ。


「なにボサっとしてやがる。テメェの事なんだから、最後くらいケジメつけろや」

「え、あ、ケジメ?」

「ここにいる全員に頭下げて『お願いします』ってよ?確かにババアを治すのは決定事項だけどよ、それでも改めてちゃんと頼むのが礼儀ってモンだぜ?」

「あっ………」


そして、それが叶ったら『ありがとうございます』と、これ当然だ。
ガキのうちからこうやって礼節を重んじる奴にならねーとよ?


「礼儀知らずの主がよく言いますね。その、死んでも治らないであろう厚顔無恥さ加減、まさに脱帽です。いやはや、呆れ通り越して感服至極」

「コイツがカッコイイこと言っても中身がないよな。寧ろ、恥ずい。たぶん、1億回生まれ変わってもコイツの言葉は和紙並みにペラペラだろうなぁ」

「よし、お前ら表に出ろ?帽子被れないような頭にした上でロードローラーで和紙並みにペラペラにしてやっからよォォォオオオ!!!」


本日2度目の家族喧嘩に突入。

この分だと1日の平均喧嘩回数が近いうちにもう1~2回は増えるだろうな。










「守護騎士……」

「ブルーメ・リッターねぇ……」


転移が出来る広い場所へと移動しているその道中、こうまでフェイトと関わりを持ってしまっては色々とバレる事もある訳で、だったらもういっそこっちからぶち撒けようと思い、俺は自分の事を洗いざらい吐いた。俺が夜天の主というモンだという事、守護騎士や理の正体などなど。


「そうそう。まったくはた迷惑な話だと思わね?俺ァ平凡平和な日々を満喫してたのにコレだ。魔導師?主?クソ食らえって感じなんだけどよ、もう腹ァ括っちまった。男ならやってやれって感じでここまで惰性で来ちまったわけよ」


飛ぶのもダリぃ俺は獣姿のザフィーラの背中に寝っ転んだ状態で飛行中。ホントはアルフの背中を所望なんだが、それはカス騎士どもが邪魔しやがったお陰でおじゃん。
結果、悲しい事に野郎の背中だ。まあ、寝心地は相変わらず最高だがよ。


「悩みも尽きねーの。今だってこのボケども、家で待ってろっつったのにこうやって着いてくる始末だろ?馬鹿なの?死ぬの?殺すぞ?って話だ。特にそこのロリーズなんて最悪も最悪、極悪でも足りねぇ程のイカレちゃんだ。あ~あ、マジ死ね」


本当はシャマルだけを連れてくつもりだったが、他の騎士どもも俺の事が心配なようでババアのとこまで一緒に行く事になった。待ってろっつっても聞きやしねぇ。バイトも店長に言って手際よくシフト変えやがったし。


「しかも、こいつらは人間じゃねぇんよ?魔法生命体っつうモンなんだぜ?不死じゃねぇみてーだけどよ、不老なんだとさ。は?ナニソレ?ちょー羨ましいんですけど!?老いないって、万人の願いの上位にくる欲望だろ?それをコイツらはデフォで持ってんだと。詐欺だろ、詐欺!うらめしや!!」

「……主、私達の説明からただの愚痴になってます」

「愚痴にもなんだろ。まあ、悪い事ばっかしじゃねーけどな。特に夜天とシグナム(のお胸様とお尻様)に会えたのは俺の人生の中でも最高にハッピーな事だ」


あのメロンと桃は最高の眼福だ。あれが毎日拝めるだけで全て帳消しに出来る!


「私も……私も主が貴方で本当に良かったと思っています」

「勿体無き御言葉」


俺の言葉をスレートに解釈したのだろう、感動を露わにする夜天とシグナム。そんな単純な所もGOOD!
ただ、一方で名前を挙げなかった他の騎士共は膨れっ面だ。同じ騎士としての対抗意識だったり、嫉妬だったりだろう。あのザフィーラでさえ不機嫌そうに唸り声をあげた。可愛い奴だ。………女だったら特に、だがよ。


「それにしてもフェイトの言う通り、隼ってやっぱり凄い魔導師だったんだね。この前そっちの女とちょっとだけやり合ったけど、とんでもなかったよ。そんな奴を従えるなんてさ」


アルフがシグナムのほうを見ながら言ったその言葉で、ああそう言えばと思い出した。
以前シグナムがジュエルシードを持って帰った時、その際戦闘になった事があったが、その時の相手がアルフだったのだろう。

俺は当然だと言わんばかりに頷こうとしたが、その前にシグナムが答えた。


「それは少し違うぞ、アルフ。主は魔導師として素晴らしいだけではない。否、むしろ主の魔導師の素質など私達にとっては些細な事なのだ」


誇らしげに言うシグナムに夜天が続く。


「そうだ。私たちは主の人間性に惹かれたのだ。その強い心に」


さらにロリーズにシャマル、ザフィーラが続く。


「ぶれず、曲がらず、我を通す。自分を最上位としつつ、しかし私達を非人間だからといって奴隷のように見下さない。いい年なのに子供のように我が侭で、自分勝手でクサレ外道な面に辟易する時も多々ありますが、それも合わせて好意に値します。」

「馬鹿でムカつくけど………その在り方はあたしは嫌いじゃねぇ。死ねばいいのに、と思う事はしょっちゅうだけどよ。まあ、一度でいいから『生まれてきてゴメンなさい』って言っては欲しいな」

「ハヤちゃんはハヤちゃんだから良いのであって、それ以外の、例えば綺麗なハヤちゃんはハヤちゃんじゃありません。汚いハヤちゃんが私は大好きです!」

「四の五の言うつもりは無いが…………ただ一つ。後にも先にも俺が守護する者は主ただ一人。それ以外は死んでも御免だ」


………なんだかな~。コイツら、俺を過大評価しすぎじゃね?俺、そこまで凄い奴か?たぶん、百人中百人が『腐った奴』と太鼓判押すぞ?てか、シャマルも結構言うようになったなぁ。そしてロリーズはやっぱり殺す!


「慕われてるね、隼」

「愛されてるね~」


フェイトとアルフが微笑ましそうに言う。俺はそれに不敵に鼻で笑って答えた。『そうだろう?まっ、当然だけどな』ってな感じで。
ただ、胸中では『出来ればその愛で童貞を捨てたい!』と叫んでんだけどよ。


「だから─────」


ポツリと、どこからか小さな声が聞こえた。


「大切な主に怪我を負わせた者を、私は決して許さない………」




─────夜天ぶちギレまで、あと数十分。









海鳴公園の中の人気のない場所で転移した俺たち。
瞬きすれば、次の瞬間には違う光景が広がっているこの感じは何度体験しても慣れねぇ。青々とした木々の中にいたのに、一転してどんよりとした空間に佇んでいれば尚更。眼前には相変わらずのお城。


「でっけー。壊してー」

「我が家とは大違いですね。忌々しい」


ロリーズは奇しくも俺と同じような感想を持ったようだ。片や夜天やシグナムたちは何の感慨も浮かばないようで、特に大きな反応は無い。


「それで、テスタロッサちゃん。お母さんはどこです?」

「あ、こっちです!」


フェイトはシャマルの手を引っ張ると足早に家の中に入っていく。俺たちは置いてけぼり。
まったく、ホントお母さん大好きっこだな。
やれやれと思いながらも、その姿はやはり微笑ましい。親を想わない子はいないって事だな。

残る俺たちもすぐさまフェイトたちの後を追い、程なく大きな扉の前で合流した。そこはあのババアとガチンコした部屋へと繋がる扉。それが今は開いており、その前で先に行っていたシャマルとフェイトが佇んでいた。


「どうしたよ、こんなトコで立ち止まって?ババアの寝てる部屋はもうちょい向こう────」


俺の言葉は、開いている扉の先の部屋を見て止まった。なぜなら、別の部屋で寝ているはずのババアがその部屋にいたからだ。
ババアは机に向かい何かの作業をしているようだが、その顔は遠目に見ても良いものじゃない。


「お母さん!」


フェイトが大きな声をあげてババアを心配するが、ババアはそんなフェイトを一瞥するだけで、俺の方へと視線を寄こした。


「私に敵わないから今度は味方でも連れてきたの?」

「テメェ、そこで何してやがる……」


あの血を吐いていた時の苦しみ一色の顔、寝ている時の悶絶していた様………とてもじゃない、起き上がれる状態じゃなかったはずだ。少なくとも、数時間で何か作業を出来るようになれるとは思えん。


「私に寝ている暇はないのよ。それにあなたと喧嘩している暇もね。邪魔だから、そこに居る奴ら共々消えなさい。さもなくば、今度こそ本当に殺すわよ?」


苦しそうに汗を垂らしながらも凄みのある笑みを浮かべて此方を威嚇するババア。
腹立たしい物言いだが、それ以上に同情を誘う姿だ。気丈に振舞ってはいるが、なんら張りぼてと変わりない。
やっぱり、こんな状態のババアをぶちのめしても面白くなさそうだ。


「落ち着けクソババア。お前、なんかの病気なんだろ?このシャマルって奴、治療魔法が使えっからよ、それでお前を治してやんよ。有り難く思えや」


そう言うとババアは少し驚きの表情を見せたが、次の瞬間には愉快そうに笑みを浮かべた。


「どういうつもりかは知らないけど、余計なお世話よ。そんな気持ち悪い事言ってる暇があるなら早々に出て行きなさい」

「お前な、そんな強情張ってる場合じゃなくね?素人目に見ても、血ぃ吐いてるお前は相当ヤバかったぞ?………あんまフェイト心配させんなよ」

実際、人に死なれちゃあ嫌だかんな。俺もらしくなく、説得に必死になる。
しかし、俺がフェイトの名を出した瞬間、ババアの笑みが歪んだ。


「ふふ……アハハハ!そんな人形が何を心配すると言うの!?いえ、それ以前に人形風情に心配されたくもないわ!………腹立たしい、本当にあなたもフェイトも腹立たしいわ」


ババアは歪んだ笑みを携えたまま立ち上がり、杖を出すとこちらに突きつけた。


「お、お母さん……」

「『お母さん』、ね……何も知らない、哀れな子。可哀想な人形」

「え……」

「ふん、コレが最後よ。……フェイト、あなたはさっさとジュエルシードを持ってきなさい。一つ残らず全て!隼、あなたは無言で消えなさい。そして二度とここに来るな!」


ガツンとババアが杖を床に叩き付けた。その音を聞き、身を震えさすフェイト。また、シグナムやロリーズはそんなババアの態度に怒りを、シャマルとザフィーラはフェイトに同情の視線を向けた。
勿論、俺も………


「テメェ、人が下手に出てりゃいい気になりゃあがってよォ………ぶち殺すぞコラァッ!!」


そうだよ、考えが甘かった。俺が甘々だった!丁寧に説得なんて、本当に俺らしくねー。もう、ババアの意思なぞ知った事か!死なねぇ程度にボコボコにして、身動き取れなくしたあと治してやる!

俺はデバイスを顕現させ、ババアに向かって一歩足を進める。


「ぶち殺しましょう」


だが、俺の足はその言葉で止まった。


「は?」


ツっと、その声の主のほうを向いたが、そこには誰もいなかった。つい先ほどまで居たはずの彼女が忽然と姿を消していた。
はて、どこに?と呑気に考えたが、次の瞬間にはそんな思考もぶっ飛んだ。
彼女の場所はすぐに分かった。ただ、そこにはいつもの優しい彼女はいなかったのだった。


「がッ!?」


突如、長く黒い髪を振りまきながら床を転がるババア。元居た場所から数m先まで転がったババアの左頬は赤くなり、口からは一筋の血。吐血ではなく、あれは多分切った為に流れたのだろう。

そしてババアを無様に転がさせた奴、つまり殴り飛ばした彼女───夜天はいつの間にか2対の翼を出し、拳を突き出した形でババアの元居た場所に悠然と佇んでいた。


「主に怪我を負わせただけでも万死に値するというのに、さらには主の心優しき恩情をも吐き捨てるようなその言動─────」


夜天は優しい。それが俺と他の騎士たちの周知の事実だった。

俺を見て淡い笑みを浮かる夜天。ロリータとの喧嘩を困ったような笑みを浮かべて仲裁する夜天。
確かに怒る時は怒るし、今日も今まで見ないほどの怒りを見たが、それでも『夜天は優しい』という事に変わりなかった。

それが今、目の前の彼女はどうだろう?能面というのも生温いほどの無表情。黒い板金を打ち込んだような瞳とセメントで固めたような顔。

恥も外聞もなくぶっちゃけようか?……………超怖ェッ!!なんですか、アレ!?いつの間にババアの傍に移動して、いつ殴り飛ばした?あいつ、接近戦も出来んの?見ろよ、他の騎士共も夜天の豹変ぶりにポカンとしてんじゃねーか!つうか、ドン引きだよ!


「────跪いて頭を垂れてもまるで足りない。ぶち殺すぞ、売女」


夜天、ぶちギレの時。




[17080] ジュウゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/08/26 19:53
耳に入ってくるのは金属と金属のぶつかり合う甲高い音。
と言っても、別にここは剣と剣が鬩ぎ合う、大平原の戦場ではない。かといって、ここは金物を生産する工場でもない。────ただの部屋だ。一般家庭にあるそれと比べれば何倍も広い事は広いが、それでもただの部屋には変わりない。であるからして、普通そんな部屋に絶え間なくこんな金属音が響き渡る事など有り得ないだろう。
しかし、現実問題、俺の耳にそんなフザケタ金属音が叩き込まれてくる。………まあ、それはいいさ。それだけならいいさ。百歩譲ってその騒音だけは無視しよう。無視できる。
だが、次から挙がるものはちょっち無視出来そうにない。


「調子に乗るんじゃないわよ、小娘ェ!!」

「小娘?フフ、………吠えるな、ヒューマンッ!!」


さて、どこから突っ込むべきか……。そうさね、まずは……てか、一番の突っ込み所だけ押さえときゃいいか。
んじゃ一言。


「夜天、お前の中で何があった?ていうか、既に『あんた誰?』ってレベルだぞ?キャラ崩壊も甚だしい」


黒い髪を陽炎のようにたなびかせ、迅雷のように己がデバイスを元気良く相手に叩きつけているババア……プレシア・テスタロッサ。
銀色の髪を暴風のようにたなびかせながら、轟炎のようにヴィータのデバイスを元気良く相手に叩きつけている元優しい女性……夜天。

二人の美鬼の持つデバイスがぶつかり合う度に発せられる件の甲高い音。ともすれば、肉を殴り抜く音や骨が軋み上がる音まで聞こえてきそうだ。


(女はやっぱ怖ェな~。いつもはあんなに優しい夜天がこうも変わるとは………いや、俺の為に怒ってくれてんだから、やっぱ優しいままなのか?まっ、どちらにしろ激怖だけどよ)


しかし、夜天が肉弾戦が出来るなんてのは以外だったな。しかも、これが強ぇの何のって。今はデバイスでの殴り合いになってっけど、ついさっきまでは拳と拳でヤり合ってたかんなぁ。特に見ものだったのは頭突き、地獄突きからのワンハンド・バックブリーカー。あれ、確実に背骨イッてんじゃね?ってくらいだったもんなぁ。
っと、そんな元気ハツラツな夜天だが、それと互角に渡り合うプレシアも到底病持ちとは思えない元気さだよな。フリッカーで中距離から攻めてたと思ったら、いきなり飛び込んでジョルトかましてやがんだもんなぁ。身体強化してんだろうけど、ジョルト食らった夜天の奴、軽く10mはぶっ飛んでたぞ?
んで、今度はいつの間にかデバイスを出して、現在進行形で殴り合いだ。プレシアは自前の、夜天はヴィータから無理やり奪い取って使っている。

そんな彼女達を見て、特にババアを見て、最初はフェイトも心配でオロオロしていたが、今じゃ目の前の凄惨な光景を目の当たりにして怯え切っている。アルフも耳が垂れ、股の間に尻尾が隠れてるし。
そして俺も、多少の恐怖は感じるが、それ以上に思うところがあった。


(ったく、一体何しに来たんだか)


喧嘩すんのはいいけどよ、まずは目的を達成してからじゃね?それなのに、夜天の奴ぁ一人勝手に怒り狂って喧嘩しやがって…………あんな笑顔浮かべて喧嘩しやがって………ああ、クソ!


「楽しそうだなぁオイ!俺も混ぜろや!!」

「テメェまでいったらマジで収拾付かなくなんだろ!?」


嬉々として混沌の渦中へと入って行こうとする俺を、その間際で何とか阻止するロリータ以下騎士ども。


「邪魔すんな!あんな楽しそうな喧嘩を目の前にお預けなんて、そんな勿体無ェこと出来っか!もとより、あのババアは俺んのだぞ!」


そう、結局一番無視出来ない事柄は、喧嘩を目の前にして何もせず黙っている事。
俺を差し置いて楽しく喧嘩、それも人の獲物を横取りたぁ、主に対してこれほどの不敬はねぇぞ!


「どぅぉおけええぇぇ!俺もッ、喧嘩をッ、するッ!理、今日は無礼講だ!お前も続けや!」

「その言葉、待っていました。────星光の殲滅者、大手を振って罷り通る!」

「「行ってきまーーーーす!!!」」


俺と理は足を揃え、今、喧嘩場へと足を踏み入れ──────


「行かすかボケーーーー!」

「「ぬっ!?」」


られなかった。

シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラによるカルテットバインドによって、俺達は1ミリも動けなくされてしまった。
ちょこざいな!


「離せやコラーーー!」

「抜かりました。目の前の桃源郷に気を取られ、周囲の把握を怠るとは……不覚ッ!」


俺と理はジタバタと身を動かして脱出を図ろうとするが、そんなモンでバインドが解けりゃぁ苦労は無い。しかし、体は喧嘩を求めて自然と悪あがきをしていしまう。理も同じようだ。

そんな喧嘩狂と戦闘狂を見て呆れの表情を見せる騎士たち。


「あ、主、ここに来た目的を思い出してください!」

「そ、そうよ、ハヤちゃん!テスタロッサちゃんのお母さんの治療でしょ!?」

「あのまま夜天の奴ほっといたら、確実に全殺ししちまうぞ」

「どうあれ、あのままだと少々まずいのは確かです」


騎士たちの忠告、それは的を射ているだろう。あの夜天が簡単に人殺しをするとは思えないが、ババアの方は確実に今よりさらに重体になること必須。
しかし、それでも一度火のついたこの昂ぶりを抑えるのは容易ではない。理など、『邪魔するな!』といった風な殺気混じりの視線までシグナムたちに向ける始末。俺もそんな理に続いて文句の一つでも言おうとしたが、そこでふと、フェイトの悲しそうな顔が目に入ってしまった。


「………ちっ、分ぁったよ。抑えりゃいいんだろクソ」


あ~あ、卑怯だっつうの。
金や女が絡んでんなら俺もガキに心配りなんてしねぇが、今回はただの喧嘩。優先順位としてならギリでガキが上。つまり、ガキにあんな顔させてまで張る意地じゃねぇのよ。


「おら、理も落ち着け。目付きのヤバさがヴィータくらいになってんぞ?」

「………それは気持ち悪いほど嫌ですね」

「うぉい、理テメェ!?」


バインドが解かれ、騒ぎ出すロリーズを尻目に俺はフェイトに近寄り、その頭を軽く小突いた。


「心配すんな……つっても無理な話かもしんねぇけどよ、それでもそんな顔すんな。大丈夫、今すぐあのバカどもを止めてやっから」


不敵に笑う俺に、しかしフェイトの顔にはまだ心配の色が見える。ただ、それはさっきまでの母に対する心配とは違い、今回は俺の対する心配ってのが明らかだった。『あの二人を止めるの?危ないよ?近づくだけで軽く3回は死んじゃいそうだよ?』とでも言いたげな顔だ。
しかし、そんな心配は不要だ。俺を誰だと思ってやがる?あんなヒステリックを止めるなど造作も無い!

俺は身を翻し、二人に向って一歩足を踏み出す。そして…………


「ザフィーラ、行って来い!!」

「なんですとっ!?」


俺のあまりのキラーパスに慄くザッフィー。
いや、だってあの二人の仲裁に入るなんてマジ無理だし。喧嘩をしにあの中に入って行くならいくらでも覚悟キメられるが、仲裁役で入るとかどれだけチャレンジャー?


「フェイト、待ってろ?すぐにこの勇ましい守護獣殿がアレを止めてくれっから」

「む、無茶を言わないで下さい!アレの中に飛び込めなどと………まだ、オリジナルシャマルの料理を食ったほうがマシです!」

「………ほう」

「あ、いえ、それは言いすぎでしたが……兎も角、それほど嫌です!」


首をイヤイヤと横に何度も振って拒否を示すザフィーラ。
おいおい?それでも守護獣かよ。


「ハァ……そうかよ。いや、こりゃガッカリだ。ああ、ガッカリだ。守護獣の名が聞いて呆れるな」

「な、なにを……」

「口では俺を護るだの何だのぶっこいてんのに、いざ戦いを前にすると逃げ腰か?情けねぇな。なるほど、結局お前はただの愛玩動物だったわけか。まっ、それもいいんじゃね?戦いは他の立派な騎士に任せて、自分は後ろで丸まってりゃあよ?」


何とかザフィーラに仲裁役をやらせたく、俺はあからさまに軽く挑発してみた。それほど俺もあの中に飛び込みたくねーんだわ。命がいくつあっても足りやしねぇ。悪いがザッフィーには犠牲になってもらう。


「………いくら主の言葉でも、中には許容出来ない事もあります。訂正していただきたい。私は誇り高き騎士であり守護獣!この牙と爪を持ってすれば、恐れるものなどありません!」


クククッ、容易くノりやがった!これだから犬っころは単純でいい。
んじゃ、最後の一押しっと。


「よくぞ言った!それでこそ俺の騎士、最上の守護獣!魂を奮わせろ!誇りを抱け!漢を魅せろ!さあ、目標は目の前だ!」

「応ッ!!」


勇ましく叫び声を上げるとザフィーラは獣形態から人型になり、夜天とババアに向かい力強く一歩を踏み出した。

頑張ってな~。


「さて、部屋出ようぜ」

「え゛っ……ザ、ザフィーラの雄姿を見届けないのですか?」

「どうでもいいし。おら、全員出るぞ。ここに居てもやることねぇしよ。夜天とババアも、一通りヤり合ったら気が収まるだろ。その時が来るまで俺たちゃ出てようぜ。行きてぇとこもあるし」

「一通りヤり合ったらって……じゃ、じゃあ何でハヤちゃんはザフィーラを向かわせたんですか?」

「あいつ、今まで見せ場が少なかったからよ。わざわざ作ってやったわけ。ああ、なんて心優しい主なんでしょ。まっ、結果は見えてっけど」

「え、えげつねぇな………」

「相変わらずの鬼畜ぶりですね」


そんな会話をしながら俺は騎士達、それからフェイトとアルフを連れ立ってこの喧嘩場を後にした。


「うおおおおおおおお!鋼のくび────────アッーーーーーーー!?!?!?」


はぁ~、今日もタバコが美味ぇ。










頭上から凄まじい音が聞こえてくる中、俺たちは長い長い廊下を歩いている。
頭上の音は言うまでも無く夜天とババアの喧嘩によるもの。その音がずっと絶え間なく続いている事から、どうやらザフィーラは無残に散ったようだ。

そんな騒音をBGMに俺たちはあっち向いてホイやしりとりをしながら歩いてんだが、そんな中、ただ一人会話にすら参加せず、ちらちらと理の事を見続けている者がいた。フェイトだ。
いつからだったかは知らんが、それに気付いてからこの10分間フェイトを観察していたが、かなりの頻度で理に視線を投げていた。ジッと見続けているわけではないが、それでも5秒間隔で視線が前方と理を行ったり来たり。眼球が忙しなく動いてる様は見てて気持ち悪い事この上ねぇな。


(なにキョどってんだ、こいつ?)


これが理が男で、視線を送っているフェイトの頬が赤く染まっていれば『ああ、そういうこと』と合点もいくが、生憎と理はちんちくりんな幼女で、フェイトの頬は変わらず真っ白なもち肌。
ふむ、さて、これはどう推理しよう?
フェイトが理を気に掛けているのは明白だが、ならばその理由はなんだろうか。

理。魔道生命体。女性型。幼女。身長体重は不明、たぶんフェイトと同じくらい。実年齢はまだ数週間。クールロリ。クレイジーロリ。残念。ガッカリ。生意気。カス。

この中になにかフェイトの気に掛る項目でもあるのだろうか?


(まさか単純に「死なないかな~」なんて事を思ってるとか?……いやいや、俺じゃあるまいし、フェイトがそんな事思うわけねぇか)


でも、だとしたら何で?

そう思っていた矢先、その視線を向けられていた当の本人である理から声があがった。


「先ほどから、いえ、詳しく言えば会った時から私の事を見つめていましたが何か?」

「え!?あ、その……」


まあ、見られてる本人が気づかない訳がないわな。それにしてもまさか会った時からだとは、いよいよもって訳が分からん。


「まさか私に惚れたのですか?レズビアン?」


え、ウソ、マジ?フェイトってそっちの気があったの?その歳で?いや、まあ、レズの良さは否定しねーけどよ……てか、むしろ見てる分には大好物だけどよ、それでもまさかフェイトがねぇ。もう数年もすれば飛び切りの美人になりそうな程の素材なのに、男から見れば勿体無ぇな。

と、一人思考が先走るが、まさかフェイトがそんな訳も無く。


「そ、そんなんじゃないです!………れずびあんって何ですか?」

「うっ、なんて純粋無垢な瞳……やめて下さい!そんな目で私を見ないでください!」


純粋な子供心に当てられて慄き、眩しそうなモノから目を背けるような仕草をする理。
そりゃそうだよな~。見かけはフェイトと同年代でも、その心は邪悪で醜悪だからな~。


「……オホン、失礼。取り乱しました。兎も角、残念ですが、その想いはそうそうに絶つべきです。私の体も心も余すところ無く主のモノなのですから。むしろ足りないくらいです」

「キモイ事言ってんじゃねーよ。てか、フェイトは違うっつってんだろ」

「ツれないですね。真実の弁を一蹴されるのは、いくら私でも傷つきます?涙の大洪水です」

「ハッ、なに言ってんだか。テメーの体も心もテメーだけのモンだろ、普通に考えて。ドラマ見すぎ。そういう言い回し、うぜぇ」


と言っても、それは理が言ったからであって、もし仮に夜天やシグナムに言われたなら俺はテンションMAXになること間違いなし!


「夢のない主ですね」

「バンザイ現実だ。夢とか未来だけ見て生きててもつまらん」

「先を見ないといつか痛い目見ますよ?」

「未来があるから今を生きてるんじゃねぇ。今、俺の生きてる現実の先で勝手に未来が待ってんだ。勝手に待ってるモンにいちいち関心持つか。好きなだけ勝手に待たせる。それで何かしてこようもんなら、万倍にして返してやるだけだ」

「意味が分かりませんよ」

「ノリで理解しろ。あ~ゆ~OK?」

「あいあむOK」

「お前ら2人で変なコントしてんじゃねーよ!てか、話の内容飛びすぎだ!」


と、ヴィータから注意が入った事もあり、そろそろおふざけは御終いにしておこう。ちなみにどの辺からふざけていたのかというと、理の「まさか私に惚れた~」あたりから。まっ、要は最初からだな。

俺と理ハイタッチ。


「「イエ~イ」」

「仲良さげにしてんじゃねーよ!!」


さて、そろそろホントに真面目モードにならんとロリータが噛み付いてきそうなので。


「で、フェイトよぉ。ホントの所は何で理の事見てたんだ?ほら、怒らないから言ってみ?」


と、漸く本題に入ろうとした時、今度はシグナムから横槍が入った。


「………主隼、テスタロッサには妙に優しくありませんか?」


一向に話が進まね~。てか何その恨めしそうな顔。なんか悪いもんでも食ったかよ?


「あん?そうか?そうでもねーだろ。てか俺は万人に優しい!ザ・博愛!」

「ヴィータちゃんと理ちゃんには?」

「108回ほど死んでくれ」

「上等だコラァ!」

「109回ほど殺してあげましょうか?」


さて、そろそろこんなコントも終いにしないとマジで終わりが来ねぇな。
取り合えず、フェイトに関してはそうだな……確かに優しいのかもな。


「俺ぁ本来ガキは好きだかんな。特にガキらしいガキが。その点でフェイトは殆ど文句の付け所がねぇ。今日日こんなガキは珍しいからよ、ついつい可愛がりたくなるもんだ」

「あぅ………」


そうそう、そういう素直に照れる所が特に。ロリーズじゃ天地がひっくり返っても期待できない反応だ。
俺はフェイトの頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。


「いいか、どうかそのまま無垢な心で育っていくんだぞ?まかり間違ってもあんな性格にはなるなよ?」


『あんな』呼ばわりされたロリーズは怒り心頭といった様子で今にも殴りかかってきそうだ。そんなだからお前らはダメなんだよ。腐れなんだよ。
もっとも、ロリーズがフェイトのように良い子になったらなったでキモイんだが。


「そして、性格もそうだが外見も今のまま、いや今まで以上に綺麗になるんだぞ。メロンを実らせれば尚良し!さらに可愛い女友達をいっぱい作って、そして10年後くらいに俺の為に合コンを開いてくれ!!!」


欲望駄々漏れの発言に対し、フェイトはあまりよく分かっていない様子。
まあ、今はそれでいい。いつかは絶対に分かる時が来るからな。その時になって改めて頼もう。『合コンを開いてくれ!』と。メンバーに関してならフェイトなら大丈夫という自信がある。将来、フェイトは絶対に美人になっている事だろう。ならば、自ずと周りに集まる友達も美人になってくるはず!類は智を呼ぶっていうし。
………え?それなら将来美人確定のフェイト自身に今のうちに唾をつけとけ?青田買いだって?
そりゃねーよ。
ガキの頃から知ってる奴とどうこうなるってのはさ………なんか萎える。目の保養くらいが精々だ。

また話が大きく逸れてしまった。

俺は一つ咳払いをすると、再度ガキに質問した。今度は誰からも横槍を入れられることなくそれが通り、漸くフェイトからの返答が来たのだった。


「えっと、その……理があの子に似てるから」


あの子?なのはの事か?………ああ、ね。そういやそれについては何も言ってなかったわな。そうだよな、なのはの事知ってんなら当然その疑問は湧くよな。中身は絶望的に似てないが外見はクリソツだかんな。

そんな絶望ロリだが、フェイトの言葉で少し憮然な感じの顔つきになった。いや、まあ、傍目に見たら殆ど変化したように見えねーけどよ、その辺は付き合いの長さと濃さで手に取るように分かるようになった。悲しい事にな。
まあ、それは兎も角。
理のやつ、あんまなのはの事好きじゃないっぽいんだよなぁ。以前その辺の事聞いた時は「さて、どうでしょうか。……そうですね、もしかしたらある種の同属嫌悪的な物があるかもしれません」なんて言ってた。「同属嫌悪?おいおい、お前、なのはと同属のつもり?あっちの方が万倍は可愛いぞ」って言葉を返したのを覚えている。もちろん、その後喧嘩になったのは言うまでも無い。


「誰が何時名で呼ぶ事を許可しました?馴れ馴れしい方ですね。身の程を弁えて下さい。私の名を呼んでいいのは主だけです。……まあ、他はギリ許容範囲で騎士の面々ですね」

「お前はどこまで上から目線なんだよ」


どうやらなのはと似てると言われた事ではなく、名を呼ばれたのが気に食わなかったらしい。ただ、理の言動を鑑みるにそこまでじゃないようだ。本気で嫌な時の理の口の悪さは苛烈で容赦ねぇからな。ともすれば手の方が先に出る時もある。
しかし、まあ、これも身内である俺だから分かるのであって、他の奴は額面通りに受け取ってしまうだろう。
例に漏れずフェイトも、


「ご、ごめんなさい……」


なんて言ってしょんぼり顔だ。見ろ、後ろで保護者代わりの獣耳の姉ちゃんがスゲェ睨んでんじゃねーか。
しゃあねーな、ガキの面倒は大人が見るもんだ。


「フェイト、この馬鹿の言葉は真に受けるな。一種の挨拶だと思っとけ。でだ、このガキとなのはとの関係だけどよ、似てんのは当然なのよ。理含めコイツラが人間じゃねーてのは言ったよな?加えて、全員オリジナルがおり、コイツラはそれを元にしたコピー体ってわけだ。分かるかコピーって?分からなきゃクローンでもいいし、偽モンと解釈してもOK」

「え、そうなの!?」


驚いた顔で全員の顔を見渡すフェイトとアルフ。
それに対し別段臆することなく、普通に『ああ、そうだが?』といった様子のコピー体面々。シャマルなど「あはは~」と朗らかに笑っている。


「あ、あの、そういうのって………」

「『気にならないのか』だろ?そうだよな、普通は気にするもんらしい。事実、こいつらも当初は悩んでたしな。ハァ………なんてぇか、ホント馬鹿じゃね?って話だよ。よく漫画や映画とかでよ、クローンとかコピーとかってそういうキャラが葛藤したりすんじゃん?ほら、「なんで自分は普通の人間じゃないんだ!」的に?ハッ、下らねー。人間じゃなかったら何だってんだよ。別にいいじゃんよなぁ、コピーでも。世界にゃどれだけ人間以外の動物がいると思ってんだ?なら、それならそれで、そういう種族だと思っちまえって話だ。だってぇのにウザったい自虐しやがって。いっそ死ねよ。世の中にゃあよ、人に生まれても『普通』の人扱いされないやつも居んだぜ?中でもキツイのはあれだ、奇形児とか顔に火傷とかの傷跡を持ってる奴ら。そんな奴等を「可哀相」とか言ってるカスがいるけどよ、あれ、ぜってぇ本心じゃねーよな。胸中じゃ確実に「気持悪い」「醜い」って考えてんぜ。女子高生とか、普通に怖がって泣いてるとこ見たことあるしよ。加えて、人間はそんな外見だけじゃなく中身にも色々あるからな。知的障害者とか。てか、もう挙げていったらキリがねーよ。で、そういう奴でも存在はちゃんと『普通』の人間なのに、世間からはそれとなく差別されて、もしくは区別か?まあ、どっちにしろ普通の人扱いされてねーのが現実。どんなに綺麗な言葉や優しい言葉で言い繕っても、結局そうなんだよな。きったねー世界だかんよ」


偏見、差別、建前────それらは人が生きていく上で絶対必要な要素だろうけど、もう少し正直に人は生きていいと思う。思うが侭に。
まあ、それが無理なのが現実なんだけどよ。あまり思いの丈をぶっちゃけすぎると、今度は自分が社会からハブられる事になる。だから人は偽善を纏う。
ある種、処世術だな。


「それで、なんだ、コピーなのを気にする?人間じゃないのが気になる?はん!ケツの穴のちっせぇ事ぬかしてんじゃねーよ。そういう奴ぁじゃあよ、身的・知的障害者の目の前で『五体満足で健康体、精神面も至って正常、見た目人間と変わりません。でも、人間じゃないから人間になりたいです』って言ってみ。どれだけ自分がちっせーか分かっから」


と、そこまで言って、なんか思いのほか多弁しちまった事に気付いた。しかも、話の内容が内容だったもんだから、さっきまでの朗らかな空気はどこへやら。皆のテンションがガタ落ちしちまった。あのロリーズでさえ、なんか気落ちしてるし。

こ、こりゃあ流石に俺も後味悪ぃな。


「ま、まあ、あれだ。前からも言ってるように、要は『テメェはテメェ』って事だ。他の誰でもなく、他の何にでもなく、ただ一人の自分として生きたいように生きりゃいいんだよ。そうやって胸張ってりゃ世は全て事も無し。てか、寧ろこんな世などクソ喰らえってな。葛藤とか悩む暇があるなら遊び倒そうぜ」


そう前向きに締めくくってみたものの、皆の顔は以前晴れない。
参ったね、こりゃ。そこまで真剣に考えることでもねぇのに。そもそも、これは俺の持論で、しかもかなり穿った理論だかんな。全てを全て真面目に受け止めてもらっても困る。
………よし、ここは無理やりイイ話だー的な展開に持っていこう。


「あー……であるけれども、そう簡単には人は強くなれねーわな。テメェはテメェっつっても、世界は勿論テメェだけで成り立ってる訳じゃねーしよ。で、だ。そういう時どうすればいいか、自分一人の強さで生きてーように生きられない時はどうすればいいか。フェイト、分かっか?」

「え?えっと………」

「なに、難しく考えんな。思いついたこと言ってみ?」


フェイトは先ほどの難しい思案顔から、小首をちょこんと傾げた可愛い思案顔になった。そして間もなく、おずおずと答えた。


「他の人と一緒に頑張る?」

「正~解~!」


俺は褒美としてフェイトの頭をガシガシと撫でつけてやった。
言葉だけではなく、こんな肉体的接触での温かみある行いは重要なのだ。褒める時や、労をねぎらう時はな。その相手が子供の場合は尚更。


「テメェが強くなるのが一番だけどよ、それでも足りねぇなら他から持ってくりゃいいだけの話だ。ただな、そこで大事な事が一つある」

「大事な事?」

「ああ。それはな、相手が信頼または信用できる人物だって事だ。俺ぁ使えるモンは使う主義だけどよ、それでもここぞという時はやっぱそこに重きを置くな」

「信頼………隼もそんな人がいるの?」


そのフェイトからの質問に俺は力強く首を縦に振った。


「そりゃあ俺だって無敵じゃねぇ。まあ、一時期は『俺は何でも出来る!』なんて調子ぶっこいてた時期もあったけどよ。それでも、そんな頃でも傍には信頼出来る奴ら─────ダチがいたかんな」

「ダチ?」

「ああ、友達な。それも心底信頼できる奴なら、何年経っても、どれだけの時間会わなくてもその繋がりは絶対薄くはならん」


その証拠に、ついこの間の旅費にその頃のダチから借りた分もあるし。
今の御時世、何年も会ってない奴なんかに何万も金が貸せる訳がねーってのが普通だろうけど、金の切れ目が縁の切れ目とは言うけれど、俺とダチの築いた信頼関係はそんな軟なモンじゃない。快く貸してくれ………あー、いや、ぶつぶつ文句は言ってたな。


「ダチは一生の財産とも言うし……………ンだよ、お前ら」


ふと気付けば、フェイトとアルフを除いた奴ら、つまりは騎士共が何故か不満げで不安げなご様子。
なんだ?なんか、俺変な事言った?まあ、ちょっと臭いかな~とは自分でも思ってっけどよ。でも、それもこれから未来あるフェイトへの後学の為にだな………


「私達は………」


シグナムが不安げな顔で言葉を発した。


「私達は、どうなのでしょうか?」

「あん?なにが?」

「ですから、その……主からの御信頼の程は……」


え、なにそれ?もしかして、その不満や不安顔ってのはあれか、騎士として主には一番に信頼を寄せられたいとかそんな感じの……ある種嫉妬してんの?俺のダチ公に?
こいつら、どんだけ騎士としての誇りが高ェんだよ。
まっ、それは兎も角として。
こいつらに対する信頼ねぇ……ぶっちゃけ言えば、そんなになんだよな~。少なくともダチの方が信頼度は上だ。付き合ってきた年期が違うしよ。


(だが、しかし!)


俺はシグナムの、そのたわわに実ったモノをさりげなく見る。
俺はシャマルの、その慎ましくもつい手が伸びそうになるモノをチラ見する。
俺は夜天の、あの儚くも完成されたモノを思い返す。
ロリーズはどうでもいい。

───────ここに結果は見えた。見えていた。


「ハッ!何を今更。お前ら(のお胸様)を信頼しなくて何を信頼する!お前ら(のお尻様)を大切に思わなくて何を大切にする!」


野郎同士の友情は確かに尊いものだ。だが、シグナムたちの『美乳』『美尻』はその尚上をいく。国宝と呼ばれて然るべきモノだ!!


「そもそも、じゃなきゃ誰が好き好んでうちに住まわせるかよ。お前たち(のような体の持ち主)じゃなかったら、すぐに追い出してるっつうの」

「あ、主、そこまで私達の事を……っ!」


感動で目をキラキラさせているシグナム他騎士たち。単純って幸せな事なんだな~と今更ながら実感。

………って、また話が逸れてんじゃねーか!


「兎も角、いいかフェイト?ダチだよ、ダチ。特にお前くらいの歳なら必要不可欠!分かるか?」

「え、ええっと……」

「今は一人もいねーかも知んねぇけどよ、まっ、心配すんな。お前くらい性格良し、見た目良しならこれから嫌でも出来てくっから……………いや、待てよ」


よく考えればフェイトだけじゃねーじゃんよ。フェイトくらいの年頃で、ダチが一人もいねぇのって。

俺はフェイトから視線を横にずらし、ある2人を見つめる。


「何ですか?」

「ンだよ?」


言わずもがな、我が騎士ロリーズのお二方。

俺は訝しむ2人の手を取ると、フェイトに向かって差し出す。


「丁度イイ。ほらフェイト、喜べ。同年代の友達一号・2号だ」


それを聞いてフェイトは目を見開き、「え、あの」とか言って狼狽した。片や俺の独断で友達候補にされたロリーズは意味が分からないといった顔。


「はァ?!」

「何故私が………」

「お前らもダチいねぇだろうが。思えばさっきフェイトに言った言葉、まんまお前達にも当てはまるからな。なら、これはいい機会だ。ほら、お互い握手握手」


本来ダチになるためにこんな形式ばった握手はもとより「友達になりましょう」なんて言葉もいらねーんだろうけど、まあ、お互い初心者だ。こうやって形作るやり方のほうが分かりやすいだろう。

そんな俺の優しい心使いだが、しかしロリーズの反応は薄い。


「あたしはシグナムたち仲間がいるし、それにお、お前も居るし……だから別にダチなんて─────」


ふいにヴィータの言葉が途切れ、その表情は驚きになった。もう一方のロリも顔には出てないが戸惑っている様子。
その理由は、フェイトが2人に近寄り手を差し出しかたら。


「と、友達に……」

「「………………」」

「その、良かったら、二人と友達になりたいです」


………俺は確信したね。これから先、どれだけ世間の波に揉まれても、フェイトは捻くれる事も無く素直に育っていくだろうって。中身も外見も美しくなるだろうって。
勿体ねぇなー。もう十年くらい遅く出会ってりゃ、たぶん猛アタックしてたんだけどよぉ……………チキンな童貞に結果が付いて来るかは兎も角として!


「ぷははは!こりゃフェイトの方がよっぽど大人だな。子供らしい素直さを持ったよ!で、ヴィータに理よぉ、フェイトにここまで言わせといて、まさか誇り高き騎士様が捻くれた断わりや強情なだんまりなんてしねーよな?お前らの器の見せ所だぜ?」

「………はン!ジョートーだよ!」

「………まぁ、聞いた限り友達といいのは作っておいて損はありませんね」


順にガシっと手を取り改めてお互い名乗りあう3人。フェイトは勿論の事、あのクソロリーズも心なしか照れている。そして、そんな光景を見て他騎士たちは微笑みを浮かべ、アルフは感動で涙ぐんでいた。

いいね~、微笑ましいね~。やっぱガキの在り方はこうでなくっちゃな。













さて、紆余曲折ってか、女の会話みたいに話が飛び飛びで訳分かんねーって感じだったが、なんとか良い所に着地してくれた。イイ話だー、てな。

ただ、忘れちゃなんねー今の状況。

俺たちは夜天、プレシア、亡きザッフィーのいる部屋から出て通路を歩いている途中だったわけよ。その間で上記のような会話が繰り広げられてのであって、会話をするために歩いていた訳じゃないんだ。
つまりそう、俺たちにはちゃんと目的地があったわけよ。
それがどこなのかは説明する必要は無い。てか、フェイトたち3人が『友達宣言』してる間に丁度着いたんよ。


「さて、友情を育んでるとこ悪ぃけどさ、目的地に到着しちまったんで一端休題な。ただ、最後にフェイト、ここに入る前に一つ質問がある」


俺たちの目の前には『裏ボスでも居そうな』扉が一つ。


「お前さ、姉妹っている?」


この返答次第によってこれからの展開が変わってくるが、さて。ただ、どちらにしろ、あまり面白い展開にはなんねーだろうなぁ。

ハァ……、これが最後の面倒事であってほしい。




[17080] ジュウロク話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/09/05 21:54

フェイト・テスタロッサ。
金髪のロリ魔導師。若干9歳にしてその戦闘能力、魔導師ランクなるものは管理局の戦闘員にも遅れを取らないらしい(騎士共の見解)。得物は鎌にも斧にもなるかっけーデバイス、バルディッシュ。さらに見た目ばっちグーな使い魔も使役している。性格は大人しく、天然で純粋、そして母親思い。見た目は9歳児相応の凹凸のない溜息ボディ。ただ、どこぞのロリーズとは違いきちんと成長していくので、そこは今後に十分期待が持てる。というか、プレシアを見る限りでは遺伝子的には約束されているようなもんだ。もし、フェイトが俺と同年代であれば、たぶん純粋に女性として好意を抱くことになっていただろう。シグナムや夜天と同レベルの容姿にあの性格が合わされば…………ああ、無敵で素敵だ。けれど、それはどうしたってifの話であり、現実にフェイトはちんちくりんのガキ。どうこうなりたいとは思わないし、なりたくもない。てか、9歳児とどうかなりたいと思う22歳男性がいたら、そいつは変態以外の何物でもない。そして俺は変態じゃあない………少なくともその類のな。
と、最後の辺りは少し話が逸れたが、つまり何が言いたいのかというと、これが俺が知っているフェイトの大まかなパーソナルデータってことを言いたいのよ。これにまだ付け加える事があるとすれば………まあ、良い子だって事と、あとは俺が気に入っているって事くらいか?
とまあ、そんなガキなんだがよ、つい先ほど、このパーソナルデータが更新されたわけよ。

姉妹なし。一人っ子。

それが、フェイトの俺の質問に対する答えだった。

───────さて、となると。

あの変な液体に満たされた入れもんの中で漂っているモノは、少なくともフェイトの姉妹ではないということだ。これで、候補の一つとして挙げていた『フェイトの妹または姉の死体』という一番エグい可能性は消えたわけだが、それでもまだ正体が分かったわけじゃない。
人形?クローン?ドッペルゲンガー?はたまた騎士共よろしくコピー体?
さきにも言ったように、現実的に一番可能性の高いのは『人形』だろうけどよ、魔法という非現実的要因が絡んだ場合はその限りじゃなくなる。

結局アレは何なのか。

俺一人じゃ判断付かない訳で、真実を知っているだろうババアは喧嘩中で、ならばという事で俺は残った騎士とフェイトを連れて例の部屋に来た訳よ。他の奴の見解を聞くためにな。
ただ、フェイトにアレを見せていいかどうかは一応最後まで迷ったね。ほら、いくら死体じゃねーっつっても、見た目自分とクリソツなモンが変な液体の中に漂ってんだぜ?本人にとっちゃ気分は良くねぇだろうよ。下手すりゃトラウマもんだ。
けど、結局俺はフェイトも連れ立ってアレがある部屋の中へと入った。何故かってーと、まあ…………ぶっちゃけ気に掛けるのが面倒になったのよ。だってよ、アレを見て気分悪くなっても時が過ぎればそんなモン回復するし、それにトラウマっつってもよく考えりゃそこまでのモンじゃねーよな。その、あれだ、鏡だと思やぁなんてことねーだろ的な感じ?

まっ、何のかんの言ったが、つまり俺たちはあのフェイト似の人形(?)のいる部屋に皆でやって来たって事。OK?
で、彼女らのアレを見ての感想だが……まあ、別に取り立てて面白いリアクションはなかった。ただ普通に驚いたり、険しい表情を見せるだけだった。


「は、隼、これは何なんだい!……なんでフェイトが……」

「ああ、やっぱアルフにもフェイトに見える?だよな~。背丈以外は気持ち悪いほどクリソツだよな。で、フェイトよぉ、お前はどうだ?」


この中で、これを見て一番驚いているであろう奴に目を向ける。
案の定、目をコレでもかと見開き、筒の中の自分を見ていた。次いで俺の言葉に反応して此方に顔を向けたが、そこには困惑と少しの恐怖の色が見える。


「は、隼……こ、これ、何で私が」

「落ち着けって。どうせ人形か何かだろ。驚きこそすれ、別にびびるモンじゃねーし、お前が怯える程でもねーよ」


ポンポンとフェイトの頭を叩いてやる。それでも安心仕切れない様子のフェイトだが、そこでさらにフェイトを不安にさせる言葉がシャマルから出た。


「ハヤちゃん、これ、人形なんかじゃありません」

「あん?」


シャマルを見れば、そこには今まで見たことないほど険しい顔つきをしている彼女がいた。


「ハヤちゃんと同じ、肉や骨で形作られたモノです。唯一違うのは、そこに生命活動が見られないだけ」

「お、おい、待て。それって………」

「この子、人間です。いえ、詳しく言えば死体です」


…………おい、おいおいおいおいおい!?ウソ!?マジ!?いや、でも腐ってねーし……この液体のお陰?


「で、でもよ、なんで一目見てそんな断定出来んだ?確かに人間にしか見えねーけど……」

「分かるんです。私自身死体なんて見たことないですけど、オリジナルの記憶が記録としてあるのか、それともまた別の要因なのかは分かりませんが………でも、分かるんです。だから、コレは……」

淡々というシャマル。その顔はとても嘘をついているもんじゃない。
確かに騎士共の見解を知りたいとは思ってたけど、まさかビンゴした結果が一番エグイやつって………つうか、じゃあこれってマジで………って、驚いてるバヤイじゃねーー!


「よいしょーーーー!!!」

「きゃっ!?」


俺は事態を把握するや否や、自分似の死体を見ていたフェイトを抱え上げた。そして顔を此方に向けさせ、俺の顔しか視界に入らないようにする。


「ちょ、ちょっと隼、いきなり何してんだい!?」


アルフを始め、皆がその俺のいきなりの奇行に目を見張ったり怒声の声を上げてるが、そんなモン気にしている場合じゃない。

俺はコレが死体じゃないだろうと思ってフェイトを連れてきた。しかし、目の前のコレは最悪な事に死体だった。なら、そんなモンをいつまでもガキに見せる訳にはいかない。


「あ、ああの、隼、ち、近い……っ」

「うるせぇ、これでいいんだよ。お前は俺だけ見てろ」


さきほどの様子から一転、頬を赤くしあわあわと狼狽するフェイト。恥ずかしいのか嫌なのか、俺の胸板を弱弱しくドンドンと叩くが、俺だってこんな重いガキを抱えたくない。しかし、ガキに死体を見せるくらいなら俺の腕がダルくなる方が万倍マシだ。
いくらガキには色んな経験させた方がいいからって、経験させていい事と悪い事があるかんな。死体を見る経験なんてしない方がいい。かく言う俺も、死体を見るなんて今回が初だ。


(しっかし、あれがマジで死体だったとは……)


フェイトの顔の向こう側に依然と液体の中で漂っているフェイト似の死体。これがグロければ簡単に目を背けられるが、なまじ人の形のまま、それも今にも目を開けそうなほどの無傷っぷりとくれば、初めて見る死体とあって興味が強い。

それに………。


(なんで、フェイトにクリソツなんだ?)


最後の最後、行き着く果ての、結局な疑問。

背丈以外は全く同じと言っても過言じゃねぇこの死体。フェイトの双子、と言えば納得もいくが彼女に姉妹はいない。なら、この死体は一体何者なのか。
これがフェイトに全く似ていない、どこぞの見知らぬ死体だったらここまで気にはならねーんだろうけどなぁ。それか、目も背けたくなるようなグロい死体だったら。てか、これってホント死体なのか?マジでただ寝てるみてーだよ。

と、俺がフェイトに死体を見せないようにしながら自分はじっくり観察していた時、


「主、私は思いました」


服の裾が引っ張られる共にそんな声が掛けられた。視線を少し下に向ければ、そこには理がいつの間にかいた。それも、その顔は結構真剣だ。
この死体を見て、何か気づくことでもあったのだろうか?
そう期待した俺だったが、しかし、所詮期待は期待だった。


「やはり主はフェイトに優しい」

「はあ?」

「え?」


理の馬鹿発言に思わず阿呆な声が出ちまった。フェイトもフェイトで目をぱちくりさせて驚いている様子。

なんなのコイツは?俺、ついさっき言ったよな?俺はただガキが好きなんだって。なに、こいつやっぱ馬鹿なの?それとも痴呆?プログラムのバグ?てか、時と場所を考えて発言するという事が出来んのかこいつは。空気ガン無視だな。


「ええ、分かってます。主は子供が好きな事は。しかし、それを加味してもフェイトには一段上の優しさを見せています。確実に。それが、私には業腹でなりません」


業腹って……いや、まあ、理の心情などどうでもいいが、俺ってそんなにフェイトには優しいか?


「つうか、お前、俺がフェイト以外のガキと接してるとこ見た事ねーだろうが。なら、俺のそれぞれのガキへの紳士度なんて分かんねーだろ」

「少なくとも、私には優しくありませんよ?」

「いや、だってお前は極上に可愛くねーからよ、そんな奴に優しくなれねーわ」


そう言った俺に理は何か言い返そうとして、しかし、何故か黙り込んだ。その顔はいつもの無表情なのだが、心なしか何かを考え込んでいるようにも見える。そして程なく、理は言葉を返してきたのだが………。


「………………………そう、ですか」


あ、あれ?
俺の見間違い、聞き間違いじゃなければ、理の奴、すげー暗い顔になった上に超元気の無い声を発したんですけど?え、その反応、なんかいつもと違くない?いつもなら「………カチ~ン」とか「他に類を見ない可愛さの私になんて言い草」とか、そんな言葉が返ってくるはずなんだけど………。
見てみろ、シグナムやあのヴィータでさえ、今の理の反応みて目を剥いて驚いてんじゃねーか。


「そうですよね。所詮私はプログラムであり、人間の可愛さなど身に付くであろうはずもありません。いえ、別に自分自身を卑下するつもりはありませんが………でも、やはり、主に可愛くないと思われているのは悲しいですね」


なんからしくない、儚げな笑みを浮かべて落ち込んでるんですけどーー!?しかも、うっすらと涙まで!?俺、なんか地雷踏んだ!?うおっ、なんかシグナムたちからすげぇ凶悪な視線向けられてんだけど!?『最低~』とか、そんな感じの心の声まで聞こえるぅぅぅ!?

おかしい!何がおかしいって、理の反応も、それを見て自分が何故か慌てていることも、全てがおかしい!


「う、嘘嘘嘘!さっきのマジ嘘!理は可愛いって!テメェを可愛くねーって奴がいたら俺がぶっ殺してやるってほど可愛い!ああ、ホント、罪なガキだ」

「………ホントですか?」


そこで上目使い!?こいつはホントにどうしたーー!!


「マ、マジマジ!!」

「じゃ、抱っこして下さい」

「応よ!」

「次にそのまま抱きしめてください」

「応よ!」


俺はフェイトをすぐさま降ろし、代わりに理を抱き上げ、抱きしめた……………………………って、応じておいて何だが、これは流石におかしくね?なぜ理を抱き上げて、抱きしめなきゃならん?


「なるほど。こういう反応をすれば主は優しくして下さるのですね」


落ち着いて、ふと抱き上げた理の顔を見れば、そこにはいつもの無表情なロリガキの顔。儚げな雰囲気も、瞳に溜まっていた涙もどこかに消えていた。

こ、こいつ、まさか……!


「先ほどの主の言葉、そしてこの腕の中の何と甘露な事。ゲロ臭い演技をした甲斐がありました」

「て、てめっ………!」

「しかし……いやはや、『可愛い』とは難しいものですね」

「こんのド腐れロリータァァァァァ!!!」


俺はあらんばかりの力を使い、腕の中に収めていた理をぶん投げた。しかし、小癪にも理は宙で一回転した後、華麗にストンと着地。


「危ないじゃないですか。それとも、これは主なりの愛ある行動ですか?だったらもう一度投げてください」

「そこに直れぇい!お前がッ、泣くまで、殴るのをやめない!!」


なんて奴だ、この畜生ロリが!この俺の紳士魂に付け込むとはふてぇ野郎だ!マジで一回折檻してやる!

俺は拳を握り、余裕綽々御満悦な感じの理へと歩み寄ろうとし────────しかし、その前にある一人の人物が理の肩にポンと手を置いた。


「?なんですか、シグナ……………皆さん、どうされました?」


見れば理はいつの間にか囲まれていた。シグナムとシャマルとヴィータに。さらに3人ともが寒気を誘う笑顔浮かべている。シグナムなど、なぜかレヴァンティン装備。


「選べ、理。直剣か蛇腹剣か弓か。なに、心配はいらん。洩れなく『死』はつけてやろう」

「………シグナムでも冗談を言うのですね」


いや、シグナムの奴、ありゃマジだな。それは理の奴も分かっているのか、その頬からツゥと汗が流れ落ちた。


「私達を差し置いて一人良い思いをするとはいい度胸だ。せめてもの情けで、その思いを黄泉への土産にさせてやろう」

「理ちゃん、ちょーーっと調子乗りすぎましたね?」

「理ぃ、覚悟は出来てんだろうな?出来てなくても関係ねーけどよ」

「…………是非もなし、ですね」


今回初。理vsシグナム・シャマル・ヴィータの大喧嘩が勃発したのだった。
しかし、シグナムたちは俺を置いてキレすぎだろ。主として敬愛されんのは嬉しいっちゃあ嬉しいが…………やっぱ男として愛して欲しい!

それにしても………


「お~い、一応仏様の前なんだけど~?その辺分かってっか~?」


先ほどまで理と馬鹿やってた俺が言うのもアレだが。


「ありゃ聞こえちゃいないね」


俺はアルフと共にため息を一つ。唯一フェイトだけが俺と向こうの喧嘩組を交互に見ておろおろしていた。

ああ、もうあいつらは!


「こちとらいろいろとまだ疑問があんのによぉ。なんでこう喧嘩っぱやい奴が多いのかね?」

「隼、あんたがそれを言っちゃあお終いだよ」

「あ、やっぱり?」

「うん。やっぱり」

「ふ、2人とも何でそんなに落ち着いてるの!?」


人間、諦めが肝心ってな。まぁ、アルフは人間じゃねーが気持ちは同じらしい。
んじゃ、俺はあいつらが落ち着くまでモクでもふかして───────


「ここで何をしている!!!」


なんの前触れも無く、なんの予告もなく、突然部屋の中に怒声が響き渡った。それはシグナムたちが喧嘩の手を止めるのほど、それほどの怒気を伴っていた。
しかし、俺はそれに臆することなく、むしろここはフレンドリーに手を挙げて応じるべきだろう。


「おっはー」

「夕方よ!」


なぜ魔法世界出身であるプレシアがこんな古い挨拶を知っている?
それは兎も角。
俺は挨拶を返した後、まずフェイトを傍に手繰り寄せ、その目を手で覆った。それは何故かって?だってよ、今のババアの姿はとてもじゃない、子であるフェイトに見させていいもんじゃないからな。


「隼、み、見えない」

「見ない方がいい。それりゃもう、あの筒の中に入ってる自分似の死体以上に見ないほうがいい」


ババアの姿は凄惨なものだった。夜天との喧嘩によるもんだろう、髪はこれでもかと言うほど四方に乱れ、顔は青あざと切り傷と血で醜くなり、服も袖が千切れてスカート部にはセクシーなスリットが出来ていた。

そんなババアを見て俺は思った。


「さぞ楽しい喧嘩だったんだろうな。羨ましい。ところで夜天とザフィーラは?」


しかし、そんな俺の言葉は無視して、ババアは俺から視線を逸らすとシグナムたちに視線を向けた…………と思ったら、次の瞬間にはあいつらに向けて魔力弾を数発放った。


「くっ!?貴様、いきなり何を──────」

「アリシアから離れなさい!!!」


鬼か悪魔か阿修羅か大魔神か、それほどの形相で声を張り上げたババア。


「アリシア?」


何だ、その固有名詞は?
シグナムたちに向けて言ったっつうことはあいつらの傍にその『アリシア』てのがあるんだよな?ええっと、あいつらの傍にあるのっつったら…………まさか?

と、どうやらそのまさかだったらしく。
ババアは怪我によってか、ふらつく足取りで歩き始めた。向かってる先はその『まさか』が在る場所。


「ああ、アリシア………」


そして、ババアはそれに縋り付く様に凭れかかった。フェイト似の死体が入った入れ物に。そして、その中のものを見つめるババアの顔はとても、とても優しげだ。

───────知ってる。

俺は、この顔を知っている。いや、俺だけでなく、親を持つ子なら誰でも知っていることだろう。そして、きっと一度は自身に向けられたことがあるはずだ。


(だけど、何故……)


何故、その死体に向かってそんな顔をする?何故、フェイトにはその顔を向けてやらない?


「か、母さん……」


思考の渦に巻き込まれてしまっていたようで、ふと気づけば俺はフェイトから手を離していた。そして、自由になったフェイトはババアの方へと歩み寄っていく。
しかし、その歩みもババアに睨みつけられたため、その場に縫い付けられたように止まった。


「この子の前で、アリシアの前で私を母と呼ぶな!私はアリシアだけの母…………そして、私の子はアリシアだけ」

「………え?」

「お前が私の子?失敗作の分際で……反吐が出るわ」


ええっと………なんか今ババアの奴スゲェことぶっちゃけなかった?いや、まさか事実じゃねーだろ。あれだろ?ただ気持ち的に、フェイトは自分の子じゃないっていう的な?


「ふ、ふふ、あははははははっ!もういいわ、ジュエルシードは自分で集める。だから、もう限界よ、こんな『人形』に母と呼ばれる事は!…………真実を話してあげる」


あー……ちょい待とうぜ。こういうパターンって漫画とかで知ってんぜ。やめてくれ。ヒートすんのは勝手だけどよ、そのネタが仮想の世界でありふれてるからって現実にまで持ってくんなよ。そういうのは、夜天たちだけで十分間に合ってんだよ。


「アリシアの容姿とテスタロッサの姓持った紛い物、出来損ないの────クローン」


あ~あ、なんでパチンコじゃあ連チャンしねーのに、こういう厄介事は連チャンするかねぇ。これこそ業腹!

ハァ、めんどくせぇ。





[17080] ジュウナナ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:77d77453
Date: 2010/10/03 19:25
さて、プレシアが暴走し、『聞け、これが衝撃の真実だ』とばかりにぶっちゃけた事実。
フェイトはアリシアというプレシアの実子のクローン体。
一見すれば(この場合は一聞き?)、なるほど、それはとんでもねぇ事に聞こえる。フェイトが驚きすぎて口を阿呆の様におっ広げ、硬直しちまうのも無理ねーのかもしんねぇ。
けどよ?よーく考えりゃ、そりゃあ別段ぶったまげる程の事じゃなくね?
クローン………ああ、確かに聞こえはすげぇさ。でもよ、そんなもんその辺にゴロゴロしてんぞ?ほら、なんつったっけ、あのちっこい単細胞生物。あれの細胞分裂だってようはクローンって事だろ?それにどっかで聞いたけど、あの竹林も一種のクローンらしいし。あとさ、ずっと前テレビでネコだか豚だかのクローンに成功したっつう話も聞いたぜ?たぶん、他にも探せばゴロゴロとあんだろうよ。

確かによ、人間のクローンなんて前例はない。そして、それがまさか自分だなんて言われた日にゃあ驚きもするだろうさ。
だがな、だからなんだ?って話なんだよ。
クローンにはオリジナルがいるのは当たり前。けど、オリジナル=クローンじゃねぇ。これがもし夜天たちのような『コピー体』だったら=で結べる。心は兎も角、身体はオリジナルと寸分違わないだろう。けれど、『クローン体』は違う。例えば、先に挙げた猫のクローン。そのオリジナルとクローン体を比較した結果、若干の違いが出てきたらしい。詳しくは知らんが、毛とか。
そして、決定的なのが、人間のクローンを作った場合、なんと指紋はオリジナルと同一しねぇんだとさ。個人その人を最も特定させやすい要素の一つであろう指紋、それがオリジナルとクローンとでは違うっつう事ぁこれはもう別人って事だろ。
別人。
そう、アリシアってやつとフェイトは別人なんだよ。どこぞにもよく居るお節介な近所のおばさんからも「あら可愛い!よく似てるわね~。双子?」程度の言葉で流してもらえるだろうさ。
結局その程度の、取り立てて騒ぐような事じゃない。一瞬の驚きはあるだろうが、ずっと引きずるような事じゃない。もし仮にこの世に俺にもオリジナルがいて、俺がクローン体だったとしても、俺は俺であってオリジナルなど関係ないと一蹴できる。当然だろう?オリジナルの自分がいたからって、クローンの自分になんの関係がある?「オリジナル?ふ~ん。あ、そう。で、だから?」ってな。まずは、自分で自分を認めてやんなきゃよ。…………………例外的に、もし俺のオリジナルが非童貞だった場合は、そん時は全力全開でぶち殺してやっけどな!

と、まあ、これが俺の意見なんだが、知っての通り、俺の思考は一般のそれから少しずれているらしい。周りの奴等に言わせれば、俺は『自己中』『独善者』『自分至上主義』『暴走機関車トーマス』『紳士の皮を無理やり被っている変態』『鬼畜ロリコン』『ヘタレ童貞』だそうだ。………………最後の3つは誰が言ったんだっけか?今度殺しとかなきゃな。
兎も角、だから、今回の様なプライベートでデリケートな案件が挙がった場合、普通の思考回路を持つ一般人ならきっとフェイトを同情するんだろうよ。そして、プレシアには怒りを抱くだろうさ。そうだ。人間ってのはか弱い者には優しく、非道な者には厳しい。特に今のババアを普通の感性を持って第3者の視点で見れば、極悪非道もいいとこだ。今も何か言ってるようだが、さっきまでのヒス気味に叫んでいる内容を抜粋して要約すると、

『アリシアを生き返らせようとして出来たのは記憶を持たない駄作!なのに、顔と声だけがアリシアと同じだなんて……ああ、怖気が奔る!その顔で笑っていいのは、その声を響かせていいのはアリシアだけ!失敗作、廃棄品、模造、紛い物、汚物、無価値、寄生虫、塵、ゴミ、バーカ、バーカ、バーカ!お前なんか死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ!!』

一部不適切な言葉ならびにアレンジが加わってしまったが、まあ、おおよそこんな感じ。
な?ひでぇ事言ってると思うだろ?でもよ、俺はそれを聞いてもフェイトに同情心なんて湧かねぇし、ババアに対しての怒りも出て来ねぇのよ。いや、まあ、流石にババアが俺の目の前でフェイトに手まで出そうもんならこっちも黙っちゃいねーけど、こん程度の罵詈雑言くらいならなぁ……好きなだけ鳴いてろって感じ?
それによぉ、ババアの奴、俺の見る限りじゃフェイトに向ける言葉──────本気じゃない。
あ、いや、それじゃちっとばかし語弊があんな。本気は本気なんだろうよ?けど、なんてぇか………実がない。
言ってる事と、やってる事が矛盾している。
ん?どう矛盾してっかって?それはよぉ────────あ、ちょい待ち。煙草煙草。


「…………げっ、ライターの石がなくなってやがんじゃねーか!?ちっ、これだから安物は!シグナム、火ぃ出してくれや」

「お前、フェイトがあんななってんのに何でお気楽極楽マイペースなんだよ!?シグナムも言うとおりに火出すな!」

「いいよな、その火。魔力変換資質つったっけ?俺もそんな便利な超能力欲しかった。出来れば雷。でよ、刀持ってこう言うんだよ。『人呼んで──────紫電掌』てな。やっべ、かっけくね?」

「き・い・て・ん・の・か、おのれは~~!悠長に座ってんじゃねぇよ!」


相変わらずうるせークズロリだな。誰がお前に鳴けっつった?クラールヴィントでその口縫い付けんぞ。


「ぷはああぁぁぁ………あー、うめ。で、あんだって?」

「けほっ!んのっ………だから!フェイトだよフェイト!見て、見ろ!」

「見て」でヴィータの両手で顔を挟まれ、「見ろ」で思いっきりフェイトがいる方角へと頭を向けさせられた。
てか、首が今グギッつったぞ!?グギッて!


「なにしてくれとんじゃボケ!」

「っせぇ!ンな事よりちゃんと見ろ!」


等比社3倍くらいの凶悪な目つきで睨みつけてくるヴィータ。そのあまりの怖さと真剣さについつい俺もその言葉に素直に従っちまった。
まあ、従う前に髪の毛を一房ばかり力の限り鷲掴みしてやったが。
さて、ヴィータの「痛゛!?」「なにすんだコラァ!」という言葉をBGMにフェイトに目を向けてみたが…………。


「うわぁお。ちょっと見ねぇ内に(煙草4本と上記のような思考を駆け巡らせている内に)予想以上にひでぇ事になっちゃってんな」


俺的にはプレシアのアレはちょっせぇ罵詈雑言くらいに思ってたんだけど、どうやらフェイトは違ったらしく。
精神崩壊モード、突入!
て感じ?
眼に生気ってか覇気ってか光がねぇし、そんな眼から一筋だけ涙流してるモンだからある種ホラーだ。参ったね、こりゃ。


「ど、どうにかしてやれよ!あれじゃあフェイトが………」

「俺も適当なとこで割って入ろうとは思ってたんだが………いやぁ~、ババアのドSさとフェイトのもやしっ子さを忘れてたわ」

「いいから、なら今すぐ早く……!」


心配顔で少し慌てているヴィータ。
コイツのこういう様子は中々珍しい。基本、なんだかんだ言ってコイツも主至上主義だかんな。だから、他人の事でここまで素をみせるのは…………ふぅん、これも友達効果か?だったら善哉、善哉。対して、もう一人のフェイトの友達であるはずのクールロリはどこまでもクールなようで、特にフェイトを按じるような発言はない。…………ただ、俺の気のせいでなければ、ババアに向って尋常じゃない程の殺気を飛ばしているような?
しかし、だったら。


「俺に頼むより、てめぇらで止めればいいんじゃね?」


それに答えたのは、こちらも難しい顔をしているシグナム、シャマル、理。


「……力で止めるには造作ありませんけど、それは一時の凌ぎにすぎません」

「そして、私達じゃあその凌ぎの時しか与えられません。テスタロッサちゃんを救ってあげられません」

「なにせこちらはプログラムでコピー体ですからね。何を言った所で、同類相憐れむ、という形になるかと」


そして、4人から期待の視線が注がれる。さらに心の声まで聞こえてきそうだ。『私達を受け入れてくれた心を持って、フェイトを救ってくれ』とか何とかそんな感じで。
正直、勘弁して欲しい。いいじゃんよ、力で解決してさ。それで一切合財御破算が一番楽ちんだ。なのに『救う』とか、いやいや無理ですから。そんな大層な事出来る訳ねーじゃん。


「そういやアルフはどうした?あのフェイトLOVEがえらい大人しいじゃねーか」


ふと気付いた。
アルフならイの一番にプレシアに突っかかって行きそうなものを、何故か声すら聞こえて来ねぇぞ?


「ああ、あの馬鹿犬ですか。キャンキャン吠えて猪突猛進して行きそうだったんで、ガツンと眠ってもらいました。今はあそこに」

「ガツン?」


理の指差す方向に眼を向ける。そこにはうつ伏せで大の字になって眠っているモノが一匹。
なるほど、『ガツン』ね。
 
しかし、さて、となると間に割って入るのはいよいよ持って俺しか居ない。めんどくせぇが、やんねぇと話が進まねぇので仕方が無い。


「はいはい、ちょっとごめんよ~」


パンパンと手を叩きながらババアとフェイトの間に入る俺。それにやぶ睨みで返すババアと無反応なフェイト。
ババアの反応は予想通りなので兎も角、こりゃあフェイトは相当重傷だな。先にフェイトの方から当たるか。いつまでもこんな痛々しいガキの姿なんて見たくねぇし。

俺はまずフェイトに近づき、咥えていたタバコをそのままフェイトの口に咥えさせた。脱力してたが、下顎を押さえることで無理やり成した。


「───っ!?けほけほ……はや、ぶさ」

「よう、目ぇ覚めたかよ。どうだ現実の味は?美味ぇだろ」


フェイトの口元からタバコを取り上げ、また自分で咥え直す。
ああ、やっぱ美味ぇな。


「あ、今のは特別だかんな?魔法世界ではどうか知んねぇけど、地球じゃタバコは20歳になってからだかんよ」

「はや、ぶさ……わたし、わたし………」

「おう、どうしたよ。フェイト・ザ・クローン」

「っ!!」


ぶわっと涙を溢れさすフェイト。

あー………ちっとばかし性急で直球過ぎたようだ。


「おいおい、そんなクローンってだけでショック受けんなよ。いいじゃんか、クローンでも。今を生きてんならよ?」

「でも、でも……私は、人間じゃ……」


ハァ、どいつもこいつも結局そこかよ。てか、何で俺の周りでこの手の問題が多発すんだよ。もう同じような説明すんのもめんどくせぇ。
まあ、けど、投げやりには出来ねぇよなー。まだこいつはガキだし。


「人間じゃないからなんだよ。まさか、オリジナルがいるからクローンの自分は生きてる意味ねぇとかそういう事も思っちまうわけ?または何で生まれてきたんだろう的な?」

「……………」

「ちっ!ガキじゃなかったらぶん殴ってるとこだけど………」


デコピンで済ませてやる。


「ンじゃ質問すっけどよぉ。例えば、クローンだけど母親大好き天然純粋超可愛なガキと、人を快楽で殺したり幼児誘拐したりする犯罪者、どっちが生きてる価値があると思う?」

「な、なにを……」

「断然、前者だろ?つまりよ、人間とかクローンとか関係なく、生きてる価値ってのが大事なんだよ。で、その価値を高めるには『自分は自分だ』つって胸張って生きる事だ。まあ、自分は自分つって人を殺しちゃあダメだけどよ?」

「……でも、私にはその価値がない。クローンだから自分じゃなくて、母さんに嫌われて……人間じゃないから、隼にも気味悪がられて……っ」


いつ、どこで俺がフェイトを気味悪がったよ?てか、今の俺の話聞いてた?あーあー、泣くな泣くな。………ダメだこいつ。思った以上に相当にヘコんでやがる。
………………。
ハァ、言葉で言いくるめるのって苦手なんだけどなぁ。拳での解決が一番楽で面白いし。

俺は足でタバコをもみ消した後、ウンコ座りして下からフェイトを見上げた。


「この俺が人種差別するとでも思ってんのか?キモイとかキショイとかは普通に言うけどよ、だからって接し方までは変わんねぇぜ?………まあ、野郎とかブサイクには優しくねぇがよ。で、なんだって?気味悪がる?被害妄想ぶっこいてんじゃねーよ。芋虫人間でもない限り俺が気味悪がるかよ。世の中にゃあな、魔導生命体なんてもんも居るし、獣っ娘なんてもんもいんだぞ?なのに今更クローンとか言われてもなぁ。ぶっちゃけ、ホントにだから何?見かけよければ全て良しだ!だからお前は十二分に良し」

「─────────」


ンだよ、そんな目ぇパチクリさせて。なんかもっといい反応しろよ。てか、シグナムらも俺に丸投げしといて呑気に笑ってんじゃねぇぞコラ。


「なんだ、もしかしてまだ不安で不満なんかよ?俺が肯定してやってんのに満足しねーとか………ああ、やっぱババアの肯定もいんのか?それだったら心配すんなや。あいつもお前の事好きだから」

「─────え?」


まさか、という表情で大いに驚いているフェイト。
まあ、そりゃそうだよな。あれだけの事やられて、さらにはオリジナルの代わり、ゴミ発言かまされたんだ。どうやったって簡単にゃあ信じらんねーよなぁ。
………そして、勿論。
俺のそんな発言を聞いて黙っていられない奴がもう一人。「はあ?こいつ何言ってんの?ボケたの?」てな顔でこちらを睨みつけている四十路(くらい?)の淑女が一人。


「死にたいの?」

「いきなりトばして来んなぁ。死にたいのって、見た目お前の方が今にもポックリだろうが」

「うるさい。いいから答えなさい。今すぐ死ぬか、それとも前言撤回するか」

「あー、はいはい。お前はフェイトが好き好き大好き超ラブ一万年と2千年前からあ・い・し・て・るぅ」

「誰が前言強化しろって言ったの!!」


アリシアの入った容器に縋りながらやっと立ってるような奴のくせに、相変わらず口だけは達者だなぁ。


「ほら見ろフェイト。ああやってムキになんのはよ、裏返って好きって事なんだよ。イヤよイヤよも好きの内ってな」

「戯れるな!」


おお怖っ。あまりの声量にフェイトが小動物みたいに『ビクッ』ってなったじゃんよ。


「別に戯れちゃねーよ。それに、口から出任せでもねーし、慰めで適当ぶっこいてる訳でもねーぞ?」


当てずっぽうと偏見ではあるがよ?まっ、一応論拠してやろうか。さっき言いかけた『矛盾』てのがこれなんだがね。


「お前よぉ、なんでまだフェイトを生かしてんだ?」

「………なに?」

「だから。アリシアを生き返らせようとして出来たのは出来損ないのフェイトなんだろう?一見して同じなのに全然違うフェイトが胸糞悪ぃんだろ?ゴミとかなんとか言っといて、それなのに何で捨てない?なんで殺さない?お前の性格ならよ、まずそうすんじゃね?俺と違って『殺す』ってのに抵抗なんてないようだしな」


今まで俺にやってきたあの攻撃の数々を見るに、こいつは絶対にナニカを殺す事に躊躇いはないはず。そしてこいつのフェイトに向ける言葉をそのまま信じるなら、フェイトを殺さない理由はない。もし、俺にそんな憎い奴が居て、さらに殺す覚悟もあったなら100%ぶっ殺してる。


「………ふん。生かしているのは、ただ利用する為。今回のジュエルシードも────」

「それは違ぇな」

「………………」

「嫌な事に俺とお前はちっとばかし似てる。そして、俺だったらそんなクソむかつく奴は一時でさえ眼中に入れたくねぇ。すぐぶっ殺す。それに、利用する?だったら、別にフェイトじゃなくてもいいだろ。アルフみたいな使い魔でも創ればいいし、ジュエルシード集めだってどこぞの便利屋やら何でも屋に金積んで頼みゃあいい話だろ?魔法世界にだってそんくらいあんだろうし。なのに、お前はあえてフェイトを生かして使ってる。いや、それも違うか………フェイトを生かしたいから、あえて使ってる」


つまり素直になれねーってこったな。
ババアがまさかツンデレ属性まで持ち合わせているとは……ますますストライク!ちなみに俺のストライクゾーンはツンデレ・クーデレ・ヤンデレなんでもOK!ボール無し!アウトはガキと不細工!


「だいたい、どだい無理な話なんだよな。自分が大好きだった、自分を大好きで居てくれた子供と見た目同じ奴を嫌いになるなんて。中身が違うからって完全に別人だって考えられるのは、フィクションの世界に住むご都合思考を持つキャラだけ。普通、割り切れる訳がねーのよ」

「私は違う!アリシアとフェイトを別人と做し、その人形を心底憎んでる!」

「『憎い』と『嫌い』はイコールじゃ結ばれねーよ?例えば、俺だってあのクソ生意気なロリーズが腸が煮えくり返る程憎たらしい。いっそ死ねと思わなくもない程によぉ」


ついでにロリーズに向け親指だけを下に突き出した状態で拳を向ける。所謂『地獄に落ちろ』ポーズ。


「テメェをいっそ三途の川に流してやろうかぁぁああ!」

「お腹の中が煮えるのはさぞ苦痛でしょう。では、その煮えている腸を搔き出して差し上げましょうか?」

「────でも、嫌いじゃない………ああ、嫌いじゃねーんだわ」

「「……………」」


それは出会ったときからそうだった。なぜだか、嫌いにはなれない。本当に憎たらしいが、なぜか。勿論、ロリーズのみならずシグナムたちもそう…………なんだから、そんな『私は嫌いなのですか?』って感じの切なそうな目を向けんなや。


「表面じゃどうこう言おうとも心の中じゃ別人と見做そうとして、けどお前もやっぱ出来なかったんだよ。フェイトとアリシアを重ね、そしてフェイトを好きになった。当然の帰結だな。大好きな我が子を重ねるって事は好きになった、好きになりたいって事だ。男で独り身の俺にゃあ分かんねーけど、それが『母性』ってもんだろ?けど、その母性が大きくなる前に表面の偽りの憎しみが凝り固まっちまった」


愛と憎しみ同居し、鬩ぎ合った結果、折衷案をとった。

自分の愛は全て亡き我が子に。我が子の写し身である子には憎しみを。

殺すなんて選択は出来なかった。アリシアとフェイトを重ねたんだ、それつまりフェイトを殺すという事はアリシアを殺すという事。


「フェイトの事を無視するって事も出来ただろうに、お前はどんな形であれフェイトに関心を持ちたかった。『想って』やりたかった。アリシアを生き返らせるなんていう行き過ぎた愛ゆえに、フェイトには行き過ぎた憎しみを。は~あ、なんて不器用、てか馬鹿?」

「………御託を」

「そりゃ自分勝手な言い分にもなんよ。人の本心なんて誰彼に容易く読み解かれる訳ねーんだからよ。自分でさえ怪しいもんだ。だから、これは俺の独断と偏見と少しの悪意による見解。けどよ、全てが全て的外れとは思えねーんじゃねぇの?」


ババアは俺の御託を聞いて、さきの喧嘩で負った傷の痛み以外の要因で顔を歪ませた。それは、俺が馬鹿なことを言ったことが忌々しいからか、それとも図星だからか。
真意は当人にしか分からないが…………いや、たぶん当人にも分かっていないだろうな。


「さて、と。俺の見解はまあそんなトコだ。それを是とすんのも否とすんのもテメェの勝手だがよ、少なくとも俺ぁそう見んぜ?」

「………ふん。勝手にそう思い込んでおけばいいわ。けど、どう言われ様と否は否!その人形を想うですって?馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あなた何時その馬鹿をも通り越したの?」


ひっでぇ言いようだ。綺麗な女じゃなかったら、整形でも効かないくらい顔グチャグチャにしてやんぞ?

少し呆れながらそう思った次の瞬間、俺は自分の言動を顧みてハッとなった。


(……………あん?待て待て俺。その言い方じゃあ、まるで俺はプレシアをグチャグチャにしないように聞こえんじゃねーか。あんなボコボコにされて、こんな暴言吐かれて?)


さらには自分のロリーズに対する胸の内をぶっちゃけてまでババアを諭そううとするなんて…………。
わぁ~お。こっりゃあヒデェや。おいおい俺ちゃんよぉ、何時からそんな丸くなった?いつの間に無駄な優しさを身に付けた?ウケるし。

俺は思わず笑い声を上げた。


「最ッ高だ。ああ、お前の言う通りだよババア。俺ぁ何やってんだ?ホント、いつの間にか馬鹿をも通り越してたみてぇだわ。紳士気取りすぎた。何一丁前にご高説垂れてんだろうな俺は。しかも、『是とすんのも否とすんのも勝手』?くはっ!我ながらなんだその甘っちょろい考え。相手が否と言おうが、俺が是と言やぁ是。それが聞けねぇようなら力ずくでそうさせてきたってのに」


勿論、気に入った奴の意見なら俺もきちんと受け入れる。だが、気に入らねぇ奴の意見など聞く耳持たんかった。それが今回はどうだ?ガキの為とはいえ、ババアに対してこの柔らかい対応。俺に上等ぶっこいた奴なのに、その体に負っているのは俺が傷つけたモンじゃない。

俺は何やってんだ?

そうじゃないだろう?俺は────


「言葉無用、拳上等!話し合い不要、喧嘩歓迎!」


こうだろう!

徐にバリアジャケットを身に纏い、右手に杖を出した。


「俺ぁフリーターで、大学出だけど頭悪ぃかんよぉ。結局最後に残んのは……いや、最初からこれしかねーのよ。言葉で人情に訴えるとか無理。拳で体に分からせる方が楽で性にあってんぜ。さっきまでの言葉なしな。この拳で言う事聞かせてやる」

「…………はぁ、どうやら元の忌々しい馬鹿が帰ってきたようね」


やれやれとため息を付くプレシアだが、その顔は少しだけ笑っていた。だが、やはり体は思うように動かないようで、俺が戦闘態勢に入ったのにも関わらず向こうは立っているので精一杯のようだ。

けど、俺はもうンな事ぁ知ったこっちゃねー。ぶん殴って、あいつの中にある母性を認めさせてやる!
そんな手段で本当に出来るのか、と言われれば、出来る、と答えよう。つうか、俺がやると言えばやる!力で救ってやろうじゃねーの!

さて、喧嘩だ喧


「あ、主、いつバリアジャケットを作られたのですか!?」

「人がこれから景気良くパーティーかまそうって時に何ぶっこいてんだ!?」


ここぞという場面。誰もが今から心躍る喧嘩が待っていると期待するこの場面で!シグナムッ!なんてノンエアリーダー!場の空気を全く読まないその発言はとても騎士じゃねーぞ!

俺は思わず喧嘩相手のプレシアから目を背け、シグナムの方に目をやった。


「果てしなくどうでもいい質問を今する奴があるか!」

「ずりーぞ!あたしにも作れよ!」

「まさかのロリータも!?」


しかし、2人のみならず理とシャマルも驚きと不機嫌な顔でこちらを見ていた。
一体なんなんだ?


「ウザってぇ!知ったことかよ!てか、テメェで勝手に好きなように作りゃいいだろ」

「ハヤちゃんにデザインして欲しいという騎士心を分かってくださいよぉ」


分かっかよそんな心。犬にでも食わせとけ。

俺は呆れかえり、もう無視しちまおうと思ったが、次の理の発言でそうは問屋が卸さなくなった。


「まあ、主の事ですから、どうせ挙がる候補は見当が付きますけど。『ナース』『体操着』『制服』『メイド』、そんなところでしょう。で、差し詰め私は『ランドセル背負った小学生コス』あたりですか?ホント、好きですね」


理のその発言は俺の逆鱗に触れた。それはもう、プレシアに向ける怒りなど比ではない。
今、この場がどこかなども忘れて俺は理をにらめ付けた。


「理、よぉ理ぃ。今なんつった?なんつったよコラ。オイ、てめぇそれ本気で言ってんのか?それともおふざけか?どっちにしろ殺すぞ?マジで殺しちまうぞええオイ!?」

「へ………あ、す、すみません」


俺のその返答が予想外だったのか、理はただただ呆けた。だが、その俺の表情がマジで怒ってる事を悟ったのか、コイツは初めて普通に謝った。
また、他の騎士共も同じように大きく驚いている。


「ナース?メイド?…………けっ、不愉快だ。次、そんな事ぬかしたらヤキ入れてやっからな」

「ど、どうしたんですハヤちゃん?なんからしくないですよ?」

「そ、そうだぜ。お前ってそういうの好きなんじゃねぇの?」

「今までの言動を顧みるに、私もてっきりそのような趣味も持っているものかと………」


コスプレ。
はん!ふざけるな。誰がそんなもんを好きになるか。反吐が出る!


「あんな詐欺を俺は断じて認めん!何度、騙された事か!」

「詐欺?騙された?」

「応よ。高校生とか銘打ってるクセに、出てくるやつは明らかに30手前の中途半端ババア。ナース、メイドにしたって、結局最後は全部脱ぎやがって題材台無し。体操着?ブルマ?年増がそんなもん着るな!それか、せめて童顔の奴使え!そして、愚の極みは『くの一』!馬鹿か。意味分からん。萎える。つうかなにより、なんでコスプレ物には可愛い奴が少ない!そこが一番不満だ。衣装で不細工ヅラ誤魔化そうとすんな!」

「「「「「………………」」」」」


俺の熱き主張は、しかし、皆には通じなかったようだ。フェイトは訳が分からないようで首を傾げ、他の奴らからは壮絶に冷たい視線が突き刺さってくる。
だが、そんな視線など、俺の中学生の苦い1ページに比べたら蚊ほども効かん!その1ページのお陰で、今でもコスプレ物は見れねぇんだよ。


「ええっと、なんと言うか………うん、やっぱりハヤちゃんらしいです」

「この場合、その正直さやこだわりを褒めるべきなのだろうか………」

「シグナム、これは普通に軽蔑していい」

「ですね。女性に向けて主張するべき事ではありません。謝って損しました」


どうでもいいけど、フェイトやプレシアは兎も角、何でお前らも俺の言った事が分かんだよ。俺の居ない間、一体どこでどんなどれだけの情報を仕入れてんだ?つか、意外に冷静に受け止めてんなぁ。

まあ、ンな事ぁどうでもいいか。こいつらに人間の法律が適用する訳ねぇし。18禁情報をどれだけ仕入れたとしても、自己責任で俺の知ったこっちゃねー。スナッフでもスカトロでも何でも見てろ……………いや、流石にそれは俺も止めるか。


「何とでも言えや。兎に角、俺ぁそんなクソッタレデザインなBJは作らねーよ。仮に作るなら、デザインはそうだな────────」


ふと、そんな時だった。

『ドサッ』と、何か大きな物が地に倒れ付すような音が聞こえた。
『母さん』と、悲痛な少女の叫びが聞こえた。

思わずその音の発生源に目を向ければ、そこには床に倒れているババアと、そのババアに寄り添っている涙目のガキが一人。

大方の予想はつく。
流石のババアも限界だったのだろう。


「はぁ………また、喧嘩はお預けか」



───────しかし、今思えば。これが、ババアと喧嘩する最後の機会だったのだ。この先、未来、俺はババアと2度と喧嘩をする事はないのだった。















あ、勿論、ババアは生きてるよ?ついでに口喧嘩ならしょっちゅうするよ?でも、ステゴロはしなくなったのよ。まっ、それが分かってくるのはもうちょい未来の話だな。









[17080] ジュウハチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:eb8e1891
Date: 2010/10/26 21:32

ババアが倒れたのは、まあ極めて自然な流れだろう。
病気によってボロボロになっている体と、何かしらの研究(?)の為の不眠不休にも等しい活動。さらに、そんな状態での夜天とのエンジョイ喧嘩。
心身ともに疲労困憊だったはずだ。にも関わらず、ババアは立ち上がり、俺に上等までくれやがった。
女性差別など毛頭するつもりは無いが、その根性はとても女とは思えない。野郎でさえ、果たしてそれだけ気張れる根性を持ってる奴がどれだけいるだろうか?

女、強いては母というのは本当に強い。たぶん、プレシアなら俺のババアと普通にタメ張れるだろう。
本当、母っつうのはおっかねぇ。

そんなプレシアだが、今はあのアリシアっつう死体がある地下(墓地?)から場所を移し、ベッドのある部屋で寝ている。傍には俺とシグナム以外の全員がついており、治療だったり護衛だったりでそれぞれの役目を全うしている。
何時目を覚ますか分からないが、シャマルの見解では怪我自体はそこまで酷くはないらしい。骨折も無ければ大きな裂傷もなく、頭から出血はしているが、それは見た目が派手なだけで傷自体は深くないらしい。気絶した原因は単純な疲労との事。逆に、俺のほうが重傷だと怒られちまった。
それを聞いたフェイトは大きく安堵したようだが、その顔は未だ晴れやかじゃない。それは母の容態の他にも原因があるだろう。まあ、悩めばいいさ。ガキは悩んで大きくなるもんだ。その悩みが大きければ大きいほど、それが解決した暁にはどんな形であれ人は変わる。それが成長ってもんだ。それに、今のフェイトなら悩みに潰される事もないだろう。傍にはアルフは勿論、ダチが2人も付いてんだからな。

そんな訳で、俺はプレシアとフェイトを他の面々に任せ、シグナムを連れ立って部屋を出た。行き先はラブホ………なんていう未だ入れぬ夢見る地ではない。シグナムとならさぞ、さぞ楽しい一晩を送れるだろうが、生憎とこっちがばっちOKでも向こうは俺に恋愛感情なんてもんがさらさら無いのは丸分かり。主として敬愛されてんのはひしひしと感じんだけど、それが余計キツイ。


「主、どうかされたのですか?………はっ!まさかお体の具合が悪化されたのですか!?」


シグナムと2人、ある場所へと向かい廊下を歩いている途中、俺が少し考え込んで黙っているだけでこれだ。
なんて騎士精神。これが主とかそういうの抜きで、単純に男と見て俺を心配してくれてんなら嬉しいんだがよ。
まあ、とは言っても。
男は単純なもんで、どんな形であれ女から心配されるのは嬉しいもんだ。ガキとかクサレ野郎とかに心配されるのは腹立つがな。


「なんでもねーよ。ちっとばっかし考え込んでただけだ」

「そうですか…………ですが、どうか御自愛下さい。あなたは私にとって大事な………いえ、私たちにとって唯一人の主なのです」


…………これは喜べばいいの?それとも悲しめばいいの?………複雑すぎるが素直に喜んどこ。

は~あ、コレが漫画とかだったら騎士精神がふとした時に恋愛感情に変わったりするもんなんだけどなぁ。それか、最初からそれ込みだったり。
けれど、俺もシグナムもこの世界も現実であって、どうやったってそんな上手く物事は転がらない。人の感情なんてのは特に。


「なあ、シグナム」

「は」

「あのよぉ、お前って…………や、何でもねーわ」


『俺の事、好きか?』なんて聞けるはずがねー。俺はそこまでナルじゃねぇし。…………ヘタレやチキンでもねーぞ?第一、仮に聞いたとしても返ってくる言葉なんて予想が付く。特に恥じらいもなく、寧ろ誇り高く『好きです』なんて言うだろうさ。なんせシグナムは騎士の鏡みたいなもんだからな。

てか、俺は何考えてんだろうね?ババアもフェイトもそれぞれが大変な時にこんな事。もしかして、俺ぁシグナム以上に空気読めてねーんじゃね?
まあ、周りの状況に流されないのが俺であり、きっと他の奴も『らしい』と言ってはくれんだろけど…………時々、こんな独善的な自分に嫌気が差す。いや、ホント時々だけどよ。1年に1回くらい?でも、思っちまうんだよなぁ。
もし、もし俺がこんな奴じゃなく、嘘と世辞で身を繕い、場に流され、媚び諂い、無難な世渡りをしていたらと。
きっと、とても幸せな日常を過ごせたことだろう。少なくとも、面接官を殴り倒すことも無く就職くらいは出来ていたはずだ。そして、今まで彼女の一人くらいは出来てたハズだ…………出来てたよな?

そんな、そんな楽な生き方がきっと出来たはずだし、世の中の殆どの人がそうしてんだろうよ。


(………けど、やっぱ俺には無理か)


そんな空っぽな幸せなんてゴメンだ。面白くない日常なんてゴメンだ。満たされない生活なんてゴメンだ。
俺は、俺のやりたいようにやる。
何度嫌気が差しても、俺はそんな答えにたどり着き、そしてきっと、そんな答えを出すこの性格は死んでも治らない。


(はぁ、こりゃ当分の間は就職なんて出来ねぇだろうなー)


年取ったら、治らないにはしろ、少しはこの性格も丸くはなるんだろうか。でなきゃ、この先碌な就職先はねぇぞ。


「主隼?」


またボウっと考え事をしていた俺に、心配げな顔を向けるシグナム。そんなシグナムを見て思う。


(………諦めた方がいいのかもしんねぇな)


何がかというと、これまた最初に戻るがシグナムの事。
俺は、もし向こうに気があるなら今すぐにでもシグナムとそういう仲になりたいと思ってる。当たり前だろう?性格良し、体超良しな女がいつも傍にいれば、誰でも彼女にしたいと思うはずだ。
けど、それもそろそろ終いにした方がいいかもな。だってよ、脈がねぇんだもんよ。今、もし告白してもきっと『主としてはお慕い申しておりますが、男としてはちょっと………』なんて言葉が返ってくんじゃね?友達でいましょ的な?そして、それはシグナムのみならず夜天もシャマルもそうだろうよ。

そんな分かりきった答えが返ってくるのに告白すんのも想い続けんのも馬鹿じゃね?…………え?当たってみなきゃ分からない?分かるんだよ。それに、それで砕けてみ?これから先も顔合わせて一緒に生活してくってのに、気まず過ぎるだろ。喧嘩なら玉砕覚悟もそれはそれで面白ぇけど、この場合は全然面白ぇ事にはなんねーぞ。だから、告白とか無理無理。

……………ヘタレとかチキンとか思った奴はそれがたとえ真実だろうともぶっ殺すぞ?

兎も角。
シグナムたちに対しては目の保養や主としての敬愛を受け取るだけで、そういう期待をすんのはそろそろ諦め時か。こいつらが俺の彼女になるとか未来永劫無い事だろう。それに、こいつらもこれから生きてく内に好きな奴の一人や二人できるはずだ。それを家族として温かく見守るのも面白い。シグナムやシャマル、夜天の彼氏になる奴はちっとばかし………めちゃくちゃ妬ましいし、もし『この人が私の彼氏です』なんて紹介された暁にゃあ、ソイツがどんなに良い奴でも殺意を抑えられそうにないが。…………ロリーズ?ああ、勝手にどこへでも行ってくれ。よほどのクサレ野郎にでも捕まらない限り、誰とくっつこうが知った事か。


(………あれ?なんか俺、思った以上の最低野郎?)


シグナムたちの心を勝手に思い付け、決め付け、そして勝手に諦め、けどいざその彼女たちに彼氏が出来たと未来予想すれば腹を立てる。

ん~、我ながら中々の身勝手ぶりだ。けど、それも今更か。俺だし。
まあ、言い訳させて貰えるなら、複雑なんだよ『男心』ってやつは。


「主隼」

「あん?」


いきなり、シグナムが少し強めの声を発した。しかも、その顔は怒っているのか、心なしか眉が少し釣り上がっているような?

な、なんだ?俺、なんかしたっけ?んなはずねーよな。ただ考え込んでただけだし。


「諦めないでください」

「!?」


え、なに、嘘、俺声に出してた!?いや、そんなまさか。


「そんな、何かを諦めたような顔は止めて下さい。そのような顔は主には似合いませんし、私もそんな弱い主は見たくありません」


どうやらシグナムは俺の考え込む表情だけで、こちらの心情をも読み取ったようだ。洞察力つうか、女の感つうか………凄いねぇ。しかも、それを確信して言ってんだからまた凄い。


「何を諦めようとしているのかは分かりませんが、きっとそれは早計です。大丈夫です。主隼ならそれがどんな事でも成せる事が出来ます。他の誰もが信じなくても、例え主御自身が信じなくても、私だけは信じます」

「────────」


言葉が出ねぇてのはこれかね。ホント、いい女だなぁ………………こりゃ、確かに早計だわ。こんないい女、早々に諦めてたら天罰が下んぜ。

諦める諦めると連呼しといて早い心変わりだなと言われそうだが、こんないい女にそんな事言われちゃあ『男心も秋の空』だ。


「シグナム」

「はい」

「俺の事、好きか?」


かなりのナルな台詞で、ちっとばかしハズかったが、これもこれからの俺の心を決める一つの確認だ。

果たして、返ってきた反応は………。


「っっっ!?ええっと、そのあの、好きとか嫌いとか勿論大好きででも立場上あれでだから私もやきもきでしかしながら」


ああ、やっぱ諦めなくて良かった。見ろ、シグナムのこの様子。俯いた顔は耳まで真っ赤で、両手を前で合わせてモジモジしているこの大混乱ぶり。
俺の予想など大ハズレ。
そうだよな。予想なんて出来るはずねーんだよ。人の心なんてどう転がるか分からないって、自分でもさっき思ったばっかじゃねーかよ。

この反応が俺の予想とは違うからって必ずしも恋愛感情じゃないし、むしろ主にそんな事言われてただ単純に照れてるだけの可能性の方が高いが、それでもこれからの希望が持てる反応だ。


「なあ、シグナム」

「は、ははははいぃぃっっ!」


いや、流石に照れすぎだろ。そう照れられたらまた馬鹿な勘違いしちまう。それだけは避けなければならない事だ。
勘違い野郎ほど滑稽なもんはない。


「あのよ、今から言う事はさっき考え込んでた事とは別件で、そっちの方は諦めないと決めたんだけどよ────────」


俺は視線を前に向ける。そこには開け放たれた扉があり、その奥の部屋には大きな部屋が広がっている。
何を隠そう、そこが俺たちの目的地。いつのまにやら到着目前だったようなのだが………。


「あの部屋の中に入るのは諦めていいか?」


部屋から大きな音が響き渡ってくる。そして、その音をも超える雄叫びまで。

そう。あの部屋はここに来て最初、夜天とプレシアが喧嘩し、ザフィーラが仲裁していた場所。だが、今ババアは別の部屋に。よって、あの部屋には夜天とザフィーラしかいない。
2人の声が、あの部屋から聞こえてくる。2人の………怒声が。


「なんであいつらが喧嘩してんだよ!?」

「…………私も、これは諦めたい気持ちです」














おかしいと思ったんだよなぁ。ババアがあの地下に来れた事が。だってよ、ババアも夜天もブチギレで喧嘩してたんだぜ?普通、ああなったら、絶対途中じゃ止まれねぇ。どっちかがぶっ倒れるまでとことんド突き合うはずだ。
で、その理屈でいきゃあ地下に現れたババアが夜天をノしたって事なんだろうけどよ、俺はそれが信じられんかったんよ。あの夜天だぜ?確かにババアは強ぇが、だからって夜天がやられるとはとても思えねぇ。そして、仲裁役で犬を一匹置いていったが、あいつが鬼と悪魔を止められるとはハナから微塵にも思ってねぇ。
よって、俺の予想は2人仲良くWKOだった。
だが、結果は俺の予想の斜め上。まさかの身内での仲違い。その隙にババアは地下に降りて来たんだろう。

何をどう経て夜天とザフィーラがやり合う事になったのかは知らんが…………いや、大方考えるのも馬鹿らしい事が切欠だろうよ。


「主の寝顔を知らんだろう!主の腕の温かみを知らんだろ!俺は知っている!それが時には枕、時には抱き枕になる俺だけの特権!そして、それがそのまま俺とお前の主から賜る寵愛の差だ!」

「驕るな駄犬!そんなものは主の愛のホンの一片!だが、私は全てを知っている!なにせ、主と融合出来るのは私のみ!そこに他者の介入出来る余地無し!一心一体、重なる我らに敵う者無し!」


と、ンな事ほざきながら殴り合ってるんだから、切欠なんて馬鹿らしいモンだろう。てかどうでもいい。
ついでに言うと、果てしなくキモい事言ってるザフィーラを心ゆくまで殴り倒したい。


「ったく、あいつらは。俺らが部屋に入った事も気づいてねぇでやんの。しかも……あ~あ、ザフィーラの奴、俺がくれてやった服ボロボロにしやがって」


ただでさえ俺だって自分の服が少ないのに、その中なからザフィーラに似合う奴見繕ってやったのに。いっそ人型禁止命令出してやろうか。

一方、そんなザフィーラの相手をしている夜天の方も当然服はボロボロなわけで………なんだよ、あのパンクなファッションは。胸部とか股間部が破れてるのなら寧ろ大歓迎だが、ボロボロになってんのは腕とか足の部分の生地だけ。それでも色気漂わせるのは流石夜天って所だが、その姿はあんまあいつらしくない。夜天に対して、ああいう乱暴な色気はいらん。


「さて、こりゃどうしたもんか。俺も喜び勇んで意気揚々と乱入したい衝動に駆られるが、流石にそりゃ不味いよなぁ。色々な意味で収拾が付かなくなる」


俺はどうしようかと悩み、隣に居るシグナムに目を向けた。彼女は眉間に皺を寄せ、ほとほと呆れ果てたと言わんばかりに大きなため息を一つ。


「まったく、あの2人は………。将として頭が痛い限りです。主、少々お待ち下さい。あのような乱痴気騒ぎ、すぐに終わらせます」


そう言うとシグナムは片手にレヴァンティンを携え、さらにカートリッジを一発ロードして膨大な魔力を迸らせた。そして、レヴァンティンの切っ先を地に付け、まるで引きずるようにしながらゆっくりと2人のもとへと歩いていく。
気のせいか、その姿は幽鬼のように揺らいでおり、体に黒い瘴気が纏わりついている。

あれ?なんかシグナムが怖い。なんて思って見てた俺の耳にドスの効いた声が飛び込んだ。


「やつら……なにが寵愛だ、なにが一心一体だ。自惚れ、自意識過剰の愚者が。ああ、本音か?それがお前らの本音なのか?愚かな。ならば言おう、高らかと宣言しよう─────────主の一番は私だ!」


みんな、最近ストレス溜まってたのかなぁ。すべてのゴタゴタが終わったら、慰安旅行にでも行くか?

そんな事を半ば本気で考え始めた時にはもう三つ巴をおっぱじめやがってた。気の早ぇこって。てか、なんで俺が他人の喧嘩で悩まにゃならんねーんだよ。将来、ハゲねぇ事を祈るぜアーメンハレルヤマリアさま。神さんなんて信じてねーけど。


「むっ、来るかシグナム!大人しく将という座で胡坐を搔いていればいいものを!」

「ここで起たなくて何が将か!以前に、私は主の騎士だ!主がさえおれば、そもそも座などいらん!!」

「それでこそ私達の将。だが、だからといって私も退くつもりは無い!こと主に関しては、私は退かぬ媚びぬ顧みぬ!」

「「「我こそは主が一の騎士!いざ、推して参るッッッ!!」」」


なにヒートアップしてんだか。台詞まで芝居かかってんぞ。ヤクでもキめたのか?それとも脳内麻薬でラリったか?
どっちにしてもさらに混沌となっちまってんじゃねーか!


「おいテメエら!!いい加減にしとけやぶっ殺されてーかア゛ア゛!?人の目の前でゴキゲンぶっこいてんじゃねーぞ!夜天、テメーはさっさと正気に戻れ!シグナム、テメーは何がしてぇんだ!ザフィーラ、ハウス!!」


踵落としをするように右足を高らかと上げ、床を踏み抜かんばかりに降ろす。ガンッという音が部屋に響き渡る。
その音と俺の怒声は3人の喧騒にも劣らない大きさで、これなら否が応にも喧嘩を一時ではあるかもしれんが止まるはず。そして、止まったらソッコーで拳によるお説教タイムだ。俺を差し置いて3人でハッピーカーニバルするなんざ100年早ぇ!


「こちとらやる事がいろいろあんだよ!ケツカッチンなんだよ!ババア病気問題、フェイトとアリシアのクローン戦争、次のバイト先ってか就職先、彼女はいつ出来るのか!そして、金金金金金金金金金金金ッっ!」


言っててだんだん腹立ってきた。クソっ!どうにかして何もかんも一気に解決してくんねーかよ。特に彼女と金!少なくとも金!金がありゃあ俺の人生万々歳!出来ねー事なし!心だって金がありゃあ買える!世界さえ思いのまま!金、降って来ねーかなぁなんてのは常々思ってる!…………………それなのに現実に降って来た、てか湧いたのは魔法で騎士な面々。
別によ、それが悪いってわけじゃねーのよ。寧ろ、良いと言える。これまでの生活でそう思えた。けど、だからって全部が全部良いなんて口が裂けても言えん。
見ろよこの惨状。この有様。最初はメリットだけ見てりゃ幸せんなれるとか気楽に考えてたけどよ、ここんとこメリットよりデメリットの方が大きくね?比率が明らかにおかしい。


「せいっ!」

「であっ!」

「はあっ!」


で、今現在のデメリット発生源の3人は俺の言葉などまるで耳に入っていなかったようで、さらに白熱したバトルを繰り広げている。てか、夜天もザフィーラもすげぇな。シグナムのレヴァンティン相手に素手でやりあってんぞ。流石の俺もナイフとかバットなら兎も角、あの大きさの刃物が相手だったらマジびびるぜ。


「つうかボクちゃんの言葉無視ですか?主ですよ?素敵な度胸ですね、人様無視して自分らはヨロシクしけ込むんですか?泣いちゃいそうだ。あはははは………………………上等だ、ド畜生ども」


……………いやいやいや、待とうか俺。落ち着こうぜ俺。ここで俺まで乱交パーティーへの参加を希望してみろ、目も当てられない現実がやってくんぞ。こちとらもう勘弁なんだよ、こんな厄介事は。早く終わらせてぇんだ。
ここは自制してでも巻いてくぞ。目の前の喧嘩には涎が出るほど参加したいが、そこを抑えてこそ男の見せ所。


「すー、はー。すー、はー…………ふぅ。OK、落ち着いた。実際の所欠片も落ち着いちゃねーが、とりあえず言葉だけでもそういっとこう。ああ、なんて健気な俺。さて………」


俺は目の前のご馳走から目を背け、踵を返して部屋を出て行く。出した答えは現状無視。
しかし、こんな後ろ髪引かれる思いするんだったら来なきゃよかった。まあ、夜天とザフィーラの無事が確認出来ただけで良しとしとこう。全然物足りねーが、良しとしとこう。…………ちっ、なんで俺が重ね重ね譲歩しなきゃなんねーんだよ。はぁ。


「あいつら、帰ったらオシオキだ!」


俺はもう一度だけ3人を羨ましげに、憎々しげに見やった後部屋を出た。










3人がドンチャカ騒ぎしている部屋から出て、「とんだ無駄足だった」と一人愚痴りながらまたババアを寝かしている部屋へと戻る。その道中、俺はあの3人の事はもう考えず、今後のことだけを考えていた。


(まずはババアの体の治療だな。フェイトにも心配すんなっていっちまったし。んで、その後はジュエルシードで何しようとしてんのかとか、アリシアの事とか吐かせて、最後のお楽しみとして一発ぶん殴りっと)


ホントはまだババアに言いたい事とかあんだけどよ、あんま長くし過ぎるのは駄目なんだと。SEKKYOっつって、あんまウケがよくないらしいんだよ。誰からのかってぇと…………世界?神?

俺の体験からしてみれば、説教っつうのは長いもんだとばっか思ってたんだけどな。それもガキの頃なんて正座させられて1時間は軽くされてたぞ。しかも、正座させられる理由も理不尽でよ。『お前は俺より背が高い。立ったままじゃ見下されているようだ。だから地べたに座れ』だぞ?いや、これマジで。そんで、そっから説教開始。しかも、それがガッコーとかだった場合は教室の黒板の前、つまり大勢の生徒の前でされんだぞ?どんな恥辱プレイで、どんだけドSなセンコーだよ。
それになんだ、最近じゃ親とか教師とか、そういう上の立場の奴は子供に手ェあげなくなったんだろ?モンスターペアレントや保身優先の教師ってやつ?はぁ、今の時代のガキが羨ましいねぇ。俺なんて何度親や教師にド突かれた事か。親からは普通に殴られ、教師からはでっかい定規で叩かれ放題だったな。まあ、相手も本気じゃなかったし、そこにはある種の愛情もあったんだろうからまだ救われたけどよ。
けど、今のガキは叩かれもせず、説教もされない。精々が注意かお小言程度。
そんなんでよくガキを全うに育てようと思うよな。つうか実際育ってねーんだよ。最近のガキはハナ垂れのカスばっか。ゆとりだのなんだの言われんのも無理ねーわ。勿論、全員が全員そんなゆとりちゃんばっかじゃねーんだろうけどさ。

と、まあ話が逸れたっつうか蛇足みたいな感じになったが、つまり説教はあんましねー方がいいんだよって事だ。特に現実じゃなく、こうやって文字で表すとなるとクドくなりやすいし(そういうメタな発言はよせ?知った事か)。
まっ、俺も元々説教なんて嫌いだし、そもそもその説教自体もいつも途中でブン投げてるし。何より拳で解決ってのがシンプル・イズ・ベ~ストって説に俺は悪しき一票入れてるし。
俺ぁ、そこいらにいるモンスターな親でも3年B組保身先生でもねーからよ、体罰にゃあ何の抵抗もナッシング!言って効かないような奴なら、言う前からぶん殴れってな。


(我ながら、PTAとかから苦情が来そうな暴論だな)


さて、胸中でそんな事を考えてたらあら不思議。いつの間にかババアの眠る部屋が視界の中に。


「やめやめ。俺なんかがこんな益体も無い事考えた所でしゃあねーべ。クソッ、俺の一言で世界が動いてくれりゃあなぁ。そうすりゃ、今まで以上に考えるより先に行動すんのに。まっ、取り合えずは目先の問題から……………お?」


愚痴りながらその辺の壁に八つ当たりしてたので気づくのが遅れたが、ババアの部屋の扉の前に一人の女がいる。その女は見るからに気落ちしており、今にも自殺してしまいそうな儚さまで携えている。

…………嫌な予感MAXだ。こりゃ、まだ快速急行厄介事行きは止まってくれそうにない。


「うぃ~す。どうしたよシャマル?そんな、『今から私、中絶手術しなきゃならないんです』みたいな顔しやがって」

「ハヤちゃん………」

「…………………」


こりゃ、ちっとばかし冗談ひねてる場合じゃねーか?ここまで『悲痛』という言葉が似合う顔をしてる奴なんて見たことねぇぞ。


「なにがあった?」

「…………なんで、世界はこんなに優しくないんでしょう?」


え?なにその今から宗教勧誘が始まりますよ的な言葉は。


「湖の癒し手なんて言っても、所詮はただの騎士。それも、生まれたのはここ最近で、経験もなく────────」

「チョイ待ち。それ、長くなる?」

「─────はい?」


俺はおもむろにシャマルの話しにストップをかけた。


「いやよ、前置きはめんどくせぇから飛ばさね?シリアスぶっこいても息詰まるだけだし。巻きでいこうぜ巻きで。ハリーハリーハリー」


言ってんだろ?けつカッチンだって。やる事たくさんあるし、さっさと終わらせてぇのに、その上で誰が長話を聞きてぇよ?


「あ、あはははは…………はぁ。ハヤちゃん、少しは空気読んでくださいよぉ。人には落ち込みたい時があるんですよ?」


お前の心情なんて知った事か。自分の苦悩を吐露する暇があったら現在の状況を説明しろ。


「あっそ。で、何があった?」

「………クスン。もういいです、分かりましたよ。巻き巻きでいけばいいんでしょ!」


時間は有限、時は金なり。時間を掛けていいのは、金を嫁ぐ時と女との逢瀬の時のみってな。

つう訳で、シャマルには淡々と語って貰いました。時々俺に対しての愚痴を挟みながらも、要約するとこんなことがありましたとさ。

1,当初の目的通りババアを検診した結果、デス決定なほど体の中がボロボロ。シャマルでも治すの無理。
2,その結果をフェイトに話してしまい、フェイトは大泣き&乱心。
3,そのフェイトをヴィータと理が別の部屋へと連れて行き、そこで現在精魂込めて慰めている。
4,ババアは部屋でおねんね。シャマルは自分の不甲斐無さに意気消沈。


「へぇ。ロリーズめ、結構まともにトモダチやってんじゃねーか。けど、な~るほどね。つう事はある意味、これで全て終わったな」

「え?終わった?」

「だってそうだろう?ババアはお前でも治せない。つまり、今回の厄介事の元凶であるババアが近いうちおっ死ぬんだ。一番、あっさりした答えだな。あのアリシアとかいう死体、ジュエルシード集めの意味、その他諸々がババアの死で解決。いや、お蔵入りか?どっちにしろ、これも一つの終わり方だ。俺らはまたうざってぇ日常に戻り、フェイトもババアに縛られる事なく自分の道を生きる。完」

「そんな………」


俺のあっさりとした言葉に、シャマルの顔は当然晴れない。だが、結局世の中そんなもんだ。どう足掻いたところで、人には限界がある。逆に、限界があるから人なんだ。その限界を超えようとする奴はただの馬鹿で、その末路は滑稽なモンしかない。分不相応な夢を見ちゃいけねぇ。


「シャマル。お前は人じゃねーけど限界がある。助けられる命もあれば助けられない命もある。そこを分かれ」

「で、でもまだ……!」

「まだ?『まだ』なんだよ?お前はババアを治すのは無理だと自分で答えを出したはずだ。一度そんな答えを出して、『まだ』何かするつもりなら止めろ。お前の限界はここだ。お前は、もう、何も出来ない」

「……………」


俺はキツくシャマルに言う。
限界を超えようとすれば、それ相応の代償が要る。あり得んと思うが、もし『命』なんてのがそれに挙がれば始末に終えん。ババアの為にシャマルが命を掛ける事は俺は許せねぇ。
確かにババアの事は嫌いじゃねーが、それでも俺はババアの命よりシャマルのほうが大事だからな。シャマルが死ぬくらいならババアを先に殺す。


「う、あ、……うく、ああ…ふっ……」


自分の力の無さにだろう、悔し涙を流すシャマル。
俺はそれを見て大きくため息を零すと、懐からタバコを取り出し咥え、しかし火が無い事を思い出してガシガシと頭を搔く。そしてまた一つため息。


「泣くなよ。確かにこれも一つの終わり方つったけどよ、誰がここで終わらせるつった?」

「ふえ?」


俺は泣いているシャマルの頭を撫でてニヤリと笑った。


「そんなクソ面白くもねぇ無難な終わり方で俺が満足するとでも思ってんのか?冗談。それによぉ、お前の限界はここだけど、俺の限界はここじゃねーんだよ。…………ババアは必ず治す」

「ハヤちゃん!」

「ふん…………それにフェイトにもババアの事は任せろって約束しちまったしな。約束は破るためにあるが、ガキとの約束まで破るようじゃあ野郎が廃る。今が男の魅せ時ってな」


俺はおもむろに懐に入っているタバコではなく小さなビンを取り出す。ラベルが張ってあるが、そこに書かれてある文字は日本語どころか地球圏内でもないようで、きっと魔法世界の文字なのだろう。ただ唯一、ラベルの片隅に数字で『85』と書かれている。


「なんですか、それ?」


目をごしごしと擦って涙を拭いながら訊ねてくるシャマルに、俺はビンの蓋をとって臭いを嗅がす。


「うっ、お、お酒じゃないですか!」

「イエスッ!ここに来る途中、金目のもの………じゃなくて、一休みしようと入った部屋で偶然な。異世界の酒ってうめぇんかな?」

「な、なんでお酒?」

「なんでって、話し聞くには必要なモンだろ?腹ァ割って話し合う時には特にな」


全部ぶち撒けてもらうぜプレシア?まずはそこからだ。そっから体治して、フェイト安心させて、ぶん殴って、携帯とか弁償して貰って、そしてエンディングだ。


俺は酒を片手に意気揚々とババアの寝てる部屋へと入っていく。


(どんな手を使っても、俺は俺が満足する未来予想図を現実にしてやる!)


全ては自分の為によぉ。





[17080] ジュウキュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/08 21:00

似合わねーかもしんねぇけど、俺は物語りはハッピーエンド、大団円ってのが好きだ。ご都合主義でもいい、無理やりでもいい。最後よければ全て良してのが好きだ。意外か?ほら、俺って基本お気楽思考ですから。辛いのとか痛いのとかヤだし(喧嘩は除く)。
けど、だからと言ってそれ以外は見るのも嫌いなのかと言われればそういう訳でもない。例を挙げれば『僕の生きる道』、あれはいい。ドラマしか知らねぇけど。最後は結局死に別れちまって悲しいけど、でもそれを抜きにしても面白いと諸手をあげて言える。感動の極みだ。他にもそんなのは沢山ある。

面白い………そう。『面白い』んだ。───────それが、ある種いけない。

確かに面白いってのは大事だ。面白いってのは人が幸せになれる。人が生きてく上で必要な要素だ。俺もそれに重きを置く。

けど、その『面白い』ってのも種類がある。必要な時と不必要な時がある。

つまり、俺が言いたいのは。
この現実で、『僕の生きる道』で得るような面白さはいらない。だってそうだろう?この現実で、誰が人が死んで面白くなれる?結婚までしたような想い人が死んで、誰が面白がれる?………まあ、当然面白くないだろう。当事者なら尚更な。
なら、当事者じゃなければ人死には面白いのか?まさか。
ダチが死んだ。近所の人が死んだ。テレビでよく見る俳優が死んだ。この世界のどこかで赤の他人が死んだ。………………どうよ、面白がれっか?普通は悲しむか、少なくとも無関心だろう。面白がるなんて事は出来ない。
面白がる事ができるのは、それがフィクションだからだ。現実じゃなく作り物だから、面白いと悲しいが同居出来る。でも、現実はそうじゃない。悲しみしか残らない。

だから、俺はハッピーエンドを望む。それは誰の為でもなく、自分の為に。自分が幸せな気持ちになれるから。自分が心温まるから。

自己満足。

俺は自分の為なら何でもする。どんなものでも使う。例えご都合だろうが無理やりだろうが、俺の望むようになるならそれすらも使ってやる。
俺を誰だと思ってやがる?独善者であり、自分至上主義者だぞ(それ以前に史上稀に見る紳士だが)。だから、俺が成すと決めたなら、使われるモンは逆に大人しく使われてりゃいいんだよ。仮に俺に使えないもんがあっても、なら使える奴に使わせて成してやる。他力本願じゃあない。他の奴の力も俺の力だ。

だから。詰まるところ、自己満足が為だけに。
俺は、プレシアを助ける。知ってる奴が死ぬのは寝覚めが悪いから。
俺は、フェイトに笑顔をくれてやる。ガキは笑ってるのが一番だから。

全ては俺が満たされるため。相手の想いとか関係ねぇ。自然の摂理も関係ねぇ。現実の厳しさも知ったことか。世界の都合でさえガン無視してやる。
自分良ければ、世は事も無し。

ただ、そこで勘違いしてこんな意見も出てくるだろう。曰く『何だかんだ言っても、やっぱり最後は相手の為なんだろう?』とか『自分の為とか言って誰かを助ける姿カッコイイんじゃね?的に思っちゃってる自惚れ偽善者なんだろ?』とか『ツンデレ?キモッ』とか『何だかんだ言い訳こいた挙句、結局は一周して善い奴なんだろ?』とか。
もし以上のような意見を抱いている奴、ハッ!バ~カでぇすかぁ?ってのは言いすぎだが、その考えは今すぐ改める事だ。俺に変な期待はしないほうがいい。
俺はどこまで行っても自分の為にしか動かない。今回の件だってそうだ。フェイトもババアも俺は少なからず気に入っている。そんな奴がもし死んだり笑わなくなったりすんのは俺の気分が悪くなるので、わざわざ助けてやるんだよ(超上から目線)。もしこの2人が話しもしない赤の他人だったら、ここまで世話焼かん。精精が『あそう。頑張ってね。応援しているよ』と声に出さず心の中で思うくらいだ。
そして、これは偽善でもない。偽善ならもっと自分の利を追求する。偽善を出す場面は弁えてるつもりだ。

いいか?念を押すぞ?俺が誰かを助ける時は、俺の為の、俺の為による、俺の為だけの事しか考えちゃいねえんだよ。助けられる側のことなど知らん。勝手に助かってろ。
それでもまだ俺に何かしらの思いを抱くやつ。
期待したいならしてもいい。侮蔑するならしてもいい。嘲るのも構わない。嫌悪感を抱くのも結構。
だが、俺はそのすべてを『関係ねーし』と斬って捨てる。他の奴の感情など俺の感情の前では、地球の未来を心配する事以下の優先度だ。…………まあ、もしそんな感情を綺麗なネェちゃんが抱いたなら色々考慮するが。

なんか話が二転三転してる上に分かり難かったろうが、つもりどういう事かというと………つうか、あれ?俺ってなんでこんな説明してんだっけ?


