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[19486] アカギ、傀、竜が清澄高校麻雀部に入部したそうです
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:00
 

 【咲-saki】のifストーリーです。
 アカギ、傀、竜は清澄に入部し、一年です。
 咲、和、タコスは風越に入学しました。

 一人でも全国優勝余裕な人外クラスが、三人同じ所にいるというわけのわからない設定です。
 また、登場人物の設定、性格、が原作とはそれなりに違うものになりました。
 クロスしている、咲-Saki-、アカギ、むこうぶち、哭きの竜、コミックスで出ている分ではネタバレを自重してません。それでもよろしい方はどうぞ。

 
やりたい展開を優先させたため、大会規定が原作と若干違い、特殊な規定を設けています。
・男女混合制。
・ノーテンリーチは流局時罰符
などです。
基本は、ダブル役満なし(重複もなし)、赤アリ、大明カンの責任払い、暗カンの牌が国士のあたり牌だったらあがれる等、原作の規定でいきます。




表記について

萬子 一~九
筒子 ①~⑨
索子 1~9
赤牌 [五][⑤][5]
字牌 東南西北白発中 









 



[19486] #1 プロローグ
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 21:31
 
 東西戦で東側で活躍したアカギ

 裏レートの怪物、傀

 やくざ抗争の中心に居た竜

 彼らがなぜ清澄高校麻雀部に入部したのか、その真実は不明である。
 その生活環境を変えてまで、何が彼らをそうさせたのだろうか。
 彼らが求めたのは、何だ。

 



 第一部 県大会編


  











[19486] #2 県大会
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 21:33



―県予選 初日 会場内廊下―



 前年度県予選優勝校、龍門渕の四天王と呼ばれる四人が『それ』とすれ違った時に感じた感覚は『寒気』…少し遅れて『吐き気』だった。振り返り『それ』をもう一度見た。死体だった。死体にしか見えなかった。死体が歩いていた。

「あの白髪…」

 凍りついた空気をどうにかしようとしたのは井上純だった。だが口にできたのは『それ』の外見だけで、次の言葉が出なかった。

「何…あれ……」

 次に口を開けたのは国広一。しかし彼女はそれ以上何も言えなかった。震える足が納まり、次の一歩を踏み出せたのは数十秒経ってからだった。彼女達は『天江衣』を知っている。しかし先ほどの『それ』は彼女を遥かに凌駕する何かを…持っているとしか思えなかった。







―観戦室―



「アカギ君遅―い。どこ行ってたのよ」

 清澄高校三年、主将の竹井久は、ポケットからメモを取り出し、今大会のオーダーを今にも発表する構えだった。その場には、アカギと呼ばれる白髪の男子生徒を含め、6人の生徒がいた。

「すみません。道に迷って」
「とか言って…どっかでケンカとかしてないよね?大会前に問題とかやめてよね」

 彼女から発表されたオーダーは、先鋒・傀、次鋒・染谷まこ、中堅・竹井久、副将・竜、大将・アカギ。大将が遅刻してきたアカギなのは、そっくりそのまま…そういう理由だ、と竹井は話した。メンバーに選ばれなかった須賀京太郎は「単純すぎないか」と質問を投げかけたが、竹井は「いいのよこれで」とだけ返した。しかし実際は、大将がアカギなのにはそれなりの理由がある。

「一回戦の相手は清澄・東福寺・千曲東だって」
「らくしょーじゃん。特に清澄なんて廃部寸前だったんだって」
「アハハ。何それだっさー」

 竹井達から少し離れた位置での他校の会話であったが、その声は竹井の耳に入るのに十分の大きさだった。彼女は傀の名を呼んだ。普段比較的明るい表情を振りまく彼女であったが、その時の彼女の表情にその明るさはかけらも無かった。氷のような表情から放たれた言葉は…



―――次鋒にまわさなくていいから……







「『御無礼』ツモりました。6000オールの13本場です。今宮、千曲東、東福寺のトビで終了ですね」

 三校をまとめて飛ばす、というケースはこれまで無かったわけではない。去年の龍門渕高校の天江衣は、全国大会の一回戦では二校、二回戦では三校飛ばす、という記録を残している。しかし、その『人鬼』はそれを10万点スタートの先鋒の前半戦でやってのけ、しかもその半荘に南場は存在しなかった。会場の殆どの者は、そんな光景などこれまで見たことも無かった。『わけのわからないなにか』がそこにあった。
『人鬼』は世に放ってはいけなかったのだ。

「傀の奴…最近裏でみねぇと思ってたら…こんなとこに居やがったか…」

 解説として呼ばれた安永萬は呟いた。

「彼をご存じで?」

 彼の呟きに反応したのは同じく解説に呼ばれたまくりの女王、藤田靖子。

「まあな。裏の人間だよ奴は。もっとも、人間なのかどうか最近疑問視されてるがな…だが……」
「だが?」
「奴の打ち方が引っかかる…。あんな開幕から爆発するケースは珍しい」
「彼の打ち方をご存じで?」
「状況によって打ち方を変化させる奴に『打ち方』なんてもんはあって無いようなもんだが…序盤は見にまわることが多いんだ。そして流れや相手の心理を支配して…後半は『御無礼』の嵐さ…」
「『御無礼』…聞いたことはあります。彼が『仕上がった時』に出る言葉ですね。それが出たら止めることは至難と…」
「なんだ、知ってるじゃねぇか」
「裏にはたまに私も行きますからね。しかし…確かに奇妙ですね」
「まぁ表に出てきてること事態十分奇妙なんだけどな。前半の爆発に関しては…事前にどこかで調整でもしてたのか……見ないうちに奴は変わっちまったのか…それともはじめっから奴にはそういうことも出来るのか……」
「しかし清澄のラインナップはすごいですね。副将に『竜』…対象に『赤木しげる』もいます」
「あー……あいつらもか…こりゃ対戦相手が可哀そうだな……」
「県で対抗できるのは、龍門渕の天江衣くらいですか」
「天江衣……確か『鷲巣巌』の孫娘か……。だが去年のままじゃ勝てんな……」
「ええ。しかし……可能性はあります」
「若し頃の『鷲巣巌』……その再来か……とんでもねぇ大会だな今年は」








「ツモ、タンヤオ、トイトイ、三暗刻、三カン子、嶺上開花…24000の責任払いです」

二回戦、風越高校は副将戦で寿台高校を飛ばし決勝へ進出した。副将、宮永咲の闘牌も常識外のものであったが、会場の者達は感覚が麻痺していたのか、驚きを表した者は僅かであった。
 龍門渕も同じく副将戦で篠ノ井西を飛ばして駒を進めたが、注目の的にはならず、龍門渕透華は控室にて不満をあらわにした。

「何なんですのこの状況!私があんなにも華麗に決めたというのに……原村和がいる風越でもなく……なんであんな無名校にスポットが当たらないといけないのですの?」
「しょーがないよ…とーか。あれをみせられちゃ…」
「はじめ!……」
「清澄の先鋒は二回戦でもまた三校まとめて飛ばしたみたいだしな」
「でも…まだあの白い髪の男子は出てきていない……やりたくない」
「ともきーまで!」
「ボクもあれとはやりたくないなぁ」
「大将なら衣が何とかしてくれる……かなぁ」
「みなさん!弱気になり過ぎですわ!それに貴女!先鋒で飛んだら承知しませんわよ!」
「オレだけに言われてもなぁ……。だけどアイツの麻雀、なんとなく俺の麻雀に似てる気がするんだよな」
「流れ…とかいうやつですの?」
「ああ…。それなら自信はある。流れの取り合い勝負なら…オレが勝つ」









[19486] #3 県大会決勝 先鋒戦~中堅戦
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/27 01:37


 決勝は風越、龍門渕、無名校の鶴賀、そして無名校『だった』清澄で行われることになった。

―県大会決勝―
先鋒戦 前半戦
風越・片岡(起家)
龍門渕・井上
清澄・傀
鶴賀・津山



 場にいる全員は傀が『どういうもの』かもう知っていた。恐怖を乗り越え戦わなくてはならなかった。
 風越のキャプテン、福路美穂子は後悔していた。片岡優希は東風においては無敵ともいえる強さを誇っている。セオリー通り先鋒に強い打ち手を持ってくる学校に対しては、うまく翻弄できれば有効だし、チームの勢いにも繋がる。しかし、この大会は『飛びアリ』なのだ。やはりセオリー通り自分が先鋒を勤め、あの『人鬼』を凌がなくてはならなかった。そう後悔した。
 
「リーチ!」

 3巡目…起家の片岡から放たれた声は、美穂子の不安を払いのけるかのような勢いだった。

片岡 手牌

二三四②③④[⑤]⑥⑦2223

(キャプテンは飛ばないことだけを考えて打ってって言ってたけど…そんなんじゃいけないじょ。それに…このワカメ……私と同じタイプ……東場に強い奴のようだじぇ。ならどっちが強いか決着をつけるじょ!)

「ポン」

 井上は同巡、鶴賀から切られた①筒を叩いた。

井上 手牌

六七八①④⑤77南南 ポン①①①

 暗刻から叩いた形であり一見不自然な鳴きである。しかし、この鳴きで片岡の和了牌である4索は傀に流れた。傀の手牌ではこの4索は不要牌の形を成しており、井上のこの鳴きは片岡のツモを封じ、傀の手を止めたことになる。
 次巡、片岡からツモ切られた⑥筒を井上はチーし、打①筒。鶴賀から切られた南で和了った。(南のみ)

(よし!…調子はいい。手応えアリだ…)

 以降前半戦の流れは井上を味方したかのように、彼女の独壇場になった。前半戦終了時、10万点を超えているのは彼女だけだった。彼女には傀や片岡の流れ、勢いを止めている実感があった。

先鋒戦 前半戦終了

片岡   64600
井上   156400
傀    97000
津山   82000


―解説室―

「今度はえらく『らしい』ものだったな」
「『見』にまわっていましたね」
「てことは『次』あたりかな」
「あの龍門渕の子は、自分が流れを支配していると思っているでしょうね」






先鋒戦 後半戦

井上(起家)
津山

片岡


東一局 ドラ ⑦筒 親 井上

 前半戦、井上の麻雀に翻弄されていた片岡であったが、その心は折れてはおらず、勢いが完全に消えているわけでもなかった。6巡目で清一、または七対子ドラ2を臭わせる手牌。

片岡 手牌

一一三四五七七七八八九⑦⑦ ツモ [五]

(調子を崩されることくらいキャプテンで慣れてるじょ。いつまでもトップでいられると思うなよノッポ…。チートイドラドラもいいけど…ここはもっと高めだじょ!)

 6巡目、片岡はこの手から打⑦筒を選択し清一に向かった。
 7巡目、井上も聴牌した。

井上 手牌

七八九①②③⑧⑨⑨2378 ツモ 1

 ダマでも最低平和がついている手だが、脅しの意味を込めてリーチを選択した。捨て牌は

北南白西一③


 片岡にとっては切り遅れたドラが切りにくい捨て牌。事実、片岡は攻めるかどうかを悩んだ。
 しかし同巡、傀からその⑦筒が捨てられた。傀は微かに笑った。

(こいつ……!!どんな手でそんな牌を切った…)



―解説室―

「孤立牌から切っていきましたね。通る保障もないのに」
「傀には『鶴賀』に最後の⑦筒があるのくらいわかっているさ」
「打っている側の視点では、根拠なんて無いですけどね」
「理牌のクセと視点移動からの推理は、鶴賀に向けてもされていたってことさ」
「確かに、鶴賀は風越とは色違いではありますが染め手…ドラが浮いてますね」


――――――――――


(オレは…しくじったのか?)

 片岡がドラを切って聴牌した同巡、井上はアタリ牌を掴み、16000を振り込んだ。
 東二局は傀が片岡に役牌を喰わせ、井上が片岡に振り込む形で終わった。

(自分が和了れないから、他家を利用してオレを落とす気か?だが…まだ負けたわけじゃない。奴に『流れ』の勝負で負けたわけじゃない…。現にオレに勝てないからこのちびをアシストしているんだ)

東三局 ドラ 五萬 親 傀

 井上は鶴賀の第一打②筒をポンし、5巡目⑥筒を暗カンした。嶺上牌は6索。新ドラは⑥筒。カンドラがごっそり乗った。次巡②筒をツモりそれを加カン。嶺上牌は8索。新ドラは6索。

井上 手牌

666888東北 カン ②②②② 暗カン ⑥⑥⑥⑥

彼女はこの形から東を切って聴牌した。トイトイ三暗刻ドラ7のトリプル確定の手に仕上がった。彼女は勝ちを確信した。

「カンです」

(え?)

 傀は彼女の切った東を大明カンし、打三萬。新ドラは東。ドラの乗せ合いだった。

傀 手牌

二2345789発発 カン 東東東東


 嶺上牌は8索で、2、5索を切っていれば聴牌であったはずだが、彼はそうしなかった。
 同巡井上は2索をツモる。当然無駄ヅモであり、彼女は切った。

(なんだ?この違和感…)

 次巡、傀は6索をツモり、打二萬で聴牌した。



―解説室―

「綺麗に喰われましたね」
「ああ。東カンの嶺上は8索。その後のツモが6索。龍門渕の四カンツは見事に消え去った」


―――――――――

 同巡、井上のツモは1索。

(このツモは…奴のアタリ牌か?何か……奪われた感触がした。いやだ……認めたくない。これを止めるってことは…奴に『流れ』で負けたっていう証明じゃないか。この牌を通してこそ……オレの勝ち……そうだろ?井上純……。行け!)



――― 御無礼   24000です



「あ…………ああ…………」



 『奪われ』、半ば放心状態と化した井上は、以後傀に振り込み続けた。そして先鋒戦後半戦は終了し、幸いにも誰も飛ばずに次鋒戦を迎えることが出来たが、その結果は悲惨だった。


―先鋒戦終了―

清澄   198000
龍門渕  63700
風越   72900
鶴賀   65400







 『しかし』続く次鋒戦、中堅戦は誰もが予測しない展開となった。
 清澄は先鋒戦で得た点数の殆どを、その二戦で吐き出したのだ。


―中堅戦終了―

清澄  103000
風越  142800
龍門渕  59200
鶴賀   95000


―解説室―

「安永プロ…これはいったいどういうことですかね」
「わからん…。あの二人の実力が圧倒的に傀に劣っているからこうなった…ってわけでもなさそうだし」
「明らかな差し込みもありましたね」
「わざと…か。ふざけた行為だが…それをここでやるか?」
「まさか…竜や赤木しげるを……あ……」
「どうした?」
「天江です。恐らく、赤木は天江と戦いたがっている…それを久……竹井が叶えようとしているのでは……」
「なるほど……鷲巣と赤木の因縁か……」


―――――――――

―清澄―

「それにしても災難だったわね。まこ」
「ほんまじゃ。まさか傀の流れが次戦で他家に行くとは思っとらんかったからの」
「鶴賀の、役満の親かぶりも痛かったわね。ビギナーズラックってやつかしら。まこと相性も悪かったし。ま、何とか10万点代に戻せたからよかったけどね」
「それにしても風越は、えらく龍門渕を狙い打っとったのお」
「去年の因縁があるからかしら。でも副将戦、竜君、龍門渕トバさないかしら」
「竜なら心配いらん」
「緑一色好き仲間だから?」
「囃すな」


 藤田の予想が的中していたわけではなかったが、竹井久はアカギに天江と打たせたかったのは事実である。
 染谷まこは竜の、竹井久は赤木の麻雀を見たかった。自分達の青春よりも、彼らの麻雀に価値を見出していた。








[19486] #4 副将戦 その1
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:13
ー副将戦ー

清澄・竜(西家)
風越・咲(北家)
龍門渕・透華(東家・親)
鶴賀・東横(南家)


龍門渕の副将は、静かだった。
俯いていて、震えていて、そして暗かった。
龍門渕は現在約六万。副将、大将での逆転は困難。あの清澄のことも考えれば、この回での終了もありえる。気持ちは分かる。
対面の風越はその逆。瞳に自信が満ち溢れていた。早く打ちたい、そう聞こえてきそうだった。
龍門渕もそうだが、風越の副将も前の試合で他校を飛ばしていた。しかも現在トップ。警戒しなくては。
そして、清澄の男子。彼も静かだった。しかしそれは暗いというわけではなく、冷たかった。
私ともどこか違う。そう、死体。肉としてそのままそこにある死体。そんな印象だった。怖かった。

「麻雀って…楽しいよね」

対面の風越が口を開いた。いきなり何をわけの分からないことを、と思ったが
あまりにも暗い気配を漂わせている、龍門渕と清澄を励まそうとしたのかもしれない。
よけいなお世話を、と思った。三着かラスならまだしも、圧倒的トップに立っている風越の発言だ。
腹立たしい。

「今日もいろんな人と打てて…ホントに楽しいよ」

風越は続けた。

「いっしょに楽しもうよ」

誰も返さなかった。当然だ。風越は少しおどおどしていた。

そして、試合は開始された。

「ツモ、嶺上開花。70符2ハンは1200・2300です」

東一局、八巡目の出来事である。嶺上開花。私もほとんど見たことのない役を、彼女は平然と上がった。
彼女が発声した瞬間、龍門渕がビクッと動くのが見えた。
まるで、死刑宣告を受け、今日が「その日」だと看守に背中を叩かれた死刑囚のようだった。

「ロン。110符1ハンは、3600です」

東二局、11巡目。龍門渕からの直撃だった。発、①筒を連カンして作った役なのだが、もっと高目を狙えたのではないのか。
遊んでいるのか。ますます、腹立たしくなった。龍門渕の瞳が見えた。涙を浮かべていた。

「カン、ツモ。門前清一、嶺上開花。4000・8000です」

東三局、13巡目、今度は倍満。三連続上がり。そのうち嶺上開花を二回。あまりにも異常だった。
龍門渕の瞳は、今度は焦点を無くしていた。

ー東三局終了時ー

清澄  93800
風越 167100
龍門渕 49300
鶴賀  89800

東三局の上がりは、決定打のように見えた。三着の私も、さすがに、風越は抜かせない。
せいぜい清澄を抜かして、少しでも点を稼ぎ、先輩に託すしかないと思っていた。
しかし、東四局から、変化が起こった。龍門渕が、豹変したのだ。私がその変化に気づけたのは、少し後になるが。

東四局、風越から、カンの声が聞こえなくなった。普通はそうそう出来るものではないが、東三局までに四回もカンしていたのだ。
私の常識的感覚は、たったの数分で乱されたということか。
十五巡になっても風越からカンの声は聞こえなかった。寧ろ、風越の表情は困惑していた。ありえない、なぜ。そんな表情だ。
場は静かだった。だれもポン、チーなどの発声無く、手も進んだり、進まなかったり、普通に麻雀していれば、よくあるようなこと。

「ツモ。300・500」

十七巡目。上がったのは龍門渕。この点差を考えても、あまりにも低いのではないか。
それとも、好調の風越の親は、少しでも早く流したかったのか。
変化は、ここからだったのだ。

「ツモ。1000オール」

また安い手を龍門渕は上がった。

「ツモ」「ツモ」「ツモ」

龍門渕の連荘が四本場に差し掛かる頃、さすがに私も異常性を感じた。
場は基本的静かではあるが、上がるのは彼女しかいなかった。
倍満、三倍満といった異常な上がりは無かったが、確実に龍門渕は点数を上げていた。
その場は、まるで静かな湖。それを支配する彼女は、どこか大人びいて見えた。

「全然カンできないよ〜」

風越がつぶやいた。やはり腹立たしかった。
その連荘は六本場まで続き、風越からも直撃を2回奪い、いつの間にか、龍門渕はトップに立っていた。


ー南一局六本場終了時ー

清澄   76500
風越  117500
龍門渕 133500
鶴賀   72500


「あンた・・・自分の麻雀打ちなよ」

七本場が始まる頃、清澄の男子が言った。龍門渕に対して言ったのだろう。
龍門渕はその声に耳を貸さず、静かに3索を切った。

「ポン」

清澄が、鳴いた。

鳴いた牌が、青白く光った。

静かに、その場の時が止まった様な、そんな感覚がした。

次巡、龍門渕は2索を切った。

「ポン」

清澄が、また鳴いた。また、また牌が光った。
その鳴きに、魂が持っていかれるようだった。美しかった。

その鳴き以降、龍門渕の捨て牌はチュンチャン牌が続いた。ど真ん中の赤五萬も、赤五筒も切っていた。
私は、国士かと思った。
一方清澄の捨て牌からは、索子の染め手を意識させるものだった。

「カン」

清澄が今度は3索を加カンした。そして、嶺上牌をツモ入れ

「カン」

また鳴いた。今度は2索。また、嶺上牌をツモ入れると
清澄は、1索を捨てた。

「ロ・・・」

「あンた・・・自分の『手』見なよ・・・」

清澄の声に、龍門渕は手を止めた。
大人のような顔立ちだった彼女はそこには無く、何か我に返ったような、そんな印象を受けた。
彼女は自分の手牌を、ありえないものを見るような目で、見た。

おそらく、やはり国士。
そう、上がれない。なぜなら同巡。私が1索を切っているから。
私はすでに『消えていた』のだ。

「・・・は?・・・え、私・・・何・・・この・・・」

まるで、今までの自分は、自分ではなかったかのように。実際に

「こんなの、こんな捨て牌・・・私ではありませんわ!」

と叫んでいた。直ぐに、監視役に制され、彼女はしぶしぶ座った。

局は続行され、龍門渕の番がまわってきた。
半ば混乱状態の龍門渕は、ツモってきた8索を切った。

「その牌・・・」

「その牌?・・・ハッ・・・何を私・・・こんな牌を・・・」

「その牌は…あンたの親父が最期に…最期に哭かせてくれた牌」

「え・・・お父様?貴方、お父様を知って・・・」


清澄は8索を鳴いた。カンした。
そして空にかかげた嶺上牌を、そっと卓に離した。

「ツモ・・・緑一色・・・」


666発  カン2222 カン3333 カン8888 ツモ 発


それをアガリを観た者はすべて、そのアガリに魅せられた。

大会の規定により、大明槓からの嶺上開花によるアガリは、鳴かせた者の一人払い。責任払いを適用している。
よって、龍門渕は32000と7本場分(2100)を失った。
 

ー南一局7本場終了時ー

清澄  110600
風越  117500
龍門渕  99400
鶴賀   72500


南二局、龍門渕は先ほどの責任払いにより、三位まで落ちることになったが、その瞳には色が戻った。
十二巡目、龍門渕は叫んだ。

「リーチですわっ!!」

先ほどまで静かで大人な雰囲気を漂わせていた龍門渕は、そこにはなかった。

「いらっしゃいまし!ツモ!」

一発ツモ。

[五]五六六七七③④⑤⑥⑦88  ツモ⑧ ドラ ⑨ 裏ドラ ③

「4000・8000いただきますわ!」

ヤミで7700ある手をわざわざリーチ。確か龍門渕の副将はデジタル(南1の連荘はあきらかにそうではないが)。
違和感はあったが、やる気に満ち溢れている彼女を見ると、それが『彼女の麻雀』なのだろう。


南三局。ドラは南。局は6巡まで進み、清澄がまた動いた。
風越から発をポンし、白を切った。彼が鳴く牌は、鳴くたびに光った。
風越のツモがまたやってきて、風越は中をツモ切った。それを彼はポンし、また白を切った。
大三元に向かわないのか。そう思ったとき、またツモ番の来た風越が『また』つぶやいた。

「全然カンできない・・・」

この人は馬鹿なのか。それとも『この人にとって』この状況はおかしいのか。なんにせよ、こちらはいい気にはならない。
最初の『麻雀楽しみましょう』発言による相乗効果もあり、ますます腹立たしかった。

「あンた…口を閉じなよ…。『言葉』が…白けるぜ」

彼は、風越がツモ切った西をカンした。

そして、嶺上開花。

「それは・・・その嶺上牌はわたしの・・・」

「『見えていても』『わかっていても』負けることがある。それが・・・麻雀だ・・・」

清澄は牌を叩きつけ、言った。ツモったのは赤五萬。


五南南南  ポン発発発 ポン中中中 カン西西西西  ツモ[五]  ドラ南 新ドラ西

ホンイツ、トイトイ、南、発、中、ドラ7、赤1、嶺上開花
親の数え役満

風越の責任払いにより、清澄は首位になった。それも圧倒的な点差をつけて。


ー南三局終了時ー

清澄  154600
風越   65500
龍門渕 115400
鶴賀   64500


南三局一本場は、まるで嵐が過ぎ去ったかのように、場は、平らになり流局。
南四局流れ二本場。

「ロン」

「は?」

「メンタン。2600は3200っす」

龍門渕は驚いていた。それもそのはず、私のリーチが見えていなかったから。

「前半戦、終了っすね」


ー副将戦前半戦終了ー

清澄  154600
風越   65500
龍門渕 112200
鶴賀   67700



ーそういえば、カメラを通してなら、私もいろんな人に見てもらえるんだっけ。この試合も、すごく多くの人が見てるんだろうな。

ーでも、私を見てくれるのは一人でいい。

ーしっかり見ててくださいよ、先輩。


私は子供の頃から、影の薄い子だった。
だから私は、これまでコミュニケーションを放棄してきた。
辛くもなんとも無かった。それ故に、存在感の無さに拍車がかかるばかりだった。
だけどある日私を、そんな私を、誰からも見つからないそこにいないはずの私を
大勢の人の前で叫んで求めてくれた人がいた。
それが、先輩。目的はネット麻雀で知った私を部に勧誘することだったけど、それでも、うれしかった…。

…だから、がんばるっす
コミュニケーションのための時間も悪くない。
それを教えてくれた、先輩のために。


私は存在感ゼロどころではない。いわば「マイナスの気配」。そのマイナスは、捨て牌まで巻き込む。



ここからは『ステルスモモ』の独壇場っすよ!







[19486] #5 副将戦 その2
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:13
「お父様が今どこにいるのか教えてくださいまし!どうか今!」

副将戦前半が終了し、五分間の休憩の間、龍門渕の透華は、竜に問い続けた。
2ヶ月前に行方不明になった、父の行方を。

「勝負が終わったら、教えてやる。席に着きな」

「そんなこと言わずに・・・」

「龍門渕選手!席に着きなさい」

五分間の休憩が終わり、透華は仕方なく席に着いた。

「いいですか!終わったら絶対教えるのですよ!絶対ですわよ!」

竜は返さなかった。ただずっと、卓の真ん中を眺めていた。



ー副将戦後半戦開始ー


東家・咲 [風越]  (65500)
南家・竜 [清澄] (154600)
西家・桃子[鶴賀]  (67700)
北家・透華[龍門渕](112200)


東一局、親は風越。ドラは九萬。九巡目、透華に三面張の聴牌が入った。

八八九③④⑤⑦⑧⑨234[5] ツモ 6

この手から打、九萬。リーチを発声した。

「いいんすかそれ…ドラっすよ?ロン」

「え・・・!?」

「リーチ一発ドラ1―――5200(ごんにー)っす」

七八③④⑤⑦⑦⑦789南南  ロン 九  ドラ 九  裏ドラ 中

「あなた!ちゃんとリーチ宣言はいたしまして!?」

「したっすよ?」

桃子のステルスは、前半戦に続き、後半戦でも発揮した。

東二局 親は清澄。ドラは一萬。
八巡目、竜は風越が切った①筒をカンした。そしてツモってきた④筒をツモ切りした。
新ドラは8索。

竜 手牌  ②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨  カン ①①①①

竜はアガっていた。それも九蓮を。しかも、嶺上牌の④筒でも上がっており
その異常性に気づけたのは、モニターで観ていた者たちだけだった。竜の狙い、思惑は、誰にも分からなかった。

ステルス状態の桃子は、すでにリーチをかけていた。
暗刻の8索がそのままドラになり、竜の鳴きに感謝した。
そして次巡、桃子はツモ上がった。

4567888⑥⑦⑧中中中  ツモ 3 ドラ 一 新ドラ 8 裏ドラ 西 カン裏 8

裏ドラまで乗り、倍満の手になった。

東三局、桃子の親番がまわって来た。
この回も竜は鳴き、桃子はツモる。またも新ドラは桃子の味方をし、8000オール。またも倍満。
桃子はこの時、鳴くたびに閃光を放つ竜の鳴きは、自分の味方なのではないかと思った。
たった二回の出来事ではあったが、その男の放つミステリアス性も相まって、桃子は竜が勝利の女神に近い者ではないかとさえ錯覚した。
不思議なことに「不用意な鳴きが、ただ相手を有利にしただけ」という考えが、起きなかったのだ。

しかし、それは違ったのだ。
東三局一本場、六巡目に竜が鳴いて以降、風越、清澄、龍門渕はすべてツモ切り、一向聴地獄になった。
一方、桃子の牌は縦に重なっていき、最終的に四暗刻を聴牌した。しかし、上がれずに流局。

「て・・・聴牌・・・」

桃子は嫌な気配を感じた。聴牌したのは桃子だけであり、倒した牌を全員が、注目した。
ノーテンと言えばよかったのか、しかし、トップまではまだ点差があり、大事な親を流したくなかった。

東三局一本場終了時

清澄 137600
風越  52500
龍門渕 94000
鶴賀 115900


東三局二本場、龍門渕からリーチが入る。同巡、同じく聴牌していた桃子は龍門渕に対しての危険牌を掴んだ。

(もしこれが当たり牌でも、あなたは見逃すっす)

桃子は切った。己がステルスを信じて。
しかしそれはロン。8000の二本場だった。

「私の捨て牌が見える?みえないんじゃ…」

桃子はつぶやいた。

「何を言っていますの?見えるとか見えないとか、そんなオカルトありえませんわ?」

運さえ味方をしていると思い込んだ桃子にとっては、信じがたい事実だった。
次局桃子は、龍門渕に親満を振り込んだ。
一度は十一万まで増え、トップも狙えた点棒が、九万程に戻ってしまった。

「あンた…『過去』は捨てな・・・」

清澄は自分のために鳴いていたのではない、曝すために、鳴いていたのだ。桃子は、そう確信した。

(あ~。じゃあこの人たち全員とガチ麻雀っすか)

だが、桃子は落ち込みもしなかったし、やけになることもなかった。

(でも…それはそれで  いつもより楽しめそうっすね!)

「ツモ!メンピン一発ツモ。1300・2600は1400・2700っす!」

東四局一本場。桃子はリーチの声も、ツモの声も、動きも、吹っ切れたように明るいものとなった。
桃子は『麻雀』を楽しんでいた。

一方、風越の咲は暗かった。副将戦開始時、自信に満ち溢れていた彼女は見る影も無かった。


「あンた…麻雀は楽しいものじゃなかったのか?」


咲は何かを思い出したかのようにハッとした。そう、自分でも思っていたことだし、言っていたことだった。
なぜ、自分は今そうでないのだろう。彼女は考えた。ツモれないから?負けているから?思うようにいかないから?
分からない。明確な答えを、彼女は出すことは出来なかった。
次に自分は楽しんでる時、自分は『どう』だったのか、それに思いを巡らした。
家族麻雀の時、風越の合宿の時、自分はどうだったのか。

合宿の時、風越女子の殆どは浴衣を着崩さず、足袋ソックスもしっかり履き、練習に打ち込んでいた。
自分は、それは苦手だった。帯を緩くし、靴下は・・・

(あ・・・)

そして、思い出した。

「あの・・・脱いでもいいですか?」

咲は靴と靴下のことを指した。監視役に許可をとり、それらを脱いだ。
まるで、飛ぶような感覚。自分の麻雀には、それが『まず』あった。勝ち負けは、その後だ。

(うんっ  おんなじかんじだよ!)

