南九州大学大学院 園芸学・食品科学研究科
花卉園芸学研究室
南九州大学園芸学部園芸学科
花卉園芸研究室

             研 究   (花写真)  

 花卉の花色変異機構の解明を主要な研究テーマとしている。アントシアニンの化学構造の決定が中心になるが、これだけでは説明がつかないことも多い。この場合さらに他の要因が存在するということになる。以下に本研究室の研究成果のなかから、いくつかの実例を紹介する最近の研究論文リストはこちら

[フウリンソウ(Campanula medium)]

  フウリンソウの園芸品種には、白、桃、赤紫、紫、の変異がある。これらのうち、桃色、赤紫、 紫および青紫花の主要色素を抽出分離し構造決定した。桃色花にはルブロカンパニン(80%以上)、赤紫花ではルブロカンパニンとプルプロカンパニン(それぞれ40%程度)、紫花ではカンパニン(80%以上)、青紫花ではビスデアシルカンパニン(75%)が、主要色素として含まれることが分かった(第1, 2図)。第1図に示したように、ルブロカンパニン、プルプロカンパニン及びカンパニンの構造上の相違点は、B環の水酸基の数である。すなわちルブロカンパニンは1つ、 プルプロカンパニンは2つ、 カンパニンは3つの水酸基が結合し、他の部分は全く同じである。したがって、アントシアニンの水酸化レベルの違いによって、桃色から紫までフウリンソウの花色は変異すると言える。また上記の3色素とも3分子のパラヒドロキシ安息香酸が結合しており、これによりかなり深色化されている。このことが花色に反映しており、同じペラルゴニジン系色素を含むバーベナやサルビアのように朱赤色ではなく桃色であるし、デルフィニジン系色素を含んでいても、赤い花を着けるサルスベリやハナタバコの例があるにもかかわらず紫色である。したがって、フウリンソウの花色はアントシアニンの3段階の水酸化レベルにより変異し、かつ分子内コピグメンテーションにより全体として深色化していると言える。 

  紫色花と青紫色花の相違については、さらに別のメカニズムを想定する必要がある。 両者の主要アントシアニンは、ともにデルフィニジンの配糖体であり水酸化レベルに差はない。また、より青みの強い青紫花の方がむしろパラヒドロキシ安息香酸の結合分子数の少ない色素を主要成分としている。したがって分子内コピグメンテーションの強さによる色相の相違であるとは考えられない。もっと別の要因、例えば細胞液のpH、分子間コピグメンテーション等が考慮されなければならない。現在さらに研究は続行中である。

[文献]

1. Terahara, N., Toki, K., Saito, N., Honda, T., Isono, T., Furumoto, H., Kontani, Y., Structures of campanin and rubrocampanin, two novel anthocyanins with p-hydroxybenzoic acid from the flowers of bellflower, Campanula medium L. J. Chem. Soc. perkin trans., 1, 3327-3332(1990).

2. Toki, K., Saito, N., Ito, M., Shigihara, A., Honda,T., An acylated cyanidin 3-rutinoside-7-glucoside with p-hydroxybenzoic acid from the red-purple flowers of Campanula medium. Heterocycles, 68(8),1699-1703(2006).

3.Toki, K., Saito, N., Nishi, H., Tatsuzawa, F., Shigihara, A., Honda,T., 7-acylated  anthocyanins with p-hydroxybenzoic acid in the flowers of Campanula medium. Heterocycles, 77(1), 401-408(2009).

 

[サルスベリ(Lagerstroemia indica)]

 サルスベリの花色は、白を除くと、赤・桃色系と赤紫・藤色系に大別出来る。赤及び赤紫系サルスベリのアントシアニンは、花色に関わらずマルビジン、ペチュニジン、デルフィニジンそれぞれの3-グルコシドであり(第3図)、これら3色素が様々な比率で混在する。しかし、これら3つの色素の比率は花色にはあまり関係がない。また細胞液のpHも個体により多少変動するが、サルスベリの赤み、紫みとは相関はなく、花色を決定する本質的要因とは言えない。最も相関が高いのは、360nm付近に吸収を持つ物質のアントシアニンに対する量比であった。アントシアニンに対するコピグメント(おそらくエラグ酸配糖体)比率が高い場合に紫みが強くなり、低いと赤みが強くなる。すなわち、サルスベリの有色花の色相は、主として、分子間コピグメンテーションにより決定される。

[文献]

1. 土岐健次郎・勝山信之, サルスベリの花色素と花色変異, 園芸学雑誌, 63(4), 853-861(1995)

