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[29843] Fate/Unlimited World-Re
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/08 12:27
※はじめに:この作品には独自設定・解釈が含まれております。ご了承ください。9月20日から投稿を開始しました。

Fate/Unlimited World―Re

―Prologue―

子供の頃に置いてきた夢を思い出した。
何も終わることのない、永遠を知っていた。
しかしもう誰も語らない二人の物語。

君は何処へ行く?
灯火を残して、劫火の街へ消えて行く。

ずっと遠くへ歩いていく。
懐かしい面影。
ずっと遠くが君の家。
もう辿り着けはしない。

夢のような永遠は閉ざされたまま。
傷は深く隠されたまま。
消えていく道。
君がもう見えない。

いつもの場所を抜けて君は帰っていく。
手を振って明日へ去って行く。

君を好きになって永遠は終わる。
生きていく喜びと痛みが、あの日から始まった。


―Chapter―

Chapter1 While the Light Lasts
■光が消えぬかぎり

Chapter2 Destination Unknown
■死への旅

Chapter3 Evil under the Sun
■白昼の悪魔

Chapter4 ???
■???






―Characters―

“しろ君”
十年前に冬木市にいた赤い髪の少年。

“ひーちゃん”
十年前、赤い髪の少年とかなり仲がよかった少女。

衛宮 士郎
本作品の主人公。本作品ではある程度魔術が行使できる。

氷室 鐘
本作品のヒロイン。陸上部、走り高跳びのエース。

遠坂 凛
美人で成績優秀で運動神経も良い、学園の高嶺の花。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
アインツベルンの使い。少女の姿だが衛宮 士郎よりも年上。

言峰 綺礼
聖杯戦争の監督役。

間桐 慎二
間桐 桜の兄で衛宮 士郎の友人。弓道部の副部長をしている。

間桐 桜
ほぼ毎日朝と夜に衛宮 士郎の家に訪れる後輩。

蒔寺 楓
氷室 鐘の友人で陸上短距離走の選手。

三枝 由紀香
氷室 鐘の友人で陸上部のマネージャー。

美綴 綾子
氷室 鐘と同じクラスメイトで弓道部の主将。

藤村 大河
衛宮 士郎の姉役。また学校の教師でもある。

柳洞 一成
衛宮 士郎の友人。学校の生徒会長を務める。

葛木 宗一郎
氷室 鐘のクラスの担任。真面目で寡黙。

セイバー
騎士王。マスターは衛宮 士郎。

アーチャー
弓兵。マスターは遠坂 凛。

ランサー
槍兵。マスターは不明。

バーサーカー
狂戦士。マスターはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

ライダー
騎乗兵。マスターは間桐 慎二。

キャスター
魔術師。マスターは不明。

アサシン
暗殺者。マスターはキャスター。




―An Afterword―
この作品は「Fate/stay night」の氷室ルートを構想した作品です。
文章や言葉遣いに間違いがあるかもしれません。ご指摘していただければ修正いたします。
以前こちらに投稿させてもらっていた作品の更新版となってますが、差別化を図るためにストーリーの毛色が変わっています。
少しでも多くの読者様に読んでいただけるよう日々精進してまいります。

今後とも「Fate/Unlimited Word―Re」をよろしくおねがいします。





[29843] Fate/Unlimited World-Re 第0話「全ての始まり」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/09/30 20:36
第0話 全ての始まり


―――――第一節 とある夏の日―――――

夏。
日本は記録的な暑さを記録していた。
とある場所では熱中症患者が大量に出て救急車が大忙しだったり、またある場所では四十℃越えを記録したりと日本中が暑い日々を強いられている。

ここ、冬木市も例外ではない。
冬木市自体も記録的な暑さを更新しており、テレビニュースでは小まめに水分補給を摂るようにと報道されている。
そんな街で子供達に人気な場所がある。隣町とつながる冬木市の赤い大きな橋である
と言っても橋が人気なのではない。子供達が橋に興味を持つ事はなかなかに無いだろう。
その赤い橋の付近には公園があり、もっぱら子供達の遊び場となっていた。
滑り台で滑って遊ぶ子供。ブランコに乗って親に背中を押してもらいながら楽しんでいる子供、鬼ごっこをして遊ぶ子供。
その子供達の親達は子供の相手をしたり、あるいはベンチに座って他の親と交流を楽しんだりと平和な一日を過ごしている。
夏休み真っ盛りなので学校に通うハズの平日でも公園は賑わっていた。

そんな公園で一人、ポツンと設置されているベンチに座っている子供がいる。
年齢は七歳前後だろうか、灰色の長髪が特徴の女の子。白のワンピースを着て麦わら帽子を被っている。
公園にいる子供達と遊ぶわけでもなく、風景を眺めているわけでもないらしい。
ただ一人で静かに座っている。木陰に入ればいいのに彼女はそれをしない。
と、流石に限界を感じたのだろうか、立ち上がって歩き出した。
だが、長い時間座っていたため軽い熱中症になっていた。少し歩くだけで彼女がフラつき、こけてしまった。

「―――いた・・・」

そう言って立ち上がろうとした灰色長髪の少女に手が差し伸べられる。
少女は手を差し伸べてくれている人を見る。

「大丈夫?ひーちゃん」

“ひーちゃん”と呼ばれた少女は差し伸べてくれた子の手を取り立ち上がった。
大丈夫?と聞かれたからには何らかの答えは返さなくてはいけないだろう。

「大丈夫だよ、し・・・」

手を差し伸べてくれた子の名前を呼ぼうとするが、再びフラついて倒れそうになる。
その少女の体を赤い髪の少年が抱きとめる。

「駄目だよ、ひーちゃん。無茶なんかしたら。ほら、あっちに行こう。」

赤い髪の少年は木陰に彼女を連れて行く。彼女はされるがままに少年にくっつきながら歩いて行く。
木陰にあるベンチに座る二人。暑い夏ではあるが、木陰に入ることで若干の暑さは和らぐ。

「はい、ひーちゃん。冷たいお茶。これ飲んだら少しは楽になると思うよ。」

赤い髪の少年が少女に持参した水筒を渡す。

「ありがとう。」

少女は感謝の気持ちを伝え、少年が渡してくれた水筒のお茶を飲む。
それを見た少年がポケットからハンカチを取り出し、少女の額の汗を拭く。

「ありがとう。」

少女は少年の顔を見て向日葵のような笑顔でお礼を言う。
かくいう少年も笑顔でそれに応えた。

木陰に移動してから少し時間が経った頃に、少年が少女に訪ねる。

「今日はどこ冒険しよっか。」

少年は目の前にある遊具で遊ぶ気はないらしい。
普通の子供ならブランコなり、滑り台なりジャングルジムなりに遊びに行きそうなものである。
対して質問された少女も

「どこでもいいよ。一緒に遊べたら私は楽しいから。」

と、遊具など興味を示さないように答えた。

「それじゃあ僕の家にくる?庭に向日葵が咲いたんだ。それ見ながらスイカを食べようよ。」

「うん、それじゃ行こう!」

そう言って二人の子供は少年の家に向かうため歩き出した。手を繋いでまるで仲の良い恋人のように。
今日も夏の日差しは暑い。けれど、二人一緒にいる彼と彼女にとってそれはあまり関係のない話のようだった。

暑い道を二人は手を繋ぎ歩く。
何分経っただろうか、公園の姿形は見えない。
その代わりに少年の家が見えてきた。二人はその間も様々な会話をしていた。
昨日の晩御飯は何だった?とか、今日は何時に起きた?とか、今日は約束の何分前に来たの?とか。
二人は明確に集合時間を決めている。
けれど揃って二人は相手よりも先に集合場所へ着こうとするため、集合時間よりも早く集合場所に集まる。
結果、会う時間は早くなり、一緒にいる時間は長くなり、遊ぶ時間も長くなる。
二人にとってそれは幸福の時間。好きな相手と少しでも長い間一緒に遊べるという時間。
だから二人は一日の大半を一緒に過ごしている。
二人の両親も互いに顔見知りなため、互いが互いの家に行っても歓迎される。

家に入る二人。
彼の母親が彼の要望通りにスイカを切ってもってくる。
二人はそれを食べながら庭のきれいに咲いた向日葵を見ている。
スイカを食べ終わり、次は向日葵のスケッチ。
少年は絵を描くのが得意ではないらしく、悪戦苦闘していた。
対する少女は絵を描くのが得意らしく、大よそ七歳前後の子供が描いたとは思えないきれいなスケッチを描きあげていた。

「ひーちゃん、上手だねー。いいなぁ、僕もひーちゃんみたいに上手くなりたい。」

少年は彼女の絵を見るや否や絶賛する。
絶賛された彼女はうれしそうに顔を緩めた。
好きな相手から褒められることは誰でもうれしいものである。
スケッチを終えた二人は疲れたのだろうか、眠ってしまった。
それを見た少年の母親がタオルケット一枚を二人のお腹にかける。
二人の手は繋いだまま。安らかな寝顔で眠っている。

夕方。
先に目を覚ました少女は手を繋いだまま隣で寝ている少年の顔を覗き込む。

「・・・ふふ」

薄らと笑い、ほっぺたを指でつつく。

「う・・・ん」

何度かつついている内に少年が目を覚ました。

「おはよう、しろ君」

幸せそうに笑う少女。

「おはよう、ひーちゃん。」

そんな少女を見て笑う少年。

夕食時になるまで、彼の部屋でテレビゲームをすることになった少女。
スケッチとは打って変わって、こちらでは少年の方が強かった。

「わぁー、負けたぁー。」

くやしい、という科白を吐きつつも少女の顔は笑顔だった。
当然、その笑顔が向けられている少年もまた笑顔だった。
二人は幸せそのものであった。

夕食時になり、少女は少年の家でご馳走になることとなった。
二人並んで行儀よく食べている。
二人とも嫌いな食べ物は無いらしく残さず食べ終える。
その間も二人は幸せそうに会話をしていた。
そしてその光景を見て、微笑む少年の母親がいた。

夜。
少女の親が車で迎えに来た。
流石にこの時間帯を子供が歩いて帰るのは躊躇われたからだろう。
迎えが来たことに少し残念そうな顔をする少女。
しかし帰らない訳にもいかないので渋々親についていく。

「ひーちゃん。」

少年が声をかける。
少女はその声に反応して振り返る。

「また、明日も遊ぼうね。」

笑顔で少年は手を振っている。
そう、今日という日は終わる。しかし明日という日がまたやってくる。
明日は何をしよう。そんなことを考えるだけで少女は楽しくなる。
だから

「うん、明日も遊ぼう。絶対に約束だよ、しろ君!」

そうして少女は帰っていく。
少年は少女の乗った車を見えなくなるまで見送っていた。
その姿を見た少年の母親が少年に話しかける。

「士郎、鐘ちゃんとは本当に仲がいいのね。大切な人は大切にしなさい。泣かしちゃだめよ?いい、お母さんとの約束よ?」

そう言って小指を出してくる母親。
指切りのつもりだろう。

「うん、わかってるよ。ひーちゃんを泣かせる悪い奴は僕がやっつけるんだから!」

いかにも歳相応の返答をしながら小指を出し、指切りをする少年。
そんな少年の言葉を聞いて母親はくすり、と微笑んだ。


―――――第二節 とある冬の日―――――

冬。
夏とは打って変わって冬木市は一段と寒くなっていた。
まるで季節が夏と冬しかないように感じるほどだ。
春と秋がどこにいったのか、と若者なら神様にすら問いただすだろう。
しかしそんな寒い冬でも元気溌剌な子供達にとってはあまり関係がない。
所謂“子供は風の子”というやつである。
そしてそれは赤い髪の少年と灰色長髪の少女にも当てはまる。

といっても外の遊具で遊びまわっているわけではない。
公園の中を散歩したり、少し遠出をして――といっても歩いていける距離だが――様々な景色を見たりと普通の子供からしたら「何が面白いの?」と聞かれてもおかしくはないものだった。
しかし、二人にとっては楽しい。
毎日会っているにも関わらず自然と会話は弾み、持参したお菓子や飲み物でプチピクニックなんてこともしている。
少し大人びた感じもするが、持参している食べ物などを見ているとやはり子供だという事を思い知らされる。
二人は歩く。
人気の少ない道から公園を抜け、そして人通りの多い道へ。
大きい都会、というわけではないがそれでも小さい子供が歩くには少し威圧されてしまう。
しかし二人には関係ない。いつも一緒の二人、様々な場所を歩いて回って様々な景色を見てきた二人はこういう道も歩いていたからだ。

歩いている最中、少女が地面の段差に躓いてこけてしまった。
膝を小さく擦りむいた程度だが、やはり痛いものは痛い。少年は少女を持ち上げて肩を貸すように二人で歩いていく。
その距離は手を繋いでいるときよりもさらに近い。
そうして少し小さい公園があったのでそこに入り、ベンチに座って休憩していた。

「大丈夫?ひーちゃん。」

「うん・・・ちょっと痛いけど平気だよ。」

擦りむいた膝の傷を見ながら二人が会話をしているところに、女性が近づいてきた。
白い帽子に白いコート、そして白い長髪に赤い目をした女性だ。

「あら?怪我をしてるわね、大丈夫?」

白い女性は少女の傷を見て、声をかけてくる。

「え・・・と、大丈夫・・・です。」

見知らぬ人から突然声をかけられた少女は戸惑い、少年の服を握る。
少年は見知らぬ女性から少女を守るように少女の前に立った。
少年少女はそれぞれの親から「知らない人にはついていっちゃいけない」と教え込まれている。
その相手が男性であろうと女性であろうと“見知らぬ人”にはかわりないのだから警戒している。
しかし、その女性の方はというとそんな事を気に止めた様子もなく、近づいてきたもう一人の女性に声をかける。

「ねぇ、セイバー。絆創膏ってあったかしら?」

一言で言うと「白」の女性が、一言で言うと「黒」の男性、セイバーに声をかける。

「は?絆創膏・・・ですか。確か鞄の中に一枚ほどありますが・・・。アイリスフィール、どこか怪我をされたのですか?」

「いいえ、私じゃないわ。その・・・灰色の長髪の子。膝に擦り傷があるみたいだから。渡そうかな、って。」

アイリスフィールと呼ばれた白い女性は黒い男性にそう告げる。
その意志を理解した黒い男性は鞄の中から絆創膏を取り出し、白い女性に手渡した。

「はい、これを傷口に張れば、スカートが膝に触れてもスカートが汚れることも、傷が痛むこともないわ。」

そういって白い女性は少女に絆創膏を渡した。
それを受け取った少女は一瞬きょとん、とした顔になるが相手が親切にしてくれたのだとわかり

「あ・・・ありがとう・・・ございます。」

と、子供にしてはしっかりと礼節を守った言葉使いで白い女性にお礼を言った。
その光景を見た少年も白い女性に

「ありがとう、お姉さん。」

と、素直に感謝の言葉を言う。
それを聞いた白い女性は優しく微笑んで

「ふふ・・・貴方がこの子の騎士(ナイト)なのかな?しっかりエスコート、頑張ってね。」

と激励した。が、子供である少年少女にはエスコートやナイトの意味がイマイチよく理解できなかった。

「行きましょう、セイバー。それじゃあね、小さな王女(プリンセス)さんに小さな騎士(ナイト)さん。」

最後まで日本人の子供にはイマイチ理解できない言葉を言い残して二人は去って行った。
二人が視界からいなくなるまで茫然とその姿を見ていたが、二人が見えなくなったところで少年が少女に訪ねる。

「何だったんだろう、あのお姉さん達。」

しかし、そんな事を知る由もない少女が答えられる筈もなく

「多分・・・外国の人だよ、きっと。」

と、誰がどう見てもわかる事を答えとして返していた。

夕刻時。
今日は不思議な人達と出会ったものだと二人思いながらいつもの場所で別れる。
別れるときはすごく寂しい。それが好きな人となら尚更である。
それは少女にとっても同じ。だからいつまでも一緒にいたかった。
しかし帰らない訳にはいかないし、少年を家に連れて泊めるなんてこともできない。
だから寂しくても別れなければいけない。

そしてこれから少し、ほんの少しの間だけ二人は会えなくなる。

「明日から遊びに行くんだよね?ひーちゃん。」

「うん・・・・私はしろ君と一緒にいたいけど・・・」

「ひーちゃん、お父さんとお母さんが遊びに連れて行ってくれるんだから、ちゃんと楽しまなきゃ駄目だよ。」

そう言って少年は少し暗い顔をした少女に笑いかける。

「帰ってきたらどんな事してきたか教えてね、ひーちゃん。」

それは。
また帰ってきてから遊ぼうね、という約束。
だから、少女も笑う。屈託のない真っ直ぐな笑顔で。

「うん!お土産も持ってくるから一緒に食べようね、しろ君!」

二人はそう言って別れた。
少しだけ会えないけれど、また必ず会って一緒に遊ぶ。
二人はそう心に誓った。


―――――第三節 そして絶望がやってくる―――――

灰色の長髪の少女が家に帰宅したのは夜も遅い時間帯。
まだあの少年も起きているだろうが、今から会いに行くことはできない。

(だから、明日)

そう思って少女は眠りにつく。
少女の両親も旅行の疲れをとるために床に就いた。


―interlude In―

地響きがする。
視界は真っ赤に燃え上がり、あちこちから黒い雲が立ち上る。
走れるだけの体力も無く、走るだけの意志もない。

目が覚めて起きたら周囲が燃えていた。
地響きがしたと思ったら家が崩れ、赤い髪の少年の頭上に屋根が落下してくる。
それを父親が逃がすが、そのせいで父親が屋根の下敷きに。
助け出そうと少年が父親の元へ向かおうとするが、父親の声と母親の制止により逃げることになる。
母親と一緒に家を出ようとする。だが、家の完全崩壊が少年に襲いかかった。
母親は少年目がけて落下してくる家の残骸を身を呈して助け出す。
その結果少年は助かったが、身を呈した母親はその残骸の下敷きとなった。
少年は必至に母親を助け出そうとするが、火の手が強く近づくことができない。
それでも助け出すために泣きじゃくりながらも近づこうとする。
しかし、母親がそれを許さなかった。

「逃げ・・・なさい!ここから遠くに、逃げなさい!士郎はいつも街を歩いていたんでしょう!?なら、士郎なら逃げ切れる。だから・・・・」

「嫌だ、いやだ!なんで、お母さんが、お母さんも・・・!なんで、なんでなんで!」

彼は現状が理解できない。子供の彼にとって今まで何もかわらない一日だった筈だった。
だが、夜眠って夜中に目を覚ましたら赤く染まっていた。

「士郎!早く・・・逃げ・・・なさい。貴方が死んだら・・・鐘ちゃん・・・悲しむでしょ。お母さん、言った・・・よね。泣かせない・・・て」

「――――――」

火の手がどんどん少年にも迫ってくる。

「お母さんとの・・・約束、破る気・・・?士郎。」

「約束は・・・守る、お母さん。」

泣きじゃくりながら、母親の言葉を理解しようとする少年。

「なら、・・・ここから逃げなさい。鐘ちゃんの家は・・・わかるでしょ・・・?少し遠いけど、士郎なら預かってくれる・・・」

「でも、お母さん、お母さんが・・・!お父さんも・・・・!!」

火の手が間際まで迫っていた。これ以上脱出が遅れようものなら少年も家の中で焼け死ぬだろう。

「士郎!早く行きなさい!!」

母親の最期の叱責。それは少年が今まで聞いたどれよりも強い口調だった。
耐えきれなくなった少年は出口に向かって走り出す。
その間にも火の手が襲いかかる。その火が母親のいた場所を包み込んだ。
だが、少年は振り返らない。振り返るな、走って進めと言われたから。
家を出て、見慣れた筈の街を走る。
その街はあまりにもかけ離れていた。

走り続けた少年。
だが、その間にも落下物の障害にあったり、瓦礫に躓いてこけて血が出たりと彼の体はボロボロになっていた。
走れるほどの体力もなくなりただ茫然と歩いている。
それ以上に彼の精神は完全に果てていた。
両親が目の前で死に、街のあちこちに倒れている人がいる。
 
(ひーちゃ・・・ん)

最後の理性がそれでも彼女の家(キボウ)に向かおうと脚を動かしていた。
そこにふと、何かが視界に入ってきた。
瓦礫の下敷きになっている人がいる。もう何度も見た光景。
だが、それは今までのどれとも違う衝撃を与えた。

(―――――ぁ)

その下敷きになった人は俯せに倒れている。顔は見えない。
首より下が瓦礫の下敷きになっていてどうなっているかわからない。
年齢は少年と同世代だろうか、小さい子供のようだ。
女の子らしく、髪が長い。
そして、その髪が黒色のはずなのに灰色に見えた、見えてしまった。

「――――――」

違う、と少年は否定する。
だが見えてしまった。
そして想像してしまった。
限界だった精神に強大な負荷がかかった。

その時。
少年の言葉が失われた。
手はそこで憤怒を失くし、
足はそこで希望を失くし、
己はそこで自身を失くした。

そして絶望が少年を支配した。

―――――ここに、「しろ君」と呼ばれていた少年は今、呆気なく死を迎えた。

―interlude Out―


地響きで跳び起きた少女の両親が、夜にも関わらず明るくなっていることに気づく。
咄嗟にベランダに出て明るくなっている方角を向く。
大火災。
一言で、的確に表現するならその一言に尽きた。
だが、その大火災は少女の両親が今まで見てきた火災のどれよりも遥かに大きいものだ。
唖然としている両親のもとに灰色の長髪の少女がやってくる。

「お母さん・・・どうしたの・・・・」

まだ眠いのだろう。目は完全に開きってはいなく、目を擦りながらベランダに出てきた少女。
だが、目の前の光景を見て意識が覚醒した。

「・・・・・え?」

少女は唖然とする。
ベランダから眺めた景色はこのような景色だっただろうか。
違う、と少女は断言する。
あの少年と一緒に見た景色はこんな赤くはなかった。
その時に気づいた。
あの燃えている方角は、いつも少年と会うために向かっている方角だと。

「しろ・・・君・・・・!」

そう呟いた後、玄関へ向かおうと走り出す少女。だが、父親がそれを止める。

「待ちなさい、鐘!どこへ行くんだ!」

「しろ君が!しろ君が、あの炎の中にいるの!だから、だから助けに行かなくちゃ!」

泣きじゃくりながら父親の手を振り払おうと体を激しく動かす少女。
だが、それを許す両親ではない。今あの炎の中に突っ込めばどうなるかなどわかりきっている。
だから止める。むざむざ自分たちの娘を死にに行かせるわけにはいかない。

「鐘!落ち着きなさい、消防車がやってきて火を消してくれる!士郎君もきっと助かる!だから―――」

「やだ、やだやだやだぁー!!」

もう正常な判断すらできていない少女。
両親ですら見たことのないほど泣きじゃくりながら、必死に炎の中へ進もうと玄関へ向かう少女。

「いい加減にしなさい!!」

父親が大声で叱責する。
ビクッ、と少女の体が震え、動きが止まる。
その少女を父親は無理矢理少女の部屋へ連れて行き、ベッドの上に放り投げた。

「きゃあ!」

小さな少女が宙を舞い、ベッドの上に落ちる。
それを確認した父親は部屋の扉を閉め、そして出られないように扉の前に家具を置いた。

ドンドンドン!と叩かれる音がする。

「出して!出してよ、お父さん!」

泣きじゃくりながら、それでも必死に抵抗の声を上げる少女。
その声を聞いた両親が心を痛めながらも、鬼にして少女に言う。

「鐘、お前が行ったところで何もできない。消防車に任せるんだ。」

「鐘、貴女は士郎君が生きている事を願いなさい。・・・きっと生きていると信じていれば生きているわよ。」

消防に任せた所であの大火災を早々に鎮火することはできない。
それにただ願うだけで人が救われるわけもない。少女の両親はそれをわかっている。
だが、現に少女の両親にさえできることがない。故に無意味だと心のどこかで諦めていてもそれをするしかできなかった。


いくら少女が全力で叩いても扉や壁、家具が壊れることはない。
手が赤くなるまで叩き続けた少女はベッドの上で枕を全身に強く抱いていた。
何もできない。だから、少女は母親が言ったようにただ願うことをしていた。
それに一体どれほどの意味があるのかもわからない。けれども何もできない以上願うしかない。
はぁはぁ、と息遣いが荒い。しかしそれに反して枕を抱く力はどんどん強くなっていく。

「しろ君・・・しろ君・・・!」

目は泣きじゃくったせいで赤くなっている。
顔を埋めていた枕は涙で濡れている。
不意に最後に会った時の事を思い出す。

あの時は不思議な人に出会った。
あの時は怪我をして絆創膏をもらった。
別れるときは絶対次も遊ぼうねといって別れた。

体が熱くなる。心が熱くなる。
少女の体の震えは小さくなり、そして彼女の意識は闇へ落ちた。


―――――第四節 忘却―――――

―Interlude In ―


気がついたら焼野原にいた。
大きな火事があった。見慣れた筈の街は一面廃墟になっていて、映画で見る戦闘跡のようだった。
建物のほとんどが崩れていてその中で自分だけが原型を保っているのが不思議で仕方がなかった。
この周辺で生きているのは自分だけ。

生き延びたからには生きなくちゃ、と思った。
まわりにいた人達のように、黒焦げになるのがイヤだったわけじゃない。
―――きっとああなりたくはない、という気持ちより。
もっと別の理由で心がくくられていたからだろう。
しかし希望はもうなかった。
周囲には倒れている人がいる。
さっきの自分の前には黒い髪の女の子が俯せになって瓦礫の下敷きになっていた。
なんであそこで立ち尽くしていたかわからない。
周囲を見渡してもそこは赤い世界。絶対に助からない。
幼い子供ですら理解できるほど、その場所は地獄だった。

そうして倒れた。
周りには黒焦げになって動かなくなった人たちがいる。
空を見上げたら今すぐにでも雨が降りそうな空模様。 
―――それならいい。この火事も雨が降れば終わる。

苦しいなぁ、なんて息もできないくせに口を動かした。
両親が死んだというのはわかった。周りにいなかったから。
家がなくなったというのも覚えている。
家があった場所も覚えている。
しかしそれだけだった。
もう何も残っていない。
残っているのは楽しくもない記憶だけだった。

簡単な話。何もかも失って、それでいて子供の体が残っている。
要約すれば。

生きる代わりに、心が死んだのだった


目を覚ましたらそこは病院。
周囲には怪我をしている人達がいる。けれど、みんな助かった人達らしい。

数日が経ち、物事が何とか呑み込めるようになった。
そしてここ数日の事は思い出せた。
だけど火災以前の事が抜け落ちてしまっていた。
たまに来る医者は、「大丈夫、少しずつ思い出すよ」と、その一言だった。
 
両親は消えていて、体中が包帯だらけ。
状況はわからないけど、独りになったということはわかった。
納得するのは早かった。周囲にいる人はみんな子供だったから。

これからどうなるのだろう、なんて考えながら漠然と天井を見ていた時に、その人はやってきた。
 
「こんにちは、君が士郎君だね?」
 
その人はしわくちゃの背広にボサボサの髪だった。

「率直に訊くけど、孤児院に預けられるのと初めて会ったおじさんに引き取られるのと、どっちがいいかな。」

親戚なのか、と問うと赤の他人だよ、と答える人。
ここに倒れている身としたら、どっちに行こうとも同じ。
だったら、この人についていこうと思った。

「そうか、よかった。なら早く身支度を済ませよう。新しい家に一日でも早く慣れなくっちゃいけないからね。」

そう言ってその人は慌ただしく荷物をまとめる。
慣れていないのだろうか、子供から見ても雑だった。

「おっと、言い忘れたことがあった。うちに来る前に一つだけ教えなくちゃいけないコトがある。」

これからどこに行く?なんて気軽さで言うその人。

「―――――うん。初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ。」


―Interlude Out―


あの大火災から既に数日が経過していた。

テレビニュースでは連日冬木市の大火災が取り上げられ、『大火災!!死者500人越えか!?』や『被害家屋は数百世帯!』などと言った報道が飛び交っている。
その報道を見るたびに少女はテレビのチャンネルを変える。
今の少女にとって必要なのは死者の数ではない。ましてや焼け焦げた家の数でもない。
生存者の確認。
それが彼女にとって最大の問題。
だが、どれもあの少年が保護されたという情報はなかった。
彼女の父親も生存者の確認のため仕事場である役所や病院など、火災地一帯は通信インフラがどこも壊滅状態でロクに情報が手に入らないが、それでも駆けまわっていた。
日に日に弱っていく少女。
少女と少年の仲がかなりよかったことは互いの両親も知っている。
あの少年と一緒に居た時の少女が一番楽しそうだったということも知っている。
あの時の笑顔は本当にかわいいものだった。
だが、今はその影も形もない。
一晩中泣きじゃくって眠った少女は、完全に枯れていた。
そしてすでに数日。発見が遅れれば遅れるほど生存確率は低くなる。
少女は幼いながらもそれを理解していた。だから、必死に生存者の確認をしている。
あの少年が、少女が好きになった少年が生きていると信じて。どこかに保護されていると信じて。

しかし。
とうとうその日はやってこなかった。
父親が帰宅すると、少女はすぐに駆け寄って少年がいたかと確認する。
いつもの父親なら「まだ回っていないところがあるからわからない」と答える。
しかし今日の父親から出た言葉は違った。父親は言うのを渋るがそれでも答えを聞かせろと乞う少女に言う。

「彼は見つからなかった・・・、鐘」

その瞬間。
彼女の足元が崩れ去った。
欠けてしまった顔から血の気が引いていく。
自分の心の支えだった少年がいなくなった。その事実が少女の体を、脳を、心を蝕んだ。
立っていた足に力が入らなくなり両膝をついて、座り込んだ。
表情は凍ったまま。
走馬灯のように少女の記憶が再生される。

彼と一緒に遊んだ日々。
彼の一緒に寝たこともあったし、一緒に夕食を摂ったときもあった。
お互いがお互いのスケッチをしたこともあったし、いろんな場所に行っていろんな景色を見た。

それがもうやってこない。
あの幸せだった日々はやってこない。帰ってこない。
大好きだったあの赤い髪の少年はもういない。

「―――――ぁ」

枯れたハズの涙が頬を伝っていた。
泣いているのだと気づき、もう帰ってこないと解かり、別れなければならないと悟る。
しかし、今までの幸せと別れることなど永久にできない。
あの少年といつまでも一緒にいたい。

再生され続ける記憶。
その再生が終わったとき、
プツン、とまるでテレビの電源を切るように簡単に、そして呆気なく全てが終了した。


―――――第五節 そうして二人はいなくなった―――――

目を覚まして気がつけば、そこは自室の天井ではなかった。
周囲を見渡すと、どうやら病院の個室らしい。
傍には花が入った花瓶があった。
なぜこんなところにいるのだろう、と少女は考える。
しかし何も思い出せない。
けれどそれではいけない。思い出そうと必死になる。
家に居てテレビを見ていた。その内容は?
火災のニュースがやってた。その火災は?
家から離れた所で火災があったからそれを見ていた。その火災前は?

と、そこに。
コンコン、とドアがノックされる音がして人が入ってくる。
両親と医者である。
その姿を見て少女は安堵する。
そして訪ねる。

「ねぇ、お母さん、お父さん。なんで私病院にいるの?」

その言葉を聞いた時両親は僅かに顔を俯せる。
両親は医者から少女がショックによる記憶障害だろう、という診断結果を聞いていた。
実際にこの火災で記憶を失ってしまった子供はまだ数人いたらしい。
その中でも少女の記憶障害は比較的軽く、実生活には何ら支障はないと判断されていた。
しかし、ある事柄に関しては触れない方がいいとも言われている。
そのある事柄とは、彼女が現在に至ってしまった原因。
もしそれをぶり返せば、次は少女の精神に影響が出かねない。
だから両親は嘘をつく。一生、墓の下まで持っていく嘘をつく。
少女を守る為に、優しい嘘をつく。

「体調不良で念のために病院に入院しただけだよ。」

「体調不良・・・?私、あの火の近くにいたの?」

その言葉を聞いて両親がギクリ、と体を強張らせた。だが、少女の言っている内容が微妙にずれているのがわかり、答える。

「あ、いや違う。火災を見て泣いててね。気持ち悪くなって倒れたんだよ、鐘。」

「そうなんだ・・・御免なさい、お父さん、お母さん。心配かけちゃった。」

そう言って笑う少女。
確かに笑っている。しかし、両親は思う。
あの本当に幸せそうな自分たちの娘の笑顔は、記憶と共に永久に失われたんだと。

彼女の記憶から、あの少年に関する記憶が完全に忘却の彼方へと葬り去られていた。
それは彼女が生きるための、脳の防衛本能なのだろうか。

真実は誰にもわからない。






[29843] Fate/Unlimited World-Re 第1話「日常は常に」 Chapter1 While the Light Lasts
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 00:36
第1話 日常は常に


―――――第一節 とある少女の朝―――――

ピピピピピピピ・・・

薄暗い一室に目覚ましが鳴る。
目覚ましが置かれているのはベッドから離れた机の上だ。
どう考えてもベッドから手を伸ばして届く距離ではない。
普通に考えれば目覚ましの配置ミスと思うだろうが、彼女の場合はこれが正解である。

氷室 鐘。
彼女は朝には強くない。にも関わらずこの薄暗い時間に起きるには理由がある。
彼女の通う学園『穂群原学園』は彼女の家からは少し遠い。それ故にバスに乗っていく必要があるため早く起きる必要がある。
だがさらに要因があり、陸上部の朝練があるためにさらに早く起きなければならないのだ。
つまり、ちょっとした寝坊をすると即遅刻に繋がりかねない様な状況。
しかし朝に強くない彼女はそう簡単に起きれない。
そのために目覚まし時計をわざわざベッドから離れた机の上に置いている。
そうすることで五月蠅い時計を止めるためにはベッドから降りて歩いて止めに行かなくてはならない。
そこまでしたならば多少の意識もあるので即二度寝、ということはならない。
誘惑に負けて止めた後にベッドインするのなら話は別だが。

「眠い・・・」

そう言いながらもベッドから立ち上がり、机の上に置いた目覚ましを止める。
過去に一度、ベッドの近くに置いていた時にベッドから目覚ましを止めてそのまま二度寝してしまったことがある。
その時は見事に朝練に遅刻してしまった。
だが、この方式に変えてからというもの遅刻というのは無くなった。

(自分を律するためとはいえ・・・面倒だな)

そう思いながらも彼女は薄暗い自室を出て洗面所へと向かう。
冬の家は寒い。そんな寒い中、流石に冷水で顔や髪を整えようとは思わないので、温水にして身嗜みを整える。
顔を洗いサッパリしたところでようやく完全に目が覚める。
そうして次にすることは着替え。
自室に戻り、朝食の準備ができるまでに着替え終えて朝食へ向かう。
彼女の母親は彼女が起きたのを確認してから作る為に、着替えてからでも十分に間に合う。
かわいらしい寝間着を脱ぎ、制服の袖に腕を通し、スカートを履いて、鏡で姿を確認して異常がなければ完了。
しかし、まだ朝食はできていない。ということで彼女はいつも通りの趣味をする。
彼女の趣味は読書や人間観察、探偵稼業(といっても本当に探偵をしているわけではない)が主である。
読書は恋愛系などよりも推理系が好きで、様々な思考を持ち合わせながら考えていく。
彼女は考えるという行為が好きなようである。
では朝のこの時間は読書をするのか、というとそうでもない。
一度読書をしてしまい中断すると、続きが気になって仕方がない。
なので、読書は時間があるときにゆっくりと読むのが彼女のやり方だ。
彼女が朝にやるのは今朝方見た自分の夢の考察。
考える、という行動の一環で印象に残った夢について考察する。
特別何か意味がある、という訳でもないがやっているのだが・・・

「どんな夢を見ていたのだったか。・・・駄目だ、思い出せないな。」

まあ無理に思い出す必要もないだろう、と結論を出したところで朝食ができたらしく母親が呼ぶ声が聞こえた。
椅子に座り、テーブルに用意された朝食を食べる。

(そういえば、朝食について蒔の字と由紀香に話したことがあったな)

蒔の字こと蒔寺 楓と由紀香こと三枝 由紀香。
この二人と彼女は友人関係にある。この二人と昼食時に朝食の話題があがったことがあった。
朝食で摂った栄養素が代謝されるのに熱を発生、体温を上昇させ、脳の温度もわずかに上昇し脳の活性化にもつながり「やる気」を起こす。
朝にお世辞にも強いとは言えない自分には朝食は必要なのだ、と説明したとき
「そんなもんやる気でカバーするぜぇ!」と楓が答え、「あはは、さすが鐘ちゃん。そこまで考えてるんだね。」と由紀香が答えた。

(『いや蒔の字、そのやる気を出すために朝食は取る必要があるのだが』と突っ込んだな、あの時は。)

などと回想しながら朝食を食べていている。
朝食を終えた所で歯を磨く。
最近購入した電動歯ブラシを使っている。少し値は張ったがそれに見合うだけの活躍はしている。
所要時間が通常の歯ブラシよりも短いため、朝の時間の無い時にはうってつけである。

身支度も終え、バスに間に合うように家を出る。
彼女の家はマンションでその少し近くにバス亭がある。バス到着五分前程度に家を出ればちょうどよく間に合う。
バス亭に着く。そこにバスはまだ到着していない。
その証拠にバス乗車の列ができている。
といってもそんな長蛇の列ではないので、バスが一台来れば乗れるほどの人数であった。
と、ここで同じ制服の女性がいるのを見つけ声をかける。

「おはよう、美綴嬢。」

「お、氷室。おはよ。今日も一段と寒いね、こりゃ。」

気さくな口調の彼女は美綴 綾子。
鐘と同じ二年A組のクラスメイトであり、色々曰くのある人物である。

「昨日は夜遅くまで起きていたのではないのか、美綴嬢。」

「あー、まあね。氷室が落ちた後も少しやり続けてたかな。」

昨夜は二人でネット対戦型シュミレーションゲームをプレイしていた。
意外かもしれないが、彼女達は意外とゲームがうまい。
綾子にいたっては好きなものが「ゲーム全般」と言うだけあって、様々なジャンルのゲームに手を出している。
対する彼女も負けずとゲームは上手いのだが、生憎綾子ほどの情熱は持ち合わせていない。

「それで今日もしっかりと朝起きているのか。まったく、羨ましいものだな。私は朝起きるのがつらいというのに。」

「そこは気合いの違いだよ。ビシッと起きれば問題ないし。」

似たような科白を聞いたな、などと考えていたところにバスが到着した。
そのままバスに乗車し、学校へ向かう。
バスの中はまだ時間も早いこともあって人は少ない。
学校へ向かう最中にも何回かバス亭に止まるのだが、そこから乗ってくる人もそう多くはない。
つまり、悠然とバスの座席に座ることができるのだ。
ここでうとうとしようものなら危険ではあるが、生憎と女達はバスで寝過ごしたということはない。
乗車から少し時間が経って、鐘が話しかける。

「美綴嬢は今日も朝練か。弓道部はどうなのだ?」

「氷室だって陸上朝練だろ。弓道部、部員は多いけどその分問題児も多いし、巧い奴は一人減ったし。四月からの新入生獲得の為に少しくらいは見栄えよくしとかないと、ってね。」

やれやれ、といった感じで肩をすくめる綾子。

「そうか。気苦労が絶えないのだな、美綴嬢。」

「他人事だからって言ってくれるわ。で、そっちはどうなんだ?」

「近々ある大会に向けて皆気合いを入れて取り組んでいるよ。私もその大会には出場予定ではあるから、今日もその調整だな。」

それを聞いた綾子は感心したような顔で

「感心、感心。もちろんきっちりトップ狙うんだろ、走り高跳びのエースさん?頑張れよ。」

と、激励してきた。
特別悪意のある言葉でもなし、素直に受け止めて礼を言ったところで学校付近のバス亭に到着。
そのまま学校へ向かう。

校門前に見知った顔がいた。
二年A組、遠坂 凛である。

「あれ、遠坂?今日は一段と早いのね。」

後ろから声をかける綾子。
それに反応する凛の姿は

「・・・はぁ、やっぱりそうきたか。」

軽いため息をついていた。

「おはよ。今日も寒いね。」

「ごきげんよう、遠坂嬢。今日はどうしたのだ?私の記憶によれば遠坂嬢は部活には参加していない筈だが。」

二人は振り返った凛に声をかける。

「おはよう美綴さん、氷室さん。つかぬ事を聞くけど、今何時だかわかる?」

「うん?何時って七時前じゃない。遠坂寝ぼけてる?」

大丈夫?と言う意味だろうか、ひらひらと手のヒラを振る綾子。

「うちの時計一時間早かったみたい・・・。しかも軒並み。目覚まし時計はおろか、柱時計まできっかり早まってた。」

「それは何とも珍妙な出来事だな。一体どうしてそうなったのか聞いてみたいものだ。」

「ええ、また次の機会にね。」

全ての時計が一時間早まっていた事実を知った凛は軽くショックをうけているようだった。

「・・・と、私はそろそろ朝練に向かうとしよう。ではまた後で、美綴嬢、遠坂嬢。」

「あいよー。練習頑張ってな。」

「ええ。また後で。」

鐘は二人と校門前で別れ、部室へと向かった。
二人はまだ校門前で話しているようだ。
凛とは同じクラスメイトではあるがあまり繋がりはない。
そのため特に話し込む仲ではない。

部室へ入り、鞄をロッカーへと入れ更衣室のカーテンを閉めて着替える。
流石にこの時期のこの時間帯は寒いので冬用の着替えである。
着替え終えてカーテンを開ける。そこに

「おはよー氷室。今日も頑張ろうぜー」

「鐘ちゃん、おはよー。調子は大丈夫?」

楓と由紀香がいた。

「おはよう、蒔の字、由紀香。調子はいつも通りだ。」

平然と二人に答える。
今日も特に調子が悪いわけでもなく、かといって良いわけでもない。
いつも通りの調子だった。

「それじゃあ朝練をしにいくとしようか。」


―――――第二節 とある少年の朝―――――

暗かった世界に光が射しこむ。

「――――っ」

その世界にいた人間は眉間にしわを寄せて目を光から隠す。

「先輩、起きてますか?」

聞き覚えのある声がする。
目をゆっくりと開ける。冬の冷気が暗かった世界に入り込んできた。

「・・・・ん。おはよう・・・桜。」

暗かった世界にいた住人、衛宮 士郎はそう言って起き上る。

「はい。おはようございます、先輩。」

完全に意識が覚醒した士郎は、起こしに来た人――間桐 桜――に挨拶をして立ち上がる。

「と、―――今日は桜の勝ちか・・・。負けちゃったな。」

「はい。私の勝ちです、先輩。いつも先輩は朝早いからこうして起こすためには頑張らないといけませんね。」

桜はそう言って降ろしていた腰を上げる。
二人は、現在ちょっとした競争をしている。
早く起きて厨房に立ってた方が勝ち、というルールの競争。
これを提案したのは桜だ。
以前桜が朝食を作ってくれた際に、士郎が『朝練もあるのにそれでも朝早くきて朝食を作らせるなんて申し訳ない』と言ったところ紆余曲折を経て『じゃあどっちが先に朝食を作れるか競争しましょう』ということになった。
この提案は明らかに彼の方が有利なのだが、それを申し込んできた桜はそれ以来少し早く衛宮邸にくるようになった。
それに対抗して士郎も起きるのを早めようとした結果、現在の拮抗状態が築かれている。

「先輩、朝食の支度は私に任せてここの整頓をした方がいいんじゃないですか?散らかしっぱなしだと藤村先生に怒られるでしょう?」

「―――だな。悪い、桜。片付けて着替えたら居間に向かうよ。」

「はい、ゆっくりしてくださって構いませんよ。」

そう言って桜は土蔵から出て行った。
彼が寝ていたのは寝室ではなく、庭の端に建てられた土蔵。
作業をしていたらしく、周囲は散らかっていた。

「さてと・・・片付けますか。」

周囲の部品を集め出した。
そうして目の前にあるストーブを見る。

「完成したところまではよかったけど。完成したら気が抜けて寝ちまったなんて・・・。修行が足りない証拠か。」

次はビデオデッキだな、などと考えながら部品を一か所に集め終え、制服に着替える。
土蔵は彼にとって部屋であり、生活必需品は一通りそろっていた。

「さて!今日も一日頑張って精進しよう。」

両手で頬を叩いて気合いを入れ、土蔵を出る。
父親が死んで五年。魔術を教わって、少しでも父親に近づくために鍛錬は怠っていない。
教わった当初はそれこそ魔術の「魔」の文字すら体現できていなかったが、日々の鍛練により上達はしていた。
五年の歳月を考えると少し伸びが悪いのではないか、と内心思いながら家へではない場所へと向かう。
到着したのは道場。
中に入り、朝の日課になっている運動を行う。
彼は特に武道は習っていない。剣道を父親に少し教授してもらった程度である。
それでも父親の『まずは身体を頑丈にしないと。』という言葉に従ってこちらも魔術鍛錬と同様に続けている。

「九十九っ、・・・百、・・・・と」

そう言って規定回数に到達し終える。
彼の得意魔術は強化。
日々の鍛練によって自身の身体も強化がある程度できるようになっていた。
だが、身体強化は己の限界を知り、さらにその先があることを理解しなければ効果は低い。
体の動かし方を知っていなければ強化を施したところで意味は薄い。
その為にもまずは体を鍛えるという行動をしていた。
当初は何の意味があったかわからなかったが『強化』という点を見れば、この体を鍛えることにも意味があったということだ。
時刻は六時十分。

「そろそろ行くか。」

そう言って道場から家へと向かった。
居間に続く障子を開けると、朝起こしにきた桜とはまた別の女性が部屋にいた。

「遅いぞー。お姉さん待ちくたびれちゃったじゃない。」

と、自分をお姉さん呼ばわりするこの女性の名は藤村 大河。
士郎は彼女のことを藤ねぇと呼んでいる。別名タイガー。しかしこの名前で呼ぶと吠えるので取扱いには要注意。
居間に入り、定位置の場所へと座る。

「桜ちゃん、あんまり士郎を甘やかしたら駄目よ?あんまりやると士郎がつけあがっちゃうんだから。」

「甘やかすなんて。先輩も疲れてたんですよ。」

「大体藤ねぇこそ毎朝毎晩食事時を狙ってやってくるなんて。つけあがってるとは言わないのかよ。」

「私は、士郎が立派に育つのまで親代わりになるって切嗣さんに誓ったんだよ?だから毎日様子を見に来る責任が―――」

「桜、そこの醤油とってくれ。」

「はい、先輩。とろろに使うんですか?」

「ああ、とろろには醤油だろ。」

話を軽くスルーして食事する二人。
こめかみがピクッピクッと動いていたが、それもいつものことなのでスルー。
桜が醤油を渡し、それをとろろにかけようとする士郎。
だが・・・・