ー東四局終了時ー

清澄  136200
風越   51100
龍門渕 111900
鶴賀  100800



南一局、親は咲。

「ツモ。700オールです」

役はツモのみ。
龍門渕と鶴賀は思った。血迷ったのか、と。連荘を考えるにしても、安すぎる。

「ツモ。嶺上開花500オールの一本場です」

南一局一本場。ポンした六萬を加カンしての嶺上開花。符点も上がらない安アガリ。

南一局二本場 ドラは一萬

五巡目 咲 手牌  233334⑥⑥⑧⑧⑧⑧三

次巡、竜が捨てた⑥筒をポンし、打三萬。龍門渕と鶴賀は、食いタンの早アガリ。親の連荘を狙っていると思った。
しかし、実際は聴牌に取らないわけの分からない打ち回し。
そして鶴賀、ドラの一萬をツモ。打四萬で聴牌。高め純チャンリャンペーコー清一ピンフ、数え役満の形。
清澄から直撃を奪いたかったためリーチはしなかった。

桃子 手牌  一一二二三三七七八八九九九

龍門渕は①筒をツモった。

透華 手配 二三四五六七八九西西西南南 ツモ ①

咲の鳴きがなければ、透華は上がっていた。
さらに次巡⑥筒をツモった咲はそれを

「カン」

2索をツモ。

「カン」

⑧筒を暗カン。2索をツモ。

「もいっこ、カン」

3索を暗カン、そして

「ツモ。嶺上開花、タンヤオ、トイトイ、三暗刻、三槓子。8000オールの二本場です」

2224  カン⑥⑥⑥⑥ 暗カン⑧⑧⑧⑧ 暗カン3333  ツモ4

2000点の手が倍満に化けた。
自分には一生にあるかないかの数え役満を流された鶴賀は、さすがに悔しさをあらわにし、小さく卓を叩いた。

三本場、十巡目。このままではまずいと判断した透華は、聴牌気配のある鶴賀に差込を試みた。
差込は成就し、3900の三本場を鶴賀に差出し、風越の連荘を止めた。
しかし、咲の勢いはまだ止まらなかった。
南二局、親は清澄。
六巡目に対面の鶴賀から①筒をポンした咲は、13巡目

「カン」
「もいっこ、カン」
「カン」

またも三連続、連槓。
上がった役は、清一、トイトイ、三暗刻、三槓子、赤1、嶺上開花の数え役満だった。
このアガリで、咲はトップに立った。

ー南二局終了時ー

清澄  110700
風越  111600
龍門渕  89600
鶴賀   88100


南三局 親、鶴賀。ドラは1索。
後半戦、これまで、アガリも振り込みもしなかった竜が動いた。
風越、咲の捨てた一萬をチー。打4索。光を放つ鳴きは、健在だった。

竜 手牌  ?????????? チー 一二三

「それでも、もう私は止まらないよ」

咲 手牌 三⑧⑧⑧⑨⑨⑨223北北北 

咲は笑った。
鶴賀の番、桃子の切った2索を咲はポンし、3索を切った。
竜はその3索をポンし、打④筒。また光った。

??????? チー 一二三 ポン 333

そして咲は、また笑った。

「それでも、これでおしまいだよ。カン!」

咲は手持ちの⑧筒を暗カン。

三⑨⑨⑨北北北 ポン 222 カン ⑧⑧⑧⑧ リンシャンツモ ⑨ 

「もいっこ、カン」

さらに⑨筒を暗カン。

三北北北 ポン 222 カン ⑧⑧⑧⑧ カン ⑨⑨⑨⑨ リンシャンツモ 2

咲はその2索をさらにカンした。

「これで・・・」

咲は嶺上開花でアガリ牌の三萬をツモれる確信があった。

「甘いな」

だが

「え?」

先に倒したのは、竜。

「ロンだ」

1113①②③  チー 一二三 ポン 333 ロン 2 ドラ 1

チャン槓三色ドラ3、満貫。トップの順位はまた入れ替わった。

「そ、そんな・・・・」

「あンたにひとつだけ教えてやる。『そこ』は誰のモノでもない」

そしてオーラス。親は龍門渕。ドラは③筒。
竜は哭いた。鶴賀から7索を。そしてドラの③筒を落とした。聴牌したのだろうか。新ドラは③筒。
竜は哭いた。龍門渕から8索を。また、③筒を落とした。ドラのトイツ落とし。新ドラはまた、③筒。
竜は哭いた。風越から9索を。そして、③筒を河へ。竜の狙いは何だ?新ドラは・・・③筒・・・。
桃子は堪えれなくなり、ドラをチーし、清一へ向かった。

(少しでも多く・・・少しでも多く、先輩へ・・・!)

桃子は心の中で叫んだ。咲も、透華も叫んだ。
清澄、哭くな・・・、と。

竜が哭く・・・。


「ひとつ哭けば、またひとつ・・・」


――――己がなおも 哭きたがる


①  暗カン 白白白白  カン 7777  カン 8888  カン 9999  

ツモ ①



「終わったな・・・」




ー副将戦終了ー

清澄  150700
風越   95600
龍門渕  73600
鶴賀   80100




 








[19486] #6 大将戦 その1
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:13
「そうですか…やはり…」

竜は透華に父親のことを話した。
透華の父は、裏では雨宮賢という偽名を持った、関西共武会の代打だった。
極道のいざこざにより、桜道会の代打ちの扱いを受けた竜と勝負し、敗北した。
透華の父は、最終局、竜が大明カンをした瞬間に、その時桜道会のトップだった、三上信也に射殺される。
「もう勝負は終わった、と」
その時アガった竜の役は、偶然なのか、竜が透華からアガったのと同じ『緑一色』だった。

「あンたの親父は、俺が殺したも同然。恨むなら恨みな…」

「…いいえ。お父様を殺したのは…『極道』ですわ…。
 それにあなたも…極道が憎い…ですわよね?わかりますわ……私も極道が、憎いのですから…」

少しの間、廊下に沈黙が流れた。

「あンたの親父から伝言を預かっている。
『衣を外に出してやってくれ。自由にしてやってくれ』…それだけだ…」

真実は、透華の父親が最期に『竜に』頼んだことだった。しかし竜は、その願いを透華に託した。
竜は振り返り、控え室へ戻ろうとした。

「あの、まってくださいまし!」

竜は足を止め、首だけ少し透華の方に向けた。
透華の息は、少し荒かった。

「あの・・・あの・・・お名前を、あなたのお名前を教えてくださいまし!」

「名簿に書いてある。それを見な」

「わたくしは、あなたから・・・あなたから聞きたいのです!」

「・・・・・・竜・・・」

「竜…竜さん!・・・もしよろしかったら、あの、あの・・・」

「とーーーーかーーーー!」

走ってきた国広が、透華に後ろから抱きついた。

「いくよ!もう決勝はじまっちゃうよ!・・・あ!もしかしてとーか・・・」

透華の竜を見つめる瞳を見て、国広は察した。

「だめだよ!とーかは渡さないから!」

国広は竜を睨みつけた。

「とーか!彼氏なんて作っちゃ駄目だよ!とーかにはボクがいるんだから。ほら、行くよ」

「か、彼氏なんて・・・そんなこと・・・ちょっと一(はじめ)!離してくださいまし!」

国広は透華の腕を引っ張り、控え室の方へ引きずっていった。
それを見た竜は、かすかに笑った。


ー鶴賀ー

「すみません、先輩。私、全然先輩のお役に立てませんでした・・・」

試合会場に向かう加冶木に対し、桃は言った。声は震えており、目には涙を溜めていた。

「気にするな桃…。私が取り返す。そして、勝ってみんなで全国だ」

「でも先輩・・・あの点差・・・取り返せるんですか・・・?私・・・私・・・」

「『圧倒的点差にあぐらをかいている清澄を私が撃つ』どこかおかしいか?」

「・・・そう・・・そうっすね・・・うん、そうっすよ!
 先輩なら、先輩ならできるっす!」

桃の声は、すこし張りを戻した。

「そうだ、じゃあ行ってくる」

「あの、先輩…」

「なんだ?」

「あの・・・清澄の人に言われたんすけど・・・『過去を捨てろ』って・・・
 あの人が私のこと知るわけはないんすけど、私の過去って
 つまりは誰にも注目されてなかったってことっすよね。
 けど、先輩に出会って、みんなとおしゃべりして、コミュニケーションって悪くないって思って」

「・・・それで?」

「あの・・・『ステルス』・・・やめて…いいすか…?
 けどそれじゃ、もう先輩のお役に立てない、って思ったら・・・けど・・・けど・・・」

「桃」

加冶木の声は、優しさに満ち溢れていた。

「私がお前を求めたのは、お前のそういう能力じゃない。
 純粋にお前の打ち方が好きだったから、お前が欲しかった。
 後半戦、消えるのをやめてからのお前はいきいきしてたぞ
 私は、そっちのお前の方が・・・好きだ」

「先輩…」

桃は目に涙を溜めていた。しかしその涙は、嬉しさの涙だった。



ー風越ー


「泣くなって咲・・・」

「でも・・・・でも・・・ヒック・・・」

池田は涙と鼻水でくしゃくしゃな顔になっている咲の頭を撫でていた。

「全国に行く前に、良い勉強になったと思うし。なにごとも、前向きに、だし」

「でも、華菜先輩・・・」

「あんな点差、倍満二回で吹っ飛ぶじゃないか。
 それに、先鋒戦のこと考えれば、全然今の状況、なんてことないし」

「う・・・う・・・」

「あー。先輩!あとよろしくです」

そばにいた福路に泣きじゃくる咲を任し、試合会場へ向かった。
歩を数歩進めた池田は、何かを思い出したかのように足を止めた。

「咲!」

「はい・・・?」

「麻雀・・・楽しめたか?」

「・・・・楽しめ・・・楽しめました・・・けど・・・けど…悔しかったです!」

「なら!その無念!あたしが晴らしてやるし!」

池田は右こぶしを天に突き上げ、咲に、そしてキャプテンの福路に、宣言した。

(華菜・・・・)

実力では、池田と咲では、圧倒的に咲の方が、上である。
福路が、咲を大将とせず、池田を大将としたのかにはそれなりの理由があった。
表向きの理由は、龍門渕の大将、天江衣のへの警戒のためである。
圧倒的得点力のある咲には、恐らく対等である衣と大将戦で戦わせ
龍門渕とは一か八かの勝負に持ち込ませるより、副将戦で他校を飛ばしてくれる方が
風越の勝利を確実に近いものにできる、という考えである。
もう一つの理由は、池田と衣の因縁である。
去年の団体戦。池田は衣に倍満を振り込み、風越の連続優勝記録をストップさせた、という汚名がある。
その汚名を池田自身に払拭させたかった。その願いからである。
しかし、現実は福路の希望に反するものになっていた。
福路の希望は、清澄の点数と自分たちの点数が逆の状況である。
故に、福路は半ばあきらめていた。そのことは、池田も理解しているだろう。
しかし池田は、それでも池田は咲に対し、自分に対し、勝利を宣言した。
福路はその姿を見て、泣いた。咲と共に、泣いた。



ー龍門渕ー


「とーかったら、他校の男子に色目つかうんだよ!」

「いーじゃねぇか、透華も恋する乙女だってことだ」

「こ、恋なんて・・・そんなつもりはわたくしありませんわ!」

「透華、初恋は他校の男子・・・」

「ともきまで!・・・・もう!」

「それにしても・・・大将戦だな・・・」

「ええ・・・しかし、衣は勝てるでしょうか。あの白髪に・・・」

「オレさ・・・今回は、衣は負けてもいいんじゃないかって思ってるんだ」

「え?」

「そりゃ、みんなでまた東京に行きたいとは思ってる。衣もそれを望んでると思う。
 けど、衣が『いまのまま』だったら、たぶん駄目なんだ。勝てないって意味じゃない。
 その、なんて言ったら良いかわからないけど、衣は、変った方が良いと思う
 そうなれば、衣もきっと新しい、幸せな毎日っていうか・・・あーわかんねぇや!」

「わかりますわ・・・純・・・」

「ボクも、そう思うよ・・・」

衣は、あの白髪と戦えば、変れるかもしれない。
そうなればもっと、もっと良い毎日を、みんなと過ごせるかもしれない。
龍門渕の四人は、そう思った。



ー清澄ー


竹井は、試合会場の少し前まで、アカギについて行った。
その廊下には、二人しかいなかった。

「お望みどおり、大将までまわしたわよ。ま『対等』な点数とはいえないかもだけど」

「いや『対等』ですよ。いや、寧ろこっちがやばいかも」

「そう?」

「部長・・・今俺たちにとって点棒はなんですか?」

「え・・・?」

竹井は数秒考えた、唐突な問題で、頭が回らなかった。
そして、アカギがその答えを言おうとした時

「あ、ちょっとまって。あと五秒、いや、三秒」

竹井は答えたかった。答えることで、アカギに少しでも近づきたかった。

「……目盛り、そう目盛りよ!私たちは、まだ勝ってないわ!」

「その通り」

竹井は『正解』を引き当て、満たされた気分になった。
その気持ちは自然と表情に出た。

「俺たちにとって、点棒は目盛り。つまりなんら価値のないもの
 勝利という結果の前では。だから、今の点差もあまり勝利には意味をなさない。
 寧ろ向こうはその点差を意識して、死に物狂いでこちらを殺りにくる。
 必死さってのは時に王、時に魔を撃つ」

「けど・・・勝つんでしょ?」

「負ける気はないですよ」

「いってらっしゃい」

アカギは言葉で返さず、背を向け、右手をそっと上げ、振った。
竹井はその姿を、しばらく見つめた。



ー決勝戦前半戦ー

龍門渕 天江(起家)  73600
清澄  アカギ    150700
鶴賀  加冶木     80100
風越  池田      95600


天江衣は失望していた。
透華たちの言ってた『衣を楽しませる』とかいう白髪から、何も感じなかったのだ。

(透華のうそつき)

自分と同じ、異能者、魔物の類だったのは、すれ違った風越の副将だけだった。
この会場には、自分と、あの短髪しか、異能は感じなかった。

(こいつは、これまで衣が壊してきた玩具となんら変りはないではないか
 やはり衣は、一人のままなのだろうか)

「そうかな?」

「え・・・?」

「お前が思うほど、ヒトは生易しいものじゃないってこと」

アカギの唐突な発言に、加冶木と池田は困惑した。『こいつは何を言っている?』


(まぁ見てな・・・凍りつかせてやる)


その夜は、満月だった。







[19486] #7 大将戦 その2
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:13
南家、清澄のリーチに、会場は固まった。次に現れた現象は、怒りと呆れに分かれた。
 
東一局、ドラは9索。清澄のリーチは西家、鶴賀のリーチに対する追っかけという形で行われた。
鶴賀の加冶木は赤二つの567三色、タンピンが付き、ダマで12000だった。

三四五六七[5]67[⑤]⑥⑦⑧⑧  ([]内は赤)

待ちは、二、五、八萬。ダマで確実に上がっておきたい手でもあったが、この手は4巡で張ったものである。
捨て牌は、北、①筒、発、7索、全て手出し。ツモれる流れを感じ、自信もあった。
他家が降りるならそれでもいいし、勝負してくれるなら尚よい。
清澄の追っかけリーチ後も、その勝負に勝つ自信はあった。しかし

「カン」

自信も勝気も、状況一つでひっくり返ることは、よくある話である。
清澄のアカギはドラの9索を暗カン。新ドラは9索となり、その状況は、加治木に若干の後悔を与えた。

(これが、『竜』…ね)

アカギが嶺上牌を手にした瞬間、加治木はツモられる感覚がした。
副将戦、竜に見せ付けられたイメージが、そうさせたのかもしれない。
だが、アカギはその牌を視た後、表情一つ変えず、それをそっと河に置いた。赤五萬。加治木のアタリ牌である。

「何をしている?清澄。アガリであろう」

「ああ。私も感じたぞ。アガリじゃないのか」

「え…何言ってるの君たち…そんな都合よく…」

二人とは違う意見を言ったものの、さすがの池田もアカギがツモるイメージを思い浮かべた。
竜が嶺上開花であがった回数は三回。常識的に考えれば多いが、実は風越の咲があがった回数よりかは少ない。
にも関わらず、池田さえ感じたのだ。竜が他者へ植え付けたものは、それほど大きかったのだ。

「どうもこうも無い。俺は五萬を河へ置いた。それ以外の事実がどこにある」

加治木の眼は鋭さを増し、アカギを睨みつけた。アカギのそのニヒルな返答から、あがっているとしか、思えなかった。
彼女の怒りは声にも、若干の動作にも表れた。発声も、倒した牌の僅かな乱れも、その静かな怒りの表れだった。

裏ドラ、カン裏が開かれた。その両方も、8索つまりドラは9索だった。

(ドラ16だと?ということは奴は、数え役満を棒にふったのか?)

怒りと共に、驚愕が加治木の心理に現れた。しかし、加治木はこう強く思えた。
奴は本当にあぐらをかいている、驕っている、勝てる、と。

一方、龍門渕の衣に表れたのは疑問と違和感だった。異能者でも、魔でも邪でもない者に何故あのような現象が訪れるのか。
明らかに偶然ではなく、必然と思わざるを得ないあのような現象は、あのようなただの人間に成せるものではないのだ。
衣は、足の爪先の方からなにか冷たいものがゆっくりと、這って上がってくる様な、そんな感覚がした。

 
東二局。ドラは南。8巡目のこと。アカギは七萬を暗カンをした。今度は新ドラの方だけ乗った。直後アカギはリーチ。親リーである。
同巡、加治木も張る。役牌、かつドラである南を抱えて聴牌。三暗刻も加え、またダマで12000の手。

一一一二三四444南南南北

アカギの現物、北の単騎で待ち、先ほどのこともあり、今度はリーチを自重した。
そして三巡後、ツモったもは加治木。アカギは親かぶりを受け、二位の加治木との点差は、役一万ほどとなった。


衣    70600
アカギ 126700
加治木 110100
池田   92600


「部…部長…。アカギの奴…いったい何をやってるんすか?」
 
清澄高校の控え室、京太郎のみ、アカギの意味不明の行為が理解できなかった。

「だぶん、アカギ君ならこう答えるかもね。これは魔を撃つ伏線、土台ってね…」

「俺には意味が分かりません…。か…勝つ気…あいつ勝つ気あるんですか?」

「勝つ気よ…。つまりそれ程、龍門渕の大将は、何かを持ってるってこと。そうよね竜君、傀君?」

彼らは言葉では返さなかったが、傀は微笑で、竜はサングラスに手を当てることで返した。


アカギのリーチに役など無かった。アカギの手は、バラバラだったのだから。


(人の身で有りながらのあれ程の流れ、然し二度もあがらないとは…)

「不愉快だ…」

衣は苛立ちを声にした。

「一度は、人の身でありながら、衣を楽しませるのではないかと思っていたが、
 いつまでもそうしているなら…そろそろ御戸開きといこうか」

殺気も交えたであろう声と視線を送った衣であったが、やはり、その時も微かな疑問と違和感を感じた。
アカギは、微動だにしないのだ。己が殺意に近い感情を、声にも視線にもし、視える形にしているにも関わらず。


東三局、衣の支配が始まった。アカギ、加治木、池田の手は14巡、15巡と動かず、一向聴のままだった。
16巡目に加治木はアカギから鳴きを入れ聴牌する。しかし17巡目、衣からリーチが入る。
そして衣は、ファイナルドローにおける役『海底撈月』を他家に見せ付けた。平和、純チャンも絡む倍満手となった。
衣の支配は、東四局になり強さを増した。衣以外の三人は、鳴くことも、国士以外では聴牌することも出来ないツモだった。
衣の二連続『海底撈月』は、池田にはかつての恐怖を、加治木には新しい恐怖を認識させるのに、十分であった。
ドラ、裏ドラ含めて6つのドラを載せた『海底撈月』はまたも倍満になり、最下位だった。衣は、早くも二着に浮上した。


なのに何故、清澄の男だけは動じないのだ。
『これ』を普通の麻雀としているような、まるでノーレートで打っているかのような、平然とした態度。
鶴賀や風越に見られる、絶望感など、微塵も感じられない。何故だ。


衣の爪先から進入した『なにか冷たいもの』は、脛の辺りまで来ていた。


衣   102600
アカギ 118700
加治木  98100
池田   80600








[19486] #8 大将戦 その3
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:13
(凄まじいな…『竜』って奴は)

東三、東四と引き続き、南一局も場は衣の支配下だった。
しかし、アカギは十三巡目に暗カンし、聴牌。打③筒。

123①②③⑤中中中  暗カン 4444

ドラ、新ドラこそ乗らなかったものの、聴牌することが困難である衣の支配下の中で、
その影響を受けない『竜』に、アカギはあらためて感服した。

アカギが今行っている事、それは『建設』である。
要塞、それも幻想の要塞を…。
後に来るであろう魔の大群、それに耐え、そして撃つための要塞。
傀が植え付けたイメージ、竜の強運、それらを使い、場に新たに自分のイメージを造り出す。

(嶺上開花からの手出し…張ったか?)

現に加治木は、今、場を支配している衣より、アカギを意識していた。
嶺上牌が有効牌、そのイメージが、加治木にアカギの聴牌を予感させた。
また、加治木は東三、東四と続いた衣の支配、衣が海底を引きあがることを、偶然と思わなかった。

(今トップのこいつに差し込むのは・・・だが・・・)

加治木は衣の支配が必然であると考え、故に親である衣の連荘は阻止しなくてはと判断した。
また、驕っている清澄ならいつでも抜かせる、その考えは加治木に差込を選択させた。

打⑤筒。加治木の差込は成功した。中のみ(60符)2000。

(雰囲気は漂わせたつもりだったが、こうも綺麗に一点読みができるもんかね)

アカギは、加治木の判断と、一点読みの感性に感心した。

南二局。加治木はこれまでの傾向から、普通に手を進めれば、一向聴地獄の袋小路になると考えた。

二三六七②②③⑨⑨1677西

この配牌より打③筒スタート。
そのセオリー外の打牌と加治木の感性は、七巡で七対子を聴牌させた。

三三②②⑨⑨1177北北西

そしてリーチ。衣の支配は、抗えるものであるということを場に示したかった。
アカギや衣に、見せ付けたかった。

(へぇ・・・)

『海が引いてる』とはいえ、その鋭い感性に、アカギはまたも感心した。

同巡、池田は一発を掴まされた。

二三三八八⑦⑦⑧⑧⑨234西

一向聴を捨て切れなかった彼女は、加治木に振り込んだ。
一発七対子、裏ドラが付き跳満。池田の点棒は約七万、トップのアカギとの差は五万となった。

そして南三局、池田はまたも振り込む。
今度は衣に跳満。差はさらに広がった。
足は震え、手も震え、今にも逃げ出したい。
咲には「前向きに」と言っても、自分は前向きになれない。
キャプテンには「楽しんで」と言われても、自分は楽しめない。
80人の青春を背負った大将戦は池田にはあまりにも重かった。

南三局、アガることの出来た衣であったが、その心境は、不安の混じるものとなっていた。
南二局と違い『海が引いている』わけでも無かった南一局に、何故アカギは聴牌することができたのだ。
この疑問が、衣の頭を過ぎった時、同時にこうも思った。
やはり奴は、人外なのではないか、と。それも自分の感じれぬ、次元の違う何かではないか、と。
その不安が南三局、アガリを『急がせた』のではないか。
実際、南三局は、衣は海底であがることが出来た。支配が十分だったからだ。
しかし、アカギは絶対の支配下であったはずの南一で聴牌した。
だから、『慌ててしまった』のではないか。
衣はこの考えをすぐさま否定をした。
自分の麻雀は海底だけではない。点数の殆どは、直撃を狙ったものだ。
自分の海底撈月を恐れ、飛び込んできたものを狩る。それが、天江衣の麻雀。
今回も、それが成功したに過ぎない。逃げたわけではないのだ。衣はそう信じた。

(然し・・・然し・・・)

アカギは聴牌をした。この事実は、消せないものであった。

南四局、加治木は気づく。
自分がアガれた南二局は『海が引いていた』ことに。
今度は対子もかぶらず、七対子にも向えない。自分は抗えていたわけではなかった。

だが、アカギは明らかに抗っていた。
四人の中で唯一、捨て牌に1、9字牌が存在しない。
さらに、4、5、2、3といったターツも捨て、赤も捨て、明らかに国士を臭わせるものだった。
そして十五巡目…。

「間にあった…」

アカギ、リーチ。

(ばかな!国士にしてもリーチだと?何の為に?)

加治木にも池田にもそのリーチの意味が理解できなかった。

(は・・・張った・・・ということか・・・)

衣の絶対なる支配の中、アカギは張った。その事実がリーチ。
衣にはリーチがその事実を示しているようにしか思えなかった。
十七巡目、衣は四枚目の白を掴まされる。

一二三六六56678④⑤⑥白

海底は自分。その牌は4索。アガリ牌。しかしこの白は、国士の、アタリ牌かもしれない。
衣が、自分の支配を信じることが出来れば、この白はあっさり切ることが出来ただろう。相手が聴牌などするわけが無いのだ。
しかし、アカギは、唯一アカギはあの南一局のようにその支配を上回るかもしれない。
それに、アカギは二連続、カンドラやカン裏を乗せる運も持っていた。ありえる…。
そう、衣は、『微かに』思ってしまった。
衣は点数を見た。自分は114600。相手は120700。
ここで役満に打ち込んでしまえば、82600と152700。
しかもそれはアカギが自分の支配を上回ったことの証明にもなる。
それも加えると、逆転は難しい。
そう、衣は思ってしまった。

衣、打六萬。降りる。
そして、流局。

「ククク…降りたな…天江衣…。もっと自分に自信を持てよ…」

「ま、まさか貴様…張ってないのか?」

「いや・・・自信を持ってくれれば、それを獲れた。まぁ今回は、その選択が正解だったってこと…」

一九19①⑨東南西北中発発

アカギは『その』白で待っていた。


『得体の知れない何か』は、もう衣の、腰のあたりまで来ていた。


ー前半戦終了ー

衣   113600
アカギ 122700
加治木 107100
池田   55600

供託は後半戦持ち越し









[19486] #9 大将戦-休憩-
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:14
 
 
 
―風越―


「華菜…来てしまったわ…」


休憩時間、一人卓に突っ伏している池田の傍に福路は来ていた。
福路は、池田から休憩時間には来ないようにと言われていた。
勝っていた場合は調子に乗り、負けていたら落ち込んでしまう、という理由だ。
しかし、福路は来ずにはいられなかった。
池田が心配でというのもあるが、具体的助言があったからでもある。

「華菜…」

「なんですか・・・キャプテン…」

「清澄の大将…どう思う?」

「え…?・・・」

予想外の質問に、池田は少し戸惑ったが、その質問に答えた。
池田は東一、東二局の連続カンドラ乗りリーチのこと、
衣の支配を逃れた南一、国士の南四の出来事を語った。
特に、東一のドラ16乗りに関しては異常だったことを福路に伝えた。

「たしかに、カンドラ乗りや、国士はすごかったけど、
 華菜が思っているほど、清澄の大将はすごくないわ…」

福路は、東一、東二の『真実』を池田に教えた。




―鶴賀―


試合会場から出た廊下を少し進むと階段がある。
その側にある休憩椅子で加治木は休んでいた。

「先輩。どうぞ」

加治木から見て、突如現れた桃は、加治木に買ってきたミネラルウォーターを渡した。

「ありがとう。桃…」

「先輩…勝ってください」

「ああ・・・勝つさ」

「先輩・・・あんなのに負けないでください・・・」

「あんなの?…とは、何だ?…清澄の大将か?
 負けないさ、驕っているトップなどいつだって抜かしてやる」

「違うんっす…驕っている、なんてものじゃないっす…
 東一、東二の清澄は先輩達から見逃しと指摘されったっすが…あれは見逃しじゃなかったんっす」

「リーチ後に、見逃しじゃない・・・。ノーテン…ノーテンでリーチしたということか…」

「そうっす…つまりはリーチという脅しで、先輩達を止めていたに過ぎない『ふざけた』奴なんっす」

「確かに・・・ふざけた奴だな。それをこの県大会決勝でやるなんてな・・・」

加治木はあらためて桃に勝利を約束し、会場へ向った。



―清澄―


「アカギ君が欲しいのってこれ?」

アカギが向った自販機前には、既に竹井が居り、栄養ドリンクらしきものをアカギに渡した。

「そういうのじゃないですけど、まぁ、ありがとうございます。それにしても懐かしいなこれ」

「アカギ君の東一、東二のノーテンリーチ、モニター越しじゃバレバレよ?
 もう他校の人たちはそれぞれの大将に伝えてるだろうし、後半戦からは、通用しないんじゃない?」

「ククク…無意味なこと…」

「どういうこと?」

アカギの『答え』を聞きたい竹井は、機嫌よさげな調子で、その言葉を返した。

「部長はもうわかってるんでしょ?…ククク…」

「まあね…フフフ…」

アカギは竹井から渡されたドリンクを一口したあと、言った。

「やはり『そんなことより』気を付けるべきは天江衣…」

「前半戦の印象じゃ、そろそろ『効いてくる』ころだと思うけど」

「俺は天江衣の祖父と、一度勝負したことがあります」

「鷲巣…鷲巣巌ね…」

「ええ…俺は幾度と無くアイツを追い詰めました。絶望を何度も見せました。
 だが、アイツはその度に、何度も何度も立ち上がり、復活。
 逆に俺を追い詰めもした。アイツの豪運が、アイツに敗北を許さなかったかのような、
 そんな『何か大きなものに愛された』奴でした。
 天江衣はその血を引いている。東三から始まった『支配』は、その片鱗に過ぎないであると同時に、
 アイツが鷲巣の血を引いてる証明でもある。
 なら・・・追い詰めたら追い詰めるほど『あの血』は天江衣に、敗北を許さない。
 『若い頃』のアイツがもしかしたら見れるかもしれない。
 俺はそれを見たくて、大将戦を希望したんです」

「『それでさ』アカギ君は、鷲巣に勝ったの?」

「さぁね・・・」

「・・・・・・『でも』…負けは許さないわよ。
 傀君や竜君、まこ、出れなかった須賀君、そして、私の青春をアカギ君は今背負ってるんだからね。
 特に私は三年、来年は無いの。重いわよ?
 まぁ、傀君を使って、たくさんの子の青春を踏みにじった私に言えた台詞じゃないけど…ね…。
 それでも…それでも…行けるとこまで行きたい…」

アカギは何かを言おうとした。だが竹井はそれを防ぐように続けた。

「でも、でもよ?…アカギ君がアカギ君の麻雀を打つ事が前提だし、アカギ君の青春でもあるから
 ・・・ね!」

「負けねぇよ」

「アカギ君・・・」

「本来、俺や傀、竜にとって、こんな、こんなあたり前で、そして貴重な青春とやらは、程遠いものだった。
 欲しいとは思ったことは無かったが、いざこうなってみると、悪くねぇ、そんなものです。
 部長はそれを作ってくれた。だから…勝つ・・・ということです」

言い終えたアカギは、会場へ向った。

「なら・・・もう一度・・・『いってらっしゃい』・・・」

竹井は、アカギの背中に、聴こえないようにそっと、囁いた。



―龍門渕―

「あー!もう衣はどこですの?衣は!」

「とーか、こっちにもいないよ。自販機前も、屋上もいない」

龍門渕の四人は、衣を探していた。目的は当然、アカギのノーテンリーチを教える為である。
しかし、どこを探してもいない。もしかして逃げたのか、と彼女たちの頭を過ぎったが、
すぐさまその考えは殺した。
執事のハギヨシも探したが、それでも見つからなかった。
最終的に、鉢合わせた透華と一は試合会場の扉の前で待ち伏せることにした。
しかし、来ない。残り一分、三十秒、来ない。そして…。

「最終戦、後半戦開始です」

突然、アナウンスが入った。まだ衣が来ていないのに、彼女達はそう思い、振り返り卓の方を見ると、
そこには衣が既に座っていた。
入る為にはその扉しかないにも関わらず、衣は中に入っていた。
彼女達は、衣とすれ違ったことに、気づかなかった。
座っている衣を見た彼女達は、納得した。
あの衣は『いままで見たことの無かった衣』だった。
自信に満ち溢れていた、他者に恐怖を植え付けるあの圧倒的な衣は、どこにもいなかった。
あそこに座っていたのは、小学生低学年にも間違われかねない、幼い、幼い娘だった。











[19486] #10 大将戦 その4
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:14
ー後半戦東一局ー

池田(東家・起家)  55600
衣(南家)     113600
アカギ(西家)   122700
加治木(北家)   107100

供託 一本



三巡目、四巡目と衣はドラでもある自風の南と、白を鳴いた。
早い段階で満貫確定の条件が揃っており、その状況だけなら好調にみえる。
しかし、何かに脅えているようなその表情からは、何かから逃げているようであった。
そもそも、支配が十分であるなら、南家である衣は、自分から動く必要などないのだ。

「リーチ…」

「ひっ…」

六巡目その『何か』は、背後からそっと衣の肩を叩いた。
衣は声を出さずにはいられなかった。

アカギ 捨て牌 ④⑥⑧②九南

同巡、池田の番がまわってきた。掴んだのは三萬。

三四五六④⑤⑥56888西西

三萬か六萬を切ればテンパイ維持。
去年を含めこれまで、衣の支配を受け続けた池田側からすれば、奇跡ともいえるテンパイである。
しかし、衣は満貫確定、アカギはリーチ。特にリーチの一発目にこの牌は切れるだろうか。
池田は福路から教えられた『アカギのリーチ』を意識した。
福路はほぼ完璧に近い形でアカギのノーテンリーチ、その真実を池田に教えた。
カンドラが乗ったことや嶺上開花でアガられるイメージは、あくまで副将の竜が造りだしたものであるということ。
あの二局がノーテンリーチだからと言って、次の局のリーチがノーテンとは限らないこと。
アカギのリーチは『本当のリーチ』として、いつも通り落ち着いて対処すべきだということ。
つまり、ここで、池田がすべきだったことは、降りることだったのかもしれない。
龍門渕と鶴賀に一枚ずつ切れている西を落として回すのも一つの道だったのかもしれない。

福路が計算に入れていなかったことは、池田の状況における心理である。
トップとはあと約七万差、残り二回しかない親番、奇跡といえるテンパイ、そして、天江衣の存在。
本来、そのことも含めてケアすべきであった。普段の福路なら当然していたことである。
つまり、福路も何かに乱されていたのかもしれない。

(残り二回の親、その内の一回、捨てたくない。天江はテンパイしてないかもだし、
 清澄はもしかしたらまたノーテンでリーチかもだし、早い巡目だし、トップ目が染め手の捨て牌でリーチは不自然。ありえるし…
 いける・・・いけるんだ!)

