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[29367] 【習作】MUVーLUV MARK OF THE WOLVES(餓狼伝説×マブラヴ+α)
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:bc819dc3
Date: 2011/08/19 23:18
 終わりというのは、思っていたよりもあっけなく、郵便物でも届くかのような気軽さで訪れるものだと実感する。

 同居人の飯でも作ろうかと愛車であるHONDAのバイクを走らせて買い物を終えたその矢先、それは起きた。

 買い物に少し時間をかけてしまった為、急いで帰ろうとスピードを上げていたのが災いした。 道路に突然ボールを追いかけてきた少女が飛び出してきたんだ。

 とっさにブレーキとアクセルを操り、車体の進行方向を強引にずらした。 しかし、タイヤのグリップが摩擦係数以上の力を受けてしまったために、バイクと俺は横倒しになりながら道路を滑っていく。

 バイクと道路が擦れながら火花を散らしていく中、そして夕暮れが徐々に町を染めていく中、一際明るい光を見た。

 それは、しぶとく世界を照らし続けたい太陽でも、これからが稼ぎ時だという風俗店のネオンでもない。

 低いうなり声をあげながら徐々に迫りくるそれは、おそらく、俺が思っているよりもずっと速くこちらに近づいているはずだ。

 勢いが衰えないまま反対車線に滑り込んだ俺を正面から待ち受けていたのは、クラックションを盛大にならし続けるダンプカーだった。


 車体と道路に挟まれている俺は動くに動けず、ダンプカーとの相対距離は瞬きするほど近くなる。


「・・・・・・っ」


 なんというあっけない終わり方だ。 いや、人の一生なんてそんなものかもしれない。 
 この町じゃ、生き方も死に場所も、個人が選べるように出来てないのだから。


 ・・・・・・そうさ。 逆に、今までが激しすぎたんだ。 終わるときはこれくらいぱっとしたものでも、悪くない。



 そうだよな、母さん。



 ただ、腹を空かせた伝説の狼が心配しないかと、それだけが気がかりだった。



「テリー・・・・・・っ」



視界の全てが白色に染まり、五感と意識は自分の手からすり抜けていった。 痛いと感じる事も、眩しいと思うことも・・・・・・。





その日、サウスタウンからもっとも名の知れた男の血を引く男が消えた。






MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 序章 END




[29367] MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第二話
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:bc819dc3
Date: 2011/08/19 21:09
 父は・・・・・・父親とさえ認めたくはないが、ろくでもない男だった。

 地位も、金も、権力さえもその手中に収めてはいたが、情なんてものはいっさい持ち合わせてはいなかった。

 確かに、父は確かに、その町を支配していた。

俺が七歳の時、病弱だった母さんが危篤となった際に、俺は形振り構わず助けを求めた。 いくら嫌ってるとは言っても、ガキである自分に出来る事なんて限られている。 その中でも、もっとも母の助かる可能性があり、身近な手段である父親を頼ったんだ。

だが、あいつはまるで他人でも見るかのように俺を見下し、母についてさえ一言も漏らさず、俺を追い返した。


母が死んだ後でさえ、音信はなかった。


だから、俺はアイツ・・・・・・、ギース・ハワードを恨まなかった日はない。


母を苦しめたあの男を。
アイツの血のせいで苦しむ度に思い出す。

あの時、助けを求めに行った日に見せた、親父の最後の顔を。


そんなアイツが死んだという知らせを聞いた時、自分でもどうしてかは分らないが、激情が振りすぎたコーラの缶のように体の奥底から溢れでてきた。

その怒りの矛先が、息子のように俺を育ててくれたテリーに向けられたのは、今となっては懐かしい思いでだ。
あれが本当に俺の感情だったのか、それとも、あの男の血がそうさせたのかは分からない。
もう・・・・・・十年も前の話しだ。



今やったら、きっといい勝負になるんじゃないか?
あの日から、お互い年をとった。 俺はきっと今が最盛期。 ファイトの手ほどきはあんたからみっちりと仕込まれた。 加えて、表にでたがっている“アイツ”の血の力は、なかなか見れたものなんだぜ?

まだ翻弄される時はあるが、すぐに大人しくして見せるさ。


いつまでもルーキーだなんて呼ばせないぜ、テリー。



今なら、追い続けていた背中にきっと手が届く。 俺の手もずいぶん大きくなっただろ?

さぁ、一勝負といこうぜ。


 眩しいほどの光の中に見えた伝説の狼の背中。

 そこへとおもむろに手を伸ばし・・・・・・。







「・・・・・・」

 横たわりながら宙空に手を伸ばしている事に気がついた。

 涼しさを感じる風が頬と髪をなでる。
 視線の先、手を伸ばしている向こう側には、空を埋めつくさんとしている星空が広がっていた。

「生きてるのか?」

 でなければ、随分とイメージとは違うあの世だ。

 間違いなく、あの時俺はトラックに突っ込んだ。 助かるようなタイミングでもなかったはずだ。

 地面に手を突いて上半身を起きあがらせる。
 手から伝わる感触は舗装されたアスファルトの道路などではなく、草と土。
 天国の様な柔らかい雲の上でもなければ、地獄のような灼熱の溶岩地帯でもない。
 まぁ、どちらも行った事などないが・・・・・・。

 視線を自分の体へと向ける。
 あれだけの大事故だというのに、自分はどうやら五体満足のようだ。

 多少擦り傷は手のひらにあったものの、バイクが横転したときに負ったものだろう。

 トラックが避けてくれた・・・・・・? そんな暇はなかったと思うが・・・・・・。 

「そうだ、バイクは・・・・・・」

 辺りを見回す。 あるかどうかも分からないそれは、意外とすぐ近くにあった。

 ただ、それは既に走る能力の大半を失っていた。
 俺と同じように、無傷とはいかなかったみたいだな。

 車体は所々塗装がはげ、ハンドルは歪み、前輪はタイヤがパンク。  テールランプは砕け、数えるのが億劫なほど細かい傷が全体にわたってついていた。

「くそ・・・・・・」

 やっぱり、夢なんかじゃなかったんだ。
だけど、だとしたらどうして俺は無事なんだ・・・・・・?