「おいプレシア。俺、なんでこんな話────って、寝てやがんし」


ちっ、気持ち良さそうな顔しやがって。まあ、あれだけ飲んで、ぶっちゃけ話したんだから疲れもするわな。つうかプレシアって酒飲ますとああなるんだな。
まあ、それは兎も角。ええと、なんだっけ…………ああ、そうだ、なんで俺がこんな事喋ってんのかって疑問だった。え~っと、確かいろいろ話して、時折暴走して、で最後に『あなたは一体何がしたいの?』とかなんとか、そんな事をプレシアが言ってきたんだ。それで、俺は長々と思いのたけをしんみり気分で語り聞かせたと。


「───なのに聞いた本人が寝るとか、何様だコノヤロウ犯すぞ」


俺は寝ているプレシアのおデコに強めのチョップを一つ。『ん………ふっ、あ………』なんて色っぽい寝言(寝息?)が返ってきたが、起きる気配なし。

まあ、それだけ心身ともに疲れてんだろう。酒も入ってるし。かくいう俺もプレシアが寝たことに気づかないで喋ってたんだから、あんま人のこと言えねぇけど。つうか酒がいけねぇんだよな。くすねてきた酒、かなりアルコール度数が高く、俺もプレシアもかなり酔った。つうか、プレシアはキャラ崩壊するほど飲んでた。その崩壊たるや、某作品の戦場ヶ原ひたぎの変わりようにさえ引けを取らない。


(つうか、なに話してたっけ?結構、重要な事話してた記憶が………ああ、頭回んねぇ。てかクラクラするぅ~)


思い出せ。アルコールで腹を割らせるっていう俺の目論見どおりにいったはずだ。…………クソ、出て来ねぇ。

よし。こういう時はお約束、最初から順を辿っていこう。

え~、まず部屋の前でシャマルとちょい話して、で酒持って部屋の中入って─────────。







□■□■□■□■□







「起きろコラ」


俺は部屋に入って早々、プレシアが寝ているベッドへと近づき声を掛けた。が、当たり前といえば当たり前だが返事は無い。これでもかってくらい寝ている。ともすれば死んでんじゃねーのってほど寝ている。
顔色は真っ青で、傷だらけで、額には珠の汗が浮かんでおり、それでいて表情は穏やかと言えるほど普通。
正直、女の寝顔なんて母親のそれしかしらない俺にとって、このババアの寝顔はなかなかクるものがある。顔色が悪かろうと、傷や痣があろうと、汗を掻いていようと………………うん、生唾ゴクリだ。


(情欲を感じぜずにはいられないッッ!!)


このまま一匹の獣になりそうな高ぶりを感じつつも、そこは紳士な俺、けっして手は出さない。匂い嗅いで視姦するだけに抑えておく。
…………………………………。
ふぅ………よし、堪能した。


「なに目瞑って鼻の穴大きくして悦に入ってるのよ」

「………ほ?」


気づけば、先ほどまで普通に寝ていたはずのプレシアの目はおっ開いており、その目つきは精肉処理寸前の豚でも見ているかのように冷めていた。


「お、おまっ、起きてたのかよ!」

「あなたの鼻息の五月蝿さで目が覚めたのよ。まったく、近年稀に見る不快な目覚めよ」


やれやれと言いながらベッドから上体を起こした。ただ、やはり体の痛みは誤魔化せないようで、たったそれだけの動作でも苦悶の表情を浮かべた。
まあ、それでも変わらず挨拶のように毒舌が吐けるだけまだマシなんだろう。


「それで、何の用………て言うのは愚問かしらね。さっきの続きをやるつもりなんでしょう?」


そう言ってベッドから出ようとするババアの脇腹をつんつんと2、3度突いた。


「ひゃっ!?い、いきなり何するの!?」

「ぷくくっ、いい年こいて『ひゃっ!?』だってさ!ぶはっ、ウケるし」

「っっ!?」

「だから、年考えた反応見せろって。ババアが乙女の様に頬染めても残念なだけだぞ?」


顔の色を羞恥の赤から怒りの赤に変え、ワナワナと震えだすババア。どうやら俺の言葉を受け流せない程、精神的にも疲れているようだ。
そして、いよいよもって魔法でも飛んできそうな雰囲気になる寸前、俺はババアの目の前にくすねてきた酒を突き付けた。


「落ち着けって。別に続きをしに来たわけじゃねーし、新しく喧嘩を売りに来たわけでもねー。…………50万くらいで買ってくれるなら話は別だが。まあ、なんだ、ようは腹ぁ割って話し合おうって事よ」


俺の言葉に従ったわけじゃねーだろうけど、怒りに震えていたババアは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、最後に俺を嘲る様に鼻で笑った。


「話し合う?話し合うですって?この期に及んで何を話し合うっていうの?私とあなたでどんな事を話し合うっていうの?そもそも、『話し合い不要、喧嘩歓迎』とかほざいてたのはどこの馬鹿だったかしら?」

「話し合い不要なんて言ったっけ?わり、全然覚えてねぇわ。まっ、昔は昔、今は今。話し合い必要。ヘーワにいこう」

「…………相変わらずの身勝手さね」

「んでだ、何を話し合うかってぇと………気の向くまま、心のままに駄弁ればいいんじゃね?取り合えず全部ぶっちゃけろ。な~に、愚痴でも文句でも好きなだけ吐け。全部聞いてやっから。その為の酒だし」


キュッと酒の蓋を取り、俺はババアにそれを手渡そうとした。しかし、ババアはまたもう一度『ふんっ』と鼻で笑うと、酒を持ってる俺の手を払いのけた。


「ハヤブサ、あなたが身勝手なのは構わないけど、いつもそれが通るとは思わない事ね。死にたくないなら今すぐ出て行きなさい。そして、二度と私の前にその不愉快な顔を見せないでちょうだい」


そう言うとババアはベッドに潜り込もうとし、その前に「ああ」といって言葉を続けた。


「ついでにあの人形も連れて行けば?あなた、アレが気に入ってるようだし。それに、アレも美的感覚が崩壊してるのか、どう言う訳かあなたを───────」

「巻いてるっつってんだろ?」


聴く耳持たんとはまさにこれ。問答無用の模範例。
俺はババアの言葉などガン無視で、そのぴーちくぱーちく囀ってる口に酒のビンの口を無理やり突っ込んだ。


「がもっ!?」

「飲め」

「~~~~~~っっっ!?」


おお、どんどん顔が赤くなっていく。


「ぷはっ!ごほっごほっ!」

「よっ、ナイス飲みっぷり!」


ババアの口からビンを引き抜き、ゴホゴホと咽ている姿を肴に俺も続いて飲む…………つもりだったが、そこでグラスが無い事に気づく。辺り見回してもそれらしい物も代用が効きそうな物もない。
仕方なく俺もババアにやったように、そのままラッパ飲みした。回し飲みになっちまうが、まっ、別に構やしねぇだろ。


「ぐおっ!?の、咽喉が、胃が焼ける!!」


ラベルに表記されている『88』って数字、こりゃやっぱ度数だったか。流石の俺もこのレベルのアルコールは初体験だ。美味いとか不味いとかも分かんねぇぞ。


「お前、よくこんな強ぇ酒がぶ飲み出来たな。下手すりゃ死んでんじゃね?」

「あなたが無理やり飲ませたんでしょ!」

「忘れた」

「………数秒前の自分の行いを忘れるなんて、どこまで身勝手で出来の悪い頭してるのよ。かち割って見てみたいわ」


都合のいい頭と言ってくれ。
ともあれ、こりゃあちびっとずつ飲んでった方がいいな。急アルになっちまう。


「悪りかったな。ほれ、今度は自分のペースで飲めや」

「飲むのは前提なのね。私、一応病人なんだけど?」

「地球じゃな、酒ってのは百薬の長って言って、謂わば万能薬なんだよ」

「へぇ、これがね」


勿論、大嘘なんだけど、ババアの奴普通に感心しやがった。なんかこの純粋さはどっかの誰かに通ずるもんがあるな。

ババアは酒をしげしげと眺め、それからビンを自分の口へと持っていこうとして、何故か途中で留まった。


「ん?飲まねぇの?」


ババアはビンの飲み口をジッと見て、それから俺の顔(口元あたり)を見て、それからまたビンの飲み口に視線を向けた。そして、その顔は『これはどうすればいいんだろう?』という思案顔だ。

その様子を見せられたら、流石の俺も何を考えてるのか分かる。


「お前さ、意識しすぎ」

「な、何がよ!」

「たかが回し飲み、どうこうなるわけでもあるめぇに。それともばっちぃとか思うわけ?ばい菌の心配とか?それだったら流石の俺もヘコむぞ………」

「べ、別に私は………ふん!」


意を決してってのは大げさかも知んねぇが、ババアは顔を赤くしながら酒をあおった。
ったく、一体いくつだって話だ。あれだろ?間接キスってのが恥ずかしかったクチだろ?そんな、中学生じゃねーんだからよ、間接チューの一つや二つなぁ。俺だって、それくらいなら今まで何度もやってきてんぞ。男女問わず。回し飲みとか罰ゲームとかで。


「さて、かけつけ3杯じゃねーが、お互い酒も入ったところで内緒のトークでもしようや」


この部屋には誰も入れないよう事前に全員に言っておいた。聞き耳も立てるなと強く言っておいた。もしこれを破れば、生まれてきたことを後悔させる辱めをしてやると脅しといたし。


「何も話すことはないわよ」

「まあまあ、そう言うなよ」


酒が入ったばっかじゃまだ口が柔らかいはずもなく。頑なな態度のババア。しかし、いつまでも喋ってくれないのはこちらも対処しようがない。
よって、まずここは俺から話す。自分の事を。そうすれば、相手もこちらの口上に乗ってくっちゃべてくれるはず。あわよくば、隠れている本音もぶっちゃけてくれるだろう。

自分の身の上の事を喋るなんてガラじゃねーけど、しょうがねぇか。


「ンじゃ、俺の事をお前に教えてやろう。さて、何からいくか。俺という空前絶後な存在の誕生の瞬間から語るか、それとも学生時代のいちご100パーな青春物語を語るか、はたまたあのアルハザードなんてトコのクソ野郎のせいでこんな事になっちまった愚痴を──────」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「決めた!まずは俺が初めて人の死を実感した感動話から。題して『最初で最後の涙~その向こうに~』!あれは丁度1年前だった、俺の大好きだった婆ちゃんが─────」

「待てって言ってるでしょ!!」


ハタかれた。


「なにすんじゃボケ!これからお前の同情心を煽るため、どれだけ人の命が尊いか語り聞かせるところなのに!そして、それに感銘を受けたお前は本音を語るっていうそんな流れだろ今のは!空気読めよ!つうか、マジで感動話なんだって!俺だって今思い返しただけで…………うぅ、婆ちゃん」

「どうでもいいわよ、そんな話なんて!それより、あなたさっきアルハザードって………」


あん?アルハザード?おいおい、そんなトコに反応したわけ?それで俺の感動話を無視しやがったと?なんだそれ。いらんとこに反応すんなよ。しかも早々と、こんな時だけ無駄なく。不要な巻き巻きだ。うわぁ、なんか冷めた。酒飲も。


「んん、一度飲んだからこの強さに慣れたか?すんなり飲めたな。それに、中々美味い」

「人の、話を、聞きなさい!」


バッと酒を取り上げられた。さらに俺の胸ぐらを掴み上げ、こちらにずいっと顔を近づけてきた。


「どういう事なの!なぜ魔法世界出身でもないのに『アルハザード』を知ってる!それに、その言い草じゃまるでソコに行った様な…………」


なんだろう、このババアの顔は?戸惑っているような、何かを期待しているような。


「離せコラ。つうか顔近ぇよ」

「……………」


ダメだこりゃ。俺が何か話すまでこいつはずっと、この鼻と鼻がくっつきそうな至近距離でガンつけ続けるだろう。
いったい何なんだ?アルハザードだろ?なんでそんなにリアクション強ぇんだよ。


「分かった、わぁーったよ。話しゃいいんだろ。で、アルハザードがどうしたよ?」

「どうしたよじゃないわよ!ハヤブサ、なんであなたみたいな奴がアルハザードを知ってるの!」

「知ってちゃ悪ぃんかよ。つうかご推察の通り、行った事もあんよ。………ちっ、今思い返すだけでも忌々しい!あそこに行かなきゃこんな魔導師なんてモンにもならなくてすんだし、せめて2度までにしときゃ理なんてクソも生まれて来なかったろうし。ハァ、あの男、やっぱ今度絶対一発ぶん殴ってやる」


出来るならガキの頃の俺も殴りてぇ。いくら今と変わらないほどの純情少年だったからって、なんの危機感もなしにあんな店入るかフツー?てか、タダだからって本を貰うなよ。今考えりゃ怪しさMAXだ。


「魔導師に、なった……?」

「そそ。なんかよ、魔導書?それの主になったわけ。えーっと、何つったっけ………ああ、夜天だ、夜天の書。まあ、俺が貰ったのはオリジナルの贋作らしくてさ、そのアルハザードの店主?みたいな奴がコピったんだと。いやよ、別にそれだけなら増刷ってことでおかしくねぇだろうけど、ご丁寧に守護騎士っつう魔導生命体までコピるんだからタチ悪ぃ」

「ほ、ほんとなの?」

「マジだって。俺が連れてきた奴らがそう。ホラ、お前とガチンコした奴、あいつも魔導生命体だぜ?確か融合騎つってたな、融合型デバイス。まったく、びっくりだ。魔導師ってのは命までコピれるのか?いや、、その能力もコピってるんだから、命っつうより存在そのものをコピーか。どっちにしろ、すげぇのな、魔導師って」


一つの意思を持つ存在を肉体付きでコピーって、驚嘆に値するなんてレベルじゃない。どう考えても、地球の科学力じゃ無理だな。

俺は一息つくため酒をクイッと呷り、次いで懐のタバコに手を伸ばそうとした所でババアの呟く声が耳に入った。


「………不可能よ」

「あン?」

「確かにデバイスを大量生産する事は可能よ。けど、融合型デバイスとなると話は別。いくら元があろうともそう簡単に複製なんて出来ない。しかも、5人の魔導生命体付きですって?今の魔法世界の技術力でもそんな事出来ないわ」

「ん?あれ?でも、それだったらアルフはどうなるんだよ。あいつって、フェイトに創られたんだろ?」

「確かに根本は同じね、どちらもいわば命の創造。けど、この場合その根本への成り立ちがまるで違う。そうね………アルフが『材料を使って作った料理』なら、あなたの騎士たちは『料理から料理を作った』って所からしら。それも、味、形、大きさ、食感、匂い、後味、果てはそれを食べた後の感想まで寸分違わず基と同じ料理。───────そんなの在り得ない。成し得るハズがない。ともすれば、それは無から有を生み出す事より難しいわよ」


さっぱり分からん。何言ってんだこのおばさん?いや、何となくすごいんだってことはニュアンスで伝わったけど…………ふーん、やっぱあの男ってすげぇんだ。ちょっと感心。殴るけど。


「それに夜天の書ですって?私の記憶違いで無いなら、ロストロギア指定されてたはず。そんな物を複製出来るなんて…………」


ババアはぶつぶつ何か言ってる。だが、先ほどまで暗かった顔は内からふつふつと喜びがこみ上げてくるかのように変化していく。


「やっぱりあったのね、アルハザードは………ああ、アリシア。やっと過去を取り戻せるのね………」


一体なんなわけ?てか、いい加減手ぇ離せや鬱陶しい。酒が飲みにくいんだよ。


「ハヤブサ!!」


美女に、至近距離で、酒の混じった唾を飛ばされながら、酒臭い息を吹き付けられ、大声で名を呼ばれるという体験は初めてだな。


「教えなさい!アルハザードの場所を──────ガボッ!?」


俺は再度、おもむろにババアの口に酒を突っ込んだ。


「喧しい、離れろ、そして飲め」

「んー!んー!んー!」

「たく、一人訳も分からずハイになりやがって。こちとら欠片も意味が分からねぇっての」

「んー!んー!………」

「これだから自己中は嫌なんだよ。あ、俺はいいんだよ?けど、他人の自己中なのは見てて腹立つんだよなぁ。ぶっちゃけ死んでほしいくらい」

「んー………」

「いいか、もちっと事を順序だててだなぁ…………ん?どした?」

「…………」


返事が無い、ただの屍のようだ……………て、やばっ、ビンを口に突っ込んだまま喋ってたわ。

俺は慌ててババアの口からビンを抜く。


「あ~あ、こんなに飲みやがって。一気に少なくなっちまったじゃんよ」

「ごほっ、……わ、私の、心配を、しなさいよ!ごほごほっ……」

「ダイジョウブデスカー?」

「大丈夫ひゃない!」


でしょうね。顔がマグマのように赤いぞ?局所的な紅葉の季節か?てか、なんか最後のほう言葉がおかしくね?


「私をアルハザードりひゅれていひなひゃい!」


舌が回っていない、ただの酔いどれのようだ………………て、もう酔ったのかよ!いくら強い酒っつっても回るの早すぎねぇか?下戸っつうか、即効性体質?
しかし、こりゃいい。当初の思惑通りだ。酔いってのは人を饒舌にするからな。ある種、酔ってる状態ってのは『無意識』に近い。そして、その無意識こそが人間の真実を出す。

俺はここぞとばかりに質問を投げかける。


「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「うるひゃいわね。あ、あなたは大人しく私のいう事に従えばいいにょよ」

「まだ足りんか」


もう1回酒を突っ込んだ。


「なんでそんなにアルハザードに行きたいんだ?」

「ごほっ、うぃ、う~………アリひアを生き返らせりゅのよ!」


今度は素直に答えてくれた。重畳だ。


「生き返らせる?あそこでそんな事出来んのか?まあ、確かに生命体は簡単に作り出してたけど。ああ、だからあんな液体の中で死体を安置させてたわけか。…………ふ~ん、まあいいや。じゃさ、ジュエルシードだっけ?あれを集めてた目的は?」

「アルハじゃ~どに行くためよ!」

「は?あそこに行くのにあんな訳も分からねぇ石っころ必要ねーだろ。俺、普通に入れたぜ?」

「そんなの知りゃにゃいわよ。アルハじゃ~どにちゅいては文献しか残ってにゃいんだから。伝説にょ地、失われた秘術が眠る地って言われてりゅ」

「ふ~ん、あの店がねぇ……」

「店?なにイッてるのバカなの死ぬの死ねば?」


人を罵倒する言葉だけはちゃんと言えるのな。

ともあれ、ここに来て漸くこいつの執念の根源が分かった。
死者蘇生。
ゲームとかだったら1コマンドでポチっとするだけで出来るそれだが、現実じゃそうもいかず。リアル魔導師でさえ、どうやら例外ではないらしい。こいつが、そんな文献にしかないような伝説を頼るくらいだからな。

伝説を追い求める、死者を蘇らせる……いいねぇ。そういう馬鹿、俺も嫌いじゃねぇ。現実思考な俺だけど、何も男の浪漫を持ってないわけじゃない。


「私はーアリシアをー蘇らせりゅー!!」


うがーと無意味に大声を上げながら、さらに酒を飲むババア。

ゴキゲンだね。うん、でも、そろそろその舌足らずな口調も可愛さ通り越して殴り倒したい気分だぞ?てか、『酒を飲んだらキャラが変わる』なんて、そんな安易に簡素にありがちなキャラ設定すんなよ。夜天とかシグナムなら兎も角、ババア相手じゃ全然萌えん。逆にそれがいいって奴もいそうだけど。
ともあれ、ちっとばかし飲ませ過ぎたか。
まっ、次で聞きたいことは最後だ。このまま上機嫌のまま全部ぶちまけて貰おう。─────と、その前に。


《よぉ、ロリーズ、聞こえっか?》

《ん?この気持ち悪い念話はやっぱ隼か?やべ、吐き気が》

《はて?この気色悪い念話はやはり主?うわぁ、鳥肌が》

《………今は俺も酒が入って多少なりともゴキゲンだから聞き逃してやる》


久しぶりの登場にも関わらずかましてくるロリーズ。
このクソガキどもとも一度はっきり白黒つけといた方がいいな。大人をナメすぎだ。


《それで、ヘタレチキン地球代表が今更何用ですか?》

《まったくだ。フェイトが大泣きしたってのに、肝心な時に居やがらねぇし。死ねよ、役立たず》


落ち着け俺。奥歯に力を入れて耐えろ。いちいち反応せず、こちらの言いたい事だけ伝えようぜ俺。


《そのフェイトだ。いいか、今すぐババアの部屋の前に連れて来い。入っては来んな。ドア越しに中の声を盗み聞きさせろ》


俺は向こうの返答を待たず、念話をブツ切りした。これ以上あいつらの声聞いてっと自分が抑えられなくなりそうだから。

気を落ち着かせるため2、3度深呼吸し、改めて目の前にいるババアへと向き直る。
ババアは………なぜか泣いていた。


「うう、アリシア、何で死んじゃったの………」

「………うざ」


と、そんな正直な感想を言ってる場合じゃない。フェイトが来る前までに、こいつの本心を吐かせるとこまで持っていかなきゃな。


「おい、ババア、ちょっと聞─────」

「誰がババアなにょよ!プレシアって呼んで!」

「ハァ…………OK、プレシア。ちょっと酒置こうか?これが最後の質問だかんよ」


俺はババアから酒を取り上げる………て、うわぁお、もう1杯分もねーじゃんか!?ハァ、最悪。

結局俺はあんま酔えなかったが、まあ、話を聞く分にはいい感じだ。そう納得しとこう。

少ない最後の一口を飲んでしょげている俺だったが、ふと裾が引っ張られる感覚で顔を上げた。
目の前には、何故かこちらもしょげた表情のプレシア。………いや、なんでよ?もしかして、最後の一口を俺が飲んだから?


「最後なの?」

「あン?」

「私とお話してくれるの、最後なの?」


…………えーっと、とりあえずまずは『お話が最後じゃなくて、質問が最後』と突っ込んでおこう。次に『お前誰よ?』と突っ込んでおこう。

いい年こいたババアが上目遣いするな。目を潤ますな。酒のせいかも知んねぇけど、頬を染めるな。さらにこれも酒のせいかも知んねぇけど、幼児退行したような口調はやめろ。
こいつも結構ストレス溜まってんだろうなぁ。どうやら男もいねぇようだし。ストレス以外のモンもいろいろ溜まってんだろうよ。寂しさとか。性欲とか。

俺はババアを少しでも正気に戻すべく、先ほど空になった酒ビンで頭を殴った。


「づっっ~~~!?い、いきなり何するの!それはシャレにならないわよ!」

「ふむ、少しはマトモになったか」


少し惜しい気もしたが、流石にあんな状態じゃ真面目な話が出来ねぇ。てか、調子狂う。


「改めて質問だ。プレシア、お前はフェイトの事をどう思ってる」


やっと言えたよ、この質問。
あの地下でも一応こいつの心情は聞いたが、今は酒が入ってっからな。それに今は俺と2人っきり。もしかしたら、本人の前じゃ言えなかった事も今なら言ってくれるんじゃないかという期待がある。隠された本心ってやつ?実はフェイトの事も実子と同程度くらい大好きって事も─────


「忌々しくて憎い子よ」


まっ、そうだろうね。そう簡単にはいかねぇよな。けど………ふん、まああの地下での反応よりはマシだな。怒り狂ってるわけでもなく、表情もさっぱりとしたもの。なによりモノ扱いせず、ちゃんと『子』と言ってるし。

けど、やっぱ根源はそうそう変わらないだろうな。嫌ってはいなくても、憎い対象だろう。あの地下でも言ったように、凝り固まっちまった気持ちはそれが偽物であっても真実と誤解させちまう。だから、きっと俺がどうこう言おうとこいつの気持ちは変わらない。

──────今の前提のままでいけば、の話だけど。


「じゃあよ、少し見方を変えようか。お前は過去を取り戻すっつったよな?それってつまり、アリシアが生きてた頃の生活をしたいってことでいいわけ?それとも、文字通り過去に戻りたいわけ?」

「どっちでもいいわよ。アリシアがいるなら……………う゛っ」


待て待て。この流れで吐きそうになんなよ。一応シリアス調なんだ、もちっと我慢しろ。


「そっか。なら、まずはその前提を一回白紙にしようぜ。『過去』じゃなく『今』、そして『未来』を見据えようぜ」

「…………なにが言いたいの?」

「今、この現実で、アリシアを生き返らせて、お前の病気も治して、さらにフェイトをアリシアの姉妹にして、さらにさらにアルフをペットにして、こんな辛気臭ぇとこは売っ払ってどっかに一軒家でも建てて、そして家族4人で幸せな未来を築く。最ッ高なハッピーエンドじゃねーかよ」

「───────」


プレシアはまるで無垢な少女のように目を数度パチクリし、しかし次の瞬間には世の中の辛い部分ばかり見てきた老婆のような渋い顔になった。


「そんなものが、それこそ現実で叶うわけが─────」

「黙れ。叶う叶わないはお前が考えることじゃねーんだよ。お前が考えなきゃなんねぇのはよ、その現実がやってきた時、ちゃんとフェイトも幸せに出来るかって事だ」

「む、無理に決まってる!この憎しみはそんな簡単に拭いされるものじゃない!」

「本当にそうか?何も憂う事のない現実で、大好きなアリシアとそっくりな子が幸せそうに笑うんだぜ?なら、想像してみろ!アリシアとフェイトが2人並んで上目遣いで『ママぁ』って言ってる姿を!」


プレシアは少しの間何かを考えるようにボゥと上の空になったが、程なく真っ赤な顔を両手で包み込んだ。見間違いか、鼻から鼻血まで出てたような?


「…………イイ」


こいつはどこまでアリシアが好きなんだろうか。まあ、こういう正直な反応を見せるのは酒のお陰だろうな。素面じゃ絶対ありえんだろうよ。キャラ崩壊万歳。

プレシアはそのまま数秒だらしなくニヤけていたが(手で隠しているつもりのようだが、まるで隠れていない)、ハッと我に返り、ゴホンと一つ咳払い。


「妄想の世界からお帰り」

「う、うるさいわね!」

「で、どうだったよ。お前の妄想の世界でフェイトは笑えてたか?お前と一緒に幸せそうによ」

「……………………」


プレシアは先ほどまでの酔いどれ変態ちゃんのような表情から一転、冷め切ったような表情になった。


「──────叶わない現実よ」

「てめぇが決める事じゃねぇ」

「──────憎しみは消えない」

「てめぇ程度が持つ憎しみなんて時が解決する。いや、それより先にお前のガキ2人が吹き飛ばしてくれるだろうよ」

「──────私は、」


だんだんと沈み込んでいく表情と声色。それを聞き俺は─────


「だぁああああ!うだうだうだうだ、うるっせえよ!」


プレシアの胸ぐらを掴み引き寄せた。ガツンとお互いのおでこがぶつかる音を聞きながら睨み付けた。


「人がてめぇの気持ちをちゃんと確認してやろうとわざわざ我慢してやってんのに長々と!もう知るか!てめぇは黙って幸せになれ!そして、なんも考えずにただフェイトを幸せにしてろ!てめぇの意見、気持ち、そのた諸々却下!それでもまだ何かぬかすようならいっそ死んじまえ!それも俺が許さねぇけどなあ!」


もう無理。もう限界。酒の効果も相まって頭痛ぇ。これだから年寄りの話は嫌いなんだよ!ぐだぐだぐだぐだと!


「な、何を…………そう簡単に人が幸せになれるわけない!だから、私は今、」

「なれる!つうか、してやる!──────俺が、お前を、一生幸せにしてやるよ!!」

「─────────」


……………………あ~れ~?なんか俺、今、男として一世一代の言葉をぶちかましちまったような?酒の勢い?その場の勢い?どっちにしろハズいよ!!


「いや、よ。今のはあれだ、深い意味はねーよ?そのまま言葉通りの意味で………いやいや、それもマズイな。つまりな、お前が幸せになって、フェイトが笑って、だから俺が満たされるのであって、」


らしくなく、結構テンパってます俺。

そんな俺をプレシアはジーッと凝視し、ポツリと言った。


「ハヤブサ………あなたは一体なにを求めてるの?なぜ、あなたがそんなに私とフェイトの事を気に掛けるの?ねぇ、ハヤブサ、なんで─────」






□■□■□■□■□






回想終了。そして冒頭に戻る、と。……………俺、自分で思ってる以上にホンキ馬鹿?

いや、こりゃねーわ。なんだよこのやり取りは?突っ込みどころ満載過ぎる。矛盾点もちらほら。支離滅裂。
いくら酒に酔ってたからって、これはあまりに酷い。これなら思い出さないほうがよかった。


「まっ、凡そ言いたい事は言えたし、聞きたいことも聞けたからいいんだけどな。明確にやることも定まったし」


一部、言わなくてもいいようなハズい台詞を言ったような気もするが、その辺は大丈夫だろう。酒のお陰で記憶が飛ぶってのはお約束だ………現実じゃあ確立は3割くらいだけど。
まあ、取り合えずまずは自分自身が忘れよう。現実逃避だ。


(さて、今日は疲れたし、俺もプレシアのようにそろそろ惰眠を貪るか)


てか、もうこのままプレシアの横で寝ちまおうかなぁ。うまい具合にこのベッド、セミダブルだし。
言っておくが、決して下心はないよ?あーんな事やこーんな事をプレシアが寝てる間にしようなんて、そんな非紳士な事をまさか俺が、ねえ?

むくむくと湧き上がるナニカをギリギリの所で抑えながら、イヤらしい笑みを携えてプレシアの横に入る──────その時になって気づいた。

プレシアの口元にある『モノ』が。それは………


「寝ゲロしてるぅぅううう!?!?」


ダメだろ!それは致命的だろ!そのビジュアルで、その穏やかな寝顔で、その汚物は完全にアウト!百年の恋も冷める状態だぞ!!


「………………別の部屋で寝よ」


流石にそんな有様のプレシアの横で寝るなんて事は出来ず、俺は粛々と部屋を出た。

けど、まあ、結果的にはそれが良かった。俺はある事をすっかり忘れていたのだ。

扉を開けて目の前に金髪少女の姿。


「あ、フェイト」


そうだった。中の会話を聞くよう言ってたんだ。まるっと忘れてたZE☆
しかも、そこにいたのはフェイトだけじゃなく、ロリーズにシャマルにアルフ、さらに喧嘩していたはずの夜天、シグナム、ザフィーラの姿も。


「よう、御揃いで出迎えご苦労。つうか、シグナムと夜天とザフィーラはひっでぇ格好だな。さぞ楽しかったんだろうな。こちとら馬鹿みたいに長~い話を─────」


ドンッと腹にタックルされたお陰で言葉を最後まで言えなかった。


「ぐほっ!?あ、あのなぁフェイト、抱きついて来るのは構わねーが、その勢いはよせ。特に今は酒入ってっからキツいんだよ。危うく、」

「─────ありがとう」

「……………ふん、意味分かんねーよ」


何に対してのお礼だよ。それに、その泣いてんのに笑ってる顔はなんなんだよ。気持ち悪ぃな。俺はなんもしてないっつうの。

俺はただプレシアと秘密のお話をしてただけで、お前が勝手に盗み聞きしたんだろうが。


「たく、まだ泣くのも笑うのは早ぇっての」


そう、まだなんだよ。
やることは定まってる。訪れるハッピーエンドも決まってる、てか成す。けど、その為にはまず見つけなきゃなんねーんだよなぁ…………『あの店』を。
けど、まあ、一応の一段落か?終わりは見えたし。

俺は腹の辺りにある綺麗な金髪を優しく撫でた。

さて、俺が笑えるハッピーエンドはもう間近だ!








「ところで主」







あれ?終わらない?








「ちょっと聞きたい事があります」


なんで騎士の皆々様は殺気だってらっしゃるのでしょうか?


「大丈夫です、ハヤちゃん。時間は取らせません」


その笑顔がかなり怖ぇぞシャマル?


「先ほど小耳に挟んだ事で問いたい所があります。特に『俺が、お前を、一生幸せにしてやるよ!!』という部分に」


なるほど。盗み聞きしてたのはフェイトだけじゃないわけね。つうか、なんでそんくらいで怒るかな?たかが一つの言葉だろう?


「あんな終わってる糞ババアの何処に惹かれる要素があんだよ?この熟女マニアが」

「あんな垂れ乳で枯れ乳のどこがいいんだか。よろしい、ロリの良さを判らせてあげましょう」

「ヴィータ、理、母さんはすっごく若いよ!私なんかより全然!」


クソロリーズ、お前ら、プレシアに聞かれてたらぶち殺されてっぞ?
それとフェイト、そのフォローはちょ~っと苦しいぞ?涙を誘う程に。


「う~ん………なんだろう、なんかこう、ムッとするっていうかイラってするっていうか………。取り合えず隼、一発殴らせてよ」


いやいやいや、アルフよぉ、お前が一番意味分かんねーよ。なんだよ、その『取り合えずビールな』的なノリは?お前、きっと場の流れに乗っかって言っただけだろ。皆がするなら私も、みたいな?一番タチ悪ぃぞ。

もうこいつらの考えてる事が分からない。分かりたいとも思わないけど。あれか?つまりは喧嘩売ってるって事?ちょっと今は買いたくないかなぁ。頭痛いし。


(ハァ………………たまには綺麗に終わっとこうぜ)


腹減ったなぁ。そういえば最後に飯食ったのいつだっけ?てか、風呂も入ってねーよな?頭、痒ぃ。風呂入りてぇな。そういやこの家の風呂ってデカいんかな?入りてぇな、風呂。風呂っていいよな~。風呂風呂風呂。

と、次回お風呂イベント発生への期待を込めて、あからさまな伏線(もはや伏せられているのかも怪しいが)を張る俺だった。

どうやっても綺麗に終わらねぇな。






[17080] ニジュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/14 00:43


「お風呂っていいよね。超いいよね。そう思わね?」


お風呂イベントを夢見る俺は、今回初っ端この一言から入らせてもらう。ただ、声に出して言ったにも関わらず周りには誰もいない状態、完全な独り言。それでも俺はあえて声に出す。あたかも、世界に訴えかけるように。


「生まれてこの方、俺は一度もお風呂イベント………率直に言えば『エロイベント』に遭遇した事が無い」


まあ、普通に生活していればそれも仕方が無いと言える。姉もいない、妹もいない、幼馴染もいない俺に、この世知辛い現実で、そんな極上のイベントが発生するわけが無い。いや、俺に限らず、そのような境遇の男性はエロイベント発生率が極端に少ないはずだ。だから、俺もその中の一人、五万と居る者の中の一人として、そんな夢幻イベントとの邂逅など半ば諦めていた。
だが、しかし────だか、しかしッ!
今の俺は違う!そんな、空しい境遇の元に生まれた有象無象の男の中の一人ではない!町人Aではないのだ!
今の俺の周りを見てみろ。夜天、シグナム、シャマル、プレシア、アルフ──────この5人の女性を見てみろ!こんなべらぼうな女性が5人も俺の周りにいる。しかも、お互いの関係は良好と言える(プレシアについては疑問だが)。こんな境遇になった俺は確実に、エロイベント体験者になってもおかしくない。否、体験しないはずがない!


「なのに!何故!未だにその手のイベントが発生しねーんだよ!どぉぉお考えてもおかしいだろ!」


マジでよぉ、おかしくね!?確かにライトな感じのイベントなら今まで少なからずあったよ?けどよ、ディープなやつとかモロな感じのやつは一度もなし!


「ふざけんなよクソ!ふざけんなよクソ!!こんな恵まれた環境になったのに、なんでその特性を遺憾なく発揮しねーんだよ!間違ってる、何かが間違ってる!」


誰かに聞かれたら『お前の思考が一番間違ってる。てか手遅れ』なんて言葉が返ってきそうな心情を一人叫ぶ俺。


「………まっ、ンなこと言ってもどうにもならねーなんて事は分かってンだけどな」


いくら叫んだって、いくら伏線張ったって、ここは現実の世界。誰も聞いてくれないし、回収してくれない。
そんな事は分かってる。だから、今まであまり考えないようにしてきた。だけど、なのに今になって……………ハァ、これも酒のせいだな。

プレシアと飲んだのが3時間前。何故か皆と口喧嘩をする事になったのが2時間前。皆と別れてそれぞれがそれぞれの場所で休息を取る事になったのが1時間前。
そして、今。
俺は適当な部屋に入り、明日に備えて寝ようとしてたら上記のような情熱が湧き上がってしまい、まだ抜けないアルコールも相まって叫んでいた次第。


「あ~あ、何だってんだよ。これはあれですか?モテねぇやつはどうなろうと絶対モテないと?そんなやつにエロイベントなんて来るわきゃねーだろって?そんな奴ぁAVでマスかい虚無感を抱いて寝てろって?──────クソぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」


ああ、やべ、なんか酒が今になって変なとこに入ったみてぇだ。タバコが吸えない事もこのイライラの要因だろうけど。火がねぇんだよ火が。


「…………風呂入るか」


先ほどのテンションがまるで嘘のように、俺は静かに呟く。
もう諦めた。エロイベントなんて、所詮この現実で起きるはずねーんだよ。都市伝説だ。負け組みは負け組らしく淡々と物事をこなしていくよ。

俺は悟りでも開いたかのような僧侶の顔で、部屋を出て風呂場へと向かった。場所はフェイトに事前に聞いていたので特に迷うことなくたどり着いた。勿論、その間も特にイベントなし。淡々だ。
まあ、別にいいんだけどね。何もなくてさ。それに、何もなくても風呂に入りたかったのは事実だ。頭をボリボリ掻けばフケが落ちてくる今の状態からいい加減脱出したい。

脱衣所に入ると俺はすぐさますっぽんぽんになり、風呂場へと続く戸を開けた。


「うお!?でっけーなぁオイ。いつか行った温泉レベルじゃねーかよ」


なんかでっけぇ岩があるし、蛇口いっぱいあるし、湯は常に出続けてるし。
金持ちは死ねばいいとは思うが、今だけは感謝だな。

俺はルンルン気分で局部をブンブンさせながら湯気の向こうに見える湯船へと足を進めた。
が、しかし。
その湯気の向こうの湯船、その中に一つの人影がある事に気づいた。


(へ?うそ?ひ、人が入ってるぅぅぅううう!?)


え、ちょ、ま、まずいだろ!?俺、すっぽんぽんよ!?勿論相手もすっぽんぽんだろ?!いやいや、ちょっと、これはやべぇって!まさかの不意打ち!エロイベントなんて諦めてたのに、それが突然舞い降りるなよ!
確かに夢見てた展開ではあるが、実際にこの状況に立ったら冷や汗モンだった。あの湯気の向こうには女の裸、モザイクなしの本物が…………ど、どうすりゃいいんだ?

口ではあれだけ威勢のいいこと言っておいて、望んだ展開になったらこの有様。てんぱる俺。『チキン』『ヘタレ』という単語が真っ白な頭の中で思い浮かぶ。


(で、出よう!)


チキンで結構!ヘタレで結構!
実際こんな場面に直面したら、そのままレッツゴーなんて出来ねぇよ!回れ右!

しかし、現実残酷。俺が退場するよりも先に、相手が此方に気づき振り向いた。さらに図ったように霞掛かった湯気までサヨナラバイバイ。その相手の姿を明確に俺の目に映した。


「これは主。主も今風呂ですか?」

「てめぇかよザフィーラァァァァッッッ!!!」


現実はどこまで残酷なんだろう。

だが結局、俺はザフィーラと2人肩を並べて風呂に入った。正直、男2人で風呂に入りたくなかったのでザフィーラには出て行って貰いたかったが、


「理とヴィータとは一緒に入るのに、私は駄目というのはどういう事ですか?」


なんていうキモい言葉を大の男が悔しそうに言うのを見たら、何か悲しくなって結局一緒に入ることにした。
思えばザフィーラと風呂に入るのはこれが初めてで、そのせいもあってかお互い背中を流しっこしたり、お互いの筋肉やアレの大きさを褒め称えたりして終始じゃれ合った。

確かに楽しいお風呂タイムであり、これも一つのお風呂イベントだろうけど…………なんだろう、何かが違う気がする。何だかBでLな臭いが仄かに漂っているのは気のせいだろうか?

ともあれ、お風呂イベントはこうして幕を閉じた。

ちなみに─────。
ザフィーラは犬(狼?)のクセして馬並みだった。黒王号だった。いっちょ前に生意気な奴だ。まあ、そういう俺もザフィーラ曰く、


『なっ!?ガ、ガメラですと!?』


だそうだ。

…………果てしなくどうでもいいな。








翌日……………時間の流れがよく分からないので日を跨いだかどうか定かではないが、取り合えず寝て起きた日。

俺、騎士全員、プレシア、フェイト、アルフは地球にいた。以上。


「主、いくら何でも端折りすぎです」


やれやれ、面倒くせぇな。

えーっと、つまりだ。今朝起きたら目の前にプレシアがいた。そっ、起こされたわけよ。で、そん時の第一声が「アルハザードに今すぐ行くわよ!ついでに昨日の私は忘れなさい!」だと。「おはようございます」だろ朝はよぉ。まあ、アルハザードに行くことに関しては別に俺は異論ねぇからいいけど、何の見返りもなしにホイホイと言う通りにするわけもねぇ。
以下の条件を突きつけた。

1.行く前に、出来る限りシャマルに怪我を治してもらえ。
2.俺が今まで被った損害分の金を寄こせ。
3.フェイトに優しくしろ。家族になれ。
4.昨日のお前は一生忘れない。

こんな感じ。
プレシアは案の定この条件を渋った。特に3番は絶対無理とかぬかしやがった。けれど、これは条件という名の命令であって拒否を許すつもりなんてない。


『うるさい。何も本当に優しくしなくていいし、今すぐ家族になれとも言わん。ハナっからそれじゃあお前もフェイトも潰れちまう。最初は嘘の優しさでいい、偽の家族でいいんだよ。けど、だからって手ぇ抜くなよ?心を込めて嘘の優しさを与え、偽の関係を作り上げろ。それがいづれ本当のモンになり、果ては本当のモンすら越えちまうようになる。OK?よし、じゃあまず手始めにフェイトを優しく起こしてこい』


と、まあそんな感じで。

しかし、そんな俺の優しさ溢れる言葉を聞いても頑なな態度を取るプレシア。もともと強情な奴であり、加えて今までの態度や心情を急に覆す事など出来るはずもないというのは俺も理解できるが、ンな事ぁ関係ないってか関係無視。


『あれ?いいのかな~そんな態度で?アルハザード連れてって欲しくないの?んん?ねぇ、行きたくないの?どうなの?ぼかぁ別にどっちでもいいんだけどぉ、どうしよっかな~。ん?あれれ?どうしたのかなプレシアちゃん、顔真っ赤にしながら体震わせちゃって?まさか怒ってるの?な訳ないよね~。まさかだよね~。だって連れてって欲しいならそれなりのさぁ、態度ってあるじゃん?人に物を頼む時のた・い・ど。別にさ~、土下座して頭下げろとは言わねぇけど~、そんくらいの誠意はよ~、見せるってのが筋じゃね~?』

『ぐ、ぐぐぐっ………』


うざっ!!

と言われそうな態度でプレシアの態度に物申す俺。それに対し、なんとも素直に歯軋りするプレシア。
なんの反論もせず、素直に。
アルハザードの、ひいてはアリシアの事となるとこいつでも我慢を覚えるんだな。らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくないが、どっちにしろ俺にとっては都合がいい。
無理難題を押し付けるには都合がいい。

ともあれ、そんな訳で今朝はフェイトにプチ寝起きドッキリを仕掛け(フェイト本人にはメガ級のドッキリだったろうけど)、そしてその仕掛け人であるプレシアはドッキリ後、苦虫を噛み潰したような顔をほんのりと赤くし、俺にアルハザードへの案内を改めて頼んだ。


「なのに、何故私はこんな所にいるのかしら?………いるのかしら!!」

「怒んなよ」


プレシアの『こんな所』と言うのはデパート。海鳴にある大型複合デパート。ノン・アルハザード。
地球に転移し、皆で向かったのはアルハザードではなく、まずここだった。

ちなみに、ザフィーラとアルフは中に入れないので外で待たせている。


「ハヤブサ、あなた言ったわよね?誠意を見せたら頼みを聞くって。だから、私は恥も外聞も過去も投げ捨てて、あなたの言う事に従ってあんなコトをしたのよ!」

「大げさな」

「『添い寝した後、優しく揺り起こす』っていう行いはどこをとっても大げさよ!」


そうなのだ。プレシアはただフェイトを起こした訳ではなく、そうやって起こした。科せられた無理難題を見事果たした。

傍から見たら『あんた、ホントにフェイトに虐待してたの?』って感想が浮かんだな。てか、面と向かって遠慮なく言った。配慮なく言った。
それに対しプレシアはバツが悪そうに、フェイトは『虐待されてない』と断固現実否定。
まっ、フェイトがいいならいいけどな。
そもそも、虐待を受けてるガキってのはそれを認めないもんらしい。そんなガキを保護した場合、一番大変なのが『虐待の事実をガキに認めさせる事』だとどこかで聞いた事がある。
けど、まあ俺は別に認めなくてもいいと思う。認めなくて、目を逸らして、逃げていいと思う。いつも言ってるように、過去を見てもつまらんからな。今が楽しけりゃそれでいい、でいいと思う。てか『過去を乗り越える』とか、そういうノリはいちいちウザったくてメンドクサイ。

話が逸れた。

最初の疑問に戻ろう。
何故、俺達はデパートにいるのか、という疑問。
もっとも、これまでの俺の言動を顧みれば自ずと答えは明らか。


「これも条件の中の一つ、項目2だ。アルハザードに行く前に、まずお前には弁償してもらう。そう、俺のiPodと携帯をな!」

「うわぁ、細かいっつうか小っせぇつうかみみっちぃつうかセコイ奴」


黙れロリータ。無視していい事じゃない。死活問題だ。


「それが嫌なら………まあ、是が非でも弁償させるが、仮に嫌とぬかすなら、そうだな………これから俺が『良し』と言うまでフェイトと手を繋いで歩け。親子のようにな」

「なっ……」

「えっ……」


あのドッキリから今現在、プレシアとフェイトは俺らと一緒に行動してはいるものの、無視し合っている。………いや、と言うより、お互いどうしていいか分からんのだろうよ。

プレシアはまったくもって自分らしくない事をしてしまって。
フェイトはいきなり母にあんな事をされてしまって。

お互いがお互いどう接していいか分からない。近づくには勇気が足らず、離れるには今更不自然で。

俺の言葉にプレシアとフェイトは一瞬だけ目を合わせ、しかしすぐに気まずそうに目を逸らした。


「ったく。あーはいはい、まだ時間がいるわけね。まっ、ゆっくり行けばいいさね。けど、止まる事は許さねぇぞ。なんたって、この俺がこれから先の幸せな未来をお膳立てしてやるんだ。だから、ゆっくりでもいいから幸せになんなきゃぶっ殺すぞ?」

「ふふ、プレシアさんもフェイトちゃんも早めに観念した方がいいですよ?あまりゆっくり過ぎると、ハヤちゃんシビレを切らしてきっと滅茶苦茶な手段を講じて来ますから」


シャマルも言うようになったねぇ。そして、俺の事をよく分かってる。


「何はともあれ、アルハザードに行く前にまずは俺の用事が最優先。OK?」

「─────はぁ。思わぬ所でアルハザードへの道が開けたのは幸運の極みだったけど、その幸運を与えてくれたのがハヤブサだったのが運の尽きだったわ」

「おいおい、ひっでぇ言い草だな。ちゃんと連れて行くって言ってんだろ?約束は守るよ、『最終的には』って言葉がつくけどな」

「………好きにしたらいいわ。願いの成就が時間の問題になっただけでも、以前に比べたら大きな進歩。だから………うん、まあ、そうね、あなたの好きにしたらいいわよ」


プレシアはひどく疲れたような顔で俺を見て溜息を吐き、最後に何故か笑みを浮かべた。
ふん?うーん、もう少し突っかかって来るかと思ったけど意外とあっさり退いたな。まあ、そっちの方が面倒臭くなくていいけど。


「ンじゃ、話も纏まった所で行くぞお前ら」


そう言って俺は先頭を歩き出して、しかしそこですぐ待ったが掛かった。


「主、どこに行くのですか?電子機器の販売フロアは確か向こうの方では?」


このデパートには以前から俺のみならず騎士たちも何度か訪れており、従ってどこに何があるかも皆分かっている。だから、俺の歩き出した先とは真反対の方向を指しながら首を傾げている夜天の言ってる事は正確。
そして、そんな仕草だけでもいちいち色気が漂っているコイツはやっぱり素晴らしい。周りの男共がチラチラ此方を見てくる気持ちも分かる。まあ、その視線の全てを夜天が独占しているのかと言えばそうでもなく、トリプルロリーズ意外の女性陣全員にも注がれているんだが。……………訂正、一部ロリーズにも注がれている。なんとも犯罪くさい視線だ。


「まずは服を買おうと思ってな」

「服、ですか?」

「ああ、プレシアのな」

「え、私?」


いきなり名指しされて呆けるプレシアだが、当然の回答だろ?
今のプレシアの服はあの辛気臭い黒のドレスみたいなやつ。しかも、夜天との喧嘩による被害でボロボロ。シャマルによってある程度修繕されてはいるが、どっちにしろ場違い甚だしい。その服装も周りから注目される要因の一つになってるのは間違いない。
当の本人は先の反応から見て分かるように、てかそんな服装でここにいる時点で分かるだろうけど、服装や周りの視線には無頓着のようだ。


「も、もしかしてハヤブサが服を買ってくれるの?そのぅ、私の為に………」

「はァ?頭腐った事言ってんじゃねーぞ。テメェで買え」


馬鹿かよ。常時極貧の俺が、何で金持ちに服買ってやらなきゃなんねーんだよ。日本円もたんまり持ってんだろ?フェイトが住んでるマンションがいい証拠だ。


「マンション買える金があるクセに俺にタカるとか。お前も結構セコいんだな。だが、俺はビタ一文払う気はない!」

「………………………」


ンだよ、その不機嫌そうなツラは。そうまで俺に金を払わせたかったのか?この金の亡者め!

ともあれ、さっさと移動しよう。この場に留まる時間が延びる程、周りの視線が倍々で増えていってる。幸いにして俺にガンつけて来る馬鹿野郎は居ねぇけど…………あ、いや、一人いるし。しかも超見てるし。これでもかってくらい見てるし!


(まあ、別にガンくれてるって感じじゃないし。つうか、何よりただのガキだし)


何で俺をそんなに見つめてくるのか分からんが、まあ別にどうでもいいか。野郎だったら容赦なく睨み返すが、年端もいかないガキに無意味にそんな事する俺じゃない。
基本ガキに優しい紳士隼なので、俺はニッコリと笑いを返した。


「何一人でニヤけてんだよ。キショイこと極まりねぇな」

「主の半分は下卑で出来てますからね。残りの半分は下劣。………ああ、すみません、同じ意味でした」

「こ、理にヴィータっ!隼はそんな人じゃないよ!隼は、えっと………上品極まりないよ!」


毒舌ロリーズ2人、貴様らはいずれグチャグチャにしてやる。
フェイト、その優しさは嬉しいが流石に持ち上げ過ぎ。


『────────フッ』

「ん?」


どこからか、笑い声とも溜息ともつかない声が聞こえたような気がしたが…………気のせいか?


「主、どうかされました?」

「ん?んにゃ、何でもねーよ」


別段気にする事でもないし、気に留めることでもない。
俺は改めて服を売っているフロアへと足を進めた。

だが最後に、ふと。
俺を、『俺だけ』を何故か見つめていたあのガキの方に視線を向ければ、そこにはあのガキに加えもう一人、先ほどまでいなかったガキがいた。友達かと思ったが、お互いの顔立ちを見ればそれが否だとすぐ分かる。

まあ、別にそれがどうしたって話だけどよ。

俺を見つめていたガキと、そのガキとクリソツな顔をしている車椅子に乗ったガキは、程なく人ごみの中に消えていった。












デパートでの用事を終え、ついでに飯も食った後、漸くここに到ってアルハザードへと進路を向けた俺たち。
移動は俺とプレシアの体力を考え、魔法での飛行ではなく電車になった。ここでも周りの視線がウザかったが、半ば無視。ただ、一度だけブ男がシグナムにナンパして来やがったので、そこは丁寧な暴力で追い払っておいた。つうか身の程を弁えろって話なんだよ。シグナムをナンパするとか、マジむかつくし!
ああ、それとちなみにっていうか余談だが、この電車賃は全てプレシア持ち。さらに言うなら昼飯もプレシア持ちだ。金は持ってる奴が払うべきだろ?デートじゃないんだし(…………デート、したことないけど)。

それはさておき。

しかしながら、というか今更ながら、俺はここに来て少し心配になっていた。
それは、アルハザードの所在地。
なにせ過去3回あの店に入った事があるが、その全てが違う場所だ。一応最後に見た場所、つまりあの温泉街に今向かっているが、果たしてまだそこにあるだろうか?当初は『無いなら無いで、また探しゃあいいじゃん』とか気楽に思っていたが、今のプレシアの期待に満ちた表情を前に、そんな適当トークなんて出来そうにない。
まあ、別にプレシアの期待を裏切るのは心苦しくない。が、問題はフェイトだ。俺の予想だが、たぶんフェイトもプレシアと同じくらいアルハザードに行きたがっているだろう。なにせ、それを転機に母との関係がより良くなるかも知れねぇんだからよ。だから、フェイトもフェイトで期待してるはずだ。……………これはちょっとマズイ。

プレシアを裏切るのは何とも無いが、フェイトを、ガキを裏切るのは俺的にあまり気持ちのいいもんじゃない。

だけど、それは何とも拍子抜けする勢いで杞憂だった。ご都合的臭いがプンプンとしないでもないが、それでも。

その店は、それが当然だというように、以前見た時と同じくあの温泉街にあった。むしろ、待ってましたと言わんばかりの雰囲気まで漂っているのは気のせいだろうか。

まあ、こちらとしては好都合であり、ある種どうでもいい。
どんな理由や要因があったにせよ、今ここにこの店がある事が全てだ。この現実がある以上、過去の例とか『もしここに無かったら』とかいうifの話は不必要。

現実は残酷とよく言うが、俺もいつも思ってるが、反面良いこともあるわけで。
それも全部ひっくるめて『現実』だ。


「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」


この、相変わらずなテンプレートな最初の言葉も、これから先悠久に変わらないであろう一つの現実。

取り合えず、俺は以前から宣言していたように、挨拶の意味も込めて一発殴ったのだった。




[17080] ニジュウイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2010/11/26 23:22

いきなりだが、話を前後させる。

いやよぉ、ここ最近巻いてく巻いてくつってたけどさ、前回はぶっちゃけ巻きすぎたわけよ。特に、デパートからいきなりアルハザードっていう展開のぶっ飛びよう。途中の過程を説明文で構成するってのは味気ないってのが改めて分かったんよ。
つうわけで、ちょっちやり直そう。全部ってわけにはいかねぇけど、せめてデパートでの買い物場面くらいから。
物語を前話の後半辺りからリスタートだ!……………ん?あんまメタな発言すんなって?いや、これくらいならギリだろ。まあ、気持は分からんでもないが………よし、じゃあ、言い方を変えて『回想シーン』、どうぞ!


───────────────────

───────────────

────────────

────────

─────

───




「なんて気分屋で自分勝手な俺だ」

「どうしたの、隼?」

「いや………さあ?ええっと、どうしたんだろうな?」

「?」


なんだか急に『自分自身の行いに呆れる果てる』、そんな衝動が来た。なんだろう、変な電波でも受信したか?まあ、そんなヘンテコなもん受信BOXには保存せずゴミ箱に即ポイだ。

そんなことより聞け、今の俺は大変気分がいい!それは何故かと問われれば勇んで答えよう!

右手にはiPodシャッフルとiPadが入った袋を持ち、左手には数着の服とアクセ類が入った袋。懐にはおNEWの携帯。

全部プレシアに買ってもらいました!


「………ハヤブサ、確かあなたが弁償しろとか言ってたのはiPodっていうのと携帯電話じゃなかったかしら?なのに、何故あなたはさも当然のように次から次へと色んな物をレジへと持っていくわけ?」

「ふふん」

「そこで『どや顔』する意味が分からないわよ…………ハァ」


iPodは知らないくせにどや顔は知ってんだな。


「まあまあ、いいじゃねーかよ。ほら、笑顔笑顔。溜息つくとその数だけ幸せが逃げてくぞ?」

「ええ、そうかもね。でも、諸悪の根源であるあなたが言っていい言葉じゃないわ」

「はん。なんだよ、たかが20万くらいの出費でガタガタぬかすなよな。それに、もしヴィータや理がこの場にいたらもっと出費かさんでたぞ?あいつらを別行動させた俺に、むしろ感謝してほしいくらいだ」


今この場には俺とテスタロッサ親子しかいないが、もし第3者の他人が聞いたら、どんな目に合わされるか分かったもんじゃない、とんでもなく理不尽な事を言ってる俺。
でもよ、プレシアの通帳の残高を知ってる奴がいたら、きっと俺の言葉に賛同してくれるだろうよ。

実はさ、買い物をはじめる前に一応聞いておいたのよ、いくら持ってるのかって。その手持ち次第じゃ、今日は買い物出来ない恐れがあるからな。で、そしたらプレシアの奴、『こっちのお金は現金で持ってないけど、通帳は持ってきてるわよ』なんて言いながら、徐に袖の中からむき出しの通帳とカードを取り出しやがった。

…………いや、無用心すぎるだろ。

そんな当たり前の感想が浮かび、それをそのままプレシアに告げたら『じゃ、ハヤブサ持ってて』と、気軽な感じで渡された。
信用されてるのか、はたまたプレシア自身がやっぱり無用心すぎるのか。

好奇心で俺はプレシアに『結構入ってんの?』と聞いたところ、『さあ?この世界の物価はよく分からないから、その中に入ってる日本円も多いのか少ないのか判断付かないわ』だとさ。よくそれでマンションが買えたもんだ。当然、そう言われちゃあこの通帳の残高が尚更気になってしょうがない。そして、気になったら追求するのが俺だ。
何のためらいも、後ろめたさも、遠慮もなく、無許可で俺はプレシアの通帳を開いた。

次の瞬間に俺はこう言ったね。


『俺と(援助を前提に)付き合ってくれ。いや、むしろもう結婚しよう』


絶望と羨望をただの数字が如実に表したものがそこにはあったのだった。


『フェイト、今日から遠慮なく俺の事をパパと呼ぶがいい。さあ、何でも買ってあげるよ。それともお小遣いあげようか?遊園地行く?遠慮なく言ってごらん…………て、それじゃあ別の意味のパパだな』


今までの奥手、慎重ぶり(チキン、ヘタレに非ず)を一新するかのような俺の言葉。もろプロポーズ。

桁外れの金は人を容易く変える………否、買えるのだ。俺が上記の言葉を決して冗談や戯言ではなく、マジのマジで言ったのがいい証拠だ。
それほどの威力が、あの通帳にはあったのだ。

しかし。

いくら俺が真剣になろうと、いくら虚実の無い言葉を重ねても、だからって現実が応えてくれる保証はない。むしろ絶対に応えないとさえ断言できる。だって、現実に俺は進行形で童貞だから。
故に、プレシアの反応も………


『この世の中、どこの世界に経済力のない大馬鹿な坊やと結婚する人がいるのかしら?せめて就職してから出直しなさいな』


ばっさり一刀両断。嘲るような視線付き。
俺のヒモ生活への第一歩は、踏み出した一歩目で早くも終わりを告げた。

て訳で、結婚して楽々生活の夢が頓挫した今、せめて零れる甘い汁だけでも吸い尽くそうとこうやってタカっている次第。


「それによぉ、お前にも買ってやったじゃん、その服。俺のなけなしの小遣い叩いたんだぞ?」


そうなのだ。結局俺は自腹でプレシアに服を買ってやったのだ。
今の彼女の服装はあの辛気臭い服から一転、上は白のタートルネックに茶色の革ジャンを羽織り、下は紺のハーフパンツに黒のレギンスと黒のロングブーツ。頭の上に白のは斜に被ったハンチングキャップ。
コレ全て俺のチョイス。ちょっと若者向けにしすぎたかなと思ったが、これが中々どうして似合っている。もとの素材が良い上に若作りだからな。

とまあ、夜天たちと家族になって現在、俺は無駄に女性のファッションについて詳しくなっていたのだ。彼女もいないのに。……………彼女もいないのに!


「そ、それは確かに嬉しかったけど………でも、こんな格好私には………」

「似合ってないとかふざけた事ぬかすなよ?俺が選んで金出してやったんだからよ。なあ、フェイト、お前も似合ってると思うだろ?」

「う、うん!か、母さんにすごく似合ってると思う」

「…………………ふん」


まだまだ気まずい雰囲気は漂っているものの、それでも積極的にフェイトはプレシアに話しかけ、プレシアも返答はしないもののそこまでキツイ反応を示さない。

2人の距離は未だ大きなままだが、それでもフェイトが歩み寄り、プレシアが立ち止まっているなら、いづれは手を繋げる距離になるだろうよ。
ちなみに今フェイトと手を繋いでいるのは何故か俺だったりする。ベビーシッター代を徴収したい気分だ。


「おら、ツンデレにマザコン、そろそろ次行くぞ」

「誰がツンデレよ!ハァ………、で、どこに行こうって言うの?ていうか、次は何を買わせるつもりよ」


何だかんだで大人しく俺のパトロンになっている辺り、プレシアは本当にアルハザードの件に関して俺に感謝しているようだ。


「安心しな。次で最後にすっから」


そして、プレシアとフェイトを連れてやってきたのは時計ショップ。数々の腕時計が時を刻んでいる場所。


「時計、ね………最後の最後で高級感溢れるものを強請ってきたわね」


どうやら魔法世界でも時計は一つの高級品らしい。勿論、時計には安物もあるが、ここにあるのは所謂ブランド時計。総じて、高し!


「で、色々種類があるみたいだけど、もう買いたいものは目星ついてるの?」

「んにゃ。てか、俺は選らばねーし」

「は?」


訝しむプレシアを尻目に、俺は右手に繋がる先の人物を見た。


「フェイト、こん中でどれがいい?」

「え、わ、私が選ぶの?」

「そ。お前が選んでくれや」

「で、でも………」


チラッとプレシアを窺い見るフェイト。今までは俺が勝手に買っていたが、今回は自分が選ぶって事でどこか遠慮しているのだろう。

そんなフェイトの心情を知ってか知らずか、プレシアは明後日の方に顔を向けた。つまり『好きなようにすれば?』の意である。たぶん。


「ほら、選んだ選んだ。なに、金額とか気にしねぇで『コレだ!』てのを選べ。遠慮すんな」


決して俺が言っていいセリフではないが気にしない。


「ええっと………うん」


フェイトは最後にプレシアを見て、それから俺の手を離しおずおずとガラスケースの中の時計を見て回った。それから程なくして、ある一つのガラスケースの前で止まり中をジッと見始めた。
俺はフェイトの後ろにつき、その頭上越しに中を覗き見る。


「ふ~ん、なかなか可愛らしいデザインだな」


ベルトは白のエナメルレザー、文字盤は淡いピンクで銀の指針。本来数字がある場所にはそのブランド名(あるヨーグルトの名前の前4文字)のアルファベットが一文字ずつ刻印されている。


「だ、だめかな?」

「いいんじゃね?てか、お前はこれが気に入ったんだろ?」

「うん。でも、あんまり隼には似合わないと思うけど………」


確かにな。どう見てもレディースだ。でも、今回はそれでいい。

俺はさっそく店員を呼び、この時計を買う旨を伝えた。数は………4つ。


「ちょ、ハヤブサ、4つも必要あるの!?」

「必要ある。まあ、俺は一つもいらんが」

「はあ!?」


そんな睨むなよ。


「この時計はお前ら2人とアルフとアリシアのだ。これから先、家族で同じ時計をつけて同じ時を刻んで生きろってな」

「「────────」」


ちっとばかし臭かったか?まあ、つまりは俺はそんだけお前ら家族の件に関してマジって事だ。他人の事で俺がここまでするなんて滅多にねぇぞ?
まっ、それでも俺の根底にあるのは『情けは人の為ならず』だけどよ?


「ハヤブサ………」

「隼………」


プレシアはどこか嬉しそうに、フェイトははっきりと嬉しそうに、俺を見てくる。
その2人に俺はどや顔を返すとレジへと向かった。そして………、


「おいプレシア、金~」


先ほどの嬉しそうな顔から一転、疲れたような顔で溜息をつくプレシアの姿がそこにはあった。












時計を買い終え、その後夜天たちと合流した俺はそのまま飯を食った。昼食の場面については特に語ることもない。ただ普通に飯を食って、普通に駄弁っただけ。
そう毎回毎回イベントはねぇっての。
けど、どうやら世界は俺を飽きさせないらしい。確かに毎回毎回ではないが、それでもここ最近のイベント発生率の高さは異常だ。

それは、温泉街へと向かう為の電車の中。


「ねえねえ、キミぃ、今暇?どこ行くの?俺と遊ばない?」


突然、一人の男がそう言ってシグナムに言い寄ってきた。
どう見てもナンパ。
まあ、シグナムのルックスならナンパされて当然だろう。俺だってシグナムみたいな女がその辺歩いてたら、ナンパまでするかどうか分からないが軽く視姦くらいはするだろう。

それにしてもこの男、よくそのツラでシグナムをナンパするよ。ブサメンはブサメンらしく、その辺に五万といる阿婆擦れ女とでもヨロシクやってろよ。てか、胸見すぎなんだよ、巨乳好きめ。でも、まあ、傍にいる夜天やシャマルには一瞥もせず、シグナムだけに(もっと言えばそのメロンだけに)狙いを定めている点だけは評価しよう。


「なんだお前は?」


シグナムは胡散臭そうに男を見てそう言った。てか、シグナムも律儀に反応しなくても、無視してりゃあいいのに。


「ひゅ~、いいねぇ、その強気な顔と声。ますます好み~」


そこから男は次々と言葉を紡いでいった。シグナムの事を褒めたり、自分自慢したり、と。片やシグナムも煩わしそうな様子だが、どう対処すればいいか分からないのだろう、今の所聞かされるがまま聞いている。

そして、そんな様子をシグナムを除いた騎士たちとテスタロッサ組は我関せず。まあ、俺はちっとばかしムカついてるし、騎士たちはシグナムの困っている様子を見て楽しんでるようだし、テスタロッサ組はナンパという光景に物珍しさを感じているようだが。

しかし、そんなある種凪のような静かな状態がいつまでも続くはずがない。それに、男のほうもシグナムの態度に少し焦れてきたのだろう。


「いいとこ知ってんだよ、マジでぇ。お、ほらあそこ席空いたからさ、一緒に座ろうぜ?」


男はシグナムの手首を掴むと空いた席に向かおうとし……………


「あ?おい、ババア、そこ俺らの予約席なんですけど?どけよ」


先に座ろうとしていた老婆を押しのけた。そして老婆が押された勢いを殺しきれる訳も無く、呻き声を上げながら倒れた。


「っ、貴様!」


シグナムも男同様焦れていた、というより我慢していたんだろう。きっと張っ倒したい気持ちだったはずだ。けれど、主である俺に迷惑が掛かるかもしれない大衆の面前で、そのような愚行を犯せなかった。
だが、ここにきて、男が老婆を無碍に扱った事で、その我慢が限界に達したようだ。

シグナムは掴まれていた手を払いのけ、その手で男に殴りかかる────────


「おい、テメェ、あんま調子こいてんじゃねーぞ?」


───────その前に、俺が男の胸ぐらを掴みあげた。


「な、なんだよお前!なにしやがる!」

「そりゃこっちのセリフだ、このどてチン野郎。先人には敬意を払うって教わんなかったんかよコラ。婆さんになんて事しくさってんだよ、ええオイ」

「ぐえ!?」

「あまつさえ、イカ臭ぇ手でシグナムに触れやがってよぉ!!ぶっ殺されてぇのか、あ゛あ゛!?エグんぞゴラァァアア!!」

「ひぃっ!?」


男は俺の形相に完全にビビリ入り、何とか俺の手を振りほどいて逃げようとするが、生憎とそんなモヤシのような貧弱な手で如何にか出来るほど俺は弱くないし、逃がすほど甘くもない。


「おいおい祖チン野郎、俺の前であんな調子ぶっこいといてトンズラ決め込むってか?どこまで舐めくさっとんじゃオイ」

「テ、テテテテテメェ、お、俺に手ェ出すと仲間が黙っちゃ、」

「おう、上等じゃねーか。いくらでも好きなだけ兵隊連れて来いや。そいつらもまとめて全殺しにしてやっからよ?いや、それもメンドイからやっぱお前今死んどくか?後腐れなくよぉ」


しょっ引かれるのを覚悟で、俺はこの男をボコろうかと真剣に考えていた。どうやら俺は、自分が思っていたよりこの男の行いに腹が立っているようだ。

そんな俺を見て流石にやりすぎと感じたのか、騎士たちやフェイトが止めにかかって来た。ただ2人、プレシアと理だけが俺を応援してきたが。


「ちっ………おい、インポ野郎、今日は見逃してやる。けど、肝に銘じとけや。老人は敬え、そしてナンパすんなら身の程を弁えた相手選びしな」


そして俺が手を離すと、男は血相を掻いて怯えるように別の車両へと逃げていった。それを見送った俺はシグナムに向き直る。


「悪かったなシグナム、お前の獲物取っちまって」

「い、いえ、別に獲物って訳では」

「そもそも、周りの奴も周りの奴だよなぁ。こんな美人がナンパされてて、しかも嫌そうにしてるの丸分かりなのに、み~んな見て見ぬ振りだからなぁ」


俺は自分の周囲を睥睨した。そんな俺の視線を避けるように、車内の見ず知らずの皆は一様に下を向いたりしている。
まっ、今のご時勢、誰も厄介事には関わりたくないもんな。その反応は当然だ。かくいう俺だって、厄介事は大嫌いだし、前半は見て見ぬ振りしてたんだからよ。

けど、やっぱりその反応が腹立つってのは正直な俺の感想。自分の事を思いっきり棚に上げた感想。
この辺りが皆に自分勝手だと言われる所以であり、俺らしいと言われる所でもある。

まあ、取り合えず………


「おい、そこのクソガキ、なに補助席に悠々と座ってやがんだボケ!周りに立ってる婆さん爺さんが見えねぇのか?そんなに席に座りてぇか?なら俺がその足使い物にならなくしてやろうか、あ゛あ゛ン!?嫌なら今すぐ老人共に席譲れや!!」

「は、はい、すみません!」


俺は男をボコれなかった鬱憤を、見も知らないどこぞの中坊へと向けるのだった。

その背後で、


「ねえ、ちょっと夜天」

「なんですか、プレシア」

「ハヤブサって、もしかして結構良い奴なの?」

「何を今更。主は最高で最強で最良の人間ですよ?」

「おいおい、夜天にプレシア、そりゃ違ぇよ。あいつはただ馬鹿なんだ」

「ヴィータの言う通りです。主は自分が自分の定規に照らし合わせ、その結果の『気に入る』『気に入らない』で判断しているだけです。ようは我儘なんです」

「そうですね、ハヤちゃんは自分勝手に、自分だけの満足感を得たいだけなんです。その結果他の人が幸せになろうが不幸になろうが知ったことじゃないんですよ。ただ、自分が幸せになれればいいんです」

「主隼は時に傍若無人ではあるが、それ以上にとても純粋で人間臭い。それが我ら魔導生命体には心地よく、だから主の為に剣を振る事に厭う気持ちはない」

「難しい事はよく分からないけど、でもこれだけは分かる。隼は、とっても優しい人」


ちなみに、この会話に参加していないザフィーラとアルフは今頃電車のはるか上空を飛んでいるのだった。


──

────

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─────────────────────


「それで、そんなこんなはあったものの無事この店を発見。君はドアを蹴破る勢いで入って来たのち、流れ作業のように私の人中をぶん殴り、倒れた私に向かい『ウェ~イ、お久~。取り合えず茶ぁ出せや』と半ば強盗のような形で茶菓子を要求─────ここまでは合ってますね?」

「うむ、相違ないぞ」


店主の言葉に、俺は椅子にふんぞり返った状態で偉そうに頷く。


「そして現在、君と愉快な仲間たちは我が物顔で店のど真ん中にテーブルと椅子を引っ張り出し、私が出したお茶を悠々と飲んでいると。…………何か間違ってません?」

「客をもてなすのは店側として当然だろう?何言ってんだ」

「あれ?私が悪いんですか?」

「少なくとも俺は悪くない」

「そこまで真顔で断言されると本当に私が悪いみたいですね」

「悪いだろ。いろいろと」


男の言う通り、現在俺達はアルハザードの店内のど真ん中に置いた円卓につき、出された茶と菓子に舌太鼓を打っていた。今この店が構えているのは温泉街の只中、その為か出された茶は梅昆布茶で菓子は温泉饅頭。


「な~んか爺臭いなぁ。紅茶とかねぇの?あとクッキー。おら、出せよ」

「やれやれ、タチの悪いお客さんですね。私、『お客様は神様』なんていう、そんなマゾな気持ちは生憎と持ち合わせていませんよ?」

「じゃあ、客じゃなくて俺を神と思え」

「………………本気で言ってます?」

「………………流してくれ」


流石にイタ過ぎる発言だった。


「まあ、どうであれ、お客さんを歓迎する気持ちは持ち合わせていますよ。しかも、それが君達ならば大歓迎です」


男は隣りから座っている順に見つめていく。

ちなみに席順としては男・ザフィーラ・アルフ・ヴィータ・フェイト・理・プレシア・俺・シグナム・夜天・シャマル・戻って男、てな感じ。

ぐるっとゆっくり席見回した男は、最後に俺へと視線を戻し、とても嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべた。


そして一言。


「──────ありがとう」


その言葉を男がどういった心情で言ったのかは分からない。ただ、その一言には万感の想いが込められているといっても過言ではない程の重みがあり、想いがあるのは誰が聞いても明らかで、もちろん俺も容易に汲み取れたし、何を指しての感謝の言葉なのかも何となく分かるが…………


「いきなり何見当違いな事ぬかしてんだよ。意味分かんねー」


俺は自分のしたいように生きてきたんだ。自分が満たされるためだけに生きてるんだ。自分の幸せのためだけに生きていくんだ。
過去も現在も未来も、全ての行動において基点は俺自身。
仮にその行動の結果、他の奴もが利益を得ても、結果を出し終えた俺には関係ない事だ。故に関係ない事で礼を言われても意味が分からないだけ。

俺は藪から棒な男からの礼の言葉に顔を顰めてそう吐き捨てたが、それでも男の顔からは笑みが消えない。むしろより深くなった。


「ここだけの話、私は本当に君に感謝してるんですよ?その子たち写本の騎士を受け入れ、さらには幸せにしてくれて」


ここだけの話って、そもそも他に話し場所なんてねーだろ。しかも、こいつらを『幸せに』って、ンなの当人にしか分かんねー事だろう。
と胸中で突っ込むが、その間にも男の独白は止まらない。


「私はね、正直その子を外に出すつもりなんてなかったんですよ。いえ、正確にいうと誰にも渡すつもりはなかった。そもそも世間に広めるために写本を作ったのではなく、万が一正本である貴重な夜天の魔導書が失してしまった場合のいわば代替品なんです。それ以上でもそれ以下でもなく、だから外に出してしまってもし写本まで無くなってしまったら本末転倒でしょう?」


男は口を潤す程度の茶を飲み、少し気落ちした調子で言葉を続けた。


「当初の思惑通り、というか目論見通りというか、案の定想定していた事態になりました。オリジナルの夜天の魔導書がある時、ゲスな主によって致命的なほど改悪されたんです。それ以降、美しかった夜天はただのどす黒い闇へと変わり、今現在も無為な旅を続けているようです」

「ふ~ん」


オリジナルの夜天の魔導書が今どういう状態なのか、俺は勿論、写本である夜天たちも初めて聞いたらしい。一様に驚き、悲しみに暮れる顔付きになった。自分達はコピーとはいえ、同じ存在がそんな状態になっているのは遣る瀬無いのだろう。

そんな騎士たちの顔を見て男は優しく微笑んだ。


「そんな顔が出来るようになったのですね…………隼君、やはりキミにこの子たちを託して良かった。大丈夫ですよ、心配しないでください。オリジナルに関しては今まで放置プレイしていたんですが、隼君が写本の主になったその時から事情が変わりましたからね。ふふ、きちんと手は打ちましたよ」


そう言って笑みを濃くする男だが、気のせいだろうか、その笑みの中にホンの僅か悪戯小僧特有の憎たらしい笑みが見え隠れしているような?


「少し話が逸れましたね。兎も角、私はあなたに多大な感謝の念を持っていると、それを忘れないでください。ところで………」


男は俺から視線を僅かに逸らし、隣にいるプレシアを見て一言。


「奥様ですか?」

「ちっっげーーよ!!」

「そしてそちらの金髪の子は娘さんですか?隼君に似ず可愛い子ですね」

「プレシアの娘なのは確かだし、可愛いのも否定しないが、そこに俺を絡ませるな!」

「それに女性型の獣っ子まで侍らせるとは……やはりキミは只者ではありませんね」

「お前は俺をどういう目で見ている!!」


さっきまでちょっと真面目な感じだったのに、なんですぐこうコメディチックになんだよ!まあ、俺はこっちのほうがやりやすいけどさ!

俺が肩を落とし溜息を吐いた時、隣に座るプレシアが俺の袖を引っ張って小声で話しかけてきた。
思えばプレシアのやつ、ここに入ってから一言も喋らず黙ったままだったな。こいつの事だから、いの一番に自分の要求を通すため男に詰め寄っていくと思っていたんだが。意外と言うか、らしくないと言うか、どうしたんだ?


「ちょっと、ハヤブサ。まさか、ここがアルハザードなの?喫茶店じゃなくて?」


その言葉には戸惑いと怒りの色があった。


「はあ?どっからどう見てもアルハザードじゃん、何を今更。表にも看板あっただろ」

「あのね、文献にはアルハザードは『次元の狭間にある地』って載ってるのよ。なのにここは地球の、それもどう見てもただの店じゃない!」


え、そうなの?いや、だってお前がアルハザードに連れてけって言ったんだぞ?なら俺としては、俺の知ってるアルハザードにしか連れて行けないわけで、そんな次元の狭間なんて行った事はおろか、そんな言葉自体初耳だ。


「今更そんな事言われてもなぁ………俺、このアルハザード以外は知らねーよ?」

「…………………終わった」


うわぁ、なんかすっげぇ絶望してるよ。つうか確か最初に俺は『店』だって事言ったよな?酒飲みながらさり気なくだけど。プレシアのやつもちゃんと聞いてたはず…………そういや滅茶苦茶酔ってたっけ?

これはどうしたもんかと悩んでいると、目の前の男が声を掛けてきた。


「奥様、少しよろしいですか?」

「………なによ駄男」

「うわぁ、初対面の相手に遠慮無し。似たもの夫婦ですね」


男は苦笑するとコホンと一つ咳払いをして、


「何を求めているのかは分かりませんが、少なくともここは奥様が探していた地で合っていると思いますよ」

「…………え?」

「奥様も魔導師ですよね?そして、そんな方が『アルハザード』という場所を探しているなら、それは間違いなくここです」

「ほ、本当にここはアルハザードなの!?」


テーブルに乗り出して男の胸ぐらを掴むのではないかという勢いで食いつくプレシア。それに対して男はまた苦笑の笑みを浮かべる。


「で、でも、文献には………」

「ええ、確かにその文献も合ってますよ。でも、実際にここも紛れも無いアルハザードです。そうですねぇ、いわばここは『アルハザード第36世界支店』といった所でしょうか。あなたの言う『次元の狭間』にあるのが本店ですね」

「は?し、支店?」


プレシアは驚き、俺は呆れた。
アルハザードって文献まである伝説的に凄い所らしいけど、実際の所はえらく現実臭いな。


「勿論、支店だからって本店になんら見劣りはしませんよ?科学、魔導、その他様々な物を取り扱ってます。実現不可能と言われてるものから、未知のものや何世代も後の技術までね」


そう言って男が腕を横に振ると、空中にいくつかの映像が出てきた。なんともSFチックだ。
そこには銀十字の本やら銃剣のような武器(ディバイドっていう名前らしい。説明文がわざわざ日本語変換されている)、そして厨坊が喜びそうな覇王とか冥王とか聖王とかって単語もちらほら。

総じて、俺には意味が分からないがプレシアには分かるようで、言葉を失くしている程驚いている。

取り合えず男の自慢話を俺は無視し、こっちの要望を伝える。


「じゃあよ、死者蘇生なんてのも出来るわけ?」

「出来ますよ」

「ほ、本当に出来るの!?」

「ええ。ちょちょいのちょいです」


プレシアの驚きの声に対して、男はあっさりと、何の苦もなく、「お湯沸かせますよ」的な軽い感じでそんな言葉が返した。
つうかそんな簡単でいいの?もっとこう厳かに凄みを効かせてさ、雰囲気ってあるじゃん?そもそもそういうのって禁忌ってやつじゃねーわけ?常識的に考えて、お約束的に考えて。


「別に禁忌でも何でもないですよ?ただ誰もやらないだけ、いえ、やろうとしないだけです。やっちゃいけない理由なんてないですよ」


あっけらかんと言う男に対し、俺は取り合えず反論しておく。


「でもよ、普通に考えて人を生き返らせるのってマズイんじゃね?ほら、よく『世界が許さない』とかいうじゃん?なんか問題出るんじゃね?」

「なんですか『世界が許さない』って?漫画見すぎですよ。そんなモンがあるわけないじゃないですか、現実的に考えて。出来る事を実行するだけですよ?いわば料理を作る知識があるから実際作るって事と変わりありません。そんな日常的な事に一々問題なんて出ますか?」

「いや、料理と死者蘇生は全然違うだろ」

「同じですよ。出来る事をするんですから。禁忌っていうのはね、『やっちゃいけない事』じゃなくて『誰もやれない事』なんですよ」

「うっわ、無理やり~。じゃあ、人道とか常識とかは?」

「そんなのは他人に説かれるものじゃなく、自分自身で計って決めるものですよ。キミだってそうでしょう?」


その通りだ。誰に言われようとも、俺はアリシアを生き返らせると決めた。なら、それをやるだけだ。
ただ、後でその結果何かしらの問題が出たら面倒だから、その辺の確認の意味も込めて『取り合えず』反論してみたんだ。


「しかし、死者蘇生ですか………という事は、今日ここに来た目的は────」


横にいるプレシアが深々と頭を下げた。


「アリシアを生き返らせて」


漸く本題へと入ったのだった。










プレシアは男に語った。
アリシアが生まれた時の喜びを、アリシアと共に生活していた時の幸せを、アリシアが死んだ時の悲しみを。
プレシアがどれほどアリシアを想っているのか、どれほど生き返らせて欲しいか、その気持ちを全て吐露した。恥も外聞もなく涙を見せる場面もあった。
アリシアの為なら何でもするし、何でも捨てられる。どのような辱めも受けるし、どのような誉れも捨てられる。

改めて語られるその覚悟の大きさは凄まじいもので、必死な訴えを聞いている男のみならず騎士たちも時には涙ぐむ場面があり、今ではプレシアと一緒になって男に頼み込んでいる始末だ。

そして、勿論俺は…………


「ハートのフラッシュ!」

「残念。こちらはスペードのフラッシュです」


理とポーカーを興じていた。

いや、だってプレシアの話とか想いとか興味ねーし。そもそも、どんなに語ったところで生き返らせる事は決定事項であって、仮に男が断ったとしても無理やりやらせるつもりだし。
だから、プレシアや夜天たちの今の訴えなんてほぼ無意味な事なんだが………まあ、好きなようにやらせるさ。


「まだやりますか?」

「当然だろ!コォォオオッッル!!

「Good。レイズです」


ちなみに賭けているのは明日の晩飯のおかず。チップ3枚につき1品。
ただいま3品負けてます。


「フルハウス!」

「貰いました、ストフラです」


4品献上が確定した。


「だああああ!やってられっか!終わりだクソッタレ!」

「心滾る、良き戦いでした」


トランプをその辺にばら撒き、席を立つ俺。ポケットかたタバコを取り出し火を付けイライラを収めようとした時、先ほどまで向こうで話し合っていたはずの皆がこちらを見ていた。


「なに見てやがんだよ。見せもんじゃねーぞ」

「テメーは何してやがんだ!つうか理も!」

「「ポーカー」」

「そういう意味じゃねーよ馬鹿!」


ンダよ、やっかましいロリだな。なに、語らいは終わったわけ?だったらさっさと生き返らせろよ。こちとらさっさと終わらせてフツーの生活に戻りたいんだよ。


「ハヤちゃん、生き返らせる事が出来ると分かった途端、考えがすごく適当になっちゃってますよ」

「そりゃ適当にもなるさ。で、いつ生き返らせんの?アリシアの死体がいるなら明日くらい?どうでもいいけど、もう俺帰っていい?」

「ハ、ハヤちゃん………」


だってさ、もう目的は半ば達成じゃん?ならもう俺の出番はないわけじゃん?だったら帰りたいわけよ。それにまだ事後処理が残ってっし。持ってるジュエルシードの後始末とか。

俺はやる気なさげに椅子に座りタバコをふかしていると、目の前に男が歩み寄って来た。それもニヤニヤしながら。


「それがね、隼君。まだ帰ってもらうには早いんですよ」


…………嫌な予感が果てしねー。


「お代はいかほどいただけるんで………?」


少し猫背になり、右手の親指と人差し指で綺麗なマルを作ってそういう男。
お前、日本の漫画見たことあるだろ?サーカス的なやつ。………あ、思い出したら思わず涙が。このごたごたが終わったら、じっくり読み返そう。うん、まずそうしよう。


「奥様の気持ちは分かりました。騎士たちの懇願も心に響きました。でもね、実際問題それだけで通るほど世の中甘くありませんよ?なにせ人一人生き返らせるんですからね」

「金の相談ならプレシアにしろ。たんまり持ってっから。な?」


俺はプレシアの方を向きそう言ったが、何故か彼女は申し訳ないような、気まずそうな顔を浮かべていた。

嫌な予感が止まらない。


「お金はいりません。そういうのは間に合ってますから。私はね隼君、キミの誠意を見せて欲しいんですよ」

「誠意だァ?ざけた事ぬかすなよ」

「いいんですか?生き返らせませんよ?皆には先ほど言いましたが、私の結論としましては『生き返らせるなら後は隼君次第です』という事です」


……………コイツ。

俺は男を睨め付け、実力行使すべく掴みかかろうとしたが、それより早くプレシアが俺の手を取った。
プレシアはいつもの強気な態度はどこへやら、弱弱しい目をしていた。


「ハヤブサ………」


おいおい何だよその目は………忌々しい。ああ、忌々しいなぁオイ!!クソッタレ、なんだよこれ!最後にコレかよ!ふざけやがって!なんで俺が!

俺はプレシアの手を振り払い、このイライラのまま男に言葉をぶつける。


「……………土下座でもすりゃあいいのかよ」


意に反して、口から出た言葉はそんな負け犬っぽい言葉だった。そして、そんな俺の言葉を聞いて皆は目を丸くして驚く。

クソッ!だってしょうがねーだろ?ここまで来てご破算なんて、そんな結末は誰も望んじゃねーんだよ。ここまでの俺の苦労を無にしてたまるかよ。


「ふふ………あははは。キミは本当に面白い子ですね」


男は愉快そうに笑い声を上げ、しかしすぐに優しく微笑んだ。


「キミの土下座なんて、そんな高価なものは頂けません」


そう言って微笑み続ける男だが………なぜだろう、土下座を回避したのに未だ嫌な予感は止まらない。


「キミの誠意は別の形で見せてもらいます」


男はどこからか、本当にどこからでさらにいつの間にか、一枚の紙を取り出していた。
それはとてもとても見覚えのある紙だった。


「お、おい、それはましゃか………」

「死んだ命を生き返らせる、その代償として別の命を貰うというのは定番ですが、そこを逆転の発想にしましょう。つまり死んだ命を生き返らせる代償として、生まれて来ないはずだった命も一緒に背負う。これもある種、命には命をって事ですね」


ここに来て、嫌な予感は確信へと変わった。


「夜天の断章、その『最後』の一人。貰い受けてくれますよね?」


………マジかよ。


「……マジかよ」


驚きは無く、呆れもなく、ただただ疲れた。なんか疲れた。何故か疲れた。しかも、夜天たちはそれを予め聞かされていたのか、何の反対の声も上がらない。俺とポーカーしていた理だけが驚いた顔をしているが、それでも反対の声は上げていない。
つまり、皆はあの狭っ苦しい部屋に同居人が一人増える事を良しとしているということ。

無援孤立とはこの事か。全員が全員、俺に期待の眼差しを向けている。


「あー………ちなみに他の条件は?」

「ありません♪」


キモい笑顔ありがとよクソ野郎。

ハァ………なんでかな~。せっかく厄介事が終わると思ったのに、最後の最後でキレの悪い糞のような展開になっちまった。
こりゃあマジで就職しなきゃやべぇな。それかプレシアに援助して貰うか?……………うわぁ、もうなんかこんな事考えてる時点でいろいろ駄目だろ俺。ここまで来ると俺は本当に何がしたいのか分からない。

……………もういいや。


「フェイト」

「なに?」

「取り合えずお前の魔力くれ」


ポイっとフェイトに断章を渡す俺だった。













結局最後は超投げやりになり、もうどうにでもしろよ的な感じで周りの奴に進行を任せ、俺は項垂れながら一人タバコをふかしていた。今ほど酒に溺れたいと思った瞬間はない。

俺は一体何してんだろう?何がしたかったんだろう?ホントにこれで良かったんだろうか?何が良かったんだろうか?

そんな自問自答の言葉が脳裏に出ては消えの繰り返し。
幸せになりたかっただけなのに、何だか可及的速やかな勢いで不幸を背負っていってるような気がする。

幸せになるってのは難しい。現実は厳しい。ていうか絶望しかないような気がする。後悔しかないような気がする。

プレシアはアリシア蘇生の夢が叶って喜んでいるけれど。
フェイトはこれから訪れる新しい生活を夢見て喜んでいるけれど。
アルフはそんな嬉しそうなフェイトを見て喜んでいるけれど。
騎士たちは新たな仲間が出来るといって喜んでいるけれど。(まだフェイトの魔力は断章に注がれていない)

俺だけが喜べない。人を幸せにしといて、肝心の自分が幸せになれていなかった。

こんなはずじゃなかった。もうね、あれだ、神は死んだ。つうか、こんな仕打ちをした神が存命してるならぶち殺してやる。


(あ~あ、皆楽しそうだなぁオイ)


俺を除いた皆はテーブルを囲み、優雅にお茶会の真っ最中。プレシアなんて普通に笑ってやがる。まあ、そりゃそうだよな~。アリシアが生き返るだけじゃなく、さらに自分の病気まで治して貰えるんだ。

そう、結局プレシアの病気も男に治して貰う手はずとなった。アリシアの件と同じく、男は意図も簡単そうに『出来ますが、なにか?』って感じで言い放った。
そりゃ死者蘇生出来る位だから病気なんてそれこそ朝飯前だろうけどよ。そして、ご都合主義だろうが何だろうが大団円になるならそれが一番だとは以前言ったけどよ。

なんだかな~。


(唯一の救いはフェイトのホンキ笑顔が見れた事だな)


微笑とかじゃなく、本当の満面の笑顔を浮かべたフェイトの何とまあ可愛い事。マジでそれだけが今回の…………………あれ?


(笑ってない?)


皆がテーブルを囲み談笑してる中、気づけば先ほどまでスマイリーだったフェイトの顔は今何故か曇っていた。いや、あれは何か考え事をしている?

どうしたのかと思いフェイトを眺めていると、程なくフェイトが席から立ち上がり声を上げた。


「あ、あの!」


その視線の先、言葉を向けた先にいるのは、プレシアの望みを叶え、俺に絶望をくれたクソ野郎。


「どうされました?」

「えっと、その………」


談笑中にいきなり立ち上がったフェイトに皆が注目する。その皆の視線を受け、緊張して口をもごもごさせるフェイトだったが意を決して口を開いた。


「あ、あなたは死んだ人なら誰でも生き返らせる事が出来ますか………?」

「ふむ、これはまた唐突な質問ですね」


確かにそうだ。それにそんな質問をするって事は、フェイトにも誰か生き返らせたい奴がいるという事だよな?けど、アリシア以外に誰が?

俺を含め皆がフェイトの言動を訝しむ中、プレシアだけがハッとした顔をしてフェイトを見ていた。


「どう、なんでしょうか?」

「そうですね………ただ生き返らせるなら誰でも可能です。けど、その故人が持っていた経験や知識、思い出などは難しいです。この度のアリシアさんの場合は本人の体があるので、そこからそれらを汲み上げる事が出来るのですが、体そのものから復元させるとなると厳しいものがあります。性格は同じに出来ても、それが同一人物なのかと言われると………」

「………そう、ですか」


フェイトはぺたっと力なく座り、俯いてしまった。

いきなりテンションがた落ち、悲しみ一直線なフェイト。皆がそんなフェイトを見て戸惑い、プレシアまでも悲しそうに視線をフェイトに固定してる。


(………ったく、世話の焼けるガキだ)


今回の唯一の救いがそんな顔してちゃ駄目だろ。

俺はため息を吐くとフェイトではなく、プレシアへと近づき耳打ちする。


「おい、プレシア。フェイトは一体なに言ってんだ?」

「…………きっとリニスの事よ」


リニス?誰よそれ?名前の響きからして女の子っぽいが。


「私の使い魔だった子よ。そして、フェイトの教育係りだった子」

「ふ~ん。てぇと、その子は死んだの?」

「………………まあね」


なんか歯切れの悪いプレシアの弁だが…………そっか、そんな奴がいたんだな。
フェイトの様子を見れば、フェイトがどれだけそのリニスって子の事が大切だったか分かる。けど、まあ世の中厳しいってのは分かり切ってる事だ。誰も彼も簡単にゃあ生き返らねーよ。
フェイトには悪ぃが、アリシアが生き返るってだけで満足してくれや。

……………………。


「ちなみにプレシア」

「なによ?」

「そのリニスって子の歳、顔、性格、身体つきはどんなだ?」

「はあ?なによいきなり」

「いいから答えろ」

「………見た目の歳はあなたくらいの女性体。身体つきも別に普通だけど、素体が山猫だったから尻尾と猫耳があるくらいね。顔は、まあ可愛らしいわね。性格は真面目で優しいわ」

「──────美人か?」

「まあ、この世界の街頭テレビに映ってたアイドルよりは………」


…………………キターーーーーーーーーーー!!!神はまだ存命だった!それも優しい神が!!

俺はソッコーで男に詰め寄り、その胸ぐらを掴んで立たせると顔を突きつけて言った。


「追加だ」

「はい?」

「蘇生者追加だ。名前はリニス。是が非でも生き返らせろ!!」


がくがくと男を揺さぶり必死に訴えかける俺。


「い、いきなり何です?まあ、先ほども言った通り本人の体さえあれば可能ですよ?」

「体は!!」


バッ音が聞こえそうなほどの勢いで首ごと男からプレシアに視線を移す。プレシアは呆然とした顔で首を横に振った。


「無い!生き返らせろ!」

「いやいや、隼君、さきほどの私の話聞いてました?」

「聞いてた!生き返らせろ!」

「………滅茶苦茶言ってる事自覚してます?」


知るか!これは、俺が幸せになれるかなれないかの最後の希望なんだ!

リニス。ああ、リニス。なんて美しい響きだ。名前だけその美しい姿が脳裏に浮かび上がっていく。
ここにきてとうとう俺にもツキが回ってきたようだ。

フェイトはそのリニスの事が大好きだった事は容易に想像出来るが、一方でそのリニスもまたフェイトの事が好きだったはずだ(てか、フェイトを嫌いな奴なんていねぇだろ)。
そこで彼女も生き返らせてやり、また大好きだったフェイトと生活できるようにしてやったら?しかも、フェイトが今まで以上に幸せになっていると知ったら?
当然リニスは嬉しく思うだろうし、そうしてくれた人に感謝するはずだ。つまり俺に好印象を抱く事間違い無し!そして、その好印象が好意に移行する可能性も無きにしも非ずで、ゆくゆくはリニスが俺の彼女になる可能性も無きにしも非ずでっ!?

つまり脱・童貞!


「あんたなら出来る!」

「ですから───」

「あんたは『難しい』とか『厳しい』とは言ったが『無理』とは言ってねぇ。つまり出来るってことだ!つうか無理でもやれ!!」

「………まったく、耳ざといですね。確かに無理じゃあありませんが、無茶な事に変わりはありません。出来るか出来ないかで言われたら出来ますが、成功する確率は5分もないですよ?」

「構わん!」

「ハァ………やれやれですね」


男は俺の勢いと必死さと顔の形相に押される形で了承したのだった。そして一部始終を呆然と見ていたフェイトは最後、漸く事態が飲み込めた時、俺に満面の笑みを浮かべて抱きついてきたのだった。

どうやらプレシアに買わせる時計がもう1個増えそうだ。


(いや、俺とリニスだけお揃いのペアウォッチってのもありだな)


俺のこの長い一日は、皮算用もいい所なキモくて空しい妄想を抱きながら終わりを告げたのだった。










空に広がるは満天の星空。
ここ海鳴は自然も多く残っているが、どちらかと言うと都会の部類に入る。そんな中で、このような綺麗な星空を眺める事が出来るのはとても良い事だと、タバコを片手に大気を汚しながら思う。いけしゃあしゃあと思う。


「お疲れ様、俺」


プシュとタブを上げ、ビールを思いっきり呷る。この苦味が今までの俺の苦労を表しているようで、俺は思いっきり咽喉を鳴らして飲み込む。

ここは自宅。プレシアの家でもなく、アルハザードでもない、あの狭っ苦しい自宅。


「まだ終わっちゃねーけど、でも大きな一段落だな」


アルハザードを出たのが今から数時間前。アリシアとリニスの件に関してはまた後日って事になった。男にもいろいろと準備があるらしいし、こっちもアリシアの死体を持っていってなかったからな。
て事で、俺たちはいったんそれぞれ自分の家へと帰った。
俺と騎士たちはここに。プレシアは庭園、フェイトとアルフはあのマンションに…………はなく、2人もプレシアと共に庭園に。


「これで、厄介事とはもうおさらばだ」


まだジュエルシードとか手元に残っちゃいるが、そんなもんどうにでも処理のしようはある。なのはにシグナムの姿がバレちゃいるが、それだってどうにでもなる。今までの問題に比べたら些細なもんだ。


「ああ、でももう一人偽家族が増えるんだっけか」


フェイトに断章を渡したが、まだ魔力は注いでいない。それは先送りしているだけで時間の問題なのは百も承知だが、それでも嫌な事は延ばせるだけ延ばしたいのが人間だ。


「まっ、最後の最後に希望が見出せたし、いっか」


リニスって子が生き返るのか、それはまだ分からないが。それでも希望が有るのと無いのとじゃ心持ちが全然違うしな。
彼女彼女~。


「取り合えず、プレシアたちは前より幸せになれるだろうし、夜天たちも仲間が増えて嬉しそうだし」


そして俺も、まあ満たされたから。

だから総じて、四捨五入して、これはハッピーエンドに分類していいんじゃないだろうか?ご都合展開をふんだんに盛り込んだ大団円。

エンディング、物語の終わり。

勿論、俺の生活は続くし、知り合いも増えたので今まで通りの生活が戻ってくるわけはないのだが。
でも、まあこれが小説なら物語の最終話だな。

ただ、先も言ったように俺の生活は今まで通り当たり前に続く。俺の、俺による、俺の為だけの、幸せを求める物語は続いていく。

だから、これはやっぱり一段落であり…………え~と、つまり何が言いたいのかと言うと。


「次回、エピローグ!後日談!」


いきなりすぎるだろって?物事の終わりなんざ得てしてそんなもんさ。いつまでもぐだぐだ続いたところで楽しくもねぇだろ。


「ベランダで奇声上げてんじゃねーよ、うっせぇな!近所迷惑考えろよ!てか、お前の存在自体が迷惑だよ!存在自重しろ!」

「ヴィータ、それはあまりに酷すぎます。慈悲の心を持ちましょう。せめて『お前の顔が迷惑だ』くらいにしておいてあげるべきでしょう」


………………取り合えず、どうやっても綺麗に終わらないのはこれからもずっと変わらないだろう。


(あ、そういやあの男の名前まだ知らねーや)


まぁ、野郎の名前なんざ欠片も興味ねーから別にいいんだけど。

ハァ~ア、何か疲れた。こいつらとの喧嘩が終わったら漫画読も。そして、あのハイパーMAX特上素敵笑顔に癒されよ。あんな彼女が欲しいもんだ。


「上等だ、このガッカリ無価値胸寸胴永遠お子ちゃま共。かかった来いやオラ!」

「ぶっ殺す!」

「カチ~ン」


10分後、管理人さんに怒られたのだった。





[17080] 無印の終わり
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:9ee44e30
Date: 2011/02/07 19:42
いやいや、お疲れさん。ホント、マジで。よく頑張ったよ、俺。俺、サイコー。

……………ホント、疲れた。

あのアルハザードに皆で訪れた日から約2週間後の今、俺の肉体および精神の疲労は限界に達しつつあった。てか、すでに限界突破してるっぽい。むしろ、してなきゃおかしい。最近よく思い浮かぶ言葉が『過労死』だ。
俺さ、あの2週間前の夜に「これはハッピーエンドだろ」的な言葉言ったじゃん?「もう最終話だ」的なさ。

違ったよ。

確かによ、あの時点で終わっとけばハッピーエンドだったろうさ。これからは俺もテスタロッサ家も幸せな未来が待ってるぜ!《完》、な感じで終われただろうよ。小説だったら、そこから作者のあとがきに入ってもいいところだ。

けれど、俺の物語には終わりもなく、ましてや打ち切りすらない厄介な話であり、仮にあの夜が最終話だったとしても、何故かまだまだ話は続いていっている。…………最終なのに続くとかどんな矛盾だ、ふざけんなと言いたい。まあ、それが人生なんだけどさ。
つまり、何が言いたいのかというと。
あの似非最終話のから今日までの2週間、俺の厄介な人生物語は続いていたのだ。そうだな、言うなれば……………





────────────後日談。






ああ、なんて忌々しい響きだ。最終話の後の話、後日談。まだまだ続くよ、後日談。

やってらんねー。もう過ぎ去っちまった2週間だが、やってられなかった後日談だ。はっきり言って、夜天たちが本から出てきてから2週間前までの1ヶ月間と同じくらいの濃度の後日談だった……………てか、いきなりだけど、今思えば夜天たちと出会ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないんだよなぁ。なんかもう軽く半年くらい過ぎてるような感じだ。
夜天、シグナム、シャマル、ザフィーラ、他2名の騎士たちとの偽家族生活もだんだん慣れてきちまったよ。よくあの狭っ苦しい部屋で俺合わせ7人の人間が生活出来るもんだ。ギリギリだけどな。あと1人でも増えれば絶対アウトだ。てか、実際増えそうになったんだけどさ。………………うん?誰がかって?まあ、それは後にすぐ分かるさ。つうか、察しの悪い奴でも分かるだろ。俺と暮らそうなんて物好き、それこそ忠誠心でもなけりゃするはずがねーし………………自分で言ってちょっとヘコんじまった。
まあ、あれだ、それでも分からない奴の為に、そいつを一言で言うなら『アホの娘』だ。OK?

ちっと話が逸れたな。ええっと、後日談だっけ?じゃ、まずは何から話すかねぇ。さっきも言ったように、ホント濃い2週間だったからなぁ。いろんな事がありすぎたんよ。つうか、GWがいつの間にか過ぎ去っちまってたからな~。もしこの話がハーレム物だったらいついつまでも続いて欲しくて後日談もバッチコ~イなんだけどよ、生憎とうざったいだけの人生物語だ。

ともあれ、そうだな…………じゃ、最初は当たり障り無く軽い話から。てか、どうでもいい話から。

えーと、アレあったじゃん?アレだよ、アレ。なんつったけ、あの石だよ。青いやつ。ん~…………あ、そうそう、ジュエルシード!まずはあのジュエルシードの話からしよう。

で、そのジュルシードなんだが、シグナムがぶん盗ってきたやつとフェイトが取って来たやつ合わせて数個が手元にあったわけよ。無論、このまま持ち続けるのはあまりよろしくない。また厄介事の火種にでもなられたら事だかんよ?

て訳で、さあ、これはどうしようと皆で頭を捻った結果、まず最初に浮かんだ考えは『管理局に持っていこう』という真っ当な案。
けれど、俺はそれを却下した。何故かって?サツが嫌いだから。
管理局って魔法世界のサツみたなモンなんだろ?やだやだ、そんなトコに顔出したくねーし。もしかしたら報酬とか貰えんのかも知んねーけど、それでも嫌だね。ましてや俺は夜天の写本やテスタロッサ一家の件でいろいろ動き回ったんだ、どんなイチャモンつけられるか分かったもんじゃない。
もうクソ面倒な事になるのはゴメンだ。

で、次の案。
『魔法世界で足がつかないように秘密裏に競売にかけようぜ!』というもの。勿論、俺の考えだ。
1秒で却下された。

次に出たのは『海に放流しちまおう』というもの。勿論、これも俺の考え。
ただこれは無茶苦茶言ってるように聞こえるかも知んねーけど、ところがどっこい、実際は中々良い案なだぜ?広大な海に指紋をふき取ったジョエルシードをバラバラの位置に撒くんだ、犯人の特定なんてそうそう出来っこねぇよ。
しかし、結果的にこの案も却下された。
唯一、フェイトが反対したのだ。


「隼、あの白い魔導師の子の事、忘れてない?」

「白い魔導師の子?……………ああ、なのはか」

「…………そのなのはって子、多分管理局と繋がってる」


らしんよ。まあ、確かになのはがこの石を集めていた事は知ってたけどさ。あいつ、局とも繋がってるわけ?


「私とその子が戦おうとした時、管理局の執務官が割って入ったんだ。私はすぐ逃げちゃったから本当の所は分からないけど、でもきっとその子は局と一緒に行動してる」


だとさ。
そして、そう言っていたフェイトの隣でアルフが何故か怒りの顔を見せていたので、どうしたのかと聞けば、


「あの局員、フェイトを攻撃して怪我を負わせたんだよ!隼もフェイトの背中見ただろ?」


ああ、あの時か。そんな事もあったな、すっかり忘れてた。そういやあれでフェイトが虐待されてるってのも判明したんだっけ?まあ、そう考えれば怪我の功名だが……………


「はいはい、アルフもそう怒んなって。どうせもう会う事もねーんだろうしよ。まあ、でも、もしまた会う事があったら、そん時は───────フェイトをあんな目に負わせたクソには、俺がきっちりオトシマエつけさせてやる」


まあ、それは兎も角。

しかし、これはちょっと不味い事になった。なったっつうか、なってたのに気づいた。

なのはには俺が魔導師って事がバレている。さらにシグナムの面まで割れていて、そのシグナムが最低でも1個はジョエルシードを持っているってのが知られている。加えてフェイトもいくつかのジョエルシードを持っている事も知っている。
つう事はなのはがその事を管理局に伝えている可能性は大だ。俺が魔導師って事は口止めはしておいたので大丈夫だろうけど、少なくともシグナムの事は局にチクったはず。幸い俺とシグナムの関係性まではバレてないだろうけど………うわ~、ホントにこれはちょっとどうしよう?

俺は無い知恵を絞り、皆からの意見も取り入れた結果………


「こんちゃ~、鈴木宅配便で~す。なのは居る~?」


高町家訪問と相成った。
じゃ、回想ってか後日談、そのままいってみようか。


「ハ、ハヤさん!?え、何でハヤさんがここに?あ、もしかしてお父さんに会いに来たの?」

「いや、その士朗さんにここの場所聞いてやってきたんだよ。なのはにちょい用事があってさ」

「え、私?」

「そそ。まあ、立ち話もなんだ、中に入ろうぜ。遠慮なくどうぞ、なのは」

「あ、うん、そうだね。お邪魔します…………って、それはハヤさんのセリフじゃなくてなのはが言うべきセリフ!」


ドングリを口の中に入れたリスみたいに小さく頬を膨らませて怒りを表現するなのは。

久しぶりに会ったけど、なんつうか、相変わらず激可愛?
いや、もう、ホント可愛いガキだなぁ。ロリーズにもこれくらい可愛げがあれば俺もちったぁ優しくなれんだけどよ。あいつら、マジ性格腐ってっからなぁ。まあ、ロリーズにはもう何も期待してないが。今の俺の中の一番の期待のガキはあの『三姉妹』だし。特に長女と次女。


「ところで、ハヤさん」

「あん?どうしたよ」

「その頭はどうし───────」

「なのは」


ガシっと俺はなのはの両肩を掴むと、しゃがんで目線を合わせる。
ビクっとなのはが少し怯えたが、今回ばかりは無視だ。


「いいか、なのは。世の中にゃあな、触れちゃなんねー事があんだよ。そこを超えちまうと後はもう命のやり取りしか残らねーんだ。俺は、なのはとそんな事はしたくない。分かるか?」

「…………た、立ち話もなんだし、あがって!」

「おじゃましま~す」


俺となのはは何事もなかったかのように家へとあがった。そしてリビングへと通され、そこでなのはがお茶を用意してくれ、それを飲んで一息ついた。


「ええっと、それで今日はどうしたの?私に用事があるって言ってたけど………」

「ああ、まあな。その前によ、なのはって管理局って知ってる?」


フェイトの言葉通りなら、勿論なのはは局を知ってる所かツルんでさえいるのだが、俺は何も知らない風を装う。


「え、うん、知ってるよ。ほら、温泉の時言ったジュエルシード、あれを今管理局の人と一緒に探してるんだ」


やっぱりビンゴか。めんどくせぇな~。まあ、何とかならぁな。


「今この家にその管理局の奴っている?もしくは監視カメラチックなモンで監視されてたりとか」

「?ううん」


それを聞いたあと、徐に俺はポケットからジョエルシードを取り出した。


「なのは、コレやる」

「わぁ~、綺麗な石……………………………………………………………え゛」


なのはらしからぬ濁音付きの呟き声を発すると、俺の手から恐る恐るジョエルシードを受け取り、それをしげしげと見回す。
そして、こう言った。


「ジュエルシードーーーーーー!?」


叫び声も可愛いとか、なのはは無敵だなぁ。


「ちょ、え、嘘!?な、なんでハヤさんがこれを!?それに封印処理もすでにされてる!?」

「ガチャポンで当てた。すぐそこのデパートで1800円くらい使ったかな」

「微妙にリアリティを持たせた嘘を堂々とつかないで下さい!!」

「バレたか。ホントは3000円使った」

「ガチャポンは嘘じゃない!?」


やっべ、なのはって超素直ってかイジリ甲斐があるんですけど。可愛くて素直でイジられ役って、もうこれ最強じゃん。ちょっと士朗さんに頼んで理となのは交換してもらおうかな。
やっぱさ、ガキってなぁこうでないとよ。

思った事を喋って、感情を顔に出して、全ての物事に大げさに一喜一憂する。俺の知ってるガキん中でそれが素直に出せているのは、このなのはを除外して二人。

あの三姉妹、その『長女』と『三女』くらいだろう。

『長女』はもう文句の付けようも無いほど可愛く、『三女』はちょっとアホだけど、そこがまたガキらしくて可愛い。『次女』も中々いい線いってんだけど、あいつはホンの少しだけ大人びてるとこがあるからなぁ。まっ、それを補ってあり余るほどの可愛さをあいつは有してんだけどよ。

ああ、後は残りのガキ、つまりクサレロリーズに関してだが、もうあいつらは死んだほうがいいな。可愛さの欠片どころかその痕跡すらないような奴らだし。


「ほらほら、ちょい落ち着けって。嘘だよ嘘、ぜ~んぶ嘘。ホント、なのはは可愛いやつだなぁ」

「…………むぅ~、ハヤさんの馬鹿!」


なのはの罵倒は、しかし俺にはまるで意味をなさない。

本来なら俺に『馬鹿』とかぬかす奴は、それが例えガキだろうとある程度のオシオキをするんだが、どうしてかなのはからの罵倒の言葉はただただ微笑ましくなるだけ。もしこれが仮にロリーズだった場合は容赦せずぶっ殺してんのにな。

まっ、世の中可愛いやつは得をするってこった。

と、そうやってなのはを可愛がってた時、突然俺たちのいるリビングに一つの影が飛び込んできた。


「あ、ユーノ君」

「あん?ユーノクン?」


その影は素早い動きでリビングに入ってきて、そのまま脇目も振らず座っているなのはの太ももの上へと乗っかった。


「へ~、なのはンちは動物飼ってんだな」


そう、その影の正体は動物。種類としては………フェレット?まあ、そんな感じの奴。

そんなフェレット(?)だが、なのはの太ももの上にちょこんと座り、俺の方に少しだけ顔を向けた後すぐになのはの顔を見た。それはあたかも『こいつ誰だ?』となのはに問うているような仕草だった。そして、そのなのは本人もそう思ったのだろう、フェレットに俺の事を紹介しだした。


「ほら、ちょっと前温泉に行った時、ハヤさんって男の人の魔導師に会ったって言ったよね?それがこの人」


ただの動物相手に友達のように喋りかけるなんて、ホント、なのははガキらしい可愛いさを持ってるなぁ。
なんて、ニコニコしながらなのはを見ていたその時、


「ああ、この人がそうなんだ。はじめまして、ユーノ・スクライアです」

「あン?」


今、確かなのはでも俺でもない第3者の声が聞こえたような?てか、確実に聞こえたんだが?

俺がキョロキョロと辺りを見回していると、そこで含み笑いをしているなのはの顔が目に入った。次いで、なのはが指で自分の太ももを指す。しかし、もちろんそこには人語を喋るわけがないフェレットが一匹いるだけで……………


「ええと、こんにちわ」

「……………………」

「あはは、やっぱり最初は驚くよね。いきなりフェレットが喋れば」


………………………。


「おう、こんちわ」

「「順応が早いっ!?」」


はん!伊達にザフィーラやアルフや『あいつ』を傍で見てねぇっつうの。流石に今回のはいきなりだったんで少し固まっちまったが、だからって喋るフェレット自体には何の驚きもない。

そういやなのはは魔導師だったな。なら、そいつは使い魔?ふ~ん、すごいね。

こんな感じで、余裕で流せる。だから、重要なのはもっと別の所だ。


「突然だが、なあ、ユーノ。もしかしてお前、人間の姿にもなれたりする?」

「あ、はい、勿論です。というか、この姿は変身魔法によるもので、もともと僕も魔導師なんです」


ンな補足事項なんぞどうでもいいが………そうか、やっぱ人の姿になれるのか。だったら、次の問いが極めて重要だ。その結果如何ではここ高町家での滞在時間が大きく違ってくる。


「ちなみにユーノ、お前は女性?それとも男性?」

「?えっと、男ですけど………」

「──────ちっ」

「何故か本気で舌打ちされた!?」


淡い期待を抱いた俺が馬鹿だったよ。なんだよ、野郎かよ。しけてやがんなぁ。あ~あ、テンションがた落ちだ。


「野郎はお呼びじゃねーんだよ。なのはとの逢瀬を邪魔スンナ、どっかいってろ」

「ひ、ひどい」


しかも、幼女の太ももの上に平気で乗るとか、どれだけ変態なんだよ。いい歳こいた野郎が、気持ち悪い………………いや、待てよ?

俺はなのはの太ももの上で邪魔虫扱いされて悲しんでいるフェレットを見て、こう訊ねた。


「最後にもう1個。お前って何歳?」


変身魔法とか、そんな凄そうな魔法使ってるから俺はユーノの事を少なくとも『成人くらいしてんだろ』的に自然と思ってたけど…………まだ希望は残されていたようだ。

果たして。


「…………歳ですか?9歳ですけど」


次の瞬間俺はなのはの太ももからユーノを抱き上げ、自分の太ももの上に乗せる。そして、撫で回した。


「わわわわわわわわっっ!?」

「ンだよ、それを早く言えよな。無碍にして悪かったよ、いやマジで」

「ちょ、ちょっと…………もう!」


このままでは不味いとユーノは思ったのか、いきなり体が光ると次の瞬間には俺の太ももの上には一人のガキが。

なるほど、こいつが真・ユーノか。
大方、人間の姿に戻り俺の手から脱しようと考えたのだろうが………甘い!


「あ、あの、鈴木さん、いい加減撫でるのはやめて離して下さい!」

「おいおい、『鈴木さん』とかそんな他人行儀やめろや。それにガキが一丁前に敬語なんて使うなよな」

「わ、分かった、分かったから。隼、離してよ!」

「嫌だね」


思えば俺の周りにいるガキって皆女の子だかんなぁ。こうやって膝の上で抱いたりって事は中々出来ない。フェイトは恥ずかしがってやらせてくんないし、三女は『そんな体を密着させるなんてハレンチな行為は例え主からと言えど嫌だ!』なんていう言葉を俺に肩車されながら言うアホっ子だし。唯一、長女だけがガキらしく無垢に甘えてきてくれる。……………あん?ロリーズ?仮にせがまれてもやんねーよ。
まあ、だから、ユーノみたいな同姓のガキってのは貴重なんだ。


「いいな~、ユーノ君。楽しそう」

「なのは、この状態の僕のどこに楽しさを見出したの!?」


線が細く、男の子のクセして顔の作りが女の子っぽく、さらに声まで女の子っぽいユーノ。

こいつは将来、きっとイケメンになるな。綺麗に髪伸ばしてそれを後ろで縛って、さらに知的メガネかけてそう。そんで、その中性的な顔と声で女性にモテモテ。
………………。


「あ、あれ、あの隼、ちょっと力が………え?し、絞まってきてる!?ちょ、ハグの力がベア級になってきてるよ!?」

「あ、わりぃ、つい癪に障って」

「突然、何が!?」


年端もいかないガキに真剣に嫉妬する大人の姿が、そこにはあった。
というか、俺だった。


「まあ、おふざけはここまでとしとこう。取り合えず、それはなのはとユーノにやるよ」

「それ?………って、ジュエルシード!?」


ユーノ、気付くの遅ぇよ。


「な、なんで隼が」

「いやぁ~、実はUFOキャッチャーで─────」

「「嘘つかないでよ!」」


は~い。
じゃ、ホントに真面目に話しますか。真面目な作り話をよ?


「お前らさ、俺以外の魔導師見たことある?二人なんだけど………一人は金髪のガキ魔導師で、もう一人はかっけぇ剣持った美女魔導師」


その言葉に二人は即答に近い早さで頷いた。まあ、そりゃ簡単には忘れられない容姿してっからなぁ、あの二人は。
勿論、二人とはフェイトとシグナムの事だ。

さて、ここからがでっちあげトークだ。


「で、どうやらそいつらもお前らと同じようにその石を探してたみたいでさ。つい先日、外歩いてたらいきなり結界の中に入っちまって、しかも、中でその二人がお互いの石賭けてガチバトルしてるじゃねーか。こりゃ巻き込まれる前に逃げねーとと思った所で二人に見つかっちまってよ。いきなり……いきなりだぜ?二人が斬りかかって来やがんの。魔導師だから敵だと思ったのかどうか知んねーけど、俺、頭キてさ、軽くオシオキにしてやったんだよ。ならさ、泣いて詫び入れてきて、さらにその石も差し出してきたわけ。でもさ、俺別にそんな石欲しくもねーからそのままイジメ続けてやろうかなーなんて思ってた時、『ああ、そう言えばなのはがこんな石欲しがってたな』とか思い出して、じゃあこれで許してやるって事でその二人に貰ったんだよ。あの二人、最後は『もうこんな怖い魔導師がいる管理外世界なんて来たくない!』とかベソ掻いて飛んでったな。で、そんな事があって俺がこの石を持ってるわけ」


と、まあ、つまりはこういう事だ。これが、無い知恵を絞り、皆の意見を取り入れた結果。

どうだ、すげぇだろ?俺との関係をボカシつつ、ジュエルシードを手に入れた経緯、その後のフェイトとシグナムの動向までも網羅。無理やりで、シンプルで、テキトーで、力任せな弁論。でも、実は話しを作るときはこういうやり方が意外と効くんだよ。大胆で、破天荒で、でもどこか現実臭い話がよ?