そして、打三萬。池田の焦燥感は、テンパイ維持の結論に至った。

「ロン」

その声は二つ、衣と、アカギのものだ。頭ハネで点棒は衣のもとへ向かった。

四[五]①②③99 ポン 南南南 ポン 白白白 ロン 三  ドラ 南 赤1の12000

(そ・・・・そんな・・・なんで!?)

衣に対してではなく、アカギ、アカギの手牌に、池田は驚愕した。

二二二三四五六七七七九九九

(三、六、一、四、七、二、五、八萬!?)

事実上、全ての萬子が当たり牌だった。
また、牌を自動卓に戻す際に、池田は『その』裏ドラの表示牌を見てしまった。
それは八萬だった。つまり九萬がドラ。
一発も加わっているので数え役満の形。衣の頭ハネがなければ32000の振り込みということになる。

(跳満振り込んだのに『助かった』って。どうかしてるし…この麻雀…)

(本当に『ふざけた奴』だ…)

同巡、加治木は萬子を止めていた。
テンパイまでは遠い形ではあったが、索子の染め手であったため、萬子はいずれは切られる牌であった。
さらに言えば、彼女はテンパイしていたとしても、現物しか切らなかっただろう。
それはやはり、アカギのリーチを警戒してのためだ。
過去にノーテンリーチをしたからといって、今回ノーテンでリーチをするとは限らない。
ノーテンかも、と思って攻めてしまうと、そこを撃たれるかもしれない。
めちゃくちゃな捨て牌でも、早い巡目でも、そのリーチは本物かもしれない。
現にアカギは、前半戦オーラス、国士をテンパイしているのだ。
今回は助かったことになるが、加治木はアカギのリーチに止められたのだ。

高校生の発想じゃない。
大人でもやらない、デメリットの方が多いことを、なぜ『この場所』で出来るのか。
だれもアガらなければ罰符、自分が振り込む可能性もある。それで買えるものといえば、相手の手を止める『かも』というレベルだ。
利点など無いに等しい。
しかし、現実に起きたことは、風越の判断を狂わせ、鶴賀の足を止め、衣に見てとれる恐怖を植え付けている。

そして衣は、アカギの手を見てとうとう、全身が冷たくなる感覚に襲われた。

『何か』に、包まれた。

衣は親である東二局、続く東三局、アカギに振り込んだ。
東二はチャンタドラ1、東三はタンヤオドラ1。
二局とも二翻程度の比較的安めではあったが、もう衣には聴牌気配すらも感じ取ることが出来なかった。
なぜ聴牌出来るのか、アガれるのか、自分に聴牌の気配を感じることが出来ないのか、などの疑問について、
衣は思考することが出来なかった。

それとは逆に、加治木は冷静に分析を試みた。
なぜアカギは『ある筈の』衣の支配を抜けることが出来るのか。
東二のアカギの手はチャンタ。
ヤオチュウ牌からのチーからスタートした手でもあるため、
前半戦の南二に自分がしたような『抗う』に近い行為が、衣の支配を脱する理由になったのではないか。
だが、東三はタンヤオ。食いタンの形であり、平凡な両面待ちで『よく見る形』。抗っているようには見えない。
そもそも、支配下の中では鳴くことすら困難だった筈である。
そこから加治木は、衣の支配は弱まっているのではないか、という推測を立てた。

そして、その推測は正しいと言いたいかのように、東三局一本場、加治木に聴牌が入る。

三四五六七56799 ポン 発発発

6巡で出来た形であり、役牌の発を鳴くことも出来た。
しかし次巡、親リーが入る。アカギのリーチである。
同巡加治木がツモった牌は中。二枚切れではあったが、アカギの現物というわけではなかった。
加治木は現物の9索を切り、降りた。
かなり弱気の打牌ではあるが、東一のアカギの手は、加治木に振込みのイメージを植え付けるのに十分であった。

さらに同巡、衣の番が来た。衣の手牌には安牌が存在しなかった。

一三八九②⑤18西北白白白中

もはやアカギの現物しか切れなくなっていた衣の手はボロボロだった。
現物の無くなった衣は、暗刻の白に手をつけた。一枚通れば三巡、その未来に賭けた。
『当然のように』未来など無かった。

五五九九[⑤]⑤1133北北白

一発、赤が付き親満の一本場。
さらに連荘。二本場。アカギは加速する。
たったの二巡、電光石火のリーチ。
ここまで来ると池田も確信せざるを得なかった。もはや衣の支配など無い。
寧ろ衣は、支配されている側に見えた。点数では自分よりはるかに上をいってはいるが、
この場の不幸を全て背負込んでいるかのような表情を見るに、今負けているのは誰なのか。
池田の感覚は麻痺しかけていた。

衣はとうとう目を瞑った。目を瞑った状態で、牌を選び、切り飛ばした。

「ククク…残念…ロン…メンタンピン一発…三色イーペーコー…裏一…倍満」

三三四四五五④⑤⑥⑥345  ロン ③  ドラ 九  裏ドラ 4

流れがあるとするなら、もはや止めようの無いものが、アカギにはある。
そうとしか思えない、そんなアガリを三人は見た。

(闇の…現…)

衣が見せようとしていたそれは、自分に見せられることになっていた。
何もかもが、吸い込まれるようにアカギのアタリ牌。そして、アカギは闇そのものだった。

潮の高さは月の陰りによって変化する。
それは重力が関わっているからだ。潮の高さは重力の奴隷に過ぎない。
衣の『支配』も、それに左右されるとすれば、衣もまた重力の奴隷に過ぎない。
そして、今衣と相対している者は、その重力の権化、ブラックホール。
勝てるわけが無い。
今、衣にとってアカギは神、神域の男だった。

後半戦、アカギは二つのルートを考えていた。
一つは、衣が前半戦の自分のノーテンリーチを仲間から教えてもらっている場合だ。
普通に考えれば、こちらになる可能性が高い。
100%ではないが、あのノーテンリーチは、何割かは衣に恐怖を植え付ける要因になっていた。
もし仲間から、その『ふざけた』戦法の事実を教えられれば、衣は『幾つかの疑惑を抱えたままではあるが』一度は自信を取り戻すだろう。
支配も再開されるだろう。
そこでアカギのする対処は、その支配の性質を利用した、国士による攻撃である。
衣の支配は、その支配が強力であればあるほど、国士を聴牌しやすい、という性質がある。弱点といっても良い。
つまり、前半戦南四における国士の聴牌は、アカギがその性質を見抜いた故に起きた結果ということになる。
後半戦、アカギが再度国士を聴牌すれば、衣は再度恐怖、そして混乱する。
その混乱の間に半荘は終わり、アカギは勝ち、清澄は優勝するだろう。

しかし現実は、もう一つのルートを、アカギに進ませた。
衣が仲間から何も教えられていない場合だ。
衣は今、アカギの全てを恐れている。
故にアカギのすることは、衣の恐怖をさらに増大させ、追い込むことである。
つまり、狙い撃ちによる心を削り取る麻雀。アカギの最も得意であろう分野によってだ。
仲間である透華達は衣に伝えようとしていたし、実際は衣は孤独ではないのだが、
衣の孤独の『血』は『敗北を許さない』ためか、アカギにこのルートを進ませた。
そしてこの道は、アカギの望んだ道だった。
まず間違いなく『奴』は現れるのだ。現れたのなら、まず間違いなく苦戦するであろう『奴』だ。
もしかしたら『何一つ出来ないかもしれない』。
その予感は、有った。


―東三局二本場終了時―

池田   43600
衣    85800
アカギ 163500
加治木 107100



三本場、アカギの更なる連荘。
東二から東三の二本場にかけて、早い巡目でリーチ、もしくはアガる印象を他に植え付けたアカギであったが、この局は比較的静かだった。
そもそも毎局毎局、速攻であがり続けることなど、そうは無いし、通常の対局でも無いはずの無いことではあるが。

(この局…行けるか…?しかし・・・いや、変えなくては…)

十四巡を過ぎても、アカギから鳴きの発声もなければ、リーチも無かった。聴牌の気配も感じられなかった。
聴牌した加治木は先制リーチをかけた。

加治木 二二三四四六六七七八⑧⑧4 ツモ 八萬 打 4索 間三萬待ち タンヤオリャンペーコーの形。ドラ ⑧筒

振込みを恐れ続けた、加治木のリーチ。利点のあまり無いリーチ。
待ちである三萬は、アカギの河に一枚あるので、残り二枚。ツモれる確立も少ない。
そのことは承知しているし、リスクも覚悟していた。
『変えなくては』という想いが、加治木に勝負をさせた。

『だが』アカギはその4索をポンした。
加治木は『当然のように』アガリ牌をツモれなかった。
鳴きが鳴ければその三萬は衣がツモっていた。
アカギの現物を真っ先に切る状態になっている衣なら、まずその三萬は切っていただろう。
だが『当然のように』その三萬は池田へ流れた。
そして衣の番。衣は安牌がなかったので、加治木が切っており、アカギがポンした4索を捨てた。

「これで五連続だな。天江衣・・・ロン・・・」

その、その4索がアタリだった。

八八②③④⑤⑥⑦23 ポン444 ロン 4 

またも、狙い撃ち。
そして衣を『支えていた何か』が崩壊した。

「あああああ!!!」

衣は卓に突っ伏した。その際牌山は派手に崩れ、いくつかの牌は卓の下に落ちた。
数秒、場の空気は固まった。会場も一旦静まり返り、そしてざわつき始めた。
アレが、かつての県大会覇者、天江衣なのか。まるで、別人を見ているようだった。

衣は震えたまま、顔を起そうとしなかった。
監視役が試合続行の催促をしようと、衣の傍へ歩み寄ろうとしたその時、会場の照明が全て、フッと消えた。
真っ暗になった瞬間、衣は顔を上げた。驚いたためである。
何が起こったのか、衣『も』そう思ったのである。

(来たか…)

暗闇の中、一人アカギは、静かに微笑んだ。
衣には自覚が有る様には見えない。しかし、間違いなく『あの血』は目覚めたのだと、確信した。


照明が復旧し、東三局、四本場。ドラは中。アカギの親は続く。

一三三七九2589南西白中

アカギの『予感』した局ではあるが、衣の配牌は比較的良いとは言えないものだった。
しかし『逃げる』衣にとっては、良い配牌であった。
衣のツモも含め、アカギの現物が多かったからである。
この局は、逃げれるかもしれない、そう衣は思った。
しかし、この局、確かに衣はアカギの現物を切りつつ逃げていたものの、
その手牌は、思いもしない方向へ向うことになる。

①東東南南南西西西北北北中

16巡で、この形になった。
場も、風牌が一枚も切れておらず、異様さを漂わせていた。

17巡目、アカギからリーチが入る。
捨て牌は、索子の染め手を臭わせるものだった。
真実を先に述べるなら、ここでアカギがリーチをしていなかったら、アガっていたのは加治木である。
14巡目、加治木はアカギからドラの中をポンしており、聴牌。

二三四[⑤]⑤⑤6788 ポン 中中中

だが、アカギのリーチ後にツモってきた牌は②筒、アカギには通ってない牌である。
風越が二枚切っているため、地獄待ちではあるが、アカギならこっそり持っているかもしれない。そういう牌。
ましてや『あの』アカギのリーチ。加治木は向えるはずもない。現物の二萬を切り降りる。
が、次巡のツモは8索。アガっていたのである。
アカギのリーチの目的はこの『ただ、一点のみ』である。
このことが、最終的に衣への『譲歩』になるからだ。
付け加えるなら、このときアカギは聴牌はしておらず、ノーテンでのリーチだった。

同巡、衣は東をツモり、中を切り聴牌。
①筒を切らなかったのは、アカギが捨てた牌ではないこともあるが、
まだ残っていた感覚が、海底の牌が①筒だということを告げていたためである。
海底は風越の池田。

(このまま、何も起きなければ、風越があの①筒をツモる。そして…ん、なんだ?)

海底をツモる池田の手牌の方に目を向けたとき、衣は自分の異変に気付いた。
これまでには無かった感覚である。
透けて視えるように、池田の手牌に①筒があることが、分かった。
他の牌は視えないが、①筒だけは視えた。海底の牌が分かるように。
それだけではない。もうひとつの、つまり最後の①筒が、王牌の、嶺上牌にも視えた。

(なんだ、この感覚は。こんなの…衣は知らない…知らないぞ!)

18巡目、アカギが河へ置いた牌は東、生牌の東。

(さあ、ここが『分かれ目』だぜ、天江衣…)

そう。衣も感じていた。
ここが大きな分かれ道だということを。
何もしなければ、加治木は降り、池田は①筒を握りつぶす。

(この感覚を、信じろと言うのか…)

感覚が正しいなら、ここで東を鳴けば、アガれる。
だが、未知なるものに、自分を委ねることができるのか。
これまで、自分の支配の及ばなかった、王牌。そこに委ねることが。
しかし衣は―――

(然し・・・・然し然し然し然し・・・然し・・・!)

加治木が山に手を伸ばそうとしたその時である。

「ま・・・・待て!」

―――衣は、生まれ変わりたかった。

「か・・・・・カン・・・・」



①南南南西西西北北北 カン 東東東東 ツモ ①


(これは・・・この感覚は・・・衣じゃない・・・誰・・・もしや・・・)


衣は、祖父のことを思い出した。


王であった、祖父。



―東三局四本場終了時―

池田   43600
衣   117600
アカギ 132700
加治木 106100








[19486] #11 大将戦 その5
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:14
現実世界にも言えることかもしれないが、麻雀は非情だ。残酷だ。
はなから勝つ者と負ける者が決められているようだ、ということを時たま思う。
運命なんて信じてる乙女ではないほうだが、時たま信じる。
けど、今みたいに負けがこんでいる時は必ずと言っていいほど、思うし、信じる。

今日だけで、役満を何度見ただろう。先鋒戦から数えると十回位だろうか二十回位だろうか。
常識的感覚はとっくに麻痺している。夢のようだ。悪い夢のようだ。覚めるなら、早く覚めてほしい。
東ラスにまた役満を見た。
酷い現実だ。
酷いというのは天江のツモアガった清老頭のことではない。
15巡、天江が清澄の現物しか捨てていないことだ。
さらに言うなら、その捨て牌から、四暗、緑一もあがることが可能だったことも、酷い現実だ。
あたしの点数を下回るほどではなかったが、追い込まれていた天江は、いつのまにかトップに立っていた。
あたしとの点差は十万程か。
周りはどう見てるんだろう。この状況を。
名門風越団体戦敗退決定、とかアナウンサーとかは言っているんだろうか。
それとも、もはや話題は天江や清澄のことで持ち切りになっていて、あたしのことはどうでもよくなっているんだろうか。

ごめん…みんな。
ごめん…咲。
ごめんなさい…キャプテン。

あたしは少しぼうっとして、場を眺めた。
そこは、戦場だった。
鶴賀は流れを変えようとしてたのかな。端の牌鳴いて、チャンタだったのかな、染め手だっのかな。
清澄はその鶴賀に対しての危険牌をばしばし切ってるな。ブラフだったのかな。
あたしの河を見た。手を見た。
あたしのやってたことと言えば、とりあえず高い手に向かって、やばかったら降りて、
高い手張ったら『理由をこじつけて』攻めて、振り込む。そんなところかな。
これが、名門風越の大将か。なんか中途半端っていうか、情けないっていうか…。

あれ・・・。

なんであたし戦ってないんだ。
ここは決勝だぞ。トップ率だとか、ラスはひかないようにだとか、そんな場所じゃないんだぞ。
80人の部員の青春背負ってんだぞ。

おい。

あたしは何をしている。
何を呆けている。
怖いのか、戦うのが。
違うだろ。
戦わずにおめおめ帰って、誰に顔向けできる。コーチにも咲にもキャプテンにも誰ひとり合わせる顔がない。
そっからの毎日が『もっとも怖いんじゃないか』。
去年身にしみてるだろ。知っているだろ。中途半端なあたしが、風越の泥を塗って、いろんな人から後ろ指刺されて、
あたしは堕落していった。
本当に怖いのはそれだろ。
バカかあたしは!

そう思っていたら、既にあたしは叫んでいた。
存在感だけでも、嵐の中に身を置きたかった。

南一局 ドラ ⑨
親 池田 配牌

六七七九③③⑥⑧888南西中

―なめるな

七巡目

六七七八九③③⑥⑦⑧888 ツモ 八 

―池田華菜を

打8

八巡目

六七七八八九③③⑥⑦⑧88 ツモ 九 

―天江…

打 六

九巡目

七七八八九九③③⑥⑦⑧88 ツモ ⑨

―清澄以外は眼中になしか…

打 ⑥

十巡目

七七八八九九③③⑦⑧⑨88 ツモ 7

―点差に胡坐をかいている君に

打 8

十一巡目

七七八八九九③③⑦⑧⑨78 ツモ 1

―目に物をみせてあげよう

打 ③

十二巡目

七七八八九九③⑦⑧⑨178 ツモ 1

「リーチせずにはいられないな・・・」

打 ③

バカなリーチだと思う。
バカな戦い方だと思う。
親なのだから、連荘を優先してさっさとあがってしまえばいいのだ。
それに、運命があるというのなら、それは天江に味方しているだろう。
天江はまた役満を張っているかもしれない。
せっかくあがれるのなら、あがってしまえばいい。
だが、それではだめなんだ。
それでは風越の大将として失格なんだ。
さらに付け加えるなら、この場にあたしを見せたかった。
あたしはずーずーしいんだ。ウザいんだ。その人間が、目立たなくてどうする。
リーチは、その気迫の、あたしのための証明だ。

次巡ツモッて来たのは字牌、北。生牌の北。
ツモ切るしかない。
だが、今度は堂々と切ってやる。

あたしにはわかってるんだ!

「ロ・・・ロン・・・」

西西西発発発白白白中中中北

わかってるんだ『そんなことは』!

あたしは込み上げてくる涙を殺した。
泣いてたまるものか、まだ、まだ負けてない。
終わってないんだ。

―南一局終了時―

衣    182600
アカギ  124700
加治木   90100
池田     2600


清々しくもあった。
ここまでやられると、もう、あたしのなかの何かが『切れた』。
目標は単純になった。
天江衣を倒す。シンプルな目標だけに。
その考えが、逆にあたしを冷静にした。
天江の河を見ると、やはり天江は清澄の現物を主に捨てている。
清澄を恐れ、逃げている。
方向が分かるなら、そこを撃てないかな。

南二局 親 衣 ドラ ⑧

十巡目

一一一⑦⑦33377白白北

もうひとつ見つけたことは、かつての天江の支配とは違い、こちらもあっさり聴牌できるということ。
誰もが高い手を張れる、そういう嵐にあるのかもしれない。
あたしはキャプテンのように一点読みなんて出来ないけど、うまくいくかな。
次巡、白をツモり、聴牌。
さらに次巡、7索をツモり、あがれば、四暗刻。
あたしは当たり前のように⑦筒を切った。
もうあたしの親はないんだ、ツモ上がりに、たとえ役満でも、衣が親でも、もう効果はさしてない。
あたしは直撃しか考えていなかった。

南が場に二枚切れている。
清澄の河と、天江の河だ。
今回は比較的字牌が河にあるから、天江の手に字一色はない。
さらに言うなら、天江は捨て牌で字一色を作る勢いだ。
理由は、清澄の捨て牌に字牌の種類が多いからである。
なら、南の『残り一枚』は天江から切られるんじゃあないか。
そうあたしは推測した。

「リーチ」

やはり、あたしは無意味なリーチをした。

こっちを向けよ。天江衣。
そういう理屈だ。

「ロン!32000!」

一一一333777白白白南 ロン 南

あーあ。ダブル扱いなら一気に差が縮まるのになぁ。
あ、けどそれならあたしはとっくに飛んでるか。

ハハ・・・ハハハ・・・アハハハハ・・・


南三局 親 アカギ


「つ・・・ツモ・・・地和・・・」




ホント・・・麻雀って非情だな…。

ため息を一つ吐いた。諦めではない。
清澄と鶴賀を見た。眼を見た。死んでない。
なら、あたしだって戦ってやる。
あたしは風越の大将なんだ。

南四局 親 加治木 ドラ 六萬

「ロン…11600…。一本場」

東東東六34[5] チー ①②③ チー ⑦⑧⑨ ロン 六 

恐らく『やり方』はあたしのと同じやり方だろう。きれいな一点読み。
キャプテンを彷彿させるアガリだった。やはり、死んでない。

―南四局終了時―

衣    171000
アカギ  108700
加治木   93700
池田    26600



あたしの出来ること・・・
ひたすらテンパイ。
さらに鶴賀のテンパイや衣からの直撃を祈る。
それを20回から30回位繰り返す。
そして天江から役満を直撃さえすれば、逆転だ。
まだだ。まだ終わらない!

なめるな、池田華菜を!











[19486] #12 大将戦 その6
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:14
―――衣は、生まれ変わりたかった。



衣の両親は共に国文学者であると同時に、裏の世界に通ずる者でもあった。
父は共生の跡取でもあり、関西共武会の代打ちでもあった。
代打ちとしての成績は三人兄弟の中で最も良く『竜に最も近い男』とまで言われたこともあった。
竜とも個人的にではあるが、一度戦ったことがあり、惜しくも敗れるも、その戦いは通り名に相応しいものだった。
しかし、その戦いを観戦していた彼の妻、衣の母は竜の『哭き』に魅せられてしまい、竜の下へ行ってしまう。
それから彼の運は落ち、代打ちとしても共生のトップとしても、相応しくない侠となってしまった。
共武会は代打ちの彼を解雇し、共生の会長の座からも引きずり降ろした。現在共生の会長は、共武会の幹部の人間が勤めている。
そして不要となった彼は、ヒットマンに追われる毎日を過ごすこととなった。
生活費が底を尽きかけた時、彼はコンビニ強盗をはたらいた。
盗んだ金を持って逃げた。
逃げて逃げて、逃げついた場所は、かつてよく利用していたマンション麻雀だった。
ちょうど卓が欠けていたので、朝まで打つことを条件に、匿ってもらうことになった。
運は落ちていても、経験と技術でカバーできると思っていた彼だったが、そこには『人鬼』がいた。
全てを失った彼は、最後の朝日を見て、銃声と共にその人生を終えた。

竜の下へ行った衣の母は、竜にその人生を尽くすことに決めた。
歳は離れていたが、母性のような感情もあったのかもしれない。過保護な保護者のように竜に付きまとった。
衣の父と同じく共武会の人間であった彼女が、一応は桜道会側の竜に付いたのに殺されなかったのは、
竜を共武会側へ引き入れようとする目論見があったためである。
しかし、最終的には桜道会の人間にばれてしまい、交通事故を装った形で、殺されてしまう。


衣へは、両親は事故死という形で告げられた。
しかし、真実は噂という形で広がりを見せた。
衣は学校で友達が出来なくなっていた。かつて友達であった者達も離れてしまった。
一時期は、衣に対して陰で暴力を振るう者さえ現れた。
いじめの殆どは、透華が止めに入ったり、最終的に透華による粛清という形で収拾がついた。
しかし、それでも全てのいじめが無くなったわけではなかった。
それは、衣が自分からいじめを受けにいっていたためである。
友達を無くした衣は、暴力を振るわれることで他者との繋がりを認識していた。
その不気味さから、いつしかいじめは無くなっていった。
透華、透華の集めた友人、執事のハギヨシ以外の者は、誰ひとり衣に、近づかなかった.
透華の父、雨宮が衣を屋敷に閉じ込めていたのは、そういう衣を想ってのことだったのかもしれない。
衣を、これ以上傷付けるわけにはいかない。兄に申し訳が立たない。そういうことだったのかもしれない。
しかし、当たり前の人生を味あわせたくもあった。だからこそ、竜に頼んだのかもしれない。


―――衣は、生まれ変わりたかった。



オーラス一本場。ドラは九萬。親は引き続き加治木。
その局も、もう十三巡を迎え、後半に差し掛かっていた。

衣 手牌  一一一二三四六七八九九九九 ツモ 四

この手を見て衣は感じる。これは、父が最期に張った手だ。
彼女は場を見渡した。

風越は二つ暗カンをしている。4索と6索。新ドラ表示牌は二枚とも八萬。つまり新ドラは九萬。
恐らくカンをした理由は、衣の海底と、あがったのは一度ではあるが『嶺上開花』を潰す為だろう。
他家の点数を上げる危険性があるが、今の彼女は、あがらせたら終わりなのだから、点数は関係ないのだろう。

鶴賀はヤオチュウ牌が主に見えていて、一見平凡な捨て牌だった。
門前の綺麗なタンピン系だろうか。

そして清澄は二巡前にリーチをかけている。
逆転には役満が条件であるが、衣は感じていた。
あれは、役満ではなく、満貫の形だ、この四萬はあたりだ、と。
しかし、ある条件が重なると、それはわからなくなる。そういう手だとも感じていた。

衣には三つの選択肢があった。
四萬を切りアカギに振り込むこと、九萬を暗カンして嶺上開花に賭けること、あるいはそれ以外の牌を切ることである。
三つ目は衣にとって論外だった。ハッキリしたものを、衣は欲していたのだから。
衣が欲していたのは、勝利ではなく、確認なのだから。
衣は感じていた。あの嶺上牌は、あがり牌の四萬であることを。
今の衣は海底牌と同じ牌の在りかを感じることができ、風越がカンをする前は、海底は四萬だった。
今、ツモも、海底も、嶺上も、自分の『血』の支配下だと、衣は思った。
だが、衣にはまだ、確認していない場所がある。
裏ドラ。
衣の『血』の支配が、そこにまで至るのなら、やはり衣は『このまま』なのである。
しかし、至らなければ、衣は、生まれ変わるのかもしれない。
そう衣は、信じていた。


真実を先に述べるなら、三人はある意味では衣の『血』の支配を超えていた。


池田 手牌 六六六1112 暗カン 4444 暗カン6666


池田はこの回であがることはまずない。
だが、海底を潰す暗カン、そして手牌の暗刻になっている六萬のうち二枚は嶺上牌から引いてきたものである。
六萬は、衣のもう一つのあがり牌である。


加治木 手牌 一①⑨19東東南西北白発中


加治木は、最も勝利に近い位置にいた。
もし衣が勝ち行き、九萬を暗カンしたのなら、それで鶴賀の逆転優勝が確定する。


しかし運命は、彼の手牌に全てを託した。


アカギ 手牌 ②②②⑨⑨⑨三三三五五五[五]

衣の九蓮の要である五を全て喰っている。
ただし、満貫の形。裏ドラが乗らなければ、逆転には至らない。




―――衣は、生まれ変わりたかった。


「ロン。リーチ三暗刻赤1・・・だが・・・俺の暗刻は…」


―――わかっておる!お前の暗刻は『そこ』にあるのだろう!?


