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【格闘技】八重樫東が新王者に2011年10月25日 紙面から
◇WBA世界ミニマム級タイトル戦ごほうびは本場・米国のディズニーランドだ−。岩手県生まれの八重樫東=大橋=が王者ポンサワン・ポープラムック=タイ=を終始攻め立て、10回2分38秒のレフェリーストップ勝ち。世界初挑戦の2007年6月、イーグル京和にあごを打ち砕かれた男が地獄からよみがえった。新王者になった八重樫には、WBC同級王者井岡一翔との夢の統一戦も浮上した。これで日本のジムに所属する男子の現役世界王者は7人になった。 こんな勝利の儀式は見たことない。八重樫は10回、ポンサワンをロープに追い詰め、猛ラッシュをかけた。ダウン寸前の王者を見てレフェリーが間に入ると、八重樫はリングの上を転げ回った。そこへ大橋秀行会長が覆いかぶさる。「アキラコール」が響き渡る中、ともに肩車された八重樫と大橋会長が空中で熱い抱擁だ。 「苦しい戦いでした。カウンターで倒されそうになった時は、もうダメだと思ったけれど、あきらめなくてよかった」 序盤は足を使い、ジャブ、ボディー、アッパーがおもしろいようにヒットした。しかし、徐々に打ち合いに引きずり込まれた。8回、カウンターを食らいガクン。大逆転負けのシーンも見る者の脳裏をよぎった。この回終了後、大橋会長が「(長男の)圭太郎のために帰ってこい」とゲキを飛ばした。もうろうとした意識の中で、長男の名前を聞き、覚醒した男は10回、ゾンビのように倒れない王者を仕留めた。 「死ぬかと思った」。世界初挑戦であごを骨折した2007年6月のイーグル京和戦を振り返って、八重樫は言った。偶然のバッティングで序盤に下あごを骨折。打たれるたびに下あごがカパーンカパーンと揺れ、激痛に襲われながら12回を戦い抜いた。病院に行くと、医師は「普通の人なら痛みで失神している」とあきれ返った。 復活の道は平たんではなかった。約1年後に復帰し、09年6月に日本ミニマム級王座獲得。しかし、激戦のダメージの蓄積で肩や腰の故障に悩まされ、ろくに練習のできない日が多くなった。昨年は1試合しかできず、「引退」の文字がよぎった。 だが、踏みとどまった。4年前は独身だったが、今は2児のパパ。子供たちを保育園に預け、彩夫人(27)も生活費のため働きに出る。「家族がいなかったら、今ごろ、ほかのことやっていたかもしれない。負けてる場合じゃない」。父として、男として、ここで、ギブアップするわけにはいかなかった。 「(世界王者で帰ってくると言った)長男に、うそつきじゃないことを証明できた」。勝ったらディズニーランドに連れて行く、とも約束した。前日、大橋会長が「アメリカのディズニーランドにしたら」と口を滑らせた。八重樫は「会長が連れて行ってくれると言っていたんで…。その話は生きてると思ってます」とニヤリ。息子との約束は果たすことができたが、父ちゃんはまだまだ稼がなくちゃならない。あごを折られても心は折れなかった不屈の男のリンベンジは、始まったばかりである。 (竹下陽二) PR情報
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