確かに、手紙への返答はあった。だが、文面こそ丁寧だが、内容は表面的で、納得できる説明にはなっていなかった。しかも、9月26日に菊川会長に送った手紙に対して彼は同日、こうメールを返信してきた。
「あなたと森が(一連の買収について)こんなにメールのやり取りをしていると聞いてびっくりした。『時間のムダ』とは言わないが、時間を食う割に成果はあまりない。社長としての心配は分かるが…」
うやむやに終わらせようとしている。そう感じて、以降は当社の監査法人であるアーンスト・アンド・ヤングにもCCをつけて送信することにした。
しかし、オリンパスのガバナンス(企業統治)は全く機能していなかった。それを確信したのは、9月30日の取締役会のことだった。
怒鳴り合いのCEO禅譲劇
その前日、私は英国人の同僚と一緒に、菊川会長と森副社長と会っていた。社長として責任を持って経営するには、役員の人事権もなく、あまりに権限が小さい。そう痛感していたので、菊川会長が持っていたCEO(最高経営責任者)の肩書を譲り受けて、しかも、今後、菊川会長が経営会議に出席しないことも要求した。
しかし、それを聞いた菊川会長は、「無理だ。そんなことは日本の株主が許さない」と譲らない。そうするうち菊川会長が怒鳴り出した。あまりに失礼な物言いだったので、私も席から立ち上がり、「怒鳴るんじゃない。私はあんたの子犬じゃないんだ」と怒鳴り返した(ちなみに菊川会長のパソコンのスクリーンセーバーは2匹の子犬の画像だ)。そして、「CEOから降りないのなら、私が社長を退任させてもらう」と言った。
これは彼らにとって好ましくない展開だった。私が辞任すれば、オリンパスの経営がいかにガバナンスに問題があるかが白日の下にさらされることになるからだ。この期に及んで、菊川会長はついに私の要求を承認した。
(この時に涙を流してCEO退任を懇願したとの報道が日本で流れているが)それは、事実ではない。誰かに足でも折られたら涙を流すかもしれないが、こんなことで私は泣かない。
2001年の社長就任から10年間にわたってオリンパスを率いてきた菊川会長が、ついにその権力をウッドフォード氏に明け渡した瞬間かと思われた。ところが、菊川会長に、そんな気はなかったようだ。
そのことにウッドフォード氏が気付くのは、わずか1日後の9月30日のことだった。
(続きは11月2日に掲載します)
日経ビジネス2011年10月31日号8〜12ページより