衣はアカギに上回ってほしかった。自分の『呪われた血』の力を。


1枚目 ①


衣は、清めてもらいたかった。自分の支配を超えた彼になら、神域である彼になら、それが出来ると信じた。


2枚目 ①


衣は祈った。月(ほし)に願った。


(衣はもう我儘言わない!欲しい人形も我慢する!透華やハギヨシの言うことも聞く!だから・・・だから・・・)


3枚目 ・・・






衣の願いは、叶った。




衣の『魔』は、祓われた。




衣は大粒の涙を滝のように流した。生まれたての赤ん坊のように、大声で泣いた。











そして、清澄高校の優勝が決まった。






















[19486] #13 エピローグ 第一部終了 第二部開始
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 21:54
世界の麻雀競技人口は一億を超え、日本でも大規模な全国大会が毎年開催されます。
その話題は新聞の一面を飾ることもありますし、テレビ番組やネットでも大きく扱われる時もあります。
先日の県大会も地方紙だけではなく、各全国紙の一面にも載りました。
しかし、そこに載っていたのは、多くの人が注目するであろう白糸台高校の名ではなく、清澄高校の名でした。
決勝の前日に行われていた、一回戦、二回戦のことも併せて報道されていました。
一回戦、二回戦の内容も、一面を飾るにふさわしい話題性は持っていました。
しかし、その日は首相退陣の話題の方が大きかったみたいです。
清澄高校のことは各社の社説にも載りましたし、特集を組んだ所もありました。
右に倣う風習のある全国紙も、今回は意見が割れました。
清澄高校を賛美する所、批判する所、またはそのどちらでもなく過去からも比較し客観的に見ようとする所など、様々でした。
また、週刊誌では、暴力団が観戦していた、ということを書いている所もありました。
ネット上でも意見は割れました。若干批判の方が多かったです。暴力団の観戦も併せて、八百長ではないか、という意見が批判の大多数です。
しかし『彼ら』の闘牌に魅せられた者もいました。プロ雀士のブログ、直接彼らを見たフリーライターの記事等です。

良くも悪くも清澄高校は話題の的となり、校内に取材に来るテレビ局、記者は沢山いました。
部長である竹井久さんは、それらの全員からのインタビューに一人一人応えました。
全国大会を控えているので、全てを答えたわけではありませんでしたが、殆どの疑問点に答えました。
清澄に対するネガティブな印象を少しでも晴らしたかったからです。
久さんは、大会で見せた一見不可解な闘牌には意味があるということを、具体的例を挙げながら、記者たちに伝えました。
特にアカギさんの闘牌に関しては、彼女は饒舌でした。
彼女はここしばらく、一睡もしていませんでした。

後日、清澄高校は全国大会に向け合宿をすることになりました。
京太郎さんや、まこさんは、する必要はないのでは、という疑問を投げかけましたが、久さんは答えました。

「今回の『アカギ君の成績』不甲斐なかったでしょ?」

確かに、清澄高校は優勝できたものの、アカギさんの成績自体はマイナス約一万点でした。
アカギさんは、自分の運も衰えた、と言いましたが、久さんはそれを全否定し、あくまで実力不足を指摘しました。
それに対しまこさんは、自分の方が、と言いましたが、

「あれは私の責任だし、まこは傀君×3と戦っていたのよ?悪いのはアカギ君と私よ」

と答えました。
なら傀さんや竜さんを付き合わせる理由はないのでは、という問いに対しては、

「アカギ君を強くするには、強い人と戦わせるのが普通でしょ?なら傀君も竜君も連れて行くのも、やっぱり普通でしょ?」

と答えました。

合宿は藤田さんや久保さんの計らいもあり、最終的に四校合同合宿という形になりました。
藤田さんや久保さんの狙いは『選抜』に向けての優秀選手の確保のためです。
勝った側が負けた側を招待する形でしたが、各校の反応は好意的でした。
来年もある後輩のことを考える者もいれば、リベンジに燃える者、純粋に清澄高校の者に会いたいと思う者もいました。
例えば、原村和さんは、親友を泣かせた傀さんを倒したいと思っていますし、龍門渕透華さんは、周りには言っていませんが、竜さんに会いたいと思っています。
天江衣さんは早く『新しい自分』をアカギさんに見せたいとわくわくしています。
みんながみんな、その日を待ちわびていました。



そして、物語はその日へと続きます。




それではその日にまた、お会いしましょう。




そういえば、県大会優勝した記念に、清澄高校の六人は集合写真を撮ったのですが、彼らに写真は、まぁ、たまにはいいですね。





第一部 県大会編 おしまい  




 






[19486] あとがき
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:01
おわったーーーーーーーーーーー

ここまで読んでくださったみなさん本当にありがとうございました。
またこの作品を紹介してくださった近代麻雀漫画生活のいのけんさん、イラストを描いてくださったpixivの伊東さん、本当にありがとうございました。

三人が全然活躍しないストーリーでした。
三人はサブです。脇役です。
主役は久とか桃子とか天江とか池田とかたぶんそこらへんなんだと思います。
中心は咲-saki-です。


ちなみにあの三人は無能力者で、学園都市でいうならレベル0設定です。
スタンド使いでもありません。


第二部は合宿編です。


ここからは、クロスしている4作品以外にも他作品ネタが散りばめられているので注意してください。
バード、兎、凍牌、東大を出たけれど、ノーマーク爆牌党、どれも名作です。
みんな読もう。


















[19486] #14 須賀京太郎
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:14
―県大会決勝戦二週間後―
 

「メンドいなーこの仕事」

「でも他の人にまかせたくはないんでしょう」

「好きだしな。それで、そっちは大体決まったのか?」

「そうですね…。鶴賀の大将は清澄と当たった時の対応が良かったです。また、出場は個人戦だけですが、千曲東の巫藍子、もう少し見てみたいですね」

「おまえのとこのアレはいいの?」

「福路はその個人戦で優勝してますし、原村和も僅差で準優勝、メンバー入りは確実でしょう」

「あとは鶴賀の東横…『消える』そうだな」

「清澄の『竜』、原村には全て見えていたそうですし、咲はカン材だけは一瞬見えたそうです。D・Dや江崎あたりには通用しないかもしれませんが相手によってはあるいは…」

「んー。なんかもうさ、団体決勝の四校集めて合宿やらせよう」

「四校合同合宿?」

「そこでうちらが混ざって打てばいい。巫さんのとこには個別に出向こう」

「それはそうとして『彼ら』は来ますかね。個人戦には出てませんでしたが」

「清澄の三人か。そういえば…ああちょうどいい」

「?」

「今長野県で力の強い組といえば、桜道会、関西共武会、稲田組の三つだろ…」

「いきなりやくざの話ですか」

「縄張り争いということで抗争が絶えない」

「それが何か関係が?」

「抗争に消費される『弾丸』はどんどん警察に捕まって、組の消耗が無視できない状況まで来た、ということでもう抗争はやめて、縄張りをしっかり決めようということになった」

「その『決め』に麻雀でも?」

「そう…。でその代打ちに、桜道会には竜、共武会には白虎、稲田組にはアカギが選ばれた」

「もう一人は?たしか傀は…」

「参加するよ。実はこの『決め』を持ち出したのは清澄の竹井でな…竹井の要求は暴力団全員長野県から出てけ、ということで、清澄もその勝負の場につく。傀は清澄の代打ちだ」

「まさか…」

「話は長くなったが、合宿は『その宿』で行おう。竹井と話を合わせておく」

「ええ!?大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫」





◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 こいつらとはもう何回も打ったが、一度もラス以外をとったことがない。だが、今日は負けられない。なぜなら、今日は風越の超美人さんと、超巨乳さんがこの対局を見ているからだ。
 四校合同合宿、その初日。俺ら清澄は部長の用事もあり、宿に一番についた。部長たちの用事も終わり、合宿の集合時刻までまだ少し時間があったが、俺たちは卓を囲った。意外にもこの勝負を持ちかけたのはアカギだった(普段は俺が持ちかけてる)。場決めが終わり、賽が振られ、配牌が終わったあたりで、他の三校が部屋に入ってきた。部屋はギャラリーで埋め尽くされた。


東一局

東(親) 傀   25000
南   須賀  25000
西   アカギ 25000
北   竜   25000

ドラ  1索(表示牌9索)


須賀 配牌

二三七九⑨39東南北白発中


 いい女の前では負けられない。それもある。勝っていいところを見せてキャッキャウフフしたい。それもある。だが個人戦、俺が運だけで全国に駒を進めた、と同じく個人戦で全国行きを果たした二人には思われたくなかったからだ。こいつらには感謝している。毎回毎回ぶちのめされてるが、それでも俺は少しは強くなれている気がする。だからこそ個人戦勝ちすすめれたと思う。だからこそ、強くなっているからこそ、こいつらには勝ちたい。今度こそな。
 第一ツモは白。傀の第一打は白。流すか?この配牌。いや…『流れ』を見たい。流さない。なら何に向かう?何を切る?本当にこいつらだからだよな。こんなに第一打で考えるなんて。早くきらねーと竜から「早く打ちなよ、時の刻みは」うんたらかんたら言われちまう。だが、第一打ロンもあり得なくないからな…。ということで俺の第一打は現物の白。
 打、白は第一打ロン(人和は認めていないが)の警戒(普通ならバカバカしいな)もあるが、仮に後に国士に向かうとしたら、少しは迷彩になる、って理由だ。こいつらには大して意味はないが、食らいつくって点でもやはり前向きにいかなきゃな。
 次巡、今日は来てるのか?ツモは白。これなら、本当に東一局で国士?いい予感もするし、嫌な予感もする。国士に行くなら二、三、七、3の何れかに手をかけるが、俺はなるべくならこの3索は切りたくない。その理由は竜にちょっとしたトラウマがあるからだ。竜が3索を鳴く…。そしたら竜は必ず緑一色をあがっちまう。竜が3索鳴いたら、もうアカギも傀も止めれない。というかなぜか俺が振り込んじまう状況ができちまう。それだけは避けたい。俺は打七萬を選択した。捨て牌は、2巡連続傀と同じ。
 

3巡目 須賀手牌

二三九⑨39東南北白白発中 ツモ 発 打 三

4巡目 

二九⑨39東南北白白発発中 ツモ 北 打 ⑨


 4巡目、対子の重なりから、俺は国士を捨てた。しかしなんだ…これは。


傀 捨て牌


白七三⑨


アカギ 捨て牌


南西⑧⑨


竜 捨て牌

八八四[五]  ※[]内の牌は赤牌。


 4巡目にして嫌な気配…。筒子か索子の染めに向かっている竜はともかく、4巡連続傀と同じ牌を、俺が捨てていることだ。(マネ満は認めていない)これは弱気からくるものなのか?負ける?まさか一局で…。おいおい、らしくないぞ須賀京太郎、緊張しているのか?うしろに美少女がいるだけで。振り込んだらかっこ悪いって…。いや、そんなことはない。手なりで進めたら、偶然傀の現物を切っていた…それだけ……なわけないよな。
 つまり、一局目で仕掛けてきやがった、ってことか…。


5巡目 須賀 手牌


二九39東南北北白白発発中 ツモ 9 打 中


6巡目

二九399東南北北白白発発 ツモ 南 打 二



 無駄ヅモ無し。ホンローチートイが見えてきた。だが、相変わらず俺の捨て牌は傀と同じ。俺の心の弱さを、付け込まれている?だが、手がそうなっちまっている…。鳴くに鳴けない手牌…流れを変えようにも変えれない。この局は降りるか?いやダメだ。これだけの『もの』をもらっておきながら行かないなんて、それこそかっこわりい。まだ…。
 
「ポン…」

 同巡、傀が鳴いた。アカギが切ったドラの1索を鳴いた。打九萬。仕掛けてきた?何を?わからない。ツモ番が回ってきた。ツモは…西。アカギが二巡目に切っている西。今切り飛ばせる牌は、九萬、3索、東、西…。自然と九萬に手をかけてしまう自分がこえぇ…。いや傀が、か?なら流れを変えるためにそれ以外を切るか?3索は?ダメだ。


竜の捨て牌  八八四[五]④


 索子の染めが…臭う…。(普段はそんなこと思わないんだろうな)3索をポンなんて十分ありえる。東は?生牌だ。切りたくない。なら、アカギの現物の西なら…。俺は西に手をかけた…。


(『御無礼』


一一一①①①東東西西 ポン 111 )


 …!!?今のイメージ。あたりか?東、西…。嫌、考えすぎだ…と前の俺なら思ってた。だが、この『予感』は、個人戦で相当助けられた。今は、この『予感』を信じる。だが、結局切ることになるのか、この九萬…。
 同巡アカギは打二萬………。そして…。

「リーチ」

 相変わらずだ。こっちが傀や竜にばっかり気を取られてたら、いきなりきやがる。まったく気配がない。距離が離れてると思ったら、いきなり背後に居て、ポンと肩をたたいてくる。そういう寒気のする麻雀、相変わらずだ。しかし、まだ東一局なのに、なんだ?全員エンジン全開か?やくざの代打ち勝負、不完全燃焼だったのか?
 さらに同巡竜打⑧筒。やはり索子。というかこいつはど真ん中というか、生牌でもなんでも躊躇いもなく切って行く。だが、殆ど振り込まない。部長曰く、振り込む時は何らかの意図があって、つまりわざと、らしい、見えているのか?
 そして…。

「カン」

 鳴いた。傀がツモ切った⑦筒を鳴いた。索子じゃ、ない…。というか傀が鳴かせるなんて、傀は張っているのか?やはり。

「カン」

 今度は暗カン。②筒。

「カン」

 連カン…。⑤筒。そして打③筒。テンパイ…だよな。まだ10巡にもなってないのに、なぜそんなに牌が固まっている。相変わらずだ。相変わらずの、強運。


竜 手牌


???? カン ⑦⑦⑦⑦ 暗カン ②②②② 暗カン ⑤[⑤][⑤]⑤

捨て牌

八八四[五]④⑧③


新ドラ 3索 7索 9索  (表示牌 2索 6索 8索)

 クソ…。索子は王牌にでも固まってん…のか?
 傀の番。傀はツモった時、一瞬手を止めた。何かを言おうとしたように見えたが、それをやめ、ツモ切った。切った牌は一萬。まさかアガリ放棄?それとも暗カン?(俺の『予感』通りなら暗カンか?)

 

須賀 手牌


399東南南西北北白白発発 ツモ 西 


 打3か東でテンパイ・・・・。


須賀捨て牌


白七三⑨中二九


アカギ捨て牌


南西⑧⑨中1(東家ポン)二(リーチ)


竜捨て牌


八八四[五]④⑧③


傀捨て牌


白七三⑨中二九⑦(北家カン)一


 
 思い返してみるに、傀の打⑦筒、打一萬以外、全員全部手出し。やはり、エンジン全開、だったのだろうな。そして、全員テンパイ、か。思い返してみるに、やっぱり俺はビクついていたんだな。美少女が後ろにいるってだけで。まだ東一局だが、エンジン全開の三人に対し、俺は戦ってるって感じがしなかった。悪いな。アカギ、傀、竜。
 さあ、どっちを切る?3索か東。両方生牌だ。降りはしない。この一打くらいは勝負しないとな。かつての俺なら、竜は混一だから、待ちは字牌。3索は通る、って思うんだろうな。竜の待ちは3索だ。ヒントは俺の心。竜は相手の心の終着点を読む。なら東か?東は『予感』では傀のアタリ牌だった。だが、今その線は消えた。(東西のシャボの形は現在存在しない)なら、状況は予感を超えている、ということか。だとしたら、東切り…。


・・・・・・・・・・

 俺は3索を選択した。『予感』はあくまでも今の俺の力。上に進むなら、変わらなきゃならない。だからこそ、あえて俺は『予感』、つまり一秒前の俺を信じない。予感前提の推理を信用しない。あいつらに並び、いつか追い越すために。


・・・・・・・・・・


三つの声がそろった。


傀 手牌


一一一九九①①①12 ポン 111 ロン 3


アカギ 手牌


三四五六六六3777789 ロン 3


竜 手牌

③③③3  カン ⑦⑦⑦⑦ 暗カン ②②②② 暗カン ⑤[⑤][⑤]⑤ ロン 3





・・・・・・・


「三家和だ。さあ東一局一本場、行こうぜ!」







第二部 合宿編



















[19486] #15 宮永咲 その1
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:15
 久しぶりに見た京ちゃんは、強くなっていた。結局、東三局で飛んじゃったけど、四連続三家和なんて初めて見た。私は清澄の副将、竜君の後ろから見ていたけど、もう四人が四人とも相手の手牌、そして山まで透けて見えているような、そんな対局だった。



 東一局、竜君の手牌は最終的に


③③③3 カン ⑦⑦⑦⑦ 暗カン ②②②② 暗カン ⑤[⑤][⑤]⑤


 だった。最後の手出しは③筒。つまりもう一回暗カンできて、四槓子を確定できた。でもしなかったのは、上家の3索単騎、下家の辺3索待ち、そして、京ちゃんの打3索を読んでのことだったんだと思う。次の嶺上牌は東だったし、待ちは変えれない。しかも、その東を切ってしまえば、京ちゃんは次巡東を切ってかわしてしまう。さらに最後の3索は………『次のドラ表示牌』に…(一瞬…【見え】た…?)。
 流局でも、三家和による流局と変わらないんだから、結局最後はカンしても良かったのかもしれない。しかし、流れというものがあるなら(そんなの私は見れないけど)あれが正解だったのかな…私にはわからない。本当の目的はもっと別にあるのかもしれない。
 少し前の私だったら、この場所で打ちたいって思っていたのかな。でもその時は、怖くて入りたくなかった。
 県大会団体戦後、私の調子はいいものとは言えなかった。部での成績も落ちた。ちょっと前までは『嶺上使い』って言われてたけど、その名は、今では竜君のもの、みたい…。あれ以来、カンをすることが怖くなった。
 チャンカンはこれまで、何回かされたことはあったし、だからと言ってカンが怖くなったことなんて無かった。そういうこともあるのが麻雀。でも…あれは違った。私が、牌が見えていることを、竜君は…利用…そう利用した。『嶺上開花』は私だけの世界、その私の唯一の自信を、竜君は粉々に破壊した。
 京ちゃんたちの対局が終了した途端、原村さんが飛び出した。清澄の先鋒、傀君に勝負を申し込んだ。原村さんは中学の時同級生だった優希ちゃんと仲良しで、その優希ちゃんは県大会で傀君に負けちゃって、その仇を討ちたいって。私も、申し込もうかな…竜君に。
 そう思っていたら、原村さんに感化されてか、竜君には龍門渕の副将さんが申し込んでた。次に龍門渕の大将が清澄の大将、アカギ君に、鶴賀の大将が傀君にと、私は完全に出遅れた感じがした。

「はーいそこまで」

 パンパンと手を叩いて騒ぐ場を制したのは清澄の中堅さんだった。

「みんな長旅の疲れもあるでしょうし、今日はここまでにして、温泉にでも行きましょう」

「い、いやです。今、今打たせてください!」

 反発したのは原村さんだった。

「安心して、傀君たちは逃げないわ、よね」

 清澄の中堅さんは彼らの方に笑顔を向けた。眼は、笑っていなかった。

「傀君たちは、さっきの対局の前にも打っていてね、疲れてもう今はベストコンディションじゃない『かも』しれないわ。どうせ戦うなら、最善の状態の方がいいでしょ?風越女子の原村さん」

 そう説得され、原村さんは引いた。原村さんは、傀君に対し「明日、絶対打ってもらいますからね!」と言って、傀君は「わかりました」とだけ言ってニヤリと微笑んだ。その眼は、ちょっと怖かった。
 場が解散され、みんなはそれぞれの行動をした。温泉に行く人、外で運動をする人、卓球を打ちにいく人、部屋でゆっくりする人と様々だった。私は温泉に行こうとしたけど、竜君が外に出るのを見て、その後を追った。竜君は宿から出た入口のそばで、煙草を吸っていた。

「あの…未成年…ですよね?タバコはやめた方が…」

 失礼かもと思ったけど、私は…話しかけてしまった。

「俺は誰の指図も受けない…」

「そう…ですか…」

 少し、子供っぽいって思って…私は心の中でクスっと笑った。けど、思ったよりも親しみやすいのかも、とも思えた。少し近づけた、気がした。

「あの…明日…」

「……」

 私は、何を言おうとしてるんだろう。

「明日、私と…私と打って…くれませんか?」

 なんで、こんなにドキドキしているんだろう。まるで、告白のような…。私は、何を血迷ったことを…しているんだろう。この人と打つのは、怖かったはずなのに、なんで…だろう…。でも…。

「席が空いていたのなら、勝手にすればいい」

 そういって竜君は、どこかに行ってしまった。OKってことかな今の返事。動機が治まらない。体が、胸の方が少し熱くなっているのを感じる。…温泉に行こう…。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一人、温泉に浸かりながら私は考えた。この合宿の意義、それは何か…。清澄は全国に行く。その清澄の強化(そんな必要があるのか疑問だけど)、そして来年のある私たちのためのもの…。個人戦の全国出場を決めたキャプテンのためのもの(私や原村さんも行くけど)。清澄と打つことで、私は強くなるの?鶴賀や、龍門渕と打つことで、私は…克服できるのかな。怖いってこと。でも、私は申し込んでしまった。明日…私は竜君と打つ。

「宮永…さん?」

「原村さん」

 原村さんが入ってきた。やっぱり、凄い胸。私は目を自分の胸に下ろしたけど、少し虚しくなって、ため息をついた。

「どうしました?」

「ん!?…い、いやなんでもないよ。それにしても二人っきりって、久しぶりだね」

「そうですね」

「明日、傀君と打つの?」

「はい。絶対倒します」

「そう…。私もね、竜君に申し込んだんだ…」

「そうなんですか?でも…宮永さん…」

「うん。自分でもね、何してるんだろって思った。私全国に行くのに、このままじゃって…のあったのかな?」

「宮永さんは十分強いです」

「でも、ずっと私…カン、してない」

「あんなのはオカルトです。今の宮永さんの方が強いと思います」

「そう…かな」

「そうです」

 原村さんは、なんでもきっぱり言う。そう言われると、そうかなとも思ってしまうくらい、原村さんは強い。でも、私は…納得がしたい。自分のなりたい、ありたい自分でいたい。
 沈黙が数十秒続いた。温泉から見える景色は、山は、綺麗だった。

「嶺上、開花…」

「?どうかしましたか宮永さん」

「山の上で花が咲くって意味…森林限界を超えた高い山の上…そこに花が咲くこともある…おんなじ、私の名前と…。私はその花のように…花のように…つよ・・・く・・・」

「宮永さん?」

 なぜか、涙が出てきてしまった。どうしよう…止まらない…。

「宮永…さん」

 原村さんは、やさしく私を抱き寄せてくれた。頭を、撫でてくれた。原村さんの胸は、温かかった。

「明日、絶対勝ちましょう…」

「・・・うん・・・」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 温泉から出たら、京ちゃんに会った。少し、背が伸びてた。

「久しぶり、京ちゃん…」

「お、咲か…」

 京ちゃんは私から少し目をそらした。意識、してるのかな。私の浴衣姿。

「私は、お邪魔でしょうか」

 そういって原村さんは行ってしまった。少し、怒っているような印象を、その声に受けた。勘違いしちゃったかな。私と京ちゃん。別に彼氏彼女じゃないのに。

「ああ!待って」

 ああなるほど、京ちゃんは私を意識して目をそらしたんじゃなくて、原村さんを見てたんだ。

「ふーん」

 私は京ちゃんに笑顔を送った。目は笑っていない。

「な、なんだよ咲」

「別に…」

 それから、少し京ちゃんと話した。そして色々なことを知った。竜君のこと、やくざのこと、そして、死んでいった人たち。私には想像も出来ない場所に、竜君はいた。竜君は悲しみの中戦っている。竜君の打つ麻雀は、私たちの打つ麻雀とは性質が違う。勝てなくて、怖くて当然、なのかもしれない。
 じゃあなんで、竜君は一高校にすぎない清澄で打って、大会にも出ているんだろう。なんでこんな合宿に参加しているんだろう。

「さぁな…あいつのことはよくわからねぇ。けどよ、べつにいいんじゃねぇか?あいつはやりたいことしかやらない。押し付けられて何かをすることを嫌う奴だ。でもここにいるってことは、あいつがここにいたいからいるってことで、とにかく俺たちがどうこう考える必要なんてねぇのさ」

「そう…なのかな。でも、ありがとう京ちゃん」

 少し楽になった。












[19486] #16 宮永咲 その2 
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:15
 その日、卓に付いたのは私と、上家に昨日申し込んでいた龍門渕の副将さん、下家に清澄の次鋒さん、そして対面に竜君。やっぱり緊張してきた。龍門渕の副将さん、たしか透華さんだっけ。透華さんも緊張しているのか、そわそわしていた。

「よ、よろしくお願いします…」

 声にもその緊張は出ている印象。大会の時は、うるさかったり、落ち込んでいたりとよくわからない人だったけど…そういえば、透華さんも二戦目なんだ。竜君と打つの。

「さぁて、はじめるかのう?竜と打つのはひさしぶりじゃのう」

 変なしゃべり方…。方言?たしか、染谷さん。この人は次鋒戦、散々だったな。でも、あれはこの人の所為って感じじゃなくて、だれが打ってもそうなっていたと思う。この人以外の三人が、三人とも何かおかしかった。あり得ない流れ、っていうのかな。ああいうの。その中でこの人は良く戦っていたと思う。特に終盤は生き生きしていて、自分の麻雀って感じだったし。
 山が上がり、賽が回る。鼓動のペースが速くなるのがわかる。団体戦とはまた違った緊張があって、私にとって…何か大切な一局になってしまうような、そんな予感がした。手が震える。手が冷たい。牌をこぼさないよう、私は慎重に牌を取った。



東一局  ドラ 北(表示牌 西)
東家 透華(親)  25000
南家 咲    25000
西家 染谷   25000
北家 竜    25000





咲 配牌

三七九④⑤1579南南西中


 役牌が対子…。くらいか…。この局もたぶん違う。そもそも、来るのかな。

第一ツモ 西 打 三
第二ツモ 中 打 七
第三ツモ ⑨ 打 ⑨
第四ツモ 白 打 白
第五ツモ 九 打 9
第六ツモ ④ 打 7

・・・・・・

 暗刻らない。調子が戻る感じがしない。そんな中

「リーチですわ!」

 上家からのリーチ、透華さんの甲高い声だった。この人はこっちの方が自分の麻雀らしいけど、明らかにあの暗くて静かな方が強かったと思う。本調子だったはずの私が、まったくカンが出来なかったあの支配は、もう経験したくない。


透華 捨て牌

⑨白97一北1(リーチ)


 私の第七ツモは⑤筒で、またも対子。原村さんにとってはこれはいい流れなのかな?けど私は、これは私の流れじゃない。ここずっと、こんな感じだ。上がれる気もしない。私は現物の1索を切った。

「チーじゃ」

 染谷さんが鳴いた。2、3索持ちの両面チー。そして次巡

「ツモ!300・500」


五六七八八45789 チー123 ツモ 6


「おっと…忘れとったわ…」

 そう言って染谷さんは眼鏡を外した。そう言えば大会の時は外してたっけ。それより、一般的に見れば勿体ないアガリ。しかも、3索の方を引いてきたら上がれない形。

「あなた!私の親リーをそんな手で!」

「いかんかのう?」

 少し、私に似ているのかもしれない。
 続く東二局。私の調子は相変わらずだったけど

「ツモ!メンホン中。満貫じゃ」

 4巡目でのツモ、染谷さんの調子は良かった。流れというのはよくわからないけど、そんなにも簡単に動かせるものなのかな。この流れは、さっきの両面チーの結果なのかな。でも

「ツモりましてよ。3000・6000ですわ!」

 透華さんは確かデジタル。次局、まるでそんなオカルトはあり得ないと言っているかのような、反逆の跳満を仕上げた。(オカルトチックだけど)

「これで逆転ですわ」

「まだ東三局じゃぞ?気が早よおて」

「わ…そんなことわかっていますわ!」

「ん?あんさどうしたん?」

 確かに、透華さんの様子は少しおかしい。呼吸が少し荒いような、そして顔も少し赤くなっていて…

「な…!……さあ!次ですわ次!」

 この取り乱し。この人もしかして。

「ほほう…もしやお前さん」

 染谷さんが煽った。この人…あまり性格が良くないのかな?
 