「・・・・くらえ、藤ねぇ。」

そう言って大河のとろろに醤油を入れる。

「ぎゃー!!な、何してるのよ、士郎!」

「うるさい。なんで醤油ビンにソース入ってるんだよ。」

「ば、ばれた!?なんで!?」

と、子供の悪戯がばれた時のように狼狽える大きい子供一名。

「なんで、じゃない!そりゃ、醤油とソースの色は似てるけど注視すればわからなくはないだろ!」

以前にも似たような仕打ちを受けて、痛い目を見た士郎はそれ以来注意深くなっていた。
ちなみに以前は醤油ビンにポン酢が入っていた。

「つぅか、今年で二十五のクセに未だに藤ねぇは藤ねぇなんだな!そんなんだからいい相手が―――――」

「衛宮君?何を言おうとしているのかな?」

「・・・・いえ、ナンデモアリマセン。」

一発で勢いが殺された。

「ま、いいわ。これからテストの採点もしなくちゃいけないから急がなくてはいけないのだ。」

そう言ってズダダダダダーと朝食を食べ終える。
ソースの入ったとろろも何事もなく食べおおせた。

「御馳走様、桜ちゃん。朝ごはんおいしかったよ。それじゃ、私は行くけど遅刻したら怒るわよー。」

そしてだだだだだーといって去っていく大河。
その光景を見て呟く。

「あれで学校の教師だっていうんだから、世の中絶対に間違っている・・・。」

あはははは、と困ったように笑いながら桜もそれに同意していた。


朝食は桜に作らせてしまったので、せめて食器の片づけはしようと朝食の後片付けをしていた。
桜は当然のように手伝おうとしていたが休むように士郎断ったので『それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます。』といって居間で朝のニュースを見ていた。
そのニュースから最近よく聞く事件の報道がされていた。

『昨夜のガス漏れ事故により搬送された方々は以前意識が回復しておらず――――』

「またか・・・。最近新都でガス漏れが妙に多いよな。」

一人呟いていた。


桜が弓道部の朝練があるために早く学校に向かう。
長い堀を抜け、坂を下りれば人気の多い住宅街へと出る。衛宮邸は街の中心から離れた場所の坂の上にあった。
そうして中心となる交差点へたどり着く。
ここから隣町へと続く赤い大橋や学校、柳洞寺に商店街、別側の住宅地など様々な分岐点となる場所だ。
二人は寄り道もすることなく学校へ向かう。
七時になったばかりで生徒の数もまだ少ない。
そうして学校に到着する

「じゃあな、桜。部活、頑張れよ。」

そう言って校門で別れるのも日常。
というのに今日の桜は動かない。

「桜?どうした、体の調子でも悪いのか?」

「いえ・・・そういう事じゃなくて、その、先輩。たまには道場の方には寄っていきませんか?」

「いや、別に弓道場に用はないぞ。それに今日は一成の頼みで生徒会室にいかないとまずい。」

「そ・・・そうですよね。ごめんなさい、余計なことを言ってしまって・・・。」

そしてペコリ、とお辞儀をする桜。

「?」

なぜ謝るのかわからない士郎だったが特に気にすることもなく

「それじゃまたな。」

といって桜と別れた。

「はい、また後で。」

桜も答えて弓道場へと向かっていった。


「一成、いるか?」

生徒会室の戸を開けながら声を投げかける。
そんな声と彼の姿を見て、中にいた生徒が反応する。

「いるぞ、衛宮。今日もいつも通りだな。」

「ま、今日は少しだけ寝坊したけどその分食事と片付けを急いだからな。」

そう言ってパイプ椅子に座る。

「にしても・・・一成だけか。他の連中はどうしたんだ?この時間なら登校しているものじゃないのか?」

「いや、生憎とうちのメンバーはビジネスライクでね。働く時間態はきっちり決まっていて、早出と残業はしたくないそうだ。」

「それで生徒会長自らが雑用か。ここはここで大変だな、一成。」

少し熱めのお茶をすする男の名は柳洞 一成。
彼は士郎と同じクラスメイトで優雅な顔立ちをしており、生徒会会長でもある。
女子からの人気も高いのだが、本人は色恋沙汰には興味がないらしい。

「それで?今日は何をするんだ?」

「ん?ああ、とりあえずお茶を出そう。まだ時間は少しある。茶を飲みながら説明しよう。」


二人ある教室に来ていた。
暖房器具が怪しいので診断してくれとのことだ。
他にも美術室や視聴覚室、弓道部や陸上部の部室にある校内用のスピーカーなど結構な量があった。
士郎は魔術使い。
特に物の構造を把握することには長けていた。
自分の身体能力を強化できる程度のレベルはあったので、物の構造把握はたやすい作業だった。
が、行使している場所を見られるわけにはいかないので魔術を使うときだけは席を外すように頼んでいる。

「終わったぞ、一成。次はどこだ?視聴覚室か?」

廊下に出たところで一成に声をかける士郎。
と、ここにもう一人、知っている顔がいた。
遠坂 凛。美人で成績優秀、運動神経も抜群で欠点知らず。
性格は理知的で礼儀正しく、美人だということを鼻にかけない、まさに男の理想みたいな人間である。

「なんだ、一成。遠坂と話をしてたのか。悪い、邪魔したな。」

「いや、別に問題はない。そうだな、次は視聴覚室だ。・・・にしても衛宮、ここ数か月は特に作業が早まってきたな、おかげで大助かりだ。」

「そう言ってもらえるとやってる甲斐もあるかな。・・・ま、さっさと行こう。まだ美術室に弓道部と陸上の部室もあるんだろ?」

「うむ。少しでも予算を文化系に回したいからな。余計な金はかけられん。」

そう言って一成は歩いていく。
しかしまるっきり無視するのもあれなので一応率直な意見を述べる。

「おはよう、遠坂。朝は早いんだな。」

そう言って一成の後を追いかけていった。


―――――第三節 とある二人の朝―――――

陸上部の部室に来ていた。
壁に備え付けられているスピーカーの調子がおかしいらしい。
脚立の上に乗り、スピーカーを修理している。
下には何かあったときのために柳洞が待機している。
時刻は午前八時二十分。
そろそろ陸上の朝練が終わり戻ってくる時間だ。

「どうだ?終わりそうか、衛宮。」

「ああ、もう少しで終わる。朝のホームルームには間に合うよ。」

士郎は一成にそう答えてスピーカーの修理を続けている。
そこに、陸上部の面々が帰ってきた。

「あれ、一成に衛宮か。何してんだ?」

声をかけてきた楓に一成が答える。

「見ての通りスピーカーの修理だ。もう直るとのことだ。」

「へぇ、衛宮が直してんのか。ほんと、衛宮ってスパナがよく似合うよな。」

「・・・それ、褒めてるのか馬鹿にしてるのかよくわからないな。」

よっと、と言って脚立から飛び降りてくる。

「終わったのか、衛宮。」

「ああ、終わった。もう大丈夫の筈だ。ま、チャイムとか放送が流れればわかるだろ。」

と、入ってきた三人を見て、

「悪かったな、もう作業は終わったから俺達は出ていくよ。氷室、三枝、蒔寺もホームルームに間に合うようにな。」

三人にそう伝えて、脚立と工具箱を持って部室を出て行った。

「では、失礼する。」

一成もそう言って部室から出て行った。

「衛宮君ってなんでも直せるんだねー。」

と由紀香が感心したように言うとそれに反応するように腕を組んだ楓が

「さすがは便利屋ってところだな。」

うんうん、とうなずきながら答えた。

「蒔の字、由紀香。そろそろ時間が危ない。着替えて教室に向かわなければ、衛宮の忠告を守れなくなる。」

「ん、そうだな。それじゃ着替えて面倒な授業を受けるとしますかー。」

着替え終わって部室を出て校舎へ入る。
階段を上り、教室へ向かう三人の目の前に、さっき陸上部の部室で別れた二人と再び出会う。
士郎の手には持っていた工具箱がなかった。どこかに置いてきてその帰り、ということだろう。

「お、どうだった。さっき放送が流れたけどちゃんと流れてたか?」

士郎が三人に問いかける。
その問いに鐘が答えた。

「ああ、問題なく音が流れていたよ。あの部屋のスピーカーがなくとも外からは聞こえてくるが、聞き取りにくかったのは事実なので助かった。衛宮はこういう才能に特化しているのだな。」

「そうか、聞こえてたか。よかった。んー、才能って言うほどのものじゃないけど褒め言葉として受け取っとくよ、ありがとう氷室。」

その言葉を聞いて一瞬驚いた鐘だったが、それに気づいていないのか一成と士郎はそのまま二人の横を通り過ぎて教室に入って行った。
その後ろ姿を見る陸上部三人組。
が、ホームルームがもうまもなく開始するということで三人も教室へと向かった。


―――――第四節 とある三人の昼―――――

四時限目が終わり教室は賑やかな昼休みを迎える。
この学校には食堂があるので教室に残るのは三人のように弁当組がほとんどだった。

「ね、ねぇ。遠坂さんも誘っていいかな?」

由紀香が鐘と楓に訪ねる。
特に親しい関係でもないが、特別嫌いな関係でもない氷室は

「私は別に構わないが。」

と答えたのに対して

「えー、無駄だって、由紀っち。遠坂はこないよ。弁当もってきてないんだから。」

と、いかにも無駄だというオーラを発する楓。

「そ、そんなのはわからないよ。」

そう言った由紀香は窓際に座ってい高嶺の花へと近づいて行った。
二人が会話をする光景を離れた場所から観察する二人。

「あ、あの、遠坂さんっ・・・!よ、良かったらお昼ご飯一緒に食べませんか・・・・!」

緊張しているのか?と思うような口ぶりだったが特に気にかけることもなく鐘は由紀香と凛のやりとりを眺めている。

「ありがとう三枝さん。けどごめんなさい、今日は学食なんです。」

「あ、や、そうなんですか・・・。ごめんなさい、そうとも知らずに呼び止めてしまって。私、余計なコトしましたね。」

後ろ姿からでもしゅんとなってしまっているのがわかる。
それを見た凛が少し慌てたように

「余計なコトだなんて、そんな事ありません。今日はたまたまだから気にしないで。また明日、これに懲りずに声をかけてください。」

と言って、にっこりと笑う。

「それじゃ、食堂に行ってきます。三枝さんもごゆっくり。」

「はい、遠坂さんも。」

凛は教室を出ようと席を立った。
由紀香もまた二人のもとへ帰ってきた。
そしてその光景を見ていた楓が

「お、フラれたね由紀っち。だから言ったでしょ、遠坂は弁当もってこないって。釣りたかったらあいつの分もメシ用意しないとねー」

なんていうものだから、聞いた鐘は疑問を口にする。

「・・・・蒔の字。それは私たちも食堂に移動すればよいだけの話では?」

「だめだめ。食堂は狭いんだから弁当組が座れるスペースなんてねーっての。それに遠坂と同席してみなさい、男どもの視線がうざいのなんの。前の休みでもさー、二人で遊びに行ったのにあいつだけ得しちゃってさー。やだよねー、美人を鼻にかけた優等生は。」

由紀香の机を取り囲みつつ、言いたい放題の楓。
しかし三人組の中で一番観察力が鋭い一名は、その言葉にわずかに反応した陰口の対象となった人物の顔を見逃さなかった。

「・・・・蒔の字。君の陰口は、遠坂嬢に聞こえているようだが。」

陰口を言った本人は驚いた顔をして遠坂の方を見る。

「あ、やべ。遠坂に聞かれた? げげ、めっちゃ睨んでるじゃんあいつ・・・!」

睨んでると言われている凛を由紀香が見るが、彼女にとって別段そう感じるものでもなかった。

「え・・・べ、別に遠坂さん、蒔ちゃんを睨んでなんかいないと思う、けど。」

「睨んでんだよアレ。あいつは笑っているときが一番怖いんだから。」

そう言って楓は凛の方を向いて

「なんだよー、いいじゃんかグチくらい。大目にみろよー、あたしと遠坂の仲だろー。タイヤキ奢ってやっただろー。」

ほっぺたを膨らませて割り箸をブン回す。
それを見て由紀香はどうしたらいいのか迷っている。
鐘はと言うと特別気にすることもなく、二人の会話に耳を傾けていた。

「三枝さん、気にしなくていいのよ? それと蒔寺さん? 奢らされたのは私で、品物は鯛焼きではなくクレープでした。無意識に事実を改竄する悪癖、次あたりに直さないと考えますよ?」

「げ。マジ怖えあの笑顔。」

ササッと弁当箱の蓋で顔を隠す。
どこからどう見てもチグハグな三人に挨拶をして、凛は教室を出た。
それを確認した楓が聞こえるように声を出す。

「ぶー。なんだよー、大差ないじゃんかタイヤキもクレープもー。どっちも甘いのを皮で包んでるんだからさー。」

女の子にあるまじき発言。

「・・・蒔の字。クレープと鯛焼きは一緒にしてはいけないだろう。」

と、冷静に突っ込んだのだった。




[29843] Fate/Unlimited World-Re 第2話「日常は在る」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 00:42
第2話 日常は在る


―――――第一節 それぞれの日常―――――

そうしていつも通りの授業が終了した。
部活動に勤しむ生徒もいれば、早足で帰宅する生徒、用もなく教室に残る生徒、そのあり方はさまざま。
衛宮 士郎はそのどれにも該当しない。

「すまない、衛宮。ちょっといいか。今朝の続きがあるのだが、今日は時間あるか?」

「いや・・・予定はあると言えばあるけど」

彼はアルバイトをしている。一人暮らしである以上は少しでも稼いでおいた方がいいだろう。
そのために弓道部を辞めている。

「悪い、一成。今日はこれからバイトなんだ。そんなに時間がかかるものなら明日になるけど。」

「む、そうか。いや、大したことではない。衛宮ならそんなに時間はかからんだろう。」

「と、いうことはやっぱり備品の修理か。わかった、じゃあその問題の備品を見てみようか。」

そう言って声をかけてきた人物、一成と二人で教室を出る。
着いたのは実験室。
ストーブの調子が悪いらしい。

「っていうか、予算が偏りすぎだろ。なんで劣化したストーブがこんなにもあるんだ?」

美術室に視聴覚室、普通の教室と今日だけで4つ目。

「ふむ、運動部の活動の方に予算が行き過ぎているのだ。おかげで文化系はいつも不遇の扱い。まったく、どうにかせねばいかんな。―――と、どうだ、直りそうか?」

「ああ。この程度なら問題はなさそうだ。―――悪い、一成。集中するから席を外してくれ。」

「うむ。衛宮の邪魔はせん。」

一成は部屋から出て行く。
それを確認したら、あとはいつも通りの行動を。

「さてと、ちゃっちゃと終わらせますか。」


こうして問題の患者の診察を終えた士郎が教室から出てくる。

「終わったか、衛宮。」

「ああ。軽い症状だったから比較的早く終わったよ。・・・といってももう少しで完全下校時間だな。俺のバイトもそろそろだし、帰ろうか、一成。」

「そうだな、まだ患者はいるだろうが衛宮の私生活を犠牲にするほど急用でもない。また明日に頼むとする。」

「ああ、そうしてくれ。じゃあ明日も早めにくればいいんだな。」

「うむ、すまないな衛宮。俺一人でできるのならしておきたいのだが。」

「いいって。誰だって得手不得手はあるんだから。」

そう言いながら校舎を出て校門を抜ける。
学校には完全下校時刻が迫ってきているということもあってすでに部活動の生徒はほとんどいなかった。

「と、一成。バイトだからバスに乗っていく。今日はここでお別れだな。」

「そうか。確かアルバイトは新都の方だったな。気をつけろよ、最近ガス漏れによる昏睡事件が後を絶たない。」

「ああ、気を付ける。一成も早く帰れよ。」

校門前で一成と別れた士郎は駆け足気味に学校付近にあるバス亭へと向かった。
バス亭には何人か生徒が並んでバスが来るのを待っている。
間に合ったか、と内心思いながら歩く速度を落とす。
ふと、列の最後尾に見覚えのある後ろ姿があった。
その最後尾にいた人物は足音が聞こえたのだろう、後ろを振り向いて視線があった。

「よっ、氷室。今から帰りか。」

「・・・衛宮か。君の家はこちらではない筈だが?」

陸上部の走り高跳びのエース、氷室 鐘がいた。

「ああ、今からバイトなんだ。隣町の新都にな。」

「そうだったか。では途中まで同じバスに乗ることになるな。」

士郎と鐘が会話をしている。互いに嫌い、というわけでもないが特別好き、というわけでもない。
趣味趣向が合うわけでもない二人だが、ポツリポツリと途切れない程度の会話はしていた。

「そうか。もうすぐ大会があるのか。・・・なるほど、道理で残ってる人が多かったのか。」

「ああ。皆、記録を残そうと奮闘している。」

「氷室はどうなんだ?大会、出るのか?」

「そのつもりだ。」

「そっか、頑張れよ氷室。」

そう言って笑いかける。
それを見た彼女は何とも言えない表情で視線を外した。
赤い橋を越えて数分。
バスが停車し、ドアが開き乗り降りする人が動く。
ここで彼は降りてバイト先へ向かう必要がある。

「じゃあな、氷室。楽しかった。また明日な。」

話し相手になっていた彼女にそう告げて、彼はバスを降りた。
その後バスが走り去ったのを見て、歩くスピードを速める。
バイトまでの時間はぎりぎりではあるが、早歩き程度の速度でいけば普通に間に合う。
ここにくるまでの事を考える。

「―――ま、笑いこけた、ってわけじゃないけどな。―――うん、楽しかったな。」

いつもならただバスに乗って目的地がつくまでボーっと景色を眺めているだけ。
バスの中で何かできるわけでもなし、しゃべる相手がいたわけでもなかったので今日は新鮮さが感じられた。


―Interlude In―

 そう言って彼はバスを降りて行ってしまった。

「ぁ・・・・」

返答しようとしたのだが、すでに降りていたので挨拶はできなかった。
バス亭から歩いていく彼を視線だけ追いながらバスが離れて行く。
そうして見えなくなる。
自分の目的地までは後数分の時間がある。
今まで話をしていたので気が付かなかったが、案外ここまでの時間が短く感じられた。

(一人でいるよりはよかった、ということか。)

そんな軽い考えでバスの外の流れる景色を見る。
眺めながら最後に会話した内容を思い出す。
そして彼と同じ意見を出した。

(私も楽しかった、衛宮。)

そこに特別な感情はない。ただ本心から楽しかったと思ったからそう感じただけ。
基本的にバスに乗っている間は何もしない。
美綴嬢がたまに同じバスに乗っていることがあるのでその時は話す。
しかしいつも一緒、というわけではなくむしろ一緒の方が少し珍しい、という程度。
つまり基本的に一人。
加えて異性と二人きりで話こけるという事はなかった。
だから、今日の会話は新鮮さが感じられた。
 
(まあ、もうこんな事もあるまい。)

目的地にバスが到着し、下車する。後は歩いて数分の場所にあるマンションへ向かえばいい。
冬の夕刻はすでに薄暗い。最近は物騒にもなってきているので学校の方で完全下校時刻が定められた。
つまり、放課後の部活動が制限されたということを意味し、そのツケが朝練へと回ってきている。
朝起きるのがつらい私にとっては何ともいい迷惑である。

マンションに入りセキュリティ解除のために持ち歩いている鍵を鍵穴に入れ、エントランスへ入る。
広めのエントランスを横目にエレベータへ向かい、自宅がある階のボタンを押す。
一瞬の重力と浮遊感を感じてエレベータを降りる。
当然外の景色が見える訳だが、もうすでに周囲は薄暗くなっている。
夕日の明るさはもう彼方にある。
そんな見慣れた光景を見て、一瞬、スポットライトが当たったように眩暈がした。
その時に見えたのは赤い世界だった。
 
たまにある。
ここから十年前の火災を見て、私は泣きじゃくって体調をくずして病院で一夜を過ごした。
その時の事はよく覚えていないが病院に運ばれるあたり相当怖い思いをしたのだろう。
だから、この思い出はここでおしまい。
思い出したところで何一つとしていいことはない。
だと言うのに。
思い出す度に何かがチクチクと私の体を刺す。
もちろん、物理的に後ろから針で刺されているわけではない。
その痛みを感じるたびに何とも言えない気分になる。
 
だが。
それも繰り返せば気にしなくなる。
気にはなるけれど、気にしなくなる。
気にするな、と自分に言い聞かせる。
家のドアのロックを解除して中へ入る。
ドアを閉めたらロックはしなくていい。このマンションはオートロック形式で鍵を使うのは外から中へ入るときだけ。
唯一内側からかける鍵と言えばチェーンロックだけだろう。
 
「おかえり、鐘。疲れたでしょ、着替えて居間へきなさい。もう夕食できるわよ。」
 
母親が帰ってきたことを確認して、声をかけてくる。
無論いつまでも制服のままでいるつもりはないので自室へ戻ろうとする。
その前に。
 
「ただいま、お母さん。」

挨拶はしなくてはいけないな。


―Interlude Out―


「お疲れ様でしたー」

そう言ってバイト先の酒屋から出る。
彼のバイトは基本的に短時間ハード。
体を鍛えられてお金を貰えて一石二鳥である。

「う・・・。今日も終わりっと。早く帰らないとな。」

そのままバス亭へと向かう。
ここから歩いて帰れない距離ではないが、明らかにバスを使った方が早い。
バス停に着き、時刻表を見る。

「っと、まだ十分程度余裕があるか。」

時刻を確認した士郎はそのまま傍らに設置されたベンチに座る。
バス亭にいるのは彼一人だけ。この時間帯にバスに乗る人はあまりいない。
一人。
特にすることもなくボーっとバスがくるまで周囲の人の、車の流れを眺めている。
流石に新都ともなると、この時間帯も人は多い。
といってもほかの都会と比べると少ない部類にはなるだろうが、少なくとも彼が住んでいる町よりはずっと多い。
バスが到着し、バスに乗車する。
やはり、と言うべきだろうか。バスに乗っている人も少ない。
ここでも同じ。
特にすることはなく、バイトで酷使した体をゆっくりと休めている。
これが普通である以上、何も感じることなどない。
ただ今日は行く道中が少し楽しかったので、その分静かになってはいたが。

目的地のバス停に到着し、下車する。
ここから家までは歩いて十分前後。
道中で人とすれ違うことはない。この時間帯に加えて最近押し入り強盗による殺人事件が報道されていた。
人通りが無いのも学校の完全下校時刻が十八時なのもこれが原因だろう。
今日のバイトは十八時から二十時半までの二時間半だった。
これがある日は十七時から二十時までの三時間だったり、十八時から二十一時までの三時間だったりとする。
だが、基本は二十時までのバイトを選んでいる。

「・・・ガス漏れに強盗か。物騒になってきたな。」

夜に家にくる桜にも安全性が確保できるまでは来ないように言うべきかな、などと考える。
考えに耽っていたために坂上にいる人物に気が付くのが遅れる。

「・・・ん?」

気が付いたことに気が付いたのだろうか。
坂上にいた人物はゆっくりと下りてくる。
会話をするわけでもなし。坂上から降りてきた人物―――白い髪の少女――は横を通り過ぎる。
彼もまた特別気にかけることもなく通り過ぎようとする。
互いが通り過ぎようとしたときに、不意に声がかけられた。

「早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん。」

「え?」

そう言って振り返るが、視線の先は何事もなく坂を下る少女の姿があっただけである。

(・・・・? 聞き間違いか。)

そう結論を出して、止めた足を再び動かして家へ向かう。
坂を上がりきって、さらに少し歩けば衛宮邸の門が見えてくる。
家の明かりがついているところを見ると、まだ桜と大河は残っているらしい。
この二人は一人暮らしの彼の家に最近ずっとこうして毎朝毎晩夕食を食べにやってくる。
士郎はそれを不快とは思わない。むしろ家族のように接している。
一人暮らしにとってはこの二人の存在はありがたかった。

「ただいまー。」

そう言って玄関に入る。
そこには靴があるのは当然だが、数が一つ少なかった。
居間に入ると、彼の姉役の大河の姿だけがあった。

「あれ?桜はいないのか、藤ねぇ。」

「あ、おかえりー士郎。桜ちゃんは夕食の支度だけした後帰ったわよ。今日は用事があるとか。」

嬉しそうに話す。
この人にとって食事を作ってくれる人はみないい人なのだろう。
女性としては致命的な感じも否めないが。

「そっか。確かに最近物騒だしな。しばらくはその方がいいかもしれない。桜にも明日伝えておくか。」

「え?それじゃ、晩御飯は誰がつくるの?」

きょとんとした顔で聞いてくる姉。

「誰って・・・・俺しかいないだろ。何言ってるんだ、藤ねぇは。俺は藤ねぇに飯作れっていう無理難題を押し付けるつもりはない。」

「えー!はんたーい。士郎帰ってくるの遅いじゃない。それから晩御飯作ってたら食べるの十時過ぎになっちゃうよー。」

「・・・あのね、そこに自分の家で食べるっていう選択肢はないのか。アンタは。」

「え?ここが私のうちだよ?」

何を言ってるの、と言わんばかりの顔で言う。
それに頭を押さえた士郎の視界にあるものが入ってくる。

「・・・藤ねぇ。それはなんだ。余計なモノだったら即廃棄処分だぞ。」

「これ?えーと、うちで余ったポスターだけど。」

はい、といって渡してくる。
どうせ人気のない歌手のポスターや関心も示さない政治家のポスターだろうと思いながらそれを受け取り広げる。

「どれどれ?えーっと、『恋のラブリーレンジャーランド。いいから来てくれ自衛会』――――って、これ青年団の団員募集だろ!!」

漫才師の突っ込みのように声をあげる。

「それ、いらないからあげるね。」

「うわぁ、そこで普通に渡そうとするその精神が信じられん。俺だっていらねぇよ、こんなの!」

そう言って士郎は広げたポスターを丸めて大河の頭めがけてポカッと殴ろうと振りかぶった。
しかし彼女は隠し持っていた別のポスターを取り出し、

「甘いっ!」

ガィン! と彼の頭部を叩きつけた。

「うがっ!?」

大よそポスターとは思えない攻撃音が居間に響いた。
目の前には一瞬星が見えた。

「ふっふっふ。士郎の腕で私に当てようなんて甘いわよ。ソフトクリーム並に甘い!悔しかったらもうちょっと腕を磨きなさいね。」

よほどきれいに決まったのがうれしかったのか、腰に手を当てて胸を張る大河。
しかし、攻撃を受けた本人はそれどころではない。

「~~~~!・・・そ、そんな問題じゃないだろ。藤ねぇ・・・そのポスター、何仕込んだ・・・!」

頭に手を当てながら訪ねる。

「え?あ、ごめんごめん。こっちのポスター、初回特典版で豪華鉄板使用だった。」

「鉄製かよっ!!藤ねぇ、いつか絶対に人殺すぞ!特に俺!」

渾身の突っ込みをいれるのだったが、しかし当の本人は

「大丈夫よ、士郎は死んでないから。今も生きてるし。」

からからと笑っていた。
それを見て大きくため息をつく士郎なのであった。


―――――第二節 魔術使いの夜―――――

食事を終え、大河を見送り、風呂に入る。
そうして一日が終わる。
しかし、彼には日課としていることがある。
土蔵に籠って魔術の鍛錬である。
よっぽど体調が悪い日でなければ基本的に毎晩行っている。

「――――――」

呼吸を整え、精神を集中する。
今までの喧騒から気持ちを切り替える。

「――――同調、開始(トレース・オン)」

口に出して言う必要のない自己暗示の呪文を唱える。
呪文を言って発動させる魔術も多少は父親から教授しているが、この呪文にいたっては自己暗示でしかなかった。

父親が言った言葉。あれは本当だった。
それに憧れた彼は魔術を教授してもらうようになった。
だが、魔術師というものはなろうとしてなれるものではない。生まれ持った才能が必要であるし、知識も相応に必要である。
彼が教授してもらった当初は無論、知識なんてないし才能があるかなんていうのもわからなかった。
何度目かに父親が出した結論は、優れた才能ではないが魔術を習えるだけの才能はあるということだった。
つまるところ『そこそこできる』ということだった。
そしてさらに何度目かに、父親は強化に集中するように伝えた。

それ以来、彼は強化の魔術を中心に日々の鍛練を続けている。
そしてその努力のおかげもあって、実用レベルにまでは到達した。
だが、強化という魔術はオーソドックスではあっても極めることは困難。
加えて自分の限界と、その先を知っていなければ自身に強化を施してもただ『体が少し頑丈になって少し早くなっただけ』でしかない。
さらにいうと自身の身体能力を強化しても体力が増えるということはない。
そして、強化魔術を行使した上で全力の行動をするとなると体力の消費が通常よりも大きい。
どれだけ取り繕ったところで元は普通の体である。
動かせば疲れるのは当然であり、それが強化による激しい運動となればその消費も大きいのは当然。
故に強化魔術での全力行動をとる場合は早めに終わらせるに限る。
強化魔術がもう少し上のレベルにまで達したらその分体への負荷も減り、継続時間も増えるのだが生憎ながら『そこそこ』のレベルである彼はそこまで優れてはいなかった。
魔術師の知識については父親が教えることはほぼなかった。
何でも必要がない、ということらしい。
教えたことは徹底的に魔術の使い方。
どうやれば魔術が発動し、どのような場面で使えば効率的か、そのようなことばかりだった。
気配遮断、衝撃緩和、認識阻害、強化、などなど。
教わった魔術は多岐にわたるが、総じてレベルの高い内容は教わらなかった。
彼自身の才能の所為、というのもあるだろうが父親自身もこの家を空けることが多く、そう大したものを教えることはできなかったこともあったからだ。
しかし、子供だった彼にとってはそんなものはどうでもよかった。
ただ『魔術を使える』ということだけでうれしくなり、それだけ使えれば父親みたいになれるのではないか、と思ったからだ。

魔術師には魔術回路、というものがある。
これがなければ魔術は使うことが原則できない。
中には特例があって使うことができる者もいると教わったが稀なケースなので気にする必要はないとも教わった。
魔術回路は生まれ持った才能と言うやつで、彼にはその才能があった。
といっても父親からしてみれば少ない部類ではあったが、魔術を知らない者からしてみればそれなりの数はあったらしい。
魔術を習った当初は魔術を行使するたびに魔術回路を構成していたが、父親の指導により回路のオン・オフはできるようになっていた。
なぜ、普通の家庭で育ったはずの彼が『そこそこ』の魔術回路があったのか不明であった。
それを聞いてみると父親は『もしかしたら士郎の家系も魔術師の家系だったのかもしれないね』とのことだった。
もはや本当の父親と母親の顔も思い出せない彼にとって火災以前に魔術を習っていたかという記憶などはない。

過去に一度、父親がどんな魔術を使えるのか聞いたことがある。
特別な力を使えるという父親に、それがどんなものか気になり聞いてみた彼は、その内容を聞いて驚いた。
固有時制御。
かなり簡潔に説明すると自分の体内の時間を操作するものだ。
そして、これを使えば高速移動などができるという。
それを聞いたときはそれを教えてくれ、と懇願したのだが『流石にこれは教えれないよ』とのことだった。
なぜか、という問いに父親は『肉親にしか魔術刻印が伝承できないから士郎には無理だよ』と答えた。
流石にそれは仕方がないので諦めることになったが。

魔術を習う際、父親は渋々ながらも承諾してくれた。
その時に言った。
『いいかい、魔術を習うということは常識からかけ離れるという事。死ぬ時は死に、殺すときは殺す。魔術とは自らを滅ぼす道に他ならない。』
その言葉は今でも彼の記憶に残っている。
『君に教えるのはそういう争いを呼ぶ類のものだ。だから人前では使ってはいけないし、難しい物だから鍛錬を怠ってもいけない。―――けど、それは破っても構わない。』
そして父親は幼い彼の頭に手をおいて撫でながら言った。
『一番大事なのはね、自分の為じゃなく他人の為に使うということだ。そうすれば士郎は魔術使いではあっても魔術師ではなくなるからね。』


「―――基本骨子、解明」

少し雑念が入ったが、今さらやり続けた強化が失敗するはずもない。

「―――構成材質、解明」

完了に至るまでの工程を進めていく。

「―――基本骨子、変更」

そうして形が整っていく。

「―――構成材質、補強」

そして

「―――全行程、完了」

強化は完了した。しかし。

「・・・はぁ、やっぱりきついな。」

強化自体は成功したのだが、軽くため息をつき強化したものを見る。
完成している物に強化の手を加えるということは、つまり完成度をおとしめる、という危険性も含んでいる。
傑作の芸術作品に筆を入れて良くしよう、という行動と同じ。
成功すればさらによくなるが、筆を入れる場所を間違えれば価値はなくなる。
だから、強化というものはオーソドックスで簡単なものであっても、難易度は高く、好んで使う人間はそういない。

ならば。
いっそのこと、一から作り出してみてはどうだろうか。

「―――投影、開始(トレース・オン)」

発音は同じ。しかし心構えは微妙に違う。
彼が強化を習う前に使えるようになった魔術、投影。
此方の方が、気が楽に使える。
作り出すのは代用品で、完成品に手を加えるわけではないのだから筆で書き入れて失敗するということはない。
しかし、そうやってカタチだけ再現した投影品は中身が伴っていなかった。
設計図は完璧にイメージできているのだが中身がないのだ。
否。
中身があったものもあった。
包丁。
様々な投影品を投影してきたが、一度だけ刃物を投影した結果きっちりとした包丁ができあがった。
その時は「なんで包丁だけ!?」と心の中で叫んだこともあった。
ただ、士郎はどこかの高校生のように無類の刃物好きなわけではない。
そもそも包丁の数は足りているし、他の刃物なんて必要もなかったわけだから刃物の投影はそれ一回きりだった。

「―――――」

投影した物を見て軽くため息をつく。

「一成風に言ってみれば『まだまだ修行が足りん!喝!!』ってところか。」

苦笑いしながら鍛錬を終えて寝室へと帰って行った。


―――――第三節 魔術師の夜―――――

深夜二時。
日付はすでに次の日にかわっている。
私にとって最も波長のいい時間。
制限的にも最初で最後のチャンスなのでしくじるわけにはいかない。

「―――消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む、と。」

そうして地下室に魔方陣を刻む。
サーヴァント召喚に大がかりなものは必要ない
魔方陣が赤く光る。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

細心の注意と努力を。
本来血で描くべき魔方陣を、溶解した宝石で描く。
私が今までため込んできた宝石を大量に使うのだから、財政的にも失敗は許されない。

(みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。みたせ。)
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。」

じきに午前二時。
家に伝わる召喚陣を描き終え、全霊をもって対峙する。

「――――Anfang(セット)。―――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

魔方陣が浮き上がる。
確かな手ごたえ。
しかし気を緩めずに続ける。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

―Viewpoint Rin Out―

ドッカーン! とまるでどこかのギャグ漫画の如く遠坂邸に爆発音が鳴り響いた。
急いで爆発音がした部屋へと向かう家主。

「扉、壊れてる!?」

爆発らしき影響だろう、扉が歪んで開かなくなっていた。

「―――ああもう、邪魔だこのぉー!」

扉をけ破る家主、遠坂 凛。
居間に入り確認する。
屋根には穴が開いており、そこには瓦礫の上に偉そうに座っている男性が一人。
凛は見るも無残になった時計に目が行って後悔した。
一時間早まっていたことをすっかり失念していたのだ。
後悔したところで現状は変わらないので、さっさと切り替えて目の前にいる男に声をかける。

「それで。アンタ、なに。」

「開口一番でそれか。これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだな。」

貧乏くじ引いたな、なんて顔で彼女の顔を見る赤い男。

「――――確認するけど、貴方は私のサーヴァントで間違いない?」

「それを言うまでにいろいろと言うことはあると思うのだが。」

「私が聞いているのは私のサーヴァントか、ってこと。それをはっきりさせない以上、説明も質問も受け付けないわ。」

「・・・召喚に失敗しておいて言うか。―――しかし。主従関係はハッキリさせておく、か。やる事は失点だらけだが、口だけは達者らしい。」

皮肉たっぷりな口ぶりで言う。

「―――ああ。確かにその意見には賛成だ。どちらが強者でどちらか弱者か、明確にしておかなければお互いやり辛かろう。」

「・・・どちらが弱者かですって?」

こめかみがピクピクと動く。
それに気が付いていないのだろうか、男は相変わらずの調子で続ける。

「私もサーヴァントの身。呼ばれたからには主従関係を認めるさ。だがそれはあくまで契約上。どちらが優れた者か、共に戦うに相応しいかは別だろう。――さて、君は私のマスターに相応しいのかな?」

にやにやと笑う男に対して、徐々に怒りゲージが溜まってきている凛。
しかしそれでも押し留めて

「貴方は私のサーヴァントかどうかを訊いてるの。理解できないのかしら?」

「なるほどなるほど。そんな当たり前の事は答えるまでもないと?いや、実に勇ましい。気概だけなら立派なマスターだが―――」

「れ・い・じゅ・つ・か・う・わ・よ・!」

怒りゲージがすでに振り切れた凛が脅しというよりはすでに確認作業に近い形でアーチャーに訊く。

「な―――まさか!?待て、正気かマスター!?そんなコトで令呪を使う奴が・・・・」

「ここにいるわよ!!――――Anfang(セット)!」

「待て、マスター!話し合えば・・・」

「うるさーい!いい?貴方は私のサーヴァント!なら、私の言い分には絶対服従ってもんでしょうがーーー!」

「か、考えなしか君は!こ、こんな大雑把なことに令呪をつかうなど・・・!」

「Vertrag!Ein neuer Nagel Ein neuer Gesetz Ein neues Verbrechen―――!」
(令呪に告げる!聖杯の規律に従い、この者我がサーヴァントに戒めの法を重ね給え!)

「バ、馬鹿かぁーーー!!」

アーチャーの叫び声と共に凛の腕に刻まれた令呪が一つなくなった。




[29843] Fate/Unlimited World-Re 第3話「如月」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 00:50
第3話 如月


―――――第一節 武家屋敷の朝―――――

「・・・・・、ん」

窓から光が射しこみ目が覚める。
日は昇ったばかりらしく、外はまだ薄暗い。
日時は二月一日の午前五時を十五分ほど過ぎている。

「・・・寒。」

しかし朝の冷気に負けじと起き上って気合いを入れるために頬を叩く。
どんなに夜更かししても、この時間帯には起きるのが長所であるが、必ず起きれるわけではない。
昨日がよい例だろう。

「朝飯・・・作らないとな。」

昨日は桜が朝食を作り競争に敗北したため、今日は作ろうと顔を洗い厨房へ向かう。
夜寝る前に炊飯器は六時に出来上がるようにセットしていたため、起きた時にはすでにご飯を炊き始めている。
秋刀魚に包丁を入れて塩をまぶし、あとは焼くだけの状態にし、味噌汁は玉ねぎと海藻が入ったシンプルな味噌汁を作る。
定番のだし巻卵を作り、漬物を用意する。
ここで一旦作業を中断。時刻を見ると五時四十分を過ぎたあたり。

「よし、こんなもんだな。」

そういって次は屋敷の掃除を始める。
大河がくるのはまだなので今から朝食を食べるわけにはいかない。
桜も最近は少し早めにやってくるようになったが、それでもこの時間はまだこない。
今日もバイトが入っているため帰宅するのは遅い。
この朝の時間にやるしかほかはないのだが流石にこの武家屋敷すべてを掃除するわけではない。
それをするとなると平日ではできない。
休日に何時間かかけてしっかり掃除する。

午前六時前。めぼしい部屋を掃除終えたところで桜が家にやってきた。

「おはよう、桜。」

「おはようございます、先輩。今朝はもう済ませてしまいましたか?」

「ああ。あとは食器の準備と秋刀魚に火を通すだけだ。藤ねぇもそろそろやってくるからやっておくか。」

「あ、それならお手伝いします。食器の準備は任せてください。」

食器を取り出す。手つきはすでに慣れたもので、どこにあるかなどはわかっているようだった。
士郎も秋刀魚に火を通し、朝食の準備を完了させる。
さああとは食べるだけ、というときになって玄関からけたたましい声が聞こえてきた。

「しろーぅ、おなかへったー!」

毎朝毎晩食事時を狙い澄ましたかのようにやってくる姉役である。
その姉役は廊下をダダダダダー、と足音を立てて入ってきた。

「お、朝ごはん出来てるじゃなーい。じゃ、早速食べよう!」

「あのなぁ藤ねぇ、アンタの頭の中には食べることしかないのか。っていうか廊下走ってくんな、一応教師だろ。」

「それだけお腹がへってるってことよ。いっただっきまーす。」

問いかけに話半分に答え、食事に手をつける。
呆れかえったが、これもまたいつも通りなので軽く流しつつ食事に手をつけた。
食事をとる三人。
その間にも会話はポツリポツリと続く。

「・・・む。美綴の奴、また桜に俺の文句言ってるのか?」

「はい、先輩は卒業するまでに何としても射でうならせてやるって、毎日頑張ってます。」

「はぁ・・・。今じゃアイツの方が段位高いだろうに。アレかな、思い出は無敵ってやつかな。美化されてるのは悪い気にはならないけど、それも人によりけりっていうか。」

「美綴先輩ってすっごく負けず嫌いですから。きっと心の中で先輩をライバルみたいに思ってますよ。」

そうか、と答えながら食べ終わる。

朝食をとり終え、食器を洗い、出かける支度をする。
大河は例の如く食べ終わって学校へ走り去っていた。
もう少し落ち着きはもてないのか、と内心思ったのだが同時に『無理だな藤ねぇだし』と結論づけた。

学校へ向かう二人。
交差点で信号待ちをしている前をパトカーが数台、サイレンを鳴らしながら通り過ぎて行く。

「何なんでしょう・・・先輩。」

朝から騒がしい。
ここ最近は物騒になってきたこともあり心配そうな声で訊いてくる。

「わからん、・・・あんまり気にするな、桜。」

「はい。」

交差点の信号が青になり横断歩道を渡る。
そこで昨日の事を思い出したので桜に言う。

「あ、そうだ、桜。ここ最近さ、物騒になってきただろ?特に夜なんかが。だからさ、夜は別になるべく外出しないようにしてくれ。」

「え・・・?でも―――」

「でもも何もないよ、桜。もし桜が夜、俺の家に来てその帰り道に誰かに襲われたーなんてことがあったら、桜に申し訳が立たなくなるからさ。」

そう言って桜の顔を見る。

「そんな顔するなって。別にもう二度とくるなって言ってるわけじゃない。物騒な事件のほとぼりが冷めるまで夜は家にいてくれってことだけだからさ。」

「・・・先輩がそう言うのでしたら・・・」

渋々了承する桜。

「ま、その分朝飯は少し豪華にしようかな。桜にもいっぱい食べて貰いたいしな。」

「そうですね、先輩のご飯はおいしいです。」

「はは、ありがとう。けど、桜だってこの前の味噌汁おいしかったぞ?コツ、掴んだんじゃないのか?」

そう会話をしているうちに学校へとたどり着いた。
と、今まで感じなかったはずの違和感が左腕に奔った。

「ん・・・?」

左腕を見る。
しかし特別変わった様子はない。

「どうしたんですか?先輩。」

桜が声をかけてくる。

「いや、何でもないよ。桜、朝練だろ?弓道がんばってな。」

「はい。それじゃ、行ってきますね。」

そう言って桜は弓道場へと向かっていった。
昨日一成と約束した仕事を終わらせるために、昨日と同様に生徒会室へと向かう。


―――――第二節 如月の朝―――――

氷室 鐘は昨日と変わりなく朝食を摂り、身支度を済ませてバスに乗っていた。
昨日と違うと言えば、昨日は一緒に登校した綾子がいなかったくらいか。
ただ、彼女とはいつも一緒に登校しているというわけではない。
同じマンションに住んでいるので一緒に登校することは多いが特別約束などはしていない。
一緒になったら一緒になったんだな、くらいの軽いものだった。
なので、別に彼女が同じバスにのってなくとも問題はない。

学校付近のバス停に到着し、学校へと向かう。
学校に到着しグラウンドを見るとすでに朝の早い陸上部員数名が体を温めるためにグラウンドのトラックを回っていた。
それを横目に陸上部の部室へ入る。
部室には数名の陸上部員がいた。
近々大会があるというわりには少ない方なのだが、この時間帯はいつもそうだ。
これがあと十五分もすれば人が増える。
彼女はただ単にその人の多い部室で着替えるのが嫌だったので、少し早めに学校にきているのだ。

着替え終わり仕切っていたカーテンを開ける。
そこに昨日と同じように着替え終わった楓と由紀香の姿があった。
鐘が部室に入ってきたときには見当たらなかったが、仕切られていたカーテンは複数あったので彼女達はその中にいたのだろう。
特に驚く仕草もなく挨拶を交わす。

「おはよう、蒔の字、由紀香。調子の方は大丈夫なのか?」

別に何か思い当たる節があって訪ねたわけではなかった。
ただ単に昨日は尋ねられたので今日は彼女が尋ね返しただけの話である。

「おはよう、氷室。私はいつも通りの調子だなー。」

「おはよう、鐘ちゃん。私も大丈夫だよ。鐘ちゃんも特に問題はない?」

「ああ。いつも通りの調子だ。」

互いに調子を確認しあう三人。
性格が全く違う三人だが、仲の良さは本物である。

「もうすぐ大会も近いな。集中して取り組むとしようか、蒔の字。」

「おうよ!優勝は私のモンだぜ!」

楓は気合い十分に答えて、由紀香はそれを見て笑っている。
由紀香は厳密に言うと陸上部員ではない。
陸上のマネーシャーを担当している。
彼女はこの学校に入学当初、料理同好会に入ろうかと考えていたらしい。
しかし、そこに楓の勧誘(と言う名前の拉致)にあい、そのまま陸上部のマネージャーとなっている。
当初は戸惑いが多かった彼女ではあったが、今ではすっかり板についている。

鐘もまた由紀香と同じであった。
彼女は絵を描くのが得意だったため美術部への入部を希望していたが、楓の強引な勧誘により陸上部へと入部した。
最初は渋々だったものの今では陸上走り高跳びのエースと称されるまでになっているあたり、彼女は文武共に稀有な才能の持ち主らしい。