 いや、そもそもここはどこだ?

 サウスタウンにもセカンドサウスにも、こんな場所あったか?


 俺は立ち上がり、周囲を見渡す。
 眼下には溢れんばかりの光を湛えた町が見える。 少なくとも、人は身近にいるようだな。

 だが、今いる場所からは行けないようだ。 迂回する必要がある。

「・・・・・・」

 バイクは、今は置いていくしかない。
 大切な相棒だが、押して引きずっていくよりも、レッカーしてもらう方が早いだろう。 生憎と、携帯電話は持ち合わせてなどいない。

 後ろ髪を引かれるが、どうしようもないことだと割り切るしかない。

「はぁ。 テリーが本当の餓狼になる前に帰らないと・・・・・・」

 溜息を一つ吐き、今頃腹を空かせているだろう伝説の狼の事を思い、その場を後にした。

 唯一つ変わらないのは、空から人々を見下ろしている星空と欠月位なものだった。



MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第二話 END



[29367] MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第三話
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:bc819dc3
Date: 2011/08/22 21:32
 自分にとっては大きな一歩を踏み出したつもりだったが、それほど歩くこともなく、目の前には大きな建物があることに気がつく。

 周囲の暗さから建物全体は所々が霞みおぼろげだが、三階はある建物からちらほらと明かりは漏れていて、その規模もかなりの大きさだ。 

 そして、やはりここの地理が自分の知っているものとは異なる事に、頭の片隅に追いやっていた違和感が徐々に膨らんでいった。

 こんな建物、俺の町にあっただろうか?

 本当に、ここはどこなんだ?


「はぁ・・・・・・」

 気落ちしていたところで始まらない。
 ともかく、町にさえでればまた何か考えが浮かぶだろう。

「こんな時間に私服でほっつき歩くなんて、一体どこのクラスの生徒かしら?」

 建物を横切ろうとしていた時、唐突に声をかけられた。 声色からして、女か?

 気配のした方へと目を向けると、上半身の露出度が際どい服を着た女性が立っていた。

 どうして、俺の身近に居る女の人は、こうも大胆なんだ・・・・・・。

「あら、随分整った顔をしてるじゃない。 私としたことが、まさかこんなおもしろそうな子を見逃していたなんて」

 ポンポンと自己完結していく独り言に終止符をうたなければ、いつまで経っても解放されなさそうだ。

 それに、今の俺にとって他者というのは貴重な情報源だ。 それがどんな人物であれ・・・・・・。

「まぁ、年下は性的識別圏外だけ・・・・・・」

「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが。 ここは一体、どこなんだ?」

 そう切り出した言葉に、目の前の女性は目つきを変え、雰囲気を一変させた。

「・・・・・・あなた、ここの生徒じゃないの?」

「生徒? ・・・・・・そうか、ここは学校なのか」

「なにを今更。 敷地内にいて分からないわけがないでしょう? それともあなた、どこぞから瞬間移動してきたとでも?」

 至極もっともな言い分だ。 反論の余地もない。
 女性の表情は笑顔のままだが、その下に怪訝と警戒が隠れているのが分る。

「俺も正直、自分が今どんな状況にあるのかつかみきれていないんだ。 説明しようにも、頭の中ではまだ整理しきれていないことが多すぎて」

 事故にあったと思ったら、突然こんな所で目が覚めて・・・・・・。
 
 ここがどこかと聞けば、まさかの学校ときた。

「なによ~。 生徒でもない一般人がこんな時間に学園敷地内にいるのって、想像がつく限り不審者って線が一番濃厚なんだけど?」

「不審者ってのは・・・・・・まぁ、確かに否定しきれない部分はあるが。 説明したところで、理解を得るのは難しいと思うぜ?」

 いや、こんな事誰も解明できる奴なんていないんじゃないのか? どう見繕って話したところで、変人の妄言にしか捉えられないだろう。

 だが、目の前の女性はそれに輪をかけて特殊だった様だ。

「この天才にも理解できないこと? ふん、面白いじゃない。 言ってみなさいよ。 そのかわり、私を満足できないような下らないことばかり言ったら、分かってるわね」

 聞くのかよ。 あわよくば隙を見計らって逃げ出そうと思っていたんだが。

 しかし、バイクの件もある。 ここは様子を見た方が良さそうだな。

「・・・・・・オーケー」

「よろしい、じゃあさっそく・・・・・・そうね、貴方の名前から聞きましょうか?」

「ロック、ハワード」


 そして、俺はここに至るまでの顛末を目の前の女性に話した。





MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第三話





「あんたはアメリカに住んでて、乗っていたバイクで事故にあい、気づいた時には、校舎裏で気を失っていたと……」

 目の前の女性は両腕を組み、目尻を上げてこちらを値踏み・・・・・・観察している。

「普通だったらとても信じられないわよね。 虚言に妄想。 不法侵入を咎められた言い訳にしては、鼻息で吹き飛ぶどころか、ため息で消し飛ぶレベルよ」

「だろうな」

「しっかし・・・・・・。 そうね、あの壊れたバイクがなかったら、警察に突き出していたところよ。 だけど、見せてもらった財布の中身といい、折れ曲がったバイクのナンバープレートといい、あんたが言っていることの辻褄は一応あってるわね」