「あ!違いますわ!そんなことありませんわ!そんなこと!」

「わしはまだ何もいっちょらんぞ」

 やっぱり透華さんは、竜君を意識してる。竜君の前だから、こんなんなんだ。でも、染谷さんも、わざわざそんな反応を引っ張り出す必要もないのに…。

「それなら…わしも負けられんのう…」

「え?」

 染谷さんは小さくつぶやいた。その声は透華さんにははっきりとは届かなかったけど、私には聞こえた。この人も意識している。私は…すごい卓に付いてしまった。そして…。

「ツモ…」


一二①②③④④ チー 123 暗カン ⑤[⑤][⑤]⑤  ツモ 三

 
ドラ 西(表示牌 南) 新ドラ ⑤(表示牌 ④)


 東ラス、嶺上開花、三色ドラ4 赤2の倍ヅモ。竜君のアガリだ。変わらない。あの時と変わってない。まるで、時が止まっていて、竜君だけ自由に動いているような、まるで心が持って行かれてしまうような、そんな鳴き、そんなアガリ…。
鳴いたら上がる。京ちゃんはそう言っていた。一般的に、鳴き麻雀っていうのはデメリットが多いと言われている。でも、それでもアガって、竜君は勝ち続けてきた。竜君は自分の麻雀を信じているのだと思う。今の私とは、違う。私は自信が持てない。私の麻雀は…勝てない…竜君に勝てない。そんなの、そんな麻雀を信じることなんて…できないんだ。


東4局終了時

透華 25500
咲  9700
染谷 21100
竜(親) 43700


 竜君の親は続く。またも鳴き、またもアガり、またも魅せる。二度目の倍ヅモは私たち三人と竜君の差を具体的な光で照らした。私の点数は残り1600点。東場で、飛んでしまう。せっかくの竜君との対局を…こんな形で…。私は、まだ何もしていないのに。
 一本場、私は牌山に手を伸ばすことが出来なかった。手が固まって、動かなかった。
 
「どうしましたの?」

「どっか具合でも悪うなったか?」

「あの・・・・・その・・・・・私…」

 変わるんだと、思っていた。何か…何かが。竜君と戦うことで何かが。でも、変わらない。変わるどころか。裁判で判決を言い渡された被告のように、もう何もかもが、未来までもが黒い光に貫かれてしまって…私はもう……もう、麻雀が……麻雀が出来…。

「あンたに一つだけ教えてやる…。俺が哭くのは勝つからではない。勝負において、信じられるのは己だけ」

「え・・・?」

 聞こえた。確かに竜君の声が聞こえた。さっきまで固まってた手が、私の手が…動く。私は何か、何か勘違いをしていたのかもしれない。もう少しだけ…もう少しだけ、頑張ってみよう。負けてもいい。もう一度だけ…信じよう。


東4局一本場終了時

透華 17400
咲  1600
染谷 13000
竜(親) 68000



 東4局二本場、私の配牌、ツモは相変わらずの中途半端な対子系で、とても上がれそうにない。気分ひとつで麻雀が変われたらどれだけ楽だろうか。7巡目、染谷さんが透華さんから北をポンして、次に私から9索をチーした。奇妙なのは、染谷さんは北と9索は既に手出しで切っていた牌だったということ。透華さんや、私から出させるため?それにしても…

「ずいぶんと遠回りじゃったが…」


1334599 ポン 北北北 チー 789  ツモ 2 

ドラ無し。役牌、混一(食い下がり) 1000・2000の二本場


 北も9索は暗刻から落としている。

「お前からは喰えるとは思っとらんからのお」

 竜君のツモを喰いとるため…か。ずいぶんとシンプルなオカルトだと思う。それでも効果はあるのだろうか。けどやっぱり、それにしても報われない点数。そう何度も通用はしないだろうし、竜君相手に流れを維持できるとも思えない。その証拠か、次局も染谷さんは上がったけど、その点数は300・500。喰って喰っての単騎待ちの形で、苦しく、明らかに牌勢は落ちているのが目に見えた。
 私の点数はもう100点。自信は、一応は持っているつもり。だけど、それに牌が答えてくれない。そんなオカルトはやっぱり無いんだろうか。
 南二局、親は私。最後の親。相変わらずの対子止まり。場は染谷さんの足掻きもあってか、竜君の勢いも落ちている感じで平たい。何も起きなければ流局してしまうような空気があった。

咲 手牌

三三四四九②⑨7889西西

 もう14巡が過ぎていて、七対子でならリャンシャンテン。一般的には悪くはないけど、暗刻が…私には来てほしい。そんな中、竜君から西が切られた。

「え?」

 思わず声を出してしまった。あり得ない、と思った。竜君は私に鳴かせてくれるとは思ってなかったからだ。それともこれは竜君のミス?ますますあり得ない。何か、何かあるんだ。透華さんが牌山に手を伸ばす。

「まっ、待ってください!すみません、ポンします」

 でも、考えている暇はない。罠でも、鳴こう…。
 次巡ツモって来たのは三萬、さらに次巡四萬。

咲 手牌

三三三四四四九889  ポン 西西西

 罠かもしれないけど、それでも何かが変わってきた。最終的にはマイナスになるのかもしれない。でも、もし何もしないで死んだら、絶対後悔する。
 さらに次巡、西をツモった。嶺上牌は8索。いつもなら九萬や9索を重ねた後にカンをして嶺上開花に行くけど、今は、今カンしよう。
 私はその後現物だった9索の方を切った。結果は流局。テンパイしたのは、私と竜君。

咲 手牌

三三三四四四九888 カン 西西西西

竜 手牌

五五五五六七八九九九発発発


 上がり目は無し…でも、一歩前進ってことにしよう。


南二局終了時

透華   14200
咲(親)   1600
染谷   17200
竜    67000



「一本場です」
 


 私は大きく息を吸って、少しでも自分を鼓舞するように、言った
 









[19486] #17 宮永咲 その3
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:15
 強くなったのは自分を変えていったから。同じところに留まらないで前に進んだから。そんな感じのことを京ちゃんは言っていた。確かに京ちゃんは変わった(変わってないところもあるけど)。麻雀においては昔は猪突猛進って感じだったけど、あの対局では、止まるところではしっかり止まって場を冷静に見る力、そんな所が京ちゃんにはあった。
 私も、京ちゃんのように変わった方がいいのだろうか。でも変わるっていうのは、過去の自分を否定するってことだと思う。過去の自分を捨てることが、私にはできるのだろうか。はっきり言って怖い。
私はこれまで自分の麻雀に、戦い方に自信があった。でもそれは勝ち続けてきたから…。家族での麻雀でも、お年玉を巻き上げられるのが嫌だったから負けていただけで勝負とは程遠いものだったし、勝負に関してなら、私は負け知らずだった。つまり私の持っていた自信なんてものは、薄っぺらの、濡れたらすぐ破けてしまう紙、あっさり崩れてしまう豆腐のようなものだったってことなんだ。一回負けただけで、自分には上がいるって知っただけで崩壊してしまうんだから。そんな自信なら、捨ててしまった方がいいのかな。
 でも…竜君の言葉が、引っかかる…。

「竜君は負けたことはあるの?」

 昨日、私は京ちゃんにそう質問した。そしたら京ちゃんは

「竜に同じ質問をしてみな。『…勝てば生、負ければ死…。それだけのこと…』って返すからよ。何かっこつけてんだかな。あいつも」

 負けることを許されなかった。それが竜君…なんだ。京ちゃんの話では、竜君は部に入る前はずっと一人だった。勝つから自信を持つとか、負けるから過去の自分を捨てて新しい自分に変わるとか、そういう世界に竜君はいない。自分しかいないんだ。信じれるのが自分しかいない。どうしようもないから、そうしているだけなんだ。
 
「ツモ…500オールの一本場です」

咲 手牌 

四五六九九③④⑤12666 ツモ 3

ツモのみ 

 染谷さんのマネって感じなのかな。流れが移動したのか、あっさりツモれた。前の私なら、ここからスタートするんだっけ。山に登るように、少しずつ体を空気に慣らしていくように、手を少しずつ高くしていく。そして最後に山のてっぺんで、強く咲き誇る。それが、私の麻雀。それが私の歴史。
 これから、私は自信を持ってそれを敢行すればいいのか。でも、相手は私より遥か高みにいる、山よりも雲よりも高い所にいる竜君。思い返せば、竜君は大会で頂点に登った私に、青い雷(いかずち)を落とした。今回もそうなら、私は何のために登るの?負けるとわかっているのに私は登るの?ダメだ…。ドロドロした気色悪い何かが、私の頭の中でグルグルと回っていて、私の思考を犯している。感情の起伏も激しい。もう少ししたら、眩暈や吐き気に襲われるのかも…。
 
「ツモ。1000オールは1200オールです」

南二局二本場

咲 手牌

③④⑧⑧234678 カン(加カン)⑥⑥⑥⑥ ツモ [⑤] 

タンヤオ赤1


 それでも世界は廻っているし、それでも局は進む。私の歴史が引き起こした習性のようなものなのか、現出した結果は、私がまた一歩山頂に向けて歩を進めたという事実だった。私は、どうしたいの?納得できる自分でありたい?納得できる自分って何?どう戦えばいいの…。私は、私の戦い方しか知らない…出来ない。

「ポン」
南二局三本場 ドラ②筒(表示牌 ③筒)

咲 手牌

②②③[⑤]⑦⑧⑧⑧  ポン 三三三 ポン 発発発

 ここから何を切ろう。打③筒で⑥筒待ち、打⑦筒で④待ちになる。嶺上牌は⑧筒。二番目の嶺上牌は⑥筒。登るなら、打③筒…。発をツモって加カンすれば、そのまま発、嶺上開花、ドラ2赤1の満ヅモ。でも…。

染谷 捨て牌

⑤三二56三(上家ポン)
③79一⑤⑥(下家チー)
 
 一萬以降はツモ切り、国士を臭わせていた。まだ張ってる感じじゃないけど、発をツモってカンした時にはアタリ…。そんな感じがする…。その原因みたいなのが竜君の両面チー(④[⑤])と、2索の加カン。新ドラは⑦筒(表示牌⑥筒)だった。まるで私の流れを阻止するかのように、単なるたった一つの鳴きなのに、そう思えてしまう。登ると…いけない。そんな気が強まってきた。
 私の選択は

打赤⑤筒…。

 論理的に選択した牌じゃなかった。気が付いたら切っていた。示した結果は『一旦戻る』だった。登るのが怖かった。私の自信など、私の歴史など、恐怖の前ではちっぽけな存在なんだと思った。だけど…。

透華 打①筒

「!?…チー!」

 鳴いた。鳴けた。私は打②筒でテンパイした。そして次巡にはあっさりツモった。

咲 手牌

⑦⑧⑧⑧ チー①②③ ポン 三三三 ポン 発発発 ツモ ⑨

役牌ドラ2 2000オールの三本場


 この一連の流れに、少し私は拍子抜けした。牌が見えていたわけじゃないけど、流れが見える人は意図的にこういうことが出来るんだろうか。あっさりと、竜君が鳴いたのにアガってしまった。いや、冷静に見ればここは下がっていいんだ。下がったことで受けが広がったんだし…もしかして、答えはこんなにも単純なことなのかもしれない。
 

南二局三本場終了時

透華 10100
咲(親)13900
染谷 13100
竜  62900


 とどのつまり、私は山を見ていなかったんだ。見ていなかったから、山を恐れたりもしなかった。山の恐ろしさなんて、知らなかった。私も、昔の京ちゃんと同じだった。竜君はそれを私に見せくれた。竜君はたぶん、そんなこと意識なんてしてないだろうけど。でも、やっぱり竜君のおかげだ。
 私は登ることを辞めなくていい。山さえ見ていれば、信念を捨てなくても、前に進むことが出来る。自分を…信じれる。勝てる勝てないじゃない…。変わる変わらないじゃない…。こんな…こんなにも単純なことを実行すればいいだけだったんだ。山は動かず、あり続けるんだから。
 だから…。


「ツモ!嶺上開花!」


 私は咲き誇っていいんだ!

南4局 四本場

咲 手牌 

⑦⑧⑨⑨⑨99東東東 カン(加カン) ⑤[⑤][⑤]⑤  ツモ ⑨

役牌 嶺上開花  赤2 

4000オールの四本場

 少しずつ、少しずつ登ろう。そうすればいつかは着くんだから。

「ツモ…」


南二局五本場 ドラ7索(表示牌6索) 新ドラ七萬(表示牌六萬)

竜 手牌

2223477 ポン 七七七 暗カン ⑦⑦⑦⑦  ツモ 7

タンヤオ 三色同刻 嶺上開花 ドラ6

4000・8000の五本場


 さすが竜君。簡単には登らせてくれない。でも大丈夫。もう、私は折れない。


南二局五本場終了時

透華 1200
咲(親)18600
染谷 4200
竜  76000


「竜君…」

 南三局…。山が上がる。賽が回る。私の心臓の鼓動は、最初のころとは比べものにならないくらいゆったりとしていた。

「この対局が終わっても、また打とうよ…。私、もっともっと竜君と打ちたい…」

 私はまっすぐ竜君の瞳を見て、感謝の意をその言葉に込めた。届かなくてもいい。私が言いたかっただけなんだから。

「え?…。そんな…。竜さん…また、わたくしとも打ってくださいますよね?今回は、たまたま私、調子が悪かっただけですわ!」

 透華さんが私の後を追って言った。そっか、透華さんもそうだっけ…。

「もてもてじゃのぉ、竜」

 染谷さんも…。やっぱりすごい卓についちゃったな・・・。

「勝負はまだ終わっていない…。早くツモりな…」

 微かに、竜君が笑っているように見えた…。




南三局 親 染谷 ドラ 南(表示牌 東)

咲 配牌

一四①②②②③[⑤]39南発中

 なんだろう。大きく何かが変わる気がする。悪い予感はしない。何か…。

咲 手牌

第一ツモ ② 打 一  四①②②②②③[⑤]39南発中
第二ツモ ① 打 9  四①①②②②②③[⑤]3南発中
第三ツモ ③ 打 3  四①①②②②②③③[⑤]南発中
第四ツモ ③ 打 四  ①①②②②②③③③[⑤]南発中
第五ツモ ① 打 発  ①①①②②②②③③③[⑤]南中
第六ツモ ④ 打 中  ①①①②②②②③③③④[⑤]南
第七ツモ ③ 打 南  ①①①②②②②③③③③④[⑤]


 ……来た。あと少しで…頂上。
 しかし、私は次の瞬間目を疑った。竜君の…打①筒だ。

「え・・・?」

 竜君が、私に振り込むなんて…そんなことがあるなんて…。いったい、どういう形で切ったのだろう…。それとも、これは罠?どういう。ただの振り込みに、どんな意図がある?
 仮にこのままアガった場合、12000点。点差は明らかに離れているし、逆転にはならない。また、嶺上牌は④筒…その次が⑦筒で連カン出来ないから、このままアガっても、カンしても同じ12000点。意図は、局を流すってことなのだろうか。

「鳴かないのか?」

「え…?」

 鳴くどころか、アタリ牌なのに。竜君にはもしかして見えていないの?私の手牌が。それとも…ここは哭くべきだと、竜君は言っているの?何かが、変わる感じがする…。鳴いても同じなら、哭こう…。

「カン!」

 嶺上牌は④筒。

「ツモりました…。12000の責任払いです」

「…カンドラをめくってくれ」

「あ・・・はい…」


 これまでカンドラが乗ったことなんて無かった。それが牌が見える代償だと思っていたから。それに、あまりの出来事だから忘れていた。
 ドラ表示牌は⑨筒…つまりドラは①筒だった。12000の手が、三倍満の24000点になった。

②②②②③③③③④[⑤] カン ①①①① ツモ ④ 

清一(食い下がりで5役) 嶺上開花 ドラ4 赤1 24000


「す・・・すみません…24000です…」

 少し、恥ずかしかった。でもカンドラが乗るなんて…。これが変化?そういえば、竜君は鳴けばよくカンドラが乗る。これは竜君に近づいてるってことなのだろうか。少しの戸惑いと、少しの嬉しさが、その時あった。私は、まだまだ強くなるんだ。そう思ったら、勇気というかやる気というか、そういうプラスの粒子のようなものが、胸の中心から体の隅々まで広がっていく、そういう感覚がした。


南三局終了時

透華  1200
咲   42600
染谷(親) 4200
竜   52000




近づいてきた。あれだけ絶望的点差だったのに、近づいた。点差も、力も…。そしてオーラス…。信じられない配牌が降りてきた。



咲 配牌


[⑤]3東東東南南南西西北北北


 初めて見る…こんなわけのわからない配牌。これが運というものなんだって、私は確信した。親の竜君から切られた第一打は西…。

「ポン!」
 私はノータイムで発声し、そして3索に手をかけた。だけど、その時ふと京ちゃんとの会話を思い出した。竜君が3索を鳴く…。そしたら必ず緑一色を竜君はアガる。そう、京ちゃんは言っていた。あまりにも信じがたい、オカルトどころではない話。
 その時私は四槓子をアガれる感じがしていた。その最後の嶺上牌は感覚では赤⑤筒で、それがそのまま3索を切る理由になっていた。切ったらアガる。怖いもの見たさというより、竜君への興味から、そのオカルト話の真実を見てみたい気もしていた。その魔性のような魅力が、竜君にはあった。
 もはやその時私自身に、成長や、変化や、勝利などといったキーワードは存在せず、あるのは好奇心だけとなってしまった。そしてその好奇心に、私は身を委ねた。

「ポン」

 竜君が・・・哭いた。
 牌が、青白く光って見えた。

 そして切られた牌は、北…。

「カン!」

 またもノータイムで発声した。その間におそらくコンマ1秒もなかったと思う。早く、早く結末を知りたかった。私と、竜君だけの世界の結末を。

「カン!!」

 嶺上牌は西…。見える、牌が見える。さらに次の牌は南、次は東…それも見える。私は哭いた。

「カン!!!」

「カン!!!!」

咲 手牌

[⑤] カン(加カン) 西西西西 カン 北北北北 暗カン 東東東東 暗カン 南南南南

 そして最後の嶺上牌に私は手を伸ばした。あれは…あれは[⑤]筒…。これで…ついに、やっとわたしは………。

 引いてきたのは・・・3索・・・。そんな…。
 いや…そっか…。そうだよね…。

「・・・まだ・・・まだ、か…」

 私は、一息ついて少し自分を落ち着かせた。竜君の魔性に、魅せられちゃってた。京ちゃんなら、止めていただろうな、この牌…。そして…アガっている。勝てたんだ…私、あっさりと。


「終わったな…」


竜 手牌

2222444466 ポン 333  ロン 3


緑一色 48000


南四局終了

透華 1200
咲  -5400
染谷 4200
竜  100000



 負けた―!!!!!!!!!!!!



「竜君!もう一回!!」







「ふっ…」





また、竜君が笑った。











[19486] #18 竹井久 その1
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:16
 やくざの縄張り争いに一段落したことに私は安心した。打った半荘は三回。結果は、関西共部会の代打ち、白虎の一人負けで、他の三人は同点となった。その闘牌を見た組長さんたちが感動して、関西共部会を除いて、二組で領土を二分する形で落ち着いた。もちろん、私たち清澄高校付近には入ることを禁止した形。正直言って長野県から出ていってほしかったけど、うまくいかないものね。でも、緊張から解き放たれた私は、心置きなく四校合同合宿を楽しめることになった。三人には感謝している。
 四校合同合宿の目的。それは、私たち清澄の強化が第一だけど、県大会決勝、共に戦った者同士の親交を深める意味もある。リベンジに燃える人も多いからか、勝った側の私たちが招待する形になったけど、快く承諾してくれて嬉しかった。また藤田プロや、風越のコーチも混じり、ある調査をする目的もある。
 合宿初日、長旅の疲れなどを理由に、全員を自由時間にして解散させたけど、正直な理由は私自身疲れていたのもあった。部屋に戻った私は倒れこむように寝た。まだ昼の三時だったけど、そのまま翌日の朝の六時、つまり現在に至った。誰かが毛布をかけてくれていた。まこだろうか。アカギ君なら嬉しいけど、それは無いだろうな。
 合宿のメニューは九時からで、それまで少し時間があって、とりあえず湯に浸かりたかったものだったから私は温泉に向かった。まだ早いにも関わらず、先客がいた。アカギ君だった。ちなみにここは混浴で、殆どの時間は女子の誰かがいるものだから、アカギ君は人のいない時間を狙ってきたのだと思う。つまり、私はついていた。
 アカギ君は奥の方の湯に浸かっていて、朝の山の景色を眺めていた。私はその隣まで行った。もちろん、タオルで隠すところは隠している。

「やっほー、アカギ君」

「あ…おはようございます。部長」

 びっくりした様子ではなくて少し残念だったけど、心の中ではどうなのか、やっぱり気になった。

「にしても早いね」

「部長こそ」

 会話はそこで止まった。その後は、私もアカギ君もぼーっと景色を眺めていた。とてつもなく静かで、とてつもなく幸せな思いに包まれた私は、自然を頬が緩んだ。しばらく時間が止まってくれたら…。そんなお姫様のような馬鹿げた妄想が自分にも訪れる日が来たことに、私は感謝した。しかしそんな幻想も数分で解体された。

「アカギー!」

 耳に障るサルのような声が背後からしたと思ったら、その音源はアカギ君の後ろから抱きついた。タオルで隠すべきところも隠さずに。もっとも、隠すほどの胸も無かった子供だったが。

「あ?なんだ?天江か…」

「アカギ!遊ぼう!」

 馴れ馴れしいわね。

「天江さん…どうしたのこんな時間に」

 なるべく笑顔を保つつもりで話しかけたが、たぶん笑っていなかったかもしれない。

「衣はアカギを探しに来た。部屋にいなかったからな」

「合宿のメニューは九時からよ?その時間になれば、嫌というほど打てるわよ」

 帰れ。

「衣は早くアカギと打ちたい!」

「ふー。やれやれ…。とりあえず離れろ…。打ってやるから…。今からな。部長、動かせる自動卓あります?」

「え…えぇ一応…でもアカギ君ちょっと待って面子はどうするの?」

「二人でも麻雀はできますよ。あの『二人麻雀』…」

「あ…そっか…。でも待って……。私も混ぜて」

 あれを、なぜか他の女の子とやってほしくなかった。

「別にいいですけど。部長どうかしました?」

「なんでもないわよ!」

 潰す。天江衣…。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 面子はなぜか四人になった。見かけた風越の部長さんが、私も入れさせてくださいって。その人は個人戦優勝者で全国に駒を進めた人で、アカギ君や天江(心の中ではもう呼び捨てにする)のような相手と打ちたいのはわかるけど、どうもそうには見えない。さっきから私の方をチラチラ見ているような…。でも、この子とももう一度打ってみたかったのもあったから、まあいいか。どこかで見覚えがあるような。でも思い出せない。
 計八つの自動卓のある広間にたったの四人。場は当然の如く静かで、わずかな音も広間に響いた。やけに緊張感のある空気で、まるで県大会の再現だった。誰か、2、3人でもいいからギャラリーが来てくれないだろうか。この重い空気…好きだけど、今は気分じゃない。

「アカギ、前の衣と思うなよ」

 賽のボタンを押した天江が切り出した。

「ほう…どう違うんだ?」

「衣の支配は、もっと広がったぞ」

「……広がった…か。あれから……。……楽しみだな」

 広がった?たしか彼女の支配は『海底撈月』。他者のテンパイ率を下げ、自分は海底であがる…。そういう力。でもそれは、満月の夜ほど高くなるもので、朝の現在ではその支配は格段に落ちるはず。それが、広がる?

「あの県大会決勝の後半みたいな感じかな?」

 一応、質問してみた。後半の天江の支配は『海底撈月』とは明らかに違う、『豪運』による圧倒的支配だった。その支配を『ものにした』としたら…。

「いや『アレ』はもう衣には無い。アカギに『打ちこんだ』からな…。それに『アレ』は衣のではない。だが『コレ』は衣のものだ」

 『打ち込んだ』…。オーラスのあれか。唯一支配の届かなかった裏ドラ。その直撃を受けて、天江の中で何かが変わったのだろうか。

「アレとかコレとかわかんないなぁ」

「打てばわかる」

 いちいちカンに障る。まあいいわ。『ソレ』もろ共叩き潰してやるわ。






[19486] #19 福路美穂子 その1 
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:16
東一局

東家 アカギ(親)  25000
南家 福路     25000
西家 竹井     25000
北家 天江     25000

(上埜さんを見かけたからついてきてしまってこうなってしまったけど、空気が重いというか、ピリピリする)

 竹井の表情は一応は笑顔だがその眼は笑ってなかった。一方天江の方は、竹井から発せられているプレッシャーを気にもかけておらず、アカギとすぐに打ちたい、そういう思いでいっぱいだった。

(それにしても、やっぱり上埜さんは私のことを覚えていない。個人戦では当たらなかったし、直接対決は県大会決勝以来になるけど。この合宿でも、上埜さんとは打てる回数は限られているし、少しでも多く打ちたい。三年前のインターミドルで私を苦しめたあの不思議な打ち回しを、もっと見たい)

 竹井久ともう一度打つ。福路の目的はそれもあったが、天江衣と打ちたい気持ちもあった。後世のために、天江の言う新しい支配の調査、そして後輩の池田華菜のために。

「ツモりました。700・1300です」

 5巡。早い段階で福路はアガった。今はまだ朝。夜でも満月でもない今、天江の支配は弱い。天江の新しい力についても、まだわかるわけもない。しかし福路には気になる点があった。それは彼女の視点移動。視えないはずの、相手の手牌を比較的よく視ていた。河よりも。海底よりも。そして次に山も視ていた。これも視えるはずのないものだった。


「リーチ」

 東二局、6巡目で天江からリーチが入る。これまで、彼女のリーチは海底一巡前が比較的に多かった。一発で確実にツモれるためである。

「ツモ…2000・4000」

 そのツモは一発。しかし、その形は不自然なものだった。


天江手牌

三四五六六六3566667 ツモ 3

リーチ一発ツモタンヤオ(40符)

2000・4000

捨て牌

南西⑧⑨中二(リーチ)


 最後の二萬を残しておけば、一、四、七、二、五萬待ちの多面張。それを捨てての3索単騎の不合理な待ち。海底一巡前なら理解は出来るが、今回はそうではない。

「あらー?アカギ君のまねかしら?」

 竹井が言った。表情は穏やかだったが、声からは嫌味のように聞こえる。あの形は合宿初日の、清澄男子四人の対局、その東一局のアカギの手牌、その形に似ていた。



◆ ◆ ◆



清澄男子戦東一局


アカギ手牌

二三四五六六六777789

捨て牌

南西⑧⑨中1(対面ポン)


 この形なら1索を切った時にリーチでも十分よかったのかもしれない。だが、次巡3索をツモってきており、1索をポンした対面の傀はその時には辺3索待ちになっていて、リーチをしていたら振り込んでいた。リーチ自重。アカギの後ろで見ていた福路は、そこまでは理解できた。
 しかし彼女は、3索単騎のリーチは意味が分からなかった。後の下家の竜君の3索切りを防ぐためなのか、それとも三家和に合わせるためなのか…、謎が多いリーチだった。


◆ ◆ ◆

(そういえば、アカギ君も悪待ちが多かったわね)

 そう福路は思い出した。

「『貴様』と同じにするな…」

 竹井の嫌味に対し、天江が返した。

「あら?何のことかしらね天江さん」

「ま……まぁまぁ、そこらへんで…」

 重い。ピリピリしている。そんな空気を、彼女は何とかなだめようとした。

「ククク…まぁ、違うだろうな…その待ちは…」

「ほう…もう分かったのかアカギ」

「まぁ、だいたいな…」

「えー教えてよー」

「なに、難しいものでもありません。部長もすぐにわかりますよ」

 アカギの発言から、今のアガリに、天江の新しい力が隠されている、ということらしい。だが、福路には見当もつかなかった。
 東3局、またも早い段階で結果が現れた。5巡目の竹井の振り込みである。相手は天江。

天江手牌

四③④[⑤]123456789 ロン 四

一通赤1 5200

天江捨て牌

⑨北南②


 またも不可解な単騎待ち。天江衣に関しては、不可解な待ち自体は珍しいものでもない。相手の心理を突いての変則待ち、直撃狙いは大会でもよく見られた。

(そう華菜に対してもしてきたように)

 この待ちはそうにも見えない。天江は竹井とはこれが初戦。心理を読むための基盤はまだ出来ていない。

(もしかしたら、心理ではないものが視えているのかもしれない。例えば、相手の手牌を全て透けて…。いや、早計すぎる…かな。そうミスリードさせる……アカギ君のような戦術の一つかもしれない。でも、天江さんがそうするようにも思えない。天江さんは純粋な印象を受けるし、これまで彼女は感覚で打ってきたのだから)

 福路は思考を巡らす。しかし、開始数分もたたない今の段階で、結論が出せるものでもなかった。


東三局終了時

アカギ  21700
福路   23700
竹井   17100
衣    37500


 東四局は流局した。

「残念だ…。この局でアカギに止めを刺せると思ったのに…」

衣手牌 

四四四五五五⑦⑦⑦333北


四暗刻単騎。県大会決勝、その後半の『豪運』がまだ残っているとも思わせるような形だった。

「そう…うまくいくもんじゃない、ってこと……ノーテンだ…」

「ノーテンだと?張っているだろう。もう衣にはそういうブラフは通じないぞ」

 アカギは福路の方に目だけを向けた。その目は、何を言おうとしているのかを、彼女は考えた。彼女の手もテンパイの形だった。


福路手牌

一二三四[五]六七八九南南北北

(普通なら、テンパイ宣言…。でも…行ってみよう…)

「ノーテンです…」

 福路は天江の反応を見た。特に、注目もしなかった。

(アカギ君のみを意識しているのかな…。それとも…アカギ君のは『視えていて』私のは『視えていない』?それに、さっきから気になるのは天江さんの視点移動。この四局とも、その焦点は、第一に相手の手牌、第二に山、第三に河だった。河に関しては殆ど見ていないに近い。そして…今の出来事…。勘ってのは当たるものなのかしら)

「ククク……天江……どうやら今回の俺の相手はお前じゃないみたいだ…」

「なんだと?どういうことだアカギ」


 この対局は自分とアカギだけのものであり、他はただのモブ。そう思っていた天江にとっては意外な一言だった。

「それは聞き捨てならないわねアカギ君」

 名前すら呼ばれなかった竹井にとっては、怒りの感情もその言葉に込めていた。


(これはかなり厄介…まるで傀と打っている気分だ……面白い…)

(風越の部長さんか・・・確か…)

「福路美穂子…さん、だったわよね?」

「え?…ええ」

 眼中には無かったが、アカギに『指名』されたのもあり、竹井は福路を意識した。

「どっかで、見たことあるんだけど…前、会ったかしら…」

 真実はそうであっても、竹井に声をかけられた福路にはそんなことは知る由もない。ただ、単純に嬉しかった。

「はい…インターミドルで…三年前の…」

「あれ…?ちょっと待って…。あ…もしよければ、その右目開けてもらえるかしら」

「え…?あ・・・はい…」

 左右非対称の色をした彼女は、その青い瞳を他人に見せるのは恥ずかしいのか、普段は閉じている。

「あー思い出したわ。なんで忘れていたのかしら。こんなに綺麗な瞳の子なのに」

「あ…ありがとうございます……」

「え?なぜお礼?」

「え?あ、いえ……その、思い出してくれて…」

 顔を赤らめた福路は急にもじもじし始めた。

「おい、次行くぞ。早く牌を卓に戻してくれ」

 不機嫌そうに天江が急かした。そのぷくっとした表情を見て、竹井は無言でニヤニヤした。



東四局一本場 親 天江

「リーチ…」

 9巡目にアカギからリーチが入った。問題はそこではなく、アカギのリーチ後、天江が現物オンリー、完全に降りにまわった、ということだった。福路は最初は天江にはまだ、アカギへのトラウマがあるのかと思った。だが、先の推理通り、相手の手牌が視えているのなら、あるいは山も見えているのならアカギのリーチは怖くないはずである。
 5巡後…

「ツモ」


アカギ手牌

 三四[五]七八九③③③456西 ツモ 西

リーチツモ赤1

1000・2000の一本場

捨て牌

南北⑧⑨13
西一二(リーチ)五⑤西



 単騎待ちに対してはもはや誰も驚かなかった。驚愕すべき点は、捨て牌に西が『2枚』ある点であり、フリテンの単騎待ちである点であった。しかも、二枚目の西はリーチ後である。
 その意味を理解できたのは、天江衣ただ一人であり、天江はまたもアカギに恐怖を覚えた。


東四局一本場終了時

アカギ  25000
福路   21600
竹井   15000
天江   38400








[19486] #20 福路美穂子 その2 
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:16
 最も最悪の待ちは何か。竹井久は時々考える。待ちが悪ければ悪いほど、彼女の和了率は上がる。非合理的だが、帰納的推論から彼女は『もうそういうものなんだ』と割り切ってしまっている。相手の心理を読み切って、結果的に悪待ちになるアカギや、最速のルートを辿った結果悪待ちになる天江とも違う。それらの目的のための過程をすっ飛ばして、ただ悪待ちに向かう。それが、竹井久の麻雀のメカニズム。

(だから…)

南一局 親 アカギ ドラ 三萬(表示牌二萬)

竹井手牌

②  チー 二三四 ポン ⑦⑦⑦ ポン 777 ポン 北北北

 このような、形になると竹井は安心する。悪待ちの一種と言える裸単騎。警戒が真っ先にされ、まず出アガリは厳しくなる。また、単騎待ちゆえに、待ちは少ない。しかも、この形の最も悲惨なところは、役が無いことである。それでも竹井は安心する。それでもアガってしまうのだ、と。

「カン」

 竹井は7索を加カンした。

(たとえば、こういうこととかね…)

「竜君じゃないけど…ごめんなさい、ツモっちゃったわ」


竹井手牌

②  チー 二三四 ポン ⑦⑦⑦ ポン 北北北 加カン 7777 ツモ ②

「あら…新ドラ乗っちゃった。3000・6000ね」

新ドラ 7索(表示牌6索)

嶺上開花ドラ5 3000・6000


南一局終了時

アカギ  19000
福路   18600
竹井   27000
天江   35400



(さすが、上埜さん…といったところね…。そしてこの局も天江さんの打ち方には違和感があった。上埜さんが裸単騎になったとたんに攻めっ気が無くなっていた。やはり、視えていた、っていうのは私の考えすぎで、実際は視えていないのかしら。あるいは『視えないことがわかっている』…とか。うん。そっちの方が筋が通るわね)

南二局 親 福路 ドラ 北(表示牌 東)

 福路は天江の視点移動に対し集中的に観察した。南二局が開始されたとたん、天江が他家の手牌を眺めているのを、福路は観た。まだ何も切られていないのになぜ視ているのか。それをもう少し詳しく観るため、彼女は理牌の速度を少し落とし、さらに天江の眼球の動きを観た。

(『視ている』時間が、一定じゃない。寧ろ、極端に…まるで『視ていない』ポイントがある。全ての牌が視えているなら、おそらくそれはない。ふふふ。わかってきたわ。天江さん…)

 福路の推理はこうである。天江は牌が透けて視えている。だが、全ての牌が視えているわけではない。天江の視点移動の観察の結果、同じ種類の牌の4枚中3枚が視えている。過去の観察記録も統合し、福路はそう結論付けた。

(ならここからは簡単ね)

「天江さん。ロンです…一盃口のみ。2000です」

「うっ…」


福路手牌

①①②②③③345789二 ロン 二

一盃口(40符) 2000


(視えていない牌でこっそり待てばいい)

 福路は天江の視点移動から、何が視えていないかがわかる。今回の場合。彼女の手牌では①筒、③筒、7索、9索、二萬が天江には視えていなかった。天江から福路の手牌を視れば

?①②②?③345?89?