グラウンドに出てそれぞれアップを始める。
楓は短距離走の選手なので、走り込みがメインである。
対して鐘は走り高跳びの選手であるため、短距離走の選手ほど走り込みは必要としない。
むしろ、少し早めにアップを終えて走り高跳びに必要な機材をセッティングする必要がある。
そう言う点ではグラウンドに白線で描かれた場所をひたすら走りこむ短距離走選手よりも面倒な作業をしなくてはならないが、それを拒んでいては走り高跳びなどできない。
早めにアップを終えた彼女は走り高跳びの準備を行うために陸上部の機材がしまってある倉庫へと向かう。
そこにその場所とは無縁な人物を見つける。

「・・・そこで何をしている?『寺の子』。」

「む、『役所の子』か。」

陸上部の倉庫前に腕を組んで立っていたのはこの学校の生徒会長、柳洞 一成だった。

「何、ここの倉庫の電灯とスピーカーが天授を全うされていたことは知っておろう?それを直すために、今衛宮が中で作業中なのでな。集中を阻害せぬように俺は外で待機しているということだ。」

「・・・『寺の子』。天授を全うされているのであれば、流石の衛宮でも直せないのではないか。」

「何、俺から見れば天授を全うされている、というだけの話。衛宮なら直せるやもしれんと頼んでみたのだが、いや全く頼りになる男だ。見事直してみせるとのことだったからな。」

「・・・そうか。中に衛宮がいるのか。・・・しかし『寺の子』、私はこの倉庫の中に用があるのだが。今はまだ入ってはいけないのだろうか。」

それを聞いた一成はさも当然のことらしく

「当然だろう。いつもそうなのだが、修繕をしている間はそれに集中するために人払いをさせるほどの徹底ぶりだぞ。そのおかげで衛宮が修繕したものは全て再利用が可能になっているのだから、これくらいは大目に見るべきだろう。異論は認めん。」

毅然とした態度で言う。
その答えを聞いて彼の仕事の高さは理解したのだが、修繕が終わらない以上倉庫の中には入れないために機材を出すことができない。
しかし邪魔をするのもまた躊躇われた。最近明かりがつかなくなったため薄暗い倉庫の中で機材を出し入れすることを強いられていた。
それ故に明かりがつくのであればそれは喜ばしいことでもあったからだ。
仕方がないので彼女は士郎が出てくるまでの間、体を動かそうとグラウンドへ戻ろうとする。
が、

「一成。終わったぞ。」

倉庫に背を向けた時に士郎が倉庫から出てきた。
振り返る。当然視線は合う。

「お、氷室。おはよう、倉庫に何か用事があるのか?」

「ああ。おはよう、衛宮。少し機材を出そうと思ってここまで来た。」

そう言って帰る足を返し、倉庫へと近づく。

「衛宮、修繕の方はうまくいったのか?」

「ああ、電気・スピーカーともに問題なく終わったよ。」

「流石だな、衛宮。お前が頼りになるときわめてうれしいぞ。」

「・・・一成?お前たまに変な日本語を使うな?」

苦笑いしている衛宮に、さも自分のことように胸を張る一成。
その光景を見ていた鐘は、ふと思い出したように二人に訪ねる。

「衛宮、一つ訪ねていいだろうか。」

「ん。何だ?答えられるものなら答えるよ。」

「生徒会長である『柳洞 一成』とそこに頻繁に出入りしている『衛宮 士郎』は、実はそっち系の関係がある、という噂が密かに立ち始めているのだが実際はどうなのだ?」

少し意地悪く訊く。
それを聞いた士郎は残像が見えそうな勢いで右手を左右に振って

「じょ、冗談じゃない!俺はそういう付き合いはしてない!」

と必死になって反論してくる。もう一方はというと

「そっち系とはなんだ、『役所の子』?」

と、訊きかえしてくる始末だった。
訪ねた彼女自身もこの噂はありえないと決めていたので、特別気に掛けることもなかった。

「まあそういう噂が立ち始めている。誤解されない程度に周囲にも気を配るのだな、衛宮。」

「まったく・・・なんでそんな噂が・・・。ありがとうな、氷室。これから気を付けるよ。」

軽いため息をついた士郎は思い出したように訪ねる。

「そういえば、倉庫に用があるって言ってたよな。何か持ち出すものがあるのか?」

「む?・・・そうだな、走り高跳びの練習をするため準備をする必要がある。」

それを聞いた彼は一瞬ポカン、と呆気にとられたような顔をした。

「え? 氷室一人で準備するのか?」

「? そうだが。今は私一人しかいないのだから当然だろう。」

そう言いつつ彼の横を通り抜けて倉庫に入る。
入口の壁付近にあったスイッチを入れると、なるほど明るくなった。
修繕は完璧らしい。

「明かりは問題なくつくな、衛宮。助かる。」

「あ、・・・ああ、いや。まあ直したのにつかないと困るし。」

そういいつつも彼女は走り高跳びで使うマットを引きずり出してくる。
それを見た士郎は後ろにいた一成に一言声をかけた。

「悪い、一成。残りの修繕はあとでいいか?」

「ん?ああ。別に構わんがこれからどうするのだ、衛宮。」

「氷室を手伝う。修繕はそれが終わってからでいいだろ?朝終わらなかったら昼にまたやるよ。」

そう言って彼女の傍にやってくる。
それに驚いた彼女は少し慌てるように断る。

「衛宮、別に無理に手伝う必要はない。君はほかにやることがあるのだろう?」

「確かにあるけど、今すぐっていう事じゃない。それに氷室を放ってなんかおけないだろ。一人より二人だ。手伝った方が楽だろ?」

そう言って笑いかけてくる。
その笑顔に一瞬戸惑いながらも彼女は

「い、いや。気持ちはありがたいが衛宮。いつもの事だから別に気にしなくても・・・」

と言ったのだが、

「いつも一人でやってるのか?・・・他の奴は何やってるんだか。―――なら一層手伝わせてくれ、氷室。なんなら明日からも手伝うぞ?」

失言だったか、と内心思いながら彼を見ていた。
しかし部員でもない人間に手伝ってもらうのもいかがなものか。

「いや、重ね重ね気持ちはありがたい。だが、部員ではない衛宮の手を煩わせるわけにはいかない。気にしないでくれ。」

「部員だからとかは関係ない。俺は氷室を手伝いたいから手伝うって申し出てるだけだからさ。・・・でも氷室が迷惑だ、って言うなら迷惑かけるわけにもいかないから大人しく引き下がるけど。」

「あ、いや・・・。迷惑ではないが・・・・」

「なら決まり。明日からも手伝い来るよ、氷室。女の子が毎日用意するのは大変だろ?遠慮なく俺を使ってくれ。」

そう言ってくるのでもう何も言えなくなってしまった。

マットを引きずり出していたが、士郎がマットの反対側を持ち上げることで引きずることなくいつもの定位置へ置くことができた。
次に走り高跳びに必要なバーを持ち出す二人。
当然重いものは士郎が持ち、軽いものを鐘が持ってセッティングする。
そうしてかかった時間は当然ではあるがいつもよりもかなり短い時間で完了した。

「よしっ。完了っと。」

セッティングが完了したのを確認し、士郎が独り言のように言う。

「すまない、衛宮。助かった。」

素直に感謝の言葉を述べる。

「明日もこの時間には用意するんだろ?なら俺もこの時間帯に倉庫の前にいるから。また明日も手伝うよ、氷室。」

どうやら彼の中ではすでに決定事項になっていたらしい。
梃子でも動きそうにないので、ここは素直に彼の申し出を受けることにした。

「終わったか、衛宮。」

少し離れていたところから用意の光景を眺めていた一成が話しかけてきた。

「ああ、見ての通り終わった。悪いな、一成。まだ時間はあるから他の修繕箇所へ向かおう。」

そう言って歩き出そうとする士郎を止める。

「一成?」

「まあ待て衛宮。・・・まったく、人が良いのも考え物だな。衛宮がいてくれると助かるが、衛宮の場合来る者拒まず過ぎるぞ。」

「? 別に氷室を拒む理由なんてないだろ?」

「たわけ、誰が彼女一人を対象として言った?彼女は誠意もあるからいい。だがこれでは心ないバカどもがいいように利用するやもしれん。断るときはしっかり断ることも必要だぞ。」

「一成、流石の俺も善悪の判別はできるし、無理な頼みならしっかり断ってる。一成が心配することもないよ。」

「しかしな、衛宮のは度が過ぎると言うか、このままいくと潰れてしまうと言うか。―――そうは思わんか、『役所の子』?」

突然話に振る一成。
当然、いきなり振られたって対応できるわけではない。
その光景を見て士郎が言う。

「こらこら、一成。いきなり氷室に話を振るな。・・・まあ、一成の忠告は受け取っとくよ。じゃあな、氷室。朝練頑張ってな。」

そう言って二人は去って行った。
彼らの後ろ姿を少しの間茫然と眺めていた彼女だったが、次には元に戻り

「練習をするか。」

走り高跳びの練習を始めた。
二月一日。
まだ春の産声は程遠い。


―――――第三節 4人と一人―――――

予鈴十分前。
朝練をしていた生徒達はすでに着替えはじめている時間。
一成は2年A組の担任、葛木に呼び出されて職員室へ行っていた。
士郎はその間にも頼まれた備品の修繕を行い完了し、校舎へ向かためグラウンドを歩いていた。

「や、おはよう衛宮。」

バッタリと弓道部の主将、綾子と出会った。
その姿はまだ制服ではない。

「何だ、まだ着替えてなかったのか美綴。もうすぐホームルームだぞ。俺なんかに挨拶してる場合じゃないだろ。」

「あはははは!いや、ごもっとも。相変わらずつれない野郎だねぇ、衛宮は!」

何が楽しいのか、人目も気にせず豪快に笑う。

(まあ、精神年齢は実年齢より若干上のお姉さんタイプだよな。いつも思うけど。言ったら怒られるから言わないけど。)

そう頭の中で考える士郎だったが、何かを感じ取ったらしい弓道部主将は

「あん?今アンタ、よからぬ感想を漏らさなかったかもし?」

「そんなものは漏らさない。あくまで客観的な事実を連想しただけだ。それで気を悪くするのは美綴の勝手だが。」

「お、言うね。正直に答えるクセに、何をどう考えてたかは口にしないんだもの。慎二と違って隙がないな。」

とおかしなことを言う。

「慎二?なんでそこで慎二が出てくるんだ?」

「何でも何も、友人だろ?慎二の男友達ってアンタだけ。それにお忘れかもしれませんが、あたしはこれでも弓道部主将なの。うちの問題児と辞めちまった問題児をくっつけるのは自然な流れだと思わない?」

その言葉を少し考える士郎だったが

「ああ、確かに自然な流れだな。弓道部っていうのは関係ないけど、慎二とは腐れ縁だしな。」

と答えた。
のだが、気に障ったらしい。
綾子はムッとした顔で

「あ、カチンときた。アンタね、弓道部の話になると急に冷たくなるでしょ。いいご身分よね、慎二をほっぽっといて自分はさっさと退場しちまうんだから。」

「・・・む、慎二の奴、またなんかしたのか?」

「一年365日、あいつが何かしない日なんてないけどさ。それでも昨日のはちょっとやりすぎか。一年の男子生徒が一人辞めたぐらいだから。」

はあ、と深刻そうにため息をつく。
新入生獲得のために日々奮闘しようとしている彼女にとって、間桐 慎二は悩みの種であった。

「なんだよ、部員が辞めたって。」

「慎二の奴が八つ当たりしたのよ。初心者の子を矢が的にあたるまで笑い物にしたとか。」

「はあ!?お前、そんなバカげたことを見過ごしてたのか!?」

「見過ごすか! けどさ、主将ってのはいろいろと忙しいんだ。いつも道場にいるわけじゃないって、衛宮だって知ってるでしょ。」

「・・・・それは、そうだけどさ。にしても慎二のヤツ。必要以上に厳しくなることはあっても、他人を見世物にするような奴じゃないだろうに。」

それを聞いた綾子は心底呆れた顔をして

「―――呆れた、衛宮ってば本当にアレだ。」

なんていいながらため息をついた。

「む、アレってなんだ。今お前、良からぬ感想を漏らさなかったか?」

「あーら、あたしはあくまで客観的な事実を連想しただけさ。それで気を悪くするのは衛宮の勝手だけどね。」

なんて、オウム返しのように言ってくる。

「・・・っ、この、ついさっき聞いたような返答をしやがって。―――いいよ、それより慎二はどうしたんだよ。なんだってそんな真似を?」

「んー、聞いた話じゃ・・・」

「遠坂嬢にふられたのだろう、美綴嬢。」

不意に背後から声がかけられた。
振り返る士郎に、覗き込む綾子。
そこに鐘と由紀香、楓の三人がいた。

「お、三人ともおはよう。今日も相変わらず一緒だねぇ。」

「おはよう、三人とも。朝練はもう終わったんだな。」

「おはよう、衛宮君に美綴さん。」

「おはよー、美綴、衛宮。こんなところで世間話か?」

楓が二人に問いかける。

「いや、ちょっと弓道部について話をしてたんだよ。・・・で、美綴。氷室が言ったことって?」

「いや、その通りだよ。相変わらず耳が早いね、氷室は。」

「情報収集は常識ではあるからな。当然だろう。」

普段通りの振る舞いで言う。
さすがパーフェクトクールビューティ、と内心感想を言いながら綾子は続ける。

「ともかく、慎二のヤツはそのせいで昨日からずっとその調子。おかげであたしもこんな時間まで道場で目を光らせてたって訳。」

「・・・そうか。大変だな、美綴。頑張ってくれ。」

軽くため息をつきながら言う。

「はいはい。あ、そろそろ時間がまずいな。じゃあね、衛宮。今度あたしの弓の調子を見に来てよ。」

「ああ。また機会があれば行くよ。」

そう言って去って行った。
それを見送る四人。
と。
ここで自分の状況を改めて確認する。

「・・・・あ。工具箱持ちっぱなしだ。」

「・・・気が付いていなかったのか、衛宮。」

少し呆れたように見る。

「っと!少し急がないといけないか。じゃあな氷室。間に合うように教室に行けよ。」

士郎も小走りに去って行った。

「ぶー。なんで氷室だけ呼ぶんだよー。私たちもいるぞー!」

「間に合うようにいけよー、三人とも―」

「なんだよそれー!」

走り去る彼に文句を言って、その返答が帰ってきたのでさらに文句を言う楓。
どうやら自分と由紀香が無視されたように感じて腹がたったらしい。

「蒔の字。私たちも急がなければ。」


―――――第四節 生徒会室での昼食―――――

昼休み。
この学校には食堂がある。
たいていの生徒はそこで昼食をとるのだが、それをしない生徒もいる。
所謂“弁当組”と呼ばれている生徒。
ここ生徒会室にいる二人もその一員である。

「衛宮、そのから揚げを一つくれないか。俺の弁当には圧倒的に肉分が不足している。」

「・・・いいけどさ、なんだってお前の弁当はそう質素なんだ。いつの時代の寺だ?」

「いくら寺でも時代錯誤なことはない。これは単に親父殿の趣味だ。小坊主に食わす贅沢などない、悔しいのなら己でなんとかせよ、などと言う。いっそ今からでも典座になるかと俺も考えどころだ。」

「・・・あー、あの爺さんなら確かに。」

一成の父親は大河の父親と旧知の仲。その時点でまともな人格を期待してはならない。

「それはそれは。では、いつか恩返しを期待して一つ。」

弁当を差し出す。
それを見た一成は左手で手を合わせ、

「やや、ありがたく。これも托鉢の修行なり。」

なんていいながらから揚げを一つ、箸で掴んで口へ運んだ。

「そういえば衛宮。朝方、二丁目の方で騒ぎがあったのだが知っているか?ちょうどあの交差点の傍だ。」

「交差点・・・?」

言われて思い出す。たしかに交差点でまっているとパトカーが何台か通り過ぎていた。

「なんでもな、殺人があったそうだ。詳細は知らないが一家四人中、助かったのは子供だけらしい。両親と姉は刺殺されたとか。しかし、その凶器がナイフの類ではなく長物だという。」

「長物で刺殺・・・て。じゃあ何だ、殺した奴は日本刀とか槍とか、そういった類を持って押し入ったってことか?」

「そこまではわからん。犯人は未だ捕まらずだしな。新都の方では欠陥工事によるガス漏れ、こちらでは辻斬りめいた殺人。学校の門限も早まるのは当然か。」

「・・・・・」

「む、どうした。衛宮。喉にメシが詰まったか?」

それを聞いた士郎は軽くため息をつく。

「あのな・・・少なくとも、だ。その話は食事中にするようなことではないと思うのだが、一成?」

「む・・・。これは配慮が足りなかった。すまない、衛宮。」

食事を食べ終え、茶をすする二人。
と、そこにコンコン、とノックされてドアが開かれた。

「失礼、柳洞はいるか。」

入ってきたのは2年A組の担任、葛木宋一郎。

「え?あ、はい。なんですか、先生。」

やってきた葛木と何やら話し込む。
生徒会の簡単な打ち合わせなのだろう。朝の続きらしい。

「・・・真面目なところで気が合うのかな」

一成の様子を見て呟く。
葛木はとにかく真面目で堅物。規律を重んじる柳洞と波長が合うのだろう、と勝手に結論をだした。


―――――第五節 視察―――――

遠坂 凛は平日だというのに学校には行かず、街に出ていた。
理由は昨日の召喚による疲労。
そのためもあってだろう。起床したのは午前九時。
すでに学校は始まっているので今さら行く気も起きないし、何よりまだ魔力が回復しきっていなかった。
ということで、回復がてらにアーチャーに街の紹介をしていた。

近くの住宅街や交差点、隣町へと続く大橋や新都。
そして、十年前の大火災の中心となった場所へやってきていた。

「ここが新都の公園。これで主だった場所は歩いて回ったわけだけど、感想は?」

「広い公園だな。―――にも関わらず人がいないのは、何か理由でもあるのか。」

姿を消しているアーチャーはマスターである凛に問いかける。

「十年前の話よ。この辺り一帯で大火災があったの。火は一日中燃え続けて、雨が降り出したころに消えたとか。その後、街は復興したけどここだけはそのままだった。何もないから公園にしたらしいわ。」

「―――――――」

「・・・気づいたみたいね。ここが前回の聖杯戦争決着の地。私も事情は知らないけど、前回の聖杯戦争はここで終結して、それっきり。」

「―――なるほど。それでここは、こんなにも怨念に満ちているというわけか。」

「・・・ふぅん、わかるの?そういうの。」

「サーヴァントは霊体だ。その在り方はそれらに近い。故に同じ“無念”には敏感なのさ。ここは複数ある中でも別格だな。我らから見れば固有結界のそれに近い。」

アーチャーから意外な単語が出てきた。

「・・・意外ね、固有結界だなんて。アーチャーのくせに珍しい単語知ってるのね。」

「なんだ、知っているのがそれほど可笑しいか。」

「だってそうじゃない。固有結界って魔術師にとって禁忌中の禁忌、奥義中の奥義だもの。アーチャーである貴方が知ってるなんて筋違いよ。」

しかし、帰ってきたのははぁという大きなため息。

「凛。英雄とは剣術、魔術に優れた者を指す。私以外のサーヴァント相手に固有の楽観を持つ事は避けてくれ。」

「う、わ、悪かったわね。これから気を付けるわよ・・・っつ!?」

「――――凛?」

「アーチャー、少し黙ってて。」

右腕に刻まれた令呪が痛む。つまりそれは

「――――誰かに見られている。」

凛は即座に周囲を詮索する。
だが、見つけることができない。

「・・・だめ。私じゃ見つけられない。アーチャーは?」

「・・・私は視線すら感じないな。」

「ってことは見ているのはマスターってことね。」

そう言って集中させた意識を解く。

「・・・令呪は令呪に反応する。だが、それなら凛にも相手の識別はできるのではないか?」

「そうね。けど高位の魔術師なら、自分の魔力ぐらい隠し通せる。マスターである本体が魔術回路を閉じてれば、見つけるのは困難になるわ。」

「厄介だな。つまり私たちだけが一方的に場所を知らせているということか。」

「でしょうね。ま、私には必要ないけども。」

「ほう、その心は?」

「隠さなければ向こうからやってくる。そこを返り討ちにすればいいわ。」

強気な発言をする凛をアーチャーは鼻で笑った。

「・・・何?自信過剰だとでもいいたいの?」

その問いにまさか、とこぼした後

「君はそのままが一番強い。―――ああ、小物にはつきまとわせてやるのがよかろう。」

と言うセリフを吐いた。






[29843] Fate/Unlimited World-Re 第4話「平穏なる夜」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 00:57
第4話 平穏なる夜


―――――第一節 酒屋―――――

学校が終わり、完全下校時刻である十八時に間に合うように学校を出る。
昨日は道中同じバスに乗車した士郎と会話をしていたため早く着いたように感じたが実際の時間は変わらない。

(まあ、流石に二度目はないか)

昨日は出会ったので今日はどうだろうか、など思っていた鐘だったがバス停に彼は現れなかった。
しかし別に落胆するわけではない。そもそも一人が普通だったので気にすることもなくバスへと乗車する。
何をするわけでもなく、外の流れる夕焼けの景色を見ていた。
学校から二十分。
家の近くではないバス亭へ降りる。
母親に帰りにワインを買ってくるように頼まれていたからだ。
しかし、ここで年齢確認を問われるような場所へ行けば買うことはできない。
なので母親の行きつけである小さめの酒屋へ寄るように言われていた。

カランカラン、と店の扉につけられていた鐘が鳴る。
それに反応したのか、荷物運びをしていた店員が現れた。

「はい、いらっしゃいませ・・・・?」

「え?」

その店員を見た瞬間硬直した。
その顔は今朝にも見た顔だったからだ。

「なんだ、氷室じゃないか。どうしたんだ?」

その店員は赤い髪をしていた。
そう、衛宮 士郎だった。

「あ、いや。母親の頼みでワインを買いに来たのだ。まさか、衛宮がここでアルバイトをしているとは思わなかった。」

まさか今日はもう会うことはないだろうと思っていた人物に、意外な場所で出会うものだから驚いてしまった。

「そうなのか。氷室のお母さんがワインをね。てっきり氷室が一人でお酒を飲みに買いに来たのかと。」

そう言って笑う士郎。

「衛宮。私はまだ未成年だ。お酒を飲む気はない。」

ときっぱりと答えた。

「うん、そうだな。未成年はお酒を飲んではいけませんよっと。―――さて、それじゃ・・・」

「?」

仕切りなおすように言葉を整える。

「いらっしゃいませ、お客様。当店にご来店頂き誠にありがとうございます。ワインをご所望とのことですが、一体何年物のワインをご所望でございますか、お客様?」

どこの高級店の店員だ、と突っ込みたくなるような仕草で問いかける。
しかしこういった態度は新鮮だったので、突っ込む前にまず狼狽えて答えてしまう。

「や、やめてくれ、衛宮。私はただ普通に買いに来ただけだ。それに何だ、その仕草は。ここはどこの高級酒屋だ。」

「ははは、悪い。―――で、どれを買ってくるように言われたんだ、氷室?」

普段通りに戻った士郎は気さくに話しかけてくる。
彼女は頼まれたワインの名が書かれたメモを渡した。
それを見て手早くメモに書かれているワインを持ってきた。

「早いものだな、衛宮。」

「そりゃあ、ここでバイトしてるからな。」

そう言って二人は会計を済ませる。

「衛宮は何時頃までアルバイトをしているのだ?」

ふと疑問に思ったこと訊く。

「ん、大体八時から九時までの間かな。今日は八時まで。あと一時間半ってところか。」

時刻は現在十八時三十分。
二十時までは残り一時間半だ。

「そうか。では帰りは結構遅くなるのではないか?」

「そうだな。帰ってから夕飯食べるから遅い時だと十時になる。ま、最近は早く帰るようにしてるけどな。」

最近は物騒になってきたし、と付け加える。
そうだな、と答えた鐘は時計を見る。
もうまもなく家へ向かうバスがやってくる時間だった。

「と、そろそろバス亭へ向かう。衛宮、帰りは気を付けるのだな。」

「そういう氷室こそ、帰りは気を付けてな。寄り道、するなよ。」

まるでどこかの教師のような科白を吐いた彼は笑って店から送り出す。
その際

「ありがとうございました、お客様。またのご来店、お待ちしております。」

なんて、整えた口調で送り出した。
それを聞いた彼女は苦笑いしながら店から出ていった。

酒屋から歩くこと数分。
バス停に到着し、その数十秒後にバスがやっていたので乗車する。
ここから目的地まではあと数分かかる。
店内での彼との会話を思い出しながら流れる夜景を眺めていた。


―――――第二節 武家屋敷の夜―――――

午後八時前。
予定よりも十分早くバイトを終えたのは単に彼が頑張りすぎただけだ。
途中の鐘との会話で少しリラックスできたのも大きかったらしい。

「・・・まいった。まさか三時間で三万も貰ってしまうとは。」

なんという棚から牡丹餅だろうか、などと思いながら夜の町を歩く。
バイト先のコペンハーゲンは飲み屋兼お酒のスーパーマーケットの様な場所で、棚卸しには何人もの人手が必要になる。
少なくともあと五人、店にいれば楽になるという大仕事。
無論、毎日そんなことをするわけではないのだが定期的に行う作業のため、その時に限ってはそれほどの人が欲しくなる。
だというのに、そこの店長はいつもの調子で

『手伝える人は手伝ってねーん』

などと、かなり軽い調子で言うものだから他のバイトの人も特に大丈夫だろうと感じたらしい。
で、フタを開けてみればバイトに来た人は士郎一人。
結果、店長とその娘の蛍塚 ネコだけという地獄ぶりであった。
『バカだね、あんた。そりゃ誰もくるわけないじゃん。』と、ネコは店長をなじっていたのだが、そこに現れた救世主(もとい生贄)が一人。
“おおー”と二人は緊張感のない拍手で彼を出迎えた。
それを見た以上引き下がるわけにもいかないので、仕方がないからできる範囲で倉庫整理をしよう、ということになった。
しかし、当然ながら内容はハードを超えてエキスパートクラスの忙しさであった。
倉庫の中を行ったり来たり、たまに来るお客の会計処理、店の外と中を行ったり来たり。
普通なら過労死するんじゃないの?というくらいの内容だったのだ。
だがそこは魔術使いの士郎君。強化魔術を自分の体に行使して一人で五人分の仕事を見事三時間で終わらせるという偉業を成し遂げた。
しかしながらそれでも体力は減って精神も疲れが出てきていたので、三時間のちょうど中間に彼女がやってきて会話ができたことは大きかった。

三時間の地獄が終わり、流石の彼も体力はすっからかんであった。
無論、三時間ずっと強化魔術をしていたわけではない。不要な部分で強化魔術を使っていたらそれこそすぐにバテていたことだろう。
そんな一進一退の判断が行われていたことなどつゆ知らず、店長は椅子にへたりこんでいた彼に声をかけた。

『驚いたなぁ、士郎君。君はアレかな、ブラウニーか何かかな?』

いえ、魔術使いです。と心の中で呟いた。
対して店長は作業後の一服と称したこげ茶色のケーキを食べながら感心していた。

『違いますっ。力仕事には慣れてるし、ここのバイトも長いし、倉庫の何処に何があるかは把握しているからですっ!伊達にガキの頃からここで働かせてもらってません!』

先ほど心の中で呟いた言葉は心の中にしまっておいて、別の理由を言う。

『そっかー。あれ、士郎君ってもう五年だっけ?』

この会話を聞いた警察官がいたのなら、即刻取締りにくるだろうという発言を平然と言ってのける店長。

『そのぐらいですね。切嗣(オヤジ)が亡くなってからすぐに雇ってくれたのは、店長のところだけでしたし。』

むしろ小学生を雇う店などそうそうにあるはずがない、という事実は知らなかっただろうか。

『ありゃりゃ。うわー、ボクも歳を取るワケだ。』

もむもむとラム酒入りのケーキを頬ばる店長。
で。

『んー、けど助かったわー。こんだけやってもらって、お駄賃が現物支給(ケーキ)と普通の三時間のバイト料金ってだけだとあれだし。はい、これボクからの気持ちね。』

ピラピラと万札三枚を渡された。
一週間フルで働いても届かない、三時間程度の労働には見合わない報酬だった。

『あ、ども。』

流石に驚いたが、貰えるものは貰っておく。
そうしてコペンハーゲンを後にする士郎だった。

「・・・と」

駅前という事もあり、夜はまだ始まったばかり。
人波は多く、道を行く自動車も途絶えることはない。

「藤ねぇにお土産・・・はいいか。」

そもそもなんでバイト帰りにお土産が必要か、などと考えながらバス亭に向かう。
しかし。

「今日の臨時報酬はでかいからなあ。半分は生活費にあてるとして・・・、半分はどうしようか。」

特にお金を使う必要があるような趣味は持ち合わせていない。
料理を少しだけ豪勢にできるかな、そう考えながら明かりのついたビルを見上げ、歩く。
新都で一番大きなビルなので、流石に上の方となると見づらい。
ただ夜景を楽しむために見上げていると、そこに不釣り合いな何かが見えた。

「――――――?」

目を凝らして見る。
ビルの屋上。街を見下ろすようにその人物は立っていた。

「・・・・あれ?遠坂?」

何の意味があってあそこにいるのかが理解できない。
彼女は士郎に気づいている様子はない。
いや、見えている筈がない。
人並み外れて視力のいい彼が、魔力で視力強化してようやく判断できる高さである。
あのような場所で一人で立っているからこそわかるわけで、地上で人波の中にいる自分に気づくことはないだろう。
と。
合うはずのない視線が合ったような気がした。

「・・・・視線が合った?」

そう呟いたすぐ後に

「・・・あ」

用を成し終えたのか、屋上から姿を消した。

「――――何してたんだろうか、あいつ。」

いない人に向かって呟く。

「ヘンな趣味をしているんだな、遠坂って。」

そしてバス停にやってきたバスに乗車した。


バス停に到着しバスから下車する。
あとは約十分の道のりを歩いていく。
新都と違い、深山町に人影はない。
夜の八時を過ぎれば通りを行く人もなく静まり返っている。

「まあ・・・当然か。辻斬りめいた殺人があったばかりなんだし。」

坂を上りきって家の前に着く。
玄関に明かりが灯っているので、まだ家に大河がいるのだろうと判断し玄関の戸を開ける。

「ただいまー・・・ってあれ?」

玄関先の靴を見る。
そこに二足ほど靴があった。
疑問に思いながらも居間へと足を進める。

「あ、おかえりー、士郎。」

「おかえりなさい、先輩。」

こなくていいといった桜が居間にいた。

「さ、桜。物騒だから夜は出歩かなくていいって・・・。」

「はい。ですからそれは明日からでしょう、先輩? ですから今日はきちゃいました。」

笑って答える桜。

「きちゃいましたって・・・。いや、まあもうきちゃってるからいいけどさ。」

そうして居間のテーブルに並べられた夕食を見る。

「えっと?もしかしてまだ二人とも食べていなかったりするわけ?」

「そうだよー。桜ちゃんの晩御飯とも一旦お別れってことになるから、最後は一緒に食べようっていうことになったのよ。ねー。桜ちゃん。」

「はい。先輩が大体この時間に帰ってくるのはわかってましたから。用意して待ってたんです。」

大河は士郎を無理矢理居間に座らせる。
早く食べたくて仕方がないらしい。

「はい!それじゃいただきまーす。お姉ちゃんはもうハラペコだよー。」

「先輩、今日はたくさん作りましたので、いっぱい食べてくださいね。」

「・・・たしかに、いつもの倍の量はあるな、これ。」

が、すぐにその場を立ちあがる。

「士郎?」

「ええい、そんな駄々っ子のような顔で見上げるな。二十五の大人がやったところで何もかわいくないぞ、藤ねぇ。」

「先輩?どこに行くんですか?」

「風呂の用意。あとまだ手洗いもしてない。ついでに荷物も置いてくるから先に食べててくれ。すぐに戻る。」

そう言って居間を後にする。
洗面所に行き手洗いをすませ、風呂の準備をする。
そのまま居間には向かわずに部屋に向かい。荷物を置く。
着替えは風呂上りに着替える為制服のまま居間へと向かった。
居間の障子をあける。
そこにはまだ食事に手を付けていない二人がいた。

「・・・藤ねぇ、無理するな。」

「早くタベサセロー・・・・」

「・・・どこのゾンビだよ、まったく。桜も別に待たなくてもよかったのに。」

「いえ、すぐ戻ってくるということでしたので待つことにしたんです。」

笑う桜。

「そっか。すまない、桜。それじゃあ食べよう。」

「オッシャー!タベルゾー!!いただきまーす!!」

言うや否や物凄い勢いで目の前の食事にかぶりつく。
その光景を見て、士郎はげんなりする。

「・・・藤ねぇ、お前は食に飢えた虎か。そんな調子で食ってると―――――」

「!?んー、んー!」

案の定喉に食べ物が詰まったらしい。
その光景にまた深くため息をついて、水をわたす。

「それみたことか・・・。ほら、藤ねぇ。水。」

「――――!」

物凄い勢いで士郎からコップを奪い、ゴクッゴクッゴクッという音が聞こえたあと、彼女は元に戻っていた。

「ありがとう、士郎。おかげで助かったわー。」

「・・・俺はむしろ頭痛がしてくるよ、藤ねぇ。」

そう言って箸を持つ。

「食べきれるかわからないけど。桜が作ってくれた料理だ。余すことなく食べさせてもらうよ。それじゃ、いただきます。」

「はい、いただきます。」

そうして食べ始める三人。
時計短針は九時を指そうとしていた。

「桜、また一段と上手くなったな。これじゃ俺も追い抜かれそうだ・・・」

「はい、先輩を射程圏にとらえました。いずれ追いついて、追い越してみせます。覚悟してくださいね、先輩。いつかまいったって言わせてみせます。」

「うわー言い切った。・・・まったく、うちにくるまではサラダ油の存在すら知らなかったクセに。今では虎視耽々と師の首を狙ってやがる。なんだってそんな目の仇にするんだよ、ほんと。」

「そんなの目の仇にしますっ。先輩の方が料理が上手なんてダメなんですから!」

「・・・ともかく。俺も桜の射程圏から逃れるために料理技術を向上させねばいけないな。見てろよ、桜。また距離をあけてみせるぞ。」

「ふふ。はい。私も先輩に近づけるように精進します。」

会話は続く。

「桜、醤油とってくれ。」

「あ、士郎。醤油こっち。」

「・・・その醤油ビンに入っているものを藤ねぇのごはんにかけてやろうか?」

「ぇー・・・なんでよー。」

会話は続く。

「うん、やっぱり味噌汁のコツ掴んだな、桜。おいしい。」

「はい、ありがとうございます。」

会話は続く。

「藤ねぇ、食いすぎ。ご飯何杯目だよ。」

「んー、五杯目?」

「しっかり数えてんのかよ!」

そして少し遅い夕食が終わる。
時刻を見ればすでに九時半。
外出するには少し危ない時間である。

「さて、それじゃ、俺は桜を家まで送るとするかな。」

「え? い、いや、いいですよ、先輩。一人で帰れますから。それにまだ食器の片づけが・・・。」

「良くないだろ。最近物騒になってきたんだからさ。それに桜んちは遠いだろ。食器の方は帰ってから洗うから今日はもう帰って休め、桜。」

「でも・・・ごめんなさい。気持ちは嬉しいんですけど、先輩は休んでいてください。家までだったら慣れてますし、一人でも大丈夫ですから。」

「いや、それはそうだろうけど。今日は特別だ。」

「でも、やっぱり・・・」

「はいはーい、そこで提案です。二人とも。」

「「?」」

二人の間に入るように声をかけてきた。

「なんだよ、提案って。言っとくけど変な事だと即、却下だからな。」

「別に変じゃないわよ。士郎は家にいて食器を洗えるし、桜ちゃんは夜道の危険にさらされないで済む方法があるわよ?」

「それって藤ねぇが送って行くっていうことか?・・・まあそれなら」

「ぶぶー、残念でしたー。正解は、今日はこの家に泊まっていく、でしたー。」

「ああー。なるほど、それなら確かに~・・・って何でだよ!」

見事なノリツッコミをしてみせる。
もう少し磨けば芸人としてもある程度はやっていけるのではないだろうか。

「えー?でも問題ないじゃない? 家は広いし、私たちが止まっても何の問題もないでしょ?」

「まあ広さ的には問題ないけどさ。藤ねぇ、ただ単に食いすぎて動きたくないからその提案出しただけじゃないのか?」

「ぎっくぅ!! そ、そんなことないわよ!お姉さんはそんなだらしなくはありませんっ!!」

はあ、とため息をつく。
この家に帰ってきてからすでに何回ため息をついただろうか。

「・・・桜は家に帰らなくちゃいけないんだから迷惑だろ?」

ここで会話に参加していなかった桜に問いかける。
桜は我に返ったように意識を取り戻し、

「そ、そうです、先輩! 私なら全然平気なので今日は泊めてください!」

「いや・・・桜? ・・・わかった。わかったけど何なんだ、そのテンションの高さは?」

テンションの高さにたじろぎながらも士郎は了承した。
そうして二人は衛宮邸に泊まることになったのだった。

言うまでもない常識だが、夕食を食べ終わったあとは食器の片づけをしてお風呂に入り寝るだけである。
何も問題はない。
当たり前すぎて本当に何も問題はない。

が。

「・・・あの、藤村先生。相談があるんですけど。」

桜が遠慮がちに訪ねる。

「ん?なになに、いってみそ?」

「あのですね・・・その・・・」

「あ、そっかそっか。着替えの問題があったわね。んー、寝間着はどうしよっか。私のでいいのならあげるよ。あ、それとも浴衣着る?冬場だから少し寒いと思うけど、浴衣ならこの家にあるから。もしくは家に帰ってとってくるっていう手もあるわねー。」

「・・・藤ねぇ?桜を夜道に出すのは危険だからこの家に泊まろうって提案だしたんじゃなかったっけ?」

食器を洗いながら突っ込みを入れる。

「そ、そうですよ藤村先生。取りに家に帰ったらそのまま家に居ればいいだけですから。」

「あ、あはははー。そうだったわね。」

「・・・・・」

もうため息すら出なくなり、黙々と食器を洗う。

「で、寝間着の話だけど、私ので大丈夫かな。下着も私のでいける?」

「あ、いえ・・・その・・・先生のだと、胸がきついと思うんですけど。」

「むっ。そっか、桜ちゃん胸大きいもんねー。・・・・・・・・・・・・・・・・・・その肉をワケロ。」

そう言って学校の教師はあろうことか桜の胸をもむように触ろうとする。
当然それに反応する桜。

「きゃーーーーー!!せ、先生何するんですかーっ!」

「あははははは、冗談冗談。・・・けど困ったわねー。桜ちゃんサイズの下着なんて持ってないし、桜ちゃんってつけて寝る派?」

そんな質問をされて、返答を窮しながらも答える。

「え・・あ、はい・・・。いちおうは、その」

「だよねー、おっきい人はそういう人多いよねー。けど、苦しくないの、と素朴な疑問を投げかけてみる。」

「・・・く、苦しいですけど、ですね。そ、そういうときはその・・・ごにょごにょごにょ。」

耳打ちをしている。
それを聞いた大河はなるほどー、という顔で

「なるほどなるほど。若いっていいなー!んじゃ、さっそくうちの若いのに連絡いれて今から持ってきてもらうかー。」

「え・・・?今からって今からですか?」

「ん?そうよ?」

「あ、え、いや、大丈夫です、藤村先生。今日は浴衣を着て寝ますから。一日くらい平気です。」

「あれ、いいの?・・・・でもまあ、たしかに今日だけのために用意するのもあれかな。わかったわ桜ちゃん。じゃあ浴衣の準備はしとくからお風呂にでも入ってきなさい。」

「・・・・はぃ」

真っ赤になりながら居間を後にする桜。
大河が食器を洗う士郎の顔を見てにやける。

「あれー?士郎、顔が赤いけどどうしたのかなー?なに、やっぱり桜ちゃんの話、気になる?」

その言葉を聞いた彼は赤くなった顔をさらに赤くさせた。
ただし。
内包する感情は別のものになっていたが。

「・・・・・・・藤ねぇ。まさかとは思うが俺に仕返しするためにわざと聞こえるように話をしてたのか?」

「さあー、どうでしょう。お姉さんは、ふっつーに会話してただけだけどなあー。」

にやにやしながらテレビをつけてお笑い番組を見始める。

「―――――ふふふふ。藤ねぇ・・・覚悟おぉぉぉぉーーー!!」

居間の片隅に置いてあった紙製ポスター(昨日持ってきてそのままだったもの)を丸めて持ち、背後から頭部目がけて振り下ろす。
しかしそれを見た大河の目がきらん、と光った。

パァン! と居間から大よそ紙製ポスターに相応しくない音が鳴り響く。

「・・・・・」

紙製ポスターを落とし、現状の理解に努める。
その頭部には竹刀が当てられている。

「ふっふっふ・・・・」

対する大河は得意げな顔を見せている。

「・・・・藤ねぇ。どっから竹刀を取り出した? あれか、アンタはどこぞのネコ型ロボットか?」

「見てなかった? 服から取り出したのよ。」

「それがどういうことかわからないんだよっ!」

そのあと盛大に、今日一番のため息をつく。

「この・・・不良教師め・・・。」

そう呟いてとぼとぼと中断した食器洗いの続きをし始めた。


「それじゃ士郎、おやすみー。」

「先輩、おやすみなさい。」

「あいよ、おやすみ。」

時刻はまもなく夜十一時。
今日は帰宅も少し遅く、その後の騒ぎもあったため寝る時間も遅くなった。
二人は同じ部屋に先に就寝。
それを確認した士郎は土蔵へ向かい、少し早めの鍛錬を開始した。
一時間ほどたった午前零時。
一時間ほど早い開始と一時間ほど早い終了一日の鍛錬は終了。
そのまま寝室へ戻り、床に就いた。


―――――第三節 洋館の夜―――――

夜十時。
遠坂 凛は交差点を抜け、家へと歩いていた。
隣には見えないがアーチャーがいる。

街の視察を一通り終えて家に向かっていたのだ。

「こんなところね、どう?大体把握できた?」

「・・・ん?ああ、大体の把握はできた。後は追々掴んでいくさ。」

「なら今日はここまでね。私も本調子じゃないし、今日はもう休みましょう。」

そういって家へ向かって歩いていく。
人通りは少ない、・・・というよりはない、といったほうが正しいくらい静寂な夜。
そんな中、前から歩いてくる男性を見つけた。
金の髪で黒いズボンに黒い服を着た男性。
一見して外国人だとわかった。
ここら見た事のない顔ではあったが、周辺は洋館が多く、外国から遊びに来る人も多い。

(どこかに遊びに来た人かしらね。)

そう考えて何事もなくその男の横を通り過ぎた。

「ほぅ・・・。さて、どうなるかな。」

通り過ぎた男性から呟きのような声が聞こえた。

「え?」

振り返り、坂を下って行く男性を見る。
しかし、男性は別に何事もなかったかのように下っていっているだけだった。

「どうした?凛。」

「・・・ねぇ、アーチャー。あいつ、サーヴァント?」

後ろ姿を見ながら、横にいるハズのアーチャーに問いかける。

「さあ。実体はあるのだから人間だろう。少なくともサーヴァントではない。」

「・・・そうようね。」

そう言って家へと向かった。

家に到着し、門を開け、鍵を開け、ドアを開ける。
家に入ったら、門を閉め、鍵を閉め、ドアを閉める。
遠坂邸には侵入者がいた場合、凛本人にその旨を知らせる結界が張られている。
どこにいようとも侵入者は感知可能ということだ。

居間に入り、ソファーに腰を下ろす。
一息ついたところで寝る準備をする。

「それじゃ貴方はここを使って。私はもう眠るけど、何か質問ある?」

「とりわけ重要な疑問はない。すぐに戦闘を仕掛けない君の判断は正しい。今夜は魔力回復に努めるべきだろう。」

「ええ。それじゃ明日。今朝の紅茶をよろしくね。」

部屋に入る。
どっと疲れが押し寄せて今すぐにでもベッドに飛び込みたかったが、まだするべきことがある。

「・・・綺礼に連絡しないと。」

言峰 綺礼。
聖杯戦争の監督役を務める神父。
凛の後見人でもある。が、彼女は彼のことはあまり好きではない。
いや、まったく好きではない。
しかし付き合いは長いので一応、ということで連絡を入れる。

「電話、電話・・・と」

子機のダイヤルをプッシュし、回線がつながる。
ほどなくその神父が電話に出た。

「綺礼?私だけど。昨日サーヴァントと契約したから。正式にマスター登録、お願いね。」

簡潔に用件だけを言う。

『・・・いいだろう。ではどうする。一度こちらに顔を出さないか。君の両親から預かっている物もある。君がマスターになった場合にのみ、成人前に伝えてほしい頼まれたものだが。』

「ああ、それって父さんの遺言のこと?それならもう解読して手に入れたからいいわ。それじゃ、気が向いたらお邪魔するから、よろしく。」

『待て、凛。マスターになったのなら―――――』

と。
凛は途中で電話を切った。
どうやらあまり神父とは関わりたくないようだ。

「・・・疲れているときにあいつの小言なんて聞いてたら、魔力の回復どころじゃなくなるわよ。」

そう呟きながらお風呂へ向かう。
数十分の風呂の後、髪を乾かして寝間着に着替えて寝る準備を完了させる。
夕食という時間はとうに過ぎている。
夜食は食べない。
結果、今日の夜は何も食べていなかったが空腹よりもさきに眠気が襲う。

「――――さて。これで準備は終わり、と・・・・。」

そうして眠りについた。



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第5話「運命の日」 Chapter2 Destination Unknown
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:17
第5話 運命の日


―――――第一節 変わらない筈の日常―――――

炎の中にいた。
崩れていく家に一人いる少年。
そして走って家から出て行く。

走っても走っても風景はみな赤色。
これは十年前の光景。
思い出すことなどたまにしかない、過去の記憶。
悪い夢だと知っている。出口などどこにもない。

走って、走って、どこまでも走っている。
だが、目の前を走る少年は錯乱して目的もなく走っているようではなかった。
どこかに向かっている。
まるでそこに向かえば助かるかのように必死に走っている。
躓いた。
立ちあがって再び走り始めた。
次は瓦礫が頭にあたった。
倒れた。
しかしよろけながらも立ち上がって走り始めた。

――――どこに向かっている?

夢の中で少年に声をかける。
しかしその少年は答えない。

少年の足は速度を落とした。
そして歩く程度の速度になった。
それでも歩いている。立ち止まっていない。
少年は立ち止まって、瓦礫の下敷きになった黒髪の女の子を見ている。

――――何をしている?