「嘘は言っていないからな」

「アレだけスラスラと言えるんだから、そうなんでしょうね。 ただ、この話が突拍子もないことだってのは、自分自身で理解してる?」

「あぁ・・・・・・」

自分でも、現実と空想の境界が曖昧になりそうな気分だ。 現実的に考えて在り得ない事に自分が直面しているかと思うと気がめいって来る。

「偽装工作だったとしたらたいしたものだけど、そういうわけでもなさそうだしね」

大切なバイクをジャンクにしてまでか? まぁ、主観的な言い分か。

「まぁ、状況証拠だけなら揃っているし、先入観にさえ囚われなければ、辻褄はあっているから・・・・・・そうね、信じてあげるわ」

 本当なら、喜ぶべきなんだろうが、事実関係を再認識したところで、自分の境遇が改善されるわけじゃない。 むしろ、改めて突きつけられた現実が気分を重たくする。

「けど、サウスタウンなんて初めて聞いた名前ね。 どのあたりにあるの?」

「フロリダ州南東の辺りだ。 知らないのか? こっちじゃ、それなりに有名なんだぜ?」

「へ~。 フロリダって要ったら、ケネディー宇宙センターとか、ネズミのテーマパークじゃない?」

「逆にそれを知らないな」

「まぁ、アメリカ現地人と遠く離れた日本人とじゃ感じ方が違うんでしょうけど」

「・・・・・・日本人?」

「ええ、そうよ。 あら、そういえば、あんた随分流暢な日本語じゃない。 何処で習ったの?」

「え、あ?」

 いや、習った事は無い。 ただ、舞さんや極限流道場の人達とは普通に話せて入るが・・・・・・。 そもそも、言語を気にした事なんか一度もなかった。

「・・・・・・日本人だったのか?」

「何よ、今更気がついたの? 冗談でしょ」

「・・・・・・」

「どうやらマジらしいわね。 ふぅ、当然でしょ。 ここは日本なんだから」

「に、日本?」

 あの島国の? 地球の反対側の? 冗談だろ?

「そうよ。 ・・・・・・あら、もしかして、今の今まで気づいてなかったの?」

 サウスタウン、セカンドサウスではないだろうとは、うすうす思っていた。
 見たこともない景色や建物があることから、信じがたかったが無理やり納得した部分はある。
 だが、ここが日本だと? 冗談じゃない。 嘘を言うにしては、あまりにも・・・・・・。
 ・・・・・・嘘みたいな事をリアルタイムで実感している俺が、それをいうのか?
 なら、この女性の話している事は、真実なのか?

 先ほどにもまして、思考の迷路に落ちていく。
 抜け出せないほどの深みへ。

 


 今、このモヤモヤ振り払わなければ、自分は次の一歩を踏み出せそうにもない。
 

 自分でいくら考えたところでどうしようもないんだ。

 そうだ、動け、動け、動け!!

「・・・・・・っく!」




「おかしいと思ったのよね~。 どうしてナンバーや免許証が・・・・・・って、あら? ハワード?」


 そこには、先ほどまでいたはずの青年が、闇に紛れるかのように忽然と消えてしまっていた。


MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第三話 END



[29367] MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第四話
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:86fd2ba3
Date: 2011/08/27 02:19
 「はぁ、はぁ、はぁ」
 息も切れ切れに、坂を下り、人通りのある所まで走ってきた。
 そして、走っている最中でも、俺の混乱は深まるばかりだった。