「あ、でも管理局には内緒な?石は全部なのはが自力で見つけたって報告してくれや。俺、そういう組織とかって嫌いだかんよ、詮索されたくねーんだわ。秘密のハヤさんで一つよろしく」


まあ、なんだかんだ言っても所詮は嘘っぱちの作り話。とてもじゃない、管理局は欠片も信じてくれないだろう。目の前のなのはとユーノだって心の底から今の俺の話を信じているわけがない。実際、何か言いたそうな顔をしている。

けれども、俺はそれ以上何か付け加えようとは思わないし、当然真実も話すつもりはない。よって、なのはとユーノには無理やりにでも納得してもらう。


「そんな可愛らしく変な顔すんなよ。俺だってイマイチ分かってねーんだ。けど、お前らはこの石が欲しかったんだろ?ならそれでいいじゃん。さらに、石を狙ってた謎の魔導師二人もあの様子じゃもう諦めたようだしよ。万事解決ってやつだ」

「うん………でも、何かしっくりこないっていうか、あまりにも都合がいいような」

「おいおい、ユーノよぉ。お前、ガキなんだからもうちょっと素直に物事を見ろよ。ここにジュエルシードがあって、残りのジュエルシードは邪魔者もなくゆっくり探す事が出来る。しっくりこなくても都合がよくてもそれが事実だ」

「まあ、そうなんだけど………」


頭の固ぇガキだ。思慮深いってのはいいことだが、ガキでそういうのは俺は嫌いだな。

ユーノはまだ釈然としないようで、俺の膝の上でウ~ンと唸っていた。しかし、そんなユーノとは反対になのはどこかスッキリした顔をしていた。


「ユーノくん、ハヤさんはきっと、ていうか絶対何か隠してるだろうけど、でも私はそれでいいと思う。だって、こうやって手元に探してたジュエルシードがあって、それに………もうフェイトちゃんと戦わなくていいし」


なのはも結構言うな。てか、なのはってフェイトの名前知ってたんだな。しかも、何か思うところがあるのか少しだけ寂しそうだ。

そして、俺がそんなガキの顔を見て放っておけるはずもなく、ついつい詮索言葉をかけた。


「なんだよ、なのは。そのフェイトって奴がどうかしたのか?」

「うん、あの子のこと、もっとよく知りたかったなぁって。戦いとかじゃなくて、もっと普通にお話したりして、お互い分かり合って………そう、友達になりたかったんだ」

「………………」


どうしてこう、なのはは良い子なんだろうか?ちょっとマジで理と交換してほしいんだけど。今ならヴィータもつけるからさ。

まあ、それは兎も角、参ったね、こりゃ。

フェイト本人からなのはとは何度かやり合ったってのは聞いてたが、まさかなのはがそんな感情を抱いてるとは思いもしなかった。フェイトの奴なんて、なのはの事なんて殆ど関心がない様子だってぇのに。まっ、けどそれもしょうがねーわな。今フェイトは自分の事で手一杯だかんよ。なんせ、姉と妹が同時に出来た上に、笑顔の母親と育てのお姉さんが帰ってきたんだからな。そりゃあ、他人なんてどうでもよくなるさ。

しっかし、友達になりたいねぇ………そう思ってくれるのは俺としても嬉しい事だ。なのはもフェイトもすっげぇいい子だし、ソリも合うだろうから絶対ぇいい関係が築けんだろうよ。でもな、だからって「はい、そうですか」ってわけにもいかねーのよ。

なのはのバックにいる管理局、俺が今までしてきた事、フェイトが今までしてきた事、俺とフェイトの関係………そんな諸々の事情がどうしてもネックになってくる。ガキの為に尽力したい気持ちもあるが、生憎と俺は自身の保身の方が大事だからよ、やっぱなのはとフェイトを合わせるわけにはいかねーや。


(…………まあ、でも)


ガキの寂しそうな顔を見るのは苦手でね。特になのはのそんな顔は見たくねぇ。

俺はポケットから携帯を取り出した。


「なのは、お前携帯持ってる?」

「え?うん、持ってるけど」

「よし、じゃあよ、アド交換しようぜ」

「いいけど、いきなりどうしたの?」

「いいから、いいから」


俺は携帯の赤外線機能を受信にし、なのはにアドレスを送ってもらった。その後、俺は赤外線ではなく直接そのアドにメールを送った。


「あ、きた……あれ、これは?」


なのはが首を傾げながら携帯の画面を見ている。たぶん、そこに写っているのは俺からのメールで、その本文には一つのアドレスが書かれているはずだ。


「お前を笑顔にするアドレスだ。暇なときメールでも送ってみろよ。でも、他の奴等には秘密だかんな?もしバレたら即着拒されちまうと思え」


?顔のなのはをよそに、俺は携帯をポケットに仕舞い、膝の上からユーノを降ろして立ち上がる。

さて、そろそろ帰るとしますかね。言いたい事も言えたし、石も渡せたしな。それに、長居するとボロが出ちまいそうだし。まあ、本音は全然別のところにあるんだけど。


「あ、ハヤさん、もう帰っちゃうの?」


件のアドレスにメールを送ろうか悩んでいたなのはだったが、俺の動作に反応してそう言ってきた。


「おう。まだお前らと一緒に居て癒されたい気持ちはあるんだが、それと同等くらいにこの癒しも摂取しときたいんでね」


俺は煙草の箱を取り出し、中から1本抜き取って口に咥えた。
コレが本音。
流石に人ん家で、そこの家主の許可も無く吸えないからな。そもそも、たぶん高町家の人は誰も煙草を吸っていない。カーテンとか壁とか、全然黄ばんでないし。
俺がいくら自分勝手の自己中野郎でもそれくらいのマナーは守るさ。
路上喫煙はするけど。


「ハヤさんって煙草吸う人だったんだ。あ、じゃあ、ちょっと待ってて!」

「あん?」


なのははトコトコと小走りでキッチンの方へ行くと、そこから一つのガラス皿を持ってきた。
てか、あれはどうみても灰皿だ。高町家の人は誰も吸わないだろうと思ってたけど、俺の見当違いか?


「灰皿あんだな。士郎さんが吸うの?」

「ううん、うちは誰も吸わないよ。これはお客さん専用」


ほ~、何とも用意のいいこって。それだけ、高町家には客が多いって事か?確かに、自分んちで商売やってりゃ交友関係は広そうだ。
ともあれ、これ有難い限りだ。

俺はなのはから灰皿を受け取ると、そのまま庭へと出た。


「別に部屋の中で吸っていいよ?」


とは、なのはの弁だが、生憎とそういうわけにはいかない。一緒に住んでるロリーズとか、親と本人公認のフェイトとかの前なら兎も角、相手はなのはとユーノだ。士朗さんの居ない間にあんま好き勝手するわけにもいかんだろ。
禁煙は無理だけど、せめてなのはに受動喫煙させないようにするくらいはしないとな。

俺はなのはとユーノを部屋の中に居させると、一人庭で思いっきりモクを肺に入れる。


(あ~、ニコチン美味ぇ~)


満足げにぷかぷかと煙を漂わせながら吸っていると、ふと視線を感じた。見れば、なのはがジッとこっちを見ている。


「どした?」

「うん、何だか凄く美味しそうだなぁって。それに、ちょっとカッコイイ」

「はァ?」


美味しそうってのは兎も角、カッコイイってなぁ何だよ?…………まさか、俺が?もしかして、なのはの奴、いきなり俺の魅力に気付いたのか?こりゃ参ったね。俺ぁガキには欠片も興味ないんだけど~。いやぁ、でも小学3年生の純粋無垢な美少女を虜にするたぁ、俺も中々捨てたもんじゃねーな。悪いね、なのはに片思い中の男子生徒諸君。すっぱり諦めてくれや。ああ、でも、なのはよぉ、告白なら10年後頼むぜ?イヤッハ~、モテる男は辛いねぇ。

……………………。


(アホらし)


ンなわけあるかっての。ガキからとは言え、生まれてこの方異性から『カッコイイ』なんて言葉ほとんど言われた事ねーんで舞い上がっちゃいました。はいはい、調子コいてすみませんね。


「で、一体何を指してカッコイイってんだよ?」

「ハヤさんの煙草吸ってる姿が」


はぁ?あんですか、それは?


「何だか凄く大人っぽくてカッコイイな~って」


ああ、な~る。あれか、簡単にいうと大人への羨望とか憧れってやつをなのはは感じたわけか。

確かに、煙草はある種大人のアイテムだしな。それに、ガキってのは背伸びして1日でも早く大人になりたいって思いをどこかに持ってるもんだ。俺だって、そもそも煙草始めた切欠はそんな感じだし。


「ホント、お前は素直だねぇ。つうか、大人っぽいじゃなくて、俺はマジ大人だっての。なのはとユーノって今9歳だろ?一周りも違ぇじゃんか」

「あはは、そうだね」


まあ、一部大人になっていない部分があるが。


「大人なんてなぁ生きてりゃ誰でもなれるさ。そこに優劣は付くけど、まあ心配すんな。なのはは完全に優になれる素材だからよ。勿論、ユーノもな」

「そうだね。ユーノ君、将来はハヤさん以上にカッコイイ人になると思うよ」


なのはやなのはや、お前さん、何気に俺に喧嘩売っちゃってますよ。お気づき?


「あ、ありがとう。なのはも将来、絶対き、綺麗になるよ。ああっ、も、勿論、今も凄く可愛いよ?」

「にゃは。ありがと、ユーノくん」


おんや~?ユーノや、中々面白い反応してんじゃねーのよ。そんな顔真っ赤にしちゃってさぁ。きみ、もしかしてなのはにアレですか?アレなんですか?おいおい、いいネタ提供してくれるじゃんよ。
ちょっとこりゃ見過ごせないな。いち大人としてよ?


「ユーノ、ちょっとカムヒア~。なのははそこでストップな」

「「?」」


俺は煙草をもみ消してウンコ座りすると、寄ってきたユーノの首に腕を回してお互いの顔を近づけた。


「は、隼、いきなりどうしたの?」

「どうしたもこうしたもねーよ、このマセガキが。稼げる所はきっちりポイント稼ぎか?大人しそうな顔して、この策士が」

「な、何を………」

「で、なのはのどういう所が好きなんよ?」

「!?!?」


おいおい、そんな『何で隼がそれを!?』みたいなテンプレな顔はやめろよ。俺ぁ、これでも人の感情には聡い方だぜ(………たぶん、おおよそ)。しかも、それがガキなら手に取るように分かるっての。


「べ、べべべ別に僕はなのはの事なんて何とも………!」

「そんな女顔で恥ずかしそうに頬染めるなっての。言動と相まって女々しさMAXだっつうの。まあ、それは措いといて。いいか、ユーノ、自分を騙すのも勝手だし待ちに徹するのも勝手だけどよ、それじゃあいつまで経ってもある一定の線は越えないぞ?」

「だ、だから僕は別に…………」


たく、世話の焼けるガキだ。


「いいから、俺の独り言だと思って聞け。確かにお前は良い奴だし、中々利発そうな奴でもある。魔導師としての力も多分俺なんかよりずっと上だろうよ。けどな、今まで生きてきた年数と女性絡みのイザコザの経験だけ見れば俺の方が上だ。で、そんな俺から言わせて貰うが、もし本気でなのはとそういう仲になりたいならまずは自分の気持ちを肯定しろ!そして、ウダウダ考えず突っ走れ!さもなきゃ行く末に待っているのは─────────────俺(童貞)だ」


俺も、ガキの頃からそれが分かっていれば、今頃は彼女の一人や二人出来てただろう。けれど、それに気付かず俺はいつの間にか恋愛に臆病になっていた、思うばかりで行動には移せなくなっていた(決して鳥じゃない)。


「最後はちょっとよく分からないけど…………うん、何故か隼にはなりたくないって思う」

「自分で言っておいて何だが、うるせぇよ特大級なお世話だ」


俺はフンと鼻で溜息を吐くと、ユーノの頭を軽く撫でて立ち上がりながら言う。


「兎に角、四の五の考えずもうちっと素直になれや。じゃなきゃ、見も知らぬ野郎になのは持ってかれちまうぞ?鳶に油揚げってな」

「ハヤさ~ん、お話終わった~?」


見計らっていたのだろう。なのははそう言いながらこちらにトコトコと歩いてきた。
だから、お前はどうしてそう一々可愛いんだ?

俺は傍に寄ってきたなのはの頭をついつい撫で回した。


「うれうれうれ!」

「にゃ~~~っ!」


楽しそうに頭を撫でる俺と、楽しそうに頭を撫でられるなのはだった。


「……………『鳶』に油揚げっていうか、『隼』に油揚げ?」


そんなユーノの呟きが聞こえたような聞こえなかったような。














と、まあこれが後日談のある一幕だ。あくまで一幕、ほんの一部で、取り分けほのぼのとした後日談だな。いろいろ気になる点もあるだろうけど、それはまた次の機会の後日談でな。

まあなんだ、いろいろとありはしたが、今現在は結局なるようになったって事だ。
俺は今まで通り、騎士たちとクソ狭いアパートで暮らして。
テスタロッサ家は家族6人、今は地球に移り住み、あのマンションで騒がしい毎日を送っている。

ああ、そうそう、ジュエルシードの件のその後なんだが、結局なのはが管理局と協力して残りの全てを回収した。その後、管理局は特に何事もなくこの世界を去ったとの事。また、なのははそのまま魔導師として、管理局に所属する事にしたらしい。といっても、こっちの生活もあるので、正式に入るのは義務教育を終了してからになるらしい………………というのを、フェイトがメールを見ながら教えてくれた。
ともあれ、なのはは俺たちの事は完全に秘密にしてくれた事はおろか、その為にユーノと一緒になっていろいろと誤魔化してくれたようだ。感謝感謝。

それから、後は何かあったかなぁ………ええと─────


「あ、コラ、フェイト!それはボクのボクだけのボクにのみ許された鉛筆だぞー!つまり、ボクだらけ鉛筆だー!」

「あ、ご、ごめんね?」


ええと─────


「えっと、これがこうなってこうなるから…………あれぇ?うぅ、分かんないよ~」

「アリシアは馬鹿だなー。ボクなんてもう最後までやったゾ!」

「………ライト、数式の答えが四文字熟語には絶対ならないと思うよ?」


…………………。


「うが~、分っかんないーー!こんな物こうしてやる!極光─────」

「ド阿呆!!」

「痛っ!?」


俺はアホの頭にチョップを見舞わした。


「今、いろいろと今までの経緯とか事後処理の出来事とかを皆さんに説明─────もとい、思い返してんだよ!アリシアとフェイトを見習え、大人しく勉強してろ!」

「酷いぞ、横暴だぞ、かっこ悪い!」


言い忘れてたな。パチンコ屋をクビになった俺の新しいバイト先をよ。


「後1時間でその範囲が終わらなかったら、お前だけ漢字ドリルも追加だかんな」

「うえーー」

「ほらライト、がんばろ?もうちょっとだからさ。私も少し教えてあげるから」


テスタロッサ姉妹の家庭教師やってます。
時給1500円。

ついでに説明すると、生き返ったアリシアと新しく生まれた断章のガキとフェイトで目出度く三姉妹となって、テスタロッサ家の一員となっている。


「わたし終わった~。隼、遊ぼ!」

「もうちっと待ってな、アリシア。フェイトとアホがまだ終わってねぇからよ」

「むぅ~~!ライト、フェイト、早くー!」


肉体年齢の一番低い長女アリシアがぶーぶー言いながら、精神的長女な次女フェイト、アホ代表三女ライトニングを急かす。
ここ最近お決まりの光景だ。時と場合によってはそこにヴィータと理も入る日がある。


(やれやれ、ホント、騒がしいガキどもだ)


けれど、それは全然悪くない。この日常に俺は幸せを感じている。厄介事が終わった後は、こんな何でもない日常が本当に貴重に思えてくる。


(まあ、あいつは俺以上に幸せを感じてるだろうけどな)


俺は騒いでいる三姉妹の傍から離れ、その光景をキッチンの方から見ている一人の女性に近づいた。


「なに一人でニヤニヤしてんだよ、きもい奴だな」

「ふん、うるさいわね」


勉強が終わった後出そうと思っているのだろう、ホットケーキを作りながら微笑んでいるプレシア。
その微笑は誰が見ても綺麗に映るほどのもので、つい最近になってよく出すようになった表情の一つ。

俺はそんな顔のプレシアを見て少し笑うと、ポケットからタバコを取り出し火をつけた。


「タバコ、やめたら?」

「いくら金欠になろうとコレだけは手放せん」


言いながら、吐く煙で綺麗なマルを作る。
こういう小技、前はあんまやってなかったが、一度アリシアの前でやってウケが良かったから最近では見られてもないのについやっちまうようになった。


「…………体には気をつけなさいよ」

「テメェに心配される筋合いはねーよ」

「あるわよ。もしあなたが病気にでもなったら、悲しむ子が一杯いるでしょ」


母親の顔をしながらそう言うプレシアの視線の先には三姉妹。しかし、次の瞬間一転して頬を染めながらこう言った。



「………わ、私も心配するし」

「は?」

「す、少しだけよ!」


あれ?その顔も母親の顔?なんかフツーに乙女のような顔に見えるンですけど?

プレシアはぷいっと横を向くと、恥ずかしそうな声の調子で言った。


「あなたには、感謝してると言ったでしょ」


それはアリシアが蘇った次の日だった。プレシアから庭に呼び出された俺は、着いてすぐ私室に通され、そこでプレシアの想いを聞いた。


『私はアリシアが全てと思い込み、それ以外はどうでもよかった。特にフェイトなんて、アリシアの記憶をやったのにアリシアになれなかった不完全モノと思ってた。…………思ってたはずだった』


それは懺悔だった。


『昔ね、アリシアが言ってたのよ、「妹が欲しい」って』


プレシアは涙を溜めながら吐いた。


『いつもそうなの。私は、いつも、気づくのが遅すぎた』


馬鹿なやつだ。


「あの時も言ったけどよ、俺に感謝すんのは筋違いだ」


感謝するとすれば、それはアルハザードのあの男かフェイトにだ。


『気づくのが遅すぎたって、結局気づいたんだろ?だから、今こうやって望んだ以上の未来が来たんだ』

『………あなたがいたから気づけたのよ。私だけじゃ、きっと………だから、感謝してるわ』

『俺は俺のやりたいようにやっただけで、その過程でお前が勝手に気づいたんだろ?なら、俺に感謝なんて筋違いだ。アリシアを蘇らせたあの男か、もしくはいつでも傍にいたフェイトにしろ。つうか、俺に感謝するなら金をくれ』


そういうやり取りもあって、俺は今こうやって家庭教師をやっている。感謝の代わりにバイト先の紹介ってよ。


「それでも、あなたへの感謝の心は消えないわ。そうね、隼風に言うなら、あなたがどう思おうと私は勝手にあなたに感謝するわ」

「…………へっ、そうかい」


ああ言えばこう言う奴だ。これだから年増には敵わん。

俺は頭をガシガシと掻くと、タバコを咥えたまままた家庭教師の任に着くべく姉妹の下に戻る。
ただその前に二言。


「おい、プレシア。今、幸せか?」


プレシアは目を丸くしたあと、笑みを濃くした。


「─────ええ」


だったら、よし。
それともう一つ。


「それとな」

「?」

「ホットケーキ、けっこうファイヤーしてんぞ?」

「え?あーーーー!」













さて、長々と語ったが、もうこの辺で終わったこうか。
まあ、まだまだ気になる事もあるだろう。

時の庭園はどうなったのか、とか。
生き返ったもう一人はどうなったのか、とか。
俺の頭がどうした、とか。
そもそも2週間の間に一体なにがあったのか、とか。
その他もろもろ。

知りたい気持ちは分かる。でもよ、言っただろ?
俺ぁ疲れてんだよ。
それによ、何を語った所でそれは過去の話だ。ぶっちゃけ、どうでもいいだろ?俺はどうでもいい。

俺は、今、この時、この現在が良ければ全て良しだかんよ。

だから、俺の人生物語はここでお終い。
これから先は、きっと平々凡々な生活が続いていくだけだろうからさ。少なくとも、もう今回の件と同等かそれ以上の厄介事には直面する事はないだろう。

まあ、もしかしたらこの2週間の出来事くらいは語る日も来るかも知れんが、だが断言しよう!




これから先の事は俺は語らん!なぜなら、もう厄介事に巻き込まれないからだ!




…………マジでもう厄介事はゴメンだっての。俺は普通に暮らしてーんだよ。俺は無難な人生をこれから歩むとするよ。

て、訳で。
湿っぽいのは嫌いでね。ただ一言。





ンじゃ、あばよ!!!














【終わり】








































~???~



体が疼く。

奴を見た時から。

否、我がこの常世に生れ落ちたその瞬間から、心も体も切望しているのだ。

しかし、まだ我慢しなければならない。

まだ、その時ではないのだ。

なんという拷問か。

我がこれほど求めているというのに、奴はそ知らぬ顔で我を見る。

あまつさえ、あのような下郎共を傍に置いておるとは。そして、あの下郎共も得意げな顔で奴の傍にいる。

ふざけるな。

奴は我のモノであり、奴のモノは我だけだ。

下郎が、糞虫が、塵屑が、雑種が。

奴の傍に居ていいのは我だけだ。奴の声を聞いていいのは我だけだ。奴の視界に入っていいのは我だけだ。奴に触れていいのは我だけだ。

…………………だが、まあいいだろう。

今だけは、このホンの僅かな時だけ、せいぜい身に余る幸福を噛み締めておくがいい。

その時が来れば、我が手ずから引導を渡してやる。

奴の傍にいる者ども全てを掃滅してやる。


「くくくくっ、あははははははははははは!!」


待っていろ、下郎共。そして、主よ。

ああ、主隼よ。


「ふははははははははは─────」

「なに、大声で笑っとるんや!今何時やと思うとるんや!近所迷惑やろ!」


ぐっ、小烏!?


「小烏、今、我は未来に思いを馳せて喜びを─────」

「デレッとした顔して何それらしい事言うとるんや」

「デレてなどおらん!勇ましく高笑いを────」

「どうでもええけど、それ以上大声出すなら晩御飯抜きやで?しかも、今日は八神特性のから揚げやよ?」


なっ、兵糧攻めとは卑怯な!しかも、から揚げだと!?


「…………分かった、からあげ10個で手を打とう」

「はいはい、じゃあ手伝ってや」

「ふん、いいだろう。から揚げの為なら我も立ち上がろう」


から揚げ…………ふふふふふふふふふふ────!?

コ、コホン。

兎に角、主との逢瀬まで時間の問題だ。それまでは、この小烏の下で羽を休ませておく。

小烏がこの世に生れ落ちたその日まで、な。










【厄介事は終わらない?】



[17080] ~後日談~そのイチ 前編
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/01/14 23:54

とは言うものの、さて何から語るべきか。

後日談。

後の日の談話。

あまりに多くて、濃くて、苦々しい話になる事間違いない。
つうか、そもそもな話、後日談は本当にいるのだろうか?なにせ、結果は既に語り終えてんだ。
アリシアは蘇って、今ではテスタロッサ姉妹の長女として元気よく生を謳歌している。
フェイトはアリシアの妹として、母の笑顔と共に満面の笑みを浮かべている。
プレシアは二人の娘+断章娘の三女、加えてアルフともう一人の蘇った獣っ子の計6人の家族と共に地球で幸せを噛み締めている。

総じて俺も満たされた。自己を満足させることが出来た。

これでよくね?

重ね重ね言うが果たしているのだろうか、後日談は。
後日談とはこの場合つまり過去の話であり、そんなモンを語ったところで今更なにが変わるわけでもない。仮にこの場で後日談────あの忌まわしき2週間────を語れば、それが無かった事になるなら、俺は喉が潰れるまで謳ってやる。けれど、当然そんな事は起こりえない訳で、なら俺的には語る理由もない訳だが。

けど、まあそれでもやっぱ語っとかなきゃなんねーんだろうな。

アリシアが蘇った時の事を。
獣娘が蘇った時の事を。
アホの娘が生まれた時の事を。
地球で暮らす事になった際の経緯を。
………………俺の、頭の事を。

確かに良い事もありはしたが、比率的には悪い方が絶望的に圧倒的で、だから忘れたい2週間なんだが。
それでもケジメは着けなきゃなんねーんだよな。なぁなぁで終わりたいところではあるが、それではあまりに勝手すぎるよな。ご都合主義を味方に付け何とか今までやって来たが、流石にこれだけはてめぇで語るしかない。

嫌だけど。

本当に嫌だけど。

けれど、今までみたく『まっ、そういう事だから。理解してくれ。分からなきゃテメェらで好きなように思い描いて補完してくれ』なんて、そんな調子で流していい所じゃない。ご都合主義の使いどころは心得ている。こんなモンに使っちゃなんねーのも分かってる。つうか、この場面でそれやったらご都合つうより手抜きだ。どっちもどっちかも知んねーけど、言い方ってもんがある。手抜きよりご都合の方がまだ理解を得るだろう。
つうわけで。
なにが『つうわけ』なのか定かではないほど支離滅裂になっちまったが、それこそ今更なので、だから敢えて『つうわけで』。

語ってやろう後日談を。ビシッとよ?

何から聞きたい?どこから聞きたい?なに、安心しな。どこから聞いても、何から聞いても、きっと誰もが満足してくれるだろうよ。よく言うだろ?『他人の不幸は蜜の味』ってよ。

さて、ンじゃ取り合えず時系列順にいきますか。その方が分かりやすいだろ?それに俺もそっちの方がいい。最初の方はまだあんま不幸じゃなかったかんよ。
……………それでも気が重いんだけどな。

ああ、でも後日談に入る前にこれだけは言っておきたい。いきなり何だって思われるだろうけど、それでも俺は言っておきたい。なに、たった二言だ、時間は取らせんよ。

えー、ゴホン。





アリシア超絶無双可愛い!

リニスちゃんマジ天使!!













後日談その1~語り部・童貞~ 前編












皆と共にアルハザードを訪れた日の翌日。つまりベランダで煙草ふかしながら「ハッピーエンドじゃね?」とカッコイイ風なセリフをキメたのち、ロリーズと喧嘩した晩の次の日。

俺こと鈴木隼は朝から時の庭園にいた。もっと詳しく言うならアリシアの遺体が入ったカプセル(魔法世界の棺おけ?)の前にいた。

この場にいるのは俺だけではない。右隣りにはフェイトがおり、そのフェイトのさらに右隣にはプレシアがおり、左隣にはアルフがいる。右から順にプレシア、フェイト、俺、アルフ………と、まあそんな説明しておいてなんだが、そんな並び順なんてどうでもいいんだけどな、ぶっちゃけ。
確かにさっきここに来るまではこの並びにフェイトは緊張の面持ちでプレシアをチラ見してたし、プレシアもどこか気まずそうなテレた様な表情でフェイトをチラ見してはいたが、しかし、それはつい先ほどまでの話だ。

だとしたら今は?

今はそう、俺もプレシアもフェイトも困ったような悩んだような表情をただただしているだけ。唯一、左隣にいるアルフだけが能天気に俺のテジカメ(資金提供者・プレシア)をいじくっている。
アルフはさておき。
じゃあ何で俺らがそんな顔をしているのかというと、その原因は他でもない、目の前にあるこの死体。

アリシア・テスタロッサ。

フェイトによく似たガキで、それもそのはず、このガキはフェイトのオリジナルでフェイトはアリシアのクローン体。過去プレシアが携わっていた研究のその事故で巻き添えを食らい、弱冠5歳という若さでこの世を去った。しかしプレシアはその現実を応とせず、アリシア復活を試みた。その過程というか当初は目的でフェイトが生まれたものの、「やっぱコイツなんか違~う」という理由で以後はフェイトを人形のゴミくず扱い。改めてアリシアの蘇生を試み、その希望をアルハザードという伝説の地に託した。────と、まあ以上が俺がこいつらの事情に巻き込まれる前の事情のその簡単な説明な。

プレシアの独善っぷりがよく分かるだろ?いっそ清々しいだろ?つうか俺的には大好きだ。
だからだろう。
本来はフェイトみたいな超可愛いガキを虐待してるとあっちゃあ、そりゃあもうぶっ殺してやるところだけど、その自分良しな考え方に共感をもった俺はコスモも真っ青な心の広さで慈悲をくれてやった。俺がやられた分はやり返したけど、それでもお相子で済ませてんだから俺も紳士になったもんだ………………まあ一番の理由が『プレシアが美人だったから』だけど、それが何か?

さておき、さあ話が逸れ始めたので速やかに戻そう。てか、いつまでも過去バナは嫌なんで、戻って早送りで進もう………ややこしいな。
えー、まあそんなある日俺がテスタロッサ家の事情に巻き込まれて、そっから紆余曲折あって最後にとうとうアリシア蘇生の目処が立って、つまりそれが今日この日だってことだ。

ふぅ、ようやく現実に戻ってきたよ。あ、いやまだか。まだ何故俺らがアリシアの死体の前で頭抱えてんのか言ってなかったな。
まあ、そんな難しいことじゃない。
アリシアを蘇生させるためにはアルハザードの技術がいる。件の場所は分かってるけど、勿論向こうから出張してくれるはずもなく、だから俺たちが行かなきゃならない。俺たちとはつまりこの場に居ない騎士たち(皆、バイトだったり遊びだったり)を除いた、俺とプレシアとフェイトとアルフとアリシアが。

どうだよ、頭抱えたくなるだろ?………え、分からねぇって?もっとハッキリ言ってくれ?世話が焼けるな。じゃあ声に出して言うぞ?


「まっぱで幼女な死体とカラフリーな水の入ったどデカいカプセルをどうやってアルハザードまで運べっつうんだよ!職質とかそんなレベルぶっ飛んで即署に連行されるわ!!」


俺はカプセルをダンダンと叩きながら高らかと文句垂れた。


「ちょ、ハヤブサ!アリシアに何て事するの!」

「カプセル叩いてるだけだ!それ以前にまだただの死体だ肉袋だ!つうか死体がこれ以上どうこうなるか!叩いても陵辱しても死体は死体!ザ・肉!」

「人間として最低の発言をさらりとするんじゃないわよ!」

「はん!知った事か」


とか言いながらも、俺はフェイトの両耳を手で塞ぐのだった。『???』と小首を傾げる仕草がなんとも愛らしいフェイトだが、今はそれは割愛。愛だけに。


「まあ冗談はさておき、これはホントにどうすんだよ」

「『冗談でも、言っていい冗談と悪い冗談がある』という言葉をあなたは真摯に受け止め本気で考えなければいけないわよというのはさておき、本当にどうしようかしらね」


プレシアは何とも疲れたといった溜息を吐きカプセルを見ている。対して俺もフェイトの耳たぶをぷにぷにと触りながらカプセルを見る。
それはそうだろう、まさか最後にこんなしょうもない事で悩まなきゃならんとはよ。


「カプセルを運ぶのも無理。カプセルから出して死体だけ持っていくのも無理。アルハザードに転移するのも無理。あー無理無理無理~」


1つ目の案は重さ的に無理。いくら空飛んで多少は楽っつっても腕の負担が半端ないだろ。4人じゃ無理とまでは言わんけどダルすぎ。重労働無理で~す。虚弱体質で~す。
2つ目の案は死体の保存的に無理。あの水から出すとすぐアリシア・腐乱・テスタロッサになっちまうんだとさ。
3つ目の案は魔法的に無理。なんでもアルハザードはそこに在ってそこに無く、つまり座標が固定しないんだとさ。意味わからん。

『やれやれ』と俺はフェイトの綺麗な金髪の髪を弄くりながら溜息を吐く。
耳たぶはアルフに譲った。


「さて、どうしたもんかね」

「あの……」


おずおずといった風に、慎ましく声を発したのは髪がぐちゃぐちゃになりかけているフェイトだった。


「私もあんまり得意じゃないけど身体強化とかして頑張るから、早くアリシア連れてってあげよ?アリシアに教えてあげたいんだ。こんな冷たい水じゃなく、母さんと隼がいる温かい世界を。みんな優しいよって」

「「…………」」


虐待されてたのによくまあここまで素直に育ったもんだと、フェイトを改めて感心。ガキの大人びた物言いは俺の好きなトコじゃねーけど、フェイトに関して言えば嫌いじゃない。勿論、好きでもねーけど。


「───違うわよ」


と、プレシアがそっぽを向いて言った。そっぽを向いて、フェイトに向けて言った。


「………あなたとアルフとリニスも、この世界にはいるわ」

「……母さん」

「………プレシア」


どうやら感心しなきゃならんのはフェイトだけじゃないらしい。プレシアも中々どうして、素直じゃんか。フェイトもそんなプレシアに感動してる。アルフも以前はかなり毛嫌いしてたが今ではそれほどでもないらしい。何かしら自分の中で折り合いをつけたのだろう。
彼女たちは皆成長し、また家族になっていってるってこった。超ドラマ。

俺はそんな家族の暖かいやりとりを目を細めて眺め、そして少し間を置いて言う。


「でもやっぱこれ運ぶのダルくね?」

「「「……………」」」


初めて俺はフェイトから冷たい眼差しを貰いました。
ヤんのかコラ。


「………いい、もういいわよ。私達3人で運ぶから、ハヤブサはどっか行ってなさい」

「ひっでぇ、俺だけハブ?いじめかっこ悪い」

「~~~~っ、あなたは一体どうしたいのよ!」


どうしたいのかと問われれば、家に帰って寝たいのだが。
しかし、ここまで来たなら最後まで見届けにゃあまりにもどかしい。クソの切れが悪いのは尻心地が悪いのと一緒。


「慌てんなよ、そう簡単に見切りつけんな。妙案があんだよ。俺は運びたくないが、その代わりにもう一人いれば人数は帳尻合うだろ?しかも、そいつが身体強化も出来る魔導師なら尚」


ちなみに俺は夜天がいなけりゃ身体強化なんて器用なことは出来ん。


「シグナムやザフィーラでも呼ぶのかい?でも、あいつら今日はバイトってやつじゃ」

「違-よ、あいつらじゃない。けど、魔導師としての格ならフェイトと同等ってか全く一緒だろうよ」

「フェイトと?」

「この子と同格の魔導師なんてそうはいないわよ?」


どうやらまるで心当たりがないアルフとプレシア。てか、さりげにプレシアの奴娘自慢入ってねーか?お前、やっぱフェイトの事結構好きだろ。

そんなおとぼけ保護者たちを尻目にフェイトはハっとした顔になった。流石はフェイト、察しの良さも可愛いな(?)。


「あの白い魔導師の子?」

「全力全開で『違う』と否定しておく」

「あぅ」


親も親なら子も子だった。てか、いい加減なのはの名前くらい覚えろよ。


「ンだよ、お前ら分かんねーの?ほら、昨日フェイトに一枚の紙渡しただろ?アレだよ。あん時もちょっと説明したけど、あの紙に魔力ぶっ込めばあら不思議、騎士の出来上がりってな」


そう。昨日アルハザードの男に渡された夜天の断章。どうせ生まなきゃならんなら役に立つ時に生み出そう。


「ああ、そう言えば………え、あれ正気で言ってたの?てっきりオツムが飛んでるのかと」


いろいろ抱え込んでいたモンが無くなって少し丸くなってきているプレシアだが、俺に対する態度だけは超とんがり。正気ってお前、飛んでるってお前……なに、喧嘩売ってんの?


「マジだよ。うちに理っつう超毒舌イカれ糞ボケ頼むから死んで下さいなガキが居んじゃん?あいつもそうやってダイオキシンのように発生したんだからな」

「………ハヤブサ、あなたが人の毒舌云々を言える筋じゃないわよ」

「ふん、そりゃお互い様だ」

「わ、私はそんなに口悪くないわよ。……………なによ、その人類が初めてミトコンドリアを発見した時のような驚き極まった顔は」

「すまん。なんていうか………すまん、言葉が見つからん」

「なんで哀れんだ目をして謝るのよ!」


と。
そんな漫才している場合ではない。漫才のつもりなんて微塵もないが、それでもそんな場合じゃない。

俺は顔を真っ赤にして吠えるプレシアを無視し、フェイトに歩み寄る。


「フェイト、昨日渡した紙貸してみ」

「あ、うん。ちょっと待って」


フェイトは持っていた手提げのハンドバックから折りたたまれた一枚の紙を取り出した。それを受け取り広げると、あの何語か分からない文字がびっしり書いてある。
ホント、何て書いてあんだろうねコレ。見た目凄く厳かそうだが、案外しょうもない事だったりな。『17時より100g99円!』とか。


「それにしても不思議だね」


アルフが眉間に皺を寄せながら、紙を見るため俺の手元を覗き込んできた。
その急接近に純情ハート所有者の俺はどぎまぎ…………なんてしねぇよ。アルフ、お前朝から餃子チックなモン食ったろ?息臭ぇぞ。それともまさか獣特有の素の臭さ?だったらちょっと引くな。ブレスケアを薦める。


「なにがよ?」

「だってさ、隼の言う通りならそんな紙から魔導師が生まれるんだろ?それも供給された魔力の持ち主とまったく同じやつが」

「だから?」

「だからって、これって凄い事だろ?」

「まあ、生命を生み出すってのは凄いだろうけど……やっぱ魔法世界の常識的に見てもそうなのか?」


俺はまだ若干高揚気分なプレシアへと話をふった。

プレシアは軽く深呼吸すると胸の下で腕を組み、まるで物分りの悪い生徒に教え聞かすような口調で喋り出した。


「凄いも何もないわよ。常識的なんてモンじゃないし、非常識でも過不足だわ。いえ、そもそもそんな事を考える事自体時間の無駄よ。その断章、ひいては夜天の写本なんていうロストロギア・コピーからして出鱈目なんですもの。アルハザードが絡んだ時点で理解も納得も無意味、ただ『そう在る』から『そう在る』のよ」


バアさん先生、意味が分かりませ~ん。

まあ、別にどうでもいいんだけどな。俺的にも、それでいいならそれでいいし。ぶっちゃけ、論議したところで何がどうなるわけでもないからな。


「純粋に魔導生命体を生み出すならともかく、ただの魔力だけで身体情報まで写すなんて今の魔導や科学じゃどうやったって─────」

「あ、プレシア、もういい。うるさいからちょっと黙ってて」

「あなたから聞いてきておいてそれ!?」


顔を赤くし、ジト目で睨みつけてくるプレシア。

やっぱプレシアも少しは俺に対しても丸くなったかな。ちょい前なら問答無用で手とか足とか魔法とかが飛んで来てただろうに、今じゃ多少のツッコミとそんな顔だけときたモンだ。俺としてはちょっと張り合いに欠けるが、その年不相応の可愛らしい怒り顔と張りのある胸でオールOK!


「てわけで、話は聞いてた通りだフェイト。これにお前の魔力をぶっ込んでくれ」

「え。あの、私でいいの?」

「俺はお前がいいんだよ。フェイトのコピーならさぞ可愛い奴が生まれてくんだろうしな。あ、それともやっぱコピーされんのって嫌?まあ、自分がもう一人存在するようなモンだし、気持ち悪いか……………ん?でも、フェイトならそれ関係ねぇか?もともとフェイトもオリジナルがいるクローンだし。なら二人も三人も変わんねーだろ。それに生まれて来る奴はコピーっつってもまったく同じっつう訳じゃねーから大丈夫!可愛いフェイトはフェイトだけ!」


遠慮も配慮もあったもんじゃない俺のフォローとも言えぬデリカシーの欠片もない言葉に、しかしフェイトは少しだけ呆然とした後困ったように小さく笑みを浮かべ、それが程なく純粋に嬉しそうな笑みへと変わった。


「うし、その笑顔は了承の意と取るぞ。つう訳だからプレシア、よろしくな」

「は?何が?」

「生まれてくるフェイト・コピーの世話」

「はァ!?」

「だって、もう俺んちじゃ面倒見切れねーし。物理的に」

「だからって……」

「別にいいだろ、金だってしこたまあんだし。それに見た目フェイトに激似の奴が生まれるんだぞ?アリシアも蘇ってくれば三人の娘的な?三姉妹的な?そんな三人に囲まれて『ママ』とか『母さん』とか言われた日にゃあお前………どうよ?」


─────プレシア妄想中。


「しょ、しょうがないわね。まぁ、確かに後一人くらい子供が増えたからってなんて事はないわ」


落ちた。飲んだ後のお茶漬けくらいアッサリだった。
なんとまぁ、つい先日までのバイオレンスなプレシアからキャラ変更しすぎだろ。これ、ツンデレのデレ期なんてもんじゃねーぞ?

まっ、デレ期だろうがジュラ期だろうが俺の面倒が少なくすむなら何でもいいけど。


「あ、ついでに理とヴィータも預かってくんね?半永久的に。金払ってもいいぜ」

「いくら金を積まれようとも、それだけは絶対に嫌!あんな子たちと暮らすなんて考えただけでも過労死するわ。いえ、きっと3分後には殺し合いになってるわね」


だよな~。
てか、プレシアにここまで言わせるロリーズはある意味で最強だな。

まあいいや。取りあえず話もこれでまとまった事だし、そうそうと済ませちまおう。


「ほれ、フェイト。いっちょお前の魔力をドバッとこれに入れてくれや」

「う、うん。分かった」


俺はフェイトの眼前に紙を持っていき、それに向かいフェイトが魔力を注ぎ込むため手を差し出そうとして、しかし途中でその手が止まった。


「あの、隼。どれくらい魔力あげればいいの?」

「ん?」


そう言えばそうだな。ええっとどれくらいなんだ?小さじ一杯程度?それとも大さじ一杯くらい?
理の時は確か……って、あん時は俺その場にいなかったっけ。でも、確かシグナム達が言うには魔力弾を吸収したっつってたっけ?魔力弾、つまり攻撃魔法って事だから、なら結構多目に魔力がいんのか?
いや、でもフェイトくらいの凄い魔導師なら少量の魔力でも足りる……………ん?てか、そもそもフェイトって魔導師として凄いやつなの?思えば俺、フェイトの魔導師としての強さなんて見たことねぇな。まあ、自称大魔導師(笑)のプレシアが娘自慢するくらいだから、それなりだとは思うけど。あ、でも確か局の魔導師に後れを取って怪我してたしなぁ………実際どうなんだ?

ここは念を入れとくべきか。


「よし、お前の全力魔法を撃って来い」

「え?」


何事も少ないより多い方がいいだろ。

俺はフェイトから距離を取り、そこで紙を前面に構えた。そんな俺をアルフとプレシアが驚きと呆れを表していた。


「は、隼、いくらあんたでも危ないよ!フェイトの全力って凄いんだよ?」

「………馬鹿がいるわ」


大丈夫だっての。この紙が魔法吸収してくれんだから俺の被害はどうせゼロだろうし、仮に吸収しきれず余波的なモンがあってもこの俺がガキと魔法で膝を付くわけがあるめぇよ。


「心配無用!フェイトのちょっせぇ魔法くらいで俺がどうにかなるかよ。プレシアの弾幕魔法にも耐えた男だぞ?マタドールのように華麗に捌いてやんよ」

「いやいやいや!?隼あんた魔法舐めすぎだって!止したほうがいいよ!」

「そもそも私の時だって、結構ギリギリだったじゃない」

「つべこべうるせぇな。ほれフェイト、気にせずやれ。俺を信じな」


フェイトはどうしようかおろおろとしていたが、そこで「いいわフェイト、言う通りにやってやりなさい。馬鹿に何言っても無駄。部屋の被害とかも気にしないでいいわ」というプレシアの言葉で心を決め、セットアップしてデバイスを構えた。


「隼、ホントに全力でいくよ?」

「おいおい、フェイトまで何言ってんだよ?てか、お前程度の魔法でどうにかなる俺じゃねーの。ガキは無用な心配なんてしてねぇで、どんと来い!それを受け止めてやるのが大人だ!」

「う、うん!そうだよね、なんたって隼なんだから!私なんかの魔法が通用するわけないし………それじゃあいくね」

「応よ、ばっち来ーーい!!」


俺はポケットからタバコを取り出し、余裕綽々で一服つく。

やれやれだ、まったく。だいたいお前ら心配性なんだよな~。


「アルタス・クルタス・エイギアス」


俺が今までどれだけの修羅場をくぐって来てると思ってんだよ。それに比べたらガキの魔法なんてお前、児戯にも等しいだろ。


「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」


プレシアもフェイトもアルフもその辺が分かっちゃいねぇ。それにいくら全力魔法つったって理のルシフェリオンの何十分の一か、もしくはせいぜいが俺のラグナロク(極弱)くらいだろ?

余裕だっての。


「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」


俺は適当にさ迷わせていた視線をフェイトに戻した。

さてさて、いい加減大仰な詠唱は終わったかよ。こちとら待ちくたびれ………………────────


「フォトンランサー・ファランクスシフト」


────────ふぅ~。

最近ちょっと色んな事があったからなぁ、疲れてんのかな俺?なんか黄色く輝く光球が尋常じゃないほどフェイトの後ろに控えてんだけど。あ、プレシアとアルフがさらにその後ろにいるなぁ。


「って、ンじゃこりゃーーーーーーーー!?ちょ、フェイトそれ何!?」

「リニスの教えてもらった私の最大魔法だよ。リニスは『命中すればまず防ぎきれないし、耐える事も難しい』って言ってたけど隼なら全然大丈夫だよね」


イヤッハーーー!?
確かに信用しろとは言ったけど!受け止めてやるとは言ったけど!全力で来いとは言ったけど!


「いくよ隼!」

「ちょい待て!タンマ!せめてマトイを───────」

「撃ち砕け、ファイアー!!!」

「ヤる気マンマン!?撃ち砕いちゃらめええぇぇぇぇぇぇ!!??」


時遅く。

フェイトの言葉とともに撃ちだされる怒涛の槍のような魔力弾。数なんて数える余裕もなく、せめてもの救いは何とか甲冑の展開が間に合ったくらいで、けれどそんなもんが果たしてどれくらいの救いになったのか。

あ、俺死んだ。

と、初めて思った。


「どぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」


人とは窮地に陥れば藁をも掴むというが、まさしく俺は今その状態。盾にもならない紙を両手でしっかりと前面に構えて凌ぐ。それでも必然に抑えきれる訳も無く、体に当たるは当たる。

なんだよこの物量は!前プレシアからもえらい数の魔法弾を貰ったけど、それに遜色ないってかそれ以上だ!この弾幕親子が!!


(足が!肩が!頭が!ぬわぁぁああ、痛ぇ!!!)


死ぬ死ぬ死ぬ死ぬデスる!!
体中が痛ぇ!さらに着弾音も凄まじいから鼓膜も破れるぅ!


(ドチクショウーーー!!!)


それでもフェイトにあんだけ調子ぶっこいた手前無様を晒すわけにはいかず、俺は踏ん張ってその猛攻を耐える。なによりこのマトイを着ている限り、あいつらの名前を背負っている限り、俺は情けない姿を絶対に見せられない。


(だからってキツイものはキツイんだけどなあああああああ!)


そんな拷問とも思しき我慢時間が一体どれだけ続いたか。多分ほんの数十秒だけれど軽く死ねる時間が漸く終わったようで、銃弾のように俺に突き刺さってきていた魔法弾の嵐がやんだ。


(お、終わったか……)


辺りは魔法の余波で瓦礫が飛び散り、砂埃で視界が遮られているのでフェイトの姿が見えない。そして俺も足腰ガクガク、声も出ねぇ。


(信頼され過ぎるのも問題だな)


俺は膝を突きそうになる足に力を入れ、堂々とした立ち姿でこの砂塵が晴れるのを待った。あたかも『はん!余裕!』という事を主張するかのように。
つうか途中の爆風で紙がどっか飛んでっちまったしよぉ。ちゃんと吸収出来てっか?ここまで頑張って無駄でしたじゃ最悪過ぎんぞ?

──────と、あたかも終わったかのように安堵していたのだが、しかし、世界はどこまでも俺に厳しいらしい。


「スパーク────」


あん?


「───エンドッッ!!!!」


完璧に完全に無防備な俺の下に、目の前の砂塵を切り開きながら一つの黄色い光が飛び込んできた。

予想外のラスト一撃だ。


(止めはキッチリってか?ははは、ガキのクセに徹底してやがんなぁ~)


客観的にそんな感想が浮かんだ。

いや、もうなんか色々無理。これ当たったら俺死ぬんじゃね?非殺傷設定とか無関係なレベルじゃね?甲冑ももうボロボロだしよ。
いやぁ、フェイトの事ちょっと舐めてたわ。まさかこんな強ぇとは。これはどうしたもんかねぇ。当たったらやべぇのは分かるけど、とてもじゃない避ける事はこんな体じゃ無理だし。シールドも夜天がいなけりゃ儘ならないし。


(はいはい、分かりましたよ。諦めて清くもらえばいいんだろ?こうなりゃどこまでも耐えてやんよぉ!!これで俺がMに目覚めたら責任取ってもらうからなフェイトーー!!)


と。
俺は歯を食いしばり、足を床の中に埋没させるかのごとく踏ん張って、今まさに来る衝撃へと覚悟を決めた────────その時。


「主はボクが守る!!」


そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には俺に向かって来ていた黄色い槍を横から伸びてきた同色の光が飲み込んだ。さらにその光はフェイトの槍を飲み込む事はおろか、辺りの砂塵を全て撒き散らして塞いでいた視界を晴れやかにした。


「な、なにが……」


いきなりの事で呆然とする俺だが、それは俺だけに非ず。見ればフェイトもプレシアもアルフも現状になにが起こったのか分かっていないようだ。だが、俺とは違い三人の視線は一箇所を向いていた。

なんだと思い、俺も三人に倣いそちらの方を向いてみれば、なんとそこには一人の少女。
先ほどまで俺たち4人しかいなかったはずのこの場所に、あたかも最初からいましたよ的に佇んでいる少女が一人。

─────フェイトに激似の少女が一人。


「てか、あの2Pカラーなフェイトはどう見ても断章のガキだな」


青い髪と紫色の瞳を有したフェイトと瓜二つの少女。違うところを挙げるなら、それは先に言ったように青い髪と紫色の瞳、そして右手に持っているデバイスが斧でも鎌でもなく大きな剣だという事。てか、あれ?確かフェイトのデバイスは剣にはならないんじゃ?

そんな少女はデバイスを器用にくるくると頭上で回した後、登場第2声を上げた。


「凄いぞ強いぞカッコイイ~!」

「まさかの自画自賛だァ!?って、ぐはっ、痛ぇ!自分の声が傷に響く!?」

「あ、主~~」


少女はデバイスを持っていないほうの手を俺に向かってブンブンと振る。『えへへ~』とでも言いたげなその無邪気で無考えな顔は、やっぱりフェイトであってフェイトじゃない。そして、その行動の意図も分からない。

だが、少女の意図の分からない行動はさらに続いた。


「そこのボクによく似た偽者!よくもボクの主を攻撃したな!」

「え?え?」

「成敗!」


少女はデバイスを剣から鎌に変形させフェイトに切りかかろうと飛び掛っていった。そのスピードには目を見張るものがあり、その気迫も『我が進行を妨げる者なし!』みたいな雰囲気も窺えた。

しかし、そんなモンはなんのその。ある一人の女性の行動により、その目的は叶わなかった。


「むっ」

「いきなり出てきたと思ったら武器を振り上げるなんて元気な子ね。でも、とても賢い行動とは言えなくてよ?」


少女とフェイトの間に割って入ったプレシアが意図も容易く少女の攻撃を止めた。


「なんだお前は!」


少女はプレシアからばっと距離を取り、今度はフェイトからプレシアに武器を向けた。
てか、理に似てこいつも怖いもの知らずだなぁ。


「………言動はともかく、見た目は本当にそっくりね。まあ、それはいいわ。隼、これ以上大事になる前にさっさとこの子に説明なさい」

「お、お前は、俺のこの瀕死っぷりが、見えねーのか」

「「あ、隼!」」


というか、プレシアのみならずフェイトもアルフも俺の事を完全に忘れていたようで、今気づいて急いで駆け寄ってきた。


「は、隼!」

「大丈夫かい?」

「これが大丈夫に見えるならアルフ、お前は一度獣医に行った方がいい。フェイトも景気よくやってくれたな」

「ごめんね隼、私………」

「ったく、嘘嘘。こんくれぇなんてこたぁねーよ」


俺はアルフに肩を貸してもらいながら涙目のフェイトの頭をくしゃりと撫でてやる。そんな俺を見てプレシアがふんと鼻で笑った。


「いいザマね、隼。あれだけ息巻いててそれ?アルフに肩を貸してもらわないと立てないなんて。一人で立てもしないわけ?」


あん?へんなトコに突っかかってくんなぁプレシアの奴。訳分かんねーけど、生意気だぞコノヤロウ。
ついでにフェイト・コピーもぷくぅ~と頬を膨らませながら今にもアルフに飛び掛っていきそうだ。それをしないのは目前のプレシアを警戒しているからだろう。


「おいコラ、あんま上等なクチ聞いてんじゃねーぞ?誰に向かってモノ言ってんのか、よく考えてから口開けや」


俺はプレシアを睨みながらアルフを振り払った。その後、その勢いのまま断章のガキに叫ぶ。
あークソ、傷に響く!


「そこのクソガキもだ!てめぇ、出てきてそうそう愉快な事しれくれてんじゃねーぞ!」

「ボ、ボクは主の為に……」

「独断専行してなにが主の為だ!いいからこっち来いや!」


ガキは先ほどの笑顔はどこへやら、まるで飼い主に叱られた犬のようにショボ~ンとなりながらとぼとぼと俺の方へと歩いてきた。
そして手の届く距離までやってきたガキに言う。


「目ぇ瞑れ」

「え、あの、ボクは主の為と思って、だって主はボクの大切な人だから、それでえっと」


ガキは殴られるとでも思ったのか、拙い言い訳を始めた。
なんともガキらしい反応だ。


「目ぇ瞑れっつってんだ」

「うぅ……」


再度俺が言うと観念したのか、ギュっとその小さく可愛らしい瞳を目蓋の奥へと隠した。

やれやれ、流石はフェイトのコピーだよ。反応の一々が可愛いな。

そんなフェイト・コピーに俺は、


「ありがとよ」


フェイトにやったように、くしゃっと頭を撫でた。


「え?」

「正直さっきは助かった。あれ貰ってたらこうやってまともに話す事も出来なかったろうしよ。でも、次からは俺がいいって言うまで助けんなよ?ガキに助けられるほど惨めなモンはねーかんな」


撫でた手で次はそのままぺシッと叩いた。


「てことで俺がお前以下数名の騎士の主、鈴木隼だ。よろしくな」

「────主~!」

「ちょ、痛ぇ!飛びつくな!」


体全部を使って抱きついてくるガキ。それはどこか必死さまで漂っており、こいつは俺を命綱か何かと勘違いしてんじゃねーのかとさえ思う。

そんなガキも少し経って落ち着きを取り戻し、俺から少し離れて佇まいを正した。そしてデバイスを掲げ、騎士らしく宣言した。


「夜天の写本・力の断章、雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)、今御前に。この身この心はもとより生涯すべてを捧げます」


理や他の騎士どもに比べてかなりガキらしいガキだけど、こういう時だけはやっぱ堅苦しいのな。

つうか早速最新情報を使って来たな(2011.1月某日現在)。そういやさっき見たコイツの魔力光はフェイトと同じ黄色だったけど、必ず近いうちに変わるだろうな。
というメタ発言は措いといて。


「おいおい、そんな重ぇ言葉はいらねぇよ。生まれたからにはテメェはテメェの好きなように胸張って生きろ。捧げられてもウゼェ」

「うん!だから、ボクは好きでいつまでも主の傍にいたいんだ!」

「………そうかよ。まっ、勝手にしな」


時々こいつらのこういう所が怖くなるよ。無償のモンほど怖いモンはねー。


「それとフェイトとプレシアに詫び入れとけよ?これからいろいろと世話ンなんだからよ」

「?よく分からないけど分かったー!」


元気よく返事した後、まずはフェイトに向かってペコリ。


「偽者、ゴメン!」

「え?あ、うん、別に気にしてないよ。……………本当にそっくり」


ガキよ、偽者か本物かで言ったらお前の方が偽者だぞ?まっ、どっちもどっちだけど。

次にプレシアの傍に行ってペコリ。


「おばちゃん、ゴメン!」

「お、おばちゃん!?」


ホント、いい根性してんなぁ。まあ、本人に他意はないんだろうけど。

しかしまあ、これでまた俺の周りは賑やかになっちまったな。さらにここからアリシアとリニスだっけ?この2人も加わったら、一体どんだけグダグダになる事やら。今回だって1話で終わる予定がまさかの前後編になっちまったし。

あ~あ、面倒臭ぇ。


「は、隼大丈夫?何か疲れた顔して……あ、やっぱり体痛むの?ご、ごめんね!」

「主大丈夫か!?痛いのか!?死んじゃヤだぞ!?ボ、ボクそんな事になったら………ぐすっ、ううぅぅ~」


………まっ、悪いはしねぇからいっか。

そんな微笑ましい気持ちになってると、どこからかブツブツと声が聞こえてきた。


「おばちゃん……やっぱり私ってもうそういう域なのかしら……確かに最近シワが増えたけど、でもまだ全然肌に張りもあるし……見た目だってその辺の若い子には負けない自信も……」


なんか事の他プレシアがダメージ受けてるし。でも、そんな気にする事でもねぇだろ。性格抜きにすれば超いい女だし、見た目もともすれば20代でも通用するし。


「女ってのはそういうとこが気になるんだねぇ。男の俺にゃ分からん」

「そういうとこ?」


ひとり言で呟いたつもりが、耳聡くアルフが拾った。


「ああ。年齢とか見た目とか」

「そうでもないだろ。私は全然気にしないよ?」

「それはお前が半分くらい獣だからだ」

「そっか。まあ、私の場合この体を形作る魔力を調整すれば子供の姿にもなれるから、だから尚更なのかもね」

「え、アルフそんな事も出来んの?へ~、ちびアルフかぁ」

「なんだい、見てみたいのかい?変身しようか?」

「いや、いい。俺はどっちかってぇとその姿のアルフ(の胸とお尻とヘソ)が好きだし」

「そ、そっか……」

「あ、すまん、訂正。超大好きだし」

「う、うんっ。へへ、照れるね」


と、何時までもそんな下らん会話してるから1話で纏まらねぇんだよなぁ。じゃ、今回はこの辺りで引いとくか。

つうか体痛ぇえ!!










後日談その1~語り部・童貞~後編に続く







[17080] ~後日談~そのイチ 後編
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/02/07 19:43

雷刃、襲撃者、レヴィ、スラッシャー、ライ、シュウ、フェイト2、アリシア3、阿呆、etcetc…………。

と、上記のような単語をあげては見たが、これが何か分かるか?まあ、普通に予想はつくだろうな。
そう、あの新しく生まれた断章娘の名前候補だ。

理同様そいつにも名前がなく、そしてこれまた理同様俺が名前をつける段取りとなり、勿論俺はいちいち考えるのが面倒臭く、『力の断章だろ?なら、お前は今日から力な』と名づけてやったところ、プレシアとフェイトとアルフに超怒られたのだ。曰く『女の子の名前じゃない!』だとさ。
うん、まあそうだろうな。流石の俺もどうかとは思ったんだ。さらに当の本人の『な・ま・え~♪な・ま・え~♪主が付けてくれたボクのな・ま・え~♪その名は力!えへへ~♪』なんて言いながらぴょんぴょん跳ねて嬉しさ大爆発させてる姿を見せられちゃあ、もちっとマシな名前をつけてやりたくもなる。

て訳で、俺達はアリシアのカプセルを運びながら断章娘の名前を考えていた。その時上記を含めた様々な名前候補が挙がったのだが、結局最後に決めるのは俺となった。件の断章娘が俺以外の考えた名前など嫌だとぬかしやがったからだ。

しかし、さてこれは困った。ご存知の通り俺のネーミングセンスは少々独創的で、上記の候補の中の『フェイト2、アリシア3、阿呆』が俺の考えた名前かどうかも疑わしい名前。
普通なら即却下モンの命名だが、生憎と名づける対象の奴が普通ではないので、多分てか絶対受け入れるだろう。けれど、それを良しとしないのがテスタロッサ家の面々で、きっと次ふざけた名前を挙げればプレシアとアルフからは拳骨が飛んでくるだろう。さらにフェイトからも何かしら幻滅されるはずだ。前者はともかく後者はいただけない。未来の合コンのため、フェイトには良い印象を持たせておきてーんだ。
だから、俺は無い知恵と語彙を駆使して考える。

考えて、考えて。

それでも浮かばなければ?

まだ考える。

俺はどこぞのウッドでロウな王様の持論の元、アリシア入りカプセル運搬は他のやつらに任せて一人考え抜いた。テキトー大好きな俺にとっては何とも珍しい事だと自画自賛(?)
そしてとうとう目的地付近である温泉街が見えてきたとき、ただただ一人のプログラム少女の事を想う健気な俺に天啓が舞い降りたのだった。


「お前は今、この瞬間から『ライトニング・テスタロッサ』だ。略称はライト!」


略称まであるという外国人らしい、なんて素晴らしく良い名前だ。前言撤回しなければいけんな。俺、結構ネーミングセンス良くね?

そして断章娘改めライトは目をパチクリさせた後、2~3度その名前を呟くと次の瞬間バンザイして喜びを爆発させた。


「ライトニング!ボクの名前!ライトだって!主が付けてくれたー!わ~い!ボクはライトニングだぞーー!主、大好きだ!」


叫びながら俺の周りをびゅんびゅんとハエのように飛び回るライト。そこまで喜ばれちゃあ俺も悩んだ甲斐があったってもんだ。てか、テスタロッサ姓には別にツッコミねぇのな。まぁ、いいけどさ。

俺は時折こちらに抱きついてこようとするライトを軽くいなしながら自然と笑みが浮かぶのを自覚した。


「ぐぐっ……ち、ちょっと!な、仲がいいのは結構だけど」


ふと見れば、プレシアが猿も真っ青に見えるほど顔を赤くしていた。つうかアルフもフェイトも真っ赤だった。


「は、早く手伝いなさい!ア、アリシアが落ちちゃう………っ!」


おー、忘れてた。


「てか、3人でも持ててんじゃん。やるぅ~。よっ、ナイスゴリラ!」

「じ、自殺願望があるなら後で手伝ってあげるから、今は手伝いなさい!げ、限界近いのよっ!」

「なんだ、トイレでも我慢してるのか?」

「~~~~~っっっ」


どうやら言い返せないほど限界付近らしい。アルフも牙剥き出しで睨んできやがるし。
しゃあねーな。まったく世話の焼ける家族だ。


「おら、そこの水色小バエ。飛び回ってねぇで持ってやれ」

「あなたも手伝えと言ってるの!!!ぬあああああ~~~~~っっっ!!!」


まだまだ元気なプレシアお母さんだった。
















後日談その1~語り部・童貞~ 後編















「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」

「………あのよ、いい加減そのテンプレいらしゃいは止めね?それともなに、キャラ立ちしたいわけ?」


苦節数十分、アリシア入りカプセルを抱えた俺たち一行は汗だくになりながらも漸くアルハザードへとやってきた。
道中は苦労の連続だった。………ホント、苦労したよ。
俺たち一行はカプセルを抱えて空飛んで来たわけだが、勘違いしてはいけない。空を飛んで来れたのはこのアルハザードから約1km離れた所までだ。だってこんな温泉街のど真ん中まで飛べるわけねーじゃん?だから人目につかない1km手前の林の中で着陸し、そっからは何と手押しだ。
正直、疲れたし人の視線が痛かった。勿論、素でこんな死体の入ったカプセルを堂々と運べる訳ないのでシートを被せてはいたが、それでも周りの人々からの『何だありゃ?』的な視線はひしひしと感じていたのだ。ポリに見つからなかっただけ幸いだけど。
けれど今さらそんな事を気にしてもしょうがないので、俺達は粛々と、だが時折「見てんじゃねーぞコラァ!」とガンを飛ばし返しつつアルハザードへと向かった。
着いた頃には心身ともに疲労しており、だから出迎えてくれた男に対しても皮肉の一つ言った所で罰は当たんねーだろ。


「おやおや、これはまた御機嫌斜め?そんな穿った見方しないでくださいよ」

「ふん、事実だろ」

「世の中には『お約束』という言葉があるのをご存知ですか?」

「何が約束だ。そんなモン、ぶっちしろ」

「あれ?隼君、お約束というのは嫌いですか?好きそうに見えるんですが」


はん!何言ってんだか。ふざけるなよこの野郎?誰に向かって言ってんだか。


「ドリフ、バカ殿大好きっ子の俺にそれを聞くのか?」


お約束、形式、様式、大好きだ!古きよき手法だよ。


「はは、愚問でしたね」


俺と男は互いの腕をぶつけ合った。

そんな俺たちの友情を冷めた目で見ていた女性から一言。


「それで、もうコントはその辺で止めて貰っていいかしら?」


これだからお笑いを理解しない堅物ババアは。


「おっと、これは失礼しました。いけませんねぇ、どうにも隼君といると彼のペースに巻き込まれてしまう。元来、私はもっと業務的な性格をしているのですが………まあ、それほど隼君が私にとっても魅力的な人間なのでしょう」


ンだよ、そりゃ。野郎に褒められても嬉しくねーっての。てか、『私にとっても』ってなんだよ?お前の他に俺なんかを魅力的に思ってる奴なんてこの場にはいねぇだろ。


「まあ、それは兎も角。隼君、ありがとうございますね」

「ああ?なによ、藪から棒に」

「その子の事ですよ」


男の視線の先にいるのはライトだった。まぁ、分かってたんだけどな。けど、別に礼を言われる事じゃない。男も言ってたように、こいつを誕生させるからアリシアたちも復活させるんだ。そういう契約だから、俺は仕方なくライトを生んだのであって、だから礼を言われることじゃない。

そんな俺の胸中を分かっててなお、こいつはそれでもありがとうを言ってるんだろうけどな。
うざってぇ。
そう思っていると、今話題の少女から声が上がった。


「その子じゃないぞ!」

「?」

「ボクはライトニングだ!ライトって言うんだぞー!主がつけてくれたんだっ!」

「ははは。それは失礼しましたライトさん。────良いお名前を貰いましたね」

「うん!!」


なんつうか名前一つで2人とも大げさに捉えすぎじゃね?ライトは言うに及ばず男の方もなんかしみじみだし。娘を嫁にやる的な雰囲気を醸し出してんだけど。

そんな男はライトを微笑みの顔で見ていたが、コホンと咳払いを一度すると皆に目を向けた。


「改めまして、ようこそいらっしゃいました。さて、ではそろそろ本題に入りましょうか。いい加減、奥様が痺れを切らしそうですからね」


そう言うと男は昨日から置きっ放しなのであろうテーブルへと俺たちを促した。そして俺たちが席に着いたのを確認すると何処からかお茶を取り出し、それぞれの前に置いた。


「生憎と今日はお菓子の類はないので、それだけでご勘弁を。では、まずはあなた達の望みを再確認させて頂きます」


男は俺たちを見回すと指を一つ上げた。


「一つ。奥様のご息女アリシアさんの蘇生」


次いで2本目の指が上げた。


「二つ。奥様の使い魔リニスさんの復活。この2つで相違ありませんね?」


男の言葉に対しプレシアが頷こうとした時、それを俺は横から止めた。そして男の手を取り3本目の指を立たせた。


「三つ。プレシアの病気の治療」

「はい?」


男が呆け、プレシアが目を見開いて驚いた。


「聞いてませんよ?」

「わり。言い忘れてたわ。まっ、よろしく」


いけしゃあしゃあと追加要望をする俺に対して男はやれやれといった顔になるも、しかしすぐ様その顔つきは難しいものとなった。


「罷り通るとお思いで?」

「罷り通らないとは言わせん」

「…………本当にキミという人は。あのですね、先の2つの望みに対しては私も何ら文句はありません。なにせ御代をすでに頂いているんですからね」


男はその御代であるところのライトを見て言った。


「けれど三つ目を飲むとなるとそうはいきませんよ?そもそも先の2つからして破格なのですから」

「つまりお代を追加すると?」

「まあ普通なら一方的に突っぱねるところですが、隼君は特別です。ええ、お代を追加して頂けるならそれで」


ちっ、腹立たしいやら喜んでいいやら。


「あ、あの、隼じゃなくて私から何か………」

「いえいえ、そんな。フェイトさんのような子供から何かを貰うなんて事は出来ません。というか、私は隼君から貰いたいんですよね~」


前言撤回。純粋に腹立たしい!なんだその嫌らしい笑みは!


「あーあー、もう分ぁったよ!なんでもしてやるし、なんでもくれてやんよ!」

「おや?潔いですね」

「ふん!だってプレシアには死んで欲しくねーし」

「────え?」


おいおいプレシア、なんだよ、その宇宙人でも見たかのようなツラは?なに、そんな俺変な事言っちゃねーぞ。
仮にプレシアが一人者なら別に死んじゃってくれても一向に構わねーけど、生憎とそうじゃねぇだろ?今から蘇ってくるアリシア、今から幸せに過ごすフェイトの為にもお前は生きなきゃなんねーんだ。
だからお前は大人しく生きてりゃいいんだよ。それでもぐだぐだ言うようなら一回ぶっ殺して、その後ぶっ生き返してやる。


「幸せにして、そして幸せになんなきゃなんねーんだ。お前はよ」

「────────」


そうなって初めて俺は満たされる。自己満足出来るんだ。


「つうわけだからさ、どんな無理難題でもばっち来いだバカ野郎」

「ふふ、そうですか。いやはや、奥様は幸せ者ですね」


またも意味分かんねー事をほざいている男。まあ、もうどうでもいいけどよ。


「さて、では隼君に対する追加お代………と言っても別に無理難題じゃないですよ?キミならきっと出来る事です」

「いいから、さっさと言えや」


半ば自棄になっている俺に対し、男はいつになく真面目な調子でこう言った。


「夜天に集う雲、そして忌むべき闇でさえも幸せにしてあげて下さい」


………意味分からないんですけど?


「それともう一つ………まあ、これはまた後で」


2つあんのかよ。足元見やがって。

もうどうにでもなれだ!

















男は早速取り掛かってくれた。
まずはプレシアの病魔を取り払い、次にリニスとアリシアの蘇生をするそうだ。時間的には数時間掛かるようで、その間俺たちは温泉街でぶらり楽しく旅行気分。


「あっ、主、次はあのお店入ろ!」

「アホ。次入る店を決めるのはフェイトだ。順番守れや」

「フェイト、あの店がいいと思うぞ!」

「あ、うん、じゃああそこで……」

「フェイト、自分の意見をちゃんと持て。ライトに流されんな。この1時間、ずっとライトの言いなりじゃねーか」

「あぅ」


右手にはフェイトの左手、左手にはライトの右手が繋がっており、まるで仲良し兄弟のように温泉街を散策している俺たち三人。
今ここにいないプレシアとアルフはアルハザードにいる。プレシアはもう治療に入っており、アルフはお留守番。本当はフェイトもプレシアの傍に居たかった様だが、その当人とアルフが「フェイトは隼と遊んで来い」という弁に従い今現在。代わりにアルフがプレシアの付き添いとなった。


「………母さん、大丈夫かな?」

「別に大丈夫だろ。そもそも殺しても死なねぇような奴だし」

「そうそう。あのおっかないオバさんは並大抵の事じゃ死なないと思うぞ。主ほどじゃないけど」


どうやらプレシアはライトの中でも早速暴君ランキング上位へと居座ったようだ。そしてさらに何故か俺はその上へに居座っているようだ。


「おっ、おなじみキティちゃんご当地ストラップだ。携帯に付けよっかなぁ」


プレシアの事やアリシアやリニスの事を目前に控えてるのにこのお気楽思考。緊張感皆無。
それでいいのかと問われれば、一般的回答は『駄目』なんだろうけど、生憎と俺もプレシアも無駄に緊張感を持つのは性分じゃない。
「ここにいても暇だから遊んで来るぜ」「そう。こっちも早く終わったら合流するわ。後うるさいからフェイトとライトも連れていって」。
こんな感じだった。


「つっても俺にゃあちょっとキュートすぎるな。よしフェイト、お前に買ってやるよ」

「え!?そんな、い、いいよ」

「あ~、フェイトだけズルイぞー。主、ボクも!」

「はぁ?……ったく、しゃあねーなぁ」


今まで騎士どもに「フェイトには甘い」と何度も言われてきて、その度に否定してきた俺だったが、どうやら認めなきゃならんらしい。

俺はフェイトには甘い。

その性格は言わずもがな、その可愛らしい顔も俺の甘さに起因しているらしい。ああ、勿論変な意味はない。ロリっけもない。だが、そう考えなきゃ辻褄が合わん。だって、じゃないとこの俺がフェイトのみならずライトにまでストラップを買ってやるわけがない。


「結局、人は顔なんだよなぁ」


顔が良けりゃ優しく出来るし、悪けりゃ死ねだし。さらに性格も良い奴はこれ最強。フェイト最強。ロリーズ?ツラは兎も角、性格が世紀末だから無理。………いや、もし性格終わってる女でも、金と地位と家柄と容姿が良い奴ならソッコー結婚申し込むけどさ。

金と権力と美女になら容易く魂を売れる、それが俺クオリティ!

我ながら何とも素敵な性格だ。ギャルゲーの主人公とは大違い。だからモテないんだろうけど!


「ねーねー、主」

「あん?」

「ところでストラップって何?」


………知らんのかよ。フェイトへの対抗意識だけで物ねだるな。


「携帯に付けるアクセサリーだよ。ほら、こんなやつ」


俺はポケットから自分の携帯を取り出した。そこにはパチンコ屋の会員入会特典でもらったダッセェやつが付いている。


「そっかー。………で、携帯って何だ?」


あ。


「そういやお前ら携帯持ってねーんだっけ?」


そんな2人に携帯電話の事を説明した所、2人ともが多大な興味を示してきた。


「へー、へー、へー!こんなちっちゃい箱で電話出来て手紙出せて音楽聴けてゲーム出来るんだ!すごい!」

「うん!こっちの電化製品って凄い機能が一杯付いてる!」


ある種無駄な機能だけどな。けど、その無駄を俺たち地球人は楽しむんだよなぁ。無駄な事に力を尽くす奴ほど人生を楽しく謳歌していると言っても過言じゃない。


「フェイトって生まれてきてまだ数年らしいけど、一応は体裁上9歳だろ?だったら、そろそろ携帯くらい持ったほうがいいな。今の世の中、何かと必要だし」


けど、思えば俺が初めて携帯持ったのは高校に入学した時だったな。そう考えれば世の中贅沢になったもんだ。


「プレシアの奴も持ってないだろうし、今度一緒に買いに行けよ。あ、いや、待て。俺もスマートフォンが欲しいと思ってたから丁度いい、一緒に行って買って貰おうぜ」


ついでに騎士たちの分も買わせて、さらに月々の料金をプレシアの通帳から引き落としさせるか。そうだ、あとネット代も払ってもらおうかな。それと水道光熱費と食費と家賃も。ああ、この際もう一戸建てを買って貰って────────


「ハヤブサ、あなたまた良からぬ事を考えてるわね?」


ふとすぐ後ろからそんな声が聞こえた。その声にいち早く反応したフェイトが「母さん!」と言いながら俺の手を離した。
どうやらもう治療の方は終わったらしい。
俺は振り返りながら言葉を紡ぐ。


「紳士に向かってなんて酷い言い草だ。ああ、俺の心は酷く傷ついちまった。慰謝料請求すっぞコラ─────────────」


振り返った視線の先にはプレシアとアルフの貴重なツーショットがあったのだが、しかし俺はプレシアの姿を見た瞬間、ふいに言葉が途切れた。


「な、なにかしら?」


少し頬を赤く染め、目線を合わせないプレシア。そしてフェイトは俺から手を離してそのままの姿勢で固まっていた。ライトもプレシアを見た瞬間『あれぇ?』てな顔になった。そして、俺もまさしくライトの顔通り『あれぇ?』という気持ちになった。

そう。今目の前のプレシアの姿に、なにかこう『違和感』を感じるのだ。


「な、なによ。なにか言いたいなら言えば?」


いや、言いたいのは山々なんだが、何を言いたいのか自分自身分からない。このプレシアに纏わり付く違和感はなんだ?
服装は昨日俺が買ってやった奴をそのまま着回していて特に変わりはない。その高圧的な声の調子もいつも通り。すこし挙動不審ではあるが、それ自体はそこまで注目すべきことではない。アルフとのツーショットも、目の保養になりはするが違和感を感じるほどでもない。

けれど、いつものプレシアと違う。

そう、例えば分かる範囲で『顔の小皺が消えた』とか『肌のツヤが良い』とか『お胸様の張りが大きくなった』とか『腰が細くなった』とか『お尻が少しキュッとなった』とか………………………………………………って!


「ちょっと若返ってるぅぅぅぅぅぅううううううっっっっ!?!?」

「ちょっ!?往来で何叫んでるのよ!」


これが叫ばずにいられるか!なんだそりゃ!なんでババアからネエチャンにクラスチェンジしてんだよ!?
前も年不相応っちゃ不相応な容姿だったが、今のプレシアのそれは完全に20代半ば。下手すれば20代前半でも通用する。海鳴大学で普通に講義受けてそう。ミス海鳴大学とかなりそう。


「か、母さんだよね?」


フェイトが訝しそうに恐る恐る訊ねたらプレシアは気まずそうに、でも耳を赤くしてコクリと頷いた。


「う、嘘だろ?お前、マジでプレシア?」

「そ、そうよ」

「…………全身整形でもした?」

「す、するわけないでしょ!!」


プレシアはキッとした目つきでを俺を睨みつけた。そうしてようやく目を合わせてくれたプレシアを改めて若々しく感じた。前まで多少なりとも存在していたババアという要素もオバサンという要素も、今では微塵も感じない。


「じゃ、一体なにが………」

「治療の結果らしいわよ。あの男が言うには『病原体や腫瘍をただの細胞へと変換しました。生まれたての赤ちゃんと同じ新鮮な細胞にね。だから体の変化はその為です。別に害はありませんので』ですって」


病気をただの細胞に?しかもそれは分裂する前のまっさらなもの?だから若返った?
なんだその一見して現実的だけど果てしなく非現実的な論拠は!この世界はそれが罷り通るのか!?まったくあの男の言う通り、何が世界の修正力だよ!ちゃんちゃらおかしいね!誰だよ、そんな馬鹿な事考えた奴は!

しっかし、こりゃやべぇな。やべぇほど美人だ。てか、プレシアの元夫って馬鹿じゃね?こんな極上捨てるとかあり得ねぇだろフツー。まあ、詳しい話は聞いてないんでもしかしたら死に別れたのかも知んねーけど。でももし離婚したんだったら、その男は100回ほど殺したほうがいいな。そう言えばどこかで『妻が妊娠したら夫は浮気しがちになる』と聞いた事があるが、もしプレシアの元夫もそうだったなら1000回は殺したいな。そして最後に理のSAW仕込みの拷問を受けさせてやる。


「な、なによ。あまりジッと見ないでちょうだい」


その姿は何処にでもいる恥らう女性で………いや、そうはいない美人の恥らう姿で、こいつがプレシアだと分かっていても不覚にもドキッとしてしまった。ギャップ攻撃とは卑劣な!

そんな俺の心情を悟られないように努めてふざけた様を装う。


「はっ!ちょっと若返ったからって調子のんなよ。まだ俺のほうが若々しいっての!ジッと見る?うわぁ、なんて自意識過剰なやつ~」

「くっ………!」

「ほらほら、フェイトにライトにアルフ。ちょっと舞い上がっちゃってるお姉さんは放っておいて買い物しようぜ。あー恥ずかしい恥ずかしい」

「き、期待してた分、いつにも増して腹立つわ………!」


何を期待してたんだろうね~。大方、俺の戸惑って狼狽する姿だろうね~。
残念!
悪ぃが美人は見慣れてるもんでね。まあ、ちょっと危なかったが。


「あっと、そうだ。最後にあと一つ」

「なによ」


口をへの字にしちゃったりして、すっかり御機嫌斜めの様子のプレシア。
やれやれ。どうやら肉体年齢に合わせて精神の方も退行しちまったらしいな。


「病気、治ってよかったな」

「──────────」


さて、それじゃあ温泉街で豪遊するとしますか。勿論、プレシア持ちで。

















『あ、隼君ですか?すべて終わったんで戻ってきて下さい』


そんな電話が俺の携帯に掛かって来たのは、太陽が沈み始めた夕刻。5人でどっかで夕飯でも食べようかと相談していた時だった。

つうか何でやつは俺のケー番知ってんだよ。教えてねぇぞ?


「なんかさ、向こうは終わったらしいぜ。で、どこで飯食う?俺的には────」

「すぐ戻るわよ!!」

「飯は?」

「そんな物あとでいいでしょ!!」


で訳で、プレシアを筆頭に俺たちは駆け足でアルハザードまで戻った。俺は別に急ぐ事もないだろうと思い、タバコ片手にちんたら歩いていたがプレシアに引っ叩かれて已む無く走らされる羽目になった。
文句の一つでも言いたくなったが、プレシアの形相があまりに凶悪で怖かったので止めた。若さを取り戻した分、迫力も3割増しだ。


「アリシア!!」


俺よろしく蹴破る勢いでアルハザードの扉を開け放つプレシア。しかし、その扉の前で先ほどまでのプレシアの勢いは止まり、呆然と木偶になった。


「おい、邪魔だよ。さっさと入れや」


俺がそう声をかけるも動かず。ンだよと思いながらプレシアの顔を見てみれば、彼女の瞳から一筋の涙が零れていた。そして、それが二筋三筋と増えていき見る見るうちに滝となった。


「あ、ママ!」


そんな声が店の中から聞こえた。その声はフェイトにとてもよく似ており、俺は思わず隣に居るフェイトを見たがフェイトに声を発した様子は無い。そもそも聞こえてきたのは店内からなので、フェイトなわけがないんだが。


(つまり、だ)


俺は木偶を無理やり店内に押し込み、次いで俺も中へと入った。後ろにフェイトとアルフとライトも続く。

店内にいたのは店主である男。そして椅子に座ったフェイト似の幼女と猫耳尻尾を有した女性が一人ずつ。


「ア、アリシア……」

「リニス!」


涙をそのままに呆然と呟くプレシア。その横で後から入ってきたフェイトが大きな声を上げた。


「ママ?」

「お元気そうでなりよりです、プレシア、フェイト」


母親が泣いてる事に疑問を抱いているのであろう幼女。そしてお淑やかな微笑みを見せる猫娘。


(おお、ちゃんと生き返ってら。それとあっちの猫娘がリニスか………大当たりキタコレ!!!)


ガキなフェイトをもっとガキにしたような容姿のアリシア。年齢の違いさえなければ双子で通用する。まあ、クローンなんだから当然か。有無を言わなさない可愛さがあるな。
片や猫耳と尻尾がふりふりと可愛らしく動く使い魔リニス。給仕のような格好をしていて、それがとてもよく似合っている。お胸様の大きさの程はその服装のせいかちょっと分かりにくいが、肝心の顔はまさに美!俺と同じくらいの肉体年齢だろうけど、なんとも愛らしい人懐っこい顔をしている。

とまあ、今は俺の感想はいいか。とりあえず………


「おいプレシア、なにボサっとしてんだ。行けよ。それにフェイトも。折角会いたかったやつが目の前にいるんだ、ならやることは一つだろ?」


俺はプレシアのフェイトの背中を押してやった。つんのめった2人だが、その勢いのままプレシアはアリシアに、フェイトはリニスに抱きついていった。


「アリシア、アリシア、アリシア、アリシア!!!」

「うぅ、えっぐ、リニスだ……昔の温かいリニスだ!」

「ママ、どうしたの?何で泣いてるの?な、泣かないで……っ……うわああああん!」

「ふふ、フェイトは甘えん坊ですね」


プレシアとフェイトはあらんかぎり泣いていた。アリシアも母が泣いているのを見て訳も分からず泣き出した。リニスも瞳に涙を浮かべた。そして、そんな感動の光景を見て隣にいるアルフも泣き出した。ただ一人ライトだけが『うんうん』と腕を組んで頷いていた。こいつぜってぇ訳分かってねーな。


「よ゛、よ゛がっだね゛、ブレジア、ブェイド!ぐずっ……ホンドによ゛がっだよ!」


てかアルフは号泣しすぎだ。あ~あ~、涙と鼻水でせっかくの綺麗な顔がドキツイ事になってんじゃねーか。


俺はそんな感動場面を尻目に、一人悠々とお茶をしばいている男の下へと近寄った。


「よっ、お疲れ~」

「ははは、本当、疲れましたよ」


なんて言ってはいるが、その顔にはまるで疲労の色は見えない。


「感謝してんよ。結局、リニスも記憶があるまま蘇ったようだし」

「キミにおっかない顔で頼まれましたからね」

「プレシアのあの姿は完璧に予想外だったけど」

「はは。あれは私からのささやかなプレゼントです。これから幸せを謳歌する奥様へのね。幸せを噛み締める時間は長いほうがいいでしょう?」


まぁ、な。
俺ですら、今のこの光景がこれから先ずっと続いて欲しいとさえ思えてきちまう。それほど今この瞬間この光景は美しいものだった。テレビドラマなんて目じゃねーよ。


「いろいろと説明があるのですが、今この瞬間を止めるのは野暮ですね」

「ったり前だ。てか、説明ってなんだよ?………まさか、なんか失敗したんじゃねーだろうな?」

「違いますよ。彼女達の記憶の事です。彼女達の記憶は死んだその瞬間で止まっており、そこまでしかありません」

「ああ、だからアリシアがプレシアの様子を訝しんでたのか。ん?でもリニスは以外と普通に今を受け入れてた見たいだったけど?」

「それはきっとリニスさんの死因に関係しているんでしょう。彼女の場合アリシアさんとは違い突然死を迎えた訳じゃないようですから。ある程度、今の状況を理解できているんでしょうね」

「ふ~ん」


まっ、過去の事なんてどうでもいいさ。幸せに生きていくこれから先の未来があるなら、それだけで十分。

俺は店の隅に場所を移し、その場でタバコを吸った。

味は驚くほど美味しかった。















テスタロッサ家族が落ち着きを取り戻したのは何と約1時間後だった。

最初はアリシアとアルフが大泣きするくらいで他の皆はちょい泣きくらいだったが、最終的には皆が皆号泣。テスタロッサ家協奏曲涙長調だった。
いや、ホント喧しいの何のって。仏のような清流が如き心を持っている明鏡止水な俺も、流石に後半はイライラきた。ドラマなんて目じゃねーなんて思ったが、やっぱドラマの方がいいな。感動の場面なんて3分もあればお腹いっぱいだ。長々と見せられてもうざってぇだけ。
それでも俺は自発的に落ち着いてくれるのを待ったさ。1本目のタバコの美味さが嘘のようだった。吸いすぎで気分が悪くなっちまったよ。

そんな前半感動後半苦痛の時間がようやっと終わって、そこで俺と一緒に黙ってみていた男がここぞとばかりにアリシアとリニスの記憶について説明しだした。それに併せてプレシアもアリシアとリニスに現状の説明をしだした。
それをアリシアはよく分からないという様子で聞いていたが、対してリニスの方は飲み込みがよく、この店がアルハザードという伝説の地だという事も含めすぐに納得した。というより、その様は予想していたといったふうだったが。

そして、プレシアは説明の最後にリニスに向かい頭を下げた。


「あなたにはとても残酷な事をしてしまった。許されることじゃないし、許しを請う姿すら許されない事かも知れない。それでも私はこうやって頭を下げる事しかできない」


その姿はとてもあの高慢ちきなプレシアとは思えないほど弱弱しかった。ともすれば土下座して腹を捌かんがくらいだ。

そんな姿を見せられたら流石の俺も気になり、そして勿論迷わず聞いた。プライバシー?知ったことか。自分の欲求には正直に、だ。


「プレシア、お前何したんよ?」


そう聞かれた時のプレシアの顔は悲痛に染まり、それでも自分の罪と向き合うために真実を吐露しようとしたが、


「………私は、リニスを─────」

「プレシア!!」


その告白をリニスが遮った。


「頭を上げて下さい。もういいんです。確かにあなたが行った事は許されることじゃないかもしれません。けど、私はあなたの使い魔であり、そして当時のあなたの気持ちは痛いほど分かりました。間違いは間違いでも、それはきっとしょうがない間違いです」

「リニス………」

「それでもあなたがまだ私に対して罪の意識を感じるなら、一つ約束して下さい─────フェイトを幸せにしてあげて」


俺の隣でフェイトの息を飲む音が聞こえた。同時にまたもプレシアの瞳から涙が。


「私の望みはそれだけです」


そしてリニスはプレシアをフェイトの前へと押し出した。フェイトもプレシアも緊張した面持ちだったが、フェイトが「母さん」と呟いた瞬間、プレシアはフェイトを抱き寄せた。そして涙を流しながらこう言った。


「あなたにも許されない事をしてきた。母と呼ばれる資格なんてない私を、自ら放棄した私を、それでもあなたはまだ母と呼んでくれるの?」


プレシアよぉ、それりゃあ愚問だろ。いつでもプレシアを第一に考え、どんな事されても今そうやって嬉し涙を流しているガキだぞ?


「か、かあさ……っ、うわああああああああああああっっっ!!!」


今までのナニカを全てを吐き出すように、いつもの大人ぶった感じもなく、ただのガキのようにフェイトは大声で泣いた。

………世間はきっとプレシアのフェイトに対する今までの行いを許さないだろう。きっと出る所に出ればプレシアは有無を言わされず糾弾されるだろう。手のひらを返したように許しを請うプレシアに嫌悪感を抱く奴もきっといるだろう。

─────ハッ、クソ食らえだよな。

当人通しが幸せなら、それでいいんだよ。外野はとやかく言わず拍手してりゃOKってな。見ろ、プレシアの悪行を傍で見てきたアルフでさえ感動でまた号泣してんじゃねーか。
人間、単純が一番ってな。アルフは人間じゃないけど。

しかし、こりゃあまた感動タイムが長引くかな~と俺は場違いな事を考えながらタバコをふかしていたのだが、予想に反して今回は3分未満でプレシアもフェイトも落ち着きを取り戻した。その時の2人の表情は照れているようで、それでも極上に満たされたような良い顔だった。
俺はそれをやれやれと言った思いで見ていたが、それでも確かに顔が笑顔になっているのを自認していた。

と。

そんな一幕の後、ここに来てついにリニスとアリシアが俺の元へとやってきた。男やプレシアの説明時からずっとちらちらと見られてはいたが、まるで近寄ってくる気配はなく、むしろどちらかと言うと『あんた誰?』的な視線だった。アリシアなんて、さっき俺と初めて目が合ったときなんてあからさまに怯えた表情なってたぜ。流石にショックだった。

男とプレシアが俺の事を一体どのように説明したのかは聞いていなかったが、その時の様子を見るにあんま良い事いってねーだろうな。てか、仮にプレシアが俺の人物像をありのまま喋ってたなら確実に悪印象を持たれてんじゃね?
あ~あ、こりゃリニスちゃんを彼女にするなんて無理かな。まあ、別にそんなに期待してなかったけどよ。

胸中で溜息をつく俺の前に無表情のリニスと恐々といった感じのアリシアが来た。


「申し送れました。私はプレシアの使い魔のリニスです。初めまして、鈴木隼様」

「ア、アリシア、ですっ」

「あっと………どうも」


リニスはご丁寧に頭を下げ、その後ろで彼女のスカートを持って隠れるように挨拶したアリシア。
2人とも先ほどプレシアとフェイトに見せていた表情が嘘のような、モアイ像のように硬い表情だ。…………これ、ぜってぇ良い印象持たれてねーよね。

そして、何故か緊張間漂う俺たちを少し離れた所で様子を窺うプレシアたち。
ンダよ、コラ。見せモンじゃねーぞ。


「あー……まあ、聞いただろうけど、俺ぁ鈴木隼っつうモンだ。えー、それで………」


言葉が続かない。
リニスという同年代もしくはちょい下っぽい見た目の女性と、ちょっと怯えているフェイト似の幼女を前にいつもの調子で喋れない俺。………チキン?うっせーよ。


「けほっ!」

「っと、悪ぃ!」


まずった!タバコつけっぱだった!

俺の持っていたタバコの煙で咳き込んだアリシアに気づき、すぐさまタバコをもみ消した。
…………手のひらで。


「ぎょわっ!あっちーーー!!ふー、ふー!!」


何してんだ俺!?何テンパっちゃってんの俺!?自分根性焼きしてどうすんの俺!?まさかMに目覚めちまったか俺!?

とまあ、止まる事の無い俺のテンパリ具合は、しかしこの場合うまい具合に空気を変えてくれた。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫!?」


先ほどの硬い表情と怯えた表情から一転、俺を心配する眼差しで見てくるリニスとアリシア(視界の隅でライトとフェイトも焦ったような顔でこちらに駆けてこようとしていたが、プレシアとアルフに止められている)。

俺は流れを変えるならここだと思い、矢継ぎ早に口を開いた。


「だ、大丈夫だって。こんなの屁でもねーよ。余裕余裕!額に火傷痕を用いて肉って書けるくらい余裕!それより気分悪くねーか?一応換気はしてっけど、さっきまでバカバカ吸ってたから煙いだろ?アリシアも悪かったな、配慮が足りんかった」


副流煙の人体への影響は知ってっからな。確かに俺はガキの前でも気にせず吸うたちだが、それだって親身になった奴や許可貰ったやつの前でだけだ。
最低限のマナーだけは弁えている。………ホント、最低限だけどな。

俺はリニスへと軽く頭を下げ、アリシアの頭を軽く撫でた。
そんな俺の殊勝な態度が功を成したのか、リニスもアリシアも柔らかい表情になった。


「えへへ~」


てか、アリシアは破顔した。撫でていた手を離すとぷくぅ~と頬を膨らませた。また撫でたら破顔した。


(なにこの可愛いガキ。やべぇな)


別に頭を撫でた事に謝罪の意以外の他意はなかった。ニコポを狙ったわけもあろうはずもない。一度それでヴィータからアイゼンをお返しされたし。
でも、まあやっぱガキは素直に表情豊かにすんのが一番だな。あー可愛い。


「ああ、それとリニスさん。俺の事は隼でいいッスよ。様なんて、俺んガラじゃないんで。それに敬語も勘弁で。もっとフランクにいきましょうや」


俺はどうもこういうお淑やかな女性にはいきなり強く出れないようで、変な言葉遣いになってしまった。………って、オイコラ。プレシアてめぇ、なに反吐出しそうなツラしてんだよ。


「ふふ、分かりました。あ、でもしゃべり方はこれが地なんです。それと言葉遣いならあなたも普段通りで結構ですよ。ね、隼」

「………………」


良くね?
何がって、しゃべり方は敬語なのに名前だけ呼び捨て…………半端なくね?萌えね?少なくとも俺的にはストライク!!!

そんな胸中ハイテンションな俺に、リニスが静かに頭を下げた。って、え?いきなりなに?


「この度は本当にありがとうございました。店主とプレシアから事の詳細、あなたがしてくれた事を聞きました。感謝の言葉しか浮かびません」

「べ、別に感謝される謂われはねーよ。誰の為でもない、自分の為にやって来た事なんだ。その過程で誰が幸せになろうが感謝の意を抱こうが、俺は知ったこっちゃねーんだから」


てか、感謝してるっつうのにさっきまでの硬い表情はなんだったんだ?まあ、可愛いからいいけど。(後日聞いた話によれば、その時はまだ俺の人間性が分からなかったんだとさ)

それとアリシア?お前は一体なにしてる?俺の腕をブンブン意味もなく振り回したり、俺の指を意味もなく引っ張ったり、俺の手を自分で頭の上に乗せて撫でるように動かしたり。
いくら可愛いっつっても、いい加減うざったいぞ?


「………ふふ、本当にプレシアの言った通りの方ですね。隼は」


リニスは少し驚いた後、そう言って綺麗な微笑みを浮かべた。
対して俺は一体なにをリニスに吹き込んだんだと言った意味を込め、プレシアを睨んだ。プレシアは顔を赤くして目を逸らした。


(後で覚えとけよ、あのクソアマ)


ちっとばっかし若返ったからって調子乗りすぎだ。リニスちゃんの方が万倍可愛いっての。

まあそれは兎も角。


「そういう訳で、あんま変に過剰評価しねーでくれな?後から幻滅されんのヤだし」

「ふふ、はい」


リニスは改めて「これからよろしくお願いしますね」というキュート率100%の笑顔でそう言った。
なんていうか、うん、彼女にしてええええ!!!


「ていうかアリシア!お前はいい加減うっぜーんだよ!!」


未だ俺の手で遊んでいたアリシアに、俺はその手ともう片方の手を使ってアリシアの髪をぐしゃぐしゃにしてやる。
それをアリシアは遊んで貰っていると勘違いしたのか、「きゃ~~~!」とか言いながら喜びはしゃいだ。


「くぅっ!もう我慢の限界!ずるいぞフェイトそっくり!フェイト、ボクたちも行くぞ!」

「え?え?」

「突撃ラブハ~~~ト!!」

「ラ、ライト、引っ張らな─────きゃあああああ!!」


突然乱入してきたライトとフェイト、そしてアリシアによって俺は揉みくちゃにされたのだった。

つうか他の奴ら、なに微笑ましそうに見てんだよ!助けろよ!

…………あ~あ、もうグダグダ。




















俺とガキどもとの乱交は30分にもおよび、店を出る頃にはゆうに日は暮れていた。
俺はぐしゃぐしゃになった髪の毛や服、そして加減を知らないライトによって出来た打撲を擦りながら店を出た。


「楽しい一時でしたよ」


男は店の入り口から一歩中に入った場所で、店の外に居る俺たちに向かい笑みを浮かべた。
そんな男に無愛想に「あっそ」と返し、その正反対にライトを除いた他の皆は頭を下げた。その代表としてプレシアが礼の言葉を発した。


「本当にお世話になったわ。最上級の感謝をあなたに」

「ふふ。それは嬉しいですが、私は最上級から一つ下でいいですよ。最上は別の方に上げて下さい。ね、隼君?」

「知るか」

「知ってください。私からも最上級の感謝をキミにに送りたいんですから」


あん?俺に感謝?……………ああ、写本の件か。


「騎士共の事ならカタァついてんだ。感謝なんていらねぇよ」

「それもありますが、また別の事です」

「あん?」

「雲と闇の件です。幸せを約束してくれた事に感謝したいんですよ」


雲と闇?……ああ、プレシアの病気を治す代価の事か。つうか意味分かんねーんだけどな。なのに感謝されてもなぁ。

そんな俺の胸中を男は容易く見透かしたようで、


「時期が来れば自ずと分かります。けれど、だから私は感謝するんですよ。分からないモノの幸せを約束してくれたキミに」

「はん!そんな約束、ぶっちすっかも知んねーぞ?口だけみたいな?」

「そうなんですか?」

「……………さあな」

「ふふ」


こいつのこういう人を見透かしたような態度が気に食わねーんだよなぁ。

俺は舌打ちをした後、口の中の苦いものを払拭するようにタバコに手を伸ばそうとして、しかしそこである事を思い出した。


「そういやプレシア治す代価の条件は確か2つだったよな?あと一つってなんなんだよ」

「ああ、そういえば忘れてました。ふふ、黙っていればそのまま帰れたのに、相変わらずキミは面白い子ですね」


うっぜー!なぁにが「そういえば忘れてました」だ!てめぇ絶対覚えてただろうが!


「安心してください。もう一つの条件は簡単ですから。それも今すぐに済みます」


そりゃ意外だ。また訳も分かんねー条件出された日にゃあ張っ倒そうかと思ってた所だ。

俺が胡散臭そうに男を見ていると、その男が俺に向かい手招きをした。どうやらこっちに来いという意らしい。
生意気な。テメェが来いよ。
とは思いつつもさっさと終わらせたい俺は速やかに男の傍に移動した。

男と俺の距離は5m。手招きは止まない。
男と俺の距離は3m。手招きは止まない。
男と俺の距離は1m。手招きは止まない。
男と俺の距離は50cm。手招きは止まない。
男と俺の距離は30cm。手招きは止まな─────────


「って、どんだけ近づきゃいいんだよ!」

「ふむ、まあこれくらいですか」


俺と男との距離はすでに息が掛かると言っても過言じゃない距離だ。
なんだ?いったい何が始まんだ?

訝しむ俺に無視し、男は俺の胸に両手を添えてきた。
え?なに?ちょっとキモいんですけど。


「へぇ。隼君、意外と背が高いんですね」


そう言われて気づいたが、確かに男の身長は俺の顎くらいだった。そのバーテンダーのような格好が実際の身長より高く見せていたんだろう。それとも、子供の頃初めて会った時の身長差を未だ心のどこかで感じていたんだろうか。

胸元にある男から上目使いで見られる嫌悪感の中、俺はそんなどうでもいい事を考えていた。


「私はね、隼君」


男の声で思考中の脳は現実に戻された。


「キミに終始驚かされっぱなしでした」


は?いきなり何語り出しちゃってんの?
そうは思ったが何故か声が出ない。


「写本がキミを選んだ事、騎士たちのキミへの忠義心、非現実に足を踏み入れたにも関わらず変わらず我を貫ける強さ、巻き込み引っ掻き回してもそこから収束させる人間力、いろいろな意味で他者を惹き付けるナニカ……………本当に驚きです──────この私までそこに含まれてしまったのは誤算で、それを悪くないと思った自分自身驚きなのですがね。結構な長い時間生きてきたんですが、これは初めての感覚ですよ」


こいつは回りくどい言い方しか出来ない仕様なのか?マジ、意味分かんねーんだけど?


「まあ、だからこれは驚かされた私からの意趣返しであり………そしてやっぱり感謝の意です」


いい終わり、それと同時に男がつま先立ちになった。そうすれば自ずと顔と顔が接近していき……………………へ?いや、ちょい待った。ちょっと待って。いやマジで。なんだそれ。え、いや、ホント待って。顔と顔が接近?いや、なにその流れ?どうしてそうなる?どうしてそうする?あれ、顔が動かない?いや、やばいって。そのコースで顔を近づけられたらぶつかっちゃうって。額とか鼻とかじゃなく、もっと重要なモンが……………マジで待────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────。


「んなァ!?あ、あ、あ、あ」


どこからか誰かの驚きの声が聞こえた。けど今の俺にはそれが誰なのか判断する思考能力は働かなかった。どうでも良かった。誰が大声上げようが、仮にこの場で誰が死のうが今の俺にはどうでもいい。
ただただ俺は目の前の………これほど人間は顔を接近させ合う事が出来るのかと疑問に思うほどの目の前で、男の目を瞑っているその顔しか俺の目には、五感には映らない。

声を発することも、体を指一本ほども動かす事が出来なかった。ただ鼻で息をするのが精一杯なのと、相手の鼻息がくすぐったいということしか感じない。


「んっ………ふぅ」


そんな男の吐息が聞こえたかと思うと、その男の顔が俺の顔から遠ざかった。
男の顔はどこか満足そうだった。


「なるほどなるほど、これは中々」


男がなにか言っているが、生憎と俺の耳は機能していない。ただ男の唇だけが目に入る。
その唇を男は一度舐めた。


「今まで治療目的などで何度もやってきた事はありましたが………ふむ。気持ち一つでこうも事後の気分が違うのですね。なるほど、これが巷で言う『キス』なのですね」


聞こえない。何も聞こえない。男がナニカ言っているが、俺は何も聞こえない。
今、この瞬間、俺は現実に繋がる全ての感覚を無意識に放棄していた。


「あ、あ、あああなた………」

「すみませんね奥様。無断でいただいちゃいました。ああ、それと誤解しないでくださいね?私はちゃんと『ノーマル』ですから」

「っ!?そ、それはつまりまさかあなた……」

「ふふ」


ナニカがナニカを言っているが俺にはナニモ聞こえない。


「それでは名残惜しいですが、そろそろお別れの時間です。そして少し悲しいですが、もう合う事もないかも知れませんね。それと隼君、最後に良い思い出ありがとうございます………って、聞いてますか?」


──────────────────────────────────────────。



「やれやれ、どうやら完全に心閉ざしてしまったようですね。ちょっと不憫ではありますが、まあ私の性別を勝手に決め付けていた隼君の自業自得ですかね。私もその反応はちょっとショックではありますが…………まあ、面白いのでこれはこれでアリですね」


──────────────────────────────────────────。


「それではもう本当にこの辺りで。では、またお会いしましょう……………とは言えそうに無いので、今回は───────バイバイ、隼君」


──────────────────────────────────────────。

─────────────────────────────────────。

────────────────────────────────。

───────────────────────────。

──────────────────────。

─────────────────。

────────────。

──────。

──。


目が覚めた時、俺はベッドの上に寝ていた。ベッドからは良い匂いがし、それがプレシアの匂いと一緒だという事に気づき、次に自身がいつの間にか気絶していたんだという事に気づいた。
そして、それを継起に思い出したくも無い最後に見た光景や感じた感触までもが蘇ってきた。


「…………アア」


脳裏を過ぎるのは一人の男の顔。


「……アア」


俺の顔に近寄ってくる野郎のツラ。そして………


「…アア」


…………………………………………………大事に大事に守ってきた俺の唇。初めての相手は誰なんだろうと夢見てきた。

俺のファーストキス。

相手は女ではなく、プログラムでもなく、クローンでもなく、幼女でもなく、使い魔でもなく。

男、だった……………………。

男………。


「いやあああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





[17080] ~後日談~そのニ 前編
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/02/26 00:46

後日談…………さて、どうしようかしら?

後日談。

ん~、困ったわね。いきなりそんな事言われても、段取りなんてまるで分からないわよ。そもそも後日談はおろか当日談すらやっと事ないのよ?それをあなた、いきなりやれって言われてもねぇ。

えーと、取り合えず自己紹介からかしら?んと、初めまして─────でいいのよね?悪かったら言って。脳を弄くってでも良いと言わせてあげるから。
私の名前はプレシア・テスタロッサ。5歳の娘一人と9歳の娘を二人子に持つ24歳…………なによ、文句でもあるの?私の年は事実よ。少なくともつい最近肉体年齢は確実に20代半ば辺りに変わったんだから、別に24でもそれほど間違ってはなくてよ?それでもまだ何か文句があるなら出てらっしゃい………ふふ、オシオキしてあげるから。
って、もうっ!話が逸れたじゃない。いいから、もうこれからは私の言う事には無条件で納得しときなさい。その方がスムーズに進むから。
と言っても、私の事なんて別にこれ以上語る事なんてないんだけどね。今更自己紹介したところで、今までハヤブサのやつが散々私の事を語ってきたんだから。

………だから、そうね。たまには私がハヤブサの事について語ろうかしら。

と言っても、ハヤブサの事を語ると言ってもあの男の事は一言で要約出来るわね。
馬鹿。
はい、おしまい。
あの男以上にその言葉が似合う人間は中々いないわね。もしかしたら馬鹿という言葉はハヤブサから生まれてきたんじゃないかとさえ思うわ。
馬鹿の語源、ハヤブサ。
と、馬鹿馬鹿言ってるけど、その件の馬鹿、本来なら今この場にいなきゃいけない筈の馬鹿は今現在どこにいるのかというと。

今頃は家に引き篭ってるでしょうね。

何でかって?原因は前回の後日談よ。あの男、自分の過去を語るのはいいけど、結局最後は自分のキズを自分で抉って自爆しちゃったのよね。ハヤブサ、それであの時の事を思い出してまたショックがぶり返して、今回とうとう引き篭っちゃったわ。やれやれね、まったく。そのせいで私が後日談を語らなくちゃならなくなったし。

ていうか、だいたい自業自得じゃない。あの男装クソアマの変態性を見抜けなかったハヤブサが悪いのよ!小さい頃から知ってたらしいけど、だからって隙見せ過ぎなのよ!そもそも何であんなに近寄る必要性があったの?!疑問に思ったなら3m手前くらいで止まりなさいよ!手招きされるがまま距離詰めて、そして寄り添って…………ああもうっ、腹立たしい!アリシアやリニスの件や私の病気の事は確かに感謝するけど、それとこれとは話が別!あのアマ、もう会う事もないとか言ってたけれど逃がしゃしないわよ!っていうか、何で私がハヤブサの事でここまで腹立てなきゃいけないのよ!それが一番腹立たしいわ!

……………ふぅ。

まあ、ハヤブサもいい気味だわ。あの男、未だアルハザードの店主が男だと思い込んで、自分のファーストキスの相手が男だとかなんとか言って絶望してるし…………ん?…………って、ファーストキス!?!?ハ、ハヤブサってまだキスした事なかったの!?う、嘘でしょ………いつものあのデカイ態度と時折見せる下心丸出しの顔や発言しといて?い、意外だわ。もしかしてハヤブサって根は純情……………って、それは有り得ないわね。あれほど欲望のままに生きる人間なんて、私見た事ないもの。

でも、そう、ハヤブサって思ってたより軟派じゃなかったね。私は少なくとも夜天かシグナムかシャマルあたりにはとうの昔に手を出してると思ってたわ。
改めて意外ね。
もしかして、今まで彼女の一人も居なかったんじゃないかしら?だとしたら地球の女は男を見る目がないわね。あんなに外道で鬼畜で自分勝手で我が侭で不器用で素直じゃなくて、でも優しい男、そうはいないわよ?
そんなハヤブサの色々な意味での良さに気付かない地球の女は、もしかしたらハヤブサ以上に馬鹿なんじゃないかしら。リニスやアリシアだって、まだ知り合って一週間も経ってないっていうのにハヤブサを気に入ってるのに。特にアリシアなんてハヤブサにべったりし過ぎで、逆に腹立つくらいよ。
まあ、でもそれもしょうがないのかもね。ハヤブサのあの性格は少し付き合ったくらいじゃ嫌悪感しか湧かないし。まさに一見さんお断りってやつ。

だから、そうね、いい機会だわ。今回の後日談はあの男が人情溢れる一面を見せた時の話をしましょう。でも、まあそうは言ってもやっぱり今回の話も基本的にぶっ飛んだモノではあるんだけれど。その辺をもうちょっと自重すれば、私だってもうちょっと…………って、私は何を言おうとしてるのかしら。…………か、勘違いするんじゃないわよ?別に私がハヤブサをどうこう想ってるわけじゃないわ。今回だって後日談の話題がないから仕方なくハヤブサを取り上げるだけ。それ以上もそれ以下もないわよ。

確かにハヤブサには感謝の念は尽きないわ。深く付き合えば付き合うほど魅力を感じてくる男だというのも事実。でもね、この際だから改めてハッキリ言っておくわ。







私はハヤブサの事なんて大っっっっっっっっっっっ嫌いなのよ!!









…………………………………………大嫌いは言い過ぎたかな。うん、それはちょっと可哀相よね。『嫌い』くらいね。

…………………………………………嫌いでもちょっと言い過ぎかしら。何だかんだ言ってアレで私達を考えてくれてるわけだし、アリシアもフェイトもハヤブサの事好いてるし。『好きじゃない』、これが妥当ね。

…………………………………………それもちょっと失礼な言い方ね。ある意味『嫌い』とハッキリ言うより酷い言葉な気がするわ。ううん、だったらやっぱり『好き』、これね。うん、しっくりくる。








……………………………………………………………………………………って、なんでそうなるのよ!!!!















後日談その2 ~語り部・悩める元ババア~ 前編













アリシアとリニスが蘇ってきた数日後。つまり私とフェイトとライトとアルフとアリシアとリニスが家族を始めて数日後。
そんなある日の朝。
私は腹部に感じる絶大な衝撃や痛みと共に目が覚めた。


「おはろ~」


ベッドの上で咽る私の横で、ニヤニヤといった類の憎たらしい笑みを浮かべる男が一人。


「ごほっ、この、ハ、ハヤブサ!」

「よっ、お目覚め?気分はどうよ」


タバコを咥えながらいけしゃあしゃあとのたまうハヤブサ。

お腹を押さえ苦悶の表情で咽る私の姿を見て、その気分の事を尋ねるなんて世界中探したってこの男くらいね。ならば敢えて言ってあげるわ。


「気分は最悪よ!」

「おいおい、朝っぱらからそんな怒んなよ。新しい朝だぜ?希望の朝だぜ?喜びに胸開いて大空仰げよ」

「誰のせいで朝からこんなロー気分にさせれてると思ってるの!忌々しい朝に憤怒で胸焼いて大空焦がすわよ!」


朝っぱらから愉快な事を平然と言うハヤブサに、文句の一つや二つは自然と出てくる。
というか、朝っぱらからこの男は何しに来たのよ。しかもどうどうと人の寝室に入ってるし。私、鍵掛けてたわよね?


「あれあれ?そん事いっていいのかな~?言っとくけどよ、俺ぁお前を起こそうなんて気はなかったんだぜ?そしてこんな起こし方をしたのも俺じゃねぇ。まっ、起こし方の提案はしたがな」


そう言ってハヤブサは咥えているタバコをピッと私の腹部に向けた。なんとも器用な男ねと思いながら、そのタバコが向けられた先に目を落とせば、そこには潤んだ瞳で私の顔を見上げている愛娘が一人。


「ア、アリシア!?」

「えぐっ、ぐじゅっ……ふえぇ……」


アリシアのその涙はさっきの私の怒鳴り声によるものか、それとも私を怒らせたと思った自責のものか、あるいはその両方か。


「あ~あ、泣~かした~泣~かした~。せっかくアリシアが起こしてくれたってのに、怒っちゃいけないだろ常識的に。………ぷぷぷ」


ハヤブサへの多大の殺意が湧き出るが、今はそんな場合じゃない。
今、アリシアは布団越しに私の腹部辺りに大の字でうつ伏せになって、涙で濡れた顔だけを上げて私を見ている。この状態から察するに、目覚める原因となったあの衝撃はきっとアリシアが寝ていた私にフライングボディプレスを見舞ったんだと思う。けれど、私はそれに気づかず原因は寝起き早々視界に入ったハヤブサだと思い怒り心頭。その怒りをアリシアは自分に向けられたのかと思ったのか、現在こうして可愛い顔を涙で曇らせている。

私が最初に誤解し、その誤解をアリシアがさらに誤解した形ね。……………つまり完璧ハヤブサが悪いって事なのよ!ていうか、何で私はアリシアの存在に気づかなかったの!?普通人一人がお腹の上に乗ってれば気づくものでしょう!ああ、もう、私の馬鹿!!


「ア、アリシア、違うのよ!別にアリシアの事を怒ったわけじゃないんだからね?」

「で、でも、ママ、すごく怖い顔で………ううぅぅっ」

「ああ、ありゃあ怖い顔だったな。鬼か悪魔かそれ以上?そんな顔を可愛い娘に……」

「あんたは黙ってなさい!!」

「ひうっ!?」

「ああっ、違うのよアリシアっ!今のもハヤブサに言った言葉で………」

「くくくくっ」


ハ・ヤ・ブ・サ~~~~!!覚えときなさいよ、後で酷いから!!


「アリシア、泣き止んで。ね?」

「う゛ぅ……」

「やれやれ。おら、アリシア」


ハヤブサがぐずっているアリシアを抱き上げて布団の上から降ろし、そのまま抱えた。


「お前が泣き止まないとママまで泣き始めちまうぞ?悲しいよぅ、てな。ママは俺が面倒見ててやっから、それよかお前はフェイト起こして来てくんねぇか?で、朝飯食おうぜ」

「ぐず……うん」

「よし、いい子だ。今朝は俺特製のオムレツだ」

「ハヤブサが作ってくれるの!?やたっ!」


鳴いたカラスが何とやら。
アリシアは涙を腕で拭った後、トテトテと部屋から出て行こうとして寸前に私に振り返った。


「ママ、おはよう!」

「───ええ、おはよう」

「えへへ。フェイト起こしてくる!」


子供の機嫌は山の天気より変化が激しいとどこかで聞いたような気がするけど、アリシアはそれ以上ね。いえ、それともハヤブサがそれほど口が上手いのかしら。


「ホント可愛いねぇ、アリシアは。やっぱガキはああやって表情豊かじゃねーとな。それに比べてウチのガキ共と来たら…………ハァ」


前半の言葉は本当に優しい笑みを携えながら。後半の言葉は舌打ちでもしそうなほど忌々しそうな顔をしながら。
そして私はそんな彼の顔を意味もなく見続ける。どんな顔をしているのかは、生憎と鏡がないから分からないけれど。

まったく、表情豊かなのはあなたもじゃない。


「さてと。じゃ、俺も前言を反故しないように朝飯の準備でもしますかね」

「ちょーーと待ちなさい!私に何かいう事があるんじゃない?」

「…………服、はだけてるぞ」

「っっ!!」


バッと布団を掻き抱き胸元を隠す。

この男は本当に……!!


「ハァ……もういいわよ。ホントはちっとも良くないけどいいわよ!で、今日は一体何しに来たのよ。家庭教師の日は確か明日のはずよね?」


ハヤブサには週に3度、アリシアとフェイトとライトに勉強を教えてもらっている。こんな男でも聞けば一応学歴はそれなりのもので、小学生程度の勉学なら苦もなく教えられるという事なので依頼した。
本当は私が手ずから教えてあげたい。そもそも頭の出来がハヤブサとは違うのでより良く上手に教えられる自信もある。けれど、残念な事に私も今ちょっとやることがあるので出来ない。


「ああ、ちょっと朝から一悶着あってな。家に居づらくなったから遊びに来た」


ハヤブサの顔には忌々しさと申し訳なさが同居しており、私はその表情だけで大方予想がついた。


「理とヴィータと喧嘩。そして夜天かシグナムかシャマル、あるいはその全員から雷が落ちた。結果、ここに逃げてきた。そんなところ?」

「………はん、うっせぇよ」


やはり図星だったようで、気まずく目線をそらすハヤブサ。
まるで兄弟喧嘩の末、親に怒られた子供のようなその姿に私は少し笑みがこぼれた。


「あなた達の1日平均喧嘩回数、最近また増えてきてない?」

「しゃあねーだろ。あいつら、ムカツクんだよ」

「喧嘩するほど仲が良いとはいうけど、流石にやりすぎよ。この前なんて1日中ド突き合ってたでしょ」


その時は理とヴィータだけでなく夜天とシグナムとシャマルとザフィーラ、さらにはライトやフェイトをも巻き込んで無人世界で大喧嘩を繰り広げた。その理由が『ハヤブサは誰を一番可愛がっているのか』というものだったから、頭が痛くなる事この上ない。

結局決着は着かなかったようだけれど、あえて勝者を挙げるなら、傷だらけになって帰ってきたハヤブサを介抱したアリシアとリニスとアルフだろう…………あと、まあ私も。


「もう少し大人になりなさいよ」

「若返った奴に言われたくねぇっての。つうかお前、どうしたんだ?目の下にでっかいクマなんかつくって」


少しだけ、ほんの少しだけ心配そうな雰囲気漂わせながらこちらを窺ってくるハヤブサ。


「あら?心配してくれるの?」

「ああ?誰が誰の心配するって?まだ夢の中にいるようなら一発殴ってやろうか?」


先ほどの雰囲気を吹き飛ばして睨みつけてくるハヤブサ。その言動は腹が立つけれど、どうしてか私はこの感じのハヤブサが嫌いじゃない。
それに、そんな言動は全てハヤブサなりの優しさの裏返し。照れ隠し。


「あなたが、アリシアやフェイトの心配よ」


私の体調が悪くなれば当然フェイトやアリシアは悲しむ。そして子供好きであるハヤブサはそんな子の顔なんて見たくない。
自分大好き我がまま男のただ一つの常識的な良心。


「………ふん、意味分かんね。俺ぁただそのクマの原因が気になっただけ。変な勘繰りすんなや。で、どうしたんよ?」

「ちょっとね、フェイトのデバイスをリニスと一緒に改良してるの」


それが私が勉強を教えられない理由。フェイトの愛機バルディッシュの改造。
私はライトのコピーバルディッシュを借りて、それを基にフェイトのバルディッシュにカートリッジ機構を取り付けようとしている。ただ、それが中々難しく、リニスと2人で設計に取り組んでいるが未だ完成にはいたっておらず、連日の徹夜の結果がこのクマ。


「ふ~ん、デバイスの改良ねぇ。まっ、体壊さない程度に勝手に頑張っ…………って、待て!てことはリニスちゃんもお前みたいなクマ作ってんのか!?」

「は?まあ、私ほどじゃないけど少しは………」

「な!?テメ馬鹿野郎!」

「な、なによいきなり……」


わ、私何か彼の癇に障ること言ったかしら?

いきなり憤慨し出したハヤブサに戸惑う私だったが、次の彼の言葉で私が憤慨しそうになった。


「彼女の顔にクマだと………なんて事だ!あの美顔にそんなモンは似合わねぇ!ふざけんなよプレシア!デバイス改良すんのは勝手だし、お前の顔にクマが出来るのはどうでもいいが、彼女は違ぇ!一人でやれよ!」


遠慮とか配慮とか気づかいとか、そんな物は微塵も感じさせない、いつも通り傍若無人・自分勝手なハヤブサの物言い。
正直なのは美点であるけれど、ここまで来ると問答無用で殺したくなる。


「へ、へぇ~。子供たちやリニスの事は気に掛けるのに、なのに私の事は一蹴?」

「ったり前ぇだ馬鹿ですかお前は?こうしちゃいらんねぇ、朝飯に精の付くモン作ってやんなきゃ。ああ、お前はなるべくリニスちゃんの手を煩わせないよう、朝飯抜きでさっさとデバイス改良作業してろよ」


…………ぷちん。

と。
私の中で何かが切れた。


「ハヤブサ」


朝食の準備に取り掛かるのだろう、部屋から急いで出て行こうとしたハヤブサに声を掛けた。


「ああ?ンだよ、こっちは急がし………」


しかし、彼の言葉は最後まで紡がれなかった。私が作り出した拳三つ分くらいの大きさの魔力弾を見て、顔を引きつらせた。そして肩を落としながら溜息を吐きこう言った。


「………ハァ。どいつもこいつも、なんでこう俺の周りにいるやつは喧嘩ッ早いんだ?」


誰のせいよ!