しかし答えない。
しばらくしてまた歩き始めた。

――――ああ。そういえば

こんな状況だったよな、なんて思いながら少年を見ている。
そうして行き着いた場所は、自身が力尽きて倒れ助けられた場所だった。
そこでようやく気づく。

――――なんだ。この子供は俺か

そこで白い光が世界を満たした。




「―――――――」

武家屋敷の家主、衛宮 士郎はいかにも不機嫌、という顔で起き上った。
そのまま自分の額を触る。
冬だというのにひどく汗をかいている。
次に時計を見る。

「・・・ああ、もうこんな時間か。」

時刻はすでに六時。
耳を澄ませば台所の方向からトントンという音が聞こえた。

「・・・今日は桜の勝ちか。」

そう言いながら布団から出る。
流石に二月の朝は寒い。が、起きない訳にはいかないので起きる。
布団をしまい、制服に着替える。
そうして居間へと向かった。

居間に入ると大河と桜が朝食の準備を完了させていた。
おはよう、と二人に挨拶をしてテーブルに座る。
そしてテーブルに置かれた朝食を見て一言。

「・・・・食べきれるのか、これ?」

テーブルの上に用意された朝食の量は普段よりも多かった。
それを聞いた大河は笑って答える。

「えっへへへ、こっちはお昼のお弁当用!今お財布ピンチだから助かるわ、桜ちゃん。」

「藤ねぇの弁当用かよ・・・。桜に作らせるなんて、職権乱用だぞ?」

「いえ、私と同じものでしたら手間は同じですから。はい、先輩。」

桜は白米をついだ茶碗を渡してきた。
ご飯は少し多めである。

「ありがとう、桜。」

それを受け取った士郎に昨日の仕返しの続きと言わんばかりに言う。

「やーい、士郎。悔しかったら昼休み、弓道部に顔出せばー?そしたら分けてあげてもいいよー。」

そんな言葉を華麗にスルーして朝食に手をつける。
いつも通りに朝食は進む。
今朝の献立は焼いた鯵の開きにジャガイモが入った味噌汁、白米に厚揚げと卵の煮物、シーフードサラダに生姜焼きとかなり豪勢。

「・・・桜?一体何時に起きて準備してた?これだけの品にこれだけの量となると四十分・・・いや、一時間で終わるか・・・?」

「起きたのは五時前です。そこから先輩が起きてくるまでの一時間と十分で作りました。」

柔らかに笑いながら答える桜。

「起床時間も本来の俺より早いし・・・。今までは俺の家というアドバンテージがあったから勝ててただけなのか・・・!?」

「先輩?昨夜寝るときに藤村先生がお弁当作ってほしいって言われましたので、その分今日は早く起きたんですよ?」

「・・・藤ねぇ?」

ジトリと藤村を見る士郎だったが、そんなものなど露知らず。
普通に食事をしていた。

「そういえば士郎。今朝は遅かったけど、何かあった?」

味噌汁を飲みながら視線を向ける。

「・・・ったく。こっちの話は無視か。」

と、ため息を出しながらも答える。

「昔の夢を見た。目覚めがすっげー悪かっただけで、あとは何でもない。」

「なんだ、いつもの事か。なら安心かな。」

とりわけ興味もなさそうに話をきる大河。
彼としても特に気にしてはいないので、ムキになる必要もない。
十年前のあの火事を忘れられない頃は、頻繁に夢を見てうなされていた。
それも月日が経つにつれて回数は少なくなり、夢を見ても比較的軽く流せるようにはなっていた。
ただそれでも当時はひどく、そのころからいた彼女は彼のそういう部分には敏感になっていたのだった。

「士郎?今朝に限って、食欲ないとかない?」

「ない。ないから人の夢にカコつけてメシを横取りしようとするな。」

「ちぇ。士郎が強くなったのは嬉しいけど、もちょっと繊細でいてくれたほうがいいな、お姉ちゃんは。」

「そりゃこっちのセリフだ。もちょっと可憐になってくれたほうがうれしいけどな、弟分としては。」

ふん、と互いに視線を合わせずに罵る。
それを大河は元気な証拠として受け取って、安心したように笑う。

「――――ふん」

士郎にとって、その心遣いはうれしいものであった。
しかしお礼を言おうものならばつけあがることは確定なのでいつも通り不満そうに鼻をならした。

「??」

事情を知らない桜は不思議そうに首をかしげていた。

食事を終え、大河は先に家を出た。
今日は土曜日。学校が休みのところもあるが、彼らが通う学校は土曜日も授業がある。
といっても午前中だけであり、午後は部活に励んだり早く家に帰って午後の街に繰り出したりする。
二人は食器の片づけを終えて戸締りをして家を出た。

「先輩。今日から火曜日までお手伝いにこれませんけど、よろしいですか?」

「? 別にいいよ。桜だって付き合いあるんだし。気にすることはないよ。」

そう答えると、桜は慌てたように言う。

「え―――そんな、違います・・・!本当に個人的な理由で、部活にだってちゃんと出るんですから何かあったら道場にきてくれたら何とかします!」

と、勢いよく断ったあとに少しダウンさせながら

「別に土日だからって遊びにいくわけじゃないんです。だから、あの・・・ヘンな勘違いをしないでもらえると、助かります。」

「???」

動揺というか緊張というかという態度に疑問を浮かべる士郎だった。

「まあ、何かあったら道場に行くよ。」

「はい、そうしてもらえればうれしいです。」

そう言って胸をなでおろす桜だったが、視線を落とした先のものをみて一転顔を強張らせた。

「先輩、その左手・・・」

「左手?」

そう言って自身の左手を見る。
ぽたり、と赤い血が地面におちた。

「あれ・・・。昨日ガラクタいじって手でも切ったか?」

そういいながら袖をまくるが傷らしいものが見当たらない。

「――――――」

桜が心配そうに見ているのに気づき何でもないように笑う。

「大丈夫だよ桜。痛みはないし、特に気にする必要もないだろ。」

「・・・はい。先輩がそう言うんでしたら。」

そう言って桜は笑った。


学校に着く。
桜は部活があるため弓道場へと向かっていった。
校門に足を踏み入れる。
ドクン

「・・・・・!」

特に変わった様子はない。
にもかかわらず、何か違和感を感じる。

「・・・なんだ?」

そうは言ったものの何が違うのかがわからない。

「疲れてるのかな。」

そう結論づけて校舎とは別方向へと向かう。

「氷室はもう来てるのか?」

昨日の朝約束した手伝いをするために、陸上部の倉庫へと向かった。


―――――第二節 終わる筈のない日常―――――

少女はその光景を見ていた。
真っ赤に燃える街。見たことないような風景。
それを見て、走って家から出て行こうとする。

――――どこにいく?

私は少女に訪ねる。
しかし答えない。

私は少女を他人事のように見ている。

否。
周囲の状況を見て、その少女が私だとわかった。

――――なんだ、私か

なら。
悪い夢だと知っている。出口などどこにもない。
父親が私の手をとっている。
しかし「私」はそれを振り払おうとしている、

――――なんのために?

どこかに向かいたがっているようにも見える。
まるでそこに向かえば助けれるかのように必死になっている。
動きが止まった。
父親が私を部屋に閉じ込めた。

――――こんなこと、あったっけ・・・?

自分の記憶が曖昧だから覚えていないだけだろうと結論付ける。
しかし「私」は必至にドアを叩いている。
無駄だろう。そんなことをしても「私」じゃ開けれない。
疲れたのだろうか。
「私」がベッドの上に小さくなって枕を抱えている。

――――怖いからか

そう、怖いからだ。
あの火事のせいで私は一度だけ入院した。
ほら、「私」の体が震えている。
この後にきっと意識がなくなって病院に運ばれたんだ。

――――ほら、「私」が眠った

そこで白い光が世界を満たした。




「―――――――」

一人薄暗い部屋で起き上った。
私はそのまま自分の胸に手をあてる。
心臓が脈打つのがしっかりとわかった。
次に時計を見る。

「・・・まだこんな時間か。」

時刻は五時半。
耳を澄ませば台所の方向からトントンという音が聞こえた。
母親が昼食用の弁当をこしらえている音だろう。

「・・目が覚めてしまったな。」

私にとってあの火災は当然ながらいい思い出ではない。
夢でうなされるということはなかったが、急に目が覚めて心臓がうるさかったことは何度かあった。
要するに嫌な夢を見て跳び起きたということなのだが。

「顔を洗って来よう。」

そう言ってセットしていた目覚ましを解除し、部屋を出る。
当然それに母親は気づく。

「あら?どうしたの、鐘。まだ五時半よ?」

「目が覚めただけ。・・・顔洗ってきます。」

そう言って洗面所へ向かう。
嫌な夢を見たものだ、と内心思いながら顔を洗い身嗜みを整える。
部屋に戻り、制服に着替えて学校の用意を完了させた。
いつも通りにやっていた。
そのため起床時間が早かった分、朝食も早く母親が用意してくれた。
それを食べる。
いつも通りの行為。
そうして食べ終わる。
時計を見るが、まだ家をでるには早い。
そういうわけで気は進まなかったが、今朝みた夢を考える。
手持無沙汰ではあったし、良くない夢だという理由で何も考えないのは違うのではないかと考えたからである。

(それに・・・・)

あの夢には違和感があった。
疑問もあった。
単に「夢」だから、と済ませてしまえば終わりなのだがそれができない。

「まず、私はどこに向かおうとしていたのかな。」

父親の腕を振り払おうとしてまでどこかに向かいたがっていた。
考えられるのは・・・友人の家だろうか?
しかし小さい頃からの友人はそういなかったはずだ。
少ない友人達は全員無事だったのだから、あの頃はただ単に焦っていただけだろう。

「次にお父さんが私を閉じ込めたときは――――」

正直言って全く記憶がない。
が、小さい頃の記憶が曖昧だということなどは普通。
なので気に止めることはしなかった。

疑問はこんなところだろうか。
次に違和感。

私はベッドの上で小さくなっていた。
そう。
怖いからだ。
怖いから私は小さくなっていた。
別に変なところはない。

なのに。

(何なのだ。この言いようのない違和感は)

違和感はぬぐいきれなかった。
怖いから怖がっていた。当たり前にして、それ以外はないはずである。
わからない。

「・・・・いつの間にやら時間が迫ってきているな。」

時計を見れば間もなく定刻。

「いってきます。」

そう言って私は家を後にした。





いつも通りのバスに乗る。
朝考えていたことはすでに頭の片隅に追いやっていた。
どう頑張ろうとも疑問は晴れそうにないしそもそも夢である。
過去の夢を見たといってもそれが全て事実とは限らない。
そう気にするほどでもないだろう、と結論を出していた。
学校に到着し部室へと向かう。
部屋に入ったらいつも通り楓と由紀香がいたので挨拶をして着替える。
グラウンドへ向かい適度に体をほぐした後に走り高跳びの準備をするために倉庫へと向かった。
そして、倉庫が見えてきたときに彼女の足は止まった。

「・・・失念していた。」

そう言って額に片手を当てる。
士郎が倉庫の前にいたのだ。

(昨日、『明日も手伝う』と言ってたではないか。まったく・・・なぜ忘れていたのか。)

自分に対して毒を吐きつつ近づいていく。
彼女に気が付いた彼が手を小さくあげる。

「お、氷室。おはよう。今日は少し遅かったんだな?」

そう。
いつも準備をしている時間よりも今日は少し遅かった。
単に友人である楓に付き合ってただけなのだが、そのせいで五分ほど遅れた。
もし彼女が『衛宮が手伝いに来ている』と覚えていたのなら遅れることもなかっただろう。

「すまない、衛宮。今日は蒔の字に付き合っていたために遅れた。」

素直に謝罪する。
それを聞いた彼は特に気にするそぶりも見せずに

「ん、いや別に構わない。俺が勝手にやってることだしな。それに友達と仲良くするのは当然だろ。今日は別に生徒会の用事も今のところないからさ。ここで待ってても問題なかった。」

と軽く答えた。

「さて、それじゃセッティングしよう。最初は俺一人でもやっといていいかなとか思ったけど、部員でもない奴が一人でしてると流石にうまくはないだろうって思ってさ。」

「そうだな、まだ元陸上部員なら問題はなかっただろう。しかし衛宮は陸上部には入っていないのだから流石に周囲から見れば奇異に映るだろう。」

着々とセッティングをする二人。
最後にバーは鐘が、そのバーを支えるポールは士郎が持って倉庫を出る。
その時に彼女は自分の持っているバーが痛んでいることに気が付いた。

「・・・テーピングをすればまだ大丈夫だろう。」

そう呟いてグラウンドへ向かった。


「すまない、衛宮。今日も助かった。」

「いや、別にいいって。さっきも言ったけど俺が好きでやってるわけだからさ。氷室は練習頑張ってくれ。」

士郎は鐘とセッティングされている機材を見ている。

「・・・衛宮?」

「ん?どうした、氷室。」

「いや、何をしているのかと。」

「ああ、すまない。いや、氷室が跳んでるところを近くでみたいなーって思っただけだ。邪魔だったなら謝る。すまん。」

「い、いや。謝る必要はない。しかしどうしたのだ?急に見たいなどと・・・。」

「あー・・・。いや、俺さ、四年くらいまえにさ、走り高跳びやってたことがあったんだよ。まあその時の名残っていうか、気分っていうか。」

「ほう。つまり衛宮は陸上部だったということか?」

「いや、そうじゃない。陸上部じゃなかったけど、ひたすら走り高跳びをしてた。・・・ちなみに理由や結果は訊かないでくれたらありがたい。」

士郎は鐘から視線を外した。
どうやら跳べなかったらしい、と察する。

「・・・まあ、たしかに部外者の俺がいても邪魔だよな。氷室だって近々大会あるんだろ?それを乱すのはいけないな。」

立ち去ろうとする。
それを見て呼び止めようと

「あ、いや。衛宮、私は別に・・・・」

「氷室―、どうしたんだ?」

言いかけた所に楓と由紀香がやってきた。

「蒔寺に三枝か。おはよう。」

士郎が二人に挨拶をする。

「あ、おはよう、衛宮君。」

「おはよう、衛宮。―――で?お前は何でこんなところにいるんだ?まさか氷室にちょっかい出してるんじゃないだろうな?」

「いや、蒔の字。彼は・・・・」

「ん、確かに邪魔したかな。そう思ったから離れようと思ってたところだ。」

「衛宮―。氷室は近々大会があるからそれに出るんだ。氷室の邪魔をするなよー。」

楓が文句を言う。それを聞いた彼は苦笑いをして

「ああ、それは知ってる。邪魔にならないように早々に立ち去るよ。じゃあな、氷室。練習頑張ってな。」

そう言って立ち去って行ってしまった。

「ぁ・・・・」

何とも言えない気持ちになる。
自身が少しとはいえ遅れたにも関わらず待っていてくれて手伝ってもらったのに、最終的には追い返すような形で別れてしまった。

「氷室、高跳びの練習は・・・・って、どうした?」

「・・・蒔の字。一度冷水で顔を洗ってくるといい。」

そう言って去って行った士郎の後を追った。

「え?あ、おい。氷室―?」



「衛宮。」

前に歩いていた士郎を呼び止めた。

「氷室じゃないか。どうしたんだ?練習しなくちゃいけないだろ。」

「いや、確かに練習はしなくてはならないが謝っておかなければいけないと思って。」

それを聞いた彼は首をかしげて

「・・・謝る?ってなにを?」

なんて訊いてくる。

「いや、手伝ってもらったのに追い返すような形で立ち去らせてしまったのだ。謝罪するのは当然だろう。」

「そんなことか。いいよ気にしなくても。俺は気にしてないからさ。むしろ蒔寺の言ってたことは正しいだろ。もうすぐ期末テスト、加えて大会もある。集中する必要がある時期に俺が邪魔しちゃ悪いしな。」

「衛宮が気にしなくとも、私は気にかける。それにそれではなんというか・・・ひどいだろう?これでは衛宮が報われないではないか。」

「報うって・・・。別に俺は見返りがほしいからやってるわけじゃないぞ? よかれと思ってやってるんだから。氷室が助かったなら俺も本望だよ。」

それに、と続ける。

「別にこれが初めてじゃないしな。過去何度か似たような経験はしてる。まあ、その時も別に気にかけたことはなかったし。人のために役立ったんだからそれでいいだろ。」

「なっ・・・・」

彼女は一瞬返答に窮した。
それを気にかけることもなく

「ほら、氷室。俺のことは気にしなくていいから練習に戻ってくれ。大会の調整はしなくちゃいけないだろ?それに・・・二人も後ろで待ってるぞ。」

そう言って後ろを指差す。
つられて後ろを振り返ってみるとそこに楓と由紀香が立っていた。

「それじゃあな、氷室。」

そう言って校舎の中へ入って行った。
その後ろ姿を茫然と眺める。
そして先日の会話を思い出した。
昨日、初めて彼が彼女の手伝いをしたとき、生徒会長が言った言葉。

『しかしな、衛宮のは度が過ぎると言うか、このままいくと潰れてしまうと言うか。―――そうは思わんか、『役所の子』?』

最初は何を言っているのか、と思ったが今ならば言える。
間違いなく彼は破綻するだろう、と。
少し不安な、心配な、何ともいえない気持ちになったが、そんな自分に気づいて追い払うように頭を振った。
そして次に自分のこれまでの行動を思い改める。

(待て、違和感がありすぎる。そもそも私と衛宮は気安く語らいあえるような仲だっただろうか。一昨日といい、昨日といい、今といい。これでは、その)

・・・私が衛宮のことを好きみたいじゃないか。

自分で考えてその結果自分で顔を真っ赤にした。
何ともいえない感情に支配されたが、次には冷静な彼女の理性が働いて落ち着かせた。
が、まだ体温はあがったように感じられている。

「・・・私も冷水で顔を洗ってくるべきか。」

「鐘ちゃん?どうしたの?」

話しかけられてハッと意識を戻す。

「いや、衛宮に礼を言ったのだ。走り高跳びの準備を手伝ってくれたのでな。」

「なんだ?氷室、衛宮に手伝ってもらってたのか?なら言えばいいのに。衛宮に頼らなくたって手伝ったのにさ。」

相変わらずの口調の楓。

「さ、氷室。朝練に戻ろうぜ。」

二人は踵を返してグラウンドへ向かう。

「・・・・気にする必要はない。」

そう自分自身に言い聞かせるように鐘もグラウンドへ向かう。
しかし、言い聞かせるにしてはあまりにも複雑な心情であった。


―――――第三節 夜はやってくる―――――

土曜の学校は午前中で終わる。
午後からは部活であったり帰宅したり、学校に残って期末試験の勉強をしたりと様々な生徒がいる。
教師もそれに合わせて、学校を休んでいる教師や仕事が終わってさっさと帰る教師。
部活の顧問は部活が終わるまで面倒見ていたりする。

士郎は午後から特に予定はなかった。
なので「何しようかなー」なんて考えているところに声がかけられたのでそれを断る理由などなかった。
柳洞 一成。
彼が声をかけ、仕事を依頼したのだった。
それを快く引き受けた士郎は学校の備品を修理しまわっていた。
途中、

「どうしても外せない用事があるので後は任せても大丈夫か、衛宮?」

と訊いてきた。
特に問題もなかったので快く了承。

「すまないな、衛宮。では、武運を祈る。」

と、やはり少し間違っていそうな日本語使いで去って行った。
あと少し、というところで外を見てみるとすでに太陽は地平線に沈みかけていた。

「やべ・・・。さっさと終わらしちまわないと。」

そう言って最後に残った生徒会室にある二つのストーブを修理し始める。
一つは生徒会室のものだが、もう一つは別の場所のもの。
『使えなくなった』ということでその教室の生徒がわざわざもってきたものだった。

精神を集中させ、構造を解析する。

(断線しかかっている部分が二つ。・・・まだ保つな。電源コードは・・・絶縁テープでなんとかなる。)

確認し終えたところで工具箱から工具を取り出し、修理を開始する。
欠損箇所を補強、修理し、解体したパーツを元通りに組み立てる。

「・・・よしっ。一つめ終了。」

時刻はすでに完全下校時刻を過ぎていた。
そのことを確認した士郎はすぐさま次のストーブに取り掛かる。

「ここまできたんだ。終わらせてから帰ろう。」

そう言って二つめのストーブの修理を開始した。





私は午前の授業が終わった後、いつも通りに昼食の弁当を食べ、一息ついたところで陸上部へ部室へと向かった。
午後からは朝練の続きで部活がある。
いつも朝の1時間半程度の練習量しかできないので、こういう午後のない学校は練習活動にはもってこいだった。

いつも通りに走り高跳びの練習をし、完全下校時刻である十八時に間に合うように、十七時五十分に部活は終了した。

「お疲れー、氷室。もう調子は大丈夫か?」

訊いてくる蒔の字。
私は朝のあの後に練習を行ったのだが、バーに触れて落としてばかりだったので「今日は調子が悪いのか?」と考えていたらしい。

「ああ、大丈夫だ。それより蒔の字、由紀香。先に帰っていてくれ。私は少しやり残したことがある。」

「え?鐘ちゃん、やり残したことって?手伝うよ?」

「いや、手伝ってもらうほどの人手は必要としていない。私一人でも平気だ。それにバスまではまだ少し時間もある。気にしないで帰ってくれてかまわない。」

そう言って部室を出た私のあとを追う様に二人も部室から出てくる。

「氷室。完全下校時刻まであと少しだからな。遅れないように帰れよ?」

「忠告は感謝しよう、蒔の字。」

そういって二人と別れて陸上部の倉庫へと向かった。


バーを補強するためにテープでぐるぐる巻いていく。
応急処置ではあるが、これで無駄な部費を使わずにまだ使うことができる。
しかし慣れていない作業ではあったので思いのほか時間がかかってしまった。

「完全下校時刻を過ぎてしまったな・・・。」

そう言って私は倉庫から出る。
この倉庫には鍵がない。鍵をかける手間と鍵を職員室に返しに行く手間が必要ないのはありがたいが防犯面では問題だ。

「・・・最近は物騒になってきているのだから、鍵の一つも用意してはどうなのか。」

そうブツブツ言いながらグラウンドへ足を運ぶ。

「・・・・?」

グラウンドへ近づいていくと、それに比例して音が聞こえてくる。
これは鉄と鉄がぶつかり合う音だ。
何事か、と思いながら音の発生地であるグラウンドへ目をやる。

――――その光景を見て、意識が凍った。

「―――――――な」

何かよくわからないモノがいた。
赤い男と青い男。
時代錯誤なんてレベルはとうに越え、冗談とすらおもえないほどの武装をした両者がどこかの時代劇のように斬りあっている。

(なんだ、これは・・・・。夢・・・でも見ているのか?)

理解できず、その戦いを目でも追えない。
あまりに現実感のない動きに、見ている私の脳が正常に働かない。
ただ弾け合う音だけが、あの二人は殺し合いをしているのだと否応なしに伝えてくる。

(夢・・・ではない。何かの撮影・・・?いや、そんなのは聞いてない。じゃあこれは・・・。)

必死に現実の何かに置き換えようとする。
だがどれにも置き換えられない。
アレは人間ではない。人間に似た何か別のモノだ。
あんなもの、誰が見たところで人じゃないなんてわかるだろう。
そもそも人間という生き物はあれほどのスピードで動けるわけがない。
陸上の私が言うのだ、間違いはない。
だから、アレは関わってはいけないモノだ。

そう感じて後ずさる。
その時、青い男の腕の動きが止まり手に持っていた凶器が見えた。
紅い槍。
それを見た時、この街で起きた殺人事件を思い出した。
たしか子供を除く三人が長物の凶器で刺殺された。

(・・・・・ぅ)

じゃあ、目の前にいるモノは何だ。
長物、槍、人間でいて人間ではない、殺し合い。

(逃げ・・・なければ・・・)

そう、逃げる。逃げなければ殺される。
確証なんてないが直感でわかった。
だから逃げなければならない。
なのに私の足は動かない。
距離は四十メートル強。
気が付いていない筈だ。なのに背中を向けて走り出そうとした瞬間に背後からあの紅い槍が突き立てられるような気がして、満足に息もできない。

青い男と赤い男が距離をとり、動きを止めた。
戦いが終わったのかと、私は一人安堵した。

だがそれは間違いだった。
突如、青い男が構えた。
その瞬間に、私は言いようのない恐怖を感じた。

「っ・・・・・!」

震える身体を必死に押さえつけた。そしてわずかに後ずさった。
それがいけなかった。
段差があるのに気が付かずに躓いてこけてしまった。

「ひゃっ・・・!」

極度の緊張状態にあった所為で、そんなことであるにも関わらず声を出してしまった。

「誰だ―――――!」

直後。
青い男が叫び、私を見つけた。

「・・・・っっ!!」

それを見た瞬間にわかった。
アレは私を殺す気だ。
青い男の体が沈む。
それだけで、標的は私に切り替わったと理解できた。

「―――――・・・・!!」

勝手に足が動く。
それが死を回避するために動いたものだと理解して、逃走するために私は全力を注ぎこんだ。


―――――第四節 運命の夜―――――

息も絶え絶えになってきた。どれだけ走ったかわからない。
長距離走の選手じゃないが、陸上部に入っていてよかったと心からそう思ったのと
あのとき二人と一緒に帰ればよかったという後悔、
そして殺されるかもしれないという恐怖が私の中にごちゃまぜになって存在していた。
そんな混乱状態のとき、些細な物音すら私を恐怖させる。

ガラッ

「!――。」

声を必死に抑え音のした背後へと視線を向ける。
そこに

「あれ?氷室じゃないか。どうしたんだ、こんなところで。」

お人よしの衛宮 士郎がいた。

「衛・・・宮・・・」

普段と、今朝と変わらない様子で彼はそこにいた。
その姿を見て不意に涙が流れる。

「・・・っ!」

見せないように背を向ける。
それを見た彼は不思議に思ったらしく

「? どうした、氷室。何か忘れ物か?」

と、訪ねてきた。
なるほど、今の状況はそれにぴったりだろう。
完全下校時刻を過ぎた夜にまだ学校にいる。私は走ってきたせいで息が上がっている。
ならば走って忘れ物を取りに帰ってきたようにも見えるだろう。
返事がないことを変に思ったのか、或いはわずかに見えた私の顔色が優れなかったのが気になったのか。
近づきながら再度声を掛けてくる。

「氷室?大丈夫か?」

彼の手が私の肩に触れる。

 ――あぁ、だめだ。私に触れないでくれ、衛宮。今の私は――

「おい、氷室。震えてるじゃないか。どうしたんだ?何かあったのか!?」

心配してくれている。
普段の私なら

「衛宮、それは君の思い過ごしだ。」

などと軽口も叩けるだろうが、今の私にそんな余裕はない。
だが、泣き崩れるわけにもいかない。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。冷静さこそが私の取り柄だ。
幸いあの青い男が近づいてくる足音はしない。

(・・・撒けたのか?)

そんな楽観的なことを考えている思考を頭の片隅に置きながら問いかけに応答する。

「別に何かあったわけではない。忘れ物をしたので走って取りに帰ってきただけだ。そういう衛宮こそ何をしている?もう完全下校時間だろう?」

よし、冷静になった、元に戻れた・・・と思う。
矢継ぎ早に言ってしまったが、特に問題はないはずだ。
一瞬怪訝な目で私を見たがすぐに元に戻り、

「あぁ、一成に頼まれて生徒会室にあったストーブを直していたんだ。思ったより時間がかかってこんな時間になったんだよ。」

笑いながら彼はそう答える。

(生徒会室?)

そう思い出てきた部屋の札を見る。
あぁ、確かに生徒会室だ。ということは私は無意識に階段を走って上ってきたのか。
全く何が冷静だ。自分が上ってきた階にすら気づかないとは・・・・。

呆けている私を見て

「氷室?本当に大丈夫か?無理しなくてもいいぞ?なんなら家まで送ってやろうか?」

俺は本気で心配しているぞ、という顔で私を見てくる。
さすが学校一のお人よしと言われているだけはある、という冷静に分析する私と不覚にも涙を流しそうになった私がいた。
が、さっきも言った通り泣き崩れる訳にもいかない。
そもそもこんな廊下で話をしていることが間違いだと気づく。

「ああ、大丈夫だ、衛宮。心配してくれるのはありがたいが君も早く家に帰った方がいい。この学校に長居は無用だ。」

暗に早くこの学校から出ていけ、ということを言った。ストレートに言うと理由を聞かれかねないからだ。
だが

「いや、そんな顔色の氷室を一人にしておくわけにはいかない。長居は無用だっていうのは同意見だけどそれは氷室も同じだろ?」

なんてことを言ってくれた、このお人よし。

(しかし、冷静にはなれても顔色まではもとに戻らなかったか・・・)

意味のないことを考えて私は続ける。

「言ったろう?私は忘れ物を取りに帰ってきたと、まだ忘れ物を取ってない。私は取ってから帰るから衛宮は先に帰ってくれていい。」

「じゃぁ俺は氷室と一緒に忘れ物を取りに行って一緒に帰る。ほら、これなら何の問題もないだろ?」

私の返答に笑って答える、このお人よしで頑固者。

「大有りだ!そもそも衛宮は―――」

言葉を続けようとしたが続かなかった。


彼の数メートル後ろで、グラウンドで見かけた、紅い槍を持った、全身青い死神がそこに立っていた。






[29843] Fate/Unlimited World-Re 第6話「ランサー」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:19
第6話 ランサー


―――――第一節 青き死神―――――

衛宮 士郎は困惑していた。
完全下校時刻を過ぎてようやくストーブを片付け終わり、生徒会室を出たら氷室 鐘がいた。
それだけでも少し驚きだと言うのに震えていたのだ。
大丈夫か? と声をかけたら次は何事もなかったかのように振る舞う。
明らかにおかしいので、一緒に帰ることを提案したら頑なに拒んでくる。

(そもそもそんな顔色の氷室を一人で帰らせれるかって)

そんな事を思いながら話していた。「問題ないだろ?」と笑って答え、そのあと「大有りだ!そもそも衛宮は――」
と彼女が言いかけたとき、言葉が止まった。
彼女は先ほどとは違う表情を浮かべている。
明らかにおかしい。

「おい、どうしたんだ氷室。何かあっ―――」

振り返って理解する。
あぁ、氷室はこいつに怯えていたのか、と。
だから、走って逃げてきたのか、と。
だから、俺と一緒に帰ることを頑なに拒んだのか、と。

確信した。

「よう、嬢ちゃん。追いかけっこは終わりか?」

―――こいつは敵だ。

紅い槍を持っている。それを見て生徒会室で一成との会話を思い出し、即座に彼女を庇うように前に立つ。
それを見て他の二人が驚いた顔をする。

「え・・・衛宮・・・?」

「ん、なんだ。坊主?」

青い男、ランサーは士郎のとった行動に疑問を唱えたが、すぐに理解した。

「おい、赤い髪の坊主。かっこつけてるところ悪いんだがよ。俺はその後ろにいる灰色の髪の嬢ちゃんに用があるんだ。どいてくれねぇかな?」

笑いかけながら訊く。

「―――断る。」

「・・・あ?」

一転、睨み殺さんとばかりに睨む。
後ろではその眼差しに恐怖を感じた鐘が肩を震わせている。

「お前が何をしたかは知らない。けど氷室がここまで怯えてるんだ、お前が氷室に何もしないなんて考えると思うのか!そんな凶器を持っている奴を信用できると思ってるのか!」

声を張り上げる。
夜の校舎。その静寂で廊下に響く。
だが、その間にも一歩一歩と近づいてくる。
それにつられるように二人も一歩一歩と後退する。

「坊主、かっこつけるのはいいが死にたくはないだろう?大人しくしてろ、そうすりゃ悪いようにはしねぇよ。」

「断る。氷室大丈夫か?走れるか?」

そう訪ねながら後ろにいる鐘の手を探り当てて手を握った。





断言しよう、俺ではこいつには勝てない。
いくら俺が魔術を使ったところで、こいつに勝てるとは到底思えなかった。
だから、とにかく逃げることを選択する。
人目のつく街中で殺人をするとも思えない。それに街中なら撒ける自信はある。
こいつがどれだけ速いか知らないが、子供の頃から育ってきた街だ。どこに隠れれば見つからないかくらいは把握している。
それに今手元にあるのは鞄だけ。俺が魔術で鞄を強化したところでリーチの長い槍に勝てる道理もない。せいぜい槍の攻撃を防ぐ盾になるだけだろう。
故に逃げる。
氷室がこんなに怯えているんだ。アイツをぶん殴りたい気持ちはあった。
しかしそれ以上に、逃げることしか選択できない自分の力の無さに非常に苛立った。

後ろにいる氷室の手を強く握る。
絶対に離さないと、絶対に守り抜くという気持ちを込めて強く握る。
視線は前の男から離さず握る。氷室を見ていない。見ることができない。
目を離した隙にあの紅い槍で貫かれかねない。
だというのに。
手を握ったときにわかった。

氷室は泣いていると。





その男を見た時に私は震えた。
しかし同時に冷めた。
息なんてできない。思考が止まり、何も考えられないというのに。
――――漠然と、これで死ぬのだな、と実感した。

そんな私を庇うように彼が私の前に立った。

「え・・・衛宮・・・?」

「ん、なんだ。坊主?」

私の問いかけと同時に問いかける目の前の男。
私には理解できない。何をしようというのか。
体は震えている。逃げ切れないとわかっていながら逃げて、結局当然のように逃げ切れなかった。
ならば、もうあとは死ぬだけ。何もできない。
だというのに。
あろうことか彼は私を助けると言い出した。

(なぜ?)

そんな問いが私を埋め尽くす。
我慢していた涙が流れた。

(なぜ・・・泣いている?)

自分自身でも理解できなかった。
死の淵にいる私を助けようとしてくれる彼に感動でも覚えたのだろうか。
それとも目の前の男に恐れをなして泣いているのだろうか。
茫然と背中を見つめながら、本当にどうでもいい事を考えていた。
彼が私の手を握った。
それを見て、なぜだろうか。

泣いたのだった。





「走って逃げる気か、坊主? やめとけ。俺からは逃げらんねぇよ。」

そう言ったランサーではあったが内心舌打ちをしたくなるような状況だった。
聖杯戦争始まって比較的早く経験したことを目の前の風景と比べていた。
心底自分と命令を出したマスターが嫌になったが、しかし戦いを見られた以上は放っておくわけにはいかないのも事実だった。

「ふん、じゃあ坊主。そこの嬢ちゃんと一緒に死んでもらうぜ。―――死人に口なしってね!」

ドン! という音とともにランサーは士郎に向かって突進する。
この紅い槍を防ぐ術は目の前の人間は持ち合わせていない、 そう判断したランサーは力を抜いた。
人を刺すためにサーヴァントが全力を出す必要など皆無だからである。
ましてや相手は魔術師でもない一般人。

「苦しまないように一撃で送ってやる!足掻くなよ!」

そう言って心臓目掛けて槍を突き立てる。
だが。
ガキィン!! と槍が何かに弾かれた。

「・・・あ?」

完全に油断しきっていたランサーは、一瞬の出来事を把握できなかった。
何てことはない、士郎が強化魔術で強化した鞄に槍が弾かれたのだ。
だが、いくら油断しきっていたとはいえ『普通の人間』の反応速度では到底迎撃できない。
だが反応した。つまりそれが意味するのは。

「ハッ!そうか。てめぇは―――」

言いかけた時、顔面に向かって何かが飛んでくる。
ランサーは何事もなかったかのようにその物体に槍を突き立てる。
無論、『力を込めて』。
槍に突き刺さった物を眺める。
油断しきって力を抜いたランサーの槍を防いだ士郎の鞄であった。
二人がいた場所へ視線を戻す。
そこに二人の姿はない。

「走って逃げた・・・か。」

槍に刺さった鞄を放り投げ、二人を殺すため疾走する。

「ヘッ!上等!ちったぁ楽しませろよな!魔術師!」

魔術師が走って逃げたところでサーヴァントに勝てる訳もない。
加えて一般人を連れて逃げている。逃げ切ることは不可能。
ましてや敵はランサーである。

何度も言おう。
ランサーは最速のサーヴァントである。


―――――第二節 非現実は現実―――――

士郎と鐘は走っていた。
そんな中で咄嗟に反応できた強運と一回だけでも耐えられた自分の鞄に感謝した。
しかし、同時に絶望的でもあった。
逃げるために自身の鞄をランサーに投げつけた。
強化されたはずの鞄は、まるで豆腐のように槍に突き刺さった。
それが意味するのは

(つまり、あいつは俺たちを殺すって言いながら全然本気じゃなかったってことかよ・・・!)

全力ではなかったはずなのに、魔術で強化した反応はぎりぎりだった。

(―――俺の速度じゃ、俺たちの速度じゃ、街に行くどころか、学校からすら出られない)

今の現在地から外へ敵から逃げながら行くにはグラウンドへ出る必要がある。
しかし当然ながらグラウンドに隠れれる場所などない。
速度が圧倒的に負けている二人が、無防備にグラウンドに出て逃げようとするとしよう。
当然遮蔽物などないのだから敵であるランサーに見つかる。
速度で圧倒的に負けているのだから、学校に出る前に追いつかれる。

チェック(王手)である。
このままグラウンドに出ようものならば、二人の心臓はあの紅い槍に突き刺されるだろう。
だが、
チェック(王手)であったとしても
チェックメイト(詰み)ではない。
そう考えていた。

当然校舎の一階にも部屋はある。そこに身を潜める。
潜めながら運動部の倉庫やら建物があるところまで隠れながら進む。
人影や視線を感じないことを十二分に確認した後に全力でこの学校から抜け出す。
校門ではない、塀などを登って外へ出るという手も考えられるだろうが、当然脱出に時間がかかる。
それに脱出中は無防備になってしまう。
そこへ襲いにかかってこられたらそれで終わったしまうため、この案は却下された。

一階へ下りようとする。
だが、

「―――っ!!」

一階から伝わってくる嫌な雰囲気を感じ取った。それを感じ取った瞬間降りようとしていた足は階段を駆け上がっていた。
それがもう一人の赤い男、サーヴァントアーチャーのものであったということを彼は知らない。

駆け上がった先に、行きつく場所。そこは屋上である。
昼ならば生徒達が、弁当を持ち寄って談話しながら昼食をとっているだろう。
だが、今は完全下校時間をとうに過ぎている。周囲はすでに夜。
当然生徒なんていない。

「――ッ、ハァ、ハァ。大丈夫か。氷室。」

廊下を全力で走り、階段も全力で駆け上がってきたのである。
息が多少上がっている。
だが、彼よりもさらに疲労の色を隠せないのが彼女である。
至極当然だろう。
出会ったときすでに息は絶え絶えだったのだから。

「――ハァッ、――ハァッ、―――ッ」

問いかけにも返答できない。
そんな彼女を見て士郎は

「とにかく隠れないと。給水タンクの裏にでも・・・。」

そうやって鐘を連れて行こうとする。
だが、彼女はその手を振り払った。

「――っ!?どうした、氷室!?」

「もう・・・」

「え?」

「もういい、衛宮。私があの男の前にでる。君はその隙に逃げろ。」

「なっ・・・バカ言うな!そんなことできるわけないだろ!」

「バカは君だ、衛宮!君はこんなことに巻き込まれる必要はなかった!なぜ庇った!助けてくれといった覚えなど、ない!」

普段では聞くことのできないような叫び声。

「・・・なんだ、この展開は。まるで三流小説を体現したような感じは。」

そこにはボロボロの笑みを浮かべた鐘がいた。

「ならば体を張って誰かを助けると言うのもまたありきたりな話。衛宮、君は本来狙われる所以はない。君は――「もし」―――?」

言葉を遮るように話しかける。

「もしこの展開が三流小説なら、そして氷室が犠牲になるのが氷室の言う三流小説だっていうなら」

何を言おうとしているのか、と言う顔で見る。

「俺がそんな常識を壊して(一流の小説にして)やる。」

真剣な眼差しで鐘を見つめる。
その顔はその場限りのものではない、確固とした意志があるように感じられる。
その言葉を聞いた鐘は呆気にとられてしまった。

「な・・・何を言って―――」

「俺の、な目標はさ『正義の味方になる』ってことなんだ。笑っちまうだろ?けどさ、助けたい人を助けられるっていうのはいいことだろ?」

そんな言葉を聞いて黙ってしまう。
思い出す。『度が行き過ぎて壊れてしまう。』

「だから俺は氷室を助ける。救う。助けてみせる。間違っても氷室は絶対に死なせない。だから―――」


「だからどうするって?」


「「――――・・・!!」」

その声を聞いた士郎は即座に鐘を背中にやり、屋上に出てきたランサーを睨めつける。
ランサーと士郎が再び対峙した。

「あの防御はなかなかだったぜ、坊主。そのあとの鞄の投げつけもな。」

クックック、と笑いながら近づいてくるランサー。

「だが、あんな程度じゃ一瞬の足止めしかならない。・・・あぁ、そういう意味ではその一瞬の隙をついてここまで駆け上がってきたことは褒めてやるよ。」

一歩ずつ近づいてくる。二人もそれにつられ後退する。
ランサーは続ける。

「そして何より、階段を下りずに上ってきちまったってことが失策だ、坊主。下りたならば何か策はあったかもしれねぇ。だがここは屋上。何もない。」

また一歩近づく。二人も下がる。・・・だが。

「チェックメイト(詰み)だ、坊主、嬢ちゃん。」

屋上のフェンスまで追い込まれ後退できなくなった。


(この状況を見て、三流小説だと思わずなんという?)

鐘は自分と目の前にいる人物の置かれた状況を考えていた。
このままでは二人とも死ぬ。

(私はいい。私は見てはいけないものを見てしまったのだから。だが衛宮は違う。あのやり取りを見ていない。)

見てしまった自分を庇ったがために殺されようとしている。
そんなことは、あっていいはずがない。

だから彼女は目の前の男に声を掛けようとして・・・


「・・・チェックメイトには、まだなってない。」


声が出なかった。


―――――第三節 モーメント―――――

その言葉を発したのは士郎だった。
それに青い男、ランサーが反応する。

「ほぅ、つまり何か、坊主。この状況に置かれてもまだ何か策があるっていうわけか?」

そんなことはありえない、と言いたげに訊いてくるランサー。
一方の鐘は斜め後ろから、「どういうことなのか」と言いたげな顔をして顔を見ている。

「あぁ、お前から逃げ切ってみせる。」

堂々と対して言い切ってみせた。
その顔を見たランサーはにやりと笑い、

「クッ・・・クククク。いいねぇ、坊主。そう大見得張ったんだ。女の手前無様な死に方は晒すなよ?」

槍を構える。
それを見た士郎は彼女に話しかけた。
どうやら作戦の内容らしい。
必死に冷静になって彼の言葉を聞く。
だが、その作戦の内容はあまりにも意味がわからないもので・・・

「え?」

と聞き返してしまった。
しかし斜め後ろから見えるその顔は終始真剣な顔で言う

「頼む、気が引けるかもしれないがこうするのが一番安全なんだ。」

そう言われてしまっては従うしかない。
数秒先の自分を想像した。

(・・・しかし私が衛宮に――――など・・・)

仮にこれが夢だったとしても蒔の字や由紀香には言えないな、なんて場違いな考えをしていたのであった。
対して目の前にいたランサーは二人の会話が聞こえないことに違和感を覚えていた。
そして気づく。
あれは一種の防音魔術の類のものだと。
ならばランサーが動くことはない。

(あいつらの全力を正面から叩き潰す!)

ランサーはその思考だけで十分だった。

「よぉ、作戦会議は終了か?そろそろいくぜ!」

そうしてランサーは今日二度目の突進を仕掛けた。
距離は約十メートル。
サーヴァントが突進などしたらあっと言う前に詰められる距離。
だからこそ、これからの行動は常に自身たちが持ち得る最速の速度で行動しなければならない。

「氷室!」

大声で鐘に呼びかける。
その声を聞いた瞬間、彼女は彼の背中から手を回し胸の辺りで手を繋ぐ。対する士郎は少しだけ猫背になる。
格好としては鐘が士郎の背中から抱きつくような格好である。
ランサーはそんな彼女の行動に呆気にとられたのか、一瞬、ほんの一瞬だけ気が緩んだ。
が、それも一瞬。
刹那、ランサーは元の状態に戻っていた。だが・・・

(その一瞬で十分!)

どっちだ!? と紅い槍と握られている腕を見る。
槍で常識的に考えられる攻撃方法は薙ぎ払いか突きのどちらか。
突きは全く軌道が見えない上に一瞬の攻撃である。
槍を見てから対応したのでは遅い。
つまり見るのはその攻撃の“予兆”。
そうしなければ突きは回避できない。
対して薙ぎ払いは大きくこそないが予備動作を必要とする。
ランサーがどれだけ人間離れしていようとも人間の骨格を持ち、人間の体で構成されている以上、その予備動作を完全に消すことはできない。
彼が見るのはその二つ。
“予兆”と“予備動作”、この二つが二人の命運をわける。
そのためにも見極める必要があるのだが、そのためにも顕著にそれらを見せてもらわなくてはいけない。
少しでも隙があったほうが衛宮達にとってプラスに働く。

ここで彼女にしがみつくように願い出た一つ目の理由。
ランサーは戦いなれている。何をしても動じないだろう。
ならば、戦いにはまるで不向きな行動を目の前でされたときはどうするのか。
おそらくはその行動がどのような脅威に成りえるのか考察するだろう。
つまり、そこに一瞬の隙が生まれる。その隙を突く。

彼の身体はすでに魔術によって強化されている。
常人の動きよりも素早く行動はできる。
だから、様々な思惑の絡んだ結果に生まれた攻撃を回避できる。

(突きっ!!)

そう判断した瞬間、心臓を突き抜こうとした槍を魔術でブーストされた体は紙一重に避ける。
背中にいる鐘は完全に彼の体の動きに依存している。言われたことは

『足に力は入れずにもたれかかる様にして、何があっても絶対に腕の力は緩めずに離れないでくれ。』

故に彼女は決して離さない。
ガシャン! と“フェンスが突き破られる”音がする。
ランサーは避けられた事実に一瞬だけ驚愕するが、やはりそれも一瞬。
“フェンスを突き破った槍を引き戻すことなく”横薙ぎの一閃をいれる。
ガガガガガッ! と“フェンスが削られる音”がする。
いくらフェンスが頑丈だからといってランサーの攻撃が軽減されるわけはない。
二人にとってはそんな攻撃ですら必殺の一撃となる。
だが突きを避けた、その驚愕した一瞬を突いて横薙ぎの一閃をしゃがんで回避する。
やはり、紙一重のところで回避。ランサーの紅い槍が空を斬った。

ここでしがみつくように願い出た二つ目の理由。
いくら士郎が攻撃を回避できたところで、鐘が攻撃を回避できなかったら意味がない。
なので彼女には抱き着いてもらって、士郎が回避したとの一緒に回避させようと試みた。
しかしただ抱き着くだけだと振り回された時点でわずかな遅延が発生する。
それを防ぐために背中に思いっきり引っ付くような形でしがみつくように頼んでいた。
当然普通にしがみつくよりもさらに密着するため遅延の幅も狭まる。
魔術強化していないと回避などできないが現在は強化しているため、彼女程度の人が抱き着くくらいなら回避にぎりぎり影響はない。
しゃがんだ際に足をとり、抱き着いている彼女を背負う。

(今だっ!)

