日垣 それでは、もう一人だれかに聞いてみます。
学生5 自分の一番好きなブランドを調べてきました。
日垣 そのデザイナーの名前は知っている?
学生5 皆川明さん。まだ5年ぐらいしかブランドの歴史がないんですよ。
日垣 じゃあ、机の上のレポート用紙を裏返して話してくれる?
学生5 皆川明さんは文化服装学院の夜間部を卒業した方で、テキスタイルデザイナーを
経てデザイナーになられました。一番最初は、八王子にある布を作る工場で仕事を始めたんですが、その後阿佐ヶ谷に移って、去年の10月に白金台に直営店をオープンしました。入り口は1つなんですけれども、アトリエの左半分がショップになっていて、右側には布を作る人たち、デザインを作る人たちがいて仕事をしています。そういう一体となったお店です。
日垣 そのお店には、行ったことがあるの? それとも……。
学生5 私はまだ行ったことがないんですけど、雑誌にそのように書いてありました。
日垣 ぜひ行ってみたらいいね。あなたにとっての、その魅力を教えてください。
学生5 何に惹かれたかというと、テキスタイルから自分で作られる方なのですが、日々散歩をしたりしてスケッチしたものを、それをそのまま描くんではなくって、自分の中で砕いて想像したものを布にデザインして、それをまた服にするということをしてらっしゃるところです。
日垣 皆川さんは、布から自分で作るファッション・デザイナーなの?
学生5 デザインを描いたものを工場にわたして、その工場の協力のもとで布ができ上が
るということです。そのデザインが、私はすごく好きなので。
日垣 最初に出合ったのは、どんな雑誌ですか。
学生5 1年半から2年位前に、オリーブという雑誌で。その雑誌は今でもとってあります。
日垣 普通だったら、ちょっと良いなぁと思っても、次のページをめくっちゃうわけですが、でも、ちゃんと雑誌もとっておいて、皆川さんの名前もインプットした。その服のことをもっと知りたいとか、着てみたいと思って、実際に1・2点は買ってみたわけでしょう?
学生5 それがですね……、まだ……。
日垣 ああ、チャンスがあるといいね。
学生5 買う時期を逸してしまったので。ちょっと値段も高めは高めなんですよ。スカートなら3万〜5万円。バッグの安い物でも9千円位から。ちょっと今は、そこまで買うほどのお金がないので……。
日垣 今お話を聞いていれば、皆川さんにとっては直営店を持ったことが一つの画期的なことですよね。イッセイ・ミヤケさんみたいに世界に飛躍してゆく日本発のブランドの人たちは、デパートにももちろん入れていました(います)が、みんな直営店を持っている。ヨーロッパの高級ブランドは、最初からみんなそうです。
デパートに入れると、「毎回違う物を持って来い」って言われるし、売れ残った物は平気で返品してくるしね。下請けみたいになっちゃったり、無名に近いと「新しいブランドの名前を考えてきたら」とか醜いことを言われたりもする。レジを独自にもたせてくれずに、全部いったんデパート側がとっちゃって、何もしないくせに3割もマージンをとる(笑)。日本の多くのデザイナーたちは、自分のブランドを立ち上げる時に、百貨店に頼るということをしてきました。それが良くなかったのではないかと私は思っています。
例えば25年ほど前までは、レナウンのアーノルド・パーマーやピエールカルダンが、日本ではブランドの筆頭でした。当時は百貨店でしか買えなかった。でも今は、ダイエーやジャスコでしか買えなくなってしまいました。百貨店という場所に頼ってきたために、百貨店がプラダやグッチを扱うようになったら、将棋倒しのようになって、それまで1万円位で売られていた物が、3千円や2千円にどんどん値が下がっていったのです。
自分のお店を持つことは大変なことです。デザインが優れているという能力とは別に、お店を維持するということは全く別の能力なので、その両方がないとブランドは作れません。
ブランドが維持されていく条件として、先ほども話したように、苦労した、壁を乗り越えたという、マイナスの要因が過去にあったということが一つ挙げられます。そしてもう一つは、大きな失敗を一度もしていない。一旦成功したらその後は致命的な失敗を一度もしていない、ということです。致命的な失敗した人たちは、どんどん門下に下っていってしまう。
例えばジバンシィやKENZO、クリスチャン・ディオールは全部、ルイ・ヴィトングループの傘下に入ってしまっています。大きなグループは三つあって、かつて有名だったブランドは、これらの傘下に治められちゃった。今一番大きいのがルイ・ヴィトンのグループ。日本人の高田賢三さんもリタイアして悠々自適ということになっていますが、経営的にいえば、ルイ・ヴィトングループに排除されたんですね。傘下に入ってしまえば、自分が本当に作りたい物だけを作って、しかもそれを大衆の支持を受けつつ高価格を維持するという歴史は終ってしまいます。経営上の致命的な失敗をしてしまうと、ブランドっていうのはそこで終止符を打つわけです。
小さな失敗はたくさんすべきですが、それは致命的な失敗をしないためにだけ許されることなのですね。そのような適確な助言と監視をしてくれる良きビジネス・パートナーに恵まれるか、または自分が二つの能力に恵まれているか、二つに一つです。