 の形であり、テンパイしているかもわからない。今回天江からアガれたのは偶然だが、天江にとっては不規則な待ちでの直撃のため、衝撃は大きかった。

(この程度の能力を誇っていたなんて…天江さんも結構子供なのね。新しいおもちゃが手に入って、自慢している子供みたい。それにしても華菜…。華菜を苦しめたものが、こんな小物だったなんて…)

 表には出さなかったが、彼女の心中は落胆を含んだ怒りで満ち溢れていた。


南二局一本場、福路の観察は続く。

(今度は殆どが視えていない。なら…)

「リーチ」

(リー棒一本。もう11巡目で、天江さんの手も肥えている頃だろうけど、これで天江さんは降りるんじゃないかしら…ふふふ…)

 状況は福路の予想した通りになり、天江は降り、そして彼女は難なくタンピンの2600オール(一本場)をツモった。
 彼女の観察はさらに鋭さを増し、二本場に3900(4500)を、三本場に7700(8600)を天江から奪った。


南二局三本場終了時

アカギ  16300
福路   41800
竹井   24300
天江   17600



 不可解な待ちに3度振り込んだ衣は、その表情に自信を無くしていた。体格相応の年齢の子供のように、その状況に怯えていた。県大会決勝のアカギと戦っていた時のように。

(まだよ…まだよ天江さん…。私と華菜の無念は、そんなもので晴れるものではないわ。華菜は一年苦しんで、そしてまた一年苦しむのよ。一年、自分を責め続けてきた華菜が、またもう一年…。天江さん。あなたには、この合宿で、二度と私に挑めないよう、そのメンタルを再起不能にしてあげる)

 福路は次にアカギの方を見た。

(アカギ君…。天江さんの謎が解けたのはあなたのおかげでもあるけど、でも、あなたも華菜を苦しめた人の一人。まだ、動きを見せてこないけど、来ても返り討ちにしてあげるから…)




南二局四本場 ドラ 九萬(表示牌 八萬)

 既に天江の心は限界に来ており、かつ、この流れを何とかしなくてはと思っていた。そんな天江が選択した道は、差し込み。天江から視えているアカギの手牌は


アカギ手牌

二二三三四四①②③78北北


 という形であり、奇跡的にすべての牌が視えていた。天江はアカギの待ちである6、9索のうち9索を持っていた。役は一盃口のみの安手(北は自風のため平和はつかない)、差し込みには絶好の形だった。無人島でSOSの信号を空のヘリに送るように、助けを求めるように天江は9索を切った。しかし、アカギはスル―。見向きもしなかった。天江の表情はさらに絶望感を増した。
 その光景を、もちろん福路は見逃さなかった。

(あの9索…差し込みね。王子様に助けを求めた…か。残念だったわね天江さん。天江さんの視点移動から、アカギ君の手は全部視えている。9索は、間違いなくアタリ牌…)

 福路も手牌に余り牌という形で9索を所持していた。


福路 手牌

七七八八九九九九349西西


(アカギ君は今ラス…。直撃を奪いたいとしたら、当然私から。直撃狙いの麻雀は、彼もする。当然山越しだってする。天江さんの差し込みの見逃しは、私からの直撃狙いの布石、と言ったところかしら。私はそんな陳腐な作戦には引っかかりませんよ?)

 福路のこの考察は、次の瞬間に崩れ去った。
 天江からの差し込み拒否の同巡、アカギは9索をツモ切った。

「え?……」

 福路は思わず声を出してしまった。

「あ…その…すみません。なんでもありません……」

(どういうこと?その牌を切ったら…私からの直撃は出来ない。ツモアガリもしない…。狙いは一体何…?)

「通るのか?」

「え・・・えぇ…」

「なら…リーチだ…」

 ますます福路には理解できなかった。差し込みも、ツモアガリも拒否してのリーチ…。メリットなどどこにもない戦術…。
 福路は同巡2索をツモる。9索が安牌と知った今、躊躇わず打9索でテンパイにとった。しかし、リーチは自重した。

「ツモ…一発・・・裏は二つ…3000・6000の四本場…」


アカギ手牌

二二三三四四①②③78北北 ツモ 9索

裏ドラ 北(表示牌西) 

リーチ 一発 ツモ 一盃口 裏2 3000・6000の4本場


(これは…こんなことが・・・。偶然?それとも、彼も視えているの?)

「ふー。……やっぱり手ごわいなあんた…。まったく…堅い」

 アカギは福路を指した。

「あ・・・はい・・・?」

 若干混乱気味だった彼女の反応は鈍かった。

「こうでもしなきゃあんたは揺るがないからな…」

(まさか…私を動揺させる為『だけ』に今のリーチを…?もしかしてツモる確証なんて、無かったの?……。そんな、いやあり得るわ。彼は県大会決勝。負けられないはずの戦いでも、平然とノーテンリーチをした。しかも、その結果はまったく報われないものだった。でも華菜は、それに惑わされた…。鶴賀は、それで足を止められた…)



南三局 親 竹井 ドラ四萬(表示牌 三萬)


「リーチ」

アカギ捨て牌

北(リーチ)


 そのダブルリーチは福路を思考の迷宮に引きずり込んだ。

(ダブル…リーチ…。待ちは…まったくわからない。一応、手牌に北(現物)はあるけど
…。この局は降りれるだけ降りるわ…)

福路手牌

二三四①②③⑤347南西北

(これだけの配牌をもらって降りないといけないなんて。でも『観察』は捨て牌が観えての観察…。ダブリ―はどうしようもないわ…)
「チー」

 同巡、天江が竹井から、2索を鳴いた。3、4索を持っての両面チーだった。

(天江さん…流れを変えようとしているの?)

「カン」

 次巡。ダブリ―をしたアカギが8索暗カンをした。新ドラ表示牌は7索…。つまり新ドラは8索。ドラ4が確定した。

(なんて…運…。いや…この光景…)

 福路は県大会決勝、大将戦を思い出した。その前半戦東一局、東二局とほぼ同じ光景だったからだ。アカギがリーチ後、暗カンをし、カンドラが乗る。その光景と。しかも、その時のアカギのリーチはノーテンだった。

(まさか、このリーチ……ノーテン?…じゃあなんで。あ・・・)

 暗カンが入ったことにより、その局の海底は天江…。つまり、自分が降りることで…天江が海底をツモるかもしれない。そう福路は思ってしまった。

(いや・・・それなら筋が通るわ。ダブリ―をしたのは、その時の海底が天江さんだから。暗カンをしたのは、天江さんがチーをして海底がずれたから(暗カンをすれば海底は天江さんに戻る)。天江さんにもう一度流れを掴まして、私を削るつもりね。確かに、自分の麻雀は比較的に堅いものだと思う。振り込みもほとんどしない。だけど、流れを掴んだ天江さんには、振り込むかもしれない。天江さんには牌が視えている。さっきのアカギ君のように、全ての牌が透けてしまう…そういうこともあるかも…)

 福路は降りず、最速でアガる道に切り替えた。

(ノーテンなら…攻めれる。上埜さんや、天江さんに今流れは無い。これだけの配牌をもらっている私には、まだ勢いがあるわ)

福路手牌

第一ツモ 2索 打 北 二三四①②③⑤2347南西
第二ツモ 6索 打 西 二三四①②③⑤23467南
第三ツモ 8索 打 南 二三四①②③⑤234678
第四ツモ ①筒

(4連続有効牌…流れはある。打⑤筒を切れば三色付きもある。ここはリーチもかけよう。今は、何を切っても通るのだから)

「リー……」



「通らないな…。…ロン」

「は・・・・・?」

(え?)

アカギ手牌

七八九[⑤][⑤]⑥⑦⑧東東 暗カン 8888 ロン ⑤

ダブリ―ドラ4赤2(裏ドラ無し)   16000



(…………やられた………完全に私…乱されてる……)

 彼女の敗因を述べるなら、考える必要もない部分まで思考を巡らしてしまった点である。アカギのダブリ―の意図など、あるいは天江の『海底撈月』など、考える必要など無かったのだ。そこまで考えてしまったのは、アカギのミステリアス性を含んだ戦術に、福路が呑まれてしまったからかもしれない。




南三局終了時

アカギ  45500
福路   19400
竹井   20900
天江   14200



南四局  親  天江 ドラ9索(表示牌1索)


 オーラス、天江に流れが訪れた。『海底撈月』の支配である。満月でない今…その支配は弱く、この半荘に訪れるかどうかもわからなかった支配だが、ようやく訪れた。

「衣は、やっぱりこっちの方がいい…」

 海底一巡前(海底はアカギ)天江は⑤筒を暗カン(海底は天江)し、そしてリーチした。当然のように、結果は一発ツモに終わった。

五六七九九九777① 暗カン ⑤[⑤][⑤]⑤

リーチ 一発ツモ 海底撈月赤2



南四局終了時

アカギ 39500
福路  13400
竹井  14900
天江  32200


「満月だったら…これで衣がドラを乗せて勝っていたんだからなアカギ!」

「おいおいまだ勝負は終わってないぜ。お前親だろ。連荘しろよ」

「当然だ!」

(もう流れは来ない…かな…)

 福路は半ばあきらめていた。ずっと開いていた右目も、もう閉じていた。

「キャプテン!!!」

後ろから、後輩の声…。池田華菜が、そこにいた。

「華菜?どうしてここに?」

「どうしてって部屋にいなかったですから…探していたら、ここにキャプテンがいて…ってそれより、キャプテンあきらめないでください!」

「え?私…そんな」

「諦めてますよ!背中からそんな感じ、伝わってきます!」

「ククク…言われちまったな…」

「うるさいな、お前は黙ってろ。一年のくせにキャプテンに向かって…」

「いえ…いいのよ華菜…ありがとう…。でも私、諦めてたわ。風越のキャプテン、失格ね」

 その声は、半分涙声となっていた。

「そんなこと!無いですよキャプテン。情けないこと言わないでください」

「ええ。…だから、私は…もう一度頑張るわ。華菜が経験した絶望…それとは程遠い点差…まだ逆転もできるわ。私…あきらめないわ」

「キャプテン!」

「おい。話は終わったか?賽を回すぞ」

「ふん!天江衣!あれであたしに勝ったと思うなよ!この合宿で、お前をギッタンギッタンにしてやるんだからな!」

(合宿…そうね…合宿はまだ…始まったばかりだわ……)



南四局一本場 


「あのさぁ…」
 
 竹井が頭を掻きながら言った。

「上埜…さん?」

「あ、私の旧姓知ってるの?あ、そっか三年前は上埜だったわね。いやそれより、ちょっと私が空気かなーって思ってさ」

「それが…どうかしましたか?部長?」

「つまりさ、私が言いたいのは…あ、そこの風越の大将じゃないけど…」

 竹井は一度大きなため息をした。

「そろそろまぜろよ!ってことよ!」

「パクんなし!!」


四校合同合宿は、まだまだつづく













[19486] #21 天江衣
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:17
 県大会決勝を終えた天江衣は、その翌日、これまで一度も入らなかった今は亡き祖父の書斎に足を踏み入れた。祖父のことについては、幼いころの記憶では、天江にとっては畏怖の存在であったからか、近寄りがたく、記憶も殆ど無かった。その男は、怪物と言われていたからである。
 両親を失い、友人を失った頃、天江は祖父を意識し始めた。祖父も自分のように孤独だったのかと思うようになった。その頃に一度、天江は祖父の書斎の扉の前までには行った。しかし、その扉から発せられる邪気のような何かが、やはり彼女を怯えさせ、結局は入らず仕舞いだった。
 アカギと打ったことにより、天江はまたも祖父を思い出した。しかしそれはこれまでとは違い、より明確なヴィジョンとして彼女の意識の中に現れた。決勝戦後半、まるでその祖父の力が自分に宿ったかのような麻雀は、彼女の祖父に対する恐怖を興味という形に変貌させた。
 書斎の中は特に変わったものではなく、入ってみれば何ともない部屋だった。しばらく誰も入っていなかったものだからか、書物にせよ、机にせよ、椅子にせよ、殆どのものに埃がたまっており、1センチ以上も積っているところもあった。天江が動くたびに埃が舞い、彼女はむせながらも部屋の中を見回った。
 机の上には黒い長方形の箱があり、その中には麻雀牌があった。その麻雀牌は透明のガラスで出来ていた。そのシンプルなデザインと、発せられる冷たい空気に天江は魅せられた。彼女はその牌について、部屋の外に待機していた鈴木という黒服に聞いた。(書斎は黒服の許可を得て入室している)
 鷲巣麻雀のこと、アカギのことを知った天江は自分の部屋にそのガラス牌を持って帰り、部屋の中でそれをじっと何時間も何時間も見続けた。それは毎日続き、個人戦にも出ず、その日も部屋で一人その牌に触れていた。天江はその牌を見て、触れることでその牌の持つ歴史を感じていた。そしてある日、普通の透けてない牌がガラスのように透けて視えるようになった。彼女はそれを、運命と思った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



南四局一本場 親 天江 ドラ 4索(表示牌3索)

アカギ  39500
福路   13400
竹井   14900
天江   32200


天江 配牌


一三七①③1113東南北白発


 この局、天江は最速でアガれる確信があった。これから八巡、天江が取る7つのツモ牌は、2索、二萬、①筒、①筒、1索、『黒牌』、①筒。
 勢いは継続されており、テンパイだけなら1索ツモの時点でテンパイ。天江には嶺上牌も当然見えており、嶺上牌は発。四枚目の①筒をツモった後暗カンをし、嶺上開花でアガる。それが最速のルート。
 牌が透けて視える。最初はそれは海底牌だけであったが、後に海底と同じ牌、同じ種類牌の四枚中一枚、四枚中二枚、と視える範囲は次第に伸びてきた。現在は四枚中三枚の牌及び、海底牌と同じ種類の牌が透けて視えている。満月の夜ならば、全ての牌が視えるのかもしれない。
 しかし、福路は四局で、アカギは一局でその能力を看破した。合理性よりもむしろ、感覚を重点に置いて打ってきた天江にとって、嫌でも合理的に打つことを重んじられるこの一人鷲巣麻雀が慣れたものでは無かったのもあったが、アカギはともかく、福路美穂子の対応力に関しては完全にイレギュラーだった。
 異能が、またも凡能に苦しめられる。福路への連続の振り込み、そして彼女が弱まったのは、祖父もこうだったのか、と祖父の経験を追体験している思いになったからである。一人だった彼女も、そしてその祖父も異能であり、孤高の存在であった。
 彼女が望んだものは、奇幻な手合い、同じ異能の類だった。相手が異能なら、自分と同族であり、友人が出来るということであり、そして負けても納得もできるし、理解もできる。しかし、彼女を追い詰めたのは異能ではなく、凡能。納得も、理解も出来ない上に、まるで世界の理の外の現象のようで、それは彼女を凍えらせるものだった。
 
 局は進んだ。

「ふぅ…ようやくね………」

 六巡目、竹井からリーチが入る。イレギュラーはもう一人いた。イレギュラーはそのテンパイやリーチという行為ではなく、その待ちである。

竹井 捨て牌

西東⑦2④二(リーチ)

「止めたのはいいが、アガれるのか?そんな待ちで…」

 天江は言った。天江の目から竹井の待ちは一萬単騎。二、三、四、五萬を持っている形に一萬をツモり、二萬を切ってのリーチ。つまり悪待ちである。止めた、というのは同巡すでにアカギも張っており、その待ちが一四萬というのが、天江には視えていたからだ。

アカギ 手牌

一二三四②③④234中中中

捨て牌

北白八九8⑧


「あら?天江さんには次の私のツモ牌でも視えているのかしら?未来は誰にも見えないものよ?」

 天江は戦慄した。その言葉そのものではなく、その言葉が事実であったことに。竹井の次のツモ牌は、視えない牌、つまり『黒牌』だった。感覚よりも目で見える事実よりも正確な『予感』は、その牌が四枚目の一萬であることを示していた。

(このままでは…ツモられる…なら…)

「チー!」

天江 手牌

一二三①①①111123発 チー 二 打 発



二①①①111123 チー 一二三

捨て牌

北白七③東南発

(ずらさなくては。嶺上開花でのアガリはこれで無くなるが。これで奴のツモ、つまり一萬を喰いとれる。それに、このツモがずれたことで、その次の衣のツモは…三萬。純チャン三色で止め、衣の勝ちだ)

「ククク…だがな天江…、事はそう単純じゃないぜ…」

 イレギュラーはもう一人…。そしてもう一人…。

「ポンします」

 その声は対面、福路美穂子のものだった。天江の打、発を鳴いた。そして打8索

(しまっ……)

 天江の思惑は鳴かれないこと前提である。それにも関わらず『生牌』の発を切ってしまったのは、彼女の焦りもあるが、天江視点では福路の手牌の二枚の発の内一枚は『黒牌』だったこともある。

(私は、まだあきらめないわ。華菜)


福路 手牌

七八九九⑦⑧⑨999 ポン 発発発

捨て牌

②6白東南中


(待ちは六、九萬…。けど、逆転には三倍満のツモが必要。この面子にもう直撃が出来るとは思わない。高めでもまだ発、チャンタ…足りない。鳴くのは悪手…でも…相手は『視える』天江さん。視点移動から、彼女は恐らくこの局は最速ルートを通れる。普通に打ったら…間に合わない)


 竹井にツモ番が回った。全ての鳴きが無ければ、このツモは天江のツモ牌。天江視点では黒牌だった牌。それを手にした竹井は顔を歪ませた。

(リーチかけちゃってるから…切るしかないわよねぇ…)

 切った牌は9索。

「カンします」

 福路は9索を鳴き、嶺上牌をツモる。その牌は、天江の計画では天江がツモるはずだった発。当然のようにこれもカンした。そして二枚目の嶺上牌は⑨筒。福路は小考の末⑦筒を切り、テンパイを外した。

福路 手牌

七八九九⑧⑨⑨  加カン 発発発発  カン 9999


(この手…まだ終わらない…)


 福路の予感は的中した。開かれた二枚の新ドラ表示牌は二枚とも8索。つまりカンした9索がごっそりドラとなった。

(これでドラ8…もし、テンパイにとっていたら高めチャンタ、発、ドラ8で倍満止まり。逆転できないでいた)

 またも、竹井の番が回ってきた。通常ならこれはアカギのツモ牌。九萬。またもツモ切るしかなかった。

(裏目!?……いや違うわ!)

「ポンします!」

 間髪入れずの福路の鳴き。打⑧筒。

福路 手牌

七八⑨⑨ ポン 九九九 加カン 発発発発 カン 9999


 そして竹井のツモ…。本来なら福路のツモ。今度は⑨筒。

(まるで清澄の副将さんね)

「ポン!!!」

 福路はまたも鳴き、打七萬。もはや危険牌などの概念は彼女には無かった。彼女はあえて出ていない牌で待った。天江の前には、もう待ちを隠す必要もない。

福路 手牌

八 ポン ⑨⑨⑨ ポン 九九九 加カン 発発発発  カン 9999


(これで、トイトイ三色同刻ついて数え役満確定!華菜……)



 だがこの行為は、竹井の和了に貢献するものでしかなかった。天江にはその『黒牌』が視えており、竹井はもう和了ってしまうのだと知っていた。竹井の次のツモは、竹井がリーチした時点で竹井がツモるはずだった牌。天江の予感した牌だった。
 竹井はその牌の腹を指でなぞり、ニヤリと口を歪ませた。そして牌を右手の親指の爪の上に乗せ、コイントスの要領で牌を宙に飛ばした。

「ツモ!!!」

 手牌を倒し、落ちてくる牌を右手でキャッチし、卓に叩きつけた。

「リーチツモ三色同刻三暗刻ドラ4!」

竹井 手牌

一三四[五]五五五[⑤][⑤]⑤[5]55  ツモ 一

リーチ ツモ 三色同刻 三暗刻 赤4


「これではまだ倍満…だけど、裏が一個でも乗れば、私の勝ちよ…」

(アカギ君に、初めて勝つ……か)

 もはや竹井の二着以上は確定しており、勝負は、アカギと竹井のものとなった。


 緊張の中開かれた裏ドラ表示牌は、六萬…⑧筒…白…。ドラは乗らず、竹井の手は4000・8000の一本場で止まり、決着がついた。


南四局一本場終了

アカギ  35400
福路   9300
竹井   31200
天江   24100


「あーあ。一発ツモなら逆転だったか…。アカギ君。これも計算の内かしら?」

「ククク……さあな……」


(惜しかった…のかな…。負けちゃった…。でも…諦めなかった。それだけでも、その思いだけでも…)

「華菜…ありがとう」

「え?なんでですか?それより惜しかったですよキャプテン!気にしないでください。たまたまですって。実力なら、キャプテンの方が全然上でしたし!」

「ううん…。私もまだまだ、って思えたわ。この合宿に参加して…よかったわ。こういう経験が出来て…」

「どうしてですか?」

「伸びるってことよ。私もまだまだ…フフフ」


 竹井はアカギと、福路は池田と談笑する中、天江は考える。異能も凡能も、そんなものは本当は無いのではないか。境界などはなから存在しないのではないか。異能だから違う、凡能とは付き合えない。そんなものは……ただの思い込みだったのかもしれない。そのとき、天江は心の中の何かの枷が外れたような気がした。そして、その表情は自然と柔らかくなり、アカギや、福路たちの輪の中に入った。



―もう壁はない

―天に地に、希望があふれているみたいだ











[19486] #22 原村和
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:17
 

 合宿二日目。合宿のメニューはこの日から開始されたのだが、この日のメニューの内容は、打ちたい相手と打つ、というものでほぼ自由時間に近いものだった。各々が打ちたかった相手と打った。県大会で戦った相手とのリベンジ、戦えなかった相手への挑戦、動機は様々だった。
 原村和もその中の一人であり、彼女は清澄の先鋒、傀への復讐を目的としていた。しかし、合宿のメニューは午前から始まったのだが、傀が場に現れたのは昼を挟んでの午後二時を過ぎてからだった。
 
「ここ、一つ空いてますよ…」

 原村は空いている卓を探す傀を呼び止めた。視線は向けず、声だけを送った。その卓には自分の他には、鶴賀の生徒二人が既に座っていた。加治木ゆみと東横桃子である。傀は言われるまま卓に着いた。

「午前中…居ませんでしたね。どこに行っていたのですか?」

「プロの方に呼ばれていまして、その方達と打っていました」

 傀は答えた。丁寧な物腰、言動は原村を更にいらつかせるのに十分だった。

「昨日…約束しましたよね。私との約束より大切なことですか?」

「午後には帰られてしまうそうなので」

「そうですか。まあいいです。逃げたのだと思いましたが、そうではなかったんですね。では、始めましょう」

 会話中の彼女の表情は、氷と表現すればいいのか、微動だにしないものだった。彼女はただじっと卓を見つめながら冷たい音を発していた。
 席決めにより東家は傀、南家は原村、西家は加治木、北家は東横となった。



傀   25000
原村  25000
加治木 25000
東横  25000



(先輩は上家っすか…。出来れば頭跳ねのされない下家、差し込み確実の位置に居たかったっすね。でも、この位置なら確実に差し込まれれる位置…。安めの早めテンパイを目指して、先輩をこっそり全力でフォローするっす)

 東横桃子、彼女は午前中のすべての時間、金魚の糞の如く加治木に引っ付いていた。だが、彼女のフォローが成就したケースはこれまで一度もなく、彼女は今度こそはと意気込んでいた。
 闘牌が開始された。東場は原村の独壇場と言える時間だった。ミスなく最速ルートを通る彼女の麻雀は誰よりも早く、東横もフォローする隙も存在しなかった。彼女は東一局、そして親の東二局で三連続和了を見せた。加治木や東横も安手ではあるがアガり、彼女の連続和了を止めはしたが、次局ではアガリ返されてしまい、彼女の流れは止まらなかった。



東四局終了時


傀   14800
原村  48900
加治木 17700
東横  18600



「東場、ノー和了でしたね」

 原村が言った。

「そうですね」

 傀が返した。

「少しは悔しそうな顔でもしたらどうですか?」

 原村は少し声を荒げた。傀は悔しそうな表情をするどころか、不敵に微笑んでも見せた。彼女は左手で卓を叩いた。

「何がおかしいんですか!」

 原村はさらに声を荒げた。

「あなたは知らないでしょうが…」

 彼女は続けた。

「県大会決勝、あなたと戦った優希は……もう麻雀がまともに打てなくなってしまったんです。あなたとの戦いのトラウマで、麻雀が…怖い…って……」

 正確には、片岡優希は『自分の麻雀』が打てなくなってしまっていた。得意の東場でもリーチの前には必ず萎縮しベタ降りをするようになった。また、退路を狭くする、あるいは断つ『鳴き』や『リーチ』などは出来るはずもなく、勢いこそ売りだった彼女の麻雀はその影も形も無くなっていた。

「原村和さん…だったか?」

 加治木が、彼女の話を遮るように言った。

「話なら後にしてくれないか?今は対局中だ。雑談を交えた仲間内の対局ならともかく、少なくとも君はこの勝負を真剣勝負として受けているのだろう?それに…恨みを晴らしたいのは君だけではない。こちらも睦月をやられているのでな。君だけの話じゃない」

(先輩かっこいいっす)

 東横は目を輝かせて加治木を見つめた。

「……すみません。そうですね」

 原村は引き下がった。しかしその手は震えており、納得できないことを示していた。

「再開してよろしいですか?」

「はじめてください」

 原村は間髪入れずに返した。局は再開された。



「ロンです。4800」

 南一局、原村は傀に振り込んだ。原村はその局リーチをかけており、振り込み自体は彼女にとって珍しいことではない。問題は、彼女の待ちと、傀の手牌である。


原村 手牌


二三四五六⑧⑧345789

待ち 一、四、七萬 

傀 手牌

一一一四四四七七七⑧⑧78 ロン 9

三暗刻のみ 50符2飜 4800


 原村の待ちを止め、暗刻にした形である。県大会決勝先鋒戦、傀はこれとほぼ同じ形で龍門渕の井上からアガっていた。原村はその対局を思い出した。対戦相手を、麻雀の理を愚弄したその対局を。

(待ちが広くてもアガれなければ意味がない…。そう言いたいのですか?あなたは…)

 インターミドル全国覇者。人は彼女を天才といった。実際、彼女は天才なのかもしれないし、やはり運が味方していたから彼女は頂点に立てたのかもしれない。だが、彼女は自分が天才だとも、まして運が味方したから勝ってきたとも思ったことはない。努力に次ぐ努力、それが彼女を支えてきたのだから。
 だが目の前の男のアガリは、自分自身が積み重ねてきた努力、信念、哲学を根本から否定するようなアガリは、彼女にとって許しがたいものだった。先ほど加治木に制されたこともあり、声を荒げたりはしなかったが、点棒を払う手の僅かな震えが、彼女の怒りを表していた。
 彼女の怒りは闘牌にも表れた。


南一局一本場 ドラ③筒(表示牌②筒)


原村 手牌

四五七八九778899西西

待ち 三、六萬


 6巡、比較的序盤に張ったものであり、原村はノータイムでリーチした。デジタルの彼女らしいといえば彼女らしいのかもしれない。しかし、捨て牌の乱れがデジタルというより怒りの要素が多いリーチであることを証明していた。


「カン」

 次巡、傀は六萬を暗カンした。新ドラは7索(表示牌6索)。そして、嶺上牌をツモ入れた傀はまたも暗カンした。今度は三萬。新ドラは三萬(表示牌二萬)。

(そんな…私の待ちが……消えた…?)