槍を横に薙いだ隙を突いて、士郎はランサーにではなく破損されたフェンスに向かって突進した。
ガシャン! という音と共に削られたフェンスは無様に壊れて落下する。
無論、跳びだした士郎としがみついていた鐘も一緒に落下することになるのだが―――

「へっ、それで逃げ切るっていうのか!?坊主!俺を甘く見んじゃねぇ!!」

最後はもはや怒号の声でランサーが槍を構える。
伊達にランサーというクラスには収まっていない。
槍を返す速度は人間のそれをはるかに凌駕する。
だが、彼はそれに動じない。

(わかってる、お前が弱くないなんて最初見た時にわかってた。それにこのままだとアウト。だから―――)

―――お前の槍を利用する。

(同調開始(トレース・オン)!)

背中にいる彼女に聞かれることがないように心の中で叫び、渾身の強化を一瞬で完了させる。
五年の鍛錬を経て、実った成果だった。
強化したのは鐘の鞄。
自身の鞄と同様に盾に使うために強化したのだった。

槍が突きだされる。まだランサーの射程圏からは離脱できていない。標的は背後にいる彼女。
しかしその標的は彼の行動によって強制的に変更させられた。
無理矢理体を反転させて、ランサーを正面にとらえる。
身体が悲鳴をあげたが無視して体を動かした。
正面をとらえたそこには、当然紅い槍が迫ってきている。
それを見てから防御したのでは間に合わない。
なので回転させ、振り向きざまに盾を構えていた。

まずはじめに。防御する箇所が少しでもずれていたのならこの盾は意味はなさない。
次に。たとえ運よく防御する箇所があっていたとしても即席の盾であの必殺の槍を止められる道理もない。
なので、鞄は斜めに構える。強化した鞄がぎりぎり耐えられる角度にして受け流すことができるように。

これらはいずれも一瞬の出来事。
たとえ事前準備をしていたとしてもそうそうできるものではない。

だからこそ、この結果は奇跡である。

ギギギギギギギッ!! と大よそ鞄の音とは思えない音を出す鐘の鞄。
その音が続く間、外へ押し出される力を受けている。
丁度よく、貫通されないだけの角度と強度をもった鞄が今現在、二人の命を守っていた。

しかし全てを受け流すことはできなかった。
ギャリッ!と鞄の端まで受け流された紅い槍は士郎の左肩にわずかに刺さった。

「!――――ッ!!」

ギリ、と歯を食い縛る。しかし刺さったとはいえどあの必殺の槍にしてはあまりにも弱い攻撃。
それだけ受け流すことに成功したということであり、例え攻撃を受けた所で大したダメージにはなりえなかったのである。
そして跳びだした時には届かなかったが、ランサーの攻撃の力を受け取った二人は“ちょうどよく”木の上にいた。

体が傾く。
重力に従い落下し始めた。
しかし今現在地面側にいるのは鐘である。
当然このまま落ちようものなら彼女が大怪我をするのは必定。
完全に射程圏から離脱したことを確認した士郎はランサーの手前でやってみせた空中反転をもう一度する。
先ほどは前後だったが、次は上下。
父親から習った魔術を同時に準備しながら二度目の反転。
一度目ですでに体が悲鳴をあげていた状態での二度目。
二人分の体重を、高さもそれほどない自然落下中に急激に反転させる。
それは並大抵のことではない。
士郎の体に激痛が伴ったが耐える。
反転は成功し、体の正面から落ちることとなった。

下にある木々。
今は葉もついていない木ではあったが背だけは高かった。
バキバキバキッ! と枝木がへし折られていく音。
自然落下をわずかに枝木で押さえている間に、全力で魔術行使を準備する。
強化が得意な彼にとってそれ以外の魔術を使用するには時間がかかる。
その時間を稼ぐために木々の上に落ちようと画策していた。
木々の上に落ちることによって時間稼ぎと衝撃の緩和。
この二つを得ていたのだ。

ここでしがみつくように願い出た三つ目の理由。
きつく抱き着いてもらうことにより彼女の視界を背中に制限すること。
彼女の身長は士郎の身長より10cm程度低いため、魔術行使をしても見られることはない。

地面が近づく。
まだ魔術更新の準備が整っていない。
その間にも地面は近づく。

そして。

地面にぶつかる直前で魔術を発動させることに成功する。
衝突寸前に、一瞬だけ時間が停止したかのように体が浮いてその後不時着した。
落下のダメージこそなかったが、突然重力に逆らって一時停止したものだから二人には通常よりも強いGが加わった。

「っ―――――!」
「う・・・・!!」

そのGに耐えた二人。
着地に成功した後は即座に校舎の窓に向かって跳び、窓ガラスを破って中に入った。
その後簡易的な気配遮断の魔術を行使してランサーから逃げる用に消えた。


―――――第四節 殺人考察―――――

屋上に残った青い男ランサーは、士郎が落ちて行き視界から消えた場所を茫然と眺めていた。

突撃した直後に鐘がとった不可解な行動を、一瞬で考察し害はないと判定。
さっき見せた速度よりも速い速度で突いたはずが紙一重のところで回避された。
それに驚愕したのも刹那の時間、即座に横薙ぎの攻撃で肋骨を砕かんとばかりの攻撃。
だが、それもしゃがんで回避される。
そのしゃがんだ反動をバネとして、ランサーが半壊させたフェンスに突進。
強化魔術のおかげもあってか、槍をかえすより速くフェンスを突き破った。
背中を見せた士郎に槍を突き立てようとするがあろうことか空中で強制的に体を反転。
即席の盾でランサーの槍を受け流す形で、攻撃の反動も使い射程圏から離脱。
挙句の果てには受けた反動を利用し木の上に落ち、魔術を行使し着地、校舎に跳び入ったあと気配遮断の魔術を行使。
視覚、気配ともに姿を消した。

その事実を突き付けられたランサーは追う事すら頭の隅に追いやって、今起きた事に対して考察する、

(俺に隙はあった。それは認めよう。だが、その隙も刹那とも呼べる時間だ。その時間の間にあれだけの判断と動きができるのか?)

否、できるわけがない。ランサーはそう考える。

(それができるのは相当の修羅場を潜り抜けてきた奴だけだ。この現代に生きる、20歳にも満たないような坊主がそんなことができる環境にいたとは思えない。)

しかし、実際にしてしまった人間がいる以上は認めざるおえない。

(それに不可解な点が多すぎる。)

空中の反転からの防御。

(俺の攻撃を察知してからの行動ではまず間に合わない。だが、あいつは間に合った。つまり俺が攻撃をしてくるとわかっていたということになる。)

鞄の構え。

(あんなもん、ただの偶然すぎる。角度を間違えりゃ心臓が串刺しだった。それに俺が払うという行動をとったとき、あの鞄の構えなんて全く意味がねぇ。)

ジャンプした距離。

(あいつが跳んだとき、奴は木の上には達していなかった。“俺の攻撃の反動を利用した上で初めて”木の上に到達した。・・・なんつぅ偶然だ?)

これでは綱渡りどころではない。
まるで糸渡り。

しかし結果は見事に逃げ切っていた。
そんな事を考えていたランサーに近づく気配が一つ。

「俺の邪魔してくれんじゃねぇよ・・・」

そう言って振り返る。

「アーチャー!」

そこには全身赤い服装をしたサーヴァント、アーチャーがいた。

「ふむ、貴様の邪魔をするのは当然だろう?何せ私達はサーヴァント。敵であるサーヴァントを倒すためにここにいるのだからな。」

「あぁ、戦うためにここにいるっていうのは正解だ。同意するぜ。だがな、」

ランサーは槍を構える。

「俺の邪魔をしていいっていう理由にはならねぇんだよ!」そういってアーチャーに突進する。

彼らのやり取りになんら変化はない。
ただ、戦闘場所がグラウンドから屋上へと変わっただけだった。




[29843] Fate/Unlimited World-Re 第7話「二人の長い夜」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:21
第7話 二人の長い夜


―――――第一節 避難―――――

窓ガラスを破り校舎の中へ跳び込んだ。
気配遮断を行使して、すぐさま破った場所から離れる。
廊下に出て別の教室へ隠れこもうとするが、どこも施錠されていて開いていない。

「くっ・・・そ」

こういう時に限って施錠している教室が恨めしく感じる。
しかし廊下でうろうろしているわけにもいかない。
どこかに隠れれる場所がないかと必死に探す。
それを感じ取ったのだろうか。背中に背負われている鐘は小さい声で、しかし背負っている士郎には確実に聞こえる声で呟いた。

「・・・陸上部の倉庫なら開いている。」

背負ったまま陸上部の倉庫へと向かう。
一旦外にでる必要があったが幸いにも現在いた位置が倉庫の近くで、かつ倉庫のある場所に行くまでに遮蔽物が多かった。
周囲に気を配りながら夜の校舎を歩く。
電気などもちろんついておらず、足元を照らすのは月の光のみ。

「―――――」

二人は息すらも殺している。
僅かな物音を聞き逃さないように。
そうして倉庫に到着し、中に入る。
無論倉庫内の電気はつけない。
倉庫の小さな窓から光が漏れてしまうからである。
窓から入る僅かな光だけが倉庫内を照らしていた。
運動マットの上に彼女を降ろしてその横に座る。

「――――づ・・・!」

先ほどの反転と、左肩の傷、限界レベルでの体の行使による反動が襲ってきた。

「衛宮・・・!?」

体を抱え込んだ姿を見て鐘が慌てる。
その顔や腕、足などに軽い切り傷があった。枝木やガラスによって切れたのだろう。

「大丈夫・・・!」

対する士郎も傷は深くはない。左肩から血がでているが、ほかは彼女と同じように切り傷や痣があるだけだ。
しかし問題なのは体の内部。
体のあちこちが痛みを訴えている。空中で二人分の体重を反転させる行為など今まで一度もなかった。
それを考えるとあの一瞬の時間で二度もできたのは僥倖だろう。
体の痛みを無理矢理意識力で抑え込む。

フラフラと立ち上がり倉庫入口に耳をあてる。
外の様子を伺っているようだ。
運動マットの上に座っていた鐘も立ち上がろうとする。

が。

「あ、れ・・・?」

腰に力が入らない。
立つ事ができない。

「氷室・・・?」

そんな彼女の様子が気になった士郎が近づいて目の前にしゃがむ。

「どうした?」

「ぁ・・・いや、その」

言いよどむ。
まさか腰が抜けてしまったとは恥ずかしくて言えないだろう。

「? ・・・外、音だけだけど確認してみた。アイツは追ってきていない。このうちに学校を出よう。氷室、立てるか?」

立ち上がって手を差し伸べる。
戸惑いながらもその手を掴む。
そして引き上げたのだが・・・

すとん、とまた座り込んでしまった。

「氷室・・・・?」

「~~~~~~!!!」

顔が真っ赤になる。
まさか自分が腰を抜かすなんてことを想像したことなどあっただろうか。
しかも男性の前で。

「氷室? 疲れてるのはわかるけど、学校にいるとアイツが・・・・」

わかっている と心の中で呟いて意を決し、告白する。

「・・・衛宮?」

「何だ、氷室?――――もしかしてどこか怪我を・・!?」

中々立たない彼女を見て別方向の心配をする。

「い、いや・・・そうではなくて、だな。その、これからいう事を笑わずに聞いてくれないか?」

「? 笑うって・・・今の状況で笑うようなことなんて何もないと思うけど。―――いや、わかった。何かあったなら言ってくれ。」

真剣な表情で見つめる士郎。
その表情が余計に彼女を困らせてしまうのだが、彼はそれに気づかない。

「実は・・・その、」

「ああ。」

「―――――――腰が抜けて、立てない。」

訪れる静寂。無論、彼は笑っていない。
笑うというよりは唖然としたような顔。
対する彼女は顔を真っ赤にして彼の視線から逃れるように顔を俯かせていた。

「―――――。・・・・。・・・・あー、氷室?その、大丈夫か?」

「・・・大丈夫じゃないから立てないのだが。」

「・・・・だよな、ごめん。」

そう言って再び目の前にしゃがみこむ。

「どうするかな・・・。ここにいたっていずれ見つかるだけだろうし。見つからないにしても一日を此処で過ごすわけにもいかないし。」

「わ、私が立てば何も問題はないのだろう。すまないが衛宮。もう一度ひっぱりあげてくれないか?」

「え・・・いや、別にそれは構わないけど・・・」

手をとり引っ張り上げる。
当然体は立ち上がる、が、

「っと、危ない!」

機材に頭を打つように倒れそうになったところを抱きかかえられたのだった。


―――――第二節 無実は苛む―――――


アルコールを口にしたことのない私だったが、酔ったような感覚に襲われる。
少し気持ちが落ち着く。
――――曰く、好きな人の匂いをかぐと落ち着くとか

そうして目が覚めて気がついたら浮いているような感覚。

「え・・・・?」

目の前には彼の顔があった。

「大丈夫か、氷室?」

そう言って私の顔を見る衛宮だったが何かおかしい。
見える風景がおかしい。
彼が見えるのはいい。じゃあなぜその後ろが“夜空”なのだろうか。

冷水がかけられたように意識が覚醒した。

「ちょ、ちょっと待った・・・・!」

ものの見事に抱えられている。私の意識がはっきりしていなかった以上背に抱えるのは無理で、だから今私は衛宮の胸元に抱きかかえられている。

「衛、宮・・・!待て、降ろしてくれ。この格好はまずい・・・!」

「う・・・せっかく気にしないようにしてたのに・・・。でも氷室を歩かせるわけにもいかないだろ。嫌かもしれないけど我慢してくれ。」

「いや、別に嫌というわけでは・・・・ではなく!この格好がまずいんだ。誰かに見られたら・・・」

「・・・・いや、今のところは見られてないけどな。あ、もしかして彼氏とかいるのか?ならそれはまずいか・・・。」

「交際している相手はいない・・・という問題でもない!こ、こんな状況がいかにまずいかわからないか!これでは・・・その、なんだ、」


―――――恋人同士みたいじゃないか


言って後悔した。今の言葉は思考を反映せずに反射的に出てしまっていた。
彼が何か言う前に言葉を続けなければ!

「と、とにかく!もう私は大丈夫だ。降ろしてくれ、衛宮。」

「あ、ああ・・・。もう歩けるのか?」

「問題はない!早く降ろしてくれ。」

これだけ顔に血が上ったのも初めてではないだろうか。
ようやく地に足着く感触。
アスファルトの感覚が足から伝わってくる。

「・・・っ」

「大丈夫か?」

フラついたところに腕を掴んでくれた。
フラつきはしたが、しっかりと地面に足は立っている。

「あ、あんな風に抱きかかえられれば動揺して平衡感覚など失う。」

「・・・そうか、その、すまん。」

こちらを見ずにそっけない態度で答える。
もっとも、私とて恥ずかしさからそっけなくはなっているのであるが。

「氷室? その、歩けるか?」

「何とか。だが・・・頼みがある。」

「何だ?」

「うまく歩けそうになるまで、腕を掴んでも大丈夫だろうか?」

「ああ、それなら問題ない。」

そう言って私は彼の腕をとって歩き出した。
当然といえば当然なのだが、体が触れ合っている。
というより、この状況よりもさらにまずい状況が先ほどあったばかりなのだが、意識のある場所が違うのでこちらのほうが余計に気になっていた。
この何とも言えない空気を払拭するべく訪ねた。

「衛宮、どこに向かっているのだ?」

「俺の家。流石に意識失ってる氷室を抱いてバスに乗るのは躊躇われたから・・・。」

当然だっ、といいながら歩く。
私の知らない道を衛宮と二人で歩いていく。
歩いている間、彼の腕をとっていた。
ちらり、と顔を見るのだが視線が合う度に彼は視線を外していた。
つまりそれは私が見ていないときは私を見ていると言う訳で・・・。

「大丈夫か?衛宮。顔が赤いが。」

言った私も顔が赤いのだがそれは置いておく。

「・・・大丈夫。単に俺の修行不足なだけだから。氷室こそ大丈夫か?もうすぐ家に着くけど。」

「ああ・・・まだ少し違和感を感じるが問題はないと思う。」

問題がないなら腕を離してもいいのだが、なんとなく躊躇われた。
坂を上りきって歩くこと数分。彼の家の門が見えてきた。
立派な武家屋敷だ。

「とりあえず家に入ろう。体も冷えてるから温かいお茶でも出して温まろう。」

そう言って私を連れて家に入って行く。
客観的に見てこの状況は彼氏の家に泊まりに来た彼女ではないのか・・・?
その光景を想像してしまって即座に頭から追い出したが、イメージは払拭しきれなかった。

家に入り居間に案内される。
きれいな居間だった。
日本家屋に相応しい部屋にはそれを壊さないように液晶テレビが置かれていた。

「ちょっとまっててくれ、お茶入れてくる。」

衛宮はキッチンへと向かっていく。
私は何をすべきか、と部屋を見渡していたが彼が持っていた自分の鞄を見つけた。
手に取って見る。
不自然な傷跡がついていた。
そういえば何か金属同士がこすれあう音がしたような気がする。
傷を見て気になり始めた。そもそもなぜ私たちは屋上から落ちて無事でいれたのだろうか。

「お待たせ。はい、氷室。」

「あ、ああ。すまない。恩に着る。」

渡されたお茶をゆっくりと飲む。
冬の夜風にあてられて体が冷え切っていたので温かいお茶は身に染みた。

「氷室、とりあえず傷の手当をしよう。大したことはないと思うけどしておいたほうがいいだろ。」

お茶を入れた衛宮は自分のお茶を飲むことなく救急箱を取り出した。

「あ、いや、衛宮。私の傷はどれも大したことはない、それよりもその左肩を・・・」

「俺のだって大した傷じゃないよ。氷室は女の子なんだからさ、傷は早めに手当して直しておくべきだろ。」

そう言って傷薬を取り出して私についた切り傷を消毒し始めた。

「っ・・・!」

「と、ちょっとしみるかもしれないけど我慢な。」

体にできた切り傷は数か所。
そのうち衣服を着てても見える部分だけ手当をしてくれた。

「すまない、衛宮。」

「どういたしまして。」

そのまま衛宮は自身の左肩の傷の手当をしようとするのだが

「い・・・つ・・・・」

どうやら痛みが再発したらしい。
そのまま畳の上に倒れてしまった。

「え、衛宮。大丈夫か?」

私は倒れた彼に近づいて声をかけた。

「あー・・・大丈夫。ちょっと気が抜けて痛みが戻ってきただけ。横に・・・なれば」

「・・・とりあえずその左肩の傷の応急処置はしよう。」

救急箱を近くに持ってきて道具を用意する。
ガーゼに包帯、ハサミにテープに消毒液。
それらを用意した。
そして手当をするのだが、ここで問題に気づく。

服を脱がなければいけない。

(・・・・)

どうしたものか、と考える。
それは彼も思っていたらしく、

「氷室、俺は平気だからお茶でも飲んでてくれ。向こう行って一人で手当するから。」

しかしそれに従うのはどうなのだろうか。

「―――いや。衛宮は手当してくれたのに、私だけ何もしないというのはおかしいだろう?」

決心した私は衛宮の服を掴んで脱がそうとする。

「ま、待て、氷室。服ぐらいは自分で脱げる!」

「む、そうか。てっきり服を脱ぐのも億劫なものだと思っていた。」

「さすがにそれはない。痛むけど動けないわけじゃないしな。」

左肩が見えるように左腕だけ服を脱いだ。
その肩には直径数cm程度の穴が開いていてそこから血が出ていた。
浅いのが救いだった。

「衛宮・・・これは。」

こんな傷を負うのは一つしかない。

「うん、あの槍に刺された。」

だというのに当の本人は軽い感じで答えるのだから苛立ちを覚える。

「衛宮。君の方が私よりも重症ではないか。なぜ自分を優先して手当しなかったのだ?」

そう言いながらも私は周囲についた血をふき取って必要最低限の手当をする。

「いや、別に放っておいても死ぬような傷じゃないしさ。氷室の傷は言う通り浅いけど女の子だろ。傷なんてついちゃいけない。残ったりでもしたら大変だ。」

「・・・気持ちはありがたいが・・・」

そう言って包帯を巻き終えた。
それを見た衛宮はありがとう、と言ったあとに訊いてきた。

「応急処置、上手なんだな。どこかでやったことあるのか?」

「私は陸上部の走り高跳び、しかもハイジャンプに挑戦している人間だぞ? 当然同級生や後輩が怪我をすることだってある。応急処置くらいはできる。」

「ああ、そうか。 うん、確かに一年の頃から楽しそうに跳んでたよな。なるほど、そういうのも結構あったってことか。」

待て。
―――――今なんと言った?

「ずっと見てた・・・?」

「? ああ。陸上には目が行きやすかったんだ。」

見られていた。
別にそれは大したものではない。
もとよりこそこそと隠れてやっていたわけではないのだから見られることなど当然だろう。
しかし。

「・・・つかぬ事を訊くが、衛宮。今朝、跳んでいるところを近くで見たいと言ったのは・・・」

「ん、そういうこと。確かに今朝言った理由もあったけどさ。今まで遠くから眺めていただけで、近くで跳んでるところを見たことがなかったから。いい機会かな、って思ったんだ。」

「・・・・・そうか。」

救急箱に道具を直してお茶を飲む。
何故だろうか、お茶がさっき飲んだ時よりもおいしく感じられた。
そう。ここで終わっていればいいのに

「その中でも走り高跳びで本当に楽しそうに跳んでる氷室に目が行った。だから氷室の顔は一年の頃から知ってたんだ。最初は名前と一致しなかったけど。で、一度近くで見れたらいいなって・・・どうした?」

「・・・・・何も心配はいらない。頼むからそう顔を覗き込まないでほしい」

―――どんな顔をしてるかわからないから。





「アイツには見つからなかったからたぶんもう大丈夫だと思う。」

お茶を飲みながら声をかける。

「そうか・・・。衛宮、警察に通報とかは?」

「・・・内容を説明したら、多分まともに取り合ってくれないと思う。」

「―――そうだな。」

それだけ二人の前に現れたあの男は常識外だった。
殺すことを平然とやってのける。
人間離れした動き。
そんなことを説明したところで普通の人は信じない。

ここで疑問が生まれた。
普通の人は信じない様な人間が現れた。
その人間に狙われた二人はなぜ平然とできているのだろうか。
気になった。気になってわからない以上は調べるしかない。

「衛宮。」

そう。正面にいる少年に尋ねる他はない。

「いろいろと訊きたい事があるのだがいいか?」

「・・・ちなみに。助かったから全て良し、という選択肢は?」

「ない。気になった事は調べるのが私の性分なのでね。悪いが質問には答えてもらう。」

「―――――む」

少し彼が押し黙ったところで質問を開始する。

「まず。なぜあの常人離れした人間の動きに対応できたのだ、衛宮? 警察すらまともに取り合おうとしないくらいのレベル相手に君は私という荷物を背負いながら回避できた。それがおかしいということに気が付いているか?」

「・・・あれはただの偶然。相手も油断してたみたいだし。もう一回同じことしろって言われたらたぶんできない、と思う。」

「偶然、か。では次の質問。なぜ私たちは屋上から飛び降りてこれだけの怪我で済んでいるのだ?」

「それは校舎近くにあった木の上に落ちたから、かな。あれがなかったら多分俺も氷室も死んでた。」

彼の言葉に迷いはない。
真実を言っている、と彼女は感じた。
しかし、それは別の疑問を生み出すだけにすぎない。

「では、なぜ屋上から木の上に下りれたのだ? 私を背負ったまま跳び下りても木の上にはたどり着けなかった筈だが。それにあの高さから落ちて木の上に所でこの程度の怪我で済むわけがない。」

「―――――む」

「それにこの鞄の傷は何だ。明らかに不自然だろう。私はあの時衛宮の背中しか見えていなかったが音は聞こえていた。金属音だ。一体どうなっている?」

「――――――」

完全に黙ってしまった。
それは『話したくない』というよりも『どう納得してもらうか』という方向に近いものだった。
ずっと黙っている士郎を見る鐘。
それは説明してほしいという願望を込めた眼差し。
至極当然。
それは彼女の性分にも合うからというのもあるが、人間が理解不能なことに陥った時、努めて冷静にいられるように情報を欲しがるのは当然だから。

「――――わかった。氷室に嘘なんかつけない。というより、俺自身嘘が上手くないしな。ついたところで氷室なら簡単に見破るだろうし。」

そう前置きを置いたうえで

「これから言うことは他の誰にも言わないでほしい。・・・氷室の心の中に閉じ込めてくれたら、俺は話す。―――それでもいいか?」

他言無用、ということに了承する。
これから一体何を話そうとするのか。
一種の期待、そして一種の恐怖を抱きながら言葉を待つ。

「実は―――――」

だが、その言葉は続かなかった。

「―――――!?」

カランカラン と警鐘が鳴り響いた。
ここは間違っても魔術師の家である。
敷地に見知らぬ人物が入ってきたら警鐘がなる程度の結界は張られている。

「―――何?」

対する鐘は突然明かりが消えた事に驚く。
警鐘が鳴ったのは彼女も聞こえていただろうがそもそもそれの意味を知らない以上は反応のしようがない。

「――――なんで」

一方士郎は焦っていた。
このタイミングで、あの異常な出来事の後でこの家に誰が侵入してきたかなんてわかりきっていた。
家に帰ってくるまで誰かにつけられてはいなかった。
なので、完全に追ってきていないと思い込んでいたのだ。
しかし実際には追ってきた。

「衛宮、これは一体―――――え?」

何か言おうとして口を閉じた。
否、閉じられた。
衛宮が近くに寄って口を手で塞いでいた。

「―――――?」

「氷室、悪い。ちょっとだけ静かに聞いてくれ。」

口に当てていた手を離す。

「“アイツ”が追ってきた」

「―――――!」

その言葉だけで鐘の背筋が凍った。
なぜ、という思いでいっぱいである。
確かに追ってくる可能性はあった。
だけど、起きていた間だけだったが周囲には気を配っていたし後ろに誰かがいたわけでもなかった。

「―――――――」

屋敷が静まり返る。物音一つしない闇の中。
二人は確かに、あの時感じた嫌な感覚――殺気――が近づいているのがわかった。

「――――っ」

息を呑む。
背中には針のような悪寒。幻でも何でもなく、この部屋から出れば即座に串刺しにされる。
その映像が手に取るように見えた。

「――――はぁ、――――っ」

落ち着かない心を懸命に抑える鐘。
何も知らない彼女ですら、この状況がどれほど危険かは理解できる。
そんな状況で悲鳴を出そうものなら、この家に潜んでいる殺人鬼は歓喜の声を上げて二人を殺しに来るだろう。
立ちあがった彼の傍に寄り服を掴んでいる。その手は震えていた。

どうしようもない恐怖。
数秒後の未来か、或いは数分後の未来だろうか。
二人に襲いかかるのは間違いなく『死』。
今はただ殺されるのを待っているだけ。
そんな状況に

「――――ふざけんな」

言葉が響いた。

「・・・・いいぜ。やってやろうじゃないか。」

その言葉を聞いた鐘は驚愕を露わにする

「衛宮・・・・!?無理だ、衛宮では・・・」

相手の異常性を少なくとも彼よりは知っている と鐘は自負していた。
彼ではあの男には敵わない。認めたくなくとも冷静でいる自分がそう結論を出してしまっている。
どれだけ彼を信じようとしても覆ることのない、自身が導き出した答えがそれを否定してしまっている。
勝てない。―――だからもう何をしても意味がない。
助からない。―――だからもう何をしても無駄だ。

「大丈夫、氷室は必ず守る。約束したろ? 絶対に死なせない。」

だと言うのに目の前の人物は諦めない。

「・・・まずは武器を何とかしないと。」

そう言って部屋を見渡す。
土蔵に行けば武器となるものはあるだろうが、丸腰のまま出て行くわけにはいかない。
ナイフや包丁はリーチが短すぎる。
槍という獲物の前では活路は見いだせないだろう。

「うわ・・・藤ねぇが持ってきたポスターしかねぇ・・・」

部屋の隅に置きっぱなしになっていたポスターを見てガックリと肩を落とす。
が、同時に覚悟は決まった。

「衛宮・・・。やはり無理だ」

「大丈夫だって。・・・ここまで最悪の状況ならもう後は力尽きるまで前進するだけだ。」

そう言ってポスターを取り目を瞑る。

「・・・衛宮?」

人前では魔術を使ってはならない。
それは魔術師として当然のこと。
しかし。

「一番大事なのは。魔術は自分のために使うのではなく。他人の為に使うものなんだ。」

――――同調、開始―――――
(――トレース・オン――)

自己を作り変える暗示のもとに、強化は何も知らない彼女の前で開始された。
あの紅い槍をどうにかするためには今までの鍛錬よりも更にランクの高い強化が必要。
故に全神経を集中させる。隅から隅まで魔力を通し、固定化させて武器とする。

「―――――構成材質、解明」

ポスターに魔力を浸透させる。

「―――――構成材質、補強」

その光景を見る者が一人。

「―――――全行程、完了(トレース・オフ)」

目をあけて完了したポスターを手に取る。
紙製ポスターの外見が鉄色の様に変化している。
しかしそれ以上に変化したのは中身。
紙の重量を持ちながら、鉄の硬度よりもさらにランクが上がっている。

「これなら・・・・」

自身の強化に手ごたえを感じ、言葉を漏らす。
しかし、そんな事は目の前の少女にとっては関係がない。
今目の前で起きた事。
それはどれほどの異常か。

「衛宮、今のは・・・」

「悪い、氷室。言ってなかったよな。」

腕を降ろし顔を見て薄らと笑う。

「実はさ・・・俺、魔法使いなんだ」





今、彼は何といったのだろう。
魔法使い―――確かにそう言った。
―――ありえない。 そう頭の中で結論を出す。
当たり前だ。魔法なんて現実のこの世界で存在するわけがない。
魔法と言うのは、それこそ漫画やアニメ、小説などの世界のお話。
MPを消費すれば人が生き返るなんて非現実はありえない。

そう。ありえない。
そのはずなのに。
では今目の前で起きた出来事は何か。

紙だったはずのものが鉄のような光沢を放っていた。
目の前でそんな出来事を見せられて、その後に名乗られては否定しようにもできない。
私の動揺を見た彼は

「―――うん。信じられないのは当然だよな。信じてくれなくていい。それが『普通』だから。けどアイツは何とかするっていうのは信じてくれ。」

何も言えない。目の前に起きた事がかけ離れていた。

―――衛宮。君は一体――――

そう言おうとした声が出ることはなかった。


―――――第三節 戦闘開始―――――

「氷室っ!!!!」

そう叫びながら士郎は彼女に跳びかかった。

「え?」

対する彼女は何が起きたかわからない。
突然顔色を変えた士郎が自身に跳びかかってきたのだから。
押し出される。

それと同時に。
ドスッ!! と不吉な音が居間に鳴り響いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」

自身が立っていた場所にあの『紅い槍』が刺さっていた。
一瞬の殺気に気づいた士郎が咄嗟に鐘を突き飛ばしたおかげで彼女に直撃することはなかったのだ。
しかし。

「あっ――――ぐ」

彼女を押し出した彼の左腕にその槍が突き刺さっていた。
左腕を地面に張りつけられている。

「はぁ、は――――う、――――ぁ」

苦痛に顔を歪めながら突き刺さっている槍を抜こうとする。
対する助けられた彼女は今実際に目の前で起きた出来事に脳の処理が追いついていない。
そして、さらに場は混乱する。

「俺の殺気を感じ取ったか。 なるほど、やはりそれなりにはできるようだな。坊主。」

倒れた士郎の後方、何が起きたか一瞬理解できずに茫然と眺めている鐘の前方にその男は現れた。

「うおおああぁぁっ!!」

その声を聞いた直後、左腕に刺さった槍を力の限り右腕で引き抜き、その勢いのまま後ろにいる敵へ突き立てる。
ブチブチブチ! と左腕が嫌な音を出したが今は気にしている場合ではない。

「へえ。わざわざ引き抜いて俺に『返してくれる』とはな、気が利くじゃねぇか。」

突き立てたはずの槍はあの男の手の内に『戻っていた』。

「なっ・・・・」

驚愕を露わにするがそれが致命的だった。

「おいおい、一瞬の隙をついて逃げ切った奴が隙作ってんじゃねぇ・・・よっ!」

強烈な蹴りが腹にクリーンヒットした。

「ご――――ぁ」

呼吸が停止する。意識が一瞬飛びかけた。
後方へ吹き飛ばされ鐘の後ろへと転がる。

「衛宮・・・!」

目の前の異常性をようやく理解し、後に飛ばされた方士郎に振り向く。
だが、それはランサーに背を向けるということ。

「・・・余計な手間を。見えていれば痛かろうと、オレなりの配慮だったんだがな。」

背後。
そこにはすでに槍を構えたランサーがいた。

「――――――」

後ろは振り向けない。
振り向いた瞬間死ぬ。振り向かなくとも死ぬ。
この距離で、この相手で、逃げ切れるはずもない。

―――ああ、私はここで死ぬのか

漠然とその感想だけが思い浮かんだ。

「あああああぁぁぁぁっ!!」

ブンッ! と士郎がランサー目掛け、強化魔術がかかった体で全力で『鉄製』のポスターを投げつけた。
同時に体が跳ぶ。
ガンッ! と槍でポスターを弾き、突進してきた拳を避ける為に二歩後ろへ下がり回避するランサー。
その彼の目の前に映し出されたのは、廊下でみたあの光景。
大きく違うのは正面にいる彼の左腕がだらしなく垂れ下がっている部分か。
右手には『強化』されたポスター。
背後にはしゃがみこんでいる鐘。

「氷室!立てるか!?」

「――――っ、衛宮、腕、左腕が・・・」

しゃがんみこんでいる彼女の視野には彼の左腕が映る。
そしてその先に見えるはずのない部屋の向こう側が見えた。
つまり、槍が突き刺さった部分が完全に穴が開いていたのだ。
肩の傷とは比べ物にならない。もう彼の左腕は機能しないだろう。
しかし彼はそんな自身の左腕を気にもかけてない。

「よし、氷室。立てるな。早くここから逃げろ。俺なら大丈夫だ。」

「そんな・・・。嘘だ!大丈夫な筈が・・・!」

「氷室!早く行け!!」

聞いたこともないような大声で怒鳴る。

「――――――っ」

俯き、言いたい事すらいえないまま彼女は居間から廊下へ向かい、玄関へ向かって走って行く。
その光景を眺めているランサー。

「・・・・なんで今の間に殺さなかった。」

「へっ。そこまで無粋じゃねぇよ。だがな、坊主。ここであの嬢ちゃんを逃したところで意味ねぇぜ?」

「・・・逃げ切れるかもしれないだろ。」

「あぁ。そりゃ無理だ。―――そうだな、冥土の土産に教えてやる。俺がどうやってここを探し当てたか。――――簡単だ、ルーンを使った。」

「ルーン・・・・!」

「そうだ。言っただろ、『俺からは逃げらんねぇ』って。」

槍を構え直す。
士郎もまたそれを見て強化されたポスターを構えた。

「いいぜ――――少しは楽しめそうじゃないか。」

男の体が沈んだ、その刹那
横殴りの槍が放たれた。

ガキィン!! と、顔面に放たれた槍を、確実に受け止めた。

「こんなのっ―――!」

「いい子だ。ほら、次だ・・・!」

ブンッ! と振られる槍。
一体この室内でどういう扱いをすれば引っ掛からないのだろうか。
今度は逆側からフルスイングで胴をを払いに来た。

ガキィン! と確実に受け止める。
だが、反動がさっきよりも大きい。
証拠に辛うじてポスターは握っているが、右腕が痺れてきている。
それを見たランサーはうれしそうに笑った。

「よし。ここまでは耐えたな。―――なら、次はどうだ?」

再び横薙ぎの一閃。
速度は先のどれよりも速い。

「ぐっ――――!!」

それを受け止める。
が。

「うぁ――――ぐ!」

強化された筈の右腕が折れたかのような感覚に襲われる。
それだけの威力と速度。
強化したはずのポスターはへこみ始めている。

「ぐ、この――――!!」

一気にランサーの懐に踏み込んで顔面めがけて強化したポスターを振った。

「おお?」

その攻撃に驚いたが、しかしそんなものはどこ吹く風。
槍の柄だけで受け止めて弾き返してきた。

「ぐっ・・・!」

左腕は使い物にならず強化されたポスターは限界に近づいている。
加えてそれを持っていた右手は痺れてしまっていてもう感覚すらない。
それでも握っていられるのは魔術強化のおかげではあったが。
左腕と腹部の激痛は痛覚を故意的に魔術で麻痺させているためまだ動ける。

「はぁっ!!」

ここから逃げていった彼女を守るためにランサーからは逃げない。
恐怖を押し殺し、痛みを押さえつけて、再び懐に入り込もうと開いた距離を詰める。
対するランサーは面白い玩具を見つけたかのように笑っていた。

「クク・・・。なかなかいい動きするじゃねぇか。ちゃんと“与えた機会”を活かしてしっかり攻撃を仕掛けてくる。魔術師に斬り合いを望んでも仕方ねぇと思っていたが・・・・」

向かってくる士郎にランサーは“さらに早い横一閃”を放った。

「うっぐ・・・!」

「どうして期待に応えてくれるかな!魔術師!」

轟! とランサーが“本気で”振り抜いた。
強化されたポスターごと受け止めた体が浮く。

「――――――!!」

「・・・・吹っ飛べ」

ガシャン!! と内と外を分けていたガラスをぶち破って外へと放り出され、そのまま家の塀に叩きつけられた。

「が――――はっ」

呼吸が止まり、息ができなくなる。
だがそれを整えている時間はない。

「ッ!!」

もはや止まっているだけで死ぬという強迫概念が体を動かした。
横へ跳び逃げた直後にその場に紅い槍が突き刺さっていた。

「―――――っ」

驚愕する。もはや投げられた槍に反応すらできなかった。
それでも避けれたのは本当にただの偶然。
右手で辛うじて持っていたポスターはすでに折れ曲がっている。
よく砕けなかったな、と内心思いながら土蔵へと走った。



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第8話「違う世界」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:24
第8話 違う世界


―――――第一節 終局―――――

折れ曲がったポスターはもう使えない。
そう判断した衛宮 士郎は土蔵へ向かって走り出す。
そして何の確証もなしに

「はぁっ―――――!」

体ごと捻って背後に一撃を放った。
キィン! と金属音が鳴り響いた。

「ぬ――――」

「まだっ!!」

振り向きざまに払った右腕を返して折れ曲がったポスターをランサー目掛けて投げつけた。
同時に足を一瞬で強化して背後へと跳び退く。
が。

「おせぇ」

「なっ・・・・」

跳び退いた筈の彼の正面にランサーがいた。
にやり、と笑って一言。

「―――――もう一回飛べ」

ドゴッ! と人間の体が出してはいけない音を出して後方へ吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ、それでも勢いが死なずに地面の上を二回、三回と跳ね跳んで土蔵へ押し込まれた。
ガタン!! と並べられた置物たちが衝撃で崩れ落ちてくる。

ランサーはゆっくりと土蔵へ向かってきている。それはもう動けないだろうと確信しての余裕。
対する士郎は土蔵の天井を朦朧とした意識で眺めていた。

(―――――――――)

左腕からはどうしようもなく血が流れている。
右腕は完全に痺れていてまだ感覚が戻らない。
蹴りを食らった腹は胃が敗れたかのように熱く感じている。

――――悪い、氷室。俺、死んだ。

そんな弱音吐いて、同時に鼻で笑った。

「―――間抜け。助けるって言った奴が諦めてどうする。自分の出来ることをやるって決めてるじゃないか。」

同時に体を確認する。

―――首。繋がってる。大丈夫だ。
―――左腕。穴が開いている。使いようがない。
―――右腕。感覚は戻ってないけど魔術が通る。まだ動ける。
―――右脚。まだついてるし動ける。
―――左脚。さっき吹っ飛んだせいで痛い。痛覚を遮断して無理矢理動かせばまだやれる。

左腕以外の体に魔力を通して身体を動かす。
近くに落ちてあったパイプを強化して武器とした。
敷いてあったブルーシートの一部を切り取って血が止まらない左腕に当てて血を止める。
流石にこれ以上血を流すわけにはいかない。
そして土蔵の奥に身をひそめ、気配遮断の魔術をかけた。

「・・・・気配を消した?」

入ってきたランサーが呟く。

「へっ・・・。面白れぇ、正面から勝てないから次は闇討ちか? いいぜ、相手になってやる。来い、坊主。」

闇討ちは本来士郎にとっては使いたくない手。
しかし相手が相手である以上、出来ることは全てやる。
闇討ちされるとわかっている格上の相手を奇襲するなどもはや正気の沙汰ではないが、このまま正面きって戦ったところで結果は同じ。
訪れる静寂。緊張感は高まっていく。

ガシャンッ! と何かが割れた。

「そこかっ!?」

ランサーが音のした方へ振り向いた。
が、そこには誰もいない。

「・・・・なんてな」

そのまま背後へと槍の柄を突きだした。

「ぐっ――――!」

柄の突きを食らって後ろへ倒れこむ。

「切羽詰まっているっていうことはわかるが、やめとけ坊主。お前はアサシンには向かねぇよ。」

「・・・・・っ!」

激痛に耐えながら即座に首目がけて尖ったパイプを振るうがランサーは難なくそれを弾き飛ばした。
その衝撃で右手で握っていたパイプは飛ばされて丸腰になる。
もはや魔力で強化した右手の握力すら奪われてしまっていた。

「そら、これで終いだ・・・・!」

槍が突きだされる。
それを

「ああああああっ!」

身体を捻って“左腕で”受け止めた。

「――――てめぇ」

「次ぃ!!」

最後の力を振り絞って隠し持ったパイプを握り、ランサーの首めがけて突き出した。
ランサーの槍は今現在士郎の左腕に突き刺さっている。
ガードはできない。それを見越しての攻撃。

しかし。

ドゴッ!! と、再び不吉な音が鳴り響いて後方へ飛ばされた。

「ごほ――――っ、あ・・・・・・!」

視界が歪む。呼吸は停止し、握っていたパイプは床へ転げ落ちた。
そのまま座り込む。最後の攻撃は簡単に阻止された。
すでに身体は満身創痍。

「詰めだ。今のは割と驚かされたぜ、坊主」

眼前には槍を突きだしたランサーの姿。

「――――――」

もはやこの先は存在しない。
槍はぴったりと士郎の胸に向けられている。
どうしようもない死が数秒後にやってくる。

「もしかすると、お前が七人目だったのかもな。ま、だとしてもこれで終わりなんだが。」

ランサーの手が動く。それは今まで見たのと比べるとスローモーションの様に見えた。
走る銀光。
自身の心臓に突き刺さる。
一秒後には血が出る。
そんな自分が見える。

不意に。
彼女の顔が思い浮かんだ。
泣かしたまま無理矢理家を追い出した。
追い出した。

ひどい仕打ちだ。
彼女も言っていた。
『手伝ってもらったのに追い返すような形で立ち去らせてしまったのだ。謝罪するのは当然だろう』と。
肩の傷を手当してもらったのに、追い返すような形で立ち去らせてしまった。


―――なら謝罪しないと。


―――そうだ、認める訳にはいかない。
殺した後に目の前の男は彼女を殺しに行くだろう。
―――そんなのを許す訳にはいかない。
自分の死は全くの無意味となる。
―――無意味に死ぬわけにはいかない。

生きて義務を果たさなければならないのに、死んでは義務が果たせない。
それでも槍は心臓を貫く。
頭にくる。
そんな簡単に人が死ぬ。そんな簡単に殺される。
あまりにもふざけすぎて頭にくる。
だから

「ふざけるな、俺は――――」

黙ってなんかいられなかった。

「氷室を守るんだよ!」

ランサーの槍が心臓を貫こうと動いた
士郎が迎え討とうとした

その時、

ランサーの後ろにあった魔方陣が
士郎の左手の甲が

突然光りだした。


―――――第二節 セイバー―――――

ランサーの槍が士郎の心臓を貫こうとする。
一体この光景は何度目か。
1度目は、ランサーが一般人だと思い込み完全に力を抜いていたとき。
2度目は、校舎の屋上で鐘の行動に一瞬呆気にとられたとき。
そして3度目。
この国には「3度目の正直」という言葉がある。
この言葉通りにいけば今回のランサーの攻撃は成功する。
だが、そんな言葉もむなしく、
ランサーの攻撃は、空しく弾かれた。
金髪の、青っぽい鎧を着た女性、いや少女というべきか。
その少女がランサーの槍を弾いていたのだ。

「――!!」

ランサーは一気に距離をとり、そのまま壁をすり抜け外へとでていった。
一方の士郎は一体何が起きたのか理解できなかった。
金髪の少女が後ろを振り返り言葉を発する。

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した。」

まだ理解ができない。
金髪の少女、セイバーは続ける。

「問おう。貴方が私のマスターか。」

凛とした声で訪ねてきた。

「え・・・マス・・・ター・・・?」

朦朧としていた意識はランサーに怒鳴りつけた時点で半覚醒していたが、これで完全に覚醒した。
理解ができないが、理解できた。それは彼女が外に出て行った男と同じ存在だという事。
同時に感覚が失ったはずの左手から痛みが感じられた。
思わず左手の甲を押さえつけた。
それが合図だったのだろうか。少女は静かに言った。

