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「近況報告」 目覚める ↓ 駅前ドトールで勉強(~4時) ↓ 食事・休憩・ぼんやり(~7時) ↓ 国道沿いドトールで勉強(~11時) ↓ 就寝 とりあえず、人生で最高の瞬間だと思う。 別に、取り立てて何かいいことがあったわけでもないし、そこまで殺伐とした人生を歩んできたわけではない。それに、未来にいい予感がするわけでもない。 けれども、極端な話、それが誰かに命令されたものでなければ、今の延長としての未来で自分が破滅してても、それはそれでいいと思う。 というか、破滅しても「ああ、しょうがないな」と素直に納得できる人間になっている気がするし、破滅した未来の自分が目の前に来ても、彼が彼なりの慎重な判断を下しながら重ねてきた人生をきちんと説明してくれれば、別に何を言う気にもならない。 起点として自由があることは、その自由の先の結果とは何の関係も無い。
夜中の10時くらいのことだった。 それは、背広の上に真っ黒なコートを羽織った、見た目は60に近そうなじいさんだったのだが、店に入ったときから顔が真っ赤で、顔にはにやにやと笑みを浮かべていた。 そして、ホットコーヒーを頼むと、席はガラガラだったにも関わらずわたしたちのすぐの席に腰をかけた。 もっとも、当時のわたしたち(わたし、前の日記に書いた人、他一人)はそれを大して気にかけることもなく、最近自分にあったことや、教職資格の授業などのことについて喋りあっていた。 しかし、しばらくしてわたしがトイレへ行くために立ち上がると、実は、そのじいさんがさっきからずっとわたし達のことをみつめていたことに気がついた。 そして、わたしが席に戻り話を再開すると、そのじいさんはついに大声で話しかけてきた。 「き、きみたちは、あれかぇ、20代かい?」 …無言。 しかし、沈黙が気まずくなって、一人が「は、はい」と答える。 「ぇへーえ!」 じいさんは満面の笑みを浮かべ、だまってわたしたちを眺めはじめた。 わたしたちは、すぐに背を向けて話を再開した。 誰もそのじいさんについては言及せず、まるで最初からそこにだれも存在しなかったかのように、さっきの話の続きをそのままはじめた。 けれども、わたしたちの話が就職の話題に差し掛かったとき、じいさんはふたたび会話に入り込んできた。 「わたしもね、きみたちぃぐらいのころは、辻堂海岸とかによく行ってたんだよ」 「…そうですか」 「ああ。これでもねぇ、それなりに青春はしてたんだよ。っへっへっへ」 ここまで聞いていれば、世の中に掃いて捨てるほどいるただの迷惑老人だ。 しかし次の瞬間、じいさんは、おそらくさっきからずっと吐き出したかったのであろう、ショッキングなことを口にした。 「でもねぇ、おいちゃんね、警官を3人殺しちゃっったんだよ」 「…」 「こう、棍棒でさ、ガツンっとやったんだ。殺したんだよ。本当に。だから、25年も逃げててね、で、6年くらいつかまって、おとといやっと無罪になって出てきたんだよ!」 「…そ、そうですか」 「な、七十年安保って、君たち知ってるかい?うふふふふ!」 わたしたちは向き合うと、お互い気まずい笑みを浮かべた。 会話は交わさなかったが、議題はただ一つ「われわれはここから帰るべきか否か?」だ。 「あのねえ、でもねぇ、きみたち、貧しいことはね、正しいことでもあるんだよ」 じいさんの気味の悪さもさることながら、店の中にポツリポツリといる客や、店員の視線が気まずかった。 わたしが雑誌を閉じたのを合図に、3人は席を立ち上がった。 「あはは、ごめんねぇ!なんか説教臭かったかもしれないけどさ…」 「い、いえ。ありがとうございます」 わたしたちは、それを受け取ると逃げるように店を後にした。 じいさんは外に出た後もわたしたちのことをずっと眺めていた。 *** 翌日。 わたしが家について、次の日の授業に備えてバックを整理しようとすると、ふと、奇妙なものに行き当たった。 それは、文庫本くらいの大きさをした小さな冊子だったのだが、それをつかんで取り出してみると、表紙には粗雑な印刷でこう書かれていた。 「○○さんの無罪を勝ち取る会」 どうやら、じいさんはわたしたちがテーブルを片付けしている間、わたしだけ席に置きっぱなしにしていたそのバックに、それをそっと忍ばせたらい。 それ以来、わたしがそのドトールになんとなく行かなくなってしまったのは、言うまでも無い。