「ハヤブサの馬鹿ーーーーーーーーー!!!!」


ベッドの上で毛布を抱き、顔を真っ赤にして罵詈雑言を放つ女、対してそれを諦めたように受ける男。

まるでドラマによく見る痴情のもつれか何かの図。
なんてね。


(誰かにここまで感情を揺さぶられるのは何時以来かしら………)


それがどんな、何に対する感情なのかは分からないけれど。元夫に対しても、ここまでのナニカを抱かなかったような気がする。

そんな事を思いながら、私は第2第3の魔力弾をハヤブサに放つのだった。






















「お前等さ、ずっとこんな辛気臭ぇで生活するわけ?」


それは朝食の場で唐突に放たれたハヤブサの言葉だった。まるで『わぁ、ここに馬鹿がいる』とでも言わんばかりの顔で。

何だかんだ言ってハヤブサは私の分の朝食も用意してくれており、私はそのハヤブサ特製オムレツ(というより、ただの卵焼き。しかも崩れた)にスプーンを伸ばしながら怪訝な顔を彼に向けた。


「昼でも薄暗いわ、草木は腐ったような色してるわ、景観もくそもあったもんじゃないわ。住んでてつまんなくね?」


まあ、ハヤブサの言う通りではある。
アリシアの件が済んで改めてこの庭園を見てみれば、何とも味気なく面白みの一つもないところだというのに気づいた。
だからつい先日、地球で103型のテレビを購入し部屋に入れてみた。その為の回線も魔法世界の技術と私の頭を使い、きちんと地球から引っ張ってきた。久しぶりのテレビだからなのか、それとも地球の技術力なのか、最後に見たときよりも映像はとても進化していて綺麗で、私達家族の間では密かに映画鑑賞がブームになっていた。


「何で地球に来ねぇんだ?フェイトの借りてたマンション、あれそのままだろ?勿体ねー」

「そうだけど………」


危惧している事がある。それは管理局の動向。
今回のジュエルシードを巡る件で管理局は地球へやってきた。一応その件に関してはジュエルシード全回収という形をもって解決したようだが、それで全てが元通りになったわけじゃない。地球は管理外世界だけど、この件できっと管理局は地球に目を向けるだろう。少なくとも、一時は部隊の一つくらい駐在するはず。

そんな世界に身を置くのはあまりに無用心だ。私の事が露見しているかは分からないけれど、少なくともフェイトは局員と一度相対したと聞いた。だったら私の事も露見ていると、ある種考え過ぎていた方がいい。フェイトだけここに置いて他の皆で地球に移り住むという案もあるにはあるけれど………とてもじゃない、今の私にそんな事は出来ない。
フェイトと離れる事なんて出来ない。したくない。……………私も変わったわね。


「ンだよ。なんか気になる事でもあんの?─────あ、ライトてめぇ!それ俺のウインナー!」

「管理局よ」

「へっ、ベーコンも~らい!─────あん?管理局?別に気にする事ねぇんじゃね?なのはも黙ってくれてるし」


なのは。
高町なのは。

先に言った『ジュエルシード全回収をもってこの件は解決』という情報は、実はその子からもたらされたものだ。
高町なのはという少女に私は面識がないけれど、この件でフェイトとジュエルシードを巡って渡り合ったフェイトと同い年(肉体年齢)らしい地球の少女。そして今でも嘱託に似た形で管理局と繋がっているとの事。
そんな少女がどういう経緯を経てか、私は寡聞にして知らないけれど、何故かフェイトのメール友達という位置にいるから驚きだ。まあ、ハヤブサが何かしたんでしょうけどね。


「そのなのはという少女、本当に信用出来るの?」


ハヤブサと親しい少女のようだが、だからって信用出来るなんて単純に構えてられない。

難しい顔をしてハヤブサに言う私に、しかし返答したのはハヤブサではなく私の愛娘の一人だった。


「なのはは信用出来るよ!」


ダンと椅子から立ち上がり、私に強い眼差しを向けるフェイト。
まだ数度しか会った事もなく、会話もしていない、文章だけの繋がりでの友達関係なのに、フェイトは自信をもってそう断言した。それほど、フェイトはなのはという少女の事を好いているのだろう。思い返せば朝も昼も夜もフェイトは携帯を常に持っており、そう言えば朝食を食べ始める前のさっきも携帯をいじっていた。
理とヴィータに続き三人目の同年代の友達。決して多いとは言えない友達で、だからこそ本当に大事なんだろう。

そんなフェイトの姿を見て、場違いながら私は改めて思った。
本当にこの子は真っ直ぐ育ってくれた。今までの私の行いを考えれば捻くれて当然なのに、それでも真っ直ぐに、無垢に、強く………強く、と。

だったら私はこう返すしかない。


「そうね。フェイトの友達なら十二分に信用出来るわね。ごめんなさいね、フェイト」

「う、ううん。私もおっきな声出しちゃって、その、ごめんなさい」


恥ずかしくなったのか、少し赤くなって縮こまるように椅子に座り直すフェイト。そんなフェイトを見て、私は喜色の笑みが浮かぶのを抑えられない。本当に可愛い娘だと、心の底から思う。……………ただ、そんな事を思う自分に少しだけ嫌気も差してしまう。この子にあんな事をしてきて何を今更、と。

そんな時、


「はい、プレシア」


そっとオレンジ色の液体が入ったコップをリニスが私の前に置いた。まるで私の後ろ向きな思考を断ち切るように。


(…………本当にリニスには敵わないわね)


穏やかな笑みを浮かべるリニスに私は「ありがとう」の言葉を彼女と同じような笑みと一緒に返した。…………ハヤブサがリニスの笑みをだらしない顔で見ているのは癪に障るけど。


「リニスはやっぱ………って、ぬお!?俺のポテトサラダがいつの間にか無ぇ!?どこに………アルフゥゥゥ!その口元に付いてる白いものは何だーー!」

「いや~、いらないのかと思ってね。リニスの方ばっか見てるし」

「いらないモンを自分が作るか!しかも食べかけだ!つうか俺がどこ見てようと関係ねぇだろ!…………うり」

「あああああ、私の目玉焼き!?ハヤブサー!」

「もぐもぐもぐ、ごっくん。ごっそさん」

「……………表ん出な!」

「へっ、上等!!」

「上等、じゃないわよ!!大人しく食べなさい!アルフも!!」


本当にハヤブサという男は身勝手すぎる。普通、人に会話振っておいて、その途中に他の人と喧嘩を始める?一体どういう思考してるのよ。その場その場を全力で生きすぎよ。


「覚えてろよアルフ。で、なんだっけか?………ああ、地球に住む事が決定したところだったけ」

「どうしてそうなってるの!?」

「ンだよ、ぐだぐだうっせぇな~」


ハヤブサは牛乳を一気に飲み干し、食後の一服とばかりに早速タバコを取り出して火をつけた。
彼以外まだ朝食を食べている最中なのに、なんの遠慮もなく紫煙を振りまくハヤブサだけど、その事についてもう誰も眉を顰めない。
すでにその行為やその姿は見慣れた物で、もはやハヤブサがいる時の食事の1品のようにまでなっている。


「いちいち訳の分からん未来を心配してどうする。今を楽しまなきゃ損だろ。だ~いじょうぶだって。何とかならぁな」


その言葉がどこぞの馬の骨が言ったものなら、まるで信用に値しない、一笑にするものだけど。どうしてだろう、ハヤブサが言うと本当にどうにかなりそうに思う。
いや、きっとなんとかなる。その証拠が、この食卓だ。


「て訳で、さっさと引っ越そうぜ。こんな欝になりそうな所、出来ることなら一時もいたくねぇし。よかったな、アリシア、フェイト、ライト。面白とこが地球には一杯あっから、俺がいろいろと案内してやんよ。アルフもお天とさんの下、ザフィーラと一緒に散歩しようぜ?かなり気持ちいいぞー。リニスもさ、給仕ばっかしてねーで羽伸ばせよ。服もそんなんじゃなくてもっと歳相応の着てよ?そうだ、今度一緒に買いに行こうぜ。俺、プレゼントすっから。ていうかさせて!」


ハヤブサが言い終わった瞬間、途端に場は賑やかになった。


「ホント?じゃ、ボクテレビで見たアレしたい!魚殺し!」

「ラ、ライト、あれは魚釣りだよ………」

「はーい!わたし、ゆーえんち行ってみたい!」

「散歩か~、いいね!行こう行こう!ザフィーラ抜きで!」

「ふふ、ありがとうございます。期待して待ってますね」


結局、ハヤブサはこういう奴なのよね。
いつもいつも自分の為とか言ってて、実際99%本当にそうなんだけど…………でも、やっぱり根っこは人の為に動いてると思う。彼はそれを否定するだろうし、上手く言葉で化かそうとするけれど、彼のその優しさの一端に触れた者なら真実は容易く見抜ける。

だから、私もこう言う。


「あら。私には何もしてくれないのかしら?」

「は?調子に乗んなよボケ。………………まあ、後ろ向きに考えといてやんよ」


ほらね?


「あっと、その前に─────」


でも、やっぱりハヤブサはハヤブサな訳で。1%が優しくても99%は利己の塊なので。


「ここ、売っ払っちまおうぜ。で、引越しという提案を出した俺へのマージン料は売値の80%な」


本当に飽きない男ね。
















時の庭園の売却。

言葉にすれば簡単だけれど、実際問題はそうじゃない。
別に売る事には何の異論も無い。ここには何の思い入れもなく、むしろ忌まわしい事ばかりだ。特にフェイトにしてしまった所業を否が応にも思い出させられ、胸が締め付けられる。本来なら『だからこそ』向き合わなければならないのだろうけど、そんな心境をポツリとハヤブサの前で漏らしたら、


『過去と向き合ってどうするよ。お前が向いてやんなきゃなんねーのは、そんなモンじゃなくて今のフェイトだろうが』


下んねぇ事言ってんじゃねー、そう吐き捨てた彼に私はどのような眼差しを向けていただろう。
まあ、それは兎も角。
だから、気持ち的には何も問題なかった。デバイスの改良も、やろうと思えば地球でだって出来る。
問題はそんな事じゃなく、もっと現実的なもの。

【どうやって、どこに、誰に売りに出すか】

勿論、普通に売り出せる代物じゃない。こんな物を売り出せば必ず管理局の目に留まる。そしたら当然私が売主だと分かり、そこから下手しら今回のジュエルシードの件への関わりが露見してしまう可能性も0じゃない。

だから私は秘密裏で売る事を決めた。研究所に居た頃に出来た明かせない人脈や、フェイトを造…………産む時にコンタクトを取った人たち─────つまりアンダーグラウンドな奴らを売却の対象に絞った。彼らならその立場上どこへも洩れる心配は無い。

私は部屋にある端末から各々の連絡先を呼び出し、時の庭園の売却の旨を文章にして送った。どれほど返答があるかは分からないけど、買い手は必ず現れると私は核心している。今どんな物が売りに出されているか、そういう情報は瞬く間に巡る。それは今送った相手だけじゃなく、その相手の相手まで。そしてその巡る場所もその性質上、裏でだけ。表には絶対に出ない。


「送ったわよ。返事もすぐ来ると思うわ。物の売買、ひいては情報っていうのは早さが命だから」


座って端末を操作していた私の傍らにはハヤブサ。この部屋には私とハヤブサのみで、他の者は各々好きなことをしている。


「オーライ。あとは任せな」


私はそういうハヤブサに席を譲った。
彼に何を任せたのかというと、値段の交渉だ。その為の端末の操作、文字の打ち方は事前に教えておいた。そして私がこの庭園を購入した時の金額も教えており、だからだいたいの相場も彼は把握している。


「ふん。ぼったくり価格で売りつけてやんぜ!」


ハヤブサらしいその言葉に思わず苦笑してしまう。

まあ、息巻くのは当然でしょうね。なんたって私が購入した時の値段以上の価格で売れたら、その差分を上げると言っておいたからね。
さて、いつもいつも金金言ってるけど、実際の集金力はどれくらいかしら。まあ、今のハヤブサの懐具合を知ってるのであまり期待は出来ないだろうけど。


「お、早速来た!」


ピコンと端末がなり、画面にメッセージが出た。そのメッセージはミッド語で書かれていたが、私が教えたようにハヤブサが端末を操作すると日本語に変換された。


「ええと、なになに………………」


黙々と文字を読み進めるハヤブサ。そして全部読み終わったのか、彼は返信画面を呼び出し文字を打ち始めた。


(………お茶、入れきてあげようかしら)


座って文字を打っている彼の背中や初めて見る寡黙な姿を見て、漠然とそんな考えが浮かび……………次の瞬間頬が朱に染まったのを自覚した。さらに自覚した事はそれだけじゃなく、私の右手がいつの間にか彼の背に触れそうな位置まで伸びていた。


(え、あれ?私、なにを………)


これじゃあまるで………


「おい」

「ひゃい!?」

「…………頭、膿んだか?」


私の奇声に怪訝な表情をしながら振り返ったハヤブサに『なんでもない』という意を込めて首を横に振る。その動作はきっと凄くぎこちなかっただろう。


「な、なにかしら?」

「ん、ああ、ちょっと長丁場になりそうだからよ、お茶でも入れて来てくんね?」


その言葉に私の胸の内が見透かされたかとさらに頬が赤くなるが、ハヤブサはこちらの返答を待たずまた文字を打ち始めた。もう用は無いと言わんばかりのその態度に、私はムッとした表情になった。


(もうっ、なんなのよ!!)


………本当になんなのよ。

自分でも意味の分からない怒りと羞恥を抱え、私は早足で部屋を出た。後ろ手で扉を閉めた後、その扉に寄り掛かかり、胸を押さえながら気を落ち着かせる。

鼓動がいつもより高鳴っているような気がする。


「なんなのよ………」


先ほどと同じように、しかし今度は声に出してみた。

けれど、どういうわけか、私らしくない弱弱しい声しか出なかった。そして頭の中にはハヤブサの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

結果、お茶を入れたら何故か砂糖まで入れてしまったり、おぼんをひっくり返してしまったり、お茶菓子も付けるべきか悩んだ末にそもそもお茶菓子なんて無かった事に気づいたり。
散々だった。惨々だった。
だというのに、見兼ねたリニスが手伝ってくれるというのに、それも断ってしまったり。


「なんなのよ、もうっ!!」

「プ、プレシア、落ち着いてっ」


結局、ハヤブサのところにお茶を入れて戻ったのはそれから30分後だった。




[17080] ~後日談~その二 後編
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/03/20 20:51





後日談その2 ~語り部・悩める元ババア~ 後編








部屋に大きな男の声が響き渡っている。その声を発している口は拳くらい丸のみ出来そうな程大きく開いていて、汚らしい唾まで威勢よく飛ばしている。野太いそれはいつもよりさらにドスが効いており、もうそれは怒声とかいうレベルではなく、その種類でもなく、ただの罵声であり恐喝。
形相も相応に厳しいもので、とてもアリシアやフェイトには見せられない。きっと、今の彼の顔を見れば怯え、ともすれば泣き出すかもしれない。

そんな男………ハヤブサ・スズキ。今の彼の頭の中を占めているのは唯一。

【金】


「ハァア!?テメェふざけてんのかよ、あ゛あ゛ん!?あんま舐めた事抜かしてっと歯ァ全部引っこ抜くぞ!いっぺん死んでから出直して来い!」


端末を乱暴に操作し、空中に浮かんでいたウインドウを閉じた。映っていたのは私もかつて一度だけ見た事のある顔で、確か結構な地位にいる魔法界の闇の商人だ。
そんな奴を相手に見事なまでの啖呵を切るハヤブサを褒めればいいのか、それとも教えてもいない映像付きボイスチャットのやり方を自分で習得した事に感心すればいいのか……………。

人間、金が絡めばここまで力を発揮できるものなのかしら?この度胸と順応能力があれば就職くらいすぐに出来そうな気もするけれど……………それが出来ていないのは、やっぱりこの性格せいね。


「おいおいオバン、そんな額でホントに売れると思ってんのか?年増の金なしに用はねぇんだよ!30歳ほど若返ってから出直せボケ!」


ハヤブサがお金大好きなのは嫌なほど知ってたけど、まさかこれほどとはね。確かにこれなら彼女なんて出来ないでしょうね。普通だったら確実に幻滅の対象ね。

ちなみに今の相手はどこぞの領主の奥方だったはず。


「ちょっと待っ………あー、もう、うるせぇうるせぇ!俺の言葉を聞け!いいか、俺は日本語なんだよ。に・ほ・ん・ご!!分かる?分かったなら日本語覚えてから出直せカス!」


ぶつん、と、忌々しげに通信を切ったハヤブサだけど、間を置かずまた端末が鳴り響く。その様子に少しげんなりになっていた。


「はぁ……次から次へと満員御礼だよアリガトウゴザイマス。これがクソッタレな客じゃなきゃの話だけどな!」


どうやら私がここを離れてから30分と少し、ずっとこの調子で相手をしていたようだ。

私は辟易した様子で椅子に座っているハヤブサの隣に身を移し、彼の前に持ってきたコーヒーを差し出した。


「梃子摺っているようね」

「ん?ああ、まあな。ったく、嫌になってくるぜ。なんでこう腐った奴しか連絡して来ねぇんだよ」

「腐った奴にしか売れないし、そもそもあなたも腐ってるでしょ」

「ンだとコラ。俺のどこが腐ってるって?新緑のように煌びやかだっつうの」

「ふふ、減らず口を叩ける余力はまだ残ってるのね」

「………はん!別に疲れてねーよ」


ハヤブサは引っ手繰るように私の手からカップを取ると、まだ湯気の立つ中身を一気に飲み干した。しかし、その熱さに思わずといった感じで咳き込んだ。猫舌というわけではないだろうけど、それでも熱さに瞳を潤わせるハヤブサの姿というのは中々新鮮で、なんだかずっと見ていたいような……………


「熱さで苦しむ人様の顔見て笑うたぁ、お前はどこまでドSなんだ?」

「え?」


ハヤブサの言葉に反応して、手を頬に伸ばせば確かに緩んでいた。ふにふにと触ってみても、笑みの形は崩れない。


「えっと、あれ?」


なんで?別に笑ってるつもりなんてなかったのに。

ぺたぺたと自分の頬を訝しげに触る私を見て、ハヤブサも怪訝になっていたが、程なく皮肉げな笑い声を上げながらこういった。


「くくっ、わけ分かんねーやつ」

「………」


…………ふんっ。


「さってと、またお前がドSッ気を出す前に続きに取り掛かろうかね」


そう言ってカップを置くと、ハヤブサは面倒臭そうに端末に手を延ばした。

と、


《ちょっとウーノ、まだ繋がらないのかね?────ん?前を見ろ?おお、いつの間にか》


そんな声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。そしてこちらが何も操作していないのに新たなウインドウが勝手に開き、そこに一人の男が映し出されていた。


《珍しいモノが売りに出されていると聞いてまさかと思ったけれど、やはり君だったか》


こびり付くような視線を放つ金色の瞳、人を嘲笑する事に特化したような口元、そして何者であろうと見下す事を前提にしている雰囲気。


「んだテメェ?」


男が映ったウインドウを睨みつけるハヤブサ。しかし男はハヤブサに一瞥もくれず、私に向かって含んだ笑みをただ浮かべている。
そんな男の態度が気に食わなかったのか、ハヤブサは食って掛かろうとしたようだけれど、その前に私が侮蔑の眼差しと共に言葉を発した。


「Dr.スカリエッティ………ジェイル・スカリエッティ」


私はその男を知っていた。


《これはこれは。あのご高名なプレシア女史に名前を覚えていただけているとは恐悦至極》

「私の方こそ、かの天才科学者であり次元犯罪者でもあるあなたに名前を覚えてもらってるなんてね。しかも、私の端末にハッキングまでしてくれるなんて」

《無作法なのは百も承知だったが、まあ大目に見てくれたまえ。私の研究がその後どうなったのか、気になっていたのでね》

「嘘ならもう少しマシな嘘をつくことね。欠片も気になっていないくせに。………一体なにが目的─────」

「おーい、ちょっと話し止めてもらっていいッスかね~?」


私とスカリエッティの会話の雰囲気はとても割って入れるようなものじゃなかったのに、そんなものお構いなしに強い語調でずかずかと割って入ってきたハヤブサに、ここに来て初めてスカリエッティが彼を見た。

ハヤブサはこんこんと机を指で叩くと、誰から見てもムカついているだろうと分かる声の調子で喋り出した。


「プレシアよぉ、昔話とか雑談すんなら他所でやってくれや。うざってぇんだよ。それと、おいそこのオレンジ君。テメェ、俺をガン無視たぁいい度胸してんじゃねーか。その上から目線を今すぐ止めねぇと髪の毛毟り剥ぐぞ?で、こっちにコンタクト取って来たって事は買う意思があるってことなんだろうな?仮に買う意思もないのに、ただ俺の貴重な時間を消費させるために通信してきたってんなら、マジでぶっ殺してやんぞ」

《………………》


流石のスカリエッティも、初対面でここまで暴言を吐かれたのは初めての体験なんじゃないかしら?ハヤブサのあまりの物言いに閉口してるし。


「どうなんだよ、ええオイ?買うのか、殺されてぇのか、どっちだ」

《…………ク、ククク、あははははは。まさか私が他人の欲の強さに当てられるなんてね。アンリミテッドデザイアが、これじゃあ形無しだよ》


同属という事なのか、スカリエッティはたったそれでけのやりとりでハヤブサの強欲に気づいたようだ。


「いちいち独白してんなよボケ。お前が発する言葉は『買う』もしくは『殺して下さい』なんだよ。どっちも嫌ならさっさと引っ込め」

《ククククッ。いやいやいや、これは中々どうして》


ジェイルの喜悦に歪んだその顔の意味はなんだろうか。そこにはどんな真意が含まれているのか。


《ああ、勿論買うよ》


は?今、この男「買う」って言った?それが目的でコンタクト取ったわけがないはずなのに、一体どういうつもり?どんな心境の変化?
通信の向こう側にはスカリエッティ以外にも誰かいるようで、『Dr、どういうつもりですか!?』なんて声が小さく聞こえるし。


「よし、それでいいんだよ。それで、いくらくらい出せる────」

「ちょっと待ちなさいスカリエッティ。あなた、一体なにを企んでるの?」


ハヤブサが早速交渉に取り掛かかろうとするのを手で制し、私は画面の男を睨みつけた。しかし、男は心外だと言わんばかりの顔を作り、そして睨み付ける私を前に事も無げに言った。


《企む?私が?》

「そうよ。でなければ、あなたがこの庭園を欲する理由なんて─────」

「プレシア?ちょい黙ってな」


脛を蹴られた。ゴツン、と。ハヤブサに。


「~~~~~っっっ!?な、なにするのよ!!!}


加減なしのその蹴りをもらい、涙目になって訴える私にハヤブサはしれっとしていた。


「アホか。相手の事なんてどうでもいいだろうが。この取引を他言せず、金をバカのように出してくれるやつなら誰でもいいんだよ。それが例え犯罪者だろうと知ったことか。金さえ貰えれば、俺はそれでいい」

《その取引相手を前に臆せず隠さず、何とも豪胆な物言いだね?》

「俺ぁ正直者なんでね」


ハヤブサの態度にとても愉快そうに顔を歪めるスカリエッティ。
対して私は呆れてものも言えない。この馬鹿が馬鹿なのは今に始まったことじゃないけれど、それでも今回は相手が相手なのよ。とても黙って見守ることなんて出来ない。


「あのねハヤブサ、この男はとても危険なのよ。こいつは違法な技術であるクローン製造『プロジェクトF』の基盤を作り、自身もアルハザードの技術によって生み出された存在。今も何をしてるか分かったもんじゃないわ!」


フェイトを生み出すことが出来たのはこの男のお陰とも取れるし、それに私がアルハザードの存在を信じる切欠になったのはこの男の存在だが。
それでも……いや、だからこそ、この男の思考は危険だ。


《これはこれは。私のトップシークレットまで把握済みとは、驚きの極みだよ》


ちっとも驚いていない顔で、むしろ愉快だと言わんばかりの顔で言うスカリエッティに、私はもう一度睨みを効かせる。
そして、そんな私の話を聞いたハヤブサもちっとも驚いた顔をせずに言った。


「ふ~ん。そりゃ驚いたな~。びっくり。で、いい加減交渉に入りたいんだけど?これ以上邪魔すんなら出て行けよ」

「あ、あなた、私の話をちゃんと………!」

「っせぇな。聞いてるっつうの。てか、お前こそ俺の話聞いてたか?俺は、相手の事なんてどうでもいいんだよ」

「~~~っ!!!」


ああ、もうっ!

この男は本当に未来も過去も見ないで、今だけを見て生きてる。頼もしい気もするけれど、腹も立つわ。
だから、もうこう言う他ない。


「………勝手になさい。どうなっても知らないから」

「お前に言われるまでもなく、俺は生まれた瞬間から勝手にしてんだよ」


はぁ……。本当に、腹を立てていいやら笑っていいやら。
取りあえず苦笑の一つだけでも返しておいた。


《話はまとまったようだね。結構結構。プレシア君も安心したまえ。私は本当に何も企んでいないよ?まあ、言っても信用出来ないだろうけれど》

「当たり前じゃない」

《ふむ…………なら、その庭園をそちらの言い値で買うと言ったら、少しは信用を得られるだろうか?》


その発言に食いついたのは私ではなく、もちろんハヤブサだった。


「言い値!?おい、そりゃマジか!!」

《もちろんだとも》

「売った!!」


即決ね………ええ、もう何も言わないわよ。好きなようにして頂戴。

諦めの溜息を吐きながら肩を落とす私には、嬉々として大金を抱える未来のハヤブサが幻視された。しかし、その幻視を打ち消す声が意外な所から聞こえてきた。


《Dr、何を考えていらっしゃるのですか。いい加減、戯れはお辞め下さい》


スカリエッティが映っていた画面の端に、一人の女性が映りこんだ。その声はさきほど少しだけ聞こえてきた声と同様のもので、どうやら彼女もスカリエッティの言動を訝しんでいるようだ。


《なんだい、ウーノまで。私に他意はないよ。ただ欲しいものを手に入れたいだけなのだよ………欲しいものを、ね》

《それを私にも信じろと?》

《おやおや、実の娘のような子にまで疑われるのは心外だな》


女性は最後までスカリエッティの胸の内を探ろうとした目を向けていたが、私同様諦めたのか、溜息を吐くと画面から姿を消した。
今なら彼女といい酒が飲めそうよ。


《さて、これで外野は静かになった。ハヤブサ君、だったかな?それじゃあ続きを…………ん?どうかしたのかい?そんなに口をあんぐりと開けて?》


スカリエッティの言葉を聞いてハヤブサの方を見れば、確かに口を阿呆のようにおっ広げていた。視線は変わらずずっとスカリエッティが映っている画面を向いてはいたが、心ここに非ずで、まさしく放心状態だった。

そんなハヤブサを見ていると、何だろう、とてもとても嫌な予感がする。それはもう頭を抱えたくなるほどに。


「Dr.ジェイル・スカリエッティ」

《どうかしたのかね?》

「………今の女性は誰だ」


─────ああ。やっぱり。
その一言でハヤブサが何を考えているのか分かるほどには、私はハヤブサの事を分かっている。


《今の?ああ、ウーノの事か。彼女は私の秘書のような助手のような存在だよ》

「実の娘のような、とも言っていたな」

《ふむ、まあ間違ってはいないかな。正しいともいえないが》

「じゃあ、先ほどの女性とあんたは特別な関係ではないんだな?親しいけれど、別に恋人とか妻じゃあないんだな?」

《恋人、妻か………そういう煩わしいものは持たない主義でね》


ああ、あのハヤブサの表情…………『キターーーーーーーーー!!!』とでも言って今にも飛びはしゃぎそうなほどの顔。
本当にこの男は………。

本当にこの男はっっ!!!


「ジェイル、あんたに一つ頼みがある!」


いきなりファーストネームで呼び始めたわね。


《なにかな?》

「さっきの女性、俺に紹介してくれ!!!」

《は?》


管理局がこの場にいたら、きっととても驚いていたでしょうね。あのジェイル・スカリエッティをこれほどまでに唖然とさせているのだから。隙がありありなのが映像越しでも分かるわ。


《しょ、紹介かい?》

「おうよ!なんだよ、ジェイル~、水臭ぇな~。あんな綺麗な人がいるならさっさと言ってくれりゃア話は簡単に済んだのによ?いやぁ、さっきは悪かったな、喧嘩売るような事言っちまって」


最初の態度はどこへやら。
ハヤブサはだらしなく目じりを下げ、鼻の穴を膨らませていた。そしてスカリエッティにこの馴れ馴れしさ。

驚きと怒りと呆れで、私の胸中がぐつぐつと煮えたぎる。ハヤブサの顔を見ていたら、無性にその横っ面を殴り飛ばしたくなってきた。その理由までは不明だが、そんな理由などどうでもいいくらいに。
理不尽?知ったこっちゃないわよ。


「もしウーノさん紹介してくれんなら、こんなボロい庭園なんて原価の9割増しくらいで売ってやんよ」

《………それは喜ぶべき事なのかな?》

「当然だろう?俺の考えてた言い値は原価の10倍だぜ?」

《す、素直に喜んでおくよ》


と、そこでふと唐突にスカリエッティが顎に手を当て考え込んだ。そして少しした後、先ほどまで浮かべていた愉快な表情がさらに色濃くなった。

こいつ、何か良からぬ事を思いついた。

誰もがそう思うような表情だ。


《時にハヤブサ君》

「んだジェイル?」

《どうやら君はお金だけじゃなく、女性にも業が深いようだね》

「まあ………それほどでも?」


な~にが「それほどでも?」、よ!あんた程の清さと汚さを併せ持った女性好き、今まで見た事ないわよ!


《そこで相談なのだがね。どうだろう、その庭園、原価の2割増しくらいで売ってはくれないかな?》


その言葉を聞いて少しだけ怒気を孕んだ顔付きになったハヤブサだけど、それも次の瞬間には含みのある笑顔を見せた。


「ぶっ殺されてぇか…………と、本来なら真っ先に言ってるところだが。まずは聞いておこう………その心は?」

《実はね、ウーノの他にもまだ6人ほど娘達がいるのだよ。さらに娘達はまだまだ増える予定でね。12…………この数字が何か、君なら分かるだろう?》

「─────────うしょ………」


嘘、と、そんな二文字も口で発せないほど驚いているハヤブサ。
これほどのハヤブサの驚きの顔を始めて見た。けれど、私は別に嬉しくも何ともなく、むしろやっぱり腹が立った。


「リ、リアル『シスプリ』、だと?…………ははは、いや、まさかそんな。今のこんな荒んだ現実にそんな贅沢があるわけがねぇ。こんな腐った世ん中で、腐った人間が跋扈する現実で、そんな素敵現実あるわけが……………ジェイル!俺を騙そうたってそうはいかねーぞ!!」


口ではそうは言ってるものの、腐った人間筆頭であるハヤブサの顔は明らかに期待の色が強く出ていた。


《フフフフフ…………では、これを見てもまだ信じられないかね?》


ジェイルが画面の向こうで、バッ、と手を横に一度振ると、画面からジェイルの姿が消え、代わりに7人の女性の顔写真がずらっと並んだ。
一番左に映っているのは先ほど見たウーノという女性。その横に順に見知らぬ女性の顔が並び、各々の顔の下に『ドゥーエ』『トーレ』『クアットロ』『チンク』『セイン』『ディエチ』と、名前らしきものが書かれてある。
年齢はそれぞれ違うようだが、それでも全員が大なり小なり女性としての魅力をどこかしらに持っているのが映像だけで分かる。綺麗、可愛い、そのどちらかが全員に当てはまる。


(けれど、この子たち…………)


映像が鮮明だからなのか、それともフェイトという存在がすぐ傍にいるからなのか………この子たちも、『そういう子』なのだと漠然と感じた。

そう、この子達は『人間』じゃない。


「スカリエッティ………あなた、やっぱりまだ生命操作の研究をし続けていたのね!そんなものの果てには何もないし、あっちゃいけないのよ!それは分かっているでしょう!?」


私はいつの間にか映像に詰め寄り、怒気を孕んだ声でスカリエッティを糾弾した。自分の事を棚に上げ、それでも誰かが言わないといけないなら、私の他いない。

しかし、スカリエッティはどこも堪えた様子は無く、むしろ私に楽しげに反論した。


《おやおや、プロジェクトFの後継者とは思えない人の発言だ。初めて君に会った時は同じ研究者として多少なりとも尊敬の念を持ってはいたのだが、それが今では見る影もなくなっている。これだから、人間は………生命は面白い》


言外に「生命操作の研究をやめる心算はない」、そう言っているジェイル。

私は歯噛みをし、憎々しげに画面を睨み付ける。反して、ジェイルはそれがさも極上の娯楽のように私の言動を楽しんでいる。
一歩間違えば、私もこの男のようになっていたのではないかと思うとゾッとする。


「ジェイル」


そんな私の一歩を最後の最後で正してくれた男がここで口を開いた。そして、ダンッ、と机に両手を勢いよく叩き付けて身を乗り出したかと思うと、先ほど以上の一際大きな声で言った。


「ご紹介お願いします!!!!」


敬語だった。そしてきっちり90度な見事なお辞儀だった。指の先までピンと力が入っている。

先ほどの私とジェイルのシリアスなやり取りをガン無視し、己が欲望だけを簡潔に述べるハヤブサの姿に、私は殺意以上のナニカが芽生えるのを否定できない。
また、さしものジェイルもあの空気を跳ね除けてのハヤブサのこの発言には素で驚いている。

呆気に取られる私とジェイルを他所に、ハヤブサは映像をだらしない顔をして隅から隅まで丁寧に吟味するように見ている。


「マジかよ、こんな美人な人たちが12人もいんのかよ。一部ガキもいるけど、それはそれで可愛い顔してっし。ちょっとちょっとジェイル、お前一人でハーレム満喫するたぁ太ぇやろうだな!今度、お前んち遊びに行っていい?お泊りOK?」

《────ふはっ!まったく、君はどこまでも私の予測の斜め上をぶっちぎっていく反応をしてくれるね。ますます興味深い》


写真が並んだ映像の横に、ジェイルが映ったウインドウが一つ出てきた。
私はそのウインドウをひと睨みし、そのまま次はハヤブサを睨みつけた。この能天気な馬鹿を。


「ハヤブサ、あなた、この子たちがどういう子か分かってるの?」

「どういう子って、そんなん美人で可愛い子、だろ?」

「違うわよ!………この子たち、フェイトと同じかそれに類する存在よ。人のエゴで造り出された、人に似ているけど人じゃない存在」

「あー………つまり、こいつらもクローンって事か?」


ハヤブサは私ではなく、ジェイルに問いかけた。


《厳密に言うと少し違うがね。まあ、『人間じゃない』、その一点は正解だよ。生体部分もあるにはあるがね、それも私の技術により一般人とは規格が違ってしまってるし》

「くっ!ジェイル、あなた、人の命や体を何だと!!」

《研究者にその言葉は愚問だよ。それに、その言葉はそのままそっくり返そう、プレシア女史》


分かってる。こいつと私にはなんら違いがない。ジェイルは大罪を現在進行形で犯し、私は犯した。
どうしたって私にジェイルを責める権利はない。けれど、言わずにはおれない。

私はまたジェイルに怒声を叩き付けようと口を開きかけたその時、


「プレシア、ちょいストップ」

「………なによ」

「そこから先は俺に任せな」


ハヤブサはポケットからタバコとライターを取り出し、一本咥えて火をつけた。紫煙が漂い、馴染みの臭いが充満する。そのお陰で、少しだけ気を落ち着けることが出来た私は、一度だけジェイルを睨んだ後この場をハヤブサに任せた。
ハヤブサがジェイルを糾弾してくれるのを期待して。


「庭園は定価プラス1割でいいぞ。そん代わし、ちゃんと全員を俺に紹介しろよ」


儚い期待だった。


「なんでそうなるのよ!?」


ああ、もう、なんで!?私たちの会話聞いてた?ジェイルの人間性分かってないの?


「ちょっとハヤブサ、一体あなた何考えてるの!」

「なにって、そりゃお前─────」

「いい、やっぱり言わなくていい!そのだらしない顔見れば一発で分かったわ!あーもう、この男は!」


年甲斐も無く地団駄を踏みたくなるのを必死に抑え、頭を抱えながらハヤブサを見れば、ちょっと真剣な顔になった彼の横顔が目に入った。


「まっ、もしジェイルがお前がフェイトにやってたみたいに、鞭とか持って折檻してたらちょっと黙っちゃおけねーが、さっきのウーノさんの様子じゃそれはなさそうだし」


あ、相変わらず遠慮が無いというか歯に衣着せぬ物言いね。私の過去の過ちを普通に蒸し返すなんて。
…………真実だから反論できないけど。


「そして、俺はクローンだとか非人間だとかで差別はせん!俺が差別するのは『不細工』と『美人』だ!不細工は顔を背けろ!美人は笑顔で見つめて!」

「《………………》」

「故に!その子たちが何だろうが、ジェイルの人間性がどんなだろうが、俺の中での一定のラインを超えないなら何も気にせん!」


改めて、重ね重ね。
私はここまで最低で、自分に正直な男を見た事が無いわ。ともすれば憧憬さえ抱くほどよ。


「つーわけでジェイル、商談成立って事でOK?はいOK。ンじゃ、さっそく細かい打ち合わせに入ろうじゃねーの」


嬉々とした表情で私やスカリエッティを無視して場を進めていくハヤブサ。そんな彼を私もスカリエッティもただただ呆然とした表情で見つめているしかなかった。それから少しして、ハヤブサとスカリエッティの間で細かい取り決めがなされた後、ハヤブサは満面の笑みを携えながら部屋を出て行った。部屋に残されたのは私と画面に映ったスカリエッティ。


《プレシア女史》

「なによ」

《彼、面白いね。あんな人間初めてみたよ》

「愉快な精神構造はしてるわね」

《そうかね?私は、あれが人間の在るべき姿なのではと思ったよ。……………ますます欲しいね》

「え?」


それはどういう意味?
そう問い返そうとしたけれど、すでにそこにはスカリエッティが映っていた画面はなく、部屋は静寂で包まれていた。












「今から大掃除を始めます!!」


だ、そうよ。

事の経緯は簡単。
先の商談で、がめついハヤブサはさらに値を上げようとして最後の最後で一つの交渉をしていた。それが『売値プラス5%で新品同様のピカピカ状態でご提供します』というもの。スカリエッティも断ればいいものを、「じゃ、よろしく」といった感じで了承した。
しかし知っての通り、時の庭園は無駄に広い。馬鹿みたいに広い。とても一人で出来る広さじゃない。
というわけで、掃除機を片手に頭巾とエプロンを装着したハヤブサが、横一列に並んだ私達に向かって声を張り上げるという図が出来上がっているという事。勿論、そこには夜天の騎士たちもいるんだけれど、ハヤブサとヴィータたちって喧嘩してたんじゃなかったっけ?まあ、あのハヤブサだから、金の為なら喧嘩の後腐れなんて二の次にでしょうけど。


「なんであたしらが掃除しなきゃいけねーんだよ!」

「ガキどもは風呂掃除と窓拭きな。大人組はガキどものフォローも併せて全体的に。あ、ザフィーラは主にトイレ掃除。それとシャマルとリニスは食事係りね」

「聞けよ!?」

「魔法とか使えるもんはバンバン使って、さっさと終わらせちまうぞ~」


ヴィータからの文句を華麗にスルーし、アリシアとフェイトの手を引きながらさっさと部屋を出て行くハヤブサ。それを見てライトと理が対抗心に燃えた瞳で彼の背中に飛び掛っていた。
そんな光景を他の騎士たちが羨ましそうな瞳で見ているんだから、本当にハヤブサは慕われていると思う。本人がそれをどう思ってるかはしらないけど、私としてはハヤブサを妬ましくも感じる。アリシアやフェイトからあんな笑顔を引き出してるんだもの。


「プレシア、なにボサっとしてんだい。また隼にどやされるよ」

「ええ、そうね」


でも、やっぱりハヤブサには感謝の念の方が強い。こうやってアルフと普通に話せるようになるなんて、昔からは想像もつかないのだから。

さて。

というわけで各々思うところはあるけど、それでもハヤブサの言う通りに掃除に取り掛かった。そして、それは始めてみれば中々楽しい。思えば掃除なんて行為は幾年ぶりかで、新鮮とまでは言わないけれどとてもやり応えを感じ、だから私はいつの間にか笑顔で取り組んでいた。


(フンフンフ~ン♪)


と、自然と鼻歌まで諳んじてしまうくらい。

けれど、そんなある種和やかなムードが長続きするわけが無いのが世の常。いや、この場合は『ハヤブサの傍にいる者の常』かしらね。

突然、爆発音が響き渡ったのは掃除開始してから僅か1時間の時だった。


「な、何事!?」


箒を投げ捨て、慌てて爆発音のした方角へと駆け出す。他の者も当然先の音は聞こえており、道中でハヤブサを先頭とした子供組や他騎士たちと合流し、彼と一緒にいたフェイトとアリシアを見て安堵した私だが、そこでふとその子供組みの中にライトがいない事に気づいた。


「ハヤブサ、ライトは!?」

「行きゃ分かる!」


私たちは皆爆発音のした方角へ走っているわけで。そして、このハヤブサの疲れたような顔と、ここには居ないあのライトの性格を顧みれば、つまりどういう事かがおぼろげながら見えてくる。

果たして。
着いた先に見た光景は、ある一つの部屋、その中に置いてある機械の前でバルディッシュ・コピー(ザンバー状態)片手に若干興奮気味に佇んでいるライト。そして、ライトの前には大型のある機械が綺麗に真っ二つになって煙を上げていた。


「あ、主~~~~っっ!」


私達がやってきた事に気づいたライトは涙目でハヤブサに飛び掛るように抱きついた。けれど、横から出た理のハエを叩き落すような一撃でそれが叶わず、あと数mというところでライトは地面にハグ。


「なに当然のように主に抱きつこうとしてるんですか?末妹の分際で図々しいですね、ライト」

「なんだよ~、理のバカ!」

「あなたにだけは言われたくありませんね」

「へんっ。理のアホ~、おたんこなす~、とうへんぼけ~、ろくな死に方しないゾ~」

「………カチ~ン」

「カチ~ン、だって。全然怖くないもんねー」

「………ぶっち~ん」

「こ、怖くないもん!」


そう言ってライトと理はお互いデバイスを構え…………って、いつの間にか喧嘩に発展しそうになってる!?もう、なんでそうなるのよ!


「ライトも理も武器を仕舞いなさい!今は喧嘩なんかしてる時じゃないでしょ!」

「あぅ」

「ふん」


ライトはシュンとなってすぐにデバイスを消し、片や理は『何でお前のいう事を聞かなくちゃいけないんだ』といった感じだったけど、ハヤブサに拳骨をもらう事でようやくその牙を収めた。


「それで。ライト、いったいどうしたの?」


しゃがみ込んでライトに視線を合わせながら訊ねる。まあ、理由がなんにせよ、何をしたのかはもう何となくわかるけれど。


「わ、私はちゃんと掃除してたんだぞ?で、でも、そしたらあの機械の隙間から、く、黒くて変なモノが出てきて…………」


黒くて変なモノ?

首を傾げる私たち一家とは対照的に、ハヤブサ一家には心あたりがあるのか『なるほど』という顔になった。


「ああ、アレ」

「アレ、か」

「アレですかぁ」

「ふむ、アレか」

「まっ、アレならしょうがねーか」

「アレが相手なら、ライトにも情状酌量の余地は十分にありますね」


アレ、アレと連呼する騎士たちの顔はどこか苦々しい。


「ちょっとハヤブサ、『アレ』ってなによ?」

「ん?ああ、ゴキブリの事だ」


ゴキブリ?


「あれ?知らね?魔法世界にはいねーのかな………いや、でもさっきライトが見たっつってたし。地球産?まっ、なんでもいいか。お前らもこれから地球に住むんだ、すぐに見れるさ」


皆の様子を見るに、あまり見たくはないけどね。

まあ、でもライトに怪我がないようで良かったわ。その黒い変なモノを斬ろうとして機械まで両断したのは頂けないけど、どうせ備え付けの機械なんてここと一緒に売るんだから、別に壊れてても私に不都合は…………………………………待て。

私はある事に気づき、恐る恐るという調子で一歩一歩ゆっくりと壊れた機械のほうへ進む。「まさか」「そんなはずは」、そう思いながら。


「あ、あー………」


思い叶わず。
目の前の両断された機械、そしてその中で一つのボタンが赤く光輝いていた。そのすぐ脇に小さい画面があり、そこに映っているのは『ALERT』の文字。


「どしたよプレシア?……ん?アラー、ト?」


いつの間にかハヤブサが私の背後に立っていた。そのハヤブサに向かって私は引きつった笑みを浮かべながら振り返った。


「ちょっとピンチ」

「は?」

「わ、私が設定しておいた庭園の迎撃機能………誤作動しちゃった、みたい」

「………は?」


その言葉がまるでスイッチになったかのような絶妙なタイミングで事が起こった。

部屋中に突然現れる大小様々な魔法陣。そこから吐き出される大小様々な傀儡兵────ゴーレムが部屋を満たす。そして、その現象はきっと今この庭園中で起こっている。


「………………」


突然の出来事にこの部屋にいる皆が呆然とする。そんな私達を無機物の傀儡が意に返すわけもなく、冷たい鎧に包まれたそれらは一歩前へと進み出た。それが私達の意識を返す引き金となり、各々が慌てたりデバイスを出したりと行動に移す。


「主、こやつらは何ですか」


皆の代表のようにシグナムがハヤブサに伺うが、勿論ハヤブサが分かる訳も無く、だから当然私が答えた。


「こいつらは魔導の力で造られた傀儡兵よ。本来はこの庭園の迎撃機能として置いておいたんだけど、ライトがその制御を一括するメインコンピューターをぶった切ったお陰で暴走したみたいね。こいつら、どういうわけか私達を殲滅する気まんまん」

「……止める方法は?」

「少し時間を貰えれば。けど………」


そんな時間、貰えそうにないわね。眼前の傀儡兵には思考力なんてものはなく、だから目の前の相手に襲い掛かるのに躊躇いは無い。躊躇いが無いから、止まる事も無くただただ攻撃あるのみ。後の先はなく、後の後もなく、兎に角先の先。猪突猛進。


「つまり壊せばいいわけですね?」


そう言って向かってくる傀儡兵に自ら一歩踏み出したのはハヤブサ家一の戦闘狂、理。
デバイスを顕現させ、器用にくるくると回すとそのまま肩に担ぐような形に持っていく。


「一番槍は頂こう」


理とほぼ同時にそう言ったのは理に引けを取らない戦闘狂、シグナム。
獰猛な瞳でデバイスを構えている姿はまさに烈火の剣神。


「主は御下がりください」


フィンガーレスグローブを嵌めながら女神のような笑顔をハヤブサに向ける夜天。
穏やかな顔で一度だけ虚空に拳を突き出す姿は堂に入っている。


「私、戦闘は苦手なんだけどなぁ」


私の鞭捌きが霞んで見えるほどの指捌きで、華麗にクラールヴィント振り回すシャマル。
戦う料理人の姿がそこにはあった。今度から彼女のことは『ケーシー・ライバック』と呼んだほうがいいかしら。


「主の御身は私が守護します」


人の姿をして気高く吼えるのはアルフと同種の誇り高き獣、ザフィーラ。
ハヤブサの前でどっしりと構えるその姿はまさに鉄壁の一言。


「ヘンテコなやつらめ!全部ボクがやっつけてやる!」


ヘンテコなやつらが出る切欠をつくった張本人がデバイスをぶんぶんと振り回す。
その様は無邪気なように見えて、そこはやはり騎士でありフェイトのコピーのライト。振り回しているだけのその行為でも、剣運はしっかりとしている。


夜天の写本の騎士。ハヤブサのためだけの騎士。
彼女らが一列に並んだ姿はとても圧倒的で、絶望的で、意思の無いはずの傀儡兵も二の足を踏んでいた。


「我ら鈴木隼に仕える華の騎士。そこより後1歩こちらに踏み出すのなら、その身に破滅の刃が返ってくると心せよ!」


雄雄しく声を上げるシグナム。もし仮に相手が感情のある者だったなら、その声だけで膝が震え、ともすれば腰を抜かすという程。
しかし、目の前の相手はただの傀儡兵。二の足を踏んでいたように感じたのは気のせいで、だから何の機微もなくまた進行を始めた。


「やめましょうシグナム。こんなガラクタ相手に凄むだけ時間の無駄。故に………」


理が有無を言わさず極太の魔力弾を放った。


「今死ね!すぅぐ死ね!骨まで砕けろぉい!ブゥゥラスト・フワァイイイヤァァァァ!!」


物騒な事を巻き舌で言い放つ理。威力も絶大で、射線上にいた傀儡兵は尽く灰燼に帰した。
そして、そんな理に触発された訳じゃないでしょうけど、続いてシグナム、夜天、シャマル、ザフィーラ、ライトが参戦した。
と、思ったらものの数十秒で部屋にいた傀儡兵は一掃された。しかし、魔法陣から出たのはこの部屋だけではなく、庭園中に現れた傀儡兵が次から次へとこの部屋へとやって来ていた。いくら一騎当千の夜天の騎士でも流石にこの狭い場所では大魔法も使えず、さらにハヤブサの身を案じる状況では全力は出せないのか、倒す数より部屋に入ってくる傀儡兵の数の方が多くなってきている。
それでも、負ける気配なんてのは微塵も感じないけど。


「おいアリシア、そんな前に出るな。危ねぇから」

「う、うん」


シグナムたちが完璧に傀儡兵たちを引き付けているから、こっちにはまだ一度も攻撃はきていないけど、それでもハヤブサは用心のためにアリシアとフェイトとアルフとリニスを自分の後ろへとやる。フェイトとアルフは「自分も戦う」と言っていたが、「止めときな。理とシグナムさ、今完全にキてっからよぉ、下手したらあの二人から攻撃されっぞ」との事で、私達と共に後ろで観戦。


「ハヤブサはいかないの?」


こいつの事だから、そんな事関係なく『喧嘩だあああ!』とか言いながら勇んで参戦しそうなんだけど。


「ん、まあ、確かにちょっと心揺さぶられっけどな。でも、あんな殴っても何の反応も返って来ねぇ奴と喧嘩しても面白くなさそうだし」


………まったく、この男は。

ハヤブサはやる気無さげにタバコをぷかぷかとふかす。そしてダルそうにどかっと腰を降ろした。それでもしっかりと目は目の前の戦模様を見続けており、さらにどこか羨ましそうに見ているので、何だかんだ言ってもやっぱり心は昂ぶっているんだろう。
なんともこの男らしい。


「しまっ…………!!!」


騒がしい剣戟の中、その声は突然だったがそれでも明瞭に皆の耳に入った事だろう。今生最大の苦渋を絞り出したかのようなその声は誰のものだっただろうか。
いや、誰でもいい。そんな事はどうでもいい。
問題はその声が『敵の攻撃を突破』されたという種類の声で、さらに問題はその突破してきた攻撃が──────


「きゃああっっ!!」


後ろにいたアリシアやリニスのすぐ傍に着弾し、その衝撃で彼女達が少しだけ吹き飛んでしまった事。


「アリシア!!リニス!!フェイト!!アルフ!!」


私はすぐさまアリシアの傍に駆けた。
打撲、裂傷、骨折……………頭の中に嫌な未来予想図が描かれる。けれど、現実は今回だけは幸いにも優しかったようで、アリシアから柔らかい笑顔が返ってきた。同時に、敵に対して怒りの感情が胸の内を占める。

私の家族に攻撃したな!!

私は憤怒の表情で傀儡兵に振り返り────そこで見たのは、私以上の憤怒の表情で傀儡兵の1体を殴り飛ばしているハヤブサの姿だった。


「ッッてんじゃねえぞおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」


上半身裸の状態で、殴り倒した傀儡兵の頭を踏みつけて佇むハヤブサ。その顔にもう一度、バリアジャケットの上着が巻かれた右手を打ちつけた。ガゴン、と鈍い音が響く。


「人が大人しくしてりゃあ調子こきやがってよぉお。この俺の目の前で、テメェ、なにしやがった────」


目を見開き、眉を吊り上げて眉間に皺をよせ、剥き出された歯からギリリと噛み締める音が聞こえる。
その形相は憤怒でも言い足りない。悪鬼羅刹とでも言えばいいのか。



「アリシアに、フェイトに、アルフに、そしてリニスちゃんに、鉄クズ如きがなにしてくれやがったあああああああああああああああああああ!!!!!」


3度目の怒りの鉄拳をただただ力任せに、怒り任せに打ち下ろすハヤブサ。そして、今度は金属を打つ鈍い音ではなく、金属が壊れる甲高い音が部屋に響いた。その後から、獣のような「フーッ、フーッ」という荒々しい呼吸音。
ハヤブサの顔の険しさは晴れない。


「無抵抗なガキや女に、よりにもよってこの俺の目の前で手ぇあげるたぁいい根性してんじゃねーかよ!上等だよクソ………上等だよクソ!!」


この男は結局そうなんだ。自分至上主義と言いつつ、自分の気に入った者が傷つけば自分の身を顧みず報復行動に出る。相手が自分より強いとか弱いとか関係なく、ただただ癪に障った相手をぶちのめさないと気が収まらない。
彼は決して万人に優しいわけじゃない。英雄譚の主人公には絶対になれない。自分勝手で利己的で、気に入らない奴なら女でも容赦なく殴り飛ばす最低な男。
…………でも、だから私達は救われた。一般人が謳う正義感ではなく、聖者が気取る自己犠牲愛でもなく、何も纏わない人間として純粋な感情が私達を救った。それは決して万人受けする代物じゃないけれど、少なくとも私は彼以外の男から自分を救って欲しいとは思わない。


「今の俺ぁテールランプ以上に真っ赤っかだぞコノヤロウ!このクソガラクタ共、テメェら全員虚数空間に不法投棄してやんぜああああ!!!」


全員呆気に取られる中、一人完璧にぶち切れるハヤブサ。


「全殺しだあああああああああ!!!!!」


そうして始まった大喧嘩は、10分も経たず傀儡兵役100体が虚数空間に落ちるという結果に終わった。

ちなみに。

威勢だけはいいハヤブサだったけれど、魔導師としてはアリシアの次にヘッポコなのが現実。よって、ハヤブサが壊した傀儡兵の数は5体にも満たなかった。
まあ、傀儡兵は一体一体がAランク魔導師相当なので、それを拳一つで倒したんだから、凄いと言えば十分凄いんだけどね。それに、最後の方は最初の勢いはなく、死ぬほど意気消沈してたし。………………え?それは何故かって?

まあ、こんな事があったのよ。


『主、危ない後ろ!伏せて────光翼斬!!』

『うおっ!?お前の方が危ねえ!頭スレスレだったじゃねーか!』

『あははは、ごめ………………あ゛っ』

『あん?何だよ、そんなに俺の頭ガン見して?なんか付いて…………………え?あれ?なんでこんなスベスベ……………付いてなくちゃいけないモノがゴッソリ無くなってるううううううう!?』


あれが日本の古き良き『サムライ』というやつなのね。いえ、『落ち武者』かしら?


「ふざけんなよライトーーー!!ハゲって………病気でもないのに、いい歳こいた野郎がハゲって!!主人公がハゲってどうよ!?しかも、ハゲとデブって非モテ男の2大要因なんだぞ!し、死にたい………うわあああああああああんっっ」


戦の後はいつだってそう。残るのは空しい現実と人々の悲しい涙だけ。

ハヤブサの泣き声がいつまでも私達の耳に残った。






[17080] ~後日談~そのオワリ
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/04/21 21:25
後日談を語らう場という事なので、この度は不肖主隼が一の忠臣『烈火の将』こと私シグナムが夜天の騎士を代表してこの場を貰い受ける。
さて、では早速………………む?うむむ?………………えっと、ところで後日談とはいつの日以降の話をすれば良いのだ?
出足を挫くようで悪いが、知っての通り今回のテスタロッサ家の一件は主ただ一人の功績であり、独壇場だった。我ら騎士の介入する間など殆どなかった。だとすれば、この件の後日談として話せる話が出来る者は主隼とテスタロッサ家族のみ。
では、我ら騎士は?私から見た後日談とは一体どこから始まるのだろうか?

夜天の書が生まれた時?夜天の写本が生まれた時?主隼が写本を手に取った時?主隼が魔導師として覚醒した時?

どれも合ってる様で、いや、と首を横に振る。

私の語るべき後日談が始まったのは、きっと主隼と出会って一週間後のその日から今日までだろう。
つまり─────あの森の中で主隼から「傍に居ていい」というお許しの言葉を頂戴した日から一週間が、私の『本編』と言えるべき時間。
だから、この場で後日談なんて語っても今更という感がある。私の後日談の全ては、現在進行形で主隼の事だけを想う日々が続いているだけなのだから。

故に、私がこの場で語るべきなのは『後日談』ではなく『本編』────主隼と出会ってからの一週間を語るべきなのかもしれない。
何故私が主隼の剣となる事を誓い、義務感やプログラムではなく、シグナムという一個人の感情で主隼を慕うのか…………。

そう。私も含めた騎士たち全員が、何も最初から主隼を心の底から慕っていたわけじゃないのだ。むしろ、その………嫌悪感を、抱いていた。特に私は。
ああっ、勿論今はそんな訳がないし、主隼に対してそんな感情を抱いていた過去の自分を切り刻んでやりたいとすら思うわけで…………でも、事実、私は主隼が最初好きではなかった。一目惚れならぬ、一目嫌いだったのだ。

ただ、弁解という言い分けをさせて貰えるなら、私は主隼が嫌いだったのではなく、『主』という存在が嫌いだったのだ。

知っての通り、我ら騎士は夜天の騎士・ヴォルケンリッターのコピー体だ。体も思考も、日常の動作から戦闘技術までほぼ同一。無論、心……オリジナルの記憶までも、我らは記録として持っている。
だから、我らがコピーされるまでの間にオリジナルがどんな主に仕えていたかも把握しており、どんな扱いを受けていたのかも、まるで我が身のように思い出せた。

一番多かったのは、道具、だ。

人の形をし、個々に感情と呼べるべき心があるのにも関わらず、主となった魔導師どもは我ら(オリジナル)を道具扱い。肉体がどれだけ傷つこうとも、精神がどれだけ疲弊しようとも、それがどうしたと言わんばかり………と言うか、実際に何も言わなかった。道具に掛ける言葉はないという事だ。
それでも、我らは何一つ文句言わず主の為にただ馬車馬のように仕えた。そうプログラムされていたからだ。幸い、だから、道具扱いされる事に憤りはあったものの苦とは感じなかった。
それくらいなら我慢出来た。

我慢出来なかったのは奴隷扱い。

みなまで言う必要はないと思う。私も、オリジナルの記憶とはいえ言いたくもない。
人間として在る事も、道具として戦う事もさせず、ただ生きて奴隷のように働かせ、騎士としての誇り、尊厳を嘲笑う主。
男の主からは卑しい視線を。女の主からは妬みの視線を。

いくらオリジナルの記憶とは言え、我らは心底失望した。純粋に騎士として扱ってくれない魔導師に、人間に絶望していたのだ。

だから我らの初めての主、鈴木隼という人間を見た時も、私は彼に何も思うところはなかった。どういう人間だろうと構わないし、そもそも人間には期待していなかった。………いや、それは嘘だな。失望だけはしていたか。
しかし、だからこそ、ただ私は私で在り続けるだけだった。誇り高き『騎士』としての私で…………。












後日談の終わり~と言うか本編のような後日談?~











「オッケー、オーライ、了解、了承、ばっちこい。夜天の主だっけか?それに就職してやんよ」


そう言ってタバコをプカプカと吸う目の前の初めての主に対しても、私の心の中は冷め切っていた。
官制人格に抱えられた時のあのだらしない顔や、私たちに向ける下心を隠しきれて居ない瞳…………。

時代や世界が変わろうとも、人間は変わらないという事か。オリジナルから受け継いだ記録は、どうやら今日この日から自分で体感し記憶していくのだな。
漠然とそんな事を思いながら、私は改めて人間に失望感を感じていた。


(我らは、この主からどういう扱いを受けることになるのだろうか)


道具か、はたまた奴隷か。


「………よし、隼と呼べ─────で、お前達の名前は?」

「え?」

「え?じゃねーよ。名前だよ名前。なによ、人に名乗らせておいて自分らは無視ですか?え、もしかして早速軽く喧嘩売ってる?」

「い、いえ、そんな事は………」

「だったら自己紹介くらいしてくれよ。君と君と君は特に!!!」


ビシ、ビシ、ビシ、と私・シャマル・官制人格の順に指差してくる主。その顔はニヤけており、オリジナルの記憶にある男の主と似ているのだが………なんというか、清清しい。それに歴々の主は我らの固有名詞になんてまるで興味を示していなかったのに。

私はオリジナルの記憶にある歴代の主と目の前の主の違いに少し戸惑いながらも、名乗れる事への若干の嬉しさを感じながら答える。


「申し遅れました。私はブルーメリッターの将シグナムです」


頭を垂れて言う私に、他の騎士たちが続く。


「湖の騎士シャマルです」

「鉄槌の騎士ヴィータだ………です」

「守護獣ザフィーラ」


そこで我らの言葉は終わった。人数5人に対して名乗りは4人。
「ん?」と訝しんでいる主の視線の先には銀髪の先が地面に付いている官制人格が一人。


「……………ん?おい、あんたの名前は?」

「申し訳ありません。私も主の騎士として名乗りたくはありますが、生憎と私にはその名がないのです」

「んあ?どゆ事?」


自分で名乗った手前いまさらながら居心地が悪いが、そもそも我らには名前はない。このシグナムという名もオリジナルの固有名詞であり、厳密には私の名前というわけではない。そして、官制人格にはオリジナルにも名前がなく、弁便乗の名乗りも出来ない。

と、その旨を主に伝えると、


「は~ん、そういう事ね。まっ、いいんじゃね?その名前で。で、あんたも名無しって訳にはいかねぇから、そうだなぁ…………『夜天』って名前はどうよ?ちょっとDQN臭ぇけどな。けど、シンプル・イズ・ベストってね」


あっけらかんと、どうでもいいと言うような感じの主に私は慌てて反論した。
別に名前なんて正直どうでも良かった。どんな名前だろうと私は騎士として在るだけだ。しかし、それでも私は反論した。この主の適当な態度が、私の騎士としての在り方すら適当に決め付けているようでならなかったからだ。


「しかしやはり同じ名を名乗るのは憚られます。ですので、宜しければ名前を頂ければ………」


オリジナルの記憶を見て、ああは思っていたが、反面できっと心のどこかでは初めての主という事で少なからず期待していたのだろう。期待したかったのだろう。だから、ちゃんと騎士として認めてもらい、名を頂戴したかったのだ。

けど、そんな私の思いも次の主の言葉で一蹴された。


「ああ?別にいいだろ。どうせオリジナルと会う事なんてないだろうし。気にせんで名乗れ名乗れ」


この言葉で私は理解し、確信を持った。この主もまた、我らを騎士として扱うつもりがないのだと。
私達の名前はおろか存在自体がどうでもいいような、いちいち我等の事で頭を悩ますなんて面倒臭いというような雰囲気がこの男からヒシヒシと伝わってくる。

主隼は一度だけ疲れたような溜息を小さく吐くと、短くなった煙草を踏み消し、また新たな煙草を口に咥えながら言った。


「さってと。いつまでもこんなトコいてもしゃあねーし、帰るか。ンじゃ、そこの犬耳マッチョマン………ザベーラだったか?」

「……ザフィーラです。なんでしょう」

「俺んちまで俺を背負って飛んでけ。歩いて帰るの面倒臭ぇし、チャリはおしゃかになっちまったし、仮に歩くとしてもお前等と一緒に歩きたくねーし。てか、絶対ヤダ」


この主の発言に私は胸中で失望の溜息をついた。
夜天の主になり、傍に居ても良いと仰ってくれた時は僅かばかりの嬉しさが込み上げたが、やはりそれは早計だったのだろう。現に今『我等と共に歩きたくない』と仰られた主の顔は本当に嫌そうだったのだから。
結局、この主もいい道具が手に入ったくらいの気持ちしか持っていないのだろう。


(なんなんだよ、あの服は?ぴったりフィットで体の線バッチリまる分りって誘ってんのかコノヤロウ!ええ、勿論全力で誘われますよ?けど、そんな格好の奴と一緒に歩くのは無理無理、AVの撮影風景かっつうの。…………まあ、その格好が良いか悪いか聞かれたら、全力を持って「絶頂だ!」と答えるけど。ん?答えになってねーか。でも、しょうがなくね?こんなん見せられたら…………しょうがなくね?特にシグナムって人の見事なメロンっぷりをフィット感抜群のタイツ越しに見せられたら………しょうがなくね?ああ、本当にしょうがないほどのメロンだ)


主が何か小声でブツブツ言っているが、生憎と聞き取れる声量ではなかった。まあ大方、我等に文句の一つでも言いたいのだろう。先ほどから妙な視線を体に感じるし。

ともあれ、私は騎士として己の忠義を全うするだけだ。主が我等をどう思い、我等をどう扱おうとも。














──────夜。

あの森での邂逅から凡そ6時間経った現在、主隼の自宅にて、主合わせた我等騎士5人は一つのテーブルを囲う形で座っている。
お世辞にも大きいとは言えないテーブルの上にはパックの白ご飯とお惣菜とお箸とお茶、それを一セットとして計5セットが置かれている。付け加えて、1セットづつ我ら騎士の前に置かれている。されに付け加えて、主の前には魚の刺身と変な匂いが漂う透明のお湯が入ったコップが一つ。その湯の中には梅干も入っている。

主隼は刺身を一つ取り、それを口の中へと運んだ。後にコップを口元に持って行き、中の液体をクイッと飲み干した。


「~~~~ッはあ」


何とも気持ち良さそうな息を吐きながら、主の顔には満足そうな笑みが浮かんだ。続けてもう一度刺身に箸を伸ばし…………


「いや、あんまジロジロ見てんなよ。つか、食えば?」


この時刻とテーブルの状態を見れば今更言うまでもないが、つまり今は夕飯の時間。当然、目の前に置いてある料理(出来合いのものだが)はそれぞれ我らの物なのだろう。主もそのつもりで用意してくれたのだと思う。
けれど、


「あの、よろしいのですか?」

「はあ?何がよ」

「その……我らが共に夕食を頂いても」


オリジナルの歴代主たちは食事なんてまともに与えて下さらなかった。料理ではなく食材が出てくる事が日常だった。いや、そもそも騎士として主の食事の席に共に着くのはどうなのだろう。

そんな戸惑いと懸念が私……いや、我ら騎士全員の胸中に浮かぶ中、またもこの主はあっけらかんといった調子で答えた。


「頂くもなにも、目の前のメシが見えねーのか?それ、お前らのだから」

「いえ、それは分かっているのですが………」

「だったら馬鹿な事言ってねえでさっさと食えや。それと残すなよ、勿体無いから。あ、それとも手を合わせて『いただきます』ってやつしたいとか?ちっ、面倒くさいけど最初くらいはそれらしい事してやるか」


いい終わり、主はやれやれといった感じで手を合わせ、私たちも同じように手を合わせるの見て『いただきます』をした。


(分からない)


まだ主と接して間もないが、それでも分かった事はある。
高慢な物言いと私を見る男性特有の厭らしい目は、オリジナルの過去に出てくる我らを道具扱いする腐った人間のそれと同種のもの。
やはり、この男もそうなのだと思った。所詮は人間として、我らを下等に見ていると。

……………でも、なんなのだろう。この主からはそれだけじゃなく、時折垣間見える居心地の良さは?


(…………分からない)


この主が一体何を考えているのか。一切の思考が読めない。
その一つの証拠に『夜天の写本の主になる』と宣言して下さった時から現在までの凡そ6時間の間、主は我らの事について一言も詮索してこなかった。むしろ、私から魔法の説明や我らの存在理由、夜天の写本の機能その他モロモロ簡単に説明したのに対し、主からの返答は、

『ふ~ん』『あっそ』『あ、わり、聞いてなかった』『てか、もういい。うっせぇ』『それよりさ、皆彼氏とかっていんの?あ、犬とガキは答えんでいいから』

などなど、本当に心の底からどうでもいい風だった(一部、意図の不明な返答もあった)。

このような主の態度、オリジナルの過去には一切ない。過去の主は我らの事を事細かく詮索し、根掘り葉掘りある事ない事聞き出され、我らや写本の機能について興味深々だった。
いや、それ以前に主とか魔導師とか関係なく、そも人間とは欲深い生き物だ。だから普通は我らのような存在に対し、こんなどうでもいいという態度は取ってこないはずだ。


(考えなしの馬鹿な主………という訳でも、だからといってないようだ)


家に着いてからいろいろ取り決めたのがその証明だ。本当に考え無しなら、これからの生活に対して資金繰りに頭を悩まし、解決策を出すなんて事出来ないはずだ。この主はメリット・デメリットをきちんと計算した上で我らを迎え入れている。


「ん?どうしたよシグナム?箸が進んでねーぞ。まさかダイエットか?駄目だぜ、ちゃんと食わなきゃ。特にお前はすんばらすぃ体形してんだから。ちゃんと食ってその体形維持しろよ?ついでにロリータ、お前もいっぱい食ってシグナム以上の特盛り目指せ。………あ、でもお前ら人間じゃなくプログラムなんだっけ?てことは成長の望みなし?あ~あ、残念だったなエターナル・プログラム・ロリータ。これが生物とプログラムの差かぁ。まあ、どんまい」

「ッ………!」


ヴィータが今の主の言葉を聞いて飛びかかりたい衝動を必死に抑えているのが手に取るように分かった。そして、それは私たちも気持ちは同じだった。

今の主の発言は我ら騎士を見下したそれだ。……………人間ではなく、ただのプログラム風情だと。

こんな主に少しでも居心地の良さを感じた自分が恥ずかしい。やはりだ。やはり所詮この男もそうなのだ。例外なく、人間とはこうなのだ。


「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。てか、なんで怒るんだよ、本当の事だろう?意味分かんね。俺は人間でお前らはプログラム。そこには超えられないデッカイ壁があるってね。はい、コレ正論。………あれ?酒切れた。シャマル、ちょっと酒持ってきて」


………我らはこんな主に仕えなければならないのかッ!

怒りが胸の中で渦巻くのを自覚した。そして、そんな怒りを抱いたのは私だけじゃないのは皆の顔を見れば瞭然だった。



───────しかし、そこから急転直下の如く我らの想いは変わっていく。
















一晩経った翌日──────────1日目。


「主隼はそう悪い御人ではない」


まず最初に主に心開いたのはザフィーラだった。


「い、いきなり何を。いや、それよりも一体どういう事だ」

「なに。主の性格からしてお前が一番主を真っ直ぐに誤解してそうだからな。擁護の一つくらいしておかんと、主に剣を向けられたら適わん」

「誤解だと?何を言って…………まさか、あの男から何かされたのか!?」


主という事を盾に脅され、ザフィーラはそう言わされてるのではないかと思った。でなければ、たった一晩でこいつの意見が変わるとは思えん。

昨晩、いきなり主はザフィーラに向かって『ザッフィー、今晩から俺の枕になってプリーズ。もちろん拒否権はなし!』なんて事を吐いて可笑しいとは思ったが、やはり御しやすいと思ったのか、同じ男性体であるザフィーラから懐柔しにかかったか!


「昨晩、寝所で無理やり洗脳でもされたか!同胞として、事と次第によっては例え主でも…………!」

「はぁ………落ち着けシグナム。俺は何もされていないし、これは俺の正直な意見だ。────主は悪い御方ではない。少なくともオリジナルの記憶にある主たちと我らの主は違う。まぁ、難はあるがな」


昨日までの態度を見ていればとても信じられない言葉だが、しかしザフィーラは嘘を吐く様なやつではない。だとしたら私はザフィーラの言う通り主を誤解しているのだろうが、あの主の態度のどこに誤解を持つところがある?


「お前も追々気づくだろう。俺からも昨晩我らが主をどう思っているか、人間をどのような存在と見ているか、主へ言っておいたしな。まあ、主からは『なんだそりゃ?馬鹿か。面倒臭ぇ、知るか』と言われたんだがな。…………ふっ、主らしい」

「主らしい?」

「ああ」


そう言ってザフィーラは外へと出て行った。

主と朝の散歩に行くという事だった。


────────────2日目。


昼過ぎ、主に言われて近くのコンビニでタバコを行かされた私。それに対して勿論文句の一つでも上げたくなるが、これも主に仕える騎士の役目と思って無理やり自分を納得させた。
昨日ザフィーラに言われた言葉が気にかかり、当初ほどの怒りはなくなってはいるが、やはりどこか釈然としない。


「ただいま戻り─────」

「「死に晒せええええええええええ!!!」


な、なんだ!?

家の扉を開けた瞬間重なって聞こえた二つの怒声。私は慌てて中へと入ると部屋の中には困った顔で佇んでいるシャマルと夜天、そして呆れながらもどこか微笑ましそうなザフィーラの姿。
そんな彼らの視線の先にあるのは主とヴィータが殴り合っている光景だった。


「な!?ヴィータのやつ、何をしているんだ!」


我らは騎士。主に仕え、その身を時には主の剣に、時には主の盾となる存在。例え主がどれほど愚者でもそれが騎士の在り方というものだ。確かにヴィータは我ら騎士の中で精神が一番未熟だが、それでも忠義心だけは一人前のものをもっている。たとえ主から理不尽な暴言を吐かれても、それで怒りに任せて牙を向けるなんて考えられない。


「ンのクソ主がァ!!」

「ぐぼぇ!?」


そんな考えは、しかしヴィータの右ストレートが主の顔面を殴り飛ばした光景を見て吹き飛んだ。


「シャマル、夜天、ザフィーラ、なぜヴィータを止めん!」

「ええと、それは………」

「こ、この状況が主の希望だから、なのだが………」


は?夜天のやつ、何を言っている。主に歯向かい、あまつさえ殴り飛ばしてくる騎士と殴り合うのが主の望みだと?
在り得ないし、考えられない。そんな訳がない。自分の道具と思っている者に歯向かわれているこの状態が許せる人間なんているわけがない。

ええい、もういい!私が止める!


「ヴィータ、主の騎士たるお前が何をして─────」

「すっこんでろやシグナム!!!」

「え、あ、主?なにを………」

「人の喧嘩に口出すなっつってんだぐぼぁあっ!?」

「余所見ぶっこいてんなよ!」

「は、ははははは。最初って事で人が優しく大人の対応してりゃつけ上がりやがって………この俺に喧嘩売った事後悔させてやんよおおおおおお!!!」


そしてまた殴り合いを再会させる二人。そんな目の疑う光景を呆然と見守ることしか出来ない我ら。
この状況をどう取ればいいのか分からない。主と騎士の関係とはこのようなハチャメチャで無礼上等な形なわけがない。我らが主から八つ当たりのように無為に殴られるなら兎も角、殴り合うなんてあっていい状況じゃない。ここは主が何と言おうとヴィータを止めるべきだ。それが将たる私の責任のはずだ。

……………けど。


「よくも俺のPCぶっ壊してくれやがったなあ!ここ最近じゃあびっくりするぐらいの怒髪事件だぞコラァ!!」

「あ、あああんな画像持ってるお前が悪い!この変態主!」

「勝手に起動してイジッたテメェが悪いだろ!あげくハンマーでスクラップにするとかありえねー!」

「うっさい死ね!!」


私の中のオリジナルの記憶にはこんな感情を表に出すようなヴィータの姿はない。
仏頂面で粛々と主の命に従い、気に入らない事があってもこのように感情を爆発させない。その姿相応の子供らしい性格をプログラムされているはずなのに、いつも子供らしからぬ達観したような騎士だった。
それが今、この主の前では在るがままの姿で振舞えている事に驚きを隠せない。そんな本来の姿、私たちに対しても滅多に見せたことがないのに。


(……それほど信頼しているという事なのか?本当の自分で接してもこの主なら許容してくれると?)


分からない。ヴィータの心中も主の心中も。
主、鈴木隼………この男は、一体何なんだ。


「いや~、久々に素手喧嘩したぜ。最近丸くなっちまってたからなぁ、いい刺激になった。おいガキ、お前ムカつくけど俺と正面からタメ張るなんて中々根性あんじゃねえか。気に入ったぜ」

「はっ、お前も全然主らしくねーけど……まあ嫌いじゃねえ。それとさ、そのぅ、PCぶっ壊して悪かったな」

「あん?んん、まあ気にすんな。どうせダチから貰った古いやつだし。それにガキは多少ヤンチャな方が俺ぁ好きだかんな。その点だけ見ればヴィータ、俺はお前が超好きだぜ?」

「あ、あたしだって嫌いじゃねえし………ん、まあ、その、あれだ……好き、かもな」


────────────3日目


この日もまた一人、主隼を認めた騎士がいた。


「お、おおおお!なんじゃこりゃ!?超美味ぇじゃん!え、これ昨日の残りもので作ったの?マジか………」

「どんどん食べて下さいね。まだまだありますから。あ、それとハヤちゃんのパジャマの裾がほつれてたので縫っておきましたから。あと洗濯洗剤が切れてたので買ってきますね」

「………美味い飯に裁縫に細かな気配り。シャマルって実は騎士じゃなくて嫁?それも嫁姑戦争とは無縁のタイプ」

「ヤダもう、ハヤちゃんたらっ。褒めても何も出ませんよ?」


夕食、私たちの豚のしょうが焼きに対して主だけサーロインステーキ(エビフライ付き)だった。


────────────4日目。


この日も………


「お、おお!夜天夜天、浮いた!ちょびっとだけど浮いたぞ!」

「おめでとうございます。練習を始めてまだ2日なのにこの成果は素晴らしいです」

「まっ、俺が本気出せば出来ない事はねえからな………ってえのは、今回ばかりは通用しねーか。なんせ夜天が居ないとこればっかりはどうしようもないかんなぁ。お前が一番教えるの丁寧だし。でも悪ぃな、家事と平行して魔法の訓練してもらっちまってよ」

「主の御心のままに。それが私たちなのですから」

「………ハァ、"また"それか。ザフィーラといいシャマルといい、何でお前らは………。いいか、そうじゃない、お前は────────」


────────────5日目。


「き、気安く頭撫でるな!」

「あぶしっ!?」

「ハヤちゃん!?こら、ヴィータちゃん!いくら何でもアイゼンはやりすぎよ!」

「ふん!いいんだよ、これくらい…………わ、分かった!分かったからクラールヴィント振り回すな!」


────────────6日目。


「主、そこはもっと丁寧に。そう、その感じです」

「…………ザフィーラ、何している」

「ん、夜天か。なに、俺も手が空いてたからお前の変わりに主に魔法を教え……………わ、分かった!教師役はお前だけの役目だ、取って悪かった。もう俺は引っ込む。だからお前もその振り上げた拳を引っ込めろ。ま、待てっ、振り下ろ─────」
















こんな感じで日々は過ぎ。

主と共にすごして早6日。しかし、私だけまだ6日前に取り残されてる気分だった。
分からない。
………分からないんだ、主が。
確かにオリジナルの記憶にある歴代の主よりはマシな人間だ。特に我らを道具や奴隷のように扱うわけでもなく、主風を無為に吹かせて威張り散らすわけでもなく。出来た人間かと言われたら素直に頷けない所だが、それは人間全般に言える事。出来た人間なんて早々いるはずがないから。

鈴木隼…………出来た人間でもなく、外道な人間でもなく、さりとて平凡とカテゴライズする事も正直躊躇われる人間。

それが私の主に対する心象で、そんな主が私は分からないし信頼出来ない。主隼に騎士として忠誠を誓う事は出来るが、心から喜んで剣を預けられるかと問われれば即答しかねる。


(………だが他の者たちは)


夜天、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ………あいつらは皆主を信頼している。最初の心象は今の私と同じだったろうけど、今は完全に心預けられるようになっている。心から忠誠を誓い、信頼し、己が主として鈴木隼を認めている。

いや、少し違う。忠誠とか信頼とか、そんな堅苦しいものじゃない。それも含まれるだろうけど、もっと単純な言葉で表せる。


(仲良くなってる)


どうして?オリジナルの記憶があってなお、どうしてそんな関係になれたのだ?どうして心許せたのだ?どうしてそんな顔が出来るのだ?

同じ騎士なのに皆が遠く感じる。


「どうしたのシグナム?さっきから全然箸が進んでないけど」

「え?あ、いや」


シャマルの声でふと我に返った。そして今が夕食の場だという事を思い出し、一度頭を振ると食事を再開した。が、それもすぐ終わり、半分も残すと私は一人席を立った。


「すみません主、少し散歩してきます」

「………了~解」


何か言いたそうな顔をしていた主だったが私はそれを見ないフリして、でもそれが失礼だと気づき、だからといってどうする事も出来ず、結局早足で無言のまま家を出た。
空を仰ぎ見れば満天の星が輝き、ブルーメの名を冠する騎士としてこの夜天の下を歩くのはとても気分がいい。このもやもやとした気持ちまで晴れるようだ。


「夜に女性の一人歩きは感心しねーな」


そんな声が後ろから聞こえたのは家から大分離れた小さな公園の前だった。振り返るとそこには"にへら~"と締まりのない顔で笑う男が一人。
目下のもやもやの原因、鈴木隼。
我が主。


「主、どうして……」

「な~に、俺も散歩したい気分だったんだ」


ポケットからタバコを取り出し、シュボっという音と共に火をつけた。タバコから漂う独特の香りはこの6日間で唯一慣れない臭い。


「嘘。別に散歩とかしたくなかったし。ホントはシグナムをストーカーして楽しんでた」

「…………」

「む、無言で返されると流石にキツイな。冗談だよ。ちょっと話がしたかっただけだ。お誂えに公園のベンチがほらすぐ傍だ。まあ狙ってここで声掛けたんだけどな」


本当に主のお考えが分からない。人を小馬鹿にしたような飄々とした態度は何か企んでいるのか、それとも考え無しなのか。
ともあれ、私は主に促されるままに公園に入りベンチへ座った。その隣30cm離れた場所に主もドカッと足を組んで座った。


「「……………」」


主は話があると言っていたけれど、座ってから1分、この場は沈黙が続いていた。本当は主からの御言葉を待つべきなのだろうが、この沈黙に気まずさを感じた私の口から言葉が洩れた。


「あの、何か私に不手際があったのでしょうか?」

「あん?なんでよ?」

「……いえ、わざわざ私を追いかけてまでお話をするくらいですから」


主から「話がある」と言って来た場合、十中八九お叱りの言葉が待ち受けている。それがオリジナルの記憶であり、私自身もそう思った。この6日で一番主の為に積極的に行動していないのは間違いなく私なのだから。

だが予想に反して主からの言葉は暖かいものだった。


「不手際なんてこれっぽっちもねーよ。むしろよくやってる。いや、マジで」


………主が褒めてくれた?騎士の役割なんて何もまっとうしていない私に?


「な、なぜ……」

「ん?」

「なぜそのような言葉を………。私は何もしていません。将である立場、率先して主の役に立たなければならないのに、何も出来ていない…………家事全般はシャマルが、魔法訓練は夜天が、守護と夜のお供はザフィーラが、安らぎはヴィータがおもに担っているのに、私は何もしていません!私に出来る事は純粋な騎士として主の為に剣を振るうのみ。けれど、それもこの世界と主の意向には無用のもの。…………分からないのです」


そう、分からないんだ。主のお考えも、そんな主を信頼出来る仲間たちの心中も、そして何よりも私自身が一体どうしたらいいのかが。

膝の上に乗せた拳が震える。やるせない気持ちで一杯になる。


「いろいろと突っ込みどころはあるが、まあ前半分は聞き流して…………ハァ、それにしても"また"なのか。いい加減面倒臭ぇ」


主は一度大きな溜息をついた後、ピンと指を弾いてタバコを投げ捨てた。そしてまたすぐに新しいタバコに火をつけ、煙と共に言葉を吐き出した。


「『騎士として』『主の為』『主の心に従って』、テメエの意見を言う時は決まってこんな言葉で始まるよな、お前らって」

「そ、それは当然です。我らは主の騎士で────」

「ほらまた。それ、正直うぜぇっての。何が騎士だ、何が主の為だ、馬鹿らしい。下らん。そんなモン、犬に食わせるのも可哀想なしろもんだぜ」


忌々しそうに吐き捨てる主隼。その姿を見て私は改めて落胆した。分かっていた事だが、やはりこの主も我らを『騎士』として扱ってくれない、認識してくれない。それどころか嫌ってさえいる。
ならば私はいよいよ持ってどうしたらいいか分からなくなる。騎士という存在を主は欠片も必要としていないなら、私の価値はどこに見出せばいいんだ………。


「ああ、そんな顔すんなって。美人の悲しむ顔ってのは核兵器より効くっての。何を落ち込んでんのか知らねーが、俺が言いたいのはそんなモンに振り回されんなって事だ」

「振り回される?」

「そ。騎士だの主だの意味ねーんだよ。そんなのただの『言葉』だ。言葉遊びは俺も好きだが、言葉に遊ばれちゃあお終いだ。………なあ、お前は一体なんだ?」


私は騎士だ。主に忠義を尽くす烈火の将シグナム、それが私。………私のはずだ。

そんな私の思いをこの主はバッサリと否定する。理不尽なまでに、自分勝手に。


「騎士か?……違うね。主の心に従い、主の為に尽くす者?……違うね。シグナム?……それもちょっと違うね。そんなモン、全部後付けの言葉だ」

「じゃ、じゃあ一体私は何なのです!!」


全てを否定された気分になった私は、ただを捏ねるように声を大にした。
端的に言って頭にキていたのだ。主になってまだ6日の新米に存在を否定された事に、失望していた人間に好き勝手理不尽な事を言われている事に。そして何よりも今の自分の情けない有様に。

そんな私を見て主はやれやれと言いながら、腕を伸ばして私の頭をコツンと小突いた。


「テメェはテメェだ」


────────────。


「騎士とか忠義の士とか人間とかプログラムとか関係ない。自分なんだよ。生まれた瞬間からテメェはテメェでしかねえんだよ。胸を張れ!騎士としてじゃなく、テメェがはなから持ってるテメェだけの心で胸を張れ、それで事を成せ!その上で騎士としての生き方を貫くなら、それでいいさ。前提に"自分"があるならな」

「…………」

「だから俺はお前らを騎士とは見ねぇ。『お前はお前』としか見れねぇ。そして俺は俺だ。お前達の主である以前に『俺』なんだよ」


私は今どのような顔をしているだろう。怒っているのか、泣いているのか、複雑な顔をしているのか………どのような顔にしろ、きっと私は今最高に"自分"らしい顔をしていると思う。そして、そんな顔を主に見られるのはどこか恥ずかしく思い、顔を俯けた。
拳の振るえはいつの間にか止まっていた。


「………よく、分かりませんよ」


ポツリと呟いた、恥ずかし紛れの嘘。


「あ、やっぱり?俺も途中から何言ってんのかよく分かんなかったんだよな。気分でぶっちゃけてた。まあそれでいいんじゃね?いちいち考えて喋んのは無理。その場のテンション任せだ。まっ、要は『テメェはテメェだ、と胸張って生きろ』ってこった。うん、それだけ覚えとけ」


そういう主隼だが、もちろん私は全てを覚えておく事を心に決めた。確かに意味が分からない部分もあったけれど、心に響いたのは間違いないのだから。


「お、いつの間にかもうこんな時間か。ほら、そろそろ帰るぞ」


ポンと私の背を叩きながら立ち上がる主隼。

漂ってくるタバコ独特の香りにもう何の抵抗も感じなかった。


「主」

「あん?」

「私は主の騎士です。主だけに尽くす烈火の将です。………けれども、私は私です」

「……へっ、そうかい」


この日から私は私になった。他の誰でもなく他の何でもない、一人の私として。





















~???~


さて、これで全後日談は終いだ。長々と続いたクソ虫どもの話は終いだ。

本当は『獣達の協奏曲』とか『我らが隼、ついに脱・童貞!?』とか『断章による断章のための章』なんて後日談も書く予定だったようだが、そんなモノは時間の無駄だ。

獣と戯れる話など不快なだけ。
主の童貞を奪うのは我の役目。
断章は我一人居れば十分。

これ以上無意味な後日談をぐだぐだやったところで誰の得にもならん。
まったく呆れてものも言えん。いづれ来る我と主の肉欲肉汁乱れ散る話の前では、どんな話も糞以下に成り下がろう事は明白だろうに。

であるからこそ、早急に事を進めるが吉。

それにもう限界が近いのだ。これ以上、蛆共を主に寄生させておく事は出来ん!

腸が煮えくり返る。

腸を煮えくり返してやる。


──────────もうすでに時は満ちている。


小烏の誕生日、順当に書が起動し騎士共がこの世界に顕現した。

主の傍に図々しく居座るコピーの騎士、書の影響で受ける小烏の脚の機能不全の進行速度、小烏に心酔しているオリジナル騎士………………駒は揃い、舞台は整ったのだ。

さあ、もうすぐ撃鉄が落ちる。

我と主の未来を祝福するファンファーレが聞こえる。祝い金には塵屑共の命を頂こう。

事を成し、後に残るは我と主のただ二人。

待っていろ主、今行くぞ!


「ふふふ、ふははははははは────────」

「なに大声で笑うとるんや!近所迷惑考えぇて何度も言うとるやろ!!」


ぐっ、またしても小烏!?


「うるさいぞ小烏。我に命令出来るのはこの世でただ一人だ。そしてそれはお前ではない。疾く失せろ」

「………ほう。残念やな~、今日の夕食は特製オムシチューやのに」


な、なんと!?


「ま、まことか!?」

「まことや。でも、これ以上叫ぶようならシャマル印のオムシチューやで?」


!?!?


「ごめんなさい」

「よし、いい子やね」


流石は我のオリジナルよ、侮れんわ。

だが、いつまでも威張り散らせると思うなよ?いづれは我が唯一のオリジナルに成り代わって見せよう!

我は王ぞ!!


「ほら、行くよ」

「うむ。あ、我のオムシチューは大盛りで頼む」







[17080] Asのゼロ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/04/28 21:37

─────────てくれ


なんか声が聞こえる。


─────────けてくれ


辺りを見渡せば何もなく、そもそも上下の感覚すら曖昧な空間にいた。


─────────すけてくれ


ああ、これは夢か。と漠然と理解した。明晰夢というやつか。


─────────たすけてくれ


しかし、何とも殺風景な夢だ。まっくらな空間で人間は自分だけ。


─────────どうか、わがあるじを


唯一、先ほどから変な声が聞こえてくる。いや、頭の中に直接響いてくる。夢だからか?

てか、


─────────どうか、わがあるじをたすけてくれ


「っせえんだよボケ!普通に寝らせろ!つうか誰に命令してんだ身の程知れ!俺に物頼む時ァまず金積んで土下座しろ!」



─────────え、あ、あの


はい、俺の夢終わり。寝よ寝よ。


─────────………………












Asプロローグ













朝、一人の男が優雅に目を覚ました。黒いスウェット姿がのそりと動き、男を包み込んでいた掛け布団がパサリとベッドから落ちた。枕下には携帯が鳴動しており、それが起床の原因だというのは明白で、男は自分の安らかな眠りを妨げたそれを乱暴に扱って鳴動を止めた。が、そもそも昨晩この時間に鳴動するようアラームを設定したのは男自身だ。よってこの行為は八つ当たり以外の何物でもない。だが、そんな理論を振りかざしても今の男には通用しない。理由は単純に『眠い』からだ。それがどれほどの眠さかというと…………………


「地の文を三人称で語っちまうくらい眠いんだよ」


それは本当に眠いのか?
とか言うツッコミは無しな。いやマジだり~~~んだよ。眠すぎ。やってられっか。今何時?そうね、だいたいね~♪………って、朝8時だァ?はっ、馬鹿じゃねーの。昨日寝たの何時だと思ってんの。てか、寝たの今日だし。誰だよ、こんな時間にアラームセットした馬鹿は?あ、俺か。はい俺馬鹿~。


「………………………顔、洗って来よ」


睡眠時間の短さと昨晩の酒がまだ残っているせいか、テンションのギアがおかしな所に入っちまってる俺。
我ながらちょっと痛々しい。

俺はベッドから降り、部屋を出て冷たく冷えたフローリングの廊下をぺたぺたと歩きながら洗面所へ。そこで12本ある歯ブラシの内の1本を手に取り、歯磨き粉をつけ口に突っ込む。乱雑にごしごしと磨いた後うがいをし、顔を洗って髭を剃り、最後に気付けにパンと顔を叩く。そうするとアラ不思議、目の前の鏡には美男子が映りましたとさ。

……………馬鹿らし。


「しっかし、ようやく髪の毛が元の長さまで戻ったな」


鏡に映っている俺の顔、その頭部には金色に染まったふさふさの髪の毛。

今から約半年前、ある事情で俺の頭は高校野球の少年のような無様な有様になっちまった。
それはもう滅茶苦茶恥ずかしかった。知り合いからは笑われるし、外に出れば見知らぬ奴もこっちを見て笑ってるんじゃないかと思うくらいの疑心暗鬼っぷりだった。一時はマジで帽子が手放せなかったよ。


(ただ、その反動で金髪にしたのはちっとばっか早まった感があんな……)


でも、しょうがないじゃん。初めて坊主頭になった日から毎朝鏡を見るのが苦痛で、ワックス要らずの頭が情けなくよ。シャンプーして泡が立たなかった時はマジ泣きたくなったぜ。
………思い出すだけで鬱だ。


「はぁ~………って、うわ、酒臭」


歯を磨いたにも関わらず、己の溜息がかなり酒気を帯びている事に驚いた。

まっ、あれだけ飲めばそりゃこうなるわなぁ。確か午後11時から飲み始めて、家に帰ってきたのが………午前6時前だったか?麻雀しながら片手に魔法世界の地酒、もう片手にタバコのスタイルで7時間ぶっ続けだったかんなぁ。しかも勝てなかったしよ。ジェイルの一人勝ちとかムカツク。てか、絶対配牌イカサマしてるって。なんだよ、チン譲ちゃんのあの異様な引きの良さは?4面打ちで何でそんなに役満出来んだよ。緑一色とか天和とか初めて見たし。


「見てろよ、あの人造人間シスターズめ。次は勝ってやる!」


今までの負け分とこれからの予定勝ち分を計算しながら洗面所を出た。
と、今更ながら気づいたがかなりいい臭いが漂っている。そして、リビングに続く扉を開ければその臭いの向こう側にはキッチンで料理をしている金髪女性の姿が。


「あ、おはよございます、ハヤちゃん!今日は早いですね」

「はようさん、シャマル」


我が家の金髪美人にして最高の料理長であるシャマルが、今日も朝から緑色のマイエプロンを纏い、包丁片手に素敵な笑顔で迎えてくれた。
日替わりの当番制だった料理作りがシャマルだけの役回りになったのは、さて、いつ頃からだろう。


「はい、どうぞ」

「サンキュ。他の奴らはまだ寝てる?」


コーヒーを受け取りながら訊ねた俺にシャマルはにこやかに返答する。


「シグナムとザフィーラはいつもの朝稽古に行ってますよ。夜天はタバコのストック分がなくなってたので買いに、ヴィータちゃんと理ちゃんはまだ寝てます」

「こんな寒い中、シグナムもザフィーラも頑張るね~。感心感心。夜天も相変わらず気が効くな。後の二人はそのまま永眠してろ」


烈火の騎士シグナムと守護獣ザフィーラは3ヶ月くらい前から朝稽古と夜稽古を日課としている。この平和な世の中ご苦労なこってと思うが、何でも「今日の平和が明日まで続くとは限りません。それに日々の鍛錬はそのまま主の為の力になります。主を護る力はいくらあっても足りないくらいであり、その為の努力は惜しみません云々」だとさ。
いやはや、真面目なやつらだ。


「てか、努力してプログラムは成長すんの?」

「身体の成長はしませんよ。けど勘……プログラム的には演算速度かな?それと戦闘技術とかなら努力し経験した分は培われます」


そう言ってシャマルはクラールヴィントを出し、少し離れた所にある朝食の材料であろう大根に向かい投げた。するとクラールヴィントはくるくると大根に巻きつき、次の瞬間にはシャマルの手に収まった。さらにシャマルはその大根をまな板の上に置き、もう一度クラールヴィントを指先で操ると瞬く間にご立派な大根は大根おろしへと姿を変えた。


「ね?」

「お前はウォルター・クム・ドルネイズか」


半年前はそんな芸当出来てなかったよな?思わず小便すませて、神様にお祈りして、部屋の隅でガタガタ震えたくなったわ。命乞いする心の準備なんてノーサンキュー。
しっかし、シャマルもそうだけどホント騎士共は逞しくなったよな。特に精神面が。会った当初なんてプログラム言われればすぐに凹むもやしっ子だったのに、今じゃオールOK状態だし。
まっ、でもそれは良い事だし、成長している確固たる証拠でもある。


(でも、身体の成長はなしか………………惜しいなぁ)


シャマルは腰とお尻は見事なんだが、如何せんお胸様がなぁ…………あと1歩!


(まあ、服の上からしか見た事ないから、もしかしたら着痩せするタイプなのかも知れないけど)


忙しなく朝食の準備をしているシャマルのふりふりと可愛らしく動くお尻を眺めながら、これから透視魔法の研究に全力を注ごうかどうか迷っていた時、リビングの扉が開いた。


「ふわぁ~、おはよう~。ん?隼がいる………ハァ、朝から下がる」

「冬の朝は寒いですね。それにしても、いいご身分な主がこの時間に起きてるなんて………ああ、朝帰りですか。死んでください」


グルーミーのぬいぐるみを引き摺りながら大あくびをかますヴィータと、朝の寒さと眠気で不機嫌な理が二人そろって登場。そして二人そろって朝から喧嘩売ってくる始末だ。
だが、もうそれは毎朝の事なので、俺もいちいち買ってやるつもりはない。朝から面倒臭ぇのはゴメンだ。


「はいはい、いいからさっさと顔洗って来い」

「………何か最近あたしらへの態度冷たくねーか?」

「違いますよ、ヴィータ。これは所謂放置プレイというやつで、云わば主からの愛です。嫌よ嫌よも好きの内」

「ハァ?ったく。だから隼さ、お前のツンデレはただキモイだけだっつうの。マジ、ゲロ」

「………………………」


俺はロリーズのケツを蹴り上げた。


「いでっ!?何すんだコラ!」

「痛いですね。妊娠したらどうするんですか?勿論バッチ来いですが」


朝の一時くらい穏やかに過ごさせろよ!


「っせんだよ!その目ヤニが付いた汚ぇツラさっさと洗って来いっつってんだ!」

「!み、見てんじゃねえ!」

「ふむ、主は目ヤニフェチではなかったですか」


ヴィータは目をごしごしと擦りながら走り去り、理は相変わらずの仏頂面で淡々と洗面所へ向った。
てか、理。お前の言動が日増しにディープかつマニアックになっていってる気がするのは俺の気のせいか?それも成長の証拠なのか?


「はぁ、朝からクソ気分が悪ぃ。ガキもガキの世話をするのも嫌いじゃねーが、あの二人だけは例外だ」

「でも、何だかんだ言ってちゃんと二人の面倒見てあげてる優しいハヤちゃんが私は大好きです」

「勘違いしてんなよシャマル。俺はあいつらがご近所様に迷惑掛けないよう嫌々ながら教育してやってるだけだ」

「ふふっ、そうですか」


ああ、そうだよ。だからその『分かってますよ』的な微笑みを引っ込めろ。見てっと腹立つ。そして腹減った。


「シャマル、朝飯まだ~?」

「もう出来ましたよ。あとはシグナムたちが帰って来れば────」


と、言ってる丁度そのタイミングで玄関の扉が開く音が聞こえた。そしてリビングに入って来たのは冬場だというのに額に汗を浮かばせた女と男、さらに俺のコートを羽織った女も一人。


「シャマル、今戻った───と、主、起きておいででしたか。おはようございます、只今戻りました」

「「主、おはようございます」」

「おう、おはようさん、シグナム、夜天、ザフィーラ」


色気もクソもないジャージ姿のシグナムと上半身タンクトップ姿という季節に真っ向から喧嘩売ってるザフィーラ、寒さの為少し鼻を頭赤くした夜天の3人が帰って来た。そしてシャマルが各々にスポーツドリンクやコーヒーを渡すのと、ロリーズが洗面所から顔を洗って戻ってきたのは同時だった。

鈴木ファミリー、全員集合。


「てことで、朝飯にすんべ」


と、その前に。

俺は電話を取り、番号をプッシュする。ルルルルツという呼び出し音が2度聞こえた後、電話口から聞こえてきたのは朝から元気な幼女の声だった。


『もしもし、ライトニング・テストロッサだ!お前は誰だ!?あ、もしかして加藤さんか?それとも阿部さん?』

「誰だよアホんだら。内線電話に鈴木以外の姓を持ってる奴が出るか」

『なんだ、主か~。おはよう!』

「ああ、おはようさん。飯だから全員連れてこっち来い」

『うん。分かったー』


こうやって俺、鈴木隼の平凡な一日は幕を開ける。


















季節は移り変わり、時勢も移ろい行き──────春先にあったテストロッサ家の問題解決から半年あまり。

大きな変化があり、小さな変化があり、中には変わらないものもあり…………その変化が日常に定着し始めた今日この頃。
半年前の事件に比べれば、今の日常は何とも平和平凡で、まるで一人だった時の緩やかな時間が帰って来たかのようだった。何の心配や厄介事もなく、笑顔を浮かべて日々を謳歌し、そこいらにいる一般人と何ら変わらない生活、優しい現実を俺は歩んでいる………………


「ちょっと夜天、早く新聞よこしなさいよ」

「もう少し待て、プレシア」

「げっ、ピーマン入ってんじゃねーか。リニス、やるよ」

「駄目ですよヴィータ、好き嫌いしちゃ」

「ア、アルフ、味噌汁にドッグフードをプラスしないで下さい」

「でも、結構イけるよ?シャマルも試してみなよ」

「アリシア、そのヨーグルト食べないのですか?じゃあ私が貰いますね」

「あーーー、最後に食べようと残してたのに!理のばかっ!」

「勝手にチャンネル変えるな、シグナム!今ボクはプリキュア見てたんだぞ!」

「朝はニュースを見るものだ。ライトもアニメばかり見てないで少しは時勢を知れ」

「そうだ、ザフィーラ。今月号のりぼん持ってきたよ」

「むっ、もう出ていたのか。いつもすまんなフェイト」


…………かなり騒がしいがな。
まあ、でもこんな騒がしい朝食の場も毎日身を置けば流石にもう慣れちまったよ。


(いつからだけっけか?一緒に飯食うようになって)


そう、俺たち鈴木家とテスタロッサ家は朝昼夜問わずほぼ毎日のように食卓を共にしている。場所は俺んちかプレシアんち。特に理由もなく一緒に食うようになっちまってた。まあ、強いて理由を挙げるならお互いの家が近いからか?


(近いってか、隣同士だけど)


今から約4ヶ月前、俺たち鈴木ファミリーは目出度くあの狭いアパートからおさらばしたのだ。そしてやって来たのは遠見市にあるデッカイ高級マンション。
フェイトが住んでたあのマンションだ。
いや~、マジで段チな快適さだよ。流石は家賃が元のアパートのウン倍する事だけはある。家具も一新したお陰で居心地最高だし。
……………え?金はどうしたのかって?
ふふふ、聞いて驚け。今の俺はそれなりのセレブリティなんだよ。向こう10年くらいは遊んで暮らせる程のな。てか、実際遊んでるし。就活?仕事?欠片もしてませんニートですが何か?そんな事せんでも金あるし~。まあ、アリシア達への家庭教師は継続しちゃいるが、適当に教科書読んで問題集解かせてるくらいだからあれも半分遊びみたいなものだ。


(これも全部ジェイルのお陰だな)


そうなんだよ、俺の金がある理由は全てジェイルのお陰なんだよな。
あいつ、時の庭園をかなりの値で買い取ってくれたからさ。さらにそれだけじゃなく、何を思ったのかジェイルの奴「週に一度でいい、私の所に遊びに来て我が子らの相手をしてやってくれないかね?勿論、給金は出そう」だとよ。
あのマッドの事だから何か企んでんだろうが、金さえ貰えるなら俺にゃあ関係ない。しかも女の子に囲まれて遊べるんだから尚良し!
まあ、後で知った事だが、あの姉妹らは実は半分機械のキカイダーで厳密には人間じゃないらしい。が、それこそ関係なし!可愛い・美人な女の子の姿をしてるなら有機物だろうが無機物だろうが大好きだ!余裕で恋愛感情持てるし、余裕で抱ける!だから昨日も親密になる為ちょっくら行って麻雀してきたし。


(大金手に入って、異世界じゃハーレム気取り出来て、仕事しないで遊んで暮らせる…………来た、俺の時代!!)


むはははは!笑いが止まらんよ!


「隼、お願いだからフェイトやアリシアの前でそんな顔しないでちょうだいよ。子供の成育に悪いから」


大きなお世話だ。

って、あれ?


「皆は?」


気づけば食卓には俺、夜天、シグナム、プレシア、アルフ、リニスしかいない。食器もいつの間にか下げられていた。


「あなたが変態的顔面で物思いに耽ってる間に子供たちは私の家に行ったわよ。あとシャマルとザフィーラはバイト」


いつの間に………。駄目だな、金や女の事思うと他がすぐ目に入らなくなっちまう。まあガキどもの事なんて知ったこっちゃねーが。


「まったく。そんな顔晒す暇があるなら働きなさいよ。こっちじゃ隼みたいなろくでなしの事、ニートって言うそうじゃない」

「フリーター、ひっきー、パラサイトでも可」

「………胸張って言うんじゃないわよ。バイトくらいしたら?」


うっせぇな。いいんだよ、金あるし。バイトなんて面倒くさい。人生楽が一番だ。
てか、何でシグナムたちも金あるって言ってんのにバイト辞めないかなぁ。いや、まあ理由は知ってるよ?曰く「少しでも主の貯えになるなら。主が楽を出来るなら」だとさ。
嬉しくて涙が出るね。
出ないけど。


「そういうお前こそ、働いてねーだろうが。専業主婦?壊滅的に似合わねーよ」

「ふっ、私はFXで十二分に稼いでるわよ。あなたは私と違って頭悪いんだから、せいぜい馬車馬の如く体使って稼ぎなさい」


けっ、これだからインテリは嫌いだ。楽して儲けようとしやがって。まあ、いいや。今度また何か勝って貰お。


「いいんだ、プレシア。主は何もしなくてもいい。主はただ家で私たちの帰りを待ってくれさえして頂ければ十分」

「私も夜天と同意見だ。主は主の好きなように生きて欲しい」

「……………隼、シグナムと夜天にここまで言われて、あなたは男として思う所はないの?」

「ご苦労様」

「く、腐ってる」



ひっでぇ言い草だ。


「そう言ってくれるなプレシア。それにお前は誤解しているぞ。主の優しさがまだ理解出来ていない」


そういうシグナムに夜天が続いた。


「我らが稼いだお金、主は一切手を着けられてない。我ら一人一人に口座を作ってくださり、通帳とカードを渡してくれた。給金は全部そこに振り込まれている」

「『名義は俺のだけど、中に入ってる金はお前らのだ。テメェの為に好きに使いな』と。断っても頑として受け取って下さらない」


シグナムと夜天の言葉を聞き、ポカンと口を開けて呆れている様子のプレシア。ついでにアルフとリニスもどこか驚いている顔をしている。

んだよ、何か文句あっか?リニスちゃんとアルフのその顔は可愛いから許すけど、プレシアのその顔は殴りたいほどムカつくぞ?


「バ~カ、それこそ勘違いしてんじゃねーよ。俺ァただお前らの個人的な物を買う時に一々俺の財布から金が無くなっていくのが気持ち的に嫌だから、ならそっちはそっちで金を持たせようと思っただけだ。優しさ?ンなもんねーよ。合理的と言え」


いくら金持ちになっても、家族とは言え他人の欲しいモンを、例えば服とか下着を買って自分の財布を軽くするのは嫌なんだよ。俺の金は俺の為だけに使いたい。
だから、今は好きなもん買いたい時は自分の金から出させ、出せる範囲で好きなもんを買わせてる。テメェが何を買おうが勝手だが、俺はビタ一文払わない。


「ホント、腐ってるわね」

「うるせぇよ」

「…………でも、まぁ、そうね。チーズとかヨーグルトとか納豆とか、そういう感じの腐り方だから、まだ良い方かしら」


?意味分かんねー。


「プレシアもですけど、やっぱり隼も素直じゃないですね」


おいおい、リニスちゃん。正直な事に定評のある鈴木隼を捕まえて『素直じゃない』とは穏やかじゃないな。
その激烈に可愛い顔に免じて許すけど。


「うんうん、やっぱり隼は馬鹿だけど良い雄だ!」


おいおい、アルフ。紳士で理知的な人間の鈴木隼を捕まえて『馬鹿な雄』とは穏やかじゃないな。
その冬場でも丸出しのキュートなおへそに免じて許すけど。


「まあ、でも、どんな腐り方でも腐ってる事には変わりないわね。毎日毎日家で寝て食べてネットしての繰り返し。その内物理的に腐るわよ?いえ、もう腐り切ってるか。ハァ、情けない」


おいおい、プレシア。色々な意味で新鮮度100%の鈴木隼を捕まえて『腐り切ってる』とは穏やかじゃないな。
問答無用でぶん殴るぞ。


「あーあー、うるせぇな。お前は俺の母親かっての」

「あなたみたいな息子なんて死んでも持ちたくないわよ。………母親と言えば、あなた、この前実家に帰ってたわよね」

「あん?何を今更」


プレシアの言う通り、ついこの前、俺はシグナムたちを連れ立って2~3日実家に帰っていた。帰郷の理由は何の事はない、よくある法事というやつだ。だから俺一人で帰るつもりだったのだが、騎士共全員が俺の親に会いたいと抜かしやがったんでしょうがなく一緒に帰った。

けど、それはもう1週間前の話だ。その間、何度も顔を合わせてるのに今日になって何だよ?


「だって、あなたこの一週間ずっと不機嫌だったじゃない。いえ、不機嫌なんて生ぬるいモンじゃなかったわ。寄らば殺すってくらいだったわね」


……………まあ、自覚していなかったわけじゃねーけどさ。熱くなるのが早い俺は逆に冷めるのも早いタチだから、一週間も不機嫌ってのは我ながら稀だった。
けど、それくらい俺はドタマに来てたんだよな。


「………聞き辛かったんだけど、親と何かあったの?それとも、その………親に何か不幸でも………」

「ん?何かあったかだと?親に不幸?ハハハ、お前面白い事言うなー。何かだって?不幸って………………俺が不幸だよ!あんのビッチババア、次帰ったら死ぬまで殴り続けてやる!!!」


相変わらずのクソババアっぷりに今思い出しただけでも殺意MAXだ!

そんないきなりの俺の豹変ぶりに事情を知らないプレシアとリニスとアルフを目を丸くした。


「ちょっと夜天、隼の奴一体どうしたのよ?親と何があったわけ?」

「親と何かあったと言うか、親がナニカと言うか………」

「は?」


夜天の意味の分からない言葉に怪訝な顔を見せるプレシアとリニスとアルフ。そんなプレシアたちにシグナムが端的に説明に入った。


「主の御父上殿はご立派な方だった。誠実で実直、透き通るような心を持つ男性だった」

「へぇ、隼とは正反対の人みたね」


確かに"今度"の親父はかなり真面目な奴だったな。それでいて嫌味もなく俺のような奴に接してくれる人間性は素晴らしいものだ。ああいう奴は嫌いじゃねえ。


「それじゃあ、隼がこんな殺意むき出しにしてる原因は母親のほう?」

「まあ、何というか………凄い御方だからな」

「凄い?」


そこからは俺が引き継ごう。ありったけの憎しみを込めて。


「約一年ぶりに帰って来た息子の息子を蹴り上げて一言、『なんだよテメェ、まだ健康そうだな。早く死ねよ、いい額の保険掛けてんだから』。二言目は『おいマジかよ、お前が女連れでだと?天変地異の前触れか?ふ~ん………で、誰の穴で童貞捨てたんだ?』。で、三言目、『おっ、そっちの浅黒い兄ちゃんいい男じゃねーか。おい、酌しな』」

「…………………………」

「さらに『ああ?ンだ、その汚ェ目つきは。ヘタレ童貞が誰に向かってガン飛ばしてんだ?』とフルスイングで俺の顔をぶん殴り、俺が殴り返すと『親に向かって上等コくたぁ親不孝モン極まれだなコラ。再教育してやんよ』と2度目の息子蹴り」


あまりの内容に呆気に取られるプレシア達、苦笑いを浮かべるシグナムと夜天。それを見て「けっ」と吐き捨てる俺。


「暴力上等で、自己中で、傍若無人で、デリカシーがなく、金と男と喧嘩が何より大好きって…………母親って言葉を辞書で調べて生まれ直せってんだよ!」

「た、確かに凄い御母上ですね」


凄いって言葉だけじゃ足りないぜ、リニスちゃん。


「あれ?でもさ、誰かに似てないかい?何かそんな奴、私知ってる気がするんだけど」


何素っ頓狂な事言ってんだよ、アルフ。あんなクサレビッチがそうそう居るはずねーだろ。もし、そんな奴が他にもいるなら俺直々にぶっ殺してやる。

そんな事を思っていると、補足するように夜天がビッチの事を続けた。


「ちなみに御母上はこのような事も言ってました。………『私の気に入らねー奴は誰だろうとぶっ殺す』『最後良ければ全てよし』『棒がついてりゃ皆男』『今を楽しめ』などなど」


その夜天の言葉に皆が皆『得心がいった』という顔で俺を見た。………いや、なんだよ。見てんじゃねーよ。
てかさ、夜天もさ、「棒」とか言うのやめようぜ。きっとあんま分かってないんだろうけど。


「な?腹立つ物言いだろ?そのお陰で俺はガキん頃からいい迷惑だったぜ。親父が何度も変わるしよ」

「え、それってどういう………」

「あのビッチ、男大好きだからさ、自ずとっかえひっかえよ。今の親父は9人目だ」

「ぶっ!?そ、それは凄いわね。ていうか、隼はいいの?それで」

「べっつに、知ったこっちゃねーよ。まあ、俺も最後良ければ全て良しってタチだからな。『処女を捧げる相手も特別だけどよぉ、最後に傍に居てくれる相手はもっと特別で大事だろ』っていうビッチババアの持論も分からねー事はねえ」

「…………最後に傍に居てくれる、相手」


プレシアは同じサド母親として俺の母親の言葉に何か感じ入る所でもあったのか、噛み締めるように呟いた。
まあ、お前もさっさと次の相手でも見つけてくれや。見た目若くなったんだから、相手くらいすぐ見つかるだろうしよ。俺のビッチババアが8回も結婚出来たんだ、お前にも一人くらいは出てくるさ。多分な。


「…………隼、何か失礼な事考えてるでしょ」

「今までお前に礼を尽くした事なんてねーよ」


それにしてもあのビッチめ!母親とは言え俺に毎度毎度上等な態度取りやがって。てか、息子に対する言動じゃねーだろ。お前は漫画やアニメから出てきた荒唐無稽な設定を持つ母親か?


「それにしても主が一方的に足腰立たなくなるまで殴られるなんて初めて見ましたね」

「ああ。主をああも容易く御せるとは、御母上はるろうに剣心で言うところの比古清十郎のような方だな」

「だったら隼の母さんの方がいろいろと楽じゃないかい?いろいろと」


夜天、「一方的に」とか言うの止めてくんない?情けなくて腹立たしいから。それとシグナム、ババアはどっちかってぇと成長した緋村剣路だ。最後にアルフ、お前はいろいろ黙れ。


(ちっ、やってらんねー)


もう何か全部どうでもいいや。飯も食ったし、部屋に引っ込んでネットでもやろうっと。

こうやって今日も昨日と同じ、平和な平和な一日が始まるのであったマル。

…………あ、いや、ちょっと違うか。





今日から新しい月、一年最後の月、師走───────12月1日だ。










[17080] Asのイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/05/05 21:21

鈴木隼、22歳。
身長約175cm、体重約65kg、体脂肪率20%手前。半年前は体重約60kg、体脂肪10%前後だったが日々の豊かな暮らしが俺を若干丸くした。けれど、それでもまだ平均だと思うし、見た目も半年前とそう変わっていない。少なくともデブではないはずだ。
頭髪は黒からくすんだ金色に変更。ただこれは少しだけやりすぎだと思っている。そもそも俺は茶髪にしようと思っていたのに、ジェイルんとこのキカイダー姉妹の内のある一人のドS女が「私に任せなさい!」とぬかして意気揚々と自分と同じ髪色にしやがったのだ。まあ、元々学生時代は金髪だったので別段嫌という訳じゃないが。
高校はバカ高で、大学もFランというどうしようもない学歴だが、それに見合わず金はある。都心のマンションでプログラム6人(6つ?6個?)と家族ごっこが出来、かつ向こう10年くらいは遊んで暮らせるほどの大金が。
最後にもっとも人間のパーツの中で大事な『顔』だが、これは正直あまり自信が無い。俺の母親と父親(最初の男)は美男美女とまでは言わないが「ああ、こいつはモテるな」という顔をしている。が、俺はどうやら両親からその顔面を受け継ぐ事は叶わなかった様で、異性を有無なく惹き付ける程の力はこの顔にはない。髪型や服装を駆使して辛うじて「まあ、いいんじゃない?」と言われるくらいだ。

と。

以上の事を踏まえてちょっと考えてみてはくれんか、この俺という男を。…………考えてくれた?じゃあ問う。

鈴木隼が『孤独な男』だというのはおかしくねーか?

………いきなり何だ、だって?まあ聞け。だってなぁ、性格は兎も角見た目はそう悪くないと自負してるし(イケメンじゃねーけどよ)、学歴はなくても高収入だ(収入源を公には言えないけど)。
なのに俺は孤独だ。生きてきたこの22年間、ずっと孤独だったんだよ。一度もこの孤独から抜け出す事がなかった。まわりは皆孤独から解放され、一度は充実した共存を経験しているのに、俺はただの一度もその機会は巡ってこない。隣には誰もいないんだよ。
マジで泣きたくなるぜ。一人ってのは気楽だが寂しいもんだ。特に今の時期だと、この歳で『孤独な男』は俺だけじゃねーのかって錯覚までしちまう。

『孤独な男』……いや、そんなカッコイイ言い方は止めよう。今更取り繕ったってどうにもなんねーからな。

『孤独な男』転じて『独り身』………………要するに、だ。





「何で俺には彼女が出来ねーんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





聖なる夜まで一月を切ったのに、未だ彼女の居ない男の姿がここにはあった。













Asのイチ話~愛の形は人それぞれ。でも暴力は止めましょう~












朝の喧しい食事が終わり、その後プレシアたちに俺の母親の事に付いて語った時から3時間後の現在。つまり2度寝を決め込もうと寝室に戻ったのが2時間前で、その通りに俺は惰眠を貪っていたんだがついさっき携帯の振動音で目が覚めたのだ。アラームを設定した覚えは無かったので、つまりそれはメールかTELで、「ちっ、どこのボケだ」と思いながら携帯の画面を見るとそこに映っていた名前は──────────


《ハヤさん、聞いてる?》

「あー、はいはい、聞いてるっつうの、なのは」

《うん。それでね、フェイトちゃんに私たちの写メを送ったんだけど────》


あーーーー、クソうっせえーーーー。今何時だ?12時くらいか?お前学校は?休み時間?てか、今日何曜日だっけ?最近曜日の感覚が全然ねーんだよなぁ。それにしても………………


《フェイトちゃんも魔法世界の景色とか送ってくれてね。それから────》

「なのは、なのは」

《あ、何ハヤさん?》

「うっせえ馬鹿」

《にゃ!?》


なのはから電話があって早10分経ったが、延々と続くなのはによるなのはの為のフェイト談はまったく終わる気配を見せない。それどころか日増しに酷くなってきている。


「毎日毎日、同じような事ばっかで聞き飽きたっつうの」


なのはにフェイトのメールアドレスを教えた日から、こいつは俺にもメールを送ってくるようになっていた。そして、それは毎度フェイトに関する事であり、さらにメールはTELに変わり、2~3日に一度の頻度だったものが毎日に。
…………なんなの?ねえ、なんなの?え、もしかしてイジメ?俺、なのはにイジメられてる?

ちっ、なのはのケー番を着拒すりゃあいい話だが、そんな事すればあいつはご自慢の真っ直ぐさを持って俺の家を突き止め、押しかけて来そうだからな。俺とシグナムたちとの関係がバレちゃ適わん。


《ならフェイトちゃんと会わせてよー!》


もはや毎日一回はこのセリフをなのはから聞いている今日この頃。その返答として俺は毎日一回は以下のようなセリフを言う。


「だから駄目だっつってんだろ。ジュエルシード事件の時、フェイトが何やったか覚えてんだろ?居場所が管理局にバレたら即しょっぴかれるぞ?重い罪にはなんねーだろうが無罪放免ってのもありえねーだろうからな」

《だ、大丈夫だよ!フェイトちゃんは悪い子じゃないし………それに私、フェイトちゃんの居場所は誰にも言わない。今だってフェイトちゃんとメールしてる事、ユーノ君にも言ってないもん》


友達の為、一つの世界を代表する組織に隠し事し続けているか。まあ、俺が半ば脅す形で黙っとけっつったんだけどな。けど、それでも中々どうして、なのはも俺に負けず劣らずの独善者だな。……………………いや、それは違うか。なのはは、


「なのはは相変わらず優しい奴だな。……………けど世の中はな、お前やフェイトみたいに優しい奴ばっかじゃねーんだよ。フェイトに万一の事が起こるのはなのはも嫌だろ?逆にこの件が局にバレて、なのはに何かあんのも嫌だかんな」

《むぅー、やっぱりハヤさんは自分勝手!》

「でも、そんなハヤさんがなのはは大好きなのであったマル」

《うぅ~~~!》


電話の向こうで膨れっ面をしているなのはが容易に思い浮かぶ。

まあ、そう唸るなよ。俺だって心苦しいとは欠片くらいは思ってんだぜ?ダチ同士、顔合わせて遊ばせてやりたくはあるさ。でも、そのせいでなのはとフェイトが局になんかされたら嫌だし。何より、俺にまで飛び火されちゃ適わん(これ重要)。

それからさらに数分なのはの我がままを聞き流し、


《私、諦めないからね!それじゃあまた明日!》


という言葉を最後に今日のなのはからのラブTELは終わりを告げた。てか、明日もTELする気満々かよ。


(ハァ…………どうしたもんかね~)


正直、なのはとフェイトを直に会わせてやりたいとは思う。


(ダチだもんなぁ)


フェイトのダチ公がなのはとヴィータと理だけのこの現状は、ぶっちゃけ俺は気に入らない。あのくらいの歳のガキはいっぱいダチを作って遊ぶべきだ。学校に通えば自然に出来るだろうけど、フェイトは生憎と学校へ入学していない。もちろん俺とプレシアはフェイトのみならずガキ全員の学校への入学も考えたが、現実問題(戸籍とか)を考えればそんな簡単にはいかない。管理局とか、そういう大きな組織だったらいくらでも誤魔化せるだろうけど、俺らはただの個人だ。無理だっつうの。


(あー、面倒臭ぇな。いっその事後先考えず、管理局とかガン無視して好きなようにするか?)


とは思うものの、結局は現状維持。だってなぁ、俺にメリットねーし。確かにガキにはガキらしくさせてやりてーけど、そのせいで俺に厄介事が舞い降りるのは勘弁。
ガキの充実した生活より、俺の為の平和な現実の方が優先だ。ガキより俺。


(やめやめ、何で俺がここまで頭悩ませにゃらんのよ。寝直そ)


さて、惰眠の続きでも貪ろ────────


「主~、ご飯ですよ~」


平和だね~。













昼飯を今度はテスタロッサ家で食い、その後ガキたちは午前とは逆に俺んちでゲームをしだした。
フェイトもライトもアリシアもヴィータも理もアレで中々仲が良い。まあ、だから、そんなガキ共を見てると学校なんて別に通わなくてもいいんじゃないかと思ってくる。ダチの数は少ないけど、少なくとも生涯の親友はすでに見つけてるのだから。勉強?いらんよ、そんなモン。勉強は学校のテストにだけ必要で、社会では二の次だ。

さて、そんなガキ共を尻目に大人組みはというと。
プレシアはマンションの一室を改造した研究室へと篭り、シグナムと夜天とアルフは三人で囲碁、ザフィーラは読書。

そして俺は……………


「もう今年も後一月ですね」

「だな」


マイゴッデス・リニスちゃんとデート中です!


「それにしても隼、別によかったんですよ?わざわざ荷物持ちなんてしてくれなくて、家で待っててくれれば」

「いやいや、そうはいかねーよ。うちの怪力騎士共やプレシアなら兎も角、リニスの細腕に重たい物を持たせるなんて俺にゃあ出来ねーな」


買い物の荷物持ちもデートも変わらねーよな?え、明確に違う?…………人の希望をぶち壊してんじゃねーよ。


「それに家に居てもどうせ最後はガキ共の相手させられて休めねぇからさ、それだったらリニスと歩く方が良い気分転換にならぁな」

「そう言って貰えると嬉しいです」


嬉しいのは俺の方だっつうの。何ですか、リニスちゃんのこの笑顔は?可愛いってもんじゃないですよ。理のあの毒々しい笑顔とは比べモンにならんな。
そんな彼女と横に並んで歩く俺を周囲はきっとカップルと思ってくれているだろう。てか、思え。どうだ、羨ましいだろう?てか、羨ましがれ。つうか、やっぱこの時期はホントカップル多いな。うざってぇ。

右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見てもカップルばっか。死ねばいいのに。


(なんだこれは?世界から俺への充てつけか?所詮お前はそうやって偽りの形をあたかも真実と思い込み自己満足させる事しか出来ないオナニー野郎だと?)