「これより我が剣はあなたと共にある。あなたの運命は私と共にある。――――ここに契約は完了した。」

「な―――ー契約って・・・何の―――っづ!?」

驚きのあまり忘れていたが体はとても叫べるような身体ではない。

「マスター・・・!?かなりの怪我を・・・!」

土蔵は暗い。月の光がわずかに差し込んで中を照らしているが見づらかったのは確かである。
だから彼女はマスターの傷が想像以上にひどいことに気付くのが遅れた。

「マスター。とにかく自己治癒の魔術を使ってください!」

「は・・・。いや、悪い。自己治癒なんて魔術は、俺は使えない・・・んだ。」

「・・・! では、とにかく安静に!」

しかし安静にしているだけでは意味がない。
傷を塞ぎ、出血を止めなければいけない。
一番ひどいのが左腕。
大きな穴が二つもあいている。もはや左腕は絶望的だろう。

「何か傷を塞ぐ・・・包帯などはどこにありますか?」

「救急箱は・・居間に・・・。って、その前に・・・!」

激痛に顔を歪めながらセイバーに訪ねる。

「あのさっきの奴、どこ行った?」

「さっきの奴・・・ランサーですね。彼は私の攻撃を受けて外にでてそのまま離脱しました。彼はもう“この周囲にいません”。」

「―――――――――は?」

その言葉を聞いて自身の痛みが吹っ飛ぶ。

「マスター?」

「いないって・・・。じゃああいつ・・・・」

簡単な話。もともとランサーは鐘を殺すためにここまで追ってきた。
この場にいないということはつまり

「氷室が・・・殺される・・・!!」

激痛なんてものに構っている暇などない。
即座に立ちあがってランサーを追うべく家の外へ走り出した。

「マスター!?」

その姿を見て慌てて追いかけてくるセイバー。

「マスター!その怪我でどこへ行こうというのですか!まず止血をして・・・」

「悪い。心配してくれるのはありがたいけどそんなことはどうでもいいんだ。」

「どうでもいいとは・・・!自身の身体以上に何があるというのですか!?」

「氷室が殺されるんだよ!」

後ろに振り返ってセイバーの顔を睨む。

「俺はあいつを守らなくちゃいけない!守って謝って安心させなくちゃいけない、けど今はそのどれもできてない!放っておいたらアイツに殺される、それだけは何が何でも避けなくちゃいけない!」

真剣にセイバーの顔を見る士郎とその真剣さを正面から受け止めるセイバー。
少しの沈黙のあとに士郎は再び前を向き

「・・・悪い。お前に怒っても仕方がないよな。全部俺が弱い所為なんだから。――――助けてくれたことには感謝する。ありがとう。」

そう言って再び走り出そうとする士郎をセイバーが腕を掴んで止める。

「何を――――」

「追うのはいいです。ですが追って貴方は勝てるのですか?」

「――――っ」

返答に窮する。
今のさっきまで成すすべなく殺されかけた士郎がランサーに勝てる道理などどこにもない。

「それに今から走って追うにしても間に合うのですか?」

「くっ――――」

セイバーのいう事がイチイチ正論であるがために余計に血が上ってきてしまう。

「―――だからって・・・何もしないなんてできるか!」

そう言って掴まれた手を振り払おうとする、が・・・・振り払えない。

「今のマスターでは一人で追っても何もできずに殺されるだけです。そもそもサーヴァント相手に対等に戦おうという考えが間違っています。」

「サー・・・ヴァント・・・?」

またしても知らない単語。
日本語に直訳すると召使という意味だが残念ながらそんな趣向は持ち合わせていない。

「サーヴァントを倒すためには同じ存在をぶつける必要がある。―――言った筈です、私が貴方の剣となると。」

セイバーはそう言って掴んでいた手を自身の肩に回して

「え・・・っと、ちょ・・・」

「跳びます。舌を噛まぬように」

一瞬で庭から姿を消した。

「――――!!??」

「今ランサーを追っています。まだ私の感知できる距離にはいるので追えます。」

屋根から屋根へ、屋根から電信柱へ、電信柱から屋根へ。
新感覚のシェットコースターかと思うようなスリリング。
そんな状況に目を白黒させながらセイバーの肩に手をまわして跳ねる。

「・・・わ、わかった。すごいことはわかった。・・・けど、追いつくのか?」

「わかりません。距離にして約60メートル。全力でいけば・・・っ!」

「どうした・・・!?」

「・・・ランサーの速度が上がりました。追われていることに気付いたようですね。このままでは追いつくのが困難になります。」

「なっ・・・・」

追いつけない。
それはつまり彼女が殺されることを意味する。
そして同時に理解する。
自身が荷物にしかなっていないということ。

「セイバー・・・だっけ。」

「? はい、そうですが。」

「俺を置いて行け。」

「なっ―――、それはできません。マスターを守護するのがサーヴァントの役目。マスターを置いていくなど・・・」

「けど、それじゃ追いつけない。」

その声は低く響く。
自分の非力さを呪う声。

「頼む・・・。俺じゃ氷室を守れない。氷室を助けてくれ・・・!」

歯を食い縛り顔を俯かせる。
結局この数年間で得た魔術では一人として救うことができなかった。
悔しさがこみあげてくる。

「―――――」

対するセイバーはそんな主を見る。
悔しさが滲み出てきているのは手に取るようにわかった。
自身に対する怒りが満ち溢れているのがわかった。

「・・・・わかりました。」

そう言って屋根から道へ下りて士郎を降ろす。

「マスターの命とあらば従います。必ずその『ヒムロ』という人をランサーから守ってみせます。ただし、マスター。敵は一人ではありません。十分に気を付けてください。」

「・・・ああ。頼む・・・!」

「では・・・すぐに戻ります。」

ダンッ! とアスファルトを蹴りランサーを追うべく飛躍する。
あっという間に姿が見えなくなり、夜の町に取り残された。

「・・・・何が守る・・・だ。・・・最後は人頼みか・・・!」

力を得てなお理想の欠片すら触れる事ができなかった男の声が闇に溶けていった。


―――――第三節 狂い廻る歯車―――――

ランサーはセイバーが出てきた直後、咄嗟に土蔵から飛び出した。

「まさか・・・本当に七人目になっちまうとはな。」

自身の幸運とも不幸とも呼べる運命に感謝しながら出てくるのを待つ。
だが・・・

『何をしている、ランサー。』

その声がはっきりと聞こえてきた。

「何って・・・お前さんの言う通りこれから敵サーヴァントと一戦やらかすんだが?」

『その前にやることがあるだろう。』

聞いたランサーはあからさまに舌打ちをした。

『目撃者は速やかに排除しろ。これは最優先事項だ。セイバーはその後で構わん。』

「チッ――――わかったよ!」

反転して逃げて行った少女を殺すために庭を後にする。
ただし速度は控えめであるが。

「どうした・・・坊主。あそこまで張ったんだから当然追ってくるよな? じゃねぇと・・・本当に殺しちまうぞ。」

衛宮邸から少し離れた民家の屋根の上でルーンを行使して逃亡している鐘の位置を把握した。
そうして再び跳んだそのとき

「・・・追ってきたな。これなら問題はねぇな。」

そうしてランサーは速度をあげる。
早く追って来いと言わんばかりに。





彼の家から全力で走ってきた所為で安定していた心拍数は再び上昇している。

「はぁ―――はぁ―――はぁ―――」

走れなくなって足を止めて肩で息をする。
周囲はすでに暗い。街灯が道を照らし、いるのは私一人だけ。

「衛宮・・・・・」

そう言って振り返るが当然彼の家が見えるわけはない。
私を助けるために彼は左腕を失った。
私を助けるために彼はあの男と対峙した。
私を助けるために大声で叫んで逃がした。

「私は・・・何をしているのだろう。」

例えばこれが性質の悪い夢で、目を覚ませばそこには変わらぬ日常があって。
変わらぬように行動して学校にいけばそこに彼がいる。
そんな考えが浮かぶ。
もし夢ならこんな夢から早く覚めてほしい。
だってそうだろう。
殺されそうになって助けてくれた人が魔法使いでその人が私を逃がすために戦っている。

「――――どこの小説だ・・・この状況は。」

そしてさらにその小説のメインステージに立っているのが私ときている。
それだけで夢ではないか? と思うのは当然だ。
しかしそれ以上に嫌なのが

「衛宮が・・・死んでしまう・・・。」

そんなのが現実だなんて認めたくないに決まっている。
だからこれは性質の悪い夢であってほしいと願う。
だが、そんな願いに溺れれるほど私は浮遊者ではない。
これは現実で、殺されかかって、彼が殺されそうになっている。

気がつけば大橋まで来ていた。
この橋を渡りきれば新都へと出る。
時間が時間なだけに新都へ行っても人は少ないだろう。

「どうして・・・・こんなことになったのだろう・・・・」

震えて呟く声は闇に消える。
私は結局助けてもらっただけ。
手には傷がある。
その傷は手当されている。
その傷が否応なしにあれは現実だということを教えてくる。
その傷が否応なしに彼と一緒にいたということを示している。
その傷が否応なしに彼の傷を思い出させた。

穴のあいた左腕。
本来見えるはずのない肉、骨。
そして赤い血。

「う・・・ぶ――――」

咄嗟に手を当てて吐き出しそうになったモノを抑え込む。
今まであの男の前に居て、生きた心地がしなかった。
何度も感じた死の感覚。
実際は死んでいないが一体何度死にかけたのだろうか。

「―――-っはぁ、―――はぁ・・・」

無理矢理抑え込む。
今まで自分は客観的な物見が出来て、努めて冷静でいれて、何があってもそれなりの冷静さを保てると思っていた。
だがそんなものはただの空想論。
実際に所謂『殺意』と呼ばれるものを全身に受け、見たことのない殺し合いを間近で見て、見たこともないような重症を負った人間を至近距離で見た。
そこに日常で培った自分が思っていた『自分』などただの空想論でしかないと分かった。
自分は少しだけ良家の家に生まれて、至って普通に生きてきた人間。
ゲームや小説で自身のオプションを空想化したって、それが現実に引っ付いてくるはずなんてない。

今日はいろんなことがあった。働かない脳が一つずつ思い出していく。

グラウンドの件(くだん)から始まり、
今まで感じたことのない恐怖を感じ、
初めて男性の背中に抱き着き、
あまりの出来事に腰を抜かし、
気がついたら抱かれて町を歩いていて、
彼と少しだけ温かい一時を過ごして、
そして、・・・逃げ帰ってきた。

彼は助けてくれた。

「・・・・・・・あ」

己の失態に気付く。おそらくは生きてきた中での最大の失点。
それに気づいた瞬間に、もう何も言えなくなった。
今の今まで、一度も言わなければいけないことを言っていなかった。
それでおしまい。
冷静な自分は木端微塵に砕けきった。
だってそうだろう?
助けてもらったっていうのに――――今の今までお礼すら言う事を忘れてたのだから。
冷静でいれたのならばそんなことは気が付いて真っ先にお礼を言ったはずだ。
それを言えてない。何が冷静か。
感謝の言葉すら言えていない。


そして。
目の前に現れた男を見て、もう何もかもがどうでもよくなった。

「よう、嬢ちゃん。ずいぶんと逃げてきたな。」

「――――――」

言葉なんてもう必要ない。

「逃げられないってのは、誰よりも判ってたんだろ? なに、やられる側ってのは得てしてそういうもんだ。恥じ入る事じゃない。」

目の前の男の言葉なんて、もう耳には入らない。
ここにあの男がいるということは。
私を逃がすために対峙した彼は――――

「・・・もう、いないんだな・・・」

立つ事すらもやめて膝をついて座り込む。
その姿を見てあの男はどう映ったのだろうか。
いや・・・どうでもいいか。もう私は死ぬのだし、もし死後の世界っていうものがあるのなら彼に是が非でも会いに行って謝罪し続けるだけだ。

「運が悪かったな、嬢ちゃん。ま、見たからには死んでくれや。」

男が槍を持ち上げて構えた。
数秒後には感覚を失って地面に倒れこむ。
涙腺が熱を帯びている。目の前がぐじゃぐじゃになっていく。
だがそうだと言うのに恐怖は感じなかった。
この感覚に覚えがある。

   ―――いつだっけ

足元から壊れていくような感覚。
  
   ―――どんな時だっけ

ふと脳裏を掠める記憶があった。
赤い世界。

「なんで―――」

あの火災が過ったのだろう。
何かがあった。何かを知っていた。

「――――ああ。そうか。」

こんな時に思い出すなんて

―――あの時誰かを失ったんだ

疑問が少しだけ解消されて私は目を瞑った。
考えることもこれで終わり。氷室 鐘という人物はここで終わる。
あとは永久に消えない罪とその罰を受けるだけ。

だけど。
私の耳には確かに聞こえた。

『死なせません。伏せなさい、ヒムロ』

その言葉を理解するよりも早く私は地面に倒れこんだ。

ギィン!! と甲高い音が夜の大橋に響く。

「ぐっ――――!」

男の声が聞こえた。
そしてその後に、すぐ近くに着地するような音。
ゆっくりと目をあける。映るのは足。
ただし、その足は普通の靴じゃない。銀色のブーツ、いや鎧?
ゆっくりと視線を上げる。次に見えてきたのは青いスカートと銀色の鎧。

「――――――」

その姿を見て唖然とする。
私の目の前に立ち、青い男と対峙していたのは女性だった。
いや、見た目の年齢と言い身長と言い、私よりも幼いように見える。

「立てますか、ヒムロ?」

視線は目の前の男に向けながら訊いてきた。
なぜ私の名を知っているのだろうか。

「え・・・あ、何とか・・・」

目に溜まった涙をぬぐいながら立ち上がる。
見えるのは少女の背中。やはり私よりも身長が少しだけ低い。

「ヒムロ、ここから少し離れていてください。危険ですので。」

そう言って彼女が構える素振りをする。
手には何も持っていない。何のつもりなのだろうか。

「待・・・待て。貴女は一体・・・?それにどうする気だ?まさかあの男と戦うのか?」

「はい、そのまさかです。貴女をランサーから守る様にマスターに命令されていますので。」

相変わらず少女は此方へ振り向かないまま答える。

「守る・・・・?マスター・・・?」

全く理解できない。
情報が少なすぎる。
いきなり現れて私を助けろと命令した誰かに従って戦う?

「ようやく来たかい、セイバー。」

「ランサー・・・一般人を手にかけるなどと、貴様は英雄としての誇りを持たないのか。」

「まさか!俺だって誇りはある。 が、マスターの命令とあっちゃぁ否応が無しに従わざるを得んだろう。無抵抗の女を殺すのは趣味じゃないんでね。」

そう言って前の男が槍を構え直す。

「だが、だ。一般人に見られるのも不都合なのはまた道理。セイバー、お前は今言ったな?『マスターの命で守るために来た』と。なら、俺を倒すか退かせなきゃその命令は守れねぇぜ?」

「―――そうか。それが目的か、ランサー。」

「へっ、そういうことだ。マスターの命令に従いつつ、てめぇと存分にやり合うために利用させてもらった。ま、もっとも間に合わなかったとしてもお前さんとはやり合う予定ではあったが―――」

男の体が沈む。対して目の前の少女の体も沈む。

「こっちの方が互いに退くことができねぇから好都合だろ!!」

ドン!! と言う音がしたと思ったらすでに目の前で打ち合いが開始されていた。


―――――第四節 セイバーVSランサー―――――

「な――――」

鐘は我が目を疑った。目の前で繰り広げられている光景。
ギィン!という甲高い音を上げて繰り広げられる剣劇。
月明かりの中で、闇の中で火花を散らす鋼と鋼。

「ハァァァァァッ!」
「ウォォォァァッ!」

数回打ち合った後に互いが跳び引く。
と思った矢先に突進し、槍を突きを放つ。

「くっ!」
ガキィン!!

紅い槍が見えない何かに防がれ、横に薙ぎ払う形で槍が振るわれる。
少女はそれに押され体勢を崩した。
払った槍をそのまま一回転、再び槍の先端を向け突き刺そうとするが、少女は男の上を越えるように跳び背後に着地して回避して攻撃を仕掛けている。
ガキィン! と、見えない何かを紅い槍が防ぐ。
一旦距離を離したかと思えば、即座に接近し打ち付ける。
槍の攻撃を見えない何かで往なし、即座に反撃する。

「チッ!」

強力な打ち付け。
その攻撃を槍で受け止めるが、一瞬硬直してしまう。
そこに

「ハアァァァァァッ!!」

大きく振りかぶった少女の攻撃が繰り出される。

「うぐっ!」

何とか受け止める。
その光景を見て信じることができなかった。
セイバーと呼ばれた少女は確実に圧倒的な力を持った敵を圧倒していたのだ。
そんな戦いを見ていた鐘は彼女の持つ見えない何かを考えていた。
校庭ではあまりの出来事に驚いて戦闘など何も見えなかったが、少し落ち着いているというのとこれが数度目ということもあり何となくではあるが目で追えていた。
無論、彼女が反応できるような速度ではないのだが。
・・・構え、戦い方、セイバー・・・
それらを考えた結果

(見えない剣・・・?)

そう結果を出した直後、ランサーが距離をとった。

「やりづれぇ、武器の間合いがわからん・・・・!」

そんな言葉を無視し、セイバーはランサーを斬りつける。
一撃、二撃、三撃。

「テメェ・・・・!」

その勢いで反撃もままならずに後方へ押し出される。
セイバーの間合いが分からない以上無闇に攻め込むことは迂闊すぎた。
後退するランサーに休息の刹那すら与えないほどの剣劇が繰り出される。

「チ――――」

よほど戦いづらいのだろう。
守りに入った相手は、斬り伏せるのではなく叩き伏せられるのみ。
セイバーはより深く踏み込み、叩き下ろすように渾身の一撃を放った。

「調子にのるな、たわけ―――!」

ランサーは消えるようにその場から後退して、セイバーの攻撃が空を斬った。

「ハッ!」

一瞬で数メートル跳び退いたランサーが巻き戻しのように爆ぜた。
対するセイバーは地面に剣を打ち付けたまま。
その隙は致命的だった。
一秒と待たず舞い戻ってくる紅い槍と
“それ以上に早い速度で”コマのように体を回転させる少女。

「!」

故にその攻防は一秒以内。
失態に気づいたランサーと、それを両断しようとするセイバーの一撃。

ガッキィン!! と言う音を出してランサーが弾き飛ばされた。

「―――――」

弾き飛ばした方のセイバーも不満だというのが伺えた。
ランサーを一刀両断の名のもとに倒そうとしていた必殺を防がれたのだ。
例え己の窮地を凌いだとしても、その攻撃に価値はなかった。
大きく距離が離れて互いが睨み合う。
先ほどのように即座に戦闘が開始されるわけではなかった。
それほど両者に負担がかかっていたという事になる。
再び距離が離れたところでセイバーが口を開く。

「――――どうした、ランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。」

威厳を持った態度で、ランサーに話しかけた。

「そちらが来ないなら、私が行くが。」

「―――は、わざわざ此方に来るか。それは構わんが―――死ぬぞ?」

そういってランサーが再び構える。
だが、今までランサーが見せてきた構えとは違う構え。

(なんだ・・・?―――何か嫌な予感がする。)

それが所謂「宝具」の発動の前兆だということは一般人である鐘はわからない。
ランサーが姿勢を低くし、同時に殺気が放たれる。

「――――っ!!」

その殺気を感じた鐘は後ずさる。その感覚はグラウンドで感じたものと同じだ。

「宝具・・・・!」

対峙しているセイバーはより精神を研ぎ澄ませた。
ランサーが跳ぶ。紅い槍はさっきよりも増して紅く光っている。

「その心臓!貰い受ける!!」

さっきよりもさらに速い突き。
セイバーはそれを回避。反転し攻撃を仕掛けようとするが・・・

「刺し穿つ・・・(ゲイ・・・)」
「!」

セイバーが攻撃を避けようと動く。

「死棘の槍(ボルク)!!」

あたるはずのない角度で突き出されたはずの槍が、鎧を貫いた。


―Interlude In―

士郎は一人夜の町を歩いていた。
左腕はだらしなくぶらさがり、指先から血が滴り落ちている。
向かうは大橋。
別にセイバーからいる場所を尋ねたわけではない。
単純にセイバーが跳んで行った方向と、彼女の家の方向を考えれば大橋は必ず通るからだ。

「はぁ―――、は――――ぁ、――――ぁ」

腹部の激痛に左腕からの激痛。左脚に右脚に右腕。
全ての体が休め、治療しろ、動くなと警鐘を鳴らし続けている。
顔はすでに蒼白となっており、冷や汗が止まらない。
だが歩みを止めるわけにはいかない。

「ぐ・・・・!」

脇腹を右手で抱えて歩き続ける。
だが――――

「う・・・・」

ドサッ と、道端に倒れこむ。
痛覚を騙し続けるのもすでに限界を超えている。
加えて血を流しすぎている。出血死に至る量にはまだ届いていないが、それでもこの状態が続けばいずれ死ぬ。

「でも・・・まだ死ぬわけにはいかない・・・!」

ブロック塀に寄り添いながら立ち上がり再び歩く。
そうしてセイバーと別れてから数十メートル離れた地点で再び倒れた。

「う・・・・ごけ・・・!この、・・・・ポンコツ・・・?!」

だが動かない。それどころかどんどん力が抜けていく。
―――ふざけるな。
そう心の中で叫ぶが、もう微塵も動けなくなった。
意識が遠のいていく。
ふざけるな、と口に出すが声がでない。

(・・・セイバー、氷室・・・・)

意識は夜の闇へと溶けていった。


―Interlude Out―

「っ!!」

その光景を見た鐘は絶句する。
一体何が起こったかわからなかったが、確実にあの槍がセイバーの鎧を貫いたことはわかった。
だが、彼女は跳び退くように着地して倒れはしなかった。
必殺の一撃をぎりぎりで回避していたのだ。
が、鎧の一部は砕かれダメージを負ってしまっていた。

「はっ――――、く・・・!」

血が流れている。
今までかすり傷さえ負わなかった少女が、その胸を貫かれて夥しいまでの血を流している。

「呪詛・・・いや、今のは因果の逆転か・・・!」

そう言っている間にもセイバーの傷口が修復されていく。
あれだけ流れていた血はもう流れていない。
その光景を見る鐘は蚊帳の外の状態だ。

「躱したな、セイバー・・・! 我が必殺の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』を・・・!」

「―――っ!? 『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!御身(おんみ)はアイルランドの光の御子(みこ)か!」

対するランサーは忌々しげに舌うちをした。

「・・・ドジったぜ。コイツを出すからには必殺でなけりゃヤバイってのに。まったく、有名すぎるのも考え物だな。」

そう言って槍を構え直すランサー。
対するセイバーも再び構える。

「さて、正体を知られた以上はやり合うぜ? その後ろの嬢ちゃんも“マスターの命令で”殺さなくちゃいけねぇからな。」

「私も退くつもりは・・・・っ!?」

そう答えようとしたセイバーが一転して顔が蒼くなる。

「あ?どうした、セイバー。・・・・まさかとは思うが、あの坊主、治癒魔術も使わずに死んだんじゃねぇだろうな?」

「・・・・・・・」

ランサーの問いかけには答えない。だが、明らかにセイバーが焦燥しているのはランサーにもわかったしセイバーの後ろにいる鐘もわかった。

「ちっ。まさか治癒ができない野郎だったとはな。―――ならしかたねぇ。てめぇが消える前にさっさと・・・!?」

ランサーが言葉を続けようとした直後にランサーの槍が空を斬る様に振るわれた。
ガキィイン!! と言う音とともにランサーの背後に“何か”が弾き飛ばされた。

「チッ!アーチャーか!あのセンタービルから狙撃してやがるな・・・!」

忌々しげにランサーが言う。対するセイバーもそれを聞いて余計に焦燥に駆られていた。
この大橋で隠れれる場所はない。加えてマスターである士郎からの魔力供給が完全に停止した。
それだけ今の彼の中に魔力がないということでもあり、それだけ危険な状態まで陥ってしまっていたということでもある。

「・・・・く、ここは引かせていただきます、ランサー。このような場所では一方的に狙撃されるだけだ。」

「ああ、同感だな。戦いに横槍入れられたんじゃあ萎える。俺はこの場は引き上げてもいいんだが――――」

そう言って槍を構える。

「生憎とその嬢ちゃんは殺す必要があるんでね!!」

轟!! とセイバーの横を通り抜けんとするランサー。
だがそれを食い止める為にランサーの目の前に立ちランサーを食い止める。

「へっ!そんな嬢ちゃんなぞ見捨ててマスターのもとへ走らなくていいのか、セイバー!?」

「そうしたいのはやまやまだが、それをしてしまえばマスターとの誓いを破ることになる。約束を反故にするつもりはないし、彼女を見殺しにするつもりもないっ!」

ガキィン!とセイバーはランサーを吹き飛ばす。
そして同時に後方へ跳び退き鐘を抱える。

「え!?あの――――」

「ここから一刻も早く離脱してマスターのもとへ向かいます!捕まっていてください!」

そう言った直後に彼女の直感が告げた。

「――――――――っ!!!!」

抱えた鐘を放り投げて振り向きざまに不可視の剣を振る。
ガキィン! という音と共に紅い槍が防がせる。

「よく防いだ、セイバー!」

「今、貴様と戦っている暇などない!!」

セイバーとランサーが鍔迫り合いをしているその場所に。

『――――“偽・螺旋剣(カラド・ボルク)”』

「!!」
「!!」

両者は一瞬でその場から跳び退く。
同時に

『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』

大気を揺るがす閃光に、視界を奪われ、その爆音で音が掻き消された。

「チィッ!」
「くっ!!」
「きゃぁあ!?」

三者三様の反応を見せてその場から急速に離脱した。

―Interlude In―

大橋で起きた爆発は大橋を落とすほどのものではなかった。
否。
彼が本気になったのならば大橋は落ちていただろうが、さすがにそれは躊躇われた。
だがそれでもセンタービル屋上から見えた爆発は大きく、そのマスターである凛は少し不安になった。

「ねぇ、アーチャー?大橋は落とさないようにお願いしたけど?」

「・・・大丈夫だ、凛。落ちないように力は抑えておいた。」

そう返答するアーチャーではあるが、様子がおかしい。
否。ランサーと二度目に対峙する前から様子がおかしかった。
凛はそのことについて先ほど訪ねたが帰ってきた返答は「問題ない」ということだった。

「そう・・・ならいいけど。―――で、ランサーとセイバーはどうなった?・・・あとその“マスター”も」

「さすがに三騎士と呼ばれるサーヴァントだけはある。両者とも大橋から離脱したよ。セイバーは深山町に戻ったがランサーはこちらの新都方面に向かって逃げてきた。無いとは思うが念のために場所を移すぞ。」

「わかったわ。とりあえず、ランサーを追いましょう。学校の件といいマスターの顔を拝まないと割に合わないわ。」

「了解した、凛。」

二人はビルの屋上から飛び降りてランサーを探すべく、新都の町へ消えて行った。

「それにしても・・・まさか“氷室さんがセイバーのマスターだった”なんてね。」

アーチャーはその言葉を聞いて考えに耽るしかなかった。

―Interlude Out―



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第9話「明けない夜」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:26
第9話 明けない夜


―――――第一節 嵐の前の静けさ―――――

爆発音とともに深山町方面へ跳び退くセイバー。
腕には鐘が抱えられている。

「くっ・・・!アーチャーめ、私もろともランサーと一緒に撃破する気でしたね・・・・!」

そう呟いて爆発した箇所を一瞥してラインを頼りにマスターである士郎のもとへ急行する。
対する鐘は屋根から屋根へと高速で移動する光景を見て困惑するしかなかった。

「あ、あの。セイバー・・・さん?」

「なんでしょう、ヒムロ。」

「その・・・助けてくれて感謝します。」

「私はマスターに指示に従っただけです。―――少し速度を上げますので舌を噛まぬように。」

ドンッ! と屋根を蹴り、速度を上げる。

「――――!」

とりあえずこの状況で話をするのは無理そうだ、と感じた鐘は言われた通りに口を閉じた。
屋根から屋根へ、屋根から電信柱へ、電信柱から屋根へ。
そうして見えてきたのは鐘にとって見たくもない光景。
否、セイバーにとっても許容できるような光景ではない。

「衛宮!」
「マスター!」

着地して倒れている人物へと駆け寄る。
セイバーと別れた地点から数十メートル離れた場所で俯せに倒れている。

「衛宮、衛宮!!」

どんどん焦燥感に駆られていく鐘に対してセイバーも焦燥感を隠しきれなかった。
しかしふと左腕をに視線がいって

「―――腕の穴が塞がっている・・・?」

「え?」

セイバーの呟きを聞いた鐘は彼の左腕を見る。
左腕は血だらけだったが、反して彼女が見た筈の大穴がなかった。
声に反応してわずかに体を動かして、重い瞼をあけた。

「・・・氷室・・・、それに・・・セイバー・・・?」

弱弱しい声ではあったが、それでも口調は比較的しっかりとしていた。
二人は僅かに安堵して彼の背に手をやってゆっくりと起き上らせる。

「悪い・・・助かる。氷室、無事だったんだな・・・、よかった。」

そんな感想を漏らす士郎だったが、心境は複雑だった。

「セイバーさんに助けてもらった。―――ということはやはり、マスターというのは衛宮のことか。」

「・・・俺も少しばかり混乱してるんだけどな。」

そう呟いて鎧姿の少女を見る。
改めてみると美人であり、その容姿は鐘や士郎よりも少し下に見える。

「・・・ありがとう、セイバー。氷室を助けてくれて。」

「いえ、マスターの命令ならば当然です。それに私としても一般人が殺されるのを見過ごす気もなかった。」

ブロック塀に凭れてその言葉を聞く士郎は首を傾げる。
が、ここで、しかもこのような格好でいるのもどうか、ということもありとりあえず

「とりあえず家に戻ろう。いろいろと訊きたい事とかあるけどそれからでいいだろ? 二人とも。」

「そうですね。このような外で話すのは得策ではない。」

「――――そうだな。私も少し整理したい。」

二人の同意を得て立ち上がろうと腕に力を入れる。
と、ここで気が付いた。

「・・・・あれ?左腕の傷が塞がってる?」

自身の腕も見ながら首を傾げる。

「? 衛宮、自分で治癒とか施したんじゃないのか? 魔法使いなら『ケアル』くらい使えるのだろう?」

「俺は治癒魔術なんて使えないんだ、氷室。あと何で『ケアル』?」

「・・・その『ケアル』が一体何なのかは知りませんが、左腕は大丈夫なのですか? マスター。」

二人のやり取りを見て少し疑問に思いながらも訪ねる。

「いや・・・まだ痛みは残っているし動かそうとしてもかなり反応が鈍いけど、さっきまでみたいに感覚がないっていうことはないな。」

「では、ひとまずは大丈夫ということですね、マスター。」

「多分。―――それと、セイバー。俺はマスターっていう名前じゃなくて『衛宮士郎』っていう名前なんだ。」

「そうでしたか・・・。では、シロウと。―――ええ、私にはこの発音の方が好ましい。」

簡単にではあるが自己紹介を済ませて立ち上がる。
だが彼の体の傷が塞がったとはいえ、ダメージは体内に蓄積されている。
足元がふらついて体が傾く。

「衛宮・・・!」

傾いた体を鐘が横で支える。
その光景は最初に二人が衛宮邸に来たときとは逆の関係。

「悪い・・・。ちょっとふらついた。」

「無理はしないでくれ、衛宮。支えてやるくらいなら私だってできる。」

「――――助かる。」

見栄を張ったところで意味はない。そう考えて素直に感謝の意を示して肩を借りて歩き出した。
セイバーは二人の後ろについて歩いている。
鐘は彼の腕を自身に肩に回して、左手を彼の背中に当てて支えながら歩いている。

「―――衛宮。」

呟くような声で言う。

「ん?」

「―――ありがとう、助けてくれて。君がいなかったら、私は死んでいた。」

言い忘れていた言葉。
それは今すぐ隣にいる彼に伝える。その言葉を聞いた士郎は小さく驚いたが

「―――いいよ、気にするな。言ったろ、助けたいから助けるって。氷室が無事でよかった。」

同じように呟いたが、その顔は優れなかった。

「・・・・衛宮?」

そんな顔をしている彼を見て不安になり声をかける。
だがその直後に。

「こんばんは、セイバー、お兄ちゃん。お兄ちゃんは会うのは二度目だね。」

幼い声が夜の町に響いた。
歌うようなそれは、紛れもなく少女の物だ。視線が坂の上に引き寄せられる。
月にかかっていた雲はいつの間にか去っていた。
月明かりが示す道しるべのその先に。

軽く二メートルはある巨体。
そしてその傍らにいる白い少女。
影絵の世界に、それはあってはならない存在だった。


――――――第二節 バーサーカー―――――

「――――バーサーカー・・・ですね。」

背後にいたセイバーが二人の前にでて戦闘態勢に入る。
現在セイバーはマスターである士郎からの魔力供給を受けていない。
彼の魔力がほぼ空の状態なので受け取ろうとも供給されていなかったのだ。
そんな状態で戦うのは好ましくはないが、むしろ万全の状態で戦える方が珍しいので泣き言は言ってられない。
何より前方にいる少女が三人を見逃すとは思えなかった。

「バーサーカー・・・・」

セイバーの言葉につられて声に出して呟く士郎。
目の前にいる少女に訪ねる事などない。
アレは紛れもなく敵であり、殺しに来た者だとわかったから。
そしてその敵が放つ殺気は、ランサーよりも威圧的であった。
隣にいる鐘は目の前の敵に呆気を取られていたが、士郎の呟きで我に戻り体をわずかに震わせながら、それでも彼を守る様に半歩分だけ前に出た。
彼女があの巨体に対してできることなど皆無だろうが、しかしそれでもこれ以上傷ついた彼を見たくないという思いもあった。
が、大きく出ることもできず、結果半歩という状況になっていた。
何を中途半端な事をしているのか と自問しながら目の前の少女に視線を向ける。
その光景を見た白い少女は首を傾げる。

「そっちの人はだれ? 魔術師・・・じゃないよね? お兄ちゃんの協力者?」

首を傾げる少女。当然ながら協力者ではない。
それを聞いて士郎が否定の意を伝えようとする前に

「ま、いいか。どっちにしろ殺すことには変わらないんだし。」

微笑みながら少女は殺すと口にした。
その笑顔はこの場には似合わない。
だがその無邪気な笑顔が背筋を寒くした。
―――と。
少女は行儀よく、この場に不釣り合いなお辞儀を見せる。

「そういえばまだ名前、言ってなかったね。知ってるかもしれないけど一応言っとくね。私はイリヤ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。」

「アインツベルン――――?」

聞き覚えのない名前。
だが二人の前にいたセイバーだけは僅かに反応した。
無論後ろの二人は気づかなかったが。

「さて、挨拶はこれくらいでいいよね。どうせ死んじゃうんだもの。」

「クッ・・・。」

セイバーが不可視の剣を構える。

「ふふ・・・じゃあ、殺すね。やっちゃえ!バーサーカー!!」

「■■■■■■――――!!!」

巨体が宙を舞う。
坂の上から飛び降りてくる。

「―――シロウ、ヒムロ。下がってください・・・!」

同時にセイバーがあの巨体に向かって駆けた。
バーサーカーの落下地点に急行したセイバーは即座に不可視の剣を振り上げた。
同時にバーサーカーの大剣が振り下ろされる。

ガキィィン!! という轟音が夜の町に鳴り響く。
同時に巻き起こる突風。

「うわっ・・・!」
「・・・・!」

突風に吹き飛ばされそうになる。
咄嗟に士郎は鐘を自分の方に引き寄せて衝撃から守る。
そうして目に映った光景はセイバーが押される光景。

「っ――――」

口を歪めるセイバーのもとに
轟!! と暴風染みたバーサーカーの一閃が襲いかかってくる。
受け止めるその音はまさしく轟音。
大気を裂きかねない鋼と鋼のぶつかり合いは、セイバーの敗北で終わった。
ざざざざ、という音を立ててセイバーが後退する。
バーサーカーの大剣を受け止めたものの、その力に圧倒されて押し返されていたのだ。

「くっ・・・」

体勢を崩しながらもそれを立て直そうとするセイバー。
その彼女のもとへ

「■■■■■■――――!!!」

轟! と、バーサーカーが接近し大剣を叩きつける。
避けることなどできない。
その時間すら与えられないまま大剣を受け止める。
バーサーカーの一撃は全力で受け止めなければならない即死の風だった。
故にセイバーは受けに回るしかない。
何とか隙を見出して反撃に移ろうとするが―――

「■■■■■■――――!!!」

大剣が振るわれる。
その速度はセイバーを上回っている。
バーサーカーが大剣を振るう。
そこに技などない。必要がない。
圧倒的な力と速度を以っていて敵を叩き潰す。
振るわれるたびに大気が揺れる。
電信柱など豆腐のように簡単に砕け、地面は瓦の様にヒビが入り、割れる。

「――――逃げろ」

呟く声はセイバーには聞こえない。
だが彼を支える彼女にはしっかりと聞こえた。
そんな彼の言葉などお構いなしに大剣は振るわれ続ける。
セイバーはランサーとの戦いにおいて傷を負っている。
加えてそれを治癒させてやれるほどの魔力は今現在士郎の内部には存在しない。
故にセイバーは傷を負ったまま戦っていた。

轟!!と繰り出される大剣。
嵐のように襲ってくる大剣を捌ききれずに体勢を崩したところに放たれた一撃。
それを轟音を伴いながら無理な体勢で防いだが、彼女の体が浮いた。
致命傷だけを避けるために取った行動は、結果勢いを殺せずに吹き飛ばされた。
大きく弧を描いて落ちる。地面に叩きつけられる前に身を翻して着地する。

「・・・・ぅ、つ・・・・」

だがその体から血が流れている。
胸の周囲からも血が出ていた。

「・・・・あれは」

その姿を見て鐘が思い出した。
ランサーとよばれた男が放った槍。
あれが直撃した箇所だった筈だ。
傷が修復されていたので気に止めなかったが、外見だけだったとするならば彼女のダメージは深刻の筈である。

「つ、う――――」

胸を庇うように構えるセイバー。
しかしそんなものは暴風であるバーサーカーには関係がない。
傷ついたセイバーに斬りかかる。

「・・・っ!! だめだ、逃げろ、セイバー!!」

弱り切った体で、それでも渾身の叫びを響かせる。
にもかかわらず、彼女は敵うはずのない敵へと立ち向かった。

ガキィン!!という音を再開の音としてその後も幾度となく轟音が響き渡る。
バーサーカーの攻撃に終わりはない。受ける度にセイバーの体が沈み、どんどん追い込まれていく。

「「逃げろ(るんだ)!セイバー(さん)!」」

その二人の叫びもむなしく、大剣の一閃が完全に防いだ筈のセイバーもろとも薙ぎ払った。

―――だん、と。
―――遠くで何かが落ちる音。

見えるのは赤。鮮血。
その中でもはや立ち上がる事の出来ない筈の体で

「っ、あ・・・・」

それでも必死に立ち上がろうとしている少女がいた。





「――――――――――――――」

心のどこかで彼女なら大丈夫だと思っていた。
先ほど目の前で起きた光景。
あの時は彼女が圧倒していた。きっと彼女なら大丈夫、そんな確証もない思いを懐いていた
けどそれは間違い。愚かな間違いだった。
少女を斬りつけた巨体は動きを止めている。
それはまるで命令を待っているかのようで・・・

「あは、勝てるわけないじゃない。私のバーサーカーはね、ギリシャ最大の英雄なんだから。」

その言葉を聞いた私は未だに理解できない。英雄が何だと言うのだろうか。

「―――ギリシャ最大の英雄・・・・?」

「そうよ、そこにいるのはヘラクレスっていう魔物。お兄ちゃんが使役できるような英雄とは格が違う、最凶の怪物なんだから。」

イリヤと名乗った少女は私の質問に律儀に答えて目を細める。
それは憐みなどの目ではない、楽しむ愉悦の目。

―――それは敵を倒す。
―――敵とは誰か。言うまでもない。

彼女が殺される。それを防がなくてはいけない。
じゃあどうしろというのだろうか。
彼女に代わってあの怪物と戦う?
そんなことはできない。私に力はないし、そもそも半端な覚悟で近づくだけで心臓が止まりそうだ。
どうすればいい。
助けてくれた彼女を見捨てるのか。
何もできないと言って、死にかけている彼女を見殺しにするのか。

必死に何か策はないかと考えを張り巡らせる私に

「氷室」

声をかけてくる衛宮。

「――――悪い。ちょっとだけ・・・離れる。」

「――――えみ・・・」

私が声をかける前に彼は走り出した。

「いいわよ、バーサーカー。そいつ、再生するから一撃で仕留めなさい。」

活動を再開する巨体。

「こ――――のぉおお・・・・!!」

一気に坂を駆け上る。
衛宮ではあの怪物をどうにかできるわけがない。ましてや今の状態ではそれこそ塵同然だ。
だからせめて、傍にいる少女を突き飛ばして巨体の一撃から助け出さなければいけない。そう考えたのだろう。
ドン! と少女を突き飛ばすことに成功する。
が――――

グチャッ。

目の前で、潰れるような音がした。

ばた、と倒れる衛宮。
その顔は心底何が起こったかわからない、という顔。

「・・・・・・・え」

私はその光景を眺めていた。そして私は彼が突き飛ばした時から彼が倒れるその時まで一部始終見ていた。
何てことはない。あの巨人が振るう大剣が“早すぎた”。

「が―――は」

吐血。
地面に倒れている衛宮。
その傷から見えるのは血だけではない。柔らかそうなもの、白っぽい枝・・。
私もセイバーさんも、そして敵であるイリヤという少女も、その光景を見て停止していた。

「―――ごふっ」

また吐血。
どんどん彼の顔から生気の色がなくなっていく。
死ぬ。
目の前で鮮血を噴き出して。
倒れこんで。
吐血して。
シヌ。

「な・・・んで」

気がついたら走り出してた。
知らない。
あそこに行くことで死ぬとか知らない。
躓いてこける。膝を擦りむく。
そんなことは知らない。
立ち上がって坂を駆け上がる。
今度こそ彼の傍にたどり着く。

赤。
アカ。
体は赤く染まっていた。

「衛宮!衛宮!!」

必死に意識を留めるために呼びかける。
いや・・・そんなこととは関係なく、ただ名前を叫び続けていた。
彼の声が聞こえない。ぐったりと力の抜けた彼の手足。
顔は赤く染まり、瞳は壊れたオートフォーカスの様に半開きのまま停止している。
全身にあの攻撃を受けて、激痛を伴っているハズなのに、抱えた彼は叫びもせず、体を動かすこともせず、ピクリとも動かなかった。

「・・や・・・・・」

判断能力なんて吹き飛んだ。
すぐ近くに彼をこんな風にした敵がいるのに、それすら完璧に頭の中から消え去った。

「――――なんで」

白い少女が呟いた。

「――――もういい。こんなの、つまんない。」

そのまま巨人と少女は去って行った。

「衛宮・・・」

私には見えない。
腕の中にいる彼しか見えない。

「いやああああああッ!」

気がつけば私は彼を抱いて叫んでいた。


―――――第三節 ヴェールをかけた女―――――

今日の夜だけで行われた戦闘はすでに3つ。

アーチャーVsランサー
ランサーVsセイバー
セイバーVsバーサーカー

その戦い全てを観察しながら、しかしその戦いに干渉しなかった人物がいる。

「・・・・本当に、馬鹿な子」

水晶越しにその戦いの一部始終を見ていたフードを被った女性。名をキャスター。
とある一部の人物からはそう呼ばれている。

「まったく・・・セイバーのマスターがここまで無知で無能で愚かだとはね・・・。」

そう言いながら水晶から目を離す。
もはやこれより先で戦闘は行われないだろう。

「けど。まだ生きてはいる、か。案外悪運はあるのかしらね。」

そう言って口に手を当てて思案する。
キャスターはサーヴァント中最弱と呼ばれている。
それはキャスター自身の自覚しているため、だからこそ彼女は策を張り巡らせる。
キャスターが根城とするのは柳洞寺。
そしてその城を守るのはキャスターともう一人、アサシン。

未だこの柳洞寺に敵サーヴァントの侵入を許したことはない。
だが、それでも不安要素はあった。

「あの野蛮人が襲ってきた場合、私とアサシンだけでは心許ないわね。せめて迎撃できうる駒は必要・・・か。」

すでに柳洞寺はキャスターの城と化している。
その城の内部では圧倒的な力を発揮できるのだが、だからと言ってキャスターが慢心になることはまずなかった。

「セイバー・・・。彼女達を調べてみる価値はあるわね。」

キャスターの中にはすでにセイバーをどのように引き込もうかという策が複数個存在していた。
自身の宝具を使い引き入れる。
マスターごと引き入れる。
そして・・・

「彼女を利用する・・・という手もあるわね。」

魔女は呟き、妖艶に嗤う。
貝紫のローブが翻った一瞬の後、そこにあった筈の彼女の姿は元から存在していなかったかのように消え失せていた。

柳洞寺。
長い石段の上ある寺。
訪れた参拝客を最初にもてなすのは山門。
その山門に紫紺の陣羽織を風にはためかせる一人の男の姿があった。誰がどう見てもそれは現代に生きる者の出で立ちではない。
何より、その侍の右手に携えられた長大な業物が、振るわれる時を待ち侘びていたのだから。
アサシン。
そう呼ばれる彼はキャスターによって召喚され、山門の守りを任されていた。
そんな彼の前に現れた男が一人。

「―――さて、もう夜も更けきって後は日の出で目覚めるだけという今宵。このような時限に参拝に訪れたわけではあるまい? そこの青髪の男よ。」

山門の前に佇む侍が問いかける。
そこに敵意は無く、殺意も無い。澄み渡る静寂の水面のように無形。

「お生憎さま、俺は仏教徒じゃねぇんでね。用があるのはお前だ、アサシン。まさかキャスターの膝元に居やがるとは思わなくってよ。探すのに手間取っちまった。」

「そうか。私に用があったか。てっきりこの先にいる人物に用があると思ったのだがな。」

侍の手の中にある刀が揺れる。
刀と呼ぶには余りにも長いそれが月の光を一身に浴びたまま、訪れし敵へとその切っ先を差し向けた。

「無論、その用とはただの世間話などではなかろう?」

「当然だ。サーヴァントとサーヴァントが出会ったんだぜ? やることなんて一つしかねぇだろ!」

轟! という音と共にランサーが石段を駆け上がってきた。
その姿を見ながらも悠然と佇むアサシン。
そして。
ガキィイン!! という金属音が夜の山道に響き渡った。


山道に響く金属音。
槍と長刀が奏でるその音を聞きながら遠くでそれを観察する人物が一人。
腰元、いや足元まで流れる紫紺の髪。
すらりとした長身に肌を大きく露出させた黒の衣装。見紛うほどの美しさ。
ライダー。
彼女は二人の戦いを悟られぬように観察していた。
聖杯戦争は始まったばかり。
まずは情報収集から入るのが戦いに生き残るための定石。
これは現代の魔術が全く関与しない戦争でも同じ。いかに相手の情報を手に入れて自分に有利な状況で戦うことができるか。
彼女自身のマスターは残念ながら優れた魔術師ではない。
いや、魔術師ですらない。ただ魔術という知識を持っただけの人物。
そのくせお世辞にもあまり優れた性格・判断を下せる人物というわけでもない。
ライダーはそんな自分の不利的状況を少しでも打開するために、夜な夜な情報収集に奔走していた。
無論マスターにはその事を伝えているし、その間は大人しく家にいるように懇願しているため、離れている最中に狙われるという事はない。
そもそも彼女のマスターは他マスターの探知には引っ掛からない。
なぜならマスターは魔術師ではないからだ。