 ここは、サウスタウンじゃないのか?
 いや、それどころかセカンドサウスとも違う。
 俺の知っている街に、こんな場所は・・・・・・。

「……」

 深く目を瞑り。再び開いたところで、ドラマや舞台のように場面転換などしない。 ただ、街灯というスポットライトが、自分と照らし続けている。
 
 暴れていた心臓も、今ではだいぶ落ち着きを取り戻してきた。

 「……何なんだよ」

 目に飛び込んでくるのは、紛れも無い現実。

 自分が生まれ育った街だ、間違うはずがない。

 俺が、知らないはずがない。


 しかしどうだ? 街ゆく人は日本語を話し、車線は左、日本語表記の店看板。 信号の形すら違う。

 どうなってる・・・・・・これじゃぁ、あの女のいう通り、日本そのまんまじゃないか。

「冗談だろ……」

 口ではそういいつつも、視覚、聴覚から頭に叩きつけられる状況は変わらない。
 かと言って、このまま黙ってそれを受け入れるほど、自分はまだ"今”を認めていない。
 
 「とにかく電話だ」

 携帯電話が無い以上、公衆端末を探さなければならない。
 見てみれば、それなりに栄えている町だ。 少し歩けば一つや二つすぐに見つかるだろう。


 そう思っていた俺が甘かった。


 公衆電話を探して走ること三十分。 表通り、裏通り。 アミューズメント施設まで探しても無いとは……。 

 しかし、ようやく電話ボックスを見つけた。

 幸いにも使用者はいなかったため、即座に飛び込み、受話器を取って・・・・・・愕然とする。 当然の結果ではあったが。

「じゅ、十円!?」

 そう、必要とかかれているのは日本の一般硬貨。

 俺が持っているのはアメリカの硬貨と紙幣だ。 そんな・・・・・・日本の金なんて持ってない。

 当然、百円などもっと無い。

「誰にも連絡できないってか……?」

 警察にいくか? だが、どうやって自分のことを話す? 正直に言ったところで信じてもらえるとは到底思えない。 パスポートもビザも無い俺は恐らくその場ですぐ逮捕だ。
 かといって、俺は日本に知り合いなんて数えるほどしかいない。 いたとしても、連絡先なんて分からない。

 せめてテリーに・・・・・・。 そう思ったところで金を持っていない。

「くそっ!?」

 殴りつけるように受話器を戻し、電話ボックスを飛び出し、シャッターの降りている店にいきおいよく背中を預け髪をくしゃりとなで上げる。

「一体どうなっちまってるんだよ」

 ひょっとして、俺はもう死んでいるんじゃ無いのか?
 此処はもしかしたら死後の世界……いや、俺が今見ているのは、趣味の悪い死神が見せている悪戯なんじゃないか?
 
 むしろ、そうだったらこれだけ悩まない分、幸せだったかもしれない。
 だが、今肌で感じているこの空気、この風は紛れも無い本物だ。
 間違いなく生きている。 なら、今俺ができることは……。

「まずは、連絡だ」

 やはり、自分の現状をわかってもらえる人間に、今の状況を説明することが一番だ。
 
「やっぱ、電話はしなくちゃな。 となると、金か」

 しかし今の時間、銀行も郵便局も閉まっている。
 
「朝まで何とか時間をつぶすか……?」

 じっとしている事は自分の性に合わないが、考えを整理する時間も必要だろう。

「それに、切れるカードが少ない以上、下手に動いてマイナスな事になるようなのは避けたい」
 
 公園でも探すか……。

 そう思ってシャッターから背中を離したとき、一台の車が目の前に停車した。
 見覚えのある車だ。
 ゆっくりとパワーウィンドウが開いていくと、そこには先ほどまで顔を合わせていた人物が乗っていた。


「まったく、ずいぶんと探させてくれちゃったわね。 勝手に自己完結して消えるんじゃないわよ」




MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第四話





 女性は、街灯にその身を晒しながら車から降りて自分の目の前へと近づいてきた。
 そしてあきれたような顔で腕を組む。

「だから言ったのよ。 ここは日本だって」

「あぁ。 だが、信じられなかった。 まさか、自分が地球の裏側に来ているなんてな」

「ふふ、私も当事者だったら驚いていたところでしょうね」

 でしょうね? これで驚かない奴がいたら見てみたい。
 そいつは間違いなく極度の楽観主義者が現実を捨てた奴だ。

「とにかく、現実逃避していても始まらないからな。 ……そうだ、頼みがある」

「ん、何よ?」

 他人ではあるが、言葉を交わした程度の面識も、自分の事情も知っている人なら……。

「電話を貸してくれないか?」

 金を貸してくれ、というよりも遥かに交渉しやすいだろう。

「貸すのは別に構わないわよ? けど、なんに使う気?」

「身内に今の現状を話しておきたいんだ。 少なくとも、これで自分の安否を知らせておくことができる」

 もしかしたら、今頃捜索願……はないな。 向こうも俺のことを知っているし、俺も彼のことをよく知っている。

「……そうね。 確かにその必要はあるかしら」

 そう言って、目の前の女性は携帯電話を取り出す。 が……。

「あら、バッテリー切れみたい」

 なんて都合の悪いタイミングで切れてるんだよ。

「マジか……」

「ちょっと昼に使いすぎちゃったからね~。 まぁいいわ、ちょっと調べたいこともあるし、学校に戻るついでにあんたも来なさい。 学校の電話だったらいくらでも使っていいわよ」

「本当か? いや、だけど、そこまで世話には……」

「あら、いいの? このままじゃあなたのバイク無くなるわよ?」

「……何?」

 俺のバイクが? 

「だぁって、学校側としても、いつまでもあそこにスクラップ同然の塊を置いておくわけにはいかないもの。 いつ生徒が手を出して怪我をするかわからないし」

 それは、非常に困る。 確かに今は乗れないが、何とかしたいとは思っていたんだ。
 取りに来たときに無くなっていましたなんてのは……ごめんだ。

「それにね、この国は一応は法治国家だもの。 身分の怪しい人間をいつまでも町中に彷徨かせているほど甘くはないわ」

「いつまでも逃げ続けるってわけにもいかないか……」

 少し、考えが甘かったか。
 無効じゃ、多少力押しで何とかなったりもしたんだがな……。

 気分が再び滅入りそうになると、目の前の女性が微笑んだ。

「まぁ、ちょっとした心当たりがあるから、今は言うことを聞いておきなさい。 これでも教師だからね。 面倒だけど、迷える子羊の面倒を見るのも仕事よ」

「心当たり?」

「続きは後々。 いつまでもこんな所で立ち話なんてしてられないわ。 早く乗って」

 助けてくれるのか? 教師だからって、見ず知らずの俺を?
 学校には通っていないから、教師って奴に関わった事は無かったが、よく言う聖職者とは正にこういうことなのか。
 悪運だけは強いと思っていたが、取りあえず、公園で一夜を明かさなくてもすみそうだ。