 原村は傀を見た。彼は微かに笑っていた。

「リーチ」

 同巡、原村は掴んだ牌、四萬をツモ切るしかなかった。

「御無礼。ロンです」


傀 手牌


四四①②③西西  暗カン 三三三三 暗カン 六六六六 ロン 四

リーチ 一発 ドラ5 18000(18300)


「裏は乗りませんでした。18000の一本場です」


 原村は思った。自分は間違っているのだろうか。いかに正しい打ち方をしていても、勝てなければ意味がないのだろうか。この男の麻雀は異常。今のアガリに関して言えば、明らかにこちらのアガリ牌を知っていて行っているようなものだった。

(そんな…。相手の牌が透けて視えているなんて…そんなオカルト……)

 偶然。そう彼女は思いたかった。だが、傀の表情からは、明らかに意図的にやっているとしか思えなかった。

「い………イカ……」

 彼女はイカサマと言おうとした。しかし、その単語は言い切られなかった。その単語を言うことは、自分が物的証拠も存在しないのに言いがかりをつけるという麻雀の素人以下の行為だからである。原村に、そんな真似は出来なかった。


南一局二本場 ドラ 1索(表示牌9索)


 2巡目に傀からリーチが入った。

傀、捨て牌

46(リーチ)


原村 手牌


四四四③⑤⑦3347  ポン 六六六

捨て牌 

西九


 同巡、原村のこの形に入ってきた牌は西だった。早い巡目の親リーであり、一巡目に捨てている西が通る保証もない。通常の原村なら降りていたはずである。少なくとも現物の4索を切っていたであろう。しかし


「御無礼一発です。12000は12600」


傀 手牌

一一[⑤]⑤⑥⑥⑨⑨88北北西 ロン 西


リーチ 一発 七対子 赤1 12000の二本場(12600)


 原村の麻雀は崩壊していた。


南一局二本場終了時

傀   52500
原村  11200
加治木 17700
東横  18600



 そもそも、半荘一回で全てが分かるわけでも決まるわけでもない。手牌が透けて視えることも、待ちをすべて消されることも、本当はただの偶然であり、次局、また次局には普通の麻雀になっているかもしれない。


(でも……でも……)


 この半荘一回が原村にとっては青春だった。彼女は青春を賭けて戦っていた。彼女の脳は理よりも悔しさが優先された。頭が悔しさで埋め尽くされた。彼女は俯き、体を震わせた。


「原村さん頑張って!」

 背後から声がした。振り向くと、そこには宮永咲がいた。

「宮永……さん?」

「勝負はまだ終わってないよ、原村さん」

「でも……私…もう…」

 彼女は声も震えていた。

「原村さん……自分を信じて…」

「え?」

「今の打…西…原村さんの麻雀じゃないよ。原村さん、自分の麻雀に自信を無くしてる…」

「そう…かもしれません……。でも、私の麻雀は……この人に通じないんです…。だったら…」

「そうじゃないよ、原村さん。勝つから自分を信じれるとか負けるから信じれないとか、そういうんじゃないよ」

「よく…わかりません…」

「私ね、さっきまで竜君と打ってたの。5回打って5回とも負けちゃったけど、それでもね、自分の麻雀取り戻せた…。竜君と打って…私は私の麻雀を捨てなくていいって思えた。だから……嶺上開花………アガったよ。だから…原村さんも、原村さんの麻雀……信じて」

「宮永…さん…でも……」

「のどちゃん…。私はもうだいじょうぶだじぇ」

 宮永の後ろから片岡が現れた。

「優希?」

「優希ちゃんもね、竜君と打って取り戻せたの。自分の麻雀。だから、原村さん…。原村さんは自分のために打って」

「私の……麻雀……」

 原村和の麻雀。それは牌効率、打点を意識し、ミスをしない徹底したデジタル麻雀である。しかし、彼女の人格はそれだけではない。デジタル麻雀を徹底すると同時に、オカルトを徹底的に否定する。それも彼女の一面である。

「宮永さん……私……もう一度信じてみます……私の麻雀を」

「原村さん…」

(宮永さんが、自分を取り戻した…。なら…信じましょう。宮永さんの言葉を。そして、私の麻雀を…)


南一局三本場 ドラ六萬(表示牌五萬)


原村 配牌

一八⑦⑧⑨25688西白中

第一ツモ 中 打西  一八⑦⑧⑨25688白中中
第二ツモ 8 打一  八⑦⑧⑨256888白中中
第三ツモ ⑥ 打白  八⑥⑦⑧⑨256888中中
第四ツモ 7 打2  八⑥⑦⑧⑨567888中中
第五ツモ 4 打八  ⑥⑦⑧⑨4567888中中
第六ツモ 3 打⑨  ⑥⑦⑧34567888中中


傀 捨て牌 鳴き牌

中⑨④三⑧7   ポン 2索(対面より) ポン 5索(対面より)

加治木 捨て牌

12(対面ポン)3[5]四

東横 捨て牌

1⑨1


 2、5、8索、中待ちの多面張。だが原村は既に2索を切っておりフリテン。出アガリは不可である。多面張だけなら彼女はフリテンでもリーチしたであろう。しかし、残りのアガリ牌は8索と中の一枚ずつである。今の彼女はそんなリーチなどしない。
 同巡、傀は加治木の切った発をポンし、打8索。原村の待ちであるが、当然アガれない。彼女のアガリ牌の殆どを喰い、そして彼女を愚弄するかのような捨て牌。先刻の彼女には許しがたい行為だったであろう。しかし、現在の彼女はその状況を単なる一つの事象として観た。そして計算し、光よりも早く答えを導き出した。自分がどこに向かうべきかを。原村和の精神状態は氷そのものだった。
 

(さっきから何回も飛ばされるっすねー。でもいいっすよ。それで私のステルスは完成するッすから…)

 東横は原村や加治木に対しては消えれない(加治木に対しては消えたくない)ことを知っていたが、傀に対しては消えれると思っており、加治木への差し込みが不可なら傀からの直撃によって流れを断ち切ろうと考えていた。

「ポン」

 そんな東横の打中を原村は鳴いた。そして打3索。(結果的に傀のツモ番は飛ばされたことになる)

(やっぱり…視えているっすね)

 原村のこの鳴きによって彼女の待ちは、3、6,9、4,7索となる。またもフリテンであるが、その待ちは増えた。
 次巡、その理に応えるように、彼女はツモった。

原村 手牌

⑥⑦⑧4567888 ポン 中中中 ツモ 3索

中のみ 300.500の三本場(600.800)


「300.500は600.800です」

 その声はあまりにも冷たく透き通っていた。周りを気にせず自分の麻雀が打てた。彼女にとってこのアガリは、努力に対する褒美のようで、役満よりも勝利よりも貴重な、かつ愛おしい300.500となった。


南一局三本場終了時

傀   51700
原村  13200
加治木 17100
東横  18000












[19486] #23 加治木ゆみ
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:17
「ツモ。1000オールです」

 原村の好調は続いた。今のアガリは6巡。電光石火の疾さだった。

南二局終了時

傀   50700
原村  16200
加治木 16100
東横  17000


(調子いいっすねオッパイさん)


南二局一本場(親原村) ドラ 7索(表示牌6索)


八巡目 東横手牌


一三四六③④⑦⑧467西西  ツモ 北


(私の流れも悪い…。でも、早く流さなきゃまたオッパイさんの流れっす。でも…)



加治木 手牌


二三五六七23477788


(もう先輩とは付き合って10年(私時空換算で)…。先輩の手は透けて視えるっすよ。ドラ暗刻の高い手っすけど、今こそ差し込む時っす。下家の清澄はもう私は視えていない。対面のオッパイさんはまだ張ってなさそうだし、頭跳ねの心配は無いっす)


「御無礼。ロンです」

「え?」


傀手牌


一六六七七九九北北白白中中  ロン 一

混一色 七対子  8000(8300)


 東横の点数は10000を割った。

「視え……たんすっか?今の一萬……」

「ええ」

(清澄のサングラスに続いて、この人もっすか……。そろそろ……自信なくしそうっす…)

「もも…」

 加治木は肩を落とした東横の名を呼んだ。

「先輩?」

「大丈夫か?」

 その言葉は柔かな表情から放たれた。東横は一瞬涙ぐんだが、すぐにそれを払い、思いっきり返事をした。その後加治木は視点を傀に切り替え、言った。

「『敗者』を変えでもしたか?傀」

「先輩?どうしたんすか」

 加治木は続けた。

「久から聞いたぞ。卓に着いた時には敗者を見抜いているらしいな。ついさっきまでは明らかに敗者は原村和さんだった。だがそれは切り替わった。今度はもも。貴様の麻雀は、弱者を狩る…弱い者虐めのようなものだったのか?少し…がっかりだな」

「いいえ……。『敗者』は…あなたか…自分です…」

 傀は微笑み、答えた。

(『ヒサ』…って誰っすか?先輩)


南三局(親加治木)ドラ 2索(表示牌1索)

九巡目 加治木手牌

③④[⑤]⑥⑥⑥⑧⑧西西西白白  ツモ 西

(ふっ……あなたか自分か…か。ずいぶんと買い被ってくれるじゃないか。私を)

 加治木は西をツモ入れ暗カン。嶺上牌は⑥筒、それも続いてカンした。嶺上牌は発、新ドラは二枚とも発(表示牌白)となった。

「こういうことでいいかな?傀……」

 加治木は赤⑤筒を切った。

「!?先輩?」

 東横が驚いたのは、彼女がテンパイを外したことや、赤牌を落としたことではない。その赤⑤筒が、自分のアタリ牌であったことである。

東横手牌

一二三五六七③④66  ポン 発発発

 彼女は役牌を鳴いて早い段階で安いテンパイを取れた。加治木の親番ではあるが、彼女が望めばいつでも差し込まれる体制を作ってはいた。しかし、現在その手はカンドラが乗り役牌ドラ6の大物手となった。当然、もう東横にこの局アガる気などなかった。だが、加治木の打赤⑤筒は面子からの抜き打ち。自分への差し込みであることを東横も気づいていた。

「先輩……それって」

「アタリだったら…アガってくれるか?もも…」

 表情も、声もがあまりにも優しく、東横は応じるしかできなかった。赤牌を含み役牌ドラ7の倍満。加治木の点数は残り100となった。


南三局終了時

傀   59000
原村  16200
加治木  100
東横  24700


「これで…正真正銘…誰が見ても……『敗者』は目に見えたな。私か…貴様だ。傀」

「では、オーラスです」

 狂気。彼女の行為は狂気の沙汰だった。原村と傀を除き、その光景を見た東横、宮永、片岡は息を呑んだ。寒気もした。彼女の鋭い瞳は、獲物を射程内にとらえた肉食生物の何かであった。
 逆転には役満の直撃、あるいは自分と東横の連荘を数回経ての彼女のアガリしかなかった。彼女は後者の方を傀がさせてくれるとは思っていなかった。チャンスは一回。この一局のみだろうと予感していた。


南四局(親東横) ドラ六萬(表示牌赤五萬)

加治木配牌

一五八⑥⑦⑨459西北白発

(なかなか……いい配牌じゃないか)

 やけになったわけではなかった。そもそも、彼女の辞書に諦めるなどという字は無く概念すらなかった。この配牌は、くせ者、捻くれ者の類である彼女にとって都合のいい、自分が自分であると思える配牌だった。
 彼女の6回のツモは9索、一萬、白、中、発、発。打牌は⑥筒、⑦筒、⑨、5索、4索北。連続有効牌をツモり、捨て牌は萬子の混一を臭わせた。当然混一程度では逆転に至らない。

加治木手牌

一一五八99西白白発発発中

 だが手牌は大三元。役満を予感させるものとなっていた。
 しかし、次巡、そして次巡は4索ツモ、5索ツモと彼女は無駄ヅモを繰り返した。

(索子を持っていた方が早かったかな…。だが)

 九巡目から彼女は盛り返した。一萬、中、⑥筒、中。四枚中三枚の有効牌。そして四暗刻、大三元の形が完成した。

加治木手牌

一一一99白白発発発中中中

 次巡、傀は9索を捨てた。当然アガれない。トイトイ三暗刻混老頭小三元の倍満止まり。逆転には至らない。


加治木手牌

一一一99白白発発発中中中  ツモ 白

(役満の重複有りなら……アガってもいいんだがな)

加治木は9索を切った。大会のルールに則った対局であるため、当然役満の重複は認めてない。
 次巡、傀から白が切られる。

(さて……この白は鳴くべきだろうか。仮に嶺上牌が9索なら責任払い。まるで清澄の『竜』のようだが、それが私の麻雀に起きるだろうか。いや……どうも私とは思えないな)

 同巡加治木は中をツモった。

(さて……確認してやろうか)

 彼女は中を暗カンし、嶺上牌は二萬となった。新ドラは四萬(表示牌三萬)9索を切り、彼女は再びテンパイした。

(これが…奴のアタリ牌だとしたら…ずいぶんと舐めた『打白』じゃないか…傀。挑発しているのか?私はそんな軽い女ではないぞ)

傀手牌

一三四五六六六③④⑤34[5]

 傀は微かに笑った。
15巡目、傀は五萬をツモり打一萬。待ちを変えた。一、二萬待ちから、二、五、四、七萬待ちへ。当然のようにこの打一萬も加治木はスル―した。

「リーチ」

 同巡、意外な人物からのリーチがかかった。原村和である。

(邪魔を……するな。お前はもう取り戻したのだろう。その手も逆転手ではなく、自分の麻雀であるが故の手。そんな手で、私と傀の間に入るな……)

否。彼女の手はそんな手ではなく、逆転手であった。

原村手牌

七八九九南南南西西西北北北

 一発や裏が絡めば十分トップに返り咲ける形。彼女もまだ『勝利も』諦めていなかった。
そして同巡加治木のツモ番。まるで彼女を試しているかのように、彼女のツモ牌は発となった。

(観てやろうじゃないか)

 嶺上牌は四萬。新ドラはまたも四萬。

(奴のさっきの手出し。待ちを変えたか?)

 彼女は現物の一萬を切り、二、三萬待ちから、三萬待ちへと形を変えた。

加治木手牌

一一二四白白白 暗カン 発発発発 暗カン 中中中中

 16巡目、傀は六萬ツモる。そして打五萬。待ちは事実上三萬のみであり、原村のテンパイが傀の待ちを減らした形となった。


傀手牌

三四五六六六六③④⑤34[5]


 同巡加治木は四萬をツモり、打一萬。待ちは変わらず三萬待ち。表示牌に二枚使われているため。事実上一枚しかない三萬である。

加治木手牌

一二四四白白白 暗カン 発発発発 暗カン 中中中中


 17巡目、カンが二つ入っているため傀の最後のツモである。傀は『何か』をツモり、そっと四萬を河に置いた。また、微かに笑った。

(その牌が通れば助かる…まさかそうは思っていないよな?)

「ポン」

 加治木は初めて傀から鳴いた。そして加治木は白を切り大三元を捨てた。

加治木手牌

一二白白  ポン 四四四 暗カン 発発発発 暗カン 中中中中

(大三元は無いが、混一小三元ドラ6、それにホウテイで数え……)

 悪い予感はあった。だがこのポンは彼女の意地に近かった。ここで一萬や二萬を切らなかったのは、一萬待ちは当然フリテンであり、二萬の残りは東横の手牌にあることを感覚で知っていたためである。彼女視点で希望があるのは三萬のみであった。彼女は最後まで喰らいついた。






『御無礼』







傀手牌

三五六六六六七③④⑤34[5] ツモ 三

タンヤオ ツモ ハイテイ ドラ 4 赤1 4000.8000


南四局終了時

傀   75000
原村  12200
加治木 -3900
東横  16700



「終了(ラスト)ですね」


「まったく……つれないじゃないか、傀。挑発しておいて」

「そちらこそ」

 加治木はため息をつき手牌を手前に倒したが、その表情は穏やかだった。

「どうだ?もう一回戦…」

「私はもう結構です。ありがとうございました」

「あ…原村さん待って…」

原村は席を立ち、別の対局を観にいった。宮永や片岡もそれについて行った。

「わ……私は先輩の後ろでみてるっす…」

「まったく……貴様も嫌われたものだな」

「そのようですね」

「じゃ、私入っちゃおうかなー?」

 そこには浴衣の袖をまくった竹井がいた。

「久?」

(ヒサ…って…清澄の部長さんっすか?なんで先輩、名前で……)

「先輩……この人は…?」

「ああ…。久とは合宿前も結構会っていてな……今では……」

「へー」

 東横は遮るように声を漏らした。表情はひきつっている。

「なんだ?もも、なぜ目を細める」

(つぶすっす…)

「やぱり私も入るっす!」

「もも?」

「では…始めましょう」



賽がまた振られた。













[19486] #24 東横桃子
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:e25b8c25
Date: 2011/10/26 22:17
―――うわっ…びっくりしたぁ……いたんだ




―――こわ………



―――背後霊……




―――気持ち悪い………




 小学生の頃……言われていた。で、泣いていた。だから私は自分を消した。それらの言葉も言えないくらい、存在感を消し去った。認識すら出来ないのだから、怖がられることもない。
 でも、先輩に出会って変われた。たぶん今なら、誰に何を言われても平気。私には先輩がいる。先輩が私をみてくれる。世界が私を嫌っても、先輩だけは私を好きでいてくれる。だから私は先輩が好き………。でも…。




東四局 親 傀 ドラ ⑨筒(表示牌⑧筒)

「ツモ。裏なし……6000・12000…。傀、お前の親かぶりだな」

加治木手牌

①①⑨⑨東東南南白白中中発 ツモ 発

リーチ ツモ 七対子 混一色 混老頭 ドラ2 6000・12000

東四局終了時

竹井  15200
加治木 53200
東横  20900
傀   10700


「その手を鳴かずにアガれるとわねぇ……」

 なんだろう……。

「この面子で鳴いてアガれるとは思っていないさ」

これ……。

「私も頑張らなくちゃ…かな?」

「頑張ってくれないと困る。私たちを負かして、全国に行くのだからな」

 先輩は……笑っていた。とても自然に笑っていた。私に向ける笑顔と違って、すました笑顔って感じではなくて、とにかく自然、そんな感じの笑顔だった。

「それにしても傀…また東場はノー和了か?それともまた南場で爆発でもしてくれるのか?」

 よく……いつもよりよく喋っているように見えた。そして何より、楽しそうだった。どうしてだろうか。相手が強いからだろうか。清澄の部長さんとは合宿前も会っていたとさっき言っていた。それに…この男子に対してはさっきから呼び捨て…。


南一局 親 竹井 ドラ ⑧筒(表示牌⑦筒)

 7巡目、清澄の部長さんは上家(傀)から生牌の西(オタ風)を大明カンし、そしてドラの⑧筒を切った。カンドラ表示牌は南、西はごっそりドラに化けた。

竹井 捨て牌 晒し牌
九北三④白発
⑦⑧

チー 123 カン 西西西西

 ドラ入りの両面塔子(⑦、⑧筒)を手出ししている。混一だろうか。
 次巡、彼女は赤5索をツモ切った。イッツーなら456で赤5は残す。その時河に役牌はみえており、①筒は死んでいて三色も無かった。つまり、本筋は混一かチャンタ。赤5索を切ってるから両方かも。
 同巡先輩は5索をノータイムで合わせ打ちした。そして私の番。

東横 手牌

三三三五七②②②56789 ツモ [⑤]

 赤牌。でも混一でもチャンタでもこれは通る…。それに…この人には私は視えて無いはず…。

「モモちゃんそれロンよー。18000」

竹井 手牌

456789⑤ チー 123 カン 西西西西 ロン [⑤]

一気通貫 ドラ4 赤1 18000

 悪待ち……。そういえばこの人は悪待ちの人だった。それに『モモちゃん』?馴れ馴れしい。しかし、まだ消えれていなかった。調子が狂わされていた。この人や、そこの男子の所為だと思いたい。

「まさかモモちゃんから直撃取れるとはねー。ステルスってのは時間が掛かるのかしら」

 いちいちうるさいっす。

「さすがだな久」

「同巡止めているくせによく言うわねー」

 先輩は私には何も言ってくれなかった。それどころか、私を攻撃した者と楽しく談笑していた。まるで…私が居ないみたいに。
 思い返してみるに、先輩はさっきの半荘からおかしかった。ずっと、清澄の男子の方をみていた。
 先輩は…どう思っているのだろう。もしかして、そこの清澄の部長さんやそこの男子のことが好き?明らかに今の先輩はいつもと違う。楽しそう…。私と居る時よりも。私は先輩が好きだった。でもそれは私からの一方通行に過ぎなかったのだろうか。
 今、先輩は私をみていない。いつもなら真っ先に「もも大丈夫か」とか「ももはさっき傀にも振り込んでてな、調子が戻らないんだ」とか言ってフォローに入ってくれるはずだった。今そうでなってないということが、先輩が私を想ってくれていない証明としか思えなかった。
 所詮は私の想いは一方通行で、先輩が私をみてくれていたのは、先輩の矢印の先が他に無かったからで、他に出来てしまえば、私なんか要らないんだ。そうなんだ…きっと……。私はなんてバカなんだろう。




―――私って、ほんとバカ……





南一局終了時

竹井  33200
加治木 53200
東横  2900
傀   10700



 いや…元に戻るだけか。私を誰もみえなかった、あの頃に。
消えよう。もう、傷つくのはいや。だから消えよう。





―――消えろ


―――消えろ………東横桃子……


―――もっと……もっと……


―――もっと……………………




 誰の記憶にも残らない。記録にも残らない。それが私。


 それが私なんだ。







―――ロン……リーチ、七対子、3200は3500っす。


東横 手牌

①①③④④22西西北北発発 ロン ③

ドラ無し リーチ 七対子 3200の一本場(3500)

捨て牌

七④①北発西
④2①(リーチ)二

 対面(竹井)からの直撃。我ながら見事な和了形と捨て牌だと思う。もうこの『三人』には私はみえていない。居たという記憶すらない。振り込んだことにも気づいていない。全員の合計点にも違和感を抱いていない。だから後になっても、自分の点が減っていることへの疑問も起きない。その証拠に、一時的だけど点棒を支払ったこの人の目は虚ろだった。点棒を払う動作は機械的だった。そして、何事も無かったように次局へ。前以上に恐ろしく奇妙な現象だけど、それが今の現実。
 記憶までも支配する。これが……本当の私。だから……


―――ロン。24000っす。


 ①②③③③④④⑤⑤⑥⑥⑦⑧ ロン ⑨

リーチ 清一 一気通貫 一盃口 平和 ドラ無し 24000(子 三倍満)


 こんな高い手も作りやすい。危険牌は前以上に堂々と切れるのだから。
 私は三倍満を先輩から奪った。私は先輩の目をみた。虚ろだった。先輩にも…やはり……やはり今の私はみえていなかった。みえて……いなかった……。



―――これで……誰も私をみえなくなったんすね。本当に。



 私の声も、誰にも届かない。
 たぶん、涙くらいは流していたんだと思う。でも………もういい。



南二局終了時

竹井  29700
加治木 29200
東横  30400
傀   10700



 南三局、親は私。今三人にはどう認識されているのだろう。私が連荘していたら、いつの間にか点数がゼロになっていて、そしてゼロになっていることも気づかない。もう……勝負じゃないすね。これ……。ハハ……ハハハ………。アハハ……。




 ?




 清澄の男子……ツモらない?私はもう牌を切った。東。この牌は決してみえない。でも自分の番が来たことは分かっているはず。なのに…何故?
 この光景…前にどっかで……。いや……あり得ない。それはあり得ない。今の私は、あのおっぱいさんにもみることは決して出来ない。場に出た牌の記録さえも…残らないのだから。









―――『御無礼』  ロンです  32000  





  

―――東横さんのトビで終了ですね








 は………?




 傀 手牌

一九①⑨19東南西北白発中 ロン 東

国士無双十三面  32000 (ダブル役満は認めていない)



 私の第一打を……ロン(人和は認めていない)。国士無双……十三面……。ありえない……。こんな……。

南三局終了時

竹井  29700
加治木 29200
東横  -1600
傀   42700



「え?あれ?終わったの?」

 まるで今まで寝ていたかのような、そういった様子だった。

「も………も……?」

「どうしたんすか?先輩」

「……これ…は?」

「みえて……いなかったってことっすよ。先輩たちが」

「そんな…馬鹿な。私が、お前を視えなかったなんて…」

「気にしないでくださいっす。もう……いいっすから……」

 そんなことより、私には気になることがあった。

「傀さん……何者っすか?みえるはずのない私を、なんでみえたんすか?」

「視えるとか視えないとか…」

「そんなことを訊いているんじゃないっす!人間に!さっきの私がみえるはずはなかったんすよ!傀さん……。傀さんは……本当に人間っすか?」

 少し間を置いて、傀さんは言った。






―――自分は…『むこうぶち』ですから……














 むこうぶち……。傀さんも、私に似ているのかもしれない。いつの間にかそこに居て「なんで居るの?」「いつから居るの?」とか言われるタイプなのかもしれない。そういった雰囲気を、傀さんから感じた。



 後で、私はその言葉の意味を知った。そして、一つの疑問が上がった。



 なぜ傀さんは今………『そこ』に居るのだろう、と…。












[19486] #25 国広一
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/27 01:32
※読む前に


今回は、国広一の回ですが、マジシャンということで、『バード』関連のネタが入っています。『バード』終盤のネタバレが入っているので、注意してください。



――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――















―――透華を取られる……透華が取られる………あの人に透華が……透華があの人に……いや……いやだ…………いやだそんなの…………勝たなきゃ……あの人に勝って……勝てば……きっと透華は………

―――……あの人を負かす……あの人が負ければ……透華はわかってくれるはず……透華には……あの人はいらない……透華の世界に、アイツはいちゃいけないんだ…………



「ふっ……」


―――笑った……またあの人が笑った……………






 合宿も残り二日となった。最後の一日は各校が帰宅となるため、事実上最後の一日である。
もうその頃には、国広一は確信せざるを得なかった。龍門渕透華の異変。最早彼女の目に映っているのは自分ではなく、清澄の竜であることに。このままでは透華を取られる。そう思った彼女は竜に挑んだ。しかし



「悪いナ……それロンだ………」
「ぐっ……」


 彼は牌を倒す。彼女の心を見透かしたように、嘲笑うかのように。はじめにはそうされているようにしか思えなかった。三戦連続で飛ばされ、もう彼女は震えを止めることが出来なかった。怒りなのか、悔しさなのか。それらに耐えることはもう出来なかった。

「透華、ごめん……」

 後ろで対局を観ていた透華に対し、はじめは言った。そして彼女は、自分を曲げた。

「はじめ!?」

 四回戦目冒頭、東一局、彼女はダブリ―をした。しかしその手牌は

四五九⑦⑦⑧⑨345699

 悪くない配牌だが、聴牌には程遠い形。彼女のした行為はノーテンリーチだった。しかし、透華は知っている。このリーチは脅しのためのものでは無く、和了るためのリーチであることを。国広一が『手品』をするということを。

「ツモ……ダブリ―ツモ平和、ドラ2……3000・6000」
「あわわ、親かぶりです……」

東一局終了時

妹尾   19000
竜    22000
咲    22000
はじめ  37000

 親かぶりを受け、困惑したようなそぶりをする妹尾を、はじめは一瞬睨み付けた。前三回戦のうち二回戦、はじめは彼女にも苦しめられたからである。

「はじめ……今………あなた……」
「だから……ごめん透華。でも……勝たなきゃ駄目なんだ……」
「でも!……」
「もう透華に嫌われてもいい……でも透華が、あの人の所に行くのは、ボクは耐えられないよ……」
「はじめ?な、何を言って……」

 『手品』を防ぐための拘束具は、もはや機能などしていなかった。彼女がその気になれば、拘束具など外さなくとも手品は出来る。彼女にとってツモは、不要牌を山に戻す作業と化している。今は、監視カメラなど無い。

「あンた、手品師かい?」

 対面の竜が、言った。

(!?……今のが……視えたの?たった一回で……いや、それでも)

「……何?何か言いたいことあるの?」

 竜は何も返さなかった。

(もし視えていても、カメラが無い以上現場を押さえなければ意味がない。ボクの早さに、あの人が追いつけるものか……)

 彼女のしたイカサマはいたってシンプル。ツモの際、不要牌を山に戻し、山から一牌抜く。誰にも気付かれず、静かに、そして早く。ダブリ―の状態でも手は変えることが出来、ツモは通常の二倍。
 彼女はそれだけでなく、カンをしての嶺上牌、裏ドラのすり替えなど、自動卓で出来る範囲の、かつ無難な技を駆使し、続く東2局、東3局、たった三局で彼女の点は6万弱まで伸ばした。
 しかし、竜は何もしなかった。そんな彼を見てはじめは、自分の早さに追いつけない、現場を押さえることなど出来ないと確信した。だが

「あ……ツモりました!………地和……でしょうか……和了ったの、初めてです!」

 それは、東4局で早くも崩壊した。妹尾の止めようの無い地和。つまり運の前には、早く和了る、あるいは手を高くするためのイカサマなど、何の意味も無い。彼女にとって不運なのは、彼女を囲った全員がそれを持っていたということだ。

全自動卓で天和を起こせでもしない限りは。

(でき……ないこともない……でも……)

 『道具』はある。『インビジブルスレッド』0.1ミクロン程度の太さしかないが、1㎏の荷重に耐えることのできる「魔法の糸」。
この自動卓の種類はアルティマ。この糸を利用したイカサマ、自動卓天和は存在する。
だが前提として『仕込む』ためには、ある程度局が進まなくては牌を集めることが出来ず、厳しい。一枚一枚、牌に糸をセットする必要があるからだ。
地和であがられたこの局がまさしくその例であり、牌に仕込む時間すらない。

「カン」
「うっ……」
 今度は、宮永咲のはじめからの大明カン。この局、王牌は咲の正面に配置されており、王牌をすり替える隙も無かった。そしてそのまま彼女は跳満をツモった。はじめの責任払いである。

(なんで……なんでこんな………嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だ……)

 たったの二局。彼女は神を呪った。

 しかし、今回は仕込むことが出来た。天和のタネ。その13枚。

(これで…後は……)

「いけないナ……勝負に道具を持ちこんじゃ……」

(え!?)

