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「苦労」という物語

日垣  さて、今日の宿題ですが、ブランドについて何か調べてきてくれましたか?
学生4 「ヴィトン」についてやってきました。
日垣  では、皆さんに発表して下さい。
学生4 1854年、ルイ・ヴィトン社創設。創始者ルイ・ヴィトン氏は1821年生まれ。14歳の時に故郷ジュラ山脈アンシェイ村から徒歩でパリに向かう。2年間働きながら旅を続け、パリ到着。荷造り用……。
日垣 それは百科事典か何か?(笑)
学生4 雑誌に書いてあった……。
日垣  その「2年間働きながら徒歩でパリ」っていうのは、どういう状態だと理解したの?
学生4 ……。   
日垣  パリに向かって、というけど140キロも離れていたんだよ。それを徒歩で行くっていうのは、ちょっと普通ではないわけだよね。どうして14歳で徒歩で行ったのだろう?
学生4 お金がなかったから……。
日垣  うん、そうそう。お金がない状態で仕事をしながら14歳の少年が大都会を目指して歩くっていうのは、普通何て言うの?
学生4 貧しい人?
日垣  貧しいから、家を追い出されたわけ? 勘当されたの?
学生4 独り立ちしようとした?
日垣  独り立ちしようとした。そういうことなんだろうね。はい、続きをどうぞ。誘導尋問みたいでしたね(笑)。
学生4 荷造り用木箱製造職人の見習いになる。ヌーヴ・デ・カプシーヌ通り四番地に最初の店を開き、そこでトランクを発表。1876年、レイエ・キャンパス考案。1872年に発表されたベージュに赤の縞模様に続き、ベージュに茶のレイエ・キャンパスを発表。シンプルなデザインだけに模造品が相次いだ事から、何度かキャンパス地を変えていく事になる。1888年、ダミエ・キャンパス。市松模様に製作者の名前が入っている。この模様は今バックや小物類に復活している。1896年、モノグラム・キャンパス誕生。ルイ・ヴィトンのイニシャルと星と花のモチーフを組み合わせ、より複雑な模様になる。
日垣  ありがとう。いま、レポートを自分で読んで、印象に残ったこととか、意外だったことを一つだけ挙げるとしたら、どんなことがありますか。
学生4 ルイ・ヴィトンは会社を建てるのに、すごい何年も前から作られてきたんだなって事が分かった。
日垣  はーい、ありがとね(笑)。


 ルイ・ヴィトン少年は14歳の時に家出をしたわけですね。家出して二度と帰らなかった。パリに向かって140キロの遅々たる移動の間に、12個もの仕事をします。職を転々としたというよりも、パリに行き着くために、とにかく働いたり、歩いたりしなければならなかった。ドロンズや猿岩石みたいに(笑)。
 貧しい家に育ったということや、家出しちゃったこと、たくさんの仕事を転々としながら歩いてパリに行ったことは、普通は苦労話でしょう?
 その苦労話が生きる≠ニいうのは、逆にそのまま苦労し続けて死んじゃったら、ルイ・ヴィトンという名前は、今ここで語られる事もないわけです。逆に成功の裏に苦労がないっていうのは、物語として成立しないのです。例えば、シンデレラが始めから恵まれていた大金持ちの娘だったら、面白くもクソもないわけで、物語にはならないわけですね。


 エルメスは13才で家出して馬具屋で丁稚奉公、シャネルは孤児院で育ち、グッチは11歳から働き始めてロンドンでエレベーターボーイをやっています。みんな、すごくハングリーだったわけです。物語になるということは、これはブランドにとっても、逆の意味でのスキャンダルもそうだけれども、特にブランドにとっては、もともと大変な境遇から抜きん出てきたんだとか、さまざまに苦労したてきたんだっていう話は、むしろ必要不可欠な要素なのです
 全体がそうなると、もちろん例外というのは当然ありうるのだけれども、トレンドとしてはそういうことになります。

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