①Struggle わたし(←これから、文章を書くときの一人称はこれにしようと思う)がいつも通り、ドトールで英単語を勉強していたときのことだ。 今日は、英単語の中でも特に語彙が多い「S」の行に取り掛かっていていたのだけれども、これがかなりきつかった。 というのも、たとえば、英語の語彙を勉強したことのある人ならわかってくれると思うのだが、 英単語には、なんだかよくわからないけれども、数回読んだだけで頭の中にスッと入ってくる語と、そうでない語というのがある。 これはおそらく、生理的なものとか、その人の人生経験とかに絡んだごく個人的なものだとは思うのだけれど、わたしにとっては、その後者が「St」で始まる語にすごく多かった。 要するに、どんなに見直して、辞書の例文なんかを何回も書き写しても、一回休憩をおいて、本のなかの一章を読んでからまた見返すと、きれいさっぱり忘れているわけだ。 もちろん、たった1時間かそこらの時間で成果がでるほど「勉強」は甘いものでないのはわかってはいる。 けれども「sterography-速記」みたいな、辞書に例文が載っていない、アメリカ人でも一生使わない人がごろごろいそうな単語ならともかく、 たとえば、絶対覚えなくてはと意気込んでノートに書きまくった「strict-厳しい・厳密な」や、「stir-(風などが)~を動かす・かき混ぜる」のような重要単語ですらその有様だと、なんだか軽い虚無感に包まれてしまう。 ②strip 昨夜、駅前のドトールで知り合った、SFCで社会学を勉強していた、宮台真司大好きな卒業生の人と出会い、2時間ぐらい喋った。 話の内容は、まあ、おしゃべりなわけだから支離滅裂だ。 けれども、久しぶりに、自分の中の向上心が湧き上がってくるようないい会話をしたと思うので、記憶を探りつつ、ちょっとだけ下に書いてみようと思う。 :その人がわたしに喋ったこと →ドイツ語を勉強すればよかった。 →週刊誌は、女性誌を毎月50冊ぐらい読んでいる。文芸誌はつまらない。 →(思想を勉強することの意義について) たとえば、はじめからファッションとかに興味が無くて生まれてこの方黒髪の人と、身だしなみを色々と挑戦していて、金髪にしたこともあるけれども、結局、自分の趣味判断の結果、やっぱり黒髪にする人がいる。 これは、結果は同じだ。 むしろ、後者が美容室や薬局のブリーチカラーにお金をかけて、あるいは髪や頭皮の質を傷めながら今の髪の色に戻ってきたことを考えると、馬鹿馬鹿しい、それこそもともと黒髪でイケてた人からすればかなりの遠回りかもしれない。 これは結構くやしいし、おれもときどき、後者の黒髪男の気持ちを凄く実感することがある。 けれども、後者が前者に勝る点があるとしたら、それは「強度」だ。 長いスパンで考えた場合、たとえば、世の中のある知識人が 「金髪のほうが反社会的であり、個性の無い保守的な黒髪よりも知的でおしゃれだ」 という、根も葉もないことを言って、しかも世の中の人々が意外とこれになびいてしまい、自分以外のほとんどの人々が髪を金髪にしてしまったとしよう。 すると、先ほどの二人の黒髪さんが、まあ同じ程度に「こいつの言ってることはおかしい」と感じ取ったとして、はたしてどちらが最後まで、自分の黒髪=理性を保ち続けられるだろうか? たとえ馬鹿みたいな遠回りをしても、選択肢をえらぶ自由を手に入れた上で進んでいくのがメタ(超越)、 たとえ近道ができても、自分が無意識にひとつの選択肢を選ばされていることに気づかないのがベタ(内在)だと思う。 お互い、メタになろう。 :わたしがその人に喋ったこと →慶応は、残念ながらベタの生産工場な気がする。 福沢諭吉が作った学校だから。 →ハエと人工知能はどっちが高度か? こんど、研究会の人たちに尋ねてみようと思う。 日本で武士道精神が生まれたのは、日本人が臆病だから。 中国で儒教が生まれたのは、中国人が道徳を守らないから。 アングロサクソンがフェアプレー精神を生み出したのは、自分達がひねくれていてずるいことをよく知っているから。 …これは、個人的に好きなジョーク。 偏見を抜きにして、物事の本質をなかなかよく突いている気がする。 例えば、この国の部分を個人に置き換えてみたら? 「わたしは、なぜ人が笑うのかわかった。痛いからだ。笑いだけが痛みを忘れさせてくれる」
①好きな人が好きそう=好き ②嫌いな人が嫌いそう=好き ③好きな人が嫌いそう=嫌い ④嫌いな人が好きそう=嫌い …みたいなことって、よくありませんか? ちなみに僕は ④>>>>>>>>①>③≧② なんですけどね(笑
文体模写シリーズ②ロバート・A・ハインライン おれはきのうまで長野にサークルのスキー旅行に行っていた。 それをいま振りかえって思うのだが、たったの二泊三日で人間があそこまで滑れるようになることを考えると、あらためて若者なる生き物はおそろしい。 平均して睡眠時間は3時間、体が動く限り滑りつづけ、脳が起きている限りしゃべりつづける。 軍隊が社交術の訓練をするとしたらこうなるだろう、といわんばかりの勢いだ。 転んでは立ち上がり、落ちては這い上がる。 霧が立っても先導者は無く、雨が降っても引き返すリフトは無い。 しかし、それでも若者は死なないし、次の日には何事もなかったかのように起きあがって汗と湿気で発疹だらけになった足を掻きながら、まるで映画の感想みたいに嘘を膨らませてペラペラとほざいてみせる。 指導者・市民・意思ある若者のあなたに そして、いつの時代であろうと子供たちを真の男に鍛え上げてくれたすべての先輩なる人々に! まあ、2.14は無事通過というわけだ(?) ~CAUTION・追加事項~ 大抵、他人を「極端だ」と指摘したがる「極端じゃない」人々というのは、要するに立場に立たない人間だ。 極端な人々を縛るものが立場だとしたら、その反対の人々を縛るものは欲望と空気だろうか。 「中立」と「立場に立たない人間」が違うことに十分注意されたし。 安易な一般化はやめてほしい? 永井均でも読んでマス掻いて寝ろ!