……………俺だって、俺だってな!ちゃんとした彼女は欲しいんだよ!クリスマスまで後24日だぞ!?また今年も一人なのか!?「毎年はクリスマスは家族と一緒に過ごすんだ」的な言い訳を今年もせにゃならんのか!?
何が……一体なにがいけないって言うんだ。確かに俺ァイケてるメンズじゃねーさ。だけどブサイクなメンズにカテゴライズされる程とも思えん。あ、ホラ、今すれ違ったカップルの男のほう!あんな男と比べたら絶対俺のほうがカッコイイだろ!なのに何であんな奴には彼女が居て俺には居ねーんだよ!


(夜天、シグナム、シャマル、アルフ、リニス………美人はすぐ傍に居んのにな~)


だがこの半年、何も進展はなかった。むしろ家族という立場がより確立してしまったように思う。唯一の希望はジェイルんとこの機械ちゃん達だが………あいつらってヤれんのか?


(や、やべぇよ、俺マジでこのまま一生童貞じゃねーのか!?おいおい、洒落になんねーよ!!………こうなったら、いっそ風俗に)

「隼、どうしたんですか?」


いよいよ持って俺の荒んだ精神が切羽詰って来た時、隣から癒しの波動を撒き散らすビューティボイスが聞こえた。


「あ、いや、ちょっとな」

「何か悩み事ですか?私で良ければ聞きますよ」

「いやさ、もう誰でもいいから一発─────」


って、待てい!俺は一体何を打ち明けようとしてんだよ!?あっぶね、リニスちゃんのあまりの聞き上手っぷりに正直にぶっちゃけちまう所だった。


「一発?」

「いや、ええと……」


待てよ?これはひょっとしていい機会じゃないか?……いや、一発出来る機会じゃなく、相談する機会よ?

今まで俺は一人で悩んでいた。自問自答の繰り返しをし、その答えが22歳童貞の現在だ。だから、ここで一つ人の意見を取り入れるべきでは?それも異性の意見を聞けば、何かしら光明が見えてくるのでは?そしてあわよくばリニスちゃんと一発出来るのでは?

よし、そうと決まれば童貞を捨てる為、ここで恥と外聞も捨てておこう。


「あのさ、リニスは何で俺がモテないと思う?」

「はい?」


や、やめて、その「いきなり天下の往来で何イッちゃってんの?」的な反応は!他の奴なら兎も角、リニスちゃんにそんな反応されるのは一番堪える!


「ええっと、隼、それ本気で言ってるんですか?………そうですか」


うわあ!だからその残念そうな顔すんのはやめてくれ!胃が痛ぇー!


「隼は自分がモテてない、つまり魅力がないと思ってるんですね?」

「だってそうじゃん?彼女居ねーし。仲良かった奴からも『隼はダチとしては最高だけど恋人としては無理だよね~』とか言われたことあるし」

「そうですか………」


リニスは空を仰ぎ「う~ん」と少しばかり考えると、そのまま姿勢で語りだした。


「私なりの意見になりますが、よろしいですか?」

「どぞ」

「では、コホン………隼はきっと正直すぎるんです」

「は?」


え、それって駄目なの?正直って美徳じゃね?


「人は正直の中に嘘を混ぜ、嘘の中に正直を混ぜて生きています。それは一見不誠実に見えますが、正しい行いなんです。例えば『優しい嘘を吐く』『醜い真実を隠す』、これは残酷かもしれませんが相手に安心を与え、ある種誠実な行いなんです」


ふむ、まあ一理ある。


「嘘と真、表と裏で人は成り立ち、そして人はその間にある真意を求め、その真意が『魅力』というものだと私は思います。表層ではこんな事を考えている、けど触れ合っていく内に本当はこんな考えを持っていた………そこに人は惹かれるんだと思います。『ギャップ』というのがその最たる一つではないでしょうか」


な、なるほど、確かにギャップというのはそれだけで刺激になるからな。…………ん?待てよ、その例えでいくなら俺は………


「隼は正直で裏表がない、なさ過ぎるんです。だから、第一印象とそれからの印象の落差があまりないんですよ。嘘も真実もないから真意もなく、そこに発生するはずの魅力もなくなってしまってます」


つ、つまり俺にはギャップ萌えがない!?


「隼から新しい隼が発見が出来ないんです。隼は最初から隼で、どんなに時間が経ち、どこまでいっても隼なんです」


人は他人と触れ合う度に、その人の事をもっと知りたくなるのが常。だが俺のこの性格はそんな欲求が入り込む余地なんてないんだろう。だって俺は最初から俺MAXだし。

な、なんてこったい。


「でも」


と、落ち込んでる俺にリニスちゃんから優しい笑みが向けられた。


「隼は十分魅力的ですよ」


いやいやいや、今あれだけ俺の事扱き下ろしといて何言ってんだ?慰めか?止してくれ、リニスちゃんにそんな事されちゃあ男として自殺もんだ。


「それが優しい嘘ってやつか?」

「そんな訳ないじゃないですか」

「はは、ありがとよ」


は~あ、なんか散々だな。大好きなリニスちゃんに「魅力ない」と太鼓判押された上に、その理由がどうやったって治せないものだったんだからな。こりゃいよいよ風俗を考えるべきか?あと7年数ヶ月で魔法使いになっちまうし………あ、もう魔法使いだった。つう事は次は大魔導師かな、アハハハハ。

そうやって俺は不貞腐れながらも諦めの気持ちを抱いていたら、ふと右腕が温かいものに包まれた。見ればすぐ近くにリニスちゃんの顔があり、その腕は俺の腕に絡まっていて……………


「嘘じゃないです。だって私やプレシアたちは隼の傍に離れたくないと思ってるんですから。隼はギャップがなくても魅力的ですよ」

「──────────」


………おい。

おいおいおいおいおいおいおいおぉぉぉぉぉい!ちょ、今リニスちゃん「離れたくない」って言ったよな!?「魅力的」って言ったよな!?ま、待て、落ち着け!焦るな俺!そ、そうだタバコを……………ぷは~~…………って落ち着けるかあああ!!こんなくぁわいい子に腕組まれた末「離れたくない」って言われたあかつきにゃあお前………や、やべぇ、ニヤケが止まんねー!

まあ、でもこのリニスちゃんの様子では愛の告白とかそんな感じじゃなく、ただ純粋にそう思っただけなんだろうよ。なにせリニスちゃんは半分獣だからな。使い魔はこういう勘違いしやすいストレートな言い方をすぐするんだよなぁ。特にアルフなんて平気で「好き」だの「あたしと番(つがい)にならないかい?」とか言ってくるし。

勘違いしてはいけない、調子に乗ってはいけない。

…………だが!


(だが、ここは勘違いして調子に乗るべき所だ!!)


少なくとも嫌われてはいない。ならここはいっちょ俺から愛の告白して、俺という男を意識して貰うべきでは?押しに弱そうなリニスちゃんなら、今すぐには無理かもしれんがいづれはカレカノな関係にはなれんじゃねーか?そして一発?


(でも、もし徹底的にフられたら……………)


嫌でも顔を毎日合わすのに、ここで嫌いとか言われたらかなり気まずくね?ならやっぱ下手に調子に乗るより変わらない平穏を………………ッ!?駄目だ、弱気になるな!俺はヘタレじゃない!チキンじゃない!

言え、言うんだ!お前は男だろう!ここで言わず何が漢か、何が鈴木隼か!

言うんだ、鈴木隼ァァァァァアアアア!!!


「あ、あのさ、リニ───────」

「おい、そこのキミ。ここは路上喫煙禁止だぞ」


…………………誰だ、人の一世一代の決心に横からチャチャ入れる大馬鹿野郎はああああああああ!

俺はこれでもかと言うくらい睨みを利かせながら声が聞こえた方に振り向いた…………と同時に、


「んげっ!?」


カエルが潰れた時に発する断末魔のような声が自分の口から発せられた。


「失敬だな。人の顔を見てそんな声を……………ん?なんだ、誰かと思えば鈴木か」

「な、なんでテメェがこんなとこに……」


はい、びっくり~。てか最悪~。

そこに居たのは昔何度か世話になった女性。どう世話になったかっつうと、まあ色々な。俺の日頃の言動とこの女の職業聞けば何となく想像はつくだろけど。そして言うまでもなく、会えないでいいなら一生会いたくない女だ。


「なに、こっちでちょっと仕事があってね。ボクが借り出されたんだ」

「刑事さんはご苦労なこって」


そっ、こいつ刑事さん。俺の嫌いなポリ公。
夜天のような綺麗な銀髪と可愛い顔は最高に良いのに、性格がヒャッハーな世紀末悪魔女。


「ところでそっちはまさか鈴木の彼女………あり得ないか。まるで釣り合ってないし」

「上等だクソデカ。名誉毀損で訴えるぞ」

「吠えるなよ、童貞(ガキ)」

「今何つったあ!?何て書いてガキっつったあああ!」


つうか、それ(童貞)から脱却する為の足がかりをこれから行うとこだったんだよ!良いトコで邪魔しくさりやがって!


「リニス行こうぜ。こいつに関わると碌な事がねぇかんよ」

「おいおい、待ちたまえ。過去、あれだけボクに迷惑をかけたキミがそれを言う?忘れたというなら思い出させてあげよう。…………あれはまだ鈴木が高校─────」

「へい、リっつぁん!今の時間から開いてる店知ってっからさ、久々に飲みに行こうじゃねーか。もち俺の奢りだから。なんならフィっつぁんも呼んじゃえよう!」


仮にもし今俺が一人の状態だったなら、このクソアマが天下の往来でナニを言おうが構やしねーよ?が、生憎と俺の隣りには今女神リニスちゃんがいらっしゃられる。そんなリニスちゃんの前で俺の黒歴史を語られちゃあ、好感度がマイナスをぶっちぎっちまう。
それだけは阻止しなければ!夜天に次いでシグナムと同率2位で彼女にしたい子なんだ!例えここでリニスちゃんとのデート(買い物)を打ち切ってでも、俺のヤンチャ時代を知られて幻滅されるのだけは阻止しなければ!


「なんだ、悪いな。別にそういう心算はなかったんだぞ?まあ、でもキミがそこまで言ってくれるならボクも吝かじゃない。あいつは確か今日は明けで休みだったな、よし呼び出そう。それとお店の方はボクのオススメの店を、既にキミに声掛ける前に予約してるから問題ない」


…………ンだあああああああ!ぬぅわあにが『そういう心算はなかったんだぞ?』『吝かじゃない』『問題ない』だ!元からタカる気MAXだっただろ!コイツ、やっぱ最初から俺だと分かって声かけやがったな!段取り良すぎなんだよ!
てか、なに!?そもそも何でテメェ出て来てんの!?ここ違うから!クロスオーバー先間違ってるから!テメェは入ってないんだよ!動物病院院長のマッキーならギリでOKだけど、マッキー&永ちゃんの銀髪姉妹はダメだから!せめて『番外編』と銘打った時だけ出て来いよ!なんで本編にシャシャリ出て来るわけ!?あんま俺にメタ発言させんなよ!

あーーーーーーー、もう色々意味分かンねエエエエエエエ!!!!














結局俺はあのクソデカにひっ捕らえられ、やつの妹のフィっつぁんと合流し、やつが薦める店へと行くことになっちまった。もちろんリニスちゃんを俺と悪魔デカの飲みに巻き込むわけにはいかないので、彼女とはそこでお別れ。

クソ、予定ならリニスちゃんに一世一代の告白をかまし、『買い物のようなデート』から『本物のデート』にしゃれ込むはずだったのに!そして今日は帰らない予定だったのに!
で、あるからして。
そんな悔しさを胸に俺は自棄飲み紛いに飲みまくった。飲まなきゃやってらんねーよ状態だ。
アルコールによるホロ酔いいい気分と、さらに絡み酒スキルでフィっつぁんを苛め倒す事でどうにか俺の荒んだ心は晴れ模様となった。

そんな飲み会が1時間2時間と過ぎ去り、2店目3店目と場所が移り変わり…………………気づけば何と夜の11時を周り、場所は巡りに巡っていつの間にか海鳴にまで来ていた。


「うぇ………気持ち悪ィ」


俺をここまで引っ張りまわした姉妹とは先ほど別れた。デカの方は明日も仕事だからもう帰るといい、妹の方は「眠たい」と目をシパシパさせながら帰っていった。


(俺の都合は無視しやがるクセに、テメェの都合はきっちり守りやがって!これだから自己中なポっと出ゲストキャラは嫌いなんだよ……………………う゛ッ)


ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ~~~~~。


「し、死ぬ………」


ここから家までどんくらいあんだ?てか、ここどこよ?あ~、ダリぃ。

ぐるぐると回る視界が鬱陶しく、歩くどころか立つのも億劫になった俺は道に脇に座り込んだ。通行人が鬱陶しそうな視線を送ってくるが、ンなもん知ったこっちゃねーし。


(もう無理。もう動けん。…………ザフィーラあたりに迎えに来させよう)


今の時間ならまだ起きてるだろう。きっとパタリロを読んでるはずだ。
そう当たりを付け俺はポケットから携帯を出し、アドレスから自宅の番号を呼び出す。その動作すら面倒臭かったが、こればかりは已む無し。念話という手もあったが、今のこの状態じゃあマトモに繋がるとは思えん。

携帯の呼び出し音を聞く事5秒、電話口に出たのは夜天だった。


「こんばんみ~」

《主!?今何処にいらっしゃるのですか!せめて連絡くらいして下さい》


あー、そういや忘れてたな。飲んでる時もブーブー鳴ってたけど無視してたし。


「ごめ~んちゃい。以後気をつけます、パタリロ陛下!」

《…………はぁ。主、また飲んでらっしゃいますね?》


あれ?よく分かったね、夜天。これぞ愛の力?


《今どこに居られるのですか?すぐに迎えに行きます》

「セック────じゃない、サンクス。ええと、今はね~」


辺りを見渡して何か住所的なものを探す。が、何も見当たらない。看板もないし、標識もない、目印になる物もない。何もない。人っ子一人いな~~い。

………………………………………はえ?


(人が消えてる?)


さっきまで地べたに座った俺を塵屑が如く見下していやがった通行人が綺麗さっぱり消えてる。それはおろか、目に映る範囲でのお店の中にも人がいない。心なしか周囲の景色もどことなく変だ。


「夜天夜天、どうやら俺は影時間に囚われちまったらしい。あ、でもまだ11時過ぎだし………………夜天?」


ふと気づけば、夜天からの反応がぷっつん途切れていた。てか、電話自体がお陀仏してしまったみたいに機能してない。どこのボタンを押しても無反応。

え、これマジで影時間?俺、ペルソナはティターニアがいいな~。


「……………て、何時までも酔いに任せて暴走してる場合じゃねーな」


一体全体なんだっつうの。なんだよ、この摩訶不思議な現象は?半年前ならいざ知らず、今は平和な世の中ですよ?だったら、ちゃんとした一般常識的な現実を見せろよな。それともまた『アレ』ってか?ハハ、まさかな。それだきゃあ勘弁だ。


(………てかこの空間、俺知ってる気がするんだよなぁ)


なんだっけかな?確かに知ってる気がするんだよ。…………あー、駄目だな。酒入ってるせいか全然思い出せん。

でも、どっかで───────────
















「鈴木、隼」














突然、本当に突然、俺のすぐ傍で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

声の感じから女、それも幼い感じの声。だが、どこか威厳も満ちている矛盾した声質。純粋な子供が背伸びして偉く見せようといる声にも聞こえるし、不遜な大人がふざけ半分で子供のような声を出しているようにも聞こえる声だった。
子供なのか大人なのか、俺は確かめるため振り返る…………なんて訳もなく、ただ呼ばれたから振り返るという気持ちで声のした方に目を向けた。
しかし、どちらにしても俺にはその声の主が、結局子供なのか大人なのかは分からなかった。

なぜなら、


「がッ!?!?」


俺が振り向くよりも早く、俺の側頭部にバットでぶん殴られたかのような衝撃が奔り、その衝撃のまま俺は地べたに転がされた。さらに起き上がる間もなく2度目3度目の衝撃が腕や腹に加えられ、さらにその衝撃は続き、6度目の衝撃が足に奔ってようやく終わりを迎えた。


(ご丁寧に頭と腹と四肢に一発ずつかよ……………)


こりゃやべぇな。
いきなり何でこんなになってんのかはさっぱりだが、この状態がやべぇって事は分かる。もともと酒のせいで満足に動けない体だった所にこれだけシコタマぶん殴られれば、いくら俺でも早々立てねーぞ。つうか、もうこのまま寝れるくらいだ。なんもかんも無視して寝ちまったら、絶対ェ気持ちいいだろうな~。

…………でも、まあそうも言ってられんよな?

今、俺が何で攻撃されたかは分からねぇ。何か俺に恨みがあったんかも知んねぇし、そんなモンはなく、ただ理由もなく殴ってきただけなのかも知んねぇ。けど、ただ一つだけ、


「じ、上等じゃねーか…………」


どこの誰だか知らねーが、こいつは間違いなくこの俺に喧嘩を売った。

それが何よりも最優先に考えなきゃならん事で、そして次に何よりも最優先でしなきゃならん事はこのクソッタレをぶっ殺す事。
今この空間はどうなってるかとか、このクソッタレは誰なのかとか、俺の体の状態だとか、そんな事ァどうでもいい。

やる事は唯一つ!


「ぶっ殺して、やるッ………!」

「………ほう」


この状態でまだ立とうとする俺に感嘆の声を上げる見知らぬクソッタレ。そんな態度が癪に障る。

見下してんじゃねーぞ!!!


「だが、それは賢くないぞ」


瞬間、これまでの中でいっとう馬鹿デカイ衝撃が後頭部を襲い、立ち上がろうとしていた俺はまたも地べたに抱擁。さらに今の一撃は俺の中の起き上がる最後の力すら持っていったようだ。


(あ~、こりゃガチでやべぇな)


根性や気合は人一倍あるつもりだが、今の一撃はそれでどうにか出来る範囲を大きく超えちまった。指一本動かねーし、もう声も出せねぇ。
ぶっ殺してやると宣言した傍からこれは流石に情けねーな。てか、ここまでコケにされたのは半年前のプレシア以来じゃねーか?……………半年前?

ああ、そうか。この空間って─────


「ようやく……ようやく鈴木隼を手に入れた!もう離さない!どこにも逃がさない!誰にもくれてやらん!ふはははははははははっ──────────愛しているぞ、我が主。全身全霊を持って愛している。だから主、主も我だけを愛せ」


頬に生暖かい吐息と"ぬちゃ"という粘液を帯びたものが這い回るような感触を感じながら、俺の意識はついにお休みしてしまった。

……………ただ、最後に一言いいか?


(これって影時間じゃなくて封鎖領域じゃん!!!)


どうやらまた会ったようだな。お久しぶり、『厄介事』。





[17080] Asのニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/05/09 22:02

目が覚めたら、そこは見知らぬ場所だった。…………そんな経験をした奴はこの世にどれほどいるだろうか?

きっと、あまりいないと思う。大抵の場合は、寝て起きた時、そこには自分が寝た場所の風景が目に映るだろう。目が覚めたら、そこはゴミ処理場の中だった、なんて事はまず有り得ない。てか、そんなある種バイオレンス的な臭いのする場所で目覚めたくない。
ただ、それでも中にはいる事だろう。寝て起きたら知らない場所だったという経験をした事のある奴が。
『知らない天井だ』というのはエヴァ好きな奴らにとってはあまりに有名なセリフだが、それに似たような体験をした奴だって現実にいても可笑しくない。それこそ、寝て起きたら病院だった、なんて嫌な経験をした事がある奴だって絶対いる筈だ。
かく言う俺も過去に経験した事がある。
俺の場合は病院ではなく、あれは公園のベンチの上だった。居酒屋で飲んでたら、いつの間にか公園のベンチの上で目を覚ましたのだ。これは説明するまでもないとは思うが、つまりグデググに酔っ払って記憶がカッ飛んだというオチ。

とまあ、このように『目覚めたら見知らぬ場所』という経験をする奴は少ないだろうし、逆に居ても決して可笑しくはないという事だ。可能性として充分有り得る事象だろう。

しかし。
だが、しかしだ。

そこで皆に聞きたい。特に『目が覚めたら見知らぬ場所だった』という体験をした奴に聞きたい。

記憶が無くなるほど飲んでもいなく、また身体のあちこちは痛いが病院に連れて来られたでもなく、さらに何故か起きたら上半身裸なうえ体中がベタベタし、ベッドの脇には女物のパンツが一つ落ちているこの状況を皆はどう見る?

…………………訳分かんねぇ。














Asのニ話~誘拐された?いいえ、逆支配です~












さて、参った。本当に訳が分からない。

俺は昨日、リっつぁんとフィっつぁんと3人で飲んでた。顔だけ見れば最高の二人なので、酒の相手としては充分に及第点。調子に乗っていつもより多く、またハイペースで飲んでいたが、経験から言ってそれは決して記憶が吹っ飛ぶ程じゃあなかった。
その証拠に今こうして覚えているし、二人と別れた後の出来事も鮮明に覚えている。
そして、二人と別れた後俺は喧嘩を売られたんだ。
どこのどいつだかは知らんし、どうでもいいが、確かに喧嘩を売られた。が、酒の入ってる身体に不意を突かれたとあっては流石に俺も儘ならず、結果は一方的にボコられ俺の意識は終了。…………負けたつもりはねーのであしからず。


「で、目覚めてみれば見知らぬ場所だった状態と」


訳が分からない。
俺はノされて歩道の真ん中で気絶したはずだ。そっから何でこんなどこぞの一室のベッドの上で寝てる状態になってるわけ?今までの経験を顧みて、普通喧嘩で気ィ失ったらその場所で目覚めるか、警察で目覚めるか、病院で目覚めるかだ。なのにここはそのどれでもなく、ただの家の一室といった所。殺風景ながら机や箪笥やベッドがあることから、人が生活しているのだろうという事しか分からない。


「マジで何で俺ここにいる訳?」


しかも何故か俺の今の服装は上半身がマッパ。そしてその上半身にベタベタというかヌチャヌチャとした液体が付着している。それはもうヘソや耳の中、脇から髪の毛の先までの付着率で不愉快な事この上ない。


「そして何よりコレだ」


ベッドの脇に落ちていたブツを指先で拾い上げた。
パンツだった。
女モンのパンツだった。
しかも、まだほんのり温かい。

きっと、普段の俺だったら被るまではしないにしても嗅ぐくらいはしてるだろう。そこにパンツがあるのだから。
けど、今回はそれを自重した。何故ならば、


「これが大人のパンツだったらなぁ」


そう、目の前にあるパンツはどう見たって子供サイズなのだ。デザインや作りも大人のより稚拙なので間違いない。なにせ毎日のように騎士共やテスタロッサ3姉妹のパンツを見ている俺が言うんだからな。


(見知らぬ場所で目覚めたら体中粘液だらけの男、そして部屋には一枚のパンツか…………………なんかミステリーっぽくね?)


…………………アホな思考はこの辺にしておこう。
つうか冷静に考えれば、普通にこれって事件じゃん。だってさ、昨日俺に喧嘩売った奴は十中八九魔導師だろ?結界張ってたし。そして気絶させられたって事は生かされたって事で、だったらこの見知らぬ場所にいる理由なんて一つしか思い浮かばない。


「俺、拉致られた?」


マジで?い、いや、管理局に捕まったって線も…………ないか。管理局はこの世界の警察と同じような機関らしいので、まさかそんなちゃんとした組織が警告もなしにいきなりぶん殴ってくるはずがない。
だとしたらこれはやっぱり誘拐であり、そして特上の厄介事だ。


(にしても、誘拐にしちゃあ温いな。拘束されてるわけでもねーし、治療までされてる)


まあ、監禁のやり方なんて俺が知るわけないが。でも、テレビとかで得た知識を今の自分に照らし合わせるとどうしても疑問が浮かぶ。
特に縛られてる訳でもないし、窓からは普通に外の景色が見える。部屋の中も暖房が効いていて、上半身裸でも全然寒さは感じない。ケツポケットには財布も入ったまま。携帯は流石に無くなっていたが、それは同じく無くなった上着のポケットに入れていたので、果たして携帯を狙って取られたと思っていいのかどうか。


「マジで訳分かんねーよ」


そしてこの体中にへばり付いた液体と落ちたパンツ。一体なにがどうなってこうなった?
いや、もうこの際もろもろは無視して、今はまずこの部屋を出よう。部屋には扉があるが、馬鹿正直にそこから出る事もあるめぇ。
つうわけで、俺は青空が覗く窓から外に脱出しようと窓枠に足を掛けた。
それと同時に背後から『ガチャ』と扉の開く音。


「ふん、やはりここにあったか。我とした事が迂闊であった」


入ってきたのは一人の少女。見た目、年の頃はフェイトくらいのパッと見可愛らしい少女だが、その口から出た言葉は歳不相応な不遜な口調。昨晩の喧嘩相手の声に似ているが、何分俺も酔っていたので正確なところは分からない。てか、こんなガキにやられたなんて考えなくない。

そんな少女はベッドの脇に落ちているパンツを拾い、両手で左右に広げた。そして片足を上げ、パンツに通すともう片足もパンツに通し、一気にくぃと腰まで上げた。
つまり、この少女は俺の目の前でパンツを履いたってわけだ。……………は?


「ああ、そうだ主。窓からは出ない方が身の為だぞ。我特製のトラップを仕掛けておいたからな」


そう言って踵を返し部屋から出ようとしていく少女………………。


「って、ちょっと待てええええええええええい!!!!」

「んっ!……ふぅ。いきなり大声を出してくれるな。びっくりして感じてしまったではないか」


何なのこのガキ!?何なのこのガキ!?初っ端から突っ込みどころ満載なセリフと行動ばっかしてんじゃねーよ!


「テメェは誰だ!ここは何処だ!なんで俺ァこんなトコにいんだ!何で俺がお前の主なんだ!そのパンツの意味は!俺をどうする気だ!」


混乱した頭が醒めるのを待たずに俺は矢継ぎ早に質問を投げかけた。
少女は立ち去ろうとしていた体を俺の方に向け、冷たい印象を抱かせる瞳で俺を真正面から見据えた。そして冷静な口調で俺の質問に丁寧に一つずつ答えていった。


「我は八神風嵐(仮)。ここは小烏の巣だ。主が気絶してる間に我が連れてきた。主は主だからだ。このパンツは汚れるのを防ぐため脱いでおいた。どうもこうも、主は我の男にする」


だから突っ込みどころ満載なんだよ!簡潔に答え過ぎてて逆によく分かんねーよ!

俺は一度大きく深呼吸すると気を落ち着くかせる。
スー、ハー、スー、ハー……………って、なぜか目の前のガキも俺に合わせて深呼吸し始めたんですけど?いや、深呼吸ってかありゃあ単純に空気を物凄い勢いで吸い込んでる感じだ。まるで俺の吐いた酸素を全て自分の肺に取り込むが如くのバキュームだ。
まあいい。取りあえず落ち着けたのでガキの奇行を無視して改めて問う。そんな事はせず、このガキを張っ倒してさっさとズラかろうという考えも頭に浮かんだが却下。今のところ興味心の方が強いのだ。


「もう一度聞く。お前は誰だ?」

「我は八神風嵐(仮)」

「それはさっき聞いた。もっと詳しくだ」

「良かろう。我は小烏、魔導師・八神はやてのコピーにして夜天の写本の断章の最後の一人だ」


意外にもガキはアッサリと俺の質問に答え、自分の素性を明かした。てっきり隠してくるかと思っていた俺はちょっと拍子抜けした気分だ。


「つうか断章!?ちょっと待て、俺はお前の頁を本に追加した覚えはねーぞ」

「うむ、その認識で合っておるぞ。今の我の頁が入っているのはオリジナルの書だ。忌々しい我の創造主の手によって、奴の希望を押し付けられる形で我は小烏の元に身を寄せる羽目になった。…………我は主の傍に居たかったのに」


最後だけ少し寂しそうな顔を見せ、歯噛みをしたガキ。また俺も歯噛みというか苦虫を噛み潰したような顔になった。


(またあの変態男の企みか!俺のファーストキスを奪っただけでなく、新しい厄介事の種まで置き土産にするたぁどこまでもムカツク奴だ!)


いづれ絶対ェ殺してやる!俺の唇は高ェんだぞ!!


「お前の事は分かった。ついでに小烏って奴の事も大体分かった。そいつはオリジナルの夜天の書の主だな?」

「ほう、流石は我の主。聡明だな」


そりゃここまで言われりゃ誰だって分かんだろ。コイツのコピー元となった八神はやて、俺と同じく夜天の主…………まさか同じ地球にいるなんてなぁ。びっくりだ。しかもこのコピー体を見るにその八神はやてって奴はガキだろう。
この世界って管理外世界ってやつで、魔導師は殆どいないんじゃなかったっけ?なのはと言い、まだ見ぬ八神はやてと言い、普通に魔導師いんじゃん。管理局は一度全世界を調べ直したほうがいいんじゃね?

まあ、どうでもいいけど。


「その八神はやてがオリジナルの夜天の主だろうと、お前がそのコピー体だろうとどうでもいい」

「自分から聞いておいて『どうでもいい』ときたか…………流石は我の主だ」


満足そうに一度頷いた後、その体をぶるっと震わせた。若干顔が赤いのは気のせいか?


「次が重要だ。何で俺をここに連れてきた?俺をどうする気だ?お前は何を考えている?」


自分の身が一番大事なのは今更語るまでも無い。厄介事の臭いはぷんぷんするが、今ならまだ大丈夫。臭いを嗅ぐだけなら兎も角、身を浸したら終わりなのだ。
だから、理由を聞いてそれが俺の身に不幸しか訪れそうにないなら、このガキを殴り倒してでも脱出する!

果たして…………。


「主をここに連れてきた理由は主と共に居たいから。主をどうするかは先にも言った通り、我の男にする。その為に我の考えてる事は掃滅………オリジナル騎士、コピー騎士、テスタロッサ、主に関わった女、目障りな女を尽く闇に屠る」

「さよなら」


元から期待はしてなかったさ。聞かなくても絶対厄介事に身を浸す事になるだろうってよ。
俺は再度窓へと歩み寄って今度こそ脱出を試みた。と、それを阻止すべく後ろからガキが声を上げながら俺の腕に掴み掛かって来た。


「待て!我の元から離れる事は許さん!!」

「黙れ、知った事か。離さねぇとぶん殴────────」


振り返ってガキの顔を見た瞬間、俺は最後まで言葉が紡げず、窓に足を掛けた状態で体は硬直した。
それはガキの顔が高圧的で命令口調な言葉とは裏腹に、今にも泣き出しそうだったからだ。


「………ハァ、泣くなよ」

「泣いてない!王は泣かん!」

「ほら、いい子いい子」


俺はガキの頭に手を置き、乱暴に撫でてやった。

どうも最近ガキの涙に弱くなってきてる俺。これも全てアリシアのせいだぞ。あいつの泣き顔は有無を言わさず何でも許したくなる効力を持ってるからな。そのお陰で今じゃ条件反射でこの有様だ。
まったく、俺も大人になったモンだ。


「………濡れた」


確かにお前の瞳は濡れてるよ。足をモジモジさせてる理由は不明だが。

俺は大きく溜息を着くと、粘液が乾いてカピカピとなった髪を掻き上げながらベッドに座った。


「なんで断章のガキはこんなに変わり者しか生まれないんだ」


理然り、ライト然り。個性的なんてモンじゃねーよ。

俺は項垂れながらもう一度大きく溜息を吐いた。と、そこで『ぐじゅ』と鼻を啜る音が聞こえた後、ガキが鼻声で話し出した。


「我を他の騎士と一緒にするな。我は主を愛しているのだから」


一緒じゃん。夜天とかからも時々『愛しています』とか言われるし。まあ、勿論、異性としての言葉じゃないのは明白だが。
そんな俺の心中を察したのか、ガキは一度フンと鼻を鳴らすと確固たる決意の眼差しでこう言ってきた。


「勘違いするな。我の言う愛は騎士が主に対して持つ『敬愛』ではない。家族が持つ『家族愛』でもない。我の主への愛は女が男に抱くモノだ」

「………は?」

「我は主に抱かれ、愛されたい。主の生涯のパートナーとなり、主が死ぬ時は我も一緒に死にたい。もしかしたらこれはそういう感情を持たせるよう設定されているプログラムなのかも知れん。が、そんな事知った事ではない。────────我は主が大好きなのだ」

「え、あ、あぅ………」


ガキの言葉一つに狼狽するのは大人として情けないが、それでもこれはしょうがねーだろ?なにせ俺は異性から初めて『告白』されたんだ。
ガキとは言え向けてくる顔はどこをどうとっても『女の顔』をしており、俺は素で顔が赤くなっていくのを自覚した。


「で、でもな、お前は子供だしよ、そのぅ、色々と問題があるわけで………」

「それだったら心配いらん。我はシグナムたちとは違い、人間のコピーだ。八神はやての身体情報を魔力から読み取ったコピー、つまり『成長するオリジナル』のコピーなのだ。小烏が成長し、その時の魔力を再度読み込めば我も成長する、アップグレードするという事だ」

「え、マジ?」

「主に嘘は吐かん。同類の騎士やオリジナルの小烏に嘘は吐けるし、神でも平気で欺いてやるが、主に対してだけは我は絶対に偽らん。主だけには全ての我を曝け出す」


ああ、だから最初から俺の質問にも超素直に答えてくれてた訳ね。それにしてもコイツが言った事がホントなら…………てかホントなんだろうけど、ちょっとヤバくね?
だってよ、成長したオリジナルの身体情報を再度コピれば同じ体形になるってことだろ?という事は逆説、身体情報をコピらなければずっとそのままなのだ。つまり、例えば20歳の肉体でアップグレードするのを止めたらずっと20歳って訳で…………俺が30になっても40になっても50になっても20歳………素晴らしくね?しかも、アップグレード出来るって事はダウングレードも出来るんじゃね?10歳にも20歳にも30歳にもなれる女、しかもその女は俺を男として見てくれてる訳で…………。


(…………つまり、毎晩色んな年齢の肉体をヤり放題?)


ッ!?待て待て待て!早まった考えは止すんだ俺!
いくら将来的にいい事が待っていようと、今はまだガキなんだ。さらにあのアルハザードの店主が一枚噛んだ厄介事が待ち受けてんだぞ。
それに自分で前に言ってただろう!『昔から知ってるガキと将来そういう仲になるのは萎える』ってよ。なら今から付き合えばって考えを持つ奴がいるだとうが、生憎と俺がロリコンじゃねーんだ。


(ああ、クソったれ!考えが纏まんねえええ!!)


頭が混乱して、俺は結局どうしたいのかが分からん。すぐさまこの場から去るのが適当な筈なのに、俺に来るメリットや周りに及ぶデメリットを考えちまう。


「クソ!おい、フラン」


俺はここで初めてガキの名を呼んだ。それに対し、ガキは少し不快な色を示した。


「風嵐ではない。風嵐(仮)だ」

「あん?なんだよ、その(仮)って」

「名がないのは不便だからと小烏が風嵐と名付けたが、我の名を決めていいのは主だけだ」


だから(仮)?ある意味、律儀なこった。

俺は考えが纏まらないのをいい事に、この話題をもう少し続ける。
現実逃避とも言うが。


「いいじゃんか、『フラン』って響き。なんて書くんだ?」

「風に嵐と書いて風嵐。小烏曰く、自分の名前に関連性を持たせてるようだが、我には分からん。元よりどうでもいい」


関連性?…………確か八神はやてだったっけ?はやては漢字にすると『疾風』か?『疾風』『フラン』……………おおっ!


「なるほど、いいセンスだ」

「む、分かったのか?」


合ってるかどうかは分からんが。

『疾風』……第二次世界大戦で活躍した戦闘機に同じ名前を冠する有名な機体があった。そして、その『疾風』のもう一つの名前が『フランク』。それを女の子らしい名前にし、かつ日本人らしく漢字を充てて『風嵐』という事なんだろう。
俺とは違い、中々巧い名前の付け方だ。
ちなみに『疾風』の前に造られた謂わば兄弟機に『隼』という戦闘機もあるが、生憎と俺の名前の由来はそれじゃない。乗り物という点だけ見れば違いはないがな。


「いい名前だと思うぜ?少なくとも俺は嫌いじゃない」

「…………うむ、何だか我もこの名が急に愛おしくなった。今この時を持って(仮)を取る事としよう。小烏もたまには良い働きをする」


そう言って風嵐は淡い微笑みを浮かべた。そして、その表情のままこう言った。


「まあ、その小烏の命は後一月もないがな。奴の料理は惜しいが、これもまた運命」

「は?」


おい、今なんつった?それってつまり死ぬって事か?確かにコイツ、さっき「尽く闇に屠る」とか何とか言ってたけど、あれってマジなわけ?俺もよく『殺す』とか言うけどよ、勿論そんな度胸は無い。………けど、コイツはプログラムだからなぁ、やっぱマジか?


「お前な、その八神はやてはお前のオリジナルなんだろ?それを殺すってのはやっぱ感心しねぇな。てか、普通に止めろ。馬鹿か」

「ふん、親はおろか親類もおらん小娘一人死んだ所で誰も悲しまん。騎士共は囀るだろうが知ったことではない」


理とヴィータなら兎も角、八神はやてってガキは少なくとも悪い奴じゃねーだろ。なにせ、風嵐というこんな訳の分からんガキを一緒に住まわせた上、名前まで付けてやってんだから。さらに夜天の書の主って事は騎士たちも迎え入れてんだろ?
はやてってガキの詳しい歳は知らんが、それでも生半可に出来る事じゃない。フェイトやなのは並みに優しい奴だと予想出来る。それとも肉親が居ないから、そうなったのか。


「それにな、そもそも主は勘違いしておるぞ。小烏は死ぬがそれは我の手によってではない。夜天の書によってだ」


はい?どういうこった。


「面倒な説明は省くが、今の夜天の書には蒐集能力に強制力が働いておる。全777頁を埋める為、主の命を脅しに掛かるのだ。現に小烏はすでに下半身が麻痺し、車椅子生活を余儀なくされておるぞ」

「マジで?え、ちょっと待て。じゃあ俺の持ってる書もいずれはそうなる訳?勘弁なんだけど」


他人の心配より自分の心配、それが俺クオリティ。
が、それは杞憂に終わった。


「それはない。主の持つ書はまだ辛うじて正常時だった頃の夜天の書をコピーした物。今の夜天の書は過去の持ち主が改悪に改悪を重ねた結果出来上がった汚物。今では綺麗な夜天ではなく、ただの漆黒の闇を広げるのみ。………闇の書へと成り下がった」

「その事を八神はやては知ってんのか?」

「いや、知らん。無知のまま闇の書の主になり、騎士共と家族ごっこを続けて楽しんでいる。そして騎士共もそれを良しとし、小烏の命が尽きる前に今必死になって魔力を集め回っておるわ。小烏に悟られぬよう秘密裏にな。まあ、今のペースでいけば到底間に合わんだろう」

「………………………」


ンだよ、そりゃ。ちょっと待てよ、そりゃマジなのか?………マジなんだろうな。今更風嵐が嘘を吐くとは思えんし。

あ~あ、こりゃちょっとヤベェな。何がヤベェって、ここに来て考えが纏まっちまったって事が。しかも、どう転んでも『厄介事こんにちわ』になる可能性大だ。でも無理、完璧スイッチ入っちまった。


「気に入らねぇな」


ポツリと呟いた俺の言葉に風嵐が怪訝な顔を見せる。そして、俺の眉間に皺の寄った顔を見てさらに訝しんだ様子。


「おい、風嵐」

「な、なんだ?」


急に調子の変わった俺に名前を呼ばれ、若干戸惑い気味の風嵐。それを無視して続ける。


「今、八神はやてと騎士共は家に居んのか?」

「い、いや、我以外は魔力蒐集の為外出しているが…………」


そうか。だったら今の内にシャワーでも浴びて、この訳の分からん液体を洗い流しておくか。それと、少しだけ頭も冷やしておこう。
きっと今のまま騎士の誰かに会ったら、問答無用で一発殴っちまうだろう。障害者である八神はやてに対しても、下手したら手が出ちまうかも知んねぇ。

俺、久々にキてますよ?


「な、何を怒っているんだ?」

「…………………」

「反応なしか。だが、主のそんな顔も─────っ、ふぅ…………結局パンツが汚れてしまったではないか」


もう風嵐の目的とか願望とか知ったこっちゃねー。拉致られた今の俺の立場すらどうでもいい。昨晩から連絡してない夜天たちの事も今は無視。
俺は決めた。
だってよ、気に入らねぇなら、もういつものようにとことん突っ走るしかねぇじゃん?

俺ァいつでもどこでも誰に対しても正直に生きてるんでね。


「誰に対して怒ってるか知らんが、なんだ、説教でもしてやるのか?」


ンなモンしねーよ。SEKKYO────もとい説教はもうしないって決めてんでな。


「言っとくがな風嵐、俺は誰の思い通りにもなる心算はねぇ。テメェが俺をどうしたいとか、どういう目的があるとか、そんなもん知ったこっちゃねーんだよ」


あれだけ質問し、説明させておいてなんだが、俺はその全てを無視する。
今までのやり取り?忘れろ。
風嵐の気持ち?ガン無視。

俺はキッと風嵐を睨み付けると、高みから見下すように宣言する。


「俺は俺のやりたいようにやる。テメェは口も感情も挟まず、黙って見とけや。出ないと縛り上げるぞ」


俺がそう言うと、突然風嵐は大きくくの字に体を折り曲げ荒い息を吐き始めた。
素でちょっと引くんだけど。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………なんという事だッ。王でありながら服従される事に悦びを感じるとは!流石は我が主だ、我の新しい扉を開くとは!子宮が疼いてしょうがない!!」


……………もしかして、こいつって巷で言う『変態』という分野にカテゴライズされる奴なのではないだろうか?
ちょっとどころじゃなく、ドン引きなんだけど。


「良かろう、我も今は主に全て従おう」


今は、ね。
はっ!お前のターンなんてもう一生来ねーよ。俺が俺である限りな。


「しかし、どうしてくれるんだ主?主のせいで我の秘なる所が大洪水ではないか。俗語でいう所のm───────」

「言わせねーよ!?テメェはマジでもう口閉じろ!!」

「無理を言ってくれる。今の私の体に付いている口という口は全てフルオープンの駄々漏れ状態だ」

「頼むからマジでホントに喋るな!!」


ここチラシ裏だから!XXX板じゃないから!!

たまにはシリアス調で終わらさせろよ!!





[17080] Asのサン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:019530f8
Date: 2011/05/16 21:02

冬場だというのに俺は冷たい水をその身にこれでもかと浴びていた。
頭上から降ってきた水は俺の項垂れた頭の上へと落ち、そこから身体を伝い、或いは髪の毛の先から滴り落ち、汚れと一緒に足元へと流れていく。
足元を流れる水が排水溝へと吸い込まれる様を見ながら、手元にある蛇口を捻って冷水を出していたシャワーを止めた。
毛先や顎先からポタポタと落ちる雫を目で追いながら、一度大きく溜息を吐く。


(なんで、俺ってばいつも猪突猛進なのかね………)


身体のベタつきと一緒に頭に上っていた血も下へと落ちたのか、事ここに至って漸く後悔の念が沸々と込み上げてきた。
どうしてもっと考えて物事を進めようとしないのか。
気に入らないのはいいが、だからってそれを一々気にする必要はあるのか。
厄介事は勘弁なのに、何故いつも自分から飛び込んで行くのか。
俺は偽善者ぶりたいのだろうか。英雄願望でもあったのだろうか。ドMなのだろうか。


(俺、なんか変わったなぁ)


昔の俺だったら、厄介事の臭いがすれば即サヨナラバイバイしてた。相手の都合や思いが気に入らないからと言っても、それが俺に対して害がなければガン無視してた。「気に入らねぇ奴。いっそ死ねば?」、そう言って欠片も関わらず踵を返す、冷めた反応しかしていなかった。
なのに今回はコレだよ。今回もコレだよ。
確かに風嵐から聞いた八神はやてや騎士の行いにちょっと気に入らない所があったが、それは俺に害が及んでくるようなモンじゃないんだ。なのに俺は今から八神はやてと騎士共に対して、この『気に入らない』という気持ちを無視せず、晴らそうとしている。


(いつから俺は博愛の精神に目覚めたんかねぇ?)


一応自問という行為をしてはみたが、そんな事せずとも答えはハッキリと出ていた。
夜天の主になった瞬間から今日までの時間が、俺を見事なまでに再構成させやがったんだ。まあ、そりゃあれだけの体験をすりゃ当然と言やぁ当然か。


「…………それでも俺は俺だ。変わんねーもんも確かにある」


その証拠にこれから行おうとする事は、相手の想いなど無視して自分の想いや考えだけを貫き、押し付ける自分勝手な行為だからだ。
黙れと脅し、知ったこっちゃねーと吐き捨て、言う通りにしてればいいと強制する。
俺が気に入らないから。俺がムカつくから。
説教はしない。説得はしない。懇願はしない。
ただ成させる。


「ははっ、俺ァ碌な死に方しねーだろうな。地獄行き確定か?」


けど、そんな先の事はどうでもいい。やりたいようにやれる今こそが、俺にとっては一等大事なんでね。


「安心せよ、主一人逝かせる心算はない。我も一緒だ。ついでに閻魔を滅し、共に地獄の頂点で夫婦生活を続けよう」

「続けねーよ。てか、そもそも現世でお前とそんな生活を始める気がねーよ。そして、何をさも当然のように風呂場に入って来てんだよ。出ろよ」


いつの間にか風嵐が風呂場へと乱入していた。


「主は無理な要望が多いな。主が風呂場に居るというのに、どうやって部屋で待つ事が出来る?風呂場から聞こえるシャワーの音と脳裏に浮かび上がる主の裸体を妄想し、どうやって大人しくしていられよう?我には無理だ!だから一緒に浴びる!!」

「力強く断言すんなよ」


別に一緒に風呂入るくらいは構わねーけどさ。テスタロッサ姉妹とはいつも入ってるし。
そういや、最近はフェイトが一丁前にも恥ずかしがり始めて来たんだよなぁ。変わらず一緒に風呂には入ってくれるが、それでもここ最近は3日にいっぺんくらいの頻度だったし、入浴中はずっと胸元までバスタオルを巻くようになった。
なんだかなぁ、隼さんはちょっと寂しいぞ?まあ、それが成長ってやつなんだろうな。
対してアリシアとライトはまだまだ無垢で可愛い(勿論フェイトも可愛いが)。二人とはほぼ毎日一緒に入ってたし、勿論入浴中もマッパで暴れまわっている。ただ流石に「コレ取れる?」「何かついてるぞ?汚いから捥ごー!」と言われ、俺の愚息を引き千切らんばかりの力で掴まれ、振り回された時は、二人が無垢だろうと無知だろうと関係なく、俺は涙を流しながら全力で怒ったけど。


「ふむ、やはり妄想で我慢せず、一緒に入って良かった。漸く主の全てを眼に焼き付けれた。どれ、礼代わりに背中を流してやろう」

「そりゃ有り難い。が風嵐、人と会話する時は相手の目を見ながら話すのが礼儀だぜ?」

「そうは言うても主よ、我と主は身長差が大きい。ずっと見上げるのは首が疲れるのだ。だから、目線を少し下げ、主の目を見る代わりに他のモノを見ながら話しておる次第よ。『相手の一部を見ながら話す』という点だけ考えるなら、これも正解であろう。だから、我は主の目の代わりに、主のチ───────」


風嵐が最後まで言い切る前に、俺は片手でコイツの頬を『むにゅ』と挟むように掴んだ。それでも尚、こいつ言葉を続けようとしているが、そんなひょっとこ口では「うにゅうにゅ」としか聞き取れない。てか、聞き取らん。


「いいか?次、おませを通り越したガキらしからぬ発言をしようもんなら、その口縫い付けてやっからな。分かったか?」

「うにゅ」


風嵐が頷くのを見て、俺は手を離した。


「つまり主は縫合プレイがお望みか」

「お前は人の話を聞いてましたかああああああああ!?」


どんなプレイだよ聞いたことねーよ!駄目だこいつ、早く何とかしないと!!


「はぁ……この好き物王様が。お前、将来、職業・風俗嬢とかにマジでなってそう。そりゃ誰と寝ようが構やしねぇ、けど誰とでも寝るような奴にはなんなよ?」


そう言いながら、冷えてきた体を温めようとシャワーの蛇口に手を伸ばそうとした時、横からその手を引っ手繰られた。その先には怒りと悲しみが同居したような顔をしている風嵐がいた。


「………誤解するでない」

「あん?」

「言ったであろう。我が愛しているのは主だけだ、我が全てを曝け出そうと思えるのは主だけだ。もし仮に我の裸体を主以外の男に見られたならば、その男含め親族尽くを根絶やしにしてやる。………主以外の男に見られたら、触れられたらと考えるだけで怖気が奔る!」

「ええっと…………」

「だから、どうか主よ…………そんな悲しいこと言わないでくれ。本当に、我は魂の底から主だけを愛おしく思っておるのだ。『誰でも』?『誰とでも』?………有り得ない!」


あー…………これってやっぱり俺が悪いよね?ふざけ半分で『風俗嬢~』って言ったんだけどなぁ………まさか、こんなマジで返されるとは思わなかった。
あれ?今、俺って男としてかなり最低ラインギリギリに場所に居ね?………え、余裕でアウト?流石にこれは無い?ですよね~。

……………マジでいっぺん死んだ方がいいかも知んねぇな、俺。駄目だこいつ、早くなんとかしないとってのは俺の方じゃん。いくら俺が自分本位っつっても、こうも真っ直ぐに感情見せられて無碍にするほど落ち潰れちゃいねぇ。


「悪かった、風嵐。今のはかなり俺が馬鹿だった。すまん」

「………いや、我の方こそ少々熱くなりすぎた。許せ」


しっかし、相手がガキとはいえ『愛してる』なんて言われるのは照れる以前にどうも居心地が悪い。

ハァ………。俺たちは全裸で一体何喋ってんだろうね。なんだかな~。


「で、お前は一体何をしようとしている?」

「うん?だから、礼代わりに背中を洗ってやろうと」

「…………ソレ、背中じゃないからな?どう見ても背中じゃないから」


お前、やっぱもう出てけ。
















Asのサン話~脳味噌、常に震わせて、荒々と運命に背く~














さて、そんな感じで滞りなく入浴タイムが終わり、風呂場から出た俺と風嵐は居間で八神はやて他騎士たちの帰りを待つことになった。ただジッと待っているのは当然暇なので、タバコ買いに行ったり、風嵐の許可を得て冷蔵庫を漁って昼飯を作ったり、勝手にPCを起動させてネットをしたりして時間を潰した。
また、その間に俺の立場も風嵐に聞いておいた。

曰く、俺は昨夜風嵐の魔力蒐集の対象となりリンカーコアを抉られた。が、俺は気絶する事も無く風嵐の後を追い、居場所を突き止めた。それが分かった風嵐は已む無く俺を監禁した───────と、それが騎士たちに対して風嵐がした言い訳という。
また、魔導師云々を知らない八神はやてに対しては、昨夜コンビニ行こうとしたら途中で悪漢に絡まれてしまった。その時、身を挺して俺が風嵐を助けた。しかし、俺もボコボコにされて気絶してしまったので、手当ての為連れて帰った、と言い訳したらしい。

つまり要約すると、騎士たちにとって俺は厄介な管理局員で、八神はやてにとっては家族を助けてくれた正義のヒーローという立場らしい。

なんともややこしい設定を付けてくれたもんだ。別に騎士たちには俺が写本の夜天の主とバラしてもいいんじゃないかと思ったが、そうすると騎士がどのような行動に出るか不確定だったのでこうしたとの事。聞けば風嵐も騎士たちには『写本の断章』ではなく『新しく生まれた夜天の騎士』という立場を取ってるらしい。
まあ、風嵐の事はどうでもいいし、これで俺の立場もよく分かった。どう考えても騎士たちからはバッドな反応しか返って来ねーだろうな。
騎士……夜天、シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータのオリジナル。俺の仮家族共の元となったプログラム。
まさか会う事になるなんてと今更ながら驚きだ。どんだけ同じなんだろうな?


(まっ、そうは言ってもやっぱ結構違うんだろうな。俺が俺であるように、オリジナルはオリジナル、コピーはコピーだろうし)


少なくとも内面は全く違うと断言できる。だから、俺が見るべきところは外面、つまり肉体だ。特にオリジナルの夜天とシグナムとシャマルのお体をコピーのそれとちゃんと比較してみないと。


(やべ、興奮してきた!!)


俺が期待に胸を膨らせ待つこと数時間。あっという間に時は流れ────────。


「ただいま~」


ついに運命の時が訪れた。


「風嵐、ええ子にしとったか~」


すでに太陽は沈みだし、空が赤から黒へと変色していこうという時刻。
居間で風嵐とソファに座っている俺の耳に扉の開く音、次いで帰宅の挨拶が聞こえ、廊下の歩く音が聞こえてきた。
聞こえた声は俺の初めて聞く声で、つまりそれが八神はやての声なんだろうけど、八神はやては車椅子な筈だから、この足音は騎士も一緒の帰宅という事だろう。

果たして…………。


「ただい………ま?」


扉を開けて居間に入ってきた車椅子のガキ………八神はやてが呆けたような顔をし、その場で停止した。その後ろから『どうしたんだ?』という顔で夜天以外のオリジナル騎士共が入ってき、これまた同じように呆けた顔になった。ただ、こちらはすぐさま警戒するような顔つきを見せた。
対して、俺は努めて明るく返事をした。


「よう、お帰り。邪魔してんぞ。てか、さっさと中入れよ、暖房効かしてんだから」

「へ?あ、はい」


車椅子を操作し、言われた通りに中に入ってくる八神はやて。それに続く形で騎士共も入室してくるが、こちらは今にも斬りかかって来んばかりの形相だ。多分、俺の横に同じ騎士である風嵐がいなかったらマジで斬りかかって来てんだろうよ。
しかし、なんか新鮮だね、シグナムとシャマルとザフィーラにそんな顔されるのは。ヴィータのその顔は今更だが。

そんな騎士達に気付かない八神はやては、座っている俺の前へとやって来た。そして、驚いた顔を引っ込めて柔らかい笑みを浮かべた。


「昨晩は風嵐が世話になったようで、ホンマありがとうございます。怪我は大丈夫ですか?」


この言葉で俺は八神はやての優しさが改めて分かった。
いくら家族を助けて貰ったからと言って(嘘なんだけど)、見ず知らずの男を家に泊め、さらに我が物顔で居間で寛ぎ茶をシバいている俺に向けて、こんなお礼と心配の言葉を掛けてくれるとは。
お兄さんは感動で咽び泣いちゃいますよ?

────────とまあ、そんな事を頭の端っこで考えてはいるものの、ぶっちゃけどうでもよかったりする。

八神はやてに注目すべき所はもっと別にあるのだから!


「関西弁……だと……!?」

「はい?」


これは予想外だ!まさかここに来てとうとうソレを出しちゃいますか!
方言。
ああ、方言。
反則だろ。それは反則だろ!その『ホンマありがとうございます』って言葉のアクセントの置き所!生で初めて聞いたけど、これマジやばいって!まさかここまで威力があるとは!

確かに俺はロリコンじゃあないが、しかしそんなガキとか関係なく……………普通に萌えるッッ!!!


「あ、あの、どないしたんです?」

(ぐはっ!?)


アニメや漫画、AVで良く聞く偽りの方言じゃなく、今まさに現実にキタコレ!!やばい、八神はやてがその辺のガキの100割増しで可愛く見える!!

隣でシューコー言いながら暗黒のフォースを放っている風嵐が気にならない程、俺は八神はやての言葉に身悶えていた。


「お前が八神はやてか?俺は鈴木隼、お前の言葉に心奪われた男だ!よもやこんな所でマジックワードの使い手に会えようとは。乙女座じゃあないが、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない!」

「ええと……見かけによらず鈴木さんアニメ好きなんですか?」

「名前で呼べ。敬語もいらん。ただはやては関西弁で喋ってればいい」

「は、はあ………」


はやてのみならず、この場にいる俺以外の全員が呆気に取られる中、俺のテンションは急上昇中だった。


(数分前の俺よ、お前は間違っているぞ!)


俺は数分前まで確固たる意思を持って八神はやての事が────気に入らなかった。ムカついていた。その理由は………あれ?なんだったっけ?関西弁の衝撃で忘れちまったじゃん。確か『無知だからって云々』『テメェのケツくらいテメェで拭け云々』とか、そんなよく分からない怒りを抱いていたと思う。
が、もうどうでも良くなった。

──────俺は関西弁を喋る八神はやてが気に入った!!!


「………ゴホン。悪ぃな、ちょい取り乱しちまった。後ろの人らは家族か?」

「あ、うん。ええとな、そっちにおるのがシグナム言うて──────」


はやての家族紹介を聞き流しながら、その時間を冷静さを取り戻す時間に充てる俺。

しかし、いやぁ、まさかはやてに瞬殺されるとは思ってもなかったぜ。あれほど期待してたオリジナルシグナム達の身体つきもそっちのけで暴走しちまったからな。まさか俺が美人のお胸様やお尻様を注視するのを忘れるとは思わなかった。
つう訳で、今更ながらオリジナル騎士共ガン見!…………………結構なお手前ですハイ。シグナムもシャマルも変わりなく素晴らしいの一言だ。ザフィーラとヴィータも相変わらずどうでもいい存在だ。そして夜天は………………あれ?夜天がいない?

軽く目だけ辺りを見回しても、夜天らしき人物は影も形も見当たらない。俺はまだ帰って来てないだけだろうと思ったんだが、そこで丁度八神はやてからの家族紹介が終わり、それに夜天の名が出なかった事を怪訝に思った。
勿論、俺ははやてに「夜天は?」と聞こうとしたが、そこでふと自分の立場を思い出し、はやてにではなく風嵐に念話で聞く事にした。


《おい風嵐、夜天はどこにいんだ?》

《夜天?………ああ、官制人格の事か。あれはまだ目覚めていない》


な~んだ、残念。どうせならオリジナルの夜天からも警戒心に満ちた目で睨まれてみたかったのに。
まあいい。夜天がいないとなると、つまりここにいる奴らで八神家全員という事か。
だったら舞台は整ったという事だ。
興奮も冷めたし、ここで一端方言とかナイスバディへと向かう思考を止めようか。


「はやて、喋ってるとこ悪ぃけど、一つだけ俺言いたい事があんだよ」

「ん?なに?」


確かに俺は八神はやての事が気に入った。それは間違いない。だが、だからと言ってここでサヨナラバイバイをするつもりはない。
俺は一度『成す』と決めたなら、絶対に『成し遂げる』…………とまではいかなくても、『成せる所までなら成す』。

だから、さあ、胸を張って言ってやろうじゃねーの。


「はやて、お前さ、このままいけば後1ヶ月も掛からず死ぬんだってさ。闇の書の呪い、みたいな?その足もその影響らしいぜ。これマジ」


厄介事の始まりだ。

















目の前には超美人の顔が息の掛かる距離にまで迫っていた。切れ長の目と潤った唇がかなり魅力的で、このままキスの一つでもかましたくなってくる。
けれど、雰囲気とその形相はとても甘いものじゃなかった。
これほど憤怒の表情を浮かべたシグナムを俺は見た事がない。


「キサマッ!」


おおっ、あのシグナムから『キサマ』なんて言われちまったぞ。いくら別人と分かってても、その顔で言われたらやっぱなんか新鮮だな。
と、そんな阿呆な感想を抱いている場合じゃないな。はやてはもう何がなんだか分かりませんって顔してるし、他の騎士もシグナムと同じくかなり怒ってるっぽいし、風嵐は俺の胸ぐらを掴み上げているシグナムを尋常じゃない顔で睨みつけてるし。


「シ、シグナム、暴力はあかんよ!隼さんも、いきなり変な冗談は─────」

「冗談?冗談だったらいいね~。でも残念。全部ホント。それとクソプログラム、テメェ、いつまで人様の胸ぐら掴んでやがんだ?離せやボケ」


そう言いながら俺はシグナムの手を乱暴に叩き落とした。いくら美人つっても調子乗るのは許せねぇぞ?オリジナルだろうとコピーだろうとそこは譲らん。


「ち、ちょう待ってや、隼さん。冗談やないってどういう事なん?それに、プログラムって………」

「どうもこうも、お前はこのままいけば年を越す前にお陀仏。その原因を作ってるのは闇の書っつう魔法の本で、お前の紹介したそこにいる家族は人間じゃなく───────」

「言うな!!」

「この野郎!!」


シグナムが怒声を上げ、それに続いてヴィータが我慢の限界とばかりに俺に飛び掛って来た。が、俺の隣に居た風嵐が、こちらも我慢の限界だったのか、飛び掛ってくるヴィータを顕現させたデバイスで叩き落とし、シグナムに向けて魔法弾を一発放った。


「ぐっ、風嵐、なんの心算だ!」

「テメェ、風嵐!」

「黙れシグナム、ヴィータ。何人たりとも我の男に手を出す事は許さん」


そう言って俺の横に静かに佇み、全員に向けて敵意を放つ風嵐。それに戸惑いを見せる騎士たちだが、それでも俺への厳しい視線は止む事はなかった。

……ったく、うざってぇな~。どいつもコイツもテンション高すぎ。
取りあえず風嵐に一発拳骨を落としといた。


「なにをする。痛気持ちいいではないか」

「お前、ちょっと喋るな。シリアスが続かないから。それにシグナムもヴィータもちょいと落ち着きな」


俺はポケットからタバコを取り出し、はやての許可を得て一服つかせてもらう。なんともマイペースな事この上ないだろうけど、焦ってもしゃあねーべ。


「で、はやてよぉ、混乱してるとこ悪ぃけど、でも今の風嵐の魔法を見て俺の言ってる事が少なくとも冗談じゃないと分かっただろ?こいつらは魔法使いで、信じらんねーかも知んねぇけど人間じゃない」

「……で、でも」

「そして俺も魔法使いだ」


ポッと掌の上にピンポン玉くらいの大きさの魔力球を出し、それをはやてが驚きの顔で見たのを確認して消した。


「最後にもう一つ…………はやて、今こいつらがやってる事知ってるか?お前の為にどれだけ他者を犠牲にしてるか知ってるか?」

「─────え」


はやては呆然とした後、どういう事かとシグナム達の方に顔を向けた。きっとそのはやての瞳には、悲痛な面持ちで佇む騎士たちの姿が映っている事だろう。
ホント優しいやつだ。自分の命がどうとか、騎士たちの存在がどうとかの事より、他の人の心配をするなんてな。


「ど、どういう事なん皆?わ、私の為に他の人を犠牲って……………」

「あ、主はやて、それは………」


気まずそうには顔を伏せるシグナムたち。そして、無駄な沈黙が訪れた。

ったく、しょうがねーなぁ。黙ってても埒が明かんし、ここは俺が説明してやるか。


「はやてよぉ、そんな悲しそうな顔してたらシグナムたちも答え難いって。それにさ、別にお前が悲しむ事じゃねーぞ?な~に、ただシグナムたちはお前を助けたかっただけさ。ただそのやり方がちょっと犯罪チックなだけ」

「は、犯罪……?」

「おう。お前の命を救うにはな、闇の書っつうマジックアイテムに魔力を入れなきゃなんねーんだけど、その魔力を他の生き物から奪い取ってるわけ。無理やり搾り取ってるわけ。そうだな……もっと具体性を持たせるなら、生爪を剥ぎ取る行為をお前の為にやってるわけ。何人にも、何匹にもな。相手が苦しもうが『やめてくれ!』と懇願しようが、ンな事ァ構わず、ただお前の為によ」

「そ、そんな……う、嘘やろ?」


信じられないという顔でシグナム達を見るはやてだが、生憎とコレ本当。その証拠にシグナムたちは秘密をバラしたにっくき筈の俺に何も言い返せないほど、悲しみで項垂れているのだから。てか、このオリジナルも正直者だねぇ。「そんなの嘘だ」って誤魔化しゃいいのに。
そして、そんな反応をされたはやては、こちらも悲しみで項垂れた。こっちも俺に向かって「そんな嘘言うな」って言やぁいいのに。それほど騎士たちの事、信じてんのかね。その信じなきゃならない事が例え悪行だとも。

皆が皆、悲愴な態度を取る様を見て俺は、


「ちっ、気に入らねぇな」


ポツリと呟いた。
ああ、なんて気に入らない態度なんだ。ムカツク。

俺は立ち上がり、項垂れているシグナムの胸ぐらを掴むとこっちに無理やり向かせた。


「何被害者ヅラで悲しみに暮れてんだよ、ああん?大切な主に悪行がバラされて悲しいよぉってか?」

「…………」


ここまで言われても、なんも反応なし。
ああ、こりゃまたもヤバイな。またスイッチ入っちまうぞ俺。てか、もう入っちまった。


「中途半端な覚悟で人の命をどうこうしようとしてんじゃねーよ!いや、そもそもそれが気に入らねぇんだ!」

「な、なにを……」

「人の命を助けるのはいいさ。悪行に手を染めても助けたいって気持ちは評価に値すんぜ。でもな、それを本人に隠してんじゃねーよ!人の命を本人の与り知らぬ所でどうこうしてんじゃねえ!はやての命は誰の物でもねぇ、はやてだけの命なんだからよぉ!なのにやってる事を隠し、自分がどんな存在か隠し、はやてには普通に生活して欲しいってか?自分たちを普通の家族として見て欲しいってか?ガキかテメェらは!死ねよ、クソ馬鹿共!」


風嵐に話を聞いたときからコイツラの事は気に入らなかったんだよ!
はやてに知られないよう魔力蒐集し、バレるのを恐れて自分を偽る騎士共。都合が良すぎんだよ。


「てか、テメェもだ、はやて!まさかコイツらが普通の人間だとマジで今まで思ってたのか?ンなわけねーよなぁ。蚊ほども不信に思わなかったわけねーよなぁ。なのに、テメェはその思いを隠したわけだ。家族が出来たからって舞い上がってたか?こいつらは悪い奴じゃないって、そんな根拠の無い意味不な信用でもしてたか?モンスターペアレントか?馬鹿が!馬鹿なガキは好きだが、テメェの馬鹿は救えねーんだよ!」


気に入ってた筈のはやてにまで当り散らした俺。
どうも俺はムカつき過ぎると誰彼構わず噛み付くクセがあるようだ。
騎士にもはやてにも『馬鹿馬鹿』と連呼したけれど、説教はしないって言ってたにも関わらず結局こうしちまった俺が一番馬鹿だったりする。


「テメェら、そんなんで『家族』やってんじゃねーぞコルァ!!」

「!!」


それが今回2番目に俺が気に入らなかった点だ。
曲がりなりにも同じような立場で『家族』をやってる俺は、どうもこいつ等の中途半端な覚悟の決め具合が癪に障った。
そして、ここまで言われても何も反論して来ず、ただただ呆然と、あるいは悔しそうな顔で黙っているだけのコイツらが改めてムカついた。


「………よし、俺ァ決めたぞ」


何をかと言われると、『覚悟』を。
厄介事に身を浸す『覚悟』を。
実はさっきまではそんなに乗り気じゃなかった。出来れば上手い事厄介事を回避出来ればなぁと思っていた。
が、もう無理。もう俺フルスロットル。


「テメェら全員、俺がぶっ生き返してやる!」


俺の今回一番気に入らない点を教えてやろう。
それはな、気に入った可愛いガキ、俺の家族に激似の美人が、俺の気に入らねぇ事をしてる事が気に入らねぇんだよ!
















と、さてまあ、またしても俺はテンションの流れるままに後先考えず思いのたけをぶっちゃけた訳だが。
うん、俺の馬鹿……………ホントに馬鹿ァァァァアアアア!!
ぬぅわぁにが『よし、俺ァ決めたぞ』だ!『ぶっ生き返してやる』だ!格好良く決めた心算か!?キメ顔でしなくてもいい覚悟してんじゃねーよ!暴走特急もいい加減にしとけ!

…………終わった。俺の『平和な日常を過ごす』というフラグがばっきり折れる音が聞こえた。そして、何か変なフラグが立った。立てちゃいけないフラグがドド~ンと立ったのだ。


「ははは………なあ、お月さん。俺ァどこで間違えたのかな?」


空を仰げば満天の月夜。
ここ、八神家の庭で俺はダーティに紫煙をくゆらせていた。家の中からははやてと騎士たちの穏やかな笑い声が耳に入り、それが嬉しくもあり忌々しくも感じる乙男心。


「けっ!すっかり仲良さげになりやがって。もう別に俺が首突っ込む必要無くね?」


俺が一方的に啖呵を切ったあの時からまだ2時間と経っていない。なのに、はやてや騎士共はもう悔恨もなく打ち解けたようだ。
その光景は俺の思う『家族』そのもので、本来は俺も喜ぶべきなのだろうけど、生憎と素直にはそうなれない。
だって俺、何もしてないし。
そう、俺はあの『ぶっ生き返す』発言の後、はやてに「今から私らだけで家族会議するから」という理由で部屋を追い出されたのだ。無論、俺はまだまだ言いたい事があったのでそれを無視しようと思ったのだが、はやてから「私らはそれでも『家族』なんよ。せやから、隼さんにはただ見てて欲しいんや。私らが『生き直す』ところを」なんて事を強い意志の篭った瞳と関西弁で言われちゃあ、もう黙ってるしかないねぇべよ?
んで、その結果が今の団欒っぽい雰囲気ってわけ。
別にあいつらは凄い事を話し合ってたわけじゃない。ただお互いの想いを吐露し合っただけ。それだけなのに、見事たった2時間でお互いを受け入れるまでに漕ぎ着けるたぁ、はやて恐るべし。家族に成り切れてなかったのとは言え、伊達に一緒に生活してなかったって事か?


(まあ、それはいいよ?少しでもいい家族に成れたならめでたしめでたしな話だからよ。…………そこまでは間違っちゃなかった)


間違ったのは……てか、読み違えてたのははやての性格だった。
はやての性格を俺は、優しいけれど少し臆病で伏し目がちなガキだと思ってた。ネガティブ時のフェイトとポジティブなのはを足してリニスちゃんで割ったような感じだと思ってた。…………見当違いも甚だしかった。

あいつ、家族会議の最後に俺に何て言ったと思う?


【隼さんの言うように、私の命は私のモンやろ?なら、自分で自分の命を繋ぐのも当然の行為。でも、今のままじゃ私は何も出来ん。ちゅう訳で私も魔導師になる!せやから、魔法のご教授よろしくな、隼先生?】


知るか!と俺は即答したね。そしたらこう即答し返されたさ。


【隼さんは私をぶっ生き返してくれるんやろ?それはつまり"人の命をどうこうする"って事で、確か隼さんは『中途半端な覚悟で人の命をどうこうしようとしてんじゃねーよ!』て言うてたよなぁ?やったら、隼さんにも当然その覚悟はあるんやろ?生き直そうとする可憐な少女の手助けするくらいの覚悟は】


………馬鹿!その場のテンションとノリで似非カッコイイ事を言ったこの口の馬鹿!
つうかテメェ、な~にが「ただ見てて欲しい」だよ!今までの殊勝な態度はどこに捨てやがった!はやてがこんなに図太く、図々しいガキとは思わなかったよ!流石は関西弁の使い手だ!


「ああ、土壷に嵌って行く……その穴からおっきなフラッグがにょきにょきと生えてくる……」


なんでこうなるんだよ。途中までシリアス調で真面目な感じだったじゃん。さっきまで苦悩してたのは八神家族だったはずなのに、なんでいつも最後は俺が苦悩するんだよ。

もうヤダ、誰か助けて。やたら滅多らに乱立してるフラグを誰かへし折って。


「呼ばれて飛び出て我登場」

「…………終わった」


フラグが折れるどころか、大漁旗を数旗掲げたフラグ軍艦がやって来やがった。


「どうしたのだ、そのような弱弱しい顔をして?思わず涎が垂れてしまったではないか…………食うぞ?」

「…………………」

「ほう、放置プレイか。…………………はむっ」

「マジで食うな!」


指先に食い付いた風嵐を慌てて引っぺがした。こいつならマジで食い千切るくらいやってのけそうで怖かったが、どうやらただしゃぶられただけのようで、指は5本とも健在だった。


「煙草味か。中々に美味。少し恐いが、次は是非とも下の方でも味わいたいものだ」

「お前マジで自重して。ホント、取り返しの付かない事になるから。ここから締め出されたらどうすんの?」

「我は取り返しの付かない事をシて欲しいのだがな。それに我のは締まり具合も良いだろうし、子供は出来んから出されても問題ないぞ」

「今度何か買ってやるから本当に黙って下さい!」

「主以外いらん。逆に我の春を買え」


もうヤダ、この子どうにかして。色々な意味でマジで立てちゃいけないフラグを立たせ過ぎ。


「まあ、冗談はこれくらいにしておこう。で、主は何故そのような疲れた顔をしておるのだ?」

「半分はお前のせいなんだけど…………まあ、アレだ、どうしてこう俺ってツいてないんかなってな」

「?自分から係わり合いを持っておいて、その弁は矛盾しておらんか?」


仰る通りで。
でも、俺ってその場その場の気分で生きてるからさぁ。その時は本心から「覚悟決めたらあ!」と思ってはいても、後から「やっぱ面倒臭ぇ」という新たな本心が生まれてくるわけよ。
簡単に言やあ気分屋ってこった。
我ながらどうしようもないとは思うが、いちいち紆余曲折考え巡らせるより本心曝け出した方が楽なんだもんなぁ。


「ふむ、悩んでいる主の顔もそそるな。して、主はこれからどうするつもりだ?」

「あ?あー、取りあえずはやての命をちゃちゃっと救っちまおう。で、ガキらしい生活をさっさとしてもらう」

「流石は主、カップ麺を作るが如くに簡単に言う………そこに痺れる、憧れる、濡れる」


魔導師になる、と言ったはやての決意は固く、俺以下騎士共が今更何言った所で意思は変わらんだろう。なら、そもそもの原因である魔力蒐集を終わらせた方が早い。それが終われば、はやても魔導師としての手伝いも終わり、足も戻ってガキらしく外で遊べるようになるってわけだ。学校にだって通えるようになるだろう。


「小烏の命を救うか……まあ、アレにはもう少し生きて貰わなければならんし、それが主の意思なら我も尽力しよう。しかし、実際問題そう簡単ではないぞ。書の頁もまだ半分も埋まっておらんし」


風嵐はそうは言うが、所がどっこい、意外にも楽にいかせられるんだよなぁ。
なにせ俺の家族とお隣さんは魔導師家族だし。アリシアとリニスちゃんは除けて、その他の奴らに協力させて魔力蒐集すりゃあ、全頁埋めるのは無理かもだけど結構なモンにはなるだろうよ。
ヴィータと理からは死ぬ半歩手前まで搾取してやる!


「すべて俺に任せておけ。未来は見えた!」

「我も主と子供が出来ないけど子作りに励もうとする未来が見え───────んぁ!」


…………おい、コラ。なんでいきなり色っぽい声出してんだよ。また何か変な妄想しやがったな?頼むから見た目相応のガキらしい奴になってくれよ。

そう思いながら俺は風嵐を呆れの溜息を吐きながら見ていたら、風嵐のがおもむろにスカートをたくし上げた。


「って、なにしとんじゃ!」

「すまぬ。携帯のバイブで感じてしまった」


そう言ってズボッとパンツの中に手を突っ込み、そこからバイブレーションしている1台の携帯を取り出した。そして、その画面を見ながら溜息を零した。


「ふむ、またこいつか。何度電話を掛けてくれば気が済むのか。ほとほと諦めの悪い奴らよ」

「じゃねーよ!お前はどこの海パン刑事だ!」

「違うぞ。これは海パンではなくただのパンツ、そして我は刑事ではなく王だ」

「黙れ、変態王」


その俺の言葉に何故か照れた表情を浮かべながら、風嵐は携帯の着信に出た。


「しつこいぞ、クソ虫が。誰の許可を得て我と主の愛し合う時間を邪魔するか。殺すぞ?───────────ふん、だから何度も言うておろう、虫の力如きでは主は護れんと。身の程を弁えよ」


なんか電話で物凄い物騒な事いいながら喧嘩売ってんだけど?どんな会話してんだよ。てか、電話の相手誰だよ。そもそもこいつ、八神家以外の奴に知り合いいたんだな。そして生意気にも携帯まで持ってんのかよ。しかも、俺と同じスマートフォンだし。いろいろびっくりだ…………………………………………ん?あれ?ちょっと待て。

あれ、俺の携帯じゃね?


「主も貴様のような古い女には飽いたと言うておったぞ?何でも『多少若返ったからと言ってぶりっ子してんじゃねーっての。所詮、中古は中古だろうが』だとか。そういう訳で、主はすでに我のモノだ。貴様らはレズっておれ」


俺の携帯のアドレスには女はそう登録されていない。さらにTELまでしてくる奴なんてそれこそ限られてるわけで。それにこの会話の内容を加味すれば……………………おい、おいおいおいおいおいおぉぉぉぉぉおおおおい!?

俺は絶賛喧嘩販売中の風嵐から携帯をぶんどった。


「プレシアか!?俺だ!隼だ!」

《あら、隼、こんばんわ。そして、近々サヨウナラ。………………待ってなさい、その断章ごと殺しに行ってあげるから》

「ま、待て、こいつが今まで何言ったか知らんが誤解だ!」


風嵐はさっき確か『何度も言うておろう』と言った。それはつまり、プレシアは何度も風嵐と会話をしたという事だ。いや、多分プレシアだけじゃなく、他の全員もだろう。だって、自分で言うのもあれだが、俺は好かれている(男としてでなく人間としてだが)。そんな俺がまる一日行方不明になれば、あいつらの事だ、電話くらい掛けて当然だ。
なのに出たのは見知らぬ幼女で、そしてそんな見知らぬ幼女から有る事無い事言われた。しかも、風嵐の性格から考えれば18禁な事ばかりを。
…………やばい!やばすぎる!!


「い、いいか、落ち着けプレシア!確かにお前はどうしようもないババアで、今更若い子のファッション雑誌を見て勉強してる姿は痛々しいが、中古じゃねえ。最低でも新古品だ。だからそんなに怒──────────」

《殺す》


何故だあああああああ!?
ど、どうする!?これ以上、どうやってフォローすればいいんだ!?


《…………主ですか?》

「え?そ、その声は夜天か!?」

《はい、お元気そうで何よりです》


いつの間にか電話口の相手が夜天に変わった。
プレシアの誤解は解けなかったが、逆に夜天だったら俺の話もちゃんと聞いて誤解だと分かってくれるはずだ!口調だって、いつもの冷静な夜天だし。


「夜天、あのな──────────」

《思えば主と喧嘩するのはこれが初めてですね。全力で殺しにいきますので、悪しからず》


ブチンッ、と電話が叩き切られた。
携帯なのに叩き切るって事が出来るんだなぁ、と思った。


「ノオオオおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


一番怒らせちゃいけない奴を怒らせちまったああああああ!!!


「うむ、計画通り」

「何が計画通りだ、ボケ!お前、自分が何やったのか分かって…………ああ、クソ!」


俺は弁解すべくもう一度電話しようとして、そこで画面に映っている文字に気付いた。
着信…………53件。
メール受信…………319件。
履歴、受信BOXを見ると鈴木家、テスタロッサ家の全員から連絡がある。そして送信のほうにはその全員に風嵐がメールを送っている。フェイトやアリシア、リニスちゃんまでにも余さずド汚ぇ言葉で。中には俺に成り済まして送っているような文面も見られた。

結論──────弁解不可能。


「………終わった。俺の好感度も、命も、完璧に終わりを告げた」

「心配するな主よ。我の主に対する好感度は濡れ濡れだし、命も我が護ってみせよう」

「ははははは」


乾いた笑いしか出ない。

風嵐、お前は何も分かっちゃいない。あいつらの怖さを。この俺でさえ、正直進んで喧嘩したいと思える相手じゃねーってのに。
はやて以上にガチで俺の命が危機です。


「どうしてん、隼さん?さっきから大声出して、近所迷惑やろ………って、ホンマにどうしたん!?顔が真っ青やん!」


こちらの様子が気になったのか、はやてがシグナムに抱えられて庭に出てきた。そして、俺の顔を見て驚き、さらにさっきまで俺の事を嫌悪していたはずのシグナムでさえ驚いた顔をしている。

そんな二人に俺は疲れた笑みを浮かべながら、シグナムに抱えられたはやてを今度は俺が抱え上げた。
俺の尋常じゃない様子に、シグナムもはやてもそれを拒まなかった。


「はやて、お前はあったかいな」

「は、隼さん、泣いとるん?」


人は自分の命があと少しと分かると、他人に優しくなれるようだ。
俺の心は今、何故か妙に晴れ渡っていた。


「はやて、お前だけは絶対に死なせないからな。俺が絶対にお前を助けてやる。………だから、俺の分まで生きてくれ」

「ホンマに一体何があったん!?」

「シグナムも、はやてと喧嘩すんなよ?幸せな家庭を築いてくれ」

「あ、ああ」


これであいつらから魔力蒐集の協力は出来なくなった。そもそも家に帰れない。
だが、それでももう後には引けない。
魔法世界に殴り込みに行ってでも魔力を蒐集してやる。管理局とも喧嘩してやんよ。だって、俺の命は後少しだし。


「さあ、そうと決まればちんたらしてられねぇ。ヴィータの言ってた『時折現れるでっかい魔力持った奴』を探しに行くぞ!」


もう何も考えない。考えたくない。未来はおろか現実ですら考えたくなくなった。
もういいよ、今度こそ本当に覚悟決めた。
俺ははやてを助けてやる。どんな障害が立ち塞がろうとも、どんな事をしてでもはやての命を救い、はやてをガキらしいガキにしてやる。哀れな障害者のガキじゃなく、元気で可愛いガキにしてやる。

俺の気に入った状態になるまで、気の済むまでやってやる!


「戦争だ。聞き分けのねぇ奴ら全員相手取ったらあ!とことんまでやってやんよ!………滅茶苦茶怖ぇけど」


12月2日の夜、俺の一世一代の大喧嘩が始まる。




[17080] Asのヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/05/24 20:58

立った。

ああ、立っちまったんだよ。前回、俺にもとうとう立っちまったんだよ。
空想の世界ではよく見かける、しかし現実のこの世界じゃあそうお目には掛かれないモノを俺は立てちまったんだ。
別に俺は立てようと思って立てたわけじゃねぇ。それどころか、そもそも俺が立てたのかどうかも怪しいんだ。けど、間違いなくその立ったものは俺に向けられて立っている。だから、誰が立てたかなんてのは問題じゃないんだ。
立ったことが問題なんだ。
その立ったものが仮にはやてだったなら、俺はハイジも引くくらいの勢いで喜んでやるが、生憎と絶望しか感じない。クララが立った姿を一番初めに見たのが実はジジイだったという落ちくらい笑えない。空気読めよジジイ。

死亡フラグ。

それが今回立ったモノの名前だ。
バベルの塔並みの巨根フラッグがデカデカと聳え立っているのが俺の目には見える。
一体俺はどこで間違ったんだろうな?いや、そもそも俺は悪いのか?じゃあ、一体誰が悪いんだ?そいつ、ぶっ殺してやる。
そんな考えが浮かび、とことん突き詰めて行けば、俺の思考はとうとう宇宙誕生まで遡ってしまった。が、流石に宇宙に喧嘩売っても勝ち負け以前の問題なので、やっぱり一番悪いのはすぐ傍で呑気にはやてお手製おにぎりを食べているこの変態王が悪い。


「もぐもぐ…………どうしたのだ、鈴木隼よ?そんなに見られると想像妊娠してしまうではないか。それともこの握り飯が欲しいのか?だったらそう言えば良かろう。少し待て、今隠し味で我の涎を1リットルほど入れてやる」


現在、場所は海鳴市街地上空。時刻は20時。
今晩、俺と風嵐とヴィータは魔力蒐集するためにここにいた。眼下には人工の光輝く街並みがあり、人々の喧騒が聞こえてくるここで、俺たちは『最近よく現れるでっかい魔力を持った奴』から魔力を頂く予定だ。
他の騎士も後から来るはずだが、取り合えず俺たちが先行。


「今日までの探索でエリアサーチしてないのはここら辺だけだから、たぶん今日は当たるぜ」


そう言うのは赤いゴスロリ騎士甲冑に身を包んだヴィータ。はやてデザインのそれは中々どうして、似合っている。ほんの少しだけ可愛いとも思えてくるから不思議だ。
また風嵐も黒を基調とした騎士甲冑に身を包んでおり、ダークさが何時にも増して濃く見える。似合っているか似合っていないかで言えば、やっぱり似合っているが。


(そういや俺んちの騎士共は、まだ騎士甲冑作ってなかったな)


あいつらも俺に何度か「考えて下さい」と言ってきてはいたが、この俺がデザインするなんてそんな面倒な事するわきゃないので、結局現在もあいつらは騎士甲冑無しだ。
かく言う俺だって、自分の騎士甲冑を作ったはいいがここ数ヶ月はまったく使ってなかった。だって平和だったし。時たま魔法世界に狩りに行く事はあったが、その時はいつも理やシグナムがハッスルするので、俺が騎士甲冑を出す必要がないし。


「おい、なにボケ~としてんだよ。お前も探索に協力しろよ、この金髪DQN」

「おいコラ、このジェントル隼に何素っ頓狂なあだ名付けてんだよ。人を見た目で判断するなんてのは一番やっちゃいけねー事だって教わらなかったか?この頭も体も貧相残念娘。ついでに言っちゃうが、俺にエリアサーチなんて器用な魔法は使えん。出来るのは殴る、蹴る!」


ちなみに俺の今の格好も騎士甲冑だが、前作ったマトイとは違うデザインになっている。
ん?なんで変えたのかって?そりゃあ、お前…………………夜天たちが怖いからに決まってんじゃん!!ええ、そうですよ、怖いですよ、何か文句でも?

確かに前回「喧嘩だァ!」と息巻いてたよ。でも、ぶっちゃけた話、マジ怖ェんだって。だから、極力顔を合わせたくないんだ。よって、服装をガラッと変えてみた。
そりゃあ服装変えたくらいじゃあ変装とも言わないし、そもそも根本的解決には程遠いだろうけどよ、それでも時間稼ぎくらいの誤魔化しにはなるべ?


「お前、それでよく管理局員になれたな。このDQN局員」

「誰がDQNだ」

「金髪でダボダボのジャージ姿はどう見てもDQNって奴だろ。テレビで見たぞ」

「そんな奴らと一緒にすんな。ジャージは単純に動きやすいんだよ。中でもブルーでプラネットなメーカーが好きなんだよ。ハイビスカス好きで悪いかコノヤロウ」


それにホラ、こうやってフードを目深に被れば顔分かんねえだろ?俺の家族やお隣さんが出てきても、そうそうは分からねぇはずだ。


「おい鉄槌、そろそろその臭い口を閉じろ。それ以上の隼への発言は泥棒猫の所業と見做す」

「………意味分からねぇし。第一、風嵐、お前そんな男のどこがいいんだよ。そいつとは昨日会ったばっかだろ?助けて貰ったからって、気を許しすぎじゃないか?管理局員だぜ、そいつ」


ヴィータ含め八神家には俺の事も、俺と風嵐の関係も本当の事は一切喋っていない。その為、風嵐の奴も皆の前では俺の事を「主」とは言わない。
俺は管理局員で風嵐は夜天の騎士。……………まあ、風嵐に限り『鈴木隼に惚れて変態になった』という認識がプラスされたようだが。


「生理痛のイライラに匹敵する愚問よな。我は鈴木隼が好きだから好きなのだ。時間も経験も理由も関係ない。この感情は我の心と子宮から沸々と湧き上がって来るもので、止め様がないほどのモノだ」

「…………おい、金髪。お前、風嵐になにしやがった」


そんな怖い顔でこっち見んなよ。俺は何もしてねぇっつうの。こいつはきっと生まれた時からこうだったんだよ。ただ、俺がいない間の生活では変態になる事がなかったんだろうよ。


「ちっ、まあいい。お前、もしあたしにも何かしたら殺すからな」

「何もしねーっての。俺がする事はただ一つ、はやての救命だ。はやては絶対ェ助けてやる」

「…………………ふんっ」


ぷいっとそっぽを向くヴィータ。その姿に苦笑すると同時にもう一人のヴィータを重ねてしまう。
ここでもし相手がコピーの方だったら『お前が人を助ける?また何か碌でもねぇ事考えてんだろ?人を助けるならまずお前が死んだ方がいいんじゃね?人類的に』と憎まれ口が返って来る事だろうが、対してオリジナルの方はというと、


「ま、まあ、そこだけは感謝する。お前の言葉に嘘はないってのだけは、あたしでも分かるし。はやても嬉しそうに笑ってたからな」


なんて殊勝な物言いをする。
コピーの方もこの態度は見習ってほしいね。そうしたら俺ももうちっとは優しくしてやんのによ。いくらコピーはコピー、オリジナルはオリジナルっつっても、こりゃ違いすぎだ。


「だったら、お前も怖い顔してんじゃねーよ。はやてが笑ってたらお前も歯を見せてニカッと笑え。そうして大きくなってく家族の和ってな。ガキゃあ笑ってるのが一番だ」

「う、うん…………って、なに撫でてんだよ!」


コピーにもやったように撫でてみた結果、同じような言葉が返って来たがデバイスの一振りはやって来ず、どうしていいか分からないといった感じでされるがままだった。

なるほど、先ほどの殊勝な言葉といい、オリジナルヴィータはコピーよりかは少しだけガキらしいガキのようだ。


「なあ、ところで金髪………なんで風嵐はさっきからあたしを睨んでんだ?」


ん?ああホントだ、超睨んでるな。今にも飛び掛りそうな姿勢で。


「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺────────たかが塵芥の分際で主に頭を撫でられるとは。我ですらまだ揉まれた事もないというに……………嫉妬、Shit」


変態はさておき。

その後ヴィータが封鎖領域兼エリアサーチを開始して1分も経たず、例の『時たま現れるでっかい魔力を持った奴』が網にかかったのだった。


















Asのヨン話~絶体絶命都市、その名は海鳴~


















はやてに魔導師の先生を頼まれた。
その理由は『私の命は私が面倒見る!』『皆ばっかり働かせられへん。私も手伝う!』と言ってはいたが、あのはやての事だから本当の所は『皆には酷い事して欲しくない。せやから私が魔導師になって全て背負う!』と言った所だろう。
自分の身よりも相手の身を気遣う、気遣い過ぎるはやてだからな。ガキの分際でそこまで思っていても不思議じゃあない。
が、勿論そんなガキらしからぬ気遣いは俺の嫌いなモンなので、『今晩から一緒に魔力蒐集する』と強請ってきたはやてを俺は家に置いて来た。はやては中々首を縦に振らなかったが、俺の『魔導師にもなっていないし喧嘩もした事のないようなガキが来ても邪魔なだけなんだよ』の一言で引いてくれた。
まあ、その後で騎士共から睨みつけられ、はやてからは『じゃあ、ちゃんと魔法使えるようになったらええんやね!?』と逆にやる気マンマンになられたのは誤算だった。

それでも、今晩、この場にはやてが居ないのは幸いだったろう。もしこの場にはやてが居たら、この光景を見てどれだけ悲しむか。もしかしたら、自分の命などどうなってもいいと嘆き、今目の前で繰り広げられている事を必死で止めようとするんじゃねーか?

なにせ、10歳にも満たない一人の少女をヴィータと風嵐が二人掛りでリンチしてんだから。


「最近のガキにしては血気盛んだな~。うんうん、やっぱガキはこれくらい元気が良くなくちゃな」


片や俺はそんな三人のガキを他所にちょっと離れたビルの屋上でタバコをふかしている。
いや、だって俺がここで入ってくのは無粋だべ。若い奴らがパッション迸らせて頑張ってんだから、大人はそれを微笑ましく見守るべきだろ。


「つーか、入って行きたくても無理だし。なんだよアイツら、速ェんだよ。俺が夜天の補助もなしにそんなビュンビュンと高速で縦横無尽に飛べるかっての。喧嘩すんなら地面に足つけてやれよ」


これだから最近の若い奴らは。喧嘩のいろはも知らんのか。まあ、魔導師戦だからこれが普通なんだろうけどな………けどなんつうか、風流じゃねーんだよ。
しっかし、やっぱ風嵐の奴もすげぇな。ただの変態王じゃあねーよ。ヴィータが近距離で攻め立て、風嵐の奴が中距離でヴィータに生まれた隙を完璧にカバーしてやがる。さらに時々長距離からヴィータごと相手を吹き飛ばそうとしてんし。

確かにこりゃあ喧嘩っつうよりは戦闘だな。


「ンで、そんな二人を相手に立ち回っているあいつもスゲェ。てか、あんなに強かったんだな」


件の『時折現れるでっかい魔力を持った奴』、そいつもまた二人に負けず劣らず巧い。防御を主体に誘導弾をたくみに操り、少しの隙を見出して砲撃魔法。
いつものふにゃふにゃしてにゃあにゃあ言ってる奴とは思えん。


「なのはもやっぱ魔導師だったんだな~」


そう、高町なのは。
件のでっかい魔力を持った奴、そして今二人の相手をしている奴は何を隠そう高町なのはだったのだ。
まあ、少し考えれば予想出来ただろうな。場所が海鳴で、かつでっかい魔力持ちなんて奴はそうそういねぇだろうし。


「だからってなのはかよ。ハァ、ヤり難ぃな」


まあ、ヤるけども。
相手が可愛いなのはでも魔力蒐集するけども。

普段だったらそんな事許さず、風嵐とヴィータをぶん殴ってやる所だよ?けど、今回の最優先事項ははやての救命、それに伴う魔力蒐集だ。そして俺は『相手が誰であろうと俺の邪魔するなら容赦しない』と決めた。
だから、なのはには悪ぃが容赦なく魔力蒐集させてもらう。多少痛い目みさせても俺は俺の目的を達成させる。

確かになのはの事は俺は大好きだ。知り合いのガキの中でもフェイト姉妹に次ぐ大好きレベルだ。歳の差関係なく、親友と呼べるダチになってもいい。
けど、それでも………


「俺の気持ち、行動、願いが何よりも最優先だかんな。だから、まあ今回は運がなかったと思ってヤられてくれや…………すこぶる気分は悪ぃけど」


でも、しゃーねーべ。まあ、流石に命までは取らねーよ?それに後々はやてにみたいな身体障害者にするつもりもねぇ。俺もそこまでの覚悟は持てねぇし。
それになにより、なのはにも将来俺の為に合コンをセッチィングさせなきゃなんねぇからよ!これ重要!
だから、そういう意味でもなのはにも正体がバレたらマズイ。俺のなのはへの好感度如何で将来の合コンがパーになったら目も当てらねぇ。


「そしてはやてにも元気になってもらい、あいつにも合コンをセッティングさせちゃる!………むふふ」


と、俺が気持ち悪い笑い顔を浮かべて妄想していたら、現実は可及的速やかに流転していた。

さきほどまでほぼ互角に繰り広げられていた戦闘はヴィータの渾身の一撃で均衡が崩れたようで、なのはがぶっ飛ばされてビルに突っ込んでいった。
それを見て俺は決着かなと思い、タバコを投げ捨て、肩で息をしている怒り心頭のヴィータと不遜な態度の風嵐の二人がいる場所へと飛んだ。


「おいおいヴィータ、派手にやりすぎだろ。魔力蒐集すんなら何もあそこまでやらなくてもよくね?バインドで捕縛しちまえば済む話だろ。あんまやり過ぎると俺もちょっと黙ってねーぞ?」

「るっせえ!………あいつ、はやてが作ってくれた帽子をふっ飛ばしやがって!」


見れば確かに頭に乗ってた帽子がなくなっていた。
てか、それだけでキレるとかどんだけ?もしかしたらコイツ、うちのヴィータより沸点が低いのかも知んねぇな。………いや、そりゃねーか。


「ったく、落ち着けって。蒐集は俺と風嵐がやっとくから、テメェは帽子拾ってちょっと頭冷やしてな」

「…………うん」


ヴィータが帽子を拾いに行くのを見送って、俺と風嵐はなのはが突っ込んでいったビルへと向かった。
勿論、なのはにも面が割れるのは遠慮しときたいので、改めてフードを深く被る。


(お、いたいた)


突っ込んだなのはが開けた穴からビルの中に入ると、砂塵の向こう側で壁に背を凭れさせて胡乱な目でこちらを見ているなのはを発見。
衝撃でバリアジャケットがはじけ飛び、意識も朦朧としているようだが、どうやら怪我はしていないようで一安心。そして、そんな状態でもデバイスをこちらに向けてまだ抵抗しようとする気概は賞賛に値する。いい根性してるぜ。


「ふん、まだ絶望にあがくか塵芥。よいだろう、ならば我が永劫の闇に沈めてやる」


物騒でちょっと中二な事を言いながら、風嵐が自分のデバイスをゆっくりと振り上げる。気絶でもさせて、それからゆっくりと蒐集するつもりだろう。
俺もそれを止めるつもりはない。風嵐の斜め後ろでただ憮然と立っている。
まあ、少しばかりなのはの事が可哀想に思うが、こればっかりは諦めてくれや。今度遊園地にでも連れてってやっからよ?


「死ね、卑しくも主と毎日TELするゴミ虫が!」


………あれ?風嵐の奴、殺す気マンマン!?ちょっと待て、それは駄目ですよ?!
と、俺が止める間もなく、風嵐の奴はデバイスを勢いよくなのはの頭に打ち下ろした。

俺は次の瞬間、なのはの頭から真っ赤なお花が咲き誇るのを幻視し────────


「むっ!」


それは幻のまま終わった。
現実に俺の目に映っているのは、風嵐のデバイスが第3者のデバイスにより防がれた光景。そして、その際に発せられた鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音。


「うぬは………」


風嵐が自分の攻撃を防いだ目の前の相手を睨みつけながらも、どこか驚いている。『なんでコイツがこんな所に?』といった感情が見て取れた。
対して俺も同じ感情を持って驚いた。それも風嵐以上に驚いた。自然とフードをより深く被り直していた。


「そろそろ仲間が出てくるだろうと思うてはいたが、まさかそれがうぬだとはな」


風嵐は後ろに跳び引き、俺の横に並んで相手と間合いを取った。
相手はそんな風嵐を追撃する事無く、また油断も無く、静かにデバイスをこちらに突きつけてきた。


「仲間?………違う」


デバイスからカートリッジをロードする音が何度か響き、斧から黄色の魔力刃を発生させた一振りの片刃の剣へと変化した。

俺はそのデバイスをよく知っている。プレシアとリニスちゃんが最近完成させたデバイス・バルディッシュ改、そのフォースフォーム『ライオットブレード』。てか、つっこんでいい?……………その形態はまだ早いんじゃね?あと10年くらいは早いんじゃね?なんでそんなワープ進化してんだよ。プレシアとリニスちゃん、頑張り過ぎだろ。どんだけ魔改造してんだよ。

そして、そんなデバイスの使い手、


「メル友だ」


キメ顔で言うフェイトがそこにはいた。


「ごめん、なのは!遅くなっ………え、キミは確かジュエルシードの時の………え?え?なにこの状況?」


そりゃこっちのセリフだよ、ユーノ。

















これが世に言うカオスというやつなんだろうか?

そんな事を思い浮かべながら、俺は目の前の光景を頭抱えたい気持ちで見つめる。
魔力蒐集するために狙っていた獲物は可愛いなのはだった。そのなのはから魔力蒐集しようと思ったら、それを阻んだのは管理局じゃなくて俺のお隣さん。そしてさらにそれに続くようにユーノがやって来た。

うん、訳分かんねーんだけど………………てか、なんでフェイトが出てくんの!?ユーノもいるし、もしかして俺が攫われたからって管理局に助けでも求めたのか?いや、そりゃねーか。


「隼を探してたら、まさか犯罪現場に出くわすなんて思わなかった。民間人への魔法攻撃、軽犯罪じゃ済まないぞ」

「ふん、元犯罪者が抜かすではないか、フェイト・テスタロッサ」

「!?なんで私の名前を………いや、その声、まさか」

「ふふふ」

「そうか、お前が………!」


って、あれ?なんか俺が頭抱えてる間にどんどん剣呑な雰囲気になってない?
てか、そうか、やっぱフェイトの奴はただ俺を探してただけか。それで偶然この状況を目撃して、メル友であるなのはのピンチを前に飛び入って来たと。そしたらさらに偶然が重なり、俺を攫った犯人と遭遇かよ。
どんだけご都合?


「………なのは、折角会えたけど、もうちょっとだけ待ってて。私、やる事が出来たから。それと、ユーノだったよね?なのはの事、お願い」


そう言うやいなや、フェイトは風嵐に疾風のごとく斬りかかって行った。それと同時に俺に向かって数個のフォトンランサーを放ってきた……………………え?俺も?


(そりゃそうだよねええええええ!)


俺は慌ててそれを華麗に回避し………訂正、それ全てに被弾しながらも、全力でビルの中から飛び出した。

まあ、あの状況下で俺の格好を見れば、そりゃあ鈴木隼とは思えねぇだろうな。だから、鈴木隼を攫った風嵐の共犯者と見做されてもおかしくはない。そもそも、そうなるために俺はこんな格好してんだ。
はやてを救うために、合コンのために、そして俺の死期を延ばすために。


「さて、どうするのだ隼よ」

「おい、一体どうなってんだよ」


俺の後を追ってビルから出てきた風嵐と、帽子を被り直しながら何が何だか分からないといった顔のヴィータが横に並んだ。


「我的には隼に攻撃したあの雌ガキを許してはおけん。ボコボコにした後、服をひん剥いて隼のようなロリコン不良のいる溜まり場にでも放置してやりたい」

「よく分かんねーけど、でっかい魔力を持った魔導師がもう一人出てきたのは好都合だぜ。あいつも蒐集してやる」


風嵐の意見はともかく、ヴィータの意見には概ね賛成だ。
だが、問題はそう簡単にいくかどうかだ。まさか、フェイトが一人で俺を捜索してたとは思えねぇ。最低でも近くにもう一人か二人はいるだろう。誰かは分からないが、そいつらが出てきた場合、フェイトはおろかなのはの魔力蒐集も続行は出来なくなる。


「二兎追うものは一兎も得ず、だ。てわけで、俺と風嵐でフェイトを足止めしとくから、ヴィータはなのはの魔力の蒐集へ向かえ」


風嵐を一人にしたらマジでフェイトを殺しそうだからな。ここはこの組み合わせがベストだろうよ。
あとはどれだけ早くヴィータが目的を達成させるかにかかる。フェイトはともかくユーノまで現れたって事は管理局も動いてると見てまず間違いない。

いろいろと面倒臭ぇ奴らが出てくる前に終わらせねぇとな。


「頼むぜ、ヴィータ」

「はっ!言われなくても分かってるよ!」


デバイスを掲げ、ヴィータが俺単独ではとても出せない速度でなのはのいるビルへと向かった。
丁度ビルから出てきたフェイトとすれ違う形となり、


「え、今のってヴィータ?」


困惑の表情で、しかしどこかいつものヴィータと違うとフェイトは感じたのだろう。慌てて後を追おうとしたが、生憎とそれは風嵐の放った魔力弾が足止めとなり、さらにその隙に俺もフェイトへと肉薄し、バルディッシュに拳を打ちつけた。


「くっ、なのは!………どけ!!」


う~む、やっぱどうもやり難ぃな。フェイトにこんな憎悪な顔向けられるなんてな。
そりゃ覚悟はしてたけどよ、どうにも複雑なんだよな~。これが理かヴィータあたりなら、俺に「どけ」とか生意気な事言った瞬間、無慈悲の一撃を顔面に叩き込んでやってるのに。


「はああああああ!!」

(うおっ!?)


フェイトが力任せにバルデッシュを振り抜き、俺と間合いを取った。しかし、風嵐の援護射撃により追撃はやって来ない。また、はのはの方に向かおうとしても俺がそれに合わせてしょっぺぇ魔法弾を数個放つ事で阻んだ。
てか、奇跡的に阻めたといった方が正しいか?フェイトはまだこのデバイスを使いこなせてないらしいからな。プレシアとリニスちゃんによれば、もしこのデバイスを使いこなせるようになったら、管理局のオーバーSクラスの魔導師相手でも互角に渡り合えるらしいし。


「くそっ!邪魔をするな!なのはがっ、それにお前たちは隼まで………………っっ!隼を、隼を返せ!」


純情なフェイトの事だ。プレシアたちと違い、純粋に俺が攫われて苦しい思いをしてると思っているんだろう。
そう考えると………痛い!心が痛い!今すぐ正体明かしてハグしてあげたい!でも無理!


「何が『返せ』だ。隼はもう我のものだ。ズッコンバッコンするぐちゅぐちゅな関係だぞ」


風嵐も風嵐でフェイトの物言いが気に入らなかったのか、得意の距離を無視してデバイスを直接叩き込む。それに合わせて俺も複雑ながら一緒に攻撃した。


(まだかよ、ヴィータ。なにチンタラしてんだ!)


なのはの傍にはユーノがいるとは言え、ヴィータの実力はよく知っている。そんじょそこらの奴相手に梃子摺るガキじゃねーはずだ。


(ちっ、しゃあねー。ちょっと心配だが、ここは風嵐一人に任せて…………)


そう考え、フェイトからヴィータたちのいるビルの方へ視線を移したのと、視界の端に人影を捕らえたのは同時だった。そして、その人影がこっちに向かって物凄いスピードでやってくるのを俺は頭をマジで抱えながら見ていた。
人影、その数は2つ。


「この野郎おおおおおおお!」

「フェイトになにしてるんだーーーーー!」


俺の方には振りかぶられた拳、そして風嵐の方にはフェイトと同じ形をしたデバイスの一振りが見舞われた。
風嵐は難なくソレをかわしてフェイトから距離を取り、俺は殴られてフェイトから距離を取らされた……………格好良く避けろって?いや、あのスピードで突っ込んできた奴の拳を避けるなんて、俺にそんな技術ねーし。


(イダダダダダダッ!?)

「またしても我の男に蛮行を働く愚か者が現れたか…………一度陵辱されてみるか?アルフ・テスタロッサ、ライトニング・テスタロッサ」


はい、とうとう現れた援軍。アルフとライトの二人。
ちっ、こうなる前に事済ませたかったってのに!ヴィータのやつ、何ぐずぐずしてやがんだよ!


「ふざけるんじゃないよ。あんたこそ、隼をさっさと返しな!」

「そうだぞ、主を返せ!それにフェイトにまで攻撃して!むぅ、ボクがやっつけてやろうか!」


お?こいつら、フェイトと違い一目で風嵐のやつを誘拐犯と断定したな。…………ああ、そういやメールの送信履歴に何件か写メもあったな。上半身裸で気絶している俺の胸板に抱きついている風嵐の写メが。
風嵐のやつ、俺の携帯で好き放題挑発しすぎだろ。


「形勢逆転だね。この場で隼の居所を喋るなら、ボコボコにした後生かして返してやるよ」

「それで、その後主もちょっとだけボコボコにするぞ!」


うわぁお、勇ましいねアルフは。てかライトや、そんな怖いこと言っちゃメだぜ?いや、マジで。

そんな怖~い二人を前に、俺はもうすでにガクブル状態。だが、方や風嵐は…………


「くくく、ふはははははは!中々愉快な事を言うではないか。そも、形成などどこも逆転はしておらんぞ?」


そう言って風嵐は下を指差した。それと同時に下から一人の女性が勢い良く現れたかと思うと、瞬く間にフェイトとライトを右手に持っていた剣で弾き飛ばした。さらに間もおかず、同じく下から一人の男が現れたかと思うと呆然としていたアルフを右足で蹴り飛ばした。

あちゃ~、来ちゃったのね。


「遅いぞ、烈火の将、守護獣」

「すまないな、ついて来たいという主を説得するのに手間取った」

「だが、まだ手遅れという訳ではあるまい」


シグナムとザフィーラが悠然と辺りを見回し、そこでふと俺に目を留めた。


「………なんだ、その格好は?」

「うるせぇ、こっちにも色々と事情があんだよ」


訝しんでいるシグナムとザフィーラに小声で返すと、俺も同じように辺りを見回した。そこには怪訝な顔でこちら……シグナムとザフィーラを見ているフェイトたちの姿があった。


「シ、シグナム、なんで………」

「シグナムのバカ!手が痛いじゃないか!それになんだよ、その変な格好」

「ちょっとザフィーラ、どういうつもりだい!」


まあ、無理もないだろうな。今目の前にいるのはどう見ても自分達の良く知るシグナムたちだし。まさかオリジナルの騎士だとは思うめぇ。
また、そんな言葉を向けられてこちらも困惑気味のオリジナル騎士たちだが、それでも目的達成の為に取る行動は一つだった。


「レヴァンティン、カートリッジロード」

「シ、シグナム!?」

「お前たちが何故私たちの名を知っているのか、気になる所ではあるが、今はそんな事はどうでもいい。……………その魔力、貰い受ける!」


シグナムの紫電一閃がフェイトに襲い掛かり、それを皮切りに風嵐はライトに、ザフィーラはアルフに殴りかかった。

そして、俺はその光景を呆然と見つめるのであった……………って、どうすんよコレ?


(ちょいちょいちょいちょおおおおおい!?!?なんだよこの急展開!?マジでカオスってきたぞオイ!)


ど、どうする、どうすればいい!いや、落ち着け。ここは当初の予定通り、なのはの魔力蒐集だ。もうすでに手遅れ感がひしひしとするが、それでもだ!

俺は改めてビルの方に向かって─────────


「へぇ、あの風嵐とかいう断章娘が出てきて、ちょっとおかしいと思ってたけど……なるほど、大方オリジナルの夜天の書を依り代に顕現したわけね。という事は、あのシグナムやザフィーラはオリジナルの騎士ね」


あ、あれ?なんだろう、俺の後ろから殺気を孕んだ声が聞こえる。おかしいな、形成は逆転してなかったんじゃなかったっけ?
こちらは俺とヴィータと風嵐とシグナムとザフィーラ。対して向こうはフェイトとライトとアルフで、つまり5対3だったはずだ。

……………ああ、そっか。つまり向こうの援軍はライトとアルフだけじゃなかったって事ね~。


「それであなたは一体何者なのかしら?状況から見たらオリジナルの夜天の主といった所だけど…………まあ誰にしろ、私の可愛いフェイトに攻撃したのだから、つまり自殺願望者というわけなのよね?いいわ、その死、手伝ってあげる」


振り向けば、そこにはプレシア・テスタロッサという名の鬼がいた。


(ラスボス来たあああああああああ!?!?!?)


形成逆転してたよ!覆せないほど逆転してたよ!よりによってもうラスボス登場かよ!
幸いにもまだ俺だと気付いてないようだが、どっちにしろラスボスお母さんは俺を殺す気マンマンだし!?変装が意味ないじゃん!


「鈴木隼という男にやる処刑の次に残酷なやり方で殺してあげるわ」

(やばいやばいやばいやばい!状況はエマージェンシーぶっちぎりで最悪だぞ!?このままじゃ確実に2回は殺される!)


ど、どうする?逃げるか?いや、どう考えても無理!ボス戦は逃げられねぇと昔から相場は決まってる!そもそもこの結界をどうやって破れと?俺にゃあ無理だし。だったら、助けを呼ぶか?でも、皆それぞれ既に始めちゃってるし………………いや、一人いんじゃん!


(ヴィータだ!ヴィータを呼び戻しゃあいいんだ!)


あいつはなのはの蒐集で、それを中断させりゃあ俺を助けに入れるだろう。
はやての命を救うためにはなのはの魔力蒐集も大事だが、何より一番大事なのは俺の命!


「さて、死ぬ覚悟は出来たかしら?私は優しくないわよ?でも、そうね………隼の居場所を喋ったなら、くびり殺さず綺麗にあっさりと殺してあげるけど?」

(どっちにしろ変わんねーじゃねぇか!!)


ここからの距離なら何とか死ぬ前にヴィータの所にたどり着けるはずだ。
俺は覚悟を決め、多少の被弾を無視してヴィータのいるビルへと向かう……………とその次の瞬間、俺は絶望的光景を目の当たりにした。


(………え?)


──────たった今、俺が目指そうとしたビルのヴィータやなのはやユーノのいた階、その上全ての階が爆音と共に消し飛んだのだった。


(……………は、え?)


上層階が吹き飛んだ為、事実上屋上となったその階から数人の人影が出てきた。
一人はなのは。彼女は自分の痛みも忘れて、呆然とした様子だった。
一人はユーノ。彼はそんななのはに肩を貸して、こちらも呆然と佇んでいた。
一人はヴィータ。彼女はさきほどまでの元気な姿はなりを潜め、ぐてっと脱力して気絶しているようだった。

そして、最後にまだ一人そこにはいた。さっきまでは姿形も見なかったある一人の女性が。


「あらあら、彼女もまた派手にやったわねぇ」


その女性は気絶しているヴィータの頭を鷲掴みにして、悠然と佇んでいた。
銀色の綺麗な髪をたなびかせ、幽鬼のような気配をかもし出すその姿は恐怖以外の何者でもない。遠目からでも軽く小便をチビれる自信がある。てか、既にちょっと股間が冷たい。


「彼女の持ってるアレはオリジナルのヴィータみたいね。………ハァ、いくらオリジナルと言っても姿形は家族のヴィータと同じなのに、よくあれだけ容赦なく痛めつけられるものね。相変わらず、彼女は怒ったらキャラ代わり過ぎよ」

(ああ、ヴィータ………)


ヴィータは完璧に気絶してるようだった。だが、その身を横たえてはいなかった。銀髪の夜叉が腕一本でヴィータの頭を無造作に掴み上げ、ずるずると引き摺っていたからだ。
夜叉はそのままビルの端まで歩いていくと、これまた無造作に、まるでゴミでも捨てるが如くヴィータをビルから投げ捨てた。
後ろでユーノとなのはが怯えて泣いているのが見えた。


(あははっ………………終わった)


ラスボスに続き、出てきたのは俺の知る限り最愛の女性であり最悪の女性。

夜叉・鈴木夜天。

裏の隠しボスのご登場だった。


(って、ちょい待って!?まだ物語始まったばっかだよ!?なんでいきなり最強で最悪の二人がご登場するわけ!?え、もう最終回!?)


超展開の急展開にも程があるだろ!マジでどうすんの!?カオスなんて言葉で片付けられねーぞ!?As編は4話で終わりって、それはシャレになんねーって!


(ど、どどどどどどうするぅぅ!?)


もうここはさっさと事情をバラして、頼み込んで一緒に魔力蒐集手伝わせるか?………いや、早まるな俺!そこには俺の明確なる死しか待ってない!だったら抵抗するか?てか、もうそれしか無くね?


(そうだよ、そもそも覚悟決めたじゃねーかよ。誰が出てこようとやり切るってよォ!)


喧嘩売ったら殺す。売られたら殺す。
それが俺だったはずだ。なのに、なにチキンな考えばっかしてんだよ。俺ァこの数ヶ月でそこまで丸くなっちまったてか?
情けねーぞ俺!
やってやる………やってやんよォ!どんな絶望的状況下に陥ろうとも、可愛くケツ振って逃げられっか!

さあ、バッチ来────────


「なに面白い事を私抜きでやっているのですか?掃滅戦と言えば私でしょう」

「あら、理。あなたも来てたの?」


………………………。


「当然です。後から出て来たクセに、私とキャラ被らせて人気を総取りしたあのビッチ断章は許せません。さらに許せないのは主ですが」

「そうね、その通りよ」


………………………。


「けれど、今主やビッチの顔を見れば私は一思いに殺してしまうでしょう。それはいけない。とことん苦しめなければ。ですから、まずはそこの性別不明なフード人間を血祭りにあげてストレス発散しようと思いまして。まあ、ゆくゆくは全員殺しますけどね」

「流石ね、理。その名の通り、とても理に適った意見よ」

「恐縮です。じゃ、殺しましょうか。管理局が来ればいらぬ面倒に巻き込まれますからね」

「ああ、局なら大丈夫よ。私が結界を張り直したから、入ってくることはおろか中の様子も見えないわ。それと、ヤるならせめて半殺しで抑えなさいよ。もう半分は私がヤるんだから」


………………………。

ねえ、俺、逃げていい?逃げていいよね?…………あれ?なんでだろう、前が霞んでよく見えないや。それに股間とケツの辺りが妙に温かくてぬちゃぬちゃするなぁ。
こいつら、ホントは俺だっ分かってんじゃねーか?………いや、そりゃねーか。俺と分かってたなら、問答無用でぶっ殺しにくるだろうし。

夜叉(夜天)に、鬼(プレシア)に、悪魔(理)が相手か…………あれ、デッドエンド確定?


(…………詰んだ)


いろいろ終了のお知らせってか?……………笑えねぇ。




[17080] Asのゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/05/30 21:24

─────────たすけてくれ


またも頭の中に直接響き渡る女の声が聞こえる。いや、コレは夢の中だから、その表現で合っているのかは定かじゃねーけど。


─────────たすけてくれ


しかし、いつからだろうか、この声が聞こえるようになったのは。


─────────どうか、わがあるじをたすけてくれ


何度も何度も同じことを繰り返し延々と………馬鹿かと言いたい。誰が見知らぬ誰かの頼みを無償で聞くかっての。
そもそもだ、


─────────おねがいだ、どうか


「そもそもだ!助けてというなら、まず先に俺を助けて!」


─────────え、はい?


「俺の夢なら、今の俺の置かれてる現状も分かっだろうが!空気読めよ!マジで殺される一歩手前を切ってんだよ!だから!何よりもまず!俺を助けてみろ!」


…………助けてみろよぅ(泣)


─────────あ、あの、………す、すみません


でしょうね!ええ、べっつに期待してなかったですとも!たかが夢の住民如きがこの状況を打破出来るかっての!だったら、いちいち出て来んなよ!こちとら生き残るのに忙しいんじゃボケ!


─────────えっと……だったら、いつまでもここにいていいのですか?ここ、夢の中ですが。


…………あれ?そう言えば何で俺は夢見てんだ?俺、寝た覚えねーぞ?……………あ、何か嫌な予感が。

















Asのゴ話~混沌を終わらせるのは、さらなる混沌?~
















パチリ、と目を開いた。視界一杯に映ったのは、ビルが両端から夜空を支えているような光景。首を横に傾けてみれば、地面からビルが横方向に伸びている。
つまり、そう、俺は今大の字になって道路に寝転んでいるという事だ。
何で俺は道路の真ん中で寝てんだ?また飲みすぎたか?
そんな事を思いながら、もう一度頭を夜空の見える位置に戻した。
視界に映ったのは予想に反して夜空ではなく────────理が俺の顔面に向かってデバイスを突き刺そうとしている光景だった。


(ぬぅおおおおおおおおおおおい!?!?)


訳が分からず、と言ってもそのまま受ける訳もなく、俺は横に身体ごとゴロゴロと転がって、その凶悪無慈悲な一撃を回避。


「ちっ、まだ気を絶ってなかったのですね。嬲り殺し甲斐があるとは言え、いくら何でも頑丈が過ぎるのでは?」


今の一撃で道路に20cmくらい埋まったルシフェリオンをずぼっと引き抜きながら、溜息を漏らす悪逆幼女・理。


(あ、あっぶねえええ。マジで後数秒起きるのが遅かったらザクロっちまうところだった!)


いつの間にか俺は気絶してたみてぇだ。
この俺が気絶するたぁプレシアとの初喧嘩以来だが、それも今自分の状態を見れば情けないが納得するしかない。
もう俺ボロボロよ。
辛うじて顔を隠しているフードは死守しているが、そこ以外の箇所はひでぇのなんのって。レイプされたかのように服が何箇所も裂かれてる。形はジャージだけど、これ一応は騎士甲冑よ?それをたった10分足らずでここまでするかよ。
相変わらず理は出鱈目に強ェなあ。てか、こいつ日ごろの喧嘩ん時は手加減してやがったな?


(けど、俺の方が強ェし!)


意地と根性と男気を持って、ボロボロの体で立ち上がる。
こんなクソガキにいつまでも見下されてたまるかってんだ。しかも、今までの喧嘩で手加減されてたって分かったら、俺ァもう収まりつかねーよ?


(一回ぶっ殺して教育し直してやる!)


確かに俺よりこいつの方が力は強ぇだろうさ。魔力も高ェだろうさ。戦闘も比べるまでもなく巧い。
けど、強いのは俺だ!勝つのが俺だ!


「ほう、立ちますか。心胆と耐久力だけは人並み以上にあるようですね。そして無様で、滑稽で、見苦しく………しかし雄雄しく強き心をお持ちのようで。まるで誰かのようですね」


くるくるとる頭上でルシフェリオンを回し、4~5回転の後に腰だめに構え、先端をこちらに向けた。その先端に見る見る内に紅蓮の輝きを発する魔力(2011.5.某日、断章娘たちの魔力光がようやく判明!)が収束していく。


「しかし、それが気に入りません。そういう生き方をして魅力的に感じるのは我が主のみ。そこいらの雑兵には過ぎた生き方です。よって、これで清く消し飛びなさい」


相変わらずの無表情で、見事なまでに物騒な事をほざく理。
このままでは、きっと数秒後にはその言葉通り俺の体は消し飛ぶだろう。常日頃から『非殺傷設定』という言葉を鼻で笑うような奴だから、当然今回もガチで殺傷する気満々だろうしよ。
対して、俺は砲撃魔法なんてほぼ出来ない。唯一夜天から習った『ラグナロク』も、理のブラストファイアーにさえ撃ち勝てる自信がねぇ。

だから、俺の取る行動は一つ。


「………なんですか、その『やれやれ』とでも言いたげな反応は。それもアメリカ人並みのオーバーリアクション」


追加して、俺は両の拳を何度かゴツンゴツンとぶつけ、片手を理に向かってチョイチョイと挑発。


「なるほど、つまり魔法では敵わないと悟り、だから『肉弾戦で来いよ』と?」


そゆこと。
ホントは最初からこうやって挑発したかったんだが、理の奴、問答無用で魔法ぶっ放し始めやがったからな。接近戦に持ち込む隙なんてまるでなかったし。


「魔導師のクセして接近戦を希望するとは、馬鹿なのか自信があるのか。そもそも、私のようなか弱い少女を殴ろうとするなんて、いい大人のする事ではないですね」


ぷっ、か弱いだって。ぷぷぷっ、か弱いだって!理がか弱いだって!か~よ~わ~い~!!
超ウケる!


