Race Eye
2年目も宿泊環境は改善されず。韓国GPの将来に不安を覚えたモッポの夜
2011.10.24

 ソウルから南下していく高速15号線の周りの景観は、どことなく東北高速道を思わせる。昔、スポーツランド菅生に車で移動していたときに見た山並み、田畑、民家の様子にどこか似ている。大都市から離れるにつれて車の数は減っていき、のんびり走っていると後ろから見慣れぬ韓国車の大型SUVが煽ってくる。どの国も共通して最近この手の黒塗りSUVにはぶっ飛ばし屋が多い。

 「チョンマゲ…、ハシケン…、チャーシュー…、ムリダ…???」。
しきりにカーナビから流れる女性のアナウンスが自分の耳にはそう聞こえる。“チョンマゲ?”ってなんだ。これを現地についてプレスルーム担当の若いボランティア君に聞いたところ、正しくは「チョンバゲー」で英語だと「この前に…」という意味だそうだ。

 想像は当たっていた。「チョンマゲ」は日本語でいうところの「間もなく…この先に…」だと勝手にイメージしていた。もう一つ「ハシケン」のほうは聞き忘れたがこれは察しがついた。アナウンスの後、スピード違反取締カメラが必ず設置されているからきっとそれに違いない。「ハシケン」のアナウンスが聴こえたら法定速度110Km/hを遵守(日本よりも10km高い)、通過すると「ピポパピポ」みたいな合成音が鳴る。勝手な解釈だが韓国で運転される方、カーナビの“ハシケン・フレーズ”にはご用心。

 眠気をまぎらすためにわざとこの音声ガイダンスのボリュームをいっぱいに上げ、モッポまでノンストップで走った。スムーズに4時頃に町に着いたので、見たことのない駅周辺を適当に走ってみる。今年春NHKの深夜番組で偶然モッポの町紹介を見たことがあり、その光景と同じ古い町並みに迷い込んだ。この町は古くから日本に縁があって、家の造りに日本風の名残が残っているとか。知らなかったことだ。またこの地方は焼き肉よりもタコ料理がポピュラーで、海産物が有名らしい。確かに昨年初めて来て店を探しているとやたらタコやイカ、魚料理の食堂が多かった。F1取材に没頭(?)していると何も周りが分からず、ただエアポートとサーキットと宿を往復しているだけになってしまう。2年目で多少ロケーションが分かってきた。

 「ユートピア」はやっぱり燦然と輝いてはいない、古い6階建てのモーテルであった。ただ今年はスタッフジャンパーを着た女子大生風の子がフロントに居て英語通訳を担当、いちいち彼女に通訳してもらわないとモーテルの番人は全くなにも分からない様子。部屋に入るとバスタオルが無い。ハンガーも無い。荷物類を入れておくタンス、クロゼット、棚も無い。インターネットなどあるわけない。電話は市内通話のみだ(でも大画面薄型TVだけはデンと置いてある)。

 そもそも滞在目的も過ごす時間も違うここに、これから5泊6日もするのだと思うと心が折れかかるが、「窓から海も見えるし、去年のピンクゾーン・モーテルよりましじゃないか」と自分に言い聞かせる。でも値段が昨年より高いこの“F1韓国GP公認指定宿舎”に、通常宿泊料金の3倍を我々は前払いで支払わねばならない。そのうえモーテル入口は24時間誰でも入れ、部屋のキーロック機構は簡単に開けられそうなものが付いているだけ。治安などは悪くないが日本からこのグランプリに女性が行かれることは(申し訳ないが)自分はお勧めできない。

 国内ではどの町にも普通にある“ビジネスホテル”が、ここでは1軒しかなく、“シティーホテル風”は2軒しかない(ここはドライバーとチーム首脳で満杯)。だからチームスタッフ大多数も我々と同じモーテル泊まりで、皆なるべく部屋に居たくないのか表をぶらついている…。

 悪口ばかりになったが“宿泊文化”の差異についてちょっと触れておく必要があるだろう。人口24万人と聞いているモッポは見た目けっこう大きな市街地だ。それなのにビジネスホテルが無いのは、この国の地方都市ではよくあることでモーテルが出張滞在にも使われるらしい(家族連れの旅行でもモーテルに泊まるという)。宿でくつろぐとか、癒されたいとか、もてなしを受けたいとか、残りの仕事をするとか、そういう感覚がもとからなければ、ふだん1泊4,000円程度の安いここで十分じゃないかということになる。

 以前、F1GP主催者は半径××Km以内にヨーロッパ・スタンダード・トゥインルームを×××部屋数確保せよ、それが開催条件の一つにあった。だから1987年日本GPにそなえて鈴鹿サーキットはホテルを増築し、それでも足りないので周辺の四日市、津、名古屋まで広げて確保するために多大な努力をした。それをよく知っているだけになぜ韓国GPがこの地で開催できるに至ったのか、とても不思議だ。

 誤解されると困るが自分は取材目的で滞在できるふつうの宿舎で十分、それ以上のものを求めてはいない。だが2年目も何も改善されず、この先も見通しが立っていない周辺環境ではソウルからの観客も見込めず、まして海外からのファンは言葉と文化が障害になって近寄れない。これでは韓国内企業スポンサーもつかず、海外スポンサーなどにとってはPR価値も無い。ピット上には立派な“パドッククラブ”スペースがあるが開店休業状態、これを見てもこのGPの将来が危ぶまれる。

 主催者発表によれば、金曜1万1,234人、土曜6万4,828人、日曜8万4,174人。何かの間違いだろうと思った。いくつかのスタンドが閉鎖されていて、観客を集中的に入れる工夫をしていたが、僕がコース周辺をいつものように歩いて回っていてもこの半分以下、いや一桁少ないのではと感じたくらいだ。グッズを身につけたファンの姿はごく少数で、茫然と見ていた大半の人々はさっさと帰っていく。放送席の下にあるF1ショップに人はたかっていてもあまり売れている様子はない。
「日本ではF1が人気あるんですか?」
これはスタッフの大部分を占める若いボランティア諸君からの質問だ。彼らは元気に朝から働きまわっていたけれどモータースポーツをよく理解できず、隣国はどうなのかとおおいに知りたがっていた。比べてはなんだが中国GP・上海ではようやく若いファン層が増えつつあり、実感としてF1が浸透していると受け止められるのだが…。
まだ2回のこの国に、はたしてこのスポーツは根付いていくのだろうか。そんなことを思案したモッポの水曜夜だった。

(以下、次回に続く)

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