僕は、 酒場ののろけオヤジも、 「おれは他人に影響されたくないから、本は読まねぇ」と公言している人物も、 ぼんぼんで、無頼とかパンクとか抜かしてるクセに、右と左を行ったり来たりで、売れてる同世代の作家と石原慎太郎は絶対に敵に回さない、コスくて小心なある批評家も、 言うだけ言って、自分は借金まみれだったマルクスも、 まあ、そういう乱暴な言動が大好きな人たちが、 さわがしくて、 無責任で、 言動不一致な、 空気の読めない困った人なのは、 今までの人生でそういう人々にたびたび遭遇してきたし、 僕自身もそういう気があるので、 間違い無いと思います。 でも、 そういう困った人たちが 人口の30%ぐらいをしめている日本のほうが、 今までの日本の たぶん人口の95%ぐらいを占めていた 空気を読むことに神経の70%ぐらいを費やしている人々と、 それにひっついてうまく世の中を渡ってきた人々が、 毎日毎日、 せっせと作り出してきた、 5000万台のこ洒落たカメラつきの携帯電話も、 8000万台の無難なデザインで燃費のいい車も、 視聴者のニーズが計算しつくされたテレビ番組も、 外人が頭をなでて褒めてくれる「Cool Japan」も、 指先でピンと弾いてしまうような、 無慈悲で 救いが無くて なによりも美しい 普遍的な真実を、 混沌と 無意味な争いの中から 今までの10倍くらいのペースで生産し続ける、 貧乏で、 殺伐としていて、 北半球の大体の国からバカにされる、 あっぴろげで、 楽しい、 愛すべき国になるんじゃないかと、 僕は無責任に思い、 今までの自分の言動を棚に上げて、 きわめて乱暴に、 書き散らします。 課題が終わって、 なんだか、 頭がスカスカになりそうなぐらい せいせいしたので。
僕は成人式には行かなかった。 野田市っていう、千葉県の東京側に出っ張った部分の、そのまた耳くそみたいな場所にある小さな町なんだけどね、僕は帰らなかったんだ。 まず、次の日の朝にテストがあったからさ、それまでロクに勉強もしてなかったし、こっちで落ち着いて勉強したかったんだ。 こっちまでは電車で2時間半も掛かるし、それに元来、僕は高校が家から遠かったせいで電車に乗るのが億劫でさ。 久しぶりにメールをしてくれた友人は悪いんだけど、次の日に始発で帰る気が起きなかったんだ。 ごめんよ。 あとね、これは僕が成人式に行かなかったもうひとつの理由なんだけど、僕は、基本的にノスタルジーってやつが嫌いなんだよ。 はっきり言って、僕には、少なくとも故郷の町には、立ち帰ってみるほど立派な過去なんて無い。 なぜったって、僕の中にマトモな自我ができて、俺の人生、なんてことを考え始めたのは本当にここ2、3年のことなんだ。 だから、そういう人間が思い浮かべるノスタルジーって言うのは基本的にすごく空しいものだと思うし、そういうのに浸るのは、気分がいいけで、なんとなく、不健康以外の何物でもない気がするんだよね。 僕はもっとはやく自分の若さの価値に気付くべきだったし、二十歳になっておめでとうったって、べつに何もめでたいわけなんかないんだよね。 こうしている間にも、僕の中で若さは磨り減っていくわけだし、ちんたらしているうちにもうここまで来てしまったんだってだけでさ。 だからね、みんなの顔は見たいし、中学を卒業してからどういう道を歩んできたのかはすごく知りたいんだけど、でも、僕がみんなの前で僕自身の人生を語るのはまだまだ先の話なんだ。 そういうことだよ。 (追記) でもさ、もともと「成人式」ができた時代なんてのは、まだ平均寿命も短くて、子供も一杯生まれてけっこう死んじゃってたわけだし、そういう中で、二十歳までよく育ったね、おめでとう、ってことで始まったわけだろう。 そういう意味では、戦後ちょっとして出来上がったものを、今のヌルい時代にやること自体がもう半ばナンセンスだとは思わない? まあ、僕はそう思うから、もうただのパーティーとして開き直って暴れてる連中の方に、実はけっこう共感をおぼえるんだけどね。
去年は、人生で一番いい年でした。 毛みたいな程度のものかもしれませんが、それでも自分の意志による、自分の行動で、この世に引っ掻き傷を残すができたんです。 それは高校時代から手段はどうであれ望んでいた事でしたし、これでいつ死んでも構いません。 去年一年、自分に少しでも係ってしまった皆さん、損をした人も、得をした人も、不快な思いをした人も、共感した人も、とりあえずこの場を借りて挨拶を。 お疲れ様! 人間、死ぬときはひとりです! 投資をしましょう! 政治をしましょう! 置かれた所で咲きましょうね! お互い、ぜひ悔いの無い人生を! 永久にさようなら、2006年!