「あ、今なんかカチ~ンと来ました。いいでしょう、受けて立ちましょう」


気持ち怒り顔になった理は、ルシフェリオンを消し、コキコキと首を鳴らした。


「肉弾戦なら御せるとでも考えたのでしょうが、それは無思慮であった事を思い知らせてあげましょう。生まれる前ならいざ知らず、今は一日の喧嘩アベレージが8を超えるこの私。勝てるのは主とキレた夜天のみです」


上等上等。その勇ましさや良し!
ンじゃ、こっからは戦闘じゃなく喧嘩だ!つまり俺タ~イム!…………と、言いたいところだが。

そう簡単にゃあいかねーもんだった。


「しッ!」

(げべっ!?ぎ、ッッのヤロウ!死ねぇぇぇぇえええ!)

「ぐッ!?ッッまだです!」


喧嘩ってか、泥仕合?
殴ったら殴り返され、殴られたら殴り返す。蹴りもまた同様。
技術もなにもあったもんじゃない、まるで獣同士の気合と根性の喧嘩だった。


「「フーッ、フーッ、フーッ………」」


お互いの右ストレートがお互いの左頬に突き刺さり、踏鞴を踏んで後退、そこで肩で息をしながら理の様子を窺う。


(ちっ、流石にもう喧嘩慣れしてやがってんな)


理も肩で生きをして見るからに疲れているが、実際のところ俺のほうが被害が大きい。なにせ向こうは本職が騎士だかんな、どうしてもその差が出ちまう。
それでも勝つのはどう考えても俺だけど。


「ふぅ、主以外にこうも出鱈目な魔導師がいるとは思いもしませんでしたよ。まさか頭突き、噛み付き、目潰しを平気で子供に見舞うとは」


そりゃお互い様だ。騎士甲冑を食い破るとか、どんな顎してんだよ。

しかし、このまんまじゃちょっと不味ぃな。決着がつかん。
俺は理だけを相手してるが、風嵐たちはフェイトにライトにアルフ、そして夜叉と鬼も相手してっからな。まだ向こうの方からドンパチやってる音が聞こえるってぇことは、最低でも生きてはいるだろうが、それは時間の問題以外の何物でもない。


『あっちにもまだハエが飛んでるわね。それも現在進行形で私のフェイトとライトとアルフに攻撃してる馬鹿の極みが。理、そのジャージはあなたに任せるわ』


あの時、そう言って殺気をばら撒きながら夜天共に去って行ったプレシアを、俺は止める事が出来なかった。


(どうすっかな~。やっぱ俺だってバラして、こいつらのヤンチャを止めさすか?いや、もうそりゃ手遅れだな。どうせ殺されるなら、抗えるだけ抗いたいし)


しかし、どうにかしてこの場を乗り切らにゃあ、俺らは鈴木家とテスタロッサ家の合同軍に全殺しにされちまう。そりゃいけねぇ。俺ははやてを助けてやって満足感に浸るという願いがあるんだ!そして合コンだ!


(勝つ!勝って、生きて、脱童貞!!)

「ピリピリとした空気が身に当たる…………ここに来てさらに気概が増しますか。いいでしょう、私も滾ってきました」


拳を握り込み、眼前のカスを睨み付ける。フードの向こう側では、理もまた同じように俺を睨み付けていた。


「逝きなさい!」

(死ね!)


一歩、踏み出した。

─────────のと同時に、桜色の光がまるで昇竜のように夜空へ高々と翔け昇り、プレシアご自慢の結界を薄氷を割るが如く砕いた。そりゃもう見事な轟音を響かせながら、これでもかってくらいのトンデモ光景だった。


(……………なんスか、ありゃ)


いや、いやいやいや………は?ここに来てさらに展開すんの?
もう訳分かんねーよ。あー、アレですか?もう終わりですよってか?幕ですよってやつ?じゃあ取り合えず拍手しとこ。ぱちぱちぱち。


(ンな訳あっか!マジかよ、結界壊れたって事ァ管理局の奴らに気づかれんじゃん!?ふざけんなよ、まだ喧嘩の途中なのに!)


確かによ、さっさと喧嘩終わらせて風嵐たちと一時トンズラこきたかったさ。けど、こりゃねーぜ。こんな中途半端な喧嘩の終わりってねーだろ。消化不良もいいとこだ。

クソ、誰だよ、あんな化け物みたいな魔法撃った奴は!


「あれは、私のルシフェリオン・ブレイカーとほぼ同出力の砲撃………オリジナルか」


オリジナルって、嘘、アレってなのはが撃ったのかよ?超可愛い顔してても理のオリジナルってことか。


「やってくれますね。これで局が来るのも時間の問題……………少々物足りませんが、今回はお開きですね」


………ちっ、まあこればっかりはしゃあねーか。鈴木家もテスタロッサ家も叩けばゴミ屑しか出て来ない家族だからな。局に捕まったら何されるか分かったもんじゃねーし。
けど、ちょっと意外だ。理の事だから、管理局とか関係なく、むしろ全殺しするくらいの勢いで喧嘩を続けると思ったんだけど。
まあ、かく言う俺も以前の俺だったら気にせず続けただろうけどよ。けど、今は無理。なにせ色々と背負っちまってるからな。特にアリシアとリニスちゃんが御用される姿なんて見たくもねぇ。


(まあ、なんにせよ、これで一時休戦。流石のプレシアや夜天も局が出張ってくれば冷静になるだろ。あいつらは家族を大切に思ってっしな。いくらキレてても、退き所は弁えてるはずだ)


つうわけで、俺も華麗にトンズラさせて貰おう。ところでアイツら全員生きてっかなぁ。ヴィータは半分くらいは死んだだろうな。オリジナルのヴィータは、ちょっとだけガキらしいから嫌いじゃねーんだよなぁ。帰ったら慰労してやるか。


(ンじゃ、さっさと帰────────あれ?)


今まさに飛び立とうと踵を返そうとし、なぜかそれが出来ないことに気づいた。
てか、四肢が動かない事に気づいた。そして、その四肢にいつの間にか赤色の輪が付いてる事に気づいた。


(おっかしいな、俺こんなアクセしてたっけ?)


って、これバインドじゃん!?


「なに平然と帰ろうとしているのですか?確かに喧嘩をお開きにはしましたが、誰もあなたの事を逃がすとは言っていませんよ」

(やってくれるぜ、このクソロリ!!)


体を揺すってみるが、当然の如く抜け出せない。バインドがその空間そのものを固定して展開しているので、そのバインドに手足固定されちゃあどうやっても無理。そして勿論バインドの破壊も俺にゃあ無理。


「さて、では縛り上げて連れて帰りますか。あ、と、その前にしぶとく隠し続けているお顔を拝見させて頂きましょう」


理が近づき、ゆっくりとフードに手を伸ばしてくる。それに何とか対抗しようと頭を揺すったが、次の瞬間、理から容赦ないボディブローをもらった。


(ごほっ……このガキャあ!)

「大人しくなさい」


敵には本当に容赦のないガキだ。いつか絶対ェ泣かす!


(………ちっ)


俺は半ば諦め、体の力を抜いた。もうどうにでもなれってやつだ。この後の展開も知った事か。考えんのも面倒臭ェ。
まっ、今は俺だと知った時のコイツの驚きの顔、そして主を容赦なくボコッてしまった罪悪感に塗れた顔を見られる事だけを楽しもう。…………罪悪感はねーだろうけど。


「では、改めて」


理がフードに手を掛けた。
と、同時に、


「っ!」


僅かだが息を呑む音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には視界から理の姿が消えた。そして、その代わりとばかりに目の前には仮面をつけた一人の男が佇んでいた。さらにその男は俺を拘束しているバインドまで解除してくれたのだった。


「………仲間ですか?」


突然消えたと思っていた理の声が、前方約10mの離れた所から聞こえた。腕を胸の前で交差させ、さらに肩ひざを地面についている理の姿は、どう見ても『攻撃は防御したけど吹っ飛ばされました』みたいな感じだ。


(………いや、だから何よこの展開)


いきなり現れた仮面の男。勿論、俺はこんな変態仮面男なんて知り合いにはいない。いてほしくない。
が、そんな変態仮面は何故か俺を助けた…………で、いいんだよな?俺、助けられたんだよな?てか、誰よ?そもそも何で仮面?

そんな絶賛混乱中の俺を余所に、理がルシフェリオンを出して男に向けて構えた。まあ、どう考えてもその射線上には俺も入るので、むしろ『二人に向けて』が正確なんだろうけど。


「いきなり乱入してきたということは、つまり殺されたいという解釈でよろしいのですね?しかも仮面なんてつけて、俺カッコイイとでも思ってる痛々しい中二の男子ですか?」


理の挑発的な毒舌もどこ吹く風で、仮面の男はただ一言。


「─────去れ」

「ええ、去りますよ。そっちの男を連れて」

「………………」


男は無言で俺の前に立った。それはまるで理から俺を守るように。
理と男がジッと睨み合い、それが十秒くらい続いたかと思うと、唐突に理がデバイスを消して溜息を一つ。
先に折れたのは理だった。


「限界ですね。これ以上ここに留まれば局に捕まってしまう。私一人ならいざ知らず、そっちの男を抱えて連れ去るのは無理でしょうから。こんな事になるなら、他の騎士も連れて来るべきでしたか。魔法世界の方に捜索に行かせたのは間違いでしたね」


そう言って理は浮かび上がり、俺たちに背を向けて飛び立とうとして、最後に思い出したかのように一言。


「次は総戦力で最初から全力で殺しに行きますので、覚悟しておいて下さい」


負け犬の遠吠えなんて可愛らしいもんじゃない、悪魔の死刑宣告を言い放ち、理はビルの合間を縫う様に身を隠しながら飛び去って行った。
そして、この場に残るは変態仮面と俺。


(なんなんだよ、コイツは)


訳が分からなかった。この男も、この展開の移り変わりの早さも。まるで着いていけない。現実はどれだけ忙しいんだ。
まあ、今は着いて行ける範囲で、分かった事とやらなければいけない事を実行しよう。もう考えんのメンドーだし。

…………つう訳で、まあ取り合えず目の前の男の後頭部を思いっきり蹴っ飛ばしてみました。


「っ!?な、何をする!」

「うるっせぇんだよボケ。てめぇ、よくも人の喧嘩邪魔してくれやがったなコラ」

「な、は?」


仮面をつけてるとは言え、雰囲気からこの男が呆気に取られてるのが分かる。


「あそこで油断させといて頭突き喰らわしてやろうと思ってたのによォ。なのに、得意顔で『助けてやったぜ』とでも言いたいのか?恩着せがましいんだよカス。そもそも、俺を助けるなんて100万年早ェんだよ、この身の程知らずが」

「───────」

「しかも、てめぇ、うちのモンを攻撃しくさりやがったな?アイツを傷物にしていいのは俺だけなんだよ。分かったかアホんだら。それとも死ななきゃ分かんねーか?だったら丁度いい、今すぐ殺してやんぜ。消化不良だしよォ。おら、掛かって来いや」

「───────」

「聞いてんのか、ああん?返事しろやオイ。死にてぇのか、ぶっ殺されてぇのか、どっちだっつってんだよ」


呆けている男の襟首を片手で掴み上げ、仮面にデコをぶつけ、至近距離でガンつけた。

今が差し迫った状況だってのは分かってる。管理局がすぐ近くにいるだろうし、風嵐たちの安否も気にはなってる。
けど、そんなモンよりもまずは自分の今の正直な気持ちをぶつけること優先だ。


「は、離せ!こんな事をしてる場合じゃ………」

「おいおい、女みたいにこの場は誤魔化して凌ごうってか?喧嘩の邪魔する事といい、てめぇそれでも男かよ?金玉付いてんだろうが」


言いながら、俺は締め上げてる手とは逆の手で男の股間を鷲掴みにした。

いや、別に深い意味はないよ?ほら、男同士ならよくやるある種のスキンシップと同じだよ。ノリでよくやるじゃん。俺はホモでもバイでもないしさ。

そう、そんな軽いノリでやったんだけど…………。


(…………あれ?無くね?)


何がって、ナニが。
…………いや、そんなまさか。そんな訳が無いよな。こいつ、仮面はつけてるがどう見ても男だし。声も男のそれだし。


(位置がズレてんのか?………ああ、そうか、小さいという可能性も)


モミモミモミ………………あ、あれ?どこにやってもそれらしい手ごたえが無い。そんな、まさか女というオチはあるめぇし。
試しに締め上げてたもう片方の手を下にずらし、胸も触ってみた。…………うん、まっ平らだ。


(…………取っちゃった人?)


男の胸と股間をモミモミしながら、そんな考えが浮かんだ。
が、しかし。
そんな考えも、次の瞬間には吹っ飛んでしまったのだった。なぜならば、『ポンッ』というファンシーな音がしたかと思うと、目の前にいた仮面の男が突然女になったからだ。しかも、猫耳尻尾付きの結構可愛い顔した女に。


「─────────は?」


いや、だからさ、急展開し過ぎなんだって。俺の脳の処理速度はもう限界突破してるよ?なんで男がいきなり女になんだよ?性転換の魔法?だったら俺もそれ覚えたいな~。で、女の体になって女性風呂の方に…………………………………ちょっと待とうか。


(目の前にいる男が女になって………つまり、今俺がモミモミしてサワサワしてるコレは…………!)


ま、ましゃか、お胸様と、そして───────


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「ぷにまん!?!?!?」


俺の最後に見た光景は、太陽並みの真っ赤な顔で、瞳に涙を限界ギリギリまで溜めた猫耳尻尾の女の子の拳が眼前に迫っている光景だった。
 
そして、最後に思ったのは……


(は、初めて触った………もう、死んでも、後悔はない…………嘘、やっぱり1回はヤってから死にたい)


最近、一日に1回は気絶している今日この頃。


















パチリ、と目を開いた。その行為に強い既視感を覚えながら、ゆっくりと周りを見渡す。
どうやらここはどこかの路地裏のようで、薄暗くて僅かに異臭も漂っている。酔いどれか浮浪者でもない限り、好き好んでこのような場所には入りたがらないような場所だ。だというのに、俺の胸中に懐かしさ
に似た感覚が去来しているのは、それは数年前まで寝床としてこのような場所をよく利用していたせいか。
なんだか可笑しくなり、笑おうとしたら口の中に激痛が奔った。こりゃ口の中が悲惨な事になってんな。


「なに変な顔してんだよ」


そんな声が聞こえ、ふと隣を見るとヴィータが俺と同じようにビルの壁を背に座り込んでいた。さらにその向こう側には風嵐、シグナム、ザフィーラ、シャマルの姿がある。
皆、例外なくボロボロで、満身創痍という言葉がこれほど当てはまるのも珍しい程の状態だ。


「おおっ、起きたか隼。傷は大丈夫か?」

「体中が痛ェよ。けど、今お前がさすってる所は至って健康だ」


どこをさせられているのか、それは言わないでおく。さすってる奴が風嵐だと言えば、もう説明不要だろう。


「ンで、ここどこよ?なんでこんなトコにいんの?」


俺の問いにシグナムが答えた。


「ここはあそこから5kmほど離れた所だ。気絶したお前を私が見つけて背負って退却した。お前のそんな姿を主はやてに見せるわけにはいかなかったからな、ここで休んでいたんだ。いや、それは私たちもか。安心しろ、局の目は撒いた」


シグナムは痛みか、それとも悔しさからか、苦々しい顔をしていた。


「はは、確かに皆ボロボロだな。シャマルも、お前いつ来たんだ?」

「シグナムたちが出てすぐです。それで、ついてみたら地獄を見ました」

「地獄?………あたしはそんな生易しいモンじゃなかった気がするけどな」


ヴィータがぶるっと一度身震いした。おおかた夜天のことを思い出したんだろう。気持ちは分かる。あの状態の夜天はデビルメイクライだからな。

俺はヴィータの頭を軽く撫でてやる。


「わりかったな。うちのモンが調子こいたせいで滅茶苦茶になっちまって。今度キッツいお灸据えとくからよ」

「え、ちょっと待てよ、どういう事だ。その『うちのモン』って」


俺の発言を皆が訝しみながらも、話せと訴えかけてくるような視線をよこす。風嵐も「いいのですか?」という視線を向けながら、未だに俺をさすっている。

まあ、もういいだろ。今さら俺の正体を明かした所でどうなる?事はもうすでに手遅れだ。スロットでメダルを入れた段階なら間に合うが、回してしまったリールはもう止めるしかない。そして、勝つためには回し続けるしかないんだよ。

俺は破産覚悟で大量のメダルを今投入する。………1枚5円だけど。


「俺は管理局員じゃねぇ。魔導師だが、ただの一般人だ。で、職業は『夜天の主』。役職は社長ってとこか?部下には夜天、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、理、ライトがいる。さらに取引先としてテスタロッサという魔導師家族とも仲良くさせてもらってる」

「ちなみに、我も隼の妻兼騎士だ。主は小烏ではなく、この鈴木隼だ」


俺と風嵐の衝撃の告白に皆は沈黙。そして一拍、二拍と沈黙が続き、オリジナル騎士たちの奇声が上がったのは六拍目くらいだった。


「ど、どういう事だ、鈴木隼!」

「はァ?!お前が主?何の冗談だよ!」

「ええと、隼さんは主で、部下に私もいる?え、あれ?」

「俺が護るのは主はやて一人だけだ。隼、貴様はナニを言っている」


へいへい、落ち着けよ。そう慌てんな。面倒だなぁ。


「正確に言うなら『夜天の写本の主』だ。夜天のしゃ・ほ・ん、OK?つまりお前らの夜天の……ああ、今は闇か、その闇の書のコピーを俺は持ってるわけ。機能も完コピされてっから、勿論騎士たちも健在。今もお前たちのコピー騎士と俺は生活してる。丁度、今の八神家のようによ?」

「そ、そんなこと………」

「信じられん?あり得ん?でもマジ。その証拠として、ほれ」


俺は写本を顕現させた。それを見て、騎士たちが驚きを顕わにする。


「そ、それは確かに闇の書………で、でも、隼さん、脚は?はやてちゃんみたいに闇の書の呪いには……」

「ねーよ、そんなモン。もう主になって半年以上経ってっけど、現在進行形で健康そのもの。怪我は絶えないけどな。ああ、だから完コピってわけでもねーか?」


ああ、戸惑ってる戸惑ってる。まあ、それも当然か。いきなりこんなカミングアウトされちゃあ、普通はすぐには受け止めれねーもんだろうよ。

そう思って、さてこれ以上どう説明しようか悩んでいたら、


「だったら!」

「うおっ!?」


いきなり横からヴィータに大声と共に迫られた。一体なんだよと思い、顔を見てみると、そこには怒った様な、懇願する様な顔があった。
そしてヴィータから放たれたのは悲痛な願い。騎士としての率直な思い。


「だったら、はやての脚を治してくれよ!夜天だかなんだか知らねーけど、お前もはやてと同じ書の主なんだろ!?お前がそうなら、はやての脚が悪くなるなんておかしいだろ!なあ、頼むよ、はやてを今すぐ治してくれよ!お前なら、治し方くらい知ってんだろ!?」


続いて他の騎士も声を上げて訴えてきた。


「ヴィータ………鈴木隼、私からも頼む。お前が主とか、コピーの自分がいるとか、そんな物は後でどうとでも対処する。今はただ、主はやてを助けたいのだ。だから……」

「隼さん、お願いします。はやてちゃんを治してください。あなたの持ってる書の中に、何か良い方法は記されてないんですか?」

「俺からも頼む。どうか我が主を救ってやってほしい」


………やれやれ、まったくどいつもこいつも馬鹿ばっか。自分がこれだけ怪我してんのに、気遣うのは他人の体かよ。まあ、俺んちの騎士どもも似たようなモンだったけどよ。あれらも最初のころはまさにこんな感じだったな。それが今じゃあ、結構なレベルで図々しくなってるし。


「はいはい、お前らの思いは分かった。でも、無理ッスよ?」

「な、なんで!?」

「いや、治し方なんて知らねーし。書の主だからって、何でも出来るわけねーじゃん。俺が健康だからって理由だけで、同じ書の主のはやても健康になるとか、そんなご都合ねーべ。世の中ってやつァな、助かる奴は助かる、くたばる奴はくたばる、そう上手く出来てんだ」

「なんだよそれ……なんだよそれ!ふざけんな!認められるか!はやては……はやてはもっと生きなきゃなんねーんだ!あんな優しい奴はもっと楽しく生きるべきなんだ!」

「そうですね~。いや~、こっちのヴィータはホントにガキらしく真っ直ぐだなぁ。ガキ過ぎて逆に反吐が出そうだぜ。カーッ、ぺっ………あ、反吐じゃなくてタンが出た」

「お前……!!」


自分の体もボロボロで動くだけで痛いだろうに、それでも俺がムカつくのか、震える手で俺の襟首を締め上げてきた。見れば他の騎士たちもかなりガンくれやがってる。
ンだよ、ヤんのかコラ。…………あ、風嵐、お前はちょっと抑えろ?その振り上げたデバイスを仕舞え。


「離せよ、クソガキ。それにてめぇら全員、なに熱くなってやがんだ。てか、勝手に勘違いしてんなよ。俺、言ったよな?はやては助けるって」

「!そ、それは………」

「確かに俺ァ今すぐはやてを治せねーよ?けど、魔力集めりゃ治るんだろ?だったらその方法で治しゃあいい。お前らもそう決めたんだろ?あと1ヶ月もない短い時間で必ずはやてを助ける。その為なら、上手く出来たこの世の中も、ご都合も、俺にとってはクソ食らえ。そんな訳分からん理不尽より、俺の気持ちから来る理不尽の方が優先だ」

「なるほど、これが噂に聞く主の『意味の分からない、勢いだけの、けどどこか気持ちいい超暴論』か。中々に爽快だな。我も膣の中から熱くなってくるぞ。まるで主の言葉が棒になって突き刺さったかのようだ」


うん、風嵐はちょっと黙ろうか。金輪際、こいつにはシリアスパートでは喋らせちゃ駄目だな。


「まあ、つまり今までとやる事は変わんってことだな。俺が誰であろうと、お前らがどう思おうと、今はただはやてを助けてやる為に魔力を蒐集しまくるだけだ」

「そうか……そうだな、お前に縋るのは間違っていた。我らの主は主はやてのみ。そして、主はやての騎士である私たちが『魔力を蒐集して助ける』と決めた。なら、それを成すだけだ」


そういう事。今更ぐだぐだ考えた所でもうどうにもならん。やる事が決まってるなら、それをやり通せばいい。簡単な話だ。


「だが、一つ問題がある」

「あん?」


シグナムが神妙な顔で呟いた。そして、俺にキツイ視線を向けてきた。


「お前の騎士と、それからテスタロッサだったか?その者たちの事だ」


ああ、ね。
忘れてたわ。そうだよ、あいつらをどうにかせにゃならんのだった。今回みたいに魔力を蒐集する度にやりあってたんじゃ、はやての命のリミットには絶対に間に合わん。


「そもそも、お前はどうして主はやての家に来たのだ?あの金髪の魔導師や、やたら凶悪な鞭捌きをしていた女が言っていたが、お前の事を探しているようだったぞ」

「ああ、それはあたしも気になってた。あの超怖ェ銀髪も「隼はいねぇが~」みたいな感じだったし」

「ん~、まあ、いろいろ複雑な理由があるんだが………一言で言えば、喧嘩?」

「け、喧嘩!?殺気が尋常ではなかったぞ!?」


驚きだよな~。俺も驚きだ。…………マジでどうにか対策打たにゃ殺されるな。


「だからよ、何か対策ないかな?あいつらが邪魔してこないような良い案」

「………お前が帰ればいいんじゃないか?」

「ザフィーラ、ハウス」

「殺されたいのですか、駄犬」

「風嵐まで何故だ!?」


馬鹿が。それが出来れば苦労はねぇっての。オリジナルザフィーラもコピー同様、あんま使えねーなぁ。それだから犬なんだよ。この犬。


「はい、次、意見のある人」

「ええっと、それだったら事情を話して手伝って貰えばいいんじゃないですか?」

「そうだな。あの銀髪一人でも手伝ってくれれば、魔力なんてすぐに集まるだろ。……お前の騎士やってるもう一人のあたしに会うのは何か複雑だけど」


シャマルとヴィータの意見もまた尤もなものだ。俺も幾度も考えた。けど、それは俺の中ですでにダウトなので却下した。


「やっぱそんないい案はないか」


けど、だからってこのままじゃ駄目だ。何が駄目って、おもにこれからの物語的に。
毎回カオスは疲れるんだよ。

頭を悩ます俺に、シグナムは冷たい現実を突きつけた。


「難しいのではないか?お前の騎士は我らのコピーなのだろう?少し複雑な気分がだ、だからこそ良く分かる。一度剣を振り上げたなら、目標を斬るまで下ろす事はないぞ。足止めでさえ、容易ではないだろう」

「だよな~。だからって敵として相手して無事に済むわけがねぇし。蒐集出来たらかなり捗りそうだけど」


なにか、なにか良い案はないものか。
鈴木家とテスタロッサ家を潰す、もしくは喧嘩場に出てこさせないような案。さらにあわよくば、あいつらの多大な魔力を大量に蒐集する事が出来るような案は!


「じゃあいっその事、ザフィーラを隼に変装させて足止めさせてみるか?」

「おい、ヴィータ。隼の話しを聞く限り、そこに行けば俺は確実に死んでしまうぞ!しかも、俺自身に!」

「ザフィーラ、俺のためにありがとう」

「何故お前のために死なねばならん!」


まっ、そんな簡単にはいかねーよ。ザフィーラと俺じゃあ体格が違いすぎるし、何よりたかが変装程度でうちのモンが騙せ通せるわけがない。
ハァ、こりゃ毎回戦争するしかねーんかなぁ。命と体がいくつあっても足りねーぞ。

俺は頭を抱え、髪をがしがしと掻く。フードを被ってはいたが、流石にあれだけ派手に喧嘩すれば関係ないのか、髪の毛の中から砂がぱらぱらと落ちてきた。
霞んだ金髪が、その汚れでさらに霞んでしまっていた。…………………………………ん、あれ?今なんかすごいヒント的な事が思い浮かんだような?


(霞んだ金髪………変装………大量の魔力………)


……………………………あ。


「いたあああああああああああああああああああ!!!!!」

「「「「「!?」」」」」


いた!いた!いた!いた!
いたよオイ!
ちょ、え、マジでキタ!あいつらを足止め出来て、かつ大量魔力ゲットの案キタコレ!
やべぇ、俺マジで冴えてる!ちょっと凄くね?天才じゃね?なんか鳥肌立った!俺の発想パネェぞ!


「ど、どうしたんだ隼?急に大声出して」

「フゥーーーハハハハハ!聞いて驚けテメェら!邪魔ものどもも、はやての命も、全ての事を近いうちにこの俺が一切合財解決してやんよォ!!」

「ほ、ホントか!?」

「当然!」


俺の計画に抜かりはない!完璧だ!もうどんな邪魔者が乱入してきても大丈夫!………………あの仮面娘とはもう一度会いたいけど。あの子、リニスちゃん程じゃないにしてもなかなか可愛かったな~。もう一度だけ会って、是非とも連絡先を交換したいもんだ。あ、いや、その前に一発殴り返さにゃな。


「……………少々計画に変更が必要になりそうだな」


ん?なんか隣で風嵐がぶつぶつ言ってる。


「なんか言ったか風嵐?」

「計画に変更が必要になりそうなのだ」


なんの計画だよ。てか、お前はなんも考えなくて結構!なにせ、ここに軍師・隼がいるからなァ!


「計画?俺の計画に全てを任せておけ!ははははははははは!」


邪魔者の足止め、大量の魔力蒐集、戦力増強、さらには俺の命の安全…………上手くいけばこれ全てが一挙解決!いや、絶対に解決させる!


(俺はもう止まんねーぞ!)


男の高笑いがその日、路地裏に響き渡った。





[17080] Asのロク話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/06/12 21:11

今日のの喧嘩は過去稀に見る大喧嘩だったと言えよう。
あっちで原色の光が輝けば、こっちで肉を殴打する無骨な音が響く。罵声が飛び、血潮が飛ぶ、一見戦場のように見えても、しかしそこは喧嘩場だった。

そんなおっかなくも楽しい喧嘩を、三度の飯と同じくらい大好きな隼君は勿論とても楽しんだ……………わけねーじゃん。

いや、もうねぇ………このままじゃイカン。イカンのですよ。ビンビンにおっ立っちまってんだよ、壊滅フラグが。いろいろな意味でよォ?
何をどこで間違ったとか、そんな考察してる余裕なんてない。可及的速やかにフラグをへし折るしか生き残る道はねーんだよ。俺はまだ死ねないんだ。女一人抱くことなく死ぬなんて、そんなダセェ醜態晒せるかよ。何としても生き残って、哀れなはやてを救ってやって、ハッピーなエンディングを迎えなきゃなんねーんだ。その為なら、俺は夜叉でも鬼でも悪魔でも相手取って喧嘩してやる。
とことん突っ走ってやる………俺が童貞である限り。

そんな心意気が、きっと居もしない筈の神にも届いたんだろう。

天恵が舞い降りたんだ。それはもうリニスちゃんが満面の笑みで俺に笑いかけてくれるが如くの希望を伴った天恵が。
だが、しかし俺も最初はその天恵の実行に躊躇った。所詮は俺の頭で閃いた程度の打開案だ。よくよく考えれば穴だらけで、むしろそれは自ら進んで穴を掘ってしまうような考えなんじゃないかって。自慢じゃないが、工事現場のバイトでよく穴掘りはやってたから得意なんよ。よって今回も俺は綺麗な穴を掘っちまうんじゃないかって危惧したさ。
だからさ、俺はもう一度冷静になって考え直そうとしたんだ。練って練って、より良い案を出そうかと思って………………思っただけでやめた。
だってこの俺がどうこう考えた所で良い案なんて出るわけねーし。その場のテンションで平和に生きてきた俺が何をどう考えろっての?それにさ、昔の偉い人が言ったじゃん?『99%努力しても、1%の閃きがありゃあ努力なんてしなくていいんだよバ~カ!てか、努力する姿カッコイイが許されるのは小学生までだよね~』てよ。
だから俺もそれに則って「俺って天才!」的なノリでもう行っとこうかな~てね。面倒くさい事は無視して、思いついた事は即実行。楽に生きようぜ。
コレで良くね?うん、よろしい。

……………つう訳で、


「ウッス、姐さん。ジェイルいる?」


当初の閃きのままに、俺は実行に移すのだった。

使えるモンは使わねーとな。
















Asのロク話~たまには平穏無事な一日もいいよね………嵐の前の静けさ?~















先の第一次バケモノ大戦から数時間経った現在、八神家の一室にて、俺は電卓に似た端末を操作していた。
現在時刻はすでに夜の12時を回っており、はやて以下騎士は全員各々の部屋でぐっすり就寝中。

あの修羅場から無事生還を果たした俺たちを、はやては涙ながら安堵し、また怒っていたのは記憶に新しい。てか、ほんの3~4時間くらい前だし。
ボロボロになって帰ってきた俺たちの姿を見て、はやてはまずは驚き、そして泣き、さらにどういう事かと怒り始めたのだ。それはもう悲痛な限りで、さらに主を心配させてしまった騎士共の様子も悲痛な限りで、もう悲痛スパイラルだった。勿論、俺はそんなスパイラルに組み込まれるのは嫌なので、一人大人しくタバコを吹かしていたら、『なに一人関係ないですよ的な顔しとるんよ!』と可愛い関西弁ではやてに怒られ、敢え無くスパイラル仲間となってしまった。
それから1時間に渡りはやての講義が始まり、それに対して適当に相槌を打ちながら適当に事情説明してたら、はやてはその態度が気に入らなかったのかさらに癇癪を起こし、聞くに堪えない程うざったく感じて来た俺は、ギャアギャア喚くはやてを問答無用で風呂に叩き込んで漸く終わった次第だ。
そのあと夜食を食いながら、騎士達に話した俺の素性をはやてにもカミングアウトし、最後にお決まりの「全て俺に任せろ!」と熱血馬鹿のように宣言して取りあえずの所は事なきを得た。

んでだ。

俺は今宛がわれた八神家の一室でベッドに寝そべりながら端末を操作してるわけ。


「────そういう事で、俺は何故か知らんがオリジナルの書の主の家にいるわけ」

『ハハハ、まったく君は相も変わらず飽きさせない男だね』


俺の今の置かれている状況を聞いて、さも愉快そうに笑う一人の男。
端末の先から空中に小さな画面が浮かび上がっており、そこには可笑しそうに顔を歪めるジェイルが映っているのだった。


「こちとら笑えねーんだよ。このまま行けば俺ガチで終了しちまうっての」

『そうだろうね。管理局だけでなく君の家族まで出て来ては、闇の書の完成はまず無理と見ていい』


ちなみにこの電卓に似た端末だが、曰く、ジェイルんち直通の秘匿回線端末らしく、管理局でも傍受出来ない一品らしい。
何故俺がそんなモン持ってるかというと、例の『週に一度のジェイル宅家庭訪問』の時に姐さんから貰ったのだ。


「ンな事ァ分かってんだよ。だがな、そこは流石の俺!解決策がピコンッと閃いたわけよ!」

『ほう?』


今までの愚痴交じりの現状報告も、冒頭の『天恵』を実行するべくの土台作り。
ここに来てようやく本題に入れる。


「今俺の頭を悩ませてる絶望は三つ。一つは俺んトコの騎士やテスタロッサ家の乱入、一つは圧倒的な戦力差、一つははやてデスまでのタイムリミット………大まかに考えてこの三つか」

『まあ、そうだろうね。しかし、そんな状況をどう覆そうと言うんだい?そう簡単にはいかないと思うが?』

「ああ、そうだろうな。でも、あんたは予想ついてんだろ?俺の案に」

『いいや、見当もつかないね』


言葉ではそう言うジェイルだが、顔は愉快で堪らないといった表情を浮かべている。どう見ても見当がついてる顔だ。
まあ、そりゃそうだろうな。俺からジェイルに通信をした上に、今の俺の状況を一から懇切丁寧に教えたんだからな。これで見当の一つもつかない馬鹿はいねーだろ。

だから、俺は胸を張って言ってやる。


「手ェ貸しな。テメェに拒否権はねーぞ?」

『クククッ、まるで悪役が吐くような台詞だ』


いたいけな少女の命を救うべく奮闘する正義のヒーローに向かってなんて言い草だ。


『手を貸すかどうかは兎も角、ちなみに何をどうすればいいんだい?』

「分かりきった事聞くか?まあいいけど。………まずはドゥーエだ。あいつを俺んちにやって騎士共を足止めさせる」


機械姉妹の上から2番目、変身偽装能力を持ってる『ドゥーエ』。
その変身は見事なモンで、魔導師でも簡単には見破れるもんじゃない。だから彼女には俺に変身して俺んちに住んでもらい、あいつらの乱入を止めさせる。ついでに俺に下される筈の死刑執行も代わりに受けて貰っちまおうって寸法だ。


『ふむ、確かに適任だが、生憎と今彼女はこっちの任務で管理局に潜入させててね。ここには居ない。仮に居たとしても彼女が首を縦に振るとは思えないよ。君と同じくドゥーエはドSだからね』

「知った事か。そっちの事情よりこっちの事情が優先なんだよ。今すぐ呼び戻して明日にでも俺んちに行かせろ。………それとドゥーエ含めた全員に言っとけ、『もし今回こっちの言う事を聞いてくれるなら、この鈴木隼が一度だけそっちの言う事も何でも聞いてやる』ってよ」


俺も今回ばかりはガチで必死なんだ。だから、いつもは殴ってでも問答無用で無償でやらせる事も、今回ばかりはギブアンドテイクを提唱する。
争ってる暇もないかんな。

そんな俺の俺らしからぬ殊勝な言動にジェイルは、寿ぐように一度だけ手を打ち鳴らし、その顔を破顔させた。


『ックク、ハハハハハ!これは驚いた、まさか君の口からそのようなある種お約束の言葉が出てくるとは。そこまで切羽詰ってるという事かな?』


ああ、事のほかガチで。


『それで、"まずは"と言う事は、まだ他にも依頼があるのかね?』

「ああ、残り三つな。一つはお前んとこ姉妹全員のリンカーコアから魔力を頂く。一つは一人か二人、魔力蒐集の助っ人としてこっちに寄越せ。最後の一つは今地球にいる局の情報が欲しい」


あのキカイダー姉妹の魔力量が果たしてどれほどの物か、詳しい所は知らんが、戦闘機人なんて名乗るくらいだからまさか少ないなんて事はねーだろ。まあどうであれ、蒐集しておいて損にはならん。さらにそん中から特に強い奴をこっちに呼んで、魔力蒐集を手伝わせりゃあ効率は格段に上がるはずだ。管理局の動向も分かれば、さらにそれは倍率ドン。


『まったく贅沢な要望だね。まあ後者の二つだけなら叶えて上げられない事もない。血気盛んな子や君によく懐いてる子はすぐにでも手伝いに行きたがるだろうし、情報収集ならクアットロがいるからね』

「何言ってんだよ、全部叶えろ」

『そうは言ってもね、こちらにも事情があるのだよ。いろいろと任務があるし、それにあの子たちは魔導師ではなく戦闘機人。リンカーコアにプログラムユニットを無理やり干渉させて魔力運用させてるからね、蒐集されればどのような弊害が出るか分からない。下手したら廃人になっても可笑しくはない』


む、それは確かに不味いな。あんな美人姉妹を廃人とか、マジで世界の損失だからな。はやての命を救う為とは言え、そのせいで美人姉妹を廃人には出来ねぇ。むしろ美人数人を廃人にするくらいなら、俺ははやての命を見限るね。


「ちっ………ンじゃ、蒐集は無しにしてやんよ。けど、それ以外の俺の要望には応えろよ」

『まったく勝手な男だね君は。しかし、本当にいいのかい?「なんでも言う事を聞く」なんて約束をしても?』

「構わねーよ」


どうせ世間知らずのアイツらの事だ、大した願いなんて持ってねーだろ。それに俺は今超リッチマンだからな。なんだって金で解決してやんよ!
金さえありゃあ何でも叶う世の中だぜ!金様万歳!


『君の変装をさせるドゥーエ、助っ人に行かせる子、情報収集のクアットロ………最低でも三人の言う事を君は聞かなくちゃならなくなるよ?それが例えどんな事であろうと』

「だから、べっつに構わねーって。どうせ取るに足らんお願いしか言って来ないだろ」


これがもし風嵐、もしくは理だったらどんな『お願い』をされるか分かったもんじゃねーけどな。てか、普通に「ここに判を押せ」とか言って婚姻届を持って来そうだ。
その点、アイツらならまさかそんな馬鹿な事は言うまい。せいぜいが「一日組み手の相手になれ」とか「どっか遊びに連れて行け」とか、その程度の微笑ましい願いだろうよ。まあ、腹黒いクアットロに関しちゃあんま楽観は出来ねーが、いざとなりゃバックれりゃいいし。


『…………やれやれ。君はもう少し自分の好感度を見返すべきだと進言しておくよ。あのいつもクールなウーノやトーレでさえ、君が家に来る日の前日から矢鱈嬉しそうに、それはもう遠足の前の晩みたいなテンションで───────────』


と、そこまで言い終えたジェイルだったが、その姿が突然画面の向こうから消失した。そして少し間を置いて『ガシャンッ!』と、まるで何かが吹き飛ばされ、その何かが盛大に機械に突っ込んだような音が聞こえた。


「お~い、ジェイル~?」


呼びかけるも反応はなし………と思いきや、意外な人物が画面の向こうに現れた。


「おっ、姐さん」


俺が姐さんと呼ぶ人物、機械姉妹の一番上の姉『ウーノ』。
なぜ俺が彼女をそう呼んでいるかというと、まあ紆余曲折あったわけよ。今はそんな事ァどうでもいいので事の経緯は省略させてもらう。

さて、そんな姐さんだが、どうやら怒っているらしく、顔を真っ赤にして奥のほうを睨んでいた。
そして、その姐さんが睨みつけていた方向から、手や足首に紫色のエネルギー翼を発生させた一人の女性が画面を横切って消えた。気のせいか、ジェイルが小脇に抱えられていたような………。


「一体どうしたんスか、姐さん?」

『いえ何でもないわ。それより隼、話は聞かせて貰ったけれど、あなたお困りみたいね?』


ジェイルが一体どこに消えて、そもそも何故消えたのかが気になるところではあるが、まぁあんな根暗マッド科学者と話すより姐さんの顔見て話すほうが何倍もいいので気にしない。


「ええ、そうなんスよ。マジで死んじまうかも知んないってくらいには困ってるんス」

『そう………ねぇ、隼、さっき言ってた『何でも言う事を聞いてやる』ってのは本当なのよね?』

「聞いてたんスか?はい、マジッすよ」

『………だったら、わ、私がそっちに手伝いに行ってあげてもいいわよ?』


そう言って視線を忙しなくさ迷わせる姐さん。
なにをキョドってるのか知らないけれど、いつも母さんみたいな雰囲気を漂わせてる姐さんだから、こんな姿を見せるのはとても新鮮で、まさにギャップ萌えだった。

だから、俺はそんな姐さんに向かって優しく言葉をかけた。


「あ、いえ、姐さんは結構ッス。だって姐さん弱いし。力になりゃあしませんよ」

『ッ!?』


萌えだろうが何だろうが、姐さんは今回使えねーだろ。どう見ても蒐集の為の戦闘なんて出来そうにないし、実際いつも端末イジッてるかお菓子焼いてる印象しかない。


「出来れば戦闘が出来て、ある程度強い、さらに癒し効果もあるチン嬢ちゃんあたりに来て欲し──────」

『戦闘と言えば私だろうが、馬鹿者』


そう言って、気落ちしている姐さんを画面の中から退かして割って入ったのは、機械姉妹の3番目の姉『トーレ』。
この俺に向かって平然と「馬鹿者」呼ばわりして来やがる、姉妹の中で最も勇ましい女性。普通ならそんな態度を俺がいつまでも許す訳ねーが、そのぴったりフィットした服によって強調されるお胸様とお尻様
があまりに素晴らしいので許している。…………あまりに素晴らしいんだ、本当に。


「は?ああ、トーレか。お前が姉妹ん中じゃあ一番強ェんだっけ?」

『そうだ。だからイの一番にお前の口から紡ぎ出される名前は私以外あり得ないだろうが。むしろ私以外お前には必要ない』


大きな大きな胸を張って断言する様は、相変わらず男らしい。実力も申し分ないだろう。けどなぁ、トーレは多少考え無しで大雑把さが目に余る時があるからさ、蒐集なんて繊細な事が果たして出来るかどうか………。


『助けが欲しいならさっさと私に乞えばいい物を。待っていろ、すぐに行ってカタをつけてやる。だが勘違いするな?これはお前の為ではない。けっしてお前の為ではないぞ。そこを違えるな。いいな?絶対お前の為ではないからな』

「いや、ちょっと待てって。勝手に話を進めないでくんねぇ?俺としてはだな、チン嬢ちゃんかもしくはセインあたりが最適だと──────」


言い終わる前に画面がブラックアウトし、残ったのはただ沈黙のみ。端末を操作し、再度回線を繋げ様と試みるがどうしてか全く応答しない。
あー、もう!


「っっの、毎度毎度あの馬鹿トーレ!ちったぁ人の話を聞けってんだよ!」


あいつはいつもいつも勝手に決めすぎなんだよ!猪突猛進もいい加減にしろってんだ!そのお陰で一体俺が何度多大なる迷惑を被った事か!

最初はトーレもこんな奴じゃなかった。いや、トーレだけじゃなく姐さんもチン嬢ちゃんもだ。出会った当初はもっと警戒心を露にし、敵視をしていたといっても過言じゃなかった。ジェイルが傍にいなきゃ会話はおろか挨拶すらまともにしてくれない状態だった。
それが1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、気づいたらあら不思議。
姐さんは毎回お手製のお菓子を用意してくれるようになったし、トーレは何かと自分という存在を強調し始めたし、チン嬢ちゃんも時折ではあるが笑って接してくれるようになった。勿論、ドゥーエ、クアットロ、セイン、ディエチも多かれ少なかれ変わっちまった。
まあ、俺も当初はその変化を喜んだもんさ。「やっと受け入れてくれた、これで気兼ねなく美人とお話が出来るぜヒャッホー!」てな感じでよ?
けどさ、その思いも束の間ってやつ?受け入れてくれたのは嬉しいけど、ここまでくると逆に嫌がらせしてんじゃね?って思うわけよ。単純にこいつらは面白い玩具が現れた程度にしか思ってねーような気がするんだ。特に理に負けず劣らずドSなドゥーエはそれが顕著だ。家庭訪問すれば確実に1回は、あの物騒な爪で引っ搔かれてる。

…………ん?それはただ単に俺が鈍感なだけで、実はマジで好かれてるんじゃないかって?

うんうん、そう思うだろうね。特に上記のような姐さんとトーレのツンデレ風味な発言があった後じゃあ、まあ無理ないさね。『私以外お前には必要ない』とか、もうプロポーズじゃんと思うだろ?

そうだな、そう思う人には俺からこの言葉を送ろう──────甘ェんだよ、ボケ。

俺だってな、最初はそれはそれは期待したさ!いつしかこんな柔らかい態度を取るようになった姉妹共に、俺は胸と股間を熱く滾らせたさ!さらば童貞と何度思った事か!
………でも、違ったんだよ。そうじゃなかったんだ。こいつら、マジで俺を男と意識してないんだって。態のいい遊び相手、もしくは色んな雑学を教えてくれる近所のお兄さんくらいにしか認識してないんだよ。
…………え?その考えすらも鈍感にから来る勘違いじゃないかって?──────甘ェて言ってんだろ。
俺だって伊達にこの半年間、女に囲まれた生活を送ってたわけじゃねーぞ。女心もちったぁ分かってる心算だ。だからこそ、機械姉妹共の好感度も大体分かるんだよ。さっきジェイルの奴が『好感度を見返す』とか何とか言ってやがったが、ンなもん見返すまでもなく把握してるっつうの。自己分析なんて就職活動してた頃からやってたからな。
そんな俺の自己分析から見るに、俺の事を心の底からマジで異性として好いている奴は、告白してきた風嵐ただ一人だ。他の、例えば騎士共は敬愛だったり、テスタロッサ家の面々は親愛だったりだと俺は考えている。理の奴も、最近は単純に俺の反応を楽しんであんな発言してるような気がするし。
ハッ、やってらんねーよ。もしこれがエロゲ・ギャルゲの世界だったら俺絶対ハーレム築ける主人公的位置だろ。なのに実際はコレだよ。これだから現実って奴は、どこまで厳しいんだ。

……………わりぃ。なんだ、話が逸れたな。

まあ、つまりはだ。大まかに簡単に分かりやすく纏め、極論すると─────────この先俺には当分彼女が出来ないだろうっつう事だよ!!


(………せめて風嵐の奴が俺と同年代だったら)


しかし、現実は風嵐はガキであり、そして俺はロリコンではない。よって風嵐を彼女にする事も有り得ない。将来的にもないだろうよ。以前にも言ったが、見知ったガキとそういう関係になるなんて何か萎えるし。


(はぁ、馬鹿らし。寝よ寝よ)


これ以上考えても遣る瀬無い議題だ。今はただ、俺の天才的閃きによる打開案が実現する事を喜ぼう。
早ければ明日にでもドゥーエは鈴木家へと赴き、騎士共の乱入を防ぐと同時に俺へのリンチまでも代わりに受けてくれるだろう。クアットロは局の動向を掴み、その情報を元に俺たちは局と鉢合わせしないよう裏を掻いて魔力蒐集をすればいい。助っ人は結局誰が来るかは分からんが、誰が来ても確実な戦力アップが見込める。

───────ここに俺の策は成った。

後はゆっくり魔力を蒐集して行きゃあいい。予想じゃ1ヶ月も掛らず集まるはずだ。


(伏龍、ここに飛翔す。軍師・隼とでも呼んでくれたまえ)


………………………………ごめん、今のやっぱ無し。流石にそれは無いわ。

まあ何はともあれ、こうして俺の長い一日は終わりを告げたのだった。
















明けて翌日。
俺は異様な肌寒さ、及び身体の上を何かが這っているような感触を伴って目が覚めた。
おかしい、昨夜はあの通信の後すぐ布団に包まって寝たはずだ。つまり俺が感じていなければいけないのは、温かい布団の感触のはずなのに何故?なんで肌寒い上にくすぐったいんだ?
そう思いながら、寝ぼけ眼のまま取り合えず首をお腹の方へと傾けた。

……………なんか居た。

俺の身体の上に、胸板に手を添える形にして一人の人間が居た。そいつは昨晩俺が着て寝たはずのシャツを何故か着ており、さらに赤く小さな舌をちろっと出して恍惚な表情で一心不乱に俺の身体を舐めている。
なるほど、室内とは言え冬場に上半身裸で人にちろちろと舐められてりゃ、そりゃ当然肌寒いし、くすぐったくもあるだろうよ。うん、納得した。あ、でも一つ訂正。こいつは人じゃなくてプログラムだったな。
わははははははははっ!…………………………。

………………………………。

………………。


「おのれは朝っぱらから何しとんじゃああああああああああああ!!」


子犬のように人の身体を舐め回してやがった風嵐を、俺は全力で巴投げした。しかし風嵐は器用に空中で身体を捻り、ストンと綺麗に着地を決めた。理を彷彿とさせる身のこなしだ。
そして、いけしゃあしゃあとこうのたまった。


「柔道技をかけてくるなら、我はどちらかというと投げ技より寝技で来て欲しいな。くんずほぐれつヤろうではないか」


こんの変態王が!


「締め落としてやろうか!」

「ふっ、締まり具合なら我も自信があるぞ。どれ、体験してみるか?我はいきなりでも良いが、そうだな、前戯として最初は指を突っ込───────」

「言うな!マジいい加減にしとかねーとその口にデバイス突っ込むぞ!!」

「主のシュベルトクロイツをか?ふむ……………………有りだな。剣の装飾部分は痛そうだが、それも主のだと思えば痛みもまた快楽となろう。口での練習も兼ねて、さあ、挿入して来い。王たる我がすべてを受け止めよう!」


………ダメだ。こいつには何を言っても尽くそっち方面で切り返してきやがる。このガキは本当にもう手遅れだ。理やヴィータ以上の絶望的なガキがここにいる。

俺は頭を抱えながら大きく溜息をつき、枕元に置いてあった煙草を一本咥えて着火。肺を煙で満たせる事でどうにか落ち着くことが出来た。


「もういい、もう分かった。お前に何言っても無駄だ。勝手に一人で延々と遊んでろ」

「つれないな。だが、そこがまた愛おしい。罪な男だな、我が主よ」

「そうだね~。罪な男だね~。………………マジで前科持ちの男になってやろうか」


目の前のこいつを殺したら殺人罪が適用されるかな。それとも人間じゃないから器物破損か?


「ふむ、まあ戯れはこの辺りで収めておこう。我がここにいるのは他でもない、主を起こしに来たのだ。『昼は何が食べたい?』と、小烏から伝言だ」

「昼?」


言われて室内にある時計を確認すれば、時刻はすでに午前11時を回っていた。そして俺の腹もいい具合に空いている。


「たく、そうならそうと早く言え。てか普通に起こせよ。おら、下降りんぞ……………て、おいお前、何してやがる」

「主の残り香and温もりのあるベッドに包まっているだけだが?さらに加えると我の匂いも擦り付けて置こうと思ってな。枕を股に挟んでと………しばし待たれよ」

「…………………」


俺は風嵐を布団ごと荷造り用の紐で縛り上げると、一人リビングへと足を進めたのだった。












階下に下りればそこには八神家全員がすでに集合しており、各々が思い思いに昼食前の一時を過ごしていた。
タバコを咥え、ズボンに手を突っ込んでケツを掻きながら起きてきた俺に一様に皆が呆れの視線を送ってきた。


「おはよーさ~ん。おうおう、皆さんお早い起床で」

「隼さん、それはフリやよな?突っ込んでいいんやな?ほな言わせて貰うわ…………全然おはようやないよ!おそようやろ!」


いやいやいや、別にフってねーし。普通の挨拶じゃん。てか、今まだ昼だろ?全然遅くねーし。まっ、朝からはやての素敵関西弁が聞けたから細けぇこたぁいいや。今度こいつの声録音した奴を目覚ましにしようかな?………………それは流石にイタすぎるか。


「ンな事より飯にすんだろ?おら、突っ込む暇があんならさっさと用意しろ。動かすことの出来ない残念な脚でせっせと働きな」

「ハァ………隼さんってホンマ分かりやすい性格しとるよね。まだ会って1日しか経ってないのに、ようそない配慮も遠慮もなく言い切れるよな?」

「正直者という言葉は俺のためにあると思ってる。逆にはやては将来人を食ったような狸になってそうだな。根拠は無いけど確実に」

「酷ッ!?まぁけど、狸は狸でも超可愛い狸ならええよ。ぽんぽこぽん♪」

「…………はっ」

「ああ!鼻で笑いよった!私、傷ついたわぁ。罰として抱っこしてや」

「何だそりゃ。生意気言ってんなよ、俺の抱っこは高ェぞ?分給1000円だ」

「未だ見ぬ悪徳!?………しゃあない、私の体で払ったるわ!隼さんの好きにしぃ!」

「…………ふんはっ!」

「また鼻で笑った!?しかも、今度は爆笑!?これが世に聞く鼻爆笑か!?」


関西弁を使う奴はこういうノリの良さをデフォで持ってんだろうか?なんだよ、この打てば響く愉快なガキは?今、俺の中の『可愛いガキランキング』で、はやてが2位にまで急浮上したぞ。

俺は鼻ではなく普通に笑いながら、はやてを車椅子から抱き上げ、そのまま肩車した。それに気を良くしたはやてが意味もなく俺の頭をぺしぺしと叩いて来たので、その手を掴みガブリと一噛み。「隼さんに食べられるぅ~」と言いながら、携えた笑みをより深くしていた。

そんな俺たちの戯れを、騎士達全員がどこか呆然とした様子で見守っていた。


「主はやてがあんなにも子供らしく振る舞い、笑っておられる………」

「いつも家事洗濯したりして、そういう事に疎い私たちの事を気に掛けてくれてるはやてちゃんだけど……」

「考えて見れば、はやてだってまだ子供で、そういう事をされる立場なんだよな……」

「俺は、俺たちは騎士として護っていたのではなく、もしかしたら甘えていたのかも知れんな。主の懐の広さのあまり、子供だということを忘れて………不甲斐無い」


あん?なんか騎士共が顔寄せ合ってダウナーな雰囲気作ってんぞ?なんかまたどうでもいい事考えてんだろうな、あの顔は。うちの奴らも昔はそんな顔ばっかしてたからよく分かんだよ。


「おい、そこのボンクラ騎士共。なに神妙な顔してんだよ、こっちまで何か暗~い気持ちになんだろ。うざいから止せっての。特にシグナムとシャマルは笑顔じゃなきゃ駄目だ」

「美人やから?」

「当然!」

「あははっ。けど、隼さんの言う通りやで?八神家は笑顔がモットーや!」


俺とはやての言葉に目を見開き、ぱちくりと数度瞬き、それから皆柔らかな笑みを浮かべた。
うんうん、やっぱ美人はこうでなくっちゃよ。ヴィータも大人しく笑ってれば可愛いんだよな~。


「あ、ザフィーラは笑わなくていいから。てか、犬の姿で笑うなキモい」

「お前は俺にだけちょいちょい酷くないか!?」

「野郎に与える優しさの持ち合わせなど、俺にゃあない。それでも俺に優しくされたきゃ金か女を貢げ」

「金はないが、女なら………」

「おい、待てザフィーラ。何故私とシャマルとヴィータを見る!?」

「あ、ヴィータはいらねーから」

「てめぇ隼コノヤロウ!」


騎士共のノリも良くなり、ヴィータも弄った所で、いい加減もう飯にするか。俺ァもうお腹ぺこぺこの餓鬼状態だぜ。ドカンと何か腹に溜まる物を食いたい気分だ。
という事で、


「さて、そろそろ飯にしようと思うが………喜べ、今日はこの俺が作ってやんよ」

「「「「「え」」」」」


なによなによ、その超ドびっくりしたような顔は?心外だ、とても心外だ。
何を隠そう、俺だって料理くらい出来る。なにせ騎士共が出現する前から、実家でも頻繁に自炊してたんだからよ。まあ料理を覚えた理由は、俺と料理という組み合わせのギャップを持って女にモテたかったという悲しいもんだが。


「バリバリ自分勝手最強No.1の、あの隼さんが進んで料理を作る?空からコロニーでも落ちて来んやろか?」


ああ、そっちの意味でびっくりね。
俺だって最初は全部はやてにやらせようと思ったさ。でもな、あいつの手を噛んだ時見たんだよ。ガキの手にはまったく似つかわしくない"あかぎれ"の数々を。
あんなモン見せられたらお前、なあ?いくら俺でも良心が働くっての。もしそれがお母さんという立場の女性の手にあったのなら、それはしょうがないだろうよ?けど、可愛いガキの手にあっちゃあいけねーだろ。


「ハッ、どうとでもいいな。兎に角、はやては食卓に付いて食器をチンチン鳴らしながらガキらしく待ってりゃいいんだよ」


俺は肩車していたはやてを食卓に座らせ、そこから動けないように車椅子を遠くに蹴っ飛ばした。そして騎士共にも椅子に座るよう、顎をしゃくって促した。


「は、隼さん、ええって。お客様にそないな事さすのも変やし、私がやるから………」

「黙ってろ。お前はちったあ甘える事を覚えな。見てっとムカつくんだよ、そうやってガキのクセして何もかんも私がやる、って姿勢がよ」

「……隼さん」


さて、そうと決まればレッツ料理だ!久しぶりだが、まあ何とかならぁな。
調理器具確認、冷蔵庫の中身確認、炊飯器の中身確認…………なるほど、よし炒飯にしよう!………おい、今笑ったろ?料理とか言っといて炒飯かよ、とか思っただろ?舐めんなよ。炒飯は俺の得意料理なんだよ!ちなみにその他の得意料理として、お茶漬け、卵掛けご飯、ラーメン、鍋料理、焼肉などなどがある!ひゅ~、レシピが豊富だぜ俺!
………突っ込みは受け付けないから。


「まずはご飯を冷ましてっと……ん?どれくらい冷ますかな……いいや、全部使っちまえ」

「じゅ、10合使うん!?」


はい、そこ、口を挟まない!いいんだよ、腹減ってっから。

それから俺は冷蔵庫に入ってた食材を肉中心に使い、適当に切ってフライパンに入れた。火が通った所でご飯をぶっ込む。さらに作業の合間に野菜を適当に手で千切り、深皿に入れ、上からドレッシング(マヨネーズ一択)をぶっ掛けてサラダボールを作る。

うむ、我ながら何とも男らしい。

順調に俺の料理が進む中、ふと気づけばはやてが俺の事をガン見していた。


「ふふふ」

「なにキショイ声出してんだ?」


肩越しに軽く目をやって様子を窺った所、はやては何が楽しいのか、すっげぇニコニコしながら俺の料理する姿を見ていた。


「なんや、こういうのええなぁって」

「あん?」

「男の人が料理する後姿って、すごいええなぁって」


ほう?……まあ分からん事もないな。俺もシャマルがよく料理する後姿を見て『抱きつきてー!』といつも思ってるからな。


「でも、それだけじゃないねん。なんかな、料理しとるのが隼さんやと思うと、こう胸の中心が"ぽわっ"として暖かいんや」

(はあ、そうですか)


それは分からん。股間が熱くなることはシバシバあるけど。
騎士共もはやての言ってる意味が分からないのか、怪訝な顔つきだ。

そんな俺たちの様子を尻目に、はやてがポツリと呟いた。幾分か硬い声色で。


「なあ、隼さんは『一目惚れ』ってどう思う?」

「は?」


まったく脈絡のない、いきなりな質問についフライパンを回す手が止まった。無論、料理人な俺は炒飯を作るのにそれはタブーなのですぐにフライパンを動かした。
はやてもまた言葉を続ける。


「ほら、一目惚れって言い方は良う聞こえるけど、要は相手を見た目で判断したって事やろ?それってやっぱ不誠実なんかな?」


俺ははやてのその考え方に若干の驚きを覚えた。まだ9歳のガキが、恋愛の成り方一つにこうも深い考えを持ってるとは。
最近のガキは早熟だな~、と思いながら、はやての考えに俺の考えを応えた。


「そうでもないんじゃね?切欠なんてそんなモンだろ。どういう経緯で惚れようと、結局は最後まで惚れ抜きゃいいんだよ」


そもそも、俺は99%の確立で一目惚れするし。女は顔と体なんだよ。
てか、はやてがそんな事を言うという事はまさか、


「なんだ、もしかして一目惚れでもしたのか?」


もしそうなら学校に通ってないはやての事だから、きっと買い物とか行った時見かけた奴だろうか?それとも、その歳ならテレビの芸能人とかか?ザフィーラって線も捨てがたいな。
果たして。
はやては顔を伏せ、か細い声で鳴くように呟いた。


「………してもうた、かも」


その言葉に俺を除いた騎士共が一様に驚愕の顔をした。
対して俺はまあ予想通りだったので驚きはないが、しかし少しだけ怪訝に思った。それは、はやての言い方が何とも力ない物で、まるで自分が言った言葉を疑っているような感じだったからだ。
まあ、だからといって俺がこれ以上どうこう言うつもりはない。恋愛事に首突っ込んでも碌な事にはならんし、第一はやてはまだガキだ。そういう事で悩むのもガキの成長の一つだ。

俺は一言だけ「ふ~ん」と答えると、料理の続きに取り掛かった。
そろそろ火もいい感じに通ったし、次は盛り付けっと。ええっと、皿はどこだ?


「でもな、それが本当に一目惚れなんか分からんのや」


再度はやての語りに、しかし俺はガン無視を決め込む。こっちはいろいろ忙しいんだよ。ガキの色恋相談に構ってる余裕はないわけ。
と、そんなそ知らぬ顔をする俺をお構い無しに、はやては訥々と続けた。


「テレビとか漫画でよく見るんやけど、子供って大人の男に憧れるもんやん?父親とか、先生とか、親戚のお兄ちゃんとか………不良とか。その憧れを好きと勘違いしてんやないかなぁって」


そのはやての言葉を、俺は炒飯を大皿にドカ盛しながら考える。
まあ確かによくある話だな。俺だって初恋の女性は幼稚園の先生だったし。だから、はやての言い分も分からなくは…………ん?てことは、はやての好きな奴って………


「おい、まさかお前の好きな奴って結構年上な奴?」


食卓にこんもりと炒飯の盛られた皿を置きながら訊ねれば、返って来たのは恥ずかしそうに頬を染めながら、困った顔をして俺の顔をガン見しているはやてだった。


「詳しい年齢は知らんけど、たぶん一回りは違うと思う」


うへ~、マジっすか。やっぱ最近のガキはませてんな。いや、確かはやては9歳だったか?その位の年齢のガキなら、同年代のガキより大人の男に惹かれやすいか。………でも、フェイトの奴はまだ恋愛云々言った事ねーな。


「けっ、親父趣味が。………ちなみにどんな奴よ?」


恋愛事に首突っ込みたくないと思いながらも、やっぱ気になるのが人間のサガだろ。それに所詮ガキの恋悩みだ、大したことにゃあならんだろ。

はやては赤くなった顔で、俺の目を真剣に見ながらもどこか緊張しているようで、一度大きく息を吸い込んだ後、こう答えた。


「……………最近会ったばっかりなんやけどな、その人は自分勝手で、傍若無人で、我欲の塊で、口がとっても悪ぅて、DQNで、エッチで…………でも、優しくて、正直者で、分け隔てなく温かさを振りまいてくれて、子供がとっても大好きな人なんよ」


その瞬間、シグナムを除いた騎士共全員が吹き出した。残るシグナムは、はやての言葉と騎士共の反応にただただ疑問顔だ。


「は、はやてちゃん、正気ですか!?だ、ダメです、考え直してください!」

「そうだよ、はやて!た、確かに良いとこもある奴だけど絶対後悔するって!」

「主、どうか早まらないで頂きたい。純粋な悪ではないでしょうが、とても主を幸せに出来るような奴ではありません」


どうやら騎士共ははやての言葉で、はやての好きな奴が特定出来たんだろう。しかも、この様子じゃその相手は碌な奴じゃないらしい。
唯一分かっていなさそうな反応を見せているシグナム以外、皆が起立して反対の声を上げた。
そんな騎士共の反応は予想通りだったのか、はやては苦笑した。だが、それも束の間、はやてはもう一度大きく息を吸い込み、ゴクリと喉を鳴らした後、俺の顔を真っ赤な顔で凝視した。その姿はあたかも神の祝辞を厳かに待っているような雰囲気で、その空気に呑まれたのか、騒いでいた騎士共も口を噤み、はやてと同じように俺の顔を見始めた。

俺もそれに習い真剣にはやての顔を見つめ返し、こう答えた。


「なんか俺みたいな奴だな。後ろ半分の要素は特にぴったり」

「「「「は?」」」」


ンだよ、その反応は?優しくて、正直者で、バーニングな程温かくて、ガキ好きって俺と同じじゃん。まあ、前半分の「自分勝手云々」は全然似てないようだけどな。俺はそんな人非人なイカれ野郎じゃねーし。紳士だし。


「ち、ちょう待ってや!え、あれ?気付いてへんの?!俺みたいって……"みたい"じゃなくて、な?分かるやろ?私、ほぼ直球で言うたやん?」

「なにテンパってんだ?まあアレだな、はやての好きな奴って、シャマルたちが心配するのも無理ない程のカス野郎みたいだな。俺が女だったら願い下げだぜ」


人の好きな男を、当人であるはやて本人の目の前で『カス野郎』と侮蔑する俺。それに対してはやてが怒ってくるかと思ったが、どういう訳かはやては愕然と項垂れていた。


「う、嘘や……通じてへんって……受け入れてくれるとはハナから思うてなかったけど、まさか気付いてさえくれへんなんて……馬鹿なん?隼さんて馬鹿なん?」


なんかド級に失礼な事言ってねーか?
兎も角、そうこうしてる内に昼食は豪華絢爛に完成だ!


「はやての暇つぶしトークを聞くのはこの辺にして、冷めねーうちに食うぞ」

「わ、私の一世一代の勇気が暇つぶし扱いされとる………」


こうして穏やかな昼食が始まったのだった。


──────────余談だが。


この日からはやては俺に過度に甘えるようになった。ガキらしいなんてレベルではない、アリシアにも引けを取らないほど甘えるようになった。
飯を食う時には俺の膝の上で食い、風呂に入る時は共に入り、寝る時も俺の布団に潜り込んで来る始末。

はやてに一体どんな心境の変化があったのかは知らんが、それは執念とも呼べるような甘々加減で、俺が何度あしらっても止むことはなかった。


(こうなったら攻めまくったる!障害者という立場を利用して、隼さんにべったりしまくったる!どうせ今は無理って分かっとったんや、せやから焦る事ない。今日この日が、私の、隼さんに対する【10ヵ年計画】の始まりや!)


この日、俺が『眠れる狸』を起こした事に気付くのは、まだもうちょっと先の事だ。











あれ?てか、誰か居なくね?…………………まあ、いいか。





[17080] Asのナナ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/06/20 21:00

どうにかなると思ってた。どうにか出来ると思ってた。やろうと決めた事は絶対に出来て、最上の結果を叩き出せると思っていた。

実際に半年前の事件でも、テスタロッサ家の奴らを救ってやり、笑顔が戻り、俺の気に入る状態へと至った。それ以前の生活でも、俺は俺のやりたいようにやって、全てにおいてそうじゃないにせよ概ね良い結果を生んできた。
今までの積み重ねによる自信、そして何よりも俺の自分自身に対する自信があった。
自信過剰、自惚れ、驕りはあった。いや、あってこその俺なんだ。そんな自身に後悔はないし、これからも胸張ってこれが俺だと生き続けるだけだ。
どれだけ他者を巻き込もうとも、傷つけようとも、最後に俺さえ笑ってりゃいい。俺の成す過程や結果で、他者までもが幸せになるのは、それはそいつらの勝手だ。俺の与り知らぬ所だ。

俺は今回、はやての命を救ってやると決めた。あいつの未来を俺が作ってやると決めた。その行いを他人にどう思われようとも、俺がやると決めたならやる。その為なら家族だって敵に回したし、俺のガキランキング3位に位置するフェイトにだって拳握って殴れる。
だから前回思いついた案だって、他者を巻き込み、俺が得をするものだった。機械姉妹を使って俺の願望を叶え、かつ俺への被害を最小に抑える素晴らしい案。
我ながら天才的閃きだと思った。多少の穴はあろうとも、現状のブラックホール級の大穴から脱出するためには致し方ない。
ジェイルの奴も大丈夫だみたいに言ってたから、もうこの件の解決は時間の問題だと思ってた。

……………思ってたのに。


『すまない、隼君。君の頼み、聞けなくなった』


そんな通信が来たのは、まだジェイルに依頼を頼んで半日、俺の作った炒飯を皆で食べ終わった所でだった。

















Asのナナ話~頑張れ、負けんな、力の限り生きてやれ~
















飯を食い終わり、一緒に遊ぼうというはやての駄々を一蹴し、俺は食後の一服として庭でタバコを吸っていた。空を見上げたり、庭を見渡したり、塀の上にいた猫をボゥと眺めたりして、昨晩の大喧嘩の騒がしさと今の緩やかな現実の対比を楽しんでいた。

そんな折にジェイルから通信が来たのだ。


「は?なに冗談ぶっこいてんだよ。いいから、さっさと助っ人寄越せ。もうトーレのやつでもいいから。それとドゥーエはもう俺んち行ったか?」


勿論、俺はジェイルの冗談だと思った。いつも何かと俺に冗談を言ってこちらの反応を楽しむあいつの事だ、今回も例に漏れずそうだと決め付けた。
だが通信機の向こう側にいるジェイルの顔は真剣で、そして何故か生傷だらけだった。


『それが今回は冗談ではないのだよ。クアットロの情報収集は滞りなく行ってるよ。でも残念な事に助っ人はそっちに送れないし、ドゥーエも君の家にやれない……いや、やる意味がなくなったと言った方が正しいかな?』

「お、おい、そりゃどういう事だよ?」

『それは……そうだね、情報収集の結果も併せて、ここはクアットロから説明させるよ』


そう言ってジェイルが画面アウトすると、代わって現れたのは眼鏡をかけた三つ編みの女性。ジェイルに負けず劣らずの性格ひん曲がり腹黒女、四女『クアットロ』。


『こんちには、隼さん。ご機嫌いかがですか?』


丁寧で柔らかい言葉を使うクアットロは、一見すればあどけなくて可愛い女に見えるだろう。俺も最初の一ヶ月くらいは、姉妹思いの優しい人だなと思ってた。


「おい、てめぇコラ、なにまた猫被ってんだよ。自分を装うなっつっただろうが、またブン殴られたいか。その三つ編み、引き千切るぞ」

『相変わらず隼さんは野蛮ですね』


クアットロはかけていた眼鏡を取り、結わいていた髪を乱暴に振り解いた。そして現れたのは、釣り目で嫌味ったらしい笑みを貼り付けているクアットロだった。


『そぉんな事だからいつまでたっても童貞なんですよ。あー、やだやだ、惨めな男』

「お前、そこ動くな。今すぐブチ殺しに行ってやる!」

『あっるぇ~?管理局の情報、欲しくないんですか~?かなり良いネタがあるんですけどねぇ?』


こ、殺してやる!絶対殺してやる!ヤって殺して鋳潰してリサイクルしてやる!


『その悔しそうな顔、ゾクゾクしちゃいますね。うふふ、これ以上虐めるのはあまりに可哀想だから、教えて差し上げますよ。せいぜい私を敬い、感謝し、媚び諂って下さいね~』


あー、ムカつくな~。ここまでストレートにムカつく女も珍しいな~…………いや、俺の周りには結構いるか。


『まずは局の情報から。今現在、その管理外世界に駐屯してるのはリンディ・ハラオウンという女性提督が率いる部隊ですね。次元空間に次元空間航行艦船・巡航L級8番艦【アースラ】を置き、そこには武装局員が一個中隊控えてます。ただ、この一個中隊は常駐部隊ではなく、ギル・グレアム提督という人物からの借り物ですね。昨晩の隼さんの大喧嘩で、アースラチームが要請したらしいですよ。それと、アースラ主要スタッフはどうやら地球に司令室を設け、そこに留まるようですね。これがその場所で、ついでにアースラスタッフの個人情報も送ってあげるわ。あとはそうね────』


手元の端末に次々と送られてくる、絶対部外秘であろう情報の数々。それを嬉々として語るクアットロ。
正直、俺は侮ってた。情報なんてあってもなくても同じ、拳だけありゃあやっていけると思ってた。そもそも、クアットロがいくら情報戦に強かろうとも世界下権力である管理局を出し抜けるなんて思っていなかった。それほど期待してなかったんだよ。
だが実際はどうだ…………


『監視の目は主にその世界だけど、他の管理世界にも少なからず及んでるわね。シフトを見るに、朝から夕方にかけて別世界を巡回、夜はその世界を巡回してるみたい。今は………巡回じゃなく、モニター監視をしてるわ。はい、これがそのモニターの映像』


……………怖い。マジで引くくらい。


「あ、ああ、もういいクアットロ、分かった」

『あら、そうですか?まだまだ面白い情報あるんですけどねぇ』

「も、もう十分。いや~、すっげえなクアットロは。まさかたった半日でここまで調べるとは。う、うん、ホントすげえよ。めっちゃ頼りになるわ!お前が居てくれて助かったぜ!クアットロ、マジ大好き!」

『……………………あっそ』


言いながら、ふわ~っと大きな欠伸をするクアットロ。寝不足か?そう言えば目の下にクマっぽいのもあるし、瞳も充血してんな。


「管理局の事は、まあもういいからよ、今度は別の事教えてくれ。助っ人却下の件とドゥーエの事を」

『ああ、その事』


クアットロは呆れたように溜息をつきながら、馬鹿馬鹿しそうに事の真相を喋り出した。


『隼さんが「なんでも言うこと聞いてやる」なんて涎物の報酬を提示したのが、そもそもの発端なんですよねぇ』

「は?」

『揉めたんですよ、誰があなたを助けに行くかで。最初はただの口論だったんですけどね、武力行使による取り合いがすぐ始まったわ。結果、全員仲良く共倒れ。魔力は使い果たしたし、腕とか脚も千切れ飛んでたから、その交換とかで向こう1ヶ月はまともに動けないわよ』


おいおいおいいいいいいいいいい!?!?
なんで!?なんでそんな必死こいてんの!?そこで頑張ってどうすんの!?なんで姉妹でスプラッタしてんの!?こっち来てその熱血を発揮しろよ!?半分機械ならもう少し冷静になれよ!どんだけ俺に願い事聞いて欲しいんだよ!欲に塗れた愚物姉妹め!!


「じ、じゃあドゥーエが俺んちに行けない理由もそれなんか?」

『ああ、いえ、ドゥーエお姉さまは違いますよ』


そして、クアットロは愉快そうに唇を歪めながらこう言った。


『確かドゥーエお姉さまをあなたの家に行かせる理由は、あなたの家族と隣人の魔導師家族の足止めに向かわせる為ですよね?…………実はですね、局の情報を調べてる時、今回の件の外部協力者の中にある名前があったんですよね~。ええと、その協力者の名前が局のリストに載ったのは、掲載時間から考えて昨晩の大喧嘩のすぐ後ですね』


昨晩の喧嘩か………あの場には俺たち八神一派の他に鈴木・テスタロッサ一派と管理局がいたよね?で、俺たちは無事管理局を振り切って逃げられたが、じゃあ残る鈴木・テストロッサ一派はどうだったんだろう?

………あ、なんだろう、とんでもなく嫌な予感がするな~。


「そ、その外部協力者の名前って一体なんなのかな~………」

『ふふふ、じゃ読み上げま~す。一人目………鈴木夜天───』

「ダウトォォォォオオオ!!!」


さ、さささささ最悪だ!最悪の事態だ!!…………うちの奴らと局が手ェ組みやがった!!!
マジかよ、なんでだ!?叩けばホコリがたんまり出てくる身だろうが。半年前だってジュエルシードを巡って喧嘩を…………………ん?あれ?


(……考えて見りゃ半年前ン時って、そんなに重罪犯したっけ?)


フェイトは何度かなのはや局員とヤリ合ったと聞いたが、俺んトコはなんもしてねーよな。ジュエルシードも結局なのはを介して返したし。
夜天の写本の事も、別にそこまで後ろめたい事じゃない。管理局に隠れて生活してたのは関心しないだろうけど、それだって許されるんじゃないかってレベルだ。
罪かと言われたら罪だろうよ?けど、取り返しは十分につくだろう。…………例えば、管理局に協力、もしくは入局するとか。


(あいつら、強さとしたたかさと性格の悪さは一級品だからな)


今までの罪を償う為に、局へと協力or入局する。普通ならそう簡単には入局なんて出来ないだろうけど、フェイトがなのはとメル友だから、その繋がりでどうとでも信用は勝ち取れる。プレシアの性格を考えれば、局を手玉に取り、丸め込むのは容易いだろうよ。さらに、その局の情報を使って俺の居場所を探る。
局の方だって、強い魔導師が大量に手に入り、さらに闇の書の情報の参考になる写本の守護騎士は喉から手が出るほど欲しいだろう。この世界の警察では到底通らない要望も、人不足の実力主義と聞く管理局なら多少の融通は効くんだろう。それほどまでに、あいつらの魔導師としての実力は飛び抜けてるから。


(プレシアと夜天の奴、やってくれやがる!形振り構わず俺を探して殺し始めやがった!)


自分の身のホコリを落とし、かつ目的達成の為、あいつらは管理局を良い様に使いやがるつもりだ。
あいつらの良心部分を考えるなら、家族の将来の為にそろそろ地盤を固めたかったという考えもある。いつまでも日陰で暮らすより、サッパリ安定した将来の為に管理局という環境もいいかも、と。


(真実はどうであれ、確固たる現実は『管理局と鈴木・テスタロッサ家は手を組んだ』、この一点だ)


こりゃどうしたもんか。
邪魔者が一箇所に固まったと喜べばいいのか、それともさらに厄介な事態になったと嘆けばいいのか。
ともあれ、一応はカオスと化していた現状が纏まったか。

八神一派vs管理局っていうシンプルなモンによ?

………タバコが苦ぇや。

















クアットロからの報告が終わり、通信を切ってから暫く経つが、俺は未だに庭でタバコをふかしていた。傍らに置いた灰皿代わりの普通の皿にある吸殻から計るに、大よそ俺は一時間この場にいるのだろう。
その間、俺が何をしていたのかというと、別にこれといって何もしていない。強いて言うならタバコを吸ってたくれぇだ。
最初は一人で考える為ここに居続けてたはずなんだけどさ…………気づいた、考えようにも何をどう考えろっての?
だってもう考えた所で無駄じゃね?俺の空前絶後の策も無駄に終わったんよ?あとはなるように任せるしかなくね?自分らで頑張ってカタつけるしかなくね?

……………いやさ、実はもう一つだけ戦力を増強させる案はあんだよ。過程がちょっと難しいけど、成功すりゃあ戦力アップ確実、管理局も怖くないぜって案がさ。
でもよ、その案実行すると、後々最悪が待ってんだよ。今回の件は無事こなせるだろうさ、はやてが救えるだろうさ。ただな、問題はなんもかんもが解決したその後の生活なんだよ。今、俺の考えてる最後の案を実行すれば、100%オーバーで未来が混沌になっちまう。今以上の混沌によ。
そりゃあ俺は未来より今を大事にするよ?未だ見ぬ未来を心配してどうするって話よ?
けどさ、その考えすらも覆して考え直す程の最悪極まりない案なんだよ。マジで極悪な案な訳。……………え?それはどんな案なのかって?

…………………………。

理、ライトニング、風嵐…………この3人が断章だってのはもう言うまでもない。だけどさ、重要な点がもう一つある。

この3人は夜天の"写本"の断章だって事だ。

もう分かるだろ?夜天の書(闇の書)から出てきたシグナム、夜天の写本から出てきたシグナム、これと同じように…………な?つまりそういう事だよ。察してくれ。

まー無理だ。そんな早まった事して見ろ、未来の最悪が単純計算で2倍、相乗効果で何倍になる事か……………。


「今の状態でやるっきゃねーよなぁ。何とか局に鉢合わせないよう慎重にせにゃな」


胡坐を掻き、頬杖を突きながらタバコの煙を吐き出すと一緒に溜息も一つ。タバコの吸い過ぎで頭痛と倦怠感が伴うも、それが逆に心地いい。
考えても詮無いし、久々にパチに行くかなぁと思いながらふと塀の方に目を向ければ、そこにはジェイルが通信してくる前からいた猫が変わらずにまだいた。いや、むしろ一匹増えて二匹になっていた。
毛色からして親子か兄弟だろうか?


「お前らは気楽そうでいいな。こちとら、今ならお前らの手でもいいから貸して欲しいくらだっつうのに」


俺は周りに人の目がないのを確認し、出来るだけ優しい声色で猫に『おいでおいで』した。
きっと、この場面を誰かに見られたら俺は殺人者になるだろう。見た奴は殺すって意味で。
リニスちゃんじゃあるまいし、まさか普通の猫が人語を解すわけもねーけど、その猫二匹は数度の呼びかけの後、ゆっくりとした足取りで俺の傍までやって来た。ただ、片方の猫は警戒心アリアリで、むしろ今すぐにでも飛び掛ってきそうなほど怒っているようだった。


「おいおい、何怒ってんだよ?ほら、よしよし………痛っ。噛むなよ、ボケ」


とは言うものの、俺の口調は穏やかだった。相手が理なら兎も角、ただの猫に噛まれたからってマジギレする俺じゃあない。そこまで馬鹿じゃあない。
てか、なんかすっげえ嫌われてねーか、俺?

叱っても一向に噛み付きを止めない猫にどうしたモンかと頭を悩ませたが、もう一匹の猫が噛んでいる猫を窘めるように鳴くと、それで漸く俺の手から口を離してくれた。


「はは、まあそう怒ってやるなよ。お前、俺に噛み付くなんていい度胸してるぜ?人間だったら間違いなく根性ある男になってんな」


そういうと、噛み付いてきた猫は何かを否定するように一度鳴いた。………猫の鳴き方にそんな鳴き方があるのかは知らんが、少なくとも今俺にはそう聞こえた。


「ンだよ、何が違うってんだ?あ、もしかしてお前メスか………つっても通じ────」

「にゃあ」


………………。


「──────メス?」

「にゃう」


…………人語が分かってる?い、いやいやまさか。いくら何でもそんなファンタジーな事…………。


「ちなみにお前はメス?それともオス?メスだったら二回鳴いてその場で左回り、オスだったら三回鳴いてその場で右回りして」


自分でも馬鹿な事してるなとは思ったが、興味本位でもう一匹の猫にそう言ってみた。
果たして………。


「にゃあ、にゃあ」


そして反時計回りで一回転。


「う、嘘…………」


マジで通じてる!?おお!


「お前らすげえじゃん!俺の言ってる事が分かんの!?」

「「にゃう」」

「頷いたあああああ!?!?」


返事をするように鳴き、コクリと頷く猫の姿ってのはちょっとだけ気持ち悪いモンがあったが、それ以上に驚いた。


「ほへ~。いやいや、世の中まだまだ面白ェことは一杯あんなぁ。でも、そうだよな、犬だってある程度人の言葉は分かるって言うし」


俺は二匹の猫の頭を撫で、咽や耳の裏や首回りを掻いてやった。それに対して気持ち良さそうに目を細める二匹。
猫の扱いはリニスちゃんですでにマスターしてるんだよ。


「よし、ちっとばかし待ってな。いいモン持って来てやっからよ」


俺は一度家の中に入り、タオルケットと魚肉ソーセージを持って戻った。はやて達が訝しんでいたが、庭には来るなと厳命しておいた。だって、一人で猫に癒されたかったし。それに猫を可愛がってる姿なんて見られたくねーし。

庭に戻れば、そこには変わらずそのままの姿勢で二匹がいた。


「おお、やっぱマジで俺の言葉分かんだな。ほれ、まだ寒ぃからよ」


俺はタオルケットで二匹を包み、抱えあげて胡坐を掻いた脚の上に乗せた。片方は激しく抵抗したが、ンなモン知ったこっちゃないとばかりに無理やり乗せた。そして、俺が持ってきた魚肉ソーセージを千切って渡した。

別に俺は動物が取り分け好きという訳じゃあねぇ。けど、今のこの疲れて荒んだ心を潤すには少しでも癒しが欲しいんだよ。
それに猫という動物が俺は嫌いじゃない。何か『猫=自由、気まま』ってイメージあるからよ、そんな生き方してる奴は嫌いじゃないんだ。そういうの、憧れんだよな。例えそれが猫だとしても、俺にゃあそんな区別はねぇし。


「ホント、お前らが羨ましいぜ。なんも柵(しがらみ)がなさそうでよ?それに引き換え俺なんて、もう何がなんだか………マジで泣きたくなるっつうの。分かる?」

「「にゃう?」」


はは、人語は分かっても、流石に心中までは察せねーか。まあそれが当然なんだけどな。

それでも、俺の口から出てくる愚痴は止まりそうにもなかった。
ここにいる人は俺だけで、聞いてくれるのは人語は解すが喋ることはない猫が二匹…………どうしても溜まってたモンが少なからず出ちまうってのが人情だろ?壁にでも話しかけてりゃいいんだろうけど、そりゃちっとばかし暗過ぎるってもんだ。


「別によ、俺は大きな事ァ望んだ心算はねーんだよ。ただガキを大人にさせてやりてぇだけなんだ………それがもう大人になってるモンの務めだろ?そして、今ガキを謳歌してるガキは笑ってなくちゃいけねぇ。可愛いガキは特によ?だってぇのにさ、俺の知ってるあるガキはそのどっちも出来ねぇ状態なんだよな。ンなの、俺ァ気に入らねーんだよ」


これは愚痴か……………それとも弱音だろうか?


「分かるか?気に入らねー………つまり独善だ。一般的にゃあ独善ってのは良い言葉じゃねーけど、ソレを成せば俺の知ってる可愛いガキが笑えるなら、俺ァいくらでも独善を振りまいてやんのよ。そのせいで他に被害が及ぼうとも、ンなの知った事かっての」


まあ、仮に相手が知りもしない、可愛さの欠片もないガキだった場合は、一概にはそれに当て嵌まらないけどな。


「あいつは……はやてはもちっと幸せであるべきなんだよな。過去が幸せだったろうと、未来が幸せなんだろうと、今が幸せじゃなきゃ、ンなの馬鹿だろ。俺はイヤだね。だってよ、俺たちは、今、生きてんだから」

「「………………………」」


滔々と語っていて、はたと気づいたが…………これって結構痛くて恥ずくね?猫になに言っちゃってんの的な?誰もいないとは言え……いや、だからこそ生々しくて余計恥ずいな。酒も飲んでねぇ素面の状態で、ホント俺は一体なに言ってんだろうな。


「い、いや~、まあそんな事よりもだ、お前らは可愛いな~。うん、ホント可愛い」


急に恥ずかしくなってあからさまな話題転換をする俺。てか、猫相手にそもそも話題転換をする必要性があるのか疑問だが。


「俺んちの隣にもさ、猫が一匹(一人?)いるんだけどな、その子にも負けず劣らず……………いや、やっぱリニスちゃんの方が断然可愛いか」


俺がそういい終わるや否や、片方のあの噛み付き猫の方が包まっていたタオルケットを跳ね除け、その鋭い爪で俺の顔を引っ掻いて来やがった。さらにもう片方の方からも腿の内側を甘噛みされた。


「ぐおっ!目がっ、目があああああ!?」


何で怒るんだよ!?もしかしてリニスちゃんと比較したからか?そうだとしたら、人語を解する所か反応まで人間臭ェじゃねぇか。お前ら、ホントはリニスちゃんやアルフみたく使い魔なんじゃねーの?………………そういや、使い魔で思い出した。


「おー、イテ。そういや昨晩、お前らの毛色と同じ髪色した使い魔らしき奴にあったなぁ」

「!?」


俺のポツリと呟いた独白に、噛み付き引っ掻き猫の方がギクリと反応したように見えたのは気のせいか。
しかし、あの子は一体なんだったんだろう?


「今でもハッキリと思い出せるあの顔とあの感触…………ぐふふっ」

「フシャー!」

「ぬおあっ!?またしても目がああああああああ!?」


だからなんでさ!しかも全く同じ箇所をピンポイントに!


「イテェっつってんだろ、いい加減ぶっ殺すぞ!………ったく。あー、でもしかし、あの子可愛かったなぁ。髪の毛はロングの方が俺の好みだが、それを外してもあの顔は可愛かった。ハァ、あんな子を彼女にしてーもんだぜ。クソ、せめて名前だけでも聞いとくんだった!むしろ告白しとくんだった!」

「「……………」」


いや、無理だけど。告白とか無理だけど。てか、した事ねーし。だってほら、そのぅ……アレじゃん?……チキンじゃねーぞ?そう……俺は硬派だかんよ!……ホントだよ?

俺が胸中で誰ともなく言い訳していると、またも例の凶暴猫の方から攻撃された。ただ、今回は噛み付きでも引っ掻きでもなく、撫でるような猫パンチだった。残るもう一匹の方からは頬を舐められた。
そして、二匹は俺の上から飛び降り、塀の方へと向かって走っていった。
どうやらもう帰るようだ、そう思った時、ふいに二匹が止まり、俺に一瞥くれた後、地面に何かを書くような仕草で前足を動かし始めた。


(ん?なんだぁ?ウンコって訳でもなさそうだし………なにしてんだ?)


近寄ろうとしたら、その前にその何かは終わったのか、二匹は走って今度こそ塀の向こうへと消えていった。

一体全体なんなんだと思い、取りあえず俺は二匹が立ち止まっていた場所へと移動し、そこで俺の顔は驚愕の形を作った。
地面に文字が書かれていたのだ。


────────綺麗な字で『リーゼアリア』

────────汚い字で『リーゼロッテ』


「……………は?」


ちょ、ちょっと待て。これってまさかあの二匹が?う、うう嘘だろ?だって猫だぜ?いくら人語を解すからって、流石に字まで書けるか?しかも、ちゃんと読める字を………。

この文字が何を意味してるのかは分からん。が、取りあえず分かる事は…………


「こ、怖っ!?てか、気持ち悪!?」


流石の俺もここまでくるとドン引きだった。ファンタジーじゃなく、もう完璧ホラーの域だぞコレ。


(可愛い猫だとは思ったが…………出来ればもう2度と会いたくないな)


俺は身震いを一度して、足早に家の中に戻るのだった。
















怪猫との遭遇の後、俺は八神家を一人で出た。別にどこに向かうわけでもなく、ただぶらりと歩きたかっただけ。先ほどまで買い物に行くというはやてとシャマルと一緒に行動していたが、俺はパチンコに行くと言って途中で二人と別れた。買い物に付き合うなんて、面倒臭ぇし。まあだからと言ってパチンコにも今は行く気は起きないんだけどな。


(ホント、面倒臭ぇ………)


条例なんてどこ吹く風、周りの迷惑も考えず歩きタバコをしながら歩道のど真ん中を我が物顔でのそのそと進む。白ジャージ姿に金髪も相まって、もうどこをどう見ても立派なチンピラだった。寒くないと言えば嘘になるが、生憎と服はコレしか持ち合わせがなかったので仕方無ぇ。


(そうだな、いい機会だし服でも買いに行くか)


まだしばらくは八神家に世話ンなるだろうからな。ついでにシグナムとシャマルにもお土産買って、好感度アップでも図るとするかね。
そうと決まれば話は早い、もうちっとばかし大人しめの服を買って──────────


「………ん?」


ふと道路の向こう側に大きな看板を掲げているある一つのお店を見つけた。
俺はその店を知っていた。入った事は未だ無いが、その店の店主とは一緒に酒も飲んだ中であり、店主の娘とも浅からぬ関係だ。さらに俺の家族の一人のバイト先でもある店。
喫茶翠屋が、そこにはあった。


「へぇ、詳しい場所は知らんかったけど、ここにあったんだな」


遠目から見ても繁盛しているのが分かり、冬だというのに外のテラスもほぼ満員状態だ。
ためしに近寄って店内も眺めて見ると、ちらほらと空きはあるものの満員と言っていい入りだ。


「………シャマルもなのはも居ねぇみてーだな」


なんでそんな確認するのかって?入るからさ。
もうビビッててもしゃあねーかんな。管理局やうちの奴らが居ないかくらいの安全確認はするが、後は知ったこっちゃねーし。
はやてや騎士共だって今も変わらず外出てんだし、大丈夫だろ。案ずるより生むが易し、てよ?

つう訳で、俺は早速翠屋へと入店した。カウンターには店主である士郎さんと超絶綺麗な女性がいた。
まずは士郎さんが俺に気づき柔らかい笑みを浮かべ、女性の方が鈴を鳴らしたような声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。


「お久しぶりッス、士郎さん。ご無沙汰してます」

「ああ、やっぱり隼君か!久しぶりだね。また随分と髪型が変わってたから、一瞬気配を読み違えたかと思ったよ」


ですよね~。前会った時は5ヶ月前くらいか?ハゲになったばっかの時、道端でばったり会ったのが最後だったはずだ。
てか士郎さん、さり気無くすごい事言ってない?まあこの人に関しては、年不相応の見た目含めて何でもありだから気にしねぇけど。それにしても「気配」って……やっぱすげ。

そんな士郎さんはさておき、俺は士郎さんの隣にいる人がすっごく気になるとです。


「ん、ああ、そうか、桃子とは初対面だったね」


俺の目線に気づいたのか、それとも例の気配とやらで察したのか、士郎さんが取り持ってくれた。


「何度か話したが、この子がシャマルさんのご家族の隼君だ。見た目はいかにも今風の若者だが、心根はとてもしっかりした子だ。で隼君、これはうちの家内の桃子」


やっぱ奥さんだったか。なんつうか、大人の色気と子供のあどけなさが同居してるような人だな。一言で言えば超美人!
こんな人を奥さんに出来る士郎さんが羨ましい。やっぱ顔か?顔なんか?………いや、士郎さんは顔を含めた全部が良い、いわゆるイケメンだからな。
美男美女、イケメンアゲマン夫婦だな。


「まあ、あなたがそうなのね。なのはが度々世話になってて、ごめんなさいね」


申し訳なさそうな困った顔をするお母さん。美人はどんな顔しても絵になるな………その顔、ちょっと写メ取らせて貰えません?
しかし、お母さんがこうならなのはも思ったとおり将来は美人になんな。こりゃ将来が楽しみだぜ。勿論、なのはにではなく、なのはにセッティングさせる合コンが。


「いえいえ、滅相もねーッスよ。俺ァこう見えてガキ好きッスから。あ、でも心配じゃなかったッスか?俺みたいな奴が可愛い娘さん連れ回すなんて」


家が喫茶店という事で、なのははお父さんとお母さんと何処かに行くことがあまりないと言っていた。だったらと、俺がこの半年間よく連れ出して遊んでいたのだ。ほら、俺って金と暇のあるニートだからさ。遊園地だったりキャンプだったり紅葉狩りだったりと、いろいろ行ったんだよな。
勿論、遠出する際には士郎さんに許可をもらってた。が、間が悪いのか運が悪いのか、お母さんとは電話でですら一度も接したことがなかったのだ。


「正直に言うと少しだけ心配だったわ。でも、士郎さんの人を見る目は確かだし、それに今こうして隼君と話してて分かっちゃった、ちょっとだけあった心配も杞憂だったって」


そうやってニッコリと笑うお母さんは、もう素敵過ぎて直視出来なかった。
士郎さんと言い、お母さんと言い、なんつうか大人だよなぁ。俺もいい年いってんのに、この二人見てると自分はまだまだガキだと思い知らされるぜ。


「どうもッス。それじゃ、俺を信用してくれたお返しってわけじゃねーッスけど、今日はお店の売り上げに貢献させていただきます」

「うふふ、ありがとう」


俺はサンドウィッチとパフェとコーヒーを頼んだ後、ザラを一つ貰うと空いていた喫煙席へ向かった。

今日は適当な時間までここで時間潰すか。喫煙スペースは客もそれほどいないので、回転率を気にしないでも大丈夫だろうし。
それにだ、このくらいざわざわとしてた方が逆に落ち着くってもんだ。考え事するには丁度いい。


(つっても、何をどう考えるかも分からねぇんだけどな)


うちとお隣さんが局に加入した件は、全員まとめて始末すりゃあいい。俺に立ってるデッドフラグは依然としておっ起ったまま、むしろ補強工事された感じで、考えてどうこうなる事じゃない。はやての命は、俺が助けてやると決めた時点でもう助かってるようなもんなので、そこはもう考えん。乱入してきたあの猫娘は何なのかという疑問はあるが、情報皆無なあれこそ考えるだけ無駄。
だとすると、後残ってるのは騎士共だが、あいつらの何を考えろっての?あいつらははやての救命の為にただ愚直に魔力蒐集するだけで、そこに一考も挟む余地は無い。


(結局出たとこ勝負かよ。まっ、そっちの方が面白ェからいいけどさ)


あ、でも一つだけ気になる事があんだよな。あれだよ、夜天……オリジナルの夜天の存在だ。
あいつさ、何で居ねぇわけ?あの夜叉がいりゃあかなりの戦力になると思うんだけどなぁ。何で出てないんだろ?確かあいつって騎士だけじゃなく、管制人格って役割も担ってるんだったよな………管制ってどういう意味だっけ?管理と制御か?


(ちっ、分からん。あの引き篭もり娘め、さっさと出てこいよな)


俺はウエイトレスさん(野暮ったい眼鏡を掛けた三つ編み美人)が運んでくれたサンドウィッチに乱暴に食いつきながら、考えるだけ無駄と思いながらも頭の中は忙しなく動いていた。

そうやって過ごす事どれくらい経ったろう。取りあえず頼んでいた物は全部食って、食後のタバコをぷかぷかと味わっていたそんな時、ふとレジの方を見ると、そこには我が目を疑う光景があった。


「そんなわけで、これからしばらくご近所になります。よろしくお願いします」

「私の方はここから少し離れてますが、お宅のなのはちゃんと家の次女が友達のようで、何かとお世話になると思います」

「ああ、いえいえ。こちらこそ」

「どうぞ、翠屋をご贔屓に」


その口上から考えて引越しの挨拶だろうか、二人の女性が士郎さんと奥さんに頭を下げていたのだ。

片方の女性は見た目20代半ばか後半くらいで、肩にショールをかけた何とも綺麗な女性だった。士郎さん奥さんに引けを取らないその美貌は、見てる方を和ませるような落ち着きが覗える。
二人目の女性もこれまた涎物の美人だった。歳は見た目俺くらいで綺麗系な顔立ちをしており、しかしどこか大人びた風な装いをしている。

普段の俺ならそんな美女が二人並んでいれば、生唾を飲み込みながら思う存分視姦してるだろうけど、生憎と今の俺は脇汗垂れ流し状態だ。そして出来る限り身を伏せ、席と席の間にある仕切りで己の身を隠している。冷や汗が止まらない。


(んな、な、な………っ!?)


なんで……なんで……なんでッ!


(なんでプレシアの奴がここにいんだああああああああ!?!?)


ちょいちょいちょおおおい!?どういう事だよ!?マジなんでいるんだよ!?まさかのニアミスって奴ですか!?


「なのはの友達のお母さんでしたか。そう言えば前々からメールで遠くにいる友達とやり取りしてたみたいでしたが、もしかしてそれがそちらのお子さんですかね?」

「ええ、多分それはフェイトの事だと思います。なのはちゃんと同い年です」

「そうですか。それでそのフェイトちゃん、学校はどちらに?」

「はい、実は────────」


胸中で焦りながら、しかし出て行くわけにもいかず、亀のように首を縮めて聞き耳を立てていた俺。そんな俺の耳に、来店を知らせるドアベルが鳴る音が聞こえたかと思うと、そっちからまたもよく知った声が聞こえてきた。


「あの、母さん、リンディさん」

「あら、丁度いいわ。皆、こっちに来て自己紹介なさい」


店のドアの方に目を向ければそこにはフェイトがおり、その後ろにはなのはと見知らぬ少女(見た記憶もあるような?)が二人、それに抱えられてる子犬フォームのアルフとフェレットフォームのユーノの二匹。さらに極め付けが………


(理とライトの奴も居やがってるじゃあーりませんかあああああ!?!?)


どうしてそうなってるの!?

俺の混乱と焦りを余所に、向こうさんは何とも団欒とした雰囲気を醸し出している。


「えっと、フェイト・テスタロッサです」

「鈴木理です」

「ライト!ライト・テスタロッサ・鈴木!」


高町夫妻に自己紹介する3人。そんな3人を見て、特に理を見て、高町夫妻は驚きの声を上げた。


「「な、なのはにそっくり……」」

「そうですか?まぁ世の中には似た顔の人間が3人はいるという事ですから不思議はないでしょう。それに、私の方がなのはよりも可愛いですから」

「ボクもフェイトそっくりだけど、ボクの方が100万兆億倍強いんだぞ!」

なのはの両親を前に、そ知らぬ顔でいけしゃあしゃあとのたまう理は流石だ。お前はホントに厚かましいよな。そしてライト、お前はホントにアホだな。


「……ねぇ、フェイトちゃん。断章の子って最初からこんな感じなの?」

「……う、うん。むしろ理の方は普段はもっと凄いよ?」


理とライトの後ろでこっそりと溜息を吐くフェイトとなのは。
うんうん、その気持ちはよく分かる。俺も何度溜息を吐き、ストレス性の胃痛を感じた事か。てか、なのはの奴、理とライトがどういう存在かもう知ってんのな。
ガキはホント仲良くなるの早いよな。


「あの、それで母さん、これは……」


そう言ってフェイトはおずおずと前に出た。見れば手には白い箱を持っており、それについて何か困惑しているようだ。また、理とライトの手にも同じ形の箱がある。


「何なんですか、これは?」

「プレゼントか?あれ、でもボクの誕生日って今日じゃないぞ?それにボクは服なんかより玩具が欲しい!」


3人の持っていた箱の中身、取り出した物は服だった。それも3者とも全く同じ服。遠目からなので詳しい装飾までは分からんが、俺の記憶が正しければ聖祥の制服に近いような?


「転校手続き取っといたから。フェイトさんも理さんもライトさんも、週明けからなのはさんのクラスメイトね」

(転校だあ?!)


プレシアの隣にいる女性がニコリとそんな爆弾発言をかました。


「あら、素敵!」

「聖祥小学校ですか、あそこは良い学校ですよ。な?なのは」

「うん!」

「良かったわね、フェイトちゃん、理ちゃん、ライトちゃん」


ま、マジっすか……あいつら、小学校に通うんかよ。そりゃ確かに前々から学校に通わせてやりてぇとは思ってたがよぉ、手続きとか諸々の事情で断念してたんが………プレシアの奴、早速管理局を使いやがったな。
クアットロからの情報通りなら、まだ入局は昨日の今日だってのに何とも手際と手回しの良い奴だ。ホント、あいつはガキに甘くなったよな。
という事はだ、やっぱりと言うか何と言うか、あのプレシアの隣にいる女性は管理局員なんだろうな。それも、結構偉い奴と見た。でなけりゃ、いくらプレシアの手回しが良いとは言え、入局したてでそう易々と外に出れるわけねーし、融通も効かないだろうよ。


「あの、えと………ありがとう、ございます」

「学校は面倒臭そうですが、まあ今回は素直に礼を言っておきましょう」

「ガッコーか~、面白そうだな!…………ところでガッコーってなんだ?強いのか?」


────それからプレシア達はさらに少しばかり雑談した後、俺に気づく事なく翠屋から出て行った。もしかしたら高町夫妻が俺の事を喋るかもと懸念していたが、それも杞憂に終わったので一安心。

ちなみに、その雑談なんだが以下のような会話が繰り広げられていた。


「リンディ、無理させて悪かったわね」

「気にしないで、プレシア。これも子供たちの為ですもの」

「そう言って貰えると助かるわ。貴女の様な人がいるなら、やっぱり局も捨てたもんじゃないわね」

「ふふ、ありがと」


……………プレシア、それにリンディとかいう局員、お前ら一晩で一体何があった?何でもうそんな仲良さげなんだよ?
美女二人が和気藹々とする光景は自然と顔がニヤけちまうが、その連帯感のせいで被る俺の先々の被害を思うと泣けてくる。


「それにしても、理ってなのはとそっくりよね。髪伸ばしたらまんま一緒じゃない?」

「あなたの目は節穴ですか、アリサ。全く一緒じゃありませんよ。私はなのは程ガキではありません。なにせ恋のこの字も知らぬなのはと違い、私は鈴木隼にLOVE注入中なのですから」

「にゃ!?こ、理ちゃんってハヤさんの事が好きなの!?」

「『ハヤさん』?親しそうに渾名呼びとは…………なのは、ちょっと表出ましょうか。大丈夫、一撃で済ませますから」

「なにを!?」


理となのはとアリサと呼ばれた少女もまた仲良しそうだなぁ。てか、まさか理となのはが肩並べて談笑する光景が拝めるとはな。理の奴、なのはの事嫌ってたのに、中々どうして楽しそうじゃんよ。


「フェイトちゃんもライトちゃんも学校行った事ないんだ。じゃあ、学校でしか出来ない楽しい事いっぱいしようね!」

「うん!よろしくね、すずか」

「よろしく頼む、すずか!それにしてもこの制服っていうの、可愛いな。ちょっと着てみよ!」

「ラ、ライトちゃん、ここで着替えちゃ駄目だよ!?きゃあ、パンツ履いて!?」


フェイトもライトも早速新しいダチが出来たみたいだった。うんうん、やっぱダチってのは大切なんだよな。ただ、少女すずかよ、早速ライトが迷惑掛けてて本当にすまん。そして、これから先もきっとすまん。


(なんか、こう見ると悩むのが馬鹿らしくなってきたな…………)


俺は必死になって考えて悩んで頑張ってんのに、こいつらは余裕ぶっこいてんだもんなぁ。なんか俺一人が必死こいて頑張ってんのに、それが空回りしてるみてぇで空しい。
アレかね、結局はなるようになうし、なるようにしかならんって感じなんかね?
だったらもう、本当に出たとこ勝負で行くか。その場その場で臨機応変に対処ってのが、もしかしたら一番正しいんかもな。


「帰ろう………」


士郎さんと奥さんに一言挨拶した後、お土産のシュークリームを片手に帰路についた。
















「主よ。放置プレイは兎も角、忘却プレイは我もどうかと思うぞ?…………お腹空いた」




[17080] Asのハチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/07/04 21:29

先日の翠屋ニアミス事件から数日、意外な事にも闇の書の蒐集は順調に進んでいた。てか、怖いほど順調に進んでる。
この前の第1回バケモノ混沌大戦で局に本格的に目を付けられ、さらにプレシア達も向こうに回ったのを鑑みて、俺はもしかしたら一両日中には八神家の場所が割れちまうんじゃないかと懸念していた。
だってよぉ、局はともかくプレシアと夜天が敵に回ったんだぜ?あの二人の頭脳と執念を考えれば、局の情報をフルに使って、それこそ職権乱用しようと、迅速かつ確実に俺を探し当てると思うのよ。
しかし、以外や以外、今んとこ本当に何にもなし。気をつけながら蒐集作業してるとはいえ、昼夜問わずやってんのに局にさえ見つからない。俺がクアットロから教えてもらった情報で裏を掻いてるとは言え、そんな裏も表も関係ないとばかりに殺しに来そうな我が家族と隣人共からは、何一つアクションがない。
正直、この静けさは怖すぎるし、きっとあいつらは何かを企んでいる。しかし、だからって二の足踏んでたらいつまで経っても書は完成しねえ。よって俺たちは、もう何も考えずただただ魔力蒐集をし続けた。最低限の警戒だけして、もはやカミカゼと見紛うばかりの強行作業をしていった。その甲斐あってか、闇の書のページ数はたった数日で60~70溜まり、残すとこ200ちょい。
この調子でいけば、クリスマス前にでもページMAXになるだろうよ。勿論、これから先もこの調子が続くたぁ思っちゃねーが、それでもなんか行ける気がするぅ~。


「流石は俺!やる事成す事万々歳!」

「意味不な事言ってねーで、お前も少しは手伝えよ!!」


額に玉の汗を掻き肩で息をしているヴィータが、自慢のアイゼンで亀をぶっ飛ばしていた。まあ亀っつってもデカサが半端なく、甲羅もトゲトゲしい化物のような亀なんだけどな。しかも周りは岩場で、とても俺の知ってる亀と呼ばれるものが生息できる環境じゃないから、果たしてアレを亀と分類してもいいのかすら怪しいが。


「手伝え?おいおい、俺にそんなミニガメラと戦えってのか?僕ちゃん、ひ弱だから無理~」

「ふざけた事ぬかす暇があるなら援護射撃の一発でも────うわっ!?この野郎!」


おお、あの巨体が宙に浮いた。ヴィータの奴、魔法で強化してるとは言えなんつう馬鹿力だよ。


「ハァ、ハァ、ハァ………クソ、しょっぺえ魔力量のクセに無駄にタフなんだよな、こいつら」


ようやく動かなくなった亀を横目で見遣り、大きな呼吸を繰り返すヴィータ。周りが安全になった事を確認した俺は、地を蹴って疲労困憊のヴィータに近寄って労いの声をかけてやる。


「うむ、ご苦労。大儀である」

「………頭、カチ割んぞ」


そう怒るなよな。第一、お前でも一苦労する亀なのに、魔法もろくすっぽ使えない俺がどうやって戦えっての?殴ってどうにか出来るレベルじゃねーだろ、このデカさは。そりゃやれるかやれないかで言やぁやれるよ?俺ぁ覚悟決めさえすりゃあどんな奴とだって喧嘩してやんよ?けどさ、こんな魔法生物相手に覚悟決めて喧嘩しても、何も面白くねーし。


「まあ落ち着けや。俺だってこんな魔法世界にただ遠足しに来たわけじゃねーぞ?ほら、この通り、俺は俺でちゃんと蒐集してたわけ」


ヴィータがこの亀を相手してる間、俺は別の場所で蒐集活動してたわけよ。拳が通用する相手にな。
適材適所ってやつ?


「ふ~ん、どれどれ………………って、4文字しか溜まってねーじゃん!?」

「いや~、まいったまいった。どんまい」

「………やっぱ割る!」


ここ最近、オリジナルヴィータとも喧嘩するようになりました。















Asのハチ話~美人ナースなんてのは幻想だ~















「隼さん、今日病院に付き添ってや」


ある日の朝、欠伸と共にタバコの煙を口から出しながら起きてきた俺に、朝の挨拶と一緒にそんな事を言い出したのは、今日も朝から関西弁がキュートなはやてだった。


「やだ、めんどい。シグナムかシャマルにでも頼め」

「シグナムにも頼んだよ?けど、隼さんとも一緒に行きたいんや」


ここ最近、いつもはやてはこんな感じで何かと俺と一緒に居たがる。昨晩も俺と一緒に寝たいとか言い出して、風嵐と盛大に喧嘩していたのは記憶に新しい。勿論、俺はガキと一緒に寝る趣味はないので乱暴に断ったが。


「ええやんか。それに約束やん、『出来るだけ一緒に居てくれる』って」


そうなのだ。はやての言う通り、俺はこいつとそんな約束をしてしまったのだ。
以前、はやては魔法を覚えたいと言って俺にその教師役を頼んでただろ?でも、俺ぁはやてにはガキらしく育って欲しかったし、何より面倒臭ぇから、教えてくれというはやての要望をのらりくらりとかわしてたのよ。そんな俺の態度にとうとうはやても痺れを切らし、なんと泣きながら(後日、嘘泣きと判明。拳骨)懇願してきたもんで、流石の俺もこれには真面目に応えなきゃなんねーと思った。が、それでもやっぱり面倒臭いという気持ちもあって、だから俺は一つの提案を出した訳。


『お前に魔法を教えるのはやっぱ嫌だからよ、そん代わり俺が何でも一つだけお前の頼み事聞いてやるってのはどう?勿論、教師役以外で』


なんだか最近、この「なんでも一つだけ願い聞いてやる」って発言が増えてきたような気がする。だって、これが一番てっとり早くて面倒ないし。もうこのフレーズだけで何もかんも解決する魔法の言葉にさえ思えてきてる始末だ。
で、まあ今回もそれが功を成し、教師役の代わりにはやてが頼んできたことが『出来るだけ一緒に居てくれ』っていう、親の居ないガキらしい要望だったわけよ。


「そんな約束したっけ?そりゃお前の勘違いだ。なんだよ、とうとう麻痺が脳味噌まで達したか?」

「へぇ、隼さんは命短い女の子との約束を平気で反故する人やったんや~。なんや男らしゅうないね」


なんつうか、こいつは本当に図太いガキだな。こいつと初めて話した時はもちっと繊細さもあったような気がするんだけどなぁ。多感な年頃だから、何かに影響でもされたか?


「ちっ、了~解。しゃあねーな、一緒に行ってやんよ。まあ、シグナムも一緒ってのがせめてもの救いだ。デートだと思やぁ多少の苦はなんのそのってな」


実を言うと俺はオリジナルシグナムが気に入っている。勿論、コピーの方も好きだが、俺ん家のシグナムと違い、こっちのシグナムは俺に対して敬語じゃなく、名前も普通に呼んでくれっからな。そういう遠慮の無さが高ポイントだったりする。


(はやてが定期健診してる間に、シグナムとどっか茶でもしようかな~。そしてあわよくばフラグなんか立てちゃったりして~……………んふ)


ニヤけ面を晒しながら、俺の妄想がお茶を飲んでいる場面からホテルへと切り替わろうとしたその時、いつの間にか傍にまで車椅子を移動させていたはやてから、脛を思いっきり蹴られた。


「痛っ!?てめ、何しやがんだ!」

「ふんっ!」


どうしてかご機嫌ナナメなはやては、車椅子を反転させて離れて行こうとするが、


「待てやコラ」


俺は車椅子を掴み止めた。

はやてがいきなり不機嫌になった理由は分からんし、今の流れからいって俺に原因があるかも知れんのだが、そんな事は関係ない。
相手がどんな気分で、それがもし俺のせいだったとしても、人の脛を蹴っておいてサヨナラさせるほど俺は心は広くない。

俺ははやての両の足首を掴むと、そのまま持ち上げ逆宙吊りにしてやった。


「俺の調子こいてタダで済むと思ってんのか、ああん?」

「きゃあ!ちょ、は、隼さん、お、降ろして!」


真っ赤な顔をし、重力によって捲れるスカートを必死になって押さえる9歳の少女。そして、そんな少女をS気たっぷりの顔で見下ろす成人男性の図が完成した。
出るとこに出れば、きっと俺は負けてしまうだろうな。


「ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい!せやから、はよう降ろして!」

「聞こえな~い」

「き、鬼畜や~!!」


へっ、ガキが俺に楯突こうなんざ11年早いんだよ。金積むか綺麗な女になってから出直して来な。


「は、隼、貴様、何をしている!?」

「へ?」


声がしたほうを見れば、そこには驚愕の顔をしたヴォルケンリッター+風嵐の皆様が。


「いや、ちょっとはやての奴が調子乗───────」

「助けて~、酷いことされてまう~!」

「うぉい!?はやて、テメェ何言って…………!」

「(にやり)」


このクソガキャア!その計画通りって言いたそうな顔はなんだ!いくら何でも言っていい事やその場所ってのがあんだろ!


「小烏、今すぐそのポジションを代われ!強姦されるは我の役目ぞ!」

「風嵐、頼むから今そんな事を言うな!ますます誤解───────────ぶふぉあああああああ!?」


その後、俺は皆から袋叩きにされたのだった。



















海鳴大学病院。

そこは海鳴に住む者なら誰でも知ってるし、それはおろか近隣の県からもわざわざ治療者が来るという大病院だ。設備自体も常に最先端のものを導入してるらしいし、何より女性の看護士が皆美人というのが◎。普通だったらおばさんが多いのだろうが、ここは本当に美人が多い、まるでマンガのような病院なのだ。


(……そうだよな、病院っつったらやっぱここなんだよな)


普通の男なら白衣の天使に会えると喜びそうなモンだが、以前にも言ったが生憎と俺に制服(コスプレ)趣味は無い。よってまるで嬉しくないし、むしろ気が沈む思いなのだ。
そう、気が沈むんだよ。…………俺ァ病院ってのが嫌いなんだ。
その理由は、まず一つは『病院特有のあの臭いが嫌い』、第二に『暗い雰囲気』、第三に『常連』。
一と二はだいたい察しは付くだろう。三つ目の『常連』ってのはさ、ほら、俺って昔よく喧嘩してたわけよ。それも結構ガチで派手なやつを多い時は週七くらいで。で、怪我したやつは大体この病院に来るわけで、つまりそういう事。ガキだった頃の嫌な思い出ってか、馬鹿な思い出が呼び起こされるわけよ。


(まあ一番の理由はまったく別なんだけどな)


それは兎も角、だから俺は病院ってのが嫌いなんだよ。警察の次くらいに嫌いだ。


「隼さん、どうしたん?行くよ」

「あいよ」


受付を済ませたはやてとシグナムに続き、俺も病院を歩く。向かう先は神経内科のようで、その事に少しだけ胸を撫で下ろした。内科はともかく外科の方は常連故に顔見知りも多かったからな。「鈴木さん、その年になってまた喧嘩でもしたんですか?」なんて、そんな恥ずかしいことを言われたくないし。

そんな心情と共に内科の病棟に着き、そこで検診の為はやては一人診察室の中へ。ただ検査と言っても簡単なものだったのか、時間にして5分も掛からずはやては出てきた。
そしてさらに待つこと10分で検査結果が出たのか、はやての名が呼ばれたので、シグナムがはやての車椅子を押しながら指定された部屋の中に入る。俺も入っていいのかどうか悩んだが、まあ付き添いなんだしと構わず続く。


「こんにちは、はやてちゃん」


中に居たのは30くらいの見た目若い女医さんだった。場所が場所なら、俺は一も二もなくお近づきになるよう努力しただろうが、ここが病院で相手が医者という事でどうも興が乗らない。
取りあえずガン見だけで済ませとこうと思っていると、女医さんがはやてから俺に視線をずらして訝しんだ。


「あら、そちらの方は?」

「あ、えっと、この人は最近よくお世話して貰ってる人で鈴木隼さん言います。隼さん、この方が私の主治医の石田先生や」

「ども」


ぺこりとお辞儀をすると、女医さんもお辞儀を返してくれたが、まだ俺に対しての怪訝な表情は納まっていなかった。むしろさらに深くなってるような?


「鈴木隼さん?」

「はぁ、そうですけど、何か?」

「……………もしかして、あなた数年前に何度か入院した事ある?」

「……………」



も、もしかしてこの女医さん、俺の事知ってんのか!?いや、でもこっちの病棟は来た事ねーし………。


「石田先生、隼さんの事知ってるんですか?」

「いえ、直接は知らないし、その人が本人じゃないと思うけど、うちの病院に『鈴木隼伝説』っていうのがあるの」


ンだよそれ!?当人びっくりだよ!伝説?いやいや、そんな大層なモン残しちゃねーぞ?ああ、そうか、きっと同姓同名の別人だろうな。


「伝説?それってどんなのなんです?」

「何でも『片手片足骨折して入院したのに、その日の晩抜け出してスキー場にスキーしに行った』とか『体を20針近く縫う大怪我したのに、次の日プールで泳いでる姿を見た』とか『急性アルコール中毒で運ばれてきて、翌日の朝病室で迎い酒してた』とか」


それ俺ーーーー!!!


「他にも荒唐無稽なのが多数あるけど………あなたじゃないわよね?」

「ま、ままままさか~。そんな訳ないじゃないッスか~。その鈴木隼って奴、とんだ大馬鹿者ッスね。あ、あははははははは」

「「「……………………」」」


やめて!そんなジト目で俺を見ないで!あの頃は俺も若かったんだ!俺の黒歴史なんだ!


「ぷっ、あはは!隼さんって昔から変わらず隼さんやったんやね」

「………ふん、うるせえよ。それより先生、はやての検査結果はどうなんですか?」

「ああ、そうだったわね、ええっと………」


石田先生はそこで言葉を切ると、チラっとはやてを窺った。


「ああ、大丈夫です。隼さんももう家族みたいなもんですから」


ああ、そうか。そりゃあ普通部外者には聞かせられねーわな。まあ俺ははやての検査結果などどうでもいいので、出て行けと言われればすぐにでも出て行ってよかったし、むしろ出て行きたかったが、はやてにさも当然のように『家族』と言われちゃあ留まるしかない。

石田先生ははやてと俺を交互に見て一度微笑むと、手元にある紙を見ながら続けた。


「あんまり成果は出てないわね。でも、今のところ薬の副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」


そりゃ出ないだろうよ。なんせはやては病ってわけじゃねーんだから。しかも、それははやても既に知っている事で、本来ならもう病院に来る必要なんてないのにな。なのに何でまだここに来るのか疑問だ。金の無駄だろ。


「はい、そのぅ………お任せします」

「お任せって……うーん、自分の事なんだから、もうちょっと真面目に取り組もうよ」


石田先生としても歯痒いってか、悔しいんだろうな。はやてはまだこんなガキなのに、車椅子生活を強いられ、それも原因不明ってんだから。
どうにかして治してやりたいって気持ちは、もしかしたら俺たちよりも強いのかも知れねぇな。


「あぅ、いや、その……………私、先生を信じてますから」

「……………………………」


ああ、そうか。もしかしたら、はやては石田先生に会うために病院に通うのを止めないのかも知れない。
まだシグナムたちが居らず、勿論俺も居ない時からはやては病院に通っていた。そんな昔からの知り合いで、一番はやてを心配してくれているのが石田先生だ。なのに、いきなり通院を止めれば状況的にもおかしいし、何より気持ち的に嫌なんだろうな。
ある種、はやてにとって石田先生と話す事はカウンセリングなのかも知れない。


「それに………」


ん?


「隼さんを……家族を信じてますから」


……………はっ!言ってくれるぜ、このクソガキ。てか、いちいち信じなくてもいいっつうの。テメェに信用されようがなれなかろうが、俺はただ自己満足出来る結果を残すだけだっつうの。


(はやて、お前はただ黙って笑いながら生きてりゃいいんだよ)


その後、まだまだ長ったらしい話が続くようだったので、俺は一人部屋を出た。出来ればシグナムも一緒に連れ出したかったが、やっぱりはやて大好きシグナムらしく、俺の誘いはシカト状態だった。しかも最後のほうなんてシグナムはおろか、石田先生やはやてまでほぼ俺を無視。女3人で話に花を咲かせていた。
女三人寄らば姦しいってやつか?