「あ、残業代は今度きっちり徴収するから」

「・・・・・・」




「あ、それと、確かまだ名前言ってなかったわよね? 香月夕呼よ」




MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第四話 END



[29367] MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第五話
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:86fd2ba3
Date: 2011/08/31 03:48

「……存在しない? どういう意味だ」

『お客様の言う住所には、そういった建物はございませんので、もう一度お確かめになって……』

「何年も住んでるんだぞ!? 間違えるわけが無い!」

『いえ、ですが……』

そんな問答が長く続き、何の解決も見ないまま、俺は受話器を置くことしかできなかった。


「どう? 誰かでた?」

「いや……」

再び学校へと戻ってきた俺は、香月教諭の案内で物理準備室へと案内され、備え付けの電話から同居人であるテリーへと電話をかけた。

しかし、誰かが出る出ないという話ですらなかった。

何度かけても、誰も出ない。

国際電話のかけ方に、間違いはないはずだ。

他の番号にもいろいろかけてはみたが、反応は同じだった。

極めつけは、番号案内を経由して試そうとしたときだ。


「そんな住所は、無い……?」

「ああ。 何度オペレーターを変えても、返ってくる言葉は一緒だ。 その住所には、そんな地名や建物は無いってな」

これはもう、本格的にお手上げだ。

誰かが俺に一杯食わせようとふざけているのかと本気で疑いたくなる。

だが、話していたオペレーターは当然本職だろうし、何より、俺が掛けた番号の中には、現在使われていないとアナウンスされるものまであった。


「そう。 やっぱりね」

「やっぱり?」

「ええ、私なりにいろいろ調べて、それなりに仮説を立ててみたのよ。 不確定要素が多すぎて、まだまだ……」

「それでいい、教えてくれ。 仮説だろうがなんだろうが、今はそれなりの理由が無いと、頭がパンクしそうだ」

もう、いくら考えたところで、俺の予想や想像なんて、役に立たなさそうだ。

「……そうね、じゃあ、考察をわかりやすいようにまとめておくから、あなたは少し時間でもつぶして来なさい。 私ももう少し調べてみたいことができたわ」

「まとまって無くてもいい、だから……」

「だめよ。 中途半端に説明してさっきみたいに暴走されちゃたまったもんじゃないわ」

「……っく」

前科がある以上、反論できない。

調べてくれるって言ってるんだ。 ここは、おとなしく従うか。

もう、焦ったところでどうにもならないってのは、十分身にしみたからな。

「ほら、何かあったらあたしの名前を出していいから、自由に校舎を見て回ってもいいわよ。 とは言っても、こんな時間だし・・・・・・。 人がいるところって言ったら、部活熱心な生徒がいそうなところだけでしょうけど。 それも、そろそろ下校かしら」

「……まぁ、自由にしていいってんなら、そうさせてもらうぜ」

「一時間位したら校門の前に来なさい」

「・・・・・・? わかった」




MUVーLUV MARK OF THE WOLVES第五話




人気も明かりもない廊下を歩く。 入り口で履いたスリッパが未だに馴染めない。
学校なんて通ったことはないが、なるほど、話しに聞く独特の雰囲気はあるな。

非常等の明かりのみで、視界は限りなくゼロにちかいとうのに、そこに誰かいるかもしれないという空間。

もしもテリーがいたら、修行に使えるとか言い出しそうだな。


しばらく歩くと、いったん外にでる道にさしかかった。 その先には若干の明かりが漏れる建物。

想像するに、体育館だろう。

明かりがついているということは、まだ誰か残っているということか。 さっき言っていた、部活熱心の生徒ってのがいるのか?

光が漏れていた扉の隙間から中を覗き見る。
そこは想像通りの体育館だった。 ただ、いるだろうと思っていた部活熱心な者達はいなかった。

「・・・・・・」

俺は扉を開け、中に入った。
別に、なにを思った訳じゃない。
ただ、特に興味があるわけじゃない校舎を歩き回るよりは、たまたま転がっていたバスケットボールで時間をつぶしている方がいいだろうと、ただそう思っただけだ。

バスケは得意なスポーツだし、とは言っても、ストリートバスケだが・・・・・・。

3ON3なんかは仲間内でよくやった。 テリーみたく3ポイントシュートを連続で50回も入れることは出来ないが、トリックやフリースタイルでは負けてないつもりだ。

・・・・・・今履いてるのがスリッパでなけでなければさまになっただろう。

フリースローを何度か放ち、たまにドリブルからシュートを放つ。

そのたびにパタパタと鳴るスリッパ。

「・・・・・・っ」

動きづらいし、いちいち内心がささくれ立つ。
まぁ、明らかにこんなモノを履いてやってる自分に原因があるわけだが。


ならば、地に足が着かなければいい。


右足で踏み切り、体は一時重力の束縛から説き放たれる。 助走もなく軽々と飛び上がった体はあっと言う間に三メートルを超える。
体をしならせ、徐々に近づくリングへと目標を定める。

「ふっ・・・・・・!!」

叩きつけるようにゴールへとボールをたたき込む。 そのままゴールに捕まって揺れる体の勢いを殺し、落ち着いたところで手を放して降り立つ。 弾み続けるバスケットボールを胸元でキャッチする。

前にみんなでやったのは、いつだったか・・・・・・。

テイーン・・・・・・テイーン・・・・・・。

背後からバスケットボールの弾む音が聞こえる。

「・・・・・・ん? 後から?」

ボールは、今手元にある。 なら・・・・・・。

ボールを腕に抱えたまま、ゆっくりと振り返る。

そこには、ボールを持っていたであろう手をそのままに、口も開きっぱなしで硬直している水色の髪をした女がいた。

「あ、あはは・・・・・・。 助走もつけずにあんなに飛ぶ人初めて見た・・・・・・」

格好からして、部活をしていた生徒か?
どうして一人だけ・・・・・・自主練習か何かだろうか?