[ホテイアオイ(Eichhornia crassipes)]

ホテイアオイの花は、淡い赤紫を帯びた5枚の花弁と、中心が黄色でその周囲が紫色の1枚の花弁から成る。後者の比較的濃い紫色部分に含まれる色素は、アントシアニンとフラボンの結合した少なくとも2種類の化合物である。デルフィニジン 3-ゲンチオビオシドとアピゲニン 7-グルコシド、同じアントシアニンとルテオリン 7-グルコシドがそれぞれマロン酸を介して結合したものである(第4図)。この結合によりかなりの青色化が観察される。すなわち、ホテイアオイの紫はフラボンによる分子内コピグメンテーションにより発現していると解される。なお淡色部分の色素については、現在のところ不明である。

[文献]

1. Toki, K., Saito, N., Iimura, K., Suzuki, T., Honda, T., (Delphinidin 3-gentiobiosyl) (apigenin 7-glucosyl) malonate from the flowers of Eichhornia crassipes, Phytochemistry, 36(5), 1181-1183 (1994)

2. Toki, K., Saito, N., Tsutsumi, S., Tamura, C., Shigihara, A., Honda, T., (Delphinidin 3-gentiobiosyl) (luteolin 7-glucosyl) malonate from the flowers of Eichhornia crassipes, Heterocycles, 63(4), 899-902(2004)

[リナム(Linum grandiflorum)]

和名ベニアマナ、英名scarlet flax が示すように、花色は赤である。この赤の原因物質はデルフィニジン3-キシロシルルチノシド (1)である。このほかにデルフィニジン 3-ルチノシド(2)とシアニジン3-ルチノシド (3)が少量含まれている(第5図)。しかし23は、両者を合計しても10%以下である。この植物の花弁の抽出液には、コピグメントとして働く物質がほとんど観察されず、アントシアニンそのものの色彩が、かなり忠実に花色として表現されていると考えられる。すなわち、デルフィニジン配糖体は、実は赤い色素であり、様々な青色化のメカニズムが存在して初めて紫や青に変化し得るということが解る。

[文献]

1. Toki, K., Saito, N., Harada, K., Shigihara, A., Honda, T., Delphinidin 3-xylosylrutinoside in petals of Linum grandiflorum, Phytochemistry, 36(1), 243-245(1995)

[アネモネ(Anemone coronaria)]

アネモネ園芸品種の花色は 中間色も存在するが、 白、赤、桃、青紫が基本である。白は、言うまでもなくアントシアニンが存在しないものである。アネモネの赤は他の色に比較してかなり鮮明で、朱赤色に近い。主要色素と言えるものは数種類含まれ、これらのうち4種類を分離し同定した(第6図)。いずれもペラルゴニジンの3-配糖体である。桃色及び青紫品種の場合、主要色素は1種類で、それぞれシアニジン、デルフィニジンの3,3',7-配糖体である。いずれも数種類の微量色素を含む(第7, 8図)。すなわち、アネモネの赤、桃、青紫の変異は主として水酸化レベルの相違によるといえる。しかしながら、アネモネのアントシアニンは以下の点で特異的である。

(1)花色により、含まれるアントシアニンの配糖体型が異なる。

(2)他植物には観られない酒石酸の結合がある。しかも酒石酸とマロン酸、コーヒー酸の有機酸どうしの結合がある。

(3)赤色花はペラルゴニジン配糖体特有の色あいに近いが、桃色と青紫花は赤花とは異なり、それぞれシアニジン、デルフィニジン配糖体を主成分とする花弁としてはかなり深色化されている。

(1)及び(2)についてはここでは考察しないが、(3)の桃色及び青紫色花のの深色化は、主要色素に2分子のコーヒー酸が結合していることが原因であると考えられる。これに対して赤色花が深色化していないのは、色素に結合しているコーヒー酸は1分子であることと、コーヒー酸の結合したアントシアニンの量比が小さいことが原因となっていると考えられる。

[文献]

1. Toki, K., Saito, N., Shigihara, A., Honda, T., Anthocyanins from the scarlet flowers of Anemone coronaria , Phytochemistry, 56(7), 711-715(2001)

2. Saito, N., Toki, K., Moriyama, H., Shigihara, A., Honda, T., Acylated anthocyanins from the blue-violet flowers of Anemone coronaria, Phytochemistry, 60(4), 365-373(2002)

3. Toki, K., Saito, N., Shigihara, A., Honda, T., Acylated cyanidin glycosides from the purple-red flowers of Anemone coronaria, Heterocycles, 60(2),345-350(2003)

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