月下流麗。
月の光が山道照らし、その石段で踊るのは紫紺と群青。閃くのは銀の清流と紅の奔流。

紅い槍と長刀。
その姿の通りの戦いをするランサーに対して、対峙する男、アサシンは大よそそのクラス名とはかけ離れていた。
侍の剣閃は一撃一撃が必殺の太刀だった。
命を刈り取る鋭利な刃。それをランサーは手に握る槍で迎撃し、その次の瞬間には次の剣戟が繰り出されている。
必死の攻防の中に活路を見出して突き出す槍は、しかし直撃することなく受け流され、そしてそれは相手の剣速を引き上げる糧とされていた。
相手の得物は長刀でありランサーの槍のアドバンテージもあまり意味を成さなかった。
懐に入りさえすれば勝負は一瞬で決着を見るだろうが、ランサーとて短剣の様な至近距離戦で真価を発揮する武装ではない。
互いが互いの間合いを維持したままに火花が飛び散る。
たとえそこまで行けなくとも、弾いた直後ならば次の一撃までに普通の剣よりも長い隙がある筈。
しかも相手の剣筋は円。それは最速とは程遠い、無駄だらけの軌道である。故にランサーはその一瞬こそを待ち望んだが、その時は終に訪れることはなかった。
一撃弾く度に速度を増し繰り出される閃光。それは本来有り得ない剣速。踏み込む度、打ち合う度、侍の剣は躱す事すら赦さないとばかりに速度を上げる。
円を描きながら線より速く。不敏を思わせておきながら点より尖鋭。その侍には、その軌道こそが最善であると言わしめるだけの何かがあった。
ランサーは反撃の糸口すら掴めず、ただただ侍の剣戟を受け続ける。
そしてその光景を見ていたライダーもまた、疑問に囚われていた。
なぜあそこまで正面切って戦えるのか。仮にもアサシンであるならばランサーと正面衝突した場合、押されるはずである。
それでも戦えるように高レベルの気配遮断のスキルなどがあるのだ。
だがあの侍は隠れようともせず、悠然とランサーと剣劇を繰り広げる。
それはアサシンというよりもセイバーに近い。
否、セイバーをも凌駕するかもしれないその剣劇は確実にランサーを押していた。
足場の不利もあり、ランサーは距離を取る。

「ち・・・。やりづれえな、お前。」

「ふ・・・。褒め言葉として受け取っておこうぞ、ランサー。・・・して、跳び退いて我が刀から離れたはいいがどうする?」

「・・・・どうするっていうのはどういうことだ。」

「なに、こうして戦いあえるのは僥倖ではあるが――――」

アサシンは刀を下げた。それがどういう事を意味するか。

「本気を出せない相手を斬るというのは釈然としないものでな。できるなら貴様には立ち去ってもらいたいものなのだが。」

「・・・・気づいていたか。」

「気づかぬ道理などあるまい。大よそ不本意なマスターの命令を受けたのであろう? その覇気に対して戦いに入る力はそれに似合わない。」

互いの殺気が完全に消える。これで戦いは終わり。

「去るというのならば追わん。生憎と私の役割はこの門を守ることだけなのでな。―――もっとも、気に入らぬ相手であれば死んでも通さんし、生かしても帰さん。」

そう言ったアサシンはある場所を凝視する。
視線を感じ取ったライダーはすぐにその場から離脱した。

「やれやれだな、おい。戦いに水を差されるのは今日だけで三度目だ。」

「ほう。それはまた難儀だな、ランサー? 相当に運に恵まれていないようだ。」

「うちのマスターそのものがそもそも幸運なんてもの持ってるかすら怪しいもんなんだがな。」

そう言ってランサーはアサシンに背を向けて去って行く。

「借りはいずれ必ず返すぜ、アサシン。」

そうして山道の戦いは終わりを告げた。



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第10話「静かな崩壊」 Chapter3 Evil under the Sun
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:12
第10話 静かな崩壊


―――――第一節 崩壊の序曲―――――

―――遠い記憶。
その光景は生きてきた中で何度も見てきたものだ。
その夢を見を跳び起きるなんてことはない。
目覚めが悪かったことは何度かあったが・・・。
けれど、今日の夢はそれ以上に最悪だった。
夢に見たのはあの夜の光景で、あの赤い世界。
私が抱きしめた彼は反応がなく、人形のように止まっていた。
その姿は死んでいるようで――――

「う・・・ぁっ!!」

跳び起きた。
体は依然として震えていて、額には汗が滲んでいる。

「――――はぁ」

悪い夢を見たのは枕の所為だ、などと半ば八つ当たりをしながら周囲を見渡す。
いつもの洋室ではない和室。少しだけ離れた場所に夢に出てきた彼が眠っている。日はすでに高い。
昨日彼が倒れた後にセイバーさんと二人で驚いた。
彼の傷がどんどん塞がっていっていたからだ。
衛宮を抱えて急いで彼の家へと戻り、応急処置をしたがその時にはもう傷がほとんど塞がっていた。
一体何が起きているのかわからなかったのだがその当事者である彼の意識がないため結局はわからずじまい。
それに彼自身もそれ以前の反応を見る限りじゃわからないようだったので調べようもない。
血のついた私の制服と彼の制服は揃って風呂場行きとなった。
間違っても血の付いた服を着て家の中をうろうろするわけにもいかなかった。
その後両親に電話を入れ、由紀香の家に泊まると言って彼の家に一泊することとなった。
しかし当然私は着替えなどもってきていないわけで、結果浴衣を拝借する形となっている。

「セイバーさんは・・・どこに?」

昨夜三人で同じ部屋にいた筈だった。
流石に彼と同室で寝るのはどうかと思ったのだが、セイバーさんの「護衛しやすい」という言葉を聞いて反論の余地はなくなった。

「・・・・・・・・・・・っ」

「・・・・衛宮?」

彼の声が聞こえた。寄って彼の顔を見る。
瞼がゆっくりと上がっていく。

「・・氷・・・室?」

「そうだ。私だ、衛宮。体は大丈夫か?」

傷は確かに塞がっていた。だがそれでも安心はできなかった故の言葉。
口調はいつも通りではあるが。

「・・・・う、口の中・・・まずい・・・」

上半身を起こし、言った後に咳き込む。どうやら口の中に血が残っていたらしい。

「大丈夫か? 衛宮。洗面所に行って口の中漱いできたらどうだ?」

「・・・悪い、そうする。」

そう言って立ち上がろうと体を動かそうとする。
だがそんな彼の体は反して崩れ落ちかけた。

「衛宮!」

「――――」

倒れそうになった体を支えるように壁に手をあてている。
すぐに彼を支えるように腕をとる。

「わ・・・るい。ちょっと眩暈がし・・・・」

口に手を当てる。吐き気もあるらしい

「衛宮・・・洗面所まで連れて行くくらい、私にもできる。」

彼の体を支えたまま私は寝室を後にして昨夜使わせてもらった風呂場へと続く洗面所に連れて行った。
洗面所について彼が手のひらで水を救って口を濯ぎ、顔を洗う。
冬で寒い筈なのに水道の冷水を髪に直接濡らしている。
息遣いが荒い。横から彼を見ているとこちらもつらくなってきてそうだ。
それほど彼の状態はよくなかった。だというのに

「・・・・よし、少しは落ち着いた。」

なんていうものだからむっときてしまう。
確かに先ほどと比べてましになってはいると思うが、もっと自分の体を大切にしてもいい筈だ。

「氷室・・・家に泊まったんだな。その浴衣は――――」

「ああ。すまない、制服は血だらけだったので浴衣を拝借している。ちゃんと洗って返す所存だ。」

「―――い、いや、別にそこまでしてくれなくてもいい。」

そう言って俯いてしまった。どうしたのか、と思った次には
パンッ、と両手で頬を叩いて気合いをいれていた。

「よしっ。氷室、昼飯食べてないよな? ご馳走するから食べて行ってくれ。話はそれからにしよう。」

普段通りの彼に戻っていた。
首を傾げる私に背を向けてドアを開けようとするが、

「ここに居ましたか、シロウ、ヒムロ。」

入ってきたのは昨日であった少女、セイバーさん。

「セイバー・・・!」

視線を僅かにそらした。まああの姿を初めて見た時は驚くだろう。

「体の方は大丈夫のようですね、一時はどうなるかと思いましたが安心しました。」

「あ、ああ・・・。お蔭様で・・・」

「? どうしましたか、シロウ。まさかまだどこかに傷を・・・!?」

「・・・・いや、とりあえず言いたい事があるんだが言っていいか?」

しかし視線は別の方向を向いている。気持ちは分からなくもない。

「・・・なんでドレス姿?」

確かに私も見た時は驚いた。女の私ですら綺麗だと思ったくらいだ。
なるほど、鎧姿しか知らなかった彼にはインパクトが大きすぎたということか。

「何故、と言われましても鎧を常時身に着けている訳にはいきませんから。戦闘と関係ないときは鎧は消してあります。」

平然と答える。
その回答はあっているのだろうが、彼が言いたい事はそれではないような気がする。

「あー・・・そうだな。セイバーに着るもの用意しなくちゃな、流石に。」

「確かにドレス姿はこの日本の日常生活ではまず見ないだろう。そして日本家屋にはまずありえない服装ではある。」

二人して彼女の服装に同意見を出す。
そんな私たちの反応を軽く受け取って

「シロウ。昨夜の件について言っておきたいことがあります。」

かなりの不機嫌さで言葉を走らせてきた。

「立ち話もなんですので、居間へ来てください。そこで話をしましょう。」

スタスタと歩いていくセイバーさん。
それに首を傾げながらもついていく衛宮。そんな彼の後ろについていった。





「―――で、話ってなんだ?セイバー。」

緑茶を用意し、テーブルをはさんで向かい合うセイバーと士郎。
鐘はセイバーの隣に座っている。

「ですから昨夜の件です。シロウはマスターなのですから、その貴方があのような行動をしてもらっては困る。戦闘は私の領分なのですから、シロウは自分の役割に徹してください。自分から無駄死にをされては守りようがない。」

きっぱりといいきったセイバー。
それを聞いて今までのどこか素気なかった雰囲気は完全になくなった。

「な、なんだよそれ!あの時はああでもしなけりゃお前が斬られていたじゃないか!」

「そのときは私が死ぬだけでしょう。シロウが傷つくことはなかった。今後はあのような行動はしないように。マスターである貴方が私を庇う必要はありませんし、そんな理由はないでしょう。」

淡々と事務的に語る彼女を見て

「な――――バカ言ってんな、女の子を助けるのに理由なんて必要ないだろ・・・!」

ダン! と机を叩いて怒鳴る。
流石に驚いたのだろうか、セイバーは一瞬固まったがしかしそのあとは、彼を見つめていた。
鐘も少し驚いたが、次には相変わらずな顔に戻っている。

「う・・・、と、とにかく・・・うちまで運んでくれたのは助かった。それに関しては礼を言う。氷室もありがとうな。」

「いや、衛宮を放っておくわけにはいかなかったからな。」

「サーヴァントとしてマスターを護衛するのは当然ですが、感謝をされるのは嬉しい。礼儀正しいのですね、シロウは。」

「いや、別に礼儀正しくはないと思うぞ、俺。―――と、それより聞きたいことがあるんだ。」

そう言って彼女の顔をしっかりと捉えなおして

「そもそもセイバーって一体何者なんだ? 昨日の二人の奴といい普通の人間じゃないのはわかった。サーヴァント、とか言うけど正直何なのかわからないんだけど。」

この質問は彼女の隣に座っている鐘も聞きたかった内容だろう。
どう見ても人間という領域から離れている彼女の素性は知りたかった。

「・・・・そうですね、まずはそこから話しましょう。シロウにとってもヒムロにとっても、もう関係のない話ではありませんから。」

一息ついた後に

「聖杯戦争というのはご存知でしょうか?」

「・・・・いや、知らない。」

「当然だが私も知らない。」

「そうですか。では、一番初めから簡略的ではありますが説明します。聖杯戦争とは名前の通り『聖杯』を手に入れるために行われる戦争で、七人のマスターが七人のサーヴァントを用いて繰り広げる争奪戦です。」

「聖杯って・・・まさか本当にあの聖杯だっていうんじゃないだろうな?」

聖杯、という言葉を聞いて思考を巡らせる
ちなみに彼女の聖杯という言葉に関する知識はおもに小説や歴史書などからきている。
無論『聖杯』という言葉と大まかな知識を持っているだけで詳細など気にもかけなかった。
複数の該当する知識があったが、さてはたして昨夜の異常さと関係するのか、という疑問があった。

「衛宮、聖杯とは何だ?」

念のために訊く。
間違った思い込みを持ったまま話を聞き続けるのは良いことではないだろう。

「聖杯っていうのは聖者の血を受けたって言われる杯で聖遺物の中でも最高位にあって、様々な奇跡を起こすことができる、だった筈。・・・で、それを手にしたものは世界を手にする、とか言われてた。」

大よそではあったが自分の知識とそれなりのデータは一致していた。
が、当然知っていてもそれが現実で存在するなんて考えない。

「・・・・すごいな、もうそれだけで小説がかけそうな気がする。」

あまりにもスケールが大きく、現実離れしすぎた発言に呆れてしまう鐘。
彼女にはすでに理解しがたい世界になっていた。

「いや、そうは言ってもそもそも聖杯っていうのは存在自体が“有るが無い物”に近いんだ。世界各地にある伝承とかに顔を出しても、そんなものを実現させるだけの技術はない。」

「ふむ。まあ考えてみればそうだろうな。もしそんなものが本当に実在していたのなら、とっくの昔にこの世界は変わっているだろう。」

「そういうこと。―――だから、セイバー。その聖杯戦争の『聖杯』って本物なのか? そんなものが本当に実在するとは思えない。」

「ええ、本物です。その証拠として私たち、サーヴァントがここにいる。」

さっきまでそんなものはない、と話をしている中でしかしそれは本物で実在する、と言う。

「・・・わかった。仮に聖杯があったとして、じゃあサーヴァントっていうのは何だ? 聖杯とどういう関係にあるんだ?」

「サーヴァントとは過去に存在していた英雄のことです。英雄として名を馳せ死後それでもなお信仰の対象となった存在は、輪廻の輪から外れ一段階上の存在へと昇華されます。亡霊というより精霊や聖霊に近い、或いは同格とされる存在、定義的には英霊とするのが一般的でしょうか。そしてそれらを引き連れてきて使い魔としているのが、この聖杯戦争のサーヴァントです。」

つまり、それは英霊ということ。
英霊は生前に卓越した能力を持った英雄が死後に祭り上げられたもの。

「ちょ・・・ちょっと待て。過去に存在していた英雄を呼び出して使役する? そんな魔術聞いたこともない。」

「ええ、これは魔術ではありません。あくまでも聖杯が行っていることで、魔術師であるマスターはその力を利用してサーヴァントを呼び寄せているだけなのです。」

「―――いや、そりゃあ聖杯が本物ならそんな『奇跡』だって起きるかもしれないけどさ・・・」

二人とも驚いた顔を隠せない。
目の前にいる少女が英雄だ、なんていってもまず信じられないだろう。

「過去の英雄・・・ということはセイバーさんも過去に存在していた英雄ということなのか?」

どう見たって英雄には見えない少女に尋ねる。
いや確かに、あのランサーと打ち合ったところを見れば実力のほどは窺い知れるのだが、こんな少女の英雄など存在したのだろうか?

「ええ。でなければ私はサーヴァントとして呼ばれることはまずありません。」

「・・・ということは、昨夜のあの女の子が言っていた『ヘラクレス』というのは・・・」

「ええ、バーサーカーのマスターが言った通り『ギリシャの英雄』でしょう。」

それを聞いた鐘はもう疑うことをやめた。
ここで嘘をつくメリットはないだろうし、仮に嘘であったとしてもあの怪物の存在が消えてなくなるわけでもない。
彼女のいう事は本当だろう、と結論づけた。

「なあ、セイバー。マスターっていうのはその過去の英雄を従える魔術師のことだよな。それはいいんだけど、セイバーのことがよくわからない。それにランサーにバーサーカー・・だっけ?聞いてはいるけどどうも本名じゃないような気がするんだが。バーサーカーには『ヘラクレス』って名前があるのに『バーサーカー』ってあの女の子も呼んでたし。」

「ええ、私たちの呼び名は役割毎につけられた呼称にすぎません。・・・そうですね、この際ですから大まかに説明していきましょう。」

「ああ、頼む。」

「私たちサーヴァントは英霊です。それぞれが“自分の生きた時代”で名を馳せたか、或いは人の身に余る偉業を成し遂げた者たち。どのような手段であれ、一個人の力だけで神域にまで上り詰めた存在です。」

「つまり、セイバーさんも神域に上り詰めるまで有名なことをした者・・・というわけなのか。」

失礼だとは思うが、どうもそうは見えない。

「ええ。しかしそれは同時に短所でもあります。私たちは英霊であるが故に、その弱点も記録している。名を明かす―――正体を明かすということは、その弱点をさらけ出すことになります。」

「―――そうか。英雄っていうのは大抵、何らかの苦手な相手がいるもんな。だからセイバーとかランサー、っていう呼び名で本当の名前を隠しているのか。」

「はい。もっとも、セイバーと呼ばれるのはそのためだけではありません。聖杯に招かれたサーヴァントは七名いますがその全てがそれぞれの“役割”に応じて選ばれています。」

サーヴァントのクラスはその数と同じ七つ。

 騎士───セイバー
 槍兵───ランサー
 弓兵───アーチャー
 騎乗兵───ライダー
 魔術師───キャスター
 暗殺者───アサシン
 狂戦士───バーサーカー

だと言う。
そして有名な英雄ほど歴史に経歴や特徴、武器、能力、弱点などを残している。
それでその名、あるいは武器でもいい。それを知られれば生前苦手とした事項、或いはは致命的な弱点を探られる可能性がある。それを隠す為のクラス名という訳である。

「・・・・・・・・」

「どうかしましたか? まだ何か分からないことがありますか?」

「いや・・・・。俺は聖杯戦争っていうふざけた殺し合いに巻き込まれて、セイバーを召喚したっていうのは理解したつもりだ。そして既に契約しているというのも事実だ。けど俺にはまだ、マスターなんて言われても実感が湧いてこない。」

「・・・ええ。何も知らないということは知らないまま私を呼びだした、ということですからね。しかし過程がどうであれ私は貴方に呼び出され、マスターであるという事実は揺るぎません。その証拠として令呪・・・痣の様な物があると思いますが。」

「・・・これか」

翳した左手を見る。
彼の手の甲には赤い紋様のような刻印が刻まれていた。

「令呪とはサーヴァントに対する絶対命令権にしてサーヴァントを繋ぎとめる楔でもあります。サーヴァントを律すると同時に、サーヴァントの能力以上の奇跡を可能とする大魔術の結晶の名。ですが使えるのは三回だけです。それに長期的な命令よりも瞬間的な命令の方が効果は強力ですので、使う場合は良く考えて慎重にお願いします。」

「・・・・繋ぎとめる楔、か。・・・なあ、セイバー。俺が仮にこの令呪を放棄した場合は―――」

―――――俺を殺すのか?

そんな言葉を彼は口にした。
今までの話を総合すれば、マスターとはサーヴァントを従える事が条件なのだろう。
それを可能としているのがこの令呪。それを放棄すればマスターではなくなり、聖杯戦争への参加権を手放すことになるということなのだろうか。

「マスター・・・、それは戦いを放棄する――――ということですか。」

一転して鋭くにらんでくるセイバー。

「いや・・・分からない。セイバーには助けてもらった恩もあるから恩返しはしたいとは思っている。けど聖杯なんてものは俺はいらない。戦う理由は・・・」

「ない、ですか。確かに聖杯戦争を知らない者が突然参加したのですから、聖杯に望むような願いはないのかもしれません。ですがすでにランサー、バーサーカーはシロウを狙うべきターゲットとしています。仮に令呪を放棄したところでそこで安全が保たれるという保障はどこにもない。」

「――――っ・・・そうだよな。氷室なんか魔術師でもないのに殺されかけたんだ。もう・・・逃げるっていう選択肢すらもないかもしれない。」

そう呟いて拳を握りしめる。

「―――なぁ、セイバー。ランサーとかバーサーカーは、まだ・・・氷室を狙ってくるのか?」

「・・・・っ」

そう。彼女もまた狙われている。
理由は単純。『見たから』。
たったそれだけで彼女の命は消されてしまいそうになった。
もう現実味の欠片すら感じられないような話ではあるが、その非現実が彼女を殺そうとしていた。

「可能性としては・・・ゼロではありません。―――いえ、もしかすると昨夜の出来事でさらに狙われる確率は増えたかもしれません。」

「・・・・どういうことだ。」

「ランサーはマスターの命令により殺そうとしていたようです。ランサー自身は殺す気はないらしいですが、サーヴァントはマスターの命令に基本的には絶対遵守。マスターの意志が変わらない限りは狙い続けてくるでしょう。」

それはまたランサーと彼女が顔を合わせるときがくる、ということである。

「バーサーカーもまた命令に従います。バーサーカーのマスターは昨日の言葉からしてヒムロをシロウの協力者と思っているようですので、こちらも危険性がないとは言えません。」

それと、と加える。

「昨夜はランサーからヒムロを守る際に、アーチャーからの遠距離攻撃を受けました。」

「アーチャー・・・弓兵か。たしかに弓は接近して撃つようなものでもないからな・・・。」

「はい。アーチャーが一体どこから見ていたのかは知りませんが、最悪の場合私のマスターはヒムロ、と思い込んでいる可能性があります。」

「なっ・・・」

「ま、待ってくれ。私がマスター? 私は魔術師という存在を昨日知ったばかりだというのに勘違いで殺されるかもしれないのか?」

「アーチャーが詳しい事情を知っていたのならばその限りではないでしょう。しかし橋の一件だけ見たとするならばそうとられてもおかしくはない。」

そう言われては反論のしようがない。確かに昨夜の橋の一件は何も知らない敵からしてみたらそう映るだろう。

「そして厄介なのがキャスターです。キャスター自身はその場にいなくても魔術によって遠距離で行われている戦闘や行動が筒抜けになってしまう恐れがあります。」

「つまり昨日のことも見られていた可能性がある、か。厄介っていうのは・・・」

「キャスターは全サーヴァント中最弱の部類に入ります。しかしそれ故に様々な策略を練って攻撃を仕掛け、生き残ろうとします。―――ここまで言えばわかるとは思いますが・・・」

「・・・・つまり、氷室を人質にして動きを封じてくるかもしれない、というわけか・・・!」

ぎり、と歯を食い縛る士郎。

「アサシンについては残念ながら何も言えません。アサシンはそのクラスの特性上、高度な『気配遮断』を有します。私たちサーヴァントさえ気づくことが困難なのです。戦闘能力自体は私よりも劣りますが、気配がない故にアサシンはサーヴァントではなくマスターを優先的に狙ってきます。」

「マスターを狙うっていうのは・・・」

「サーヴァントはマスターを依り代としています。故にマスターがいなくなってしまうと、依り代となるマスターを早急に見つけないと存在できなくなり消滅してしまいます。逆に言えば―――」

「マスターを殺してしまえば、自分より強いサーヴァントと戦う必要はない・・・か。」

「はい。アサシンがいたのかどうかもわかりません。もしかしたらあの場に居合わせていなくてヒムロのこともシロウのことも知らないという可能性もあります。しかし知っている可能性もある。そうなった場合、マスターを殺しに来るでしょう。そして最悪の場合はアーチャーと同様に『ヒムロがセイバーのマスター』と思い込んで暗殺してくることです。」

「くっ・・・・!」

士郎は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
鐘も俯くしかない。
昨日見た、というだけで大量の敵から狙われるかもしれないという日常を送ることになるというのだろうか。

「ライダーに関してはこの件には全く絡んでいないと思われますが・・・ここまでくるとあまり意味はありませんね。」

「・・・6人中5人が狙ってくるかもしれないんだろ。一人知らないなんてことで安心できるわけもない。」

そう言って黙ってしまった。
セイバーの隣で話を聞いていた鐘自身も悩むしかない。

(私では誰かを守るとかそんな大層な考えの前に自分の身すら守ることができない。)

仕方がない、といって逃げてもやってくるのは死ぬという結末だけだろう。
何もできない。
その結論だけが鐘を苦しめていた。
続く静寂。それは決して軽い静寂ではない。重い、『殺されるかもしれない』という事実を知って生まれた沈黙。

「―――わかった、セイバー。教えてくれてありがとう。」

そんな沈黙を破ったのは彼の言葉だった。
鐘とセイバーを見据えて口にする。

「俺は氷室を守る。狙ってくる奴がいるならその全員と戦って守り抜いてやる。他にも無関係な誰かを巻き込もうとする奴がいるなら、俺は絶対に止める。その為なら俺は自分の意思で戦える。その為に俺はマスターとして戦う。」

それは明確に聖杯戦争に参加するということ。
そしてその理由が・・・前に座っている少女を守るためだということ。

「衛宮。私のために、なんて理由で戦わないでくれ。どこの小説だ。そこまでする義理だってない筈だ。」

彼女ではサーヴァントを止める事などできない。
しかし『自分のために死ぬかもしれない戦場に行く』なんてことを言われて『はい、そうですか。では私のために頑張って死に物狂いで戦ってください』なんて言うような人間ではない。

「いや、このままだと氷室が殺されてしまうかもしれない。俺はそんなのを黙って見過ごすつもりもないんだ。」

そう言って鐘に向けていた視線を隣に座るセイバーへと移す。

「・・・セイバー、マスターとしての知識もない。戦う理由も聖杯戦争を勝ち抜くことじゃない。それでもおまえは、俺と一緒に戦ってくれるのか?」

「当然でしょう。そもそも彼女を全サーヴァントから守り抜くというのであればそれは聖杯戦争に勝ち抜くということと同義です。行き着く先は同じですし、何より私はシロウの剣になると誓った身です。異を唱える理由など存在しません。」

そんなやり取りの最中、鐘だけは優れない表情そしていた。

「氷室・・・?」

「・・・・なんだ、衛宮。」

「いや、何か難しそうな顔をしているから・・・。」

「そうか・・・私はいつも気難しそうな顔をしていたか。」

「い、いや。そんなことないぞ? どうしたんだ?」

「・・・何も問題はない。」

返答が素気なくなっている。
なぜこんなにも素っ気なくなってしまっているのだろうか、彼女自身もわからなかった。

「・・・・シロウ。」

「ん?」

「ヒムロは魔術師ではありません。今の話にシロウほど早くは対応できないでしょう。少し席を外して考える時間を与えた方がいいかと思います。」

「それもそうか・・・。悪い、氷室。気付けなかった。・・・もう昼だし昼食の準備をするか。メシ、食って行けよ。ご馳走するからさ。」

そう言って二人を残して彼はキッチンへと向かった。


―――――第二節 苦悩―――――

キッチンで士郎が昼食の準備をしている間、鐘は一人脱衣所に来ていた。
いつまでも浴衣姿でいるわけにはいかない。昨日洗った制服は乾いており着る分には問題はなかった。
目立たない程度に小さいシミが出来ていたが大丈夫だろう。

浴衣を脱ぎ、制服を着る。
昨夜は親に電話して友人の家に泊まる様に言っておいたため家に帰らなくても問題はなかった。
深呼吸をする。
今まで聞いた情報を整理する為に一度頭の中をからっぽにしてもう一度組み立てる
考えてみれば異常だった。
昨夜の学校の一件から今日起きるまで。
もちろん得体のしれない人物に命を狙われるという事実も異常であるが、彼との絡みもまた異常だった。
そもそも彼と彼女は顔や名前は知っている程度だった筈だ。
会話も何度かしたことはあったが、ここまでのものではなかった。

(つまり特殊な環境に陥った故の逃避行動、或いは衰弱状態で優しくされたが故の心の緩み、ということか?)

何度も言うが彼女は魔術師でもなければ魔術を知っている人物ですらない。
あくまでも普通に生きる真人間であり、魔術の世界とは無関係。
当然、本当に殺されそうになるなんてイベントは普通に生きている限りは皆無であるし、目の前で大怪我をして死んだような状態の人間―しかもそれが顔見知り―を見るということなどまずない。
いわば昨日は全てが異常。
自身の周囲に起こった出来事も自身の内の感情もその全てが異常。
情報を整理し終えて、混乱していた自身は回復した。
無論、殺されるときに震え上がらなくなった、というわけでもない。
人は誰だって死にたくはないし、怖がるのは当然である。
そんな本能とは別の、自身の内の感情だけは冷静でいなければならない。

「彼はなぜあそこまで他人の為に、と言う理由で立ち上がることができる? あれほどの思いをしたというのに」

士郎の発言はまさしく『どこの小説だ』という発言だった。
彼の言った『他人を守るために戦う』。確かに人を救うということは大切だろう。
警察や消防だってそうだ。犯罪者や火事から人を守るために彼らは存在する。
けれど、自身の身がどう考えても危ない時は消防隊だって死地には入ろうとしない。死んでしまっては元も子もないからだ。
ある程度の危険はあったとしても入れば100%死ぬしかない、と言う火災の状況にGOサインを出す消防隊の上司などいない筈だ。
だが彼は違う。平気でそんな状況でも入ってきて人を助けようとする。
自身が死ぬかもしれないというのに。
たとえば店のアルバイトに入っていたとする。
最初に習うマニュアルは『刃物など凶器を持った人物の言うことを聞く』だ。『金を出せ』といわれて『嫌だ』とは習わないだろう。
それは自身の身の安全を優先するために習う事。
しかし彼には“そんな常識がない”。
自身の身の安全を考えない人間は絶対にどこか人間として欠落している。
空想論で『そんなことは自分だってできる』と言ったところで、実際にできる人間は果たして何人いるのだろうか。
ましてや守る対象が知っている人間じゃない、或いはそう繋がりが深い人間じゃない人の場合、それをできる人はさらに少ないだろう。
自分の命を顧みず、また助けた報酬をも顧みず、ただ人を助けるという行為をする。
冷静で客観的な物見ができ、状況判断もそれなりにできると自負している彼女にとって、彼の行動は理解できない。
確かに彼は力は少なくとも彼女よりはあるだろう。自身を『魔法使い』(実際は魔術使いだが)と呼ぶのだから一般人と比べて上位にいることは間違いない。
しかしそれでも勝てなかった。それを知っているはずなのにそれでも他人の為に死地へと赴く。
無論、赴いたから必ず死ぬわけではないだろうがそれでも危険性は高すぎた。昨日がよい例だ。

だからこそ彼女は突き付けられた難問に頭を悩ませていた。

「頭が痛くなってくるな・・・」

死にたくはない。それは彼女だって同じ意見。
自分の力で自分を守れるなら何も問題はなかっただろう。襲いかかってくる敵を迎撃するだけでいいのだから。
けれど何度も言う様に彼女は真人間。迎撃できるだけの力は持っていない。
となると、彼の言う通り彼に『守ってもらう』という選択肢しかなくなるわけなのだが・・・

「理解できても納得はできない。」

そもそも見たという理由だけで殺されるのが彼女にしてみれば理不尽なのだ。納得なんてできるわけもない。
しかし現実は最早彼女自身の力ではどうしようもなくなっていた。
となると、どう考えても彼に頼るしかなくなる。
ふぅ、と軽いため息をついた後

「彼を信じろ、というのか。生き残ることを。」

別に信じたくない訳ではない。
むしろ信じたい。が、それとは別に何もできない自分にイラつきを覚えていた。
それに信じるなんて行為にどれほど力が存在するのだろうか。
甚だ疑問ではあるが、それ以外に方法がないのもまた事実だった。

コンコン、とドアがノックされる。

「衛宮か?」

「いえ、私です。ヒムロ。入っても構わないでしょうか。」

「・・・どうぞ。」

ドアが開かれて入ってくる。その姿は相変わらずのドレス姿。
対する鐘はすでに制服に着替え終わっていた。

「何か?」

「一つ貴女に言っておくことがあります。」

その表情は真剣そのもの。

「本来、魔術師でもない一般人には聖杯戦争について語られることはまずありません。しかしそれでも話したのは知っていた方が今後の行動にも僅かに影響がでると思ったからです。」

「・・・知らないよりも知っている方が理にかなった行動はできるだろう、という配慮ですね。」

「はい。ですが、今言いました通りこれは語られるべきことではない。故に――――」

「他言無用でお願いする、ということでしょう。・・・わかってます。彼からも昨夜言われましたので。」

他人行儀で、冷静に、分析しながら答えていく。
彼女はこのことを誰かに言うつもりなど全くなかった。言ったところで信じてもらえるとは思えないし、もしかしたら伝えたことでその人も狙われるかもしれなかったからだ。

「わかっているならば結構です。では、失礼します。もう間もなく食事ができるとのことですので居間へいらしてください。」

そう言って出て行くセイバーの後ろ姿を眺めていた。
彼女には悪意はない。事実を冷静に彼と自分に伝えただけ。
けれど。

「何か乗せられたような気がしてならないのは、私の気のせいだろうか。」



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第11話「発覚」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/26 20:32
第11話 発覚



―――――第一節 腹が減ってはテンション高まる―――――

「・・・なんだよ。断っておくけど、俺は暇じゃないぞ藤ねえ」

食事が出来てさあ食べようとしたところに鳴り響いた電話。
その相手は藤村大河であった。
食事時を狙ったようにやってくる奴だったがまさか食事時を狙って電話をかけてくるまで至ったか、などと無意味に感心しながら受話機を握る。

『なによ、わたしだって暇じゃないわよ。今日も今日とて、お休み返上して教え子の面倒みてるんだから』

「・・・・不思議だ。見えない筈なのに胸張っている姿が見える。」

受話器片手に頭を抱えながら呟く。鐘とセイバーはそんな彼を見ながら食事をしている。

『ん? なにー士郎? 何か言った?』

「教え子の面倒見てるんなら、世間話をしている場合じゃないなって話だよ。こっちは火事も泥棒もサーカスも来てないから、安心して部活動に励んでくれ。」

じゃ、といって手短に切ろうとする。

『ちょ、ちょっと待ったー!恥を凌いでお姉ちゃんが電話してるっていうのに、用件も聞かずに切ったらタイヘンなんだからー!』

こちらは昨夜からタイヘンなのだが、それをこの人に言ったところで仕方ない。

「はいはい・・・。んで、用件はなに」

『士郎、わたしお弁当が食べたいなー。士郎の作った甘々卵焼きとかどうなのよう。他にもいろいろあるとお姉ちゃんうれしいなー』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『以上、注文おわり。至急弓道部まで届けられたし。カチリ』

訪れる沈黙。
士郎は受話器を見つめていて、二人はそんな彼を見ていた。

「・・・・・・ほんと、なんなんだろう。あの人。」

受話器を置いて二人に向きかえる。

「っていうわけで、これから藤ねぇに餌を与えに行かなくてはならなくなった。しかも早急に」

「それは今の会話でわかった。衛宮、藤村先生とは仲がいいのだな?」

「まぁ・・・毎朝毎晩食事時に家を強襲してくる人だからな。」

「さきの電話の主はシロウの家を襲ってくるのですか?」

「無論殺しに来るわけじゃないぞ、セイバー。―――いや、家の経済的には一時死にかけた時期があったけど。」

「・・・大変だな。同情する。」

「・・・ありがとう、氷室。」

自分用に用意していた食事を弁当箱に綺麗に盛り付ける。が、虎の要望である卵焼きはないので作る必要があった。
卵焼き自体は簡単かつ手短に作れるのでちゃちゃっと作り終える。で、虎を静める為にさらに数品追加。
そして被害にあっているだろう弓道部員・・・おもに桜のためにさらに分量追加。
なんてことをしていたら豪華三段弁当となった。

「・・・作りすぎではないのか、衛宮?」

「いや、あの虎を静めるにはこれくらいは必要だ。もし静めれなければ明日の弓道部はきっと存在しなくなっている。」

真顔でかつ平坦な声で言うのだから、笑い話として流そうにも流せない。
鐘は食費で一時期死にかけたというのもこの弁当を見ていたら何となくわかる気がする、などと思いながら食後のお茶を飲んでいた。

「ってことでセイバー、留守番頼む。氷室は好きに家使ってくれていいから。すぐに戻ってくるから待っててくれ。」

そう言って廊下に出て玄関に向かう。が、彼の後ろについてくる二人。
気になったが何も言わずに玄関で靴を履く。
で、隣には無言で靴を履く氷室さんとセイバーさん。

「・・・もしもし?」

「何かな、衛宮。」

「何でしょう、シロウ。」

息ぴったりだな、などと感想を懐きながら恐る恐る訊いてみる。

「えーと。何をしているのでしょうか?」

「私は学校にいくつもりなのだが。いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。それに陸上部も部活動はある。昼から参加するつもりだ。」

「外出するのなら同伴します。サーヴァントはマスターを守る者なのですから、シロウ一人で外を歩かせるなど危険です。」

何となく予期できた回答をしてくる。ここで言い含める必要があるだろう。

「わかった。氷室は確かに学校に行く理由があるから一緒にいこう。けど、セイバー。今は昼なんだから人気のないとこに行かない限り戦闘になんてコトにはならない。」

「それは承知しています。ですが万一という場合もある。シロウはマスターとして未熟なのですから常に護衛する必要がある。」

「つ、常にって・・・。そりゃ他のマスターと比べたら未熟かもしれないけどさ・・・。いや、護衛するにしてもその服装は駄目だ!絶対ダメだ!」

「――――む」

そう。セイバーは未だにドレス姿だった。
服がないのだから当然ではあるが。
切り札を得たと言わんばかりに追撃する。

「護衛してくれるっていうのはありがたいけどさ、その服装だとまず間違いなく目立って浮く。だからセイバーは家で留守番しててくれ。危ないようなことにはならないからさ。」

「・・・わかりました」

その言葉を聞いてほっと安心する士郎。間違ってもあのドレス姿で学校に同伴されては明日の朝日は拝めない。

「―――この服装でなければいいのですね。」

直後。
横にいた鐘の手をとり玄関から猛ダッシュ。
余計な事言ったーー!などと心の中で叫びながら急いで家を後にした。


―――――第二節 忘れているのではなく―――――

「いきなり走り出すから驚いたのだが、衛宮。」

「すまん・・・。一刻も早くあの場から逃げる必要があった。」

坂道を下る。学校へ歩いて三十分の距離である。ゆっくりとした歩調で歩いていく。

「いや・・・しかし氷室と一緒に登校するとは思わなかったな。藤ねぇとか桜となら一緒に登校したことはあったけど。」

「そうなのか?」

「ああ、二人とも朝食とか夕食を食べに来るんだよ。桜に至っては俺の用意ができてなかったりすると準備もしてくれてたことがあったし。藤ねぇは食事時を狙ったようにやってくるけど。」

「なるほど、なら間桐嬢は通い妻ということか?」

少しからかうように言う。

「通い妻・・・か。考えたことなかったな、どっちかっていうと妹って感じだな。ちなみに藤ねぇは姉。」

「つまり、衛宮にとっては二人は家族のようなものということか。・・・そういえば衛宮の両親はどうしたのだ?」

不意に疑問が湧いたので訊いてみた。

「そうか、氷室は知らなかったか。十年前の火災で孤児になってさ。親父・・・衛宮切嗣って人に拾われたんだ。それで親父も五年前に他界してしまったんだ。」

何ともない、という顔で答えた。
だが、訊いた当人はそうもいかなかった。

「それは・・・。すまない、不躾に踏み込んたことを聞いてしまった。」

「いや、気にしなくていいぞ。この歳まで紆余曲折こそあったけどしっかり育ってるわけだし。」

本当に気にしていない、という素振りで答える。
なぜそこまで穏やかな調子でいられるのか、それとも彼にとっては普通ことなのだろうか。
理解できなかった。そして同時に彼女の探究心も疼いた。

「重ねて不躾になるかもしれないが、もう少し衛宮の話を聞かせてはくれないだろうか。」

「え?別にいいけど。俺の話をしても楽しいかはわからないぞ?」

三十分という時間をただ無言で歩いていくというのもどうかと思っていた。
ポツリポツリと会話をする。
どうでもいいことから少しだけ踏み込んだ話まで。

「・・・では、君は父親と母親の顔は思い出せないのか?」

「まあ、あの火事の時に一回死んで生まれ変わったようなもんだからな。家のあった場所とかあの時の風景とかは否応が無しに思い出すことはあるけど、それ以前の記憶はさっぱりかな。」

「調べようとしたりしたことは?」

「ないなあ。それに多分調べようにも調べられないと思うぞ?」

「どういうことだ?」

「大火災だったからな。身元不明の焼死体なんて数えきれないほどあっただろうし、孤児になった子供だって場合によっちゃ名前すらわからない。戸籍記録も無くなってめちゃくちゃ。それに捨て子だって起きていた可能性はあったはずだろ?」

「・・・慰霊碑が立てられるほどの大火災ではあったから、そういうのも横行していたかもしれないが。」

冷酷な話ではあったが捨て子をするにはもってこいの規模だった。
急な開発で社会の格差が広がった時期でもあったので、こういうことは横行したのかもしれない。
また、火事の前に流行った子どもの誘拐事件というのもあった。
彼女自身もそのころはあまり外出した記憶がない。家にいることが多かったか? と思い出す。
そして大火災後の政府の対応がまずかった所為もあり、生きている人間にはちゃんと籍が設けられたが、必ずしもそれは血縁による系譜とは一致しないという事も多かった。

「しかし生まれ変わったとは・・・。衛宮、それは思い出せないだけで脳は覚えているものだぞ?」

「そうなのか? 忘れているから思い出せないんじゃないのか?」

「いや。人間が物事を『忘れる』ということはない。思い出せないだけで脳にはしっかり残っている。それでも思い出せないのは『忘れている』からではなく『思い出すきっかけ』がないからだ。」

「そ、そうなのか・・・。いや、俺には脳医学?なんてわからないからよくわからない。」

「無論、私は私の知っている知識を言っただけだからもしかすると間違っているかもしれない。適度に受け流してくれればいい。」

そうこうしている内に学校が見えてきた。
ゆったりとした速度で到着し校門から学校へ入ろうとする。
だが。

「・・・・・」

歩みが止まる。
一方の鐘は平然として校内へ足を踏み入れていた。

「? どうした、衛宮。」

「・・・いや、何でもない。」

気のせいか? と内心疑いながら校内へと足を踏み入れた。

「では衛宮。私は陸上部の部室へと向かう。君は藤村先生に弁当を届けるのだろう?」

「ああ。今頃藤ねぇがどうなっているかわからんから少し心配だ。」

「ふむ。ではせめて健闘だけは祈らせてもらおうか。」

「ああ。祈っててくれ。弓道部が消えて無くなるようなことは阻止しないとな。」

冗談を交わして二人はそれぞれの目的地へと向かった。


―――――第三節 残滓――――――

「あれ、衛宮だ。なに、もしかして食事番?」

気心の知れた知人、というのはこういう時に便利ではある。
弓道部主将・美綴 綾子は士郎の顔を見ただけで、その用件まで看破していた。

「お疲れ。お察しの通り飯を届けに来た。藤ねぇは中に居るのか?」

「いるいる。いやあ、助かった。藤村先生ったら空腹でテンション高くて困ってたのよ。学食も休みだしさ、仕方ないんで買いだしに行こうかって考えあぐねてたところ」

「そこまで深刻だったか。で、買いだしって、まさか下のトヨエツに一人でか?」

「そこ以外に何処があるって言うのよ。ただでさえ備品で金食ってるんだから、非常食に金はさけないでしょ」

まあ一成と士郎の奮闘もその派生から来て様々な備品を修理することになっているのだから間違っても虎の餌代になることは阻止せねばならなかった。
そして無駄を嫌う弓道部主将。
ちなみにトヨエツとは商店街にあるスーパーの名前で、弓道部では走り込みと称して買い出しに行かされる。
腕を休めるための走り込みの筈が、帰りには大量の荷物を持たされるという矛盾した習慣である。

「まあ節約のために日々奮闘してるのに食事代で消えるなんてばからしいよな。ほら、弁当。遅くなって悪かったけど藤ねぇに渡してくれ。」

ほい、と弁当の入った紙袋を差し出す。

「お、豪華三段セット。いいね、久しぶりに見た。衛宮はこういう細いの上手なのよね。」

「そんな笑って何が嬉しいんだか・・・。ほら、嫌味はいいから受け取れ。中、藤ねぇが暴れまわってタイヘンなんだろ?」

「そうね。そう思うんならさっさと中に入って、藤村先生に手渡してあげるべし。だいたいね、入口で帰したなんて言ったらあたしがしごかれるじゃない。ほら、ここまで来たなら観念して中に入りな。」

仕方ないな、などと諦めて促されるように中へと入ろうとする。
が、綾子が近づいてきて内緒話をするように体を寄せる。

「・・・で、衛宮。後ろのあれ、何ものよ? すっごい美男子だけど、知り合い?」

「・・・・へ?」

後ろ? 言われてくるりと振り返る。
そこには

「こちらにいましたか、シロウ。」

セイバーがいた。
その姿はもちろんドレス姿でも鎧姿でもない。
男性用の喪服を着たセイバーがいた。
女性だというのになるほど、確かに美男子にも見える不思議。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

口をあけたまま目の前の光景を見て固まる。

「たしかにあの姿で街中を歩くことは私もどうかと思いましたので、この服を借りています。これならば問題はないでしょう。」

ああ、確かに問題はないが問題だらけだ と心の中で呟きながら我に戻る。

「シロウって呼んだよな? ってことは知り合いか。誰? あの人。」

「とりあえず知り合いってことで通してくれ。・・・あと少しだけ時間をくれないか?」

「? ああ、それは構わないけど。藤村先生も待ってるだろうから、手早くね」

「わかってる。」

綾子から離れ、セイバーに手招きして弓道場の脇へと移動する。

「なんでしょう?」

「いや確かに服装はあのドレスよりはましだけどさ。どうしてここにいるってわかったんだ?」

「マスターとのつながり・・・ラインを辿れば探すことは容易いのです、シロウ。」

普通に答えるセイバー。
こりゃあ走った意味なかったな、などと思いながら諦めた。

「とにかくここに危険はないだろう? 俺もすぐに帰るから、セイバーは先に帰っててくれないか?」

「? 危険がない? シロウ、貴方はここに残る魔力の残滓がわからないのですか?」

「―――――何?」

周囲を見渡すが別に何も感じられない。

「シロウ。貴方とのラインはしっかり感じられますし、魔力も多いとは言えませんが供給されています。ですが、大よそ魔術師としての能力がないと思うのですが?」

「うっ・・・結構響くな、それ。―――けどまあ確かに才能がないのは当たりか。切嗣に教えてもらったのは魔術の使い方・・・だけだからな。感知なんてものは習わなかったし教わってもたぶん会得出来てないと思う。」