どの道、部外者でいる俺がゴールを専有しているわけにもいかない。

「邪魔したな」

俺は目の前の人にボールを投げ渡し、体育館の出口に足を向ける。

「え? 別に邪魔なんかじゃないですよ。 もう部活も終わったし、私は職員室に用事があって離れていただけですから」


胸の前でボールを受け、気さくに笑いかけてくる女生徒。

見た感じ、俺とそれほど歳は変わらなさそうだけど・・・・・・。

「俺は、ボールが転がっていたから、暇をつぶさせてもらってた。 十分遊ばせてもらったぜ」

「え、もう行くんですか? もう部員も帰ったし、まだやってても大丈夫ですよ」

「そうしたら、あんたが帰れないだろ?」

「私はまだ着替えとかしなくちゃいけないから、その間暇をつぶしてたらいいじゃないですか」

「・・・・・・」

いや、まぁ、言ってることは確かにそうなんだが……。
なんて言うか、女ってだけでも苦手なのに、同い年位の奴に延々と敬語を使われるってのも、変な気分だ。

「なぁ、見た感じ俺とそう歳は変わらないだろう? 敬語なんか使わなくていいぜ」

「え、そう? あはは、私もちょっとやりにくいなってのはあったんだ~」

おいおい、じゃあ何で引き留める?

「あ、私、三年の柏木晴子。 よろしくね」

「・・・・・・ロック、ハワードだ」

「外国の人だとは思ってたけど、日本語上手だね。 えっと、呼び方って・・・・・・」

「ロックでいい。 呼び捨てにしてくれて構わないぜ」

「りょ~かい。 じゃあ・・・・・・私も晴子でいいいよ」

「わかった。 晴子はバスケ部なのか?」

「うん。 ポイントガード。 って言っても、三年の出番はほとんど終わってるから、今は後輩を育ててる感じかな」

ポイントガードって言ったら、チームのリズムや流れを作る重要なポジションだ。 あらゆる仕事を要求される司令塔。

ポイントガードがチームを作ると言っても過言ではない。

「ロックは、この学園の生徒じゃないよね?」

「あぁ。 よく分かったな」

「何となくね。 まぁ、でも分かるよ。 うちの学園にロックみたいな容姿の人がいたら、賑やかな話しの一つくらいは出てくるはずだからね」

「・・・・・・?」

俺の容姿? そんなに金髪は珍しいか? 俺からしたら、晴子の水色の髪の方が余程珍しいが・・・・・・。

「あ、別に気にしないで。 こっちの話しだから」

・・・・・・どっちだ?

「それよりさ、さっきの、もう一回見せてくれないかな」

晴子の目がくわっと開き、ボールをこちらに投げ渡してきた。

「さっきの? 別に何てことはない、ただのダンクシュートだろ?」

「え~!? さすがにただのってことはないと思うな~。 端から見てた私には、ロックの背中に翼が着いてるみたいだったよ」

「大げさすぎるだろ」

まぁ、拒むだけの理由もない。 あるとすれば、俺が今足に履いているモノくらいか。

「まぁ、いいぜ。 あんなもんでよければな」

そうして俺はご希望通り、先と同じようなダンクシュートを決め、なぜか拍手を頂戴した。

「やっぱりすごいよ。 ていうか、かなり人間離れしてる気がする」

「こんなの、みんなやってるだろ」

「みんなやってたら、女子バスケットも賑やかになるんだけどね~」


その後、せっかくだからとフリースロー勝負を行った。

交互にシュートを放っていき、結果は・・・・・・俺の負け。 途中まではいい勝負だったんだが、13投目ではずしてしまった。 

「さすがにやるな、ポイントガード」

「まぁね。 ロックみたいなダンクシュートは出来ないけど」

「あんなもの出来なくたっていいだろ。 もっと重要な役割が晴子にはあるしな」

「うん、確かに。 けど、憧れるくらいはいいでしょ?」

「そう、だな。・・・・・・っと、そろそろ時間か」

体育館に掛けられている大きな時を見ると、校門前で約束した時間が近いことに気がつく。

「そっか。 ロックは転校してくるの?」

「それはない」

勉学なんて必要最低限程度にしかやってない。 それに、戸籍が無い今の俺には、どこの学園にも入ることなど出来ない。 

「だが、また会うこともあるんじゃないか。 この学園には、顔を出すことになりそうだし」

「え、そうなの?」

というより、出さざるを得なくなるだろう。

今の俺の状況を多角的に分析できるのは、あの女物理教師だけなんだから。

「あぁ。 その時は、またやろうぜ」

「うん、楽しみにしてるよ」


そうして、俺はこの見知らぬと土地で初めて、そしてようやく心を落ち着けることができた。



MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第五話 END



[29367] MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第六話
Name: ジャンバラヤ◆998e713a ID:86fd2ba3
Date: 2011/10/29 03:37
校門まで来ると、スクラップのようにボロボロになった俺のバイクを積んだレッカー車が止まっていた。
改めてみると、本当にボロボロだ。 よくもまぁ、これで助かったものだ。 五体満足でいられる自分が未だに信じられない。