 牌が卓に落とされ、スタートボタンを押し、手牌、山が上がったその時、竜は言った。
 はじめは、とっさに仕掛けを解いてしまった。

「あ……しまっ……」

(視えて……いたの?……肉眼で確認なんて出来るわけがないのに……そんな……)

明確な『証拠』が存在するこのイカサマは『物』を取られた時点でアウト。はじめはそれを重々承知の上で行っていた。しかし、それ故に、言葉一つで退いてしまった。

 そして、

「甘いな…」

 そしてまたも竜は牌を倒す。心無くした彼女の捨て牌が彼に喰われるのは必然であった。
 たった三局。彼女の目の焦点は平静を保っていなかった。それでも、手だけは技に向かっていった。

「はじめ!もうやめてくださいまし!…」

 透華ははじめの手を掴んだ。はじめは、1、2秒ほど掴まれたことに対し反応できなかった。放心状態に近かった。彼女はゆっくりと振り返り、透華の目を視た。
 透華ははじめのその瞳を見て、心が引き裂かれそうな思いになった。
怯えていた。明らかに彼女は怯えていた。何に対して怯えているのか分からない。人は死ぬ前、こんな表情をするのだろうか。絶望なのか、恐怖なのか。

「……とーか………だめだよ……今、対局中だよ………?」

 力無いその声は、ますます透華を引き裂こうとした。

「あの……大丈夫ですか?」

 はじめの異常は周りにもわかる程大きく、咲や妹尾は彼女を心配した。

「あの、少し中断しましょうか?国広さん…調子悪いみたいですし」
「わ、わたしもそうした方が良いと思い…ます」
「竜君も、いいよね?『まだ勝負は終わっていない』とか言わないでよ?」

 竜は俯いたままで応えはしなかったが、咲はそれを承諾と受け取った。咲ははじめの後ろで観ていた透華の方を向き、お願いします、とだけ言った。咲は竜の周りの人間関係に関心があり、かつ文学的想像力を持っていたのもあり、はじめの心理状態についてはある程度の理解があった。透華は咲に対し一礼だけし、はじめを手洗い場に向かわせ、自分も同行した。

「竜君……自覚ある?」

 彼女達が場を離れた後、咲は苦笑いを含めて竜に対しそう言ったが、竜は応えなかった。





「はじめ、言ってくださいまし。あなた一体……」

 彼女は俯いたまま黙っていた。透華に対し目を合わせようともしなかった。透華は同じ言葉を、今度は強く繰り返した。

「透華は!………」

 はじめは跳ねのけるように言い、そして続けた。

「透華は……あの人のこと……どう思ってるの……?」
「あの人って……」
「わかってるでしょ?清澄のあの人だよ」
「え?何を言って……」
「どう思ってるの?」
「どうって……な、何も思ってませんわ……」
「嘘……嘘だよ。わかるよ……透華のことなんて……………」
「はじめ……」
「ボクね……透華をあの人に取られるって思ったんだ…。……まあ、あの人もそんな悪い人じゃないよ。たぶん、カッコいいし。それにあの麻雀、ボクも少しだけど、見惚れちゃたくらいだし、透華の気持ちもわかるよ。でも、ボクはそれに耐えられない……だから」
「そんなことありませんわ!そんなこと……」
「あるよ!見ればわかるよ。ボク以外の人がわかるくらいなんだ。………だから、あの人を透華から消さなきゃ……勝って………勝てば………あの人は透華から消える………。そうしなきゃ、透華が……透華からボクが消えちゃうんじゃないか……って……」
「はじめ……」
「でも……ボクは透華との約束……繋がりを切っちゃた……。こんなこと、もうしないと思っていたのに……どっちみち……もう透華はボクのこと嫌いにな……」
「はじめ!」

 透華ははじめの頬を叩いた。

「はじめ……そんなことありませんわ………何で……そんな悲しいことを言うんですの?」

 声は震え、目には涙も溜めていた。

「はじめ……わたくしはあなたを嫌いになることなんてありえませんわ」
「でも……透華はあの人のこと……」
「あの人のことなど、あなたと比べたらちっぽけですわ!……あの人は、確かに魅力的な所があるのは…み……認めますわ…でも、それであなたがわたくしの前から去ってしまうのなら、耐えられませんわ。わたくしも………耐えられませんわ……」
「透華……」
「ですから……もう手品はおよし……。まっすぐなあなたが、わたくしは好きなのですから………」

 たったの一言。はじめが求めていたのはその一言だった。はじめは、繋がれている自分の鎖を見た。彼女は思った。この鎖がある限り、自分と透華は繋がっている。約束された繋がりなのだと。しかし心は、鎖から解き放たれたような、さわやかな気持ちに彼女はなれた。






卓に戻ったはじめに対し、咲は言った。

「竜君は何も言わないから、私が言うけど、私達はイカサマはしていないし、そもそも運なんてものはないよ。だから……」
「わかっている……。だから、ボクの本当の麻雀を、これから見せる……」

 局は南2局一本場から再開された。


南2局一本場 親 竜 ドラ六萬

妹尾   40000
竜    39000
咲    19000 
はじめ  2000


十二巡目 はじめ 手牌


五六②③④⑤⑦235567 ツモ 七


(まっすぐ……)


 三色を考えれば打5索を選択する場面だが、彼女は打⑦を選択。はじめは素直な両面を作る道を選んだ。
素直に…。それがはじめの選択。
 次巡彼女は8索をツモり、打②筒でリーチ。そしてその素直さが実ったのか、さらに次巡、1、4索待ちのうちの4索の方を引き、一発のツモ和了りを見せた。

「一発ツモタンピンドラ1。跳満です」

 実際は場に⑥筒が一枚切られていたので、はじめの選択が客観的に正解と言えるものだったのだが、はじめ自身は、そんな効率は何一つ考えていなかった。ただ純粋に、麻雀の基本「両面を作ってツモる」を実践しただけだったのだ。

(ん……)

 宮永咲はその和了に違和感を覚えた。何の変哲もない和了のはずだが、それは、龍門渕の天江衣や、彼女の姉、宮永照と同じ…異能性をその和了に感じた。
国広一は、今何かを支配しつつある、と。

(次局から……たぶんカンは出来ない…)

 咲はそう感じた。

南3局 親 咲 ドラ 6索


「ポン」

 7巡目、咲は、対面の妹尾から中を鳴いた。

咲 手牌


②②②2345666   ポン中中中


(これで…残りの②筒は妹尾さんに流れちゃうけど、それ以上に、竜君のツモを国広さんにまわしたかった。たぶん…竜君のツモと、国広さんのツモは…かみ合わない……。今の国広さんに、通常のツモをまわしちゃいけない……気がする)


 咲の観察、予測は概ね的中していた。はじめも既にイーシャンテンであり、萬子なら何をツモってきても聴牌になる形だった。しかし、咲の鳴きにより、はじめがツモったのは字牌となった。
 通常の流れだったら、はじめは萬子をツモったのだろうか。それが定かになる前に、その局は妹尾が咲に親満を振り込む形で終了した。

(確認…した方が良かったかな……)

 咲は竜の捨て牌を観た。筒子の染め手を臭わせる形で、仮に竜が萬子を掴んだとしたら、それを切ると思ったからだ。
 しかし、考察するまもなく状況は変化した。

(え……?何……コレ……)

 南3局一本場、違和感は明確な寒気へと変貌し、咲の周りを包んだ。
何かが……迫ってくる。


「リーチ」

(………!)

 それはダブリ―。何の変哲もないダブリ―。
 切ったのは白。咲は対子で持っていたので、間髪入れずに鳴いた。しかし

「リ…リーチします!」
「ごめん……それ……。7700は8000」

妹尾が切った牌で和了した。妹尾は咲の鳴きにより、第一ツモで聴牌することが出来たが、そっくりそのまま振り込んだ理由となってしまった。彼女にはまだ降りるという技術は持ち合わせていなかったからだ。
運の良さが仇となった
 否、今のはじめは、それさえも味方にしている状態だった。

次局。オーラス。親ははじめ。咲は鳴き、とにかくツモをずらした。だが

「ツモ。2600オール」

 一発が消えただけで、もはや彼女を止めることは出来なかった。
 ただ、まっすぐ進むだけなのに、両面を作り、ツモるための麻雀をしているだけなのに、彼女は誰よりも早かった。何かに愛されているかのように。





南4局一本場 親 はじめ ドラ 八萬

妹尾  14300
竜   30300
咲   25300
はじめ 30100


 オーラス一本場。竜とはじめの点差は200。はじめは一飜ででも和了れば逆転となる。
 流れは間違いなくはじめにある。配牌はそれを物語っていた。


はじめ 配牌

五六七八⑥⑦⑧23789東東

 またも配牌聴牌。今の彼女なら、ダブリ―をかければ間違いなく最も早く和了るだろう。しかし、はじめはそう思いきることが出来なかった。

(あの人が……このまますんなり行かしてくれるかな……)

 彼女は少考した。透華によって解放された彼女は、もはや勝敗など気にしていなかったはずである。ただ素直に打てばいい。それだけだった。だが、今彼女の前には、彼女が初期に描いていた願望、竜に勝つ、それが戻ってきていた。

(もう……勝つとか、負けるとか……どうだっていい。………でも、勝てるかも……しれない)

 それはほんの僅かだった。しかしその僅かが、彼女に思考という愚行を与えてしまった。

(リーチは、しなくていい。いや……したら駄目だ……あの人は、動けなくなったボクを狙い撃ちしてくる……)

 県大会決勝、そしてこの合宿、彼女は竜をみてきた。その打ち筋、強さを知っている。実際に相対して、それを実感もした。その過程が彼女に『選択』を与えてしまった。
 彼女は五萬を切り、リーチは自重。しかし聴牌は維持。678の三色を意識しているのか。無欲と欲の狭間から出た一打。混乱、濁り。彼女はそれらに包まれている自覚はまだない。正確に自分を認識できていない。

「ポン」

 鳴いた。彼は鳴いた。

竜 手牌 

?????????? ポン 五五五

(やっぱり…)

 はじめは、リーチ自重を正解と捉えた。たったの一鳴きだが、彼女には彼の鳴きが光って見えたからだ。
 竜から切り出された牌は、⑨筒。

「⑨筒だ。鳴かないのか?」

 その言葉は咲に対してだった。

(⑨筒は、鳴ける……。でも鳴いても…正直、勝てる…気がしない……。けど、竜君から話しかけてくれたのは、ちょっと嬉しいかな…)

 彼女は⑨筒をポンした。この鳴きは勝つ勝たないというより、竜に対しての微かな感謝であった。

咲は手牌から③筒を切った。今度は、妹尾が鳴いた。
妹尾からは西が切られ、今度は咲が大明カン、嶺上牌は⑨筒で、それをまたカンした。嶺上牌は⑦筒。

咲 手牌

④⑤⑥⑦⑧北北北 カン ⑨⑨⑨⑨ カン 西西西西

 新ドラは二枚とも西。咲は混一とドラ8の手を瞬時に手に入れた。
 咲の鳴きはあくまで、竜に対しての感謝である。しかし、完全に勝ちを諦めたわけではなかった。否、正確には諦めていたが、竜によって、もう一度彼女は歩を進めた。

(あまり信じたくないけど、妹尾さんのビギナーズラック…それは有るものだと仮定してやってみたけど……)
 咲の考えはこうである。妹尾の運が今、国広に負けているとしたら、配牌イーシャンテンからリャンシャンテン程度。妹尾の手牌にはカンの出来る③筒が三枚、咲がカン出来る北と、西を一枚ずつ持っている。
カン材のありかがわかる咲の感性は、この合宿でさらに強化され、相手がカン出来る牌までも知ることが出来るようになっていた。
以上のことから、彼女が推測した妹尾の手牌は

③③③????西北????

 という形であり、リャンシャンテンの妹尾が手を進めれば、必然的に西や北が溢れると読んだ。出来面子から③筒を切ったのはそのためである。

(カンされなくてよかったー。でも、この③筒はカンするより、ポンだよね。リャンシャンテンなら、きっと③筒は何かと連続している……と思う)

 そして咲は⑤筒を切った。理由はシンプル。次の嶺上牌は④筒。妹尾の番が来れば、まず間違いなく、妹尾は北を切る。そして嶺上開花。それが彼女の計画。

 そういった彼女の『勝ちに行く』ために放たれた⑤筒を……竜は哭いた。

(やっぱり……うまくいかないなぁ……)

 鳴かれた彼女はため息をついた。しかしその表情は柔らかく、落胆の印象は無かった。
悔しさ半分、嬉しさ4分の1、希望4分の1。

竜 手牌

??????? ポン 五五五 ポン ⑤⑤⑤

 切られた牌は白。

 咲の番が回ってきた。ツモってきたのは1索。彼女の最後の希望は、妹尾まで番が回ること。彼女は希望は捨てはしなかった。

(その牌は……!)

 1索。リーチをしていたらあがっていた。最も早くあがっていた。もはや異能の証明でしかなかった。彼女は、何ものかに愛されていた。言うなれば『麻雀の意思』に。
 そして彼女のツモ番。ツモったのは6索。

(どうしよう……『何を切る?』『どっちを切る?』『降りる?』『進む?』『リーチ?』『ダマ』?)

 言葉を知らなかった赤子が、急に沢山の言葉を与えられたかのように。はじめは自分が混乱しているのをようやく自覚した。

(何が……起こっているの?……何をすれば……大丈夫なのかな?ヒントが……無い…)

 河にある牌は、白と、1索のみ。豪運の彼女達故に起きてしまった現象。『運』が自分に対して牙を向いたのだ。


…………………………



―――考えろ…


―――考えろ考えろ……


―――あの人の『待ち』は……何?


 (ボクは……ずっとあの人の麻雀を見てきた。解る……解るはず。解るはずなんだ)

(…………三色………三色だ……間違いない……あの人の狙いは三色同刻……)

 (………そして……待ちは……9索……単騎……三色に向かったボクを……)


(いや……6索も……7、8索持ちのノベタン。どっちに行ってもアタリ……それがあの人の……)

(じゃあ……降りる?でも何を切れば……通る牌が………無い……)

(違う……降りたら……あの人に勝てないじゃないか……)

(それも違う!……そもそも……もう勝ち負けなんて………)

(あれ……?………ボクは………どうしたいんだっけ…………)



―――はじめ!


―――透華?…………透華の声………



「早く打ちなよ……時の刻みはあンただけの物じゃない」



………………………………



(はは……そうだね……ハヤク切らなきゃ……)

(もう駄目だ……。何を切ってもアタる……。あの人の麻雀はそうだ……)

(まるで後出しジャンケンのように……)

「はじめ!!」


―――違う!


(通る……何かは通る………。あの人が衣のように何かを持っていたとしても……心を読んでいたとしても……手牌が透けて視えていたとしても……『運』があったとしても……通る……通る未来は絶対にある……)

(それに……ボクに求められていることは『そんなこと』じゃない。透華が好きなボクでいたい……それだけなんだ………だから……)


「透華………ありがとう………」



 彼女はまっすぐ牌を切った。



「終わったナ………」




 それがアタリ牌だったことに、彼女は少しだけ安心した。















[19486] #26 竹井久 その2 第二部終了 第三部開始
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/27 02:18
「こんいちわー。きちゃいましたー」

 その日の午後、高遠原中学二年の、夢乃マホ、三年の室橋裕子が参加した。彼女達は原村和の後輩。竹井久がこの合宿に招待し、見学を許可した。

「せっかく来てくれたんですから、彼女達にも打たせてあげませんか?」

 その時、丁度対局を終えた福路美穂子が竹井に対して言った。竹井もそのつもりだったらしく、あっさり許可した。

「そうね…じゃあ、原村さんと…あと宮永さん、あなた達、マホちゃんと打ってくれるかしら。福路さんと一緒に」

 竹井は対局待ちをしていた和と、竜との対局を丁度終えたばかりの咲を呼んだ。夢乃と打つ相手は三人とも、個人戦で全国出場を決めた者たちだった。この合宿は彼女達のためのものでもあったため、竹井はどの道打たせるつもりではいた。

「まこー。始まるわよー」

 竹井は染谷も呼んだ。ただ打たせるためではなく、彼女にこの対局を見せるためである。


 開始された。

東家 咲(起親)
南家 原村
西家 福路
北家 夢乃

「何かあるんですよね。アイツ」
「衣も何か感じたぞ」
「あらアカギ君に天江さん。まぁ、そんなところよ」

 アカギや天江もその対局を観戦しに来ていた。

 「カン」「……ツモりました!」

 22678四六③④⑤ 暗カン 八八八八 ツモ [五](赤)

 東一局、6巡目という早い段階で、夢乃が嶺上開花をツモりあがった。

(今のアガリ……竜君?……いや、私……?)

咲 手牌

 白白⑤⑥⑦234六七西西西


 続く一本場

「リーチ」
「あっ…ポンします!」

 原村の先制リーチ、切った1索に対して夢乃が鳴いた。牌が微かに、青白く光った。

(今のは…竜君……もしかしてこの子……)

 二局目にして咲は気付き始めていた。その局も夢乃はあがった。和からの倍満。

(相変わらずですね、マホちゃん)

 東二局にして残り6000点を切った和だが、冷たい表情は変わらず、点棒を支払った。
 そして東三局

「…リーチ、します!」

 四四四②②②⑦⑦⑦88西西

 ツモり四暗刻の形でのリーチ。しかし、彼女は2巡後に咲から切られた西を見逃した。
 (いりません…ここであがるのは、違います)

 夢乃はそう思った。だが

「ロン。12000です」

 結果は和への振り込みで終わった。

「あ…あうぅ…」
「夢乃ちゃん、さっきの西であがれたよね?どうしてあがらなかったのかな?」

 しょげる夢乃に対して、福路が言った。

「ここであがるのは、違うって思ったのです」
「間違いではありません。マホちゃん。その形なら、あがれる時にあがるべきです」
「でも……そこの白髪の人なら…見逃していたと、思います」
「アカギ君よ」

 竹井が言った。

「はい。県予選で観たアカギ先輩がすごくて、マホもあーいう風に打てたらって思って…」
「アカギ君はどう?今の見逃してた?」
「ククク……見逃すも何も、まるで状況が違う……」
「それってどういう意味?」
「一局限りじゃないんだぞ。アカギの麻雀は」

 天江が言った。

(あーやっぱりわかっちゃったか。さすがアカギ君。早いなぁ。それに、天江さん、相変わらずアカギ君にべったりだなー)

 そうは思いつつも、今はもう天江に対しての敵意は無い。天江のアカギに対する感情は、自分のものとは種類が違うことを、前の対局で知ったからだ。

「仮に見逃したとしても、その見逃しは勝負の最後までを見通した上での見逃し。その局にアガれるアガれないは関係ない。振り込んだって構わないさ」
「オカルトですね」

 和が言った。

「マホちゃんはいつもそうでしたね。私や優希の打ち方を真似ても、うまくいくのは一日に一局、あるかないか…」
「あうぅ…」
「人のまねの前に自分自身の実力の底上げをした方が…」
「原村さん、ちょっと言い過ぎでは?」

 福路が言った。

「そうですね。言い過ぎました。……マホちゃん。あれから四ヵ月、どれだけ成長したか。これからですね」
「はい!」

 しかし、そこから半荘計3回行ったが、夢乃は結局4位に終わった。それは、彼女自身がビギナーだったのもあるが、咲達の合宿での成長も関係していた。
 夢乃は竜やアカギ、傀の模倣もしていた。合宿前の咲や和だったら、自分の麻雀を乱していたかもしれない。だが、この半荘3回、彼女達の麻雀に乱れは無かった。異能、自分を超える力に対しての免疫力。それがこの合宿で付いたと言える。そして

(これでマコのレパートリーの幅も広がったわ)

 染谷は紡錘状顔領域で、人の顔を覚えるように卓上全体をイメージとして記憶する。彼女に必要なのは全国レベルの牌符だけでは、不十分だということを、先の県大会で証明された。故に初心者、それも特殊な初心者も、彼女に見せる必要があった。
 これで、染谷まこも、この合宿で成長した。



―――じゃあ私は?

(私は……どう成長したかな?……もう合宿もあとわずか。私は……後、『誰と打てばいい?』……自分が強くなるために)


「宮永さん、天江さん。これからいいかしら?」

 竹井は、まず咲と衣を選んだ。彼女が欲していたのは、異能の類。全国には、当たり前のように居るであろう超人。現実離れした力を持つ者。彼女の頭に真っ先に浮かんだのは、この二人だった。風越に一人。龍門渕に一人。そして…

(鶴賀には……?ゆみ?……いや……)

「桃ちゃん……居るかな?」

 彼女は鶴賀の部屋に足を運び、桃子の名を呼んだ。彼女の姿は視えない。

「居るっすよ」

 彼女が姿を現した。

「これから、私と一回打たないかしら」
「いいっすよ」

 竹井が桃子を選んだ理由は、彼女の麻雀だけ『わからなかった』からだ。
 竹井は合宿中、他校の生徒、その全てと打ち、その牌符と打ち筋をノートに記録していた『にも拘らず』、桃子のページだけ何も記載されていなかった。白紙。確かに打った記憶はあるにも関わらず、彼女の牌符、打ち筋がまったく記憶にないのだ。
 これは、竹井が覚えていなかったからだろうか。忘れてしまったからだろうか。否。彼女はそう考えなかった。東横桃子は明らかな異能の類。咲や衣と並ぶ『わけのわからない何か』を持つ者。そう推測した。






 東一局 親 竹井

竹井 25000
衣  25000
      
咲  25000



 その日の夜は、満月で、衣にとっては最高のコンディションだった。
 
(力は充盈している……だが……なんだ?……これは)

 今の衣の調子なら、間違いなく全ての手牌、山は視えているはずである。だが

(全員の手牌は視える…間違いなく視えている………だが山に……黒牌があるのは何故だ?)

 山の四分の一の牌が黒牌。しかも一定に規則的にの並んでいるのだ。これまでの衣には『こんなことなど』なかった。衣にとって視えない黒牌があるとすれば、同じ牌、例えば四枚ある白のうち、2から3枚が黒牌、というケースである。故に山の黒牌の位置は必然的に不規則になる。
 ある意味『場の異常さ』に最も早く気付けたのは衣であった。しかし、その『答え』にはどうしてもたどり着けなかった。何かが『衣の思考』を邪魔をしている。

(風越か?それとも清澄……この『二人のうちのどっちか』が、衣の力を…。だが前、清澄のこいつと打ったときはこんなことなかった。ということは、この風越の……)

 だが、その局は『衣の支配』の局。手牌、山を見れば明確。衣以外の者はその局、聴牌にはたどり着けない。

「ツモ!20004000!」

 海底1巡前リーチからの一発ツモ。東一局は衣の満貫ツモからスタートした。

(衣…衣さん……県大会決勝でもそうだったけど……すごいなぁ…)

 合宿中、咲は殆ど竜と打っており、衣はアカギと打っていた。この対局は、彼女達にとって初対局である。

(でも……)

「ポン」「ポン」「ポン」

 東2局、咲は『下家』の竹井からチュンチャン牌を三副露した。

???? ポン 222 ポン 三三三 ポン ⑧⑧⑧

(な……なんだ、これは?)

 衣が驚愕したのは、咲が鳴くたびに、山の『黒牌』が増えていったことである。三副露した頃には、王牌以外の全ての牌が黒に染まった。

(これが風越の……あの者の力だというのか?)

 そして咲の手牌も、次巡、さらに次巡と黒に覆われていった。

「カン」

半ば混乱状態の中で切られた衣の8索を、咲は明カンした。そして嶺上牌の三萬を加カン。

「ツモ、嶺上開花。8000です」

 東2局は咲の満貫。衣の責任払いとなった。


―――
――――
―――――

 『続く』東3局『2本場』、またも衣の海底ツモ。3000・6000の二本場。衣はトップに躍り出た。

竹井 17800
衣  21300
      
咲  15800

(嶺上の花が咲き、海底の月が輝く、か…。花天月地ね……)

 面白い、楽しい、合宿最後の対局がこの子達とでよかった。竹井は笑みをこぼさずにはいられなかった。

「ツモ!2000、4000!」

 悪待ちのツモあがり。負けていない。自分の力は異能に負けていない。悪待ちなら『勝ってしまう』。それが竹井久。この力は、全国でも通用する。彼女はそう思った。

 そして南一局。

(何か……おかしい……)

 カンが出来ない。それだけなら、今の彼女は気にもしなかっただろう。だが、

(一枚も見えないなんて……あるの?)

 カン材の在りかが、東2局以降、そしてこの局、まったく見えない。疲れているのか。否。これは『天江衣』の力の一環だろうか。それとも清澄の『竹井久』。これが…全国区の力なのか。
 だがこの局は、衣の支配、その潮が引いている局だったため、咲は聴牌し、竹井から5200を奪うことが出来た。しかし、不本意なあがりであった。

(何かが引っかかる……でも、全国ではこんな思いの中で戦うんだろうな。その中で、勝つんだ)

 咲はそう思うことにした。

―――
――――
―――――

 『南3局』

(ん?なんだ?何で衣の前に点棒がある?)

 衣の前には、満貫分の点棒が置いてあった。
 衣は既に牌を倒していて、役はまたもリーチ一発ツモ海底のようだ。

(いつも間にか、あがっていたのか?何だ、これは……)

「風越の…これはお前か?それとも清澄か?」

 衣は訊かざるを得なかった。

「え?これって、今あがったのは衣ちゃ…衣さん、ですよね?」
「そんなことではないぞ……衣は……あがった気がしないんだ」
「え?」

 声が、震え始めていた。これはまるで県大会でアカギと打っていた時のような、何かが、『もう手遅れな何かが』近づいてくるような。
だが、この半荘もオーラス。現在トップは天江衣。その次に竹井久。そして宮永咲。

南4局 親 咲 ドラ ⑨筒

竹井 16600
衣  23300
      
咲  13000

(天江さんの言っていることがよくわからなかったけど、その天江さんとの点差は6700。3900の直撃でいいけど、ロン出来る気がしない。ツモなら、1600・3200…)

 衣の『完全なる支配』は連続しない。合宿中彼女と何度か打っていた竹井はそのことを知っている。故にこの局、聴牌出来ないことは無いし、必ず衣が海底であがるというわけでもない。
 そのことは衣自身も理解している。だからこそもう一つの力を使い、支配の無い局でも、山、手牌から以後の展開を予測ながら打っている。だが現在、山や手牌が完全に見えず、鳴きが入るたびに黒牌が増える。中途半端な予測は逆に自分に不利になることをアカギとの戦いで思い知らされた衣は、事実上かつての力だけで戦うしかなかった。

 その局、最速の手を欲していたのは咲だった。この面子の中、じっくりと高い手を簡単に作れるとは思っていない。故に鳴いた。衣から①筒、竹井から⑧筒。そして瞬く間に増える黒牌。

「リーチよ」

 そんな中、竹井から入ったリーチ。

222⑦⑦⑦四四四六六六六

四暗刻を捨てての嵌五萬の穴待ち。しかも五萬は河に二枚捨てられており、残り二枚。

(でも、こっちの方が『勝つ』わ…。それが私……)

 竹井は思った。
そして、次巡一発で和了牌の五萬。それも赤の方を引いてくる。

(ほら……これで勝ち……………)

(勝ち……よね?)

(リーチ、一発ツモ、タンヤオ、三暗刻、赤1の倍満確定。裏次第では3倍満にもなるわ。これで……)


―――勝ち?


(本当に、それで通用するの?)
(現に、アカギ君たちには負けているじゃない)
(駄目……。何か違う………。変えなきゃ)


 竹井の手が走った。気がついた時には、五萬を捨てていた。不合理、意味不明の行動。彼女はそれでも、この『何か』に身を委ねた。

(私は信じているの?それとも捨てているの?)

(あがりではないのか?では何待ちだ?)

 衣の視点から竹井の手牌がすべて見えているわけではないが、萬子の四萬と一枚六萬三枚が見えており、待ちは四萬と五萬であると推測は出来きていた。

(イヤ……視るな……相手の手牌を視てしまうと、またアカギの時のようになるぞ…)

 衣は感覚を優先し、思考を排除した。しかし、それ故に『咲の手牌をまったく視ていなかった』

 切られた西。

「カン」
「しまっ……」

 衣は言葉を漏らした。


―――――
――――――
――――――――




「もういっこ…カン……」

 咲は既に鳴いている①筒、⑧筒のうち①筒を加カンした。だが…。

(ツモれ……ない……?)

七七七八 ツモ 九

 正確にはツモりあがっている。しかし、咲の望んだ牌ではなかった。これでは、役は嶺上開花のみ。ツモを宣言し、新ドラが開かれ、もし乗れば逆転。乗らずとも連荘は確定し、決着次局以降に持ち込める。
 咲は一つの分岐点に居た。
 彼女自身、確実にわかっていることは、『感覚を乱されている』ということだった。ここで七萬をツモり、カン、そして九萬をツモり、単騎待ちを変える。トイトイ、三槓子の親萬。これであがれば、トップの衣を抜かし、トップで終了。その感覚が乱された。それは間違いないのだ。

(違う……)

 咲は八萬を切った。

(勝つなら……私は、私を信じた上で勝ちたい。竜君なら…こんなあがりはしない)

 彼女は新ドラの可能性を捨てた。信じることのできない自分に、自分を委ねることが出来なかった。
 新ドラは4索と8索。咲に新ドラが乗ることは無かった。

(残りの『七萬』は……いったいどこ?)


 そして……


―――ここっ!


 決着をつけたのは竹井久。最後の五萬をツモり、牌を倒した。

裏ドラ三枚のうち、最初の一枚は乗らなかったが、後の二枚は両方とも1索。ドラを対子で乗せた。

「リーチ、ツモ、タンヤオ、三暗刻…ドラ6で……6000と12000。終了ね」
「!?やっぱり、さっきの五萬であがっていたじゃないか!逆転も出来た。なぜ切った?」
 衣が言った。
「その……なんだろう……私でも……よくわからないのよ。ふざけているわけじゃないの。だけど、手がそう走ったのよ……」
「わかります」
 咲が言った。
「私もさっきツモってたんです。連荘も出来ました。でも、何か違うなって思って」
「二人の言っていることが衣にはわからないぞ」


「いや……いい勘してるっすよ」


 そこから声がした。


「え?」

 三人はそこを見た。そこには東横桃子が居た。

「はい、清澄の部長さん。私この局リーチしてたんで、リー棒も…。これで逆転っすね」



竹井 41600
衣  17300
桃子 40100
咲  1000


「何……?……え?」


「『だから』……私がみえなかったって事っすよ。でも、それでも勝った。すごいっす」

 彼女の表情に落胆の色は無かった。寧ろ、何かに納得していたような表情だった。

「私、なぜ傀さんに負けたのかどうしても理解できなかったんすよ」
「え?……ああ、あの時の?」
「はい。あの時の私は、負ける気がしなかったっす。今回もっすけど。でも負けた。傀さんも、清澄の部長さんも、私ではなく『勝ち』そのものをみていたんっすね」
「何を言っているかわからないぞ」
 衣が言った。
「点……みてください。卓も……もうみえるはずっすから」
「あ……」

 咲は気付いた。桃子の場を見ると、彼女は既に、暗カンをしており、リーチもしていた。

「だから、私は七萬をツモれなかったんだ」
「七萬っすか?私が嶺上でツモった牌っすね」

「わ……解ってきたぞ……黒牌が増えて行ったのも…、あがった記憶が曖昧だったのも……」

 衣の震えは明確だった。

「怖い……っすよね……」
「違うぞ!奇幻な手合いがまた増えて、衣はうれしい。もっと、もっと遊ぼう!」

 衣の震えは、歓喜の震えだった。何故、今までこの者を知らなかったのか。
 桃子にとって、意外な反応だった。だが、悪くはなかった。
 自分は、一人じゃない。



「よかった……間違ってなかった……間違って……なかった……」

 竹井も嬉しさを表情に出していた。
 最後に打ったのが彼女たちでよかった。
 全国で戦うために『変わって』、良かった。


「そうね……もう一局打ちましょ」

 竹井が言った。

「私も、負けたまま終わりたくないです」

 咲は靴下を脱いだ。

「夜はこれからだ。ここからが、衣の本調子だぞ」

 衣は己が高揚とともにスタートボタンを押した。

「怖いっすね。じゃあ私はまた『消える』っすね」

 桃子は、今度は、胸を張って『消えた』。






 その晩、彼女達は『仲良く』なった。








―――
―――――
―――――――



 合宿は終わり、そして……



 8月



 全国の猛者たちが一つ所に集う



 インターハイが始まろうとしていた





 第二部 合宿編  おしまい








[19486] あとがき その2
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:28
終わりましたその2です。

妄想をめいいっぱいつぎ込んで色々崩壊させた気分です。

第三部は、全国大会編ですが、2回戦の大将戦が終了する巻が発売されてから書こうと思います。
書かないかもですが。




[19486] 空白 落書き帳
Name: 叶芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2011/10/26 22:35
次を表示する、をクリックしてエラーがでるのが嫌なのでこの状態で少し放置。
落書き帳。

何か書くかも。書かないかも。


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