(あ~あ、こんな事なら話し相手として風嵐のやつでも連れて来りゃよかった)


俺たちとシャマルを除いた他の奴らは皆蒐集に出向き、シャマルは家でせっせとカートリッジ作り。風嵐は着いて来たいっつってたんだけど、あいつが居ると高確率でXXXな会話になっちまうんで置いてきたんだよな。


(病院ってのはどうしてこう退屈なんかね?辛気臭ぇたらありゃしない)


辺りを見渡しても何も惹かれるモンがない。
右を向けば老い先短そうな老人がよろよろと歩いていたり、ナースが検尿のカップ持って走ってたり、ギャアギャアと喚くクソガキがいたり。
左を向けば松葉杖をついた少年が右往左往してたり、白衣を羽織った銀髪の女の子が美味しそうにココア飲んでたり、悲痛な面持ちで花束を持った夫婦がいたり。

まあこれも平和な日常といえば日常だな。魔法なんてファンタジーな要素はなく、どこにでもありそうな日常の一コマだ。病院で平和って表現はちょい不謹慎かも知んねーけど………………………ん?あれ?


(………なんか、その一コマにあまり見たくねぇコマがあったような)


特に左を向いた時の2コマ目。


「あれ?隼くん?」


んげっ!?


「一番の理由!?」

「むっ、何ですか、それは?何だかそこはかとなく失礼な気がする」


片手にココアを持った白衣を羽織った銀髪の女の子………いや、年を考えればもう女の子じゃないのかも知れんが、その容姿はどう見てもお子ちゃまな女性。
そんな女性が今、俺の目の前で頬を膨らませて怒っている(らしい)顔を見せていた。

そうだ、この女性こそが俺の病院が嫌いな一番の理由。


「………フィっつぁん、居たんだ」

「だから、その呼び方は止めて!銭形のとっつぁんじゃないんだから」


海鳴大学病院女医、悪魔の妹フィっつぁん。
まさか番外編じゃないにも関わらず、またしゃしゃり出てくるとは!しかも今度は台詞付き!


「それよりも今日はどうしたの?もしかして、また喧嘩?」

「ンな訳ねーだろ。あんま人様馬鹿にすると、その綺麗な髪の毛をまたドライヤーで尽く縮れ毛にすんぞ」

「う゛っ、それはもう止めて………」


恐々とした顔で頭を押さえるフィっつぁん。
こうやって普通に会話する分ならこの人は楽しいんだよな。弄り甲斐もあるし。せめて出来れば外で会いたかったよ。


「今日は知り合いの付き添いで来ただけ。で、今は暇だったんでぶらぶらしてたの」

「そうなんだ。顔に傷があるからてっきり私、また誰かと喧嘩してここに来たのかと」


ああ、ここに来る前に袋叩きされた時の傷ね。まあ喧嘩と言えば喧嘩だが、フィっつぁんの思ってるような物騒なもんじゃねーしな。


「あ、そうだ、この前はご馳走様」

「ん?ああ、飲んだ時の事?別に。リっつぁんは兎も角、フィっつぁんにはいろいろ世話んなってたからよ。たまに会った時くれぇ奢ってやるさ」

「ありがとう。じゃあ、今度はお姉さんが奢ってあげるね」

「え?お姉さん?どこ?俺の目の前には幼児体系のチンチクリンしか居ねぇけど?」

「むうっ!」


ポカポカッ、なんて擬音が付きそうな感じで叩いてくるフィっつぁん。その体といい言動といい、相変わらず子供っぽい人だよ。
初めて会った時も俺はフィっつぁんがまさか年上とは思わず、ですます調の敬語で喋る彼女に向かって「ガキが気持ち悪ぃ喋り方すんなよボケ」といって矯正させたんだよな。その甲斐あって、今じゃ姉であるリッつぁんに向けるのと同じような感じの喋り方で俺にも応対してくれるようになった。ただ、その一方でよくお姉さんアピールをするようにもなったが。


「はいはい、もうポカポカと叩くのやめようね~。そんな事より、お兄さんの話し相手になってくれるかな~。あ、アメちゃんいる~?」

「もう!だから年下扱いしないで………………ん?」


突然、フィっつぁんの叩いていた手が止まったかと思うと、次はむにむにと触り出した。それは何かを確認しているのだろうか、触っていくにつれフィっつぁんの顔がどんどん険しくなっていく。


「これは………」

「どうしたよ?………ま、まさか俺の体を触ってるうちに発情!?マジかよ、フィっつぁん」

「ち、違っ!?」

「でも、ごめん。いくら俺でもフィっつぁんは無理。ホント無理。ロリババアに興味はない」

「酷ッ!?………って、そうじゃなくて!」


リっつぁんと違い、この手の冗談を受け流す事が出来ないフィっつぁんは本当に面白いなぁ。まあリっつぁんの場合も受け流すようなことはせず、威力を10倍にして返してくるけど。


「隼くん、ここ最近、また何かあったでしょ?」


落ち着きを取り戻したフィっつぁんは、今度は医者の顔をしてそういった。
何か、ね。まあ確かにあったけど、とても言える事じゃねーし。


「んー、まぁあるにはあったけど。なんで?」

「筋肉が強張ってて、体が凄く疲れてる。この前会った時と違って、顔色もちょっと優れないし」


ほへ~。流石はお医者さんだね。あれか、触診ってやつか?確かにここ最近はかーなーりハードだったからな。何度死ぬかと思ったか。


「やっぱり、また喧嘩してたんじゃないの?」

「だから違ェての。俺、もう22歳よ?あとちょってで23よ?フィっつぁんとは違って、あの頃よりも成長してんだから」

「もうっ、すぐそうやって!でも、その金髪白ジャージを見てる限りじゃあ、全然変わってないように見えるけど…………どうであれ疲れてるのは事実だから」


と、フィっつぁんがおもむろに俺の手首をガシっと掴んできた。そして、その顔はどういう訳か満面の笑顔であり、どういう訳か嫌な予感がひしひしと襲ってくる。
俺の今までで培われた経験が、この場を去れと強く訴えかけてきた。

これ以上、フィっつぁんと居たらマズイ!ここは彼女のテリトリーなんだ!


「あ、あー、フィっつぁんよ、そろそろ仕事に戻った方がいいんじゃね?ほら、フィっつぁんて優秀なお医者さんだから何かと忙しいだろうし」

「ありがとう。でも大丈夫、今お昼休みだから」

「あ、そう?じ、じゃあどっか飯食いに行く?すぐ近くのカフェに美味しいココア出す店があんだよ」

「それはとても魅力的だけど、それよりもまずやる事が出来たから」


嫌な予感度がマッハなんすけど。この会話の流れとフィっつぁんの表情は、過去何度か見たことがある。そして、その過去からの統計を考えれば、きっと次に彼女が吐く言葉は…………


「整体マッサージしてあげる♪」


やっぱりかあああああ!!


「い、いいいや、遠慮しとくよ。俺、全然元気だし!それにホラ、今ちょっと持ち合わせが」

「私と隼くんの仲なんだから、お金なんていらないよ。さっ、行きましょう!」

「ちょ、マジで勘弁して!」


フィっつぁんの整体マッサージは確かに素晴らしい効き目がある。してもらった後なんてホントに体が軽くなっかのように疲れが吹っ飛んでる。けど、マッサージの最中はマジでパネェほどの地獄の痛さなんだって!


「久しぶりだから、腕が鳴るな~」


こんな細腕のどこにそんな力があるのか、俺はぐいぐいと引っ張られていく。

これだよ、これがあるからここの病院は嫌いなんだよ!いつも気弱なフィっつぁんが、唯一強気になる場所がこの自分の勤め先。外で会う分にはまるで問題ないフィっつぁんも、ここではこうなるから会いたくないんだよ!


「今日は力いっぱいやってあげるね」

「いーやーだー!」


ドナドナ~。




















大きな溜息を吐くと、外気との温度差で息が白く染まる。タバコを吹かすと、暖められた部屋内で吹かすよりもより白い煙が多く出て行く。
もう本当に冬なんだなと思わせる現象だ。気温も相応に低く、厚手のコートを標準装備する頃合だ。だと言うのに、俺は見てる方が寒くなるようなジャージ姿である。唯一身に着けている防寒具はマフラーのみで、しかもそれは、とてもそれだけじゃ寒さを凌げないような頼りない質素な物。
そんな冬上等な格好の俺だが、しかし体温は反比例して高かった。かなりホってっている。


(あ~、痛かった)


今は気持ちよくて暖かいが、その為に払った代償は本当に痛かった。フィっつぁんのマッサージは相変わらず凶悪だったのだ。
確かに今現在は気持ちいいが、マッサージされてる間はまさに地獄。人体からそんな音が鳴っていいのか疑問に思うほどバキバキいってた。マジで涙目だった。
これでエロイベントの一つでもあればまだ救われるのに、フィっつぁん相手にそれは酷すぎる。背中を指圧される時、可愛いお尻がポテっと腰に乗っかって来たが嬉もクソもねぇ。あれが仮にシャマルだったら、その艶かしい肉厚のお尻が乗っかってきた瞬間ヒートエンドするだろうが、フィっつぁんのような幼児体系じゃあ骨の感触しかなかった。まことに残念だ。


「ハァ………」


もう一度大きく溜息。白い吐息が数瞬漂って消える。


「どうしたんだ、隼?元気そうなのに元気のない溜息なんた吐いて?」

「べっつに。それより、こんな所に来て一体なにすんの?」

「何するもなにも、図書館に来てする事は限られるだろう。まあお前の場合、病院の例もあるから一概には言えんが。頼むからここでは騒がないでくれるなよ」


シグナムがやれやれといった表情で呆れ、はやての車椅子を押しながら図書館へと入館する扉を潜っていった。


(図書館ねぇ……俺にゃあまるで縁の無い場所だ)


最後に訪れたのは、もしかしたら小学生くらいの時じゃね?マンガはよく読むが、図書館にあるような本なんて全然読まねーし。………ホントに大学生だったのかという突っ込みは無しで。


「今日は何か借りに来たのか?」


図書館という事で俺は小声ではやてに問いかける………なんて事はせず、いつもの声量で問いかける。いつも通りの配慮もマナーもない行為だったが、特に周りから非難の眼差しも注意の声もなかったので気にしない。仮にあっても気にしない。


「ええっとな、今日は─────」

「はやてちゃん!」


小さくも大きくもない声が聞こえた。その声のする方を見てみれば、本棚と本棚の間の通路で片手に本を持ってこちらを見ている少女が一人。


(ん?あれ?あのガキ、どっかで…………)


そこはかとなく見覚えが………。


「すずかちゃん!」


すずかちゃん?………ああ、そういや翠屋で見たなのはのダチだ。ライトのアホっぷりに翻弄されていたあのガキか。


「こんにちわ、すずかちゃん」

「うん、こんにちわ、はやてちゃん」


近寄ってきたすずかは、ニコやかにはやてに向けてナイススマイル。このガキもまた可愛いねぇ。ほぼ100%の確率で将来美人になるな。

と、そんな有望株少女は次にシグナムを見てペコリとお辞儀し、最後に俺を見てその可愛らしい顔が強張った。


(まあそりゃそうだわな)


こんな見るからにヤンキーな俺に対して、その反応は至極当然と言える。こんな可愛いガキに怖がられるのはちょっぴりショックだがしょうはねーよな。
俺はなるべく優しい声色ですずかに話しかける。


「ええっと、すずかでいいよな?何も取って食やしねーよ。俺は─────」

「隼さん?」

「え?」


なんで俺の名前知ってんの?翠屋では俺が隠れて覗いてたから、こっちの事は知らないはずだし、よしんば顔は知ってても名前まで分かるはずがねぇ。


「やっぱり隼さん!どうも、お久しぶりです!髪の色が違ったから、最初分かりませんでした」


先ほどまで強張っていた顔は、いつの間にか喜色の笑顔になっていた。しかし、ごめんけど俺にはまるでこのガキに覚えがない………ああ、いや、なんか覚えあるような気もすることもあるようなないような。


「え、隼さん、すずかちゃんと知り合いなん?」


知り合い…………う~ん…………。


「知らん」

「え?お、覚えてないんですか?」


そんな悲しそうな顔されても、まるで思い出せない。うん、確かにどっかで見たことがあるような気がしないでもないんだけど…………。


「あの、半年くらい前に温泉で………」

「温泉?」


確かに半年前に一度温泉行ったな。シャマルにせがまれて、ダチに金借りてまで行ったんだよな。ああ、そういやまだあん時借りた金返してねーや。


「隼さん、なのはちゃんのお父さんと飲んでて、すごい酔ってました」


そうそう、士郎さんと飲んだ飲んだ!いやぁ、あれは楽しかったな。酔った勢いで手品なんつって魔法披露したりしてよ。そん時居たなのはともう二人のガキの反応が良くて、かなり調子乗ってて……………………あ!


「思い出した!お前、少女B!」

「し、少女B!?」


そうだそうだ。ヴィータみたいに威勢よく突っかかってくる少女Aと、夜天のようにお淑やかな少女Bがいたな!思い出した思い出した。


「なんだよ、おい。久しぶりだな。元気だったか」

「はい。隼さんもお元気そうで」

「おうよ。てか、その喋り方止めろっつたろ?もっとガキらしくだ」


酔ってたから、ホントはそんな事言ったか覚えちゃねーけどな。でも、俺ならきっと言ってるだろうよ。


「あ、うん。でも、やっぱり年上の人と普通に話すのは抵抗が………」

「知るか。お前が嫌でも関係ねーよ。俺に合わせろ」

「……あはは、隼さんは相変わらずだね」


過去、一度しか会っていないガキに『相変わらず』と言われる俺の人間性は、果たしてどうなのだろうか?……どうでもいいか。


「なんや、隼さんとすずかちゃん仲ええな~。羨ましいわ」

「まだ会ったのは、これで2度目なんだけどな。しかも、前回は一時間も話してないし」

「時間なんて関係あらへんよ」


はやての奴、えらく力強く断言してくるな。


「まあアレだ、こんなトコで立ち話もなんだし、廊下の椅子で話そうぜ。すずかには色々聞きたいころあるし」


もう転入したであろうフェイトたちの事なんかをよ。


「はぁ~、今日始めて心安らぐ時間がやってきた」

「「「?」」」


それから、時間にして約一時間くらいだろうか。俺とはやて、すずか、シグナムの4人で語らった。それはとても楽しい一時だったが、すずかの学校の話になった時、はやては少し悲しそうな顔をしていたのは印象的だった。あいつもやっぱ学校に行きたいんだろう。まあそれも後数十日の辛抱だ。脚が治りゃあ直ぐにでも通えるようになるさ。
ああ、あと学校と言えばフェイトたちの事。俺との関係を感ずかれないように聞いたところ、どうやらフェイトとライトと理はすずかやなのはと同じクラスになったらしい。さらにどうやらアリシアまでも1年生として転入したとの事。そして極めつけ、なんとヴィータも学校に入ったみたいなのだ。
ヴィータが聖祥の制服着て学校………理と同程度くらい似合わねー。てか、笑えるし!今度帰ったらからかってやろうっと。
そして、最後に………。


(すずかとは、これからもより良い関係を築いていこう!)


彼女を迎えに来た車が高級車だったのを見た瞬間、そう心に決めた俺なのだった。





[17080] Asのキュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/08/07 21:15
天井を見上げれば、そこには濃く漂う白いモヤ、煙。そこから下に向かうにつれ薄くなっていき、部屋の中に濃厚な煙の層が出来ているのは誰の目に見ても明らか。そして、その煙の層を今なお現在進行形で作り上げているのは、一本のタバコ。作り上げたのは、皿に積み上げられた数十本の吸殻。

──────カツンッ…………。

俺を含め、4人の男女が卓の4辺にそれぞれ身を置き、相手と、そして自分のすぐ目下にあるモノを真剣な眼差しで窺っていた。
俺から見て、左側に位置する場所に座っているのは烈火の将シグナム。右側に座っているのは守護獣ザフィーラ。対面に座っているのは闇の書主はやて。

──────カツンッ…………。

そんな耳障りの良い音が定期的に、ここ数時間鳴り続けている。鳴り始めたのが丁度12時辺りだったから、大凡5時間はこうやって卓を囲み続けているという事だ。

──────カツンッ…………。

音の発生源は約25×20×15の牌と呼ばれるもの。それが卓に当たったり、同じ牌に当たったりして紡ぎ出される。

──────カツンッ…………。

左に座るシグナムがまた一つ、自分の持っていた牌を音を立てながら卓上に出した。彼女の顔はとても苦々しく、今まで卓上に捨てられた捨て牌(川)を見れば、その胸中も手に取るように分かる。
裏目った、とでもいいたいんだろう。

「ポン」

久しぶりとまでは言わないが、それでも主に牌の音しか響かないこの場では、その一声は久しい。


「くっ……!」


ザフィーラが手を伸ばし、今しがたシグナムが捨てた牌を取り、自分の持っていた同じ牌2つと合わせて右隅に置いた。また、そこには同じような1組三つの牌が既に2組分ある。
ザフィーラの手元にある牌はこれで4つ。ザフィーラの性格からして、つまり────


「「「「……………」」」」


はやてがザフィーラの川を見た後、少し考えながら牌を捨てた。
誰も何も言わない。
シグナムも難しい顔をしながら慎重に牌を捨てた。
静寂が続く。
俺の番。


(………なるほど、面白い)


山から取った牌を確認。その後、全体の川を見て考える。


(まあ通るだろ)


ほぼ安全だと思われる牌を出し…………そして、見た。目の前にある下卑た笑みを浮かべた仔狸の顔を。


「それや──────ロン」


その一言が俺には理解出来なかった。
確かに可能性はあった。"ほぼ"安全なのであって、"100%"安全だったわけではない。だが、それでも通ると思った。よしんば通らなかったとしても(事実通らなかったんだが)誰がこの展開を予想出来よう。


「な、はあ!?」


完璧油断した!捨て牌の安全性と、テンパイしてたであろうザフィーラに気を取られ過ぎちまってた!はやて含め俺以外全員が素人だったという事も一因!

烈火の将らしく真面目に真っ直ぐな打ち方のシグナム、守護獣の名の通り堅実堅牢なザフィーラに対して、この仔狸は毎度毎度絡め手ばっか。
今回も素人のクセして狙ってこの変則待ちしやがったのは明白だ。
だが、だからと言ってそう悲観する事もないだろう。なぜなら、これはまだ数巡目。いくら配牌が良かったとは言え、ロンするまではやては門前だった事を考えれば安手の確立は十分に高い。

そんな希望的観測をしていた俺に、はやてが不敵な笑みを向けているのに気づいた。


「なに安心しとるんや?それはまだちょう早いやろ。油断大敵やで?」


ふ、ふん!なに調子乗ってんだか。はやてがコレを覚えてまだ数時間、危機感を抱くような相手じゃねーんだよ。


「おいおい、誰にモノ言ってんだ?」

「隼さんの次の台詞は、『素人のクセして調子に乗ってんじゃねーよ』と言う」

「つうか、素人のクセして調子に乗ってんじゃねーよ────────はっ!?」


ニヤリ、と悪魔の如く笑みを濃くするはやて。そして、はやての手元にある連なった牌がカタンと翻った。
俺は、その手役を見た瞬間、ただただ驚愕の二文字を顔に貼り付けるしか出来なかった。もし、仮に俺が観戦者という立場でこの場に居たらならば、迷わず写メを撮っていたかも知れない。

はやての手役………『發』と書かれた牌が三つ、『中』が三つ、『真っ白』な牌が三つ、『北』が三つ、『西』が一つ。


「うそ、だろ………」


変則待ちとか、そんなチャチなもんじゃなかった。真っ向勝負、奇跡の神配牌、神ヅモでこれを完成させやがったんだ。


「あ、在り……得ねぇ……」

「にひひ。点数計算がよう分からん私でも、これは分かりやすぅてええわ」


こんな役の直撃を受けたとき時、人は、一体どういう顔をすればいいんだろう。


……………取り合えず俺は、泣き笑いながら『西』と書かれた牌をぶん投げたのだった。















Asのキュウ話~この作品は正統派魔法少女SSです~















さて、俺達が何をしていたのか、今更語るべくもないと思う。明言こそしてないが、要所要所に出てきた単語で十二分に察せるだろうからよ。そして、そのやってきた事をはやてのような子供にやらせてもいいのかという疑問も、もちろん今更。
ここでの一番の問題所、明言しなければいけないのは、『何故コレをするに到ったのか』、だろう?
当作品はファンタジーSSであって、ギャンブルSSではないのだから。
………まあだからと言って、この作品が純粋なるファンタジーSSなのかと問われれば、首を傾げなければならないモノなのだが、それも、もちろん今更だ。さらにこんなメタ発言していいのかと問われれば、それすらも、もちろん今更だ。
徹頭徹尾、今更な作品だ。
今更で、どうしようもない作品だ。
であるからして、仮に「この作品は実はギャンブルSSでした」と言ったとしても、案外許されるのかも知れない。むしろ、ぐだぐだとカオスな似非ファンタジーを書く連ねるよりも、いっそ清くギャンブルSSへと転向した方が懸命なのかも知れない。………とらハSSか18禁SSへの鞍替えも一考した方がいいのだろうか、とAs編が始まってふつふつと感じてきたのも事実。

だが、しかし─────だが、しかし!!

そうは問屋が卸さない。卸してもらえる訳がない。今までだってギリギリで卸してもらってたんだ、これ以上馬鹿すれば流石の問屋も愛想を尽かすってもんだろう。問屋に愛想尽かされちまったら、後はもう自分で現地調達するしかなくなる。そんなサバイバーな事、理でもあるまいし、俺に出来る訳がない。
よって、ここは問屋さんを御贔屓するためにも現状を維持するしかないのだ。カオスだろうと似非だろうと、これまでと同じようにファンタジー一本で行くしかないのだ。

……………さて、メタ発言という名の余談が長くなったが、ここで話を戻そう。

何故、俺達が御天とさんも元気ハツラツな真昼間からギャンブルに興じていたのか。
切欠は朝食を食った後、庭で一服していた所にやって来たはやてのある一言だった。


「隼さんの将来の夢って何なん?」


そんなガキらしい純粋な言葉で、どうしてギャンブルというやさぐれた行動になってしまったのか、世の不思議でいっぱいだ。


「ああん?夢、夢ねぇ……なんだろうな。てか、今の俺の年で将来の夢っつっても何だかな~」


小中高大と学校を卒業したはいいが碌な資格も職歴もないまま20を過ぎ、今現在は現役の自宅警備員のこの俺が、どの口で夢や将来を語ればいいんだよ。
いや、まあ語れるけどさ。フリーターの口でも語れるけどさ。厚顔無恥は俺の十八番だし。


「つか、いきなりどうしたよ?急に夢だの将来だのと現実逃避して」

「現実逃避って………まあ、ええわ。あんな、ホラ、私って今までこうやったやん?」


トントンと自分の役立たずな足を叩きながら、何故か嬉しそうに笑みを浮かべるはやて。


「まあ今までっつうか、その足の無能極まりなさは現在進行形だけどな。まったく使えねぇ足だよな。俺だったら死にたくなるぜ」

「………隼さん、もう少し歯に衣を着させたほうがええよ。いや、衣じゃ足らへん、厚手のコートや」


兎も角、と一つ咳払いをして続けるはやて。


「こんな足やから、出来る事って限られてくるやん。しかも、足の麻痺も凄いスピードで進行して行くし、このままやと…………せやから私、将来とか夢とかあんま考えて来んかったんよ。未来ってのがよう分からんかった。シグナムたちが現れてもそれは変わらなくて、むしろその現実だけを楽しんでた。未来なんかより、シグナムたちと暮らせる今を」


なんつうか、ホント強いガキだな。はやてってまだ9歳だろ?コイツと言い、フェイトと言い、最近の9歳児はデフォでステータスの精神力がはなからMAX値なのか?


「でも、そんな時に隼さんが現れて私を助けてくれる言うてくれて、そこで初めて未来っていう朧気だったもんがハッキリ見えてきたんよ。欲が出てきたんやな。今だけじゃなく、これからの未来も楽しみたいって。シグナムたちと……それに隼さんと」


まだ助かってもいねーのに、それはちょっと早計じゃねーか?いや、まあ助けるけどな。ガキらしく生かしてやっけどな。


「ふ~ん。で、それが俺の夢と何の関係があるわけ?」

「ぶちゃけると私には夢が全く無いんよね。隼さんが来てくれるまで将来とかあんま考えて来んかったからさ。せやけど、これからは違う。言うたように未来も楽しむんや。で、その足がかりとして夢の一つでも持とうかと思ったんやけど、これがなーんも思い浮かばん。せやから、参考に隼さんの夢はなんなんやろうな~と思うてな」

「……つまり、それって言っちまえば興味本位ってこと?」

「まあ、せやね。一番の理由は隼さんの事を知りたかったっていう私の乙女心や!」


ンだよそりゃ!前フリが長ぇよ!しかも地味に暗くて重いっつうの!


「はぁ、まあテメェの乙女心はその辺のゴミ箱に捨てるとして。夢、ねぇ………」

「どうなん?やっぱ隼さんは夢なんて見ずに、ただ堅実に現実を生きてきたん?」


いや、そんな事はない。今でこそこんな現実思考の俺だが、何も昔からこうだった訳じゃない。なので勿論相応の夢も持ってた。
叶う、叶わない度外視の大きな夢をよ?夢は持ってるだけで、それは一つの道標になるからな。


「まあ確かに今はそこまで大きな夢は持ってねぇよ?精精が『彼女が欲しい』という慎ましいものくらいだ」

「………へぇ、彼女おらんのか。うんうん、そかそか」


なんだよ、そのニヤけ面?ムカつくな。それはアレですか?お前にゃ到底出来ねーよ的なアレか?一生童貞で終わってろカス的な?
…………俺、被害妄想乙。


「じゃあ、昔はどんな夢持っとったん?例えば私くらいの年の時」


はやてくらいの年の時?ええと9歳って事は小学3年くらいか。どうだったっけか……実際あんま覚えてないんだけど、確か……。


「大金持ちになって、超絶美人を侍らせて、死ぬその時まで思うがままに遊んで暮らす。目指せ、一夫多妻!酒池肉林!……そんな感じ?センコーに盛大に呆れられた記憶があんぜ」


俺の壮大な夢を聞いたはやては、数瞬呆気に取られたように口をアホのように開け、そして大笑いしだした。


「ぷっ、あははははははは!」

「おいコラ、人様の夢笑ってんじゃねーよ。何様だボケ」

「はははは、だ、だって、あまりにも隼さんらしくて……ぷっくくく、やっぱり隼さんは隼さんやね!」


何が俺らしいだよ。ガキの頃の俺と今の俺を同列に見るなっての。世の中の辛さを味わって来た今なら、こんな夢がどんだけ馬鹿かって分かってるんだよ。
確かに大金持ちにはなったが、それだって刹那的だろう。あとの願望もどうやったって叶わん事だ。超美人を侍らすとか、遊んで暮らすとか、一夫多妻酒池肉林とか、現実にあり得る訳ねーし。


「ちっ、いつまで笑ってやがんだよ。まあ俺の夢は兎も角、確かに夢ってのは持った方がいいぜ。未来への指針になるからよ」


なにせ、碌な夢も持たずに面白おかしく生きてきた結果がコレ(俺)だからな。


「夢か……何があるんやろうな」

「まっ。急には見つからんだろうな。ただ、そうだな………攻め方を変えて、『趣味』ってやり方もあんぜ。例えばSSを趣味で書いてたら、それで目覚めて小説家を目指すとかよ」


これは極端だし、そんな易々と趣味が夢に繋がり、そこから現実に持っていくなんて難題過ぎるがな。


「趣味かぁ。私の趣味は……料理?う~ん、なんかピンと来ぃひんな。あ、そう言えば隼さんの趣味はなんなん?」

「あん?俺?」


意外な質問じゃなかったが、それでも即答は出来なかった。何故なら、ここまで偉そうに言ってたきたクセに俺自身が無趣味だからだ。その時々の流行にハマる事はあるが、どれも長続きはしないし、大きな熱意も持てないでいた。
強いて言えば体を動かす事は好きだ。
その最たるものは喧嘩だが、それだってもう高校生卒業と同時に成る丈自粛している。大学生活でもある理由(ぶっちゃけ、金だけどね)により『アイアンアスレチック』なる大会に出場してみたが、大会終了と同時にどうでもよくなった。てか、その後2週間程度だが神隠しにあった上にその間の記憶もなくなってたので、それどころじゃなかったってのもあるが。まあ記憶なんて酒を馬鹿みたいに飲みゃあすぐぶっ飛ぶモンだから気にしちゃねーが。

さて、そんな無趣味な俺だが、何か趣味的なものがあっただろうか。何か多少なりとも熱意を持ったものは……………あ。


「そう言えば一時期バイク乗ってたな」


そう言うとはやてが『ああ、ね』的な顔で頷いた。


「なんだよ、その反応?」

「いや、なんかお約束やなと思うて。アレやろ、隼さんの事やから、いかにもヤンキーて感じのバイクやったんやろ?」

「………テメェ、俺をどういう目で見てんだよ」

「言わせんでや、恥ずかしい」


うわ~、このガキムカつく~。
てか、めちゃくちゃ偏見だっつうの。なんもかんも俺=不良って方程式を当て嵌めんなよな。


「あのな、バイクに関しちゃ普通だっての。むしろ真面目?バイトして、親に金借りて、ようやっと買ったんだよ。ただよ、バイクってなぁ金掛かるんだよな。最初は純正のマフラー付けてたんだけどさ、それじゃ物足りなくなってモディファイにしたんだが、それでも足りなくてスパトラにして、でもそれじゃあ爆音過ぎて車検通らなかったから、最終的にはOVERのバッフル抜きで落ち着いたわけ。まあ車検の時はバッフル付けなきゃなんねーんだけど。ハァ、マフラーだけでいくら金掛かった事か。しかも燃費が元から悪いのに調子乗ってフルタイムVブーストにしちまったから倍率ドンさらに倍。街乗りでL10も走ってなかったんじゃねーか?それと夏場は信号待ちですぐオーバーヒートすっから冷却装置も買って─────────」

「ストップ」


唐突に止められた。問答無用で遮られ、そして真面目な顔でこう言われた。


「これ、バイクSSちゃうで?」


お前が趣味の話聞きたがったクセになんて言い草だ。


「まあ兎も角、隼さんにも饒舌になるくらいに好きなモンがあったんやね」


どうやらそうらしいな。俺自身もびっくりだよ。そこまで熱意持ってたつもりはなかったが、今考えれば結構な金をつぎ込んだのってバイクだけだったよな。
ふむ、いろいろなゴタゴタが片付いたらもう一回買い直すか?昔乗ってた奴の新型が出てるみたいだし。今の俺なら200万程度出費、痛くも痒くもねぇ。


「お前も饒舌になるくらい好きなモン作ってみな。それが将来実りあるものになるのか、それともならないのかは兎も角よ?」

「うん、そうやね。いろいろ考えてみるわ。………まあ今の所は、うん、『お嫁さん』てのが有力かな?」


チラっと俺の顔を下から覗き込むはやて。その顔には何か思惑がありそうなのだが、流石に真意までは読み取れない。てか、そもそも俺にとってこいつの夢なんてどうでもいいし。


「嫁さんねぇ………まっ、いいんじゃね?今は別にそれでも」

「うわぁ、超投げやりや。ところで隼さんってまだバイク乗っとるん?今度後ろ乗せてや」

「生憎ともう持ってねーよ。維持費が馬鹿になんねーんだわ」

「ありゃ、そりゃ残念。そやったら今は何か趣味とかハマっとる事ってあるん?」


ふむ、と俺は考え込み、ふと一つの光景が脳裏に浮かび上がった。それは、ジェイルんとこの機械姉妹と一つのテーブルを囲んで、ある事をしている光景。
ハマっているかは兎も角、最近じゃ一番よくやってる事だった。


「はやて、お前に大人の遊びを伝授してやろう」


こうして始まったのでした。


















はやて、シグナム、ザフィーラとの数時間にも及ぶ死闘は結局俺の大敗で終わりを迎えた。
初心者であるはずの3人に一人負けを期した俺は、もしかしたらギャンブルの才能は無いのかも知れん。いや、前々から薄々はそうじゃないかとは思ってたよ?機械姉妹にも負け越してっしよ。でも、止めると言う選択しは無いんだよ。負けてるからこそ、勝つまで止めるわけにゃあいかねー。それが負のスパイラルと分かっていても、な。
で、3人に負けた俺に待ってたのは敗者の代償。来るクリスマスに八神家全員へプレゼントの贈呈が決まってしまったのだ。
なぜ八神家全員なのか、いろいろと文句は尽きないが敗者にそんな権利はない事は百も承知。涙と苛立ち共に要求を呑むしかあるめぇよ。
しくしく、イライラ。


「そんなに落ち込むでない。どれ、その傷心、我が身体で慰めてやろう」


そして現在、星々輝く冬の夜空の下、今晩も頑張って魔力蒐集に精を出す俺。沈んだ気持ちもなんのその、直向に蒐集活動する俺はなんて健気なんだろう。
健気過ぎてクソッタレな事をほざく風嵐に向かってついグーパンチまで出ちまう。


「ああっ」

「いや、なんでヨがるんだよ。その反応は相変わらずおかしいだろ」


痛みに恍惚の表情を浮かべる風嵐に呆れた目を向ける俺と、同じく共に蒐集活動に出たドン引きなヴィータ。


「おいヴィータ、何で風嵐連れて来たんだよ。今日はザフィーラじゃなかったのかよ」

「そのはずだったんだけど、ザフィーラがいつの間にか消えてたんだよ」

「消えた?」

「ああ、消えた。で、風嵐に聞けば、『ザフィーラは体調を崩したようだ。よって、我が共に蒐集に向かってやろう』だと」

「「……………………」」


気持ち悪く身体をくねらせる風嵐を余所に、俺とヴィータは顔を合わせて深い溜息を一つ。きっと俺たちが今胸中で思っている事は一緒だろう。


((ザフィーラ、南無……))


まあ頑丈な奴だから、風嵐の多少の拷問でも耐えられるだろう。死んじゃねーはずだ。
それに今日は何と言っても鍋パーティ。先日はやてとダチになったすずかを呼んで盛大に執り行う事になったんだよな。ザフィーラも楽しみにしてたし、勿論俺や他の騎士も同様。
だから、今日くらいは蒐集なんて行かず家でゆっくり楽しみたかったんだけどな~。


「はぁ、はぁ、はぁ………むっ!おいヴィータ、貴様、主とそんな顔を接近させてどういう………はっ!まさか、そのまま結合する心算か!我を前に良い魂胆だな!」

「は、はあ!?ふざけた事抜かしてんじゃねーよ!」

「ヌくとな!?その未成熟な身体、そんなチッパイで主が満足するわけなかろうが!それとも股か!?腋か!?髪の毛かァ!?」

「意味分かンねー事言ってんなよ!」


風嵐は今晩も全力全開で変態だった。とびっきりの変態だった。
だが、ちょっと違和感を感じる。
なんて言やぁいいのか……そう、変態なんだ。ああ、いや、変わらず変態は変態なんだが、そうじゃなくて。
いつにも増して変態的でテンションがおかしいんだ。


「おい風嵐、お前なんか変なモンでも食ったか?いつにも増してハイになってんぞ?」

「確かに。いつも以上に異常だ。どうしたんだよ?」


ヴィータもそう感じていたのか、俺に同意の様子だ。
それを証明するように、興奮冷めやらぬ様子で鼻息を荒げる風嵐。そして、その変態姿そのままで語り出した。


「ふん、仕方が無かろう。なんせ久々の登場なのだ」


ああ、そうだな。出来るだけお前と絡みたくなかったんだよ。


「いや、それだけならば百歩譲って良しとする。だがな、久々なのは登場だけではない!こうやって主と話すのも久々なのだぞ!」


ん?ああ、そう言えばず~っと放置プレイしてたからね。放置っつうかシカト?


「作中の登場率だけならシャマルの方が低い。だが、それはただ描写されておらんだけ!舞台裏では一緒に買い物行ったり、一緒に料理したりしておった!分からん所で絡みはあった!なのに我に対しては完全完璧に無し!描写されておらんのではなく、描写されるような絡みすらがなかった!」


話している内に興奮のベクトルがちょっと変わって来だした風嵐。今ではその顔は不機嫌一色だ。
てか、超メタ発言だなオイ。ある意味でフォローになってっけどさ。


「確かに我は放置プレイ乾杯主義だ。だが、今回は度が過ぎておるだろう…………会話はおろか主の姿すら見ることが出来ないのは、快楽を通り過ぎて苦痛だ」


一転して悲しみに暮れたような顔をする風嵐。それを見て、呆れていたヴィータも少し悲しそうな顔になった。そして俺も風嵐のこんな態度を見て、今までの己の行いを後悔した……………って、ンなわけあるかっての。


(一見シリアスだけどさ、二見でもうギャグだろ)


しかし、さて、そうは言ってもこのまま一蹴するのは忍びない。なんせここまで情緒不安定な……まあいつも不安定なんだが、こんな風嵐はらしくない。それに、こいつは当たり前だがはやて似で、さらにガキだからどうしても最後の最後は甘くなっちまう。

俺はポリポリと頭を掻くと、その手をそのままポンと附せられた風嵐の頭に乗っけた。


「悪かった、とは言わん。そもそも自重しないお前が悪いんだしな。ただ、まあ度が過ぎてたってのはその通りだった。お前はムカつくガキで相手すると疲れるガキだけどよ、でも気に入らねぇガキじゃねえ。あれだ、嫌よ嫌よも好きの内的な?だから、そんな真剣に塞ぎ込むなよ。ついでにヴィータ、お前の事も嫌いじゃねえよ?」

「あたしはついでかよ。まあどうでもいいけど」


そっけない反応を見せるヴィータだが、その顔はハッキリと喜色の色を浮かべていた。そして肝心の風嵐はというと………、


「──────────────ふぁッ!!」


なんか盛大に仰け反った。


「お、おい、どうした?!」


いきなりビクビクと小刻みに震え出した風嵐に、慌てるヴィータ。しかし、風嵐の次の行動はヴィータの予想の斜め上をいった事だろう。勿論、俺もだ。


「って、おおおい!?夜空の下、いきなり何脱ぎ出してんだよ!?」


徐に風嵐の奴がスカートの下から手を突っ込んで白いパンツを脱ぎ出したのだった。風嵐は真っ赤な顔でそれを両手で持つと、雑巾絞りの要領でギュッと捻りを加えた。途端、パンツから夥しい量の水が搾り出された。


「ふぅ、ふぅ………参った。急に主が頭に触れて、しかも『好き』なんて甘言を吐くものだから、今まで溜まりに溜まっていたモノが一気にキてしまったではないか。こんな事になるなら替えの下着を持ってきておくのだった」


言ってる間にも風嵐の足からポタポタと液体が流れ落ちていっている。
ヴィータはその光景を訳が分からんという顔で見つめ、俺は赤くなった顔を手で覆った。流石にコレは直視出来ない。


「この痴女が………」

「何を言う。これはただの愛だ。主に対する溢れんばかりの愛が、堤防を破壊して溢れてきただけ。…………んっ、言ってる間に第2波が」


……………………誰でもいい。こいつをどうにかしてくれ。
このガキは精神的にも身体的にも完璧にガチで病気レベルだ。ヤンデレつうかヤンヤンだ。今度フィっつぁんに診て貰うか?それとも最初からリっつぁんのトコに保護してもらうか?
取り合えず、今は何の手の施しようもないので無視の方向で行く。。


「………行くぞ、ヴィータ。風嵐のカスは放っとこう。さっさと蒐集して帰って鍋しようぜ」

「あ、ああ」

「はぁ、今日は潰れるまで飲もう………」


空中で器用に悶えている風嵐を置いて、俺はヴィータと共に蒐集活動に入ろうとした。波が引けば多少は落ち着いてくれる事を祈りながら。


「風嵐の奴、一体どうしたんだよ?」

「お前はまだ知らなくていい。ヴィータ、俺のお前の好きな所はな、その純情な心なんだ」


コピーのヴィータの方は結構毒されて来てっからな、オリジナル程綺麗じゃないんだよな。まあ汚した本人が言うのもなんだけど。
ともあれ俺はヴィータの背中を押して腐ったミカンから距離を取ろうとした。


「動くな!!」


しかし、どうやらそれは叶わないようだ。
突然、語気を荒げた力強い声が響き渡ったのだった。

何かと思いそちらに目を向ければ、そこには見慣れない服を着た男が一人。

街中で会えば十中八九素通りするであろう特徴の無い顔で、RPG風に言えば『村人A』という役どころだろう。だが、ここは現実で、目の前の男は決して『村人A』なんかではなかった。何故ならば顔こそ没個性だが、右手に持っているモノは何とも個性的で、何より男は俺たちと同様宙に浮いているのだから。


「ま、魔導師!?」

「もっと正確に言うなら管理局だ…………!」


マジっすか!?おいおい、とうとう局と鉢合わせかよ。てか、よくよく見れば…………。


「な、なんか囲まれてね?」

「なんかもなにも、見りゃ分かんだろ!」


いつの間にか俺たち3人を中心に、10人もの管理局員が輪を作って浮かんでいた。しかも、これまたいつの間にか結界まで展開されている始末。
俺は人知れずフードを深く被り直した。うちのモンはいないが、どこで見られてるか分かったモンじゃねーからな。


「人が悦んでる間に囲うとは、管理局員は無粋極まりないな」


つい先ほどまで悶えていた風嵐も、流石にこの状況では馬鹿をやる余裕はなくなったようだ。俺とヴィータの傍に近寄り忌々しそうに周りを見遣った。


「でも、チャラいよコイツら。返り討ちだ」

「確かに雑魚だな。魔力を搾り取るだけ搾り取り、ボロ雑巾のように捨ててくれようぞ」


こいつら頼もしい~。流石は騎士様だぜ。
普通、人が相手ってだけで気後れするもんだ。しかも、正面に10人居るんじゃなくて囲まれてる状況ってのは、普通の喧嘩ならかなりヤバ気な状況なんだけどな。


「はやてが待ってんだ、さっさと潰すぞ」

「我を輪姦しようなど片腹痛いわ。闇に消えよ、蛆虫共」


ヴィータと風嵐が各々デバイスを出し臨戦態勢を取ったと同時に、しかし、何故か囲んでいた管理局員全員が距離を取り始めた。だが、それは警戒して間合いを取ったとかではなく、どう見ても役目は終わったといった感じだ。


「?なんで………」


敵を囲んでいたこの有利な状況で何故退くのか、疑問符が頭の中を駆け巡ったが、それも一瞬だった。


「上だ!」

「上?…………い゛ぃ゛!?」


ヴィータの声に従い空を見上げた瞬間、俺は驚きと共にこれでもかと目をおっ広げてその光景を見た。

そこにいたのは一人の少年、そしてその少年の周りには────────────────剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣、剣。

目視で50は下らないであろう、水色の魔力で作られた剣群がそこにはあった。


「な、なななななな、なんですかありゃあああああああ!?おい、馬鹿ヴィータ、変態王、お前ら何で気づかなかったんだよ!?」

「うっせえ!お前だって気づいてなかっただろうが!」

「先ほどの蛆虫共がジャマーでもかけておったのだろう。これぞ、ジャマーで邪魔」


余裕ぶっこいている風嵐を縛り上げたいが、生憎と俺には余裕がない。今脳裏に思い浮かんでいるのは、過去、プレシアやフェイトのファランクスシフトを受けた時の痛みだった。
あの剣郡は間違いなくあの時と同等の痛みを伴うだろう攻撃だろう。

どうにか出来ないかと焦る俺に、無情にも鉄槌はおろされた。


「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

(やっぱりシフト系ですかああああああああああ!?)


数多の剣先が一斉に俺たちの方を向いた。かと思うと、一呼吸の間に弾丸のように向かってくる剣の嵐。
もう数秒で確実に着弾するだろう剣郡を前に俺は考える。
あの物量を迎え撃つのは無理。俺にそんな魔法は使えない。
同じく回避もあの量では無理。俺はそんな速く飛べない。
だったら残るは盾で防ぐしかないが、生憎とあれだけのモンを防げるほど強固な魔法壁は俺には作れない。


(だったら………!!)


俺は両隣にいたヴィータと風嵐の首根っこを掴み、引き寄せて二人を前に付き出した。


「ヴォルケンバリアーーーー!!」

「おいいいいいいい!?!?」

「あんっ」


二人の抗議の声(一人は違うが)を無視し、来るべき衝撃に俺は目を瞑った。

刹那、着弾。そして轟音。

瞼で伏せられた向こう側が白く染まっているのが分かる。魔法には爆発の効果も付加されているのか、鼻に煙独特の臭いが衝く。
轟音に煙の臭い、光が収まったのは時間にして着弾から10秒くらいだったろうか。短いようで長く、腋汗を掻くには十分な時間だった。


(お、終わったか?)


恐る恐る目を開くと、眼前には俺に手によって突き出されたヴィータと風嵐がおり、二人は力を合わせて大きなシールドを張っていた。冷や汗は掻いているようだが身体には怪我はないようで、どうやら完璧に凌ぎきったようだ。

俺は頑張った二人に激励の声を掛けた。


「ナイス!!」

「ナイスじゃねーよ!なんて事すんだ!」

「相変わらず主は無茶をする」


いや、だってこれが俺が傷つかない最良の選択だったんだしさ。ほら、こいつらは傷ついてもプログラムなんだし、治りも早いじゃんか。その点、俺は貧弱ゥな人間ですから。箸持っただけで指が折れちゃう~。


「文句は後で聞くから、今は目の前の喧嘩に集中しようぜ」


あの剣郡を放った魔導師は、こちらを悔しそうな顔で睨みつけていた。どうやら俺らが無傷だった事にご立腹のようだ。


(まあそれ言うならこっちもそうだけどな)


この俺に攻撃したって事ァ、俺に喧嘩を売ったてのも同義だ。
うちのモンが管理局側に付いて一体何を吹き込んだのか分からんが、問答無用で攻撃してきたって事は少なくとも話し合いで解決する気はサラサラねぇって事だろ?
いいねぇ、シンプルで。状況的には変わらず面倒臭いが、それでも向かってくる奴をボコりゃいいってんならそれは大歓迎だ。


「おう、ヴィータ、風嵐。上等ぶっこいたあの局員、どうするべきかね~?許してあげちゃう?それとも………」

「当然、潰す!」

「我の主に攻撃した糞にも劣る物体は、この世に在るべきではない!」


目をギラギラと獰猛に輝かせ、意気揚々とデバイスを構える二人の何と頼もしい事か。
こりゃ負けちゃらんねーな。
俺も両の拳を打ちつけ、闘志を剥き出しにする。
本当なら局の本体やうちの悪魔共が来る前に撤退するのがいいんだろうが、生憎と喧嘩売られて逃げるほど男廃れてねーし、人間も出来ちゃいねーんだよ。
それにいつまでも怯えて逃げてばっかじゃ、この先なんも進展しねーしよ。こりゃいよいよ持って一本芯入れて、覚悟決めるしかねーだろ。
これから先の喧嘩は、本当の本当に本腰入れていってやる……………姿は隠し通すけどね。


「さて。じゃあ、おっ始め──────あん?」


腕をぶんぶん回しながら局員に向かおうとしたら、件の局員は敵を目の前になぜかぶつぶつと呟いており、さらにあまつさえあらぬ方向に顔を向けた。
どこまでも余裕ぶっこいたその様子に、俺のボルテージも右肩上がり。

その小癪な横っ面に拳叩き込んでやる!年にしてまだ12、3くらいでガキに分類されるが、俺に喧嘩売った奴に例外はない。ガキでも女でも最低1発はブン殴る!

俺は舌打ちをして飛び掛ろうと身体に力を入れた瞬間、ふいに右手の裾に抵抗を感じた。見れば風嵐がくいくいと引っ張っている。


「ンだよ、一体?」

「主よ、ちと厄介な事になりそうだぞ」

「あん?」


風嵐は忌々しそうな顔であらぬ方向を見ており、ヴィータも風嵐と同じ方向を見ていた。そして、それは上空にいる局員が見ている方角と同じだった事に気づく。
俺は嫌な予感と共に、少し強張った顔で皆と同じ方に顔を傾けた。

果たして。


(………あー、まあ予想通りってか、当然ってか、やっぱりってか、ほらねってか)


俺の目に飛び込んで来たのは、一つのビルの屋上に風に曝されながら佇む私服姿の少女3人。そして俺の脳が処理した結果、該当する人物が同じく3人。

一緒に遊園地に行ったり、プールに行ったり、紅葉狩りに行ったりした、もしかしたら一番仲が良いかも知れない少女………高町なのは。
高町なのはのコピー体にして家族、そして元祖イカれ少女………鈴木理。
俺の家の隣人にしてクローン人間、弱天然だが超絶無双の可愛さを誇る少女………フェイト・テスタロッサ。

魔法少女トリオが、そこにはいた。


(やっぱ来やがったか。けど、3人だけってのは変だな。他のやつらは………)


軽く辺りを見渡してみれば、その少女3人の他にアルフとユーノもすぐに発見した。が、この場に来たのはその計5人だけのようで、残りのメンツは見当たらない。
総戦力で叩き潰しに来ると思っていたが、これは一体どういうこった?
訝しむ俺を余所に、3人の魔法少女はそれぞれデバイスを起動させ、その身にバリアジャケットを纏った。


(ん、あれ?なのはのデバイス、カートリッジ機構付いてね?)


前まで付いてなかったよな?カートリッジってそんな早く付けれるモンなわけ?管理局の技術は世界一ィィィイイイなわけ?


(まあ、どうせプレシアとリニスちゃんが改造手伝ったんだろうけど)


プレシアのクソ野郎はホント面倒な事してくれやがるな。今度あいつの入浴シーン盗撮してツイッターにアップしてやろうか。リニスちゃんは全力で許すけど。


(そもそも、高々デバイス強化したくれぇで俺が負けるわけねーだろ。なのはも大人しくしてりゃあいいものを、若さに任せて出てくるから俺に殴られるハメになるんだよ。まあスズメバチに刺されたとでも思って諦めてもら………………およ?)


なのはのプリティフェイスを殴るのは可哀想なので、代わりにその頭に特大の拳骨を落とすくらいにしてやろうかどうしようかと悩んでいたら、ふとある事に気付いた。
なのはも、理も、フェイトも、現れてからずっと俺の事をガン見しているのだ。


(え?なに、どして?俺、視姦されてる?)


俺を闇の書の主と勘違いし、敵視している……というわけではなさそうだ。何故なら、その視線には1つも敵意などといった負の要素がないからだ。あの目に込められてるのは『悲しみ』や『寂しさ』といった一見マイナスっぽいが何故か温かい感じの感情。フェイトと理に関しては、それに加えどこか『嬉しさ』なんてのも垣間見える。


(……どゆこと?)


混乱とまではいかないが、どこか釈然としない気持ちが募っていく。
だが、そんな俺の気持ちとは裏腹にこの状況は加速度的にどんどんと流れていく。

出る事も入る事も叶わない筈の結界を突き破り、轟音と共にまた一人新たな乱入者が現れたのだった。


「シグナム!」


騎士甲冑を身に纏い、右手にレヴァンティンを持って颯爽と現れたのはシグナム。
このタイミングの良さ、そして真打登場とばかりの乱入の仕方は、絶対に狙ってやったとしか思えないほどカッコよかった。てか、絶対外から見てただろ。


《どうやら間に合ったようだな》

《丁度始める所だよ。それより、他のやつらは?》

《シャマルは結界の外で待機している。ザフィーラは動ける状態ではなかったから置いてきた》

《やれやれ、まったく使えない犬だ》

《風嵐、お前がそれを言うな》


俺にも聞こえるように念話で会話をしてくれている3人だが、生憎と俺は口も回線もミッフィにしている。だって、シグナムが派手に登場して来たのに、フェイトたちの視線は全くぶれずに尚俺ガン見なんだもん。
何故かまた脇汗が出てきたぞ。


《そんなことより、此度は早く終わらせるぞ。家で主はやてが楽しみに待っておられる》


ああ、そうだ、鍋やるんだったな。すずかも来るし、確かにさっさと終わらせたいもんだ。一杯やりたいよ。


「どうやら役者は揃ったようですね」


こちらの士気の高まりを読み取ったのか、それとも単純に空気を呼んだのか、理のやつが屋上から飛び立ち俺たちが浮遊する高さまでやってきた。それに続いてフェイトとなのは、それにアルフも理の横に並んだ。また、シグナムも俺たちの横へと並ぶ。

俺、ヴィータ、風嵐、シグナム。
理、フェイト、なのは、アルフ。

相対する俺たち、数の上では互角。後は、誰が誰の相手をするかだが───────。


「さて、」


と、理が呟いたと思ったら、突然ほぼノーモーションで『ブラストファイアー』を撃ち放った。いきなりもいきなりなその砲撃に誰も対処する事は叶わなかったが、幸か不幸か魔法は風嵐の顔のすぐ横僅か数センチを通り抜けて行った。
だが完全に当たらなかった訳ではないようで、風嵐の耳辺りの髪がチリチリと縮れていた。


「おや、王ともあろう者がそんな呆けた顔をしてどうしたのです?まさか、今の魔法が見えなかったのでしょうか?だったら申し訳ありません。次は手加減して差し上げます。もっとも、今のも充分手加減していたのですがね」


反応できず呆然と佇む風嵐を見て、サドっ気全開の表情(見た目は相変わらず無表情なんだが)でのたまう理。そして、そんな理を見て我に返り、顔に特大のバッテンマークを浮かび上がらせた風嵐。


「雑種ゥゥゥゥゥゥッ!」

「ふっ、無駄に吠えないで下さい。底が知れますよ?」


ああ、分かった。何でか知らんが、こいつら仲悪ぃんだ。


「下等な分際でよくも我の高貴な髪を傷つけてくれたな!主にのみ捧げる我が身体の一部を!」

「寝言は涅槃で言って頂きたいものですね。主があなた如きの身体で満足するとでもお思いですか?今度、主と私の営みを披露し、格の違いでも見せてあげましょう。それで現実を知り、一人でマスでも掻いているのですね」


ああ、また分かった。こいつら変態同士で同属嫌悪してんだ。


「ハッ!愛も、忠誠も、サドっ気も、変態性も、キャラクター性も、何もかもが中途半端な貴様が我との『格の違い』?……片腹いたいわ!ああ、そうだ!格が違うのだ、我と貴様とではな!」

「ふぅ。まったく、なに世迷いごとを。中途半端は一体どちらでしょう?後から出てきたのをいいことに、私の属性に少し上塗りしてあたかも『自分が上ですよ』的な態度を取るとは。厚顔無恥も甚だしい。あなた、いっぺん死んだほうがいいですよ」


うん、どっちもどっちだからな?どっちもいっぺん死んだ方がいいからな?


「我が貴様より上なのは当然だろうが。勘違いも妄想も大概にしておけよ?貴様のような痛々しい奴は地獄の餓鬼とでもまぐわっておれ。それが身分相応というやつだ」

「カチ~ン…………この糞ビッチはいよいよ持って死にたいようですね」


あちゃあ、理の奴、あの顔は相当キてんな。風嵐の奴も今にも爆発しそうだ。


「………もうよいわ。これ以上貴様の声を聞いておると耳に障る。二度とその口が開けぬよう、永劫の闇へと突き落とす!」

「やれやれ、厨二病的なクドイ言い回しをしますね。教えてあげましょう、こういう時はですね、シンプルにこう言うんですよ──────────ぶち殺す!」


そして二人は激しくぶつかり合い、それぞれの魔力光の軌跡を残しながら遠くに飛んでいった。


「な、なんなんだアイツ?風嵐と互角に言い合ってたぞ……」

「凄まじいな………」


ヴィータもシグナムも理のキャラに慄いているようだ。
まあ無理もない。アイツのぶっ飛びようは天井知らずだからな。でも安心しろ、すぐ慣れる。だって、フェイトもアルフもなのはも今のあいつ等のやり取りを微笑ましく見てたし…………いやまあ、それもどうかと思うけど。


「と、兎に角!おい、えっと確か……高町にゃのは!」

「にゃ、にゃのはって誰?!高町なのはだよ!」

「ど、どっちでもいい!来い、お前の相手はあたしだ!」


理と風嵐の後を追うかのように、ヴィータも場所を変える為に飛んでいった。
先の二人の喧嘩の空気に充てられたのか、ヴィータも中々どうしてヤル気満々だ。続くなのはも表情を引き締めて追っていった。


「テスタロッサ、お前の相手は私が務めよう」

「そう言えばこの前の決着がまだでしたね」

「今日は時間も無い、最初から全力で行かせて貰う。だが、それ故に怪我をさせずに終わらせる自信がない………出来れば魔力だけ頂いて無傷で帰してやりたいのだが……それが出来そうにないこの身の未熟、許してくれるか?」

「構いません。最後に勝つのは、私ですから」


シグナムとフェイト、敵同士でありながら相手を称え、その上で自分の力を信じる強い心。
まるで戦国時代の一騎打ちのような空気を醸し出す両者は、静かに眼下のビルへと降りていった。

とすると、当然この場に残ったのは俺。
そしてアルフ。


(ラッキー、一番やり易い奴が相手だ!)


アルフも確かに強いだろうが、あの3人と比べれば一番弱いのは明白。それに、アルフは基本接近戦主体なんで俺も非常に助かる。魔法戦は厳しいが、ステゴロだったら相手が誰だろうと負ける気はサラサラねーし。


(さて、最後は俺達だな。オラ、かかってこいや!)


正体を隠している手前、声を出すわけには行かず身振り手振りで俺はアルフを挑発した。
しかし、どういうわけかアルフは一向にかかってこない。こいつの性格上、挑発の一つでもされたら速攻で殴りかかってくるはずなのに。それどころか何故か笑顔を浮かべ、キュートなお尻に付いてる尻尾を嬉しそうにフリフリと動かしてる。


(なんなんだ、一体?)


理やフェイトやなのはもそうだったが、どうも俺に対する反応が変だ。どう考えても敵を前にする反応じゃない。

胸中で困惑しながらも、取りあえず一発殴ってやればまともな感じになってくれるだろうと、まるで『映らないテレビは叩けば直る』という昭和的な考えで、俺は拳を握り、さあ行くぞと身構えた瞬間…………、


「ところでさ」


って、おい!いやいやいやいや!どうしてそこで普通に会話パートに入ろうとしてんのよ、この子!もう喧嘩パートだろ?なんでそんな雑談空気を作り出すわけ?
訳が分からん。訳が分からんが、そういう時は『考えるより、まず殴れ』と相場は決まってる。
俺は今一度拳を固め直した。

さあ、いざ……………!


「あんたが居ない間にザフィーラに彼女が出来たんだよ」

「ぬぅわあにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」


嘘だろ!?マジかよ!?ザフィーラに彼女だとおおおおお!?!?


「ふざけんなよ、あンの野郎おおおおおおお!この俺を差し置いて彼女を作っただァ!?いい度胸してんじゃねーか、クソ駄犬がァ!じゃあアレか?今ここに来てないのは、その女としっぽりしてるって事かああああああ?!ぶっ殺してやる、クソッ垂れめ!何故だ!何故あいつに彼女が出来て俺に出来ん!そりゃ確かにあいつは背が高く、逞しい身体で、精悍なツラしてて、健康的な浅黒い肌で、仲間思いで、寡黙な性格で、大人な雰囲気を醸し出してて…………………………あれ?………………………………俺の勝ってる要素は無ぇじゃねーかああああああああああああああ!?!?」


よくよく思えばザフィーラって超イケメンじゃね!?…………………殺さなきゃ。


「あ、相手は美人なのか?!ボン・キュ・ボンの綺麗なセクシー系お姉さんか?!それとも可愛さと可憐さが同居した撫子系お姉さんか!?」


もしそうだったら、俺は………俺は!


「私」

「俺は!あいつが泣くまで!殴るのを!止めない!!」


何故だああああああああああああああああ!!!!!


「なんでだアルフ!俺はお前を信じてたのに!人間じゃないお前なら、人間の女にはモテない俺を受け入れてくれ、いずれはあんな事やこんな事をする関係になると希望を持ってたのに!!」

「へ?あの、なにを─────」

「お前は気さくな奴だからすぐボディタッチとかして来るし、ノリが良いから話してて面白いし、表情がコロコロと変わって飽きないし、なにより美人だしボインで……………だから勘違いするんだよ!てか、男なら抱き付かれた時点で誰だって勘違いするんだよ!?それは違うんだって思っても勘違いすんだよ!でも、やっぱり最後はこうやって馬鹿を見るんだな、モテない男って奴はよォ!結局か!?結局イケメンなのか?!世界や種族が違えど行き着く所はそこなのか!?俺だって……俺だってなあ………もうホントに泣いちゃうぞ!ブサメン代表して泣いちゃうぞ!うわ~~~~~~~ん!」


衝動に任せ思いの丈と涙をぶち撒ける俺。
もう何がなんだか分からない。何だかトンでもない事を言ってるような気もするし、死ぬほど恥ずかしい事を言ってるような気もするが、そんな事よりザフィーラに彼女が出来た事がショック過ぎる!!!

…………俺、明日からどうやって生きていこう。やっぱり風俗で新品の筆を下ろしてもらうか。ああ、いや、それよかもう風嵐でもいいや。あいつならほぼ100%の確率で受け入れてくれるだろう。犯罪?ああ、そうだね、きっと捕まっちゃうね。じゃあ次回からは獄中SSって事で。


「ス、ススストーーーーーッップ!ちょっと、な、なにマジ泣きしてんだい!?てか目が虚ろだよ!?う、嘘!嘘だから!」


…………え?うそ?


「ザフィーラに彼女は?」

「いないよ!」

「アルフに彼氏は?」

「私はまだ誰の物でもないよ!」


…………………………………………。


「な、なんだ嘘かよ。あ~、びっくらこいた!マジでショック死するかと思った」


ガチで焦ったぜ。てか、マジで危うい思考になってた。冗談抜きで次回から『囚人と写本の仲間達の面会な日々』になっちまう所だったぞ。
こりゃ理や風嵐の事を変態変態と言えた身分じゃねーな……………まあそれも重ね重ね今更ってやつか。


「び、びっくりしたのはこっちだって!まさか大泣きする程の反応が返ってくるなんて。それに…………う゛う゛ぅぅぅ~~」


何故だかアルフは顔を真っ赤に染め、耳は力なく垂れ、両手で頭を抱え込んでいた。


「ハァ……一応の最終確認の鎌掛けの心算で言った冗談だったのに、とんだしっぺ返しだよ」

「何が冗談だよ、シャレになってねえっつうの。お前のそのトンでも発言で俺は危うく性犯罪者に──────」


あれ?ちょい待ち。なんか変じゃない?変ってか、ヤバくない?

だってさ、俺、さっきから………


「俺、もしかして普通に声出して喋っちゃったりしちゃってる?」

「は?いや、あれだけ叫んでたくせに今更何言ってんだい?」


しまったあああああああああああああ!!!????
正体隠す為に頑張って黙ってたのに、ついアルフの嘘情報に流されちまった!ヤ、ヤベェ…………こりゃ完全にバレちまっ──────ん?でも待てよ、何か変じゃね?普通、正体不明の奴にザフィーラの事を話すか?いや、そんな意味不な事する理由はねーよな。それにアルフの奴、さっき『最終確認』とか言ってなかった?

これってさ、つまり…………。


「まっ、声を確認するまでもなく分かってはいたんだどね。えっと、取りあえず気を取り直して………コホン───ここは久しぶりと言った方がいいのかい?ねっ、は・や・ぶ・さ♪」


いつからバレてたんだーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?




[17080] Asのジュウ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/08/07 21:16
まーね、うん。

俺だってさ、馬鹿じゃないんだ。いや、実は馬鹿なんだけどさ、それでも大手を振って胸張って馬鹿と自虐してしまえる程の馬鹿さ加減は持ち合わせちゃねーはずなんだ。
だからよ、この今の変装だって何も都合よく最後の最後までバレずに通せるなんて思っちゃなかったんだよ。出来れば通れって心は多分にあったが、それでもやっぱり大部分ではバレるだろうと思ってた。
で、バレた。
ていうか、バレてた。
うん、まあそれはいい。言ったようにバレるとは思ってたから、これは予想通りと言っていい。
だが、問題はそのバレるまでの時間だ。
俺が変装してアルフ、または他の皆の前に出たのは今回と前回の2度ほど。つまり、確かにバレるとは思っていたが、まさかこんな早くバレるとは思ってなかったのよ。なのに、たった2度の対面で何故バレたのか?
まったくもって謎だ。












Asのジュウ話~この馬鹿は死んでも治らない~













「なあアルフ、この俺のほぼ完璧たる変装が何でこんな早く分かったんだよ?」


正体がバレてしまったのでもうフードを深く被る必要も無言を貫く必要もなくなり、さらに喧嘩をする必要すらなくなった俺は、騎士甲冑を解いて近くのビルの屋上にアルフと共に腰を下ろしていた。
しゅぼ、とライターをつけてタバコに火を灯す。遠くの空には桜色や赤色、その他色とりどりの煌きが窺え、それは俺たちを除き他の者は絶賛喧嘩中なのだという印だ。


「何でって……隼、あんた、それ本気で言ってるのかい?」


本気で言っちゃあ悪ぃんかよ。マジもマジだっつうの。だってよ、顔は見せないようにしてたし、声でバレないように殆ど喋んなかったし………なんでバレんの?

俺が訝しむような視線をアルフに向けると、彼女は大きく呆れたような溜息をついた。


「隼、あんたってやっぱり馬鹿なんだね」

「殺されたいならハッキリそう言え」


アルフは苦笑した後、片手を胸の高さまで上げ、拳から指を3本ほど突き出した。


「隼だって分かった理由は三つ」


え、三つもあんの?嘘だあ。


「一つは、あの格好」

「格好?」


フードのついたセットアップのジャージ型騎士甲冑?マトイなら分かるが、なんでアレで?


「隼さ、あんなんでホントに隠す気あったわけ?」

「失礼な。バリバリあったっつうの。フードも目深に被ってて、顔もバッチリ隠れてたろ?」

「………隠れてないよ」


え?


「はぁ……あのね、テレビやマンガじゃないんだからさ、フード程度で顔全てが隠れるわけないだろ?少し顔を動かしたり、風が吹いたらすぐずれるし。さっきだって、あんたのその派手な金髪がちらちら見えてたよ。格好自体も全然魔導師らしくない、隼らしい格好だったし」


…………うそ~ん。え、なにそれ?そんなドストレートなバレ方してたわけ?


「二つ目。前回さ、あんた、理と喧嘩しただろ?」

「あ、ああ。したけど………それ?」

「それ。魔導師のクセして素手で戦う奴なんて、そうそういないよ。まあ確かにゼロじゃあないけどさ、理相手に素手で喧嘩したらそりゃすぐ分かるってもんさね。この半年、あんた達何度喧嘩してた?理が言ってたよ、『とても慣れ親しんだ拳、喧嘩の仕方でした』って」


………うん、そうだね。そりゃそうだよね。あれだけ毎日同じ相手と喧嘩してりゃ、目を瞑ってでも誰だか分かるってもんだよな。


「最後三つ目。隼、私ってさ、忘れてるかも知れないけど実は使い魔なんだよ。半分獣の使い魔。つまりさ───────」

「……いい。もういい。皆まで言わないで」


そうでしたね。アルフって獣っ娘だったね。どんな獣かは知らんが、少なくともどう見ても犬科だよね。だったら嗅覚も人のそれとは違うのは当たり前だよね。


「なあアルフ」

「ん?」

「俺、馬鹿だわ。掛け値無しの」

「うん、知ってる」

「……うっせえよ(泣)」


どうやら俺は胸を張っても足りない程の馬鹿だったらしい。本当に大学を卒業したかも怪しい。察しが悪い、という言葉で片付けられるのなら片付けたい。


「はぁあああ………ちっと考えりゃ分かりそうなモンなのに、なんで俺って奴は」

「まあまあ、いいじゃないか。むしろ、それでこそ隼らしいって」

「それはつまり、馬鹿なのが俺らしいと?」

「違うよ。なんて言うんだろう……う~ん、兎に角なんだか隼らしい!」


意味分からんけど何かムカつく。
まあいいや。これ以上考えてもどうしようもないしな。なにせ俺って馬鹿だし!


「で」

「で?」

「何でお前らは俺だって気づいてんのに、直接的に俺に何かしてこねぇの?何かってのは、具体的に言えば『殺害』とかさ」


アルフの話を聞く限り、前回の理との喧嘩の時点でフード男が俺だってのは分かってたはずだ。なのに今日まで何もリアクションがなく、今現在にしても隣にいるのはアルフ一人。理も未だに風嵐の喧嘩中で俺の事はそ知らぬ顔だし、他のうちのモンはこの場にすらいない。
どう考えてもおかしい。あいつらの事だから、俺と分かれば一目散に殺しに来るはずだ。少なくとも管理局に入局して殺すなんて周りクドイ事はしないはずなんだが。


「そうだね、確かに最初はすぐ懲らしめに行こうと思ったよ。海鳴にいるだろうって事は予想付いたから、端から端まで虱も練り潰す勢いでローラーしようと思ってた」


こ、怖ぇ~。


「でも、そこでプレシアと夜天の二人が待ったを掛けたんだよ」


あの二人が?鬼と夜叉の生まれ変わりみたいな、容赦の"よ"の字もないあの二人が?


「プレシアは、『察するにあの男は、自分の正体を隠し私達を敵に回してでも成し遂げなければならない事を見つけたんでしょう。そんな隼を連れ戻そうとしても、あの男は一度こうと決めたらテコでも動かないわよ』てね。で、夜天は『主には何かお考えがあり、その考えの中では私たちは不都合な存在なのでしょう。口惜しいですが、ならば我ら騎士は傍ではなく、外から助力すべきです』みたいな事言ってたよ」


………うん、まあ合ってるようで微妙にずれてるような。てか、『外から助力』?それは俺に対してじゃなく、管理局にしてね?入局まして邪魔してきてんじゃんよ。


「けっ、何が助力だ。でっけえお世話だっつうの」


蒐集を始めた当初は『手伝ってもらえれば楽なんだけどな~』とか思ってた事は、今はもう棚の上で埃まみれ。


「そう言わないでおくれよ。それに夜天の書……ああそっちのは闇の書だっけ?それへの魔力蒐集で管理局は邪魔だろ?」

「まあそりゃあ……ん?」


アルフの言葉に少し引っかかりを感じた。
こいつら(鈴木家・テスタロッサ家)が、俺とオリジナル騎士共が魔力の蒐集をしてるのを知っているのは分かる。その理由(はやて救命)まではきっと分からないだろうが、目的のための手段として俺たちが蒐集活動しているんだろうというのは予想が付いているだろう。そして、その活動の為には局が邪魔になるっていうのも考えりゃ分かる事。
それを踏まえた上で、今のアルフの言葉を聞けば微妙におかしな所があった。

『管理局は邪魔だろ?』

それが分かっているなら、なぜ入局した?いや、それ以前にその言葉、一見疑問系だがどうにも単純にそれだけじゃない。言葉の調子とアルフのしたり顔、そして『助力』という言葉を繋げて考えて見れば、ちょっと別のニュアンスに捉えられる。


「お前ら、管理局に入局して何やらかしてんだ?」


思えば夜天以下騎士たちが管理局に入局した事はやっぱおかしいんだよ。いくらメリット・デメリットがあるといっても、前々から俺は『魔法関係勘弁』と謳ってるんだ。そんな俺の意見を無視して、局に入ってまでして自分たちの利益を求めるような奴らじゃないのは知っている。
プレシアにしても、いくらアリシアたちの将来とか日々の安定の為だからといって、いきなり入局を決断するわけがねーんだ。あいつなら自力で未来を掴み取るはず。少なくとも局に縋るような程度の低い女じゃない。

じゃあ、あいつらは一体何の為に入局し、そこで一体何をしているんだ?

疑問に思う俺に帰ってきたアルフの言葉は…………


「全部、隼のためだよ」


は?


「隼は、一度決めたら自分が満足するまで止まらない事はもう知ってる。とりわけ今回は私たちの事まで放り出して突き進んでるんだから、武力行使しようと口で説得しようと絶対止まらないのは目に見えて明らか。だったらどうすればいいか?私たちは私たちなりに、そんな隼を離れた場所から後押しをするしかないよ」


だから、助力。そして、その為に一番手っ取り早く狙える獲物が………


「管理局、そこを中から欺く。各所に配置されてる隼たちに向けられてる監視の目を誤魔化したり、虚偽の報告をしたりしてね。まあ今回はちょっと失敗したけどね。後は局員とは信頼関係を築いておいて、油断を誘い、いざとなったら簡単に背中を撃てるようにもしてる」


だから、日ごろの蒐集が思ってたよりも捗ってたのか。それに今の状態を失敗したと言ってるけど、それでも現在局からの援軍が来ない所を見ると何かしら内側でやってるんだろう。


(つうか、じゃあ、この前翠屋で見たプレシアたちのあのほのぼのとした空気も全部ブラフ?演技?………怖ぇ)


確かに『管理局も捨てたもんじゃないわね』とか、プレシアらしくないとは思ってたけど…………うん、やっぱアイツの性根は腐ってんな。


「相変わらずプレシアもエグい事考えるな」

「立案は主に夜天だったけどね」

「………………」


ちょっと夜天の事を改めるべきか?


「そんな引きつった顔やめなよ」


俺の顔を見てアルフは少し怒った感じで言い、しかし次の瞬間には微笑みを浮かべながらこう言った。


「何だかんだ言ってさ、結局単純な所、私達は少しでも早く隼に帰ってきて欲しいんだよ」

「───────」

「管理局に入るのなんて皆嫌だったけど、隼の為と思えば苦じゃないんだよ。私個人だって、隼の為なら大抵の無理・無茶・無謀は意地でも通すよ!」


カラッとした笑顔でそう言ってのけるアルフに、流石の俺も照れるのを隠せない。

こいつはこれが厄介なんだよな。半分獣だからか、こいつはいっつも気持ちのいいほどのストレート表現をしてくんだよ。この言葉もそうだし、過剰とも言える肉体的接触もそう。
そんな事をナチュラルにしてくるもんだから、俺のような非モテ男はすぐ勘違いしちまうんだよ。だから、『彼女にしたいランキング』の第3位に実はアルフが位置しているんだが、それを誰が責められる?


「ま、まあアレだ、うん、正直助かるわ。一度始めた喧嘩は止めるつもりなんてねーし、俺の喧嘩に正面から茶々入れられるのも胸糞悪いからな。だからって今更手伝えって言うのも俺のプライドが許さんし」


そう考えるなら、これくらいの助力程度は丁度いい。そりゃ夜天たちが本格的に参戦してくれりゃあ楽に物事は進むだろうケド、その分『楽しさ』は少なくなるだろうからな。いいトコ全部持ってかれちまうのは勘弁だ。


「まっ、隼が唯我独尊喧嘩好きなのは理解してるし納得もしてるつもりだからね。…………ただ」


そこで言葉を切ると同時に困った顔を覗かせた。


「そんな言葉で自分自身を抑え、誤魔化す事が出来るのは大人だけなんだよ?」


理性を働かせ、我慢が出来るのが大人だ。そして、その反対に感情を爆発させて気持ちを曝け出すのが子供。
つまり。


「約1名、あんたがいなくなった日から毎日泣いてる子がいるよ」


その1名には心当たりしかない。


「あー……アリシアか?」

「そっ」


ああ、そうだろうな。あいつだろうな。てか、あいつしかいねーよな。
理、ヴィータ、ライトが俺を思って泣くわけがねーし、フェイトも心配くらいはしてくれるだろうが、あいつは年不相応な自制の心を持ってっから泣く事はないだろうしよ。


「ああ、マジかよ、やっぱ泣いてんのかアイツ。あー、クソ、勘弁しろよ、気分悪ィな。…………アルフ、帰ったらアリシアのやつに言っといてくれ、『泣かずに待ってたら今度どっか遊びに連れてってやる』てよ」

「あはは、隼ってホントにアリシアに甘いよね」

「甘いっつうか何つうか………」


もともと可愛いガキの泣き顔ほど胸糞悪ィモンはないが、殊更アリシアのそれは堪えるんだよな。
フェイトやなのはにでさえ本気で拳骨を振り下ろせる俺でも、アリシアにだけはどうしても無理なんだよな。あいつの可愛さはマジ卑怯だ。


「ほら、可愛いは正義ってよく言うだろ?でも正義ってなぁ捉え方次第で悪とも言えるじゃんか?アリシアの可愛さはまさしくそれなんだよな」


可愛いは正義でもあり。
そしてまた、可愛いは悪でもある。


「まっ、何にしろ帰ってくる時は覚悟しといたほうがいいよ。アリシアだけじゃなく、他の皆も隼には言いたいことが沢山あるようだからね。電話や念話すら繋がらないから相当ストレス溜まってるよ」


それは俺のせいじゃないと訴えたい。電話は風嵐にぶっ壊されたし、あいつらから来る念話もどういう仕組みか知らんが風嵐がシャットアウトしてんだよ。


「それでも救いだったのは、というか不幸中の幸いというか、フェイトたちが学校に通えるようになって友達が出来た事は皆素直に喜んでるよ」


プレシアも、俺んちの奴らも何だかんだ言ってガキには優しいからな。ガキにガキらしい生活をさせてやれる事が嬉しいんだろう。
これも一重に俺が敵に回ったお陰だと自画自賛しとこう。
だが、反面気になることもある。
俺が敵に回った事でこいつらは入局したが、その入局によって管理局がどこまで闇の書やはやての事について知っちまったかってことだ。
夜天の書、夜天の写本、闇の書、それぞれの違い。はやてとオリジナル騎士、そして俺の目的。
プレシアたちは一体どこまで話したんだ?管理局はどこまで把握したんだ?

俺は今置かれている状況を正確に知る必要があると思い、目の前のアルフに分かっている、または知られている事を細かくきこうと口を開きかけた時。


「だけど局への入局は、やっぱり最初はまあ嫌だったよ。まさかフェイトに酷い事した奴と肩並べる事になろうとはね」


先ほどまでの表情と一転して複雑な表情で独り言の様に呟いたその言葉は、質問事項を考えてた俺の頭をさらっとクリアにするほどの力を持った言葉だった。


「………フェイトに酷い事した奴?」

「そうだよ。ほら、半年前のジュエルシード集めの時、その局員がフェイトに向かって魔法を撃ったんだ。隼も見ただろ?その時の怪我をさ」


そう言われて思い出した。
確かバイトに遅れそうになった時、空を爆翔してたら満身創痍のフェイトにあったんだ。で、俺が簡単に治療してやって、そん時に虐待の痕を見つけて。
思えばアレが写本を手に入れた次に最悪な厄介事の始まりだったな。あそこでフェイトにあってなけりゃ、プレシアんとこにカチコミに行かずにすんだんだから。

………ああ、でも、そっか。フェイトに怪我させた奴がいたんだったな。可愛い可愛いフェイトに苦痛を与えた奴が。


「……今、お前らはそいつと一緒に行動してんのか」

「まぁね。クロノって奴なんだけど、ほら、さっき隼たちに魔法攻撃した奴だよ」


ああ、あいつか。
つまりあのガキは俺の喧嘩売っただけでなく、フェイトを傷つけた奴でもあったわけだ。

………なるほどね。


「まあフェイトにはちゃんと謝ってたし、執務官っていう結構偉い役職の奴で私たちの入局に色々手を回してくれたみたいだから、そこは感謝してるし客観的にみたら良い奴なんだけどね」

「………よし」


俺は膝をポンと叩いて立ち上がり、その場で軽く柔軟して身体をほぐす。そして久々にマトイを展開し、アルフにナイス笑顔を向けてこう言った。

「ちょっとそのガキ殺してくるわ」

「いやいやいやいやいや?!!?」


飛び立とうとする俺の腕を慌てて掴み抑えるアルフ。


「そんな『ちょっとタバコ買ってくる』みたいなノリでなに滅茶苦茶な事言ってんだい!?」

「滅茶苦茶?いやいや、とても論理的かつ紳士的発言だろ。俺に喧嘩売って、俺の可愛いフェイトに怪我させて………そのクロノとかいうガキ、生きてる価値ねーじゃん。前、フェイトにも『落とし前つけさせる』て言っておいたし。ああ、だから一刻も早く殺してあげなきゃよ」

「待った待った待った!いきなりぶちキレないでよ!?」


なんだよ、止めんなよアルフ。相手は『殺してください』って言ってるようなもんなんだぜ?だったら望み通り殺してやらなきゃよォ。


「お、落ち着きなって!クロノもあの時の事はちゃんと謝ったんだし、フェイトももう許したんだよ。世話も焼いてくれてるし、だから穏便に………」


はぁ、そうなの?でもな、


「知った事か」


俺は切って捨てる。


「俺に喧嘩売った奴はぶっ殺す。しかもガキに怪我までさせたような奴は徹底的に!」

「いや、だからフェイトはもう許してんだって!」

「ンなの関係ねーんだよ。俺がムカついてんだ。例え怪我させられた当人であるフェイトが許そうと、俺が許さねーんだよ」


仮にフェイトが今俺に向かって『クロノに酷い事しないで!』と抗議してきても、俺はそれを無視する。
フェイトの気持ちなど知った事か。
俺がムカついたから殺すんだ。例え被害者本人の気持ちが許そうと、俺は俺の気持ちを最優先させる。そうして初めて俺は満足出来るんだ。


「な、なんてぶっ飛びようの自己中……ああ、そうだった、これが隼だった」


アルフは疲れ笑いという何とも器用な表情を作りながら大きな溜息をついた。
俺は掴まれていた腕を乱暴に振りほどくと、辺りを見回して舌打ちを一つ。


「そのクロノとか言う奴、一体どこ行きやがった。おいアルフ、お前なら分かるだろ。魔力の発生源的なモンで。教えろ」

「たった今、行かせまいと止めていた相手にそれ聞くかい、普通?」

「うるせえ、教えねーと泣かすぞ」

「ハァ、プレシアも夜天たちもこんな自分勝手な男のどこが好いんだろう………私も、ね」


何事かぶつくさ言っているアルフのケツを蹴り上げ、居場所を聞き出すと俺は飛び立ったのだった。


















件のガキ、クロノとかいう奴はすぐに見つかった。
ビルの屋上でいつの間にかやって来ていたシャマル(騎士甲冑を纏っているからオリジナルの方だろう)の後頭部にデバイスを突きつけていた。何か喋っているようだが、生憎と会話が聞こえるような距離ではないので分からない。だが、大よそ『動くな』的な事を言ってんだろう。
取りあえず俺は、その光景を見てさらに頭に血が上った。もう干上がっちまうんじゃないかと思うくらい上った。


(あんのガキ、俺をさしおいてシャマルをバックから(デバイスで)突いて襲うとは!よほど殺されてぇか!)


すぐさま俺は攻撃の姿勢に入った。飛翔のスピード+重力を使い、エドモンドさんばりのロケット頭突きをするべく力を溜めた。
そして、さあまさに『どすこい』をしようとした瞬間、俺の眼中から目標物(クロノ)が消えた。代わりにそこにいたのは、いつかの仮面の男が片足立ちで佇んでいる光景だった。
その仮面の男……いや、実は女だってのは知ってるが、兎も角、その仮面ちゃんが何かをしたために目標物が突然いなくなったってのはすぐ分かった。そして、すこし視野を広げれば、その目標物が向かいのビルの屋上のフェンスにめり込んでいる姿がすぐに発見できた。


(あの仮面ちゃんが攻撃したのか?………シャマルを助けてくれた?)


真実はどうだか分からないが、一見してそうだった。そして、その一見だけで俺には十分。


(やっぱ彼女は味方だったか!)


何の根拠もないが、俺はそう決め付けた。その理由を強いて挙げるなら、あの仮面ちゃんの正体が超可愛い女の子だから!そして、あのクロノとかいうガキを俺が気に入らねぇから!


(よし、今日こそは名前くらい聞き出すぞ!)


そう心に決める一方で、その前にやる事はきちんとヤらなければならないのを忘れてはいない。
俺は溜めていた力をここで解放した。
ただ、当初の予定とは違い頭突きではなく急転直下の大キック!


「サンダーボルトスクリュー!」

「なに………ぐわっ!?」


フェンスにめり込んで身動きの取れなくなっていたガキに、俺は欠片も容赦せず稲妻のようなキックを見舞ってやった。ガキはフェンスを突き破り、さらにビルを突き抜けて彼方へと吹っ飛んでいく。
それを見送った俺はその場で腕を組んで悠然と佇む。


「紳士に攻撃し、ガキを傷つけ、美人を背後から襲うような鬼畜外道には必ずその身に酬いが訪れるが道理……………人、それを『天誅』という」

「「…………………」」

「あれ?ツッコミなし?ノリ悪~」


口を阿呆のようにおっ広げたシャマルと、仮面をつけているので表情は分からんが何となく呆然としている雰囲気を醸し出している仮面ちゃんがそこにはいた。
いきなりの俺のかっこいい登場に驚いているのだろう。

俺は取りあえずシャマルの方に近づいて声を掛けた。


「大丈夫だったか?あのクソガキに何か酷ェことされなかったか?」

「え、あ、はい、大丈夫です」

「ホントか?お前は大丈夫じゃなくても大丈夫とかいう奴だからな。痛いトコがあったら言えよ?その万倍の痛さをさっきのガキに返してやっから」

「は、はい」


まだ若干ぼんやりしているが体自体はどうやらホントに大丈夫なようなので、俺はポンポンとシャマルの肩を叩いた後、今度は仮面ちゃんの方に向き直る。


「よっ、お久~。また会ったな」

「お前は────」

「まあ待て。俺から言わせて貰う。あんたには聞きたい事が沢山あんだよ。言っとくが今日は逃がさねーぞ」


仮面ちゃんがジリっと僅かに後退したが、俺とシャマルに挟まれている形なのでちょっとやそっとじゃ逃げらんねーのは分かってるはずだ。


「まずはそのむさ苦しい変身を解け。そして、名前を是非教えろ。ちなみに俺は鈴木隼、末永くよろしく」

「……………………」

「あれぇ、だんまりですか?いけませんな~、殴っちゃうよ?」

「………お前の言葉に応える義理はない」

「あ、そういう事言っちゃうんだ。でも、俺が大人しくしてる内に素直に答えといた方がいいと思うけどな~」

「……………………」


それでもだんまりかよ。………このままだとマズイな。さっきのガキがまたいつやってくるか分からんし、管理局の援軍が到着するかも知れねぇ。最悪、うちのモンまで着ちまったらまた混沌の再来になっちまうかんな。
だからと言ってこいつをここで逃がすつもりもない。聞きたいことも言いたいこともあるし、それ以前にもっとお話したい!

だんまりを決め込み、しかしこのままそれを許すわけにもいかない。だが、これ以上この場に留まるのは得策とは言えない。だったら、最終手段として……………


「あん?」


突然、軽快なメロディがあたりに流れた。その音の発生源を辿って行くと、そこには恥ずかしそうな顔で騎士甲冑の胸元(………胸元!?)から携帯を取り出すシャマルの姿が。


「ご、ごめんなさい!はやてちゃんからで……」

「………空気読もうぜ」


仮面ちゃんが逃げないように油断無く目で牽制しながら、シャマルの方も観察する。シャマルの方も仮面ちゃんから目を離さないようにしつつ、電話に出た。


「はい、はい………ごめんなさい………あ、そうなんですか………もうすぐ帰れますから………隼さんですか?はい、すぐそばに」


シャマルがこちらに携帯を向けた。どうやらはやてが代われとでも言ったのだろう。


「ったく、緊張感って言葉しってっか?今がどういう状況か分かってのか?」

「だ、だってはやてちゃんが………」


ホントに騎士ってやつは主が大好きなんだな。こんな時くらい空気読んで断れよな。


「おう、俺だ」


と、言いつつも俺も電話に出るのだった。

ちなみにこの携帯、シャマル含め八神家全員に俺が買い与えてやったのだ。いわば居候代?その時ついでに俺も新しいの買ったんだが、先にも言ったとおりに風嵐の奴にぶっ壊されたので今はもう持ってない。


《もう、まだ帰られへんの?鍋の準備は出来てるし、すずかちゃんたちももう家に着いてるで?》

「ああ、悪ぃな。もう帰る。言っとくが俺を差し置いて勝手に始めやがったらタダじゃおかねぇ…………ん?」


今、はやての言葉に少しおかしな点がなかった?……………すずかちゃん"たち"?


「おい、はやて。すずか以外に誰か来てんの?」

《そやよ。すずかちゃんと、すずかちゃんの家のメイドさん2人と、すずかちゃんの友達のアリサちゃんが来てくれとる》

「なん……だと……」


すずかとその友達はどうでもいい。
聞き逃せないのはメイド二人だ。
メイドという職業はどうでもいい。生憎と俺にそういう嗜好はない。だが、メイドをしている人物になると話は別だ。
普通、メイドっていうと女の子がやる仕事だよな?しかもさ、大抵そういう職やってる人って美人とか可愛い系が多くね?そんな子が二人も来ている?

………………。


「待ってろ、はやて!3分で帰る!!!」

《え、あ、ちょ────》


一方的に携帯を切ってシャマルに投げて返し、おもむろに片手で仮面ちゃんの腕を強く握り取り、もう片手でシャマルの腕も同じように取る。同時に念話を敵・味方関係なく飛ばす。


《テメェら、今日はお開きだ!闇の書組、全員直ちに帰るぞ!!拒否してもいいけど、そん時は置いてく!!》


この念話で呆然と腕をとられていたシャマルと仮面ちゃんがようやく反応した。


「ちょっと隼さん、いきなりどうしたんですか!?」

「は、離せ!」


二人以外にもシグナムやヴィータからどういう事だと念話が飛んでくるが、俺はそれを尽く一蹴。
ただただ『ずらかれ』と命令する。


「む、無茶言わないで下さい!それに、管理局員が外から結界張ってるんですよ?シグナムのファルケンか、ヴィータのギガント級の魔法でも使わない限り破れませんよ!」


問題ない!
この俺を誰だと思ってやがる?女の子が関わることなら、そこにどんな困難があろうともあらゆる手を使って打破するのがこの鈴木隼だ!


《理、このウザったい結界ぶち抜け!!》

《………やれやれ、まったく。相手指定の念話が繋がらないからといって、管理局にも筒抜けとなる全方位念話を使ってこの状況で話しかけますか、普通?せっかく隠していたのに、これで私たちに何かしらの繋がりがあるのがバレてしまったではないですか》


どうやら俺が夜天の写本の主というのまでは局に話してなかったみたいだな。
だが、知らん!


《適当にまたでっち上げとけ!それかシラを切っときゃいいだろ!じゃ、よろしく!》

《ですから、それをこの念話で言ってどうするのです。ハァ……まあ久方ぶりに主と会話が出来たので嬉しいですけど。これ、貸し1にしときますね》


お前も自分で『主』とか言ってんじゃん。もう隠す気ゼロだろ?


「主、だと?お前、まさか………」

「詳しい話は後でたっぷりしてやんよ。だから今は帰る!!」


ちょうどその時、空に向かって紅蓮の光が突き進み、強固な結界を意図も容易く破壊しつくした。
それを確認した俺は念話で再度撤収命令を掛け、俺もシャマルと仮面ちゃんの腕を取ったまま一目散に退避しようと空をかっ飛んだ。


「お、おい、待て、離せ!どういう心算だ!」


仮面ちゃんが慌てて腕を振り外そうとするが、そうはさせまいと俺はさらに力を込めて握る。


「今日は逃がさねぇっつたろ?このまま連れて帰る!!」

「「はあ!?」」


鳩が豆鉄砲食らった時に出すかもしれない声を、仮面ちゃんと、事の成り行きを呆然と流れに任せて見ていたシャマルが上げた。


「ち、ちょっと隼さん!?なに考えてるんですか!?」

「っせえ!こいつには聞きたい事や言いたい事が山ほどあんだよ。だったらお持ち帰りして話し合った方が良いに決まってんだろ!例え悪くても、もう俺がそう決めた!」

「短絡的過ぎますよ!」

「それに、鍋するなら人数多い方が楽しい!そして実はコイツは女なんだ!」

「それがどうしたんですか!?」

「一人でも多くの女の子と鍋つついたり、お酌されたいんだ!!」

「それが本音ですね!」


オリジナルシャマルも俺の事が分かってきたじゃねーか。


「離せ~!」


いつの間にか仮面男の姿から猫耳猫尻尾を生やした元の姿(であろう)に戻っていた女は、自分の腕を掴んで離さない俺の手をガジガジと噛んで離そうとしていた。
だが、温いわ!
女の子が絡んだ時、俺のパワーは天井知らず!
帰ったらメイドさん二人という新たな出会いも待っており、テンションも上げ上げだぜ!


「レッツ・パーリィィィイイイ、イエヤァァァアアア!!わははははははははははは!」


さて。

今日の出来事で、少なくとも俺とプレシアたちの関係性が局にもバレた事だろう。長期的に見たら確実に悪い方向に向かっていくだろう事は必至だ。そして、そこから芋蔓式にいろいろバレていき、最終的には今まで以上に厄介な展開になるだろう事も予想はつく。この猫娘に関しても100%味方なんて事はあり得ない。

そうだ。今回のこれは、いつも以上に馬鹿を曝け出しちまったって事は自分自身が一番良く分かっている。

だが、それでも敢えて言わせて貰おう。


(ンな先の事なんか知った事か!)


はやてを助けるなんてのは決定事項であり、確定事項だ。つまり極論すればはやては既に助かっていると言える。
結果が分かってるなら、過程なんてどうでもいい。
これ以上過程が悪くなろうとも、結果が変わらないなら、俺は今を楽しくする事に全力を尽くす。自分の欲望のままに生かせてもらう。


(お鍋、お酒、女の子~♪)


俺の頭は、既にその三つで一杯だったのだった。





[17080] Asのジュウイチ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/08/21 21:08

世の中に平等なんてものは存在しえない。
国、人種、地位、収入、門地、それによって生まれる社会の格差や世界の飢饉。それは大きいものから小さなものまで、気になるものから歯牙にもかけない程度のものまで。
千差万別………差別。
まあだからといってそれが悪いのかと言うとそうでもない。むしろ、個人的意見としては不平等万歳だったりするわけ。
だってな、全員が全員平等だったらつまらんだろ?例えば、この世にいる女が全員平等に『美人』だったとしよう。それは一見素晴らしい事だが実際はそんな事はない。美人を美人と思えるのは、前提にブサイクがいるからだ。ブサイクがいるからこそ美人が引き立つ。醜いものの基準があるから、美しいものの基準も分かるんだ。逆もまた然り。
な、こう考えれば不平等万歳だろ?

……………………ンなわけあるか!!!

な~にが不平等万歳だ。そんなムカつく境界線があるから人は戦争するんだ。ああ、いや別に戦争は勝手にやってくれて結構。俺に火の粉が降りかからない限りは関係ない。勝手に戦争して、勝手に死に合ってろ。
問題は戦争じゃない。もっと根本的な事だ。

勝ち組と負け組み。

はいコレ。
コレなんだよ。
不平等万歳なんて言える奴はな、大抵勝ち組の奴が上から目線で見下しながら言う台詞なんだよ。
勝ち組の奴は今の幸運に不満を言い、負け組みは不幸に不満を言う。
どっちがまだ筋の通った言い分だ?後者だろ?
そして勿論のこと俺は後者の言い分を主張する立場だ。
確かに大敗はしていない。家も無い浮浪者でもなければ、金の無い極貧男でもない。だから、浮浪者や金無しからみたら俺は勝ち組に見えるかも知れない。事実、そんな奴らと比べたら勝ち組だろう。
だが、勝ち組か負け組みかとハッキリ組み分けしたら、俺は負け組みだ。
家もある、家族もある、金もある、体も健康。
だが、負け組みだ。
何故かって?

童貞だからだ!素人童貞ですらない、純粋清廉な童貞だからだ!

確かに家はある。家族もいる。金もたんまりある。体も元気ハツラツ。
だが童貞だ!
20余年前に男として生を受けたにも関わらず、俺は男となっていない。これはハッキリ言って存在の死活問題だ。
男として生まれたのに、男として死んでるんだ!
それを思えば家だの金だのは霞んで見える。
ああ、なんて俺は不甲斐無く、薄っぺらく、そして何より滑稽なんだ。いつもはあれだけ強気で自分勝手に振舞っていても俺は男じゃない。まるで道化のようじゃないか。

『う、うそ、鈴木君ってその年で童貞なの………ぷっ、その性格で童貞って逆にウケる』

もし女からそんな事を言われたあかつきにゃあ、俺は軽く死ねる。想像しただけで涙が溢れてくる。男から言われたら殴り殺すけど。

だから、俺は早く男になりたい。

しかし早まってはいけない。金があるからといって店にいってはいけない。
何故ならば、そこには『愛』がないからだ!
なんだか俺らしくない発言だと思うだろ?でも、本心なんだよ。そんな俺の心を形作ったのは俺のババア──母親だ。
うちの母親は何度も結婚と離婚を繰り返し、その性格も相まって一見して浮気性のようにも映るが、その実かなり乙女だ。結婚した男には実の息子以上につくすし、今までの離婚も原因は全部男側。まあ基本男好きなんで、その原因の原因はババアが作り出してんのかも知れねーが、ババア自身は決して意中の男以外には心も身体も委ねない。『好き』という言葉の意味をきっちりと区別して接している。
そんなババアの下で育ったからだろう、俺にもそういう概念が自然と植えつけられた。ああ、いや強制的にか?なにせババアは俺がちょっとでも反抗したり反対意見を出しゃあすぐ殴って来たからな。俺の一番古い記憶は『言う事聞けや、このクソボケ息子が』という言葉と共に拳が飛んでくるものだし。………今考えりゃ確実に幼児虐待だ。
まあそんな訳で、俺には『好きな人だけ愛せ』的な固定概念が邪魔し、今まで何度かあった一晩限りの女をフイにしてきたわけ。

だが、だ。だが、しかし、だ。

それのせいで未だ童貞なのは事実なのだ。
確かにこのような今時流行らない硬派な心根は貴ぶべきものなんだろう。俺自身も何とも自分らしくない、偽善のようなこの心根は嫌いじゃない。
だが、童貞なのだ。
だからこそ、童貞のままなのだ。

そこで自問しよう………果たして、俺はこのままでいいのだろうか?

勿論、自問するまでもなく答えは出ている。
否だ。このままじゃいけない。
だったらどうすればいい?
なんちゃって硬派な俺にとって、今更店で筆降ろしなんてのはプライドが許さん。だったら、その辺の二束三文な安い女を適当に見繕って脱童貞を目指すか?出来ない事は無い。これまでだって、ダチに紹介されたどうでもいい女とそういう雰囲気には何度かなった事がある。だが、ヤらなかった。それは、俺にはいづれもっといい女が巡って来るはずだと思っていたからだ。
そうやって、チャンスをフイにし次があると思い続けて早数年、その結果がこのザマだ。
だが、俺もそろそろ限界だ。不平等な世の中を嘆き、負け犬組みに身を浸すのは飽き飽きだ。

だから、『だったらどうすればいい?』という自問にこう自答しよう。


─────取り合えず、どんなチャンスでも掴み取っとこう!


場の雰囲気に流されるのもいい、傷心の相手に付け込むのもいい、酒の勢いに任せるのもいい。
状況、状態、手段問わず、取りあえずチャンスっぽい感じになったら掴みにいこう。
脱負け犬、脱童貞だ!
取りあえず、今日の鍋パーティをその足がかりとしようじゃないか。
ガキを除き今日集まる女性メンバーはシグナム、シャマル、すずかン家のメイド2名、仮面ちゃんの5名。メイド2名の顔は分からないが、他3名はとびっきりの美人であり、それぞれがイイモノをお持ちになっている。
すでに舞台は整っている。ならば後はそこでチャンスを作り出し、逃さなければいいだけだ。
…………やれる。いや、ヤるんだ!そして晴れて彼女持ちという称号を得ようじゃないか!
だが、勘違いしてはいけないが、何も相手が誰でもいいというわけではない。ブサイクな女なんてマジで御免だ。しかし、そこは安心。なんたって俺の周りには美人が多すぎる!
そんな中でも大本命はリニスちゃんなんだが……………この際もう高望みはしない。それにリニスちゃん以外はどうでもいいという訳じゃないんだ。皆が皆、相当なレベルのいい女なのは誰が見ても明らか。なのに選り好みなんてしちまってたら、それじゃいつまで経っても彼女なんて出来ねえ。

皆が皆美人で、性格良しないい女なので、あの中からならぶっちゃけもう誰が彼女でもいい!誰であろうと心底から愛せる自信がある!チャンスが巡ってきた順に早い者勝ちの要領でアタックをかけ、見事キまった女を彼女にしよう!

こんな俺の考えを最低だと思うか?下卑た男だと思うか?母親のくだりはなんだったのかと思うか?
まあ、そりゃ思うだろうな。
ならば反論しよう…………知った事か!彼女さえ出来ればもうどうでもいいもんね~。

俺は今日、ここに宣言する!

今年中に最高の彼女を作ってやんよォ!!!!



















Asのジュウイチ話~ヘタレという存在は、口だけは達者だよね~

















シャマルと仮面ちゃんの手を引き、あの場を撤収した俺が次に向かった場所はもちろん鍋パーティが行われる八神家…………ではない。
遅れて撤退してきたシグナムやヴィータと合流した俺は、仮面ちゃんが逃げないよう厳命した後、皆には先に八神家に帰ってもらい一人別の場所へと向かったのだ。
と言っても別にそこは秘密の場所でも隠すような場所でもない。
ただの酒屋だ。無論、酒を買うためだ。鍋=日本酒という公式がこの日本には存在するのだ。
ビールと焼酎は買い置きしてあったのであるが、ちょっと値が張る日本酒は買っていなかった。はやてには今晩俺たちが蒐集してる間に買っとけっつってたが、よく考えれば未成年が買える訳も無い。よしんばザフィーラあたりを連れて行って買えたとしても、どうせ安酒しか買ってねーだろうからな。

そんな訳で酒屋へと寄り道した後、次は一路八神家へと向かった。その道中(空中?)、日本酒とは別に買っておいたウイスキーの蓋を開けてラッパ飲みする。
これから始まるハーレムな宴への前祝代わりだ。


「ウイスキ~はお好きでしょ、ウィ~デュ~♪っとくら。おーい、帰ったぞーい!隼ちゃんの登場だよ~」


飲み会帰りの親父のように、気分揚々と八神家の玄関を開け放つ俺。流石にラッパ飲みは効きが早く、テンションのギアはすでに4速まで入っている。ちなみに俺のMAXは10速だ。


「おいおい、ボクちゃんのお帰りなのにお迎えなしでぇすか~?寂しくて泣いちゃうよ?」


宴への期待感とアルコールで若干うざキャラになりつつある俺の前に現れたのは、この家の家主ではなく見知らぬ女性だった。

淡い紫色のショートヘア、優しさの中に僅かに凛々しさをブレンドさせ、美というスパイスを振掛けたような顔、ドン・キュ・ホワンというある意味均等の取れていない体つき。
結論………ビューリフォー。

そんなビューリフォー女性は、玄関で佇む俺の前に可愛く小走りでやって来たかと思うと、1メートルほど手前で停止して静かにこう言った。


「おかえりなさいませ」


だから、俺はこう返した。


「週に7日。子供が出来ても週に6日はヤりたいです」

「え?」


いや、落ち着けよ俺。なんで『おかえりなさい』の返答に対して夫婦の夜の営みのルールを返してんだよ。いくら酒が入ってるからってこれはねーだろ。変態通り越して人類か疑うレベルだ。


「すんません、ちょっと考え事してて。ええっと、それであなたは?」

「ああ、これは失礼いたしました。私、月村家でメイドをしております、ノエル・K・エーアリヒカイトと申します。ただ今はやてさんは料理の準備をしておりまして」


ああ、それでエーアリヒカイトさんが出迎えね。はやて、よくやった!
しかし、エーアリヒカイトさんか……やっぱあれだね、外人は美人が多いね。俺の好みとしては北欧系が大好きだが、この人は何系だろうか?……美人系か。
けどこりゃ大当たりじゃん。やっぱすぐ帰って良かったぜ。ああ、なんて美人なんだ、エーアリヒカイトさんは。年は俺と同じかちょい上だろうな、彼氏はいんのかな?いないならマジ立候補しちゃうよ?今日の俺は酒のお陰でヘタレ率が下がってっしよ。

と、いつまでもそんな事を考えてる場合じゃねーな。出会いは第一印象が大事だ。ここでまた変態的発言、自己紹介をしちまえば目も当てられない未来が待っている。これだけは酒の勢いに任せるのは駄目だ。紳士的に行かねば。
ただ、いざ改まって挨拶するとなるとやっぱどうも緊張しちまうな。………ヘタレとか言うな、思うな。


「初めまして、俺は─────」

「おい、そこのメイド。我が主に色目使うとはどういう心算か。分不相応にも程があるぞ」


取りあえず俺は、いつの間にかやって来て横から突然割り込んで馬鹿な事を言い始めた風嵐にこれ以上喋らせないよう、その首にチョークスリーパーをかけた。


「ども、こんばんは。俺ァこの家に厄介になってる鈴木隼ってもんッス。よろしく」


ありがとよ風嵐。お前のお陰で緊張が吹っ飛んだよ。お礼にこのまま絞め落としてやる!


「く、苦しいが………も、もっと強く……っ!」


俺は即座に絞め落とすのを止め、鼻の穴に指を突っ込み、引き千切らんばかりの勢いで投げ捨てた。
分かっちゃいたが、こいつの変態性はホントに天井知らずだな。
そんな変態王が投げられた先で鼻と股の間を押さえているのを呆れた目で見ていたら、その視界の端でエーアリヒカイトさんがオロオロしていた。


「ああ、アレなら大丈夫ですよ。痛みも快感と豪語するような猛者ですから。今みたいなやり取りも日常茶飯事ですんで、あんま気にしないでください」

「は、はあ、そうなんですか」


ちっ、しくった。エーアリヒカイトさん、ドン引きしてんじゃねーかよ。こりゃ第一印象はあんま期待出来ねーな。


「取りあえず中入りましょうか、エーアリヒカイトさん」

「はい。それと、私の事はどうぞノエルとお呼びください」

「じゃ、俺の事も隼でいいッスよ。てか、是非そうしてください!」

「はい。あ、お荷物、お持ちいたします」

「いやいや、それにゃあ及びませんよ。おい風嵐、いつまで悶えてんだ。てめぇが持て」


キロはある酒類を床に這い蹲ってる風嵐の体の上に置き、俺は戸惑っているノエルさんを引き連れてリビングへと足を向けた。

てかさ、なんか今の一連の流れっていつも通りじゃね?もちっと印象に残る出会い方したかったってのにさ。『隼さん……ああ、なんて紳士な御方。貴方の為に尽くしたい!』とか思われたかったのにさ。いきなりドン引かれるってどうよ?出会い、というそれ自体が大きなチャンスだってのに、風嵐のせいでいきなりオジャンになっちまった。
だが、それもまたある意味でいつもの事だ。チャンスの1つを潰したくらいでヘコたれてちゃあ脱童貞など夢のまた夢のまた夢。


「ただいま~、俺。はい、おかえり~、俺」


小粋な一人芝居と共にリビングへと続くドアを開け放つと、俺の鼻孔に料理の匂いと女性特有の匂いの混合香気が飛び込んできた。そして目に映る光景は桃源郷と見紛うほどの女・女・女!


「ハ、ハラショー………」


まず目に付いたのは何よりもまずメロン(シグナム)!なんですか、あの白エプロンを押し上げている胸部装甲は?しかも髪型がね、いつものポニーじゃなくて、もう少し低い所をシュシュで纏めててさ、それが『女!』って感じで………抱きついていいですか?
そしてその隣に立つのは桃(シャマル)!料理なんて出来ねえクセに一生懸命なあの顔見てみろよ。もうね、全部許しちゃうって感じ?………マミって(齧り付いて)いいですか?
そんな二人の後ろで忙しなく動いているのは太もも(仮面ちゃん)!いきなり連れて来られて戸惑ってたり怒ってたりしてるのかと思いきや、意外や意外、はやてに指示されながら超手伝ってんの。彼女はスレンダーだがまたそこが健康的でかなりそそる………後でプロレスごっこしない?
最後は中高生くらいの年齢の見知らぬ女の子(もう一人のメイド?)!どこかドジっ娘ぽそうな雰囲気だが、仕草はとても綺麗で的確に料理の配膳をしている。それがまた見た目不相応で健気に見えるんだよなあ………後でお兄さんと保健体育の実技勉強しない?


「おかえり、隼さん。なにボーとつっ立っとるん?」

「こんばんは、お邪魔してます、隼さん」

「うわ、ホントに金髪にしてる。あんた、もっと年考えなさいよ」


と、俺の女体観察に割って入ったのは車椅子に座ったはやてとそれを押すすずか、そして生意気そうな少女。


「おう、ただいま。よく来たな、すずか。まあ汚い所だがゆっくりして楽しんでけ。で、そっちのツンデレ風のガキは誰だ?」

「誰がツンデレか!」


ヴィータにも迫る勢いの釣り目と口の乱暴さを見せる名も知らぬ少女。しかし、はて、どこかで見たこともあるような気もするが。


「ンで、お前誰だよ」

「はァ?あんた、それホンキで言ってるわけ?」


見下げ果てたと言わんばかりの目でメンチきってくるガキ。俺も負けじとガンつける。子供相手だろうと関係ない。


「ンだよ、コラ。やんのか、ああん?」

「子供相手に凄んでんじゃないわよ、大人気ない。てか、意味分かんない」


わ~、このガキムカツク~。けど、俺にガンつけられてびびりもしねーとは見上げた根性だ。そして、ガキ相手にガンつける俺は見下げた根性だ。


「で、結局お前誰だよ?どっかで会ったっけ?」

「はぁ、ホントに覚えてないのね。アリサよ。アリサ・バニングス」

「そうか………初めまして、アリサ」

「だから初めましてじゃないっつってんでしょうが!ほら、温泉であんたがなのはのおじさんと飲んでたとき────」


温泉?なのはの親父さん?
ふむ、と考え込んで少し、隣に居たすずかの顔を見てピンときた。


「ああ、あん時の少女Aか」

「は?A?」

「や、やっぱりそういう覚え方してたんだ……」


意味分かんないという顔のアリサと、苦笑いを浮かべる少女B、もといすずか。


「いや~、あん時は酒入ってたからよぉ、あんまし覚えてねーんだわ。今日も入ってっけど任せろ、もう覚えた!」

「うわ、ホントにもう酒臭い」

「酒は人生の友!お友達は大切にね~。あ~い・びり~ぶ・いん・ふれ~んど~、し~んじ~てる~♪」

「……この酔いどれめ」

「隼さん、すごくご機嫌だね」

「なんや、またしょーもない事考えとんのやろ。あの顔はそういう顔や」


ガキ御三方は俺のテンションに付いて来れないのか、微妙な表情を浮かべながらキッチンの方へと引っ込んでいった。
これだからお子様は。もう少しノリよくいこうぜ?


「ノエルさんもいつの間にか手伝いに向かっちまったし、風嵐はまだ悶えてるし、ほかの奴らもなんか忙しなく動いてるし……つまんね~」


皆さん俺をガン無視ですか?泣いちゃいますよ?泣かないけど。
しかし、さて、だからと言ってこのまま一人時間を潰すのは躊躇われる。なにせ今、この場はチャンスが溢れかえっている空間なんだ。それを活かさずしてどうする俺。

まずはあまり印象付けれなかったと思うノエルさんへトライを試みようと思ったが、見れば彼女は料理の真っ最中。それを邪魔するのもあれだし、何より女性の料理姿というのはそれだけで欲じょ………素敵だからな。今は視姦するに止め、また別の…………お。


(そうだ、まだあの子と話してなかったな)


目に付いたのはもすずかん家のもう一人のメイドであろう子だ。先ほどのぱっと見ではよく分からんかったが、よく見ればどこかノエルさんと似た顔の作りをしており、満点で可愛い。ただ、惜しむらくは年齢だろうか。どう見ても成人してはおらず、いいとこ17、18、妥当な線で15歳だろうな。まあそれくらいなら全然イケるけど。

僥倖にも今彼女は一人料理の盛り付けをしている。
俺は冷蔵庫からビールを取り出し、それを一気に呷ると、その勢いのまま彼女へと声を掛けた。

まずは軽く挨拶だ。


「性別の事を英語で何ていうか知ってるかな?」

「え?」


俺の挨拶はいつからセクハラになったんだろう?
アルコールというのは怖いな。いつもなら胸の内だけで止まる言葉がこうも容易く口から出てしまうとは。
気を取り直して。


「あんたもすずかん家のメイドさん?」

「あ、はい!私、ファリン・K・エーアリヒカイトと言います!すみません、挨拶が遅れて……」

「構へん構へん。てか、エーアリヒカイトって事はノエルさんの妹?」

「はい、ノエルは私の姉です」


は~、超美人姉妹っているんだな~。しかも姉妹共々良いモノをお持ちで。


「そっか。あ、俺ぁ鈴木隼だ。気軽に名前で呼んでくれや。てか、全体的にフランクによ」

「はい!そっか、あなたが隼さんなんですね。お話だけならすずかお嬢様から伺ってます」

「すずかから?」


なんだよ、アイツ、俺の居ないトコで一体何を喋ってんだ?もし人様を貶めるような事言ってたら拳骨だな。


「ちなみにどんな?」

「ええっと……ちょっと怖いけど、とても面白い人って」


びみょ~な感じだな。まあファリンの顔を見る限り悪印象ではないんだろう。


「ふん、俺のどこが怖いっての、なあ?柔和を体現したような聖人君子だっつうの。この溢れ出る紳士臭がガキには理解出来んかね~」

「あはは、そうですね」


ンだよ、その『思ったとおり』みたいな笑いは?


「あ、それじゃ私もそろそろ手伝いの方に戻るので。隼さんはソファにでも座ってゆっくりしてて下さい」

「あいよ。がんばってね~」


とことことキッチンの方へと消えていったファリン。
中高生もやっぱり全然アリだなと思いながら、ファリンの後姿をにへらとした表情で見送った俺だが、数瞬してハたと気づいた。


(なにやってんの俺!?)


今のは引き止める所だろ!もうちょっとお話しとく所だろ!なに普通に行かせてんの!これじゃお前、ただの顔見せの挨拶じゃん!


(くっ、まだだ!まだ間に合う!もう一度────)

「ちょっと………」

「んあ?」


くいくいと袖の引かれる感触を感じと人の気配を感じ、隣を見てみればそこにいたのは猫耳尻尾を生やした美人さんが。
俺は条件反射の域でその手を取ると、そのままソファまで連れて行き座らせた。
猫娘は俺の突然の行動に戸惑いの色を見せているが、ンなもん知ったこっちゃない。俺も必死なんだよ。


「あんたは逃がさない!宴の準備が整うまで俺とお話させる!」

「は、はあ?いや、まあ、あたしもいろいろと聞きたいことがあったから別にいいけどさ。ていうか、凄いお酒くさい………」


ようやく落ち着いた話し相手が出来たようだ。というわけで、俺は彼女の隣に腰掛けてその身をソファに沈めた。


「逃げなかったのは褒めてやる。まあ、騎士共に囲まれちゃあ無理な話だろうがよ。さて、まずはあんたの名前だ。いい加減教えろ。教えてくんなきゃいろいろ酷いぞ?」

「………リーゼロッテ」


リーゼロッテ?ん?その名前、なんか覚えがあんなぁ…………まっ、いいか。
名前の響きにどうこう言うのは今更だ。そんな事より聞かなければならない事は山ほどあるんだ。
何故、俺たちの蒐集を援護するような事をするのか。
闇の書について何か知っているのか。
アルフと同じ半人半獣みたいなナリだが、誰かの使い魔なのか。
単独で動いているのか、それとも複数犯か。
挙げればきりがないが、さりとて、聞くことはもう決まっている。


「年齢は?趣味は?彼氏いる?異種族結婚についてどう思う?」

「は?」


何故か阿呆のような顔をされた。


「ンだよ、とぼけるつもり?そういうの、良くないと思うなあボキは」

「いや、え?あ、あのさ、もうちょっとこうさ、なんか違くない?普通、『お前は誰だ、何を企んでるんだ』とか、そういう事聞くんじゃないの?」


は?おいおい、勘弁してくれよ。これだからニャンコちゃんは。


「ハッ!ンな些細な事こそ後回しだろ普通」

「さ、些細なんだ」

「てかさ、やっぱ何か企んでるわけ?自分でそういうって事はさ」

「…………」


あからさまにリーゼロッテが『しまった』という顔になった。どうやらこいつはあまり駆け引きみたいなモンは上手くないらしい。俺と同じ、魂で行動するタイプと判断。
まあしかし、俺も彼女の失言に突っ込んどいて何だが、そういう顔はしてほしくない。美人は渋面より笑顔の方が映えるんだよ。


「別にさ、あんたが何企んでようと構わねーよ。俺ははやてを助けてやるって決めてんだ。あの笑顔を天寿を全うさせる以外のナニカで潰させやしねえ。だから、それを邪魔する奴ぁ、どんな企みでどんな事情があろうと無条件で殺すだけだし」


ビールを飲みながらキッチンのほうに視線を向ける。そこにはすずかやアリサ、騎士の面々に囲まれて笑っているはやての姿が。
そんな光景を見てるだけで酒が美味く感じる。最高のつまみだな。


「…………いい子だよねえ、はやてって」


ふとリーゼロッテを見れば、彼女もその光景を見て微笑んでいた。その顔を見て思わずキスしたくなったが、流石にそれは酒の力を持ってしても自重せざるを得ない行動だろう。


「はやてとは話したのか?」

「少しだけね。ホント、優しくていい子だ。知ってはいたはずなんだけど………あ~あ、なんでよりによってあんな子が主なのかな」


微笑みから一転、遣る瀬無い表情になるリーゼロッテ。その言葉から少なくとも闇の書がどういうもので、はやてが今どういう状態なのか知っているんだろう。


「むしろ良かったんじゃね?主にならなかったらあいつ、今でもこの広い家で一人で暮らしてたんだからよ。だったら後は残った憂いを断つだけだ」


体の麻痺を止めて、騎士達と家族を続けさせてやればいいだけの話。
言葉にすれば容易くて、それに対して俺が根性キメて行動を起こしてるんだから、その現実はもうすでに実ったようなもんだ。


「………出来んの?───夜天の主、鈴木隼」

「知ってたのか」

「はやてから聞いたよ。で、ホントにそんな事出来るのか?あんたの言ってる事は、つまり闇の書の闇だけを取り除くって事だ。そんな理想が実現出来るとホントに思ってるのか?夜天の主であるあんたなら、それは可能なのか?」


責めているような、期待しているような、複雑な声色でまくし立てるリーゼロッテ。
それに対して俺は胸を張って答える。


「夜天の主とか関係ねえ、"俺"がやるんだよ」

「……これは気持ちだけでどうにか出来ることじゃない」

「だから、気持ちじゃなくて"俺"がどうにか出来るんだよ。使えるモンは何でも使うし、邪魔する奴は家族だろうと容赦しねえ。俺が俺自身に誓った、誰の為でもない、俺の為に。闇の書の闇だァ?ンな厨二的なモンが俺に上等こくなんて100年早……………」


ん?あれ?ちょっと思ったんだけどさ、闇の書の闇って何よ?麻痺の事?そういや俺、闇の書について何も知らなくね?
ええと、確か過去の主に改悪されて魔力蒐集を強制されるようになって、蒐集しなけりゃ主が死んじまって………うん、それだけしか知らねぇな。
そういや闇の書が完成したらどうなるんだ?完成しなけりゃ主が死んで、完成すれば麻痺が治るだけって思ってたけど、考えてみりゃあだったら過去主だった奴は闇の書が完成しなくて全員死んだって事か?……それはねーだろ。いくら何でも長い歴史の中で完成させたのが一人もいないなんてあり得るわけがない。でも、だったら何で闇の書はここにある?

ん~………分からん!分からんから、まっいいや。お酒飲も。


「ぷはあ~。まあアレだ、ようはリーゼロッテも結局は闇の書が元の夜天の書に戻ればオールOKって話なんだろ?だったら変な企みなんて持たず大人しくしてろや。なんか事情があるんだろうが、知ったこっちゃねー。俺に任せときな」

「……………」


肯定の沈黙じゃないが、何かを考えている様子のリーゼロッテ。少しして意を決したように口を開きかけた彼女だが、それはエプロン装備の若奥様風シグナムとはやての登場によって閉ざされた。


「隼、準備が整った、席に着け。それとリーゼロッテ、だったか。お前もだ。………私個人としては得体の知れない者と食をするのはあまり気は進まんが…………」

「シグナム、そういう事言ったらあかんよ。ほら、ロッテさん、行こ。ぐずぐずしとったらヴィータに全部食べられてまうよ?」

「はやて………」


リーゼロッテは複雑そうな顔ではやてに引っ張られていった。その去り際に小さな声で『父様、あたしは………』と聞こえたが……ふむ、リーゼロッテはファザコンらしい。

まあ、それは兎も角。

今更ながら気づいた事が一つ。


「なあ、シグナム」

「どうし……な、なぜ泣きそうな顔をしてるんだ!?」

「ははは………俺、またチャンス潰しちゃったよ」

「はあ?」


ま、まだ諦めないもん!

宴の幕は上がったばっかり、コレからが本番なんだからよぉ!