ここには全く書いていなかったけれども、10月の月末からずっと、所属している劇団の公演の脚本と演出をやっていた。 それでもって昨日、ついに公演を無事に終えた。 タイトルは「真悟とオルガ」。 小説家志望の青年・不破真悟が、部屋に飾ってあったヒヤシンスの魂「オルガ」と出会うことで、人生を変えられていく話だ。 ~完成までの、ちょっとした軌跡~ ①脚本 肉体的な作業。 はじめのほうは、閉塞的な田舎の青年が自由奔放な花の精霊に導かれて村を飛び出す、って感じの話にしようと思ったけれども、あまりにも安易なので今の設定に変更する。 完成するのに時間がかかったから、その分、書いている途中に色々なものに影響された。 なので、変遷も以下のような感じで著しい。 少年が田舎を飛び出す(安易なので変更) ↓ 小説化志望の青年が、ヒヤシンスの魂とともに刑務所へ転落し、そこで脱走に全人生を懸ける脱獄囚を見ながら、真の表現とはなにかに迫る(時間が長すぎる+『真の表現』と言い切ってしまうことへの不安により変更) ↓ 青年が、ヒヤシンスに導かれ、劇中劇のロシア人翻訳家と一緒に刑務所に転落し、労働も表現であることに目覚める(あまりにも教条的なので変更) ↓ … この間、大学のレポートも含め、ろくな文章はかけなかった。 人間、一日のうちに書ける文書の量と質は大体決まっている。 煮詰まったときの憂さ晴らしの頻度は凄かった。 ろくに服も着替えないぼさぼさ頭の男が、一日に三回も四回も立ち読みにこられては、コンビニの店員さんもさぞ不気味だっただろう。 ②演出 精神的な作業。 常に緊張していた。 まず、視点の緊張。 遠近、左右、凄みと抑制、エンターテイメント的表現と純文学的表現… これは、いくら追求してもきりがない。面白い。 改めて演劇は奥が深いと思う。 それと、コミュニケーションの緊張。 役者たちに、いったいどれくらい自分の作った物語を任せていいのか? 大学サークルという空間の中で、自分はどれだけ他のメンバーのプライバシーを拘束し、また、演出でその表現を矯正していいのか? そういう類のことで常に頭がいっぱいだった。 頼るべきところは徹底的に頼り、自分を通すところは通す。 針のように鋭い合理主義と、下手な体裁を捨てたコミュニケーションのシビアな両立は人生で初めてだ。 これには、みんな本当によくついてきてくれたと思う。 ありがとう。 ③本番 頭がクラクラする。 緊張と不安。 役者のみんなはなおさらだろう。 控え室でじっと待機しながら、BGMと客のざわめきに神経が揺れ、平常心の舵取りに苦戦する。 芝居は生もので、どういう風が吹くかは最後まで本当にわからない。 ④評価 これを見て、初めて公演が終わったといってよい。 あらためて、「他人」という存在の奇妙さに興奮する。 すべての人々の背景には個々の人生があり、体験してきた時代がある。 そして、それぞれの少なからず屈曲したレンズを通して、作品は拡大していく。 脚本家の想念と、役者の解釈・肉体が完全に一体となる。 一から百へ 生み出される、新しい解釈、新しい合理性、そして、新しい価値。 これこそ、表現だと思う。 本当に嬉しい。 ⑤今 虚脱状態。 必死に、枯れた頭から言葉を搾り出して軽い総括を書いている。 明日は授業。 とりあえず、小説と映画を見よう。 何よりも量だ。
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