というか、どういう状況なんだ、これは? 修理にでも出すのか? けど、今はそんな金だって持ってないぞ。

「来たわね。 さ、あんたはこっちに乗って頂戴」

そのすぐ近くには香月教諭と、平行して停車している一台の車。 あぁ、愛車のストラトスか。

「どこかに行くのか?」

「そ。 これからあんたが住む場所にね」

「・・・・・・何?」

「戸籍もない、お金もない、土地勘もない、義務教育も受けてない。 いくら存在として興味があるからって、面倒を見てやるほどお人好しでもないわ」

「そりゃあ、そうだろうな」

「けどね、前にも行った通り、これでも教師なわけ。 救いようのある未成年者には、足がかり程度の手は貸すわ。 とにかく、話はまた現地に着いてからよ」

「あぁ・・・・・・わかった」



香月教諭と俺を乗せた車、ストラトスは無駄に高度なドライビング・テクニックを駆使し、町中を爆進した。
大きく遠回りした感を否め無い距離をへて、なぜか着いてこれているレッカー車と共に、目的の場所へと到着した。

「ここは?」

「ふふ、着いてきなさい」

大きな建物の、車が通れるだけ入り口がゆっくりと横にスライドして開き、二台の車が入っていく。

そこは、車やバイクなど、乗り物のパーツや本体が所狭しと並ぶ……確かに整備工場の様だった。

俺と香月教諭は車から降りる。 途端に鼻につくオイルと鉄独特の匂いが微かにした。

バタンとドアが閉まる音がなり……そして、レッカー車を運転していた人が俺たちの前に姿を現す。

白髪だがフサフサの髪。 鋭い眼光。 若干の皺から見て、六、七十代といった感じか。 

「その小僧がそうか?」

「ええ、よろしく頼むわ」

よろしく頼まれているようだ、本人そっちのけで。

「ここが、これからアンタが暮らすところよ」

「本気か? 俺のことは・・・・・・」

「あぁ、もう情報はあらかた話してあるし、あなたの特殊な現状も報告済み。 アンタが気にするようなことは無いのよ」

おいおい……それって……。

「さっきあれだけ言っておいて、随分なお人好しだな」

「そりゃあ、これだけ面白そうな素材を放っておく方がおかしいでしょ。 ギブアンドテイクって奴よ」

「それって、今後も、あんたに協力しろと?」

「レスポンスが早くて助かるわ。 協力と言っても、気になることがあったら呼ぶ程度だから、普段は気にしなくていいわ」

「・・・・・・わかった」

助かったぜ。 四六時中モルモットにされるかと思った。 比喩なんかじゃなくて。

「それじゃあ、私はもう行くから。 あとは、当人同士で何とかしてちょうだい」

そう言って、香月教諭は車に乗り込み、来た時と同じ様な慌ただしさでこの場を後にした。

目まぐるしく現状が回転していくが、それがあの人の性分なんだろう。 自分の思った通りに事を動かすことが出来る能力っていうのは、目の当たりにすると呆気にとられてばかりになる。

あの男、ギースもそうだったんだろうか・・・・・・。



そして改めて目の前の人物と相対する。
今日から、たった今から俺は、この人の世話になるのか……。
まぁ、四の五は言ってられない。 選択権なんて、俺には無いんだ。

「小僧、名前は?」

「ロック、ハワード」

「ロックか・・・・・・。 機械いじりの経験は?」

「自分のバイクを、整備することくらいしか・・・・・・」

「わかった。 それで十分だ。 ただ飯ぐらいを置いておけるほど、うちは儲かってはおらんからな。 さっそく明日から働いてもらうぞ」

「・・・・・・いいのか? 素性も知らない奴に、仕事なんか任せて」

「そんなもの、分かっていようがいまいが関係ない。 こなせることが出来れば、私は何も言わん」

「・・・・・・どうして、俺を引き受けた」

どう考えても、やっかい者にしかならない俺を・・・・・・なぜだ。

「おかしな事ではない。 これだけ広くて、従業員などは雇っていなかった。 そろそろ、優秀な助手がほしかった所でな」

「優秀って……俺は機械いじりは……?」

「分かっている。 しかし人手がほしかったのは事実だ。 気にするな」

「あ、ああ」

「・・・・・・今日からお前が使う部屋に案内する。 着いてこい」




言葉通りに案内された部屋には、机とベッドしかなく、必要なものは後日買い揃えるということで落ち着いた。
そりゃあそうだろう。 使う人がいなければ、家具など必要ないのだから。


「ミス香月から話は聞いている。 今日はこのまま寝てしまうといい。 本格的に動くのは、明日からだ」

「分かった。 それはじゃあ、明日からよろしく頼む」

その後、一人部屋に残った俺は、倒れこむようにベッドに寝転んだ。

「こんなに、どっと疲れが溜まったのは久々だな」

振り返ってみても、とても信じられないことばかりだった。

しかし、現実だ。 俺は今日からここで、この世界で頑張らなければいけないんだ。 泣き言なんか、言っていられない。

「だけど、今日はもう……疲れ……た……」

あっという間に、一人見知らぬ世界へと放り込まれた少年は、夢の世界へと落ちた。

夢を見ることも無く、ただ深い眠りへと。




MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第六話




そして、次の日から、俺は香月教諭に案内された整備工場で働くことになった。

そのさい、今目の前で作業をしている初老の男に名前を聞いたところ・・・・・・。

「そんなもの、とうの昔に捨てた」

なんて言いやがった。 あんたは世捨て人か。

ただ、どうやら取引先からはおやっさんと呼ばれているらしく、他に呼びようがあるわけでもないし、呼び方も言われていない。
しかたなく、おれもそう呼ぶことにしている。 

それとも、名前で呼ばれたくない理由でもあるのだろうか?