[17080] Asのジュウニ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:73505efc
Date: 2011/09/24 14:36
俺だってな、これでももう24歳になるんだ。フリーターではあるが、一応社会の荒波ってやつも数度体験したことがある。大学も卒業して数年経ち、もう一人の立派な大人として恥ずかしくない生き様を背中で魅せ、これから成長するガキたちの手本としてドンと仁王立ちして構えていなければならない年だ。
そう、簡単に言えば年相応の落ち着きを持つべきなんだ。
いつまでも学生気分でいちゃいけんのよ。ガキとは違く、もう己のやった事の責任は自分で取らなきゃならんのよ。
お分かり?
故に今回の鍋パーティだってな、いくらお酒が入ってるからってガキ共の前で破目を外すのは大人としてどうよって話しなんだよ。落ち着きと謹みを持ち、皆の手本のように、静かにクールに大人の余裕で………………


「な~に持ってんの?♪な~に持ってんの?♪飲みたいから持ってんのう!!!♪はい、一気!一気!一気ィィィイイイ!!!!」


………無理だ♪


「いけないなあ、ザフィーラ。君も漢なら飲まなきゃなんねーべ!」

「い、いや、流石に飲むわけには。騎士としていつ如何なる時でも即応出来るよう、アルコールの摂取は………」

「うわ、そういう事言っちゃうの?マジ空気読めよ。あ~あ、白ける~、下がる~」

「ぐっ、ぬっ……」

「しょうがないな~。じゃあ………やっぱり僕が飲んじゃお!」


ビールと焼酎の混ざったピッチャーグラスを一気に呷る。すでにこれは数杯目な事もあって、咽や胃が焼けるような感覚はとうの昔。ついでに服を着ていたのもとうの昔。
上半身裸でテーブルの上に片足を乗っけて一人バカ騒ぎしている。
テンションのギアは8速あたりだ。


「「うざ……」」


アリサとヴィータのそのツイートは、このパーティが始まって既に50は超えている。


「ぬは~。ああ、うんめぇえ。ささ、ザフィーラ、ご返杯してやんよ」

「返杯って……いやいや、俺は酌してないぞ!?」

「細けえ事ぁ気にすんな!さあさあさあさあ、ザフィーラ君のカッコイイとこ見てみた~い」


パ~リラ♪















Asのジュウニ話~馬鹿+変態+自己中+酒=?~

















パーティが始まってすぐにこんなカオスになったわけじゃない。最初は普通に飲んでたんだ。多少の酒はハナから入ってはいたが、ここまでのハッチャ気具合は見せていなかった。だが、ギアが4速から8速になるまではそう時間は掛からなかった。
何が原因かって?何がもクソも席順だよ。
俺の右隣にリーゼロッテ、左隣にノエル、正面にシグナム…………詰みじゃん。こんなんどうしようもないじゃん。


「う゛、これ苦い。隼、よくこんなの飲めるね。はい、あげる」

「あら、もう飲まれたのですか?どうぞ、隼さん。お注ぎ致します」

「お前には日頃から世話になってるからな、どれ、酌してやろう」


な?こんな布陣を敷かれたらお前、男として飲まずにゃおれねーだろ。お酌してもらうしかねーだろ。倍々で酒が美味くなるっつうの。いや、もうすでに美味いとか感じる舌はないんだけどね。頭がボーとして、視線が一定の位置に定まらず、思考出来ない頭から導き出される言葉はいつも以上に裏表のないものが吐き出てくる。ついでに別のモンも吐き出されそうだが。

で、結局こう↓。


「ご馳走様が聞こえない♪はい、よぉ~ん杯目!!」

「ご、ごち、ちちち…………ぐふっ」


ザフィーラが死んだ。


「情けないな、騎士様よぉ。これくらいで………んぐんぐ、ぷはぁ~!おい、邪魔だよザッフィーちゃん。寝るなら庭に行ってろ」


テーブルの上に頭を乗せて横たえたザフィーラの腕を掴み、力の限りで近くのソファに投げ飛ばした。ドスンという着地音と共にナニカを吐き出すような音も聞こえたが気にしない。
お陀仏なされたザフィーラはもう無視し、俺は隣に侍らせているノエルとロッテの両人に向けてそれぞれグラスを差し出す。


「あ、あの、隼さん、そろそろお止めになったほうが……」

「ちょっと飲みすぎじゃない?」


んあ?あー、まあな、うん。確かに一理くらいあるようなないような………おっ!


「いちり……理(ことわり)が一つ?うははは、何かウケる!」

「いや、あんた、ホントもう訳わかんないわよ」


俺の正面に座るアリサからバカを見るような目を向けられる。今にも「死んでください」と言わんばかりの表情だ。


「おいおいアリサちゃ~ん、訳分からないって何よ?訳?この場に訳もクソもないだろ常識。訳なんて問うなんてお前ケツの青いガキだな~。その髪みたく俺が赤くしてやろか?こう鞭でスパンとよ?SMプレイは苦手なんだが可愛いガキの為だ、人肌脱ごうじゃねーか!シグナ~ム、ちょっとレヴァ貸して~。蛇腹状態で」

「いや、流石にレヴァンティンでやれば違う意味で真っ赤に………ではなく、隼、ホントにもう飲むのは止めておけ。ほら、鍋でも食べろ」


む~、シグナムにまでそう言われちゃあしゃーねえな。確かに我ながらもう何を喋ってんのか分かンねー状態だし。やべーよな、言った次の瞬間にはもう記憶がトんでるってどうよ?


「そうだな、今日は鍋パーティなんだから鍋食わなきゃな。どれどれ、さっき俺が入れておいた特大カキはどこにあるかな~」


こぶし大はありそうな、『え?これもうカキじゃなくね?カキなの?ホントに?……あ、そう』的なレベルのやつを鍋の中で育ててたんだよな。中々火が通らなくてよ、お陰で待ってる間に俺の体によくアルコールが通っちまったよ。けど、もうそろそろいい感じだろ。そろそろ食い時じゃね?………自ら育てて自ら食う、か。何か背徳的な響きを奏でている言葉な気がするのは俺だけ?

何だか思考があっち行ったりこっち行ったりするが、まあ気にするな。


「さてさて、お楽しみのツルプニのカキちゃんはどこかいな~……………………あ」


そこで俺は見た。鍋の中で俺の事を待ちわびているはずの特大カキが、何故か正面のアリサの取り皿の上に乗っかっているのを。
さらになんという事だろう。あろう事かアリサはそのカキの魅力である特大さを真っ二つにする事で殺してしまっていた。
特大カキ誘拐バラバラ殺害事件の現場がそこにはあった。


「ア、アリサ……お、お前、なんて事をッッ!?」

「は?いきなり何よ」

「そ、そのカキは俺が丹精込めて放置プレイの末育て上げた至高の一品!それをあろう事か我が物顔で自分の物にし、あまつさえ箸で千切り殺すとは……それが人のする所業か!?」

「だから、さっきからあんたの言葉は徹頭徹尾意味不明なのよ!!」


おおッ、なんという事だ!ツルプニな我が娘を誘拐、陵辱するとは………レイプ魔!ここにレイプ魔がいるぞ!


「ハァ、相手してらんないわ」


そういうとアリサは俺の娘の肉片に無慈悲に箸を突き刺しかと思うと、そのまま「あ~ん」と開けた口へと持っていき、そのままパクッと口を閉じ───────


「させるかああああああああああ!!!」

「むぎゅ!?」


口の中に入れた娘の肉を噛み砕こうとした寸前、俺は左手でアリサの頬を鷲掴みにして咀嚼するのを阻止。


「は、はやひなひゃいひょ!(放しなさいよ!)」

「食わせん!食わせてなるものか!それは俺んだ!この俺から何かを奪おうなんて100年早ェんだよ!!」


俺は左手はそのままアリサの頬を固定し、右手に箸を持つ。そして、その右手に持った箸を小さく開いたアリサの口へゆっくりと近づける。


「ひょ、あ、あひゃか……!?(ちょ、ま、まさか……!?)」

「こ・れ・は・お・れ・の・だあああああああ!」


俺の箸がズボッとアリサの口腔内へ進入。娘を掴むとそのまま"ぬぇろっ"という感じで引っ張り出した。

箸の先には救出されたカキ娘の肉片。いささか以上にアリサの唾液塗れとなったそれを、俺は迷う事なく今度は自分の口腔内へと入れた。


「「「「「「「「「えええええええええええええ!?!?!?!?!」」」」」」」」」


今まで事の成り行きを静観していた(呆然としていた)皆も、これには流石に驚きの声を上げたようだ。特にアリサなど顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしている。


「もぐもぐもぐ………おおっ、このぷるんとした弾力が舌の上でとろけ、中の汁とアリサの涎と絡み合い、咽にいつまでも残るかのような濃厚な味わいを醸し出す………う~ま~い~ぞ~!!」


味なんて分からないが、何となく。


「って、ちゃうやろ!?なんちゅう事しとんのや!」

「何もクソもない!これは俺の娘だぞ!?俺が食うのは当然だ!」

「ああっ、隼さんがお酒のせいでいつも以上にバカで変態やー!!」


頭を抱え込みうな垂れるはやて。
どうした、頭痛か?奇遇だな、俺もだいぶ前から頭ン中がオーケストラだ。


「主よ」

「あ?」


風嵐の奴が何かを箸で持ってこちらに差し出してきた。見ればそれは鶏肉のようだが…………。


「なんかえらいテカテカしてねーか?つか糸引いてね?」

「ふん、小娘に遅れはとらぬ。そ奴が唾液つきを差し出すなら、我のは愛え────」


その台詞を最後まで言わせるはずもなく、俺は風嵐の頭を掴んでテーブルに叩きつけて無理やり沈黙させた。

悪いな、今の俺は酒のせいで加減が効かねーんだよ。即実力行使。お前と話してっとアルコールの摂取以上に頭が痛くなってくるぜ。いくら酒の席は無礼講っつってもお前の無礼は構うから。


「ガラガラ、ぺっ、ぺっ!!」


と、俺の頭の中で鈴木フィルハーモニー交響楽団がトチ狂ったロックを奏でている最中、そんな異音が俺の耳に届いた。
発生場所は目の前のアリサ。
どういうわけか、アリサは一生懸命お茶でうがいしていたのだ。


「何やってんだよ」


キッと涙目で睨まれた。


「あんたが何て事してくれんのよ!最悪……隼の汚い箸咥えちゃった」

「汚いとは人聞きの悪い。これでも毎日歯磨きはしてんぞ。綺麗綺麗」

「そういう問題じゃないわよ!」


何が気に入らないのか、アリサはごしごしと口元をハンカチで拭っている。


「なんだっつうの……ああ、もしかしてアレ?間接キス的なのが御気に召さなかったクチ?」

「かんっ……!?い、言うな!」


酒も入っていないのに俺と同じくらい顔を真っ赤にして吼えるアリサ。

そっかそっか、小学校低学年ってのは丁度そういうのを意識してくる年頃なんかね。まあ確かに最初はそういうのって何か気恥ずかしいし抵抗あるもんだよな。
でもな、そんなのはガキの頃だけだ。俺も今じゃペットボトルの回し飲みとか普通にするし、金がなかった時はリっつぁんが吸ってる最中のタバコを奪い取って吸った事もあるし。


「べっつにそんくらい何でもないって。その程度、何かしらにカウントされるようなモンじゃねーっての」

「カウントするわけないじゃない!ただただ最悪だっつってんの!」

「ひっでえの。俺泣いちゃうよ?たくよ、お前もちったぁなのはを見習えや。もうちっとお淑やかに、何でも流せるような度量を持とうぜ?」


あ、いや、でもアリサの性格は、これはこれでガキらしいからいいのか?


「ちょ、ちょっと待って!なんでそこでなのはが出てくんのよ?」

「ん?そりゃまああいつとは何度も間接キス的なモンしてっし」


そう言った瞬間、周りが一斉にドン引きした。さらに「変態だー!変態がいるぞー!」と言わんばかりの表情だ。


「いやいや、なんだよその反応?落ち着けよ、そんなロリコンを見るような目で俺を見んなよ。あれ?ちょっとファリンさんや、何ですずかを後手に庇ってるんでしょうか?ノエルさんは、なんで腕をこっちに突き出して今にも『ファイエル』とか言いそうな表情してんの?いや、マジで誤解しないで」


なんなのよ?今の発言そんなに変だった?どうにも思考回路が正常に作動してないんだよな。
取り合えず誤解は解いとくか。児ポ法で捕まりたくないし。


「なのはってさ、ほぼ毎朝人気のない所で魔法の練習してんのよ。そこに時々俺も呼び出されて練習相手させられるわけ。で、休憩ん時とかにジュースの回し飲みしてるだけ。お分かり?」


最初はなのはも気恥ずかしがってたが、2~3度繰り返せば慣れたようで、今じゃ普通に『やっぱりそっちのジュースにすれば良かったなぁ……ねえハヤさん、交換しよ?』てな具合よ。


「だからなアリサよ、こんくらいでどうこう言ってちゃこれから先………………ん?どした?」


ふと見れば、皆が何故かおかしな表情をしているのに気が付いた。
はやては疲れたような顔をし、騎士共は怒りと呆れを混ぜたような顔をし、ロッテは驚き、月村家組とアリサは何かちょっと可哀想なものを見るような哀れんだ表情だ。


(え、なにこの反応?俺、また何か変なこと言った?)


もうね、お酒のせいで頭が回らないのよ。誰か説明プリーズ。


「あの、隼さん」

「何だ、すずか。出来ればその残念な人を見るような顔を引っ込めてから話して欲しいんだが」

「その……隼さんはいい人だって知ってるし、言い訳するのも別に悪い事じゃないけど────」


言い訳じゃなくて事実を状況説明しただけなんだけど?


「───でも、『魔法』ていうのはいくら何でもちょっと……」

「はぁ、ホントね。言い訳するにしても嘘をつくにしても、もうちょっとマシなものが出来るでしょ。それをあんた『魔法』って」


すずかは苦笑い、アリサは呆れたような顔をして俺を見てくる。対して八神家組やロッテはホっとしたような様子。

俺はそんな皆の反応を見て、碌に回らない頭で少しだけ考え込み、ある一つの結論に達した。


「あれ?お前らってなのはが魔法使いって知らないわけ?あ、じゃあ魔法の存在自体知らねーんだ」


ならばその反応も納得だ。はやて達がホッとしたのも、俺の発言が妄想と捉えられたお陰で魔法の存在がバレなかった事によるもんだろう。

あれ?じゃあこれって拙くね?ちょっとやらかしちゃったパターン?勝手にカミングアウトしちゃったのはダメじゃね?…………まあいいか、もう遅いし!


「は?何言ってんのよ。いくら酔ってるからって馬鹿言い過ぎ─────」

「ちなみにコレが俺の魔法の杖」


ここまで来ればもう後のことは知ったこっちゃねーとばかりに、俺はパッと自分の杖を出してみる。
それを見て先ほどまでの表情と一転、すずかとアリサとエーアリヒカイト姉妹が驚きを露にした。

そんな姿を見て俺はまた調子付く。


「実は俺も魔法使い、驚いた?いいね~、その反応!んじゃさらにコレが魔法の本!さらにさらにコレが魔法弾!おまけにコレが騎士甲冑!最後にも一つおまけにコレが─────────」

「てめぇの馬鹿は何色だあああああああああ!」

「ぐえろぶあああああああああああああ!?!?!?」


テーブルを飛び越えてきたヴィータから掬い上げるようなアイゼンの一撃を貰い、放物線を描いて壁に叩きつけられる俺。
せり上がってきた胃の中のもんを寸前で飲み込み、涙目で立ち上がりながらヴィータを睨みつけた。


「ごほっ、て、てめえクソロリ!いきなり何しやがる!」

「お前が何しやがってんだ!あのままテメェの妄言で済ませときゃ良かったものを、わざわざ魔法披露してんじゃねーよ!!」

「っせんだよ!温泉の時といい、俺のやる事にいちいちアイゼン振り回して阻止しやがって!あったあキたぞこの野郎!表出ろや!」

「上等だよクソ隼が!その行き過ぎた馬鹿なオツムをカチ割ってやる!」


俺とヴィータはそれぞれ騎士甲冑と自分の獲物を持ち、庭へ躍り出たのだった。


「ああ、もうホンマに隼さんは………。ええと……すずかちゃん、アリサちゃん、ま、まああの二人は置いといて鍋の続きでも────」

「はやて、説明」

「そ、そりゃそうやよね~、あはははは…………ハァ」




















「つまり、なのはは管理局って所で働く魔法使い………魔導師だっけ?そしてはやてと隼も魔導師で」

「シグナムさんたちは人間じゃなくて魔導生命体……」

「まっ、そういうこったな」


ヴィータとの喧嘩を終え家の中に戻った俺は、はやてから説明を受けていたアリサ達に改めて俺の口からも説明しておいた。もちろん、詳しい事まで喋るつもりはなく、ただ単に魔導師や魔法は実在しているって程度の事。はやての命の事や局とのいざこざは喋ってない。


「隼さん、やっと普通に考えて喋れるようになったんやね」

「はやて、その言い方は何かムカツクからよせ」


ヴィータとの喧嘩で胃の中の出るもん出して、激しく運動したお陰で体の気だるさも大分マシになったからな。ただ頭痛のほうは先ほどよりも酷い。主に外傷的な意味で。


「本当にそのような事が現実にあるんですね」

「驚きました」


エーアリヒカイト姉妹が少しだけ興奮気味で驚いていた。その顔もかなり可愛い。俺的には「現実にそんな愛らしい顔が出来る人がいるんですね」と言いたい気分だ。

そんな二人とは打って変わりロッテは複雑そうな顔で俺に耳打ちしてきた。


「局に所属してない、なんの権限もない魔導師がただの民間人に魔法を明かすのって結構拙い事だよ」

「知るかよ。明かす権限はねえけど黙ってなきゃならねえ制約もないし~」

「隼はいいかも知んないけど、知ってしまったあの子たちに局から何かしらの罰があるかもよ?」

「そうなったら局をぶっ潰す」

「いやいやいや?!真顔でなに夢物語言ってんのよ!?」

「いや、案外イケるかもよ?まあ俺一人じゃ無理だけど、ホラ、俺の家族とか知り合いを総動員すりゃお前………一日掛からず管理局終了のお知らせ?」

「ど、どんな人脈持ってんのさ?!」


まあ色々と。


「しっかしアレだな、なのはの奴もふざけてんよな」


俺はアリサとすずかに向き直って続ける。


「お前らってなのはのダチだろ?しかもマブダチみてぇじゃん。そんなお前らに何も話さず黙ってるなんてな」

「そ、それは、でもしょうがないよ。秘密は誰にだってあるし、それにこんな事、普通は友達相手でも言える事じゃないし………」

「すずか、お前は優しいな。その気遣いは大切だぞ。どうかそのまま育ってくれ。ちなみにアリサの意見は?」

「は?そんなの、気に食わないに決まってるじゃない」


流石はアリサ、俺に似て正直者だな。


「いつだったかなのはが凄い悩んでた時があったけど、きっとこの魔法の事ね。半年くらい前に魔導師になったんなら時期的にはぴったりだし」

「ふ~ん。で、お前の事だからそん時キレただろ?何で一人で抱え込んでんだとか言ってよ?で、衝突したなのはとアリサに挟まれてすずかはオロオロしてたんじゃね?」

「ふん!」

「あはは……」


まったく、なのはもアリサもすずかもお互い良いダチ公を持ってんじゃねーかよ。………今回のいざこざが全部片付いたら、この中にはやてやフェイトも入ってくんだろうな。あと理にライトに風嵐にヴィータもか………いいね~、やっぱガキはこうでなくちゃな。


「で、気に食わないと豪語するアリサよぉ。お前、これからどうするわけ?」

「え、どうするって?」

「いや、だからなのはの秘密を知っちまってどうするのかって事よ」

「別に、どうもこうもないわよ。いままで通り変わらない」


綺麗な笑みを浮かべるアリサ。
それは友達を信じきった笑み。いつかなのはが自分から魔法の事を話し、相談してくれるのを待つという笑み。最後まで待って、そして最後は全部を許す笑み。
友達だから、隠し事されたら気分が悪い。
友達だから、頼ってもらえない事が悲しい。
友達だから、間違った考えは叱ってやる。
でも友達だから、最後は共に笑いあう。

友情という絆、思いがそこにはあった。

ああ、素晴らしきかな友達!


「いや、それじゃ駄目だろ」

「はい?」


イイハナシダーで終わりそうな雰囲気の所に俺からのいきなりの駄目だし発言に、アリサやすずかはおろか周りで見守っていた皆からも拍子抜けしたような顔をされた。


「ハァ、駄目駄目だぜアリサ。お前、俺に少し似てんな~とか思ったけど全然だな。ああ、ガッカリだ」

「な、なによそれ!」

「ダチが秘密を持つ……これはいい。ダチが相談して来ない……これもいい。だがよ、ダチの秘め事を知って尚これまで通りってのは甘ェんだよ!」


俺は近くにあった酒瓶を掴むとそのまま呷る。はやてや騎士共の抑止の声が聞こえるが知ったこっちゃねえ。テンションのギアはここに来てフルスロットルだ!


「ダチの秘密を知っちまったら、それが面白可笑しい事ならイジり倒す!ムカツク事ならブチギレる!これまで通り黙って待つ?甘~い!相手の秘密は根掘り葉掘り掘り返してナンボじゃ!人生楽しまにゃ損損!」

「…………………」


沈黙と共に『こいつ最低だ』という視線が突き刺さるが俺は止まらない。

俺は酒瓶片手に八神家の電話へと歩み寄る。事の成り行きを他の皆は呆然と眺める中、俺はある携帯の番号をプッシュする。この相手の番号はもう完璧に覚えている。なにせ毎日のように電話して来てやがったからな。


「ちょ、隼さん、どこに掛けようとしてんや?!」

「だ~まれ、はやて。…………お、もしもし、なのはか?」

「「「「「なのは(ちゃん)!?」」」」」


そう、相手は今まさに旬の人、なのは。


《ハ、ハヤさん?え?あれ?》


電話の向こうでかなり戸惑っている様子がありありと分かる。まあそりゃそうだろう。つい数時間前まで俺たちドンパチやってて、そのすぐ後に見知らぬ番号から掛かってきた電話が俺なんだ。


「今、もう家か?それとも局でさっきの喧嘩の事後処理的な事でもやってんのか?」

《も、もう家だけど……ハヤさんこそ今どこから……そ、それよりハヤさんが滅茶苦茶したおかげであの後大変だったんだよ!?プレシアさんや夜天さんは局から詰問されたみたいだし、フェイトちゃんや理ちゃんも。私だって──────》

「うるさい黙れ。そっちの事なんてどうでもいい」

《相変わらず酷いね!?》


今はそんな事よりもやらなきゃなんねー事があんだよ。それにプレシアたちなら何とか上手くやってくれんだろ。


《プレシアさん、頭抱えてこんな感じ(orz)になってたよ?あの男はどこまで勝手なんだって》

「だから知ったこっちゃねーんだよ。それよりお前、今すぐ俺んトコ来い」

《はい??》

「場所は、そうだな………後でアリサかすずかに住所を書かせたメールを送らせるから」

《え?え?アリサちゃんやすずかちゃんって………も、もしかして一緒にいるの?なんで?》

「鍋パーティしてる。だからお前も来い」

《そ、そんな急に………》

「急げよ。ああ、それと、お前が魔導師だって事、二人にはバラしたから」

《…………え゛っ》


そこで俺はガチャンと受話器を置いて電話を切った。
これでOKだろう。後はアリサたちと面と向かって話させるだけだ。てか、ここまですりゃあ嫌でもなのはは自ら話すだろうし、アリサもその性格上根掘り葉掘りと聞き出すことだろう。


「よしよし、これで整ったな。あのバカなのはめ、日ごろこの俺を顎で使ってる罰だ。さて、それじゃあアリサかすずかにメールの方を………………って、どうしたお前ら?」


振り返ってみればはやてと騎士共が皆こんな感じ(orz)になっていた。


「分かってたはずやろ自分……隼さんは凄い酔うてるって……いつも以上に自分勝手やって……」

「この男は……どこまで滅茶苦茶なんだ……」

「局の魔導師を呼ぶかよフツー……馬鹿だとは知ってた……それはあたしの過小評価だった……」

「無理……無理です……もう一人にの私はどうしてこの人に付いていけるの?」


はやて、シグナム、ヴィータ、シャマルが何故か打ちひしがれている。今意識のない風嵐やザフィーラも起きていれば同じ反応をしたんだろうか?………いや、風嵐はねーな。


「どうしたよ、もっとテンション上げて行こうぜ。一応、まだ鍋パーティの途中なんだからよ?」

「そやね………でもな、その名目はもう最初の方で概ね破綻してたような気ぃするわ」

「何を言う、まだまだ絶賛進行中……………ああ、なるほど」

「な、何が『なるほど』なん?」


何かしらの予感でも感じたのか、はやては恐々と俺の様子を窺ってくる。その顔は『もうこれ以上この場をカオスにせんといて』と懇願しているようにも見えるが、きっと気のせいだろう。


「つまり無理やりにでもテンションを上げさせるようなパーティを催せと、そう言ってるんだな?」

「一言も言っとらんよ!?」


いや~、はやても中々言うじゃねーか。この程度の騒ぎじゃまだまだ足りないと?確かに確かに。俺もちっとばっか物足りないと思ってたところなんだよな。………ふはははは、だったらここいらで一つ、俺の本気を見せてやろうじゃねーか!この程度の鍋パーティなど霞むような騒乱を!!


「その挑戦、しかと受け取った!!」

「受け取らんで!?返して!?」

「そうだよなあ、お前ってこれまで一人寂しく暮らしてたんだから、こうやって皆で騒ぐって事なかったんだよな。ああ、八神っつう立派な代紋ぶら下げてんのに独り身なんて……うぅ、可哀想に。よしよし、ここは俺に任せときな!今までの寂しさがぶっ飛ぶほどの"騒ぎ"ってやつを見せてやんよォ!!」

「……………優しさ半分、身勝手半分な隼さんが好きやけど憎い!」


るーるーと涙を流すはやてを余所に俺は今一度電話へと向かった。そして俺は記憶を頼りに番号をプッシュした。
騒ぐっていやあ、やっぱ頭数揃えねーと話になんねえからな。たったこれだけの人数じゃあ"騒ぐ"とは言えんだろうよ!


───────────まずは一組目。あの姉妹だったら飲みと分かればすぐ来てくれるだろう。


「お、もしも~し、俺俺!………いや、詐欺じゃねーよ。突然だけどよ、一緒に飲まねえ?そんでフィっつぁんも連れて来………もう飲んでるから無理?誰と………さざなみ寮の皆?セルフィ?誰だよ、そいつら。あっ、ンじゃさ、そいつらも全員連れて来ていいから………あそう、残念だな~、タダで飲み放題食い放題出来るんだけどな~………流石リっつぁん!じゃ、30分後くらいに海鳴臨海公園の入口で待ってて。獣耳生やした色黒ガチムチ男を迎えに寄越すから~」


………ふむ、銀髪姉妹の二人だけ誘うつもりで電話したのに、どうしてか結構な人数が来る事になっちまった。まあでもしゃーねえべ。あっちもあっちで何か集まってパーティしてたらしいし、そんな中で二人だけ抜けさせて呼ぶのもな。それに結果的にはこれは行幸だ。

さて、次だ!


───────────二組目。


「あ、どうもどうも、こんばんわ~。俺ッス、隼ッス。いや~ご無沙汰してます…………いや、実はッスね、ちょっとばっかし無理聞いちゃくれませんか?………ええ、ちょっと急遽大宴会を今から開く事になっちまって、でも飯がないんスよ。そこで寿司の出前してくれません?…………無理は承知しるんスけどね、でももうやるって決めちまいましたから。だから勇吾さんには一度実家に帰ってもらってオヤっさんを説き伏せた後、あるだけの材料で出張頼んますわ。…………もちろん金は払いますよ。俺、今超VIPなんで。………あざ~っス!!じゃ頼みます!あ、住所はですね─────────」


食料確保!いや~、あの人の電話番号覚えてて良かった。お陰で出前寿司なんて豪勢なモンにありつけるぜ!やっぱ持つべきものはダチだよな。…………あ?勇吾って誰なのかって?まあ昔世話になった先輩だよ。実家が寿司屋でよ、金がない時はよくバイトとして雇ってもらってたのよ。寿司屋だからさ、そこの賄い料理が美味いのなんのって!

と、まあそれは兎も角。

さあ、まだまだ行くぜ!


───────────三組目。


「あ、もしもし、隼っスけど………あれ?おたく誰?これって高町さんとこの電話で合ってんよな?………御神さんっスか?………ああ、なのはの叔母さんッスか。俺、いつもなのはの世話をしてやってる鈴木隼ってモンです。………ええ、はい、実はですね、お願いがあって電話したんスよ。高町ご夫妻はいます?いるならちょっと代わってもらえますか?………あ、もしも……何でお前が出んだよ、さっさと来いっつったろうが。まあ丁度いいけどよ。なのは、予定変更だ。パーティやるから、今からユーノ含めその家にいる人全員連れて来い。あと金払うから翠屋の余りモノとか酒と持ってきてくれって士郎さんに言っといてくれや。ンじゃ、よろしく~」


電話口で喧しい声を上げ続けるなのはを無視して電話を切った。
これでまた参加人数が増えたな。もうここまで来れば誰でも来いって感じだぜ!それにしても御神と名乗ったなのはの叔母さん、一体どんな人なんだろう?声だけ聞けば凄く綺麗だったが、叔母という事は結構歳イってるはずだし…………いや、あの家系は実年齢と見た目をイコールで結んじゃダメだったな。つまり御神さんも桃子さんと同様かなりの若さと美しさって事だろうよ!いや~、なんかもう、ハッスルハッスル!!

さてと、次は電話じゃなく専用の端末を取り出してっと………ああ、でも流石にこいつと話すのに人目は不味いな。トイレに移動してっと…………。


───────────四組目。


「ばんわんこ~、今日もマッドしてっか~?………いや、実はよ、今からちょっと宴会やんだけどジェイルも来ねえ?もちろん機械姉妹共連れてよぉ………ああ、そういや腕が千切れ飛ぶ程の大喧嘩したんだっけ?じゃあ動けそうな奴だけでいいから連れて来いよ…………今回は遠慮する?てめぇ、俺の誘いを断ろうたあいい度胸………………あれ?お~い、ジェイル~……………あ、姐さん、こんばんわ…………マジっすか、来てくれるんスか。いや~、嬉しいっッスよ!………はい、それじゃ。あ、場所は分かります?………は?これ発信機も付いてるんスか。じゃあ、まあ大丈夫ッスね。ンじゃ、待ってますから!」


これで女を確保!半分機械だが見た目美人揃いなので勇吾さんあたりはきっと喜んでくれるだろう。それにしてもジェイルの奴、最近より一層ギャグキャラ化してねーか?さっきも途中から姐さんが画面の中にいて、ジェイルは遙か後方の壁に突き刺さってたし。

ともあれ、まあ呼ぶ奴らはこんなもんでいいだろう。ホントは俺んちの騎士とかテスタロッサ家族も呼びたい所だが、流石にこのメンツじゃ呼ぶ訳にもいかない。いくら酔いの回った頭であれど、あいつらまで呼んじまうのは最高にダメだってのは分かってるつもりだ。
さて、あと残ってる懸念事項は会場だ。
最終的にどれだけの人数が集まるのかは不明だが、まず間違いなくこの八神家には収まりきらないだろう。だったらどうすればいい?近くの公園でやる?どこかの体育館か公民館でも借りる?
ノン!
そんな事しなくてももっと簡単で便利なモンが俺にはある!


(こういう時に魔法を使わなくて何時使う!)


俺はトイレから出てすぐにリビングに戻り、何の説明もせずにただ一言だけ言い放つ。


「シャマ~~ルッ、結界展開よろしくゥ!!」

「何でそうなるの!?」


何でも何も場所の確保だっつうの。あれ展開すりゃあさ、周り全部無人になるじゃん?それを利用して道路とか人の家の庭とか使うって寸法よ。
俺、あったま良い~。


「いいから至急よろしく~。あー、でも外で宴会するにしてもちょっと飾り気なくて寂しいな………はやて、電飾持って来い!」

「ハァ、無理言わんといてや。そんなのあるわけないやろ」


ンだよ、使えねーなあ。しょうがねーな、だったらここでも魔法の御出座しだ!


「レヴァ、アイゼン、ヴィント、お前等全員光って浮いて飛び回れ!ついでにBGM代わりに歌え!」

「「「は!?ちょっ、隼(隼さん)!?」」」

『『『ja』』』

「「「「レヴァンティン(アイゼン)(クラールヴィント)!?」」」


いい子だ、デバイスども。今度またピカピカに磨いてやんよ。


「………ねえ、すずか、私の聞き間違いかもしれないけど、今アクセサリーが喋らなかった?」

「………アリサちゃん、それ聞き間違いじゃないよ。それどころか飛び始めて歌い始めてる………あはは、最近のアクセサリーって多機能なんだね~」

「すずかお嬢様、お気を確かに。あれは多分マジックアイテムというものなのでしょう。普通のアクセサリーはDeepPurpleのHighwayStarなんていうハードロックは歌いません。…………それにしても良い声ですね。イカしたサウンドです。是非月村家にも一台欲しいところです」

「………お、お姉ちゃんも気を確かに」


今日まで魔法などとは縁もゆかりなかった月村家とアリサは相当混乱しているようだ。まあ無理もあるめぇよ。俺だって仮に魔法を知らなかったら皆に負けないくらい大混乱してただろう。


「おらおら、起きろよザフィーラ、風嵐!今からでっけえ祭りやんぞオイ!明日の事は考えんな、死ぬまで飲み食い倒せ!昨日までの自分は忘れろ、恥も外聞もキャラも捨て去れ!ぶっこむ勢いで騒ぎ尽くすぞコノヤロウ!!!」

「はぁ………もうどうにでもなれ」


はやての大きな大きな大きな溜息が部屋に響いたのだった。


どうだ─────"騒ぎ"ってのはな、こうやって起こすんだよ!!


…………………………………………。

と、まあアレだ、こうやって騒ぎを起こしたものの……その内容、詳細は省かせていただく。

何でかって?そりゃお前、騒ぐメンツがメンツだからよ。だって、『リリカル』謳ってんのに『とらハ』じゃ拙いだろ?確かに機械姉妹共はリリカル組だが、他の奴らは全員とらハ組だしな。
つう訳で、大宴会の内容はそれぞれの想像・妄想にお任せするぜ。それがどんなもんであれ、本編とは関係ねーし。

さて、それじゃ次は────


「こんばんわ~」


おっと、早速誰か来たみたいだ。

ンじゃ、おっ始めるとしますかね。





[17080] Asのジュウサン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:d78e049a
Date: 2011/10/02 21:14


助けてください。

──────────────。

助けてください。

──────────────。

助けてください。

──────────────。

助け………ちょっと、聞いてる?

──────────────?

おい、コラ、無視ぶっこいてんじゃねーよ。聞いてんのかっつってんだよ。

──────────────も、もしかして私に言っているのでしょうか?

あ?この俺の夢の世界の中に、俺とお前以外に誰がいんだよ。

──────────────は、はあ………で、ですが、あの、立場的には現在私があなたに助けを求めているんですが。

先に俺を助けてくれたら助けてやる。で、助けてくれんの?くれないの?

──────────────え、ええと、状況がよく………。

以前からだけど、俺の夢の中の住人のクセに今の俺の状態が分かんねーのかよ。ちっ、使えねえ………ああ、てかさ、そもそもお前って何よ?

──────────────………今更そんな質問をするのですね。些か遅いような……。

っせえな。で、お前は何で俺の夢の中に頻繁に出てくるわけ?つうかさ、その白いモヤみたいなのが掛かったシルエットがお前のデフォの姿なわけ?

──────────────いえ、そういうわけでは。ただこのような曖昧な形の方が無駄な力を使わなくて済むので。

ンだよ、そりゃ。ちゃんと姿見せろや。お前、声からしてきっと綺麗なおん………あれ?そういやお前の声、どっかで聞いた事あるような。

──────────────え?今までお気づきになられてなかったのですか?

は?なにが?

──────────────では、少しだけですが本来の姿を形作ります。それで、きっと私が助けを求める理由もはっきりと理解されるでしょう。

いや、だから助けて欲しいなら先に俺を助け…………………………………は?夜天?





















Asのジュウサン話~生きよう、頑張って~



















目を覚ましてまず一番初めに感じたのは、頭の中でカリオンでも鳴っているかのような頭痛、それに伴う吐き気。そして次に感じたのは、この場に漂う尋常じゃない程の酒と煙草の臭い。
俺はむくりと上半身を起こし、周りを見やると、そこには死屍累々と表現するに相応しい有様が広がっていた。
ソファの上に四肢を投げ出して倒れ付している者、テレビに抱きついて寝ている者、窓ガラスに突っ込んでいる者、天井からぶら下がっている者、庭の地面に首元まで埋没している者、逆に首上だけ埋没している者、ステージ上でマイクスタンドをケツに突っ込まれて倒れている者、男装している女、女装している男etc……………まさにパンドラの箱だ。


「うあ゛あ゛……死ぬ。てか殺してくれ」


かくいう俺だって、まあ酷い有様だ。
パンツ一丁で床で眠りコケ、髪の毛や身体には酒やつまみやゲロがへばり付き、頭痛と吐き気と筋肉痛がパない。


「くそぅ……あいつ、結局助けてくれなかったな………二日酔いくらい治してくれよ……うお゛え」


夢の中で会ったオリジナル夜天……の搾りカス?、だったか?よく分からんが、確かそんな存在だとか言ってたような気がする。まっ、あいつの事はいっか。どうせまた今晩あたりにでも出てくるだろうし。

それは兎も角、今考えるべきはこの惨状だよな。


「……いろいろ酷いな」


まあ昨晩のド馬鹿騒ぎを考えれば、こうなっても当然と言えば当然だろうな。てか、結局何人来たっけ?あまりに多くて、来てた知り合いにも全員には会ってないような気がする。
まっ、それでもきちんと押さえるとこは押さえたけどな!……何をって?そりゃ勿論女性の輪をだ!
例えば超絶有名な歌手数名だろ、それにタレントさんもいたし、クール美人な漫画家さんにリっつぁんの妹(フィっつぁんではない)、巫女さん、狼っぽい女性や猫っぽい女性、フィっつぁんのトコの患者だったという中国人(関西人?)に明心館の怪物親父の弟子、香港国際警防隊の人、国家認定の忍者、狐の妖怪(激可愛い)、ポン刀に憑いた外国人幽霊などなど。

…………………………。


(一部の女性に関しては、ホントにここは宇宙船地球号の日出づる国なのか疑いたくなるな………)


俺が今まで知らなかっただけで、この地球も出鱈目度で言えば魔法世界に負けてねえんじゃね?
まあそれが困るのかって言えば全然困らないけど。むしろ歓迎!だって皆美人で可愛かったし。


「しっかし、まあ何とも……派手にチラかってんな~」


右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても自分を見ても酷い有様だ。
何で天井に大穴開いてんだよ。何で壁が焼き焦げてんだよ。何で刀が何本も床に突き立ってんだよ。何でライフル銃の銃口に花が活けてあるんだよ。何でバイクがキッチンに立て掛けてあるんだよ。
もう突っ込みきれねーよ。そもそも俺突っ込みキャラじゃねーし。いや、ある種突っ込みキャラだけどよ。ズッコンバッコン突っ込みたいと常日頃から悶々と考えてますけどよ。


「は~い、皆さん起きましょう~。仕事はいいんですか~学校はいいんですか~、てか頭痛ェェェエエエ!!!叫ばせんなやコリャ、さっさと起きろ………ぐあああああああ痛いいいいいい!!」


頭の痛みを無視してぱんぱんと手を叩く。が、もちろんその程度で屍どもがリビングデッドするわけがないので、俺はボロボロの机に向かって魔法弾をぶっ放した。


「痛っ……!な、なに!?」


机の破砕音でまず目を覚ましたのは、その机の上で寝ていたなのは。それを皮切りに屍が一つまた一つむくりと起き上がる。


「はい、全員おはようさん。いや~、最低な朝だな。ところで皆さん、二日酔いで死んでるところ悪ぃがちょっと俺からハッピーな朝の挨拶を。えー、ごほん……………ただ今、朝の8時半でござ~い」


瞬間、昨晩にも負けないほどの喧騒が辺りを包んだ。「学校~!?」「仕事~!?」などなどの声を上げながらバタバタと動き始めた。
それを俺は横目に、


「さて、朝シャンしよ」


今日も一日頑張りましょう。


















手早く風呂に入り、頭は痛いものの体の気だるさは無くなりフレッシュ男になった俺。
そんな風呂上りの俺を待ち構えていたのはノンフレッシュな部屋の空気だった。


「隼、今日こそは説明してもらうよ!何で隼が闇の書の人たちと一緒にいるのかを!」


可愛い顔を顰めたユーノがそう言って迫ってくる。
今、この場にいるのは俺と八神一家、そしてロッテとユーノ。他の者はどうやら俺が風呂に入ってるうちに帰ったようだ。帰ったつうか学校とか仕事場に行ったと言ったほうが正しいか?世の流れに縛られてる人は辛いねぇ。万歳フリーター。


「おいおいユーノ、そんなに可愛い顔すんなって。前々から言ってるけど、もっと男らしくしろよな」

「前々から言ってるけど、僕のこの顔は怒ってる顔なんだよ!」


顔も可愛い、性格も可愛い、声も可愛い我らがマスコット・ユーノ。将来は中世的な美男子になるだろうが、今はパッと見マジで女の子だ。この前なのはに『ユーノってさ、マジで女の子に見えるよな。てか、時々お前より女の子っぽく見えるぜ。わはははははッ!』つったら、ディバインバスターぶっ放された。


「いきなりなのはに『ハヤさんがパーティするから来いって』とか言われて、は?とか思って来て見たらホントにやってるし!隼、自分の立場自覚してるの!?僕もなのはも管理局の人間だよ!?もしここで僕が局に連絡取ればそれでこの物語終了なんだよ!?」

「大丈夫。お前もなのはもそんな事はしない。お前達は空気の読める子だ。そんな打ち切り展開じゃあ誰も納得しないと分かってる子だ」

「じゃあもうちょっとマシな展開になるように動いてよ!隼は自由奔放過ぎるんだよ!」


可愛い顔で激昂するユーノに八神家+ロッテが大きく頷いて同意する。
なんだよ、俺ってそんなに自由にしてる?これでもちゃんと考えてるんだけどな~、どうやったら面白い展開になるだろうかと。


「それに、えっと、リーゼロッテさん……でしたよね」

「にゃ?何かな、美味しそうな子」

「うっ!?いえ、そのですね、その制服、あなた管理局員ですよね?」


え、そうなの?確かになんか制服っぽい服装だなぁとは思ってはいたが、まさか局員だったとは。が、今更それがなんだと言うレベルだ。ロッテが局員?可愛いからOK。


「な、なんでリーゼロッテさんはここに?この件の担当はアースラの部隊のはずですけど、あなたをアースラで見た事は………」

「ふ~ん。つまり疑ってる?内通者なんじゃないかって」

「あ、いえ、そんなつもりは……」


いささか剣呑な空気が流れる。シグナムたちも改めてロッテの事を警戒したようだ。
まあ俺はさっきも言った通り別にどうでもいいけどね。てかさ、


「ユーノよぉ、内通者だなんだと騒ぐなんてケツの穴の小っせえ事言ってんじゃねーよ。そもそも、その程度で騒ぐようならジェイルと酒酌み交わした俺らはどうなんだよ?」

「ジェイル?」

「ほら、昨日人間花火してたやつ」

「ああ、あの人」

「あいつ、次元犯罪者だぞ」


そう言った瞬間、剣呑な空気は払拭され、ただただ沈黙が場を支配した。皆、どう反応すればいいのか戸惑っているようだ。だが、それも少ししてユーのが、


「とにかく隼、説明して」


どうやらジェイルの件は聞かなかった事にするらしい。


「隼が何の意味もなく局や家族相手に犯罪行為に走るとは思えない」

「おっ、俺って信用されてる?」

「この半年いろいろ付き合わされて来たからね。隼は、自分の為か女性の為か面白い事の為か気に入らない事でしか絶対に動かないもんね」


うわお、二つ目以外ひっでえ言い草だ。最近俺の紳士キャラが薄れてきているな、困った困った。


「まあなんだ、説明っつってもな。逆によ、実は俺も説明して欲しい事だらけなのよ。な、風嵐?」

「うむ。では、まず我の一度はやってみたい体位から───」

「ちっげえよ!」


いきなり話をお前に振った俺も俺だけどよ、即座にそう返してくるお前は、もう流石すぎてそろそろ憧れすら抱くぞ。


「じゃなくてだな、闇の書についてだよ。ぶっちゃけ俺あんま知らねーんだわ。取り合えず蒐集しなけりゃはやてが死ぬって事くらいしかな」

「え………」


ユーノがびっくりした顔ではやてを見る。それにはやては「そうそう、私このままじゃ死んでしまうんよ。およよ~」とふざけ半分。当事者なのにこの肝の太さはどうだ。


「だから風嵐、てめえ全部吐け。どうせあのホモ(アルハザードの店主)からいろいろと聞かされてんだろ」

「まあ聞かされたというか、追記されたというか……ふむ、よかろう。主からの命では仕方ない、そこの小動物とメス猫にも事の次第が分かるよう説明してやろう。アニメの総集編の回のようにな」


コホンと一度咳払いをし、無駄に偉そうに喋り始めた。


「闇の書……転生と無限再生機能、そして蒐集機能を有する融合型デバイス。その蒐集は半強制的であり、活動を怠れば主に死をもたらせる。さりとて完成させてしまえば主を認証せず、意思を飲み込み、破壊を振りまく最悪のデバイスである………要約したが、これは皆知っておる事だろう」

「いやいや、知らねーよ」


え、ちょい待って。主を飲み込むって何?書が完成すればはやては助かるんじゃねーの?


「どっち道はやては助からねえって事じゃねえか!じゃあ、あたしらのやってる事は何なんだよ!」

「囀るな、ロリ鉄槌。勝手に勘違いしておったのはそちらだろう」

「俺も勘違いしてたけどな」

「主はしょうがなかろう。それに気に食わぬ事だが、主は小烏を助けると決めておるのだろう?なれば勘違いなど些細な事。結果が『助かる』と決まっておるなら、今は黙って我の説明を聞いておれ。小癪な事に、この中で小烏が一番落ち着いておるぞ」


見ればはやてはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。


「あはは。まあちょうびっくりしたけど、私は隼さんを信じとるから。だからヴィータも、他の皆もそないな顔せんでや」


ちっ、言ってくれるぜ。ああ、そうだ、助けてやるとも。じゃねえと俺の気が収まらねえかんよ。


「話を戻す。闇の書、それは確かに凶悪な部類に入るデバイスだ。ロストロギア指定されてもおかしくはない。が、もともとの書はそのような形ではなかった。本来の名は『夜天の魔導書』、偉大な魔導を後世に残すために生み出されたただの資料本だったのだ。それが歴代の腐った主に改悪され、書は穢されてしまった。ヴォルケンリッター共も、その頃の記憶はなかろう」

「……そう、だったのか」

「ふん、人間も大概傲慢だからな……ああ、主は違うぞ。主はそんじょそこらにいる傲慢とは別格の傲慢だ」


…………それはフォローなのか?俺は喜ぶべきなのか、それとも全力で殴るべきなのか。


「そも誰が原因なのかというと我の創造主だろうがな」

「あ?あのホモ?」

「ああ、あれがヘマをして技術を流出させたのが原因なのだ。そのせいでベルカは戦乱となり、人間には手に余る魔導が蔓延る事となった。夜天の書の改悪に使われた技術もそう、それに銀十字のも……と、まあそれはまた別の話か」


ええ、別の話です。そしてそこまで続きません。そこまで続けたら俺の体と精神が持ちません。

しっかし、やっぱあのホモやろう、一発どころか10発は殴っておくべきじゃね?何で俺があいつの尻拭いしなきゃなんねーんだよ。野郎の尻なんて拭いたくねえっての。


「あ、あの、誰の事を言ってるんですか?ホモって、ええと」

「小うるさいぞシャマル。お前は黙って空気になっておれ」

「風嵐ちゃん酷っ!?」

「良かったな、シャマル。これでもう次の話まで喋らなくてもいいだろ?」

「隼さんも酷い!私の出番って二言だけ!?」


いや、三言だ。


「さて、空気の騎士が突っ込みを入れてきたので改めて話を戻そう。と言っても闇の書、いや夜天の書についてはこんな所だろう。どうだ、分かったか小動物」


風嵐が小動物はおろか虫でも見るような顔でユーノを見る。その視線にビクビクしながらもユーノは口を開いた。


「……つまり隼ははやてを救う為、魔力蒐集を強行してたって事なんだね。それも根本が間違いだったって事みたいだけど」

「まっ、な。でも、誤解だろうが何だろうがはやては助ける。その為の手段は選ばん!例え家族だろうと女子供だろうと……だろうと……」


よく考えたらはやてが助かっても助からなくても、全て終わったら俺死確定してね?………今更か、ははははは。

………はは。


「でも、実際問題助けられるの?」


顔で笑みを、心に絶望を携えていると、ロッテが神妙な顔で風嵐に訊ねていた。
まあ確かに俺もそれは思っていた事だ。いくら助けるっつっても願いや理想じゃ人は助からんからな。


「一つの手として、このまま完成させればいい。さすれば意思は飲み込まれるが、『はやて』という固体は生き永らえる事が出来る。その後の破壊などを考えなければな。ちなみに我はそれを望む。もともとそういう計画だった。そうなれば我は主と二人でどこか別の世界に高飛び──────」

「駄目だ!!」


ふざけているのか真面目なのか微妙な風嵐の言葉に、急にロッテが大声を上げた。顔も険しく、しかしどこか悲しそうだ。


「もう闇の書のせいでクライド君みたいな人は出さないと誓った!そうなるくらいなら………!」


キッとはやてを睨むロッテ。
クライド君とは誰なのか、とかいろいろと疑問は残る。そもそもコイツは何で俺たちを助けるような事をしたのかも分からねえし。
ただ一つ分かる事は………。


「落ち着けや、猫」


俺はロッテの頭にポンと手を置いた。


「に゛ゃ!?い、痛ーーい!」

「あ、すまん。間違えてガツンと手を振り下ろしちまった」

「あ、あんたね、普通今の場面は優しくなだめる所だろ!?」


いやあ、俺もそうしようと思ったんだけどね。あわよくばそれでニコポ、フラグ成立みたいなの狙ってたんだけどな。つい可愛いはやてにガンくれやがったから。

俺は謝罪と痛いの飛んでけーの意味も込めて、改めてロッテの頭を撫でてやった。


「まあ落ち着け。言っただろうが、俺ははやてを助けるって。それは何でかってよ、これから先はやてには笑って生きて欲しいからだ。その為にゃ意思がなけりゃ駄目だろ?だから、風嵐、てめえの計画ってのは却下だ」

「ふむ、分かっておる。そんな事はせん」


しれっと何ともない風に風嵐は頷いた。
あれ?もうちょっと渋るかと思ったんだけど。


「一つの手、と言ったろう?第一、我は主に嫌われたくないのだ。だというのに主の望まぬ事をするわけなかろう。分かったか、猫」

「あ、ああ」


ロッテは荒い鼻息を静めると同時に、ふとといった感じで続けた。


「ところで何で風嵐は隼の事『主』って言ってんの?」

「は?何をふざけた事を。主だから主だ、殺すぞメス猫」


言うが早いか手元にあったコップをロッテに向かってブン投げた。それを焦ってかわすロッテ。


「ちょ!?危なっ、今かすった!」

「ちっ、猫だけに俊敏性がいいか」


この距離でかわせるロッテの反射神経も凄いが、人の顔面に向かって何の躊躇いもなくコップをブン投げられる風嵐は相変わらずSかMか分からない奴だ。


「あ、あのな風嵐、もうこれ以上部屋の中を荒さんといてや……」


はやて、それはもう今更だろ。部屋どころか家自体をもう建て替えたほうがいいレベルなんだかんよ。


「はいはい、俺と風嵐の関係は後で話してやっから。で、風嵐よぉ、そう言うからにはまだ手はあるんだよな?素晴らしいエンディングになる手がよ」


と聞いてはみるが、実の所そんなのは分かりきっている。
だってこの俺が作り出す物語よ?バッドエンドが大嫌い、大団円大好きなこの俺が目指すエンディングなんだ。そりゃもう笑顔振りまくハッピーエンドしかねーべ。


「無い」

「そうだろう、そうだろう、無いだろう……………………………………あん?」


あれ?聞き違いかな?今、『無い』って聞こえたような………ああ、それとも最近ひらがなの『あ』と『る』が『な』と『い』に変わったのかな?


「風嵐、もう一度言ってくれる?」

「ふむ、お約束のようなやり取りが主は好きだな。ではもう一度だけ言うぞ……………無い」

「………………ンだとおおおおおお!?!?」


ちょい待て!今の流れでその答えおかしくね!?そこは普通『有る』の一択だろ!!


「ふ、風嵐、どういう事だ!主を助ける手はないのか!」

「ふざけんなよ!あれだけ思わせぶりな発言しといてそりゃねーだろ!」

「風嵐ちゃん、何かないの!?」

「そうだ、俺たちが自壊すればもしかしたら主は助かるのでは…………」


風嵐に詰め寄るヴォルケンズ。流石のコイツラも主の命を救う手がないと言われたら大人しくはしてられんのだろう。
それに続くようにユーノとロッテも声を上げた。


「僕もはやてを助けてあげたい。君達がやってた事は間違ってるけど、僕と同じ年の子が死ぬのも間違ってる!」

「そうだ……やっぱり間違ってるんだ、こんな良い子に闇の書の罪を背負わす事ないんだ」


はは……ホント、はやては愛されてんなぁ。
仮に俺が死ぬじまう事態になれば、うちの家族はこうやって怒ったり悲しんだりしてくれんだろうか?お隣さんはどうだろうか?…………その時、俺は独りではないのだろうか。

まっ、俺ぁ簡単には死なねーけどよ。


「おい風嵐、あんまふざけた事言ってんじゃねーぞ。はやては死なせねえつってんだよ。手が無いなら作ってでも助ける!」

「隼さん、皆………」


無理だろうと無茶だろうと願いだろうと理想だろうと、ンなもん全てを踏まえた上で助けてやる。
そうしなきゃ、俺が俺でなくなる。俺というキャラじゃなくなる。


「風嵐、ホントに助ける手立ては無いのか?あのホモ野郎から何か聞いてねえのか?」

「ある」

「そうか、あるか…………………………………あん?」


今、こいつ何てった?『ある』?………ああ、もしかして最近ひらがなの『な』と………ってそうじゃねえ!!


「「「「「「「「あるの!?」」」」」」」

「我は一言も『助からぬ』とは言うてないぞ?」


ニヤリとサドッ気満載な笑みを浮かべる風嵐。そんなガキに俺は皆の総意を持って拳骨を振り下ろした。


「いきなり何をする、気持ちいいではないか。やるならせめて夜ベッドの中で─────」

「黙れ、真性マゾヒスト」


もう痛さは感じねえのかよ。


「やれやれ、早とちりしたのはそちらであろうが。『素晴らしいエンディングになる手は無いか』と聞かれたから『無い』と答えたのに」

「どういう事だよ」

「…………我の考えている手は残り二つ」


風嵐は粛々と述べる。それはどこか諦めているような表情だ。


「一つは闇の書を徹底的に破壊する。一度書を完成させ、小烏が意思を飲み込まれる前に管制プログラムを奪取し、防衛プログラムを分離する。然る後、防衛プログラムを破壊。そして再生機能が働く前に制御下に置いた管制プログラムも破壊する」


おおっ、なんだよ、ちゃんとした手があるじゃん。それで行こう、それで……………………待て。


「そ、それって、シグナムたちはどうなってまうん?」


俺が思った事をはやても思ったのか、焦った様子で風嵐に訊ねる。それは縋るようだが、だからこそ風嵐の答えも分かっているのだろう。


「ふん、死ぬな。いや、プログラムだから消える、か。仮にこやつらが消える事を防げても、最後の騎士は確実に消える」

「最後の騎士だと?待て、そのような者は………」

「やれやれ、やはりそれも忘れておるのか。将なら覚えておけ。騎士はな、4人ではなく5人。最後の一人は管制プログラムも担っておるのだ。ただ、今は防御プログラムによって封じられているがな」


ああ、だから夜天はいなかったのか。………あれ?でも、じゃあ俺の夢の中のアイツは……。

まあ取り合えずそれは置いとこう。取り合えず今はこいつの手の一つ目について言う事がある。


「却下だ」


うん、当然だよね。シグナムたちが消えるかもしれないのに加え、夜天は確実に消えるときたもんだ。ハハ、冗談ぶっこくなって話だよな?あの美貌を失うなど、人類史始まって以来の損失だっつうの。


「俺は大団円が好きなんだよ。皆生きてなくちゃいけねーんだよ。何で夜天……ああ、まだ名前ついてねえのか。ええっと管制人格だっけか、そいつを犠牲にしなきゃなんねーんだよ。絶対イヤだね」


夜天だぜ、夜天。夜天がダブルだぜ?いや、もうその光景考えただけでフィーバーしちまいそうなんだけど。ちょっと今回の件済んだら一夫多妻制がある国に移住しようかな。


「言うと思うたわ。だが、これが我の考えてる中で一番無難な計画なのだぞ」

「無難だろうが何だろうがイヤなもんはイヤだ!はい、二つ目の手は?」


駄々をこねる俺に風嵐は溜息をつき、一度だけ目を瞑ると覚悟を決めたかのように話し出す。


「二つ目……これは我は絶対に勧めん。主に頼まれなければ、今この場で提案する事すらしなかったろう」


は?なにそれ?一体それはどういう…………。


「主よ………小烏の為、一生を犠牲にする覚悟はあるか?」
























重々しい沈黙が辺りを包む。誰も喋ろうとせず、身動きもとらない。外を通り過ぎる車の音と、時々部屋の壁などが軋む音だけが唯一のBGM。
この沈黙、つまり風嵐が二つ目の手の内容を喋った時からどのくらい続いているのだろう。
誰も喋れない。だが、皆の視線は一点に集中している。そして、その顔は悲しいような苦々しいような遣る瀬無いような、そんな複雑極まりない顔だ。


「…………ンなツラすんなっての」


今現在、注目の的である俺が久しぶりに口を開く。そんな今の俺は、一体どんな顔をしているだろう。


「風嵐、その他に手はねえのか?」

「………無い。これが主の言う所の『大団円』に最も近い案だ」


そう、最後に風嵐が挙げた案ならば確かに大団円だろう。
はやても、シグナムたちも、夜天も、誰も死なない。加えて闇の書の闇も完全に消滅させる事が出来る。

一見すれば素晴らしい案だ………………けど。


「却下……Noだよ。No、NoNo、NoNoNoNo!!」


素晴らしいが…………それは俺が素晴らしくない事態に陥っちまうじゃねえか!確かに死にゃあしねーが文字通り一生モンの問題抱えちまう!しかも比喩とかそんなの抜きで、ギャグとかコメディ抜きで、マジモンの問題をよぉ!


「何で今回だけそんなガチなんだよ!今までのご都合主義展開はどこいった!?」

「この世界にご都合など無いという事だな」

「お前、ちょっと無印編を今から読み返して来い!」


あれだけご都合やってて、なのにここに来てまさかのリアル思考だぁ!?ふざけんなよ!


「ほ、ほら、例えばよ、俺の写本使って原本を再構成するとか。よくあるじゃん、そういう展開。あれで行こうぜ」

「無理だな。そのようなありきたりな展開、この作品には相応しくなかろう」

「お約束は守ろうぜ!俺、そういう王道大好きなんだよ!きっと皆もそれを望んでるって!現実に疲れた奴らが束の間の安らぎを求めてこういう小説読んでるんだよ!だったら最後まで馬鹿なご都合貫こうぜ!」

「無理だ。というか主、いつも以上にメタが過ぎるぞ」


だああああああああああああああああああああ!!!

ど、どうするよ、俺!?マジでそれしかねえのかよ!ぶっちゃけイヤだっつうの!何で俺がガキ一人の為にテメエを犠牲にしなきゃなんねえんだよ!
確かにはやては助けたいよ?けど、その為に俺が被害を被るって…………イヤ!


「…………よし、管制人格にはお陀仏なさってもらおう」

「え、ちょ、隼、それでいいの!?」

「じゃあユーノが代わってくれんのか!?代わってくれないよね!てか代われないよね!だったら口挟むなや!!」

「ご、ごめん」


最低主人公、ここに再臨。

でも、しゃあねーじゃん!確かに夜天は大好きだよ?夜天二人欲しいよ?けど、その為に俺が犠牲になるとかマジ無理!…………死なないならいいじゃんとか思ったそこのお前!そう思うなら代わってくれんのか!?代わってくれないよね!てか代われないよね!だったら思うなや!人事だからって楽観視してんじゃねーぞコラ!


「………そやね、隼さんが犠牲になるんは確かにおかしいわ」

「はやて…………」


俺を犠牲にすれば生きることが出来るのに、それでも俺を踏み台にしないはやて。
俺なんかとは大違いの度量の持ち主だ。今だって笑ってはいるが、それでもまだはやては9歳児。絶対心は不安で満たされているはずだ。なのに人を気遣う事の出来るなんて、もしかしたら俺より大人なのかもしれない。


(………何やってんだ、俺は)


そんなはやてを見ると俺は自分が惨めになる。凄くガキのように見える。いや、事実きっとそうなのだろう。

俺は……………………


「つうか元はと言えばお前が闇の書なんて持っちまってるから悪ぃんだろ、自業自得だ!暴走して破壊しつく前にやっぱお前死ね、この公害魔導師め!」


惨めでいいもんね~。ガキでいいもんね~。最低でいいもんね~。

俺ァ自分が一番可愛くて大事なんだも~ん。


「最低だ」

「最低だな」

「最低ね」

「最低だ」

「最低だよ」

「最っ低」

「濡れる」


心底見下げ果て、さらに果てを目指すような視線が突き刺さる。

そんな視線を物ともせずタバコを吹かす俺。そんな俺にはやてのポツリと呟く一言が聞こえた。


「そやね……やっぱ私が悪いんかな……あはは」


……………………あ、あれ?7割くらいは冗談だったのに、それを受け流せてない?なんか思いのほかガチで落ち込んでる?


「は、はやて?」

「は、隼さん、今までめ、迷惑かけたな。み、みんなもごめんな。わ、わたしが……ぐすっ……あ、き、気にせんといて……あはは」

「……………………………」


一名を除いて視線に殺気が宿ったのを肌で感じた。でもそれは好都合だ。なにせ今俺自身も殺してくれと願っているのだから。


「はやて、嘘だから!マジでゴメン!助ける!お前は絶対死なせねーって!ああ、俺がお前の未来を閉ざす要素なんて全部ぶっ飛ばしてやっから!」


さっき自分で思ったじゃねえか、はやてはまだ何だかんだいって9歳児なんだって。『死ね』とか『公害』とか言われて傷つかないわけがねーだろ!

俺ははやてに近寄り抱き上げ、きつく抱きしめてやる。そして赤ちゃんをあやすように背中をポンポンと叩いてやる。


「泣き止めって、ホント。マジで言い過ぎた。ありゃ冗談のつもりだったけどさ、確かにないわな」

「ぐすっ……傷ついた」

「ああ、ホントすまん。大丈夫だ、お前の未来は俺が作ってやる」

「………その後は?」


ん?その後?その後ってどの後?


「………未来を作ってくれた後、傍にいてくれる?」

「あ?ああ、ね。もちろん、傍にいるぜ」


その方が何かと好都合だし。おもに知り合える女性の数が。


「………一生?」


一生?まあ、それもその方がいいだろうな。


「ああ。俺が一生傍にいてやるぜ」

「………………(ニヤリ)」


ん、今笑ったか?そうだな、ガキはやっぱ笑ってなきゃ駄目だ。

しっかし、一体どうしようかね~。誰も死なず、俺も犠牲にならない方法ねぇ…………もう一回アルハザードに行けばどうとでもなりそうだが、流石にこの流れであの店が出てくるはずがねーよなあ。

さて、どうしたもんか…………。


(ん………?)


ふとロッテの姿が視界に入った。その姿は相も変わらず可愛らしく、尻尾が規則正しく動いており一層………………て、そうじゃねえよ!

俺は泣きやんだはやてを降ろし、ロッテに詰め寄る。彼女は何故か面白そうな顔ではやてを見つめていた。


「あの子、将来いい参謀に──────」

「おい、ロッテ」

「ん?なにさ」

「お前もさ、闇の書を壊したくて俺たちを助けたんだろ?手伝わせるためか、それとも利用するためかは知んねえけど」


詳しくは聞いてないが、これまでの発言とこいつの動きで何となく。


「…………まーねぇ、それが父様の願いだったから」


少し迷ったようだが、しかし意外にもするりと白状した。
隠すのは今更かと思ったのだろうけど、ロッテ自身の感情もはやて寄りになるには、昨日の晩は長いくらいだったからな。


「ふ~ん。つまりお前のご主人様、父様は闇の書についてある程度知識があり、かつどうにか出来る手段も持ち合わせていると」

「うん、私たち姉妹も闇の書を封印するつもりで動いてたからね…………でも、その封印手段は─────」

「あ、もういい。分かったから」


そっかそっか。封印手段を持ち合わせているのか。それが使えるものであれ、駄目なものであれ、持ってはいるんだな。


「よし」

「え、あ、ちょっと!?」


俺はロッテの腕を掴むとそのまま割れた窓ガラスの上を跨ぎ、庭に出る。いきなりどうしたのかと皆が見つめる中、俺は爽やかに一言。


「ちょっとコイツのご主人様とやらに会って来るわ」

「「「「「「「「は?」」」」」」」


いや、だってよ、今俺たちの考えてる案はどれも大団円とは程遠いじゃん?で、これ以上このメンツで考えても良い案なんて出るわけがねえ。
だったら知識がある第3者に考えを求めるのが定石だろ。


「は、隼、いきなり過ぎるって!」

「考えるな、感じるな、ただ動け、それが俺の信念だ。今作ったんだけど。さあご主人様の元へワープだ!それともテレポート?言っとくが拒否権はねーぞ?拒否ったら内通者として、ユーノから管理局に引き渡すから」

「…………ああ、もう!なんでこの男って!」


俺は絶対に犠牲になんねーぞ!

さあ、俺が目指す大団円へ向かっていざ!




[17080] Asのジュウヨン話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:981cfa6d
Date: 2011/10/21 23:56

よくSF映画なんかで近未来の建造物を出てくるだろ?何かさ、壁がえらい光沢のある金属っぽいやつだったり、"ピッ"って言って"シャッ"て開く扉だったり、テレポートするような場所があったりよ。
ああ、現実でもいつかこういう風景を拝めるのかねぇ、一家に一台メイドロボとかになる日が来るのかねぇ、そんな思いを誰もが一度は馳せた事があると思う。
かくいう俺も思い所か一度それを体験済みだ。半年前の、今は無き時の庭園での体験。扉とか壁とかは地球のモンと変わらなかったが、売却商談する際に使ったあのコンピューター。あれ、画面とか普通に宙に飛び出してたし。マジ未来じゃん、とか感じたもんだぜ。

だが、今思えばありゃあ小っちぇ未来さだったんだよ。今、目の前に広がってる光景に比べたら、時の庭園の何ともショボイこと。ああ、やっぱ所詮は庭だったって事だよな。やっぱ未来的っつったらよ、こう建物がビシッと連なってドバッとぶっ建ってるようなもんじゃなきゃな。その中を歩いてる人間もよ、なんか変な機械使いながら誰も居ない空間に喋り掛けたりしてよ、いかにもって感じを漂わせとかなきゃな。

そして今の目の前の光景は、まさにそんな感じだった。


「えっすえふぅ~!超未来的じゃん!お、何か空飛んでんぞ!あ、ちょいそこの兄ちゃん、あんたそれ何持ってんの?……おー、すっげえ!よかったらよ、俺の持ってるiPadとそれ交換しね?」

「ちょっと隼、少しは大人しくしてよ!」


ロッテが勝手に動き回る俺の腕を掴み、目的地へ行かせるために強制的に歩かせてくる。


「お、おい、ちょっと待てって。今こちとらSFを満喫しとんじゃ。邪魔すんなよ」

「ここに何をしに来たのか思い出しな!」

「思い出すも何も、ちゃんと覚えてるって。………観光?」

「全然違~う!」


にゃあにゃあと喧しい奴だな。分かってるよ、覚えてるって。自分から言い出した事を忘れるわけねーじゃん。


「俺は、お前たち姉妹の義父様にご挨拶に来たんだ」

「そうそう……じゃないよ!挨拶って何!?それに父様のニュアンス違くない!?」

「ちなみにこの世界ってどういう法律あんの?おもに結婚方面に関して」

「どうしてこのタイミングでそういう質問が出んの!?」


と、このようなやり取りをして早1時間………つまり、ここミッドチルダに来て1時間経っていたのだった。














Asのジュウヨン話~宗教って怖いね~













魔法世界ミッドチルダ。
漫画とかじゃあ魔法が存在する世界は科学の発達が遅いってのが通例だが、ここはそんな通例に真っ向から上等ぶっこいてる世界だ。まあまるで魔法チックじゃない魔法なので、通例が通用しないのも分かるけどよ。何で魔法に砲撃ってカテゴライズがあんだよって話だよな?何で杖が機械なんだよって話だよな?ハリーポッター見習えよ。

と、まあそれはどうでもいいか。この世界がどういう世界だとかは兎も角、俺を楽しませてくれるなら何でもいいさ。
そして正味な話、今日この世界に来たのはロッテのお父様、ギル・グレアムとかいう人に会いに来たのだ。その理由は省く……てか前話参照。急な話なのにそのおっさんは都合を付け、そしてここミッドチルダにある管理局地上本部に会談の席を設けてくれたのだ。


「いや~、まだ見ぬおっさんだが、中々話の分かる年寄りっぽいな」


ロッテから聞いたギル・グレアムの人物像を思い出す。
時空管理局の提督として今でも活躍している渋いおっさん。局内ではその優秀ぶりに『管理局歴戦の勇士』なんていうカッチョイイ通り名まで付いているとの事。しかも出身は何と地球の英国!俺の紳士度と同等の紳士が蔓延っている英国!
この超紳士である俺に対し、本場紳士はどの程度なのかちょっと見ものだ。


「ふふん、まっ、どんな紳士が出てこようとも俺の方がマジ紳士だけどな」


俺は異世界の青き空を仰ぎ見ながら胸を張る。

ああ、今日もいい天気だ。それに街を歩く人の賑わい、レストランや露店から漂ってくる美味そうな香りは地球と変わりない。


「ん?」


そこで突然ポケットの中に入れておいた端末が震えた。それはこのミッドチルダに来たときにロッテから渡された通信端末。
俺はそれを取り出すと、事前に説明された通りに操作して通信を受けた。例の宙に飛び出す画面が出てき、そこに映ったのは猫耳をピンとおっ立てていかにも怒ってますといった風なロッテ。


「隼!」

「おお、ロッテ。どしたのよ?」

「どしたのよ、じゃない!今、どこにいるのさ!」


どこ?おいおい、おかしな事を言うやつだな。さっきまで一緒にいて、そして俺の思考もある程度分かっているだろうに、そんな今更な質問をするとは。


「ちょっと観光」

「何でホントに観光しちゃってんの!?」


いや、だってなあ。こんな見も知らぬ場所にきちまったら、そりゃあいろいろと見て回りたくなるじゃん?でもロッテの奴、早く父様のとこ行くぞ行くぞとうっせえからよぉ、トイレ行く振りして抜け出しちまった。


「そんなの後でもいいじゃん!父様待たせて何考えてんだ!」

「何を考えてるだと?ンなの、楽しもうとしてるだけだよバカヤロウ。適当に楽しんだらそっち戻っからよ、それまでさいなら~」

「~~~ッッ、ぶわぁかーーーーーーーーーー!」


ガシャンという大きな音と共に画面は消えた。最後に映っていたのは壁だったため、どうやら投げつけたのだろう。
まったく、これだから女のヒステリックは敵わん。だいたいロッテも半分猫ならもっと自由気ままな考えを持とうぜ。余裕ってやつをよ?


「さて、ロッテからの快諾も貰ったし、ぶら~と魔法世界を散策するとしますかね」


端末をポケットに戻し、さっそく歩き出す。
そういえばいつだったか、この冒険心が疼いて時の庭園を散策したっけな。まあそこで見つけたのはアリシアの死体なんてとんでもない代物なんだが………。そう考えれば、今回もまた何か見つける羽目になるのかねえ。流石にこの繁華街で死体なんてものに出くわすとは思えんが、もっと違う、例えば───────。


「止めてください!は、離して!!」

「…………………」


ふと声の聞こえたほうを見れば、そこには男4人に四方を囲まれている金髪の女性がいた。

……………って、いやいやいやいや。なんかさ、もうこれはなくね?別に俺は振ったわけじゃないのよ。フラグを立てたつもりもないのよ。確かにお約束も王道も好きだけどさ、だからって言った瞬間それ?しかもギャルゲーとかによくあるベタベタな展開っぽいし。
勘弁しろよ、俺がどこにでもいるようなギャルゲーの主人公に見えるか?ギャルゲーの主人公ってさ、別のギャルゲーの主人公と入れ替えても絶対大差ないキャラ性だろうけど、もし俺とギャルゲーの主人公を入れ替えたらどうなる?もう……きっと酷いよ?


(はぁ……まあそれにしても、どこの世界にでもいるもんだねえ、ああいうクズな輩って)


自分の事は、スカイツリー並みに高い棚に置いといて。

女性を囲んでいる4人の男。頭を金髪、茶髪に染め、それぞれがだらしなく服を着崩している。
どう見てもDQNです本当にありがとうございました。
てか魔法世界にも腰パンってあるんだな。もしかしてこっちにも窪塚洋介的なやつがいんのかな?確かあいつが発祥だよな、腰パンって。それにしても男どもは見たとこ10代後半から20代前半、という事はナンパか、はたまた最近流行のキレやすい子供なのか。


「で、そんな男4人にいちゃもん付けられている女性が一人というあの状況に対し、世界は俺にどういう行動を望んでんだよ」


熱血主人公のように、正義感に駆られて女性を助ければいいのか。
クール主人公のように、格好をつけながら何でもない事のように女性を助ければいいのか。
通行人Aのように、見て見ぬ振りで女性は放っておけばいいのか。

う~ん、そうだなやっぱりここは………。


「女の顔見て決めよ」


最低な主人公のように、女性が美人だったら助ける方向で。

果たして、そこにいた女性のご尊顔の程はというと…………。


「やめたまえ、君たち!彼女が嫌がってるじゃないか!」


即決で助ける事を決め込む程の美人が、そこにはいた。


「ああ?んだよ、てめえ」

「うわお、正義の味方登場で~す」

「お兄さん、かっこいい~」

「今、ボクたちがこの子と話してるんですよー。外野は引っ込んでてくれますぅ?」


男たちは四者四様の反応を俺に向けてきたが、統一されてるのは俺にナメ腐った態度を取っているということ。
ああ、なんだろう、この数年前の自分を見てるような懐かしい感じは。………え?今も?
と、そんな昔を振り返ってる場合じゃねえな。別に俺は懐古厨じゃねーし。
そんな事よりも注目すべきは男より女の方だよ。

歳は10代半くらいの金髪の女の子。服装はなんかヘンテコなもので、地球でいうところのカソックっぽい感じの服。雰囲気の印象はお淑やかって感じだが、それは男に囲まれているというこの状況によるものか、それとも地なのか。体つきは今後に期待。
そして何より可愛い。これ重要。
年齢はちょい低いっぽいが十分に俺の守備範囲内だ。少し子供かなぁとは思うが、まあまあ、このくらいならね。ギリギリかな。………10代半ばと20前半は、ちょっと犯罪臭いって?ふっ、愛に罪は付き物なのさ。


(何はともあれ、今後の為にも知り合いになる価値は十分に………ん?)


気付けばその女の子が俺の顔をガン見していた。それも何故か呆けたような、驚いたような、そんな表情をしている。


(ンだぁ?俺の顔に何かついてんのか?……ああ、もしかしてこいつらの仲間と思われた?)


忘れているだろうけれど、俺の今の髪は金色だ。さらに言えば地球産の腰パンをし、ぷかぷかとタバコをふかしている格好。
誤解されてもなんらおかしくはないな。

俺はその誤解を解くと同時にこの場を収めるよう、ズボンの位置を正しながら口を開く。


「まあまあ君たち、この子が何かしたのか知らないけど、ここは大人になろうじゃないか。男は大きく構えて女性を受け止めないとね」


俺は優しくガキ共を諭すと同時に、怯えているであろう少女に向かって『もう大丈夫だよ』という意味合いで笑顔を見せる。

ああ、俺ってマジ紳士。
あとで本場紳士に会うため、少しでも俺の紳士度を上げておこうじゃねーか。ついでに女の子の方にも好印象付けとかねえと。


「いいかね?こんな青空のように、もっと心も大らかに───────」

「うっせえよ、おじさん。年寄りは隠居でもしてろよ」


………………………。


「そそ。邪魔なんだよ、クソヤロウ」

「てか、いい年して金髪とか在り得ねえ~。バッカじゃね?」

「ボコられたくなかったら5秒以内に消えろよ。つうか喋るな、口臭ぇんだよ」


そう言って男の一人が俺の胸をドンと手で押し、まるでゴミでもみるようにヘラヘラとした笑いを浮かべながら見下した。


「ま、まあまあ、落ち着きなさい君たち。言葉の暴力という言葉を知っているかな?ほら、そこの女性も怖がってるようだし、ここは俺の顔に免じて────」

「だから、うっせえっつってんだろ!」


擬音で表すなら『バキッ!』とか、そんな感じの音が耳に入り、視界がぐりんと横に移動した。その後、頬に鈍い痛さと熱が発生しているのを感じ、そこに至ってようやく自分が殴られたのだと思った。


(うそ?今、ボクちゃん、このクソガキに殴られちゃった?………あはははははは)


………ああ、無理。もうホント無理。てか俺頑張ったよね俺、超頑張ったよね。もうゴールしてもいいよね?堪忍袋の緒というゴールテープを切ってもいいよね?


「さっ、じゃあ正義の味方(笑)なおじさんは放っといて、俺たちと何処か───────」

「待てやコラァ」


俺は女を引っ張っていこうとする男の肩に腕を回し、肩を組む形をとって至近距離でガンつけた。


「テメェら、人が優しく穏やかに対応してこの場を収めようとしてやってんのに、それをいい事に調子ぶっこきやがってよォ。しかも俺の美顔に一発かますとかいい度胸じゃねーか。ここまで上等くれといてタダで済まそうなんて思ってんじゃねえだろうな、おお!?」


先ほどとは一変した俺の様子に男共はもとより、少女の方も目を見開いて驚いている。
あ~あ、せっかく紳士な俺を見せて好印象を抱かせようと企んでたのによぉ、それがこのバカガキ共のせいで台無しになっちまった。でも、しょうがねーべ?余裕を持つことも大事だけどさ、我慢はやっぱ体に悪いよ、うん。


「全員、ちょっとそこまでツラ貸せや。ここじゃ人目が多いかんよォ」


肩に回した腕をそのままヘッドロックの形にし、もう一人近くにいた男の髪の毛を掴みながらすぐそこの薄暗い路地へと入っていく。
と、その前に一人取り残された子に一言。


「おう、もう大丈夫だかんよ。こいつらには俺がきっちりオトシマエつけといてやっから、もう行きな」

「え、あ、あの……」


何を言いたそうなその子から踵を返し、俺は男共をつれて路地裏へと入った。

もう女の子の事は諦めよう。今は女の子にいい印象植え付けるより、この溜まった鬱憤を解消するのが先決だ。

さて、じゃあ鈴木隼君による紳士的指導タイムと洒落込もうかね。
























「「「「すンませんっした!!!」」」」


顔を腫らし、鼻や口から血を垂らした男4人が綺麗に90度の角度で腰を折って頭を下げている。
それを俺はタバコをふかしながら横柄に見下す。


「今度からよォ、喧嘩ふっかけるなら相手をよく見て上等こけや」

「「「「申し訳ないっス!!!」」」」


ったくよぉ、最近のガキはホント血気盛んだねぇ。てか、やっぱここは魔法世界だな。家族となのは以外で喧嘩に魔法使われたのは初めてだわ。まあヴィータとか理とかなのはみたいに凶悪な魔法じゃなく、ちっせえ魔法弾だったから普通に拳で対応出来たけど。


「まっ、てめぇらみたいな馬鹿な元気は俺ぁ嫌いじゃねーぜ?そうだよな、これくれえ無鉄砲でバカじゃねーとな………うっし気に入った!テメェら、今から飲み行くぞ!俺の驕りだ、ついて来いや!」

「「「「ま、まじっすか!?あざーーっす!!!」」」」


まだ昼であり、そもそも男たちは未成年だろうけれど、ンなもん些細な問題だ。この流れで飲みに行かなきゃ嘘だろ。


「美味い酒飲めるとこ案内しな。もし不味かったらタダじゃ…………」

「あの……」

「あん?」


声が聞こえたほうを見れば、そこにはもうどっか行ったと思っていたあの女の子が居心地の悪そうに俯いて立っていた。


「あれ?なんだ、まだいたのか」

「は、はい。あの………」


その子はギュと自分のスカートを掴むと、俯いていた顔を上げて振り絞るようにこう言って来た。


「今からお暇ですか……!」


は?いきなり何言ってんの、この子。暇も何も、今あんたの目の前でこいつらを飲みに誘ったとこじゃん。暇じゃねーよ。

と、俺が首を傾げていると、男の一人が耳打ちしてきた。


「アニキ、やったじゃないですか」

「は?なにがよ」

「何がって、分かってるくせに。もろ誘われてんじゃないっすか」


………………え。

バッと今一度その女の子を見た。顔は耳まで真っ赤にしており、スカートを握りこんでいる手は可愛くぷるぷると震えている。そして、その目はどこか期待しているような感じで潤っている。

マジで?


「やっぱ流石っスねアニキ!いや~、羨ましいっスわ!」


重ねてマジで?
地球ではまるでモテない、暴力的な俺。だが、世界が変われば評価も変わるという事か?まさか……まさかとうとう本当に!

俺の時代キタああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


「ああ、もちろん暇だぜ!この後も何も予定ないし!なんかあったような気がするけどないし!ンじゃ行こうか!」


楽しく喧嘩した後にすぐさまデートとか、マジで魔法世界サイコー!地球に帰りたくなくなるぜ!

あっと、その前に。


「おら、お前ら」


俺はポケットから財布を取り出し、そこからロッテから貰ったミッドチルダのお札を数枚取り出し、男共に手渡した。


「これで美味いもんでも食いな」


知っての通り俺は金に関してはうるさい。ケチ臭い。いくら金持ちになってもそこは変わん。自分の為には何の遠慮もなく使うが、人のためには滅多に使わん。
だが、だからこそ遣いどころは心得ている。
アニキとまで言って俺を慕うこいつらを、何もなく帰したんじゃあ男が廃るってもんだろ。それに、この子とデートする切欠を作ってくれたと言えない事もねえし。


「「「「ア、アニキィィィィイイイイ!!!」」」」

「おうよ」


あーあー、うざってえ、咽び泣くなよ。

俺は血と涙を流す男共をあしらった後、改めて女の子の方をみる。てか、見れば見るほど可愛いな。付き合うとか、そういうのを抜きにしても一緒に遊びたい子だ。見た目から察した歳は……う~ん、まあ、さっきも思ったように欲を言えばもう少し上がいいかな。タメから+3歳までが理想だ。が、理想は理想。現実的には±10歳までイケる。


(と、いつまでもこんな思考に耽ってる場合じゃねえ)


待ち望んだ千載一遇のチャンス。訪れた好機。
デートに誘われるなんて今まで一度もなかった。女友達と遊びに行った事はあるが、そこには勿論男友達もおり、こうやって二人でどこか行くなど皆無。
いい加減、この辺りでキめるべきだ。クリスマスも近いんだし、今日はチキンだのヘタレだのという汚名を払拭しようぜ俺。


「お待たせ、じゃ、行こうか。つってもこの辺の地理には詳しくねえんだけど。ああ、昼時だし、どっか喫茶店見つけたら入ろっか」

「あ、はい」


字面だけ見るならさも普通に誘ってるように見えるだろ?隼、やれば出来るじゃんと思ってるだろ?
とんでもねーですよ。
脇汗ダラダラ、手汗ニチョニチョ。緊張で顔が引き攣ってるっつうの。……ヘタレ?いやいや、これは可愛い子に対するある種の褒め言葉だよ。暗に『こっちが緊張するほど可愛いね』的な?


「………あの、あなたはこの世界の人ではないんですよね?」

「え?」

喫茶店を探すべくキョロキョロと周りを見渡していた俺の隣から、唐突にそんな事を言われた。ただ、疑問系で尋ねられてはいるんだが、どこか確信めいていて、それでいて期待している声の調子だ。


「ああ、まあね。第……忘れたけど、管理外世界からな。地球ってとこ。ちょっとした旅行みたいなもんだ。てか、よく分かったな」

「は、はい、まあ……」


どうにも歯切れの悪い言葉が返ってくる事に、俺は若干の疑問を抱いたが、しかしそこでふとある一つの思いに到った。というより、誘ってきたにも関わらずテンションの低い彼女の雰囲気で、冷静に己と今の現状を考えられるようになった結果かもしれない。

つまり、何が言いたいのかというと。


(これって別にデートでも何でもなくね?)


この子が『暇ですか』と誘ってきた時のあの様子、あれは今思えば照れてるとかそういう感じじゃなかったような気がする。いや、確かに照れもあっただろうし、勇気出して頑張って誘った感もありはしたけれど、どうにもその『頑張って』のベクトルが違ったような。
言わば"異性を誘う"というより"見も知らない年上の人を誘う"、この思いで頑張っていた感がある。

─────絡んできた男達と同じ風貌の男、きっと同じように怖いだろう、実際路地裏で喧嘩してたし、でも助けてくれたのも事実だからお礼くらいはしなくちゃ。

そんな気持ちだったのかも知れない。てか、そっちの方が濃厚だ。
もしくは。


(……援交?)


これも合点がいく。
一つに例えとして、最初その目的のために男に声を掛けたら実は四人だった。やっぱり断ろうとしたら4Pを迫られ困っていた。そこに現れた俺は四人をフルボッコにした。そして、一人になった俺に狙いを定めたわけだ。
男四人の去り際に俺が渡した金、その羽振りの良さ。
異世界出身、後腐れというものの無さ。
これも判断基準か?
救いなのは、女の子のテンションが低いことから、この援交は本意というわけじゃないんだろう。人を見かけで判断する俺は、どうしてもこの子が進んで援交をするとは思えない。きっと金に困っているんだろう。あれだ、現代版マッチ売りだ。

まあどちらにしても、だ。


(そうだよな、俺がモテわけねーじゃんよな)


未だモテたためしのない俺が、魔法世界に来た途端、デートに誘われる?時代がキタ?
寝ぼけた事ぬかしてんじゃねーよ、俺。
夜天たちと暮らすようになって、テスタロッサ家と交流を持つようになって、機械姉妹たちと遊ぶようになって、八神家に受け入れられて、また俺は勘違いを爆発させていたのかもしれん。周りが皆美人で、そいつらに嫌われてはいないから、イコール『俺カッコイイ、超モテモテ』という方程式が組みあがっていたのかもしれん。
バカか、俺は。いや、バカだけどさ。それにしたって、なあ?

先にも言ったように、俺はギャルゲーの主人公じゃない。
顔は整っちゃないし、髪だって黒髪サラサラじゃなく、金髪に染め上げてワックスで立たせている。最近は酒の飲み過ぎや不規則な生活で腹が出てきたし、歯なんてタバコのヤニで若干黄色になっている。正義感ゼロでギャンブル好き。鼻毛が出ていたら女性の前でも引っこ抜く事が出来る(むしろアリシアやチンクに引っこ抜かせてた)、そんな男だ。
これのどこが主人公?むしろ主人公の親友ポジションか、もしくは主人公のかませ犬的な不良Aのポジションじゃん。


(仮に長所をあげるとしてもなあ………)


喧嘩が強い。
自分に正直。
誰とでも仲良くなれる。
ガキに優しい。
紳士。

これ全部言い換えれば。

粗暴。
自分勝手。
馴れ馴れしい。
ロリコン&ショタコン。
変態。

………救いなくね?


「流石に泣けてくる」

「ええっと……」

「ああ、いや、何でもねーよ」


まあいいや。俺がどれほど最低かなんてのは、これまでの俺を見てきた人には分かりきってる事だろうし。
例えこの子がただのお礼目的だろうとも、援交目的だろうとも、取り合えず今は俺とこの子の二人だけ。可愛い女の子と二人でいられrなら、どんな目的だろうとこの際構わん!


「お、あれって喫茶店じゃね?じゃ、取り合えず入ろうぜ。昼飯まだだろ?お兄さんが奢ったげようじゃねーか」

「先ほどのお礼もまだなのに、そんな……」


ふむ、どうやら援交という線はないようだな。………それもそれで残念なような。


「いいからいいから、こういうのは男が払うもんなの」

「そうなんですか?」


いや、たぶん。俺自身、デートなんてした事ねーから真実はどうだか知らんが、ダチの話とか聞く限りでは。

と言う訳で。
俺たちは目に入った魔法世界の喫茶店へと入った。店内の様相は地球の喫茶店と代わり映えしなく、店員の『いらっしゃいませ、2名様ですか、おタバコはお吸いになられますか』というテンプレ接客の後、テーブルへと案内された。


「ふ~ん、魔法世界つってもこういう店はあんま目新しい感じがしねえな。適当に目の付いたトコに入ったけど、ここで良かった?どっか行き付けの店がありゃあ、今からでもそっちに行くけど?」

「あ、いえ、特には……」


テーブルを挟んで対面に座った彼女は、物珍しそうにキョロキョロと店内を見回していた。まるでここに……というか、こういうトコに初めて入ったかのような様子だ。

そう珍しくはないと思うんだけどな。店の外観からしてチェーンぽいし、メニューは見たことない料理名ばっかだけど、写真見れば地球で見たことある感じのばっかだし。しいて言えば夜はバーにもなるらしく、バーカウンターとその奥に酒が並んでるくらいだ。
あれだよ、地球で言うとこのプロントっぽい。プロント、知らない?じゃあ検索しろ。


「こういうトコ、嫌だった?」


ん~、やっぱ年齢からして喫茶店とかあんま入んねーのか?俺も中学生ン時は大体ファミレスとか公園でダベったり、コンビニで買い込んだ後の宅飲みコースとかばっかだったし。
それとも、逆にもうちょっとオシャレな所が良かったとか?


「そういうわけではないです。ただ、あまりお店に入ったことがないので、珍しくてつい……」


恥ずかしげに顔を伏せるその姿もGOODなのだが、はて、『お店に入ったことがない』とはどういう事だろうか?

俺の怪訝な顔に気付いたのか、彼女はまたも恥ずかしそうにポツリポツリと語り出した。


「その、私、教会から滅多に外には出ることがなくて、外に出る時も付き人、教育係りがいつも付いてて……あ、教会というのは聖王教会のことで……だから、こういうお店で食事をする事も極稀なんです」


ふへぇ~、驚いたね。こういうお嬢様的な子が本当にいるんだな。ていうか、教会ってことはやっぱシスターさんなんかな?マジかよ、リアルシスターとか超貴重じゃん。


「あれ?じゃあ今日はどうしてまた外に。それに、その付き人さんは?」

「ええっと……抜け出してきちゃいました」


おいおい、ここに来て『お転婆お嬢様』設定かよ………とも思ったが、どうにもそういう感じじゃない。お転婆とかじゃなく、何か大きな理由でここに来たといったような顔つきだ。しかも、その顔を逸らさず向けているのは、どうしてか俺。とても真剣な目で見つめられる。


「そんな見つめられても、俺としては、君の彼氏になってやるって事くらいしか出来ないんだけど」

「か、彼……!?」


いや、冗談だけどな。
そんなマジな表情で見つめられたら、流石にちょっと恥ずかしかったんで、空気を柔らかくしようとしたんだよ。


「もしかしてさ、俺を誘ったのは何か理由があるわけ?お礼とか逆ナンとか、そういうンじゃなくて」


俺と彼女は紛れも無く初対面であり、俺が誘われる理由は分からないんだが、それでも何かしらの理由がなきゃこの状況はちょっと不可思議なんだ。
お礼ってだけで、初めて会った男と食事に行くか?しかも相手はイケメンでも何でもないこの俺だし。
援交って考えも確かにあったが、ちょっと話してみてその線はもう完全に消えてっし。


「……はい。あ、でも助けて頂いた感謝の気持ちは確かにあります。そのお礼も必ず。ぎゃくなん?というのはちょっと分からないですけど」


という事らしい。
肯定だった。
つまり、この子には俺を誘うだけの理由があったらしい。滅多に出ない外に出て、男共に絡まれて、それでも止められない理由が。


「私、実は未来予知が出来るんですが───」

「あ、悪い。ちょっと用事思い出した。じゃね」

「ええ!?」


なるほど、つまり教会の活動の一環……宗教活動をするために外に出たわけか。それか、頭が別世界とリンクしてるちょっとアレな子か。
どちらにしろ、関わるべきじゃねーよな。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


席を立つ俺を慌てて引き止める少女。その顔があまりに必死で可愛かった為、取り合えず俺はもう一度席に座る。


「あの、急にこんな事言われて信じられないとは思いますが……」

「いやいや、うん、大丈夫。信じるよ」

「ほ、本当ですか?ありがとうござ────」

「ところで壷とか売るんだろ?売り上げの何%か貰えるなら、俺ガチで手伝うけど?それとも病院かな?地球でも良かったら、いい医者紹介するぜ。しかもその医者のお姉さんが刑事だからさ、もし自分を抑えられなくなったらすぐぶち込んで貰えるし」

「全然信じて貰えてない!?」


ったりめぇだろ。
察するに。
未来予知して、今日この世界に俺が来るのが分かったから、教会を抜け出して会いに来たってか?
まあ死者蘇生も出来る今の世の中だ、未来予知の出来る奴がいても不思議じゃねえのは分かる。いいだろう、そこは認めてやろう。
だが、よしんば未来予知が出来るとしても、そしてその予知に俺が出てきたとしても、どうしてわざわざ確かめに来る?俺は、主人公にもなれない普通の紳士だぞ?平穏無事を願う、事なかれ主義だぞ?
そんな男に、例え予知したからって会いに来るか?誘ったりするか?


「これを見てください」


すっと出されたのは、茶色く褪せた古びた紙の束。
俺は、その束から一枚手に取り眺める。何の変哲もないような紙だが、その片面には文字が書かれている。が、まるで読めない。見たことも無い文字だ。
………ん?いや、待て。ちょっと見覚えがあるぞ?


「それが私の能力で読み取った未来を詩文にしたものです」

「これが?」

「はい。ただ、作成期間も限られ、文字も解読難解な古代ベルカ語、その為解釈も無数にあるので、差し詰め『よく当たる占い』程度のものなんですが……」


ああ、古代ベルカ語か。道理でどっかで見たことあると思ったら、写本に書かれてる文字と同じなんだよ。
しかしよく当たる占いねぇ……あんま信用率は高くなさそうだが、それでも結構凄い能力だよな。………ああ、もしかして、あんま外に出たことが無いって理由はここにあるんじゃねえの?的中率や実用性は兎も角として、教会側から見たら、こんな能力を持ってるってだけである種の象徴になりそうだしな。そりゃ抱え込みたくもなるか。


「でもよ、その程度の不確かなモンで、普通、見も知らぬ男に会いたいと思うかね」


まあ女はとかく占いとか好きだからなあ。


「そうですね、"普通"は思わないです。私は、そこまで冒険心の強いほうではないですから」

「冒険はいいぞ、冒険は」


それはそれとして、つまり。


「占いの内容が、"普通"じゃなかったって事か?」

「はい」


………ああ、嫌な予感。大抵の場合、てか俺の場合、『普通じゃない』=『厄介事へのフラグ』なんだよ。


「【数多の世界を司り、法る地にいづれ災い訪れり。侭に流れれば、地は焼け、空は燃え、世界は無限の欲望に満つる。されど異界より現れし者招き入れれば、より巨大な欲望により全てを凪ぐ。其れは混沌を吹き飛ばす凶つ風、其れは命の運びをも覆す自由の風】………これが主な内容です」


うん、物騒だね。物騒な単語が満載だね。そして、この『異界より現れし者』って、流れ的に俺の事だよね。


「ちなみに、その内容と俺の関連性は?」

「他の文に、私が街で窮地に立たされた時その者が現れる、と書いてあったんです」

「で、今日の事と照らし合わせて俺だと?ちょっと早計じゃね?そもそも、あんたが今日街に出たのって偶然だろ?」

「いえ、予知には月も書かれていました。ただ、何分書かれていたのは月だけで、日にちまではなかったのですが……勘というのでしょうか、私は今日なのだと思いました」


出たよ、『勘』。便利な言葉だねえ~。ご都合的な言葉だね~。困った時の勘!
そう言われちゃあ何も言い返せねえじゃん。実際、マジで俺と会っちゃったし。


「まあでもさ、その予言の内容の者が俺だとは、まだ確実に決まったわけじゃないだろ?全部そっちの推測で─────」

「私は……!」


あん?


「私は、あたながそうだと思っています!いえ、きっとそうです!普通、悪漢から身を呈して護って下さる方などそうはいません!そして、その颯爽と現れたお姿は騎士のような貴さを伴った風のようであり、私に向けられた笑みは全てを包み込み癒しの風のようでした!」


自分に酔っているのか、頬を赤くしながら何とも芝居臭い台詞回しで声高らかに言う少女。

あれかな、宗教関係者ってやっぱりちょっとアレな人が多いのかな?


「あ……すみません、つい熱が入ってしまい……コホン」

「まあ別にいいけどよ。いや、よかないけど。けどよ、やっぱりまだ俺か分かんねーじゃん?俺、今やる事あるからすぐに地球に戻るし。それに仮にまたお前が外に出て、で、今日以上の窮地に立たされて、その時に助けてくれる奴が現れるかもじゃん。そしたら、俺じゃなくなるだろ」

「いえ、大丈夫です。今日帰ったら、災いと思しき事象が訪れるまで外に出ませんので」

「おい、何さりげにニート宣言してんだよ」


全然大丈夫じゃねーよ。何、未来に頼りきってんだよ。


「お前ね、もっと今を楽しめや」

「今を、ですか?」

「こういう店にも来た事の無いってんだから、年相応の遊びも禄にしてねえんだろ?バカ臭い。教会なんて辛気臭ぇトコに引き篭もるのはよぉ、老後の楽しみにでもしとけ」

「それは……でも、私はそういうのは中々許されない立場なので……」

「立場なんてクソ食らえだろ。もしな、俺以外に人の生き方にイチャモンつけて来るような奴がいたら、こう言ってやれ」


拳を突き出し、手のひら側を上に向け、そして中指をピッと立てる。


「ガタガタぬかしてんじゃねーよ。引っ込んでな、ファッキン野郎!!」


余談ではあるが、後に少女は実際にこの言葉を使ってしまい、周りの人々を卒倒させた。そして、これを教えたのが俺だとバレ、俺は少女の教育係りに半殺しにされるのだった。


(ハァ……なんかまた色々フラグを立てちまったような気がするなぁ)


ていうか、俺ここに何しに来たんだっけ?
う~ん……まっ、取り合えず。


「すんませ~ん、注文いいですか~」


飯食お。

あ、そういやまだ名前聞いてなかった。

まっ、いっか。取り合えず『アレな人』ってことで。




[17080] Asのジュウゴ話
Name: スピーク◆b4f8abe6 ID:981cfa6d
Date: 2011/10/28 23:38

高級ソファ特有の弾力性に身を沈めながら、ふぅ、と、ため息と共に肺に入れたタバコの煙を吐き出す。少しだけ身を乗り出し、右手の人差し指と中指に挟んでいるタバコを目の前のテーブルの上にある灰皿へと持っていき、その縁でかるく叩いて灰を落とす。そしてまた、ソファに身を沈めて、今度はタバコを持っている手とは逆の手で、先ほど入れてもらったコーヒーを一口。
まるで紳士のリラックスタイムだ。


「おい」


しかし、そんな優雅な一時を無粋な表情と共に邪魔する者が1名。
牙を剥き、目を吊り上げて俺を睨んでいる。


「なんだ、ロッテ」

「それはこっちの台詞だ!」


やれやれ、一体何をそんなに憤っているのやら。ボクにはわけが分からないよ。


「順を追って説明しな!今、この状況を!」

「さっき説明したろ?」

「もっと詳しく、より鮮明に!」


ンだっつうの。訳分かんねえ猫だな。


「ちょっとジイさん、娘の躾くらいちゃんとやってくれよ。てか、すっげえガン付けられてんですけど?ロッテと……マックだっけ?いや、モスだったか?ハンバーガーを注文したくなる名前だな」

「私はア・リ・アよ!」

「ああ、そうだったな。ちなみに『マック』っていう?それとも『マクド』っていう?」

「知らないわよ!」


ふーふーと息を荒くする猫姉妹。
リーゼロッテとリーゼアリア。

そして。


「鈴木君、私からも頼む。もう一度説明してくれんかね。まずは、そうだね……何故、私たちは聖王教会にいるのだろうか?」


姉妹の保護者、ギル・グレアムがため息を吐いた。
















Asのジュウゴ話~終わりの始まり(泣)~














とは言われても。
別段、難しい話じゃあない。文字にして見れば数行で済むような、言葉にすれば数分も掛らないような、その程度の経緯だ。

街でたまたま教会所属のアレな人を助け、それが切欠で仲良くなった。
飯を食い、そこでハイさよならは寂しい。そこで聞くと、何でも出不精だった為あまり外で遊んだ事もないという事だったので、それじゃあと遊び回った。
昼から遊び、夕方になった時、『あ、そういや人と会うんだった』というのを思い出した。
これりゃイカン、すぐに行かなきゃ。
『もう行ってしまわれるんですか?』寂しそうな顔でアレ人に言われた。
行きたくなくなった。
でも行かなきゃいけない。
『う~ん、じゃあさ、人と会った後でまた遊ばね?』と、俺が妥協案。
『それでは、隼さんの会う方もご一緒に教会に来ませんか?昼のお礼も兼ねて、夕飯をご馳走します』と、アレから言われた。
魅力的だが、一応闇の書に関する大事な話だから、果たして教会なんかでしていいのか。もっと人目を気にした方がいいんじゃないか。
3秒程悩む俺。
結論……まっ、いっか。
はい、決定。


「…………もういい、もう分かった。あんたの奇天烈な行動に説明なんて必要ない事が分かった」

「この人は……本当に、この人は……」


何で皆して頭抱え込むかな?なによ、俺が悪いわけ?そりゃ確かに待たせちまったのは悪ィけどよ、そこまで怒ることなくね?むしろお前らが怒ってる事に対して俺が怒るぞ。

と、俺がまたしても自分勝手に逆切れ思考を展開させた時、紳士らしくない笑い声が木霊した。


「ははははははっ!」

「「と、父様?」」


いきなり笑い出っしゃって……このジイさん大丈夫か?


「ロッテに聞いた通り、いや以上に、中々破天荒な男のようだね」

「いやいや、そりゃあなた誤解してるよ。俺、こう見えても腰抜かすくらい超紳士ですよ?破天荒の間逆な存在ですよ?」

「「………へぇ~」」


よし、そこの猫姉妹、ちょっとぶっ飛ばしてやるからそこ動くな。

つうか、そもそもこの猫姉妹も誤解してるだろ。
ロッテとは話すようになってまだ1日も経ってねえし、アリアに到ってはさっき会ったばっか。大方、ロッテの奴が昨日から見てきた俺の事をジイさんとアリアに話したんだろうが、誤った情報を流したら、そりゃ誤った人間像で認識されるだろうよ。


「いいか、猫姉妹。お前たちは人間じゃねえから、人間である俺の事を正確に理解出来ないんだろう。だから、人間である俺から教えてやる。そもそも、人を理解するのに時間というのは必要不可欠。一見して理解なんて出来るモンじゃ─────」

「守銭奴、女好き、お酒好き、愛煙家、粗暴、DQN、似非紳士、自分勝手、考えなし、変態、馬鹿、ええと他には…………」

「マジごめん。それ以上言わないで」


へこむ。そんな真顔で言われたら普通にへこむ。マジでブレイクハート。


「あはは、他の人間なんて知らないけど、隼の事だったら理解出来るって。あれだけ濃い一晩だったしね」


いや、まあ昨晩のアレは確かに稀に見るどんちゃん騒ぎだったけどよぉ。


「けっ、猫のくせに生意気な」

「けっ、人間のくせに生意気な」


ぷっ、とお互い吹き出す。
あ~あ、ムカツクな。可愛いけど。


「驚いた。ロッテがそこまで懐くなんて、クロノ君以来じゃないか?」

「本当。私も驚いたわ」

「と、父様、アリア、私は別に懐いてるわけじゃ……」


苦笑いで否定するロッテを驚きの顔で見つめるアリア、そして温かい目で見つめるジイさん。


「あのう、いいっすかね?そろそろ次に行ってもらって」


こんな家族の団欒を見たいがために異世界に来たわけじゃねえ。俺は、闇の書の対処について話を聞きに来たんだよ。
………遊びまわっていた男の言葉とは思えない、というツッコミは受け付けないから。


「ふむ、そうだね。ここを何時までも間借りさせて貰うのも悪い」


ちなみにここは教会内にあるアレな人の私室。我が物顔で使わせて貰ってます。で、この部屋の持ち主である当人は別室にて絶賛説教中。
してる方じゃなく、されてる方ね。
教会を抜け出した事を教育係りにめっちゃ怒られてんの。


「改めて。私はギル・グレアムだ」


そう言って手を差し出してくるジイさんに俺は握手した。
一言で言うとこのジイさん、カッコイイ。渋い。……あ、二言だ。
なんていうか、うん、紳士って感じ。俺もこういう年の取り方をしたいもんだ。


「回りくどい言い方はすまい。君には真っ直ぐ言ったほうがいいだろうからね。だから、単刀直入に言わせて貰う────」


短く息を吸い、先ほどのロッテを孫を見るような表情をしていたのとは一転、そこにいたのは『管理局歴戦の勇』その人だった。


「私の邪魔をしないで頂きたい」

「嫌だ」


…………………………………。


「そ、即答だね。どういう事かも分からないだろうに」

「邪魔をするなと言われたら邪魔をしたくなる!」


ジイさんはポカンと呆れた後、少し表情を柔らかくして続けた。


「鈴木君、君は夜天の書の主らしいね」

「まっ、正確には写本だけどよ」


片手に写本を顕現させる。


「ふむ、最初ロッテから報告を受けた時は信じられなかったが、なるほど。そして、君がはやて君を助ける為に動いているというのも知っているよ。さらにその術があるという事も」


どうやらあちらさんは、ロッテから聞いて全てを知ってるようだ。こりゃ話が早くて助かるわ。助かるが、だがだからこそ怪訝だ。


「それを踏まえた上で、何を邪魔するなって言うんだ?」


それが不可解。
こういうジイさんならはやての命を助ける為に心打たれてるはずだ。はやてを助ける術も用意してるんだから、それこそここは『君に任せるよ!好きにやりたまえ!』とか言っちゃうとこじゃないの?


「全てをだよ。君にはこれ以上勝手に動いてほしくないのだ」

「ンだと?」


いきなりの非協力的発言にムカつくよりもまず疑問に思う。
俺に動くなと言う事は、邪魔するなと言う事は、ジイさんには持ち前のモノがあるんだろう。それも、俺の考えてるのより良いはやて救命の術が。
だが、一体それは何だ?夜天の写本の断章である風嵐でも出せた案はたった2つ。それも何かを犠牲にさせてやっと実るようなモノしか出せなかった。その風嵐をさしおいて、果たしてただの管理局員に良い案が出せるものなのか?


「俺が動かないとして、じゃあだったらあんたはどう動くんだ?どんな案があんだ?どうやってはやてを助けるんだ?」


詰問するように捲くし立てる俺に、ジイさんは無言。が、傍らにいるロッテが俺の言葉に反応した。


「は、隼、それは……違うんだ」

「あん?」

「私たちの……父様の考えてる事は、そうじゃないんだよ」


意味が分からん。何がそうじゃないってんだよ。
いや、まあいいさ。そうじゃないとか意味とか、今は置いておこう。
ただ注目すべきはロッテの顔。
悲しみに暮れた顔。

つまり、ジイさんの案は、悲しみに満ちた案。


「闇の書を、その主諸共封印する」


ポツリとジイさんが呟いた。
重々しく、粛々と。


「闇の書を完成させ、主を乗っ取らさせ、そこで封印する。転生出来ないよう主の体ごと氷付けにし、時限の狭間か氷結世界に」


最初、ジイさんの言った事がうまく理解出来なかった。それを察してか、ジイさんは至極簡単に一言に纏めた。


「八神はやて君には、犠牲になってもらう」


その言葉を聞いた瞬間に、俺に中の怒りのボルテージはアッサリと臨界点を突破した。
相手が年上だろうと局員のお偉いさんだろうと関係ない。


「舐めた事ぬかしてんじゃねーぞ!!」


俺とジイさんの間にあるテーブルを蹴り上げる。天井近くまで上がったそれは、ジイさんの背後で重々しい音を立てながら床にぶつかる。
それでも、ジイさんの表情は揺るがない。
歴戦の勇士の表情。
情を捨て、自分の中のモノだけに従う徹底した兵士のそれ。


「クソふざけやがってよぉ、ああ!?」


対して俺は、やっぱりどこにでもいる不良のそれだ。
だが、それでいい。
俺は、感情に左右されるから俺なんだ。感情の侭に生きるから俺だ。
だから怒る。
純粋にキレる。


「は、隼、落ち着いて!」


今にも目の前のジイさんを殴り飛ばそうとしている俺に、ロッテが抱きついて止めに掛る。アリアもジイさんの傍でいつでも迎撃出来るよう構えているのが見える。


「ジジイ!てめぇ、本気で言ってんのか!」

「ああ、本気だよ。闇の書による破壊をここで終わらせる為、それが最善だ」

「はやてを……殺すってえのか!!」

「……そうだな、綺麗事やオブラートに包むのはやめよう。私は、はやて君を殺す」

「っ!!!」


殴りたい。その枯れ果てた横っ面を全力でぶん殴りたい。


「じゃあ、俺が殺してやる。あんたがはやてを殺す前に、ここで俺がお前を殺してやる」


いつも何かとすぐ『殺す』というワードを吐く俺。無論、いつもはその気なんてない。マジで殺すなんて思うわけがない。
が、今は別だ。
俺は、心の底から、本気でこのジイさんを殺す。


「隼、お願いだから落ち着いてよ!ア、アリアも手伝って!」

「え、ええ!」


今度は二人係りで取り押さえられる俺。それでも、俺は二人を押しのけてでも進もうとする。
目の前のジジイを殴り殺す為に。


「君は真っ直ぐだな」


目の前に怒り心頭の人間がいるというのに、ジジイは怯えるどころか何故か笑みを浮かべてくる。
それがさらに俺の癪に障る。


「真っ直ぐな怒気、真っ直ぐな殺気、真っ直ぐな優しさ……真っ直ぐな感情。正直者とは聞いていたが、それは何も口頭のものだけではないようだね」

「うるせえよ!今すぐその口塞いでやる!」


いつもならロッテ・アリアの美女二人に抱き留められたら即昇天もの。その場から動けるわけがないが、今は何よりもまず怒りが大きく頭の内を占めている。
止まらない、止められない、止まるつもりなんてない!


「私にも、そのような感情がある。曲げられない思いが」


ああ!?知るかよ、殺す!


「友の敵討ちだよ」


その言葉で、自分でも止まらないだろうと思っていた足が止まった。


「その友人には妻子もおり、将来も有望な優秀な管理局員だった。だが、11年前の闇の書事件の時、彼は同胞を護るため一人戦艦に残り、そして闇の書と共に自爆した」

「「…………」」


ジイさんは先ほどまでの非情な顔とは打って変わり、それは悲哀に満ちていた。聞いているロッテとアリアも同じような顔だ。


「勿論、いち局員として平和を思う気持ちもある。だが、やはり根本は敵討ちなのだよ。ちっぽけな、けれど譲れない思いだ」

「…………その思いの為に、はやてを殺すのか?そんなちっぽけな思いの為に、過去から持って来た思いの為に、これから先の将来がある小さな一人のガキを」


ジイさんはそこで俺から目を逸らし、苦々しい顔になった。


「……両親がいなく、体を悪くしているあの子を見て、心は痛んだよ。だが、そういう子だからこそ、という思いもあった。孤独な子だからこそ、悲しむ人も少ないだろうと。偽善と分かってはいたが、せめて永遠の眠りに着く前までは幸せに過ごして欲しく、両親の友人を語り援助もしている。が、思えばこれも自分への免罪符か」

「つまり、免罪符を用意しているくらい覚悟をキめていたっつう事かよ」

「その通りだ。罪人だろうと悪魔だろうと、どんな謗りを受けても構わない。友の仇と、闇の書による負の連鎖を止められるのなら」

「…………ちっ!」


俺は少し後退してソファに腰を降ろした。それに伴い、俺に抱きついていたロッテとアリアもソファに座った。
いや、ロッテは正面から抱きついていたので、今は俺の膝の上にいるというトンデモ状況だが。


「…………ハァ、たくよぉ」


俺は昂ぶった気を落ち着かせる為、懐から出したタバコに火をつける。立ち上る煙に膝の上に座っていたロッテが嫌そうな顔をし、俺の隣に場所を移した。ただ、また俺が暴れださないように腕を掴んでいる。


「心配しなくても、もう暴れねえよ」

「信用出来るとでも?」


その言葉はロッテとは逆の位置に座るアリアから発せられた。見れば彼女も俺の膝に手を置いて押さえつけている。
ちょっとハーレム気味になって、さらに俺の気は落ち着いた。いや、ある意味興奮してきたけど。


「確認。闇の書の対処、俺の案じゃ駄目なわけ?それだったら封印じゃなく、完璧に排除出来るし、誰も悲しまないぜ?」


俺以外は。


「……確実性に欠けるのだ。君の案は2つとも『八神はやてが管制プログラムを奪取』というのがまず前提」

「はやてなら大丈夫だろ」

「信用、信頼で賭けるには、些か代償が大きい」


ちっ、頑固ジジイが。同情で訴えても効きそうにないしな。


「OK、もう分かった。俺も、あんたも結局止まらないってわけね。あ~あ、クソ、ダチ公の敵討ちとか卑怯だろ」

「卑怯?」

「そういうの、嫌いじゃねえんだよ。過去に縛られてるっつうのはどうかと思うが、それがダチ絡みとなるとなぁ。ジイさんのダチを大切に思う気持ち、俺ァ嫌いじゃねえ。だったらちっとばかし折れるのも吝かじゃねえ」


殺したいと思う気持ちが吹っ飛んじまった。けど、折れるのはそれだけ。それ以上は譲らん。

が、今度は自分の番とばかりにジジイが俺を絆しに掛った。


「鈴木君、何故君はそこまではやて君に肩入れする?確かに彼女には幸せな未来を送って欲しいと思う。あの年の少女に全てを負わすのは間違っているのは私も承知の上だ。きっと私は地獄に落ちるだろう。むしろ、事を為した後に君に殺されても構わない。だが、闇の書とはそれ程危険なのだ。あれは破壊を振り撒く。単純に考えて見てくれないか?はやて君一人の命、闇の書がこれから奪う命、どちらを取るべきか」


まるっきり悪役が勧誘してくるような台詞だが、そのような悲愴な顔で言われたら笑うことも出来ない。


「ぷぷ、馬鹿らしい」


あ、笑っちゃった。


「はやての命の方が大事に決まってんだろ。てか、俺はあいつを助けるっつったからな。見知らぬ他人の命の為に自分曲げられるかよ」

「君は他人の命をどうとも思わないのかね?」


そこまでは言わねえよ。確かにはやて命と万の命、どっち取るっつうんなら万を取るさ。
けどよ、今回は状況が状況だ。
はやてを助けられる案が2つあり、万も救えるから、こうやって強気に言うんだ。


「この世で一番大事なのは自分の命、次に大事なのは失わせたくない者の命。他人なんか知った事か。ついでに言うと、死んじまったダチを思う気持ちは素晴らしいが、死んだダチと生きてる大切な人、どっちを取るかっつったら後者だろ普通」


死んだ奴とは楽しめない。楽しかった思い出を元に一人遊びが精精だ。
だけど生きてる奴は違う。


「ジイさん、あんたは大切な者と見知らぬ他人、死んだ者と生きてる者、どっちが大切だ?」

「私は……」


まっ、即答は出来ないわな。てか、もう答えは決まってんだろうよ。なにせ十分に覚悟見せて貰ったからな。


「そんなに死人と他人が大事ならよ、ドナー登録して自殺しろや。そんであの世で亡き友人と楽しみな」


そこで俺は話は終わりとばかりに立ち上がる。
もうこのジイさんに用はない。
このジイさんの案は使えねえし、ジイさん自体も止まらないだろう。なら、あとは徹底的に俺が俺を通すだけ。


「あんたのその案で真っ向から掛って来いや。俺が潰して、こっちの案を為してやるだけだかんよぉ」


まあ、こっちの案も俺自身決め兼ねてんだけどね。だって、一つは大団円にならんし、一つは俺だけに被害くるし。
第3の案が欲しくてジイさん訪ねて来たのに、結局はそれも無駄足だったしよぉ。


「ああ、そうだ、若者から老いぼれに一つの助言だ」


部屋を出るその一歩手前で振り向いてジイさんに言った。


「あんま難しい事ばっか考えてっとよ、眉根に皺寄せたまま死んじまうぜ。あんたも最期くらい、笑って死にてぇだろ?だったら、今を楽しめよ」

「………………」


そして俺は部屋を出た。颯爽と格好良く。背中で語る、みたいな?
さて、じゃあ帰って…………………あ。


「失礼しま~す」

「「「は?」」」


出て行った早々、部屋に舞い戻った俺だった。


「いや、悪い。俺、晩飯ここで食うって約束してたんだわ。だからもう少しお邪魔するぜ~。あ、ちなみにあんたらも食って帰るって先方には言ってあっから」

「「「……………」」」

「じゃ、もう少しお話するか。勿論、もう暗い話は抜きにして、そうだな………ところでお義父さん、異種族結婚についてどう思います?娘さん二人を託せる男像についても一言ご意見の程を伺いたい」

「「「……………」」」

「あ、そう言えばアリアとはそんなに話してなかったな。俺、鈴木隼、改めてよろしく~」

「「「……………」」」



















楽しい楽しい夕食を終え、俺は日も暮れた地球へと戻ってきた。
本当に夕食は楽しい一時だった。
アレな人とその教育係りも含めて6人での飯。うち男は俺とジイさんの二人。もうウハウハですよ。
教会だからか、お酒は出なかったが終始テンションは高かった。おかげで教育係りの人とも仲良くなれたし(アレな人を連れ回した事でちょっと説教されたが)、アリアともいい感じになれた。ジイさんからも、今度イギリスにある実家の方に遊びに来いと誘われた。

闇の書対策についての収穫はなかったが、他の収穫が有り余るほどあったので±ゼロだ。


「あんたって、本当に凄いよね」


八神家へと続く夜道を共に歩いているロッテが言う。


「何がよ?」

「父様やアリアとも仲良くなって……普通、あんな話し合いの後じゃ剣呑な空気になるってのに、そんなモノ物ともしないでさ」


ちなみにロッテだが、俺が無理やり連れてきた形だ。なにせ、俺一人じゃ地球まで帰れないし。


「空気が読めないっていうか、考えないっていうか………」

「あれはあれ、それはそれってやつだよ」

「普通はそうやって割り切れないもんだと思うけど」


まあ、そうだろうな。俺も別にそう割り切ってるって訳じゃねえ。でもなあ……。
確かにジイさんの案は気に入らねえが、それも結局俺がぶっ潰すから無問題。だとすれば残るのは『ダチ思いでロッテとアリアのお義父さん』という、これだけだ。
ギル・グレアムという人物には、俺の気に入る要素しかない。


「隼ってホント凄いやつ」

「うははっ、そんな褒めるなよ」

「ホント、凄い変な奴」

「よし、買おうか、その喧嘩」


俺はロッテの猫耳と尻尾を引っ張りながら、ロッテは俺のケツを蹴ったり首に噛み付いてきたりし、各々じゃれ合いながら帰路へ着いた。

一見すればまるで彼氏彼女だ。てか、もうここで告白していいんじゃね?てくらいだ。クリスマスも近いし、駄目元でも行っとくべきじゃね?

─────そう、思っていた。そんな浮ついた事を思っていた。

この時、俺は幸せだった。

幸せ……だったんだ。


「は?」


それを見たのは八神家に着いた時だった。

いや、正確には八神家が"あった"場所に着いた時だった。


「ひどく小ざっぱりしてるぅぅぅぅぅううううう!?!?」


ない。

家が、ない。

魔法世界に行くまでは確かにあった家が、どこにもない。

ザ・更地。


「へ?え?は?」


さしものロッテも驚きを隠せていない。


「は、隼、何したの!?」

「俺じゃねえよ!俺がどうやったら家なくせるんだよ!?」

「じゃあ何でないの!?」

「知るかあああああ!」


マジでどういう事だよ!?確かに住所はここだ。間違えるわけがない。

そ、そうだ、近所のおばちゃんに聞けば──────。


「え?」


そこで起こったのは第2の異変。

倒れた。

ロッテが。

糸の切れたような人形のように。

パタン、とうつ伏せに。


「ロ、ロッテ、なにしてんだよ?家がなくなった事に比べたら、猫が倒れるなんて何も面白くねえぞ?」


うつ伏せから仰向けに状態を正す。
綺麗に白目剥いていた。見本のような気絶。

てか、マジで気絶してやがる。面白半分におふざけで倒れたという線が完全に消えた。
流石にロッテでも白目で涎を垂らすというヴィジュルの犠牲を払ってまでふざけないだろう。


「じ、じゃあ何で気絶したのかなあ………」


俺の言葉に力がない。薄々、その理由に気がついているからだ。

家の消失、ロッテの気絶……一見関連性のない二つだが、それでも俺は思う。

この二つを作り出したのは同じ要因だと。


(は、あはははははは…………)


まさか、

とうとう、

やっぱり、

当然、

ついに、

満を持して、








「こんばんは、ハヤブサ」








来た。


「良い夜ですね、我が主。私の名前もこのような夜に因んで付けて下さったのでしょうか」


ハハ、いずれは来ると思っていたさ。うん。


「しかし冷える夜です。主隼、私の炎で暖まれるが良いでしょう」


いつまでも逃げられ続けるなんて思っちゃなかったよ。マジで。


「ハヤちゃん、うちに暖かい手料理用意してますからね。誰かさんが居ない間に考案した新作を」


それでもこの物語の最後までなら逃げ切れるのではと期待してた。


「体動かして温まるってのもいいんじゃね?あたしが相手してやんよ」

「では、俺もそれに便乗しよう。この所フラストレーションが溜まりっ放しだったからな、運動してそれを解消したい気分だ」


期待は、つまり望み。望みが叶うなんて世知辛い世の中じゃあり得ないんだよな。


「ああ、その目障りなメス猫は私が寝かしつけました。いっそ殺しても良かったのですが、それは地獄を見せてからでも遅くないので」


嗚呼───


「「「「「「「さて」」」」」」」


俺は、


「好き勝手やり、オリジナルの騎士といちゃつき、メス猫をかどわかし、アリシアやフェイトを泣かせた罪」


今日、


「情状酌量の余地なし、執行猶予なし、実刑で………」


このお話を最後に、


「死刑」


死にます。



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