頭を掻きながら問いに答える。
しかしその答えを聞いたセイバーは驚いた表情を見せていた。

「・・・セイバー。いくらなんでも失礼だろ。そりゃ、俺の魔術師としての才能はないとは言ってもさ」

「―――あ、いえ。別にそこに驚いている訳ではないのですが・・・。いや、今は止しましょう。後で時間をいただければ説明します。」

「む、そう言われると余計に気になるんだが・・・。まあ確かに今は藤ねぇの空腹を静めるのが先か・・・。」

そう言って弓道場へと戻る。

「話はついたのかい?」

「ああ。それと悪いが頼みがある。アイツが部室に入ってもみんなが騒がないように言い含めてくれると、とんでもなく恩に着る。」

「・・・・・オッケー。事情は気になるけど、その交換条件は気に入った。衛宮、あとでチャラってのはなしだから。」

綾子はそう言って二人を連れて道場へと入った。


「――――被害は甚大か。変わらない光景だが憐れだ・・・。」

詳しくは割愛するが、端的に表すならば生徒の要望を台風の目と化した担当教諭が理不尽な返答を以って斬り捨てているという感じだった。

「―――――さて。」

いつまでもこの光景を眺めているわけにはいかない。手に持った対虎用兵器を見せなければいけない。

「お、ちょうどいい。おーい、桜ー」

弓かけの前にいる女生徒に声をかける。

「え、先輩・・・・!?」

桜は手にした弓を置いて、目を白黒させて駆け寄ってきた。

「先輩! ど、どうしたんですか今日はっ。あの、もしかして、その」

「ああ、藤ねぇに弁当を届けにきたんだ。悪いんだけど、あそこで無茶苦茶言ってる教師を連れてきてくれ。」

「ぁ────はい、そうですよね。・・・そういえば先生、電話してました。」

「?」

さっきの笑顔はどこにいったのか、桜は元気なく肩をすくめる。

「そういうコト。藤ねえ、ハラ減って無理難題言ってるんだろ。手遅れかもしれないけど、とにかく弁当作ってきたから食わせてやってくれ。」

「・・・はい。わかりました。けど・・・」

ちらり、と俺の後ろに視線を向ける。そこには弓道場に不釣合いな、金髪の青年が立っている。
いや、訂正。美青年が立っていた。

「あの・・・・先輩?」

「ん? なんだ、もしかしてホントに手遅れか? これで藤ねぇを撃破できなきゃ明日、学校から弓道場は存在していないっていうくらい気合入れて作ってきたんだが。一応桜の分もあるんだけど、無駄?」

「え・・・、いえ、そんなコトないですっ! わた、わたしもお腹減ってますっ・・・!・・・その、先生に半分あげちゃったから」

「うん、そんな事だろうと思った。桜のはすぐに食べられるようにしといたから、そう時間は取らない筈だ。・・・ま、みんなもそういう事情なら昼食を再開しても文句ないだろうけどな。」

「そ、そうですねっ。あの、それじゃご馳走になりますけど・・・先輩、今日はずっと道場にいるんですか?」

「ん、そうだな・・・」

尋ねられて考える。士郎としては別にここに居ても問題はなかった。せっかく来たのだから眺めているのもいいだろう。
だが、先ほどのセイバーとのやり取りで気になる発言があったのも事実であったが。
しかしやはり。

「できるならその弁当を一緒に食べたいんだがいいか? 昼食べてないんだ。分量は大めに作ってるから量は足りるはずだけど。」

「なんだ、衛宮。昼食べてないのか。量は少し多いかなっと思ってたけど。」

「ああ。ってことで弓道部主将様に尋ねるが食べても構わないか?」

「ん、あたしなら構わないよ。邪魔になるわけでもないしね。」

尋ねてきた綾子に確認を取り、頷いてくれた。主将のお墨付きをもらえれば臆する必要はない。

「はいっ! 先輩のご飯楽しみです! それじゃ、藤村先生を呼んできますね!」

笑顔でそう答えた桜は、台風の目となって周囲に被害を出している大河の元へと駆けて行った。

「じゃ、あたしも行くよ衛宮。アンタの要望にお答えしないといけないからね。」

「ああ。悪いけど頼む」

ぽん、と俺の肩を叩いて去っていく綾子の後姿を眺めた後、部員達に好奇の目を向けられている青年を呼ぶ。

「なんでしょう、シロウ。」

「とりあえず口裏合わせ。セイバーは親父・・・切嗣を頼って外国からやってきた知人ってことで通してくれ。」

「―――わかりました。」

これで口裏合わせ完了。聞かれてもあとは切り抜けられるはずだ。

その後台風の目を呼んできた桜とともに休憩室に入り昼食をとる。
セイバーはすでに昼食を食べた後なので休憩室出入り口のすぐ近くに立って三人を見ている。
当然、そんな彼女・・・いや、今は彼が気になるのだろう。セイバーをちらちらと見る桜。
それに対して台風の目は――――

「んー!おいしいっ!やっぱり卵焼きはこうでなくっちゃねー。あ、士郎。それいらないなら私がもらうわよ。」

セイバーなんて視野に入らないのか、入っていても認識能力がそちらへ向いていないのか、とにかくスルーだった。
────そして十数分後。

ずずー、とお茶を飲みながら一息つく台風の目。
もうすっかりおとなしくなっていて台風の脅威は去っていた。

「あー、お腹いっぱい。糖分も頭に回ったし、これでようやく本調子ね。」

デザートの羊羹を頬張りながら静かにお茶を飲む。
静かになったおかげで弦と矢の風切り音が響いている。

「先生、私も射場に出ますから、失礼しますね。」

「はいはーい。あ、控えにいる美綴さんに、話があるからこっちに来るように伝えてもらえる?」

「はい。先輩もゆっくりしていってください。出来れば、久しぶりに指導してもらえると助かります」

桜は一礼して去っていく。
ただ、その合間。
壁際で静かに様子を見学していたセイバーを、不安げに見つめていた。

「で? 士郎はこの後どうするの? 部活は五時に終わらせるけど、それまでは見学していく?」

「・・・うーん・・・」

なんでセイバーのことを突っ込まないんだろうか、などと考えながらセイバーをちらりと見る。
セイバーはセイバーで弓道場の様子に興味があるみたいで眺めている。
魔力の残滓がどうとかと彼女は言っていた。
ならばそれについて訊いてみなくてはいけないだろう。

「学校にはまだいると思う。そこら辺を散歩してくるよ。 ちょっとしたらまた戻ってくる。」

「散歩? いいけど、物好きなコトするのね。切嗣さんも地味な趣味してたけど、士郎もそーゆー属性?」

「属性も何も散歩は地味な趣味じゃないと思うけど? ま、いいや。じゃあちょっと行って来る。」

「はいはーい。気をつけていってらっしゃい。」

それに手を振るだけで応えて、セイバーに声をかけて弓道場を後にした。


―――――第四節 魔術師は二人―――――

セイバーと共に弓道場を後にし、校庭にいる陸上部の面々を脇目に迂回するように校舎を目指す。
体育館もバレー部やバスケ部などが使っていると思うから人はいるだろう。
だが、休日の校舎の中は流石に人影はまばらだった。
校舎に入り、誰もいない廊下に自分達の靴音だけが響く。念の為に周囲に人影がないことを確認した後、

「セイバー。さっきのコトを説明してくれ」

そう切り出した。

「わかりました。まずはじめに、この場所にはシロウ以外の魔術師がいます。」

「えっ!」

驚愕を露わにする。自分以外にも魔術師がいるなんて今まで気付かなかった。

「やはりその反応を見ると知らなかったようですね。」

「・・・ああ、今初めて知った。ソイツは今ここにいるってことか?」

改めて周囲を警戒するが、残念ながらそれらしい反応は感じなかった。

「いえ、今はいません。ただ、この場所に適時通っているものと思われます。」

「・・・となると、生徒あるいは教師か。どちらかは判別出来ないな・・・。」

この学校に通う者の中に魔術師がいる。
それを一目で看破したセイバーが凄いのか、今まで通っていてまったくその事に気づけていない士郎自身が鈍いのか。

「どうして魔術師がいるって判ったんだ?」

「魔術師は魔力を帯びているものですから、その痕跡を探れば見つかります。濃い魔力を残していることから、この学校に通う誰かだと判断しました。一度来た程度ではこれほどの残滓は残せませんので。」

つまり自分と同じように学校に通う誰かが魔術師であり、士郎はその人のことを知っているかもしれないということ。

「それに、この学校には違和感を感じます。シロウは何か感じませんか?」

「違和感・・・ねぇ。まあ俺も何かこの学校に入ったときに違和感は感じるけど。セイバーもか?」

「はい。今はまだそれほどの危険性は無いとは思いますが、恐らくは結界かと思われます。」

「結界か・・・。どんな感じの結界かわかるか?」

「いえ、私は騎士であって魔術師ではないですし、まだ結界としての能力を発動させるほどの強い違和感を感じませんのでそこまではわかりません。」

そんな問いに頭をひねって考えてみるが、その結界をどうやって調べたらいいのか皆目見当もつかない。

「・・・シロウは切嗣からどのようなことを指導してもらったのですか?」

「うん? 親父から、か。そうだな、強化を教えてもらったのと、気配遮断に衝撃緩和、ちょっとした防音魔術と認識阻害くらいかな。他にもいくつか教えてもらったけど全然ダメだった。それに強化以外に言った魔術もあんまりうまくいかないしやろうとしても時間かかるしで得意の分野には入らない。」

不意に尋ねてきたセイバーの問いに答える。それを聞いたセイバーはふむ、と少し考えるような仕草で

「気配遮断に認識阻害に防音魔術・・・大よそ切嗣らしいレパートリーですね・・・。」

と呟いた。しかしその呟きは彼には聞こえなく

「ん? セイバー何か言ったか?」

「いえ、気にしないでください。ではシロウ。その切嗣からこの聖杯戦争については何も聞かされていないのですか?」

「親父から? 親父はこんな戦争のこと知らなかったんじゃないのか? だって何も言ってこなかったし、第一親父がこんな戦争に参加していたとは思えないしな。」

「――――そう、ですか。」

つまり衛宮士郎は何も知らされていないということ。
この状況を安堵していいのか、それとも悲観するべきなのか。
そして本当の事を伝えるべきなのか、否か。

「第一『魔術は手段であり道具だ』っていう方針だったからな。おかげで魔術の使い方は教わったけど知識のほうは疎いぞ。まあ俺自身魔術の使い方覚えるのに必死だったし、それでよかったから別にいいんだけどな。」

つまり彼女の目の前にいるのは魔術師ではなく完全な魔術使い。
魔術師は魔術を以って根源へ至ろうとしている人間たちの事を言う。
だが彼はそんな目的を微塵も持っていない。故に魔術使いだった。






※男性用喪服姿のセイバー=Fate/Zeroのセイバーと似たような雰囲気ととってくれれば幸いです。



[29843] Fate/Unlimited World-Re 第12話「侵される日常」
Name: 夢幻白夜◆d1278e81 ID:0cef6c3b
Date: 2011/10/27 09:26
第12話 侵される日常



―――――第一節 恐れを知らない風景―――――

「たしかに陸上部は大会が近いってことは知ってたけどさ・・・」

校庭の陸上部の部活光景を見て、開口一番の言葉がそれだった。
現在は冬。3月まで残り1カ月とはいえまだ寒い時期。
であるにもかかかわず、校庭から聞こえてくる喧騒はそれを感じさせないほど明るい声が響いてくる。
しかしなぜだろうか、時折悲鳴のようなものすら聞こえてくるのだから不思議で仕方ない。

「陸上部ってあんなにハードだったか?」

一年生を追い立てるように上級生が走り回っている。
というより一年生を追い立てている人物が目立つ限り一人しかいない。

「いや、熱心なのはいいけど止めなくていいのか、あれ?」

蒔寺 楓。
陸上部短距離走エースにして自称・穂群の黒豹である。
なるほど、時折聞こえてくる悲鳴は彼女に追いたてられた一年生のものだったらしい。
穂群原のブラウニーなどと称され、機材の修理などで駆り出される士郎は当然彼女のことも知っていた。

「・・・同情するぞ、一年生。だが悪い先輩に捕まったと思って諦めてくれ。」

周囲の上級生を見る限り誰も止めようとしないので恐らくこれが大会に近づいたときの練習光景なのだろう。
そんな練習光景へ近づいていく女子生徒が一人。
陸上部のマネージャー、三枝 由紀香。
大量のペットボトルのつまった籠を持って校庭に運んでいた。
見ていて不安になりそうな足取りではあったがそれに気づいた楓が近づいていき荷物運びを手伝っていた。
そんな光景を見ながら視線は走り高跳びへと向く。
ポールを飛び越える姿。
走り高跳びをしたことがあるのは事実なのでそちらにも気が向いてしまうのは道理かもしれない。
そんな跳ぶ人たちの中に彼女がいた。

「・・・特に問題はなさそうだな。」

昨日の今日で普段通りに振舞えるのか心配であったが特に問題なく振舞えているので安堵する。
いくらかその光景を眺めていて、その後休憩に入ったことを確認して立ち上がった。

「シロウ。」

隣で同じように陸上部活動の光景を眺めていたセイバーが声をかける。

「ん? どうした、セイバー?」

「ヒムロは今後どうするのでしょうか? 護衛をするのであればシロウの家に泊まらせるのがいいかと思うのですが。」

何気に物凄いことを言ってくるセイバー。
たしかに護衛するとなればできるだけ近くにいるほうがいいだろう。

「そりゃあセイバーの言っていることもわかるけど、氷室には両親だっているんだから無理だろ。泊まらせるってことになれば説明だって必要だ。当然だけど説明なんてできないだろ。」

「ではどうするのですか。このままだと危険性が高まるだけですが。」

確かに護衛ができなければ彼女が狙われても守ることはできない。

「泊まらせることはできなくても周辺護衛ならできるだろ。それにセイバーのマスターは俺だって示せば勘違いしている奴が氷室を狙うこともなくなる。」

「つまり・・・護衛しながら自身を囮にすると?」

「簡単に言ってしまえばそんな感じ。登下校に関しては・・・どうしようか。そこのところは氷室と相談するよ。」

そうして休憩に入った彼女に近づいていく。
一方の鐘はとっくに彼ら二人を見つけていた。

(セイバーさんは喪服を着てついてきたのか・・・)

彼女がついてくるかもしれないとは思っていたが、まさかあんな格好で来るとは思わなかった。
あれでは美女というより美男子だ、と感想を述べる。

「氷室、休憩してるところ悪いけど、ちょっといいか?」

近づいて休憩している彼女に話しかける。
美男子となっているセイバーを後ろにつけて話しかけてくるのだから奇異な光景にもみえる。
彼の申し出を断る理由もないので

「ああ、構わない。では少し向こうへ行こうか。」

周囲の目が集まっていたので、場が混乱する前にさっさとその場から離れる。
そうして周囲に聞き耳を立てる輩がいないことを確認して

「で、話はなんだ、衛宮?」

「ああ、これからのことなんだけどさ。氷室は家に帰るんだよな?」

「・・・・どうした方がいいのかな、私は。」

このまま家に帰ってもいいのだろうか。狙われるかもしれない自分が家に帰ったら両親にも影響がでるかもしれない。
となれば彼の家に泊まるという選択肢もあるだろうが、そうすると次は両親にどう説明すればいいかという問題が発生する。
昨日は一泊だけなので問題はなかったが、これからもとなると一泊ではすまないだろう。
連泊するとなるともっともらしい理由が必要になる。生憎と彼女の両親は放任主義ではない。
それに一人暮らしの男性の家に泊まるというのも大きなハードルとなっている。
正直に答える必要はないかもれないが、嘘がばれた時は逆に追い詰められる。
別の友人と口裏合わせをしようとしても数泊するとなると嘘をつきとおせない確率が高い。

「セイバーはうちに泊まっていけって言うけど、確か氷室の親って市長だったろ? ってことはそんなの許されないと思うからさ、だから俺が氷室の周囲を護衛しようと思う。」

仕方がない状況とはいえ一体どこの有名人だろうか、などと思いながら

「周囲を護衛、か。確かに衛宮の家に泊まるのが困難となればそうなるのだろうが・・・。」

「そう。で、相談なんだけどさ。登下校はどうしようか。迷惑じゃなければ一緒に登下校しようと思うんだけど。」

その言葉を吟味してみる。
確かに狙われているなら登下校も一緒に行動したほうがいいのかもしれない。
しかし問題もある。

「一緒に登下校と言うが衛宮。君の家と私の家がどれだけ離れているか知らないのか?」

「新都の方だろ? とてもじゃないけど一緒に登下校できる距離じゃないってことはわかってる。けどそこのところは俺がそっちに行けばいいだけだからさ。」

平然と言う。
彼の家から彼女の家までは歩いたら軽く一時間以上かかる。
バスを使ってもそれなりにかかるのだが、本当に理解しているのだろうか?

「登校時には周囲にも人がいるし、下校時は登校時ほどではないが人はいる。護衛してもらうほど危険ではないと思うが。」

朝はバス待ちの人がそれなりにいる。
夕方も朝ほどではないが人の気配はあるし、登下校にバスを使うので一人っきりという状態にはならないだろう。
なるとすればバス亭から家に行くまでの少しの距離くらいだ。
その言葉を聞いた彼は少し考えて

「朝なら襲ってこないか・・・? そこんところはどうだ、セイバー?」

後ろにいたセイバーに尋ねた。
半端な知識しかない自分よりもよく知っている筈であろう彼女に訊いた方がいいと判断したのだ。

「聖杯戦争は基本的に秘匿のため夜に行われます。夜ほど活発にはならないでしょう。むしろこれから夜になる夕方を警戒すべきではあると思います。」

もっともそれもマスター次第ではありますが、と付け加える。

「なら氷室を家まで送るっていうのは決まりかな。どのみち夜は周辺を見て回ろうとは思ってたし。」

「・・・見て回ろうとは?」

尋ねる。だが、その答えもまたある程度予想はできていた。

「ん? 夜は氷室の家の周囲とかをうろつくってことかな。サーヴァントが寝込みを襲ってくるとも限らないし。」

やはり、と一人呟いて正面にいる顔を見る。
確かに襲うなら寝込みが一番だろう。安全かつ誰にも見られずに敵を暗殺できるのだからこれほどいい条件はない。
ならばそれを防ぐために周囲を警備するというのは常識ではある。
しかしそう頭では理解していてもやはり躊躇いはあった。それは夜中の間目の前にいる青年はずっと外にいるということになる。
春が近づいているとはいえまだ冬。夜の冷え込みは十分に厳しい。
だがそこまでしなくても・・・とは言えないのが現状でもあった。
そして朝はどうするか、という話に戻る。
朝に行動しないとは限らないが可能性は低い。
彼女が活動する時間帯は同じく他の一般人も活動している時間である。
活動が停止していく夜よりは人目もあるだろう。加えて光があるということが常識的ではあるが利点である。
可能性はゼロではないが常識的に考えて確率は低いだろう。
それを踏まえた結果朝は各自で登校することとなった。
そうして休憩時間が終わる。休憩していた部員たちがまた活動を再開し始めた。

「練習だな・・・。じゃあ氷室、頑張ってな。終わるのは5時くらいか?」

「まあ・・・完全下校時刻が6時だからな。それに間に合うようには終わる必要がある。」

「わかった。じゃあその時間帯にはまたこっちにきたらいいか?」

「・・・いや。バス停の傍で待っててもらえれば私がそちらに行く。下校時は途中まで蒔の字と由紀香と一緒に行動していることが多いからな。」

「そうか、じゃあ終わったらバス停で待ってるよ。」

そう言って二人は離れていく。
そんな後ろ姿を見ながら、しかし鐘は改めて自分の非力さに頭を悩ませていた。


―――――第二節 夜へと続く道のり―――――

時刻は五時。太陽は空を紅く染め上げて、今日という日の終わりを告げるようにゆっくりと闇色に近づけていく。

「あ。そういえば美綴、慎二のヤツはどうしたんだ? 今日は姿が見えなかったけど」

弓道場の前。部員が全員外に出たのを確認してから、最後の戸締りをしている彼女に話しかける。

「アイツはサボリ。新しい女でも出来たのか、最近はこんなもんよ」

なんでもない事のように言って、校舎の方へと足を運ぶ。

「じゃあね。あたし、職員室に用があるから。アンタも色々あったみたいだけど、とりあえずお疲れさん」

「ああ、そっちこそ。」

それだけの言葉を交わして部室のカギを指で弄びながら、弓道部主将は一足先に去っていく。
その後ろ姿を眺めながら

「美綴」

彼女を呼び止める。

「ん? なんだ、衛宮?」

「最近物騒になってきたんだから早く帰れよ?」

「お、なんだ。衛宮はあたしのことを心配してくれるのか?」

紅い夕日がニヤニヤと笑っている綾子を染めている。
そんな彼女を見ながら

「ああ。美綴だって女の子だろ。いくら負けん気が強いからって夜は危ないんだから早く帰れよ?」

なんて平然と言ってのける。
一瞬呆気にとられた表情を見せるが

「はいはい。ま、そんなに遅くならないように家に帰るよ。心配してくれてありがとうな。」

背を向けてヒラヒラと手を振りながら校舎へと去って行った。
普段なら彼女にこんな言葉もかけないだろうが、彼に突き付けられた現実には無関係な人間である一人の同級生が殺されかかっていたという事実があった。
それもあって念のため、ということで綾子にも声をかけたのだった。

――――そうして正門前。
正門には大河と桜がいる。

「士郎―、帰るわよ。」

手を振って呼びかけてくる担任教師。いつもならこれに応じて一緒に下校するのだが今日はそう言う訳にもいかない。

「悪い、藤ねぇ。桜と一緒に先に帰っててくれ。俺は用事があるから一緒には帰れないんだ。」

「? 用事って何? あ、もしかしてアルバイト?」

「んー、ま、そういう感じかな。」

実際には全く違うのだが本当の事を言う必要もないし、話したら話したで理由を問われかねない。
その理由に事実を言うのもまた躊躇われたため勘違いをそのままにする。

「もう、最近は物騒になってきたんだから早く帰ってきなさい。士郎は断らないっていうのは知ってるけど、控えめにしておきなさい。」

腰に手を当てて生徒に言い聞かせるように言う教師。
こんな仕草を見ているとさすが教師だなーと思う。
ただし家の行動を見ていると子供が大きくなっただけにしか見えないのだが。

「ああ、なるべく早く帰るよ。それじゃ、そんな物騒な夜になる前に二人とも家に帰れよ? 藤ねぇ、桜。」

「ふーんだ。士郎は人に言う前にまず自分の身振りを直しなさい。」

「はい。先輩もお気をつけて。」

いつも通りの大河に対して桜は少し元気がない。

「どうした桜。具合悪いのか?」

彼女の視線は手前にいる士郎とその後方にいるセイバーを交互に見ながら会話をしていた。

「いえ、なんでもありません」

「なんでもないわけないだろ。体調が悪いなら言ってくれた方が俺も助かる。」

「本当に大丈夫ですから。気にしないで下さい。」

儚げに笑われてしまったら返す言葉はない。
見た感じは別に体に異常があるようには見受けれないので勘違いか、と完結させて二人と正門前で別れた。

「さてと・・・バス停に行くかな。」

二人が向かった方向とは別の方向に向かって歩き出した。
後ろには相変わらずセイバーが控えている。
歩いて数分でバス停に到着する。
無論バスに乗るワケではないので並んでいる列の最後尾につくわけではない。
鐘を待つためにバス停の傍で待機することになる。
バス停に着きながら列に並ばないでただ眺めている士郎とセイバー。
そんな二人を列に並んでいる人達はチラチラと奇異な視線を向ける。
いや、確かに奇異ではあるかもしれないが彼らの行動自体は見る人からしてみれば些細な事だろう。
多くの人の視線は彼の隣にいる“美男子”セイバーに視線が集中しているところから見て、よっぽど気になるのだろう。
まあ当然だよなー金髪だし、外国人だし、目の色緑っぽいし、なんて他人事のようにそんな光景を眺めている。
バスが到着し並んでいた人達がバスへと乗車する。その光景を見ながら、しかし氷室はこないなーなんて感想を懐いていた。
バスの戸が閉まり、発車する。そのバスが去って行く方へ視線をやり、見えなくなったところで学校の方へと視線を向ける。

「・・・セイバー。思うんだけどそんなきっちり着てて暑くないか? 昼からずっとその格好だろ?」

日中も現在も日のあたるところに長い時間居た。
いくら冬とはいえ黒色の喪服を着ていれば熱も籠るハズである。

「いえ、私は大丈夫です。この程度の着物は着なれていますから。」

はて、ドレス姿のセイバーがなぜメンズスーツが着なれているなどと言うのだろうか。
セイバーの回答を聞いて疑問が湧いたが、着る機会なんていくらでもあったのかな、などと適当に結論を出して鐘が来るのを待っていた。
夕方。先ほどのバスで並んでいた人達がいなくなったのでバス停にいるのは二人だけ。
赤く染まる街並みを見ながら

「あ~、一日が短く感じるな。」

と、特に意味もなく呟いた独り言に

「しかし最近は少しずつではあるが日が落ちるスピードは遅まっているぞ。」

なんて返答が返ってくるのだからあわてて後ろを見る。

「氷室か、驚いた。急に話しかけられたから何事かと思った・・・。」

「ふむ、君の驚く姿は少し見物だったな。セイバーさんはわかっていたみたいだったが。」

「・・・そうなのか、セイバー?」

「はい。ヒムロが近づいてきたのはすでにわかっていましたから。」

なんだじゃあ俺だけ知らなかったのか、などと呟きなががっくりと肩を落とした。

「どれほど待っただろうか?」

「ん、五分くらいか。さっきバス行っちゃったぞ?」

「構わない。あの時間帯のバスは混みやすい。だから私は一本ずらしてバスに乗ることもあるのだよ、衛宮。」

「そうなのか。まあ並んでる人は少し多い方だったかな。」

と、ここまで会話が進んでいたが止まってしまう。
行動としてはバスがくるまでの残り数分を待つだけなので体を動かすようなことはない。
坂を下った先にさらにバス停があるが、この時刻だとそこに向かうよりここで待っている方が乗れる。

「ところで氷室。俺の鞄見なかったか?」

ただ立ってバスが来るのを待っていた中で訊かれる。
彼の問いに答えるために自分の記憶を引っ張り出す。
だが。

「・・・いや、残念ながら私は見なかった。どこかに落ちているということはないのか?」

そもそも彼女は部室と校庭と倉庫を行き来していただけであり、校舎の中には入っていない。

「そう思って校舎の中歩いたんだけど見つからなかった。あれ、大穴あいてるだろうから見つけて回収しようと思ってたんだけどな。どこ行ったんだろ。」

鐘と別れた後、弓道場に向かうために校内を散策しながら向かっていた。
目的は違和感の正体・結界の実態を掴むことと、自分の鞄の回収。
あとあわよくば魔術師の手がかりだった。
無論全てがうまくいくとは思わなかったが、まさか今日一日でそのどれもが達成できなかったとは考えなかった。
せめて鞄は見つけておきたいなーとは思っていただけにこの結果は予想外だったのである。

「シロウ。敵がその鞄を持ち去ったという可能性は?」

喪服姿のセイバーが尋ねてくる。確かに見つからないのであればだれかに回収されていると思うのが普通だろう。

「いや、そりゃあ可能性としてはありえるだろうけどさ、全部学校で使う小道具とかばっかだし。盗む価値があるものなんて入ってないぞ。」

そもそも昨日だって朝は普通に登校してきたのだ。
そんないつも通りの日常になると思っていた中でその日に限って特別な何かを持ってくる筈もなかった。
そんな返答に「そうですか」、と答えて黙ってしまうセイバー。
その姿を見て今日起きた事を思い返す。

「結局、藤ねぇはセイバーに関して何も訊いてこなかったなぁ。折角打ち合わせしたのにな。」

そう。
食事中、弓道部に戻ってきた後、そして校門前とセイバーと顔を合わせる機会はあった筈なのだが全く訊いてこなかった。
藤ねぇにはセイバーが見えていないのか、と疑問を通り越えて心配になった士郎だった。
そんな彼らのもとにバスがやってきた。先ほど並んでいた人数と比べると確かに人は少なかった。

「ほんと、一本違うだけでここまで差が出るんだな?」

妙に感心しながらバスに乗る。

「ああ。急ぎの用がなければ基本的にこの時間のバスに乗っている。」

続けてバスに乗る鐘。その後ろにはセイバーがついてきた。
プシューという音を立てて戸が閉まり、アナウンスが車内に響いてバスが発進する。
車内でもセイバーは人々の視線を浴びていた。
無論じろじろまじまじと見られているわけではないが、美男子と言う言葉がぴったりなセイバーが気になっているのだろう。
セイバー自身も見られているということを感じながらも、平然とした態度は崩さなかった。
そんなセイバーを彼女もまた見ていた。時折見せる仕草は何か考えているようにも見える。

「どうした、氷室?」

気になったので問いかける。
もしかしたら自分に気付かない何かに気付いたのかも、と思って声をかけたわけなのだが―――

「む。いや、セイバーさんみたいな人をどこかで見たような気がするのだが。」

要するに自分の記憶との照合を試みていただけだった。

「喪服姿の人なんていっぱいいるだろ? まさかセイバーみたいな美男子・・・(今はだけど)と会ったことがあるとか?」

「いや、残念ながらそこまでは思い出せない。思い出せたらきっと済し崩しのように解消されていくと思うのだが。」

そう言って再び考え込んでしまう。
そんな姿を見ながら今日の夕食は何にするかなーと考えていたところで突然思い出した。
思い出して少し青くなる。

「なあ、セイバー?」

「なんでしょう、シロウ。」

「喪服着て家を出たんだよな?・・・・家の鍵、どうした?」

そう。今更ではあるが大問題に気付いた。
家の鍵は現在家主である衛宮 士郎という人物が所持している。ということはつまり後から出てきたセイバーは鍵を持っていないのである。
加えてスペアキーは桜に渡しているのでつまり鍵はない。

「鍵をかけようと思ったのですが鍵が見つからなかったために玄関戸は内側から閉めて、入口から遠い窓から出てきました。」

「そ、そうか。ならまだ少し(?)は安心か・・・・。」

セイバーが気の利く人で本当によかった、と心から安堵したのだった。


―――――第三節 平穏から破滅へ続く道筋―――――

バスに搭乗してから約25分。目的地であるバス停へ到着した。
ここから歩いて数分の距離に彼女のマンションがある。
ちなみにバス代は先日3万円という破格のバイト料を得ていたのでセイバーと自分二人分を支払うことになっても苦はなかった。
時刻はすでに午後6時半。
春に近づいてきているとはいえまだ冬。日が落ちる速度は遅くなってきているとはいってもまだこの時間は暗いままである。
あと1カ月もすればこの時間帯でも“暗い”ではなく“まだ少しだけ明るい”というレベルになるだろう。
そんな夜の中を三人は歩く。冬の夜は寒い。12月に比べるとまだマシではあるが寒いものは寒かった。
鐘と士郎は並んで歩き、その後ろにセイバーがついて歩く。
周囲を見渡しながら

「この時間帯とは言っても人は少ないんだな。薄暗いし・・・。」

隣にいる鐘に話しかける。

「そうだな。最近は物騒になっている、ということもあって足早に帰宅する人も多い。大概の人は日のあるうちに帰宅するのではないか?」

新都の中心街へいけばこの時間帯でもそれなりに人はいる。
だがほんの少し離れただけで人通りはまばらになっていた。
まあそれでも深山町に比べれば人はいる方なんだけどな、などと自分の住む町と比べながら歩く。
数分歩いたら前にマンションが見えてきた。

「あれが氷室の住んでるマンションか?」

「そうだな。」

結構な高さを誇るマンション。
管理は行き届いているらしく周囲の道はきれいに清掃されている。駐輪場を見てもしっかりと並べている辺り、ここの管理者はしっかりと仕事はしているようだ。
マンションの入り口から中を覗きこむ。防犯カメラがあった。おそらくはここ最近の事件を考えて設置したのだろう。
流石市長の住むマンションだな、なんてあまり関係のない感心を懐きながら一緒に入口を入る。
鍵を使ってロックされていた自動ドアが開く。普段通りにエントランスへ入って行く彼女を見送る。

「ここまできたら安全かな。防犯カメラもあるみたいだし、襲ってくる奴はいないだろ。」

「そうかな。来るときは来るものだと思うがな、私は。」

ニヤリ、と少し怪しい笑みを見せる。

「物騒なこと言わないでくれよ・・・」

そんな彼女の言葉を聞いて少し不安になりながら苦笑いを見せる。

「何、自分の城というものはそういうものだ。完璧であると思えば思うほどに隙間などないと信じている。だから綻びが生じた時の驚愕は尋常ではなく、致命的な失敗を招くこともあるものだぞ。私はそうならないように考えを馳せているだけだよ、衛宮。」

そんな彼女の言葉を聞いて感心したように

「ヒムロの考えは立派ですね。万が一という事を常に考えて行動できるのならば咄嗟の出来事にも冷静に対応できるでしょう。」

と、セイバーが賞賛した。
そういうものかな、なんて感想を漏らしながら

「じゃあ、氷室。また明日学校でな。朝練、するんだろ? また手伝うよ。」

「君の心遣いには感謝するが、恐らく明日は蒔の字達が手伝ってくれる。無理はしなくていいぞ、衛宮。」

「ん、そうなのか。まあ確かに部外者が手伝うよりかは自然か。」

そう言って自動ドアが感知しないように離れる。
それを感知したドアがゆっくりと閉まって行く。

「衛宮はこれからどうするのだ?」

不意にそんな事を訊いてきた。

「俺はこの辺りを調べてみる。氷室を狙ってくるとも限らないからできるだけ周囲を動き回って存在をアピールする必要もあるしな。」

学校で決めた事を伝える。
人質として囚われるのも勘違いで彼女が殺されるというのも許容できない話なのでこの対応を取ることに何の不満も疑問も抱かなかった。
自動ドアが閉まり二人を隔てた。
それを確認した士郎は手を小さく上げて別れを告げ、彼女に背を向けて外へと出て行った。
彼女もまたその姿を確認して自分の家へと帰って行く。

「・・・何もできないのだな、私は。」

その呟きは誰にも届かない。
自分を苛めるのは無力と言う言葉だけ。
だがもう悩むのはやめよう。
信じがたいことではあるが受け入れて前へ進む。
この超難題の課題をどう克服してクリアするか、それだけを考えよう。





マンションを出て再び外へ。
如月の冷気をその身に感じながら

「よし、それじゃ家に帰ってメシを食うかな。」

と、歩き始めた。
確かにこの時間帯は外は少なくなってきているが就寝時間にはまだほど遠い。
加えてマンションということもありマンション内には人が大勢活動しているだろう。
本格的に行動するのはもっと夜が進んでから、と結論を出して足早に帰路へと向かう。
ここから歩いて帰ると着くのは8時を超えるだろう。
バスを使えばもっと早く着くのだろうが、見回りと囮も兼ねる為に歩いて帰ることは決定事項だった。
ついでに商店街によって夕食の食材を買って帰れば無駄はないかな、などと主夫的な考えも持ちながらマンションをあとにした。
時刻は午後6時半過ぎ。すでに周囲は完全な夜となっていた。
セイバーと二人で新都へと足を運ぶ。
周囲を見渡すとさっき見た時よりもさらに人は少なかった。・・・というよりは人が見当たらない。
先ほどはバスが止まった所為もあったのだろう。だが今は当然バスもないために閑静な住宅街となっていた。
褒め言葉であるのだろうが、この時に限っては寂しくも感じる。
ここらの道にはあまり詳しくないが自身の感覚を頼りに少し細い路地へと入る。
後ろについてくるセイバーもまた何事もなくついてきた。
何も言わないのだろうか、と思って声をかけようとして後ろを振り向いたとき―――

ドンッ!と細い路地から出てきた誰かがぶつかってきた。

「うわっ!」

「なっ!」

突進された勢いで倒れる。ぶつかってきた人・・・女性もまた反対側に尻餅をつくように倒れた。

「いてて・・。す、すみません。大丈夫ですか・・・?」

後ろを向いて前の確認を怠ったのだから謝るのは当然か、などと思いながらぶつかってきた女性を見る。
その服装は彼が通う穂群原学園の制服だった。
次に顔を見てみると・・・・

「あ、あれ? 美綴?」

「え、衛宮?」

少し前に学校で別れた美綴 綾子だった。
少しだけ安堵した士郎は立ち上がって手を差し伸べる。
その手を掴み立ち上がる綾子。

「ごめん、前見てなかった。大丈夫か美綴。どうしたんだ、そんなに慌てて?」

「な、なんであんたがここに・・・」

見る限り動揺しているらしい。
まあ確かにこっちは俺の活動圏じゃないからな、と思ったのだがどうもいつもの彼女とは様子が少し違う様に見受けられる。

「・・・? 美綴、何かあったのか? 顔が少し青く見えるけど?」

「!―――そ、そうだ。えみ・・・」

綾子が何かを言いかけた直後。

「! シロウ!伏せて!」

今までその光景を見ていたセイバーが一瞬で鎧化した。
その姿と言葉を聞いて咄嗟に綾子を抱きしめてその場に倒れこむ。
キィン! と甲高い音が閑静な住宅街に響いた。

「・・・何だ?」

守る様に綾子を抱きながらしかし首だけはその音のした方向へ向ける。
そこには。

「・・・・あいつは?」

大よそ現代の格好には不釣り合いな眼帯をした紫色の長髪の女性が立っていた。
その女性と対峙するように立つセイバー。
すでにセイバーは鎧化をしておりいつでも斬りかかれるという状態。

「・・・貴様もまた一般人に手を出すか。誇りはないのか、貴様は。」

セイバーが問いかけるが対する長身の女性は

「・・・・・・・・」

無言でその場に立っていた。
その姿を見て士郎は不気味に感じた。
そしてこの状況。つまり狙われたのは今自分の下にいる彼女だとわかった。

「美綴。大丈夫か?」

抱いていた手を解き、相変わらず長身の女性から守る様に立ち上がる。
彼女の手を取って立ち上がらせた。

「・・・あ、ああ。すまない、衛宮。」

この状況に戸惑いながら何とか返事をする綾子。
無事そうだな、と確認して再び対峙している二人へと視線を戻す。
セイバーは構えをとっているが、対して長身の女性はただ立っているだけだ。
手には釘のような短剣が握られている。
互いに動かないことで訪れる静寂。
だがこの静寂は突然終わりを告げた。
ヒュッ と投げられた短剣がセイバーを突き刺そうとする。
だがそれを容易く不可視の剣で打ち払い、そのまま相手に斬りかかろうと動くが―――

「・・・・逃げたか。」

長身の女性は投げたと同時にその場から速やかに闇へと逃げていた。
鎖付の短剣がジャラジャラと音を立てて勢いよくその闇へと戻って行く。
これを追いかければ彼女に行きつくのだろうが、マスターと離れる訳にもいかなかった。
そうして突然の会合は終わりを告げた。
危機が去ったことを確認して視線を後ろにいる綾子に戻した士郎は

「おい、大丈夫か美綴? なんであいつに追われてたんだ?」

もっともな疑問をぶつける。
あの女性もまたサーヴァントであるということはわかった。
ならば狙われる理由など多くはないはずだ。

「知らないよ。突然現れたかと思ったら襲ってくるんだから・・・」

一方の綾子も何が何だか、という感覚で述べている。

「理由もなく襲われたのか・・・? なんでまた。」

「あたしに訊かれても困る。あたしはただいつも通り帰ってただけなんだからさ。」

まあそうだろうけどさ、と呟きながら考えるが考えた所で思いつくわけでもなかった。
ここは一旦打ち止めとして

「美綴。家、近いんだよな? 送って行くよ。」

と提案を出す。先ほどの事といい、放っておくわけにもいかなかった。

「え・・・、いや別にいいよ。家はすぐそこだし。」

一方誘いを受けた彼女はというと驚いた表情を見せる。
どことなく挙動不審に見えるのは気のせいか。

「はあ、まだ強がり言ってるのか。あんなことあった手前で美綴を一人にさせておけないだろ。ほら家どこだ? 送って行くからさ。」

落ちていた彼女の鞄を拾い、手渡す。
受け取った綾子は鞄を見て、そして手渡した彼を見て、そしてその後ろにいる鎧姿のセイバーを見て

「・・・そうだな。訊きたい事もあるし、それじゃお願いするかな。」

そう言って歩き出した。
士郎もまた彼女の横に並んで歩く。

「で、衛宮。さっそく訊いていいかい?」

「・・・答えられる範囲なら」

何を訊かれるか何となく予想がつくが、一応答える。

「なんでここにいるんだ? あんたの家、こっち方向じゃないだろうにさ。」

「まあそれはとある私用で。ここにいたのは偶然だ。」

嘘はついていないので問題はないだろう。
あの路地に入ったのもまた偶然ではあったので問題はない。

「じゃあ次なんだけど・・・・」

体を寄せて耳打ちする。

「後ろにいる人・・・誰なの? 昼は喪服着てなかったっけ? なんで鎧つけてんの?」

「あー・・・それは、だな」

さてどうしようか、と悩む。
彼女の身の説明なら打ち合わせ通りに言えばいいだろうが、鎧姿の説明がつかない。
が、黙っていても疑問は晴れないので

「あの人はセイバーって言って、俺の親父を頼りに来た人なんだ。で、いろいろ街を案内していたら偶然ここで美綴と出会ったんだよ。」

我ながらそれっぽい嘘を言えた、と内心感心するがやはり鎧姿の説明にはなっていない。

「んー・・・・」

何か納得いかないなー、なんて考えながら当然のようにその穴を突く綾子。

「いや、衛宮。あんたがここにいる理由はそれでいいとしてもあの鎧姿の説明には――――」

後ろを振り向きながら再度セイバーの姿を確認するが

「・・・・あれ?」

喪服姿のセイバーに戻っていた。
今まで鎧姿だと思っていたので、当然目が点になる。
一方彼女のマスターもまた目が点になっていた。

「・・・・何か?」

平然とした態度で尋ねてくるものだから

「あ、いえ・・・何でもありません。」

なんて律儀に返答をして再び前を向いて歩き始める。
あれーあたしの見間違いかなーでも確かに鎧姿だったよなー? なんて一人呟きながら歩を進める。

で。

辿り着いた場所は先ほど鐘と別れたマンションだった。
まさか一日で二回も見上げることになるとは、なんて思いながら本日二度目の自動ドアをくぐる。

「美綴もこのマンションに住んでたのか。」

何気なく言った言葉だったのだが

「? そうだけど・・・。衛宮、今のセリフ、おかしくなかったか? あたし“も”って別の人も住んでること知ってるような口ぶりだったな?」

まずった、と思ったが言った言葉が戻ってくるわけでもなし。

「で、衛宮。あんたがここにいる本当の理由は何?」

笑みを薄らと見せながら顔を覗き込んでくる。
言っても問題はないだろうが、逆に言わなくても問題はないので言わないことにする。

「別に。さっき言った通りセイバーの道案内だよ。」

ふーん、と適当に相槌をうってロックされていた自動ドアを開ける。

「そういえば、さ」

何やら改まって尋ねてくる。

「これからどうするのさ。警察、連絡入れといたほうがいい?」

ああ、そうだよな と理解した。
いくら強気な彼女とは言え女の子であることにはかわりないし、一般人であることにもかわりない。
彼女の出した提案は至極まともなものだろう。
だがサーヴァント相手に警察など意味はないということは重々承知していた。

「いや、警察の方は俺から連絡入れとくよ。美綴は家に帰ってゆっくり休んでてくれ。あ、間違っても夜出歩くなよ? また俺が近くにいるとも限らないからな。」

警察に連絡する気はないが、そう言わないと理由を尋ねられかねない。

「ん、わかった。じゃあ警察の方は任せる。で、衛宮もこれから家に帰るのか?」

その言葉を聞いて少し考える。
出た答えが

「・・・まあそういうことになるんだと思う。」

なんて曖昧な返答だった。
当然そんな曖昧な返答で納得する弓道部主将ではない。

「衛宮、なんでそんな曖昧なんだ。・・・あんた、まさか」

「ん、まあ見て回りながら帰ろうって話だよ。知り合いの女の子が追われてたんだ。気になるのは当然だし守るのも当然だろ。」

父親から女性には優しくしなさいと教わってその実その通りに生きている士郎にとってはいたって普通だった。
そんな返答を聞いて

「女の子・・・ねぇ。」

何を思ったのか、少し考える素振りを見せる。

「にしてはさっきおもいっきり抱きしめてくれちゃったわけだけど、そこんとこの感想はどうなの?」

聞いた直後に思い出して

「ぶっ!!」

思わず吹き出した。
確かに抱きしめたしその時何か柔らかい感触があったしいい香りもしたけど! と咄嗟に出てきた感想を無理矢理抑え込むが慌てた様子までは隠せない。
顔を真っ赤にしてその熱を逃がすように頭を振る。

「い、いや!さっきのは咄嗟のことだったからそんな状態になっちまったんだ!決してやましい気持ちがあったわけではない・・ていうか御免!謝るの遅れて!」

頭を深々と下げる。
そんな慌てた様子を見せつけられて

「ははは。いいって。守ろうとしてくれた咄嗟の行動っていうのはわかったから、気にはしないよ。」

「そ、そうか。すまん、美綴。」

頭を上げて顔を見るがその姿はどこか素気なく見えた。
が、当然そこまで頭が回る士郎ではなかった。

「じゃあな、美綴。また明日、学校でな。」

「あいよ。」

そう言って少し足早に出て行く姿を見送る。
見えなくなったところで足を動かして家へと向かう。

「まあ守ろうとしてとった行動っていうのは理解できるけどさ」

なんていうか

「あんな強く抱きしめられたのは初めてだったわけで。あたしもドギマギしちゃってるんだよね、衛宮。」

あはははは、と困ったように笑みをこぼしながら家へと到着した。




*ご指摘いただいた点を一部修正して再掲載させていただいています。


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