ここで任される作業に関しては、それほど難しいことは注文されない。 力仕事や、たまに細かい作業を回されるが、ぶっきらぼうながらも丁寧に教えてくれるから、問題は得にない。

働いてみて分かったことは、ここに舞い込んでくる仕事は殆どが常連に近い顧客が殆どだということ。
そして、たまに舞い込んでくる大手企業の依頼や、ワンオフに近い車体の設計指南。
修理や整備以来の電話やFAXはあまりないという事だった。

しかし、それだけの仕事量でありながら、この目の前でボルトを締めているじいさんは今まで一人でやってきていたのだそうだ。

それはもう、仕事の効率化とか職人技だけでは説明できない特別な力が働いているんだろう。
所謂、天才的という能力が。

ここでの俺のもう一つの仕事、それは飯の支度だ。
テリーと一緒に暮らしていた時から、飯の当番はむしろ望むところだった。 そういえば、俺の作るクラブハウスサンドを食いすぎたテリーが体重を気にしていたっけ。



で、当の本人が忘れていた頃に修理を終えていた俺のバイクで、今俺は晩飯の買い出しに出かけている。

その時の事は、今でも忘れない。 俺の相棒が蘇ってきたときの事は。

いつかここで働いた金で直してやろうと決めていた俺のバイク。 それが、ある日目覚めてみたら新品同様の輝きで目の前に現れた。
割れたミラーも、ハンドルも、タイヤも……一緒に町を駆けていたときの姿で。

沈むばかりだった俺の気分が、その時ばかりは心のそこから明るくなれた。
そう、滅多にあることじゃない。

俺は本当に、おやっさんに感謝していた。

バイクの修理代金について聞いてみたところ、おやっさん曰く、飯を作ればそれでいいとの事。 どれだけ気前がいいんだよこの人。

だが、世話になりっぱなしというのもやはり気が引けるもの。 今度何かの形で恩を少しずつなり返していかないと。




そんな事を考えながら大型スーパーで食材の調達をしていると、思いがけない人物と再会した。

「あれ? もしかして、ロック?」

その声に振り返ると、特徴的な水色の髪を持つ少女がいた。

白と紫で構成された制服に身を包んでいると、先日初めて出会った時とやはり、印象が違う。

「晴子か」

「こんなところで会うなんてね~。 もしかして、近くに住んでるの?」

「郊外の整備工場で世話になってる。 ここまではバイクで来たんだ」

「郊外の・・・・・・? ひょっとして、お爺さんが一人でやってる?」

「あぁ、知ってるのか?」

「詳しくはないけど、ちょっと変わったお爺さんがいるって、学校では噂になってたかな。 それもかなり前の話だけど」

「へぇ~」

「けど、本当だったんだね。 結構大きな建物だった気がするし、まさかとは思ってたけど」

「だよな。 俺も初めはそう思ったさ」

従業員はいなくとも、助手の一人や二人はいないとおかしいだろうってな。

今は俺がその一人だが。

「そっか、それじゃあ一応はこの町にいるんだね」

「どういうわけか、そうらしいな」

何の因果か・・・・・・。
戸籍も金も知り合いすらいない町で、なんとか暮らせてしまっている。

悪運が強い方だとは思っていたが、こうまで突拍子もない運命に翻弄されるとはな・・・・・・。

「晴子も夕飯の買い出しか?」

「うん、うちは弟が二人いるんだけどさ、両親が忙しくて、私が面倒を見なくちゃいけなくてね~」

「弟か・・・・・・。 ふっ、大変だな、ポイントガード」

「あはは。 ほんと、こればっかりは私でもどうにもならないよ~。 まぁ、かわいい弟たちのためだと思えば、何ともないけどね」

「そうか」

最近あった事などを話しながら、俺たちは互いに買い物を済ませ、スーパーを出た。 晴子のうちはハンバーグらしい。 こちらはジャンバラヤ。

ただ、満足のいくソーセージがなかったのは残念だ。

「それじゃ、ロック、またね」

「あぁ・・・・・・」


そういえば、最近バスケットボールに触っていないな。 今度学園に顔を出すか。
いや、そんな事をしなくとも近いうちに香月教諭が俺を呼び出すだろう。

話し込んでいたせいで、外はすっかり暗くなってしまっていた。

早く帰らないと、おやっさんに何をいわれるか分からないな・・・・・・。

俺はバイクに跨り、イグニションキーを回す。 完全に修復された相棒は低い唸りを轟かせる。

スロットルを回し、HONDAのバイクは颯爽と橘町を駆け抜けていった。



MUVーLUV MARK OF THE WOLVES 第六話 END


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